シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
一年の計は元旦にあり。恋愛成就の御利益を求めて元日にアルテメシア中の御利益スポットを回り倒した教頭先生は会長さんとの結婚を心の底から夢見ていました。そこへ会長さんが年始回りだと訪ねて来たのですから、早速御利益があったとばかりに大喜びで大感激。会長さんのお供をしてきた私たちの方はちょっと心配なんですけども…。
「ねえねえ、ブルー」
賑やかな新年パーティーの最中に声を掛けたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ホントにハーレイと結婚するの?」
「さあ、どうだろう? ぶるぅはそうしてほしいのかい?」
問い返された「そるじゃぁ・ぶるぅ」は嬉しそうにコクリと頷いて。
「えっとね、ブルーがハーレイと結婚したら、ハーレイがぼくのパパになるでしょ? 毎日遊んでもらえるし!」
「なるほどねえ…。でもさ、結婚は色々大変なんだよ」
今までのようにはいかなくなるし、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭を優しく撫でました。
「ハーレイと一緒に暮らすんだから、ここに引っ越ししなくちゃね。そうなるとフィシスやジョミーたちを呼んでくるのも難しくなる。お泊まりなんかはまず無理だ。…なにしろ部屋の数が足りない」
「えっ…」
「考えてごらん? ぼくたちの家はゲストルームが沢山あるけど、ここには無いよ。去年、お歳暮で泊めてもらっただろう? あの時は何処で寝てたんだっけ?」
「そっか…」
ガックリと肩を落として「そるじゃぁ・ぶるぅ」はしょげています。お歳暮でゲットした一泊二日の宿泊券でしたが、男子はリビングに布団を敷いて雑魚寝でした。スウェナちゃんと私は一部屋もらいましたけど…。つまり会長さんが教頭先生と結婚したら、お泊まり会は無くなるのです。…まあ、会長さんと教頭先生が大人の時間を過ごしている家に泊まるというのも複雑かな…?
「ブルー。お前の家は今のままでもいいんじゃないか?」
口を挟んだのは教頭先生。
「あそこはソルジャーであるお前のための家だろう? あのマンションに住んでいるのも仲間ばかりだし、残しておいて息抜きに使うというのはどうだ?」
「そりゃね…。家賃を払ってるわけでもないし、家出用に置いておくのもいいかな」
「「「家出用!?」」」
なんですか、それは? 話の展開についていけずに置いてきぼりだった私たちも、この言葉には反応しました。家出って…「実家に帰らせて頂きます」っていうアレですか? 会長さんはクスクス笑いながら。
「そう、家出用。理不尽な扱いを受けたと思ったら、即、家出。やっぱり独身が最高だからね。…それにフィシスも引っ張りこめるし」
この家じゃちょっと、と会長さんは肩を竦めてみせました。
「ぼくの女神にハーレイのベッドを使わせるのは最低だろう? かと言ってゲストルームは一つしかないし、ベッドはシングルサイズだし…。そうでなくても友達を全員泊められない家じゃ、ぶるぅも退屈しちゃいそうだ」
「…結婚とフィシスは別物なのか?」
教頭先生の問いに、会長さんはさも当然といった顔で。
「もちろんさ。フィシスと別れるつもりは無いし、シャングリラ・ジゴロ・ブルーの名前を返上しようって気も無いよ。それが嫌なら結婚の件は諦めるんだね」
「…い、いや…。お前の自由は尊重する」
だから是非とも嫁に来てくれ、と土下座せんばかりの教頭先生。会長さんは「どうしようかな…」と人差し指を顎に当てて考えていましたが。
「そう簡単に結論を出せる問題じゃないし、しばらく時間をくれるかな? それと、この家も見て回りたい。住み心地とかを確認したいし」
「ああ…。それは一向に構わんが…。よく考えて返事をくれ」
急がなくてもいいんだぞ、と教頭先生が言い終えるなり、会長さんはスッと立ち上がって私たちの方を振り向きました。
「いいんだってさ。それじゃ見学して回ろうか、ハーレイの家を」
「「「えっ!?」」」
教頭先生と私たちは同時に叫んでいたのですけど、会長さんは気にも留めずに。
「ハーレイ、君はリビングに残ってて。…普段の暮らしを見ておきたいから、余計な気遣いは無用にね」
行くよ、と廊下に出てゆく会長さんを私たちは慌てて追い掛けました。教頭先生の家には何度も来ていますけど、見学会なんて初めてですよ~!
一人暮らしには大きすぎる、と評されている教頭先生の家は会長さんとの結婚に備えて申し込んだという世帯用。実を言えば長老の先生方も独身のくせに大きな家に住んでいるらしいのですが、会長さんに言わせれば…。
「長老ともなれば威厳も要るし、仲間を呼んでホームパーティーをすることもある。ほら、ゼルなんかはシャングリラ号の機関長だし、ブラウは航海長だしね…。クルーが気軽に集まれるように大きな家は必須なのさ」
エラ先生やヒルマン先生もシャングリラ号の重鎮ですし、それなりの家が要るのだそうです。だったらキャプテンな教頭先生が立派な家に住んでいたって問題ないと思うのですが…。
「うーん、ハーレイは公私をきちんと分けるしねえ…。クルーの交流会の他にも色々と集まりはあるんだけども、この家を使うことはない。…公私を分けると言えば聞こえはいいけど、将来、ぼくと結婚した時、邪魔をされたくないらしいんだ」
「「「………」」」
教頭先生の徹底ぶりに私たちは声もありませんでした。そりゃあ確かに会長さんはソルジャーですから、そんな人を奥さんにしているキャプテンの家じゃクルーの人も寛げないかもしれませんけど、教頭先生がそこまで気を回すとは思えません。単に会長さんとの愛の巣を聖域にしたいだけでしょう。
「さてと。…そんなハーレイの夢と妄想の空間、その一」
会長さんが開けた扉の先はバスルーム。洗面所と脱衣所を兼ねたスペースがゆったりと取られ、そこから更に扉を開けて…。
「君たちが泊まりに来た時は片付けてあったけど、普段はこういう感じなんだよ」
広いバスルームの中にはお風呂オモチャがありました。桶に入ったアヒルにラッコ、カッパなんかはどういう趣味?
「…あれはブルーのプレゼントさ。ずっと前に、あっちのぶるぅが配達したって言ってたろう? ぼくそっくりのブルーが愛用していたお風呂の友というのがいいらしい。時々、浮かべて妄想してる」
妄想の中身は聞くまでもなく分かりました。ソルジャーは何かといえばストリップもどきを披露しますし、春休みに行った温泉旅行ではタオル一枚で誘惑したりもしていましたし…。お風呂オモチャを浮かべていれば蘇る記憶が数々あるに決まっています。ついでにシャンプーなどのボトルも多数揃っているようですが…?
「ぼくがいつ泊まりに来てもいいように用意しているみたいだよ。期限もきちんとチェックしていて、期限切れになりそうだったらハーレイが使うらしいんだ」
似合わないよね、と会長さんが指差すボトルは全部フローラル系の香りでした。会長さんってそんなの使ってるんですか? 薔薇の香りのシャンプーとか…? 唖然とする私たちの顔に、会長さんは苦笑して。
「まさか。エステでは使うこともあるけど、薔薇の香りを男が纏ってどうするのさ。…これはハーレイの思い込み。ぼくには花の香りが似合うと勝手に決めて選んでいるんだ」
えっと…。どう言えばいいのか分かりませんが、教頭先生の思考はかなり偏っているようです。一事が万事そんな調子で、家の中には妄想グッズが溢れていました。会長さんのお泊まり用のシルクのバスローブとか、レースひらひらのガウンとか。極め付けはやはりベッドルームで…。
「これも願掛けの一つらしいよ」
会長さんが指差したのはソルジャーの特注品の抱き枕でした。ミントグリーンのパジャマ姿の会長さんの写真がプリントされたヤツですけども、何故か赤い糸が巻かれています。願掛けと言えばアルテメシア中の神社やお寺に散在している恋愛成就と結婚祈願の絵馬とかのことだと思いましたが、この糸も…?
「結ばれる運命の二人の小指は赤い糸で繋がっていると言うだろう? それでハーレイが思い付いたらしい。糸の端っこを自分の小指に結んで寝るのさ」
「「「………」」」
なんとも乙女な発想でした。それなのにベッドサイドのテーブルには会長さんの女子用スクール水着姿の写真やら、バニーちゃんの格好をしたソルジャーのセクシーショットが置かれていたり…。会長さんはフウと溜息をつき、今度は枕を持ち上げました。抱き枕ではなく、頭の下に敷く枕です。
「ほらね、ここにも」
そこにはウェディング・ドレス姿の会長さんの写真がありました。折れたり皺にならないようにラミネート加工されているのが流石です。会長さんのドレス姿はあちこちで披露されてますから、教頭先生もしっかり入手したのでしょう。まりぃ先生に作って貰った等身大のポスターなんかも飾られてますし…。
「こんな調子で願掛け三昧、今年こそ…って思ってるんだ。ぼくはどうしたらいいと思う?」
「えっ…。結婚するんじゃなかったの?」
そう言ったのはジョミー君でした。キース君が「馬鹿か、お前は」とジョミー君の頭を小突いて、サム君が。
「ブルーがそんなことするわけないだろ! 第一、俺はどうなるんだよ!」
会長さんと公認カップルなサム君はまさに怒り心頭。けれどジョミー君は首を傾げて…。
「でもさあ…。ブルー、巡礼にはパワーがあるって言ってなかった? 教頭先生の絵馬とかだって処分してないし、てっきり結婚するのかと…。今はそういう気分じゃなくても、将来的には結婚するとか」
「…あのね、ジョミー…。ぼくは一応、高僧だよ? そう簡単には呪縛されない」
されてたまるか、と会長さんはベッドルームを見回しています。
「こんな所で好き放題に妄想している男なんかは御免蒙る。だけどせっかく願掛けしたんだし、御礼はたっぷりしないとね」
「「「御礼?」」」
「そう、御礼。当分は夢を見ててもらうさ。でもね…」
百年の恋も覚めそうだけど、と一番最後に連れて行かれたのはダイニングでした。教頭先生が片付いていないと言った部屋です。なるほど、洗っていない食器やお鍋が散らかっていて、お世辞にも綺麗とは言えません。
「…元日の願掛けツアーで力尽きたらしい。そのまま寝正月をしていたんだよ、ハーレイは。…寝ている分には部屋も汚れないし、ぼくの抱き枕と小指の糸で繋がってるしで一石二鳥。…こういう男とだけは結婚したくないと思わないかい?」
最低最悪、と顔を顰める会長さん。なのに教頭先生が待つリビングに戻るとそんな気配は微塵も見せず、たっぷりとお年玉なんかを搾り取ってからタクシーを呼んでもらって綺麗な笑顔で。
「ありがとう、ハーレイ。急に押しかけて邪魔したね。また新学期に会えるのを楽しみにしてる」
「私もだ。…その時に返事を聞かせてくれると嬉しいが…」
急がないとか言っていたくせに、教頭先生も気が急くようです。会長さんはニッコリ笑って…。
「考えておくよ。君の気持ちは受け取ったから」
じゃあね、とタクシーに乗り込む会長さん。日はとっぷりと暮れていたので、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はそのまま家へ。私たちも会長さんの家へは寄らずにタクシーで自宅へ直行でした。妙に疲れる初詣でしたが、この後、いったいどうなるんでしょう…?
そして迎えた三学期。始業式の日は恒例のお雑煮食べ比べ大会です。これを勝ち抜くと指名した先生に闇鍋を食べさせることが出来るというので去年も一昨年も会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が私たちのクラスにやって来ました。もちろん今年も1年A組の一番後ろに机が増えて…。
「かみお~ん♪」
「やあ。あれから元気にしてた?」
にこやかな笑みを浮かべる会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は普段と変わりませんでした。教頭先生の願掛け三昧への復讐戦に燃えているのかと思ったのですが…。
「おい」
キース君が会長さんに声を掛けました。
「去年はあんたが俺たちの分も食材を用意したんだっけな。なのに今年は根回しは無しか?」
「うん」
それが何か? と会長さん。闇鍋の存在は大っぴらには言われてませんが、先輩からの口コミなどで知っている人も勿論います。それ以外の生徒も『食材を一品持参するように』との通達に応じて色々持ってくるのですけど、去年の私たち七人グループは会長さんが送って寄越した悪臭缶詰、シュールストレミングなるものを持たされました。今年も覚悟してたんですが…。
「あんたが何もしないというのが気にかかる。…何か企んでいるんだろう?」
キース君の重ねての問いを会長さんは聞き流して。
「ぼくは今年はホンオフェなんだ。…エイを壺に入れて発酵させたヤツで、アンモニア臭が凄いんだよ」
だから密閉、と示されたのは机の下のクーラーボックス。あぁぁ、今年もこのパターンですか! 「そるじゃぁ・ぶるぅ」はチェダーチーズを発酵させたエピキュアーチーズとかいう缶詰を用意したらしいです。このチーズ、普通はさほどでもないそうですが、缶詰はとても臭いのだそうで…。
「君たちは普通の食べ物だろ? 今年はそれほど悲惨なことにはならないよ」
「…しかし…」
闇鍋には違いない、と言うキース君は一味唐辛子を持ってきていました。ジョミー君は納豆、サム君は汁粉ドリンク、シロエ君が糠漬け、マツカ君は辛子明太子。スウェナちゃんがクリームシチューのルーで私はチリドレッシングの大瓶です。去年に比べて統一性が全くない分、より酷い結果になりそうですが…。
「平気だってば。それに今年は…」
蓋を開けてのお楽しみ、とウインクしている会長さん。私たちはドキドキしながら始業式の会場に行き、退屈な校長先生の訓話を聞いてからお雑煮食べ比べ大会へ。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は食べて食べて食べまくりました。正確に言えば会長さんの分は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお椀に瞬間移動で転送されているんですけど。
「勝者! 1年A組!」
司会のブラウ先生の声が響いて、1年A組は男子、女子とも学園一位。これで闇鍋を食べさせる先生の指名権が手に入ったわけで、会長さんが。
「ぼくとぶるぅが頑張ったんだし、ぼくたちが指名させてもらうよ。ぼくはゼル」
えぇっ!? 教頭先生じゃないんですか…? でも…ぶるぅも指名するんですよね?
「かみお~ん♪ ぼくは今年もシド!」
「「「えぇぇっ!?」」」
引っくり返った声は私たち七人グループだけではありませんでした。去年、一昨年と一緒に戦った元1年A組の生徒全員が驚いています。会長さんが教頭先生を指名しないなんて…どういうこと?
