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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

「これからの季節もお勧めだぞ」
 留鳥ってヤツを狙うなら、ってハーレイの雑談。巣箱の話。
 授業中に生徒が退屈してきたら、絶妙のタイミングで色々な話をするんだけれども、今日の話は小鳥の巣箱。古典とはまるで関係ないけど、みんな瞳を輝かせてる。
 巣箱を掛けるのにいい場所だとか、時期だとか。渡りをしないで一年中住んでる留鳥だったら、冬の間から巣を作る場所の下見をするから、今の時期もお勧めなんだって。夏に来る小鳥のために掛けてやるなら、春がいい。夏鳥と言っても巣作りが夏、春の終わりには来るものだから。
 それと、巣箱に欠かせないもの。蛇除けの工夫。蛇に卵を盗られないように。
「蛇は卵が好物だからな、これは気を付けてやらんといかんぞ」
 せっかくの幸運が逃げて行っちまう、って話すから。
 卵が幸運のシンボルなのかと考えたけれど、そうじゃなかった。幸せを運んで来るのは鳥の巣の方。庭に小鳥が巣作りをすると、幸運がやって来るんだって。
 ずうっと昔の風水っていうヤツ、中国から来て日本でも都を作る時とかに取り入れた思想。その風水だと、庭で小鳥が巣作りをすると吉兆になる。いいことが起こるという前触れ。
 「風水の都は分かっているよな?」と話は古典の世界に戻った。四神相応の場所に造られた都、それが平安京なんだぞ、って。玄武に青龍、朱雀と白虎。ハーレイは凄く話が上手い。居眠ってる生徒は誰もいないし、授業をするのに丁度いい雰囲気になったから。



 四神相応の都なんかより、ぼくの頭に残った巣箱。小鳥のために作ってやる家。
(巣箱…)
 ハーレイの雑談の中身からして、ハーレイも掛けていたみたい。隣町の家に住んでた頃に。庭に夏ミカンの大きな木がある、お父さんとお母さんが暮らしてる家で。
 そのせいかどうか、心に残ってしまった巣箱。学校が終わってバスで帰って、バス停から家まで歩く途中の家の庭には巣箱は無かった。裏庭とかにあるかもしれないけれども、ぼくが歩いて帰る道から見える庭には、ただの一つも。
(やっぱり無いよね…)
 あったらとっくに気付いてると思う、庭を見るのは好きだから。花も木も、それに来ている鳥や虫たちも。小鳥のための巣箱なんかは、きっと最高に気に入るだろうし…。
(巣箱、あったらいいのにな…)
 ハーレイも掛けていたっていうのが大切なところ。風水の吉兆なんかよりも。
 本物の巣箱を見てみたいのに、何処の家にも巣箱は無いから、ちょっぴり残念。ぼくの好奇心は巣箱で一杯、だけど何処にも無い巣箱。本物に出会えない巣箱。
 でも…。



 家に着いて、門扉を開けて入った庭。あそこに巣箱があったらいいのに、って見上げた木の上。庭で一番大きな木。白いテーブルと椅子の上に枝を広げている木。
 きっと巣箱が似合いそう、って下から順に見ていった枝。何処に掛けるのが一番だろう、って。
 そうしたら…。
(あれ…?)
 あったような気がする、あそこに巣箱。どの枝なのかは分からないけれど、巣箱が一つ。小鳥のために作ってある家、お洒落なのが。真っ白なのが。
 そういう巣箱が枝にチョコンと、幹から枝が伸びる所に一つ乗っかっていたような…。
 だけど、どの枝かが思い出せない。本当に巣箱があったかどうかも。
 もしかしたら、ぼくの家じゃなくって、他所の家の庭で見たかもしれない。巣箱だな、って。
 どうにも思い出せない巣箱。ぼくの家だったか、そうじゃないのか。
 真っ白な巣箱は覚えているのに、お洒落だったってことは覚えているのに…。



(巣箱、本当にあったっけ…?)
 だんだん自信が無くなってきたから、おやつの時間にママに訊いたら、やっぱりあった。
 ぼくが今よりずっと小さくて、幼稚園に通っていた頃に。ぼくの記憶にあった通りに、庭で一番大きな木の枝に、パパが作ってくれた巣箱が一つ。
「ママ、その巣箱、うんとお洒落な巣箱だよね?」
 お洒落でも鳥は入ったの?
 小鳥はちゃんと入ってくれたの、お洒落な巣箱でも気にしないで。
「来ていたわよ。何度も覗いて、下見をして…。それから中に巣を作って」
 でも、お洒落って…。パパが作ったのよ、巣箱の作り方を調べて。
 普通の巣箱だったわよ、って答えたママ。お洒落なんかじゃなさそうだけど、って。
「…どんな巣箱?」
「こんなのよ」
 手を出して、ってママが思念で見せてくれた記憶、絡めた手を通してぼくの頭に流れ込んで来た記憶。庭で一番大きな木の幹、枝の上に置かれて掛けてあった巣箱。ごくごく普通の木の巣箱。
 そういえばこういう巣箱だっけ、って思い出した。自然の木目が温かそうな巣箱。
 丸い穴から小鳥が外をキョロキョロ見ている記憶もあった。飛び立つ所も、戻る所も。
 それを見ていたママの目を通して。小鳥を見守る、ママの優しい気持ちと一緒に。



 ありがとう、って御礼を言って部屋に戻ったけれど。
 ぼくの記憶に残ってた通り、庭で一番大きなあの木に巣箱は掛かっていたんだけれど。
(真っ白じゃなかった…)
 お洒落で真っ白な巣箱じゃなかった、ぼくの家の木にあった巣箱は。
 ぼくの記憶と違った巣箱。真っ白な巣箱はご近所さんの家のだっただろうか?
 今では巣箱を掛けてないけど、ぼくが小さかった頃は掛けていたとか…。
(でも、真っ白でも、鳥って入るの…?)
 ハーレイは色については話さなかったし、お洒落な白でも入るんだろうとは思うけど。そういう記憶なんだから。真っ白に塗られた、お洒落な巣箱。小鳥のために作られた家。
 だけど、ぼくの家の巣箱じゃない。パパが作った巣箱は普通で、木目がそのまま。
 小さかった頃は、ご近所さんの家にも何度も遊びに行ったけど。ママと行ったり、一人で歩いて出掛けたり。おやつを貰って、庭で遊んだりもしていたけれど…。



(巣箱を眺めに、しょっちゅう通っていたんなら…)
 もっとハッキリしていそうなのに、巣箱の記憶も、何処の家の庭で見ていたのかも。
 ママだって「お洒落な巣箱」と聞いたら思い出しそうなのに。ぼくが気に入って何処かの家まで見に出掛けてた、って。
 真っ白な巣箱があった家。お洒落な巣箱を掛けていた家。あれは何処だったんだろう?
(あの巣箱を見て、ぼくの家にも巣箱だったの…?)
 パパに強請って作って貰って、庭で一番大きな木に巣箱。ぼくも小鳥の家が欲しい、って。
 そうなんだろうか、と思ったけれど。
 小さい頃なら、何度も眺めに通う間に、自分の家にも巣箱を欲しがりそうだけど…。



 それはともかく、ぼくが巣箱を見ていた家。真っ白な巣箱が掛けてあった木。
 何処だったのかがホントに気になる、ぼくの記憶に残ってる巣箱。
(んーと…)
 首が痛くなるほど見上げたっていう記憶は無い。巣箱は大抵、高い所にありそうだけど。ママの記憶で見せて貰った、ぼくの家の巣箱も上の方の枝に乗っけてあった。
 低めの場所に掛かってたとしても、幼稚園くらいだった頃のぼくなら…。
(見えにくいよね?)
 きっと遠くて見えにくいんだ、目が悪いことはなくっても。子供の背はうんと低いんだから。
 小鳥が出入りをしていたとしても、巣箱から顔を覗かせていても。
 なのに飽きずに眺めていたぼく。
 双眼鏡なんかは持っていないのに、巣箱だってきっと、高い所にあっただろうに。



(何の鳥だっけ…?)
 ぼくが見上げていた鳥は。お洒落な巣箱に住んでいた鳥は。
 それが何だか思い出せたら、色々と思い出せそうだから。巣箱のあった家のこととか、通ってた頃の弾んだ心も鮮やかに蘇りそうな気持ちがするから、頑張っていたら。
 どんな鳥だったか思い出そうと記憶をせっせと手繰り寄せていたら、ハーレイの言葉が浮かんで来た。巣箱の雑談をしていた時の。
 幸せを運んで来るんだぞ、って。庭に巣を作ってくれる鳥は。巣箱に入ってくれる小鳥は。
(そうだ、青い鳥…!)
 幸せを運ぶ、青い鳥。それが入っていた、あの巣箱には。真っ白でお洒落な巣箱には。
 ぼくは青い鳥を眺めに通っていた。幸せを運ぶ青い小鳥を。
 青い小鳥が住んでる巣箱を見上げに、お洒落な巣箱があった家まで。



 やっと見付かった、小さな手掛かり。ぼくが見ていた青い鳥。
(オオルリかな?)
 青い小鳥ならオオルリだろうか、ぼくの家に来た青い鳥。
 ぼくがおやつを食べていた時、ダイニングの窓にぶつかった小鳥。怪我はしなかったけど、暫く飛べずに羽根を膨らませて立っていた。ビックリしちゃって、真ん丸になって。
 お医者さんに連れて行かなくちゃ、って思っていた所へハーレイが来たんだ、あの時は。
 ハーレイがいつもより早く来てくれるっていう幸せをぼくにくれた鳥。ぼくの幸せの青い鳥。
 オオルリだな、ってハーレイが名前を教えてくれた鳥。
 青い小鳥はオオルリくらいしか見たことがないし、巣箱の小鳥もきっとそうだと思ったけれど。
 オオルリはいつの季節の鳥なんだろう、と調べかけたけれど。
 巣作りをする時期が分かれば、もっと色々思い出せると考えたけれど…。



(ちょっと待って…!)
 違う気がする、ぼくじゃない、って。
 青い小鳥を眺めていたのは、お洒落な巣箱を見上げていたのは、ぼくじゃないんだ、って。
 幼稚園の頃の小さなぼくとは違うぼく。ご近所さんの家で遊んでいたのとは違うぼく。
(前のぼく…?)
 ぼくじゃないなら、前のぼくしかいないんだけど。その他にぼくはいないんだけど。
 でも、シャングリラに小鳥はいなかった。白い鯨に空を飛ぶ鳥はいなかった。
 船の中だけが全ての世界で、小鳥は役に立たないから。蝶と同じで目を楽しませるだけ、そんな生き物は飼えなかった船。自給自足の日々を送る船に、余計な生き物は乗せておけない。
 卵を産んでくれる鶏だけしかいなかった白いシャングリラ。
 巣箱なんかは必要無かった。それに入る鳥はいないから。巣を作る小鳥はいなかったから。



(だけど、巣箱…)
 真っ白に塗られたお洒落な巣箱は確かにあったし、青い鳥だ、っていう記憶。
 巣箱に住んでた青い鳥。ぼくの記憶はそうなっている。前のぼくの遠い遥かな記憶の中では。
 青い鳥なんて、シャングリラには一羽もいなかったのに。
 前のぼくが欲しくて、飼いたいと願った青い鳥。幸せを運ぶ、地球と同じ青い羽根を持った鳥。でも、シャングリラの中では飼えない。青い小鳥は何の役にも立たないから。
 青い小鳥が飼えなかったから、代わりにナキネズミだったのに…、って思った途端。
 どの血統のナキネズミを育てるか、って話が出た時、青い毛皮のを選んだっけ、って青い小鳥とナキネズミの繋がりを頭に思い浮かべた途端。
(そうだ、ナキネズミ…!)
 お洒落な巣箱は青いナキネズミのために掛けたんだった。真っ白な巣箱の正体はそれ。
 前のぼくがナキネズミに入って欲しくて、巣箱を掛けようと思い付いた。
 ナキネズミは小鳥じゃないんだけれども、気分だけでも青い鳥、って。
 木に掛けた巣箱に住んでいたなら、青い小鳥を見ているような気持ちになれそうだ、って。



 前のぼくが巣箱を掛けたがった時にはみんなが笑った、ナキネズミが入るわけがないと。巣箱を作るだけ時間の無駄だと、それこそ文字通りに無駄骨だと。
 長老たちを集めた会議の席で遠慮なく笑い飛ばされた。ゼルもヒルマンも、ブラウもエラも。
 傑作すぎると笑い転げたゼルにブラウに、困ったような顔で笑ったヒルマンとエラ。
「リスなら巣箱もあるのだがね…」
 飼う時にもケージに巣箱をセットするし、と髭を引っ張っていたヒルマン。
 ナキネズミを開発する段階で飼っていたリスも、巣箱で眠っていたのだから、と。リスの巣箱は小鳥用の巣箱と共通点も多いのだがね、と。
 遠い昔の地球の上では、小鳥用にと掛けた巣箱にリスが入って住み着くケースも珍しくなくて、リスは巣箱が好きらしいことは確かだけれど。
「ナキネズミは違うんじゃないのかい?」
 見た目からしてまるで違うよ、と笑ったブラウ。大きさだって違うじゃないかと。
 それにナキネズミは巣箱で暮らしていないし、巣箱が欲しいと言って来たことも一度も無いと。
「そうじゃな、ヤツらは現状に大いに満足しておるわい」
 巣箱が欲しいと言いもせんわ、とゼルも呆れ顔で。エラも「聞いてはいませんね」と頭を振っていた。ナキネズミからそういう要望は無いと、ナキネズミと暮らす子供たちからも巣箱が欲しいと聞いたことは無いと。



 もう散々に笑われたけれど、笑い物になってしまったけれど。
 ナキネズミのために巣箱だなんてと、誰もが可笑しそうだったけれど。
 たった一人だけ、穏やかに微笑んで聞いていたのがハーレイだった。それは変だと笑う代わりに浮かべていた笑み、みんなと違って意見を述べもしなかった。ナキネズミに巣箱は必要無いとも、きっと入りはしないだろうとも。
 ハーレイ以外の四人が笑ってくれたけれども、それでも掛けてみたかった巣箱。
 青い小鳥を飼ってる気分で、ナキネズミに住んで欲しかった巣箱。
 地球が滅びるよりも前の時代は、小鳥用の巣箱にリスが入ったとヒルマンに聞いてしまったから余計に諦め切れない。ナキネズミはリスとネズミを元にして開発された生き物だったんだから。
 リスよりはかなり大きいけれど。小鳥よりも遥かに大きいけれど。
 それでも巣箱…、とデータベースで資料を調べた、リスが入ったという例を。ヒルマンが話した通りに幾つも出て来た、小さな巣箱から大きなものまで。
 フクロウ用なんていう巣箱もあって、それにもリスが住んでいたから。フクロウは身体の大きい鳥で、ナキネズミでも充分に入れそうな巣箱で暮らしていたから。
 これは使えそうだと思ったぼく。ナキネズミだって巣箱に入るだろうと。



 フクロウ用の巣箱があったと言うなら、その中にリスが住んでいたのなら。
 リスの血を引くナキネズミだって、巣箱は嫌いじゃないかもしれない。ゼルたちは笑ってくれたけれども、ぼくの夢は現実になるかもしれない。
 青い鳥の代わりにナキネズミ。ぼくが思い描いた通りの景色を、白いシャングリラで。
 そう思ったから、ハーレイに頼んで巣箱を作って貰った。木彫りじゃなくて悪いんだけど、と。
「いいえ、木の扱いなら慣れていますからね」
 木彫りの評判は相変わらずですし、実用品以外はまるで駄目だと言われていますが…。
 実用品ならお任せ下さい、巣箱だったら木彫りよりもずっと簡単ですよ。
 削る必要があるのは入口の所だけですし、他の部分は板の寸法を測って切るだけですし…。
 組み立てる方も釘さえ打てれば、子供だって作れそうなものですからね。



 ハーレイは気軽に引き受けてくれた、ナキネズミのための巣箱作りを。
 キャプテンの仕事が終わった後の自由時間に板を切ったり、削ったりして作ってくれた巣箱。
 それを真っ白に塗って貰った、シャングリラの白に。
 青い小鳥が住む家にするなら、その色がいいと思ったから。楽園という名の船の色が。
 そうして巣箱が出来上がったら、「本気だったのか」と呆れてしまったブラウたち。ハーレイと二人で巣箱を見せに行ったら、長老たちの休憩用の部屋へ運んで披露したら。
「まさか本気でやらかすとはのう…」
 わしは入らんと思うんじゃが、とゼルが唸って、ブラウも「入りっこないよ」と肩を竦めた。
 ヒルマンもエラも「無理だと思う」と言ったけれども、巣箱は出来てしまったから。
 真っ白に塗られたお洒落な巣箱が出来ていたから、シャングリラの色をした巣箱なら…、と絵を描いてくれた、フェニックスの羽根のミュウの紋章を。金と赤との羽根の模様を。
 エラが器用に、出入り口の上に。
 ハーレイが丸く滑らかに削って仕上げた、巣箱の出入り口にミュウの紋章。
 巣箱はぐんとお洒落になった。真っ白な色も素敵だけれども、紋章までついているんだから。



 完成した巣箱は、ハーレイが公園の木に梯子を架けて取り付けてくれた。
 ぼくと二人で掛ける木を選んで、「此処でいいですか?」って枝に乗っけて、幹に固定して。
 とても絵になる場所に掛けた巣箱、青い鳥に相応しいお洒落な巣箱。
 毎日、毎日、公園まで覗きに出掛けてゆくのに、ナキネズミは入ってくれなくて。
 ぼくの自慢の真っ白な巣箱は、いつまで経っても空家のままで。
「ハーレイ、あの巣箱、やっぱり駄目かな…」
 ゼルたちが笑い飛ばした通りに、ナキネズミに巣箱は無理だったかな?
 いいアイデアだと思ったけれども、未だに入ってくれないし…。中を覗く姿も一度も見ないし、せっかく作って貰ったけれども、無駄骨になってしまったかな…?
「それはまあ…。無理もないでしょう、公園にはナキネズミがいませんからね」
 一匹も住んではいませんよ。住んでいないものは巣箱に入りはしません。何かのはずみに興味を引かれて覗き込みはしても、恐らくそれっきりでしょう。
「そういえば…」
 よく見掛けるから忘れていたよ。
 ナキネズミは公園にいるものなんだと思っていたけど、あれは住んではいないんだっけね…。



