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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

カテゴリー「ハレブル」の記事一覧

 それは見慣れ過ぎていたから全く気付かなかったもの。
 夏休みのハーレイが来られない日に、母と二人で庭に居たから目がいった。庭で一番大きな木の下に据えられた白いテーブルと椅子。午前中のまだ涼しい時間に母と二人で座っていた。
 ブルーのお気に入りの場所。ハーレイと初めてデートをした場所。その時は今のテーブルセットではなく、ハーレイが家から持って来てくれたキャンプ用のテーブルと椅子だった。ブルーの気に入りの場所になったからと父が白いテーブルと椅子を買ってくれて…。
 いつもならハーレイが座っている椅子。母に取られたくないから自分が座った。ハーレイからは自分がどんな風に見えているのかと、向かい側に座る母を観察していた。母の背後に見える庭木や生垣、そういったものを背景にした自分はハーレイの目にはどう映るのかと。
 もちろん母の仕種も眺める。アイスティーのグラスをストローでかき混ぜる右手。露を浮かべたグラスに添えられた左手。白い左手に「あっ」と思った。その薬指に結婚指輪。
 ブルーが物心ついた頃には両親の左手に指輪があった。銀色に光るシンプルな指輪。
 あまりにも毎日目にしていたから、其処にあることすら気にも留めずにいたのだけれど。改めて気付くと羨ましい気持ちになってくる。
 いつかハーレイと結婚するまで、自分の指には嵌まらない指輪。その日は未だ遠くて見えない。父とお揃いの結婚指輪を嵌めている母は、どんなに幸せなのだろう。母とお揃いの指輪を嵌めて、今日も仕事に出掛けた父も…。
(……いいな……)
 羨ましいな、と母の薬指に嵌まった指輪を見ていて、ふと考えた。
 前の生で暮らしたシャングリラ。あの船の中に結婚指輪はあっただろうか?
 ソルジャー・ブルーだった自分が十五年間もの長い眠りに入る前には確かに無かった。しかし、自分が眠っている間にナスカで生まれた自然出産の子供たち。彼らの両親の薬指には…?
 彼らは指輪を嵌めたのだろうか。
 前の生での自分とハーレイは結婚指輪を嵌めるどころか、恋人同士であることさえも隠し通して生きたのだけれど。そんな自分たちと同じ船の中に、指輪を嵌めた恋人たちがいたのだろうか…。
 今となってはどうしようもない過去だというのに、それが気になる。祝福されて結婚出来た恋人たち。彼らが幸せな仲だと教える指輪はあの船の中にあっただろうか、と。



 父と母との指に嵌められた結婚指輪。一度気付くと目に入りやすく、夕食の席でも翌日の朝も、ブルーの瞳には二つの指輪が飛び込んで来た。父と母の左手に当たり前にあるもの。それを自分が嵌められる時は、いつになるのかも分からない指輪…。
 そうしてブルーは、訪ねて来てくれたハーレイと自分の部屋で向かい合う。庭の白いテーブルと椅子でお茶にした後、暑くなる前にと引き揚げて来て、母からは見えない場所で二人きり。それを待っていたように切り出した。
「ねえ、ハーレイ。…シャングリラに結婚指輪って、あった?」
「結婚指輪?」
 怪訝そうなハーレイに「そのまんまだよ」と自分の左手の薬指を示す。
「この指に嵌める指輪のこと。アルテメシアを出て、ぼくが眠りに入る前には無かったけれど…」
 誰も嵌めてはいなかった、とブルーはハーレイを正面から見た。
「無かったから、ぼくは一度も羨ましがらずに済んだんだ。君と恋人同士なことは秘密だったし、誰にも明かせなかったけど…。シャングリラには結婚指輪が無かったから平気だったんだ」
 それが無かったから、羨ましいとは思わずに済んだ。
 堂々とそれを嵌めていられる恋人たちを羨むことなく生きていられた。
 もしもシャングリラに結婚指輪があったとしたら、自分は平静でいられたろうか…?
 ブルーの思いにハーレイも気付いたのだろう。「無くて本当に良かったな」と頷いてから。
「…そう言われれば、無いままだったな。トォニィたちが生まれた頃にも」
「ホント?」
「一番最初に自然出産のために結婚したのがカリナとユウイだ。…あの二人が嵌めなかったから、それが普通になったんだろうな。誰も指輪とは言わなかったな…」
 ハーレイはキャプテンとして全ての結婚式に立ち会っているが、其処で見たものは誓いの言葉とキスだけだった。今の生ですっかり見慣れてしまった指輪の交換は見ていない。
「俺が思うに、制服のせいではなかったかと…。シャングリラでは女性は手袋だったしな?」
「ああ、そっか…。ぼくと同じで手袋だったね」
 シャングリラの女性クルーの制服は長い手袋。男性は手袋無しだったけれど、女性は誰でも手袋だった。あの制服では結婚指輪を作ったとしても…。
「嵌めています、って見せられないんじゃ仕方ないかな、作っても」
 うん、とブルーは納得した。幸せの証は二人揃って嵌めるもの。片方の指輪が手袋の下に隠れて見えないのでは、嵌めている意味が無いだろう、と。



 そういう理由で結婚指輪は無かったのか、と思うと嬉しくなった。自分たちには許されなかった結婚指輪を誰かが嵌めていたかもしれない、と少し心配だったから。
 するとハーレイが問い掛けて来る。
「お前はその点、どうだったんだ? 手袋の下でも嵌めたかったか、結婚指輪?」
「……うん」
 嵌めたかった、とブルーは素直に自分の思いを口にした。
「ぼくは手袋に隠れて見せられなくても嵌めたかったよ、結婚指輪。でも、ぼくたちは…」
 誰にも言えない、秘密の恋人同士だった。
 結婚指輪を作ったとしても、手袋に隠れて誰にも見られない自分だけしか嵌められなかった。
「…ハーレイの指には嵌められなかったもの、ハーレイは手袋をしてなかったし…。嵌めていたら直ぐにバレてしまうし、嵌められないよね。…ぼくだけ嵌めても意味が無いもの…」
 嵌めるのであれば、二人揃って。結婚指輪はそういう約束。
 自分一人がこっそり嵌めても、ハーレイの指にお揃いの指輪が嵌まっていなければ意味が無い。
「…嵌めている人がいない世界でホントに良かった。…ぼくが長いこと眠っている間に嵌めた人がいなくてホントに良かった…」
 良かった、と何度も繰り返すブルーに、ハーレイが「そうだな」と頷き返して。
「お前を嬉しがらせるようだが、俺の命があった間に嵌めたヤツらも無かったな。…もっとも俺は地球で死んだし、その後どうなったのかは知らんがな」
 資料を漁れば分かるだろうが、と言われたけれど。
 自分たちがいない所で過ぎ去った過去はどうでもよかった。
 大切なことは生きていた間に起こった出来事。ブルーの命があった間も、ハーレイが独りきりで生きた時代も、あの白い船に結婚指輪は無かったのだ…。



「…そっか…。ハーレイが生きてる間も無かったんだ…」
 ぼくが生きてた間だけじゃなくて、とブルーは安堵の吐息をついた。
「ハーレイが生きてた間に嵌めた人たちがいなくて良かった。もしもいたなら、ハーレイ、きっと辛かったよね?」
 ハーレイは独りだったのだから。ブルーがいなくなってしまって、独りぼっちでシャングリラで生きていたのだから。
「そりゃまあ……。そんなものがあったら辛かったろうな」
 ハーレイが自分の左手を眺め、それからブルーに視線を向ける。
「なんで俺の指には無いんだ、思い出さえも無いんだろうと…思わずにはいられなかっただろう。もしも俺たちに結婚指輪があったとしたらだ、お前が片方を持って逝っちまった後も、俺の指には片割れが残っていただろうしな」
 お前と揃いで作った指輪の片割れが、とハーレイは自分の左手の薬指に触れた。まるでその指に結婚指輪が在ったかのように。
 前の生では其処に確かに嵌めていたのだ、と感触を思い出すかのように。
 そんな風に「見えない指輪」を其処に探して、ハーレイの指がブルーの左手に移る。小さな手の薬指の付け根をトントンと指先で軽く叩いて微笑みかける。
「この指に俺と揃いの指輪があったら、お前の手も冷たくならなかったかもな…。此処に指輪さえ嵌まっていたなら」
「…冷たくなったのはぼくの右手で、指輪、右手じゃないんだけれど……」
 メギドで冷たく凍えた右の手。最後にハーレイに触れた右手に残った温もりを失くし、右の手が冷たいと泣きながら死んだ。独りぼっちになってしまったと、もうハーレイには会えないのだと。
 あの時、左手にハーレイとお揃いの結婚指輪が嵌まっていたなら、独りぼっちではないと感じていたかもしれない。まだハーレイとは繋がっていると、結婚指輪があるのだからと。
 でも…、とブルーは自分の左手に触れて離れていったハーレイの手を見詰めて零した。
「だけどハーレイと結婚出来ていたなら、あんな風には別れていないね」
 ハーレイの腕に触れ、思念を送っただけで別れた。その思念さえも次の世代を託すための言葉。ハーレイへの想いが入り込む余地は何処にも無かった。
 もしも自分たちが結婚出来ていたのなら。
 揃いの指輪を左手の薬指に嵌めた、誰もが認める恋人同士であったなら…。
「…きっと二人でキスは出来たね、「さよなら」って…」
 そしたら、きっとぼくの右手も…。
 凍えずに済んで、ハーレイの温もりを身体中で覚えたままで逝けたんだよね……。



「そうだな、何もかもが違っていたかもな…」
 俺もお前も、とハーレイがブルーの左手を取った。
「此処に指輪が嵌まっていたなら、俺はお前を失くさなかったかもしれないな…」
「…ハーレイ?」
「お前が「さよなら」とキスをしていたら、俺はお前を行かせてはいない。恋人が死ぬと分かっているのに行かせる馬鹿が何処にいるんだ、全力でお前を止めたな、俺は」
 ソルジャーだったから止められなかった、とハーレイは呻く。
 ブルーがソルジャーとして振舞ったがゆえに、自分もキャプテンになってしまった、と。
「キャプテンらしく、と思ったばかりに俺は選択を誤ったんだ。キャプテンだったら黙ってお前を行かせるだろうが、恋人はそうじゃないだろう? 俺はそいつに気付かなかった」
 大馬鹿者だ、と深い溜息が吐き出される。
「お前を止めるか、追い掛けるか。…そのどちらかが恋人なんだ。そしてお前が結婚指輪を嵌めていたなら、止める方だな。恋人が死ぬと分かって行かせる馬鹿は何処にもいない」
「でも、あの時は…!」
「メギドがどうした、ナスカに残っていた馬鹿どもを強制的に回収したなら飛べていた。ワープは充分間に合ったんだ。お前は第一波を防げただろう?」
 そこまでで終わりにするべきだった、とハーレイは悔しげに言葉を紡いだ。
「お前とジョミーとトォニィたちを船に戻して、ナスカの馬鹿どもを回収して…。そうする時間はあったと思う。お前がメギドへ飛ばなかったら、俺はそういう選択をした」
「それは今だから言えることだよ。…あの時は誰にも分からなかったよ」
「そうかもしれん。しかし、俺にもこれだけは言える。お前が俺との結婚指輪を嵌めていたなら、俺以外にも誰かがお前を止めた。…エラかブラウか、あるいはゼルか。お前を止めろと俺を怒鳴りそうなヤツが一人くらいは居た筈なんだ」
 この指に嵌めた指輪にはそういう力がある筈だから、とハーレイがブルーの左手に触れる。細い薬指の付け根の辺りに、其処に指輪が在るかのように。
「俺とお前は結婚してると、二人で一つの存在なんだと、此処に嵌めた指輪が教えてくれる。誰が見たって分かるようにな。…その片方が消えてなくなるだなんて、誰も黙って見てはいないさ」
 さよならのキスを交わした時点で皆がお前を羽交い締めだ、とハーレイはブルーに語り掛ける。
 何をしようとしているのかがゼルやブラウに知れてしまって、シャングリラから一歩も出られはしないと。ハーレイがキャプテンとしてブルーとの別れを承知していても、周りの者たちが許しはしないと。
 ブルーはハーレイの伴侶だから。二人で一つの存在なのだと、嵌めた指輪で分かるのだから…。