「たまには番狂わせもいいじゃないか。グレイブは毎年やるわけだしね」
担任だから、と涼しい顔の会長さんの真意は読めませんでした。闇鍋大会は勝者のクラスの担任も出る決まりです。グレイブ先生は三年連続で出場となり、悪臭を湛えた鍋にギブアップ。ゼル先生とシド先生も完食は出来ず、今年は生徒側の勝利でした。お年玉に、と1年A組の生徒全員に学食の食券が配られて…。
「会長、今年もよろしくお願いします!」
クラスメイトに囲まれた会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と並んで笑顔。
「そうだね、もう三学期しか残ってないけど、今年もよろしく」
試験はぶるぅのパワーにお任せ、と会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は新学期早々大人気でした。けれど不安を隠し切れない私たち七人グループです。何かある…。教頭先生が指名されなかった裏には絶対何かがありそうな予感…。
終礼に現れたグレイブ先生は闇鍋ショックで足取りが少しふらついていました。ゼル先生は保健室で寝込んでいるそうですが、シド先生はミネラルウォーターを一気飲みして復活済みです。
「…諸君、来週は新春かるた大会だ。その前に健康診断もあるから、体操服を持参するのを忘れないように」
かるた大会とはシャングリラ学園名物の水中かるた大会です。告知を終えたグレイブ先生は胃の辺りを押さえながらヨロヨロと出てゆき、今日は解散。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ向かいました。
「かみお~ん♪ 闇鍋、とっても楽しかったね!」
去年ほど臭くなかったけれど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は御機嫌です。会長さんも至極満足そうで…。
「ゼルが倒れるとは思わなかったな。いったい何が効いたんだろう? 年寄りだけに一味唐辛子とかチリドレッシングは効きそうだけど、外見と中身が一致してないのがゼルだしねえ…」
高血圧の心配はない、と会長さんは教えてくれました。
「ぼくたちの仲間は基本的に歳を取らないだろう? ゼルの場合は本人の好みか何かは知らないけれど、外見だけがああなった。それでいて中身は若い連中と変わってないから始末が悪い。パルテノンの夜の帝王も実は現役だったりするし、バイク乗りで過激なる爆撃手なんて呼ばれてるのも体力自慢の結果なんだよ」
内臓も筋肉も三十代並み、下手をすれば二十代かも…と聞かされた私たちはビックリ仰天。お年寄りだと思ってましたが、それは見た目の方だけでしたか…。まあ、お年寄りに闇鍋を食べさせて倒れられるよりかは安心ですけど。
「…だからね、ゼルのお見舞いとかは特に必要ないんだよ。そもそも年齢の問題があれば闇鍋に参加してないし…。毎回ハーレイじゃ楽しくないだろ、闇鍋もさ」
「そうだな。それに去年は失敗したしな」
キース君が突っ込みました。
「あんたの手料理だとかなんとか言って完食されて、俺たちの方が負けたんだ。お蔭でお年玉を貰い損ねた」
「…そういうこともあったっけね。だけど今年はその教訓を踏まえたってわけじゃ全然ないから! たまにはハーレイ以外もいいなって思い付いたってだけだから!」
そこを勘違いしないように、と会長さんはキッチリ釘を刺して。
「で、ハーレイと言えば新学期だ。…分かってるね?」
「「「は?」」」
会長さんが何を言いたいのか、私たちにはサッパリでした。お雑煮食べ比べ大会も闇鍋も終わりましたし、第一、とっくに放課後です。教頭先生の出番なんかは無いのでは…?
「……また忘れてるし……」
あからさまな溜息をつく会長さん。
「よっぽど忘れたいんだろうとは思うけれども、そろそろ覚えてくれないかな? 新学期はこれで始まるんだから…。ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
奥の部屋に走って行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が箱を抱えて戻って来ます。リボンのかかった平たい箱を見た瞬間に全員が思い出しました。新学期を迎える度に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が買い出しに行って、会長さんが教頭室までわざわざ届けに出掛ける品。そうです、あれは青月印の…。
「やっと分かったみたいだね。青月印の紅白縞のトランクスだ。ハーレイが首を長くして待ってる五枚を届けに行くから、ついて来て」
「お、おい…」
震える声はキース君。
「いいのか、そんなのを届けに行って? 万が一にも誤解されたら…」
「誤解って何を?」
「教頭先生、返事を待つと言ったじゃないか。……そのぅ……あんたとの結婚の…」
言い難そうなキース君に、会長さんはクスッと笑って。
「その手の誤解なら大いに結構。…いつかたっぷり御礼をするって言っただろう? 今日はまだ御礼はしないんだけどね、伏線は張っておかないと」
「「「伏線…?」」」
なんですか、それは? けれど会長さんは答えてはくれず、いつものようにトランクスのお届け行列が出発しました。一番先頭で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が箱を掲げてピョンピョン飛び跳ね、そのすぐ後ろに会長さん。私たちは諦め切った表情でゾロゾロ連なってついてゆきます。ああ、どうして毎回こんなことに…。
中庭を横切り、本館に入って教頭室のすぐ前へ。会長さんが重厚な扉をノックし、「失礼します」と声を掛けると弾んだ声が返ってきました。うわぁ、やっぱり教頭先生、思い切り期待してますよ~! 会長さんの合図で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が扉を押し開け、私たちが揃って中に入ると、教頭先生の顔に失望の色が。
「…なんだ、お前一人じゃなかったのか…」
「えっ? 今日はいつものヤツを持ってきただけだし、みんながいるのも当然だろ? 最近ずっと一緒に来てるよ」
会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」からトランクスの箱を受け取り、机の上に置きました。
「はい、青月印の紅白縞を五枚。大事に履いてくれるよね?」
「う、うむ…。すまんな、いずれは自分で買うから」
「自分でって…今も自分で買ってるじゃないか、五枚じゃとても足りないからって」
「それはそうだが…」
教頭先生は口ごもりながら、頬を微かに赤くして。
「結婚したらトランクスは全部自分で買う。お前と買い物に行けるわけだし、見立てて欲しいものが他に色々…」
「スーツとか? ネクタイとか? そんなのもいいね」
艶やかに微笑む会長さん。
「例の返事はもう少し待って欲しいんだけど、ちゃんと前向きに考えてるよ。今日の闇鍋がその証拠。…ハーレイを指名しなかっただろう? ぼくの気持ちだと思って欲しいな。…結婚するかもしれない人を酷い目には遭わせられないし」
「……ブルー……」
感極まって涙ぐんでいる教頭先生に軽く手を振り、会長さんは「またね」と教頭室を後にしました。いいんでしょうか、あんな台詞を言っちゃって…。まさか本気とも思えませんが、闇鍋に教頭先生を指名しなかったのは事実です。ハラハラドキドキの私たちを連れて「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に戻った会長さんは…。
「これでよし。ハーレイの誤解と期待はMAXだよね」
ぼくとの結婚生活に向けて、と唇に笑みが浮かびました。
「恋愛成就に結婚祈願、アルテメシア中の神社仏閣に願掛けをした罪は重いよ。ぼくが修行を積んでなければ危なかったかもしれないんだし…」
「おい、そこまでのパワーは無いだろう? あの本にあった巡拝マップは最近できた代物だぞ。全部を回ったからと言っても絶大な効果があるわけが…」
キース君が冷静な意見を述べたのですが、会長さんは聞いていませんでした。
「御利益なんていうのはね、本人があると信じていれば十分なんだよ。イワシの頭も信心からって言うだろう? ぼくを呪縛して結婚しようと企んでいたハーレイにはそれ相応の御礼をしなくちゃ気が済まない。…そのためだったら闇鍋くらいは諦めるさ」
年に一回の娯楽でもね、と言い切った会長さんの本気に私たちの背筋が凍りました。教頭先生、頑張って願を掛けたばかりに闇鍋の比じゃない災難が待っていそうです。会長さんが何をする気か知りませんけど、かるた大会で仕返ししようというのでしょうか? そう言えば学園一位の副賞は…。
「ん? かるた大会の副賞かい?」
思考が零れてしまったらしく、会長さんが訊き返します。
「そういうものもあったっけね。…そうだね、それもいいかもしれない」
使えそうだ、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と顔を見合わせ、コクリと大きく頷いて。
「決めた、かるた大会も活用しよう。ぶるぅ、頑張ってくれるかい?」
「かみお~ん♪ かるた大会、楽しいもんね!」
今年もブルーと勝利をゲット! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は燃えていました。でもジョミー君たちは真っ青です。
あの様子からして副賞のことを考えたのは私だけではないようですが、かるた大会、どうなるのでしょう? 教頭先生に結婚祈願をされてしまった会長さんの復讐の幕が上がるんですか~?
教頭先生のバニーちゃんやら、ソルジャーにバニーちゃんにされてしまったジョミー君たちの『かみほー♪』なフレンチ・カンカンやら。私たちが楽しみにしていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」の誕生日パーティーを兼ねた仮装パーティーはウサギだらけで終わりました。いえ、教頭先生はいいのです。問題はジョミー君たちで…。
「あれって本当に写真とか撮られてないんだよね?」
ジョミー君が会長さんに念を押したのは新年早々のことでした。とはいえ、お正月も今日で三日目、三が日の最終日というヤツです。
「大丈夫だよ。ブルーにきちんと確認したし、万一こっそり撮ってたりしたら二度と家には泊めてやらないって脅したから。もう本当にブルーったら…」
思い出しても腹が立つ、と会長さんは悔しそう。会長さんはタイプ・ブルーと呼ばれる最強のサイオンの持ち主で、力はソルジャーと互角の筈なのですが…経験値の差が大きすぎるらしく、ソルジャーの本気には勝てません。ですからバニーちゃんの衣装を着せられた上、フレンチ・カンカンまで踊らされる羽目になったわけで…。
「でもハーレイに見られなかったのは幸いだった。鼻血体質も便利なものだね」
「まあな。教頭先生、あの後、結局どうなったんだ?」
キース君が尋ねました。ソルジャーの悪戯で興奮してしまった教頭先生、鼻血を噴いてぶっ倒れたまま、バニーちゃんのダンスは見られず仕舞い。踊りは『かみほー♪』をフルコーラスで三回分もあったのですけど、教頭先生の意識はついに戻りませんでした。ソルジャーのサイオンによる束縛を逃れた会長さんは踊り終えた直後に教頭先生を瞬間移動で飛ばしてしまって…。
「ハーレイかい? ぼくが家まで送り届けたのは知ってるだろう? 明くる日の夜に凄く申し訳なさそうな顔で忘れ物のスーツを取りに来たよ。それと車と」
「「「………」」」
なんて気の毒な教頭先生! スーツは忘れ物などではなく、バニーちゃんの仮装に着替えた時にゲストルームに置いてあったものです。車だって自分で運転してきたのですし、失神しなかったならスーツを着込んで車に乗って無事に家へと帰れたものを…。
「気の毒なのはぼくたちだって同じだろう?」
同情なんか必要ない、と会長さんは唇を尖らせました。
「バニーちゃんの格好でフレンチ・カンカンをさせられたんだよ? ぶるぅは喜んで一緒に踊ってたけど、他は全員イヤだった筈だ。…ぶるぅの誕生日パーティーだったし、ぶるぅが楽しめたんならいいんだけどさ」
それでもあれは忘れたい、と額を押さえる会長さん。
「君たちはキースの家で除夜の鐘をついて厄祓いしてきたんだっけね。…でも、除夜の鐘は厄祓いアイテムじゃないってことに気付いてた?」
「えっ、違うの!?」
ジョミー君が心底驚いた顔をし、キース君が。
「だから何度も言ったのに…。除夜の鐘は人間が持っている百八の煩悩を落として新年を迎えるためのものだ。煩悩は祓えても厄祓いは出来ん」
「ダメなんですか? 会長までダメだって言うってことはダメなんですよね…」
ちょっとは効くと思ってたのに、とブツブツ呟くシロエ君。私も少しくらいは効果があると期待しましたし、他のみんなもそうでした。サッパリと厄を落として今年こそ平和な一年を! と心をこめて鐘を撞いたのに…。
「除夜の鐘では効果がないから初詣だよ」
そのために集合したんじゃないか、と会長さんがニッコリ笑いました。
「もちろんメインは遊ぶことだけど、お参りしといて損はしないさ。しっかり拝んでおきたまえ。ぼくは元日にもフィシスと行ってきたんだけどね。そして昨日はいつもの初売り」
フィシスさんのお供で福袋も沢山買ったのだ、と会長さんは嬉しそうです。二人きりで行ったわけではなくて「そるじゃぁ・ぶるぅ」も一緒に行ったそうですが…。そんな話をしながら私たちは集合場所のアルテメシア公園からてくてく歩いてアルテメシア大神宮へ。だんだん人が多くなってきます。道路は渋滞してますし…。
「やっぱり今日も混んでるか…」
元日ほどではないけれど、と会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」にはぐれないよう声をかけて。
「行くよ。あ、露店は帰りに寄るものだからね? お参りしてからが礼儀だよ。ぶるぅは子供だから構わないけど」
「「「はーい…」」」
渋々返事する私たちを他所に「そるじゃぁ・ぶるぅ」はお面と風船をゲットしています。きっとこの先、綿飴なんかも…。うう、子供って羨ましいかも…。
広い境内を人波に押されながら進んで、人で一杯の本殿でお賽銭を入れ、柏手を打って参拝終了。次は露店だ、とばかりに男の子たちが流れてゆくのを会長さんが呼び止めました。
「ちょっと待った! 絵馬は奉納しないのかい?」
「えー? あれって効果あるの?」
どうでもいいし、と行きかけるジョミー君に声をかけたのはサム君です。
「おい、ブルーが言ってくれてるんだぜ? 真面目にやれよ」
「効きっこないじゃないか、あっちのブルーに! それに高いし!」
ぼくはパス、と頬を膨らませるジョミー君。確かに別の世界の人間であるソルジャー相手にはあまり効果が無さそうです。けれど絵馬はソルジャー除けと限ったものではないわけで…。
「ふむ…。俺も一応、書いておくか」
キース君が早速申し込みに行き、サム君とシロエ君、マツカ君も。書いている文字を見ると柔道の上達祈願とか心願成就とか、ごくごく普通。スウェナちゃんと私は悩みましたが、ここはやっぱり心願成就! ジョミー君も結局サッカー上達祈願で絵馬を奉納することに。
「この辺でいいかな?」
同じやるなら目立つ所に、と背伸びしているジョミー君。私たちも思い思いの場所に奉納しましたが、会長さんは?
