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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

学園祭でサイオニック・ドリームを売り物にしようと計画中の会長さんと対立したのが長老会議。シャングリラ学園設立当初から教師を務め、長老と呼ばれる先生方です。サイオンの存在は公表されておらず、普通の人の前で自由自在に使うことが出来るのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」ただ一人。
そんな状態でサイオニック・ドリームを一般生徒に売るというのは如何なものか、と先生方は頑なに反対しているのでした。けれど会長さんは、お祭り騒ぎに便乗する形でサイオンを身近に感じて貰うのが将来のためだ、との考え方で…。
「どうなったんだろう、長老会議…」
ジョミー君が呟いたのは、会長さんから学園祭の話を聞かされた翌日の放課後です。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に向かう途中でした。
「おい、そういう話は後にしろ」
まだ一般の生徒がいるぞ、とキース君が窘め、シロエ君が。
「気になるっていうのは分かりますけどね。ぼくたちも部活をサボッて来ちゃいましたし」
「確かにな…。だが、結論が出ているという保証は無い」
その時は部活に行くことにする、と言いつつもキース君も気になる様子です。昨日の長老会議には会長さんが行ったのですから、進展したにせよ停滞中にせよ、何らかの話は聞けそうですが…。いつものように生徒会室に入り、壁の紋章に触れて「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に入ると。
「かみお~ん♪ ブルーが待ってるよ!」
「やあ。…みんな、長老会議の結果が気になるようだね」
どうぞ座って、と会長さんが促し、私たちはソファに腰掛けました。早速「そるじゃぁ・ぶるぅ」が運んできたのはリンゴとココナツのパウンドケーキ。サツマイモと栗のも焼いたようです。全員分の飲み物がテーブルに揃うと、会長さんは微笑みながら。
「結論から言うと、サイオニック・ドリームを売る許可は下りたよ。この部屋でカフェ形式でやる。君たちの協力も必要になるから、そのつもりでね」
おおっ、会長さんの意見が通りましたか! SD体制もソルジャーの存在も知らない先生方を説得するのは大変だったと思うのですけど、会長さんは苦労話はしようともせずに。
「せっかくのカフェだ、学園祭での一番人気をゲットしないと。君たちもしっかり頑張りたまえ」
「…許可が下りたのは目出度いことだが、また俺たちがウェイターか?」
キース君の問いに、会長さんは。
「ウェイターなんだけど、同時にサイオンの中継係。注文の品をテーブルに置く瞬間が勝負になる。…そうは言っても、君たちにサイオニック・ドリームは無理だからねえ…。サービス精神旺盛に、としか」
「「「は?」」」
「どんな名前をつけようか、って話した筈だよ、合法ハーブじゃマズイよね、って。カフェのお客さんの注文に応じてサイオニック・ドリームを見せるわけだし、タイミングとして一番いいのが品物をお出しする時なのさ。口に入れてからじゃ合法ハーブか幻覚キノコだ」
それじゃトリップと変わらないじゃないか、と苦笑してみせる会長さん。
「口にした物が原因じゃない、とハッキリ理解して貰わないとね。ぶるぅの不思議パワーのお蔭でトリップしてます、っていうのが大切」
「今、トリップと聞こえたが? トリップなのか、違うのか…。あんたは何を目指してるんだ?」
分からんぞ、と突っ込むキース君。私たちにもサッパリです。会長さんがカフェでやろうとしているサイオニック・ドリームって、どんなもの?
「分かりやすく言えば疑義体験かな。君たちは今、コーヒーや紅茶を飲んでいるけど、見えているのは部屋のインテリアとか壁とかだよね? それを、こう…。何が見える?」
「「「!!?」」」
次の瞬間、私たちはグラウンドのド真ん中に座っていました。サッカー部がまさに活動中で、部員の一人が蹴ったボールが顔面めがけて飛んで来て…。慌てて避けようとしたのですけど、あれ? ボールは? グラウンドは…?
「はい、お試し期間終了…ってね。どうだった?」
クスクスクス…と会長さんが笑っています。それじゃ今のはサイオニック・ドリームですか? グラウンドに瞬間移動をしたわけじゃなくて?
「いくらなんでも、部活の邪魔は出来ないよ。瞬間移動も時期尚早だ。一般生徒への使用許可が出たのはサイオニック・ドリームだけさ。しかも一部はまだ審議中。これは後から話すとして…。カフェの売り物は今のヤツ。その場にいるようなリアルな体験」
サッカーボールが激突するわけじゃないけれど、と会長さん。
「世界には色々な場所がある。ぼくとぶるぅが今までに見てきた人気のスポットを再現するんだ。街角のカフェでもいいし、砂漠でもいい。何通りかのメニューを決めると言っていたのがそれだよ」
「へえ…。なんだか面白そうだね」
ジョミー君が応じ、キース君も。
「それは人気が出るんじゃないか? で、俺たちが中継装置になるわけか…」
「うん。ぼく一人でも出来るんだけどね、手伝ってくれると嬉しいな。品物を置くのと同時に「このお客にこういう夢を見せてくれ」って思念を送ってくれればいい。そうすれば絶妙のタイミングでサイオニック・ドリームを始められるから」
入り込む瞬間が大切なんだよ、と会長さんは強調しています。ドラッグなどを使っているわけではない、と明らかにするため、注文の品を手にしたらすぐにトリップさせるのが重要だそうで…。トリップする先は世界に散らばる人気スポット。私たちはグラウンドでしたけれども、砂漠とかならウケそうですよね!

長老会議で問題視されたのは麻薬の類と間違えられては困るという点と、サイオニック・ドリームの存在を公けにすること。麻薬問題の方は飲食物を口にする前にトリップ開始で解決しますが、それは同時にサイオニック・ドリームという特殊能力を一般の生徒に知らせることで…。
「本当に派手に揉めたんだよねえ、これに関しては…。絶対に秘密にしておくべきだ、と言われたんだけど、下手に隠してバレてしまったら大変じゃないか。人の意識を操れるんだよ? 悪用する方法はいくらでもある。見事に化かされてしまいました、ってレベルで済んでる間に表に出すべき力だと思う」
それなら不思議体験で済む、と会長さん。
「ぶるぅの力は知られてるんだし、実は化かす力も持っていました、ってバラした所で生徒は誰も気にしない。化かされた結果が悲惨だったら苦情も出るけど、楽しい体験が出来るんだよ?」
「…肥溜めに落ちるわけじゃないしな」
そっちだったら悲惨だが、とキース君が口にしてからアッと息を飲んで。
「もしかして狸や狐が化かすというのはソレなのか? 本当はサイオニック・ドリームだったりするのか、あんたやぶるぅの力と同じで?」
「さあ…。生憎、そっち方面に知り合いは一匹もいないから」
分からないや、と会長さんは笑っています。
「でもね、サイオンが存在するのは確かだし…。似たような力を持った生き物が存在したって不思議ではない。その可能性は否定しないけど、ぼくもぶるぅも人を肥溜めのお風呂に突っ込んだことは一度も無いよ。流石のぼくもハーレイを化かして肥溜めはちょっと」
面白そうだけど後が大変、と肩を竦める会長さん。肥溜めで入浴した人に惚れられるのだけは御免だそうです。それはともかく、長老会議をクリア出来たのは「化かす」という言葉のお蔭らしく。
「化かされたっていう昔話でも、憎めないケースってあるからねえ…。サイオニック・ドリームがそっちのケースに分類して貰える雰囲気の間にバラしておこう、って結論になった。もしも普通の人間との関係がこじれてごらんよ、同じ力でもどんな受け止め方をされてしまうか…」
「「「………」」」
それは容易に想像がつく問題でした。サイオニック・ドリームは使い方次第で人を肥溜め風呂に送り込むことが可能です。いいえ、肥溜めどころか、もっと危険な所にだって誘導出来てしまうのでしょう。私たちには悪意は無い、と絶叫したって聞き入れて貰えない世界だったら、その力は恐ろしいものと看做されて…。
「ね、少し考えただけでも分かるだろう? そうなってからでは遅いんだよ。力はあるけど悪用しません、って言える時代に表に出さなきゃ。…この考えに導いてくれたブルーの存在に感謝しないとね。それと、カフェをやろうって閃きをくれたベニテングダケにも大いに感謝だ」
「…あんたの中ではベニテングダケと同じレベルなのか、あっちのブルーは?」
酷すぎないか、とキース君が顔を顰めましたが、会長さんは。
「ぼくにとっての危険度で言えば、似たようなものだと思うけど? こっちから食べに行かない限りは毒にならないベニテングダケの方がマシかもしれない。ブルーはキノコと違って自分の意思で自由自在に動けるからさ」
困るんだよ、と溜息をついている会長さん。毒キノコと同列に論じられてはソルジャーも立つ瀬が無さそうですけど、考えようによっては無言で生えているだけのキノコの方が害が無いかも…。あ、そう言えば、長老会議で審議中とかいう問題は? カフェの許可の他にまだ何か?
「ああ、後で話すと言ったっけね。…そっちもブルーと無関係ではないかもしれない。後夜祭でサイオニック・ドリームをやりたいって頼んであるんだけれども、昨日は許可が下りなかった」
「後夜祭でサイオニック・ドリームなんて今更だろうが」
キース君が指摘しましたが、会長さんは首を左右に振って。
「今までのヤツとはレベルが違う。ついでにカフェともレベルが別モノ。カフェだとお客の数に限りがあるから、遠慮がちな子とかは興味があっても入れずに終わってしまいそうだ。…それで全校生徒にもれなく体験して欲しい、と企画したけど、まだ揉めててさ…」
化かす点では同じなのに、と会長さんは残念そうです。それでも最終的には許可を得てみせる、と意気込んでいて。
「テーマソングは『かみほー♪』なんだ」
「「「は?」」」
「後夜祭のフィナーレにサイオニック・ドリームで誰もが仮装! それぞれが思い描いた衣装で全校生徒が楽しむのさ。ドレスでも良し、ゾンビも良し。ただし長時間だと夢っぽくないから、ぶるぅのお気に入りの『かみほー♪』が一曲流れる間だけ…ね」
なるほど、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の力だと主張するのですから『かみほー♪』は理屈に適っています。でも…それの何処がソルジャーと関係すると? キース君たちも口々に問い掛けましたが…。
「あの歌、どうやらブルーの世界の歌らしいんだよ」
「「「えぇっ!?」」」
今度こそ私たちは目が点でした。長老会議が揉めているのも気掛かりですけど、『かみほー♪』がソルジャーの世界の歌だという方が遙かに気になる問題です~!

サイオニック・ドリームの件で盛り上がったり悩んだり…と忙しかった今日の私たち。その上へ更に『かみほー♪』が降って来たのですから、誰もがポカンとしています。あの歌は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の十八番で何かと言えば歌っているのに、ソルジャーの世界の歌らしいなどと言われても…。
「やっぱり混乱しちゃったか…。落ち着いてもらうためにも、まず訊こう。あの歌、いつから知ってるかな? 初めて聴いたのは何歳の頃?」
会長さんの問いに私たちは首を捻りました。『かみほー♪』は今でこそお馴染みの曲になってますけど、シャングリラ学園に入学するまでは聴いた覚えがありません。遠い思い出の中でサビの部分を歌っていたのは昔のママ? それともパパ? そんな程度の曲でしか無く、テレビなどから流れたことは一度も無くて。
「親父のカラオケセットで聴かされたのは……いつ…だ…? すまん、ハッキリとした記憶が無い」
キース君が答え、シロエ君が。
「幼稚園の頃に父が歌ってましたよ。でも、最近は聞きませんね」
他のみんなも似たようなもの。会長さんは悪戯っぽい笑みを浮かべて…。
「そりゃそうだろうね、古い歌だし。ちなみに作詞作曲は、ぼく」
「嘘をつくな、嘘を!」
それだけは無い、とキース君が激しく反論。
「なんであんたの歌になる! 親父のカラオケセットと言ったぞ、もっとメジャーな曲なんだ、あれは!」
「三十年くらい昔の…ね。当時の売れっ子フォーク・デュオが歌ってリリースしている。それは認める」
でもね、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に視線を向けると。
「ぶるぅ、ぼくが『かみほー♪』を初めて歌ったのはいつだったのか、覚えてるかい? ほら、シャングリラ号で地球に帰って来てさ…」
「初めて宇宙に出た時だよね! んーと、百年くらい前? 月の向こうに見えてた地球がどんどん近付いて来て、とっても青くて綺麗な星で…。その時、ブルーが歌ったんだよ。ブリッジにいたから、ハーレイもゼルも、みんな聴いてた!」
「「「え…?」」」
「嘘なんかじゃないさ。初航海でもワープ・ドライブを試したりしたし、地球どころか太陽も見えない所まで行った。…遠い宇宙を旅した後で帰って来た地球がどんなに懐かしく思えたか…。故郷なんだ、って気がしたよ。そしたら自然に胸の奥から湧き上がって来たのがあの歌だった」
そんな馬鹿な、と言おうとして誰も言えませんでした。会長さんが嘘をつくなら分かりますけど、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が嘘をついて得をするとは思えません。じゃあ、『かみほー♪』は本当に会長さんが最初に歌って、それが世間に流出したと…?
「そういう流れになるのかな。君たちも今では歌詞をすっかり暗記してるし、ぼくが地球へ帰って来た時に思い付いた歌だと話しても信じられるだろう? なんと言ってもカミング・ホームだ。テラが地球の意味だというのもブルーに叩き込まれているしね」
会長さんの言葉どおりです。すると、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「かみお~ん♪」と挨拶するのも百年前からということですか? 『かみほー♪』が一般の世界に流れたという三十年ほど前ではなくて…?
「ううん、ぶるぅの挨拶の方は筋金入りだよ、三百年以上の歴史があるのさ。あの頃は正真正銘、生まれたての子供だっただけにルーツはサッパリ謎なんだけど、アルタミラに住んでいた頃に言い出したんだ。誰に会っても元気に「かみお~ん♪」とやるものだから、真似して挨拶してくれる大人もいてね」
懐かしそうな瞳の会長さん。
「それで自分の挨拶に似ている歌詞が入った『かみほー♪』もお気に入りになったってわけ。シャングリラ号の歌でもあるから、乗り込めばクルーが歌っているし」
「「「は?」」」
「校歌みたいなモノなんだよ。作詞作曲はぼくだと言ったろ? 初めて宇宙へ出航してさ、帰って来た時にソルジャーが作った曲となったら別格だってば。…朝礼で必ず歌うんだけれど、知らなかった?」
「「「…朝礼…」」」
シャングリラ号には何度もお世話になっていますが、朝礼というのは初耳です。所詮はゲストだったのか、と残念なような、ゲストの方が気楽なような…。
「まあ、朝のお勤めでも文句を言ってるジョミーなんかに朝礼ってヤツは向かないね。とにかく、あれはシャングリラ号の歌だった。それが何処からどうなったのか…。いきなりテレビから流れて来た時は腰が抜けるほどビックリしたよ。原因は多分、ぶるぅじゃないかと思うんだけどさ」
お気に入りの歌を歌っている内に思念波に乗せてしまったのだろう、と会長さんは肩を竦めて見せました。御機嫌な「そるじゃぁ・ぶるぅ」の歌が広大な範囲に波紋のように拡がってゆき、それを意識の下で拾い上げたのが『かみほー♪』をリリースした人たちなのだ、と。
「なるほどな…。それで親父のカラオケセットにあんたの歌が入ってしまったのか。だが、その話だと、あいつの出番が無いようだが?」
どうなんだ、と尋ねるキース君に会長さんは。
「ブルーかい? 君たちには何度も話した筈だよ、シャングリラ号の設計図をくれたのはブルーだろう、って。ブルー自身は全く意識していないけれど、間違いないと思ってる。『かみほー♪』の方も同じなんだよ。あの歌はブルーの世界に遙か昔から伝わってる歌」
「かみお~ん♪ あっちのぶるぅも歌ってるでしょ? 地球へ帰ろう、って歌なんだって!」
地球が一番の世界だもんね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。言われてみればソルジャーの世界では地球は聖地なのでした。私たちの世界よりも遙かに『かみほー♪』が相応しい世界なわけで…。
「分かったかい? ぼくはシャングリラ号の設計図とは別に『かみほー♪』もブルーから貰ったらしい。ブルー本人は教えた覚えもくれた覚えも無いそうだけどね」
だけど確かに貰ったんだ、と会長さんは微笑みました。シャングリラ号の設計図ばかりか『かみほー♪』までがソルジャーの世界から来ていたなんて…。SD体制の下で苦労しているソルジャーに少しばかりはお返ししないといけないのかもしれません。キース君に桜の数珠でお祈りして貰うのが一番いいかな?

