シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
(ふうむ…)
こういうのに縁は無いんだが、とハーレイは新聞の記事を覗き込んだ。
今日はブルーの家に寄れなかったから、一人で夕食。キッチンの食材を調べてメニューを考え、白米を炊いて、その間に調理。
熱い内に、と出来立てを食べて、後片付けが済めば自由時間だ。SD体制が始まるよりも遥かな昔のこの地域では、教師は家にまで仕事を持ち帰らねばならないくらいに多忙だったと聞く。
しかし今では教師といえども普通の会社員たちと変わらない。むしろ夏休みなどに生徒と同じく長期休暇が取れたりする分、楽な職業と言えるだろう。
遠い昔には大変だったと言われる教師の仕事は技術の進歩とサイオンのお蔭で軽減されて、今や人気の職種だけども。
(…この学校だと、どうなんだろうな?)
教師はハードな仕事だろうか、とリビングのソファで広げた新聞。テーブルの上にはコーヒーを入れた大きなマグカップ。
新聞記事の中、ブルーたちとは違う制服を着た少年たちが明るく笑っていた。別の写真では制服ならぬ作業服。宇宙服を着た写真もあった。
宇宙船のパイロット養成学校の生徒たちの日々を、今日から短期集中連載らしい。
ハーレイが教える学校とはまるで違う世界。
一つ間違えれば大事故になって、自分ばかりか大勢の人々を巻き込みかねないパイロットたち。
(教える方だって命懸けだぞ)
きっと大昔の教師みたいに毎日が大変な学校だろうな、と其処の教師に心でエールを送った。
それからパイロットの卵たちにも。
こういう学校に進んだかつての友人がいた。
同じ道場で柔道の道に励んでいたのに、それは将来に向けてのトレーニングの一環だったからとアッサリと捨てて、パイロット養成学校へ。
柔道は体力と精神力、どちらも欠かせない武道なのだし、責任の大きいパイロットを目指すには打ってつけの世界だったのだろう。
(そこまで読んでの入門なんだし、あいつが選んだ道だしなあ…)
頑張って来い、と笑顔で肩を叩いたけれども、一抹の寂しさが心にあったことは否めない。
自分の方が腕は上だったが、彼も相当な腕の持ち主。
よく大会の代表に選ばれ、何度も一緒に出場していた仲だったから。
その彼は見事にパイロットになり、広い宇宙を飛び回る間に地球よりも好きな星が出来たとかで移り住んで行ってしまって久しい。
宇宙は広くて、パイロットの彼は気の向くままに居を移したのか、あるいは多忙を極めたのか。
いつしか途絶えてしまった連絡。届かなくなった、立ち寄った星からの葉書など。
今では彼が何処に居るのか、住所すらも分からないのだけれど。
(俺の方が先輩だったぞ、おい)
ずっと昔からパイロットだったと、キャプテン・ハーレイだったんだぞ、と記憶の中で今も若いままの友人に向かって語り掛けた。
パイロット養成学校の生徒たちの写真を見ながら、かつての友に。
今も何処かでパイロットなのかと、それともこういう学校で教えているのかと。
(あいつだったら鬼コーチだろうか…)
生徒を怒鳴り付け、訓練に駆り立てる鬼コーチ。教師と呼ぶよりコーチの方がしっくりとくる。
パイロットは命が懸かった職だし、いわゆる教師のイメージではない。
(しかし…)
あいつだったら違うだろうな、と笑みが浮かんだ。
死と隣り合わせの職であっても、彼ならば笑顔を絶やさずに指導するだろう。時には厳しい顔も見せるのだろうが、普段はきっと、生徒たちと一緒に笑い合って、さながら友達付き合い。
(そうなるだろうさ、あいつならな)
自分も穏やかな性格だけども、彼もそういうタイプだった。だから何かと馬が合った。
共に後輩を指導する時も、冗談を飛ばし合いながら賑やかにやった。
道場での練習や試合などは一切手加減しないが、それを離れれば後輩たちとも仲良くやりたい。もっと厳しくするべきだ、と言う先輩もいたのだけれども、そうするつもりはさらさらなかった。
自分も、後にパイロット養成学校に行ってしまった彼も。
指導を請われれば、とことん面倒を見る。
ただし鬼コーチなぞになったりはせずに、年上の良き友、同じ柔道を志す仲間として。
(あいつだったら…)
もしも彼がパイロット養成学校で教師になっているのなら。
不出来な生徒がいたとしたって、怒鳴りはしない。
辛抱強く何処までも付き合ってやって、腕を上げるまで決して投げ出さないだろう。
自分の時間を削ってでも、きっと。
そう思った時、心をフッと掠めた記憶。遠く遥かな時の彼方で持っていた記憶。
(…そういや、俺もそうだったか…)
俺もその手の教師だった、と記憶が浮かび上がって来る。
ブルーが守った白い船。自分が舵を握っていた船。
楽園という名のシャングリラの操舵を、前の自分が教えた者たち。
巨大な船を動かすためには技術だけでなく、才能も要る。操舵士になる、と名乗りを上げた者の全てが適しているとは限らないのだが、とことん付き合って教え込んだ。
なにしろ、シャングリラは大切な船。ミュウの楽園であると同時に箱舟。
失うわけにはいかなかったし、動かせる者は多いほどいい。
一人が病で倒れたとしても、また別の者が。二人目が持ち場を離れる時には、更に次の者が。
交代要員を多く作っておこう、と操舵士を希望した者たちには一通りの技術を身に付けさせた。手ぶらで帰っていった者は一人も無いのが前の自分の自慢でもあった。
(そうやってシドを見付けたんだっけな)
飛び抜けて飲み込みの早かったシドは主任操舵士として船を任せられるほどになったけれども。
シャングリラの操舵が出来る者は他にも何人もいた。
ブリッジどころか農業部門にだって、交代要員として使える者が居たほど。
誰も彼も皆、前の自分が教えた者たち。
どんなに下手でも怒鳴り付けはせず、我慢強く指導し、教えた者たち。
(そして俺は…)
俺も習った方だったっけな、と苦笑した。
船の舵など握ったことさえ無かったというのに、フライパンから舵に持ち替えて。
厨房からブリッジへ居場所を移して、フライパンの代わりに舵を握って。
(フライパンから舵へ、だからなあ…)
実にとんでもない転身。
およそ思い付かない、調理人からパイロットへの百八十度どころではない進路変更。
けれども、やりたかったのだ。
シャングリラを自由自在に操るキャプテンになりたかったのだ。
(今から思えば無茶なんだがなあ…)
正気の沙汰とも思えないのだが、キャプテンの任を受けて最初に申し出たことが操舵の練習。
厨房を離れてキャプテンになろう、と決意した時から決めていたこと。
それは要らない、指揮だけでいい、とゼルやブラウに言われたけれども、譲らなかった。
お飾りのキャプテンなどは要らない。そんな任なら受けてはいない。
ブルーを助けて船を動かせる者になるのだ、と堅く自分に誓っていたから。
とはいえ、いきなり舵を握るわけにもいかないから。また、許しても貰えないから。
最初は暇な時間を見付けてシミュレーション用の部屋に籠った。
シャングリラが人類のものであった頃から備わっていた、パイロットの訓練用の部屋。
かつてコンスティテューションと呼ばれていた船の操縦席を再現したもの。
操縦のために使う舵輪や、星々を映し出す大きなスクリーン。船の位置を教える計器なども。
恐らくは勘が鈍らないよう、非番の者が使った部屋なのだろう。
その部屋に入り、シミュレーターを起動してから舵輪を握る。
ブリッジの者たちがやっているように、「面舵いっぱーい!」などと慣れない声を上げながら、懸命に操縦するのだけれど。
思うように船は動かない。舵を切り過ぎたり、逆に足りなかったり。
(くそっ…!)
避け切れなくて、激突してしまった小惑星。
つい先刻まで鳴り響いていた異常接近を知らせる警告音までが止まってしまって、スクリーンは暗転、無慈悲な「終わり」を告げる文字。
また失敗か、と呻いていたら。
「お疲れ様」
はい、と差し出されたコーヒーのカップ。湯気が立ち昇っている、淹れたてのコーヒー。
自分用の紅茶のカップも一緒にトレイに載せて、ブルーが其処に立っていた。
今の小さなブルーよりも少し育った姿の少年。
ハーレイをキャプテンに推した少年。
キャプテンになってくれたらいいなと、自分の命を預けるのならハーレイがいいと言った少年。
「ハーレイ、休み時間も此処で練習してるわけ?」
見当たらないな、って探していたら、ゼルが教えてくれたんだよ。
ハーレイだったらシミュレーターと格闘している筈だ、と。
「一刻も早く覚えたくてな」
船も動かせないキャプテンなんぞは話にならん。
ゼルたちは指揮さえ出来ればいいと言っているがな、それでは役に立たんだろう。
いざという時、お前の望み通りの場所へと船を運ぶなら、俺がやらんと息が合わない。
「焦らなくても、練習時間は充分あると思うけど…」
「後悔先に立たずと言うだろうが」
あの時、練習しておきゃ良かった、と思う羽目になるのは俺は御免だ。
何が何でもさっさと覚えて、このシャングリラを動かさんとな。
「無理しないでよ?」
キャプテンが倒れてしまったら大変なんだし、ほどほどにね。
でも…。
そんなに難しいのかな、とシミュレーターに向かったブルーはハーレイよりも上手かった。
一通りマニュアルを確認してから始めたけれども、鮮やかな腕。
「面舵」や「取り舵」の掛け声も全く間違っておらず、障害物をかわして避けて船を進める。
それどころか、船の速度を上げた。
ハーレイにはとても操れない速さにスピードを上げて、ぐんぐん船を進めてゆくから。
操船中に私語は良くないというのも忘れて、ハーレイは思わず背後から訊いた。
「お前、いつの間に練習したんだ?」
「初めてだけど」
答えながら大きく舵を切ったブルー。
さっきハーレイが避け損なった小惑星に似た巨大な岩の塊を避け、続いて現れた小惑星をも。
二連続など、ハーレイにはとても避けられはしない。
「初めてで今のは無理だろう!」
俺が何度ぶつかったと思っているんだ、一個目はいけても二個目は未だに無理なんだぞ!
「どうして? ゆっくりしてるよ、このシミュレーター」
「はあ?」
ハーレイはポカンと口を開け、スクリーンに映る星々を眺めた。
ブルーがまたも速度を上げたのだろう、猛スピードで迫る障害物。
「おもかーじ!」
まるでゲームを楽しむかのように、ブルーが操る船はぐんぐん飛んでゆく。
ハーレイにはとても出せない速度で、今までに飛んだどの記録よりも長く遠い距離を。
満足し切ったブルーがシミュレーターを止めた時には、ハーレイは既に酔いそうだった。
速度はとうに最大船速、それで小惑星帯の中を縦横無尽に飛ばれたのではたまらない。
スクリーンの映像を見ているだけで平衡感覚を失ってしまい、目が回ったとでも言うべきか。
「…お前、本当に初めてなのか?」
そうは見えんが、とクラクラする頭を鎮めようと額を押さえつつ訊けば、「うん」という答え。
「さっきも言ったよ、初めてだって。最大船速でもゆっくりしてると思うけど…」
ハーレイの目には凄い速度で飛んで来るとしか見えない、小惑星などの障害物。
それがブルーにはスローモーションのように見えるという。
のろのろと飛んで来るものを避けるくらいは簡単なことで、舵の加減さえ掴めば楽なものだと。
「だって、ぼくはこの船と同じ速さか、もっと速くで飛ぶんだよ?」
そうやって飛んで、物資を奪いに何度も出掛けているんだけど…。
いちいち何かにぶつかっていたら、とてもじゃないけど飛べやしないよ。
「なるほどな…」
そういう理屈か、と腑に落ちたものの、ハーレイには出せない最大船速。
まだ避けられない、二段構えの障害物。
フウと大きく溜息をついて、愚痴を零さざるを得なかった。
「つまり俺はだ、操船でもお前に敵いはしない、と…」
お前に負けているってわけだな、そんなので本当にお前の役に立てるんだろうか…?
「大丈夫。じきに上手くなるよ」
これだけ熱心なんだから。ぼくが保証する。
大丈夫だよ、とブルーは微笑み、空になった二つのカップを手にして去って行った。
ハーレイをキャプテンに推したあの日に、そうしたように。
「ハーレイがなってくれるといいな」と言い残して去った、あの日のように…。
ブルーの期待は裏切れない。
船を操れないキャプテンも駄目だ、と自分自身を叱咤し、シミュレーターと格闘し続けて。
どうにか及第点を出せるようになり、時々様子を見がてらアドバイスに来ていたブリッジの者も「これならいける」と頷いてくれた。
後は実地で慣れるだけだと、船の居心地が多少悪かろうが、皆には我慢して貰おうと。
そうして実際にハーレイがシャングリラの舵を握る日がやって来た時。
ブルーは自分が外に出ると言った。
船は自分がシールドで守るから、操舵にだけ打ち込んでくれればいい、と。
ブルーが瞬間移動で船の外に出た後、ハーレイは生まれて初めて宇宙船の舵なるものを握った。
シミュレーターで使っていた舵輪と同じものだが、問題は船。シミュレーターならば誰も船には乗ってはいない。激しく揺れようが衝突しようが、誰にも影響しはしない。
(…しかし…)
これから自分が動かす船には、ブルー以外の仲間が全員、乗り込んでいる。揺れれば皆の身体も揺れるし、ぶつかれば衝撃。
もっとも、ブルーのシールドがあるから、ぶつかることだけは無いのだろうが…。
けれど、此処で尻込みをするわけにはいかない。
いつかは通らねばならない道だし、シャングリラを意のままに操りたければやるしかない。
「シャングリラ、発進!」
ハーレイは舵輪をしっかりと握り、先導役を務めると言ったブルーを追うべく、シャングリラを自分自身の手で発進させた。
青く強く輝くブルーを追いかけ、暫くは順調な航行だったのだけれど。
(うわっ…!)
取り舵と声を上げる暇さえ無かった。
必死の思いで舵を切ったが、船の行く手に突然、飛び込んで来た小惑星。ブルーがシールドしていなければ派手に激突していただろう。
接近を知らせる警告音は何の役にも立たなかった。
それもその筈、頼みの綱の警告音はもう長い間ブリッジに響きっ放しで、未だに止まる気配さえ無い。上下左右に小惑星や岩の破片が浮かんだ空間。これでは警告は止まりはしない。
(こんな所で練習しなくても…!)
いくら俺がタフでも神経が持たん、と嘆きたくなる心を引き締め、ただ懸命に舵を切る。
ブルーの先導でシャングリラが連れて行かれた先は、障害物多数の空間だった。
行けども行けども次から次へと湧いて出て来る小惑星や岩。ブリッジに響き続ける警告音。
(まだ続くのか…!)
先を飛んでゆくブルーの姿が消えた、と思えば障害物。ブルーが見えている時であっても油断は禁物、ごくごく小さな岩の欠片が航路に鎮座していたりする。
たかが小さな岩であっても、ぶつかった場所が悪かったりすれば宇宙船には命取り。
つまりはそれをも避けて飛ばねばならないわけで、神経が休まる暇が無い。
(習うより慣れろということなのか!?)