「ぼくは元日に書いたんだよ。…それじゃ行こうか、露店で何か買いたいんだろ?」
「買いたいじゃなくて早く食べたい!」
正直に叫ぶジョミー君の胃袋は焼きそばやフランクフルトを要求しているらしいです。寒いですから温かいものを食べたくなるのは誰もが同じ。さて…、と歩き出した所で会長さんの足が止まりました。
「…ごめん。少し待ってて」
スタスタと戻った会長さんは山と奉納されている絵馬をじっと見詰めていましたが…。
「……やられた……」
見るからに不快そうな顔で私たちの方に来た会長さんが「ほら」と思念波でイメージを送ってきました。
「わぁっ!?」
「なんですか、これは?」
口々に騒ぐ私たちに、会長さんは沈鬱な声で。
「見てのとおりさ、ハーレイの絵馬だ。…フィシスと来た時には気付かなかったし、ぼくたちより後に来たんだろう。たいしたサイオンも無いタイプ・グリーンの割に残留思念が物凄い。…これは半端な覚悟じゃないね」
教頭先生が奉納したという絵馬には『恋愛成就』と達筆な文字が躍っています。会長さんによれば他の絵馬に隠れて外からは見えないらしいのですが、一番上の右端あたりにあるそうで…。
「どうやら此処だけじゃないようだ。…予定変更、初詣スポット巡りをしなくっちゃ」
「「「えぇっ!?」」」
露店で買い食いは中止ですか? お腹も減って来たんですけど~!
「あ、そうか…。まずは腹ごしらえってことか。腹が減っては戦が出来ぬと言うからねえ…。いいよ、好きなだけ買い食いしたまえ。これから回る場所は一部を除いて露店がない」
初詣スポットとはいえメジャーな所ばかりじゃないから、と指を折っている会長さん。もしかして教頭先生、あちこちに絵馬を奉納しまくりましたか? 会長さんったら、恋愛成就と書かれた絵馬を探し出しては闇に葬るつもりとか…?
「…いや。仮にも奉納されているものを闇に葬るのは流石にちょっと…ね」
出来れば消し去りたいんだけども、と会長さんは苦い顔です。お正月から妙な展開になってきましたよ…。さっき厄祓いをお願いしてきたばっかりなのに、新手の厄の登場ですか?
お好み焼きに串カツ、ホットドッグ。あれこれと食べた私たちはアルテメシア大神宮を出て、少し離れたタクシー乗り場に行きました。この辺りでは車は順調に流れています。会長さんが先頭の三台のドライバーに声を掛け、行き先をあれこれ指示してから。
「いいよ、乗って。今日は貸し切りにしておいた。ぼくとぶるぅで一台、君たちは後ろの二台の車に」
「「「はーい…」」」
ジョミー君とサム君、スウェナちゃんと私の四人が会長さんの次の車に乗り込み、柔道部三人組が三台目に乗ると先頭のタクシーが走り出して続く車も次々と。えっと…何処へ行くんでしょう? 運転手さんは心得た顔でハンドルを握り、会長さんのタクシーの後ろにピタリとくっついています。この道は確か…。
「まっすぐ行ったらあそこだよな? 最近派手に宣伝してる…」
サム君が言うのは縁結びで知られた神社でした。元々はそのすぐそばのお寺が観光名所だったのですが、いつの間にやら小さな神社が御利益絶大と評判なのです。教頭先生が怪しげな絵馬を奉納するなら一番に選びそうな所かも…。案の定、タクシーが滑り込んだのは神社に近い駐車場。会長さんは私たちを引き連れ、ごった返している境内に行って…。
「ほら、あそこに」
見てごらん、と思念波で誘導された先には沢山の絵馬。今度はサイオンを同調させてくれているらしく、私たちの目でも重なった絵馬を透かして問題のモノが見えました。
「…ブルーと結婚できますように…?」
恋愛成就と書かれた横の文字をサム君が声に出して読み上げて…。
「冗談じゃねえよ! なんであんなの書いてるんだよ!」
サム君が怒るのも無理はありません。アルテメシア大神宮では恋愛成就だけでしたから…。会長さんが溜息をつき、サム君の肩をポンと叩いて。
「…ここは縁結び専門の神様だからね、結婚したい相手が決まってる人は具体的に書いておかないと…。恋愛成就と書いただけでは他の人とくっついてしまう可能性がある」
「だったらそれでいいじゃねえかよ、ブルーに特定しなくってもさ!」
「ハーレイのお目当てはぼくなんだってば。…行くよ、次」
タクシーに戻るのだと思っていたのに、会長さんが向かったのは神社に近いお寺の山門。ついでに初詣というわけでしょうか? 会長さんとは宗派が違いますけど、細かいことを言っていたのでは神社にもお参り出来ませんし…。お寺は観光客で賑わっています。会長さんは山門をくぐり、脇の小さなお堂に行って…。
「……ここもしっかり祈願済みか」
「「「は?」」」
そこにあるのは小さな祠。お地蔵様が祀ってあるだけで絵馬の類は見当たりませんが…?
「分からないかな、お地蔵様の視線の先が問題なんだよ」
会長さんが指差した先にはアルテメシア公園の広大な緑が見えていました。それがいったいどうしたと…?
「ここからじゃよく見えないけれど、あの方向にぼくの家がある。…このお地蔵様は変わっていてね」
祠に一礼した会長さんが不思議な呪文を三回唱え、お地蔵様の頭をスッと両手で抱えて。
「今のは地蔵菩薩の御真言。…ハーレイも多分唱えたと思うよ、舌を噛みそうになりながら…さ。このお地蔵様、首がグルリと回るんだ」
「「「あ!」」」
本当に首が360度クルリと回転する仕様でした。
「…おん、かかかび、さんまえい、そわか」
さっきの呪文を唱えた会長さんはお地蔵様の首を違う方向に向けてしまって。
「これでよし。…これは首振り地蔵と言ってね。お地蔵様の首を好きな人の家や、願い事のある方向へ向けて祈願するんだ。ハーレイが来た後、誰も参拝しなかったのか、それともハーレイの残留思念が勝ったのか。…とにかく別の方向へ向けたがる人が無かったらしい。厄介だよね」
「やっぱり結婚祈願なわけか?」
キース君の問いに、会長さんは頷いて。
「うん。この調子であちこち根性で回ったようだよ、それを今から虱潰し」
「「「………」」」
教頭先生、何ヶ所で願を掛けたのでしょうか? タクシーはアルテメシア中を走り回って、私たちは教頭先生が残しまくった祈願の痕跡を巡りました。恋愛成就のスポットなんかとは全く無縁に暮らしてるだけに、新鮮と言えば新鮮ですけど…。
お寺や神社をタクシーで幾つも回る中には意外なものや珍しいものが色々と。枝が地面に擦れるほどに長く垂れた柳の木が印象的なお寺では…。
「ここで縁結びを祈願する人は、二本の柳の枝をおみくじで一つに結ぶんだよ。ハーレイが結んだヤツはこれだね」
眺めているだけの会長さんにジョミー君が。
「外さないの?」
「それはマズイと言っただろう? 一応、願が掛かってるんだし、ここの仏様に失礼になる。…さっきの首振り地蔵みたいに誰でも次の願を掛けられるんなら問題ないけど」
外したいけどね、と舌打ちをする会長さんは悔しそうでした。更に何ヶ所か巡ってから行った大きな神社には二本の木が一つに繋がって一本に見える御神木が祀られていて、そこに教頭先生の絵馬が。
「連理のサカキさ。サカキは賢い木と書くんだ。比翼の鳥、連理の枝って言葉を知ってるかい? 天に在りては願わくは比翼の鳥と作らん、地に在りては願わくは連理の枝と為らん。…二本の木が絡み合って一本になっているから永遠の愛の象徴でね…。この御神木にお願いすれば、もう究極の縁結び」
えっと。教頭先生、願掛けに燃えているようです。あっちもこっちも絵馬だらけ。アルテメシア郊外の山奥にある別の神社にもしっかりと絵馬が奉納されていて…。
「…ここって丑の刻参りじゃなかったっけ?」
そう聞いてるよ、と首を傾げるジョミー君に私たちも同感でした。今でも藁人形がよく見つかると耳にしている神社ですけど…?
「違う、違う。悪縁を切って良縁を結ぶ。遥か昔から縁結びで知られた神社だったんだよ、本当は…ね。しかし、ここまで来るとは執念だよねえ…。この山道を来たわけだから」
ねえ? と会長さんが見下ろしているのはアルテメシアの市街地でした。かなり離れた山奥なのでアルテメシア公園が何処にあるのかもよく分かりません。だいたい人家が殆ど無いような山奥ですけど、教頭先生、相当気合が入ってますよね…。
「さてと、この神社でハーレイの足跡巡りはおしまいかな。ずいぶん沢山回ったけれども、お疲れ様。…お腹も空いてきたと思うし、そろそろ街に戻ろうか」
「「「さんせーい!」」」
私たちは再びタクシーに乗り込み、元来た道をアルテメシアへ。市街地に入り、会長さんのマンションが見えて来ましたが…。
「「あれっ?」」
ジョミー君とサム君が同時に声を上げ、通過してしまったマンションの方を振り返ります。行き先は会長さんが決めていましたし、もしかして何処か飲食店にでも行くのでしょうか?
「…え? あの道って…」
会長さんを乗せたタクシーが右折し、住宅街に入りました。私たちの車も続き、幾つか角を曲がった果てに。
「「「………」」」
「お客さん、着きましたよ」
タクシーのドアが開けられたのは嫌と言うほど見慣れた家の前でした。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が先に降りて走り去るタクシーに手を振っています。ということは……此処が最終目的地ですか! どうしろと、と顔を見合わせつつタクシーを降りると私たちの車も行ってしまって、続いて降り立つキース君たち。…なるようにしかならないだろうと思いますけど、よりにもよってこう来ましたか…。
「どうしたんだい? 新年の行事と言えば初詣と年始回りだろう?」
ニッコリ微笑む会長さんが門扉の横のインターホンを押そうとしています。初詣はたっぷりしてきましたけど、年始回りは想定外。しかもこの家には…って、時既に遅く。
「どなたですか?」
インターホンから響いてきたのは教頭先生の声でした。
「ぼくだけど? あけましておめでとう、ハーレイ」
「………!」
息を飲む気配がしてプツリと音が切れ、すぐにガチャリと玄関の扉が開け放たれて…。
「…なんだ、お前だけではなかったのか…」
あからさまにガックリきている教頭先生。会長さんはクスクスと笑い、私たちの方を振り返りながら。
「ぼく一人ってことは有り得ないって前から言っているだろう? ゼルたちに厳しく止められてるんだ、ハーレイの家に一人で行ってはいけない…ってね。ぶるぅが一緒か、でなきゃ友達を連れてくるか。…どっちかでなけりゃ年始回りなんて、とてもとても」
「年始回り…?」
「そう。もっとも回ると言っても此処だけだから…単なる年始の挨拶かな? もちろん入っていいんだろう?」
「あ、ああ…。散らかっているが…」
教頭先生は門扉を開けて私たちを入れてくれました。
「お邪魔しまぁ~す♪」
一人前の挨拶をして玄関に向かって跳ねて行くのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「待て、待て、ぶるぅ! 真っ直ぐリビングに行くんだぞ! ダイニングはまだ片付いてなくて…」
「かみお~ん♪」
ピョーンと家に飛び込んで行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」を追い掛けていく教頭先生。年末の大掃除はきちんとしたのでしょうが、元日は初詣ならぬ願掛け巡りに走り回っていた筈ですし、もしかしたら散らかりっぷりが半端じゃないのかもしれません。洗ってない食器が山積みとか…。これは御馳走もあんまり期待できないかもです。
「大丈夫だってば、食事の方は…ね」
保証する、と会長さんが太鼓判を押しました。
「ぼくの家で宴会しようと思って、ぶるぅと一緒に用意したんだ。おせち料理をたっぷりと…。それを運ぶから問題ないよ。それよりも…」
あそこ、と会長さんが指差したのはガレージでした。教頭先生の愛車が停まってますけど、それが何か?
「車じゃなくって、その奥さ。…自転車が入っているだろう?」
「ああ、あれな…」
ママチャリか、とキース君はちょっと意外そう。柔道十段の教頭先生にママチャリはあまり似合いません。もっとかっこいいのにすればいいのに…、と誰もが思ったのですが。
「どうもああいうのが好きらしいよ。家庭的な雰囲気を演出したいらしいんだ」
結婚してもいないくせにね、とフンと鼻を鳴らす会長さん。
「ハーレイが元日に乗っていたのはあの自転車さ。あれでアルテメシア中を走り回って、山道まで上って行ったってわけ。…もう根性としか言いようがない」
「「「自転車で!?」」」
タクシーの走行距離を思い返して私たちは目が点でした。おまけに最後に行った丑の刻参りで知られた神社への道は急な上り坂で、あれを自転車を漕いで上って行くのはキツそうです。…その分、帰りは楽でしょうけど…。
「理想は自分の足で歩いて回ることなんだけど、それじゃ一日で回り切れない。歩いて回れる範囲にするか、御利益を求めて全部のスポットを制覇するか。…そこで選んだのが全部のスポット。車では御利益が無さそうだから自転車にしたってことらしいね」
まさに執念、と肩を竦めて会長さんは玄関に入っていきました。恋愛成就だの結婚祈願だのと書きつけた絵馬を奉納しまくっていた教頭先生の家に押し掛けるなんて正気でしょうか? まあ、いざとなったらキース君たちもいるわけですし、ドクター・ノルディの家に行くよりマシだと思って入るしかないか…。
教頭先生の家の広いリビングは綺麗に片付けられていました。私たちは「あけましておめでとうございます」と年始回りらしく挨拶をして、それから会長さんが瞬間移動でおせち料理が詰まった重箱を沢山取り寄せて…。
「ハーレイ、お酒はないのかい?」
せっかくだから、と会長さんが言いましたけど、未成年が多数ということで飲酒は却下。梅シロップで我慢しろ、と教頭先生が出してくれたのは自作なのだそうです。この雰囲気は「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」の誕生日パーティーの時よりアットホームでいい感じかも…、と思い始めた頃のこと。
「ところで、ハーレイ」
会長さんが改まった口調で切り出しました。
「今年の書き初めはかなり気合が入っていたね」
「書き初め…?」
なんのことだ、と怪訝そうな顔の教頭先生。会長さんは「見たよ」と悪戯っぽい笑みを浮かべて。
「ほら、アルテメシア大神宮さ。みんなで初詣に行ったんだけど、絵馬を奉納しようとしたら君の書き初めを見付けちゃって」
「…み……見たのか、あれを?」
教頭先生は耳まで赤くなり、ゴホンと軽く咳払い。
「…あ、あれはだな…、そのぅ…なんと言うか………新年くらい夢を見たかったと言うか…」
「今年の抱負とかではなくて?」
「そ、そこまでは……そこまでとんでもないことは…!」
焦りまくる教頭先生に会長さんは。
「なんだ、残念」
「…残念?」
鸚鵡返しに訊き返した教頭先生の前に会長さんが一冊の本を差し出しました。
「これ。…最近流行りの本だよね? 君の寝室から拝借したけど」
「……そ、それは……」
タラリと冷や汗を垂らす教頭先生。本の表紙に書かれた文字は『アルテメシアの御利益さん』です。恋に金運、商売繁盛、ありとあらゆる御利益スポットを網羅していると派手な帯までかかったもの。会長さんは本のページをパラパラとめくり、とある部分を開いてみせて…。
「恋愛成就の御利益スポット一覧表と巡拝マップ。全部に丸がつけてあるのは回ったって意味じゃないのかい?」
「い、いや……その…いつか回れたらいいなと言うか、一度は巡拝したいと言うか…」
「…素直じゃないねえ…」
会長さんは軽く溜息をつき、巡拝マップを指で辿って。
「ここがアルテメシア大神宮だ。出発点もここになってるよね。次がこっちで、その次が…。時計回りにアルテメシアをぐるっと回って、一番最後に山に入って、ここが終点。…実はぼくたち、全部回ってみたんだけれど?」
タクシーで、と付け加えるのを会長さんは忘れませんでした。
「一年の計は元旦にあり。…その勢いで全部根性で回ったくせに隠すんだ? それも自転車で頑張ったのに…ね。そんなのじゃ恋は成就しないよ? 君の熱意を確認したから少しは気にかけてあげたのに」
だから年始の挨拶回り、と会長さんは綺麗な笑顔を見せました。
「あれだけ恋愛成就と結婚祈願を書き初めされたら、いくらぼくでも心が動く。君の巡拝の足跡を辿ったタクシー代を払ってくれたら、もっと気持ちが傾く…かもね」
「本当か?」
教頭先生の上ずった声に、会長さんは軽く小首を傾げてみせて。
「信じないならそれでもいいけど、巡礼の旅にはけっこうパワーがあるんだよ? そして御利益を頂戴するには元日というのは最高だ。…今年こそ、と思ったのなら、まずは自分を信じないとね」
「もしかして……結婚……してくれる…のか?」
「君の誠意と熱意によるかな。なにしろタクシーを三台貸し切ったからねえ、新年早々、痛い出費だ」
「いくらだったんだ、タクシー代は? 遠慮はいらんぞ」
私が出そう、と財布を取り出す教頭先生。その頬は赤く染まっていました。まさか会長さん、本気で教頭先生の熱意にほだされちゃいましたか…? それだけは無いと思いますけど、教頭先生はその気のようです。御利益スポットを回り倒せば会長さんとの恋愛成就って、世の中、そんなに単純なの~?