サイオニック・ドリームを学園祭で売り物にするのと、長老会議と、『かみほー♪』のルーツ。知恵熱が出そうな気分で下校していった私たちですが、会長さんの方は長老会議に出たようです。しかし翌日も後夜祭でのサイオニック・ドリームの使用許可は下りてはおらず、それでも会長さんは前向きで。
「少しずつだけどね、ハーレイの眉間の皺がマシになって来てるし、ゼルも瞬間湯沸かし器だった頃を思えば穏やかなものさ。…大丈夫、学園祭までには許可が下りると思ってる。そっちの方は任せといてよ」
「そもそも頼んでいないんだが?」
俺たちは蚊帳の外なんだぞ、とキース君がぼやきましたが、会長さんは意にも介さずに。
「そうだったっけ? それよりもカフェのメニューが問題なんだ。何がいいかな?」
「…去年のは…。そうか、坊主カフェでは参考にならんな」
あれはお茶席で抹茶だった、とキース君が呻けば、シロエ君が。
「最初の年は喫茶でしたよ? ケーキセットのスペシャル価格で会長を貸し切れましたけど」
「「「あー…」」」
そういうのもあった、と頭を抱える私たち。あの年はバニーちゃん喫茶で、男子は全員バニーちゃんコス。会長さんだけがタキシードを着てウサギ耳をつけ、スペシャルセットを注文して自分を貸し切りにしたお客の相手をするというホストまがいのアヤシイ行為を…。
「でもさ、メニューは普通だったよ? あれを参考にすればいいんじゃない?」
サンドイッチとかも人気だったし、とジョミー君。バニーちゃん喫茶はウェイターの男子こそイロモノでしたが、喫茶店としては特に問題は無く、スペシャルセットも価格を除けば単なるケーキと飲み物のセット。お客さんにも好評でしたから、あの時と似たようなメニューにすれば…。
「そういう意味のメニューじゃなくてさ」
会長さんが遮りました。
「お客さんに見せる夢の方だよ、どんなのを用意しようかなぁ…って。喫茶店で出す方のメニューは今度はドリンクだけなんだ。でないと扱いが大変になる」
「なんで?」
ジョミー君の疑問に、会長さんは。
「サイオニック・ドリームを売るという意味が分かっているのかい? 夢を売るには見せなきゃならない。お客さんが夢を見ている時間を揃えておかなきゃ大変なんだよ、サイオンを操る売り手の方が…ね。実質、ぼくが一人でやるんだからさ」
せめて時間は統一したい、というのが会長さんの譲れないポイントだそうです。トリップさせる先は何種類かに分かれていてもいいのですけど、サイオニック・ドリームを始める時間と終わらせる時間は部屋に入っているお客さん全員が同じでないとキツイらしくて…。
「本当はね、ソルジャーたる者、お客さんが部屋一杯に溢れていたって別々の夢をいろんな長さで見せられないと意味が無い。そして出来ないわけじゃないけど、学園祭のイベントだよ? 楽をしたっていいじゃないか。だから時間はキッチリ揃える! そのためにメニューはドリンク一本」
「「「一本?」」」
それは味わいが無さ過ぎないか、と私たちが異議を唱えると、会長さんはクッと笑って。
「額面通りに受け取ったのかい? ペットボトルだの缶ジュースだのって味気ないのはやらないよ。一本というのは一筋の意味。ドリンクだけしか出しません、ってこと。紅茶にコーヒー、ココアとか…かな」
「なぁんだ、ホントに缶とかボトルだと思っちゃったよ」
勘違いしちゃった、とジョミー君が頭をかけばキース君たちも。
「やりかねないしな、あんたなら。でもって値段が暴利なんだぜ」
「会長ですしね、それは大いにありそうですよ。缶ジュースとかが高くなるのって山の上とか観光地とか…。あっ、本当にそうでしたっけ…」
サイオニック・ドリームで観光地までお出掛けですよね、と笑うシロエ君の言葉に会長さんがポンと手を打って。
「なるほど、観光地価格ってヤツか…。それはいいかもしれないね。同じ紅茶でもトリップする先によって値段を変えれば価値が出そうだ。遠くへ行くにはより高く…、と」
あちゃ~…。シロエ君が口を押さえた時には既に手遅れ。会長さんは素晴らしいアイデアをメモに書き付けています。サイオニック・ドリーム喫茶の値段は良心的とは言い難いモノになってしまうかもしれません。トリップする先は外国旅行の行き先と同じで安い近場が一番人気になるのかな?

「ところで、店の名前だけれど…。何にするのがいいんだろう?」
会長さんが私たちを見回したのはシロエ君の発案を巡ってひとしきり騒ぎになった後。観光地価格設定は決定となり、細かい所はメニューを決めてから検討するということですが…。
「喫茶ぶるぅでいいんじゃないのか?」
シンプルだが、とキース君。
「あんたが何度も言っていたようにサイオニック・ドリームの名は出せないんだろう? だからと言ってトリップ出来ると一発で分かる名前というのは…。先生方から苦情が出るぞ」
「やっぱり文句を言われそうだよね…。長老会議で最初にやんわり断られた時がソレだったしさ。学園祭で合法ハーブの店を出す気か、と」
ぼくとしては幟を出したい気分だけれど、と会長さんは残念そうです。合法ハーブは流行りのトリップが売りのハーブで、お店で売られる時には『お香』。吸引目的の使用は禁止と書いておきながら、お店では吸引用の道具を扱っているのだとか。会長さんはそのノリでやってみたかったらしく…。
「トリップするのは間違いないんだ。合法ハーブどころか吸引用の道具が無くても飛べちゃいます、って大いに宣伝したかったのに…。コッソリお香を焚いてるだろう、と通報されたらどうするんだ、って叱られちゃった」
「当然だろうが! そうでなくてもスレスレだという気がしてきたぞ。…お香を焚くなんて言われるとな」
そっちの方もキッチリ固めておかないと…、とキース君は大真面目な顔。
「ぶるぅの力に間違いないと印象づけるためにも喫茶ぶるぅだ。ぶるぅのお部屋とか、そっち系にしろ」
「君までゼルたちの肩を持つのか…。そりゃね、慎重にやるべきだって分かっちゃいるけど、お祭りなのに…」
遊び心を入れたかったよ、と嘆く会長さんが何処まで本気か、私たちには分かりません。ソルジャーとしての決断でサイオニック・ドリームを表に出すと長老会議に計ったかと思えば、お祭り気分で合法ハーブ。でも、それでこそ会長さんだという気もします。ソルジャーの肩書きに相応しく長老の先生方より厳格だったら、私たち、此処にはいませんよね…?



 

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中間試験が終わると待っているのは収穫祭。行き先はマザー農場です。その年の作物の出来によって時期が変わりますから試験前の年もありましたけど、今年は試験の翌週でした。つまりキース君の副住職就任を内輪で祝った数日後ですが、それに先立つイベントが全校揃っての薪拾いというヤツで。
「うーん、今年もけっこうハード…」
なんでこういうイベントが、とジョミー君が文句を言っているのは昼食タイム。私たちは郊外の山の頂上に開けたスペースでサンドイッチを頬張っていました。体力優先だけに洒落た中身ではなく、カツサンドやコロッケサンドです。それぞれの脇には丈夫な布製の大きなトートバッグが置かれていて…。
「仕方ないだろう、収穫祭前のお約束だし」
諦めたまえ、と会長さん。マザー農場で暖房用に使う薪を拾い集めるのが毎年の行事で、ノルマはトートバッグに一杯分の薪ですから一苦労。山の管理をしている人たちがサイズに切り揃えた薪を置いてくれていますが、真面目にそれを拾った場合の重さは半端じゃありません。
「裏技だって教えてあげた筈だよ、下の方には枝つきの枯れ木を詰め込んでおいてスペース稼ぎ! その上に薪を入れるんだ、ってね」
「でもさぁ…。ブルー、毎年それを女子に教えているじゃない! でもって男子にはレディーファーストとか言って牽制するしさ」
枝つきのなんか拾えないよ、というジョミー君の嘆きは事実でした。枝つきの枯れ木は女子専用と看做され、男子が拾う現場を目撃されれば男女を問わずブーイングは必至。それでも男か、と詰られるのです。結果的に男子は漏れなく太い薪を集める羽目に…。
「そういうものかな? ぶるぅは軽い枝しか拾っていないし、ぼくも枝つきのを拾ったけれど?」
ほらね、と二人分の袋を示した会長さんに、キース君が。
「ぶるぅは軽くて当然だろうが! 子供なんだし参加しているだけで表彰モノだ。でもって、あんたはサイオンでズルが効くからな…。ちゃっちゃとノルマを果たしやがって!」
「袋一杯が条件だしねえ。それに重労働は向いてないんだよ、虚弱体質だって知ってるだろう?」
「…もういい、あんたには一生勝てん」
真面目に薪を拾ってくる、とキース君は腰を上げました。薪は充分に置いてあるのですが、拾いやすい場所では奪い合いです。出遅れてしまうと山の頂上まで行く羽目になり、キース君たちは毎年このパターン。普通の1年生だった時には気にせず拾っていましたけれど、特別生になった後は遠慮が先に立つらしく…。
「おい、お前たちもサボッていないで早く拾えよ」
あと一時間ほどで終了だぞ、とキース君が声をかけ、ジョミー君たちも袋を提げて林の中へと入ってゆきます。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、スウェナちゃんと私は既にノルマを達成済みですから、のんびり座って熱いお茶を楽しんでいたのですが。
「うわっ!?」
ジョミー君の叫び声と共にザザーッと何かが滑り落ちる音。
「どうした、蛇か!?」
「ジョミー先輩、大丈夫ですか!?」
キース君たちが駆け寄ってゆくのが分かります。任せて安心、と放置したままティータイムを続け、制限時間終了と共に下の広場まで降りて行ってみれば…。

「おやおや…。派手に滑ったようだね」
泥だらけだよ、と会長さんがジョミー君のジャージを呆れ顔で眺め、ジョミー君が。
「仕方ないだろ、踏んじゃったんだし! なんで隠れているのさ、キノコが!」
キノコは自分の意思で逃げ隠れしたりしないだろう、と思いましたが、ジョミー君は至って真剣。なんでも落ち葉の下にあったキノコに気付かず、踏んだはずみに足を滑らせて数メートル滑り落ちたのだそうで…。
「靴にくっついてたキノコを見たらさ、真っ赤だし! 派手な色なら堂々と表に出ればいいだろ!」
「それは無理だと思うけどねえ…」
好きで隠れているんじゃないよ、と会長さんが宥めにかかってもジョミー君は不機嫌です。派手なキノコは表に出てきて存在をアピールすべきだと言うのですけど、同じアピールなら松茸の方が…。
「だよね、松茸に自己主張して欲しいかもね。せっかく独特の匂いなのに」
分からないのが不思議だよ、と会長さん。松茸の香りは強い筈なのに、堂々と顔を出しているものでも匂いは漂ってこないそうです。実地で確かめてみたいですけど、薪拾いで入る山には松茸はありませんでした。松茸が出る山はキノコ狩りのシーズン中には持ち主以外立ち入り禁止で、入ると罰金間違いなし。
「どうせなら松茸を踏みたかったなぁ…。それなら我慢できたのに…」
怪我の功名、というジョミー君のぼやきに、会長さんが。
「食べられるキノコはそう簡単には生えていないよ。素人がキノコ狩りに出掛けて食中毒ってニュースは多いだろう? まあ、世の中には食用キノコでも物凄いヤツがあるんだけどさ」
「え、どんなの?」
思い切りド派手な見た目とか、と尋ねるジョミー君に私たちも興味津々。三百年以上も生きてきている会長さんだけに、この話は期待できそうです。会長さんはクスッと笑って…。
「いやもう、普通には絶対食べられないってキノコだよ。そのまま食べると柔らかめの木に齧りつくような感じだと聞くね。…木の幹に生えてて、見た目はサルノコシカケを無数に重ねたような形で」
ふむふむ。食感はともかく、形の方はまだキノコだと思えます。それをどうすると?
「雪深い山の中にある木の高い所に生えるから、雪が積もると雪の重みで落ちてくる。それを拾ってお湯で茹でてさ、塩漬けにして待つこと半年」
「「「半年…」」」
「そこで数日間の塩抜きをして、気の早い人は料理する。そうでない人は味噌に漬け込んで半年待ってから食べるってわけ」
「ちょ、一年!? キノコなのに?」
嘘だろう、とジョミー君が突っ込みましたが、会長さんはサラッと流して。
「本当だってば。嘘だと思うなら調べてみれば? 正式名称、エゾハリタケ。通称、ぬけおち」
会長さんが言い終えた所でマツカ君がスマートフォンを取り出し、素早く検索。そこには確かに『エゾハリタケ』と書かれたキノコと調理についてのポイントが…。
「おいおい、マジかよ…」
「世の中、まだまだ広いですよね…」
もっと勉強しなくては、とサム君とマツカ君が言い交わしています。たかがキノコを食べるまでに一年。キノコでこれなら、サイオンについてはヒヨコレベルの私たちが成長するのに何年かかって、お坊さんの卵のサム君とジョミー君が一人前になるまでに何年かかるか、気が遠くなってきましたよ…。

