忍者ブログ

シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

いきなりバレンタインデーへと話が飛んで、友チョコをやりたいと言い出したソルジャー。誰もがポカンとしている中でソルジャーだけが得々と…。
「こっちの世界じゃ女性から男性にチョコを渡すのは古いんだって? そりゃあ妙齢の女性ともなれば別だろうけど、若い子はそうじゃないっていう風潮だよね。流行りは友チョコ!」
これをやらずに何とする、とソルジャーはグッと拳を握りました。
「ぼくもハーレイも作ってくるから友チョコしようよ、みんなでさ。こっちのハーレイとかノルディも誘って」
「…ノルディだって?」
どうしてノルディが出て来るのさ、と会長さんが地を這うような声で尋ねれば、しれっとした顔でソルジャーが。
「情報源には敬意を払うべきだろう? どうしても嫌なら外してもいいけど、ノルディは大いに乗り気だったよ? 友チョコだったらブルーも交換してくれるかも、って期待してたね。ダメで元々、人数分のチョコは作りますよ…って」
「君はノルディに訊いたのかい? 友チョコについて?」
会長さんは顔を顰めましたが、ソルジャーの方は何処吹く風で。
「訊きに行ったのは友チョコじゃなくて、夫婦の正しいバレンタインデー! ハーレイと結婚しちゃったからねえ、バレンタインデーはどうなるのかと思ってさ…。ハーレイが命がけで作ってくれてたチョコもいいけど、結婚しててもチョコは要求出来るのかなぁ、って」
甘いチョコもハーレイが苦悶する顔も好きなんだ、とソルジャーは唇をペロリと舐めました。
「ハーレイのチョコレート作りは本当に命がけなんだよ。チョコの匂いを嗅いだだけでアウトだからさ、宇宙服のヘルメットを装備して作った年もある。…ゼルにしごかれてマシにはなっても苦手というのは変わらないから、顔を歪めてチョコの素材と戦ってるんだ」
「…要するにそのチョコを食べたいわけだね、君のハーレイの手作りとやらを」
会長さんが溜息をつけば、ソルジャーは大きく頷いて。
「もちろんさ。でもね、釣った魚に餌はやらないとも言うだろう? 今年もチョコを作って貰える保証は無い。頼めば嫌とは言わないだろうけど、それではねえ…。自発的に作ってくれるというのがいいんだ。だから夫婦でもチョコを贈るものだとか、そういう裏付けが欲しかった。ノルディが情報源なら確実だしね」
いろんな意味で、とニヤリと笑ってみせるソルジャー。
「ぼくと結婚しようとした男だけに、ハーレイは今も危機感を拭えない。おまけにぼくのこっちの世界でのスポンサーだし、どんなはずみで深い仲になるか分からないだろ? そのノルディから聞いたって言えばハーレイは絶対逆らえないさ。これが夫婦のバレンタインデーの形なんだ、って突き付ければね」
「それがどうしたら友チョコなわけ? 夫婦で友チョコは無いと思うけど」
突っ込みを入れる会長さんに、ソルジャーはパチンとウインクをして。
「其処がノルディの凄いとこかな? ぼくの望みを一通り聞いて、「それなら友チョコがお勧めですよ」と言ったんだ。夫婦のバレンタインデーっていうのは何処かに甘えが出て来るらしいね、既に釣り上げた相手だから。最大限の努力をしなくても許されるかな、と手抜きをしがち」
「…そういう傾向があるっていうのは確かに否定はしないけど…。君のハーレイなら大丈夫だろ?」
「ダメダメ、甘いものが苦手なんだよ? 今年は小さめのチョコにしようとか考えそうだ。ランクダウンが無かったとしても本気度が減っていそうでさ…。ぼくはハーレイの苦悶も好物」
愛とコレとは別物なんだ、と楽しげな顔で語るソルジャー。
「ぼくのために命を賭けてます、っていうハーレイの姿が大好きなんだよ。眉間に皺を深く刻んで苦悩するハーレイって惚れ直すよ? でもさ、結婚してからそういう顔も見られなくなってしまったし…。ぼくが戦いに出てった時には見られるけれども、ちょっと何かが違うんだよね…」
久しぶりに困らせてみたいんだ、とソルジャーは悪戯っぽい笑みを浮かべています。それがどう転べば友チョコになると…?

エロドクターがソルジャーに授けたバレンタインデーの秘策は友チョコ。私たちが知っている友チョコと言えば、女の子同士でバレンタインデーに手の込んだチョコやスウィーツを作って交換し合うイベントです。それをやらないか、と誘ってきたのがソルジャーですけど、動機がサッパリ分かりません。
「えーっと…」
滔々と語り続けているソルジャーに、会長さんが口を挟みました。
「君がハーレイの困った顔を見たいというのと、苦悶の結晶の手作りチョコが食べたいという話はよく分かったよ。…でもさ、どうして友チョコになるんだい? 君が強請れば済むことだろう?」
「本気度が減るって言ったじゃないか。其処を自然に補えるのがノルディのお勧めの友チョコなんだ。みんなで力作を交換しようってイベントだよ? 一人だけ手抜きは出来ないさ。おまけにノルディも参戦するとなったら必死だよねえ?」
半端なチョコでは済まされない、と聞かされて漸く見えてきたソルジャーの意図。要するに手作りチョコの競い合いです。キャプテンは懸命にチョコを作るでしょうし、チョコの数だって参加する人数分が必要不可欠。甘いものが苦手なキャプテンにとっては壮絶な戦いになりそうで…。
「それにさ、ハーレイのチョコが食べられるだけじゃなくって沢山のチョコが手に入るだろう? 友チョコなんだし、こっちのハーレイも呼ばなくちゃ。ぶるぅも参加してくれるよね? もちろんブルーも、そこの子たちも…さ」
「「「えぇっ!?」」」
私たちまでソルジャーと友チョコするんですか? この流れだとキャプテンも入っていそうです。あまつさえ教頭先生とかエロドクターとか、ロクな面子じゃないような…。けれどソルジャーは全く気にしていませんでした。
「いいだろ、友チョコ! ぼくも頑張って作るつもりだし、君たちも是非参加してよ。そうそう、交換会をする会場も要るよね。ノルディが家の広間を提供するって言っていたけど、それは却下かな?」
「却下!」
会長さんは即答でした。友チョコだけでも大概なのに、エロドクターの家で交換会なんて最悪です。その勢いで友チョコも断ってしまって下さい、会長さん~!
「なんでノルディの家になるのさ! そもそも友チョコもやるとは言っていないけど? 君とノルディと君のハーレイでやればいい。三人揃えば充分だろう」
「…だよな、俺は友チョコなんかをする気は無いぞ」
キース君も援護射撃に出たのですけど、ソルジャーは。
「冷たいねえ…。ぼくだって自分の世界で友チョコが出来れば、わざわざ頼みに来たりはしないさ。だけどハーレイと結婚したのは秘密なんだし、友チョコなんかが出来るとでも? …こっちの世界でしか集まらないんだ、人数がね。なのに三人で充分だなんて…。そうそう、こないだもミュウの救出作戦があって」
「…分かったよ、君が苦労をしてるってことは…」
仕方がない、と会長さんの口調に漂うものは諦めムード。
「友チョコの件は引き受けよう。ノルディの参加も承諾するしかないんだね?」
「話が早くて助かるよ。嬉しいな、みんなで友チョコを交換出来るんだね。ぼくも精一杯腕を揮わなくっちゃ。えっと、こっちのハーレイにはブルーが伝えてくれるのかな?」
「君が自分で伝えたまえ。今は暇にしているようだから」
呼び寄せる、とキラリと走った青いサイオン。あのぅ……まだ私たち、友チョコについて何も返事をしていないんですけど、参加メンバーに決定ですか? 確定なんですか、友チョコは…?

週末の午後を満喫していた教頭先生が召喚されたのは一瞬の後。いきなり会長さんの家のリビングに連れて来られて固まってしまっておられましたが、立ち直りの方も流石に早く。
「なんだ、どうした? このメンバーだとパーティーか?」
ビックリしたぞ、と苦笑している教頭先生に会長さんはソファを勧めて。
「パーティーしていたわけじゃないけど、昔話を色々と…ね。入試の前の君の耳掃除はいつからやってるサービスなのか、とか」
「………。バレているのか、その子たちにも? ブルーにバレたのは去年だったが」
教頭先生は耳の先まで真っ赤でした。そりゃそうでしょう、いつも私たちがシールドに入ってお供しているなんて知らないのですから。会長さんはクスクス可笑しそうに笑ってみせて。
「ブルーにバレたら後は筒抜けだと思うけど? だってブルーだよ、大人しく黙っているとでも?」
「…そ、そうか…。とっくにバレてしまっていたのか…」
意気消沈している教頭先生はお気の毒でしたが、バレているのは事実です。現場を毎年目撃してます、ということだけは隠しておくのが武士の情けというものでしょう。ソルジャーもそれは心得ているらしく、黙って濡れ衣を着ています。いえ、友チョコの実現に向けて余計なことは口にしないと解釈した方が正しいのかな?
「悪いね、ハーレイ。…ぼくは楽しいことが好きでさ」
ソルジャーが口を開きました。
「耳かきは衝撃的だっただけに、つい喋らずにはいられなくって…。でも、ありがとう。あれは大いに参考になった」
「は?」
怪訝そうな教頭先生に、ソルジャーは。
「あの耳かきだよ。君が気持ちよさそうにしていたからねえ、何か秘密があるのかと思ってノルディに相談してみたわけ。そしたら耳かきエステってヤツを教えてくれてさ、ぼくのハーレイが疲れてる日の定番なんだ。耳掃除の後にマッサージ! 上手く疲れが取れた時にはそのまま夫婦の時間ってね」
「………!」
ソルジャー夫妻の耳かきエステは教頭先生には刺激が強すぎたみたいです。会長さんが先日、あれこれ吹き込んでいなかったなら大丈夫だったかもしれませんけど…。
「ごめん、鼻血の危機だった? はい、どうぞ」
「す、すみません…」
教頭先生はソルジャーが渡したティッシュを鼻に詰め込み、鼻の付け根を二本の指で押さえています。ソルジャーは鼻血が落ち着くまで待ち、それから会長さんと頷き合って。
「君を呼んだのはブルーだけれど、用があったのはぼくなんだ。…バレンタインデーにぼくと友チョコしてくれないかな?」
「!!?」
ゲホッ、と咳き込む教頭先生。そりゃそうでしょう、友チョコという言葉が似合いそうもないのがソルジャーです。そうでなくても友チョコは女子のチョコレート交換会。教頭先生とは縁もゆかりも無さそうで…。
「と、友チョコ…ですか…?」
唖然として問い返す教頭先生ですが、ソルジャーはニッコリ微笑んで。
「うん、友チョコ。ぼくは結婚した身だからねえ、もうバレンタインデーは意味が無いんだ。だけどハーレイの手作りチョコはまた食べたいし、同じ食べるのなら本気のチョコ! みんなで交換し合うんだったら真面目に作ってくれそうだから、友チョコを企画したんだよ」
「そうでしたか…。では、そこの子たちも友チョコを? ブルーやぶるぅも?」
「もちろんさ。それにノルディが発案者として参加したいと名乗りを上げてる。チョコの交換会場に家を貸すとも言っていたけど、そっちはブルーに却下されちゃって…」
何処で交換すればいいんだろう、と首を傾げるソルジャーに教頭先生は。
「わ、私の家でもよろしければ…。ブルーの家の方が広いのですが、ノルディが来るとなりますと……私の家の方が都合がいいかと」
「本当かい? じゃあ、君の家で交換会ってことでいいかな、ブルーも、みんなも」
「「「………」」」
断ったらロクな展開にならないことを誰もが本能で悟っていました。バレンタインデーは友チョコで、教頭先生の家で交換会。これは決定事項です。ソルジャーは満足そうに満面の笑顔。
「それじゃ楽しく友チョコしようね。ぼくのハーレイにも伝えておくし、ノルディにもきちんと連絡しとくよ。ハーレイ、君も凄いのを作ってくれると嬉しいな」
ぼくのハーレイに負けてないヤツ、と極上の笑みを向けられた教頭先生は頬を染めて見惚れてしまっていたり…。ソルジャーは会長さんではないんですけど、同じ顔だけにそそられるのでしょう。会長さんはチッと舌打ちをして、教頭先生を瞬間移動で家へと強制送還。
「…話は済んだみたいだねえ? バレンタインデーは此処の全員揃って友チョコ、ハーレイの家で交換会。それでいいのかい?」
「うん! 今日は御馳走様、ノルディの家に寄って帰るよ。バレンタインデーはよろしくね」
友チョコだよ、と思い切り念押しをしてソルジャーは帰ってゆきました。もう逃げ道は無いようです。会長さんの昔話を聞きに来た筈なのに、何故か友チョコ。会長さんもジョミー君たちも脱力し切っていますけれども、これって夢ではないんですよね…?

友チョコ交換会が決まった週末が過ぎて登校すると、温室の周りが賑やかでした。チョコレートの噴水が中に出現したのです。待ってましたとばかりにバナナなどをコーティングする生徒が列をなし、学校を挙げてのお祭り騒ぎがいざ開幕! しかし…。
「おい、友チョコはどうするんだ?」
キース君が真顔で訊いてきたのは放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋。テーブルには焼き立てのマロンパイが盛られた大皿が置かれて食べ放題になっていますが、男の子たちはそれどころではないようで。
「ママに大笑いされちゃったよ。ジョミーにチョコなんて作れるわけがないじゃない、ってさ」
「ぼくもです。…機械弄りとお菓子作りは違うのよ、って」
ジョミー君とシロエ君がぼやけばサム君も。
「俺もだぜ。友チョコってだけで思い切り爆笑されちまった」
「そうなのか。何処も似たような反応なんだな」
俺も笑われてしまったんだ、と額を押さえるキース君。
「だが、おふくろが燃えちまって…。息子だから友チョコ作りは無理だと諦めていたらしい。そこへ話が降って湧いたんで、頑張って作ろうと言っている」
「いいじゃねえかよ、楽が出来てさ」
任せちまえよ、とサム君に肩を叩かれたキース君は項垂れて。
「…それが…。おふくろは俺を手伝うつもりなんだ。俺が失敗しそうになったら先輩として助力と助言」
「えっ、キースは自分で作るわけ?」
信じられない、とジョミー君が笑い出し、私たちもチョコと格闘するキース君を思い浮かべて爆笑していたのですけれど。
「君たち全員、間違ってるよ。みんなキースを見習うべきだね」
口を挟んだのは他ならぬ会長さんでした。
「友チョコは手作りすることに意味があるんだ。ブルーも作ると言ってただろう? 勿論ぼくも自分で作るし…。だから君たちも頑張りたまえ。お母さんに丸投げしたら確実にバレるよ、残留思念で」
「「「えー!!!」」」
たちまち始まるブーイングの嵐を会長さんはサラッと無視。
「いいかい、必ず手作りだからね。でも不味いチョコだと嬉しくないから、お母さんの手伝いは大歓迎! ラッピングはお母さん任せでもいいよ、その辺は好きにするといい」
「かみお~ん♪ 友チョコ、とっても楽しみ! どんなチョコレートが食べられるかな?」
ワクワクしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」とお通夜のような男子たち。マツカ君もお抱えシェフに頼む予定が狂ってしまってガックリです。男子もチョコを自作となると私も手抜きは出来ません。手作りチョコなんて初挑戦。まずは情報収集からかな…。

