シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
会長さんと教頭先生のバカップル・デートを目撃していたというエロドクター。正確にはホテル・アルテメシアでのブライダルフェアの一部を目にしただけなんですけど、よりにもよってチャペルに入って行く所とは…。更にソルジャーまでが押し掛けてきて、私たちは戦々恐々です。
「ブルー? 私が見たのは何だったのだと仰るのですか?」
お話合いをしましょうね、とエロドクターは猫なで声。
「あなたはハーレイと結婚する気は無いと信じていたのですが、どうやら間違っていたらしい。実に幸せそうなカップルでしたよ、お似合いとしか言いようの無い」
「………」
黙り込んでいる会長さん。迂闊に返事をすれば墓穴を掘りかねないからでしょう。
「黙っていては分かりませんねえ、あなたはどういうおつもりなのです? まさか結婚なさったとか? それとも極秘に入籍ですか? ソルジャーとキャプテンが結婚となれば我々にも知らせがあるでしょうし…。まあ、隠しておきたいという気持ちも分からないではありませんがね」
あなたは高校生ですし、とエロドクターは唇を笑みの形に吊り上げました。
「シャングリラ学園の校則は存じませんが、不純異性交遊は恐らく禁止事項でしょう。かといって学生の身分のままで結婚というのも他の生徒の目がありますし…。在学中には婚約までが限界なのではないですか? 結婚したとなれば自主退学を余儀なくされるかと」
「……結婚も入籍もしてないってば」
会長さんがやっとのことで口を開いて。
「ぼくは今の所は結婚する気は全く無いし、ましてハーレイなんて願い下げだよ! 結婚するなら絶対、フィシス! もうちょっと遊びたいから保留なだけさ」
「そうなのですか? では、ホテル・アルテメシアで私が見たのは…」
「勘違いだろ?」
「なるほど。確かに写真も撮っていませんし、あなただという証拠は何も無いわけですが…」
おかしいですねえ、とドクターは首を傾げています。そりゃそうでしょう、超絶美形な会長さんと目立つ体躯の教頭先生、どちらも何処にでもいそうなタイプではなく、見間違える方が難しそう。ソルジャーとキャプテンというそっくりさんがいると言っても、別の世界の住人ですし…。
「まあ、勘違いならそれはそれで。…そうそう、あの日はブライダルフェアがありましたっけね」
「「「!!!」」」
ウッと息を飲む私たち。ブライダルフェアの受付デスクはロビーの目立つ所にありましたから、エロドクターが気付いたとしても別に不思議ではありません。ひょっとすると内容の方もバレているとか…? 案の定、エロドクターはニヤニヤと。
「先着限定三組様のスペシャル・コースがあったというのも知っていますよ。個室でのウェディングメニューの試食とチャペルでプロが記念撮影をするのでしたか…。もしや、下見にお出掛けになられたとか? とりあえず今は婚約だけで卒業してから挙式でしたら、ブライダルフェアも納得です」
「誤解だってば!」
勢いよく叫んだ会長さんに、エロドクターはクッと喉を鳴らして。
「おやおや、誤解と来ましたか。それではブライダルフェアにお出掛けになったのは事実ですね? で、どの部分が誤解なのです?」
「…そ、それは……」
しまった、という表情を浮かべる会長さんの横からソルジャーが。
「ふふ、ブルーはハーレイと結婚する気は無いんだよ。ブライダルフェアも言い出したのはブルーじゃないし」
「ほう? 結婚する気も無いというのにブライダルフェアのスペシャル・コース…。ハーレイには手痛い出費ではないかと思うのですが、それをブルーが仕掛けたのではなくてハーレイが?」
信じられませんね、と顎に手をやるエロドクター。
「それにブルーが承知したというのが理解できません。自分から言い出した計画だったら乗り気でしょうが、ハーレイの申し出でブライダルフェア…。二人仲良くチャペルで記念撮影だなどと、有り得ない話だと思いますがね」
「それがそうでもないんだよね」
クスクスクス…と笑うソルジャーに、エロドクターは。
「お話合いは人数が多いほど盛り上がる、と考えたのは正解でした。あなたは色々と御存知のようで…。私が見たのは何だったのです? どうしてブルーがブライダルフェアに?」
「それはねえ…。何から話せばいいのかな?」
どうしよう、とソルジャーは楽しげな笑みを浮かべています。ソルジャー、どこまで知ってるんですか…?
「最初はデートだったんだよ」
お話合いに乱入してきたソルジャーは、いきなり爆弾発言をかましました。
「デートですって?」
エロドクターの声が引っくり返り、それから「ああ…」と両手を打って。
「なるほど、昔の私と同じケースかもしれませんね。ブルーにデートを申し込んだら散々な目に遭わされました。…あの感覚で悪戯というなら理解できます」
勝手に一人で納得しているエロドクターに、私たちも思い出しました。あれは特別生の一年目も終わろうという三学期のこと。その一年前に会長さんを食べようとして果たせなかったエロドクターが「一年間も待ったのだから利子をつけて頂きたい」とデートを申し込んできたのです。
「私はそこのボディーガードたちに邪魔されましたが、ハーレイも酷い目に遭わせたのですか? チャペルでは幸せそうでしたがね」
「んーと…。特に酷い目には遭ってないかな」
ソルジャーはパチンとウインクをして。
「どっちかと言えば幸せ一杯? なにしろデートのテーマがねえ…。バカップルごっこだったっけ?」
ひぃぃっ、そこまでバレてましたか! そしてバカップルという単語はエロドクターの耳にバッチリ入ったようです。
「バカップル…ごっこ? なんですか、それは」
「話せば長くなるんだけれど…。そもそも春休みに行った旅行が発端なんだ」
「…旅行…。ブルーとハーレイが?」
「他にもゾロゾロいたけどね。そこの子たちは勿論参加。ぼくと、ぼくの世界のハーレイも行った。河原を掘ったら露天風呂が作れるんだよ」
面白かった、と語るソルジャーに、エロドクターは怪訝そうに。
「いわゆる団体旅行ですね。ハーレイとブルーの仲が進展するような旅だったとは思えません。それがどうしてバカップルごっこに?」
「ぼくとハーレイの旅のテーマさ、バカップルは。せっかく旅行に行くんだからね、婚前旅行っぽく楽しみたくて…。こっちのハーレイに指南役をお願いしたってわけ。そういう風に使えますよ、とぼくのハーレイに紹介してくれたのは君だろう?」
新婚生活を夢見る師匠として、と続けるソルジャー。
「今回の旅でも大いに役に立ってくれたよ。バカップルな旅のアルバムまで作れたし…。それを師匠にプレゼントした辺りから話が大きくなったんだ。こっちのハーレイが羨ましがっているのをブルーが逆手に取って悪戯を…ね」
「おや。やはり悪戯ではないですか」
「それは最後の部分だけ! 悪戯で締めたってだけで、そこまでは楽しくデートしてたさ。でもって、デートのテーマがバカップルごっこ。だからこっちのハーレイも張り切っちゃって、ブライダルフェアを予約したんだ」
あちゃ~。ソルジャーは全て喋ってしまいました。ブライダルフェアの発案者が教頭先生だったと知ったエロドクターは腕組みをして考え込んでいましたが…。
「あのハーレイがスペシャル・コースを奮発したとなりますと……頑張らないといけませんね。ブルーの花嫁姿を拝める上にチャペルで記念撮影ですか…。私も負けてはいられません」
ズイと乗り出すエロドクター。
「ブルー、私とゴージャスなブライダルフェアは如何です? 個室で試食などと言っていないでゲストも呼んで賑やかに…ね。そこの皆さんをお招きすればグッと会場が華やぎますよ」
「な、なんでぼくが…!」
会長さんの顔が引き攣るのも気にせず、ドクターは。
「次のブライダルフェアを待つほどのこともありません。ああいうものは出すものを出せばいくらでも…。あなたのためなら安いものです。模擬結婚式と洒落込みましょう」
「ちょ、ちょっと…!」
「断るのですか? では、健康診断の結果をメチャクチャにして差し上げましょうか。月に一度は検査のために来院しなくてはならないように書き換えるとか…。ええ、あなたは多分今回も何の問題も無いでしょうから。ですが、それは医者としてどうかという話もございますしね…」
バレたら懲戒免職ですし、とエロドクターは大袈裟な溜息をついて。
「あなたの主治医という美味しい立場は私も失いたくありません。さて、断られないためにはどうするか…。断ったらキスをプレゼントするというのもいいですねえ…」
テクニックには自信があるのです、と会長さんの顎を捉えようとしたエロドクターに、キース君が。
「触るな! 人形に一発お見舞いするぞ」
キース君の手が風呂敷包みの結び目をグッと握っています。何かあったら風呂敷を解いてドクター人形を殴りつけるつもりでしょう。ドクターは「やれやれ…」と苦笑しながら。
「キスをされればブルーもその気になりそうですがね? 私とベッドに行きたくなるようなキスを仕掛ければいいだけのことで…。そういう仲なら模擬結婚式どころか結婚式でも大丈夫ですよ」
「やかましい!」
キース君が怒鳴り付け、サム君がエロドクターを睨み付け…。会長さんは顔色を失くして半ばパニック。これは相当ヤバイんじゃあ…、と私たちが思った時。
「模擬結婚式か…。それって、ぼくだとダメなのかな?」
「「「は?」」」
割り込んで来たのはソルジャーでした。エロドクターも会長さんも、誰もがポカンとしています。何がソルジャーだとダメなんでしょう?
「だからさ、花嫁役はブルーじゃないとダメなのか、ってこと! そっくりさんでもいいんだったら、ぼくが代わりに出たいんだけどな」
「「「………」」」
えっと。ソルジャーって女装の趣味とかありましたっけ? 会長さんのウェディングドレスを貰って行ったりチャイナドレスを誂えたりはしてましたけど、エロドクターの花嫁役って、なんでまた…?
予想もしない提案に呆気に取られた私たちですが、立ち直りが一番早かったのはエロドクター。会長さんのそっくりさんの花嫁姿も悪くはないと思ったらしく…。
「ブルーの代わりにあなたが…ですか? 確かにあなたなら嫌がりもせずに楽しくお付き合い下さるでしょうが、ブライダルフェアに興味を持たれましたか?」
「まあね。見ててけっこう面白かったし…。それに君のは模擬結婚式とか言わなかったっけ? そこの子たちを呼んで披露宴もどきってヤツも出来るんだろう?」
「それは勿論。ご希望でしたらウェディングケーキもお付けしますよ。…ええ、あなたの方がブルーよりいいかもしれませんねえ…。嫌がる相手をその気にさせるのも燃えるものですが、ブルーの場合は物騒なボディーガードがおりますし…」
風呂敷包みの中身も脅威です、と言うエロドクターとキース君の間で火花が一瞬バチッと散って。
「やはりブルーは諦めた方が吉ですね。せっかく乗り気の花嫁役がいらっしゃるのに、お断りをするというのも失礼ですし…。で、本当に模擬結婚式を御希望ですか?」
「うん。ぼくの方もゲストを呼べるんならね」
「ゲスト…? しかし、あなたの世界の皆さんは…」
「こっちの世界があるって話はしていない。でも二人だけ例外がいる。ぶるぅとハーレイ」
ソルジャーはクスッと小さく笑うと。
「ハーレイをぼくの結婚式に招待したらどうなると思う? 前に現地妻の募集もしたのに、ホントに危機感が無くってさ…。結婚するぞ、と脅してやりたい」
「そういえば指輪をプレゼントさせて頂きましたね。今度は挙式をなさりたい、と」
「結婚式まで挙げるとなったら現地妻は君で決定だろう? 現地妻の座を確保したとなればハーレイも手出し出来ないさ。…前は殴られてくれたっけね」
「いえいえ、どういたしまして」
大したことではありませんよ、とエロドクターが返しています。すっかり忘れていましたけれど、教頭先生がキャプテンに新婚生活の心得とやらを伝授していた時にソルジャーがエロドクターに監禁されたふりをしたのでした。キャプテンはソルジャーを取り戻そうと屋敷に乗り込み、ドクターにアッパーをお見舞いしたという…。
「今度は結婚式だからねえ、ハーレイも殴りはしないと思う。泣き崩れるのが関の山かと…。ゲストに呼んでもいいのかな?」
「かまいませんよ。ぜひ盛大にやりましょう」
エロドクターは大乗り気です。
「あなたとでしたら、式の後にはスイートルームで過ごすというのもいいですね。如何ですか、私と一晩」
「それはマズイと思うけど…。あ、ブルーにバレなきゃいいだけのことか」
バレるも何も、此処で話している段階で筒抜けでは…と思うのですが、ソルジャーとエロドクターは意気投合。アッと言う間に挙式の日取りは一週間後の日曜日とまで決まってしまって…。
「部屋もバッチリ押さえましたし、後はあなたのドレスなど…ですね」
仕事の早いエロドクターはホテル・アルテメシアにしっかり予約を入れました。えっ、会長さんは口を挟まなかったのかって? 下手な事を言えば自分が花嫁役にされちゃいますから、忍の一字で必死に耐えたみたいです。スイートルームで一泊の件は、後でソルジャーに厳重注意でもする気でしょう。
「ドレスはオーダーしませんか? せっかくですから」
急げば充分間に合いますよ、と聞かされたソルジャーは大賛成。明日は早速エロドクターと一緒にホテル・アルテメシアの衣装室へと出掛けるそうです。この二人、もう放っておくしか…。
「ああ、そういえば。大切なことを忘れていました」
私としたことが、とエロドクター。
「模擬結婚式をするのでしたら、エスコート役が必要です。いわゆる花嫁の父役ですね。…あなたの世界のハーレイにやらせますか?」
「えっ? それだと何かが違いそうな…。でも…」
他に適当な人材も無いか、とソルジャーが首を捻っています。
「ぶるぅじゃどうにもならないし…。そこの子たちの誰かに頼むというのも手かな?」
「「「!!!」」」
キース君たちは必死になって首を左右に振りました。お遊びとはいえ、ソルジャーとエロドクターの結婚式に手を貸すなんて、誰だって遠慮したいでしょう。ソルジャーは誰を指名すべきか、順々に視線を向けていましたが…。
「そうだ、適役がいるじゃないか! ハーレイだったらこっちにもいる」
忘れていたよ、と嬉しそうに微笑むソルジャー。
「ぼくがノルディと式を挙げたらブルーは晴れて自由の身だ、と言ってあげれば食い付くだろう。…どう思う?」
「そうですねえ…。では、交渉をなさいますか?」
「うん。明日、ドレスをオーダーしに行くついでに寄ってみよう。きっと嫌とは言わない筈さ」
あーあ…。とうとう教頭先生まで巻き込むことになっちゃいましたよ! こんな調子でソルジャーとエロドクターは話を進め、段取りもガッチリ組まれてしまって…。
「今日は良い日になりましたよ。明日は楽しみにお待ちしております」
「こちらこそ、よろしく。どんなドレスが似合いそうかな?」
ワクワクするよ、と言うソルジャーを止められる人はいませんでした。会長さんの健康診断の結果は来週の金曜日に聞きにこなくてはいけないのですけど、エロドクターは最早そっちはどうでもいいようで…。
「ブルー、来週の日曜日ですよ。私とブルーの結婚式と披露宴にご出席頂けますね? そちらの皆さんも」
また招待状をお届けします、と告げるエロドクターはソルジャーの方ばかり見ていました。会長さんから矛先が逸れたのはいいことですけど、おかしな展開になっちゃったような…?