 ブリッジが見える広い公園。お洒落な巣箱を掛けた場所。
 公園に行けばナキネズミの姿はあるんだけれども、其処に住んでるわけじゃなかった。他の場所から来ていただけ。子供たちのお供で公園まで。
 ナキネズミは思念波を上手く扱えない子供たちをサポートするために作った生き物、子供たちと一緒に暮らすのが仕事。ナキネズミを必要とする子に一人一匹、その子の部屋がナキネズミの家。
 だから公園まで遊びに来たって、子供と一緒に帰ってゆく。自分が暮らしている部屋に。
 そんなナキネズミが巣箱を見たって、住もうと思うわけがない。
 ぼくが見ていない間に入口から中に入ったとしても、遊び場所だと考えるだけ。一休みするのにいい場所があったと思ったとしても、住んではくれない。自分の家は別にあるんだから。



 失敗だった、ぼくの考え。ナキネズミには必要無かった巣箱。
 それじゃ入らない、って溜息をついた、ナキネズミは住んでくれないと。ナキネズミ用の巣箱は無駄だったんだ、って肩を落としたら。
「大丈夫でしょう、場所を変えれば入りますよ」
 ブリッジから何度か見掛けましたからね、ナキネズミが巣箱を覗いているのを。
 入る所を見てはいませんが、嫌いではないと思います。ですから、巣箱の場所を変えれば入ると私は考えますが…。
「変えるって…。何処へ?」
「農場ですよ。暇なナキネズミはあそこで暮らしていますからね」
 子供たちのサポートをしていない時は、ナキネズミは農場に住んでいるでしょう?
 牛小屋にいたり、飼料置き場に入り込んでいたり、自分好みの場所を見付けて勝手気ままに。
 一匹くらいはきっといますよ、巣箱を気に入るナキネズミも。
 巣箱はそっちへ移してみましょう、ナキネズミが住んでいる所へ。



 ハーレイは公園の木にまた梯子を架けて登って、巣箱を外して農場の方に移してくれた。農場に植えてあった木を端から調べて回って、此処にしましょう、って。
 収穫の時以外は手のかからない木を一本選んで、その木に梯子を架けて登って。
 何の木だったかは忘れたけれども、大きかった木。頑丈な幹にお洒落な巣箱が取り付けられた。真っ白なシャングリラの色の巣箱が、ミュウの紋章つきの巣箱が。
 次の日に様子を見に行ってみたら、もうナキネズミが巣箱の中を覗いてた。ぼくが下から見てる間に、どんな具合かと出たり入ったりし始めた。大きなフサフサの尻尾を揺らして。
 ナキネズミの尻尾が巣箱の中へと消えて行ったり、入口から顔を覗かせて外を見回してみたり。巣箱を見付けたそのナキネズミは、お洒落な巣箱が気に入ったようで。
 邪魔をしないよう、そうっと帰って、また次の日に出掛けて行ったら、ナキネズミは一匹増えていた。昨日のナキネズミのお嫁さんが来てた、白い巣箱に。
(それで住み着いて…)
 フクロウ用の巣箱だったから、お嫁さんも一緒に充分入れた。お洒落な巣箱はナキネズミが住む家になってくれて、前のぼくは満足したんだった。
 青い鳥の巣箱がシャングリラに出来たと、青い鳥が巣箱で暮らしていると。
 本当は青い鳥じゃなくって、青い毛皮のナキネズミが住んでいたんだけれど…。お洒落な巣箱の住人はナキネズミの夫婦だったけど。



(ハーレイのお蔭…)
 ナキネズミ用の巣箱作りも、ナキネズミがちゃんと巣箱に入ってくれたのも。
 ゼルもヒルマンも、ブラウもエラも「無理だ」と笑ったナキネズミの巣箱。巣箱なんかに入りはしないと皆が言ったのに、ハーレイは無理だと言いもしなくて、笑いもしなくて。
 巣箱まで作って、木に取り付けてくれて、前のぼくの自己満足に付き合ってくれた。青い小鳥を飼いたかったぼくの、ナキネズミ用の巣箱なんていう無茶な思い付きに。
 ハーレイが手伝ってくれたお蔭で叶った夢。前のぼくの夢。
 ナキネズミが見事に住み着いた巣箱は、もう笑われはしなかった。ゼルもブラウも農場にあった巣箱を見上げて、「次は子供の出番だ」なんて話をしていた。きっとその内に可愛いナキネズミの子供が生まれて、巣箱から顔を出すんだろうと。外へ出て来る日が楽しみだと。



 真っ白でお洒落な巣箱に住んでたナキネズミ。前のぼくの夢の青い鳥。
 ハーレイのお蔭で飼うことが出来た、青い鳥の巣箱を何度も何度も眺めにゆけた。ナキネズミの子供も無事に生まれて、巣箱を見上げたら小さいのが外を見てたりもした。
 とても幸せだった、ぼく。青い鳥の巣箱が此処にあるんだ、って。
(御礼、言わなきゃ…)
 あの巣箱の御礼を、ハーレイに。
 前のぼくはもちろん御礼を言ったけれども、今のぼくからも。巣箱のことを思い出したからには御礼を言いたい、今のハーレイに。あの時は巣箱をありがとう、って。



 そう思っていたら、チャイムが鳴って。仕事帰りのハーレイが寄ってくれたから。
 ぼくの部屋で二人、お茶とお菓子が置かれたテーブルを挟んで向かい合わせで、笑顔を向けた。
「あのね…。思い出したよ、ハーレイの巣箱」
 ハーレイが作った巣箱のことをね、今日の雑談のお蔭で思い出せたよ。
「はあ?」
 なんでお前が俺の巣箱を知っているんだ、今の家では作っていないぞ。親父の家で暮らしていた頃に作って掛けはしたがだ、その話、お前にしていたか?
 俺は話した覚えなんか無いが、何かのついでに話したっけか…?
「ううん、今のハーレイの巣箱じゃないよ。前のハーレイだよ」
 ハーレイが作って掛けてくれたよ、ナキネズミの巣箱。
 ゼルたちは笑い転げたけれども、ハーレイだけは笑わなくって…。フクロウ用の大きなサイズの巣箱を作って、真っ白に塗ってくれたんだよ。
「ああ、あれなあ…!」
 あったな、ナキネズミの巣箱。やたらお洒落で、ミュウの紋章まで描いてあったのが。
 最初は公園の木に取り付けたっけな、あそこにナキネズミは一匹も住んでいなかったのにな?
 前のお前が「入ってくれない」ってガッカリしていて、農場の木に取り付け直して。
 そしたら直ぐに住み着いたんだったな、ナキネズミが二匹。可愛い子供まで生まれちまって。
「あの巣箱…。嬉しかったんだよ、ありがとう」
 青い鳥を飼ってる気分になれたよ、ナキネズミの巣箱はハーレイのお蔭。
 ハーレイが作って掛けてくれなきゃ、ぼくは巣箱を持てなかったし…。青い鳥を飼う夢はきっと叶わなかったよ。ナキネズミだったけど、あれは青い鳥。前のぼくの青い鳥だったんだよ。
「いや…。そんなに礼を言ってくれなくても…」
 俺も充分、楽しんだしなあ、あの巣箱作り。俺の木彫りは評判がいいとは言い難かったが、あの巣箱は皆に褒められたしな?
 洒落た巣箱も作れるんじゃないか、と辛口のブラウにまで言って貰えたし…。
 いい思い出ってヤツだ、ナキネズミの巣箱。ちゃんとナキネズミも住んでたからな。



 今度はいいのか、ってハーレイに訊かれた。俺の巣箱は要らないのか、って。
「…巣箱?」
 またハーレイが作ってくれるの、前みたいに?
「うむ。青い鳥、今ならいけるかもしれんぞ」
 巣箱を作って掛けておいたら、青い鳥が入ってくれるかもしれん。
「ホント!?」
 本当に本物の青い鳥なの、青い鳥が巣箱に住んでくれるの…?
「運が良けりゃな。前に見ただろ、俺と一緒に青い鳥を。オオルリってヤツを」
 あのオオルリも巣箱の中に巣を作るんだ。何処に巣を作ろうかと探している時に、上手い具合に巣箱に出会えりゃ、いいものがあったと中に入って。
 ただなあ、山の中で暮らすことが多い鳥だしな…。オオルリだけを狙って巣箱を掛けにゆくなら山の中ってことになっちまうんだが。
「山の中って…。それじゃ滅多に見に行けないよ、入ってくれても」
 家の庭だとオオルリは無理かな、巣箱を掛けても来てはくれない?
「まるで駄目ではないかもしれんな」
 お前の家でガラスにぶつかっていたし、住宅街でも気にしないオオルリもいるかもしれん。緑と餌とが充分にあれば、生きてゆくのに困りはしないし…。
 まずは巣箱を掛けることだな、オオルリに来て欲しければな。



 巣箱さえあったら鳥が入るさ、って。オオルリでなくても、青い鳥とは違っても。
「お前の家でも入ってたんだろ、あそこの木に巣箱があった頃には?」
 白い巣箱ではなかったようだが、お前のお父さんが作った巣箱。
「うん。普通の巣箱だったけど…」
 ママの記憶で見せて貰ったよ、住んでた小鳥が飛んでゆくのを。巣箱に帰ってくる所も。
「ほらな、そんな具合で巣箱を掛ければ小鳥はやって来るもんだ」
 今度は本物の鳥に入って貰って、幸せの鳥といこうじゃないか。
 今日の授業で話してやったろ、庭で鳥が巣を作るというのは吉兆だ、とな。
 青い鳥でなくても幸せが来るんだ、巣箱に小鳥が住んでくれれば。
 前のお前の願い通りに青い鳥が巣箱に入ってくれれば最高なんだが、さて、どうなるか…。
 巣箱が好きで住宅街も好きなオオルリ、飛んで来てくれるといいんだがな。



 俺が巣箱をまた作ってやる、って片目を瞑ってくれたハーレイ。
 今のハーレイは木彫りをやっていないけど、前のハーレイが作ってくれた巣箱みたいにお洒落な巣箱を。シャングリラと同じに真っ白な巣箱を、もう一度。
「…ねえ、白い巣箱でも鳥は入ってくれるよね?」
 ナキネズミじゃなくって、本物の小鳥。…白は駄目だってことはないよね?
「その点は全く心配要らんな、真っ白な巣箱も売られてるからな」
 真っ白どころか、赤とか青とか。そりゃあカラフルで洒落た巣箱が売られてるってな。
 つまりは鳥は入るってことだ、白い巣箱でも、赤でも青でも。
「じゃあ、前と同じで真っ白がいいな」
 シャングリラの白に塗ろうよ、巣箱。ハーレイが真っ白に塗ってくれたら、絵はぼくが描くよ。
「絵というと…。エラが描いてたあの紋章か」
 前の俺たちのミュウの紋章なんだな、今度はお前が描いてくれる、と。
 そいつが出来たら、巣箱を掛ける木を二人で選んで、俺が梯子を架けるわけだな。
 「此処でいいか」って、お前に訊いて。
 鳥が住みやすそうな場所で、俺たちからもよく見える場所。そこに巣箱を掛けに登る、と。



 オオルリが入ってくれるといいな、ってハーレイも本物の青い鳥を期待してくれているから。
 ぼくも本物の青い鳥が住んでる巣箱を何度も見上げたいから、いつかは巣箱。
 お洒落な巣箱を青い地球の上で木の上に掛けよう、ハーレイと二人で暮らす家で。
 幸せが来るという庭の鳥の巣、それを巣箱で青い鳥に作って欲しいから。
 前のぼくが見ていた真っ白な巣箱、ミュウの紋章つきのお洒落な巣箱。
 結婚したらそれを二人で作って、青い鳥を待とう。
 青い鳥でなくても、幸せの鳥がきっとやって来る、ナキネズミじゃなくて本物の鳥。
 ハーレイと二人で巣箱を見上げて、幸せな日々。
 本物の地球に来られたんだと、今度こそ何処までも二人一緒に行けるんだから、と…。





             青い鳥の巣箱・了

※前のブルーが欲しがった巣箱。シャングリラに小鳥はいなくても、気分だけでも、と。
 そして巣箱に入ってくれたナキネズミ。今度は地球の木に、本物の鳥が入る巣箱を。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv









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(え…?)
 何、とブルーは足を止めた。思わず握った階段の手摺。
 学校から戻って二階の部屋へと上がる途中で、何の前触れもなく覚えた違和感。
(なんなの…?)
 どうしたのだろう、と考えたけれど、分からない。躓いたり滑ったりしたわけではなくて、足を傷めたわけでもなくて。爪先でトンと階段を軽く蹴ってみたけれど、足に異常は無さそうで。
 どちらかと言えば、気分の問題。
 階段を上りたくない気分で、このまま立ち止まってしまいたいような…。
(身体の具合…?)
 体調が悪くなる前触れかもしれない、今は体力を使いたくないと。階段を上るより静かに座っていた方がいいと、此処で腰掛けている方がいいと訴える身体。
 それくらいしか思い付かない理由。きっとそうだという気もするけれど。
(…でも、こんな所に座っていても…)
 階段は座り心地のいい椅子とは違うし、身体も冷やしてしまいそうだから。却って悪化しそうな体調、同じ座るなら自分の部屋まで行った方がいい。椅子もベッドもある部屋まで。
(部屋で一休み…)
 暫く大人しくしていよう、と残りの階段をゆっくり上った。
 まだ違和感を覚えたままで。上りたくないと思う気持ちを抱えたままで。



 階段の上まで上り切ったら、違和感は綺麗に無くなったから。
 二階の廊下に着いた途端に消えてしまったから、原因は間違いなく階段だったわけで。
(やっぱり、身体…)
 身体が悲鳴を上げたのかもしれない、此処で休憩していたいと。階段など上りたくないと。
 そうだとしたら、それは嬉しくない兆候で。
 今の間にきちんと落ち着かせないと、寝込んでしまう結果を招かないとも限らない。気付かずに溜めてしまった疲労は、突然、爆発するものだから。夜にはなんともなかった身体が、次の朝には全く言うことを聞いてくれなくて、ベッドから出られないことも多いから。
(体育の授業が悪かった…?)
 さほど日射しも強くなかったし、たまには普通の子と同じように…、と挑んだサッカー。木陰で休む代わりに走った、足が速くはないけれど。ボールも上手く蹴れないけれど。
 それでも楽しかったサッカー、夢中になって過ごした時間。体育の先生に「少し休みなさい」と注意されるまで走り回った、太陽の下で。
 あのサッカーのせいかもしれない、自分では分からないけれど。体調を崩すほどの負担をかけたつもりは少しも無いのだけれども、疲れる理由があったとしたならサッカーくらい。
 気を付けなくては、これ以上、疲れないように。身体に負担をかけないように。



 部屋で制服を脱いで着替えて、椅子に座って一休み。今すぐにだって動けるけれども、さっきの違和感が心配だから。知らずに疲れを溜めていそうだから、念のために。
 時計を眺めて、五分ほど椅子で時間を過ごして、おやつを食べにまた一階へ。階段を下りて。
(気を付けなくちゃ…)
 ふらついたりしたら大変だもの、と手摺を握って慎重に。一足、一足、踏み締めながら。
 幸い、下りる時には何も起こらず、一階に着いたら、もう安心で。
(…栄養補給…)
 おやつは食事ではないけれど。栄養バランスの取れたものとは違うけれども、それでも幾らかの栄養は摂れる。甘い砂糖は疲れが取れるし、小麦粉やクリームもエネルギーに変わる。紅茶だって身体に水分をくれる、知らない間に抜けてしまった水分を補給してくれる。
(おやつを食べたら、きっと良くなるよ)
 サッカーで使った分のエネルギーと、身体から抜けた水分と。それが少しは戻るだろうから。
 おやつも馬鹿に出来ないのだから、と頬張ったケーキをしっかりと噛んだ、噛めば消化が早まるから。エネルギーに変わるまでの時間が短くなるから。
 紅茶もおかわりをして水分補給をしようと努めた、自覚は無くても水分不足かもしれないから。



 栄養なのだ、と意識しながら食べ終えたおやつ。身体に効いてくれるだろうと。
 キッチンの母に空になったお皿やカップを返して、「御馳走様」と部屋を目指した。あの階段を上って二階へ。今度はきっと大丈夫、と思うけれども、ゆっくり、ゆっくり。
 そうしたら…。



(あ…!)
 不意に蘇って来た記憶。
 こうして階段を上った、何処かで。
こんな風にゆっくりと階段を上った、確かに自分が。
 遠く遥かな記憶の彼方で、今の自分とは違う自分が。ソルジャー・ブルーだった前の自分が。
(何処で…?)
 いったい何処で上ったのだろう、今と同じに階段などを。
 家に帰って直ぐに上った時に感じた違和感、「上りたくない」という気分。あの時の気分は前の自分のものだった。上りたくない気持ちを抱えて上った、白いシャングリラの中の何処かで。
 それが何処だか思い出せない、一足、一足、上ってみても。
 あの階段が何処にあったか、どうして「上りたくない」と思いながら上っていたのかも。



 思い出せないまま、階段の上まで着いたから。
 上りたくない気分が
前の自分のものだったのなら、体調不良を心配しなくても良さそうだから。部屋に戻って本棚から出した写真集。白いシャングリラの姿を収めた豪華版。
 ハーレイとお揃いのそれを勉強机の上で広げて、パラパラとページをめくってみて。
(階段…)
 シャングリラの中で階段といえば、思い付くのは非常階段くらいなもの。巨大な白い鯨の中では階段は不向きな移動手段で、別の階層へ行くなら専用の乗り物を使うのが普通。
 それに段差の代わりにスロープ、足が不自由な仲間もいたから。車椅子でも移動しやすいよう、緩やかなスロープが設けられていた。
 シャングリラは階段の多い船ではなかった、目に付く所に階段は殆ど無かった筈で。
 例外は天体の間と公園くらいで、その階段は写真集にも載っているけれど。
(何処なんだろう…)
 前の自分が上っていた階段。
 上りたくない気分を抱えて上った階段は何処にあったろう…?