 前の生での運命さえをも変えていたかもしれない指輪。
 運命を変えるには至らなくても、メギドで死んでいったブルーを独りにはさせず、後に残されたハーレイの指にもブルーと揃いで作った片割れが嵌まっていたであろう結婚指輪。
 それは実際には作られることなく、結婚指輪そのものがシャングリラには存在しないままで前の生は終わってしまったのだけれど。
 もしもその指輪が在ったならば、と二人で思いを巡らせる。
 ブルーはメギドに行かずに残って、地球まで辿り着けていたかもしれない。その前に命尽きたとしても、ハーレイやシャングリラの皆に看取られ、静かに旅立っていたかもしれない。
 そういう穏やかな別れも良かった。
 運命は変えられず、メギドが二人を引き裂いたとしても、薬指に互いの存在を思い、死んで、残されていたならば…。
 ブルーの右手は冷たく凍えず、ハーレイもまた孤独の内にもブルーを感じていられただろう。
 悲しい別れには違いないけれど、それでも幾らかは救われただろう。
 けれど指輪は互いの左手の薬指に無く、ブルーは泣きながら死ぬしか無かった。ハーレイは深い孤独と悲しみの内に、残りの生を生きてゆくしか無かった。
 そう、指輪さえ薬指に嵌まっていたなら、何もかもがまるで違っていたのに。
 ほんの小さな、左手の薬指の付け根をくるりと取り巻くだけが精一杯の細い指輪が在ったなら。
 高価な貴金属ではなくてもいいから、二人お揃いの結婚指輪があったなら…。
 それを二人で嵌めたかった、と今でさえ思う。
 遠い時の彼方に消えてしまって失くした身体に、そういう指輪を嵌めたかった、と。
 叶う筈もない夢だったけれど、本当は指輪を作りたかった。
 互いが互いのために在るのだと、誰が見ても一目で気付いてくれる結婚指輪。
 自分たちは二人で一つの存在なのだと、証してくれる結婚指輪を…。



「ふふっ、とっくの昔に手遅れなのにね…」
 でも欲しかった、とブルーは自分の左手を翳して笑った。
「ホントのホントに欲しかったんだよ、結婚指輪。…嵌められないって分かってたから、諦めてたけど。ハーレイと二人で嵌められないから、要らなかったけど…」
 二人で嵌めなきゃ意味が無いもの、と言ってはみても、結婚指輪は憧れだった。シャングリラの中で嵌めている恋人たちが居なかったお蔭で耐えられただけ。
 もしも誰かが嵌めていたなら、悲しくて泣いていたかもしれない。
 ハーレイが前の生を終えるまでシャングリラに無くて良かったと思う。ハーレイに孤独を余計に感じさせずに済んだことだけは良かったと思う。
 それでも本当は欲しかった。
 ハーレイと自分は二人で一つだと、結ばれた恋人同士なのだと、その証が指に欲しかった。
 二人お揃いの結婚指輪。
 ハーレイの左手の薬指と、自分の左手の薬指。
 全く太さが違う指に嵌まったお揃いの指輪を目にする度に、そうっと指先でそれに触れる度に、どれほどの幸せに包まれることが出来ただろうか。
 地球までの道が辛く長くとも、どれほど心が救われたろうか…。
 夢だけれど、とブルーは左手を眺めて呟く。
 この手に指輪は無かったけれど、と。



「…そうだな、最後まで俺たちの指に結婚指輪は無かったな…」
 そしてそのまま終わっちまったな、と言いながらハーレイがブルーの左手を掴む。
「前のお前の手を俺は失くしてしまって、今もこの手に指輪は無いが…」
 いずれ此処に、とハーレイの指が捉えたブルーの左手の薬指の付け根に優しく触れた。
「此処に指輪が嵌まる予定だ、お前が大きく育ったならな」
「……うん……」
 そうだね、とブルーは自分の小さな左手を見た。
 ソルジャー・ブルーだった頃より小さく、幼い左手。その薬指も細いけれども、ハーレイが言うとおり、いつか其処には結婚指輪が嵌まるのだ。
 前の生で欲しいと夢見た結婚指輪。
 さっき、ハーレイと「もしもあの時、在ったならば」と昔語りをしていた指輪が。
「ブルー、今度は二人で堂々と嵌められるんだぞ、何処ででも…な」
 誰に見られても困りはしない、とハーレイの手がブルーの左手を包み込んで撫でる。
「お前は今度こそ俺のものだし、俺だけのものだ。そういう証拠をしっかり嵌めて貰わんとな」
「うん。…ハーレイも嵌めてくれるんだよね?」
「もちろんだ。でなければ意味が無いだろう? お前も何度も言っていたがな」
 結婚指輪は二人揃って嵌めるもの。
 お揃いの指輪を左手の薬指に嵌めていてこそ、二人で一つの恋人同士。
「…ハーレイと一緒に嵌められるんだ…。ハーレイとお揃いの結婚指輪」
「ああ。サイズはまるで別物になってしまうんだろうが、お前とお揃いの結婚指輪だ」
 手を並べれば直ぐに分かる、とハーレイが微笑む。
 指輪の大きさがまるで違っても、二人の薬指を並べて見ればお揃いなのだと一目で分かると。
「お前は手袋を嵌めていないし、誰にでも結婚指輪が見えるぞ。そして指輪を嵌めた手の持ち主の美人は俺のものだ、と俺の手の指輪が自慢するんだ」
「うん…。早く嵌めたいな、ハーレイとお揃いの結婚指輪」
 この指だよね、とブルーは自分の小さな左手の薬指を右手の指先で摘んでみた。
 細っこい指はソルジャー・ブルーだった頃よりも頼りないけれど、結婚指輪を嵌められる頃には今よりも長くてしなやかな指になる。
 そしてハーレイに嵌めて貰うのだ、ハーレイとお揃いの結婚指輪を。



 いつかハーレイと自分の指とに嵌まるであろう結婚指輪。
 どんな指輪が其処に嵌まるのか、想像するだけで心がじんわり温かくなる。
 前の生では嵌められなかった結婚指輪。欲しかったけれど、叶わなかった結婚指輪…。
「ふふっ、今度は嵌められるんだ…。結婚指輪」
 早く嵌めたい、と繰り返すブルーに、ハーレイが「まだまだ先の話だからな」と釘を刺す。
「お前が大きく育たない内は結婚しないと言っただろうが」
「…そうだけど…。直ぐに大きくなると思うよ、ソルジャー・ブルーと同じくらいに」
 育ったら此処に結婚指輪、と左手の薬指を引っ張って見せれば、「忘れてるぞ」と笑われた。
「その前に、まずはプロポーズだろう? いきなり結婚指輪は有り得ん」
「だったら、結婚式もだよ!」
「そうだな、其処で指輪の交換だったな。…シャングリラでは一度も見かけなかったが」
 ハーレイがキャプテンとして見て来た式では誓いの言葉とキスがあっただけ。結婚指輪の交換は無かった。シャングリラにそれは無かったから。結婚指輪が無かったから…。
「じゃあ、ぼくたちが第一号かな?」
「そういうことになるんだろうなあ、シャングリラはもう何処にも無いがな」
 初代ソルジャーと初代キャプテンが第一号か、というハーレイの言葉に二人揃って笑い合う。
 遠い昔に結ばれながらも隠し通した恋人同士。
 ソルジャーとキャプテンだった二人が遠い未来に結婚するなど、誰も思っていなかったろうと。
 青い地球の上で結婚指輪を交換し合って、嵌めるなど想像しなかったろうと…。



(…ぼくとハーレイとの結婚指輪…)
 ブルーはうっとりと夢を見る。
 大きくなったらプロポーズされて、それから結婚式をして。
 前の生では嵌められなかった結婚指輪を二人して嵌めて、同じ屋根の下で二人で暮らして…。
(ハーレイと結婚出来るんだ…。今度は結婚してもいいんだ、結婚指輪も…)
 そうしてハーレイと歩いてゆく。青い地球の上で、幸せな時を紡いでゆく。
 沢山、沢山のぼくたちの未来。
 ハーレイとお揃いの指輪を左手の薬指に嵌めて、何処までも二人で歩いて行ける。
 もう手袋は要らないから。
 ハーレイが指輪を嵌めた手を見られても、困りはしない世界だから。
 二人お揃いの結婚指輪。
 それが祝福される世界に、ぼくたちは生まれて来たのだから……。




         薬指の指輪・了


※前のブルーとハーレイの指には無かった結婚指輪。それがあったら強い絆になったのに。
 今度は嵌めることが出来ます、お揃いの指輪を左手の薬指に。結婚式を挙げて…。

 そして、あの17話から7月28日で8年になります。
 今は週1更新のハレブル別館、その日から暫く週2更新にペースを上げますです!
 ←拍手して下さる方は、こちらv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv






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 明日はハーレイが来てくれる日。母に「早く寝るのよ」と言われなくとも、ブルーは早めに寝るつもりだった。お風呂に入ったら夜更かしをせずに直ぐにベッドへ行かなければ。
(本の続きは明日にしようっと)
 ベッドで読むとついつい夜更かししてしまう。それくらいなら朝早く起きて読んだほうがいいと判断をして、ブルーは本を閉じ、バスルームに行った。
 ゆったりと手足を伸ばして浴槽に浸かり、一向に大きくなってくれない身体を眺める。前の生の自分も細かったけれど、今の身体は細いどころか小さすぎだ。
(…あと二十センチ…)
 ソルジャー・ブルーだった頃の背丈は百七十センチ。たったの百五十センチしか無いブルーとの差は二十センチで、その差が埋まってくれない限りは大好きなハーレイとキスも出来ない。本物の恋人同士になるなど夢のまた夢、いつになったら初めてのキスが出来るやら…。
(一年で二十センチは無理だよね…)
 いくら成長期でもそんなに伸びてはくれないだろう。前世の自分はアルタミラからの脱出直後にぐんぐん伸びたが、あの頃は定期的に測っていなかったから、どのくらいかけて百七十センチまで成長したのか分からない。
(…それに環境も違うものね…)
 成人検査を受けた直後の姿で何年くらい成長を止めていたのか。その反動で早く成長したのかもしれない。だとしたら前世のような目覚ましい伸びは期待出来ないし、今の姿が成長期のそれだと考えること自体が間違いなのかも…。
(もっと先にしか育たないかも…)
 学校のクラスメイトたちを見ていても、目立って伸びている子はいなかった。母の友人には卒業間近で急に伸びた人もいたというから、十四歳の今が一番伸びる時期とは限らない。
(…うん、きっとそうだよ、来年になったら伸びるとか…)
 来年までは長いけれども、このまま伸びないよりはいい。ハーレイは「ゆっくり育てよ」とよく言うのだが、いつまでも小さいままなのは嫌だ。ハーレイと早くキスをしたいし、その先だって。
(早く大きくなりたいよ…)
 前と同じに、と溜息をついてバスルームを出た。身体を拭いて、パジャマに袖を通す途中で鏡に目がいく。其処に映った細っこい自分。ソルジャー・ブルーよりもずっと小さく、顔立ちも子供。
(うーん…)
 全然ダメだ、とガッカリした。十四歳の「小さな子供」が鏡の中に映っている。ハーレイと恋人同士だった自分は、もっと背が高くて大人びていて…。
 見れば見るほど悲しくなってくるから、ブルーは急いで自分の部屋へと引き揚げた。



 鏡に映る自分はいなくなったけれど、ベッドに入ろうと腰掛けた所で目に入った手。両方の膝にチョコンと置かれた小さな手の甲。前の生では手袋に覆われていることが多かった手。
(えーっと…)
 その手を見ていて、ふと考えた。
(…おんなじなのかな?)
 十四歳の自分の身体。前の自分とそっくり同じだと思うけれども、本当に前と同じだろうか?
(ぼくの身体はぼくのだけれど…。これってホントに前とおんなじ?)
 SD体制の頃と違って、今の自分は自然出産で生まれた子供。それに生まれた時からアルビノの子供で、其処は前世と大きく違う。前の生では成人検査が引き金になってアルビノに変わり、その前は金髪に青い目だった。
(…もしかして、別の身体なのかも…)
 急に心配になってきた。顔は同じだと自分でも思うが、馴染んでいた顔は十四歳の顔ではなくてソルジャー・ブルーだった頃の顔。十四歳の姿で長く過ごしたとはいえ、アルタミラでは鏡に顔を映す余裕などまるで無かったし、脱出した後もそれは同じだ。
(…そっくりなんだと思ってるけど、でも本当は違うとか…?)
 同じなのだと思いたい。百七十センチまできちんと育って、あの頃のような姿になれる身体だと信じたいけれど、何処に証拠があるだろう?
(…ハーレイが前とそっくりだから、ぼくもそっくりになるんだろうけど…)
 神様がそういう身体を選んでくれたとブルーは思うし、ハーレイも「前の自分とそっくり同じに育つ器が見付かる時まで生まれ変わらずに待ったのだろう」と言うのだが…。
(でも、ハーレイもホントに同じか分からないよね?)
 自分の手でさえ前と同じか自信が持てない。顔と違って鏡に映さなくても見える部分で、多分、一番頻繁に目にした身体のパーツ。ところが前の生では殆どの時間が手袋の下で、それを外す時はお風呂か、でなければ…。
(ダメダメダメ~~~っ!!)
 顔がカアッと熱くなる。
 ハーレイとベッドで過ごす時には手袋をはめていなかった。でも、自分の手はハーレイの背中に回されているか、ハーレイの手と絡み合っているかで、じっくり眺めるどころでは…。
 そのハーレイ。
 キャプテン・ハーレイそっくりに見えるハーレイは前とそっくり同じだろうか?



