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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

(…まさかね…)
 ブルーはキッチンの棚に重ねて置かれた幾つものザルを見上げていた。母が水切りなどに使っているザル。頭に被れそうな大きなものから、グレープフルーツを一個入れれば溢れてしまいそうな小さなものまで。色も素材も様々なそれが、今のブルーの心配の種。
(…被らないとは思うんだけど…)
 今日の二時間目、大好きなハーレイの古典の授業。皆が退屈してくる授業時間の半ば頃、絶妙のタイミングでハーレイが持ち出してくる蘊蓄たっぷりの楽しい雑談。遠い昔の伝説だったり、今は失われた習慣だったりと、生徒の心をガッチリと掴み、自分の話に引き戻す。
 ブルーも大好きな時間だったが、まさか怖い話になるなんて。
(…あんなの、ただの言い伝えだよね?)
 迷信なのだと信じたい。本当だったら恐ろしすぎるし、仮に本当でも自分とは全く関係が無いと思いたい。それほどに怖くて恐ろしい話。あまりに怖くて、こうして見ずにはいられない。
(…ザルを被ると背が伸びない、って…)
 ハーレイが話した、SD体制が始まるよりも遙か昔の言い伝え。皆は笑って聞いていたけれど、ブルーには笑いごとではなかった。
 学年で一番小さいブルー。三月の一番末が誕生日だから、年も学年で一番幼い。小さくて当然と考えていた日が懐かしい。
(…背が伸びないと困るんだけど…!)
 ホントのホントに困るんだけど、と心配の種のザルを見上げる。
 ブルーの身長は百五十センチ。前世での恋人、ハーレイと出会って記憶が蘇り、前の生の自分と同じ背丈の百七十センチが目標になった。そこまで伸びないとハーレイはキスも許してくれない。
 それなのに全く伸びてくれない背丈。たとえ言い伝えでもザルの話は恐ろしすぎる。
 自分は被っていない筈だと思うけれども、背が伸びないだなんて、やっぱり怖い。
(…だけど、子供じゃ届かないしね?)
 記憶にある限り、ザルの置き場所は幼い頃から変わってはいない。キッチンの棚の一番上。今のブルーでも手を伸ばさないと取れない場所だし、子供の手は絶対に届かない筈。
(椅子に上っても無理だよね、うん)
 第一、幼いブルーは棚の所まで椅子を運べなかっただろう。だから絶対に大丈夫。
 背が伸びなくなるという恐ろしいザルを自分は決して被ってはいない、と頷いてキッチンの中を見回し、再びザルを見上げてみる。あそこがザルの定位置なのだから、大丈夫…。



 ホッと息をつき、二階の自分の部屋に戻った。暫くして母に「おやつよ」と呼ばれ、読んでいた本に栞を挟んで階下へと下りる。ダイニングのテーブルにシフォンケーキ。キッチンのオーブンに入っていたものはこれだったのか、と納得しながら自分の椅子に座った。
 母と二人でのティータイム。今日の出来事などを母に報告していたら。
「ブルー、キッチンで何を見てたの?」
 唐突に母が尋ねてきた。ザルに気を取られて気付かなかったが、どうやら見られていたらしい。恥ずかしいから誤魔化そうかとも思ったけれども、考えようによってはチャンスだ。幼かった頃の自分がザルを被っていなかったことを、母なら証言してくれるだろう。
「えっと…。ママ、ぼくが小さかった頃なんだけど…」
 ぼくの背、キッチンの棚まで届かなかったよね?
 サイオンで浮かんだりもしていないよね、と思い切って切り出してみた。
「なあに? キッチンの棚がどうかしたの?」
「…ザル…。あそこにあるザル、オモチャにしたりはしてないよね、ぼく?」
「ザル?」
 ブルーは母が即座に否定するだろうと期待した。なのに…。
「あらっ、もしかして忘れちゃったの?」
 幼稚園に持って行ったじゃないの、と思わぬ答えが返って来た。
「ザルにいっぱいボールを貰って帰って来たでしょ、スーパーボール」
「…スーパーボール…」
 記憶の彼方から蘇って来る遠い日の思い出。
 ソルジャー・ブルーだった頃よりは遙かに近しい記憶だけれども、幼かった幼稚園児のブルー。制服を着て帽子を被って、小さな鞄を肩から掛けて、幼稚園のバスに乗っていた。
 幼稚園で人気があったオモチャがスーパーボール。よく弾むゴムで出来たボールで、競い合って投げたり弾いたりした。家にも沢山あればいいのに、と思っていたことを覚えている。夢が叶って山ほど貰って、大喜びで帰りのバスに乗った日のことも。



 宝物だった沢山の小さなスーパーボール。きらきら光って、いろんな色で。
 そうだ、幼稚園の遊びで貰った。水に浮かべたスーパーボールを掬う遊びにザルを使った。前の日に先生が「素早く沢山掬えない子は、大きいザルを持って来てね」と説明してくれたから、他の子に取られてしまわないよう、大きなザルが要ると思った。
 母に頼んで用意して貰った幼稚園の帽子よりも大きなザル。一度に沢山のボールが掬えるザル。これで素早い子にも負けはしない、と喜んだ。
(そのザルを持って行って…。どうしたっけ?)
 誰にも負けない秘密兵器の大きなザル。帽子よりも大きいザルが嬉しくて、幼稚園の鞄と並べて眺めた。あれで沢山ボールを掬って貰って帰ろうとワクワクしていた。
 何度もザルを手に取ってみて、幼稚園の帽子のサイズと比べて大満足で、うんと得意になって。帽子よりも大きいんだ、と嬉しくなった末に部屋の鏡を覗き込みながら…。
(…被っちゃった…!)
 鏡に映った得意そうな顔の幼い自分。帽子よろしく大きな黄色いザルを被って、満面の笑顔。
(…ど、どうしよう…。被っちゃったんだ…!)
 思い出してしまった最悪な記憶。顔から血の気が引きそうになる。被ったら背が伸びなくなると教わったザル。それを被った幼い自分。取り返しのつかない過去の過ち。
 ブルーの異変に気付いたのだろう、母が紅茶のポットを手にして尋ねてきた。
「どうしたの、ブルー?」
「……ザル……。ぼく、被っちゃった…」
「ああ、そうねえ!」
 とっても可愛かったわよ、と母はブルーのカップに紅茶のおかわりを注ぐ。
「幼稚園から帰って来るなり被ってたわねえ、ぼくのが一番大きかったよ、って」
「…か、被ってたの?」
「あらっ、ゲームをした日の話じゃないの? 他の日にもザルを被ってたの?」
「う、うん…。前の日の晩に……」
 大きなザルが嬉しかったから、と白状しながらもブルーの気分はドン底だった。ザルは一度しか被っていないと思っていたのに、帰ってからも被ったという自分。この調子では幼稚園でもきっと被っていただろう。誰よりも大きなザルが自慢で、幼稚園の帽子よりも大きいのだ、と。



 可笑しそうに笑う母にはザルの言い伝えを話せなかった。母は言い伝えを聞いたことがないのに違いない。知っていたならブルーを止めてくれた筈。「ザルを被ると背が伸びないわよ」と。
(……被っちゃったなんて……)
 被ってしまうと背が伸びなくなる呪いのアイテム。遠い昔の言い伝えのザル。
 幼稚園の先生たちもザルの言い伝えを聞いたことがなかったのだろう。被ってはいけないと注意されたら覚えている筈。家に帰ってもう一度被るわけがない。
 スーパーボールを山ほど貰って御機嫌で家に帰ったけれども、大きなザルで得はしなかった。
 一度に沢山掬えるザルで挑むか、普通のザルで素早く何度も掬ってゆくか。結局の所、ボールを幾つ掬えるかは個人の力量であって、遊びが終わると持っているボールの数はまちまち。
 ブルーは山のように掬って満足だったが、まるで掬えなかった子も少なくはなくて、そんな子は追加のボールを貰った。先生が公平に数を数えて、足りない子には幾つも追加があった。
(…おんなじだけ貰ったんだっけ…)
 自分で掬った分、好みの色のボールが多いという利点はあったのだけれど、貰ったボールの数はみんなと同じ。欲張って大きなザルを持って行っても、遊びで有利だっただけ。
(…被った分だけ、損をしちゃった?)
 欲張った者が酷い目に遭う昔話を思い出す。ハーレイお得意の雑談の中でも大きなつづらの話を聞いた。つづらは遠い昔の時代の蓋つきの籠。身体に見合った小さなつづらを選ぶと宝物入りで、欲張って大きなつづらを選べば中身は怪物という話。
(…ホントに怪物だったんだけど…)
 大きなザルには「頭に被ると背が伸びない」という恐ろしいオバケがくっついて来た。怖すぎる怪物を追い払いたければ、どうすればいいというのだろう?
 相手はSD体制の時代よりもまだ前の古い言い伝え。それだけ古ければ力の方も凄そうだ。
(…確か、言霊だったっけ…?)
 ハーレイの雑談で聞いたと思う。言葉には霊的な力が宿るという話。長い年月を生き続けて来たザルの言い伝えがどれだけの力を秘めているのか、考えるだに恐ろしい。
(…言い伝えを消すなら、言い伝えかな…?)
 そうでなければ、おまじない。
 背が伸びる言い伝えかおまじないを探して実行すれば、とブルーは考えた。幼い自分が知らずに被ったザルの呪いを無効にするには、逆のことをするしかないのだろう、と。



 身長を伸ばす効果を持つ言い伝えか、もしくはおまじない。
 背が伸びなくなるザルの呪いを自分にかけてしまったらしいブルーは必死になって探し回った。図書館に置いてある本はもちろん、データベースも端から調べた。
 それなのに何も見つからない。背が伸びなくなるザルの言い伝えは何処にでもあるのに、伸ばす方は諸説入り乱れて決定打が無い。そもそも言い伝えに入っていないのだ。
(…迷信って呼べるレベルですらないよ…)
 背が伸びるおまじないは幾つもあったが、統一性を欠いていた。
 目標の身長を紙に書いて枕の下に入れて眠るだとか、「背が伸びますように」と唱えてミルクを飲むだとか。ザルの呪いに比べるとまるで説得力が無い。
(これが一番、それっぽいけど…)
 目を付けたおまじないは「ひまわりの種を黄色い布に包んで靴に入れる」という簡単なもの。
 身長を書いた紙やミルクよりは幾分、マシに思えた。ひまわりは背丈の高い花だし、黄色い布も色をわざわざ指定してある所が頼もしい。
(…でも、言い伝えの中には入ってないよ…)
 何処を探しても言い伝えの中にはハーレイから聞いたザルの話だけ。ひまわりの種は含まれてはおらず、効果のほどは根拠が無かった。
(どうしよう…。ぼくのザルって、無効に出来るの?)
 本を調べても駄目、データベースを探しても駄目。
 ついに手詰まりとなったブルーが縋れる手段は、もはやハーレイだけだった。ザルの言い伝えを雑談レベルで持ち出してこられるハーレイならば、対抗手段を知っている可能性がある。なにしろ古典の教師なのだし、古い言い伝えにも詳しいだろう。



 出来ればハーレイには話したくなかった過去の過ち。素敵な自分だけを見て欲しいのだけれど、そんなことは言っていられない。ザルの呪いで背が伸びなければ、ハーレイとキスを交わすことも出来ずに小さいままで過ごさなくてはならないのだし…。
 ブルーは訪ねて来てくれたハーレイと自分の部屋で向かい合わせに座って覚悟を決めた。
「…ハーレイ…。こないだの授業で言ってたザル…」
「ざる?」
 何のことだ、と問うハーレイに「言い伝え…」と口ごもりながら。
「ザルを被ると背が伸びなくなる、って言ったでしょ? あれの反対のおまじない、教えて」
「…はあ?」
 ポカンと口を開けたハーレイだったが、少しして意味が飲み込めたようで。
「ああ、ザルな。…ザルは頭に被るものじゃない、っていう意味の戒めだったらしいぞ、あれは。食べ物を入れる器を粗末にするな、という意味もあるし、不衛生だという意味でもある」
「…それで?」
「だからだ、ザルを被ると背が伸びないぞ、と怖がらせないと子供ってヤツは悪戯するしな?」
 脅すだけだ、とハーレイは笑った。本当に背が伸びなくなるという根拠は何処にも無い、と。
「で、お前も悪戯したクチなのか? あれの反対を知りたいってことは?」
「悪戯じゃないよ!」
 ブルーはムキになって反論した。
「幼稚園の時だし、被ってもママは怒らなかったし!」
「なるほど、お母さんも知らなかった…、と。可愛いだろうな、幼稚園時代のお前の頭にザルか」
 幼稚園の帽子に負けないくらいに似合いそうだ、とハーレイが目を細めるから。
「笑いごとじゃないよ!」
 真剣になって怒りをぶつける。
 ザルの言い伝えに根拠が無くても、現に自分の背は伸びない、と。



 ブルーにとっては人生が懸かった背丈の問題。前世と同じ百七十センチまで伸びなかった時は、大好きなハーレイと結婚どころかキスも出来ずに終わるしかない。
 今の身長は百五十センチ、まだ二十センチも伸ばさなくてはいけないわけで、ザルの呪いなどに捕まったのでは堪らない。事実無根の言い伝えだろうが、言霊なるものも馬鹿には出来ない。現にサイオンなどは霊的と言えば霊的なのだし…。
 懸命に言い募るブルーの姿に、ハーレイがフウと溜息をついた。
「分かった、分かった。…それで、お前、ザルを被っちまった頃にはどのくらいのチビだ?」
「んーと…。多分、このくらい……かな?」
 幼稚園時代のブルーは眠る時は両親のベッドに行っていたけれど、自分の部屋は今と同じ部屋。当時の視点の高さからしてこのくらい、という高さを右手で示す。
「ふうむ…。安心しろ、確実に背は伸びている」
 大丈夫だ、とハーレイは穏やかに微笑んでくれたが、ブルーの心配は其処ではない。
「でも、今、全然伸びないんだけど…! 一ミリも!」
「確かにな…。ザルの呪いが今頃だってか? さて、SD体制の時代よりも古い言い伝えだけに、どうしたもんかな…」
「…もしかしてハーレイも知らないわけ? ザルの反対…」
「残念ながら、俺もそいつは全く知らん」
 ハーレイの答えに、ブルーは絶望的な気持ちになった。幼い自分が被ってしまった呪いのザル。それが今まさに祟っているかもしれないというのに、対抗手段が皆無だなんて…。
「じゃ、じゃあ、ひまわりの種は?」
「ひまわりの種?」
「ひまわりの種を黄色い布で包んで靴に入れると背が伸びるって…!」
 縋るような思いで口にしてみたが。
「ほほう…。そいつは初耳だな。入れてみたらどうだ?」
「…ハーレイが知らないんだったら全然ダメだよ…」
 ザルのパワーの方が強いよ、とブルーはガックリと項垂れる。
 呪われてしまった自分の背丈。もしもこのまま、百五十センチで止まってしまったら…。



