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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

(んーと…)
 これは素敵、とブルーが眺めた旅の案内。学校から帰って、おやつの時間に。
 新聞に載っていた記事の一つで、地球一周の船旅なるもの。こういう旅をしてみませんか、と。
 行きたくなった人のためにと、旅行会社の名前も幾つか書いてあるけれど。連絡先まで載ってはいるのだけれども、広告とは違うらしい記事。
 写真が沢山の記事を書いた記者が乗っただろう船、それの名前も分からないから。どんな設備の船だったのかも、どういう船室で旅をしたのかも。
 一度滅びて蘇った地球は、銀河系で一番の水の星。地表の七割を覆っている海、これよりも広い海を持った星など、未だに一つも見付かってはいない。
 青い水の星、母なる地球。
 それを見ようと、素晴らしい青い海が見たいと他の星からやって来る人も多い地球。
 「せっかく地球に住んでいるのだし、海を旅してみませんか」というのが記事の狙いで、地球を丸ごと旅したいなら、船に乗るべきだと書いてある。宇宙船ではなくて、本物の船。
 宇宙からだと地球の全貌を見られるけれども、周りをクルリと回れるけれど。遊覧飛行に行けるツアーもあるのだけれども、記者のお勧めは船だという。地球の海をゆく本物の船。
 大海原へと出て行ったならば、どちらを見ても水平線。地球は丸いと分かる緩やかな曲線、平らではない水平線。
(…海水浴とかに行った時でも分かるんだけど…)
 地球を取り巻く海も丸いということは。平らではないと分かる曲線は。
 小さかった頃に父に教えて貰った、「丸いだろう?」と。「地球はホントは丸いんだぞ」と。
 船で海へと漕ぎ出して行けば、どちらを向いても水平線しか無いと書かれた新聞記事。見ていた記者の感激が分かる、「地球は丸い」と海の上で実感していたことが。
 その海を旅して、やがて見えて来る島や大陸。
 港に入って見物する場所や、大きな船は入れないから上陸用のボートで行く場所や。
 地球の広さと魅力を満喫するなら船だ、と旅心をくすぐる記者の筆。断然船だと、宇宙船よりも船で一周するのがいいと。



 記者が体験して来た船旅、何枚も撮って来た写真。記者の姿は載っていなくて、それも狙いの内なのだろう。旅のエッセイを読んでいる気分、自分が旅をしたような気分。そういうワクワク感を与える、船で地球を周る旅の記事。これを読んでいるあなたも是非、と。
(地球を一周…)
 外洋に出て行ける大型船に乗って、地球を覆っている海をぐるりと回って。
 船で真っ直ぐ進んで行ったら何処かでぶつかる島や大陸、それを避けながら旅をしてゆく。船がぶつからないように。陸地へゆくなら港に入るか、ボートを使って上陸するか。
 宇宙船なら地球の上を真っ直ぐ飛んでゆけるのに、何処でも周ってゆけるのに。
(だけど、陸には降りられないよね…)
 船のようにはいかないから。港の代わりに宙航に降りて、離れる時にはまた宇宙へと。つまりは地球から遠ざかるわけで、いつでも地球の上とはいかない。
 船旅だったら、小さな島さえ見えない時でも地球は必ず側にあるのに。船の下はいつでも地球の海だし、地球を離れてはいないのに。
 それについても書いている記者、「地球の広さが分かりますよ」と。宇宙船ならアッと言う間に地球を離れてしまうけれども、船で行ったら一日かけてもこの海の果てが見えません、と。
 そういう海を回ってゆく旅、二ヶ月以上もかかるという。
 あちこちの島や大陸に寄っている時間を多く取ったら、もっと日数がかかる旅。
 宇宙船なら、地球一周の遊覧飛行は一泊二日で行けるのに。たった二日間の旅の間に、宇宙船は青い地球の周りを何周も回るらしいのに。
 けれども、二ヶ月以上もかけて地球を周るのが記者のお勧め。
 時間があるなら船に乗らねばと、遠い星へと旅をするより、地球の広さを知るべきだと。



 読めば読むほど、船に乗りたくなって来た。地球一周の旅に出る船に。
 両親と遊びに行った港で眺めた、見上げるように大きな船。ああいう船でゆくのだろう。地球を一周するのなら。長い船旅に出掛けるのなら。
(新婚旅行の時に行くには…)
 この船旅は長すぎる。地球の海をゆく旅に出るなら、ハーレイと二人で行きたいのに。
 遠く遥かな時の彼方で、前のハーレイと目指した地球。白いシャングリラで、いつか地球へと。
 何度も夢見た、約束の場所。地球に着いたらと、どれほどの夢を描いただろう。
 夢は夢のままで終わってしまって、辿り着けずに終わったけれど。
 ハーレイが一人で着いた地球には、青い海すら無かったけれど。
(だけど、地球まで来られたんだよ…)
 生まれ変わって、ハーレイと二人。
 前の自分たちが生きた頃には、何処にも無かった青い地球まで。
 その地球をぐるりと周る旅なら、ハーレイと一緒に出掛けたい。これが地球だと、地球の海だと語り合いながら、長い船旅。地球を離れずに地球を一周、宇宙船とは違う旅。
 行きたくてたまらないのだけれども、二ヶ月もかかる新婚旅行は無理だろう。
 ハーレイの休みが足りないから。そんなに休めはしないから。
 学校で一番長い休みは夏休みだけれど、夏休みを全部使っても無理。船旅を終えて戻るより前に始まってしまう新学期。
 夏休みは二ヶ月も無いのだから。長いけれども、そこまで長くはないのだから。



(ハーレイ、休めないのかな?)
 教師の仕事をしている以上は、二ヶ月もの休みは取れないだろうか。学校の仕事で何処かへ出張するならともかく、自分の都合で夏休みの続きにオマケの休暇を何日か付け足すことなどは。
 そうは思っても、行ってみたい旅。行きたい気持ちになってきた旅。
(いつか、宇宙から地球を見ようって…)
 ハーレイとそういう約束をした。
 今の自分は宇宙旅行をしたことが無くて、一度も地球を見ていないから。宇宙から見える地球の姿を肉眼で見てはいないから。
 結婚したなら、地球一周の遊覧飛行。青い地球を見られる部屋に泊まって、前の自分たちが夢に見た星を眺めながらの抱擁とキス。
 そうやって二人で宇宙から見る地球も素敵だけれども…。
(二ヶ月以上も海の上だよ?)
 上陸しての観光や食事の時間は取ってあっても、殆どの時間は海の上。眠っている間も船は海の上を進んでゆく。次の目的地へ向かって休むことなく、何処までも続く大海原を。
 それほどに長い旅をしたなら、水の星を実感できるだろう。地球は本当に水の星だと、青い海が地球を覆っていると。
 前の自分はアルテメシアで海を見たけれど、テラフォーミングで作られた海。海藻があって魚も泳いでいた海の広さは、地球のそれには遠く及ばないものだった。
 あの海でさえも充分に広く思えたのだから、地球の海となればどれほどだろう。二ヶ月以上もの旅をしないと一周出来ない地球の船旅、その船から地球を見てみたい。青い青い海を。
 とても行きたい旅だけれども、ハーレイの休みが取れるかどうか。
 そこが問題、ハーレイの仕事柄、取れそうもない二ヶ月以上もある休暇。
(やっぱり無理…?)
 難しいかな、と溜息をついて新聞を閉じた。行きたいけれども、ちょっと無理そう、と。



 食べ終えたおやつのお皿やカップをキッチンにいた母に返して、部屋に戻って。
 勉強机の前に座っても、頭から離れてくれない船旅。地球の海を船で回ってゆく旅。ハーレイの休みは取れそうもなくて、二人一緒には行けそうもなくて。
(でも、行きたいな…)
 ハーレイと二人で船に乗って。何処までも続く青い海の上を、地球の海の上を旅してみたい。
 前の自分が焦がれた地球。
 いつか行こうとハーレイと二人で目指していた地球、その地球へ来られたのだから。
 前の自分が生きた頃とは、まるで違う星になったのだけれど。
 青い水の星が蘇るためには、燃え上がるしかなかった地球。アルタミラで見た地獄さながらに、大地は崩れて、海もマグマで煮えたぎって。
 何もかもを飲み込み、燃やし尽くして地球は蘇った、炎の中から。
 火の中で新しく生まれ変わると伝わる不死鳥、フェニックスのように新しく生まれた地球。青い地球が再び宇宙に戻った、命を育む母なる星が。
 裂けて崩れてしまった大地は、姿を変えてしまったけれど。
 大陸の形はすっかり変わってしまったけれども、地球は地球。前の自分が夢に見た星。
 たとえ地形が変わっていようと、海の形が違おうと。



 青い地球ならそれで充分、と今の地球の姿を思ったけれど。
 学校で習った遠い昔の地球の地形を思い浮かべて、かなり変わったと頷いたけれど。
(…あれ?)
 そういえば、と思い出したこと。
 前の自分は知らなかったのだった、あの頃の地球の真の姿を。
 青い星だと騙されていたこともそうだけれども、その青い地球。前の自分が行きたかった地球。
 フィシスの記憶に刷り込まれていた地球、何度も何度も見ていた地球。
 これが本当の地球の姿だと、いつかは其処へと焦がれていたのに、あれは偽りの情報だった。
 今のハーレイに指摘されるまで、全く気付いていなかったけれど。
(…大陸も海も、全部、偽物…)
 マザー・システムは地球の情報を巧妙に隠し続けた、地形すらをも。
 どういう星かを知れば知るほど、人間は地球を求めるから。地球を見たいと、一目でいいからと探して行こうとするだろうから。
 地球を求める者が増えれば、探す人間の数が増えれば、何処かで綻びが生まれるもの。どんなに情報を隠しておいても、何処からか漏れてしまうもの。
 そうならないよう、マザー・システムは地球の姿を誤魔化した。人間が疑いを持たない程度に。
(前のぼくたちは、知っていたけど、知らないのと同じ…)
 地球の歴史は知っていたのに、歴史を築いた国が何処にあったか、それは怪しいものだった。
 東洋や西洋、その程度のことは知っていたけれど、地図を描けはしなかった。
 博識だったヒルマンやエラでも、描くことは出来なかっただろう。イギリスは島で、フランスは海を隔てた向こう側だと知識はあっても描けなかった地図。
 そういう具合にマザー・システムは地球を隠した、具体的なイメージを持てないように。



 地図が描けないほどだったのだから、無かった地球儀。
 前の自分が生きた時代は、地球儀が存在しなかった。地球儀は地球の模型そのもの、あったなら人は本物の地球を見たいと思い始めるから。
 それに航海図も無かったのだった、地図や地球儀が無いのと同じで。
(マザー・システム、酷かったものね…)
 フィシスが持っていた地球の映像、それさえも偽物だったくらいに。大陸や海の形をぼかして、本物とは変えてあったくらいに。
(…地球にだって、あれじゃ辿り着けない…)
 前の自分が本物なのだと信じて見ていた地球へ向かう旅は、全くの嘘。でたらめだった太陽系。惑星の配列も、位置すらも嘘で、あの通りに飛んでも地球には着けない偽りの航路。
 そんな時代に生きていたのが前の自分で、ハーレイもまたそうだったから。
(地球儀と、それに航海図…)
 いつかハーレイと暮らす時には、それを買おうと相談していた。
 ハーレイの書斎に大きな地球儀、そしてレトロな航海図。人間が地球しか知らなかった時代に、帆船で旅をしていた海。そういう時代の航海図がいいと、二人で眺めて旅をしようと。
 地球儀と、それに航海図。
 何処へ行こうかと、今はもう無い遠い昔の地球の大陸を、海を見ながら想像の旅。背中に広げた空想の翼、二人で自由に飛んでゆこうと。
 その旅に自分を連れて行ってくれるハーレイならば…。
(…連れてってくれる?)
 地球を一周する船旅にも。
 宇宙船から地球を眺める旅とは違って、地球の海を船で渡ってゆく旅。
 青く蘇った水の星の上を、偽物ではなくて本物の地球の青い海の上をゆく旅に。



 けれど、足りないのがハーレイの休み。二ヶ月以上も必要な休暇。
(無理だよね、きっと…)
 教師なのだし、どう考えても取れそうにない。夏休みよりも長い休暇は。
 もっと違った仕事だったら、長期休暇を取れる場合もあるのだろうに。二ヶ月どころか、三ヶ月とか四ヶ月でも。具体的な仕事は咄嗟に思い付かないけれども、きっとある筈。
 ハーレイの仕事とは別の仕事で、長い休暇が取れそうな仕事。あの船旅はそういう人たちが行くために存在するのだろうか。次の休暇はこれに行こう、と。
 そうなってくると、休暇が取れないハーレイだと…。
(引退するまで行けないとか…?)
 どんなに行きたいと強請った所で、長い休みは無理なのだから。
 二ヶ月以上もかかる地球一周の船旅は駄目で、宇宙から見る地球がせいぜい。くるりと一周してみたいのなら、地球を一周するのなら。
 宇宙船での遊覧飛行で地球を一周、それしか今は出来そうにない。一番長い夏休みを使って旅に出たって、地球一周の船旅にはとても行けないのだから。
(…引退するまで行けないだなんて…)
 そう考えたら、寂しい気持ちになってくる。
 引退するような年になるまで、ハーレイと二人であの船旅には行けないなんて、と。
 寂しくて悲しい気もするけれども、教師はハーレイの天職のようなものだから。
 柔道や水泳のプロになるより教師がいい、と選んだ職だと聞いているから。



(無理を言っちゃ駄目…)
 長い休みが取れる仕事をして、とは言えるわけがない。いくらそうして欲しくても。長い休暇を取って貰って、二人で旅をしたくても。
 地球一周の船旅のことは諦めよう、と小さな溜息をついた所へ、聞こえたチャイム。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、ムクムクと頭を擡げる我儘。
 テーブルを挟んで向かい合っていたら、「行ってみたいよ」と強請りたくなる。あの船旅に。
 無茶だと分かっているけれど。ハーレイが教師を辞める筈など無いのだけれど。
「…俺の顔に何かついてるか?」
 さっきからじっと見てるようだが、と訊かれたから。
「そうじゃなくって…」
 ハーレイと旅行に行きたいんだよ。宇宙船じゃなくって、本物の船で。
 大きくなったら、いつかハーレイと結婚したら。
「船って…。豪華客船か?」
 プールもジムもついてるらしいな、豪華客船というヤツは。
 ホテルを丸ごと船に乗せたみたいに、中だけで何でも出来るそうだが…。
「んーと…。別にそこまで豪華でなくてもいいんだけれど…」
 多分、大きな船だとは思う。とっても長い旅に出る船だから。
 …地球を一周してみたいんだよ、船に乗って。
「ほう…?」
 本物の船で地球を一周か。そいつは楽しそうではあるな。
「でしょ? 今日の新聞にね、旅の案内が出てたんだけど…」
 新聞記者の人が乗って出掛けて、お勧めだって書いてたんだよ、船に乗って地球を一周する旅。
 記事を読んだら凄く素敵で、ぼくも行きたくなったんだけど…。



 でも二ヶ月以上もかかるんだって、と項垂れた。
 そんなに長くは、ハーレイはとても休めないよね、と。
「俺の仕事か?」
「うん…」
 夏休みを全部使っちゃっても、二ヶ月にだって足りないし…。
 続きにもっと休みを取るなんてことも、先生だったら出来そうにないし…。
 地球一周、引退するまで無理だよね?
 ハーレイが仕事を辞めてからでないと、あんな旅行には行けないよね…。
「おいおい、勝手に決めるんじゃないぞ」
 チビはチビなりに考えたんだろうが、やっぱりチビだな。仕事ってヤツを分かっていない。
 教師をしていりゃ、一番長い休みは確かに夏休みだが…。
 二ヶ月にさえも足りないわけだが、俺は今の俺だ。
 休みってヤツが全く無かったキャプテン・ハーレイの時代じゃないんだ、今の時代は。
「キャプテン・ハーレイって…。キャプテンに休みは無かったけれど…」
 毎日ブリッジに行ってたんだし、休憩してても連絡が来たりしていたけれど…。
 今のハーレイ、夏休みの他にも休めるの?
 夏休みよりも長いお休み、学校の先生をしている人でも取っちゃっていいの?
「ちゃんと希望を出しておけばな」
 新年度ってヤツが始まった後に出したとしたなら、「馬鹿か」と叱られちまうんだが…。
 もっと早い時期に、新しい年度の担任とかが決まるよりも前に出しておいたら、希望は通る。
 今の俺みたいに担任のクラスが無い状態にしてくれるんだな、休みを取ってもいいように。
 担任しているクラスが無ければ、後は休暇の間の俺の代理を決めるってだけで…。
 他の先生が担当してくれるわけだ、俺の授業を。
 休暇が済んだら、その先生から俺に戻って授業の続き。そんな具合でいけるってことさ。



 教師でも長い休暇は取れる、と話したついでに、ハーレイが教えてくれた今の時代の仕事事情。
 お前はチビだから、そう詳しくは知らないだろう、と。
 前の自分たちが生きた時代と違って、平均寿命が三百歳を軽く超えている世界。
 人間はみんなミュウなのだから、長生きな上に若い姿を保ってゆける。
 そういう時代に、何歳まで働くかは個人の自由。決まりは全く無いらしい。どんな仕事も。
 一度仕事を辞めたとしたって、また働くのも個人の自由。
「親父なんかはそのクチだな」
「ハーレイのお父さん?」
 今は仕事はしていないけれど、いつか何処かへ働きに行くの?
「どうするかは親父次第だが…。当分の間は、今のままだと思うんだが…」
 もう充分に働いたから、と楽隠居中なのが今の親父だ。
 しかしだ、気が向いたらまた働くのも悪くないな、と言ってるんだよな、親父はな。
 好きな時に釣りが出来る職場があったら、あの親父なら行きかねん。
 漁師もいいな、と半分本気だ、海は遠いから川で漁師だ。
「…漁師さんなら、釣りはホントに仕事だけれど…」
 ハーレイのお父さん、プロの漁師さんになっちゃうの?
 川で魚を獲る漁師さんは、向いているかもしれないけれど…。
「向いてるどころか、ピッタリだろうさ。今でも充分、プロ並みの腕を持ってるからな」
 だから、俺にもそういうコースはあるんだが…。
 適当な所で一度辞めてだ、何年か好きに過ごしてからまた古典の教師に戻ってみるとか。
「ふうん…。ぼくのパパはずっと働くのかな?」
 辞めたりしないで働くのかなあ、パパはまだまだ若いんだけど…。
 ハーレイとあんまり変わらないけど、どうするんだろ?
「さてな?」
 お父さんの考え次第だろうなあ、辞めちまうのも、ずっと働き続けるのも。
 俺の意見を言わせて貰えば、適当なトコで辞めて楽隠居なタイプだと思うんだがな。