ドッと疲れていた私たちはタクシーを呼んで貰うのも忘れてしまい、瞬間移動で会長さんのマンションへ。今夜は御馳走を食べてお泊まりの予定なのですが…。
「どうして君がついてくるのさ!」
リビングに着くなり声を荒げたのは会長さんです。
「え、だって…」
一度戻るのは面倒じゃないか、とソルジャーが悠然と答えを返して。
「明日はドレスのオーダーに行かなきゃならないし…。こっちのハーレイにエスコート役をお願いしに行くのも明日だしね? 今夜は泊めてもらおうかな、って」
「あれだけ勝手をやらかしておいて、今更泊めて貰えるとでも?」
「ふうん? じゃあ、君がノルディと挙式するかい? ぼくとしては君の窮地を救ったつもりなんだけど…。ぼくが花嫁役を引き受けなかったら君が花嫁にされていた」
「………」
否定できない会長さん。そして会長さんが花嫁役の場合でも、エロドクターはスイートルームに予約を入れていたでしょう。そうなっていたら私たちはドクター人形を武器に乱入するしかないわけですけど、あんまりやりたくないですし…。
「ね? 助かったって自覚があるなら、ぼくの機嫌は取っとくべきだよ。ところで、今日の夕食は?」
「かみお~ん♪ 鉄板焼きだよ! いいお肉が沢山買ってあるんだ」
お魚とかも、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は元気一杯。
「ね、ね、結婚式の御馳走って何が出るのかなぁ? ウェディングケーキもあるんだよね」
とっても楽しみ! と飛び跳ねている「そるじゃぁ・ぶるぅ」。小さな子供だけに、結婚式はイベントでしかないのでしょう。発端になったブライダルフェアでもビュッフェコーナーに突撃していましたし…。
「ぶるぅはホントにいい子だね。結婚式にはぼくのぶるぅも来るからよろしく」
「うん! ぶるぅと一緒に遊べるといいな♪」
早く来週の日曜日になあれ! と叫ぶと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は手際よく夕食の支度を整えました。ダイニングのテーブルにホットプレートを幾つも据えて、お肉や海老やホタテなんかをジュウジュウと…。何種類ものタレは勿論手作り。とりあえず今は削られた体力の回復のために食べまくらなきゃ!
「ぶるぅ、ガーリックは多めにね」
会長さんが指示を出したのは締めのガーリックライスです。スライスされたガーリックが食欲をそそる匂いをさせてますけど、もっと増やせってことなのかな?
「えと、えと…。追加?」
「ドカンとね。明日は休みだから匂いがしたって平気だし!」
あ。その瞬間に私たちにも分かりました。ガーリックを増やすのは明日お出掛けのソルジャーに対する嫌がらせです。ホテルの衣装室でドレスのオーダー。サイズを測る人やデザイナーさんたちの前でガーリックの匂いがプンプンするのは最悪ですよね。
「そう来たか…。でも、ぼくだってダテにソルジャーやってないし?」
フフンと鼻で笑うソルジャー。
「匂いをシャットアウトすることくらい、君だって朝飯前だろう? 君よりも遙かに場数を踏んでるぼくに出来ない筈が無い。ガーリックの追加、大いに結構。ガーリックライスは美味しいしね」
「「「………」」」
こりゃ駄目だ、とガックリ肩を落とす私たち。その間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がガーリックをたっぷり追加してくれ、美味しいけれども丸一日は人前に出られそうもないガーリックライスの出来上がりです。ソルジャーは全く気にせず胃袋に収め、デザートのケーキとアイスクリームも平らげて…。
「それじゃ、お先に寝させてもらうね。明日は忙しくなりそうだから、ゆっくり休んでおかないと」
まずはシャワーだ、と出てゆくソルジャーは会長さんの私服でした。押し掛けて来た時にサッサと着替えてしまったヤツなのです。パジャマも適当に借りるのでしょう。当然、明日のお出掛けにも…。ソルジャーにとって会長さんの家は勝手知ったる他人の家。何を言っても無駄なんですから、好きにさせるしかありませんよね。
ソルジャーがゲストルームに引っ込んだ後、私たちは飲み物を持ってリビングに移動。本当だったら健康診断の付き添い第一弾の終了祝いで盛り上がっていた筈なんですけど、状況は完全に真逆でした。
「どうしよう…。ブルー、やる気になっちゃってるよ…。よりにもよって挙式だなんて…」
溜息をつく会長さんにキース君が。
「落ち着け、挙式と言っても遊びみたいなモノなんだろう? 誓いの言葉は言わないそうだし」
「まあね…。模擬結婚式だし、籍が入るってわけでもないけど…」
それでも色々と問題が…、と会長さんは項垂れています。
「だって相手はブルーだよ? ノルディに対して嫌悪感が無いし、現地妻だなんて言ってたし…。スイートルームにも泊まる気満々、これからどうなっちゃうんだろう、って…」
「考えようによってはチャンスじゃないか? エロドクターがあいつに夢中になったら、あんたは一気に安全圏だ」
「うん…。ハーレイにもそう持ち掛けてエスコート役をさせるつもりだと思う。だけどノルディはブルーを手に入れて満足するようなタイプじゃない」
ぼくとブルーは別人だから、と会長さんは再び深い溜息。
「二人いるなら二人とも、と考えそうなのがノルディなんだよ。ブルーの方で味を占めたら次はこっちに向かってくるね。…だけど結婚式を止めようとしたら確実にぼくが花嫁役にされちゃうし…」
「最初からそのつもりだったようだしなあ…。エロドクターは」
「ブルーが来たから助かったのか、更に危なくなっただけかが今一つぼくにも分からない。どっちにしてもブライダルフェアに行っていたのを目撃されたのが敗因だよね」
失敗した…、と会長さんは額を押さえています。けれど、あの会場付近にエロドクターが来ていたことには誰も気付いていなかったわけで。同じ時間帯にホテルの中をウロウロしていた私たちだって医師会の集まりを全く知らなかったのですから、バカップルごっこに興じていた会長さんが気付かないのも無理はなく…。
「…不幸な事故だと思うしかないな」
キース君がキッパリ言い切りました。
「これ以上の事故を重ねないためにも用心するしかないだろう。エロドクターの方は注意してればなんとかなる。教頭先生という強い味方もいらっしゃるんだし、今回の件はもう諦めて失敗は次の機会に生かせ」
「次の機会って…?」
「エロドクターが改めて言い寄って来た時だな。あんたにはブルーがいるだろう、とか、妻がいるヤツの浮気の相手をする気は無いとか…。とにかく物は言いようだ」
「そうか、ノルディが結婚式を挙げるってことは、それから後はブルー以外だと浮気になるのか…」
いいことを聞いた、と会長さんが喜び、私たちも万歳をしかけましたが。
「ただし本物の挙式じゃないのが問題と言えば問題だがな」
あちゃ~…。キース君の冷静な突っ込みは真実でした。模擬結婚式だとお芝居みたいなものですもんねえ、ソルジャーがはしゃいでいるだけで。まあ、現地妻には充分すぎるイベントですけど…。
「ブルー、この先はあんた次第だ。エロドクターに隙を見せないように努力するだけでも違うだろう。いいか、結婚式を挙げるブルーとあんたは違う」
流されるな、とキース君が会長さんの肩を叩きました。
「あんたは俺たちと同じ招待客だし、当日はドンと構えておけ。いざとなったら教頭先生もいらっしゃる。多分……だがな」
「ハーレイか…。ぼくからも頼んでおこうかな?」
会場に来てくれていれば安心だよね、と会長さん。教頭先生、エスコート役をちゃんと引き受けて下さるでしょうか? そうなってくれるようにと今は祈るしかありませんです~!
会長さんが教頭先生とバカップル・デートを繰り広げてから順調に日は過ぎ、新入生のためのエッグハントや親睦ダンスパーティーも終わって普通の日々が始まりました。1年生の授業内容はすっかり覚えた私たちですが、それでも毎日きちんと登校。出席義務の無い特別生も4年目で…。
「かみお~ん♪ 今日もお疲れさま!」
放課後に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ行くのは今年も同じ。これが楽しみで登校しているという話もあります。ジョミー君たちとは休み時間にも話せますけど、やっぱり此処が一番ですよね。
「やあ。グレイブは今日も絶好調だったみたいだね」
ソファで寛いでいた会長さんに微笑みかけられ、キース君が。
「あんたが来るかと思ったんだが…。今年も抜き打ちテストのフォローは無しか?」
「ぼくが出るのは定期試験と年度初めの実力テスト! 抜き打ちテストまで付き合っていたらキリが無い。グレイブだけがやるわけでなし」
「…まあな…」
苦笑いしているキース君。今日はグレイブ先生が抜き打ちテストをやったのでした。点数が悪かった生徒は補習を受けねばなりません。クラスメイトたちは会長さんが来てくれないかと期待していたようですけども、残念ながら救いの神は現れず…。内容からしてクラスの半分は補習を受ける羽目になりそうな予感。
「補習もたまには必要だよ。全面的にぼくに頼るというのは良くないし…。知識のフォローは必要最低限にしておかないと自分で学ぶ力が無くなる」
会長さんの言葉には説得力がありました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーを売りにして1年A組に入り込む会長さんは定期テストで全員に満点を取らせる力を持っています。問題の答えを意識の下に送るわけですけど、同時に実力で解けるようにと知識のフォローもしているわけで。
「そうだな。あんたの力に頼りっぱなしだと来年以降に困るだろうしな…」
キース君が頷き、シロエ君が。
「勉強するにも自分に合った方法とかがありますからねえ…。今の間にコツを掴んでおかなかったら将来色々と苦労しますよ」
「そうだよなあ…」
相槌を打ったのはサム君です。
「俺、この学校に入った時にはブルーと別のクラスだったし、けっこう必死に勉強したぜ。それでも追試の射程圏内に入っちまって、途中からブルーに助けて貰って…。でも勉強をしてた経験は生きてるかな」
「何に? 今じゃ抜き打ちテストも楽勝なのにさ。…サムが勉強って似合わないけど?」
遠慮の無い質問をしたジョミー君に、サム君は。
「いわゆる学校の勉強じゃないぜ? 学校によっては勉強だろうし、キースは勉強したんだろうけど…。ほら、お経って長いし難しいだろ? あれを覚えるのに役に立つんだ」
わわっ、お経の勉強でしたか! サム君は正式に会長さんの弟子になりましたし、将来に向けてお経は必須。そういえばジョミー君だって…。案の定、ジョミー君は真っ青な顔をしています。
「ジョミー、お前も人ごとじゃねえぞ? お盆の棚経にお供するなら覚えないと…」
「パス! ぼくは全面的にパス!!!」
両手で×印を作って騒ぐジョミー君に私たちはお腹を抱えて大笑い。サム君とジョミー君が出家したことはスウェナちゃんが作った記事が広報誌に載った時点でサイオンを持った仲間たちにバレるのですけど、そうなっても果たして逃げ切れるかな?
「ジョミーの往生際の悪さもピカイチだねえ…」
クスクスと笑う会長さん。
「誰かさんを思い出させるよ。もっとも、あっちは逃げるんじゃなくて追いかけてくる方だけど」
「「「???」」」
「ハーレイだってば。何度痛い目に遭っても懲りやしないし、ひたすら前進あるのみ…ってね。バカップル・デートで失敗した後、めり込んでたのはほんの数日! ぼくを追い掛けて三百年以上だし、ジョミーの場合は仏の道から三百年以上逃げ続けたって不思議はないね」
「「「三百年?」」」
何処まで逃げて行くんでしょうか、ジョミー君は? 教頭先生ほどのタフさは無さそうですから、三百年後にはお坊さんになっていそうですけど…。そして本人にもそういう自覚はあるらしく。
「三百年も逃げられるかなぁ? パパもママも怒ると怖いしね…」
広報誌に載ったら「頑張りなさい」と言われそうだ、とガックリ肩を落としています。
「あーあ、お経の勉強かぁ…。やりたくないけど、やっぱりやるしかないのかな?」
「さあね。ハーレイを見習って諦めの悪さを貫いてもいいよ」
ぼくは止めない、と会長さん。ジョミー君の未来は流されるままにお坊さんなのか、逆らい続けて肩書きだけがお坊さんという意味不明な結果に落ち着くのか。三百年後が楽しみなような…?
私たちがワイワイ盛り上がっていると、会長さんが「ところで…」と口調を変えました。
「今週の金曜日は空いてるかな? 授業中じゃなくて放課後だけど」
「「「えっ?」」」
「この時期と言えばアレだよ、アレ。…健康診断の通知が来たんだ」
げげっ。健康診断と言えば毎年恒例のヤツですか? ソルジャーとしての義務だとかいう、エロドクターの診療所に行って受けるヤツ…。
「そう、それ」
会長さんが溜息をついて。
「あれだけは逃げるわけにはいかないからねえ、ジョミーみたいにイヤだと言って済ませられないし。正直、行きたくないんだけれど…通知が来た以上、どうしようもない」
「で、俺たちがボディーガードか?」
キース君が尋ねると会長さんは。
「察しが良くて助かるよ。来てくれるんなら、とっておきのネタを披露してもいい」
「ネタ? なんだ、それは?」
怪訝そうなキース君。私たちにもまるで見当がつきません。エロドクター絡みのネタなんでしょうか?