 天体の間の階段は違う気がする、この美しい部屋ではないと。
 公園にあった階段も違う、皆の憩いの場だった公園、そこの階段でもないと。
 けれども自分は、前の自分は確かに上った、「上りたくない」という気持ちを抱えて。それでも階段を上るしかなくて、たった一人で上っていた。
(ぼくが一人だと…)
 余計に場所が限られてくる。白い鯨でソルジャーが何処かへ行くとなったら、大抵は誰かが付き従った。ハーレイや、他の仲間やら。
 一人で歩いてゆく時といえば私的な外出、行き先はフィシスの所だったり、公園だったり。
 そうした時には心は弾んでいるものだったし、階段を上りたくない気分になるとは思えなくて。
 いったい何処で一人だったかと、青の間に階段は無かった筈だし、と考えていて…。
(違う…!)
 思い出した、と遠い記憶の中からぽっかりと浮かび上がって来た階段。
 青の間にあった、階段が一つ。あの部屋はスロープが印象的だったけれど、それとは全く違った場所に。スロープの代わりの非常階段などとは違って、まるで違った目的のために。



 青の間を常に満たしていた水、それを湛えた貯水槽。其処へと下りるための階段が一つ、部屋の一番奥の所にひっそりと在った。
 貯水槽のメンテナンス用の階段、係の者しか使わなかった階段だけれど。実用本位で飾りなども無くて、二人も並べば一杯になりそうなほどの幅しか無かったけれど。
(あれを下りてた…) 
 前の自分が。
 青の間の一番奥に出掛けて、貯水槽へと続く階段を。
 誰もいない時に、ただ一人きりで。
 メンテナンスや貯水槽の視察をするのではなくて、隠れたい時に。深い悲しみに心を満たされ、泣きたい気持ちに囚われた時に。
 青の間のベッドや椅子でも泣いたけれども、それだけではとても足りない時には階段を下りた。自分しか抱えられない悲しみ、自分であるがゆえの悲しみ。
 それが心を塞いだ時には、あの階段を下りていた。此処なら自分一人きりだと、誰も来ないと。誰も自分を見付けはしないし、閉じ籠もっていても許されそうだと。



(ぼくの寿命が尽きてしまうって…)
 それが分かってから、何度あの階段を下りただろう。何度、その下に隠れただろう。
 一番下の段に座って、俯いて泣いた。
 其処から見える暗い水面を、静まり返った水の面を見下ろして泣いた。
 焦がれ続けた地球には行けない、辿り着けずに死んでしまうと。自分の命はもうすぐ終わると、それを止める術などありはしないと。
 自分の命が尽きてしまうことも悲しいけれども、ミュウの未来はどうなるのか。シャングリラは何処へ向かうというのか、自分が死んでしまったならば。
 後継者としてジョミーを見出した後も、本当にそれで上手くいくのかと、幼すぎるソルジャーに皆が従ってくれるだろうかと尽きなかった悩み。自分の寿命がもっとあれば、と。
(みんなの前ではとても言えない…)
 自分の心が揺れているなど、悲しみに満ちているなどと。
 皆の前では弱さを見せるわけにはいかない、船に不安が広がるから。けして悲しみを知られてはならない、自分の心の中だけに留めておかなければ。
 だから階段を下りて、隠れて。部屋付きの係の気配がしたら上った、長老たちが来た時にも。
 階段を上り、何気ない風で、さも奥にいたと言わんばかりに出て行った。
 いつもと変わらない表情に戻り、悲しみも涙も拭い去って。



 階段を上ってゆく時に「強い自分」に切り替えていたから、誰も気付きはしなかった。青の間の奥で前の自分が泣いていたことも、階段を下りていたことも。
 気付いていた人間はたった一人だけ、その一人だけしか知らなかった。
(…前のハーレイだけ…)
 青の間を訪ねて来たのがハーレイの時だけは上がらなかった。階段を上ってゆかなかった。一番下の段に座って、水面を見下ろして動かずにいたら、上から下りて来たハーレイ。
 「やはり此処でしたか」とだけ、声を掛けて。
 そうして隣に腰を下ろした、何も訊かずに。黙って側に寄り沿ってくれた。
 ハーレイが階段を下りて来る度、二人、何度も、何度も座った、あの階段に。水を覗いて座っていた。狭い階段に二人並んで。



 ハーレイと二人で座る時には、要らなかった言葉。思念もまるで必要無かった。
 言わずとも、わざわざ伝えなくとも、ハーレイは分かってくれていたから。悲しみに満たされてしまった心を、どうしようもない悲しみのことを。
 ただ寄り添っていてくれたハーレイ、その温もりだけで充分だった。一人ではないと、悲しみを分かち合ってくれる恋人が直ぐ側にいると、そう思うだけで。考えるだけで。
 溢れ出しそうな悲しみをハーレイにぶつけてしまわなくても、ハーレイは全て受け止めてくれているのだからと。
 黙って二人で座り続けて、時にはハーレイに抱き締めて貰って、キスを一つ。
 それだけで良かった、何の言葉も慰めも要りはしなかった。
 ハーレイがいてくれるだけで。隣に座っていてくれるだけで、二人で水面を見ているだけで。
 そうして心が落ち着いた後で、立ち上がって階段を上っていった。元の部屋へと。
 ハーレイは後から上って来た。
 二度と下りる気にならないようにと、笑顔を向けて。
 けして言葉にはしなかったけれど、「大丈夫ですよ」と、「私がお側におりますから」と。



(あの階段…)
 青の間の奥にあった階段、前の自分が下りた階段。
 それを上る時の気持ちを思い出したのだった、あの違和感は。今の自分の家だけれども、階段を上る途中だったから。何のはずみか蘇った記憶、こうして階段を上っていた、と。
 上りたくない気分の時の自分の心。
 まだ悲しみは癒えていないのに、ソルジャーの顔で上に戻らねばならない時の。
(ハーレイが来た時は…)
 階段の一番下の段に二人、並んで座って過ごした時は。
 上る時には悲しくなかった、胸も痛くはなりはしなくて、晴れやかな気分で上っていった。上に戻ろうと、部屋にゆこうと。もう大丈夫だと、こんな所にいなくても、と。
 階段を下へと下りてゆく時は悲しかったのに、辛かったのに。
 自分の居場所は其処にしか無いと、其処に隠れて涙するより他に道は無いと思っていたのに。



 ハーレイが来てくれるだけで悲しみが癒えていった階段。
 黙って二人で座っているだけで、何もしないで二人で水面を見ているだけで。
(ハーレイ、覚えているのかな…?)
 あの階段のことを。前の自分と並んで座った、青の間の奥の階段のことを。
 自分はすっかり忘れていたから、ハーレイも忘れてしまったろうか。あそこに階段が一つあったことも、二人並んで腰掛けたことも。一番下の段に座って、暗い水面を見ていたことも。
 どうなんだろう、と考えていたら、来客を知らせるチャイムが鳴って。
 仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、訊こうと思った。階段のことを。



 母がお茶とお菓子を置いて行ってくれたテーブルを挟んで、向かい合わせ。
 直ぐに訊いてもいいのだけれども、もったいないような気もするから。あの階段に二人で座った思い出はとても大切だから。
 少し回り道をしようと思った、ハーレイが覚えていないなら。自分と同じに忘れたのなら、他の階段の話からだ、と。だから…。
「ハーレイ、階段、覚えてる?」
 シャングリラにあった階段のこと。ハーレイは今でも覚えている…?
「怪談だと?」
 幽霊の話は記憶に無いが、と首を捻っているハーレイ。幽霊でなければ何だったろう、と。怖い話は無かったように思うが、妖怪の類でも出ただろうかと。
「そうじゃなくって…!」
 階段が違うよ、上ったり下りたりする階段!
 シャングリラの階段、忘れちゃった…?
「そっちの方か…。その階段もあまり無かったぞ」
 天体の間と公園の他には、階段らしい階段は作っていなかった筈だが…?
「うん、非常階段くらいしかね」
 あれにも一つも写っていない、と勉強机の上に置かれたシャングリラの写真集を指差した。
 でも階段はあったんだよ、と。天体の間と公園の他にも、とても大切な階段が一つ、と。



「大切な階段って…。そんなの、あったか?」
 あの船は基本はスロープだったぞ、乗り物が使えなくなった時にも足の悪いヤツらが不自由なく移動出来るようにな。非常階段は作業用のヤツで、作業員くらいしか使わなかったが…。
 キャプテンの俺が知らない階段、シャングリラには無いと思うがな?
「あったよ、とても大事な階段」
 君との思い出の階段なんだよ、ぼくには宝物みたいな階段。
「…何処にだ?」
「青の間」
 あそこにあった、と口にしてみたら、息を飲んだハーレイ。
 吸い込んだ息の音が聞こえたくらいに、鳶色の瞳が大きく見開かれたほどに。
 きっとハーレイは思い当たったに違いないから。あの階段だと気付いたろうから。



「覚えてた?」
 ぼくが言ってる階段のこと。青の間の奥にあった階段。
「…今、思い出した」
 忘れちまっていたが、青の間と言われたら思い出した。あそこの奥に階段があって…。
 お前が泣いてた、とハーレイの顔が辛そうに歪む。
 あの階段ではいつもお前が泣いていたんだ、と。
「泣いていないよ」
 ハーレイが隣に座ってくれてた時には、ぼくは泣いたりしなかったよ。一人きりの時には泣いていたけど、ハーレイと二人の時には泣いていないよ。
「確かに泣いてはいなかったが…。泣き顔をしてはいなかったんだが…」
 お前の心が泣いていたんだ、とても悲しいと。悲しくて辛くて、どうしようもないと。
「…そうかもね…」
 ハーレイには伝わっていただろうしね、ぼくの心が。
 声にも思念にもしてはいなくても、ハーレイは分かってくれてたし…。
 ハーレイが「泣いていた」って言うなら、ぼくはいつでもあの階段で泣いていたんだろうね…。



 寿命が尽きると知るより前にも、辛かった時や悲しい時。
 あの階段をよく下りていた。誰にも言えない、ぶつけられない思いを抱えて。
 一番下の段に座って俯いていたら、水面を見詰めてじっとしていたら。
 部屋付きの係も長老たちも来ない時には、ハーレイが何度も付き合ってくれた。まるで最初から知っていたように、階段を下りてゆくのを何処かから見て、急いでやって来たかのように。
 そう、ハーレイはあの階段に自分が下りてゆくことを、下りそうな時を見抜いていた。そうだと気付いて部屋に来てくれた、階段を下りて来てくれた。
 黙って隣に座るためだけに、二人並んで水面を眺めるためだけに。
 アルタミラから一緒だった仲間を病気で亡くした日の夜も。
 救い出せなかったミュウの子供がいた時も。
 一人きりで泣いていた前の自分の隣に、気付けばハーレイの姿があった。涙は止まって、二人で並んで腰掛けていた。あの階段の一番下の段に、黙って水面を見下ろしながら。



「お前、いつでもあの階段で…」
 一人で下りては泣いていたんだ、誰にも打ち明けようともせずに。
 全部一人で抱え込んじまって、あそこに座って一人きりで。俺が行くまで、ずっと一人で…。
「部屋でも泣いていたけどね?」
 ハーレイの前ではいつも泣いていたよ、何度も泣いてしまっていたよ。
 泣いていいんだって分かっていたから、ハーレイの前では泣いていたよ。
 …あの階段を下りていた時は、ハーレイが側にいなかった時。悲しくて辛くて我慢出来なくて、でもハーレイはいなくって…。
 そういう時に下りて泣いてたんだよ、あそこなら誰も来ないから。
 誰か来たなら直ぐに分かるし、急いで上れば気付かれないし…。
 前のぼくの秘密の隠れ場所だったよ、あの階段の一番下は。
 そしてハーレイとの思い出の場所。あそこでハーレイと並んで座って、水を眺めて…。そういう思い出、数え切れないほどあったのに…。ハーレイと何度も座ったのに…。



 今日まで忘れてしまっていた、と打ち明けたら。
 どうして思い出さなかったのだろう、と自分の記憶に出来ていた穴を嘆いたら…。
「忘れていたっていいんじゃないか?」
 少なくとも俺は責めはしないな、お前が忘れちまっていたこと。
 俺も忘れていたっていうのもあるがだ、お前が綺麗に忘れていたのが嬉しくもあるな、階段ごと抜け落ちちまっていたのが。
「…なんで?」
 薄情だとは思わないわけ、ハーレイはいつも付き合って座ってくれていたのに…。
 黙って隣にいてくれたのに、それをすっかり忘れてたんだよ、ぼくときたら。
「それでいいんだ、何も覚えていないくらいで丁度いいだろ」
 あの階段でのお前の思い出、悲しかったことや辛かったことしか無いんだろうが。
 一人きりで泣くしかないって時しか下りてないんだ、前のお前は、あの階段を。悲しい時だけの隠れ場所なんかを後生大事に覚えておく必要は無いってな。
 悲しいことは忘れちまうに限るさ、生まれ変わってまで抱え込んで覚えておかなくても。
 前のお前が泣いた記憶まで、しっかり抱えていなくてもいい。忘れていいんだ、そんなのはな。



 水に流すと言うだろうが、とハーレイが片目を瞑ってみせる。
 前のお前の悲しみは全部、水が持って行ってくれたんだろう、と。
 階段の一番下に座っていつも見ていた、青の間の水が。
「…そうなのかな?」
 あの水が持って行ってくれたから忘れちゃってたのかな、階段のこと。あの階段を下りていったことも、ハーレイと二人で座ってたことも。
「そう思っておけ、あの水も役に立ったんだと」
 前のお前には散々苦情を言われたが…。こんなデカイ貯水槽つきの部屋なんて、と何度も文句を言われたもんだが、あの水が役に立ったってな。
 前のお前が生きてる間は何の役にも立たなかったが、死んじまった後に出番が来たんだ。
 あの階段と、階段で泣いてたお前の悲しみ。全部纏めて持ってっちまった、文字通り水に流して綺麗サッパリ消したってことだ。
「うん…」
 そうだったのかもね、あの水はホントに何の役にも立たなかったけど…。
 前のぼくのサイオンが水と相性が良かったから、って増幅装置なんだと思われてたけど…。
 本当はただの演出でしかなくて、ソルジャーの部屋らしく見せるための仕掛けみたいなもので。
 あの水には何の意味も無いんだから、って思っていたけど、水だったから水に流せたのかな…?



 こけおどしだった青の間の水。何の役目も果たさなかった貯水槽。
 メンテナンス用の階段まで設けられていたのに、あの水はそこに在ったというだけ。広い部屋を満たしていたというだけ。
 けれど、あの水は悲しみを持って行ってくれたのだろうか?
 前の自分が一人で抱えた、あの水を見ながら涙していた悲しみを流してくれたのだろうか…?
「多分な」
 俺が勝手にそう思うだけだが、そのくらいの役には立たんとな?
 最後まで無駄だと言われ続けて終わるよりかは、前のお前の悲しみや涙。そいつを抱えて消えてこそだろ、水なんだからな。
「そっか…」
 本当にそうかもしれないね。
 ずうっと前のぼくの側にあった水だし、ホントに最後に役に立ったかもしれないね。前のぼくが死んだら、あの水が見ていた悲しい記憶を水に流してくれたのかもね…。



 悲しかった時や、辛かった時。一人で抱えて泣くしかない時。
 何度となく下りた階段だけれど、一番下に独り座って水を見ていた場所なのだけれど。
 十五年もの長い眠りから覚めて、たった一人でメギドへ向かって飛び立つ前。青の間で過ごしていた筈だけれど、階段を下りた記憶は無い。水を眺めていた記憶も。
 ハーレイにそれを話したら…。
「…その記憶。水が持って行ってくれたんじゃないか?」
「え…?」
 どういう意味なの、ぼくは階段を下りたっていうの?
 下りていたことをすっかり忘れてるだけで、本当はあそこに座っていたの…?
「そうじゃないかという気がするな。…お前が下りていたんだとしたら」
 もしもお前が、あの時、下りていたのなら。
 あの階段を下りて座っていたなら、どれほど泣いていたことか…。
 お前は全てを知っていたんだしな、もうすぐ死ぬことも、俺が追い掛けてはいけないことも。
 もちろん地球だって見られないままで、たった一人で死んじまうんだ。
 そういったことを一人で抱えて、お前があそこで泣いていたなら。
 お前の隣に俺は座りに行けなかったし、お前は本当に独りぼっちで泣いて、泣きじゃくって…。
 どのくらい泣いていたかは知らんが、俺が下りて行ってやれなかった分まで、代わりに水が見ていただろう。泣いていたお前を、お前の抱えた悲しみと涙を。
 そいつを最後に全部あの水が持って行って水に流した、だからお前は覚えていない。今のお前に生まれ変わる時に、その記憶を持っては来なかったんだな。



 本当を言えば、下りていないのが一番なんだが、と言われたけれど。
 下りたかもしれない、あんな時だから。
 三百年以上もの長い時を生きて、青の間が出来てからも長い長い時を其処で過ごして、その間に何度あの階段を下りたことだろう。
 辛かった時に、悲しい時に。たった一人で階段を下りて、水面を眺めて座った自分。
 その人生がもうすぐ終わるという時、それも一人きりで死んでゆくのだと悟っていた時、下りてゆかない筈がない。
 辛く苦しい心を抱えて。ハーレイとの別れを思って張り裂けそうな心を抱いて、あの階段を。
 きっと自分は階段を下りた、一番下の段に座っていた。水面を見詰めて、一人きりで。
 この階段でも独りなのだと、ハーレイは忙しくて持ち場を離れられないからと。
 そうしてどのくらい座っていたのか、あの水を一人、眺めていたのか。
 立ち上がった自分は階段を上り、ブリッジへ向かったのだろう。最後の言葉をハーレイに託して飛び立つために。永遠の別れを告げにゆくために。



 けれど、何処にも無い記憶。
 確かに階段を下りただろうに、欠片すらも見当たらない記憶。ほんの僅かな痕跡さえも。
「…ぼく、本当に忘れちゃったのかな?」
 あの階段を下りていたのに、下りていたこと、すっかり忘れてしまったのかな…?
 水が何もかも流してしまって、下りた記憶も、あそこで泣いてた時の記憶も…。
「それだと俺は嬉しいがな」
 お前が下りていたんだったら、その記憶が無いのが俺は嬉しい。悲しい記憶はもう要らんしな。
 メギドで凍えちまった右手の分だけで充分だろうが、それ以上は無い方がいい。
 お前の記憶を消しちまったのが水だとしたなら、あの部屋は最後にお前の役に立ったんだ。青の間はただのこけおどしだったが、水の方は前のお前を守った。
 最後に階段に座ったお前は独りぼっちで、俺はいなくて。
 その俺の代わりに水が頑張った、お前が泣いてた記憶ごとすっかり流しちまってな。
「…ハーレイの代わりに水だったの?」
 ハーレイが隣に座ってくれる代わりに、水が綺麗に消してくれたの、前のぼくの記憶。
 最後にとっても悲しかったのを、思い出せないように流しちゃったの…?
「お前が忘れたんだとしたらな」
 あの階段を最後に下りていったのに、何も覚えていないなら。
 欠片も思い出せずにいるなら、あの水が流してくれたってことだな、悲しかった記憶。



 もう思い出さなくてもかまわないから、と手招きされて、ハーレイの膝の上に座らされて。
 強い両腕で抱き締められた。広い胸へと抱き込まれて。
 あの階段のことは忘れておけ、と。
 思い出しても悲しいだけだ、と。
「いいな、あの階段には悲しい記憶しか無いんだからな」
 前のお前は泣く時だけしか下りちゃいないし、あんな階段のことは忘れておくのが一番だ。
 間違ってもメギドへ行く前の記憶を探すんじゃないぞ、あの階段を下りたかどうかなんてな。
「でも、階段…。ハーレイのことは思い出したよ」
 ハーレイが一緒に座ってくれていたってこと。ぼくの隣に、いつも黙って。
 二人で並んで水を見てたよ、あの思い出はとても大切なんだよ。
「おいおい、お前は泣いてたんだぞ?」
 俺が隣に座ってた時も、お前の心は泣いていたんだ。だから俺は黙って座っていたのに…。
 前のお前の悲しい記憶とセットの思い出だろうに、それでも大切なのか、お前は?
「大切だよ。…だって、ハーレイから優しい思い出を貰ったもの」
 黙って隣に座っててくれて、ぼくが落ち着くまで側にいてくれて。
 階段を上ろうっていう気分になるまで、何も言わずについててくれたよ。
 だから、あの階段は大切なんだよ、ハーレイと一緒に座った階段。二人で座った階段だもの…。



