忍者ブログ

シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

※シャングリラ学園番外編の専用掲示板、なんと容量オーバーしてしまいました。
 5周年記念でキリ良くオーバー、投稿不可能とは素晴らしすぎる偶然かも…。
 アルト様のサイトには思い切り御迷惑をかけてしまって申し訳ない限りですけど。

 今後は、こちら 『シャン学アーカイブ』 にて 「毎月第3月曜」 更新です。
 第1月曜にもオマケ更新をして 「月2更新」 の場合は前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいねv





学園祭も無事に終わった初冬の週末。私たち七人グループは会長さんのマンションへ向かって歩いていました。今年も学園祭での売り物は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーを謳ったサイオニック・ドリームで大人気。つまり会長さんがサイオンを使いまくっていたわけで…。
「…今日で何回目の慰労会だっけ?」
ジョミー君が指を折り、キース君が。
「諦めろ。気が済むまでやるに決まってるだろう、あいつなんだし」
「いいけどね…。御馳走は思い切り食べられるんだから」
でもねえ…、とジョミー君は深い溜息。私たちだって同じです。えっ、御馳走三昧の慰労会の何処に不満があるのかって? それは会長さんの慰労会だからで…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
マンションの最上階に着くと元気一杯の「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお出迎え。学園祭のサイオニック・ドリームでサイオンを使いまくったのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」も同じですけど、こちらは元気印です。慰労会の御馳走にも腕を揮っているわけですし…。
「あのね、ブルーはもうちょっと時間がかかりそうなの!」
待ってあげてね、と案内されたリビングで飲み物と焼き立てのクッキーが配られ、キース君が早速摘みながら。
「美味いな、これは。…カロリーの方も高そうだが」
「アーモンドの粉のクッキーだよ。バターは…ちょっと多めかも…」
でないとコクが出ないんだ、と答える「そるじゃぁ・ぶるぅ」にキース君は。
「で、今日のメニューは何なんだ? 昼飯じゃなくて、ブルーの方の」
「えっと、えっとね…。なんだったかなぁ、乾燥してくる季節だからって…。海藻エキスでお肌しっとり、タラソテラピーって言ってたかな?」
「そう来たか…。この前はヨーグルトパックだったな」
「果物を何種類もすりおろして作るってパックもやってなかった?」
ホントに美肌にこだわるよねえ、と呆れ顔をしているジョミー君に、スウェナちゃんが。
「顔は男の命だからでしょ。…ジョミーたちは違いそうだけど」
「あー、そっか…。ブルー、モテるの大好きだもんねえ、シャングリラ・ジゴロ・ブルーだから」
仕方ないか、と愚痴を零しつつ待つこと半時間くらい。
「ごめん、ごめん。待たせちゃって」
リビングの扉が開いて会長さんが現れ、廊下の方へと手を振って。
「じゃあね、ハーレイ。帰り道は鼻血に気を付けて」
「う、うむ…。安全運転を心がけよう」
ティッシュで鼻を押さえた教頭先生の声は既に鼻血の危機であることを示していました。私たちも挨拶する中、そそくさと帰ってゆかれましたが…。
「ふふふ、これだから癖になる。慰労会は何度やってもいいねえ」
大きく伸びをする会長さんの目的は会食ではなく、教頭先生のスペシャル・エステ。普段からエステを頼んでいる筈ですけど、教頭先生を私たちの視線に晒すのがお目当てなのです。エステの最中はプロと化してしまう教頭先生、鼻血は一切出しません。けれど終わると一気に来てしまうようで…。
「今日も駐車場から出て行くまでにかなり時間がかかると見たね。さあ、賭けようか。ぼくは三十分で行くけど、君たちは何分?」
始まったのは鼻血賭博。教頭先生が復活して車を運転出来るようになるまでの時間を当てる賭けでした。当てた人は次の慰労会の時に一品注文出来るのです。食事でもデザートでも、好きなのを一つ。
「十五分だ。教頭先生は克己心が強くてらっしゃるからな」
キース君が言えば、他のみんなも次々と賭けに乗ってゆきます。私はキース君に便乗して十五分。会長さんが全員の分をメモした所で…。
「二十分! ぼくも一口乗らせて貰うよ」
紫のマントがフワリと揺れて、ソルジャーがリビングに立っていました。しばらく見ないと思っていたのに、来ちゃいましたか、そうですか…。

「どうして君が出て来るのさ!」
ダイニングに移動してカボチャとサツマイモのパイ包みを頬張る会長さんは文句たらたら。本日の鼻血賭博は二十分に賭けたソルジャーの勝ちで、会長さんの御機嫌は最悪なことに。
「部外者のくせに賭けに勝つなんて酷いじゃないか! ぶるぅの料理が目当てだったら普通に遊びに来ればいいだろ、鼻血賭博は娯楽なんだし!」
「そうだろうねえ、君はハーレイの鼻血の危機を見せびらかしたいだけみたいだしさ。…毎回、見ていて飽きないよ。そこまでオモチャにされまくっているハーレイはとても気の毒だけど」
ぼくなら情が移るのに、とソルジャーは会長さんをひたと見詰めて。
「君の身体を一所懸命ケアしているのに、なんの御褒美も無いなんて…。せめて仕上げのフラワーバスは一緒に入ってあげようとか思わないわけ?」
「お断りだよ!」
「いいけどね、君に全くその気が無いのは知ってるし。…ところで、ハーレイのプロ根性。あれが崩れたらどうなるだろう?」
「「「は?」」」
ソルジャーの台詞に全員が首を傾げましたが。
「プロ根性だよ、エステのプロ! ぼくも何度か受けているけど、ホントに鼻血は出ないよねえ…。それを崩してみたくてさ。ブルーが掛けた暗示が勝つか、ぼくが暗示を見事に解くか。…暗示の性質からして一度解いても次回までには元通りだよね? 一度挑戦してみたいんだ」
「き、君はどういうつもりなわけ!?」
会長さんの声が裏返る中、ソルジャーは赤い瞳を悪戯っぽく煌めかせて。
「そのまんまだよ、君の暗示に挑戦! ちょうどエステも受けたい気分だし、明日の予約をお願いしたいな。最近、ちょっと肌に疲れが…。救出作戦が続いちゃってさ」
嘘だろう、と誰もが心で突っ込みましたが、SD体制を持ち出されると断れないのもまた事実。こうしてお肌ツヤツヤのソルジャーは帰宅したばかりの教頭先生に会長さんの名前で明日のエステの予約を入れさせ、御満悦でポルチーニ茸のパスタをフォークに巻き付けています。
「楽しみだなぁ、明日は久しぶりの全身エステ! そっちはしっかり受けなくっちゃね。暗示を解くのは最後の最後! 盛大に鼻血を噴いて倒れてくれたらいいんだけども」
「…君のハーレイが嘆かないことを祈っているよ。大切な君が他の男の手でベタベタと…」
会長さんの嫌味はソルジャーにサラリと受け流されて。
「ああ、そこの所は大丈夫! お肌しっとりになるわけだからね、感謝こそすれ怒りはしないさ。大切なのは抱き心地と肌の手触りだろう?」
「ストーップ!」
その先、禁止! と会長さんが止めに掛かりましたが、時既に遅し。ソルジャーは延々と私たちには意味不明な大人の時間について熱く語って、それから帰ってゆきました。鼻血賭博で勝った権利を明日のおやつに行使するのも忘れずに…。
「栗のババロアが何だって言うのさ!」
代替品で作ってしまえ、と会長さんは怒っていますが、栗がサツマイモに化けたところで明日のエステが中止になるわけじゃありません。ソルジャーは何も分かっていない「そるじゃぁ・ぶるぅ」に暗示を解く瞬間の中継なんかも頼んでましたし、私たちも全員、巻き添えです。
「…鼻血賭博が鼻血に化けたか…」
キース君の疲れた口調に色濃く滲む会長さんへの恨み節。会長さんが慰労会を繰り返しさえしなかったなら、こんな悲劇は無かった筈で…。けれど会長さんもまたドン底でした。
「…ぼくの暗示に挑戦だって? ブルーに勝てるわけないだろう…」
ぼくと瓜二つの身体を撫で回しながら鼻血なのか、と泣きの涙の会長さん。その気持ちもまた分かってしまうだけに、明日がなんとも心配です…。

会長さんの暗示への挑戦と、全身エステと。お楽しみを二つも抱えたソルジャーが上機嫌でやって来たのは翌日の朝のことでした。会長さんが入れた予約の時間は午前十時。それに合わせて私たちも早めに会長さんのマンションに集まり、ソルジャーも一緒にお茶を飲みながら待っている内にチャイムの音が。
「かみお~ん♪ ハーレイが来たよ!」
パタパタと駆けてきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」に続いてリビングに顔を覗かせた教頭先生は居並ぶ私たちの姿にポカンと口を開け、ソルジャーが。
「こんにちは。今日のエステをお願いしたのは、ぼくなんだよ。最近、肌に自信がなくて…。ぼくのハーレイに申し訳ないから、スペシャル・ケアを…ね」
「そ、そうでしたか…」
教頭先生、思わぬ展開に頬を赤らめておいでです。しかしエステに関してはプロ中のプロ、立ち直りの方も早くって。
「この季節は乾燥しがちですから、肌にもダメージが出るのでしょう。…ああ、あなたの世界では関係無いかもしれませんが…。状態を見てからケアをさせて頂きますので、どうぞこちらへ」
会長さんの家にはエステ専用の部屋があったりします。教頭先生は先に立ってソルジャーを其方へと促し、廊下に消えてゆきました。ソルジャーも続いてリビングを出る時、ヒョイと後ろを振り返って。
「じゃあ、ぶるぅ。合図をしたらよろしくね」
「オッケー!」
元気のいい返事を聞いたソルジャーはパチンとウインクをしてエステにお出掛け。何も知らない教頭先生はきっとエステティシャンの仕事に燃えているでしょう。覗き見してみた会長さんによると、どうやらタラソテラピーのコースらしくて。
「…例によって下着無しだよ、ブルーはさ。今の所はハーレイは無事だけど、暗示云々の件が無くても今日の鼻血は酷かったろうね。…なにしろ下着無しなんだから」
あの度胸だけはぼくには無い、と会長さんは呻いています。私たちの前にはカボチャのパウンドケーキのお皿が置かれていますが、あんまり食が進みません。ソルジャーは二切れも食べてからエステなのに…。
「あれっ、カボチャのケーキは嫌いだった?」
ごめんね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」に謝られてしまい、私たちは慌ててパクパクと。
「ち、違うよ、これはソルジャーのせいで!」
「ああ。どう考えてもあいつのせいだ」
心配で食欲減退中だ、とジョミー君とキース君が答えてくれたので「そるじゃぁ・ぶるぅ」はホッと安心したようです。
「よかったぁ~。あのね、ブルーなら心配いらないよ? とっても気持ち良さそうだもん」
お昼寝してる、と無邪気な報告を受けた私たちは更にズズーンと暗い気分に。全身エステを満喫中のソルジャーが仕上げのマッサージを受け、フラワーバスに向かう直前が惨劇の時間になる筈です。暗示を解かれた教頭先生が鼻血を噴いて倒れるわけで…。
「仰向けに倒れることを祈るよ、でないとブルーの上にバッタリ」
それは避けたい、と会長さんが嘆きまくっている間にも時計の針は刻一刻と進み、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「あっ、合図だ! もうすぐだって!」
言うなりリビングの壁が中継画面に変わって映し出されるエステ部屋。専用ベッドに寝そべったソルジャーの身体を施術用の服を着た教頭先生が丁寧にマッサージしています。アロマオイルを肌にすり込み、しっとりと仕上げて微笑んで。
「…如何ですか?」
「うん。ありがとう、また一段と腕を上げたよね」
嫣然と笑みを浮かべたソルジャーの瞳がキラリと光った次の瞬間、教頭先生はボンッ! と音がしそうな勢いでトマトみたいに真っ赤な顔に。耳の先まで赤く染まるのと鼻血が出たのは同時だったと思います。ボタボタボタッとソルジャーの胸に鼻血が落ちて、それからドターン! と教頭先生は床に仰向けに…。
「「「あー…」」」
やっちゃった、と溜息をつく私たちの隣では会長さんが頭を抱えていました。ソルジャーは中継画面越しにウインクを寄越し、「これからお風呂」とタオルを巻いてスタスタと…。教頭先生を救出すべきか、放置すべきか迷いますけど、どうなるんでしょう?

昏倒してしまった教頭先生は着て来た服や車もセットで「そるじゃぁ・ぶるぅ」が瞬間移動で家まで送り届ける結果に。一時間やそこらで立ち直るわけが無いからです。騒ぎの元凶のソルジャーの方はフラワーバスにゆったりと浸かり、全てが終わってからバスローブのままでリビングに。
「サイオン勝負はぼくの勝ちだね。あの程度の力で解ける暗示だとは思わなかった」
「どうせ場数を踏んでいないよ! ぼくは実力不足だよ!」
それよりも、と会長さんは眉を吊り上げて。
「ハーレイの鼻血は諦めてるけど、君の格好は何なのさ! 女の子もいるのにマナー違反だよ!」
「ああ、これかい? マナー違反は百も承知だけど、見てほしいものがあるんだってば」
ここ、とソルジャーがバスローブの胸元をグイと開いて。
「ほらね、ここと……ここと……それから、ここ。他よりしっとりしていないかい?」
「「「は?」」」
「分からないかな、そういう感じがするんだよ。ハーレイの鼻血が落ちた場所なんだけど、なんだか艶が出たって言うか…。血ってヤツには美肌効果があるのかなぁ?」
「あるわけないだろ!」
ブチ切れたのは会長さんです。
「単なる視覚のマジックだよ、それ! そういう風に見えるだけ! ぼくたちの目には他と同じに見えてるんだし間違いない。それにハーレイは人間だしね」
「…目の錯覚ねえ…。そういえば戦いの最中に返り血は何度も浴びているけど、美肌効果は無かったか…」
恐ろしいことをサラッと口にしたソルジャーですが。
「ん? ちょっと待ってよ、ハーレイは人間だからって言ったよね? 人間でなければ効果があることもあるのかい? 生き血ってヤツに」
「…スッポンの生き血なら効くかもね。ぼくは試したことが無いから保証の方はしかねるけれど」
大真面目に答える会長さん。そういえばスッポンには美肌効果がありましたっけ。でも、生き血ではなくて肉の方ですよね、多分…。
「スッポンだって? アレは精力絶倫なんじゃあ?」
そう聞いてるよ、と返すソルジャーに、会長さんはフウと吐息を吐き出して。
「そっちの他に美肌効果でも有名なんだよ。だから生き血を浴びて美肌というのがスッポンだったら納得だ。だけどハーレイでは有り得ない。まして鼻血じゃ美肌どころか汚いだけだよ、しっかり洗い落としておきたまえ」
せっかくのエステが台無しだ、と言われたソルジャーは「なんだ、残念…」とブツブツ呟きながらバスルームへ。いやはや、鼻血で美肌とはビックリ仰天な話です。会長さんの言葉のとおり目の錯覚というヤツでしょうが、もしも錯覚でなかった場合は教頭先生はどうなったやら…。
「まったく、もう…」
何処の伯爵夫人なんだ、と会長さんがぼやいています。えっと…伯爵夫人って、なに?
「知らないかな? ブルーみたいな錯覚が元で、生き血を浴びるために六百人もの少女を殺した女貴族さ。血の伯爵夫人と呼ばれてけっこう有名」
「いたな、そういう名門貴族が」
俺も連想してたんだ、とキース君が頷き、シロエ君も。
「ですよね、似たようなことって起こるんですねえ…。教頭先生が生き血ならぬ鼻血を搾られることになったらどうしよう、と焦りましたよ、一瞬ですけど」
「うへえ…。そんな怖いのがいたのかよ…」
考えたくねえな、とサム君がブルッと肩を震わせ、ジョミー君が。
「鼻血だって出過ぎちゃったら貧血だしね…。ソルジャーなら本気でやりかねないからシャレになってないよ、鼻血で美肌」
「あいつは突き抜けているからな。スッポンの生き血だって浴びかねないぞ」
スッポンを六百匹ほど搾って生き血風呂、とキース君が首を竦めてみせる姿に会長さんが笑っています。
「別のベクトルで効きそうだよ、それ。美肌効果もあるんだろうけど、それ以外にさ」
「…ふうん? スッポンの生き血風呂が何に効くって?」
「「「!!!」」」
いきなり聞こえたソルジャーの声。バッと振り返った私たちの前には私服に着替えたソルジャーが悠然と立っていました。これってヤバかったりするのでしょうか? どうなんですか、会長さん…?