「こらこら、しょげるな」
 ハーレイの大きな手が伸びて来て、ポンポンと頭を叩かれた。
「お前も俺も、前とそっくりの姿になるよう生まれ変わって来たんだろ? 呪われたにしてもだ、ちゃんと百七十センチまでいけるさ。…前世のお前を信じておけ」
 ソルジャー・ブルーとそっくりになるなら百七十センチは要るんだからな。
 その背に届くまでにどのくらいかかるかは、ザルを被ってしまった分だけ時間が加算されるかもしれないが。
「…ぼく、本当に百七十センチになれる…?」
 まだ心配そうな顔のブルーに、ハーレイは「なれるさ」と笑顔を返した。
「いつかはきっと、前のお前とそっくりになれる。…しかしだ、俺は小さなお前も好きだし、今の姿を長く見られるならザルに感謝をしないとな」
「ええっ?」
「何度も言っているだろう? 焦らず、ゆっくり大きくなれと。…お前が焦ってもザルがそいつを止めてくれるのなら俺は嬉しい」
 ついでに言えば、とハーレイの鳶色の瞳がブルーを見詰める。
「ザルを頭に被ったという幼稚園時代のお前に会いたかったな。とても可愛い子供だったろうに、俺は会えずに来ちまった。せっかく同じ町に居たのに、残念なことをしたもんだ」
「ぼくも若いハーレイに会ってみたかったよ。公園で会って肩車とか…」
 もしもその頃に会えていたなら、とブルーも思う。
 言い伝えを知っていたハーレイがいればザルを被りはしなかったろうし、背丈が伸びない呪いの影に怯えなくても済んだだろう。それに何より…。
(…もっと長い時間をハーレイと一緒に過ごせたよ…)
 小さな自分を抱き上げて貰って、今よりもずっと小さいのだから、きっと家にも遊びに行けて。文字通り家族ぐるみの付き合いになって、旅行にも一緒に行けたかもしれない。
 けれども、それは叶わなかった。
 十四年間も同じ町に住んでいたのに、ハーレイとは出会えないままだった。だから…。



「ねえ、ハーレイ。…ぼくたち、きっと何処かで会っていたよね、知らなかっただけで」
 ブルーの言葉にハーレイが頷く。
「そうだな、同じ町で暮らしていたんだしな? すれ違ったりはしてるだろうな」
 俺たちだからな、と鳶色の瞳が片方、パチンと閉じて開いた。
「まるで会っていないってことだけは無いさ。前から数えりゃ何年越しの付き合いなんだか」
「うん。…会える時が来ていなかっただけ。きっとそうだよ」
「うんうん、今よりも小さなお前にあの傷痕は背負えんさ」
 あれが無ければ記憶は戻らない仕掛けになっていたのだろう、とハーレイの手がブルーの両肩に触れて離れた。聖痕現象と診断されたブルーの傷痕。前世の最期にメギドで撃たれた時の傷痕。
「今のお前でも痛かっただろうに…。小さかったらショック死しかねん」
「…だろうね。だけど、あの傷のお蔭でハーレイに会えた。だから、いいんだ」
 とても痛かったけれどかまわないんだ、とブルーは微笑む。
 実際、傷痕が現れた時には痛みのあまりに気を失ってしまったけれども、ハーレイに再び会えた喜びもまた大きかった。もう一度会えたと、ハーレイの腕の中に帰って来られた、と…。
「そうか、痛くてもかまわないってか。…よし、その意気でザルの呪いも吹っ飛ばしておけ」
 あの傷に比べりゃザルの呪いくらいは大したこともないだろう、と言われればそういう気もしてくる。ザルは幼い自分でも被ってしまえたけれども、あの傷の痛みは耐えられはしない。
「…今のぼくならザルの呪いにでも勝てる?」
「勝てるさ、前のお前が負った傷の痛みも乗り越えたしな。前のお前にきっと追い付ける」
 呪いのザルにこう言っておけ。負けやしないと、いつか百七十センチになるんだ、とな。
「うんっ!」
 どんな言い伝えよりも、おまじないよりも、ハーレイの言葉が嬉しかった。
 死の星だった地球が蘇るほどの長い長い時を越えて、生まれ変わって来たハーレイ。
 その言葉にはきっと、力がある。
 ザルの言い伝えにも負けない言霊。古い言い伝えよりも強い言霊。
 誰よりも好きで、誰よりも頼れるハーレイの言葉。
 だからブルーはザルの呪いをもう恐れない。
 知らずに被ってしまったけれども、大好きなハーレイが「大丈夫だ」と言ってくれたから…。




          呪われた背丈・了


※ザルを被ったら背が伸びないと聞いてしまって、震え上がったブルーです。
 背が伸びるおまじないより心強いのがハーレイの言葉。「大丈夫だ」という一言だけで…。
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 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv





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 夏休みに入って間もない、暑い日の午後。柔道部の指導を終えたハーレイは、昼食後にプールで軽く泳いでからブルーの家へと向かっていた。身体の弱いブルーはバス通学だが、普通の生徒なら徒歩で充分通える距離。ハーレイも急ぎでない時は歩いて出掛けることにしている。
(今日も暑いな)
 眩しい日射しに目を細めつつも、ハーレイは暑さなど物ともしない。濡れたまま撫でつけた髪が直ぐ乾くのも夏ならではだ。
 夏は水の季節。水泳が好きなハーレイにとっては最高の季節。ブルーと出会っていなかったなら海へ出掛けていただろう。去年までは頻繁に車で海まで走っていた。
(…今年はあんまり行けそうもないが…)
 この夏休みはブルーとの逢瀬が最優先。それでも柔道部の生徒を海へ連れてゆくし、海の側での研修もあった。二回くらいは海で泳げそうだから、贅沢を言えば罰が当たる。
(ブルーも海も両方ってわけにはいかんしなあ…)
 焦らずとも、いずれ両立出来る日が来ることは分かっていた。ブルーと暮らせるようになったら二人で出掛けてゆけばいい。その時まで海は暫しお預け、プールで満足しておかなければ。



 そんなことを考えながらの道すがら。
 アイスクリームの看板を見付けた。普段は見かけない看板があって、子供たちや大人が何人も。誰もがアイスクリームのカップやソフトクリームを手にしている。移動販売車が来ているのだ。
(ほほう…)
 見れば、看板と車に自然の中での放牧で知られた農場の名前。産地直送のアイスクリーム。その農場はミルクで名高く、入荷すれば即、売り切れると聞く。
(…ミルクだったら良かったんだがな)
 身長を伸ばそうと懸命にミルクを飲んでいるブルー。成果は一向に現れないまま、今もブルーは再会した時と変わらない百五十センチの背丈を保っていた。小さなブルーは可愛らしいが、本人は不満でたまらない所がまた可愛い。少しでも早く大きくなりたい、と頑張るブルー。
 此処でミルクを売っていたなら、買うのだが。
 からかい半分に「土産だ」と提げて行ったらどんな顔をするのだろうか、と眺めていて。
(…ん?)
 ミルクではなく、アイスクリームが頭の隅っこに引っ掛かった。
 何故だ、と記憶を探ってみても定かではなくて。
(アイスクリームを買う予定だったか?)
 嫌いではないし、夏にはよく買う。しかも先日買ったばかりで、冷凍庫に入れてある筈だ。何か特別なアイスクリームでも買いに行こうとしていただろうか、と考えてみても分からない。



(…買って食ったら思い出せるか?)
 食べながら歩いて行くのもいいかもしれない。ブルーの家までは大通りではなく、移動販売車が来られるような道を選んでの散歩道。ソフトクリーム片手に歩くのもいいだろう。
 しかし、相手は有名な農場の移動販売車。あの農場は通信販売はやっていないと聞いている。
 こだわりの放牧、そして品質。大量生産は不可能だから、決まったルートへの出荷と移動販売車での販売のみ。今日はたまたま出会ったけれども、次の機会は無いかもしれない。
 自分一人で買って食べるより、ブルーにも買っていくべきだろうか?
(…待てよ。ブルーにも…?)
 クイと記憶に引っ掛かる感触。
 ブルーにも。…ブルーにも……。アイスクリーム…。
(そうか!)
 そうだったのか、とハーレイは移動販売車に近付いて行った。並んでいる子供の肩越しに車内を覗き込み、どれにしようかと思案する内にハーレイの番。
「二つ下さい」
 カップに入ったアイスクリームを二個買った。イチゴやラムレーズンなども並んでいたけれど、定番のバニラ。同じ買うなら素材の良さが一番際立つものがいい。保冷バッグがついてくるから、ブルーの家まで充分に持つ。
 ハーレイでさえ忘れてしまっていた記憶の彼方のアイスクリーム。
 小さなブルーはきっと覚えていないだろう。



 生垣に囲まれたブルーの家に着いて、門扉の脇のチャイムを鳴らして。開けに出て来たブルーの母に「アイスを買って来ましたから」と保冷バッグを持ち上げて見せれば、「それなら最初はお茶だけですわね」と微笑みながら二階へ案内してくれた。
 ブルーの部屋に入る時には保冷バッグを背後に隠す。ブルーの母がアイスティーを置いて階下に去っていった後、ハーレイはテーブルを挟んで向かい側に座ったブルーに声をかけた。
「おい、ブルー。今日は付き合って貰うからな」
「えっ?」
 怪訝そうな顔をするから、隠してあった保冷バッグを取り出す。
「ほら、土産だ」
「わあっ! 何処で売ってたの?」
 保冷バッグに印刷された農場の名前。顔を輝かせて手を伸ばして来るブルーに「待て」と一言。
「歩いてくる途中で移動販売車に会ったんだ。だから土産にと買って来たんだが…。その前にだ、これは俺との約束だからな。…お前、忘れているんだろうがな」
「何を?」
 案の定、ブルーはキョトンとしている。ハーレイは保冷バッグをテーブルに置くと、鳶色の瞳でブルーを見詰めた。
「やっぱり忘れちまっていたか…。俺と一緒にアイスクリームを食う約束だ」
「アイスクリーム…? そんなの、あった?」
 ハーレイと一緒にアイスクリームを食べる約束。全く思い出せないらしいブルーに「あった」と自信たっぷりに告げた。
「あったとも。前のお前が逝っちまってから生まれ変わってくるまでの間はカウントしないとしておいても、だ。…お前が俺に約束してから十五年は経つ」
 十五年だ、と繰り返すとブルーは「…何、それ…」と目を丸くしたのだけれど。
 ハーレイには確かに覚えがあった。
 今の小さなブルーではなく、前の生でのソルジャー・ブルー。
 気高く美しかったブルーと交わした、アイスクリームを一緒に食べるという約束。



 赤い瞳をパチクリとさせて、ブルーの視線はアイスクリームの保冷バッグとハーレイとを忙しく何度も往復したのだが…。
「…ホントに思い出せないんだけど…。ホントのホントに、アイスクリーム?」
「アイスクリームだ。間違いない」
 ハーレイはどっしりと椅子に腰掛け、「よく聞けよ?」と昔語りを始めた。
 遠い遠い昔、シャングリラがまだアルテメシアの雲海に隠れていた頃。自らの寿命が残り少ないことを悟ったブルーは後継者としてジョミーを選んだ。
 けれどジョミーはブルーを拒絶して家に戻った挙句に捕まり、辛くも成層圏まで逃げのびた彼を救い出すためにブルーが出てゆき、シャングリラも囮となるべく人類の前に姿を晒した。
 シャングリラの存在を知った人類はミュウを駆逐しようと動き始める。数年後、ついに発見され猛攻を浴びたシャングリラ。致命的な傷を負い、宇宙に出られなくなる前に、とブルーが決断し、重力圏内でのワープという荒技を使ってアルテメシアから脱出したものの。
「宇宙へ出てから暫くの間、あちこちに影響が出ていただろうが。畜産部門も安定しなくて牛乳の量が酷く減ったぞ、動物は環境の変化に敏感だからな」
「…そういえば…」
 ブルーもそれは記憶していた。殆どベッドを離れられない日々だったけれど、船内の様子は常に把握し、必要とあらば指示を下した。
 食料の確保を最優先に、とハーレイに伝えたことを覚えている。アルテメシアを離れたからには人類側から奪えはしないし、一刻も早く生産体制を元の水準まで戻すように、と。
「確か、ミルクが精一杯だったっけ? 最初の間は」
「ああ。皆が飲む分が採れただけでも幸いだった。バターの備蓄が底を尽く前に、なんとか作れるようになったから良かったが…」
 不味い飯は士気が下がるからな、とハーレイは当時を思い返して苦笑した。
 アルタミラの地獄を知っている者は何も文句を言わなかったが、それよりも後に来た若いミュウたちは初めて味わう食糧難の時代。食料は充分に足りていたのに口に合わないとの苦情が相次ぎ、厨房担当のクルーたちは頭を悩ませたものだ。
 毎日の調理にバターは欠かせず、切りつめて使えば「不味い」と言われる。もしも完全に消えていたなら、どんな騒ぎになっただろうか…。



「ようやっと安定したから、嗜好品も作れるようになってだな、アイスクリームの第一号が」
「うん、それで?」
 そういった物も作っていたな、とブルーは懐かしく思い出す。アルタミラから脱出した直後には食料さえも自給出来なかった自分たち。それが文字通り楽園という名のシャングリラを手にして、牛乳どころかアイスクリームまで作って食べられる環境になった。
 もっとも、そんな中でもブルーの一番の好物はハーレイの野菜スープだったのだけれど。基本の調味料だけでコトコト煮込んだ、素朴すぎるスープだったのだけれど…。
 今の生でもブルーが寝込むとハーレイが作ってくれる「野菜スープのシャングリラ風」。
 懐かしいスープの調理人が「いいか、アイスだ」とブルーの瞳を覗き込む。
「せっかく出来たアイスクリームだ。…お前にも食べさせてやろうと思って二人分貰って、勤務の後で持って行ったら、お前は俺に言ったんだ」
「なんて?」
「昼間にジョミーと食べてしまったから、一日に二つというのはちょっと…、と」
「あっ…!」
 ブルーの頭に蘇る記憶。青の間でジョミーが持って来てくれたアイスクリームを二人で食べた。やっとアイスが作れたんだよ、と誇らしげだった次の時代を担う金色の髪のソルジャーと。
「思い出したか? お前、明日一緒に食べようと俺に約束しただろう? 明日はジョミーが持って来たって断るから、と」
「…うん…」
「それで、お前はその約束をどうしたんだっけな?」
「……どうしたんだろう?」
 其処から先の記憶が無かった。ハーレイと確かに約束をしたが、アイスクリームを一緒に食べた記憶が無い。「明日食べるから、残しておいてよ」と奥のキッチンに仕舞って貰った。キッチンへ向かうハーレイの背中は覚えているのに、アイスクリームはどうなったろう…?