そして迎えたバレンタインデー。一口サイズの四角いチョコは我ながら満足の出来映えです。スウェナちゃんは円形のチョコにホワイトチョコで肉球を描いたのだそうで。
「あっ、いいなぁ…。それって可愛い」
「でしょ? 手間もそんなにかからないのよ」
スウェナちゃんのアイデアを絶賛していると、アルトちゃんとrちゃんが寄って来ました。
「なになに、今年は手作りチョコ?」
「会長さん用? それとも、ぶるぅ?」
「「えーっと…」」
まさか友チョコだなんて言えません。口ごもる私たちにアルトちゃんが。
「私、今年も会長さん命!」
「アルト~、それは私の台詞!」
rちゃんがアルトちゃんの頭を小突いて、二人はキャイキャイふざけ合いながら去ってゆきます。友チョコはバレずに済んだようで一安心…って、スウェナちゃん?
「…忘れてた…」
この世の終わりのような顔をしているスウェナちゃん。忘れたって、何を?
「教室で渡すチョコ、持ってきた?」
「や、やば…。どうしよう、私も用意してない…」
ズーン…と落ち込むスウェナちゃんと私。今日は朝のホームルームの前にチョコレートを渡す時間が設けられています。チョコの贈答をしなかった生徒は礼法室で説教の上、反省文を提出しないといけないのでした。ジョミー君たちはどうでしょう? 大慌てで尋ねに走って行くと…。
「え? ぼくたちは友チョコ保険に入ってるけど?」
ジョミー君が答える横でキース君が深く頷いています。
「友チョコ保険は基本だな。現にお前たちが忘れたとなると、今年は義理チョコが貰えないわけだし」
申し込んでおいて正解だった、とニヤリと笑うキース君。そこへ友チョコ保険係の男子が大きな箱を抱えて入って来ました。チョコを貰えそうにない男子のためにあるのが友チョコ保険。加入しておけばバレンタインデーに共同購入のチョコが届くのです。それが到着したわけで…。
「悪いな、これで俺たちは安全圏だ」
反省文を頑張れよ、と言われたスウェナちゃんと私が涙目になった所へ、教室の扉をカラリと開けて現れたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。トコトコと私たちの前まで来ると、ヒョイと包みを差し出して。
「はい、チョコレート! 買ったヤツだけど、使えるでしょ?」
会長さんのお使いで来たのだそうです。市販品でもチョコはチョコ。スウェナちゃんと私は「貰ったチョコをくれた本人に渡す」という外道な形でバレンタインデーをクリアしました。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に足を向けては寝られません。この恩返しは来年のバレンタインデーに必ず、必ず~!

肝心の本命チョコをド忘れしてまで作った友チョコ。放課後、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋から瞬間移動で教頭先生の家へ。交換会場はリビングです。教頭先生も早めに仕事を切り上げて帰宅し、ケーキと飲み物を出してくれて。
「そうか、みゆとスウェナは反省文の危機だったのか」
教頭先生が可笑しそうに笑うと、会長さんが。
「友チョコを頑張った結果なんだし、笑わないであげて欲しいな。ぼくもぶるぅも友チョコを本命チョコだと思ってホワイトデーにお返しするつもり。…友チョコにはホワイトデーが無いからね」
「うむ。私もその分、精一杯の努力をしたぞ」
「それは楽しみ。…おっと、ブルーが来るみたいだよ」
会長さんの予言通りに空間が揺れ、ソルジャーがフワリと現れました。あれっ、キャプテンは? 一緒に来るんじゃなかったんですか?
「こんにちは。…ああ、ハーレイかい? 抜けられない会議があって遅刻なんだよ」
でもチョコの準備は完璧だから、と嬉しそうに微笑むソルジャー。大量のチョコを作る羽目になったキャプテンの苦労は並大抵ではなく、ソルジャーが見たかった苦悶が日夜繰り広げられていたそうで…。
「あれだけで友チョコの価値はあったね。チョコと戦った後、甘ったるい香りが抜けないハーレイと過ごした夜も素敵だったし、もう友チョコが癖になりそう。恩人のノルディを呼んでもいいかな?」
「…嫌だと言っても呼ぶくせに」
唇を尖らせた会長さんの言葉が終わらない内に、エロドクターが瞬間移動で登場です。
「これは皆さん、お揃いで…。おや、ハーレイが一人足りませんか?」
「ぼくのハーレイは遅れるんだ。先に交換会を始めちゃおうよ」
ソルジャーの音頭で全員がチョコを取り出しました。男の子たちも手作りチョコ。それぞれのお母さんが半分以上手伝ったとはいえ、箱を開けると可愛いチョコに綺麗なチョコに…。甘いものに目が無いソルジャーは大喜びです。
「やったね、美味しそうなチョコばっかりだ。ぶるぅに盗られないように用心しなくちゃ。…ぼくのはコレだよ。ぼくのハーレイの好みに合わせてビターなんだけど、そこは許して」
配られた箱の中身はシャングリラ学園の紋章の形のチョコでした。ソルジャー曰く、こだわったのは形の方。この型を作るのにサイオンまで使ったみたいです。ドクターが負けじと出してきたのはシャンパン風味のホワイトチョコ。普通はトリュフに仕上げる所をダイヤモンドの形にしたのが御自慢。
「なにしろブルーに贈れるのですし、ダイヤモンドにしてみたのですよ。いずれ本物のダイヤの指輪を贈りたいですねえ、勿論こちらのブルーにですが」
未婚のブルーは一人だけになってしまいましたし、と残念そうなエロドクター。
「ハーレイと結婚してしまわれたとは、なんとも惜しい話です。それでも遊びに来て頂けるのが嬉しいですがね」
「君の財布は魅力的だからね。友チョコのアイデアも最高だったし、これからもよろしく」
愛してるよ、とウインクしてみせたソルジャーは教頭先生に視線を向けて。
「君は何を用意したんだい? 無難なヤツかな?」
「い、いえ…。去年の二番煎じなのですが、それなりに努力したつもりです」
教頭先生はキッチンに引っ込み、沢山の箱を抱えて来ました。中身はなんとザッハトルテ。小さめとはいえ、人数分を作るには時間がかかったと思います。
「へえ…。これは凄いね、去年苦労していたケーキだろう? 生クリームを添えて食べるんだよね」
美味しそうだ、とソルジャーの瞳が輝いています。続いて会長さんが披露したのはチョコレートマカロンの上に円形の板チョコを貼り付けたもの。お次は「そるじゃぁ・ぶるぅ」で、小さなコーンに入ったソフトクリームそっくりのチョコの詰め合わせ。色も白にピンクにと本物そっくり。
「これで揃ったね、友チョコが。残るはハーレイの分だけか…」
ソルジャーが呟くと、会長さんが。
「そっちはどうでもいいんだろう? 大切なのは作る過程で」
「まあね。…だけど期待が高まるじゃないか、色々なチョコが並ぶとさ」
早く会議が終わらないかな、とソルジャーは伸びをしています。キャプテンが用意したチョコって、どんなのでしょうね?

それから待つこと三十分。ソルジャーがようやく呼び寄せたキャプテンは何も持ってはいませんでした。リビングに響き渡ったのはソルジャーの怒声。
「ぶるぅに食われた!? 全部?」
「は、はい…。会議から戻ったら空の箱の山が転がっていて…」
すみません、と大きな身体を縮こまらせて謝るキャプテン。目を離した隙に「ぶるぅ」が食べてしまったらしいのですけど、それじゃキャプテンからの友チョコは無し?
「困るんだよ、ハーレイ。お前も作って来るというのを前提にして二人分ずつ貰ってしまったぼくの立場はどうなるんだい?」
「お、お返しになればよろしいかと…」
「嫌だ! お前はチョコなんか食べやしないし、二人分食べるつもりだったのに…。お前に合わせたチョコも作ってあげたというのに、今更チョコが無いだなんて…。ん?」
あるじゃないか、と言うなりソルジャーは空中に箱を取り出しました。
「あっ、そ、それは…」
「お前の机の引き出しにあった。ぶるぅも気付かなかったようだね、これを配ればいいだろう。一人一粒になってしまうけど、無いよりはマシだ」
ぼくのチョコとセットで入れとこう、とソルジャーが配ってくれたのは何の変哲もないトリュフチョコ。これでキャプテンのチョコも揃ったのですが…。あれ? キャプテン、泣きそうな顔をしてますよ? ソルジャーもそれに気付いたらしく。
「どうしたんだい、あれを配ったらマズかった? まさかと思うけど媚薬入りとか?」
「「「えぇっ!?」」」
そんなチョコは遠慮したいです。けれどキャプテンは慌てて否定し、口の中で何やらモゴモゴと…。耳の先まで真っ赤ですから、やっぱりチョコに何か仕掛けが? と、ソルジャーが突然笑い出して。
「なんだ、そんなことか。まだ何粒か残ってるから充分じゃないか、すぐに帰って楽しみたい?」
「「「は?」」」
今度こそ意味が分かりません。ソルジャーはクッと喉を鳴らすと、キャプテンの腕に腕を絡めて。
「ぼくと食べるためのチョコを配られちゃったんだってさ。…ぼくに食べさせるためと言うべきか…。結婚して初めてのバレンタインデーだし、チョコを口移しで…と思ったらしい。友チョコなんか企画しなくても良かったみたいだ、ハーレイの案の方が遙かに甘い。だって口移しでチョコレートだよ?」
急いで帰って楽しまなくちゃ、とソルジャーは友チョコの山をかき集めています。
「ふふ、チョコを咥えるハーレイの顔が楽しみだよね。眉間に皺を寄せつつ愛情たっぷり! うん、今までに見たどんな顔よりも煽られそうだ。やっぱり友チョコよりも本命チョコ! それが最高!」
それでこそバレンタインデー、とソルジャーはキャプテンをグイと引き寄せ、濃厚なキスをしながら姿を消してしまいました。交換した友チョコも全部しっかりお持ち帰りで…。
『今日はありがとう。ハーレイの口移し用チョコ、君たちもしっかり味わってよね』
空間を越えて消える間際に残された思念に私たちは頭を抱えたのですが、めげない人が約二名。
「なるほど、口移し用ですか…。如何ですか、ブルー、これから私と」
エロドクターがソルジャーのチョコの箱を抱えて誘いにかかれば、横から教頭先生が。
「いや、その権利があるのは私だ! 同じハーレイだ!」
「出来るのですか、ヘタレのくせに? 多分鼻血だと思いますがねえ…」
言い争いを始めた二人を放って、会長さんと私たちは瞬間移動で逃亡しました。逃げられたことにも気付いていない二人の喧嘩は続いています。会長さんの家のリビングでチョコを食べつつ、高みの見物をするのもまた良きかな。まずはキャプテンの手作りチョコから食べるというのが礼儀ですかねえ?







PR

入試直前に押し掛けて来たソルジャーの疑問に答えるために会長さんが設定した日は、入試が済んだ週の土曜日でした。肝心の入試の方は試験問題のコピーは完売、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手作りストラップも完売御礼。補欠合格を目指す人のためのパンドラの箱も完売したそうで…。
「でもさ、今年も使いこなせた人は無かったんでしょ?」
ジョミー君がパンドラの箱について話しているのは会長さんのマンションへ向かう道。私たちは昨日の放課後、合格グッズがどうなったのか会長さんから聞いたのです。パンドラの箱のハードルは今年も高く、注文を全てこなすどころか合格認定ラインの「五つこなす」所にすら辿り着けなかった人ばっかりで。
「…俺の責任も重そうだよな…」
反省している、とキース君。会長さんがキース君のアイデアを採用したせいで「お坊さんを見付けて托鉢をさせて頂く」という注文が高確率で出たらしいのです。しかも「そるじゃぁ・ぶるぅ」の欲望っぽく捻られた結果、メモに書かれた注文は…。
「お坊さんの得意料理を集めています、って熱い瞳で言うんだっけ?」
確認を取るジョミー君に、キース君が苦い顔で。
「ああ。自慢のレシピを教えて下さい、とお願いするんだ。…確かにぶるぅは料理が趣味だし、在校生がアレを聞いたら素直に納得するだろう。しかし、何も知らない受験生となると…」
「ちょっとハードル高すぎますよね」
シロエ君が相槌を打ちました。
「お坊さんに托鉢だけでもキツそうなのに、レシピを教えて下さいだなんて…。ぶるぅの力を知ってさえいれば誰でも突撃するんでしょうけど、普通は絶対無理ですよ」
「…だから反省してるんだ。来年は坊主をネタにするのはやめておく」
独創性はお寺から離れた所で練る、とキース君は決意を新たにしています。パンドラの箱は補欠合格者が出ないと言うだけで売れ行きの方はいいものですから、まだ暫くは売られるようで…。
「来年のネタ、考えておかないとね」
ジョミー君が言い、サム君が。
「おう! 来年は俺も採用を目指すぜ、ブルーの役に立たなきゃな」
頑張るんだ、と燃えるサム君は会長さんに惚れてますけど、教頭先生には遠く及ばないレベル。公認カップルを名乗ってはいても万年十八歳未満お断りなだけに、鼻血も耳かきサービスも無縁。ですから今日の集まりについても思う所は無いらしく…。
「ブルーの耳かきサービスってさあ、いったいいつからやってんだろうな?」
全然気にしてなかったけれど、と首を捻るサム君にキース君が。
「さあな。やたら伝統だけはあるんじゃないか、という気はするが…。話せば長くなるそうだしな」
「そっかぁ…。まさか三百年とか?」
「うわ、ありそう…」
三百年コースに一票かな、とジョミー君。はてさて真相はどうなのでしょう? マンションはもう目の前です。知りたがりのソルジャーも来ているでしょうし、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も美味しい料理でおもてなしをしてくれそうですよね!