「それで? 是非とも聞かせて貰いたいねえ、スッポンの生き血風呂の効能ってヤツを」
聞くまでは絶対に帰れない、とソルジャーの目は完全に据わっています。あれからオマール海老と帆立貝のクリーム煮がメインの昼食を食べ、今、テーブルに乗っているのは鼻血賭博に勝ったソルジャーがリクエストしていった栗のババロア。此処に至るまで会長さんは懸命に話題を逸らしていたのに…。
「教えてくれないのなら君の心を読むまでだ。うん、その方が早いかな?」
「ちょ、ちょっと待った! 暴力反対!」
余計なことはされたくない、と会長さんは悲鳴を上げました。
「君のサイオンのレベルはハーレイの鼻血でよく分かったよ! 君に逆らって心を読まれたら何をされるか…。ハーレイを好きになるように暗示を掛けられたりするかもだし!」
「…そこまでは無理。出来るものならとっくにやってる」
クスクスクス…と笑いを漏らすソルジャー。
「だけどハーレイにキスをしろとか、その程度なら可能かもね。ぼくの信用ってヤツに関わってくるからやらないけどさ。…で、喋る気になったって? 生き血風呂の効能」
「話すってば! だけど本当に効くかどうかは知らないよ?」
「憶測の域でも大いに歓迎。美肌効果は確実みたいだし、他にも何かあるとなったら興味がある。それも話したくない内容となれば尚更だ。…もしかしなくても精力絶倫、もうビンビンのガンガンとか?」
「………。言わなくても分かっていたんじゃないか……」
ガックリと項垂れる会長さんに、ソルジャーは。
「やっぱり今ので当たってたんだ? ふふふ、それなら試してみる価値はあるかもねえ…」
「試した人の話が無いから空振りになるかもしれないし!」
スッポンってヤツは高いんだから、と会長さんは厳しい口調。
「生き血だけでバスタブを満たそうとしたら何匹要るやら…。どうしてもって言うんだったらキースが言ってた六百匹にしておきたまえ。足りなかったらお酒を足すとか」
「お酒?」
「スッポン料理の専門店で生き血を出す時はお酒で割るんだ。飲みやすいようにって話だけれど、殺菌の意味もあるかもね。なにしろ相手は生き物なんだし」
「なるほどねえ…。具体的なプランを聞いたら試したい気分が高まってきたよ。ぼくのハーレイと二人で入れば最高じゃないか! ぼくは美肌効果でお肌ツヤツヤ、ハーレイは精力絶倫ってね」
ダメ元でやってみる価値はある、とソルジャーは思い切り乗り気でした。
「スッポンって何処で買えるんだろう? せっかく来たんだ、六百匹をお土産にしたいんだけど」
「えーっと…。そりゃあ、養殖場に行けば…」
だけどお金はどうするんだい、と会長さんが心配そうに。
「スッポンが高いってことはスッポン料理を食べてるんだから知ってるだろう? ノルディにたかるのは止めてほしいな、そういうネタで」
「え、ダメかい? いつもお世話になってるよ? ぼくのハーレイと泊まるホテル代とか」
「ぼくの知らない間に知らない所でたかってるのは諦めがつく。だけどね、目的も事情も分かった上でたかりに行かれるのはキツイんだ」
ぼくと瓜二つの姿の君に、と止められてしまったソルジャーは…。
「分かったよ。それじゃ今回は別の財布をアテにする。君のハーレイから毟っていくさ」
「「「えぇっ!?」」」
どうしてそういうことになるのだ、と誰もが息を飲んだのですけど、ソルジャーは涼しい顔をして。
「慰謝料だと思ってくれればいいよ。エステティシャンとして有り得ないよね、顧客の胸に鼻血だなんて…。その慰謝料にスッポンを買って貰うわけ。六百匹くらい軽いってば」
「そう来たか…。ノルディにたかりに行かれるよりかはマシなんだろう、きっと。…ぼくが血迷ったハーレイに生き血風呂に誘われた時は丁重にお断りすればいいだけだしね」
頑張って毟りに行きたまえ、と会長さんは許可を出しました。栗のババロアを美味しく食べ終えたソルジャーは会長さんにスッポンの養殖場を探して貰い、六百匹をまず確保。それから教頭先生を財布にするべく瞬間移動で姿を消す前に。
「今日は色々ありがとう。スッポンの生き血風呂は帰ったら早速試してみるね」
「無益な殺生だと思うけどねえ…。でも、君は言い出したら聞かないか…」
今更だった、と諦めの境地の会長さんにソルジャーは。
「六百匹は酷すぎるって? 人類側の戦艦を一隻沈めたらそれどころの人数じゃないんだけれど…。一応、心には留めておくよ。スッポンがぼくたちに何をしたわけでもないからねえ…」
それじゃ、と軽く手を振ってソルジャーは帰ってゆきました。いえ、正確には教頭先生の家とスッポンの養殖場経由でのお帰りですけど、知ったことではありませんです~!

スッポンの代金、六百匹分。何かと物入りな年末年始までに二ヶ月も残っていないという慌ただしい時期に、教頭先生のお財布は綺麗さっぱりスッカラカンに。会長さんとの結婚に備えて貯金しているキャプテンとしてのお給料にまで手を付けたのは言うまでもありません。
「ハーレイにはとんだ災難だったらしいよ、スッポンはね」
だけど転んでもただでは起きない、と会長さんが呆れているのは翌週の週末。恒例だった慰労会は無くなり、会長さんのマンションでダラダラ過ごすだけの時間なのですが。
「…ハーレイときたら、スッポン貯金を始めるようだ。六百匹分の資金が貯まったら生き血風呂にぼくを誘うつもりで燃えてるよ。そんな血生臭いイベントに高僧のぼくが乗るとでも? 馬鹿だよねえ、ホント」
「それで、あいつはどうなったんだ? 生き血風呂は?」
実行したのか、とキース君が怖々といった風情で尋ねれば、会長さんはアッサリと。
「やらないわけがないだろう? 泥抜きをした方がいいと養殖場で言われたらしくて、しばらく青の間の水に泳がせて飼ってたけどねえ…。週末だから、と昨日の夜に全部捕まえて搾っちゃったさ」
「「「………」」」
スプラッタな光景を思い浮かべた私たちですが、そうではなかったみたいです。ソルジャーはサイオンを自由自在に扱えますから、六百匹のスッポンの生き血を搾るのもサイオンで。バスタブの上の空間で纏めてギュウッと圧縮したらしく、生き血は一滴残らずバスタブの中に収まって…。
「でもって、やっぱり量が足りなかったからお酒で増量。それからハーレイと二人で仲良く浸かって、その後はもうお約束ってヤツ」
お盛んなんてレベルではなかった筈だ、と舌打ちをする会長さんの覗き見ライフは二人がバスタブに入った所で終了だったということでした。
「それ以上は見たくもないからね。本当に効くかどうかはともかく、精神的に盛り上がっているのは確かだろう? スッポンを食べると猫でも凄い。ましてあの二人だとどうなるか…」
「「「猫?」」」
「そう。まだ一戸建てに住んでた頃にね、スッポン鍋を食べて残りを庭に来た野良猫にやったことがある。そしたら一晩中、ニャーニャー、ギャーギャー。…いわゆる精がつきすぎたって状態」
うるさくて眠れたものじゃなかった、と会長さんは遠い目をしています。ということは、生き血風呂に入ったソルジャー夫妻は…。
「まず間違いなく、この週末は特別休暇状態だろうね。元々、二人揃って申請していたみたいだし…。あっちのぶるぅが可哀想になってきちゃったよ。丸二日間、防音土鍋に籠りっぱなしになるのかな? 要領のいい子だから適当に食事はするだろうけど…」
なんとまあ、そこまでの勢いですか! ただでもバカップルなソルジャーとキャプテンなのに、スッポン六百匹分の生き血風呂。週末だけで効果が切れればいいが、と心の底から祈りたくなってしまいました。可哀想な「ぶるぅ」のためにも、全く途切れない大人の時間はこの土日だけでお願いします~!

そして訪れた次の週末。またしても会長さんのマンションに集まっていた私たちの前に現れたのは…。
「こんにちは。この間は素敵な提案をしてくれて感謝してるよ」
紫のマントを着けたソルジャーは至極ご機嫌でした。
「スッポンの生き血風呂ってホントに凄いね。先週の土曜日に入ったんだけど、ヌカロクなんてものじゃなかった。ハーレイのスタミナはまるで尽きないし、ぼくだって眠くならないし…」
えっと。ヌカロクって何でしたっけ? 未だに謎の言葉です。けれどソルジャーは気にも留めずに。
「特別休暇を取っていたから日曜日も朝から晩まででさ…。そのまま月曜日の朝までヤッて、ハーレイはブリッジに出勤してった。いつもなら仮眠が必要なのに、それも全く要らなかったし…。もちろん月曜の夜は普段通りに楽しめたしね」
ぼくも全然バテなかった、と自慢するソルジャーは今もってお肌に自信があるそうです。確かに血色が良くてツヤツヤかも…。
「というわけで、六百匹のスッポンにも感謝してるんだ。無益な殺生だと言われたけれども、そうじゃない。大いに役に立ってくれたよ。だけど供養はしたいと思うから連れて来た」
「「「えっ?」」」
「これ。…この中に六百匹分入っているんだ」
ソルジャーが宙に取り出したのは両手で抱えられるサイズの箱でした。
「サイオンで最後の一滴まで搾り出せるように押し潰したから、乾いたらもう粉末なんだよ。それで供養をして貰おうと思ってさ…」
宜しく頼む、とソルジャーが差し出した箱を会長さんが受け取って。
「供養をするのは構わないけど…。でも、本当にいいのかい? スッポンの粉末っていうのは精力剤としてとても人気が」
「前言撤回! これは有効に使うことにするよ、六百匹分を楽しまなくっちゃ」
慌てて箱を取り返そうとするソルジャーと、「供養を頼みに来たんだろう?」と箱を抱え込もうとする会長さんと。じゃれ合いにも似た攻防戦の後、ソルジャーは箱を大切そうに抱えて自分の世界に帰りました。六百匹のスッポンたちは生き血どころか骨まで貪り尽くされるようで…。
「…やれやれ、スッポン供養の卒塔婆でも作った方がいいかな?」
無益な殺生に手を貸してしまった、と溜息をつく会長さんに、キース君が。
「いっそ戒名を付けてやったらどうだ? 動物に戒名を付けるというのは俺たちの宗派の有り様からは外れるが…。心をこめて六百匹分」
「戒名か…。六百匹分の戒名を見たら、ブルーも二度と殺生を繰り返さないかもしれないねえ…」
放っておいたら二度目、三度目がありそうだ、と嘆く会長さんの頭の中には生き血を搾られた六百匹のスッポンの命のことしか無いようでした。教頭先生のお財布のためにも二度目の惨事は避けたいですし、ここは一発、銀青様の有難いお手で六百匹分のスッポンの戒名を宜しくお願い申し上げます~!


             美肌を求めて・了


※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 シャングリラ学園シリーズ、4月2日が本編の連載開始から5周年の記念日です。
 完結後も書き続けて5周年を迎えられるとは、感謝、感謝でございます!
 後日談まで書いちゃいましたし、この先はもう怖いもの無しだという話も…?
 5周年記念の御挨拶を兼ねまして、今月は月に2回の更新です。
 次回は 「第3月曜」 4月15日に更新となります、よろしくお願いいたします。
 場外編は 「毎日更新」 で営業中です。お気軽にお越し下さいませv
 新コンテンツ、『ウィリアム君のお部屋』 では船長がお待ちしております!

 ※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、今月は…。ソルジャーも交えて楽しく(?)お花見でございますv
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらから。

 『ウィリアム君のお部屋』 も、上記から。生徒会室内にリンクがあります。
 キャプテン・ハーレイに餌(ラム酒)をあげたり、撫でたり出来るゲームです。
 サーチ登録してない強みで公式画像を使用してます、通報は御勘弁願います。
 1時間ごとに画像が変わりまして24時間分で24枚、お世話に応じた絵も出ます。
 外に出すと5分で戻ってきますが、留守の間に部屋を覗くとハレブル風味という噂も…?


 生徒会室には過去ログ置き場もございます。1ヶ月分ずつ順を追って纏めてあります。
 1ヵ月で1話が基本ですので、「毎日なんて読めない!」という方はどうぞですv







PR

シャングリラ学園に新しい年度がやって来ました。お馴染みの入学式を経て私たちは今年も1年A組、担任はグレイブ先生です。新学期恒例の紅白縞のお届けイベントが済むと新入生向けの校内見学にクラブ見学。その後にやっと普通の授業が始まるわけですが…。
「えっ、グレイブが変だって?」
会長さんが目を丸くしたのは放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋。私たちの前にはシフォン生地の中に桜クリームを入れ、苺クリームでコーティングした春らしいケーキが置かれています。会長さんは自分のケーキに銀のフォークを入れながら。
「いつものことだろ、グレイブが宿題多めなのは。新年度スタートで張り切ってるから抜き打ちテストもバンバンやるしさ」
「でも…」
やっぱりいつもと違うんだよ、とジョミー君。
「グレイブ先生、A組の生徒には容赦しないから気にしないけどさ。…他のクラスでも暴走するのはどうかと思うな」
「暴走だって?」
なんだい、それは? と会長さんが先を促し、ジョミー君が。
「そのまんまだよ、凄い暴走! 宿題は多いし、強烈に難しい抜き打ちテストをやらかすし…。それに補習もやるって言うんだ。いつもはA組だけでやるのに、他のクラスも合同で」
「…他のクラスまで? そんなの前にもあったっけ?」
「無いよ、他のクラスが対象になるのは定期試験の時だけだよ! だから変だと思うんだけど」
多分来週には阿鼻叫喚の地獄絵図、と告げるジョミー君に私たちも一斉に頷きました。特別生は成績を問われませんけど、一般の生徒はテストが全て。ゴールデンウィークも始まらない内から補習を食らってしまったのでは、学園生活はドップリ灰色です。
「俺たちは別に構わないんだが、あれではなあ…。流石にどうかと」
キース君までが珍しく庇うとあって、会長さんは俄然興味を抱いたようで。
「ふうん…。学生の本分は勉強だ、っていう点についてはグレイブと同意見の君まで言うのか。でもって、ぼくにどうしろと? 長老会議を招集しろって?」
「いや、そこまでは言ってない。…ただ、あんたなら暴走の原因が分かるかも…と」
「ぼくがグレイブを止めるのかい? 相性、イマイチなんだけどなあ…」
「それはあんたが色々やらかすからだろうが! ソルジャーとして正面から行けば先生も無下には出来んだろう」
よろしく頼む、とキース君が頭を下げて、私たちも一緒にペコリとお辞儀。お気楽極楽な特別生ライフを享受するには普通の生徒にも学園生活を楽しんで貰う必要が…。
「なるほど、君たちの精神衛生のためか。そういうことなら一肌脱ごう。…ぶるぅ、ケーキの残りを手土産用に詰めてくれるかな? こういうのは下準備が大切なんだ」
「グレイブ先生、甘党だっけ?」
ジョミー君の素朴な疑問に、会長さんは。
「違うよ、ミシェル先生用さ。女性はケーキが大好きだからね。そしてグレイブは愛妻家だ」
将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、と微笑んでいる会長さん。ケーキ持参で出掛ける先はグレイブ先生の数学準備室かな?

