シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
シャングリラ学園での入試期間中、私たちはお休みでした。会長さんやフィシスさんが入試対策グッズを販売するのを手伝おうかと思ったのですが、人手は足りているのだそうです。あまり人数が多すぎても有難味が無いのでリオさんを含めて三人いれば十分だとか。試験問題も合格ストラップも飛ぶように売れた、と会長さんから聞かされたのは入試が済んだ後のこと。
「今年もストラップが人気だったよ。パンドラの箱もそこそこ売れたね」
格安だから、と会長さん。
「だけど箱から出てくる注文を全部こなそうって人はいなかった。そうだよね、ぶるぅ?」
「うん…。タコ焼きは貰えたんだけど、アイスキャンデーはダメだったんだ」
俯いている「そるじゃぁ・ぶるぅ」はアイスキャンデーが大好きですが、いくら奇跡が起こる可能性があると言われても注文通りに全種類を買えば財布に優しくないわけで…。そう、『パンドラの箱』というのは私が入試でお世話になったグッズでした。中から出てくる注文メモに書かれたことを全てこなせば補欠合格できるという…。
「残念だったよ、色々と知恵を絞ったのにさ」
つまらない、と会長さんが指折り数えているのはパンドラの箱に入れようとしていた注文メモのアイデアでした。買った人には「そるじゃぁ・ぶるぅ」の欲望が詰まったメモが出てくると説明するんですけど、実の所は会長さんが指示して書かせているのです。悪戯心満載のメモに踊らされている挑戦者を見るのが楽しみだなんて悪趣味ですよね…。
「それじゃ今年もパンドラの箱の奇跡は該当者無しというわけか…」
キース君が溜息をつき、ジョミー君が。
「みゆはパンドラの箱で補欠合格したんだよね? 凄いや、それって勇者って言わない?」
「言わないでよう…。どっちかと言えば忘れておいて欲しいんだけど!」
「無理無理! 最後は男湯に突撃したって聞いたもんな」
凄すぎる、とサム君が笑いを堪えています。あーあ、もしかして一生言われるんでしょうか、あの話。「この箱を男湯の脱衣場に置いてね」というのが最後の注文メモでしたけど、パパのコートを借りて帽子とサングラス、マスクで顔を隠して男湯の暖簾をくぐった悲しい思い出…。でも。
「みゆは頑張ってくれたんだもん、苛めないでよ!」
笑いの連鎖を止めたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」でした。
「考えたのはブルーだけれど、お風呂に行ったのはぼくだもん! あそこの銭湯、気に入ってるし!」
いろんなタイプのお風呂が沢山…と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は楽しそうです。会長さんと一緒に時々通っているらしくって、アヒルちゃんのお風呂グッズも揃えていると自慢しました。
「それでね、今年もメモに書いたんだけど…誰も連れてってくれなかったんだ。仕方ないからブルーと行った。そうだよね?」
「まあね。合格グッズを売り捌くのはハードだからさ、疲れを取るにはお風呂が一番! エステなんかもいいんだけれど、今はハーレイを呼びたくないし…。フィシスと一緒にスパって気分でもなかったからね」
「…ああ……。教頭先生な…」
あれからどうなっているんだろう、と遠い目をするキース君。試験問題のコピーをゲットしようとしていた矢先にソルジャーが飛び込んできて妙な話になってしまったのが随分昔に思えました。教頭先生がバレンタインデーに会長さんを喜ばせることが出来たら、会長さんかソルジャーがバニーちゃんの衣装を着て見せる、という…。
「どうなってるかなんて知りたくもないよ」
会長さんはプイと顔を背けて。
「考えてみたら、バレンタインデーにハーレイに会いさえしなけりゃ済む話なんだ。会わなきゃプレゼントを貰うこともないし、ゴタゴタが起こることもない」
「宅配便って手もあるぞ?」
キース君の鋭い突っ込みにフンと鼻先で笑う会長さん。
「ハンコを押さなきゃいいんだよ。いわゆる受け取り拒否ってヤツ。…その前に家に帰らなければ不在扱いで済むかもね。バレンタインデーは夜まで此処にいるっていうのも一つの手だよ」
教師は此処に来ないから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋の安全性を説く会長さんは開き直ったようでした。確かに教頭先生と顔を合わさず、プレゼントも一切受け取らなければソルジャーの案は無効です。そういうわけでバレンタインデー当日は私たちも夜まで会長さんにお付き合いして立て籠もることになりました。
「日付が変わるまでは安心できないし、遅くなるからぼくの家に泊まってくれればいいよ。荷物は先に瞬間移動で運んであげよう」
「かみお~ん♪ お部屋も用意しとくね!」
お客様だあ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜びです。バレンタインデーさえ無事に過ぎればいつもの楽しいお泊まり会! 教頭先生が何を考えているのか分かりませんが、なんとか逃げ切れますように…。
温室の噴水がチョコレートの滝に変身を遂げ、休み時間には生徒が集まってミカンやバナナをコーティング。この風景もすっかりお馴染みになりました。バレンタインデーに向けて盛り上がる中、チョコを貰えないかもしれない男子生徒が義理チョコを確保するためにチョコレート保険の集金をするのも年中行事。なにしろチョコのやりとりをしない生徒は礼法室で説教ですから…。
そして迎えたバレンタインデー当日、会長さんはしごく当然のように「そるじゃぁ・ぶるぅ」をお供に連れてチョコを貰いに学校中を回っています。授業が始まる前に特別に設けられた時間枠なので先生方は出て来ません。従って教頭先生に出くわす心配もなく、シャングリラ・ジゴロ・ブルーは悠々と全部のクラスを回って…。
「やあ。遅くなってごめん。やっぱり自分のクラスは一番長く時間を取りたいからね」
だから最後にしたんだよ、と1年A組に姿を現した会長さんにクラス中の女子が湧き立ちました。次々に差し出される本命チョコを「そるじゃぁ・ぶるぅ」に持たせた袋に入れてゆく会長さん。今年は私とスウェナちゃん、アルトちゃん、rちゃんのチョコも鞄ではなくて袋の中へ…。これって特別扱いはやめましたって意味でしょうか?
『違うよ、中で仕分けしている。アルトさんたちも特別生になったことだし、堂々と特別扱いし続けるのもどうかと思って…』
愛人だという噂が立つと困るしね、との会長さんの思念にアルトちゃんたちが頬を赤らめています。そっか、今のはアルトちゃんたちにも届いたんだ…。
『ふふ、思念波はみんな平等に。…ジョミーたちにも聞こえた筈さ』
なるほど、ジョミー君たちが会長さんを睨んでいました。日頃の所業を責めているといった所でしょうが、会長さんは気にしていません。チョコを集め終わった会長さんは女子全員に笑顔を振り撒きながら平然と出て行ってしまいました。入れ替わりにグレイブ先生が来て、朝のホームルームが始まって…。退屈な一日の授業が済むと、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ一直線です。
「教頭先生は来たか!?」
飛び込むなりの第一声はキース君でした。会長さんはソファに腰掛け、のんびりと…。
「来るわけないだろ、ここはぶるぅの部屋なんだから。君たちも座ってお茶にしたまえ、ザッハトルテにガトー・ショコラに…。色々あるんだ、チョコレート尽くし」
飽きたら他のお菓子もあるよ、と会長さんは余裕綽々。ジョミー君たちが貰ったチョコを瞬間移動でそれぞれの家に送り届けたり気配り万全、立て籠もっているという事実を除けば普段と全く変わりません。
「君たちの荷物もぼくの家に運んでおいたから。今日は夜までここで過ごすし、夕食は軽く済ませて、ぼくの家で夜食も兼ねてしっかり食べるということでいい?」
「うん、いいけど」
ジョミー君が即答し、私たちも頷きました。軽くと言っても「そるじゃぁ・ぶるぅ」がいるのですからオムライスくらいは出てくるのでしょう。しかし…この部屋で日付が変わるまでとは、私たちだって初めてです。ちょっとドキドキしてるかも…? とはいえ、平和な時間が流れる間にそんな気持ちはすっかり忘れて、ふと気が付けば下校時刻はとっくに過ぎてしまっています。
「えっと…。まだ六時間以上あるんだよね?」
ジョミー君が壁の時計を眺めました。
「そうなるね。…そろそろお腹が空いてきたかな? ぶるぅ、パスタの用意を…」
そこまで言って会長さんが言葉を飲み込み、赤い瞳を見開いて…。
「嘘だろう!?」
「「「えっ?」」」
なんのこと、と問い返す前に壁を叩く音がコツコツと。
「…ブルー…? そこにいるんだろう? プレゼントを持って来たんだが…」
「「「!!!」」」
それは紛れもなく教頭先生の声でした。プレゼントって……プレゼントって、本気で用意してたんですか~! いえ、品物とは限りませんけど、ここまで押しかけてくるなんて…。
「まずい。逃げるよ、みんな! ぶるぅ、手伝って!」
「かみお~ん♪」
パァァッと青い光が走って私たちは宙に浮き、瞬間移動をしていました。下り立った先は会長さんの家のリビングです。なんで…なんで教頭先生が? でも、わざわざ逃亡するまでもなく、シールドを張れば逃げ切れるのでは…?
「……びっくりした……」
リビングのソファに腰を下ろした会長さんは心底驚いているようでした。
「なんでハーレイが押し掛けてくるのさ、ぼくが来るまで待ってりゃいいのに…」
「だから痺れを切らしたんだろ? あんたが姿を現さないから」
そうに決まっている、とキース君が指摘しました。
「教頭室でじっと待っている間に帰られてしまったら元も子も無い。それで様子を見に来たんだろう。特にシールドもしていなかったし、あんたがいるのは分かった筈だ」
「そりゃあ…シールドはしなかったけど、ぶるぅの部屋に来るなんて…。あのまま部屋ごとシールドするより逃げ出した方が安全だよね。まさか家までは来られないさ。前から散々脅してあるし、ゼルのバイクは懲り懲りだろう」
そっか、ここまで逃げてきたのは家の方が安心だからですか…。確かに「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋よりかは心のハードルが高そうです。なんと言っても会長さんのプライベートな場所なのですし、つまみ出されてゼル先生に通報されれば教頭先生にとっては大打撃。謹慎処分に市中引き回しと悲惨な末路は確実でした。
「教頭先生、プレゼントって何を届けに来たのかなぁ?」
緊張感の無いことを口にしたのはジョミー君です。
「手作りチョコかな、それとも買ったチョコレートとか? なんだか気になってしまうんだけど…。何だったの、ブルー?」
「知らないよ。見てもいないし、知るわけがない。…サイオンで知ろうって気にもならない」
「……それは残念」
冷たいねえ、という声が聞こえて紫のマントが翻りました。
「「「!!!」」」
「こんばんは。…お客様をお連れしたんだけども?」
ソルジャーの隣に立っているのはプレゼントの包みを抱えた教頭先生。いきなりリビングに飛び込まれたのでは安全地帯も意味無しです。なんだってこんな余計な事を…。いえ、だからこそのソルジャー、だからこそのトラブルメーカー…? ソルジャーはクスクスと笑い、教頭先生の肩を軽く叩いて。
「ほら、連れて来てあげたよ、ブルーに挨拶しなくっちゃ」
「あ、ああ…。ありがとうございます」
「どういたしまして。ぼくとしても自分の提案が無視されるのは悲しいからね、きちんとフォローしたまでさ。で、プレゼントは何なのかな?」
教頭先生が持っている包みにソルジャーは興味津々でした。
「君が何を用意するのか楽しみだったし、覗き見は一切していないんだよ。何が出てくるのかワクワクする」
「だからといって!」
なんでハーレイを連れてくるのさ、と柳眉を吊り上げる会長さん。けれどソルジャーは聞く耳を持たず、教頭先生を煽っています。
「ぼくがブルーは逃げ帰ったよ、って言ったら凄くしょげてたじゃないか。受け取ってくれるだけでも良かったのに…って。勇気を出して渡したまえ。…ブルーが満足するかはともかく、渡さなくっちゃ話にならない」
「…そ、そうですね…。そのぅ…なんだ、ブルー……これを受け取って貰えるだろうか?」
大きな身体を気の毒なほど縮こまらせて教頭先生が差し出した包みは、淡いブルーの紙に覆われ青いリボンがかかっていました。ロゴが見当たらない所をみると手作り品をラッピング? チョコにしては箱が嵩張り過ぎてる気もしますけど、焼き菓子とかならこんなものかな? 会長さんは手を出しもせず、シロエ君が。
「受け取ったら負けですよ、会長! 貰わないのが一番です!」
「そうだ、そうだ! 貰わなかったら気に入るも何もないんだもんな。やめとけよ、ブルー!」
サム君が止め、キース君も。
「突き返すんだ! …教頭先生には申し訳ないが、貰う筋合いはないってことで!」
「そうだよね…。というわけで、このプレゼントは受け取れないよ」
持って帰って、と会長さんは首を左右に振ったのですが、ソルジャーが。
「それは賛成できないな。ハーレイの心がこもったプレゼントなのに、開けもしないで返すって? 気に入るかどうか、中身だけでも見てあげた方がいいと思うけど? せっかくここまで連れて来たのに、ぼくの好意を無にする気かい?」
「無にするも何も、最初から君が勝手に決めたんじゃないか! ぼくはハーレイからのプレゼントなんて欲しくないのに、ぼくを満足させられたら…って!」
「うん、言った。…でもさ、ぼくはプレゼントが形のあるものかどうかは限定しないで言ったんだよね。極端な話、君をベッドで満足させてもオッケーじゃないかと思うんだけど? そこを普通のプレゼントで済ませてくれるだなんて、感謝しなくちゃ」
「…な…何を……君はいったい何を考えて…」
ワナワナと震える会長さんをソルジャーは涼しい顔で眺めて。
「別に? 君たちを見てると飽きないんだよね、つい、ちょっかいを出したくなる。…ちょっかいと言うよりおせっかいかな、少しでも進展するように…ってさ。さてと、ハーレイ。…君のプレゼントは何なんだい? チョコにしては箱が大きいけれど、どうやら手作りみたいだね」
「え、ええ…。そのぅ……頑張ったのですが……」
「ほらね、頑張って作ったらしいよ。気持ちだけでも受け取りたまえ、開けてあげるだけでいいんだからさ」
「…………」
ソルジャーはこうと決めたら譲らないのが分かっています。会長さんは深い溜息をつくと教頭先生が差し出す包みを受け取り、テーブルに置いて渋々リボンを解き始めました。
「…気に入ってくれるといいのだが…」
もじもじしている教頭先生。心なしか頬も赤いような…。プレゼントって何なのでしょう? 会長さんが包装紙を剥がし、箱の蓋を取った次の瞬間。
「「「!!!」」」
全員が石化しそうになりました。教頭先生、本当にこれを作ったんですか~!?