「やっぱり綺麗に忘れちまったか…」
 十五年だしな、とハーレイが苦い笑みを浮かべた。
「アイスクリームを片付けた後で、お前は俺と一緒に眠った。…もちろんお前は弱っていたから、ただ腕に抱いて眠っただけだ。次の日の朝、お前は「また夜に」と俺を送り出してくれた」
「……まさか……」
 あの頃のブルーのお決まりの言葉。ブリッジに行くハーレイを見送る時には「また夜に」。また夜に会おう、という意味でもあり、「また夜に来て」という意味でもあった。
 それをハーレイに言った自分は、もしかして…。
「…そのまさかさ。お前は俺がいない間に眠ってしまって、ノルディに呼ばれて駆け付けた時にはもう思念すらも届かなかった。…お前は目覚めなかったんだ」
 アイスクリームを食べる約束もそれっきりになっちまった、と深い溜息をつくハーレイ。
「今日は起きるか、明日は起きるかと…。アイスクリームがすっかりガチガチに凍っちまっても、お前はとうとう目覚めなかった。そして十五年が経って、お前がやっと目覚めた時には…」
 アイスクリームどころじゃなかった。もっとも、俺も覚えてはいなかったがな。
 だから、とハーレイはアイスクリームの入った保冷バッグを指差す。
「思い出した以上は、俺と一緒に食って貰うぞ。アイスクリームは別物になっちまったが」
「…それでアイスクリームを買って来たの?」
「そういうことだ。お前、普段から右手が凍えただの、冷たかっただのと言ってはいるが、だ。…アイスクリームは別物だろうが?」
 再会してから今日までの逢瀬でブルーの好みは把握していた。好き嫌いは無いけれど、食の細いブルー。それでもお菓子は大好物で、暑くなってからはアイスクリームも喜んで食べる。
 ブルーはハーレイの予想どおりにコクリと愛らしく頷いた。
「うん、アイスクリームは大好きだよ」
「だったら、付き合え。…十五年越しの約束だからな」
「それと今日までの分なんだね」
 凄い約束、とブルーが笑う。
 死の星だった地球が青い水の星として蘇るほどの長い歳月、踏み倒されたままで過ぎた約束。
 気が遠くなるような年月を越えてきた末に果たされる約束の中身がアイスクリーム。
 アイスクリームを一緒に食べよう、という約束が長い長い時を越えるなんて、と。



 長すぎる時を越えて果たすにしては馬鹿馬鹿しすぎる小さな約束。
 アイスクリームを二人で一緒に食べるだけのこと。
 それでも思い出したことが嬉しく、それを果たせることが嬉しく、奇跡のようで。
 ハーレイが「ほら」と保冷バッグから取り出したアイスクリームのカップをブルーは笑顔で受け取った。
 シャングリラで食べずに終わったアイスクリームとは違う容器に入ったアイスクリーム。いつか行きたいと願い続けた地球に在る牧場で作られているアイスクリーム。
「おっ、ちゃんとスプーンも入ってるんだな」
 これで食べるか? と牧場のロゴが刻まれたスプーンが出て来る。地球で育った木から作られた使い捨ての軽いスプーンだけれども、産地直送のアイスクリームにはよく似合う。
「うん、これがいいよ」
 小さなスプーンでバニラアイスを掬って、口へ。冷たくて甘い、極上の味。
「美味しい!」
 ホントに美味しい、と味わうブルーと向かい合ってハーレイもアイスクリームを食べる。
 移動販売車に出会わなかったら、今も忘れていたであろう約束。ブルーと交わした小さな約束。
 それが叶ったことが嬉しい。長い時の果てに、こんなにも幸せな光景の中で。
「ねえ、ハーレイ」
 ブルーが御機嫌でアイスクリームを口にしながら、右手に持ったスプーンを示した。
「スプーンが右手だから冷たくないよ、ぼくの右の手」
 メギドで冷たく凍えてしまったブルーの右の手。最後にハーレイに触れた右手に残った温もりをキースに撃たれた痛みで失くして、右手が冷たいと泣きながら死んだ前の生のブルー。
 その右の手が冷たくない、と微笑むブルーがハーレイはたまらなく愛おしい。
「そりゃ良かったな。…踏み倒してくれた約束も思い出せたしな?」
「うんっ! それに美味しいアイスもついたよ」
「ああ、本当に美味いアイスだ。人気が高いのも当然だな」
 移動販売車が運んで来たアイスクリームは、遠い約束のアイスクリームとは比べようもなく美味だった。限られたスペースしか無かったシャングリラに居た牛とは違って、地球の広い牧場の青い草の上をのんびりと歩いて育った牛たち。最高の環境で生まれたミルクのアイスクリーム。
 ハーレイとブルーが交わした約束は思いがけない形で果たされ、青い地球までがついてきた。
 あの日、アイスクリームが再び作れるようになった時には地球など見えもしなかったのに。
 何処にあるのか、その座標さえも掴めていなかった星だったのに…。



 向かい合わせで二人、アイスクリームを食べながら今の幸せに酔う。
 悲しすぎた前の生での別れを越えて、青い地球の上で再び出会うことが出来た。
 果たせずに終わった小さすぎる約束をこんなにも素敵な形で果たせて、思い出すことが出来て。
 なんて幸せなのだろうか、とブルーはアイスクリームをそっと掬って、口の中で溶かした。
「ねえ、ハーレイ。…こんな風に忘れちゃってる約束って他にもあるのかな?」
「あるかもな」
 思い出したら果たして貰うぞ、とハーレイが笑う。
 どんなつまらない約束だろうと、思い出したからには果たして貰う、と。
「時効って、無いの?」
「無いな。少なくとも俺は認めてはやらん」
 そう言いつつも、ハーレイは「ただし」と付け加えた。
「ただし、幸せな記憶に限り…、だ。前の俺たちだと悲しい約束もしていそうだしな?」
「…そうかも…。ぼくが倒れてても叩き起こせとか、色々あったね」
「そうだろう? その手のヤツは全部時効だ、悲しいことは忘れりゃいいんだ」
 約束に限らず忘れてしまえ、とブルーに向かって微笑みかける。
「お前の右手はいつになったら時効だろうなあ、早く忘れて欲しいんだがな…。覚えていても辛いだけの記憶だ」
「そうでもないよ、今は」
 大丈夫、とブルーは笑みを返した。
「だって、温めてくれる手が側にあるもの。幸せだよ、ぼくは」
 こんな風にアイスクリームを思い出してくれるハーレイとずっと一緒だもの。
 ぼくはアイスクリームの約束なんて忘れていたのに。
 思い出してちゃんと買って来てくれたハーレイがいるから、幸せだよ…。



 アイスクリームはバニラ風味なのに、それは幸せの味がした。
 また食べたいと、もっと食べたいと思うくらいに甘くて優しい味わいだった。
 すっかり綺麗に食べ終えた後で、ブルーは牧場のロゴが入ったスプーンを名残惜しげにペロリと舐めて。
「ふふっ、美味しかった! …また会えるかな、移動販売車」
「どうだかな? この夏はもう無理じゃないかな、明日はまた別の町だろう」
「そっか…。ちょっと残念」
 美味しかったのに、とブルーがカップと保冷バッグを眺めているから。
「なら、いつか二人で牧場に行くか? 作りたてならもっと美味いぞ、こういうものはな」
「ホント!?」
 ブルーの赤い瞳が煌めいた。
「じゃあ、約束! 時効は無しで!」
「お前が忘れていなかったらな」
 結婚するまでちゃんと覚えていろよ、とハーレイはパチンと片目を瞑った。
「俺たちが二人で出掛けられるようになるのは、結婚してからのことだしな?」
「うん! 今度は絶対に忘れないから!」
「十五年後でもか?」
「それよりも前に結婚してるよ!」
 だから行こう、とブルーは強請る。
 二人一緒に、ハーレイがハンドルを握る車で、アイスクリームを食べに出掛けてゆこうと。
 他の幸せな約束も思い出してくれたら必ずきちんと果たすから、と。
 きっとまだまだ沢山ある。
 前の生で約束を交わしていながら、忘れてしまった小さなこと。
 長い時を越えた今なら、前よりも遙かに幸せな形で約束を果たして幸せになれる。
 そう、ハーレイが買って来てくれた、今日のアイスクリームみたいに…。きっと……。




           アイスクリーム・了


※前のブルーが眠ってしまう前にハーレイと交わした、小さな約束。また明日に、と。
 けれど果たされなかった約束。二人で食べたアイスクリームは、きっと幸せの味。
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「あっ…!」
 ブルーは小さな悲鳴を上げた。自分の部屋でハーレイと向かい合わせに座ってのティータイム。ハーレイが好きなパウンドケーキを母に強請って焼いて貰ったから、幸せ一杯で過ごしていた。
 何でも美味しそうに食べるハーレイだけれど、中でもパウンドケーキは特別。ブルーの母が焼くパウンドケーキはハーレイの母の味と同じなのだそうだ。
 「おふくろが焼いてコッソリ持って来たのかと思ったぞ」と前に言っていたくらい、ハーレイの母の味にそっくりらしい。そう聞いたから何度も母に頼んでいたし、今日も頼んだ。それを食べるハーレイを見ているだけで幸せになれる。もう幸せでたまらなくなる。
 なんて美味しそうに食べるんだろうと、この味がハーレイの母の味なのかと考えながらの幸せな時間。幸せの味を噛み締めながらパウンドケーキをフォークで口に運んでいたら。
 ふとしたはずみに手が滑ったのか、ケーキの欠片を床に落とした。ほんの小さな欠片だけれど、ハーレイの大好きなパウンドケーキ。落とすだなんて、とショックで残念。
(やっちゃった…)
 拾い上げて口に入れようかとも思ったのだが、向かいにハーレイが座っている。いくら好物でも床に落ちたものを拾って食べれば「行儀が悪い」と思われそうだ。
(…掃除してあるから綺麗なんだけどな…)
 しかし綺麗な床であっても、落とした食べ物を拾って食べればマナー違反。何処かの店でそれをしたなら呆れられるし、とても褒められたものではない。家族と一緒の食卓でしか許されはしない「拾って食べる」という行為。
 ハーレイはブルーの前の生からの恋人なのだし、たとえブルーが拾って食べても叱ったりせずに笑ってくれるとは思う。「落としちまったな」と笑うだけなのだろうが、子供らしいと微笑ましく見守る目になっていそうで、それは悲しい。
 子供扱いは嫌だったから、床に落ちた欠片は諦めた。一人前の大人ならば床から拾って食べたりしないし、此処は行儀よく振舞わなければ。



「…落っことしちゃった…」
 失敗、と椅子から離れて掃除用のシートを取って来た。小さなロールになったシートの表側には細かい埃を貼り付かせるための仕掛けがしてあり、ケーキの欠片をそれにくっつけてからシートを破って屑籠に捨てれば掃除完了。
 でも、ゴミにするには惜しいサイズのケーキの欠片。小さな欠片は仕方ないけれど、一番大きな大元の欠片は掃除用シートにくっつけるよりは…。
 ブルーは欠片を指で摘むと、窓を開けて二階から庭へと放り投げた。
「はい、お裾分け!」
「お裾分け?」
 なんだそれは、とハーレイが訊くから、「お裾分けだよ」と笑顔で答える。
「ハーレイの好きなパウンドケーキ、捨てたりしたらもったいないでしょ? 庭に出しておいたら誰か食べるよ、蟻とか、もしかしたら小鳥とかが」
「なるほどな…。確かにそいつは有意義かもな。食べ物を大切にするのはいいことだ」
 遠い昔にシャングリラで食料の確保に苦労した記憶を持つハーレイは窓越しに下の庭を眺めた。
「蟻でも鳥でも、分けて貰ったら喜ぶだろう。美味いケーキだしな」
「でしょ? だけど、こっちはお裾分けは無理…。小さすぎだよ」
 残った欠片をシートにくっつけ、零れていないか確認してからシートを千切って屑籠へ。欠片がついた側を中にして包むように丸めて捨てれば密閉状態、虫などは来ない。
「はい、おしまい。…ごめん、話の途中だったのに」
 掃除用シートを元の場所に片付けて自分の椅子に戻ると、ハーレイが感心したように。
「慣れたもんだな、お前くらいの年頃の子なら放っておく方が多いと思うが」
「…らしいね、ハーレイも自分で掃除はしなかった?」
「掃除どころじゃなかったからなあ…。柔道と水泳に明け暮れてたから、そういうのはおふくろに任せっ放しの子供だったさ」
「あははっ、理由があるだけマシだよ」
 絶対にマシ、とブルーはコロコロと笑う。ブルーの友達は自分で掃除をしない子ばかり。掃除をしろと叱られたってしないで放っておいた挙句に、大切なものをゴミと一緒に捨てられたりする。しかも子供時代のハーレイのように忙しかったわけではなくて、ただ面倒でやらないだけ。
「ぼくの友達、家でゴロゴロしてる日だって掃除はしないよ」
「お前の年ならそっちが普通だ。お前が綺麗好きなんだ」
 分かる気はするが、とハーレイの鳶色の瞳が細められた。
「前のお前もそうだっただろ?」