 熱くなった頬が鎮まるのを待ち、ブルーは前の生の記憶と今の記憶を重ねてみた。
 誰よりも大好きでたまらないハーレイ。いつでも側に居たいと思うし、居て欲しいと心から願う恋人。前の生でもそうであったし、今の生でも変わらない。
 叶うものなら片時も離れず過ごしたいのに、今も前世もそれが叶わない自分たち。だから僅かな逢瀬でさえもハーレイの姿を心に刻む。会えない時には思い浮かべてハーレイを想う。愛しい姿を忘れはしないし、いつでも心に描くことが出来る。
(…ハーレイ、前とおんなじかな?)
 遠い記憶の中のハーレイと、今の記憶にあるハーレイと。
(んーと……)
 顔はそっくり同じに思えた。印象的な褐色の肌の色まで前と同じで、眉間の皺の寄り具合まで。もちろん髪や瞳の色は微塵も違わず、ソルジャー・ブルーの記憶そのまま。
(身体だって多分、おんなじだよね?)
 キャプテンの制服を着たハーレイと、今のハーレイ。体格が違うようには見えない。服に隠れた部分までは分からないけれど…。
(…ハーレイ、服は脱がないもんね)
 考えた途端に気が付いた。今のハーレイは服を着た姿しか知らないけれども、前世では違った。青の間で、あるいはハーレイの部屋で、服の下にある逞しい身体を目にしていた。
(……………)
 愛し合う前に、愛し合った後に。部屋で、バスルームで、それを見ていた。自分の細い身体とは正反対のハーレイの身体に見惚れていた。あのガッシリとした大きな身体が好きだったけれど。
(…ぼ、ぼくって、どうして見ていられたわけ!?)
 もう恥ずかしくてたまらない。思い出しただけで顔が熱くなるのに、それをウットリと見ていた自分はどれほど度胸があったのだろう?
 恥ずかしさを堪えて懸命に記憶を辿ってみた。大きな身体に何か目印は無かったのかと。
 ほくろとか、小さなアザだとか。
 そういう何かがあったなら、と思うけれども覚えが無い。もしもそういう印があったら、度胸があった前の自分がまじまじと見ない筈が無い。
(…だけど見えない所もあるしね?)
 きっと、と心で呟いて遠い記憶が入った箱を閉じる。
(そうだ、ハーレイに訊いてみようっと!)
 自分たちの身体は本当に前と同じものなのか、ハーレイの意見も聞かなくては。
 背丈のことはもう、どうでも良かった。それは純粋なブルーの興味。前の身体と今の身体は同じものなのか、別なのかと。



 次の日、訪ねて来たハーレイと自分の部屋でテーブルを挟んで向かい合ったブルーは早速、例の質問をハーレイにぶつけた。
「ねえ、ハーレイ。その身体、前の身体と同じだと思う?」
「身体?」
 いきなり訊かれて、ティーカップを傾けていたハーレイの手がピタリと止まる。
「何の話だ?」
「身体だってば! ハーレイ、キャプテン・ハーレイだった頃とそっくりだけど…。その身体って前と同じなのかな、って。…どう思う?」
「そういう意味か…。急に何事かと思ったぞ」
 質問は順序立ててしろ、と教師らしい意見を述べてからハーレイはカップをコトリと置いて。
「お前の言う同じ身体というのは遺伝子的にか? それとも見た目か?」
「んーと…。遺伝子的には、どうなんだろう? ハーレイも、ぼくも」
「そいつは恐らく別物だろうな、何処かは同じかもしれないが…」
 遺伝子的に全く同じということは無い。それはブルーにも理解出来る。クローンででもない限り不可能だったし、同じだったらそれこそ奇跡だ。奇跡は存在するけれど。…ハーレイとこの地球で再会した今、奇跡はあるのだとブルーは信じているけれど…。
「やっぱり遺伝子レベルじゃ別だよね…。じゃあ、見た目は?」
「…少なくとも俺の手は俺の手だな」
 ハーレイは自分の両手を目の前に並べ、じっと見詰めた。
「うん、間違いなく俺の手だ。前の俺の手も、こういう手だった」
「覚えてるんだ?」
 凄い、とブルーが感心すると「なんとなく…だがな」と苦笑が返った。
「俺はけっこう自分の手ってヤツを目にするチャンスがあったしな。…シャングリラの舵を握っていた手だ、そう簡単には忘れんさ」
「そうなんだ…。ぼく、自分の手に自信が無いよ。いつも手袋をはめていたもの」
「いや、それはお前の手だと思うが?」
 ハーレイがテーブルに乗せられたブルーの両手に目を細める。
「小さいが、そいつはお前の手だ。…俺は絶対に間違えん。俺だけが見ていた手なんだからな」
 手袋の下を。
 その意味にブルーは赤くなったが、ハーレイの自信に嬉しくもなった。そこまで自分を見ていてくれたハーレイならば、ブルーの身体が前世と同じなのかも答えてくれるに違いない…。



 手袋に隠されていた手と同じくらい、自分では記憶があやふやな身体。そんな自分がハーレイの身体は覚えていた。これという目印になるものは無かった、と記憶していた。
 なら、ハーレイも覚えている筈。ブルーの身体に目印になる何かがあったか、無かったかを。
「ハーレイ、ぼくの手が前と同じだったら、ぼくの身体もおんなじなのかな?」
 ブルーは小首を傾げて尋ねた。
「ぼくはハーレイの身体の目印とかには全然気付いてなかったんだけど…。ほくろとかアザとか、ぼくにはあった?」
「…目印だと?」
「うん。前の身体にはこんなのが、っていう目印。ハーレイには一目で分かる印は無かったと思うけれども、ぼくの身体にはあったのかな、って」
 それは本当に純粋な興味。昨夜、前世のハーレイの裸体に頬を染めたことをブルーは忘れ去ってしまっていたし、問われたハーレイにも質問の意図はよく分かる。小さなブルーが良からぬ魂胆で持ち出してきた妙なものではないらしいことが。
 だからハーレイは小さく笑って答えてやった。
「…残念ながら、無かったな。お前の身体には小さな傷一つ無かったさ」
 研究者どもは見事な仕事をしていたんだな、と鳶色の瞳が少しだけ翳る。
「前のお前に聞いた話じゃ、実験で火傷も凍傷も…。それだけじゃない、切り刻まんばかりの酷い実験もあったと聞くのに、そんな傷痕は一つも無いんだ。あいつら、また実験をするために…」
「うん。治さないと使い物にならないものね」
 苦しかったアルタミラでの研究所時代、ブルーは貴重なタイプ・ブルーのサンプルとして丁寧に扱われ、治療をされた。地獄のような苦痛を与えられた後でベッドに運ばれ、癒えるまでは実験も行われない。ブルーの身体が完全でないと、正しい結果が得られないから。
 どんな火傷も刻まれた傷も、全て完璧に治療する。それが彼らの方針だったが…。
「なんだか残念…。一つくらい何かあれば良かった…」
 溜息をついたブルーに、ハーレイが「いいや」と首を横に振った。
「俺は何ひとつ無かったことに感謝しているぞ」
「なんで? ぼくは目印が欲しかったのに…。ほくろとかアザも無かったわけ?」
「無かったな。本当に綺麗な肌をしてたさ、前のお前は。…そして俺が感謝している理由は二つ。一つはお前に傷が一つも無かったことだ」
 もしもあったなら目にする度に苦しかっただろう、とハーレイは言った。
 その傷をブルーに残した者が憎くて、引き裂きたい気持ちになっただろうと。



「…お前の身体に傷が無かったから、アルタミラを忘れて過ごすことが出来た。…お前との時間に酔うことが出来た。あの時間だけは思い出さずに済んだんだ。お前を苦しめた遠い過去のことを」
 俺が知らなかった時代のことを、とハーレイの顔に苦渋が滲んだ。
「お前は俺の知らない所で酷い目に遭って、それでも人類を憎まなかった。…研究者たちでさえ、マザーの命令に従っただけだと許していた。だが、俺がお前の受けた仕打ちを知っていたなら…。たとえお前が許すと言おうと、決して許せなかったと思う」
 もしも傷痕が残っていたら…、とハーレイは呻く。
 自分はブルーが受けた仕打ちを片時も忘れず、人類を憎み続けただろうと。
「お前に傷一つ無かったからこそ、人類と手を取り合いたいというお前の意見にも賛成出来た。…しかしお前に傷があったなら、俺はヤツらを許せなかった。そうせずに済んだのが感謝の理由だ」
「…そっか……」
 ごめん、とブルーは謝る。ハーレイはブルーを苦しめた者が憎いと言うけれど、そのハーレイも過酷な実験をされていたことを知っているから。それなのに自分が受けた苦痛よりもブルーの身に起こったことばかり案じ、その傷痕が無いことに安堵を覚えていたと言うから…。
「何を謝る? 俺が勝手に思ったことだ。それに苦しんだのはお前の方だ」
「でも…」
「俺は感謝していると言ったんだ。お前に傷が無かったからな」
「じゃあ、もう一つの理由って、何?」
 ブルーは赤い瞳でハーレイを見上げた。
 自分の身体に何ひとつ目印になるものが無かったことにハーレイが感謝する理由は二つ。一つは今ので分かったけれども、もう一つの理由は何だろう?
「…もう一つか? ほくろにしろ、アザにしろ、もしも何かがあったなら。お前、今、確かめろと言い出すだろうが? 同じ目印が今もあるのか、と」
「うん。だって自分じゃ分からないもの、あるんだったら調べて欲しいよ」
 自分では分からない、前の身体に在った目印。
 それが小さな傷であっても、ほくろやアザの類だとしても、今の身体にあるのか知りたい。同じ所に同じほくろやアザがあるのか、それとも今は何も無いのか。
 その目印があれば嬉しいし、無くてもそれも嬉しいと思う。新しく貰った今の身体は、どちらにしても奇跡だから。前と全く同じであっても、別物の身体であったとしても…。