「…どうだろう、ブルー? お前の好みに合っていればいいのだが…」
「えっと…。頑張ったって聞こえたような気がするんだけど、ひょっとして、これをハーレイが…?」
信じられない、という面持ちで箱の中を指差す会長さん。教頭先生は「うむ」と頷き、恥ずかしそうに小さな声で。
「チョコレートを…とも思ったのだが、どうもありきたりな気がしてな…。私なりに色々調べたのだ。そしたら心のこもったプレゼントにはこういう物が一番だ…と」
「………。それって何処の情報なのさ? 自分でやってて馬鹿じゃないかと思わなかった?」
「いや。心をこめるとは正にこういう作業なのだな、と不思議なほどに納得したが。…お前が満足するかはともかく、私自身に悔いは無い」
「悔いは無いって言われてもねえ…」
会長さんが呆れたように箱の中身を取り出しました。それは手編みのアランセーター。生成りで素朴な仕上がりです。会長さんなら着こなせそうな品ですけれど、問題は似合うかどうかではなく、気に入るかどうかの次元も既に飛び越えてしまったような…? ソルジャーもポカンとしています。
「まさかと思うけど、それ、ハーレイが編んだのかい…?」
ソルジャーの問いに「はい」と答える教頭先生。
「実は編み物は初めてでして…。そのぅ、こちらの世界のエラに教えてもらったのです」
げげっ。エラ先生の指導でしたか! それは上達も早いでしょうが、会長さんに手編みのセーター…。誰もが絶句している中で「そるじゃぁ・ぶるぅ」がセーターを調べ、「凄いや」と感激しています。
「ハーレイ、とっても器用なんだね! ぼくも編み物することあるけど、セーターは大きすぎるから…マフラーとか靴下の方が得意なんだ。これだけ編むのは大変でしょ?」
「まあな。…教頭室に仮眠室があって助かった。仕事の合間にこっそり編めるし、家でも夜遅くまで頑張ったんだぞ。どうだ、ブルーに似合いそうか?」
「うん! ブルー、こんなセーターも大好きだよ? ね、ブルー?」
無邪気な「そるじゃぁ・ぶるぅ」の言葉に会長さんは顔を引き攣らせて。
「…アランセーターは嫌いじゃないけど、それはちょっと…。着たらなんだか呪われそうだ。ハーレイの髪の毛が編み込んであるとか、そういうオチがありそうでさ」
「「「………」」」
有り得ない話ではない、と私たちの背筋が寒くなります。アルテメシア中に絵馬を奉納していた教頭先生、おまじないにも凝りそうな気が…。と、ソルジャーの瞳がキラリと光って。
「ふうん? こっちの世界じゃ呪いのセーターなんかがあるわけ? だったら試着してみなくちゃね、それが呪いのセーターかどうか」
「え? ええっ!?」
キラリと光った青いサイオン。それが会長さんを貫いた…と思った時には会長さんの制服の上着が消え失せ、代わりに例のセーターが。似合ってますけど…似合わないわけではありませんけど、試着なんかして大丈夫ですか…? 教頭先生は感無量です。
「ああ、似合うな…。気に入ってくれると嬉しいのだが」
「気に入るわけがないだろう! こんなもの…!」
教頭先生からのプレゼントに満足したら最後、待っているのはバニーちゃんの衣装。会長さんは大慌てでセーターを脱ぎ捨てようとしたのですが…。
「あれ? こ、これっていったいどうなって…」
セーターは会長さんの身体に纏わりついて離れません。腕を抜くことも出来ないようです。静電気で貼り付くにしてもあそこまで酷くはならないんじゃあ…? 悪戦苦闘する会長さんを横目で見ながらソルジャーが。
「呪いのセーターだなんて言うから閃いたんだよ、呪いのアイテム。バレンタインデーのプレゼントには最高だろうと思うんだよね」
「「「え?」」」
脱げないセーターの何処が最高? 会長さんが教頭先生の愛のこもったセーターを着て一日過ごす羽目になったら教頭先生は満足でしょうが、プレゼントを貰ったのは会長さんです。会長さんが満足できなきゃバニーちゃんの衣装は無かったことになるんですけど…?
「ふふ、分かってないねえ、君たちは。…さっきまではバニーの方で考えてたけど、ぼくは遊べるなら何でもいいんだ。今年のバレンタインデーもプレゼントするのはブルーの方から! あ、違うか…。もうセーターを貰ったんだし、ブルーからもプレゼントのお返しってことになるのかな?」
クスクスと笑うソルジャーを会長さんがキッと睨んで。
「どうでもいいからこれを外して! 君のサイオンが絡みついてるのは分かってるんだ。さあ、早く!」
「…言ったろ、呪いのアイテムだって。脱げないよ、それは」
「なんだって!?」
「夜の12時になったら脱げる…と言ったらどうする? バレンタインデーの間は君のハーレイの愛を身体に纏って過ごすんだ。…残念ながら12時になっても脱げないけどね、呪いだから」
ソルジャーは教頭先生の方を振り向き、意外な展開に声も出せない教頭先生の腕を掴むと。
「愛をこめてセーターを編んだ君の想いに応えてあげた。…あのセーターを脱がせられるのは君だけだ。素敵だろう? その手でブルーを脱がせるんだよ」
「「「えぇぇっ!?」」」
悲鳴と怒号が渦巻く中で教頭先生は見事に硬直していました。
「わ、私が……ブルーを…?」
「そう。サイオンでそういう仕掛けがしてある。ぼくはブルーやぶるぅと違って場数を踏んでいるからね…。あの二人でもどうすることも出来ないさ。脱がせてあげてよ、前からそうしたかったんだろう?」
「い、いえ……私はそんな…!」
「遠慮しないで。そうそう、セーターの下は素肌なんだよ、その方が君が喜びそうだし」
さあ早く、とソルジャーは教頭先生の腕を引っ張り、背中を押して会長さんの方へと突き飛ばしたからたまりません。教頭先生は会長さんにドスンとぶつかり、はずみでセーターをグイと掴んでしまって…。
「……情けない……」
床に伸びている教頭先生をソルジャーが冷たい瞳で見下ろしています。教頭先生の横には「そるじゃぁ・ぶるぅ」がちょこんと座って懸命にワイシャツの染みを落としていました。言うまでもなく鼻血の跡で、教頭先生の鼻の穴には「そるじゃぁ・ぶるぅ」が詰めたティッシュが…。
「落ちないよ、これ…。クリーニングに出すしかなさそう」
セーターの方はどうしよう? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がシャツを着込んだ会長さんに尋ねます。呪いのセーターは脱ぎ捨てられて絨毯の上に落ちていますが、それにもベッタリ鼻血の跡。
「ゴミ箱行き! あんなのはそれで十分なんだ! まったく、ブルーのお蔭で酷い目に…」
「遭ってないじゃないか。脱がされたんじゃなくて自分で脱いだし、問題ないと思うけど?」
「ハーレイが失神しちゃって面白くないからサイオンで縛るのをやめたってだけの話だろう! 脱がせるつもりで仕掛けたくせに!」
「まあね。…君とハーレイの距離が縮まればいいな、と思ったけれど、ハーレイの限界が早すぎたか…」
せっかくバレンタインデーなのに、とソルジャーは不満げに呟いてから。
「こんなのを見ちゃうとマンネリの日々でも文句を言ったらバチが当たりそうな気がしてくるよ。ぼくのハーレイはヘタレだけれど、ちゃんとすることはしてくれるし……ぼくを途中で放っておいて勝手に昇天しちゃうような真似は滅多にしないね。…遅くなったけど帰ろうかな? 特別休暇を取ったというのにぼくが留守だから、青の間で一人ションボリしてる」
「だったら、さっさと帰ればいいだろ!」
「そうなんだけど…。あのさ、これって貰って帰っていいのかな?」
置いといたらゴミに出すんだよね、とソルジャーはセーターを拾い上げました。
「好きにすれば? そんな鼻血アイテム、何に使うのか知らないけれど」
「ありがとう。ぶるぅ、悪いけど手形を押してくれないかな? この染み、とっても目立つからね」
「えっ、手形? 試験合格の?」
キョトンとしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」にセーターを手渡し、微笑むソルジャー。
「うん。ぼくのハーレイが最高点で試験に受かりますように…って、染みの上から押しといて」
「分かった! こないだと同じ感じでいいよね、よいしょ…っと」
ペッタリと押された赤い手形を私たちは呆然と見守るばかり。ソルジャーの辞書に懲りるという言葉は無いようです。紅白縞の次は教頭先生の手編みのセーター。…これって効果があるのでしょうか?