ケーキの箱を抱えた「そるじゃぁ・ぶるぅ」を連れて私たちが向かったのは教職員の専用棟。先生方だけが利用できる食堂やラウンジなんかも備えた建物で、一般生徒は殆ど用事がありません。各科目の準備室は他にありますし、そっちへ行くのかと思ったのですが…。
「もう下校時刻を過ぎたからねえ、先生方は引き揚げてるよ。だからこっちに」
それに話すにも好都合、と会長さんは慣れた様子でエレベーターを呼び、みんな揃って目的の階へ。先生方の名札が出された扉が廊下にズラリと並んでいます。在室中は名札が出ていて、お留守の時は裏返す仕組み。グレイブ先生の名札の下には裏返された名札が一枚。
「ミシェル先生の名札だよ。今日は研究日で休みらしいね」
だけどケーキは役に立つ、と会長さんがノックをすると。
「入りたまえ」
グレイブ先生の声が返って、私たちはゾロゾロと部屋に踏み込みました。教頭室ではよくあるパターンですけど、他の場所では初めてかも…。
「なんだ、どうした? 非常に珍しい光景だな」
採点をしていたグレイブ先生が眼鏡を押し上げると、会長さんは「これ」とケーキの箱を差し出して。
「ぶるぅの手作り、桜クリームのシフォンだよ。ミシェル先生へのお土産にどうぞ」
「………。余ったのか?」
「そうじゃなくって、これは手土産。君に訊きたいことがあってね。…最近、暴走気味なんだって? 今もイラついている思念を受けたよ、テストの採点がかなり厳しくなってるようだ」
「お前には関係ないと思うが? 仕事の邪魔をしないで貰おう」
さっさと帰れ、とグレイブ先生は赤ペンの先を廊下に向けましたが。
「ダメだね、ソルジャーとして訊かせて貰う。教師として仕事に私情を挟むのはどうかと思うんだけど…。イライラの原因は何なんだい? 言わないなら心を読んじゃおうかな」
「…くそっ、そこの連中が喋ったんだな? 読まれるというのも不本意だ。…情けないから出来れば黙っていたかったのだが……。下着ドロだ」
「「「は?」」」
あまりにも想定外な言葉に私たちの目が点になり、グレイブ先生は不機嫌そうに。
「聞こえなかったのか? 下着ドロだ、と言ったんだ」
「…盗まれたのかい、君の下着が?」
信じられない、と会長さんが言えば、グレイブ先生は眉間に皺を刻んで。
「誰が私の下着だと言った! ミシェルのだ! しかも一度や二度ではない。干してあるのは二階のベランダだし、庭もあるのに盗まれるのだ! 残留思念を追おうとしたが、どうにもこうにも…」
「そりゃ無理だろうね、遺留品とかが無いんじゃねえ…。それがイライラの原因なのか。ぼくが捕まえてあげようか? その下着ドロ」
「……ミシェルの分だけ取り返してくれ。その他大勢のと一緒に証拠物件として警察の連中にまでジロジロ見られるのは腹が立つ!」
「あ、その気持ちはちょっと分かるかも…。了解、下着ドロをお縄にするより奪還なんだね」
任せておいて、と会長さんはパチンとウインク。えーっと…。安請け合いしちゃっていいんでしょうか? いいんですよね、最強のサイオンを持つタイプ・ブルーでソルジャーやってる人ですもんね…。

翌日、グレイブ先生の抜き打ちテストは実施されませんでした。予告されていた補習の方も自主学習ということでプリントに代わり、何処のクラスの生徒も胸を撫で下ろしています。それでもグレイブ先生の御機嫌の方は今一つ。下着ドロがまた出たのかもしれません。
とはいえ、大暴走は無事に収まり、週末を迎えた私たちは会長さんに連れられてグレイブ先生の家へ。勿論「そるじゃぁ・ぶるぅ」も一緒です。門扉の脇のチャイムを鳴らすとミシェル先生が出迎えてくれて。
「ごめんなさいね、グレイブが無理をお願いしたみたいで…」
「ううん、全然。仲間が困っているとなったら解決するのがソルジャーだしね」
たかが下着泥棒でもさ、と微笑む会長さんと私たちはお茶とお菓子でもてなされてから、二階へ案内されました。下着泥棒が出るという現場へ侵入するには庭を横切らないと辿り着けない構造です。釣り竿などで盗み出すにしても、人目に立つと思うんですが…。
「こんな場所から盗むんだって? えらく度胸が据わってるパターン…」
常習犯かな、と下を見下ろす会長さんに、グレイブ先生が。
「恐らく慣れたヤツだろう。あれから後にも盗まれたからな」
「そうなんだ? だけど残留思念ってヤツが全く無いよ。此処まで入って来ないってことかな、道路から道具で盗ってるのかな?」
これは手強い、とベランダから身を乗り出していた会長さんが、ふと振り返って。
「……ミシェル、盗られたヤツっていうのは光るパーツが付いていた?」
「ラインストーン入りのお気に入りなら一昨日盗られたばかりだけれど…。見付かったの?」
「んーと…。光るモノがシュッと飛んで行くビジョンが……。あ、あれだ!」
あんな所に、と会長さんの指が示した先は公園に聳える大木でした。下着ドロはカラスだったのです。巣材にするために盗み出した下着を組み上げ、見事な巣が出来ているのだそうで…。
「畜生、カラスか! よくもミシェルの大事な下着を布団なんぞに…」
撃ち落としてやる、とグレイブ先生が空気銃を持ち出しましたが、会長さんは。
「やめたまえ。君とミシェルの射撃の腕前は知ってるけどね、カラスを撃つと倍返しだよ? いや、倍どころの騒ぎじゃないかな。…敵討ちとばかりに群れをなして糞攻撃をしに来るそうだから」
「…な、ならばどうしろと言うのだ、あの下着ドロを!」
「さあ? 網を張るとかするしか無いねえ、盗られた下着は取り戻すけどさ」
どっこいしょ、と会長さんが瞬間移動でベランダに運び込んだものは下着で出来上がった大きな巣。
「はい、ミシェルの分だけ取り返すんだろ? 他は戻しておくんだね。でないとカラス夫妻の糞攻撃だ」
「わ、私が元に戻しに行くのか? あの木まで?」
「ぼくが戻してあげてもいいけど、どれがミシェルの下着だったのかが丸分かりに…」
「それは困る! もういい、世話になった。ありがとう、心から感謝している」
帰ってくれ、とグレイブ先生がカラスの巣を抱え込み、ミシェル先生が御礼にと金封と菓子折を渡してくれました。有難く頂戴して失礼した帰り道、グレイブ先生夫妻の家の上をギャーギャーと飛び回るカラスの姿を見ましたが…。後は野となれ山となれ。グレイブ先生、木登り頑張って下さいね~!

下着泥棒事件が解決した翌週、グレイブ先生は生傷だらけで御登場。カラスの巣を戻しに登る間に嘴や足で攻撃されまくったに決まっています。会長さんによるとグレイブ先生の家のベランダにはカラス避けの網がキッチリ張られているのだとか。
「グレイブも流石に懲りたらしいね。二度あることは三度あるって言うからさ」
転ばぬ先の杖ってヤツだ、と会長さん。
「下着好きのカラスは多くはないと思うけど…。あのカラスたちが健在な内は確実にターゲットにしてくるだろうし、盗られたくなければ用心あるのみ」
「目を付けられると大変なんだな…」
たかがカラスだが、とキース君が相槌を打つと、サム君が。
「でもさ、カラスで良かったじゃねえかよ。本物の下着ドロだったら警察沙汰だろ? グレイブ先生が要らないって言ってもブルーは通報すると思うし…」
「まあね。ミシェルの分を取り返してから通報だよねえ、人間の場合は」
犯罪者には処罰が必要、と返して会長さんはシュークリームを頬張りました。これが素敵な変わり種。なんとタケノコのカスタード入り、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の新作です。
「木の芽どきには増えると言っても、斟酌してたら何かが間違う。下着ドロでも痴漢でもさ。…だけどカラスは盲点だったな、どんな怪盗かと思っちゃったよ」
残留思念がゼロだもの、とクスクス笑う会長さんに、シロエ君が首を傾げて。
「それじゃどうして分かったんですか? 光るモノが見えたって言いませんでした?」
「ああ、あれかい? あれはカラスの思念じゃないんだ。何か手掛かりは無いのかなぁ、って探っていたら拾ったんだよ。通りかかった子供の思念さ。この前、光るモノが飛んでったよね、って」
カラスつきではなかったけれど、と語る会長さんによると、目撃者は本当に小さな幼稚園児の男の子。光るモノの方に意識が行ったため、カラスは記憶に無かったそうです。ただ飛び去った方向だけで。
「そっか、そんなので分かるんだ…。タイプ・ブルーって凄いよね」
ジョミー君が感心していますけど、そのジョミー君もタイプ・ブルー。いつになったら会長さん並みのサイオンをモノに出来るやら…。
「ジョミー、君だってタイプ・ブルーだよ? その気になれば怪盗だって夢じゃないのに」
会長さんの言葉に、ジョミー君の瞳がキラッと光って。
「えっ、怪盗?」
「そうさ、神出鬼没の怪盗ジョミー! 瞬間移動で金庫の中でも警備が厳重な美術館でも入り放題、指紋も残さず盗めます…ってね。タイプ・ブルーだと残留思念も消せるしさ」
他のサイオン・タイプだと難しいけど、と聞かされたジョミー君はロマンの世界に浸っています。
「…怪盗ジョミー…。カッコイイかも……」
「やめとけ、すぐにブルーに見付かるのがオチだ。速攻で警察に突き出されるぞ」
身も蓋も無いことを言い放ったのはキース君ですが、怪盗もいいと思うんだけどなぁ…。そう思ったのは私だけでは無かったようで。
「うん、怪盗も素敵だよね。ジョミーにはまだ無理だけどさ」
ぼくなら出来る、と会長さんが親指を立てて。
「ぶるぅと組めば最強タッグ! でもねえ、犯罪は割に合わないし…。何か盗んで面白いモノって無いのかなぁ?」
「おい。盗み自体が犯罪だろうが!」
それに坊主が何を言うか、と仏頂面のキース君。
「不偸盗は坊主の基本の中の基本だぞ! それをあんたが率先して破るか?」
「「「フチュウトウ?」」」
何ですか、それは? 私たちにはサッパリな専門用語に会長さんがニコニコと。
「不偸盗戒と言ってね、他人の物を盗まないこと。お坊さんには大事な戒律! だけど少しは遊び心も欲しいんだけど…」
「いい案だねえ、怪盗ブルー! 遊び心も大いに賛成」
パチパチパチ…と拍手が聞こえてバッと振り返る私たち。紫のマントが優雅に翻り、赤い瞳が煌めいて。
「こんにちは。今日はタケノコのシュークリームだって?」
どんな味がするのかなぁ、と現れたのはソルジャーでした。目的は新作のシュークリームか、はたまた怪盗ブルーの方か。なんとも読めない展開ですけど、シュークリームの方でありますように…。

「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
ゆっくりして行ってね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がシュークリームと紅茶を用意し、ソルジャーはソファにゆったりと。
「ふうん、タケノコなんかがカスタードクリームになるんだねえ…。意外だけれど美味しいや」
タケノコと言えば木の芽和えとかだと思ってた、とシュークリームがお気に召した様子のソルジャー。怪盗ブルーはついでだったか、と私たちはホッと安心しかけたのですが。
「あ、そうそう。さっきの怪盗ブルーだけどさ」
「「「!!!」」」
ああ、やっぱり…。聞き逃すようなキャラでは無かったっけ、と肩を落とす私たちにはお構いなしにソルジャーは。
「盗んで面白いモノってあると思うよ、遊び心もバッチリついててさ。…でもって多分、警察沙汰にもならないモノが」
「…なんだい、それは」
訊き返したのは言わずと知れた会長さん。怪盗ブルーの言い出しっぺだけに、ソルジャーの案が気になるらしく…。尋ねられたソルジャーの方はニッコリ笑って。
「紅白縞だよ、ハーレイの…ね」
「「「紅白縞!?」」」
「うん、この間もブルーが届けていただろ、新品を五枚! ハーレイは大事にしていると聞くし、アレが消えたらパニックだろうと…。だけど盗られたのは男物の下着だからねえ、警察にもちょっと言いにくそうだ」
あんなのを盗るのは余程の変態、とソルジャーが笑えば会長さんが。
「変態になってどうするのさ! それにハーレイの下着なんかを盗る趣味は無いよ、未使用でもね」
「…未使用だったらいいじゃないか。履いたヤツなら嫌かもだけど」
「良くないよ! 一度ハーレイの寝室に運び込まれた下着なんだよ? ぼくの写真とか抱き枕を相手に夜な夜な何をやっているのかバレバレだけに、そんな空気を吸ったヤツは御免蒙りたい」
「そういうものかな? せっかく面白そうなのに…」
もったいないよ、とソルジャーはプランを披露し始めました。
「閃いたのはカラスのお蔭さ。下着ドロが出たってトコから見てたんだ。…それでね、君のハーレイだったらどうするかなぁ…って。カラスが下着を盗む時には男物かどうかは気にしないだろ?」
「いや、その辺はどうか分からんぞ」
巣材だからな、とキース君。
「教頭先生の下着は面積が広い。上手く組み上げられるかどうか…」
「そっか、それはあるかもしれないねえ…。じゃあ、カラスの件は置いとこう。どうせ犯人は怪盗なんだし、カラスも何も関係無いさ。で、ハーレイの下着だけれど。…綺麗サッパリ盗まれちゃったらどうすると思う?」
「「「えっ…」」」
綺麗サッパリって、あるだけ全部? それは非常にお困りなんじゃあ…。
「ね、思いっ切り困る姿が目に浮かぶだろう? しかも消えたのがブルーに贈られた分だけだったら? 大切な取っておきの紅白縞が一枚も残っていなかったら?」
「…次にプレゼントを持って行った時に、感激のあまり泣くかもねえ…」
今すぐ消えたら二学期までは数ヶ月、と指折り数える会長さん。そんな長期間、教頭先生は平常心でいられるでしょうか? 大事な下着を盗まれたのに…。私たちがワイワイ騒いでいると、ソルジャーは。
「そこは根性で耐えると思うよ、ハーレイだから。…でもって突っ込みどころも其処だ。ハーレイがブルーに贈られたのを履くのは大切な日だと聞いてるし…。ブルーの家に招待されたら絶対、履くよね?」
「…履かないって方が有り得ないね」
不本意だけど、と唇を尖らせた会長さんがハタと手を打って。
「ひょっとして…。盗み出しておいて呼び付けようって言うのかい? この家に?」
「ご名答。大切な時に履かない下着だったら贈るだけ損とか、その方向で苛め倒すのはどうだろう?」
「その案、乗った!」
君が盗んでくれるなら…、と付け加えるのを会長さんは忘れませんでした。悪戯好きの会長さんと、悪ノリが好きなソルジャーと。誰が呼んだか、怪盗ブルー。教頭先生の大事な紅白縞が消え失せるのは、最早時間の問題ですねえ…。

翌日の放課後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと先にソルジャーが来ていました。あちらの世界が暇だったらしく、手にはバッチリ戦利品。
「ふふ、怪盗ブルー参上…ってね。紅白縞の未使用分だよ」
箱ごと盗み出しちゃった、と見せびらかしているのは会長さんが先日プレゼントしていたデパートの箱。きちんと包み直されていますが、中身は一枚減っているそうで。
「履くような日があったのかい、ってブルーに訊いたら、違うらしいね。プレゼントされた素晴らしい日の記念に一枚おろして履くんだってね」
「「「………」」」
そこまでは知りませんでしたってば…。ありそうな話ではありますけれど。
「これは別の場所に入っていたから、ハーレイは気付いていないと思う。でも今夜からは使用中のを盗むわけだし、いつおかしいと気付くかな? 一枚消えたらすぐ分かるのか、二、三枚消えてからなのか…。楽しみ、楽しみ」
「ブルー! 楽しみにするのはいいけど、此処へは持ち込み禁止だからね!」
ハーレイの使用済みなんて、と会長さんが釘を刺しています。盗んだ下着はソルジャーが自分の世界の青の間に保管するという約束になっていました。こうして怪盗ブルーと化したソルジャーは教頭先生の下着ドロに燃え、会長さんが贈った紅白縞は週末までに全部盗まれて…。
「さてと、ハーレイからの返事は来てるんだっけ?」
君の家に招待したんだよね、とソルジャーが訊いたのは金曜日の放課後。会長さんはコクリと頷き、「バッチリだよ」と微笑んで。
「ゴールデンウィークはシャングリラ号に乗り込むからねえ、その前にウチで賑やかにパーティーしよう、って電話をしたら食い付いた。念押しのメールにも返信が来たし、間違いなく勇んでやって来るさ」
「そういう時のための勝負パンツも無いっていうのに健気だねえ…」
「勝負パンツじゃないってば!」
「似たようなモノだろ、ここ一番って時に履くヤツなんだし。…勝負パンツとそうでないパンツを見分けるための仕掛けが泣けたよ」
目立たない場所に縫い取りが、とソルジャーは解説してくれました。会長さんからのプレゼントの他にも自分で買った紅白縞を沢山持っている教頭先生。自費購入の普段使いはウエストのゴムの部分にHの縫い取りがあるのだそうです。
「マジックで書けば簡単なのに、わざわざ縫い取りって凄いだろう?」
「…ハーレイにとっては愛着のある下着なんだよ、ぼくが贈るヤツとお揃いだから」
考えただけで頭痛がする、と会長さんは頭を抱えていますが、それでも延々と続いているのが紅白縞のプレゼント。それを盗まれてしまった教頭先生、明日のパーティーではどうなるのやら…。

そして迎えたパーティーの日。お好み焼きパーティーとのことで「そるじゃぁ・ぶるぅ」が材料を揃え、ホットプレートもズラリ並んで後は焼くだけ。面子の方も教頭先生が来れば揃います。私服のソルジャーが大きく伸びをし、「まだかなぁ?」と呟いた所でチャイムが鳴って。
「かみお~ん♪ みんなが待ってるよ!」
「すまん、すまん。…少し支度に手間取って…」
申し訳ない、と現れた教頭先生を会長さんの視線が頭の天辺から足の先までジロジロと。
「…手間取った? その割にお洒落している風でもないけど?」
「い、いや…。それは、そのぅ…」
「何か見当たらなかったとか?」
「ち、違う! 決して失くしてしまったわけでは…!」
語るに落ちるとはこのことでしょうか。誰もなんにも言っていないのに、失くしてないとは藪蛇な…。神出鬼没な下着泥棒、怪盗ブルーを知る私たちはプッと吹き出し、会長さんは柳眉を吊り上げて。
「失くした、だって? それは聞き捨てならないねえ…。見当たらないとか、失くしてないとか、どうやらキーワードは失せ物らしい。…白状したまえ、何が消えたんだい?」
「な、何も…。この間から探してはいるのだが…」
「へえ…。家の中で何かが消えたらしいね、管理不行き届きって所かな? まあいいや、失せ物探しは得意なんだ。言ってくれれば探してあげるよ、サイオンを使えば一瞬だから」
「お、お前の手を煩わせるほどのものでは…」
それほど大したものではない、と教頭先生が脂汗を浮かべながら言った次の瞬間。
「……大したものではなかったんだ……」
地を這うような会長さんの声がしてグンと冷え込むリビングの空気。
「バレバレなんだよ、君の思念はダダ漏れだから! 動かぬ証拠も思いっ切り!」
この下着、と会長さんが教頭先生のベルトを引っ掴み、有無を言わさずズボンをグイッと引き下ろして。
「ウエストにHの縫い取りつき! 普段使いの紅白縞だ。…ぼくが贈った紅白縞は? せっかく招待してあげたのに、取っておきを履いて来ないような男にぼくが嫁入りするとでも? おまけに大したものじゃないって言ったよね?」
「そ、それは…。こ、言葉の綾というヤツで…! 本当なんだ、信じてくれ!」
朝から探して探しまくったんだ、と教頭先生は床に土下座し、額を絨毯に擦り付けています。ズボンを引き上げる余裕も無いため、紅白縞は丸見えのまま。みっともない姿を会長さんとソルジャーがクスクス笑いながら見ていることにも気付いていないのが気の毒としか…。