薪拾いで集めた薪がマザー農場に送られた翌日は収穫祭! みんな揃ってバスに乗り込み、マザー農場へと出発です。サイオンを持った仲間たちだけで運営されている農場ですけど、宿泊可能な観光農場も兼ねているのでバーベキューなどのお楽しみスポットが色々と。去年まではジョミー君が渋っていましたが…。
「かみお~ん♪ 宿泊棟で特製ソフトクリームが食べられるって!」
搾りたてミルクのソフトクリーム、と聞けば「行かねば!」と思ってしまいます。とはいえ、宿泊棟にはジョミー君の心の傷がてんこ盛り。仏門入りの切っ掛けになってしまった上棟式の人形、テラズ様があるのは宿泊棟の屋根裏ですし、そのテラズ様の御縁だとか言って強引に出家させられましたし…。
「えっと、ジョミーはどうするんだい?」
あそこはパスかな、と会長さんが尋ねてみれば、ジョミー君は。
「行くよ、もちろん! 特製ソフトクリームだもんね、食べなきゃ絶対後悔するって!」
「「「えっ?」」」
テラズ様は、と全員の声が重なったのに。
「テラズ様くらい平気だってば、害は無いしね。拝んでおけばいいんでしょ?」
「ど、どうした、ジョミー…」
キース君が珍しく顔色を変えて。
「悪い物でも食ったのか? まさかと思うが、ブルーが言ってたエゾハリタケでも買ったのか?」
通販をやっている人があるんだよな、と話すキース君。なんでも家に帰って更に調べたら、通販のサイトがあったのだそうで…。
「食べていないよ、そんなもの。気楽に行こうって思っただけさ。お坊さんのプロは色々大変みたいだけれど、プロにならなきゃいい話だし」
食べなきゃ損々、とジョミー君は鼻歌混じりだったりします。どうなったのかと思いましたが、宿泊棟へ向かう道での話によると、キース君が副住職に就任したのが開き直りの切っ掛けだとか。
「あれで悟りが開けたんだよ。うっかりプロになってしまったら重荷がズッシリきちゃうんだよね。でもさぁ、それまでのキースって普通だったし、ソルジャー……いけない、えっと…。とにかく頼まれ事とか、されちゃうことも無かったし!」
だから新米のお坊さんライフを満喫するのだ、とジョミー君は明るい笑顔。不出来な弟子と呼ばれる間は普通の人生を送れそうだ、と判断を下したみたいです。ただし、朝のお勤めと剃髪はパス。不出来な以上、その辺は出来なくて当然だなんて言われても…。
「…要するに形だけ仏弟子なんだね?」
確認するけど、と念を押した会長さんに、ジョミー君は。
「形だと髪の毛まで入っちゃうから名前だけ! だから徐未って呼んでもいいよ」
お好きにどうぞ、と答えるジョミー君の頭にあるのは、ソルジャーに大量の頼まれ事を押し付けられてしまったキース君に違いありません。極楽往生を頼むだけでなく、極楽で御世話になる蓮の花の場所やら色やら、あれこれ注文してましたから…。
「名前だけ、ね。徐未でもジョミーでも変わり映えしないし、ジョミーにしとくよ」
百年後くらいにはプロのお坊さんになって欲しいんだけど、と会長さんが深い溜息をついています。けれどジョミー君には馬耳東風で。
「えっと、特製ソフトクリーム…っと。入る前にお念仏だよね、南無阿弥陀仏」
お邪魔しまぁーす、と宿泊棟の扉を開けて突入していくジョミー君。お念仏は唱えてましたが、ちゃんと合掌してましたっけ? 首を捻った私たちの隣で会長さんが。
「仏弟子失格。お念仏にはまず合掌! でもって基本は十回だよ。一回で済ますコースの場合は五体投地が必須だしさ」
何年かかれば仕込めるのやら…、と会長さんが呟く声はジョミー君には届いていませんでした。宿泊棟の職員さんとは顔馴染みですから早速ソフトクリームを貰って御機嫌でペロペロやっています。
「…あいつが坊主にされてしまったのは此処だったんだがな…」
俺の道場入りの壮行会で、とキース君がぼやけば、シロエ君が。
「出家させられた場所は管理棟ですけど、喉元過ぎればなんとやら…ってヤツですか?」
「なんで俺だけババを引くんだ…。さっさと修行を済ませてくれれば、あいつにも余計なオマケがだな…」
「先輩、その先はヤバイですってば」
あの名前は此処では出せませんよ、とシロエ君が小声で囁き、ソルジャーに纏わる話は無かったことに。ジョミー君も開き直りの境地ですから、今は私たちも収穫祭を楽しむべきです。
「かみお~ん♪ 特製ソフトクリーム、ぼくにもちょうだい!」
搾りたてミルクのソフトクリーム、と飛び跳ねてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」に続いて私たちも目指す品物をゲットしました。ジョミー君は立ったままで食べていましたが、会長さんがスタスタと一番奥の席に腰掛け、手招きします。そこには『予約席』と書かれた札が…。
「こっち、こっち。どうせならゆっくり食べなくっちゃね、他にも色々あるみたいだよ」
焼き立てアップルパイにスイートポテト、とメニューを読み上げる会長さん。農場ですから食材は全て自前です。よーし、お坊さんの話もソルジャーのことも、スッパリ忘れて食べまくろうっと!

マザー農場のお昼といえばジンギスカン。食堂に溢れ返っていた生徒たちはお昼時になると次々に席を立ち、ジンギスカンをやる広場へ向かってゆきました。私たちもそろそろ行かないと…、と思ったのですが。
「ジンギスカンもいいけど、ステーキもいいよ?」
会長さんがニッコリ微笑んでいます。
「キースの壮行会で美味しいのを食べさせて貰っただろう? あれを食べて行きませんか、って農場長さんから言われてるんだ」
「えっ、ホント!?」
ジョミー君の瞳が輝き、私たちもドキドキです。マザー農場のステーキ肉は宇宙空間でも味の落ちない飼育方法を地球で実践しているだけに、舌がとろけるような絶品。それを食べさせて貰えるなんて本当でしょうか?
「本当だよ。キースの副住職の就任祝いに御馳走するって。…他の生徒がいない間に、コッソリと…ね」
「「「食べる!!!」」」
ジンギスカンより断然そっち、と私たちは食堂に居座ることに。カレーやサンドイッチなどの昼食メニューも揃ってますから、収穫祭のベテランとも言える特別生がジンギスカンに姿を見せなくっても不審がる人はいませんし…。
「じゃあ、決まり。一般の生徒が戻らない内に食べちゃおう」
会長さんが食堂の人に合図をすると熱々のコンソメスープが運ばれてきて、お肉の焼き加減を尋ねられて。やがてジュウジュウと音を立てるステーキが鉄板を嵌め込んだ素朴な木製のプレートの上に…。
「「「いっただっきまーす!」」」
ナイフとフォークで切り分けながら次々と口に運ぶ間も楽しくお喋りしていたのですが。
「今年の学園祭のことなんだけどね」
切り出したのは会長さんです。
「週明けくらいにグレイブが例年どおり投票をすると思うんだ。クラス展示か演劇にするか、って恒例のアレさ。…君たちは投票に参加しないで独立にしといてくれるかな?」
「ぶるぅの部屋か?」
キース君が切り返しました。
「それとも舞台でファッションショーとか、ロクでもない催し物をやろうと企んでるのか、そこをハッキリしておいてくれ。…でないと俺たちも困るんだ」
「あ、そうか!」
同意したのはジョミー君。
「変な催しをやらされるよりクラス展示の方がいいよね。今まで素直にやってきたけど、1年A組の生徒なんだし、そっちに行っても良かったんだ…」
「そうだろう? 俺がサイオン・バーストを起こした年は巻き込んでしまって悪いことをしたが、冷静に考えてみれば去年は何も坊主カフェまで付き合う必要は無かったわけで…。今年は内容次第だな。俺たちにも選択の自由はある」
何をする気だ、と畳み掛けるキース君に、会長さんはペロリと舌を出して。
「バレちゃったか…。確かに去年は坊主カフェをやらなきゃならない理由は全く何処にも無かったねえ。ぶるぅの部屋を見たがる生徒が多数だった、というだけで。…それは今年も同じなんだけど、今年は嫌でも付き合ってもらう」
「「「え?」」」
「ちょっと考えがあるんだよ。…ただし、実現可能かどうかは不明。これからハーレイたちと話し合いをして、結果次第という所かな。長老会議は時間がかかるし、結論が出るのを待っていたんじゃ投票までに間に合わない」
だから独立にしておいて、と会長さんの表情は真剣なものに。長老会議は教頭先生にゼル先生、エラ先生、ブラウ先生、ヒルマン先生という『長老』の称号を持った先生方だけの会議です。これが招集される時には、サイオンやサイオンを持った仲間について色々と議論が交わされるわけで…。
「長老会議? 何を企んでいるんだ、あんたは」
キース君の問いに、会長さんは「まだ秘密」と答え、熱いステーキを頬張って。
「一つだけ言えるのは、ぶるぅの部屋を使うって事かな。ぼくの提案が通らなかったら、別のネタを捻り出さなきゃダメだけど……今年も公開するつもり。君たちの手伝いが必要だからね、学園祭の投票は独立で」
頼んだよ、と言われてしまうと拒否する度胸があるわけもなく、ましてや長老会議となると…。もしかしてステーキの昼食は釣り餌だったりするのでしょうか? キース君も同じ考えに至ったらしく。
「おい、このステーキはバイト料か? 俺の祝いというのは嘘で」
「違うよ、これは純粋にお祝いをしてくれてるんだよ。証拠にデザートに特製ケーキが出て来るさ」
会長さんの言葉は嘘ではなくて、ステーキの後はシーザーサラダで、それから木の実たっぷりの豪華なホールケーキが。真ん中に『おめでとうございます』と書かれたプレートが乗っかっています。農場長さんたちも食堂に現れ、キース君に祝辞を述べて。
「副住職就任、おめでとうございます。責任のある立ち場は大変でしょうが、頑張って務めて下さいね」
私たちも応援してますよ、と食堂は一転、キース君の副住職就任の祝賀会場に。みんなでケーキを食べて暫し談笑。農場長さんたちが引っ込む頃にはジンギスカンを終えた生徒の第一陣がやって来たため、学園祭の話題は立ち消えになってしまいました。それからは話すチャンスも無くて…。
「いいかい、投票は独立だよ。『そるじゃぁ・ぶるぅを応援する会』は今年も活動するんだからね」
拒否権は無し、と会長さんが念を押すだけで、それ以上のことは分からないままマザー農場とのお別れの時間。えっ、思念波で話せば良かっただろう、って? 会長さんに喋る気が無いんですから、綺麗サッパリ無視されましたよ…。

採れたての果物や野菜をお土産に貰ってシャングリラ学園に戻ってからも、会長さんは何も教えてくれませんでした。長老会議がいつ行われるのか、それも内緒にする気のようです。私たちはあれこれ考えを巡らせたものの、全く事情が掴めない内に学園祭についてのホームルームが…。
「さて、諸君」
グレイブ先生が眼鏡を押し上げ、お決まりの演説が始まります。学園祭には節度のある出し物が相応しい、というアレですね。
「クラス展示か演劇か。…演劇はバカ騒ぎに陥りがちなので私は嫌いだ。社会問題などに取り組むのなら演劇もいいが、それでは諸君が嫌だろう。クラス展示もお遊びではなく、見学者の心に訴えかけるような深い内容が望ましい。お化け屋敷の類は論外だ」
「「「えーっ…」」」
「不満のある者は私のクラスにいる必要は無い。テストで楽をしているのだから、学園祭は真面目にやりたまえ。…まずは展示か演劇にするかを投票で決める。で、そこの特別生は今年も別行動をするのかね?」
「はい」
キース君が代表で答えました。
「活動内容は検討中ですが、クラスとは別に動きます。届けはブルーが出す予定です」
「よろしい。では、君たちは投票に加わらないように」
こうして投票が始まり、グレイブ先生の希望通りに1年A組は今年もクラス展示に決定。終礼が済むと私たちはクラスメイトに取り囲まれて別行動の意味を問われましたが、答えられるほどの情報は無く。
「すまん、決定権はブルーにあるんでな」
俺たちにも詳細は分からないんだ、とキース君が頭を下げて、私たちも「ごめんね」「すみません」と口々に謝り、逃亡あるのみ。目指すは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋です。いくらなんでも、そろそろ話を聞かせてくれてもいいんじゃないかと…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい! 今日はリンゴのコンポートだよ」
赤ワイン仕立てでバニラアイス添え、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。リンゴはマザー農場で貰ったもので、アップルパイも焼かれています。紅茶やコーヒーなどの飲み物が揃うと、キース君が会長さんに。
「お望みどおり、クラス投票の方は蹴ってきてやったぜ。俺たちに何を手伝わせる気だ? いい加減、教えてくれてもいいだろう?」
「うーん…。まだ結論は出ていないんだけどな、長老会議の」
思った以上に時間がかかる、と会長さん。
「ハーレイたちが慎重になるのも分からないではないけれど…。少しずつオープンにしていくっていうのも大切だろうと思うんだ」
「なんのことだかサッパリなんだが…」
「学園祭の話に決まってるだろう? ぶるぅの部屋を公開するのは定番の行事になってきたけど、サイオンを使うとなると別だからね。…そこで揉めてる」
「「「サイオン?」」」
私たちは首を傾げました。学園祭でサイオンが使われたことは何度もあります。ファッションショーでマジックと称して着替えをしたり、サイオニック・ドリームで坊主頭に見せかけて坊主カフェとか…。いちいち長老会議に計っていたとも思えませんけど、それが問題になったんですか?
「違うよ、今度はサイオン自体が売りなんだ。正確に言えばサイオニック・ドリームを売るというべきか…。薪拾いでジョミーがキノコを踏んでいたよね? あれで閃いたんだけど」
「…キノコ?」
ジョミー君が間抜けな声を上げ、私たちの脳裏に蘇ったのは泥だらけのジャージ。落ち葉に隠れたキノコを踏んで滑り落ちたとかで散々文句を言ってましたが、あの件と、どう繋がると…?
「ジョミーが踏んだのはベニテングダケ。…覚えてないかな、君たちが普通の一年生だった時の薪拾いを。ぼくが毒キノコを集めていただろ、あの赤いキノコがベニテングダケだ」
「「「あ…」」」
それはすっかり忘れてしまっていた事件。会長さんがジョミー君たち男子を動員して集めたベニテングダケを使って怪しげなパイを作ったのでした。食べると思いのままの夢が見られるというミートパイ。教頭先生にプレゼントして食べさせ、眠り込んだ所で私たちと意識をシンクロさせてくれちゃって…。
「思い出したぞ、幻覚キノコだ!」
キース君が眉を吊り上げています。
「あの時は世話になったな、教頭先生も俺たちも。…あれを売り物にしようと言うのか? ベニテングダケのパイで思い通りの夢ってか?」
「…サイオニック・ドリームを売ると言っただろう? 流石にそうとは言えないからねえ、どんな名前がいいのかなぁ? 合法ハーブじゃ学園祭では流石にマズイし…」
その前に許可が要るんだけどね、と会長さん。まさか本気でサイオニック・ドリームを売り物に? 今までみたいなヤツではなくて、個人のお客を対象に…?
「そういうこと。でも、オーダーメイドのサイオニック・ドリームは手掛けないよ。何通りかのパターンを決めて、その範囲内で対応する」
「「「???」」」
「メニューを先に決めておくんだ。それ以外は対応いたしません、って感じかな。もちろん、ぶるぅの不思議パワーを使っているってことにするけど、長老は頭が固くていけない。サイオンは自然に融け込んでいくのが理想なんだよ、みんなの中に…ね」
それで学園祭なのだ、と会長さんは大真面目でした。
「学校を挙げてのお祭りだろう? シャングリラ学園が普通じゃないのは既に知られていることだしさ、在校生にサイオンってヤツを身近に感じてもらいたい。不思議で楽しい力なんだ、って」
そういうことを積み重ねていけばサイオンの存在が明るみに出ても恐れられたりしないだろう、と語る会長さんが危惧しているのはソルジャーが住む世界なのでしょう。サイオンを持つだけで排斥されて抹殺されるSD体制。そういう世界にならないように、と考えるのも会長さんの役目だろうとは思いますけど…。
「あんたの場合は本気か遊びか分からんからな…」
キース君が溜息をつけば、会長さんが。
「そこなんだよね、長老会議が揉める理由は。ぼくは至って本気なのにさ…。ブルーと出会っていなかったなら、まだまだ隠そうとしただろうけど…」
日頃の行いが悪すぎたかな、と会長さんは苦笑しています。長老会議は今日もあるらしく、会長さんも呼ばれているそうで。学園祭でサイオニック・ドリームを売れるのかどうか、私たちも大いに気になります~!