 ブルーの前世はソルジャー・ブルー。ミュウの初代の長だった。
 アルタミラを脱出した直後は船の中も雑然としていて、ブルーもソルジャーの地位にはいなくて仲間たちの一員というだけのこと。その頃のブルーは自分に割り当てられた部屋を綺麗に掃除し、通路なども率先して片付けていった。
 今のブルーと変わらない小さな身体だったブルーが頑張って掃除や片付けをしているのだから、と他の者たちも精神状態が安定した者から順に手伝いをするようになって、船内は予想以上に早く快適な居住環境となった。
 そんなブルーだったから、ソルジャーとして青の間に住まうようになっても私的な部分の掃除は自分でしようとした。ベッドの周りや、奥にある小さなキッチンの掃除。部屋付きの掃除係が来てみれば既に掃除が終わった後ということも少なくなかった。
「お前、本当に綺麗好きだったしな。クルーの仕事を奪ってどうする」
「だけど自分の部屋だよ、ハーレイ? 出来ることは自分でしたかったもの」
「それはそうなんだが…」
 そうなんだが、とハーレイの声が僅かな翳りを帯びて。
「…綺麗好きなのはいいことなんだが…。お前の言い分もよく分かるんだが、ただ、な……。そのせいで俺は悲しい思いをしたんだ」
「えっ、なんで?」
 ブルーは心底、驚いた。前の自分が綺麗好きだったことで、何故ハーレイが悲しむのだろう?
 青の間が常に散らかっていたならクルーの仕事が無駄に増えるし、キャプテンの所に苦情が届くこともあり得る。けれど実際は逆だったのだから、何も問題は無さそうなのに…。



 遠い記憶を探ってみても答えらしきものは見付からない。いくら考えても分からない。仕方なく尋ねてみることにした。ハーレイに訊くのが一番早い。
「…なんでハーレイが悲しくなるの?」
 首を傾げて問い掛けたブルーに、ハーレイは「お前のせいではないんだがな…」と呟いてから。
「お前が逝っちまった後のことさ。…メギドに向かって飛んだお前は二度と帰って来なかった」
「…うん…。そうだけど、それが…?」
 悲しかった前世でのハーレイとの別れ。思い出しただけで涙が零れそうになるし、右の手が凍えそうになる。ハーレイの温もりを失くしてしまって、メギドで冷たく凍えた右の手。
 その手をキュッと握ろうとしたら、ハーレイの手が伸びて来た。大きな褐色の手がブルーの手を包み、「ほら」と温もりを移してくれる。
 両方の手でブルーの右手を包み込みながら、ハーレイは彼方に過ぎ去った時を語った。
「…お前が守ってくれたお蔭で、シャングリラはナスカから逃げることが出来た。だが、ナスカで死んじまった仲間たちもいたし、お前までいなくなっちまった」
 シャングリラの中には悲しみと混乱とが渦を巻いていて、それが落ち着くまでハーレイの仕事は多忙を極めた。ジョミーがアルテメシアへの進攻を宣言したため、それに伴う会議や航路の設定もあって、ハーレイは自分のために時間を割けなかった。
「…ようやっとゴタゴタが片付いた後で青の間に行ったら、何があったかお前に分かるか?」
「……ぼくって、何か置いてったっけ?」
 そんな記憶はブルーには無い。迫り来る災いから皆を守るため、これが最後だと長い年月を共にした部屋を見回して心で別れを告げた。ハーレイと眠った大きなベッドが何よりも別れ難かった。もう一度だけ其処に腰掛けたい、と願う自分を叱咤し、それきり二度と振り返らなかった。
 もしかしたら何か落として行ったのだろうか?
 振り向くことをしなかったから、落し物に気付かなかったのだろうか?
(…でも……)
 落とすような物を持ってはいなかった。ソルジャーの衣装を纏ってしまえば、戦いに赴くために必要なものは何も無い。それを纏ってベッドを離れた自分に落とすような物は何ひとつ無い。
「…何も無かったと思うんだけど…」
 考え込むブルーに、ハーレイは「そうさ」と答えを返した。
「青の間に行っても何も無かった。…綺麗に何も無かったんだ」
 ハーレイの顔が苦しげに歪む。まるであの日に、あの場所に引き戻されたかのように。



「…俺はお前に会いたかった。お前がいないと分かってはいても、もう一度会いたかったんだ」
 青の間に行けば会えると思った、とハーレイは小さなブルーの手を握り締めた。
「お前が確かに其処に居たんだ、という名残りでいいから会いたかった。お前が腰掛けたベッドの皺でも、出掛ける前に飲んで行った水のグラスでもな」
「…うん……」
 何とハーレイを慰めたらいいのか、ブルーには見当もつかなくて。ただ頷いて、ハーレイの手をキュッと握り返すことしか出来なかった。
 飛び去ってしまった前の自分を探し求めて青の間に行ったというハーレイ。
 ハーレイは其処でブルーの欠片に出会えただろうか?
「…俺はお前に会いに出掛けたのに、綺麗さっぱり何も無かった」
 無かったんだ、とハーレイは辛そうに頭を振った。
「…まさかああなるとは思っていなかったんだな、部屋付きのヤツも。…お前はかなり無理をしていたし、帰って来たら直ぐに寝られるように、と気遣って整えたんだろう」
 ハーレイが足を踏み入れた部屋に、ブルーの痕跡は何も無かった。
 大きなベッドはベッドメイクがすっかり済まされていて、ブルーが眠った跡すら無かった。皺の一つさえ残ってはおらず、枕カバーもシーツも何もかも、洗い立てのものと交換されていた。
 枕元に置かれた水差しの水も新しいものと取り替えられて、被せられたグラスも綺麗に洗われてしまった後で。ブルーが最後に水を飲んだのか、飲まなかったのかすらも分からなかった。
「お前は片付いた部屋が好きだったからな…。お前が部屋を出て行って直ぐに、係のヤツが掃除をしたんだろう。…そのせいで何も残らなかった」
 お前の髪の一筋さえも、俺には残らなかったんだ…。



 項垂れるハーレイはそれを探しに行ったのだろう。ブルーが確かに生きていた証。
 ベッドの上に一本くらいは落ちていそうなブルーの髪。銀色のそれを持っていたくて、青の間へ探しに出掛けて行った。それなのに…。
「……ごめん」
 ごめん、とブルーは唇を噛んだ。
 今と同じで綺麗好きだった前の生の自分、ソルジャー・ブルー。弱り切った身体で戦いの場へと向かった部屋の主が戻ったら心地よく眠れるようにと、部屋付きのクルーが掃除をした。ベッドを整え、水差しの水も新しいものを満たして、グラスを洗った。
 もしもブルーが大雑把な性格であったなら。…整い過ぎた部屋は落ち着かないタイプで、部屋の掃除は一日に一度、眠る前のベッドメイクだけで充分な人間であったなら…。
 戻ったブルーがリラックスして過ごせるようにと、部屋はそのままだっただろう。眠りの続きに入りやすいよう、ベッドはブルーが眠った痕跡を留め、水差しの水も減ったまま。
 そうしておいて、戻ったブルーに尋ねただろう。今から部屋を整えますか、と。
 けれどブルーは綺麗好きだったし、整った部屋を好んでいたから、何ひとつ残りはしなかった。ベッドは綺麗にされてしまって、ブルーが気付かずに残したであろう銀色の髪も無くなった。
 ハーレイはそれが欲しかったのに。
 生きていた間に髪の毛など渡しはしなかったから、青の間に知らず落としていった銀の髪だけがブルーの形見になったのだろうに…。
「…ごめん、ハーレイ…。ぼくのせいだ…」
 ぼくが掃除が好きだったから、とブルーは謝る。
 まさかそういうことになるとは夢にも思っていなかったから、整った部屋が好きだった。綺麗に掃除をすることが好きで、青の間でさえも自分で出来る部分は掃除してしまう習慣で…。
 そのせいでハーレイの手にはブルーの形見が残らなかった。
 ブルーがメギドへ飛び立った後に、青の間は掃除されてしまったから。落ちていたであろう髪も掃除されて何処かへ行ってしまって、ハーレイの手には入らなかった…。



「ごめん、ハーレイ…。本当に、ごめん……」
 戻ろうにも戻れない、遠すぎる過去。あの日に戻ることが出来るというなら、青の間を出る時、部屋付きの者に「掃除はいいよ」と告げてゆきたい。「直ぐに戻るから、このままがいい」と。
 それでも掃除されてしまうのかもしれないけれど、ハーレイのために残しておきたい。
 自分が其処に生きた証を、ついさっきまで此処に居たのだとハーレイに教える様々なものを。
 どうして気付かなかったのだろう。
 ハーレイが自分を求めて来るであろうことに、どうして思い至らなかったのだろう…。
 悔やんでも悔やみ切れない、前の生の自分が仕出かしたこと。
 今更どうにもならないのだけれど、ブルーはハーレイに「ごめん」と謝る。他には何も出来ないから。謝るより他に何も出来ないから…。
「いや、俺も悪い」
 泣くな、と言われて褐色の指がブルーの目元を優しく拭った。知らない間に泣いていたらしい。ハーレイはブルーの涙を拭うと、また右の手を握ってくれた。
「…俺も悪いんだから、もう泣くな。…お前が俺に残した言葉を聞いた後に、直ぐに青の間の係に「部屋をそのままに」と言えば良かった。そうすれば掃除はされなかったんだ」
 キャプテンの命令なのだから、とハーレイもまた遠い日の自分の愚かさを悔やむ。
 ブルーが二度と戻らないことに気付いていながら、出すべき指示を出さなかったと。
「あの時はそんな発想すらも無かった。お前はメギドへ飛んでっちまうし、ナスカに残った連中は回収し切れていないし、シャングリラの中も大混乱で…。俺の能力の限界をとうに超えてたな」
 よくもキャプテンが務まったものだ、とハーレイの瞳に穏やかな色が戻って来た。
「お前のことは頭にあっても、青の間まで頭が回らなかった。すっかり掃除されちまった青の間が誰のせいかと尋ねられたら、俺にも責任の一部はあるんだ。…九割はお前のせいだがな」
 綺麗好きめが、とブルーの額が褐色の指にピンと弾かれる。
「割合はともかく、共同責任らしい俺に言わせれば、だ。…俺もお前も自分のことだけで精一杯になっちまったような非常事態の真っ最中にだ、青の間を綺麗にしたヤツの方が余程凄いさ」
 自分の責任をキッチリ果たしていたんだからな、とハーレイが笑い、ブルーも笑った。
 ソルジャーもキャプテンも自分の責任を果たせたか否か自信が無いのに、青の間付きのクルーは普段と全く変わらず、自分の任務を全うしたと。
 シャングリラがどうなるかも分からない中で、きちんと仕事をやり遂げたのだ…、と。



「…よく考えてみたらホントに凄いね、ぼくなら放って逃げていたかも…」
 部屋の掃除くらい、とブルーはつくづく感心した。ソルジャーだった自分はともかく、ミュウは大抵、気が弱い。弱すぎて前面に出られない者が部屋係を務めることも多くて、青の間といえども例外ではない。
 そういう気弱な部屋係があのナスカでの混乱の最中に仕事をしていた。安全な場所に閉じこもる代わりに青の間を掃除し、ブルーが帰って来る時に備えた。逃げ出したい気持ちを抑えてベッドを整え、水差しの水まできちんと替えて。
「誰だったのかな、あの日の係…」
「さあな? 俺は掃除をされたショックで調べるどころじゃなかったからなあ…」
 誰だろうか、と思い当たる顔と名前を二人で挙げてみて、その中の誰であっても凄すぎるという結論に達した。まさに「火事場の馬鹿力」だと。
「…ぼくがメギドを沈めたくらいの勢いだよ、掃除」
「そうだな、そういう感じだな。…メギドと掃除じゃ月とスッポンどころじゃないがな」
 そこまで死力を尽くした掃除を恨んでは悪い、と二人揃って笑い合う。
 悪いのは自分たち二人であって、部屋係に罪などありはしない、と。



 ブルーの綺麗好きが災いしたらしい、ブルー亡き後の青の間の事件。
 今でこそ笑っていられるけれども、ハーレイにしてみれば前世での辛く悲しい記憶の一つ。
 ブルーを喪い、その形見すらも手に入れられなかった苦しみの記憶。
 だからハーレイはブルーに言う。
「おい、ブルー。…綺麗好きもいいが、今度は適当にしといてくれよ?」
「適当?」
「そうだ。ほどほどにしておいてくれ、という意味だ」
 お前の気配が綺麗さっぱり無いのは困る、と注文をつければ、ブルーが小さく首を傾げる。
「…たとえば?」
「俺たちが一緒に暮らせるようになったら、ベッドメイクは二人でするとか。食器も二人で一緒に洗うとか、後片付けや掃除はとにかく二人だ」
 お前が二人でやりたくないなら俺がやるさ、とハーレイはブルーの瞳を見詰めた。
「…お前の欠片が見当たらない生活は二度としたくはないんだ、俺は」
 片付けは一緒に、少しでも欠片が残るように。綺麗に片付いていても、何処かに欠片。
「えーっと…」
 ブルーは少し考えてから、「そうだ!」と顔を輝かせた。
「じゃあ、カップ! ぼくのカップを置いておけば? それがあったらぼくが居るんだよ」
「お前のカップか…。いいな、だったらセットで買うか?」
 俺のカップと、お前のカップと。模様が違うカップでもいいし、サイズが違うカップでもいい。
 洗う時はいつも二つ一緒で、出すのも一緒だ。
 どうだ? と問われて、ブルーは笑顔で頷いた。
「うん。ぼくもハーレイのとセットのカップがいいよ。ハーレイが留守で片方だけを使う時でも、もう片方がちゃんと何処かに置いてあるカップ」
「そして使わなかった俺のカップまで洗うつもりか、綺麗好きのお前としては?」
「出して並べてたらちゃんと洗うよ、ハーレイの分のカップだもの」
 ふふっ、とブルーは微笑んだけれど。
 ハーレイが使ったカップを洗わずに置いておくのもいいな、と思った。
 いつか一緒に暮らすようになって、ハーレイが仕事に出掛けた後に残されたハーレイのカップ。
 カップの底に残ったコーヒーや紅茶の跡を眺めて、それを飲んでいたハーレイを想う。