大切な紅白縞を紛失してしまった教頭先生の土下座とお詫びは実に苦しいものでした。盗まれたのだと言えばいいのに、管理不行き届きを問われては困ると思ったらしくて言い訳を重ね続けた果てに。
「た、頼む、次は必ず履いて来るから! 約束する!」
「…そうなんだ? じゃあ、仕切り直しで明日でもいいかな?」
ニヤリと笑う会長さんの真意を見抜けなかった教頭先生、たちまち顔を輝かせて。
「勿論だ! 明日は新品をおろして来よう」
「了解。デパートに買いに行こうと思ってるだろう? 甘いね、その前に全部買い占めるさ。ぶるぅ!」
会長さんの指がパチンと鳴らされ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がスタンバイ。教頭先生は見る見る青ざめ、喉の奥から絞り出すように。
「も、申し訳ない! す、すまない、ブルー…。お、お前に貰った下着なのだが……」
「盗まれたんだろ、知ってるよ。ついでに盗んだ犯人も…ね」
「は?」
ポカンとしている教頭先生の前にバサバサバサ…と宙から降り注いだのは紅白縞で。
「怪盗ブルー、只今参上! 返すよ、君の紅白縞」
「…あ、あなたが…?」
なんでまた、と愕然とする教頭先生に向かって、ソルジャーは。
「盗んでも罪になりそうになくて、面白いモノってないのかなぁ…ってブルーが言ったのが発端なんだよ。だけどブルーは使用済みの紅白縞まで盗む根性が無くってさ。だから代わりに」
「…で、では……全部あなたが……」
「そうなるね。ついでに盗んだ紅白縞を置いていたのは青の間なんだ。ぼくのハーレイは気付いてないから、いつもどおりに夫婦の時間を過ごしていたってわけなんだけど…。その間に紅白縞より素敵なモノを思い付いたよ、盗みの対象」
ソルジャーの瞳は悪戯っぽく輝いています。何を盗もうと言うのだろうか、と会長さんも私たちもグッと拳を握りました。紅白縞より素敵なモノって何でしょう?
「あ、みんなも期待しちゃってる? それじゃパーティーの前に発表! 怪盗ブルーが次に盗むのはハーレイにとって紅白縞より大切なモノさ」
「「「???」」」
「ハーレイはいつも言っているよね、一生ブルーひと筋だって。…なんだっけ、一生ブルーを愛し続けて、初めての相手もブルーだと決めてるんだっけ? その大切な童貞ってヤツを怪盗ブルーが」
「却下!」
会長さんが飛び出してソルジャーの口を塞ぐのと、耳まで真っ赤に染まってしまった教頭先生が鼻血を噴くのは同時でした。口を押さえられたソルジャーの方は思念で続きを叫んでいます。
『ハーレイの童貞を頂戴するのは怪盗ブルー! ベッドルームでもバスルームでも神出鬼没、御奉仕にも慣れた怪盗ブルーの身体を張っての盗みをよろしく! 紅白縞の中身の方も見事に盗んで見せます…ってね』
「却下だってば!」
絶対に却下、と喚き散らしている会長さん。ソルジャーの方は面白がってるだけじゃないかと思いますけど、真偽のほどは分かりません。教頭先生の家には当分の間、カラス避けならぬソルジャー避けのシールドが張り巡らされることになるのかも…。
教頭先生、怪盗ブルーに大事な童貞を盗まれないよう、パンツはしっかり履いたままで寝て下さいね~!



              失せ物に注意・了


シャングリラ学園、本日も平和に事も無し。今日から衣替えで制服と共に心も軽快、いつものように授業を済ませた私たちは御機嫌でした。放課後の溜まり場「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でバナナシフォンケーキを頬張り、楽しくお喋りしていたのです。そう、余計なお客様が来るまでは…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
「こんにちは。ぼくの分のケーキもあるよね?」
紫のマントを翻して現れたソルジャーにガックリと肩を落とす私たち。また来たんですか、この人は!
「…何の用だい?」
会長さんが仏頂面で訊けば、ソルジャーは。
「そりゃもう、楽しいティータイム…ってね。あ、ありがとう」
「お代わりもあるから、ゆっくりしていってね」
ニコニコ笑顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」がケーキと紅茶を出しています。食べ終わったら帰ってくれ、という私たちの気持ちはサックリ無視され、ソルジャーは悠然と食べてお代わりを。
「うん、いつ来ても美味しいや。ぼくのシャングリラのデザートもけっこういけるんだけど、やっぱり素材の違いかなぁ…。同じバナナでも生で食べると断然こっちのが甘いしね」
「分かってるんなら環境の調整を頑張りたまえ。こっちのシャングリラ号ではそういう努力は怠っていない」
士気を高めるには美味しい食事、と会長さんがブチ上げましたが、ソルジャーは。
「その辺の優先順位がちょっと異なるものだから…。まずはクルーの安全だよ」
「「「………」」」
出ました、ソルジャーお得意のSD体制攻撃が! コレが出ると反論はまず不可能です。そしてついでに地雷でもあり、迂闊に踏むとロクでもない結果が待っていることもしばしばで…。
「バナナを見事に育て上げるのも大事だけどさ、それよりも先にみんなの命を守らないとね。SD体制はミュウの存在を認めていないし…。ところで、バナナって何かに似てると思わないかい?」
「「「???」」」
なんのこっちゃ、と首を傾げた私たちですが、ソルジャーの方は嬉々として。
「んーと…。ぶるぅ、生のバナナはまだ残ってる?」
「まだあるよ! すぐ取ってくるね」
はいどうぞ、とキッチンから取って来たバナナを差し出す「そるじゃぁ・ぶるぅ」。バナナジャムも作ろうと思ったのだそうで、何本ものバナナが房になっています。
「房だったんだ…。1本もいでも構わないかな?」
「うん、いいよ。食べるんだったらナイフとかも要る?」
「このままがいいんだ。…よいしょっ、と」
ソルジャーはバナナを1本ポキリと折り取り、私たちの前に翳して見せて。
「反りも形もちょうどいいかな? 残念ながら太さと長さが足りないけれど…。このサイズだと、ぼくの方が近い」
「「「は?」」」
ますます謎だ、と思った私たちを他所に爆発したのは会長さんで。
「やめたまえ!!!」
即刻退場、とレッドカードを突き付けています。あぁぁ、やっぱり地雷を踏んでたみたいですけど、今日はこれからどうなるのやら…。

バナナが何に似てると言うのか、そして何ゆえのレッドカードか。怪しくなってきた雲行きを他所に、ソルジャーはしっかり居座ったまま。バナナの皮を剥き、ペロリと舐めて。
「皮を剥くと細くなっちゃうからねえ、ハーレイのサイズとは程遠いかな。…バナナもハーレイも美味しいんだけど」
「退場!!」
今すぐ出て行け、と怒り心頭の会長さんにソルジャーはいけしゃあしゃあと。
「君も頬張ってみれば分かるよ、ハーレイの味! ホントのホントに美味しいんだ。…あ、君たちには意味が分からないかな? ハーレイの分身だとか息子って言えば分かるかなぁ…」
「「「!!!」」」
ソルジャーがやりたかったものは猥談でした。コレが地雷というヤツです。当分の間、バナナが食べられなくなりそうな気分の私たちにはお構いなしに、ソルジャーの語りは続いています。
「これをさ、頬張るのもいいけど入れて貰うのが最高だよね。ブルーも一度は体験すればいいんだよ。そしたら絶対、天国気分を味わえるから」
「お断りだってば! でもって、退場!」
万年十八歳未満お断りの連中の前でそれ以上を言うな、と会長さんは眉を吊り上げていますが、その言葉が御利益を失ったのは私たちが二十歳を越えた年。実際の年は十八歳どころか二十歳じゃないか、とソルジャーが主張したのです。私たちの世界で二十歳と言えば立派に成人年齢で…。
「万年十八歳未満お断り? 今更そんなの言われてもねえ…。二十歳をとっくに越えてるんだよ、大人だろ? ぼくの世界じゃ十四歳で成人なんだし、十六歳からは結婚も出来る。ガタガタ言わずに黙って聴く!」
意味が全く分からないのは御愛嬌、と笑うソルジャーの真のターゲットは私たちではありません。ソルジャーとは違うベクトルで大人の時間を満喫している会長さんが狙いなのです。
「考えてもごらんよ、ぼくの方のぶるぅは大人の時間もバッチリ見学しているんだよ? それに比べたら話くらいは…。見聞を広めておいて損は無いってば」
それが何の役に立つと言うんだ、というキース君の叫びは今日も届かず、ソルジャーはバナナをこれ見よがしに舌でペロペロ舐めながら。
「…こういうハーレイをさ、待ったなしに味わえるのって最高の気分だと思わないかい? キャプテンの制服のファスナーを下げたら、即、食べられるって素敵なんだよ」
「「「…は?」」」
「だからさ、ズボンのファスナーを下ろせば臨戦態勢! 頬張っても良し、突っ込まれて良し…。そんなヤツが制服のすぐ下に…、って思っただけでドキドキするよね、ブリッジでもさ」
「…き、君は……」
いったい何をやらかしたんだ、と会長さんが掠れた声で質問すれば、返った答えは。
「ん? 決まってるだろう、下着無しだよ! ぼくたちの仲は円満だけど、たまに刺激も欲しくなる。そしたらカップル向けの情報誌にさ、そういうネタが載っててさ…。これいいね、って話になって」
実はぼくも下着無しなんだけど、とウインクしたソルジャーの顔面にレッドカードがピシャリとヒット。会長さんの堪忍袋の緒がとうとう切れたみたいです。
「ぶるぅ、シフォンケーキの残りと此処のバナナを持ち帰り用に詰めてあげて。当分バナナは食べたくないから」
「え? バナナジャム、ブルーも楽しみにしてたのに?」
「そういう気分じゃなくなったんだ。バナナは暫く見るのも嫌だよ!」
こんなモノ、と怒り狂う会長さんをソルジャーが気にする筈も無く。
「ふうん? 食わず嫌いは良くないよ。君も是非、ハーレイの特大の美味しいバナナを…」
「退場!!!」
二度と来るな、と喚き散らしている会長さんの前でソルジャーはお土産を詰めて貰った紙袋を受け取り、笑顔で手を振って消えてしまいました。今日の地雷も凄かったです。…私もバナナは暫く遠慮したいかなぁ…。

「…なんだったんだ、あれは…」
疲れたぞ、とキース君が呻けば、会長さんが深い溜息をついて。
「要はアレだよ、いつもの幸せ自慢だよ…。それにしたってノーパンだなんて悪趣味だとしか言いようが…。世間には好きな人もいるけど、ぼくにそっちの趣味は無いんだ。一種の変態プレイだろ?」
「俺に訊かれて分かると思うか?」
「ああ、そっか…。昔は色々あったんだよねえ、ノーパン喫茶とか…って、ダメだ、これじゃブルーと変わらないや」
今の発言は忘れてくれ、と会長さんは言ってますけど、要するに下着を着けていないっていうのがミソなんですね?
「まあね。…あーあ、ブルーもホントにロクでもないことばかり喋るんだから…。どんなに幸せ自慢をしたって、ぼくがその気になるわけがない。あのハーレイが下着無しだなんて考えただけでも寒気がするよ。ズボンの下には紅白縞! それが王道! …あれ?」
「おい、どうした?」
キース君の問いに、会長さんは。
「うん、ちょっと…。ほら、ハーレイが下着無しどころかストリーキングって、何度もやらせているだろう? ひょっとしたらノーパンの方も使えるんじゃないかと思ってさ」
「「「えっ?」」」
「そうだ、ノーパンで遊んでしまえばいいんだよ! そうすればブルーの嫌な話を綺麗に忘れて気分スッキリ、バナナも美味しく食べられる。本家本元を拝んでなんぼだ」
それに限る、と会長さんはソファから腰を上げました。
「ハーレイのアレがいくらバナナに似てると言っても、臨戦態勢でなくちゃ似ても似つかぬ代物だしねえ…。そっちの方を目にしてしまえばバナナへの恨みも消えるってものさ。じゃあ、行こうか」
「あ、あんた、俺たちも巻き添えにするつもりなのか!?」
「死なばもろとも、毒を食らわば皿まで…だろう? 大丈夫、女子にはモザイクのサービスつきだ」
行くよ、と生徒会室の方へと向かう会長さんが目指す先には教頭室があるようです。同行するのをお断りしたい所ですけど、その辺は会長さんもソルジャーと大差ありません。思い立ったが吉日とくれば私たち全員を巻き添えにするのは毎度のことで。
「……なんで俺たちまでこうなるんだ……」
「諦めようよ、ソルジャーが来たら大抵こうなるパターンなんだし…」
運命だ、とジョミー君が嘆けば誰もがソルジャーが使ったお皿を睨み付けていたり…。そうする間にも壁際まで行った会長さんが。
「ほら、早く! グズグズしない!」
「「「はーい…」」」
思いっ切り不平不満のオーラを撒き散らしつつ、私たちは壁をすり抜けて生徒会室へ。そこから更に廊下へと出て、中庭を抜けて本館の奥へ。弾んだ足取りの会長さんの後ろを「そるじゃぁ・ぶるぅ」が跳ねてゆきます。何も分からない子供っていいな、と思っちゃうのも無理ないですよねえ…?

辿り着いた教頭室の重厚な扉を会長さんが軽くノックして。
「…失礼します」
「ブルーか。なんだ、どうした?」
お小遣いでも欲しいのか、と教頭先生は嬉しそう。例え財布が空になろうとも会長さんに貢ぐのが生甲斐、会長さんの顔を見られればラッキーデーなのが教頭先生。思わぬ訪問に心ときめいていらっしゃるのが分かります。でも…。
「ハーレイ、立ってくれるかな?」
「は?」
会長さんの唐突な指示に教頭先生は怪訝そうな顔。
「立って、と言っているんだよ。そうそう、そんな感じでOK」
さてと、と会長さんが跪いたのは机の横に立った教頭先生のすぐ前です。
「お、おい、ブルー? 何を…」
「シッ、これからがいい所なんだ。まずはベルトを外して、と…。あ、変な期待はしないでよ? 御奉仕ってヤツが好みだったら、ぼくじゃなくってブルーに頼んで」
あっちはその道の達人だから、と言われた教頭先生は既に耳まで真っ赤。なのに会長さんは容赦なくズボンのファスナーを下ろし、紅白縞ごと一気に引き摺り下ろした模様。スウェナちゃんと私の視界には既にモザイクがかかっています。
「ふうん…。コレが特大のバナナにねえ…。もうちょっと待てば変化するのかもしれないけれど、そっちを見たらオエッとなるし、バナナも嫌いになっちゃうし…。うん、これだけで充分だ。…ハーレイ、仕舞ってくれるかな? みっともないモノは片付けないと」
「す、すまん…」
気の毒な教頭先生は一方的に下ろされたズボンと紅白縞を引き上げ、ベルトを締めておられますが。
「あのさ、ハーレイ? ノーパンってヤツをどう思う?」
「……ノーパン……?」
「そう、ノーパン。さっきブルーが遊びに来てねえ、あっちのハーレイは最近ノーパンらしいんだ。いつでも何処でもズボンのファスナーを下ろしたら即、コトに及べるのが魅力的だと言ってたよ。流石にブリッジで実行したりはしないだろうけど、倉庫とかならアリかもね」
でなきゃ無人の格納庫とか、と会長さんの瞳がキラキラと。
「…君も負けてはいられないだろ? ぼくが贈った紅白縞っていうのもいいけど、いつでも何処でも…ってパターンも素敵だと思わないかい?」
「い、いつでも……」
ツツーッと教頭先生の鼻から垂れる赤い筋。もう血管が切れたようです。慌てて鼻にティッシュを詰め込む教頭先生に向かって、会長さんは。
「ブルーはぼくに君との時間の素晴らしさを説いて帰ったわけ。食わず嫌いは良くない、ともね。…だから君にもチャンスを進呈しようかと…。明日から一ヶ月間、ノーパンで過ごしてみないかい? ぼくが毎日チェックするから」
「…お、お前が…?」
「うん。専用のスタンプカードを作ってくるよ。一ヶ月分のスタンプが埋まれば素敵なことがある…かもしれない」
「……素敵なこと……」
オウム返しに呟く教頭先生の鼻血レベルはMAXでした。会長さんはフフンと鼻で笑い、教頭先生のズボンのファスナーの辺りを指差して。
「いいかい、明日から一ヶ月! スタンプ集めに挑戦するなら、はいと答える!」
「…わ、分かった…。頑張ってみよう」
「そうじゃなくって、はい、だってば!」
「は、はいっ!」
ビシッと背筋を伸ばした教頭先生に会長さんが満足そうに微笑んでいます。明日からノーパン、一ヶ月。しかも毎日チェックだなんて、私たちの運命の方もロクなことにはならないのでは…?