 

 今年も心浮き立つクリスマス・シーズンがやって来た。華やかなイルミネーションに彩られた
アタラクシアの街には敵わないながらも、ミュウたちの船、シャングリラの船内も美しく飾り
付けられる。居住区の扉などにはクリスマス・リース、公園にはお馴染みの見上げるような
クリスマス・ツリーだ。


「えーっと…。今年は失敗しないんだもんね」
 今度こそきっと大丈夫、とツリーを眺めて呟いている子供が一人。ミュウの長、ソルジャー・
ブルーとお揃いの服を着込んだ「そるじゃぁ・ぶるぅ」、シャングリラ中のクルーを悩ます
大食漢の悪戯小僧である。
「サンタさんは会ってくれないけれど、お願いは聞いてくれるよね、うん」
 神様みたいに凄いんだもん、と独り言を続ける「そるじゃぁ・ぶるぅ」は一昨年のクリスマスに
サンタクロースに願い事を叶えてもらった。だから今年も、と欲張りすぎたのが去年のこと。
サンタクロースに直接会って願いを聞いて欲しかったのに、大失敗をやらかしたのだ。


 確かに事前に聞かされてはいた。もしもサンタクロースを見てしまったら、サンタクロースは
酔っ払いの男に変わってしまってプレゼントも消えてしまうのだと。それなのに「そるじゃぁ・
ぶるぅ」はサンタクロースを捕まえようと罠を仕掛けて、サンタクロースもプレゼントも
ものの見事に逃してしまって…。


「去年サンタさんは手紙をくれたし、お返事くらい書いてくれると思うんだ♪」
 すぐ書けるよね、と取り出したのは小さなカード。公園の入口に置かれた大人の背丈より
少し高いクリスマス・ツリーに吊るすカードだ。クリスマスに欲しいプレゼントを書き込んで
吊るしておけばサンタクロースの所に届く。いい子でいればクリスマスの朝、枕元に
プレゼントが見付かるわけで。
 「そるじゃぁ・ぶるぅ」が持つカードには願い事が既に書かれていた。お世辞にも上手な
字とは言えないけれど、一所懸命に頑張った。それを『お願いツリー』と呼ばれるツリーの
枝に結び付け、満足そうな笑みを浮かべる。


「これでよし…っと。みんなは何を書いてるのかな?」
 お願いツリーには大人もカードを吊るしてゆく。意中の人のカードを持ち去り、クリスマスの
日に希望のプレゼントを贈るのが人気だ。それだけにカードに書かれたリクエストの品は
色々で…。
 今の時点で吊るされたカードをチェックし終えた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はエヘンと偉そうに
胸を張った。
「うん、ぼくのお願いがやっぱり最高! ブルーも喜んでくれるよね」
 これで来年はブルーの夢が叶うんだもん、と踊るような足取りで立ち去った「そるじゃぁ・
ぶるぅ」が結んだカードにはこう書いてあった。


『地球のある場所を教えて下さい』。
 ソルジャー・ブルーが焦がれ続ける青い星、地球。未だ座標も掴めない星の在り処を、
サンタクロースは果たして教えてくれるのだろうか…?

 

 


「…今年も凄いのを書いてきたねえ…」
 どうしようか、と首を傾げるのはミュウたちの長、ソルジャー・ブルー。青の間の冬の名物と
なった炬燵に座り、熱い昆布茶が入った湯呑みと蜜柑、煎餅が盛られた器を前にする彼の視線の
先にはハーレイが居た。


「どうするも何も…。地球の座標は謎なのですよ、答えられるわけがありません!」
「だけど、ぶるぅの願い事だ。欲しい物が沢山あるのだろうに、ぼくのために願って
くれたんだよ」
「それはそうですが…。叶えられない願い事というのもあるわけでして」
 私は去年で懲りました、とハーレイの眉間の皺が深くなる。カンが鋭い「そるじゃぁ・
ぶるぅ」にサンタクロースからのプレゼントを届けるのは毎年ハーレイの役目だった。
他の子供には保育部の者がコッソリ配りに行くが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の所にだけは
サンタクロースに扮したハーレイが行く。
 つまり昨年、罠に掛かったサンタクロースはハーレイだったというわけで…。


「あの願い事は撤回させるべきです。でないと今年も何が起こるか分かりません」
「大丈夫だと思うけどね? ぶるぅも去年で懲りた筈だよ」
 二度と捕まえようとはしないだろう、と言いながらブルーは蜜柑の皮を剥く。
「でも…適当な返事で誤魔化すことは可能だけれど、ぶるぅが欲しいのは誤魔化しじゃない。
本当に本物の地球の座標だ。でも、それが分かるならシャングリラはとうに地球まで辿り着いて
いる。…ぶるぅには本人が欲しがっているプレゼントというのをあげたいな…」
「ですから書き換えさせるのです。その方向でお願いします」
「やっぱり君も同じ意見か…。仕方ない、ぶるぅには諦めさせよう。丁度いい歳になるわけ
だしね」
「は?」
 怪訝そうな顔をしたハーレイに、ブルーはにこやかに微笑んでみせた。


「ヒルマンに説得を頼むことにするよ。ぶるぅはクリスマスで6歳になる。このシャングリラで
6歳と言えば…」
「ああ、ヒルマンの講義が始まる歳でしたね。…ぶるぅだけに失念しておりましたが」
「ぶるぅは永遠に子供のままだとフィシスの占いにも出ていたからね。…大人しく講義を聞く
ような子供ではないし、他の子供の邪魔になるだけだ。でも今回は特別に」
 就学前の講義体験、と語るブルーにハーレイが頷く。そんなこととは夢にも知らない
「そるじゃぁ・ぶるぅ」は今日も楽しく悪戯三昧、アタラクシアに出掛けてグルメ三昧。
夕方遅くまで食べ歩きをして戻ってみれば、部屋に一枚の紙が置かれていた。


「…学校へ来てみませんか…?」
 何だろう、と読んでみた紙はヒルマンが受け持つ就学前の体験学習のお知らせと日時。幼少期に
シャングリラに保護された子供なら6歳を前に誰でも受け取るものである。しかし「そるじゃぁ・
ぶるぅ」の頭に『学校に行く』という選択肢は無い。こんなモノ、とゴミ箱に捨てようとしたが。
「あれっ、ブルーからだ…」
 お知らせの最後に大好きなブルーの手書きのメッセージが追記されていた。
『ぶるぅへ。一度、学校へ行ってごらん。いいお話が聞けると思うよ』。
「……学校……」
 あんまり行きたくないんだけどな、と思いはしたが、ブルーが書いてくれたのだ。行かないと
ブルーはガッカリする。仕方ないや、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は体験学習に行くことにした。

 

 


 指定された日時は翌日の午後。悪戯目的でしか学校に来た経験が無い「そるじゃぁ・ぶるぅ」が
ドキドキしながら教室に入ると、そこに居たのはヒルマンだけ。ミュウの歴史などを簡単に教えて
くれたが、その内容は三年前にソルジャー候補にされかけた時に教わったよりも簡単なもの。
なのに…。
「もっと楽しいお話してよ! 難しい話は分からないもん!」
 綺麗サッパリ忘れ果てたらしい「そるじゃぁ・ぶるぅ」にヒルマンはフウと溜息をついた。


「…これは基本のことなのだがね…。ミュウなら学んでおかねばならない。…地球を目指す
ために」
「じゃあ、習わなくてもいいもんね! 来年は地球に行けるもん!」
 サンタクロースにお願いしたよ、と得意げな「そるじゃぁ・ぶるぅ」に、ヒルマンが
「そのようだね」と相槌を打つ。
「しかしだ、ぶるぅ。…そのお願いに答える方法をサンタクロースは知らないだろう」
「えっ、どうして?」
 橇に乗って地球から来るんでしょ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は仰天したのだが、ヒルマンは。


「だからだよ。…地球は一度は人が住めなくなった星だ。それでもサンタクロースは地球を
離れず、宇宙に散らばった子供たちの家をクリスマスの度に訪ね続けた。そして今では
シャングリラにまで来てくれる。サンタクロースは我々とは違う方法で広大な宇宙を旅して
いるというわけだ」
 レーダーも無ければワープ航法も無い、とヒルマンは言った。
「サンタクロースは地球の位置を知っているだろう。我々はそれを座標と呼ぶ。だが、その座標を
我々のために説明する言葉をサンタクロースは持たないだろうね。ここを真っ直ぐ行くだけ
ですよ、だとか、右に曲がって次を左ですとか、そんな言葉が返ってくると私は思うよ」


「……そんなぁ……」
 涙目になる「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭をヒルマンの大きくて暖かな手がポンポンと叩く。
「仕方ないだろう、ぶるぅ。サンタクロースは人類が宇宙へと漕ぎ出す前から橇で走って
いたのだよ。何歳になるのかも分からない。今のやり方はこうなんです、と教える人が誰も
いないから、座標の計算は無理なのだ。…諦めなさい。それともサンタクロース風の行き方を
教えて貰うかね?」


 欲しいプレゼントの代わりにそれにするかね、と尋ねられた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は
考え込んだ。欲しいものなら山ほどある。役に立たない地球への道を教わるよりかは、新しい
カラオケマイクや美味しいお菓子や、他にも色々…。ブルーが書いて寄越した「いいお話」とは、
このことだろうか?


「…そっか…。サンタさんには分からないんだ、地球へ行く道…」
 仕方ないね、と肩を落とした「そるじゃぁ・ぶるぅ」がその後の講義を上の空で右から
左へと聞き流したのは当然の結果と言えるだろう。その夜、『お願いツリー』に吊るされた
「そるじゃぁ・ぶるぅ」のカードを調べたハーレイはホッと安堵し、ブルーに報告しに行った。
 新しいお願いは最新流行のカラオケマイク。願いは叶うに違いない。

 

 


 クリスマス・イブまでのシャングリラの日々を「そるじゃぁ・ぶるぅ」は悪戯とカラオケに
励んで過ごし、クルーは悪戯の犠牲になったり後始末をしに駆り出されたりと散々だった。
カラオケの方もブリッジ以外の全域でゲリラ・ライブの如くに披露されまくり、こちらも
犠牲者で死屍累々。
 そんな毎日を繰り広げたくせに、クリスマス・イブにはピタリと悪戯もカラオケも止んだ。
サンタクロースが来るのは良い子の所。「いい子なんです」とアピールするためにクリスマス・
イブだけは大人しくするのも「そるじゃぁ・ぶるぅ」の年中行事だ。


 クリスマス・イブのパーティーが開かれ、普段より少し遅い時間までシャングリラの船内は
華やいで賑わい、その喧騒も過ぎ去った夜更け。
「では、ソルジャー。行って参ります」
 ハーレイが青の間でブルーから「そるじゃぁ・ぶるぅ」へのプレゼントの箱を受け取り、一礼を
して出て行った。船長室で恒例となったサンタクロースの衣装に着替え、大きな袋に最先端の
カラオケマイクや長老たちからのプレゼントなどを詰め込み、通路に出る。


 すれ違った夜勤のクルーに「御苦労様です」と挨拶されたりしながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」の
部屋に辿り着き、昨年の痛い経験から緊張の面持ちで抜き足差し足、土鍋の寝床を覗き込んで
みれば、土鍋の主は丸くなってスヤスヤ眠っていた。プレゼントを脇の床に順番に並べ終わって
部屋を出ようとした時である。
 ピコーン! と妙な電子音が鳴った。


(なんだ!?)
 振り返ったハーレイの目に映ったのは土鍋からムクリと起き上がる影。
「サンタさん、待って!」
 ぼくを地球まで連れてって、と大声で呼び止められたハーレイは大慌てで部屋から飛び出した。
去年の設定が有効だったらサンタクロースは酔っ払いへと変身している頃である。しかし今年は
その打ち合わせをブルーと交わしていなかった。ブルーは恐らく寝ている筈だ。


『ソルジャー、緊急事態です!』
 追われています、と絶叫したハーレイの思念は相手をブルー限定にしたので「そるじゃぁ・
ぶるぅ」には聞こえていない。ついでに寝起きの「そるじゃぁ・ぶるぅ」にはテレポートという
発想が無く、ハーレイよりもずっと短い足で必死に後ろを追い掛けて来る。
「待ってよ、サンタさん、待ってってばーーー!!」
 ぼくも地球に行く、と懸命に走る「そるじゃぁ・ぶるぅ」はトナカイの橇に乗るつもりだった。
自分が地球まで連れて行って貰えれば地球へ行く道が分かるだろう。帰りはきっと何とかなる。
地球の座標とかいう難しいモノは分からないけれど、ヒルマンやハーレイに道を説明すれば
いいのだ。


「サンタさぁーーーん!!!」
 置いて行かないで、と息を切らして船内を駆ける「そるじゃぁ・ぶるぅ」とサンタクロースに
扮したハーレイとの距離は、悲しいかな、ぐんぐん開いていった。足の長さが違うのだから
無理もない。
 しかしシャングリラの船内という限られた空間での逃走劇を何処まで続けられるのか…。
『ソルジャー! ダメです、ぶるぅに追い付かれます!』
 この通路の先は行き止まりだった、と思い出したハーレイが顔面蒼白で放った思念に答えが
返った。