 いつも階段を下りて来てくれた、優しいハーレイ。並んで座ってくれたハーレイ。
 そのハーレイが思い出すなと言うのだから。思い出さなくていいと言うのだから。
 メギドへと向かう前のことはもう、考えない方がいいのだろう。
 あの日、階段を下りたのかどうか、其処に座っていたのかどうかは。
 青の間の水が持って行って流してくれた悲しみ、それはもう思い出さない方がいいのだろう。
 遠く遥かな昔の悲しみは流れ、こうして地球に来たのだから。
 青い地球の上に生まれ変わって、幸せに生きてゆけるのだから。
 ハーレイと二人、手を繋ぎ合って、何処までも二人。
 もう階段には悲しみを抱えて座らなくてもいいのだから。
 いつか二人で座る時には、幸せの中で。
 階段に並んで腰を下ろして、お弁当だとか、ソフトクリームだとか。
 きっとそういう風になるから、二人で並んで座る階段は幸せな場所に変わるのだから…。




            下りた階段・了

※青の間の奥にあった、貯水槽へと下りる階段。前のブルーが泣くための場所だったのです。
 けれどメギドに向かう前には、下りた記憶が全く無いまま。水が悲しみを消したのかも。
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(ほう…!)
 珍しいな、とハーレイが目を留めたイチゴの山。
 ブルーの家には寄れなかった仕事帰りの日。いつもの食料品店だけれど、今の時期に露地もののイチゴとは、と。普通は春がシーズンだから。
 しかも果物のコーナーではなくて特設売り場。色々な店が出店してくる売り場で、特産品などがよく置かれている。このイチゴもきっと、何処かの名産。時期外れなのが売りなのだろう。
(石垣イチゴ…)
 そう書いてあった、売り場に置かれた小さな看板に。
 石垣イチゴとは何だろうかと思ったけれども、「石垣で育てるイチゴです」という謳い文句も。石垣と言われても意味が分からないものの、真っ赤に熟れて美味しそうではある。まるで宝石。
 綺麗なものだ、と覗き込んでしまった、ブルーの瞳の色だから。瑞々しい赤は自然の恵みで命の輝き、小さくて愛らしい恋人の瞳のようだから。



 熟したイチゴの赤に惹かれて佇んでいたら、店員に声を掛けられた。「如何ですか?」と。
 食料品店の店員ではなくて、イチゴと一緒にやって来た店員、このイチゴが育った場所から出張して来たという。イチゴは毎朝届くけれども、自分は出店期間中は町に滞在していると。
「この時期のは珍しいんですよ」
 通常は一月から五月がシーズンなんです、との説明。やはりイチゴは春のものだった、一月とは妙に早いけれども。温暖な地域で作っているなら、一月もシーズンになるのだろうか。
 それでも季節は五月頃まで、イチゴの品種を変えて今の時期に収穫しているらしい。やっている農家は多くない、とも。
 それで興味を持った所へ「風邪の予防にいいですよ」という店員の言葉、ビタミン豊富でミカンよりもいいという話だから。五粒も食べれば一日分になると聞かされたから。
(ブルーに…)
 風邪を引きやすい、小さなブルー。前と同じに弱く生まれてしまったブルー。
 隣町の実家で母が作っている金柑の甘煮を届けてやったり、風邪の予防に気を配ってやっているブルーだから。
 イチゴもいいか、と考えた。明日は土曜日でブルーの家に出掛けてゆくから、土産にいい。新鮮だし、粒も大きいし…。何より露地もの、イチゴは春がシーズンなのに。
「一つ下さい」
 赤いイチゴが盛られたパックを一つ買ったら、「どうぞ」とパンフレットもついて来た。それに店員の「メロンよりも甘いイチゴですよ」という言葉も。



 他にも食料品を買い込み、家に帰って。
 真っ赤なイチゴが傷まないよう、一番に冷蔵庫に大切に仕舞って、夕食の支度。買って来た魚を焼いている間に、味噌汁に野菜の煮物なども。炊き立ての御飯でゆっくりと食べて、寛いで。
 片付けが済んだら熱いコーヒー、愛用のマグカップにたっぷりと淹れた。
(パンフレットも読んでおくかな)
 せっかく貰ったのだから、と石垣イチゴのパンフレットとマグカップを手にして向かった書斎。机の前に座ってコーヒーを一口、パンフレットを開いてみたら。
(ふうむ…)
 売り場に「石垣で育てるイチゴです」と書かれていたのが謎だったけれど、本当に石垣を使って栽培しているイチゴだった。石垣を使うから「石垣イチゴ」。そういうイチゴの育て方。
 栽培風景の写真と説明、それから石垣イチゴの歴史。
(由緒あるイチゴだったのか…)
 知らなかった、と呟いた。石垣イチゴの名前も、歴史も。
 なんとも古い、石垣イチゴが歩んで来た道。前の自分など比較にならない古さの石垣イチゴ。
 SD体制が始まるよりも遥かな昔の日本で生まれた栽培方法、一部の地域で行われていた。日本全体ではなくて、ほんの一部で。
 あの店員も言っていた独特の甘さで人気を博したけれども、やがて廃れた。
 地球が滅びてしまったから。イチゴを育てられる土が無くなり、水も汚染され、石垣でイチゴを育てられる場所は何処にも無くなってしまったから。
 その上、小さな島国、日本。SD体制の時代に文化は継がれず、石垣イチゴも消えてしまった。今は復活しているけれども、立派に作られてパンフレットまであるけれど。



(石垣イチゴなあ…)
 イチゴは畑のものなんだが、と熱いコーヒーを口にしながら考えていて。
 石垣イチゴは初めて聞いたと、日本の文化は奥が深いと、かつて日本があったこの地域の歴史を思い浮かべていて。
 石垣イチゴが生まれた頃には日本の風景はどうだったろうかと、自然も豊かだったろうかと遠い昔に思いを馳せていたのだけれど。
(一月からイチゴだったとはなあ…)
 冬の最中に甘いイチゴが栽培出来たのが強みだったという石垣イチゴ。偶然だったとも、工夫を凝らした結果だったとも伝わるけれども、石垣に植えたイチゴは冬でも実をつけたという。温室を設けてやらずとも。
 太陽の光で温まった石垣、その温かさがイチゴを育てた。輻射熱で甘いイチゴが実った、それが石垣イチゴの始まり。
 だから今でも一月からがシーズン、普通のイチゴのシーズンと同じ五月まで採れる石垣イチゴ。今日、買ったイチゴはそれの変わり種で、秋に実るように育てた品種だったけれど。
 ともあれ、石垣で育てるイチゴ。
 畑ではなくて石垣でイチゴ、誰の発想だったのだろう。どう考えても、イチゴは畑に植えるのが普通だろうに。でなければ鉢やプランター。平たい所で育てるもの。
 パンフレットには石垣の写真が載っているけれど、そこにイチゴがズラリと植わって、赤い実をつけているのだけれど。



 実に変わった風景だと思う石垣イチゴが実った畑。いや、石垣を畑と呼ぶのかどうか。イチゴを栽培しているからには畑に含まれそうだけれども、畑のイメージとは全く違う。
(畑と言ったら、やっぱり平地…)
 斜面に畑を作っている場所でも、段差を設けて平らな地面を確保するのが常識で。石垣なんぞは聞いたことも無いと、石垣イチゴが初めてなんだ、とコーヒーのカップを傾けていたけれど。
(ん…?)
 何故だか何処かで見たような気がする、石垣にイチゴ。
 赤いイチゴが実った石垣、それを目にしていたような記憶。パンフレットの写真そのままに赤いイチゴが石垣に実っている光景を。
(…親父たちと出掛けて行ったのか…?)
 幼い頃に、と思ったけれども、石垣イチゴは今も一部の地域のみでの栽培。そういう地域に家族旅行で出掛けたという記憶は無い。
 イチゴ狩りには何度か行ったけれども、石垣でイチゴを摘んだだろうか?
 自分が忘れてしまっているだけで、両親と旅行に行ったのだろうか?
 旅をした場所が何処かも分からないほどに幼かった頃、石垣イチゴに出会ったろうか…?



(石垣でイチゴ…)
 確かに見たんだ、と遠い記憶を振り返っていたら、どうにもおかしい。
 赤いイチゴと石垣の記憶は少しずつ鮮やかになって来たけれど、視点が違う。石垣を眺めている視点の高さが、石垣に向かった自分の目の高さが。
 幼い子供の背丈では、こうはならないような…、という視点から見ている石垣、赤いイチゴと。
(…何故だ?)
 少なくとも学校に上がってからは行っていない筈だ、と断言出来る。イチゴ狩りの季節に両親と旅に出掛けた地域は全部挙げられるし、石垣イチゴが採れる場所とは重ならないから。
 記憶にある視点で眺められる背丈になった頃ともなれば論外、もう絶対に行ってはいない。
 そうなってくると父に背負われて眺めていたのか、あるいは石垣イチゴの産地でなくても、同じ方法で栽培していたイチゴ農園があったのか。
(何処で見たんだ…?)
 しかもどうやって、と妙な記憶を手繰っていたら。
 子供らしくない視点の高さで眺めた筈の石垣イチゴを懸命に探り続けていたら…。
(シャングリラか…!)
 とんでもない記憶が蘇って来た、あまりにも意外すぎる記憶が。
 キャプテン・ハーレイだった頃の記憶が、前の自分が舵を握った白いシャングリラの思い出が。
 あの船にあった、石垣イチゴが。白い鯨になったシャングリラに。
 畑とは別に、ヒルマンの趣味で。
 調べ物が好きで博識だった、好奇心もまた旺盛だったヒルマンの趣味の産物として。



 元は人類のものだった船を改造して生まれた、巨大な白いシャングリラ。
 完全な自給自足の暮らしが軌道に乗って皆に余裕が生まれて来た頃、ヒルマンが会議の席でこう言い出した。ゼルとブラウとエラ、それにブルーとキャプテンだった前の自分が集った席で。
「石垣イチゴを作ってみようと思うのだがね」
 どうだろうか、という提案。石垣イチゴなど、誰も聞いたことが無かったから。
「なんだい、それは?」
 イチゴの種類というヤツかい、と返したブラウ。そういう種類のイチゴがあるのかと、木イチゴなどといったベリーの一種なのかと。
「いいや、そうではなくてだね…。全く普通のイチゴなのだが…」
 甘いそうだよ、普通よりも、とヒルマンが話した石垣イチゴ。
 データベースで見付けたのだという、遠い昔の栽培方法。それも広い地球の上でたった一ヶ所、日本という国の一部分だけで行われていた方法で。
 石垣イチゴは石垣に植える、畑ではなくて。石垣の石と石との間に植えてゆくのが石垣イチゴ。石垣の輻射熱で甘く美味しい実が出来るらしく、ヒルマンはそれを試してみたくて。
「石垣じゃと? …畑ならまだ分かるんじゃが…」
 どうしてイチゴが石垣なんじゃ、とゼルが首を捻り、皆も同様だったけれども。
 ヒルマンが「これが証拠でだね…」と出して来たデータ、石垣イチゴは本当にあった。遠い昔の地球の上に。小さな島国の一部の地域に。
「このように石垣に植えるわけだし、石垣は傾斜しているし…」
 畑ほど広い場所は取らないのが石垣イチゴでだね…。農場の端でやってみたいと思うわけだよ、上手く出来れば儲けものだからね。



 農場の端の方は、壁があるというだけだったから。
 その壁の一部に沿って石垣を作るというから、止める理由は誰にも無かった。空いたスペースの有効活用、その一環で良かろうと。
 石垣イチゴを作ると決まれば、面白がって手伝った者も少なくなかった。石垣を積む機会などは公園を除けば全く無かったわけだし、その石垣が畑になると言うのだから。
 白いシャングリラの中に積まれた石垣、本物の石を採掘して来て、ヒルマンの指図で。イチゴが傷んでしまわないよう、石を滑らかに加工して、きちんと組み合わせて。
 そうして出来上がった石垣の畑、石垣を畑と呼べるかどうかは意見が分かれたけれども、作物を植えるからには畑だろうと唱える者も多かった。
 その石垣の隙間に植え付けられたイチゴの苗。畑のイチゴと同じ苗を植えた筈なのに…。
(美味かったんだ、あれが)
 太陽の光を模した照明、それが作物を育てた農場。照明の当たり具合も畑と石垣でさほど違いがある筈もなくて、水やりや肥料も石垣の方に特に工夫を凝らしたわけでもなかったのに。
 石垣で実ったイチゴはヒルマンが「甘いそうだよ」と言った通りに甘かった。畑のイチゴよりも遥かに甘くて、まるで魔法のイチゴのように。
 味見してみて皆が驚いた、どう考えても石垣よりかは畑の方がイチゴに良さそうなのに、と。



 石垣の隙間から生えたイチゴは、如何にも窮屈そうだったのに。畑でのびのびと育ちたいように見えていたのに、美味しく実った石垣イチゴ。畑のイチゴよりも甘い実をつけた石垣イチゴ。
(前のあいつに届けさせたら…)
 とても美味しいイチゴだから、と大ぶりのものを器に盛って青の間のブルーに届けたけれど。
 前の自分が「如何ですか?」と感想を聞きに出掛けて行ったら、イチゴは全く減っていなくて。
 「美味しかったよ」と微笑んだブルー、「味見はしたから、ぼくはいいよ」と。
 一粒貰えばもう充分だと、残りのイチゴは子供たちのおやつに持って行って、と。
 石垣イチゴの栽培はそれからも長く続いたけれども、収穫の度に「ソルジャーに」と見事な実が幾つも届けられたけれど、その殆どはいつも「子供たちに」とブルーが譲った。
 「甘いイチゴは子供たちが食べるべきだよ」と笑んでいたブルー。「子供たちは甘いものが好きだし、イチゴも甘いほど喜ぶだろう?」と。
 いくら届けても、何度届けても、ブルーが食べたのはほんの少しだけ。いつも味見だけ。
 「美味しいイチゴは子供たちに」と。「子供たちは船の宝物だから」と。



 白いシャングリラの農場の端に積まれた石垣、其処で実った石垣イチゴ。
 本当に甘くて美味しいイチゴで、畑のイチゴより素晴らしいと評判だったけれども、ヒルマンは常に笑っていたものだ。「私の腕前のせいではないよ」と、「これは石垣の魔法なのだよ」と。
 そうして、こうも付け加えていた、「地球の太陽で作ればもっと甘くて美味しいだろうね」と。
 太陽を模した照明ではなくて、本当に本物の地球の太陽。
 母なる地球の命を育む太陽の光、それを浴びれば石垣イチゴはもっと美味しくなるだろうと。
(それだったのか…!)
 俺が買って来たイチゴはヒルマンが夢見た地球のイチゴだったか、と今日の出会いに感謝した。
 いいものを買った、と顔が綻ぶ。
 買った時にはまるで気付いていなかったけれど、石垣イチゴという言葉も忘れていたけれど。
 石垣イチゴとは何のことかと思ったけれども、遠い昔に出会っていた。白い鯨で、前のブルーと暮らした船で。
 シャングリラで見ていた石垣イチゴが地球の上にあった、本物の石垣イチゴになって。遠い昔に石垣イチゴが作られていた日本が在った場所で、本物の地球の太陽を浴びて。
(あいつ、覚えているんだろうか…?)
 ブルーは今でも覚えているのだろうか、シャングリラにあった甘いイチゴを。
 農場の端の石垣で実った石垣イチゴを、あの特別なイチゴのことを…?



 次の日、石垣イチゴのパックを紙袋に入れて提げ、ブルーの家に出掛けて行って。
 生垣に囲まれた家の門扉の脇のチャイムを鳴らして、現れたブルーの母に石垣イチゴのパックを手渡した。「午前のお茶に添えて頂けますか」と。
 そうは言ったものの、イチゴだから。どういった形で出て来るだろうかと、イチゴに合うお茶はあったろうかと考えていたら、ブルーの部屋に届けられたお茶はフルーツティーで。
 石垣イチゴが盛られた器と、シフォンケーキと、ガラスのポットにフルーツティー。オレンジにリンゴ、ブドウやキウイ。カットされたフルーツに茶葉を加えて、熱い湯を注ぎ入れたもの。
(なるほどなあ…)
 これならイチゴにピッタリだな、と眺めていたら、ブルーがイチゴの器を指して。
「イチゴって…。これ、お土産?」
 シフォンケーキはママが焼いてたし、このイチゴ、ハーレイのお土産だよね?
「ああ、美味そうなイチゴだったからな」
 昨日、いつもの店で見付けたんだ。風邪の予防にいいそうだぞ。「メロンよりも甘いですよ」と言っていたから、土産にするかと思ったんだが…。
「ふうん…? メロンよりも?」
 なんだか凄そうなイチゴだけれど…。どうかな、ホントに甘いのかな…?



 一粒口に運んだブルーは「甘い!」と瞳を輝かせた。赤く熟れたイチゴにも似た瞳を。
 ハーレイも「どれ」と一つ頬張り、その美味しさに心で大きく頷く。「あのイチゴだ」と。白いシャングリラで食べていたイチゴ、ヒルマンの石垣イチゴがもっと甘くなった、と。
 小さなブルーが「ホントに甘いよ!」と喜んでいるから、パンフレットを見せてやった。持って来ていた石垣イチゴのパンフレットを。
「石垣イチゴ…?」
 えーっと…。そういう種類のイチゴじゃないんだ、石垣で育てるイチゴなんだ…?
「そうだ、お前は覚えていないか?」
 こういうイチゴ。石垣から生えてるイチゴってヤツを?
「石垣って…。ぼく、イチゴ狩りには行ったけど…」
 パパとママにも連れてって貰ったし、幼稚園からも行ったんだけど…。
 イチゴは畑に生えてたよ?
 石垣に生えてるイチゴなんかは見たこともないし、畑に座って摘んだだけだよ?