(うん、いいかも…)
 胸がじんわりと温かくなる。
 綺麗好きの自分がカップを洗わずに置いておくなんて、なんだかとても不思議だけれど。
 不思議だけれども、ハーレイが飲んでいた跡が残ったカップだと思うと愛おしい。
(…唇で触ってみたくなるかも…)
 どんな飲み心地のカップなのかと、確かめたくなって唇で触れるかもしれない。
 きっと唇が温かくなる。ハーレイの温もりが唇に触れる。
(そっか、ハーレイが言ってた欠片って、こういうのなんだ…)
 其処に居なくても、欠片がハーレイを連れて来てくれる。
 ハーレイはブルーの欠片が欲しいし、ブルーもハーレイの欠片があったら幸せになれる。
 お互いがちゃんと生きていてさえ、欠片が欲しいと思ってしまう。
(…ハーレイが仕事に行ってる間だけでも、欠片があったら嬉しいんだから…)
 …ごめんね、ぼくの青の間のこと……。
 掃除されてしまって、ぼくの欠片が一つも残っていなかった部屋。
(ごめんね、ハーレイ…)
 だけど今度は、ぼくは何処にも行かないから。
 ずっとハーレイと一緒に居るから、出掛ける時にはハーレイの欠片を置いて行ってよ。
 ぼくが寂しくならないように、ハーレイの温もりが分かる欠片を……。




           無くなった欠片・了


※前と同じに綺麗好きなブルーですけど、綺麗好きだったせいで形見が無かった前のブルー。
 今度はハーレイに悲しい思いをさせることなく、二人で幸せになれますように…。
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「ハーレイの写真、ちゃんとしたのが欲しいんだけどな…」
 ブルーは勉強机の前に座って一枚のプリントを眺めていた。月に一回、学校から貰うお知らせを兼ねた学校便り。行事の写真なども載っているから、保存する価値は充分にあるのだけれど。この五月号だけはブルーにとっては特別だった。
 貰ったその日がハーレイと出会った五月三日の月曜日。朝のホームルームで配られたそれを何も考えずに鞄に仕舞った。家に帰ってゆっくり読めばいいと思った。
 ところがその後、古典の授業の新しい教師としてハーレイが現れ、ブルーは大量出血を起こす。聖痕現象と診断された、前の生での最期に負った傷と同じ場所からの大量出血。それと同時に前の生での記憶も戻って、ハーレイも前世の記憶を取り戻した。
 慌ただしく日々が過ぎてゆく中で、忘れかけていた学校便り。ふと思い出して取り出してみて、其処にハーレイの写真を見付けた。転任教師の着任を知らせる小さな記事と小さな写真。
 正面を向いたハーレイの写真はカラーではなくて、肌の色はもちろん、瞳の色さえ分からない。そうした記事に使う写真だから笑顔でもなく、スーツ姿で真面目な顔をしたハーレイ。
 それでも一枚きりの大切な大切なハーレイの写真。学校便りの五月号はブルーの宝物になった。机の引き出しにきちんと入れて、こうして取り出してはハーレイを想う。
「…前のハーレイの写真も無いしね…」
 十四歳になったばかりのブルーと違って、ハーレイはキャプテン・ハーレイだった頃とそっくり同じな姿だったから、前世の写真でもあれば良かった。
 教科書に載っている写真は如何にもキャプテンといった風情で、ブルーが好きな表情ではない。ならば、とキャプテン・ハーレイの写真集を探しに出掛けたが、それは存在しなかった。仕方なく前世の自分の写真集を片っ端から調べたのに…。
(…どのハーレイにもソルジャー・ブルーがセットだなんて!)
 ブルーが気に入った写真の中のキャプテン・ハーレイはソルジャー・ブルーと対だった。一目で恋人同士と分かる写真ではなかったけれども、ブルーには簡単に分かってしまう。
 素敵な表情をしたキャプテン・ハーレイはソルジャー・ブルーのもので、小さな自分は手も足も出ない。見ているだけで腹立たしいから、写真集は一冊も買わずに帰った。
 そんなわけで、ブルーが持っているハーレイの写真は学校便りの五月号だけ。歴史の教科書にもキャプテン・ハーレイは載っているけれど、それよりは断然、今のハーレイ。



(…学校便りでもいいんだけれど…)
 無いよりは遙かにいいんだけれど、とブルーは深い溜息をつく。
 同じ写真ならカラー写真のハーレイがいい。教師らしい顔のハーレイよりも普段の表情がずっといい。そういう写真が欲しかった。
「…失敗しちゃったんだよね…」
 ハーレイと再会して直ぐに二人一緒に写せば良かった。再会記念の写真だったら二人で写すのが自然なのだし、両親もきっと快くカメラのシャッターを切ってくれただろう。
 けれどもブルーは記念写真の撮影どころか、再会出来たハーレイに夢中で甘えっ放しで過ごしてしまって、気付けばとうに記念撮影に相応しい時期が過ぎ去っていた。
 今となっては二人で写せる機会が無いし、かといってハーレイ単独の写真を撮らせて貰って机の上に飾っていたなら、それを見た両親に何事なのかと思われそうだ。学校便りのように引き出しに仕舞う手もあると言っても、写したのなら堂々と飾っておきたいし…。
(そうだ、ハーレイの誕生日!)
 八月の二十八日で、まだ夏休みの真っ最中。両親にもちゃんと言ってあるから、夕食の席で皆でお祝いする予定。その時に記念撮影を…、と考えたけれど。
(…ひょっとして、パパとママも一緒に写っちゃう?)
 誕生日祝いの席なのだから「みんな一緒に」と賑やかな写真になりそうだった。それはブルーが欲しい写真とは少し違うし、机の上に飾れはしても複雑な気分になるだろう。
(このまま、ずっとハーレイの写真は無しかも…)
 いつかチャンスが巡って来るかもしれなかったが、それがいつだか分からない。
 今のハーレイの写真が欲しいのに。自分が一緒に写っていたなら、もっといいのに…。



「…あいつの写真は無いからなあ…」
 前のあいつなら、此処にあるのに。
 ハーレイの書斎の机の引き出し。其処に一冊のソルジャー・ブルーの写真集。
 真正面を向いたソルジャー・ブルーの一番有名な写真が表紙で、タイトルは『追憶』。
 サイオンの青い尾を曳いてメギドへと飛ぶ前世のブルーの最後の飛翔で始まる最終章は、人類軍が撮影していた映像から起こした写真で埋められていた。爆発するメギドの閃光が最後の写真。
 キャプテン・ハーレイだった頃には知りもしなかったブルーの最期。
 小さなブルーが口にするまでは、キースに何発も撃たれたことさえ知らなかった。メギドを破壊しに飛んだブルーが何処を翔け、どんな光景の中で逝ったのかすらも。
 ソルジャー・ブルーだったブルーの命が潰えるまでを記録した写真に、メギドの中へ入り込んだ後のブルーの姿は無いのだけれど。監視カメラごと失われたから無いのだけれども、最後に写ったメギドの爆発と共にブルーの身体はこの世から消えた。
 その瞬間までブルーが生きていたのか、息絶えていたのか、それもハーレイには分からない。
 分かることはただ、ブルーが独りきりで逝ってしまったこと。最期まで持っていたかったというハーレイの温もりを失くしてしまって、暗い宇宙でたった一人で、青い閃光に消えてしまった。
 数々の写真が突き付けて来た事実があまりに悲しく、声を上げて泣いた。あの日の自分の記憶に囚われ、ブルーを失くしてしまったと泣いた。
 それほどに辛い最終章を持った本だが、目に触れない場所に押し込めることはしたくなかった。前の生で守れなかった分を埋め合わせるかのように、こうして引き出しに仕舞ってある。
 一日に一度は座る机と、其処で書く日記。引き出しを開けて日記を出せば、其処から『追憶』が姿を現す。ハーレイの日記を上掛けにして眠る写真集。それを開けば前の生でのブルーに会える。
「…前のあいつの写真だったら、此処に何枚もあるんだが…」
 今のあいつの写真は一枚も無いな、と小さなブルーを思い浮かべた。



 再会した時に記念に写すべきだった。しかし迂闊にもそれを忘れた。再会出来た喜びに酔って、甘えて来るブルーをただ抱き締めて。
 小さなブルーの命の温もりを確かめ続けて、気付けば時が過ぎ去っていた。記念撮影をするのに相応しい時期を逃してしまった。もしも早くに気付いていたなら、二人一緒に写せたものを。
 理由をつけてブルーの写真を撮るというのも考えたけれど、それではブルーが可哀相だ。きっとブルーもハーレイの写真を欲しがるだろうが、ブルーはそれを飾れない。一人暮らしの自分だけがブルーの写真を飾って、小さなブルーはハーレイの写真を隠し持つのが精一杯。
 それでは本当に可哀相だし、堂々と飾れない写真を隠し持たせることはブルーの両親に対しても申し訳ない。いつかはブルーへの想いを打ち明けねば、と思ってはいるが、今は後ろめたいことをしたくはない。
(…学校のデータベースに写真はあるんだが…)
 ブルーの在籍を示す証明写真。とはいえ、生徒の写真を引き出して持つのもどうかと思う。誰も気付きはしないのだろうが、教師としてすべきことではない。
 けれど、ブルーの写真が欲しい。
 十四歳の小さなブルーの写真が欲しい。出来ることなら、自分も一緒に写ったものが…。



 お互い、知らずに同じ思いを抱き合って。
 夏休みも今日で終わるという日に、ハーレイは普段通りにブルーの家へと向かった。二人一緒に過ごせる平日は八月三十一日で最後。次の機会は冬休みに入るまで訪れない。
 ブルーが首を長くして待っているだろうと出掛けてゆけば、二階の部屋で迎えてくれたブルーは母の足音が階下に消えるなり、この世の終わりのような顔つきになった。
 何ごとなのかと慌てたハーレイの耳に消え入りそうな声で届いた言葉は、マーマレード。
 ハーレイの両親がブルーのためにと持たせてくれた、実家の庭で採れた夏ミカンの実で作られたマーマレードの大きな瓶。昨日、ブルーに渡してやった。
 ハーレイがいずれブルーを伴侶に迎えるのだと話したからこそ、両親はマーマレードをブルーに贈ったのだけれど、その事実をブルーの両親には明かせない。だからブルーの母には日頃の礼だと言っておいたし、ブルーもそれは承知していた。
 とはいえ、ブルーにしてみれば自分が貰った宝物にも等しいマーマレードだったのだろう。その大切なマーマレードを自分よりも先に両親が開けて食べ始めていたことがショックだったらしい。
 ブルーの部屋から庭で一番大きな木の下の白いテーブルと椅子に移動してからも、悲しげな顔でマーマレードに関する悲劇を懸命に訴えるブルーが可愛らしくて、可笑しくて。
 因縁のマーマレードが盛られたガラスの器に木漏れ日が降る中、焼き立てのスコーンをブルーと二人で食べながら話した。
 ブルーのためのマーマレードなら、また実家から貰ってくるから、と。ハーレイの両親は小さなブルーがお気に入りだから、いくらでも分けてくれるだろう、と。
 ブルーの機嫌がようやく直って、弾けるような笑顔になった頃。
「うん、いい笑顔になったな、お前。…それじゃ一枚、撮るとしようか」
「えっ?」
 キョトンとするブルーに、ハーレイは片目をパチンと瞑ってみせた。
「記念写真さ、俺たちが初めての夏休みを一緒に過ごした記念だ。一枚も写真を撮ってないだろ、せっかく地球で再会したのに」
 お母さんにシャッターをお願いしよう、と言ってから、とっておきの言葉を付け加える。
「俺の腕にしがみ付いて写してもいいぞ? ただし、恋人としてじゃないからな。あくまで憧れのハーレイ先生と、だ。そういう写真を撮った教え子なら大勢いるさ」
「ホント?」
「本当だ。柔道と水泳の教え子からすれば、俺はスポーツ選手並みの扱いになるらしい」
 その感覚でなら腕にしがみ付くことを許可する、と聞かされたブルーの背中に翼があったなら、空に舞い上がっていたかもしれない。本当に飛んで行きそうなほどに、小さなブルーは狂喜した。



「ねえ、ハーレイ。しがみ付くのって、どっちの腕?」
「左腕だな。俺の利き手を封じてどうする、右腕は空けておいてくれ」
「分かった! ハーレイの左側に立てばいいんだね!」
 持って来たカメラを取りに行こうと立ち上がったハーレイの腕に「ちょっと練習!」とブルーが飛び付いて来た。それを「こらっ!」と振り払ってハーレイは庭を横切り、玄関を入る。其処に居たブルーの母に声を掛けてから二階に上がり、置いてあった荷物の中からカメラを出して。
「すみません、お手数をお掛けしますが…」
 シャッターをお願いします、と頼むとブルーの母は「ええ」と頷いて庭に出て来た。
 日射しがまだまだ強い季節だから、撮るのなら木陰。白いテーブルと椅子のある木の下の日陰がちょうど良さそうで、ハーレイとブルーは其処に並んだ。
 母がカメラ越しに光の加減などを確かめ、「その辺りかしら」とニッコリ微笑む。
「それじゃ、撮るわよ?」
「ママ、待って!」
 ブルーがハーレイの左腕に両腕でギュッと抱き付き、「撮っていいよ」と笑顔で叫んだ。
 憧れのスポーツ選手と記念写真を撮る少年のようなポーズで、身長の差もそれを思わせる。母は笑ってシャッターを切った。可愛い一人息子を撮る母の顔で、頼まれるままに何度も、何度も。
 同じポーズで軽く十枚は撮っただろうか。ハーレイがカメラを受け取りに行って、ブルーの母も交えて三人でデータを調べて、いい写真だと確認した。
 穏やかな笑顔で立つハーレイと、その左腕に抱き付いた明るい笑顔のブルー。
 再会してから初めて二人で過ごした夏休みの記念にと撮った写真は、まさに最高傑作だった。



 写真撮影を終えてブルーの部屋へ引き揚げ、昼食を食べて。ブルーの母が食後のお茶のセットを置いていった後で、ハーレイは再びカメラを出した。ブルーと二人で写した写真を詳細に調べて、「これにするか」と選んだ写真をその場で二枚、プリントしてテーブルの空いた所に並べる。
 そして自分の荷物の中から二つの包みを取り出した。
「ほら、ブルー。好きな方を選べ。…まあ、どっちでも中身は同じなんだが」
 四角くて平たい箱を包んだ包装紙とリボン。ブルーはそれに見覚えがあった。ハーレイの誕生日プレゼントに羽根ペンを買おうと出掛けて行った百貨店の包装紙とリボン。
 羽根ペンはブルーの予算ではとても買えない値段で、それでも諦め切れなくて。悩んでいたのをハーレイに見抜かれ、ハーレイと二人で買うことになった。ブルーは予定していた金額を支払い、残りはハーレイが払った羽根ペン。
 二人で選んだ白い羽根ペンをハーレイが買いに行き、誕生日に持って来て、ブルーがハーレイに羽根ペンの箱を手渡した。それが八月二十八日のこと。
 ハーレイは羽根ペンを買うためにあの百貨店へ行ったわけだが、羽根ペンの箱を包んでいたのと同じ包装紙とリボンがかかった二つの箱は何なのだろう?
 首を捻るブルーにハーレイが「いいから、一つ選んで開けろ」と箱を指差す。
「…うん」
 手近な方の箱をブルーが選ぶと、もう一つをハーレイが手に取ったから。
(…開けていいんだよね?)
 リボンをほどいて包装紙を剥がし、出て来た箱を開けてみた。
「あっ…!」
 箱の中に、写真にぴったりのサイズのフォトフレーム。ハーレイの分は、と目をやれば同じ物が箱に収まっていた。飴色をした木製のフォトフレーム。如何にもハーレイが好みそうな、触れれば手に馴染む優しい素材。素朴だけれども温かみのある、木で作られたフォトフレーム。