『奥のハッチから飛び降りろ!』
『ええっ!?』
『いいから飛ぶんだ!!』
 私は空を飛べないのですが、というハーレイの思念に対するブルーの指示は「飛び降りろ」。
通路の角を曲がって小さな影が追い掛けて来る。万事休す。
 ハーレイは腹を括って非常脱出用のハッチを開くと、夜の雲海へと飛び降りた。耳元で寒風が
ヒュウと音を立て、もうダメだ、と目を瞑った時。ドスン、と何かがハーレイを受け止め、
落下が止まる。


 シャン、シャン、シャン…と響く軽やかな鈴の音。ハーレイは何頭ものトナカイに曳かれた
空飛ぶ橇に乗っていた。
「サンタさん、待って! サンタさぁーーーん!!!」
 涙まじりの「そるじゃぁ・ぶるぅ」の呼び声とシャングリラを振り捨て、トナカイの橇が
舞い上がる。それがブルーのテレキネシスとサイオニック・ドリームとの合わせ技だ、と
ハーレイが気付いた時には橇は鈴の音だけを残して「そるじゃぁ・ぶるぅ」の視界から消えた
後だった。

 

 


「…す、すみません、ソルジャー…。御迷惑をお掛けしました…」
 申し訳ございません、と謝りまくるサンタクロースにブルーが熱い昆布茶を勧める。
「いいよ、君こそ怖かっただろう? それに船の外はとても寒かっただろうしね」
 温まるよ、と柔らかく微笑まれてハーレイは有難く湯呑みを手に取り、啜ろうとして真っ白な
サンタの髭に阻まれた。ブルーがクスクスと可笑しそうに笑う中、髭を外して湯気の立つ昆布茶で
喉を潤す。死ぬかと思ったダイブの後だけに、それは温かく身体に染み透っていって…。


「すまなかったね、ぶるぅが仕掛けを作っていたとは全く知らなかったんだ。扉が二度目に開いた
時にアラームが鳴るようになっていたらしい。サンタクロースを見てしまったら酔っ払いに
化ける、と懲りていると思っていたんだけどな…」
 ダメ元で仕掛けをしたのだろう、とハーレイに詫びつつ、ブルーはサンタクロースに取り
残された「そるじゃぁ・ぶるぅ」をも案じていた。トナカイの橇が飛び去るのを見送った後、
自動で閉まったハッチの脇でシクシク泣いているという。


「テレポートすることを思い付かなかった自分を責めているんだよ。来年からはサンタクロースも
用心するだろうし、橇に乗り込めるチャンスは二度と無い。もちろん地球にも辿り着けない。
…地球の座標はもう分からない、って泣いているんだ。………ぼくのためにね」
 ぶるぅは地球に用は無いから、とブルーは儚い笑みを浮かべた。
「今夜の出来事をぼくに話すべきか否か、小さな頭を悩ませているよ。…もしも正直に打ち明けて
きたら、ぼくは叱らないでやろうと思う。ぼくを思ってやってくれたんだ、叱ったら可哀想
だろう? それとも雷を落とすべきかな、寿命が縮んだキャプテンとしては?」


「いえ、私は…。ソルジャーがそれで宜しいのでしたら……」
 逃がして下さったのはソルジャーですし、とハーレイは昆布茶を飲み干した。今年の
サンタクロース役は体力も気力も削ぎ取られたが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が地球への道を
探しているのが誰のためなのかが分かっている以上、ここで文句を言うべきではない。
 いや、それよりも………長年シャングリラの船長という立場に居ながら、未だに地球の
座標を掴めぬ自分の方が愚かなのかもしれないのだ。明日でまだ6歳にしかならない子供の
「そるじゃぁ・ぶるぅ」ですら、懸命に地球を探しているのに。


「ソルジャー…。私も、ぶるぅを叱る気持ちにはなれません。確かに酷い目に遭いはしましたが、
あれは悪戯ではありませんから。…明日は何も知らないキャプテンとして誕生日を祝ってやろうと
思いますよ」
 夜遅くまでお邪魔した上に御迷惑をお掛けしてすみませんでした、と深く頭を下げて出てゆく
ハーレイをブルーは炬燵で見送った。青の間に初めて炬燵を持ち込んだのは「そるじゃぁ・
ぶるぅ」だ。その悪戯っ子が泣きじゃくりながら青の間への通路を一人でトボトボ歩いている。


『…ぶるぅ? どうしたんだい、こんな夜中に? サンタクロースが来なかったのかい?』
 そっと優しく送った思念に、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はハッと顔を上げて。
「ブルー! ごめんなさい、ブルー! ぼくね、ぼくね…」
 テレポートして飛び込んでくるなり大泣きに泣き始めた小さな身体をブルーは両腕で
抱き締めた。サンタクロースを、地球への道を逃したことを何度も詫びる「そるじゃぁ・
ぶるぅ」。いつか一緒に地球に行こうと夢見てくれる「そるじゃぁ・ぶるぅ」なら、
遠い未来にきっと、必ず…。


「ぶるぅ、お前なら行けるよ、きっと。…地球へ」
「ブルーもだよ! ブルーも一緒でなくちゃ行かない、来年はダメでも再来年とか、
その次とか!」
 絶対に行くのだ、とポロポロ涙を零す「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、その夜、久しぶりに
青の間のブルーのベッドで眠った。サンタクロースが置いて行った筈のプレゼントのことは
すっかり忘れて、大好きなブルーの腕の中で…。

 

 


 一夜明ければクリスマス。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の誕生日だ。青の間で目覚めた
「そるじゃぁ・ぶるぅ」は昨夜の出来事を思い出すなり泣き顔になったが、その目の前に
ブルーがテレポートさせて来たものは。
「あっ、プレゼントだ! なんで?」
 消えちゃったんじゃなかったの、と尋ねる「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭には去年の惨劇が
蘇ったらしい。サンタクロースが酔っ払いと化し、プレゼントも酔っ払いの持ち物に変わった
大惨事。けれどブルーは小さな銀色の頭をクシャリと撫でて。


「今年のサンタクロースはビックリし過ぎたみたいだね。変身するのをすっかり忘れて
いたんだろう? だからプレゼントも土鍋の隣に置きっぱなしだったよ」
「ホント? じゃあ、これは…」
 開けてみようっと! と包みを開いた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が歓声を上げる。お願いカードに
書いたカラオケマイク、それも最新流行のだ。次の包みに入っていたのは特大鍋敷き。寝床に
している土鍋の下は絨毯なのだが、そこに重ねると良さそうなそれはブルーが選んだ品だった。
そうとも知らない「そるじゃぁ・ぶるぅ」は自分の好みをよく知っているサンタクロースに
大感激で。


「サンタさん、ごめんなさい…。色々選んでくれたのに…」
「ぶるぅの気持ちはサンタクロースにも届くと思うよ。来年はもう追いかけたりしないようにね」
 やんわりと諭され、悪戯小僧は素直にピョコンと頭を下げる。地球のある場所は分からない
から、サンタクロースが飛び去って行った方向へ。
「ごめんなさい! また来年も来てね、いい子にしてるから!」
「おやおや…。本当にいい子に出来るのかな? 悪戯もせずに?」
「うー…。む、無理…。それ、絶対に無理だから!」
 でもサンタさんは来てくれるもん、と元気に主張する「そるじゃぁ・ぶるぅ」は今年も
懲りていなかった。そんな悪戯っ子を祝福するように仲間たちからの思念波が届く。
『『『ハッピー・バースデー、そるじゃぁ・ぶるぅ!!!』』』


 パーティーの用意が出来ていますよ、とハーレイが迎えに来てくれた。彼が昨夜の
サンタクロースで決死のダイブをやり遂げたことを知る人物はブルーだけ。
「かみお~ん♪ ブルー、パーティーに行こうよ!」
「そうだね、じゃあ、その前にプレゼント。ほら、開けてごらん」
 ブルーが取り出した箱から出て来たものは黄色いアヒルちゃんのケープだった。
「わあ、アヒルちゃんだぁ! フードがついてる!」
「寒い季節にピッタリだろう? ショップ調査に着て行くといいよ」
「ありがとう、ブルー! ブルー、大好き!!!」


 一番好き、と大喜びの「そるじゃぁ・ぶるぅ」はブルーの手を握って公園の真ん中へ
テレポートした。そこがパーティー会場だ。青の間に置き去りにされたハーレイが肩で息を
しながら駆け付けるのを待ってバースデーケーキが運び込まれる。年々巨大化しつつある
ケーキは厨房の人々の肩に担がれ、お神輿の如く賑やかに…。


 サンタクロースの橇に乗り込んで地球を目指そうとした「そるじゃぁ・ぶるぅ」、本日で
生後ちょうど6年。地球への道は掴めなかったが、いつの日か辿り着くだろう。その時まで
ブルーの側を離れず、ブルーを連れて、きっと地球まで…。
「そるじゃぁ・ぶるぅ」、6歳の誕生日おめでとう!





            聖夜を飛ぶ訪問者・了


※悪戯っ子な「そるじゃぁ・ぶるぅ」、2012年12月25日で満6歳でございます。
 葵アルト様の2007年クリスマス企画で誕生してから5年以上が経ちましたが…。
 これからも元気な悪戯小僧のままで地球まで辿り着いてくれますようにv
 大好きなブルーと一緒にね!



 

副住職の就任祝いに、とソルジャーが持ってきたのは手作りの数珠。ソルジャーの世界の素材でキャプテンと一緒に作ったという数珠は、お坊さんへのプレゼントとしては良いチョイスです。しかし、数珠には弔う人も無いまま抹殺された『ミュウ』と呼ばれる人たちの供養を頼む、という意味も籠められていて…。
「どうだい、キース? お勤めの方は」
会長さんが質問したのは焼肉パーティーの真っ最中。三日間の中間試験が終わって、いつものお店で打ち上げをしているわけですが。
「…あの数珠か? それを焼肉の最中に訊くのか、あんたは」
もうちょっと場所を選べないのか、と露骨に顔を顰めるキース君に、会長さんは。
「選ぶも何も…。君の方こそ思い込みは捨てるべきだよ。三種の浄肉ってヤツがあるだろ、仏教の本場の思想には…ね。殺される所を見ていない、自分のために殺したと聞いていない、自分のために殺したと知らない肉なら食べてもオッケー」
「言い訳の王道だろうが、それは! あんたほどの高僧がそれを言うのか?」
「そう来たか…。だったら牛の供養をしてるってことで」
「「「は?」」」
キース君どころか私たちまで目が点でした。牛の供養って何でしょう? 炭火の上でジュウジュウと音を立てているのは最上級の牛肉ですけど…。
「分からないかな、今まさに食べている牛の供養だよ。食べてあげなきゃ殺されちゃった意味が無い。どうせだったら素人さんより、供養のプロに食べて貰った方がいいよね」
「…そういうものか?」
「普段は省略しちゃってるけど、本山とかでの修行中には食事の前に般若心経とお念仏。南無阿弥陀仏の心を持って食べているんだ、それは立派な供養なんだよ。南無阿弥陀仏と唱えることで極楽往生が叶うんだからさ」
だから全く無問題、と会長さんは笑顔です。
「ついでに言うなら、厳しい修行と座禅で有名な宗派があるだろ? あれの本山の修行僧なんかは頑張って托鉢しているけどさ、ここだけの話、アルテメシアの本山の一つの寒行の時のお接待がさ…」
「「「すき焼きパーティー!?」」」
「シッ、声が高い! 此処の店にはあそこの偉い連中も出入りするんだ、個室といえども静かにね」
大きな声では言えないんだから、と会長さんは声をひそめて。
「寒行というのは名前の通り、寒の最中にする托鉢だ。一年中で一番寒い時期だし、当然ながら身も凍る。そんな雲水……あの宗派の修行僧を雲水と呼ぶんだけどさ、お接待してあげようという奇特な家が幾つかあるわけ。中でも一番人気のお接待ってヤツがすき焼きパーティー」
その日の托鉢の最後に訪れた家に上げて貰って、すき焼きと熱燗でおもてなし。知る人ぞ知る有名なイベントらしいのですけど、すき焼きと熱燗って……牛肉とお酒…。そんな托鉢がアリなんですか?
「あるんだな、これが。…そんなわけだから、焼肉パーティーなんか可愛いものだよ。牛の供養に御布施してくれたハーレイも功徳を積めるんだし」
「「「………」」」
何処までこじつけるつもりなんだか、と溜息をつく私たち。打ち上げパーティーの費用は例によって会長さんが教頭先生から毟ったのですが、それを御布施と言われても…。けれど会長さんは気にしていません。
「で、どうなのさ、話はお数珠に戻るんだけど。…ちゃんと使ってあげてるかい?」
「もちろんだ。あいつが置いて行った日の夜のお勤めから使っているぞ」
「それは結構。アドス和尚は数珠に文句をつけたのかな?」
「いや、文句とは違ったな。いつもの数珠と違うようだが、と訊かれただけだ。新しい数珠はやはり何かと勝手が違う」
滑らかに動いてくれないのだ、とキース君。手に馴染むまでは暫くかかるのだそうで…。
「あんたから副住職の就任祝いにプレゼントされた、と答えておいた。そしたら「充分に使いこなせるよう修行に励め」と」
「良かったね。…あの数珠、多分、桜だよ。素材としては一番安い部類だけども、木の数珠は使えば使うほど色合いが深くなってゆくのが持ち味だ。刻まれた文字も読めなくなるほど使ってあげれば喜ばれるよ」
「そうだな。大切に使っていかなければ、と思っている。…大きな法要では表に出せんが、袂に入れて臨みたい」
お彼岸などの法要では格式の高さが求められるだけに、同じ木の数珠を使うとしても高価な数珠が要るのだそうです。最高級の菩提樹で作った数珠だと桜の数珠の五十倍の値段になる、と会長さん。
「でもね…。そんな数珠よりも凄いよ、あれは。お金で買えるものじゃない。託された願いが桁外れなんだ、一つの種族を背負っているから。…そして、それだけの願いを託して貰える僧侶ってヤツは滅多にいない。それこそ宗派の開祖くらいさ、そのレベルまで行けるのは」
「俺はそこまでの器じゃないような気がするが…」
「そういう器になればいい。頑張るんだろ、高僧目指して」
緋の衣を着て更に上まで進むんだね、と発破をかけられたキース君には努力あるのみ。とりあえず明日の土曜日は内輪でお祝いということに決まっています。元老寺での副住職就任披露の宴会料理は豪華でしたが、如何せん、ただの高校生の身では羽目を外すなど以ての外で…。
「かみお~ん♪ 頑張るキースにみんなでお祝い! ぼくもお料理、頑張るからね!」
みんなで楽しく食べなくちゃ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」も飛び跳ねてますし、会長さんの家でパーティーです。ジョミー君とサム君も今度は法衣じゃないのですから、気楽にワイワイ騒げますよね!

