シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
今年のお花見は例年以上に賑やかなことになりました。春が来るのが遅かったため、桜の見頃がソルジャーの世界とズレたのです。ソルジャーは桜の花が大好きとあって、私たちの世界でもお花見するのだと言い出して…。
「凄かったねえ、アルテメシア公園の夜桜! ぼくの世界じゃ、あそこまで派手に出来ないし…」
桜の木だって一本しか無いし、と私服のソルジャーが御機嫌で喋っているのは会長さんの家のリビング。ソルジャーの隣には同じく私服のキャプテンが腰掛け、ゆったりとお茶を啜っています。今日は土曜で学校はお休み、私たちはソルジャーたちと一緒にお花見に繰り出したのでした。
「こっちの桜は見ごたえがあるよ、公園どころか山ごとまるっと桜だとかさ。桜のお菓子も沢山食べたし、もう最高に幸せで…」
「ブルー、タコ焼きは要らないのですか?」
キャプテンが指差す先には夜店で買ってきたタコ焼きが。ソルジャーはもちろん「食べる!」と答え、キャプテンが早速、つまようじで一個プスリと刺して。
「どうぞ」
「…ん……。桜もいいけど、タコ焼きもいいね」
幸せそうに頬張るソルジャーに、キャプテンが二つ目のタコ焼きを差し出し、ソルジャーからもお返しが。ああ、またしても始まりましたよ、バカップル…。会長さんがそれを横目で見ながら。
「ふふ、ハーレイには目の毒かな? ぼくは絶対してあげないしね」
「う、うむ…。お幸せならばそれでいいのだが、やはり見ていて物悲しいな…」
ガックリと項垂れているのは言わずと知れた教頭先生。昼間のお花見は「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製のお弁当を持ってのお出掛けでしたから、荷物運び要員として招集されてしまわれたのです。会長さんとのお花見とあって二つ返事でついて来られたわけですけれど、そこには余計なバカップルまで。
「はい、あ~ん♪」
「お好み焼きもありますよ、ブルー」
仲睦まじく食べさせ合いをしている二人は「ぶるぅ」すらも放置でした。もっとも「ぶるぅ」は食べ物さえあれば満足ですから、夜店で買ったフランクフルトやら串カツやらをガツガツと。同じ姿形の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は冷めかけたヤツをお皿に移してレンジで温めたり、お茶を淹れたり…。
「かみお~ん♪ お花見、楽しかったね! 来年もみんなで行きたいな♪」
「そうだね、ハーレイが黄昏れるのを見るのも楽しいし…。ブルーたちはホントに仲がいいから」
結婚するまでは波乱万丈だったのに、と会長さんが笑えば、ソルジャーがクスッと笑みを零して。
「もうハーレイはぼくだけのものだし、ぼくもハーレイだけのもの! わざわざ愛情を確かめなくてもバッチリ絆があるんだからさ、これ以上、何を求めると? せいぜい夜のバリエーションかな」
「その先、禁止!」
余計なことを口にするな、と予防線を張った会長さんに、ソルジャーは。
「分かってるってば。ぼくのハーレイもシャイだからねえ、ハーレイの前でその手の話をする気は無いさ。…だけど結婚っていうのはいいよ? 君もハーレイと結婚すれば満たされた生活が出来ると思うな」
「なんでぼくが! 大体、思い込みだけで突っ走るような妄想男に愛情なんかがあるわけないだろ!」
ハーレイが夢見ているのは理想の結婚生活のみ、と会長さん。
「ぼくに色々と世話してもらって、おまけに身体も欲しいというのがハーレイなんだよ。結婚したら家事全般をぼくにやらせて、自分はゴロゴロしてるだけ…ってね」
「それは違う!」
教頭先生が血相を変えて割って入りましたが、会長さんは。
「何処が違うのさ、そのとおりだろ? 君の夢って、家に帰ったらぼくがエプロン姿で迎えて食事かお風呂かって訊くヤツじゃないか。ぼくは毎日、君が中心の生活を送る羽目になるわけ」
「そ、それは…。それは私の勝手な夢で、お前がそれを嫌がるのならば、家事は私が全部やる!」
一つ屋根の下で暮らせるだけで充分なのだ、と教頭先生は頬を赤らめておられます。
「お前が嫁に来てくれるのなら、家事が二倍に増えても構わん。もちろん、ぶるぅの面倒も見る。ぶるぅに家事をさせようなどとは思わないから、よく考えて返事をくれれば…」
「どさくさに紛れてプロポーズって? そういう所も気に入らないんだ、ぼくへの愛が感じられないし!」
もっと相手を思いやれ、と会長さんに言い返されてズーンと落ち込む教頭先生。めり込んでいる人がいる状態ではバカップルも調子が出ないらしくて、「あ~ん♪」の代わりにお茶を飲みつつ、何やら二人で話しています。それでも二人の世界ですから、教頭先生にはお気の毒としか…。
教頭先生の方をチラチラ見ながら話し込んでいたバカップル。やがて二人で頷き合うと、私たちの方に向き直りました。口を開いたのはソルジャーです。
「…ハーレイの愛情なんだけどさ。あ、ぼくのハーレイじゃなくて、こっちのだよ? ブルーへの愛があるのかどうか、確かめる方法が無いこともない」
「………。どうせ、いかがわしい方法だろう?」
不機嫌全開な会長さんの問いに、ソルジャーは首を左右に振って。
「ううん、全然。君は結果を確かめるだけで、頑張るのはひたすらハーレイなんだ」
「最悪じゃないか! それに鍛えても無駄だと思うよ、ヘタレは治らないからね。治ったとしても、ぼくは付き合うつもりはないし」
そっち方面の趣味は全く無い、と会長さんがキッパリ言い切り、ソルジャーが深い溜息を。
「…ヌカロクとかじゃないってば。ハーレイが頑張ることになるのは園芸だよ」
「「「演芸?」」」
なんのこっちゃ、と目を丸くする私たち。教頭先生、口説き文句を言う練習でもするのでしょうか? 愛情をこめて愛の言葉を語るにしたって、それを練習していたとなればお芝居の台詞と変わりません。会長さんに笑い飛ばされるか、大根役者と罵られて終わりっぽいですが…。
「無駄だね、芝居っ気たっぷりの愛の告白なんてお笑いだよ」
努力するだけ無理、無茶、無駄、と会長さんが突っぱねましたが、ソルジャーは。
「違う、違う、それはエンゲイ違い! 君のハーレイにオススメなのは同じエンゲイでも農業の方」
「「「は?」」」
「育てるんだよ、ブルーへの愛で」
愛をこめるのが重要なのだ、とソルジャーが突き出した手のひらの上にフワリと青い光が灯って、それが消えると一粒の種が。
「これはね、ぼくがサイオン研究所から持って帰った植物の種。ハーレイに育てさせたんだけども、その後、シャングリラに住んでる恋人たちの間で密かなブームになったわけ」
「「「???」」」
「育てる人のサイオンを吸収するんだ、この植物は。…そして花をつけ、実を結ぶ。どんな実がなるかは愛情次第というだけあって、ついた名前が『情熱の果実の樹』なんだよ」
一大ブームを巻き起こしたという小さな種をソルジャーはテーブルに置きました。
「こっちのハーレイにブルーへの愛があるなら、ちゃんと実がなる筈なんだ。ブルーを想って毎日世話さえしていれば…ね。どう、ハーレイ? 挑戦するなら種をあげるよ」
「…で、ですが…。そのぅ、それはあなたの世界のもので…」
しどろもどろな教頭先生にソルジャーはパチンとウインクして。
「こっちの世界への影響だったら無問題! この木は自家受粉で実を付ける上、日光も必須じゃないからね。そこそこの明るさがある部屋なら充分育つし、その性質上、育てる人の寝室なんかが最適な環境ってヤツなのさ。君の寝室に閉じ込めておけば生態系には影響ないだろ?」
「…は、はあ……」
「どうする、これを育ててみる? それとも結果が怖いかな? 来月には分かってしまうもんねえ…」
これは成長が早いんだ、と指先で種をつつくソルジャー。
「一ヶ月ほどで大きく育って花が咲くんだ。今から植えれば来月の末頃に実がなる勘定。それまでに枯れてしまえば愛情云々以前の話だし、花も実もなければブルーへの愛があるかどうかが怪しいよね」
愛しているのは身体だけかも、と言われた教頭先生は真っ青になり、思い切り腰が引けています。種の栽培に失敗したなら会長さんへの愛情はゼロで、成功したって花や実が無ければ疑われるというわけで…。
「…お、お気持ちは有難いのですが、やはり環境のことを考えますと…。私の寝室も完全に密閉された空間というわけではないですし…。万一、こちらの世界の動植物と接触したら、と…」
やめておいた方が良さそうです、と断った教頭先生の横からスッと出たのは会長さんの白い手でした。
「ふうん…。ハーレイのぼくへの愛が分かるって? 面白いじゃないか、協力しよう。ぼくのサイオンでハーレイの寝室をシールドしておけば生態系への問題は無い。…ぼくのシールドが張られていたって、中で育てる種の方には特に影響しないんだよね?」
会長さんに視線を向けられたソルジャーはコクリと頷いて。
「うん、その点は大丈夫。ぼくのシャングリラは常にぼくのサイオンが張り巡らされた状態だ。そこで色々な姿に育ってくれた種だからねえ、育てる人のサイオンだけに反応するのは間違いないよ」
「了解。…じゃ、そういうことで、今夜から早速育てたまえ」
種を摘み上げた会長さんが教頭先生の褐色の手のひらにそれを押し付け、ニッコリ微笑んでみせました。
「…君の愛情が本物かどうか、これが教えてくれるってさ。枯らすのも良し、最初から植えずに逃げるのも良し。…愛があるなら育てられると思うんだけれど、どうするんだい?」
「…そ、育て方が…。み、水やりなどのやり方が……」
学校の方もありますし、と必死に逃げを打つ教頭先生に向かって、ソルジャーが。
「ああ、その点は心配無用だよ。ぼくのハーレイもキャプテンの仕事で多忙だからねえ、部屋に戻れるのは夜だけくらいなものだったけれど無事に育った。そうだよね、ハーレイ?」
「ええ。…先輩として一つアドバイスするなら、鉢でしょうか。最終的には持ち上げるのも一苦労というほどの木になりますから、大きめの鉢を御用意下さい」
愛さえあれば大丈夫ですよ、とキャプテンに太鼓判を押された教頭先生は完全に退路を断たれました。楽しげに笑う会長さんと、愛と余裕に満ち溢れているソルジャー夫妻と。もはや否とは言えません。お花見転じて園芸家への道、頑張って進んで下さいとしか…。
教頭先生が『情熱の果実の樹』とやらの種を押し付けられて以来、頻繁に顔を見せるようになったのがソルジャー。忙しいから今日はお茶だけ、などと言いつつ放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を訪れ、週末に会長さんの家にお邪魔していればヒョイと現れ…。
「今の所は愛情は足りているみたいだねえ?」
スクスク育っているじゃないか、とソルジャーがアプリコットのタルトを口に運びながら教頭先生の家の方角を眺めているのは二週間が経った日曜日のこと。
「発芽した時点でブルーへの愛があるのは間違いないんだ。ハーレイも大喜びで世話をしてるし、このままで行けばまず枯れない」
「……迷惑な……」
既に勘違いMAXなんだ、と会長さんは顔を顰めました。
「ぼくへの愛を試されるんだから、ハーレイはもう必死なんだよ。植物は愛情をこめて育てれば綺麗な花が咲くらしい、なんて情報をヒルマンから仕入れてきたから大変で…。毎日せっせと話しかけてる」
「それはそれは。…ぼくのハーレイが育ててた時も同じだったよ、音楽を聴かせたりもしていたねえ」
「…それもやってる。おまけにぼくへの愛が大切だからね、ぼくの写真にキスする回数が激増した上に抱き枕もしっかり抱いてるんだけど!」
思い出しただけで寒気がする、と肩を竦める会長さんに、ソルジャーは。
「君だって乗り気だったじゃないか。面白そうだって言ってたし」
「………失敗すると思ってたんだよ、もっとデリケートな植物なんだと信じてたから」
あんな愛情でも育つだなんて騙された、と会長さんは不快そうですが、ソルジャーの方はニコニコと。
「分かってないのは君の方だよ。ハーレイの愛は本物だってば、多少暴走しているだけでね。…だから確実に花が咲くだろうし、君への熱い想いを秘めた美味しい実がなると思うんだけど」
「……嬉しくない……」
「そう言わずにさ。あっ、そういえば実の話ってしてたっけ?」
今日のおやつは狙ってるけど、と尋ねられて顔を見合わせる私たち。情熱の果実の樹に実がなる話は聞いていますが、そのことでしょうか? でも、狙ってるって、どの辺が…?
「やっぱり話していなかったよね? それじゃホントに偶然なんだ…」
美味しいけれど、とソルジャーはお代わり用のタルトが載った大皿を指差して。
「あの種はね、とても小さいヤツだったけれど、一ヶ月ちょっとで実がなるという成長の速さが示すとおりに色々と掟破りなんだよ。どうやら基本はアプリコットらしい」
「「「えっ?」」」
「でなきゃプラムか、そういうモノ。バラ科サクラ属の植物を土台に作った植物なんだと思う。…なにしろ花が桜に似てるし、実だってアプリコットやプラムにそっくり。…まあ、その辺は育てた人間の個性が出るけど」
花の色とか実の色とかに、と微笑むソルジャーのためにキャプテンが育てた時には桜そっくりの花が咲いたそうです。桜といえばソルジャーが一番好きな花じゃないですか!
「うん。あれはホントに嬉しかったな、ハーレイが桜っぽい花を咲かせてくれたわけだし…。ただ、如何せん、研究所が作った植物だ。先に葉っぱが茂っちゃってて、桜っぽさは殆ど無かったね」
そこが残念な所なんだ、と語りながらもソルジャーはとても嬉しそうで。
「でもって実の色はサクランボみたいに艶やかな赤! ぼくへの愛なら青じゃないかとも思ったけれど、ハーレイが好きなのはサイオンの色よりも瞳らしいんだ。ほらね、この色」
これを映した実だったんだよ、とソルジャーが示したものは自分自身の赤い瞳で、私たちは御馳走様としか言いようがありませんでした。バカップルになって結婚する前からキャプテンの愛情は溢れまくっていたようです。だったら教頭先生も…?
「そうだねえ、こっちのハーレイが育ててる木も赤い実をつけることになるんじゃないかな? ブルーに贈ろうと買った指輪がルビーなんだし、瞳の色にも惚れ込んでるよ」
「……迷惑すぎる……」
そんな木の実は見たくない、と会長さんは呻いていますが、恐らく時間の問題でしょう。教頭先生が愛情をこめてお世話している情熱の果実の樹は只今順調に成育中。育てる前こそ恐れていた教頭先生も今となっては「元気に育てよ」と燃えているのは確実で。
「いいじゃないか、君に対するハーレイの愛が形になるっていうのはさ。実がなったら食べてみるといい。ハーレイの愛で甘く熟した赤い実を食べれば、君の胸にもハーレイへの愛が芽生えるかも…」
「お断りだよ!」
そんな毒リンゴは絶対嫌だ、と叫ぶ会長さんの頭にあるのは『白雪姫』が食べた毒リンゴ。そこまで酷くはないんじゃないかと思いますけど、食べたくない気持ちも分からないではありません。私たちだって御相伴する気は無いですし…。
「なんだ、食べてあげようとも思わないわけ? せっかくの愛の証で結晶なのに」
分からないねえ、と頭を振り振り、ソルジャーは姿を消しました。会長さんはアプリコットのタルトへの食欲が失せたらしくて、お代わり用が一切れ余る結果に。えっ、そのタルトはどうなったかって? 情熱の果実とは無関係な私たちがジャンケンしました、当然です~!
会長さんへの愛が足りなくて花も実もつかずに終わるのでは…、と心配していた教頭先生。けれど寝室の窓辺に置かれた鉢の植物はついに蕾をつけ、それに気付いた教頭先生は万歳三唱したのだとか。一方、会長さんは覗き見をする気にもなれないそうで…。
「えっ、今日も覗いていないのかい?」
綺麗な花が咲いたのに、と呆れ顔なのは例によって遊びに来たソルジャー。放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に顔を出す前に教頭先生の家に寄り、情熱の果実の樹を見て来たのです。
「あの花は君のイメージなのかな、それともハーレイの願望が入っているのかな? 桜と言うより桃の花に近いね、ピンクの色が濃いんだよ」
「…ハーレイの妄想の色だと思うな。ピンクというのはそういうイメージ。この世界じゃピンク映画って言うんだ」
口にしてからハッと息を飲み、「今のは無し!」と大慌てする会長さん。ピンク映画って何なんでしょう? ジョミー君たちと騒いでいると、キース君が。
「俺たちにはチケットが買えない映画だ。そのくらいのことは知っているさ」
これでも大学は出たんだからな、と教えてもらって納得です。なるほど、十八歳未満お断りの映画のことですね。でも……教頭先生が咲かせた花は本当にそんな映画のイメージ?