配られた謎のウサギのバッジ。会員制のパーティーという趣旨は分かりますけど、どうしてウサギの会なのでしょう? 仮装パーティー用の衣装に着替えた私たちは何度も顔を見合わせ、出てこない答えに首を捻って…諦めてリビングに向かいました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」に渡すプレゼントの包みをしっかりと持って。
「「かみお~ん♪」」
わわっ! リビングには既に「ぶるぅ」も到着していて、「そるじゃぁ・ぶるぅ」と二人並んでニコニコ顔です。しかも可愛いタキシード姿。これが二人の仮装でしょうか?
「わぁっ、みんなの服もかっこいいね!」
凄いや、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が歓声を上げ、隣で「ぶるぅ」が。
「ブルーの方が凄いもんね。それに、ぼく、こんなのも作ってもらっちゃったし!」
クルリと宙返りをした「ぶるぅ」の衣装がチビッ子忍者に早変わり。それを目にした「そるじゃぁ・ぶるぅ」もパッと着替えて忍者になってしまいました。二人は誕生日パーティー用の衣装と仮装用のと、二着作ってもらったようです。
「ふうん、忍者も似合ってるね」
ジョミー君が褒め、そのついでに。
「で、ウサギのバッジもくっつけてるの?」
「「うん!」」
ほらね、と二人が出して見せたのはバッジではなく首飾りでした。首飾りとはちょっと違うかな? 水色のリボンの先に私たちのより大きめのウサギのマークがついた勲章みたいなタイプです。今日のパーティーの主役ですから目立つのがいいってことなんでしょうか? と、リビングのドアが開いて…。
「こんにちは」
「着替え、済んだかい?」
入って来たのは会長さんとソルジャーでした。えっと…「こんにちは」な方がソルジャーですから、もしかして天使の仮装ですか? 足元まである白いローブに純白の翼と言いたい所ですけど、天使の翼は闇の色。なんだか天使じゃないような…?
「ああ、これ? 一応、魔天使のつもりなんだ。悪魔っぽくね」
ソルジャーは背中の大きな翼を指差しました。
「蝙蝠の翼じゃ美しくないし、黒いヤツにしてみたんだよ。どう? 似合ってる?」
コクコク頷く私たち。真っ白なローブはソルジャーにとても似合っています。黒い翼も悪戯好きのソルジャーらしくていいんじゃないかな? けれどソルジャーと並んだ会長さんは…。
「変かな、これ?」
羽織袴の会長さんが羽織の袖を引っ張りました。金糸が織り込まれた派手な羽織は何処から見ても悪趣味です。なんでこんなに妙な衣装を…?
「悪代官って言えばこれだろう? 悪役はやっぱり光ってないと」
「「「悪代官!?」」」
どうしてそんな選択を…と、私たちは口がポカンと開いたまま。会長さんはクスクスと笑い、ソルジャーと顔を見合わせて。
「ブルーが魔天使、ぼくが悪代官。でもって、ここにウサギのバッジが…」
「そうそう、ぼくもちゃんとつけてる」
悪代官な会長さんは羽織の紐に、魔天使なソルジャーはローブのベルトにウサギのバッジをつけていました。ウサギバッジが会員証なウサギの会って何なのでしょう?
「ふふ、ウサギの会が気になるんだ?」
会長さんが紐にくっつけたウサギのバッジを弄びながら。
「悪代官と悪魔が揃ってるんだよ? 悪の組織に決まってるだろう」
「「「えぇっ!?」」」
私たちはビックリ仰天でした。悪の組織に入った覚えは無いんですけど、いつの間に…? ウサギバッジは代紋ですか? そもそもパーティーするのに何故、悪の組織?
「盛り上げるための小道具だよ」
ソルジャーが片目を瞑ってみせました。
「会員制のパーティーとくれば秘密結社が似合わないかい? どうせなら悪の組織がいいなぁ…って。せっかくゲストも来るんだしさ」
「「「あ…」」」
綺麗サッパリ忘れてましたが、パーティーには教頭先生が来るのでした。教頭先生も悪の組織の一員でしょうか? 仮装用の衣装を注文しようと電話していたのは知っていますが…。
「もちろんハーレイもウサギだよ」
会長さんが微笑みました。
「じきに来るからちょっと待ってて。今、下の駐車場に車を入れてる」
教頭先生もウサギバッジをつけるようです。なんだか変な会ですけども、楽しかったらそれでいいかな?
パーティーの料理は今年も豪華なケータリングでした。ダイニングのテーブルに用意されてて、会場のリビングから自由に取りに行ける仕組みです。リビングに持ってきて食べるのも良し、ダイニングで大いに食べるのも良し。「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」のバースデーケーキはリビングで食べる予定ですが…。
「あ、ハーレイだ」
玄関のチャイムが鳴って会長さんがソファから立ち上がりました。
「ぼくが迎えに出てもいいけど、今日の主役の方がいいかな?」
「かみお~ん♪ 行ってくるね!」
タキシード姿に戻っていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がウサギの勲章を揺らして走って行きます。「ぶるぅ」は忍者が気に入ったらしく、今もチビッ子忍者でした。やがてスーツをきっちり着込んだ教頭先生が案内されてきて…。
「お邪魔する。…ん? なんだ、今日のパーティーはどうなってるんだ!?」
驚いている教頭先生。仮装パーティーだと承知の上で衣装も注文した筈なのに…妙な所でもありましたか? 私たちの衣装代も教頭先生が支払うんだと聞いていますし、連絡ミスなど有り得ませんが…?
「言っただろ、仮装パーティーだって」
会長さんが進み出ました。
「ジョミーたちの衣装代も君が払うと言ったじゃないか、ぼくの衣装も含めて…ね」
「そ、それは…確かに払う約束をしたが、話が違う!」
「どう違うって?」
グイと詰め寄る会長さんに教頭先生は一歩後ずさり、視線が向けられた先にはソルジャー。
「た、確かウサギと…。今日のパーティーはウサギの会で、仮装のテーマはウサギなのだと聞いたのだが…。もしかして言いに来たのはブルーの方か? お前じゃなくて?」
「違うよ、ちゃんとぼくが行った。ぶるぅが一緒にいただろう? 君の家に一人で行っちゃいけないって厳しく言われているからねえ」
「だったら何故! ここにウサギは見当たらないぞ」
「ふぅん? どうやら君の目は節穴らしい」
羽織の紐につけたバッジを会長さんが示しました。
「ほら、ここにウサギがついている。ブルーはベルトにくっつけてるし、ぶるぅたちは首から提げてるし…。ジョミーたちもバッジをつけてるんだよ、ウサギの会の会員証の」
何処につけてるか教えてあげて、と言われてバッジを指差す私たち。教頭先生は真っ青になり、持っていた大きな鞄がドスンと床に落っこちます。
「そ……そのウサギバッジでウサギの会だと? お前、私を騙したのか?」
「ううん、全然。君が勝手に誤解しちゃって勝手に一人で盛り上がったんだろ、ウサギと聞いて…さ。まあ、そのように仕向けたことは認めるけどね。だから悪代官の仮装をしてるし、ブルーは悪魔な魔天使だ。ウサギの会は悪の組織になってるんだよ」
クスッと笑う会長さん。
「ハーレイの分のウサギバッジも用意したけど、どうやらバッジは要らないようだ。君は自前でウサギなんだろ?」
「…い、いや…」
うろたえている教頭先生の鞄を会長さんが拾い上げて。
「そうかな? ここにウサギが入っていると思うんだけど? 着替えておいでよ、あっちの部屋で」
「…ウサギバッジで十分だ!」
「仮装パーティーにスーツで出る気? 無粋な真似は困るんだ。ぶるぅのタキシードに文句があるなら着替えさせるよ、ね、ぶるぅ?」
「かみお~ん♪」
パッとチビッ子忍者に変身を遂げる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。衣装を二種類作ったのには深い理由があったようです。タキシードも仮装に違いないですが、忍者の方がそれっぽいですし…。教頭先生は言葉に詰まり、会長さんは綺麗な笑顔で。
「ぶるぅも忍者になったことだし、君も着替えてもらおうか。君をパーティーに招く権利はぼくが高値で競り落としたんだ。共同入札だったけれども、ジョミーたちの参加費用もぼくが払った。…落札された身で文句を言えると思うかい?」
「…うう…」
万事休す。オークションの件を持ち出されると教頭先生は逆らえません。会長さんから鞄を受け取り、指定されたゲストルームへと着替えのために出てゆきました。でも…。
「自前でウサギって?」
ジョミー君が疑問を口に乗せます。会長さんはソルジャーと視線を交わして頷き合うと、「見てのお楽しみ」と微笑むばかり。まさかウサギの着ぐるみとか? あの図体で着ぐるみなんて、可愛いくないと思うんですけど…。
「いいんだってば、ハーレイだから。どうせウサギの会には入れないしね」
悪代官な会長さんが魔天使と一緒に悪戯っぽい笑みを浮かべています。
「ウサギの会はハーレイを陥れるために結成された悪の組織だ。ハーレイはウサギに強い思い入れがあるものだから、まんまと罠にはまったわけ」
「「「罠…?」」」
「そう、罠。すぐに分かるよ、ハーレイがどう誤解して罠に落ちたか。…だけど少し時間がかかりそうだね。先にパーティーを始めちゃおうか、プレゼントを用意してくれたんだろう?」
ぶるぅたちがソワソワしているから、と会長さん。二人のチビッ子忍者はプレゼントの包みが気になって仕方ない様子です。教頭先生は放っておいて、まずはケーキの登場からかな?
リビングのテーブルに運び込まれた大きな二つのバースデーケーキ。たっぷりの生クリームとフルーツで飾られたケーキの上には『おめでとう、ぶるぅ』と書かれたホワイトチョコのプレートが乗っかっています。蝋燭は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のケーキに1本、「ぶるぅ」のケーキに…。
「ぶるぅは何本立てるつもりだ?」
キース君が呆れたように言い、ソルジャーが。
「さあね? 去年も一杯並べてただろう、歳は関係ないんだよ。とにかくパーッと派手なのが好きで…。ぼくの世界で祝った時にもこうだったから」
どうせならこれも、とソルジャーはスパーク花火まで立ててしまいました。そしてみんなで…。
「「「ハッピーバースデー、ぶるぅ!」」」
「「かみお~ん♪」」
蝋燭と花火で華やかに彩られたケーキにチビッ子忍者たちは御満悦。切り分けるのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」で、会長さんがお皿を配ってくれて、美味しいケーキを味わった後はプレゼントを渡す時間です。
「おめでとう、ぶるぅ。…ぶるぅにはもう渡しちゃったから」
会長さんが「ぶるぅ」にプレゼントしたのはアヒルちゃんの形のランチプレート。私たちがアヒルグッズのお店で見たのはプラスチック製のベビーグッズでしたが、これは陶器でしっかりしてます。それも道理で、会長さんとフィシスさんが贔屓のお店で作ってもらった特注品。
「サイオンでコーティングしてあるからね、割れにくいとは思うんだ。だけど大事に使ってほしいな」
「うん! ぶるぅとお揃いのお皿だね♪」
大喜びで受け取る「ぶるぅ」。ソルジャーからは今年もヘソクリ菓子の詰め合わせでした。去年と違うのは会長さんが用意したアヒルちゃん模様の箱に入っている所です。やっぱり「そるじゃぁ・ぶるぅ」も「ぶるぅ」もアヒルちゃんが大好きみたい。私たちもアヒルちゃんグッズをチョイスしといて良かったです。
「はい、これ。…ぼくたちから」
ジョミー君とサム君が渡したアヒルの形のボアスリッパは二人のチビッ子忍者に大ウケ。早速履いて走り回ったり、飛び跳ねたり。私たちはダイニングから好みの食べ物を取ってきて和やかに談笑していましたが…。
「静かに!」
会長さんが人差し指を唇に当てました。
「ドアに注目。…来るよ」
「何が?」
ジョミー君の問いにソルジャーが。
「やれやれ、忘れられてるよ…。来ると言ったらハーレイだろう」
「「「………」」」
完全に忘れ果てていた私たち。教頭先生が着替えに行ってからどのくらい時間が経ったんでしょう? 会長さんが壁の時計を眺めて…。
「着替えにかかった時間も含めて一時間弱か。往生際が悪いったら…」
「仕方ないだろう、それだけショックが大きいんだよ」
勝手に勘違いしたくせに…とソルジャーがクスクス笑っています。やがてリビングのドアがカチャリと開いて。
「「「!!!」」」
私たちは声も出ませんでした。恥ずかしそうに入って来たのは大きなウサギ。頭に白いフワフワの耳、首に蝶ネクタイ、そして真っ黒なレオタード。お尻には丸い尻尾が揺れて、足には大きなハイヒールを履いた…バニーちゃんではありませんか! 着ぐるみの方がマシだったような…。
「最高だね、ハーレイ。よく似合ってるよ」
会長さんがパチパチと拍手し、ソルジャーがニッコリ微笑んで。
「よくできました。先にパーティーを始めてたんだよ、君がなかなか来なかったから。で、ぶるぅたちへのプレゼントは?」
「そのぅ……。つまらないものなんだが…」
私たちの遠慮ない好奇の視線を浴びて教頭先生は真っ赤でしたが、それでも差し出す二つの包み。リボンがかかった包装紙のロゴは「そるじゃぁ・ぶるぅ」お気に入りの焼き菓子専門店のもの。
「「わーい!」」
ありがとう、と叫んだ二人のチビッ子忍者は教頭先生がバニーちゃんでも気にしていないようでした。けれど教頭先生自身はそういうわけにはいきません。
「……披露したぞ。もういいだろう?」
着替えてくる、と回れ右をする教頭先生を会長さんが呼び止めました。
「ちょっと待った! どうしてそんな衣装を選ぶ気になったのか聞きたいな。…君が自分で決めたんだろう、その衣装。着るのも躊躇するようなモノを、どういう理由で?」
「…それを私に言えというのか…?」
「もちろん」
会長さんは悠然と答え、ソファにゆったりと身体を預けて。
「聞き出すまでは容赦しないよ、言いたくなくても喋ってもらう。ぼくもブルーもサイオンの扱いに長けてるからね、自白させるのは簡単なんだ」
「………」
顔面蒼白の教頭先生。ウサギの会とか騙されたとか聞きましたけど、いったいどうしてバニーちゃんに…?