 ハーレイなら知っているかもしれない、と期待してしまった前世の身体にあった目印。どうやら目印は無かったらしいが、それを確かめて欲しかったハーレイは何に感謝をするのだろうか?
「ねえ、ハーレイ。…なんで、ぼくに目印が無かったら感謝するわけ?」
「お前、自分で言っただろうが」
 ハーレイが苦い顔をした。
「あるんだったら調べて欲しいと俺に自分で言わなかったか?」
「言ったけど…。それがどうかした?」
「そいつが俺は困るんだ! あったら調べさせられるからな、お前の身体を!」
「そうだけど…」
 なんで困るの? と口に出す前にブルーは気付いた。ハーレイが困るブルーの身体にある目印。小さな傷でも、ほくろやアザでも、それが今も在るかどうかを調べるためには…。
「そっか、目印、足なら良かった? あったとしても」
「………。足も困るな、お前が自分で気が付きそうな所以外は困るんだ、俺は!」
 普通に見える所ならいいが、お前が脱がないと見えない所の目印は困る。そんな目印が無かったことに感謝している、と告げるハーレイの顔は赤くて。
「ふふっ、ハーレイ、真っ赤になってる!」
「誰が真っ赤だ、そこまでじゃない!」
 せいぜい頬が赤い程度だ、とハーレイはブルーの頭を軽く小突いた。
「子供のくせに大人をからかうな!」
「でも、赤いもの! そんなハーレイ、珍しいもの!」
 ブルーはクスクスと声を立てて笑う。
 前の身体と今の身体が同じかどうかを知りたいと思っただけなのに…。
 思いもかけずにハーレイの赤くなった顔が見られて、ちょっと嬉しくて得をした気分。
(こんなハーレイ、ホントに滅多に見られないものね)
 いつも落ち着いていて、大人なハーレイ。
 キスを強請っても軽くあしらわれてばかりの自分の言葉で、そのハーレイが真っ赤になった。
 前の身体と今の身体が同じかどうかを確かめる目印が無かったことが少し残念。
 何か目印があったなら…。



(…何処かにあったら良かったな、ほくろ)
 アザでもいいな、とブルーはクスクスと笑い続けながら考える。
 そういう何かがあったというなら、是非ハーレイに今もあるのか調べて確かめて欲しかった。
(…背中がいいかな、それとも腰とか…?)
 ふふっ、と笑いは止まらない。
 ブルー自身には見えない部分で、ハーレイには馴染み深い場所。そういう所は沢山ある。前世でハーレイが愛してくれた場所がブルーの身体には沢山、沢山…。
(お尻だったら、調べてって言ったらパニックかもね)
 狼狽えるハーレイが目に見えるようだ。
 そんな目印を見てはいないと誤魔化して必死に逃げを打つとか、あるいは忘れたと言い出すか。
(…まさかホントは知っているくせに、そういうトコロだから知らんふりとか…?)
 一瞬、そうとも考えたけれど、ハーレイに限ってそれは無い。自分の質問に真面目に答えていたハーレイ。こんな結果になってしまうなんて、ブルー自身も思わなかったし…。
(目印、ホントに欲しかったな…)
 ハーレイが調べるのに困る所に、とブルーはまだ頬が赤いハーレイの顔をチラリと眺めた。
 ねえ、ハーレイ。
 前と同じ身体かどうかを教えてくれる目印が無いのもガッカリだけれど、それよりも。
 君がこんなに赤くなるなら、ホントに小さなほくろでいいから、一つ目印が欲しかった。
 君が調べるのに困る何処かに。
 困るから嫌だ、と言いそうな場所に。
 目印で困る君の姿を見てみたかったよ、ほんのちょっぴり。
 だけど目印は無いらしいから、赤くなった君で我慢する。正直な君が大好きだから。
 ぼくを子供扱いしているくせに、赤くなってくれる君が大好きだから……。




             身体の目印・了


※傷痕一つ無かった、前のブルーの身体。その代わり、ほくろやアザも無かったようです。
 同じ身体かどうかが分かる目印、あったら良かったかもしれませんね。ほくろとか。
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 今日は土曜日。ハーレイが訪ねて来てくれて、ブルーは楽しい一日を過ごした。最初はブルーの部屋でのティータイム。紅茶とお菓子で語らった後は昼食、午後もブルーの部屋で紅茶とお菓子。夕食は両親も一緒にダイニングで和やかに食べたのだけれど。
 食事が終わって、母が飲み物を用意しようと立ち上がった。
「ハーレイ先生はコーヒーでよろしかったかしら? それとも紅茶になさいますか?」
「今日はコーヒーでお願いします」
 ハーレイが答え、父もコーヒーを注文した。ブルーには苦すぎて飲めないコーヒー。でも…。
「ママ! ぼくもコーヒー!」
 急にコーヒーが飲みたくなった。ハーレイはいつもブルーに付き合って紅茶だけれども、本当はコーヒーが大好きなことを知っている。前の生でも大好きだったし、今のハーレイもブルーが一度だけ遊びに出掛けた家でコーヒーを飲んでいた。それも大きなマグカップで。
 ハーレイが大好きなコーヒーだから、たまには飲んでみたいと思った。ハーレイと一緒の夕食の席で、ハーレイと同じ飲み物を。
「いいでしょ、ママ? ぼくも飲みたい!」
 せがむと母は「苦いわよ?」と困ったような顔をした。ハーレイも横から口を出す。
「おいおい、眠れなくなるぞ? それに苦いし」
「パパも苦いと思うがなあ…。どうしても欲しいなら薄めに淹れて貰いなさい。なあ、ママ?」
「やだっ!」
 同じでなければ意味が無い。ハーレイの大好きな苦いコーヒー。絶対にハーレイと同じがいい。お子様仕様のコーヒーにされてたまるものか、とブルーは駄々をこねた。
「みんなと同じコーヒーがいい! 薄いのなんて子供用だし! コーヒーは前も飲んでたし!」
 前の生でも飲んでいたのだ、とソルジャー・ブルーだった前世を持ち出してみたら、ハーレイが「おい」と止めに入った。
「おいおい、ブルー。お前はソルジャー・ブルーだった頃にもだな…」
「紅茶だったって言うんでしょ? それは好みの問題だから!」
 コーヒーがいい、と強請り続けると、ハーレイは仕方なさそうに。
「だったらカップに半分にして貰え。薄められるからな」
「それもやだっ! ぼくは絶対、みんなと同じ!」
 ハーレイと同じがいいとはとても言えないから、「みんな」と誤魔化す。それに気付いたらしいハーレイがフウと大きな溜息をついた。
「知らんぞ、俺は。…どうなってもな」
「どうもならないっ! ママ、ぼくもコーヒー飲むんだから!」
 母は「しょうがないわねえ…」とキッチンに向かう。ブルーは嬉しくてたまらなかった。食後の飲み物はハーレイと同じ。ハーレイの大好きなコーヒーなのだ。



 念願の香り高いコーヒーのカップ。湯気を立てるそれを御機嫌で口にしたブルーだけれど。
「……苦い……」
 あまりの苦さに顔を顰めれば、ハーレイが「当たり前だ」と呆れ顔で。
「だから言っただろう、半分にしろ、と。薄められるように」
「うー…。ママ、お砂糖…」
 ハーレイや両親と同じ量の砂糖では全く足りない。それを見越した母がコーヒーと一緒に持って来ておいたシュガーポットを渡して貰った。
(…ハーレイと同じじゃなくなっちゃうけど、飲めないよりマシ…)
 たっぷりと砂糖を入れたというのに、かき混ぜて飲んでもまだ苦い。ブルー好みの味には程遠い苦さ。もっと、とシュガーポットに手を伸ばしたら「無駄だな」とハーレイの声がした。
「砂糖を入れても苦味は残るぞ。お母さんには申し訳ないが、半分捨てて貰ってミルクをだな…」
「ハーレイ先生の仰るとおりだな。ブルー、カフェオレにして貰いなさい」
 父にも言われて折れるしか無かった。半分がミルクのカフェオレとやらになれば飲めるかと期待したのに、ブルーにはまだ苦すぎる。飲んで飲めない味ではないが…。
 それでもハーレイの好きなコーヒー。なんとしても飲み干すのだ、と頑張ってみても苦いものは苦い。顔に出さないよう振舞ったものの、少しずつしか飲んでいなければ見抜かれる。ハーレイがブルーをチラと眺めて、母の方へと視線を移す。
「カフェオレでもまだ苦すぎるようですね。…ホイップクリームに砂糖たっぷりで。それを入れてやって頂けますか?」
「そうですわね…。ブルー、カップを寄越しなさい」
 こうなれば諦めるしかない。ブルーは殆ど減っていないカフェオレのカップを母に手渡し、間もなく憧れのコーヒーはホイップクリームをこんもりと浮かべた別物になって戻って来た。泣く泣く飲むことにしたカップの中身は、悔しいけれども口に合うもので。
(…これなら美味しい…)
 コーヒー風味の甘い飲み物。コクリと飲んで、またコクリと。さっきまでとは全然違う。
「あらあら…」
 母がクスッと笑った。
「これならブルーも飲めるのね。流石はキャプテン・ハーレイですわね」
「…こいつには前科があるんです。都合よく忘れているようですが」
 シャングリラでも苦労しました、というハーレイの言葉に両親がブルーを見ながら頷いている。こう見えて頑固な子供なのだし、ソルジャーだった頃はさぞかし強情であっただろうと。
 ブルーが頼んだコーヒーは食後の時間の格好の話題となり、ハーレイは両親と何度も笑い合った末に「また明日な」と帰って行った。こんな筈ではなかったのに。ハーレイと同じ食後の飲み物を飲んで、幸せに浸る筈だったのに…。



 ハーレイと同じコーヒーが飲めなかった残念さゆえか、悲しさゆえか。その夜、ベッドに入ったブルーは寝付けないまま何度も寝返りを打った。部屋は暗いのに眠くならない。いつもなら直ぐに眠りがやって来るのに、何故か意識が冴え返る。
(…やっぱり悔しかったからなのかな?)
 コーヒーが飲めない子供扱い。おまけに本当に飲めなかった上、すっかり別物に化けてしまった自分のコーヒー。ハーレイと両親はほんの少しだけクリームを入れて、砂糖だってブルーが紅茶に入れるくらいしか入れなかったというのに、ブルーは砂糖にミルクにホイップクリーム。
 そんな目に遭って悔しくならない筈が無い。自分は子供だと思い知らされたようで、ハーレイと同じ物を飲むには幼すぎると言われたようで。
 悔しいから腹が立って眠れないのだ、とブルーはパッチリと目を見開いた。暗い天井を見上げ、情けなかったホイップクリームたっぷりのコーヒーを思い浮かべて睨み付ける。憎くて腹立たしい子供の飲み物。自分が前よりも小さいばかりに登場してきた甘い飲み物。
(ハーレイ、ホントに酷いんだから…!)
 子供な自分を鼻で笑ってミルクを入れろだの、砂糖たっぷりのホイップクリームだのと言いたい放題、前の生での好みまで暴露してくれた。お蔭で両親に笑いの種を提供してしまい、昔はもっと頑固だったの、強情だのと…。
(……あれ?)
 前の生での自分の好み。コーヒーにはミルクをたっぷりと入れて、ホイップクリームにも砂糖をたっぷり。それをこんもりと浮かべたコーヒーを飲んでいたのはいつだったろう?
(……もしかして、ぼく、子供じゃなかった……?)
 アルタミラからの脱出直後はコーヒーを楽しむどころではなかった。けれどその頃が前の生での成長期。成人検査を受けた時のままの姿で時を止めていたブルーの背が伸び、幼さが消えて大人になっていった時期。
(…あの頃、コーヒー、あったっけ…?)
 無かったこともないのだろうが、ミルクやホイップクリームなどをふんだんに使えた筈が無い。そういったものを嗜好品に回せるようになった頃にはシャングリラの改造も完全に終わっていた。ブルーのために青の間が出来、其処でハーレイとお茶の時間を過ごしていた。
(…うん、ハーレイが紅茶を淹れてくれてた…。熱いですよ、って…)
 一緒に紅茶を飲んでいたハーレイ。たまにやたらと時間をかけて自分用にとコーヒーを淹れて、その香りだけは美味しそうに感じる苦い飲み物を楽しんでいた…。
(ひょっとして、ハーレイが言ってたのって…)
 前のぼくだ、とブルーの記憶が蘇った。ミルクとホイップクリームたっぷりのお子様仕様の甘いコーヒー。それはソルジャー・ブルーだった自分の好みで、子供の姿では既に無かった。



