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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

六歳になる前に卵に戻って0歳からやり直すと聞かされていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」。新しい誕生日もクリスマスにするのだ、と張り切っていたのに色々とあって、自分自身が計画していた「クリスマス・イブのパーティーをしてから卵に戻ってクリスマスの朝に孵化する」名案は叶いませんでした。
それでもクリスマス当日に青い卵はなんとか孵って…。
「ホントに大変だったよねえ…」
ジョミー君が「もうダメなのかと焦っちゃったよ」と話しているのは会長さんのマンションへ向かう道。クリスマスから丸二日を経て、今日は仕事納めの二十八日です。明日からは御曹司のマツカ君以外は家の大掃除のお手伝い。暇な間に遊びにおいで、と会長さんから嬉しいお誘いが届き、いそいそ出掛けてきたのです。
「もしも、ぶるぅが起きてなかったらどうなったのかな?」
首を傾げたジョミー君に、キース君がキッパリと。
「俺たちが今日、呼ばれてないのは間違いないな」
「あ、やっぱり?」
「でなきゃ、毎日呼び出されてたか…。でもってブルーの泣き言を延々聞かされるんだ」
「「「うわー…」」」
それは悲惨だ、と容易に想像がつきました。サイオンの使い過ぎで卵に戻る時期が早まったことを会長さんは酷く後悔していただけに、誕生日をクリスマスにする計画までオジャンになったら落ち込んだに違いありません。そうでなくても「一人で過ごすのは寂しいから」と連日招集されたのですし…。
「あいつがあんなに繊細だとは思わなかったな。心臓に毛が生えていそうなんだが」
「そうかぁ? ブルー、優しい所もあるぜ」
キース君の言葉に異を唱えたのはサム君です。
「俺さ、朝のお勤めに通ってるから分かるんだ。たまに手料理を御馳走してくれるけど、その時にはぶるぅの分も作るだろ? そしたらトーストの焼き加減とか、いちいち確認するんだぜ。…好みは知ってる筈なのにさ」
「覚えていないって可能性もあるが?」
「違うんだって! 俺も覚えてないのかな、と思ったことがあるんだけど…。そしたらブルーがニッコリ笑って、サムにも確認してるだろ、って。…その日の気分ってあるじゃねえか。トーストにしても飲み物にしても」
その辺の気配りが凄いんだ、と力説するサム君は半分ノロケが入っています。けれど会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」を大切に思う気持ちは伝わりました。三百年以上も一緒に暮らしてきた上に小さな子供。家事万能な「そるじゃぁ・ぶるぅ」に何もかも任せっきりのようでも、大事な家族で分身なのです。
「…なんにせよ、ぶるぅが起きて良かった。俺たちも頑張った甲斐があったな」
「うん! だけど、ぶるぅには内緒だよね」
キース君とジョミー君が頷き合って、私たちもコクリと頷いて…。卵を孵すために会長さんとソルジャーと「ぶるぅ」、三人ものタイプ・ブルーと思念を同調させた時に受けた衝撃は半端なものではありませんでした。けれど、そんなことを小さな子供に話すというのは論外です。絶対に内緒、いつまでも秘密!

会長さんの家に来るのはクリスマス以来。青い卵が孵化した後は盛大なバースデー・パーティーでしたが、その日はそれでお開きで…。ソルジャーと「ぶるぅ」は自分の世界へ、私たちと教頭先生はそれぞれの家へ帰って、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は二人きり。水入らずの日々を過ごしていたのか、はたまたフィシスさんでも呼んだのか。
「フィシスさんは呼んだと思うな」
ぼくの勘だけど、とジョミー君が人差し指を立て、肩を竦める私たち。フィシスさんは同じマンションに住んでますから呼び放題です。そうでなくても会長さんは禁欲中だと何度も強調していましたし…。
「今日も呼んであるんじゃないだろうな? イチャイチャされたら俺は帰るぞ」
目の毒だ、とぼやくキース君。私たちは管理人さんに入口を開けてもらってエレベーターに乗り、最上階へと。さて、フィシスさんはいるのでしょうか? 玄関のチャイムを押すなり扉が勢いよく中から開いて。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
元気一杯の挨拶と共に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお出迎えです。一気に戻って来た日常の前にフィシスさんのことなど頭から吹っ飛び、案内されるままにリビングに行くと。
「やあ、来たね」
会長さんがにこやかに迎えてくれました。
「この間はどうもありがとう。お蔭でぶるぅも元気にしてるし、フィシスとも上手くいってるよ。…えっ、今日はフィシスは呼んでいないのかって? ふふ、二人きりの時間に君たちは余計」
まだまだ愛を確かめ合わなきゃ、と意味深な笑みを浮かべる会長さんの横から「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「あのね、ぼく、長いこと寝ちゃってたから、ブルー、フィシスに会いに行く暇が無かったんだって! フィシスも寂しかったと思うし、二人で過ごしてもらわなくっちゃ♪」
だから毎晩お泊まりなんだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は爆弾発言。どうやらフィシスさんは毎晩泊まりに来ているみたいです。会長さんも見事復活を果たしたようで、実に目出度いと言うべきか…。
「というわけだから、フィシスはいないよ。今日のゲストはお世話になった人だけなんだ」
「「「は?」」」
「ぶるぅを起こすのを手伝ってくれた人を呼ぼう、って話になってさ。…ぶるぅも気付いているんだよ。みんなのお蔭で目が覚めた、って」
会長さんの隣で「そるじゃぁ・ぶるぅ」がペコリと小さな頭を下げて。
「起こしてくれてありがとう! 御礼に御馳走するからね♪」
「「「え?」」」
驚く私たちをリビングに残して「そるじゃぁ・ぶるぅ」はキッチンに駆けてゆきました。すっかり元通りなのはいいんですけど、何処まで知っているのでしょう? もしかして私たちが倒れたことも…?
「ううん、そこまでは知らないよ。…君たちも内緒にしたいようだし、ぼくもあんまり知らせたくないし……気付かれないようガードはしてある」
子供に重荷は不要なんだよ、と会長さん。私たちはホッと安心、間もなく「そるじゃぁ・ぶるぅ」の声が。
「かみお~ん♪ もうすぐ出来るからダイニングに行ってね!」
「行こうか、ぶるぅもワクワクなんだ。卵から孵って初めての本格的なお客様だしね」
会長さんに促されてダイニングに移った私たちですが、椅子に座るために散らばろうとすると…。

「あ、そことね、ここは空けておいてくれるかな?」
「…フィシスさんか?」
キース君が苦い顔をし、私たちも覚悟を決めたのですけど。
「違うってば。忙しいゲストのための席! ハーレイは仕事納めで超多忙だし、ブルーは午後から会議なんだ。ぶるぅは暇にしているけれど、この時期は目を離すとヤバイんだってさ」
え。ソルジャーや教頭先生が来るんですか? でもって「ぶるぅ」がヤバイってどういう意味?
「そのまんまだよ、悪戯三昧! クリスマスからニューイヤーまではブルーの世界もイベントが増える。それでハイになって悪戯もエスカレートするって言われちゃうとね、お目付け役無しで一人で遊びに来て下さいとは言えないじゃないか」
「納得出来る理由だな…」
悪戯は困る、とキース君が呻き、私たちの脳裏に蘇ったのは「ぶるぅ」を預かった時のこと。ソルジャーとキャプテンの仲が上手くいかなくなってしまって「ぶるぅ」を預けられたのですけど、蒙った迷惑は今も鮮明に思い出せます。悪戯モードに入った「ぶるぅ」を置いて行かれるのは御免ですってば!
「ね? 君たちもそう思うだろ? だから忙しいゲストは食事だけ。…よし、丁度いい頃合いかな?」
会長さんがパチンと指を鳴らすと青い光がキラリと走って、教頭先生が立っていました。
「ハーレイ、忙しいのに呼んでごめんね。でも、ぶるぅがどうしても御礼を言いたいからって…」
「いや、気を遣わせてしまってすまん。…仕事の方は昼休みになるよう調整してきた。留守にするとも言っておいたし」
大丈夫だ、と穏やかに微笑む教頭先生が空いていた椅子の一つに座ると、今度はユラリと空間が揺れて。
「こんにちは。今日はお招きありがとう」
「かみお~ん♪ 御飯、食べに来たよ!」
紫のマントのソルジャーが「ぶるぅ」と一緒に現れ、残り二つの空席へ。そこでダイニングの扉が開いて入って来たのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「かみお~ん♪ みんな、ぼくをクリスマスに起こしてくれてありがとう! 頑張って御馳走するから食べていってね!」
最初はコレ、とテーブルに置かれたのはカクテルグラス。ハーブ風味のタピオカだそうで、鮮やかな緑のソースを纏った真珠のようなタピオカが盛られています。いきなり絶好調の「そるじゃぁ・ぶるぅ」はチーズと緑の野菜で出来たクリームを挟んだミルフィーユだのスモークサーモンで作った薔薇だのを乗せたプレートを次に出し、その次は…。

今度の料理は何なのかな、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が消えた扉の向こうを想像してみる私たち。メニューは全く知らされておらず、ソルジャーもサイオンで見る気は無いようです。何が出るか誰もがドキドキで。
「「「あっ!?」」」
意気揚々と押してきたワゴンには円形に焼き上げたオムレツのお皿。真ん中に茶色いキノコ入りのクリームソースがふんわりと…。
「はい、ハーレイがブルーに叱られたっていうキノコのオムレツ! 本物はこういうヤツだったんだ♪」
ちゃんとアミガサタケで作ったよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は得意そう。ちょこんと自分の席に座って食べながら教えてくれるのですけど、真ん中がトロトロになるように寄せながら焼いて、仕上げは余熱。教頭先生が作ったキノコのオムレツとは月とスッポンというヤツで…。
「そうか、こういうモノだったのか。メモを見ただけでは分からんものだな」
教頭先生が頭を掻けば、ソルジャーが。
「君のオムレツも悪くなかったよ? だけど見栄えはこっちが上かな、もちろん味もね」
美味しいよ、と褒められた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜び。このオムレツはどうしてもメニューに入れたかったそうで、私たちも本物を食べられて感激です。牡蠣のスープに野菜のガレットを添えた伊勢海老、カカオ風味の仔牛のローストと豪華な料理が続きましたが、やはりオムレツのインパクトが大。
「百聞は一見に如かずだよねえ…」
丸いオムレツなんて初めて食べた、とソルジャーがデザートのフルーツグラタンを口に運びながら言えば、すかさず「ぶるぅ」が。
「あれ、美味しかった! ねえねえ、ぼくたちの世界でもオムレツだけなら作れるよね?」
食いしん坊の「ぶるぅ」は丸いオムレツがお気に入りになったみたいです。作り方を聞いて帰ろうよ、と騒ぐのですけど、ソルジャーがビシッと鋭く一喝。
「じゃあ、作り方を習ってお前が作れ」
「えぇっ!?」
「当然だろう、同じぶるぅだ。やってやれないことはない」
明日から早速頑張るんだな、と肩を叩かれた「ぶるぅ」は涙目ですけど、もちろん冗談に決まっています。すぐに「ぶるぅ」は笑顔に戻って、デザートをペロリと平らげて。
「ありがとう、今日は御馳走様!」
遊びたいけどまた今度、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」と指切りする「ぶるぅ」。ソルジャーが出なければいけない会議の時間が近付き、二人は明るく手を振って姿を消しました。教頭先生も立ち上がって…。
「私もそろそろ戻らないとな。…ぶるぅ、今日はありがとう。あんまり無理をするんじゃないぞ」
「平気だもん! もう眠くないし、元通りだもん!」
ハーレイもお仕事頑張ってね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は元気そのもの。教頭先生を瞬間移動で教頭室まで送り届けたのも「そるじゃぁ・ぶるぅ」のサイオンらしく。
「みんな、心配かけてごめんね! もう平気だから今までみたいに遊んでね♪」
今年も大晦日は元老寺だもん、と言われて仰天。えっと……私たちはキース君と確かに約束しましたけれど、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が来るというのは初耳ですが…?

「…おい。俺は全く聞いていないぞ?」
いつ決まったんだ、とキース君が会長さんに質問したのはデザートのお皿が下げられてから。テーブルには紅茶やコーヒーが並んでいます。会長さんは紅茶のカップを手にしてニッコリと。
「今日、君が家を出た後でアドス和尚に電話したのさ。君の副住職の就任祝いに除夜の鐘と修正会に出てあげようか、って」
「それはお得意のサプライズってヤツか?」
「さあ、どうかな? …本当はね、かなり前から考えてたんだ。だけど、ぶるぅが卵に戻ってしまったからさ…。いつ孵化するのか分からなかったし、ぶるぅの卵を放って出掛けるのも…ね」
そのせいで機会を逸したのだ、と会長さんは説明しました。無事に卵が孵った後は気が緩んですっかり忘れてしまい、今朝になって思い出したのだとか。
「フィシスには前から言ってあったし、大晦日はブラウたちと旅行に行くそうだから心配要らない。…ぼくは元老寺に行く気満々だけど、君には迷惑だったかな?」
「あ、いや…。迷惑ということは全く無いが…」
「そう言って貰えると嬉しいね。親切の押し売りはよろしくないし、元老寺でも出過ぎた真似をする気は無いよ。修正会では君が導師をやるんだろう? 初めての導師で緋色の衣が衆僧とくればグンと値打ちが増すんじゃないかと」
「「「導師?」」」
なんですか、それは? キョトンとしている私たちに、会長さんが。
「今年の修正会でぼくがやってた役目だよ。法会に参加するお坊さんたちの首座ってヤツさ、本堂の真ん中でリードするわけ。キースも副住職になったからねえ、お彼岸とかの大舞台の前に修正会で導師デビューってわけさ」
大舞台で失敗したら悲惨だし…、と会長さん。でも、キース君に限ってそういうミスは無いのでは?
「甘い、甘い。絶対無いとは言い切れないのがミスってヤツだ。こればっかりは場数を踏むしかないんだよ。なにしろ法衣がいつもと違う。…袴のキースは見たことないだろ?」
「「「袴?」」」
お坊さんに…袴? そんなの見たことないですけれど? 誰もが首を捻りましたが、会長さんはクスッと笑って。
「何度も見ている筈だけど…。意識してなきゃ分からないかな? ぼくが衣を着ている時には下は必ず袴だけどねえ?」
こんな感じで、と会長さんの身体が青いサイオンにフワリと包まれ、それが消えると緋色の法衣が。ですが、袴って…いったい何処に?
「現物を見ても、まだ分からない? これ、これ。これが袴だってば」
「「「えぇっ!?」」」
会長さんが指差したのは緋色の法衣の下から覗いた白い衣装。キース君やジョミー君たちが法衣を着る時は墨染めの下に白の着物です。会長さんのも同じだとばかり思ってましたが、言われてみればプリーツが…。プリーツつきの着物だなんて、よく考えたら変ですよね?
「やっと分かったみたいだね。格式の高い法要とかでは袴なんだよ。修正会の導師ともなれば袴着用! 普段の着物とは足さばきとかが変わってくるから、よろめかないという保証は無い」
頑張りたまえ、と会長さんに声を掛けられたキース君は「分かっている」と深い息をついて。
「…俺の先輩に一人いるんだ、檀家さんの前でよろめいたのが…。それも修正会なんかじゃなくて、璃慕恩院から祝いの品が届くレベルの大法要でな」
「へえ…。それは派手だね、おまけにクライマックスだったりするのかい?」
楽しげに問い掛ける会長さんに、キース君は。
「クライマックスではなかったそうだが、父親と何度も交替しながら導師を務めて、自分が導師だった時らしい。…やっちまった場所が場所だけに、取り返そうにも次の機会はいつになるやら…」
下手をすれば何十年も次の機会は無いのだそうです、その法要。そんな恐ろしい話を聞かされていれば、キース君も気合が入るでしょう。そこへ会長さんも参入しますし、除夜の鐘と修正会を合わせて緊張の年末年始かも…。