喋らなければ強制的に自白あるのみ、と脅迫された教頭先生は縮み上がってしまいました。一方、悪代官な仮装の会長さんは面白そうに赤い瞳を輝かせて。
「…ぼくがハーレイに伝えに行ったのはパーティーの日取りと目的、それに趣向だ。参加する面子も伝えたっけね。仮装パーティーでウサギの会だとも言ったけれども、何処をどうすればその衣装に?」
「…そ、それは……。ウサギと言えばウサギしか…。ウサギで統一するのかと思って…」
「ちゃんと統一してるじゃないか。ウサギバッジは共通だよ。ぶるぅたちは今日の主役ってことで勲章型にしてみたんだ。ほら、ウサギ」
羽織の紐にくっつけられたバッジを見せる会長さん。
「それとも何か? ウサギってバニーちゃんだと思い込んでた? それで自分もその格好に…?」
「………」
その沈黙は肯定でした。会長さんがプッと吹き出し、ソルジャーの肩をポンと叩いて。
「ブルー、君のアイデア、ナイスだったよ。こうも見事に引っ掛かられると笑うしかないよね、本当に」
「ハーレイは夢を持ってたからねえ、バニーちゃんに。…みんなの分の仮装費用を払うことに決めた理由もバニーちゃんが見たいからだろ? 冷静になって考えてみれば分かるだろうに…。バニーちゃんなら費用は殆どかからない、って」
間抜けだよね、と指を折って数えるソルジャー。
「ジョミーやキースは学園祭でやっていたからバニーちゃんの衣装を持っている。ぼくの分があるのも知ってる筈だよ、写真を持っているんだものね。こっちのぶるぅも学園祭でバニーちゃんの格好で踊っていたし、その勘定で行けば衣装が無いのは……ぼくのぶるぅと君だけ、かな?」
「そうなるね。まさか女子にはさせられないから、そっちは普通の仮装だとしても…女子のが二着とバニーちゃんのが二セットか。…そこまでちゃんと計算してた?」
ねえ、ハーレイ? と会長さんは妖しい笑みを浮かべています。
「ぼくはあの時、言ったんだ。仮装パーティーの費用が高くなりそうで困ってる…って。だいたいの数字も言った筈だよ、払えなければ仮装パーティーは見送りかな…ってね。そしたら君が資金提供を申し出た。バニーちゃんの衣装がバカ高いわけないのにさ」
「………。私の分を注文した時、妙に安いなとは思ったんだ」
教頭先生は縮こまりながら言い訳しました。
「…しかし私はキャプテンだし…。あの店は普通の店ではないし、割引制度でもあるのだろうと」
「それを言うならソルジャーなぼくは? この衣装もあそこで仕立てたんだけど?」
悪代官、とキンキラキンの着物を得意げに見せびらかしている会長さん。教頭先生はウサギ耳がシュンと垂れそうな顔で肩を落として。
「お前のことは忘れていた…。それにジョミーたちは仲間とはいえ、シャングリラ号とは関係ないし……正規の料金を支払うとばかり…」
「正規料金だよ、割引無しのね。ぼくの紹介だから値引きしますって言われたけども、必要ないって言っといた。凄い請求書が行っただろう? でも夢を買うにはまだ安すぎる」
なんと言ってもバニーちゃんだ、と会長さんは偉そうでした。
「ぼくがプレゼントしたブルーの写真じゃ飽き足らなくて、本物が見たくなっただなんて…。ウサギの会で仮装パーティーだと教えた時のあの顔が忘れられないよ。…浅ましいよね、教頭のくせに」
「……すまん……」
教頭先生が頭を下げるとウサギの耳がピョコンと揺れます。きっとお尻では尻尾が揺れているのでしょう。まるで似合わないバニーちゃんですが、私たちの凝った仮装なんかより余程パーティー向けでした。相応しいと言うのではなく、意外性という意味でです。
「…まあいいや。その格好が見たかったんだし」
会長さんが鼻で笑ってソルジャーの方を向きました。
「見事に罠に引っ掛かったよね、君の計算どおりにさ。…こんな時のセリフはアレかな、この格好の決めゼリフ! ブルー、そちも悪よのう」
「いえいえ、お代官様こそ…」
ソルジャーったら時代劇まで知ってましたか! 会長さんが悪代官の仮装を選んだ理由は悪の組織もさることながら、この台詞が言いたかったから…? あれ? じゃあ、ソルジャーは何故に魔天使? 悪代官ごっこをするなら悪の商人が定番では…? 首を傾げる私たちにソルジャーはパチンとウインクして。
「商人の格好は地味すぎるだろ? せっかくだから派手な仮装をしたかったんだ。ぼくは悪代官よりも魔天使が好みさ」
華やかだしね、と言うソルジャーに純白のローブと漆黒の翼はハマりすぎでした。白い翼なら少し違和感あったかもです。だってトラブルメーカーですもの…。悪代官と魔天使に陥れられた教頭先生、お気の毒としか言えませんよね。
「ハーレイ、こっちにもジュースを頼むよ」
「先生、ピザが食べたいでーす!」
バニーちゃんの仮装を選んでしまった教頭先生は便利に使われまくりです。会長さんとソルジャーが「バニーちゃんならホストらしく!」と命令したので私たちにも笑顔で応対。いつもは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が頑張ってくれるパーティーの裏方をせっせとこなし続けていました。
「だって、ぶるぅの誕生日だしね」
「仕切り直しではあるけどね」
無問題、と満足そうな悪代官と黒い翼の腹黒天使。忍者スタイルの「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」も御機嫌です。自分好みの仮装をしている私たちだって気分は最高!
「おっしゃ、今度は騎士とドラキュラいってみようぜ!」
ジョミー君と切り結んでいた海賊サム君の記念撮影が終わったらしく、今度はキース君がジョミー君と肩を組んでいます。マハラジャなシロエ君はオイルダラーなマツカ君と盛り上がってますし、スウェナちゃんと私はお姫様ドレスで大はしゃぎ。もちろん男の子たちやソルジャーと一緒に記念写真も撮りました。会長さんとも撮ったのですが、悪代官とドレスはイマイチ合わなかったのが残念です。
「かみお~ん♪ 忍法、分身の術~!」
「八人くらいは楽勝だよね!」
チビッ子忍者な「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」は忍術ごっこでした。サイオンを使えば簡単に分身できるらしくて、あっちにもこっちにもチビッ子忍者が…。そんな中でも教頭先生はバニーちゃん姿で大忙し。と、ソルジャーがカメラを手にして立ち上がりました。
「ハーレイ、君の写真も写してあげるよ。今日の記念に」
「い、いえ…。私は別に…」
「遠慮しなくてもいいってば。…って言うより、やっぱり致命的に似合わないよね、その格好」
残念だ、と深い溜息をつくソルジャー。
「似合いそうなら貰って帰ろうと思って企画したんだけどな…」
「「「は?」」」
なんですって? バニーちゃんが似合っていたら持ち帰る? いったい何処へ? 私たちの視線が集中するのをソルジャーはサラッと受け流して。
「前にノルディに作らせたヤツ、それなりに役に立ったんだけど……お遊びの域を出なくってさ。ほら、ぼくって尽くすタイプじゃないし、ホストは全然向いてないんだ。そのせいかなぁ、あの格好でハーレイにお酒とかを勧めてみても緊張するのかガチガチに硬くなっちゃって」
硬くなるのが別の場所なら歓迎だけど、と意味深なことを言うソルジャー。大人の時間に何か問題があるらしいのは分かりました。でも、そこでどうして教頭先生のバニーちゃん衣装…?
「逆ならいいかと思ったんだよ」
ソルジャーは悪びれもせずに言い放ちました。
「ぼくのハーレイもこっちのハーレイに負けず劣らずヘタレだし…。だから尽くされるより尽くしてる方がいいのかなぁ、って。それで実験してみたんだけど…」
ぼくの美意識が許さないや、と教頭先生バニーを見詰めるソルジャー。
「こんな格好で口説かれた日には百年の恋も醒めるってヤツ? どこから見たって変態だよねえ、まさかここまでとは思わなかった」
「「「………」」」
そんな理由で仮装パーティーとかウサギの会とか勝手に仕切っていたのかい! と心で突っ込む私たち。けれど会長さんも含めて口に出す人はいませんでした。なんといってもウサギの会は現在進行形で開催中。下手なことを言えば魔天使ソルジャーが何をしでかすか分かりませんし…。
「ねえ、ハーレイ。…記念撮影に応じてくれたら特別にウサギになってもいいよ、このぼくが」
「「「えぇっ!?」」」
魔天使なソルジャーの魔性の笑みに私たちは背筋が寒くなりました。ソルジャーがウサギになるって、もしかしなくてもバニーちゃん? あちらの世界に持って帰った衣装を取り寄せてきて教頭先生を誘惑するとか…? 恐る恐る教頭先生を見ると、鼻の下がしっかり伸び切っています。
「…鼻血が出そうな顔だよ、ハーレイ。その表情からして決まりだね」
「ちょ、ちょっと…。ブルー!」
慌てて止めに入った悪代官には目もくれないで、ソルジャーは教頭先生に微笑みかけると。
「それじゃ記念撮影を始めようか。普通の写真じゃつまらないから、ぶるぅの誕生日パーティーらしく宴会芸をやってもらうよ。…そこに座って」
「…こうですか?」
リビングの絨毯に腰を下ろした教頭先生にソルジャーが出した注文は…。
「足を広げてくれるかな? そうじゃなくって、もっとこう…。違う、違う、君はセンスが悪すぎるって! ぶるぅ、ハーレイに教えてあげて」
指名されたのは「ぶるぅ」でした。チビッ子忍者はコクリと頷き、教頭先生の所へ行くと…。
「えっとね、足はこう広げるの」
よいしょ、と教頭先生にポーズを取らせる小さな「ぶるぅ」。なんですか、このグラビアみたいな格好は? 会長さんの顔がサーッと青ざめ、教頭先生は一気に耳まで真っ赤になって…。
「ふふ、官能写真その一、ノルディ好みの決めポーズ…っと」
ソルジャーがカメラを構えてパシャッとフラッシュが光りました。
「次はその二にいってみようか、ブルーが君に渡した写真は全部で何枚あったっけ? 君が毎晩オカズにしているアレを忠実に再現出来たら御褒美にぼくがウサギになるよ。そしてあのポーズを取ってあげる…って、あれ?」
ドッターン! と教頭先生が仰向けに倒れ、意識は既にありませんでした。バニーちゃんの格好で鼻血を出して失神されても困るのですが…。お笑いにしか見えないのですが、どうしたら…?
「倒れちゃったか…。想像しただけで鼻血だなんて、ヘタレが酷過ぎて涙が出るよ。仕方ない、ホストは抜きで盛り上がろう。ウサギの会らしくバニーちゃんだ!」
三月ウサギ~! とソルジャーが叫び、会長さんが学園祭で身に着けていたタキシードにパッと着替えて、頭の上にはウサギ耳。
「ぶるぅ、忍法ウサギ変化!」
「かみお~ん♪」
その後の惨事はあまり語りたくありません。会長さんはソルジャーが取り寄せたバニーちゃんの衣装を着せられ、男の子たちの自慢の仮装もバニーちゃんに…。そして「ぶるぅ」は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のバニーちゃんの衣装で歌いながらステップを踏んでいました。チビッ子忍者な「そるじゃぁ・ぶるぅ」も楽しくステップ。
「かみほー♪でフレンチ・カンカン踊れるんだ…」
「よかったわよね、蚊帳の外で…」
頭を抱えるスゥエナちゃんと私。上機嫌で踊る「ぶるぅ」と指揮者気取りのソルジャーのサイオンに逆らうことが出来ずに、ズラリ並んで踊らされているバニーちゃんな会長さんたち。教頭先生が目覚めたならば正しく夢の光景ですけど、そうは問屋が卸しません。
「ブルー! なんだってぼくがこんな目に…!」
会長さんの絶叫がリビングに木霊し、仮装パーティーの宴会芸は『かみほー♪』に合わせたウサギのダンス。ウサギの会って…ウサギの会って、結局、ソルジャーの娯楽の会なんですか~? オークションで落札してきたホームパーティー、どうしてこうなっちゃったんでしょうね…?
