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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

カテゴリー「ハレブル」の記事一覧

「ほら、ブルー」
 ハーレイの手のひらから、テーブルの上にコロンとドングリ。ぼくの家にはドングリがなる木は生えてないけど、ハーレイの家にはあるんだろうか。一度だけ遊びに行った時には庭の木まで全部見てはいないし、気が付かなかったけど…。瞬間移動しちゃった時には庭どころじゃなかったし。
 それともハーレイの家のじゃなくって、隣町のお父さんとお母さんが住んでる家の木?
 庭に夏ミカンの大きな木があるって聞いている。ハーレイが子供だった頃、白い猫のミーシャが登って下りられなくなってしまった木も。
 何処の木に出来たドングリだろうか、と眺めていたら。
「これ、知ってるか?」
「えっ? うん、知ってるよ。ドングリでしょ?」
 ぼくの家の庭には落ちてないけど、小さい頃から知ってるよ。
 歌もあるよね、可愛いのが。幼稚園の時に教わったよ。
「ふむ。ドングリころころドンブリコ、ってか?」
「そう! お池にはまって、さあ大変って」
 楽しい歌だったからよく覚えてる。
 ドングリの坊やが池に落っこちたら、ドジョウが出て来て「こんにちは」って言うんだ。
「まあ、ドジョウは此処には居ないんだがな。ドングリだけで」
「池も無いよね、ぼくの家には」
「生憎と俺の家にも無いな。親父の家にも」
 池は無いんだが、とハーレイはドングリを指先でチョン、とつついて。
「だが、その池に居るというドジョウは、だ」
 実はけっこう美味いんだぞ。
「ええっ!?」
 ぼくはビックリして目を見開いた。
 幼稚園で習った歌ではドングリの坊やに「一緒に遊びましょう」って声を掛けるドジョウ。親切なんだな、って思ってただけの小さな魚。
 ドジョウは郊外の小川で見かけたことがあるから知っているけど…。
 うんと小さな魚だったけど…。
 ハーレイ、あれを食べちゃったわけ?



 郊外の小川に泳いでたドジョウ。食べる部分なんて無さそうに見えた小さな魚。
 まさか、と驚いたけれど、でもハーレイは「美味いぞ」なんて言うから、訊いてみた。
「ドジョウ…。食べられるの?」
「美味いと言ったろ、もちろん食えるさ」
「…そうなんだ…」
 ホントにうんと小さいのに。
 あんなの、どうやって食べるんだろう、と考えた途端に思い出した。
(ひょっとして…)
 ぼくが食べたってわけじゃないけど、有名な白魚の踊り食い。SD体制の頃には無かっただろう独特の文化。ぼくとハーレイとが住んでる地域の、復活してきた食文化。
 白魚は半分透き通ったみたいな魚だけれども、サイズはドジョウに近そうだから。
「ハーレイ…。それ、もしかして踊り食いなの!?」
「ん? 知っていたのか、踊り食い」
 ハーレイがニッコリしたから、ぼくはギョッとして後ろに下がりそうになった。実際には椅子が重たかったお蔭で下がってないけど、ハーレイには表情で分かったみたいで。
「おいおい、勝手に勘違いするな。俺が食ったってわけではないぞ」
 ついでに白魚の踊り食いだって、食ったことは無いな。
 美味いと勧められたことはあるんだが、好き嫌い以前の問題でな…。
 あの頃は何故だか分からなかったが、今なら分かる。俺は何処かで覚えていたんだ。
 ブルー、お前なら何のことだか分かるだろ?
「…うん。アルタミラ…」
 ぼくはコクリと頷いた。
 前世の記憶を取り戻すまでは歴史上の事件なんだと思い込んでいたアルタミラ。
 そのアルタミラで何が起こったか、前のぼくたちがどんな目に遭わされたか。ぼくたちは生きて脱出できたけれども、死んでいった仲間の数の方が多い。
 過酷な人体実験の末に殺されていった仲間たち。奪われていった多すぎる命。
 前のぼくたちは知っていたから、記憶を取り戻す前から命を残酷に奪う行為には耐えられない。
 たとえ美味しくても、文化の一つでも、踊り食いなんて出来はしないし、食べられない。
 だって、魚は生きているから。
 生きたままの魚を口に入れるなんて、それは料理するための命の奪い方とは全く違うよ…。



 ぼくにとっては残酷すぎる踊り食い。ハーレイが食べたわけじゃないって分かってホッとした。ドジョウも白魚も食べてなくってホントに良かった。でも…。
(あれ?)
 白魚だって食べてない、って言ったってことは、やっぱりドジョウは踊り食い?
 小さいんだもの、踊り食いしか無さそうなんだけど…。
(だけどハーレイ、食べたんだよね?)
 美味いんだぞ、って話したんだもの、食べた筈。
 ぼくは心配になってきたから、確認してみることにした。
「ねえ、ドジョウって踊り食いなんだよね?」
「そうでもないぞ? もちろん踊り食いにする人もいるがな」
 ああ見えてドジョウは色々と食い方があるもんだ。
 有名なトコだと柳川鍋だな、煮込んで卵とじにする。ドジョウ汁や田楽なんかもあるしだ、他に唐揚げ、蒲焼きとかもな。
「蒲焼きって…。あんなに小さな魚なのに?」
「お前、ドジョウをよく見てみたか? ミニサイズのウナギみたいなモンだろうが」
 まあ、ドジョウもウナギも、どっちもシャングリラには居なかったがな。
「ドジョウは考えもしなかったけど…。確かにウナギは無理だったよね」
 前のぼくが憧れないでもなかった魚。
 ウナギは栄養があるというから、美味しいと本で読んだから…。



 シャングリラに本は沢山あった。
 閉ざされた船の中でしか生きてゆけない仲間たちのために、本は山ほど揃えてあった。データを見るだけなら本は要らないけど、紙で出来た本は心が和む。同じ情報を得るにしたって、ページをめくるのと画面を覗き込むのとは違う。
 だから沢山の本を作った。船のデータベースから情報を引き出して、本に仕上げた。
 そうやって出来上がった本は前のぼくも好きで、SD体制よりも前の時代の古い古い本を幾つも読んだ。その中にウナギの話もあった。夏の暑さが厳しい時期に食べると体力がつくとか。
 暑い盛りにウナギを食べる文化はSD体制の崩壊の後に復活してきて、今、ぼくたちが住んでる地域では「土用のウナギ」として定着してる。前のぼくが少しだけ憧れた、美味しいウナギ。
 だけどシャングリラではウナギを飼うのは無理だった。
 深い深い海で卵を産んで、広い海を泳いで川に上るウナギ。そんな環境をシャングリラの中では作り出せない。秋刀魚という字を書く秋が旬のサンマだって、回遊魚だから飼えなかった。
 ウナギもサンマも今の地球にはちゃんと居るけど、シャングリラの中には居なかった。
 もっとも、あの頃の地球にもウナギやサンマは居なかったんだけど。
 ハーレイが辿り着いた地球は青くなくって、死に絶えた星のままだったんだけど…。



 そんな昔のことを考えながら、ふと思い付いた。
 今のハーレイのお父さんは釣りが大好きで、ぼくを釣りに連れて行ってやりたいと言ってくれたほどの釣り名人。そのお父さんなら、もしかすると…。
「ハーレイのお父さん、ドジョウも釣るの?」
「いや、ウナギだけだ」
 ウナギは釣りもするし、仕掛けを沈めて獲ることもあるぞ。
 ドジョウはついでに獲れることもあるが、ドジョウ専門で川には行かんな。
「小さいからかな?」
「だろうな、手ごたえがある魚の方がいいんだろうな」
 でかい魚が釣れた時には大喜びだし、でなけりゃ変わった釣り方をする魚ってトコか。
 前に話しただろ、アユの友釣り。
「うん。ぼく、その釣りが見たかったのに…」
「親父とおふくろに紹介出来るようになるまで我慢しろ」
「ハーレイのケチ!」
 前のぼくと同じくらいの背丈に育つまで、ぼくはハーレイのお父さんとお母さんに会えない。
 隣町にある庭に夏ミカンの大きな木が誇らしげに枝を広げる家に連れて行っては貰えない。
 ハーレイのお父さんはぼくを釣りや川遊びや、キャンプ場に誘ってくれたのに。
 お母さんはぼくと一緒に家の近所を散歩したいって言ってくれたのに…。



「こらこら、そんなに膨れるな」
 ハーレイはテーブルの上のドングリを指先でコロコロと左右に転がして。
「その親父に、だ。教えて貰ったのがこいつでな」
「ドングリでしょ? 何の木のドングリかは知らないけれど」
 ぼくはドングリには詳しくはない。
 樫の木とかの木の実だってことは知ってるけれども、見ただけで何の木かは分からない。でも、ハーレイが考えてたことはドングリの種類じゃなかったみたいで。
「そうじゃなくてだ。こいつの遊び方を知ってるか?」
「ああ!」
 知ってる、とぼくは懐かしい子供時代を思い出した。今も子供だけど、もっともっと小さかった頃。学校にも行っていなかった頃。秋にはドングリで遊んでたっけ…。
 だから得意げに披露した。
「集めるんだよ、誰が一番沢山持ってるか。幼稚園で沢山集めていたよ」
 ドングリを沢山持ってると、うんと偉いんだ。
 家にドングリの木がある友達が羨ましかったよ、自分の家で拾い放題だもの。



 そう、ぼくの家にはドングリの木が無い。
 ドングリを沢山集めたくても、家の庭では拾えなかった。ご近所さんの庭とか、公園だとか…。そういう所で拾うしかなくて、それでも頑張って集めていた。パパとママも協力してくれた。
 というわけで、ドングリ集めでは上位者に食い込んでいたかもしれない、ぼく。
 凄かったんだよ、と自慢しようと思ったのに。
「違うぞ、こいつをこうやって…だ」
 見てろよ、とハーレイが持って来ていた荷物から出した爪楊枝。それと小さな錐。
 ハーレイはドングリのお尻の方って言うのかな?
 木の枝にくっついてた方の真ん中に錐で穴を開けて、其処に爪楊枝を差し込んだ。しっかり穴に刺さったかどうかを確かめてから、ドングリのお尻じゃない方をテーブルにつけて…。
「わあ…!」
 爪楊枝を摘んでいたハーレイの太い指がクルッと動いて、回り始めたドングリのコマ。
 クルクル、クルクル、艶やかな茶色のドングリが回る。まるで本物のコマみたいに。
「どうだ?」
「凄い…!」
 こんな遊び方、見たことないよ。
 ドングリは集めた数で遊ぶんだと思っていたよ…。



 初めて目にしたドングリのコマ。
 クルクルと回る姿を観察してたら、確かにドングリはコマにするのにピッタリの形。バランスが巧く取れそうな感じ。いびつな形のドングリだったら駄目だろうけど…。
 ハーレイは「そうか、知らんか」とドングリのコマを回しながら。
「本格的に作るんだったら、蒸して殺菌なんだがな」
「殺菌?」
「たまにドングリの中に虫が入っていることがあるんだ。そういうドングリでコマを作ると、後で後悔することになる」
 コレクションのコマを入れておいた場所が虫だらけになるのもそうだが、コマも駄目になるぞ。
 穴が開いちまう上に中身はスカスカ、それじゃ回ってくれないからな。
「そうなんだ…」
「しかしだ、こうやって少しの間だけ遊ぶんだったら蒸さなくてもいい」
 お前もやってみるか?
 面白いもんだぞ、ドングリのコマ。
 こういう作業は手先だけだしな、サイオンが不器用でも関係ないさ。
「サイオンが不器用は余計だよ!」
 プウッと頬っぺたを膨らませたけど、ドングリのコマは作ってみたい。
 ハーレイが作ってる姿は楽しそうだったし、クルクルと回るコマもとっても素敵だから。
 自然が作ったドングリからコマが作れるだなんて、素敵だから…。



 ぼくはコマ作りに挑戦してみることにした。
 ハーレイが持って来た小さな錐を借りて、ドングリと爪楊枝とを分けて貰って。
(んーと…)
 上手に真ん中に穴を開けなくちゃ。穴の深さってどのくらいだろう?
「ブルー、そのくらいにしておけよ」
 それ以上やったら開けすぎだ。
 うんうん、其処で爪楊枝を刺す。しっかりと…だぞ?
「こう?」
「よし、いい感じだ」
 爪楊枝が抜けないかどうか、一度回して確かめてみろ。
 上手く出来たら、俺と勝負だ。
「勝負?」
 なに、それ?
 なんで上手く出来たらハーレイと勝負?
 コマがどれだけ回るかどうかを競うんだろうか?