管理人さんに入口を開けて貰ってエレベーターに乗り、最上階に着いたのは約束していた時間ピッタリ。玄関脇のチャイムを鳴らすと扉がすぐにガチャリと開いて…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
ブルーたちが待ってるよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がダイニングに案内してくれ、そこには会長さんと私服姿のソルジャーが。まずはお昼を食べるのだそうで、オマール海老のスープやミートローフのパイ皮包みなど寒さも吹っ飛ぶ熱々メニュー。窓の外は雪が舞い始めたのに、お部屋の中はぬくぬくです。
「…やっぱり家があるっていいよね」
「「「は?」」」
会長さんの唐突な言葉に私たちは揃って首を傾げたのですが。
「例の話が知りたいんだろう? 耳かきのルーツ」
「それと家が関係するのかい? そりゃあ……ぼくには家は無いけど」
シャングリラが家かもしれないけどね、と笑うソルジャー。えっと、私たちには自分の家がありますけれど、会長さんの言いたいことはサッパリです。会長さんの家だって此処に前からありますし…。
「ぼくにも家が無かった時代があるんだよ。アルタミラが海に沈んでから…ね」
「「「あ…」」」
言われてみればそうでした。会長さんの故郷の島は三百年以上も昔に火山の噴火で海に沈んでしまったのです。島があった地方にも連れて行って貰ったというのに忘れていたとは、なんと迂闊な…。一様に押し黙った私たちに向かって、会長さんは。
「気にしない、気にしない。しんみりするのは好きじゃないんだ。忘れるくらいが丁度いいのさ、普段は何も話さないだろ? ただ、耳かきのルーツとなると…。あれは旅をしていた時代だからねえ」
「…そんな時代にシャングリラ学園は無いと思うが?」
キース君が返すと、「まあね」と微笑む会長さん。
「だけどルーツは其処なんだよ。ブルーにもその頃の話はしただろう? ぼくとぶるぅで旅をしていて、少しずつ仲間が集まっていって…。最初の仲間がハーレイだけど、あの頃はぼくに惚れているとは知らなくってさ。宿でも一緒の部屋だったわけ」
ああ、なるほど。それで「そるじゃぁ・ぶるぅ」が卵に戻った時に教頭先生が温めることが出来たんですね。あの話を聞いた時には全く気に留めていませんでしたが、会長さんが放置していた卵を夜の間も温めていたなら同室でないといけません。…そっか、教頭先生と会長さんが一緒に寝泊まりしていた時代が…。
「それでね、長い旅をしていれば耳掃除だってするだろう? ハーレイは自分で掃除してたけど、ぼくとぶるぅはそうじゃなかった。お互いに掃除し合っていたのがハーレイには羨ましかったらしいんだよね。ぶるぅはぼくの膝枕だから」
「「「………」」」
小さな子供が耳掃除して貰っていたのが羨ましかったとは、教頭先生、その頃から既に夢見がちでしたか! 会長さんの膝枕に憧れまくって、それが高じて今の耳かきに至っていると…?
「早い話がそういうことだね。…昔話をしようっていうのに放課後の短い時間じゃ勿体無い。だから日を改めて貰ったんだよ、話はこれだけで終わらないから」
「終わったじゃないか」
耳掃除を見せつけられたのがルーツなんだろ、とソルジャーが指摘しましたが。
「ルーツは其処だけど、まだシャングリラ学園が出来てない。…ついでに入試も始まってないよ」
「あっ、そうか…。ハーレイが耳かきを交換条件に持ち出すまでに間があるのか」
「そういうこと。まずは告白しなくっちゃね。全く気付いていない相手に向かって、自分はこんなに惚れ込んでます、って熱い気持ちを」
クスクスクス…と笑う会長さん。もしかしなくても教頭先生との馴れ初めならぬ、三百年越しの片想いとやらの始まりについて語ってくれるつもりでしょうか? 教頭先生の一目惚れから始まったのだ、と聞いていましたから深く考えてはいなかったのに…。
「ブルーもこの辺は知らないだろう? 君はハーレイと両想いだから興味が無いと思っていたしね。この際、ハーレイの悲惨な過去を教えておくのも面白そうだ。告白と同時に玉砕というか、監視まで付いてしまったというか…。シャングリラ学園が出来て間もない頃だよ、ハーレイの失恋」
「ふうん? それまでは失恋していないわけ?」
ちょっと意外、と呟くソルジャー。会長さんと教頭先生が旅をしていた期間は年単位です。その間ずっと同じ部屋に泊まり続けていたのに、片想いはバレず、告白もせず…。
「そこがヘタレの真骨頂だよ、手を出す勇気も無かったわけさ。…ハーレイに言わせれば旅の空では落ち着かないし、定住出来る家を持ったら結婚を申し込むつもりだった、と。それを実行に移してきたのが学校経営が軌道に乗って教員用の家が出来た時」
此処からの話が面白いんだ、と会長さんは瞳を輝かせて。
「デザートも食べたし、続きはリビングで話すことにするよ。ぶるぅ、飲み物を用意してくれるかな?」
「かみお~ん♪ それとお菓子だね!」
何にする? と好みの飲み物の注文を取る「そるじゃぁ・ぶるぅ」。私たちはリビングへ移動し、ゆったりとしたソファに陣取りました。教頭先生の失恋ネタって、どんなのでしょうね?

紅茶にコーヒー、それからココア。全員が飲み物を手にした所で会長さんの昔話が再びです。
「…シャングリラ学園は最初は私塾みたいなものだった。だけどハーレイたちはサイオンを持っているしね、知識の量が半端じゃない。評判が評判を呼んで生徒は増えるし、理事長と校長先生が仲間として現れてポンと私財を寄付してくれたし、学校を作ろうって話になって。…それから後はトントン拍子」
学校は年々大きくなって、余っていた敷地にも校舎が建っていったとか。余裕が出来ると今度は教員専用の家を、という運びになったわけですけれど…。
「今は長老と呼ばれているハーレイたちが住む家だね。注文建築で建てるものだから個人の希望も入れられる。その話し合いをしていた席でハーレイがぼくに言ったんだ。良かったら一緒に住まないか…って」
「「「へ?」」」
長老の先生方が揃ってる前でプロポーズですか、教頭先生? 今の話ではそういう風にしか聞こえません。いくらなんでも、まさか、まさか…ね…。
「君たちだってビックリするよね、この流れ。ぼくも全く同じだったよ、何を言われたのか分からなかった。…だってさ、ぼくとぶるぅの家も用意するのが決まってたんだ。最強の力を持ってるわけだし、事実上のリーダーみたいなものだから。…なのにどうして、って」
とても驚いたという会長さんが考えたのは、成長が止まって少年の姿のままの会長さんが更に小さい「そるじゃぁ・ぶるぅ」と二人きりで暮らすことを心配しての言動なのか、という解釈。旅が終わってからも大きな一軒家を借りて皆で一つ屋根の下に住んでいたので、安全面を考慮してくれたのか…と。
「それでね、ぼくとぶるぅは大丈夫だから、って答えたよ。元々二人で旅をしてたし、サイオンだって最強だ。二人暮らしで問題無い、って返事をしたら、そうじゃないんだって口ごもってさ…」
教頭先生は暫く沈黙していた後で、ガタンと勢いよく立ち上がったそうです。そして会長さんに深く頭を下げ、長老の先生方が居並ぶ席で思いっ切り…。
「私と結婚して欲しい、だよ? それって会議で言うことかい? そりゃね、世の中には公衆の面前でプロポーズっていうのもあるけどさ…。これがハーレイの一世一代のプロポーズだった」
「なんか凄いね…。ヘタレてないよ?」
むしろ天晴れ、とソルジャーが拍手しています。ソルジャーの方は二人の仲を公けに出来ないだけに、そういうプロポーズは無かったのでした。いつの間にやら深い仲になっていたため、教頭先生の男らしい行動に感銘を受けたとのことですが。
「…男らしい? あれはその場の勢いだけだね。おまけに、ぼくに断られるとは夢にも思っていなかったんだ。長年一緒に旅をする内に勝手に将来を思い描いて、ぼくもついてくると思い込んでた。腰を落ち着けたら結婚生活! …本当に馬鹿としか言いようが無い」
「それじゃアッサリ断ったわけ?」
「決まってるじゃないか。お断りだ、ってハッキリ言ったよ。ぼくにそういう趣味は無い、ってね。…もう、その瞬間のハーレイときたら…。一人でボウボウに燃え上がってただけに燃え尽きっぷりも見事でさ。立ったまま真っ白な灰って感じ? 声も出ないで茫然自失」
あの顔は今も忘れられない、と会長さんは可笑しそうに笑っています。振られてしまった教頭先生は長老の先生方に積年の想いがバレたばかりか、思い込みの激しさを責め立てられて。
「…それからなんだよ、「ハーレイの家に一人で行ってはいけない」と言われるようになったのは。何をされるか分からないだろ、一緒に住もうとするような男」
「「「………」」」
あの有名な注意にそんなに古い歴史があったとは夢にも思いませんでした。会長さんの話が長くなる筈です。…じゃあ、耳掃除が入試問題の入手の交換条件になったのは…いつ…? ソルジャーも興味津々で耳かきの件を持ち出しています。
「もしかして、告白して派手に振られちゃったから耳掃除かい? せめてそれくらいは許してくれって?」
「そうなるのかな? 入試の倍率が高くなってきた頃に試験問題を売ろうかな、って思い付いてさ…。最初は瞬間移動で盗もうとしたけど、保管係がハーレイなんだよ。これはオモチャにするしかないよね」
悪事の片棒を担がせてなんぼ、と会長さんが浮かべたのは悪魔の笑み。
「…試験問題を売り捌きたいから書き写してくれ、って頼みに行ったら断られた。教師としてそれは出来ない、とね。…だから誘惑してやったんだ。結婚には応じられないけれども、少しサービスしちゃおうかな、って。そしたら一気に頭の中で妄想炸裂」
その中で一番マシだったものを選んだ結果が耳掃除なのだ、と会長さんは指を一本立てました。
「他にも色々とあったんだよねえ…。一緒にお風呂とか、脱がせてみたいとか、一晩付き合って欲しいとか…。だけどね、どれも身の程知らず! 自分の限界ってヤツが分かってなかった。三百年以上経っても出来ないことが当時のハーレイに出来たとでも?」
耳掃除を選んであげたことに感謝して貰わなくちゃ、と会長さんは懐の広さを自慢しています。確かに他の条件をチョイスされていたら、教頭先生は美味しい思いも出来ないままに試験問題を奪われる結末に…。三百年以上の伝統があるという耳掃除。これからもずっと続くんでしょうねえ、会長さんの娯楽として。

耳かきサービスの由来は壮大すぎるものでした。シャングリラ学園の設立前にまで遡るとは驚きです。此処へ来る道で三百年という話も出てましたけれど、正真正銘の三百年コースだったとは…。
「ジョミーたちもビックリしたみたいだね。日を改めた甲斐があったよ、たかが耳掃除のルーツだけどさ。…せっかくだから他にも昔話をしてあげようか? ぼくがソルジャーになった理由とか」
「「「えっ?」」」
目を丸くする私たち。会長さんのソルジャー就任のいきさつなんかは最高機密じゃないのでしょうか? 特別生になって四年しか経たないヒヨコなんかに知る権利は…。顔を見合わせる私たちに向かって、会長さんは。
「そんなに特別な理由は無いのさ、ぼくがソルジャーと呼ばれることには。…ついでにブルーもソルジャーだけど、これに関しては共有したってわけじゃないんだ。そうだよね、ブルー?」
「そうみたいだねえ、君とぼくとじゃソルジャーの意味が全く別物。呼び始めた人にもまるで共通点が無いんだしさ。…ぼくを最初にソルジャーと呼んだのは海賊なんだよ」
「「「海賊!?」」」
「うん、海賊」
SD体制からのはみ出し者だ、とソルジャーはウインクしてみせました。
「ぼくのシャングリラが出来上がるまでには海賊たちの協力もあった、と前に話をしただろう? その連中がソルジャーだって言い始めたわけ。正確には元海賊かな。…サイオンに目覚めて仲間になったんだ。キャプテンは既にいたから違う呼び名が欲しいというのがソルジャーの始まり」
「でもって意味も違うんだよねえ、ぼくの世界とは」
この子たちにも教えてあげて、と会長さんが促しています。えっと、ソルジャーって文字通りの戦士じゃないんですか?
「違う、違う。戦士っていうのはブルーの方だよ、君たちのソルジャー。ぼくは戦い導く者。海賊たちの昔話から付けたんだってさ、神様みたいなものなのかな? とにかく戦士ってだけの意味じゃない。だからブルーとは共有してない」
共有していたら戦士の筈だ、と語るソルジャー。あれ? ということは…。
「おい、あんたの方が先にソルジャーだったのか?」
キース君の問いに、会長さんは。
「そうだよ、ぼくはシャングリラ学園が出来て間もない頃からソルジャーと呼ばれ続けてる。教員用の家を作ろうって話が出たのと同じ時期だね。ハーレイが派手に失恋するよりも少し前かな、ソルジャーの肩書きがついたのは…。実際に使うまでには暫く時間があったけれども」
「「「???」」」
「当時はシャングリラ号も無かっただろう? ソルジャーは特に必要ない。ただ、新しい仲間が見つかった時に紹介するのに生徒会長っていうのは変だよねえ? なんでリーダーが生徒会長なんだ、って思われてしまう。ハーレイたちが教師なだけに」
「…確かに妙だな」
それは分かる、とキース君。私たちも素直に納得出来ました。会長さんの正体がソルジャーだとは知らなかった時期が私たちにもあったんです。不思議な力を持った人だとは思ってましたが、シャングリラ学園の生徒会長が仲間を束ねるリーダーだなんて普通は想像もつきませんよね?
「ね、生徒会長がリーダーというのは無理がある。だから肩書きを付けておこうって話になって、いざと言う時に戦えそうな力を持っているから戦士でソルジャー。…ぼくは大袈裟な称号は御免だし、リーダーだってやりたくなくて…。だけど力が最強なのは間違いのない事実だからさ…」
仕方なくソルジャーに就任したのだ、と会長さんは苦笑い。
「その辺のぼくの気持ちはゼルたちもよく分かってた。それで普段は自分たちが教師としてぼくを守る立場で、ぼくは単なる生徒会長。…ぼくがソルジャーとして決断するのは本当に必要な時だけなんだよ、今も昔もそれは変わらない」
ブルーと違ってお気楽な立場、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭をクシャリと撫でて。
「ソルジャーと呼ばれるだけでも重荷がズシリと来るからねえ…。もっと気楽に考えたくて、ぶるぅの名前にもソルジャーと付けた。そのまんまじゃ叱られそうだから「そるじゃぁ」にしたけど…。そしてシャングリラ学園中に広めたわけだよ、これが「そるじゃぁ・ぶるぅ」です、って」
ソルジャー・ブルーよりも有名だよね、と片目を瞑る会長さん。言われてみれば私たちが初めてソルジャーの存在を知ったのは卒業してシャングリラ号に乗り込んだ時。それまでは一度も聞いたことが無く、ソルジャーといえば「そるじゃぁ・ぶるぅ」で…。
「ほらね、ソルジャーと聞いて最初に頭に浮かんでくるのはぶるぅだっただろ、君たちも? 新しい仲間も生徒出身だった場合はもれなくビックリ仰天…ってね。ソルジャーの称号なんてその程度なのさ、単なる渾名」
そうでなきゃやってられないよ、と会長さんは肩を竦めてみせました。
「真面目にソルジャーとして戦っているブルーには悪いと思うけど……立場も世界も違うんだから仕方ない。だけど本当に必要とされたら戦うだけの覚悟は出来たかな? ブルーに出会ったお蔭でさ」
そんな世界になって欲しくはないけれど…、と窓の外を見遣る会長さんの言葉に深く頷く私たち。そうならないように会長さんたちを支えてゆくのも特別生の役目でしょう。サイオンを隠さずにいられる時代が来るまで、普通の人たちと摩擦を起こさず自然に交流。その窓口がシャングリラ学園なんですものね。