そうなのか、とブルーに思念を飛ばす余裕すらもありはしなかった。
終わった後でゼルやブラウまでが「死ぬかと思った」と零したほどのハードな初操舵。
シャングリラは無傷だったけれども、ハーレイは翌朝、死んだように眠りこけて遅刻した。
(あいつは鬼コーチだったんだ…)
やりやがった、と悪態をつきかけたけれど。
(違うか…)
現場で俺をしごいていただけなのか、と思い直した。
考えてみれば船を操っていたハーレイよりも、ブルーの方が遥かに負担が大きかった筈。
シャングリラの船体が傷つかないようシールドしながら、ハーレイを先導していたのだから。
今のブルーより育ってはいたが、まだまだ小さな少年の身体で。
細っこい身体で宇宙を駆けて、ハーレイの技術が及ばない分をカバーし続けていたのだから…。
(そうだな、あいつの方がずっと大変だったんだ)
俺なんかより、とハーレイは呟く。
舵を握っていただけの自分より、船を守らなければいけなかったブルーの方がずっと、と。
ハーレイ自身も「死ぬかと思った」初操舵の日の夜、ブルーは勤務を終えたハーレイの部屋までコーヒーを持って来てくれた。
自分の分の紅茶のカップもトレイに載せて、「お疲れ様」とあの日のように。
シミュレーション用の部屋に差し入れに来てくれた、あの日のようにトレイを持って。
ハーレイが向かっていた木の机の上にカップを並べて、自分用に椅子を引っ張って来ると。腰を下ろすと、ブルーは「ねえ」とハーレイの瞳を覗き込んだ。
「ねえ、ハーレイ。フライパンも船も、焦がさないのが大切だよね」
ハーレイは頑張っていたと思うよ、焦がさないように。
フライパンにはまだまだ敵わないけど、その内に船も上手く動かせるようになると思うよ。
「…知っていたのか、俺の…」
座右の銘とは少し違うが、俺の信条。どっちも焦がしちゃならん、ってヤツ。
「うん。フライパンも船も似たようなものだよ、と先に言ったのは、ぼくだけど…」
半分はぼくが作った言葉だけれども、上手い言葉に仕上がったな、って思ってるんだ。
確かにどっちも焦げちゃ駄目だよ、フライパンも船も。
でもね…。
でも、とブルーはハーレイにコーヒーを勧めて言った。
「本当に焦がさないように頑張ろうという所が凄いよ、お飾りのキャプテンなんかじゃなくて」
ハーレイがシャングリラを動かす日が来るだなんて、思わなかった。
キャプテンになって欲しいと頼みはしたけど、動かしてくれとまでは言わなかったよ。
「お前の信頼、裏切るわけにはいかないからな」
「操舵に慣れた仲間がちゃんといるんだし、任せておいて指揮でもいいのに」
「それだと阿吽の呼吸で動けん」
言ったろ、お前と俺との息が合わないと話にならんと。
ピタリと合わせて動くためには他人任せの操舵なんかじゃ駄目なんだ。
俺がやらんと、俺の思い通りに動く船でないと、お前と息が合わないってな。
「ありがとう。期待してるよ、ハーレイの操舵」
「もちろんだ」
やり遂げてみせるさ、やっと宇宙に漕ぎ出したばかりの俺だがな。
今日はお前の背中を追うのが精一杯だったが、いずれ必ず先回り出来るキャプテンになる。
お前が此処に来るだろう、ってポイントに向けて船を運んで、待っていられるキャプテンにな。
フライパンも船も、焦がさないように。
その一念と、ブルーのハードな指導のお蔭で、シャングリラの癖まで掴むことが出来た。
こう舵を切ればこう動くのだと、こうしたければ此処でこうするのだ、と。
計器に頼っての航行では分からない、シャングリラの癖。
舵輪を回すタイミングだとか、その時々で変わる僅かな力加減だとか。
そういったものを、全て現場で身に付けた。
「今日は此処だよ」と言わんばかりに飛んでゆくブルーを追いかけて飛んで、身体で覚えた。
ゼルたちの「死ぬかと思った」という台詞が少しずつ間遠になっていって、消えて。
もう誰一人として「またキャプテンの練習なのか?」と言い交わさないようになった頃。
ハーレイが舵を握っているのが当たり前になり、名実ともにキャプテンとなった。
そうしてシャングリラの舵を握って、宇宙をあちこち旅して行って。
気付けば誰よりも上手く船を操るキャプテン・ハーレイが出来上がっていた。
どんな場面でもハーレイがいれば安心なのだ、と皆が言うほどのキャプテンが…。
(…何もかもあいつのお蔭だな)
ブルーのお蔭だ、と漆黒の宇宙で青く輝いて先導していた少年の姿を思い出す。
今のブルーよりも少し育った、まだ少年の姿だったブルーを。
(あいつのために、と思ったんだが…)
結局は世話になっていたか、と苦い笑みが漏れる。
ブルーのためにとシャングリラを動かす決意を固めた自分だったけれど。
そのシャングリラの操舵を実地で叩き込むために、ブルーの背中を追いかけて飛んだ。
自分が失敗してしまった時も、ブルーのシールドが助けてくれた。
操舵の練習をしていた間に、シャングリラが焦げかかったことは実際、数え切れないほど。
けれどシャングリラは焦げることなく、ブルーのシールドに守られていた。
だから操舵に集中できたし、フライパンから船の舵へと持ち替えることが出来たのだ。
ブルーが居たから。
まだ少年の姿だったブルーがシールドを張って、いつも先導してくれたから…。
(今度はその分も、あいつに返してやらんとな)
前の生でブルーが自分のために使ってくれた力を、思いを、返してやらねばならないと思う。
シャングリラの操舵からしてブルー無しでは出来なかったし、きっと他にも山ほどある。
前のブルーが自分のためにと、力を、思いを惜しみなく使ってくれた場面が。
(そういったヤツを、今度は返してやりたいんだが…)
返してやりたいと思うけれども、小さなブルーに自分は何をしてやれるだろうか。
今度こそは全力で守ると決めたし、守る力もあるのだけれど。
前のブルーから貰った恩を全て返すには、一生かかっても足りるかどうか…。
(あいつは充分だと言ってくれそうなんだが…)
返さなくてもいいんだよ、と微笑みそうな小さなブルー。
きっと、ブルーは言うのだろうが。
返さなくていいと言ってくれるのだろうが、そう言いそうなブルーだから。
そんなブルーだから、誰よりも幸せにしてやりたいと心から願う。
ブルーを誰よりも幸せにしてやって、守ってやって。
ただ幸せだけをブルーのために。
前の生から愛し続けて、今も愛してやまないブルーを誰よりも幸せにしたいと願う。
そう、今度こそは……きっと。
船長の操舵・了
※操舵に挑んだキャプテン・ハーレイと、鬼コーチだったソルジャー・ブルー。
お蔭でシャングリラを動かせるようになったようです、厨房出身のキャプテンでしたけど。
←拍手して下さる方は、こちらからv
←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
残暑が終わってようやく秋。よく言われるのが芸術の秋で、美術の特別授業で美術館へお出掛けというのもありました。外国の美術館から来た展示物をシャングリラ学園だけで貸し切り観賞。悪戯防止に担任以外にも付き添いの先生多数なイベントだったわけですが…。
「「「肖像画?!」」」
数日後の放課後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で思わぬ言葉にビックリ仰天。リンゴと胡桃のパウンドケーキをフォークに刺したり、頬張ったままだったりで目を白黒な私たち。けれど会長さんは紅茶のカップを傾けながら。
「…らしいよ、けっこう本気で言ってるみたいで」
「しかしだな…!」
どうしてそうなる、とキース君。
「教頭先生は写真を山ほどお持ちだったと思うのだが…。いやその、隠し撮りがメインかどうかは知らないが」
「ぼくの写真なら掃いて捨てるほど持ってるよ。圧倒的に隠し撮りだけど」
「それなら肖像画は要らんだろう?」
「隠し撮りとは違うしねえ…。ぼくにモデルも頼まなきゃだし、ぼく公認? それに目線も自分の方に向けるとか注文できるし、こう、色々と美味しいらしい」
この間の美術鑑賞で思い付いたようだ、と会長さん。
「それでモデルを頼めないかと言って来たわけ。時給が高けりゃ行ってもいいけど、ハーレイの家で描くんだったら、ぼく一人ではマズイしね?」
「「「あー…」」」
会長さんが教頭先生の家に一人で出掛けて行くことは禁止されています。つまり私たちに一緒に来いと言われているのも同然で。
「あんたがモデル料を稼ぎに行くのに、俺たちの方はタダ働きか?」
「食事くらいは出ると思うよ、ハーレイの家で」
「だが、バイト料は出ないんだな?」
「無理だろうねえ…。ぼくへのモデル料と、画家さんに払う代金と…。けっこう高くつくだろうから、ハーレイの財布に余裕は無いかと」
腕のいい画家を頼むようだし、と会長さんは深い溜息。
「その辺、適当にケチッておけばいいのにねえ? 写真を元に仕上げます、っていう肖像画なら料金安いよ、そっち系のにしとけばいいのに」
安く上がってモデル料も写真を撮る時の一回だけ、と愚痴っているということは…。モデルとやらは一回こっきりで済まないんですか?
「モデルかい? …何回か行くことになるんじゃないかな」
画家によるけど、と会長さんはグチグチグチ。
「肖像画ってヤツはイメージが大事って、この間の授業で習ってないかい?」
「「「え?」」」
そんな記憶はありませんでした。沢山の絵だの彫刻だのを見て回っただけで、説明の方は解説文を読んだだけ。何点かの作品の前で美術の先生が喋った中身も主に作者のプロフィールです。
「…なるほど、適当に見ていただけ、と…。ぼくは参加はしてないからねえ」
「かみお~ん♪ ブルー、面倒って言ってたもんね!」
「面倒な上に、特に美味しいネタも無いしね」
せめてお弁当を持ってお出掛けだったら、と言う会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は美術館には行っていません。面白みのない学校行事は全てスル―が会長さんの基本です。
「…というわけで、ぼくは行ってないけど…。肖像画はねえ、モデルの見たままをそのまま描くのは二流、三流。芸術の域に達するためにはイメージが命になるんだよ」
「「「…イメージ?」」」
「そう。モデルが売りたいイメージだね。美人をアピールしたいと言われれば何割増しかで美人に描くっていうのが常識。実物よりも美人に描いてある肖像画の類は王道だよね」
「その手の話はよく聞きますね」
シロエ君が頷きました。
「お見合い写真代わりの肖像画を見て、美人の奥さんに決めたつもりが大ハズレだとか」
「うん。よくあったらしいトラブルだけどさ、美人に描くなんて序の口でねえ…。神話の人物に似せて描くとか、英雄風にとか、注文色々」
それを見事にこなした作品が芸術なのだ、と会長さん。
「こんな薄着と綺麗すぎる馬で険しい山が越えられるのか、って突っ込まれたら「無理!」としか言いようのない肖像画でもさ、イメージ戦略の一種なんだよ。コロコロに着ぶくれてロバに乗ってちゃ英雄なんかに見えないからね」
そういう芸術作品もある、と説明されて「ふうん」と納得。売りたいイメージで描くものでしたか、肖像画! それだと画家のプロ魂が凄くなるほどモデルも一度では済みそうになく…。
「そうなんだよねえ、顔はどうでもいいから全体の見た目をカッコ良く、なら一回こっきりで済むかもだけど…。どうせハーレイの注文だからさ、ぼくの魅力を最大限にとか言い出すんだよ。どうやったらそれが出来るのかなんて考えもせずに」
そして画家さんの仕事が増える、とブツブツブツ。確かにそういう注文をされても、画家さんの方だって困りますよねえ?
教頭先生が思い付いたらしい、会長さんの肖像画。それがどういう作品になるのか、全く予測不可能です。会長さんがイメージ云々と言い出す前には漠然と上半身を描いた絵くらいに思っていたのに、芸術作品となれば話は別で。
「やっぱアレかよ、あのソルジャーの衣装で描くのかよ?」
サム君が首を捻れば、キース君が。
「それだけは有り得ないんじゃないか? あれだと教頭先生のお好みから外れそうだぞ」
「だよねえ、英雄の方になるよね、あの服だとさ」
マント付きだし、とジョミー君。
「画家さん、ソルジャーなんて職業、知らないもんねえ…。王子様とかそっちの方で」
「そうよね、かっこいい絵が出来上がりそうね」
きっとポーズもそれなりよ、とスウェナちゃんが言い、マツカ君も。
「イメージが膨らんで小道具が付くかもしれません。剣とか、もしかしたら白馬なんかも」
「戴冠式まで行くかもしれんぞ」
キース君の意見に「おおっ!」と手を打つ私たち。そのイメージはありそうです。剣を片手にポーズもいいですが、戴冠式ってカッコイイかも…。
「だろう? そこまで行ったら教頭先生もダメ出しどころかゴーサインかもしれんがな」
「会長の顔さえ美人だったら、それなりにイイ絵になりそうですしね」
いけそうです、とシロエ君。
「会長もその方がいいんじゃないですか? 下手に美しさだけを追求した絵を描かれるよりは」
「…まあね。でもハーレイがどういう注文をするかだよ、うん」
ソルジャー服の線には期待していない、と会長さん。
「あれを着られれば画家さんがイメージを固める前にソルジャーの表情でビシッと決めてさ、凛々しい方向に持って行けるけど、ハーレイが用意しそうな服っていろんな意味で間違ってるしね…」
「まさかガウンは無いと思うが」
いくらお好みでも何かと物議を醸しそうだ、とキース君が応じれば、会長さんは。
「堂々と客間に飾ってあったらマズイだろうけど、寝室だったら基本は誰も見ないしねえ? ゼルとかが踏み込んで見たとしてもさ、ケッタクソに叱られて終わりだよ、うん」
「…そういうモンか…」
「ぼくが一人でモデルをしたなら問題だけどさ、付き添いは大勢いたんです、って言えば厳重注意で終わる。エロ教師とかの罵詈雑言はハーレイはとうに覚悟の上だし」
そしてその手の服で来そうだ、とめり込んでいる会長さん。注文主は絶対でしょうし、イメージが大切ってことになったらガウンだと何が描き上がるやら…。
ソルジャーの衣装ならカッコイイ絵が出来そうなのに、教頭先生が用意しそうな衣装はガウン。会長さんに似合うと決め付けて集めてらっしゃるレースたっぷり、フリルひらひらの色とりどりのガウンってヤツは今までに何度も見ています。
「ああいうガウンで描くとなったら、ブルーのイメージ、間違わねえか?」
サム君の問いに、シロエ君が。
「間違うでしょうけど、教頭先生のお好みにはピッタリ合いそうですよ」
「ぼくは断りたいんだけどねえ…」
そのイメージは、と会長さん。
「だけど画家さんは一般人だし、その前で派手に大ゲンカはねえ…。いっそ最初からソルジャーの服を着て行こうかとも思うんだけどさ、そしたら刷り込みでいけるかも、と」
「刷り込みか…」
いけるかもしれん、とキース君が腕組みしています。
「最初に颯爽と現れたなら、その後にどんな格好をしてもイメージってヤツは覆らないかもしれないな」
「そうですね…」
マツカ君も少し俯き加減で考え中。
「たとえガウンを着せられたとしても、描き上がった絵が女装と言うより男装の麗人風って言うんですか? 凛々しさが先に立つ絵が仕上がるかも…」
「ですね、上手く行ったらガウンが消滅するかもですよ」
レースたっぷりが何処へやら、とシロエ君。
「モデルのイメージではあっちの方が、とソルジャー服をゴリ押しするとか」
「いいじゃねえか、それ!」
ソルジャー服で出掛けようぜ、とサム君が膝を叩きました。
「どうせ瞬間移動で出掛けるんだろ、教頭先生の家までは? 着替えさせられる前に画家さんに顔を見せとけよ! ソルジャーの服で!」
「やっぱりそれが良さそうかい? そうしようかな…」
「俺も大いに賛成だな」
「ぼくも賛成!」
キース君にジョミー君、その他全員、ソルジャー服に清き一票。妙な肖像画が出来上がるまで付き合うよりかはカッコイイ絵が断然いいです。それにすべし、と方向性が決まった所で。
「…そうか、そういうモノなんだ?」
「「「!!?」」」
誰だ、と一斉に振り返った先に、只今噂のソルジャーの衣装。なんでこの人が来るんですかー!