 何の勝負か分からないままに、ぼくは出来上がったドングリのコマを回してみた。爪楊枝の端を摘んで、エイッと回すとクルクル、クルクル。
 さっきハーレイがやって見せたみたいにクルクルと回るドングリのコマ。
「出来た!」
 でも、ハーレイ。
 勝負って、いったい何を勝負するの?
「ん? お前、学生帽は持ってないよな、制服に帽子はついてないしな」
「学生帽って?」
「応援団のヤツらが被っているだろう、揃いの帽子を」
「あれのこと?」
 そんな帽子、ぼくは持ってない。
 生まれつき身体が弱いぼくの帽子は日よけが一番大切だから、ママが選んだつばの広い帽子。
 ぼくくらいの年の男の子が被る帽子とは全然違う。
 ハーレイは「本当は学生帽が一番いいんだが…」なんて呟きながら、「これでいいか」と荷物の中から小さな丸いお盆を取り出した。つばが広いぼくの帽子よりも小さなお盆。
 テーブルの上の空いたお皿とかを重ねてスペースを作って、お盆を置いて。
「こうして土俵を作っておいて、だ」
「どうするの?」
「この上で俺とお前のコマをクルクルと回す。ほら、用意しろ」
 お前は此処、と指差された場所でコマを構えて。
 ハーレイもぼくとは反対側に当たる場所で爪楊枝の端を摘んでコマを構える。
「いいか、一、二の三で俺と同時に回せよ?」
「うん。一、二の…」
 三! と声を揃えて、ぼくとハーレイは一緒にコマを回した。二つのコマがお盆の上。
 クルクル、クルクル…。二つのコマが近づいていって。
「そら、勝負だ!」
「あっ…!」
 パチン、とドングリのコマがぶつかった。
 弾き飛ばされた、ぼくのコマ。ハーレイのコマはまだ回ってる。
 そっか、勝負って、このことなんだ…。



 木のお盆で出来た土俵の上。
 ぼくが初めて作ったドングリのコマは、ハーレイのコマにあっさりと負けた。
「どうだ?」
 サイオン抜きでやると面白いぞ、とハーレイが二度目の勝負を持ち掛けてくる。
「お前のサイオンはまるで駄目だが、こいつはサイオン抜きだしな?」
「今度は勝つよ!」
 負けない、と叫んだぼくだったけれど、またハーレイのコマの勝ち。
「ふうむ…。初心者だからなあ、無理もないんだが」
 何度でも挑んでかまわんぞ?
 俺に勝てたら気分爽快だろうが、今じゃサイオンでさえ勝てないんだしな。
「うー…」
 ハーレイは余裕たっぷりに笑うけれども、何回やっても負けてばっかり。
 ぼくとはドングリのコマの経験値ってヤツが違いすぎると思うんだ。
 初心者のぼくと、お父さんから教わったというハーレイと。
 勝ちたくっても敵いっこないよ…。
(回す手つきからして違うものね?)
 弾き飛ばされてばかりのドングリのコマ。
 なんとかハーレイに勝つ方法は…。
(そうだ!)
 技で敵わないなら、道具で勝つ。
 ハーレイのコマより強いコマを持ったら、ぼくでも勝てるに違いないよ!



 思い付いたら実行あるのみ。
 ぼくはハーレイの荷物をチラリと眺めて、上目遣いで強請ってみた。
「ねえ、ハーレイ。もっと大きいドングリ、無いの?」
 ぼくの分のコマ、それで作るよ。
「それは反則と言わんか、ブルー?」
 ハーレイが渋い顔をしたけど、此処で譲ったら永遠に勝てっこないんだから。
 踏んばらなくちゃ、と重ねておねだり。
「だって…。勝てないんだもん、大きいドングリ…」
 欲しいんだけど。
 ほんのちょっぴり大きければいいから。
「うーむ…。まあいい、言うだろうと思っていたから、特別だ」
 ほら、と渡されたドングリは大きくて形もずんぐりしていた。
「わあ、大きい!」
「さっきのとは違う木のドングリなんだ。こいつはクヌギだ」
 でもって、さっきのは樫の木だな。
「ふふっ、ドングリ…」
 これで勝てるよ、と急いでコマを作り始めた。
 丸っこいお尻に錐で穴を開けて、爪楊枝をしっかり差し込んで…。



(ハーレイに勝てるよ、今度こそ!)
 さあ勝負だ、と木のお盆の土俵にコマを乗せようとした、ぼく。
 だけど…。
「えっ!?」
 向かい側に出て来たハーレイのコマ。ぼくのとおんなじ、クヌギのドングリ。
 なんでハーレイまで大きなドングリ?
 それに、いつの間に作ってたの?
 ぼくの疑問を読み取ったかのように、ハーレイは不敵にニヤリと笑った。
「こういうのは公平にやらんとな?」
 お前、気付いてもいなかったろうが。
 俺はお前の向かいに座って堂々と作っていたんだがな?
「ずるいよ! ハーレイ、エキスパートのくせに!」
「じゃあ、訊くがな。お前、シャングリラで俺とのゲームに手加減したか?」
 チェスもそうだし、囲碁だってそうだ。
 お前、一度でも俺にハンデをつけてくれたことがあったのか?
「…そこでそういう理屈になるの?」
「前のお前に何度負けたか…。いざ、勝負だ!」
 いくぞ、とハーレイのコマが回り出す。
 同じクヌギの大きなコマでは勝てるわけがない。
 こんなの、絶対に勝てるわけないよ…!



 案の定、ぼくは連戦連敗だった。
 何度挑んでも勝てやしなくて、ハーレイのコマにパチンと弾き飛ばされて…。
 そのハーレイは勝利を収める度に笑顔で、満面の笑顔。
「実に爽快だな、お前に連戦連勝とはな」
 シャングリラでは考えられなかった素晴らしい勝ちっぷりだ、と御満悦だから。
 ぼくは頬っぺたを膨らませた。
「ドングリで勝負を挑まなくても、水泳でも柔道でも勝てるじゃない!」
「お前、水泳も柔道も最初から全く出来ないじゃないか」
 こういうのはなあ、お前が俺と同じ土俵に上がって来ないと駄目なんだ。
 結果が見えているような勝負は勝負とは言わん。
「それでドングリのコマなんだ…」
「同じ土俵に上がれるからな」
 俺がエキスパートで悔しかったら、改めて勝負してみるか?
 他のゲームで。
 ただし、サイオンは……って、言うまでもないな。
 今のお前は不器用だしな?



「サイオン抜きって…。それじゃ勝てないし!」
 そう叫んでから「しまった」と気が付いたんだけど。
 ハーレイは「む?」と腕組みをして、ぼくの顔をじっと覗き込みながら。
「…ということは、だ。前のお前、やはりサイオンで反則してたのか?」
 鳶色の瞳に射すくめられて、ぼくは小さく肩を竦ませた。
「………ちょっとだけね」
「こらっ!」
 よくも、とハーレイの瞳が睨み付けてくる。
「俺はお前を信じてたんだぞ、あれはお前の実力だと!」
「だから実力!」
 サイオンを使ったことなんか殆ど無いよ。
 たまにだよ、ほんのちょっぴりだよ。
「何がたまにで、何がちょっぴりだ!」
 一事が万事だ!
 騙されてた俺が馬鹿だった!



 罰だ、とドングリのコマを取り上げられた。
 小さいのも、後から作ったクヌギの大きいドングリのコマも。
 ハーレイが作った分と一緒に荷物に入れられ、持って帰られてしまったドングリのコマ。
 ぼくが作ったドングリのコマ…。
(うー…)
 欲しかったのに、とハーレイが帰った後で、空っぽのテーブルの上を眺める。
 あそこでハーレイと一緒にドングリのコマを作って、勝負して。
 連戦連敗のぼくだったけれど、ドングリのコマは楽しかったんだ。
(だって、今の地球でしか出来ない遊び…)
 シャングリラにドングリのコマの遊びは無かった。
 教えてくれるハーレイも、ハーレイに教えた釣りが大好きなお父さんだって居なかった。
 前のハーレイとぼくは二人で色々とゲームをしたけど、あんな自然の遊びは無かった。
 自然の恵みを使ったゲームは一度だってやったことが無かった。
 ドングリでコマが作れるだなんて知らなかったし、お盆の土俵も無かったから。
 ううん、お盆はあったんだけれど、土俵になるなんて知らなかったから。
 ハーレイが言ってた学生帽の土俵なんかは、そもそも存在しなかったから…。



 樫の木とクヌギの木のドングリで作った、爪楊枝を刺した小さなコマ。
 ハーレイと二人で作ったドングリのコマ。
 クルクル、クルクル、木のお盆の上で何度も回って、弾いて、弾かれて回っていたコマ。
 そして何よりも、ハーレイの大きな褐色の手が器用に作ったドングリのコマ。
 記念に持っていたかったな、と思うけれども。
 勉強机の引き出しに仕舞うか、棚に飾るか、大切に持っていたかったけれど。
 でも、きっとハーレイが大事にしてくれるだろうという気がするから、それでいい。
 蒸して殺菌して貰ってるといいな、ぼくが作ったドングリのコマ。
 殺菌は先にするんだって言っていたから、順番が逆になっちゃうけれど…。
 そうやって蒸して、保存しておいて。
 いつかハーレイと結婚した時、「ほら」って見せてくれると嬉しい。
 大きな褐色の手のひらに載せて、あの時の思い出のドングリだぞ、って……。




          ドングリのコマ・了

※今はドングリのコマで遊べる時代。ハーレイに作り方を教えて貰って。
 こういう遊びもいいんですけど、前のブルーがズルをしていたのがバレちゃいましたね。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv




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 チュンチュン、チチチ…。
(うーん…)
 ベッドで眠っていたブルーの意識がぼんやりと浮上を始める。
 チチチ、チュンチュン。
 軽やかに耳をくすぐる愛らしい声。耳元で聞こえるわけではないけれど、眠りの中まで届く声。
(…もうちょっと…)
 まだ眠いよ。まだ目覚ましは鳴ってないよ、とブルーは寝返りを打って枕に顔を埋めた。
 それでも可愛らしい声は止まない。
 もう朝だよと、いいお天気だよと鳴り続ける自然の目覚ましの音。
 チュンチュン、チチチ…。チチチ、チュン、チュン。
(…んー…)
 ブルーは寝起きの悪い方ではなかったから。
 うっすらと目を開けて窓の方を見やれば、カーテンの向こうは夜明けの色。
 太陽はまだ昇っていないのか、強い光は無いようだけれど明るさを増した窓の向こう側。
 チュンチュン、チチチ。…チチチ、チュン、チュン。
 自然の目覚ましは止まってはおらず、ブルーは手を伸ばして目覚まし時計のアラームを切った。すっかり目が覚めてしまったのだし、目覚まし時計は必要無い。
 それに休日。ハーレイが来てくれる、週末の朝。



 チュンチュンと鳴き交わす自然の目覚まし。
 ブルーを起こした可愛らしい声。
(……雀……)
 多分、部屋の窓のすぐ外に雀。屋根の上に居るのか、窓辺の僅かなスペースなのか。
 それから庭の木々に他の小鳥も。耳を澄ませば雀とは違うさえずりの声。
(…何の鳥かな?)
 鳴き声だけでは分からないけれど、雀の他にも何羽かの鳥。雀よりも大きな身体の鳥か、もっと小さな鳥が居るのかも鳴き声からは分からない。小さな鳥でも遠くまで届く声で鳴くから。
(…ふふっ、朝から元気そうだよね)
 庭の芝生にも居るかもしれない。芝生の中の虫を探して食べる鳥たち。
 雀は何を食べに来るのか、それとも遊んでいるだけだろうか。
 ごくごく当たり前の朝の光景。
 カーテンを開けて眺めなくても、朝が来たのだと教えてくれる鳥たちの声。
 けれど…。
(…シャングリラに小鳥はいなかったよ)
 こんな風に目覚めることは無かった、とブルーは時の流れが連れ去った船を思い出す。
 白い鯨のようだった船。楽園と名付けたシャングリラ。
 其処は楽園だったけれども、シャングリラの朝に起こしてくれる小鳥は居なかった…。



(…青い鳥を飼ってみたかったんだよ)
 幸せを運ぶと、古い本にあった青い鳥。SD体制が始まるよりも遙かに遠い昔の童話。
 本当に幸せを運んでくれると思ったわけではなかったけれども、青い鳥がいればいいと思った。
 いつか行きたい、辿り着きたい母なる地球と同じ色の青。
 地球の青をした羽根を纏う鳥をシャングリラで飼ってみたかった。飼えば希望が見えそうな気がして、幸せに手が届きそうな気がして欲しかった。
 なのに、ゼルたちに反対されてしまった青い鳥。
 何の役にも立ちはしないと、餌と手間とがかかるだけだと。
 花ならば愛でるだけでも誰も反対しなかったけれど、餌を食べる青い鳥は駄目だった。おまけに花よりも手がかかる。鳥籠に入れねば飛び回ってしまうし、鳥籠でも世話をする係が要るし…。
 自分で世話をすることも考えたけれども、それではブルーが飼うペット。ソルジャー・ブルーの私物のペット。誰もペットを飼ってはいないし、ペットを飼えるほどの楽園でもない。
 シャングリラは人類から隠れて生きるための船。
 自分たちが必死に隠れているのに、閉ざされた世界に隠れているのに、ペットを飼うような余裕などが何処にあるというのか。
 ある意味、自分たちこそが籠の中の鳥。外へ出られない鳥籠の鳥。
 だからペットは要らなかったし、自由に飛べない籠の中の鳥も見ていれば辛くなるだろう。
 青い鳥は諦めるしかなかった。
 夢の中にしか居ない鳥だと、青い地球と同じで今は手が届かない鳥なのだと。



 幸せを運ぶ青い鳥。
 欲しかったけれど、飼えはしなかった青い鳥。
 それでも忘れることは出来なくて、ナキネズミの毛皮を青にした。青い毛皮の個体を選んだ。
 幸せの青い鳥の代わりに、青い毛皮のナキネズミ。
 開発段階では他の色をした個体も居たのだけれども、ブルーは青い個体を選んだ。この色をした血統を育てていこうと、ナキネズミの毛皮は青にしようと。
(…シャングリラに鳥は居なかったんだよ、役に立たないって言われちゃったから)
 青い鳥どころか、小鳥たちの姿が何処にも無かったシャングリラ。
 楽園という名の船で暮らしていた鳥は鶏だけ。
 卵を産む、役に立つ鶏だけ。
 もちろん鶏は肉にもなったし、餌を与えて世話をする価値が充分にあった。
 けれど他の鳥たちは何処にも居なくて、公園の木々の枝にも鳥が止まりはしなかった。



 チュンチュン、チチチ…。
 青い地球の上で、生まれ変わって来た青い地球の朝に、ブルーの部屋の窓辺で鳴く鳥たち。
 鳥の声で目覚めるような贅沢な朝は、シャングリラでは考えることさえ無かった。
 朝になったら鳥が鳴くとも思わなかった。
 青の間はともかく、公園や居住区では二十四時間の時計に合わせて明るさを変えていたけれど。夜を迎えれば暗くなったし、夜明けと共に明るさは増していったのだけれど。
 人工の光が照らす世界に自然の営みがある筈もなくて、朝に鳴く鳥たちは居なかった。
 今、冷静に思い返せば、鶏が鳴いていたのだけれど。
 朝になれば雄鶏が高らかに時を作っていたのだけれども、それは家畜飼育部での朝の風景。
 ソルジャーだったブルーとは無縁の、視察対象だった家畜飼育部のクルーたちの世界。
 他の仲間たちも仕事以外で家畜飼育部まで行きはしなかったし、朝が来る度に時を告げる雄鶏の声を何人が聞いていたのだろうか。
 子供たちは見学で訪れていた筈だけれども、朝一番に鳴く雄鶏の声を聞いただろうか。
 聞いていたとしても、それを覚えていただろうか、と考える。
 朝は雄鶏が時を作ると、誇らしげに鳴いて朝を告げると。