 どう働くかは個人の自由。今の時代は、そういう時代。
 前の自分たちが生きた頃とは全く違っている時代。機械が仕事を決めたりしないし、働く期間も自分で選べる。この年までとか、もっと長くとか。
 深く考えたこともなかったけれども、自分が住んでいる辺りでは…。
「ウチのご近所さん、みんなのんびりだよ?」
 お孫さんがいるような人は、家にいる人ばかりじゃないかな。学校の帰りにいつも会うもの。
 庭の手入れをしている人とか、散歩している人だとか。
「何処に行っても似たようなモンさ」
 お前の家の近所に限らず、今は何処でもそうだってな。地球だけじゃなくて、他の星でも。
 あくせく働く時代じゃないんだ、機械が命令したりしないし、監視しているわけでもないし…。
 大抵の人は若い世代に次を譲って、引退するって所だな。
 若いヤツらに「もっと仕事を教えて欲しい」と頼まれた人や、好きで働く人以外は。
 中にはいるしな、幾つになっても働いていないと落ち着かないっていう人間も。
「じゃあ、ハーレイもその内、辞めるの?」
 先生の仕事を辞めてしまうの、孫が出来てもおかしくないような年になったら。
 …ぼくたちに子供は生まれないから、孫も生まれはしないんだけど…。
「それがだ、前の俺の記憶が何処かに残っていたせいなのか…」
 まるで考えていなかったんだよなあ、引退するっていうコース。
 身体と元気が続く限りは、現場で働いていたかったんだ。
 後進を育ててゆくってヤツだな、教師の方でも、柔道の指導をしてる方でも。
 前の俺は一生、働き続けていたわけだから…。
 地球の地の底で死んじまうまで、ずっとキャプテンのままだったしな。



 シドを任命し損なったし、とハーレイが浮かべた苦笑い。
 次のキャプテンがいなかった以上は、死んだ瞬間までキャプテンの職に就いたままだ、と。
「最後まで働き続けていたって記憶がしみついてたのか、今の俺の方もそういうつもりで…」
 働ける間は働いてやろう、と思ってたわけだ、記憶が戻る前からな。
「それじゃ、ハーレイ、辞めないの…?」
 年を取っても、ずっと仕事を続けていくわけ、先生の…?
 凄いベテランになれそうだけれど、ホントに最後まで仕事をするの…?
「どうだかなあ…。お前に会ったし、辞めるかもしれん」
 お前と二人でやりたいことが山ほどあるだろ、だから仕事を辞めるのもいい。
 引退してのんびり、二人で旅行だ。いろんな所へ。
 だがなあ、そいつはまだまだ先の話ってことで、俺はまだまだ働き盛りで…。
 引退よりかは休みを取るかな、お前が旅に出たいんだったら。
 二ヶ月以上もかかると言ったし、何処かで三ヶ月ほどな。
「…いいの?」
 休んじゃったら、その後がとっても大変じゃない?
 何処まで授業が進んでいたのか、これから何を教えるのかとか、そういう引き継ぎ。
 休む前にも引き継ぎがあるよね、ハーレイの代わりをする先生と。
「なあに、そのくらいの手間は大したことではないってな」
 俺が何年教師をやってると思っているんだ、引き継ぎなんかは得意技だぞ。
 学校を変われば、その度に色々あるからな。
 教える授業の方もそうだし、生徒もガラリと変わるわけだし…。
 引き継ぎを面倒がってるようでは、教師ってヤツは出来ないな、うん。



 休暇を取って旅行に行くか、とハーレイは優しく微笑んでくれた。
 お前が行きたいと言うのなら、と。
「前のお前の夢だろうが、地球は」
 俺と行こうと、前のお前はずっと夢を見て、それなのに寿命が来ちまって…。
 もう行けないと泣いていたよな、俺の腕の中で。
 俺と別れるのも辛かったろうが、地球に行けないのも悲しかった筈だぞ、前のお前は。
「そうだけど…。ハーレイと二人で行きたかったから…」
 いつか行けると思っていたから、行けないことが分かっちゃったら、悲しかったよ。
 ハーレイと一緒に地球を見るのはもう無理なんだ、って。
「お前の泣き顔、今でも覚えているからな…。せっかくの地球だ、旅もしないと」
 本物の地球に来られたんだし、結婚したら地球儀と航海図を飾るんだろう?
 前の俺たちが生きてた頃には無かったヤツだが、今は売られているんだからな。
 そいつを眺めて旅をしようと話してたじゃないか、お前と二人で。
 昔の地球のままの地球儀と、うんとレトロな航海図で。
「…覚えてたの?」
 地球儀を買おう、っていう話。…それに航海図も。
「こういう話をしていれば自然に思い出すだろうが」
 地球一周だの、船旅だのと。
 一周するなら地球儀の出番で、船旅だったら航海図だ。
 …もっとも、今の地球の海を旅してゆこうって時は、昔の地球のは全く役には立たないがな。



 その旅に行くには別の地球儀や航海図が必要になるんだろうな、と笑うハーレイ。
 地形が変わってしまった地球では、昔のものだと意味が無いから、と。
「まあ、買わなくても旅は出来るわけだが…」
 俺が動かすわけじゃないしな、地球一周に出掛ける船は。
 プロの船長が乗ってるんだし、航海士だって大勢乗っているんだろうし。
 右も左も分からない客が乗っていたって、船は迷子になりはしないし、任せておけば安心だ。
 ちゃんと地球を一周出来るぞ、俺もお前も地理が全く分かってなくても。
 …そしてだ、前の俺たちには見られなかった夢が見られる。
 地球儀も航海図もあるんだからなあ、それを見ながら此処を旅して、こう回って、と。
 同じ行くなら、理想の航路で行ける船旅を選ばないとな、地球一周の旅は。
「理想って…。幾つもあるの?」
 地球を一周するための航路、一つだけしか無いわけじゃないの?
「もちろんだ。海はデカイし、地球は広いぞ」
 俺もそれほど詳しくはないが、その手のツアーの案内を見るのは好きなんだ。
 一番人気が高い航路というヤツはだな…。



 かつての地球の七つの海を旅してゆくのを思わせる航路。
 それを行く船が人気だという。地球を一周する船旅の中でも、一番人気でツアーも多い。
「昔の地球って…。それに乗りたい…!」
 地球はすっかり変わっちゃったけど、前と同じじゃないけれど…。
 少しでも前と似てるのがいいよ、前のぼくたちが生きてた頃には昔と変わっていなかったもの。
 生き物が住めない星だっただけで、地形は昔のままだったもの…。
 どんなに情報がぼかされていたって、前のぼくたちが騙されてたって、地球は本物。
 あの頃のぼくが地球まで行けていたなら、そういう地形があったんだもの。
「だろうな、お前ならそう言うだろうと俺にも予想がついた」
 前のお前が見たかった地球に、少しでも近いのがいいんだろうと。
 ついでに、一番人気の航路。…俺の夢でもあるんだ、これが。
 キャプテン・ハーレイだった俺の記憶が戻って以来の夢だな、船に乗って地球を一周するのは。
 地球の海を隈なく見て回りたいんだ、俺のこの目で。
 前の俺は赤茶けちまった地球しか見られずに死んじまったし…。
 青い地球なんぞは何処にも無くって、おまけに地球を周ってもいない。シャングリラを降りて、そのまま地球で死んでるからなあ、一周している暇は無かった。降りたってだけだ。
 だから今度は見てみたいわけだ、本物の地球はどんな具合か。
 シャングリラじゃなくて、海を渡っていく船で。
 地球は丸いと分かる海をだ、船で行くのが最高だってな。地球を一周してみるのなら。



 断然、船の方がいいんだ、とハーレイは新聞の記事を書いていた記者と同じことを言った。
 一周するなら船に限ると、その方が地球の広さが分かると。
「それにだ、宇宙じゃないってトコがいいんだ、海は海でも本物の海だ」
 前の俺は船乗りでキャプテンだったが、乗っていた船は宇宙船だし、星の海しか旅していない。
 本物の海はシャングリラで上から眺めただけでだ、一度も旅しちゃいないんだから。
「そうだね、前のぼくだって同じ…」
 シャングリラの外へは出ていたけれども、アルテメシアの海も見たけど…。
 船に乗ってたことなんか無いし、前のぼくが船で旅をしたのも星の海だけだよ。
 なんだか凄いね、今度は本物の海の上を船で行けるだなんて。…それも地球の海で。
「まったくだ。海の上だと星も綺麗だぞ、そいつは今の俺が保証する」
 宇宙に来たかと思うくらいだ、もう満天の星空だってな。
 夜に船で海の真ん中に出たら、空から星が降って来そうなほどに。
「…ホント?」
 星が落ちて来そうなくらいに凄いの、夜の海から空を見上げたら?
 ぼくは夜には乗ってないから…。船は昼間しか乗ったことが無いから、見たことないよ。
「俺は親父と何度も乗っているしな、夜釣りってヤツで」
 釣りをする時には魚を呼ぶために明かりを点けるが、それまでは暗い海の上だ。
 町の明かりが届かないからな、その分、星が綺麗に見える。
 家が少ない所に行ったら天の川が見えるのと同じ理屈だ、海の上だともっと凄いがな。
 本当に宇宙を見ているようだぞ、星が瞬きさえしなければ。



 前の俺たちが旅した宇宙を見上げながらの船の旅だ、と聞いたら余計に行きたくなる旅。
 昼の間は青い海を見て、夜になったら船の上に星の海までが見えるというから。
「…行きたいな…」
 地球を一周する船の旅に行ってみたいな、ハーレイと一緒に。
 昔の地球の海に近い所を通る航路で、地球をぐるりと回ってみたいな…。
「俺も同じだと言っただろうが。俺の夢だと」
 上手く休みを取るとするかな、いつかお前と結婚したら。
 新婚旅行で行くのは無理だが、その内にきっと休みを取ろう。余裕を持って三ヶ月ほど。
 それだけあったら充分行けるぞ、俺たちが行きたい地球を一周しようって旅に。
「いつか行こうね、約束だよ。引退よりも前に、お休みを取って」
 そうだ、地球儀と航海図も持って船に乗らない?
 昔の地球のヤツでいいでしょ、ハーレイがキャプテンじゃないんだから。
 今はこの辺りを通ってるのかな、って眺めたらきっと素敵だよ。
 二ヶ月以上も船に乗るなら、そういうのも持って行きたいな。家にいる気分になれそうだし。
「おっ、いいな!」
 俺たちの家の一部と一緒に旅をするわけか、そいつはのんびり出来そうだ。
 此処も俺たちの部屋に違いない、と落ち着けそうだぞ、地球儀と航海図を飾っておいたら。
「そうでしょ?」
 落ち着けるし、それに役にも立つし…。
 昔の地球の地形のヤツなら、昔の地球の海を旅してる気分。
 本当はすっかり変わっていたって、気分だけでも、前のぼくたちの頃の地球なんだ、って…。



 前の自分たちが生きていた頃の地球を写した地球儀とレトロな航海図。
 それをお供に、いつか二人で地球の海の上を旅してゆこう。
 前の自分たちが目指した地球。
 其処へ二人で来られたのだから、地球をゆっくり眺めてみよう。
 こんなに広いと、まだまだ海が続いてゆくと。
 ハーレイと二人で本物の海を、本物の地球の広さを知ろう。
 いつか、そういう旅をする。
 青い地球の海を船でぐるりと、シャングリラで宇宙から周るよりも遥かに長い船での旅を…。




             船でゆく地球・了

※ブルーが行きたいと思った、船で青い地球を一周する旅。ハーレイの夢も同じだったのです。
 いつかハーレイが休暇を取って、二人で船旅。レトロな地球儀と航海図を眺めながら…。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv








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※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。




観光の秋、行楽の秋。とはいえ、今日は会長さんの家でのんびり、土曜日の過ごし方の定番です。紅葉見物にはまだ早いですし、行きたいスポットも現時点ではありません。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作るお菓子と美味しい食事が一番とばかり、朝から居座っているのですけど。
「こんにちはーっ!」
誰だ、と一斉に声が聞こえた方へと視線を向ければ、リビングに見慣れた人物が。言わずと知れた会長さんのそっくりさんで、紫のマントじゃなくって私服で。
「なんだ、君たちは出掛けてないんだ?」
秋はお出掛けにピッタリなのに、と近付いて来たソルジャー、ソファにストンと腰掛けると。
「ぶるぅ、ぼくにもおやつはある?」
「ちょっと待ってね、すぐ用意するねーっ!」
パタパタと駆けて行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」はパン・デピス風だとかいうケーキをお皿に乗っけて来ました。シナモンたっぷり、蜂蜜たっぷり、それにナッツも。どっしりとしたケーキです。それにソルジャーの好きな紅茶も。
「はい、どうぞ! 今日のケーキはスパイシーだよ!」
「ありがとう。ちょうど刺激的なものが食べたくってさ…」
うん、美味しい! と頬張るソルジャー。刺激的なものが食べたかったなら、お昼時に来れば良かったのに…。タンドリー風スパイシーチキンにホウレン草カレー、ナンも食べ放題だったんです。けれどソルジャーはと言えば。
「えっ、お昼? そっちはノルディと食べて来たしね?」
今日も豪華なフルコース、と御満悦。それじゃ刺激的だというのは…。
「決まってるじゃないか、デートコースの中身の方で!」
「退場!」
会長さんがレッドカードを突き付けました。イエローカードをすっ飛ばして。
「なんだい、これは?」
「出て行ってくれ、と言ってるんだよ!」
どうせこの先はレッドカードだ、と会長さんが素っ気なく。
「ぶるぅ、ケーキの残りを包んであげて! お客様のお帰りだから!」
「かみお~ん♪ それじゃ、ぶるぅたちにお土産もだね!」
「そうだね、しっかり箱に詰めてあげてよ」
そして帰って貰おうじゃないか、という指示で「そるじゃぁ・ぶるぅ」がキッチンへ走ろうとしたのですけれど…。



「ちょっと待った!」
誰が帰るか、とソルジャーが紅茶をコクリと一口。
「ケーキのお土産は嬉しいけどねえ、イエローカードもレッドカードも出されるようなことはしていないから!」
「これからするだろ、デートコースの中身とやらで!」
よくもノルディとデートなんぞを、と会長さんはレッドカードでテーブルをピタピタ。
「ノルディの魂胆は分かってるくせに、君ときたら…。おまけに刺激的だって?」
「そうだけど? 今日のデートは実に楽しくて面白かったよ」
「さっさと帰る! もう喋らずに!」
刺激的なデートの話なんかは聞きたくもない、という点は私たちにしても同じでした。どうせロクでもない内容で、意味が不明に決まっています。そういったことをやらかしたのか、単に会話をしただけなのかは謎ですが…。
「えっ、デートだよ? そりゃあ、もちろん話もしたけど…」
「いいから、出て行く! ケーキのお土産が足りないんだったら追加するから!」
一人一切れの所を二切れ、と会長さんが言ったのですけど。
「…君たちは何か勘違いってヤツをしてないかい?」
ぼくが行ったのは植物園だよ、と予想外の行き先が飛び出しました。植物園って……あのぅ、温室とかがある植物園? 花が一杯の、花壇だらけの…。
「そうだけど? ノルディと二人で植物園をゆっくり散歩!」
そろそろ秋薔薇の季節だってね、とソルジャーは笑顔。えっと、本気で植物園ですか?
「植物園だよ、アルテメシアの。ノルディに聞いたけど、桜の季節は穴場だってね?」
色々な種類の桜が一杯、なのに見物客が少なめ、と語られる植物園情報。なんだって植物園なんかでデートをしていたのやら…。
「あっ、それはね…。ノルディが薀蓄を披露したくなったみたいでさ!」
「もういいから!」
その薀蓄がヤバそうだから、と会長さんが止めに入ったのに。
「いいんだってば、あの植物園では無理だから! それっぽい場所が全く無いから!」
「「「は?」」」
「なんかね、お城なんかの大きな庭だと植え込みで作った迷路とかが沢山あるんだってねえ!」
そういう所がデートスポットらしいのだ、という話ですが。それがエロドクターから聞いた薀蓄なんですか?