「違うんじゃないかと思うけどねえ…」
あれはハーレイの乙女趣味だろ、とソルジャーも異を唱え始めました。
「乙女って言うとアレだけれども、日頃から夢を見てるじゃないか。君との新婚生活はレースたっぷり、フリルたっぷりの薔薇色だよ? そういう気持ちが溢れ出た結果が桜よりも濃いめの色じゃないかと…」
「だったら薔薇色でいいだろう!」
思い切り深紅に咲かせればいい、と主張している会長さんにソルジャーは。
「…それが出来ればハーレイじゃないよ。深紅の薔薇色に咲かせたい所を恥じらった結果があれだってば」
「恥じらいだって!?」
おえぇっ、と胃袋が引っくり返りそうな声を上げ、会長さんはゲンナリとソファに…。
「まったく、なんてことを言ってくれるのさ…。あのハーレイが恥じらうかい? 毎晩ぼくの写真をオカズに妄想爆発、抱き枕を相手にサカッてるくせに」
「君を前にするとサカれないだろ、そこが恥じらい。…愛情の深さは証明されつつあるんだからさ、嫁に行けとまではまだ言わないから、婚約だけでも…。でもって少しずつ愛を深めれば、いつかは応えようって気にもなる。それがオススメ」
「嫌だってば!」
ぼくと君とは違うんだ、と怒鳴りつける会長さんの声はソルジャーには全く届いておらず。
「…こっちのハーレイに種をプレゼントした甲斐があったなぁ、ブルーへの愛が形になる日も遠くはないよ。赤くて瑞々しい実がついた時には盛大にお祝いしなくちゃね」
ブルーの家に鉢を運ぼう、とソルジャーはやる気満々でした。
「リビングの真ん中に鉢を据えてさ、みんなでシャンパンを開けて乾杯! ブルーとハーレイの前途を祝してパーティーなんかはどうだろう?」
「かみお~ん♪ パーティー、楽しそうだね!」
何も分かっていない「そるじゃぁ・ぶるぅ」はパーティーという単語にだけ反応しちゃったみたいです。そこをソルジャーが上手く丸め込み、実が熟しそうな今週末がパーティーの日に決定しました。花が咲いてから一週間も経たない内に実が熟すなんて、聞いていたとおりに掟破りな植物ですねえ…。
情熱の果実の樹が教頭先生の愛で見事な実をつけ、会長さんの家のリビングに瞬間移動で運び込まれたのは土曜日の昼前のことでした。サイオンを使ったのは無論、ソルジャー。その傍らにはキャプテンが立ち、鉢よりも先に到着していた教頭先生に笑顔を向けて。
「素晴らしい木をお育てになられましたね。…ブルーから毎日聞いていましたが、これほどとは…。私が育てた木より見事かもしれません」
「あ、ありがとうございます…」
頑張った甲斐がありました、と頬を染めた教頭先生の視線の先には仏頂面の会長さん。たわわに実った赤い果実に目を向けもせず、反対側の壁を睨み付けています。
「…ブルー、私はお前だけを想って頑張ったのだが…。見てくれないのか?」
「迷惑なんだよ、そんな形にされたって! 愛してます、って押し付けられても嬉しくないし!」
秘すれば花って言うだろう、と会長さんは唇を尖らせて。
「本当にぼくを想っているなら、結婚しようとか愛しているとか、言わないものだと思うけど? ぼくは何度も断ってるんだ、そっと陰から見守ってるのが本物の愛じゃないのかな?」
こんなのは愛情の押し付けなんだ、と糾弾された教頭先生は「悪かった…」と肩を落として。
「すまない、ブルー…。お前への愛を証明できる、と思った私が馬鹿だったのだな…。実が熟したらお前に贈ろうと、贈って愛を告白しようと楽しみに育てていたのだが…」
申し訳ない、と教頭先生が深く頭を下げた時です。
「「「あっ!?」」」
艶々と輝いていた赤い果実の表面がひび割れ、ピシピシと細かく割れ始めました。愛情で育った情熱の果実は教頭先生の心のヒビに耐えられなかったというのでしょうか?
「わ、割れちゃった…」
壊れちゃうの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が泣きそうな声を上げたのですけど、真っ赤なプラムだかアプリコットだかはライチのような皮に変化しただけで砕け散ったりはしませんでした。それどころか…。
「「「えぇっ!?」」」
わしゃわしゃ、もしゃもしゃ。細かくひび割れた表皮から無数の毛が生え、四方八方に伸びて広がりまくって。
「……おい。これはランブータンだったのか?」
キース君の指摘が果実の現状を示しています。ぷるん、コロンと実っていた幾つもの実は今や毛だらけのランブータンと化し、見る影も無い状態に…。
「「「………」」」
何が起こったのかと鉢を見詰める私たちの沈黙を破ったのは会長さんで。
「…ハーレイ、これが君の本音で本性なんだ…?」
有り得ないよね、と冷ややかな瞳がランブータンもどきを蔑むように見ています。
「こんなに見事に実りました、って綺麗な外面を見せていたって、中身は毛だらけのケダモノってわけだ。ぼくへの愛情云々以前に、その先にある結婚生活だけを夢見て生きてるわけだね、要するに…?」
「ち、違う! わ、私はそんなつもりでは…!」
顔面蒼白の教頭先生が泣けど叫べど、艶やかな果実がランブータンもどきに変身したのは誰もが目撃した事実。会長さんは怒り狂って教頭先生を家から蹴り出し、ガチャリと鍵を掛けてしまいました。えっと、パーティーはどうなるんでしょう? お祝いの料理とシャンパンとかは…?
泣きの涙で玄関の扉を叩き続けていた教頭先生が諦めてションボリとエレベーターに乗り、駐車場から愛車で走り去るのを窓から見届けた会長さん。フンと鼻を鳴らし、怒り心頭の形相で。
「この鉢、割っていいのかな? それとも君が持ち帰って処分してくれるのかな?」
君の世界の植物だもんね、と会長さんに鉢と交互に見比べられたソルジャーは。
「…どっちでもいいけど、君は誤解をしているよ。ねえ、ハーレイ?」
「そうですね…。あなたが何も仰らないので、私も黙っていましたが…」
このままというのはどうなのでしょう、と眉間の皺を深くしたキャプテンに、会長さんが怪訝そうに。
「…何のことだい?」
「これですよ」
この実なんです、とキャプテンはランブータンもどきに手を触れて。
「最初からこの状態という実は幾つか見ました。こうなる前のひび割れた形も知っています。…どちらも良くあるパターンでしたね、私たちの船にいる恋人たちには」
「「「は?」」」
そんなにケダモノな人が多いのだろうか、と誰もが思ったのですが、キャプテンは。
「一気に二段階にも変化した実は初めてですよ。…恐らく最初は自信に溢れておいでになったと思われますが、迷惑だの何だのと罵られたためにナーバスになってしまわれたかと…。このタイプの実が出来るのはシャイな性格の人に多いんです」
「シャイだって!?」
ケダモノじゃないか、と会長さんが反論すれば、ソルジャーが。
「それが嘘ではないんだよ。…誤解してると言っただろう? ライチみたいにヒビ割れた皮はね、ライチの皮並みに固いんだ。愛情に溢れているけど、この愛情の実を食べて下さいって言える自信の無い内気なミュウだとアレになるわけ」
傷つかないための心の鎧かな、と言われてみればライチの皮は固いです。剥けばツルリと剥ける辺りが余計に心の鎧っぽい感じ。ソルジャー曰く、ライチタイプの果実の色は赤とは限らないそうですけども。
「それこそサイオンの色から本人の好み、あれこれと関係するからね。…でもって今のこの状態。毛だらけなのはケダモノじゃなくて心を隠すための蓑なんだよ。失敗したらどうしよう、愛情が通じなかったらどうしよう、って後ろ向きな気持ちが実を覆っちゃうとコレになるのさ」
「…それじゃハーレイは、ケダモノじゃなくて……」
「むしろ、その逆。君への愛はたっぷりだけど、その愛を君に受け取ってくれとか、押し付けたいとか、そういう気持ちは無いんだろう。…この木をせっせと育ててる間に勇気が出てきて普通の赤い実が出来たけど……本音はこっちの方だと思うよ、劇的に変化しちゃったからねえ」
可哀想に、とソルジャーが呟けば、キャプテンも。
「ええ、お気の毒なことをしました。愛情を確かめて貰うどころか、真逆になったようですし…。けれど誤解が解けたからには、少しは前進出来そうですね」
「却下!」
それとこれとは別物だ、と会長さんは突き放すように。
「ハーレイが逃げて帰った所が後ろめたさの証明だ。本当にケダモノっぽさが欠片も無いなら、普通にしてればいいだろう? なのに泣いたり許しを乞うのが汚れた心がある証拠。心当たりの一つや二つはあったってことさ、ケダモノのね」
ぼくにとっては大迷惑なケダモノ男、と会長さんは全く容赦しませんでした。教頭先生、会長さんへの思いの丈を素直に果実に反映し過ぎてドツボにはまったみたいです。ランブータンもどきに変化させなければ、ケダモノとまでは言われずに済んだと思うのですが…。
「とにかく、この木は処分して。パーティーは処分の打ち上げにするから」
会長さんの冷たい口調に、ソルジャーが渋々といった風情で。
「…仕方ないねえ、それじゃ向こうに送っておくよ。ハーレイ、それでかまわないよね?」
「もちろんです」
キャプテンが頷き、ランブータンもどきが実った情熱の果実の樹は鉢ごとソルジャーの世界の青の間へ送られてしまいました。その後は賑やかなパーティーが始まり、どんちゃん騒ぎだったのですけど。
「媚薬だって!?」
会長さんの悲鳴がリビングを貫いたのはお開きになる少し前。ソルジャーがキャプテンと手を握り合ってニッコリと…。
「そう、媚薬。情熱の果実の樹の実はね、贈り合った当人同士で食べれば普通に美味しい果物なんだ。…でもって無関係な恋人同士の二人に贈れば最強の媚薬になるらしい。流行ってた頃にそういう噂があったんだけど、残念ながら試す機会が無くて…」
なにしろ貴重な実なんだから、と話すソルジャーは他のミュウたちが育てた木の実を失敬しなかったみたいです。ソルジャーならではの自制心の賜物と言うべきでしょうか。
「だからね、君のハーレイが愛情こめて育て上げた木の実で楽しませて貰うよ、君も要らないって言ってたし…。ねえ、ハーレイ?」
「ええ、本当に効くか楽しみですね」
特別休暇を取りましょう、と濃厚なキスをしながらバカップルは消え失せ、残された会長さんが返せ戻せと叫んでいますが、情熱の果実の樹は二度と戻って来ませんでした。教頭先生の愛が育てたランブータン。会長さんに美味しく食べてもらいたかったと思うんですけど、報われないのはお約束かな…?
情熱の木の実・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
今回のお話、 『情熱の木の実』 には実は元ネタがあったりします。
アルト様がハレブル無料配布本用に書かれた 『情熱の果実』 が元ネタです。
作中に出てくる 『情熱の果実の樹』 の性質を更に大きく膨らませてみました。
無料配布本をお持ちでしたら、ニヤリと笑って下さいです。
お持ちでない方は「アルト様からの頂き物」のコーナーへどうぞ。
以前、頂いたテキストが見つかりましたので掲載させて頂きましたv
アルト様、ありがとうございます~!
元ネタになったお話は、こちら→『情熱の果実』
そして来月はアニテラでのソルジャー・ブルーの祥月命日、7月28日が巡って来ます。
ハレブルな生存EDを昨年に書き上げましたし、もう追悼の必要は無い…のですが…。
節目ということで、7月は 「第1&第3月曜」 の月2更新にさせて頂きます。
次回は 「第1月曜」 7月1日の更新となります、よろしくお願いいたします。
更に7月28日には 『ハレブル別館』 の方に短編をUPする予定でございます。
「ここのブルーは生きて青い地球に行けたんだっけ」と再確認して頂ければ幸いです。
毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませv
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、今月はホタル狩りにお出掛けするようです。ホタル、捕れるかな?
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
生徒会室の過去ログ置き場も設置しました。1ヶ月分ずつ順を追って纏めてあります。
1ヵ月で1話が基本ですので、「毎日なんて読めない!」という方はどうぞですv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
今や夏休みの恒例行事となったマツカ君の家の別荘への旅。海の別荘の方はソルジャーとキャプテン、「ぶるぅ」が一緒にくっついてくるのがお約束です。今年もしっかりそのパターン。出発を明後日に控え、今頃、ソルジャーとキャプテンは向こうの世界で大車輪で仕事を片付けている筈ですが…。
「ブルーもホントに頑張るよねえ…」
今年も来るとは、と会長さんが苦笑しています。
「たまには欠席すればいいのに、一度も欠席しないんだものね」
「そりゃそうだろう。今となっては来ないわけがない」
キース君がアイスコーヒーを一口飲んで。
「海の別荘はあいつらが結婚した場所なんだぜ? 結婚記念日と重ねたいから、と日付指定までしやがるじゃないか」
「それも迷惑な話だけどね…。まあ、一緒に祝えと押し付けられるわけじゃないからいいけどさ」
勝手にイチャイチャしてるだけだし、と会長さんが言うだけあってソルジャーとキャプテンは今もバカップルです。明後日からもベタベタやるのでしょうけど、目の毒な旅にももう慣れました。適当にスルーしておくべし、と私たちは会長さんの家のリビングを舞台に今年も誓っているわけで。
「そうそう、スルーするのが一番! …出来ないのが若干一名いるけど」
会長さんの言葉に、シロエ君が。
「教頭先生は仕方ないですよ…。今年もおいでになるんですよね?」
「ハーレイも海の別荘行きを毎年楽しみにしているからね。あそこで色々あったというのに、ぼくと一緒に旅行ってだけで食いついてくるのが笑えるよ」
本当によくも懲りないものだ、と会長さんが数えているのは教頭先生が海の別荘でかいた恥の数々。会長さんやらソルジャーやらの悪戯に引っ掛かった挙句に両手の指では足りないほどです。
「他にも忘れているヤツがあるかもね。あ、忘れるで思い出した。…ぶるぅ、改装はいつからだっけ?」
「えーっと…。確か来週だったかなぁ?」
「それはマズイな、忘れそうだ。…悪いけど、明日にでも行って来てくれる?」
「かみお~ん♪ 今から行って来る!」
お昼の支度は出来ているから、と言うなり「そるじゃぁ・ぶるぅ」は瞬間移動で消え失せました。えっと、行くっていったい何処へ…? 私たちの視線を一身に浴びた会長さんは。
「デパートだよ。いつもの売り場が改装で閉まっちゃうらしいんだよね。移転して営業するとは聞いているけど、売れ筋じゃないものは扱わないかもしれないし…」
「ああ、売り場面積が縮小するならそういうこともあるかもな」
在庫を置く場所が狭くなるから、とキース君が頷いています。会長さんが押さえておきたい品物というのは何なのだろう、と思いましたが、フィシスさんへのプレゼントとかなら聞くのは野暮。他のみんなも同じ考えに至ったようで、誰も追求しない間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がヒョイと戻って。
「買ってきたよ、いつもの紅白縞!」
「「「紅白縞!?」」」
それだったのか、と頭を抱える私たちの横で会長さんが包装された箱を受け取っています。青月印の紅白縞のトランクスを五枚。会長さんは新学期を迎える度にこの悪趣味な贈り物の箱を教頭室に届けるのでした。確かに紅白縞のトランクスなぞは売れ筋だとは思えません。
「……それを買う客は少ないだろうな……」
あんたくらいのものじゃないか、とキース君が疲れた口調で言えば、会長さんは。
「ハーレイも買っているだろう? ぼくが贈るのはとっておきのヤツで、普段用に自分でね。だけど他にも売れてるかどうか、そこはホントに謎だってば。取り寄せになっちゃった事もあるんだ。だから改装となれば早めに確保しておかないと」
これで二学期が来ても安心、と会長さんがポンと箱を叩いた所へ。
「そんなにレアなものだったのかい?」
不意に空間がユラリと揺れて、紫のマントが翻りました。ソルジャーは明後日からの旅に備えて忙しくしている筈だというのに、何故にいきなり来るんですか~!
「悪いね、御馳走になっちゃって」
狙ってたわけじゃないんだけれど、と口にするソルジャーに会長さんが深い溜息。
「どうなんだか…。おやつの時間と食事の時間は出現率が高いよね」
「美味しそうなモノを見ちゃうと、つい…ね。だけど今回は違うってば。でも美味しいや、これ」
ソルジャーが褒めているのは野菜たっぷりのトムヤムラーメン。スパイシーなトムヤムクンのスープがラーメンをグンと引き立てています。
「要するに食べに来たんだろう? やるべき仕事はどうなったわけ?」
「それはハーレイに押し付けて来た。だって紅白縞が気になるじゃないか、売れ筋じゃないって聞いちゃうとさ」
「売れ筋だと思っていたのかい!?」
「…そこそこ定番商品かなあ、って…」
いつも贈っているんだから、と答えたソルジャーに会長さんは額を押さえて。
「悪趣味だからプレゼントするんだってば! ぼくとお揃いだと思い込ませてあるんだってことも前に教えた筈だけど?」
「うん、その話は知ってるよ。…でもさ、店を改装している間は扱わないほど需要が無いとは思わなくって…。商品として売ってるからには一日に何枚かは売れるものだと…」
「売れないよ! 褌よりかは売れるかもだけど、何枚も替えを持つような人が好き好んで選ぶわけないだろう!」
もっとお洒落な柄が沢山ある、と会長さん。
「あんなのを喜んで履くハーレイの気が知れないね。百年の恋も醒めるってヤツだ。…想像してごらんよ、君のハーレイがアレを履いてたらどうするんだい?」
「…えっ、ハーレイはハーレイだろう? 肝心なのは中身であって、そっちがビンビンのガンガンだったら別に全く気にならないけど」
「その先、禁止!」
猥談をするなら今すぐ帰れ、と会長さんが眉を吊り上げましたが、ソルジャーは。
「うーん…。あれがダサイと思うかどうかは、文化の違いかもしれないよ? ぼくは事情を知っていたのに、ある程度の数は売れるものだと思ってた。ということは、ぼくにとってはダサくはないということだ」
「…思い切りダサイと思うけどねえ…」
「ぼくの世界じゃ紅白縞は売られていない。その辺の関係もあるのかな? ぼくのハーレイが履いていたって、こっちの世界で買ったヤツだなと思うだけだよ。ひょっとしたら逆にときめくかもねえ、なんと言っても地球の下着だ」
「…そうなるのかい?」
信じられない、と会長さんが呻き、私たちも口がポカンと開いたまま。紅白縞といえば笑いの対象でしかないというのに、ソルジャーはそれにときめくと…?