「どうだろうね? 少なくとも、ぼくのハーレイは頑張ってくれると思うけど? 紅白縞の効果が何だったのかは気付いているし、それとおんなじ手形が押されたセーターを見れば意味する所は一目瞭然! しかもこっちの世界のハーレイが愛をこめて編んだセーターだよ? 負けてたまるかと発奮するのが男ってものさ」
着るかどうかはともかくとして…、とソルジャーはパチンとウインクしました。
「ぼくの今年のバレンタインデーのプレゼントはこれにしておくよ、ハーレイもチョコを作ったようだしね。…そうだ、こっちのハーレイの力作を貰って帰るのに御礼をしないのはあんまりかな? ブルーは満足しなかったから、この程度にしておけばいいんじゃないかと…」
青いサイオンに包まれたソルジャーの衣装がバニーちゃんスタイルに変わっていました。
「ブルー、耳かきを貸してくれるかな? それと写真をお願いするよ」
ハーレイの憧れの衣装で耳掃除、とソルジャーは失神している教頭先生に膝枕をして耳かき片手にニッコリ笑顔。その光景を撮影させられたのはジャンケンで負けたキース君です。何枚も撮って、ソルジャーが納得の数枚をプリントアウトし、封筒に入れて教頭先生の懐に。
「これで良し…と。御礼もしたし、ぼくは帰るよ。ハーレイが待ちくたびれているからね」
じゃあね、とソルジャーは手形が押されたセーターを大切そうに抱えてフッと姿を消しました。教頭先生は会長さんが瞬間移動で家へと送り届けたようです。えっ、あの写真はどうなったかって? それはもちろん…。
「バニーちゃんスタイルで耳掃除。ハーレイの夢は叶えてあげたし、ちゃんと証拠の写真もあるし…。これで文句はないだろう。二度と手編みのセーターなんかは御免だよ、うん」
やっぱりバレンタインデーは貰うのではなく贈るに限る、と会長さんは吐き捨てるように言いました。教頭先生、手編みのスキルまで身に付けたのに、想いは通じませんでしたか…。
「やれやれ、とんでもない日になっちゃったよ…。もうすぐ日付が変わっちゃうけど、パーッといこうか、賑やかにさ」
バレンタインデーが無事に済んだお祝い、と会長さんの音頭でお泊まり会が始まりました。バレンタインデーを祝うならともかく、無事に済んだことのお祝いなんて間違ってるんじゃないかって? 常識なんかじゃ量れないのがシャングリラ学園、しかも私たちは特別生。こんなバレンタインデーもアリですってば! でも来年はもっと普通のバレンタインデーがいいな、と心の底から思ってます…。
シャングリラ学園の入試会場で試験問題のコピーを販売するのが会長さんの年中行事。コピーは教頭先生から貰うのが常で、交換条件として耳掃除をしてあげることになっています。今年も耳掃除をしに出発しようとしていた所へ現れたのはソルジャーでした。
「ぼくが行ったっていいだろう? 試験問題を貰うだけだし」
会長さんの代わりに行くのだ、と言い張るソルジャーですが、そうは問屋が卸しません。
「ダメだってば! ハーレイは最初からぼくがお目当てなんだよ。身代わりなんかは即バレるし! 却下」
すげない会長さんの言葉に、ソルジャーは唇を尖らせました。
「そうなんだ? 効き目が切れる勝負パンツなんかを掴ませたくせに、謝罪も無ければ誠意も無いと?」
「なんで謝罪が必要なのさ! 君が勝手に勘違いして勝負パンツだと決めちゃったんだろ、ぶるぅの手形はあれで完璧だったんだ! 効果の持続を希望するなら紅白縞を脱がせないようにすればいい。それでオッケー」
どんな試験も最高点で合格だ、と会長さんは自信満々。ソルジャーはチッと舌打ちをして…。
「やっぱりそうか…。もしかしたらとは思ったんだけど、あんなのを履いたままのハーレイの相手はご免こうむる。紅白縞が気に入ってるのは君の世界のハーレイじゃないか! だから君の代わりに耳掃除をして、他にも色々サービスを…」
「却下!」
そう繰り返した会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」にシールドを張るように言って私たち七人グループを付き添いにすると教頭室へ。お得意の『見えないギャラリー』とはちょっと違ってボディーガードみたいなものです。文句を言い続けていたソルジャーもシールドに隠れてついて来ているのが気になりますが、追い払えないものは仕方なく…。
本館の奥の教頭室に着き、扉をノックする会長さん。
「…失礼します」
扉を開けると教頭先生が嬉しそうな顔で出迎えました。
「来たか。試験問題のコピーは揃えておいたぞ、ちゃんと金庫に入れてある」
「そうこなくっちゃ。…で、もちろんいつものサービスだよね?」
「あ、ああ…」
教頭先生は照れ隠しのように頭を掻くと、仮眠室に続く扉を開けて。
「よろしく頼む。…今日を楽しみにしていたからな、しばらく耳の掃除はしていないんだ」
「相変わらずだねえ…。耳掃除はマメにしといた方がいいんじゃないかと思うんだけど」
「そう言うな。年に一度のチャンスなんだぞ」
堂々とお前の膝枕だ、と教頭先生は鼻の下を伸ばしています。そして会長さんの肩を抱き寄せ、仮眠室へと入って行くのを私たちはコッソリ追い掛けました。もちろんソルジャーもコソコソと…。
「用意できたよ? いつでもどうぞ」
大きなベッドの上に座った会長さんが教頭先生に微笑みかけると、教頭先生は上着を脱いでネクタイを緩め、会長さんの膝枕でゴロンと転がって。
「落ち着くな…。年に一度だなどと言わずに、私の嫁になってくれれば…」
「君の辞書には懲りるって言葉が無いのかい? ゼルのバイクで結婚祈願の絵馬とかを回収させられただろう、あれが答えだって知ってるくせに」
「そう言われてもな…。諦め切れるものではない。お前一筋三百年だ」
気が変わるのを待っている、と続ける教頭先生を会長さんはサラッと無視して手際良く耳掃除を始めました。教頭先生はうっとりと目を閉じ、まずは左でお次が右耳。終わると会長さんは耳元に唇を寄せてフッと軽く息を吹きかけて…。
「はい、おしまい。約束通り試験問題を貰って行くよ」
「そう急ぐな。もう少しだけこうしていてくれ」
せめて5分、と未練がましい教頭先生。会長さんは腕時計でキッチリ時間を計ると「終了!」と告げて教頭先生の頭をどけようとしたのですが。
「…おい。本当にこれで終わりなのか?」
「決まってるだろ、試験問題のコピーを貰う代わりに耳掃除! そういう約束になっているんだと思ったけどな」
「…いや、しかし…。もっとこう、オプションとでも言うのだろうか、オマケの類は…?」
「なんでオマケを期待するのか理解に苦しむ所だけれど? お正月から派手に迷惑かけられたんだよ、こっちはね。ゼルのバイクは怖かったんだろ? もう一度あの目に遭いたいと?」
いつでもゼルを呼べるけれども、と会長さんは教頭先生を睨み付けます。
「すまん、願掛けは私も必死だったんだ。いつまで待ってもお前は嫁に来てくれないし、そこへあの本を見たものだから…。ゼルのバイクは勘弁してくれ。寿命が縮んだどころではない」
「やっぱりねえ…。なのにどうしてオプションなのさ。ぼくがサービスするとでも?」
「…して貰えると思ったんだが…。そのぅ……色々と、状況的に」
「えっ? 厚かましいにも程があるよ。バイクで市中引き回しの刑にしたっていうのに、状況的に何だって?」
理解不可能、と呆れた顔の会長さんに教頭先生は膝枕から起き上がって…。
「…去年はサービスしてくれただろう、チャイナドレスで」
「ああ、あれね。でもさ、あれは去年限定のスペシャル・コースで、今年は何も用意してない」
「嘘だろう? 確かに用意をしたと聞いたぞ、仮装パーティーの衣装を誂えた時に」
「はぁ?」
目を丸くする会長さん。仮装パーティーと言えば年末にやったヤツですけども、会長さんの仮装は悪代官。あんな格好で耳掃除をして欲しかったとは、教頭先生も酔狂としか…。会長さんもポカンとしています。
「…悪代官が好みだったんだ…。本当に趣味が悪いね、ハーレイ。まあ、それくらいなら聞いてあげないでもないけどさ」
青いサイオンがパァッと走って会長さんの制服がキンキラキンの悪代官に変わりました。
「着替えたよ? 悪代官なら帯回しとかがいいのかな? 帯はないからベルトでいいよね」
「ち、違う! それではなくてもっと別の…。他にもオーダーしていた筈だぞ、店長からちゃんと聞いたんだ!」
「店長から…? ああ、それじゃ天使の衣装の方か。ブルーの魔天使もぼくの注文ってことにしてたし」
ブルーの存在は明かせないから、と会長さん。
「あれなら確かに君の好みに合うかもね。それじゃ早速…」
着替えをしようとサイオンを立ち昇らせた会長さんですが、それを止めたのは教頭先生。
「違う! …いや、焦らされるのは構わないのだが……私が見たいのはそれではないと分かるだろう? 注文したのはお前なんだし」
「…分からないよ? 他にどんな衣装があるって言うのさ、注文したのは二つだけだし! だったらこれは要らないね」
元の制服に戻った会長さんに教頭先生は熱い視線を送って…。
「そう照れるな。私が衣装を誂えに行ったら、店長が「最近これが流行りですね」と言ったんだ。ノルディが大量に注文したようだが、それとは別にお前の注文も入った、とな」
「え…。もしかして、それって…」
会長さんが言葉に詰まり、シールドの中の私たちも息を飲みました。教頭先生が誂えた流行りの衣装で、エロドクターが大量に注文していて、会長さんからの注文もあった衣装と言えばアレだけです。絶句している会長さんを教頭先生が期待に満ちた目で眺めていますし、これは間違いなくアレしかなくて…。
「…ハーレイ…。念のために訊くけど、その衣装ってウサギかい? 仮装パーティーでハーレイが着てた?」
「もちろんそうだ」
即座に頷く教頭先生。
「お前がオーダーしたということは期待をしてもいいんだろう? 耳掃除の時に着てくれるのかと思っていたが、そうではなかったようだしな…。いつ披露してくれるんだ? 試験問題を渡せばいいのか?」
「…………」
思い切り誤解されてしまった会長さんは目を白黒とさせていました。バニーちゃんの衣装を注文したのは会長さんならぬソルジャーです。今年の試験問題ゲットは会長さんのバニーちゃんスタイルが必須とか? 会長さんは教頭先生の大暴走を恐れてましたが、こんな形で出て来ましたか~! これじゃ私たちには対処のしようがありません。…と、ソルジャーのシールドがフッと解かれて。
「お邪魔してるよ」
「!!?」
突然の闖入者に仰天している教頭先生にソルジャーはスタスタと歩み寄りました。
「話は全部聞かせて貰った。…あの衣装、ぼくが注文したんだよね」
ブルーのサイズで、とニッコリ微笑むソルジャーですけど、ここで着替えるつもりでしょうか? ソルジャーがバニーちゃんスタイルを披露してくれれば試験問題ゲットですか…?
相変わらずシールドの中の私たちを他所に、ソルジャーは教頭先生に軽く片目を瞑ってみせて。
「君が知らないのも無理ないさ。あの衣装はノルディがとても気に入っててねえ…。キースが着たのを見せてやったらハマッたらしい。それでジョミーやシロエたちにも無理やり着せてコンテストなんかをしちゃったわけ。その時にぼくも便乗させてもらって注文を…ね」
ブルーの名前で、とソルジャーは悪びれもせずに語っています。
「なかなかセクシーだから愛用させて貰ってるけど、ブルーは決して着たがらない。ぼくが強引に着せちゃった時はブチ切れてたねえ」
「……着せた……?」
ソルジャーの言葉を教頭先生は聞き逃しませんでした。呆然としていたくせに流石というか何と言うか…。ソルジャーはクッと喉を鳴らして。
「うん、着せた。こないだの仮装パーティーで君が失神しちゃった後でブルーたちにフレンチ・カンカンを踊らせたんだよ、あの格好で。…残念だったね、失神してて」
「………」
その時の教頭先生の残念そうな顔と言ったら! ソルジャーは更に続けました。
「君はブルーにあれを着せたくてたまらないんだろ? ぼくの写真もオカズにしてるし、ぼくで良ければ着替えてあげてもいいんだけどさ。…でもね、生憎とぼくは機嫌が悪いんだ。何もかも全部、紅白縞が悪いんだけど!」
「は?」
「紅白縞だよ、君の愛用の青月印! ぶるぅに手形を押してもらって勝負パンツにしたというのに、脱いだら効果が切れるだなんて…。なんでパンツまでヘタレなのさ!」
「…???」
話に全然ついていけない教頭先生。ソルジャーは立て板に水の勢いでまくし立て、夜の試験がどうのこうのと具体的な試験内容まで話し始めたからたまりません。私たちには意味が不明でしたが、教頭先生はウッと呻いて鼻にティッシュを詰めています。そんな教頭先生にソルジャーは…。
「そういうわけで、君にはサービスしたくないんだ。どちらかと言えば罪滅ぼしにサービスして欲しいくらいだよ。…あ、それもいいかな、ベッドもあるしさ。どう、ハーレイ? ぼくと一回やってみる?」
「ブルーっ!!!」
会長さんが怒鳴り、凄い勢いでソルジャーの腕を引っ張ると。
「そんなサービスはしなくていいっ! 試験問題のコピーを貰うには耳掃除だけと決まってるんだ! 変な前例を作られちゃったら困るだろう! 君はさっさと帰りたまえ!」
「…やれやれ、頭が固いんだから…。ハーレイ、君はいいのかい? 例の衣装を見られなくっても試験問題をブルーに渡すと?」
「……元々そういう約束ですから……」
教頭先生は鼻の付け根を摘んで止血しながら仮眠室を出、教頭室の金庫の奥から大きな封筒を取り出しました。
「今年の試験問題のコピーだ。…全科目分揃っている」
「ありがとう、ハーレイ。君が約束を守る男で良かったよ。分相応って言葉もあるしね、高望みはしない方がいい」
それが賢明、と会長さんは封筒を受け取り、試験問題を確認すると…。
「うん、完璧。来年もよろしくお願いするよ、生徒会の重要な資金源だ。それじゃブルーは連れて帰るから」
今日はこれまで、と立ち去ろうとした会長さんをソルジャーが後ろから引き止めて。
「ちょっと待った! 君のハーレイに少しくらいは希望をあげてもいいんじゃないかな」
「希望?」
「そう、希望。ぼくでも君でもどっちでもいいから例の格好をナマで見るのが夢なんだろう? どう、ハーレイ? ぼくの言うことは間違ってるかい?」
肯定する代わりに耳まで一気に真っ赤になった教頭先生。再び鼻血が噴き出したのか、慌ててティッシュを鷲掴んでいます。ソルジャーは教頭先生を赤い瞳で真っ直ぐ見詰めて。
「大当たりだったみたいだね。…君にチャンスをあげたくなるよ、モノにするかどうかは君次第だけど」
「…チャンス…ですか?」
「そのとおり。こんな方法はどうかな、ハーレイ…?」
ソルジャーの提案に教頭先生は一も二も無く頷きました。えっと…本当にいいんでしょうか、そんな条件を出しちゃって…? 口を挟もうとした会長さんはソルジャーに阻まれ、怪しげな案を飲む羽目に。試験問題は今年も入手できましたけど、会長さん、無事に済むのかな…。
「いったい何を考えてるのさ!」
会長さんの雷が落ちたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に戻った直後でした。試験問題のコピーをチェックし、リオさんにコピーさせる枚数などを封筒の表に書き込みながらも怒りは全く収まりません。
「バレンタインデーが何だって!? それとぼくとは全然関係ないだろう!」
「あると思うけど? 毎年派手にやってるじゃないか、この学校は。ぼくは去年からしか知らないけれど、バレンタインデーにチョコのやり取りをしない生徒は礼法室でお説教だって?」
そうだよね、と尋ねられた私たちは揃って頷きました。シャングリラ学園のバレンタインデーとホワイトデーはとにかく派手な行事です。バレンタインデー前には温室の噴水がチョコレートの滝になるくらいですし…。ソルジャーは我が意を得たりと得意そうに。
「だからさ、バレンタインデーを利用しない手は無いんだってば。去年の君はハーレイに自分をプレゼントしてたっけね? チョコレート・スパで」
「…そうだけど…? あの時も君が乱入してきて大変だった」
「細かいことは気にしない! それでさ、君はバレンタインデーってどういう日だと思ってる? チョコを貰う日? それとも贈る日?」
「貰う日に決まっているだろう!」
シャングリラ・ジゴロ・ブルーなんだし、とキッパリ言い切る会長さん。けれどソルジャーはクスッと笑って…。
「それは女の子限定だよね? ハーレイにはプレゼントする方だ。甘いものが苦手なハーレイ相手にチョコを贈って、嫌らがせをする日なんだろう?」
「……それは……そうだけど……」
「だからさ、そこが間違ってるって! ぼくの世界じゃバレンタインデーのチョコは貰うものだ。ぼくは甘いお菓子が大好物だし、もちろんチョコも例外じゃない。今年もこっちの世界で沢山買おうと思ってる。…それとは別にスペシャルなチョコをハーレイから貰うのが楽しみでさ…」
「「「え?」」」
これには私たち全員が驚きました。去年のバレンタインデーに現れたソルジャーは「身も心もハーレイのためのチョコになるのだ」とか言ってチョコレート・スパを受けていたような…? だったらソルジャーもチョコを贈る方で、貰う方ではないのでは…?