いきなり現れたソルジャー服のお客様。紫のマントを翻して部屋を横切り、ソファにストンと腰掛けたソルジャーは、当然のようにパウンドケーキを要求しました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が紅茶とセットで用意をすると、満足そうに。
「うん、美味しい! …それで肖像画を描くんだって?」
「描くんじゃなくって、描かれる方だよ!」
実に迷惑な話なのだ、と会長さんは文句たらたら。
「美術観賞に行ったくらいで感化されないで欲しいんだけど、思い付いちゃったものは仕方ない。どう切り抜けるかで相談中!」
「らしいね、この服でカッコ良さを演出するとか言ってたし…。で、カッコイイわけ?」
どう見える? と微笑むソルジャー、右手にティーカップ、左手にフォーク。フォークの先には齧りかけのパウンドケーキが刺さっています。
「「「………」」」
せめてカップかフォークかどっちかにしろ! と突っ込みを入れたい気分でした。ソルジャーの仕草は優雅ですけど、礼儀作法はイマイチどころか破壊的と言っていいレベル。ソルジャーに言わせれば「マナーなんぞを気にしていたら生き残れなかった」らしいんですけど…。
「その沈黙は何なのさ? カッコイイんだろ、ぼくの格好」
「ポーズが全くなってないから! 最悪だから!」
紅茶とケーキを同時に食べるな、と会長さんが怒鳴り付けました。
「両手に食べ物ってマナー違反だよ、それでカッコイイも何もないから!」
「えーっ? ナイフとフォークは両手じゃないか」
「そっちは元からセットものだし! 言ってるそばからやらなくてもいいっ!」
しかしソルジャー、ケーキをモグモグ、紅茶もズズッと。
「パウンドケーキに紅茶って合うよ、しかも胡桃と相性最高!」
ここは一緒に頬張るべき、と食べる姿はカッコ良さとは対極に位置する光景です。この人だけは肖像画のモデルをしに行く時には排除せねば、と互いに頷いていると。
「…カッコ悪いと思ってるだろ、ぼくは普通にしてるのに! でもねえ…。カッコイイとか悪いとかって、顔が同じで同じ格好でも変わるんだったら、人が違っても変わるよね?」
「「「は?」」」
「いや、イメージで描くって言ってたからさ…。同じブルーでもカッコ良かったり、美人だったりと変わるんだったら、カッコいいハーレイもアリかと思って」
「「「えぇっ?!」」」
それはどういう発想なのだ、と目を剥いてから気が付きました。ソルジャーはキャプテンと相思相愛、もしかしなくてもソルジャーの視点で見た場合には教頭先生だってカッコイイとか…?
会長さんがカッコイイならともかく、教頭先生がカッコイイ。それは絶対無いだろう、と反対したい所ですけど、相手は教頭先生そっくりのキャプテンとバカップル夫婦なソルジャーで。
「ハーレイもカッコイイと思うけどねえ、ぼくから見れば」
「それは君のパートナーのハーレイだろう!」
こっちのハーレイと一緒にするな、と会長さんは不機嫌MAX。
「同じ顔だろうが服装だろうが、ぼくはハーレイをカッコイイとは間違ったって思わないから!」
「そこをさ、カッコイイように見せるというのが肖像画ってヤツじゃないのかい?」
「絶対、無理っ!」
「…そうかなあ? でも、同じハーレイがお金を出すなら、君の肖像画よりもメリットが高いと思うけど? 君の肖像画でハーレイが惚れ直すとしても、元から君に惚れてるし…。その点、ハーレイの肖像画がカッコ良く仕上がって君が惚れたら素晴らしいよね」
ハーレイには断然、そっちをオススメ! とソルジャーは拳を握りました。
「高いお金を払った挙句に妄想の種を増やすよりはさ、此処は一発、勝負に出るべき! 自分をカッコ良く描いて貰って君のハートをガッチリ掴む!」
「うーん…。それで惚れるような安い人間ではないつもりだけど…」
でも、と思案する会長さん。
「ぼくがモデルで苦労するより、ハーレイを煽ててモデルをさせた方が面白いかな? どんな肖像画が出来上がるかにも興味があるし」
「教頭先生がアピールなさりたいポイントによって変わるんだろうな、絵の内容も」
俺も何だか気になってきた、とキース君が顎に手を当てました。
「やはり武道家としての凄さだろうか? 普段は謙遜なさって締めておられない赤帯を締めてポーズなさるとか、でなければ俺が投げられるとか…」
その一瞬を捉えた絵なら凄そうだ、と言われて頭に絵柄がポンッ! と。動きのある肖像画はカッコイイかもしれません。教頭先生のヘタレな面ばかり見て来てますけど、柔道の技は文句なし。キース君を投げた瞬間が絵になったならば、それは武道家の肖像画で…。
「「「…カッコイイかも…」」」
いいね! と頷き合う私たちの姿に、会長さんも「まあね」と肯定。
「その絵は確かにハーレイだとも思えないほどカッコイイ絵になるだろう。ぼくでも文句はつけられない。でもねえ…。面白いかと聞かれれば、ちょっと」
ぼくがハーレイに求めるものはタフさと同時に面白さ! と主張する会長さんにとって、教頭先生はオモチャ扱いです。面白みが無ければダメなんですか、そうですか…。
「だったらさ、その辺は後で考えるとして…。ハーレイの肖像画を描いて貰うって路線でどうだろう? ハーレイにとっては旨味があるし、君は頭痛の種が消えるし」
モデルをするのは嫌なんだよね、とソルジャーは会長さんに向かってパチンとウインク。
「ソルジャーの衣装で先手を打つとか、そういう努力をしなくて済むよ? 努力するのはあくまでハーレイ! 如何にカッコ良く描いて貰うか、君のアドバイスを参考にしつつ色々と!」
「…ぼくの肖像画を描かれるよりかはマシそうだねえ…」
それでいくか、と会長さんは壁の時計を眺めました。
「よし、夕食後にハーレイの家に押し掛けよう。モデルの返事は保留にしてたし、ブルーの意見で気が変わったということで…。ハーレイが描いて貰えばいい、って突撃あるのみ!」
「ちょっと待て! 俺たちもなのか?!」
キース君の叫びに「何か?」と返す会長さん。
「ぼくがハーレイの家に一人で行くのは禁止だよ? だからモデルをしに行く時にも頼む、って話だったよねえ? 当然、今夜も行って貰わないと」
「「「うわー…」」」
そんな、と不満を垂れ流しそうになった私たちですが。
「かみお~ん♪ みんなが来るなら御馳走しなくちゃーっ! 今から材料買うんだったらステーキもいいね♪」
マザー農場に行って美味しいお肉を分けて貰おうかなぁ? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。マザー農場の美味しいお肉って、高級店にしか卸さないという幻の肉じゃないですか! それのステーキが出るとなったら、会長さんの付き添いくらい…!
「「「喜んで!!」」」
何処かのチェーン店で聞いたような返事が景気良くハモり、ソルジャーもそれに乗っかりました。普段なら迷惑なソルジャーですけど、肖像画の件についてはキャプテンにベタ惚れのソルジャーが居た方が話が上手く進みそう。そもそもソルジャーが発案者ですし…。
「じゃあ、決まり! とりあえず、ぼくの家に移ってのんびりしようか」
ハーレイが家に帰るまでには時間があるし、と会長さんが言い、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も。
「うんっ! お肉を分けて貰ってくる間、お菓子を食べて待っててねー!」
昨日、クッキーを沢山焼いたんだよ、と聞いて歓声、拍手喝采。ソルジャーも「それ、お土産に分けてくれるかい?」と尋ねています。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のクッキーは絶品、おまけにステーキの夕食も。教頭先生のお家くらいは喜んでお供いたします~!
最高級のステーキ肉を「そるじゃぁ・ぶるぅ」が好みの焼き加減に仕上げてくれて、大満足の夕食パーティー。気力体力もググンとアップで、教頭先生の家へいざ出陣! 会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、ソルジャーの青いサイオンがパァァッと溢れて…。
「な、なんだ?!」
教頭先生がソファで仰け反っておられます。夕食後のひと時、リビングで寛いでいらっしゃったようですが…。
「御挨拶だねえ、肖像画の件で返事に来たのに」
会長さんの言葉に教頭先生の顔が輝きました。
「モデルになってくれるのか!?」
「…それなんだけど…。同じ肖像画を頼むんだったら、モデルは君の方がいいんじゃないか、ってブルーがね」
「…は?」
怪訝そうな表情の教頭先生に、会長さんは「実はさ…」と先ほどの芸術談議を。
「つまりね、イメージが肖像画の命だったら、そこを活用すべきというのがブルーの意見。ぼくを描かせても、ぼくに対する君のイメージが劇的に変わるわけじゃない。せいぜい惚れ直すくらいかな? でもさ、君の肖像画なら君のイメージを思い切り変えられるかもね?」
ヘタレ返上! と会長さんが微笑み、ソルジャーも。
「そうだよ、君は本当はカッコイイんだとブルーの考えが変わるかも…。ブルーの肖像画でデレデレするより君の魅力をアピールすべき! 君のセールスポイントは何?」
「私のセールスポイントですか…。自信を持って人に誇れるのは柔道ですが、ブルーは柔道に特に興味は無さそうですし…」
「なんかキースが言ってたよ? キースを投げ飛ばす瞬間とかだとカッコイイだとか、そういう話になってたけれど…。ブルーもそれには異論が無さそう」
「本当ですか?!」
教頭先生、一気に自信が出たようです。
「柔道自体に興味は無くても、技を出せば惚れて貰えそうですか…!」
「どうなんだろうね、その辺は肖像画のモデルになるまでに考えるだとか言ってたけども…。どうする、君の肖像画にする? それともブルーの肖像画にする?」
ソルジャーの問いに、教頭先生はキッパリと。
「私のにします!」
そしてブルーにアピールです、と決意も新たな教頭先生。画家さんは既に話をつけてあるそうで、この週末でもオッケーだとか。会長さん好みの肖像画にすべく、教頭先生は「来てくれるな?」と会長さんにお伺い中。言われなくっても絶対来ますよ、オモチャにしたいみたいですしね?
翌日から私たちはソルジャーも交えて作戦会議。放課後は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋からサッサと会長さんの家に移動し、ティータイムから夕食までを楽しく過ごしつつアレコレと。
「ハーレイの売りって柔道以外に何があるかな、古式泳法も達人だけど…」
泳ぐ姿は絵にならない、と会長さん。
「肖像画っていうイメージじゃないし、かと言って褌一丁で立たれるのもねえ…」
「それは何かが間違ってますね」
肖像画ではないですよ、とシロエ君。
「肖像画って顔がポイントでしょう? 肉体美とは別の次元です」
「顔と決まったわけでもないけど…。前にもチョロッと言ったけれどさ、顔の仕上がりはどうでもいいから全体の見た目をカッコ良く、っていう肖像画だってあるんだよ。そっち系で描かせていた人なんかだと肖像画の数だけ顔があったりしちゃうしね」
「「「へ?」」」
「基本の目鼻立ちは押さえていてもさ、仕上がりがいい加減だから…。どれが本当の顔だったんだか、今となっては謎ってケースも」
なんと、そういう肖像画が! イメージ戦略恐るべしです。カッコ良さを売るなら顔が一番と思ってましたが、顔は二の次、三の次。そこまでして描くカッコ良さって…?
「えっ、どういうカッコ良さかって? 馬に跨ってポーズを決めたり、騎士風に剣を翳したり…。でもハーレイにはどれもイマイチ不向きと言うか、コスプレにしかならないと言うか…」
「似合わないよね…」
それは分かる、とジョミー君。会長さんなら白馬に乗ったら王子様ですし、剣を持ったら騎士でしょう。けれども教頭先生の場合、どちらも仮装かコスプレの世界。
「…売りは筋肉だと思わないでもないんだけどね?」
ソルジャーが口を挟みました。
「ブルーとシロエは却下したけど、ぼくは褌一丁の絵でも構わないかな。だってね、ハーレイの売りは逞しさだよ? ぼくとの体格の違いにグッとくるんだ、特にベッドじゃ」
「その先、禁止!」
会長さんがビシッと遮りましたが、ソルジャーは。
「そっちの方には行かないよ。とにかく、ぼくなら肉体美だけでも惚れ惚れするね。あの体格の良さと筋肉を売りにしないでどうすると? 此処は肉体美で攻めるべき!」
「……お勧めは褌一丁なのかい?」
「それも何だか芸が無いねえ…」
筋肉を売りにする方法は、と額を集める私たち。ボディービルダーとか、そっち系かな?
ヒソヒソ、コソコソ、コソコソ、ヒソヒソ。ああだこうだと相談しまくり、ついに纏まった筋肉を売りにするポーズ。それを引っ提げ、私たちは週末の土曜日、教頭先生のお宅にお邪魔しました。
「「「おはようございまーっす!!」」」
ソルジャーもセットで瞬間移動。会長さんの家で遅めの朝食をたっぷり食べて元気一杯、声だって元気一杯です。
「おお、来たか。画家さんはもうすぐ来るのだが…。どうだろう、これでキマッているか?」
教頭先生は柔道着を着て赤帯を締めておられました。髪の毛の方もビシッと撫で付け、何処にも隙がありません。この格好でポーズをつけたら、キース君を投げなくってもカッコいい絵が仕上がりそうです。でも…。
「ダメダメ、それじゃイマイチどころか全然ダメだね」
会長さんが派手にダメ出しを。
「君の売りは其処じゃないだろう? ブルーが言うんだ、肉体美だ、って。鍛え上げられた筋肉を纏った身体を描かずして何を描く、ってね」
「うーむ…。もう少し胸元を開けた方がいいか?」
「そうじゃなくって! 下はそのまま履いてていいけど、上は脱ぐべき!」
でないと見えない、と会長さんに言われ、教頭先生はアタフタと。
「ぬ、脱ぐだと…? 肖像画だぞ!?」
「イメージが肖像画の命なんだって言わなかった? 君のイメージを売るんだよ! ぼくにはサッパリ分からないけど、ブルーが肉体美だと言ってる以上は筋肉なんだよ!」
出し惜しみせずにアピールしろ、と会長さん。
「でもって、ポーズは上半身の筋肉を見せつけるためにゴリラのポーズ!」
「……ゴリラ?」
「そう、ゴリラ! よく見かけるだろ、胸をボコボコ叩いてるヤツ!」
とにかく脱いでやってみろ、と会長さんは容赦しませんでした。そう、これこそが作戦会議で決まったポーズ。上半身裸で胸をボコボコ、いわゆるゴリラの決めポーズで…。
「……こ、こんな感じでいいのだろうか?」
上半身の道着を脱いだ教頭先生、両手の拳で胸をボコボコ。しかし…。
「それじゃゴリラになってない! もっと胸を張る!」
「こ、こうか?」
こうだろうか、とボコボコしてみる教頭先生の姿に、ソルジャーが。
「…いいねえ…。なんだかドキドキしてきたよ。筋肉の凄さをアピールするには最高かもね」
「そうですか? そう言われると嬉しいですね」
ボコボコ、ボコボコ、ゴリラのポーズ。やがて訪れた画家さんも、教頭先生の筋肉アピールにインスピレーションを受けたらしくて…。
「うんうん、凄くいい絵が出来たね。思った以上のカッコ良さだよ、ねえ、ブルー?」
会長さんが手放しで褒める教頭先生の肖像画。画家さんが何度も通って仕上げたソレは教頭先生の家のリビングに飾られ、今日は土曜日でお披露目の会にお邪魔しています。肖像画の言い出しっぺだったソルジャーも私服で参加していますけれど。
「……この背景は何なんだい?」
この家じゃないよね、と指差すソルジャーに、教頭先生が「ああ、それは…」と解説を。
「より雄々しさを高めるためにと、わざわざ描いて下さいまして…。これを描くのに植物園なども回って下さったらしいです。写真だけでは雰囲気が掴めませんからね」
「「「………」」」
そこまでするか、と画家魂に恐れ入る私たち。ただのジャングルだと思ってましたが、写実性の高さはプロならではの技らしいです。…そう、教頭先生の肖像画の背景は鬱蒼と茂ったジャングルでした。ゴリラのポーズを引き立たせるため、ゴリラが出そうな風景で。
「なるほどねえ…。おまけに岩の上で裸足なんだね?」
「ええ、裸足の逞しさを活かして描くにはゴツゴツした岩が良いとかで」
床や地面ではダメだそうです、と語る教頭先生は肖像画の出来に大満足の様子でした。会長さんにも褒めて貰えましたし、何より会長さん指定のゴリラのポーズ。それに相応しく岩とジャングルまで描いて貰って、後はアピールするだけで…。
「どうだろう、ブルー? これで私に惚れてくれたか?」
「…君にかい? …この絵は凄いし、カッコイイとも思うんだけど…」
実物がねえ、と会長さんは溜息を一つつきました。
「君がこの絵のとおりだったら、逞しくてワイルドな魅力ってヤツだ。…でもさ、本当にこの通りかい? こういうポーズを取らなくっても筋肉をアピール出来そうかい?」
「…そ、それは…。柔道部の部活を見に来てくれれば…」
「柔道部じゃ道着を着てるよねえ? この絵よりかは何割減だろ、それにジャングルも岩も無い。その状態で此処までの魅力は多分、出ないと思うんだけど…。この絵は本当にいいんだけどね」
筋肉の美しさに惚れ惚れしそう、と会長さんがホウと溜息。さっきの溜息一つとは違って熱い溜息というヤツです。
「肖像画どおりの君だったらねえ…。ブルーが惚れるのも少しくらいは分からないでもないかな、うん。でも肖像画ってヤツは芸術だからさ、何割増しかで描いてあるのが常識だしね」
「……つまりアピールは出来たんだな? この絵の私なら惚れるんだな?」
「うん、本当に素敵な絵だしね」
「よし、分かった!」
私も男だ、と教頭先生、肖像画のポーズとは違った意味で胸を叩いておられます。何が「分かった」で、どう男なのか、サッパリ見当がつかないんですが…。
「「「えぇっ?!」」」
あの肖像画で全て終わったんじゃなかったのか、と唖然呆然の私たち。教頭先生は会長さんに自分の長所をアピールなさって、それで満足なさったのでは…?