「ノーパンの上にスタンプだと? あんた、正気か?」
キース君がようやく突っ込んだのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に戻ってから。会長さんは鼻歌まじりに定規で線を引いています。
「正気だってば、スタンプカードも作ってるだろ? スタンプはアレだね、『よくできました』ってヤツがいいよね、桜マークの」
「スタンプの柄はどうでもいい! 本気なのかと訊いているんだ!」
「本気だよ。ハーレイの方も本気で挑むつもりのようだし、ノーパンチェックは不意打ちでやるのがいいのかな? 毎日決まった場所と時間じゃ、その時間だけノーパンで過ごしそうだし」
「…教頭先生はそんな御方ではないと思うが…」
とても真面目でいらっしゃる、というキース君の言葉は会長さんに無視されて。
「いつでも何処でも、いきなりチェック! それでこそブルーが言ってた意味にもピタリと添うっていうものだよ。さて、ハーレイは頑張れるかな? 一ヶ月って短いようでも長いからねえ」
「……そうだろうな……」
始まる前から俺は疲れた、とキース君がテーブルに突っ伏し、私たちは天井を仰ぎました。明日から一ヶ月間も教頭先生のノーパンをチェック。こんな目に遭うくらいだったら一生バナナを食べられない方がマシだった、と思わないでもありませんけど、もう手遅れというもので。
「よし、スタンプカードはこんなものかな? 後でスタンプを買いに行って…、と。そうそう、問題のバナナだけどさ。ぼくはすっかり食べられる気分に戻っちゃったし、君たちにもお裾分けしてあげるよ」
意識の下でチョチョイと操作、と青いサイオンがキラッと光り…。
「どう? 今でもバナナは食べたくない?」
「い、いや…。まあ、食えるという気はしてきたな…」
キース君に続いてジョミー君も。
「あっ、ぼくも! 今日さ、晩御飯はフライだってママが言っていたから、バナナもお願い、って頼んで家を出て来たんだよ。だからヤバイと思ってたけど、これならオッケー!」
「ぼくも大丈夫みたいです。最近、母がバナナジュースにハマッてて…」
毎朝バナナジュースなんですよ、とシロエ君。ヨーグルトとバナナを混ぜてミキサーにかけて作るジュースで、シロエ君も気に入っていたらしく…。
「なんだ、けっこうバナナと縁があるヤツが多いじゃねえかよ。…俺もだけどさ」
サム君のママはバナナチーズケーキを焼くと話していたそうです。スウェナちゃんのママも昨日バナナを沢山買ったということですし、私も家に帰ればバナナがあるかも。だとすれば…。
「ね、バナナを食べられて損をすることは無いだろう? ブルーのお蔭で酷い目に遭ったけど、見事に克服しました…ってね」
そして明日からはスタンプの日々、と会長さんは楽しそうでした。教頭先生がババをお引きになったのでは、とも思いますけど、やっぱり我が身が大切です。バナナは美味しく食べたいですから、教頭先生のノーパンチェックにもお付き合いするとしましょうか…。

翌日の放課後、私たちは再び教頭室へと。スタンプカードとスタンプ、スタンプ台が入った箱を「そるじゃぁ・ぶるぅ」が頭の上に掲げています。
「ねえねえ、ハーレイ、頑張ってるかなぁ?」
「それはもちろん」
無邪気な声に会長さんは即答で。
「ぶるぅも見ただろ、いつもより念入りに朝のシャワーを浴びているのを。下着無しでズボンとなれば清潔にしておかないとね」
「そっか、そうだよね! 下着ってお洋服が汚れないように着るものだしね」
頑張ってるんだね、と感心している「そるじゃぁ・ぶるぅ」はソルジャーに踏まされた地雷の意味など最初から全く分かっていません。教頭先生のノーパンにしても単なるチャレンジ精神としか思っておらず、バナナなんかは果物としか…。本物の子供と万年十八歳未満お断りとの違いは非常に大きいのです。
「ハーレイ、入るよ?」
会長さんが教頭室の扉をノックして開き、私たちもゾロゾロと。それを迎えた教頭先生は少し緊張した面持ちで。
「…そ、そのぅ…。なんだ、やっぱり落ち着かないな…」
「そう? 嫌ならやめていいんだよ?」
スタンプが貰えなくなるだけだから、とカードを箱から取り出す会長さんに、教頭先生は慌てた顔で。
「い、いや、それは…! 一ヶ月だったな、それでお前と素敵なことが…」
「その前に努力ありきだね。さて、一日目はちゃんと出来たかな?」
よいしょ、と床に跪く会長さん。昨日と同じく教頭先生のベルトを外し、ズボンのファスナーをツツーッと下ろして…。
「はい、合格。よく出来ました」
ポンッ! と押された赤いスタンプを感無量で眺める教頭先生。けれど会長さんは冷たい口調で。
「さっさとソレを仕舞って欲しいんだけれど…。まだ一ヶ月は経っていないよ?」
「あ、ああ…。そ、そうだったな」
大急ぎでファスナーを上げる教頭先生は微塵も疑っていないようです。一ヶ月間ノーパンで通せば、会長さんと素敵なことが…。でも、本当に? 教頭先生が思う通りのことが待っているなら、会長さんの態度はもっとマシなんじゃないですかねえ?

教頭先生のノーパンライフは順調に続いていきました。一週間分のスタンプが揃う間には土日も挟まり、そこは会長さんが私たちを引き連れて教頭先生の自宅でチェック。二週間目も順調です。そんなある日のこと、1年A組の教室の一番後ろに会長さんの机が増えており…。
「諸君、おはよう」
グレイブ先生が朝のホームルームに現れるなり、目を剥いて。
「なんだ、どうしてブルーの机があるのだ? 今日は何の予定も発表も無いが…。おい、そこの特別生七人組! 何か聞いているか?」
「…たまには授業に出てみたい、と言っていましたが」
代表で答えたのはキース君でした。
「今月は古典だけ受けるつもりでいるようです。…教頭先生の授業ですから」
「ほほう…。まあ、そういうこともあるかもしれんな。まあいい、それなら私には関係が無い」
教頭先生にはとんだ災難かもしれないが、とグレイブ先生はアッサリ納得。クラスメイトたちは不思議そうでしたが、実際に古典の授業が始まってみれば答えは一目瞭然で。
「…すげえ…。生徒会長、堂々と早弁食ってるぜ…」
「早弁の上に御給仕付きかよ…」
授業に合わせて現れたのは会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ピクニックバスケット持参で机の上にサンドイッチなどを並べて食べ始め、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が熱々の紅茶を注いでいます。教室は既に授業などという雰囲気ではなく、教頭先生は誰にも注目して貰えません。そんな中で…。
『さあ、今日のチェックを始めようか』
「「「えぇっ!?」」」
会長さんの思念に思わず声を上げた私たちは思念で叱られ、続きは思念で。
『今からハーレイのズボンの下をチェックする。ぼくが早弁を食べてる姿は、ぶるぅがサイオニック・ドリームでキープし続けてくれるんだ。…いいね、ハーレイも?』
『こ、ここでか? 教室で…か?』
『それでこその抜き打ち検査だろ? いいから君は授業を続けて。…怪しまれないように』
シールドで姿を消した会長さんが教壇まで行き、同じくシールドで誤魔化しながら教頭先生のベルトを外してファスナーを…。教頭先生の口調と板書は挙動不審の域に入るほどまで乱れましたが、クラスメイトは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が流す早弁サイオニック・ドリームに注目中で。
『はい、おしまい。よく出来ました』
じゃあね、と席に戻った会長さんは早弁の続きをパクパクと。まさか教頭先生が授業中に下半身を露出していたなんて、誰も気付きはしないでしょうねえ…。

抜き打ちチェックは授業中だけではなく、柔道部の部活にも及びました。見学と称して訪れた会長さんが休憩中の教頭先生の道着を下ろしてノーパンをチェック。もちろんキース君たち柔道部三人組を除く部員は気付いていません。しかし…。
「あーあ、教頭先生、技にキレが無いよ…」
門外漢のジョミー君ですら分かるレベルで教頭先生の集中力と技とはガタガタに。休憩前と後では別人のような変わりっぷりに心配した部員たちが休むように進言したほどです。全てを見ていたキース君が部活終了後に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で猛然と抗議しましたが。
「えっ、あれはハーレイの責任だろう? 柔道は心技体を鍛える武道だと随分前から聞いてるよ? ぼくが見学に行ったくらいで乱れるようでは話にならない」
「見学だけではなかっただろうが!」
「ノーパンチェックにも慣れた頃だよ、毎日やっているんだからさ」
馬耳東風な会長さんには言うだけ無駄というものです。こんな調子で授業中やら部活中やら、はたまた朝イチ、放課後遅く…、と一日一度のノーパンチェック。土日も欠かさず続いていって、とうとう迎えた一ヶ月後のその日、会長さんが最後のチェックに出発したのは下校時刻をとっくに過ぎてから。

「…ふふ、もう特別生くらいしか残っていない時間だからねえ…。ハーレイも期待してそうだ」
「どうするんだ、あんた…。スタンプは今日で揃うんだぞ?」
心配そうなキース君。それは私たちも同じでした。会長さんが予告していた素敵なことが本当に起こるとは思えませんけど、あれだけ毎日拝んでいれば万に一つの可能性とやらもあるのかも…? ハラハラしながら中庭を過ぎ、本館に入って教頭室の扉をノックして…。
「失礼します」
「おお、来たか。今日で一ヶ月目になるのだが…。見てくれ、ブルー。この通りだ」
教頭先生は自信満々、言われる前にベルトを外してファスナーを下ろし、御開帳。えっと、スウェナちゃんと私もいるんですけど……モザイクは会長さんがすかさず入れてくれましたけれど、あんまりなんじゃあ…?
「…やれやれ、デリカシーに欠けるね、ハーレイ? 女の子が二人もいるんだけれど?」
「す、すまん…。つい、嬉しさのあまり…」
「へえ…。君の嬉しさってその程度なんだねえ、これじゃ普通に露出狂だよ」
「は?」
キョトンとしている教頭先生の前に会長さんが跪き、ポケットから出したのは分度器で。
「…変化なし」
「な、なんだ?」
「変化ゼロって言ったんだけど? たまに角度を測っていたんだ、コッソリと…ね」
これじゃ全く平常値、と会長さんは大袈裟な溜息を。
「ノーパンなハーレイを満喫しているブルーの方はさ、コレをバナナに譬えていたわけ。でもさ、君のはバナナみたいに反り返ってたコトは一度も無いんだ、普通にブラブラ垂れているだけで。…最終日くらいは本気を出すかと思ったんだけどな」
「ほ、本気…?」
「そう、本気。ぼくと素敵な時間を過ごすぞ、っていう心意気と熱意を態度で示して欲しかった。これじゃバナナとは呼べやしないよ。バナナなんだって主張するなら腐ったバナナって所かな」
触っただけでグズグズに崩れてしまうヤツ、と会長さんが詰り倒しているモノが何かは私たちでも分かりました。大事な部分を腐ったバナナと形容された教頭先生は肩を落として項垂れています。
「君の程度はよく分かった。腐ったバナナで素敵な時間を過ごせる筈もないからねえ…。はい、今日のスタンプ。一ヶ月間、よく出来ました」
ポンッ! とスタンプを押した会長さんはそのままクルリと踵を返すと。
「君がノーパンでも大丈夫だってことが判明したのが、収穫と言えば収穫かな? 紅白縞はもう要らないよね、二学期からは中止にしよう」
「ま、待ってくれ! あれが無いと困る! あれは私の…」
「大事なバナナの梱包材だ、って? そこまで言うなら贈るけど…。腐ったバナナに梱包材って勿体無いなぁ、特製の桐箱が必要なほどに立派なバナナなら分かるんだけどさ」
ああ、勿体無い、勿体無い…、とクスクス笑いながら会長さんは出てゆきました。私たちと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も続き、残されたのは腐ったバナナな教頭先生。その後、教頭先生の家にお中元として会長さんから立派な桐箱入りの見事なバナナがドカンと届けられたとか…。

「ふふふ、ジャストサイズのを選んだんだけど、腐ってしまう前に食べ切れるかなぁ?」
共食いだよね、と笑いまくっている会長さんが贈ったバナナは教頭先生の大事なバナナと瓜二つなサイズらしいです。えっ、なんで会長さんがサイズを知っているのかって? なんと言ってもタイプ・ブルーだけに教頭先生の夜のお楽しみを覗き放題、見放題。妄想まみれで出現するバナナをしっかり計測。
そうとも知らない教頭先生、少しは脈があるのかも…と希望を胸に今日もバナナをあんぐりと。そこは会長さんサイズのバナナを食べるべきでは…、と思ってしまった私たち七人組の頭にはソルジャーの毒がかなり回っているようでした。こんなことでは困るんですけど、またソルジャーは来るんでしょうねえ…。



                迷惑なバナナ・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 月イチ更新になりましてから初の更新となりました。
 シリアスに締めた完結編とのギャップの激しさに驚かれたかと思います。
 いやあ、反動って恐ろしいものなんですねえ!
 ここまでのトンデモ話になろうとは夢にも思っておりませんでした、スミマセン。
 場外編は 「毎日更新」 で営業中です。お気軽にお越し下さいませv
 ←場外編「シャングリラ学園生徒会室」は、こちらからv






シャングリラ学園での特別生ライフも板についてきた学園生活十年目の夏。期末試験も終わり、終業式まで暫く授業が続きますけど、1年A組の主と化しつつある私たち七人グループには授業など必要ありません。それでも登校してくる理由は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋のためで…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
「やあ、今日もお勤めご苦労様。いい加減、サボリにしたらいいのに」
授業に出るなんて真面目だよねえ、と会長さんが笑っています。
「でもまあ、その内に欠員が出ると思えば今の内かな」
「…欠員って、何さ?」
ジョミー君の問いに、会長さんは。
「君のことだよ、君とサム。いずれは僧侶養成コースに行って貰わないと」
「お断りだってば!」
絶対行かない、とジョミー君が叫び、私たちは苦笑するばかり。この攻防戦もお約束です。その間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が完熟マンゴーがたっぷり入ったマンゴーパフェを用意してくれましたが…。
「おい、この器は何なんだ?」
キース君が不審がるのは当然、私たちだって目がまん丸。焼きうどんとかなら納得ですけど、何故に一人用の土鍋にパフェが? けれど「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコ笑顔で。
「あのね、土鍋を貰ったんだよ! だから自慢したくてやっちゃった♪」
「「「土鍋?」」」
「うん! 昨日、届けてくれたんだ。こんな土鍋!」
パァァッと青いサイオンが走り、絨毯の上に大きな土鍋が。お気に入りの寝床が土鍋な「そるじゃぁ・ぶるぅ」は専用の土鍋を幾つも持っているのに、また増えましたか…。でも、今までのヤツと何処が違うの?
「ぶるぅの土鍋は特別なんだよ」
私たちの疑問を読み取ったように、会長さんが。
「オーダーメイドの一点モノ! しかも注文は余程でないと受けない人だし、気が向いた時に作ってくれるだけなんだよねえ…。その代わり、お金は絶対受け取らないよ」
え。アレってそんなに頑固な職人さんの手作り品ですか?
「そういうこと。完全手作業、手びねりの逸品! …最初に作ってくれた時はさ、まさか寝床に化けるだなんて思ってなかったらしいけど…」
「「「え?」」」
「大きな土鍋を作ってみたからシャングリラ学園で鍋でもやるか、って家まで届けに来てくれたわけ。せっかく家まで来てくれたんだし、泊まっていけばって話になって…。楽しくドンチャンやっていた時に、「あのサイズならぶるぅも丸ごと煮られるぞ」って言い出してねえ」
「ぼく、ポイッってお鍋に入れられちゃったの! そしたらサイズがピッタリだったの!」
土鍋職人が「そるじゃぁ・ぶるぅ」を土鍋に入れたのは気持ちよく酔っ払った末の冗談だったらしいのですが、同じくほろ酔いで眠くなっていた小さな子供は土鍋でそのままスヤスヤと…。朝までグッスリ眠って起きれば気分爽快、元気一杯。
「ぶるぅが土鍋で寝るようになったのはそれからなんだよ。どうやらクセになるらしい」
「だってホントに気持ちいいもん! ベッドもいいけど土鍋も最高!」
大好きだもん、と新品の土鍋を自慢しまくる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。サイオンが染み込んだ愛用の土鍋もさることながら、新しい土鍋もワクワク感が高まるのだそうで…。
「んーとね、お日様で干してパリッとしたシーツと、おろしたてのシーツの違いかなぁ? どっちもホントにいい気分なんだ♪」
土鍋、土鍋、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は御機嫌でした。語り尽くせない魅力を秘めた土鍋とやらは、私たちにはサッパリですが…。