 こんなイチゴに見覚えは無い、とブルーが言うから。
 立ったままでイチゴを摘んだ覚えも全く無い、とパンフレットの写真を見詰めているから。
「…やっぱりお前も忘れちまったか…。俺も忘れていたんだがな」
 石垣イチゴって書いてあっても、何のことかと思ったほどだ。馴染みのイチゴだったのにな。
「えっ?」
 どういう意味なの、石垣イチゴって有名なイチゴ?
 このパンフレットだと、此処に書いてある場所でしか作ってなさそうだけど…?
「今の地球だとそうなるんだが…。前の俺たちなら知っていたんだ」
 知っていたどころか、食っていたぞ。あのシャングリラで石垣イチゴを。
「…シャングリラで?」
 石垣イチゴなんかがあったっけ?
 ずっと昔の日本でやっていた栽培方法です、って書いてあるんだけど、石垣イチゴ…。



 信じられない、という顔のブルーだけれど。
 無理もないとは思うけれども、自分は思い出したから。昨夜、記憶が蘇ったから。石垣イチゴは確かにあったと知っているから、「ヒルマンのだ」と話してやった。
 農場の端で作っていたが、と。石垣を積み上げて石垣イチゴを、と。
「うんと甘くて美味かったんだが、思い出せないか?」
 畑で作ったイチゴより甘いと評判だったが…。ヒルマンがやってた石垣イチゴ。
「ああ…! あったね、そういえば…!」
 前のぼくに、って大きい実ばかり選んで届けてくれたよ、採れる度に。
 とっても甘くて美味しかったけど、ぼくばかり食べちゃ悪いから…。子供たちが喜ぶに決まっているから、いつも持ってって貰ったんだっけ…。子供たちに分けてあげて、って。
「そうだ、そいつだ」
 あれがヒルマンの石垣イチゴだ、仕組みはこいつと変わらんようだな。
 シャングリラの方が一足お先に作っていたらしいぞ、石垣イチゴ。
「うん…。思い出したらビックリしちゃった」
 消えちゃっていた作り方でも、イチゴの苗は同じだったから作れたんだね、石垣イチゴ。
 石垣だけあったら出来るんだものね、イチゴの苗はあったんだから。



 あの石垣イチゴの本物がこれになるんだね、と艶やかなイチゴを赤い瞳がまじまじと見る。
 まさか本物に出会えるなんてと、今の地球の上に石垣イチゴがあるなんて、と。
「うむ。俺も本当に驚いたんだが…。最初の間は今の俺の記憶かと思ったもんだ」
 ガキの頃に出掛けたイチゴ狩りの記憶だと思ってたんだが、目の高さが違ったんだよなあ…。
 そりゃそうだろうな、前の俺とガキの頃の俺とじゃ、頭いくつ分、背が違うんだか…。
「ふふっ、そうだね。でも、そのせいで分かったんだね」
 シャングリラに石垣イチゴがあったってことも、ヒルマンが作っていたことも。
 ぼくはすっかり忘れちゃってて、「シャングリラだ」って言われても思い出せなかったのに…。
「普通はそうだろ、今の地球の文化がシャングリラにあったとは誰も思わん」
 農場にあった石垣イチゴの記録の方もどうなったやら…。
 資料として何処かに残っていたって、石垣イチゴだとはまず気付かれないぞ。石垣イチゴ作りをやってる農家の人が資料を見たなら、ピンと来るかもしれないがな。
「そうかもね…」
 石垣イチゴは此処にしか無いってパンフレットにも書かれているし…。
 ずうっと昔にシャングリラで作っていたなんてことは、よっぽどでないと気が付かないよね…。



 前の自分たちが食べていたというのに、忘れ去っていた石垣イチゴ。白いシャングリラの農場の端でヒルマンが作っていた石垣イチゴ。それは甘くて美味しかったけれど、畑で作ったイチゴより遥かに甘かったけれど。
「…やはり本物には敵わんな。ヒルマンのよりもずっと甘いぞ、このイチゴは」
 メロンよりも甘いと言っていたのはダテじゃないなあ、実に美味いってな。
「ホントだよね。ヒルマンのイチゴも美味しかったけど…」
 甘いイチゴだと思っていたけど、このイチゴには勝てないね。うんと甘いもの、このイチゴ。
 おんなじ石垣イチゴだけれども、やっぱり地球のイチゴだからかな…?
「ヒルマンも何度も言ってただろうが、地球で作ればもっと甘いと」
 地球の上で石垣イチゴを育てて、本物の地球の太陽の光を浴びさせてやれば。
 そいつで温まった石垣で作ってやったとしたなら、もっと甘くて美味いイチゴが出来るってな。
「ヒルマン、正しかったんだね」
 石垣イチゴを作ろうだなんて思い付いただけあって、分かってたんだね。
 シャングリラで作っても美味しいけれども、地球で作ったらもっと美味しい、って。
「地球の太陽と、地球の上で積み上げた石垣だからな」
 シャングリラの中とは比較にならんさ、人工の照明と本物の太陽じゃ全く違う。石垣はそれほど変わらんとしても、太陽のエネルギーが凄いからなあ…。まるで変わってくるんだろうな。
 同じ野菜でも地球のは美味いと、今の俺たちは知ってるんだし…。
 石垣イチゴだって同じことだな、ヒルマンの予言は大当たりだ。とびきり美味い石垣イチゴで。



 前のお前が食わなかった分まで食べるといい、と促してやった。
 石垣イチゴはこれから先にもいくらでも食べることが出来るのだから、と。
「俺が持って来た分はこれで終わりだが、俺たちは地球に来たんだしな?」
 嫌というほど食うことが出来るぞ、石垣イチゴ。
 遠く離れた他所の地域で作ってるんなら、そう簡単には食えないが…。
 同じ地域で採れるからには、気を付けていれば食べ放題だ。取り寄せて貰うことも出来るし。
「でも、シーズン…。石垣イチゴのシーズンじゃないよ、今の季節は」
 此処にも一月から五月って書いてあるんだし…。
 今だと食べ放題ってほどには無いんじゃないかな、石垣イチゴ。
「時期外れではあるな、買う時にもそう聞いたしな」
 品種を変えて作っているから、この季節に採れると言ってたな。やってる農家は少ないらしい。普通は一月から五月なんだという話だから、今の季節に食べ放題とはいかないかもなあ…。



 シーズンではないらしい石垣イチゴ。
 けれども甘くて、美味しいから。それにシャングリラでも作っていた石垣イチゴだから。
 この甘いイチゴを追い掛けたくなる、ブルーと二人で来た地球の上で。
「いつかはイチゴ狩りに行くのもいいかもしれんな」
 今は無理だが、お前と二人で出掛けられるようになったらな。
「イチゴ狩り?」
 石垣イチゴでもイチゴ狩りに行けるの、畑とは違うみたいだけれど…。
「書いてあるだろ、そのパンフレットに。イチゴ狩りの季節」
 シーズン中ならやっています、と書いてあるからには、イチゴ狩りが出来る所があるわけだ。
 ただし、お前が知っているようなイチゴ狩りとはまるで違うな、石垣イチゴは山だしな?
 山の斜面を利用して石垣を作っているってことはだ、ヒルマンのヤツのようにはいかんぞ。
 シャングリラの石垣イチゴは壁沿いに作ってあったからなあ、平らな床を歩いてゆけばイチゴが摘めたが、本物の石垣イチゴは山だ。坂を登らないとイチゴは摘めんな、山だからな。



 ちょっと傾斜がキツそうだが…、とパンフレットの写真を指差した。
 石垣イチゴの栽培風景を遠くから写した写真。山の斜面に幾つも石垣、段差が幾つも。
 小さなブルーは「んーと…」と写真を眺めながら。
「休みながらだったら、登れるかな?」
 歩いて登るしかなさそうな場所だし、休み休みで。ちょっと摘んだら、休憩して。
「なんなら俺が背負ってやろうか?」
 お前が大きく育った後でも、それほど重くはないからな。歩けないなら背負ってやるが…?
「イチゴ狩りで?」
 それじゃイチゴが摘めないじゃない!
 ハーレイの背中に背負われていたら、ぼくの手、イチゴに届かないよ?
 大きな背中に邪魔をされちゃって、イチゴが摘めそうにないんだけれど…!
「それもそうか…。だったら、石垣と石垣との間。其処を背負って登ってやろう」
 石垣の一つ一つは平らに据えてありそうだから、そこでイチゴを摘んでだな…。
 もう一つ上の石垣のを摘みに行こうと言うなら、俺が背負って運んでやる、と。一段登ったら、お前を下ろして、二人で摘んで。また登るんなら、お前を背負って。
 そういうのはどうだ、登る時だけ俺の背中で。
「うん、それならいいかも…!」
 ぼくもイチゴを自分で摘めるし、登る時は休んでいられるし…。
 そういう風にしてくれるんなら、石垣イチゴでも疲れずに摘みに行けるよね…!



 行ってみたいよ、と小さなブルーは乗り気だから。
 シャングリラの頃よりも甘く美味しくなった石垣イチゴを摘みに行きたいようだから。
 いつかブルーと出掛けてゆこうか、このパンフレットに書かれている場所までイチゴ狩りに。
 山の斜面を登る自信が無さそうなブルーを背中に背負って、石垣イチゴが実る斜面を登って。
 遠い昔にヒルマンが「きっと地球ならもっと甘くなる」と語っていた石垣イチゴを摘みに。青い地球の上に積まれた石垣と、本物の地球の太陽と。それが育てた石垣イチゴを。

「ねえ、ハーレイ。この石垣イチゴ、ヒルマンに…」
 届けたいな、とブルーが甘い果実を見ているから。
 前の自分たちが食べた頃より、甘くなった地球の石垣イチゴを届けたいのだと、赤い瞳を遥かな昔の白いシャングリラに向けているから。
「俺たちが食ったら届くだろうさ、ヒルマンにもな」
 きっと美味いと喜んでくれるぞ、これが本物の地球の石垣イチゴなのか、と。
 でもって自慢をしてくれるかもな、「地球で作れば、本当に甘くなっただろう?」と。私の説は正しかったと、地球で証明して貰えたと。
 もしかしたら、ヒルマンも、もう食ったかもな、地球の石垣イチゴ。
 俺たちよりも先に地球に生まれて、石垣イチゴを栽培してるかどうかを調べて。
 遠い地域に住んでいたって、ヒルマンだったらきっとやって来るぞ。本物の石垣イチゴがあると分かれば、美味いかどうかを確認しにな。
「ヒルマンだったら、やりそうだよね」
 シャングリラの頃の味と比べて、納得して帰って行くんだよ。美味しかった、って。
「ついでに他にも色々と食って帰るかもなあ、ヒルマンだしな?」
 きっと石垣イチゴだけでは済まんぞ、この地域の文化ってヤツを下調べするに決まってるんだ。前の俺たちが生きた頃には無かった食い物、あれこれ試して帰るんだろうなあ…。



 ヒルマンが地球に生まれたかどうかは分からないけれど。
 本物の地球の石垣イチゴを食べたかどうかも謎だけれども、懐かしい白いシャングリラ。農場の端で石垣イチゴが育っていた船、遠く遥かな時の彼方に消えた船。
 そのシャングリラに呼び掛けるように、ブルーと二人、窓の外の青い空を見上げた。
 本物の石垣イチゴのある地球に来たと、本物の地球の石垣イチゴはとても甘いと。
 いつかは二人でイチゴ狩りに行こう、山の斜面の石垣で育つ本物の石垣イチゴを食べに。
 地球の太陽と石垣の熱と、それで育った甘いイチゴを。
 もしもブルーが疲れそうなら、背中に背負って山を登ろう、イチゴを摘みにゆくために。
 そうして二人、笑い合いながら、甘いイチゴを摘んで食べよう。
 そんな幸せな休日もいい。ブルーと二人で、石垣イチゴを摘んでは、互いに微笑み合って…。




             石垣イチゴ・了

※甘くて美味しい石垣イチゴ。今は、地球の日本だった場所で作られているのですけれど…。
 前のブルーたちが生きた頃には、シャングリラの農場にあったのです。懐かしい味。
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(それでも地球は動いている…)
 ふうん、とブルーは新聞を眺めた。
 学校から帰って、おやつの時間。ダイニングのテーブルで、紅茶と母が焼いてくれたケーキと。ケーキを食べ終えて熱い紅茶のおかわりを注ぎ、新聞を開いてみたけれど。
 其処に見付けた記事の一つで、ガリレオ・ガリレイの有名な言葉だと書かれていた。SD体制が始まるよりも遥かな昔の天文学者で物理学者で、哲学者。天文学の父と呼ばれた偉人。
 そのガリレオが地動説を唱えて有罪になった時の言葉が、「それでも地球は動いている」。
(地動説の人は、確か…)
 ガリレオの前にもいた筈だけれど、と記事を読み進めれば名前が出て来た。コペルニクス。彼が地動説を打ち出すまでは天動説だった、全ての天体は地球を中心にして動いていると。
 今の時代も、前の自分が生きた時代も、天動説など笑い話でしかないけれど。
 何処の星系でも、惑星は星系の中心にある太陽、恒星の周りを回るもの。太陽の方が動いたりはしない、惑星は太陽に従うもの。



 誰でも知っている常識だけれど、遠い遥かな昔は違った。地球が宇宙の中心だった。
 もっとも、地球は今の時代でも宇宙の中心のようなものだけど。人間を生み出した母なる星で、前の自分が生きた頃には「人類の聖地」とされたのだけれど。
 だからこそSD体制までが生まれた、死の星と化した地球を再び蘇らせようと。人間の生き方を変革してまで、青い水の星を残そうとして。
 SD体制は結局、地球を元には戻せなかった。体制の崩壊が引き金になった、青い水の星が再び宇宙に戻るための。
 地球の地の底に据えられていたSD体制の根幹、巨大コンピューターだったグランド・マザー。
 前のブルーが選んだ次のソルジャー、ジョミーがそれを破壊した時、地球も炎に包まれた。死の星は燃え上がり、地殻変動までも起こした、そうして地球は蘇った。
 汚染された大地も海も飲み込み、浄化したから。
 地形はすっかり変わったけれども、また水の星が帰って来た。母なる地球が。
 そうして地球に人が戻って、宇宙の中心を地球に定めた、最低限の機関だけを地球の上に置き、他の機関は分散させて。地球を損なうことが無いよう、注意を払って。
 見上げるような高層ビルなど建ってはいない、今の地球。
 自然が溢れる星だけれども、宇宙の中心は何処かと訊かれれば誰でも答える、地球にあると。



 そうは言っても、本物の宇宙は地球を中心に動きはしない。天動説には戻らない。
 ソル太陽系の太陽を回る惑星の一つ、それが地球には違いない。
 「それでも地球は動いている」と言われた通りに、今も太陽の周りを回り続ける第三惑星。
 ブルーの目を引いた記事に載っていたのはガリレオ衛星、ガリレオの地動説の裏付けになったと伝わる星たち。ジュピターを回る四つの衛星、ガリレオの時代でも地球から観測出来た星たち。
 それを子細に観察する内、ガリレオは気付いた、ジュピターの周りを回っていると。
 ならば地球もと、この地球も太陽の周りを回っているであろうと、ガリレオが考えた衛星たち。
 イオとエウロパ、ガニメデ、カリスト。
(全部ゼウスの愛人なんだ…)
 遠い昔のギリシャ神話から付けられた名前、ジュピターの衛星に相応しく。ジュピターといえばゼウスのことだし、そのジュピターを回る星だから。
 イオもエウロパも、カリストもゼウスの愛人の名前、前の自分と因縁があったガニメデも。
 ただ、ガニメデだけが男の愛人、ゼウスが愛した美少年。
 他の星たちは妖精だったり、王女だったりと色々だけれど、女性だから。女性の名前がついた星だから、ガニメデだけが異色の星で。
(…そのせいで壊されたわけじゃないよね?)
 今は三つしか無いガリレオ衛星、ガニメデは姿を消してしまった。宇宙の営みの中で時の流れに消えたのではなくて、人の手によって。
 SD体制の時代にメギドが壊した、消えてしまった異色のガリレオ衛星。
 一つだけ、男性の名前だったのに。美少年の名が付けられたのに。
 ジュピターが愛した少年はいなくなってしまった、女性ばかりが残ってしまった。
 そういう意図でメギドが使われたわけではないけれど。ただの偶然なのだけれども。



(前のぼくたち…)
 自分も、それにハーレイたちも。
 ガニメデにあった育英都市で生まれた、アルタミラで。其処で育って、ミュウになった。
 成人検査よりも前の記憶は失くして、養父母も家も覚えてはいない。
 微かに残った記憶にある星、アルタミラの空に浮かんでいた星。月とは比較にならない大きさ、それは確かにジュピターだけれど。
 星の表面を覆っていた雲、独特の模様はソル太陽系のジュピターそのものだけれど。
 前の自分も、他の仲間たちも、誰も気付きはしなかった。頭上の星がジュピターだとは。
 ソル太陽系の中にいたのだとは。
 まるで知らずに其処を離れた、何処へとも進路を定めないままに。
 メギドの炎に滅ぼされた星から脱出した船、それで宇宙へ旅立った。今は逃げようと、何処かへ逃げねばならないのだと。
 それとも知らずに、地球とは逆の方へ向かって。
 ソル太陽系の外へと向かった、何も知らずに母なる地球から遠ざかっていった、遥か彼方へと。



(あの日、進路を逆に取っていたら…)
 アルタミラから脱出した後、逆の方向へと向かっていたら。
 太陽が輝く方へと進路を向けていたなら、どうなったろうか。太陽そのものを目指さなくても、その方向へと船を進めていたならば。
 まるで無かった選択肢ではない、前の自分たちは地球の座標を知らなかったし、ソル太陽系だと気付いてもいなかったのだから。
 船のデータベースにも無かったデータで、何処へ行くのも自分たちの自由だったのだから。
 第一、知識がまだ浅かった。
 自分たちの居場所も正確に掴めていたかどうかが怪しいくらいに、宇宙の旅では素人だった。
 だから進路も定めずに飛んだ、とにかくアルタミラから離れなければ、と。
 逃げる方向は地球の方でも良かった、何も考えてはいない旅路で行き先も無かったのだから。



 もしもあの時、太陽の方に向かっていたら。地球の方へと向かっていたなら…。
(前のぼくたち、地球に着けた…?)
 船に積まれていた食料が尽きて、飢え死にするよりも前に地球へと。
 青い水の星ではなかったけれども、それが地球だと気付かなかったかもしれないけれど。
 それとも、地球に辿り着く前に。
(グランド・マザーに…)
 わけも分からないままに殺されたろうか、あの船をまだシャングリラと名付けない内に。船での暮らしがそこまで豊かにならない間に、撃墜されていたのだろうか。
 許可も得ないで地球へ向かう船だと、これは怪しいと見咎められて。
 一方的に通信を入れられ、警告をされて、ミュウの船だと判断されて。