「違うね、ぼくも絵だけを褒めて終わった気でいたのにさ…」
「かみお~ん♪ ハーレイ、頑張ってるの! あの絵みたいになるんだってー!」
筋肉モリモリでムキムキなんだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がポージング。小さな身体でポーズを取っても可愛いだけで、ムキムキも何も無いのですけど…。
「あのね、あのね! なんか色々と体操してるし、筋肉がつくお薬もー!」
ぼくもお手伝いしてるもん! と胸を張る「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、教頭先生が「筋肉づくりにいいらしい」と調べて来た食材の調理方法などを指導しているらしいです。
「せっかく栄養つけるんだもん、食事もバランス良くしなきゃ! お肉ばっかり摂ってもダメだし、お野菜も果物も大切なんだよ!」
スポーツ栄養学って言うの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は得意そう。教頭先生も柔道部を指導してらっしゃるだけに詳しいそうですが、今以上にパワーアップとなると孤独な戦いを続けるよりも、会長さんと一緒に暮らす「そるじゃぁ・ぶるぅ」とタッグを組みたいらしくって…。
「それでね、ブルーもお手伝い頑張ってるのー!」
「「「は?」」」
何故に会長さんが頑張るのだ、と会長さんの顔を見詰めれば。
「違う、違うってば、ぼくじゃなくって!」
「……呼んだかい?」
ヒョイと姿を現したソルジャー、小さな箱を抱えています。もしやブルーもお手伝いって…?
「ぼくだけど?」
ソルジャーはアッサリ答えてくれました。
「あの肖像画を目指すと言われちゃ、ぼくだって期待が高まるよ。運動の方は無理だとしてもさ、食事と薬でパワーアップが可能だったら是非とも応用しなくちゃね。ハーレイの肉体美に惚れたのは、ぼく! ぼくのハーレイがパワーアップしたら嬉しいし!」
これも大切な薬なのだ、とソルジャーが箱を開けると、中身は小さな瓶に入った液体だとか、いろんな種類の錠剤だとか。
「ぼくの世界で開発された筋肉増強用の薬を色々と…ね。ぼくのハーレイにも使ってみたけど、どうも効果がイマイチで…。こっちの薬と飲み合わせたら劇的な効果が出るのかな、って!」
「「「うわー…」」」
それは人体実験では、と言いたい言葉を必死でゴクンと飲み込みました。教頭先生が御自分の意志でガンガン試してらっしゃる以上は、実験じゃなくて試飲と呼ぶべき状態ですしね?
会長さんに褒められた筋肉をアピールな肖像画。そういう姿になりさえすれば会長さんが惚れてくれる、と頭から信じた教頭先生、運動に食事に筋肉増強用の薬に、と努力を重ねて頑張って。
「えっ、なんて?」
とある土曜日の午後、会長さんの家に教頭先生から電話がかかって来ました。
「まだまだダメだと思うんだけど…。そ、そう…。それじゃ今から行けばいいのかな、幸か不幸か、みんなもいるしね」
受話器を置いた会長さんは「あーあ…」と情けない声を。
「ハーレイが披露したいんだってさ、筋肉を! 是非来てくれと言ってきたから行くしかないね。こういう時に限ってブルーが居ないのが腹が立つけど!」
「…呼ぶ方がリスクが高いと思うぞ」
キース君が言えば、会長さんも。
「分かってる。週末に姿が見えないってことは特別休暇か何かなんだよ、よくあるパターンだ」
「そういうわけでもないんだけれど?」
「「「で、で、で…」」」
出たーっ! と響き渡った悲鳴。ソルジャーがニヤニヤしています。
「特別休暇は今日の夜から! どんなプレイを頼もうかなぁ、って朝から考えていただけで」
「それなら帰って考えたまえ!」
さっさと帰る! と会長さんが指を突き付けても、ソルジャーはフンと鼻で笑って。
「もう来ちゃったし! ハーレイの筋肉自慢だってね、どうせ暇だから見ておきたい。それにさ、ぼくが居ないと腹が立つんだろ?」
「…どっちでもいいよ、ぼくは思いっ切り疲れたし! せめて瞬間移動は手伝ってよね」
「それはもちろん。じゃあ、行くよ?」
「かみお~ん♪ しゅっぱぁ~つ!」
タイプ・ブルーのサイオン、三人前。身体がフワッと浮いたかと思うと教頭先生の家に到着です。リビングで待ちかねておられた教頭先生、肖像画を前に自信たっぷり。
「見てくれ、あの絵に近付いたのだ!」
「…どの辺が?」
「見た目は大して変わらないのだが、パワーだな。昨夜、風呂場で気が付いたんだ。今の私はこう、筋肉に力を入れると!」
ワイシャツ姿の教頭先生がグッと胸を反らし、拳を握ってグググググ…と。おおっ、筋肉がシャツ越しに見ても盛り上がってますよ、それでこれから…?
「筋肉だけでシャツのボタンが弾け飛ぶのだーっ!!」
なんと、そこまで行かれましたか! 見に来た価値はあったかもです、シャツのボタンが…!
ブチブチブチッ! と音がし、弾け飛んでゆくワイシャツのボタン。アンダーシャツもベリベリと裂け、自慢の筋肉が現れました。肖像画並みとまではいかなくっても、これは凄すぎ。
「どうだ、ブルー! 私の本気を見てくれたか?」
「う、うん…。と、とりあえず…」
凄いね、と会長さんが告げたお愛想に気を良くなさった教頭先生、フンッ! と両足を踏ん張り、更に力を籠められた……のですけれど。
「「「え?」」」
ビリビリビリッ! と布が裂ける音。いったい何が、と思う暇もなく視界にかかったモザイクの場所は教頭先生のズボンの前で。
「何するのさーーーっ!」
会長さんが絶叫し、ソルジャーは目がまん丸に。
「ちょ、ハーレイ! これって何?!」
「し、失礼を…! す、すみません、私にも何がなんだか…!」
こんな所を鍛えた覚えは、と大慌ての教頭先生の前にソルジャーがストンとしゃがみ込むと…。
「副作用かな? それとも相乗効果かな? ズボンも下着も引き裂くようなパワーだなんて、これは研究しなくっちゃ。えーっと、気になる感度の方は、と…」
ちょっと失礼、とソルジャーの手にもモザイクがかかった次の瞬間、教頭先生は噴水のような鼻血を噴いて仰向けに倒れてゆかれました。ドッターン! と床と家とが揺れて…。
「…あーあ、これだけのパワーがあるのに、秘密が解明出来ないなんて…」
此処だけはビンビンのガンガンなのに、とモザイクのかかった辺りを眺めるソルジャーは心底、残念そう。教頭先生のズボンと下着を破ったモノとは、いわゆる大事な部分です。
「頭の打ちどころが悪かったのかな、それともパニックで消し飛んだかな? ハーレイが飲んだ薬とか食事の記憶が綺麗サッパリ無いんだけれど…。その記憶さえ残っていれば…!」
「君のハーレイで試せばいいだろ、適当に!」
このハーレイも持って帰れ、と会長さんが教頭先生をゲシッと蹴れば、ソルジャーは。
「嫌だね、ぼくのハーレイで実験する気は無いんだよ。こっちのハーレイで継続をお願いしたいんだけれど、してもいい?」
「却下!!」
こんな実験をされてたまるか、と会長さんは怒り心頭。
「ハーレイの記憶は消去するから、肖像画ごと! でないと迷惑なだけだから!」
「ええっ、芸術は残すべきだよ、こんなに素敵な肖像画だし!」
「君の眼にしかそう映らない!」
とにかく消す、と喚き立てている会長さんと、断固阻止を叫ぶソルジャー。私たちとしては肖像画も筋肉増強の妙な薬もこれっきりにして欲しいのですけど、どうなるでしょう? 筋肉とセットでオトナな部分がパワーアップって、二度と勘弁願いたいです~!
魅惑の肖像画・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
教頭先生の肖像画、素晴らしいのが出来たようですけど…。後が大いに迷惑なオチ。
ちなみに「画家の数だけ顔がある」というのは実話。昔の肖像画は嘘八百が基本だとか。
今月は月2更新ですから、今回がオマケ更新です。
次回は 「第3月曜」 9月19日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、9月は、秋のお彼岸の季節。はてさて今年はどうなりますやら。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
(んーと…)
おやつを食べながら、何気なく広げてみた新聞。
歴史の舞台探訪だとか、そういった感じで写真が載ってた、前のぼくたちの記念墓地。
あちこちの星にあると聞くけど、立派だったから、アルテメシアの分かと思った。だけど、下に書いてある注釈を読んだら、アルテメシアじゃなくってノアのヤツ。一番最初の記念墓地。
(あの頃はノアが首都惑星ってコトになってたものね)
今では一応、ぼくが住んでる地球が中心。
ただ、蘇った地球の環境を保護しなくては、というわけで首都としての機能は分散してる。前の首都惑星、ノアをメインにあちこちの星に。全部を纏めているのが地球。
だから前のハーレイが彫った宇宙遺産の木彫りのウサギも地球にあるんだ、正体はウサギなんかじゃなくってナキネズミだけど。
でも、地球にある行政の中枢機能はいわゆるお役所、それの出張所といった趣き。高層ビルとか凄く大きな建物じゃなくて、緑の豊かな広い敷地に幾つもの建物が散らばっている。
それできちんと役に立つんだ、通信手段がしっかりしていて、情報がリアルタイムで入るから。
わざわざ遠くの星まで出掛けなくても、重要な会議なんかも出来るから。
(ノアの頃からそうだったしね?)
前のぼくたちが生きてた頃よりも技術はずっと進歩してるし、首都としての機能は地球で充分。
見上げるような高層ビルなんかは建ってなくても、宇宙の中心。
だけど地球には、前のぼくたちの記念墓地は無い。
かつての首都惑星だったノアのと、前のぼくたちが隠れ住んでたアルテメシアと。その二ヶ所に大きな記念墓地があって、他の星にも実は幾つもあったりする。
英雄になってしまった前のぼくたちのお墓に花を供えたりしたがる人が多いから。
その上、前のぼくたちの身体は回収不能で、お墓には何も入ってないから。
とどのつまりが墓碑さえ建てれば其処がお墓で、どれでも本物。
ノアでも、アルテメシアでも、他の星でも、別に何処でも気にしないんだけど。
ただ、アルテメシアの記念墓地には「シャングリラの森」がくっついている。役目を終えた白い鯨が解体されて時の流れに連れ去られた時、船にあった木を移植したのがシャングリラの森。
木たちはすっかり代替わりをしてしまったけれども、こんもりと茂ったシャングリラの森。
そのシャングリラの森があるって言うから、ぼくとしてはアルテメシアにある記念墓地が好み。
断然、そっちの方がいいな、と思うんだけど…。
ぼくの好みを言っていいなら、ノアよりもアルテメシアがいいんだけれど。
(ちょっと待って…!)
好みも何も、ぼくは生きてた。
ソルジャー・ブルーだったぼくは生まれ変わって、青い地球の上で暮らしていた。
どっちのお墓に入りたいとか、そういう以前に生きている、ぼく。
お墓なんかは当分要りそうにないし、生まれて来てから十四年しか経ってない。
(だけど…)
どっちか一つを選ぶんだったらアルテメシアの方がいいかな。
シャングリラの森があるのが魅力的だし、それに何処よりも長く過ごした星だったから。
漆黒の宇宙を最初は小さな、後は何倍も大きな白い鯨になった船で旅して回った末に辿り着いた白い雲海の星。
シャングリラはずっと雲海に潜んだままだったけれど、前のぼくは地上に下りていた。もちろん自由時間ってわけじゃなくって、ソルジャーの仕事。
もっとも、フィシスを見付け出した後は、こっそり出掛けて水槽のフィシスに会っていたけど。
あれはソルジャーとしての仕事ではなくて、ぼくの我儘。ただの我儘。
そんな思い出までが残った星。今でもちょっぴり懐かしく思う、雲海の星。
だから、入るお墓を選んでいいなら、ノアよりも絶対、アルテメシアがいいんだけどな…。
そうしたいな、と思ったけども。
(入ってしまってどうするの!)
相手は記念墓地に建ってるお墓で、生きているぼくが入っちゃっても何にもならない。
それどころか、困る。
お墓なんかに入っちゃったら出歩けないし、おやつも御飯も食べられやしない。
(ぼくはお墓に入りたいわけじゃないんだけれど!)
生きているのに、と自分の頭を拳でコツンと叩いたんだけど。
よく考えたら、あれは前のぼくたちのために作られた記念墓地だから。
入りたいのは多分、ぼくじゃなくって、前のぼくなんだ。
お墓はあちこちの星にあるけど、空っぽだから。
何処の星にも、前のぼくの身体を収めた本物のお墓は無いんだから…。
(でも…)
もしもお墓に入れたとしても、前のぼくの分のお墓の隣にハーレイのお墓は建ってない。
前のぼくは一番の英雄扱い、記念墓地でも一番奥に墓碑が立ってて、隣には誰もいないんだ。
いくら立派な墓碑を貰っても、独りぼっちの前のぼく。
ジョミーとキースのお墓は仲良く隣り合わせで、前のぼくのお墓の前にあるのに。
そのまた前にはハーレイやゼルや、ブラウたちのお墓が賑やかに並んでいるというのに。
(…やだな、ぼくだけ別扱いって)
どうせだったら、みんな同列で並べておいて欲しかった。
もっと欲を言えば、ハーレイのお墓の隣が良かった。前のぼくたちが恋人同士だったことは内緒だけれども、初代ソルジャーと初代のキャプテン。隣り合わせでも不思議じゃないから。
だけど、そのハーレイのお墓も空っぽ。前のぼくのお墓と同じで空っぽ。
前のハーレイの身体も無くなってしまったから。
燃え上がる地球の地の底に飲まれて、影も形も無くなったから。
お墓の中身が入ってないのは、ハーレイだけじゃなくってヒルマンも、エラも。
ジョミーとキースもお墓は空っぽ、ハーレイたちと一緒で地球の地の底に消えてしまった。
記念墓地は何処も綺麗に空っぽ、だからこそ何処に作ってもいい。
例外は地球で、蘇るまでに長い時間が経ったこともあって、地球には記念墓地が無い。
空っぽのお墓が並んではいない。
(中身がありそうなお墓って…)
この地球にあるマードック大佐とパイパー少尉の分くらいだろう。
二人が乗った人類軍の旗艦は、地球に照準を定めたメギドに体当たりをしてそのまま沈んだ。
燃え盛る地球へと落ちて行ったメギドは、後に発見されたけれども。
すっかり風化してたと聞くから、マードック大佐たちの船もきっと残っていなかった筈。
風化したメギドは危険だからと撤去されてしまい、それが在った場所に今ではお墓。
マードック大佐とパイパー少尉の墓碑が立ってて、恋人たちが訪れるという。
二人の絆にあやかりたい恋人同士や、結婚式を挙げたばかりの新婚夫婦。
森の奥のお墓はちょっと遠いから、森の入口に花輪とかを供えられる場所。
(有名なお墓らしいけど…)
ハーレイに教えて貰ったけれども、そのお墓だって、中身はきっと空っぽなんだ。
もしかしたら二人が乗ってた船の欠片が入ってるかもしれないけれど。
それに乗ってた二人の身体は地球の一部になっちゃっただろう。
メギドが風化するほどの長い歳月に融けてしまって、地球の土や水になったんだろう。
(あれ…?)