「もちろんさ! ノルディは実に知識が豊かだよねえ、まさにインテリ!」
ぼくの世界のノルディじゃああいうわけにはいきやしない、とソルジャーは残念そうな顔。同じノルディでああも違うかと、ぼくの世界のノルディの方は仕事の鬼で面白くないと。
「そっちの方が理想的だから!」
遊び好きな医者は最低だから、と会長さんが文句をつけていますが、エロドクターの場合は腕だけは確か。ゆえに病院は繁盛していて、リッチに暮らしているわけで…。
「遊び好きなノルディ、ぼくは大いに歓迎だけどね? それでさ、迷路の話だけどさ…」
「デートスポットなんだろう! もうその先は言わなくていい!」
「君は知ってるみたいだけれどさ、他の面子はどうなのかな?」
知っていた? と訊かれて、首を左右に。お城の庭のデートスポットなんかは知りません。マツカ君なら他の国のお城が別荘なだけに、知っているかもしれませんが…。
「マツカのお城は…。どうなんだろう? 大勢の人が集まるお城の定番らしいしね?」
いわゆる宮殿、という台詞にマツカ君が。
「…そのレベルのお城は流石に無いですよ。ぼくの家のはごく普通ですし」
「ああ、そう? それじゃ迷路も無かったりする?」
「一応、無いこともないですが…。デートスポットではないですね」
そもそも公開していませんから、と真っ当な意見。プライベートな空間だったらデートスポットにはならないでしょう。観光地の類じゃないんだから、と納得していれば。
「違うよ、観光客じゃなくって、お城に住んでる人とかのためのデートスポット!」
ちょっと迷路の奥とかに入れば大きなベンチなんかがあって…、と説明が。
「そこで語り合って、ムードが高まればその場で一発!」
「退場!!」
レッドカードが炸裂したのに、ソルジャーの喋りは止まらなくって。
「本来、そういう場所らしいんだよ、迷路とか、それっぽい植え込みだとか! だからカップルがそこに入って行ったら、もう暗黙の了解で!」
他の人は入るのを遠慮するのだ、とエロドクター仕込みの薀蓄が。なるほど、そういう話をしたくて植物園でデートをしてた、と…。
「そうなんだよ! あそこの庭は広いからねえ、こういう所に植え込みがあれば、とか、迷路があれば、とノルディが色々語ってくれてね…」
有意義なデートだったのだ、と満ち足りた表情ですけれど。刺激的な話がどうとか言ってましたし、シャングリラに迷路を導入するとか…?



「違うよ、刺激的だった方はオマケなんだよ」
植物園デートの単なるオマケ、と意外な言葉が。それじゃシャングリラに迷路を作るとか、エロドクターと迷路でデートごっこをしていたわけではないんですね?
「うん。せっかくの植物園デートだからねえ、あれこれ見なくちゃ損じゃないか」
「それで?」
お気に召すものでもあったのかい、と会長さんはまだ警戒を解いていません。レッドカードをいつでも出せるように構えていますが、ソルジャーは。
「ちょっとね、面白いものを見たものだから…。なんて言ったかな、ハエ取り草?」
「「「ハエ取り草?」」」
「それからモウセンゴケだっけ? ウツボカズラは凄かったねえ…!」
どれも餌やり体験をさせて貰ったのだ、と誇らしげなソルジャー。
「普通は餌やり、やらせて貰えないらしいんだけど…。そこはノルディの顔ってことで!」
ハエとかを食べさせて遊んで来た、と楽しそう。ということは、ハエ取り草だのモウセンゴケだのって、やっぱり食虫植物ですか?
「そうだよ、ぼくも実物を見たのは初めてでさ…! まさか植物が餌を食べるなんて!」
最高に刺激的な見世物だった、とソルジャーは食虫植物の餌やりを満喫して来たらしく。
「あんなのを楽しく見て来た後はさ、食べ物も刺激的なのがいいよね!」
「なんだ、そういうことだったのか…」
レッドカードを出すタイミングを間違えた、と会長さんが深い溜息。
「あんまり早くに出し過ぎちゃって、肝心の所で外しちゃった、と…」
「らしいね、慌てる乞食は貰いが少ないって言うんだろ? こっちの世界じゃ」
フライングすると失敗するのもお約束、とソルジャーはケーキをパクパクと。
「というわけでさ、ぼくは退場しなくていいから、ケーキのおかわり!」
「オッケー!」
どんどん食べてね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がソルジャーのお皿におかわりを。このケーキ、けっこうお腹にたまるような気がするんですけど…。おかわりまでして平気かな?
「平気、平気! 甘いお菓子は別腹だから!」
このケーキだってホールでいける、と言われてビックリ、ソルジャーの胃袋。あちらの世界の「ぶるぅ」の胃袋が底抜けなことは知ってましたが、ソルジャーも負けていませんでしたか…。フルコースを食べて来た上にケーキも二切れ、まだまだ居座りそうですねえ?



植物園で見た食虫植物が最高だった、と喜ぶソルジャーは、エロドクターが薀蓄を披露したかった迷路だか植え込みだかのデートスポットはどうでも良かったみたいです。エロドクターも御愁傷様、と思っていたら。
「それでね、ぼくは考えたんだよ」
ケーキのおかわりを頬張りながら、ソルジャーの瞳がキラキラと。
「…何を?」
会長さんがレッドカードを持って身構え、ソルジャーは。
「食虫植物は餌をおびき寄せるのに色々と工夫をするって聞いてさ…」
「するだろうねえ、でないと飢えてしまうしね?」
「そういうアイテム、こっちの世界じゃ色々と売られているみたいだよね」
「「「は?」」」
食虫植物が売られているなら分かりますけど、アイテムって…なに?
「アイテムだよ! 美味しそうな匂いとかで獲物を引き寄せて、逃げないようにガッチリ捕獲!」
「…そんな物は売られていないと思うが」
食虫植物の方ならともかく、とキース君が言うと。
「ああ、君の家には無いかもねえ! お坊さんやお寺は生き物を殺しては駄目だと聞くし」
「あんたにしてはよく知ってるな?」
「君に何度も聞かされたからね、戒律がどうとかこうとかって」
「生き物を殺さないのは基本だな。あれは殺生戒と言って、だ」
時ならぬ法話が始まりそうだったのを、ソルジャーが「そこまででいいよ」と遮って。
「とにかく、君の家にはそういう決まりがあるっていうから、アレも無いかも…」
「アレではサッパリ分からんのだが?」
「ほら、アレだってば、えーっと…。なんていう名前だったかなあ…」
思い出せない、とソルジャーは何度か頭を振ると。
「アレだよ、粘着シートだよ! こう、ゴキブリだとかネズミだとかを退治するための!」
「「「あー…」」」
アレか、と一気に理解しました。会長さんの家では見かけませんけど、いわゆるゴキブリホイホイとかです。組み立ててから餌をセットし、粘着シートで有害動物をくっつけて捕獲、ゴミ箱へポイと捨てるアレ…。
「分かってくれた? アレをね、使えないかとね…」
食虫植物で閃いたんだ、と言ってますけど、ゴキブリホイホイで何をすると…?



ソルジャーの閃きとやらはサッパリ分からず、ゴキブリホイホイ以上の謎。食虫植物からどう繋がるのだ、と悩んでいれば。
「餌だよ、餌! それでフラフラとおびき寄せられて、そのまま捕まっちゃう所!」
これを使って遊ぼうじゃないか、と妙な発言。ゴキブリだかネズミだかを捕りたいんですか?
「遊ぶも何も、ぼくの家にはそういったモノはいないから!」
ゴキブリもネズミも住み着いていない、と会長さんが床をビシィッ! と指して。
「君がおやつを食べ散らかしても、ぶるぅがきちんと掃除するから! ゴキブリもネズミも出てこないから!」
「それはそうかもしれないけれど…。ゴキブリを捕るとは言っていないよ?」
ネズミでもないし、とソルジャーはニヤリ。
「もっと大きくて凄いものだよ、ぼくが捕ろうと思っているのは」
「ドブネズミだって出ないから!」
会長さんが怒鳴って、キース君が。
「ドブネズミは流石にアレでは捕れんぞ、ドブネズミを捕るなら罠が要るな」
「ふうん…。殺生は駄目だと言ってる割には詳しくないかい?」
君の家でも捕るのかな、とソルジャーに訊かれたキース君は苦悶の表情で。
「俺の家にはドブネズミは出ないが、住職がいなくて普段は閉めてあるような寺なら出るんだ! そしてそういうケースはやむなく…」
「捕獲するのかい?」
「業者に頼むか、檀家さんが有志を募ってやるんだがな」
それであんたは何を捕るんだ、という質問。
「くどいようだが、俺の家にもドブネズミは出ない。その手のヤツを捕りたいと言うなら、ドブネズミ対策で難儀をしている寺をいくらでも紹介するが」
「それが、ドブネズミでもないんだな」
もっと大きくて素敵なものだ、とソルジャーは壁の方へと人差し指を。
「あの辺りに居る筈なんだけど…」
「ぼくの家にはネズミはいないと言ってるだろう!」
アライグマも住み着いてはいない、と会長さん。そういえばアライグマも害獣でしたか、屋根裏とかに住むんでしたっけ。後はイタチとか、そういったモノ。でも、どれも…。会長さんの家の壁の中なんかに住んでいるとは思えませんが…?



「分かってないねえ、壁の中ではなくって、向こう!」
壁の向こうだ、と言われた会長さんはキッと柳眉を吊り上げて。
「何もいないってば、この家にはペットも住んでないしね!」
「…ある意味、ペットに似ていないこともないけれど? 君のお気に入りの」
「どんなペットさ!」
ぼくはペットを飼ったこともない、と会長さん。けれど、ソルジャーは「そうかなあ?」と。
「いつも楽しそうに遊んでいると思ったけどねえ、アレと一緒に」
「アレって言われても分からないよ!」
「あの方角に住んでるアレのことだけど? …アレはアレだよ」
デカくてチョコレート色をしているのだ、という発言に嫌な予感が。さっきソルジャーが示した方角、教頭先生の家がある方では…?
「ピンポーン!」
それで正解、と明るい声が。まさかホントに教頭先生のことなんですか、アレとやらは?
「他に何があると? ブルーもお気に入りのペットで、デカくてチョコレート色をしたモノ!」
アレを捕ろう、とソルジャーは膝を乗り出しました。
「巨大ゴキブリホイホイと言うか、ハーレイホイホイと言うべきか…。餌を仕掛けて、おびき寄せてさ…。粘着シートで捕まえるんだよ!」
「ちょ、ちょっと…!」
あんなモノを捕ってどうするのだ、という会長さんの問いに、ソルジャーは。
「もちろん、食虫植物だってば! 食べるんだよ!」
「「「ええっ!?」」」
食べるって…。それはソルジャーが教頭先生を美味しく食べるという意味ですか?
「それ以外にどういう食べ方があると言うんだい? ハーレイを捕ったら、食べるのみだよ!」
「無理だから!」
君が食べたくても相手はヘタレ、と会長さんが反論を。
「ハーレイホイホイで捕まえたってね、ヘタレなんかは直らないから!」
「さあねえ、その辺はぼくにも謎で…。でもねえ、捕るのが面白いような気がしないかい?」
餌におびき寄せられてフラフラと…、と指を一本立てるソルジャー。
「そのままベッドにダイブしたなら、粘着シートっていうオチなんだけど!」
真っ裸なハーレイが粘着シートならぬ粘着ベッドにベッタリくっつく! という恐ろしいアイデアが飛び出しました。本気で教頭先生ホイホイ…?



「素っ裸で粘着シートにベッタリかあ…」
しかもベッドか、と会長さんが顎に手を当て、ソルジャーが。
「ベッタリくっついているわけだしね? ハーレイからは何も出来ない所がミソかな」
ぼくが食べようが、君があれこれ悪戯しようが…、と酷い台詞が。
「ほら、ぼくたちはサイオンで粘着シートを避けられるしね?」
「なるほどね! だったら、ぼくたちが餌になってもいいわけか…」
「そう、そこなんだよ、ぼくの狙いは!」
ベッドの上で餌になるのだ、とソルジャーは我が意を得たりという表情。
「ベッドまで来るように餌は撒くけど、最終的には本物の餌がベッドの上に! これでベッドにダイブしなけりゃ、どうすると!」
「…ダイブするだろうね、ハーレイならね」
「そしてベッタリくっつくんだよ! もう全身で!」
くっついたら最後、もう取れないのだ、と強烈すぎる教頭先生ホイホイとやら。ソルジャーが言うには、好みの部分に悪戯出来るよう、粘着液はデローンと伸びる仕様だそうですが…。
「ほら、水飴って言ったっけ? あんな感じで」
でも、くっついた獲物は逃さない! とソルジャーがブチ上げ、会長さんも。
「それはいいねえ、君の世界にそういうヤツがあるのかい?」
「あるねえ、ハーレイホイホイを作るんだったら持ってくるよ、アレ!」
ぼくのシャングリラの倉庫にたっぷりあるから、と頼もしいんだか、酷すぎるんだか分からない提案がソルジャーの口から。
「いい話だねえ…。わざわざ買ったり工夫したりって手間が要らないのは」
「そう思うだろ? 作ったらいいと思うんだけどね、ハーレイホイホイ!」
しかして、その実態は食虫植物! とグッと拳を握るソルジャー。
「ゴキブリホイホイとかに捕まったら、後は駆除されるだけなんだけど…。ハーレイホイホイは食べられる方で、運が良ければ天国に行ける仕組みなんだよ!」
死ぬ方じゃない天国だから、と注釈が。
「ぼくに食べられて見事に昇天、男冥利に尽きるってね!」
「…そうでなければヘタレで鼻血で失神なんだ?」
「君が思う存分、悪戯するのもアリなんだけどね!」
素っ裸な上に動けないから何をするのも自由なのだ、とソルジャーに煽られた会長さんは大いに心を揺さぶられた様子。教頭先生ホイホイなアイデア、どうなるんでしょう?



「その話、乗った!」
会長さんが叫ぶまでには五分とかかりませんでした。ハーレイホイホイ、もしくは教頭先生ホイホイなるもの、ソルジャーの世界の接着剤の力を借りて作られるそうで。
「…ゴールは粘着ベッドなんだね?」
それはこの家ではやりたくないな、と会長さん。
「面白いけど、ぼくの家のベッドの一つをハーレイなんかに提供したくはないからねえ…」
「えっ、でも…。クリスマスパーティーの時には泊まってないかい?」
ゲストルームに、とソルジャーが返すと、会長さんは。
「普通のゲストと、エロい目的でやって来るモノとは違うんだよ! だからベッドが問題で…」
何処かのホテルの部屋でも借りようかな、という呟きに、ソルジャーが。
「ぼくとしては、君の家を使うつもりでいたんだけれど…。ハーレイの家でもいいんじゃないかな、出掛けてる間に細工をすればね」
「そうか、ハーレイの家があったっけ!」
無駄にデカイ家と無駄に広いベッド、と会長さんがポンと手を打って。
「ハーレイのベッドも充分デカイし、あれなら迷惑を蒙るわけでもないからねえ…」
「ついでに、そのまま放置したって平気だよ、うん」
家の住人はハーレイだから、とソルジャーも大きく頷きました。
「君の家だと遊んだ後には剥がさなくっちゃいけないけどねえ、ハーレイの家なら放置もオッケーということになるし、よりゴージャスに!」
「遊べそうだねえ、思いっ切りね!」
あの家をハーレイホイホイにしよう、と結託してしまった悪人が二人。そうと決まればガンガン出て来るハーレイホイホイを巡るアイデア、ああだこうだと盛り上がった末に。
「うん、ノルディとのデートは実に有意義だったよ、食虫植物!」
「植物園デートのついでだろ、それ?」
「ノルディはそういう気なんだろうけど、ぼくの魂はアレに魅入られちゃったんだよ!」
素敵な餌やりタイムに乾杯! とソルジャーは自分に酔っ払っています。
「しっかり観察させて貰った甲斐があったよ、ハーレイホイホイを作れるなんてね!」
「ぼくの方こそ、いい思い付きに混ぜて貰えそうで嬉しいねえ…。それで、明日なんだね?」
「そう、こういうのは思い立ったが吉日だからね!」
誘引用の餌もたっぷり用意しよう、とソルジャーが言えば、会長さんが「接着剤の方も頼むよ」と声を。教頭先生の家が丸ごとハーレイホイホイとやらに化ける日、明日らしいですよ?



翌日は青空が高く広がる日曜日。会長さんのマンションから近いバス停に集まり、歩き始めた私たちの足は非常に重たいものでした。
「…教頭先生ホイホイだよね?」
本気だよね、とジョミー君が嘆けば、キース君が。
「あいつらだけでやってくれればいいものを…。なんで俺たちまで呼ばれるんだ!」
「ギャラリーだと言っていましたよ?」
いなければ張り合いが無いだとか…、とシロエ君。
「とりあえず、ぼくたちにお役目はついていないというのが救いですよ」
「そうなんだけれど…。相手は教頭先生ホイホイなのよ?」
どうせいつものモザイクコースよ、とスウェナちゃんが溜息をついて、私もフウと。教頭先生が真っ裸でベッドにダイブとなったら、スウェナちゃんと私はモザイクの世界。男の子たちはモザイクなんかは要らないでしょうが…。
「モザイク無しっていうのもキツイぜ、俺に言わせればよ」
パンツくらいは履いてて欲しいと思っちまうな、とサム君は言っていますけど。
「サム…。教頭先生のパンツ、アレだよ?」
例の紅白、とジョミー君が指摘し、サム君は青空を仰ぎました。
「あちゃー…。そうか、どう転んだって変な方にしかいかねえんだよな、こういうのはよ」
「そういうことだ。諦めるしかないんだが…」
だがキツイ、とキース君。
「そして、あいつら。とっくに準備を始めてやがるといった所か?」
「どうなんでしょう? まだ早いですし、これからなのかも…」
出来れば済んでて欲しいんですが、とシロエ君がぼやいて、マツカ君も。
「終わった後だと思いたいですね…」
なにしろアイデアがアレですから…、と遠い目を。そうする間にも会長さんの家との距離はどんどん縮まり、マンションの前に着いてしまって、管理人さんにドアを開けて貰って…。
エレベーターで上った最上階。キース君が玄関の横のチャイムを鳴らすと。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
入って、入って! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお出迎え。
「ブルーも来てるの、みんなが来るのを待ってるよ!」
「「「………」」」
教頭先生ホイホイの制作、終わっているのか、これからか。それがとっても気になります~!



