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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

教頭先生の大事な部分に残された毛は指の幅二本分だけのツーフィンガー。しかも形を綺麗な長方形に整えるために長さも揃えて切ってあったり…。脛毛を剃られた件も大概ですけど、ツーフィンガーを見てしまった今、脛毛や脇の無駄毛の処理は些細な事と言うべきでしょう。
「あれじゃハーレイが悩んでいるのも無理ないよ。悩み過ぎて十円ハゲになっちゃう前に専門家の意見を聞くべきだってば」
十円ハゲになってからでは遅いんだ、と主張しているのはソルジャーです。
「下の毛が指二本分の幅しか無くて頭の方は十円ハゲって悲惨だよ? ツーフィンガーはお風呂の時しか目につかないけど、十円ハゲは一目瞭然! 場所によってはハーレイの髪でも隠せないかもしれないし!」
「そうかな? オールバックだから上手く隠せば…」
大丈夫そうだよ、と会長さんが反論すればソルジャーは。
「ハゲるのが頭の天辺だとは限らないよ? 生え際だとか項に近い場所がハゲたらどうするのさ?」
「十円ハゲも愛嬌じゃないかと思うけどなぁ。…ツーフィンガーだって」
「愛嬌で済むんならハーレイは絶対悩んでいない! 要するに君が行きたくないだけなんだろ、ノルディの所へ」
ソルジャーがビシッと指摘し、会長さんは渋々といった様子で頷きました。
「…まあね。十円ハゲの方はともかく、ツーフィンガーがお風呂に入るのに差し障りそうなのは認めるよ。ハーレイを連れてった先はメンズエステだし、ああいう処理をしている人もいるんだろうけど…。少なくともぼくは見たことは無い。だからハーレイの悩みは分かる。分かるんだけど…」
「ノルディの所へ行ったりしたら自分の立場が危うい、と。…ノルディは君に御執心だしねえ…。だったら、ぼくが連れて行こうか?」
ノルディとはバッチリ顔馴染み、と片目を瞑ってみせるソルジャー。
「ハーレイの頭を悩ませているツーフィンガーはぼくもしっかり目撃したし、的確に説明出来ると思う。きっとハーレイは恥ずかしがって答えるどころじゃないだろうしね」
「うーん…。そっちの方がマズイ気がする。なにしろ君は前科が多い」
「失礼な! ぼくが今まで何をしたと?」
「思い出すのも嫌になるほど色々やらかしてくれただろ! ノルディ相手にもハーレイにもさ」
その調子で出て行かれたら困るんだ、と会長さんは文句たらたら。
「君がハーレイの受診に付き添ってるってだけでノルディは妙な勘繰りをしそうだし…。そうでなくても相談するのがツーフィンガーへの対処法だし、ぼくの名前が嫌でも出てくる。だからって犯人は君だっていうことにでもしたら、それはそれで話がこじれるんだよ」
「別にこじれてもいいじゃないか。解決すれば結果オーライ」
「全然良くない! ノルディがぼくをどんな目で見るか、はたまた君とノルディが更に危ない関係になるか…。そこへハーレイまで絡んで来たら、どうにもこうにもならないし!」
「運命の糸が縺れまくりっていうのも素敵じゃないかと思うけどねえ? ツーフィンガーを機会に三角関係、四角関係、ぼくは大いに歓迎するよ」
どんと来いだ、とソルジャーは楽しげな笑みを浮かべています。けれど会長さんがそんな展開を喜ぶ筈も無いわけで…。
「お断りだよ! それくらいなら、ぼくが行く!」
バンッ! と会長さんがテーブルを叩いた所でソルジャーがスッと差し出した物は携帯電話。見覚えのあるそれは会長さんの携帯でした。
「じゃあ、電話。…君がハーレイを連れて行くんだろ? ノルディの所って予約制だよね」
「な、なんでそういう方向に…!」
「君が自分で言ったんじゃないか。嫌ならぼくが電話するけど? えーっと…」
携帯を弄り始めたソルジャーの手から、会長さんがマッハの速さでそれを奪い取って。
「分かったよ、かければいいんだろう! …もしもし?」
電話はすぐに繋がったらしく、会長さんは不快そうな顔で。
「…ぼくだけど。ちょっと予約をお願いしたくて…。え? 特別に開けてくれるって? そ、それは…。細かいことは行ってから言うよ、6時以降だね。それじゃ、よろしく」
通話を終えた会長さんの顔にはデカデカと『不本意』の三文字が。エロドクターは会長さんが受診するのだと思い込んだ上、本来ならば休診の所を都合をつけると言ったとか。
「医師会の仲間と飲む約束はドタキャンにしておくってさ。今日が休診なのは知っていたから明日以降だと思ったのに…」
「早い方が有難いじゃないか、毛は一日にして伸びずだよ。後はハーレイに話をつけるだけだね」
善は急げ、とソルジャーは内線電話に手を伸ばしました。パパッとダイヤルを押して教頭室を呼び出しています。会長さんは顔色を変え、受話器をサッと引ったくると。
「あ、ハーレイ? さっきはごめん。別に笑い物にしたかったってわけじゃないんだ、ブルーが出てきてゴチャゴチャ言うから…。でね、物は相談なんだけど…」
エロドクターの診療所に行かないか、という会長さんの提案に教頭先生は躊躇したようですが、ツーフィンガーで悩んでいるのは事実。解決策が見つかるのなら…、と藁にも縋る気持ちで申し出を受け入れ、会長さんとお出掛けすることに。餅は餅屋と言いますものね、劇的に効く育毛剤がありますように…。

約束の6時を迎える少し前。私たちはお通夜のような気分で教頭室に向かって歩いていました。シールドで姿を隠したソルジャーも一緒に来ています。
「なんで俺たちまで行かされるんだ…」
キース君がぼやけば、会長さんが。
「ボディーガードだと言っただろう。ノルディの所に行くんだよ? ブルーとハーレイとぼくだけで行けば何が起こるか想像がつくと思うけど?」
「しかしだな…。教頭先生はこんな面子は全く望んでらっしゃらないかと」
「ハーレイの意見はどうでもいいんだ。ぼくの安全が一番大切! そう言えば必ず納得するさ」
「「「………」」」
一様に押し黙る私たち。そして辿り着いた教頭室では会長さんの読みの通りに教頭先生の承諾が。
「…ブルーを危ない目に遭わせるよりは、私一人が辛抱する方がいいだろう。正直、かなり恥ずかしいのだが……一度見られた後でもあるしな」
恥ずかしいのは我慢しよう、と教頭先生は赤くなりながらも付き添いを受け入れる覚悟です。そこでソルジャーがクッと笑って…。ええ、とっくの昔にシールドを解いていましたとも!
「いい覚悟だね、ハーレイ。その決心に見合う成果が上がればいいんだけれど…。そうそう、ノルディの診察を受けてみれば、って提案したのはぼくだから! 劇的に伸びる薬があったら盛大に恩を感じて欲しいな」
「…あなたの発案だったのですか…。どおりで妙だと思いました」
ブルーはノルディを嫌ってますし、と教頭先生は苦笑い。それでも会長さんが予約をしてくれ、更に同行してくれることが嬉しくて堪らないみたいです。ツーフィンガーに追い込んだのは他ならぬ会長さんですけども、そっちの恨みは忘れたんですか、そうですか…。いえ、最初から恨んでなんかいないんでしょうねえ。
「おっと、6時だ」
ソルジャーが壁の時計を見て言い、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に「行くよ」と合図。
「かみお~ん♪ しゅっぱぁ~つ!」
パアッと青い光が溢れて私たちはサイオンに包まれました。目指すはエロドクターの診療所。教頭先生が駐車場に置いていた愛車も同時に教頭先生の家のガレージへと運ばれて行ったことでしょう。身体がフワリと浮く感覚があり、床に足がつくと…。
「ようこそいらっしゃいました」
白衣を着けたエロドクターが待合室に立っています。
「ブルーとぶるぅだけかと思えば、なんと皆さんお揃いで…。しかし、何故ハーレイまでいるのです? 今日の患者はブルーなのでは? …ブルーの付き添いでしたらハーレイは余計な気がしますがねえ…」
解せません、と首を捻るエロドクターにソルジャーが。
「今日の患者はハーレイなんだよ」
「は?」
「だからハーレイが患者だってば! 一人じゃ度胸が出ないだろうから付き添いが要ると思ったんだけど、ぼくが付き添うと言ったらブルーが文句を…。だけどブルーは自分一人で付き添いをするのは嫌なんだよね。…そういうわけで増殖したのさ、付き添いが」
「はあ…。付き添いの件はそれで分かりました。が、ハーレイが患者ですか…」
風邪ひとつ引かない男だったと思うのですが、とエロドクター。
「まさしく鬼の霍乱ですね。ギックリ腰でもないようですし…。で、本日はどうなさいました?」
奥へどうぞ、とエロドクターは診察室へ入ってゆきます。さて、教頭先生の窮地を救う素晴らしい薬はあるのでしょうか? こんな所まで来たんですもの、収穫無しでは浮かばれませんよ~!

診察室の椅子に所在無げに座った教頭先生。育毛の相談だとは思いもしないエロドクターは普段の診察のマニュアルどおりに口を開けさせて喉をチェックし、お次は定番の聴診器です。更に脈を取り、血圧を測り、手元のカルテに目を通すと。
「…これといった症状は無いようですが、腹痛ですか、それとも頭痛? 黙ってらっしゃったのでは困りますねえ…。メタボ検診をご希望でしたら先に仰って頂きませんと」
「いや、私は……そのぅ、メタボではないと思うが…」
「そうでしょうねえ、三月の末にシャングリラ号で検査した時には正常値でしたし。とはいえ、油断するとメタボになりますよ。今日も何らかの自覚症状があって受診なさってらっしゃるのでしょう? 痛風でしたらメタボの方も改めて検査しませんと」
エロドクターの発想は思い切り斜め上でした。何処から痛風が沸いて出たんだか…。教頭先生もブスッとしています。
「…断じて痛風などではないぞ」
「おや、そうですか? 足の方を気にしてらっしゃるように見えましたので…。これは失礼」
なるほど、痛風といえば普通は足に出ますよね。ツーフィンガーもさることながら脛毛も剃られた教頭先生、頻りと足を見ていたようです。気になっているならズバリと言ってしまえばいいのに、言えない所が微妙な男心でしょうか? と、ソルジャーが教頭先生の肩を軽く叩いて。
「ほらね、勘違いされちゃってるし! 足なら足だとハッキリ言う!」
「…し、しかし……」
「相手は本物のお医者さんだよ? 相談に乗って欲しいんだったら言わなくちゃ」
「……だが……」
やはり言えない教頭先生にエロドクターが溜息をついて。
「何処が悪いのか自分で説明できないケースは赤ん坊と幼児くらいなものですよ? 仕方ありません、脱いで下さい」
「なんだと?」
眉間に皺を寄せる教頭先生に、エロドクターは涼しい顔で。
「とりあえず全部脱いで頂けますか? それから診察台に横になって頂ければ全身をチェック致します。…私もプロの医者ですからね、それで大体分かりますとも」
「こ、断る…!」
「ほほう…。即座に仰った所をみると、何か脱いだらマズイことでも? 上半身は先ほど見せて頂きましたし、問題は下半身ですか?」
言い当てられた教頭先生、ウッと呻いたのが運の尽き。エロドクターはニヤニヤと…。
「ああ、見当がつきました。EDが再発したわけですね。そういうことなら薬を出させて頂きますので、それで暫く様子を見て…。おや、EDではないのですか?」
ブンブンと首を横に振っている教頭先生。それでもツーフィンガーをカミングアウトする度胸は出てこないらしく、痺れを切らしたソルジャーが。
「…剃られちゃったんだよ、下半身の毛を」
「は?」
間抜けな声を上げたエロドクターにソルジャーは重ねて言いました。
「メンズエステに連れて行かれて危うく脱毛される所を剃るだけで勘弁して貰ったとか…。脛毛と脇毛は綺麗に剃られて、なんだったかな…Vライン? それも剃られて、トドメにツーフィンガーなのさ」
「……はあ……」
ポカンと口を開けているエロドクターの頭の上には『?』マークが飛び交っています。そりゃそうでしょう、教頭先生とは結び付かない単語の嵐で、挙句の果てにツーフィンガーでは…。
「あーあ、君でも混乱しちゃうのか…。だったらハーレイが悩みまくるのも無理ないね。診察に来たのは劇的に伸びる育毛剤があるといいな、っていう理由。今の状態では恥ずかしくって合宿でお風呂に入れないらしい。…こんな風になっちゃってるから、急ぎで伸ばしたいんだよ」
見て、とソルジャーがやらかしたのは教頭先生のズボンと紅白縞を椅子に座ったままの状態でストンと床に落とすこと。サイオンを使えば簡単だとは分かってますけど、わざわざ公開しなくても…。ツーフィンガーは一回見れば充分です。いくらモザイクつきだとはいえ、二回も見せられちゃうなんて~!

「………。これは確かに問題ですね」
エロドクターが我に返って口を開くまでには1分以上かかったかもしれません。その間、教頭先生は動くことも出来ずに指二本分の幅で残された毛と大事な部分を大公開。どうやらソルジャーがサイオンで縛っているようです。エロドクターは徐にメジャーを取り出すと。
「…4センチ」
計ったものはツーフィンガーの幅でした。
「でもって、長さが…。ふむふむ、剃られた部分はこの辺りまでということですか」
あちこちにメジャーを当ててからカルテに図解と数値を書き込み、教頭先生の方へ向き直って。
「剃られてしまったと伺いましたが、どういう理由でメンズエステに? 毛深いのは好みでは無いと誰かに言われでもしましたか? 如何にもブルーが言いそうですがねえ…」
「「言わないよ!」」
会長さんとソルジャーの声が見事にハモッて、ソルジャーが。
「ぼくはワイルドな方が好きだし、剃っちゃうなんてとんでもない! でもって、ブルーは毛深かろうがツルツルだろうが、ハーレイなんかは眼中に無いさ。…だけどハーレイなら剃りそうだねえ? ブルーにツルツルが好きだと言われたら」
「なるほどねえ…。すると犯人は、こっちの世界のブルーですか? 上手く騙して剃らせたとか?」
「騙された方がハーレイは幸せだったと思うな、ブルーが喜ぶと思い込んで自発的に剃りに行くわけだしね。…連れて行かれたって言っただろう? 無理やり剃られてしまったんだよ、脇とか脛もセットにして」
ほらね、とソルジャーが指差したのは教頭先生の剥き出しの脛。ええ、教頭先生は今も下半身は丸裸のままなのです。靴下とスリッパは履いてますけど。
「おやおや、足までツルツルですねえ。脇も剃られたと仰いましたが、なんでまた? そんな必要がいったい何処に…?」
「話せば長くなるんだけどね、ブルーが水着を着せようとしたのが発端かな。それもハイレグの」
こんな感じで、とソルジャーが思念でイメージを直接送ったらしく、おええっ、と呻くエロドクター。
「な、なんなのです、これは! 不気味としか言いようがありませんが」
「ウケたようだよ、シャングリラ学園の生徒たちには。ブルーも個人的に気に入ったのか、ツーショットなんかを撮っていたっけ」
「ツーショットですって!?」
有り得ません、とエロドクターは教頭先生を睨み付けて。
「あんな格好でブルーと写真に写ろうだなんて、厚かましい…。ブルーの隣に相応しいのはテクニシャンの私の方ですとも! ブルーを喜ばせるだけの自信も技も持ってますしね」
「……そ、そのぅ……」
教頭先生が消え入りそうな声を上げました。
「ズボンを履いてもいいだろうか? 診察は済んだと思うのだが…」
「おや。てっきり好きで露出してらっしゃるのかと…。これは失礼。ご自由にどうぞ」
ソルジャーのサイオンによる拘束が解けたらしくて、教頭先生は床に滑り落ちていた紅白縞とズボンを慌てて身に着けています。エロドクターはそれを横目で眺めながら。
「で、診察にいらした目的は劇的に伸びる育毛剤は無いかということでしたね? みっともないモノを見せて頂きましたが、私にそれを育毛しろと?」
「い、いや…。い、言い出したのは私ではなくて…」
しどろもどろの教頭先生に代わって、ソルジャーが。
「ぼくが言ったんだよ、育毛するならプロの意見を聞くべきだ、ってね。柔道部の合宿が近いらしくて、それまでに伸ばしておきたいらしい。足はともかくツーフィンガーは悪目立ちするし」
「…ああ、ツーフィンガーは目立つでしょうねえ…」
分かります、と頷くエロドクターはツーフィンガーという単語を知っていたようです。遊び人だけに、そういう流行りモノにも詳しいのでしょう。しかし…。
「こうなった以上、いっそワンフィンガーになさっては? それとも全部剃ってしまうとか…。その方が潔いですよ。育毛剤で劇的に伸びるということは無いですからねえ」
そんな薬は無いのです、とエロドクターはバッサリ切って捨てました。教頭先生、わざわざ此処まで連れて来られた上に恥ずかしい思いもさせられたのに、育毛剤が無いなんて…。御愁傷さまとしか言えませんよね。