そういえば、前のハーレイの身体も地球の一部になったんだった。
前にハーレイとそんな話をした覚えがある。
すると…、と部屋に戻って考えた。
おやつを食べ終えて、キッチンに居たママにお皿やカップを渡してから。
(えーっと…)
勉強机に頬杖をついて、ハーレイとぼくが一緒に写った写真を眺めて考え事。
今のハーレイは今のぼくと並んで、笑顔で写真に収まってるけど。
地球の一部になってしまった、前のハーレイ。
燃え上がる地球に飲み込まれて消えた、キャプテン・ハーレイ。
(もしかしたら…)
その地球で生まれた、今のハーレイが持ってる身体。
地球で生まれて地球で育った、今のハーレイの大きな身体。
前のハーレイとそっくり同じパーツで出来上がっている可能性がある。
DNAとか、細かい所を言い出したら多分、前のハーレイとは違うだろうけど。
でも、前のハーレイだった素材をちゃんと使って、今の身体が出来ている可能性だって…。
(…いいな…)
ちょっぴりハーレイが羨ましくなった。
前のぼくの身体はメギドと一緒にジルベスター星系で消えてしまって、地球からは遠い。
隕石に乗って運ばれてくるとか、彗星の核に取り込まれて宇宙を旅してくるとか。
そんな風にして地球まで辿り着くには、あまりにも遠すぎるジルベスター星系。
ついでに言うなら、前のぼくが死んでからミュウと人類の戦いが終わるまでには何年かあって、トォニィたちがシャングリラでナスカの跡へと向かった時には、前のぼくはとっくに宇宙の藻屑。
見付け出そうにも手掛かりがなくて、宇宙ゴミになったメギドの破片が片付けられただけ。
他の沢山の戦場と同じで、船の航行に支障が出ないよう、後片付けがされただけ。
前のぼくの身体は宇宙に散らばり、消えてしまった。地球からは遠く離れた場所で。
どう考えたって地球には来てない、前のぼくを構成していた物質。
なのに、ハーレイは違うんだ。この地球にちゃんと部品が残って、他の何かに変化して。
それから長い長い時間を地球の上で色々と循環した後、今のハーレイを作ったかも…。
前のハーレイとそっくりな身体を、もう一度作り上げたかも…。
(…ぼくの身体は前のと絶対、違うのに…)
前のぼくの身体は遠いジルベスター星系に散らばったんだし、今のぼくの身体には使えない。
使いたくても、使いようがない。
だけどハーレイは、メイド・イン・ハーレイって言うのかな?
ちょっと間違ってるかもしれないけれども、前のハーレイで出来てる可能性あり。
でも、ぼくの場合はメイド・イン・ブルーにはなりっこないんだ。
今のぼくを作るために再利用しようにも、前のぼくのパーツは地球には無いから。
ほんの小さな、肉眼ではとても捉えられない細胞ですらも、地球まで来てはいないんだから。
(メイド・イン・テラなんだよ、今のぼくは…)
前のぼくとはまるで無関係な、地球の物質で出来ちゃった、ぼく。
そっくり同じ姿に育つんだったら、前のぼくのパーツを使いたかったな、って思ったけれど。
とても残念だったんだけれど…。
(そうだ、ハーレイ!)
地球で育った、地球生まれのぼく。
ひょっとしたら、今のぼくの身体は前のハーレイのパーツを貰っているかもしれない。
地球の一部になってしまった、前のハーレイ。
巡り巡って、この地球で生まれたぼくの身体の一部を作っているのかも…。
もしも前のハーレイの一部を貰ったとしたら。
(結婚してなくても、とうの昔に二人で一人?)
今のぼくの身体に、前のハーレイ。いつでも一緒で、二人で一人。
そう考えたら、今度は得意。
今のハーレイの身体に前のぼくは絶対、入ってるわけがないんだけれど。
ぼくは前のハーレイの一部を身体に取り込んでいるかもしれない。
ちっぽけなぼくの身体だけれども、何処かが前のハーレイの身体で出来ているかも…!
(手とか、指とか…?)
直ぐに見える場所が前のハーレイの一部で出来上がってたらいいのにな。
一目でそれと分かる印がくっついてるとか。
この部分が前のハーレイなんだな、って見るだけで分かればいいんだけどな…。
「おい」
「えっ?」
考え事に夢中だった、ぼく。
いきなり耳に飛び込んで来た「おい」って声にビックリ仰天。耳に馴染んだハーレイの声。
普段だったら、お客さんだと知らせるチャイムの音だけで窓の所まで駆けてゆくのに、ウッカリしていた今日のぼく。
鳴ったチャイムに気付くどころか、ハーレイが部屋にやって来るまで気が付かなかった。
ぼくの目は多分、見事に真ん丸だったんだろう。ハーレイをぼくの部屋まで案内して来たママが「あらあら…」って呆れて笑ってる。
お茶は置いて行ってくれたけれども。
ハーレイと夕食を待つまでの間に食べるお菓子も、テーブルに置いてってくれたんだけども。
大失敗をしてしまった、ぼく。
窓際のテーブルでいつものように向かい合うなり、案の定、ハーレイに訊かれてしまった。
「いったい何を考えてたんだ?」
俺が来たのに気付きもしないで、うわの空で何を考えていた?
「…ぼくの身体のこと…」
そう答えたら、降って来てしまった沈黙ってヤツ。眉間に皺を寄せたハーレイ。
なんで、って首を傾げた途端に思い当たった。
ハーレイは勘違いしてるんだ。ぼくがいつも「大きくなりたい」ばっかり言っているから。早く大きくなってキスがしたいと、本物の恋人同士になるんだ、って。
これはマズイ、と慌てて首を左右に振った。
「ううん、身体のことって言っても、へんてこな意味の中身じゃなくって!」
違うだってば、うんと真面目に考え事をしてたんだってば…!
ぼくは頑張って説明した。
今のハーレイはまるごとハーレイで出来ているかもしれないけれども、ぼくは違うって。
だから今のぼくの身体の中には、前のハーレイのパーツが入っているかもしれないよ、って。
「いいでしょ、ハーレイ入りなんだよ、ぼく」
何処がそうかは分かんないけど。
きっと入っていると思うよ、前のハーレイは地球の一部になったんだから。
「なるほどなあ…。前の俺のパーツで出来てます、ってか」
此処がそうです、って一発で分かるプレートでも付いてりゃ良かったな。
改造前のシャングリラにあったプレートみたいに。
シャングリラの名前に書き換える前は、コンスティテューションって書いてあったプレート。
「うん、心の目でしか見えないプレートが付いてたらいいな」
あったらいいのに、そんなプレート。
そしたら幸せになれるんだけどな、ぼくの此処は前のハーレイで出来ているんだよ、って。
「おいおい…」
その発想は面白いが、ってハーレイの鳶色の瞳が笑ってる。
ぼくは笑われるようなことを言っただろうか、と「どうかしたの?」って訊いてみたら。鳶色の瞳が悪戯っ子みたいな光を湛えて、笑いを含んだ声が返った。
「今のお前に入ってるパーツ、俺だとは限らないんだぞ」
プレートで表示させるのはいいが、だ。
ジョミーとかキースとか、そういうプレート、あったらどうする。
あいつらも地球の一部なんだぞ、充分あり得ることだろうが。
「ええっ!?」
それは困る、と本気で思った。
ハーレイの名前が入ったプレートは欲しいけれども、ジョミーは要らない。
もちろんキースのだって要らない。
ぼくはプルプルと首を横に振り、「嫌だ」と叫んだ。
そんなプレートは要りもしないし、くっついていたら凄く嫌だと。
大慌てで「要らない」と断った、ぼく。
ハーレイは「そうだろうな」と可笑しそうな顔。
「ほら見ろ、無くて良かっただろうが、そういうプレート」
ついちまってたら悲しいだけだぞ、此処はジョミーだの、キースだのと。
「…でも…。ハーレイ限定で表示されるんなら欲しいけど?」
此処はハーレイ、っていう部分だけを表示できます、って仕組みだったら欲しいんだけどな。
ハーレイ以外の部分は非表示に出来るプレート。
「だから、必ずしも俺が入っているとは限らない、と」
赤の他人ってこともあるんだ、そうだろう?
いくら地球でも狙ったように前の俺のパーツが入るとは限っていないんだからな。
「それはそうかもしれないけれど…」
でもね、ぼくにはハーレイ入りの可能性ってヤツがあるんだよ。
だけどハーレイには、前のぼくは絶対入っていないから!
入りっこないし、混ざりもしないよ。
ぼくは二人で一人だっていう可能性がゼロってわけじゃないけど、ハーレイはゼロ。
前のぼくなんかは入っていなくて、二人で一人じゃないんだよ。
だから、と威張ってみせた、ぼく。
今のぼくの身体の方がハーレイのよりもずっとお得で、二人で一人かもしれないと。
ぼくの中には前のハーレイ、結婚する前から一緒に暮らしているのかも、と。
これは今のハーレイには真似出来ないから、「どんなもんだ」って自慢したのに。
「甘いな」
「…えっ?」
甘すぎるな、と不敵に笑ったハーレイ。自信たっぷりに笑ったハーレイ。
どうして「甘い」って言えるんだろう?
前のぼくの身体はずうっと遠くのジルベスター星系で消えてしまって、地球には無いのに。
ありっこないのに、なんでハーレイは「甘い」と笑っているんだろう?
ぼくには全く分からない根拠。
ハーレイの自信が何処から来るのか、全然サッパリ分からないんだけど…!
目をパチクリとさせているぼくに、ハーレイが投げて来た言葉。「甘いな」の続き。
「お前、食物連鎖を知らんのか?」
「…知ってるけど?」
知ってるからこそ言ってるんだよ、今のぼくには前のハーレイが入っているかもしれないって。
「なら、訊くが。…前のお前が死んじまってから何年経った?」
「えーっと…」
何年だろう、と指を折りかけたぼくだけれども。
もちろん指なんかで数え切れるわけがない、とてつもない年数が流れたんだけど…。
「数えなくてもかまわんさ」
其処は問題じゃないんだからな、とハーレイは暗算を始めかけていたぼくにストップをかけた。
そうじゃないんだと、要は流れた年数なのだ、と。
「いいか? とにかく、そう簡単には数えられないほどの時が流れたということだ」
今のジルベスター星系はすっかり様変わりしている筈だぞ、技術が上がってテラフォーミングが成功した星があるんだが…。
聞いたことはないか、今のジルベスター星系の話。
「そういえば…」
あったかな、と思わないでもない。
前のぼくの悲しすぎた最期を思い出すから、今のぼくはジルベスター星系を避けているけれど。
一切調べていないけれども、前世の記憶が戻るよりも前にチラッと何処かで目にした覚え。
ミュウの歴史で大きな意味を持つナスカ。砕けてしまった赤い星、ナスカ。
遠い昔にナスカが在ったジルベスター星系の中に、人が住んでいる惑星があった。
ナスカって名前はついてないけど、人間が暮らしている星が。
「おっ、チビのお前でも知ってたか?」
よしよし、とハーレイの手がぼくの頭をクシャリと撫でた。
嬉しいけれども、チビ扱い。ちょっぴり複雑な気分のぼくに、ハーレイはパチンとウインクしてみせて。
「その星だがな…。けっこう有名になってるようだぞ、牧草地で」
「牧草地?」
それって、牛とかが食べる草のこと?
ぼくはそれしか思い付かないけど、その牧草地?
「うむ。牛を飼うには向いていないが、何故か牧草地には向いていた、ってな」
牛を飼ってみても、とびきり美味い肉もミルクも出来なかった、って話なんだが…。
どういう神様の気まぐれなんだか、いい牧草が採れるんだそうだ。
それでだ、自分たちで牛を飼うのは諦めちまって、牧草を育てる方にした。
とてつもなく広い畑と言うには変かもしれんが、もう一面の牧草地だな。其処で牧草をドッサリ育てて、あちこちの星に輸出している。牛を飼ってる農場向けに、だ。
「…そうだったの?」
「ああ。この地球からはうんと遠いから、牧草は来てはいないだろうが…。その牧草があちこちの星で牛を育てて、名産の乳製品がこれまた宇宙に散って行ってる」
其処の星では肥料用に、ってメギドで大穴が開いちまったジルベスター・エイト近辺で小惑星を削っているらしい。
いいか、ジルベスター・エイトってヤツだ、前のお前は見ている筈だぞ、メギドの近くだ。
そんな所で肥料の採掘をしては、せっせと牧草地の土に鋤き込んでいる。
ということは、だ…。
まだ分からないか、食物連鎖?
「ハーレイ、それって…」
前のぼくの身体、宇宙に散らばったままじゃないかもしれないの?
小惑星の土と一緒に牧草地の星に行っちゃった?
「その可能性もあるってことだな、あくまで可能性だがな」
もしも牧草地の星の一部になっちまっていたら、其処から何処へ行ったものやら…。
この地球までも来たかもしれんな、何処かの星の名産品のチーズやバターに化けちまってな。
「えーっ!」
ぼくは心底、驚いた。
前のぼくの身体は回収不可能、今も宇宙を漂っていると思っていたのに、回収された可能性。
肥料を採掘しているという小惑星から、牧草地の星に運ばれてしまった可能性。
そうなっていたら、前のぼくの身体は牧草になって、何処かの星へ。
牛を沢山飼っている星に運ばれて、牛に食べられて、ミルクやバターやチーズになって…。
(…他の星の名産品です、って書いてある乳製品、けっこうあるよね…)
もしかしたら食料品店の棚に並んでいるかもしれない、前のぼく。
チーズやバターに化けてしまって、お客さんに買われていそうな前のぼく。
すると…。
「ねえ、ハーレイ。もしも、だよ?」
もしハーレイが前のぼくが化けたチーズとかを食べてしまっていたら…。
「俺の一部は前のお前だということだな」
だから言ったろう、「甘いな」と。
食物連鎖の末に俺の中に入りました、って可能性だってあるわけだ。
どの部分が前のお前なのかは分からんがな。
「ハーレイもプレート、欲しくならない?」
前のぼくの名前が書いてあるプレート。
この部分は前のぼくなんです、って一目で見分けが出来るプレート。
「ふむ…。前のお前限定で表示されるなら、なんだか欲しい気もして来たな」
ソルジャー・ブルーと書いてあるのか、ただのブルーか。
その辺も含めて見てみたいもんだな、前のお前は此処にあります、と書かれたプレート。
「でしょ?」
ハーレイだって欲しくなるでしょ、プレート。
前のぼくが身体の中に入っているかもしれないって思ったら、目印のプレート。
一目で分かって便利なんだよ、いつも二人で一人なんだよ、っていう目印。
勢い込んだぼくだけれども、でも…、とハーレイと二人で笑い合った。
此処はやっぱり、地球なんだから。
前のハーレイだけじゃなくって、ジョミーもキースも、ゼルたちも地球の一部になったから。
地球の上に生まれ変わった今のぼくたちの身体は、誰のパーツで出来ているのか全くの謎。
誰も入っていないかもだし、思いもよらない誰かの身体が中に入っているかもしれない。
自分の身体を作っているパーツは誰なのか。
下手にプレートを表示させたら、キースだったり、ジョミーだったり。
あるいはゼルとか、ヒルマンだとか。
ぼくとハーレイ、お互いに前の生での恋人のみを表示出来たらいいんだけれど。
ハーレイならぼくで、ぼくならハーレイ。
それ以外の時は表示しなくて、恋人の名前のプレートだけが見えるんだったら最高だけど。
限定表示に出来なかったら、とっても困る。
困ってしまうから今のままでいいと、プレートは無しのままでいいよね、と。
もしかすると地球まで辿り着いたかもしれない、前のぼくの身体。
食料品店の棚に並んで、ハーレイが買って食べたかもしれない、前のぼくを構成していた物質。
そうしたらハーレイの身体の中には、前のぼく。
地球生まれのぼくの身体の中には、地球の一部になったハーレイ。
ハーレイとぼくと、お互いに入っていたらいいのに、前のぼくたちの身体の一部。
(もしも、そんな風に出来た身体だったら…)
二人で一人の身体だったら嬉しいのにな、と夢が大きく膨らんだ。
そういう身体を持っているなら、今度は本当に二人一緒で、いつでも一緒。
おまけに前のぼくたちだって、結婚式を挙げられるんだ。
前は結婚出来なかったけど、今の新しい身体を使って、前のぼくたちも。
そうだといいな、とハーレイに言ったら、「そうだな」って笑顔で返してくれた。
ぼくが好きでたまらない笑顔で、大好きな温かくて優しい笑顔で。
「よし、俺も頑張って乳製品を食うとするかな、前のお前を取り込まないといけないからな」
お前だけが前の俺と二人で一人じゃ癪に障るし、俺も二人で一人を目指そう。
とっくの昔に取り込んでるとしても、プレートがついてないからな。
「うんっ! ハーレイも二人で一人がいいよ」
そうしておいたら、いつでも一緒。
どんな時でも二人一緒だよ、「前の」って言葉が恋人の前についちゃうけれど。
だけどお互い、生まれ変わりだから、前でも今でも変わらないよね。
前の恋人でも今の恋人でも、相手はおんなじなんだもの。
「違いないな」
今日にでも早速買い出しに行くか、乳製品。
そろそろバターを買わんとな、と思っていたから、地球産じゃなくて他のにしよう。
前のお前が入っていそうな確率がグンと高まるからな。
何処のバターを買うとするかな、って買い物の段取りをしているハーレイ。
前のぼくが入っているかもしれない、バターを買おうというハーレイ。
(…前のぼく、バターになっちゃったかな?)