(…鳥の声かあ…)
 こんな愛らしい、賑やかな声に起こされる平和な朝なら良かった。
 ハーレイと眠っていた頃の朝。同じベッドで眠っていた頃。
 さえずる鳥たちの声の目覚ましなど、夢にも思いはしなかった。
 朝が来れば枕元に在った置時計が鳴って、身体を起こしたハーレイが深い溜息をついた。
 もう朝なのかと、束の間の逢瀬は終わりなのか、と。
 その溜息を聞かなかった日は、優しいキスで起こされた。唇に触れるだけのキス。
 もう朝ですよと、起きて下さい、とブルーの目覚めを促すキス。
 どちらの朝を迎えたとしても、待っていたものはハーレイとの別れ。ブリッジへ行かねばならぬハーレイと、ソルジャーとして青の間に残らねばならぬブルーと。
 名残りを惜しむキスを交わして、強く抱き合って、「また夜に」と言葉を交わしたけれど。
 別れる時には袖を掴んで引き止めたくて、ハーレイもまた何度も振り返りながら出て行った。
 再び抱き合える幸せな夜は、来ないかも知れなかったから。
 これが最後の別れになるかも知れなかったから。
(…一日が無事に終わるかどうかも分からなかったよ、次の日の朝が来るかどうかも)
 鳥たちの声で目覚める朝など、思い描きさえしなかった頃。
 あの頃は明日の朝が明けるのかすらも、定かではなかった世界だったから。
 朝には鳥が鳴くのだとも知らず、朝日が昇る光景さえも知らずに雲の中に居た。人工の光が作る朝を迎えて、その朝でさえも無事に迎えられたと安堵する世界。
 なんと寂しい世界だったかと、作り物だった楽園を思う。
 それでも精一杯に頑張ったけれど、楽園を築こうと常に努力をしていたけれど…。



 何の努力をせずとも夜が明け、鳥たちが鳴き交わす今の地球の朝。
 ハーレイと二人、生まれ変わって来た青い地球の朝。
 小鳥たちの声で目覚めて色々と思い出していたから、ブルーは訪ねて来てくれたハーレイの顔を見詰めて訊いてみる。自分の部屋で向かい合わせに座って、お茶とお菓子を前にしながら。
「ハーレイ、小鳥の声で目が覚めることって、よくある?」
「あるな。地球ならではの素敵な目覚まし時計だな」
 シャングリラに居た頃は何処にも無かった時計だ。
 実に贅沢な自然の時計だと思わないか?
「ハーレイ、とっくに気付いてたんだ…」
 目を丸くしたブルーに、ハーレイは「まあな」と片目を瞑った。
「その様子だと、お前は今朝気付いたのか?」
「うん。…今までに何度も起きてたのにね、小鳥の声で」
 ぼくは全然気付かなかったよ、当たり前すぎて。
 朝になったら雀が来てるし、他の鳥だって来るんだもの。
「いいことだ。前のお前の記憶ばかりに縛られてるより、その方がいい」
 忘れられることなら忘れておけ。
 楽しい思い出なら持つ価値もあるが、嫌なことは忘れておくもんだ。
 覚えておいて反省材料にするならともかく、そうでなければ忘れないとな?
 でないと人生、楽しくないぞ。
「そういうものなの?」
「ああ。前のお前と今のお前は違うんだからな」
 今のお前が背負わなくてはいけないものなど何も無いんだ。
 アルタミラだって忘れていいんだ、前のお前は決して忘れなかったがな。
 死んでいった仲間のためにも覚えておかねばと、彼らの分まで地球を目指さねば、と。
 そうしてメギドで死んじまった。地球には着けずに死んじまった…。
 だがな、前のお前が背負っていたものはそこで終わりだ。
 今のお前は自由に、好きに生きていいんだ、前のお前が辛かった分まで幸せにな。



 忘れておけ、とハーレイは穏やかな笑みを浮かべた。
 鳥の鳴き声で目覚める世界が嬉しかったなら、その幸せだけを覚えておけ、と。
「朝になったら起きるんだよなあ、鳥ってヤツは。フクロウみたいな夜の鳥もいるが」
 俺が実家に居た頃は親父とおふくろが餌をやっていたから、沢山来たぞ。
 今でもついついやってしまうな、朝のパンを切った時なんかにな。
 パン屑を庭に撒いてやるんだ、拾いやすい場所に。
「それで鳥、来る?」
「来るぞ。お前もやってみるか?」
 お母さんの代わりにパンを切ってだ、出た屑を撒けば拾いに来るさ。
「うーん…」
 パンかあ…、とブルーは考え込んだ。
 鳥が来るのは見たいけれども、朝のパンを切るなら朝食のテーブルに着くよりも前。母が料理を始める頃にはキッチンに行かねばならないだろう。
 どうしようかな、と小鳥への餌やりと自分が上手にパンを切れるかを考えていて。
(…そうだ)
 まるで違うことが頭を掠めた。ハーレイの母が飼っていたという白い猫。ハーレイの子供時代に家に居たと聞く猫のミーシャは大人しく小鳥を見ていただろうか?
「ハーレイ、ミーシャは? ミーシャは小鳥を捕らなかったの、庭に来てた小鳥」
「ミーシャか? そうならないよう、おふくろがしっかり食わせていたさ」
 それでも猫にとっては獲物だ、欲しそうな目で見ていたけどな。
 だからミーシャが居た頃は、だ。ミーシャを部屋に閉じ込めておいたな、餌やりの時は。
「ミーシャって甘えん坊なのに…。それでも鳥を捕ろうとするんだ、やっぱり猫だね」
「あいつの場合は食うんじゃなくってオモチャだろうなあ、鳥はあちこち動くしな」
 ミーシャは生の魚を食うより、焼いたりしたのが好きだったんだ。
 鳥を捕まえても食えなかったんじゃないかと思うな、生肉だしな?
 焼いてくれ、って持って来たかもしれんな、鳥を咥えてな。
「猫なのに?」
「うむ。生の肉より調理済みだな」
 鳥を焼くなら焼き鳥ってトコか。
 そんな悲劇が起こらずに済んで実に良かった、せっかく小鳥が来てたんだしな。



 ハーレイは懐かしそうに目を細めてから、「そういえば…」と笑顔になった。
「親父たちは今でも餌やりしてるぞ。ミーシャが居ないから技も増えたな」
「技?」
「冬の間だけだが、木の枝にリンゴやミカンを刺すんだ」
 食べやすいサイズの輪切りにしてな、葉が落ちた木の枝に刺しておくんだ。
 ミーシャが居たら出来ん技だな、ミーシャは庭で遊んでいたしな。
「木の枝に刺すの? ミカンとかリンゴ」
「ああ。ちゃんと鳥が来るぞ、そういった果物が大好きな鳥が」
「そうなんだ…」
 ブルーは驚いて想像してみた。
 葉が落ちた冬の木の枝に輪切りの果物。それに小鳥が来るという。
 パン屑を撒けば来るというのは分かるけれども、木の枝に刺さった果物だなんて。
 鳥たちはどんな風にして食べるのだろうか。
 枝に止まるのか、小さい鳥なら果物の方に止まって食べることもあるのか。
 果物を刺しに庭に出たなら、待っている鳥もいるのだろうか…。



 木の枝に刺さった果物と鳥とを思い浮かべるブルーに、ハーレイが訊いた。
「果物は人間が刺してやるんだが、自分で餌を刺しておく鳥は知ってるか?」
「なに、それ?」
 キョトンとするブルーは、もちろん知らない。
 餌を自分で刺す鳥だなんて、木の枝に刺さった果物以上に想像がつかない代物だけれど…。
「やはり知らんか。モズって鳥でな、小さな鳥だが木の枝に獲物を刺しておくんだ」
「獲物?」
「虫とか、小さなトカゲとかだな。冬の間に餌に困らないよう、刺すって話もあるんだが…」
 そうやって獲物を刺しておくのを「はやにえ」と呼ぶのさ。
 刺さっている枝の高さで冬の積雪量が分かるなんていう話もあるな。
 雪が深いと獲物を刺した枝が隠れちまうし、雪の多い年は高い枝に刺さっているとかな。
「ホント?」
「…さあな? この辺りじゃ埋まるほど雪は降らんし、どうだかなあ…」
 確かめようが無いってな。
 そういう研究をしている学者が何処かに居るかもしれんがな?
 なんと言っても平和な地球だ。
 モズのはやにえをせっせと探して、雪の深さと照らし合わせて…。
 そういう暇な研究をしていても、文句を言いそうなグランド・マザーはもう無いからな。
「無いね。…前のぼくはグランド・マザーは見ていないけどね」
「前の俺も知らんさ、辿り着く前に死んじまったからな」
 話の種に見ておきたかった気もするんだがな、今となっては。
 お前と二人で青い地球に来られると分かっていたなら、根性で一目…。



 見たかったな、というハーレイの言葉に鋭い鳥の鳴き声が重なった。「キィーッ!」と高い声で一声鳴いた、庭で一番大きな木の枝に止まった小さな小鳥。
「おっ、あれだ!」
 今、鳴いたろう? とハーレイが指差す、長めの尻尾を上下させる小鳥。
「あれがモズだな、あそこに居る」
「刺さってる? ハーレイ、はやにえ、枝に刺さってる?」
 ブルーはワクワクしながら尋ねた。
 自分のサイオンは不器用すぎるから見えないけれども、ハーレイならば遠い枝でも見える筈。
 教わったばかりの「はやにえ」は刺さっているのだろうか。虫かトカゲか、とにかく獲物。
 ハーレイが枝の方へと目を凝らしてから。
「いや、無いようだ」
「無いの? ちょっと残念…」
 せっかく教えて貰ったのに。モズが来たのに、とガッカリしていると、ハーレイに言われた。
「残念も何も、そもそもお前じゃ見えないだろうが」
「双眼鏡を使えば見えるよ!」
「それに、刺されたら獲物は死ぬが?」
 刺された直後は生きてることだってあるんだぞ。
 そいつを此処から見物するのは愉快ではないと思うがな?



「そっか…。それ、見世物じゃないものね」
 見世物じゃないね、とブルーは反省した。
 刺された獲物が生きているなら、眺めて気分がいいものではない。
 もはや死んでゆくしかない生き物の姿を双眼鏡で見物するなど、それではまるで…。
(…アルタミラみたいだ)
 死ぬと承知で人体実験を繰り返していた研究者たち。
 サイオンを封じられていたブルーだったけれど、実験室で何が起こっていたかは分かった。
 実験のために引き出される度、死んでいった仲間たちの残留思念が告げて来る。どう扱われて、どう死んだのか。どんな言葉と仕打ちとを受けて、自分たちは死んでいったのか…。
 「このくらいのレベルで死ぬんだったな」「ああ。もう少しゆっくりレベルを上げるか」。
 のた打ち回る仲間の姿を横目に、データを取るためだけに死の実験を続けた者たち。
 どう死んでゆくか、どう死んだのかも彼らにはデータの一部でしかなく、まるで見世物。
 ヒトの死という悼むべき事象が、ミュウであったばかりに見世物扱い。
 そのアルタミラの地獄を思い出したブルーはキュッと拳を握ったのだけれど。
「そうだな、確かに見世物じゃないな」
 だが、とハーレイの大きな手が伸びて来てブルーの頭をポンと叩いた。
「はやにえってヤツは、モズにとっては正しい世界だ」
 アルタミラの研究者どもとはまるで違うさ。
 お前、連想してただろう?
 そういう悲しい記憶ってヤツも、普段は忘れておくのがいいんだ。
 モズのはやにえ、生きてる状態で見るのはキツイが、それはお前や俺だからだ。
 アルタミラなんぞを知らないヤツなら、「残酷だな」と思うだけで済む。
 だからある意味、見たがったお前も正しいんだぞ。
 好奇心と探求心だな、そいつを持つのはいいことだ。
 いつか木の枝に刺さったモズの獲物を「凄い!」と目を輝かせて見られるほどにだ、お前の心に刻まれてしまった酷な記憶も消えてくれるといいんだがなあ…。



 キィーッ!
 また高く鳴いて、モズは何処かへ飛び去って行った。
 庭で一番大きな木の枝に刺すべき獲物を探しに行ったか、その木は気に入らなかったか。モズが再び戻って来るのか、戻って来たとしても獲物つきなのか、ブルーたちには分からない。
 けれどハーレイは「はやにえに来ても嫌ってやるなよ?」とブルーに優しく微笑みかけた。
「あそこの枝にカエルやトカゲが刺さったとしても、そいつは自然の営みだからな」
 いわゆる食物連鎖ってヤツはだ、ちゃんと綺麗に循環している。
 無駄に命を奪いはしない。
 アルタミラだとかSD体制みたいな、機械が作った歪んだ仕組みや世界なんかとは違うんだ。
 もっとも、モズは自分が刺しておいた獲物を忘れちまうことも多いらしいがな…。
 それでも自然の中での流れだ。忘れちまうのも理由があるんだ、他に獲物を見付けたとかな。
 アルタミラとは全く違うさ、モズを嫌ってやっては駄目だぞ。
「うん。生きたトカゲを刺しに来たって、追っ払わないよ」
 刺してる所は見たくないけど、モズには遊びじゃないんだもんね。
 それが自然で、地球に自然が戻って来たから木の枝にトカゲが刺さるんだものね。
「そうさ、それがあるべき地球の姿だ」
 一度はすっかり滅びちまって、死んじまった星にしか見えなかったが…。
 前の俺が見た地球は死の星だったが、お前がこういう姿に戻した。前のお前がメギドを沈めて、俺たちの命を守ったからだ。シャングリラが地球まで辿り着けたからだ…。
「違うよ、それは」
 ハーレイが地球まで運んだからだよ、シャングリラを。
 地球まで運んで行ってくれたからだよ、ぼくが頼んだとおりにジョミーたちを乗せて。
 シャングリラを運んでくれなかったら、何も始まりはしなかったんだよ…。