合宿までにツーフィンガーは解消しそうにないと悟った教頭先生は傍目にも分かるガックリ状態。伸ばせないなら剃ってしまえとエロドクターは煽っていますが、そっちの方が更に情けないのは間違いなしです。何もかも会長さんのせいなんですけど、サイオニック・ドリームで誤魔化してあげる気は無いそうですし…。
「…弱ったな…。やはり風呂は諦めるしかないのだろうか…」
教頭先生の力無い呟きを聞き咎めたのはエロドクター。
「風呂を諦める? それは感心しませんね。夏こそ清潔にするべきです」
「…いや、風呂に入らないというのではなくて…。生徒と一緒に入浴するのはマズかろうと」
「それで合宿までに伸ばそうと焦っておられたのですか。…お気の毒ですが、育毛剤で伸びが速くなることはありません。この辺りは体質とでも申しますか…。体毛は男性ホルモンが多いと伸びるのが速いのは確かですがね」
そう言ったエロドクターに向かってソルジャーが。
「へえ…。だったら、それを投与してみたら? 少しは速くなるかもしれない」
「そう簡単にはいきませんよ。あなたの世界にそういう薬は?」
「うーん…。ぼくの世界にも劇的に伸びる薬というのは無いんだよ。人類側の最先端のデータバンクにはあるのかな? でも……ゼルの頭もダメだったし…」
ソルジャーは自分の世界のゼル機関長が薄毛に悩み始めた頃に人類側のデータを調べに行ったそうです。たかが仲間のハゲのために危険な橋を渡らねばならないとは、ソルジャー職は大変なのだなぁ…、と誰もが思ったのですが。
「あれは完全にぼくの趣味! 人類側に入り込むのは大好きでね」
「「「………」」」
「スリリングだし面白いよ? あっち側の人間になりすましてみたり、色々やっているんだけれど…。特に好きなのは研究所かな」
虎穴に入らずんば虎児を得ず、と得意げにウインクするソルジャー。それでも育毛剤のデータは無かったわけで、教頭先生、やはり諦めて頂くしか…。と、エロドクターがニッと笑って。
「私と代わって差し上げられればいいのですがねえ…。私は伸びるのが速いのですよ」
「「「は?」」」
なんのこっちゃ、と皆の視線が集中する中、ドクターは。
「スケベな人は髪が速く伸びる、とお聞きになったことはないですか? これが男性ホルモンと関係があると言われる所以です。…実際に速く伸びるのですが、髪ではなくて体毛でして…」
なんと! エロドクターの異名はダテではないと? ああ、教頭先生にその体質があったなら…。
「ハーレイもそれなりに速い方ではないかと思いますがねえ、濃さから言って。…しかし私の方が上です。濃くはないですが伸びるのは速い。…ブルー、無駄毛は多めの方がお好みですか?」
エロドクターが尋ねた相手はソルジャーでした。ソルジャーは「うーん…」と首を捻って。
「ハーレイ限定なら無駄毛の処理はしてない方が好みかなぁ。…だけど、君ならどうだろう? ツーフィンガーとかワンフィンガーとか、素っ頓狂な処理をされるよりかは、普通に無駄毛は少なめでいいかな」
「分かりました。では、どうですか? せっかくおいでになったのですから、私と一晩」
「いいかもねえ…。そうだ、ブルーも一緒にどう? ハーレイなんかは放っておいてさ」
きっと素敵な思い出になるよ、とソルジャーが誘えば、会長さんは顔面蒼白。なのにソルジャーは会長さんの手首をガッシリ掴むと。
「この際だから楽しもう! ノルディのベッドまで直行便だ」
ユラリと立ち昇る青いサイオン。ソルジャーのもう一方の手はエロドクターの手を握っています。
「おい、待て!」
キース君が叫んで飛び出すよりも早く空間が歪み、もうダメだ……と思った時。
「ブルー!!!」
教頭先生の絶叫と共に弾けた緑色の光。誰かが「伏せろ!」と私たち全員の身体を突き飛ばして…。

「……高価な医療機器もあったのですがねえ……」
溜息をつくエロドクター。診察室は足の踏み場も無い状態で、医療機器やカルテが床に散乱しています。その真ん中に仰向けに倒れている教頭先生の傍らにソルジャーが屈み込んでいて。
「仕方ないだろう、ブルーの真似をしたまでさ。新しい技には興味があるんだ。…でも、こんなサイオンの使い方はぼくの世界では出来ないし」
周囲が何かとうるさくて…、とソルジャーは診察室を見回すと。
「被害は最小限に抑えた筈だよ、この部屋の外には振動一つ伝わってないさ。警備システムも作動してない。ブルーだとこうはいかないね。下手をしたら診療所ごと吹っ飛んでいる。…そうだろ、ブルー?」
「…悔しいけれど当たっているよ。で、君はハーレイをバーストさせるためにノルディの誘いに乗ったのかい?」
「うん。君が絡めばバーストするかと…。案の定、派手にやってくれたよ」
ソルジャーはエロドクターの誘いに応じるふりをし、会長さんを巻き込むことで教頭先生の危機感を煽ったみたいです。切羽詰まった教頭先生、ついにサイオンが大暴走。その機に乗じてソルジャーが教頭先生のサイオンをサイオニック・ドリームを操れるように方向づけて…。
「ノルディが誘ってくれなかったら、この方法は思い付かなかった。でも一瞬で思い付いた上に実行に移して、ちゃんと結果を出せたってことは場数を踏んでいるからで…。感謝して欲しいね、ぼくの力に」
そんなソルジャーにエロドクターが。
「結局、ハーレイはどうなったのです? サイオニック・ドリームを操れるようになったそうですが、体毛限定だとか聞こえましたが…?」
「そうだよ? キースが髪の毛限定で使える話は知ってるだろう? それと同じで体毛限定。正確に言えばツーフィンガーを誤魔化せるというのが正しいかな。足と脇は意識して気合を入れないと難しいかもね」
クスクスクス…と笑うソルジャーに、エロドクターは思い切り苦い顔をしています。
「診察室をメチャクチャに壊された私からすれば、感謝する気にはなれませんねえ…。部屋と医療機器の修理は高くつきますが、請求書をハーレイ宛に送った所で払えないのは見えていますし…」
「ぼくで良ければ身体で返してあげるけど? 君が企画してくれた模擬結婚式以来、ぼくのハーレイは言うこと無しだし! 一生満足させてみせます、と誓っただけのことはあるんだ」
「…謹んで遠慮させて頂きますよ、今日の所は。とりあえず、ハーレイを起こして仕上がりを確認なさっては?」
エロドクターに促されたソルジャーが教頭先生をサイオンで目覚めさせると、教頭先生は部屋の惨状に息を飲み…。
「すまん、ノルディ。…本当に申し訳ないことを…」
平謝りに謝る教頭先生に支払い能力はありませんでした。会長さんとの結婚を夢見て貯金しているキャプテンの給料からなら払えるそうですが、エロドクターはそれを固辞して。
「ブルーには私も惚れていますし、ブルーのために貯めてある資金をピンハネしたくはないのですよ。この費用は……そうですね、身体で払って頂きましょうか」
「「「身体で?」」」
力仕事でもするのだろうか、と散らかった診察室を見渡す私たち。修理に備えて片付けるだけでも大変そうな雰囲気です。それを教頭先生にやらせるのなら納得だ、と思ったのですが、エロドクターは。
「ともあれ、脱いでみて下さい。本当にサイオニック・ドリームが操れるかどうかの確認です」
「…あ、ああ…」
スウェナちゃんと私が揃って後ろを向いている間に教頭先生はズボンと紅白縞を下ろし、ソルジャーに叩き込まれたサイオニック・ドリームを披露。結果の方は文句無しで…。
「良かったね、ハーレイ。これで合宿も平気だろ?」
「ありがとうございます。本当に一時はどうなることかと…」
ソルジャーに頭を下げる教頭先生。そこへエロドクターが拾い集めたアルコール綿やハサミを持ってきて…。
「では、万事解決ということでお支払いの方をお願いします。…ワンフィンガーなどは如何でしょうか? 私の専門は外科でしてね。切るのは勿論、毛刈りも得意なのですよ。剃毛は医者の仕事の範囲外ですが、たしなみです」
看護師がいない現場でも手術出来てこそプロでして…、とハサミを鳴らすエロドクター。
「ま、待ってくれ、ノルディ! そ、それだけはやめてくれ~!」
教頭先生の野太い悲鳴が響き、ソルジャーのサイオンが教頭先生を金縛り。会長さんが床に倒れた診察台をサイオンで引っ張り起こして、教頭先生を上に乗っけて、しっかりと台に固定して。
「綺麗に剃って貰ったら? ワンフィンガーはぼくも興味があるな」
「皆さんが協力的で嬉しいですよ。では、早速」
腕まくりをしたエロドクターと、会長さんとソルジャーと。共犯者たちが笑みを交わした後は、チョキチョキと鳴るハサミの音と、ジョリジョリジョリ…と剃刀の音。教頭先生のツーフィンガーはワンフィンガーへと変身中です。とんだ結末になりましたけど、教頭先生、流行りの形でオシャレにキメて下さいね~!




 

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会長さんの悪戯心で無駄毛を剃られた教頭先生。ハイレグ水着を身に着けるのに必要な部分だけ剃れば充分なのに、まるで無関係な所の毛までを剃り落とされたらしいのです。会長さん曰く、ツーフィンガー。指二本分だけの幅を残して。
「それって意味があるのかい? ぼくにはサッパリ分からないけど」
そう言ったのは時空を越えて現れたばかりのソルジャーでした。どの辺りから聞いていたのか分かりませんが、私たちの世界を覗き見するのが好きなのです。おまけにソルジャーはトラブルメーカー、よりにもよってこんなタイミングで出てくるなんて最悪としか…。
「ツーフィンガーの意味は分かるんだ。指の幅二本分だろう?」
このくらいかな、と指を揃えて出すソルジャー。
「それとも剃られる人の体格に合わせて決まるわけ? だったらもう少し太めになるね。ハーレイの手は大きいからさ」
「…別にそういうわけでもないけど」
会長さんがフウと溜息。来てしまったものは仕方ない、と腹を括ったみたいです。ソルジャーの方は興味津々、ツーフィンガーについて一通りの話を聞き出すまでは帰るつもりも無さそうでした。そんなソルジャーに会長さんは。
「指二本分は目分量ってトコじゃないかな、ぼくが見せられた参考図では長方形が描いてあっただけだから。もちろん写真なんかじゃない。ただのイラスト」
「イラストだって? 写真の方が良さそうなのに」
そっちの方が仕上がりをイメージしやすい、とソルジャーは指摘したのですけど。
「写真で出すのはアウトだってば! そういうサロンもあるかもだけど、真っ当なサロンは違うと思う。…君の世界はどうなってるのか知らないけどね、こっちの世界じゃそういう部分を撮った写真は表に出せない」
「…ふうん? そうか、教育上よろしくないのか…」
「大人相手でも一応禁止! 芸術以外はダメじゃないかと」
「なんだか面倒な世界だねえ…。そんな世界でツーフィンガーにする意味なんか何処にあるんだい? ますますもって分からないよ。見せられないんじゃ意味無いし!」
だってそういうものだろう、とソルジャーはソファに腰掛け、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が差し出す紅茶とタルトのお皿を受け取りながら。
「わざわざプロの手を借りて整えるんなら、それなりにお金もかかるじゃないか。披露しないでどうすると? こんなに綺麗にしてますよ、って見せびらかすのが普通じゃないかと…。ああ、もしかして温泉とかかな? 大浴場なら人も多いし、そういう所に行くためとか?」
「大浴場でも温泉場でもないってば! あえて言うなら身だしなみ!」
会長さんが繰り出した言葉に私たちはビックリ仰天。教頭先生が合宿でお風呂に入るべきか否か悩むようなヤツの、いったい何処が身だしなみだと? それが本当なら教頭先生の悩みは不要、育毛剤を探さなくてもいいわけで…。会長さん、教頭先生に言いに行ってあげて下さいよ~! …しかし、会長さんは私たちの方をチラリと眺めて。
「ああ、勘違いさせちゃったね。この国ではまだメジャーじゃないから、変な目で見られてしまうかと…。外国で流行っているとは言っても、どのレベルまで普及してるかは知らないんだ。だけどブルーがどんな意味かと訊いてくるから、身だしなみだと答えただけ!」
「…それってホントに身だしなみの意味があるのかい? 変な目で見られてしまうんだったら、やらない方が良さそうだけど?」
ますますもって意味不明、とソルジャーは自分の指を眺めて。
「この幅に何か深い意味でも隠されてるとか? なにしろ場所が場所だしねえ…。シンボル的な何かとか?」
「深読みしなくていいってば! ワンフィンガーもあるって言ったろ、単なる処理法の問題なんだよ!」
「………ワンフィンガー?」
それって何さ、とソルジャーが首を傾げました。もしやソルジャー、途中からしか話を聞いていませんでしたか? 会長さんが慌てて口を押さえています。ツーフィンガーに加えてワンフィンガー。ソルジャーの好奇心をくすぐる単語を出してしまうとは、思い切りドツボか特大の墓穴…?