「ああ、チョコレート・スパのことかい? その辺は臨機応変に…。ぼくだってハーレイにチョコをプレゼントすることはあるからね。でもハーレイからチョコを貰うのは格別なんだ。なんと言っても手作りだから」
「「「えぇぇっ!?」」」
あのキャプテンが…手作りチョコ!? それもソルジャーにプレゼントするためにチョコを手作り…?
「そうなんだ。甘いものは天敵ってくらいに苦手なくせに頑張ってるんだよ、毎年ね。最初の頃はチョコの匂いが厨房に充満しただけで倒れてた。宇宙服を着てチャレンジしたりと苦節何年になるんだっけか…。未だに甘いものはダメなんだけど、腕前の方は上がったよ、うん」
なんとか食べられる物体になった、とソルジャーは面白そうに話していますが、これって惚気と言うのでしょうか? あちらのキャプテンがソルジャーのために決死の努力を惜しまないことは分かりました。けれどもそれと教頭先生とバレンタインデーがどう繋がると…?
「こっちのハーレイもバレンタインデーにはブルーのために尽くすべきだと言ってるんだよ。惚れてるんなら貰うだけではダメだってことを知らなくちゃ。…それでさっきの条件を出した」
「…バレンタインデーにぼくを喜ばせることが出来たらハーレイの夢を叶えるって…?」
地を這うような声で会長さんがソルジャーの言葉を引き継ぎました。
「なんだか都合良く勘違いされていそうな条件だけど、君が黙っていろって言うから…。あんな話を持ち掛けちゃって本気にされたらどうするのさ! ぼくにバニーの衣装を着ろと? でもってハーレイの相手をしろと!?」
「いいじゃないか、バレンタインデーの趣旨には沿ってるんだし…。贈るのはチョコと決まっているわけじゃない。他の品物もアリなんだからさ、今年のプレゼントはバニーちゃんスタイルの君ってことで」
「よくない! 言い出したのは君なんだから、君が着て見せればいいだろう!」
「…そうかもねえ…」
そっちの方がいいかもしれない、とソルジャーはニヤリと笑みを浮かべて。
「勝負パンツでヘタレたハーレイには愛想が尽きたし、バレンタインデーはこっちの世界で過ごそうかな? 毎年、特別休暇だからさ。…うん、マンネリなハーレイに付き合うよりかは、そっちの方が楽しめそうだ」
君のハーレイに期待している、と言ってソルジャーは姿を消しました。会長さんを喜ばせるなんてことが教頭先生に出来るんでしょうか? いやいや、ここは一発、手作りチョコで一本釣りとか…? それとも大人の時間な超絶技巧で…って、それって私たちには全く想像つきませんけど、教頭先生にも無理ですよねえ…。
引っ掻き回すだけ引っ掻き回してソルジャーが帰ってしまった後には試験問題のコピーが残されました。会長さんはリオさんを呼んでコピーを渡し、必要な枚数だけコピーを取って販売用に仕分けするよう指図しています。そしてリオさんが出て行った後で…。
「……やられた……」
ぐったりと脱力している会長さん。試験問題はゲットできましたけど……教頭先生の大暴走も無かったですけど、問題なのはこれから先。バレンタインデー当日に向けて教頭先生が暴走するのは目に見えています。会長さんを喜ばせることが出来れば、バニーちゃんな会長さんだかソルジャーだかをナマで見られると言うのですから。
「ブルーにあの格好をさせるにしたって、その前にハーレイが思い切りアタックしてくるのか…」
「…そういうことになるんだろうな…」
キース君が応じました。
「バレンタインデーという縛りがある以上、そうそう無茶はしないだろうが……プレゼント攻勢に出るのは間違いないぞ。どんなプレゼントなのかが問題なんだが」
「ブルーさえ絡んでいなかったなら、普通にチョコだと思うんだけど…。なにしろブルーが絡んでるから、チョコで済んだら御の字だよね」
ブルーは前科があり過ぎるから、と会長さんは深い溜息をつきました。
「出来ればチョコを希望だけれど、覚悟しといた方がいいかな。セクシー・ランジェリーとか、そういったヤツ」
「…そういえば教頭先生も前科持ちだな…」
その点では、とキース君が呻き、ジョミー君が。
「ぼくが騙されて着ちゃったヤツもあったよねえ…。マツカの山の別荘でさ」
「そうそう、なんかカードがついてて!」
思い出したぜ、と叫ぶサム君。
「青いスケスケの変なヤツだろ? これを着たあなたを見てみたいとかってカードに書いてあったんだ」
「…ハーレイの匂いがついてたカードだよね?」
覚えてるよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が銀色の頭を小さく傾げて。
「あんな洋服、ブルー、絶対着ないのに…。時々プレゼントしてくるんだよ、なんでかなあ?」
「…ぶるぅ、子供は知らなくってもいいんだよ」
会長さんがフウと吐息を吐き出して。
「ジョミーが着ちゃったベビードールかぁ…。そう言えばマツカにも貸し出したっけね、ハーレイが贈って寄越した真っ赤なヤツを。…そろそろトチ狂ってもおかしくないかな。年数的にはまだまだ安全圏なんだけど、ブルーがウロウロしているからねえ…。予定よりかなり早まったとしても仕方がない」
「あれって周期があったのか!?」
キース君の問いに「まあね」と頷く会長さん。
「発情期ってわけでもないだろうけど、だいたい五年から十年くらいの間隔かな。その時期を過ぎれば至って平穏、せいぜいプロポーズ止まりってところ。ぼくから何かを仕掛けない限り、ハーレイからは手出ししてこない。なんと言ってもヘタレだからさ」
「「「………」」」
教頭先生のヘタレっぷりは私たちもよく知る所です。たまに会長さんに仕掛けられても見事に玉砕、決して先へは進めません。私たちが初めてシャングリラ号に乗り込んだ時の青の間での騒ぎに去年の春の婚前旅行と、会長さんのからかいっぷりも半端ではないわけですが…。自分から仕掛けるのは大好きなくせに、仕掛けられるのは苦手だと…?
「決まってるじゃないか」
零れていたのは私の思考か、それとも他の誰かのものなのか。会長さんは忌々しげに紅茶のカップを指でカチンと弾きました。
「あの手のヤツは主導権を握っているから楽しいんだ。ブルーが出てくると主導権を奪われちゃうし、そうでなくてもハーレイから一方的に気持ちをぶつけられるのはストーカーじみてて嫌なんだってば。アルテメシア中に絵馬を奉納されちゃったのがいい例だ」
「じゃあ、ゼル先生に言いつけたらどう?」
ジョミー君の案に会長さんは即座に首を左右に振って。
「それはできない。…ゼルにはブルーの存在を明かしていないし、話がややこしくなるだけだ。ハーレイがチョコで済ませることを祈るよ、どうせ突っぱねるんだから。…後はブルーの欲求不満が解消してれば安心だけど、ぶるぅの手形を押せそうなもので使えるヤツってあったっけ…」
事の起こりはそれなんだから、と会長さんは悩んでいます。試験合格間違いなしのパワーを秘めた不思議な手形がソルジャーの『夜の試験』とやらに効いたら一番いいんですけど…。
「おい。ぶるぅは巻き込まないんじゃなかったのか?」
ドスの効いた声でキース君が言い、シロエ君が。
「そうですよ。そんなアイテムを開発したら、もうソルジャーが入り浸りですよ! そっちの方は放っておいて、バレンタインデー対策を頑張りましょう。こんなものでは嬉しくない、って却下しちゃえばいいわけですし!」
「だよな。…満足できる結果が出なけりゃ、例の衣装は要らないもんな」
俺のブルーに着させるもんか、とサム君が拳を握り締めています。教頭先生がバレンタインデーに何をやらかすにしても、会長さんが大満足なものでなければ努力は無意味になるのでした。それに万一、着なくてはならない事態に陥った時には、ソルジャーを煽って着せてしまえば会長さんは着なくて済むわけで…。
「そうだね…。ブルーに着せればいいんだよね。見た目はぼくと同じなんだし」
「言い出したのはソルジャーですよ? それで問題ありませんってば」
大丈夫です、とシロエ君が強い瞳で答えました。教頭先生がアタックしてきても全て却下という方向で私たちの意見は纏まり、それでダメなら後始末はソルジャーに丸投げするということになり…。バレンタインデーはこれで安心ですよね? その前に入試がありますけども、試験問題は今頃リオさんがコピー済み。今年も商売繁盛ですよ~!
シャングリラ学園に入試の季節がやって来ました。今年も会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は合格グッズ販売の準備に勤しんでいます。試験に落ちない風水お守りと謳った「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手形パワー入り天然石のストラップとか、以前私がお世話になった格安グッズの『パンドラの箱』と呼ばれるクーラーボックスとか。
「できたぁ!」
やっと完成、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がストラップをテーブルの上の箱に入れました。天然石のビーズへの手形押しに始まるストラップ作りもこれで終了。会長さんが「ご苦労さま」と言い終えない内に「そるじゃぁ・ぶるぅ」はキッチンの方へ走って行って…。
「みんな、お待たせ~! ごめんね、毎日おやつも作らなくって」
今日もケーキ屋さんのだけれど、と運ばれて来たのはバラエティー豊かなケーキが盛られた大皿でした。飲み物も先に用意してくれていたのを温かいものと取り換えてくれて、久しぶりにのんびりみんなでティータイムです。昨日までは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作業中だったため、なんとなく誰もが遠慮がちで…。
「今年も無事に完成か…」
キース君がストラップの箱から1個取り出して眺めています。
「これにぶるぅの手形パワーが入っているというのが凄い。入試でいい点が取れるんだろう? そういえば前にアルトさんとrさん用に特別製のを作っていたな。…卒業までの全部の試験で満点が取れるとかなんとか言って」
「ああ、あれね」
答えたのは会長さんでした。
「あの時点ではアルトさんたちは仲間になってなかったし…。特別生になれるっていうのをフライングで話すのは許されないし、かといって…大切な女性を不安にさせるのはマズイじゃないか。だからプレゼントしたんだけれど、結局、必要無かったね。ぼくたちと同じ1年A組になっちゃったから」
「あんたが裏で手を回したんだと思ってたんだが、違うのか? クラス編成くらい簡単だろう」
キース君の問いに会長さんはアッサリ頷いて。
「ご名答。アルトさんたちに仲間になって欲しかったから、君たちと同じクラスにしといた。そしてその後は…みんなも知ってるとおりの展開。これから先もアルトさんたちも君たちも1年A組が定位置だよ」
「それってグレイブ先生も?」
ジョミー君が尋ねましたが、今度はすぐに答えは返らず…。
「どうだろうね。…クラス担任は先生方が決めるんだ。1年A組が鬼門だってことはバレバレなんだし、誰もが避けそうな気がするよ」
だから謎、と会長さんは肩を竦めて。
「担任もぼくが決められるんなら、ぜひハーレイにお願いしたいな。教頭だから無理だとか言って断られるのは目に見えてるけど、ハーレイが担任になってくれたら愉快なクラスになるのにねえ…」
「しかし本当に無理なんだろう?」
教頭だから、とキース君。
「そうなんだよ。例外的にぼくだけを担任している特殊な立場。…いっそ教頭をクビになったらどうだろうとも思ったけれど、シャングリラ号のキャプテンである以上は教頭で決まりなんだよね」
つまらないや、と会長さんは不満そうです。けれど教頭先生の立ち位置が重要なことは私たちにも分かっていました。会長さんへのセクハラ事件で謹慎処分に処された時の長老会議で色々と事情を聞きましたから…。
「教頭のままでいいじゃないか。今でも十分あんたのオモチャだ」
キース君の鋭い指摘に私たちはプッと吹き出し、それからは「もしも教頭先生が1年A組の担任になったらどうなるか」という馬鹿話に花が咲きました。シャングリラ学園は今日も平和です。ストラップ作りも終わりましたし、入試まではまだ一週間以上ありますし…。外は雪でも「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋はポカポカ、こんな冬の日もいいものですよね。
翌日から受験生の下見のために校内が開放されました。休み時間には校舎の中でも受験生の姿を見かけます。私たちにもそんな時代がありましたっけ。サム君と私は下見に来ていて「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に迷い込み、サム君は「頭を噛んで貰えば合格する」という噂を信じて噛んで貰うために「そるじゃぁ・ぶるぅ」を殴ってしまい、私はお部屋の豪華さからして大金持ちの生徒なのかと思ったという…。
「ごめんな、ぶるぅ。殴ってしまって…」
サム君がまた謝っています。殴られた本人は気にしていないのに、もう何度目の謝罪でしょうか。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「大丈夫だったもん♪」とニコニコ笑ってアーモンドクリームパイの切り分け中。甘い香りで美味しそう!