 青い地球を取り戻すための鍵になった者は誰だったのか。
 ソルジャー・ブルーだった頃のブルーか、キャプテン・ハーレイだった頃のハーレイなのか。
 どちらが欠けても地球は死の星のままだったろうが、SD体制を崩壊させた立役者はジョミーとキースの二人。地球の地の底で死んだ二人の英雄。
 けれども、ジョミーとキースが地球で出会うためにはシャングリラが地球に着かねばならない。でなければ何も始まりはしない。
 そしてグランド・マザーの最後の指示だった地球の破壊を止めた者たち。トォニィたちと人類の精鋭部隊と、残った一基のメギドに船ごと体当たりして逝ったマードック大佐。
 誰が欠けても今の地球は無い。
 木の枝にモズのはやにえが刺さる世界も、朝が来れば鳥たちがさえずる世界も。



 ブルーと二人、モズが止まっていた木を眺めながらハーレイが呟く。
「まあ、結局は、人間だろうな。…この地球を取り戻したのは人間なんだ」
「そうだと思うよ、地球を壊したのも人間だけど…」
 だけど、ちゃんと青い地球は戻って来たよ。
 人間が道を間違えなければ、青い地球はちゃんと蘇るんだよ。
「しかし、お前がメギドを沈めなかったら、その人間は何処にもいなかったわけで…」
「それは無し」
 それは無しだよ、とブルーはハーレイの言葉を遮った。
「ぼくじゃなくって神様だよ、きっと」
 神様が人間を守ってくれて、地球を元の姿に戻せるようにと手伝ってくれた。
 地球に自然が戻って来るよう、神様が手伝ってくれたんだよ。
 モズがはやにえを作る世界も、朝になったら鳥が鳴く世界も、前のぼくは知らなかったもの。
 知らなかったものを作れはしないし、元の姿に戻せもしないよ。
 この青い地球は神様が元に戻した世界。
 きっと神様にしか出来ないことだよ、何もかも…。
「そうだな、神様に感謝しないとな」
 お前にも会わせて下さったしな。この地球の上で。
「うん。ハーレイと二人で青い地球まで来られて良かった」
 ちゃんと二人で地球に来られたよ、ハーレイと一緒に青い地球まで。
 モズが居て、朝は小鳥がさえずる世界にハーレイと来たよ…。



 キィーッ!
 甲高い声が響いて、庭で一番大きな木へと飛び込んだ小鳥。
 さっきのモズが戻って来たのか、別のモズかは分からないけれど。
「ハーレイ、来た!?」
「うむ、モズだな」
 ふーむ、と目を凝らすハーレイに向かってブルーは叫んだ。
「言わないでよ? 何か刺さってても言わないでよ!?」
「安心しろ、何も刺さっていない」
 それにしてもだ。
 お前のその不器用さは何とかならんか、前と同じタイプ・ブルーだろう?
「無理!」
 だからトカゲが刺さっていたって見えないよ。
 見えなかったら分からないから、モズを嫌いになったりしないよ。
「屁理屈を言うな、単なる不器用のくせに」
「自然に優しい不器用なんだよ」
 木の枝にトカゲが刺さっても平気なように出来てるんだよ、とブルーは微笑む。
 アルタミラを思い出さなくて済むし、モズも嫌いにならないから、と。
 ハーレイと二人、枝に止まったモズを見ながら語り合って、地球で暮らせる幸せを思う。
 自分たちはなんと幸運なのかと、なんと恵まれた場所に生まれたことか、と。
 朝は鳥たちの鳴く声で目覚められる世界。
 前の生では夢にも思わなかったと、この世界で共に歩いてゆける、と……。




         鳥が鳴く世界・了

※シャングリラの中にはいなかった小鳥。役に立つ鶏だけしかいなかった世界。
 けれど今では、小鳥の声で目覚められる朝。庭にモズまでやって来るのが地球なのです。
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「…ふむ」
 紅茶だな、とハーレイが手にしたカップを眺めて呟いた。
 ブルーの部屋でテーブルを挟んで向かい合って二人、ごく当たり前になったティータイム。
 週末が多いが、平日の夕食後ということもあった。
 飲み物は大抵、紅茶だから。食事に合わせて緑茶という日もあったけれども、紅茶が定番のお茶だから。ハーレイの言葉を聞いたブルーは怪訝そうに首を傾げて尋ねた。
「ハーレイ、紅茶がどうかしたの?」
「いや、美味いな…と思ってな」
「いつものだよ?」
 変わってないよ、とブルーは答える。紅茶の種類は色々あっても、母のお気に入りのメーカーは同じ。濃い目の紅茶や香りが身上の紅茶といった違いは出て来るけれども、どれも美味しい。
 けれどハーレイは「そうじゃなくて、だ」と紅茶を一口含んで、味わって。
「俺が言うのはシャングリラだ」
「シャングリラ?」
「お前、シャングリラの頃から紅茶だったろうが」
 今ほど美味くはなかったがな。
 味もそうだし、香りなんかは雲泥の差だな、地球の紅茶とは。
「うん、今みたいに美味しくなかったけれど…。だけど紅茶が好きだったよ」
 優しい味だし、飲むと豊かな気持ちになれたし。
 だけど、ハーレイは紅茶よりもコーヒーの方が好きだったよね?
「代用品だがな」
 雲泥の差だとか、美味い不味い以前の問題だったさ。
 確かにコーヒーの味はしてたが、コーヒー豆じゃないんだからな。



 ハーレイの苦笑いが示すとおりに、シャングリラのコーヒーは代用品のコーヒーだった。ただし合成のコーヒーではない。
 初期の頃には合成品だったコーヒーだったが、「子供たちに合成品のチョコレートは駄目だ」というゼルの一言が切っ掛けになって導入されたキャロブという木。キャロブの実を乾燥させて作る粉末からチョコレートもココアもコーヒーも出来た。
 キャロブの実はカフェインを含まなかったから、コーヒーにはカフェインを加える必要があったけれども、合成ではなくて代用品。自然由来の立派なコーヒー。とはいえ、代用品のコーヒー。
 ハーレイは「ふむ…」とブルーの顔を見詰めた。
「お前は本物志向だったのかもな、紅茶だしな? あれは本物の紅茶ではあった」
「お茶の木の葉だしね。ハーレイはお酒も合成だったし、合成品とかの方が好きだったんだね」
 からかうブルーに、ハーレイが「馬鹿」と苦笑する。
「本物がいいに決まってるだろうが、コーヒーも酒も」
 しかし、前のお前に頼るわけにはいかんしな?
 シャングリラに無い物は慣れるしかないさ。代用品でも、それが俺たちに相応しい代物なんだ。
「うん…。ぼくが奪ってた頃もそうだけど、アルテメシアに馴染んでからでもそう言ってたね」
 ぼくだけじゃなくて、リオみたいな潜入班も居たのに。
 人類に紛れてアタラクシアとかエネルゲイアでちゃんと活動してたのに…。
 潜入班に物資を調達させるのも、ハーレイは反対していたものね。



 アルテメシアの育英都市に潜入していた仲間たち。
 常に居るわけではなかったけれども、ミュウらしき子供を見付けた時には人類側のデータを書き換え、適当な空き家を拠点に送り込んでいた。いざという時に間に合うように。出来るだけ子供を危険に晒さず、シャングリラへと連れて来られるように。
 ただし、彼らの活動資金。人類のふりをして生活してはいたけれど、通貨を使いはしなかった。それを使えば、人類側に動きを把握される恐れがあったから。
 物資を買うには、店のデータを書き換える。たったそれだけ。それで安全に買い物出来た。その気になったらコーヒー豆はもちろん、酒だって買えた仲間たち。滞在中に買って、持ち帰ることも不可能ではなかったのだけど。
 そうしてみたい、と願う者たちも少なくはなかったのだけど…。
 ハーレイはそれに反対した。潜入班の仕事は仲間の救出のみにすべきだ、と。
 危険だというのも理由の一つだったけれど、それ以上に大きな理由が一つ。
 いつ人類の生活圏を離脱することになるか分からないから、いくら状況が許したとしても物資を購入すべきではない。宇宙の放浪者にならざるを得なかった時、贅沢に慣れてしまっていると皆が困るし、それではいけない、というのがハーレイの持論。
 長老たちも理由を聞けば頷き、ブルーも納得せざるを得ない。
 今は状況が許せば何でも手に入る場所に居るけれど、宇宙に出ればそうはいかない。
 人類の世界にしか存在しない物は奪うしかないし、奪いに行くには戦闘班が必要だろう。
 かつて自分がやっていたことを、力で劣る仲間たちにはさせられない。
 自分ならば安全に奪えるとはいえ、それはソルジャーとなったブルーの役目ではない…。



 だからコーヒーも、ハーレイが好んで飲んでいた酒もシャングリラの中で賄った。
 酒は合成、コーヒーはキャロブの実から作った代用品。
 そんなシャングリラで代用品でも合成でもなく、本物だった飲み物の一つが紅茶だった。果物や野菜は作っていたからジュースの類はあったけれども、大量に消費される本物の嗜好品の飲み物の中では紅茶の需要が一番高かった。
 シャングリラの農場で、庭で育てていた何本もの茶の木。葉を摘み取っては紅茶を作った。味も香りも今の地球の紅茶には敵わないけれど、それでも立派な紅茶ではあった。
 ハーレイが「うむ」とポットを手にして、紅茶のおかわりをカップへと注ぐ。
「今の紅茶は美味いんだがな…。どれも美味いし、香りもいいしな」
「だって、環境が違うもの。お日様も風も、それに雨だって。お茶の木を育てる場所だって色々とあるんでしょ? 霧が深かったり、寒暖の差が大きかったり…。シャングリラじゃ無理」
「それは俺だって分かっているが、だ」
 こうも違うか、とハーレイは注いだ紅茶の香りを深く吸い込み、顔を綻ばせた。
 同じ紅茶でも自然の光や風の中で育った紅茶はやはり違うと、まして地球ともなれば違うと。
 実に美味い、と紅茶を飲みながら、ふと鳶色の瞳が煌めきを帯びて。
「覚えてるか、ブルー? 本物の美味い紅茶を無駄にしてた時代」
「えっ?」
 問われてキョトンとしたブルーだったが、ハーレイは「ほら」と続きを口にした。
「人類から奪った紅茶の飲み方を間違えただろうが、ずっと昔に」
「ああ…!」
 思い出した、とブルーはクスッと笑った。
 そういう事件が確かにあった。
 遠い遠い昔、シャングリラがまだ白い鯨ではなく、名前だけの楽園でもなかった時代に。



 アルタミラから脱出するために乗り込み、飛び立った船。
 当座の食料は積んであった分で何とかなったが、飲み物の方は水しか無かった。喉が乾けば水を飲んでいたし、それしか無いと思い込んでいた。脱出直後のゴタゴタが落ち着き、船内をあちこち歩くようになって、仲間の一人がコーヒーメーカーの存在に気付いた日までは。
 船員用の休憩室と思しき一室に在ったコーヒーメーカー。脇にカップが積まれていた。カップがあるのだし、恐らく飲み物を作るための道具だ、と集まった皆で考えた。
 コーヒーメーカーの文字は書かれていなくて、簡潔に絵で示された操作法。とりあえずカップを一個、注ぎ口らしき部分の下へと置いた。後は機械に任せるしかない。
 何が出て来るのか分からないままに、手順どおりに操作してみたら熱いコーヒーがカップの中に注がれ、その光景に皆が驚いた。
「すげえ…!」
「コーヒーはこうやって出来るのか!」
 辛うじて記憶にあったコーヒー。
 成人検査で何もかもを奪われてしまうよりも前、養父母が飲んでいたであろうコーヒー。
 存在と香りは覚えていた。コーヒーなのだ、と直ぐに分かった。
 けれどすっかり忘れ去っていた、そのコーヒーの作り方。
 コーヒーメーカーも、養父母によっては使っていたであろう旧式のコーヒーメーカーの形すらも誰の記憶にも残ってはおらず、ただ感動した。
 コーヒーが出来たと、熱いコーヒーがカップいっぱいに出来上がった、と。



 コーヒーの淹れ方さえも知らなかったくらいに、アルタミラの研究所時代は酷かった。
 飲み物は水か、でなければ補給すべき栄養分が添加されただけの飲み物か。食事は調理段階すら省かれた餌で、料理は一切出なかった。
 奪われる前の記憶も十四歳までのものだったから、養父母任せだった料理のやり方は誰も詳しく覚えていない。学校で調理実習でもあったのだろうか、包丁の使い方などの基礎こそ何とかなったけれども、レシピが全く分からない。
 卵は焼くとか、茹でるのだとか、その程度しか持っていなかった知識。卵の殻に入ってはいない保存食の卵の扱い方にさえ途惑ったくらい。どうやって調理すればいいのか、どう食べるのかと。
 料理ですらもそんな有様だった、ごくごく初期の自分たち。
 子供の飲み物ではなかったコーヒーの淹れ方などを知っている筈も無かった時代。
 それゆえにコーヒーメーカーはまさに奇跡の機械で。
 大勢の仲間が、今は子供ではなくなった仲間がコーヒーメーカーに群がった。脇に積まれていたカップを手にして、我も我もとコーヒーを飲んでは感激していた。
 コーヒーメーカーが発見された部屋は大入り満員、いつ覗いても誰かが居た。子供だった頃には好んで飲んではいなかった筈のコーヒーを前に、幸せそうに寛いでいた…。