それともチーズ…、と想像していて、気が付いた。
よく考えたら、ぼくも毎朝ミルクを飲んでる。早く背丈が伸びますように、って。
あの毎朝のミルクと一緒に、前のぼくを取り込んでいるかもしれない。
牧草になった前のぼくの身体で育った牛の子供とか、その孫だとか。
そういう牛のミルクだったら、前のぼくだって入ってる。
ほんのちょっぴりでも、前のぼく。
ミルクになって遠い地球まで旅をして来た、前のぼく。
(…ふふっ)
ミルクになってしまったかもね、と考えたら胸がじんわり温かくなった。
前のハーレイの身体は地球の一部になっているのに、前のぼくの身体は何処にも無いんだな、と思っていたけど、ジルベスター星系に出来ているという牧草地の星。
ジルベスター・エイトの近くで肥料を採掘している星。
前のぼくの身体、牧草地の星になってるといいな、牧草になっているのがいいな。
そしてバターやチーズとかになって、青い地球まで来てるといいな。
前のぼくが辿り着けなかった地球。
乳製品の棚に並んでいてもいいから、前のぼくだって地球に着いてるといいな。
だって、今のぼくは青い地球の上、うんと幸せに生きているから…。
前のぼくの身体・了
※ソルジャー・ブルーのお墓は空っぽ。地球には欠片さえも来ていそうにないと思ったら。
牧草地になった星のお蔭で、来ているのかもしれません。それも素敵なお話かも。
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(今日は予定が狂っちまったな…)
ハーレイは腕時計を眺めて溜息をついた。
予定通りに進んでいたなら、今頃はブルーの部屋に居た筈なのだが、仕方ない。自分も寂しいと思うけれども、ブルーはもっと寂しいだろう。
(…寄ってやれなくてごめんな、ブルー)
約束をしていなかったことが救いと言えた。平日はどうしても仕事があるから、「必ず寄る」と予告出来る日は滅多に無い。
だからブルーもさほど期待はしていないだろう、と考えながら愛車に乗り込んだ。
前の生でのマントの色と同じ色をした、忠実な車。それを自宅に向けて走らせ、近くなった所で普段とは別の角を曲がった。
その先に現れた、レストラン部門を併設している大きなパン屋。駐車場も備えられている。車を其処に滑り込ませて、おもむろに店の扉をくぐった。
早朝から店を開けているから、いつもだったら仕事に行く前に訪れる店。
(ふむ…)
今日はこれにするか、と田舎パンを選んでトレイに載せた。どっしりと目の詰まった田舎パンは大きく、食パンよりもズシリと重い。まさに食事パンといった趣き。
焼いて良し、サンドイッチに使っても良し。この田舎パンはけっこう好みだ。
店の看板商品でもある食パンと暫し迷った末での選択。此処の食パンは窯がいいと評判が高く、わざわざ車で買いに出掛けて来る人もいるほど。
(だが、今日の気分は田舎パンなんだ)
ふんわりとした食感よりも、噛み締めたい気分。歯ごたえのある田舎パン。
料理の得意なハーレイではあるが、流石にパンまでは自分で焼かない。焼こうと思えば焼けないこともなかったけれども、専門の店の窯の味には敵わない。
ゆえにこうして、行きつけのパン屋が近所に存在するわけで…。
「お願いします」
田舎パンを載せたトレイをレジに差し出し、包んで貰った。
レジの向こう側、何段か上って高くなった床の所がレストラン部門の入口になる。カウンターとテーブル席のある其処は、午前中ならば店で買ったパンを持ち込み、食べることが出来た。
しかし、今の時間はそうではない。ごくごく普通にハンバーグやパスタが供される時間、それとケーキなどの喫茶もあるのだったか。
パン屋に併設されているほどだから、気取った所は全く無かった。普段着でフラリと入れる店。いつ来ても客が絶えない店。
とはいえ、特に関心があるわけでもなく、「今日も賑やかだな」と見ていた程度。
支払いの時に店員が袋に入れていたチラシも、新商品の案内などが載ったものだと頭から決めてかかっていた。いつも入っているチラシ。店員の手描きのイラスト入り。
ところが、家に帰ってみたら。
(ん…?)
田舎パンを仕舞おうと覗き込んだ袋に、カラフルなチラシ。
見慣れた茶色の手作り感が溢れるチラシではなく、綺麗に印刷されたもの。しかも写真入り。
(なんだ?)
鳴り物入りで発売される新商品でもあるのだろうか、と田舎パンの後に引っ張り出したチラシ。それを広げて、ハーレイは「うーむ…」と低く唸った。
期間限定、シャングリラ・セットと記された文字と、シャングリラの写真。
レストラン部門で歴代ソルジャーの食べた食事を味わいませんか、というコンセプト。
チラシに刷られたソルジャー・ブルーとジョミーとトォニィ、三人のソルジャーのカラー写真。
(こう来たか…)
今も絶大な人気を誇る三人、こういう企画もありだとは思う。
あの店はこの町に何店舗かある地域密着型のチェーン店だから、全店でやれば客だって呼べる。
そうは思うが、シャングリラ・セット。歴代ソルジャーが食べていた食事。
(レシピは残っていない筈だが…!)
そんな本にはお目に掛かったことがない。データベースでも見たことがない。
おかしい、とチラシの説明文をよく読んでみれば、根拠はあった。
前の自分が書いた航宙日誌。
それとすっかり平和になった後、トォニィが受けたインタビューとやら。
(しかし…)
ランチタイムから供されるという、ジョミーのセットとトォニィのセット。
買ったパンを持ち込んでの食事が許されなくなる、レストランが完全にオープンした後。
(この二人か…)
確かにブルーは食が細かったし、本格的なメニューには向かないだろう。しっかり食べたい客が好むとは思えない。ブルーはモーニングセットの担当。
(で、中身は、と…)
チラシにはジョミーとトォニィの分が先に書かれていたから、そちらから見ることにした。
ジョミーのメニューはサンドイッチセット。
曰く、「ソルジャー・シンが忙しかった時の昼食代わりのサンドイッチを再現しました」。
昼食代わりにとサンドイッチを食べていたことは本当だったから、文句は言わない。
(しかしだな…)
レストランではポットに入った紅茶と共に供されるようだが、ジョミーは適当に何か飲んでいただけ。サンドイッチしか食べられない時にポット入りの紅茶なんぞを楽しんではいない。
肝心のサンドイッチの中身の方も…。
(まあ、まるで間違ってはいないんだろうが…)
分厚く切られたももハムにサラダ菜、キュウリのピクルス。そこが売りの品。
どれもシャングリラにあった食材ではあるが、こういう組み合わせでジョミーが食べた、と記述した記憶は自分には無い。
第一、ジョミーのサンドイッチの好みが何だったのかを聞いてもいない。
(…多分、一回くらいはこういうヤツだって食べただろうさ)
そういうことにしておこう、と納得しておく。
生き証人がいない今では言った者勝ち、これがジョミーの好みのサンドイッチらしい。
トォニィの方は彼が好んだというパスタのセット。
オリーブオイルと塩、胡椒のみで味付けしたスパゲティにおかわり自由のパンのサービス。更にサラダとリンゴのタルトまでがつく。もちろんポットに入った紅茶も。
(…最後のソルジャーだけに、優雅なもんだな)
リンゴのタルトもトォニィの好物だと謳われていた。
サンドイッチだけのジョミーと違って、おかわり自由のパンにデザート。おまけにサラダ。
(こいつは充分、ありそうなんだが…)
ポット入りの紅茶を楽しんでいても不思議ではないが、生憎と自分はソルジャーに就任した後のトォニィを知らない。自分が死んだ後のことまで分かりはしないし、知るわけがない。
(トォニィはこういう飯だったのか?)
どうも分からん、と頭を振ったが、インタビュアーが正しく記述したなら、そうなのだろう。
ではブルーは…、と前の生で愛した人の名前を冠したモーニングセットを見るなり愕然とした。
(何なんだ、これは…!)
どうかと思う、と顔を顰めたセットの中身。プレートのド真ん中に鎮座した品。
謳い文句はこうだった。
「これを食べながら、ソルジャー・ブルーに思いを馳せてみてはいかが」。
思いを馳せたい人を止めはしないが、器の中身。プレートに置かれた器の中身。
それが売りらしい器の中身は、アルタミラ時代の「餌」だった。
オーツ麦のシリアルに必要な栄養素を添加しただけの、餌としか呼びようがなかった代物。
アルタミラから脱出した後、オーツ麦は元々が家畜の餌だったという笑えない話をヒルマンから聞いた。貧しい地域では主食だったが、豊かな土地では馬の餌だと。
それが後世、ヘルシーな食品としてもてはやされてシリアルに化けた。
更に時代が後になったら、アルタミラで再び餌に戻った。ミュウを飼っておくための飼料に。
(不味かったんだが…)
餌だけにとても不味かったんだが、と思うけれども、しかし栄養価は高かった「餌」。それさえ食べさせておけば死にはしない、と毎日檻に突っ込まれた餌。
なまじ栄養価が高いものだから、モーニングセットの餌は少ない。自分たちが食べていた量より遥かに少なく盛られた餌。器に上品に入れられた餌。
ついでに「蜂蜜入りの温かいミルクとレーズンを入れてどうぞ」とある。
(そんなものはついていなかったぞ!)
ミルクさえ無かったアルタミラなのに、前のブルーの名前を冠したモーニングセット。卵二個の目玉焼きとトースト、ポット入りの紅茶までがついてくる品。
(アルタミラでは餌と水だったんだが…!)
誰がこんなに豪華な朝食を、と文句をつけようにも、これが現実。
アルタミラどころかソルジャー・ブルーが生きた時代も遥かな昔で、平和な世の中。
(ソルジャー・ブルーの朝食と混ざっちまったと思っておくか…)
餌だけでは客が呼べないだろうし、こうなるのも止むを得ないだろう。
目玉焼きもトーストも紅茶も、航宙日誌に確かに書いた。ソルジャー・ブルーと摂った朝食。
(卵の数までは書かなかったしな…)
ブルーは二個も食べてはいない、と言いたかったが、書かなかった前の自分が悪い。
朝からしっかり食べたい人のためのセットと思えば卵が二個でも不思議ではない。
(しかし悪趣味な…)
いくらソルジャー・ブルーが絶大な人気を誇るとはいえ、誰が餌を食べたがるだろう?
アルタミラに思いを馳せるのだろう、と思いはしたものの、気になったから。
翌朝、田舎パンの朝食を済ませて出勤前にパン屋に出掛けてみたら、レストラン部門は繁盛していた。昼食用にとパンを買いながらレジで訊いてみると、人気は例のセットだという。
「ソルジャー・ブルーのセットを御注文になる方が殆どですね」
モーニングの時間帯は大部分のお客様があのセットです、とレジの女性が笑顔で答えた。
(餌なんだが…!)
あれは俺たちの餌だったんだが、と心で叫んだハーレイの声が届くわけがない。
女性はテキパキとハーレイが買ったパンを袋に詰め、例のチラシがまた突っ込まれた。
(どうせならブルーに見せてやるか…)
その日は仕事が早く終わったから、ブルーの家に行って、小さな恋人に見せてやったら。
意外にも楽しげにチラシを眺めて、興味津々の小さなブルー。
ジョミーはこれを食べたのだろうか、トォニィはけっこうグルメなのかも、などと。
「おいおい、そいつらは置いといてだな…」
問題はお前だ、前のお前の名前のセットだ。
いいか、メインは餌なんだぞ?
目玉焼きやトーストの方がオマケで、餌を味わって下さいっていうセットだぞ?
しかもだ、前のお前に「思いを馳せてみてはいかが」と来たもんだ。
お前、餌を食べながら前のお前を思い浮かべられて嬉しいか?
これがお前の食ってた味だ、ってウットリするヤツだっているかもしれん。
現に人気だ、こいつが朝には一番売れてるセットなんだ…!
あれこれと文句を並べ立ててみたハーレイだけれど。
小さな恋人は首を傾げて、こう言った。
「別に餌でも悪くはないと思うけど?」
「分かってるのか、前のお前はコレだと宣伝されてて人気なんだぞ、この餌が!」
ソルジャー・ブルーはアルタミラでコレを食ってましたと、この味を是非、と。
そんなので回想されてるんだぞ、前のお前が!
「だけど、一生、餌を食べてたっていうわけじゃないし…」
それに餌だって、案外、こうすると美味しいんじゃない?
温かいミルクに蜂蜜とレーズンがついてくるなんて。
ぼくは文句をつける気はないよ、このセット。
卵二個の目玉焼きは流石に食べ切れないけれど、と可笑しそうに笑っているブルー。
挙句の果てに言い出したことは、こうだった。
「ねえ、ハーレイ。ぼくは朝から食べに行けないから、ハーレイ、潜入して来てよ」
「はあ?」
「レストランだよ、このモーニングセットを食べに行ってみてよ」
それが嫌なら、今度の土曜日。
お昼前までは食べられるんでしょ、ぼくもお店に連れてってよ。
「なんで俺が!」
第一、お前と外で食事をするのはお断りだと言った筈だが。
どうしてお前を連れて行かねばならんのだ、俺が。
「ほら、駄目だって言うじゃない」
ぼくはどんなセットか凄く気になるのに、連れて行く気は無いんでしょ?
だったら、ハーレイが行くしかないよ。
一人で出掛けて潜入レポート、楽しみに待っているからね。
かくしてハーレイは例の餌を食べに行かされる羽目に陥った。
ブルーの命が下った翌朝、家で朝食を食べる代わりにパン屋の奥にあるレストランへと。
扉をくぐってレストラン部門へ繋がる段を上がると、サッと出て来たウェイトレス。
「お一人様ですか?」
カウンターへどうぞ、と案内された。忙しく立ち働く調理人たちが見える席。
渡されたメニューを一瞥した後、「これを」とソルジャー・ブルーの名前を冠したセットを注文してみれば、お洒落な籐のカトラリーケースに入って出て来たカトラリー。
ナプキンの上に置かれたナイフにフォークに、スプーンなどなど。
この辺からして既に間違っている。
(…まあ、シャングリラ・セットだしな?)
あくまでイメージ、平和な時代に創り出されたソルジャー・ブルーなモーニングセット。
目玉焼きまでついてくるのだし、ナイフもフォークも必要だろう。
(…しかしだ、肝心の餌ってヤツがだ…)
明らかに餌を食べるために添えられたスプーンなるもの。
アルタミラでは最悪スプーンも無かったんだが、と顔を顰めても始まらない。
そんなセットが売れるわけもなく、文句を言うだけ無駄というもの。
せっかく食べに来たのだから、とカウンター越しに眺めていればシリアルを器に入れていた。
今ではお洒落なパッケージになって食料品店に並ぶ、忌々しい餌。
(俺にとっては餌なんだが…)
分かるまいな、と眉間に皺を寄せている間に、サッと仕上がる卵が二個の目玉焼き。トーストも焼けてプレートに載せられ、餌と一緒にハーレイの前へと運ばれて来た。
紅茶のポットとカップが到着した後、ウェイトレスが笑顔でプレートを指す。
「お召し上がり方を説明させて頂きます」
彼女が言うものは例の餌。小さめのココット容器に入ったシリアル。
(召し上がり方も何も無いんだが…!)
食ってただけだが、と言いたくなる餌。由緒正しい家畜の餌から生まれたシリアル。
けれども反論出来る筈も無く、ウェイトレスは自分の仕事を微笑みながらこなして去った。
こちらの蜂蜜入りのミルクをかけてどうぞと、レーズンも混ぜて下さいと。
(…来たぞ…)
餌だ、とミルクは入れずに、そのままスプーンで口へと運んで。
(…あれだ…)
あの味だ、と一気に蘇って来たアルタミラの記憶。
独房と呼ぶにもあまりにお粗末な檻の中で一人、黙々と口に運んでいた餌。
ボソボソしていて、どうにも不味くて。
乾いたそれが喉に貼り付く度、水で飲み下した。必要に応じて薬などが混ざったりする、味などついている筈もない水で。
(…此処はアルタミラじゃないんだが…!)