飛び跳ねてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」の後ろに続いてリビングに行くと、会長さんと私服のソルジャーが待っていました。テーブルの上には封筒があって。
「やあ、おはよう。ブルーが色々持って来てくれてね」
「おはよう! 接着剤も持って来たけど、こっちを見てよ!」
ぼくと「ぶるぅ」のコラボなんだ、と封筒の中から写真がズラズラ。ソルジャーが青の間で「ぶるぅ」に撮らせたのでしょう、紫のマントの正装を順に脱いでゆく写真。
「ハーレイを釣るにはコレだと言っておいたよね、昨日! 思った以上にいい出来で!」
この写真とコレとがセットなのだ、と取り出された矢印のマークが書かれた紙。矢印に従って歩いて行ったら、ソルジャーの写真が次々と服を脱いでゆく仕組み。
「そして終点がハーレイの寝室、其処に粘着ベッドなんだよ!」
接着剤の方は見えないようにサイオニック・ドリームで誤魔化すのだ、と悪辣すぎるソルジャーのアイデア。ダイブしたならベッタリくっつく仕掛けなのに…。
「ぼくもぶるぅと一緒に用意しておいたよ、ベッドの天蓋!」
ムードたっぷりに演出しなきゃね、と会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がインテリアショップで時間外に調達して来たものは天蓋だとか。青の間のベッドにもありますけれども、あれよりももっとロマンティックにレースたっぷりに出来ているそうで。
「こんな感じに準備は出来たし、後はハーレイを追い出すだけだね」
ハーレイホイホイを作ってる間は立ち入り禁止、と会長さんが宣言すると、ソルジャーが。
「買い出しにでも行かせておけばいいのかな?」
「そんなトコだね、近所の店でいいと思うよ。でなきゃ本屋とか」
「ああ、本屋! そっちの方が時間の調整が便利そうだね」
キリのいいトコで本と意識を切り離してやれば戻って来るし、と頷くソルジャー。
「それじゃ本屋に行かせておくよ。えーっと…」
ハーレイの意識をチョイと弄って…、と独り言が聞こえ、間もなく「よし!」と。
「丁度ハーレイも本屋に行きたい気分だったらしくて、出掛ける用意は整ってたから…。ぼくが思念で合図するまで、立ち読みコースにしておいたよ」
「なるほど、出掛けたみたいだね。…それなら、そろそろ…」
「ぼくたちの方も出掛けなくっちゃね!」
ハーレイホイホイを作りに行こう! とソルジャーが拳を高く突き上げ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も高らかに。
「かみお~ん♪ しゅっぱぁ~つ!」
パアアッと迸る青いサイオン。私たちは逃げる暇さえ与えられずに、瞬間移動で教頭先生のお宅に向かって出発です~!



ドサリと放り出されるように着地した教頭先生の家のリビング。会長さんとソルジャーは早速、仕事に取り掛かりました。まずは写真と矢印から。
「玄関を入って直ぐに目に付く所となると…。この辺りかな?」
「ダメダメ、君はハーレイの身長の高さを分かっていない。此処だよ、此処!」
この高さ! とソルジャーが一枚目の写真を壁にペタリと。まだソルジャーの衣装を脱いではいなくて、補聴器だけを外して両手で持っている写真。
「ハーレイがどの辺を見るかも分かっていないだなんて…。君のハーレイへの愛はまだまだ足りていないね、もっと愛してあげないと!」
「そんな気があったら、ぼくはこの企画に乗ってないけど?」
ハーレイホイホイを作るだなんて、と会長さん。
「君はハーレイを食べる気満々かもしれないけどねえ、ぼくは悪戯する方だから!」
「ハーレイもホントに報われないねえ…。まあ、言い出しっぺはぼくなんだけど」
ついでに誘うのもぼくなんだけど、とソルジャーは写真の真下に矢印をペタリ。
「でもって、次の写真がこの辺り、とね」
マントの襟元を外した写真が壁に貼られて、ついでに矢印。そんな調子で写真と矢印がセットで貼られて玄関先から階段へ誘導、二階に上がれば寝室の方へとまっしぐらで。
「うん、いいねえ…! 我ながら惚れ惚れするストリップだよ」
「ぼくはこんなのは御免蒙るけどねえ…」
こんな写真は撮りたくもない、と会長さんがそっぽを向いていますが、ソルジャーは。
「ぼくは好きだな、こういうのもね! ぶるぅも覗きが大好きだからさ、カメラマンとしては最高なんだよ」
どんな恥ずかしい写真でも撮ってくれるし、と寝室の扉に貼られた写真は全裸のソルジャー。辛うじて腰の辺りにマントの端っこが纏わりついているといった感じで。
「これを見てグッと来なけりゃ男じゃないね! 絶対、扉を開けたくなるって!」
「だろうね、マント無しバージョンの写真を拝みに」
でも寝室の中に入ると…、と会長さんが扉を開けて寝室へと。明かりを点けて部屋をグルリと見回し、チッと舌打ち。
「相変わらずの部屋だね、妄想まみれの…。ぼくの抱き枕まで転がってるし!」
「あの抱き枕も長持ちだねえ…。流石はサイオン・コーティングだよ」
でも本日はコレに用事は無し、とソルジャーがベッドからどけた会長さんの抱き枕。そういう代物もあったんだっけ、と意識を手放したくなる部屋ですよねえ…。



寝室での作業は天蓋をセットすることから始まりました。男の子たちも手伝わされて枠を組み立て、教頭先生の大きなベッドにジャストなサイズの天蓋が。レースひらひら、真っ白なもの。それを天蓋にくっついた紐で持ち上げ、ベッドの中が覗けるように。
「ブルー、入ってみてくれる? ぼくが外から確認するから」
会長さんに声を掛けられ、ソルジャーが「うん」とベッドの上に乗っかって。
「この辺りかな? 君も一緒に座る予定だし、こんな風?」
流石はソルジャー、自分の隣に会長さんの幻影を作り出しました。会長さんは二人分の人影を眺めて「もうちょっとかな…」などと天蓋の開き具合を調整して。
「よし、出来た! これで最後の仕上げだけってね」
「ハーレイホイホイにはコレが無くちゃね!」
任せといて、とソルジャーが宙から取り出したバケツ。それの中身をベッドの上へとバシャリとブチまけ、教頭先生の広いベッドは一瞬の内に粘着ベッドに早変わりで。
「「「…やっちゃった…」」」
どう見てもベタベタ、触ったら最後、私たちもベッドに捕まるのでしょう。ハエ取り草だのモウセンゴケだの、ウツボカズラだのに捕まってしまった虫みたいに。しかも…。
「はい、総仕上げ~!」
種も仕掛けもございません! とソルジャーが何処で聞いて来たやら、見事な口上。粘着ベッドの接着剤はパッと消え失せ、普通のベッドが目の前に。これってサイオニック・ドリームですよね、触ったらベタリと貼り付きますよね?
「その通り! 触っちゃ駄目だよ、ハーレイホイホイに別のがかかっちゃ意味が無いから!」
「別の物体がくっつくって結末、ぼくたちの世界じゃ王道だけどね」
他の虫ならまだしも靴下、と会長さんが笑って、ソルジャーが目を丸くして。
「靴下って…。なんで、そんなのがくっつくわけ?」
「そりゃね、ゴキブリホイホイを置く場所は床だから…。もちろん隅の方に置くけど、ウッカリしてると人間が足を突っ込んじゃってさ」
「それで靴下! 分かった、君たちも靴下にならないように!」
下がって、下がって! と言われなくても、距離を取りたい粘着ベッド。ギャラリーの居場所はこの部屋なんだ、とソルジャーに凄まれてしまいましたし、教頭先生ホイホイなんかの発動現場に居合わせるなら、出来るだけ離れていたいですってば…。



ギャラリーの役目は見物すること。教頭先生が気付いてヘタレてしまわないよう、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が私たちの周りにシールドを張ってくれました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」も一緒です。教頭先生の目に入るものは会長さんとソルジャーだけで。
「もうハーレイを戻らせていいよね、本屋から」
「オッケー! ぼくたちは此処でポーズを取るとして…」
会長さんとソルジャーが粘着ベッドの上に上がり込み、お互いにチェックしながら服の襟元などを乱して「誘う」ポーズとやらを取る準備を。
私たちの前には「そるじゃぁ・ぶるぅ」が中継画面を用意してくれ、間もなく教頭先生が玄関を入る姿が映し出されて。
「おおっ!?」
なんだ、と教頭先生の視線が玄関先の写真に釘付け。補聴器を取ったソルジャーです。
「この矢印は…。何の印だ?」
こっちへ行くのか、と進んだ先にはマントを外そうとするソルジャーの写真。「ほほう…」と見惚れて矢印に沿って更に進めばマントが無くなり、教頭先生はゴクリと唾を。
「矢印の通りに歩いて行ったら、ストリップが拝める仕組みなのか?」
これは美味しい、とウキウキ、ドキドキ、階段を上がって寝室の方へとズンズンと。寝室の扉にはマントで辛うじて腰が隠れるソルジャーの写真なわけですから…。
「これを開けたら裸なのだな!」
バアン! と勢いよく扉を開けた教頭先生だったのですが。
「な、なんだ!?」
ベッドの上に真っ白な天蓋、しかもその下に…。
「おかえり、ハーレイ」
「ぼくのストリップはお気に召したかな?」
ゴールは一応、此処なんだけど…、とベッドの上から手招くソルジャー。私服姿の襟元が開いて、白い胸元がチラリチラリと。隣には会長さんが並んで座っていて。
「ブルーが提案したんだよねえ、たまにはこういう誘いもいいよね、って。それでね…」
ぼくもその気になっちゃって、と思わせぶりな視線を投げ掛ける会長さんも襟元のボタンが外れて鎖骨がチラリ。教頭先生の喉仏がゴクンと上下して。
「で、では…。そのぅ、このベッドは…」
「素敵な時間を過ごすためにと、天蓋まで用意したんだけどね?」
脱いでくれるなら来てもいいよ? という会長さんの誘い文句に、教頭先生はガッツポーズで。



「うおおおーーーっ!!!」
パパパパパーッ! と擬音が聞こえそうな勢いで服を脱ぎ捨て、紅白縞のトランクスをも脱いでしまった教頭先生、マッハの速さでベッドへとダイブ。その勢いで会長さんとソルジャーを二人纏めて食べる気だったか、会長さんだけのつもりだったかは知りませんが…。
「「「ひいいっ!!」」」
やった、と私たちが上げた悲鳴はシールドに覆われて部屋には響かず、代わりにベチャーン! と間抜けな音が。教頭先生、粘着ベッドに頭からダイブ、大の字でへばりついておられて。
「ううううう~~~」
うつ伏せに貼り付いておられますから、言葉はくぐもって聞こえません。思念波を使うことさえ頭に無いらしく、ひたすらパニック、もがけばもがくほど貼り付くベッド。
「どうかな、ハーレイホイホイの味は?」
会長さんが教頭先生の背中をチョンチョンとつつけば、ソルジャーが。
「こういう時にはお尻だってば! せっかく剥き出しなんだからねえ、触ってなんぼ!」
いい手触り! と、ソルジャーの手が教頭先生のお尻を撫で回しています。
「うー! むむむ~~~!」
「あっ、感じちゃった? それじゃ早速、ぼくからサービス!」
この接着剤は伸びが良くって、とソルジャーは教頭先生をサイオンでゴロンと転がし、仰向けに。スウェナちゃんと私の視界にはモザイクが入りましたが、教頭先生の身体の前面は接着剤にベッタリ包まれていて…。
「ふふっ、大事な所も接着剤まみれになっちゃってるけど…。ご心配なく、ぼくは御奉仕のプロだから! この状態でもプロ魂で!」
天国にイカせてあげるから、とソルジャーが教頭先生の身体に被さり、会長さんの方は。
「ブルーが天国を目指すんだったら、ぼくは悪戯を極めようかな? まずは足の裏!」
笑いながら天国に行きたまえ、とコチョコチョ、コチョコチョ、くすぐるのですから、教頭先生はどうにもこうにもならない状態。
「むむむむむ~~~っ!」
笑ってるんだか、鼻血なんだか、歪んだ顔では分からない境地。そうこうする内、声がしなくなって、ソルジャーが。
「…昇天しちゃったみたいだねえ?」
「笑い死にだと思うけど?」
どっちにしたってハーレイホイホイの役目は果たした、と会長さん。



「この手のヤツはさ、駆除してなんぼのアイテムだしね?」
「うん。食虫植物も食べてなんぼで、虫を殺してなんぼなんだよ」
これで完璧! と手を打ち合わせるそっくりさんたちは、教頭先生を放置で帰る気らしいです。この接着剤、三日は取れないらしいんですけど、えっと、明日からの学校は? 教頭先生、無断欠勤な上にゼル先生とかに見付かっちゃったら…。
「…ヤバくないか?」
キース君が青ざめ、ジョミー君が。
「ヤバイってば!」
助けなくちゃ、と思いましたが、助けに行ったら私たちまで貼り付く結末。ゴキブリホイホイにくっついた靴下みたいな末路は避けたいですし…。
「そこの君たち! ハーレイは放っておいて帰るよ、そろそろお昼の時間だろう?」
ソルジャーの声に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「かみお~ん♪ お昼御飯、みんな、何が食べたい?」
「「「………」」」
もういいか、と教頭先生をチラリ眺めて、お昼御飯のリクエスト。教頭先生、悪いですけど失礼させて頂きます。ハーレイホイホイからのご無事の脱出、心からお祈り申し上げます~!




             捕まれば最後・了


※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 ソルジャーが食虫植物から思い付いたのが、ハーレイホイホイ。ゴキブリホイホイと同じ。
 そして実行されてしまって、教頭先生、捕まってベッドにベッタリと。脱出不可能…?
 これが2019年ラストの更新ですけど、「ぶるぅ」お誕生日記念創作もUPしています。
 来年も続けられますように、どうぞよろしくお願いします。それでは皆様、良いお年を。
 次回は 「第3月曜」 1月20日の更新となります、よろしくです~!

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、12月は、キース君が疫病仏だと評価されてしまって…。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv









 今年もシャングリラに、クリスマスシーズンがやって来た。
 シャングリラで恐れられる悪戯小僧、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が一番暇になる季節。
(悪い子供には、サンタクロースがプレゼントの代わりに…)
 鞭を持って来ると聞いているから、この時期だけは悪戯出来ない。生き甲斐のような悪戯だけど、それをやったら「おしまい」だから。プレゼントの代わりに、靴下の中に鞭が一本。
(やだよ、そんなの…!)
 悪戯は我慢、とアルテメシアに降りてグルメ三昧、そういう日々を過ごしている。美味しいものを食べてさえいれば、悪戯のことは忘れられるし、お腹も舌も幸せになって…。
(うんと幸せ…!)
 幸せだもんね、と思う一方、気にかかるものがプレゼント。サンタクロースに何を頼むか、そこが問題。
(欲しいものをカードに書いて、吊るしておいたら…)
 サンタクロースが叶えてくれる、そういうツリーが公園にある。その名も「お願いツリー」。
 この素敵な木ががシャングリラの公園に出現してから、既に何日か経つけれど…。
(…何を頼むか、決まってないよ…)
 欲しいものなら、ブルーから貰ったお小遣いで買える。グルメ三昧やショップ調査に、船から外に出た時に。人類が出掛けるお店に入って、「これ、ちょうだい!」と、お金を払って。
 なにしろ「子供が欲しがるもの」だし、お小遣いだけで充分、足りる。シャングリラで暮らす子供たちより、うんと恵まれているのだから…。
(欲しいもの、って言われても…)
 急には思い付かないお蔭で、只今、絶賛「考え中」。グルメ三昧な毎日の中で。
(……困っちゃった……)
 本当は、欲しい物なら「ある」。
 けれども、それは片っ端から却下されたし、この先だって…。
(…叶いっこないよ…)
 無理なんだもん、と分かってもいる。
 大好きなブルーが焦がれ続ける、水の星、地球。
 サンタクロースは地球からやって来るのだけれども、その地球だけは「貰えないのだ」と。



(……そのお願いは無理なんだよ、って言われたり……)
 直訴しようとサンタクロースを捕まえてみたり、クリスマスの度に頑張ってはみた。それなのに、一度も成功しないし、地球の座標だって手に入らない。座標さえあれば、地球に行けるのに。
(…地球の座標をセットして…)
 ワープしたなら、シャングリラは地球に向かって飛び立つ。一瞬の内に空間を越えて、青い地球が見える場所に到着。そういう仕組みになっているのに、肝心の地球の座標というのが…。
(…地球は人類の聖地だから、座標なんかは最高機密で…)
 何処を探しても、未だに見付からないらしい。
 三百年も昔に、アルタミラとかいう場所を脱出してから、ブルーたちが、ずっと探しているのに。ありとあらゆる手段を試して、地球という星は何処にあるのか、と。
(…サンタさんに訊いたら、一発なのに…)
 なんたって地球から来るんだもんね、と思うけれども、叶わないのが、その「お願い」。
 今度こそは、と小さな頭をフルに使って、お願いツリーに吊るすカードを書いても、直訴する道を選んでみても、地球までの道は開かない。座標さえも手に入れられないまま。
 ブルーたちの努力に負けないくらいに、頑張っていると思うのに。毎年、知恵を絞るのに。
(…ホントのホントに、困っちゃうよね…)
 どうすれば座標が分かるんだろう、と今年も悩ませる頭。クリスマスは年に一回きりだし、お願い出来るチャンスも一年の内に一回だけ。
(あーあ……)
 気分転換に悪戯したいよね、と身体がウズウズし始めた。こういう時には、悪戯が一番。
(だけど、悪戯しちゃったら…)
 プレゼントの代わりに鞭が来るから、もう絶対に「やってはいけない」。
 どんなに悪戯したくても。どんなに考えに詰まってしまって、気分転換が必要でも。
(…ピンチだってばぁ…!)
 グルメなんかじゃ収まらないよ、と部屋から飛び出し、シャングリラの通路を跳ねてゆく。これがクリスマスの時期でなければ、悪戯を仕掛けて楽しむ場所を。普段だったら、うんと楽しく悪戯が出来る、ストレス発散にピッタリの船を。