「ハーレイもコーヒーメーカーが見付かった時にコーヒー好きになったんだっけ?」
 ブルーはその部屋でハーレイを見掛けた覚えがあった。自分には苦いだけだったコーヒーを手に談笑する仲間たちの中にハーレイも居た。
「美味かったからなあ、あのコーヒーは」
「ぼくには苦いだけの飲み物だったけどね?」
「あの頃は砂糖たっぷりとはいかなかったからな、ミルクもホイップクリームも無いし」
「どうせぼくの舌は子供並みだよ!」
 成長した後も変わらなかったブルーの舌。
 好き嫌いだけは無かったけれども、ブルーはコーヒーが苦手になった。好んで飲みたいと思う味ではないから、飲まなくても全く困らなかった。
 しかしハーレイをはじめ、多くの仲間たちがコーヒー好きへの道を歩んだ。独特の苦みを持ったコーヒーは水とはまるで違った。飲めば心が豊かになったし、舌も大いに満足した。
 けれどコーヒー豆はやがて無くなる。
 コーヒーメーカーにセットするのだと覚えた豆は使えば無くなる。他の食料品と同じように。



 とはいえ、コーヒー豆は比較的容易に調達出来た。
 輸送船を動かす者たちにはコーヒー党が多いのだろうか、物資を奪えばかなりの確率で混ざったコーヒー豆。食料品だと目星をつけて奪った箱やコンテナの中にコーヒー豆。
 ゆえにコーヒーメーカーが置かれた部屋が長期間放置されることは殆ど無くて、大抵コーヒーを飲むことが出来た。コーヒー好きになった仲間たち御用達の休憩室。
 そうやってコーヒーと水と、時には濃縮や粉末のジュースを飲んでいた頃。
 ブルーは大量の乾燥した葉っぱを手に入れた。縮んで小さくなってしまった黒っぽい色の刻んだ葉っぱ。箱には「紅茶」と書かれた文字だけ。
 これが紅茶かと皆で眺めたが、コーヒーと同じで養父母の家にあった飲み物。
 どうやって淹れるのかは忘れたけれども、紅茶なるものは覚えていた。
「紅茶はこういうものだったのか…」
「葉っぱから紅茶が出来るのか…」
 作ってみよう、と早速コーヒーメーカーが置かれた部屋に運んで豆の代わりに入れてみた。
 ワクワクしながら待ったけれども、それで紅茶が出来る筈もない。



「傑作だったよね、コーヒーメーカーで紅茶」
 ブルーがクスクスと思い出し笑いをすれば、ハーレイも「うむ」と大きく頷く。
「今の俺が見ていたら全力で止めに入っただろうな」
「ぼくも止めるよ、それは違う、って」
 二人して笑う、遠い昔の自分たち。
 幸い、コーヒーメーカーは頑丈に出来ていたらしくて壊れなかったが、出て来た飲み物は記憶にあった紅茶ではなくて黒々と濁った粉だらけの異様な液体だった。もちろん飲めたものではない。
 どうやら紅茶の作り方はコーヒーとは違うらしい、と懸命に調べて、分かったものの。
 元々がコーヒーメーカーを備えていたような船だけに、ティーポットなどは何処にも無かった。かつてその船を使っていた人類は紅茶を飲んだりしなかったらしい。
 ティーポットが無くても、紅茶はあるから。
 葉っぱだけは沢山あるから、飲みたい。なんとか紅茶を作ってみたい。



「最初はお鍋で作ったんだっけ?」
「ああ。鍋一杯に沸騰させた湯に、鍋の分も葉っぱをブチ込んでな」
 紅茶の淹れ方は「ポットの分も茶葉をスプーンに一杯」とされていたから、ポットならぬ鍋にも茶葉をスプーンに一杯分。スプーンも相手が鍋だからと大きいものを使って茶葉を量った。
 今度こそ、と挑んだ鍋での紅茶。
 大鍋で煮込んだ紅茶はとても苦くて、遠く微かな記憶に残った懐かしい紅茶の味ではなかった。色も薄めのコーヒーのようで、優しい赤い色ではなかった。
 これは違うと、紅茶ではないと女性陣の試行錯誤が始まる。
 鍋から早めに茶葉を引き上げてみるとか、茶葉の分量を調節するとか、紆余曲折の日々。
「ようやっと美味くなった頃には、残りが少なかったんだっけな」
「うん。ぼくも気に入っていたのにね…。紅茶」
 コーヒーと違って苦くなくって、とても美味しいと思ったのに。
 休憩室であれが飲めたら幸せだよね、と思ってたのに…。



 ブルーは紅茶も奪うことにした。
 嗜好品を奪いに出掛けることにハーレイは反対していたけれども、同じ嗜好品でも菓子と違って紅茶は遙かに簡単だった。
 今にして思えば、あちこちの星に特産の紅茶があったのだろう。環境が違えば味が変わる紅茶。様々な紅茶を楽しみたい人類の欲求に応えるためにと輸送船に積まれた紅茶の箱。それを覚えれば楽に奪える。あれが紅茶だ、と一目で分かる。菓子とは違った分かりやすい箱。
 コンテナごと奪った物資にティーセットが混在していたりして、紅茶事情は充実してきた。
 しかし、自給自足の生活を始めるにあたって紅茶を奪いに出ることもなくなり、それでも覚えたあの味が欲しい。紅茶が飲みたい、とブルーは思うし、他の仲間も同じこと。
 コーヒーを飲んでいた者たちだってコーヒーが欲しいし、飲みたいと願う。
 自給自足の生活を軌道に乗せる傍ら、合成品のコーヒーと紅茶とを作り上げた。当座は合成品で凌いで、ゆくゆくは自分たちの手で原料になる木を育てようとした。
 白い鯨が、文字通りの楽園が完成した頃、着手しようとしたのだけれど。
 コーヒーの木はシャングリラの中では栽培出来ないらしいと分かった。船内の気温が低すぎる。専用の温室を設けるのならば、嗜好品に過ぎないコーヒーよりも野菜用として使うべき。
 けれど紅茶の元になる茶の木は栽培可能なものだった。農場は元より、居住区に幾つも散らばる庭でも手間要らずで育つ。その葉を摘んで揉み、発酵させてから乾燥させれば紅茶になる。
 ブルーが人類から苗を奪って、農場や庭のあちこちに植えて。
 その木が育って、シャングリラ産の紅茶が出来た。
 香り高くはなかったけれども、本物の紅茶。代用品だったコーヒーと違って、紅茶は本物。
 紅茶を楽しむ仲間たちは多く、ティーポットやカップも沢山あった。
 青の間にはブルー専用のティーセットまでが置かれ、いつでも紅茶を飲むことが出来た…。



 遙かな昔の、時の流れが連れ去ってしまったシャングリラ。
 白い鯨で作られていた紅茶と、その元になった茶の木とを懐かしみながらハーレイが言う。
「いっそ緑茶にも挑戦してれば良かったな。元になる葉は同じだぞ」
「無理だよ、それ。誰も緑茶を知らなかったよ、飲んだ人が一人もいないんだもの」
 前のぼくだって、そういうデータを目にしただけ。
 緑茶がどんな味かは知らなかったし、飲んでみようとも思わなかったよ。
「だがなあ…。俺たちだったら絶対いけたぞ、好き嫌いが無いときたもんだ」
 緑茶があったら絶対に飲めた。俺もお前も、ちゃんと飲めたさ。
「だけど好きになったかどうかは謎だよ。ハーレイ、コーヒーよりも緑茶が好き?」
「うーむ…」
 どうだろうか、とハーレイは暫し考えてから。
「饅頭には緑茶がいいと思うが…。あれを食うのにコーヒーを淹れようとは思わんな、俺は」
「ぼくもお饅頭なら紅茶より緑茶で食べたいけれど…。シャングリラにお饅頭は無かったよ?」
 お饅頭は無かったし、餡子も無かったし…。
 緑茶でなくちゃ、っていうようなお菓子、シャングリラには無かったと思うんだけど…。
「違いないな。緑茶を作っていたとしてもだ、合う食い物が無かったか…」
「うん。だから紅茶が精一杯だし、シャングリラはそれだけで良かったんだよ」
 紅茶があったらそれで充分。
 お茶の木があるから、って頑張って緑茶を作らなくても、紅茶で充分…。



 そう微笑んだブルーだけれども。
 ふと青の間にあった自分専用のティーセットを思い浮かべて、其処から生まれて来た疑問。
「ねえ、ハーレイ。シャングリラにティーポットは幾つもあったけど…」
 ティーポットもシャングリラの中で作っていたけど、もしも緑茶を作っていたら…。
「そりゃあ、急須を作るんだろうな?」
 ヒルマン辺りが張り切ってデータを探して来るんだ。
 「ソルジャー、これが急須です。緑茶はこれで淹れるんですよ」とな。
 目に浮かぶようだな、シャングリラの急須。きっと渋いぞ、ヒルマンの趣味で。
「それじゃ、抹茶に挑戦してたら…」
「茶筅を作るしかないんだろうなあ、誰が点てるのかは知らんがな」
 案外、ゼルが点ててたかもな?
 そして俺まで巻き込まれるんだ、「せっかく点てたんじゃ、飲んで行け!」ってな。
「でも、茶筅って…。シャングリラに竹は無かったよ?」
「竹か…。あんな凄いのを植えたら最後…」
 知ってるか?
 竹ってヤツは物凄く繁殖力が強いんだ。
 あれは地下茎で増殖する。鉄板で遮っても下を潜って広がろうとするんだ、本当だぞ。
 ついでにタケノコがこれまた凄い。
 でかい石でも持ち上げて育つし、木の小屋だったら床をブチ抜いてまで生えて来るんだ。
 そんな植物をシャングリラの中では育てられん。
 シャングリラが傾くとまでは言いはしないが、一区画くらいは壊されそうだ。



 竹は駄目だ、とハーレイは腕組みをして断言した。
 抹茶を点てるための茶筅が必要だとしても竹は駄目だと、他の材料を探すべきだと。
「代用品の茶筅なの?」
 それって気分が出ないよ、ハーレイ。
 茶筅は竹だから美味しい抹茶が出来るんじゃないかと思うんだけどな…。
「代用品で充分だ。俺のコーヒーなんかは代用品だった、抹茶はあるだけで充分なんだ」
「でも、タケノコは美味しいよね?」
 竹が無いとタケノコ、食べられないよ。
 タケノコ御飯は春の味だし、他にも色々…。
「キャプテンとしては却下する。タケノコの美味さよりも先にシャングリラそのものの安全だ」
 竹の導入には賛成出来ん。
 キャプテンとして断固、阻止する。
「ふふっ、タケノコ。…美味しいけど危険物なんだ?」
 一区画くらい壊しちゃうほどの。
 シャングリラの中で竹が破壊活動しちゃうんだ…?
「うむ。危険物だな、間違いない」
 美味いかどうかは別問題だ。
 シャングリラを破壊しそうな植物の栽培を認めるわけには絶対にいかん。
 隔壁を閉鎖したってブチ破るかもしれんぞ、地下茎も、美味いタケノコもな。
「ハーレイ、それって凄すぎだよ!」
「しかし有り得る。大いに、有り得る」
 シャングリラを危険に晒すわけにはいかんからなあ、竹だけは駄目だ。
 キャプテンの俺がこうと決めたら、ソルジャーのお前でも反対は出来ん。
 そういう決まりだったよな?
 ことシャングリラに関してはな。



 とんでもない所で持ち出されて来た、遠い昔にシャングリラにあった絶対の規則。
 シャングリラそのものに関する決定権はソルジャーではなく、キャプテンにあった。ブルーでも反対することは出来ず、ハーレイの決定に従うのみ。
「タケノコは認められないんだね? ソルジャーのぼくが食べたいと言っても」
「もちろんだ。茶筅を作ることも認めん、竹が要るからな」
 難しい顔をしてみせるハーレイに、ブルーは「ふふっ」と笑みを浮かべた。
「今で良かった、タケノコが好きなだけ食べられるもの」
「抹茶も飲めるな、茶筅も抹茶も売っているからな」
「うん。やっぱり地球って最高なんだよ、紅茶だけじゃなくって抹茶にタケノコ」
 シャングリラに無かったものばかりだよ、とブルーは微笑む。
 それは嬉しそうに、幸せそうにハーレイを見詰めて、赤い瞳を煌めかせて。
 紅茶の話からタケノコにまで飛躍して発展してしまったけれど。
 今だからこそ出来る昔話で、幸せな話題。
 茶の木から何が出来てくるのか、それはどうやって淹れるものなのか。
 知っているからこそ、笑い合ってタケノコの話まで出来る。
 シャングリラを一区画くらい破壊しそうな竹の威力を語り合って笑える。
(ふふ、タケノコが危険物だなんて思わなかったよ)
 キャプテンに却下されちゃったよ、とソルジャーではなくなった小さなブルーは時が連れ去った白い鯨へと思いを馳せた。
 今はもう無い、楽園と言う名の白い船。
 シャングリラは無くなってしまったけれども、青い地球には来ることが出来た。
 それを思うだけで幸せに満たされ、ハーレイをいつまでも、いつまでも見詰めていたくなる。
 ハーレイと青い地球に来られて良かったと、二人で幸せな地球に来られたと…。




         白い船の紅茶・了

※コーヒーメーカーで紅茶を淹れるのは、流石に無理というものでしょう。違い過ぎです。
 そんな時代もあったというのに、船の中で作っていた紅茶。頑張りましたよね。
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 ハーレイはその日、紙袋を提げてやって来た。ぼくの部屋に入るなり、それを持ち上げてニッと笑って、こう言ったんだ。
「たまにはこういうのもいいと思ってな」
「えっ?」
 こういうのって、何のことだろう?
 キョトンとしてたら、ママがお茶を運んで来てくれた。ハーレイに「ごゆっくりどうぞ」と頭を下げて、ママは階段を下りて行ったけれども。
 ハーレイとぼくとが向かい合わせで挟んだテーブル。その上に、ママが持って来たお茶。
 いつもの紅茶とかココアじゃなくって、熱いほうじ茶。緑茶でもないって……なんで?
 ほうじ茶はぼくも飲んだりするけど、緑茶と違って普段に飲むお茶。お客様用のお茶じゃない。ママがハーレイにほうじ茶を出すなんて、有り得ない。
 だけど、テーブルの上にはほうじ茶。おかわりが入っているであろう大きな急須の中身も、多分ほうじ茶。どう見ても普段用だもの。お客様用の急須じゃないんだもの…。
(…なんで?)
 ぼくは好き嫌いが無いから、ほうじ茶でも緑茶でも気にしないけど。
 コーヒーみたいに苦すぎてそのままじゃ飲めないってわけでもないから、いいんだけれど…。
(ハーレイにほうじ茶?)
 和風の食事を出した時の食後のお茶だって、緑茶なのに。ほうじ茶なんか出て来ないのに。
 それに、お菓子用のお皿が無い。ハーレイとぼくとに一枚ずつある筈のお菓子用のお皿。
 代わりとばかりに、テーブルの真ん中に木製の深めの菓子鉢。中身は空っぽ。
(…えーっと…)
 たまにハーレイがお菓子を持って来てくれることがあるから、お菓子が無いことは珍しくない。
 けれど、菓子鉢。おまけにほうじ茶。
 ハーレイがお饅頭とかをくれる時にはこうじゃない。何かが違う。
 原因はあの紙袋なんだと思うけれども、何なんだろう…?