「土鍋って何処がいいんだろうねえ?」
分からないや、とジョミー君が呟いたのは帰り路。特別生は何時まで学校にいても良いのですけど、会長さんたちの夕食の都合もあるので長居しすぎないのが暗黙のルールになっています。夏だけに日が長く、まだまだ外は明るくて。
「俺にも分からんが、ぶるぅは土鍋が好きらしいしな…」
キース君が首を捻って。
「そういえば、あっちのぶるぅも土鍋だったか。ぶるぅと土鍋はセットものか?」
「あー、冷暖房完備の防音土鍋!」
そうだった、と頷くジョミー君。防音土鍋を使っているのはソルジャーの世界の「ぶるぅ」です。大人の時間を邪魔しないようにと与えられた土鍋らしいんですけど。
「冷暖房完備って、凄くない? それに防音だよ?」
「ぶるぅにプレゼントしたら喜ばれそうな土鍋だな…」
いいかもしれん、とキース君が親指を立てて。
「長年お世話になっているんだ、俺たちでプレゼントしてみないか? 冷暖房完備の防音土鍋を」
「「「え?」」」
「ブルーが言ってた土鍋職人とやらに特注するんだ。夏休みの記念になりそうだぜ」
「で、でも…。お金は絶対受け取らないって言ってましたよ?」
どうするんですか、とマツカ君は心配そうですが、キース君は。
「そこが頑固な職人ならではって感じだしな。そもそも作って貰えるかどうか…。代金の方はOKが出てから考えよう。まずは土鍋の注文からだ」
「でも、冷暖房完備で防音だよ? それ、職人さんの技でなんとかなるの?」
無理っぽいけど、とジョミー君が言い、シロエ君も。
「そうですよ。土鍋のくせに冷暖房完備なんて有り得ませんってば、おまけに防音なんですよ? 土をひねってどうこう出来る問題じゃないと思いますけど…。ぼくにもどんな仕組みなんだか謎だらけとしか」
「だからプレゼントする価値があるんだ、分かってないな」
自信たっぷりなキース君。もしかしてシロエ君にも分からないという土鍋の仕組みが読めてるとか? 私たちが突っ込みを入れると、キース君はニヤリと笑って。
「土鍋プロジェクトに賛成なのか、反対なのか? お前たち全員が賛成だったら策を披露する。夏休みの記念に土鍋ってヤツは手を挙げてくれ」
「「「…???」」」
キース君の策はともかく、土鍋プレゼントは良さそうです。とりあえず挙手しておくか、と考えたのは私だけではなく全員でした。キース君は「よし」と大きく頷いて。
「そうと決まれば飯を食いに行くぞ。マツカ、スポンサーをよろしく頼む」
「はい! …って、何処へ行くんですか? ぼくたち、いつもファミレスですよ?」
「お前に頼まないと行けない所だ。でないとあいつが釣れないからな」
「「「あいつ?」」」
誰のことだ、と派手に飛び交う『?』マーク。その間にキース君とマツカ君が意見を交わし、やがて校門前からタクシーに分乗して繰り出した先は高級老舗料亭が軒を連ねる花街、パルテノンの一角で。お馴染みの焼肉店とは違う構えに緊張しながら、奥のお座敷へレッツゴーです!

他のお客さんを見かけないな、と思いつつ案内された奥座敷。それもその筈、立派なお庭が見える奥の棟にはお客様は一日一組限定だとか。お客様がいつ現れても案内出来るよう、予約の無い日も部屋をキッチリ整えてあるというのですから、お値段の方はさぞゴージャスかと…。
「すまないな、マツカ。あいつが釣れなかったら空振りになるが…」
「その時はまた日を改めましょう。喜ばれそうな場所をリサーチしておきますよ。…それに、あちらにも色々と都合がおありでしょうし」
「うん、色々と都合はあったよ。色々と…ね」
「「「!!!」」」
紫のマントがフワリと翻り、現れたのはソルジャーです。
「会議の予定もあったんだけど、全部ハーレイに押し付けてきた。君たちが御馳走してくれるなんて嬉しいじゃないか。それにお店も良さそうだし」
まずは着替え、とソルジャーが私服に変身すると間もなく仲居さんが先付を。一名余分に予約してありましたし、ソルジャーは情報操作がお手の物。最初から座っていたような顔をして早速お酒を頼んでいます。
「…で、ぼくを呼び出して御馳走してまで何が欲しいって? 聞かなくても分かっているんだけどさ」
ソルジャーはいいタイミングで覗き見をしていたようでした。私たちにはソルジャーを呼ぶだけの力が無いため、覗き見した上に飛び込んで来てくれるまで宴を繰り返す覚悟だったのに、初日に釣れるとはラッキーな…。
「え、だって。ここで来なくちゃ君たちだけで食べ歩きだろ? 指を咥えて見ているのは趣味じゃないんだよ。ふふ、来ただけの甲斐はあったな、美味しいや、これ」
地球に来たらやっぱり海の幸、とソルジャーは至極御満悦。先付から肝の煮凝りだの皮煎餅だのと並ぶ料理はハモづくしの懐石コースです。梅雨の水を飲んで美味しくなると言われるハモは今が最も高価な時期ですが、それだけに味も素晴らしいもの。ソルジャーを釣るならコレだ、とキース君とマツカ君の意見が一致したわけで…。
「ブルーにもハモは何度か御馳走して貰ったけど、君たちの奢りというのもいいね。情報提供料だと思えば遠慮なく飲み食いし放題! あ、此処ってお土産も頼めるのかな?」
ハーレイへのお土産に何か…、と言い出したソルジャーのためにマツカ君がハモ寿司を頼んでいます。白焼きとタレ焼きの二種類を詰め合わせて貰えるそうで、ソルジャーの御機嫌は更に良くなり。
「土鍋の設計図が欲しいんだって? ぶるぅが使っているヤツの」
「そうなんだ。なんとか教えて貰えないだろうか」
頼む、とキース君が座布団から下りて深く頭を下げ、私たちも慌てて倣いました。冷暖房完備の防音土鍋はソルジャーの世界に存在するもの。会長さんがシャングリラ号の設計図を貰ったように、それを教えて貰えばいいのだとキース君が思い付いたのです。そのために始めたのがソルジャー釣りで。
「たかが土鍋の設計図だし、勿体つける気は無いんだけれど…。大丈夫かなぁ、こんなのだよ?」
少し意識を空にして、と指示された次の瞬間、頭の中に広がったものは。
「「「!!?」」」
意味不明の数字と数式の列。これが土鍋の設計図ですか? あ、でも…キース君とかシロエ君なら分かるのかな、と思ったのですが。あれ? 二人とも悩んでる?
「な、何なんだ、これは?」
抽象画か、とキース君が呻けば、シロエ君が。
「違いますよ、芸術の爆発ですよ! これの何処が設計図なんですか!」
「え? ぼくにはお経に見えるんだけど…」
どう見てもお経、とジョミー君。どうやら全員が違うイメージを見ているようです。これはまんまと騙されたのか、と全員でソルジャーを睨み付ければ。
「うーん、やっぱり無理だったか…。君たちの知識が足りなさすぎると言うべきかな? 意味を正確に受け取れないから、身近な意味不明なモノに置き換わってしまっているんだよ。ブルーなら読めると思うけど」
「「「えぇっ?」」」
それじゃサプライズにならないじゃないか、と私たちはガックリしたのですけど。
「サプライズも何も…。そもそも君たち、土鍋職人の連絡先とかを知ってるのかい? ブルーに訊かなきゃ分からないよ、それ。ぼくも知らないわけじゃないけど、紹介までは出来ないし…」
赤の他人だから、とソルジャーはクスクス笑いながら。
「夏休みの記念に土鍋なんだ、と言えばブルーもぶるぅも喜ぶさ。あ、土鍋作りに燃えるのもいいけど海へ行くのを忘れないでよ? 今年も楽しみにしてるんだからね」
ハーレイとぶるぅも一緒に海の別荘、と期待に満ちているソルジャーと、土鍋作りのハードルの高さに打ちひしがれている私たちと。ハモ尽くしの懐石料理はこれから先が本番ですけど、土鍋はいったいどうなるんでしょう…?

そして始まった夏休み。朝からジリジリと強い日差しが照りつける中、私たちはマツカ君が手配してくれたマイクロバスでアルテメシアの郊外へ向かっていました。山を越えた向こう、アルテメシアとは名ばかりのド田舎の山奥が目的地です。
「アレが本当に土鍋の設計図だったとはな…。俺もまだまだ勉強不足だ」
情けない、と嘆くキース君の手には防音土鍋の設計図。私たちは結局、会長さんに全てを話して設計図を何とかしてくれと泣きついたのです。ソルジャー釣りは会長さんに大ウケで、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は土鍋プレゼントと聞いて大感激。会長さんはその場で設計図を読み解いてくれて…。
「でも凄いですねえ、会長」
あんな技は初めて見ました、とシロエ君が絶賛しているのは土鍋の設計図のプリントアウト。会長さんはプリンターの電源だけをオンにして設計図を印刷したのでした。なんでも頭の中にある設計図をデータに変えて送ったとかで、手間が省けていいとか何とか…。
「確かに一度書き出すとなると面倒ですけど、データに変換するなんて…。そっちも難しそうですよ」
「あの設計図が読めるヤツだぞ? 俺たちには理解できないレベルだろうさ」
なんと言っても設計図はコレだ、とキース君が広げた紙には土鍋のデザイン画と寸法などが。私たちには土鍋の欠片も見えなかったのに、本当に土鍋だったのです。けれど冷暖房と防音の仕組みは今も分からず、会長さんも「それを名人に見せればいいさ」と笑っただけで。
「名人とやらには分かるんだろうが、本当に何処が冷暖房完備で防音なんだ…」
分からんぞ、とキース君がブツブツ呟き、マツカ君が。
「問題はその名人ですよ。名前を呼ばれるのが何より嫌いで「名人」としか呼べないんですよね?」
「そうらしいな。ブルーは当然名前を知ってるんだろうが、かなり気難しい相手のようだ」
覚悟しておけ、と言われるまでもなく私たちは緊張しています。やがてバスが止まった場所は山の麓で、少し登った所に見えるのが噂の土鍋職人の家。キース君を先頭に登ってゆくと…。
「なんじゃ、なんじゃ、お前らは! 私有地じゃと書いてあるじゃろうが!」
木造平屋建ての家の裏から棒を振り回して飛び出して来た老人が一人。
「「「ゼル先生!?」」」
「はぁ? なんでその名を…」
ゼル先生に瓜二つの老人はポカンとした後、豪快にカッカッと笑い始めて。
「なんじゃ、シャングリラ学園の特別生かい。ゼルは従兄じゃ、ワシの方が一つ年下なんじゃ」
まあ入れ、と招き入れられてビックリ仰天。煤けた梁や太い柱の古民家と呼ぶに相応しい家なのに、最先端のパソコンなどがズラリ揃っているようですが…。
「ああ、あの辺はワシの趣味じゃな。土をひねるのに機械は一切使っておらんが、分析とかは好きじゃでな。…それで作りたい土鍋というのは何じゃ? ぶるぅ用なら大体決まっておるんじゃが…」
「あ、これです」
キース君が設計図を差し出すと、名人は仔細に検分してから。
「ふむう…。技術的には不可能は無い。しかしじゃな…。問題はコレじゃ」
「「「???」」」
「ここの部分じゃ、成分表じゃ! この割合で混ざった土ならサイオンとの兼ね合いで冷暖房完備の防音土鍋が作れるじゃろう。それは保証する。サイオンについてはワシも研究しとるでな。…ただ、ワシは頑固な職人じゃ。土を混ぜるというのは好かん」
それに適した土が手に入るまで何年でも待つ主義なのだ、と名人はパソコンを起動して。
「…ふうむ…。やはり無いのう、その土が採掘可能な場所は限られると思っておったのじゃが…。ワシは国産にこだわるタチでな、他の国の土は一切使わん。この国でこの種の土が採れるのはアルテメシア近辺の一部だけじゃ」
この範囲じゃ、と名人が色を変えて表示してくれた部分は見事に市街地と重なりました。何処かのお宅の庭を掘らせて頂くしかないというのでしょうか? 名人曰く、百年ほど前なら田畑だった場所も多かったらしいのですが…。
「こういうわけじゃから、諦めるんじゃな。土が無ければ土鍋も作れん」
無駄足じゃったな、と名人がパソコンの電源を切ろうとした時。
「ま、待って下さい!」
キース君が叫んで、地図の表示を指差して。
「此処です、此処に少しだけ…。此処は俺の家の裏山の辺りじゃないかと」
「なんじゃと? ほほぅ…。此処だけ飛び地で分布しておるのか。よく見付けたのう、では、掘ってこい! いいか、要るのはこれだけじゃぞ。乾燥させて使うんじゃから」
名人が寄越した特大の袋は五つでした。それにキッチリ粘土を詰めてお届けすれば土鍋を作って貰えるのです。目指せ、冷暖房完備の防音土鍋。キース君の家の裏山で掘りまくるぞ~!

アルテメシアの街に取って返した私たちは元老寺へとマイクロバスを走らせ、もうすぐ山門が見えてくるという辺りになって。
「この辺で止めてくれないか?」
キース君が運転手さんに声をかけ、クーラーの効いた車内から暑さ真っ盛りの夏空の下へ。山門に横づけでいいじゃないか、と誰からともなく文句が上がれば、キース君は。
「…シッ、騒ぐな! こっちへ回るぞ」
連れて行かれたのは山門ではなく、駐車場の裏手へと抜ける道でした。道幅も狭く、両脇から竹藪が迫って来ます。キース君は駐車場へ出るわけでもなく、そのまま山道になった道路を登り始めて。
「もう少し行けば作業小屋がある。そこでシャベルとツルハシを調達しよう」
「なんかさぁ…。キース、コソコソしてない?」
ジョミー君の指摘に、キース君は肩を竦めてみせて。
「お前なら堂々と行けるのか? 俺の家の裏山は墓地なんだぞ」
「「「えぇっ!?」」」
思い切り忘れ去ってましたよ、その事実! よりにもよって墓地を掘ろうと言うんですか? いくら土鍋が作れるからって、お墓の土というのはちょっと…。知らないお宅の庭を掘らせて貰った方が、と皆が口々に止めにかかると。
「誰が墓地の土を使うと言った? その上の方は普通に山だ。そこを掘ろうと思ってるんだが、一応、寺の土地だしな…。掘り返して大穴を開けたと親父にバレたら大惨事になるのが目に見えている。粘土の層に辿り着くまでに1メートルだぞ?」
「そ、そうだったっけ…」
ヤバイかもね、とジョミー君が青ざめ、シロエ君が。
「急いで掘って埋め戻しましょう。上手く隠せばバレませんって!」
「そう願いたいぜ、俺も。…見えたぞ、作業小屋だ」
元老寺の裏山の手入れを委託している業者さんが道具を置いているという小屋の鍵はダイヤル式の南京錠で、キース君がサックリ解除。チェーンソーなどが置かれた中から穴掘りに使える道具を持ち出し、更に上へと登って行って。
「よし、この辺ならいいだろう。あの木で寺から死角になるし…。掘るぞ」
「「「オッケー!」」」
ザック、ザックと山肌を掘り返し始める男の子たち。スウェナちゃんと私は大きな椎の木の陰に座って見物しながら見張り役を兼ねていたのですけど。
「ちょ、ちょっと…! あそこ…」
「アドス和尚!?」
墨染めの衣のアドス和尚が汗を拭き拭き、私たちが通って来たルートを登って来ます。もしやバレたか、と焦りましたが、よくよく見れば脇に何本もの卒塔婆を抱えているようで。
「…ビックリした…。あんな所に焼却炉があるのね」
「お焚き上げってヤツなのかもね」
アドス和尚は卒塔婆を焼却炉に押し込んで点火し、もうもうと上がる煙に向かって読経中の様子。キース君たちに思念波で注意を送れば「そこからは死角」との答えで一安心です。粘土の層も出て来たらしく、これから掘り出すらしいのですが…。って、アドス和尚がこっちに来る? ど、どうしよう、真っ直ぐ登って来ますよ~!