思いがけず会長さんのソルジャー就任秘話までが飛び出してしまった雪の午後。ソルジャーの称号も別の世界との共有ネタかと思ってましたが、そうではなくて…。
「でも、ソルジャーの正装ってヤツはブルーの世界から貰ったようだよ」
元々は特に衣装は無かった、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」を指差して。
「ぶるぅの服はソルジャーの正装のパクリだけどね、これはシャングリラ号の建造中に出来たんだ。それまでは普通の子供服! ぼくもソルジャーを名乗ってはいても制服だったし、マントすら着けてなかったよ。シャングリラ号を造ってた時に服のアイデアが湧いてきたわけ」
「ぼくはプレゼントした覚えは無いんだけどねえ?」
服のデザインは管轄外、とソルジャーが笑っていますけれども、あちらの世界のシャングリラ号と私たちのシャングリラ号が瓜二つなのと同じで、クルーの制服もそっくりだとか。ソルジャーとキャプテンの服は言わずもがなです。そしてソルジャーの正装は素材も何もかも特殊だそうで…。
「ブルーにそういうつもりはなくても、教えてくれたのは確かだと思う。ソルジャーの衣装は今の科学じゃ作り出せない繊維で出来てるし、記憶装置も作るのは無理だ。ブルーの記憶装置との違いは補聴器としての機能が無いことだけさ」
「君は聴力は普通だしねえ? …ぼくの耳が聞こえないって事実も忘れられてる気がするけれど」
「「「あ…」」」
それは完全に忘れ去っていました。ソルジャーは今も補聴器を着けていません。一緒に旅行にお出掛けする時も補聴器なんかは着けてませんし…。
「こっちの世界じゃ思念波自体が少ないからかな、サイオンで自然に補えるんだよ、聴力を。ハーレイにもコツを教えてあるから、ハーレイだって補聴器無しだろ? 補聴器が要らないって楽でいいよね」
身体まで軽くなったような気がするよ、とソルジャーは大きく伸びをしています。
「こっちのブルーに色々と情報をプレゼントした御褒美にこの世界への道が開いたんならラッキーだったな。最初はぶるぅが来ちゃったんだっけ、掛軸とやらに引っ張られたとかで」
「…俺が持ち込んだ掛軸だよな…」
良かったのか悪かったのか、と呻いているのはキース君。特別生になって間もない時期に元老寺の檀家さんから預かったという怪しげな掛軸が出現したのが発端でした。『月下仙境』と名付けられた掛軸に描かれた月が異世界に通じる道だったのです。
「キースがそれを持ち込んだのも運命だったかもしれないよ? 情報を共有していた二つの世界を結び合わせるための切っ掛け。…キースやブルーの言葉を借りれば御仏縁ってヤツ」
「仏様とは関係無いような気がするけどねえ…。ん? でも…」
分からないか、と会長さん。
「ぼくやキースが君の世界の仲間たちの供養を任された以上、御仏縁というのもアリかもね。だったら君もさ、感謝の心でお念仏くらい唱えたらどう?」
「お断りだよ、お念仏は君たちに頼んであるだろう? いいかい、ぼくとハーレイは極楽の同じ蓮の上! 阿弥陀様から離れた蓮で、花びらの色はハーレイの肌が映えるヤツ、って」
「「「………」」」
始まったか、と私たちは頭を抱えました。ソルジャーは極楽でお世話になる蓮の花について細かいこだわりがあるのです。会長さんはともかく、キース君の方はそれを叶えるべく日々のお勤めで根性で祈っているわけで…。
「…そっちの方は保証は出来んぞ」
「そうだよ、君さえお念仏を唱えてくれたら注文どおりの蓮の花がさ…」
お念仏の効能を説きかけた会長さんをソルジャーが手で遮って。
「その話は置いといてくれないかな? ウッカリ忘れるとこだった。入試が済んだらお願いしようと思っていたのに、色々とあってコロッとね…。もうすぐバレンタインデーだろう?」
「そういえば…」
「そんなのもあったね…」
思い出した、と私たち。シャングリラ学園ではバレンタインデーは一大イベント、温室の噴水がチョコレートの滝になるほどのお祭りです。そのバレンタインデーがどうしたと?
「今年は友チョコをやりたいんだよ。…どうかな、友チョコ」
「「「友チョコ!?」」」
あまりにもソルジャーのイメージからかけ離れた単語に全員の声が引っくり返り、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も目がまん丸になっています。友チョコなんてソルジャーは何処で聞いたのでしょう? ソルジャーの世界でも最近の流行りは友チョコだとか…?







シャングリラ学園に入試の季節がやって来ました。下見に来ている親子連れの姿を見かけるようになったら本格的なシーズン入り。在校生には「下見の人には親切に対応するように」と注意がされて、特別生の私たちだって例外などではありません。見た目は普通の生徒ですしね。
「かみお~ん♪ 案内してあげた人、受かりそう?」
「やあ。あの子は商売になりそうもないね…」
賢そうだ、と会長さんが呟いているのは放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋です。私たち七人グループは此処へ来る途中で下見中の男子生徒とお母さんに声を掛けられ、あちこち案内してきたのでした。定番の講堂や本館、体育館に教室など。
「賢い生徒も歓迎だけど、ぼくは儲けも欲しいんだ。どう転んでも受かりそうになくて裏口を頼むコネも無いけど、お金はしっかり持ってます…っていうのが理想さ」
試験問題が売れるから、と会長さんは今年もカモを待っています。教頭先生が横流しする試験問題のコピーを更にコピーし、売り捌くのが会長さん流。とてつもない高値で売るんですけど、毎年キッチリ完売してしまう人気商品というのが凄いです。シャングリラ学園は入りたい人には諦め切れない魅力溢れる学校で…。
「ふふ、我が校の売りは三百年以上の伝統と教師陣だしねえ? 先生たちが年を取らないのが保護者にポイント高いんだ。三百年もの歴史に裏打ちされた指導力と知識、それに人格。他の学校には真似の出来ない素晴らしい先生たちってわけさ。そして生徒には自由な校風が人気」
「俺が受験しようと思った理由は別なんだが…」
キース君が口を挟むと、ジョミー君が。
「そうか、キースは教頭先生と柔道部が目当てだったんだよね? でもってシロエがキースに対抗心を燃やして一緒に受験したとか何とか…」
「ええ。キース先輩が受けると聞いて両親を説得したんです。何が何でも一年早く上の学校に行きたいんだ、って。…最初は反対されましたけど、シャングリラ学園の名前を出したらアッサリ許してくれましたよ。あそこなら受け入れて貰えるだろうと」
シロエ君の御両親は飛び級での進学を心配していたらしいのです。けれどシャングリラ学園だったら先生方はプロ中のプロ。一風変わった生徒の扱いも慣れたものだと思ったようで…。
「実際、面接でも何も言われませんでしたしね。上の学年と一緒に学ぶだけの自信はありますか、と訊かれただけで他は普通の質問でした。…入学した後はホントに普通に過ごせましたし」
サイオンの件を除いては…、とシロエ君は懐かしそう。言われてみれば普通の一年生をやっていた頃には色々なことがありました。いきなり「一年限りで卒業になる」と告知されたり、シャングリラ号のこととは知らない宇宙クジラの映像を見せられてしまったり…。でも一番は「そるじゃぁ・ぶるぅ」との出会いです。
「あの時シロエを止めにかからなかったら、今頃、俺は普通の大学生になっていたのか…。俺にはブルーのメッセージは聞こえなかったからな」
キース君が入学式で流された会長さんの思念の話をすれば、サム君も。
「俺とスウェナもだぜ。ジョミーたちが誰かに呼ばれたって言うから何か怪しいって引き止めていたら、いきなり此処に」
「かみお~ん♪ みんな纏めて御招待だもん! ぼく、お客様は大好きだしね」
大勢いた方が楽しいもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がエヘンと胸を張り、会長さんが。
「そうそう、みんな友達ってね。…君たちが仲の良い仲間だってことはすぐに分かったし、そうなればサイオンの有無で切り離すよりも纏めて仲間にした方がいい。ぼくたちの仲間を増やせる機会は逃さないのもソルジャーの務め」
あの年は本当に大漁だった、と会長さんは嬉しそうです。
「ぶるぅの手形の力があっても仲間を増やすのは難しいんだ。変化に柔軟に対応できる人間でないとパニックになってしまうしね。…だから原則的に因子を持った人の血縁者にしか手形は押さない。例外はフィシスとキースたちだけなのさ、生徒の中では」
「そうだったの!?」
もっと大勢いると思った、とジョミー君が声を上げ、私たちも頷いたのですが。
「仲間を量産出来るんだったら特別生だらけの学校になっていたと思うよ。でも、実際はそうじゃないだろう? 十年に一人いるかいないか、それがサイオンを持った新入生だ。…この先もっと増えるといいけど」
劇的に増えはしないだろうね、というのが会長さんの見解でした。しかし、キース君たちがフィシスさんと肩を並べるレアものの仲間だったとは…。どおりで会長さんが親しくお付き合いしてくれるわけだ、と納得してしまった私たち。これからも特別待遇が続くといいな、と思っちゃっても許されますよね?

一般生徒は出入り出来ない「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を溜まり場にして早くも五年目。美味しい料理や手作りおやつが魅力ですけど、この時期だけは市販のおやつに切り替わります。あ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が卵に戻っていた去年の暮れにも市販品を食べてましたっけ…。
「ごめんね、これだけはやっとかないと」
ぼくの大事なお仕事だから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が並べているのは天然石のビーズです。一個に一つずつ手形を押してストラップに仕上げ、入試の日にフィシスさんとリオさんが受験生たちに売るのでした。
「よいしょ…っと」
腕まくりをして右手でペタンッ! ビーズが小さいので手形を見ることは出来ませんけど、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の右手で押される赤い手形はパーフェクトの証。キース君たちはこれを押されてサイオンを持つ仲間になって、ビーズの方は試験の満点が約束されます。
手形一個につき一科目。試験の科目と面接を合わせた試験の数だけ手形を押したビーズを連ねて完成するのが生徒会自慢の合格グッズのストラップ。これさえあれば合格間違い無しという無敵のパワーを誇るのですが、入学前の受験生に「そるじゃぁ・ぶるぅ」の力が分かる筈も無く…。
「ぶるぅの手形ストラップだけでは不安な人も多いんだよ。だから試験問題のコピーが売れるんだよね」
人は目に見える物に縋りたいもの、と会長さん。
「お蔭でボロ儲けが出来るんだから有難いよ。まあ、中には試験問題も買わず、ストラップも買わず、不合格になってから慌てて補欠合格アイテムに走るって人もいるんだけれど」
それは私のことでした。パンドラの箱と呼ばれるクーラーボックスを買って、出て来る注文を端からこなせば補欠合格。でも…パンドラの箱は入試当日しか売りに行くのを目にしないような?
「なんだ、今頃気付いたのかい? うん、本当は入試の時しか売らないよ。君が買えたのは特別なケース。明らかに因子を持っているのが分かってたから期待したのに落ちちゃったしねえ、フォローしようと行商に出掛けて行ったわけ」
「なんだと? だったら、みゆは注文を全部こなさなくても合格出来ていたんじゃないのか?」
キース君の突っ込みに私を含めた全員が息を飲み、会長さんがペロリと舌を出して…。
「バレちゃったか。…そうだよ、途中で投げ出していても注文をこなしたと認定する予定になっていた。だけど根性でクリアしたのが凄すぎるよねえ、あれを見ちゃうと甘い評価は出来なくなるって」
注文のハードルも高くなる、とクスクス笑う会長さん。どうやら私は頑張り過ぎちゃったみたいです。あまつさえ、翌年からの受験生のハードルを上げちゃったような…。パンドラの箱を買った人たち、これから買おうという人たちに土下座をしたい気分ですけど、そんな機会は無いですよねえ?
「パンドラの箱は努力と根性を試すアイテムだし、ハードルが高くても低くても頑張りを見せれば評価はするさ。…ただ、みゆから後は根性の足りない人ばっかりで…。最低五つはこなすというのが一般向けの合格条件。そこまで行かずに投げちゃうんだから仕方ないよね」
今年の受験生はどうなるやら、と会長さんは深い溜息。昔はパンドラの箱で補欠合格出来た生徒も少なくなかったらしいのです。今の有様ではいずれ売らなくなるかもね、と苦笑している会長さん。
「だけど今年はまだ売るよ? 薄利多売も大切だ。パンドラの箱はストラップよりも破格に安いし、宝くじ感覚で買うお客様も少なくない。試験の手応えが最悪だった、と思った時には縋りたくなるアイテムだよね」
縋り切れずに落っこちてるけど、と会長さんは去年の販売実績が書かれた紙を指先でトンと叩いて。
「さてと…。君たちにアイテムの販売員は任せられない。ぼくとフィシスとリオの役目だ。でも、そろそろ参加したくなってきただろう? 販売員はダメだけれども、ネタの方でも考えてみる?」
「「「ネタ?」」」
「そう、文字通りのネタってヤツさ。パンドラの箱に入れる注文のアイデア募集中! ぼくとぶるぅが喜びそうなヤツを考えてくれたら採用するよ」
「えっ、ホント!?」
ジョミー君の瞳が輝き、私たちも思わず身体を乗り出していたり…。
「ホントだってば。ただしボランティア扱いだから謝礼は出ないし、採用されたっていうだけのこと。それでも良ければ…」
「「「はいっ!!!」」」
やります、と挙手していたのは全員でした。私がパンドラの箱でこなした注文はキース君たちも知っています。それを参考にしてアイデアを捻り出すのでしょう。えっと、私は何にしようかな…。お買い物ネタは普通すぎますし、やっぱり王道は銭湯ですかねえ?

手形ストラップが完成する頃、入試前のシーズンは佳境を迎えます。きっと今年も先生方はトトカルチョに燃えている筈で…。トトカルチョというのは試験問題が流出するか否かを賭けるもの。会長さん曰く、流出しなかった年は賭けが始まってから一度も無いのに、先生方は懲りずに賭けているそうで。
「今年はヒルマンが勝負に出たよ。初詣で買ったおみくじに「勝負事、かなう」と書いてあったから強気に出ることにしたらしい。…流出しない方にドカンと賭けたさ」
あちゃ~…。ヒルマン先生、あたら大金を散らすことになってしまいましたか! 会長さんが試験問題を手に入れるのは教頭先生との間のお約束。決定的なヒビでも入らない限り、会長さんは教頭室へと出掛けて行って試験問題と引き換えに…。
「あんた、今年もやるんだよな?」
キース君の問いに、会長さんは艶然と微笑んで。
「やらないわけがないだろう? ガッポリ儲けるチャンスなんだよ、試験問題は必需品! ハーレイがぼくに惚れてる間は徹底的に利用するまで」
「「「………」」」
相変わらずな姿勢の会長さん。今年もやっぱり例のイベントが…、と私たちは覚悟を決めつつ、鞄からレポート用紙を取り出しました。パンドラの箱に入れる注文メモのネタの締切が今日なのです。お互いに意見交換をしたり、逆に牽制したりしながら練り上げたネタが書き止められたレポート用紙。
「へえ…。これだけあれば使えるネタもありそうだ。えっと…」
ペンを取り出して検討し始めた会長さんの前に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が焼き立てのパウンドケーキを置きました。もちろん私たちの前にもお皿が。久しぶりの手作りおやつです。
「えっとね、ストラップ作りでお休みしてた間はブルーがケーキを買っていたでしょ? クリームとかは飽きちゃったかなぁ、って」
だからパウンドケーキにしてみたよ、とニコニコ笑顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ラム酒たっぷりのドライフルーツが入っていますが、これも御自慢のお手製で…。うん、美味しい! 私たちが頬張る間も会長さんはケーキをフォークで口に運びながらレポート用紙のチェック中。
「うん、このアイデアは斬新だね。流石キースだ、目の付けどころが素晴らしいよ」
難易度も高くて使えそうだ、と会長さんが絶賛したネタは。
「「「托鉢!?」」」
「正確に言えば托鉢じゃなくて、お坊さんを見付けて托鉢させて頂くって形だね。これは難しいよ、お坊さんを探し出すまでが大変だしさ…。ただ、問題が一つある。ぶるぅの欲望が詰まっているというのがパンドラの箱の謳い文句だ。…キース、ぶるぅはお坊さんが好きなのかい?」
「えっ? そ、そこまでは考えていなかった…。あんたと一緒に暮らしてるんだし、多分嫌いではないと思うが」
「それは苦しい言い訳だねえ…。ぼくの正体が坊主というのを受験生は知らないんだよ?」
このネタはもう少し捻る必要がある、と丸印を付ける会長さん。採用するという印だそうです。御褒美は何も出ませんけれども、会長さんのお眼鏡に敵うネタを出すとは凄いじゃないですか、キース君! だって結局、他の面子は誰一人として採用に至らなかったのですから。
「ネタはオリジナリティーが大切なんだよ。君たちのネタはどれも何処かにありそうでねえ…」
来年までにもっとセンスを磨きたまえ、と素っ気なく言って会長さんはレポート用紙を返して来ました。キース君のレポート用紙も返され、私たちは来年に向けてネタを練ることになりそうです。役回りとしてはまだまだですけど、これも立派な入試シーズンのお手伝い。パンドラの箱が廃番になってしまわない内に採用目指して頑張らなくちゃ~!