 テーブルの端に置かれた紙袋。お店の名前と袋のデザインだけでは中身がまるで分からない。
 まじまじと見てたら、ハーレイが袋に手を突っ込んで。
「ほら、ブルー」
 何枚食べる?
「えっ?」
 袋から出て来た褐色の手には、個別包装の平たい物体。
 ハーレイが持って来た袋の中身はお煎餅だった。一枚、二枚、と菓子鉢に盛られるお煎餅。
「…なんでお煎餅?」
 ぼくはお煎餅が好きだと話した覚えなんか無いし、好きでたまらないってわけでもない。好きなお菓子には違いないけれど、ハーレイがわざわざ買って来た理由が分からない。
 なのにハーレイは「まあ、食ってみろ」とお煎餅を一枚、差し出して来た。
「食えば分かるさ、俺が煎餅を持って来た理由」
「…そうなの?」
 受け取った袋の端をピリリと破って、顔を覗かせたお煎餅の端っこを一口齧った。
(あ…!)
 本当だ。
 ぼくはすっかり忘れていたけど、舌はきちんと覚えてた。
 懐かしい味。凄く懐かしい味と記憶を運んで来てくれた、お煎餅…。



「ハーレイ、これ…」
 ずっと昔にシャングリラで食べた。こんなお煎餅を確かに食べてた。
 ハーレイが「思い出したか?」と笑顔になる。ぼくの大好きな笑顔になる。
「シャングリラのうんと初期のおやつだ、これもあったろ?」
「うん、あった!」
 ぼくはお煎餅をパリンと齧って、懐かしい味が口いっぱいに広がった。
 塩味の素朴なお煎餅。香ばしく焼けたお煎餅だけど、シャングリラの味。
 まだ名前だけがシャングリラだった頃の、白い鯨が出来上がる前の時代のおやつ。
 あの頃、船はずっと小さくて、白い鯨の六分の一も無かっただろうか。
 アルタミラから脱出する時、たった一隻だけ残っていた船。とにかく乗り込んで空を目指した。飛び立つ術さえ知らなかったから、船のコンピューターにあった手順どおりに実行した。
 そのせいでミスもあったんだけど。
 本来なら離陸と同時に閉めなくちゃいけない、乗降口。
 どうやって閉めるのか、操縦室に居た仲間たちには分からなかった。開いたままだったことさえ気付かなかった。
 乗降口に居たぼくたちにしても、生存者が居るならギリギリまで待ちたかったから。置き去りにしてゆくことだけは避けたかったから、もう生き残りは居ないと分かっていたのに待った。爆発が続く炎の地獄から誰か走って来るんじゃないかと、船を目指して来るんじゃないかと。
 そうやって最後まで待っていたから、手動で乗降口を閉める装置を見もしなかった。離陸すれば直ちに閉めねばならない乗降口。開いたままだと危険なことさえ、誰の頭にも浮かばなかった。
 そうして悲劇は起こってしまった。
 浮上する船でバランスを崩したゼルの弟、ハンス。ゼルが慌てて手を掴んだけど、乗降口の外へ放り出されたハンスの身体を引き上げるだけの力は無かった。ぼくも力を貸せなかった。すっかり使い果たしてしまったサイオンはもう、使えなかった。
 今でも耳に残っている。「死にたくない」と叫んでいたハンス。「兄さん」という叫びを残して燃え盛る地獄へ落ちて行ったハンス。その名を絶叫していたゼル。
 ぼくたちはあまりに未熟だった。
 船の一隻すらも満足に操れないほど、何も分からなくて無知だった…。



 やっとの思いで手に入れた船。ぼくたちを救ってくれた船。
 コンピューターには船の名前が登録されていたし、そういう名なのかと思ったけれど。
 せっかく自由の身になったのだし、人類が船につけた名前は捨ててしまいたいと誰もが思った。この船はぼくたちの船なのだから。ミュウのためにある船なのだから。
 シャングリラと名付けた、ぼくたちの船。名前だけを聞けば立派な楽園。
 けれど改造するだけの技術も無かった頃のシャングリラは本当に名前だけの楽園。
 大きさは白い鯨の六分の一もありはしなかったし、設備だって最低限のもの。名付ける前の船にあった設備が全てで、食料だって同じ。
 積まれていた食料は直ぐに底を尽いた。自給自足のための設備は無かった。
 だけど食べねば生きてゆけない。とにかく何か食べねばならない。
 ぼくは近くを航行している船を探させて、一人で食料を奪いに出掛けた。名前だけの楽園に船はあってもシャトルと救命艇だけだったのだし、それで海賊行為は出来ない。あまりにも危険。
 けれども、ぼくなら真空の宇宙空間でも飛べるから。
 奪う先の船に侵入せずとも、瞬間移動で物資を奪って逃げられるから。
 食料も他の物資も、奪いに出るのはぼく一人だけ。
 選んでいるだけの余裕が無くって、コンテナごと全部失敬することもしばしばだった。
 手に入れた食料が偏ることなど珍しくなくて、キャベツだらけとかジャガイモだらけだとか。
 それでも食料があるだけマシ。工夫すれば色々な料理に化けるし、あっただけマシ…。



 限られていた食料品。
 奪って来なければ無かった食料。
 最初の間は食料さえあれば何でも良かった。アルタミラの研究所に居た頃、食事はただの「餌」だったから。調理されたものなど出はしなかったし、それに比べれば天国だった。
 温かい料理を温かい間に食べられる生活。餌ではなくて料理が出る日々。
 そうやって人間らしい食生活を送り始めると、だんだんと思い出して来る。一日に三度の食事の他にも何か食べていたと、成人検査の前に養父母と暮らした家では食べていたのだと思い出す。
 食事の他に何を食べたか、薄れて欠けた記憶の底を捜さなくても答えはあった。
 奪って来た物資に混ざっていることがある嗜好品。いわゆる、お菓子。
 物資に混ざっているくらいだから、保存の利く焼き菓子やキャンディーなど。一度口にすれば、もう忘れない。この世にはお菓子というものがあると、食事の他にも食べ物があると。
 胃袋を満たすための食事と違って、息抜きのおやつ。一度食べればまた欲しくなる。
 食べ物は本来、三度の食事だけではない筈なのだと、おやつが欲しい、と思い始める。
 もっともっと、今よりも人間らしく。
 人間らしく生きてみたいと、嗜好品だって食べたいのだと。



 だけど、シャングリラの中では作れないお菓子。技術も材料も全く無かった。
 それでもパンや食事だけでは飽きて来る。おやつが欲しい、と皆の心が求め始める。
 出来上がったお菓子は奪えたけれども、奪うことは簡単だったけれども。
 ぼくがお菓子を奪いに出掛けようとする度、ハーレイが止めた。
 たかがおやつでぼくを危険に晒せはしないと。
 そんなものを奪いに出なくてもいいと、食料は足りているのだからと。
 ハーレイの気持ちは分からないでもなかった。
 あの頃のぼくは、今と同じで小さい姿だったから。見た目だけは子供だったから。
 それでも食事だけしかない日が続くと、船の空気が澱んでくる。皆に生気が無くなってくる。
 生き生きとしていた瞳が曇って、まるで脱出した直後のよう。
 そんな仲間たちを見ていたくなくて、ぼくはついつい、奪いに出掛ける。食料は足りているのを承知で、何かお菓子を手に入れるために。皆の心を満たすために。
 そしてお菓子を手に入れて戻り、ハーレイを深く悲しませる。
 危ないから出掛けて欲しくないのにと、此処に武装した船さえあったら自分が行くのに、と。



 そうは言われても、ぼくは大切な船の空気を澱ませたくはなかったから。
 お菓子を奪いに出掛けて行っては、ハーレイが嘆く。
 行かせたくないのにと、出来ることなら自分が代わりに出掛けるのに、と。
 そういった日々の繰り返し。
 ぼくを危険に晒さないために、ハーレイは懸命に頑張った。船にある食材を常に把握し、料理の方法をあれこれ調べて作れる料理を増やそうとした。同じ食材でも違う料理を、様々な料理を。
 皆が飽きないよう、バラエティーに富んだ料理が出来たのだけれど。
 やはり料理とお菓子とは違う。やっぱり違う、と誰もが思う。
 パンとは違った、甘い焼き菓子。ふんわりと空気を含んだお菓子や、口の中でサクッとほどけるクッキー。食事とは違った味わいのお菓子。
 それらが食べたい、と願う気持ちは止められない。
 人間らしい生活を取り戻したいと、この楽園でそうしたいのだと願い始めたら止まらない…。



 ぼくがお菓子を奪いに出掛けて、ハーレイが何度も嘆いた末に。
 お菓子もなんとか作るしかないと、料理以外に作るしかないという結論になった。
 自給自足が始まる前のシャングリラ。
 まだ名前だけだった楽園の中で、ぼくが奪った食料をあれこれと工夫してお菓子を作った。
 けれど砂糖はキャンディーになって、他のお菓子には回されなかった。
 長い間食べていられるキャンディーはとても貴重な存在。甘いお菓子はこれに限る、と風味だけ変えて何種類ものキャンディーが出来た。
 砂糖が余ればキャンディーを作る。他のお菓子は作られない。
 甘い砂糖はバラエティー豊かなお菓子にはならず、残る調味料は塩だった。
 その塩で作られたお菓子の一つで、人気だったものがお煎餅。
 齧ればパリンと音がしていた、塩味の素朴なお煎餅…。



 ハーレイが「ほら」と持って来てくれたお煎餅の味は、まさにその味。
 シャングリラが名前だけの楽園だった時代に、皆が楽しみにしていたおやつ。
 前のぼくが奪いに出掛けなくても、シャングリラの中で作れたおやつ…。
「ふふっ、懐かしい」
 これが出来るまではハーレイに何度も叱られたっけね。
 お菓子なんか奪いに行かなくていいと、食料だけで充分だから、と。
「当たり前だろう! なんで命懸けで菓子を調達せにゃならんのだ」
「ぼくには簡単なことだったよ? 命なんかは懸けていないよ」
「お前にとってはそうかもしれんが、傍で見てれば命懸けにしか見えんだろうが!」
 宇宙服も着ないで飛び出して行ってしまうんだからな。
 いくら俺たちでも、宇宙空間で長時間のシールドは出来ん。船の外に出るだけで命懸けだ。
 それなのに前のお前ときたら…。
「だって、命は懸かってないもの。それよりも船の雰囲気が大事」
「気持ちは分かるが、たかが菓子だぞ」
 菓子くらい無くても死にやしないし、欲しがる方がどうかと思うが。
 アルタミラに居た頃は食事さえも無くて、餌しか食えない日々だったのにな。
「でも、ハーレイ。…ぼくたちは楽園を手に入れたんだよ、人間らしく生きたいじゃない」
「しかしだ、其処で菓子になるのか…」
「お菓子作りでうんと素敵になったよ、シャングリラの中」
 同じ塩味ならこれも出来るとか、色々と楽しみが増えたじゃない。
 塩加減でもキャンディーの味でも、料理には口を出さない人までああだこうだと言ってたよ?
 もっと塩味が濃いのがいいとか、こんなキャンディーを作らないか、とか。



「そうだな、みんな口出ししたがったっけな…」
 嗜好品の菓子だったからだろうな、とハーレイが笑う。
 料理の味に文句をつけたら「なら、食べるな」と言われて終わりだろうけど、お菓子だから。
 嫌いだったら食べなくてもいいお菓子だったから、誰もが口出ししたがったと。
 自分好みの味にしたくて、美味しいおやつを食べてみたくて、普段は口数の少ない仲間も厨房に出掛けて注文をつけた。こんなのがいいと、それが駄目ならこういうのを、と。
「ねえ、ハーレイ。このお煎餅は人気だったよね、特に調整しなくっても」
「ああ。しかし、まさか煎餅が普通にある場所に来ちまうとは思わなかったよなあ…」
「シャングリラではお煎餅って言わずにライスクラッカーだったっけ?」
「そんな名前で呼んでたな、うん」
 前のぼくはお煎餅という単語を知っていたけれど。
 当時の世界じゃ馴染みが無かった、今、ぼくとハーレイとが住んでる地域で使われる名前。
 耳慣れない単語を使うよりはと、お煎餅じゃなくてライスクラッカー。
 ハーレイが持って来てくれたお煎餅みたいな、お米の粉で作ったお煎餅ではなかったけれど。
 小麦粉を使って焼き上げられた、塩味のお煎餅だったけど…。