先生方からの今年のお歳暮はオークション形式で競り落とされた様々なもの。私たちは会長さんに協力させられ、共同入札という特殊な形で教頭先生とホームパーティーを開く権利を落札しました。そのパーティーをどうしようか、と相談している真っ最中に出現したのが空間を越えてきたソルジャーで…。
「いいじゃないか、ハーレイも一緒にぶるぅの誕生日パーティーの仕切り直し! クリスマスは塞がっているんだよね? ちょうどいい、ぼくも今年はシャングリラの方でパーティーしたいし」
ソルジャーは勝手に仕切り始めています。
「シャングリラのクリスマスはちゃんとサンタが出るんだよ。ぼくはサイオンでプレゼントを配る係をしたこともあるけど、サンタの衣装も気に入ってるんだ。久しぶりに着てみようかな」
「…君はそっちでパーティーしてればいいだろう?」
唇を尖らせたのは会長さんです。
「賑やかでいいじゃないか、なにもこっちに出てこなくっても…。ぶるぅの誕生日だってみんなが祝ってくれるだろうし」
「まあね。でも、ぼくはイベントの類が大好きなんだ。パーティーも多ければ多いほど大歓迎だし、こっちの世界じゃ地球の雰囲気を味わえるし! …それとも君はぼくの地球への思いを理解できないと言いたいのかな?」
「うっ…」
これは必殺技でした。地球……ソルジャーの世界で言う『テラ』の名前を持ち出されると誰も反論できなくなります。ソルジャーの世界では遠い昔に死の星となり、それを再生させるために始まったのがSD体制。ミュウと呼ばれて迫害されているソルジャーたちは自由への渇望と同じくらいに地球に憧れているのですから。
「ぶるぅの誕生日を地球で祝ってやりたいと言っているのにダメだって? この世界に最初に来たのはぶるぅなのに? ぶるぅはとても喜んでたっけ、初めてこっちに来た時にね。地球は素晴らしい星なんだよ、って」
「「「………」」」
キース君が持ち込んだ掛軸に描かれた月から「ぶるぅ」が飛び出してきたのは去年の一学期。私たちも驚きましたが、「ぶるぅ」の方は自分が地球にいるのだと聞いてショックで倒れてましたっけ。天国に来てしまったと勘違いしたらしいのです。生きて辿り着くのは難しいのでは、と思われているほどに地球は遠く離れた夢の星で…。
「あーあ、ぶるぅの誕生日…今年も地球で祝いたかったな、日付はズレていてもいいから。ぶるぅもきっと残念がるよ、こっちのぶるぅと遊びたいだろうし」
「…分かったよ…」
会長さんが溜息をつき、壁のカレンダーを眺めました。
「そこまで言われちゃ断れないさ。ぼくだって君への負い目はあるしね、同じソルジャーなのに平和に暮らしているんだから…。じゃあ、今年も一緒にぶるぅの誕生日パーティーをしよう。えっと、いつがいいかな、君の予定は?」
「ぼくはいつでもオッケーだけど? 君の都合に合わせるよ」
「クリスマス・イブとクリスマス当日はダメなんだ。二日ほど置いてパーティーしようか」
そう提案する会長さんにソルジャーは。
「ハーレイの予定は? あ、こっちの世界のハーレイだよ。冬休みは暇にしているのかい? ぜひパーティーに呼びたいんだけど」
その券で、とソルジャーはテーブルに置かれた教頭先生と共に過ごせるホームパーティー券を指差しました。
「君だってそうするつもりで手に入れたんだろ、その権利をさ。やっぱり有効活用しなくちゃ」
「……でも……」
口ごもる会長さんにソルジャーは片目を瞑ってみせて。
「パーティーの趣向と主導権は君に任せるよ。希望を言わせてもらっていいなら、仮装パーティーなんかが楽しそうだけど…。去年も色々やったものね」
「そうだったっけね…」
会長さんの言葉を待つまでもなく、私たちの脳裏に去年の記憶が蘇ります。教頭先生がサンタの格好でプレゼントを配ってくれたり、会長さんに無理やりお坊さんの仮装をさせられてみたり、余興に花魁になってくれたり。…花魁の方はソルジャーが興味を持って、会長さんの花魁装束を借りて記念撮影してましたっけ。
「今年はみんなで仮装しようよ」
ソルジャーが瞳を輝かせて提案しました。
「ハーレイを呼んでくるだけじゃつまらないだろ、みんな揃って仮装パーティー!」
でね…、とソルジャーは会長さんに何か耳打ちしています。会長さんはクスッと笑って頷くと…。
「そのアイデア、ぼくも大いに気に入ったよ。ぶるぅの誕生日の仕切り直しはハーレイを呼んで仮装パーティー! 仕事納めの日にしようかな、ハーレイはとっくに暇な筈だし…。みんなもそれで大丈夫?」
「おう! 予定はバッチリ空けてあるぜ」
サム君が応じ、キース君が。
「俺も全く問題ない。…ジョミーたちもそこで大丈夫だな?」
「もちろん! 冬休みならいつでもオッケー!」
そういうわけでパーティーの日取りが決まりました。ソルジャーも至極満足そうで…。
「それじゃパーティーの時に会おうね。君たちの仮装も期待してるよ。ぶるぅのバースデープレゼントも忘れないでくれると嬉しいな」
今日はこれで、とフッと姿を消すソルジャー。なんだか変な方向へ行っちゃいましたが、仕切り直しの誕生日パーティーは無事に開催できそうです。パーティーの主役の「そるじゃぁ・ぶるぅ」も喜んでいますし、仮装パーティーも素敵かも…。
終業式が済むとアッと言う間にクリスマス・イブ。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はフィシスさんを招いて家でパーティーをするのでしょうが、私たち七人組はカラオケボックスでパーティーでした。会長さんが約束してくれたとおりキャンセル待ちをしていたお部屋が取れて、持ち込み用のケーキもバッチリ予約済みです。
「えっと…。ケーキの前に買い物だよね」
ジョミー君が人差し指を顎に当てます。
「何かいいもの、思い付いた? アヒルしかないとは思うんだけどさ」
「アヒル以外にないですよ…」
多分、とシロエ君が賛同しました。
「あっちのぶるぅもアヒルちゃんが大好きですしね、その線が絶対無難です。…とにかく探しに行きましょうか」
私たちが集合したのはアルテメシアの繁華街。仕切り直しの誕生日パーティーで「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」に渡すプレゼントを買いに来たのです。もちろんカラオケボックスにも近いんですけど。
「そこのデパートに色々あると思うのよ」
下調べをしてきたのだ、とスウェナちゃんが向かいのビルを指差しました。生活雑貨のフロアの中にアヒルグッズを沢山扱うお店が入っているのだとか。私たちは横断歩道をゾロゾロと渡り、クリスマスの買い物で大混雑のデパートに入ってエスカレーターで上のフロアに行って…。
「これなんかいいんじゃないですか?」
マツカ君が目をつけたのはアヒルの形の鍋つかみでした。お料理大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」にウケそうです。
「ぶるぅは喜ぶと思うけど…」
鍋つかみを眺めて首を傾げるジョミー君。
「もう一人は? あっちのぶるぅって料理好きだっけ?」
「「「あ…」」」
今年はアヒルちゃんの鍋つかみ! と決めかけていた私たちは揃ってガックリ。姿形はそっくりですけど「ぶるぅ」の方は食べるの専門、鍋つかみを使って料理をするとは思えません。カップ麺にお湯を注ぐことさえ面倒がってやりそうになく…。あっちの世界にカップ麺があるのかとうかは知りませんが。
「鍋つかみは却下だな」
他のにしよう、とキース君が店内を見回し、それから後は溢れかえっているアヒルグッズを手に取ってみたり、触ったり。去年はパジャマにしちゃいましたが、今年は何にしようかなあ…? 一時間以上悩みに悩んで、決めたのはアヒルの形のボアスリッパ。
「とってもフワフワしてるもの。きっと喜んでくれるわよ」
形も素敵、とスウェナちゃんがスリッパに手を突っ込んでいます。本物のアヒルみたいに柔らかいスリッパは「そるじゃぁ・ぶるぅ」も「ぶるぅ」も気に入りそうでした。でも…サイズは…?
『そこの右から二番目のヤツ』
突然届いた思念の主は会長さん。
『ありがとう、色々探してくれたんだね。こっちは楽しくやってるよ。…そうそう、例の店に寄るのも忘れないで』
じゃあね、と切れてしまった思念。私たちの買い物風景を会長さんがチェックしていたのか、七人揃ってサイズの問題で悩んでいたので無意識の内に会長さんを呼んでいたのかは分かりません。とにかくスリッパのサイズは分かりました。レジに持って行ってプレゼント用に包んでもらって…。
「買い物完了! あとはケーキと…」
「ジョミー、その前に言われてた店に行っておかないと」
後回しにして忘れるとマズイぞ、とキース君が注意します。さっき会長さんにも思念波で念を押されましたし…。
「そうだっけね。…で、何処だったっけ? 聞いたことない名前だったけど…」
「向こうの通りよ」
スウェナちゃんがバッグから紙を取り出しました。仮装パーティーが決定した日に会長さんがくれたものです。私たちはデパートを出て、雪がちらつく中、三本目の通りを奥の方へと。えっと…あの看板のお店かな?
「「「…変身スタジオ…」」」
看板の横に大きく書かれた文字に私たちはポカンと口を開けるだけでした。仮装衣装の専門店だと聞いたのですが、どうやら変身撮影がメインのようです。ウェディング・ドレスに花魁姿、いろんな写真が飾られてますし…。
「要予約って書いてあるけど、入っていってもいいんだよね?」
ジョミー君が尋ね、キース君が。
「ブルーが電話を入れておくとか言ってただろう。…行くぞ」
ドアを開けると「いらっしゃいませ!」と女性の店員さんが出て来ました。
「シャングリラ学園の生徒さんですね? こちらへどうぞ」
通されたのは応接室です。えっと…制服じゃないのにシャングリラ学園の生徒だって一目で分かるんでしょうか?
「分かりますよ。ソルジャーからお電話頂きましたし」
「「「!!!」」」
げげっ。ソルジャーって…ソルジャーって、なに? あちらの世界のソルジャーのこと? でもそんな筈は…。大混乱の私たちの所にやって来たのは年配の男性。
「いらっしゃいませ、私が店長でございます。ソルジャーにはいつも御贔屓頂いておりますが、皆様は初めてでらっしゃいますね」
「「「………」」」
またしてもソルジャーの称号です。ソルジャーって、誰? このお店って、まさか仲間がやってるとか…?
「御存知なかったのですか?」
店長さんと店員さんが顔を見合わせて笑い出しました。
「ソルジャーと言えばソルジャーですよ、シャングリラ学園生徒会長、ソルジャー・ブルー。実はこの店でソルジャーの衣装も製作しておりまして…。もちろん特殊な素材ですから、変身スタジオの品物とは製造過程が全く異なりますが」
この店はサイオンを持った人ばかりなのだ、と店長さんが教えてくれました。サイオンがあると顧客の注文が曖昧であっても心を読んで形をしっかり受け取れるので、昔はオートクチュール専門にやっていたのだそうです。今はオートクチュール部門は別の所に店を構えていて、こちらは若者ウケしやすい変身スタジオ。衣装の製作も人気だとか。
「一般のお客様が殆どですが、仲間の注文もよく入りますよ。最近ではバニーガールの衣装を男性用にアレンジしてくれという面白い注文がありましたね」
え。バニーガール? 男の子たちの顔が引き攣り、店長さんが。
「おやおや、あれをお召しになったんですか? ドクター・ノルディともお知り合いで…?」
「…不本意ながら…ですが…」
顔を顰めるキース君。店長さんは大笑いしてから「失礼」と軽く咳払い。
「あの衣装も何故か好評ですねえ、ソルジャー用まで作りましたし…。ソルジャーはあれがお好みですか?」
「分かりません…」
「そうでしょうねえ、ソルジャーの発想は時々飛躍しますから。で、本日はどのようなものをお求めで?」
なんでも御用意できますよ、と店長さんと店員さんがアルバムを並べ始めました。ソルジャー用のバニーガールの衣装は本当にソルジャー用なのですが……ソルジャーが持って帰ってしまったのですが、会長さんが着ていると思われているようです。
『仕方ないよ』
会長さんの思念が届きました。
『注文主はブルーだなんて言えやしないし、勘違いされておくことにするさ。君たちの意識もブロックしてある。ブルーたちの情報は読み取られないから、安心して衣装選びに専念したまえ』
ぼくはフィシスとパーティー中、と一方的に思念波を切る会長さん。私たちは仮装パーティーで着る衣装を誂えに来たんですけど、サイオンを持つ仲間のお店だとは夢にも思っていませんでした。おまけにソルジャーの衣装もバニーちゃんの衣装もこのお店が…って、ソルジャーの衣装とバニーちゃんでは次元が違い過ぎるんですけど。
「どれになさいますか?」
基本パターンはこんな感じで、と出されたアルバムには写真が一杯。スウェナちゃんと私には豪華なドレスや舞妓さんなど夢の衣装が沢山詰まった女性用のヤツで、男の子たちはタキシードに海賊、カウボーイなどなど。どれにしようか悩みますよ~! そこへ一本の電話が入って…。
「キャプテン、ご無沙汰いたしております」
へ? 応対している店長さんの言葉に私たちはビックリ仰天。キャプテンって……もしかして教頭先生ですか?
「はい…、はい。承知いたしました。ではその時間にお待ちしております」
電話を切った店長さんは私たちにニッコリ笑いかけて。
「今の電話はキャプテンですよ。…ああ、教頭先生とお呼びした方がいいでしょうか? 仮装パーティーにお呼ばれだそうで、衣装を注文なさりたいとか…」
「「「………」」」
そうでした。パーティーには教頭先生も呼ばれているんでしたっけ。教頭先生が何を注文するつもりなのかは分かりませんが、このお店、ホントに大人気ですよ…。
衣装選びと採寸を済ませた私たちは表通りに戻って予約していたケーキを受け取り、すぐそばのカラオケボックスへ。去年や一昨年と比べてみれば地味ですけれど、年相応のクリスマス・パーティーらしいかも?
「仮装パーティー、楽しみになってきちゃったよ」
ジョミー君が注文したのは映画で見るような騎士の衣装です。白と金がメインの華やかな胴着に重厚な赤のマントつき。お値段の方もゴージャスでしたが、会長さんが支払ってくれるというので誰も気にしていませんでした。いえ、本当は…ちょこっと気になっているんですけど…。
「キースはドラキュラ伯爵だもんね。サムの海賊もかっこよさそう!」
「えへへ…。いっぺんやってみたかったんだ、ああいうの」
サム君が選んだ衣装は海賊のキャプテン風。大きな帽子に髑髏マークがついた眼帯、男の子なら確かに憧れるかも…。シロエ君はマハラジャ風で、マツカ君はみんなに煽られてオイルダラーみたいなズルズルの服と被りものです。スウェナちゃんと私はもちろんドレス! お姫様みたいに豪華なヤツで、もちろんゴージャスなアクセサリーもついていて…。
「あれって全部でいくらぐらいになるんだっけ?」
なんだか凄く高そうだよ、とジョミー君。
「さあな? 見積もりも出してもらっていないし…。とんでもない額なのは間違いないが」
キース君が首を捻りました。
「…本当にブルーが出すと思うか、あの金を?」
「そりゃあ…パーティーだから出してくれるんじゃないの? お店も紹介してくれたんだし」
「本当にそう思うのか? あいつが全額支払うと?」
有り得ないぞ、とキース君が私たちの顔を見回します。
「この間のオークションに使った費用は学園祭のスペシャル・セットで教頭先生から毟った分だ。あの程度でも自分の金を使うのは嫌だというヤツなんだぞ? 俺たちが注文してきた衣装はハッキリ言って物凄く高い。あいつが支払う筈がないんだ」
「…でも…出来上がったらブルーの家に届けておくって言ってたし…。その時にお金を払うんだよ」
きっとそうだよ、とジョミー君が言ったのですが、キース君は。
「踏み倒す気かもしれないな…。なんと言ってもヤツはソルジャーだし、あの店は仲間がやってるんだし…。仲間が経営しているフィットネスクラブのVIP会員証も金を払わずに持ってたじゃないか」
「「「あ…」」」
フィットネスクラブの件は今まで完全に忘れていました。人魚な『ハーレイズ』と『ぶるぅズ』が練習していたプールですけど、会長さんは一銭も支払うことなくVIP会員証を手に入れ、今も時々通っていたり…。
「思い出したか? だから今回も同じようなことになるんじゃないかと」
「うわぁ…。どうしよう、刺繍まで頼むんじゃなかったかな?」
ジョミー君はオプションで色々とつけていました。でもそれは他のみんなも似たり寄ったり。スウェナちゃんと私も見えやしないのに凝った靴をオーダーしちゃったのです。会長さんが踏み倒すんだと分かっていれば、自前の靴にしておいたのに…。
『踏み倒すわけがないだろう。人聞きの悪い…』
乱入したのは会長さんの思念波でした。
『ちゃんと全額支払うことになってるよ。お店の方も了解済みさ』
は? 了解済み? なんだか変な感じですけど…?