(多分、そう…)
 撃墜されてしまっただろう、地球を守るための警備部隊はあっただろうから。
 前の自分たちでは辿り着けなかった、きっと地球へは。青くない地球でも、死の星であっても。
 それを思えば、地球からは逆の方へと旅立った進路で良かったのだと思うけれども。
 すぐ側にあったジュピターの正体を見抜けなかったことも、幸いだったと思うけれども。
(今は常識…)
 かつてアルタミラがあったガニメデ、消えてしまったガリレオ衛星。
 それはジュピターの衛星だった、と。
 ミュウの歴史はソル太陽系から始まったのだと、ジュピターから旅が始まったと。
 新聞記事には、そこまでは書かれていないけれど。
 ガリレオの功績を語る記事だし、ガニメデのその後は何も書かれていないけれども。



 新聞を閉じて、紅茶の残りをコクリと飲んで。
 キッチンの母に空いたお皿やカップを返して、部屋に戻って。
 勉強机の前に座って、頬杖をついた。ダイニングで読んだ新聞の記事と、前の自分たちと。
 ガニメデは地球と全く同じに、ソル太陽系にあったのに。すぐそこに地球があったのに。
(長すぎた旅…)
 前の自分たちの、地球までの旅路。いつか行こうと焦がれた地球。
 その地球が同じ星系の中にあると気付かず、逆の方へと旅立ってしまった自分たち。地球からはどんどん遠ざかって行った、それと知らずに。まるで違った宇宙の彼方へ、別の星系へと。
 けれどもそれがミュウを救った、お蔭で地球へと辿り着けた。
 船を改造して白い鯨を完成させて、雲海の星に長く潜んでジョミーを見付けて。
 前の自分は地球まで行けずに終わったけれども、シャングリラは地球に辿り着くことが出来た。
 そうしてSD体制は終わり、ミュウの時代がやって来た。
 シャングリラが地球まで辿り着いたから、新しい世代のミュウたちを乗せて行ったから。
 ジョミーにトォニィ、ナスカの子たち。
 長い旅の末に加わった仲間、彼らがSD体制を終わらせ、未来を拓いてくれたから。



(もし、真っ直ぐに地球に向かっていたら…)
 逆の方へと旅立つ代わりに、地球の方へと向かっていたら。
 自分だけは地球を見たかもしれない、ただ一人だけ生き残って。
 乗っていた船が撃墜されても、前の自分ならばシールドを張って宇宙に浮かんでいそうだから。無残に砕けた船の残骸、その中を漂っていそうだから。
 暗い宇宙に独り浮かんで、地球を見詰めていたかもしれない。
 青くなかったと泣きじゃくりながら、それに仲間は誰もいなくなってしまったと。
 タイプ・ブルーの自分だけしか、生き残ることは出来ないから。



(ハーレイだって…)
 自分の側からいなくなっていた、あの時、地球へ向かっていたら。
 撃墜された船と一緒に消えてしまっていた、ハーレイの命も皆と同じに。
 あるいは偶然助けられたろうか、その瞬間に一緒にいたら。船が発見され、攻撃された時に同じ場所に二人でいたならば。
(まだハーレイはキャプテンじゃないし…)
 恋人でもなくて、ただの友達。アルタミラから脱出する時、共に仲間を助けて回ったけれども、それが初めての出会いだったから。
 前のハーレイの言葉を借りるなら「一番古い友達」になるし、友達ではあった。
 アルタミラを出てから地球に着くまで、どのくらいかかったかは分からないけれど。
(ワープしてないなら…)
 ジュピターから地球まではかなりかかった、親しくなるだけの時間は充分にあった。ハーレイは少年の姿だった自分を気遣ってくれたし、何かと面倒を見てくれたから。
 前の自分の方が年上なのだと知った後にも、「でもチビだしな?」と優しく接してくれたから。
 きっと二人で過ごす時間が多かったろう。食事の時にも、何か作業をしている時も。
 だから…。



 地球を前にして船が撃墜されたら、ハーレイと二人。
 前の自分が咄嗟に張り巡らせたシールド、その中にハーレイも一緒にいたかもしれない。
(ぼくとハーレイと、二人っきり…)
 仲間たちを亡くして、船も失くして。
 暗い宇宙に放り出されて、どうしただろうか、前の自分は。
 残骸と化した船の欠片と、青くなかった地球が世界の全てになったら。



(ぼく一人だったら…)
 泣き暮れる内に殺されただろう、グランド・マザーに。
 撃墜した船に生き残りがいないか、念入りに調べさせるだろうから。アルタミラで殲滅した筈のミュウが脱出して地球に向かったとなれば、徹底的に消そうとするだろうから。
 そして自分も何もしないまま、力尽きてシールドが解けてしまって、殺されて終わり。
 けれど、ハーレイと二人だったら。
 ハーレイと二人で生き延びていたら…。
(…倒してたかも…)
 なんとしてでも、グランド・マザーを。自分たちを殺そうとしている機械を。
 ハーレイと二人、生き残るために。
 グランド・マザーを倒さない限り生きられないなら、地球の地の底まで飛び込んで行って。



(でも、グランド・マザーを壊していたら…)
 制御を失った地球は燃え上がり、結局、死んでいただろう。
 脱出するための船も見付けられずに、ハーレイと二人。ジョミーとキースがそうなったように、地球の地の底に閉じ込められて。
 それでも地球は蘇ったろう、今の青い地球があるように。
 ミュウも自然と生まれて来たろう、ミュウの排除を命じる機械はもう無いのだから。SD体制も壊れていったのだろうし、きっと時代の流れは同じ。
 今と同じにミュウの世界が、青い地球が出来ていただろう。
 前の自分たちが長い回り道をしていない分だけ、きっと三百年ほど早めに。
 死の星だった地球で何が起こったか、真実を知る者も無いままに。
 リボーンの職員たちがいたユグドラシルは当時もあったと思うけれども、そんな施設に立ち寄る暇があったら、真っ直ぐに地下を目指したろうから。
 ハーレイと二人、誰にも姿を見られることなく、地下に向かっていただろうから。



(そうなっていたら…)
 グランド・マザーを倒した英雄ではあっても、誰も自分たちのことを知らない。
 撃墜したミュウの船の生き残り、それだけのことしか分からない。
 どんな姿をしたミュウだったか、何という名前だったのかも。ハーレイと二人だったことさえ、気付かれずに終わっていたかもしれない。
 そんな自分たちでも二人で生まれ変われただろうか、こんな風に?
 蘇った青い水の星の上に、前と全く同じ姿で生まれて再会出来ていたのだろうか…?
(恋人同士ってわけじゃないしね…)
 ただの友達、親しい友達だったというだけのこと。
 それとも恋人同士になったのだろうか、二人きりになってしまった後の短い間に。
 地球で必死に戦う間に、グランド・マザーの許へと向かう間に。



 どうなんだろう、と考えているとチャイムが鳴って。
 仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、お茶とお菓子が置かれたテーブルを挟んで向かい合わせで問い掛けてみた。
 自分が考えた「もしも」のこと。
 アルタミラから真っ直ぐに地球に向かっていたなら、ハーレイと二人で生き残ったら、と。
「ぼく、絶対に頑張っていたと思うんだよ。ハーレイと生きていたいから」
 殺されちゃったらおしまいだから、グランド・マザーを倒そうとしたよ、きっと。
 倒しさえしたら何とかなる、って思っただろうし、その後のことなんか考えないで。
「なるほどなあ…。お前が行くと言うんだったら、俺も間違いなく付き合ったろうな」
 どうせ一人じゃ生き残れないし、チビのお前が頑張ってるのに留守番をするというのもなあ…。
 俺もお前と一緒に行ったな、足手まといにならないのならな。
「ハーレイだったら大丈夫だと思うよ、ぼくより丈夫だったもの。今と同じで」
 走ったくらいで疲れたりしないし、グランド・マザーの所まで充分行けるよ。
 それでね、ぼくがグランド・マザーと戦う間も、ハーレイはきっと大丈夫。
 ジョミーが戦った時にキースは巻き添えになっていないし、ハーレイは応援しててくれれば…。
 だけど、グランド・マザーを倒しちゃったら、ぼくたち、助からないんだよ。
 ジョミーたちと同じで外に出られなくて、多分、崩れた岩の下敷き…。
「そうだろうなあ、トォニィだってジョミーを連れては出られなかったという話だし…」
 お前だけなら逃げられたとしても、俺まで逃げるのは無理そうだな。
「ぼくが一人で逃げると思う? ハーレイと二人で生き残ったのに、ぼく一人だけで?」
 そんなことはしないよ、ハーレイを置いて逃げるだなんて。
 恋人同士じゃなくてもしないよ、友達だって置いては行かないよ…!



 その友達…、とブルーはハーレイの鳶色の瞳を見詰めた。
「ハーレイとぼくは友達同士で生き残って、そして死んじゃうんだけど…」
 グランド・マザーを壊したせいで地球が燃え上がって死んじゃうけれども、そういう風になっていたって、ハーレイと二人で生まれ変われたかな?
 恋人同士じゃなくて、友達同士の二人でも。…今みたいに、青い地球に二人で。
 もしかしたら恋人同士になれていたかな、っていう気もするけど、短い時間で恋人は無理…?
「ふうむ…。お前と二人で生き残ってだ、グランド・マザーを倒すまでの間にということか?」
「うん。やっぱり時間が足りなさすぎるし、恋人同士にはなれないかな…?」
 休憩なんかはしていられないし、ゆっくり話も出来ないし…。
 ハーレイとの友情が深くなるだけで、恋をしている暇はなさそうだよね…。
「いや、そうと決まったわけではないぞ」
 恋人同士になってた可能性はあるな、俺とお前と、二人で必死に走るんだからな。
「…え?」
 二人で走ると恋人同士って、なんなの、それは?
 走ることと恋と、どう考えても繋がりそうにないんだけれど…?
「普通に走っていたんじゃ無理だな、必死というのが大事な所だ」
 吊り橋効果ってヤツがあるのさ、恋をする時に。そいつじゃないかと思うわけだな、この場合。



 お前のクラスではしてなかったか、と訊かれたハーレイが得意とする雑談。授業中に生徒たちが居眠らないよう、退屈しないで集中出来るよう、気分転換にと始める雑談。
 それの一つが吊り橋効果で、揺れる吊り橋を二人で渡ると恋に落ちるというもので。
「吊り橋って…。どうして吊り橋で恋をしちゃうの?」
 その吊り橋は何か特別な橋ってことはないよね、この吊り橋でないと駄目だとか…?
「うむ。どの吊り橋でもかまわんようだな、揺れさえすればな」
 吊り橋は渡ると揺れるからなあ、精神的に緊張するわけだ。そいつを二人で共有するとだ、恋に落ちるという仕組みらしい。同じ怖い目に遭った者同士、心の距離が縮まるんだな。
「えっと…。それじゃ、ハーレイとぼくも、それだって言うの?」
 ハーレイと二人で必死に走れば、吊り橋効果で恋をするわけ?
「まさに吊り橋状態だからな、グランド・マザーの所まで行こうと走るんならな」
 吊り橋どころの騒ぎじゃないんだ、死ぬか生きるかっていう場面だろうが。
 辿り着けなきゃ死んじまうわけだし、生きるためには走るしかない。
 そうやって必死に走ってゆくなら、吊り橋以上に緊張してるし、元から友達同士なんだし…。
 お前が転びかけたら俺が支えるとか、手を繋ぎ合って走ってゆくとか。
 いつの間にやら友情から恋に変わっていたって、俺は少しも驚かないな。



 たとえ短い時間であっても、お互いに恋に落ちていたかもしれない、と語るハーレイ。
 二人で懸命に走る間に、と。
「グランド・マザーの所に駆け込む頃には、見事に恋人同士ってことだ。…お前がチビでも」
 あの頃のお前は今と同じにチビの姿で、中身も子供だったわけだが…。
 チビでも恋が出来るってことは、今のお前で証明済みだろ?
 俺だってチビのお前に恋をしてるし、チビはチビなりの恋ってな。
 グランド・マザーを倒した後には、とんでもない結末が待ってるんだが…。
 俺もお前も、生き残るどころか、死んじまうしかないんだが…。
 ちゃんと最後まで抱き締めていてやるさ、チビのお前を。俺の大事な恋人としてな。
「…恋人だって言ってくれるの?」
 ぼくのこと、好きって言ってくれるの、恋人だったら。
「どうだかなあ…。そいつは状況次第ってヤツだ、お前の方に合わせるからな」
 お前がどういう風に話すか、俺のことをどんな風に思っているか。
 俺を好きだと思ってくれているなら、もちろん「好きだ」と告白するな。
 もうすぐ命が尽きる時でも、お前と一緒に崩れて来た岩の下敷きになっちまう瞬間でもな。



「…それなら、ハーレイと二人で生まれ変われてた…?」
 今のぼくたちみたいに生まれ変わって、また出会えたかな…?
 最後の最後だけが恋人同士で、それまでは友達同士だったハーレイとぼくでも。
 ほんの少しの間だけしか、恋人同士じゃなかったとしても。
「神様が評価して下さったならな」
 よく頑張ったと、これが褒美だと、生まれ変わらせて下さったら。
 前のお前が頑張ってたから、今の俺たちは青い地球に来られたみたいだしなあ…。
「…ハーレイと二人で死んじゃう方のぼく、前のぼくよりずっと偉いよ?」
 グランド・マザーを倒しちゃうんだよ、メギドを沈めるだけじゃなくって。
 それにハーレイだって偉いと思うよ、ぼくと二人でグランド・マザーを倒すんだから。
 ハーレイは力を使ってないけど、ぼくと一緒にグランド・マザーの所まで走って行くんだし…。
 ぼくがグランド・マザーを倒さなくちゃ、って決心するのもハーレイと二人だからだもの。
 ハーレイが生き残ってくれていたから、ぼくは生き残る道を選ぶんだもの。
 二人で一緒に生き残るために、グランド・マザーを倒すんだもの。
 …それで失敗しちゃうんだけど…。グランド・マザーを倒しちゃったら、地球がメチャメチャになってしまうだなんて思っていなくて、結局、死んでしまうんだけど…。
 ハーレイと二人で生き残る代わりに、二人一緒に死んじゃうんだけど…。



「グランド・マザーを倒すお前か…。確かに前のお前よりも遥かに上ってヤツだな」
 前のお前はメギドを沈めてミュウの未来を守ったわけだが、グランド・マザーを倒すと来たか。
 たった一人でSD体制をブチ壊すんだな、もう間違いなく前のお前以上の大英雄だ。
 しかし、お前がやったってことが誰にも知られていないからな…。
 ミュウの生き残りの仕業ってだけで、何処の誰かも分からない。名前も謎なら、姿も謎で。
 誰もお前を褒めちゃくれない、記念墓地だって作っては貰えないわけで…。
 いや、それでこそか。
 誰も知らない英雄だからこそ、神様の評価も上がるってことか…。
「そういうものなの?」
 有名になるより、そうじゃない方が神様はいいと思ってくれるの?
 誰でも名前を知っているような前のぼくより、何処の誰かも分からないぼくの方が上なの?
「お前にそういうつもりがなくても、有名になって尊敬されてる英雄よりは、だ…」
 神様の他には誰も知らない、うんとちっぽけなヤツが頑張った方がいいんだろうな。
 王子様の像についてた宝石や金を剥がして、貧乏な人に運んでやってたツバメの童話があるのを知らないか?
 王子様の像はすっかりみすぼらしくなって、ツバメも冬が来て死んじまった。みすぼらしい像は町に相応しくない、と捨てられちまうが、神様はちゃんと見ておられたんだ。王子様の像が沢山の人を救っていたのも、ツバメが死ぬまで手伝ったことも。
「えーっと…。天使が天国に運んで行くんだった?」
 王子様の心臓と、死んだツバメと。町で一番尊いものを持って来なさい、って神様に言われて。
「おっ、知ってたか?」
 そいつで合ってる、王子様もツバメも天国で幸せに暮らすんだろうが、最後はな。



 自分を犠牲に多くの人を救っていたのに、誰にも気付かれないままで終わってしまった、王子の像と一羽のツバメと。それが「町で一番尊いもの」だと神は知っていた、天から見ていた。
 広く知られた立派な功績も素晴らしいけれど、この童話のように誰も知らない、神の他には知る者のいない自分の身を捧げて世界に尽くした者たち。
 神様はそういう人たちをより高く評価するものだ、とハーレイが大きく頷くから。
 名前すら誰にも知られないままで、グランド・マザーを倒していたなら、前のブルーよりも高い評価になるのだろうと語るから。
 あの時、ソル太陽系を出てはゆかずに、逆の方へと。地球のある方向へ向かったとしても、今の幸せはあるのだろうか。
 ハーレイと二人、生まれ変わって、この地球の上で。
 今と同じに恋人同士で、幸せな時を共に過ごせたろうか…?