会長さんの家での「そるじゃぁ・ぶるぅ」復活パーティーとでも呼ぶべき集いが終わると大掃除の日々が待っていました。パパも逃げられないお掃除ですけど、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は日頃からきちんとしているだけに大掃除とは無縁でしょう。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が卵に戻っていた間だって、会長さんの家は綺麗でしたし…。
そんな他人様の暮らしを羨みながら掃除しまくって、ついに迎えた大晦日。お昼過ぎにジョミー君たちと集合してから元老寺へと出発です。路線バスを降りて山門に向かう途中で、例によって会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」を乗せたタクシーが私たちを追い越して行って、山門前に静かに停車。
「かみお~ん♪ あっ、キースだ!」
「なんだ、今日も全員揃って着いたのか…」
相変わらずのタイミングだな、と苦笑しながらキース君が山門の石段を下りて来ます。もちろんバッチリ墨染めの衣。袴とやらは履いてませんが…。会長さんもまだ私服ですし。
「ふふ、タイミングが気になるかい? そうそう毎回、偶然なわけがないだろう。君のお父さんが迎えを寄越してくれるとはいえ、定刻に家を出たんじゃこうはいかない。ジョミーたちの動きを見ながら出掛けるんだよ、いつだってね」
会長さんの発言に私たちは目を剥きましたが、それくらいは充分ありそうです。路線バス組をタクシーで悠々追い越すというのは如何にも会長さんらしい行動ですもの。
「出発の時間だけじゃなくって、その後も細々と気を配ってる。その道じゃなくてこっちから…とか、少しスピードを落としてくれ、とか」
「「「………」」」
そこまでしてタクシーでのお迎えを見せびらかしたいのか、と頭を抱えつつ山門を上がって、お馴染みの庫裏へ。ジョミー君とサム君には墨染めの衣が待ち受けています。えっ、そうと分かっているのにジョミー君は元老寺に突入したのかって? その理由は…。
「よしよし、ジョミーもやっと覚悟が決まったようだね」
いいことだ、と会長さんが笑顔で見送り、二人はキース君に連れられて着替えと御本尊様への御挨拶に。私たちはお座敷に通され、お饅頭などのお菓子が机の上に山盛りです。
「不出来な弟子って言われる内が最高、だっけ? プロのお坊さんになってしまったらドカンと重荷が降って来るから新米の坊主ライフを満喫するとか言ってたし…。キースの肩に重荷を乗っけたブルーに感謝だ」
これで暫く楽が出来る、と会長さんはお饅頭に手を伸ばしました。
「ジョミーがいつまで逃げ回るかは分からないけど、節目節目に法衣を着てればいずれは覚悟も決まってくるさ。ゆくゆくはキースの重荷を分かち合ってくれればいいんだけどねえ…」
そっちは少し難しいか、と会長さんがお茶とお菓子で寛いでいる内に、キース君が法衣のジョミー君とサム君を従えて戻って来て。
「…少しは使えるようになっているかと思ったんだが、ジョミーの方は絶望的だな。修正会の読経は口パクしかない。これも一種の才能か…」
「だろうね、普通は「門前の小僧、習わぬ経を読む」だしね。教えても忘れるのは才能だよ。…まあ、今となっては忘れる方が本人には楽な人生かも…。本職になったら無理難題を吹っ掛けられるし」
ズズッとお茶を啜った会長さんに、キース君は。
「あいつだな…。ミュウってヤツらの供養をするのは構わないんだが、蓮の花が大いに問題だ」
「本当に無茶を言ってくるから困るんだよ。一蓮托生にしても自分好みの色の蓮にしても、本人がお念仏を唱えてくれれば一発解決するのにさ…」
フウと溜息を零す会長さんとキース君。もしかして、ソルジャーの注文通りの蓮の花って、ゲットは可能だったんですか? 会長さんやキース君が頑張らなくても、ソルジャーがお念仏を唱えるだけで?
「…そうなんだよね。唱えるだけで充分だから、って何度もしつこく言ってみたけど、やる気ゼロ! それは本職の仕事だろう、って丸投げされた」
もう諦めた、と会長さんが嘆けば、キース君が袂から数珠を取り出して。
「俺もこの数珠を貰った以上は頑張るしかないというわけだ。…いや、本当にあいつ自身が唱えさえすれば極楽往生なんだがな…。他人任せで自分好みの往生となると、任された方は泣くしかない」
それでも根性で祈ってやるが、と決意を新たにするキース君。修正会では水晶の数珠を使うことになっているので、ソルジャーに貰った桜の数珠は袂に入れてゆくそうです。初めての導師を務める法会にも桜の数珠を携えて出ようという真面目さですから、ソルジャーの願いもきっと叶えるでしょう。でも…ソルジャーには極楽なんかへ行ったりせずに元気で過ごして欲しいですけどね。

お経も所作もド忘れしたジョミー君をキース君が暇を見付けては指導する内に日が暮れ、夕方のお勤めが済むと年越し蕎麦。それから会長さんも緋色の衣に着替えて除夜の鐘の準備が始まり、私たちは夜の境内へ。凍てついた空に沢山の星が輝いています。
「今年ももうすぐ終わりですね…」
シロエ君が呟き、スウェナちゃんが。
「色々なことがあったわねえ…。キースは副住職になったし、ぶるぅは卵に戻っちゃったし、それに…」
ソルジャーは結婚しちゃったし、と送られてきた思念に皆が思念で頷き、マツカ君が。
「でも、いい年だったと思いますよ。来年も、再来年も、そのずっと先も、こんな風に素敵な年を重ねていきたいですよね」
サイオンが普通になる時代まで…、と思念で続けるマツカ君。ソルジャーの世界みたいにならないことが私たちの一番の願いです。煩悩を祓うという除夜の鐘を撞く度、新しい年に向けて祈り続けて早くも四年。来年こそとは言いませんけど、きっといつかは…。
「あ、会長が行くみたいですよ」
関係者用のテントから会長さんがキース君の先導で鐘楼へ向かい、サム君とジョミー君がお供しています。やがて会長さんが厳かに最初の除夜の鐘を撞き、それから後は参拝客。列に並んでいた私たちも撞いて、例年通りテントで甘酒のお接待を受けながら最後の鐘になる午前一時のを会長さんが撞くのを待って。
「…お待たせ。いよいよキースの導師デビューが始まるよ」
ついておいで、と会長さんがテントに顔を覗かせ、私たちは揃って本堂に入りました。とはいえ、会長さんと一緒に行けるのは此処まで。緋色の衣の会長さんはアドス和尚やサム君、ジョミー君と並んで内陣に座り、私たちは一般用の外陣です。
「新年になっても待遇は変えてくれないみたいね…」
今年こそ椅子席かと思ったのに、とスウェナちゃんは残念そうで、私たちは本堂の畳に正座。もういい加減慣れましたけど、いずれは椅子席が貰えるのかな? 外見が全く変わらないだけに百歳になっても正座かもよ、と思念でコッソリ笑い合っていると…。
「あっ、キースだ!」
隣に座っていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が無邪気な声を上げました。水晶の数珠を手にして現れたキース君は緑の法衣に袈裟を着けています。そして会長さんが言っていたとおり、プリーツが入った白い袴も。こんな姿は初めて見る、と感心していると、流れて来たのは会長さんの思念。
『本当はね、キースは去年の時点で緑の法衣が着られたんだ。住職の資格を取った時にそういう資格も貰っているから。…だけどアドス和尚は厳格だった。キースが年を取らない以上は、副住職という立場に就くまで墨染めで通せ、と命じたわけさ』
見た目で軽んじられないようにとの親の愛だ、と会長さん。若い上に長髪という型破りだけに、それなりの地位を手に入れるまでは小僧さんのサム君やジョミー君と同列に置いておこうと思ったらしく…。そうだったのか、と感じ入る私たちの前をキース君が静かに横切ってゆき、様々な所作をしてから阿弥陀様の前へ。
『さあ、始まるよ。ついにキースの本格デビューだ』
会長さんの思念と同時に朗々とキース君の読経が始まり、アドス和尚とサム君が唱和しています。ジョミー君はどう見ても口パク、会長さんの声は控えめで。
『修正会の主役はキースだよ? ぼくが声を張り上げたらキースの声なんか消してしまうし、遠慮するのが筋なんだよね』
それも高僧の心得の内、と思念で囁く会長さん。読経しながら会話できるのが凄いですけど、それも伝説の高僧、銀青様ならではのことでしょう。一心不乱に読経しているキース君には弾き返されたそうですが。
『ホントにキースのガードは凄いよ。自覚が無いのがまた惜しい』
あの力をもっと伸ばせたらねえ、と会長さんは話しています。その間にもキース君は読経を続け、やがてお念仏の節に合わせて立ったり座ったりする五体投地を始めました。これが問題の場所ですか? 慣れない衣装だとよろめくという…?
『無事に新年を迎えられた御礼と、新しい年の平和を願っての五体投地だ。座ってるぼくたちは床に両肘をつけるだけだけど、導師はそうはいかないし…。よろけないよう祈ってやってよ』
大丈夫だとは思うけどさ、とクスクス笑う思念はキース君には届いていません。ただ一心に立って座って、座って立って…。ああ、やっと読経に戻りました。なんとか乗り切ったみたいです。
『此処から後は問題なし…ってね。この調子で今後もドジを踏まないように、精進してって貰わないと』
ぼくたちの任務は重いんだから、という思念と共にキース君の左の袂に入れられた桜の数珠が一瞬だけ透けて見えました。ソルジャーがキース君に託した桜の数珠。サイオンを持ったミュウたちの供養を頼む、とソルジャーとキャプテンが作った数珠。
『キースはああやって祈り続ける。もちろん、ぼくも祈り続ける。…こうして年が改まる度に祈りを重ねて、毎日の祈りも重ね続けて…。いつか祈りがブルーたちの力になれば、と切に願うよ』
極楽往生だけじゃなくって地球へ辿り着く夢のためにも…、と語り続ける会長さん。ソルジャーの世界も新年を迎えているでしょう。私たちの世界もソルジャーの世界も、今年もいい年になりますように。今年だけじゃなく、その先も……遠い未来まで、どうか良い年に…。



 

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ソルジャーと「ぶるぅ」も加わって食べたり飲んだりしている内に日付が変わって、クリスマス。夜中とはいえ「そるじゃぁ・ぶるぅ」が誕生日にするんだと主張した日で、「ぶるぅ」の誕生日でもある日です。もう卵から孵ってもいい筈だ、と「ぶるぅ」は頑固に言い張っていて。
「あのね、卵のままだとサンタさんが来てくれないかも! 卵を割るのを手伝ってあげたら、ぶるぅも絶対喜ぶもん!」
殻を割るのは大変なんだよ、と「ぶるぅ」は自分の体験談を語っています。
「ブルーは寝相があまり良くないし、ぼくの卵がベッドにあってもハーレイと大人の時間を始めちゃうしさ…。何度ベッドから落っことされたか数えきれないくらいだし! そのせいなのかなぁ、落っこちても卵が割れないように殻がとっても固かったんだ」
叩いたくらいじゃ割れないよ、と普通の卵との違いを強調する「ぶるぅ」の横からソルジャーが。
「あれは石だったね、ハッキリ言って。貰った時から白い小さな石だったけど…。ぶるぅの卵をくれたのが誰か、ぼくにも未だに分からないんだ。クリスマスのプレゼントに混ざっていて、生まれた年のクリスマスに服が届いたからサンタクロースじゃないかと思うんだけどね」
こっちのぶるぅと違ってさ、とソルジャーが言うのは生まれの違い。会長さんの願いから生まれたのが「そるじゃぁ・ぶるぅ」で、謎のプレゼントが「ぶるぅ」です。それだけに卵の性質が違っていても無理は無いのですが…。
「石が育った卵だからねえ、もちろん殻も石なわけ。割れなくて丈夫で、ぼくとハーレイが温めるにはピッタリだった。ベッドからウッカリ蹴り落としちゃっても無問題! ぶるぅは苦労したみたいだけどね」
ペロリと舌を出すソルジャーに「ぶるぅ」は膨れっ面で。
「そうだよ、大きくなったから卵から出ようとしたら割れないし! コンコン叩いてもブルーもハーレイも聞いちゃいないし、疲れてそのまま寝ちゃったもん…。どうやったら割れるのか分からなくって、泣きそうになってたら急に力が湧いて来たんだよ、それを使ったら割れたんだけど」
「いいじゃないか、お蔭でサイオンが目覚めただろう? 三分間限定だったけどねえ」
ぼくもアレにはビックリしたよ、と語るソルジャーによると「ぶるぅ」の卵はソルジャーとキャプテンの目の前で青く発光し始め、そのままパリンと割れたのだそうで。
「ニュッと小さな拳が出てさ、最初の言葉が「かみお~ん♪」だよ? でもって「はじめまして、パパ、ママ!」と言われたら誰でも目を剥くさ。いやもう、誰がママなんだ、ってね」
「…その時から既に波乱の種があったんだよねえ、君たちの場合」
会長さんが大きな溜息をつき、それからハッと「ぶるぅ」に視線をやって。
「ぶるぅ、「かみお~ん♪」っていうのは何なんだい? なんで言い出したか覚えてる?」
「え? えっと、えっとね…。なんだろう、挨拶は「かみお~ん♪」だって思ってたけど、シャングリラじゃ誰も言わないね…。ぶるぅは言うけど、あれは何なの?」
分からないや、と「ぶるぅ」は首を傾げています。卵の中で育つ間に挨拶の言葉は「かみお~ん♪」なのだと思い込んでいて、それを最初に口にしたのが卵を割って生まれた時で。
「…もしかして、ぶるぅのが移ったのかなぁ? ぶるぅの方がぼくよりずっと長生きだもんね、六歳にならないっていうだけで!」
きっとそうだよ、と「ぶるぅ」がニッコリ笑うと、ソルジャーも。
「ぶるぅの言う通りかもしれないね。…ぼくにもブルーにも自覚は無いけど、シャングリラの設計図と『かみほー♪』を共有しちゃった過去がある。それと同じで、ぶるぅ同士で「かみお~ん♪」を共有しちゃったんだよ、ぼくのぶるぅが卵の間に」
「なるほどねえ…。ぼくは貰ってばかりだったけど、ぶるぅがお返ししてたのか…」
たかが挨拶の言葉だけどね、と苦笑しつつも会長さんは嬉しそうです。『かみほー♪』がソルジャーの世界から来た歌だというのは学園祭の時に知ったばかりですけど、シャングリラ号の設計図と同じく頂き物。私たちの世界にはお返しに相応しい品は無いのだと思ってましたが、既にお返し済みでしたか!
「えとえと…。お話、終わった?」
ぶるぅを起こしてあげたいんだけど、と「ぶるぅ」が無邪気な瞳でバスケットを見詰め、会長さんが慌ててしっかり抱え込んで。
「これはダメ! 本当に君の卵とは違うんだ。確かに殻は丈夫だけれども、中で困っていたりはしない」
「…ホント? 卵から生まれたこともないのに、絶対違うってなんで言えるの?」
割ってあげると喜ばれるよ、と振り出しに戻る「ぶるぅ」の話。これは本当に卵の番人が必要なのかもしれません。とはいえ、「ぶるぅ」もタイプ・ブルーです。三分間限定なのは力が全開の時だけですし、四六時中監視を続けるとなると、会長さんが寝ずの番とか…?