パウンドケーキのお代わりをしてパンドラの箱を話題に盛り上がった後、会長さんが壁の時計に目をやって。
「そろそろいいかな? 出掛けようかと思うんだけど」
「お、おい…」
声を上げたのはキース君です。
「出掛けるっていうのはアレか? 今日だったのか、試験問題が揃うのは?」
「そうだよ、今朝ハーレイから連絡があった。今日の昼過ぎまでには揃う筈だから、こっそりコピーを取っておく…ってね」
もう出来てるに決まっているし、とソファから立ち上がる会長さん。
「今年もついて来るだろう? ぶるぅと二人で行ってもいいけど、ギャラリーは多いほど楽しいもんねえ」
「悪趣味だな。俺たちには覗きの趣味は無いんだが」
「でもさ、万一って危険もあるし? ボディーガードは多いほどいい。とにかく行くよ。…ぶるぅ、シールドを」
「オッケー!」
パアァッと青い光が走って、私たちはシールドに包まれてしまいました。こうなると逆らうだけ無駄というもの。今年も『見えないギャラリー』として教頭室まで会長さんのお供です。生徒会室へ出て、校舎の外へ。中庭を抜け、本館に入って教頭室の重厚な扉の前に立ち…。
「失礼します」
軽くノックした会長さんが扉を開けると、私たちもゾロゾロと部屋の中へと。教頭先生は余計なオマケには全く気付かず、羽根ペンを手にして満面の笑み。
「おお、来たか。…いつもより遅いから来ないかもしれん、と心配になってきていた所だ」
「ごめん、ごめん。でもさ、ぼくが試験問題を諦めるとでも? …君に愛想が尽きない限りは毎年コピーをお願いしたいね」
「…来年もか?」
「もちろんだよ。ただし来年の入試シーズンまで、ぼくの御機嫌を損ねずに付き合ってくれたら…だけど」
パチンとウインクする会長さんに、教頭先生は「努力しよう」と即答です。えっと…何か間違っていませんか? 試験問題を横流しするのは教頭先生ですし、御機嫌を損ねないように頑張るとしたら会長さんの方なのでは…?
『いつも言ってるだろう、娯楽だって。ハーレイなんかに頼まなくても試験問題の入手は可能。瞬間移動で盗み出してコピーするくらいは簡単なんだよ、ハーレイもそれは承知している』
会長さんの思念は笑っています。
『一年に一度のお楽しみなのさ、ヘタレなハーレイをからかうための…ね。そしてハーレイも遊ばれていると知っていたって断れない。堂々とぼくに触れられる唯一のチャンスなんだから』
逃げられないよう努力するのは当然だ、と思念で語りつつ、会長さんは教頭先生の肩に腕を回して。
「…ねえ、ぼくはサッサとやることをやってしまいたいんだけど? 早く行こうよ、あっちの部屋に…さ」
「あ、ああ…。すまん、お前にとっては仕事のようなものだったな」
「そういうこと。君にとっては年に一度の至福の時かもしれないけどね」
行くよ、と教頭先生の腕を引っ張る会長さん。向かった先は仮眠室です。そこには立派なベッドがあって、会長さんはその上に上ると真ん中に座り…。

「ほら、遠慮してないで上着を脱いで。ネクタイも外しちゃってもいいよ? 緩めるだけより気分がいいだろ」
「う、うむ…。いつものことながら緊張するな」
「そう言いながらも態度が大きくなっちゃうんだよね、最後の方は…。そこがまた笑えるんだけど」
どうぞ、と会長さんがポンと叩いたのは自分の腿。教頭先生は上着を傍らの椅子に掛け、ネクタイも外してしまって襟元を緩め、ベッドの上へと。頬を僅かに赤らめながら会長さんの膝枕で横たわれば、始まったのは耳かきサービス。
「ふふ、またまた今日に備えて耳掃除をしていなかっただろう? 清潔にしとくべきだと思うけどなぁ」
何処からか取り出した竹製の耳かきを手にした会長さんの指摘に、教頭先生は恥ずかしそうに。
「そうは言われても、少しでも長く…と思うじゃないか。掃除すべきモノが無ければ時間も短くなってしまうし」
「まあね。ついでにぼくの膝枕とも短い時間でお別れ、と…。耳かきエステなら良かったのにねえ、あっちはマッサージも付くそうだよ」
「マッサージ?」
「腕とか肩のマッサージだって。耳かきとどういう関係があるのか意味不明だよね」
おまけに個室サービスだからオプション多数、と怪しげなサービスを羅列してゆく会長さん。教頭先生は耳まで真っ赤になっていますが、会長さんはクッと喉を鳴らして。
「…残念ながらブームはとっくに去ったというのが耳かきエステの現状なわけ。君が最盛期に気付いていたならオマケで一品ついたかもだけど…。今となっては耳かきオンリー! はい、反対側」
美味しそうな餌だけをちらつかせておいて知らんぷりをする会長さんは鬼でした。反対側の耳の掃除も終えると顔を寄せてフッと息を吹きかけ、「おしまいだよ」と耳元に囁いてベッドから降りてしまいます。その腕を教頭先生がグッと掴んで。
「…少しだけ。少しだけ、抱き締めさせてくれ…」
これも毎度のパターンでした。教頭先生は会長さんを両腕で強く抱き込み、やがて名残惜しそうに身体を離すと。
「…お前が言っていたマッサージとやらを受けてみたかったな…。来年以降に期待をかけてもいいだろうか?」
「んーと…。耳かきエステが再燃するとか、別の形で耳かきにそういうサービスがつくとか、そんな時代がやって来たら…ね。流行をチェックしておきたまえ」
ぼくはあくまで耳かき専門、と会長さんは教頭先生の耳を指先でピンと弾いて。
「今年のサービスは終わったんだし、試験問題をくれないかな? 急いでコピーを取りたいんだよ」
「あ、ああ…。あっちの部屋に用意してある」
教頭先生はネクタイを締め、上着を羽織って教頭室に戻ると金庫から書類袋を出しました。
「全教科分をコピーしておいた。…来年も、そのぅ……」
「分かってるってば、耳かきサービスをよろしく、だろう? 試験問題、ありがとう。愛してるよ、ハーレイ」
君がくれる試験問題を…、と悪戯っぽい笑みを浮かべた会長さんの前でガックリと項垂れる教頭先生。自分は試験問題以下の存在なのか、と改めて傷ついているのでしょう。けれど耳かきはして貰えたのですし、会長さんを抱き締めることも出来ましたし…。いい日だった、と思っておくことをオススメしますよ、教頭先生~。

こうして首尾よく試験問題をゲットした会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に戻るなりリオさんを呼んでコピーを指示。この先はリオさんの仕事です。会長さんは試験当日にコピーを売りつけるカモを探しに歩き回るだけで…。
「さてと、入試の準備は完了ってね。パンドラの箱の注文メモはぶるぅが書くんだし、ぼくの仕事はこれでおしまい」
ソファに腰掛けて伸びをしている会長さんに、キース君が。
「ボディーガードの出番は無かったが、あんた、いったいどういうつもりだ! 教頭先生に色々と怪しいネタを吹き込みやがって!」
「耳かきエステの話かい? たまにはいいだろ、刺激的なのも。どうせハーレイには何も出来ないし…。せいぜい太ももに触るくらいで」
今年は触ってこなかったけど、と会長さんが馬鹿にしたようにフフンと鼻で笑った所へ。
「…そりゃあ、あれだけ色々言われればねえ…。妄想だけで舞い上がっちゃって、半端な下心は吹っ飛ぶかと」
「「「!!?」」」
会長さんそっくりの声が聞こえてユラリと揺れる部屋の空間。紫のマントが優雅に翻り、現れたのはソルジャーでした。
「こんにちは。…今年も耳かきだったんだね」
ぼくの世界から見ていたよ、と微笑むソルジャー。
「えっと…。今日のおやつは無くなっちゃった? みんなお代わりしてたようだし」
「かみお~ん♪ 焼き立てのヤツは食べちゃったけど、ちょっと待ってね」
昨日焼いたヤツが家にあるから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。たちまちパウンドケーキが瞬間移動で取り寄せられて、手際良く切られてお皿の上に。
「えっとね、昨日のも美味しいよ! 日が経つと味が馴染んでくるから」
どうぞ、と置かれたケーキをソルジャーは一口頬張って。
「うん、美味しい! ところで耳かきなんだけど…。君の耳かきは耳かきエステがルーツってわけじゃないのかい?」
「……昔から耳かきなんだけど? 耳かきエステの方が後発!」
失礼な、と柳眉を吊り上げる会長さんに、ソルジャーは。
「そうだったんだ…。今日の君のハーレイとの話を聞いてて、何か変だなと思ったんだよ。ハーレイは耳かきエステをロクに知らないみたいだったし、もしかしたらルーツは他所にあるのかと」
「決まってるだろう、耳かきエステが先にあったら耳掃除なんかやらないよ! 性的サービスをしてあげる気は無いんだからね」
「うーん…。それじゃ真似をしたぼくの立場は?」
「「「は?」」」
なんのこっちゃ、と首を傾げた私たちですが、ソルジャーの方は大真面目。
「耳かきだよ。こっちのハーレイが毎年感激しているからねえ、耳かきってそんなに凄いのかと…。ぼくもハーレイと結婚したから、サービスしようと思う日もある。何をしようかと考えていて、耳かきを思い出したわけ。で、ノルディに訊いたら耳かきエステを教えてくれてさ…」
今じゃ定番のサービスなんだ、とソルジャーは胸を張りました。
「船長ってヤツは激務だからねえ、疲れ切ってしまう日も多くって…。前のぼくならヘタレと詰って終わりだったけど、アレだね、雰囲気って大切だね。膝枕で耳掃除をしてあげて、腕とか肩とかをマッサージしてる内にさ、いい感じになってくることもあるんだ」
そうなれば後は大人の時間、とソルジャーは至極満足そう。
「いい技を教えて貰ったなぁ…と思っていたのに、ぼくの勘違いだったなんてね。結果オーライだから文句は無いけど、耳かきのルーツは何なのさ? なんだか凄く気になってきた」
せっかく来たんだし教えてよ、と詰め寄るソルジャー。言われてみれば私たちもルーツとやらを知りません。いつからあるのか、何処から来たのか、この際、聞いておきたいかも…。
「…また今度ね」
話せば長くなるんだよ、と会長さんは溜息をつき、入試が済んだら改めて日を設けると約束しました。今度の週末はソルジャーも交えて会長さんの家へお出掛けです。耳かきにはどんな由来があるのか、これはとっても楽しみかも~!

 


 

闇鍋勝負に勝利を収めた1年A組は意気揚々と教室に引き揚げ、ランチ券を貰って解散でした。グレイブ先生は闇鍋のダメージが大きかったのか、ミネラルウォーターのボトルを飲みながらの終礼。ということは、倒れてしまった教頭先生もダメージ大かな?
「そりゃね、ハーレイの方は半端じゃないって」
後でお見舞いに行かなくちゃ、とクスクス笑う会長さん。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へと向かい、久しぶりのソファに腰掛けました。冬休み前は毎日来てましたけど、お部屋の主の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が卵に戻ってしまっていたので何かと落ち着かない日々でしたっけ…。
「かみお~ん♪ ここのキッチンも久しぶりだけど、お料理するのって楽しいよね♪」
ちゃんと綺麗に焼けたかなぁ、とキッチンに跳ねてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」。暫くしてから運ばれてきたのは焼き立ての桃のケーキです。お雑煮の大食い大会と闇鍋でお部屋が留守でも、このタイミングでケーキというのが流石の腕前。
「あのね、炊飯器で焼けるって聞いて試してみたの! 家でも一応やってみたけど、タイマー使うのは初めてだったからドキドキしちゃった」
はいどうぞ、と切り分けられたケーキは炊飯器ケーキとは思えない出来で紅茶にもよく合いました。お料理上手の「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手作りお菓子の日々再びです。美味しく食べていると会長さんが。
「闇鍋でハーレイが倒れた理由を知ってるかい? 気付いたかい、と言うべきか…」
「いいや、全く分からなかったが…」
キース君が答え、コクコク頷く私たち。教頭先生は会長さんが入れた大福を半分齧った所で倒れてしまい、まりぃ先生が問診してから水を飲ませていましたけれど……単に不味かったというだけの理由じゃないんですか?
「ふふ、不味かっただけで倒れるとでも? 肉まんを先に食べていたって倒れただろうと言わせて貰うよ、大福も肉まんも秘密兵器だ」
「「「秘密兵器?」」」
「うん。ジョミーが見付けた激辛キャンペーンに感謝しなくちゃ。アレがヒントになったんだから…。そうだよね、ぶるぅ?」
「かみお~ん♪ 特製激辛大福だもんね、餡子の中に激辛唐辛子だもん!」
世界一辛い唐辛子、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は得意そう。それを練り上げて作った団子を餡の内側に仕込んでおいて、溶け出さないようサイオンでガードしておいたとか。
「ブート・ジョロキアとかいうヤツか?」
辛さはハバネロの二倍だったな、とキース君が言うと会長さんがチッチッと指を左右に振って。
「甘いね、もっと辛いのが出たよ。辛すぎて誰も食べられないんで需要があるかも謎だってヤツが。…この国にはまだ入ってないから、わざわざ買いに行ったんだってば、コアラの国まで」
「「「………」」」
そこまでするか、と絶句している私たちの前にビニール袋に入れられた真っ赤なピーマンみたいなものが。
「ウッカリ触るとピリピリするから、このまま見るのが安全かと…。トリニダード・スコーピオン・ブッチ・テイラー。辛さはタバスコの原料のハラペーニョの三百倍。あ、本当に辛いみたいだし間違っても食べようと思わないようにね」
胃をやられるよ、と会長さん。それを教頭先生に食べさせるとは…。
「え、だって。闇鍋はぼくの手料理なんだと思い込むような相手は懲らしめておくべきだろう? 二度と食べようという気にならないほどに…さ」
既に復活したようだけど、と会長さんは教頭室の方角の壁を眺めています。
「懲りてないねえ、ハーレイも…。不覚だったと後悔してるのが泣ける。ぼくの手料理なら激辛も完食すべきだって? あまりの辛さに倒れたくせにさ」
「肉まんの方にも仕込んであったの?」
ジョミー君の問いに会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「うん」と即答。肉まんも具の真ん中に激辛唐辛子の団子が仕込まれており、やはりサイオンのガードつき。あまつさえ、教頭先生が大福と肉まんを確実に掬えるよう、思念で誘導していたとかで…。
「そういうわけで勝利ってね。こんな単純な手で勝てたなんて、今までの苦労は何だったんだろ…。これからはサイオンを有効活用するに限るよ、激辛の次は何がいいかな?」
新年早々、会長さんの思考は来年の闇鍋へと飛翔しています。教頭先生の受難はこの先もずっと、1年A組と闇鍋の伝統が続く限りは続きそう…ですね。