「可笑しいかなぁ? ぼくのシャングリラに持ち込んでみても笑われたりはしないと思うよ。…話を上手く持って行ったらブレイクだってするかもね」
「「「ブレイク!?」」」
「そう、シャングリラ中で紅白縞が大流行! 絶対に無いとは言い切れないさ、異文化なんだし」
世界が違えばセンスも別モノ、とソルジャーはトムヤムラーメンを啜り、スープも綺麗に飲み干してから。
「…ちょっと仕掛けてみようかな? 紅白縞が流行るかどうか」
「「「は?」」」
「ぼくのシャングリラで実験するんだ。地球で虐げられている可哀想な下着をブレイクさせるのも面白いよね。ファッションリーダーは勿論、ハーレイ!」
キャプテンが流行の最先端だ、とソルジャーは思い切りブチ上げました。
「ぼくとハーレイでデザインしました、って宣伝するのはどうだろう? 紅白縞の赤い色はさ、ほら、この襟元の石の色! 誰の服にもこの石はあるし、ミュウのシンボルみたいなものだ。でもって白はシャングリラの白! 誂えたようにピッタリじゃないか」
「「「………」」」
とんだ解釈もあったものです。けれどソルジャーはやる気満々、紅白縞を売り込むつもり。
「この際、憧れの地球を絡めてみるのもいいかもねえ…。明後日からは旅行じゃないか。その間にこっちの海辺を舞台にCMを撮影するんだよ。でもって、ぼくのシャングリラで全艦放送!」
イメージ戦略も大切だから、とパチンとウインクするソルジャー。
「撮影用の機材とかはさ、こっちのを使ってデータを変換すればいい。…マツカ、手配をお願い出来るかな?」
「え、ええ…。機材だけでいいんですか?」
「スタッフもお願いしたいところだけれど、ぼくは別の世界の人間だしねえ…。というわけで、撮影スタッフは君たちだ。腕もセンスも期待してるよ。そうそう、撮影用の紅白縞も何枚か買っておいてくれるかな? やっぱり新品で撮らないとね」
明後日からの旅をよろしく、と一方的に話を決めてソルジャーは帰ってしまいました。今年の海の別荘行きは紅白縞のCM撮影。全然嬉しくないんですけど、今更どうにもなりませんよね…?
紅白縞のCMの件を撤回しようにも機会が無いまま、別荘へ旅立つ日がやって来て。いつものようにアルテメシア駅に集合した私たちは数時間後にはマツカ君の海の別荘に…。
「海はいいねえ、何回来ても」
ソルジャーが大きく伸びをしているのはプライベートビーチ。まずはひと泳ぎ、と皆で出て来たわけです。砂浜にはお馴染みの竈が据えられ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がトウモロコシをジュウジュウと。
「かみお~ん♪ トウモロコシ、もう焼けてるよ! 次はホタテも焼く?」
「そうだね、今日は獲物がまだ無いし」
獲りに行くのは明日からかな、と会長さんが言えば教頭先生が。
「その辺でアワビが獲れる筈だぞ。皆を引率して行くとなったら遠征になるが、私一人ならサッと行って来るだけだしな」
先に食べ始めているといい、と教頭先生は網袋とアワビを剥がすための道具を持って泳いで行ってしまいました。少し先の岩場に網袋を引っ掛け、そこを基点に潜るようです。海中と岩場を往復すること十五分ほど、再び泳いで戻ってくると。
「どうだ、獲れたてのアワビとサザエだぞ。バター醤油も壺焼きも美味い」
「流石、ハーレイ。こういう時には役に立つよね。ぶるぅ、ぼくはアワビをバター醤油で」
会長さんの笑顔を教頭先生が満足そうに見ています。アワビもサザエも会長さんへの貢物でしょうが、それを気前よく分けてしまうのも会長さん。私たちは有難くお相伴にあずかり、ソルジャーやキャプテン、「ぶるぅ」も獲れたての海の幸を頬張って。
「うん、こういうのは新鮮さが命! ぼくの世界では出来ない贅沢」
そもそも海で遊べないから、とソルジャーは地球の海を満喫中。ソルジャーのシャングリラが在るアルテメシアという惑星には人工の海があるそうですけど、其処で遊べるのはIDを持つ市民だけ。ミュウと呼ばれて隠れ棲んでいるソルジャーたちには海辺のリゾートは無理なのです。
「この海を入れて撮影すればさ、それだけで思い切り非日常だよね。でもって字幕を入れたりするんだ、憧れの地球で過ごすひととき……なんて」
「「「!!!」」」
忘れたわけじゃなかったのか、と私たちの背筋がピキンと凍り、キャプテンが怪訝そうに首を傾げて。
「…なんの話です? 非日常だとか、撮影だとか」
「コマーシャルを撮影するんだよ。お前が主演で、舞台はこの地球」
「…コマーシャル…ですか?」
「たまにはファッションリーダーになってみるのもいいだろう? お前が履いてみせたパンツをシャングリラ中で流行らせるんだ」
ニッコリ笑ったソルジャーの唇が紡いだ言葉に、キャプテンはウッと息を飲み。
「……パンツ……。そ、それはいわゆるパンツなのですか、私はズボンと呼んでいますが」
「パンツだけど? こっちのハーレイが履いているだろ、赤と白の縞のパンツをさ。あれを流行らせたいんだよ」
「「は…?」」
キャプテンの声と教頭先生の間抜けな声が重なりました。そりゃそうでしょう、二人にとっては寝耳に水な話です。CMに出ろと言われたキャプテンも、紅白縞を愛用している教頭先生も、ソルジャーの妙な企画なんかはまるで知らないわけですから。
「こっちの世界じゃ紅白縞はあまりメジャーじゃないらしい。そしてブルーはそれが当然だと思ってる。そのマイナーな紅白縞がぼくの世界でブレイクしたら素敵じゃないか」
「…どうして私になるんです?」
キャプテンの疑問に、ソルジャーは。
「こっちのハーレイにそっくりだから、っていうのもあるけど、お前が履いたパンツが人気になったら嬉しいという気持ちもあるかな。…シャングリラ中で流行りのパンツを一番最初に履きこなした人物をパートナーに持つのは最高だろう? 中身の方も最高なんだって気分になるよね」
いろんな意味での中身だよ、とキャプテンに熱く囁くソルジャー。
「人物だけじゃなくて、パンツの中身もシャングリラで一番凄いんだ。ヌカロクなんかは朝飯前で、ぼくを一生満足させてくれるってわけ」
「退場!!!」
会長さんが叫ぶのと、教頭先生が鼻を押さえるのとは同時でした。またも出て来た謎の単語がヌカロクです。未だに意味が不明ですけど、猥談とセットで出て来るからにはディープな何かなのでしょう。ともあれ、ソルジャーがCM撮影を敢行する気でいるのは確か。これから一体、どうなるのやら…。
平和なビーチをブチ壊してくれた紅白縞がカメラの前に登場したのは夕食の後。まだキャプテンはCMに出るのを渋っていますが、ソルジャーの方は気にしていません。別荘の二階の広間にマツカ君が手配したカメラを運び込み、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が買い込んで来た紅白縞の内の1枚を出して。
「ハーレイ、これをよく見てごらんよ。赤と白とのストライプだ。…こっちの世界じゃ紅白はお祝い事のシンボルになっているんだけれど、ぼくたちの船でも赤と白には意味があるよね」
「…そうですか?」
首を捻るキャプテンに、ソルジャーは「分かってないなぁ…」と舌打ちをすると。
「キャプテンのくせにどうかと思うよ、その鈍さ! 赤はアレだろ、ぼくたちの服についてる石! デザインによって付けてる場所は変わってくるけど、誰でも1個は持っているんだ」
「…そ、そういえば、そうですね…」
「デザインしたのは服飾部でもさ、キャプテンとして把握していて欲しかったな。それじゃ白は? このくらいは君でも分かるだろう」
「ええ。あなたの上着の基本色です」
自信たっぷりに答えたキャプテンの見解にソルジャーは暫しテーブルにめり込み、正解を先に聞かされていた私たちは笑い転げました。ソルジャーと結婚したキャプテンの頭の中ではシャングリラよりもソルジャーが優先らしいです。仲が良いのはいいことですけど、シャングリラのキャプテンとしてはどうなんだか…。
「…ハーレイ、そこは違うだろう…」
ようやく復活したソルジャーが指をチッチッと左右に振って。
「お前にとっては白はそれかもしれないけどね、他のミュウたちに尋ねてみたら答えは全く別だと思うよ。白はシャングリラの船体の色だ」
「………。た、確かにシャングリラも白かったですね…。あまり外から見ないものですから…」
「それは言い訳として通用しない。シャングリラの船体は常に様々な角度からモニタリングされている。…そのデータは全てブリッジに向けて送られていると思ったが?」
「す、すみません……」
大きな身体を縮こまらせるキャプテンに向かって、ソルジャーは。
「鈍かった上に色ボケだなんて、シャングリラの皆が聞いたら泣くだろうねえ…。そんな最低なキャプテン像を払拭するためにも、ここは一発キメなくちゃ! 特別な色の赤と白とをあしらったパンツで華麗に登場! 憧れの地球の海辺を颯爽と歩いて男の魅力をアピールするんだ」
「…パンツで……ですか?」
「流行らせたいのはパンツなんだし、そうでなきゃ意味が無いだろう。カメラの向こうのぼくに向かってアピールする気で頑張るんだね。…あ、いくらぼくへのアピールと言っても、臨戦態勢になっちゃダメだよ? シルエットが崩れてしまうから」
臨戦態勢は二人きりの時に、とソルジャーが注意し、横から「ぶるぅ」が。
「かみお~ん♪ 大人の時間が始まる時にはパンツが窮屈になるもんね!」
「そうそう、ぼくには嬉しい変化だけどね」
今夜も期待してるんだ、と微笑むソルジャーの顔面に会長さんが叩きつけたのはレッドカード。
「退場!!!」
「ま、待ってよ、今夜は紅白縞の赤と白の意味をリポートしながら撮影を…」
「だったら真面目にやりたまえ! テーブルの上にそれを広げて!」
でないと部屋から叩き出す、と怒鳴り散らされたソルジャーはブツブツと文句を零しながらも紅白縞を1枚テーブルに広げ、縞の部分を指差しながら色にこめられたメッセージを説明し始めました。キース君がカメラを担ぎ、ジョミー君がマイク担当。シロエ君はモニターに向かってチェックし、会長さんが。
「カーット! …こんな感じでいいんじゃないかな」
「どれどれ? あ、しまった…。ぼく一人だと重みが無いよね、ハーレイの語りも入れるべきかも…」
ぼくとハーレイとでデザインしました、っていうのが売りだから、と主張するソルジャーのお蔭で撮った映像はリテイクとなり、振り回されるのは私たち。せめて台本を作って来てくれ、と会長さんが頼みましたが、ソルジャーはフレッシュな映像にこだわっています。
フレッシュ、すなわち、ぶっつけ本番。今後が思い切り心配ですけど、今夜の撮影はなんとか終了~。
翌日からは本格的にCM撮影が始まりました。撮影用の機材をビーチに運んで、ソルジャーの気が向くままに撮影開始。キース君たちを連れて素潜りに出掛けた教頭先生の姿で閃いたから、と撮りたがったのは『海風に紅白縞をはためかせて海辺を歩くキャプテン』で…。
「こ、此処でパンツに着替えるのですか?」
着替える場所がありませんが、と騒ぐキャプテンにソルジャーが差し出したものはバスタオル。
「これを腰に巻けばいいだろう? その下でゴソゴソ履き替えるのが基本なんだと聞いたけど? そうだよね、ブルー?」
「うーん…。ぼくはバスタオルを巻くくらいならサイオンでパパッとやるけどねえ? まあ、こっちのハーレイが他に人のいる所で履き替える時にはその方法かな」
「ほらね、問題ないだろう? さっさと着替えて!」
「し、しかし…」
まだ何か言いたそうな水着姿のキャプテンをソルジャーは強引に紅白縞に着替えさせましたが、そこで海辺に立たせてみれば。
「…あれ? はためかないなぁ、風はあるのに…」
おかしいなぁ、と風向きを調べているソルジャーと、スタンバイしている素人スタッフ。紅白縞は風をはらむ代わりに重そうに重力に従っています。
「えーっと…。こういう時に何か方法は無いのかい? ぼくは撮影には詳しくなくて」
ソルジャーに話を振られた会長さんが少し考えてからアドバイス。
「風力が足りない時には送風機だね。巨大扇風機だと思えばいいけど、そういう道具は此処には無いし…。いっそサイオンでなんとかすれば? それこそ君のイメージどおりになるんじゃないかな」
「サイオンで風を? そういう使い方は確かにあるけど、パンツ限定で使ったことが無いからねえ…」
大丈夫かな、と小首を傾げてソルジャーがサイオンを送った結果は。
「「「!!!」」」
キャプテンがバッと必死に股間を押さえ、会長さんの悲鳴がビーチに。
「やりすぎだってば!」
「ご、ごめん…。力加減が掴めなくって…」
ブワッと舞い上がった紅白縞の裾から、余計な何かが見えてしまった気がします。当然リテイク、撮影データは会長さんが速攻で消去。その間に判明した事実は、キャプテンが身体を拭く暇もなく着替えをさせられたせいで紅白縞が水を吸い、重たくなっていたということ。それでは絶対、はためきません。
「だから言ったんだよ、ぶっつけ本番じゃダメなんだって!」
台本を書け、と主張している会長さんの隣でキャプテンも。
「身体を拭いてから履き替えないと、と申し上げようとしたのですが…」
全く聞いて頂けませんでした、というキャプテンの訴えも、会長さんの提言もソルジャーの耳にはまるで入らず。
「フレッシュさと閃きが命なんだよ、こういうのはね。まだ風はあるし、乾いたパンツで撮り直しだ。ぶるぅが沢山買っておいてくれたし、紅白縞は山ほどあるんだからさ」
「かみお~ん♪ 濡れたヤツはお洗濯して干しておこうね!」
手洗いをして平たい場所に干すんだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大真面目です。紅白縞を沢山買ったというのも、一日に洗って干せる枚数などを計算して考えた末のことだそうで…。
「あのね、夏はお日様が強すぎるから、日向だと色が褪せちゃうの! だけど陰干しできちんと乾かすためには時間がかかるし、沢山買っておくのが一番なの!」
「ありがとう、ぶるぅ。さあ、ハーレイ。今度はカッコよくキメていこうね」
ソルジャーに促されたキャプテンが海辺を歩かされ、海風にパタパタはためく紅白縞。あれが下着だと思わなければ、ダンディーなのかもしれません。会長さんの「カーット!」の声が勢いよく響き、撮れた映像を確認したソルジャーも納得の出来で、ホッと胸を撫で下ろす私たち。こんな調子で日が過ぎて…。
「あれっ? 今日もあっちに人がいるねえ」
何かあるのかな、とソルジャーの赤い瞳が向けられた先には松林。私たちのいるビーチからは相当な距離があるのですけど、三日ほど前から人影がチラチラ見えるのです。時々キラッと光の反射も。
「…バードウォッチングかと思っていたけど、それっぽい鳥は見当たらないね」
なんだろう、と会長さんも不思議そう。松林の中にいるのは主に女性で、双眼鏡を持っているらしいのですが…。光の反射は双眼鏡のレンズだとか。
「毎日となると気になってくる。ちょっと失礼しようかな」
普通の人の心を読むのは反則だけど、と口にした会長さんが一瞬の後にプッと吹き出し、堪え切れずに笑い始めてクスクス笑いが止まらなくなって…。
「お、お、お……」
「「「お?」」」
なんのこっちゃ、と顔を見合わせた私たちを他所に、会長さんはレジャーシートに突っ伏して。
「お、追っかけ…。さ、サイン希望の追っかけ集団……」
「「「はぁ?」」」
「プロと間違えられてるんだよ、毎日撮影してるから! あ、あわよくばサインを希望…」
チャンスを狙って待っているのだ、と涙を流して笑い続ける会長さんと、松林の中の人影と。ようやく意味が繋がりました。何かのはずみで撮影に気付いた地元の人が毎日見に来ているのです。此処がプライベートビーチでなければ、キャプテンはとっくの昔に取り囲まれていたでしょう。
「そうなんだ…。ハーレイの追っかけ集団ねえ…」
ソルジャーの瞳が悪戯っぽく煌めいて。
「じゃあさ、撮影が終わった時にさ、記念にサインもいいかもね? いつかブレイクする予定です、って」
サインしに行ってあげればいいよ、と笑うソルジャーは本気でした。松林の中のギャラリーは地味に増え続け、CM撮影が完了した日にキャプテンは紅白縞だけを纏った姿でソルジャーと一緒にゴムボートに乗り、キース君たち撮影スタッフが海へと漕ぎ出して松林に…。
「やってる、やってる。サインしてるよ、色紙とかに」
ブレイクも何も、と爆笑している会長さん。私たちや教頭先生に松林の中の光景は見えませんけど、キャプテンは色紙やTシャツ、バッグなんかにサインをしているみたいです。おまけに紅白縞一丁で記念撮影にツーショットにと…。
「だけど…。あんなことして大丈夫なの?」
別の世界から来てるのに、とスウェナちゃんが訊けば、会長さんは。
「その辺のことはブルーはプロだよ。ウィリアム・ハーレイとサインしてても、こっちのハーレイと同じ顔でも、気付かれないように情報を攪乱してるんだ。撮った写真のデータも同じさ。この世界よりも遙かに科学が進んだ世界で情報操作をしてきてるだけに、それくらいは朝飯前ってね」
なるほど、そういう理屈ですか! サインを貰った人たちの方はいつかキャプテンがブレイクしたらお宝になる、と喜びますし、ソルジャーだってパンツ一丁のキャプテンであっても自慢のパートナーを見せびらかしたくってたまらないわけで…。
「そうなんだよねえ、ぼくには全く理解不能さ。いくら追っかけがついてきたってフィシスにサインなんかさせないけどなあ…」
ぼくは一人占めするタイプ、と会長さんが呟く隣でスウェナちゃんと私は追っかけ魂の凄さについて語り合っていました。超絶美形のソルジャーがいるのに、サインや写真をねだられるのはキャプテンだなんて…。げに恐るべし、有名人。男は顔ではないんですねえ…。
こうしてソルジャーが完成させた紅白縞のコマーシャル。仕上げは別荘ライフが終わった後で、ソルジャーが自分の世界でテロップなどを入れて編集して…。
「そっか、こんなのになったんだ?」
パンツのCMには見えないね、とジョミー君が感心しています。試写会だとかで会長さんのマンションに呼ばれた私たちが見せられたものは、「地球へ行こう」というコンセプトで作られた見事なCM。青い地球とキャプテンがいる海辺とが交互に重なり、ちゃんと壮大な音楽までが。
「いいだろう? 海は架空の映像だってことにするけど、これで絶大な人気を呼べるさ、紅白縞は。シャングリラと赤い石も組み込んであるし、男ならきっと履きたくなるって!」
来週からオンエアするんだよ、と自画自賛しまくるソルジャーは服飾部の人が困らないように紅白縞の製作ノウハウを仕入れに行ってきたそうです。よりにもよって青月印の紅白縞の会社まで…。
「ブレイクしたら、こっちのハーレイにもシャングリラ製の紅白縞を届けようかな? ブルーが五枚贈ってるんだし、ぼくはドカンと五十枚! それだけあったら暫く買わずに済むと思うよ」
喜ばれるよね、と言うソルジャーに会長さんが。
「どうかなあ? ハーレイのこだわりは青月印だって気がするけれど…。まあ、それ以前の問題として、ブレイクしなけりゃ作れないだろ、五十枚なんて」
絶対無理に決まってる、と笑い飛ばした会長さんが泣きそうな顔でソルジャーに向かって土下座したのは三週間後のことでした。
「ごめん、あの時は悪かった! 君が凄いのは認めるからさ、シャングリラ印をプレゼントするのは絶対にやめて欲しいんだ。そんなのをハーレイが貰ったら…」
「いいじゃないか、究極の勝負パンツな紅白縞だよ? これを履かなきゃ男じゃない、って人気爆発のヤツなんだ。しかも流行らせたファッションリーダーはぼくと結婚しているんだし、君との結婚を夢見て履くなら青月印よりもシャングリラ印!」
それにコマーシャルの製作過程は君のハーレイも見学してた、と勝ち誇った顔で仁王立ちするソルジャーの後ろには紅白縞が五十枚詰まった立派な箱がドカンと鎮座しています。教頭先生の家にシャングリラ印の紅白縞が五十枚届くか、会長さんが阻止するか。
「…どうなるんだろうな?」
心配そうに声を潜めるキース君の隣で、シロエ君が。
「なんとかなるんじゃないですか? 最悪、ぶるぅの料理かおやつで懐柔すればいいんです。向こう十年ほど毎日ケーキを贈る羽目になるかもしれませんけど」
「「「………」」」
それは如何にもありそうだ、と首を振り振り、私たちは会長さんの涙の土下座を見守ることに。…ダサイとばかり思い込んでいた紅白縞はソルジャーのシャングリラで今や品切れするほどの大人気。キャプテンもファッションリーダーとして男を上げたらしいです。世の中ホントに分からないもの、紅白縞の未来に乾杯!