「多分な」
 神様は何もかも御存知なんだし、ちゃんと二人で生まれ変われたさ。
「ホント…?」
 ハーレイと二人で、恋人同士で、また会えてた…?
「俺とお前の絆だからな」
 きっとこうして青い地球の上にいたと思うぞ、生まれ変わって。今と全く同じようにな。
 その方がお前は幸せだったか、前のお前が本当に生きた人生よりも…?
「なんで…?」
 どうしてそっちが幸せになるの、うんと短い人生なのに…。
 ハーレイと一緒にいられた時間もずっと短くて、恋人同士でいられた時間も少しだけなのに…。
「それはそうだが、最後まで俺と一緒にいられたわけだろう?」
 グランド・マザーを倒した後には、俺と一緒に死んじまうんだぞ。
 俺が最後まで抱き締めててやるし、お前は独りぼっちじゃないんだ。俺の温もりを失くしたりはせずに、最後まで俺と一緒だってな。



 右手が冷たく凍える暇も無かったろうが、と言われたけれど。
 ハーレイと二人きりで死の星だった地球を走ってゆくのも、幸せだったかもしれないけれど。
「…でも、シャングリラのみんな…」
 ゼルもヒルマンも、ブラウも、エラも。
 そっちの道だと誰もいないよ、地球に着く前に船は撃墜されるんだから。
 ぼくとハーレイしか助からなくって、他の仲間は死んでしまって…。それは嫌だよ、同じ旅なら一緒がいいよ。
 地球までの道がどんなに遠くても、ぼくだけが地球を見られずに死んでしまっても。
「そうだな、みんながいないんだよな…」
 俺とお前は幸せになれても、他のヤツらがいないわけだな、真っ直ぐに地球に向かっていたら。
 あの時、そっちに舵を切ってたら、シャングリラのヤツらと旅をすることは無かったんだな…。



 白いシャングリラで共に旅した仲間たち。アルタミラを離れて皆で旅をした、広い宇宙を。
 アルテメシアに辿り着いた後にも、長い長い時を共に過ごした、良き友として、仲間として。
 だから回り道でも良かったのだろう、地球とは逆の方へ向かって旅立ったけれど。
 真っ直ぐに地球の方へと向かって、結果が同じことであっても、グランド・マザーもSD体制も崩壊していたとしても。
「…みんなと一緒の旅がいいよね、ハーレイと二人きりになっちゃうよりも」
 うんと回り道して、地球までの道が遠くなっても。
「ああ、そうだな」
 みんなで旅をしてこそだよなあ、あのシャングリラで。
 本当にとんだ回り道だったが、ソル太陽系から出発してって、また戻るという旅だったがな…。



 名前も残らない英雄としてグランド・マザーを倒す代わりに、二人きりで地球を走る代わりに。
 ソルジャーとキャプテンになって、船はシャングリラに、白い鯨へと姿を変えた。
 そうして長い旅を続けて、前の自分は地球を見られずに終わったけれど。
 ハーレイが一人で地球まで行ったけれども、きっとこちらの旅路が正しい。
 楽園という名の船で旅して、三百年以上も仲間たちと同じ船で暮らして。



 たとえ結果は同じであっても、自分の最期が幸せでも。
 真っ直ぐに地球の方へと向かって、ハーレイの腕の中で最期を迎えたとしても、そんな旅より。
「ねえ、ハーレイ。やっぱり、みんな一緒の旅でないとね」
 ゼルもヒルマンも、エラも、ブラウも。他のみんなも、あのシャングリラで。
「それでこそ今が幸せだからな、前の俺たちの旅の思い出が山ほどだってな」
 お前との恋の思い出もそうだ、数え切れないほどあるだろうが。
 地球でお前と二人きりの最期も悪くはないがだ、思い出がたっぷりある人生の方が味わい深い。
 そういう時間を生きられたんだし、俺は後悔してないなあ…。



 シャングリラで生まれた沢山の思い出、それがあるから。
 三百年以上の思い出の数は、短い旅ではとても得られはしないから。
 地球があったのとは逆の方向への旅立ちでいい。
 ソル太陽系から、ジュピターの衛星だった星から遥か遠くへ旅立ったけれど。
 間違いであってもきっと正しい、その旅路が。
 ハーレイと二人、地球の地の底で命尽きるより、仲間たちと共に旅をした日々。
 それがあったから、今が幸せなのだろう。
 生まれ変わって来た青い地球の上で、遠い昔の思い出を二人、懐かしく語り合えるのだから…。




          回り道だった旅・了

※実はガニメデの側にあったジュピター。近かった地球という存在。旅を始めた時点では。
 逆の方へと向かっていたなら、全てが変わっていた可能性が。けれど、長かった旅が大切。
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 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv









※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。




シャングリラ学園、只今、夏休み真っ最中。キース君たち柔道部三人組は柔道部の合宿、ジョミー君とサム君は璃慕恩院へ修行体験ツアーに出掛けてお留守です。こういう時には、男の子抜きで会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」と遊びに行ったりするんですけど。
「かみお~ん♪ 明日はベリー摘みに行くんだよ!」
「「ベリー摘み?」」
スウェナちゃんと私はオウム返しでしたが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は。
「あのね、ちょっと作ってみたいものがあるから…」
「いろんなベリーが欲しいんだってさ」
だから農場へお出掛けしよう、と会長さん。マザー農場かと思いましたが、それとは別。サイオンを持つ仲間が経営している農場の一つで、ラズベリーだとかブルーベリーだとか。コケモモなんかもあるのだそうで…。
「ぶるぅは、サフトって言ってたかな? 寒い北の国の飲み物を作りたいらしいよ」
「えっとね、夏の太陽がギュッと詰まったベリーで作るのがいいらしいの!」
栄養ドリンクみたいなものかな、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「柔道部の合宿も璃慕恩院も大変でしょ? だから作ってあげたいな、って!」
「いいわね、自然の栄養なのね」
身体に良さそう、とスウェナちゃん。私も大いに賛成です。サフトとやらは色々なベリーに砂糖を加えて作る保存食と言うか、濃縮シロップと言うべきか。水やソーダで割って飲むためのジュース、お菓子なんかにも使えるのだとか。
「というわけでね、明日はみんなでベリー摘み!」
フィシスも一緒に行くからね、と会長さん。これは楽しくなりそうです。農場はアルテメシアに近くて涼しい山の中らしく、瞬間移動でお出掛け可能。避暑をしながらベリー摘みだなんて、いつもと違って面白そう!



次の日の朝、会長さんの家に行くと、フィシスさんが先に来ていました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はベリーを入れるための籠を人数分用意していて、後は行くだけ。青いサイオンがパアッと溢れて、身体がフワリと浮き上がって…。
「「わあっ!」」
山に囲まれた農場はベリーが一杯、待っていた仲間の人が「お好きなだけ摘んで下さいね」と迎えてくれて、摘み放題。普段はお菓子に飾ってあるのしか見ないような様々なベリーが沢山、せっせと摘んでは持って来た籠へ。
「沢山摘んでね、余った分はお菓子にするから!」
いくらあっても困らないもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言ってくれますから、スウェナちゃんも私も籠に何杯も摘みました。無論、会長さんたちも。ベリー摘みの後は農場主の仲間に昼食を御馳走になって、それから瞬間移動で帰宅で。
「えとえと…。一杯摘んだし、サフト、作るねー!」
まずはベリーを洗って、と…、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は山のようなベリーを手早く仕分けて、使う分を洗いに出掛けました。それから計量、分量に合わせた砂糖を計って。
「煮て作る方と、煮込まない方と…。両方やってみたいんだもん!」
どっちも頑張る、とサフト作りの開始です。ベリーを潰して布で濾す方と、お鍋でグツグツ煮ている方と。サフトにしないベリーの方は会長さんとフィシスさんが仲良く保存用の袋に詰めて、傷まないように冷蔵庫へ。あちらはお菓子に姿を変えて近い内に登場するのでしょう。
「甘酸っぱい匂いが一杯ねえ…」
スウェナちゃんが言う通り、家の中はすっかりベリーの匂い。煮込んでいたサフトも、濾していたサフトも砂糖たっぷり、それを消毒した瓶に詰めたら出来上がりです。
「かみお~ん♪ サフト、飲んでみる?」
「「うんっ!」」
「こっちが煮た方、こっちが煮てない方だからね!」
はいどうぞ、と水で割って出されたジュースは宝石みたいに綺麗な真っ赤で、飲んだらベリーの味が爽やか。栄養ドリンクと言うよりも…普通に美味しいジュースですよ?
「そりゃね、パワーアップのためのジュースじゃないからね」
サフトはあくまで身体にいい飲み物、と会長さん。けれどビタミンたっぷり、サフトが生まれた北の国では食卓に欠かせないそうで。
「キースやジョミーたちの慰労会もさ、たまにはこういう飲み物がいいよね」
この夏は健康的に過ごそう! と会長さんもサフトを飲んでいます。今年の夏休みはベリーで作った赤いジュースがセットものかな?



「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ったサフトは、男の子たちが合宿と璃慕恩院から戻った翌日の慰労会で早速披露されました。夏の太陽がギュッと詰まった、健康的な飲み物として。
「こいつは美味いな、その辺のジュースなんかと違って」
味も深いし、とキース君が褒めると「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜びで。
「ベリー、沢山使ったから! 一種類だけってわけじゃないから!」
「なるほどな。…焼き肉パーティーのお供にも、なかなかいける」
「でしょ? おんなじ材料でソースとかも出来るの、肉料理とかの!」
夏のベリーは栄養たっぷり! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「キースはお盆の用意とかもあるし、サフト、一瓶あげてもいいよ」
「くれるのか?」
「うんっ! 沢山作ったし、持って帰ってお家で飲んでね」
好みの量の水で薄めて飲んでよね、とサフトを詰めた瓶がキース君へのプレゼント用に出て来ました。卒塔婆書きに疲れたら飲んでリフレッシュ、気分も新たに挑んでくれという心遣いで。
「有難い。…正直、麦茶とコーヒーだけではキツイものがな…」
こういう非日常な飲み物があると非常に助かる、と押し頂いているキース君。
「例年、何か飲み物を、と思うわけだが…。買いに行ってる暇があったら卒塔婆を書こう、と思い直して麦茶とコーヒーの日々なんだ」
「じゃあ、ちょうど良かったね!」
足りなくなったらまたあげるね! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は気前が良くて、サフトの瓶は確かに沢山。私たちと摘みに行ったベリーの残りはお菓子になるのか、それともサフトが追加になるか。この夏休みは何かと言えばサフトで、キース君もサフトを飲んでお盆を乗り切るのかも…。



華麗に登場したサフト。要はベリーのジュースですけど、有難味を演出しようと「サフト」と呼ぶのがお約束。猛暑でバテそうだからとサフトで、卒塔婆書きに疲れたとサフトをゴックン。マツカ君の山の別荘にお出掛けする時も、向こうで飲もうと瓶を持って行ったくらいです。
そんなサフトが定着する中、八月を迎え、キース君のお盆はいよいよリーチ。今日は棚経にお供するサム君とジョミー君の仕上がり具合のチェックだそうで。
「違う、そいつは其処じゃなくて、だ!」
間違えるくらいなら口パクでもいい、とジョミー君に向かって飛ぶ怒声。
「俺はともかく親父は怖いぞ? それにだ、檀家さんにも失礼だろうが、坊主がお経を間違えるなどは!」
「こんなの覚え切れないよ!」
「覚えるも何も、それが坊主の仕事だろうが!」
次は所作だ、と歩き方などの指導が始まりました。墨染の法衣を着せられた二人をキース君がビシバシしごいて、トドメが自転車。法衣が乱れないよう自転車を漕ぐ練習とやらは、会長さんのマンションの駐車場でやってくるのだそうで。
「ブルー、自転車は借りられるんだな?」
「うん、管理人さんに話はつけてあるしね。言ったらすぐに出してくれるよ、二人分」
「恩に着る。…行くぞ、二人とも!」
さあ練習だ、とキース君はサム君とジョミー君を連れて出て行ってしまい。
「うわー…。早速やっていますよ」
シロエ君が窓から下を見下ろし、私たちも。
「暑そうですねえ…。キースは日陰にいるようですけど」
マツカ君が気の毒そうに呟いたとおり、法衣の二人は炎天下の駐車場を自転車で周回させられていました。キース君はといえば夏の普段着、日陰に立って鬼コーチよろしく叫んでいる様子。
自転車修行を終えた二人はもうバテバテで、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「大丈夫?」と差し出したサフトを一気飲みです。
「あー、生き返ったぜ…」
「ホント、死ぬかと思ったよ~…」
まだ八月の頭なのに、と討ち死にモードの二人のコップにサフトのおかわり。グイグイ飲んで、再びお経の練習だとか。ご苦労様です、頑張って~!



年に一度のお盆の棚経、普段は法衣を忘れ果てているジョミー君たちも二日もしごけば身体が思い出す様子。そうなれば後は当日に向けて英気を養い、のんびりと過ごすわけですが。
「俺の方もやっと終わったぞ…」
今年の卒塔婆が、とキース君。
「後は飛び込みの注文くらいで、地獄って数じゃないからな。…親父め、なんだかんだで今年も多めに押し付けやがって!」
しかし、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の方へと向き直ると。
「サフトのお蔭で乗り切れた。…感謝する」
「ホント!? 良かった、やっぱり夏のお日様が詰まったベリーは凄いんだね!」
作って良かったぁ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が跳ねた所へ。
「うん、本当に凄いよね」
「「「は?」」」
振り返った先に、優雅に翻る紫のマント。誰だ、と叫ぶまでもなく分かってしまった、会長さんのそっくりさんが其処に…。
「こんにちは。そのサフトとやら、ぼくにもくれる?」
「かみお~ん♪ ちょっと待っててねー!」
ブラックベリーのムースケーキもどうぞ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がササッと用意を。ソルジャーは真っ赤なサフトをコクリと飲んで。
「うん、飲みやすいね、これ。それに美味しいよ」
「でしょ、でしょ! 今年の夏はサフトで元気に乗り切るの!」
夏バテ知らずで元気にやるの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ソルジャーは「いいねえ…」とサフトを飲みながら。
「夏のお日様のパワーだっけか? これの秘密は」
「そうだよ、お日様たっぷりのベリー!」
「赤って色がまたいいんだよ。ぼくの瞳と同じ色だし、なんともパワーが出そうでねえ…」
如何にもハーレイが漲りそうだ、と妙な台詞が。ハーレイって…まさかキャプテンのこと?
「決まってるじゃないか、サフトを飲んでぼくのハーレイもパワーアップと行きたくってさ」
「無理だから!」
これはビタミンたっぷりなだけの健康飲料、と会長さん。
「栄養ドリンクみたいに見えるけれどね、君が期待するような効果は無いから!」
ただのジュースだ、と言ってますけど、ソルジャー、それで納得してくれるのかな…?



「…効かないのかい?」
君たちを見てると効きそうなのに、とソルジャーは首を捻りました。
「キースはパワーアップして卒塔婆を書いたし、サムとジョミーもバテバテだったのが元気になったし…。ぼくのハーレイがこれを飲んだら、きっと!」
「言っておくけど、他のみんなは普通だから!」
元気が余って仕方がないってわけじゃないから、と会長さんはツンケンと。
「要は気分の問題なんだよ、お日様のパワーが詰まったベリーで健康に、って!」
「えーっ? 分けて貰おうと思って来たのに…」
「欲しいんだったらあげるけどさ…」
でも効かないよ、と念を押す会長さん。
「せいぜい気分転換くらいで、その手の効能は全く無いから! おまけに甘いし!」
「甘いね、確かに」
「君のハーレイ、甘いものは苦手なんだろう?」
「効くんだったら、甘くても喜んで飲むだろうけど…。でも効かないのか…」
困ったな、とソルジャーの口から溜息が。
「なんで困るわけ?」
「ぼくのハーレイに言っちゃったんだよ、凄く効きそうな飲み物を貰って来られそうだよ、って」
「それで?」
「ハーレイも期待しちゃってるんだよ、この夏はパワーアップが出来る、と!」
なんとかならないものだろうか、と尋ねられても困ります。サフトはサフトで、ベリーのジュース。私たちは美味しく飲んで夏を乗り切るつもりですけど、ソルジャーお望みの精力剤とは違うんですから…。
「自業自得だね、帰って潔く謝りたまえ!」
「それはいいけど、パワーアップには、ぼくだって期待してたんだってば!」
サフトさえ貰えれば凄い夏になると思っていたのに、と勘違いについて述べられたって、どうすることも出来ません。サフトはサフトで、ビタミンたっぷりのジュースに過ぎず。
「…ぶるぅがベリー摘みだって言った時から、ワクワクしながら見守ってたのに!」
「材料が何か分かっているなら、効かないことだって分かるだろう!」
「プラスアルファかと思うじゃないか!」
いわゆる真夏の太陽のパワー、と言いたい気持ちは分からないでもないですが。生憎とベリーが真夏のお日様の光を浴びても、妙な変化は起こりませんから!



「…すっごく良く効く、赤い飲み物って言って来ちゃったのに…」
ハーレイも楽しみにしているのに、とソルジャーは零していますけれども、サフトはサフト。ただのベリーのジュースでいいなら「そるじゃぁ・ぶるぅ」も気前よくプレゼントするでしょうけど、効果の方は全くゼロで。
「いっそ手作りで何とかすれば?」
そういうドリンク、と会長さんがサフトをクイと飲みながら。
「ぼくたちもベリー摘みから始めたんだし、君も効きそうな材料を集めて煮込むとか!」
「…スッポンとかかい?」
「赤にこだわるなら、今の季節は赤マムシだねえ…」
あれなら太陽のパワーもあるかも、と会長さんの口から凄い言葉が。
「赤マムシ? …漢方薬の店で売ってはいるけど、あれに太陽のパワーだって?」
「夏はマムシのシーズンだからね」
何処に行っても田舎なら「マムシ注意」の立て看板が、と会長さんは言い放ちました。
「燦々と太陽を浴びたマムシが潜んでいるのが今の季節で、特に水辺の草叢なんかが高確率でマムシ入りかな」
「ふうん…。それで、赤マムシもその中に?」
「レアものだけどね!」
そう簡単にはいないんだけどね、と答える会長さん。
「マムシの中でも赤っぽい個体が赤マムシ! 普通のマムシより効くってことでさ、重宝されているんだけれど…。なかなか見つかりません、ってね」
「その赤マムシを見付けて煮込めば、いい飲み物が出来るのかい?」
「他にも色々、工夫してみれば? 野生のスッポンも今の季節はお日様を浴びているからね」
その辺で甲羅を干しているであろう、という説明。
「後はウナギも川で獲れるし、君の頑張り次第ってことで」
「うーん…。ぼくの手作りサフトになるわけ?」
「サフトという名が正しいかどうかは知らないけどね」
あくまでベリーのジュースとかがサフト、と会長さんは解説を。本場のサフトはベリーに限らず、エルダーフラワーとか色々な材料があるそうですけど、要は草木の実や花が素材。葉っぱや枝を使うものはあっても、動物由来のサフトは無し。
「だけどサフトにこだわりたいなら、ブレンド用に分けてあげてもいいよ?」
ぶるぅ特製のサフトを一瓶、という提案。さて、ソルジャーはどうするでしょう?



「…ブレンドかあ…」
それに赤マムシでスッポンなのか、と考え込んでしまったソルジャー。流石に作りはしないだろう、と誰もが高をくくっていたのに。
「よし! その方向でサフト手作り!」
一瓶分けて、とソルジャーは真顔で「そるじゃぁ・ぶるぅ」に頼みました。
「ぼくの世界で煮込んでみるから、サフトを分けてくれないかな?」
「えとえと…。ブレンドもいいけど、ちゃんとベリーから作ってみない?」
冷凍してあるベリーがあるから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「作るんだったらレシピをあげるよ、お砂糖の量も好きに調整出来るでしょ?」
「でも、ぼくは料理というものは…」
「大丈夫! ベリーをお鍋で煮るだけだから!」
それにスッポンの甘いお料理もあるの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言ってビックリ仰天。スッポンの甘煮とか、そういった料理?
「んーとね、甘煮って言うんじゃなくって…。フルーツ煮かな? ライチとかが沢山入って、スープは甘くて赤かったよ?」
サフトほど真っ赤じゃなかったけどね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「そうだよね、ブルー?」
「うん、アレの煮汁はほんのり赤いって感じだったね。まさかスッポンを甘く煮るとは、と驚いたけれど、味は悪くはなかったよ」
案外、果物と相性がいい、と会長さんまでが。中華料理の本場の国へお出掛けした時、現地で食べたらしいです。スッポンの肉のフルーツ煮だとは…。
「なるほどねえ…。スッポンが甘いスープや果物と相性がいいとなったら、赤マムシだってベリーと合うかもしれないねえ…」
それにウナギパイは甘いものだし、とソルジャーは納得したらしく。
「分かった、出来上がったサフトとブレンドするより、ベリーから煮込んで作ることにするよ」
「そっちに決めた? だったら、ベリーは好きなのをどうぞ!」
ブルーベリーでもクランベリーでもコケモモでも、と名前をズラズラ挙げられてもソルジャーに区別がつくわけがなくて。「そるじゃぁ・ぶるぅ」に連れられてキッチンに行って、冷凍庫の中身を覗きながら決めたみたいです。
どうせならあれこれ混ぜるべし、と考えたのか、何種類ものベリーを貰ったソルジャーは。
「それじゃ、頑張って挑戦するよ!」
また来るねー! とパッと姿が消えましたけれど、はてさて、サフトは…?