「…まったく、親に隠れてコソコソするとは情けない…」
実に情けない、とアドス和尚が扇子で頭に風を送りながら。
「お焚き上げが終わって少し涼もうと登ってくればこの始末とは…。ぶるぅ殿の土鍋に使うと一言断りを言いに来ていれば、業者さんに頼んで掘って貰っても良かったんじゃ。なに、それは名人が許さんと? まあ、自分たちで掘るのが一番じゃろうが…」
それにしても情けない、とアドス和尚は怒り心頭。
「いいか、わしに黙ってコソコソと持ち出そうというのは盗みじゃぞ? 作業小屋の鍵も同じじゃ、業者さんの信頼を裏切るというのは如何なものか…。道具はきちんと手入れをしてから戻しておけい。分かっておるのか、キース!」
「は、はいっ!」
「お前が言い出した盗みじゃからな、罰はお前が受けるんじゃ。粘土掘りが終わったら夜のお勤めで罰礼じゃぞ! いいな、御本尊様の前で千回じゃ!」
わしがキッチリ数えるからな、と言い捨ててアドス和尚は山を下ってゆきました。キース君が思い切り黄昏れてますが、罰礼って何のことでしたっけ?
「うわ~、罰礼千回かよ…。頑張れよな」
サム君がキース君の肩を叩いて励まし、キョトンとしている私たちに。
「あー、罰礼って言っても素人さんには通じねえか…。南無阿弥陀仏に合わせて五体投地だよ、それを千回。普通は百回で膝が笑うぜ」
「「「………」」」
なんとも気の毒な展開でしたが、今更どうにもなりません。冷暖房完備の防音土鍋の完成までには人柱も必要だったようです。ともあれ、名人が寄越した袋に五杯分の粘土は手に入りました。脇道の駐車場に待たせてあったマイクロバスに積み込み、明日の朝一番で名人の所へお届けに。
「じゃあ、キース先輩、罰礼、頑張って下さいね~!」
シロエ君が窓から乗り出して手を振り、私たちも。
「「「頑張って~!!!」」」
尊い目的のために犠牲になったキース君を元老寺に残し、マイクロバスは各自の家を回って流れ解散なルートへと。袋の中身の何の変哲もない粘土の山が素敵な土鍋に変身する日が待ち遠しいです~。

理想の土を受け取った名人は土鍋が完成するまでの過程を丁寧に説明してくれました。粘土を乾燥させて細かく砕いた後、不純物を取り除いてから幾つもの段階を経て練り上げて…。それから手びねりで蓋から作り、胴も出来たら日陰で干して、更に天日干し。充分に乾燥したら素焼き、釉薬をかけていよいよ本焼き。
「本焼きだけで二十時間近くかかるんじゃ。冷ますのに一日半はかかるし、大変なんじゃぞ。しかし季節が良かったわい。天日干しに向いておるから、夏休みの終わり頃には立派な土鍋が出来上がるじゃろう」
「「「よろしくお願いしまーす!!!」」」
一斉に頭を下げる私たち。名人は早速作業にかかるのだそうで、その間は人付き合いはお断りとの話です。土鍋の代金は一切不要、受け取りのために出向いて来ることも「必要ない」と切り捨てられて。
「土鍋が出来たら、ワシが直接届けに行くんじゃ。なにしろ大事な作品じゃからな、他人様には任せられんて。礼は要らんぞ、ワシは自分の好きなモノしか作らんからのう」
ではな、と粘土袋を乾燥用の小屋に運んでゆく名人は二度と振り返りはしませんでした。こうして注文した冷暖房完備の防音土鍋が完成したのはソルジャーたちとの恒例の海の別荘行きも終わり、夏休みも残り僅かという頃で…。

「かみお~ん♪ いらっしゃい! 土鍋、ありがとう!」
昨日の夜に届いたよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び跳ねているのは会長さんの家のリビングです。そこには見事な艶を纏った名人作の土鍋が据えられ、私たちも感無量。会長さんの手を借りる結果になっちゃいましたが、冷暖房完備の防音土鍋を「そるじゃぁ・ぶるぅ」にプレゼント出来たのは嬉しいことで…。
「寝心地は試してくれたのか?」
キース君の問いに「そるじゃぁ・ぶるぅ」は満面の笑顔で頷くと。
「うん、最高! いつもの土鍋と同じで静かだし、中もホントに涼しいよね!」
「「「いつも?」」」
それって普段と変わりが無いって意味なのでは、と衝撃を受ける私たち。もしかしてソルジャーに騙されたとか、名人の腕ではソルジャーの世界の技は再現不可能だとか? しかし…。
「そうか、気付いていなかったんだ?」
クスクスクス…と会長さんが笑い出しました。
「ぶるぅの土鍋は元から冷暖房完備で防音なんだよ、偶然の産物だったんだけどね。名人が最初に作った土鍋の素材が例の土だったのさ。だからぶるぅはグッスリ眠れてお気に入りの寝床になったってわけ」
「「「嘘…」」」
「ホントだってば、嘘はつかない。その後、サイオンの研究が進んで土に秘密があるのも分かった。それ以来、ぶるぅの土鍋は色やデザインが変わることはあっても土だけは絶対アレなんだよ」
「お、おい…。だったら今後は品薄なんじゃあ…」
住宅街になっていたぞ、とキース君が言い、私たちもコクコク頷きましたが。
「ああ、その点は大丈夫! 君の家の裏山を掘らなくてもね、土は充分にあるってば。シャングリラ号へ行くための飛行場があるだろう? あの一帯はシャングリラ学園の所有地だ。そこにたっぷり埋蔵されてる」
「なんだと!? 名人に見せて貰った分布図では…」
「出てないだろうね、あの辺りの情報はサイオンで常に攪乱されてる。そこは名人も承知してるから、本当の情報を反映させた分布図なんかは作らないさ。…一人暮らしの変人だよ? 一筋縄で行くわけがない」
罰礼千回お疲れ様、と可笑しそうに笑い転げる会長さんと、新しい土鍋で大喜びの「そるじゃぁ・ぶるぅ」と。人柱まで立てた土鍋作りが成功したのは確かですけど、元から冷暖房完備で防音の土鍋だっただなんて…。ガックリ項垂れる私たちに向けて、会長さんがパチンとウインク。
「分かってないねえ、ぶるぅはシャングリラ学園のマスコットだよ? そのマスコットの御用達となれば、土鍋も勿論、最高級! 言わば土鍋の最高峰だね、冷暖房完備の防音土鍋は。煮炊きに使えば味も絶品!」
御飯を炊くと美味しいんだよ、と微笑む会長さんの横から「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「鍋物も美味しく出来ちゃうよ! 秋になったら試してみる? お料理専用のヤツもあるんだ、名人の土鍋。大きな土鍋でドカンと鍋物!」
「いいね、ブルーやぶるぅも呼ぼうか、設計図をくれた御礼にさ」
今年の秋は鍋パーティー! と会長さんがブチ上げ、名人作の冷暖房完備の防音土鍋を囲む集いが開かれそうです。味噌鍋がいいかな、締めはラーメン、それとも雑炊? 土鍋プレゼントは空振りでしたが、最高の土鍋で鍋パーティーが出来るんだったら、ここはめでたし、めでたしですよね~!



               土鍋の最高峰・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 余談 『土鍋の最高峰』 は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が土鍋を寝床にしている理由
 でしたが、思い切り後付け設定です。何も考えていませんでした!(キッパリ!)
 悪戯小僧な「そるじゃぁ・ぶるぅ」が土鍋で寝ていたのを、ついそのまま…。
 それじゃ流石にマズイよね、と最後の最後に文字通り捻り出してみましたです。
 シャングリラ学園で「書きたかったこと」「書かねばならないこと」はコレで全部。
 ここから先は思い付くまま、気の向くままに月イチ更新で突っ走ります。
 年度末で締め括ってから完結編までには百年もございますからねえ…。
 その間に起こったであろう数々のドタバタを書き散らかしてゆくつもりです。
 時間の流れも季節もメチャクチャ、そんな連載が始まります。
 「毎月第3月曜」 更新ですが、「第1月曜」 にも更新して月2に
 なる月もありそうです。その時は前月にお知らせしますので、どうぞ御贔屓にv
 場外編の方は引き続き 「毎日更新」ですから、よろしくお願いいたします。
 ←場外編「シャングリラ学園生徒会室」は、こちらからv






今年も桜の季節がやって来ました。シャングリラ学園の入学式も終わり、私たち七人グループは毎度の1年A組です。担任もグレイブ先生ですけど、この春は賑やかなことになりそうで。
ソルジャーと「ぶるぅ」にとっては二回目、去年の秋に来たキャプテンにとっては初めてとなる私たちの世界での桜の季節。いえ、三人ともこちらでの春は何度も経験済みですけれど、それは別の世界からの訪問者としてで、あくまでゲスト。それが今では…。
「やあ、いらっしゃい」
「かみお~ん♪ こっち、こっち!」
会長さんが住むマンションを訪ねた土曜日、私たちを庭で手招きしているのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」たちだけではなくて、ソルジャーと「ぶるぅ」、キャプテンが顔を揃えています。ソルジャーたちも同じマンションの住人ですから、私たちの方が「いらっしゃい」と言われるゲストになってしまったのでした。
「うわぁ、今年も綺麗に咲いたね」
歓声を上げるジョミー君。マンションの庭の桜はまさに満開、立派な枝を青空に広げ、今日は絶好のお花見日和。会長さんの家から見えるアルテメシア公園の桜も素晴らしいのですが、そちらは人で一杯です。みんなでのんびり出来る穴場がマンションの庭というわけで。
「本当に見事な桜ですねえ…」
キャプテンが感慨深そうに。
「私たちの世界のシャングリラでも今頃はきっと満開でしょう。けれど空を遮るものが無い桜を好きな時間に好きなだけ見られる時が来るとは、夢を見ている気分です。…それも青い地球でブルーと一緒に」
「だよね、お前にとっては一度は失くした夢なんだしね。…ぼくがいなくなって」
心配かけてごめん、とキャプテンにそっと寄り添うソルジャー。庭には緋色の毛氈が敷かれ、ソルジャーたちはその上に座って一足お先にお花見中。私たちも腰を下ろして桜の大木を見上げ、ソルジャーとキャプテンの語らいに耳を傾けて…。去年もお花見はしましたけれど、ソルジャーは何処か寂しげだったのです。
「ハーレイ、ぼくがどれほど幸せなのか分かるかい? お前と桜を見られる日なんて二度と来ないと思ってたんだ。…いくら一番好きな花でも、一人で見るのは辛かったよ。なまじ綺麗な桜だけに…ね」
「ぼくもいたもん!」
ブルーとお花見したんだもん、と叫んだ「ぶるぅ」は無視されました。会長さんや私たちもいたというのに、やはりソルジャーには「いないも同然」の存在だったみたいです。そのソルジャーとキャプテンは「ぶるぅ」つきとはいえ、晴れて新婚生活の日々。昨年の暮れにキャプテンが退院して以来、熱々で。
「ブルー、私こそ…。あなたがいなくなった後、桜を見るのは辛かったです。ブリッジからよく見える場所に植えたでしょう? それをどれほど後悔したか…」
まさか切り倒すわけにもいきませんしね、とキャプテンは桜の枝を仰いで。
「シャングリラの皆が毎年、楽しみにしていた桜です。まして人類側との戦いで心身ともに疲れ果てた者たちが安らげる唯一の場所とあっては、咲き誇るのをただ見ているしか…」
「…ごめん。あそこに植えようと言い出したのはぼくだったよね。あの時は地球に行けると思っていたんだ、そしてお前と暮らすんだ…って。庭に桜の木を植えてさ」
何処で間違えちゃったんだろうね、と計算違いを嘆きながらもソルジャーは幸せそうでした。此処はソルジャーが行きたいと願った地球とは別物の地球で、桜もシャングリラの桜の子孫ではなく、家だって一戸建てではなくて…。それでもソルジャーとキャプテンにとっては充分すぎるものだそうです。
二人は別の世界の住人だったとはいえ、元ソルジャーと元キャプテン。私たちの世界よりも過酷な世界でシャングリラだけを拠り所に生き抜いてきた経験を長老の先生方に評価され、万一の時のためのアドバイザーとして生活費の他にもお給料などが出ているのだとか。
会長さんの家の下のフロアで二人と「ぶるぅ」がマイペースな生活を送れる裏にはそういう事情があるようです…。

それはさておき、今日のお花見。桜餅や花見団子などを詰めたお重が並んでいますが、何か足りない気がします。お昼にはまだ早いですけど、お花見と言えば欠かせないのは…。それとも「そるじゃぁ・ぶるぅ」が用意していて絶妙のタイミングで瞬間移動で出て来るのかな、と考えていた時。
「あっ、ハーレイ! 持って来てくれた?」
ソルジャーが立ち上がって手を振る先に現れたのは教頭先生。大きな袋を両手に提げて重そうにしているのですけど、それよりも愕然とした様子のあの表情は…?
「………。ダブルデートだと聞いていたが…」
騙されたのか、と項垂れながら教頭先生は緋毛氈の上に袋を置いて。
「あなたのぶるぅは胃袋の底が抜けているから、人数分のお弁当では足りないと…。十五人前を用意するならブルーを誘い出してダブルデートをセッティングする、と仰ったと記憶しておりますが…。ぶるぅつきでも構わないなら、と」
教頭先生の視線の先でクッと笑ったのはソルジャーです。
「まさかホントに騙されたわけ? その案、ぼくのじゃないからね。考えたのはそこのブルーで、実行係がぼくだっただけ。…そうだよね、ブルー?」
「ふふ、ハーレイ、今日は御馳走様。ダブルデートの面子が六人、そこの子たちが七人だからさ、十三個でも良かったんだけど…。どうせならキリ良く十五個ってね。余分の二個はぶるぅがペロリと食べてくれるよ、大食いの方の」
ニッコリ微笑む会長さん。そう、足りなかったものはお弁当でした。会長さんの罠だか悪戯だかに引っ掛かってしまった教頭先生が持ってきたのは老舗料亭のお花見弁当。二段重ねの器には豪華な蒔絵が施されており、お値段の高さがうかがえます。それを十五個も買わされたとなれば、お気の毒としか言いようが…。
「なにをガックリしてるのさ?」
悄然としている教頭先生に向かって、会長さんは。
「黄昏れてないで座ったら? ちょっと面子が増えただけだよ、ダブルデートには違いないって! ブルーとハーレイは新婚さんだし、負けずに熱くイチャついてみれば?」
ヘタレずにチャレンジ出来たらだけど、とウインクされた教頭先生の顔は真っ赤です。頭の中には色々な妄想が渦巻いていそうでしたが、会長さんがそれを気にする筈もなく…。
「はい、お待ちかねのお花見弁当! 此処のはホントに美味しいんだよ、ぶるぅもお勧め」
「かみお~ん♪ 同じ食べるなら最高のヤツがいいもんね!」
去年は手作りしたけれど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」も嬉しそう。今年はキャプテンが加わったことでソルジャーの気分も晴れましたから、それに相応しくお祝いを…とのことで豪華弁当にしたのだそうです。そう聞かされた教頭先生、一気に気持ちが浮上したようで。
「そうか、ブルーたちのための祝いだったのか…。そういうことなら文句は言えんな」
高かったが、と苦笑しつつもソルジャーとキャプテンの方に向き直ると。
「良かったですね、地球の御自分の家でお花見という積年の夢が叶われたそうで…。これからも末永くお幸せに」
「うん。言われなくても幸せになるよ、ぼくたちは」
ねえ、ハーレイ? とソルジャーがキャプテンの首に腕を回して、たちまち始まる濃厚なキス。教頭先生が涎の垂れそうな顔で見ていますけれど、会長さんはフンと鼻先で笑っただけで早速お花見弁当を…。バカップルは放っておいて私たちも食べるとしましょうか。教頭先生、御馳走様です~!