『おい、来たぞ! しかもピョンピョン飛び跳ねていやがる』
『大丈夫だ。今の季節は何も起こらん』
『そうだった! うん、クリスマスの時期は安全だったな』
 よし、と飛び交うクルーの思念。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の方をチラリと眺めて、自分たちの持ち場で仕事を続行。まるで全く警戒もせずに、悪戯小僧なんかは見なかったように。
(……つまんないよう……!)
 怖がってさえも貰えないよ、と残念無念。いつもだったら、こうして跳ねていたならば…。
(みんなビクビクして縮み上がるか、御機嫌を取りに揉み手で、お菓子…)
 そういう感じになるんだけどな、とガッカリ気分がこみ上げてくる。気分転換にやって来たのに、逆にストレスが溜まりそう。
(…アルテメシアに行こうかなあ…)
 何か美味しいものを食べに、と思い始めた時、「こらぁ!」と罵声が轟いた。
「この先は悪戯禁止じゃ、小僧!」
 船の心臓部になるんじゃからな、と物凄い形相でゼルが立っている。いつの間にやら、機関部まで来てしまったらしい。
「クリスマスの前は、悪戯、しないも~ん!」
「時期を問わずじゃ、馬鹿者めが! 船が沈むわい!」
 絶対に手出しさせんからな、とゼルは頭から湯気を立てていた。「悪戯なんぞで、シャングリラを沈めるわけにはいかん」と、真剣に。「わしの目の黒い内は、何もさせんわい!」と。
「分かってるもん…!」
 そのくらい、とプイと怒って、自分の部屋へとヒョイと瞬間移動した。いくら悪戯小僧とはいえ、機関部に悪戯を仕掛けはしない。エンジンにも、ワープドライブにも。
(クルーにだったら、うんと悪戯するけれど…)
 機関部には何もしないもんね、と頬っぺたをプウッと膨らませた。
 このシャングリラの命とも言える、エンジンなどが詰まった機関部。何か不具合が起きた場合は、船が沈みはしなくても…。
(人類軍に見付かっちゃって、攻撃されることだって…)
 あるんだもんね、と首を竦めた。そんな事態を招きかねない悪戯なんかは、とんでもない、と。



(ぼくだって、ちゃんと分かってるのに…)
 ゼルは石頭だから分かってないよ、と禿げた頭を思い出したら、磨きたくなった。磨いてやったらスカッとするのに、クリスマス前だから、それも出来ない。
(うわぁーん!)
 叱られ損だよう、と泣きたい気持ち。機関部なんかに行ったばかりに、この始末。
(酷いよね…)
 ゼルなんかワープで飛ばされちゃえ! と思った所で、ハタと気付いた。地球の座標さえあれば、シャングリラはワープ出来るのだけれど…。
(……この船、ワープしたことないよ?)
 うんと昔は知らないけれど、と丸くなった目。歴史の勉強をさせられた時に、そう教わった。今はアルテメシアの雲海の中で、ミュウの子供を救出するために隠れている、と。
(…アルテメシアに来たのは、ずっと昔で…)
 それっきり、シャングリラはワープしていない。ワープドライブは一度も使われていない。
(…こんなに大きな船になったら…)
 ワープするのは大変だろう、と想像はつく。きっと大量のエネルギーが要るし、計算だって面倒になるに違いない。仕組みとしては、瞬間移動と「それほど変わらない」ようでも。
(…もっと小さい船だったら…)
 救出作業が無い時期なんかに、気軽にワープ出来ると思う。適当な座標を入力して、ヒョイと。
(そうやって、あちこち飛んでけば…)
 でたらめな座標を入れ続けていても、いつかは当たりが出たかもしれない。偶然、入力した座標。そこに転移したら、目の前に地球があった、とか。地球でなくても、ソル太陽系の中に出たとか。
(…ありそうだよね?)
 三百年ほどもあったんだもの、と目をパチパチと瞬かせた。そうなってくると、小回りの利く船があったら、地球だって…。
(見付けられるかも…!)
 これだ、と「お願い事」は決まった。
 幸い、自分は「うんと暇」だし、悪戯の合間に、地球を探しに行けばいい。思い付くままに座標を入力して。うんと小さな船を貰えばそれが出来るし、船よりは、もっと素敵な乗り心地の…。



 かくして「お願いツリー」に吊るされたカード。最初に発見したのはキャプテン・ハーレイ、彼は思い切り目を剥いた。「なんだ、これは!?」と。
「ソルジャー、とんでもないことになりました!」
 ぶるぅが何か企んでいます、とハーレイが駆け込んだ青の間。ソルジャー・ブルーは冬の風物詩のコタツに入って、のんびり生姜湯を飲んでいた。
「どうしたんだい、ハーレイ? この時期、ぶるぅは悪戯をしない筈だけれど?」
「そ、それが…。これが、ヤツの今年のリクエストでして…!」
 サンタクロースに、ぶっ飛んだものを注文しました、とハーレイが震える手で差し出したカード。そこには子供らしい字で、こう書いてあった。「ワープできる土鍋が欲しいです」と。
「……ワープが出来る土鍋だって?」
「は、はいっ! 恐らく、ワープ土鍋を使って、短距離ワープを繰り返して…」
 このシャングリラを混乱のるつぼに陥れる気かと…、とハーレイの顔色は悪いけれども、ブルーはクスッと笑って答えた。
「それだと、今とどう違うんだい? ぶるぅは瞬間移動が出来るよ?」
「あ、ああ…。そういえば…。それなら、ワープ土鍋というのは、何でしょう?」
「さあ…? それはぼくにも分からないよ」
 本人を呼んで訊いてみようか、とブルーは宙を見上げて声と思念で呼び掛けた。
「ぶるぅ?」
「はぁーい、呼んだ?」
 おやつ、くれるの? と瞬間移動で飛んで来た「そるじゃぁ・ぶるぅ」。なるほど、確かにワープ土鍋は、船の中では必要が無い。
「あのね、ぶるぅ…。サンタクロースへのお願いだけれど、ワープ土鍋で何をするんだい?」
 ブルーの問いに、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、得意そうにエヘンと胸を張った。
「地球を探すの! ぼくなら暇だし、いろんな座標を打ち込んでいれば、地球に行けるかも!」
 船より土鍋の方がいいもん、と瞳をキラキラ輝かせる。乗り心地は最高に違いないから、どんなに飛んでも疲れないよ、と。
「……うーん……。ぶるぅ、気持ちは嬉しいんだけど…」
 ワープ土鍋は危険すぎるよ、とブルーは首を左右に振った。運良く地球に行ける代わりに、運悪く人類軍の真っ只中に出ることもあるに違いない、と。



「……そっかぁ……。だけど、ぼく、ちゃんと逃げられるよ?」
 それに攻撃されても平気、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は自慢した。ブルーと同じでタイプ・ブルーだから、シールドも張れるし、問題ない、と。人類軍が大軍だろうと、逃げて来られる、と。
「それはそうかもしれないけれど…。逃げる時には、此処の座標を入れるだろう?」
「うん、そうだけど?」
「知ってるかい、ぶるぅ? ワープの航跡はトレース出来る」
 転移先の座標は特定可能だ、とブルーは苦い顔をした。ワープ土鍋が何処へ飛ぼうと、人類軍なら追跡できる。直接、シャングリラに帰らなくても、追い掛けられたら終わりなのだ、と。
「いいかい、いつまでも逃げ続けることは出来ないだろう? その内に船に戻るしか…」
 そうなった時は、このシャングリラが人類軍に見付かるんだよ、とブルーは言った。ワープ土鍋は便利そうでも、危険の方が大きいのだ、と。
「でも、ぼく、頑張って逃げるから…!」
「その内に力が尽きてしまうよ、船に戻らないと。…そうなれば、きっと土鍋ごと…」
 撃ち落とされておしまいになってしまうから、とブルーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に悲しげな顔をしてみせた。「もしも、ぶるぅが帰らなかったら、ぼくは、どうしたらいいんだい?」と。地球の座標は欲しいけれども、そのせいで「そるじゃぁ・ぶるぅ」がいなくなったら、とても辛い、と。
「え、えっと…。ワープ土鍋は、やめた方がいいの?」
「そうしてくれると嬉しいよ。それよりも、素敵な土鍋をサンタクロースに頼むのがいいね」
 土鍋コレクションが増えていくのも楽しいだろう、というブルーの勧め。ハーレイも隣で頷いた。「ソルジャーに心配をかけるのも駄目だし、船を危険に晒すのも駄目だ」と。
「ぶるぅ、ソルジャーの仰る通りだ。ワープ土鍋は、やめておきなさい」
「はぁーい! 普通の土鍋を貰うことにするね!」
 お願いカードを書き換えてくる! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は瞬間移動で消え去り、ハーレイが大きく息をつく。
「今年も、とんでもなかったですな…」
「ぶるぅも考えてくれているんだよ。ぼくのためにね」
 地球を探しにワープだなんて健気じゃないか、とブルーは微笑む。それも土鍋でワープだなんて、ぶるぅらしくて可愛らしいよ、と。「今年も素敵なクリスマスを迎えられそうだ」と。



 そして迎えたクリスマス・イブ。
 今年もハーレイはサンタクロースの格好をして、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋までプレゼントを届けに行った。大きな袋を肩に担いで、ついでに両手で特大の包みを抱え込んで。
「おっとっと…。この態勢はかなりキツイな、サイオンで補助してはいるんだが…」
 明日は確実に筋肉痛だ、と抱えているのは特大の土鍋。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の注文の品だし、落として割ったら一大事。割れはしなくてもヒビが入るだけで、土鍋は台無しなのだから。
(ヒビが入ったら粥を炊けばいい、と何処かで聞いたような気もするが…)
 それでも直ぐには炊けないからな、とハーレイが細心の注意を払って届けた土鍋。袋に入れて来たプレゼントの山も、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋にドッサリ置かれたから…。
「わぁーい、サンタさん、来てくれたんだぁーっ!」
 悪戯を我慢してて良かったぁ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、クリスマスの朝に歓声を上げた。一番大きな包みの中には、きっと土鍋が、とワクワクと開けて…。
「すっごーい、こういう土鍋もいいよね!」
 エキゾチックって言うんだっけ、と眺める土鍋は、それは見事な色とりどりの青。細かい模様が濃い青色やら薄い青色やらで描かれ、アラビアン・ナイトの絵本に出て来るお城のよう。
(…この中に、地球の色もありそう!)
 青い星だもんね、と様々な青を見詰めていたら、ブルーからの思念が届いた。
『ぶるぅ、公園にケーキの用意が出来てるよ。お誕生日おめでとう、ぶるぅ!』
 それに続いて、シャングリラ中の仲間たちからも…。
『『『ハッピーバースデー、ぶるぅ!!!』』』
 ケーキと御馳走が待っているよ、と公園に集まった仲間たち。乾杯しようと、主役を待って。
「ありがとう! ワープ土鍋じゃないんだけれど、素敵な土鍋を貰ったから…」
 それで公園に飛んで行くね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は早速、青い色の土鍋に乗り込んだ。蓋をサイオンできちんと閉めて、ブルーに思念で合図して…。
「ワープドライブ起動完了! 土鍋、発進!」
 公園までワープ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は土鍋ごとパッと瞬間移動でワープした。
 拍手喝采で出迎えられて、ハッピーバースデーの歌が始まり、乾杯、御馳走、それからケーキ。
 「そるじゃぁ・ぶるぅ」、今年もお誕生日おめでとう!!!
 青い土鍋でいつか地球まで、大好きなブルーと、青い地球まで行けますように…!




           ワープしない船・了


※「そるじゃぁ・ぶるぅ」お誕生日記念創作、読んで下さってありがとうございました。
 管理人の創作の原点だった「ぶるぅ」、いなくなってから、早くも2年以上。
 2007年11月末に出会ってから、干支が一周したというのに、寂しい限りです。
 ぶるぅの思い出に、お誕生日だったクリスマスには「お誕生日記念創作」。
 「そるじゃぁ・ぶるぅ」、13歳のお誕生日、おめでとう!
 2007年のクリスマスがお誕生日で、満1歳だった、ぶるぅ。今年で13歳ですv

※過去のお誕生日創作は、下のバナーからどうぞです。
 お誕生日とは無関係ですけど、ブルー生存EDなんかもあるようです(笑)←過去のお誕生日創作は、こちらからv











(んーと…)
 可愛いかも、とブルーが眺めたポニーの写真。
 学校から帰って、おやつの時間に広げた新聞、その中の記事。動物園の子供の国にいるポニー。子供たちが動物と遊べるように、と設けられている子供の国に。
(小さかった頃に…)
 ポニーの背中に乗せて貰った、両親と一緒に出掛けて行って。係の人に抱き上げられて。
 きちんと鞍もついていたから、子供の目には立派な馬に見えたのだけれど。得意になって背中に乗っていたのだけれども、新聞の記事に載っているポニーは…。
(今、見たら小さい…)
 飼育係の隣に立っているポニー。記憶では大きな馬だったけれど、子馬のようにも見えるほど。本物の馬はもっと大きいと知っているから、ずいぶん小さかったと分かった。幼かった頃に乗ったポニーは。頼もしい背中をしていた馬は。
 けれどポニーは力持ちだとも書いてある。人を乗せていても、時速四十キロくらいは充分出せる馬だと。子供ではなくて、大人が乗っても。
 それを読んだらホッと安心、今よりもずっと小さかった自分は全く重くはなかっただろう。何か背中に乗っているな、と思われた程度だっただろう。力持ちなポニーだったのだから。
(他にも色々…)
 子供の国にいる動物たちの写真。幼稚園の頃の自分が仲間になりたいと願ったウサギもいれば、リスも手乗りの鳥たちも。
 「大人の方も是非どうぞ」とも書かれてあった。子供の国でも遠慮しないで、と。
 動物園は子供たちだけのための場所ではないから、動物たちと遊びに来て下さいと。



 子供の国は楽しそうだし、他の動物たちを見て回るのも面白いだろう。鼻のシャワーで水浴びをしている象を眺めたり、カバの欠伸で口の大きさを実感したり。
 他にも色々、見るものは沢山ありそうだけれど。ライオンもキリンも好きだけれども…。
(やっぱり、子供が行く場所だよね?)
 大人の方もどうぞ、と書かれる辺りからして、動物園の主なお客は子供。行きたがるのも子供が殆どなのだろう。ポニーに乗ったり、ウサギやリスと遊びたがるような年頃の。
(ぼくだって、ハーレイとデートするなら…)
 動物園に連れて行って、と頼みはしないという気がする。なんだか少し子供っぽいから。
 水族館とか植物園ならデートにも向いていそうだけれども、動物園はちょっと、と。
 なにしろ子供が主役の所で、子供の国とは違う場所でも、きっと子供がいることだろう。両親に連れられてやって来た子や、幼稚園などの先生に引率された子供たちやら。
(大人が行くなら、子供連れで…)
 動物園はそういう所。小さな子供を連れてゆく場所、動物たちに会いたがる子を。
 けれど、自分は産めない子供。
 いつかハーレイと結婚したって、子供は決して生まれて来ない。新しい小さな家族は増えない、動物園に行きたがる子は。



 だからハーレイと一緒に動物園には行かないよ、と新聞を閉じて戻った部屋。おやつのケーキは食べてしまったし、紅茶も綺麗に飲み干したから。
 勉強机の前に座って、頬杖をついて考える。動物園とは縁が無さそう、と。
(ぼくたちに子供はいないんだから…)
 ハーレイと二人で出掛けて行っても、少数派。動物園でデートというのは聞かないから。
 連れてゆく子供がいない以上は、動物園にはきっと行かないだろう。男同士では子供は生まれて来ないし、「動物園に連れて行って」と強請られることも無いのだから。
(子供、欲しいとは思わないけれど…)
 欲しいかどうかも考えたことすら無かったけれども、ハタと気付いた今の世の中。
 自分たちのように子供が出来ないカップルの場合、養子を迎えることも多いのだった。男同士や女同士のカップルだけれど子供はいます、という人たち。
 ただし、肝心の養子になる子は、気長に待つしかないのだけれど。
 前の自分が生きた時代と違って、自然出産に戻った時代。おまけに平和で、豊かな世界。両親を失くした可哀相な子供は滅多にいないし、引き取ろうという親戚の数も多いのだから。
 養子を迎えたいカップルは確か登録するのだったか、役所に行って。そうしておいたら、いつか子供が見付かった時に連絡が来る。この子を育ててみませんか、と。
 そういう時代に生まれて来たのに、子供が欲しいとも全く思っていなかった自分。子供は決して生まれないから、いないものだと頭から決めてかかっていた自分。
 養子を迎える気にならないのは、前の自分の記憶を持っているからだろうか?
 機械が子供を作った時代に生きていたから、子供は誰でも必ず養子だったから。機械が養父母を勝手に選んで、其処へ子供を届けていたから。