翌日、私たちはバス停で待ち合わせてから会長さんの家へと向かいました。マンションの入口を開けて貰って、エレベーターで最上階へ。玄関脇のチャイムを鳴らせば「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお出迎えです。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
奥へどうぞ、と案内されたのはダイニング。まずは大きなテーブルで御馳走を、という流れでしたが…。
「こんにちは」
「「「!!?」」」
会長さんの隣に腰掛けたソルジャーに挨拶されて私たちはビックリ仰天。しっかり私服のソルジャーですけど、招待したとは聞いていません。さては宴会の匂いを嗅ぎつけて押し掛けてきましたか…?
「ブルーはぼくが呼んだんだよ」
間違えないように、と会長さん。
「今日のパーティーはキースの副住職就任祝いだろう? この間、立派な数珠を貰ったからには招待するのが筋ってヤツさ。…ハーレイも呼ぼうと思ったんだけど、仕事が忙しいらしくって」
「そうなんだよ。前から決まっていた用があってさ、どうにも抜けられないんだよね」
非常時ってわけではないんだけれど、とソルジャーは残念そうな顔。なまじ結婚しているバカップルなだけに、パーティーに一緒に出られないのは辛いでしょう。とはいえ、愚痴っていても解決するような問題ではなく、ソルジャーは切り替えの早いタイプで。
「まあ、ぼくがハーレイの分まで楽しんで帰ればいい話だし…。今日は盛大にお祝いしようよ。…そうそう、キース、早速あの数珠を使ってくれてありがとう」
「俺の方こそ礼を言う。…あれほどの数珠は金を出しても買えはしない、とブルーに言われた。あの数珠に相応しい器になれるよう精進するさ」
「それは嬉しいね。ぼくとハーレイのためにも頑張ってよ」
「分かっている。なんと言っても手作りだしな」
改めて頭を下げたキース君の副住職就任への決意表明の挨拶の後は賑やかな宴会の始まりでした。まずはシャンパンとジュースで乾杯。トリュフと鶏肉のラビオリにカボチャのスープ、鴨胸肉のオーブン焼きは薔薇風味です。凝った前菜やサラダなどなど「そるじゃぁ・ぶるぅ」も大張り切りで…。
「うん、美味しい! この間の料理も良かったけれど」
ハーレイも連れて来たかったなぁ、とソルジャーは料理を満喫中。たまに何処かへフッと消えているように見えたりするな、と思っていれば、本当に消えていたらしく。
「ハーレイも美味しいって喜んでるよ。隙を見て一口、送っているんだ。…ぶるぅにバレたら大変だからね、あっちには山ほど渡しておいたさ」
こっちで買ったスナック菓子を、とソルジャーはウインクしています。「ぶるぅ」は自分の部屋でスナック菓子の袋に埋もれ、キャプテンはソルジャーの合図と共に口の中に直接送られてくる試食サイズをあちこちで味見。ブリッジだとか会議室だとか、なかなかに忙しそうですが…。
「キャプテンってヤツは忙しいんだよ、何かとね。…早く地球に着いてのんびりしたいな、二人きりでさ」
「ぶるぅは?」
どうするんだい、と会長さんが尋ねると。
「さあねえ、そこまではまだ…。その頃には誰か遊び相手を見付けてくれてることを祈るよ、でないと最初から子持ちになっちゃう」
二人の時間を楽しめないよ、とソルジャーは溜息をつきました。
「ぼくは二人で過ごしたいんだ、それこそ朝から夜までね。もちろん夜はガッツリと! …あ、そうだ。キースに数珠を渡した後から急に気になってきたんだけどさ。…あっちの世界って夜はどういう仕組みなのかな?」
「あっちの世界って、何処のことさ?」
それじゃ分からないよ、と首を傾げる会長さんに、ソルジャーが。
「君がよく言うお浄土だよ。死んだ後に行くのは地獄か極楽浄土だろ? ぼくは信じていなかったけど、君に会ってから死後の世界もアリだよね、っていう気がしてきたんだ」
「あるんだってば、本当に! でなきゃ坊主をやっていないよ」
「君が言う以上は存在すると思っておくのが正しいだろうね。ハーレイも誓いを破れば地獄落ちの覚悟で結婚すると言ってくれたし、あの世ってヤツがあるとして…。そこだと夜はどうなんだい? 今と同じで楽しめるのかな? それとも今より凄いのかな?」
極楽と言えば天国だろう、とソルジャーの瞳が輝いています。
「もしかしてエネルギー切れなんか心配しないでヤリ放題? あのハーレイでもヘタレないとか?」
「「「!!!」」」
ソルジャーが何を言っているのか、ようやく理解出来ました。要は大人の時間の話。死後の世界に思い切り期待しているみたいですけど、極楽ってそういうシステムですか? だったら万年十八歳未満お断りの身にはキツイかもです。未成年向けと大人向けとに分かれているなら安心ですが…。

とんでもない話を始めたソルジャーのせいで、テーブルは軽く三分くらいは凍っていたと思います。大人の話はサッパリ分からない「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお皿を下げて、華やかなデザートを盛り合わせたプレートをワゴンで運んでくるまでは。
「………。まずは一蓮托生からだね」
努力したまえ、と口を開いたのは会長さん。
「君は勘違いしてそうだけど、この言葉、元は仏教用語だから! 死んだらお浄土の蓮の花の上に生まれるんだよ、人間は。その時に同じ蓮の花の上に生まれられなきゃ、ガッツリ以前の問題なわけ」
「ちょ、ちょっと…。それって同時に死ななきゃ無理なんじゃあ…。そりゃあ、シャングリラごと沈められたらバッチリだけど、そんなヘマをしたら地獄行きかも…」
「大丈夫。これに関しては日頃の行いがモノを言う。生前、如何に功徳を積んだかで蓮の花の場所が決まるから。善行を積めば積むほど阿弥陀様の居場所に近い所の蓮の花をゲット出来るんだ。そして一緒に生まれたいなら、そのように人生を送るんだね」
仲睦まじく暮らすのが吉だ、と会長さんは法話もどきを続けています。
「お浄土に行くにはお念仏を唱えるのが一番の早道だけれど、君は唱えそうなキャラではないし…。キースに期待しておきたまえ。あの数珠でお勤めしてくれるから、君の代わりに功徳を積んでくれるだろう。君のハーレイと一緒の蓮に生まれられるかどうかもキース次第だ。阿弥陀様に近い蓮の花だといいねえ」
「うーん、そういうシステムだったか…。じゃあ、キース」
ソルジャーはキース君の方へと向き直ると。
「ぼくとハーレイは同じ蓮の花の上で頼むよ、でもって阿弥陀様から遠いのを希望」
「「「遠い?」」」
それは何かが間違ってないか、と誰もが思ったのですが。
「うん、遠い蓮で。ブルーの話を聞いた感じじゃ、阿弥陀様は全てお見通しのようだしねえ? ぼくは見られていても平気だけれど、ハーレイは見られていると意気消沈! だから出来るだけ遠い所でお願いするよ」
蓮の花の色は選べるのかなぁ…、などと呟きながらソルジャーは楽しそうにデザートのお皿に飾られた薔薇の花びらをフォークでつついています。
「蓮の花って白とかピンクとか色々あるよね、ハーレイの肌の色が引き立つヤツがいいんだけれど…。やっぱりムードは大事じゃないかと思うんだ。花の色が嫌だからあっちがいい、って後から言ってもダメそうだしさ、何色にするのがベストだと思う? 選べるんなら選んでおきたい」
「蓮の花の色まで面倒みろって!? 阿弥陀様から遠い蓮を希望っていう段階で花の色なんかを選ぶ権利は無いんじゃないかと思うけど?」
蓮の花があっただけラッキーと思え、とブチ切れている会長さん。そもそも花の色がどうこう以前に、まずはソルジャーとキャプテンが同じ蓮の上に生まれられないとダメなんですけど…。思い切り離れた蓮の花だった場合、お引っ越しするしか無いのでしょうか。でもって、きっとそういう時には…。
「えっ、同じ蓮の花じゃなかった時? ハーレイが引越してくるしか無いだろ」
ぼくは面倒なことは嫌いなんだ、と言い放ったソルジャーはキャプテンを転居させる気満々でしたが、キャプテンの蓮の方が阿弥陀様に近い有難い場所にあったとしても…?
「決まってるだろう、阿弥陀様から遠い方がポイント高いんだよ! ずっと極楽で暮らすんだからね、ヘタレない場所が一番だってば、ヤリまくれないんじゃ意味ないし!」
たとえ極楽の端っこでも、と決めてかかっているソルジャーはキース君に次から次へと理想の蓮を注文中です。副住職になった途端にこの試練。キース君が最初にクリアすべきは一蓮托生のお願いなのか、キャプテンの肌の色が映える蓮なのか、阿弥陀様から一番遠い蓮の花なのか。門外漢にはもう分かりません~!

ひとしきり蓮のチョイスについて語りまくっていたソルジャーは、憧れの地球に辿り着いた後の暮らしも気になる模様。まずはキャプテンと結婚してから余生をのんびり過ごすのだそうで…。
「えっと、ブルーは三百歳を超えてるんだよね? だったら余裕で百年以上は寿命があるし、地球に着いたら海の見える家に住もうかなぁ…。庭には桜を植えるんだよ」
「「「桜?」」」
桜といえばキース君がソルジャーに貰った数珠の素材では、と会長さんが言っていた木です。ソルジャーは桜が好きなのでしょうか? 誰の思考が零れていたのか、ソルジャーは綺麗な笑みを浮かべて。
「うん、桜の花は大好きなんだ。ぼくのシャングリラの公園にはね、ブリッジからよく見える場所に大きな桜が植えてある。春になったら一晩だけゼルたちと貸し切って宴会なんかもしたりするしさ」
なんと、ソルジャーの世界にもお花見の習慣がありましたか! おまけにソルジャーは花の時期には深夜にキャプテンと二人きりで出掛けて眺めていたりもするそうで…。
「地球でハーレイと暮らす時には桜の苗を持って行くんだ。もちろんシャングリラで育てた桜さ。…桜ってヤツはデリケートだよね、種を撒いてもそう簡単には育たない。おまけに弱りやすいと言うから、代替わりに備えて常に何本か育苗中」
桜の花はソルジャーの世界のシャングリラ号でも人気だとか。花の季節は公園も賑わう、と話すソルジャーに会長さんが。
「…君がキースにプレゼントした数珠は桜で出来ていたのかい? ぼくもそれほど詳しくはないし、君の残留思念は読み取りにくい。だからあくまで勘なんだけどね、見た目が桜の数珠に似ていた」
「へえ…。凄いね、見ただけで種類が分かるんだ? あれはシャングリラの桜の先代なんだよ。先代と言ってもシャングリラに植えてたヤツじゃない。…仲間の救出でアルテメシアに降りた時に見付けた桜の木さ」
それは見事な桜だった、とソルジャーは懐かしそうな瞳をして。
「ぼくの世界のアルテメシアはテラフォーミングをして人間が住めるようにした惑星だけど、自然を大切にしてるんだ。山の部分には初期を除いて殆ど人の手が入っていない。あの桜は一番最初に植えられた木の一つじゃないかな、とても大きな木だったから」
ソルジャーが初めて見たのは満開の頃だったらしいです。救出作戦は毎日というわけでもないため、シャングリラを抜け出しては見に通う内に花は盛りを過ぎ、散ってしまって。
「次の年もまた見に行ったよ。…何年くらい通ったのかな、ぼく一人しか見られないのは残念だなって思ってさ。ハーレイの勤務が終わった後に二人で出掛けた。夜だったけど月が綺麗で、時々花びらが落ちてきて…。そしてハーレイが言ったんだ。みんなにも見せてやりたいですね、って」
それが公園に桜を植えることになった切っ掛けなのだ、とソルジャーは教えてくれました。桜の大木は大き過ぎて船には移せないため、キャプテンと二人で周囲を探して小さな桜の木を見付けて持ち帰って…。

「今じゃすっかり大きくなったよ、その木もね。…だけどアルテメシアの山にあった木は寿命が来たのか枯れてしまった。枯れる前の年には見たことも無いほど沢山の花が咲いたんだけれど…。桜ってヤツは命が尽きる前に最高の花を咲かせるんだってね、ライブラリーの古い本にそう書いてあった」
その頃にはシャングリラの公園の桜も立派に育っていたのですけど、枯れてしまった桜はソルジャーの心にしっかり残ったままで。伐採されずに立ち枯れた木をアルテメシアに降りる度に一人、訪ねて行っては幹に触れたり見上げたり。
「だけどいつかは朽ちるだろう? 雨が降ったり、風が吹いたりする内に…。そんな時にハーレイに聞かされたんだ。桜の木は彫刻に向くそうですよ、とね。…桜が枯れたって話はしたから、調べてくれていたんだと思う。それがハーレイの木彫りの始まり」
ぼくはそういう趣味は無いから、と微笑むソルジャー。桜の株を丸ごとシャングリラに運び込むのは流石に無理で、訪れた人に不自然に思われないよう、少しずつ枝を落としては持って帰って乾かして…。そこから幾つもの木彫りが生まれて、キース君の数珠もその一つ。
「ぼくにはミュウの研究施設に入れられる前の記憶が残っていない。…脱出してから初めて出会った綺麗な花の木があの桜だった。そのせいで桜が一番好きなんだろうね、他にも花は沢山あるのに」
同じ好きになるなら年中見られる花の方が良かったかな、とソルジャーは明るく笑っていますが、短い間しか咲かないからこそ心の琴線に触れたのでしょう。いつか地球で暮らす時にも庭で育てたいと願うくらいに。
「ぼくの大事な桜で作った数珠なんだ、あれは。そこまで話すと重すぎると思って黙っていたけど、訊かれたのも何かの縁だよね。…キース、ぼくの桜を大切にしてよ? 最後に見せてくれた花はこんなのだった」
ソルジャーが思念で送って寄越した桜は、神々しいほどに美しく枝一杯の花を咲かせて立っていました。これほどの桜は私たちの世界でもそうそうお目にかかれません。過去の記憶を全て失くしたソルジャーが魅せられたのも無理はなく…。
「あんたが惚れ込んだ桜の数珠か…。そして今でも育ててるんだな、跡継ぎを。…地球まで連れて行くつもりで」
キース君の言葉にソルジャーは「うん」と頷いて。
「地球の土に植えたらどんな花を咲かせてくれるんだろう、って楽しみにしてる。きっと今までに見たどの花よりも綺麗な桜が咲くと思うよ、ぼくたちの約束の場所なんだから……地球は」
まだまだ遠い星なんだけど、と言うソルジャーの赤い瞳には青い星が見えているのでしょう。キース君が貰った数珠は更に重さを増しましたけれど、その分、励みになりますよねえ…?