流行と仕掛け・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
教頭先生のトレードマークな紅白縞。所変われば品変わる……といった所でしょうか?
4月、5月と月2更新が続きましたが、6月は月イチ更新です。
来月は 「第3月曜」 6月17日の更新となります、よろしくお願いいたします。
毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にどうぞv
番外編をしのぐ勢いで強烈なネタが炸裂中……かもしれません(笑)
船長と遊べる 『ウィリアム君のお部屋』 の見本画像を下に載せてみました。
よろしかったら、こちらにもいらして下さいね。
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、今月は菖蒲の名所へお出掛け。またしてもソルジャー夫妻が乱入で…。←『シャングリラ学園生徒会室』は、こちらからv
『ウィリアム君のお部屋』 も、上記から。生徒会室の中にリンクがあります。
見本画像はこちら↓
船長に餌(ラム酒)をあげたり、撫でたり出来るゲームです。5分間隔で遊べます。
元のゲームのプログラムをしっかり改造済み。ご訪問が無い日もポイントは下がりません。
のんびり遊んでやって下さい、キャプテンたるもの、辛抱強くてなんぼです。
サーチ登録してない強みで公式絵を使用しております。通報は御勘弁願います。
1時間刻みで変わる絵柄が24枚、お世話の内容に対応した絵もございます。
「外に出す」と5分で戻ってきますが、空き部屋を覗くとほんのりハレブル風味だとか…。
生徒会室の過去ログ置き場も設置しました。1ヶ月分ずつ順を追って纏めてあります。
1ヵ月で1話が基本ですので、「毎日なんて読めない!」という方はどうぞですv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
シャングリラ学園、今日も平和に事も無し。会長さんが大活躍した一学期の中間試験の結果発表が終礼の時にあり、1年A組はぶっちぎりで学年一位でした。会長さんは出席していなかったため、私たち七人グループはクラスメイトに御礼の言葉を託されて「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へと。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
今日は抹茶のムースケーキにしてみたよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコ顔です。
「新茶が美味しい季節だもんね! もうすぐ梅雨になっちゃうけれど」
「あー、そっか…」
雨の季節か、とジョミー君は憂鬱そう。サッカー少年だけにグラウンドが使えなくなる梅雨は好みじゃないのでしょう。私たちだって登下校で雨に濡れるのは好きじゃありません。瞬間移動で登校してくる会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」には関係の無いことですが。
「おっと、話がズレる前に伝言だ」
キース君が流れを遮って。
「クラスの連中が礼を言っていたぞ。ブルー、あんたとぶるぅにだ。1年A組は今回も無事に学年一位だ」
「当然だろうね。でなきゃ出てった意味が無い」
そのために試験を受けたんだから、と会長さんは答えたものの、すぐに大きな溜息が。
「定期試験ってヤツはいいよね、いつも範囲が決まってる。ヤマをかけてもそこそこ行けるし、年々難しくなるってわけでもないし…。でもねえ…」
「なんだ、試験制度が変わりそうなのか?」
キース君の問いに、会長さんは。
「ううん、シャングリラ学園に関しては大丈夫。そりゃあ長年の間に少しずつは変わって来てるけど……生徒が対応できないほどに急な変化は遂げないさ」
「他所の学校のことですか? そんなニュースがありましたっけ?」
知りませんよ、とシロエ君が首を傾げると…。
「他の学校には違いないねえ、ちょっと毛色が変わってるけど。…キース、君なら聞いているんじゃないかな? 養成道場の入試内容が変わったらしい」
「ああ、アレか…。筆記試験が中心だったのが如法衣脱着と日常勤行も厳しく採点するとか何とか」
「「「は?」」」
なんのことやらサッパリです。何処の学校の入試でしょう? ん? 道場と言ってたような…?
「分からない? 養成道場は研修を受けてお坊さんを目指す人の専門学校みたいなものさ」
会長さんの説明にジョミー君がサーッと青ざめて。
「そ、それって鉄拳道場のこと? 一年間で全部習えるけど、殴る蹴るは指導員の愛でプライバシーは一切無いって…」
「そうだよ、ジョミー。なにしろ特別な道場だからね、もちろん入試も必要だ。ここがハードルを上げて来たとなると、キースの大学の僧侶専門コースの方も似たような道を辿るかも…」
ねえ? と話を振られたキース君は。
「有り得るな。今は面接と筆記試験だけだが、如法衣脱着の追加は充分考えられる」
「にょほうい…って?」
法衣は何度も着せられてるよ、とジョミー君が返しましたが、そこで会長さんが再び溜息。
「じゃあ、袈裟被着偈を唱えてみたまえ」
「えっ?」
「けさひちゃくげ。如法衣というのは袈裟のことだ。袈裟を着たり脱いだりする時に必須の偈文」
「そ、そんなのがあったわけ!?」
初耳だよ、と叫ぶジョミー君の隣でサム君が情けなさそうに首を振っています。
「普段から小声で唱えてるんだぜ、俺もキースも。今まで気付かなかったのかよ…」
「そうだぞ、俺も何度も教えた筈だが? 覚えていないか、出だしはこうだ。だいさいげだっぷく」
「し、知らない…」
聞いたことも無い、とポカンとしているジョミー君。お経を覚えられないことは知っていましたが、法衣を着るのに必須の言葉も全く覚えていませんでしたか…。
大哉解脱服、無相福田衣、被奉如戒行、広渡諸衆生。
会長さんがサラサラと紙に書き付けたのが袈裟被着偈というヤツでした。
「いいかい、読むよ? だいさいげだっぷく、むそうふくでんね、ひぶにょかいぎょう、こうどしょしゅじょう。…最低限、これは覚えて欲しいんだけど」
「む、無理だよ、そんなの! お経と変わらないじゃない!」
絶対無理、とジョミー君が喚き、会長さんはキース君と顔を見合わせて。
「これはダメかも…。面接と筆記試験だけの間に押し込んだ方がいいかもしれない」
「そうだな、今ならまだ間に合うしな」
「ちょ、ちょっと! なんでいきなり!」
お坊さんなんて、とジョミー君は顔面蒼白。キース君の母校の大学にも一年コースが出来るのですけど、今はまだ二年コースだけ。押し込まれてしまえば二年間はガッツリ全寮制の生活です。
「や、やめてよ、せめて一年コースが出来てから!」
「分かってないねえ、そこの入試が難しくなるかもしれないよ? 今なら余程のヘマをしない限り、もれなく入学出来るんだからさ。…開祖様のお名前を書き間違えたらアウトだけども」
そこさえ押さえれば大丈夫、と会長さんは太鼓判を押しました。開祖様の名前は大切なんてレベルではなく、他の部分が文句無しの出来であっても、それを間違えれば不合格になるらしいです。他の人には許されている再試験という救済策も通用しなくて、「また来年」と放り出されるのだとか。
「君の場合は今でさえも充分に危ないんだよ、開祖様のお名前があるからね。これ以上ハードルが上がらない内に覚悟を決めて入学したまえ」
「い、嫌だってば! みんなも笑って見ていないでよ! 誰か助けてー!」
ピンチなんだよ、と泣きそうな顔のジョミー君は素敵な見世物で、誰も助けはしませんでした。会長さんはキース君に来年度の願書の取り寄せ方を尋ねています。面接には師僧も一緒に行くそうですから、会長さんがついて行くのでしょう。ジョミー君もいよいよ本格的に仏門入りか、と感慨深く眺めていると…。
「こんにちは」
不意に空間がユラリと揺れて、紫のマントが翻りました。
「誰か助けてって叫んでるから来てみたよ。助けになればいいんだろう?」
「どうして君がやって来るのさ! 関係無いだろ、君は坊主と無関係だし!」
さっさと帰れ、と会長さんが怒鳴りつければ、ソルジャーは。
「お坊さんとは関係無いけど、ハードルが上がる件については助け舟が出せるかなぁ…と。ブルー、人にばっかり無理強いしてないで君も努力をするべきだよ」
「は? …なんでぼくが?」
「いつかハーレイと結婚するかもしれないだろう? ぼくが思うにハーレイの頭の中では妄想が膨らむ一方かと…。結婚したらアレもやりたい、コレもやりたいとね。だけどハーレイは君しか相手にしたくないらしいし…。ということは、君の努力が必要なんだよ」
頑張りたまえ、と片目を瞑ってみせるソルジャー。
「男同士は元々ハードルが高い。そのハードルが年々更に高くなるんだ、痛い思いをしたくなければ相応の努力をしておかないと」
「却下! 誰がハーレイと結婚なんか!」
「…だったらジョミーに無茶を言うのもやめたまえ。本人が覚悟を決めない限りは何事もモノになりやしないよ。結婚生活も修行も同じさ」
「………。同じレベルで語ってほしくないんだけれど……」
修行の最中は禁欲が鉄則、とブツブツ文句を口にしながらも会長さんは少し考えを改めたようで。
「分かった、ジョミーに無理強いはしない。…ただし覚悟はしておいて貰う。逃げ回る年月が長くなるほど、入試のハードルが上がりそうだとね」
「ふふ、助けに来た甲斐があったかな? 良かったね、ジョミー」
微笑むソルジャーにジョミー君が土下座で御礼を繰り返しています。ソルジャーもたまには役に立つのか、と笑い合いながら始まるティータイム。抹茶のムースケーキは味も香りも絶品です~!
そんな騒ぎがあってから間もない金曜日の朝、普段通りに登校してゆくと校門の前にジョミー君たちが。輪になって何か見ているようです。えーっと…?
「あ、おはよう!」
ジョミー君に声を掛けられ、「これ」と指差されたその足元には一匹の猫。子猫ではなく大人の白猫、青い瞳が綺麗ですけど、ジョミー君って猫を飼ってましたっけ?
「ぼくの猫じゃないよ、迷い猫だよ。バス停にいたから声をかけたらついて来ちゃったんだ」
「そうらしい。帰れと言っても帰らなくてな」
校内にペットは持ち込めないのに、とキース君が困っています。人懐っこい猫で歩くとついて来てしまうらしく、どうしたものかと思案中だとか。教室に猫を連れて行ったらグレイブ先生、怒りますよねえ…。
「いっそ蹴飛ばしたら離れていくかもしれないが…」
そうした方がいいのだろうか、とキース君が言い、サム君が。
「可哀想だけど、それしかねえよなあ…。守衛さんには預かれないって言われたもんなあ」
でも誰が、と押し付け合う間にも猫はみんなの足にスリスリと身体を擦り付けて懐いています。蹴飛ばすなんて出来るわけもなく、そこへキンコーンと予鈴の音が。これはもう猫と一緒にサボるしかない、と私たちが覚悟を決めた所へ。
「かみお~ん♪」
「おはよう。猫を拾っちゃったんだって?」
校門から歩いて出て来たのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と会長さんでした。
「ぼくとぶるぅで預かっておくよ。君たちは授業に行くんだろう?」
「え、でも…。ペットは学校に持ち込み禁止って…」
ダメなんじゃあ、と心配そうなジョミー君に、会長さんは。
「ぶるぅの部屋なら問題ないさ。可愛い猫だね、ぼくとおいでよ」
ヒョイと猫を抱き上げて校門を入ってゆく会長さんに守衛さんは何も言いません。そうえば守衛さんもサイオンを持った仲間だっけ、と納得しつつ、私たちはダッシュで教室へと。出席義務の無い特別生といえども、登校する以上は遅刻したくはないですからね。
放課後になって「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと、会長さんが猫と遊んでいました。とっくの昔に飼い主を見付けて引き渡したと思っていたのに…。私たちの視線を一身に集めた会長さんは。
「難しいんだよ、動物ってヤツは。…人間ほど記憶がハッキリしないし、意思の疎通も上手くいかない。とりあえずバス停に張り紙かなぁ、と思うんだけど」
どんなデザインが目を引くだろう、と尋ねる間にも会長さんは猫に懐かれています。頬をペロペロと舐められ、「くすぐったいよ」とクスクス笑って首を竦めて…。と、フワリと部屋の空気が揺らいで。
「バター猫とは斬新だねえ…」
妙な台詞を口にしながら現れたのはソルジャーでした。
「年々ハードルが高くなるから努力しろとは言ったけどさ。犬の代わりに猫なのかい?」
「「「は?」」」
首を傾げる私たちの横で会長さんが柳眉を吊り上げて。
「関係無いっ! これは迷ってきただけの猫!」
「…なんだ、つまらない…。犬はイマイチ好みじゃないから猫に走ったのかと思ったのに」
「そういう趣味は無いってば!」
会長さんとソルジャーの会話が意味する所はサッパリでした。猫だの犬だのって何でしょう? キース君にも分からないようで、私たちにはお手上げです。そこでソルジャーがニヤリと笑うと。
「あ、知らない? バター犬っていうのがあってね、こう、身体にバターを塗り付けて…」
「ストーップ!!」
会長さんが拳でダンッ! とテーブルを叩き、猫がビックリしています。会長さんは「よしよし」と猫の頭を撫でると、膝に乗せてソファに座り直して。
「バター犬について語るつもりはないけどね…。バター猫なら語ってもいい。バター猫のパラドックスというのがあるんだよ。ブルーは知らないみたいだけれど」
「「「バター猫のパラドックス?」」」
それは初めて聞く言葉。ソルジャーも知らないらしいです。会長さんは楽しそうに微笑んで。
「ある高さから猫を落とすと足から先に着地するよね? それと同じでバターを塗ったトーストを落とすとバターが塗られた面が下になるらしい。…じゃあ、猫の背中にバターを塗ったトーストを……バターの面を上にして括り付けてから落としたら? どっちが先に着地するわけ?」
「「「えぇっ?」」」
猫の足が先か、バターが先か。どう考えても猫の足だろうと思いましたが、果たして本当にそうなのでしょうか? バターを塗られたトーストではないと言い切れるだけの根拠は何処にも無いような…。
「ね、面白い話だろう? 猫は浮いたままになるとか、反重力が生まれることになるとか、色々な説があるんだよ。論文を書いちゃった人までいたりする。…猫の方が遙かに高尚なわけさ、バターって単語が絡むとね」
「へえ…。それは有名な話なのかい?」
興味津々なのはソルジャー。会長さんは論より証拠とネットで結果を検索して見せ、私たちにも見せてくれました。各国語で解説されてますから知る人ぞ知る説なのでしょう。バタートーストを背中に括り付けられた猫のイラストもついています。
「かみお~ん♪ なんだか面白そうだね! でも…実験するのは可哀想だよね」
トーストはいつでも焼けるんだけど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が猫の背中を撫で、ソルジャーが。
「どっちかと言えば、その猫をハーレイに差し入れた方が面白いことになるんじゃないかな? ブルー御用達のバター猫です、って」
「「「???」」」
なんのこっちゃ、と首を捻った私たちですが、会長さんは。
「…一瞬、猛烈に腹が立ったけど、それもいいかもしれないねえ…。ハーレイのことだから、バター猫のパラドックスを知っていたって、バター猫だと渡されちゃったら勘違いしてくれそうだ。その話、乗った! ぼくが自分で差し入れるのは嫌だけど」
「だったら、ぼくに任せてよ。今日は金曜だし、ハーレイも明日は休みだよね? もう絶好の差し入れ日和だと思うんだ」
おいで、とソルジャーが差し出した手に猫はスリスリしています。ソルジャーは猫を抱き上げ、頬ずりをして。
「ハーレイが家に帰った所で差し入れするのがベストだろうね。まだ早すぎるし、ぼくも飼い主探しを手伝うよ。張り紙もいいけど、もうちょっと…」
猫の記憶も探って探れないことはない、と頑張ったソルジャーのお蔭で猫が車に乗って来たことが分かりました。ということは御近所の人が飼っている猫では無さそうです。張り紙の効果があるのかどうか自信が無くなってきましたけれど、とりあえずバス停と校門の前と、その周辺に貼っておきますかねえ…。
猫の写真を載せて特徴を書いた張り紙をベタベタと貼って回った私たち。連絡先はシャングリラ学園の休日も繋がる番号です。係の職員さんには猫の話をしておきましたが、教頭先生には内緒の秘密。私たちは猫を連れ、ソルジャーも一緒に瞬間移動で会長さんの家にお邪魔して…。
「えとえと…。生のお魚はあげてもいいんだよね?」
お料理したのがダメなんだよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお皿に入れた舌平目の切り身を猫が美味しそうに食べています。学校にいる間はキャットフードと猫缶でしたし、新鮮な味がするのでしょう。私たちの夕食は舌平目の白ワイン蒸しでした。もちろん他にもスープにお肉と盛りだくさん。
「さてと…。もう少ししたら出掛けようかな、ハーレイも食事をするようだ」
教頭先生の様子を窺っていたらしいソルジャーがニッコリ笑って。
「もちろん君たちも一緒に来るよね、見物しなくちゃ一生の損! ハーレイの一世一代の勘違いだよ?」
え。私たちもついて行くんですって? ここで中継を見るんじゃなくて? 会長さんの意見の方は…、と顔を窺えば笑みを湛えて頷いています。ということは、お出掛けですか…。そんなに凄い見世物なのでしょうか、バター猫って?