「今だとライスクラッカーの方が通じないね?」
「まったくだ。そいつを俺が店で言っても出て来ないかもな、煎餅は」
 ついでに煎餅の種類も増えたな、とハーレイは袋の中から一枚の紙を取り出した。
 塩味のお煎餅を買って来た店で扱っているというお煎餅の種類が書かれてる。写真がついてて、名前と説明。どんな味付けか、何処にこだわって作ったかとか。
 その一覧を覗き込みながら、ぼくは「これ!」と一つを指差した。
「ザラメのお煎餅は貴重だよね? 前のぼくたちには、これは貴重品だよ」
「貴重品以前に作れんぞ。シャングリラにザラメは無かったしな」
 お前だってザラメなんぞは何処からも奪って来なかったろうが。
「そういうお砂糖、無かったしね…。そもそも存在しなかったかもね?」
「うむ。和食の文化と同じで復活してきた砂糖かもしれんな、ザラメはな」
 俺もそこまで詳しくはないが。
 料理は好きだが、料理研究家を自称するレベルじゃないからな。
「トウガラシのお煎餅も貴重かも…」
「トウガラシか…。あるにはあったが、煎餅にたっぷりとまぶすほどには使えんな、うん」
 あれは貴重なスパイスってヤツだ。
 シャングリラで採れた数少ないスパイスの一つだったな、トウガラシは。
「胡麻煎餅は作れそうだね」
「こいつは簡単に出来ただろうなあ、前の俺たちが胡麻煎餅ってヤツを知らなかっただけで」
 実に惜しいことをしたかもしれん。
 胡麻煎餅は美味いからなあ、塩煎餅にも負けていないしな?
「醤油煎餅もシャングリラじゃ無理かあ…」
「醤油は作っていなかったしなあ…。そも、醤油自体が無かったぞ」
 あの頃の文化に醤油は無かった。
 そいつは俺でも断言出来るぞ、醤油は和食の文化と一緒にこの地球の上に再び戻って来たんだ。一度は消えちまった調味料なのさ、昆布の出汁が消えたみたいにな。



 SD体制の時代には消えた味だったり、あってもシャングリラでは貴重だったり、無かったり。
 ハーレイと二人、お煎餅の写真と名前を見ながら何が貴重かを語り合っていて。
「ハーレイ、これ! 海苔煎餅!」
 すっごく貴重、と、ぼくは叫んだ。
 海苔が貼ってあるだけのお煎餅だけれど、貴重品。とてつもなく貴重なお煎餅。
「うーむ…。シャングリラの中では有り得んな、これは」
「アルテメシアでも絶対、無理だよ!」
 青い海がある地球に行ったら海苔煎餅を作れたかも、っていうどころの話じゃなかった。海苔を食べるという文化が無かった。
 昆布の出汁が無かったみたいに、海苔だって誰も作りはしないし、食べなかった。
 アルテメシアにも海はあったのに。
 作り物の海でも海藻は生えていたと記憶してるけど、昆布の出汁も海苔も何処にも無かった。
 海苔のお煎餅は美味しいのに…。
 それと同じで、醤油煎餅だって美味しいのに…。
 どちらも前のぼくたちが全く知らなかった味。
 手に入るとか入らない以前に、海苔も醤油も何処にも存在しなかった世界。
 そんな世界に居た、前のぼくたち。
 塩煎餅を作っていたのに、海苔煎餅も醤油煎餅も夢見ることさえ無かったぼくたち…。



 そういう話を二人でしてたら、ハーレイが「うむ」と重々しく口を開いた。
「どの煎餅が一番貴重かという話で行ったら、醤油煎餅に海苔の組み合わせが最高かもな」
 醤油味のお煎餅に、ペタリと海苔。
 ハーレイが持って来た塩煎餅の店の商品にもちゃんと入っている、定番中の定番のお煎餅。
「…普通なんだけどね?」
 多分、一番普通のお煎餅だよ。
 お煎餅の絵を描きなさい、って子供に言ったら描くんじゃないかな、そのお煎餅。
「違いない」
 次はそいつを買ってくるか、って言い出したハーレイと二人で笑い合った。
 すっごく貴重なお煎餅。
 シャングリラの中では作れなかった、存在すらも知らなかった海苔と醤油のお煎餅。
 塩味のお煎餅が貴重なおやつだった時代が終わって、白い鯨が完成したって無理だった。
 青の間まで出来上がったシャングリラは見事な自給自足の世界で、お菓子も色々とあったのに。薔薇の花びらのジャムまで有志が作っていたのに、海苔と醤油のお煎餅は無理。
 海苔も醤油も何処にも存在しなかった上に、あったとしたって海苔だけは無理。
 海苔は海でしか採れないから。
 シャングリラに海は無かったから…。



 前のぼくたちの時代には貴重どころか、存在しなかった海苔と醤油のお煎餅。
 今では当たり前にお店で買える。
 小さな子供が握り締めて出掛けそうなお小遣いのコインで充分に買える。
 それも青い地球の海で採れた海苔をペタリと貼り付け、地球で採れた大豆の醤油の味のが。
「…すっごく貴重なお煎餅だね…」
 地球の海の海苔と地球のお醤油。
 とびっきり貴重なお煎餅だよ、と感嘆の息をついたら、ハーレイが塩煎餅を齧りながら。
「それを言うなら、この煎餅だって貴重だぞ」
 地球の海の塩だ、と言われて「ああ…!」と大きく目を見開いた、ぼく。
「そうだね、地球の海の味だね…」
 塩辛いよ、と懐かしい味の塩煎餅をパリンと齧ってみた。
 ごくごく普通の塩味な上に、とっても素朴なんだけど。
 お菓子なんかは殆ど無かった初期のシャングリラで作ってたほど、素朴なお煎餅だけど。
 今、ぼくが食べてるお煎餅の味は地球の海の味。
 前のぼくが行きたいと焦がれ続けた、青い地球の海から採れた塩の味…。
(…ふふっ、塩煎餅なのに貴重品だよ)
 シャングリラでは一番素朴な味だった、初期のお菓子の塩煎餅。白い鯨が完成した後には、誰も欲しいと言い出さなかった塩煎餅。他にお菓子は沢山あったし、誰だってそっちの方がいい。
 その塩煎餅が地球で贅沢に化けた。青い地球の海から採れた塩を纏って贅沢に化けた…。



(なんて幸せなんだろう…)
 ハーレイと二人、なんて幸せな場所に生まれ変わって来たんだろう。
 前のぼくたちには贅沢過ぎる、貴重品のお煎餅がごく当たり前にある世界。
 海苔と醤油のお煎餅とか、地球の海で採れた塩を使った塩煎餅とか。
(それに塩煎餅、ハーレイが思い出してくれたんだしね?)
 ぼくはすっかり忘れていたのに、懐かしい味を思い出させてくれたハーレイ。
 塩煎餅を手にして「ん?」と笑顔を向けてくれるハーレイ。
(…ハーレイと一緒に地球に来られたから、ぼくはホントに幸せなんだよ…)
 ハーレイが持って来てくれたお煎餅から幸せな気持ちが広がってゆく。
 ぼくたちは青い地球に来られたと、幸せな世界に生まれて来たと。
 塩煎餅はうんと贅沢に化けたけれども、その贅沢が出来る世界でハーレイと一緒。
 贅沢なお煎餅が普通な世界で、青い地球でハーレイといつまでも一緒……。




          お煎餅・了

※シャングリラの時代だと、とても贅沢だった海苔と醤油のお煎餅。今は普通なのに。
 何故かアルタミラ脱出の辺りがちょろっと書かれてますけど、このタイトルでいいんです!
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「あっ…!」
 ざあっ、と梢を鳴らして吹いて来た風。
 庭の木々を揺さぶった風は開け放ってあった窓から部屋へ吹き込み、ブルーとハーレイが向かい合って座るテーブルの上を軽々と越えて。
 ブルーが思わず瞑ってしまった目を開けるよりも早く、勉強机に重ねて置いてあったプリントがバサバサと音を立てて部屋中に舞った。それらは床へ、ベッドへと無秩序に落ちる。
「あーあ…」
 ほんの一瞬で散らかった部屋。
 ブルーは椅子から立ち上がってプリントを拾い、机に戻して重石代わりにとペン立てを乗せた。乱暴な風にそう何回も飛ばされたのではたまらない。



「派手にやられたな」
「うん」
 片付ける間、黙って見ていたハーレイが椅子に戻ったブルーを「お疲れ様」と労い、窓の外へと視線を向けて。
「…風の音にぞ驚かれぬる、か」
 相変わらず風は吹いていたけれど、先刻のような突風ではなくて穏やかな風。葉ずれの音さえも微かでしかない風だったから、さっきの風を指しているのだとは思うけれども。
 聞き覚えの無い言い回しだから、ブルーは首を傾げて尋ねた。
「なに、それ?」
「ん? 秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる、だな」
 古今集の歌さ。
 藤原敏行って人が詠んだ和歌なんだ、百人一首には入ってないがな。
「風の音でビックリするの? さっきみたいに?」
「秋が来ていることを目ではっきりとは見られないが、だ。風の音で秋の気配を感じて驚いた、といった意味の和歌だな」
「ふうん…。だけど百人一首じゃないんだ?」
「同じ人の歌は入っているんだが…。まるで別の和歌だ、秋の歌じゃない」
 全く違う、とハーレイが挙げた和歌は確かに別物だった。
「住の江の岸に寄る波、夜さへや夢の通ひ路人目よくらむ。…恋の歌だな」
「そうなの?」
「気になるんだったら、後で自分で調べておけ」
 俺は藪蛇は御免蒙る。
 如何にもお前が詠みそうな歌だ、そして文句をつけてくるんだ。
「えーっ?」
 ケチ、とブルーは唇を尖らせたけれど、ハーレイの解説は聞けなかった。



 百人一首。
 ブルーとハーレイが住んでいる地域に遙かな昔に在った小さな島国、日本で選ばれた百首の歌。
 古典の授業の範囲ではあるが、全部の歌を習いはしない。
 ソルジャー・ブルーだった頃のブルーも、その存在を何処かで目にした程度。内容までは興味を持たなかったし、百首の歌を見た覚えも無い。
 ゆえにハーレイが口にした歌の意味など見当もつかず、仕方ないから質問を変えることにした。
「百人一首には秋の歌って色々あるの?」
「あるぞ。吹くからに秋の草木の萎るれば、むべ山風を嵐と言ふらむ、とかな」
 こいつはさっきの風よりも酷い。
 風が吹いた端から草木が萎れていくと言うから、歌の通りに嵐だな。
 その時代の言葉で呼ぶなら野分だ。
「野分…。それ、台風のことだったっけ?」
「そうだ、流石によく覚えてるな。もっとも今じゃ本物の台風ってヤツは無いそうだがな」
 SD体制が崩壊した時、地球の地形も変わっちまった。
 ずうっと昔には二百十日なんて言ってだ、台風が来やすい時期を指した言葉もあったんだが…。
 梅雨と同じで消えちまったなあ、台風も二百十日もな。
 もっとも、秋に来る嵐なら野分でいいかもしれん。
 二百十日の頃に野の草を吹き分けてゆくという強風だからな、二百十日は秋だしな?



 他にも秋の風を詠んだ歌は百人一首にあるんだぞ、とハーレイは挙げた。
「秋風にたなびく雲の絶え間より漏れいづる月の影のさやけさ」
「嵐吹く三室の山のもみぢ葉は龍田の川の錦なりけり」
 この二つだけでなく、まだ幾つか。
 雲がたなびくだけの風から、紅葉を散らす嵐まで。
 なんと沢山の風があるものか、とブルーは思う。
「ねえ、ハーレイ。秋の風だけでも色々な風があるんだね」
「そりゃまあ…。なあ? 秋の風も春も、夏や冬の風もあるだろうが」
 有名なトコだと、春なら東風か。冬は木枯らしだな。
 四季がある地域ならではだ。
「うん。此処に生まれて良かったよ、ぼく」
「まったくだ。四季がある上、海に行ったら潮風があるし、山の風も気持ちいいからな」
 実にいい所に生まれたものだ、とハーレイも大きく頷いた。
 四季折々の地球の息吹を感じられると、この地域に生まれ変わることが出来て良かったと。



 二人して、四季と風とを語り合っていたのだけれど。
 不意にハーレイがブルーの瞳を覗き込んだ。
「そういえば…。お前はどういう風なんだろうな?」
「えっ?」
 ぼく? とブルーが目を丸くすれば、ハーレイは「ああ」と笑みを浮かべた。
「今のお前なら可愛らしいし春風だろうが、前のお前は何だろうなあ…」
「…なんで前のぼく?」
 どうして其処でソルジャー・ブルーの話になるのか、ブルーにはまるで分からなかった。
 今の自分がどういう風かを話題にするなら自然だけれども、ソルジャー・ブルー。
 遙か遠い昔に死んでしまった前の自分を、何故ハーレイが持ち出すのだろう?
「すまん、驚いたか? だが、風の話で思い出したんでな」
「何を?」
「ナキネズミのヤツが言ったんだ。「ブルーは風の匂いがしたね」と」
 お前が逝ってしまった後で。
 俺が青の間を何度も訪ねたって話は前にしていただろう?
 たまに先客がベッドに居たと。
 丸くなって寝ていたナキネズミを起こして、お前の思い出話をしたと…。



 言われてみればブルーにも覚えがあった。
 前の自分が死んでしまった後、独りぼっちになったハーレイ。
 シャングリラに仲間たちは大勢いたのに、ハーレイは孤独の只中に居た。
 癒し難い苦しみと悲しみを抱え、ブルーが居なくなった青の間を訪ねては泣いた。その青の間のベッドで寝ていたらしいナキネズミ。
 たった一匹のナキネズミがベッドに居るだけで、ハーレイは泣かずに済んだという。在りし日のブルーに共に思いを馳せ、懐かしむことが出来たから。
 けれど…。
「えーっと…。ハーレイ、ナキネズミは風の匂いなんかを知っていた?」
 シャングリラ生まれの動物だけど、とブルーは尋ねた。
 ナキネズミは思念波を中継させるために作った生き物だったし、シャングリラでしか育たない。交配も世代交代も全てシャングリラの中。
 ジョミーに渡して「レイン」と名付けられたナキネズミも例外ではなかった筈なのだが…。
「はて…。そう言えば、あいつは風を知らんか…」
 ハーレイともども、首を捻って。
 そうか、とブルーが思い至ったこと。
「それ、もしかしたらナスカの風のことかな?」
「そうかもしれん。…いや待て、それだけは有り得んな」
 あいつは風がお前の匂いだと言った。
 お前、ナスカには降りていないぞ。眠ったままだったお前の匂いと比較は出来ん。
「そっか…。じゃあ、シャングリラの風なわけ?」
「人工のか? そいつは有難味が無さ過ぎるぞ」
 俺はてっきり自然の風だと…。
 如何にもお前に似合いそうだと、そう思って聞いていたんだが…?