 マイナスのイメージしか無いのだろうか、と思った養子。前の自分が出会った幼い子供たち。
 養父母の家で育っていたのに、ミュウだと分かってシャングリラに来るしか無かった子供。
(アルテメシアにも動物園があったけど…)
 エネルゲイアにもアタラクシアにも、それは立派な動物園。人類の親子連れに人気だった施設、いつ見てもいた子供たち。養父母と一緒に、はしゃぎながら。
 白いシャングリラに動物園は無かったけれども、作ろうとも思っていなかった。自給自足で船の中だけが全ての世界。無駄な生き物は乗せられないから、動物園などは夢のまた夢。
(でも、サイオニック・ドリームでなら…)
 見せてあげられたのかもしれない、あの子供たちも好きだったのだろう動物園を。
 あるいは立体映像を使って、専用の部屋で様々な動物を見られるようにしておくだとか。
(……動物園……)
 作ってあげれば良かったと考えるのは、今の自分が動物園を知っているからだろう。楽しかった思い出を失くさないままで、大きく育ったからだろう。
 前の自分は全く思いもしないで、ヒルマンたちにしても事情は同じ。動物園の案は出なかった。
 子供たちのために動物園をと、誰も考えなかった船。
 今とは何かと事情が違った、動物園にしても、それが好きだったろう子供たちにしても。
 動物園に出掛ける親子たちは皆、血が繋がってはいなかった。子供は養子で当たり前。動物園で作った思い出でさえも、いつかは子供の記憶から消える。
 成人検査で不要と判断されたなら。大人になるには要らないものだと、機械が判断したならば。
 子供たちのための情操教育、そのためだけにあった動物園。
 将来に役立つような思い出を持っていなかったならば、動物園の記憶は消されておしまい。ただ漠然と残る程度で、動物の知識があれば充分。



 そういう時代に、前の自分は生きていた。白いシャングリラの子供たちにも動物園を、と考えもしなかったような時代に。今とは全く違った世界に。
 今の自分なら、動物園を作るだろうに。子供たちがきっと喜ぶから、と長老たちを集めた会議で案を幾つも出すのだろうに。
(それじゃ、子供も…)
 今の時代に生まれたからには、欲しいと思うべきなのだろうか。
 ハーレイとの間に子供が欲しいと、二人で育ててゆきたいと。前の自分は夢にも思わず、子供は考えもしなかったけれど。
(ハーレイとの子供…)
 結婚するなら、やはり子供は欲しいと思うのが普通だろうか。今の時代は。
(でも、生まれないし…)
 男の自分は子供を産めない。どう頑張っても作れはしない。
 養子はちょっと、と思うけれども、前の自分の考え方を引き摺ったままで生きているのが自分。
 今では養子の事情も変わった、そう簡単には貰えない養子。
 機械が作って、勝手に選んで渡されるのとは違った子供。登録しておいて長い間待って、やっと貰える自分たちの子供。十四歳になっても、成人検査で取り上げられることはない子供。
 そういう養子を育てているカップルが存在する世界ならば、考え方もやはり変わるだろう。
 自分は何とも思っていなかったけれど、今の自分よりも長い時間を生きているハーレイ。
 今の世界で三十八年も生きたハーレイの方は、子供が欲しいのかもしれない。
 そういう話題にならなかっただけで、ハーレイは欲しいかもしれない子供。
 いつか結婚したら子供が欲しいと、二人で子供を育ててゆこうと。



(だったら、子供…)
 養子を貰うべきなのだろうか、ハーレイが子供が欲しいなら。育てたいと思っているのなら。
 それに、今の自分とハーレイの両親たちのためにも、子供は必要なのかもしれない。
 ハーレイも自分も一人息子で、他に兄弟はいないのだから。
 両親たちに孫の顔を見せてあげたいのならば、養子を貰うべきだろう。血の繋がっていない子供でも、今の時代は養子も実子も同じ扱い。本物の子供。
 ハーレイには子供、両親たちにとっては孫になる養子。そういう子供が必要だろうか?
(どうなの…?)
 子供は要るの、と急に心配になってきた。
 思ってもみなかった、自分たちの子供。ハーレイと二人で育てる子供。
 いつも結婚ばかりを夢見て、幸せな将来ばかりを思い描いて生きて来たけれど、その中に子供の姿は無かった。ただの一度も。
 頭に浮かぶ夢と言ったら、ハーレイと二人で暮らすことだけ、二人でやりたいことばかり。
(ぼく、勝手すぎた…?)
 あまりにも自分勝手な夢ばかりを見て、自分が世界の中心になっていたろうか。ハーレイは自分一人のものだと、二人きりで暮らしてゆくのだからと、周りが見えてはいなかったろうか。
(…子供…)
 ハーレイが欲しいと言うのだったら、考え方を改めなければいけないだろう。
 最初はハーレイと二人きりでの暮らしであっても、いつかは子供。登録して待った子供を迎えて家族が増える。新しい家族を二人で育てる。
(赤ちゃんが来るか、少し育った子供が来るか…)
 それは全く分からないけれど、どちらでもきっと大丈夫だろう。
 幸い、子供は前の自分だった頃から好きだし、大切に育てられる筈。
 ハーレイと二人きりの生活は消えて無くなるけれども、子供のいる家もいいものだろう。自分は欲しいと思わないけれど、ハーレイがそれを望むなら。
 子供が欲しいと思っているなら、二人で子供を育ててゆこう。縁あって家に来てくれた子を。



 いずれは子供を育ててゆくのか、ハーレイと二人きりで生きてゆく方なのか。
(ハーレイに訊かなきゃ…)
 子供が欲しいのか、そうではないのか。忘れないで訊ければいいんだけれど、と考えていたら、仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから。
 これは訊かねば、とテーブルを挟んで向かい合うなり、こう切り出した。
「ねえ、ハーレイは子供は好き?」
 赤ちゃんも、少し育った子供も、大きな子供も。
「好きだぞ、もちろん」
 でなきゃ教師をやっているわけがないだろうが。子供相手の仕事が殆どなんだから。
 道場で指導もしてないだろうな、子供が好きでなければな。…自分の技を磨くだけなら、指導でなくても対戦相手はいくらでもいる。腕が立つ大人しか来ない時間もあるんだから。
「そっか…」
 ハーレイ、子供が好きなんだ…。前のハーレイも子供好きだったけど…。
「おい、どうかしたのか?」
 俺が子供を好きなのかどうか、そんなのを訊いてどうするつもりだ?
 そもそも、お前が子供だろうが。まだまだ立派にチビなんだから。
「んーとね…。子供、好きなんだったら…」
 ハーレイ、やっぱり子供が欲しい?
「はあ?」
 子供ってなんだ、なんの話だ?
 欲しいかどうかって、子供はその辺で拾えやしないぞ、いくら好きでも。



 拾って帰ったら人攫いじゃないか、とハーレイが両手を軽く広げてみせるから。
 懐かれても連れて帰れやしない、と肩も竦めてみせるから。
「違うよ、他所の子供じゃなくって、ぼくたちの子供」
 結婚した後に欲しいかどうかって訊いてるんだよ、ぼくとハーレイとで育てる子供。
「おいおいおい…」
 気が早すぎるにもほどがあるだろう、お前。今、何歳だ?
 最短コースで結婚したって十八歳だぞ、何年あると思っているんだ。
 それに子供は生まれないが…。
 いくらお前がチビにしたって、そのくらいは分かる筈だがな?
 男同士じゃ、子供は生まれはしないってことは。
 …もっとも、前の俺たちが生きた時代は、ごくごく普通のカップルでも子供は出来なかったが。
 あの時代の子供は人工子宮で作られるもので、結婚したって決して生まれやしなかった。
 トォニィが生まれてくるよりも前は、何処のカップルでも子供は養子で…。
「でしょ?」
 だからね、前のぼくは本物の子供というのを知らないんだよ。
 トォニィたちには会ったけれども、本当に会ったというだけだから…。
 お母さんのお腹から生まれて育っていく姿を見てはいないし、ホントに知らないのと同じ。
 自然出産で生まれた子です、って聞いたら凄いと思ったけれど…。
 本当に本物の子供なんだ、って感動したけど、そのことを深く考えるよりも前に死んじゃった。
 前のハーレイとぼくが男同士じゃなかったんなら、子供が生まれるんだってこと。
 それに気付くよりも先に死んじゃったんだよ、前のぼくには時間が残っていなかったから…。



 そのせいで頭が回らなかった、と打ち明けた。
 結婚したなら普通は可愛い子供が生まれて、二人で育ててゆくものなのに、と。
「…ぼくはまだ十四年しか生きてないから、前のぼくの考え方に近いみたいで…」
 普段はそうでもないんだけれども、子供についてはそうみたい。
 前のぼくが欲しいと思っていなかったせいで、要らないと思っているんだよ、きっと。
 ハーレイと二人で暮らすことしか考えてなくて、いつも子供のことなんか抜きで…。
 結婚したらやりたいことが山ほどあるのに、子供は入っていないんだよ。…ぼくの夢には。
 ぼくは欲しいと思ってないけど、ハーレイは欲しい?
 せっかく結婚出来るんだものね、二人で子供を育ててみたい…?
「うーむ…。俺とお前の子供ってことか…」
 本当にお前が産むんだったら、欲しくないこともないんだろうが…。
 お前と二人きりの時間が減るとしてもだ、欲しいと思っちまうんだろうが…。
「やっぱり?」
 ハーレイは子供、欲しいんだね?
 ぼくとハーレイとで育てていく子。…二人きりの時間が減っちゃっても。
「そりゃまあ、なあ…。子供は好きだし、俺の家には子供部屋まであるからな」
 いつか子供が生まれた時には使うつもりでいたのは確かだ。…そのための子供部屋なんだから。
 しかしだ、お前を嫁さんに貰う以上は、そいつは出来ない相談だし…。
 お前は子供を産めやしないし、諦めるしかないってこった。
 とうの昔に覚悟は出来てる、それで後悔したりもしない。子供は無しの人生でもな。
 お前さえいれば俺は充分、幸せに生きていけるんだから。
 生まれるわけがない子供まで欲しいと欲張っていたら、ロクなことにはならんと思うぞ。
 神様の罰が当たっちまって、今度もお前を失くしちまうとか…。



 それは勘弁願いたいから、とハーレイは子供は要らないらしい。
 子供は好きだと聞いたのに。…今の自分が産めるのだったら、本当に欲しいらしいのに。
「ねえ、子供…。ぼくは産んではあげられないけど…」
 養子だったら貰えるよ?
 どのくらい待つのか分からないけど、登録しておけば養子を貰える仕組みがあるでしょ?
 それで子供を貰ったカップルみたいに、ぼくたちも養子。
 ハーレイと二人で育てられるよ、ぼくたちの子供。
 …そういう子供を貰ってもいいよ、ぼく、頑張って育てるから。ハーレイとぼくの子供だもの。
「養子という手は、確かにあるが…」
 前の俺たちが生きた時代のことを思えば、今の養子は本物の子供並みではあるが…。
 しかし、養子は貰わなくてもいいんじゃないか?
 いや、貰わない方がいいだろう。…俺たちの場合は、その子供は。
「なんで?」
 どうして貰わない方がいいわけ、ぼくたちが男同士だから?
 今の時代は男同士のカップルの子供も、そう珍しくはない筈だけど…。
 うんと幸せに育ててあげたら、きっと子供も喜びそうだよ。
 ハーレイみたいなお父さんがいたら、絶対、自慢出来るもの。世界一のお父さんなんだ、って。
 柔道も水泳もプロ級なんだし、料理も得意で、カッコ良くて…。
「それを言うなら、お前の方だって自慢の親になれそうなんだが…」
 不器用すぎるサイオンはともかく、見た目はソルジャー・ブルーだからな。
 もうそれだけで自慢の種に出来るってモンだ、スポーツも料理もまるで駄目でも。
 だが、俺たちには子供はいない方がいい。
 自然に生まれて来たならともかく、貰ってまではな。



 それだけはやめた方がいい、とハーレイの顔から消えた笑み。養子は駄目だ、と。
「…お前、今度は俺と一緒に死ぬとか言っていないか?」
 独りぼっちで残りの人生を生きるよりかは、俺と一緒に死ぬ方がいいと。
 お前の寿命が縮んじまっても、まだ生きられる命を捨てちまっても。
「言ってるけど…。だって、独りぼっちは嫌だもの」
 前のハーレイを独りぼっちにしてしまったけれど、悪かったと思っているけれど…。
 それとこれとは話が別だよ、ぼくは一人じゃ寂しくて生きていけないから…。
 ハーレイと一緒に連れて行ってよ、その方がいいに決まっているから。
「それだ、そいつが問題なんだ」
 お前が俺と一緒に死ぬってことはだ、もしも養子を貰っていたら…。
 両親をいっぺんに失くしちまうんだぞ、その子供は。
 事故でもないのに、二人ともを。…そんな可哀相なことが出来るか、自分の子供に。
「でも…。子供だって大きくなってるんだよ、その頃には」
 とっくに子供じゃなくなっているし、結婚して子供も孫も、曾孫もいるんだろうし…。
 もう寂しいって年でもないから、大丈夫だろうと思うけど…。
「それは違うな、お前は大きな考え違いをしているぞ」
 たとえ何歳になっていたって、自分の親は親なんだ。
 生みの親だろうが、育ての親だろうが、自分の親には違いない。
 物心ついた時からずっと一緒で、その前からも育ててくれてた大切な人で、代わりはいない。
 失くしちまったら、心にぽっかり穴が開いちまって、その穴は二度と埋まらないんだ。
 時が経ったら穴は少しずつ塞がりはするが、完全に消えてしまいはしない。
 そんな穴がだ、一度に二つも開いちまったら、可哀相すぎるぞ、俺たちの子供。
 幸せに育っていればいるほど、穴はデカいのが開くんだから。
 …前の俺がお前を失くしている分、今の俺にも分かる気がするな。どんなに悲しくて辛い思いをすることになるか、まだ未経験な今でもな…。



 ハーレイの両親は健在だけれど、今の年まで生きて来た間に出会ったという幾つものケース。
 肉親を亡くした人の悲しみ、それをハーレイは見聞きしていた。
 今は人間は皆ミュウになって、姿だけでは本当の年が分からないほどに誰もが若い。年を取った人でも自分の好みで老けたというだけ、中身は元気で達者なもの。かつてのゼルやヒルマンがそうだったように。
 寿命を迎えて身体が衰え始めていっても、姿は変わらず若いまま。ソルジャー・ブルーの晩年のように、若い姿を保ったまま。
 そうして命の灯だけが弱くか細くなっていった末に、フッとかき消えてしまうから。元気だった頃の姿そのままで、魂だけが飛び去るから。
 人類の時代だった頃より、悲しみが余計に深いという。誰かを亡くしてしまった時の。
 生きているとしか思えない姿で眠っているのに、その目は二度と開かないから。
 永遠の眠りに就いてしまって、もう目覚めてはくれないから。
 肩を揺すれば、起きそうなのに。声を掛ければ、パチリと瞼が開きそうなのに。
 なのに、戻っては来ない魂。
 眠っているようにしか思えない人を、大切な人を墓地へと運んでゆくしかない。逝ってしまった人たちの身体が眠るための場所へ、家のベッドとは違う所へ。



「お前の年では、まだ知らないかもしれないが…」
 そういう悲しい別れってヤツを、聞いたことはないかもしれないが…。
 まだまだチビだし、出会うヤツらもチビばかりって所だろうしな。
「うん、知らない…」
 お葬式はまだ見たことがないし、行った友達もいないから…。
 パパやママも行ってないんじゃないかな、行ってたとしても親戚じゃないよ。聞いてないもの。
 お祖父ちゃんたち、みんな元気だし…。ぼくが知ってる親戚の人は。
「やっぱりな…。だから子供が育った後なら大丈夫だなんて言えたわけだな」
 何歳になっていたとしてもだ、親が死んでも平気なヤツなんていやしない。
 有難いことに、俺も身内じゃまだ知らないが…。
 友達の中に、何人か混じってるんだよな。親じゃないがだ、親戚を亡くしちまったヤツが。
 もちろん平均寿命なんかはとうに超えてて、大往生っていうヤツなんだが…。
 葬式に行ったら、その人の子供が涙をポロポロ零してるわけだ。まるで本物の子供時代に帰ったみたいに、親の名前を呼びながらな。
 周りのヤツらも貰い泣きだし、顔を知ってる親戚だったら自分も悲しいわけなんだし…。
 俺の友達も、俺に話をしながら泣いてたもんだ。「優しいお爺ちゃんだったのに」とかな。
「そうなんだ…」
 平均寿命を超えてた人なら、子供だって三百歳くらいになっているよね…。
 それでもポロポロ泣いちゃうんなら、ぼくたちの子供がいたならホントに泣きじゃくるよね…。
 ぼくとハーレイが一緒にいなくなっちゃったら。
 二人いっぺんに死んでしまったら、涙だけじゃ済まないに決まっているよね…。



 ハーレイの話を聞いたら分かった。もしも養子を迎えたならば、悲しませることになるのだと。
 どんなに幸せに育てたとしても、最後の最後に辛い思いをさせるのだと。
 前の自分は独りぼっちで泣きじゃくりながら死んだけれども、子供は生きてゆかねばならない。きっと子供も孫もいるから、その人たちのために「もう大丈夫」と涙をこらえて。
 泣き叫びたくても、微笑むしかない。子供たちを心配させないように…。
「分かったか。…だから、俺たちには子供は要らない」
 いつか必ず悲しい思いをさせると、最初から分かっているんだからな。
 お前が子供が欲しいと言うなら話は別だが、そういうわけではないんだろうが。
 子供はいた方がいいだろうか、と俺に訊くほどなんだし、本当に想像もしていなかったな?
「さっきも言ったよ、一度も考えたことが無かったから、って」
 前のぼくだった頃から、ホントに一度も。
 結婚したら子供がいるのが当たり前だってこと、全く気付いていなかったから…。
 子供はいなくてかまわないんだよ、ハーレイがいてくれればいいよ。
 ハーレイと二人で暮らしていけたら、ぼくはそれだけで幸せ一杯なんだから。
「俺もお前がいればいいのさ、子供を産んでくれるんだろう嫁さんよりも」
 お前しか嫁に欲しくはないから、お前が子供を産めない以上は子供も要らない。
 子供部屋の出番は無くなっちまうが、俺たちで好きに使おうじゃないか。
 お前と二人で色々なことに。
 模様替えすれば、どんな部屋にでも出来るぞ、子供部屋とは違う部屋にな。
 お前専用の昼寝部屋にでも、お前好みの本を集めた書斎でも。…書斎が二つもいいよな、うん。