 思い出し始めると次から次へと浮かび上がってくる前の生の記憶。ハーレイが飲んでいるものと同じものが欲しい、と前にも思った。芳しい香りが漂うコーヒー。紅茶よりもずっと濃い色をしたハーレイの大のお気に入り。
 「ねえ、ハーレイ。ぼくも欲しいな」。
 飲んでみたいな、と強請ってみたら「苦いですよ」と返されたけれど。「あなたの舌には不向きですよ」とも言われたけれども、どうしても飲んでみたかった。せがんで、強請って、頼み込んで淹れて貰ったコーヒー。苦すぎて一口で顔を顰めてしまったコーヒー。
(…ぼくの前科って……)
 ハーレイが両親に言った言葉を思い出す。「こいつには前科があるんですよ」という台詞が何を指していたのか、今なら分かる。ソルジャー・ブルーだった自分も全く同じことをしていたのだ。ハーレイが好む飲み物が欲しいと頼んで、そのくせに苦くて飲めなくて…。
(…ハーレイ、あれで大慌てしちゃったんだっけ…)
 ハーレイのお気に入りが口に合わなくて悲しかった。ハーレイは美味しそうに飲んでいるのに、飲めない自分。置き去りにされてしまった気がして、寂しくて悲しくて俯いた。決してハーレイのせいではないのに、ハーレイは酷く狼狽えて…。
(最初にミルクを沢山入れてくれて、それでも駄目でお砂糖たっぷりのホイップクリーム…)
 そこまでして貰って、ようやく飲めた。ハーレイが好むコーヒーとはまるで別物になった飲み物だけれど、コーヒーの香りは残っていた。
 そんな経験をしていたくせに、何度もコーヒーを強請った自分。その度にハーレイは律儀に手をかけて淹れてくれては、ミルクとホイップクリームまで入れる羽目になって…。
(だけど一度も断られたことは無かったよね…)
 どうなるか結果が見えているのに、否と言われはしなかった。丁寧に淹れたコーヒーのカップを「どうぞ」と差し出し、ただ穏やかに微笑んでくれた。
(…いつもミルクとホイップクリームたっぷりになっちゃったのに…)
 そして眠れなくなっていたのに、と我儘だった自分を思い出す。遅い時間に口にしたコーヒーのせいで目が冴えて眠れず、ハーレイがブリッジから青の間に来た時もまだ起きていて。
(だから言ったでしょう、って叱られたっけ…)
 夜にコーヒーを飲むからです、と眉間に皺を寄せはしたけれど、ハーレイは唇に優しい口付けをくれた。眠れないと訴えるブルーを寝かしつけてくれた。
 あんなに目が冴えて眠れずにいたのに、ハーレイの腕に抱かれて心地よく眠って、いつの間にか朝になっていて…。



「そっか、コーヒー…」
 それで全然眠れないんだ、と今のブルーと前の生の記憶が結び付いた。ハーレイと同じ飲み物が欲しくて頼んだコーヒー。「眠れなくなるぞ」と止めたハーレイはソルジャー・ブルーだった頃のブルーがどうなったのかを恐らく覚えていたのだろう。
(…ど、どうしよう…)
 枕元の時計に目をやれば、とっくに日付が変わっている。眠れないままで経った時間が数時間。明日は日曜日で休みだとはいえ、大好きなハーレイが訪ねて来てくれる日。寝不足で過ごしたくはないのに眠れない。眠気は訪れそうもない。
(…どうしたらいいの? どうやったら眠くなって寝られるの?)
 ハーレイが得意だった寝かしつけ方。
 いつだって魔法のようにブルーを眠りへと導いてくれて、側に寄り添っていてくれた。心地よい眠りをくれたハーレイ。その方法を教えて欲しい。
(ハーレイ、寝られないんだけど…!)
 呼び掛けたくても、今のブルーにはハーレイだけに届く思念は紡げない。それにハーレイだって深く眠っていそうな夜中。自業自得で眠れないブルーのためには起きてくれそうもない。
(…何か方法がある筈なんだけど…)
 ハーレイだけが知っていた方法なのか、コーヒーを好む者たちの間では有名なのか。目が冴える飲み物だと知っているのだから、対処法も知っているかもしれない。
(……お薬とか?)
 それはありそうだ、とブルーは思った。前の生ではドクターが睡眠薬を処方してくれた。戦闘で心身が疲弊していても気が昂って眠れない時、そういう薬を何度も貰った。もちろんキャプテンのハーレイが知らない筈が無い。どんな薬か、いつ飲んだかも報告が行っていただろう。
(…あの薬かな?)
 ブルーがコーヒーを飲んだ夜には貰いに出掛けていたかもしれない。眠れないブルーを叱り付けながら優しい口付けをくれたハーレイ。あの時に口移しで薬を飲ませていたのかも…。
「うー……」
 薬だとしたら手も足も出ない。今のブルーは睡眠薬など飲んではいないし、両親も同じ。家庭の常備薬ではないから、薬箱などを覗いて探すだけ無駄。
「…眠れないよ……」
 寝られないよ、と届く筈もない声でハーレイに向かって訴える。眠りたいのに眠れないと。前と同じで眠れなくなってしまって辛いんだけど、と。
 そうこうする内に身体が疲れ果てたか、ようよう眠りが訪れてくれて…。



 翌朝、目覚ましの音で目覚めたブルーは普段よりも頭が重かった。体調不良の兆候ならぬ単なる寝不足と分かっているから、目をゴシゴシと擦って起きる。冷たい水で顔を洗って、両親と朝食を食べる頃には眠かった意識もスッキリとした。
 二度とコーヒーなど飲んでたまるか、と思うけれども、ハーレイの大好きな香り高いコーヒー。前の生でも今の生でも、ハーレイが好む苦い飲み物。
(…ハーレイと同じの、飲みたいんだけど…)
 しかしハーレイが寝かしつけてくれた前世と違って、今はもれなく寝不足の状態に陥りそうだ。いつかハーレイと同じ家で暮らせる時が来るまで、飲まない方がいいのだろうか?
(…そうなのかも…)
 それとも寝かせ方の秘訣をハーレイに訊くか。薬だったらどうしようもないが、そうでないなら望みはある。自分で出来る方法だったら、それを習っておけばいい。
(やっぱりコーヒー、飲みたいもの…)
 苦くてもハーレイの大好きな飲み物。大好きなハーレイが好む飲み物…。
 そんな思いを抱え込みながら部屋を掃除し、ブルーはハーレイの来訪を待った。



 チャイムが鳴り、母に案内されて部屋を訪ねて来たブルーの待ち人。母が紅茶とお菓子を置いて出てゆき、その足音が階下に消えると、ハーレイは椅子に腰掛けながら問い掛けた。
「ブルー、昨夜はよく寝られたか?」
 堪え切れない笑みを湛えた表情。投げ掛けられた質問といい、全てを承知している顔。ブルーは憮然としてハーレイの向かいの椅子に座ると、八つ当たり気味に答えをぶつけた。
「ハーレイ、ぼくがどうなったか知ってるくせに!」
 脹れっ面になったブルーに、ハーレイが「すまん、すまん」と謝りつつも笑う。
「いや、すまん。しかしだ、俺は言った筈だぞ、眠れなくなる、と」
「言ったけど…! ちゃんと言ってたけど、ハーレイ、酷い!」
 酷い、とブルーはハーレイを睨む。
「前はハーレイが寝かせてくれていたこと、忘れていたし! 言ってくれなきゃ!」
「今度は寝かせてやれないからな、と俺は言わなきゃ駄目だったのか?」
「そうだよ、酷いよ!」
 寝不足になってしまったんだから、と苦情を申し立ててからハーレイへの質問を口にする。前の生ではどうやって自分を寝かせていたのか、と。
「ハーレイ、口移しで薬でも飲ませてた? それとも何か秘訣があるの?」
 それを教えて欲しいんだけど、と言った途端にハーレイが盛大に吹き出した。何が可笑しいのか肩を揺すって笑っている。テーブルの上のカップがカタカタと小さく揺れるくらいに。
「ハーレイっ! なんで笑うの、教えてってば!」
「こ、これが笑わずにいられるかって…! いやはや、まったく…」
「だから、どういう方法なの!?」
「お前にはまだまだ分からんさ、うん」
 ハーレイが懸命に笑いを飲み込み、パチンと片目を瞑ってみせた。
「ついでに今のお前の場合は、だ…。あの方法では寝かせられんな、子供だからな」
「……子供?」
 やはり睡眠薬だったのだろうか、とブルーは考えたのだけれども、それではハーレイが笑うほど可笑しいわけがない。子供には使えない寝かしつけ方だと言われても…。
(…寝かしつけるのって、普通、子供だよね?)
 何か変だ、とハーレイがしてくれていた寝かしつけ方を頭の中で追ってゆく。口付けをくれて、抱き締めてくれて。その腕の中に自分を閉じ込めて…。
(…あっ!)
 それで終わりではなかった気がする。寝付くまでの間に、ハーレイと二人…。



「…も、もしかして……」
 ブルーの頬が真っ赤に染まった。その先は声に出せないけれども、ハーレイが前の生で眠れなくなった自分を寝かしつけていた方法は…。
「思い出したか? お前が大きく育つまではだ、あの方法は使えないわけだ。なにしろお前は消耗しちまって寝ていただけで、そこまで消耗させるには……なあ?」
(……や、やっぱり……)
 今はまだ叶わない本物の恋人同士になること。そういう仲になった時しか出来ないハーレイとの甘い過ごし方。二人でベッドで眠る前にする、とても暖かくて幸せな…。
 赤くなったまま口をパクパクとさせるブルーに、ハーレイは「分かったか?」と微笑んだ。
「今のお前には、何年早過ぎる手なんだか…。今はコーヒーを飲んだら寝不足になるしかないってことだな、今日みたいにな」
「…うー……」
 ハーレイを上目遣いに睨み付けても、こればっかりはどうにもならない。ブルーは本当に小さな子供で、前の生での寝かしつけ方は不可能で…。
「それじゃコーヒー、もう飲めないの?」
 ハーレイが大好きな苦いコーヒー。今の生でも前の生でも好きなコーヒー。
「今のところは諦めるしかなかろうが? 寝不足になって懲りたんならな」
 コーヒーは当分やめておけ、と頭をポンポンと叩かれた上に。
「そうだ、コーヒー牛乳を買って貰うか? あれなら立派にお子様向けだ。シャングリラにアレは無かったな、うん」
「コーヒー牛乳!?」
「気分だけでもコーヒーだろう? なあ、ブルー?」
 子供にはそれが丁度いいのさ、とハーレイは笑い続けるけれど。
 ブルーが飲みたいものはコーヒーであって、コーヒー牛乳などではなかった。
 大好きなハーレイが好きなコーヒー。ブルーの舌には苦すぎるけれど、ハーレイが大好きな苦い飲み物。ハーレイが好きな飲み物だから飲んでみたいし、同じコーヒーを飲みたいと思う。
(…やっぱり諦められないよ…)
 大きくなるまで待つなんて無理、とブルーは目の前の紅茶を見詰めた。
 紅茶なら寝不足にならないけれども、これよりも絶対、コーヒーがいい。
 眠れなくなってしまったとしても、またコーヒーを飲みたいと思う。
 ハーレイが大好きなコーヒーだから。ハーレイのことが好きでたまらないから、苦い飲み物でもコーヒーが欲しい。ハーレイと同じコーヒーを飲んで、ハーレイの側にいたいから…。