「ねえ、黙っていたんじゃ分からないけど? ワンフィンガーって、どんなヤツだい?」
ソルジャーは気になって仕方ないという顔をしています。会長さんの心を読めば簡単に分かると思うのですけど、それをしないのがソルジャーの流儀。本当に興味をそそられた時は、相手が答えを口にするまで手を変え品を変えして追及するのが大好きで…。
「要は処理法なんだよね? ツーフィンガーというのは分かった。それとセットでワンフィンガーってヤツもある…、と。すると問題は毛の残し方?」
「下品な物言いはやめたまえ!」
柳眉を吊り上げる会長さんに、ソルジャーはフンと鼻で笑って。
「ぼくは毛の残し方としか言っていないよ? あそこの毛だとは一言も口にした覚えはないね」
「今、言った!」
「細かいことは言いっこなし! で、やっぱり残し方が問題になるってわけ? ツーフィンガーが指の幅二本分なら、ワンフィンガーは一本分?」
「………。分かってるんなら聞かなくっても…」
会長さんは額を押さえましたが、ソルジャーは全く気にしない風で。
「なるほど、ワンフィンガーは指一本ねえ…。そんな幅のを未練たらしく残しておくなんて、ますます意味が分からないなぁ。全部スッパリ剃ればいいのに」
「勿論そういう人だっているさ。身だしなみだと説明しただろ? ツーフィンガーもワンフィンガーも、手をかけてます、ってアピールなんだ。無駄毛の手入れをしていることが重要なんだよ」
「ふうん…。だったらハーレイも気にしなくってもいいのにねえ? ちゃんと手入れをしています、って証拠なんだし、わざわざ育毛しなくたってさ。ツーフィンガーとやらに整えたんだし」
堂々とお風呂に入ればいいんだ、と言うソルジャーは脱毛と男の世界な柔道部とが相容れないことを理解できないらしいです。会長さんやキース君たちも何と説明すればいいのか困っていますし、これは世界が異なるゆえの認識の差として流すべきかと思った所へ。
「ああ、ちょっと分かってきた気がするよ。セックスアピールが重要なんだね」
「「「は?」」」
ソルジャーが口にした妙な単語に、今度は私たちが『?』マークを飛ばす番。セックスアピールって、何処をどうすればそうなると? そもそもセックスアピールの意味自体、万年十八歳未満お断りの身にはイマイチ掴めていないのですが…。けれどソルジャーは勝手に一人で納得中。
「こっちの世界のハーレイを基準に考えようとしたのが失敗だった。ぼくのハーレイに置き換えてみれば良かったんだ。…もしもハーレイがツーフィンガーとやらになっちゃってたら興醒めというか、悲しいというか…。百年の恋も冷めそうだよね」
「「「???」」」
「だからさ、ぼくがハーレイとベッドインしようとしたとするだろ? 期待に満ちて脱がせてみたらツーフィンガーって最低だよ! ワイルドさの欠片も無いじゃないか」
男はやっぱり獣でないと…、とソルジャーは主張し始めましたが、そこで漸く会長さんが我に返って。
「ストーップ! 理解したらしいのは有難いけど、その辺でやめてくれないかな? この子たちはそういう話は理解出来ないし、余計な知識も増やしたくない。…とにかく、ハーレイは悩んでいるんだよ。それが分かれば充分だろう」
「うーん…。男らしさをアピールするには毛が無いとダメで、だけど現状はツーフィンガーで…。そうだ、それって見た目はどんな感じになるのかな? こう、漠然と想像するのと、実際に見るのとは違うとか?」
ソルジャーの関心はツーフィンガーから教頭先生の実情の方へと移ったようです。なんだか嫌な予感がするのは私だけ? ソルジャーは教頭室のある方向に視線を向けていますけど…。
「…幅は想像したとおりかな」
このくらい、とソルジャーが指を二本並べてみせました。
「だけど覗き見では幅くらいしか分からないね。ハーレイがトイレにでも行ってくれればいいんだけれど」
「トイレ?」
怪訝そうな会長さんに、ソルジャーは。
「トイレに行けばズボンを下ろしてくれるかなぁ…って。あ、紅白縞が残っているから見えないか…」
「いったい何が言いたいのさ?」
「君も覗き見したんだろ? ズボンの上から見てるだけだと実態がよく分からない。脱いだ時にはどんな具合か、やっぱり気になってしまうじゃないか!」
なんと言ってもツーフィンガー、とソルジャーは二本の指をビシッと立てて。
「ハーレイがお風呂に入るのを躊躇うという毛の生え方なんだよ? この目で見ないと一生の損! それに現状を把握できたら全部剃るべきか育毛すべきか、はたまたお風呂に入るべきか否か、適切な助言をしてあげられるかもしれないし!」
ここは一発、見学ツアー! とブチ上げたソルジャーを止められる人はいませんでした。いえ、止めるだけ無駄と誰もが諦めの境地というのが正しいのかもしれません。…教頭先生には気の毒ですけど、ソルジャーが教頭室まで出掛けて行ったら覚悟を決めてズボンを脱いで下さいです…。

ツーフィンガーとやらを見物する気満々のソルジャーは教頭室の様子を窺い、教頭先生が書類と格闘していることを確認してから。
「よし、仕事は暫く片付きそうにないね。出掛けて行っても逃亡の心配は無さそうだ」
「…逃がすつもりも無いくせに」
会長さんが大きな溜息をつき、ソルジャーにヒラヒラと右手を振って。
「さっさと見学とやらに行ってきたまえ、ハーレイが素直に要求を飲むかどうかは知らないけどね」
「聞き入れられなきゃ脱がすまでさ。じゃ、そういうことで…。とりあえず、ぼくはシールドに入って行った方がいいんだろうねえ?」
まだ生徒たちが残っているし、と言うソルジャーは校内の様子もチェック済み。紫のマントに白と銀なソルジャーの正装は会長さんの仮装衣装として披露されたこともありましたけど、その格好で出歩かれるよりはシールドの中の方が無難です。ソルジャーの目的が目的だけに、会長さんは制服を貸す気も無いのでしょうし…。
「是非シールドでお願いするよ」
案の定、会長さんは素っ気なく答えて生徒会室に繋がる壁を指差すと。
「ぼくの制服は貸さないからね! シールドに入ってコッソリ出掛けて、用が済んだら直帰だよ。此処には戻ってこなくていいから」
「え?」
キョトンと赤い瞳を見開くソルジャー。
「此処に戻らないって、どうする気だい? この後に何か予定でもあった?」
「は?」
今度は会長さんが目を丸くする番でした。
「どうするも何も、別に予定は無いけれど? でも君を交えてのティータイムを続けるつもりは無いね」
「河岸を変えると言うのかい? まあ、せっかくのツーフィンガーだし、それを肴に居酒屋とかで盛り上がるのも楽しそうかな」
「ちょ、ちょっと…」
会長さんがソルジャーの話を遮り、不安そうな表情で。
「もしかして、見学ツアーは君が単独で行くんじゃないとか? ぼくたちも一緒に参加しろと?」
「決まってるじゃないか、ツアーだよ?」
お一人様で行ってどうする、というソルジャーの返事にウッと仰け反る私たち。教頭室まで一緒に行けと? でもって教頭先生のツーフィンガーとやらを拝観しろと? そ、そんなことを言われましても…。教頭先生が恥ずかしがるとかそういう以前に、ツーフィンガーな部分がマズイんですけど!
「…ん? みんな、青い顔してどうしたんだい? ああ、ハーレイのアソコのことなら女子限定でモザイクをかけてあげるから! 他の子たちは問題無いだろ、男同士だしね」
柔道部なんかは合宿に行けば裸の付き合い、とソルジャーはクスクス笑っています。そりゃそうなのかもしれませんけど、モザイクだけで万事解決というわけでは…。教頭先生は合宿のお風呂で悩んでしまうほどツーフィンガーが嫌なのですし、見学ツアーを組んで訪問されたら大人しくズボンを脱ぐどころでは…。
「いいんだってば、そのツーフィンガーにどう対処すべきか助言するためのツアーだよ? ぐずぐずしてるとハーレイの仕事が終わってしまうし、急がないと」
さあ行くよ、とソルジャーが会長さんの腕をガシッと掴んで。
「ぼくはシールドに入って行くから、君が嫌なら強制連行! 傍目には君が一人で歩いているようにしか見えないよねえ? 抵抗してると大いに目立つよ。そこの子たちも行列を組んでお供してるし」
「わ、分かったよ! 自分の足で歩いて行けばいいんだろう!」
会長さんはソルジャーの手を振り払い、私たちの方へと振り向くと。
「…ごめん。ブルーは一旦こうと決めたら絶対引かないタイプだってこと、君たちだって知ってるだろう? ぼくがハーレイに悪戯したせいで巻き込んじゃって申し訳ないけど、見学ツアーに来てくれるかな?」
「………。俺たちに選択権は無いと思うが」
どう考えても逃げられん、とキース君が早々に白旗を。ソルジャーは満足そうに微笑み、シールドを発動させました。ツーフィンガーの見学ツアー、教頭室を目指して出発です~。

重い足取りで中庭を抜け、本館に入ってお馴染みの重厚な扉の前に着くと会長さんが扉をノック。何も知らない教頭先生が「どうぞ」と返事しています。声の調子が弾んでいるのは会長さんの思わぬ訪問に心躍らせているからでしょう。
「…失礼します」
会長さんが扉を開けると、教頭先生は満面の笑み。後ろにゾロゾロ連なっている私たちのことも大して気にならないみたい。
「よく来てくれたな。やっぱり今日はラッキーデーだ」
嬉しそうに言う教頭先生の姿に、会長さんの言葉が頭の中に蘇りました。会長さんと朝の挨拶を交わせた時は教頭先生にとってラッキーデー。どんな悩みを抱えていたって幸せ一杯というヤツです。でも本当に今日はラッキーデーなんでしょうか? 私たちが微妙な気持ちになった所でソルジャーがパッとシールドを解いて。
「こんにちは。…朝にブルーと挨拶出来たらラッキーデーだと言うのかい? だったら、ぼくは? 放課後にぼくと挨拶出来たらどうなるわけ?」
「こ、これは…。ようこそいらっしゃいました。おいでになることに気が付かなくてすみません」
慌てて謝る教頭先生に、ソルジャーは。
「そんなに謝ってくれなくても…。気付かないのは無理ないよ。だけど悪いと思ってるんなら、お願いを聞いて欲しいんだけど」
「お願い…ですか? お小遣いがお入り用だとか?」
「まさか。そっちはノルディで間に合っている。…君に見せて欲しいものがあってね」
「は…?」
意図が掴めない教頭先生にソルジャーがズイと近付いて。
「まず、立って」
「はあ…」
書き物をしていた教頭先生は素直に立ち上がり、言われるままにソルジャーと向かい合います。身長の差が大きいですから、当然、ソルジャーを見下ろす形。ソルジャーはニヤリと唇の端を吊り上げて…。
「ぼくはツーフィンガーを見たいんだよ」
「「「!!!」」」
直球勝負なソルジャーの台詞に教頭先生も私たちも声を失くしてしまいましたが。
「ズボンの上から覗き見したんじゃ、押さえつけられた状態の毛しか分からなくってねえ…。脱いだらどんな風に見えるか、それが気になって気になって。…だからズボンと紅白縞を下ろして見せて欲しいんだけど」
「そ、それは……こんな場所では……」
額にビッシリ汗を浮かべる教頭先生。ソルジャーはクッと喉を鳴らすと、仮眠室の扉に目をやって。
「じゃあ、あそこならいいのかな? ぼくと二人きりなら脱げると言うなら特別にサービスさせて貰うよ」
「…サービス…?」
「うん。ぼくが手ずから脱がせてあげて、それからベッドで手取り足取り、あれこれレクチャー」
「………!!!」
教頭先生は瞬時に耳まで真っ赤に。ソルジャーが言うレクチャーとやらを想像しただけでコレなんですから、脱がされたら鼻血でダウンでしょう。とはいえ、ソルジャーと教頭先生を二人きりにしたら何が起こるか考えたくもありません。…って、ソルジャー?
「気が変わった」
ストンと床に膝をついたソルジャーが教頭先生のベルトに手をかけ、鮮やかな手つきでシュッと引き抜き、続いてズボンのジッパーを…。
「二人きりっていうのもいいけど、見られてる方が興奮するよね。最近はぼくとハーレイの仲は至極円満、ぼくから御奉仕ってことも多いんだ。…せっかくだから腕前を披露しようかな」
絶好のチャンス到来! とソルジャーは教頭先生のズボンを下ろそうとしたのですけど、間一髪で会長さんがソルジャーをドンと体当たりで弾き飛ばして。
「余計なことはしなくていいっ!」
「いたたた…。これからが盛り上がる所なのに!」
「それが余計だと言ってるんだよ! 要は見られればいいんだろう!」
次の瞬間、教頭先生のズボンと紅白縞はストンと床に滑り落ちていました。会長さんがサイオンでやったようです。教頭先生は大慌てで両手で前を隠しましたが、それより前に見えてしまったツーフィンガー。…大事な部分はモザイクでしたけど、指二本分は目に焼き付いてしまいましたよ…。