 またしても二人、ナキネズミが話したという風の正体について考え込む羽目に陥った。
 ナスカの風とは違うらしいし、シャングリラの公園に吹く人工の風でも無いのだとしたら。
「…ハーレイ。あれ、いつ地上に下ろしたっけ?」
「あいつか? ジョミーの成人検査に間に合うように、馴染ませないといけなかったし…」
 成人検査より半年くらいは前だったろうか、とハーレイが記憶を遡る。
 人類の世界には存在しないナキネズミ。
 それを巧みに紛れ込ませてデータを操作し、宇宙の珍獣だと思い込ませた。
 ジョミーの成人検査の時期に合わせて公開されるよう、ジョミーの目に触れて出会えるように。
「あいつはリオが運んで行ったんだったか?」
「うん、ぼくがサイオンで細工したケージに入れてね。その時なのかな?」
「ケージの中では風が吹いても分からんだろう」
 それに輸送は小型艇だ。
 あの船の中にも風は吹かんぞ、凄い速さで飛ぶ密室だからな。
「だったら、地上? …でも、リオはユニバーサルのデータを操作して、ナキネズミをケージごと動物園に…」
「その筈だよな?」
 風に触れさせる暇など無かった筈だ、とハーレイは顎に手をやった。
 ナキネズミはケージごと動物園に収容されて宇宙の珍獣になったのだから、と。



 まるで分からない、ナキネズミと風との接点なるもの。
 ブルーは前の自分が目にした動物園の様子を思い浮かべて、ポンと手を打った。
「うん、何処かで自然に生きてたかも! 風の入る檻って言うの? 屋根のない場所で」
 そういう区画は幾つもあった。
 子供たちが動物と触れ合えるように作られた広場や、囲いの中を歩き回る動物たちや。
 夜になれば飼育用の小部屋に戻されるけれど、昼の間は風が吹き抜ける場所に居た生き物たち。ナキネズミもそうに違いない、と考えたブルーだったけれども。
「おいおい、宇宙の珍獣だぞ?」
 ナキネズミは一匹だけなんだ。
 貴重な動物をウサギやポニーなんかと一緒にするなよ?
 ライオンだってだ、一頭しかいないってわけじゃないんだ、珍しさの桁が違いすぎる。
「うーん…。自然の区画は無理かあ…」
 考えてみれば、ジョミーがナキネズミと出会った時にも密閉された檻だった。
 換気用の設備は整っていたものの、狭苦しい檻。
 アルタミラで押し込まれていた檻を思い出させる、ろくに動けもしない檻……。



 前の自分が立てた作戦とはいえ、ブルーの胸が微かに痛んだ。
 シャングリラの中で生まれ育ったナキネズミ。
 そのシャングリラでさえ閉ざされた狭い世界であったというのに、更に狭い檻へと送り込まれたナキネズミ。ろくに動けず、風さえ吹かない檻に入れられ、ジョミーを待っていたナキネズミ…。
 あの狭苦しい檻に入れられる前は、ナキネズミは何処に居たのだろう?
 アルテメシアには一匹しかいない宇宙の珍獣。
 人類が暮らす宇宙全域でも数えるほどしか存在しない、と偽りのデータを送っておいた。
 それほどに貴重なナキネズミ。
 自然の風が入る場所では、感染症で死ぬかもしれない。病気に罹ってしまうかもしれない。
 もしも自分がナキネズミを預かる飼育係ならどうするだろう、と想像してみて。
 密閉した部屋で飼うしかないと思った。
 外からウイルスが入らないよう、換気設備の完璧な部屋で。
 だとすると……。



「ひょっとして、ジョミーが外に出すまで、ナキネズミは風を知らなかった?」
「有り得るな…」
 大いに有り得る、とハーレイとも意見の一致を見たのだけれど。
 其処でブルーはとんでもない事実に気が付いた。
「ちょ、ちょっと待って。まさか風って、ジョミーが派手に銃撃されてた時の!?」
「なんだって!?」
 ハーレイが鳶色の目を見開いた。
「硝煙の匂いの風だと言うのか、ナキネズミが言っていた風は?」
 まさか、と目を剥くハーレイだったが、ジョミーが銃撃されていたことは否定できない。そして現場にナキネズミが共に居たことも。
 ジョミーはナキネズミを檻から出した直後に取り囲まれたし、銃撃された。
 それから後はリオに救われ、小型艇の中。
 そんな場所では風は吹かない。ナキネズミが風を感じただろう場所では激しい銃撃。



 ブルーは呆然として今の自分の身体を眺めた。
 可愛らしいから春風のようだ、とハーレイが言った小さな身体。
 けれども、ソルジャー・ブルーだった頃の自分が纏っていたという風の匂いは…。
「…ぼくってそんなに…」
 硝煙の匂いがしただろうか、と呟いた途端に蘇る記憶。
 あんまりと言えばあんまりな記憶。
「そうだ、ナキネズミに…。レインに会ったの、格納庫だ…」
 キースの脱走騒ぎの時の。
 あそこでキースに逃げられた後でレインが来たから、思念波をブリッジに届けて貰って…。
「うーむ…」
 そうだった、とハーレイが腕を組んで唸った。
 子供が一人仮死状態だから医療班を寄越してくれと、自分もナキネズミの力を借りねば思念波を送ることさえ覚束ない、とブルーからブリッジに届いた思念。
 あの時は腰が抜けそうだったが、今なら冷静に思い出せるし、笑いも出来る。
「キースは硝煙臭かったろうな、爆発騒ぎの後だったしな?」
「その匂い、ぼくにも移っていたかも…。全然、意識していなかったけど…」
 キースからブルーの身体に移ったかもしれない硝煙の匂い。
 ナキネズミがジョミーと一緒に銃撃された時、嗅がされたであろう硝煙の匂い…。



「前のぼくの匂いって、まさか、硝煙…」
「それだけは無いと俺は思いたいが…」
 あまりにも酷すぎる風の匂いに、愕然とするブルーと、ハーレイと。
 硝煙では無かったと思いたいけれど、考えるほどに硝煙の匂いが怪しい上に有力候補。
 しかしソルジャー・ブルーが常に硝煙の匂いを纏っていたわけではなかったから。
 違ったことをハーレイは誰よりも知っていたから、こう提案した。
「そうだ、雨だと思っておかないか?」
「雨?」
「雨上がりの風だ。水が少なくて乾いたナスカじゃ、そいつが一番いい風だった」
 あいつ、名前がレインだったからな。
 たまにナスカで雨が降って来ると、雨上がりに外へ駆け出して行ってたもんだ。
 空気が薄くても平気だったな、やっぱり動物は強いもんだな。
「雨上がりの風かあ…。硝煙よりかはそっちがいいかな」
 それがいいな、とブルーは嬉しくなったのだけれど。
 ナキネズミが語ったと聞く「風の匂い」。
 その風がどういう匂いだったのか、ハーレイは尋ねなかったのだろうか?



 硝煙だったのか、ナキネズミが好きだった雨上がりの風か。
 どちらが前の自分の匂いなのか、とブルーはもう一度ハーレイに向かって訊いてみた。
「ハーレイ、確認しなかったの? 風の匂いって、どんな匂いか」
「いい話だと思っていたからな。風の匂いだと聞いたら、そうかと思うさ」
「……そんなものなの?」
 いい話だから、と思ってナキネズミに訊き返さなかったハーレイ。
 ソルジャー・ブルーは風の匂いがした、と聞かされて「いい話だ」と思ったらしいハーレイ。
 ということは…、とブルーはアッと息を飲んだ。
「それじゃ、ハーレイも風の匂いで納得したわけ?」
 そういえば、ハーレイもアルタミラから後は本物の風なんか知らないよね?
 アルタミラって言えば、空まで届きそうに燃え上がる炎と爆風が渦巻く地獄だったし…。
 やっぱり硝煙?!
 前のぼくの匂いって、硝煙なんだ…?



 打ちのめされたブルーだけれども、ハーレイが「こらこら」と苦笑した。
「落ち着け、馬鹿。俺だってナスカの風を知ってる。雨上がりが一番と言っただろうが」
 それにアルテメシアに居た頃には、だ。
 シャングリラの周りの風の匂いだって俺は知ってたさ。キャプテンだからな。
 必要とあらばハッチだって開けて覗かにゃならん。
「シャングリラの周りって…。凄い風だったよ?」
「だが、本物の風には違いあるまい?」
 油断したら身体ごと吹っ飛ばされそうな風でも、本物の風だ。
 前の俺は本物の風の匂いを知っていたんだ、アルテメシアのも、ナスカのもな。
「…だったら風の匂いって、硝煙の匂いじゃないかもしれないんだ?」
「まあな。…ナスカはともかく、アルテメシアじゃいつだって雲の中だったんだが…」
 あの頃の、元気だった頃のお前が風の匂いだと俺は思った。
 はて、何故なんだか…。



 何故、と顎に手を当てて遠い記憶を探っていたハーレイが「あれか」と声を上げた。
「…そうだ、湿り気を含んだ風だ。シャングリラの周りにはいつも雲があった」
 雲は細かい水の粒だしな、風だって自然と湿り気を帯びる。
 じっとりと重い風じゃなくって、しっとりと肌に馴染むんだ。
 もの凄い強さで吹き付けて来るのに、「外の空気だ」と身体が喜んでいたな。
 やはりナスカの雨上がりの風があれに近いか…。
 あいつ、きちんと言い当てていたか、お前の匂いを。
「本当に? ハーレイ、本当に硝煙じゃなくて?」
「間違いない。俺が保証する」
 前のお前からしていた匂いは風の匂いだ、ナスカで一番だった雨上がりの風の。
 ナキネズミが言ってた風の匂いは、そいつで絶対、間違いはない。
 俺にしてみれば、雨上がりの風でなくてもいいんだがな。
 アルテメシアでシャングリラのハッチから顔を出した時の、雲の中の風。
 あの時に感じた風の匂いが、前のお前の匂いだったんだがな…。



 硝煙の匂いではなかったらしいソルジャー・ブルー。
 けれど雨上がりの風の匂いだと言われても、やはりブルーには分からない。
 ジョミーに渡したナキネズミが生まれた頃には既に弱っていたソルジャー・ブルー。それゆえにナキネズミと触れ合う時間などは無かったのだし、地上へ送り出す前に少し会った程度。
 ほんの少ししか会わなかったナキネズミが匂いを覚えているものだろうか?
 キースと対峙した後の格納庫でなら濃密な触れ合いがあったけれども、それなら硝煙の匂いだと思われる筈。
 殆ど面識が無いに等しいナキネズミが何故、雨上がりの風だと考えたのか。
 それをハーレイが言うのだったら、不思議でも何でも無いのだけれど…。
 だから疑問を口にしてみる。
 雨上がりの風だと保証してくれた、褐色の肌の恋人に向かって。
「ねえ、ハーレイ。ぼくはナキネズミと殆ど会ってないのに、なんで風の匂いがしたんだろう?」
「そいつは多分…。俺が思うに、青の間じゃないか?」
「青の間?」
「お前は知らないだろうがな。あいつ、青の間に何度も来てたぞ」
 前のお前が寝ていた間に、ジョミーの肩に乗っかってな。
 お前は黙って寝ていただけだが、ナキネズミには青の間がお前の部屋だと分かっていた。
 其処で馴染んだ匂いと良く似ていたのが、ナスカの雨上がりの風だったんだろう。
 ……忘れちまったか?
 青の間にはたっぷりとあった筈だぞ、雲の湿り気や雨上がりの風とそっくりなものが。
「そうか、水…!」
 広大な青の間に満々と湛えられていた大量の水。
 ナキネズミはそれの匂いを覚えたのか、とブルーはようやっと安堵の吐息をついた。
 ソルジャー・ブルーの匂いだとナキネズミが言った風の匂いは雨上がりの風。
 乾き切ったナスカの大地を潤した雨が運んで来た風…。



「…良かった…。硝煙の匂いじゃなくて」
「俺もホッとしたさ、そんな物騒な匂いのことだったのかと焦ったぞ」
「ハーレイがちゃんと確かめておかないからだよ、ナキネズミに!」
 ぼくだって焦ったんだから、とブルーは文句を言ったけれども、本当はとても幸せだった。
 ハーレイが覚えていてくれた、ソルジャー・ブルーだった頃の自分の匂い。
 雨上がりの風の匂いに似ていたという、元気だった頃のソルジャー・ブルーの匂い…。
 どんな匂いがしたのだろうか、と考えていたら。
 サアッ、と風が吹き抜けていって、遠くの空に雲が湧いている。
 ハーレイもそちらの方を眺めて、「ふむ…」と遠い雲に目を凝らした。
「さて、こいつは後で一雨来るかな」
「どうなんだろうね?」
 天気予報では降るとは言っていなかった。
 けれども秋の天気は気まぐれ。
 遙かな昔のような野分こそ今では来ないけれども、変わりやすいことは今でも同じ。
 ハーレイが雲を見やって、それからブルーの方を見て。
「降るとしたら夜だな、俺が帰った後だろうな」
 お前と一緒に雨上がりの風の匂いは確かめられないか…。
 こんなのだったぞ、と言ってやろうにも、帰った後ではどうにもならんな。
「ぼくは自分の匂いなんかは知らないよ!」
 そんなの知らない、と照れ隠しに叫んだ小さなブルーだったけれども。
 本当の所は、ハーレイと一緒に雨が降るまで、雨が上がるまで一緒に居たかった。
 そして二人で確かめたかった、とブルーは遠くの雲を見詰める。
 雨上がりの風の匂いがしていたという、ソルジャー・ブルー。
 前の自分からはどんな匂いがしたのか、雨上がりの風はどんな匂いを運んで来るのか。
 それをハーレイと確かめたかった、とブルーは思う。
 前の自分から漂ったという、湿り気を帯びた風の匂いを……。




         雨上がりの風・了

※風の匂いがした、ソルジャー・ブルー。なんとも不思議な匂いです。風の匂いは本当に色々。
 雨上がりの風の匂いで良かったですよね、硝煙の匂いだと酷すぎですから。
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