「まあね」
誰の思考が零れていたのか、会長さんがクスクス笑いを堪えながら。
「正直、ハーレイが何処までやるかは分からない。場合によっては女の子向けにモザイク必須なこともあるかも…。そういうものだよ、バター猫はね」
「あんた、パラドックスとか言わなかったか!?」
キース君がすかさず噛み付き、会長さんは。
「その前にブルーが言ってた筈だよ、犬の話を。…身体にバターを塗るとかなんとか」
「「「………」」」
「バター犬っていうのがあってね、そっちが身体にバターを塗る方。…猫はトーストでパラドックスだ。だけどハーレイが勘違いすれば猫だって犬と混同されるし、その時は立派な見世物だよね」
お楽しみに、と赤い瞳を煌めかせている会長さんは完全に悪戯モードでした。きわどいネタで教頭先生をからかう時の瞳です。ソルジャーの方は言わずもがなで、私たちは猫を拾ったばかりに大惨事に巻き込まれようとしている模様。バター犬だかバター猫だか知りませんけど、とんでもないことになりそうな気が…。
猫を抱いたソルジャーと、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も一緒にシールドに入って姿を消した私たちとが瞬間移動で教頭先生の家に押し掛けたのは一時間ほど後のこと。夕食を終えた教頭先生はリビングのソファで新聞を読みながら寛いで座っておられましたが。
「こんばんは、ハーレイ」
「…!?」
ソルジャーの服は会長さんの私服ですけど、それでも絶対に見間違えないのが教頭先生。新聞を置いてサッと立ち上がり、「こんばんは」と挨拶をして。
「どうなさいました、こんな時間に?」
「…ん、ちょっと……。君にお届け物があってさ」
これ、とソルジャーが猫を軽く揺すり、ニャーと可愛い鳴き声が…。
「猫…ですか?」
「うん。一晩君に貸そうかなぁ…って。実はね、これはブルーの猫で」
「ブルーの?」
「そう。ブルーが仕込んだ猫なんだけど、今夜はブルーが留守なんだ。それでさ、猫も寂しいだろうと…。君さえ良ければ一晩世話してみないかい?」
嘘八百を並べるソルジャーに教頭先生は頬を赤らめ、猫を眺めて。
「ブルーが猫を飼っていたとは知りませんでした。ですが…本当によろしいのですか? ブルーに知れたら大変なことになりそうな気がするのですが…」
「そうでもないよ? 多分…だけどね。君との結婚に備えて努力しておけ、って助言しといたら飼った猫だし、問題無いんじゃないかと思う」
「は? それはどういう…」
「結婚生活に向けての第一段階! まずはここから、ってことで挑戦したのがバター猫だった」
「……ば、バター猫……」
ツツーッと教頭先生の鼻から赤い筋が垂れ、プッと吹き出す会長さん。バター猫は予想に違わず万年十八歳未満お断りには無縁の世界の産物だったみたいです。耳にしただけで鼻血が出るとは…。ソルジャーは教頭先生が鼻にティッシュを詰める姿に「大丈夫かい?」と声を掛けて。
「その様子だと預かってもらうのは難しいかな? 普通に飼い猫として面倒を見てくれるだけでもいいんだけれど…。バター猫として使わなくっても」
「い、いえ…! ぜひ本来の姿を見たいと…! ブルーが飼っているバター猫なら!」
拳を握り締めた教頭先生に、会長さんがチッと舌打ちをして。
『…スケベ』
「………? 何か仰いましたか?」
キョロキョロしている教頭先生はシールドの中の私たちには気付いていません。代わりにソルジャーが「何も」と答え、教頭先生に猫を渡して艶やかな笑みを。
「それじゃ、一晩お願いするよ。あ、この子の名前は好きなようにどうぞ。…ブルーは特に名付けていないし、ブルーと呼ぶのも一興かもね。ねえ、ブルー?」
呼び掛けられた猫がニャアと嬉しそうに鳴き、教頭先生はボンッ! と一気に耳まで真っ赤に。
「そ、そうか…。お前の名前はブルーと言うのか…」
「ニャア?」
「ああ、ブルー…。今夜は私のベッドで寝ような、いつもブルーと寝ているのだろう?」
「ミャア~…」
すりすりすり。猫に頭を擦り寄せられた教頭先生は既にソルジャーが視界に入っていませんでした。バター猫の効果、恐るべし。
「ハーレイ? ぼくはこれで失礼するよ」
「…あっ、す、すみません! お、おかまいもしませんで…」
「気にしないでもいいってば。いい夜をね。…おやすみ、ハーレイ」
瞬間移動したと見せかけてソルジャーもフッとシールドの中に。猫と教頭先生の夜はまだ始まったばかりだというのに、なんだかとってもヤバそうな気配が…。
ソルジャーを見送った教頭先生が向かった先はバスルーム。その前に猫にミルクをやるべきかどうか思案した末に。
「…いや、ここでミルクをやってはいかんな。やはり空腹にしておかないと」
そう言ってバスルームに消えた教頭先生に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が怒っています。
「酷いや、ハーレイ! お腹いっぱい食べさせてあげなきゃ!」
「うーん…。ぶるぅには難しすぎるかな? お腹いっぱいだとダメになっちゃうのさ、バター猫は」
ソルジャーの説明は私たちにも意味不明。どうして食べさせてはいけないのだ、と問い詰めましたが、「今に分かるよ」と笑われただけ。やがて教頭先生がバスローブを纏って出てきて、冷蔵庫から取り出したものはバターのケースで。
「行くぞ、ブルー。ベッドは二階だ」
「ニャ~オ」
すりすりすり。猫は教頭先生の足に身体を擦り付けながら二階へ上がってゆきました。私たちも追い掛けて教頭先生の寝室へ。会長さんの写真があちこちに飾られた中で一番目立つのはベッドの上の抱き枕です。会長さんの写真がプリントされたそれを教頭先生はギュッと抱き締め、キスをしてから。
「…さて、ブルーと有難く過ごさせて貰うか…。しかし…」
教頭先生はベッドに座ってバターのケースを開け、じっと見詰めて。
「バター猫など考えたこともなかったな…。ブルーが愛用しているバター猫というのは嬉しいのだが、やはり王道はあそこだろうか? しかし、ブルーにいきなり求めては嫌われそうな気もするし…。いや、猫のブルーは気にしないのだから、この際、思い切って頼むというのも…」
「「「???」」」
教頭先生の言っていることは全く分かりませんでした。どういう意味だ、と悩む私たちの隣では会長さんがギリギリと奥歯を噛み締めています。
「よ、よくも王道だの、いきなりだのと…。なんだってぼくが!」
「だから前にも言っただろう? 年々ハードルが高くなるよ、って。早い間に結婚しとけばいいのにさ」
そうしたまえ、とソルジャーに肩を叩かれた会長さんは。
「却下だってば!」
結婚なんかするもんか、と会長さんが怒っているとも知らない教頭先生、ベッドに上って来た猫の喉を指先で優しく撫でて。
「ブルー、お前は何処から舐めたい? 普段ブルーとどういう時間を過ごしているのか知らないのだが、初めてなら無難なのは胸なのだろうか?」
「ミャア!」
「そうか、頑張ってくれるのか。そう言われると悪い気はせんな。王道で行ってみるのが良さそうだ。…ブルー、お前ならさぞ巧いのだろう。…よろしく頼む」
なにしろ私は初めてなのだ、と恥ずかしそうに教頭先生の無骨な指がバターへと伸び、左手でバスローブの紐を解いて前を開け…。そこでモザイクがかかりました。ま、まさかバターを塗るというのは…!
「そのまさかさ」
ウッと息を飲む私たちの目の前で教頭先生はバターを塗り塗り。右手だけでは足りなかったらしく、左手までがバターを掬っています。たっぷりと塗り付け終わると、徐に猫を手招きして。
「…さあ、ブルー…。お前の番だ…」
「ミャア~オ…」
ペロペロペロ。差し出された教頭先生の指先についたバターを小さな舌が舐め始めた時。
「舐めちゃダメーっ!!!」
「「「!!!」」」
シールドの中から飛び出して行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が猫を抱き締め、教頭先生を睨み付けて。
「バターはお塩が多すぎるんだよ! ミルクでいいのに、酷いよ、ハーレイ!」
「…ぶ…、ぶるぅ…? ど、どうしてお前が…」
腰を抜かさんばかりの教頭先生の目の前でシールドが解かれ、ソルジャーに会長さんに私たちに…と勢揃いしたギャラリーの面子。教頭先生がパニックに陥りながらもバスローブの前をかき合せたのは至極当然の結果でしょう。バターまみれの大事な場所なんて、見せびらかすモノじゃありませんってば…。
「…まったくハーレイには呆れ果てるよ。バター猫のパラドックスを知らないどころか、猫にバターを食べさせるべきじゃないってことまで知らないとはねえ…。おまけにぼくがバター猫を飼って仕込んでるって? ハーレイとの結婚に備えて努力中だなんて、思い上がりにも程があるさ」
それなりに面白かったけど、と会長さんがクスクス笑っているのは土曜日の午後。私たちとソルジャーは昨夜は会長さんの家に泊めて貰って散々笑い転げたのでした。バター犬だの猫だのは今一つ分からないままですけれど、教頭先生が大人の時間に関わりのある勘違いをしたのは確かです。
「バター猫はぼくも最初に勘違いをしたし、猫の餌にも疎いけどさ…。あそこまで真面目に実行されると気分爽快ってヤツだよね。ハーレイが猫を飼わないことを祈っているよ」
心の底から、と言うソルジャーに会長さんが。
「その目的で飼うなら犬だろ?」
「ううん、最初の出会いが猫だったんだよ? 今更、犬には走れないと思う。飼うなら猫でそれも白いの、青い瞳で名前はブルーってね」
「大却下!!」
飼おうとしたら猫を保護する、と絶叫している会長さん。バター猫とやらが存在するのが許せないのか、ブルーという名前がダメなのか。それとも猫の身体に良くないというバターを舐めさせる行為が動物愛護の観点からしてアウトになるのか、どれが却下の理由でしょう?
「さあねえ、やっぱり名前がアウトじゃないのかな?」
何と言ってもブルーだから、とソルジャーが可笑しそうに笑っています。
「あの時のハーレイの大胆な台詞は凄かっただろう? お前ならさぞ巧いのだろうとか、お前の番だとか…。本物のブルーに向かって言いたい台詞が大爆発って所かな。…ブルーは巧いとか下手とか以前に一度も経験無しなのにねえ?」
ぼくは巧いよ、と自慢したソルジャーに会長さんがサイオンを使って投げ付けたのは未開封のバターの箱でした。
「巧いなら全部舐めたまえ! 舐め終わるまでは三時のおやつも夕食も無しだ!」
「ちょ、ちょっと…! ぼくは料理もしてないバターは…」
「それくらいの量なら楽勝だろ? 君のハーレイだと思うんだね。サイズ的にはバターの方が絶対、小さい!」
「ぼくはハーレイを食べ尽くしたりはしないってば!」
食べたいだけで、と騒ぐソルジャーが三時のおやつにありつけるのは何時になるのか分かりません。私たちは揃って囃し立て、リビングに無責任なエールが響き渡りました。
「「「バ・タ・ア! バ・タ・ア!!」」」
美味しいおやつには目が無いソルジャー、おやつのためならバターくらいは舐め尽くしそうな気もします。えっ、あの猫はどうなったかって? 張り紙を見た飼い主さんから電話があって無事に引き渡されました。マザー農場で飼われている猫で、食材納入のトラックに迷い込んじゃったらしいです。
「「「バ・タ・ア! バ・タ・ア!!!」」」
「うう…。いつかブルーをバター猫にしてみせるからね、それもハーレイ専属の!」
このバターに懸けて実現させてみせる、と呪いの言葉を吐いたソルジャーがギブアップしたのは半分も舐めない内でした。せめて砂糖が入っていれば…、と白旗を掲げる姿に誰もが爆笑。それから暫くバター・ソルジャーと呼ばれてましたが、これは名誉の称号なのか、不名誉なのか、どっちでしょうねえ?