炊飯器ケーキを食べ終えて寛いでいると、会長さんが壁の時計に目をやって。
「そろそろお見舞いに出掛けようか。…ハーレイが待ちくたびれているようだ」
「見舞いをか?」
キース君の言葉に、会長さんは。
「まさか。新学期と言えばお決まりの行事があるだろう? ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
奥の小部屋に駆けて行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が抱えて来たのは平たい箱。嫌と言うほど見慣れたデパートの包装紙に包まれたそれは新学期恒例のお届け物の箱でした。青月印の紅白縞のトランクスが五枚入った箱ですけれど、でも…。
「あんた、何枚届ける気なんだ!」
キース君の叫びは私たち全員の心の叫び。箱は五つもあったのです。そんなに沢山贈る気なのか、と驚きましたが、会長さんは平然と。
「ぶるぅの卵を孵すのにお世話になったからねえ、御礼を兼ねているんだよ。…激辛のお見舞いも少しだけ入れてあげてもいいかも」
出掛けるよ、と立ち上がる会長さんを止められる人はありません。有無を言わさずお供させられるのも毎度のことで、トランクスの箱を五つも掲げた「そるじゃぁ・ぶるぅ」を先頭にしてゾロゾロと…。中庭を抜けて本館に入り、会長さんが重厚な扉をノックして。
「失礼します」
会長さんに続いて足を踏み入れた部屋の奥では教頭先生が珍しくマグカップを置いてお仕事中。いえ、マグカップばかりではなく、保温ポットもあるようですが…。
「へえ…。ハーレイ、ハーブティーとは珍しいねえ? コーヒー党だと思ったけどな」
「誰のせいだと思ってるんだ…」
フウと大きな溜息をつく教頭先生。
「今の私がコーヒーを飲めると思っているのか? とにかく荒れた胃を労れ、と言われたんだ。まりぃ先生が届けてくれたんだが、何だったか…。とにかく胃にはこのハーブだと」
「カモミールだろ? そのくらい香りだけでも分かるよ、基本だってば。大福が激辛と分かった時点で諦めてれば傷も浅いのに、無理して半分も食べるから…」
「…お前が入れた大福なんだぞ? 運良く私が掬えた以上は完食したいと思うじゃないか」
食べ切れなくて残念だった、と教頭先生は心底ガックリしている様子です。会長さんはクッと笑って。
「仮に大福をクリア出来ても肉まんで倒れていたんじゃないかな、あっちも仕掛けは同じだからね。でもって両方完食してたら当分は胃痛に悩まされたかと…。下手に触れば皮膚もやられる唐辛子だよ? よりデリケートな粘膜のダメージは計り知れない」
お大事に、と会長さん手ずからハーブティーを注ぎ足して貰った教頭先生は嬉しそうです。それだけでも舞い上がってしまいそうなのに、会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」からトランクスの箱を受け取って。
「はい、いつもの青月印だよ。…今回はスペシャル・サービスなんだ」
「スペシャル・サービス?」
「うん。ぶるぅの卵を孵すのを手伝ってくれただろう? だから御礼に一品つけなきゃと思ってね。ほら、去年の三学期の初めに贈ったヤツを覚えてる? 真っ赤な勝負トランクス」
「「「!!!」」」
アッと息を飲む私たち。教頭先生は耳まで赤くなり、視線が宙を泳いでいたり…。
「思い出した? ぼくをモノに出来そうな自信がついたら履くといい、って言ってた赤パンツ! アレはオシャカになっちゃったけど、ぶるぅの卵の御礼と今日のお見舞いも兼ねてチャンスをあげるよ」
「……チャンス……」
教頭先生は既に鼻血が出そうな顔。頭の中には様々な妄想とシチュエーションがグルグル渦巻いているのでしょう。会長さんったら、赤パンツなんかプレゼントしても大丈夫だと思っているのでしょうか? しかもトランクスは五箱分。それだけでも凄い数なのに…。

「ふふ、赤いパンツが出るかどうかは運次第なんだ。これかな? それとも、こっちかな…」
机の上に箱を並べる会長さん。五つの箱がズラリと一列に揃うと、端からポンポンと叩いていって。
「この中から一つ選んでくれる? 四つはいつもの紅白縞の五枚入り。一つだけ紅白縞が四枚と赤が一枚の詰め合わせが混ざっているってわけさ。それを選べたら勝負の赤パンツを見事ゲットだ」
一つだけだよ、と念を押された教頭先生は真剣な顔でトランクスの箱を見詰めました。サイオンで透視とかって教頭先生でも出来ますよね?
『その程度は基本中の基本だよ。…ただし相手が悪すぎるよね、タイプ・ブルーに敵うとでも?』
無理、無茶、無駄、と会長さんの思念が笑っています。そうとも知らない教頭先生、身体がうっすらと緑の光を放つレベルまで集中して…。
「これだ!」
これが赤パンツの入った箱だ、と自信たっぷりに指差し、会長さんがそれを贈呈。
「じゃあ、開けてみてよ。赤パンツだったら心から祝福してあげる」
「…う、うむ…。正直、まだ履ける自信は無いのだが…。それでも勝負パンツがあると思えば励みになるしな」
どんな励みだ、と心で突っ込む私たちの前で教頭先生は包装紙を剥がし、おもむろに箱を開けたのですが。
「…ん?」
「残念だったね、ハズレってね。…当たりはこっち。あ、誓って入れ替えはしてないよ? 君が透視しようとしていた時には偽の情報を流したけれど」
それも見破れない間はヘタレ確定、と会長さんは教頭先生にビシッと指を突き付けて。
「ぼくをお嫁に欲しいんだったらサプライズとかも必要なんだよ、思いがけないプレゼントとか! それを読まれてしまうようでは話にならない。…ついでに、ぼくの思惑どおりに動く男も味気ない。もっと頑張って鍛えるんだね、サイオンもパンツの下の分身も」
次の機会に期待したまえ、と言い捨てた会長さんは残った四つの箱を抱えて教頭室を出てゆきました。私たちも慌てて追い掛け、ポカンと口を開けた教頭先生だけが残されて…。
「…どうしようかなぁ、当たりのコレ」
会長さんが赤トランクスが混ざっていた箱を開封したのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に戻ってからでした。ホントに当たりがあったんですか~!
「そりゃそうさ。そしてハーレイが引き当てた時は恩に着せて渡す筈だったけど、ハズレを引いてしまったからねえ…。次に遊べるチャンスが来るまで残しておくか、返品するか…。チャンスは来ると思うかい?」
私たちは揃って首を激しく左右に振って、赤いトランクスと残りの紅白縞は会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がデパートへ返品しに行くことに。同じ売り場にパジャマもあるので会長さんのパジャマと交換するらしいです。トランクス二十枚と会長さんのパジャマ。きっとパジャマはトランクスの代金だけでは買えないでしょうね…。

闇鍋と紅白縞のトランクスのお届けで幕を開けた三学期の次のイベントは学校の公式行事でした。シャングリラ学園の冬の名物、かるた大会が開催されるのです。今日はそれに先立つ健康診断。えっ、何故かるた大会に健康診断が必要なのかって? それは水中かるた大会だからで…。
「かみお~ん♪ 今年も頑張らなくちゃね!」
1年A組が学園一位になるんだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が燃えているのは放課後のこと。健康診断を女子として受け、まりぃ先生にセクハラと称してお風呂に入れて貰った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は上機嫌。ウキウキとキャラメルナッツ・タルトを切り分けながら会長さんに。
「ねえねえ、ブルー、寸劇の話、決まったの?」
「「「寸劇?」」」
かるた大会で学園一位を取ると付いてくる副賞が先生方による寸劇です。去年は会長さんが全校生徒で楽しめるものを、と相撲賭博つきの初っ切りを企画していましたけど、またまた何か計画が…?
「ああ、あれね。決まったら後は早いだろうから、まだ頼みには行ってない。…みんなの意見も聞いてみないと。今年も全校生徒が楽しめるヤツにする? それとも台本どおりにする?」
「なんだ、それは」
分からんぞ、とキース君が返すと、会長さんは。
「大体の案は出来てるんだよ。ただ、それを実行するにあたって全校生徒の意見を聞くか、シナリオを決めて行くかが問題でさ…。どっちに転んでも結果は同じ」
「「「???」」」
「要は過程をどうするか…なんだ。その場のノリで決めても問題無いけど、どうしよう?」
そう訊かれても何をやらかすのかが謎のままでは答えようがありません。会長さんは「内緒」と笑って教えてくれず、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も詳しいことは知らないようで。
「あのね、ゼルに協力を頼むんだって! 何をするのか分からないけど、去年みたいなのも楽しいよね」
「また協力者か…。今度やったら三年目だな」
それも毎回ゼル先生だ、とキース君がワンパターンぶりを指摘しましたが、会長さんは。
「それが今回は違うんだな。…ゼルの協力は不可欠だけど、メインはあくまでグレイブだよ。それとハーレイ、此処は譲れない。グレイブとハーレイの立ち場も対等ではない」
「…サッパリ話が見えないんだが…」
「見えなくってもいいだろう? 君たちだって毎年楽しんでいる筈だ。事前に中身が分かった年は一度も無いと思うけど?」
言われてみればその通りです。会長さんの思い付きで教頭先生がオモチャにされることは確かですけど、それ以上のことは寸劇が始まるまでは分かりません。これでは意見の出しようもなく…。
「うーん、とりあえず台本どおりにしておこうかな? 全校生徒の意見を聞いてもラストシーンは変わらないんだし、ゼルにお願いしに行く時にはどっちでも別に同じだし…」
まあいいか、とタルトを頬張る会長さん。
「今夜にでも頼みに出掛けてくるよ。ゼルの腕前に期待していて」
「えっと…。ゼル先生は劇に出ないの?」
ジョミー君の問いに、会長さんはニッコリ笑って。
「ゼルは完全に裏方さ。ぼくのアイデアをどのくらいまで実現可能か、そこが今から楽しみで…。ゼルなら完璧にやってくれると思うけどねえ、こういう仕事は大好きだから」
謎は深まるばかりでした。ゼル先生は裏方ながらも協力者。寸劇の台本はラスト以外は書き換えも可能みたいです。会長さんが何を考え、どんな寸劇を企画したのか読める人は誰もいなくって…。
「降参だ。…あんたの今年の企画は何だ?」
キース君が代表で白旗を上げましたけど、会長さんの対応は微塵も変わらず、微笑みが更に謎めいただけ。
「見てのお楽しみってことにしとくよ、今年もね。…あ、ゼルには訊くだけ無駄だから! もちろん他の先生方も…さ」
悔しかったら心を読んでみるんだね、と私たちには出来もしない課題を突き付け、会長さんは紅茶を悠然と飲み干しました。こうなったら何も聞き出せません。かるた大会の寸劇を見るには、まずは学園一位から。会長さんの企画を目にするためには勝ち抜くことが大前提です。よーし、今年も頑張るぞー!

ゼル先生に何事かを相談しに行った会長さんは首尾よく協力の約束を取り付けた模様。放課後に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に出掛けると楽しそうに鼻歌を歌っていたりするんですけど、寸劇の欠片も掴めない内に水中かるた大会の日が。1年A組に来た会長さんは男子、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は女子で登録。
とは言うものの、かるた大会は男女合同での戦いですから男子か女子かはあまり関係無いんですよね。クラスメイトの女子は着替えを終えた会長さんの水着姿にキャーキャー狂喜していたり…。二学期の水泳大会の後で写真を買った人が大勢いたのは知ってます。会長さんがコッソリ手を回したので記録用の写真が買えたというのは今や伝説。
「今度の写真も買えるのかしら?」
「買えるんだったら買わなきゃ損よね、生徒会長さんの水着姿!」
1年A組の女子の特権だもの、と騒ぎまくっている熱い目の女子たち。シャングリラ学園自慢の屋内プールに勢揃いした他のクラスや学年の女子の視線も会長さんに釘付けです。そんな中、ジャージ姿のブラウ先生がマイクを握って競技説明。かるた大会はプールの水面に散らばった百人一首の下の句が書かれた板の奪い合いですが、これがなかなか大変で…。
「いいかい、取り札を自分のクラスのゴールまで泳いで運ぶのがお約束だ。相手クラスは札を運べないよう、水をかけて進路を妨害出来る。ただし直接タッチした場合はお手付きとして反則になるよ」
簡単そうじゃん、との声を上げるのは一年生だけ。上の学年はハードさを知っているので沈黙中。
「そして、ここからが肝心だ。奪った札を奪い返すのはオッケーだけど、札を手に出来るのは四人まで! それを超えたらお手付きとして読み直しになる。四人目が札を離してしまったら、やり直しだね」
体力勝負だから頑張りな、とブラウ先生が発破をかけても今一つ実感が伴わないのが一年生。どこが体力勝負なんだ、などと甘く見ていられるのも今だけで…。
「では、試合開始! まずは1年B組とD組、プールに入って!」
シド先生のホイッスルが鳴り、教頭先生が朗々と最初の一句を読み始めました。サッと下の句の札を取ったのがどっちの組かは分かりませんけど、とにかく男子生徒です。早速ゴールとされる方へと泳ぎ始めた所へ相手クラスからの水飛沫攻撃。一人一人は大したことが無くても一クラス分だと札も揺れ…。
「わわっ、取られた?」
「えっ、もう取り返されたのか?」
なんだなんだ、とクラスメイトが騒ぐ間にピーッ! と高いホイッスル。
「お手付き、反則! その札はプールの真ん中に戻しな!」
ブラウ先生が声を張り上げ、最初の札はゴールイン出来ずアッサリ無効に。続いて読まれた札もお手付き、その次も…。そんな調子ですから百枚の札がプールから消えた時点で両方のクラスの生徒はヘトヘトで。
「ど、どうすんだよ、こんな試合…」
「ぶるぅじゃ無理だぜ、小さすぎるし…」
試合を次に控えた1年A組、早くも諦めムードです。そこへ会長さんがニッコリ笑って。
「大丈夫。札はぶるぅがバッチリ運ぶし、そこへの道はぼくが開くさ。君たちは自分の前の札だけ見ればいい。それが読まれたらサッと掴んで頭の上に掲げること!」
後は任せて、とプールに入った会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は無敵のコンビ。札が読まれると「そるじゃぁ・ぶるぅ」が会長さんが組んだ両手を足場に宙に飛び出し、札を掲げたクラスメイトの隣に着水。札を受け取るとサイオンで札の浮力を打ち消し、潜水泳法でスイスイと…。
「すげえ、あれじゃ水飛沫も効かねえぜ!」
「ゴールインだ! えっ、もう戻って来てるのか?」
「かみお~ん♪ 泳ぐの得意だもん!」
札を運んだ「そるじゃぁ・ぶるぅ」は猛スピードで会長さんの所へと戻り、また空中へと飛び出してゆきます。相手クラスに一枚も取らせず、疲れもせずに1年A組、勝ちました! もちろん学年一位は楽勝、学園一位も余裕でゲット。
「おめでとう、学園一位は1年A組だ!」
ブラウ先生が表彰式の始まりを告げ、学園一位の表彰状を会長さんが手にすると。
「さてと、学園一位には副賞があるよ。クラス担任ともう一人の先生を指名して寸劇を披露して貰えるんだけど、誰を指名する?」
会長さんがクルリと振り向き、クラスメイトたちは「お任せしまーす!」と満面の笑顔。何かが起こる、と期待に満ちたクラス一同の視線を集めた会長さんはスウッと息を吸い込んで。
「教頭先生を指名します!」
おおっ、とどよめく全校生徒。これ以外の名前は有り得ない、と分かってはいても寸劇の内容までは読めません。それは私たちも同じですけど、教頭先生、どうなるのかな…。ゼル先生は腕を組んだまま悠然とジャージ姿で立っていますよ?