ソルジャーの桜に纏わる思い出話は、お花見と呼ぶには深すぎるもの。それでもソルジャーは桜と言えば公園で貸し切りの宴会だそうで。
「こればっかりは譲れないね。ソルジャーと長老の特権なんだよ、桜の下で飲み食い放題! 他の連中には許可していないさ、苦労した過去の慰労会だし」
アルタミラとやらの脱出組しか参加出来ない賑やかな宴会らしいのですが、会長さんの故郷のアルタミラとは違います。ソルジャーの世界のアルタミラはミュウの研究施設が置かれた惑星にあり、ミュウ殲滅のために星ごと焼き尽くされたという場所で…。
「キース、アルタミラで殺されたミュウたちの分もよろしく頼むよ、ぼくにとっては大事な仲間だ」
救い出せなかった命だけれど、と言った舌の根も乾かない内にソルジャーは。
「でも、一番はやっぱり蓮だね。ぼくとハーレイが一緒に楽しく暮らせる蓮の花ってヤツを、きちんとキープして貰わないと」
「あんたはそれが一番なのか!?」
仲間じゃなくて、とキース君が呆れ返れば、ソルジャーの方は涼しい顔で。
「死んだ後までソルジャーだなんて、やってられると思うかい? あの世とやらがあるんだったらソルジャーもキャプテンも必要ないだろ、救うのは阿弥陀様なんだから。…そうだよね、ブルー?」
「ま、まあ…。そういうことになる……のかな…?」
「お念仏を自分で唱えなくても、残された人が唱えてくれたら極楽往生! 君が日頃から言ってる話を要約すればそんな感じだ。ぼくが救い損ねた命は君とキースがお浄土に送ってくれるってことで万事解決」
そのために坊主がいるんだろう、とソルジャーは思い切り前向きでした。
「ぼくは後ろは振り向かない主義。今までは仕方ないかと切り捨てざるを得なかったけど、こっちの世界でブルーに出会って肩の荷がかなり軽くなったよ。仲間の無念は勿論、背負う。思いが残った形見の品も、生きてる間は手放さないし、一緒に地球まで連れて行く。…でもね、行きたい人はお浄土でいいよ」
辛かった思いに囚われたままで地球に行くより、阿弥陀様とは初対面でも極楽の方が良さそうだ、と笑うソルジャー。
「お浄土に行けば辛い思いも悲しい思いも消えるんだろう? 繊細なミュウに相応しいよね、ストレスも無くて正に天国! 問題があるなら蓮なんだよ。好みの蓮に当たればいいけど…」
そこが本当に重要だから、とソルジャーは強調しています。
「友達同士なら隣同士の蓮の花とか、自分が好きな色の蓮とか…。その辺はちゃんと気を配ってよ? ブルーもキースも」
「……頼まれた以上は全力で祈っておくけどね……」
「俺は正直、全く自信が無いんだが…」
会長さんとキース君は安請け合いはしませんでしたが、ソルジャーの方はすっかりその気。極楽の蓮の花を指定するためのノウハウなんてあるのでしょうか? お坊さんに御布施を積めばいい戒名が貰えるらしい、と聞いたことならありますけれど、それと蓮とは別物なんじゃあ…?

銀青の名を持つ高僧である会長さんと、副住職になったキース君。お浄土のプロを完全に無視してソルジャーは再び蓮談義へと。何が何でもキャプテンと一緒の蓮の花の上に行くのだそうで…。
「いいかい、二人一緒の蓮でなければ極楽の意味が無いんだよ! 地球で結婚出来たとしてもね、死んでから別の蓮に生まれちゃったら、どうにもこうにもならないし!」
「…君のハーレイに引っ越しさせるんだろう?」
会長さんが投げやりに言えば、ソルジャーは。
「そのつもりだけど、ハーレイは根がヘタレなんだ。阿弥陀様に近い蓮にでも生まれてごらんよ、ぼくの所へ引っ越す過程がバレバレだよ? おまけに引っ越した先で何をするのか丸分かりだし、そんな状態で引っ越してきて望み通りになるとでも?」
ヌカロクどころか勃たないかもね、と大袈裟に肩を竦めるソルジャー。
「せっかく極楽に行くんだよ? ヤリまくれなくちゃ意味が無い。ぼくは大いに期待してるから、蓮のキープはよろしくね。阿弥陀様から遠いヤツだよ、でもってハーレイの肌が映えるヤツ!」
地球に着いた後の楽しみが増えた、とソルジャーは至極御満悦です。会長さんの有難い法話はすっかり別モノと化していました。お念仏を唱えて功徳を積めば阿弥陀様がいらっしゃる極楽に行けて、蓮の花の上に生まれられるというお話だったと思うのですが…。
「ところで、蓮って寝心地の方はどうなんだい? 背中がやたらくすぐったいとか、クッションの方がイマイチだとか、そういうクレームは出てないのかな? 今からベッドに花を散らして慣れておくのがいいんだろうか…」
「知らないよ、もう! 自分でお経を読めばいいだろ、極楽についても書いてあるから!」
そこまで面倒見切れないよ、と会長さんがテーブルに突っ伏し、キース君はソルジャーに促されて経典の名前をメモに書き付けています。阿弥陀経に無量寿経、観無量寿経だそうですが…。
「えっと…これを読んだら分かるのかな? ライブラリーにあればいいんだけれど…」
「無かったら貸すぞ。数珠の御礼だ」
頑張ってくれ、とキース君が渡したメモを手にしてソルジャーは帰ってゆきました。直後に会長さんがボソッと一言。
「…極楽ではセックス禁止って説も一応あるんだけどねえ?」
「「「えっ!?」」」
それじゃソルジャーとキャプテンは、と真っ青になる私たちの横からキース君が。
「あいつらなら問題ないんじゃないか? 阿弥陀様から遠い蓮とか言っていたしな…」
御要望に応えて頑張るまでだ、と拳を握るキース君。桜の数珠を貰ったからには副住職のプライドにかけて根性で祈るらしいです。
ソルジャーの希望は阿弥陀様の目が届かないほど遠い所に咲いているらしい極楽の蓮。キャプテンの褐色の肌がよく映える色の花弁が最高、そしてキャプテンと一蓮托生。何処まで叶うか分かりませんけど、後でソルジャーに恨まれないよう、キース君、毎日のお勤め頑張って~!



 

キース君の副住職の就任披露はそれは立派なものでした。お十夜の法要の方はお念仏がやたらと多くて私たちまで何度も唱和させられましたが、檀家さんたちは真剣そのもの。お坊さんたちも緋色の衣の会長さんを筆頭に居並び、荘厳で…。
「うーん、まだ肩凝りが治らないや…」
痛いんだよ、とジョミー君が肩を擦っているのは翌日の放課後。明後日から中間テストですけど、特別生には無関係とあって今日も「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でのんびりです。
「法衣を着ただけで肩凝りだと? ろくに仕事もしなかったくせに」
修行が足りん、とキース君が言えばサム君が。
「だよな、俺は手伝わせて貰ったけどさ…。ジョミーは下手に手伝うとボロが出るから最初から最後まで座ってたもんな」
「それでも肩が凝るんだよ! 周りはみんなお坊さんだし、一番端っこの席って目立つし!」
正座を崩す暇すら無いよ、と嘆くジョミー君が座っていたのは末席でした。なんと言っても下っ端ですから、檀家さんと違ってお坊さん専用の場所には入れますけど、それが限界。お盆の棚経や春のお彼岸のお手伝いなどで檀家さんに顔が知れているだけに、どうしても注目を浴びてしまうわけで。
「やっと法要が終わったと思ったら副住職の就任挨拶で正座のままだし、ホントに肩が凝ったんだってば」
「ついでに足も痺れたってか? あの後、立つのに苦労してたな」
キース君が可笑しそうに笑っています。
「その辺もお前の修行不足だ。何のために法衣を着ているんだか…。あれは普通の着物とは違う。上手く座れば衣の下で足を崩すのも可能なんだぞ」
「えっ、ホント? それ、どうやるの?」
「さあな? 俺みたいに年がら年中付き合っていれば自然と身につく技の一つだ。まあ、頑張れ」
「うー…。ブルーの家まで朝のお勤めに行くのは嫌だし、行っても衣じゃないみたいだし…」
ブツブツ呟くジョミー君は、キース君の副住職就任挨拶が済んで記念撮影という段になって立ち上がれずに悪目立ちしてしまったのです。他のお坊さんたちは勿論、檀家さんたちもすぐに立って移動出来たのに…。
「肩凝りに痺れ、大いに結構。それを教訓に頑張りたまえ」
会長さんがニッコリと。
「失敗を糧に成長するのも人ってヤツさ。それに御馳走は食べられたんだし、いいじゃないか」
「そりゃそうだけど…。なんか、頑張れって言われちゃったよ? 飴も貰った」
誰か知らないお坊さんに、とジョミー君が首を捻ると、キース君が目を見開いて。
「飴だって? ブルー、あんたは知ってたか?」
「うん、貰う所は見ていたよ。就任披露で挨拶していた人だろう? 君がお世話になった人だとかで」
「そうだったのか…。ジョミー、お前は幸せ者だな。早く道場に行った方がいいぞ」
「え? なんでそういう話になるわけ?」
飴玉を一個貰っただけだよ、と怪訝そうなジョミー君ですが。
「あの人は伝宗伝戒道場に行った連中に仏と呼ばれる人なんだ。住職の資格を貰いに行くアレだが、厳しいって話は何度もしたよな? その修行中に色々と優しくしてくれる」
キース君の言葉に会長さんが「それで仏か…」と応じると。
「風邪を引きそうなヤツを指導と称して暖房の効いた部屋に呼んでくれるとか、廊下ですれ違った時に袂から飴やチョコレートを出してコッソリ渡してくれるとか…。文字通り地獄で仏ってヤツだ」
「へえ…。じゃあ、君も恩恵に与ったとか?」
「いや、俺は断固固辞したクチだ。そしたら覚えがめでたくなって、知らない間に評判を広めて下さったらしい。お蔭で同期で道場に行ったヤツの中でもトップと認めて貰えたんだ。…たかが副住職の就任披露にお招きしても来て下さったし、本当にいいお人柄だぞ」
あの方が璃慕恩院にいらっしゃる内に道場入りをしておくべきだ、とキース君は力説しました。
「どうせなら仏がおいでの間がいいだろう? 暖房の効いた部屋と差し入れだぞ」
「…だけど道場まで最短コースで二年なんだよね? 鉄拳道場なら一年でもさ」
そんなの嫌だ、とジョミー君。仏と称されるお坊さんとやらが璃慕恩院にいらっしゃる間に道場入りは出来るのでしょうか? 会長さんの読みでは軽く百年はかかりそうですし、恩恵は蒙れないんでしょうねえ…。

それからの話題は昨日の宴会。アドス和尚が吟味を重ねた料理は絶品、しかも仕出しではなくて元老寺の調理場で作られた熱々だけに蒸し物や焚合せなどが最高で…。
「次に食べられるのは何年後かなあ?」
もう立ち直ったらしいジョミー君ですが、キース君は素っ気なく。
「まず五十年は無理だろうな。いや、親父がいるから早ければ二十年も有り得るが」
「そんなにかかるの?」
「宴会に相応しい行事が無いんだ。親父が年を取らない以上、俺が住職になることは無い。住職の就任披露ともなれば派手なんだがな…。それ以外で一席設けるとなると、緋色の衣になった時だ」
これがハードルが高いんだ、とキース君。
「緋色の衣は大僧正しか着られない。坊主で一番上の位だ。そこまで昇るのが大変で…。親父も頑張っているが、まだ紫だしな」
そういえば法要の時にアドス和尚が着ている衣は紫です。その上が緋色らしいんですけど、位が上がれば着られるものでもないそうで…。
「親父はともかく、俺の場合は年齢という壁がある。順調に行けば十年ほどで紫の衣を着られる位を貰えるんだが、紫を着ていいという許可が出るのは四十歳だ」
「「「えぇっ?」」」
「それまでは松襲で我慢しろとさ。…青紫のことだが、松という字に襲うと書いて『まつがさね』と読む。緋色の場合は七十歳が目安だからな、親父でもまだ二十年近くかかるんだ。ブルーは全く問題ないが」
えっと…。じゃあ、会長さんが高校生の外見で緋色の衣を着てるってことは、それだけで凄いわけですね? 見た目以上の年齢である、と分かる人には分かるんですから。法衣姿の会長さんに出会ったお坊さんたちが仰天するのも当然で…。知らなかった、と騒ぐ私たちに向かって会長さんは。
「素人さんだと仮装なのかと思うだろうけど、本職が見れば分かるんだよね。まずは着物の材質が違う。ついでに袈裟も格が違うし、ぼくの噂を知ってる人ならピンと来るわけ」
キースがそこまで辿り着くのは早く見積もっても五十年後、と会長さん。宴会はそれまでお預けになるみたいです。アドス和尚が緋色の衣をゲットした時に招待してくれるかもですけれど、知り合いの数が多いでしょうから、私たちは呼んで貰えない気が…。
「無理だろうねえ、サムとジョミーがそれまでにモノになるとは思えないから」
まずは法類が最優先、と会長さんは人差し指を立てました。
「お十夜にもお坊さんが沢山来ていただろう? 殆どの人が法類さ。法類っていうのは同じ宗派で密接な付き合いがあるお寺。親戚筋だと身附法類、お寺同士の御縁だったら寺附法類」
「「「ミツキ? …テラツキ?」」」
何の事だか良く分かりません。会長さんによれば法類同士は住職がお寺を空けねばならない時に代理を務めたりするらしく…。
「キースの就任披露がお十夜だったし、みんな自分のお寺のお十夜の日程をずらしてくれたみたいだよ。キースは本当に果報者だよね」
「…まあな。親父も最初は遠慮して別の日を予定していたんだが…。法類同士で飲みに行った席で「お十夜にやってみたかった」とポロッと零してしまったそうだ。そしたらアッと言う間に段取りがついた」
そういえば副住職の話を初めて聞かされた時、就任披露は「秋のお彼岸が終わった後にするから、その日は法事の予定を入れない」とキース君が言ってましたっけ。元々はお十夜じゃなかったんですね。
「うん、お十夜は後付けだよ」
会長さんがパチンとウインクをして。
「本当だったら次の日曜日の筈だった。ちなみにその日は、予定が空いたと分かった途端に法事の予約が入ったけれど…ね」
お寺は年中無休が基本。キース君も副住職になったからには今までみたいに遊べないとか…? 急に心配になった私たちですが、会長さんは。
「平気だってば、アドス和尚が頑張ってるし! 長髪を貫くような不肖の息子は脇役で充分。…そうだよね、キース?」
「そんな所だ。あんたの境地には遙かに遠いさ」
まだまだ普通の高校生だ、というキース君の答えに一安心。副住職の就任披露の宴会の御馳走は凄かったですけど、あれがキース君との最後の晩餐になってしまったら悲しすぎです~!