ゴージャスなお花見弁当の余分の二個は本当に「ぶるぅ」が平らげました。お弁当を全員が完食した後もお花見は続き、のどかな午後の日差しを透かして満開の桜が見下ろしています。
「…本当に本物の地球の桜だ…。ぼくたちの家の」
うっとりと呟くソルジャーはキャプテンの膝を枕に寝そべっていて、白い両手を桜にかざして。
「ぼくたちの世界の地球に辿り着けていても、こんな景色は見られずに終わっていたんだよね…。お前の記憶に刻まれた地球は人の住めない星だったから。ぼくが好きだった桜の子孫を連れて来られなかったのは残念だけど、この桜ほどの大きさに育つ年月を考えてみたら不満なんかは言えないさ」
ぼくの夢は叶ったんだから、と赤い瞳に桜を映すソルジャー。
「お前と結婚して地球で暮らすのが夢だった。大好きな桜を庭に植えて…ね。ぼくの命は地球に着くまで保たない、って覚悟したのはいつだっただろう? ジョミーの力で生き延びた時も、地球には行けてもそこで終わりだと分かってた。…お前と二人で暮らせる日なんて来ないと分かっていたんだよ…」
それでも夢を見たかったんだ、と独り言のように語り続けるソルジャーの唇をキャプテンがそっと指でなぞって。
「私も夢を見ていましたよ、あなたとこんな風に桜を見る日を…。なのに、あなたは一人で逝ってしまわれた。地球に着いても独りなのだ、と何度絶望に囚われたことか…。それでも私はキャプテンでしたし、地球に行かねばならなかった。地球に着いたら桜を植えようと、それだけを思っていたのですよ…」
あなたのための桜ですよ、とキャプテンは桜の花を仰いで。
「あなたは桜がお好きでしたし、地球に桜の木を植えたいとも仰っていた。ですから地球で桜を育てれば、きっと喜んで下さると…。花の季節には私と一緒に見て下さると、それだけを頼みに生きていました。極楽とやらに行ってしまわれていても、桜だけは見に来て下さるだろうと…」
「そうだったのかい? お前が育ててくれた桜も見たかったような気がするな…。ああ、でも、それだと桜の花が見られるだけで、お前には触れられないんだっけね」
それは困る、とソルジャーはキャプテンの膝に柔らかな頬を擦り寄せて。
「どちらにしても夢だったんだよ、二人で暮らす家の桜も、お前が育てようと思った桜も。…ぼくたちの地球は青くなかった。桜が生きられる星じゃなかった…。だから夢に過ぎなかった地球よりもさ………この地球が本物なんだよ、きっと。ぼくとお前と、ぶるぅにとっては…」
何度も遊びに来ていた時にはこっちが夢の地球だったけど、と銀色の睫毛でソルジャーの瞳が隠されて。
「…ちょっと食べすぎちゃったかな…。それとも夢の話をしていたせいかな、眠くなってきたから一休み…」
桜の下で少しお昼寝、という言葉を残してソルジャーは眠ってしまいました。キャプテンが「風邪を引きますよ」と肩を揺すっても、「ぶるぅ」が頬をつついてみても、穏やかな寝息が聞こえるだけで。
「食べすぎねえ…」
会長さんが呆れた口調で。
「まあ、確かにガッツリ食べたよね。こっちの世界に最後に遊びに来た時にはさ、完食どころか残りをお土産に出来るくらいに食欲が無くて、心配してたのを思い出したよ」
「…ああ、あの時のお弁当ですね」
覚えていますよ、と頷くキャプテン。
「お前のために残しておいてやったんだ、と恩着せがましく渡されましたが、そうではないと分かっていました。もう食べることすら辛くなるほどにブルーは弱ってしまったのだ、と思い知らされながら頂きましたよ、私の部屋で…。もしかしたらブルーは地球まで辿り着けないのかもしれない、と…」
「「「………」」」
ソルジャーが食べ残したお花見弁当のことは今でも鮮明に覚えています。あれが私たちが自分の力で空間を越えて来たソルジャーに最後に会った時で、その次に会ったのは向こうの世界でのソルジャーの命が尽きた日で。
それからの日々を思い返すと、今、キャプテンの膝でソルジャーが眠っているのは奇跡そのもの。キャプテンに二つの世界を行き来する力はありません。それだけにソルジャーと「ぶるぅ」が戻れなくなった時点で、キャプテンとの再会は二度と叶わないと誰もが思っていたわけで…。
「何もかも本当に夢のようです。…ブルーも、地球も、この桜も…」
叶う筈のない夢でしたが、と目を細めてソルジャーの寝顔を見守るキャプテンは全てを失ってしまった記憶を持つ人。ソルジャーを喪い、約束の場所だった地球は死の星で、そこに桜を植える夢すら叶わないのだと絶望の淵に沈んだ人。深い深い嘆きと悲しみの果てに、キャプテンは此処にいるのです。
キャプテンが手に入れた夢の世界の価値と重さは誰にも分からないでしょう。ソルジャーがいる地球と、そして桜と。これは幻ではないのですよ、と告げるかのように、ひらり、と花びらが一枚だけ舞い落ちてきてソルジャーの肩に乗っかったのを、キャプテンは褐色の手で細い肩ごと優しく包み込みました。

一番好きな花だという桜と、誰よりも好きなキャプテンと。幸せな眠りに浸るソルジャーは一向に起きず、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が瞬間移動で運び込んだ追加のお菓子などで賑やかに…。お弁当十五個で痛手を蒙った教頭先生も、会長さんと一緒にお花見とあってすっかり復活しましたが。
「そこは少し冷えてきたのではないですか?」
陰になってきていますよ、と教頭先生が指摘したのはキャプテンの席。まだ夕方ではありませんけど、太陽が移動していった結果、桜の枝越しに陽が燦々と輝いていた場所に先刻までの煌めきは無く。
「…そうですね…。ブルーに風邪を引かせてしまいますね」
桜に見惚れてウッカリしていました、とキャプテンはソルジャーを揺り起こそうとしたのですが。
「……ん……。あと…一分だけ……」
「あなたが一分で起きて下さった試しが無いのですけどね…」
キャプテンは溜息をついたものの、その表情は柔らかいもので。
「ぶるぅ、すまないが頼んでもいいか? 私の部屋の引き出しに…」
「どのお部屋? ベッドのある部屋、本だらけの部屋?」
尋ね返したのは「ぶるぅ」です。キャプテンは「本の方だ」と答えると。
「机の一番下の引き出しにリボンのかかった箱があるから、それを運んで欲しいのだが」
「かみお~ん♪ これだね?」
はい、と「ぶるぅ」が宙に取り出したのはプレゼント用と一目で分かる平たい箱。かつての悪戯小僧はシャングリラの中だけという狭い世界から解き放たれてストレスが無くなったからなのでしょうか、すっかり良い子になっていました。大食いだけは未だに直る気配が無いですが…。でも、あの箱の正体は?
「ぶるぅ、ついでに中身も頼む。ブルーへのプレゼントなんだ、開けずにおきたい」
「中身だけ出すの? 簡単、簡単!」
ヒョイと「ぶるぅ」が差し出したものをキャプテンがフワリとソルジャーの上に…。それは桜の色をした柔らかな布。薄いのにふんわり暖かそうで、お昼寝のお供にピッタリです。丁度いいアイテムがあったものだ、と私たちは感心しながら再びワイワイガヤガヤと。それから優に半時間が経ち、ようやく目覚めたソルジャーは…。
「…あれ? こんなの被って寝てたっけ?」
見覚えが無い、と桜色の布を広げて首を傾げるソルジャーに、キャプテンが。
「桜からの贈り物ですよ、ブルー。…あなたなら何か分かりませんか?」
「えっ? 桜って…」
布を手にしたソルジャーの顔に、驚きの色が広がって。
「……桜だ……。アルテメシアにあった桜みたいだ、大きい……とても綺麗な桜が見える…」
「ああ、やっぱり…。どうぞ、あなたへのプレゼントです。中身だけ先に出てしまいましたが」
この箱に入っていたのですよ、と示された箱をソルジャーが開けると、出て来たものは一枚の紙。
「…桜染め?」
「桜の幹や皮を使って染めるのだそうです。工事のために伐られた木などが多いようですが、たまたまニュースを目にしまして…。長年親しまれていた有名な桜が枯れてしまったのを桜染めの形で蘇らせた、と。その桜がとても良く似ていたのですよ、あなたが好きだった桜の木に」
それで探して手に入れました、と微笑むキャプテン。
「何種類かの品物があったのですが、あなたはすぐにうたた寝なさいますしね。「お昼寝用にも」という謳い文句の大判のストールにしてみました。…如何ですか?」
「うん…。桜に抱かれているような気がする。あの桜の木に…」
桜色のストールにくるまったソルジャーは懐かしそうに遠い記憶に想いを馳せていましたけれど、キャプテンが細い身体を両腕で強く抱き締めて。
「…困りましたね、あなたを桜に譲るつもりは無いのですが…。それはあくまで「お昼寝用」です」
桜に抱かれるのはその時だけにして下さい、と真顔で言い切ったキャプテンの腕の中でソルジャーがクスクスと小さく笑いながら。
「お前は桜にも嫉妬するのかい? しかも自分で贈ったくせに…。じゃあ、今夜は三人で試してみる? ぼくと桜と、それからお前と」
新鮮で刺激的だよね、と瞳を悪戯っぽく輝かせるソルジャーと「あなたという人は…!」と呆れ顔をするキャプテンと。二人の間に桜が入り込む余地が無いことは誰の目から見ても明らかでした。ソルジャーとキャプテンは昔も今もバカップル。御馳走様としか言いようが…。

「「「バイト!?」」」
私たちの声が引っくり返ったのはストールが畳まれて箱の中へと戻された後。キャプテンがソルジャーに贈った桜染めのストールはお給料から買ったものではなかったのです。それを暴露したのは他ならぬ教頭先生で…。
「いや、どうも本人は話すつもりが無いようだしな…。せっかくの美談だ、話しておいた方がいいだろうと…。その方がきっとブルーも喜ぶ」
「ふうん? ぼくのハーレイが何をしたって? バイトだなんて」
興味津々のソルジャーは「あなたは御存知なくていいのです」と慌てるキャプテンを遮って。
「新婚生活ってヤツについては君の方がやたらと詳しいもんねえ、未婚のくせにさ。家具選びでもお世話になったし、その君が話しておきたいってことは聞く価値は充分あると見た。…ぼくたちの仲が深まるんだろう? 聞いておいたら」
「そういうことになりますね」
ソルジャー向けの言葉に切り替えた教頭先生の話によると、桜染めのニュースを知ったキャプテンはソルジャーのためにプレゼントを買いたいから、と仕事探しを依頼したのだそうです。
「お給料には余裕がある筈ですが、と申し上げても、それでは駄目だと…。なんでも、生まれてから一度も自分で稼いだことが無いので、ささやかなプレゼントが出来る程度のお金が欲しい…と」
「「「………」」」
言われてみればその通りでした。キャプテンは元の世界で成人検査と呼ばれるシステムに異端として弾き出された人。そのまま研究施設に送られ、人体実験を繰り返されて、研究施設のあった惑星ごと殲滅されそうになった所でソルジャーたちと脱出して。
それ以来、後にシャングリラとなる宇宙船の中だけで生きて来たのがキャプテンです。海賊たちの拠点にいたという時期も、場所が場所だけに働いて稼ぐ所ではなく、ましてシャングリラは閉じた世界で…。
「稼いだことが無い、と聞いた時には驚きましたが、確かに一般社会で通用する通貨を稼げる生活ではなかったようですし…。そして今の世界なら何か仕事が出来そうだ、と頼み込まれると断れませんね。ただ、おいでになってから時間があまり経っていませんので…」
普通の仕事は難しいと判断いたしました、と教頭先生。確かにキャプテンの外見年齢でバイトとなると、それなりの経験が要りそうです。皿洗いとかならいけるでしょうが、どう見ても高価そうだった桜染めのストールが買えるだけのお金をソルジャーに悟られずに短期間で稼ぐのは無理っぽいですし…。
「それじゃ、ハーレイはどうやってバイトしたんだい?」
ソルジャーの問いに、教頭先生は「奥の手ですよ」と微笑んで。
「私の手伝いをお願いしました。シャングリラ学園にはサイオンの力を借りて教職員間で仕事を助け合うシステムがあります。そこに登録して頂いて、私がやるべき仕事の一部を」
「「「えぇっ!?」」」
「お蔭様で年度末の忙しい時期に楽をさせて頂きましたよ、持ちつ持たれつとでも申しましょうか」
助かりました、と笑う教頭先生。キャプテンは自宅の書斎で専用の端末に送られてくるデータを処理していたようです。それならソルジャーにもバイトをしているのがバレませんから安心、安全というわけですが。
「ご本人が隠しておきたいというお気持ちも分からないではないのですが…。長い人生で初めてお稼ぎになったお金ですよ? 大いに語っておくべきだろう、と私は思うわけでして」
「…そうか……。ハーレイが生まれて初めて稼いだお金でプレゼントしてくれたんだ…」
そんなの夢にも思わなかった、とソルジャーは赤い瞳を瞬かせて。
「ぼくは人類側の施設に入り込んで研究員をやったりしてたから…。それにシャングリラで必要な物資は買って手に入れるものじゃなかったし、色々と感覚がズレてたかもね。この世界でも元ソルジャーってだけで食べていけるし、お金もきちんと入ってくるしさ。でもハーレイは違ったのか…」
普通の感覚を持ってたんだ、とソルジャーにまじまじと見詰められたキャプテンの顔は真っ赤でした。
「い、いえ、その…。け、決して大した話では…。た、たかがデータの処理でしたし…」
「でも、ぼくのために稼いでくれたんだろう? あのストールを買うためにさ。ぼくの好きだった桜にそっくりな桜の姿を見せてくれるために」
その気持ちだけで嬉しいんだよ、とソルジャーはキャプテンの首に抱きついて。
「ありがとう、あれは大切にする。昼寝する時に抱いてくれるのは桜だけじゃなくて、お前もだ。お前の想いが籠ってるんだよ、いつでも桜とお前と一緒に昼寝出来るよね、今日みたいに」
桜の季節が過ぎ去っても…、と綺麗な笑みを浮かべるソルジャーの昼寝のお供は桜とキャプテンになりそうです。一人でソファでうたた寝していても、キャプテンの温もりと満開の桜。好きでたまらないキャプテンと桜に守られて眠るソルジャーはきっと幸せに違いなくて…。

「流石だよねえ、教頭先生」
ダテに長生きしてないや、とジョミー君が感心しているのは会長さんの家のリビング。お花見は終わり、教頭先生やソルジャーたちは自分の家に帰りました。私たちは夕食の後で夜桜を見にアルテメシア公園へ繰り出す予定になっています。
「ハーレイの場合は年の功とは言えないね。あれこれ妄想しまくった果てに無駄に頭が良く回るんだよ、色恋ってヤツに関しては…さ。その割にサッパリ役立たないけど」
自分のヘタレが直らないから、とバッサリ切り捨てる会長さん。
「今日だってそうだろ、ブルーたちの絆が深まっただけ! 自分はダブルデートの罠に嵌まって豪華弁当を十五人前で終わっちゃったし…。もう馬鹿としか言いようがない。お花見はこれでお開きだ、って宣言したらアッサリ帰るし、間抜け以外の何なんだ、とね」
デートというものは夜が本番、と会長さんがブチ上げていたのが正しかったと証明されたのは夜桜見物からの帰り路。露店巡りなどもしている間にすっかり遅くなってしまって、会長さんの家に泊めて貰おうとマンションまで戻って来たのですが…。
「かみお~ん♪ お庭の桜も見てから帰る?」
「そうだね、月が明るいから綺麗そうだ」
見て行こうか、と庭の方へと回りかかった会長さんの足がピタリと止まって。
「…ダメだ、先客が約二名」
「「「先客?」」」
「ブルーとハーレイが来ているんだよ」
「なんだ、だったら…」
問題ないじゃないか、とキース君が言ったのですけど、会長さんは。
「…そりゃね、問題が無いと言ったら問題は無い。向こうはシールドを張っているから君たちの力じゃ見えないし」
「「「シールド?」」」
「ブルーは桜染めが気に入ったらしいね、サイオンでコーティングしたようだ。これで長持ち、もちろん丈夫で汚れもしない。だからと言ってまさかやるとは思わなかった…」
よりにもよってその日の内に、と額を押さえる会長さんが何を見たのかは分かりません。ソルジャーとキャプテンが桜の下にいるのは確かなようですが…。とにかくデートは夜が本番ということだけは本当です。私たちも「ぶるぅ」も抜きで、二人仲良く熱々で。
「桜も入れて三人だって? まったく、もう…。塩を撒いてやりたい気分だけれど、塩を撒いたら桜が枯れるし…」
ブツブツと文句を言い続けている会長さんの思考が珍しく零れていました。ソルジャーが桜の精を気取っているとか、ストールは素肌に纏うものではないとか、いったいどういう意味なんでしょう? ジョミー君たちも頻りに首を捻っていますが、答えは誰にも掴めなくって…。
その夜、桜を見下ろせる方の窓から庭を見るのは禁止だと言われ、私たちは激しくブーイング。どうせソルジャーたちのデートは見えやしない、と反論しても無駄でした。たかがデートで夜桜を断念、なんとも迷惑な話です。でもソルジャーに文句をつける勇気のある人はいませんし…。残念無念で泣いておきます~!



              桜の木の下で・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 後日談 『桜の木の下で』 は、ソルジャーとキャプテンの幸せな日常を書かせて
 頂きました。完結編よりも後のお話はこれが最後だと思います。
 まだまだ続きそうな感じの結びは「こんな調子でいつまでも…」という気持ちです。
 次回は余談として「そるじゃぁ・ぶるぅ」と土鍋のお話を1話。
 シャングリラ学園はそこまでで一区切り、以後は月イチ更新になります。
 季節の流れも時系列も関係なしに、思い付くまま、気の向くまま。
 夏真っ盛りに冬のお話とか、その逆もあるかもしれません。
 読み切り形式で書いてゆきますから、お馴染みの全3話形式は無くなります。
 「毎月第3月曜」 更新で参りますので、どうぞ御贔屓にv
 場外編の方は引き続き 「毎日更新」 ですから、よろしくお願いいたします。
 ←場外編「シャングリラ学園生徒会室」は、こちらからv







Copyright ©  -- シャン学アーカイブ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]