可愛い拾い物・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
今回、ちょっときわどいネタでしたけれど、「バター猫のパラドックス」なるモノは
本当に存在いたします。気になる方は検索なさって下さいね。
シャングリラ学園番外編は今月も月2更新です。
次回は 「第3月曜」 5月20日の更新となります、よろしくお願いいたします。
毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 もお気軽にお越し下さいませ。
新コンテンツ、 『ウィリアム君のお部屋』 では公式絵の船長と遊べますv
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、今月は…。お花見の旅に向かったソルジャー夫妻のその後は如何に?←『シャングリラ学園生徒会室』は、こちらからv
『ウィリアム君のお部屋』 も、上記から。生徒会室の中にリンクがあります。
船長に餌(ラム酒)をあげたり、撫でたり出来るゲームです。5分間隔で遊べます。
元のゲームのプログラムをしっかり改造済み。ご訪問が無い日もポイントは下がりません。
のんびり遊んでやって下さい、キャプテンたるもの、辛抱強くてなんぼです。
サーチ登録してない強みで公式絵を使用しております。通報は御勘弁願います。
1時間刻みで変わる絵柄が24枚、お世話の内容に対応した絵もございます。
「外に出す」と5分で戻ってきますが、空き部屋を覗くとほんのりハレブル風味だとか…。
生徒会室の過去ログ置き場も設置しました。1ヶ月分ずつ順を追って纏めてあります。
1ヵ月で1話が基本ですので、「毎日なんて読めない!」という方はどうぞですv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
ゴールデンウィークも終わった爽やかな季節。早々と夏日なんかもありましたけれど、シャングリラ学園は平和です。中間試験は会長さんのお蔭で乗り切れるとあって1年A組はのんびりまったり、特別生の私たち七人グループは更に輪をかけてのんびりと…。
「いい天気だねえ…」
やっぱり何処かに行きたい気分、と言い出したのはジョミー君。今日は週末、私たちは会長さんの家に朝から遊びに来ていました。ドリームワールドへ行くという話もあったのですけど、昨日の予報では週末は雨。雨だと絶叫マシーンは楽しめませんし、こういう展開になったのです。
「だけど午後からは雨になると思うよ」
雨雲の動きを見てるとそんな感じ、と会長さん。
「多分、一転して土砂降りってパターンじゃないのかな。ウッカリ出ちゃうとずぶ濡れだよ」
「かみお~ん♪ 雨になったら瞬間移動で帰ってくる?」
何処かの陰に隠れてパパッと移動、という「そるじゃぁ・ぶるぅ」の案に私たちは歓声を上げましたが。
「それもいいけど…。面白いモノを見付けたよ。これを高みの見物はどう?」
あっち、と会長さんが窓の外を指差しました。
「ハーレイがレッスンに出掛けたんだよね。燃えているから楽しいんじゃないかな」
「「「レッスン?」」」
「バレエだよ。『眠れる森の美女』のオーロラ姫に挑戦中なんだ」
「「「えぇっ!?」」」
ビックリ仰天の私たちに向かって会長さんは。
「まだレッスンを続けているっていうのが泣けるよねえ…。柔道とか水泳と同じで一度始めたスポーツってヤツは辞めると身体がなまってしまう気がするのかな? いくら練習しても発表会には出ないんだから勿体無いと思ってたけど……ハーレイもとうとうオーロラ姫かぁ…」
古典バレエの難役なんだ、と人差し指を立てる会長さん。
「そこまで行ったら道を極めたと言えるだろうね。始まりはぼくの悪戯だったけど、根性で昇りつめたわけ。せっかくだから見て行きたまえ。自力で覗き見は出来ないだろう?」
「俺たちのサイオンは未だにヒヨコレベルだからな…」
さっぱり見えん、とキース君が応えるのとリビングの壁が中継画面になるのは同時でした。映し出されたのは教頭先生。ロッカールームでシャツを脱いでいる所です。
「これからレオタードに着替えてレッスンってね。レッスンの時には紅白縞ではないんだよ」
「「「………」」」
青月印の紅白縞はアウターに響くなんてレベルのものではありません。ズボンを脱いだ教頭先生はビキニパンツでしたが、えーっと……これも会長さんのプレゼントですか? 赤と白の細いストライプ…。私たちの視線が集中すると、会長さんは慌てて右手を左右に振って。
「違う、違う、あれはハーレイが自分で見つけてきたヤツで…! 紅白縞にこだわりがあるからビキニパンツも紅白縞。流石に水泳用の褌までは紅白縞にはしなかったけど」
そっか、教頭先生のこだわりでしたか…。教頭先生は逞しい身体を黒のレオタードに包み、トウシューズを履いてリボンを結ぶとレッスン室へと出てゆきました。個人レッスンだそうで、女性の先生が一人だけ。バーを使っての準備運動などを終えるとレッスン開始。音楽に合わせて華麗な技が次から次へと…。
「うーん、見ていただけで疲れた…」
ジョミー君のぼやきは柔道部三人組以外には共通でした。ジャンプに回転、バランスなどと大きな身体で軽やかに踊る教頭先生のレッスンは延々と続き、私たちが先にギブアップ。早めのお昼にしてしまおう、とダイニングに移動してホワイトアスパラガスのクリームパスタを頬張っている最中です。
「教頭先生、まだ踊り続けているんだよね?」
ジョミー君の問いに会長さんが視線を外に走らせ、頷いて。
「オーロラ姫を全幕通しで、っていうのが今日のコンセプトみたいだからねえ…。オーロラ姫が難役なのは技術とか表現も難しいけど、体力勝負って所も大きいらしいよ。全幕を踊ると酷く消耗するそうだ」
それを顔に出さずに踊ってなんぼ、と会長さんは説明してくれました。
「本物の舞台だと衣装や背景なんかもつくから見ていて疲れはしないけど…。今日みたいにレッスン風景だけだと見物するのも根性が要る。疲れたという意見は正しい。…キースたちは柔道で鍛えてるから、他のみんなよりはマシってトコかな」
「…そうでもないぞ。動きのハードさは良く分かる。俺には到底無理だな、アレは」
スタミナ不足で倒れそうだ、とキース君。
「柔道の動きとは全く違うし、水泳とも使う筋肉が違う。なんとか踊り切れたとしても明くる日は筋肉痛で使い物にならんという気がするぞ」
「ふうん…。そんなに凄いのかい?」
そこまでだとは思わなかったよ、と口にする会長さんにキース君は。
「あんたはスポーツをやらないからな。教頭先生は物凄い努力を今日まで重ねて来られたんだろう。たかが寸劇の白鳥の湖のためにバレエの技を叩き込まれて何年だ? 難役と呼ばれる踊りに挑戦されるとは素晴らしすぎる」
「披露する場所は無いんだけどねえ? ハーレイは発表会に出ないし、自己満足に過ぎないんだけど」
「それでも道を極めようとなさっておられるんだ。俺は非常に感動している。だが…」
この気持ちをお伝えするのは無理だろうな、とキース君は残念そう。まさか覗き見をしてましたなんて言えませんしねえ、教頭先生に面と向かっては。
「そうか、感動するほどのことなのか…。だったらお祝いすべきかな?」
会長さんの言葉にパスタを巻き付けるフォークがピタリと止まり、部屋の中がサッと翳りました。
「オーロラ姫に辿り着いたハーレイを祝して記念に一発! どんなイベントがいいんだろう?」
パーティーがいいかな、それともパレード…、と会長さんが論う間に窓の外の空はみるみる黒い雲に覆われ、大粒の雨がいきなり叩きつけるようにバラバラと。
「うーん、どれもインパクトに欠けるよねえ…。オーロラ姫をもっと前面に出したいけれど、踊りを披露するって言うんじゃイマイチ新鮮味が無いような気が…」
それで充分新鮮だろう、と誰もが心で突っ込みを入れつつ沈黙しているのが分かります。迂闊に口を挟んだが最後、会長さんの悪だくみに手を貸してしまうのは確実で…。
「あ、そうだ!」
思い出した、と会長さんが手を叩いたのと季節外れの稲光とは同時でした。
「眠れる森の美女でいいんだ、眠れる森のハーレイだよ!」
「「「えぇっ!?」」」
やはり踊りの線で行くのか、と笑い物にされる教頭先生の姿が頭を掠めた所で雷の音がガラガラと。教頭先生、せっかくバレエを極めようとなさっているのに、お笑い一直線ですか…。
ゴロゴロ、ピカピカと外はすっかり荒れ模様。ドリームワールドにお出掛けしなくて正解でしたが、会長さんの家で過ごした時間もとんでもない結果を迎えました。教頭先生がオーロラ姫を踊れるようになられたお祝いに『眠れる森のハーレイ』だとは…。
「会場は何処にしようかな? ハーレイの家じゃイマイチだしねえ…」
首を捻っている会長さんに、キース君が。
「イマイチ以前の問題だろうが! あれだけの踊りを披露するにはそれなりの広さが必要と見たぞ。教頭先生の家では狭すぎだ」
「…誰が踊りを見せるって言った?」
「「「は?」」」
今度は私たちが揃って首を傾げることに。眠れる森のハーレイですから踊りを見せるイベントなのでは?
「踊りはどうでもいいんだよ。眠れる森のハーレイなんだよ、ハーレイが主役のイベントなんだ」
「だからオーロラ姫の役でしょ?」
踊るんじゃないの、とジョミー君が返せば、会長さんは。
「違うよ、本家本元のオーロラ姫さ。眠れる森の美女だろう? ハーレイは寝ているだけのイベント」
「「「???」」」
「あれは何年前だったかなぁ…。他所の国でね、『眠れる森の美女』がコンセプトの美術展が開催されたんだ。本物の美女がベッドに寝ていて、来場者のキスで美女が目覚めたら結婚するという趣向」
「「「えぇっ!?」」」
そんなイベントは初耳でしたが、会長さんによると本当らしく。
「これがまた凄いオチがついててねえ…。展示開始から二週間後に美女は目出度く目覚めたんだけど、目覚めのキスを贈ったのが女性だったんだ。美女も来場者も事前に結婚を約束する署名をしていたものだから、もう大変。その後、どうなったかは知らないけどね」
「…あんた、それを教頭先生でやろうというのか?」
キース君の引き攣った顔に、会長さんはニヤリと笑って。
「ご名答。ただし、ハーレイなんかと結婚するのは御免だって人も多いだろう。そういう人のキスでハーレイが目覚めてしまった場合は全面的にハーレイの責任ってことで慰謝料を支払うことにしておく」
「誰が支払うんだ?」
その慰謝料は、と胡乱な目をするキース君に会長さんがクッと喉を鳴らすと。
「ハーレイに決まっているだろう? 私が悪うございました、不愉快な思いをさせてしまってすみません…、と給料の半年分を渡すわけ。婚約指輪は給料の三ヶ月分だとハーレイは今も信じているよね? 婚約が破談になったら倍返しというのがお約束だから、三ヶ月の倍で半年分だ」
なんという凄まじいイベントなのだ、と頭を抱える私たち。教頭先生にとって旨味は全くありません。そんなイベントが開催できるわけがない、と誰もが考えたのですけれど…。
「甘いね、君たちはまだまだハーレイのことを分かっていない。来場者の中にぼくが含まれている可能性だってあるんだよ? ぼくのキスで目覚められたら結婚だ。…ぼくに拒否されて巨額の慰謝料ってケースはハーレイは絶対考えないね。キスで目覚めたら結婚あるのみ」
このイベントは実現可能、と会長さんはブチ上げました。
「君たちも泊まり込みで張り番をするって条件だったら、ぼくの家を会場にしても許可は出る。このリビングはどうだろう? それっぽく飾ってベッドを置いて…。展示期間は土日の二日間だけ! お遊びにはそれで充分だから」
次の週末には是非やりたい、と語り始めた会長さんを止められる人はいませんでした。今日の空模様の如く急転直下な運命を辿りそうな教頭先生、来週末には果たしてどうなっているのやら…。
会長さん主催の特別展示企画、『眠れる森のハーレイ』。話が最初に持って行かれたのは当然、教頭先生です。「会長さんは教頭先生の家に一人で行ってはいけない」というお約束は今も健在なだけに、私たちも同行してバレエのレッスンから帰宅なさった所へお邪魔したのですが。
「ね、アッサリ承諾しただろう? それも真っ赤な顔をして…さ」
クスクスクス…と笑いを漏らす会長さん。
「慰謝料を支払う羽目になったとしても万一のチャンスに賭けたいんだよ。ぼくのキスで目覚めちゃったら最高だよねえ、天国気分から一気に地獄。結婚転じて慰謝料ってね」
教頭先生は会長さんのサイオンで深く眠ることになるそうです。どんなはずみで目が覚めるのかは会長さんも一切仕掛けをしないらしくて、目覚めないまま展示期間が終了することも有り得るのだとか。
「丸二日間飲まず食わずで眠っていても消耗しないし、トイレも行かない。まさしく眠れる森の美女! 本人の了解を取り付けたからには、次はゼルたちに相談しないと」
教頭先生の家から瞬間移動で戻った会長さんは長老の先生方をゼル先生の家に集めて、私たちを連れて乗り込んで…。
「ほほう、眠れる森のハーレイとな?」
面白そうじゃ、とゼル先生が興味を示せばブラウ先生も。
「止める理由は無さそうだねえ。ブルーの身の安全は保証されてるみたいだし…。それでアレかい、あたしたちにもキスのチャンスはあるのかい?」
「勿論さ。イベントの性質上、一般生徒は無理だけど…。教職員と特別生には公開しようと思ってる。ソルジャーの自宅で展示会ってだけで人が呼べそうだろ、普段は非公開だしね」
「入場料は取るのかね?」
ヒルマン先生が尋ね、会長さんは少し考えてから。
「…うーん…。別にいいかな、気軽に遊びに来てもらいたいし。必要経費は花くらいだから」
「花ですか?」
エラ先生の不思議そうな顔に、会長さんがパチンとウインクをして。
「そこは当日のお楽しみ! やってもいいんだね、次の土日に」
「まあ、ええじゃろ。わしらの楽しみも増えそうじゃ」
「いいねえ、慰謝料ってヤツが手に入ったら皆で一杯やろうじゃないか」
ゼル先生とブラウ先生が大きく頷き、ヒルマン先生とエラ先生もゴーサインを出してしまいました。来週の土日は会長さんの家を会場にして『眠れる森のハーレイ』です。私たち七人グループは金曜の夜から泊まり込みで展示のお手伝い。明日はその打ち合わせですか、そうですか…。
週明けには会長さんが立派なチラシを作って来ました。フルカラーで凛々しい船長服の教頭先生が刷られていますが、しっかりと『祝・オーロラ姫記念』の文字とオーロラ姫を踊れるようになるまでの経緯が書かれています。興味を持った人はこちらまで、とバレエスタジオの連絡先と住所つき。
「…あんた、踊りの方も忘れたわけではなかったんだな?」
見学希望者が押し掛けて行ったらどうするつもりだ、と詰め寄るキース君に、会長さんは涼しい顔で。
「発表会には一切出ないんだから、踊りを披露できるチャンスじゃないか。バレエスタジオには伝えておいたよ、見学希望があるようだったらオーロラ姫の衣装を届けさせるから…って」
衣装代はぼくからのプレゼント、と悪びれもしない会長さん。この様子では既に発注済みに違いありません。案の定、スタジオには問い合わせの電話が相次いだそうで、教頭先生のオーロラ姫は近日中に披露という運びになりました。でも、その前に展示です。金曜日の夜、私たちは会長さんの家に泊まりに出掛けて…。
「…おい。ベッドと言っていなかったか?」
キース君が会長さんを振り返ったのは、賑やかな夕食を終えてリビングに移動した時のこと。今日はゲストルームに荷物を置いて直ぐにダイニングの方へ直行したため、リビングに入ったのは初めてです。えっと…いつの間に畳敷きに? いつものフカフカの絨毯やソファは?
「ベッドのつもりだったんだけどね、気が変わったのさ。どうせならより面白く! 此処に布団で、こっちに祭壇」
「「「は?」」」
なんのこっちゃ、と畳しか無いリビングを見回す私たちの前に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が布団の山を担いで来ました。
「かみお~ん♪ この辺に敷けばいい?」
「ぶるぅ、枕はそっちじゃない。北はこっちだから」
こちら向けで、と会長さんが直した布団は北枕というヤツでした。これって…仏様用の布団なのでは?
「あ、分かってくれた? 最初はベッドを置いて薔薇の花を飾ろうと思ったんだけど…。ハーレイに薔薇の花が似合うと思うかい? 何かが違う、と考えた末に菊ってことで」
菊なら祭壇の方がピッタリ、と微笑む会長さんが私たちを指揮して設えた祭壇には白菊が飾られ、蝋燭やお線香、お焼香台までが置かれています。
「ハーレイにも白装束を着せてやりたいトコなんだけど、そうなるとキスが絵にならないし…。北枕ってだけで掛け布団は無し、服も船長服で行く。顔には布の代わりに特製手拭い」
コレ、と会長さんが広げた手拭いには『祝・オーロラ姫』の文字が躍っています。船長服で布団に北枕、顔には手拭い。更に白菊だらけの祭壇とお焼香台って、どう考えてもお笑いでしかありません。会長さんとの結婚を夢見て明日やって来た教頭先生、打ちのめされなければいいんですけど。
私たちの心配を他所に、翌朝現れた教頭先生は御機嫌でした。会長さんに案内されたリビングの設えを豪快に笑い飛ばすと、結婚と慰謝料の件についての誓約書に嬉々としてサイン。
「この飾り付けではキス出来るヤツが減りそうだ。…それだけでグンと確率が上がる。ブルー、お前もキスしてくれるのだろう?」
「それは勿論。御希望とあれば読経もさせて貰うよ、今日中に君が目覚めなかったら一晩置いておくことになるから」
「いや、それは…。お前が私のためにというのは嬉しいのだが、経を読まれてもな…」
成仏したら結婚出来ん、と真顔で言い切った教頭先生はゲストルームで船長服に着替え、戻って来て布団に横になると。
「…よろしく頼む。是非、お前のキスで目覚めたいものだ」
「自分の幸運を祈りたまえ。ぼくは一切、細工はしない約束だから」
いくよ、と会長さんの右手が目を閉じた教頭先生の額に置かれて、暫くすると豪快なイビキがグオーッ、グオーッと…。これじゃイメージ台無しじゃないか、とジョミー君たちと顔を見合わせていると、イビキは消えて急に静かに。ちょ、ちょっと、この展開はヤバイんじゃあ?
「大丈夫」
心配無いよ、と会長さんが片目を瞑ってみせました。
「イビキの方が眠りが浅いんだ。深く眠ればイビキもかかない。…さてと、手拭いを…」
会長さんは教頭先生の顔に手拭いを被せ、褐色の両手を胸の上で組ませて深く一礼。
「…南無阿弥陀仏」
「お、おい…。結局、そうなるわけか?」
キース君の指摘に、会長さんは「あっ」と声を上げて。
「ダメだ、つい…。職業病っていうヤツかな? これは仏様じゃなくて展示物だっけ、今回のメイン」
やっちゃった、と苦笑しながら私たちを引き連れ、リビングの前の廊下に置かれた椅子に腰掛ける会長さん。そこには記帳台っぽく机が据えられ、上に誓約書が積まれていました。教頭先生が自分のキスで目覚めた場合は結婚します、というものです。来場者はこれに記入した後、教頭先生にキスをするわけで。
「もうすぐ開場…ってね。誰が来るかな、トップバッター」
今日は玄関の扉は開け放たれています。来場者は仲間ばかりですからマンションの入口に来れば管理人さんが通してくれますし…。と、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がピョコンと椅子から立ち上がって。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
「ふふふ、朝一番から並んでおったんじゃ! 一人一回限りとは書いてないでのう」
何度でも挑戦してやるわい、と登場したのはゼル先生。誓約書にサインしてリビングに入るなり、ウッと息を飲んでおられましたが…。
「葬式がなんじゃ、要はハーレイとの熱いキッスじゃ! 慰謝料で一攫千金じゃでな」
わしのものじゃ、と布団の脇にドスンと座り込み、手拭いを外して思いっ切り……ブッチュー!