「…思った以上に凄かったね、アレ」
ソルジャーがのんびりと口にしたのは私たちが逃げ帰って来た「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋です。ズボンと紅白縞が脱げ落ちた教頭先生を放置したまま、会長さんはソルジャーの首根っこを掴んで教頭室から飛び出して遁走。私たちと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も必死に走って後をも見ずに…。
「凄いも何も…。君がアヤシイことを言うから、ぼくが脱がせる羽目になったのがキツイんだけど」
心の傷になりそうだ、と会長さんがぼやきましたが。
「そう? 君もハーレイに悪戯するのは大好きじゃないか。真っ裸で校内一周とかさ」
「あれはサイオニック・ドリームで服を着せてた! ぶるぅも首からぶら下げていたし、ハーレイが堂々と歩いてたから問題ないし!」
会長さんとソルジャーが言い争っているのは以前の悪戯のことでした。会長さんが教頭先生の失敗をネタに、お詫び行脚をしろと迫って真っ裸で校内一周の刑。教頭先生、靴と靴下だけを履いた状態で「そるじゃぁ・ぶるぅ」人魚を首にぶら下げ、学校中を歩いたという…。
「傍目には服を着ているように見えていたかもしれないけどねえ…」
覗き見してみれば素っ裸、とソルジャーは楽しげに思い出し笑いをしています。ソルジャーと会長さんは共に最強のサイオンを持つタイプ・ブルーですけど、経験値の差でソルジャーの方が力が上。それだけに会長さんのサイオニック・ドリームを見破るくらいはソルジャーにとっては朝飯前で…。
「あの素っ裸の時にツーフィンガーって状態だったら、きっと倍ほど笑えたと思う。なにしろ幅が指二本! おまけに長さを揃えて刈り込んであるし」
クスクスクス…とソルジャーの笑いは止まりません。教頭先生の大事な部分に残された毛は切り揃えられていたのです。お蔭で輪郭がボケることもなく、とても見事な長方形。お風呂に入るのを躊躇うわけだ、と誰もが納得するしかなくて。
「あれは本当に何か対策を考えないとマズイよねえ…。あそこまでインパクトがあるとは思わなかった。君の悪戯も大概だよ、うん」
ソルジャーでさえもマズイと思うツーフィンガー。それを実現させてしまった会長さんの方も、現物を目にして脱力中です。
「まさか切り揃えてあるなんて…。本当に身だしなみだったんだ…」
「百聞は一見に如かずと言ったろ? 見学ツアーを企画したぼくに感謝の言葉が欲しいくらいさ。…でも、ハーレイはどうするんだろう? そうだ、サイオニック・ドリームは?」
それで何とか誤魔化せるのでは、とソルジャーは提案したのですが。
「…ダメだね。ハーレイにサイオニック・ドリームの才能は無い」
致命的に器用さに欠ける、と会長さんが言えば、ソルジャーが。
「そうなのかい? そこのキースだって使えるじゃないか。ただし髪の毛限定で…って、それで充分乗り切れそうだよ? ツーフィンガーの部分限定のサイオニック・ドリームをハーレイがマスターすればいいんだ」
おおっ! 流石は経験豊富なソルジャーです。キース君の髪の毛のことなんか忘れてましたが、言われてみれば写真にまで写るレベルの高度なサイオニック・ドリームを使いこなしてるんでしたっけ…。ジョミー君だって外見だけなら坊主頭に見せられますし、坊主頭が出来るのだったら逆だって勿論可能ですよね。
「なるほどな…。俺の髪の毛と同じ理屈か」
いいかもしれん、とキース君。
「教頭先生なら少し練習すれば使えるようになるんじゃないか? ブルー、あんたが責任を持って指導するのが筋だと思うぞ。元はと言えばあんたのせいだし」
「…サイオニック・ドリームねえ…。解決策としては名案だけど、使えないものは使えないよ。ハーレイには才能が無いって言っただろう?」
「だったら俺やジョミーの時みたいにだな、サイオンをそっち方面に向けて活性化させればいいと思うが」
ひぃぃっ、それってサイオン・バーストを起こさせるって意味じゃないですか! 会長さんに任せておけば安全だとは分かっていてもサイオン・バーストは物騒です。下手をしたら三途の川を渡ってしまう結果になると聞いていますし、ツーフィンガー如きでそこまでのことをしなくても…。
「ハーレイの悩みは軽すぎるんだよ」
会長さんがキース君に返し、ホッと息をつく私たち。ですよね、ツーフィンガーなんて坊主頭に比べれば遙かにマシというものです。永久脱毛したわけじゃなし、いずれは伸びてきますって! なのに、会長さんが続けた言葉は…。
「サイオン・バーストで解決するなら手を貸したっていいんだけどね。…ハーレイは切羽詰まっていないんだ。あの格好でお風呂に入るか入らざるべきかをウジウジ悩んでいるだけだろう? それじゃバーストは起こらない。キースとジョミーは切実に追い詰められていたから可能だったのさ」
「そうか、サイオン・バースト自体が起こせないのか…」
仕方ないな、とキース君が溜息をつき、ソルジャーが。
「サイオニック・ドリームが使えないのなら地道に育毛するしかないね。それともブルーがフォローする? ハーレイがお風呂に入る時には毛があるように見せかけるとか」
「ぼくにそこまでする義務は無いし! ハーレイが自分で努力すべきだ」
「努力すべきと言ってもねえ…。努力したら毛が伸びるのかい? あ、そうだ。専門家に聞けば早いかも!」
「「「専門家?」」」
誰のことか、と問われる前にソルジャーはパチンとウインクしました。
「身体のことなら医者だろう? 育毛剤だって効くのを知っているかもしれない。この際だからハーレイを連れてノルディの所に行ってみようよ」
「「「ドクター・ノルディ!?」」」
いきなり出て来たエロドクターの名に私たちの声が引っくり返り、会長さんはポカンと口を開けたまま。けれどソルジャーは素晴らしいことを思い付いたという風に。
「ぼくの世界に劇的に伸びる育毛剤は無いけど、こっちの世界は違うかも! ほら、ヌカロクに役立つ漢方薬があったりするから、もしかしたら…。あの漢方薬はぼくの世界じゃ作れないんだ。材料が入手出来ないからね」
所変われば品変わる、とソルジャーは本気モードでした。確かにツーフィンガーを拝んで助言をどうこうとは言ってましたが、エロドクターに相談だなんて何か間違っていませんか…?


 

急流下りにバーベキュー、涙と笑いの記念撮影と盛り沢山だったラフティングから数日が経った放課後のこと。いつものように「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で寛いでいると、部活を終えた柔道部三人組が入って来ました。そこまでは普段と変わらない風景だったのですが…。
「おい」
キース君が挨拶も無しに会長さんの前へスタスタと。礼儀正しいキース君が年長者であり高僧でもある会長さんに挨拶しないのは余程のことがあった時だけです。長年の付き合いで学習している私たちは一気に真っ青に…。会長さん、何かやらかしましたか? けれど会長さんは平然として。
「やあ。挨拶無しとはいい度胸だねえ? ぼくは身に覚えは全く無いけど」
「そんな筈があるか! 忘れたふりをしやがって!」
一気にブチ切れたキース君。握り締めた拳が震えています。
「あれはあんたがやったんだろうが! 俺はハッキリ覚えているぞ、脱毛サロンに連れて行ったとあんたが喋っていたのをな!」
「「「!!!」」」
ウッと息を飲む私たち。脱毛サロンと言えば先日の校外学習です。教頭先生を水族館のイルカショーに出演させた会長さんが誂えたのがハイレグの水着。そのままで着るとマズイから、と教頭先生を脱毛サロンに引っ張って行ったんでしたっけ…。
「ああ、あれね。…でも脱毛はしてないよ? あの時も言ったと思うけれども、ハーレイが脱毛だけは嫌だと喚くから剃っちゃっただけで」
ペロリと舌を出す会長さん。
「だけど流石にプロの腕前は凄いよね。同じ剃るのでも仕上がりが違う。剃り残しは無いし、綺麗だし…。大画面で見ても全然問題無かったじゃないか。あの水着を着せて正解だったな」
ムダ毛は全く見えなかったし、と会長さんは誇らしげでした。大画面というのは先日のラフティングに付属していたサービスの一つ。川下りを終えて会社の車で着替えに戻ると、ラフティング中に撮って貰った記念写真の上映会があったのです。大きな画面に映し出される写真の中から気に入ったものを選んでアルバムに。
「ハーレイは水着のすり替えに気付いてたけど、写真撮影に出て来た時にはウエットスーツを着ているつもりだったしねえ? お蔭で素敵な写真が撮れた。実に貴重なツーショットだよ、うん」
会長さんは自分とのツーショットを餌に教頭先生を釣り、ラフティングどころか一人乗りのカヤックで急流下りをさせたのでした。見事に釣られた教頭先生、終着点での記念撮影に漕ぎつけたまではいいのですけど、ウエットスーツの下の水着が例のハイレグにすり替えられてしまっていたから、さあ大変。
「でもハーレイが悪いんだよ? 集合写真を撮るより前にすり替えたから、水着姿で撮ろうと言っても断っただろう? なのに、ぼくとのツーショットだけは撮りたいだなんて、厚かましい! ウエットスーツで来たっていうのが最低だってば」
ツーショットは二人の衣装が釣り合ってなんぼ、と会長さんは主張しています。一緒に川下りをした記念に撮るのであれば、揃ってウエットスーツにするか水着かの二択。二人の衣装がちぐはぐなのはツーショット失格の写真だそうで…。あの日も教頭先生に自説を滔々と説き、反論の余地を与えなかったのが凄すぎです。
「ラフティングの記念にツーショット! 多少恥ずかしい水着姿でも、揃って水着というのがいいんだ。現にハーレイは写真を買っていただろう? ホントに嫌なら買わない筈だし、アルバムにするだけの価値があることに気付いたんだよ。ウエットスーツで写ってるより水着の方が雰囲気あるって!」
「「「………」」」
本当にそうだろうか、と疑問がフツフツ湧き上がりますが、誰も口には出しませんでした。あんなハイレグ水着よりかはウエットスーツの方が何十倍もマシだと思うんですけれど…。
「ね、君たちもそう思わないかい? でもって、ハーレイがハイレグ水着を着こなせたのは脱毛サロンのスタッフさんのお蔭! ツーショットも水族館のイルカショーでも、無駄毛が無いから美しいんだ」
無駄毛が見えたら興醒めだよ、と会長さんが得々と言った所で。
「やかましい!」
バンッ! とキース君がテーブルを叩き、睨み付けた相手は会長さん。
「それが悪いと言っているんだ! 教頭先生がどんな気持ちでいらっしゃるのか、あんたは分かっていないようだな!」
「えっ、ハーレイ? …どうかしたわけ、ハーレイが?」
今朝も会ったけど普通だったよ、と会長さんは怪訝そうな顔。
「今日はサムが朝のお勤めに来ていたからねえ、一緒にぶるぅの部屋に瞬間移動で来たんだよ。ついでに中庭まで送って行って、戻る途中でハーレイに会った。嬉しそうに挨拶してたけど? 今日はラッキーデーだとか言って」
朝一番に出歩くことは滅多にしない会長さん。そんな会長さんと朝の挨拶を交わせた時は教頭先生にとってラッキーデーになるのだそうで…。
「ハーレイ自身がラッキーデーだと思ってるんだよ? どんな気持ちでいらっしゃるのかと質問されたら、答えは「幸せ一杯」じゃないか。…うん、ちゃんと理解してるさ、ぼくは」
会長さんはニッコリ微笑みました。怒鳴り込んで来たキース君とは認識に違いがあるようですけど、教頭先生の今日の気分はラッキーデーで大ハッピー? それとも逆に落ち込んでるとか…?

「…あんた、本当に分かっていなかったのか……」
エネルギーの無駄だった、とキース君はソファにドサリと腰掛けました。思い切り疲れた表情です。マツカ君とシロエ君も深い溜息をついてますから、やっぱり何かあったのかも。柔道部三人組と教頭先生の接点は柔道部の部活。でも、キース君は脱毛サロンがどうとか言っていましたし…。
「かみお~ん♪ お話、終わった? はい、食べて! お腹が空くとイライラするって言うもんね」
テーブルに「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製のお好み焼きがドカンと置かれ、続いてお菓子も出て来ました。私たちが一足お先に食べ始めていたブルーベリーと赤すぐりのタルトです。キース君はお好み焼きを平らげてからコーヒーを啜り、タルトにフォークを入れながら。
「…俺が黙って食ってる間に少しは考えてみたんだろうな? ブルー、あんたに言ってるんだが」
「それってハーレイの話かい? あれは終わったと思ってたけど?」
とっくに違う話になっちゃってるし、と会長さんは目を丸くしています。私たちは心に引っ掛かるものがあったのですが、会長さんに別の話題を振られてしまえば深く追求は出来ません。流されるままに賑やかなお喋りが続き、教頭先生のことは頭から消えてしまっていました。そういえばキース君の怒りの原因、聞いてませんよね。
「勝手に話を終わらせるな! 俺が脱力しただけだ!」
キース君はお好み焼きとコーヒーでエネルギーのチャージ完了らしく、更にタルトでヒットポイント上昇中。無敵とまではいきませんけど、会長さんに食ってかかるには充分です。
「いいか、教頭先生がラッキーデーだと仰っていても、それは相手があんただからだ! あんたの何処がいいのかサッパリ謎だが、心底惚れてらっしゃるからな…。あんたに会えればラッキーだろうし、妙なツーショットでも欲しいだろうさ。だがな、教頭先生は本当に悩んでいらっしゃるんだ!」
「ふうん? あのハーレイに悩みだって…?」
何だろう、と首を傾げる会長さん。
「ぼくと結婚出来ないことなら今更悩むほどでもないし…。ああ、ツーショットの写真をオプションで追加するべきだったと思ってるとか? 脱毛サロンがどうこうと言っていたものねえ…。ハイレグ水着を恥ずかしがって一枚だけしか撮らなかったことを後悔中?」
「そんなわけがあるか!」
ダンッ! とテーブルにキース君の拳が炸裂、紅茶やコーヒーが飛び散ったのを「そるじゃぁ・ぶるぅ」が手早くキュキュッと掃除。小さな両手に布巾を握って拭いて回られると、キース君もクールダウンしたらしく。
「悪かった、ぶるぅ。…少し落ち着くことにする」
「えっ、お話の途中でしょ? 気にしないで!」
続けてよね、と健気な「そるじゃぁ・ぶるぅ」は笑顔ですけど、会長さんが。
「ぜひ落ち着いて貰いたいね。で、ハーレイの悩みというのは何なのさ? ぼくの意見を述べようとすると君が怒るし、言ってくれた方が早いと思うよ。…本当に見当がつかないんだ。今朝もニコニコ笑っていたし」
「……脱毛サロンと言っただろうが。それでも全く分からないのか?」
「うーん…。ひょっとして剃り残しの毛が見付かったとか? プロに任せたんだし、有り得ないって気はするけれど、絶対無いとも言い切れないよね。でもさ、自分で気付いたんなら自己処理すればいいんじゃないかな」
「どうしてそっちの方向に行く!」
まるで逆だ、とキース君は聞えよがしに特大の溜息を吐き出すと。
「…教頭先生が悩んでらっしゃるのは合宿が近付いているからなんだ。柔道部は夏休みに入ったらすぐに合宿だろう? あと一ヶ月も残っていない」
「ああ、夏休みも近いもんねえ。ラフティングも校外学習も天気が良かったから忘れがちだけど、今は一応梅雨だったっけ。今年は思い切り空梅雨かな?」
「空模様の方はどうでもいい! 要は合宿が近いんだ」
「それで?」
話が全然見えてこないよ、と会長さんが先を促します。確かに柔道部の合宿だけでは教頭先生の悩みは見えてきません。柔道十段の教頭先生、合宿とくれば水を得た魚のように生き生きするんじゃないですか?
「柔道部の合宿は厳しい半面、家族のような雰囲気というのも大事でな」
ここが肝だ、とキース君。
「礼儀作法や上下の関係は絶対なんだが、それだけではシゴキで終わってしまう。教頭先生が求めておられるのは心技体の三位一体だ。心を養うには家族が一番という方針で、合宿中は礼儀を重んじつつ家族のように、と指導なさっている」
「脱毛と繋がらないんだけれど?」
「黙って最後まで聞いてから言え! 家族である以上、裸の付き合いも大切だ。普段は下級生が上級生の背中を流すが、その逆の日もあったりする。それくらい仲がいいんだと言ったら気が付くか?」
「ううん、全く」
お風呂の何処が脱毛なのさ、と口にしてから会長さんは。
「分かった! 合宿までに腕も綺麗に剃るべきか否か、悩んでいるっていうわけだね。それとも胸かな? 脇は剃ったし問題ない筈…。ああ、一ヶ月もあれば伸びてくるからその処理とか?」
「だから逆だと言ってるだろう! あんたには言葉が通じないのか?」
頭が痛い、と呻くキース君。
「…今の流行りはメンズエステで脱毛なのかもしれんがな…。柔道をやろうという連中には無縁の世界だ。武道とは相容れられない代物だとでも言っておこうか。今の所は教頭先生の足は道着の下だから問題ない。…だが、合宿で皆と一緒に風呂に入れば嫌でも見えてしまうだろうが!」
「へえ…。ハーレイがそう言ったのかい?」
「部活の後で溜息をついておられたからな、俺たちの態度が悪かったのかと更衣室まで謝りに行ったら「そうではない」と仰って…。合宿の風呂をどうしようかと相談された。とりあえず今は保留中だ」
教頭先生、無駄毛が無いのが悩みでしたか! 合宿に行ってお風呂に入ればツルツルの足が丸分かり。無論、ツルツルの脇だって…。一ヶ月あれば少しは伸びるかもですけれど、きっと半端な長さですよね?