「うん、本当に美味しそうだね」
いい所に来た、と聞こえた声に私たちは一斉に顔を上げました。
「「「!!!」」」
「こんにちは。ぼくにも一切れ貰えるかな? あ、ぶるぅの分もあると嬉しいけれど」
当然のように空いたソファに腰を下ろしたのは紫のマントを着けたソルジャー。ま、また来ちゃったんですか、この人は! いい所も何も、最初からパイを狙っていたのに決まっています。
「君に一切れ、ぶるぅに一切れ。…ダメだなんてケチは言わないけどさ」
会長さんが切り分けたパイをお皿に載せてソルジャーに渡し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はキッチンから持ち帰り用の箱を取って来ました。詰められたパイはアッという間に姿を消して「ぶるぅ」の所へ運ばれたようです。
「美味しいね、これ。ぶるぅもとっても喜んでるよ」
一口でペロリだ、と笑うソルジャー。大食漢の「ぶるぅ」にかかると一切れは一口サイズでした。もしもこちらに来ていたならば、お代わりも要求したでしょう。ソルジャーだけでも私たちの取り分が減るのに「ぶるぅ」まで来たら大変ですよ…。
「でね、今日はお願いがあって来たんだけれど」
パイを食べ終えたソルジャーは大皿に残っている分をチラチラ見ながら口を開きました。あの目は明らかに残りのパイを意識しています。
「…お願い? パイのお代わりかい?」
どうぞ、と会長さんがソルジャーのお皿に素早くパイを載せたのですが。
「気が利くねえ。…だけどパイとは別件なんだ」
「だったら食べなきゃいいだろう! 物を頼もうっていう態度には全然見えないんだけど?」
「お菓子には目が無いんだよ。君だってよく知ってるくせに」
まずは食べよう、とソルジャーはお代わりのパイにフォークを突き刺して黙々と…。お願いって何を頼む気でしょう? パイじゃないならチョコレートとか? そろそろバレンタインデーのシーズン入りではありますけれど…。確か去年もデパートの特設売り場のカタログを持って来ていた覚えがあります。
「ふうん…。今年もチョコを頼みに来たとか?」
そう言ったのは会長さん。けれどソルジャーは首を横に振り、「ごちそうさま」とフォークを置いて。
「チョコも欲しいけど、それとは違う。頼みたいのは手形なんだ」
「「「手形?」」」
「そう、手形。ぶるぅが押してたあの手形だよ」
こないだビーズに押していたよね、とソルジャーは膝を乗りだしました。えっと…合格グッズを希望だなんて、ソルジャー、何か試験を受けるんですか? ソルジャーの世界のことはサッパリですけど、あちらの世界のシャングリラ号ではソルジャーに対する試験があるとか…?
「そんなもの、何に使うのさ?」
必要だとは思えないけど、と会長さんが聞き返します。
「ソルジャーに試験なんかは無い筈だ。クルーの試験で使う気だったらお勧めしないよ、実力がつくわけじゃないからね。あれはあくまで一時的なものだ」
「そのくらいのことは知ってるさ。でも…販売用の手形はそういうものかもしれないけれど、本物はもっと効力がある。そこの三人がその証拠だ」
ソルジャーが指差したのはキース君とサム君、スウェナちゃんでした。
「その三人は最初からサイオンを持っていたわけじゃないと聞いている。フィシスだってそうだ。…ぶるぅが手形を押した人間はサイオンを持ち、ぼくの世界で言うミュウになるんだと思ったけどな」
「…誰かミュウにしたい人間でも…?」
不安そうな顔の会長さん。
「だとしても、ぶるぅは貸せないよ。その人間を連れて来たまえ。君の世界は特殊な場所だし、そんな所で人間の住む場所に子供のぶるぅを行かせたくない」
危険すぎる、と眉を寄せる会長さんにソルジャーは再び首を横に振って。
「違う、違う。そういうのだったら自力でなんとかしてみるさ。そうじゃなくって、ぶるぅならではの手形の力を借りたいんだ。試験に合格させることが出来て、普通の人間をミュウにも出来る。だったら夜の試験なんかもドーンとオッケーなんじゃないかと」
「…は?」
「夜の試験さ。試験官はぼくで、受験するのはハーレイなんだ」
「「「えぇっ!?」」」
なんですか、それは? ひょっとしなくても大人の時間のお話ですか…? 大混乱の私たちにソルジャーはニッコリ微笑んで。
「十分通じたみたいだね。最近、またまたマンネリ気味でさ…。こういう時こそヌカロクだって思うんだけど、ハーレイが薬を飲みたがらない。だから手形パワーに縋りたくって」
それなら自然で問題なし! とソルジャーはキッパリ言い切りました。夜の試験に手形パワーって…そんなのホントにアリなんですか~?
「ちょ、ちょっと…。ブルー…」
念のために確認したいんだけど、と言う会長さんの声は震えていました。そりゃそうでしょう、小さな子供の「そるじゃぁ・ぶるぅ」の力を使って大人の時間をどうこうなんて無茶苦茶すぎます。
「…夜の試験対策にぶるぅの手形を使いたいって言うのかい? 本当に?」
「そうだけど? 内容はともかく試験は試験だ。試験に落ちないパワーがあるなら是非貰いたいね、ぶるぅの手形を」
「で、でも……あのストラップは普通の試験対策グッズで、そっち方面のパワーは無いよ?」
「分かってるさ。だからきちんと用意してきた」
このとおり、とソルジャーが宙に取り出したのはデパートの包装紙に包まれた箱でした。ソルジャーは包装紙をベリベリと剥がし、箱の蓋を開けて中からパッと…。
「「「!!!」」」
「ほらね、青月印の紅白縞! 君のハーレイがこだわってるから同じヤツにしてみたんだよ。あ、お金はちゃんと払ってきたから! チョコを沢山買いたいって言ったらノルディがたっぷりくれたんだ」
ソルジャーはエロドクターからお小遣いをせしめては何かと購入しているようです。お金持ちで遊び人なドクターは、会長さんそっくりのソルジャーがランチやディナーに付き合っただけでポンと大金を渡す傾向が…。今日のお金もそうやって手に入れてきたのでしょう。…会長さんは額を押さえて呻きながら。
「…またノルディか…。そうやって財布代わりに使っていると、その内にとことん付き合う羽目になると思うよ」
「ぼくなら別に気にしないけど? それにぼくのハーレイにもいい薬になる。ヘタレてばかりじゃ浮気するよ、ってね。それよりも、これ」
紅白縞のトランクスを両手で持ってヒラヒラさせるソルジャー。
「ここに手形が欲しいんだ。勝負パンツって言うんだろう?」
「「「………」」」
それは何かが違うような気がしましたが、万年十八歳未満お断りだなんて呼ばれているだけに正確なことは分かりません。ソルジャーは箱の中から紅白縞を五枚も取り出し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に渡しました。
「分かるかい? 合格手形の要領でこう、ポンポンと押してくれるかな?」
「え? え、えっと…。パンツを履いて試験をするの?」
「そんな感じだと思ってくれれば…。さっきから話を聞いてただろう? ぼくのハーレイが試験に合格出来ますように、って力を籠めてこの辺にポンと」
ソルジャーがトランクスの前開きの辺りを示すと、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は素直にコクリと頷きました。
「分かった! ぼく、頑張る。パンツに押したことはないけど、試験合格でいいんだよね?」
「うん。出来れば最高点でお願いしておきたいな」
「オッケー!」
小さな右手が紅白縞のトランクスにペタリと押し付けられて、久しぶりに見る赤い手形がくっきりと。白抜きで「そるじゃぁ・ぶるぅ」の文字と猫の足形のような落款風の模様が入っています。不思議な事に紅い縞の上に押された部分でも白が鮮やかに浮き出していて…。
「これでいい?」
「そうだね、とてもいい感じだ。その調子で全部に押してくれれば…」
残り四枚、とソルジャーが言い終わらない内に仕事の早い「そるじゃぁ・ぶるぅ」はポンポンポン…と手形を押していました。ソルジャーは手形の模様つきになったトランクスを満足そうに箱に戻すと立ち上がって。
「ありがとう。とりあえずは五枚あればいいかな。足りなくなったらまた頼むから」
「いつでもオッケー! ハーレイが最高点で試験に受かりますように」
何も知らない「そるじゃぁ・ぶるぅ」は手形パワーを本気でトランクスに入れてしまったようでした。試験とは何か、最高点とは何のことかも分かっていない小さな子なのに、とんでもないことをさせられちゃって…。しかも本人は合格ストラップと同じ次元だと認識しているみたいです。ソルジャーったら、心が痛んだりはしないんでしょうか?