「羽根ペンを買いに行った時にな、こいつも一緒に買って来たんだ」
 ハーレイが自分の分のフォトフレームを示して言った。
「俺たちの写真ってヤツは無かったからな。…夏休みの記念に撮ろうと思った。そして二人で一枚ずつ持とうと思ったんだ」
 同じデザインのフォトフレームに入れて、俺とお前とで一枚ずつ…な。
 嫌だったか?
「…ううん」
 問われたブルーは「ううん」と首を左右に振った。
「ハーレイの写真、持っていないし…。それにハーレイとお揃いの物って、シャングリラの写真集しか持っていないから…。お揃いの写真とフォトフレームなんて、ぼく、考えもしなかったよ」
 とても嬉しい、とブルーが微笑むと、ハーレイは「そうか」と頷いて。
「…こいつは俺の我儘でもあるんだがな。お前の写真が欲しかったんだ。どうせだったら、お前と二人で写ったヤツが」
 最高の写真が手に入った、と喜ぶハーレイにブルーは「ぼくも」と笑みを湛える。
「ぼくもこの写真が欲しかったよ。…ううん、ハーレイだけの写真でもいいから欲しかったんだ。それで前のハーレイの写真を探しに本屋さんまで行ったのに…。いいな、と思ったハーレイの写真には前のぼくが必ず一緒に居たから…」
 腹が立ったから買わなかった、と白状した。ソルジャー・ブルーとセットのハーレイがどんなに素敵でも、其処に一緒に写っている前の自分が余計なのだ、と。
「でも、良かった…。この写真なら今のぼくだし、このハーレイはぼくのだよね」
「そりゃあ、俺はお前の恋人だしな? しかしだ、前の自分に腹が立つとは…。凄いな、お前」
 ちょっとお前を見直したぞ、とハーレイが笑う。
 小さな子供だとばかり思っていたのに、一人前に嫉妬もするのか、と。
「だがなあ、子供は子供だな? ソルジャー・ブルーもお前なんだぞ。そこで前世を懐かしまずに嫉妬して怒る所がなあ…。アレだ、鏡に映った自分に喧嘩を吹っかける子猫みたいだよな」
「子猫!?」
 酷い、とブルーは唇を尖らせたけれど、その顔つきが子供だと更なる笑いを誘っただけだった。鏡の中の自分と喧嘩を始める銀色の毛皮の小さな子猫。一人前に毛を逆立てていても、鏡の相手は決して喧嘩を買ってくれない。傍目にはただ面白いだけで、写真を撮られるのが関の山だと。



「……子猫だなんて…」
 膨れるブルーの頭をハーレイが「いいじゃないか」とポンポンと叩く。
「そういう所も俺は可愛いと思うがな? そして、此処に写ったお前も可愛い」
 実にいい写真だ、とハーレイは庭で撮った写真を惚れぼれと眺め、一枚をブルーに手渡した。
「お前の分だ。フォトフレームが気に入ったんなら、入れてやってくれ」
「うん」
 ブルーが木製のそれを裏返して写真を入れる間に、ハーレイも自分のフォトフレームを裏返し、もう一枚の写真をセットしてみて。
「よし、こうすると写真だけよりいい感じだな」
 うん、とテーブルにフォトフレームを置いて眺めるハーレイ。ブルーも自分の分を隣に並べて、お揃いのフォトフレームに同じ写真が収まったものが二つ揃った。
 背の高いハーレイと、その左腕にギュッと抱き付いた小さなブルーが写った写真。
「ねえ、ハーレイ。…こんな写真は今のぼくたちしか撮れないね。ぼくが小さいっていう意味じゃなくって、ぼくが大きくなってからでも」
「…そうだな、前の俺たちには無理だったな」
 誰にも仲を明かせなかった秘密の恋人同士だったから。
 けれど今度はいくらでも撮れる。今はまだ教師と生徒ということになっているから、記念写真も写しそびれたままで今日まで来てしまった二人だけれど。
 憧れの先生と生徒で良ければ、これから先も何枚だって写せるだろう。
 いつか結婚出来た時には、もっともっと沢山の写真を好きな時に写してゆけるだろう。



「ふふっ、フォトフレームまでお揃いだもんね」
 貰っちゃった、と笑みを零すブルーにハーレイが「ああ」と頷き返して。
「お母さんにフォトフレームはどうしたんだ、と訊かれた時には記念に貰ったと言っておけ。俺がタダ飯を食わせて貰っている分、マーマレードくらいじゃ足りないからな。これはオマケだ」
「オマケなの?」
「そういうことにしておくだけだ。本音は俺からのプレゼントだがな、マーマレードがお前用だと言えないのと同じでコイツもマズイ」
 まだ早過ぎる、とハーレイは困ったような笑顔になった。
「俺はお前と一緒に写った写真が欲しくて、フォトフレームも同じのにしたくてコソコソ計画していたわけだが、お前のお母さんたちには言えんだろうが。いいか、あくまでオマケだからな」
「うん、分かった。夏休みの記念写真とオマケなんだね」
「そういうことだ」
 しかし本当はお揃いなんだぞ、と付け加えることをハーレイは忘れはしなかった。
「今日からは同じ写真とお揃いのフォトフレームを眺めて暮らすわけだな、お前も俺も」
「…うん。ありがとう、ハーレイ。…大事にするよ」
「そうしてくれると俺も嬉しい。そうだ、お前のマーマレードな。ちゃんとおふくろたちに言っておいてやるさ、お前が一番に食べ損なって悲しがってた、ってな」
 そして貰って来てやるから、とブルーと「約束だぞ」と小指を絡める。
「俺の未来の結婚相手のお前用に山ほど貰って来てやるさ。だから惜しがらずにどんどん食べろ。でないと大きくなれないからな」
「うん。…うん、ハーレイ…」
 大好きだよ、とブルーは小指を絡めたままで並んだ二つのフォトフレームをそっと見詰めた。
 今日からはお揃いのフォトフレーム。
 片方はハーレイの家に行ってしまうけれど、ブルーの部屋にも全く同じものがある。
 フォトフレームの中の写真はこれから色々と変わっていくのか、またハーレイが理由を見付けてフォトフレームごと増やしてゆくのか。
 幸せな写真が何枚も増えて、いつかフォトフレームは二人で一つしか要らなくなる。
 一番最初のそういう写真は、きっと二人の結婚式。
 二人で一つしか要らなくなったフォトフレームを家に飾って、ハーレイと二人で歩いてゆく。
 前の生では叶わなかった幸せな未来へ、しっかりと手を繋ぎ、握り合って…。




         二人の記念写真・了


※ブルーとハーレイの記念写真。前世では写すチャンスさえも無かったツーショットです。
 今度は堂々と飾ってもかまわない世界。お揃いのフォトフレームに写真を入れて…。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv






※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv





学園祭も終わって秋が深まり、日暮れも早くなりました。放課後を「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で過ごして帰る頃には暗くなっている有様です。え、下校時刻にそんなに暗くはならないだろうって? 特別生は時間厳守じゃありませんから六時過ぎでも無問題。
「今日も日が暮れたみたいだねえ…」
会長さんが壁の時計を眺めつつ。
「こんなに秋が深くなるとさ、鍋パーティーなんかがいいと思わないかい?」
「えっ、鍋パーティー?」
ジョミー君が即座に反応しました。
「いいよね、ちゃんことか寄せ鍋とか! 今度の週末?」
「うん。鍋をやるなら夜がいいかな、みんなでウチに泊まりにおいでよ」
「「「行く!」」」
私たちは一斉に手を挙げ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「かみお~ん♪ お鍋は夜でも朝から来てくれていいからね! お昼も作るし!」
「やったあ、土曜は鍋パーティーだね!」
お昼も楽しみ、とジョミー君。私たちもワクワクです。学園祭までは準備で校内が賑やかでしたし、収穫祭などのイベントなんかも。けれど学園祭が終わってしまえば行事は何もありません。中間試験の後は期末試験で、クリスマスは終業式が済んでから。
「ふふ、少しお祭り気分になった?」
会長さんの問いに誰もがコクコク。特別生の日々に不満は無いですし、放課後は素敵なティータイムつき。それでもやっぱり一連のお祭りが終わってしまうと心が寂しくなるもので…。
「じゃあ、決まり。今度の週末はウチに泊まって鍋パーティーだね」
盛大にやろう、と会長さんが親指を立て、大歓声の私たち。お昼御飯も期待出来そうです。どんなお鍋が食べられるのかなぁ、お昼もとっても豪勢かも?



待ちに待った土曜日はいい天気でした。会長さんのマンションの近くのバス停で待ち合わせをして、お泊まり用の荷物持参で訪ねてゆくと。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
どうぞ入って、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお出迎え。
「ブルーも待ってるし、すぐにお昼にするからね!」
それまで飲み物とお菓子で待ってて、と紅茶にコーヒー、柚子味のパウンドケーキなどが。食べ終わった頃合いでダイニングに呼ばれ、熱々のグラタンが焼き上がっています。サラダと栗のポタージュスープにキノコたっぷりのピラフなど。
「「「いっただっきまーす!」」」
グラタンはキノコとチキンが入ってスパイスとハーブがいい感じ。鍋パーティーもやっぱりキノコでしょうか?
「それはもちろん」
会長さんがスープを口に運びながら。
「キノコ鍋ってわけじゃないけど、季節の味覚は使わなきゃ! でもって今日は味噌仕立て! お酒が進む鍋がいいんだ」
「「「お酒?」」」
三百歳を軽く越えている会長さんは勿論お酒もいけるクチです。小さな子供の「そるじゃぁ・ぶるぅ」もチューハイなんかが大好きですけど、鍋パーティーでお酒って飲んでいたかなぁ?
「ああ、君たちは飲めないよね。キースが少し飲めるくらいか…。だから普段は飲まないんだけど、今夜のパーティーは特別だから」
「記念日か?」
キース君が尋ねましたが、会長さんは「ううん」と首を左右に。
「記念日とかでは全然ないけど、ちょっとゲストの関係で…ね」
「「「ゲスト?」」」
ゾゾゾゾゾ…と嫌な予感が背中を走り抜け、頭に浮かんだ会長さんのそっくりさん。それに加えて教頭先生のそっくりさんなキャプテンですね、またバカップルが来るわけですか…。
「あ、違う、違う! 今日のゲストはそっちじゃなくて」
あっちの二人は忙しいそうだ、と会長さん。
「特別休暇を取ってるらしいよ、鍋より二人の時間だってさ。一応、声はかけたんだけど」
でないと後が恐ろしいから、と言われなくても納得です。ソルジャーに内緒で鍋パーティーなんて、命知らずにも程がありますってば…。あれっ、それならゲストって……誰?



お酒が進む鍋パーティーに相応しいゲストとは誰を指すのか、首を傾げる私たち。ソルジャー夫妻が来ないんだったら該当する人が無さそうですが…。
「誰か忘れていないかい? バカップルを連想したなら、そのついででさ」
「「「…ついで?」」」
バカップルのついでとくれば、もしかして、もしかしなくても…。
「あんた、ぶるぅを呼んだのか!?」
キース君の叫びに誰からともなくギャッと悲鳴が。ソルジャー夫妻のおまけとくれば悪戯小僧で大食漢の「ぶるぅ」です。胃袋は底抜け、お酒も大好き。何もあんなのを呼ばなくっても…! それとも押し付けられたのでしょうか、特別休暇に邪魔だから、と?
「…なんでそっちの方に行くかな、ぶるぅだったら丁重にお断りさせて貰うよ」
鍋とお酒をデリバリーする羽目になろうとも、と会長さんはキッチリ否定。
「あんなのが来たらパーティー気分がブチ壊し! ブルーたちがいないと全く歯止めが利かないからねえ、食い散らかされて終わりってだけじゃなく、心身共にズタボロだってば」
おませな発言が炸裂しまくり、と指摘されればそのとおり。バカップルなソルジャー夫妻に育て上げられた「ぶるぅ」は大人の時間に興味津々、覗き見ばかりしています。特別休暇中に一人で来ちゃって酔っ払ったら口から何が飛び出すか…。
「ね、そういうのは御免だろう? 今日のゲストは人畜無害なチョイスなんだけど」
「「「へ?」」」
「そう、への字。思い切りヘタレなハーレイを呼んでみました…ってね」
「「「教頭先生!?」」」
なんでそういうことになるのだ、と私たちはビックリ仰天でしたが、会長さんはニコニコと。
「最近、とみに寂しいらしいんだよ。侘しい独身生活が…。秋は人肌恋しい季節で、日暮れも早くて家に帰れば真っ暗で…。こんな時に嫁がいてくれれば、と毎日溜息」
「で、嫁に行こうと決意したのか?」
止めないがな、とキース君が言えば、返った答えは。
「行くわけないだろ、そっちの趣味は無いんだから! だけど楽しく事情聴取をしたいんだ」
「「「事情聴取?」」」
「うん。たっぷり飲ませて、ぼくに対する本音をね…。そう簡単に酔わないことは分かってるから、お酒の方も特別製で」
「かみお~ん♪ ちゃんぽんブレンドなの!」
いろんなお酒を混ぜてみたよ、と自信たっぷりな「そるじゃぁ・ぶるぅ」。あれこれ飲むと酔いが回ると聞いていますが、ブレンドとしたとは凄すぎるかも…。



キノコたっぷりの昼食が済むと、リビングでまったりゲームやお喋り。鍋パーティーとゲストの話題は一切出て来ず、アップルチーズタルトや焼き立てクッキーを食べている間に日が暮れて…。
「さてと。ハーレイが下に着いたようだよ」
今日は車じゃないんだよね、と窓の下を見下ろす会長さん。横から覗くとマンションの入口に見慣れた大きな人影が。教頭先生、鍋パーティーはお酒つきだと招待されたため、路線バスでいらしたみたいです。間もなく玄関のチャイムが鳴って「そるじゃぁ・ぶるぅ」が駆けてゆき…。
「ハーレイが来たよ~!」
「すまん、遅れたか?」
バスが渋滞に引っ掛かって、と詫びながら教頭先生が入って来ました。
「紅葉シーズンなのを失念していた。日が暮れてからもライトアップで混むんだったな」
「週末だからねえ、仕方ないよ。マイカーだったら抜け道を走るって手もあるけれど」
でも飲酒運転はお勧めしない、と会長さんはニッコリと。
「今夜はゆっくりしていってよね。鍋もお酒もたっぷりあるんだ」
「ありがとう。何か手土産をと思ったんだが、手ぶらで来てくれと言われたし…」
「遠慮は無用さ、みんなで楽しく盛り上がれればいいんだよ」
早速鍋を始めよう、という声を合図にダイニングへと移動してゆけば大きなテーブルにコンロが据えられ、土鍋が既にセッティング済み。
「三、四人で一つの鍋ってトコかな、十人で三つの鍋だから。面子は特に固定しないし、ノリで自由に移動しながら好きに食べるのがルールなんだけど…」
固定したければ固定でもいい、と会長さんの視線が教頭先生の上に。
「ハーレイは大いに飲みたいだろうし、飲めない面子の鍋に行ったらイマイチだよね。どうかな、真ん中の鍋でぼくと飲む? ぶるぅも一緒に」
「…お前とか?」
頬を赤らめる教頭先生に、会長さんは「嫌だった?」と。
「嫌なら席は入れ替えってことで…」
「い、いや! いや、嫌ではなくて、そのぅ……なんだ……」
「ふふふ、嫌ではないってことだよね? それならぼくの向かいにどうぞ」
勧められた席に座った教頭先生は傍目にもドキドキときめきMAX。鍋パーティーに招かれただけでも嬉しいでしょうに、会長さんと同じ鍋です。ちゃんぽんブレンドで事情聴取が待っているなんて御存知無いですし、気分は極楽、天国ですよね!