そうは言っても美味しかったお料理は記憶にバッチリ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」も参考にすると張り切ってますし、元老寺で宴会の機会は無くても会長さんの家で食べられるかも? それもいいね、と話していると…。
「本当に美味しかったよね、あれ。…キースのお父さんに感謝しなくちゃ」
「「「えっ?」」」
いきなり部屋に出現したのは紫のマントのソルジャーでした。昨日の宴会にソルジャーは招待されていません。シールドを張って紛れ込むことは可能だったかもしれませんけど、お料理はキッチリ人数分しか無かった筈です。それとも予備があったとか? ホテルの宴会なんかの場合は余分に作ると聞きましたけど…。
「…キース、君が招待したのかい?」
会長さんの問いに、キース君は即座に否定。
「招待するわけがないだろう! ブルーの存在は秘密なんだぞ。仮に正体を誤魔化すことが出来たとしても、招待客を選ぶ権限は俺には無かった」
「そうだよねえ…。でもって、料理は厳選された材料なだけに予備は作ってない筈なんだ。おまけに盗み食いが出来る場所でもないし…。ん? まさか料理をしている端からコッソリ掠め取ったとか?」
やりかねないよね、とソルジャーを見据える会長さん。
「数が決まっている焼き物とかは無理だろうけど、和え物なんかは摘めそうだ。どの辺を失敬したんだい、君は?」
「失礼な…。ぼくはきちんとお金を払ってお店のお座敷で食べたんだけど?」
「「「は?」」」
ソルジャーが何を言っているのか、全く理解不能です。昨日の宴会は元老寺のお座敷が舞台でしたし、お店の出る幕は無い筈ですが?
「分からないかな、料理人を派遣していたお店の方に行ったんだってば! この間から君たちが盛り上がっていたし、きっと美味しい料理だろうなぁ…って。それで予約してハーレイと二人で」
それは思い切り盲点でした。会長さんもポカンとしています。
「え、えっと…。あれはアドス和尚…いや、キースのお父さんの特注メニューで、一般客には出さない筈で…。少なくとも来年のこのシーズンまでは封印かと…」
老舗料亭とはそういうものだ、と会長さんがやっとのことで切り返しましたが、ソルジャーは喉をクッと鳴らして。
「そういう方針みたいだねえ? でも店をやっているのは人間なんだし、暗示は簡単にかけられる。情報操作もお手の物! ぼくとハーレイが二人で楽しく食べた記録は欠片も残っていやしないさ。あ、代金の方も調整済みだよ、お店に損はさせてない」
食べた分だけ儲かっている、とソルジャーは自信満々です。
「ハーレイと結婚したのはいいけど、シャングリラの中で二人で食事じゃつまらない。だからといって育英都市に潜入するのも何処か変だし、たまにこっちに食べに来るんだ。夜景が綺麗なスポットとかね。…ノルディのお勧めは外れないよ」
「今もノルディにたかってるって!?」
会長さんが叫びましたが、ソルジャーはクスッと笑みを零して。
「慰問活動と言って欲しいな。君がつれなくするものだから、ぼくが顔を見せただけでも大喜びさ。ぼくのハーレイとデートなんだ、と正直に言っても色々な場所を教えてくれるよ。…昨日の店の件でも同じで、食べたいと言ったらポンとお金を渡してくれたし!」
遊び人のエロドクターは「舞妓さんを呼ぶと楽しいですよ」と花代まで上乗せしたらしいです。
「でもね、ハーレイと二人きりの方がいいだろう? 舞妓さんなんかを呼んでしまったら、食べさせ合ったりできないしさ」
「「「………」」」
ソルジャーとキャプテンのバカップルぶりは健在でした。老舗料亭の贅を尽くしたお座敷なんかで、凝ったお料理をお箸で「あ~ん♪」。女将さんとか仲居さんとかがウッカリ目撃してしまってたら、お気の毒としか言えませんです…。

「それで? 君は何しに来たんだって?」
バカップル自慢じゃないだろうね、と会長さんのソルジャーを見る目が据わっています。喋りまくっていたソルジャーの前には栗のエクレアのお皿と紅茶が置かれていますが、それは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が出したもの。会長さんの顔には「早く帰れ」とデカデカと書いてあるような…。
「あ。そういえば忘れてた」
ウッカリしてた、とソルジャーがキース君の方へ視線を向けて。
「お祝いを言いに来たんだよ。…副住職就任、おめでとう。頑張ったよね」
「は?」
あまりにも意外な言葉に目を丸くするキース君。そこへソルジャーが差し出したのは水引が掛かった箱でした。黒と白の水引ですけど、法事でも頼むつもりでしょうか?
「…なんだ、これは?」
「えっと、お祝いなんだけど…。ぼくとハーレイから心をこめて」
「………。あんたの世界ではお祝い事にも黒白なのか?」
文化の違いが大きすぎる、とキース君が呟けば、ソルジャーは。
「ぼくの世界じゃ贈り物にはリボンだよ。水引は無いね。…だけどこっちじゃ水引らしいし、ノルディに訊いたら「お寺さん宛には黒白ですよ」って」
そうだったのか、と納得しかけた私たちですが、遮ったのは会長さんです。
「お祝い事には紅白だってば、お寺でもね。…ちゃんと確認しなかっただろう、ノルディには?」
「え? う、うん、お坊さんに物を渡す時にはどうするんだい、って尋ねただけで」
「…そのせいだよ…。法事をする時のお供え物はお寺の分も用意する。それに水引をかけるなら黒白。お坊さんに渡す御布施も黒白。お坊さんの所へお祝いに行くっていうシチュエーションは普通は滅多に無いからねえ…。ノルディが勘違いしたのも無理はない。知識としては知ってる筈だよ、お祝い事には紅白って」
無駄に長いこと生きてるから、と会長さんが指摘すると、ソルジャーの姿がパッと消えたではありませんか。もちろん箱も残っていません。
「…何だったのさ?」
おやつも食べずに帰っちゃったよ、と会長さんが部屋を見回し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「帰るって言ってくれたら、エクレア、箱に入れたのに…。お代わり用に紫芋のも作ってあるのに…」
ちょっと残念、と小さな手がソルジャーのお皿を片付けようとした途端。
『すぐ戻るから置いといて!』
飛び込んできた思念はソルジャーのもので、私たちの頭上に『?』マークが飛び交います。ソルジャーは何処へ行ったのでしょう? と、部屋の空気がユラリと揺れて。
「ごめん、ごめん。大急ぎで直して貰ってきたよ。…改めて、副住職就任おめでとう、キース」
はい、とソルジャーがキース君の前に置いた箱には紅白の水引が掛かっていました。
「…本当に俺宛だったのか?」
「そうだよ、間違えてしまってごめん。デパートで包み直して貰ったんだ。包んで貰ったのもデパートだったし」
えっと。ソルジャーの衣装は紫のマントの正装ですけど、その格好でデパートに? まさか、まさか…ね…。私たちの目線に気付いたソルジャーはクッと笑って。
「この服かい? その辺はちゃんと誤魔化してるさ。…それよりも、これ」
開けてみてよ、と促すソルジャーに、キース君が警戒の色を露わにしつつも水引と掛け紙を外すと、出て来た物は桐の箱。何が入っているんだろう、と全員がキース君の手元を覗き込む中、蓋が取られて…。

「「「!!?」」」
箱の中身は数珠でした。水晶とかの石ではなくて渋い木製、紫の房が付いています。
「ぼくとハーレイの手作りなんだよ」
得意そうに胸を張るソルジャー。
「ハーレイは木彫りの趣味があるからね。珠は百八、ちゃんと数を調べて作ったさ。ハーレイが大まかな形を彫り上げて、ぼくがサイオンで綺麗な球体に整えて…。ついでに文字も入れたんだけど」
「「「…本当だ…」」」
数珠の珠には細かい文字が彫られていました。なんでも百八の煩悩とやらを一つの珠に一個ずつ刻んであるのだそうで。
「ぼくの世界にも資料は揃っているんだよ。だけど意外なヤツが煩悩なんだねえ、睡眠はともかく愛まで含まれてしまうなんてさ」
ぼくもハーレイも煩悩まみれってことじゃないか、とソルジャーは不満そうですけれど、何かと言えば大人の時間でバカップル三昧のくせに煩悩まみれじゃないとでも? でもまあ、キース君のために手作りの数珠というのは凄いです。水引だって直して来ましたし、大真面目なのは間違いなく…。
「親玉は水晶にしといたよ。そっちはハーレイの腕じゃ無理だし、ぼくがサイオンで加工した。ただ、最後に数珠に仕上げるのだけが、どうにもこうにもならなくて…。そこだけ、こっちの世界のプロにお任せしたんだけどね」
ソルジャーは念珠店……いわゆる数珠の専門店に出掛けて行ったみたいです。紫の房もお店のチョイスらしいのですけど、それ以外のパーツは全てソルジャーの世界のもので。
「木と水晶なら別の世界から来たヤツだって分からないだろ? 本当に使うかどうかはともかく、ぼくとハーレイからの気持ちをこめてプレゼントするよ。…高僧になれるように頑張って」
「あ、ああ…。有難く頂戴する」
キース君が数珠入りの箱を押し頂くと、ソルジャーは。
「本音を言えばね、思い出した時に使ってくれると嬉しいな。…ぼくの世界では大勢のミュウが殺されちゃったし、今この瞬間にも何処かの星や実験施設で抹殺されているかもしれない。弔ってくれる人が誰もいないのは悲しいからさ、別の世界とはいえ本職が祈ってくれるといいな、って」
「…そうだったのか…。だったらこれは使わないとな」
でなければ坊主失格だ、とキース君は数珠を箱から出すとスッと両手にかけ、慣れた手つきでジャラッと鳴らして。
「作りたての数珠というのは硬いんだ。糸が馴染んでいないんだな。何度も繰り返して使う間に柔らかくなっていくから使い込んだ数珠はすぐ分かる。…あんたとキャプテンが仲間を思って作った気持ちを疎かにすることは俺には出来ん。約束しよう、今日から一日に一度はこれを使うと」
親父に文句は言わせないさ、と数珠を再び箱に仕舞うキース君に、会長さんが。
「ぼくからのプレゼントだってことにしておけばいいよ。それなら堂々と使えるだろう?」
「それはそうだが…」
「大丈夫。君が普段に使ってる数珠よりも素材が劣る、と言いたいんだろうけど、銀青からのプレゼントだよ? お念仏を唱えれば人は等しく極楽に往生できるんだ。人間が皆、平等なのに、数珠の素材はそうではないと? 草木国土悉皆成仏…ってね」
最近は山川草木悉皆成仏と覚え間違えてる一般人も多いけど、と会長さん。
「「「ソウモクコクド…?」」」
「シッカイジョウブツ。存在する全ての物質は同じであり、全てに仏性が宿る。残念ながら仏典には載っていないんだよねえ、これ。この国の造語さ。…だけど考え方は正しいと思う。数珠の素材に優劣は無いよ。…キース、もしもアドス和尚が文句をつけたらそう言っておいて」
「分かった。…あんたの教えまで貰ってしまうと更に重みが増してくるな。サイオンを持った仲間の供養か…。なまじ世界が分かれている分、責任の方も倍増だ」
俺の力ではまだまだ届かん、とキース君は修行を積む決意を固めた様子。ソルジャーの世界を覗く力はタイプ・ブルーの会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」しか持っていません。それほど遠く離れた世界に向けて読経三昧とは、キース君、いつか会長さんと肩を並べる偉いお坊さんになれるかも…?

キース君に手作りの数珠を贈ったソルジャーは、毎日のお勤めに使って貰えるということに決まって喜んでいるみたいです。年に一度でも出して貰えれば充分だと思っていたようで…。
「悪いね、キース。…ぼくは嬉しいけど、君には押し付けがましいプレゼントって形になっちゃって」
でも折角の機会だし、とソルジャーは蓋が閉じられた数珠の箱を指差して。
「お坊さんには数珠だろう? 副住職就任の話は聞いていたから、お祝いついでにお願いしようと思ったんだ。…ブルーが前から色々やってくれているけど」
「「「えっ!?」」」
「あれっ、知らなかった? ブルーの正体はお坊さんだって分かった時から頼んであるんだ、個人的にね。春と秋のお彼岸と、夏のお盆と」
「…適当だけどね…」
あくまでぼくの生活優先、と会長さんは苦笑していますが、キース君ですら頑張ろうと思う役目です。高僧である会長さんが手抜きなんかをする筈もなく、私たちの知らない間に真剣に読経しているのでしょう。そこにキース君が加わるとなれば、別の世界で亡くなった人でも救われるかもというもので…。
「ぼくとハーレイの分も宜しく頼むよ、いずれはね」
まだ早いけど、と軽く片目を瞑るソルジャー。
「地球を見るまでは死ねないさ。…此処も地球だけど、ぼくの世界の本物の地球。地球に着いたらソルジャーもキャプテンもお役御免だ。そしたら結婚するんだよ」
何のしがらみも無くなるから、とソルジャーは綺麗に微笑みました。
「今はまだシャングリラの要職同士だ、結婚となると何かと面倒。ぼくはそれでもいいんだけれど、前にも言ったとおりハーレイが…ね。だから結婚は肩書きがスッパリ無くなってから! こっちの世界じゃ神様も認めるカップルだけどさ」
誓いを破ると地獄落ちになるブラウロニア誓紙が裏に貼られているのがソルジャーとキャプテンの結婚証明書というヤツです。つまりブラウロニアの神様が認めたカップルなわけで…。
「地球に着いたら何処で結婚しようかな? なにしろ地球の情報が無くて…」
座標も掴めていないんだよ、と苦労話を口にしつつも、ソルジャーの地球への憧れと夢は大きくて。
「こっちの世界と同じじゃなくても、再生は果たしているんだからね。やっぱり地球で結婚するなら海が見える所が最高かな、ってハーレイと何度も話してるんだ。なんと言っても水の星だし、こっちで結婚したのも海の別荘だったしさ…」
自分の世界の地球に着くまでブラウロニア誓紙は大切に仕舞っておくのだ、とソルジャーは幸せそうでした。青の間には掃除嫌いで片付けが苦手なソルジャー対策で掃除部隊が突入することが多いらしくて、下手に隠すと見つかってしまう可能性大。それでキャプテンに預けたらしく…。
「ハーレイの机の引き出しの底を二重底にして隠したんだよ。あれがある限りウッカリ死ねない。ぼくたち二人に何かあったら、ハーレイの部屋も片付けられて発見されちゃう」
そうなる前に地球に辿り着いて結婚しなくちゃ、とソルジャーは至って真剣です。ちょっと動機が不純ですけど、バカップルが円満なのは良いことですから手を取り合って地球を目指して貰わねば…。
「ぼくたちが地球に着くのが先か、キースが高僧になるのが先か。賭けはしないけど、お互い、夢は実現させなくっちゃね。でなければ夢で終わってしまうし」
頑張ろうよ、とキース君の肩をポンと叩いてソルジャーは帰ってゆきました。もちろんエクレアの残りを詰め込んだ箱を持って、です。代わりに残された数珠入りの箱はキース君の肩には重そうですけど、副住職になった以上はお勤めの方も頑張って~!



 

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