ハイレグ水着を着こなすために無駄毛を剃られた教頭先生、合宿に向けて悩み中。キース君に言われてみれば柔道部という男の世界とメンズエステは対極です。同じ柔道でも女子だったなら無駄毛の処理は無問題どころか常識なんでしょうけれど…。
「でもさあ…」
暫く続いた沈黙を打ち破ったのはジョミー君でした。
「教頭先生の肌の色だと、気にしなくてもいいんじゃない? そりゃあ、無いのは分かるだろうけど……他の部分に比べて悪目立ちしそうな感じじゃないよ? キースとかシロエだったらアウトだけどさ」
ぼくだって全然目立たないもん、とズボンの裾を捲るジョミー君。そっか、白い肌で金色ですからパッと見たんじゃ分からないだけで、ジョミー君の足にも体毛ってヤツはありました。教頭先生の場合は褐色の肌に金色です。んーと、それほど目立たないかも…?
「でも、教頭先生、けっこう濃いわよ?」
手の甲を見れば分かるじゃない、とスウェナちゃん。とはいえ、逞しい手の甲に生えている毛は近くで見ないと気が付きません。その程度ですし、お風呂もワイワイガヤガヤと入っていれば無問題では? 背中を流したり、流されたり…って距離に近付けば嫌でも分かることなんでしょうが、誰も笑いはしないでしょうし…。
「だよな、気にしねえ方がいいんでねえの?」
堂々と風呂に入っていくのが一番! とサム君が言い、キース君も「そうかもな…」と頷いています。
「水族館で何があったかは学校中に知れてるんだし、どうして無駄毛を処理する羽目になったかは誰でもすぐに気が付くか…。それを笑い物にするようなヤツに柔道を続ける資格は無いし、そんな部員も居ないしな」
「笑うようなヤツはいませんよ! いたら次の日からみっちりと!」
性根を入れ替えるまで徹底的にしごきましょう、とシロエ君が燃え上がりました。キース君とマツカ君もそれで異存は無いみたい。うん、気にしないのがお勧めですって!
「ふふ、結論が出たみたいじゃないか。ハーレイもいい弟子を持ったねえ」
大きく伸びをする会長さん。
「これでお悩み解決、ってね。…もっともハーレイが素直に納得するかどうかは謎だけど」
「「「は?」」」
「試しに進言してごらん? きっと即答しないだろうから」
クスクスクス…と笑い始める会長さんに、キース君が眉を吊り上げて。
「あんた、教頭先生を馬鹿にしているな? そんな軟弱な方ではないぞ!」
「どうなんだか…。そもそも悩んでいたんだろ? 君に相談しちゃう程にさ」
「それは俺が勘違いをして謝りに出掛けて行ったからで! あれが無ければ耳にすることは無かったかと…。教頭先生は隠し事をなさる方ではないから、打ち明けて下さっただけだと思う」
信頼されているのが実感出来て嬉しかった、とキース君。シロエ君とマツカ君も同意見でした。けれど会長さんのクスクス笑いは止まらずに…。
「ハーレイの悩みがソレだというなら、君たちもまだまだ甘いよね。うん、悩みはソレで間違いないけど」
「なんだって?」
聞き捨てならん、とキース君が向けた射るような視線に会長さんはパチンとウインク。
「君がうるさく言うものだから、ハーレイの心を読んでみた。確かに嘘は言っていないし、悩みの理由は合宿中のお風呂。…だけど、よくよく考えたかい? 部外者のジョミーたちでも簡単に思い付く解決策だよ、堂々とお風呂に入るのは。それを散々悩みまくったハーレイが考え付かないとでも?」
そこまで頭は悪くないだろうに…、と会長さんは指摘して。
「ハーレイが悩んでるのは外から見たんじゃ分からない部分。…あれでお風呂は確かにキツイよ」
「「「???」」」
「ぼくも綺麗に忘れ果ててた。だって現場にいたわけじゃないし、水着を着ちゃうと見えないし…。ハーレイもとんだ窮地に陥ったよね」
会長さんが何を言っているのか、まるで分かりませんでした。脱毛サロンが問題だったら教頭先生を連行したのは会長さんですし、現場にいたに決まっています。会長さんがいない所で教頭先生の身にいったい何が…?

教頭先生の悩みの種は水着の下にあるようです。原因は無駄毛だとばかり思ってましたが、水着を着れば隠れる部分に無駄毛は無関係でしょう。それに教頭先生が無駄毛を剃りに連れて行かれた脱毛サロンも、会長さんが現場を知らない以上は関係なし。なのにお風呂が問題だなんて、どういう理由?
「ひょっとして刺青しちゃったとか!?」
ジョミー君の素っ頓狂な声に、アッと息を飲む私たち。刺青だったら納得です。彫った場所によっては水着でバッチリ隠されますし、お風呂に入るとバレるのも事実。教頭先生、背中にコッソリ彫りましたか? でもって後からマズイと気付いて只今後悔中だとか…?
「刺青もいいかもしれないねえ…。ハーレイだけに思い込んだら彫りそうだ。ブルー命とか、そういうヤツを」
ブルー命は勘弁だけど、と可笑しそうに笑う会長さん。ということは、刺青はハズレ…?
「うん、ハズレ。さっきから言っているだろう? ハーレイの悩みは無駄毛に関係してるとね」
「念のために確認するが、脱毛サロンは本当に関係無いんだな?」
キース君の問いに、会長さんは。
「どうしてそういうことになるわけ? ぼくが現場にいなかったってことと、忘れ果ててた辺りかな?」
「脱毛サロンが現場だったのか!?」
「そうだけど? ハーレイが剃って貰っているのを横で見たがるほど酔狂なわけじゃないんだ、ぼくは」
剃るのはスタッフの人にお任せ、と可笑しそうに笑う会長さん。
「本気で脱毛するんだったら見物する価値もあるけどさ。剃るだけなんだし、見ていなくても…。ついさっきまでそう思ってた。今はちょっぴり後悔してる」
「教頭先生に何か悪さをしたことをか? だったら今すぐ謝りに行け!」
そして窮地を救うんだ、とキース君が詰め寄りましたが。
「…んーと…。窮地はちょっと救いようが…。でもって後悔しているのはね、過程を見ておくべきだったなぁ…って。それと仕上がりもキッチリ確認するべきだった。…まさかあんなに凄いだなんて」
「あんた、いったい何をしたんだ!?」
おおっ、ナイス突っ込み、キース君! 私たちはゴクリと唾を飲み込み、来る衝撃に備えたのに。
「ツーフィンガー」
「「「は?」」」
会長さんが返した答えは斜め上過ぎて、間抜けな声しか出ませんでした。ツーフィンガーって何なんですか?
「誰が水割りの話をしている! 逃げる気か、あんた!」
汚ないぞ、と叫ぶキース君ですが、会長さんは真面目な顔で。
「事実なんだから仕方ない。流石に大学を卒業してると知識が格段に増えるよね。…ツーフィンガーっていうのは水割りに入れるウイスキーの量さ。ずっと昔に流行った言葉で今はダブルと言うのが普通。グラスに指二本分の高さまで入れて、その後に水を入れるとダブル。指一本分だとシングルになるわけ」
なるほど、お酒の量でしたか! ん? でも、これって答えになってませんよ? 会長さんが教頭先生相手にやらかした事は何かが問題なのに、ツーフィンガーだなんて言われても…。
「まさか教頭先生を酔い潰したんじゃないだろうな? それから脱毛サロンに引き摺って行ってロクでもないことを…」
「ハーレイがツーフィンガー如きで酔い潰れると? ちゃんと答えを言っているのに、聞いてないのは君の方だろう? ツーフィンガーと言えばツーフィンガー!」
水割りのツーフィンガーとは無関係、と会長さんはキッパリ言い切りました。
「だけど語源は似てるかな。指二本分って所は同じだ。…ちなみにワンフィンガーというのもあってね、これがいわゆるシングルってヤツ。…水割りで言えば」
「水割りじゃないと言わなかったか? 何処まで俺たちを馬鹿にする気だ!」
「してないってば。あんまり頭に来てるとハゲるよ? 君の職業にはピッタリだけどさ」
「誰のせいだ、誰の!」
キース君はキレそうでしたが、会長さんに敵う筈もなく…。ツーフィンガーとかワンフィンガーとか、何処までがホントの話でしょう? シングルもダブルも高校生の身では飲酒自体がマズイですから分かりませんし、どう考えればいいのやら…。
「キースの知識が邪魔してるんだよ。ごくごく普通に、文字通りに取れば簡単なのに」
ツーフィンガーは指二本、と会長さんが人差し指と中指を並べて立てて見せました。
「指二本分の幅を残して綺麗に脱毛! これがいわゆるツーフィンガー」
えっと。脱毛なのに何を残すと…? それでは意味を成さないのでは?
「今、外国で流行ってるんだよ。最先端の脱毛ってトコ。…残すのはねえ、ハイレグ水着でもビキニパンツでも完璧に隠れる部分の毛だけど? 今のハーレイはツーフィンガー!」
「「「!!!」」」
会長さんが何を言っているのか、私たちはようやく理解しました。教頭先生が剃られてしまった無駄毛は足や脇だけではなかったのです。ハイレグ水着を身に着ける以上、Vラインの処理は必須でしょうけど、それ以上の範囲を剃られた、と…。指二本分だけの幅を残して綺麗サッパリって、それってどういう状態ですか~!

「ぼくもさっきサイオンでチラ見しただけで、いわゆる覗き見レベルだからさ…」
しっかり見てはいないんだけど、と断りつつも、会長さんは思い出し笑いを堪えられないようでした。キース君に怒鳴られるまでノーチェックだったと言うんですから、無責任も此処に極まれりです。
「ハーレイを連れてった脱毛サロンでVラインも宜しくお願いします、と注文したら「オプションで好きな形に出来ます」って勧められてね。どうせならコレもやって貰え、と…。だって脱毛は嫌だって言うし! 剃るだけだったらいずれ伸びるし、遊び心を入れたいじゃないか」
「…それで注文して、それっきり忘れていたんだな? まったく、あんたというヤツは…」
額を押さえるキース君。私たちだって開いた口が塞がりません。余計なオプションをつけたんだったら、責任を持って見届けるのが筋というもの。なのに…。
「面白そうだとは思ったけどさ、ハーレイのそんなトコロの剃り方なんか見たい気持ちにならないよ。だけど合宿のお風呂で困っている、とキースに言われてツーフィンガーを思い出したわけ。…どんな形になったんだろう、ってハーレイの心を読んだついでに服の下の方も覗いてみたのさ」
あれは笑える、と会長さんのクスクス笑いは止まりません。気の毒な教頭先生の大事な部分は指二本分の幅しか毛が無いのだとか。
「あの状態で合宿とはねえ…。そりゃハーレイも腰が引けるし悩みもするよ。お風呂に入るか、入らざるべきか、誰に訊くわけにもいかないし…。育毛剤を必死に探しているようだけど、市販のヤツじゃ無理じゃないかな」
「合宿までに伸ばそうってか? 医薬品なら伸びるのか?」
病院で何とか出来るものなら何処かで薬を貰うとか…、とキース君は真剣でした。そりゃそうでしょう、柔道部の合宿は部活の中の一大イベント。会長さんの悪戯のせいで教頭先生の指導方針が狂ったのではたまりません。教頭先生のツーフィンガーが事実だとしたら、堂々とお風呂に入れる姿じゃないですし…。
「……残念だけど、現時点では劇的に伸びる薬というのは無いんだよね」
「「「!!?」」」
あらぬ方から会長さんの声が聞こえてバッと振り返る私たち。紫のマントが優雅に揺れて、そこにソルジャーが立っていました。
「こんにちは。…ハーレイが育毛剤を探してるって? 凄い事情で」
ツーフィンガーとか聞こえてきたよ、とソルジャーは楽しそうに微笑みながら。
「こっちの世界には面白い文化があるんだねえ? その後始末、薬で済むのなら手伝ってあげてもいいんだけれど…。ぼくの世界でもそういう薬はまだ出来てない。あったらゼルは禿げていないさ」
ひぃぃっ、教頭先生の悩みは全く解決していないのに、ソルジャーが遊びに来るなんて…。劇的に毛が伸びる薬を持って来たと言うなら歓迎ですけど、そうじゃないなら邪魔ですってば~!


 

校外学習は教頭先生と「そるじゃぁ・ぶるぅ」のシンクロで幕を閉じました。イルカプールでのショーだったというのに肝心のイルカを観ていた生徒が何人いたかは全く謎。シンクロはインパクト大だったのです。そりゃそうでしょう、水着だけでも半端ではなく…。
「かみお~ん♪ ラフティングって水着は要るの?」
ラフティングを明日に控えた金曜日の放課後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は高揚感を抑え切れないようでした。飲み物を運ぶのも、おやつの桃のミルフィーユを切り分けるのも十八番の『かみほー♪』の鼻歌混じり。足取りも半ばスキップです。
「あのね、水着が要るんだったらコレでもいいかな?」
ニコニコ笑顔で抱えて来たのはショッキングピンクの女子用水着。金銀ラメとスパンコールが施されたそれは先日のイルカショーで着ていたヤツで…。
「………。なんでソレなわけ?」
頭が痛い、とジョミー君が訴えているのは教頭先生の水着姿を思い出してしまったせいみたいです。同じデザインでも教頭先生の水着はハイレグ。ショーを見に来た生徒たちには大ウケでしたが、教頭先生の練習風景を毎日見ていた私たちには激しい衝撃だったんですよね…。練習ではビキニパンツを履いてましたし。
「えっ、ジョミー、頭が痛いの? 大変、大変」
良い子の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大慌てで冷却シートを持って来ました。体調が悪いと明日のラフティングに参加出来なくなってしまう、と心配そうです。ジョミー君は「大丈夫だよ」と苦笑して。
「頭が痛いのは変なモノを思い出しちゃったせいだから! …教頭先生の水着、凄かったしね」
「えっと…。ぼくのとお揃いだよ? あっちの方が足が長く見えるデザインだけど」
「「「………」」」
それが余計だ、と全員が額を押さえる中で聞こえてくるのはクスクス笑い。言わずと知れた会長さんです。
「やれやれ、年は取りたくないものだねえ? ぶるぅは純粋に新しい水着を喜んでるのに、君たちはそうじゃないらしい。加齢と共に心も汚れる。…一度、滝行でもやってみる?」
「「「滝行?」」」
「うん。滝に打たれて身心の汚れを祓いましょう…、ってヤツのことさ。ぼくは経験しているけれど、キースは滝行はやってないよね」
「俺たちの宗派には無いだろうが! あんたは恵須出井寺にも修行に行っているから知ってるだけで」
騙されないぞ、とキース君が拳を握り締めて。
「その調子でぶるぅも上手に丸め込んだな? 新品の水着で良く似合うとか、今はお揃いが流行りだとか!」
「…人聞きの悪い…。ぶるぅにはハーレイとお揃いだよ、って言っただけ! ぶるぅはハーレイに懐いているから同じデザインだと嬉しいのさ」
そんな言葉を証明するように「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「ハーレイと一緒にイルカさんと遊べて楽しかったもん! だからラフティングに水着が要るならコレにしよう、って思ってるんだ」
「なんで?」
ジョミー君の二度目の問いに「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニッコリと。
「ハーレイ、ラフティングはしないって言ってたでしょ? それって何だか寂しいし…。お揃いの水着を持って行ったら一緒に遊んでくれるかなぁ…って」
「…ぶるぅ……。それは逆だ」
キース君が疲れた声で言い、ジョミー君が。
「…ぼくも逆だと思うよ、ぶるぅ。教頭先生は水着は忘れてしまいたいんじゃないかな」
「えっ…。せっかくお揃いで作って貰ったのに…」
ガックリと肩を落とす「そるじゃぁ・ぶるぅ」はお揃いの水着の何処が悪いのか本当に分かっていませんでした。私たちもこれくらい純粋だったら、世の中、変わっていたのでしょうか? 顔を見合わせていると会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」の水着を手にして。
「ぶるぅ、ラフティングに水着は要るけど、コレはちょっと…。ハーレイが見ちゃったら遊ぶどころじゃないと思うよ。でも……ハーレイと一緒に遊びたいんだね?」
「だって、みんなでお出掛けするんでしょ? それなのにハーレイが遊んでくれないなんて…」
残念だよう、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は未練たらたら。教頭先生がお揃いの水着を受け入れられない理由が分からない子供ですから、ラフティングを断っておられる理由もイマイチ分かっていないのでしょう。自分が楽しそうだと思ったものは他人も楽しく感じるもの、と思い込むのが子供ですから!
「なるほどね…。ぶるぅもハーレイと遊びたい、と…」
考え込んでいる会長さん。いえ、そんなこと、考えなくてもいいですから! 会長さんが策を巡らしたらロクな結果になりませんから! 私たちは全力で回避するべく、ショッキングピンクの水着を奥の小部屋に押し込みました。ラフティングはもう明日なのです。波乱は絶対お断り!