「違うよ、ノルディのネタじゃない。…それで、付き添いはお願いできるのかな? 来られる人だけでいいんだけれど」
「俺は行くぜ!」
サム君がグッと拳を握り締めています。
「ブルーを一人で行かせるなんて出来ねえよ! 元々用事は入ってないけど、あってもそっちをキャンセルするし!」
「…見捨てるわけにはいかんだろうな…」
危険なことは分かっているし、とキース君が続き、シロエ君たちも賛同しました。男子全員が出掛けるとなれば、スウェナちゃんと私も同行するのが筋でしょう。あまり役には立ちませんけど、監視人が増えればエロドクターも自重するかもしれませんしね。
「悪いね、毎年お願いしちゃって…。金曜日はお礼に御馳走するから泊まりに来てよ」
「かみお~ん♪ ブルーをよろしくね!」
そういうわけで金曜日の放課後は会長さんのお供でエロドクターの診療所に行くことに決定です。ところで、ネタって何だったのかな?
「ああ、ネタね。…これなんだけど」
会長さんが宙に取り出したのは立派な封筒。これって何…?
「ブライダルフェアで写してもらった写真だよ。ハーレイが大事に持っているのをちょっと拝借」
はい、と封筒から引っ張り出された台紙つきの写真は本格的な仕様。表紙の次に薄紙が入り、それをめくると…。
「……すげえ……」
「フォトウェディング並みに凝ってますよね…」
感嘆の声を上げるサム君とシロエ君。去年の春休みに会長さんがホテル・アルテメシアでフォトウェディングを申し込んで遊んでいた後、写真が沢山届きましたが、その時のヤツに負けていません。ウェディングドレスの会長さんはとても綺麗で、この姿を生で見た教頭先生が指輪を贈ったのも無理はなく…。
「その写真よりも、こっちかな。ぼくとハーレイのツーショット」
「「「………」」」
チャペルで写したという二人の姿はどう見ても新婚カップルでした。しかもドレスとタキシードを着替えたものが他に二種類。幸せ一杯な顔の教頭先生、さぞかし結婚への夢が膨らんでいたことでしょう。
「ね、いいだろう、この写真。バカップル・デートで失敗したって写真が残れば幸せらしいね、ハーレイは。毎日眺めてニヤニヤしてるよ。さてと、バレない内に返しておくかな」
写真を封筒に戻した会長さんは瞬間移動で教頭先生の家に送り返して。
「ネタとして形になっているのは現時点ではアレだけだけど、近い将来、もう一つ増える」
「他にも写真を撮ったのか?」
キース君の問いに、会長さんは。
「写真じゃなくって、もっとしっかり形になって残るモノ。ぼくの嫁入り道具だよ」
「「「嫁入り道具!?」」」
会長さんったら今度は何をやらかす気ですか? エロドクターの健康診断を控えて困っているというのに、ストレス発散で悪戯ですか?
「嫁入り道具で思い出さない? ハーレイが夫婦茶碗に憧れてたのが発端じゃないか。片方を叩き割って置いてきたけど、ハーレイは本当に諦めが悪かった。…アレを金継ぎに出したのさ」
「きんつぎ…?」
それって何さ、とジョミー君。私も初めて聞く言葉です。けれどキース君とマツカ君は知っていたようで。
「金継ぎか…。確かにそれなら直せるな」
「ちょっと味わいもありますしね…」
意味が分からない私たちに会長さんが金継ぎについて教えてくれました。割れたお茶碗やお皿の破片を漆でくっつけ、金を塗って仕上げる修復方法のことだとか。
「漆が乾くのに時間がかかるから、出来上がるのは今月末かな? 修理できたら並べて棚に飾る気らしいね、ぼくの分の湯呑みとセットにして」
そう来たか、と教頭先生のタフさに感動を覚える私たち。この様子では会長さんが残していった黒白縞のトランクスも凄いことになっていそうです。見せパンツとは知らない教頭先生、会長さんの生パンツだと固く信じているわけで…。
「うん、それが究極のネタだとも言える」
誰の考えが零れていたのか、会長さんがパチンとウインクをして。
「ぼくが残した黒白縞は大切に箱に仕舞われてるよ。普通の防虫剤だと無粋だと思ったらしくて、ラベンダーのサシェが添えてある。まったく、どんな顔して買いに出掛けたのやら…」
通販にすればいいのにねえ、と会長さんは笑っています。教頭先生はわざわざ専門店でサシェをお買い上げ。黒白縞を保管するのに使う品物は自分の目で確かめて最高の物を、という心意気は天晴れとしか言えません。なのにネタ扱いにされている上、黒白縞も生パンツではなく…。
「いいんだってば、ハーレイだから! それよりも週末のノルディが問題」
セクハラされなきゃいいんだけれど…、と顔を曇らせる会長さん。いっそ教頭先生をボディーガードに…って、それは無理なんでしたっけ。うっかり二人で結託されたら会長さんの危機ですもんねえ…。
そしてやって来た金曜日。お泊まり用の荷物は出掛ける前に会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が瞬間移動で運んでくれたので、私たちは通学用の鞄だけ持って登校です。キース君も大学を卒業しましたから以前のような辞書やノートパソコンの詰まった大きな鞄はお役御免で…。
「去年までだと、この時期は忙しかったんだがな…」
放課後に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ向かう途中でキース君が呟きました。
「えっと…。大学の講義が始まる頃だっけ?」
そう訊いたのはジョミー君です。
「ああ。俺は登録できる講義は端から登録していた上に、聴講もやっていたから大変だった。あっちの教室からこっちの教室、と駆け回っていたのが懐かしいぜ」
「でもさ、最初の頃しか出てなかった講義も沢山あった筈だよね? ウチの学校で授業を受けてる時間がどんどん長くなっていたもの」
「必要最低限に絞っていたんだ。出席は取らない、内容は自分の著書を読んでいるだけ…、なんて講義も多かったしな。そういう講義はレポートさえ出せば問題ない」
押さえる所さえ押さえておけば…、とキース君は笑っていますが、それでも首席で卒業するには相当努力した筈です。第一、本を読んでいるだけの授業と言っても、自分で読んで理解不能なら出席しないとマズイわけで…。
「そうとも言うな。たかがレポートだが、これが案外難しいんだぞ。教授の持論に反対の立場で書くと容赦なく落とすってケースもあったぜ。要は傾向と対策だ」
「へえ…。やっぱり高校とは違うんだね」
面白いや、とジョミー君が返すと、シロエ君が。
「ジョミー先輩もどうですか? 聴講だけなら登録できると思いますよ」
「イヤだってば! お坊さんに近くなっちゃうだろ!」
お坊さんの大学なんか…、とジョミー君は膨れっ面。会長さんの弟子になっても努力する気は皆無ですから、諦めの悪さで教頭先生と張り合いながら逃げ回るのでしょうか。そんなこんなで漫才のような会話を繰り広げつつ生徒会室に行き、壁の紋章に触れて壁を通り抜けて…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
「ごめんね。今日はよろしく頼むよ」
会長さんがペコリと私たちに頭を下げると「そるじゃぁ・ぶるぅ」が早速おやつを運んできます。ボリュームたっぷりのミートパイは明らかにこの後の修羅場を乗り切るための栄養剤というヤツでしょう。夕食は健康診断が終わってからになりますしね。
「お代わりもあるから沢山食べてね! ブルーが栄養つけときなさい、って」
ああ、やっぱり…。でも栄養剤だと分かっていても美味しいものは美味しいです。みんなでパクついていると、会長さんが風呂敷包みを取り出しました。
「これの中身は分かるかな? ぼくも忘れていたんだけれど」
「「「え?」」」
「健康診断の通知が届いたら思い出したんだ。…ほら、ブルーが作ったノルディの人形」
私たちの顔がサーッと青ざめ、キース君が。
「わ、分かったから出さなくていい! 俺も思い出した。確かジルナイトとか言っていたな?」
「うん。ノルディの身体とシンクロさせられる人形だよ」
それはサイオンを伝達しやすいジルナイトという鉱石で作られた人形。元々は会長さんが悪戯で教頭先生の人魚姿の人形を作って遊んでいたのが発端です。エロドクターを封じるのに使えるかも…、と思い付いたまではいいのですけど、本人そっくりに出来ていないと効果が無いため、会長さんは作りたくなくて…。
「あいつが普通の人形を作ってくれていたらマシだったんだが…」
溜息をつくキース君。「あいつ」というのは会長さんのそっくりさんのソルジャーのことで、エロドクターの人形はフルヌードでポージングしているのでした。
「ブルーには言うだけ無駄ってヤツさ。だから普段は存在自体を忘れるように自分に暗示をかけているわけ。…でも、健康診断の時には役に立つから」
「今回も痛覚とシンクロさせたのか?」
「それが一番効果的だろ? で、君にお願いしたいんだけど」
「また俺か…」
いいけどな、とキース君が包みを預かっています。エロドクターが何もしなければ人形の出番は無いのですけど、果たして今日はどうなることやら…。
年に一度の会長さんの健康診断が行われるのはエロドクターの豪邸の隣に建っている診療所。予約の時間に合わせてタクシーに分乗して着くと、扉には『本日休診』の札が。会長さんが行く時はいつもこうです。受付の人もスタッフもおらず、いるのはドクターただ一人。
「…今、ふと思い付いたんだが…」
キース君が扉の前で会長さんを振り返りました。
「なんでドクターは野放しなんだ? 教頭先生の家に一人で行くのは禁止されてると言っていたな? だったらドクターも同じだろう? ゼル先生とかに付き添いを頼めばいいんじゃないか?」
あ。それはそうかもしれません。エロドクターはお医者さんですけど、危険度は教頭先生の比ではない筈。そんな所へ会長さんを一人で健康診断に行かせるだなんて、長老の先生方は何を考えているんだか…。
「ノルディは後発部隊だからだよ。危険視されていなかったんだ」
最初からね、と会長さん。
「だって、ゼルたちから見れば百歳も下の若造だし…。つまり、ぼくから見ても百歳下だとブラウたちも端から思い込んでる。ぼくが相手にするわけもないし、ノルディが熱を上げても無駄だ、って」
「しかし…。現に危険があるわけだろう? 事情が変わったと説明すれば…」
「ぼくが挑発したって事実を告白しないとダメなんだよ? キスマークをつけることが出来たら抱かせてやる、と言ったってことをゼルたちの前で白状しろと? …しかもドジを踏んでその条件を飲む羽目になっただなんて言いたくないね」
ぼくのプライドが許さない、と会長さんは唇を尖らせています。エロドクターの毒牙と自分のプライドを秤にかけたらプライドが勝つというのが凄いですけど、いい加減、白状すればいいのに…。
「それにノルディがブラックリストに入ったりしたら、ぼくだけの問題じゃ済まなくなるんだ」
「「「え?」」」
「サイオンを持つ仲間を専門に診られる医者はノルディしかいない。その医者がセクハラでマークされちゃうと大変なんだよ。今は単なる同性愛者で済んでいるけど、ソルジャーにセクハラしたとか強姦しようとしているとかが表沙汰になったら懲戒免職」
それは絶対に避けないと…、と会長さんは大真面目でした。
「代わりになれる医者が育ってくるまで我慢するしかないわけさ。ぼくが悪戯心を出さなかったら、ノルディも指を咥えて見ているだけで終わっただろうし、ゼルたちは今もそうだと信じてる。…仮に君たちが訴え出たとしても、ぼくは全力で否定するからね」
ノルディを失うわけにはいかない、と言い切った会長さんに、キース君は「分かった」と頷いて。
「あんたが覚悟を決めてるんなら俺たちの出る幕じゃない。セクハラの危機を回避できるよう、地道に努力するまでだ。しかし、あんたも大変なんだな…。自業自得と言えなくもないが、ソルジャーの肩書きは思った以上に重たいらしい」
行くか、とキース君が扉を開いて診療所に足を踏み入れました。サム君が会長さんをガードして続き、その後ろに私たちと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がズラズラと。煌々と明かりが灯った待合室に人影は無く、受付もやはり無人です。その奥の診察室から白衣のエロドクターが満面の笑みで現れて…。
「ようこそ。お待ちしておりましたよ。…今年もお供を大勢お連れのようですね」
「ボディーガードと言ってほしいな。健康診断は欠かせないから仕方ないんだ」
「ソルジャーの健康チェックを怠るわけにはまいりませんよ。それでは早速始めましょうか」
あちらで着替えを、と促すドクター。更衣室に向かう会長さんにはサム君がピッタリくっついて行き、その一方でキース君が風呂敷包みを取り出すと。
「…こいつの中身は分かっているな? ブルーにおかしな真似をしてみろ、力一杯ぶん殴る!」
「おやおや、例の人形ですか? 私は暴力には反対ですよ」
「人形を殴っても傷害罪にはならないそうだぞ。法律は呪術の存在を認めていない」
「そうきましたか。お互い平和にいきたいものです」
ブルーに会うのも久しぶりですし…、とエロドクターはニヤニヤしています。去年は会長さんにプロポーズしようと指輪を用意してましたからセクハラは全く無かったのですが、今年は何が起こるのでしょうか…?
検査服に着替えた会長さんが更衣室から出てくると、私たちは揃って診察室へ。まずは問診で、この辺はセクハラの危険はありません。聴診器や血圧計が出てくる辺りからドクターの手つきがアヤシイ感じになる筈ですけど…。あれ…?