その日の夕方。今夜は火鍋と洒落込もうか、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が赤いスープと白く濁ったスープを用意し、真ん中に仕切りのある専用鍋も出されて、食事の時間を待つばかり。火鍋はうんと辛いですから、もちろんサフトも出る筈で…。
「お邪魔しまーす!」
「「「!!?」」」
また来たのかい! としか言いようのない、昼間に見た顔。会長さんのそっくりさんが今度は私服で現れて。
「ごめん、ちょっと訊きたいことがあってね」
「どういう用事?」
会長さんの問いに、ソルジャーは。
「スッポンとウナギはゲットしたんだ、どっちもお日様パワーたっぷり!」
「そりゃ良かったねえ…」
「ノルディに訊いたら教えてくれてさ、ウナギのいる川とスッポンのいる池!」
お蔭で真夏の太陽をたっぷりと浴びたスッポンとウナギをゲットなのだ、と得意満面。
「後は赤マムシだけど、ノルディもこれが確実にいる場所を知らなくて…。水辺の草叢って言ってたっけか?」
「その辺が狙い目だと思うけどねえ?」
ついでに今なら獲りやすいのでは、と会長さん。
「マムシは夜行性だし、昼間よりは夜! 君の目だったら夜でも色くらい分かるだろう?」
「それはもちろん! オススメの赤マムシ獲りのスポットは何処?」
「ぼくだって知るわけないだろう! 当たって砕けろで数を当たっていくしかないね」
「やっぱりそうか…。ノルディが無知ってわけじゃなくって」
なら仕方ない、と大きな溜息。
「ぼくは赤い飲み物を早く作らなくっちゃいけないからねえ、行ってくるよ」
美味しそうな火鍋だけれども今日はパス、と瞬間移動でソルジャーは何処かへ消えてしまって。
「…マムシ獲りか…」
火鍋を食うより赤マムシなのか、とキース君が呆れて、シロエ君が。
「スッポンとウナギはゲット済みとか言いましたよね?」
「らしいね、赤マムシが獲れたら本気でベリーと煮込むんだ…?」
なんかコワイ、とジョミー君。サフトはとっても美味しいのですが、ソルジャーが目指すサフトは別物。ウナギにスッポン、赤マムシ。それはサフトと呼ぶのでしょうか…?



赤マムシは無事にゲット出来たらしく、火鍋の席にソルジャーは乱入しませんでした。せいぜい頑張ってサフト作りに励んでくれ、と安堵した私たちですが…。
翌日、例によって会長さんの家で午前中からたむろしていると。
「失敗したーっ!」
一声叫んで、リビングに降って湧いた紫のマントのソルジャーなる人。失敗したって、サフト作りに…?
「ど、どうしよう…。せっかく材料を頑張って集めて、ぶるぅに貰ったベリーもたっぷり入れたのに…。ぼくのシャングリラのクルーも動員してたのに!」
「「「は?」」」
クルーを動員したのに失敗? なんでまた…?
「サフト作りは秘密だからねえ、青の間のキッチンでやることにしたんだけれど…。スッポンだのウナギだの赤マムシだのは、ぼくにはとっても捌けないから…」
その部分だけをクルーにやらせた、という話。ソルジャーの常で厨房のクルーに時間外労働をさせて、記憶は綺麗サッパリ消去。そうやって手に入れたスッポンとウナギと赤マムシの肉をミキサーにかけたと言うから凄いです。
「「「ミ、ミキサー…」」」
「え、だって。肉がとろけるまで煮込んでいたら何日かかるか分からないし…。ミキサーの方が早いってば!」
ドロリとしたのをベリーと混ぜて鍋に入れた、と言うソルジャー。「そるじゃぁ・ぶるぅ」に貰ったレシピを見ながら砂糖も加えて、火にかけたまではいいのですけど。
「目を放したって?」
それは失敗して当然、と会長さん。
「どうせ焦がしたんだろ、煮てた鍋ごと!」
「焦げてないけど…。それに、ぶるぅに「ちゃんと混ぜて」って言っておいたし…」
「「「ぶるぅ?!」」」
あの悪戯小僧の大食漢か、と唖然呆然。そんなのに鍋を混ぜさせておけば、どう考えてもトンデモな結果しか無さそうですけど?
「そういうわけでもないんだよ。食べ物で釣れば、あれで案外、使えるものでさ」
その上、パパとママの役に立つこととなれば! と主張するソルジャー、「パワーアップ用の飲み物を作る」と「ぶるぅ」に教えていたようです。大人の時間のための飲み物と聞いた「ぶるぅ」は、真面目に混ぜると元気に返事をしたらしいですが…。



「だからと言って、丸投げしたら駄目だろう!」
相手は子供だ、と会長さん。
「君がきちんと責任を持ってチェックしなくちゃいけないんだよ!」
「分かってたけど、つい、うっかり…。ハーレイが「それは何ですか?」って訊いて来たから、例の赤い飲み物を作ってるんだ、って答えたら感激されちゃって…」
その場でディープなキスだったのだ、と言うソルジャー。
「普段だったら、ぶるぅが見てたら駄目なくせにさ…。こう、大胆に触って来た上、ファスナーも下ろされちゃってハーレイの手が中に…」
「その先、禁止!」
喋らなくていい、と会長さんがレッドカードを突き付けましたが。
「でもさ、ホントに凄かったんだよ、「ぼくは鍋の番をしなくちゃいけないから」って言っているのに、「それは、ぶるぅで充分でしょう?」って、大きな手で包まれて擦られちゃうとねえ…」
「もういいから!」
とにかく黙れ、とブチ切れそうな会長さんが振り回しているレッドカード。そういえばサフトも赤いんだよね、と現実逃避をしたくなります。
「それでさ、ついつい、ヤリたい気分になっちゃって…。ぶるぅに「ちゃんと混ぜるんだよ」って鍋を任せて、二人でベッドへ」
「それで焦げないわけがないから!」
「焦げてない!」
焦がしてしまったわけではないのだ、とソルジャーはムキになって反論しました。
「ぶるぅはきちんと混ぜてたんだよ、真面目に徹夜で!」
「「「徹夜!?」」」
「そう、徹夜」
キャプテンと熱い大人の時間を過ごしたソルジャー、鍋を火にかけていたことも忘れて朝までグッスリ。目を覚ましてからハッタと気が付き、慌ててキッチンに向かったそうなのですが。
「…それって、いわゆる火事コースだから!」
鍋から火が出るパターンだから、と会長さんが怒鳴り、私たちも揃って「うん、うん」と。火にかけたお鍋を一晩放置って、どう考えても燃えますから!
「ちゃんとぶるぅが見ているんだから、焦げそうになったら火を止めるって!」
「だけど失敗したんだろう?」
ぶるぅは役に立たなかったんだろう、と会長さん。失敗したなら、そうなりますよね?



「…焦げたわけではないんだよ」
そこは本当、とソルジャーは「ぶるぅ」がきちんと役目を果たしたことを強調しました。
「ぼくが行った時にもまだ混ぜていたし、本当にうんと頑張ったんだ」
ソルジャー曰く、徹夜でお鍋を混ぜ続けた「ぶるぅ」はお腹が減ったか、厨房から様々なものを瞬間移動で取り寄せ、食べながら混ぜていたようです。キッチンの床にはお菓子やチーズの包み紙などが幾つも転がり、「ぶるぅ」の頬っぺたには溶けたチョコレートがくっついていたとか。
「ふうん…。君よりよっぽど真面目じゃないか、ぶるぅの方が」
「…そうかもしれない…」
だけどサフトは失敗したのだ、とソルジャーはとても残念そうです。ぶるぅがきちんと混ぜていたのに、何故に失敗?
「…煮詰めすぎたんだよ…」
あれを液体とはもはや呼べない、とソルジャーが嘆く鍋の中身は、赤い飲み物になるサフトではなく、真っ黒なタールのようなもの。何処から見たって飲み物には見えず、強いて言うならペースト状の代物だそうで。
「何と言うか、もう…。飲むんじゃなくってパンに塗るとか、そんな感じになっちゃったんだよ! ぼくの大事なサフトが出来上がる筈だったのに!」
「…なら、塗れば?」
塗れば、と会長さんが顎をしゃくって。
「焦げてないなら、それこそ塗ればいいだろう! 君が自分で言ったとおりにパンに塗るとか、ソース代わりに料理に添えてみるとかさ!」
「…えっ?」
「それで効き目があったら御の字、駄目で元々、試してみれば?」
どんな出来でも材料はサフトだったんだし…、と会長さん。
「スッポンだのウナギだのが入っているのをサフトと呼ぶかどうかはともかく、ベリーや砂糖は入ってるんだし…。それを煮詰めて出来たものなら、焦げていないなら食べられるだろう」
「…そうなのかな?」
どうなんだろう、とソルジャーが首を捻った時。
『助けてーーーっ!!!』
物凄い思念が炸裂しました。小さな子供の絶叫です。頭を殴られたような衝撃を受けて、誰もがクラリとよろめきましたが。…今の思念って「そるじゃぁ・ぶるぅ」じゃないですよね?



何事なのか、と部屋を見回した私たち。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の目も真ん丸です。やっぱり「そるじゃぁ・ぶるぅ」の思念じゃなかったのか、と思った所へ。
『たーすーけーてーーーっ!!!』
誰か助けて、とまたも思念が。しかも「死ぬ」とか「殺される」だとか、穏やかではない内容です。ガンガンと響く思念ですけど、このマンションに住んでいる筈の仲間たちの反応がありません。これだけ響けば、普通は誰かが「どうしたんだ!?」と騒ぎ出す筈で。
「「「も、もしかして…」」」
この凄まじい思念は私たちにしか届いていないということでしょうか? この部屋限定で響き渡って、救助を求めているのだとか…?
「こ、この思念って…」
ジョミー君が目を白黒とさせて、キース君が。
「ぶるぅか、あっちの世界の方の?」
「でも、助けてって叫んでますよ?」
あの「ぶるぅ」が、とシロエ君。
「しかも本気で死にそうですけど、そういうことって有り得ますか? あのぶるぅが?」
「シャングリラの危機…じゃなさそうだよね?」
それならブルーが反応するし、とジョミー君の視線がソルジャーに。そのソルジャーも事態が飲み込めていないみたいで。
「な、なんで助けてって言ってるんだろ?」
「ぼくが知るわけないだろう!」
ぶるぅの保護者は君なんだろう、と会長さんが眉を吊り上げ、「助けて」の声は今や悲鳴に変わっていました。キャーキャー、ギャーギャーと只事ではない雰囲気です。
「どう考えてもこれは普通じゃなさそうだから! 早く帰って!」
「…そ、そうする…」
サフトの件はまた今度、とソルジャーの姿がパッと消え失せ、それと同時に「ぶるぅ」の悲鳴もパタッと聞こえなくなりました。
「…ブルー宛のメッセージだったのかな、あれ?」
ジョミー君が顎に手を当て、サム君が。
「そうじゃねえのか、止んじまったし…。でもよ、ぶるぅに何があったんだ?」
「「「さあ…?」」」
それが分かれば苦労はしない、と誰の考えも同じでした。「助けて」で「死ぬ」で「殺される」。あまつさえ最後はキャーキャー、ギャーギャー、悪戯小僧に何があったと…?



「オオカミ少年って言うヤツなのかな?」
いわゆる悪戯、と会長さんが述べた意見に、私たちは「それっぽいか」と頷くことに。「ぶるぅ」だったら空間を超えて「殺される」という偽メッセージだって送れるでしょう。
「…一晩中、鍋を混ぜさせられたんだったな?」
多分そいつの腹いせだろう、とキース君も。ソルジャーとキャプテンはベッドで楽しく過ごしていたのに、「ぶるぅ」は食事も与えられずに自己調達しつつ、お鍋の番。徹夜で頑張って混ぜ続けた挙句、失敗作だと言われてしまえば仕返しの一つもしたくなるかも…。
「傍迷惑ねえ、死ぬだの殺されるだのってビックリするわよ」
スウェナちゃんが頭を振り振り、言ったのですけど。…オオカミ少年だったにしては、あれから時間が経ちすぎてませんか?
「そういえば…。ブルーだったらガツンと殴って戻りそうな気も…」
会長さんが眺めるテーブルの上には、私たちが食べかけていた甘夏のシフォンケーキのお皿や、お馴染みになったサフトが入ったコップ。ソルジャーの分はまだ用意されておらず、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が出しそびれたままになっています。
「…甘夏のシフォンケーキが好みじゃないってことはない筈…」
「うん、前にも出したけど、おかわりしてたよ?」
好きな筈だよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「…好物を食べに戻って来ないって…。ブルーなら絶対に有り得ないんだけど…」
「まずないな。ついでに午前中に湧いて出たなら、昼飯を食って帰るのが基本の筈だが」
平日の場合、とキース君が指差すカレンダーの今日の日付は見事に平日。つまり、オオカミ少年な「ぶるぅ」を一発殴って、おやつと昼食を食べに戻るのが普通なわけで…。
「…まさか、ホントにシャングリラが危なかったとか…?」
会長さんの声が震えましたが、マツカ君が。
「それだけは無いと思います。ぶるぅがあれほど絶叫するなら、それよりも先に戻る筈です」
確か思念で常に様子を見ている筈です、と冷静な指摘。言われてみればそうでした。こっちの世界でのんびり別荘ライフを楽しんだりする時は「ぶるぅ」までが留守。そんな時でもシャングリラを放って来られる理由は、ソルジャーが監視しているからで…。
「じゃあ、何が…?」
「サッパリ分からん…」
俺が知るか、というキース君の言葉は全員に共通、これは放置しかないですね…。



そうやって思考を放棄してしまった、「ぶるぅ」の「助けて」「殺される」事件。すっかり綺麗に忘れ去ってから三日ほどが経ち、いよいよお盆も迫って来た頃。
「こんにちはーっ!」
明るい声が会長さんの家のリビングに響いて、紫のマントのソルジャーが。
「あっ、今日のおやつも美味しそう! それと、サフトも!」
よろしく、とソファに腰掛けたソルジャーの姿に、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がパタパタとグレープフルーツと蜂蜜のタルトを切り分け、真っ赤なサフトも運んで来て。
「えとえと…。ぶるぅ、元気にしてる?」
「それはもう!」
おやつも食事も食べ放題で幸せ一杯、とソルジャーは笑顔。
「ぶるぅのお蔭でぼくは天国、ぼくのハーレイも天国ってね! 食事もおやつも御礼にドカンとあげなきゃ駄目だろ、死にそうな目にも遭ったんだしさ」
「本当に死にそうだったわけ!?」
会長さんの声が引っくり返って、私たちも唾をゴクリと飲み込む羽目に。あの日、「ぶるぅ」に何があったと…?
「話せば長くなるんだけどねえ、ぶるぅが徹夜で煮詰めたサフト! ぼくがこっちに来てしまった後、ぶるぅはハーレイに食べさせたんだよ。新作のジャムを作ったから、って」
「「「し、新作…」」」
悪戯小僧な「ぶるぅ」の新作。食べればロクな結果になりそうもなくて、さりとて食べねば悪戯されるに間違いなくて。キャプテンの心境はドン底だったに違いありません。
「そりゃね、ハーレイもぶるぅの怖さは知っているしね…。だけどトーストに塗り付けて渡されちゃったら仕方ない。見かけの割にやたら甘いな、と思いながら食べたらしいんだけど…」
「「「らしいんだけど…?」」」
「直後に、身体に漲る活力! もはやヤるしかない勢いで! だけど肝心のぼくがいなくて…。最初は堪えていたみたいだけど、何処かでプツンと理性が切れてさ」
これもブルーの一種なのだ、とばかりにキャプテンは「ぶるぅ」を青の間のベッドに放り投げた上、服を毟りに掛かった次第。それって、つまり…。
「そうさ、ぶるぅとヤろうとしたのさ、ハーレイは!」
「「「うわー…」」」
それは「助けて」で「死ぬ」であろうと、「殺される」と叫んだ挙句にキャーキャー、ギャーギャーになるであろうと顔面蒼白。ソルジャーのサフト、効きすぎですって…。



ソルジャーが慌てて戻った時には、真っ裸に剥かれた「ぶるぅ」の身体に素っ裸のキャプテンが圧し掛かろうとしていた所だったとか。
「流石のぼくも頭が真っ白になったけれどね、何が起こったか分かったらもう、嬉しくて! 直ぐにぶるぅを床に投げ飛ばして、代わりにベッドに!」
それからはもう天国目指してまっしぐら…、と満足そうな顔のソルジャーはキャプテンと心ゆくまでヤリまくった末に、例のサフトを愛用する日々。
「毎日、トーストを焼いてあげてね、それにサフトをたっぷりと! そうすれば、もう!」
疲れ知らずのハーレイと朝までガンガン、とソルジャーはそれは嬉しそうで。
「お盆が済んだら、マツカの海の別荘だろう? ぼくたちはもちろん、サフト持参で!」
そして毎日が天国なのだ、と言うソルジャーがキャプテンと共に部屋に籠りそうなことが容易に想像出来ました。凄いサフトを作った「ぶるぅ」は御馳走三昧で過ごすのでしょう。
「君たちがサフトを飲んでたお蔭で、ぼくたちも充実の夏なんだよ!」
太陽のパワーを集めた飲み物はやっぱり凄い、と褒めまくっているソルジャーですけど。サフトってそういうものだったでしょうか、ただのベリーのジュースなのでは…。
「…サフトが間違っている気がするんだが…」
あれは俺の卒塔婆書きの友でリフレッシュ用の飲み物なんだが、とキース君。その認識で間違っていないと思います。けれど何故だか出来てしまった、まるで別物のカッ飛んだサフト。夏の別荘が荒れませんよう、神様、よろしくお願いします~!




           太陽の飲み物・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 夏に美味しい、ベリーのサフト。本来はスウェーデンの家庭で作られる飲み物です。
 効きそうだからとソルジャーが作ったサフトは、失敗作が転じて、凄い代物に…。
 シャングリラ学園、11月8日に番外編の連載開始から10周年の記念日を迎えました。
 ついに10年に届いたというのが、我ながら、もうビックリですね。
 次回は 「第3月曜」 12月17日の更新となります、よろしくです~! 

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 こちらでの場外編、11月は、スッポンタケの戒名が消せるかどうかが問題で…。
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