「…口で説明したんじゃ無理か…。割られちゃったら元も子も無いし…」
ちょっと待ってて、と会長さんはリビングを出てゆきました。バスケットは教頭先生が預かり、「ぶるぅ」が卵を奪わないようにソルジャーが小さな肩を両手でガシッと押さえています。しかしソルジャーにも会長さんの意図は今一つ分からないようで。
「ブルーは何をする気なのかな? 読んで読めないことはないけど、せっかくだから楽しみに待とう」
「ねえねえ、なんで卵を割っちゃダメなの? 早く一緒に遊びたいよう…」
もうクリスマスだから誕生日だもん、とゴネる「ぶるぅ」をソルジャーがスナック菓子を食べさせて宥める内に会長さんが戻って来ました。両手の上に乗っかるほどの四角い紙箱を右手に持って、左手にスーパーのビニール袋を提げています。
「お待たせ。それじゃ急いで作るから」
「「「何を?」」」
一斉に尋ねた私たちの前で会長さんは紙箱をテーブルに置き、スーパーの袋から取り出したのはカッターナイフ。それで紙箱の蓋に「そるじゃぁ・ぶるぅ」の卵より少し小さい丸い穴を開け、袋の中から裸電球などを…。出来上がったのは手作り検卵器。卵を下から照らして中の様子を調べるヤツです。
「はい、完成。これだとサイオンに干渉されずに卵の中を見られるよ。…ぶるぅの卵は特別だからね、サイオンで透視したんじゃ実感が掴めない可能性大。だってサイオンしか入ってないしさ」
こんな感じで、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の卵をバスケットから出して紙箱の蓋に開けた穴の上に置いてみせました。箱の中には裸電球が灯ってますから、青い卵がボウッと透けてくるわけで…。私たちは順番に覗きましたが、卵の中身は。
「…空っぽだよ?」
ジョミー君が声を上げ、キース君が。
「卵になってからかなり経つのに、影も形も見えないとはな…。今日を誕生日にするのは無理か…」
「ですよね、これじゃ何ヶ月待てばいいのか分かりませんよ」
シロエ君が心配そうに。
「…会長、前に言いましたよね? ぶるぅは入学式に必ず姿を見せることになっているから、その時期を避けて卵になる…って。間に合うんですか、入学式に? まだ三ヶ月以上はありますけれど…」
「大丈夫。中に姿が見えないからって、本当にいないわけじゃない。…ぶるぅは今もこの中にいる。サイオンに姿を変えているだけ」
「「「サイオン!?」」」
ソルジャーまでが驚くのを見て、会長さんはクスッと笑うと。
「…流石のブルーもビックリってね。何度も話をしただろう? ぶるぅはぼくの願いが生み出したもの。だからサイオンから生まれて来るんだ。卵に戻ってやり直す時はサイオンの塊に戻るわけ。…サイオンの力が充分に溜まって意識が目覚めたら卵が孵る。それまではサイオンしか入ってないのさ、この中にはね」
だから割っても無駄なのだ、と「ぶるぅ」を見詰める会長さん。
「もしも卵を割ってしまったら何が起こるか、ぼくも分からない。…ぶるぅがこの世から消えてしまうのか、新しい卵が現れるのか、それも全く分からない。ぶるぅ自身にも分かってないんだ、だから割るのは絶対に駄目だ」
時期が来たら自然に割れるから、と会長さんは青い卵を手作り検卵器からバスケットのクッションの上に戻して。
「ぼくもね、何度目かの卵に戻った時から色々観察してみたよ。サイオンで覗いたり、今日みたいな仕掛けを作ったり…。観察日記をつけたこともあるし、半時間ごとに毎日覗いたこともある。…そこまでしても掴めないのさ、目覚める直前の感じってヤツが」
いつ覗いても青いサイオンが中に凝っているだけなのだ、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が姿を変えた卵を大切そうに撫でました。
「だから中身がこの状態でも半時間後には孵化しているかもしれないんだよ。起こしてみたら起きるかもしれない。でもね、まだクリスマスの日が始まったばかりの夜中だし…。良い子にはサンタクロースが来る夜なんだし、起こしてみようとは思わない」
良い子はぐっすり寝ていなくちゃね、と視線を向けられ、「ぶるぅ」がピョコンと飛び上がって。
「大変! サンタさん、まだ通り過ぎちゃっていないよね? 大丈夫だよね、ぶるぅの所にまだプレゼントが来てないもんね!」
寝に行かなくちゃ、と「ぶるぅ」は大慌てでリビングを飛び出してゆき、開け放たれたままの扉からゲストルームの扉を閉める音がバタン! と大きく響いて来て…。
「…やれやれ、命拾いをしたかな、ぶるぅ?」
危なかった、と会長さんがバスケットの蓋を閉めています。
「これでぶるぅも卵を割りには来ないだろう。ぶるぅの土鍋を借りて丸くなったし、朝までぐっすりって所かな。…ぼくたちも寝ようか、徹夜パーティーって気分じゃないんだ」
「そうだね、明日が本番だしね。ぶるぅが起きなかったら大変そうだ」
ソルジャーが頷き、大騒ぎだったイブのパーティーはお開きに。私たちは片付け上手で綺麗好きな「そるじゃぁ・ぶるぅ」の代わりにリビングを掃除し、食器もきちんと洗って棚に仕舞ってから解散でした。夜が明けたら正真正銘、クリスマス。どうか「そるじゃぁ・ぶるぅ」がちゃんと目覚めてくれますように…。

卵に戻った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が心配で堪らなかった割には、しっかり眠った私たち。いつものお泊まり会の時だと「かみお~ん♪ 朝御飯の用意が出来てるよ!」と明るい声がするものですけど、今回はそれは聞こえなくって。
「…ぶるぅ、起きたかしら?」
スウェナちゃんが着替えながら話しかけてきて、私は洗面所で顔を拭きながら。
「分かんない…。ひょっとしたらコッソリ朝御飯を用意してるとか?」
「そうね、ぶるぅなら有り得るかも! 早く行きましょ」
パタパタと支度し、ゲストルームの扉を開けるとジョミー君たちも出て来た所で。
「あっ、おはよう! ぶるぅ、どうかな?」
「どうなんだろうな? 起きたにしては静かすぎるが、寝起きってこともあるからな…」
キース君がそう返したのと、小さな影がピョコンと廊下に現れたのは殆ど同時。
「かみお~ん♪」
「「「ぶるぅ!?」」」
良かった、無事に目が覚めたんだ、と誰もが思ったのですが…。
「見て、見て、サンタさんに貰ったんだよ! ぶるぅも同じの貰ってた!」
バスケットの横にあったもん、と大はしゃぎなのは「ぶるぅ」でした。持っているのはアヒルちゃんの形の
籐で編まれた黄色い籠。お菓子がギッシリ詰まっています。それじゃ「そるじゃぁ・ぶるぅ」の卵は…。
「えっ、ぶるぅ? 卵だったよ、見せ合いっこしようと思ってブルーの部屋まで行ったのに…」
残念だよう、と「ぶるぅ」は肩を落とし、そこへ会長さんが卵の入ったバスケットとアヒルちゃんの籠とを提げて奥の寝室からやって来て。
「やあ、おはよう。…ぶるぅは見ての通りだけれど、今日中に起きてもらわなきゃ! 正確に言えばお昼過ぎまでに目が覚めるのが理想かな。ケータリングは時間の幅を持たせて予約したけど、美味しく食べるにはその頃合いに配達をお願いするのが一番なんだよ」
早くから用意を始める料理もあるしね、と会長さん。クリスマス限定メニューを食べ損なった「そるじゃぁ・ぶるぅ」のためにも最高のパーティー料理を揃えたい、との意向です。ソルジャーも起きて来ましたが、あれっ、教頭先生は? ん? キッチンの方からいい匂いが…。
「おーい、お前たち! 朝飯はこんな感じでいいのか?」
教頭先生が廊下に顔を覗かせ、会長さんが。
「ハーレイが作ってくれたのかい? それは楽しみ。手間が省けた」
「つい習慣で目が覚めてな。みんな気持ちよく寝ているようだし、頑張ってみた」
なんと、教頭先生の手作りですか! 先生方からの御歳暮で家に一泊させて貰った時に御馳走になりましたけど、会長さんの家で食べる日が来るなんて…。ダイニングのテーブルへの配膳を手伝い、みんな揃って「いただきます」。あ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はバスケットの中で卵ですけど。
「…ハーレイ。君って気が利かないねえ…」
作って貰ってアレだけども、と文句をつけたのは会長さん。えっと、何か問題がありますか? 教頭先生も驚いた風で。
「これは好みじゃなかったか? ぶるぅのメモが貼ってあったから、それを見て作ってみたんだが…」
「キノコのソースのオムレツだよね。…オムレツはこんな形じゃなくって、フライパンで円形に焼き上げるのさ。真ん中の部分はフワフワのトロトロ」
「す、すまん…。メモにはそこまで書いてなかったし…」
「それはいいんだ、ぶるぅと最後に出掛けた食事の前菜だから。キノコもシメジじゃなくってアミガサタケでね、今度作ろうって張り切ってたよ。それでメモして貼ったわけだけど、このタイミングで卵料理を作るというセンスが信じられない」
ぶるぅが卵になっているのに、と会長さんはテーブルの中央を指差しました。そこにはバスケットが据えられていて、鶏の卵サイズの青い卵がちんまりと…。
「デリカシーに欠けるというか、致命的に配慮が足りないと言うか…。まあ、そう言うぼくも卵料理を食べていたから、冷蔵庫に卵があるんだけどさ」
「うっ…。も、申し訳ない、気が回らなくて…」
脂汗を浮かべて謝る教頭先生に、会長さんはフォークをビシッと突き付けると。
「じゃあ、反省の気持ちをこめて後片付けをよろしくね。ぶるぅが気持ちよく家事が出来るよう、キッチンは綺麗にしておいて!」
「わ、分かった。フライパンも鍋もしっかり洗っておく。ぶるぅの手間を増やしちゃいかんな」
今日が誕生日になるんだからな、と教頭先生は頭の中で手順を確認している様子。お料理上手で家事万能の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお気に入りのキッチン、しっかり片付けて頂かないと…。でもって、今日の朝食に卵料理は確かにデリカシーが無かったかも?

朝食が済むと教頭先生はダイニングとキッチンの片付けを始め、私たちはゲストルームの掃除。リネン類は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が卵に戻ってからは業者さんに任せてあるそうで、集配に備えて置き場所まで運んで行くだけです。ソルジャーと「ぶるぅ」も今日は真面目に作業中。
「いつもぶるぅにやって貰ってたし、こんな時くらいは手伝わないとね」
ぼくは掃除は嫌いだけど、と言いつつソルジャーが掃除機をかけ、「ぶるぅ」がサイオンにモノを言わせてベッドメイキングをしています。この二人には多分無理だろうと部屋を覗いた私たちの方がビックリ仰天。やれば出来るじゃないですか!
「え? そりゃね、この程度のことも出来ないようならソルジャーなんか務まらないって! 多分料理も出来ると思うよ、真剣になって取り組めば…さ」
チャレンジする気は無いけれど、と明るく笑い飛ばすソルジャー。
「それよりも今日は大仕事! もしもぶるぅが目覚めなかったら手伝うんだろ、ぼくもぶるぅも。…卵が今日中に孵らなくっても出張料に料理は貰えるらしいけど…。それはなんだか嬉しくないし!」
頼まれた仕事はやり遂げてなんぼ、とソルジャーは使命感に燃えていました。会長さんが言っていたお昼過ぎまでの間に色々と「そるじゃぁ・ぶるぅ」を起こす方法を試すらしくて、ソルジャーの役目は会長さんとの同調だとか。
「「「同調?」」」
「うん。ブルーが呼び掛けても返事が無ければ、ぼくがサイオンを同調させる。ぼくとブルーは姿だけじゃなくてサイオンの方も瓜二つなんだ、君たちには分からないだろうと思うけどね。…だから二人揃って呼び掛けた場合、中に届く思念はグンと大きく響くってわけ」
「…相乗効果というヤツか?」
キース君の問いに、ソルジャーはパチンとウインクをして。
「そうだよ、ブルーに教わった? 普通のミュウ……あっ、こっちの世界にミュウって言葉は無かったね。普通レベルのサイオンの人でも二人揃えば凄いんだよ? ぼくとブルーなら半端じゃないさ。それでも足りなきゃ、ぶるぅの出番だ」
並みのミュウなら卒倒レベル、と思念の大きさを譬えるソルジャー。そこまでの思念波で呼び掛けられたら「そるじゃぁ・ぶるぅ」も目が覚めそうです。ソルジャー、頼りにしてますからね~!

それぞれの作業を終えてから集まったのはリビングでした。絨毯に置かれたバスケットを囲んで私たちが輪になって座ります。クッションの上の青い卵は沈黙していて、会長さんがつついてみても反応は無し。
「…これは普通じゃ起きないだろうね、ぐっすり眠ってしまってる。ただ、起こして起きるものなのかどうか…。身体の回復が充分じゃなければ目が覚めないかもしれないし…」
サイオンを使い過ぎたんだから、と項垂れる会長さんにソルジャーが。
「やってみなけりゃ分からないだろ? それに回復し切ってなくても目は覚めるかもしれないよ。その時はサイオンと体力が回復するまで休養させてやればいい。今は学校も休みらしいしね」
呼び掛けてみろ、と促すソルジャー。会長さんはスゥッと息を吸い込み、卵に向かって大きな声で。
「ぶるぅ、朝だよ、クリスマスだよ! 今日を誕生日にするんだろう!」
ビリビリと部屋を貫く思念に、耳を押さえる私たち。声にサイオンを同調させて呼び掛けていたみたいです。けれど卵はピクリともせず、ソルジャーが会長さんの肩に手を置いて。
「…もう一度だ。今度はぼくも一緒に起こす。…なんて言えばいい?」
「息が合いやすい言葉がいいよね…。単純に一発、起床、かな?」
「了解。…合図はよろしく頼むよ」
会長さんとソルジャーは一、二の三、で「起床ーっ!」と叫び、あまりの強大な思念に鼓膜が破れそうな気がしたのですけど、フッと衝撃が和らいで。
『…大丈夫か?』
教頭先生が淡い緑色の光を纏って座っていました。
『タイプ・ブルーが二人だからな、気が付かなくて悪かった。シールドだけは自信があるんだ、私に任せておくといい』
そういえば教頭先生は防御力に優れたタイプ・グリーン。ソルジャー曰く「並みのミュウなら卒倒レベル」とやらの思念が炸裂しても安全地帯にいられそうです。しかし「ぶるぅ」まで参戦しても青い卵は孵化しなくって…。
「やっぱり今日は無理なんだ…。ごめんね、ぶるぅ…。ぼくがウッカリしていたばかりに、クリスマス限定メニューどころか誕生日まで駄目になっちゃった…」
泣きそうな顔の会長さんに、教頭先生が穏やかな声で。
「ブルー、お前の悪い癖が出たな。ぶるぅが卵に戻ってしまうと弱気になるのは相変わらずか…。まだ最後まで試したわけではないだろう? 私を呼んだのは何のためだった? この子たちが此処にいるのは何故だ? …諦めるのはまだ早いと思うぞ」
貸しなさい、と教頭先生は青い卵を大きな両手でフワリと包み込み、私たちの方へ視線を向けて。
「いいか、ぶるぅの卵を孵すんだ。私が温めて孵化を促すから、お前たちもブルーと一緒に叫んでやれ。起床と叫ぶ声も大事だが、気持ちだな。ぶるぅを起こしてやりたいんだろう? そういう気持ちを思念に乗せろ」
難しい理屈は必要ない、と言われて私たちは顔を見合わせました。思念の同調なんて初めてですけど、本当に上手くいくんでしょうか? でもダメ元と言いますし…。もしも「そるじゃぁ・ぶるぅ」が今日中に目覚めなかったら、向こう六年ほど誕生日の度にガッカリする顔を見ることになってしまうのですし。
「…一か八かだ、やってみるか」
キース君の言葉に、ジョミー君が。
「だよね、可能性はゼロじゃないもんね! ぶるぅが起きたらラッキーだしさ」
よし、と私たちは手を繋ぎ合い、ソルジャーと「ぶるぅ」がその輪を繋いで完成させて、輪の中に教頭先生と会長さんが。青い卵を包む教頭先生の褐色の手に会長さんの白い両手が重なっています。普段は教頭先生に近付くといえば悪戯ばかりの会長さんが祈るように目を閉じていて…。
「いくよ」
声に出したのはソルジャーでした。
「ぼくの合図で叫ぶんだ。三、二、一…」
「「「起床ーっ!!!」」」
お願い、ぶるぅ。声が聞こえたなら目を覚まして。もうクリスマスになっちゃったから。起きなかったら、お誕生日がクリスマスじゃなくなってしまうから…!