味噌仕立ての鍋は予め煮込んであった様子で、どれもニンニクがたっぷりと。すりおろしではなく粒が丸ごと、柔らかく煮えたのを具材と一緒に掬って食べるという趣向。更に刻みニンニクを混ぜてレンジでチンした特製味噌を好みで添えるのが「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお勧めで。
「えとえと、お味噌は今日はちょっぴり甘めなの! お酒にとっても良く合うんだよ♪」
ハーレイがダメな甘さじゃないしね、と説明された教頭先生、キノコや肉や新鮮な魚介類がドカンと入った寄せ鍋の具を器に取って特製味噌をつけてみて…。
「なるほど、美味いな。酒が飲みたくなる味だ」
「でしょ? お酒も沢山飲んでってね!」
どうぞ、と大きめの徳利が。いわゆる熱燗を会長さんが教頭先生の盃になみなみと。
「はい、遠慮しないでグーッといってよ」
「すまんな、お前も一緒にやろう」
徳利を持とうとした教頭先生を会長さんは手で制して。
「あ、ぼくはワインでやりたいんだ。鍋には合わないって言われてるけど、長年生きてるとピッタリなワインも見付かるものでさ」
辛口の白がいいんだよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が運んで来たボトルからグラスにトクトク。
「君も一杯、試してみるかい? なかなかいけるよ」
「そうなのか。是非、御馳走になろう」
「ちゃんぽんだけどね、それも良きかな!」
ぶるぅ、グラスを! と会長さんが頼み、出ました、教頭先生の前にもワイングラス。
「まあ飲んでみてよ。ここの白がね、寄せ鍋にはもう最高で」
「…ふむ…。これは確かに絶品だな」
味噌仕立ての鍋に実によく合う、と教頭先生、大絶賛。
「しかし、この熱燗の方もなかなか…。大吟醸ではないようだが」
「あっ、分かる? ぼくとぶるぅの自慢のヤツでさ…。泡盛を銘水で割って充分に寝かせてから熱燗にすると、凄く美味しくなるんだよね。そのまんま熱燗にしたらアウトで」
「ほほう…。それは知らなかったな」
「ひと手間かけるのが美味しく飲むコツ! ワインの方もどんどんやってよ」
食べたら飲んで、飲んだら食べて…、と勧め上手な会長さんにまんまと乗せられ、教頭先生は熱燗ちゃんぽんブレンドとやらと白ワインとを交互にグイグイ。流石の酒豪も飲み続ける内にすっかり出来上がり、普段よりもずっと饒舌に。うーん、そろそろ事情聴取かな?



ワハハと笑っては盃を、グラスを傾ける教頭先生。お鍋の方は締めのラーメンが投入されて各自の丼にドッカンと。教頭先生が御機嫌でズルズルと啜り、スープもすっかり飲み干した頃合いを見計らったように会長さんが。
「…ハーレイ、今日は泊まってく? もう遅いしさ」
「かまわないのか?」
「部屋は余っているからね。それともアレかな、ぼくと一緒の部屋がいいとか?」
ぼくのベッドは大きいから、と妖艶な笑みを向けられた教頭先生は酔った勢いで首をコックリと。普段のヘタレは何処へやらです。
「なるほど、ぼくのベッドを希望、と。…それじゃ好みのシチュエーションは?」
「シチュエーション?」
「脱がしたいとか、脱いで欲しいとか、その辺だけど」
うわわわわ…。会長さんったら、大人の時間な質問をぶつけるつもりですよ! これじゃ「ぶるぅ」が押し掛けて来ておませ発言をかましているのと特に変わりはないような…。でもでも、相手は教頭先生。悲惨な事にはならない筈、と高をくくった私たちですが。
「………。強いて言うなら騎乗位だろうか」
「「「…キジョーイ?」」」
なんじゃそりゃ、と頭上に飛び交う『?』マーク。洗剤のジョイとは違うんですよね?
「騎乗位ねえ…。ぼくにそれをやれと?」
「やはり男のロマンだろう。…お前が自分で乱れてくれれば最高の気分だと思うわけだな」
さぞかし美しいだろう、と教頭先生はウットリと。
「…私の上で乱れまくるお前を見ていられれば天国だ。もうそれだけで私の方も」
「何発でもヤれる自信がある、と」
「もちろんだ!」
それこそ徹夜で抜かず六発エンドレス! と鼻息も荒く盃を空にし、ワインを喉に流し込み…。教頭先生、絶好調に熱く語っておられますけど、ヌカズロッパツって何のこと?
「…なんか通じてないみたいだよ、そこの子たちに」
ねえ、ハーレイ? と会長さんが茶々を入れても教頭先生は気になさらずに。
「いや、私はだな…。お前さえいればもう充分で…。どうだ、今から試してみないか?」
「オッケー、騎乗位で朝までなんだね」
まあ一杯、と会長さんが熱燗を注ぎ、教頭先生がクイッと一気に。どうなるのやら、とハラハラしている私たちを他所にワインと熱燗を飲み続けた果てに…。



「ふん、騎乗位が聞いて呆れる」
酔っ払いめ、と会長さんの冷たい瞳。教頭先生はダイニングの床に仰向けに転がり、グオーッとイビキをかいておられました。
「ぼくに何処まで求めているのか事情聴取をしてみたけれど…。酔っ払った末に出た本音ってヤツが騎乗位ねえ…。まず絶対に無理っぽいよね」
「おい、キジョーイとやらは何なんだ?」
分からんぞ、とキース君がすかさず突っ込み、私たちも「教えて下さい」とお願い目線。会長さんはフウと溜息をついて。
「君たちに通じる筈もないけど、漢字で書くと騎馬戦の騎と乗るとで騎乗。それと位さ。大人の時間の楽しみ方の一つってヤツだね、上級者向けの」
「「「………」」」
意味はサッパリ不明でしたが、上級者向けと言われたことで教頭先生には無理だと分かります。酔った勢いで口には出来ても、その実態は鼻血三昧のヘタレ人生なわけですから。
「…さて、この思い上がりも甚だしいバカをどうしてくれよう…。お望みの騎乗位とやらを実現するなら騎馬戦かなぁ?」
ぼくが乗れればいいんだし、と会長さんはワインを一口。ちゃんぽんブレンドもちゃんぽんも無しにワイン一筋、酔っ払ってはいない模様で。
「だけどハーレイはこのガタイだし、騎馬戦しようにも組める人がね…」
「そうだな、かなりキツイと思うぞ」
やってやれないことは無さそうだが、とキース君が応じれば、会長さんが。
「無理やり騎馬戦をやらかしたって、ハーレイとぼくとの二人きりにはならないし…。二人きりでぼくが乗っかるとなると、肩車しか無いんだろうか?」
「「「肩車?」」」
「騎乗位はねえ、ぼくがハーレイの上に乗っかる所に意味がある。肩車でも乗ってはいるしね」
ただし少々問題が…、と考え込んでいる会長さん。
「ハーレイの肩に乗っかるとなると、この首の後ろにハーレイの喜ぶ部分がグッと密着! それじゃハーレイが喜ぶだけだし、ぼくだって気分がよろしくない」
そこを何とか出来ないものか、とブツブツ呟く会長さんに「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「んーと…。ハーレイがブルーのお馬さんになるの?」
「そんなトコかな、肩車だけど」
「お馬さんなら、鞍をつければいいんじゃないかと思うんだけど…」
お馬さんに乗るなら鞍が要るよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は無邪気な笑顔。教頭先生に鞍ですか? それも肩車に乗るために?



教頭先生の夢の騎乗位を別の形で実現したいらしい会長さん。何も分からない「そるじゃぁ・ぶるぅ」の鞍発言にピンと何かが閃いたようで。
「馬には鞍かぁ…。これは使える」
何処だったかな、と壁の方を眺めていたかと思うと「あった、あった」と包帯みたいなモノが宙にポンッ! と。なんですか、それは?
「これかい? ノルディの診療所から失敬してきたギプス用包帯」
変形自由で固くて丈夫、と会長さんはイビキをかいている教頭先生の上体を起こせと柔道部三人組に指示を出しました。
「そうそう、そんな感じで暫く起こしといてよ。型を取るから」
「「「型?」」」
「ギプスで鞍を作るわけ。本来は水に浸して使うんだけど、その辺はサイオンでどうとでも」
まずは首の後ろ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」と二人がかりで包帯を当てて型取りを始めた会長さん。ギプス用包帯は固まるまでに時間がかかるそうなのですが、そこもサイオンで省略可能で。
「首の方はこれでOK、と…。次は肩だね、でもって後で組み立てて…」
とにかく採寸、と教頭先生の首から両肩の型をギプス包帯で取った会長さん。お次は強力な接着剤の出番で、首の部分と肩の部分をくっつけて…。
「これでよし、と。鞍の基本の形は出来た。問題は座り心地の方だね」
「かみお~ん♪ クッションみたいにする? それとも革張り?」
どっちでも作っちゃうけれど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はやる気満々。会長さんは再び床に転がされた教頭先生をゲシッと蹴飛ばし、「両方で」と「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「座り心地が大切だから、クッションで衝撃を緩和だね。でもって仕上げは革張りで!」
「分かった! ハーレイ専用の鞍なんだね♪」
ぼく、頑張る! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がギプス包帯で組み上げられた型を小さな両手で確かめています。教頭先生の身体に当たる側にも革を張るとか言ってますけど、一晩じゃ流石に無理でしょうねえ…。



ちゃんぽんブレンドと白ワインのちゃんぽんで泥酔なさった教頭先生は型取りされた後、柔道部三人組に担がれてゲストルームへと運ばれました。翌朝、私たちが朝食を食べ終える頃にようやく目覚めて謝りまくって帰られたものの、記憶は一切無かったようで。
「つくづくバカだね、本音を暴露したというのに」
まるで気付いてないのが笑える、と会長さんがケラケラと。
「これは絶対、鞍を作って乗らなくちゃ! まずは校内一周からだね、罰ゲームとでも説明しとけばゼルたちだって気にしないから」
「「「………」」」
シャングリラ学園で乗ろうと言うのか、と私たちは絶句。しかし会長さんは鞍さえあれば肩車でも平気らしくて、鞍が完成した月曜日の放課後。
「見てよ、ぶるぅの力作を! 立派な鞍だろ?」
これでハーレイの首にも肩にも触れずに乗れる、と見せられた鞍は茶色の革張り。
「肩車だからね、ハーレイの頭は持つしかないわけだけど…。これで早速校内一周、騎乗位の旅に出掛けてこよう」
行くよ、と促されてカボチャのムースケーキを喉に押し込み、みんな揃って教頭室へ。問題の鞍は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が大切そうに頭の上に掲げています。本館にある教頭室に着くと、会長さんが重厚な扉をノックして。
「…失礼します」
「なんだ?」
書類をチェックしていた教頭先生が顔を上げ、先日の醜態を思い出したらしく。
「…ああ、そのぅ…。なんだ、この間はすまなかった」
「どういたしまして。お蔭で君の夢ってヤツがよく分かったから来てみたよ」
ニッコリ微笑む会長さんに、教頭先生は首を捻って。
「…夢?」
「そうだよ、君が心の底に熱く秘めている男のロマンというヤツさ。…騎乗位だってね?」
「…な、な、な……!」
何故それを、とアタフタしている教頭先生の机の上から書類がバサバサ床に雪崩を。会長さんは散らばった書類を拾い集めて「はい」と机に纏めて置くと。
「君が自分で叫んだんだよ、ぼくとやるなら騎乗位がいい、と。…それで考えたんだけど…」
今からどう? と妖艶な瞳を向けられた教頭先生の鼻から毎度お馴染みの鼻血がブワッ。…騎乗位とやらは鼻血多めで噴出するほどヤバイ代物みたいですねえ?