翌日の朝、集合したのはアルテメシア駅の中央改札前。ここから少し電車に乗って、それからバスに乗り換えて行くとラフティングの出発地点に着きます。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が例の水着を持ってこないかとドキドキでしたが…。
「かみお~ん♪ アヒルちゃんの水着を持ってきたよ! 浮き輪とお揃い!」
浮き輪は置いてきたけれど、とリュックを背負って現れた「そるじゃぁ・ぶるぅ」にホッと一息。アヒルちゃんの水着というのはワンポイントで黄色いアヒルが印刷されている子供用の紺のボックス水着で「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお気に入りです。浮き輪の方は単なる黄色のアヒルですけど。
「でも…。アヒルちゃん、隠れてしまうんだよね。他の水着でも良かったかなぁ?」
上にウエットスーツを着るんだしね、と言う「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭を一番最初に来て待っていた教頭先生がクシャリと撫でて。
「ぶるぅ、ちゃんと勉強してきたんだな。いいことだぞ」
「だって楽しみだったんだもん! 昨日まで良く知らなかったけど、ブルーに教えてもらったよ!」
げっ。会長さんの名前が出たので身構えてしまう私たち。けれど「そるじゃぁ・ぶるぅ」は褒められて嬉しかっただけだったらしく、それ以上は何も言いませんでした。よしよし、そのまま水着の話題はフェードアウトで! 電車に乗り込み、暫く走ると眼下に川が見えてきます。
「ほほう…。もう下っている連中がいるな」
教頭先生の視線の先には川を下る大きなゴムボート。私たちもああいうボートに乗ってラフティングをするらしいです。見た目には緩やかな川ですけれど、ボートはけっこう揺れているような…?
「ふうん、この辺でも揺れるのか…」
ちょっと意外、と会長さん。
「上流だけかと思ったんだけどな、揺れるのは。…で、みんなはウエットスーツを借りるわけ? それともTシャツに短パンかな?」
「…借りるつもりで来たんだけど」
ジョミー君が答え、キース君が。
「俺もだ。ブルーに話を聞いただけでも濡れそうな場所が山ほどあるし、ボートを降りて流されながら下る所もあるようだし…。自前の服で濡れ鼠になる趣味は無い」
「ですよね、服が濡れたら重そうですよ」
シロエ君が頷いた所で教頭先生が満足そうに。
「いい判断だ。ライフジャケットが必須とはいえ、川に入るのには違いない。着衣泳法の練習ではないし、体力を消耗しないためにもTシャツと短パンはやめた方がいいな。ヘトヘトになりたくないだろう?」
「…そんなに疲れますか?」
マツカ君が尋ねると、教頭先生は。
「疲れるぞ。…女子は去年の水泳大会が着衣泳法だったから覚えてないか?」
「「ああ…」」
あれか、とスウェナちゃんと私は深い溜息をつきました。すっかり記憶の彼方でしたが、セーラー服で泳がされたのは去年のこと。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のサイオンで補助して貰っていたので負担は感じなかったのですけど、他のクラスの女子は大変そうでしたっけ…。
「服は水を吸うと重くなるんだ。たとえTシャツでも信じられないほど邪魔になる」
本当だぞ、と教頭先生。
「私は今日は見ているだけだが、万一の時には助けてやると約束をしているからな…。下に水着を着てるんだ。救助のために飛び込む時には服は捨てる。服を着たまま飛び込んでしまえば自分も溺れるリスクが高い」
焦らないことが大切だ、と教頭先生は大真面目でした。実に頼もしい発言と冷静さですが、実際のラフティングのルートは道路から離れた地点が多数。教頭先生に助けて貰える可能性はゼロに近いのですから、ライフジャケット着用とはいえ気を引き締めてかからなくっちゃ!

電車を降りてバスに乗り換え、下車した所は川沿いのバス停。すぐ隣に建つ二階建ての建物がラフティングを手掛ける会社です。教頭先生が予約を入れてくれていたので手続きはスムーズ、ウエットスーツのサイズを選んで渡して貰って更衣室へ。
「えっと…。貴重品は金庫に入れるのよね?」
ロッカーにも鍵はかかるけれど、とスウェナちゃん。番号のついたロッカーの中に更に金庫があるのです。金庫に入れるほどの大金ではなくても財布は財布。金庫の方がいいだろう、と二人で話をしていた所へ…。
『なんなのさ、ソレ!』
いきなり頭に響いてきたのは会長さんの思念波でした。それと同時に更衣室の壁がサイオン中継の画面に変わり、映し出されたのは男子更衣室。水着やウエットスーツ姿の男の子たちの姿が見えます。会長さんはウエットスーツを着込み、怒り心頭といった様子で。
『下に水着を着て来たって言うから誘ったんだよ? ぼくとツーショットのオマケもつけて!』
『だから参加することにしたのだが…。いったい何が気に入らないんだ?』
オロオロしているのは教頭先生。会長さんは教頭先生をラフティングに誘ったみたいです。ツーショットのオマケというのが気になりますけど、それって何? と、会長さんから私たち宛の思念波が。
『やっぱりハーレイにも一緒に下って欲しいだろ? ぶるぅも遊んで欲しがっていたし…。それでオマケで釣ってみた。ラフティングに参加してくれたら、終点でぼくとツーショット!』
ラフティング中はスタッフの人が写真を撮ってくれるらしいのです。沢山の写真から好きなのを選んでアルバムも作ってもらえる仕組み。会長さんとのツーショットで締め括られるアルバムに釣られた教頭先生、スピードへの苦手意識を無理やり捩じ伏せ、ラフティングに参加することに。水着があればOKですしね。
「教頭先生、大丈夫かしら?」
「それ以前になんで怒られてるのか分からないけど…」
スウェナちゃんと私は顔を見合わせ、中継画面の向こうの男の子たちも困惑しているのが伝わってきます。教頭先生の何が会長さんの逆鱗に…?
『まるで見当がつかないわけ? つくづく君には呆れ果てるよ。それだってば、それ!』
『……???』
会長さんに指差されても首を捻るしかない教頭先生。海でお馴染みのボックス水着でウエットスーツを手にした姿の何処に問題があるのでしょう? しかし会長さんは追及の手を緩めずに。
『君の心意気と誠意ってヤツが全く見えてこないんだよね。まさか水着がそんなのだなんて…。岸から応援しているだけで泳ぐ予定は無かっただろう? ライフジャケットを着けるんだから溺れる危険はそうそう無いし、そんな事態になったとしても君が居合わせるとは限らないし!』
『…それはそうだが、やはり水着を着ていた方が…。褌にすべきだったのか?』
水着のチョイスを間違えただろうか、と教頭先生。普段の下着が紅白縞だけに褌を下着代わりに着けてくるのは思い付かなかったらしいのです。けれど会長さんはフンと冷たく鼻で笑って。
『褌だって? 水着は他にもあるだろう。この間のショーで着たヤツとか』
『「「!!!」」』
中継画面の向こうと此方で同時に固まる私たち。会長さんが言っているのはハイレグ水着のことでしたか!
『あの水着を下に着てたんだったら、ぶるぅとお揃いを目指したってことで心意気だけは買えたんだ。ぶるぅと気分だけでも一緒に遊ぼう、って心意気がね』
『し、しかし…。ぶるぅは普通の水着のようだが…』
『そりゃそうさ。君がラフティングをしてくれるなんて思っちゃいないし、用意してない。でもね、ぶるぅはその気になったら瞬間移動でパパッと着替えが可能なんだよ。…ぶるぅ、お揃いにしたかったよね?』
会長さんに尋ねられた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は。
『うん! ぼく、あの水着で来ようと思ったの! だけどブルーに止められちゃったの、ハーレイが見たら嫌がるから…って…。ハーレイ、あれを着て来てないから、やっぱりホントに嫌なんだ…。お揃いなのに…』
『い、いや…。お前とお揃いなのが嫌というわけではなくてだな…』
しどろもどろの教頭先生に会長さんが。
『もう遅いってば! ぶるぅはショックを受けちゃってるし、ぼくとのツーショットの話は無かったことに』
『そ、それは…。だったらラフティングは見守る方で…』
『ラフティングまで断るわけ!? ウエットスーツもレンタルしたのに、ぼくと写真が撮れないってだけで逃げようだなんて許せないね。…でも、君と一緒にボートを漕いで下るというのも腹が立つ。君には別便で下って貰う!』
『「「別便?」」』
意味が掴めない教頭先生と私たちに、会長さんが人差し指でビシッと示したのは壁のポスター。
『ここはカヤックもやっているよね? 個人指導も承ります、と書いてある。君はカヤックに変更だ。インストラクターがつけば初心者だって下れるのが売り!』
『か、カヤックだと……?』
愕然としている教頭先生。ポスターには一人乗りのカヤックで川下りをする一団の写真が刷られていました。この会社では初心者向けに一人乗りカヤックの指導をしてくれるコースがあるそうです。着て行くものはラフティングと何一つ変わらないらしく…。
『ハーレイ、頑張って下るんだね。…見事やり遂げたらツーショットの件は考え直してあげてもいいよ。リタイヤした時は御褒美は無しで』
ゴール間近でリタイヤしてもツーショットには応じられない、と会長さんは更衣室から出てゆきました。同時に中継画面も消え失せ、スウェナちゃんと私が集合場所に行ってみると。
「やあ。ハーレイはカヤックに決定したから! あっちで手続きしているよ」
会長さんが視線を向けた先では教頭先生がカヤックの貸し出し手続き中。ツーショットという餌に釣られて申し込むとは、教頭先生、凄すぎるかも…。ラフティングも遠慮したがる教頭先生に一人乗りのカヤックだなんて、絶対、無茶な注文ですって!

ラフティングの出発点は流れがゆったりした場所です。ウエットスーツにライフジャケット、ヘルメットも着けた私たちは大きなゴムボートに乗り込みました。インストラクターの指揮の下、一人一本パドルを握って川を下ってゆくわけですけど、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は小さすぎるので乗っているだけ。それでも…。
「かみお~ん♪ しゅっぱぁ~つ!」
掛け声だけは元気一杯、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は御機嫌です。川の中央へ向けて漕ぎ出してゆく私たちの後方ではウエットスーツを着込んだ教頭先生がカヤックに乗ろうとしている所。隣にはインストラクターの人のカヤックが…。教頭先生、大丈夫かな?
「ん? ハーレイなら平気、平気!」
クスクスと笑う会長さん。
「ヘルメットもライフジャケットも着けてるしね? そうでなくても泳ぎの達人、放り出されたくらいじゃ溺れないって! それより、カヤックの方が小回りが利く。追い抜かれないように頑張らないと」
さあ、漕げ! と号令されてパドルを握り直し、インストラクターさんの指示を仰ぎつつ息を合わせて流れに乗って…。おおっ、けっこうスピードが出ます。流れは緩いように見えていたのに…。
「な、なんか思ってたより速くない?」
ジョミー君が声を上げると、最後尾で舵を取っているインストラクターさんが。
「川は見た目じゃ分かりませんよ。下で渦を巻いている場所もあるので気を付けて」
「「「渦!?」」」
「そういう所は避けて下りますけど、川の怖さは覚えておいた方がいいですね。遊びに行った先に川があっても迂闊に入って泳がないこと!」
危ないんですよ、と言われて「はーい!」と答える私たち。楽しいラフティングになりそうです。後ろについて来ている教頭先生もインストラクターさんのカヤックと並んで上手にパドルを操ってますし…。
「教頭先生、普通について来てますね…」
シロエ君が振り返った時、インストラクターさんが「しっかり前を見て下さいよ」と注意しました。
「この先のカーブを曲がると流れが急になりますからね。皆さん、息はピッタリですけど、他所見はバランスを崩します。後ろのカヤックが気になるのなら、先に下って貰いましょうか?」
えぇっ、教頭先生が先に? 後からの方が速さに対する心の準備が出来そうなのに…、と誰もが思ったのですが。
「いいね、それ」
会長さんは容赦がありませんでした。
「急流下りでバランスを崩すとボートから放り出されるし…。そういうのは御免蒙りたい。あっちを先に下らせてよ」
「分かりました。おーい、そっちが先! 先に行ってくれ!」
合図しているインストラクターさん。私たちは流れの速い部分から外れ、ボートを漕いで待機です。その間に教頭先生と指導係のインストラクターさんのカヤックが通過してゆき、それを見届けてから元のコースへ。うん、よく見えるようにはなりましたけど…。
「カーブを曲がったら急流だっけ?」
ジョミー君が言い、キース君が。
「そうらしいな。教頭先生の方が一足お先に急流下りか…」
「パニックにならなきゃいいんですけどね」
シロエ君は心配そうですが、私たちのボートのインストラクターさんが大きく笑って。
「素人さんでも大丈夫ですよ、ジェットコースターみたいな速さじゃないですからね、落ち着いて漕げば乗り切れます。さあ、皆さんも頑張って!」
もうすぐですよ、という声が終わらない内に教頭先生のカヤックがカーブを曲がってゆきました。少し遅れて私たちのゴムボートも。…って、いきなり急流じゃないですか!
「その先の岩の間を抜けますよ! もっと右! 右に寄せて!」
「「「わわわ~っ!」」」
見る間に迫る大きな岩。もう教頭先生どころではなく、ひたすら漕ぐしかありません。ボートは大揺れ、激しく飛び散る水飛沫。乗っているだけの「そるじゃぁ・ぶるぅ」の歓声を背中に聞きつつ懸命に漕いで、漕ぎまくって…。