            憧れのコーヒー・了


※ブルーには苦すぎて飲めないコーヒー。大人の飲み物だったからではなかったのです。
 ソルジャー・ブルーだった頃からの苦手、眠れなくなっても幸せだったみたいですけどね。
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 気付けば青の間に独り立っている。海の底を思わせる静謐な空間は主の眠りを守るためのもの。整えられたベッドは常のとおりなのに、其処に彼の人の姿は無い。
(ブルー…)
 ハーレイは人が眠った痕跡すら無い大きなベッドを、唇を噛んで見下ろしていた。
 此処で眠っていた筈の恋人。深い眠りに沈んではいても、訪れれば姿を見ることが出来た。声も思念も返らなくても、その手を握って日々の出来事を、彼への想いを語ることが出来た。
 誰よりも美しく、気高かったミュウの長、ソルジャー・ブルー。その座を後継者に譲ってもなおソルジャーと呼ばれ、崇め敬われたミュウたちの神にも等しい存在。
 ハーレイもまた彼を人前で呼ぶ時は「ソルジャー」だったし、それが当然だと思っていた。その尊称で彼を呼び続けた自分たちが道を間違えたのか、ブルー自身が心に決めていたのか。ブルーは最後までソルジャーだった。ソルジャーの務めを果たすためだけに行ってしまった。
 二度と帰っては来られない場所へ。死が待つだけのメギドへ向かって。
(…そしてあなたは逝ってしまった…)
 ハーレイの固く引き結んだ唇が歪み、堪えていた涙が頬を伝った。
 逝ってしまった。自分を残して逝ってしまった。
 いつまでも共にと誓ったのに。恋人同士になった時から何度となく繰り返し誓ったのに。
 自分たちは何処までも共に在るのだと、その手を決して離しはしないと。
(…それなのに、あなたは逝ってしまった…)
 固く繋いだ手を振りほどくように、別れの言葉すら告げることなく。
 次の世代を支えてくれ、とハーレイの腕に触れた手から思念で送り込んだだけで、何も言わずに飛び去って行った。
(…どうしてあの手を掴まなかった…)
 そうしていれば、とハーレイは悔やむ。
 たとえその手を掴んだとしても、ブルーならばサイオンを使って瞬時に自由になれるけれども。それでも肉体の力ではハーレイが勝る。あの瞬間にブルーの手首を捕えていたなら、彼を喪わずに済んだかもしれない。留め置くことが出来たかもしれない…。
(ブルーが生きたいと願うとしたなら、それは私と…)
 何処までも共に、とブルーも応えた。だから自分が止めていたなら、ブルーは生き残る道を模索したかもしれない。
 全てが終わってしまった後で、ジョミーは確かに言ったのだ。自分がメギドへ飛ばなかったからブルーを喪うことになった、と。ブルーに止められても追うべきだったと、ナスカで無駄に時間を使う代わりにブルーを追い掛け、二人で戦うべきだったと。



(どうして止めなかったのだ…。ブルーの決意が分かっていたのに、どうして私は…)
 死なせると知っていてブルーを行かせた。それが正しいのだと信じていた。
 けれど心は揺らぎ続ける。ブルーを生き残らせる道が何処かにあった筈だと己の判断の愚かさを呪う。本当にあれで良かったのかと、キャプテンとして正しい選択だったかと。
(…それに、どうして追わなかった…)
 キャプテンの自分には出来る筈もない、けして許されはしない選択。それはブルーを追ってゆくこと。一直線に死へと飛んでゆくブルーを追ってメギドへ飛ぶこと。
 そうすればブルーと共にいられた。戦闘能力は皆無であっても、防御能力ならブルーのそれにも匹敵する。メギドでブルーの盾となるべく飛んで行っても、足手まといになることはない。自分が盾になりさえすればブルーは有利に戦えただろう。
(…そして最後までブルーを守れた…)
 ブルーがどういう戦い方をしたのかは分からないけれど。人類側の情報を解析したからメギドが沈んだということは分かる。ブルーの身体を消してしまったメギドの爆発。自分の力でも爆発からブルーを守れはしないが、それでも抱き締めて包みたかった。ブルーと共に逝きたかった。
(私は馬鹿だ……)
 救いようのない愚か者だ、と青の間に独り、ただ立ち尽くす。
 この世の誰よりも愛したブルーが死へと飛び去る背中を見送っただけで、止めもしなければ共に逝く道も選ばなかった愚か者。あまりにも自分が愚かだったから、こうして此処に立っている。
 青の間にブルーはいなくなってしまい、自分だけが独り立ち尽くしている…。
(ブルー……)
 もういない。何処を探してもブルーはいない。
 この青の間に来ても自分は独りで、この先も、ずっと。
 ブルーが遺した言葉を守ってジョミーたちを支え、地球に着くまで。
 いつの日か地球に辿り着くまで、逝ってしまったブルーを追ってはゆけない。
 そう、いつの日にか地球に着いたなら…。戦いが終わり、キャプテンとしての自分が不要になる日が来たなら、ブルーの許へ。この忌まわしい生に終止符を打って、そしてブルーに…。
「いけないよ」
 ブルーの声が聞こえた気がした。
「君はまだこっちに来てはいけない。君は生きて。…ぼくの分まで」
 ああ、ブルーならばそう言うだろう。死んで自分を追って来いとは言いはしないし、望んでなどいない。けれど自分はブルーを追い掛けて逝きたいのだ。
 たとえブルーが望まなくても、その逆が彼の望みであっても、それこそが自分の本当の…。



「ハーレイ?」
 背後から呼び掛けて来たブルーの声。心の中にだけ聞こえる幻ではない、とハーレイの補聴器に覆われた耳が感じ取り、弾かれるように振り返った。
「どうしたの、ハーレイ?」
 其処にブルーが立っていた。
 逝ってしまった彼の人ではなく、まだ少年の姿のブルー。
 十四歳の幼いブルーがハーレイを見上げ、小首を傾げて問い掛けて来た。
「ハーレイ、どうして泣いているの?」
「…あなたが…。あなたが何処にも見えませんでした」
 涙を拭ってブルーを見詰める。小さいけれども幻ではなくて、本物のブルー。自分の願いが紡ぎ出した儚い存在ではなく、命と身体を伴ったブルー。
 幼いブルーが「此処にいるよ」と微笑んだ。
「ハーレイ、ぼくなら此処にいるよ?」
 ずっといるよ、とブルーはか細い両腕を一杯に広げ、ハーレイにギュッと抱き付いて来た。
「ぼくはずっといたよ? ぼくは何処にも行かないよ」
 ブルーから伝わる確かな温もり。その鼓動までが薄い胸を通して伝わってくる。
 生きている。ブルーは生きて目の前にいる…。
(…ああ、お前だ。……俺のブルーだ)
 ハーレイは小さな身体を力の限りに抱き締めた。小さなブルーが「痛いよ」と声を上げても腕を緩めず、己の胸へと強く抱き込んだ。
「苦しいよ、ハーレイ」
「頼む、このままでいさせてくれ。ああ、本当にお前なんだな…」
 生きてるんだな、と小さなブルーを抱き締めたままで涙を流す。先刻までの後悔と悲しみの色に染まった涙とは違う、喜びの涙。喪った筈のブルーが戻って来てくれた、と嬉しさのあまりに泣き続ける。
 ブルーがいる。自分の腕の中にブルーがいる…。
 其処で目覚める時もあったし、小さな身体を抱き締めすぎて「ハーレイのバカッ!」とブルーに叫ばれ、「すまん」と謝りながら目覚める時もあった。
 全ては夢の中での出来事。
 遠い昔に失くしたブルーは帰って来たし、ハーレイも地球に生まれ変わった。
 十四歳の小さなブルーと、彼が通う学校の教師のハーレイ。
 辛く苦しかった日々は前の生であり、今はブルーと二人、幸せな時を生きている…。



 そんな夢を何度見ただろう。青の間で、ブリッジで、公園や誰もいない通路で。ブルーを喪った悲しみに囚われ、その面影を求めて彷徨い、あるいは立ち尽くすハーレイの前にヒョイとブルーが現れる。十四歳のブルーが微笑み、抱き付いてくる。
 小さなブルーを抱き締めてハーレイの悪夢は終わるし、目覚めればブルーが生きている世界。
 ごくたまにブルーが現れないまま泣き濡れて目覚めることもあったが、大抵はブルーが出て来て助けてくれた。後悔に苛まれる世界は夢だと、生きた自分がいるのだからと。
 それがハーレイが見る夢の結末。
 前の生の記憶を取り戻してから見るようになった悲しくて苦しい夢の終わり方。
 目覚めたハーレイは眠り直したり、時間によっては起きたりする。朝が来れば夢とはまるで違う世界がハーレイを迎え、十四歳のブルーに出会える。
 学校で制服のブルーに会ったり、ブルーの家を訪ねて過ごしたり。
 まるで夢のような、前世でブルーを失くした自分が見たなら夢としか思わないだろう幸せな時。
 しかし、その夢の世界こそが現実の世界。
 自分もブルーも青い地球に生まれ、巡り会って記憶を取り戻した……。



 そういう幸せに満ちた世界で過ごしてゆく中、ある日ブルーに尋ねられた。休日にブルーの家を訪れ、ブルーの部屋で向かい合って話していた時に。
「ねえ、ハーレイ。…ハーレイは怖い夢って見ないの?」
 赤い瞳が見上げてくる。
「怖い夢?」
「うん。…ぼくはメギドの夢を見るけど、ハーレイはそういう夢は見ないの?」
 前の自分だった時の怖い夢。
 ブルーの問いにハーレイは「俺も見るな」と頷いた。
「お前の夢の怖さとは全く違うが、青の間に行ってもお前がいない。…シャングリラの中の何処を探してもお前が何処にも居ないんだ」
「そうなんだ…。ハーレイも泣く?」
 泣くの? とブルーが首を傾げる。
「ハーレイも夢の中で泣く? 怖くて泣いてしまったりする?」
「いや、俺は……」
 ハーレイは少し間を置いてから穏やかな笑みを浮かべて続く言葉を口にした。
「俺はお前に助けられるな、いつもお前が来てくれる」
 本当はブルーが現れずに終わる夢もあるけれど、ブルーが現れる夢に救われているから微笑んで言った。あれほど心強い援軍は何処にも無い、と。
「そっか…。いいな、ハーレイは大人だからかな?」
 羨ましいな、とブルーが寂しそうな顔で俯く。
「ぼくはハーレイ、来てくれないよ…。いつだってメギドで独りぼっちなんだ」
 赤い瞳が少し潤んで、ブルーは小さな拳で目元を拭った。
 ハーレイの胸がズキリと痛む。前にメギドの夢を見た後、ハーレイの家へ無意識の内に瞬間移動してきたブルー。その恐ろしい夢の世界でブルーはいつも独りきりなのか。誰も現れず、助けにも来てくれないメギドでブルーは独りで死んでゆくのか…。
 何故だ、とブルーが見る夢の惨さを思って気が付いた。
 自分の悪夢とブルーの悪夢と。どちらも悪夢には違いないけれど、その状況が違うのだ。自分はブルーがいない時間を長く生きたが、ブルーの方は…。
 ハーレイは向かい側に座るブルーを手招きした。自分の膝の上に座るように、と。