「…今年も普通って感じじゃない?」
スウェナちゃんがそう言ったのは私と一緒に待合室へ戻った後。心電図から後は女子は放り出されてしまうのです。そりゃあ…検査服をキッチリ着込んだままでは心電図は取れませんものね。
「んーと…。やっぱり普通に見えた?」
「どう見ても普通のお医者さんだったわよ? 前はもっとベタベタ触って、採血なんかサドじゃないかって思うくらいに痛そうな針の刺し方してたけど…」
去年はそうじゃなかったわよね、とスウェナちゃん。
「また下心があるのかしら? 懲りずにプロポーズしてくるとか?」
「さあ…」
エロドクターの発想が分かるようになったら終わりじゃないか、という言葉が口まで出かかったのをゴクリと飲み込み、待合室で大人しく待っていると。
「お疲れ様でした。一週間後に結果を聞きにいらして下さいね」
「分かってるよ。…着替えてくるから、タクシーを呼んでおいてくれるかな?」
会長さんと男の子たちが診察室から出てきました。キース君が握り締めている風呂敷包みが解かれた形跡はありません。もしかしてエロドクターが改心したとか、そういう素敵なオチだったりして…?
「…さっきブルーがタクシーを呼べと言ってなかったか?」
更衣室へ行った会長さんとサム君が扉を閉めた後で口を開いたのはキース君です。着替えはすぐに済むんですから、タクシーを早く呼ばないと…。けれどドクターは動こうとせずに。
「確かめたいことがありましてね。…ああ、ブルーが戻ってきたようです」
制服に着替えた会長さんが「タクシーは来た?」と尋ねると、エロドクターは。
「まだですよ。それよりも…。先日、不思議なものを見かけました」
「…不思議なもの?」
「ええ。狐に化かされたか、はたまたこの世の終わりが来たかと大いに驚きましたとも。あなたとハーレイが仲良く腕を組んでチャペルに入って行きましたよ。…ホテル・アルテメシアでね」
「「「!!!」」」
エロドクターが何を見たのか、誰もが瞬時に理解しました。会長さんが教頭先生とバカップル・デートをした時のブライダルフェアのスペシャル・コース。チャペルで記念写真を撮りに出掛けていった所を目撃されていたのです。
「はて、私は幻を見たのでしょうか? 医師会の集まりで多少飲んではいましたが…。もしも事情を御存知でしたら、ぜひ説明して頂きたい。平和にお話合いをしたくて今日は控えていたのですよ」
触ったり色々としたい気持ちを抑えてね…、とエロドクター。えっと、平和にお話合いって、何を話そうというんでしょうか? セクハラを我慢してまでお話合い…。ヤバイんじゃあ、と私たちの背中に冷たいものが流れた時。
「…いいねえ、平和にお話合い。ぼくも一緒に説明とやらを聞きたいな」
フワリと紫のマントが揺れて、現れたのはソルジャーでした。
「ブルーの健康診断は面白いから、ちょっと覗き見してたんだけどね。今年のノルディも紳士的だったし、素敵なことがあるんじゃないかと思っていたら…。ブルーとハーレイが腕を組んでチャペルに入って行ったって? それが幻覚ならノルディの頭も末期かな」
クスクスクス…と笑いを漏らすソルジャー。果たしてソルジャーは何処まで知っているのでしょう? バカップル・デートもコッソリ覗き見してそうですけど、このタイミングで来なくても…。でも、エロドクターは嬉しそうに。
「これはこれは…。ようこそいらっしゃいました。お話合いは人数が多いと盛り上がりますしね」
こちらへどうぞ、と待合室のソファを勧めるエロドクター。この二人が組むとロクな結果になりません。そうなる前にお話合いを済ませてサッサと帰ってしまわなきゃ…。
「さて、ブルー。…御説明して頂けますね? 手帳にメモもしておりますし、幻覚ではなかったと思うのですが」
この日でしたね、とエロドクターが読み上げたのはバカップル・デートの日付とブライダルフェアの会場にいた頃の時刻。会長さんはウッと息を飲み、視線を宙に彷徨わせています。エロドクターがお話合いを持ち掛けて来た目的は? 私たち、無事に帰れるのかな…?
ドキドキ、ワクワク、ドッキンドッキン。
胸の鼓動と共に気分も高まる。ミュウたちの船、シャングリラに住む悪戯小僧の「そるじゃぁ・ぶるぅ」、只今5歳と6ヶ月。期待に輝く瞳の先にはモニターがあった。
「6月15日、そるじゃぁ・ぶるぅ、生後1999日…っと」
もうすぐだもんね、とモニターに並んだ数字を眺める。それは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が生まれて間もなく、大好きなブルーが取り付けてくれたモニターだった。
生まれたと言うか、ブルーの部屋にヒョコッと出現したと言うべきか。5年6ヶ月前のクリスマスの朝、ブルーのベッドの傍らで目覚めた時より前の記憶は無いから、その日が誕生日ということになった。それ以来「そるじゃぁ・ぶるぅ」が生きて来た日数を示しているのがモニターの数字だ。
「明日には2000になるんだもん! プレゼント、何が貰えるかなぁ?」
すっごく楽しみ、とゼロが三つ並ぶであろう明日を夢見る。ブルーはきっとお祝いをしてくれるだろう。誕生日よりも特別な何かを貰えることは確実で…。
「1000日目の時は乾杯して食事したもんね。もうすぐ2000日だよ、って言いに行ったら、ブルー、とっても喜んでたし! 何かくれる? って聞いたら、考えておくって言ってくれたし!」
ブルーは約束守るもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はモニターを見詰め、プレゼントに胸を高鳴らせる。特大のケーキか、土鍋グッズか。それともブルーが用意してくれた思いがけないサプライズか。
「2000日記念のリサイタルもいいよね、劇場を貸し切って思いっ切り!」
歌って踊ってお祝いだぁ! と飛び跳ねてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」は自分の歌がシャングリラの住人たちにとって迷惑以外の何物でもないことを未だに悟っていなかった。ついでに悪戯の方も一向に止む気配は無い。
2000日近くも歌と悪戯に悩まされて来たミュウたちにしてみれば、お祝いどころではないのだが…。そこに思いが及ぶようなら「そるじゃぁ・ぶるぅ」はとっくの昔に良い子になっているだろう。
生後1999日目の悪戯小僧は相変わらずで、その日もシャングリラのあちこちで悲鳴と怒号が響き渡った。静かだったのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」がショップ調査とグルメ三昧のためにアタラクシアの街へ降りていた間だけのこと。
船内の様子を常に把握しているソルジャー・ブルーは青の間から全てを見通し、深い溜息を吐き出した。
「…明日で2000日なのは確かだけどね…。ぶるぅ、ぼくは考えておくって言ったんだよ? お前がいてくれるのは嬉しいけれど、褒められることが無いんじゃねえ…」
プレゼントどころじゃないんだけどな、と呟くブルーの嘆きは、悪戯小僧の耳には届いていなかった。ブルーの心にはお構いなしに悪戯しまくり、噛みまくり。それでプレゼントを貰う気なのだから厚かましいとしか言いようがないが、そこが「そるじゃぁ・ぶるぅ」ならでは。
「お前は永遠に子供なんだ、ってフィシスの占いに出ていたからには仕方ないけど…。少しは成長して欲しいとも思ってしまうのは我儘かな?」
2000日になろうというのにこれではねえ…、と零すブルーの思念の先では「そるじゃぁ・ぶるぅ」がキャプテンの腕に噛み付いていた。厨房で試食と称して鍋からガツガツ食べていたのを止められたのが原因らしい。鍋の中身は殆ど食べ尽くされてしまった後で、シャングリラの食堂の夕食メニューは今日も一品減りそうである…。
悪戯小僧が待ち焦がれていた2000日目の6月16日。
早起きをしてモニターを見に行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は歓声を上げた。
『そるじゃぁ・ぶるぅ、生後:2000日』の文字がモニターに燦然と輝いている。ついに来たのだ、待っていた日が。
1000日の二倍、2000日。1000日目でもブルーは乾杯してくれた。その倍となればお祝いも二倍、それとも二乗とやらで四倍だろうか?
ドキドキ、ワクワク、ドッキン、ドッキン。
早くブルーが起きないかな、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は胸を躍らせる。流石に身体の弱いブルーを叩き起こしてまで祝ってくれとは言えないし…。
「んーと、んーと…。まだ寝てるよね? ブルー、朝御飯だって遅いんだもんね」
まだかなぁ? と思念で青の間を探り、部屋の主が眠っていることを知ってガッカリしたが、待っている間に食事を兼ねて朝の悪戯をしてくればいいのだと思い直す。
「うん、ぼくだってお腹減ってるもん! 育ち盛りで食べ盛りだもん!」
沢山食べなきゃいけないもんね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は食堂に突撃して行った。まずは目についた料理から。スープにオムレツ、ソーセージ。それにサラダにベーコンエッグに…。
「うわぁ、盗られた!」
「そっちに行ったぞ、早く捕まえろ!」
「いや、キャプテンだ、誰かキャプテンを呼んでこいーっ!」
上を下への大騒ぎになった食堂の中を縦横無尽に駆け抜けた後は厨房だ。朝からガッツリ食べたいクルーのために大鍋で煮ているシチューの匂いが食欲をそそる。
「かみお~ん♪ 一番に味見してあげるね!」
「うわぁぁっ、来るなぁーっ!」
おたまを振り上げて鍋を守ろうとする調理員の頭にヒョイと飛び乗り、ピョンとジャンプして熱々の鍋を抱え込み…。火傷なんてものはタイプ・ブルーのサイオンがあれば大丈夫。鍋つかみが無くてもバッチリだ。
「いっただっきまぁ~す!」
ガツガツ、ゴックン、ズルズルズル。
食事マナーなんか知らないとばかりに音をたてまくってシチューを啜る「そるじゃぁ・ぶるぅ」を止められる猛者はいなかった。
ミュウたちの船、シャングリラ。朝も早くから今日のメニューが一品減ったのは間違いない…。
食堂を急襲し、胃袋を満たした「そるじゃぁ・ぶるぅ」は自室に戻ると土鍋に入って一休み。お気に入りの土鍋は寝心地も良く、極楽気分でぐっすり眠って目が覚めてみると時計の針は午前十時を指していた。
「ブルー、起きたかな? もう起きてるよね、行ってこようっと!」
プレゼントが待っているんだもん、とワクワクしながら青の間にテレポートした「そるじゃぁ・ぶるぅ」を出迎えたのは…。
「おはよう、ぶるぅ。2000日目の記念日、おめでとう」
横になっている日も多いブルーがベッドの脇に姿勢よく立ち、柔らかな笑みを浮かべている。体調がいいという証拠だ。ブルーが大好きな「そるじゃぁ・ぶるぅ」にとって、それはとっても嬉しいことだが、でも、しかし…。
「…えっと……。なぁに、その服?」
ブルーが纏うのは見慣れたソルジャーの衣装ではなかった。似たようなモノを挙げるとすれば、初詣の季節にたまに見かける着物とかいうヤツだろうか? それとシャングリラの夏の名物、阿波踊りの時に出て来る浴衣だ。
「ん? これはね、ぼくの大事な物なんだけど…。前にヒルマンが色違いのを着ていた筈だよ、お前のお葬式をやった時だ」
「…お葬式?」
なんだったっけ、と記憶を遡ってみれば確かにそういう事件があった。お餅を喉に詰まらせてしまい、仮死状態になっている間に仮通夜をされ、危うく土鍋に納棺されそうになった葬式騒ぎ。数珠を握って念仏を唱え続けていたヒルマンの服は緑色をした着物もどきで、大きな四角い布も着けていたような…。
「思い出したかい? これは法衣という名前で、お坊さんの服。四角いのが袈裟。…ヒルマンの服は緑だけれど、ぼくは最高の位を持っているから緋色の服を着られるんだよ。今日はお前の特別な日だし、久しぶりに引っ張り出してみたんだ」
「…んーと、んーと…。ぼく、2000日目になったんだよ? なんでお葬式?」
祝って貰えると思っていたのに、お葬式とは何事だろう? 日頃の行いを微塵も悪いと思っていない「そるじゃぁ・ぶるぅ」は困惑したが、ブルーはニッコリ微笑むと。
「お葬式なんかやらないよ。2000日目のお目出度い日だし、大事な節目だ。お前を弟子にしてあげようと思ってね」
「弟子?」
「そう、ぼくの大切な直弟子だよ。出家と言っても、ぶるぅは子供だから分からないかな? 今日からお坊さんにしてあげる。ちゃんと名前も考えたんだ」
ほらね、とブルーが広げた紙には達筆な毛筆で『小青』の文字が書かれていた。
「ぼくのお坊さんとしての名前は、ぎんしょう。銀に青って書くんだよ。そこから一字と、ぶるぅは小さいから小という字だ。読み方は『しょうしょう』なんだけど…。素敵な名前だと思わないかい?」
ぼくからの特別なプレゼント、とブルーは誇らしげに紙を掲げて見せる。
「緋色の衣のお坊さんはね、滅多な事では弟子を取らない。これ以上のプレゼントは何処を探しても見つからないと思うんだけどな」
「…2000日目のプレゼントって、それ?」
「勿論さ。そして、お坊さんの名前を貰うためには出家が必要」
心構えをきちんとね、と語るブルーは優しい笑みを湛えていたが、何がどうしてこうなったのか「そるじゃぁ・ぶるぅ」には分からない。大好きなブルーから名前を貰えるのは嬉しいけれど、お坊さんだの出家だのって、いったい何をするのだろう…?