 俺の書斎は元からあるから、もう一つ作るのも悪くないな、とハーレイが微笑む。書斎が二つもある家は滅多に無いだろうから、そういう家にするのもいいと。
「お前も本を読むのが好きなクチだし、書斎はいいぞ。…喧嘩の時にも役立つだろうし」
「喧嘩?」
 どうして其処で喧嘩になるわけ、本を投げたら武器にはなるけど…。傷んじゃうよ?
「分かっていないな、お前が書斎に立て籠るんだ」
 飲み物や菓子を山ほど抱えて入って、中から鍵をかけちまう、と。
 俺が「すまん」と外で土下座してても、知らん顔して本を読みながら菓子を食うのさ。
 いい砦だと思うがな?
 好きなことをしながら俺を苛めるには、書斎に籠るというのはな。
「…そういう使い方が出来るんだ…」
 本があったら退屈しないし、飲み物とお菓子があったらいいかな…。
 だけど、ハーレイが土下座しているのに、知らんぷりしてお菓子はちょっと…。
 ぼくなら直ぐに開けると思うよ、書斎の鍵。
 それに喧嘩もしないと思うな、ハーレイを放って立て籠るような凄い喧嘩は。
「そうか、それなら俺も助かる。お前、前と同じで頑固だからなあ、妙な所で」
 立て籠ったら最後、出て来ないかと思ったが…。土下座さえすれば扉が開く、と。
 ところで、お前、どうしてそういう発想になったんだ?
 書斎じゃなくてだ、子供の話。
 いきなり「子供は欲しいか」だなんて、いったい何をしたんだ、お前?
「えーっと…」
 えっとね、最初はポニーなんだよ。
 動物園にある子供の国でね、小さかった頃に乗ったんだけど…。
 ポニーとかウサギが載ってたんだよ、新聞の記事に。大人の人も遊びに来て下さい、って。
 でもね…。



 動物園でデートは無理だと思った、と話したら。
 子供連れの大人が多い所で、子供のいない自分たちには似合わない気がしたと話してみたら。
「そこから子供の話にまで飛ぶのか、お前の頭は」
 シャングリラに動物園を作ってやれば良かったというのは、辛うじて理解の範疇なんだが…。
 どう間違ったら、俺とお前の間に子供という方向へ行くんだ、まったく。
 しかも子供は生まれないから養子だと来た、挙句の果てに俺に質問とはな。
 子供は好きかと、好きなら子供も欲しいだろうかと。
「変だったかな?」
 ぼくは真面目に考えたのに…。
 子供はいなくて当たり前だよね、っていうのは自分勝手で間違ってたかと思ってたのに…。
「変だと言うより、考えすぎだ」
 前のお前だった頃からそうだな、余計なことまで心配するんだ。
 ドンと構えていろと言っても、なんだかんだと気を回してはソルジャー自ら動いてたってな。
 ソルジャーはそんなことまでしなくていい、とエラが何回言ってたことか…。
 視察の時にもそうだった。一つ聞いたら十くらい先まで考えちまって、後から俺に提案なんだ。こうした方が良くはないかと、まだ始まってもいないようなことを。
 始めないことには分かりませんから、と俺が答えたら「でも…」と自分の考えを挙げて、結果の方も何種類もズラズラ羅列して…。
 どう考えたらそっちに行くんだ、と思うくらいに悪いケースばかりを想定してな。
 あの頃のお前を思い出したぞ、動物園から子供の話に飛んじまったヤツ。
 子供が産めなくて何が悪い、と堂々としてりゃいいのに、お前…。
 男なんだから産めなくて当たり前だし、子供がいないカップルだって珍しくない世の中なのに。
 二人きりの暮らしが好きなんです、って言ってる普通のカップルだって多いんだがな…?



 考えすぎはお前の悪い癖だ、と額を指で弾かれたけれど。
 面白かったからいつかデートに行くか、と誘われた。行き先はもちろん、動物園。
 子供連れが多いと気付いたらまた、「子供が欲しい?」と訊きそうだから、と。一人であれこれ考えてしまって、「やっぱり養子…」と真剣な顔になりそうだから、と。
「そうなった時は、こう言ってやる。お前が産むなら子供もいいな、と」
 お前が産んだ子供じゃないなら、わざわざ育てなくてもいい。
 子供のためにも、それが一番なんだから。
「…だけど、ハーレイのお父さんや、ぼくのパパたち、子供、欲しがらないのかな?」
 養子でもいいから孫に会いたい、って思わないかな、結婚したら。
 いつまで待っても、ぼくに子供は出来ないんだし…。
「分かってくれるさ、俺たちの結婚を許してくれた段階でな」
 男同士のカップルなんだぞ、子供は無理だと誰が考えても分かるだろうが。
 生まれないからには養子しか無いが、貰うかどうかは俺たち次第だ。
 俺たちが欲しいと言わない以上は、貰えとは決して言わないだろうな。
 自分たちだって子供を育てていたわけなんだし、その分、余計に。
 考えがあって二人きりの暮らしを選んだんだな、と俺たちの親なら分かってくれる。
 だから余計な心配は要らん、子供だなんて。
 俺だって、お前が産むんでなければ、子供無しでもかまわないってな。



 親父たちには、孫がいない分まで親孝行をすればいさ、と言われたから。
 結婚しても子供が生まれない分は、そうして埋め合わせをしてゆこう。
 ハーレイは子供好きだけれども、子供部屋まである家で暮らしてゆくのだけれど。
 そのハーレイが、親を亡くして悲しむ子供を貰うよりは、と要らないと言ってくれたから。
 「子供が産める嫁さんよりも、お前がいい」と言ってくれたから。
 養子を貰って育てる代わりに、ハーレイと二人で親孝行をしよう、精一杯。
 何度も家を訪ねて行っては、手伝いをしたり、料理をしたり。
 もちろん一緒に旅行にも行って、釣りやハイキングや、色々なことを。
 いつかはみんなで動物園に行くのもいい。
 ポニーやウサギやリスが暮らしている、子供の国も覗いてみよう。
 子供たちのための場所だけれども、大人ばかりで出掛けて遊ぶ。
 餌をやったり撫でてやったり、抱っこしてみたり、きっと大人も楽しめる場所。
 他所の子供たちの笑顔も沢山あるから、子供好きな気持ちを満たしながら。
 たまにはハーレイを子供たちのために譲って、ウサギに餌でもやってみようか。
 「ぼくもホントはウサギなんだよ」と、「ぼくたち、ウサギのカップルだよ」と。
 ハーレイも自分も、今ではウサギ年だから。
 同じウサギの干支に生まれた、茶色いウサギと白いウサギの仲良しカップルなのだから…。




            動物園と子供・了

※前のブルーは想像もしなかった、ハーレイとの子供。自然出産が無かったSD体制のせいで。
 けれども、今の時代は子供は自然に生まれてくるもの。それで、悩んでしまったブルー。
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 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv










(エアプランツ…?)
 なあに、とブルーが覗き込んだ新聞。学校から帰って、おやつの時間に。
 園芸のコーナーらしいけれども、何処から見たって土が無かった。金魚鉢のようなガラスの器に入っているものはともかく、根を張れそうもない壁にくっついた何本もの草。それどころか、宙に浮いている草までがあった、細いワイヤーで吊られて空中に幾つも草の塊。
(ドライフラワー?)
 乾燥しても色を失わない草だろうか、と記事を読んでみたら、全く違った。ドライフラワーではなくて生きている植物、土の無い場所で。壁はまだいいとして、何も無い宙で。
(…それで、エアプランツ…)
 空気だけで生きてゆけるから。土が要らない不思議な植物、本当の名前はチランジア。
 根っこはあっても、養分を吸うために使う代わりに身体を固定しておくもの。育つための栄養は葉から取り入れる水分だけ。雨でなくても霧で充分育つのだという。
(たまに霧吹きするだけでいいの?)
 植物を育てるためには必須の水やり、それすらも殆ど要らないらしい。水をやりすぎると枯れるくらいに、手がかからないのがエアプランツ。多年生だから、一年限りで終わりでもない。
 原産地では寄生植物の一種、木の枝などにくっついて育つ。岩でも何処でもいいらしいけれど、木の枝が好みの種類が幾つも。木から栄養は貰わないのに。
(くっついてると水が切れないのかもね?)
 葉っぱが茂った木からだったら、いい具合に水が滴って落ちてくるかもしれない。日陰も作ってくれるだろうから、乾燥しすぎることだって無い。
(南アメリカの方なんだ…)
 エアプランツの原産地。もっとも、地球は一度滅びてしまった星なのだから、原産地というのが正しいかどうかは謎だけれども。
 かつて南アメリカがあった辺りに新しく生まれた別の大陸、其処で育つのがエアプランツ。昔の通りに戻った植生、森の中や山や砂漠で、木や岩などにくっついて。



 水さえあったら育つ植物、便利に使えるエアプランツ。写真のように壁に飾ったり、ワイヤーで吊るして文字通り空中で育てたり。
(オブジェみたいな植物だよね…)
 机の上に転がしておいても、ちゃんと育ってゆくらしいから。生きた置き物、エアプランツ。
 普通の観葉植物などでは飽き足りない人向けなのかもしれない。自分のセンスで好きに育てて、訪ねて来た人をアッと驚かせたり。
(ぼくだって、知らなかったらビックリ…)
 遊びに出掛けて行った先などで、空中に草が生えていたなら。植木鉢は無しで、宙に草だけ。
 きっと、つついてみるのだろう。「これ、生きてるの?」と質問しながら。
(生きてるって聞いたら、もっとビックリ…)
 しかも、まだまだ育つのだから。花瓶に生けられた花とは違って、何年も生きて育ち続ける植物だから。宙にぽっかり浮かんだままで。
 土が無くても、困らないらしいチランジア。水だけで大きく育ってゆけるエアプランツ。
 面白い植物もあったものだ、と感心しながら写真を眺めた。空中で育つ草なんて、と。



 おやつを食べ終えて部屋に戻ったら、頭に浮かんだエアプランツ。この部屋でもきっと、空中で育てられるだろう。ワイヤーを張って吊るしさえすれば。
 なんとも楽しい植物だけれど、頭を掠めた遠い遠い記憶。前の自分が見ていた光景。
(あんな植物、シャングリラには…)
 一つも無かった、エアプランツは。寄生植物だって、ただの一つも。
 クリスマスになったら飾りに使った、ヤドリギも造花だった船。クリスマスにしか使わない上、綺麗な花も咲かないから。美味しい実だってつけないのだから。
 船で必要とされないものなど、育てなかったシャングリラ。植物も、それに動物も。
(観葉植物なんて…)
 葉っぱを楽しむことしか出来ない観葉植物は、白い鯨になってからのもの。
 自給自足で生きてゆく船、それが軌道に乗ってから。皆の心に余裕が生まれて、幾つもの公園が居住区などに鏤められていたシャングリラ。
 そういう船になったからこそ、観葉植物を育てることも出来たのだろう。休憩室などに飾って、緑の葉っぱを眺めることも。
 花は無くても、緑の葉っぱが茂っていたなら心は和むものだから。
 観葉植物はそのためのもので、それを育てる余力が無ければ船には乗せておけないから。



 白い鯨に改造するまで、シャングリラには無かった筈だ、と思ったけれど。
 エアプランツも無ければ、普通の観葉植物だって、と改造前の船へと記憶を遡ったけれど。
(違った…)
 あったんだっけ、と蘇って来た観葉植物の姿。元はコンスティテューションという名前だった、人類が捨てて行った船。燃えるアルタミラの宙航にポツンと一隻だけ。
 人類が付けた名前は嫌だ、とシャングリラという名を付けたけれども、船はそのまま。白い鯨に生まれ変わるまでは、人類が使っていた時のまま。
 けれど、その船にも観葉植物はあったのだった。船のあちこちに。
(ポトスとか…)
 ハート形の葉っぱでお馴染みのポトス、他にも何種類かあった観葉植物。専用の鉢に植えられ、それを置くのが似合いの場所に。
 改造するよりも前のシャングリラは、人類の船から奪った物資で命を繋ぐ船だったのに。
 食料はもちろん、生きてゆくために必要な物資は全て人類の輸送船から奪っていたのに。
 前の自分が奪いに行っては、それをやりくりして暮らしていた船。
(あんなポトスとか、奪って来たっけ…?)
 まるで記憶に残っていないし、船に必要とも思えない。眺めるだけの植物などは。
 なのにどうして観葉植物を育てていたのか、全くの謎。
 白い鯨の方ならともかく、公園さえも無かった船で。奪った物資で命を繋いでいた船で。



 何故あんなものがあったのだろう、と首を傾げた観葉植物。食料さえも奪って来ないと生きてはいけなかったのに。
 食べられる実をつける植物なら分かるけれども、ポトスの実などは食べられない。どう考えても役に立たない、手がかかるだけの植物なのに、と思った所で気が付いた。
(ポトス、元からあったんだよ…)
 他の観葉植物たちも。
 前の自分が輸送船から奪ったわけではなかった植物。アルタミラで自分たちが乗り込む前から、植物たちは船に乗っていた。言わば先客、観葉植物の方が船での暮らしの先輩。
(…ぼくたちの方が後からだっけ…)
 あのポトスたちにしてみれば。
 船の持ち主が人類からミュウに変わってしまって、新顔になったのがシャングリラ。植物たちが知らない人間が勝手に大勢乗り込んだわけで、さぞかし驚いたことだろう。
 植物たちに目や耳があったなら。人間を見分けられたなら。



 メギドの炎に焼かれ、砕かれたアルタミラ。崩れゆく星から命からがら脱出した後、どのくらい経った頃だったろうか。
 ようやく心が落ち着いて来たら、船のあちこちにあった植物。それまでからずっと植物は其処にあったのだけれど、見てはいなかったと言うべきか。心に余裕が無かったから。
 とにかく、植物があると気付いた前の自分たち。そうなれば、最初に考えることは…。
「食べられるのかい、これは?」
 ブラウも訊いたし、他の仲間たちの関心も当然、食べられるか否か。
 葉っぱを毟って料理するとか、でなければいずれ美味しい実をつけるとか。
「どうなのだろうね、種類は幾つかあるようだが…」
 調べてみよう、とデータベースに向かったヒルマンが持ち帰った答えは観葉植物。どれも眺めるためだけのもので、食べられもしないし、実もつけはしない。
「食えないものなら捨ててしまえ」
「乗せておいても、水と空気の無駄ってもんだ」
 そういう意見も出たのだけれども、別の意見も多かった。見ているだけで癒されるから、と言い出した者が何人も。捨てなくても、このままでいいのでは、と。
「観葉植物は本来、そういう目的で栽培されているそうだよ」
 緑の植物があるというだけで、人は自然を連想するから、とヒルマンが述べた存在意義。まるで役立たないように見えても、この船の中で役目を担っているのでは、と。
 宇宙船の中でも緑の庭を見ている気分になれるようにと、それらは置かれているのだろうと。



 捨てろと最初に言った者たちも、ヒルマンの意見を聞いた後には思う所があったらしくて。
 暫く処分は保留にしよう、と観葉植物たちを宇宙に放り出すのは先延ばしになった。捨てるのに時間はさほどかからないし、いつでも放り出せるから、と。
 保留していた間に分かった、植物用の水は別系統になっているということ。
 飲料水や生活用の水とは別に循環していた、観葉植物たちのための水。
 そういうことなら、人間用の水を無駄に使ってはいないから。誰も困りはしないのだから、今のままで船に置いておこう、という結論になった。癒される者も多いようだし、このままで、と。
(あの時点では、まだ食料も…)
 充分に積んであった船。人類が大量に補給したらしい食料がドッサリ積まれていた船。
 飢えることなど誰も考えてはいなかったから、観葉植物たちは生き延びられた。皆の心に余裕がたっぷりあったお蔭で。
 それから幾らか時が流れて、積まれていた食料は残り少なくなったけれども。
 前のハーレイから「食料が尽きる」と聞かされて直ぐに、前の自分が奪いに出掛けた。なんでもいいから食べる物をと、皆を救いたい一心で。
 初めての略奪に成功した後は、奪えばいいと分かったから。
 手当たり次第に奪った挙句にジャガイモだらけのジャガイモ地獄や、キャベツ地獄もあったとはいえ、飢えずに済んだ船だった。
 白い鯨になる前も。名前だけの楽園だった頃にも。



 人類の輸送船から奪った食料や物資、それに頼っていたシャングリラ。
 何処からも補給の船は来ないし、自分たちでも作れなかった。食料も、生活に欠かせない物も。
 そんなシャングリラで、観葉植物のための肥料を研究していたヒルマン。厨房で食材の屑などを貰って、いわゆる堆肥のようなものを。
「何をしてるの?」
 ゴミなんかで、と覗き込んでいた前の自分。ゴミは宇宙に捨てるものだから。
「植物の肥料を作るんだよ。人間で言えば食べ物といった所だね」
 水だけでは生きていけないのだから、と穏やかな笑みを浮かべたヒルマン。観葉植物にも栄養を与えなければ弱ってしまうと、そのための栄養が肥料なのだと。
 けれど、肥料を奪えるほどの余裕は無いから、こうして肥料を研究中だ、と。
(肥料…)
 なるほど、と前の自分は理解したけれど、流石に肥料は滅多に混ざっていなかった。輸送船から奪う物資は食料や生活用品なのだし、肥料とは性質が根本的に異なるから。
 そういうわけで、観葉植物たちの肥料はヒルマンが作って入れていた。植物専用に循環していた水のシステム、其処には肥料を加えるための場所もあったから。
 最初の間は本当に堆肥、後には液体になっていたと思う。より植物が吸収しやすいように液体、もちろんヒルマンが抽出して。