「よーし、これでマンネリ脱出だ! それじゃ、またね」
軽く手を振ってソルジャーは姿を消しました。脱マンネリ用の紅白縞が入った箱をしっかりと持って…。残された私たちは暫くポカンと口を開けていたのですが。
「おい!」
沈黙を破ったのはキース君でした。
「あんなことさせていいと思うのか、本当に? ぶるぅは小さな子供なんだぞ!」
会長さんの襟元に掴みかかりそうな勢いで激しく詰め寄るキース君。
「絶対あいつはまたやって来る。味を占めたら何度でもだ。ぶるぅの力を本人が理解できない目的のために使わせるのは間違ってるとは思わないのか!?」
「…思わないけど?」
「貴様…!!!」
ブチ切れそうになったキース君の背中を「そるじゃぁ・ぶるぅ」がトントンと叩き、振り返ったキース君に泣きそうな顔で。
「お願い、ブルーをいじめないで! ブルー、なんにも悪くないから!」
「なんだと? 俺はお前のためにと思ってだな…。お前だってわけの分からない試験なんかに力を使いたくないだろう?」
「え…。でも…。でもね、それっていつものことだし!」
「はぁ?」
間抜けな声を上げたキース君に「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「本当だもん」と呟くと…。
「あのね、ぼく、試験合格の力は持っているけど、試験の中身は知らないよ? みんなが受けてる試験の問題、見たって意味は分からないもん。…だからさっき押してた手形が何の試験に使われるのかも分からなくって当たり前だし、それでも手形のパワーはあるし!」
だから絶対大丈夫、と胸を張られるとキース君も怒る気力が失せたようです。
「…そうか…。ぶるぅがいいなら仕方ないかもな…。また押してくれって頼みに来たら押すんだよな?」
「うん! ブルーもダメって言ってないしね。いけないことはブルーがダメって言うんだよ」
「そうなのか…。ぶるぅ、お前はいい子だよな」
強く生きろよ、とキース君が銀色の頭を撫でます。ソルジャーはきっとまた押しかけてくるでしょう。貴重な手形パワーを紅白縞のトランクスなんかに使われるのは癪ですけども、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が納得の上で押しているなら誰も文句は言えませんよね…。
アーモンドクリームパイはまだ何切れか残っていました。いつものようにジャンケンで分け、ソルジャーに全部掻っ攫われなかったことを喜んでいると。
「ところで、さっきの手形だけどね」
蒸し返すように口を開いたのは会長さん。
「あれを押したぶるぅの力は完璧だったし、手形パワーはパーフェクトだ。…でもさ、本当に効くと思うかい?」
「「「え?」」」
「効かないだろうとぼくは思うよ、ブルーに美意識というものがあれば」
「「「美意識?」」」
なんですか、それは? ソルジャーの美意識と手形パワーがどう繋がると? 会長さんはクスクスと笑い、ジャンケンに勝ってゲットしたアーモンドパイをフォークでつつきながら。
「十八歳未満お断りの団体様でも知識はそこそこあるだろう? 手形パワーは紅白縞に宿ってるんだよ、試験合格のパワーは…ね。ブルーがどんな試験をするつもりかは知らないけれど、あっちのハーレイが試験に合格するには紅白縞が欠かせない。…つまり、どこまで行っても紅白縞がついてくるんだ」
「それって…もしかしなくても脱げないってこと?」
ズバリ尋ねたのはジョミー君でした。会長さんはニヤリと意地悪い笑みを浮かべて…。
「そういうこと。…試験合格には紅白縞! 最高点を目指すんだったら絶対必要不可欠なんだよ、ぶるぅの手形を押したアレがね。脱いでしまったら御利益の方もそこでおしまい」
「お、おい…。それは相当マズイんじゃないか?」
危ないぞ、とキース君。
「盛り上がった所でパワー切れだなんて、それこそヘタレの極め付けとか言わないか? あいつはヘタレが嫌いなんじゃあ…」
「流石は大学生、十八歳未満お断りでも知識はきちんと入っているね。君が言うとおりの道を辿ると思うよ、手形パワーに頼った結果は。…まあ、ブルーはなんだかんだ言ってもヘタレなハーレイが好きみたいだし、破局にはならないと思うけどさ」
「じゃ、じゃあ……」
オロオロとした声でシロエ君が口を挟みました。
「ソルジャーが怒鳴り込んでくるんじゃないですか? 手形パワーは効かなかった、って」
「そんなこともあるかもしれないねえ…」
会長さんは他人事のように言い、心配そうな顔をしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」に微笑みかけて。
「大丈夫だよ、ぶるぅ。お前の手形に問題があったわけじゃない。使い方を間違えているブルーの方が悪いのさ。どうしても夜の試験に手形パワーを使いたいなら、あっちのハーレイ本人に押すか、でなければ…。おっと、十八歳未満お断りの団体様がいるんだっけね」
後はご想像にお任せするよ、と誤魔化されてしまった私たち。けれど『ご想像にお任せ』とやらのアイテムに手形を押させるつもりは会長さんには無いそうです。ですから多分、大人の時間に使用する何かなのでしょう。
「そういうわけだし、ブルーが言ってた勝負パンツは効果なし。怒鳴り込まれてもブルーのミスを指摘してやれば済む話だから、ぶるぅに手形を押させたのさ。…ぼくだって善悪の分別はあるよ、子供を巻き込まない程度にはね」
「…そうだったのか…。怒ったりして悪かった」
すまん、と頭を下げるキース君に会長さんは。
「いいんだよ、ぶるぅのために色々考えてくれたんだろう? あの段階では仕方ないよね、何も説明していなかったし…。その調子でこれからも正義の味方でいて欲しいな。それでこそ未来の高僧だ」
「うっ…。言わないでくれ、俺はまだ心に傷が残って…!」
髪の毛を押さえるキース君はやっと五分刈りスタイルの名残を脱却できたばかりでした。つい先日まで家での朝晩の勤行の時はサイオニック・ドリームで短めの髪を演出していたのです。道場で三週間過ごした間の五分刈りスタイルはキース君の心に相当な傷を残したようで…。
「やれやれ、本当に切ったわけじゃないのに心の傷か…。それじゃ今年の道場入りはどうなるだろうねえ」
今度こそ坊主頭だよ、と会長さんに指摘されてキース君は低く呻いています。手形やらサイオニック・ドリームやらと不思議な力が入り乱れているのが私たちの日々ですけれど、これがまた慣れれば楽しいもので…。特別生になって良かったです。今度の入試でも新しい仲間が入ってくるかも…?
入試を控えての最大の行事は今年も試験問題のゲットでした。先生方は例年通り「試験問題が流出するか否か」で密かに賭けをしているそうです。試験問題ゲットといえば会長さんの独断場。責任者である教頭先生の所に試験問題が揃う日を待ち、教頭先生が用意したコピーを貰いに行くわけですが…。
「それじゃ今年も行ってくるよ」
用意が出来たみたいだし、と会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋のソファから立ち上がったのは試験を数日後に控えた放課後。
「でね、付き添いを頼めるかな? 去年みたいにシールドの中で」
「「「え?」」」
「去年サービスしちゃったせいでハーレイが期待してるんだ。今年は何をしてくれるのか…って」
「何を…って、条件は耳掃除と決まっているんだろう?」
そう聞いてるぞ、とキース君が言い、サム君が。
「だよな、他には…って、アレのことか! ほら、去年ブルーが着ていたチャイナ・ドレス!」
「思い出してくれて嬉しいよ、サム。…もしかしてサムもあの格好が好きだった?」
会長さんの問いにサム君は耳まで真っ赤になって。
「そ、そりゃあ…まあ……綺麗だなぁって…。もちろんブルーは何を着てても綺麗だけど!」
「ありがとう。そんなわけでね、あのハーレイが期待の余りに暴走する危険性がある。だから君たちに付き添いを…」
そこまで会長さんが言った所で部屋の空気がユラリと揺れて不穏な気配が広がりました。
「………楽しそうだねえ………」
物凄く恨みがましい声と共に現れたのは他ならぬソルジャー。ひえぇっ、よりにもよってこのタイミングで怒鳴り込みですか! 来るならもっと他の日に……せめて明日とか明後日とか…。
「…今日だから意味があるんじゃないか。もっと早くに来ちゃおうかとも思ったけどさ。だって、これ!」
不機嫌極まりない顔のソルジャーが取り出したのは紅白縞のトランクス。バサリと床に叩きつけるように投げられたそれを私たちは蒼白になって見ていました。やっぱり会長さんが言っていたとおり、手形パワーは途中で切れてしまったようです。って言うより、このトランクスって…あちらの世界のキャプテンが履いた使用済み…?
「安心して。それは新品だから」
まだ一回も使っていない、とソルジャーは憎々しげにトランクスを睨み付けています。
「手形パワーは確かに効いたよ、勝負パンツは完璧だった。だけどさ、それを脱いだ途端に無効だなんて! 獣みたいに凄かったハーレイがいきなりトーンダウンだよ? しらけるなんてレベルじゃなくて!」
「…ぶるぅの手形パワーはそういうものだよ、確認しなかった君がいけない」
会長さんが切り返しました。
「勝手に決め付けて手形を押させて、思い通りにならないからって苦情を言いに来られてもねえ…。それよりも今日は忙しいんだ。さっさと帰ってくれないかな?」
「忙しいことくらい知ってるよ。耳掃除の日だろ、去年見学したから覚えてる。だからその日を狙って来たんだ。ぼくのハーレイがヘタレたお蔭で脱マンネリは大失敗さ。鬱憤晴らしに君のハーレイと遊ぼうかと…。君の代わりにぼくが行く」
「「「えぇぇっ!?」」」
「要はハーレイの耳掃除をして試験問題のコピーを貰えばいいんだろう? ぼくならブルーに出来ないサービスも色々出来るし、そうするつもりだったんだ。そしたらブルーが付き添い募集とか言ってるし…。ちょうどいいじゃないか、付き添いつきで君が行くより最初からぼくが行った方が」
何かと被害が少ないと思う、とソルジャーは主張し始めました。でも本当にそうなんでしょうか? 手形つきトランクスで当てが外れたソルジャーだけに、余計に危ない気がするんですが…?
かるた大会に向けての準備は健康診断で始まりました。まりぃ先生の独断場です。今回も「そるじゃぁ・ぶるぅ」は保健室の奥の特別室のお風呂でセクハラと称して洗って貰い、会長さんは体操服の集団の中でたった一人の検査服で…。もちろん会長さんの健康診断は特別扱い、終わった後も教室には二度と戻って来ません。
「まりぃ先生も好きだよなぁ…」
サム君が深い溜息をつくのをキース君が効き咎めて。
「シッ! クラスの連中が誤解するぞ。ブルーはただのサボリってことになっているんだ」
「そりゃそうだけど…」
やっぱり嫌だ、とブツブツ文句を言うサム君。会長さんはまりぃ先生に大人の時間なサイオニック・ドリームを見せ、特別室のベッドルームでゆったり昼寝をしているのでした。サム君は会長さんと公認カップルを名乗ってますから、そんな関係が嫌なのです。まりぃ先生が会長さんに手出ししたがるのも不満なわけで…。
「いいじゃないの。まりぃ先生の愛は歪んでるのよ?」
ズバッと真実を口にしたのはスウェナちゃんでした。えっ、クラスメイトに聞かれないかって? 教室の隅に固まってますから小声で話せば大丈夫です。スウェナちゃんは更に続けて。
「教頭先生と会長さんとか、シド先生と会長さんとか…変な絵ばっかり描いてるんだし、放っておいても問題ないわ。それよりも今は教頭先生の方が心配よ。…思い切り誤解してるんだから」
「「「………」」」
会長さんに結婚をほのめかされた教頭先生はすっかり舞い上がってしまっています。トレードマークの眉間の皺も消えるのでは、と思えるほどにニコニコ笑顔で過ごしていますし、授業中も視線が自然に教室の後ろに向いていました。そこに会長さんの机は無いのに、つい気になってしまうようです。
「…ブルー、どうする気なんだろう?」
ジョミー君が言い、シロエ君が。
「宣言してたじゃないですか。いつかたっぷり御礼をする…って。かるた大会も利用するんだって言ってましたし、きっと寸劇で晒し者にするつもりなんですよ」
かるた大会で学園一位になったクラスは副賞として先生による寸劇を注文できるのでした。会長さんが1年A組に来た最初の年は教頭先生とグレイブ先生が『白鳥の湖』のハイライトを踊り、去年は同じ二人が花魁の舞とフラダンスを…。
「寸劇くらいで礼になるのか?」
首を捻ったのはキース君。
「毎年派手にやらかしてるのは認めるけどな、本当にそれでブルーが納得するかは分からんぞ」
「でも…。その程度だと思っておくのが健康的だと思いますが」
マツカ君がおずおずと口を開きました。
「ぼくたちがあれこれ心配したって無駄ですよ。ブルーはやると言ったらやる人ですし、まず止めようが無いんです。何をしでかすかと気を揉むよりは、寸劇で済むと思った方が…」
「なるほど。…それも一理ある」
胃が痛くなっても困るだけだ、とキース君が頭に手をやって。
「それにストレスで十円ハゲになるのも困る。親父にカツラだと言って誤魔化す生活もそろそろ終わりに近いというのに、ここでハゲたら元も子も無い。…ブルーのことは忘れておこう。なるようにしかならんからな」
「そうだね…。ぼくも十円ハゲはちょっと困るし」
ブルーに坊主頭にされちゃう、とジョミー君が金色の髪を引っ張りました。
「ぼくをお坊さんにするって話は諦めてないみたいだし…。十円ハゲになったりしたらチャンスとばかりに剃られちゃうよ」
「確かにな。…忘れておくのが良さそうだ。この話はこれで終わりにするぞ」
キース君の一声で私たちは席に戻って授業の準備。健康診断の日でも授業はしっかりあるものですから、会長さんがサボるんですよね…。
こうして迎えた新年恒例、水中かるた大会の日。私たちは水着に着替えてシャングリラ学園自慢の温水プールへ向かいました。今年も百人一首の下の句が書かれたビート板もどきの奪い合いです。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の見事なタッグで1年A組は難なく学園一位をゲット。
「おめでとう、学園一位は1年A組!」
ブラウ先生が宣言しました。
「副賞はクラス担任と、それとは別に指名された教師一人の寸劇だ。さあ、誰にする?」
ゴクリと唾を飲み込む私たち。会長さんはクラス全員に尋ねて指名権を獲得すると、良く通る声で叫びました。
「教頭先生を指名します!」
ああ、やっぱり…。闇鍋の時は指名しないで愛の形だとか言ってましたけど、ついに本性が出たようです。教頭先生の方はと見れば、引き攣った顔をするかと思えばさにあらず。穏やかな笑みを浮かべて会長さんを眺めています。もしかして愛の前には寸劇なんて何の障害にもなりませんか? 会長さんの楽しみのために身体を張ろうと思ってますか…?