声を限りに絶叫した私たちは糸が切れたように崩れ落ちました。絨毯に直に座っていたので身体を打ちつけたりはしませんでしたが、頭の中で思念が割れそうに反響しています。教頭先生のシールド無しでタイプ・ブルーを三人も含んだ叫びを受けたせいか、酷い頭痛が…。
「大丈夫かい? ブルー、君はそっちを」
「分かってる。こういうのはね、サイオンを上手く流してやれば…」
会長さんとソルジャーの声が遠くで聞こえ、額に冷たい手が当てられてスウッと気分が良くなって…。目を開けるとソルジャーが柔らかな笑みを浮かべています。
「気が付いた? ごめんね、こうなるだろうとは思っていたけど最後の手段だったしね…。これで起きればいいんだけれど」
尊い犠牲が七人も、と言われて見回すとジョミー君たちも頭を振ったり、頬をパチパチ叩いていたり。サイオンが激しく共鳴すると、その強大さについていけなかった人はバッタリ倒れてしまうのだそうで。
「…ぶるぅは?」
ジョミー君が恐る恐る尋ね、教頭先生が卵を両手で包んだままで。
「まだ分からん。…今のでも起きなかったとなったら、可哀想だが誕生日をクリスマスにするのは諦めてもらうしかなさそうだな」
「「「…そ、そんな…」」」
じわっと涙が溢れそうになり、会長さんが悲しそうに俯いた時。教頭先生の指の間からパァッと眩しい青い光が輝いて…。
「かみお~ん♪」
ピョーンと宙へ飛び上がったのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の姿でした。元気一杯、笑顔一杯。青い卵は粉々に壊れ、何も着ていない「そるじゃぁ・ぶるぅ」を会長さんが力いっぱい抱き締めて。
「ぶるぅ、おかえり。…待ってたんだよ、今日はクリスマスでパーティーなんだよ。おめでとう、ぶるぅ。0歳の誕生日、おめでとう…」
それっきり言葉が続かなくなった会長さんの代わりに、ソルジャーが。
「ハッピーバースデー、ぶるぅ! ぼくのぶるぅと同じ日だよね、みんなで楽しくお祝いしよう」
「えっ、ぶるぅも遊びに来てくれてるの? わーい、クリスマスだ、お誕生日だー!」
無邪気にはしゃぎ始めた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は真っ裸のまま、会長さんの腕の中。教頭先生が苦笑しながらソルジャーに頼んで小さな服を瞬間移動で取り寄せて貰い、会長さんの肩をポンと叩いて。
「こらこら、ぶるぅが風邪を引くぞ? 早く服を着せてやらないと」
「あっ…。ごめん、ぶるぅ。いつもの服だよ、裸じゃパーティーできないからね」
「ありがとう、ブルー! ありがとう、ハーレイ」
大急ぎで服を着る「そるじゃぁ・ぶるぅ」を私たちが見守る間に、会長さんは電話をかけに行きました。やがて豪華な料理が山のように届き、始まるパーティー。

「「「ハッピーバースデー、ぶるぅ!」」」
乾杯の声が上がって、まずは会長さんからクリスマス限定メニューの再現用のチケット贈呈。かなりの枚数がありましたから、当分の間、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は外食三昧かもしれません。私たちからは割れてしまったアヒルちゃんマグの新品で。
「わぁっ、アヒルちゃんが帰ってきたぁ! 今度は大事にするからね!」
眠い時には使わないんだ、とマグを撫でている「そるじゃぁ・ぶるぅ」にソルジャーが。
「サンタクロースからもプレゼントが届いていたよ。ぶるぅとお揃いの籠なんだ」
会長さんがダイニングに置き忘れていたアヒルちゃんの籠が瞬間移動で運ばれてきて「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜びです。「ぶるぅ」と籠を見せ合いっこして、お料理の方もパクパク食べて…。そんな光景に会長さんが目を細めながら。
「よかった、約束を守ることが出来て。…ありがとう、みんな。本当にみんなのお蔭なんだよ」
いくら御礼を言っても足りないや、と会長さんは深く頭を下げましたけど、いつもなら其処で御礼代わりにと無理難題を吹っ掛ける筈のソルジャーは「どういたしまして」とニッコリ笑っただけでした。教頭先生も「大したことはしていない」と微笑み、もちろん私たちだって…。
「かみお~ん♪ みんな、どうしちゃったの? お料理、ぶるぅに食べられちゃうよー!」
その前に食べてね、とニコニコ笑顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は目覚める前の大騒動をまるで知らないらしいです。でも、その方がいいですよね? 小さな子供に恩着せがましくあれこれ言うのは不本意ですし、知らずに笑っていてくれる方が…。
「みんな、ぶるぅが呼んでるよ? 今日は思い切り食べて楽しんでよね」
パーティーだから、と会長さんが料理の追加注文をしに行きます。リビングの床に転がっているバスケットにはクッションだけが残っていました。粉々になった青い卵の殻が時々キラリと光りますけど、明日には消えているでしょう。家事万能の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は綺麗好き。無事に卵から孵ったんですし、キッチリ隅までお掃除の日々が再びです~!



 

青い卵に戻ってしまった「そるじゃぁ・ぶるぅ」。冬休みに入った私たちは初日から会長さんの家を訪ねて、卵の入ったバスケットを囲んでゲームや食事。会長さん曰く、一人だと寂しいからだそうですが…。
「あんた、フィシスさんはどうしたんだ? 何も俺たちを呼ばなくっても…」
二人で過ごせばいいだろう、というキース君の指摘は尤もでした。今までにも土日という形で休日があったのです。私たちに召集はかかりませんでしたし、会長さんは一人じゃなかった筈ですけれど?
「…限界突破しそうなんだよ、フィシスと二人きりだとさ」
「「「は?」」」
「だから、限界。…ぶるぅが卵に戻っている間はね、フィシスは泊まっていかないんだ。ぶるぅは寂しがりだと前に話さなかったっけ? そのためにクッションを敷くんだ、って」
卵の下に敷いてあるコレ、と会長さんが指差したのはフィシスさんの手作りクッションです。
「普通のクッションじゃ駄目なんだよ。サイオンを持った仲間が心をこめて作ってくれたクッションでないと…。そういうのは思念が残りやすい。ぼくの思念を宿らせておけば、留守にしてても安心して眠っていられるんだよ、ぶるぅはね。…フィシスに出会う前はエラが作ってた」
そういえば、そんな話がありました。でも、それとフィシスさんが会長さんの家に泊まらない事とに何の関係が? サッパリ分からないんですけど…。
「寂しがりだと言っただろ? いくら思念を残しておいても留守に出来るのは五時間が限度。それを超えて放っておくと、戻って来た時に卵がシクシク泣いてるんだよ。…本当に涙を流すわけじゃないけど、泣きそうな気持ちが流れて来るのさ」
とても放っておけやしない、と会長さんは卵をそっと優しく撫でて。
「そこまで寂しがり屋の卵がいるのに、フィシスと二人で過ごせるわけがないだろう? ぼくの枕元が卵の間の指定席なんだけど、これがまたまた問題で…。普段のぶるぅはフィシスが泊まりに来ている時には土鍋ごと別の部屋に行く。だけど卵の間はそうはいかない」
枕元でないと寂しがるんだ、と会長さん。フィシスさんと出会ってから初めて迎えた卵の時期に「そるじゃぁ・ぶるぅ」の卵を入っていた籠ごと別の部屋に移し、フィシスさんと一夜を過ごしたら…。
「もうシクシクなんてレベルじゃなくて、ビショビショとでも言うのかな? 一晩中おんおん泣いてました、って気配がビシバシ漂ってきてさ。…これはアウトだと痛感した。かといって、ぶるぅの卵を枕元に置いてフィシスと楽しむわけにも…ねえ?」
教育上とてもよろしくないし、と溜息をつく会長さん。
「そういうわけで、ぼくは絶賛禁欲中! どれほど辛いか、万年十八歳未満お断りの君たちには理解不能だろうけど、とにかくキツイ。…フィシスと二人きりでお喋りをして、夜になったらサヨナラだなんて耐えられないよ。それくらいなら会わない方がマシなんだ」
この前の土日で身にしみた、と会長さんは呻きました。
「今度二人きりで会ってしまったら、もうダメだね。ぶるぅの卵がビショビショになろうが我慢できないし、下手をすればベッドまで行く暇も惜しいってことになるかも…」
とにかくピンチ、と両手で×印を作る会長さんの姿に天井を仰ぐ私たち。シャングリラ・ジゴロ・ブルーなことは知っていましたが、フィシスさんとの熱愛っぷりも半端じゃなかったみたいです。二人きりで過ごすと危ないんですか、そうですか…。だからと言って一人でいるのは寂しいからと私たちを招集するとは、会長さんも卵に戻った「そるじゃぁ・ぶるぅ」も大してレベルは変わらないんじゃあ…?

禁欲生活の辛さを訴える会長さんのお相手を三日間も務め、ついに迎えたクリスマス・イブ。私たちはイブのパーティーと、クリスマス当日に「そるじゃぁ・ぶるぅ」を叩き起こしてお誕生日にするという目的の下に、今日も会長さんが住むマンションへ。昨日までと一つだけ違っているのは…。
「これの出番があるといいよね」
ジョミー君が手にした紙袋を持ち上げて見せ、キース君が。
「出番が無かったら大変だぞ。ぶるぅの泣き顔は見たくないしな、根性を入れて頑張らないと」
「でもさ、ホントに役に立てるわけ? 卵の中って思念が届きにくいんだよね」
ぶるぅが前にそう言ってたよ、というジョミー君の言葉に、私たちは暫し考え込んで…。
「まあ、頑張るしかないだろう」
キース君がグッと拳を握りました。
「俺たちに全く自覚が無くてもブルーがサイオンを使う時に役に立つのは、学園祭のサイオニック・ドリームで証明されてる。いるだけで役に立つんだったら、思念が届いていないとしても「起きろ」と叫べばいいんじゃないか?」
「あ、そうかも…。力のことはブルーに任せて、そこにいるのが重要なんだね」
パーティーをうんと盛り上げるとか、とジョミー君。
「そんな話があったじゃない。閉じ籠っちゃった神様を引っ張り出すのに表で宴会するってヤツが」
「天岩戸か。…そう簡単にいけばいいがな、なにしろ疲れて眠っているんだ。ブルーも今度ばかりは自信が無いと昨日も何度も言ってたし…」
本当にそれの出番があるといいな、とキース君が視線をやるのはジョミー君が提げている紙袋。中には可愛くラッピングされた箱が入っています。箱の中身は会長さんからの頼まれ物で、私たちから「そるじゃぁ・ぶるぅ」へのバースデー・プレゼントでもありました。
「…お気に入りのマグを割っちゃったなんて、きっとホントに眠かったのね…」
スウェナちゃんが呟き、サム君が。
「知らなかったもんなぁ、そんな話…。俺、ブルーの家まで朝のお勤めに行っていたのに、ぶるぅのマグには気が付かなくて…。割ったの、卵に戻る一週間ほど前って話だったもんな」
それは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が卵に戻った後で会長さんから聞かされた話。学園祭でサイオンを使い過ぎて以来、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は時々眠そうにしていたそうです。そんなある夜、お気に入りのアヒルちゃんのマグカップを洗って棚に片付けようとして手を滑らせてしまい、真っ二つに…。
ションボリしていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」のために会長さんは新しいマグを買おうとしたのですけど、運悪いことに在庫切れ。クリスマスまでには入荷するというので注文しておき、先日やっと店に届いたので私たちが取りに行ったのでした。
え、それなら会長さんからのプレゼントだろうって? 会長さんは「サイオンの使い過ぎで眠らせてしまってクリスマス前のお楽しみを台無しにした」反省をこめて、クリスマス限定メニューを再現して貰うことをプレゼントにするらしいのです。予め予約は要るそうですけど、チケットを既に手配済みだとか。
「ゴージャスだよねえ、行きつけのお店、多そうだもんね」
羨ましいな、とジョミー君。
「アヒルちゃんマグとは格が違うよ、ぶるぅもそっちの方が良さそう」
「そりゃ、お前…。三百年以上の付き合いなんだぜ、あいつらは」
俺たちとは比べ物にならんさ、とキース君が苦笑しています。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は一心同体のようなものなのですから、私たちとは別格で…。アヒルちゃんマグをクリスマスの日にバースデー・プレゼントとして手渡すためにも、会長さんには三百年越しの絆を生かして貰わなくっちゃ!

マンションに着き、管理人さんに入口を開けて貰ってエレベーターで最上階へ。玄関脇のチャイムを鳴らすと会長さんがドアを開いてくれて…。
「いらっしゃい。どうぞ入って」
お邪魔します、と会長さんに続こうとした私たちは大きな靴に気が付きました。ビッグサイズの男物。会長さんには大きすぎますし、このサイズの靴の人物といえば…。
「あ、分かっちゃった? サプライズ・ゲストだったんだけどな、ハーレイは」
「「「教頭先生!?」」」
どうして教頭先生が、と驚きですけど、会長さんは気にしない風で。
「サプライズって言っただろう? パーティーの案が出ていた時から呼ぼうと思っていたんだよ。ホントはフィシスも呼びたかったけど、禁欲生活が厳しすぎてねえ…」
パーティーなんかしたら限界突破、と大袈裟な身振りで肩を竦める会長さん。
「うっかりフィシスと過ごしてごらんよ、今夜こそ我慢できなくなる。ぶるぅが卵で過ごす最後の夜を涙でビショビショにしてしまったら申し訳ないなんてレベルじゃなくてさ…。次に卵に戻る時まで延々と引き摺ってしまいそうだよ。ぶるぅはコロッと忘れちゃっても、ぼくの方がね」
「…あんた、今まではどうしていたんだ」
キース君がドスの効いた声で。
「そこまで切羽詰まってるんなら、今までは? この前の話じゃ、卵に戻っている期間中は禁欲生活ってことだったが…。本当に禁欲してたのか?」
「…バレちゃったか…。ぶるぅには内緒にしといてよ? ちょっと抜け出してフィシスの家へ…ね。ただ、今回は誓って一度もやってない。真剣に反省してるんだ、ぼくは。…ぶるぅの体調に気付かなくって眠りの時期を早めたことをさ」
保護者失格に加えて保護責任者遺棄は出来ないよ、と会長さんは大真面目でした。そこまで反省していたのか、と会長さんの「そるじゃぁ・ぶるぅ」に対する思いの強さを実感しながらリビングに行くと。
「おお、遅かったな。…何か内緒の相談事でもしてたのか?」
教頭先生がにこやかに笑っておられます。
「…なかなかブルーが戻らないから、ついつい昔を思い出してな」
「ホントだ、ずいぶん久しぶりだねえ」
懐かしいや、と会長さん。
「「「???」」」
「ほら、ハーレイの手許だよ。…気が付かない?」
「「「あっ!!!」」」
ソファに座った教頭先生の両手は膝の上。褐色の逞しい手がふんわりと合わされていたのですけど、少し片手がずらされた隙間から覗いたのは青。卵になった「そるじゃぁ・ぶるぅ」が教頭先生の手の中に…。
「ハーレイと旅をしていた間に卵に戻ったことがあってね。…これは温めるものなのか、って訊いてくるから「適当」って答えたんだけど…。実際、ぼくも温め続けたわけではないし、放置で問題ないんだけど」
「そうは言われても、私にすれば卵は温めるのが常識だしな…。お前が放っておくものだから、温めてやった方がいいんじゃないかと思ったんだ。しかし、抱えて寝たら壊しそうだし…」
それで手の中で温めたんだ、と教頭先生。卵が孵るまでの間、暇があったら両手で温め、夜も会長さんが放置していた時には手の中に包み込んで寝て…。
「ぶるぅがハーレイに懐いてるのは、その思い出があるからかもね。ぶるぅの卵を温めたことがある人間は、ぼくの他にはハーレイしかいないものだから」
「「「フィシスさんは?」」」
「手に持ったことはあるけどさ…。温めなくても大丈夫だってハッキリしてから出会ったわけだし、卵を温めている暇があったら他に温めて欲しいものが…ね。ぼくの心とか、他にも色々」
そういうオチか、と頭を抱える私たち。けれど教頭先生がサプライズ・ゲストで呼ばれているのは、それなりの理由があるのだそうで。
「言う前に再現してくれちゃったけど、ぶるぅの育ての親ってヤツさ。今度の眠りは普通じゃないから、色々試してみる必要があるかもしれない。…ぼくが起こして起きなかった時はハーレイに温めて貰うんだ」
「あんたが温めればいいんじゃないのか?」
誰が温めても同じだろう、というキース君の突っ込みに、会長さんは。
「分かってないねえ、ぼくが温めながら呼び掛けたってインパクトの方はイマイチなんだよ。昔と同じハーレイの温もりっていいと思わないかい? きっと「なんだろう? 誰なんだろう?」と気になってくるさ。そういう気持ちの揺れが大切」
それが目覚めに繋がるから、と説明されると納得です。クリスマスになっても「そるじゃぁ・ぶるぅ」が起きない時には教頭先生の両手が孵卵器。会長さんの思念とセットで優しく揺り起こされたら、なんとか目覚めてくれますよね…?