『ブルーが払うんじゃないんですって』
クスクスクス…と笑いを含んだ柔らかな思念が届きました。これってフィシスさんですよね…?
『教頭先生が払って下さることに決まってるそうよ、だから請求書はそちらに行くの』
「「「えぇぇっ!?」」」
なんで教頭先生に!? …けれど答えは返って来ませんでした。会長さんとフィシスさんは二人の時間をとても大切にしているらしく、電話をかけても出てくれません。もちろん「そるじゃぁ・ぶるぅ」でさえも。
「……どうしよう……」
もっと安いのにするべきだった、と全員で嘆き合っていると。
「平気だってば。ハーレイは納得ずくで支払うんだから」
フワリと姿を現したのは会長さんではなくソルジャーの方。紫のマントを優雅に翻し、ソファにストンと腰掛けて…。
「ぼくにもケーキをくれるかな? クリスマス限定なんだろ、美味しそうだ」
「あんた、今日はパーティーじゃなかったのか!?」
キース君の突っ込みをソルジャーはサラッと受け流しました。
「真っ最中だよ、だからケーキはテイクアウト希望さ。ぶるぅも向こうで待っているしね」
これに入れて、と差し出されたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が常備している紙箱です。サイオンで失敬したのでしょうが、これにケーキを二切れ入れないとソルジャーはお帰りにならないわけで…。キース君が仏頂面でケーキを箱に入れました。案外手先が器用なんです。
「入れてやったぞ。で、帰る前に聞かせてもらおうか。…なんで教頭先生が俺たちの衣装代を負担するんだ? それに何故あんたが知っている?」
「ぼくが知っているのは当然のことさ。仮装パーティーをしようって決まった時にブルーと相談してただろう? 衣装代をハーレイに負担させるのもあの時に決めた。…そしてハーレイは承知したようだよ、ブルーが伝えてきたからね。だから費用は心配ないさ」
「…あんな大金を教頭先生が…?」
「平気、平気。むしろ喜んでいたようだけど? それじゃ、またね」
パーティーの日に、とソルジャーは消えてしまいました。私たちがお小遣いを出し合って予約した人気パティシエのクリスマス限定ケーキを二切れも持っていかれたわけですけども、仮装パーティー用の衣装代の謎が解けたんですから仕方ないでしょうか。でも…あのケーキ、「ぶるぅ」は一口でペロリでしょうねえ…。
カラオケボックスでのクリスマス・パーティーの翌日は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の誕生日。卵から孵化して四年目じゃないかと思いますけど、きっと今年もケーキの蝋燭は一本だけで、フィシスさんから手作りのクッションなんかを貰ったりして和やかに過ごしていた筈です。私たちはその日も、その次の日も寒い中をあちこち遊び回って、ついに仕事納めの日がやって来ました。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
みんなで待ち合わせしてから訪ねた会長さんの家では今日の主役が元気いっぱいに迎えてくれます。
「みんなの服も届いたよ! ゲストルームに置いといたからパーティーまでに着替えてきてね」
「やあ。素敵な服を頼んだようだね。ブルーたちももうすぐ来るってさ」
会長さんが奥から出てきてニッコリ微笑みかけました。
「もちろんぼくもブルーも仮装するんだけど、今日のパーティーは会員制にしてあるんだ」
「「「会員制?」」」
何を今さら、と私たちは首を傾げましたが、会長さんは大真面目です。
「ほら、オークションで競り落とした券を使ってやるわけだろう? オークションで落札した人以外はお断りって意味で会員制。…ブルーとぶるぅは特別にゲストってことになるけど、ぼくとぶるぅに瓜二つだから問題ないと思うんだよね」
なるほど。言われてみれば筋が通っているような…。会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が持ってきた籠を受け取り、その中に手を突っ込みました。
「せっかくの仮装パーティーだから雰囲気を壊したくないんだけれど、会員の印は必須アイテム。…はい、これ」
「え?」
ジョミー君が手のひらに載せられた物を凝視しています。会長さんは籠の中身を順に配って、私の手にも校章サイズの小さなバッジが…。
「それを衣装の何処かにつけてくれるかな? 目立たない場所でも構わないよ。つけていることが大切なんだ」
「このバッジを?」
なんか変なの、とバッジを手のひらで転がしているジョミー君。バッジは騎士の衣装や豪華なドレスにはおよそ似合わないデザインでした。どちらかと言えば幼稚園児が喜びそうな意匠です。だって…。
「文句を言わずにつけたまえ。…ウサギの会の会員証だ」
「「「ウサギの会?」」」
なんじゃそりゃ、と鸚鵡返しに訊き返していた私たちに向かって会長さんは。
「だからウサギの顔の形になってるだろう? それをつけていることに意味がある。ウサギの会の会員限定でパーティーしようって言うんだからね」
これ以上は説明の必要なし、とゲストルームの方を指差す会長さん。
「分かったらサッサと着替えておいで。バッジをつけるのを忘れずにね」
「「「はーい…」」」
こういう時には食い下がっても無駄と相場が決まっています。私たちはすっかり馴染みになったゲストルームで着替えを済ませ、ウサギのバッジをつけました。スウェナちゃんも私もドレスですから何処につけるか悩みましたが、目立たなくてもいいと聞いていたのでフリルの間にひっそりと…。
「あ、スウェナたちも着替えが済んだんだ?」
廊下に出るとジョミー君が颯爽と立っていました。騎士のコスチュームが似合っています。ウサギバッジは腰のベルトにくっついていて、サム君は海賊帽にくっつけていて…。
「何なんでしょうね、このバッジ。…ウサギの会って初耳ですよ」
マハラジャなシロエ君はターバンの横につけていました。オイルダラーなマツカ君は飾りベルトに、ドラキュラ伯爵なキース君は襟元に。…ウサギのバッジにウサギの会って、いったいどういう趣向でしょうか? 会長さんたちの仮装も気になりますけど、ウサギが一番気になります~!
バニーちゃんスタイルのジョミー君たちのラインダンスで締め括られた学園祭は好評でした。初公開だった「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋での喫茶店ともども今でも熱く語られています。特に1年A組の生徒はお気楽極楽、二学期の期末試験も会長さんと共に楽々クリア。一番最後の科目のテストと終礼が済むと打ち上げに繰り出して行きましたが…。
「…今度は何処に行くんだっけ?」
ジョミー君が「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に向かう途中で尋ねました。
「ちゃんこ鍋屋じゃなかったか? 寒い季節は鍋がいいとか言っていたような…」
そう答えたのはキース君です。自慢のヘアスタイルは自前ですけど、家ではカツラと偽る生活。五分刈りにしたことになっているので、元の長さを取り戻すまでの過程をサイオニック・ドリームで調節しながら朝晩のお勤めをしているそうです。一月の末くらいまでかかりそうだという気の長い話に、私たちは同情しきりでした。
「そっか、ちゃんこ鍋ならあそこかな? パルテノンで人気のお店の…」
「ああ、多分な」
ジョミー君が挙げたお店はパルテノンで大評判の高級店。お店の構えもさることながら、素材の良さで知られています。グルメ大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」もお気に入りですし、今回はきっと…。
「かみお~ん♪ 期末試験、お疲れ様!」
元気一杯に出迎えてくれる「そるじゃぁ・ぶるぅ」の隣には先に帰った会長さんが座っていました。試験終了と同時に席を立つなり教室を出て行ってしまったのです。これも毎度のことですが…。
「やあ。お先に休ませてもらっているよ、年寄りは疲れやすいから。…で、今日の打ち上げパーティーだけど…」
会長さんが告げた行き先はジョミー君の予想でドンピシャリ。お値段がとてもゴージャスですから、この流れで行けば絶対に…。
「ちゃんと個室を予約してあるよ。それじゃ資金を貰いに行こうか」
あぁぁ。やっぱりいつものパターンです。会長さんは私たちを引き連れ、先頭に立って本館の奥の教頭室へ。重厚な扉を軽くノックし、「失礼します」と声をかけると。
「こんにちは、ハーレイ」
笑顔で扉を開けた会長さんに、教頭先生はフウと溜息をつきました。
「来たか…。まあいい、今日も多めに入れておいたが、これで勘弁して欲しいものだ」
差し出された熨斗袋を受け取り、中身を数えた会長さんはニッコリ笑って。
「これだけあれば十分だよ。いつもありがとう」
「は?」
「ありがとう、って言ったんだってば。それとも、もっと毟られたい? 予算は多ければ多いほど嬉しいのは間違いないけどさ」
「い、いや……。正直、これ以上は出せんのだが…」
逆さに振っても無理なのだ、と呻く教頭先生。会長さんは「そうだろうねえ」と頷いています。
「学園祭でスペシャル・セットに注ぎ込んだお金、半端な額じゃなかったもんねえ…。だから今回はこれで許してあげるんだよ。また貯めておいて貢いで欲しいな」
待ってるからね、と軽く手を振り、会長さんは教頭室を後にしました。騒ぎにならずに引き揚げるなんて実に珍しいパターンです。気紛れな会長さんだけに前例が無いこともないですけども、学園祭で派手に毟って満足しているというわけでしょうか?
「まあね。それにハーレイ、これから何かと物入りだから。年末年始は財布に厳しい」
「「「………」」」
それを承知で打ち上げパーティーの費用を貢がせるのも酷いんじゃないかとは思いましたが、誰も口にはしませんでした。ちゃんこ鍋屋へいざ出発!
タクシーに分乗してパルテノンのお店に着いて…個室に入ると早速お鍋が運ばれて来ました。黄金色の透明なスープは毎日十五時間もかけて作られるそうで、そこへ最高級のお肉や新鮮な魚介類を入れて煮込んで次から次へと…。
「ね、ね、美味しいでしょ?」
ぼくのお気に入り、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がスープを掬いながらニコニコ顔。
「いつもブルーと食べに来てるし、フィシスが一緒のこともあるんだ♪」
なるほど、会長さんのデートスポットでもありましたか…。フィシスさんが一緒だとお洒落なお店や高級店になるのでしょう。私たちは打ち上げパーティーの時くらいしか高級店には縁が無いんですけど。
「あ、そうだ。フィシスで思い出した」
会長さんがお箸を置いて。
「実は今年のクリスマスだけど、久しぶりにフィシスと過ごしたいんだ。去年も一昨年も君たちとパーティーだったからねえ、たまには二人でゆっくりと…。まあ、ぶるぅもいるから厳密に言えば三人だけどさ」
「そうなんだ…」
ちょっと残念、とジョミー君。
「ぶるぅの誕生日もクリスマスだよね? そっちのパーティーもなくなっちゃうの?」
「パーティーはするよ? フィシスと一緒に」
「そうじゃなくって、ぼくたちは? ぶるぅの誕生日のお祝いは無し?」
ジョミー君の言葉に私たちも寂しくなりました。クリスマスと言えば会長さんの家で賑やかに二日続きのパーティーだったのに、今年はそれが無いなんて…。いえ、パーティーがなくなったのも残念ですけど、お世話になってる「そるじゃぁ・ぶるぅ」の誕生日を一緒に祝えないのは残念です。バースデープレゼントは後で渡せばいいのでしょうが…。
「ぶるぅの誕生日を祝いたかったのかい?」
会長さんに訊かれて素直に頷く私たち。今年もパーティーだとばかり思っていたのに…。
「毎年賑やかにやってたからねえ…。でもフィシスと二人で過ごす時間も大事にしたいし、クリスマスだけは譲れない。…どうだろう、ぶるぅの誕生日パーティーは改めて仕切り直しというのは?」
「「「仕切り直し?」」」
「うん。クリスマスが済んでお正月までは暇だろう? その間の何処かでパーティーをするっていうのはどうかな、くの家で。…ね、ぶるぅ?」
「お誕生日パーティーが二回になるの? それって最高!」
わーい! と飛び跳ねる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。私たちも異存はありませんでした。パーティーの日取りは会長さんが決めることになり、私たちは予定を空けておくことに。
「じゃあクリスマスは俺たちだけでパーティーするか」
誰かの家で、とキース君が言い、シロエ君が。
「先輩の家はダメですよねえ。宿坊の部屋は広いですけど…」
「いや、いいが? クリスマス・ツリーも問題はない」
「ダメだって! お寺じゃ雰囲気台無しだよ」
お店にしよう、とジョミー君。結局、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のバースデープレゼントの買い出しがてら、食べ物やケーキを仕入れて持ち込みOKのカラオケボックスへ行くことに。それが一番無難そうです。でも今からじゃ予約で一杯じゃないのかな…?
「大丈夫だよ。キャンセル待ちにしておきたまえ」
会長さんが微笑みました。
「楽しみにしてくれていたパーティーを勝手に延期にしちゃったんだし、部屋くらいぼくがなんとかするさ。そのくらいの顔は利くんでね」
サイオンで小細工という手もあるし、と会長さんは笑顔です。よーし、今年のクリスマス・パーティーはカラオケボックス! 「そるじゃぁ・ぶるぅ」の十八番の『かみほー♪』なんかを歌ってみるのも楽しいかも…。ちゃんこ鍋を食べながら私たちは大いに盛り上がりました。カラオケボックスに仕切り直しのパーティーに…。冬休みが来るのが待ち遠しいです~!
そして迎えた終業式の日。教室の一番後ろに会長さんの机がありました。おまけに「そるじゃぁ・ぶるぅ」まで…。いったい何が始まるんでしょう?