『まあね。きちんと根回ししておいたんだ』
私たちの頭の中に響いてきたのは会長さんの思念波でした。
『そしてこれだけじゃ終わらない。…ちゃんと協力者も作ってあるし』
『『『協力者!?』』』
思念の叫びをサラッと無視して、会長さんはブラウ先生に呼びかけました。
「すみません、今年はルールを変えてもいいですか? 1年A組は三年連続で勝ち続けてます。グレイブ先生も三年連続で巻き添えを食う羽目になります。…担任の先生が巻き添えになる行事は今年はこれが最後ですから、最後くらいはお休みさせてあげたいんですが…」
「おや、そうかい?」
ブラウ先生が首を傾げて。
「…言われてみれば球技大会の御礼参りも連帯責任だったっけねえ。ついこないだの闇鍋もそうだ。…でもね、寸劇の方はどうするんだい? ハーレイ一人でいいのかい?」
「その件ですが、ゼル先生にお願いをしてあったんです。1年A組が学園一位を取ったら、グレイブ先生の代理をしてほしい…って」
「へえ…。代理とはまた酔狂だねえ。そうなるとこれはゼル次第か…」
視線を向けられたゼル先生は腕組みをして「うむ」と頷きました。
「確かに話は聞いておる。代理で出るのに異存は無い」
「よーし、決まりだ! 今年の寸劇はハーレイとゼルがやってくれるよ。さあさあ、みんな着替えて講堂の方へ移動しな!」
ブラウ先生の号令で生徒はワッと更衣室へ。私たちも急いで着替えて講堂に行き、一番前に用意されていた1年A組用の特等席に陣取って…。
「協力者ってゼル先生?」
ジョミー君が小声で囁きます。
「…そうだろうな。何がどう協力者なのか謎だらけだが」
寸劇と言えばお笑いだろう、とキース君。会長さんの復讐劇に協力するには寸劇はあまりに不似合いです。教頭先生と共演する以上、ゼル先生だって晒し者だか笑い者だかになるのは決定済みなのですから…。それが証拠に寸劇を見るのは今年初めてな1年生以外はドキドキワクワク。何が始まるのかと舞台を注視しています。
「ほら、君たちも注目、注目!」
始まるよ、と会長さんが私たちに声を掛けました。ブラウ先生がマイクを握って幕の下りた舞台のすぐ前に立って。
「準備が出来たみたいだよ。さあ、盛大な拍手で迎えておくれ! 今年の寸劇はハーレイとゼルで二人羽織だ!」
「「「えぇぇっ!?」」」
二人羽織ときましたか! それは全く想定外です。協力者って…協力者って、確かにこれなら協力者かも…。
全校生徒が拍手する中、舞台の上に登場したのは普段よりも更に大柄になった羽織袴の教頭先生。大きな座布団に正座していますが、羽織の中にゼル先生が隠れているのは明らかでした。そこへシド先生が抱えてきたのは大きな寿司桶。えっと…ちらし寿司でも食べるんですか? 二人羽織ではいかにも大変そうですが…。
「違うよ、あれは寿司桶じゃない」
「「「え?」」」
じゃあ何ですか、と尋ねるよりも早くブラウ先生が解説しました。
「見たことのある生徒もいるかと思うんだけどね、桶の中身はお寿司じゃないんだ。ソレイド名物、たらいうどんさ。たらい…と言うか、あの桶一杯にうどんが入っているわけだ。で、あれが麺つゆ」
シド先生がお椀を運んできました。お箸が添えられ、薬味が入った鉢も置かれて…。
「それじゃ寸劇の楽しみ方を説明しよう」
よく聞きな、とブラウ先生がウインクします。
「今からハーレイがうどんを食べる。…食べ終えるまでが寸劇だ。だけどね、二人羽織で食べるわけだから手を動かすのはゼルになるのさ。ゼルは当然、前が見えない。みんなで上手に誘導しないと大変なことになっちゃうよ」
「「「………」」」
これは責任重大です。そして会長さんがゼル先生を巻き込んだ理由も薄々分かってきたような気が…。寿司桶一杯のうどんを食べ終えるまでに教頭先生がどんな目に遭うかは容易に想像できました。教頭先生、恋愛成就と結婚祈願を頑張ったばかりに、笑い者な上に大惨事ですか~!
「さあいくよ。二人羽織でたらいうどん、始めっ!」
ブラウ先生の合図でゼル先生の手がお箸をしっかり握りました。
「先生、薬味は左の方で~す!」
「ネギが全然入ってません! もっと入れないと美味しくないで~す!」
無責任な声が飛び交い、うどんを啜る段階になると野次や歓声は一層大きく…。
「もっと上! もっと上です!」
「教頭先生の口に入らないです、もっと上!」
心得た、とばかりに上がったゼル先生の手が教頭先生の鼻にグイとうどんを突っ込みました。ウッと仰け反る教頭先生。けれどブラウ先生は容赦しません。
「ハーレイ、そのまま啜った、啜った! 食べ終わるまでは許さないよ。ズズッと一気にいっちまいな!」
げげっ。いくらなんでも鼻からうどんは無理じゃないかと思うんですけど…。
「そうでもないよ」
大丈夫、と会長さんの声がして。
「ぶるぅ、打ち合わせどおりよろしくね。ハーレイの鼻から、たらいうどんだ」
「かみお~ん♪」
パアッと迸る青いサイオン。いったい何がどうなったのか、教頭先生は鼻からズズッと太いうどんを啜りました。みんなの拍手喝采の中、ゼル先生は次から次へと鼻にうどんを突っ込んでいます。教頭先生はそれをズルズルと…。
『…あれって転送してるわけ?』
瞬間移動で、とジョミー君が他の生徒に聞こえないよう思念波を送って寄越しました。なるほど、それなら納得です。けれど会長さんから返った答えは…。
『まさか。軽い暗示をかけてやったのさ、鼻からうどんを啜るってことに抵抗感が無くなるように。…これで完食間違いなし! 鼻からうどんをマスターしたら宴会芸にも困らないよね』
クルーの交流会で実演したら大人気だ、と会長さんは上機嫌です。全校生徒にもウケてますからいいんでしょうけど、恋愛成就と結婚祈願に鼻からうどんで仕返しですか? ゼル先生に頼み込んでまで二人羽織って、グレイブ先生でもよかったのでは…?
『ゼルにしたのは理由があるんだ。いずれ分かるさ。…それよりも今は二人羽織! もっと笑って楽しまないと』
もっと上! と声を張り上げる会長さん。教頭先生は寿司桶一杯のうどんの九割以上を鼻から啜らされ、麺つゆで顔をグシャグシャにしながら真っ赤な顔で食べ終えて…。二人羽織のままでお辞儀をするとスルスルと幕が下りました。途端にドターン! と大きな音が…。
「あ、倒れちゃった」
大丈夫かな? と心配そうな「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、子供だけあって罪悪感をまるで感じていませんでした。それにしたって鼻からうどん…。教頭先生、お気の毒としか言いようがない結末です。会長さんに復讐されて笑い者な上、肉体的にも大打撃。これに懲りたら恋愛成就も結婚祈願も二度と願掛けしないが吉でしょうねえ…。
「教頭先生、ちょっと可哀想すぎなかった…?」
ジョミー君が言ったのはその日の放課後。場所はもちろん「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋です。けれど会長さんは澄ました顔で。
「いいんだってば、寸劇に出るって言うのはちゃんと納得してたんだから。…ちょっと演目が違ったけどさ」
「「「は?」」」
演目が…って二人羽織に決まっていたわけじゃないんですか? 他のものだと大嘘をついて出場を決意させたとか…? だったらそれは極悪なのでは…。
「そうかなぁ? 二人羽織とフレンチ・カンカン、どっちの方が酷いと思う?」
ねえ? と尋ねる会長さんにキース君が震える声で。
「おい…。まさかと思うが、二人羽織じゃなかった場合はフレンチ・カンカンだったのか?」
「うん。ハーレイはそっちだと思っていたんだよ。ゼルと二人でフレンチ・カンカン、衣装はもちろんバニーちゃんで」
「「「………」」」
あまりのことに私たちは絶句していました。二人羽織も大概ですけど、バニーちゃんスタイルでフレンチ・カンカンも相当にキツイものがあります。しかもゼル先生までそのスタイルだと思っていたとは、教頭先生、どこまでおめでたいんだか…。
「ハーレイが騙されたのはゼルが体力自慢だからさ。外見よりも身体能力は遥かに若いって言っただろう? バレエだって踊れるんだよ、フレンチ・カンカンくらいは問題ない、ない」
それよりも、と身体を乗りだす会長さん。
「協力者をゼルにした理由を知りたくないかい? あと少ししたらゼルの家に行こうと思うんだけど」
「「「え…?」」」
ゼル先生の家にですか? そこに行ったら理由が分かると…?
「そうじゃなくって、後始末さ。ハーレイがアルテメシア中に恋愛成就と結婚祈願の願掛けをした落とし前はつけてもらわないとね。たらいうどんを鼻から食べてもらったくらいで満足すると思ってるわけじゃないだろう?」
「あんたってヤツは…」
どこまでタチが悪いんだ、とキース君が頭を抱えています。けれど会長さんは気にも留めずに。
「ハーレイの家に一人で行ってはいけない…って一番最初に言い出したのはゼルなんだ。ぼくを本気で色々心配してくれてるし、今回のことも相談したのさ。…ゼルが闇鍋でぶっ倒れた日にお見舞いに行って、ハーレイを指名しなかった理由を説明して…ね」
「理由って……それも適当にデッチ上げたのか?」
キース君の問いに会長さんは。
「デッチ上げたなんて人聞きの悪い…。ぼくはハーレイに恋愛祈願をされて困っているって言っただけだよ、正直にね。それがあるから闇鍋で指名するのが怖かったってゼルに話しただけなんだけど」
「だったら寸劇はどうなるんだ! 怖いどころじゃないだろうが!」
「それとこれとは次元が別。去年の闇鍋、ハーレイは完食しただろう? ぼくの手料理も同然だとか、恐ろしい妄想を繰り広げながら。…その辺のことも含めてゼルに言ったら、ハーレイには罰が必要だ…って。そう言うだろうと思っていたから、その後のことはトントン拍子」
二人羽織でたらいうどん、と会長さんはペロリと舌を出しました。
「だからグレイブじゃなくてゼルだったんだ。…グレイブは長老じゃないからねえ…。ああも容赦なく鼻からうどんの刑は執行できないよ。ついでにハーレイに寸劇はフレンチ・カンカンなんだと嘘をついたのもゼルなのさ。…ぼくの頼みで」
ゼル先生は教頭先生にこう言ったのだそうです。バニーちゃんスタイルでフレンチ・カンカンを披露し、全校生徒の笑いを取ろう…と。
「そしてついでに、こう言った。…学園祭ではジョミーたちが踊っていたけど、ぼくだけがタキシード姿だったのは残念だった気もするな…と。ハーレイはとても残念そうな顔をしながら頷いたらしいよ、ぼくの思惑どおりにね」
教頭先生のスケベ心を見抜いてしまったゼル先生は非常に頭に来たのだとか。おかげで二人羽織だけでは罰が軽すぎると思ったらしく、これから更にお仕置きを…。
「それを見届けに行こうってわけ。…どうする? ゼルの家まで一緒に行く?」
嫌と言っても来て貰うけど、と会長さんはソファから立ち上がりました。
「鞄は家まで瞬間移動で送っておくよ。ついでにゼルの家にも瞬間移動でパパッとね。…ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
青いサイオンの光が走って、私たちの身体がフワリと宙に浮く感覚があって…。気が付くとそこは芝生でした。いつの間にか日が暮れていたらしく、薄暗い庭の奥から大きな犬が走ってきます。
「やあ、久しぶり。元気にしてた?」
駆け寄って来た二頭の犬の頭を会長さんがポンポンと叩き、ポケットから骨の形のガムを出して。
「こっちがヤス一号で、こっちが二号。警察犬の訓練なんかも受けてるんだよ」
優秀なんだ、とガムを咥えさせてから玄関に向かう会長さん。前に聞かされたとおり、ゼル先生の家も大きいです。これから此処で何が始まるのか、私たちはハラハラしながら扉をくぐったのでした。
ゼル先生は広い和室で私たちを迎えてくれました。剣道と居合の達人だけあって床の間に刀が飾ってあります。掛軸は渋い墨書ですけど、あれって意味があるのでしょうか?
「ふむ、掛軸が気になるか? なかなかに目が高いのう」
全員が掛軸を見ていたようです。ゼル先生は御機嫌で解説をしてくれました。
「昔、二刀流で有名な剣豪が知り合いにおってな…。わしらの方が長生きじゃから、とっくにあの世に行きおったんじゃが、そやつの作じゃ。戦気、寒流月を帯びて澄むこと鏡の如し、と書かれておる。敵の動きを己の心の鏡に映し出すことが戦いに臨む心構え…と言ったところか」
今日という日に相応しい、と胸を張っているゼル先生。
「じきにハーレイがやって来おる。わしらの大事なソルジャーに懸想しまくった挙句、結婚を迫るとは不届きな…。刀の錆にしてくれるわい!」
「別にそこまでしなくていいから」
あれでも一応キャプテンだし、と会長さんが苦笑しています。
「ハーレイの代わりのキャプテンとなると人材がね…。とにかく、ぼくには結婚する気がないとハッキリ言うのを聞いててくれれば十分だってば。…何かと夢を見ているようだし」
「「「………」」」
会長さんときたら、自分で夢を持たせたくせに…。非難するような私たちの目を会長さんは完全に見ないふりでした。やがて玄関の方でチャイムが鳴って、ゼル先生が出てゆきます。教頭先生、どんな顔をしてこの部屋にやって来るのでしょう?