例年だったら「そるじゃぁ・ぶるぅ」が腕を揮った料理がテーブルの上にズラリと並ぶクリスマス・イブ。けれど「そるじゃぁ・ぶるぅ」が卵に戻ってしまった今年は御馳走尽くしというわけにはいかず…。
「ぶるぅはクリスマス限定メニューを食べ損なったまま寝ちゃったんだしね、質素にいくよ」
会長さんがそう宣言すれば、教頭先生が深く頷いて。
「うむ、鶏の丸焼きだのターキーだのは自粛するのが筋だろうな。ぶるぅが明日の朝に起きたとしても、取り置きは多分、喜ばんだろう。朝には朝のメニューがあるし」
「そうなんだよね、ぶるぅはキッチリしてるから…。下手に取り置いてあげたりしたら、それで料理を始めそうでさ。そのままで食べるよりアレンジだもん、とか言って、みんなで食べられる何かにリメイク」
それは如何にもありそうです。卵から孵ったばかりの「そるじゃぁ・ぶるぅ」に誕生日から料理をさせるというのは最低ですし、回避しなくちゃいけません。今夜のメインはフライドチキンのパーティーバーレル。サンドイッチにフライドポテトにホットビスケット、それからサラダにナゲットに…。
「えっと…。ホントだったらこれが普通のクリスマスだよねえ、高校生って」
今まで気付いてなかったけどさ、とジョミー君がチキンを頬張っています。
「そうだな、今までが贅沢過ぎたか…。俺たちだけでクリスマス・パーティーをやった時にはカラオケボックスだったしな」
あれは一昨年のことだったか、とキース君。その年は会長さんが「フィシスさんと静かにクリスマス」を希望したのでパーティーの日がズレたのでした。もちろん仕切り直しのクリスマス・パーティーを後でやりましたし、その時は豪華な御馳走があって…。
「今年は仕切り直しの予定は無いし、マザー農場のステーキディナーも逃しちゃったし…」
普通の高校生のクリスマスだと分かっていても寂しいよね、とジョミー君が零しています。クリスマス当日の明日も「そるじゃぁ・ぶるぅ」の卵が孵化しなかったらパーティーどころではないわけで…。
「おい、愚痴っているより盛り上げないと…。ぶるぅがしんみりするだろうが!」
天岩戸な作戦はどうした、とキース君が喝を入れたのですけど、こればっかりは気分の問題です。元気な主役が欠けているのに、どうしろと?
「だよな、ぶるぅが足りねえんだよな…」
サム君がテーブルの真ん中に据えられたバスケットの縁をチョンとつついて。
「かみお~ん♪ って、一発叫んでくれたら一気にお祭り騒ぎなのに…。なんか気分が乗らねえんだよ」
「…ぼくも同じさ」
ぶるぅがいないと寂しくて、と会長さんが卵の上にチキンナゲットを翳しています。
「食べ物に釣られて目を覚ますとか、そういう類のヤツだったらねえ…。ぶるぅはナゲットも好きなんだ。グルメも好きだけどB級グルメまでカバーしてるし、何か飛び付くモノでもあればね…」
やっぱりダメか、とナゲットを口に放り込む会長さん。えっと、今、ナゲットで起こしちゃったらクリスマス・イブがお誕生日になっちゃいますよ?
「ん? ああ、その点は大丈夫だよ。ナゲットに飛び付いたとしても意識が揺れてくるだけだから、「まだ起きなくていいからね」と返せばいいんだ。そしたら「うん」と眠そうに返事して眠り続ける」
「あんた、起きそうなのを眠らせてたことがあったのか? 自分の都合で?」
酷すぎるぞ、とキース君が怒れば、会長さんは。
「違うよ、夜遅くとかに意識が浮上してきた時だよ、それをやるのは。同じ起きるなら爽やかな朝! 夜中に生まれて早速夜食じゃ不健康でさ」
「本当か? 単にあんたが夜食を作るのが面倒だったとかもありそうだぞ」
「…一度も無いとは言い切れないかな…」
あったのかい! と私たちは呆れ、教頭先生も「それは酷いな」と苦笑い。そこへ…。
「かみお~ん♪」
「「「えっ!?」」」
響き渡った元気な声にビックリ仰天。反射的にバスケットの中を見たのですけど、青い卵はそのままです。
「こんばんは。…来るのが遅くなっちゃってごめん」
振り返った先に立っていたのは紫のマントのソルジャーと、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のそっくりさんの「ぶるぅ」でした。遅くなってごめん、って二人とも呼ばれていたんですか?

「ごめん、ごめん。…つい、言いそびれちゃって」
ぼくが招待したんだよ、と会長さんが詫びて二人の席を作るようにと言いました。私たちは場所を譲り合い、ソルジャーと「ぶるぅ」が腰を下ろして。
「…招待されたのは嬉しいんだけど、ぼくのシャングリラも今日はクリスマスのパーティーなんだ。でもって今年は向こうの方が御馳走でさ…。食べてたらついつい時間が経ってしまったってわけ」
「かみお~ん♪ ぼくも沢山食べたもん! でも、こっちのも美味しいね」
チキン大好き、と「ぶるぅ」はパーティーバーレルを器ごと傾け、残っていた分をバリバリ骨ごと噛み砕いています。
「あっ、ずるい!」
ジョミー君が叫びましたが、「ぶるぅ」は「置いとく方が悪いんだも~ん♪」と何処吹く風。フライドポテトもナゲットもサラダもアッという間に食べ尽くされて…。
「やられちゃったか…。こういう時にはお菓子だよねえ、足りない人はカップ麺も用意してるから」
会長さんがスナック菓子や焼き菓子を山ほど運び込み、カップ麺も出てきて、男の子たちが早速お湯を沸かせば「ぶるぅ」が蓋を半分開けたカップ麺を五個も並べて待ち受けていて…。
「実に見事な食いっぷりだな、そっちのぶるぅは」
教頭先生が目を丸くすると「ぶるぅ」は「食べ盛りだもん!」と即答です。さっきまで盛り下がっていたリビングはたちまち賑やかになり、スナック菓子もあちこちで開封されて、これぞパーティー!
「ありがとう。君の世界もパーティーだったのに来てくれて」
お蔭でパーティーらしくなったよ、と会長さんが御礼を述べるとソルジャーは。
「盛り上げ役なら任せといてよ、ぼくは陰気なのは嫌いだしね。…でもさ、ぶるぅはどうなんだい? 君は明日には孵化する筈だと言っていたけど、気配も無いよ?」
「…正直、ぼくにも自信が無いんだ。だから君にも来てもらった。こんな料理しか無くて悪いけど、ぶるぅが卵から孵化してくれたら誕生祝いでドカンと豪華なケータリングを頼むんだ」
ダメ元で予約はしてあるんだよ、と会長さんは私たちには告げなかったことを話しています。まあ、ソルジャーに出張を依頼したのなら料理で釣るのは妥当ですけど…。
「ふうん? 孵化しなかったらキャンセルってこと?」
「残念ながらそうなるね。あ、君への出張手当に持ち帰りっていうのもアリか…。キャンセル料は全額なんだし、そっちの方がお得かな」
「だったら持ち帰りコースで頼むよ、ぶるぅも喜ぶ。…だけど、こっちのぶるぅが孵化してくれるのが一番だよね。一晩でグンと大きく育つのかい?」
「「「は?」」」
会長さんも私たちも、質問の意味が掴めませんでした。育つって…卵が? どうやって?
「あれっ、もしかして育たないのかい、この卵は?」
「卵は育ったりしないだろう!」
サイズはそのままで中身が成長するものだ、と会長さん。
「ぶるぅの卵は少し違うけどね、大きさが変わらないのは普通の卵と同じだよ。…ん? そういえば君のぶるぅは違ったっけ…。卵が育ったと聞いたような…?」
「そうだよ、最初は指の先ほどの小さな白い石。それが今のぶるぅの卵くらいのサイズの青いのに変わって、それから成長していった。ハーレイと二人で温める内にこれくらいまで育ったよ」
ソルジャーが両手で示したサイズは抱えるほど。その卵を割って生まれて来たのが「ぶるぅ」だそうで…。
「かみお~ん♪ 大きな卵でないと窮屈だもん! ぶるぅは違うの?」
「ぶるぅだって不思議に思うよねえ? これが明日には孵る予定なんて…」
「あっ、もしかして、もう中で育ってるかも!」
割ったら生まれてくるんじゃないの、と「ぶるぅ」は卵に手を伸ばしました。
「早く一緒に遊びたいもん、割ってもいい?」
「「「ダメーッ!!!」」」
それだけはやめて、と私たちの悲鳴が上がり、会長さんが素早く卵を奪い取って。
「ぶるぅ、遊びたいのは分かるけどね。今、生まれたら、誕生日はいつになるのかな?」
「え? えっと…。えとえと、クリスマス…イブ…だよね?」
「君の誕生日はクリスマスだろう? お揃いの日じゃなくなっちゃうよ」
「えーっ…。そんなの嫌だよ、お揃いだもん!」
絶対一緒の誕生日がいい、と「ぶるぅ」は卵を割るのをアッサリ諦めた様子。あーあ、寿命が縮みましたよ、割られちゃったら生まれるどころか消えちゃうかもです、「そるじゃぁ・ぶるぅ」。

クリスマス・イブのパーティーは和やかに続き、バスケットの中の青い卵も嬉しそうにしている気がします。教頭先生が「そるじゃぁ・ぶるぅ」の卵を温めたことがあるという話はソルジャーと「ぶるぅ」にも大ウケで。
「なんだ、こっちのハーレイもパパかママかのどっちかなんだね、ぶるぅにとっては」
ウチと大して変わらないじゃないか、と笑うソルジャー。
「ブルーが放置していた卵をせっせと温めていたんだったら、ママってことで決まりかな? 鳥だって雌が卵を抱くのが基本なんだろ、雄の役目は巣の雌に餌を運ぶことでさ」
「自分の物差しで計るのはやめてくれたまえ。ぼくはハーレイに温めてくれと頼んだ覚えは微塵も無いし、ハーレイの面倒をみてもいないし!」
気味の悪いことを言わないでくれ、と会長さんは唇を尖らせています。その一方で「ぶるぅ」が瞳を輝かせて。
「そっか、こっちでもハーレイはママなんだね! ぼく、ブルーから「ハーレイがママだ」って何度も教わったけど、やっぱり間違いじゃなかったんだぁ…。あ、今はそんなにこだわってないよ、ブルーとハーレイ、結婚したもん♪」
こっちの世界での結婚だけど、と「ぶるぅ」はニッコリ満面の笑顔。
「どっちがパパでママでもいいんだ、きちんと結婚してくれていれば! ブルーに何度も脅されたもんね、結婚する前に離婚するぞ、って」
「「「………」」」
ソルジャーとキャプテンの「ぶるぅ」のママの座を巡る争いに巻き込まれた記憶は鮮明です。二人が結婚してくれたお蔭で争いの方も収まったようで、私たちは心の底からホッと一息。あらら、ワイワイやってる間に日付が変わってしまっていますよ、リビングの時計の針が午前0時を過ぎているではないですか!
「ぶるぅ、子供は寝た方がいいんじゃないか?」
サンタクロースが来てくれないぞ、と教頭先生に諭された「ぶるぅ」は時計を眺め、それからバスケットに向き直って。
「もうクリスマスになったんだよね? ぶるぅと一緒にサンタさんを待つ!」
いつだって二人一緒だもん、と「ぶるぅ」が青い卵を掴もうとするのを、会長さんがバスケットごと引っ手繰って胸に抱え込んで。
「割っちゃダメだ! ホントだよ、まだ時期が来ていない。卵を割ってもぶるぅはいない」
「嘘…。だって、ぶるぅの卵なんでしょ?」
中にいるよ、と言い返す「ぶるぅ」。
「ぼく、卵から出る前の日くらいにはゴソゴソ動いたりしてたもん。誰か外から割ってくれたら楽なのになぁ、と思ってたし!」
早く割って出してあげようよ、と「ぶるぅ」は本気モードでした。この調子では目を離した隙に割ってしまうかもしれません。監視係が必要でしょうか? それとも卵を死守するべき…?