「お疲れさま~。もうすぐ休憩スポット到着ですよ」
激流を乗り切った先は穏やかな流れと明るい河原。会長さんが豪華食材でと注文していたバーベキューをする場所です。そこまで漕げば休憩なんだな、と思ったら…。
「この辺りはそんなに深くありませんから、良かったら川に入りませんか? 流れが運んでくれますよ。ボートは私が漕いでいきます」
「かみお~ん♪ ぼく、入る!」
バシャーン! と勢いよく飛び込んだ「そるじゃぁ・ぶるぅ」はライフジャケットを浮き輪にプカプカ流れて下ってゆきます。男の子たちも次々に飛び込み、会長さんもスウェナちゃんも…。よしっ、私も!
「いい天気だねえ…」
こんな休日も楽しいよね、と会長さん。みんなで流されるままに川を下って、ゴムボートと一緒に岸辺に着いて、いざバーベキュー! …ん? 河原に仰向けに倒れているのは…。
「「「教頭先生!?」」」
溺れたのか、と頭が真っ白になったのですけど、会長さんは。
「心配しなくてもダウンしてるだけだよ。急流下りで疲労困憊したらしい。放っておいてお昼にしよう」
「「「………」」」
いいのかな、と思いましたが、教頭先生を指導していたインストラクターさんはバーベキューの用意を始めています。つまり心配無用というわけで…。
「ハーレイの分の食材も一緒に入っているんだよね。起きてこないなら完食するまで!」
食べてしまえ、と会長さんが煽り、声を揃えて「いただきまーす!」。お肉に、海老にとあれこれ焼いて、ワイワイ騒いで盛り上がっていると。
「…ブルー。とりあえず此処まで頑張ったのだが……」
教頭先生がようやく復活してきました。暗に褒めてくれと仄めかしているのに、会長さんは。
「お先に始めさせて貰っているよ。午後からも先に下るのは君だ。ぼくたちは遊んで待っているから、ゆっくり食べてくれていいからね」
「……私はとても頑張ったのだが……」
「あ、その肉はぼくが焼いてるヤツ! 君はそっちの野菜でいいだろ」
会長さんは褒めるどころか馬耳東風。好きなだけ食べて、その後は私たちを引き連れて川の方へと。
「向こうの岩がジャンプスポットになってるんだよ。一休みしたら、やりたい人は飛び込んでみたら? 写真も撮ってくれるしね」
川岸に聳える大岩に登り、川に向かって飛び込むそうです。やる気満々の「そるじゃぁ・ぶるぅ」や男の子たちは飛び込む時のポーズについて検討中。絵になるポーズで飛ぶべきだとか、着水した時の衝撃に備えた方がいいとか、なんとも賑やか。流石に川にジャンプはちょっと…。怖いから遠慮しておこうっと!

たっぷり休んで、男の子たちと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は岩の上から次々にジャンプ。会長さんは見物組に回ったのですが、それと気付いた教頭先生がジャンプしたのはビックリでした。それも飛び込みの選手よろしく宙返りまで入れて颯爽と!
「…必死のアピールが泣けてくるねえ…。そんなにツーショットの御褒美は魅力的かな?」
ただの写真に過ぎないのに、と会長さんは笑っていますが、付き合いの長い私たちにはツーショットの貴重さがよく分かります。ブライダルフェアで撮った写真のように無駄に立派なものはあっても、無いのが普通のツーショット。この機会に、と教頭先生が燃えているのも無理はなく…。
「皆さん、午後の部に出発しますよ~!」
インストラクターさんに呼ばれて私たちは再びボートに。教頭先生もカヤックに乗って漕ぎ出し、やがて始まる急流下り。先を行くカヤックが岩に挟まれた段差の下に見えなくなったと思った途端に私たちのボートも揺れ始めて…。
「左! もっと左!」
「ひいぃっ、ぶつかる~!」
午前のコース以上の難所が幾つも続き、教頭先生にまで気が回りません。やっとのことで激流をクリアし、行きの電車から見えていた辺りまで下って行った頃に心の余裕が…。この先はもう急流下りは無いのだそうで、半時間もすれば終着点。あれっ、教頭先生が元気にカヤックを漕いでいますよ!
『…どうするんだ? あんた、本気でツーショットを?』
キース君がインストラクターさんに聞かれないように思念波を使えば、会長さんは。
『別に減るものじゃないからねえ? それに上映会もあるんだ』
「「「上映会!?」」」
思わず声に出してしまった私たちですが、インストラクターさんは疑問を抱きもせずに。
「上映会は全部終わってからですね。終点で何枚か写真を撮ったら車で会社に戻るんです。着替えを済ませて頂いた後で、今日の写真を一挙に上映! けっこう好評なんですよ」
大画面で迫力たっぷりです、と言われましても…。会長さんったら、そこまで承知でツーショットを?
『もちろんさ。この上映会で気に入った写真を選ぶんだ。それが記念のアルバムになる』
『『『………』』』
ツーショットのアルバムが出来るだけでなく、上映会まであったとは…。教頭先生が釣られるわけだ、と納得です。午前の部ではヘロヘロだったのに今はスイスイ先を行くのも御褒美が待っているからでしょう。会長さんとのツーショットまで残す所は数百メートル!

「おめでとう、ハーレイ。やり遂げたことは認めるよ」
楽しくもスリリングだったラフティングが終わり、会長さんが微笑んでいます。教頭先生は不屈の闘志でカヤックを操り、ゴールイン。記念撮影はボートの上と、岸に上がっての全員集合バージョンと。教頭先生を真ん中にして、みんな笑顔でパシャリと一枚。そして、お次は…。
「ウエットスーツを着てないヤツも撮りたいね。せっかく川遊びに来たんだしさ」
会長さんの提案で私たちは早速、水着姿に。あれ? 教頭先生は…? ウエットスーツを脱ぎ掛けた手が止まっています。
「どうしたのさ、ハーレイ? 撮っちゃうよ?」
「い、いや、私は…。お前たちだけで撮ってもらいなさい」
「そう? じゃあ、遠慮なく」
みんな並んで、と仕切りにかかる会長さん。今度は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が真ん中です。でも、教頭先生、どうしたのかな? ウエットスーツを脱がないなんて…。
「ハーレイ、最後は約束のツーショットだよ? これも要らない?」
要らないんなら終了だね、と会長さんはカメラマンに合図しかかったのですが。
「待ってくれ!」
ダッと飛び出した教頭先生、会長さんの隣に並びました。
「現金だね、ハーレイ? そういう所も嫌いじゃないよ。はい、笑って、笑って」
「うむ。…そのう、肩を抱いてもいいだろうか?」
「どうぞ。せっかくのツーショットだしね」
会長さんがニッコリ微笑み、教頭先生の頬が緩んでパシャリと響くシャッターの音。しかし…。
「ツーショットは格好が釣り合っていないと駄目なんだよ。ぼくだけ水着は論外だね」
教頭先生のウエットスーツは脱げてしまって足元に。どう考えても会長さんの仕業です。でもって教頭先生の水着はショッキングピンクに金銀ラメの例のハイレグ。
「「「わははははは!!!」」」
私たちはお腹を抱えて笑い、カメラマンも必死に笑いを噛み殺し中。会長さんったら、いつの間に水着をすり替えたのやら…。
「ハーレイ、上映会とアルバム、楽しみだねえ? 今日はありがとう、感謝してるよ」
今の写真は絶対アルバムに入れなくちゃ、と会長さんは御満悦。教頭先生は真っ赤な顔でウエットスーツと格闘中ですが、焦るほど上手く着られないみたい…。
目に痛いほどのショッキングピンクで締め括られたラフティング。この写真を記念に買うべきか否か、帰り道でじっくり考えますね~!



楽しみにしていた校外学習の行き先は、ラフティングではなく水族館。初めてのラフティングと聞いてワクワクだった「そるじゃぁ・ぶるぅ」はガッカリです。ラフティングに決定しかかったのを覆してしまったのは教頭先生。会長さんは教頭先生に責任を取らせると主張していて…。
「とにかくハーレイの所に行こう。話はそれから!」
「お、おい…。いきなり押しかけようっていうのか?」
キース君が止めに入りましたが、会長さんは気にも留めずに。
「直談判が一番なんだよ、こういうのはね。君たちにも一緒に来てもらわないと…。ぶるぅがどんなに残念がったか、場合によっては証人が要るかと」
行くよ、と急かされた私たちは仕方なく立ち上がるしかありませんでした。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」を先頭にして中庭を抜け、本館の奥の教頭室へ。重厚な扉を会長さんがノックして…。
「失礼します」
「な、なんだ?」
ゾロゾロと連なって入ってきた行列に驚きを隠せない教頭先生。そこへ会長さんが冷たい口調で。
「何をしに来たのか分からないって? ぶるぅは朝からガッカリなんだよ」
「は?」
「校外学習! 行き先が発表されただろ?」
「ああ、あれか…。どうしてぶるぅがガッカリなんだ? 水族館は大好きだろう」
イルカと握手出来るんだぞ、と教頭先生は「そるじゃぁ・ぶるぅ」に笑顔を向けて。
「やりたければショーもすればいい。水族館には今年もお世話になると思います、と言ってある。ショーに出るならブルーに電話して貰いなさい。貸し切りの時間が取れるからな」
教頭先生、しっかり根回ししてあるようです。此処まで心を砕いているのに、ラフティングをボツにしたという理由で会長さんにボロクソに言われ、責任を取らされてしまうのでしょうか? でも、責任を取るって、どうやって…?
「イルカショーの貸し切りくらいは当然じゃないか、水族館だし」
珍しくもない、と会長さん。
「ぶるぅがガッカリしているのはね、珍しいイベントが中止になったからなんだ」
「イベントだと? 何のことだかサッパリなのだが…」
そう言いながらもカレンダーと手帳を確認している教頭先生は律儀です。けれど今日の日付で中止になったイベントなどがある筈もなく、ますます混乱したようで。
「…本当に分からないのだが…。校外学習のことかと思えばイベントだと言うし、かと言って今日は何の予定も無いようだし…。それとも私が知らないだけで何か催しが決まっていたのか?」
「決まってたんだよ、この間まで…ね。今日に関係あるヤツが!」
君がオシャカにしたんだろう、と会長さんは教頭先生にビシッと指を突き付けました。
「校外学習は水族館の予定じゃなかった。ゼルの提案でラフティングってことになっていたのに、安全第一だとか言っちゃってさ! 何が校長先生なのさ、君がわざわざ御注進しに出向かなかったら知らずに終わっていただろう!」
「…ど、どうしてそれを…」
「今更それを訊くのかい? 校外学習、気になるじゃないか。去年も水族館だったんなら放っていたと思うけど……一日修行体験の次は何が出るのかと知りたくもなるさ」
だから覗き見してたんだ、と会長さんは悪びれもせずに言い放つと。
「ラフティングっていう予定を聞いて、ぶるぅはワクワクしていたんだよ。どんなものなの、って知りたがったから色々教えた。それで楽しみにしちゃってねえ…。早く行きたい、って待っていたのに、君が水族館に変えちゃったんだ」
「そうだったのか…。すまないな、ぶるぅ。お前が楽しみにしていた気持ちは分からないでもないんだが…。ラフティングが何か知っているなら話は早い。もしも事故があったりしたら大変なんだ。そうなってからでは間に合わないし、やめておくのが学校として取るべき道だ」
分かるな? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」に真摯な目を向ける教頭先生。しかし文句を言いに来ているのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」ではなく会長さんです。会長さんは「ぶるぅを丸めこもうとしたって無駄だからね」と教頭先生を睨み付けて。
「ぶるぅはイルカとショーが出来れば御機嫌だけど、ガッカリしたのは本当なんだ。発表があるまでは行き先変更の可能性もあるかもしれない、と希望を持ってたみたいだし…。この責任は取って貰うよ」
「責任だと?」
「そう、責任。子供の夢をブチ壊したのに、大人の理屈を並べ立てた上に「分かるな?」だって? 最低だよ! 普通はそこで「連れてってやろう」とか言うものだろ!」
おおっ、そういう方向でしたか、責任って! 教頭先生に引率されて私たちだけでラフティングとか…?

勝ち誇った顔で教頭先生を見詰める会長さん。校外学習の代わりに個人的に「そるじゃぁ・ぶるぅ」をラフティングに連れて行けば教頭先生は責任を取ったことになるようです。簡単な事じゃないですか! スピードが苦手なことは知ってますけど、ラフティング程度なら大丈夫だと会長さんも言ってましたし…。
「ぶるぅを連れてラフティング…だと? すまん、考えてもみなかった」
平謝りの教頭先生。会長さんはクスクス笑いながら。
「だろうね、学校単位で動くことしか頭に無かったみたいだし…。で、連れてってやってくれるわけ? それとも…」
「もちろん連れて行ってやる。私の夢はいつかお前を嫁に貰って、ぶるぅを子供にすることだしな。今から仲良くなっておかんと話にならない」
大いに楽しんでくるといい、と教頭先生は穏やかな笑み。ん? この言い方だと教頭先生は連れて行くだけで自分は参加しないとか…? 案の定、会長さんが「ちょっと待って」と突っ込みました。
「楽しんでくるといい、って…君はボートに乗らないのかい? もしかして保護者よろしく岸から応援?」
「そのつもりだが…。何か問題でも?」
「当たり前だよ! 一緒に下ってやらないつもり? 見てるだけ?」
「万一の時には助けてやるぞ? 泳ぎには自信があるからな」
任せておけ、と自信に溢れた教頭先生ですが、会長さんは呆れたように。
「…ハーレイ。ラフティングに反対した段階で下調べはしてる筈だよねえ? あそこのコースで川沿いの道路がどれほどあるって? 大部分は川から離れているか、川沿いでも崖の上だとか…。岸から応援って言った時点で「見ていません」って宣言したのも同然なんだよ。助けるも何も、見えていないし!」
「…い、いや…。その……」
教頭先生は真っ青でした。本当にコースを知らなかったものと思われます。しどろもどろで言い訳をしたり、謝ったり。そんな教頭先生の姿に、会長さんはフウと大きな溜息をついて。
「…分かったよ。要するに、君はラフティングをする自信は無い…、と。たかが川下りだから大丈夫だとは思っていても、経験が無いから分からないんだね?」
「…すまん。下り始めてから止めてくれとか、下ろしてくれとは言えないしな…」
申し訳ない、と頭を下げる教頭先生。ラフティングが中止になった裏には教頭先生の私的な事情も少しは絡んでいそうです。引率役に徹するつもりで出掛けて行っても、会長さんが来ている以上はラフティングをする羽目になる可能性ゼロとは言えませんし! うーん、やっぱりヘタレでしたか…。
「そういうわけなら無理にやれとは言わないよ。でも、ぶるぅは本当に行きたがっていたからねえ…。連れて行ってはくれるんだろうね?」
「その件については約束する。校外学習の週の週末はどうだ?」
土曜か日曜、とカレンダーを示す教頭先生。やった、ラフティングに行けますよ! 会長さんが「じゃあ、土曜日で」と頷き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も大喜び。もちろん私たちもお相伴です。
「…気が回らなくて本当にすまなかった。ラフティングは楽しみにしていてくれ。私は見ているだけだがな」
「その分、御馳走を奮発してよ。休憩スポットで昼御飯の時間があるだろう?」
抜け目なく毟りにかかる会長さんに、私たちは苦笑するばかり。昼食はバーベキューで食材を予め選べるのだとか。最上級でお願いするね、と会長さんは遠慮がありません。校外学習が終わった週末はラフティング! 初めての体験に加えて大自然の中でのバーベキューなど、盛り沢山になりそうですよ~。