青い地球に来た上、レストランでモーニングセットを食べているのに、アルタミラの記憶。
これではとてもたまらない、と蜂蜜入りのミルクを加えた。
様子を見ながら少しずつ入れようと思っていたことさえすっかり忘れて、全部を一気に。
(不味いんだが…)
蜂蜜とミルクは何処へ行ったのか、とウェイトレスを捕まえて訊きたい不味さ。
食感がマシになったと言うだけのことで、餌の不味さは変わらない。
添えられていたレーズンを全部放り込んでも、まだ不味かった。
(…どう転んだって餌でしかないぞ…)
レーズンを掬えば、ちゃんとミルクで膨らんだレーズンの味がするのだが。
肝心の餌の味は変わらず、ミルクも蜂蜜も何の救いにもなってはいない。
(やはり俺には向かんな、これは)
好き嫌いが無いのが自慢だったが、いわくつきの餌ともなれば多分、別枠なのだろう。
さて周りは、と見回してみれば「美味しくないけど、ヘルシーだから」とリピーターの声。
ソルジャー・ブルーの名前も聞こえる。
彼と同じものを食べられて嬉しいと、期間中にまた食べに来ようと。
ハーレイにとっては信じられない、周囲の反応。餌を食べたいと願う人々。
美味しくないと言っているくせに熱心に通うリピーターやら、再訪希望のソルジャー・ブルーのファンと思しき人々やら。
彼らには素敵な朝食らしいが、ハーレイにはそうは感じられない。
餌は餌であり、ミルクや蜂蜜が、レーズンがあっても餌でしかない。
(少なくとも俺は二度と食わんぞ…)
これはたまらん、とトーストと目玉焼きとに逃げた。
トーストにバターをたっぷり塗って、黄身がトロリと半熟になった目玉焼きを切って頬張って。
それらと餌とを交互に口へと運んでやって、やっとの思いでプレートの上を空にした。
プレートが下げられた後で熱い紅茶をゆっくりと飲んで、ようやく人心地ついたといった所か。
その朝、朝練に出て来た柔道部の生徒たちは普段以上に厳しくハードにしごかれた。
対外試合でも控えていたかと思うくらいに、明日は大会かと勘違いしそうなほどの勢いで。
そう、アルタミラの地獄を食生活だけ追体験して来たハーレイによって。
「こらあっ、グズグズしてるんじゃない!」
もっとキビキビ動かんか! と声を張り上げるハーレイの目には、朝練なんぞはお遊戯だった。
如何にハードな内容だろうが、走り込みだの、組手だので死ぬわけがない。
やればまだまだ出来る筈だと、もっと出来ると怒鳴りたくもなるというものだ。
あまりにも不味かったアルタミラの餌。
オーツ麦を使ったシリアルが売りの、ソルジャー・ブルーなモーニングセット。
(なんだってアレを食う羽目に…!)
早々にブルーに文句を言わねば、と今日の仕事を猛スピードで終わらせ、自分を生き地獄へ送り込んでくれた前の生の上司の家へと出掛けてゆけば。
「ハーレイ、もう食べに行って来てくれたんだ?」
嬉しいな、と小さなブルーはテーブルを挟んだ向こう側で顔を輝かせた。
「で、どうだったの?」
「不味かった!」
二度と食えるか、とハーレイが顔を歪めているのに。
「えっ、でも…」
とっても人気のセットなんでしょ、とブルーはあくまで無邪気に微笑む。
リピーターの人が大勢来ていて、また来たい人もいたんだよね、と。
理解に苦しむブルーの反応。かつての上司の愛らしい笑顔。
自分は地獄を見たと言うのに、この反応は何だろう?
どうにも不満でたまらないから、ハーレイはブルーに「おい」と声を掛けた。
「ブルー、手を出せ」
「なに?」
「俺の記憶を送り込んでやる」
お前も一緒にアレを食ってみろ、俺の気分が分かるだろう。
どれだけ不味いか、気持ちだけでもアレを体験してみるんだな。
「えっ、いいの?」
ホントにいいの?
ハーレイの記憶が見られるんだね、本物の潜入レポートだね!
やたらと嬉しそうにハーレイと手を絡めたブルーは、何の遠慮も無く送り込まれた地獄の朝食の記憶を全て受け取ってもなお、全く変わらず御機嫌だった。
自分だったらとてもこんなに食べられはしないと、プレートを空には出来ないだろうと。
卵二個の目玉焼きだのトーストだったらそれも分かるが、例のあの餌。
蜂蜜入りのミルクを入れても、レーズンを入れても不味かった餌。
あれの記憶を味わった筈の小さなブルーは、どうしてこうも機嫌がいいのか。
分からないから、ハーレイはブルーに訊くしかなかった。
「…何故だ。お前、どうして平気どころか機嫌がいいんだ?」
「えっ、だって…。ハーレイが食べた朝御飯の記憶だよ?」
ハーレイと一緒に食べた気がするよ、あのレストランで。
ぼくは出掛けたことはないけど、居心地の良さそうなお店だよね。
其処でハーレイと一緒に食べたよ、アルタミラの餌。
アルタミラでは一人で食べていたけど、あれも二人で食べていたなら美味しかったかも…。
「俺はお前を朝食デートに連れてったのか!?」
「気分だけだけどね」
御馳走様、とブルーはテーブルに置かれた自分の紅茶のカップを手に取った。
紅茶で喉をコクリと潤し、「うん、紅茶で締めくくりだったよね」と笑みを湛える。
朝食の最後は紅茶だったと、ハーレイも紅茶を飲んでいたよ、と。
「…お前、強いな…」
溜息を漏らすハーレイに、ブルーが「そう?」と首を傾げる。
「記憶だからかな、不味さが少し減っているかも…」
本当にモーニングセットを食べたら、不味いと言うかもしれないよ。
連れてってくれる?
不味いのかどうか、食べてみたいから。
「いや、それは…!」
お前を食事に連れて行くのはまだ早いだろう!
育ってからだと言った筈だぞ、前のお前と同じ背丈に。
「ほら、そう言って断るんだから。絶対、連れてってくれないんだから…!」
記憶しか見せてくれないんだから、仕方ないでしょ。
モーニングセット、美味しかった。
ぼくの感想はそれに尽きるよ、とっても美味しく食べられた、って。
もう嬉しくてたまらない、といった様子の小さなブルー。
ハーレイと一緒に食べた気がする、と朝食デートな気分のブルー。
(…どうしてこういうことになるんだ…)
俺は思い切り不味い思いをしたんだが、と理不尽な目に遭った気がするハーレイだけれど。
(…二人で食べたら美味しいかも、か…)
今朝の自分はカウンターで一人、心で文句を呟きながらのモーニングセット。
不味いと文句を言える相手も、共に語らう相手もいなくて、独りぼっちの朝食の席。
もしも、あそこにブルーが居たなら。
カウンター席でも隣にブルーが居たなら、もっと贅沢にテーブル席で向かい合わせなら。
それでも、あれは不味かったろうか?
ソルジャー・ブルーの名前を冠したモーニングセットは不味かったろうか…?
(…こいつと二人、か…)
目の前で「ん?」と赤い瞳を煌めかせて座っているブルー。
前の生からの愛しい恋人。
不味いと思ったモーニングセットは、もしかしたら。
ブルーを連れて行ったつもりで食べれば、隣にブルーが居るようなつもりで食べたなら。
店で居合わせた人々が喜んで食べていたように、ヘルシーな朝食になるのだろうか?
不味い餌でも「ヘルシーでいい」と思えるだろうか…?
(…いかん、いかん)
どう転んでもあれは餌だ、と心の中で繰り返す。
蜂蜜入りのミルクを入れても不味かった餌で、レーズンを入れても不味かった餌。
二度と食わんぞ、と思うハーレイだけれど。
期間限定のイベント中にもう一度、と囁く声も聞こえて来た。
あれを食べに行こうと、ソルジャー・ブルーのモーニングセットを食べに出掛けようと。
(…餌なんだがなあ…)
アルタミラの餌。元は家畜の餌だったと聞いた、オーツ麦から作ったシリアル。
それが今ではヘルシーな食事。ブルーが「御馳走様」と微笑んだ食事。
(…うん、平和な時代になったもんだな)
いつか、ブルーと結婚したら。
その時に似たようなイベントが開催されたら、ブルーと一緒に食べに行ってみよう。
カウンターではなくて、テーブル席。
向かい合って座って、注文の品が出来て来るまであれこれ話をしながら待って。
それから二人、スプーンを手にして一緒に朝の食事を食べ始める。
アルタミラの餌に、不味かった餌に、蜂蜜入りの温かいミルクをかけて…。
不味かった餌・了
※ハーレイが食べに出掛ける羽目に陥った、歴代ソルジャーの食事の再現イベント。
今の時代はリピーターまで出る人気なのが「アルタミラ時代の餌」って、平和ですよね。
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「ほら、土産だ」
ハーレイが差し出す紙袋。ブルーは目を丸くしてそれを見詰めた。
今日は平日、普通に学校に出掛けた日。ハーレイの授業は無かったけれども、ハーレイも学校の帰りの筈だ。なのに、お土産。テーブルに「ほら」と置かれた紙袋。
「…ハーレイ、今日は研修だった?」
知らなかったけど、何処かへ出掛けた?
「いや。こいつはお隣さんから貰ったんだ。俺がお前の守り役だってことを知ってるからな」
出掛ける時に持ってってくれ、と昨日、届けに来てくれた。
チビはこういうのが好きだろう、ってな。
「なあに?」
「さてなあ…?」
お隣さんは何も言わなかったし、俺も透視はしていないんだ。
お前用に貰った土産だからな。
「そっか…。で、何処のお土産?」
「まあ、出してみろ」
袋から出せば一目で分かるさ、誰でもな。
「ふうん…?」
何だろう、とブルーは小さめの紙袋を手元に引き寄せたのだけれども。
「わあ…!」
中に入っていた箱を見るなり、ブルーは思わず歓声を上げた。
紙袋の中から出て来たもの。両手の上に乗っかるくらいの大きさの箱。
それはこの地球で一番大きな博物館のミュージアムショップの包装紙で綺麗に包まれていた。
広い地球の上で、最大と名高い博物館。
決して大都市というわけでもないのに、環境が良かったせいなのだろうか、ブルーの住んでいる町にある博物館。広い敷地に沢山の立派な建物、充実の展示と所蔵品。
学校から見学に行くことも定番だけれど、前世の記憶が戻ってからは一度も行ったことがない。
そうでなくても一日ではとても回り切れない規模を誇る施設。
生まれつき身体の弱いブルーは、全部を制覇したことは未だに無かった。
けれど、憧れの博物館。地球の生き物から宇宙の様々な文化までをも網羅した施設。
ただでも興味の尽きない場所だったのに、今ではもっと惹き付けられる。
そう、その大きな博物館には…。
「ハーレイ、此処って、宇宙遺産の木彫りのウサギ…。ううん、ナキネズミだっけ」
あれがあるんだよね、前のハーレイが彫った。
普段はレプリカが出てるけれども、本物が収蔵庫の奥に入っているんだよね…?
「そうだが?」
「この箱…。軽いけど、ウサギのレプリカかな?」
「箱のサイズからしてそれは無かろう」
縦横はともかく、厚みが足りんぞ。四センチほどしか無いだろうが。
これじゃウサギはとても入らん。
「…ウサギのクッキー?」
「無いとは言えんな、あのウサギはレプリカの展示でも人気だからな」
なにしろ宇宙遺産ってヤツだ、レプリカでもいいから見たいんだろう。
本物のアレを見られる機会は、五十年に一度の特別公開だけしか無いんだからな。
「包装紙には何も書いてないね…」
博物館のシールが貼ってあるだけだよ、マーク入りの。
「開けて見てみればいいだろう」
その箱はもう、お前のだからな。
包装紙を破ってしまわないように、そうっと、そうっと剥がしてみて。
中から出て来た箱の姿に、ブルーの心がドキリと跳ねた。
其処にシャングリラが刷られていたから。
箱の表に、青い地球の写真と合成された白い鯨が浮かんでいたから。
「シャングリラだ!」
白い鯨は青い地球を見られないままに時の彼方に消えたけれども、この手の合成写真は多い。
本物のシャングリラが辿り着いた死の星の代わりに、青い水の星。
なんて素敵な箱なんだろう、と見惚れるブルーの向かい側からハーレイの手が伸びて来て。
「ふむ。ということは、だ…」
箱を手に取り、裏返してみたハーレイの顔が「やはり」と綻ぶ。
「うん、ビスケットだな」
「ビスケットだったら、何かあるの?」
「開けてみりゃ分かる」
お前のものだろ、開けて見てみろ。そうすりゃ、直ぐに分かるってもんだ。
よく言うだろうが、百聞は一見に如かずってな。
「うん」
何だろう、と首を傾げながらもブルーは箱の蓋を留め付けたシールを剥がした。
ごくごくありふれた、お菓子の箱には付き物の透明な何も刷られていないシールを。
オルゴールみたいにパカリと一方向に蓋が開く箱。
白い鯨が刷られたその蓋を開けて、ドキドキしながら覗き込んでみれば、ビスケットが九個。
個別包装のサイズは同じだけれども、色も形も様々な中身のビスケットが九個。
縦横に三個ずつ行儀よく並んで、見た目の違いで存在を主張しているビスケットたち。
「綺麗だね。それになんだか可愛い気がする」
ビスケットが集まって笑ってるみたい。賑やかにワイワイお喋りしてそう。
「言われてみれば、そんな感じもするな。で、そこに栞が入ってるだろう?」
「ビスケットのでしょ?」
「よく見てみろ」
「限定品…?」
二つ折りの栞の表に「限定品」の文字が躍っていた。博物館のマークと一緒に。
「こいつは此処でしか売ってないんだ、博物館の限定品だな」
ビスケット自体は、有名な菓子店のものなんだが…。ほら、此処に店のマークが入ってる。
しかし、この詰め合わせはあの博物館にしか無いって話だ。
「ホント?」
「本当さ。その理由ってヤツも栞に書いてる筈だぞ」
そいつが売りのビスケットだしな?
読んだらお前も驚くぞ、きっと。
「えーっと…?」
箱の中から栞を取り上げ、開いたブルーの目が真ん丸に見開かれた。
「タイプ・ブルー・アソート…?」
なんなの、これ?
タイプ・ブルーって、サイオン・タイプのタイプ・ブルーのこと?
「書いてあるだろ、その説明も」
「んーと…」
読み進めたブルーは「嘘!」と叫んでしまっていた。
可愛らしいと、賑やかそうだと眺めた九つのビスケット。箱に詰まったビスケット。
名付けてタイプ・ブルー・アソートなるそれに添えらえた説明。
ナスカで揃った九人のタイプ・ブルーをイメージしました、という文章。
前のブルーの名前を筆頭に、ジョミーにトォニィ、ナスカの子たち。
どれが誰かはお好みでどうぞ、と。
白いシャングリラが蓋に刷られた箱の中身の、九つの種類が異なるビスケット。
それを九人のタイプ・ブルーに見立ててくるとは…。
「なんだか凄い…」
ビックリした、と改めて中身をまじまじと見詰めるブルーに、ハーレイは笑顔。
「博物館の人気商品らしくてな。限定品な上に、一日当たりの販売数が決まっているそうだ」
だから毎日、昼前には全部売り切れてしまうって噂だぞ。
お隣さんはいつも早起きだからな、朝一番に出掛けて来たんだろうな。
「ハーレイ、これって食べたことある?」
「無いな、売られているのは記憶が戻る前から知っているが」
「ぼくはあるのも知らなかったよ」
学校から見学に行った時には、ミュージアムショップは寄らないし…。
パパやママに連れてって貰った時には見て回るだけで疲れてしまって、ショップよりも御飯とか喫茶室とか…。
それで帰ってしまっていたから、ミュージアムショップは覗いただけ。
見て来た展示の本とか写真集を買って貰って、他のコーナーまでは見てないんだよ。
ブルーが今日まで存在も知らなかったもの。
九人のタイプ・ブルーが詰まった、イメージされたビスケットの箱。
「…どれがぼくだろ?」
ビスケットを端から眺めるけれども、「これがそうだ」という決め手に欠ける。
栞の謳い文句どおりに「お好みでどうぞ」、どれが誰とも判然としない。
ハーレイに訊いても「さてなあ…」と曖昧な返事が返って来るから。
「うっかり食べたら共食いになる?」
「あやかれるんじゃないか、前のお前に」
サイオンの扱いが少しくらいはマシになるとか、そんな感じで。
「それだといいけど、メギドは嫌だよ。食べたらメギドの夢を見るとか…」
ちょっと怖いから、前のぼくのビスケットを詰めるくらいなら。
ハーレイのも一緒に入れてくれれば良かったのに…。
どうせだったら、タイプ・ブルーにこだわってないで、シャングリラ・アソート。
「いいのか、それだとゼルやブラウも増えちまうぞ」
ヒルマンもエラも。
やたら賑やかな詰め合わせになる上、何が何だか分からないことになりそうだが。
「そっか…」
ダメかな、シャングリラ・アソートだと。
いいアイデアだと思うんだけど…。
ブルーは未練がましく九つのビスケットが詰まった箱を見ながら。
「タイプ・ブルーが九人分かあ…」
どれが誰だか、ホントに決まっていないのかな?