「出家というのは、お坊さんになること。出家するには、剃度式をしないとね」
いつの間にやらブルーの手には錦の袋が握られていた。中に剃刀が入っているのだ、と丁寧に説明してくれる。
「髪の毛を剃って丸坊主にするのが正式だけど、そんな頭は嫌だろう? だから形だけ。ぼくがこれを頭に当てたら、南無阿弥陀仏と唱えるんだよ」
「…なむあみだぶつ…?」
「うん、南無阿弥陀仏が一番大切。でも、まずは誓いを立ててから。…でないと剃度式は出来ないんだ」
ブルーの赤い瞳が「そるじゃぁ・ぶるぅ」の瞳を真っ直ぐ覗き込んだ。
「日課念仏、2000回。一日にお念仏を必ず2000回は唱えます、ってね」
「えぇっ!?」
「とても簡単なことだと思うよ、お念仏を唱えるだけだから。『かみほー♪』の節で歌ってもいいし、悪戯しながら唱えてもいい。…これを約束してくれないと、名前のプレゼントは無理なんだ」
せっかくの2000日目のお祝いだけど、と聞かされて「そるじゃぁ・ぶるぅ」は涙目になった。そんなこと、無理に決まってる。大好きなブルーの名前とセットの名前は欲しいけれども、お念仏なんて…。
よりにもよって2000回。来る日も来る日も2000回では、悪戯だって消し飛びそうだ。
それなのにブルーは剃刀が入った袋を手にして微笑みかける。
「ぶるぅ、約束は簡単だよ? 誓いますか、とぼくが訊いたら「誓います」って答えるだけさ」
「無理! 2000回なんて絶対、無理!」
出来ないもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は泣き出した。『小青』はちょっとカッコイイかな、と思ったけれど、もう名前なんか貰えなくてもかまわない。ブルーが好きなのとお念仏とはキッパリすっぱり別次元。
2000日目の記念プレゼントは無しでいいや、と半ばヤケクソで泣きじゃくっていると…。
「だろうね、無理だろうとは思っていたんだ」
お灸をすえてみただけさ、とブルーが袂からハンカチを取り出し、溢れる涙を拭ってくれた。
「毎日々々悪戯三昧、食堂のメニューも食べ散らかして…。2000日目になるというのに少しもマシにならないのでは、ぼくだって脅してみたくなる。ぼくとセットの名前の話は冗談だよ」
「…え?」
「どうしても欲しいと言うならあげてもいいけど、お念仏も出家も要らないさ。その代わり、たまに托鉢するんだね」
「たくはつ?」
聞いたこともない単語に目を丸くした「そるじゃぁ・ぶるぅ」の前にブルーがテレポートさせてきたのは新品の土鍋。寝床サイズの特大鍋だ。
「はい、これが2000日目の記念のプレゼントだよ。前から特注してあったんだ」
「わぁい、土鍋だぁ! ありがとう、ブルー!」
「ただの土鍋じゃないのさ、それは。蓋を取ってごらん」
「………???」
蓋を開けてみた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は躍り上がって喜んだ。
土鍋の中には一回り小さな二つ目の土鍋。ひょっとして、と二つ目の蓋を開ければ三つ目の土鍋。一番小さな一人鍋サイズの土鍋になるまで、合計五個もの土鍋が入れ子になったスペシャルな土鍋のセットではないか。
「凄い、凄いや! 一度にお鍋が五つも出来るよ、醤油味とか味噌味とか!」
キムチ鍋も美味しいしトマト鍋も…、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭の中で鍋料理への夢が膨らんでゆく。五種類の鍋をズラリと並べて食べ放題なんて、最高だ。ブルーのプレゼントはやっぱり凄い。名前なんかよりずっと素敵で、心ときめくモノなのだから。
大感激で五つの土鍋を眺め続ける「そるじゃぁ・ぶるぅ」。その耳にブルーの声が届いた。
「ぶるぅ、名前はどうするんだい?」
「えっ、土鍋もらったから名前はいいよ?」
要らないもん、と御機嫌で五つ分の鍋のスープと具材をあれこれ考えていると…。
「その土鍋。時々は食堂に持って行くといい。お願いします、とね」
それが托鉢というものなんだ、とブルーは穏やかに微笑みながら教えてくれた。
「お前の胃袋の空き具合に見合った土鍋を選んで、厨房で頭を下げるんだ。托鉢に来ました、お願いします…って。土鍋一杯に入れてくれるか、おたま一杯かは分からないけど、気持ちよく食べ物をくれる筈だよ」
そうすれば騒ぎも起こらないよね、とブルーの瞳が笑っている。
「托鉢なんて嘘だろう、と言われた時には「小青の名前を貰っています」と答えるのさ。ぼくが銀青だっていうのは有名だから、お弟子さんとして扱ってくれる」
「…えっと…。大きな土鍋を持って行ったら沢山もらえる?」
「そこは運だね。お前の好物を貰えるかどうかも分からない。…托鉢というのはそういうものだし、貰ってしまったものは断れない。だけど、たまには頑張ってごらん。お前も我慢することを覚えないと」
2000日目になったんだろう、と大好きなブルーに頭を撫でられ、少しやる気が出て来た気がする。
ブルーから一文字貰った名前と、スペシャルな土鍋。両方揃えば托鉢だってチャレンジする価値があるのかも…。まずは一番大きな土鍋で挑戦だ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は新品の土鍋を抱え上げた。
「じゃあ、行ってきまぁーす!」
お昼御飯のメニューは何かなぁ? とワクワクしながら飛び出して行った悪戯小僧。
食堂の入口に着いた時には「托鉢でーす!」と元気一杯、胸を張って厨房に向かったのだが…。
「こらぁっ、何をする!」
「だって、足りないもん! お鍋、こんなに大きいんだもん!」
2000日目のお祝いの日だし、小青って名前も貰ったもん、と大鍋の中でグツグツ煮えていたブイヤベースをドボドボドボ…と超特大の土鍋に空ける「そるじゃぁ・ぶるぅ」は何も変わっていなかった。
いや、托鉢という大義名分を手に入れた分、パワーアップしたと言うべきか。ブルーが纏ってみせた緋色の衣と『小青』の命名は、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の盗み食いを封じるどころか裏目に出た。
ガツガツ、ズルズル、ゴックン、ゴックン。
シャングリラの食堂の今日のメニューはまたまた一品減りそうだ。落胆したブルーが小青の名前を没収したという噂の真偽は定かではないが、五つセットのスペシャル土鍋は記念プレゼントとして贈呈されたままらしい。
小さなブルーな「そるじゃぁ・ぶるぅ」、本日で生後2000日。
悪戯小僧がブルーを連れて青く輝く地球に着くのは、遙か未来の物語である。
二千日目の悪戯小僧・了
※「そるじゃぁ・ぶるぅ」生後2000日お祝い企画にお越し下さって有難うございます。
生後2000日目になるのは6月17日になる直前ですので、16日の朝一番だと
『ぶるぅのお部屋』での表示は「生後1999日」なんですが…。
6月16日の間に生後2000日を迎えますから、6月16日が記念日です。
2007年クリスマス企画の終盤に1歳になった「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
クリスマス企画に出現した時、既に生後330日くらいだったと思います。
ですから「生後2000日」は330日ほどサバを読んでいる勘定。
5歳児だけに大目に見てあげて下さいv
「そるじゃぁ・ぶるぅ」、生後2000日、おめでとう!
ちなみに作中に出て来るお葬式ネタは『ぶるぅの一番長い日』。
ブルーと一緒に青い地球に行くお話は『赤い瞳 青い星』。
生後1000日の記念に書いたのは『幻の夜』ですv
2012年6月16日(アニテラ11話『ナスカの子』放映より5周年)
←作者を一発殴りたい方はこちらからどうぞ。
『シャングリラ学園生徒会室』直通です。
殴る、蹴る、苦情などなど、どの日の記事からでも受け付けまっすv
ついにやって来た日曜日。私たちはドキドキしながらアルテメシア公園の正門前に集合しました。ここからだとドリームワールドへの直通バスがありますし、公園自体も立派なデートスポットです。バカップル・デートの提案者の会長さんは私服でキメて御機嫌だったり…。
「もうすぐ約束の時間なんだ。ハーレイは遅れずにやって来るかな?」
「さあな。で、結局ドリームワールドなのか?」
キース君が尋ねた所へ教頭先生の到着です。いつものスーツ姿ではなくて私服ですけど、デートを意識してコーディネートしたのか、上着をきちんと着込んでいるのはナイスかも。会長さんは「やあ」とニッコリ笑って挨拶すると。
「今日はよろしくお願いするよ。あのね、ぼくはドリームワールドに行きたいんだけど…」
「そうか、ドリームワールドか。だが、その前にお茶でもどうだ? ホテル・アルテメシアのラウンジのケーキが美味いそうだぞ」
「え? でも、ハーレイは甘いものは…」
「コーヒーの方も評判らしい。ちゃんと下調べをしてきたんだ。あのホテルはお前も好きだろう?」
教頭先生は会長さんの好みをガッチリ把握済みのようです。会長さんは少し考えていましたが…。
「みんなにも御馳走してくれるんなら、ドリームワールドの前にお茶でもいいかな」
「よし。バスよりもタクシーの方が早いだろう」
太っ腹な教頭先生は私たちにもタクシー代を渡してくれて、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」を連れてタクシー乗り場へ。なるほど、最初はお茶ですか…。
「お茶ってデートの定番だよね?」
ジョミー君が納得しています。美味しいケーキが食べられるなら私たちも異存はありません。タクシーに乗ってホテルに着くと、日曜日だけあってロビーも賑やか。そんな中で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が手を振っていて…。
「かみお~ん♪ こっち、こっち! 席、取っといたよ!」
落ち着いた内装のラウンジの奥が私たちの席。教頭先生はコーヒーを頼み、会長さんと私たちは見本のケーキから幾つか選んで食べ始めました。うん、美味しくて見た目も綺麗! 「そるじゃぁ・ぶるぅ」は特製のチョコレートパフェに舌鼓です。会長さんと教頭先生はデートっぽく並んで座っていたのですが。
「ブルー、ロビーにあった案内を見たか?」
教頭先生の問いに、会長さんが首を傾げて。
「え? 披露宴の会場とかを書いたヤツかな?」
「そうか、見ていなかったのだな。…今日はブライダルフェアをやっているんだ」
ニコニコと微笑んでいる教頭先生。
「せっかくだから見て行かないか? バカップルごっことやらに相応しいかと思って来てみたんだが…」
「ブライダルフェアか…。うん、そういうのもいいかもね」
「決まりだな? 実はスペシャル・コースを予約したんだ。先に受付を済ませてくる」
いそいそと出て行く教頭先生。ブライダルフェアって何なんですか~!?
「知らないかな? 結婚式場の下見を兼ねて色々と楽しめる催しなんだよ。デートに使われることもあるけど、ハーレイにしては上出来だよね」
面白いことになりそうだ、と会長さんの瞳が輝いています。
「ブライダルフェアに行くなら子供はお邪魔! ぶるぅは君たちにお願いしよう」
「「「え?」」」
「バカップルごっこを極めるためには二人きりでないと…。ぶるぅ、ジョミーたちと一緒に待っておいで。終わる頃には連絡するから」
分かったね? と言われた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は素直に「うん!」と頷いて。
「バカップルごっこ、楽しんできてね♪」
分かっているのか、いないのか…。やがて戻って来た教頭先生は私たちの分の伝票を持ち、会長さんと語らいながらラウンジを出て行ってしまいました。えっと、私たち、これからいったいどうすれば…?
しばし呆然としていた後で行動したのはキース君です。フロントで貰って来たというブライダルフェアのチラシを眺める私たち。結婚式場の下見やケーキの試食、ドレスの試着もあるみたい。でも…。
「俺たちが入り込むのは場違いだろうな…」
「うん、多分…」
キース君とジョミー君が話している所へ聞こえてきたのは向こうの席の女子大生たちの会話。
「そろそろ行こっか?」
「人数も増えてきた頃よね、きっと。ドレスの試着が楽しみだわ」
「それよりビュッフェとウェディングケーキよ!」
はしゃぎながら席を立った女子大生は五人グループ。男子の姿はありません。
「おい。遊び感覚でも参加できるのか、ブライダルフェアというヤツは?」
キース君が尋ね、シロエ君が。
「会場がガラガラよりかは賑やかな方がいいですしね…。ぼくたちでも参加できるんでしょうか?」
「試してみる価値はあるかもな。だが、料金が…。ん? 入場無料か」
「ウェディングメニューの試食会とスペシャル・コース以外はタダみたいですよ」
チラシをチェックしたシロエ君が答え、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「ぼくも行きたい!」と言い出して…。
「ダメ元で行くか、ここで待つのも退屈だ」
「だよね。このままじゃ、ブルーが戻るまでダラダラ食べてるだけだろうし!」
行ってみようよ、とジョミー君。私たちは揃ってロビーに戻り、ブライダルフェアの受付デスクを探しました。なんだ、けっこう目立つ所じゃないですか!
「それでは七名様とお子様が一名様ですね。会場は五階の広間になります」
どうぞ、と渡された案内状を手に五階へ上がると華やかな生花が飾られていて『ブライダルフェア』の看板が。チャペルの見学なども出来るようですけど、まずは会長さんと教頭先生を探さないと…。
「あれっ、いない?」
キョロキョロしているジョミー君。超絶美形の会長さんと長身の教頭先生は目立つ筈ですが、会場にいるのは明らかに物見遊山な若い女性のグループ多数と何組かの男女のカップルです。会長さんたちは何処なのでしょう? 戸惑っている私たちを他所に「そるじゃぁ・ぶるぅ」はビュッフェに突撃!
「チャペルの方に行ったかもしれん。ウロウロするより此処で待つか」
「そうですね。せっかくですから試食しましょう」
キース君とシロエ君の提案で私たちもビュッフェのコーナーへ。立食ですけど、けっこう色々あるものです。ウェディングケーキも食べられますし、これが無料ならカップル以外のお客さんでも楽しめますよね。と、係員の女性が近付いてきて。
「ドレスの試着は如何ですか? オプションでメイクも出来ますよ」
「え?」
どうしよう、とスウェナちゃんと顔を見合わせていると、キース君が。
「ちょっとお尋ねしたいんですが…。試着とかは別の会場ですか? 先に入った知り合いが見当たらないんです」
「お知り合いの方…ですか? ドレスの試着をお申込みになられました?」
「いえ、スペシャル・コースだと言っていました」
おおっ、流石はキース君! 冴えていますよ、係の人なら詳しいですよね、そういうことは。制服の女性は「それでしたら…」と微笑んで。
「本日はウェディングメニューの試食会もございまして、そちらは有料で別室となっております。スペシャル・コースは試食も試着も個室で三組様限定、プロのカメラマンによる記念撮影などもつきますが」
「「「えぇっ!?」」」
会長さんったら、そんなコースに出掛けて行ってしまったんですか? どおりで見つからない筈です。個室だなんて、私たちには潜り込む隙がありませんよ…。
「おい、どうする?」
係員が立ち去った後でキース君がヒソヒソと。
「さっきの人に終了時間を聞いて何処かで待つか? 男はドレスの試着も出来んし、此処にいても仕方ないだろう」
「ブルーの行き先が分からないしね。…もしかして、ぶるぅは分かるのかな?」
聞いてみようよ、とジョミー君が尋ねてみると。
「えっ、ブルー? んーと…。ドレスを選んでいるみたいだよ? あ、ちょっと待ってね」
思念で会話していたらしい「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「ごめんなさい…」とペコリと頭を下げました。
「ブルーが覗き見しないでくれ、って。終わったら連絡するからロビーか何処かで待ってなさい、って」
「「「………」」」
どうやら会長さんはスペシャル・コースを堪能している様子です。私たちは仕方なくブライダルフェアの会場を出て、ホテルの中ではリーズナブルなお値段のカフェレストランに移りました。ここなら飲み物のお代わりも出ますし、長居したって大丈夫でしょう。
「スペシャル・コースというのはコレか…」
詳しいことは書いてないな、とキース君がさっきのチラシを見ています。先着三組様、と書かれたそれは料金の方もゴージャスでした。分かっているのは個室での試食と試着、プロのカメラマンが記念撮影をするということだけ。会長さんと教頭先生、今頃は何をしているのかな…?