「「「……スゴイ……」」」
ここまでやるか、と誰もが驚くディープキスをかましたゼル先生。しかし教頭先生は目覚めず、空振りに。
「はい、残念でした。本日はお参り頂いてどうも」
会長さんがゼル先生に手渡した封筒には『会葬御礼』の文字が。清め塩の小袋がくっついたそれを開いたゼル先生は爆笑しながら玄関を出てゆかれました。中身は『あなたはヘタレと診断されました』と書かれた紙だそうです。教頭先生にヘタレの診断を下されちゃったら、大抵の人は笑いますよねえ…。
眠れる森の美女ならぬ教頭先生。もしもキスして目覚めたならば結婚するか、慰謝料か。ゼル先生がトップを飾った後はブラウ先生、ヒルマン先生と長老の先生方が続々と訪れ、エラ先生も。グレイブ先生御夫妻、まりぃ先生と一攫千金狙いの列は途切れることなくエンドレスです。
「えーっと…。今で何周くらいしたっけ?」
ジョミー君が指を折り、シロエ君が。
「確かジルベールさんがラストだったと思うんです。さっき見ましたから、十周はしたと思います」
「ジルベールは自信あったっぽいもんなぁ…」
一度目の怒りっぷりが半端なかった、と肩を竦めているサム君。欠席大王と名高いジルベールは同じく特別生のボナール先輩と並んでキスには自信があるらしく、腕自慢で展示に乗り込んで来たようで。そこへ例のヘタレ診断が下るわけですから、怒るのも無理はありません。
「教頭先生は全くお目覚めにならないな…」
溜息をつくキース君の肩を会長さんがポンと叩いて。
「だったら、君が頑張りたまえ。展示時間終了後はいくらでもチャンスがあるんだからさ」
「いや、それは…。お、俺には一攫千金の趣味は…」
「違うだろう? ハーレイとキスする度胸は無い、と素直に認めた方がいい」
でないと強制的にキスして貰うよ、と笑みを浮かべる会長さんに私たちの全身の毛が逆立ちました。万年十八歳未満お断りの身で教頭先生とキスはキツイです。いくら展示だ、芸術なのだとゴリ押されても、それだけは無理というもので。
「…やっぱり君たちはキスしないのか。ちょっと残念。おっと、そろそろ時間かな?」
閉場の準備、と会長さんが立って行って玄関の脇に残り時間を示す時計を置いたようです。それから半時間ほどして本日のラスト、ヒルマン先生が入っておいでになりましたが。
「………。やはり私では駄目なようだね…」
ゼルの方が分があるのだろうか、と呟きながらヘタレ診断書を受け取るヒルマン先生。
「明日も展示だと書いてあったが、ハーレイが目覚めない場合はどうなるのだね?」
「該当者なしで終了かな。慰謝料を毟れないのは残念だけど」
会長さんの答えを聞いたヒルマン先生は「ふうむ…」と御自慢の髭を引っ張って。
「それは少々つまらなすぎる。ここまで人気を呼んでいるのだ、楽しいイベントにしなければ」
明日もみんなで努力しよう、とヒルマン先生が帰ってゆかれた後に会長さんが玄関の扉を閉めると、誓約書を取ってサラサラとサイン。
「目指せ慰謝料! だけど一日一度で沢山、今日はこれっきり」
手拭いをどけて教頭先生の唇にキスした会長さんですけど。
「なにさ、ぼくにも気付かないのかい! 本当にもう最低としか言いようがないよ、ヘタレのくせに!」
ヘタレにヘタレと断定された、とキレまくる会長さんは多分自信があったのでしょう。キスさえすれば慰謝料ゲットと思っていたのに見事に空振り。怒り狂った会長さんが緋色の衣に着替えて教頭先生に読経したのは至極当然の結果だと思いますです…。
翌日も『眠れる森のハーレイ』は朝から大人気。クチコミで噂が広まったらしく、シャングリラ号で見掛けた人やらマザー農場の職員さんまでが来ています。自信満々なエロドクターも来てキスをしたのに教頭先生は一向に起きず、刻一刻と迫る閉場時間。
「……つまらない……」
会長さんがポツリと零した言葉に総毛立ったのは私たち。このまま教頭先生が目覚めなかったら、会長さんはどうする気でしょう? 会長さんのキスで一発で起きてくれればいいんですけど、昨日みたいに空振りしたら巻き込まれそうな気がします。一人で何度もキスをするとは思えませんし…。
「やばいよ、誰か起こしてくれないと…」
ジョミー君も同じ考えに至ったらしく、私たちは祈るような気持ちで最後の入場客となったエロドクターに熱いエールを送ったのですが。
「…私にヘタレ診断を突き付けるとはいい度胸です。童貞のくせに生意気な…!」
そのまま一生ヘタレていなさい、と教頭先生に罵声を浴びせてエロドクターは帰ってゆきました。教頭先生は何千回とキスされたのに、ついに目覚めなかったのです。これで閉場ということは、今、誓約書に記入している会長さんのキスで起きなかったら…。
「…面白そうなことをやってるじゃないか」
フワリと翻った紫のマントがこれほど頼もしく思えたことは今までにありませんでした。
「キスでハーレイを起こすんだって? …どれどれ」
ぼくもサインを、と誓約書を一枚手に取るソルジャー。その隣にはキャプテンまでがくっついていて。
「ハーレイ、お前も書くんだよ。これも人助けというヤツだ。そこの子たちが困っているから人数は多い方がいい。……ブルー、まさか嫌とは言わないだろうね?」
「言わないけどさ…。そりゃ、ジョミーたちを巻き込むよりかはマシなんだけどさ、もしもハーレイが君たちのキスで目覚めた場合はどうなるんだい?」
「ん? 決まってるだろう、結婚じゃなくて慰謝料だよ! ぼくもハーレイも結婚してる身だ、三人目は…ちょっと。じゃ、そういうことで」
ニッコリ笑って教頭先生にキスを贈ったソルジャーでしたが、貰ったものは慰謝料ではなくて会葬御礼。
「どうしてさ!? ちゃんと思念で呼び掛けたんだよ、君のふりをして!」
「………。途中から覗き見してたんだろう? 小細工は一切していないんだよ、ぼくだからって反応するわけじゃない。ハーレイの反応は誰にも読めない」
「なんだって!? じゃあ、無理矢理に叩き起こす!」
意地でも起こして慰謝料ゲットだ、と喚き散らしているソルジャーを他所にキャプテンが「これも仕事」とばかりに教頭先生にキスをしています。これはこれで珍しい図だ、と頭の何処かでボンヤリと考えながら眺めていると…。
「「「わわっ!?」」」
教頭先生の瞳がパッチリと開き、愕然とした表情で。
「……ブルーでは……ない……の…か……?」
「…ど、どうすればいいのです、ブルー! け、結婚ということですか!?」
あなたとは離婚になるのですか、と叫ぶキャプテンの方もパニックでした。キャプテンもきっと話を最後まで聞かなかったに違いありません。教頭先生から慰謝料を貰いさえすれば結婚しなくて済むのですけど、それを知らずに誓約書にサインしたようで…。
「ブルー、なんとかして下さい! 私はあなたと離婚する気は…!」
「一体どうなっているのだ、ブルー! 世界が違うと慰謝料の話は無効なのか? 私は結婚するしかないのか、どうなんだ、ブルー!」
大パニックで結婚の危機から逃れようとするキャプテンと教頭先生と。二人をポカンと見ていた会長さんとソルジャーの瞳が悪戯っぽく輝いたのは暫く経ってからでした。
「…困ったなぁ…。ぼくと離婚してまで結婚かぁ…。でもまあ、それも刺激的かもね、略奪されたら取り返そうって気になるし」
「そうか、あのヘタレが略奪婚ねえ…。たまには応援してみようかな、ぼくから意識が逸れるかも」
それも良きかな、と手を握り合ったソルジャーと会長さんは勘違いから生まれつつあるカップルを応援するようです。パニック状態の二人が冷静になるのが先か、結婚話が思い切り暴走するのが先か。教頭先生とキャプテンのキスから生まれた勘違いカップル、褐色の肌の二人に乾杯!
眠れる森の男・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
本編の連載開始から5周年記念で月2更新と予告したくせに、専用掲示板から突然
お引っ越しになってしまって申し訳ございませんでした。
来月は 「第3月曜」 更新ですと、今回の更新から1ヵ月以上経ってしまいます。
ですから5月も 「第1月曜」 にオマケ更新をして、月2更新の予定です。
次回は 「第1月曜」 5月6日の更新となります、よろしくお願いいたします。
毎日更新の場外編、『シャングリラ学園生徒会室』 もお気軽にお越し下さいませ。
新コンテンツ、『ウィリアム君のお部屋』 では公式絵の船長と遊べますv
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、今月は…。ソルジャー夫妻と「ぶるぅ」もセットでお花見です。
←『シャングリラ学園生徒会室』は、こちらからv
『ウィリアム君のお部屋』 も、上記から。生徒会室の中にリンクがあります。
船長に餌(ラム酒)をあげたり、撫でたり出来るゲームです。5分間隔で遊べます。
元のゲームのプログラムをしっかり改造済み。ご訪問が無い日もポイントは下がりません。
のんびり遊んでやって下さい、キャプテンたるもの、辛抱強くてなんぼです。
サーチ登録してない強みで公式絵を使用しております。通報は御勘弁願います。
1時間刻みで変わる絵柄が24枚、お世話の内容に対応した絵もございます。
「外に出す」と5分で戻ってきますが、空き部屋を覗くとほんのりハレブル風味だとか…。
※生徒会室の過去ログ置き場も設置しました。1ヶ月分ずつ順を追って纏めてあります。
1ヵ月で1話が基本ですので、「毎日なんて読めない!」という方はどうぞですv
※シャングリラ学園番外編の専用掲示板、なんと容量オーバーしてしまいました。
5周年記念でキリ良くオーバー、投稿不可能とは素晴らしすぎる偶然かも…。
アルト様のサイトには思い切り御迷惑をかけてしまって申し訳ない限りですけど。
今後は、こちら 『シャン学アーカイブ』 にて 「毎月第3月曜」 更新です。
第1月曜にもオマケ更新をして 「月2更新」 の場合は前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいねv
学園祭も無事に終わった初冬の週末。私たち七人グループは会長さんのマンションへ向かって歩いていました。今年も学園祭での売り物は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーを謳ったサイオニック・ドリームで大人気。つまり会長さんがサイオンを使いまくっていたわけで…。
「…今日で何回目の慰労会だっけ?」
ジョミー君が指を折り、キース君が。
「諦めろ。気が済むまでやるに決まってるだろう、あいつなんだし」
「いいけどね…。御馳走は思い切り食べられるんだから」
でもねえ…、とジョミー君は深い溜息。私たちだって同じです。えっ、御馳走三昧の慰労会の何処に不満があるのかって? それは会長さんの慰労会だからで…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
マンションの最上階に着くと元気一杯の「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお出迎え。学園祭のサイオニック・ドリームでサイオンを使いまくったのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」も同じですけど、こちらは元気印です。慰労会の御馳走にも腕を揮っているわけですし…。
「あのね、ブルーはもうちょっと時間がかかりそうなの!」
待ってあげてね、と案内されたリビングで飲み物と焼き立てのクッキーが配られ、キース君が早速摘みながら。
「美味いな、これは。…カロリーの方も高そうだが」
「アーモンドの粉のクッキーだよ。バターは…ちょっと多めかも…」
でないとコクが出ないんだ、と答える「そるじゃぁ・ぶるぅ」にキース君は。
「で、今日のメニューは何なんだ? 昼飯じゃなくて、ブルーの方の」
「えっと、えっとね…。なんだったかなぁ、乾燥してくる季節だからって…。海藻エキスでお肌しっとり、タラソテラピーって言ってたかな?」
「そう来たか…。この前はヨーグルトパックだったな」
「果物を何種類もすりおろして作るってパックもやってなかった?」
ホントに美肌にこだわるよねえ、と呆れ顔をしているジョミー君に、スウェナちゃんが。
「顔は男の命だからでしょ。…ジョミーたちは違いそうだけど」
「あー、そっか…。ブルー、モテるの大好きだもんねえ、シャングリラ・ジゴロ・ブルーだから」
仕方ないか、と愚痴を零しつつ待つこと半時間くらい。
「ごめん、ごめん。待たせちゃって」
リビングの扉が開いて会長さんが現れ、廊下の方へと手を振って。
「じゃあね、ハーレイ。帰り道は鼻血に気を付けて」
「う、うむ…。安全運転を心がけよう」
ティッシュで鼻を押さえた教頭先生の声は既に鼻血の危機であることを示していました。私たちも挨拶する中、そそくさと帰ってゆかれましたが…。
「ふふふ、これだから癖になる。慰労会は何度やってもいいねえ」
大きく伸びをする会長さんの目的は会食ではなく、教頭先生のスペシャル・エステ。普段からエステを頼んでいる筈ですけど、教頭先生を私たちの視線に晒すのがお目当てなのです。エステの最中はプロと化してしまう教頭先生、鼻血は一切出しません。けれど終わると一気に来てしまうようで…。
「今日も駐車場から出て行くまでにかなり時間がかかると見たね。さあ、賭けようか。ぼくは三十分で行くけど、君たちは何分?」
始まったのは鼻血賭博。教頭先生が復活して車を運転出来るようになるまでの時間を当てる賭けでした。当てた人は次の慰労会の時に一品注文出来るのです。食事でもデザートでも、好きなのを一つ。
「十五分だ。教頭先生は克己心が強くてらっしゃるからな」
キース君が言えば、他のみんなも次々と賭けに乗ってゆきます。私はキース君に便乗して十五分。会長さんが全員の分をメモした所で…。
「二十分! ぼくも一口乗らせて貰うよ」
紫のマントがフワリと揺れて、ソルジャーがリビングに立っていました。しばらく見ないと思っていたのに、来ちゃいましたか、そうですか…。
「どうして君が出て来るのさ!」
ダイニングに移動してカボチャとサツマイモのパイ包みを頬張る会長さんは文句たらたら。本日の鼻血賭博は二十分に賭けたソルジャーの勝ちで、会長さんの御機嫌は最悪なことに。
「部外者のくせに賭けに勝つなんて酷いじゃないか! ぶるぅの料理が目当てだったら普通に遊びに来ればいいだろ、鼻血賭博は娯楽なんだし!」
「そうだろうねえ、君はハーレイの鼻血の危機を見せびらかしたいだけみたいだしさ。…毎回、見ていて飽きないよ。そこまでオモチャにされまくっているハーレイはとても気の毒だけど」
ぼくなら情が移るのに、とソルジャーは会長さんをひたと見詰めて。
「君の身体を一所懸命ケアしているのに、なんの御褒美も無いなんて…。せめて仕上げのフラワーバスは一緒に入ってあげようとか思わないわけ?」
「お断りだよ!」
「いいけどね、君に全くその気が無いのは知ってるし。…ところで、ハーレイのプロ根性。あれが崩れたらどうなるだろう?」
「「「は?」」」
ソルジャーの台詞に全員が首を傾げましたが。
「プロ根性だよ、エステのプロ! ぼくも何度か受けているけど、ホントに鼻血は出ないよねえ…。それを崩してみたくてさ。ブルーが掛けた暗示が勝つか、ぼくが暗示を見事に解くか。…暗示の性質からして一度解いても次回までには元通りだよね? 一度挑戦してみたいんだ」
「き、君はどういうつもりなわけ!?」
会長さんの声が裏返る中、ソルジャーは赤い瞳を悪戯っぽく煌めかせて。
「そのまんまだよ、君の暗示に挑戦! ちょうどエステも受けたい気分だし、明日の予約をお願いしたいな。最近、ちょっと肌に疲れが…。救出作戦が続いちゃってさ」
嘘だろう、と誰もが心で突っ込みましたが、SD体制を持ち出されると断れないのもまた事実。こうしてお肌ツヤツヤのソルジャーは帰宅したばかりの教頭先生に会長さんの名前で明日のエステの予約を入れさせ、御満悦でポルチーニ茸のパスタをフォークに巻き付けています。
「楽しみだなぁ、明日は久しぶりの全身エステ! そっちはしっかり受けなくっちゃね。暗示を解くのは最後の最後! 盛大に鼻血を噴いて倒れてくれたらいいんだけども」
「…君のハーレイが嘆かないことを祈っているよ。大切な君が他の男の手でベタベタと…」
会長さんの嫌味はソルジャーにサラリと受け流されて。
「ああ、そこの所は大丈夫! お肌しっとりになるわけだからね、感謝こそすれ怒りはしないさ。大切なのは抱き心地と肌の手触りだろう?」
「ストーップ!」
その先、禁止! と会長さんが止めに掛かりましたが、時既に遅し。ソルジャーは延々と私たちには意味不明な大人の時間について熱く語って、それから帰ってゆきました。鼻血賭博で勝った権利を明日のおやつに行使するのも忘れずに…。
「栗のババロアが何だって言うのさ!」
代替品で作ってしまえ、と会長さんは怒っていますが、栗がサツマイモに化けたところで明日のエステが中止になるわけじゃありません。ソルジャーは何も分かっていない「そるじゃぁ・ぶるぅ」に暗示を解く瞬間の中継なんかも頼んでましたし、私たちも全員、巻き添えです。
「…鼻血賭博が鼻血に化けたか…」
キース君の疲れた口調に色濃く滲む会長さんへの恨み節。会長さんが慰労会を繰り返しさえしなかったなら、こんな悲劇は無かった筈で…。けれど会長さんもまたドン底でした。
「…ぼくの暗示に挑戦だって? ブルーに勝てるわけないだろう…」
ぼくと瓜二つの身体を撫で回しながら鼻血なのか、と泣きの涙の会長さん。その気持ちもまた分かってしまうだけに、明日がなんとも心配です…。
会長さんの暗示への挑戦と、全身エステと。お楽しみを二つも抱えたソルジャーが上機嫌でやって来たのは翌日の朝のことでした。会長さんが入れた予約の時間は午前十時。それに合わせて私たちも早めに会長さんのマンションに集まり、ソルジャーも一緒にお茶を飲みながら待っている内にチャイムの音が。
「かみお~ん♪ ハーレイが来たよ!」
パタパタと駆けてきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」に続いてリビングに顔を覗かせた教頭先生は居並ぶ私たちの姿にポカンと口を開け、ソルジャーが。
「こんにちは。今日のエステをお願いしたのは、ぼくなんだよ。最近、肌に自信がなくて…。ぼくのハーレイに申し訳ないから、スペシャル・ケアを…ね」
「そ、そうでしたか…」
教頭先生、思わぬ展開に頬を赤らめておいでです。しかしエステに関してはプロ中のプロ、立ち直りの方も早くって。
「この季節は乾燥しがちですから、肌にもダメージが出るのでしょう。…ああ、あなたの世界では関係無いかもしれませんが…。状態を見てからケアをさせて頂きますので、どうぞこちらへ」
会長さんの家にはエステ専用の部屋があったりします。教頭先生は先に立ってソルジャーを其方へと促し、廊下に消えてゆきました。ソルジャーも続いてリビングを出る時、ヒョイと後ろを振り返って。
「じゃあ、ぶるぅ。合図をしたらよろしくね」
「オッケー!」
元気のいい返事を聞いたソルジャーはパチンとウインクをしてエステにお出掛け。何も知らない教頭先生はきっとエステティシャンの仕事に燃えているでしょう。覗き見してみた会長さんによると、どうやらタラソテラピーのコースらしくて。
「…例によって下着無しだよ、ブルーはさ。今の所はハーレイは無事だけど、暗示云々の件が無くても今日の鼻血は酷かったろうね。…なにしろ下着無しなんだから」
あの度胸だけはぼくには無い、と会長さんは呻いています。私たちの前にはカボチャのパウンドケーキのお皿が置かれていますが、あんまり食が進みません。ソルジャーは二切れも食べてからエステなのに…。
「あれっ、カボチャのケーキは嫌いだった?」
ごめんね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」に謝られてしまい、私たちは慌ててパクパクと。
「ち、違うよ、これはソルジャーのせいで!」
「ああ。どう考えてもあいつのせいだ」
心配で食欲減退中だ、とジョミー君とキース君が答えてくれたので「そるじゃぁ・ぶるぅ」はホッと安心したようです。
「よかったぁ~。あのね、ブルーなら心配いらないよ? とっても気持ち良さそうだもん」
お昼寝してる、と無邪気な報告を受けた私たちは更にズズーンと暗い気分に。全身エステを満喫中のソルジャーが仕上げのマッサージを受け、フラワーバスに向かう直前が惨劇の時間になる筈です。暗示を解かれた教頭先生が鼻血を噴いて倒れるわけで…。
「仰向けに倒れることを祈るよ、でないとブルーの上にバッタリ」
それは避けたい、と会長さんが嘆きまくっている間にも時計の針は刻一刻と進み、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「あっ、合図だ! もうすぐだって!」
言うなりリビングの壁が中継画面に変わって映し出されるエステ部屋。専用ベッドに寝そべったソルジャーの身体を施術用の服を着た教頭先生が丁寧にマッサージしています。アロマオイルを肌にすり込み、しっとりと仕上げて微笑んで。
「…如何ですか?」
「うん。ありがとう、また一段と腕を上げたよね」
嫣然と笑みを浮かべたソルジャーの瞳がキラリと光った次の瞬間、教頭先生はボンッ! と音がしそうな勢いでトマトみたいに真っ赤な顔に。耳の先まで赤く染まるのと鼻血が出たのは同時だったと思います。ボタボタボタッとソルジャーの胸に鼻血が落ちて、それからドターン! と教頭先生は床に仰向けに…。
「「「あー…」」」
やっちゃった、と溜息をつく私たちの隣では会長さんが頭を抱えていました。ソルジャーは中継画面越しにウインクを寄越し、「これからお風呂」とタオルを巻いてスタスタと…。教頭先生を救出すべきか、放置すべきか迷いますけど、どうなるんでしょう?