 

学園祭で存在を明かされたサイオニック・ドリームは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーの魅力的な一面として、一般生徒に自然に融け込んでゆきました。個人的に化かしてもらう機会を狙って好物のお菓子を調査中の生徒や、後夜祭での思い出の曲『かみほー♪』を覚えて口ずさむ生徒。
お祭り気分が抜け切らない内に期末試験が迫っているのですけど、私たち特別生には関係無くて…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
完熟バナナと栗のタルトを作ったよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が迎えてくれる冬の放課後。クリームたっぷりのホットココアが嬉しい季節、街にはクリスマス・ソングが流れてイルミネーションも華やかです。去年はキース君が道場に行ってしまってクリスマスはお流れでしたっけ。
「もう一年か…。早いもんだな」
夢のようだ、とキース君が感慨深そうに言えば、会長さんが。
「本当だよね。今じゃ立派な副住職だし、あの頃の君には想像もつかない姿だろ? 来る日も来る日も修行三昧、念仏三昧。ついに寝言もお念仏に…」
「あー、あの寝言は怖かったよねえ、ホントに出たかと思っちゃった」
ジョミー君が震えてみせて、私たちは大爆笑。キース君が住職の資格を取りに出掛けた伝宗伝戒道場はクリスマス・シーズンに見事に重なってしまい、恒例のパーティーが出来なかったのです。代わりに後日、仕切り直しのお泊まり会を企画した時、夜中にお念仏が聞こえて来て…。
「笑うな、お念仏を馬鹿にしやがって! 寝ながら唱える所まで行ったら最高なんだぞ、坊主としては!」
「それが毎日のことなら…だけどね」
混ぜっ返したのは会長さん。
「今じゃ毎晩、寝言も言わずに熟睡だろう? それじゃ駄目だよ、道場じゃ誰もが読経マシーンだ。寝言がお念仏になるのも当然! その時の心構えを忘れず常にお念仏を唱え続けて、寝言は今もお念仏です…っていうのが最高の坊主だってば」
「じゃあ、そう言うあんたはどうなんだ! あんたの寝言は!」
「さあねえ? ぶるぅ、ぼくの寝言はどんな感じ? あれ?」
寝ちゃってるよ、と会長さんが視線を向けた先では「そるじゃぁ・ぶるぅ」が丸くなっていました。お気に入りの土鍋までは出ていませんけど、床に置かれたクッションの上にちんまりと…。そういえば何度か欠伸をしていたような気がします。昨日は夜ふかししちゃったのかな?
「うーん、やっぱり無理が出たかな?」
最近どうも眠いらしくて、と会長さんが毛布をかけながら。
「学園祭で頑張りすぎちゃったらしい。ぼく一人でも大丈夫だよ、って言ったのに…。本人がやる気満々だったし問題無いのかと思ってたけど、保護者としては止めるべきだったかも…」
「おい、サイオニック・ドリームがまずかったのか?」
キース君の問いに、会長さんはコクリと頷いて。
「普段だったら平気だったと思うんだ。…だけど今回は時期が悪かった。どうしよう、これからクリスマスだね、って凄く楽しみにしてたのに…。限定メニューを食べに行こうね、って情報集めもしてたのに…」
「…なんのことだ?」
尋ねるキース君の声のトーンが落ち、私たちの胸にも暗い影のようなものが拡がります。だって、会長さんの表情が……「そるじゃぁ・ぶるぅ」を見おろす顔が、なんだか妙に辛そうで…。
「ああ、ごめん。…もうクリスマスが近いんだ。時期が時期だけに、多分、ぶるぅは…」
「だから何だと訊いてるだろう。ぶるぅは具合が悪いのか? それなら俺たちも遠慮しないとな」
今日の皿洗いは俺たちでやる、とキース君は早速空のお皿を積み重ねようとしたのですが。
「…今日はまだ…大丈夫じゃないかな、分からないけど。でも明日以降は保証できない。当分の間、おやつは市販のヤツになるかも」
「「「え?」」」
そこまで具合が悪かったのか、と私たちは息を飲みました。元気そうに見えていたのに、相当無理をしてたのでしょうか? 学園祭でサイオンを使いすぎたのが原因だったら、かなり長い間キツかった筈。そんな子供に毎日おやつや食事を作らせてしまっていたなんて…。
「すまん、俺たちも悪かった。もっと早くに手伝いを申し出るべきだった」
キース君が深々と頭を下げるのに私たちも倣いましたが、会長さんは右手を左右に振って。
「違う、君たちは何も悪くない。ぶるぅはお客様が好きだし、お菓子も料理も食べてくれる人がいるのが嬉しくってたまらないんだ。だから君たちがこの部屋に来るようになって喜んでいたし、毎日、首を長くして放課後になるのを待っているよ」
「…しかし…。具合が悪くても跳ね回るのが子供ってヤツだ。充分休ませてやってくれ」
「そういうわけではないんだ、これは。…時期が来ただけ。もうすぐ、ぶるぅは卵になる」
静かに告げられた短い言葉は衝撃的な内容でした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が卵になる…。ずっと前から何度も聞かされてきた話ですが、それがこんなに突然に…?

三百年以上も遠い昔に海に沈んだ会長さんの故郷、アルタミラ。そこでサイオンに目覚めた会長さんが仲間が欲しいと願い続けて、その思いから生まれて来たのが「そるじゃぁ・ぶるぅ」だと聞いています。ある朝、会長さんの枕元にあった小さな青い卵。やがて孵化して可愛くて元気な男の子になって…。
「そうだよ、ぶるぅはアルタミラで生まれた。何年かぼくの家族と一緒に暮らして、それから島が無くなって…。二人きりになってからのことだったんだよね、ぶるぅが卵に戻ったのは」
あの時は本当に悲しかった、と会長さんは眠っている「そるじゃぁ・ぶるぅ」の背中を撫でながら。
「ぶるぅがいたから家族がみんないなくなっても前向きに生きていけたんだ。だって一人じゃないだろう? ぼくの願いから生まれたとしても、ぶるぅは立派な人間だしね。…それなのに卵に戻っちゃうなんて…。卵が孵るのはいつなんだろう、と思ったら泣くしかないじゃないか」
何ヶ月もかかるものなんだから、と溜息をつく会長さん。でも、確かそのお話には続きがあって、卵に戻った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は一晩で孵化したと聞かされたような…? キース君たちも覚えていたらしくって、会長さんに確認してますが…。
「そう、早ければ一晩で孵る。ぶるぅも自分で言っていたよね、お誕生日は次もクリスマスだ、って。イブのパーティーも楽しみだから頑張って起きていてパーティーをして、次の日の朝に起きるんだ…って」
「「「あ…」」」
言われてみればその通りでした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が宣言したのはいつだったでしょう? アルタミラが沈んだ日に合わせて海沿いの小さな港町を訪ねた去年の夏に張り切って決めていたような…。
「思い出した? ぶるぅが言い出したことだったから、叶えてやろうと思ったよ。今の誕生日がクリスマスなのは偶然だって話しただろう? ぶるぅが自分で誕生日にしたい日が出来たのは君たちのお蔭。みんなで楽しくパーティーしたい、って何度も言うから約束したのに…」
「あんたでも起こしてやれないのか?」
まさか、と青ざめるキース君。会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が孵化する時の目覚ましの役をすることもあると聞いているのに、今回は無理だと言うんですか?
「…サイオンの使い過ぎで眠るんでなければ起こせたさ。クリスマスまでに眠りそうになったら起こしてくれとも頼まれていたし、そのつもりだった。…だけどウッカリしていたよ。疲れてしまって眠ったことは一度も無い。今度は普通の眠りじゃないんだ」
「前例が無いなら分からんだろうが、やってみないと」
「そうなんだけどね…。そうなる以前の問題として、サイオンを使わせるべきじゃなかった。眠りの時期が近付いてたんだ、消耗させちゃダメだったんだよ」
保護者失格だ、と会長さんは項垂れています。いくら「そるじゃぁ・ぶるぅ」がやりたがってもサイオニック・ドリームの手伝いをさせるべきではなかった、と。
「お、おい…。落ち込んでどうする、あんたがしっかりするべきだろう! 今日の所は寝てるだけだし、精のつく物を食わせてやるとか、規則正しく寝起きさせるとか」
「…ぶるぅは日頃から規則正しくしているよ。夜ふかしも寝坊も、ぼくばかりでさ。ブルー、朝だよ、って何度布団を引っぺがされたか…。そんな日とも暫くお別れかな。多分、そんなに長くは保たない」
「「「嘘…」」」
ただの昼寝だ、大丈夫だ、と私たちは口々に言いましたけど、根拠は全くありませんでした。「そうだったらいいな」「そうであってほしい」という願望を声に乗せているだけで、誰も責任は持てなくて…。そもそも「そるじゃぁ・ぶるぅ」が昼寝をすること自体が珍しいのです。知らない間に寝ていたことが今までに何度もあったでしょうか?

すやすやと眠る「そるじゃぁ・ぶるぅ」は目を覚ましません。これだけ周囲が騒いでいれば瞼くらい動きそうなものですけれど、完全に熟睡しています。でも、子供だったらうるさい場所でも平気で眠れるものですし…。昼寝なのだ、と繰り返すことしか出来ない私たちに向かって、会長さんは。
「…心配してくれるのは嬉しいけれど、あと何日もは無理だと思う。あ、ぶるぅには言わないでよ? ショックでパッタリ倒れてしまって卵になっても可哀想だし…。とりあえず今夜はちょっと早めのクリスマス・ディナーに行ってこようかな」
マンションの近くの行きつけの店、とウインクしてみせる会長さん。
「ぶるぅのお気に入りなんだ。小さな店だけど落ち着いた素敵な庭があってね。その庭が一番よく見える席が指定席。二人でゆっくり出掛けてくるよ」
「…なら、いいが…。後は俺たちが片付けておく。さっさと帰って支度するんだな」
キース君の提案に私たちが立ち上がるのを、会長さんは止めませんでした。代わりに「ありがとう」と小さく呟いて…。
「お言葉に甘えさせて貰うよ、今日は。…ごめんね、後片付けの方をよろしく。ほら、ぶるぅ。…帰るよ、食事に行くんだろう?」
軽く揺さぶる会長さんに「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「う~ん…」と丸まっていた背中を伸ばし、ムニャムニャと寝言を漏らしてから。
「えっ、食事? 行く、行く、今日は何処のお店?」
わーい! と歓声を上げて会長さんの腕をガシッと掴んだかと思うと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も会長さんも姿を消してしまっていました。床にはクシャクシャになった毛布が転がっています。
「…あの分なら当分、大丈夫だな」
キース君が苦笑し、シロエ君が。
「眠気よりも食い気ですよね、ぶるぅの場合は。…さてと、お皿を片付けますか」
「その前にタルトの残りがあるわよ、いつもだったら食べちゃってるでしょ?」
スウェナちゃんがお代わりし損ねていたタルトを指差し、私たちは改めて食べる所から始めることに。だって、せっかくのおやつです。明日になったら味が落ちると思いますし…。
「ぶるぅがいないと綺麗に切るのも大変だよねえ、なんかメチャクチャ」
タルトの生地が崩れちゃったよ、とジョミー君がぼやいていますが、それくらいは仕方ないでしょう。お皿に盛り付け、熱いココアをカップにたっぷりと注ぎ、キース君が音頭を取って。
「では、ブルーに頼まれた後片付けを兼ねて」
「「「いっただっきまーす!!!」」」
完熟バナナと甘く煮た栗のハーモニーが嬉しい「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手作りタルト。みんなで残さず平らげてからカップとお皿を綺麗に洗って棚に片付け、布巾の煮沸消毒を済ませ、火の元などを確認して。
「これでよし、と。あいつら、無事に気に入りの席が取れてるといいな」
「きっとバッチリだよ、ブルーだもの」
失敗するわけないってば、とジョミー君が保証し、キース君も「違いない」と笑いながら。
「先客がいてもサイオンで入れ替えそうだよな。早めのクリスマス・ディナーを楽しんで欲しいぜ」
「みんなで後片付けまでしたんだものね、美味しく食べて貰わないとさ」
値打ちが無いよ、とジョミー君。私たちはもう一度お部屋の中を指差し確認し直してから壁をすり抜け、此処を訪ねるようになってから初めて見送り無しで家へと帰ってゆきました。冬の日はもうとっぷりと暮れ、澄んだ空に星が瞬いています。会長さんたちのお気に入りのお店、そろそろ開店時間なのかな…?

次の日、授業と終礼を終えた私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へと歩く途中で会長さんたちの昨日の夕食のメニューを当てっこ。そのものズバリは難しいですから、食材の推測がメインです。
「キャビアとフォアグラは外せないよね」
ジョミー君が指を立てれば、サム君が。
「トリュフもだよな。クリスマス限定メニューなんだろ、その辺は絶対出てるって!」
「オマール海老か伊勢海老なのかが悩む所だな、俺はオマールだと思うんだが…」
「キース先輩、この時期は牡蠣も外せませんよね」
海の幸だけでも当てにくいです、とシロエ君。魚料理は魚の種類だけでも色々。かと言って肉料理の方は当たりやすいかと言えばそうでもなくて…。
「あいつとぶるぅの行きつけとなると、ジビエってこともありそうだしな」
今は鹿肉のシーズンだぜ、とキース君が例を挙げると他のみんなもイノシシだのウサギだのキジだのと…。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はどんな料理を食べたのでしょう? 食べた料理を再現するのが得意な「そるじゃぁ・ぶるぅ」ですから、近い将来に作ってくれるかもよ、と楽しみにしつつ生徒会室に着き、目印の紋章に触れて壁を通り抜けると…。
「…やあ。昨日は綺麗に後片付けしてくれてありがとう」
会長さんが一人でソファに座っていました。耳に馴染んだ「かみお~ん♪」の挨拶は聞こえず、焼き立てのパイやケーキの匂いもしていなくって、テーブルの上に小さなバスケットが一つ。
「…ぶるぅは昨日が限界だったらしい。食事から帰ってお風呂に入って、パジャマに着替えるとこまでは見てた。先に寝るね、って言っていたからテレビを見ててさ、それから寝ようと部屋に行ったら…」
「卵に戻ってしまったのか!?」
キース君が思わず怒鳴ると、会長さんは。
「そうなんだ。気を付けてやれって君に言われてたのに…。食事もペロリと平らげてたから油断していた。土鍋の中に姿が無いな、と見回してみたらパジャマが落ちてて、その中で卵になっていたんだ。慌てて呼んだけど起きなかった。…卵になってからすぐに気付いたら起こせたのに…」
テレビなんか見るんじゃなかった、と会長さんは肩を落としています。卵に化けるのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の得意技なだけに、眠りに入るための卵でも完全に眠ってしまう前なら元の姿に戻れるのだとか。そこで人間の姿のままで熟睡するまで見守ってやれば一晩は乗り切れるというわけで。
「…その繰り返しでクリスマス・イブまで引っ張るというのが、ぶるぅの予定。昨日の時点でそれは無理だと分かっていたけど、一週間くらいは持ち堪えるかとも思ってた。…なのに卵にしちゃったんだよ、ぼくが目を離したばっかりに…」
もう取り返しがつかないんだ、と落ち込んでいる会長さん。なんでも食事から帰った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は次に行く店のチョイスに燃えていて、御贔屓様にだけ届く案内状を熱心に見比べていたのだとか。会長さんは一緒に覗き込みつつ、心の中で優先順位を密かに決めて…。
「今日の内に予約を入れるつもりだったんだ。もしも卵に戻っちゃったら、キャンセルすればいいんだしね。だけど、予約云々以前の問題。…同じメニューがまた出ればいいけど…」
本当に楽しみにしてたんだから、と呟きながら会長さんが開けたバスケットの中には青い卵が入っていました。鶏の卵サイズの卵に戻った「そるじゃぁ・ぶるぅ」。敷き詰められたクッションはフィシスさんが「そるじゃぁ・ぶるぅの誕生日の度に一枚ずつプレゼントしていた手作りです。
「「「……ぶるぅ……」」」
私たちは青い卵を見詰め、あれこれと声をかけてみましたが答えは返ってきませんでした。本当に眠ってしまったのです。サイオンの使いすぎで眠りに入るのが早まっただけに、いつ孵化するかも分からなくって…。
「そうだ、クリスマスはパーティーしようぜ」
キース君の急な提案に誰もがポカンとしています。会長さんがクリスマス限定メニューを食べさせてやれなかったと悔やんでいるのに、どうしてパーティーに話が飛ぶの?
「起きないんなら起こせばいいんだ、何が何でもクリスマスにな。サイオンってヤツは人数が多けりゃそれだけパワーが出るんだろう? ブルー、あんたの思念もぶるぅに届くさ」
「え? あ、ああ…。そうだね、そうかもしれないね。元々ぶるぅは誕生日パーティーに期待してたし、それじゃイブから集まろうか。ぶるぅに悪いから普通の食事で」
少し浮上した会長さんにマツカ君が。
「クリスマス限定メニューのことなんですけど、済んでしまっても頼めばいけるんじゃないですか? 食材の仕入れの関係とかで少し高めにはなるでしょうけど…」
「あっ、そうか! 普段から色々と無理をお願いしてるんだっけ…。クリスマスメニューの再現くらい簡単だよねえ、一度はメニューに載せたんだから」
無い物を頼むんじゃないんだしね、と会長さんの顔に微笑みが戻って来ました。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は食材や料理法を指定した特注品を食べることもあるのだそうです。料理人泣かせらしいのですけど、それに比べればクリスマスメニューの再現なんかはお安い御用。
「ありがとう、マツカ。…落ち込んでるとやっぱり駄目だね、全然頭が回らないや。ぶるぅを起こすのに君たちも協力してくれるのなら、なんとか約束を守れそうかな」
クリスマスにぶるぅを叩き起こそう、と会長さんは前向きに。卵に戻った「そるじゃぁ・ぶるぅ」をバスケットごとテーブルの真ん中に据えて、みんなでお喋り開始です。卵の中にも周囲の気配が伝わることがあると聞いていますし、しんみりするより賑やかに! おやつは当分、市販品ですが…。