バカップルごっこの付き添いを覚悟してきた私たちですが、肝心のバカップルがいないとあって拍子抜けするほど平和な時間が流れました。のんびりお昼ご飯を食べて、コーヒーや紅茶のお代わりをして…。お次はケーキでも頼もうか、と話し合っていると。
『待たせてごめんね。今、終わったから、そこで待ってて』
会長さんの思念が飛び込んできて、それから間もなく会長さんと教頭先生の登場です。
「遅くなってすまん。ここは私が支払っておこう」
「悪いね、ハーレイ。それで、この後なんだけど…。上の階のカフェに個室があるから、そっちでケーキタイムはどうかな?」
どうかな、と言いつつ会長さんには有無を言わさぬ雰囲気が。私たちはゾロゾロとカフェに移動し、奥の個室に案内されてケーキセットを注文しました。教頭先生は今度もやっぱりコーヒーだけです。注文の品が揃った所で会長さんが微笑みながら。
「楽しかったよ、ブライダルフェア。最初にドレスを幾つか選んでさ…。何着でも試せるっていうのがいいよね。それからメイクをしてくれるんだ。ドレスに合わせてメイクも変わるし、なんだか新鮮」
「うむ。メイクの間、待っているのは退屈なものだと話に聞いたがそうでもないな。見ていて飽きない。ブルーだからかもしれないが…」
教頭先生も大いに楽しんできたようでした。しかも…。
「ハーレイもタキシードを色々試着したんだよ。そうだよね?」
「カップルで記念撮影となると、いい加減なものは着られないしな。ブルーのドレスに合わせて選ばないと」
あらら。プロのカメラマンによる記念撮影って、カップルで写すものでしたか! てっきり会長さんのドレス姿だとばかり思っていた私たちには衝撃です。おまけにチャペルで撮影ですって?
「だって、ブライダルフェアだしね? チャペルに映えるドレスかどうかも気になるじゃないか。その場でも一応チェックしたけど、台紙つきの仕上げも頼んだんだ。せっかくだから」
別料金になるんだけれど、と会長さん。でも教頭先生の頬は緩んでいます。花嫁姿の会長さんと一緒にチャペルで写した写真となれば別料金でも嬉しいのでしょう。
「でね、写真撮影の後が試食でさ…。披露宴にどんな料理を出すかを検討するには便利だよね。だいたいの見当はついたし、後は式場の仮予約かな。夏は暑いし、秋はどうかなぁ…って」
「「「仮予約!?」」」
私たちの声が見事に引っくり返りました。仮予約って……式場の仮予約って、なに?
「君たちも来てくれるだろ? ぼくとハーレイの結婚式だよ」
「「「えぇっ!?」」」
「試食の後でハーレイがこれを出してきたんだ。ついつい、その気になっちゃって…。ブライダルフェアでデートをすると結婚を決めるカップルが多いって聞いていたけど、本当なんだね」
ほら、と会長さんが私たちに見せた左手の薬指にはルビーの指輪。私たちが普通の1年生だった頃に教頭先生がプロポーズをして突き返された因縁の指輪なのですが……それを会長さんが嵌めているっていうことは…。
「も、もしかして…」
キース君が震える声で。
「あんた、プロポーズを受けたのか? 結婚する気か!?」
「そのつもりだけど?」
「「「………!!!」」」
あまりの急展開についていけずに、私たちの頭の中は真っ白です。バカップルごっこだと聞いていたのに、いきなり婚約発表ですか? こ、こんな時ってどうすれば…。サム君なんか顔面蒼白になっていますよ~! と、キース君が周囲を見回し、人影が無いのを確認してから。
「赤!」
鋭い叫びで思い出したのは、会長さんが口にしていた魔法の言葉。それを唱えれば教頭先生に隙が出来ると聞きましたっけ。言葉は教えて貰えませんでしたがヒントは『赤』です。キース君が叫んだ言葉に驚いた教頭先生が思い切りドジを踏んでくれれば、婚約の話は御破算とか? …なのに。
「うん、綺麗だよね」
会長さんがウットリとルビーの指輪を眺めました。
「ノルディがブルーにプレゼントしちゃったルビーの指輪も凄かったけど、ぼくはこっちの方が好きかな。婚約指輪はダイヤって人が多いけれども、瞳の色に合わせてあるのも御洒落だろう?」
あぁぁぁぁ。赤は赤でもルビーの赤に話が行ってしまいましたか! 婚約指輪を嵌めた会長さんは幸せそうで、教頭先生も嬉しそうです。バカップルごっこ転じて御婚約。お次は嫁入り道具の夫婦茶碗のお誂えか、と頭を抱える私たちの横で「そるじゃぁ・ぶるぅ」だけが大喜びで…。
「ブルーがお嫁に行くってことは、ハーレイがパパになってくれるの? わーい!」
小さな子供は無邪気でいいな、と私たちは泣きそうでした。サム君は涙を拭って会長さんを祝福しています。大好きな会長さんの幸せのためなら恋をスッパリ諦められるって、とっても男らしいかも…。
ティータイムを終えた会長さんはドリームワールド行きを提案しました。ドリームワールドと言えば絶叫マシーンが人気です。けれど教頭先生は絶叫マシーンが大の苦手で、会長さんがバカップルごっこを思い付いた時点では絶叫マシーンで教頭先生を脱落させる予定だったかと…。
「ブルー、私はドリームワールドは…ちょっと…」
「分かってるよ、苦手だからブライダルフェアに逃げたってことは。…でもさ、ちゃんと付き合ってあげたんだから、ぼくの方にも付き合って」
「……仕方ないな……」
渋々腰を上げる教頭先生に、私たちが見出したのは一縷の希望。会長さんが教頭先生を油断させておいて奈落の底へ突き落す…、という展開は王道です。今回は結婚話という破格のネタが飛び出しただけに、絶叫マシーンで引っ張り回した挙句に「男らしくない」と切り捨てる結末は如何にもありそう。
「諦めるな、サム。まだ希望はある」
キース君が言い、私たちも一発逆転を夢見てドリームワールドへ出発しました。もちろん教頭先生がタクシー代を出してくれたんですけど、いざ着いてみると。
「じゃあ、ぼくはハーレイと観覧車に乗ってくるからね。ぶるぅをよろしく」
「それは可哀想だろう。私はかまわないから一緒に行こう」
「でもさぁ…。あれってカップルで乗るものだろう?」
いいから行こう、と会長さんは私たちに「そるじゃぁ・ぶるぅ」を預けて教頭先生と出掛けてしまいました。小さな子供連れでは私たちも揃って絶叫マシーンに乗るわけにもいかず、留守番組と乗車組とに分かれる羽目に。
「…さっきチラッと見えたんだが…」
留守番組だった私たちの所に戻って来たキース君が向こうの方を指差して。
「教頭先生とブルーがカフェにいたぞ? 俺たちは完全に蚊帳の外だな」
「宙返りの真っ最中に見てたわけ?」
ジョミー君が目を見開くと、キース君は。
「いや、宙返りの後の逆落としだ。見ているつもりはなかったんだが、あの二人は目立つ」
「カフェですか…。ぶるぅまで放って何してるんだか…」
シロエ君が嘆きましたが、バカップルには言うだけ無駄というものです。絶叫マシーンで破談どころか、観覧車にカフェでのティータイム。ドリームワールドまで来ても亀裂が入らない以上、会長さんの婚約と結婚は本決まりと思っていいでしょう。バカップルは終日、二人きりでデートを楽しんで…。
「今日はぶるぅを預かってくれてありがとう。ぶるぅ、一人で帰れるね?」
別れ際の会長さんの言葉に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「えっ?」と瞳を丸くしました。
「ブルー、お出掛け? まだ何処か行くの?」
「ハーレイの家へ結婚式の打ち合わせにね。もう婚約まで済ませたんだし、一人で行っても叱られないだろ?」
「ちょっと待て!」
遮ったのはキース君です。
「ぶるぅを一人で帰らせるのか? 可哀想じゃないか!」
「でも…。打ち合わせだけで済むなら一緒でいいけど、泊まってくるかもしれないし…」
その先は言われなくても分かりました。大人の時間に突入するなら子供は邪魔だというわけです。つい一昨日まで嫁入り道具の予定は未定だなんて言っていたくせに、会長さんは何処まで行ってしまうのでしょう? サム君がズーンとめり込み、私たちが宥めている内に。
「じゃあね、今日は付き添いありがとう。ぶるぅは一人に慣れているから大丈夫だよ。フィシスが泊まりに来ている時には一人だしさ」
バイバイ、と軽く手を振った会長さんは、教頭先生の腕に両腕を絡ませてタクシーに…。走り去るタクシーを見送った私たちはポカンと口を開けていましたが。
「……ブルーのヤツ……。正気なのか?」
信じられない、とキース君が呟き、ジョミー君が。
「ブライダルフェアに行ったってだけで結婚する気になるものなの? そりゃあ、万に一つくらいは可能性もあるって言ってたけれど…」
「バカップルごっこがツボったのかもしれないな。教頭先生も指輪まで用意しておられたし…。だが、それにしても…」
急すぎる、とキース君が呻いた時。
『舞い上がっているのはハーレイだけだよ』
馴染んだ思念が流れてきました。
『敵を欺くにはまず味方から! 君たちが呆れたり祝福したりしてくれたから、ハーレイは完全に騙されてるさ。今から仕上げにかかるんだ。ぶるぅを連れてついておいでよ、ぶるぅ一人でも玄関先から家の中への瞬間移動は出来るしね。後はシールドで隠れればいい』
到着を楽しみにしてるから、と会長さんの思念がクスクス笑っています。そう、これでこそ会長さん! どんな仕上げが知りませんけど、急がなくっちゃ~!
タクシーに分乗して着いた教頭先生の自宅前。私たちは周囲を見回し、誰もいないのを確認してから「そるじゃぁ・ぶるぅ」のサイオンで家の中へと移動しました。シールドで姿を隠して抜き足差し足、声のする方へと歩いて行くと…。
「やっぱり料理は試食したヤツに一品加えるのがいいんじゃないかな? ジョミーたちは食べ盛りだしね」
「そうだな。ぶるぅも子供用のコースは特に必要なさそうだし…」
リビングでは会長さんと教頭先生が披露宴の料理の打ち合わせ中。私たちがリビングの床に腰を下ろして見物していると、会長さんがテーブルの下でVサインを作って寄越します。そんなこととは夢にも知らない教頭先生、打ち合わせが済むと憧れの夫婦茶碗のデザインについて語り合って。
「…お前が一人で来てくれるとは夢のようだ。秋には此処で一緒に暮らせるのだな」
「別に秋まで待たなくっても…。それとも、けじめ? 結婚式も挙げない内から生徒を家に泊めるのはまずい?」
会長さんが教頭先生の手をキュッと握って。
「ぼくもね、その気になるとは全く思っていなかったんだけど…。だから冗談のつもりで言ったんだけど、デート前の約束、覚えてる?」
「約束?」
「ほら、ぼくをモノにしたいんだったら赤いパンツを履いておいで…って言っただろう? お正月明けにプレゼントした勝負パンツの赤トランクス」
その瞬間、私たちの脳裏を掠めていったのは魔法の言葉。ヒントは赤だと聞いてましたが、赤いトランクスのことでしたか! 勝負パンツの名を出されたら、そりゃあ教頭先生だって動揺します。だって、あれは…。
「ねえ、ハーレイ? あれを履いてきて「今日の私は赤パンツだ」って言ってくれたら、ぼくがその気になるかもね…ってプレゼントした時に言ったよね。今日は履いてる? それとも…」
「…も、もちろん…今日は赤パンツだが…。もしかしたら、とは思っていたし…」
しどろもどろな教頭先生。あーあ、あれじゃ赤パンツが泣きますよ! けれど会長さんは「分かった」と微笑んで立ち上がると。
「それじゃ今夜は君の家に泊めて貰おうかな? ぼくの着替えはあるんだろう?」
「き、着替え? お前と私ではサイズが違うし…」
「大丈夫。明日は月曜だから学校に行くし、制服は自分で取り寄せるさ。…そうじゃなくって、君と一晩過ごすための服。…色々揃えてくれてるよね?」
教頭先生はたちまち耳まで真っ赤になったのですけど、会長さんは気にせずに。
「今日まで散々焦らしちゃったし、夕食よりもぼくを食べたいだろう? でも、先にお風呂に入ってきたいな。その間に着替えを揃えておいてよ、君の好みのを着るからさ」
それじゃ、とバスルームに向かう会長さんを見送った後の教頭先生は見ものでした。ウロウロ、ソワソワとリビング中を歩き回って、それから一人で万歳をして二階の寝室へ猛ダッシュです。クローゼットから引っ張り出したのはレースとフリル満載のガウンやシースルーのネグリジェなどなど妄想の副産物の山。
「どれもブルーに似合いそうだが、初めての夜だし清楚なものがいいのだろうか? それとも…」
あれこれと悩む教頭先生を笑いを堪えて見守っていると、会長さんの思念波が。
『ハーレイ、もうすぐ上がるから! ぼくの下着だけ洗って干しておいてくれると嬉しいな』
『そ、そうなのか? 今、そっちへ行く!』
私たちにも届くレベルの思念で叫んだ教頭先生が選び出したのはミントグリーンの清楚なガウンと白いレースの下着でした。それを抱えて階段を駆け下り、脱衣室へと飛び込んでゆきます。
「ブルー、バスタオルの上に置いておくぞ。で、下着だったな?」
「うん。そこに脱いであるだろ、夫婦パンツの片割れが」
「め、夫婦…」
教頭先生の視線は脱衣籠に釘付けでした。無造作に放り込まれた会長さんの衣類の一番上にチョコンと置かれた黒白縞のトランクス。まさか会長さん、本気でコレを履いてきたとか?