こうして来週末の予定が決まり、私たちの頭から校外学習の方はストンと抜け落ちてしまいました。水族館は所詮、水族館。イルカショーに「そるじゃぁ・ぶるぅ」が出演するのもお約束です。とにかく拍手を送ればいいや、と思い込んでいたのですけど、それが根底から覆ったのは翌日の放課後。いつものように「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に出掛けてゆくと、会長さんが。
「やあ。ぶるぅのイルカショーなんだけどね、ちょっと趣向を凝らしたくって」
「「「は?」」」
「普通にイルカと泳ぐだけでは見ていて楽しくないだろう? もう一工夫欲しいよね」
「…今度もドルフィン・ウェディングか? それとも人魚ショーなのか?」
キース君が過去のイルカショーにくっついてきたイベントを挙げています。最初の年は「そるじゃぁ・ぶるぅ」がイルカプールに乱入しちゃっただけなのですが、その翌年から妙なイベントが…。
「どっちでもないけど、あえて言うなら人魚ショーの方が近いかな? 一緒に泳ぐのはハーレイだし」
「「「!!!」」」
またか、と頭を抱える私たち。教頭先生の人魚姿は瞼にクッキリ焼き付いています。ショッキングピンクの人魚の尻尾を付けてプールや海で飛んだり跳ねたり、それはそれはダイナミックな見世物で…。今の1年生は教頭先生人魚を知りませんから、水族館で披露したならウケることだけは間違いなし。けれど…。
「人魚ショーではないんだよね。ハーレイには頑張って貰わないと」
「何をだ?」
胡乱な目をするキース君に、会長さんは。
「練習だよ。校外学習は来週なんだし、時間は少ししか無いだろう? 早く始めないと間に合わない。…連行するからついて来て」
「なんで俺たちまで巻き込むんだ!」
「ギャラリーに慣れておかないとね。当日はスタジアムに生徒が沢山溢れるんだよ? あがってしまって上手に出来ませんでした、なんてことになったらつまらないし!」
行くよ、とソファから立ち上がった会長さんを止められる人はいませんでした。私たちはゾロゾロと会長さんの後ろに続いて教頭室へ。扉をノックした会長さんに教頭先生が「どうぞ」と答えて…。
「なんだ、どうしたんだ? みんな揃って…。ラフティングなら予約しておいたぞ」
食事の方もバッチリだ、と教頭先生は笑顔です。休憩地点でのバーベキューの食材は会長さんの注文通り最上級。昼食には教頭先生も加わるそうで…。
「あれから私も調べたんだ。昼食場所は道路から近くて行きやすいらしい。…それとも私が一緒では嫌か?」
「とんでもない」
スポンサーは大歓迎、と会長さんが笑みを浮かべて。
「一緒に昼食を食べるんだったら親睦を深めておかないとね? ちょうど良かった」
「…何の話だ?」
「ぼくたちとの絆の話だよ。今日から暫く付き合って貰おうと思って誘いに来たんだ。あ、付き合うと言ってもデートじゃないし! みんな揃って出掛けるだけだし!」
「………。焼肉か?」
首を傾げる教頭先生。会長さんはクッと笑うと。
「残念でした。フィットネスクラブに行くんだよ。…君にはイルカショーで大活躍をしてもらう」
「…に、人魚か? またアレをやれと?」
「いいから黙ってついてくる! 今日は貸し切りにしといたからね、ぼくたち以外に見ている人はいないんだ。仕事にサッサと区切りをつけたら急いでお出掛け!」
瞬間移動で飛ぶことにする、と言う会長さん。フィットネスクラブはサイオンを持つ仲間が経営していて、会長さんはVIP会員です。瞬間移動で飛び込んだって何の問題もありませんけど、教頭先生、いったい何をさせられるのかな…?

大車輪で仕事を片付けた教頭先生の愛車は、会長さんが瞬間移動で家のガレージまで送ったようです。曰く、疲れると運転が危なくなるから乗らない方が安心だそうで…。お次は私たち全員がフィットネスクラブに瞬間移動。教頭室から一気に見慣れたプールサイドへ。
「まずは向こうで着替えてきてよ」
はい、と教頭先生にスポーツバッグを差し出している会長さん。えっと……あのサイズでは人魚の尻尾は入っていそうにないですが? 教頭先生も受け取りながら眉間に皺を寄せています。
「あれっ、もしかして人魚の方が良かったとか? …そんな顔だね」
「いや、それは…。人魚は出来れば遠慮したいが…」
「じゃあ、いいじゃないか。…待っているから早めにね」
会長さんがヒラヒラと手を振り、教頭先生はロッカー室へと。人魚ショーではないと聞かされたのは確かですけど、ホントに人魚は関係無いとか…? でも、泳ぐだけで芸になるんでしょうか? 私たちが悩んでいると。
「なるんだな、これが。…あ、ハーレイが戻ってきたよ」
「「「!!!」」」
教頭先生が着けていたのは競泳用のメンズビキニ。でも、ショッキングピンクの地色に金銀のラメとスパンコールって、思い切り悪趣味と言うのでは…? 教頭先生もそれが気になるようで。
「…ブルー、このデザインはどうにかならないのか?」
「気に入らない? 人魚の尻尾がショッキングピンクで似合ってたからテーマカラーにしようかなぁ、って…。注文生産の特注品だよ。急げばなんとか間に合うものだね」
「…特注品だと言われても…。これで私に何をしろと?」
「目立つってことが大切なんだ。ホントは女性用の水着みたいにカバーする範囲が広い方が映えるんだけどねえ、プールには」
華やかな柄も入れられるし…、と会長さんは真顔です。教頭先生は慌てて首を左右に振って。
「こ、この水着で充分だ! デザインも色も実に素晴らしい」
「そう? だったら早速始めようか。…イルカショーで使う曲を流すから、まずは心の赴くままに」
「「「???」」」
会長さんが何を言っているのか、私たちには意味不明でした。教頭先生だって同じです。心の赴くままにって…何が? と、バッシャーン! とプールで水音が。
「「「ぶるぅ!?」」」
いつの間にか水着に着替えていたらしい「そるじゃぁ・ぶるぅ」がプールでスイスイ泳いでいます。何故か水着は女の子用のスクール水着っぽいヤツですけども、それ自体は理解の範疇内。シャングリラ学園の水泳大会では「そるじゃぁ・ぶるぅ」が女子で登録することもあり、その時は女子用スクール水着ですから。
「あ、あの水着って…」
ジョミー君が口をパクパクとさせ、キース君が。
「…教頭先生の水着と揃いのようだな。ショッキングピンクにスパンコールだ」
なんともド派手な水着を着けた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はプールの真ん中まで行くとトプンと潜り、次に出て来たのは右足だけ。その右足がヒョイと沈むと上半身がザバッと現れ、両手を上げてポーズを取って…って、あれってシンクロとか言いませんか?
「シンクロだよ?」
見れば分かるだろう、と会長さんが微笑みながら。
「ぶるぅはシンクロは得意だしねえ? あっちの世界のぶるぅと組んでた『ぶるぅズ』だって人魚だけれど基本はシンクロ! ハーレイにはシンクロをやってもらう」
「な、なんだと…?」
愕然とする教頭先生に、会長さんは。
「イルカショーに花を添えるためにも、ぶるぅと組んでデュエットを…ね。だから水着は目立つのがいいと言ったんだ。ぶるぅと同じデザインにしたいんだけど…」
げげっ、と凍りつく私たち。教頭先生にあんな水着は今以上に視覚の暴力です。ビキニパンツでも大概なのに…。教頭先生だって両手で大きな×印を作って拒否してますし!
「そんなに全力で否定しなくてもいいのにさ。…OK、ビキニパンツで良しとしておく。とりあえず心の赴くままに演じてみてよ」
「……何をだ?」
「シンクロって言っているだろう! どんな振付にすればいいのか、ぼくにもイメージが掴めてないんだ。音楽に合わせて自由に演技を! それを見てから考えるよ」
始め! と会長さんがプールを指差し、仕方なく飛び込む教頭先生。間もなく大音量で音楽が始まりましたが、教頭先生、シンクロなんて出来るんでしょうか?
「大丈夫! ハーレイズを覚えているだろう? あれはシンクロの基礎が必要なんだよ」
ニヤリと笑う会長さん。ハーレイズというのは教頭先生とソルジャーの世界のキャプテンが人魚の格好で組んだ時の名前で、ジャンプや輪くぐりなども見事にこなしてましたっけ。けれどシンクロそのものは一度も見たことがありません。…ん? んんん?
「ほらね、ちゃんと出来てるじゃないか。好きにやらせるのもなかなかいいね」
「…出来ていることは認めるが…」
美しくないぞ、とキース君が正直な意見を述べています。教頭先生の逞しい足がプールからニュッと突き出す様はシュールと言うか何と言うか…。しかも回転とか色々な技が披露されますし!
「美しさ? それは求めたら負けじゃないかなぁ。…で、どんな振付がいいと思う?」
プールを見詰める会長さんの頭の中は既にシンクロで一杯でした。こうなってしまうと何を言っても無駄というもの。同じ阿呆なら踊らにゃ損、損、みんなで振付を考えますか…。

その日から私たちと教頭先生のプール通いが始まりました。鬼コーチと化した会長さんが教頭先生をビシバシ指導し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が模範演技をしたり、デュエットしたり。
「いいかい、校外学習の華はイルカショーなんだよ」
生徒を楽しませることが一番だ、と会長さんは譲りません。
「ラフティングにしとけば良かったのにねえ? それならイルカショーは無かったわけだし、こんなサービスも要らなかったのに…。自業自得ってコレのことかな?」
「わ、私がサービスする必要は無いと思うのだが…」
「そうかな? 今の3年生は知ってるんだよ、水族館にはショッキングピンクの人魚だってことを。その噂がどれだけ広まってるかは謎だけれども、水族館と聞いて期待している生徒もいるかと…。それを裏切るのは言語道断! 第一、ぶるぅの夢も壊したわけだし?」
「ラフティングには連れてってやると言っているのに…」
どうしてこんなことに…、と教頭先生は嘆いています。それでも真面目に練習するのは会長さんと過ごす時間が気に入っているからでしょう。普段は全く構って貰えないのに、シンクロの指導はマンツーマン。きっと教頭先生の脳内ではゴージャスな夢のデートに変換されているんじゃないかと…。
そんな感じで日は過ぎていって、いよいよ明日は校外学習。
「ハーレイ、本番では指導係はつかないからね。ぼくはスタジアムで見物だから」
「…分かっている。ぶるぅと二人で頑張るまでだ」
拳をグッと握る教頭先生、技も振付も完璧です。今夜はこれから会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の三人だけで水族館に行き、イルカプールで距離感を掴んで最後の仕上げをするのだとか。本当は私たちも見たいんですけど、ショーとして完成された形は校外学習で初めてお披露目を、というのが会長さんの主張。
「だってさ。他の生徒にはサプライズなんだし、君たちにも少しは新鮮なステージを見せてあげたい。…ハーレイが当日に委縮しないよう、今日までギャラリーを務めてくれたことへの感謝も込めてね」
「うむ。…イルカと組んだら印象も変わってくるだろうしな」
毎日付き合わせてすまなかった、と教頭先生に御礼を言われて私たちはひたすら恐縮です。会長さんの悪ノリに便乗して振付とかで無茶をやらかしたのに…。でも、会長さんはクスッと笑って。
「気にしなくてもいいんだよ。ハーレイは幸せ一杯だから! ぼくと毎日練習が出来て。…そうだよね?」
「…その部分に関しては否定できんな…」
楽しかった、と頬を緩める教頭先生を残して私たちはフィットネスクラブを後にしました。明日のイルカショーでは教頭先生と「そるじゃぁ・ぶるぅ」のシンクロが披露されるのです。ショーの主役はイルカか、はたまたシンクロチームか。校外学習、待ち遠しいなぁ…。

そして翌日、シャングリラ学園の1年生は観光バスで水族館にやって来ました。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は1年A組のバスに乗り込み、車中でイルカショーをよろしくとアピールです。補習になる所を手形パワーで助けて貰ったクラスメイトは「見に行きます!」と大歓声で…。
「よし。宣伝効果はバッチリだよね」
会長さんが満足そうに頷いたのはシャングリラ学園の生徒で満席になったスタジアム。滞在時間中の最後のイルカショーが貸し切りにされ、案内板にも表示が出ています。しかし1年A組の生徒たちによるクチコミ効果も大きくて。
「ぶるぅがショーに出るんだってよ」
「拍手したら御利益あるかもな! 次のテストで満点とかさ」
不思議パワーのお裾分けに与りたい生徒も多数のようです。残念ながらショーには御利益無いんですけど…。少し申し訳ない気持ちになっていると、会長さんが。
「御利益が無くても大丈夫さ。ショーで笑えば気分スッキリ、笑う門には福来るってね」
「…それはそうかもしれないが…」
教頭先生が気の毒だ、と呻くキース君の声を遮るようにアナウンスの声が響きました。
「只今よりイルカショーを開催いたします! まずはスペシャル・ゲストの「そるじゃぁ・ぶるぅ」君です!」
「かみお~ん♪」
ショッキングピンクにスパンコール水着の「そるじゃぁ・ぶるぅ」がステージに現れ、たちまち起こる盛大な拍手。悪趣味な水着も子供が着ると可愛いというのが不思議ですよね。
「もう一人のゲストをご紹介します。シャングリラ学園教頭、ウィリアム・ハーレイ先生です!」
「「「!!!」」」
その瞬間の衝撃は一生忘れられないかも…。教頭先生が着けていたのはビキニパンツではありませんでした。小さな「そるじゃぁ・ぶるぅ」とお揃いの水着、よりにもよってハイレッグカット。爆笑と悲鳴が交錯する中、会長さんはウインクして。
「いいだろう、あれ。昨日、君たちが帰った後で着ろと言った時の騒ぎといったら…。脱毛サロンにまで連れて行かれたんだし、当然かな」
「「「脱毛サロン!?」」」
「うん。でないとハイレグは無理だしさ。…ついでに毛脛でシンクロというのもアレかと思って…。脱毛だけは勘弁してくれって絶叫したから、スタッフに剃られて終了だけど。脱毛する前に剃るんだってね」
「「「………」」」
それはヒドイ、と私たちは心の底から教頭先生に同情しました。ハイレグ水着のために脱毛サロン。メンズエステが流行りと言っても、逞しさが売りの教頭先生に脱毛サロンは…。
「そうかなぁ? ウケてるから別にいいじゃないか」
大人気だよ、と会長さんが指差す先では教頭先生と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の華麗なデュエットが始まっています。イルカの芸に合わせて流れる音楽に乗り、足を上げたり回ったり。客席からは「そるじゃぁ・ぶるぅ」コールに混じって教頭先生への声援も…。
「ね、ハーレイも喜んでいると思うよ、教師は生徒に好かれてなんぼ! 身体を張った芸の一つや二つは当たり前ってね」
未来の嫁と子供も喜ばせられて一石二鳥、と会長さんは御満悦でした。嫁に行く気も無いくせに…。校外学習、ラフティングの方が教頭先生にはマシだったんじゃあ? とはいえ今更手遅れですから、週末の私たちとのラフティングの件、よろしくお願い申し上げます~!



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