卵に戻った「そるじゃぁ・ぶるぅ」。手作りおやつが会長さんが買っておいてくれるケーキなどに変わり、期末試験がやって来て…。会長さんは普段通り「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーと御利益を引っ提げて1年A組に現れ、その力の持ち主の不在には誰も気付かないまま、五日間の試験が終了。
打ち上げパーティーも開催することになり、会長さんが教頭先生から費用を毟りましたが、一人で出掛けてゆきましたから「そるじゃぁ・ぶるぅ」が卵に戻ったことはバレていません。
「…あんた、いつまで隠しておくんだ?」
キース君が尋ねたのは打ち上げで出掛けた焼肉店です。会長さんは「ああ…」と傍らに置いたバスケットの蓋を撫でながら。
「試験終了までは隠し通しておかないとマズイ。ぶるぅがいないのに不思議パワーがあるというのは変だろう? サイオンという名称は出してないけど、サイオンはぶるぅの特権だからね。…敵を欺くにはまず味方から! ハーレイや長老たちといえども知られるわけにはいかないんだよ」
だから今日まで、と卵の入ったバスケットに触れる会長さん。その言葉通り、間もなくやって来た終業式でのこと。恒例の先生方からの御歳暮が発表されて、ブラウ先生が入手方法の説明を…。
「いいかい、全校生徒と教頭先生とのジャンケン勝負だ! 勝ち残った一人が所属するグループが御歳暮をゲットできるのさ。グループの人数は十人まで。まず届け出て、グループ名を書いたブレスレットを装着すること!」
今年の御歳暮は好みの先生一人の引率でマザー農場での特製ステーキ・ディナーコースの豪華版です。私たちも届け出に行ったのですけど、受付係のエラ先生が。
「あら、ぶるぅは? …ああ、風邪なのね、それじゃ名前だけ書いておくわね」
頑張って勝ってあげてね、と渡されたブレスレットには『そるじゃぁ・ぶるぅを応援する会』の文字。えっと、もう隠さなくってもいいんじゃあ? 風邪だなんて…。
『ダメダメ、一般生徒には卵の話は知られたくない。卵に化けるのは問題ないけど、卵から生まれるというのは流石にちょっと…』
あまり驚かせたくないからね、とブレスレットを嵌めようとした会長さんは。
『…やばい、サイオンの検知装置が入ってる。これじゃハーレイの手が読めないよ、人数が減って来たら壇上での勝負になるから引っ掛からない程度のサイオンで読めるんだけどさ…。これはエラたちが思い切り勘違いをしてそうだ。ぶるぅがいないのは戦略だ、って』
「「「戦略?」」」
『シッ、サイオンの存在は極秘だよ? …ぶるぅはぼくの願いから生まれただけあって、距離が離れてても微弱な思念で会話できる。検知装置に引っ掛からない程度の…ね。風邪と称して離れた場所からハーレイの手を読み、ぼくに知らせてくるのは可能』
『なるほど…。それなら確実に勝てるわけだな』
残念ながらそうではないが、とキース君がブレスレットを嵌め、私たちも次々と装着。思念での会話は不可能となり、壇上に立つ教頭先生とのジャンケン勝負も会長さんからの指示は飛んで来ず、会長さん自身も教頭先生の手が全く読めず…。
「「「あ~…」」」
負けちゃった、と全員が溜息をつく中、私たちの中で最後まで勝ち残っていたキース君が自分の席に座りました。敗者は腰を下ろす決まりで、立っているのは勝者のみです。
「すまん、頑張ってはみたんだが…。まあ、俺の場合、壇上まで勝ち残っても勝てる見込みは少ないんだがな」
申し訳ない、と謝るキース君が勝ち進んでもサイオンで教頭先生の手は読めません。会長さんが早々に敗退した時点で私たちは諦めていたんですけど、キース君が意外に強かったので、ちょっと期待を…。そうこうする内にもジャンケンは続き、御歳暮を見事ゲットしたのは三年生のグループで。

「欲しかったなぁ、ディナー券…。ぶるぅもきっと欲しかったよね」
負けてごめんね、とジョミー君がバスケットの中の卵を撫でているのは全てが終わった後のこと。私たちは
「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で会長さんが買い出しに行ったサンドイッチで昼食中です。
「仕方がないよ、ぼくたちばかりが勝つというのも申し訳ない」
たまには他の生徒にも…、と会長さんが言った所へ。
『ちょっといいかい?』
ブラウ先生の思念が届きました。お邪魔するよ、と壁をすり抜けて入って来たのはブラウ先生だけではなくて、ゼル先生に教頭先生、ヒルマン先生、エラ先生。
「そうか、やっぱり寝ちまったんだね」
いつからだい? とブラウ先生がバスケットを覗き込み、エラ先生が。
「あなたたちが負けちゃったから、これは変だと思ったの。考えてみれば今度のクリスマスで六年でしょ? 卵に戻ってしまったのかも、って」
「…ごめん。隠すつもりは無かったんだけど、普通の生徒の目があるから…。今までと違って」
本当にごめん、と謝る会長さんの肩を教頭先生がポンと叩いて。
「まあ、お前も今は一人じゃないからな。フィシスだけじゃなく、この連中まで揃っているんだ。卵が孵るまで、そう寂しくはないだろう?」
「うん。…実は期末試験の前からなんだよ、ぶるぅが卵に戻ったのはね。クリスマスには起こしてね、って頼まれてたから頑張るつもり」
心配してくれてありがとう、と頭を下げる会長さんに軽く手を振って先生方は帰ってゆきました。クリスマスまであと少し。可愛い願いを叶えるためにも「そるじゃぁ・ぶるぅ」を起こさなくっちゃ~!



 

学園祭で出す喫茶店の名前は二転三転。トリップ効果を前面に出したい会長さんの意向は変わらず、長老の先生方と同じ慎重派であるキース君とのガチンコ勝負の様相です。私たちは横からアイデアを捻り出しては二人に却下され、案を練っては蹴り飛ばされて…。
「喫茶ぶるぅでいいじゃない!」
そのまんまだし、とジョミー君がブチ切れました。
「ぶるぅの部屋を使うんだしさ、サイオニック・ドリームもぶるぅだし!」
「違うと言っているだろう! サイオニック・ドリームを使うのはぼくだ! ぶるぅは気ままに遊んでるだけ!」
もっと気の利いた意見を出したまえ、と会長さんは不満そう。でも『トリップぶるぅ』はキース君が却下でしたし、『ぶるぅトラベル』は会長さんがダサイと却下しましたし…。
「ツーリストもダメ、ツアーもダメ。他にどう言えって言うんですか…」
シロエ君が心底疲れ果てた顔で。
「旅行関係のヤツは全部ダサくてダメなんでしょう? エアラインも却下されちゃいましたし、もう世界のあちこちへ飛ぶ方法が残ってませんよ。それとも絨毯で飛べとでも?」
「絨毯…」
呟いたのは会長さんです。白い指先を顎に当てると、暫くの間、考え込んでいましたが…。
「そうだ、空飛ぶ絨毯だ! あれなら何処へでも飛んで行けるし、夢もあるよね。よし、決めた。店の名前は『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』で! これなら文句は無いだろう、キース」
「確かに怪しい感じは無いな。…店の内装が限定されてしまいそうだが」
「ダメダメ、それだとお香を焚くのが似合いのスタイルになってしまうよ。魔法のランプの世界だろう? そっちは却下。このままの部屋で喫茶店!」
トリップの件はチラシに書くのだ、と会長さんは胸を張りました。
「許可は貰っているんだよ。ぶるぅの力で好みの場所が見られます、って書くんだけどね。どんな感じで見られるのかは来店してのお楽しみ。後はクチコミで広がればいい」
「かみお~ん♪ 空飛ぶ絨毯、楽しそうだね! 絨毯でもホントに飛べちゃうけれど」
「「「わわっ!?」」」
次の瞬間、私たちはソファに座ったまま絨毯ごと床から浮き上がっていたり…。すぐにフワリと着地したものの、悪い気分ではありません。空を飛ぶ代わりに世界中へとトリップ出来る『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』の方も喜んで貰えそうですよ~!

お店の名前が決定すると、次に決めるのは営業形態。ドリンクしか出さないと会長さんが言っていただけに、紅茶にコーヒー、ジュースなんかを一人一杯にするとして…。
「入れ替え制も必須だよ」
出来るだけ多くのお客さんをお迎えしなきゃ、と会長さん。
「ドリンク一杯で十分間って所かな。出入りする時間と注文の時間、その辺を引けばトリップの時間は八分くらい? 充分だろうと思うけれども」
「八分ですか…」
長いような短いような、とシロエ君が言えば、サム君が。
「短くねえだろ、カップ麺が食えるぜ」
「なるほどな」
頷いたのはキース君です。
「湯を沸かす時間も込みなら少しキツイが、湯さえ注げば三分で…五分もあれば食い終わるし」
「いいね、それ」
会長さんが赤い瞳を輝かせて。
「好みの景色を見物しながら三分待つのも良さそうだ。スペシャル価格でカップ麺もメニューに加えよう。タイマーを一緒に置いてあげればいいんだからさ」
「でも…」
他のお客さんの迷惑になるよ、というジョミー君の指摘は尤もでした。喫茶をやるのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋です。防音設備は完璧ですけど、同じ部屋にいればタイマーの音は当然耳に届くでしょう。
「トリップの最中にタイマーはねえなぁ…」
頼んだヤツはともかくとして、とサム君が言い終えない内に。
「そこは心配要らないよ。サイオニック・ドリームは人の意識を操るんだから、隣の人が見ている世界は無関係! タイマーが鳴ろうがカップを倒して騒ぎになろうが、間に入るのはウェイターだけさ」
だから全く無問題、と会長さんは自信満々。その代わり、ウェイターの責任は大きいそうで…。
「お客様に夢を満喫して貰うためには環境ってヤツが大切になる。ドリンクが零れたら即、フォロー! テーブルを綺麗にするのは勿論、場合によっては代わりの品をお持ちしなきゃね」
「それを俺たちがやるんだな? 女子は除外で」
「決まってるじゃないか」
キース君の仏頂面にも、涼しい顔の会長さん。
「去年も一昨年も実動部隊は男子だけ! 今更女子に手伝えと? ぼくはフェミニストだから手伝わせたくないけど、どうしてもって言うのなら…。その代わり、制服を設けるからね」
「「「は?」」」
どういう意味だ、と誰もが首を捻ったのですが。
「今年はサイオニック・ドリームを売り込むんだから、奇をてらう必要は全く無い。バニーちゃんコスも坊主も余計だ。むしろ無い方がいいと考えていたし、ウェイターの衣装も学校指定の制服で…と思ってた。だけど、女の子たちまで働かせたいと言い出すんなら話は別! それ相応の制服を…」
「「「わーっ!!!」」」
要らないだとか、お断りしますとか、男子はたちまちパニックでした。なにしろ店の名前が『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』だけに、どんな制服が登場するかは予測不可能というヤツです。ランプの精な民族衣装で済めば御の字、悪く転べばハーレムパンツな女性の衣装が出たりして…。
「分かったんなら真面目にね。…最近は男のベリーダンサーもいるそうだ。そっち系の衣装を着たくなければ、キリキリ働いてくれたまえ」
健闘を祈る、と鼻先で笑う会長さんに歯向かう男子は一人もおらず、喫茶店の実動部隊も準備をするのも男子ばかりということに。スウェナちゃんと私は毎日のんびり過ごしていればいいようです。メニュー作りやチラシ作りと雑用が多いみたいですけど、学園祭まで頑張って~!

校内のあちこちにポスターが貼られ、学園祭の日が迫って来る中、ついに長老会議が後夜祭でのサイオニック・ドリームの使用許可を出したのは残り一週間というギリギリの時点。放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でそれを教えてくれた会長さんは大張り切りで。
「今日は朝から挨拶回りをしてたんだ。…ぼくが勝手にそう呼んでるだけで、挨拶された相手の方は何も気付いていないだろうけど…。こういうのは根回しが大切だからね」
「「「???」」」
「全校規模でのサイオニック・ドリームをやろうというんだよ? 喫茶と同じで楽をするには協力者! 先生方や職員さんに中継をして貰うのさ。『かみほー♪』が流れている間はサイオニック・ドリームの時間なんだ、と意識して貰えればそれで充分」
そういう意識を持っている人が多ければ多いほど楽になるのだ、というのが会長さんの説明です。その人がサイオニック・ドリームを見せる能力を持っているかどうかは問題ではなく、思念の一部が会長さんと同調すればいいのだそうで…。
「そこは君たちも同じだね。『かみほー♪』と同時にサイオニック・ドリームなんだと知っているから役に立つ。…サイオンってヤツは相乗効果があるんだよ。一人ずつでは大した力が無くても、二人揃えば二×二で四人分。三人いれば九人分さ。先生方だけでも凄い計算になるだろう?」
「…全校生徒を軽く超えるということか?」
キース君の問いに、会長さんはパチンとウインクしてみせて。
「そうなるね。ぼくが目指すのは全校生徒の仮装なんだから、その人数を余裕でカバーするだけのサイオンを持った仲間が必要。…楽勝コースの場合は、だけど」
「楽をしないならブルーだけでも出来るわけ?」
ジョミー君も興味津々ですが。
「うん。ジョミー、君にもそれだけの力は潜在的にあるんだけどねえ? いつになったら…」
「わーっ、その話は勘弁してよ! お坊さんになったんだから、無効ってことにしといてよー!」
特訓は無し、とジョミー君はたちまち大騒ぎです。会長さんと同じ力を持つタイプ・ブルーだと認定されているというのに、ジョミー君のサイオンは私たちとレベルが変わりません。今後、劇的に伸びる見込みも現時点では無いらしく…。
「あーあ、ホントにジョミーときたら…。まあ、それが平和の証拠だと思えば腹も立たない。学園祭でサイオニック・ドリームなんかをやっていられる素敵な時代で良かったよ。えっと、そろそろ数学同好会が揃う頃かな?」
挨拶回りに行ってくる、と会長さんは出掛けてゆきました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の話によると、私たちが授業に出ている間も寮などを訪ねて『かみほー♪』を合図に何をするかを知らせて回っていたのだとか。
「あのね、ジルベールも来てくれるって! 長いこと学校に行ってないけど楽しそうだ、って♪」
「「「ジルベール!?」」」
かの有名な欠席大王、1年B組の幻の特別生のジルベールまでが出て来るんですか、後夜祭! サイオンを表に出そうという会長さんの企画の反響は思った以上に大きそうです。ジルベールの名前は知っていますし、数学同好会に籍があるとも聞いていますが、一度も会ったこと無いですもんねえ…。
「それでね、ブルーが許可が出たからお祝いを兼ねて腕試しって言ってたよ!」
ちょっとだけ待ってね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。えっ、お祝いに腕試し? それって何?
「え? んーと、んーとね…。あ、ブルー! お帰りなさい!」
「あれ? どうしたのさ、みんな変な顔して…。ああ、そうか。ぶるぅが喋っちゃったんだ?」
「おい、腕試しというのは何だ!」
聞き捨てならん、とキース君が咬み付いた所で「そるじゃぁ・ぶるぅ」がキッチンの方から腕一杯にカップ麺を抱えて来ました。
「かみお~ん♪ 色々あるけど、どれにする? 味噌に醤油に豚骨に…。みんな同じのを選んでもいいよ、学園祭で使うヤツだもん!」
食べちゃった分は買い足すもんね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコ笑顔。大量のカップ麺は学園祭用で、会長さんが腕試しってことは、もしかして…。顔を見合わせる私たちに向かって、会長さんは。
「うん、喫茶メニューのスペシャル版を無料で提供! 君たちは思念波が使えるからね、ウェイターなんかは必要ない。好きな所へトリップさせるよ、砂漠のド真ん中でも南の島でも」
何処へ行く? と会長さんが差し出すメニューは『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』でお客様にお出しするために作られたモノ。紅茶やコーヒーといったドリンクの横にランク分けされた値段があります。星の数が増えてゆくほど遠くだったり、普通じゃ行けない所だったり…。五つまである星のそれぞれに選べる行き先が数種類。