寸劇の上演場所として発表されたのは今年は普通に講堂でした。制服に着替えて移動してゆく全校生徒の流れの中で会長さんやジョミー君たちと出会いましたが、やはり寸劇は謎のまま。1年A組は学園一位の特権で講堂の一番前が指定席です。んーと……舞台には幕が下りてますねえ…。
「ちゃんと準備は始まってるんだよ、幕の向こうで」
お楽しみに、と会長さんがウインクして見せ、クラスメイトは色々と想像を逞しくしています。去年が初っ切りだったことを知っている生徒は土俵入りだと予想していますが、それなら本物の土俵を使いそう。体育館には立派な土俵があるんですから。
「かみお~ん♪ 楽しみだよね!」
ワクワクしちゃう、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が舞台の方を見詰めてますけど、何が起こるか知ってるのかな? この幕くらい透視出来ちゃいますしね、「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
『ぶるぅには見えてるんだけど……何をやるかは分かっていないよ、ぼくは演目を教えてないしね』
『『『えっ?』』』
会長さんの思念に驚きの思念を返した途端に幕がスルスルと上がっていって、舞台の上には大きな樽が。樽の上から教頭先生の首だけがヒョッコリ覗いています。いったい何が始まるのでしょう? 樽の横には木箱が置かれ、舞台の袖から現れたのはグレイブ先生。闘牛士のようなカッコイイ衣装は何ですか? そこでブラウ先生がマイクを握りました。
「お待ちかねの寸劇の時間だよ! 黒ひげ危機一髪ならぬ教頭先生危機一髪!」
「「「えぇぇっ!?」」」
講堂を埋め尽くした全校生徒が仰天する中、マントをつけたグレイブ先生が木箱から取り出したものは一振りの剣。スポットライトを浴びて鈍い光を放っています。
「今からグレイブが一本ずつ剣を刺していく。この剣と樽はゼル先生の特製でねえ、ハズレの場所に剣が刺さると中に仕込まれたマジックハンドが教頭先生をくすぐる仕掛けさ。教頭先生が笑い死にするのが先か、勢いよく飛び出して行くのが先か。さあ、何処に刺す?」
グレイブ先生に声援を! とブラウ先生が叫びました。グレイブ先生が剣を手にして樽の周りを一周する度、上とか下とかド真ん中とか、指示を飛ばせるらしいです。会長さんが言ってた「全校生徒の意見を聞く」ってコレですか! 何処に剣を刺すかは生徒が決めると?
『ご名答。…台本どおりだったら何本目で飛び出して行けるか決まってるけど、こっちの方が楽しいだろう? グレイブには限界まで引っ張れと指示してあるから、文字通りハーレイの限界までだね』
笑い死にする寸前になるまで飛び出せる場所に剣は刺さらない、と会長さんの思念は可笑しそう。うわぁ……教頭先生、お気の毒としか…。グレイブ先生が樽の周りを回り始めて、あちこちから飛ぶ無責任な声。
「上です、上でお願いします!」
「下、下、最初は絶対下で!」
「ド真ん中です~!」
グレイブ先生はニヤリと笑って剣を振り回し、グサリと樽へ。マジックハンドが作動したらしく、教頭先生の顔が歪んで引き攣り、それから眉間の皺がグンと深くなって必死に笑いを堪えていますが…。
「今度は下!」
「真ん中、真ん中~!」
生徒というのは残酷なもの。お祭り騒ぎでワイワイ指図し、グレイブ先生も芝居がかったポーズをキメながら樽へと剣を何本も。教頭先生をくすぐるマジックハンドはどんどん増えてゆき、「許してくれ~!」と野太い悲鳴が上がって、その声も笑いに震える有様。流石にそろそろ限界なんじゃあ…?
『まあね。グレイブも引き際は心得てるから、残り二本って所かな』
会長さんの思念の予言通りに二本目の剣が刺さった所が決められた場所だったみたいです。パーン! とクラッカーの音が響いて教頭先生が紙テープや紙吹雪と共に樽から勢いよく飛び出しましたが、あの姿って…。
「「「わはははははは!!!」」」
グレイブ先生と並んでお辞儀する教頭先生の衣装に全校生徒は大爆笑。だって、ショッキングピンクの女性用の水着ですよ? 金銀ラメにスパンコールでハイレグの水着なんですよ? 笑い過ぎてお腹が痛いですってば、教頭先生は笑い死にの危機だったかもしれませんけど…。

「ふふ、大ウケだったね、寸劇は」
会長さんが満足そうに笑っているのは放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋。教頭先生とグレイブ先生には全校生徒から惜しみない拍手が送られましたが、その舞台裏は悲惨なもので。
「ほら、ハイレグの水着だろう? ハーレイったら、ブラウに自己処理しとけって迫られて顔面蒼白。サイオニック・ドリームで誤魔化せるんだ、と披露したのに「笑い過ぎで集中が切れたらどうするんだ」って」
「まさか、あんたはそれを狙っていたんじゃないだろうな?」
キース君がギロリと睨むと、会長さんは。
「自己処理かい? ちょっと違うね、ぼくの狙いは謝礼金。集中力が切れちゃった時にフォローしてあげたら貰える約束」
お蔭で臨時収入が、と笑みを浮かべる会長さん。教頭先生はハイレグ水着からはみ出した無駄毛を隠しおおせた自信が無いのだそうです。きちんと誤魔化せていたらしいですが、それを親切に教えてあげる会長さんではありません。私たちを引き連れ、教頭室へと押し掛けて。
「ハーレイ、今日はお疲れ様。君のサイオニック・ドリームだけど…」
「駄目だったのか?」
必死に頑張ったつもりだったが、と肩を落とした教頭先生に会長さんは右手を差し出しました。
「ぼくに頼むと高くつくのは覚悟の上だろ? 自己処理しとけば良かったのにねえ、ブラウも勧めていたのにさ。…樽から飛び出した直後はともかく、お辞儀してからは自力で頑張って欲しかったよ」
情けないねえ、と詰る会長さんが謝礼金を毟り取った後に残ったものは空のお財布。そこまでされても御礼を言って頭を下げた教頭先生は偉大です。会長さんに三百年以上も片想いして、遊ばれまくって、毟られて…。それでも一途な教頭先生、いつか報われる日を夢に見ながら強く生きて行って下さいね~!



 

緑の法衣を初めて纏ったキース君が導師を務めた修正会が終わり、私たちは宿坊に引き揚げました。いつも真夜中の新年会をやっていたのに今年は無し。ジョミー君とサム君が去年に続いて初詣のお手伝いをするからです。早めに休んで疲れを取って、初日の出を拝んでからお雑煮の予定。
「お疲れ様。キースは見事にやったと思うよ」
褒めて来たんだ、と緋色の法衣の会長さん。初めての導師で一つのミスも無くやり遂げるには集中力が要るのだそうで、素人さんには分からなくても何かしらドジを踏むのが普通。しかしキース君は完璧にこなし、所作も歩幅もパーフェクトだった、と会長さんはベタ褒めです。
「キースはぼくの弟子じゃないけど、ああいうのを見ると感激するよね。猛スピードで出世を遂げて緋色の衣になれそうだ。…二足の草鞋さえ履いてなければ」
「「「は?」」」
「シャングリラ学園の特別生だよ。出世するには璃慕恩院にも度々顔を出さないと…。決まった修行や論文なんかはソツなくこなしていくだろうけど、それだけじゃ位は順当にしか上がらない。ぼくみたいに普段の授業に顔を出さない生活だったら、楽勝で本山ベッタリなのにさ」
キースの性格からしてそれは無理だ、と会長さん。キース君は大学生をやっていた時でもシャングリラ学園に通ってましたし、今更サボリはしないでしょう。そうなると総本山の璃慕恩院に詰めっぱなしとはいかないわけで…。
「まあ、それでこそキースだけどね。正攻法でも緋色の衣は貰えるんだ。…多分、気長にやるんじゃないかな。真面目に論文を書きながら…さ。論文だけ出しても場合によっては大抜擢も有り得るし」
「え、そうなの?」
そう尋ねたのはジョミー君です。正座で痺れてしまった足を法衣の上から擦りながら…ですが。
「おや、ジョミーも興味が出たのかい? 君もいつかは通る道だし、知っておくのはいいことだ。お坊さんの位を上げるには試験と論文が必須なんだよ。そこで素晴らしい成績を上げて、凄い論文を提出すれば偉い人たちの目に留まる。黙っていても璃慕恩院の役がつくとか、大学で教えないかと言ってくるとか」
「大学ってキースの大学かよ?」
サム君の問いに、会長さんはニッコリ笑って頷いて。
「もちろんさ。だから君たちが大学に入る頃にはキースが教授かもしれないね。…シャングリラ学園の方があるから講師しかしないかもしれないけれど、教壇に立つ可能性は充分あるかと」
「「えーっ…」」
それはキツイ、とサム君とジョミー君が唸っています。シャングリラ学園では同級生なのに、大学に行けば教授と学生。なんだか悲しい上下関係が生じるような…?
「キースが教授だと嫌なのかい? だったら早めに大学に行って資格を取るか、でなきゃ鉄拳道場だよね」
そっちだったらキースは無縁、と楽しそうに笑う会長さん。鉄拳道場というのは璃慕恩院とは別の場所にある迦那里阿山・光明寺、通称カナリアさんの修練道場です。キース君の大学には全寮制で二年通えば資格が取れるコースがあるのですけど、修練道場に行けば一年。ただし厳しさは半端ではなく…。
「やだよ、鉄拳道場なんて…」
ジョミー君が呻けば、サム君も。
「だよな、俺もそっちは御免だぜ。でもなぁ、キースが教授っていうのもキツイよなぁ…」
同級生のよしみで高得点が貰えたとしても嬉しくない、とぼやくサム君ですが、あのキース君が手加減するとは思えません。グレイブ先生に負けず劣らず、厳しい教授になるんじゃないかと…。
「…やっぱ、みんなもそう思うよな? やべえ、俺たち、急いだ方が良さそうだぜ」
キースが大学に来る前に、とサム君が拳を握りましたが、ジョミー君は。
「慌てなくてもいいじゃない。…いつまでも資格を取らないって道もあるんだからさ」
「………。お前、ホントにやる気がねえのな…」
何処まで逃げるつもりなんだ、とサム君は脱力、私たちと会長さんは大爆笑。ジョミー君は百年経っても小僧さんのままかもしれません。その頃、キース君とサム君が緋色の衣を着ていたとしても、何の不思議もありませんってば…。

元老寺の宿坊でぐっすり眠った私たちを叩き起こしたのは例年どおり「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「かみお~ん♪ あけましておめでとう! 起床、起床ーっ!」
パタパタと廊下を走る足音も声も朝から元気一杯です。この声が聞けるのも無事に卵が孵ったからで、私たちは神様への感謝をこめて初日の出に深々と頭を下げました。山門から拝んだ朝日はとても神々しく、いい年になりそうな気がします。それから本堂で朝のお勤めを済ませ、庫裏で揃ってお雑煮で…。
「「「あけましておめでとうございます!」」」
アドス和尚とイライザさんも一緒にお雑煮とおせちの朝食でしたが、サム君とジョミー君を待っているのは初詣。去年と同じでお参りに来る檀家さんの子供さんにお菓子を渡す役目です。
「頑張るんだね、二人とも。とっくに顔が売れてるんだし、師匠の顔に泥を塗らないでよ?」
会長さんは出てゆく二人に軽く手を振り、おせちと真剣に向き合っていたり…。
「さてと、食べて許されるのは何処までかな? 完食しちゃうとジョミーに恨まれそうだしねえ…」
悩ましいよ、と並んだお重を見回す会長さんに、イライザさんが。
「大丈夫だと思いますわよ? 初詣が済んだら新年会ですよ、と言っておきましたし、そちら用に別のおせちがありますの」
「そうなのかい? じゃあ遠慮なく頂こうかな」
「かみお~ん♪ 美味しいもんね、ぼくも貰おうっと!」
そういうわけでキース君とジョミー君、サム君とアドス和尚を除いた面子はイライザさんのお世話で食べ放題。お昼御飯にジョミー君たちが戻った時には別室に移ってお餅などを食べ、午後はお茶とお菓子でのんびりと…。元老寺の初詣は午後三時までです。
「あー、疲れた…。やっと終わった~!」
もう懲り懲り、と法衣を脱いだジョミー君がお座敷にへたり込み、サム君は正座して会長さんにお辞儀。会長さんは満足そうに微笑んで…。
「お疲れ様、サム。ジョミーの方は自業自得だ、日頃の修行が足りなさすぎる」
そこへ法衣のキース君とアドス和尚が入って来て。
「なんとか形になっていたとは思うんだがな…。どうだった、親父?」
「ジョミー殿はアレじゃが、サム殿は充分及第点かと…。まずはお疲れ様と言っておかんとな。イライザ、新年会の用意じゃ」
「はい、すぐに」
イライザさんが言っていたとおり、私たちが食べまくったのとは別のおせちがズラリと机に並びました。朝は伝統おせちでしたけど、洋風や中華風まであります。ジョミー君たちは大歓声! お酒こそ無いものの、賑やかな宴会の始まり、始まり~。

「…ところでですな…」
アドス和尚の口調が改まったのは宴たけなわとなった頃。視線はジョミー君とサム君に向けられています。
「お二人は今年もシャングリラ学園で過ごされるそうですが、お二人に朗報がございましてな。…キースの大学に一年コースを設けよう、という運びになりまして」
「「「え?」」」
なんのこっちゃ、と顔を見合わせる私たちを他所に、会長さんが。
「へえ…。あの話、本決まりになったのかい?」
「来年度から予算が下りるようですな。学寮の建設場所の選定などがございますから、まだまだ先になりますが…。カナリアさんの修練道場だけでは心許ない、という声も上がっておりますし」
「良かったね、ジョミー。一年コースが出来るらしいよ、全寮制になるけれど」
これで資格を取るのも安心、と会長さんは嬉しそうです。一年くらいならジョミー君でも辛うじて我慢出来るかも? でも、どうして一年コースを作るんでしょう? 二年コースがちゃんとあるのに…。
「ん? それはね…」
会長さんが人差し指を立てて。
「急いで資格を取らなきゃならない人もいるのさ。でも現状だと一年コースはカナリアさんしか無いわけで…。急いでる人には酷な所なんだよ、カナリアさんは。…急ぐ事情が事情なだけに」
「「「???」」」
「住職が急死しちゃって資格を持った跡継ぎがいない、というのが急ぎの時。法類の話はしただろう? 法類にお寺の仕事を代わって貰って、その間に誰かが資格を取って来ないと……お寺を出なくちゃいけないのさ」
「「「えぇっ!?」」」
それは全く知りませんでした。お寺は個人の家では無いらしいのです。住職がお寺の仕事をする代償として家族も住ませて貰えるのだとか。じゃあ、キース君がお坊さんになっていなかったなら、いつかは元老寺から出て行くことに…?
「そうなるね。シャングリラ・プロジェクトのお蔭でアドス和尚も当分は安泰なわけだけれども、いつかはね…。お寺の世界は厳しいんだよ」
「キース先輩、そこまで知ってて継がないって決めてたんですか!?」
シロエ君の責めるような口調に、キース君は。
「ああ、そうだ。今となっては若気の至りだが、おふくろくらいは俺の稼ぎで面倒見られると思っていたしな。…そっちの方向に行かずに済んだのはブルーのお蔭だ。改めて礼を言わせてもらう。…感謝する」
畳に額をつけたキース君に、アドス和尚とイライザさんも続きました。会長さんは「何もしていない」と笑っていますが、本当にそうかどうかは分かりません。普通の一年生だった夏にキース君の家へ遊びに行こう、と言い出したのは会長さんですし…。
「堅苦しいのは御免なんだよ、賑やかにやろう。でもって、ジョミーとサムが一年コースに行ってくれる日を祈って……乾杯よりもお念仏かな?」
「「「ちょ、ちょっと…」」」
お念仏は似合いません、と止めに入れば「冗談だよ」と返されて。何処まで本気で何処から先が遊びなのかがサッパリ謎な会長さん。これも高僧ゆえの境地でしょうか? ともあれ、今年も新年早々、みんなで騒げるのはいいことですよね!