昏倒してしまった教頭先生は着て来た服や車もセットで「そるじゃぁ・ぶるぅ」が瞬間移動で家まで送り届ける結果に。一時間やそこらで立ち直るわけが無いからです。騒ぎの元凶のソルジャーの方はフラワーバスにゆったりと浸かり、全てが終わってからバスローブのままでリビングに。
「サイオン勝負はぼくの勝ちだね。あの程度の力で解ける暗示だとは思わなかった」
「どうせ場数を踏んでいないよ! ぼくは実力不足だよ!」
それよりも、と会長さんは眉を吊り上げて。
「ハーレイの鼻血は諦めてるけど、君の格好は何なのさ! 女の子もいるのにマナー違反だよ!」
「ああ、これかい? マナー違反は百も承知だけど、見てほしいものがあるんだってば」
ここ、とソルジャーがバスローブの胸元をグイと開いて。
「ほらね、ここと……ここと……それから、ここ。他よりしっとりしていないかい?」
「「「は?」」」
「分からないかな、そういう感じがするんだよ。ハーレイの鼻血が落ちた場所なんだけど、なんだか艶が出たって言うか…。血ってヤツには美肌効果があるのかなぁ?」
「あるわけないだろ!」
ブチ切れたのは会長さんです。
「単なる視覚のマジックだよ、それ! そういう風に見えるだけ! ぼくたちの目には他と同じに見えてるんだし間違いない。それにハーレイは人間だしね」
「…目の錯覚ねえ…。そういえば戦いの最中に返り血は何度も浴びているけど、美肌効果は無かったか…」
恐ろしいことをサラッと口にしたソルジャーですが。
「ん? ちょっと待ってよ、ハーレイは人間だからって言ったよね? 人間でなければ効果があることもあるのかい? 生き血ってヤツに」
「…スッポンの生き血なら効くかもね。ぼくは試したことが無いから保証の方はしかねるけれど」
大真面目に答える会長さん。そういえばスッポンには美肌効果がありましたっけ。でも、生き血ではなくて肉の方ですよね、多分…。
「スッポンだって? アレは精力絶倫なんじゃあ?」
そう聞いてるよ、と返すソルジャーに、会長さんはフウと吐息を吐き出して。
「そっちの他に美肌効果でも有名なんだよ。だから生き血を浴びて美肌というのがスッポンだったら納得だ。だけどハーレイでは有り得ない。まして鼻血じゃ美肌どころか汚いだけだよ、しっかり洗い落としておきたまえ」
せっかくのエステが台無しだ、と言われたソルジャーは「なんだ、残念…」とブツブツ呟きながらバスルームへ。いやはや、鼻血で美肌とはビックリ仰天な話です。会長さんの言葉のとおり目の錯覚というヤツでしょうが、もしも錯覚でなかった場合は教頭先生はどうなったやら…。
「まったく、もう…」
何処の伯爵夫人なんだ、と会長さんがぼやいています。えっと…伯爵夫人って、なに?
「知らないかな? ブルーみたいな錯覚が元で、生き血を浴びるために六百人もの少女を殺した女貴族さ。血の伯爵夫人と呼ばれてけっこう有名」
「いたな、そういう名門貴族が」
俺も連想してたんだ、とキース君が頷き、シロエ君も。
「ですよね、似たようなことって起こるんですねえ…。教頭先生が生き血ならぬ鼻血を搾られることになったらどうしよう、と焦りましたよ、一瞬ですけど」
「うへえ…。そんな怖いのがいたのかよ…」
考えたくねえな、とサム君がブルッと肩を震わせ、ジョミー君が。
「鼻血だって出過ぎちゃったら貧血だしね…。ソルジャーなら本気でやりかねないからシャレになってないよ、鼻血で美肌」
「あいつは突き抜けているからな。スッポンの生き血だって浴びかねないぞ」
スッポンを六百匹ほど搾って生き血風呂、とキース君が首を竦めてみせる姿に会長さんが笑っています。
「別のベクトルで効きそうだよ、それ。美肌効果もあるんだろうけど、それ以外にさ」
「…ふうん? スッポンの生き血風呂が何に効くって?」
「「「!!!」」」
いきなり聞こえたソルジャーの声。バッと振り返った私たちの前には私服に着替えたソルジャーが悠然と立っていました。これってヤバかったりするのでしょうか? どうなんですか、会長さん…?
「それで? 是非とも聞かせて貰いたいねえ、スッポンの生き血風呂の効能ってヤツを」
聞くまでは絶対に帰れない、とソルジャーの目は完全に据わっています。あれからオマール海老と帆立貝のクリーム煮がメインの昼食を食べ、今、テーブルに乗っているのは鼻血賭博に勝ったソルジャーがリクエストしていった栗のババロア。此処に至るまで会長さんは懸命に話題を逸らしていたのに…。
「教えてくれないのなら君の心を読むまでだ。うん、その方が早いかな?」
「ちょ、ちょっと待った! 暴力反対!」
余計なことはされたくない、と会長さんは悲鳴を上げました。
「君のサイオンのレベルはハーレイの鼻血でよく分かったよ! 君に逆らって心を読まれたら何をされるか…。ハーレイを好きになるように暗示を掛けられたりするかもだし!」
「…そこまでは無理。出来るものならとっくにやってる」
クスクスクス…と笑いを漏らすソルジャー。
「だけどハーレイにキスをしろとか、その程度なら可能かもね。ぼくの信用ってヤツに関わってくるからやらないけどさ。…で、喋る気になったって? 生き血風呂の効能」
「話すってば! だけど本当に効くかどうかは知らないよ?」
「憶測の域でも大いに歓迎。美肌効果は確実みたいだし、他にも何かあるとなったら興味がある。それも話したくない内容となれば尚更だ。…もしかしなくても精力絶倫、もうビンビンのガンガンとか?」
「………。言わなくても分かっていたんじゃないか……」
ガックリと項垂れる会長さんに、ソルジャーは。
「やっぱり今ので当たってたんだ? ふふふ、それなら試してみる価値はあるかもねえ…」
「試した人の話が無いから空振りになるかもしれないし!」
スッポンってヤツは高いんだから、と会長さんは厳しい口調。
「生き血だけでバスタブを満たそうとしたら何匹要るやら…。どうしてもって言うんだったらキースが言ってた六百匹にしておきたまえ。足りなかったらお酒を足すとか」
「お酒?」
「スッポン料理の専門店で生き血を出す時はお酒で割るんだ。飲みやすいようにって話だけれど、殺菌の意味もあるかもね。なにしろ相手は生き物なんだし」
「なるほどねえ…。具体的なプランを聞いたら試したい気分が高まってきたよ。ぼくのハーレイと二人で入れば最高じゃないか! ぼくは美肌効果でお肌ツヤツヤ、ハーレイは精力絶倫ってね」
ダメ元でやってみる価値はある、とソルジャーは思い切り乗り気でした。
「スッポンって何処で買えるんだろう? せっかく来たんだ、六百匹をお土産にしたいんだけど」
「えーっと…。そりゃあ、養殖場に行けば…」
だけどお金はどうするんだい、と会長さんが心配そうに。
「スッポンが高いってことはスッポン料理を食べてるんだから知ってるだろう? ノルディにたかるのは止めてほしいな、そういうネタで」
「え、ダメかい? いつもお世話になってるよ? ぼくのハーレイと泊まるホテル代とか」
「ぼくの知らない間に知らない所でたかってるのは諦めがつく。だけどね、目的も事情も分かった上でたかりに行かれるのはキツイんだ」
ぼくと瓜二つの姿の君に、と止められてしまったソルジャーは…。
「分かったよ。それじゃ今回は別の財布をアテにする。君のハーレイから毟っていくさ」
「「「えぇっ!?」」」
どうしてそういうことになるのだ、と誰もが息を飲んだのですけど、ソルジャーは涼しい顔をして。
「慰謝料だと思ってくれればいいよ。エステティシャンとして有り得ないよね、顧客の胸に鼻血だなんて…。その慰謝料にスッポンを買って貰うわけ。六百匹くらい軽いってば」
「そう来たか…。ノルディにたかりに行かれるよりかはマシなんだろう、きっと。…ぼくが血迷ったハーレイに生き血風呂に誘われた時は丁重にお断りすればいいだけだしね」
頑張って毟りに行きたまえ、と会長さんは許可を出しました。栗のババロアを美味しく食べ終えたソルジャーは会長さんにスッポンの養殖場を探して貰い、六百匹をまず確保。それから教頭先生を財布にするべく瞬間移動で姿を消す前に。
「今日は色々ありがとう。スッポンの生き血風呂は帰ったら早速試してみるね」
「無益な殺生だと思うけどねえ…。でも、君は言い出したら聞かないか…」
今更だった、と諦めの境地の会長さんにソルジャーは。
「六百匹は酷すぎるって? 人類側の戦艦を一隻沈めたらそれどころの人数じゃないんだけれど…。一応、心には留めておくよ。スッポンがぼくたちに何をしたわけでもないからねえ…」
それじゃ、と軽く手を振ってソルジャーは帰ってゆきました。いえ、正確には教頭先生の家とスッポンの養殖場経由でのお帰りですけど、知ったことではありませんです~!
スッポンの代金、六百匹分。何かと物入りな年末年始までに二ヶ月も残っていないという慌ただしい時期に、教頭先生のお財布は綺麗さっぱりスッカラカンに。会長さんとの結婚に備えて貯金しているキャプテンとしてのお給料にまで手を付けたのは言うまでもありません。
「ハーレイにはとんだ災難だったらしいよ、スッポンはね」
だけど転んでもただでは起きない、と会長さんが呆れているのは翌週の週末。恒例だった慰労会は無くなり、会長さんのマンションでダラダラ過ごすだけの時間なのですが。
「…ハーレイときたら、スッポン貯金を始めるようだ。六百匹分の資金が貯まったら生き血風呂にぼくを誘うつもりで燃えてるよ。そんな血生臭いイベントに高僧のぼくが乗るとでも? 馬鹿だよねえ、ホント」
「それで、あいつはどうなったんだ? 生き血風呂は?」
実行したのか、とキース君が怖々といった風情で尋ねれば、会長さんはアッサリと。
「やらないわけがないだろう? 泥抜きをした方がいいと養殖場で言われたらしくて、しばらく青の間の水に泳がせて飼ってたけどねえ…。週末だから、と昨日の夜に全部捕まえて搾っちゃったさ」
「「「………」」」
スプラッタな光景を思い浮かべた私たちですが、そうではなかったみたいです。ソルジャーはサイオンを自由自在に扱えますから、六百匹のスッポンの生き血を搾るのもサイオンで。バスタブの上の空間で纏めてギュウッと圧縮したらしく、生き血は一滴残らずバスタブの中に収まって…。
「でもって、やっぱり量が足りなかったからお酒で増量。それからハーレイと二人で仲良く浸かって、その後はもうお約束ってヤツ」
お盛んなんてレベルではなかった筈だ、と舌打ちをする会長さんの覗き見ライフは二人がバスタブに入った所で終了だったということでした。
「それ以上は見たくもないからね。本当に効くかどうかはともかく、精神的に盛り上がっているのは確かだろう? スッポンを食べると猫でも凄い。ましてあの二人だとどうなるか…」
「「「猫?」」」
「そう。まだ一戸建てに住んでた頃にね、スッポン鍋を食べて残りを庭に来た野良猫にやったことがある。そしたら一晩中、ニャーニャー、ギャーギャー。…いわゆる精がつきすぎたって状態」
うるさくて眠れたものじゃなかった、と会長さんは遠い目をしています。ということは、生き血風呂に入ったソルジャー夫妻は…。
「まず間違いなく、この週末は特別休暇状態だろうね。元々、二人揃って申請していたみたいだし…。あっちのぶるぅが可哀想になってきちゃったよ。丸二日間、防音土鍋に籠りっぱなしになるのかな? 要領のいい子だから適当に食事はするだろうけど…」
なんとまあ、そこまでの勢いですか! ただでもバカップルなソルジャーとキャプテンなのに、スッポン六百匹分の生き血風呂。週末だけで効果が切れればいいが、と心の底から祈りたくなってしまいました。可哀想な「ぶるぅ」のためにも、全く途切れない大人の時間はこの土日だけでお願いします~!
そして訪れた次の週末。またしても会長さんのマンションに集まっていた私たちの前に現れたのは…。
「こんにちは。この間は素敵な提案をしてくれて感謝してるよ」
紫のマントを着けたソルジャーは至極ご機嫌でした。
「スッポンの生き血風呂ってホントに凄いね。先週の土曜日に入ったんだけど、ヌカロクなんてものじゃなかった。ハーレイのスタミナはまるで尽きないし、ぼくだって眠くならないし…」
えっと。ヌカロクって何でしたっけ? 未だに謎の言葉です。けれどソルジャーは気にも留めずに。
「特別休暇を取っていたから日曜日も朝から晩まででさ…。そのまま月曜日の朝までヤッて、ハーレイはブリッジに出勤してった。いつもなら仮眠が必要なのに、それも全く要らなかったし…。もちろん月曜の夜は普段通りに楽しめたしね」
ぼくも全然バテなかった、と自慢するソルジャーは今もってお肌に自信があるそうです。確かに血色が良くてツヤツヤかも…。
「というわけで、六百匹のスッポンにも感謝してるんだ。無益な殺生だと言われたけれども、そうじゃない。大いに役に立ってくれたよ。だけど供養はしたいと思うから連れて来た」
「「「えっ?」」」
「これ。…この中に六百匹分入っているんだ」
ソルジャーが宙に取り出したのは両手で抱えられるサイズの箱でした。
「サイオンで最後の一滴まで搾り出せるように押し潰したから、乾いたらもう粉末なんだよ。それで供養をして貰おうと思ってさ…」
宜しく頼む、とソルジャーが差し出した箱を会長さんが受け取って。
「供養をするのは構わないけど…。でも、本当にいいのかい? スッポンの粉末っていうのは精力剤としてとても人気が」
「前言撤回! これは有効に使うことにするよ、六百匹分を楽しまなくっちゃ」
慌てて箱を取り返そうとするソルジャーと、「供養を頼みに来たんだろう?」と箱を抱え込もうとする会長さんと。じゃれ合いにも似た攻防戦の後、ソルジャーは箱を大切そうに抱えて自分の世界に帰りました。六百匹のスッポンたちは生き血どころか骨まで貪り尽くされるようで…。
「…やれやれ、スッポン供養の卒塔婆でも作った方がいいかな?」
無益な殺生に手を貸してしまった、と溜息をつく会長さんに、キース君が。
「いっそ戒名を付けてやったらどうだ? 動物に戒名を付けるというのは俺たちの宗派の有り様からは外れるが…。心をこめて六百匹分」
「戒名か…。六百匹分の戒名を見たら、ブルーも二度と殺生を繰り返さないかもしれないねえ…」
放っておいたら二度目、三度目がありそうだ、と嘆く会長さんの頭の中には生き血を搾られた六百匹のスッポンの命のことしか無いようでした。教頭先生のお財布のためにも二度目の惨事は避けたいですし、ここは一発、銀青様の有難いお手で六百匹分のスッポンの戒名を宜しくお願い申し上げます~!
美肌を求めて・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
シャングリラ学園シリーズ、4月2日が本編の連載開始から5周年の記念日です。
完結後も書き続けて5周年を迎えられるとは、感謝、感謝でございます!
後日談まで書いちゃいましたし、この先はもう怖いもの無しだという話も…?
5周年記念の御挨拶を兼ねまして、今月は月に2回の更新です。
次回は 「第3月曜」 4月15日に更新となります、よろしくお願いいたします。
場外編は 「毎日更新」 で営業中です。お気軽にお越し下さいませv
新コンテンツ、『ウィリアム君のお部屋』 では船長がお待ちしております!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、今月は…。ソルジャーも交えて楽しく(?)お花見でございますv
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらから。
『ウィリアム君のお部屋』 も、上記から。生徒会室内にリンクがあります。
キャプテン・ハーレイに餌(ラム酒)をあげたり、撫でたり出来るゲームです。
サーチ登録してない強みで公式画像を使用してます、通報は御勘弁願います。
1時間ごとに画像が変わりまして24時間分で24枚、お世話に応じた絵も出ます。
外に出すと5分で戻ってきますが、留守の間に部屋を覗くとハレブル風味という噂も…?
生徒会室には過去ログ置き場もございます。1ヶ月分ずつ順を追って纏めてあります。
1ヵ月で1話が基本ですので、「毎日なんて読めない!」という方はどうぞですv