「らしいぞ、現に作っている菓子店の方じゃ、普通のビスケットとして売ってるからな」
それぞれに商品名はあるがだ、前のお前やジョミーの名前はついていない。
アーモンドだとか、チーズだとか。
うんと平凡な分かりやすい名前で売られているのさ、どのビスケットも。
「なんでだろ?」
「お前とジョミーとトォニィばかりが売れるからだろ」
他のビスケットも売れるんだろうが、ネーミングだけでこの三種類がバカ売れしそうだ。
「…そうなるわけ?」
「前のお前たちの人気のほどは、お前だって充分に承知してると思うがな?」
そしてだ、俺の名前のビスケットなんぞは作っても売れん。
そういう意味でもタイプ・ブルー・アソートってトコがいいんだろうなあ。
売れそうもない商品なんぞは、開発するだけ無駄だからな。
自分の名前を冠したビスケットなどは売れもしない、とハーレイは決めてかかるのだけれど。
ブルーにはそうは思えないから、「そうなのかな?」と首を捻って呟く。
「ハーレイのだって、売れそうだけど…」
「お前、冷静に考えてみろよ?」
前のお前やジョミーの写真集は沢山あるがだ、俺の写真集は一冊も出ていないんだぞ。
「でも…。ハーレイ入りのシャングリラ・アソートは売れると思うよ、賑やかだもの」
詰まってるビスケットの数も増えるし、お土産にもとても良さそうだけど…。
「そうかもしれんが、一つ間違えたら罰ゲームみたいにならないか?」
「罰ゲーム?」
「これがゼルだの俺だのと決めて、目隠しをしてみんなで取り合うとかな」
前のお前とかジョミーが当たれば万々歳だが、ゼルだったりしたらどうするんだ。
周りが派手に囃し立てるぞ、「引いちまった」と。
「怖いね、それ…」
ゼルには悪いけど、ハズレだってことはよく分かるよ。
「うむ、闇鍋の親戚だな」
「…闇鍋?」
何なの、それ。闇鍋って言うから、お出汁が真っ黒?
「そうか、知らんか…」
いいか、闇鍋というヤツは、だ。
ずうっと昔の、SD体制よりも前の時代に日本って島国にあった鍋でな…。
ハーレイは小さなブルーに教えてやった。
学生時代に仲間たちと遊んだ愉快なゲームを。
日本の文化と一緒に復活して来た、些か迷惑とも言える鍋のやり方を。
「部屋を真っ暗にしておいてやるか、みんな揃って目隠しをするのが闇鍋ってヤツの大前提だ」
もちろんサイオンは禁止だぞ?
使ったりしたらペナルティーだな、一人で二杯食わされるとかな。
でもって、鍋の具材だが…。
食えるものなら何でもいいんだ、美味い不味いは関係無しだ。
そして中には食べられないモノを放り込むヤツまで出たりするんだ、悪戯だな。
流石に食えないモノが当たった時にはパス出来るんだが、そうでなければ食わなきゃならん。
何が出ようが食うしかないんだ、そいつが闇鍋の醍醐味なんだ。
「そんな遊びがあるんだね…」
「まあ、俺みたいな運動に夢中のヤツらが楽しんでいたってわけだがな」
お前みたいに本ばかり読んでるタイプには向かんさ、野蛮すぎるって顔を顰めて終わりだ。
とんでもない鍋を食ってやがると、あいつら馬鹿じゃないのか、ってな。
「何でもかんでも投げ込んじゃうって…。シャングリラだともったいなくて出来ないね、それ」
美味しくなるなら面白いけど、不味くなるのが普通なんでしょ?
「うむ。たまに嘘のように美味いのが出来たりするとも聞いてはいたが…」
俺にそういう経験は無いな、いつも素敵に不味かったもんだ。
あれはシャングリラじゃとても出来んな、食べ物が粗末になるからな。
愉快で楽しいゲームではあったが、今の平和な時代ならではだ。
かつてシャングリラの厨房に立っていた自分としても許可は出来ない、とハーレイは笑う。
シャングリラの仲間たちが闇鍋をやりたいと言っても許可はしないと、キャプテンの権限を行使してでも止めてみせると。
「しかしだ、今はシャングリラの時代ではないし、闇鍋をやっても何の問題も無いってな」
「好き嫌いが無ければ大丈夫、それ?」
ハーレイもぼくも好き嫌いっていうのが全然無いでしょ、闇鍋も平気?
「いや、それは闇鍋には当てはまらん」
好きとか嫌いとか言う以前に、だ。
有り得ない味っていうのがあるんだ、そいつは俺でも御免蒙る。
だが、せっかく思い出したんだ。二人で闇鍋、やってみないか?
「たった二人で?」
いつ闇鍋をしようと言うのだろう?
鍋と言うだけに冬になったらやろうと言うのか、それとも二人で暮らすようになった後なのか。
それにしても、たった二人で闇鍋。
入れる具材が少なすぎて意味が無いのでは、とブルーは思ったのだけど。
「本物の闇鍋をやろうって言うわけじゃないさ、闇鍋ゲームだ」
このビスケットでやろうじゃないか。
ゼルなんていう酷いハズレは入っていないし、闇鍋気分のお遊びはどうだ?
幸い、ビスケットの包装は全部おんなじサイズだからな。
混ぜちまったら触っただけでは分かりゃしないぞ、どれがどれだか。
「いいね!」
サイオン抜きってルールなんだよね、それならぼくでも大丈夫だよ。
ぼくは目隠しして触っただけでは中身が何だか分からないもの。
「よし、やるか」
箱の仕切りを外してやったら、この箱の中で混ぜられるしな?
二人で目隠ししてから混ぜてやってだ、一つずつ掴んでみようってな。
「このビスケット…。どれがぼくかな?」
「まずはそいつを決めないとな?」
前のお前は、この丸くって赤いのはどうだ?
ラズベリージャムか何かの色だな、前のお前の瞳の色だ。
「だったら、ジョミーはこっちの緑の?」
「そいつもいいなあ、金髪だったからチーズの黄色かとも思ったが…」
ジョミーの瞳の色にしとくか、多分ピスタチオのビスケットだろう。
ピスタチオだから、ペスタチオの分のビスケットにすべきなのかもしれないが…。
「そんな子もいたね、ホントにどれが誰だか決まってないんだ…」
赤だって、ぼくの瞳の色ではあるけど、ジョミーのマントも赤だったものね。
「お好みでどうぞ」って言われるわけだね、トォニィはどれに決めたらいいんだろう…?
ああだこうだと案を出し合って、名前が決まった九人分のビスケット。
どれが誰かをメモに書き付け、ビスケットを区切っている仕切りを箱から外した。
こうしてしまえば、後は混ぜるだけ。
個別包装の袋を箱の中で二人でかき混ぜ、元の位置が分からなくなった所で一つずつ選ぶ。
闇鍋ならぬ、闇ビスケット。
ブルーはテーブルを挟んで向かいに座ったハーレイに「いい?」と念を押した。
「サイオン無しだよ、ズルは禁止だよ?」
「分かってるとも、闇鍋のルールは守らないとな」
でないと闇鍋の意味が無いだろ、それではつまらん。
やるからには真剣勝負ってヤツだ、俺とお前の運試しだな。
手がぶつかって落としてしまわないよう、ティーカップなどを勉強机に避難させてから。
ビスケットの箱をテーブルの真ん中に置いて、二人揃ってハンカチでギュッと目隠しをした。
まずは箱の中身のビスケットを二人でかき混ぜ、まるで分からない状態に。
しっかりと混ぜて、ブルーはハーレイに訊いてみた。
「もう掴んでも大丈夫かな?」
「ああ、充分に混ざったろうさ」
「それじゃ、一、二の三で一つ掴むんだね?」
自分のを一個。何が当たるか、恨みっこ無しで。
「いや、其処はカウントダウンだろう」
「えっ?」
「箱にシャングリラが刷ってあるだろ、それを使わないって手は無いぞ」
シャングリラ、発進! と行こうじゃないか。
「そうだね、カウントダウンがピッタリ!」
懐かしいよね、とブルーは航海長だったブラウの口調を真似てみた。
「カウントダウン開始!」と。
それを合図に、カウントダウン。
ハーレイと二人、声を合わせて「ファイブ、フォー…」と数えていって。
「シャングリラ、発進!」
同時に叫んで、互いに手を突っ込んだビスケットの箱だったけれど。
「…コブだって。どんな子だった?」
ブルーはメモを覗き込み、自分の手の中のビスケットの名前を確認してみた。
ナスカ上空で出会ったコブなら、ちゃんと記憶にあるけれど。
その後のコブも歴史の教科書で見てはいるけれど、それだけだから。
ハーレイのようにコブと一緒に暮らしたわけではないから、どんな子供か尋ねようとして。
「あれっ、ハーレイ、ジョミー持ってる!」
褐色の手の中、ジョミーと名付けたビスケット。
ブルーは前の自分とは殆ど無縁のコブのビスケットを持っているのに、ハーレイはジョミー。
どんなもんだ、と言わんばかりに褐色の手にジョミーのビスケット。
ずるい、とブルーは叫んだけれども。
「言っておくがだ、俺はサイオンは使ってないしな?」
闇鍋のルールは守ると言ったぞ、やろうと言い出した俺が破ってどうする。
こいつが闇鍋の楽しい所だ、何を掴むか分からないってな。
しかし、お前も運が無いと言うか…。
これが本物の闇鍋だったら凄いハズレを引いちまうぞ。
好き嫌いの無いお前の舌でも「とても無理だ」と思うような味の。
「…うん…」
分かってる。
ハーレイが言ってたクリームパンの味噌煮込みとか、そういうのでしょ?
食べられないことはないと思うけど…。
ちょっぴり甘い味噌バター味だな、って頑張ったら、多分、食べられるけど…。
でも、ぼくが引いたビスケットの名前…。
どうしてコブなの、とブルーはガックリと項垂れた。
コブは決して悪くはない。
ナスカを守ろうと幼い身体で懸命だった姿は今も鮮やかに思い出せるし、それからだって。
シャングリラが地球まで辿り着くために、コブも死力を尽くしてくれた一人。
だからこそタイプ・ブルー・アソートの中の一人で、大切な仲間。
分かってはいるが、それでもコブ。
せめてアルテラを引きたかった、と思う。
コブと同じく馴染みは全く無いのだけれども、アルテラが残したメッセージ。
トォニィに宛ててボトルに書かれた「あなたの笑顔が好き」という言葉。
その文字をそのまま写し取ったメッセージカードは今も人気で、恋人宛のカードの定番。
コブを引くより、そんなアルテラを引き当てたかった。
もっと贅沢を言っていいなら、ジョミーかトォニィ。
前の自分と縁が深かった二人の名前のビスケットを引いてみたかったのに…。
運の悪さを思い知らされた闇鍋ごっこの、闇ビスケット。
コブの名前のビスケットを手にブルーがしょんぼりと俯いていたら、褐色の手が伸びて来た。
ブルーの手よりもずっと大きなハーレイの手。その手にジョミーのビスケット。
「ほら、俺のジョミーと換えてやるから、しょげるんじゃない」
俺はコブとも馴染みがあるしな、お前みたいにハズレってわけじゃないからな。
「ホント?」
「ああ。…もっとも、ヤツらも物騒なことを言ってた時期はあったんだがな」
みんな殺してシャングリラを乗っ取っちまおうか、なんて恐ろしいことを言ってたなあ…。
子供ならではの浅はかさってヤツだ、全部筒抜けでした、ってな。
俺は何とも思わなかったが、他の仲間は怖がってたさ。
たかが子供の言うことだ、って聞き流せる度胸は普通のミュウには無いからなあ…。
「ハーレイ、昔からタフな神経が自慢だったものね」
「それもあるがだ、前のお前を失くしちまったら、怖いものなんてあると思うか?」
コブたちに殺されちまったとしても、お前の所へ行くだけだろうが。
その辺もあったな、俺の度胸が据わってた理由。
「…ごめん…。ぼくがハーレイを置いてっちゃったから…」
「いいさ、そいつは気にするな」
話の流れで出て来ちまったが、お前が気にする必要は無いさ。
そんなわけでな、俺はヤツらを怖がらないから、コブたちだって打ち解けてくる。
ジョミーにはちょっと相談し辛い、っていう小さな悩みを聞いてやったりもしていたもんだ。
戦いのことしか考えていないように見えたからなあ、あの頃のジョミー。
お前を失くして抜け殻みたいだった俺でも、ヤツらにしてみりゃキャプテンだしな?
そういうわけで、とハーレイはコブのビスケットをブルーの手からヒョイと取り上げ、代わりにジョミーのビスケットをそっと持たせてやった。
これがお前のだと、お前の分だと。
「俺は昔馴染みのコブでいいから、お前はジョミーを食っておけ」
それに元々、お前が貰ったビスケットだしな?
ジョミーの名前のビスケットを食って、ジョミーにあやかってうんと元気になるといい。
ついでに背丈も伸びるといいな。
「ジョミーだったら、百七十五センチ?」
前のぼくより五センチも高いよ、そこまで伸びる?
「そいつはお前にゃ無理なんだろうが、伸びるのがちょっぴり早くなるかもしれんぞ」
「ありがとう、ハーレイ!」
早く大きくなってみせるよ、とブルーはジョミーのビスケットを開け、齧り付いた。
ジョミーにあやかって背を伸ばすのだと、早く大きくなるのだと。
「こらこら、いつも言ってるだろうが、急がなくていいと」
急ぐんじゃない、とハーレイはコブのビスケットを開けながら微笑む。
ゆっくり幸せに育てばいいと、何年でも待っていてやるから、と。
「待っててやるから、いつかお前と二人で行こうな、博物館」
結婚して、二人で手を繋いで。飯を食ったりしながらゆっくり回ろう、疲れないように。
「うん、ハーレイが彫ったナキネズミのレプリカ、見に行かなくちゃね」
ミュージアムショップでレプリカを買うんだ、ウサギって書いてあるだろうけど。
早めに出掛けて、このビスケットも買いたいな。
「そうだな、タイプ・ブルー・アソートは買わないとな」
前の俺たちの船が刷ってある箱だ、シャングリラの箱入りのビスケットだしな。
「でしょ? 絶対買おうね、ナキネズミを見に行く前に買っちゃおうかな」
売り切れちゃったら悲しいもの、とブルーが言えば、ハーレイも「ああ」と頷いてくれた。
一番にミュージアムショップに寄ろうと、そして展示を見に出掛けようと。
青い地球を背景に浮かぶシャングリラが刷られた、ビスケットの箱。
博物館の限定商品。
いつか行く頃にはハーレイ入りのも出ているといいな、とブルーは夢見る。
ハーレイにブラウ、エラやゼルも入った賑やかな中身のビスケット。
箱に書いてある菓子店に要望を書いて出してみようかと、そういう商品が欲しいんだけど、と。
タイプ・ブルー・アソートがあるなら、シャングリラ・アソートも作って欲しい。
大好きなハーレイのビスケットが入った、心が弾む詰め合わせを…。
博物館のお土産・了
※ブルーが貰った博物館のお土産。タイプ・ブルーなクッキーの詰め合わせセット。
ハーレイと楽しく食べたのですけど、シャングリラな詰め合わせセットも欲しいようです。
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