『勘違いしないでほしいね、見せパンツだよ。…ふふ、ハーレイもそろそろ限界かな?』
クスクスクス…、と笑う思念は私たちだけに伝わったもの。そうとも知らない教頭先生、破裂しそうな心臓を押さえて黒白縞に手を伸ばしましたが、その瞬間に。
「お待たせ、ハーレイ」
ふわり、と薔薇のボディーソープの香りが漂い、バスルームから湯気を纏った会長さんが現れたからたまりません。黒白縞を引っ掴んだまま、教頭先生は哀れ仰向けに…。ドッターン…!
「やっぱり耐え切れなかったか。赤パンツには百年早いね。…いや、千年か…」
会長さんはしっかり水着を着けていました。更にサイオンでササッと服を着、教頭先生が用意してきたガウンとレースの下着のセンスを思い切り馬鹿にした上で。
「バカップルごっこの締めに相応しい盛大に派手な鼻血だよ、うん。まさに出血大サービスだ。ぶるぅ、ティッシュを詰めといてあげて。それからマジックをくれるかな?」
「お、おい…。何をする気だ?」
私たちを包んでいたシールドが解かれ、心配そうに覗き込むキース君に向かって会長さんは。
「お仕置きだよ。結婚しようって大口を叩いたくせに、未来の花嫁に赤っ恥をかかせるような男にはこうだ」
会長さんの手が教頭先生のベルトを外し、ズボンのジッパーを手早く下ろすと現れたのは赤いトランクス。そのトランクスに黒いマジックでデカデカと書かれた文字は『役立たず』でした。
「一世一代の勝負パンツも、これで一巻の終わり…ってね。ついでにこれも」
左手の薬指から指輪を外した会長さんが宙に取り出したのは一対の夫婦茶碗です。
「はい、フィニッシュ」
キラッと青いサイオンが走り、真っ二つになって床に転がったのは大きい方の湯呑み。
「やっぱり割るならハーレイの分の湯呑みだろ? ぼくの分を割るのは縁起が良くない」
会長さんはルビーの指輪を割れた湯呑みの上に転がし、小さな湯呑みを隣に並べて下に紙片を敷いています。
「夫婦茶碗の請求書だよ。人間国宝のヤツではないけど、ブルーが買ってたヤツより高い。役立たずな旦那の湯呑みは割られて当然! ハーレイは片方だけになった夫婦茶碗の代金を支払わされるわけ」
これがホントの離婚茶碗、と笑い転げる会長さん。教頭先生、勝負パンツはオシャカになるわ、夫婦茶碗は割られてしまうわ、婚約指輪まで返されるとは気の毒な…。
「いいんだってば、バカップルごっこは出来ただろ? それにブライダルフェアで撮った写真はハーレイの家に届くんだ。それで満足しておけばいい。どうせハーレイは懲りやしないし、結婚への夢が膨らむだけさ」
今日はとっても楽しめた、と会長さんは上機嫌でした。
「ハーレイはここに転がしておこう。黒白縞は握らせておくよ、ぼくの生パンツだと信じているから家宝にするかもしれないし」
「気持ち悪いとは思わんのか!?」
キース君の突っ込みに、会長さんは涼しい顔で。
「別に? 黒白縞なんて履いたことないから、どう使われても平気だってば。…それより、今夜は慰労会! みんなをハラハラさせちゃったからお詫びに何か御馳走しよう。ね、ぶるぅ?」
「かみお~ん♪ 家に帰って出前を取ろうね!」
ハーレイがパパになってくれないのは残念だけど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんの結婚騒ぎで一番大きな夢を見たのはパパが欲しい「そるじゃぁ・ぶるぅ」だったのかも…?
「おやすみ、ハーレイ。ぼくの生パンツでいい夢を」
黒白縞を大事にね、と会長さんが教頭先生の耳元で囁き、私たちは青いサイオンに包まれました。会長さんの家へ着いたら慰労会! ハラハラドキドキのバカップル・デート、魔法の言葉の意味も分かって気分スッキリ、大団円で終了です~。
新学期恒例の紅白縞のお届け行列。中庭を抜けて本館に入り、教頭室の重厚な扉の前に立った会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」から箱を受け取ると大きく息を吸い込んで。
「失礼します」
軽くノックして扉を開けた会長さんの後ろに私たちも続きました。教頭先生が嬉しそうに微笑んでいます。
「おお、来たか。…遅いから心配していたのだが」
「もう貰えないんじゃないかって? 大丈夫、ちゃんと届けに来てあげたよ。はい、青月印の紅白縞を五枚」
「いつもすまんな。ありがとう」
机の上に置かれた箱を押し頂いている教頭先生。やっぱり手放しで喜んでいます。会長さんったら「喜んでくれるかな?」なんて言ってましたけど、教頭先生が紅白縞を大切にしているのは周知の事実。五枚では足りないからと自分のお金で買い足す品も紅白縞で…。
「ふうん、やっぱり嬉しいわけだ。無いよりはマシっていうんじゃなくて?」
「は?」
会長さんの妙な台詞に怪訝そうな顔の教頭先生。私たちも首を傾げました。無いよりはマシって、どういう意味で言ってるのでしょう?
「紅白縞よりも欲しいものがあるのは知ってるんだよ。バレてないとでも思ってた?」
「な、なんの話だ?」
「白々しい…。これでも知らないと言う気なのかな?」
会長さんが宙に取り出したのは一冊の本。教頭先生がウッと息を飲み、私たちの方は目が点です。淡いピンクの表紙の本には金色の文字で『旅の思い出』と書かれていますが、その下に入ったサブタイトルは『ハーレイ&ブルー』の名前とハートマーク。この装丁はどう見ても…。
「あ、君たちも気が付いた? 例のバカップルの旅のアルバムなんだよ、ハーレイはちゃんと謝礼を貰ったらしいね」
「「「………」」」
ソルジャーは約束を守りましたか! ということは、本の中身はバカップルの写真がてんこ盛り。でも、このアルバムと紅白縞にいったいどんな関係が? 教頭先生、アルバムを既にお持ちだったら、紅白縞よりも欲しいものがあるとは思えませんが…。顔を見合わせる私たちの前で会長さんはアルバムの最後のページを広げました。
「ほら、ここ! この写真がハーレイの夢なわけ」
「「「???」」」
そこに1枚だけ貼られていたのはバカップルの写真ではなく、二つ並んだお揃いの湯呑み。片方は大きくどっしりとして、もう片方は小さめで…。いわゆる夫婦茶碗です。温泉旅行で出掛けたホテルの売店でソルジャーがキャプテンにねだって買わせてましたっけ…。
「ハーレイはねえ、ぼくとセットで夫婦茶碗を持ちたいという妄想が止まらないんだよ。バカップルの写真を堪能した後でこの写真を見ると羨ましくてたまらないらしい。…そうだよね、ハーレイ?」
「う…。そ、そのぅ……なんと言うか、微笑ましいな…と…」
「そりゃあそうかもしれないけどさ、夫婦茶碗なんていうのは一緒に暮らして使わなければ意味ないよ? 君の家に一つ、ぼくの家に一つと分けて持つんじゃ夫婦じゃなくて離婚じゃないか」
「……離婚……」
青ざめている教頭先生。まだ結婚もしていないのに離婚も何もあったものではないんですけど、会長さんに言われてしまうと心にグサッとくるみたいです。会長さんはクスクスと笑い、夫婦茶碗の写真を指差して。
「これは仲良く並んでるけど、分けちゃったらホントに離婚と言うか別居と言うか…。それに夫婦茶碗にこだわらなくても、究極のお揃いがあるだろう?」
「…究極?」
「ああもう、全然分かってないし!」
会長さんは唇を尖らせ、教頭先生にズイと詰め寄りました。
「見ないと分からないのかな? じゃあ…」
「「「!!!」」」
教頭先生のベルトをガシッと掴んだ会長さん。いきなり何をやらかす気ですか?
突然のことに教頭先生は固まってしまい、思考も停止した様子。会長さんは涼しい顔で教頭先生のベルトをカチャカチャと外し、続いてズボンのジッパーを…。
「お、おい!」
声を上げたのはキース君でした。
「それはいったい何の真似だ!?」
「ん? ハーレイは分かっていないようだし、ちょっと自覚して貰おうかと…。ハーレイ? ちゃんと聞こえてる?」
会長さんに頬をピタピタと叩かれ、我に返った教頭先生は耳まで真っ赤になりました。そりゃそうでしょう、片想いして三百年以上の会長さんの手で脱がされかかっているのですから。しかもズボンを…。
「よし、現状は把握したみたいだね。それじゃ聞くけど、このトランクスは何なのかな?」
「お、お前に貰ったヤツなのだが…。今日はお前が来るのが分かっているから、そういう時には取っておきのを…」
「だよね、青月印の紅白縞! で、ぼくもお揃いで履いているわけ。紅白縞じゃなくって黒白縞だけど……せっかくだから確認してみる?」
一歩下がった会長さんは悪戯っぽい笑みを浮かべて。
「君がその手で脱がせられたら黒白縞を御披露しよう。ぼくから脱いであげる気はない」
「……そ、それは……」
「出来ないって? そりゃ無理だろうね、出来るんだったらとっくの昔に体当たりでプロポーズとかをやってそうだし…。そして賢明な判断でもある。君が脱がせにかかった途端にぼくが叫ばないという保証は無いしさ。ここで一声、痴漢と叫べばゼルが走って来るかもねえ?」
言い訳できない状況だよ、と会長さんは楽しそうです。確かにヤバイ光景でした。教頭先生のズボンの前は見事に全開、紅白縞が丸見え状態。そんな教頭先生が会長さんのベルトやジッパーに手を掛けていたら、誰が見たって痴漢行為の真っ最中で…。脂汗を流す教頭先生に向かって、会長さんは。
「こんな目に遭っても分からないかな? 夫婦茶碗よりも凄い究極のお揃いっていうのが何なのかが。いいかい、君のが紅白縞で、ぼくが履いてるのが黒白縞! カップルでペアの下着をオーダーするのが最近人気らしいんだけど…ぼくたちのだってペアパンツだよ?」
「…ペアパンツ…」
鸚鵡返しに口にした教頭先生、鼻血が出そうな顔つきです。頭の中では会長さんが履いているという黒白縞がグルングルンと回っているに違いありません。
「そう、ペアパンツ。…言い換えるなら夫婦パンツってところかな」
「め、夫婦…」
バッとティッシュを握って鼻を押さえる教頭先生。あーあ、またしても切れちゃいましたよ、鼻の血管…。そんなことにはお構いなしに会長さんは自分のベルトに手をやっています。
「夫婦パンツだと思うんだけどねえ、紅白縞と黒白縞。ホントに今日も履いてるんだよ? 想像しただけで鼻血なんかを出されてしまうと、ちょっと見せたくなってきたかな」
「「「!!!」」」
硬直してしまった私たちの中から飛び出したのはキース君。
「させるかぁ!」
叫ぶなり会長さんの腕を掴んでベルトから剥がし、ゼイゼイと肩で息をして。
「…あんたが脱いだらロクなことにならん。ゼル先生を呼ぶ気だったな?」
「おや。ぼくの心が読めるのかい? それは凄いね」
「読めなくってもそのくらい分かる! …教頭先生、今の間に早くズボンを…」
「す、すまん…」
ゴソゴソとズボンを引っ張り上げる教頭先生。ジッパーを閉め、ベルトをきちんと直した所で会長さんがチッと舌打ちを。
「…確認できない夫婦パンツより、いつも見られる夫婦茶碗というわけか…。離婚茶碗になっていいなら付き合ってあげてもいいんだけどさ」
「いや、それは…」
困る、と教頭先生は即答でした。結婚もしない内から離婚されてはシャレになりませんし、夫婦茶碗は諦めたのでしょう。ソルジャーとキャプテンみたいな仲だからこそ持てるんですよね、夫婦茶碗って。教頭先生の場合は夫婦パンツで良しとしておくのがお勧めです。会長さんの黒白縞が大嘘なことに気付かなければ無問題!