「…なあ、ブルー」
 膝の上に座ったブルーをそっと抱き締め、柔らかな頬を撫でてやる。
「お前の夢に俺が出てこないのは、お前が子供だからではないさ。…時間のせいだ」
「時間?」
 怪訝そうな顔のブルーに「そうだ」と答えた。
「夢に見ている世界で過ごした時間の長さが違うだろう? …お前はメギドで独りきりになって、そのまま直ぐに死んじまった。右手が冷たくなったと泣いていた時間は短かっただろうが」
「うん、多分…。ぼくにとっては長かったけれど、一瞬か、長くても何分間か」
「長かったとしても、お前は数分。…俺はお前のいない時間を独りきりで何年も生きていたんだ。そして何度も考えた。こんな時にお前ならどうするだろう、何と言ってくれるのだろうと」
 お前の声を、お前の姿を追い続けていた、とハーレイはブルーに教えてやる。自分の標はブルーだった、と。
「俺にしか聞こえないお前の声を聞いていたのさ、俺もお前に呼び掛けていた。声に出したことも何度もあったな、お前が其処に居るかのように。…もちろん人のいない場所で、だ」
 でないと正気を疑われる、と自嘲の笑みを浮かべてみせた。
「俺の部屋だとか、青の間だとか…。何度お前を呼んだか分からん。…そういう時には俺の心に、お前の声が聞こえたもんだ。まるでお前が生きているように、お前そのものの声が聞こえた」
「ぼくが返事をしてたのかな? …覚えてないけど」
「それは分からん。俺が自分で都合のいい答えを聞いていたっていうのが真相だろうが…。だが、俺はお前と語り合うのを想像しながら生きていたんだ、それが習慣になっていた」
 だからお前に出会えるんだろうな、夢の中でも。
 語り合うのが常だったから、とハーレイはブルーを胸に抱き寄せた。
「俺に都合のいい幻だろうが、俺はお前と生きていた。失くした筈のお前を俺の側に置いて、独りきりの辛さを癒していた。…その幻が今のお前と置き換わるんだな、俺の夢の中で」
「…だったら、ぼくがハーレイに会うのは無理なの? ぼくはメギドで、もうハーレイには二度と会えないって泣きながら死んでしまったから…。会えないままの夢しか見ないの?」
「そうじゃない。時間の長さだと言っただろう? お前は俺が来てくれたらと考える暇もないまま死んじまったから、そう簡単には俺は出ないさ。…しかしだ、俺が居るのが当たり前の生活が長く続けば変わるんじゃないか? これは夢だ、と気が付くとかな」
 そういう夢もあるだろうが、とブルーの銀色の髪を優しく撫でる。
「学校に遅刻しちまった夢の世界で今日は休みだと思い出すとか、お前には無いか?」
「たまに間違えてバスに乗るよ。学校と反対の方へ行くバス」
 ブルーは「ふふっ」と笑みを零した。
「早く降りなきゃ、って慌ててる時に思い出すんだ。ぼく、寝てたっけ、って。…そっか、いつかあんな風に夢の途中で気が付くようになるんだね。でも、ハーレイに会う方がいいな」



 夢の中でハーレイに会える方がいいな、とブルーがハーレイの胸に甘える。
「メギドが夢だと気付くのもいいけど、ハーレイが見てる夢みたいなのを見てみたい。ハーレイが出て来て「これは夢だ」と言ってくれるとか、そういうのがいい」
「そうだな、俺も行ってやりたい。…お前を守りに。お前を夢から助け出しに」
 出来るものなら行ってやりたいとハーレイは心の底から思った。いつも自分を悪夢の底から救い出しに来てくれる小さなブルー。自分もブルーの夢の中に行って、メギドから救ってやりたいと。前の生では叶わなかった分、せめて夢では救いたいと…。
 小さなブルーは自分が守る。今度の生では必ず守る、と固く誓いを立てている。だからブルーの夢の中でも守ってやりたい。それが叶うよう、ブルーを抱き締めて優しく言い聞かせた。
「いつかきっと、お前の夢の中にも俺が現れるようになると思うぞ。俺はお前を必ず守ると誓っただろう? お前がそれが普通なんだと思うようになった頃には、きっと……な」
「そうなるといいな…」
「絶対になるさ。俺はお前の側に居るんだし、お前のピンチに助けに行かない筈が無い」
 俺を信じろ、とブルーの額に口付けた。
「夢だと教えに行ってやるから。…お前が撃たれる前に教えてやるから」
「弾を受け止めてはくれないの? ハーレイの力なら充分出来るよ」
「それもいいな。それでこそお前を守れるわけだな、この俺が」
 よし、とハーレイはブルーの小指に自分の小指を絡ませた。
「約束だ、ブルー。いつか必ずお前の夢の中に行ってやるから。いいか、この約束を覚えておけ。メギドの夢を見たら思い出すんだ、俺と約束していたことをな」
「…そしたらハーレイが来てくれる?」
「ああ。お前と約束していただろう、と出て行ってやるさ。お前を守って助け出すために」
「…うん……」
 約束だよ、とブルーがハーレイの手に頬を擦り寄せながら。
「撃たれる前に弾を止めてね、あの夢はとても痛いから…。夢なのに痛くて、ハーレイの温もりが消えてしまって悲しいから…」
 ぼくの右手、と今も夢の中では冷たく凍えるという右手がハーレイの褐色の手に重ねられ、その温もりを味わっていたのだけれど。
「あっ、そうだ!」
 いいことを思い付いたようにブルーの顔がパッと輝いた。



「ねえ、ハーレイ?」
 甘えた声がハーレイの鼓膜を心地よく擽り、ハーレイは自然と笑顔になる。
「なんだ? どうした、妙に嬉しそうだが?」
「ハーレイ、約束してくれたよね? ぼくの夢の中に来てくれるって」
「したぞ。お前がそいつを忘れさえしなきゃ、必ず助けに行ってやるさ」
「それなんだけど…」
 一つお願い、とブルーの瞳が期待に満ちた煌めきを湛えた。
「いつかハーレイが来てくれるんなら、キースが撃つ前に来てくれる?」
「ふむ…。どのタイミングで撃つのか知らんが、間に合うように行けばいいんだな」
「そう! それでね、キースを格好良く投げて欲しいんだけど」
 ハーレイ、柔道が得意だよね? とブルーは憧れのヒーローを見る瞳で言った。
「夢の中だから、きっとハーレイの方がキースより強いと思うんだ。だから投げてよ、格好良く! そしたら二度とメギドの夢を見なくなるかもしれないし!」
「そう来たか…。お前がメギドの夢を見なくなると言うなら努力してみよう。お前の注文どおりに投げるんだったら一本背負いか、まあ、やってみるが…。って、こら、お前!」
 それはお前の夢だろうが、とハーレイはブルーの頭をコツンと拳で軽くつついた。
「お前が見ている夢の中なんだ、俺じゃなくってお前が頑張る所だぞ。俺の方がキースより強いと信じた上でだ、うんと格好いい俺を想像してくれ。そうすれば出来る」
「…ホントに出来る?」
「今は駄目でもいつかはな。約束しただろ、俺はお前を守るんだ。今度は必ず守ってみせる。夢の中でも守らせてくれ。…いいな?」
 ブルー、お前は俺を信じろ。俺はお前の側に居るから。
 お前が悲しい夢を見ないよう、俺が全力で守ってやるから。
 …俺だけがお前に助けられるなんて、夢の世界でも俺は御免だ。
 いつか必ず助けに行く。お前を助けにメギドまで行く。たとえお前の夢の中でも……。




          悪夢から救う者・了


※ハーレイが悪夢に捕まった時はブルーが救いに来てくれるのです。夢の世界のブルーが。
 けれど、ブルーの悪夢には現れないハーレイ。きっといつかは来てくれますよね。
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「ブルー」
「ん?」
 ハーレイと向かい合わせでの昼食。此処はブルーの部屋だったから、二人きりでの昼食である。休日にハーレイが訪ねて来てくれると、昼食は大抵、このパターンだ。ブルーの母が頃合いを見て食後のお茶を持ってくるまで、ゆっくり食事を楽しむのだけれど。
 ハーレイが手を止めてブルーの顔を覗き込むから、ブルーの食事の手も止まった。
「ハーレイ、ぼくがどうかした?」
「いや…。お前、何でもよく食べるな」
「えっ?」
 思いもよらない言葉にブルーは自分の前に置かれた昼食の皿に目をやり、首を傾げた。ピラフとスープと、それからサラダ。ハーレイのピラフは大盛りだったが、ブルーの分はお子様ランチかと思われそうなほどの量しかない。スープもサラダもハーレイの分よりずっと少ない。
 どう見ても「少なめ」でしかない食事なのに、よく食べるだなどと言われても…。
「ああ、違うんだ。俺が言うのは量じゃなくてだ、お前は食べる量が俺よりも少ないってだけで、実に何でも食べるよな…と思ってな。好き嫌いは無いのか、お前?」
「そう言えば…。無いね」
 ハーレイと再会してから何度も一緒に食事をしてきた。ブルーの家での昼食と夕食、ハーレイの家で一度だけ御馳走になった昼食。どれも盛り付けられた分は食べたし、普段の食事も特に嫌いなものは無い。料理も、むろん食材も。
「パパとママにもよく言われるよ。小さい頃から好き嫌いが無い子供だったから、身体が弱くても大きな病気はしないのかも、って」
「なるほどなあ…。俺も好き嫌いは全く無いんだが、この身体だから不思議がるヤツがいるわけが無いし、自分でも特に何とも思わなかった。しかしだ、お前も好き嫌いが無いとなるとだ」
 これは前世のせいかもな、と言われてブルーは目を丸くした。
「そっか…。そうかもしれないね」
 思ってもみなかった前の生の自分。ソルジャー・ブルーであった頃の自分…。



 前世でハーレイと共に暮らしていた白い船。あのシャングリラがミュウたちの楽園になるまでは長くかかったし、アルタミラを脱出して間もない頃には様々な苦労をしたものだ。
「うん、あの頃は好き嫌いどころじゃなかったよね。食べ物はあるだけで有難い、って」
 最初の間はシャングリラの前身であった船に積み込まれていた食料だけ。それが無くなりそうになった頃、ブルーが近くを航行していた輸送船から食料をコッソリ盗み出した。食材を選ぶ余裕は無いから、コンテナの中にあった分が全て。
 食料が無くなってくればブルーが出掛けて調達する。そういう日々が長く続いた。食料を詰めたコンテナの中身は非常食ばかりの時もあったし、やたらジャガイモだけが多かったりもした。
「ふふ、思い出した。来る日も来る日もジャガイモだらけの食事とかさ」
「あったな、まるごと全部がジャガイモだったら悲惨だったろうな」
「流石にそれだと再調達だよ、どうにもならない」
「まったくだ。芋だけでは栄養が偏っちまうからなあ…」
 ジャガイモ尽くしの他にもキャベツだらけで急いで食べねばならなかったことや、大量の牛肉に喜んだものの皆が食べ飽きてしまったことや。今となっては笑い話な食材の話は沢山あった。
「でも、ハーレイ。…食べ飽きたり出来るだけマシだったんだよね、アルタミラよりは」
「ああ。アルタミラは本当に酷かったからな」
 人間扱いされていなかった研究所。実験動物に過ぎないミュウの食事など餌でしかない。しかも実験動物なのだから家畜以下であり、肉体の質を高めるための餌は与えて貰えなかった。
「ハーレイが大きく育ったんだし、栄養は足りていたんだろうけど…。何も選べなかったよね」
「基本がシリアルだったしなあ…。後はせいぜい、パンとスープか」
「そう。おかずがついたら大御馳走でさ、どんなものでも嬉しかったよ」
 調理されて器に盛られた料理は餌ではないと思えたから。成人検査よりも前の記憶は欠片すらも残っていなかったけれど、餌と食事の違いくらい分かる。
 味の良し悪しは気にしなかった。熱を通して味が付けてある、それだけで食事なのだと思えた。いつも同じなパンとスープやシリアルとは違う、ヒトの食べ物。
 研究員たちにそういう意図があったかどうかは分からなかったが、特別な食事。ブルーは喜んでそれを食べたし、ハーレイも同じだったという。実験動物から人に戻れる時間。
「俺たちはアレを美味いと思って食っていたしな…」
「本当に美味しかったもの。独りぼっちの食事だったけど」
「違いない。檻の中で黙々と食うだけだったな」
 誰とも会話を交わすことなく、餌を与えられるだけの食事の時間。それでも料理と呼べるものが出て来ると嬉しかった。動物から人に戻れたようで。自分は今も人間なのだと思うことが出来て。