「ぼく、ベースキャンプ!」
真っ先に叫んだのはジョミー君でした。世界最高峰を目指す登山家たちが拠点にすることで名高い場所です。そこの中でも山が一番綺麗に見える地点を選んだのだ、と会長さんが自慢してましたっけ…。
「俺もベースキャンプ! 観光客気分でカップ麺なんて有り得ねえしな」
食べ甲斐がある、とサム君が注文すると、会長さんは嬉しそうに。
「あっ、このメニューの値打ちを分かってくれた? 流石サムだね、ぼくの愛弟子で公認カップル! あそこじゃお湯が充分に沸かないんだよ。なにしろ標高が高すぎて…。サイオンを使うなら別だけれどさ」
ベースキャンプは標高五千二百メートルなのだそうです。沸点が低くなるためカップ麺を作っても平地のようなわけにはいかず、ぬるめのスープで味もイマイチだと聞いてしまうと…。
「なんだ、全員ベースキャンプでカップ麺? 確かに一番高い値段のメニューだけどねえ、腕の揮い甲斐が無いったら…。みんなバラバラの場所を希望というのが理想だったな」
腕試しだし、と苦笑しつつも会長さんは約束を守ってくれるようです。私たちは好みのカップ麺を選び、それぞれの席で蓋を半分だけ開けて粉末スープや具などを入れて用意して…。
「かみお~ん♪ 沸いたよ、順番だからね!」
熱いから少し避けててよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお湯を注ぎ終えると、会長さんが。
「始めるよ? タイマーが鳴ったら蓋を取るのを忘れずに。山に見惚れて食べないでいると麺がデロデロに伸びちゃうからね」
気を付けて、と声を掛けられたと思った途端にサーッと景色が広がりました。私は荒涼とした茶色い地面に置かれたソファに腰掛け、目の前のテーブルにカップ麺。一緒にいた筈のジョミー君たちの姿は見えず、代わりに真っ白な雪を頂いて天空に聳える高峰が…。
(うわぁ…。こんなの初めて見るし!)
信じられない、と怖いほどに青い紺碧の空と神々の座と呼ばれる山を食い入るように眺めていると、ジリリリリ…と鳴るタイマーの音。おっと、カップ麺が出来ちゃいましたか、もう三分も経ったんですか?
(ジョミー君たちも食べてるのかな? 同じ景色を見てるんだろうけど…。あっ、何か飛んでく)
飛行機とは違う小さな点の群れが遙か頭上を飛んでゆきます。鳥のようにも見えますけれど、こんな高い所に鳥なんて…?
『アネハヅルだよ』
頭の中に響いてきたのは会長さんの思念波の声。
『八千メートルを超える世界の屋根を越えて飛んでゆくのさ。アネハヅルが飛ぶ日は天気が崩れることはない。登山家たちの強い味方だ。…あ、この解説は特別サービス! 一般のお客さんにはつけないよ』
ぶるぅの力でやっているんじゃないとバレちゃうからね、と思念波が消え、戻る静寂。アネハヅルの群れを見送りながらカップ麺を食べ終え、世界最高峰の眺めを堪能する内にスウッと身体が引き戻されて。
「はい、おしまい。…どうだい、ベースキャンプまで旅した気分は?」
私たちは何度か瞬きした後、興奮気味に見て来た景色を語り合ったり、会長さんに御礼を言ったり。この体験はヒット商品になること間違いなしです。サイオニック・ドリームとかの仕掛け以前に、誰でも感動しますって! 行き先の方はお値段次第。喫茶『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』、間もなく開店いたしまぁ~す!

そして学園祭の日がやって来ました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋は普段は入口がありませんけど、例年どおり夜の間に私たちの仲間の業者さんが来て壁に隠されているドアが外に出るように工事してくれ、真鍮のドアノブも取り付けてくれて重厚な雰囲気を醸し出しています。
「うん、いいね。これが出来ると気が引き締まるよ」
会長さんが生徒会室側から扉を眺めているのは朝のひととき。二日間にわたる学園祭の間、終礼と朝のホームルームはありません。普段の教室はクラスとクラブ、それに有志の展示や催しに占拠されるため、出欠は定時に講堂脇で。今頃はグレイブ先生も出席簿を広げているのでしょうけど、特別生に出席義務は無く…。
「もうすぐチャイムが鳴るのかな? チラシとポスターの評判はどう?」
「上々だ」
キース君が親指を立てています。
「俺が登校してきた時点で既に話題になってたぞ。一番に行くなら『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』だ、と話している生徒が多かった」
「ぼくも聞かれたよ、整理券とか出るんですか、って。用意しといて良かったよね」
ジョミー君はクラスメイトに質問を受け、サム君は気の良さそうな顔立ちだけに男女やクラス、学年を問わず色々訊かれてきたのだそうで。
「好きな場所を見られるっていうのが気になるらしいぜ。眼鏡をかけたりするんですか、って訊いてきたヤツもいたっけなぁ…」
なるほど、眼鏡は無難な発想です。そういう仕掛けは一切無いと知れ渡ったら更に評判が上がりそう。おっと、開幕のチャイムの音が…。
「かみお~ん♪ みんな、頑張ってね!」
「よろしく頼むよ、ぼくが倒れたら店は閉めなきゃいけないんだから」
サイオニック・ドリームあっての『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』だ、と会長さんが発破をかけると男子は揃ってビシッと敬礼。
「「「頑張りまーす!」」」
「それじゃ、持ち場に。ぼくへのフォローも忘れないでよ、休憩時間には飲み物とお菓子。何にするかは気分次第さ。きめ細かい心配りを期待している」
会長さんが扉を開けて「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に入り、壁際の一角に置かれたソファにゆったり腰掛けました。隣にチョコンと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が座ります。そこがサイオニック・ドリームの発信地点で、部屋に設置されたテーブルのお客さんとの間を中継するのが男の子たち。
「おい、キッチンの方は確認したか? 俺たちで全部やるんだぞ?」
キース君の声にシロエ君がキッチンに走り、「バッチリです!」と戻って来ると、マツカ君が閉めてあった扉を開けに行って。
「いらっしゃいませ。ようこそ、ぶるぅの空飛ぶ絨毯へ」
「「「いらっしゃいませー!」」」
ゾロゾロとお客様たちが入って来ました。入口に『相席でお願いします』と注意書きが貼ってあるため、大人数のグループで来た人も心得た様子で分散します。一つの丸テーブルに五人まで。ウェイターの男子は五人ですから、定員は二十五名という勘定で…。
「お手伝いに来ました、会長!」
リオさんが扉から顔を覗かせ、整理券の配布と時間待ちのお客様への説明係を引き受けてくれるらしいです。スウェナちゃんと一緒にやるしかないと思ってましたが、リオさんだったら任せて安心。喫茶の方を見学しながら会長さんのお世話でも…。
『ありがとう、女の子はやっぱり優しいね。向こうの椅子で控え要員っぽく座っていれば楽だと思うよ』
会長さんの思念に従い、スウェナちゃんと私は隅っこにあった予備の椅子へ。喫茶店用のテーブルと椅子は業者さんが揃えてくれましたから、ジュースが零れた時などに備えて充分な数があるのです。私たちが座る間に男子は注文を取り終えたようで。
「かみお~ん♪ ぼくのお店へようこそ!」
楽しんでいってね、とソファの上に立ち上がる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「えとえと、ここの仕組みはね…。んーと、難しいことは分からないから、ブルーと交替!」
「了解。ぶるぅの空飛ぶ絨毯へようこそ」
歓迎するよ、とソファに腰掛けたままでニッコリ微笑む会長さん。
「此処での体験は早い話が化かされるって感じかな? 君たちは注文通りの景色の中へと旅をするわけさ、ぶるぅの力で意識だけが…ね。ドラッグや麻薬の類じゃないから副作用も後遺症も無い。ドリンク片手にゆったり過ごしてくれたまえ」
会長さんの言葉に満員のお客様たちはビックリ仰天。
「化かすんですか?」
「そるじゃぁ・ぶるぅにそんな力が?」
あちこちから飛ぶ声を会長さんはスッと右手を上げて制すると。
「百聞は一見にしかず、ってね。時間をロスしたくないだろう? ほら、オーダーしたドリンクが来たよ、後はぶるぅに任せておいて」
「「「???」」」
男の子たちの仕事は見事でした。無駄のない動きでドリンクを配り終えたのは全部のテーブルで殆ど同時。それはいいとして、お約束の「かみお~ん♪」は? いつ言うんですか?
『もう始まっているんだよ。ズレたらアウトだと言っただろう?』
会長さんの思念が私たち全員に届きました。
『ドリンクを受け取ったお客さんは端から夢の中へと飛ばしていった。ぶるぅの力だと印象付けてあるんだからさ、合図は特に要らないよ。終了時間が同時なだけに、先にドリンクを貰った人が少しだけ得をするのかな? 受け取ってすぐに飲まれて麻薬と間違えられたら大変だから、飲む前に飛ばす』
時間差は内緒、と会長さんの思念は笑っています。その一方で何通りものサイオニック・ドリームを操っているのですから、流石はソルジャー。別の世界に住むソルジャーには敵わないとか言ってますけど、やっぱり凄いサイオンですよ…。

喫茶『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』の最初のお客様たちは大感激で部屋を後にし、会った人たちに喋りまくって「絶対、行くべき!」と宣伝してくれ、第二弾のお客様が部屋を出る頃には行列は倍の長さになっていました。会長さんの休憩時間を入れても、その間、僅か十五分。クチコミ効果はバッチリです。
「えっと、紅茶で。オーロラ見物でお願いします」
「コーヒーと…これこれ、灼熱の砂漠ってヤツで!」
リオさんが先にメニューの解説をしてくれるお蔭で、予め決めて入ってくる人が大多数。迷っていた人もポンポンと行き先が飛び出す雰囲気に飲まれ、エイッと思い切って…。えっ、何を決断するのかって? 安いメニューで無難に行くか、お小遣いをはたいて高いメニューを頼むかですよ。こうして午前が無事に終了。
「かみお~ん♪ みんな、お疲れ様!」
「ぶるぅ、お昼はキースたちに任せておけば? パスタくらいは作ってくれるさ」
「平気、平気! ブルーと違って頭は使ってないもんね♪」
お昼はガッツリ食べなくちゃ、とキッチンに向かう「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ひょっとしてサイオニック・ドリームのお手伝いをしていたんでしょうか? 顔を見合わせる私たちに向かって、会長さんが。
「大丈夫だって言ったんだけど、お手伝いするって聞かなくて…。サイオニック・ドリームを見せ始めた後、維持するサイオンを補助してくれた。よく頑張ってくれたよ、ぶるぅは」
これで予定外の休憩をせずに済みそうだ、と会長さんは嬉しそうです。チラシには『予告無しにお休みする場合があります』の一文が入っていますが、それは会長さんが疲れた時のため。休憩時間は取ってあるものの、不測の事態も有り得るわけで…。
「お昼、出来たよ! ふわふわ卵のオムライス!」
沢山食べてね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は元気一杯。うん、この調子なら二日間の学園祭は余裕で乗り切れちゃいますよ! カップ麺を注文するお客さんが初めて出るのは今日の午後かな、それとも明日…? そんな話をした昼食が済むと、部屋の外には長蛇の列。リオさんが整理券を配っています。
「会長、凄い人気ですね。もう明日の券まで出始めてますよ」
「そうなのかい? じゃあ、明日はテーブルを六人掛けにしようかな」
ぶるぅも頑張ってくれてるし、と微笑んだ会長さんは本当に翌日、テーブルに椅子を増やしました。評判が高まる中で最初のカップ麺を注文したのはリピーターの男子。これが人気を呼び、最後に入ったお客様たちは全員もれなくカップ麺で。
「「「ありがとうございましたー!」」」
みんなでお辞儀してお見送りして、『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』は大盛況の内に閉店です。さあ、この次は後夜祭! 恒例のダンスに人気投票、それに全校規模でのサイオニック・ドリームというシャングリラ学園始まって以来の一大イベントの時間ですよ~。

「うーん、危なかった。…まさに藪蛇」
危機一髪だ、と会長さんが笑っているのは人気投票で一位に決まって特設ステージに上がる直前。女子の一位はフィシスさんですが、今年は二人とも例年ほど票が伸びなくて…。その原因は投票用の薔薇の造花を溢れるほどに籠に詰め込んだ美少年。欠席大王、ジルベールです。
「すげえ顔だよなぁ、男か女か分からねえや」
サム君がフウと溜息をつき、キース君が。
「黙って立ってるだけだからな…。男装の麗人と間違えるヤツが出るのは当然だ。ブルーへの票が流れた上に、フィシスさんの票まで流れたか…。いっそブルーが蹴落とされれば笑えたのに」
「笑えねえよ! サイオ…むぐっ!」
キース君に口を塞がれたサム君の言葉の続きは思念波で私たちに届きました。
『サイオニック・ドリームはどうなるんだよ、ステージの上で発表だろ!』
『『『そうだった…』』』
会長さんはステージに上がる必要があったのです。フィシスさんを伴い、優雅にお辞儀する会長さん。
「みんな、今年もぼくを一位に選んでくれてありがとう。御礼にプレゼントさせて貰うよ、『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』のスペシャル・バージョン! ぶるぅが全校生徒を化かす!」
「「「えぇっ!?」」」
「ぼくたちの店に来てくれた人も、来られなかった人も、存分に楽しんでくれたまえ。ぶるぅのお気に入りの曲、『かみほー♪』が流れる間は着替え放題! こんな服を着たいな、と思えばそれを着られる」
ただし他の人には見えないけれど…、と注意があっても校庭は歓声に包まれています。ステージに「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び出すと拍手喝采、そこへ『かみほー♪』が流れ始めて…。
「凄い、凄かったよ、俺、本当に勇者だったよ!」
「あ~ん、お姫様、もっとやってたかった~! また化かされたい~!」
アンコール、アンコール、と叫び始めた全校生徒に会長さんが。
「欲張っちゃダメだよ、今日の体験は心の宝物にしておいて。ぶるぅの不思議パワーがあるこの学校に来られたことを誇りにして…ね」
「かみお~ん♪ みんな友達、いつまでも友達! シャングリラ学園、バンザーイ!」
「「「シャングリラ学園、バンザーイ!!」」
全校生徒が連呼する中、沢山の花火が打ち上げられて学園祭は幕を閉じました。『かみほー♪』で化かされた思い出を胸に生徒たちが下校してゆきます。
『ありがとう、みんな。…サイオニック・ドリームは成功したよ、みんなのお蔭で』
静かに流れる会長さんの思念。
『許可してくれた長老のみんな、此処に集まってくれた人たち。みんなを中継ポイントにして全校生徒に夢を送った。ぼく一人でも出来ないことはなかったけれど、みんなの力を使いたかった』
先生方や特別生の間から上がる驚きの思念に、会長さんは力強く。
『学校の中だけとはいえ、サイオニック・ドリームは受け入れられた。行こう、サイオンが普通な未来へ。遠い未来のことであっても、誰一人として欠けることなく』
「…シャングリラ学園、万歳!」
一番最初にそう叫んだのは誰だったのか。一般生徒が消えた校庭に万歳の声が何度も響き、『かみほー♪』の合唱が始まりました。シャングリラ号の歌だけあって仲間は全員歌えるようです。私たちも歌の輪の中に入り、ソルジャーの世界から来た『かみほー♪』の歌を元気良く…。
サイオンを隠さずに使える時代へ皆で揃って行けますように。この学校がその礎になりますように…。私たちの大切な学校、シャングリラ学園、万歳!



 

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