夫婦茶碗の夢が無残に砕けた教頭先生に別れを告げて、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に戻ってきました。今回はとっても疲れましたが、新学期恒例の紅白縞は次は二学期まで無いわけで…。
「まったく…。どうなることかと思ったぜ」
キース君がコーヒーを啜りながら愚痴り、コクコク頷く私たち。あそこでゼル先生が呼ばれていたら大惨事です。教頭先生、その場で張り倒されてタコ殴りの刑か、はたまたサイドカーでの爆走か。サイドカーの方だと、後遺症が出たら大変ですしね…。
「後遺症?」
なんだったっけ、と会長さんは綺麗サッパリ忘れていました。おめでたいと言うか、なんと言うか…。溜息をつく私たちを代表する形でキース君が。
「あんた、本気で忘れたのか? そりゃあ…あれから一年も経つし、ソルジャーとしての仕事も色々あるんだろうから忘れても仕方ないのかもしれん。いや、それよりも数の内にも入っていない悪戯だったということか? あの時は真剣に心配していたと思ったが」
「心配? ぼくが? …ちょっと待ってよ、一年前だね? んーと…。ああ、あれか!」
思い出した、と会長さんは手を打って。
「ハーレイがEDになったヤツだろ? そう言えばあったね、そういうのが。ゼルにお仕置きされてサイドカーで爆走したショックで再起不能に…。うん、あの時は大変だった」
「思い出したんならそれでいい。教頭先生はスピードが大の苦手なんだ。いいか、ゼル先生をけしかけるなよ」
「そんなことを言われても…。ハーレイの焦った顔って、見ていて凄く面白いんだよ。でもEDは確かに困るな、治療するのに苦労するしね」
「…まあな…」
疲れ切った顔のキース君。教頭先生のED騒動は一年前のことでした。会長さんにフォトウェディングをしようと誘き出されてホテルにやって来た教頭先生、通報を受けていたゼル先生に罵倒された上にサイドカーでアルテメシア市中引き回しの刑に。その衝撃でEDになり、治療したのが会長さんです。
「EDの原因を取り除くためにデートをしてあげたんだっけ。勝負パンツを履いてスピード克服、絶叫マシーンもドンと来い、ってね。ハーレイにとってはいい思い出じゃないのかなあ」
「だが、教頭先生は今もスピードは苦手なままだぞ。柔道部の連中が誘っても、絶叫マシーンには乗れないからとドリームワールドは断ってらっしゃる」
「勝負パンツの効果は一日限りだったしね。調子に乗られたら困ると思って期限付きにしておいたんだけど、ぼくと一緒でも絶叫マシーンはダメなのかな?」
「知るか! 自分で訊けばいいだろうが」
やってられん、とキース君がコーヒーを呷っています。会長さんは少しの間、考え事をしていましたが…。
「ちょっといいかもしれないね、それ」
「「「は?」」」
「自分で訊くっていうヤツさ。ぼくと一緒なら絶叫マシーンに乗ってくれるのか訊いてみるわけ。でも、それだけじゃイマイチだなぁ…。他に何かこう、オプションと言うか…」
あらら。会長さんったら教頭先生とデートする気になっちゃいましたか? 絶叫マシーンで泡を噴かせて笑い物にするとか、そういう良からぬ考えに…? どうせ私たちもオマケで連れて行かれるのでしょうが、温泉旅行に乱入してきたバカップルよりはマシですよねえ? あれはホントに目の毒でしたし!
「なるほど…」
キラッと光った会長さんの目がこちらに向けられ、クックッと小さな笑いが漏れて。
「バカップルというのがあったね。…あれはハーレイが頑張って指導してたんだっけ。他人にはあれこれ指図できても自分じゃ何も出来ないというのは片手落ちだ。そんなヘタレには実践あるのみ!」
「「「実践?」」」
「うん、実践。バカップルを机上の空論で終わらせないで真面目に取り組んでみればいい。ぼくも遊び感覚でならハーレイの妄想に付き合えるしね」
これはなかなかに面白そうだ、と瞳を輝かせている会長さん。
「だけどデートと言っただけではハーレイも用心していて釣れないだろうし、夫婦茶碗を餌にしてみよう。ぼくとのデートを成功させれば夫婦茶碗をお買い上げ!」
「ちょっと待て! あんた、どういう思考回路をしてるんだ?」
キース君が突っ込みましたが、会長さんはサラッと右から左に聞き流しました。
「デートに行くのはいつにしようか? 今度の日曜、予定は空いてる?」
あぁぁぁぁ。ここまで来たら逃げられません。私たちの日曜日は会長さんに押さえられてしまい、おまけに今夜は…。
「かみお~ん♪ 頑張って御馳走作るからね!」
「ハーレイの家に一人で行くのは禁止されてるって知ってるだろう? 夕食が済んだら、みんなでデートのお誘いに行こう」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大乗り気でした。御馳走はとっても嬉しいですけど、その後が…。教頭先生をデートに誘おうだなんて、会長さんの発想はサッパリ分からないです~!
会長さんのマンションに瞬間移動で連れて行かれた私たち。夕食は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が沢山の餃子を作ってくれて、何種類ものスープで楽しむ餃子鍋でした。豚骨スープや味噌スープなど基本のものからトマトスープまで! 締めのラーメンを入れる頃には誰もが此処に来た目的をすっかり忘れていたんですけど…。
「ぶるぅ、ハーレイの様子はどうかな?」
デザートの杏仁豆腐を掬いながら尋ねる会長さんの姿に私たちの背筋が凍りました。食事を終えたら教頭先生の家までお出掛けでしたっけ…。震え上がる私たちを他所に「そるじゃぁ・ぶるぅ」は。
「えっとね、晩御飯は終わったみたいだよ。お皿を洗って片付けてるし、もう少ししたらテレビの時間じゃないかと思う」
「了解。それじゃこっちも後片付けが済んだら出発しようか」
「オッケー! みんな、杏仁豆腐のお代わりは? いっぱい作ってあるからね♪」
「おかわりっ!」
もうヤケだ、と器を差し出すジョミー君にサム君が続き、キース君たちも。そして杏仁豆腐がすっかり無くなり、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がテキパキと後片付けを済ませた所で…。
「出掛けるよ。ハーレイが釣れるように祈ってて。…ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
パァァッと溢れる青いサイオン。私たちはアッと言う間に教頭先生の家のリビングに立っていました。
「な、な……なんだ!?」
ソファに腰掛けていた教頭先生が飛び上がらんばかりに驚いています。その隣には会長さんが贈ったばかりの紅白縞が入った箱。テーブルの上にはバカップルの思い出アルバムが…。
「こんばんは、ハーレイ」
会長さんがニッコリ微笑みかけて。
「そのアルバム、無事に持って帰れたみたいだね。君の家から教頭室まで移動させたのはいいけど、元に戻すのを忘れてた。…ゼルに見つかったら没収だけでは済まないだろう?」
「…謝りに来てくれたのか? 正直、学校を出るまで生きた心地がしなかったぞ」
「ごめん、ごめん。…そのお詫びってわけじゃないけど、今度の日曜日は空いてるかな?」
「日曜日? 今のところ特に予定はないが…」
カレンダーを見る教頭先生。
「暇なんだね? だったら遊びに行かないかい? ぼくと一緒にバカップル!」
「…バカップル…?」
「うん。そのアルバムを見てるだけではつまらないだろ? バカップルごっこをしたいんだったら付き合うよ。ぼくは退屈してるんだ。何か面白いことは無いかなぁ、って」
ね? と会長さんは教頭先生の隣に座ると紅白縞が入った箱をポンと叩いて。
「夫婦パンツよりも夫婦茶碗が欲しいんだろう? バカップルごっこで楽しませてくれたら夫婦茶碗をオーダーしよう」
「オーダーだと? ああいうのは既製品ではないのか?」
教頭先生、早くも釣り餌に食らいついてしまっているようです。バカップルごっことは何かとか、そういうことを問いただす前に夫婦茶碗が気になりますか、そうですか…。会長さんは軽く片眼を瞑ってみせると。
「ぼくは知り合いが多いんだ。その中に陶芸作家がいてさ。気難しくって数も殆ど作らないけど、人間国宝になっている。ぼくの頼みなら夫婦茶碗を作ってくれるよ、その写真なんか目じゃないヤツを」
「し、しかし…。そういう品は高いのでは…」
「夫婦茶碗が欲しくないのかい? ぼくは安物はお断りだな。あっちのハーレイだって思い切り奮発してたじゃないか」
「…並べておけるわけではないしな…」
口籠っている教頭先生に、会長さんはクッと喉を鳴らして。
「ぼくと君とで別々に持つから離婚茶碗になるって話? それなら全く問題ないよ、誂えたヤツは君に預けておくからさ。いずれはぼくの嫁入り道具に…」
「よ、嫁に来てくれる気になったのか!?」
「残念ながら予定は未定。…だけどバカップルが癖になったら考えるかもね。…どうする? バカップルごっこをやってみる?」
会長さんが持ち出した餌は特大でした。人間国宝が作った夫婦茶碗を嫁入り道具にすると言われては、釣れない方がどうかしています。教頭先生はバカップルごっこの意味を深く追求しようともせず、二つ返事で承諾を…。
「決まりだね? じゃあ、日曜日はバカップル・デート! そこの子たちもついて来るけど、外野のことは気にしない! それからねえ…」
耳元で何か囁かれた教頭先生はバッと立ち上がり、ティッシュの箱へと突進しました。せっせと鼻に詰めている後ろ姿に会長さんが「お大事に」と声を掛け、私たちは青いサイオンの中へ。フワリと身体が浮いたかと思うと、もう会長さんの家のリビングです。
「みんな、今日はお疲れ様。日曜日のバカップル・デートもよろしく頼むよ」
上機嫌の会長さんに逆らえる人はいませんでした。新学期早々、とんでもないことに巻き込まれている気がしますけど、今更どうにもなりませんよね…。夜はとっぷり更けています。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が瞬間移動で家まで送ると言ってますから、帰り路だけは楽々かな?
翌日からの私たちは毎日戦々恐々でした。シャングリラ学園の年度始めは校内見学やクラブ見学などが続きますから授業は全くありません。特別生には校内見学もクラブ見学も無関係じゃないのかって? クラブ見学の方は柔道部三人組には重要な行事の一つです。
「かみお~ん♪ 今日も実演お疲れさま!」
放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋にキース君たちがやって来ました。柔道部に入って五年目ともなると、クラブ見学で担当するのは実演部門。顧問の教頭先生相手に色々な技を繰り出してみたり、部員同士で練習したりと忙しくしているみたいです。
「はい、焼きそば! お腹すいてるでしょ?」
絶妙のタイミングで「そるじゃぁ・ぶるぅ」が焼き上げて山盛りにしたのを平らげていくキース君たち。いつ見ても気持ちのいい食べっぷりですが、クラブ見学期間は特にお腹が空くらしく…。
「その様子だと今日もハーレイは絶好調だったみたいだね」
会長さんの問いに頷く三人組。シロエ君がお代わりのお皿を受け取りながら。
「凄いですよ、教頭先生! キース先輩でも歯が立ちません。ぼくなんか何度投げられたことか…。そうですよね?」
「ああ。俺もシロエも普段だったら立て続けに投げられるような無様な真似はしないんだが…。こう、なんと言うか、隙が全く無いと言うのか…。一瞬でも気を抜いたら最後、見事に技をかけられてるな」
二人の言葉にマツカ君が相槌を打っています。教頭先生が絶好調なのは日曜日の予定のせいでしょうか? 会長さんとデートだと思っただけで高揚してきて、柔道の技も冴えているとか?
「決まってるじゃないか。武術は精神状態も大切だから、今のハーレイは無敵状態」
君たちではとても勝てないよ、と会長さんが紅茶のカップを口に運んで。
「でもね、投げられてばかりは嫌だと言うなら反則技が無いわけでもない。…これを言えばハーレイに確実に隙が生じるという魔法の言葉があるけれど?」
「「「魔法の言葉?」」」
反応したのは全員でした。柔道部三人組も興味津々かと思ったのですが、さにあらず。
「俺は反則というのは好かんな」
キース君が言い、シロエ君が。
「魔法の言葉は気になりますけど、使おうって気にはなれませんね。勝負は正々堂々と、です」
「ふうん? だったらコレは要らないか…。ハーレイのためにも封じておこう」
思わせぶりな会長さんの台詞はそこで終わってしまいました。代わりに出てきた話題は私たちが恐れているもので…。
「ところで、バカップルごっこのことだけどね。何処に行ったらいいと思う?」
「「「………」」」
またか、と頭を抱える私たち。万年十八歳未満お断りな精神年齢のせいで、私たちはこの手の話題に疎いのです。流行りのデートスポットを尋ねられても答えられませんし、そういうのって会長さんの方が詳しいに決まっているじゃないですか! なんと言ってもシャングリラ・ジゴロ・ブルーですもの。
「絶叫マシーンは外せないからドリームワールドでいいのかな? でも、ハーレイの頭の中ではドリームワールドは妄想から除外されていそうでねえ…。そんな所でバカップルごっこが出来るのかどうか…」
「だから何度も訊いてるだろうが、俺たちも!」
ついにキース君がキレました。
「あんたはバカップルを楽しみたいのか、バカップルを演じ切れなくて脱落していく教頭先生が見たいというのか、どっちかハッキリしてくれとな! 行き先は目的によって違うだろうが!」
「うーん…。どっちだろう? ぶるぅ、どっちがいいのかな?」
「えっ? んーと、んーと…ブルーはどっちが好きなわけ?」
「小さな子供まで巻き込むな! もういい、尋ねた俺が馬鹿だった…。結局、何も考えていないんだな」
溜息をつくキース君に会長さんは悪びれもせずに「うん」と応じています。
「ハーレイの妄想どおりに突っ走ってみるのも楽しいかなぁ、って思うんだよね。ほら、超のつく奥手じゃないか、ハーレイは。いつも妄想している通りに身体が動くとは限らない。躓いた所で揚げ足を取るのも素敵だろう? 明日は一日イメージトレーニングに燃えるんじゃないかと予想してるんだ」
「そういえばもう明後日だったな、日曜は…」
キース君の言うとおり、バカップルごっこの日は明後日でした。会長さんはロクでもない罠を張り巡らすのかと思ってましたが、ぶっつけ本番で挑む可能性が高そうです。つまり何が起こるのか予測は不可能。
「いいじゃないか、そんなに身構えなくても。バカップルは周りは見えていないし、君たちは好きにすればいい。もしも夫婦茶碗を誂えるような結果になったら、砂でも吐いてくれればいいよ」
「「「え?」」」
「ハーレイには本気を見せるようにと煽っておいた。三百年以上もぼくに惚れているんだ、万に一つくらいは成功する可能性もある。その時は祝福してくれるよね?」
サラリと告げられた言葉にサム君の顔が歪んでいます。ひょっとして公認カップル崩壊の危機が迫ってますか? まさか、まさか…ね…。
「君たちは日曜日に備えて明日はゆっくり休んでおいて。そうそう、さっきの魔法の言葉だけれど…。ヒントは赤さ」
意味の分からないヒントだけを貰って、私たちは解散させられました。教頭先生に隙が生じる魔法の言葉を教わった方が良かったでしょうか? 会長さんが教頭先生と夫婦茶碗を誂えるようなことになったら唱えてチャラにしてしまうとか…?
「なあ…。ブルー、本気じゃないんだよな?」
弱々しく呟くサム君の背中がとても小さく感じられます。夫婦茶碗で教頭先生を釣ったつもりの会長さんが逆に釣られてしまったら…? それだけは無いと思いますけど、魔法の言葉が知りたいです~!