それから十五分ほどが経ち、教頭先生の鼻血が治まった頃。逞しい肩に特製の鞍を乗っけた会長さんが教頭先生の肩に跨り、右手に持った鞭をピシッ! と鳴らして。
「さあ、ハーレイ。お望みどおり乗ってあげたよ、校内一周!」
「…こ、この格好で行けと言うのか?」
「君が願った騎乗位だ。まさに本望だと思うんだけど」
歩け、歩け! と会長さんの鞭がピシピシと。仕方なく歩き出された教頭先生、本館を出るなりゼル先生とバッタリ遭遇。ゼル先生は肩車な会長さんと教頭先生をジロジロ見比べた挙句。
「ハーレイ、それは新手のセクハラかのう?」
「ち、違う! こ、これはブルーが…」
決して私が乗せたわけでは、と冷汗三斗な教頭先生の肩の上から会長さんが。
「ぼくもセクハラは御免だからねえ、鞍を作って乗ってるよ。…実はさ、こないだの週末、みんなでパーティーしていた時にハーレイが酷く酔っちゃって…。思い切り場が白けちゃったし、罰ゲームってことで馬にしたわけ」
「なるほどのう…。馬か、こやつが」
「そうなんだ。だからね、君からも罰を与えたかったら餌やりタイムを設けるけれど」
「「「餌やりタイム?」」」
ゼル先生と私たちの声が見事にハモりました。教頭先生も怪訝そうですが、会長さんは。
「ぶるぅ、ニンジン!」
「かみお~ん♪ お馬さんの好物だよね!」
ニンジンたっぷり、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が背負っていたリュックの中身は大量の生のニンジンでした。そういえばリュックを背負ってたっけ、と今頃気付きましたけど。
「ここから好きなのを一本出してよ。それをハーレイが食べるから!」
生のまんまでボリボリと、と聞いたゼル先生はニヤリと笑って特大の一本を選び出し。
「ほれ食え、ハーレイ! 生徒の前で酔っ払うなぞ言語道断、馬にされるのも当然じゃて」
「…う、うう…」
生のニンジン、しかも皮つき。教頭先生の額に脂汗が滲みましたがゼル先生は手を引っ込めず、会長さんは鞭でビシバシと。
「ほら、食べるんだよ、ハーレイ号! とても美味しいニンジンだからね」
マザー農場の採れたてニンジン! と促されまくった教頭先生、退路を断たれて生ニンジンをバリバリと。そこから先の校内一周騎乗位の旅、噂を聞き付けたブラウ先生やエラ先生にヒルマン先生までがニンジンを食べさせたいと何度も現れ、リュックはすっかり空っぽでしたよ…。



「ふふ、生野菜は身体にいいって本当なんだねえ?」
あれからハーレイは毎日快調! と放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で会長さんがクスクスと。
「植物繊維は便秘に効くって前から聞くけど、ドッサリ出ているみたいだし」
「出すぎだろうが!」
キース君が噛み付き、シロエ君も。
「どう考えても効きすぎです! あれは快調とは言いません!」
「ですよね、少しやつれてらっしゃいますよ」
マツカ君が頭を振るのも至極当然、生ニンジンを毎日リュック一杯食べさせられた教頭先生のお腹は連日下り気味。それでも会長さんに騎乗位をやめる気はさらさら無くて。
「さて、今日も楽しくお出掛けしようか。ハーレイ号が待っているからね」
「…それなんだけどさ」
もう一歩、踏み込んでみないかい? と背後から声が。
「「「!!?」」」
バッと振り返った先にフワリと紫のマントが翻り。
「こんにちは。なんか騎乗位の旅なんだってねえ?」
面白いじゃないか、と現れたソルジャーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が両手で持っていた特製の鞍を検分すると。
「この鞍はよく出来ているけど、乗ってる馬がイマイチかと…。騎乗位の達人のぼくからすれば中途半端もいいところだよ」
「退場!!」
すぐに出て行け、と会長さんが突き付けたレッドカードに怯みもせずにソルジャーは。
「誰も本気で騎乗位をやれとは言っていないさ、君にその手の趣味は無いしね。…だけど騎乗位を気取るんだったら裸馬! 鞍はともかく、服を着込んだ馬じゃ興ざめ!」
騎乗位はマッパの馬に跨ってなんぼなのだ、と自説を展開するソルジャー。なんのことだか分かりませんけど、服を着た馬……いえ、教頭先生に跨ったのでは気分が乗らないらしいです。
「せめてアレだね、褌一丁! それなら文句は無いだろう?」
「…褌かぁ…。確かに褌一丁で外を歩くには不向きな季節になっているけど…」
「褌だってば、裸馬でこそ騎乗位が本領を発揮するんだとぼくは思うな」
ついでにハーレイは今以上に晒し者度がアップ、と唆された会長さんが頷いたまでは良かったのですが…。



「なに、全力で走れだと?」
別に私は構わんが、と教頭先生。私たちに紛れ込んだソルジャーも込みで出掛けた教頭室で、会長さんは褌一丁での校内一周を命じた上で全力疾走のコマンドまでも。教頭先生は承諾したものの、いつもの鞍をまじまじ見詰めて。
「乗り手のお前は大丈夫なのか? 振り落とさないという自信が全く無いのだが…」
「ああ、そこは全く問題ないよ。暴れ馬は他の面子に試させる。キースたちが乗って大丈夫そうなら最後にぼくが……ね。逆に言うなら君の運かな、祭りの如く暴れまくって走りまくっても誰も落ちなきゃ騎乗位の栄誉」
ただし手加減したら騎乗位は終わり、と冷たい口調の会長さん。その一方ではキース君たちが真っ青な顔をしています。
「…お、俺たちに乗れと言うのか?」
「ぼくも乗るわけ? …走ってるヤツに?」
落馬するよ、と泣きの涙のジョミー君たち。なのに教頭先生は会長さんを最後に乗せる栄誉が欲しくて仮眠室に引っ込み、水泳用の赤褌だけをキリリと締めて戻って来て。
「誰が乗るのだ? 私とブルーの未来のためにもしっかり乗りこなして欲しいものだが…」
「「「…は、はいっ!」」」
落ちたら絶対に教頭先生に恨まれる、と怯える男子たちの思念がヒシヒシと。とはいえ、無事に乗りこなしても会長さんに恨まれそうで、どちらに転んでも針のむしろというヤツです。どうなるんだろう、とスウェナちゃんと私が顔を見合わせていると。
「かみお~ん♪ ぼく、乗りたい!」
乗ってもいいよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が元気に右手を上げました。お子様なだけに私たち以上に事情が掴めず、お祭りという景気のいい言葉に反応しちゃったみたいです。
「そうか、ぶるぅが私に乗るのか。…落っこちるなよ?」
ではニンジンは他の誰かに預けておけ、と教頭先生が床に屈んで「そるじゃぁ・ぶるぅ」を肩車。ニンジン入りのリュックはサム君が預かり、教頭先生が立ち上がって。
「では行くぞ。ぶるぅ、しっかり掴まったな?」
「うんっ! しゅっぱぁ~つ!」
ハーレイ号、発進! と可愛らしくも高らかな声が号令、褌一丁の教頭先生は肌寒いを通り越した晩秋の校内一周へと旅立たれました。パカラッ、パカラッと効果音を入れたくなるような激しい走りで疾走中。今日のお供は男子に任せてギブアップしないとやってけません~!



右に左にと身体を揺すって走りまくった裸馬こと褌一丁な教頭先生。今日もゼル先生たちからニンジンを貰っていたそうですけど、それ以外の時間は全力で校内を駆け抜けて…。
「どうだ、ブルー! やり遂げたぞ!」
ぶるぅは肩から落ちなかったぞ、と教頭室に戻った教頭先生は満面の笑み。
「私は手加減していない。そうだな、ぶるぅ?」
「楽しかったぁ~! ブルーも乗ったらいいと思うよ、すっごく速くて面白いから!」
歩いてるのとは違うと思う、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の瞳がキラキラ。体験してきた凄い走りを会長さんにも、と心の底から思い込んでいる瞳です。でも…。
「ぶ、ぶるぅ…。ぼくはそのう、お前ほど身体が軽くはないし…」
必死に逃げを打つ会長さんに、教頭先生が胸を張って。
「いや、お前が羽根のように軽いのは承知している。ぜひ乗ってくれ、せっかく祭りな気分なのだし…。そもそもお前を乗せるために馬になったのだしな」
肩車にももう慣れた、と自信溢れる教頭先生は褌一丁で校内を走らされて注目を浴びても晒し者というより祭りな気分が勝っているらしく。
「さあ、行こう! 最高の騎乗位を体験してくれ、今なら注目浴び放題だ!」
「そ、それはそうかもしれないけれど…」
ぼくの心は繊細で、と腰が引けている会長さん。まさか「そるじゃぁ・ぶるぅ」が乗るとも思わず、男子の誰かが乗せられて落馬と踏んでいたに違いありません。うかうかと乗る約束をしていたばかりにソルジャー言う所の裸馬に乗る羽目に陥りそうで…。
「乗らないのか、ブルー? いつもよりもスリルが増すと思うが…」
「そ、そういうのとは別の次元で嫌なんだってば!」
裸馬なんて、と会長さんが悲鳴を上げれば、ソルジャーがスイッと横から進み出て。
「どうやらブルーは乗る気を失くしたみたいだねえ? ぼくで良ければ喜んで乗せて貰うけど」
「…あなたがですか? まあ、それは…。誰も気付いていないようですが…」
ブルーそっくりのあなたが一緒に校内を走っていても、と教頭先生。校内一周暴走の旅にはソルジャーも同行したのです。会長さんも走ってましたし、瓜二つの人間がウロついていても誰にもバレていなかったことは事実。ということは…。
「ね、ぼくが乗ってもバレないってば! ブルーの代わりに是非乗りたいな」
スリル溢れる暴れ馬に、との申し出を教頭先生は快諾しました。そっくりさんとはいえ会長さんと見た目は同じです。騎乗位とやらに憧れる気持ち、ソルジャーにぶつけてみたいのでしょうね。



褌一丁の教頭先生は頑張りました。会長さんに乗っては貰えなくても、肩の上にはそっくりさん。もう夕方で冷え込む校内をくまなく駆け抜け、オマケ気分で校舎の階段も上り下り。付き添いで走った男子たちの方が息を切らす中、教頭室へと意気揚々と御帰還で…。
「如何でしたか、私の走りは?」
「良かったよ。ぼくのハーレイではちょっと無理かな、シャングリラの中で肩車なんて人目に立ち過ぎて無理だからねえ…」
楽しい経験をさせて貰った、と教頭先生の肩から滑り下りたソルジャーは会長さんの肩をポンと叩いて。
「最高だったよ、裸馬! やっぱり騎乗位はこうでないとね」
「シッ!」
余計なことを、と言わんばかりに会長さんが鋭く注意しましたが、時すでに遅し。教頭先生は聞こえた単語を復唱してみて。
「…裸馬……ですか?」
「そう! ぼくが提案したんだよ」
褌は最後の良心なんだ、とソルジャーが得意げな笑みを浮かべて。
「ブルーは君を晒し者にする方のチョイスで褌一丁と言ったけどねえ、騎乗位のエキスパートのぼくに言わせれば乗るなら馬は裸でなくっちゃ!」
「……はあ……」
教頭先生は腑に落ちない顔で、私たちもまたソルジャーの台詞は意味不明。エキスパートだと何故に裸馬、という問いが頭の中でグルングルンと回っています。
「分からないかな、君の憧れの騎乗位だよ? 肩車なんて遊びじゃなくって正真正銘、本番の方! ぼく……いや、君の夢ではブルーかな? 乗ってる方の気持ちにすればね、相手が服を着ていたんでは気分が出ないし、エロい気分にもなれないってば!」
すっぽんぽんの相手に跨るからこそ燃えるのだ、とソルジャーが言い放ち、教頭先生の鼻からツツーッと真っ赤な筋が。…えーっと、教頭先生には今の言い回しで通じたのかな?
「だからね、ハーレイ? 裸馬に乗る気分になれないブルーの代わりに、ぼくで良ければ乗ってあげるよ。ああ、勘違いしないでよ? 校内一周の旅じゃなくってホントの本番!」
遠慮しないで乗せてみて、とソルジャーは教頭先生の逞しい腕を掴みました。
「ぼくは鞍なんか使わなくっても裸馬には乗り慣れてるんだ、ホントの意味でね。…鞍なんか無しで乗せてみないかい? もちろんぼくも脱ぐからさ」
そっちの仮眠室で是非一発! と腕にしがみ付かれた教頭先生、ブワッと鼻血を噴きまして…。
「…ほ、本番……」
それはブルーと、と辛うじて言い終えるなりドオッと仰向けに倒れた身体。限界を突破したみたいですけど、裸馬とか本番って……なに?



「うーん…。やっぱり妄想の域を出ないか、こっちのハーレイ…」
今日はいけるかと思ったんだけど、と不満たらたらのソルジャーの頭を会長さんが拳でゴツン。
「なんだかんだで摘み食いする気で出て来ただろう!?」
「えっ? それはまあ…。そういう気持ちもゼロではないかな」
だけど最終目標は高く! とソルジャーは教頭室の天井に向かってブチ上げました。
「こっちのハーレイの夢は騎乗位、そこを叶えてあげないと! しかも最初から騎乗位だなんて素人さんには難しすぎるし、こう、色々と手順を踏んで! でもって見事に乗りこなすんだよ、君がこっちのハーレイを……ね」
「嫌だってば!」
肩車だけで充分なのだ、と会長さんは脹れっ面。
「そもそも本音が騎乗位だなんて、この秋限定かもしれないし! だから肩車でいいんだってば、それでもお釣りが来るレベル!」
「…この秋限定? 常に本気で騎乗位じゃなくて?」
その辺のランチやディナーのコースじゃあるまいし、と目を丸くするソルジャーですけど、会長さんはツンケンと。
「君はハーレイを分かっていないよ、妄想一筋で童貞一直線の寂しい独身男だよ? その時々の妄想加減で夢の本音はどうとでも変わる。たまたま今が騎乗位なだけ!」
「…そうなんだ…。それじゃ明日にはコロッと変わってシックスナインになったりも?」
「するだろうねえ、ハーレイだけに」
だから当分は乗馬とニンジンで苛めればいい、と会長さんは騎乗位とやらを継続する気らしいです。ソルジャーも呆れて物が言えないみたいですけど、騎乗位って実際、何なのでしょう? シックスナインとかヌカズロッパツとか、もう謎だらけ。大人の世界は分かりません~!




          馬になりたい・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 教頭先生の夢は叶うどころか、別の方向へと向かってしまったみたいですねえ?
 肩車とはいえ、生徒会長に乗って貰って嬉しい気持ちはしたでしょうけど…。
 9月の更新は第3月曜だと今回から1ヶ月以上空いてしまいますから、月2更新。
 次回は 「第1月曜」 9月7日の更新となります、よろしくです~!

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 こちらでの場外編、8月はお盆の棚経ですけど、問題はそれに留まらないようで…。
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