 アルタミラから辛くも脱出したものの、シャングリラでの食事も最初の間は大変だった。外から調達する方法はリスクが高いと自給自足を目指しはしたが、軌道に乗るまで試行錯誤の繰り返し。既にキャプテンだったハーレイの元には頭の痛い報告が殺到していたものだ。
「シャングリラもなあ…。最初は本当に苦労したよな、あれが採れすぎたとか、足りないだとか」
「野菜がきちんと採れるようになるまでは卵も船の中では無理だったものね」
「家畜も魚も餌が要るしな。あんな頃でも、お前がきちんと食べてくれたから嬉しかった。お前が育っていくのを見るのが嬉しかったな、栄養が足りてる証拠だからな」
「…スープしか飲まない日もあったけど?」
 君のスープ、とブルーは笑う。ハーレイが野菜を細かく刻んで煮込んでくれた野菜のスープ。
「あれもなあ…。もうちょっと何かあったならなあ、もっと美味いのを作れたんだが」
「ぼくはあの味が好きだったよ。…だから最初のままのが良かった」
「お前、頑固にそう言ったからな。それで何ひとつ工夫を凝らせないまま今に至る、と」
 ハーレイが作る「野菜スープのシャングリラ風」は今もブルーの好物だった。基本の調味料しか使わないから、ブルーの母が何かと口を出したがるそれ。ブルーが体調を崩した時に、ハーレイが見舞いがてら作りに来てくれるスープ。
「あのスープ、ホントに好きなんだもの。でも…。ぼくってどうして育たないのかな、ハーレイに会ってから頑張ってるのに。きちんと食べてミルクも飲むようにしてるのに…」
「今に育つさ。そしてとびっきりの美人になるんだ、誰もが振り返って見るくらいのな」
 そしてその美人は俺のものだ、とハーレイは片目を瞑ってみせる。
 育ったブルーは自分一人だけのものなのだから、他の人間には見ることだけしか許さないと。



「なあ、ブルー。いつかお前が大きくなったら、俺たちの好き嫌いを探しに行こうか」
「なに、それ?」
 ブルーはキョトンとした顔でハーレイを見た。好き嫌いを探しに行くとは何だろう?
「好き嫌いさ。この世の中にはいろんな食べ物があるらしいしな?」
 SD体制の頃と違って、とハーレイがブルーに微笑みかける。
「あの頃は何処の星でも似たような物を食ってたらしいが、今はこの地球だけでも何種類の料理があるんだか…。何処の地域も独自性を出そうとSD体制前の資料まで調べて頑張ってるぞ」
「そうだね。ぼくたちの住んでる所は和風を目指してるんだよね」
「何処まで昔のとおりか知らんが、俺たちが見たことも無かった料理も沢山あるしな」
「うん。少なくともシャングリラに昆布出汁は無かったよ」
 魚は養殖していたけれども、海藻までは手が回らなかった。回ったとしても、昆布からスープの材料が取れるという知識を持たなかった。昆布出汁を使った料理は今の生で生まれて来た地域では珍しくはなく、本物の地球の海で育った昆布を元にして透明なスープが作られる。
「昆布出汁なあ…。あれは本当に聞いたことすら無かったな、前は」
「ぼくは昆布も知らなかったよ」
「俺もだ。アルテメシアにも海はあったが、昆布が生えていたかどうかも知らん」
「海藻はあったけど、昆布はどうかなあ…」
 ブルーはユニバーサルに追われるミュウを救出する途中で海に何度か潜った。自分たちが目指す地球を覆う海もこの海とよく似ているのだろうか、と頭の何処かで思っていた。地球が死に絶えた星のままだとは考えもせずに、その青い海を夢に見ていた。
 アルテメシアの海の底でゆらゆらと揺れていた何種類もの海藻。あれは植物園の植物と同じで、見るためだけのものだったろうか。たとえ昆布が生えていたとしても、それが食べられる海藻だということを誰も知らないままだったろうか…。
 遙か遠くに過ぎ去った昔。アルテメシアの海を見ていたブルーはもういない。ソルジャーだったブルーはメギドで死んで、蘇った地球に生まれ変わった。それなのに今の生でも好き嫌いを感じたことが無いとは、前の生でどれほどの辛酸を嘗めていたのか…。
 ブルーは少しだけ悲しくなった。ハーレイと二人、青い地球の上に生まれて出会って、こんなに幸せに生きているのに、前の生を自分でも知らない所で引き摺ってしまっているのかと。
 その思いを読み取ったかのように、ハーレイがもう一度、ブルーに言った。
「お前の好き嫌いを探しに行こうじゃないか。もちろん俺の分も一緒に探すぞ」



 いつか、とハーレイの鳶色の瞳が細められる。
「いつかお前と結婚したらだ、あちこちに食べに行かないか? この地域だけじゃない、それこそ地球のいろんな所へ出掛けて行くんだ、好き嫌いを探しに」
 きっと何処かに一つくらいはあると思うぞ、俺たちでも「嫌い」と言うようなものが。
 茶目っ気たっぷりに煌めく瞳に、ブルーは「うーん…」と首を捻った。
「そんなの、あるかな? だって、ぼくたちだよ?」
 初期のシャングリラで長く耐乏生活をして、アルタミラでは家畜にも劣る扱いで。どんな物でも口に入れられる物は必ず食べたし、好き嫌いなどありはしなかった。今の平和な地球で調理された食材が口に合わないだなんて、まず有り得ないとブルーは思うのだけれど。
 ハーレイの方はそうは思わないらしく、自信たっぷりに返してきた。
「何処かにはあるさ。そうでなければ、人生、つまらん」
「そんなものなの?」
 驚くブルーに「そうさ」とハーレイは親指を立てる。
「前の俺たちには好き嫌いをするだけの余裕が無かった。そんな環境でもなかったしな。しかし、今の俺たちはそうじゃない。人並みに好き嫌いってヤツを作りたいじゃないか」
「好き嫌いって、作るものなの?」
「ああ。嫌いが無ければ好きでもいい。もう一回あれを食べたいってヤツを見付けるとかな」
「いいね、それ。ぼくにそういう食べ物が出来たら、作ってくれる?」
 ブルーは期待に瞳を煌めかせた。料理は得意だと聞くハーレイ。野菜スープのシャングリラ風は昔と同じ味だし、一度だけ訪ねたハーレイの家で出て来たシチューも美味しかった。二人で旅して見付けた料理をハーレイが再現してくれたなら、どんなに素敵なことだろう。
 そのハーレイもまた、ブルーのおねだりが嬉しかったらしく。
「もちろんだ。腕によりをかけて作ってやるさ」
 自信満々で答える姿に、ブルーの中に悪戯心が生まれて来た。それをそのまま口にしてみる。
「其処でしか獲れない魚とかなら、どうするの? 取り寄せたって、きっと美味しくないよ」
 獲れたての魚と、そうでない魚はやっぱり違う。好き嫌いの無いブルーだけれども、同じ魚でも刺身で食べるなら新鮮な方が断然いい。そう思ったから魚と言った。ハーレイを少し困らせるにはピッタリのものだと思ったから。
 けれどハーレイは事も無げにサラリとこう告げた。
「二人で何度でも食べに行けばいいさ。それが出来る自由ってヤツも手に入れたんだ、俺たちは」



 海の幸でも山の幸でも、一年の間のほんの僅かな時期しか手に入らない食材でも。それを食べるために何度でも出掛けてゆける。何処へでも二人で旅が出来る、とハーレイが語る。
「そうだろう、ブルー? 俺たちは何処へでも行けるんだ。シャングリラでしか生きられなかった時代は終わって、もう俺たちは自由だろうが」
「うん。…うん、そうだね」
「おまけに寿命もたっぷりとあるぞ? この俺だって平均寿命には三百年以上足りないしな」
 たとえ百歳で結婚したって二百年以上も旅が出来る、とハーレイはブルーの瞳を見詰めた。
「いいか、二百年以上だぞ? 俺たちが白い鯨になったシャングリラで旅をしたのと同じくらいに長い時間だ。それも結婚が俺が百歳の時だった時の話で、実際はもっと早いだろうしな」
「…ぼくの背、全然伸びないんだけど…」
「俺は今、三十七歳なんだ。百歳までには六十年もかかるわけでだ、いくらお前でも六十年かけて二十センチってことは無いだろう。長くて三十年ってトコだと思うぞ」
「さ、三十年!?」
 酷い、とブルーは悲鳴を上げた。そんなに待てるわけがない。
「三十年も待つくらいだったら、小さくっても結婚するよ! 十八歳で結婚出来るんだから!」
「分かった、分かった。もしもお前がチビのままなら、適当なトコで貰ってやるさ」
 その代わり結婚してもキスは無しだぞ、と言われたけれども、ブルーは頷く。キス無しだろうが本物の恋人同士になれなかろうが、ハーレイと一緒に暮らせるだけで幸せだから。結婚しない限りその幸せは決して訪れはしないから…。
「約束だよ、ハーレイ? ぼくが小さくても結婚してよ?」
「それはかまわんが、俺としては育った方がいい。見せびらかして歩きたいしな、美人のお前を。好き嫌い探しの旅の先でも見せびらかすのさ、このとびっきりの美人は俺のものだ、と」
 旅をしよう、とハーレイが誘う。足の向くまま、気の向くままに、前の生では叶わなかった好き嫌いをするために食べ歩くのだと。
 前の生でブルーが行きたいと焦がれ、ハーレイが懸命に目指した地球。その地球の上をあちこち旅して、名物を食べて、景色を眺めて。
 気に入った物をまた食べるために、気に入った場所をまた訪れるために、同じ場所へも出掛けてゆく。もちろん新しい場所も訪ねて、お気に入りを増やしてゆくのだと。好き嫌いも増やして味に文句を零してみたり、舌鼓を打って「また食べたい」と記憶に刻み付けるのだと…。



「ねえ、ハーレイ。…景色より食べる方が先?」
「可笑しいか? まずは俺たちが失くしちまった好き嫌いを探すのが肝心だろうが」
 それに、とハーレイは大真面目な顔で古典の教師らしく古い諺を挙げた。
「花より団子、と習わなかったか? 見て綺麗なだけの花よりもだ、食って美味い団子の方が役に立つんだと言うだろう。景色は綺麗なだけなんだからな、名物を食うのが正解だ」
「そっか、そういうものなんだ…」
 ブルーは素直に納得したのに、教えたハーレイがプッと吹き出す。
「こらっ、其処で信じるヤツがあるか! 今のは俺のこじつけってヤツで、花より団子の使い方としては微妙なトコだな。テストでお前が書いて来てもだ、丸をつけつつ「?」と書くな」
 もう少し巧い例を書かないと「?」マーク抜きの丸はやれない、と笑うハーレイ。
「前のお前は知らなかっただろう諺だから仕方ないんだが…。優等生だろ、せっかくの上等な頭は賢く使えよ? 俺に騙されるようでは話にならん」
「ハーレイの方が先生なんだよ、ぼくより賢くて当然だから!」
 ブルーは唇を尖らせた。
「先生の方が絶対、賢い! だから間違ったことを教えないでよ!」
「そう来たか…。うんうん、でもなあ…。好き嫌い探しはしたいだろうが?」
 どうなんだ? と尋ねられたら否とは言えない。景色を見るのも良さそうだけれど、今の生まで引き摺ってしまった「好き嫌いの無い自分」を解き放ってやるのも楽しそうだった。
 ハーレイと二人で旅をして、それぞれの好き嫌いを何処かで見付け出す。好きな食べ物は何度も食べに出掛けてもいいし、自分たちの家で作れる料理ならハーレイに作って貰って食べる。
 食べ物も景色も、我儘を言ってかまわない旅。シャングリラでは決して叶わなかった我儘放題の旅に二人で出掛ける。前の生で行きたいと願った地球で。ハーレイが辿り着いた時には死に絶えた星だった地球が蘇り、二人して其処に生まれたのだから。
 ブルーはハーレイに「うん」と笑顔で返すと、未来の夢を言の葉に乗せた。
「うん、ハーレイ。…いつか行こうね、好き嫌い探し」
「ああ、行こう」
 ハーレイがコクリと大きく頷き、微笑みながら。
「二人で見付け出さなきゃな。俺たちがすっかり失くしてしまった好き嫌いってヤツを、何処かで必ず見付けよう。だから頑張って沢山食べろ」
 残ってるぞ、と褐色の指がブルーの皿のピラフを指差す。
 いいか、俺と二人で旅に出るには、結婚するのに相応しい背丈にきちんと育つトコからだ。
 大きくならんと始まらないしな、俺たちの旅は。
 万が一、お前がチビだった時は…。約束どおり貰ってはやるが、その前にまずは努力してくれ。




          好き嫌いを探しに・了


※食が細くても好き嫌いが無いブルー。前の生での記憶を引き摺っているみたいですね。
 ハーレイと一緒に食べ歩きの旅で見付けて欲しいものです、今ならではの好き嫌い。
 ←拍手してやろうという方は、こちらv
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