(あのポトスとか…)
 木ほど寿命が長くはないのが観葉植物。ヒルマンはそれも知っていたから、早い時期から挿し木などで数を増やしていた。駄目になった株は、直ぐに植え替えられるようにと。
 お蔭で観葉植物の緑は絶えることなく、人類の船だった時に植えられた場所に代替わりしながら茂っていた。ポトスも、他の観葉植物たちも。
 植物が置かれた部屋というのはいいものだ、と誰もが思い始めた船。此処でも観葉植物を育てることは出来るか、という声までもが出始めた。循環システムの水に余裕があるようなら、と。
 そういった声が上がる度にゼルがシステムを調べ、可能な場所なら引いていた水。新しい環境で生き生きと育った観葉植物。
 シャングリラを白い鯨に改造する頃には、船の仲間たちは皆、緑の大切さに気付いていた。緑が見える生活がいいと、もっと緑が多ければいいと。
 観葉植物があるというだけで、これほどに心が潤うのなら。豊かな気持ちになれるなら。
 もっと沢山の緑があったら、沢山の緑が茂っていたなら、どんなに素敵なことだろう。どちらを向いても緑の葉が見え、それに囲まれて過ごせたら。
(それで公園…)
 思い出した、と掴んだ記憶。白いシャングリラに幾つもの公園が生まれた理由の切っ掛け。
 皆が緑を欲しがっていたから、公園を作ろうと決めたのだった。観葉植物が置かれたスペースもいいのだけれども、もっと広くて沢山の緑。
 それがあったら皆が気持ち良く過ごせるだろうと、船には公園を作らなければ、と。



 作ると決まれば、皆が欲張りになった公園。船のあちこちに幾つも作るという案では足りずに、より広いものをとスペース探し。何処かに大きく取れないだろうか、と。
 そうしてブリッジの見える場所にあった、あの公園が作られた。ブリッジの周りは何も設けず、見通しのいい空間として整備する案もあったのに。
(これだけ広いなら公園がいい、って…)
 無機質な空間にしてしまうよりは公園だ、と皆が目を付けたブリッジの周り。操船に支障が無いようであれば、此処を公園にするのがいい、と。
(…ホントはちょっぴり危ないんだけどね?)
 人類側との戦いになれば、狙われる場所はブリッジだから。機関部を叩くのも効果的だけども、操船しているブリッジを潰せば船は確実に沈むから。
 それがあるから、ブリッジの周りは無人にしようと考えたのに。関係者しか立ち入らないよう、何も作らずに放っておこうと決めていたのに…。
(いざとなったら逃げるから、って…)
 万一の時にはブリッジから近い公園を離れて、船の中央部に避難する。そういう規則さえ作っておいたら問題ないから、と公園作りが決まってしまった。ブリッジの周りは公園だ、と。
(…普通だったら逆なんだけど…)
 大きな公園は避難場所というのが今でも常識。災害などが起こった時には広い公園へ、と学校で教えられもする。けれどシャングリラは逆だった。白いシャングリラで一番大きな公園は…。
(何かあったら、一番に逃げなきゃ駄目だったんだよ、あそこから…!)
 公園の意味が間違っていたのでは、と可笑しくなるのは今の自分だからだろう。前の自分だった頃にはそれで正解、実際、そういう事態も起こった。ジョミーを救いに浮上した時に。
(子供たちはヒルマンと避難した、って…)
 後でハーレイから聞かされた。「あの規則が初めて使われましたよ」と。
 それまでの間はずっと平和で、皆の憩いの場だった公園。此処を公園にしておいて良かったと、広い芝生の緑の絨毯、それを見るだけで清々しい気分になれるから、と。



 アルタミラを脱出して間もない頃には、観葉植物を捨てようとしていた仲間たち。反対した者も多かったけれど、捨てようとした者も少なくなかった。
 その仲間たちがいつの間にやら、「いざという時には逃げるから」と危険だとされたスペースを公園に仕立てる始末で、事の起こりは観葉植物。緑の葉っぱが見える生活、それが素敵だと誰もが考えるようになったから。観葉植物が乗っていた船、其処で暮らしていた間に。
(なんだか、傑作…)
 最初は捨てると言ってたくせに、とクスッと零れてしまった笑い。命拾いをした観葉植物たちが皆の考えを変えたのか、と。
 観葉植物どころか公園、それも大きなものが欲しいと。危険であろうが広いのがいいと、万一の時には避難するから、ブリッジの周りの広大なスペースを公園にしたいと言い出すほどに。
(ハーレイ、覚えているのかな…)
 捨てられかかった観葉植物から、白いシャングリラの公園の歴史が始まったこと。白い鯨の中に幾つも幾つも作られた公園、その始まりは観葉植物だったということを。



 時の彼方から戻って来た記憶。前の自分が見ていた歴史。たかが公園のことなのだけれど、思い出したら話したい。同じ時間を生きていた人に、あの船で長く共に暮らしたハーレイに。
 帰りに寄ってくれればいいのに、と何度も窓を見ていたら、聞こえたチャイム。そのハーレイが訪ねて来たから、いつものテーブルで向かい合うなり訊いてみた。
「ハーレイ、シャングリラの公園の始まり、覚えてる?」
 どうして公園を作ることになったか、公園が一杯の船になったか。
 ブリッジの周りまで大きな公園にしちゃったくらいに、みんな公園が好きだったのか。
「はあ? 公園って…」
 デカイのがいいと言い出したんだろ、うんとデカイのが。
 ブリッジの周りが空いてるからって、公園にするんだと決めちまって…。確かにスペースは充分あったが、危険の方も充分あったわけだが?
 俺は何度もそう言ってたのに、本気で公園にしちまいやがって…。戦場に公園を作るようなモンだったんだぞ、あのデカイのは。真っ先に狙われそうなブリッジと隣り合わせの公園ではな。
「それでも広い公園が欲しくなるほど、みんなが緑が大好きになった理由だってば!」
 最初は観葉植物なんだよ、ぼくもすっかり忘れてたけど…。
 水と空気の無駄だから、って捨てようとしていた観葉植物、あったでしょ?
 アルタミラから逃げ出した船に、最初から乗ってた観葉植物。
「ああ、あれなあ…!」
 そういや、あれが始まりだったか…。
 役に立たないなら捨てちまえ、っていうのを保留にしていた間に、水は別だと分かったっけな。
 それならいいか、と乗せておいたら、ファンが増えたというヤツだ。
 こっちの部屋にも植えられないか、って話が出る度にゼルがせっせと水を引いては、ヒルマンが苗を選んで植えに出掛けて。
 その内、すっかり緑が好きなヤツらばかりになったんだった。
 ブリッジの周りは危険だから、と口を酸っぱくして説明したって、「避難するから大丈夫だ」とデカイ公園を作っちまったくらいにな。



 始まりはアレか、とハーレイは肩を竦めて苦笑した。俺も偉そうなことは言えんが、と。
「…俺にも最初は、あの植物が何のためにあるのか分からなくってな…」
 食えるものかと思っていたんだ、実の所は。
 アレそのものは食えないとしても、その内に美味い実をつけるとか…。てっきりそうかと…。
「ハーレイもなの?」
 実用的なものだと思っていたわけ、あの植物が?
 捨ててしまえ、って言ってた仲間の中には、混ざっていなかったように思うんだけど…。
「…捨てろとまではなあ…。何かの役に立つからこそ乗せてあったんだろうし」
 様子を見てから決めればいいさ、と思ったクチだな、前の俺はな。
 現にそれまで、アレのせいで何か被害が出たってわけでもないんだし…。捨てちまったら、後でしまったと思っても二度と拾えんからなあ、急がなくてもいいだろう、と。
 …そう言うお前はどうだったんだ?
 食い物の類だと思っていたのか、食えなくても好きな方だったのか。
「ぼくはなんとなく好きだったかな。…あれを見てたら落ち着くから」
 どうしてなのかは分からないけど、好きだったんだよ。あれの側がね。
「そうなのか…」
 好きだった方か、「癒される」と言ってたヤツらのお仲間なんだな。
 アレに関しては、前のお前と俺の意見は違ってたわけか。食えるものだと考えていたか、癒しの緑だと思っていたか。
「ふふっ、そうだね、正反対だね」
 討論会をやっていたなら、凄い喧嘩になっちゃったかも…。お互い、自分が正しいんだ、って。
 食べられるものだと思うのが普通だってハーレイが言って、ぼくが違うって反対して。



 成人検査と、繰り返された人体実験。それよりも前の記憶をすっかり奪われていても、あの緑を見るのが好きだった自分。観葉植物が与える癒しを、前の自分は覚えていた。
 養父母の家にあったのだろうか、ああいう観葉植物が?
 あの船にあったポトスなどとは違う種類でも、観葉植物の鉢が置かれていたのだろうか…?
「ねえ、ハーレイ。…前のぼく、あれを見ていたのかな…?」
 ぼくを育ててくれた人たちの家に、観葉植物があったのかなあ…?
「前のお前が育った家か…。そこまでのデータは無かったな」
 テラズ・ナンバー・ファイブが持ってたデータは、お前にも見せた分で全部だ。
 お前の家が何処にあったか、どんな家かのデータはあったが…。生憎と外側だけしか無かった、家の中はサッパリ謎だってな。
「そうだよね…。前のぼくの部屋も謎なんだものね」
 一階だったか、二階だったか、それも分からないままなんだもの…。
 リビングとかがどうなってたのか、データがあるわけないんだけれど…。
 もしかしたら、何処かにあったのかもね。観葉植物があって、前のぼくが何度も見ていた部屋。
「あったのかもしれんな、そういう部屋が。…前のお前の気に入りの部屋」
 そしてだ、前の俺が育った家の方には、観葉植物が置いてある部屋は無かった、と。
「なんで分かるの?」
 前のハーレイの家のデータも、ぼくのと変わらない筈なんだけど…。外側だけで。
「食えるのかと思っていたからだ。あの船でアレを見た時にな」
 お前みたいに癒される代わりに、食えるものかと思っていたのが動かぬ証拠だ。
 前の俺は観葉植物なんぞに馴染みが無かった、だからそうなる。
「うーん…」
 そういうことかな、ハーレイとぼくの意見の違い。
 馴染みがあったら癒される方で、無かった方だと食べられるかどうかを考えるわけ…?



 素っ頓狂にも思えるけれども、一理ありそうなハーレイの意見。
 観葉植物を眺めて癒された者と、食べられるかと考えた者の違いは其処にあったのだろうか。
 捨ててしまえと言った者たちにしても、乱暴だったわけではなくて。
 彼らは観葉植物に馴染みが無いまま、育ったというだけかもしれない。成人検査を受けるまでの日々を、観葉植物の無い家で。それが無かった養父母の家で。
 十四歳になるまで育てられた家に、観葉植物があったかどうか。それで分かれてしまった考え、食べられるかどうかと思って見たのか、癒されると思って眺めていたか。
「…ハーレイの説は、説得力があるかもね」
 裏付けは何処にも無いんだけれども、あの後のことを考えちゃうと…。
 捨ててしまえ、って言ってた仲間もいた筈の船で、公園を作ろうってことになったんだし…。
 ブリッジの周りは危ないから、って言っても聞かずに、大きな公園、作っちゃったし。
 みんな緑が大好きだったし、考え方って、環境で変わるってことだよね?
 成人検査よりも前は緑に馴染みが無かった人だけ、食べられるかどうかを気にしてたんだよ。
 観葉植物が無かった家で育ったら、癒されるって思う代わりに、食べられるかどうか。
「…子供を育てるシステムってヤツは、統一してはあったんだろうが…」
 学校だったら全く同じに出来るわけだが、家に帰ればそういうわけにもいかんしな。
 どういう家具やインテリアを揃えていくかは、養父母の好みが出るからなあ…。
 観葉植物を置くかどうかも、個人の自由で決まりだな、うん。
 前のお前が育った家には観葉植物が置いてあってだ、俺の家には無かった、と。



 どうやらそういうことらしいな、とハーレイは自信満々で決めてしまって。
「それで、お前はどうして観葉植物なんかをいきなり思い出したんだ?」
 この部屋には何も見当たらないがだ、置きたいかどうかと訊かれでもしたか?
「ううん、観葉植物そのものじゃなくて…。あれも観葉植物っぽいけど…」
 えっとね、新聞に載ってたんだよ、エアプランツっていう植物が。
 土が無くても水だけあったら、ワイヤーで空中に吊るしておいても育つんだって。
「エアプランツか…。たまに見掛けるな、売ってるトコを」
 あれはシャングリラには無かったが…。
 導入しようと言い出すヤツさえ無かった、ヒルマンもエラも言わなかったな。
 寄生植物だから駄目だと思っていたのか、それとも知らなかったのか…。
 あいつらがエアプランツの使い方ってヤツを知っていたなら、あった可能性は高いんだが。
「…なんで?」
 エアプランツの使い方って、どんな風に?
 シャングリラの何処かで飾りに使うの、ワイヤーとかで吊るしておいて?
「ワイヤーで吊るすかどうかはともかく、エアプランツの特徴ってヤツだ」
 土が要らない植物だろうが、シャングリラの中で育てる分にはピッタリなんだぞ。
 あの船で土があった所がどれだけあるんだ、殆どの場所には無かったろうが。
 そういう船でもエアプランツなら、あちこちで育てられるってな。観葉植物と違って循環させる水も要らないし…。たまに霧吹きでシュッとひと吹き、それで充分なんだから。
 極端な話、アレならブリッジでも置けたんだ。観葉植物の鉢は置けんが、エアプランツなら…。その辺に適当に吊るしておいても、転がしておいてもいいんだから。
「それって、ブリッジにあってもいいの?」
 公園を周りに作るのも危険だから、って言ってたくらいの船の心臓部なんだけど…。
 そんな所にエアプランツなんか、飾っておいてもかまわないわけ…?
「さてなあ…。こればっかりは会議にかけてみないとな?」
 俺の一存では決められないんだ、会議でエラたちに訊くべきだろう。…もっとも、今から訊きに行こうにも、シャングリラは無いし、エラたちだって何処にもいないんだがな。



 だが、今の俺なら欲しいトコだな、とハーレイはエアプランツを置きたいらしい。キャプテンの仕事場とも言えるブリッジ、其処に癒しの緑を一つ。
「今の俺だと、あそこはどうにも…。公園の緑は確かに見えるが、それだけじゃなあ…」
 機能優先ってヤツで、まるでゆとりが無い場所じゃないか、遊び心に欠けると言うか。
 ワイヤーを張って、エアプランツの五つや六つは吊るしてもいいと思うんだよな。
「五つや六つって…。一つじゃないわけ?」
 ハーレイの席に一個あったら満足するっていうんじゃないの?
 もっと欲しいわけ、五つも六つも?
「ブリッジの広さと人数ってヤツを考えろよ?」
 エアプランツの大きさはお前も分かっただろうが、新聞で記事を読んだなら。
 あんな小さいのが一つで足りるか、ブリッジに置くなら五つは欲しい。
 広い公園を寄越せとゴネたヤツらじゃないがだ、こいつは俺も譲らんぞ。エアプランツを置ける許可が出たなら、お次は数の交渉だ。十個は欲しいと言っておいたら、五個はいけそうだし。
「…ハーレイ、そこまで頑張るの?」
 今のハーレイだから、そんな無茶でも言うんだろうけど…。
 前のハーレイなら、絶対、言いっこないんだけれど。
「まったくだ。俺も我儘になったってことだ」
 もうキャプテンではないんだからなあ、欲張ったってかまわないってな。
 …ブリッジにエアプランツを置こうと言うからには、キャプテン・ハーレイなんだろうが…。
 中身は今の俺ってわけだし、エアプランツを五つくらいは置かせて貰う。
 真面目に仕事をするならいいだろ、五つ吊るそうが、六つだろうが。



 人生、やっぱり潤いが無いと…、と笑っていたハーレイがポンと打った手。「そうだった」と。
「吊るすって言えば…。お前、吊りしのぶを知ってるか?」
 エアプランツで思い出したが、吊りしのぶだ。
「…吊りしのぶ?」
 それってどんなの、ぼくは聞いたことが無いんだけれど…?
「昔の日本の文化ってヤツだ、エアプランツとは少し違うが…」
 土の代わりに樹皮、木の皮とかを丸めて塊を作る。そいつにシダを植えるんだ。でもって、家の軒とかに吊るす。俳句だと夏の季語になるんだぞ、吊りしのぶはな。
「へえ…!」
 シダが植えてある塊を吊るして飾るわけ?
 とっても涼しそうだね、それ。空中にシダがあるなんて。
「だろう…?」
 吊るしておいて、水をやっておけば夏でも枯れずにシダの緑を拝めるわけだ。
 エアプランツよりずっと風流なんだぞ、吊りしのぶは。
 なにしろ日本の文化だからなあ、エアプランツよりも歴史が長い。
 エアプランツも悪くないがだ、今の俺だと吊りしのぶの方に惹かれるかもなあ…。



 夏になったら親父が毎年吊るしてるんだ、とハーレイが話してくれるから。
 エアプランツよりも素敵らしいから、いつか大きく育った時には、隣町まで見に行こう。
 庭の大きな夏ミカンの木が目印の家まで、ハーレイが運転する車に乗って。
 シャングリラには無かった、今の時代ならではの癒しの緑。
 夏の季語だという吊りしのぶを。
 涼しげだろうシダの緑が、軒先に吊られて揺れているのを。
 今の時代は、ハーレイでさえも「ブリッジにエアプランツを五つ」と言ってもいい時代。
 我儘を言っても、欲張りになってもいい時代。
 前の自分たちには出来なかったことが、今は沢山、沢山、出来る。
 青い地球まで来られたから。
 ハーレイと二人、生まれ変わって、何処までも一緒に幸せに生きてゆけるのだから…。




            観葉植物・了

※シャングリラのブリッジがあった、広い公園。本当は一番危険な場所だった筈なのに。
 そこが公園になった理由は、皆が緑を欲しがったから。今ならブリッジにエアプランツかも。
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