「忘れたのかい? ほら、お歳暮だよ」
会長さんがパチンとウインクして。
「去年は宿泊券だっただろう、先生の家の。今年も何かあるようだから来てみたんだ」
「かみお~ん♪ 去年はお留守番だったけど、今度はブルーが大丈夫だよ、って! ぼくもお歳暮ほしいもん!」
ちゃんと生徒をしてるもん、と胸を張っている「そるじゃぁ・ぶるぅ」。校外学習だの水泳大会だのとイベント限定のような気もしますけど、確かに1年A組の生徒には違いありません。当然、冬休み前に先生方が下さるというお歳暮を貰う権利もあるわけで…。そこへグレイブ先生が現れ、私たちは講堂へ。終業式は校長先生の退屈な訓話に、教頭先生による注意事項に…。
「以上が冬休みの生活に対する注意点だ。校則を守り、節度ある生活をするように。それから…」
教頭先生が咳払いをして続けました。
「去年に引き続き、今年も我々教師一同から諸君にお歳暮を贈ろうということになった」
ワッと湧き立つ全校生徒。去年の先生の家での宿泊券は大好評で、ゲットし損ねた生徒はリベンジのチャンスをじっと待ち続けていたのです。ところが…。
「内容は去年と同じではない。そして入手方法も去年とは違う。今年はオークション形式だ」
「「「えぇぇっ!?」」」
たちまちブーイングが巻き起こりました。オークション形式となればモノを言うのはお金です。そんなのフェアじゃありませんよう~!
「静粛に!」
マイクを握る教頭先生。
「これは職員会議で決まったことだ。お歳暮はチャリティー・オークションで競り落としてもらい、売り上げは施設に寄付される。また、金額にも上限を設け、形式もそれに準ずるものとする。…ただし金額が小さすぎても面白みに欠けると思うだろう。そこでゼロを加えることになった」
「「「???」」」
なんのこっちゃ、と誰もが首を傾げました。上限だのゼロを加えるだのって、それってどんなオークションですか? ここで説明係として登場したのはお馴染みのブラウ先生でした。
「オークションに参加するには事前登録が必要なんだよ。使用できる金額もその時に決まる。…食堂のランチは知ってるね? 格安ランチから豪華ランチまでの各種のコース、好きなのを選んで該当料金を支払ってくれれば登録成立。オークションで使える金額はランチの価格にゼロを二個つけた数字になるのさ」
格安ランチなら三万だ、とブラウ先生は例を挙げました。
「もちろん最上級の豪華ランチで登録すれば十万ということになる。手持ちのお金が続く間は何個でも落札可能になるし、入札したいものが無かった場合はオークション終了後に手数料を差し引いて返金されるよ」
へえ…、とあちこちで声が上がりました。参加料金の返金システムはちょっと魅力かもしれません。
「そしてここからが肝心だ。同じ品物が複数ある場合は落札者も複数出ることがある。これは問題ないだろう。逆に一つしかない品物を競り合う場合、上限が豪華ランチ止まりではつまらない子もいるだろうね。そこで共同入札を許可しよう。何人かで組めば人数分の豪華ランチ価格の合計額まで吊り上げられるというわけさ」
講堂がどよめきに包まれます。誰かと組むのは簡単ですが、そこまでやって落札するほどの価値ある品が出るのでしょうか? まず商品のカタログくらいは配って欲しいと思うのですけど…。しかし。
「いいかい、このオークションはサプライズだから事前に品物は明かさない。出品者は教師だとだけ言っておこうか。この講堂がそのままオークション会場になる。参加したい子は登録を受け付けるから前の机に」
「「「………」」」
ゴクリと唾を飲む生徒たち。ブラウ先生や教頭先生が立つ舞台のすぐ下にエラ先生とヒルマン先生が細長い机を置いて座っています。ミシェル先生とシド先生が助手をするらしく、二人の後ろに立っていて…。
「誰も登録しないのかい? だったらオークションは中止だね。…ハーレイ、挨拶をお願いするよ」
終業式終わり、とブラウ先生が言いかけた時、ダッと飛び出したのは三年生の一部でした。私たちと同じ年に入学してきた懐かしのクラスメイトです。不思議一杯のシャングリラ学園に馴染んだだけあって「イベントの類は参加してなんぼ」と吹っ切れたのかもしれません。
「格安ランチでお願いします!」
ポケットからコインを取り出す男子の名前をエラ先生が記録し、ミシェル先生が番号の書かれた札を渡しました。ヒルマン先生の所にも既に何人か並んでいます。札はオークションの時に自分で上げるヤツでしょう。テレビでしか見たことありませんけど…。
「さあ、ぼくたちも並ぼうか」
会長さんに声を掛けられ、私たちは思わず「えっ?」と返していました。
「えっ、じゃないよ。さっさと並んで登録しなくちゃ。…ぶるぅもぼくも豪華ランチだ。君たちも豪華ランチにしたまえ」
「そんなぁ…。金欠になってしまうよ、ぼく!」
悲鳴を上げたのはジョミー君です。
「ぶるぅのバースデープレゼントも買ってないのに、豪華ランチ代なんか出せないってば! 格安ランチが精一杯! だってバイトもしてないし…」
「登録料はぼくが出す。だから豪華ランチ」
君たち全員、と会長さんはポケットから財布を出して私たちの手に紙幣をしっかり握らせました。
「心配しなくても、スポンサーはハーレイだから。学園祭のスペシャル・セットで毟った分から持って来たんだ。…いいね、豪華ランチで登録すること。そして入札はぼくと共同」
げげっ。会長さんが登録料を出すと言うからには逆らえませんが、共同入札って何を落とす気? 私たちにはサッパリ読めない出品物を知っているのは確かです。妙な商品でなければいいけど…と思いながらも登録しないわけにはいきませんでした。登録番号入りの札を渡されたものの、会長さんと共同ってことは自分の札は使えませんねえ…。
お歳暮ゲットがオークション形式と知らされた時のブーイングっぷりとは打って変わって、講堂の中にはオークション用の札を持った生徒が溢れていました。入札しなかった場合は手数料を引いた残りが戻ってくるとあっては、ダメで元々、あわよくば…の精神です。ブラウ先生がエラ先生たちの報告を受けて笑いながら。
「なんだい、結局全校生徒が登録しちゃったみたいじゃないか。それじゃオークションを始めていいかい?」
「「「はーい!!!」」」
期待に満ちた視線の中で壇上に登場したのはオークション用のハンマーを持ったシド先生。校長先生たちが訓話に使う演台にハンマーが置かれ、ブラウ先生が。
「最初の出品物はサッカーボールだ! ただし普通のボールじゃない。ここにサインが…」
壇上のパネルに映し出されたボールの写真にワッと歓声が上がりました。大写しになったサインの名前はプロサッカーの有名選手。いったい何処からこんなモノが…? 私たちの疑問に答えるようにブラウ先生は明るい声で。
「ほうら、いいモノが出てきたろう? シド先生はプロサッカーの世界に友達が多いから頼んで貰った。他にも色々登場するよ。さて、このボールは最低落札価格が百としておく」
「「「百!?」」」
登録価格にゼロを二つ加えた数字がオークションでの手持ち金額。格安ランチで登録した人でも三万は持っているのですから、百っていうのは普通のお金でいったい幾ら? 破格の安さなのは間違いありません。
「じゃあ、いくよ。入札開始!」
ブラウ先生の声が終わらない内にあちこちから札が上がりました。
「百!
「二百!」
「三千!!!」
景気よく跳ね上がってゆくボールの価格。アッと言う間に格安ランチ価格になるかと思ったのですが…。
「二万出ました!」
シド先生がいつもと違った敬語を使って会場中を見回します。
「他にどなたかいらっしゃいませんか? 二万です!」
「「「………」」」
新たに札を上げようとする人はいませんでした。シド先生がハンマーを振り下ろして。
「サッカーボール、二万で落札されました! おめでとうございます!」
落札者の男子が拳を突き上げ、周囲で拍手が起こっています。サイン入りボールが格安ランチ価格に届かないなんて、いったいどうして…?
「もっといいモノが出てきた時にお金が無ければ悲しいだろう?」
会長さんが自分の札を弄びながら言いました。
「この辺で手を引いておくのが上策だ、と他の生徒が思ったんだよ。この後も激しい競り合いになる」
「そんなものか?」
キース君の問いに会長さんは「そんなものさ」と微笑んで。
「ご覧よ、次もサッカーボールだ。サインの名前は…」
今度も有名選手でした。白熱する男子生徒とサッカー好きの女の子たち。落札価格は二万を越えていたりして…。何点かサッカーボールが続いた後で競りに出されたのは意外な品。
「さあ、今度のは珍品だよ!」
ブラウ先生が楽しそうに紹介しました。
「うちの学校の限定商品! 特別生だけが注文できる幻のメニュー、ゼル特製とエラ秘蔵に使える食券だ! これをゲットすれば食べられる日時の案内状がセットで貰える。特別生に混じって幻のメニューを食べてみたい人は落札しとくれ、ペアチケットだから共同入札するのもいいね。…はじめっ!」
「一万!」
いきなり飛び出す万単位。サイン入りのサッカーボールよりもレアものですか、幻のメニュー…。そりゃ私たちだって初めて食べた時はドキドキでしたし、その後も数えるほどしか食べてませんけど。おっと、三万!? 格安ランチを越えましたか!
「五万!」
「十万!!」
「十五万!!!」
ついに出ました、共同入札! 一人じゃ豪華ランチ価格の十万が限度ですものね。ゼル特製とエラ秘蔵は共同入札に出た女子二人組が十八万で落札しました。本来のゼル特製は一人分がオークション価格に換算すれば幾らでしたっけ? うーん、でも…一般生徒が食べたいと思って出すんだったらいいのかな…?
こんな調子でオークションは進んでいきました。まりぃ先生が描いた会長さんの肖像画が出品されたのには驚きましたが、落札者はなんとアルトちゃんとrちゃん。他の女子生徒をあっさり振り切り、豪華ランチ価格で共同入札、二十万です。でも肖像画は一枚しかないのに喧嘩になったりしないんでしょうか?
「ああ、その点は大丈夫だよ。あの二人ならしっかりしてる」
会長さんがクスクス笑ってアルトちゃんたちを見ています。
「まりぃ先生の絵だから、同じものを描いて貰えるように頼みに行こうと決めたみたいだ。それまでは一日交替で寮の部屋に飾ろうと相談しているよ。可愛いよねえ。…そうだ、まりぃ先生に一筆書こうかな。二人の友情のために追加で一枚お願いします…って」
流石シャングリラ・ジゴロ・ブルーです。きっと代金もアルトちゃんたちに代わって会長さんが支払うのでしょう。オークションの方は素敵な家具が出品されたり、有名な役者さんとのお食事券が出てきたり…と盛りだくさんな内容でした。入札しない人は一人もおらず、競り負けた人が共同入札で別のオークションに打って出るのは最早常識。
「ヒートアップしてきたねえ…。まあ、これだけの人数がいれば余裕だろうとは思うけどさ」
会長さんは未だ入札を指示しようとせず、私たちは待機状態です。七人グループと会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の九人ですから九十万までOKですし、そこまでの高額商品はまだ出ていません。会長さんが狙っているのは何なのでしょう? と、ブラウ先生がマイクを握り直して。
「オークションを楽しんでくれてるみたいだねえ。そろそろ終わりになるんだけども、最後の商品だけは予告しとこう。各先生とホームパーティーを開く権利が出品される」
「「「えぇっ!?」」」
「もちろん先生を招いてもいいし、先生の家に行ってもいい。ただし一対一が許されるのは同性同士の時だけだ。女子が男の先生に入札するなら二人以上の共同で。男子が女の先生相手に入札する場合は人数制限は設けないけど、落札したのが男子のみの場合は先生の方に女の先生が一人セットでつく。…風紀上の制限ってヤツだ」
あちこちで起こる笑いの渦。でも、いざ入札が開始されると真剣勝負の連続です。シド先生を競り落とすのに女子が十五人も豪華ランチ価格で共同入札したのにはビックリ仰天。会長さんの狙いは薄々見当がついていますが、九人だけで大丈夫…?
「さてと、あたしまで高値で落札してくれて感謝するよ。いよいよ最後の商品だ。シャングリラ学園教頭、ウィリアム・ハーレイ!」
「二十万!」
え。いきなり二十万って誰ですか? 番号札を上げていたのは、なんとパスカル先輩でした。アルトちゃんとrちゃんが両脇から縋るような目で見ています。会長さんの肖像画で一文無しになった二人のために数学同好会が立ち上がりましたか! ということは…今までパスカル先輩たちは競り負け続けてきたんですよね、いきなり豪華ランチ価格の共同入札。
「三十万!」
会長さんが札を差し上げ、パスカル先輩が諦めたように札を下ろしました。数学同好会の人数からして四十万はいけるものだと思ったのですが…。
「他のオークションで使っちゃったんだよ、パスカルたちは。二十万が限度と見たね」
会長さんの言葉が終わらない内に柔道部の男子が札を差し上げ、教頭先生の値段は五十万に。
「六十万!」
「七十万!!」
ひぃぃっ、どんどん上がってますよう! 柔道部は人数が多いんですし、これは九十万でもダメかも…。
「八十万!」
「八十万と百!」
へ? なんだか急に変な単位が出ていませんか? 百って…妙に半端な数字ですけど?
「どうやらアレが限界らしい」
会長さんが勝ち誇った笑みを浮かべて、壇上のシド先生が。
「八十万と百です。他においでになりませんか?」
「九十万!」
澄んだ声が講堂に響き、会長さんは教頭先生を見事落札。教頭先生が嬉しそうな顔で会長さんを見ています。明らかにオモチャにされるんじゃないかと思いますけど、そんなことは微塵も思っていないんでしょうねえ。それともオモチャにされてもいいと? 教頭先生、素晴らしすぎます…。
お歳暮チャリティー・オークションは大盛況に終わり、登録料の払い戻しを申し出る生徒はいませんでした。私たちは終礼の後で「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に出掛け、会長さんが差し出してきた教頭先生とのホームパーティー券を覗き込み…。
「楽しかったね、オークション! どんなパーティーにしようかなぁ…」
ハーレイを呼んでくるのがいいよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がはしゃいでいます。無邪気な子供の「そるじゃぁ・ぶるぅ」はお客様だと喜んでいますが、教頭先生、オモチャ街道一直線? 会長さんもニヤニヤしてますし…。
「…そのパーティー。ぶるぅの誕生日の仕切り直しとセットがいいね」
ああ、そういえば今年は仕切り直しの誕生日パーティー! なんて名案なんでしょう…って、ええっ!?
「こんにちは」
会長さんの声だと思っていたのに、挨拶してくるそっくりの声音。紫のマントを翻したソルジャーが部屋の中央に立っていました。
「オークション、ぼくのシャングリラから見てたんだ。なかなか粋なイベントをするよね、こっちの世界の長老たちは。…それでさ、ハーレイを呼ぶパーティーだけど。ぼくのぶるぅも誕生日パーティーをしたがってるし、二人分合わせて仕切り直しでパーティーしようよ、ハーレイを呼んで」
ね? と赤い瞳を煌めかせるソルジャーはやる気満々でした。そりゃあ確かに去年も一緒に誕生日パーティーをしましたけれど、今年もですか? しかも教頭先生つきって、なんだか嫌な予感がします。でもパーティーはやりたいですし、私たち、いったいどうすれば…?