元老寺でのお元日の次は三日にアルテメシア大神宮への初詣。これも恒例になった行事です。去年はその後に食べ歩きをしに出掛けましたが、今年は特に予定も無くて。
「いいかい、買い食いはお参りを済ませてから!」
会長さんの注意が飛ぶのも今やお馴染み。小さな子供の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は行きの参道からあれこれ買い食いしていますけど、私たちには許されません。
「でもさぁ…。行きしか見かけない店ってあるよね」
ジョミー君がボソリと呟き、サム君が。
「ある、ある! 帰りに食うぞ、って目を付けてたのに無いんだよなぁ…」
「それは同じ所へ行かないからだよ、君たちが悪い」
行きたい露店は覚えなくちゃ、と会長さん。
「参道は混むから流れを決めてあるだろう? 普通にお参りするだけだったら、クルッと一周して終わりなんだ。どうしても行きたい店があったら最初から出直しするしかないよ」
「「「あ…」」」
言われてみればそうでした。初詣に来る度に流されるままに歩いてましたが、奥の本殿に参拝した後は通ってきた参道とは別のルートへ入っていたような気がします。そちらも露店がギッシリですから同じ店があるものと思い込んでいましたけれど、そっか、無いお店もあったんだ…。
「じゃ、じゃあさ、覚えていたら戻って来ても構わないわけ?」
あの店とか、とジョミー君が指差したのは焼きそばの露店。焼きそばの露店は他にも沢山ありそうなのに、何かこだわる理由でも? んーと…。あらら、見えなくなっちゃった…。人の流れに合わせて歩くとアッと言う間に前を通り過ぎてしまいます。
「あーあ、ぶるぅも止まってくれなかったし…。後で来ようよ」
未練たらたらのジョミー君に、キース君が。
「激辛焼きそばが食いたかったのか? ぶるぅに頼めば幾らでも作ってくれるだろうが」
「かみお~ん♪ 激辛くらい簡単だよ!」
「そうじゃなくって…。今日までの間に激辛のお店で割り箸を貰えば抽選なんだよ」
「「「はぁ?」」」
意味不明な台詞に誰もが首を捻っているのに、ジョミー君は真剣そのもの。
「ホントだってば! 激辛グルメのキャンペーンでさ、買ったら割り箸をくれるんだ。それを捨てずに持って行ったら割り箸の数だけ抽選が出来て、豪華賞品ゲットなんだって」
だから絶対チャレンジしたい、とジョミー君は燃えています。元日の新聞にそういう記事が載っていたのだ、と主張されては頭から否定することも出来ず…。
「あっ、ほらほら、あそこ! 書いてあるだろ、キャンペーン中って!」
ジョミー君が伸び上がるようにして示した先には焼き鳥の露店がありました。テントにも看板にも『激辛』の文字が躍っています。そして『激辛キャンペーン中・本日まで』と書かれた張り紙も。
「…うーん、確かに激辛キャンペーンってヤツは存在するねえ…」
だけどお参りを済ませてから、と会長さんがキッチリ釘を。
「帰りの道にも激辛の店はあるかもしれない。…不幸にして無かったとか、もっと色々食べたいとかなら出直しルートも検討しよう。激辛キャンペーンにチャレンジするのはジョミーだけかい?」
「え、えっと…。俺も食べたい…かな?」
何の店かによるけれど、とサム君が右手を挙げれば、シロエ君も。
「ですね、モノによっては食べたいです! キース先輩たちはどうしますか?」
「俺か…。興味が無いと言ったら嘘になるな」
「ぼくは辛すぎるとダメなんですけど……ちょっと興味はありますね」
キース君とマツカ君が手を挙げ、スウェナちゃんと私も好奇心を抑えられません。会長さんはクスクスと笑い、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「ぶるぅ、みんなは激辛が食べたいそうだよ。お参りが済んだらもう一度回って来なきゃいけないかも…。歩き疲れたら先に帰っていいからね」
「ううん、平気! ぼく、激辛はどうでもいいけど、また来るんなら食べたいお店は色々あるもん♪」
フライドポテトも唐揚げも…、と大喜びの「そるじゃぁ・ぶるぅ」は今はクレープを握っていました。これぞ子供の特権です。でも、私たちも今日は我儘な買い食いコースを一直線! 帰りに激辛の店が無いとか、美味しそうな店じゃないとかだったら、大鳥居から出直しです~。

お正月も三日目とはいえ参拝客は途切れなく流れ、本殿の前も人で一杯。鈴を鳴らすのも押し合いへしあい、お賽銭を入れて柏手を打って、それから絵馬を奉納して。
「さてと、ハーレイの絵馬はあるかな?」
会長さんが鈴なりの絵馬をチェックしています。教頭先生がロクでもない願掛けをしたのは一昨年のお正月でしたが、それ以来、会長さんは警戒し続けているようで…。
「あった、あった。良かった、今年も普通のお願い事だ。向こうの端っこ」
指差された先に教頭先生の絵馬は見当たりません。サイオンで透視出来ない私たちには探せない場所にあるのかも?
「今年も無理? まあ、端から期待はしてないけれど…。ほら、あそこ」
会長さんが思念で送ってくれたイメージはやはり沢山の絵馬の下。元日に一番乗りして書いたのではないか、と思ってしまうほどベストな位置に吊るされた絵馬には『心願成就』の文字がデカデカと。
「恋愛成就と書かない所がセコイよね。…ぼくに見つかったらマズイと思って心願成就にしたんだろうけど、何を思って書いていたのかバレないとでも? いっそ堂々と書けばいいのに」
クスクスと笑う会長さんには残留思念が読めるそうです。今年こそ、という決意も新たに絵馬をしたため、想いをこめて吊るす姿が伝わって来そうな勢いだとか。
「そこまで結婚したいんだったら神頼みよりも努力あるのみ! 毎日花束を贈ってくるとか、せっせとデートに誘うとか…。当たって砕けろって言うじゃないか」
「…砕けてばかりだから神頼みだろう」
キース君の指摘に私たちはプッと吹き出し、会長さんは。
「まだまだ砕け足りないってば! もっと楽しませてくれないと…ね。おっと、忘れるとこだった。激辛キャンペーンの食べ歩きだっけ?」
「そう! 忘れないでよ、今日のメインを」
これから色々食べるんだから、とジョミー君。本殿への参拝を終えると、会長さんが言っていたとおり帰りのルートは別でした。大鳥居から真っ直ぐだった参道と並行してはいますが、庭や摂社を間に挟んだ裏参道というヤツです。そちらにも露店がギッシリですけど。
「えーっと、激辛、激辛…。あっ、あそこだ!」
ジョミー君が発見したのは唐揚げのお店。見るからに辛そうな唐辛子粉をビッシリまぶした唐揚げが並び、『激辛キャンペーン中』との謳い文句も。んーと、辛さの調節は出来ないのかな?
「唐揚げ1個お願いしまーす!」
勇ましく注文したジョミー君が受け取った紙袋には唐辛子粉と油で赤い染みが。これは初心者にはキツイかも、とスウェナちゃんと私はパスしましたが、男の子たちは次々に注文。マツカ君も少し躊躇したものの、勢いで買ったみたいです。
「うひゃーっ、激辛!」
だけど美味しい、と歩きながら齧るジョミー君は割り箸をしっかり握っていました。唐揚げに割り箸は不要ですけど、抽選の必須アイテムとして貰えるのです。キース君たちも「思った以上の辛さだな」などと言いつつ齧っていますし、案外、食べれば平気なのかも?
「さあ、どうだろうね? ぼくは買ってないから分からないけど…」
店によってはチャレンジするのもいいかもね、と会長さんが笑っています。
「せっかく来たんだし、話のタネっていうヤツさ。あ、あれなんかどうだろう? 激辛ドーナツって面白そうだ」
会長さんが見付けた露店はドーナツの店。それくらいなら、と買ってみたスウェナちゃんと私でしたが…。
「……か、辛すぎ……」
「…ドーナツでこれなら他のは推して知るべしよね…」
君子危うきに近寄らず、と激辛は二度と買わないことに。けれど会長さんはペロリと平らげ、その後は男の子たちと一緒になって露店巡りをしていたり。
「行きの参道で見た激辛クレープは無かったねえ…。戻るかい?」
「うん、もちろん! 激辛バーガーもお好み焼きバージョンが見当たらないし」
出直しだよ、と会長さんに訴えているジョミー君。他の男の子たちも異存は無くて、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も歩き疲れていないというので私たちは再び大鳥居から出発です。こうして激辛を食べ歩いたお蔭で抽選用の割り箸もたっぷりと入手。駐車場の一角に設けられた特設テントに行って…。
「えっ…。豪華賞品って、こういうものなの?」
張り出されていた賞品一覧にジョミー君がポカンと口を開け、キース君が。
「王道だと思うが、お前は何を期待していたんだ?」
「…旅行券とか、金券とか…」
違ったのか、とガックリしているジョミー君を押し退け、サム君が割り箸の束を差し出して。
「抽選、お願いしまーす!」
「はいはい、全部で十回ですね。どうぞ!」
係のお兄さんが景気良く叫び、サム君はガラガラを十回も回しましたが貰ったものはティッシュでした。キース君もダメ、シロエ君もダメ、もちろんマツカ君もダメ。スウェナちゃんと私もティッシュを1個。会長さんがクスクスと…。
「ほらね、ジョミー。欲が無くても当たらないんだよ、君の言うような賞品だったとしても無理かと…。ぼくも試してみようかな?」
お願いします、と会長さんが渡した割り箸は五回分。しかし…。
「おめでとうございます! 一等、グルメチケット三十枚です!」
「「「えぇっ!?」」」
絶対にサイオンを使ったな、とジト目で見詰める私たちを他所に会長さんはガラガラを回し、二等と三等も引き当てました。残り二回はティッシュですけど、グルメチケットが六十枚も…。
「これだけあれば全員で六回繰り出せるよね。ハーレイを誘ってもいいかもしれない。有効期限が一年間の食べ放題だし、今年は激辛グルメを楽しもうよ」
テントで貰ったマップを手にして満足そうな会長さん。キャンペーンに参加していた店なら何処でも使えるグルメチケットが豪華賞品の正体です。言い出しっぺのジョミー君もティッシュだけで終わり、大当たりしたのは会長さんだけ。でも……激辛の店ですよ…?
「ふふ、君たちもまだまだ読みが甘いね。激辛の露店を出してたってだけで、普通のお店も沢山あるんだ。此処は本格派カレーの店だし、こっちはチジミの店だったけど名物料理は参鶏湯と石焼きビビンバ」
なんと! そんなお店で食べ放題とは…。チケットに「激辛に限る」との注意書きは入ってませんし、これは春から縁起が良さそう。ジョミー君が見付けた激辛キャンペーンと会長さんに感謝しなくっちゃ!

そんなこんなで初詣が終わり、遊び歩く内に冬休みも終わって三学期開始。シャングリラ学園の新年はお雑煮の大食い大会で始まります。1年A組には今年も会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が現れ、白味噌仕立てのヘビーなお雑煮を食べまくり。…会長さんの分は「そるじゃぁ・ぶるぅ」がコッソリ食べているらしいのですけど。
「1位、1年A組!」
ブラウ先生が高らかに宣言しました。
「副賞は先生方相手の闇鍋だ! 担任の他に二人指名出来るよ、誰にする?」
「教頭先生でお願いします!」
会長さんが指名し、もう一人はクラスメイト一同で相談した結果、ゼル先生に。理由は「怒ると怖い先生だから」。生徒ってヤツの恨みを買うと悲惨な末路になるようです。私たちは学校から届いた「これだと思う食品を一つ」とのメールで用意したモノを取りに戻って、校庭の中央に据えられた大鍋へ…。あれっ?
「初心に帰ってみたんだよ」
会長さんが放り込んだのは大福でした。隣では「そるじゃぁ・ぶるぅ」が肉まんを鍋に投げ入れています。大福と肉まんは確かに合わないでしょうが、さほどインパクトは無いですよ?
「あんたとぶるぅがそんなのだったら、俺たちの方が悪辣だよな…」
教頭先生に申し訳ない、と溜息をつくキース君がドボドボと鍋に注いでいるのはチョコレートシロップの徳用ボトル。本当に悪いと思っているなら最後の一滴まで注がなくても良さそうな気も…。そう言う私もカキ氷用のメロンシロップを一リットルも抱えていたりしますけど。ジョミー君が苺シロップ、スウェナちゃんがキャラメルシロップと甘いシロップで揃えました!
「なるほどねえ…。君たちも慣れてきたのかな? 素敵な味になりそうだ」
ベースが醤油味だけに、と会長さんは笑っています。クラスメイトたちも辛子明太子やバナナを入れて鍋はカオスな見た目と匂いに。そこで先生方が目隠しをされ、鍋を掻き混ぜさせられてから一杯ずつお椀に掬い入れると、ブラウ先生が。
「よーし、目隠しはもう取っていいよ! さて、ここからが勝負になる。一人でも掬った分を完食したら先生方の勝ち。ギブアップしたら1年A組の勝ちで、食堂のランチ券が貰えるってわけさ。始めっ!」
全校生徒が固唾を飲んで見守る中で、真っ先にギブアップしたのはゼル先生。続いてグレイブ先生が棄権し、残るは教頭先生ただ一人。しかし…。
「闇鍋はブルーの手料理…だっけ?」
ジョミー君の言葉に深く頷く会長さん。
「そう。そして根性で探り当てたようだよ、ぼくとぶるぅが入れたヤツをね」
教頭先生のお椀には大福と肉まんが入っていました。これは完食コースです。会長さんったら、なんてことをしてくれたんですかー! 去年みたいにヤラセの交渉もしていないのに…。あれれ?
「勝者、1年A組!」
教頭先生がバッタリと仰向けに倒れ、闇鍋勝負は私たちの勝ち。大福がよほど不味かったとか、肉まんが激マズだったとか? ともあれ、1年A組に万歳三唱!



 

Copyright ©  -- シャン学アーカイブ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]