「ハーレイ、今日は大事な話があるんじゃ」
「分かっている。…ブルーのことだと聞いては来たが…」
緊張するな、と教頭先生の声が聞こえてきます。廊下を歩く足音が近付き、和室の襖がカラリと開いて…。
「!!?」
「こんばんは、ハーレイ」
教頭先生が立ち竦んだのと、会長さんが微笑んだのとは同時でした。教頭先生、会長さんがいるとは知らなかったみたいです。玄関先に私たちの靴がズラリと並んでいたのに、間抜けと言うか何と言うか…。あ、学校指定の靴でしたから、見慣れてしまった先生にすれば空気みたいなものなのかも?
「な、な……なんでお前が…」
口をパクパクさせる教頭先生に、会長さんはニッコリ微笑みかけて。
「この間の返事をしに来たんだよ。ゼルに立ち合いを頼もうと思って場所を借りてる。…そうそう、今日は寸劇、ご苦労さま。鼻からうどんも素敵だよね」
「…そうか…? そう言われると悪い気はせんな」
頬を赤らめる教頭先生。会長さんったら、この期に及んでまだ言いますか! けれど甘い雰囲気に冷水を浴びせるように口を開いたのはゼル先生です。
「いい加減にせんかい、ハーレイ! ブルーが精一杯のお世辞を言っておるのが何故分からん? 鼻からうどんを啜るようなヤツに惚れる馬鹿者はおらんわい。…そうじゃな、ブルー?」
「うん。…ぼく一人だと言いにくいからゼルにも聞いてほしくてさ…。アルテメシア中で願掛けをしたハーレイの気持ちは分かるけれども、受け取れない。…それに、あんな絵馬とかが奉納されたままっていうのも耐えられないんだ、怖くって…。だって…もしもハーレイの願いがうっかり叶ってしまったら…」
「ブルー、それ以上は言わんでいいわい」
わしには分かる、とゼル先生が会長さんの肩を叩きました。会長さんは表情が見えないように俯いています。絶対、悪戯っぽい笑みを浮かべているに決まっていますが、それと気付かないのがゼル先生で…。
「ハーレイ、お前は全く気付いておらんが、ブルーは怯えておるんじゃぞ! 闇鍋でお前を指名しなかったのもそのせいじゃ。手料理感覚で完食されたら困ると思っておったらしい。…寸劇の方は……まあ、仕返しじゃな」
わしという味方がついておるから、とゼル先生は教頭先生を睨み付けて。
「つまりじゃ。…アルテメシア中に奉納したという絵馬を回収してもらう。まじないの類も白紙に戻せ。ブルーに聞いたが、柳の枝をおみくじで結び合わせるとか色々やって回ったそうじゃな?」
「そ、それは……ブルーを困らせようというつもりは…!」
「つもりがあろうと無かろうと同じじゃ! 行くぞハーレイ、少し待っておれ!」
そう言って廊下に消えたゼル先生は数分後にドスドスと足音を立てて戻ってきました。背筋をピンと伸ばしたその姿は…。
「ゼ、ゼル…! わ、私は速い乗り物は…!」
「やかましいわい!」
黒い革のライダースーツに黒い手袋、フルフェイスの黒いヘルメット。伝説のライダー、『過激なる爆撃手』となったゼル先生が教頭先生の腕を掴んで引きずってゆくのを私たちは呆然と見ているばかり。
「ブルー、戸締りを頼んだぞ! 絵馬の類は今夜の内に責任を持ってハーレイに全部回収させる。もう結婚なんぞせんでいいのじゃ、このゼルが万事引き受けたわい!」
そんな言葉が聞こえてきた後、響いてきたのは凄い爆音。自慢のバイクのエンジンをかけたらしいです。続いて野太い悲鳴が聞こえ、バイクの音が猛烈な勢いで遠ざかっていって…。ヤス一号と二号が暫く激しく吠えていましたが、それも静まってすっかり静かになりました。…教頭先生、どうなっちゃったの…?
「ふふ。…ハーレイの手で回収か」
ゼル先生の家の玄関に内側から鍵を掛けた会長さんはクスクスおかしそうに笑っています。私たちは既に靴を履き、後は会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に瞬間移動で家まで送って貰うだけでした。ライダースーツのゼル先生に拉致されてしまった教頭先生の行方は分かりません。
「…今までの流れで分からないかな? ほら、こんな感じ」
会長さんが思念で送って寄越した映像は夜更けの街を疾走してゆく大型バイク。跨っているのはゼル先生で、サイドカーには教頭先生がヘルメット無しで乗っていました。いえ、乗っていると言うよりは必死にしがみついている、と表現した方が正しいでしょうか?普段は綺麗に撫で付けている髪も風に煽られて滅茶苦茶で…。
「な、なんなんだ、これは…?」
何処から見ても公道だが、とキース君が顔を顰めて。
「ヘルメット無しは道交法違反になるんじゃないのか? 第一、教頭先生が…」
「半分白目を剥いてるって?」
気にしない、と会長さんが受け流しました。
「ハーレイったらシャングリラ号のキャプテンなんかをやってるくせに、スピードにてんで弱いんだ。絶叫マシンなんかは大の苦手さ。だからお仕置きにサイドカーに乗せることにした。ノーヘルの方はバレないよ、うん」
サイオンでちゃんと細工してある、と自信満々の会長さん。
「ぼくたちが初詣で辿った経路を逆に回るよう、ゼルにマップを渡しておいた。あの手の願掛けを無効にするには逆回り! でもってハーレイ自身が絵馬の類を外しに行けば願を掛けられた神様とかにも失礼がなくていいからねえ。スピード狂のゼルのバイクで震え上がりながら回るといいさ」
「…たっぷり御礼ってこのことだったの…?」
ジョミー君の問いに会長さんは。
「まあね。最初はどうしようかと色々悩んでいたんだけども、やっぱり相手の苦手な部分を突いてやるのが最高じゃないか。ついでに絵馬も始末できるし、今年も一年スッキリだ。ぼく自身の手じゃ消せないんだって言っただろう?」
これでも一応、高僧だから…と笑みを浮かべる会長さん。
「それにさ、鼻からうどんを啜るっていう二人羽織の宴会芸もマスターさせたし、ハーレイとゼルはいいコンビだよ。ハーレイには是非サイドカーの魅力にハマってほしいな、自分でバイクを運転しろとは言わないからさ。男の魅力はママチャリじゃなくてスピードの出る乗り物にあると思わないかい?」
「…それでママチャリを馬鹿にしてたのか?」
教頭先生のガレージの、と言ったキース君に会長さんは頷いて。
「そういうこと。ぼくと結婚だなんて言い出す前に自分自身を知らないとね。ママチャリなんかに二人乗りより、ぼくならゼルのバイクを選ぶさ。タンデムもいいし、サイドカーでも大歓迎。…ハーレイ、その辺を全然分かってないよ。何が家庭的な雰囲気だって? ママチャリは出来る男が乗ってこそだし!」
センスの無さは致命的だ、と徹底的にこき下ろしている会長さん。どうやら教頭先生よりはゼル先生の方が男の魅力があるようです。それでこそパルテノンの夜の帝王というわけですが、この調子では教頭先生、今年も前途多難そう。今頃は多分、心臓が止まりそうな思いでアルテメシアの街を疾走中で…。
「大丈夫、ゼルの運転は確かだからね。ハーレイが気絶したって振り落とすことは絶対ないよ」
太鼓判を押す会長さんにシロエ君が。
「ちょ、ちょっと…。もしかしてシートベルトもしてないんですか?」
「当たり前だろ、着用義務は無いんだからさ」
しがみついていれば問題なし、と再び思念で見せて貰った中継画像の教頭先生は口から泡を噴いていました。えっと…気絶しちゃっているのでは? しがみつく以前の問題なのでは…?
「これくらいしないと罰にならない。ゼルだってちゃんと分かっているよ。…この先の山道が楽しくなるのに、気絶するとは残念だねえ」
ロング・ロング・ワインディングロード、と会長さんが言っているのは丑の刻参りで知られた神社に向かう山道でした。私たちが辿った道を逆に回るなら一番最初はあの神社。教頭先生、私たちは家に帰りますけど、真夜中のツーリングからの無事の御帰還、心からお祈り申し上げます…。
一年の計は元旦にあり。恋愛成就の御利益を求めて元日にアルテメシア中の御利益スポットを回り倒した教頭先生は会長さんとの結婚を心の底から夢見ていました。そこへ会長さんが年始回りだと訪ねて来たのですから、早速御利益があったとばかりに大喜びで大感激。会長さんのお供をしてきた私たちの方はちょっと心配なんですけども…。
「ねえねえ、ブルー」
賑やかな新年パーティーの最中に声を掛けたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ホントにハーレイと結婚するの?」
「さあ、どうだろう? ぶるぅはそうしてほしいのかい?」
問い返された「そるじゃぁ・ぶるぅ」は嬉しそうにコクリと頷いて。
「えっとね、ブルーがハーレイと結婚したら、ハーレイがぼくのパパになるでしょ? 毎日遊んでもらえるし!」
「なるほどねえ…。でもさ、結婚は色々大変なんだよ」
今までのようにはいかなくなるし、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭を優しく撫でました。
「ハーレイと一緒に暮らすんだから、ここに引っ越ししなくちゃね。そうなるとフィシスやジョミーたちを呼んでくるのも難しくなる。お泊まりなんかはまず無理だ。…なにしろ部屋の数が足りない」
「えっ…」
「考えてごらん? ぼくたちの家はゲストルームが沢山あるけど、ここには無いよ。去年、お歳暮で泊めてもらっただろう? あの時は何処で寝てたんだっけ?」
「そっか…」
ガックリと肩を落として「そるじゃぁ・ぶるぅ」はしょげています。お歳暮でゲットした一泊二日の宿泊券でしたが、男子はリビングに布団を敷いて雑魚寝でした。スウェナちゃんと私は一部屋もらいましたけど…。つまり会長さんが教頭先生と結婚したら、お泊まり会は無くなるのです。…まあ、会長さんと教頭先生が大人の時間を過ごしている家に泊まるというのも複雑かな…?
「ブルー。お前の家は今のままでもいいんじゃないか?」
口を挟んだのは教頭先生。
「あそこはソルジャーであるお前のための家だろう? あのマンションに住んでいるのも仲間ばかりだし、残しておいて息抜きに使うというのはどうだ?」
「そりゃね…。家賃を払ってるわけでもないし、家出用に置いておくのもいいかな」
「「「家出用!?」」」
なんですか、それは? 話の展開についていけずに置いてきぼりだった私たちも、この言葉には反応しました。家出って…「実家に帰らせて頂きます」っていうアレですか? 会長さんはクスクス笑いながら。
「そう、家出用。理不尽な扱いを受けたと思ったら、即、家出。やっぱり独身が最高だからね。…それにフィシスも引っ張りこめるし」
この家じゃちょっと、と会長さんは肩を竦めてみせました。
「ぼくの女神にハーレイのベッドを使わせるのは最低だろう? かと言ってゲストルームは一つしかないし、ベッドはシングルサイズだし…。そうでなくても友達を全員泊められない家じゃ、ぶるぅも退屈しちゃいそうだ」
「…結婚とフィシスは別物なのか?」
教頭先生の問いに、会長さんはさも当然といった顔で。
「もちろんさ。フィシスと別れるつもりは無いし、シャングリラ・ジゴロ・ブルーの名前を返上しようって気も無いよ。それが嫌なら結婚の件は諦めるんだね」
「…い、いや…。お前の自由は尊重する」
だから是非とも嫁に来てくれ、と土下座せんばかりの教頭先生。会長さんは「どうしようかな…」と人差し指を顎に当てて考えていましたが。
「そう簡単に結論を出せる問題じゃないし、しばらく時間をくれるかな? それと、この家も見て回りたい。住み心地とかを確認したいし」
「ああ…。それは一向に構わんが…。よく考えて返事をくれ」
急がなくてもいいんだぞ、と教頭先生が言い終えるなり、会長さんはスッと立ち上がって私たちの方を振り向きました。
「いいんだってさ。それじゃ見学して回ろうか、ハーレイの家を」
「「「えっ!?」」」
教頭先生と私たちは同時に叫んでいたのですけど、会長さんは気にも留めずに。
「ハーレイ、君はリビングに残ってて。…普段の暮らしを見ておきたいから、余計な気遣いは無用にね」
行くよ、と廊下に出てゆく会長さんを私たちは慌てて追い掛けました。教頭先生の家には何度も来ていますけど、見学会なんて初めてですよ~!
一人暮らしには大きすぎる、と評されている教頭先生の家は会長さんとの結婚に備えて申し込んだという世帯用。実を言えば長老の先生方も独身のくせに大きな家に住んでいるらしいのですが、会長さんに言わせれば…。
「長老ともなれば威厳も要るし、仲間を呼んでホームパーティーをすることもある。ほら、ゼルなんかはシャングリラ号の機関長だし、ブラウは航海長だしね…。クルーが気軽に集まれるように大きな家は必須なのさ」
エラ先生やヒルマン先生もシャングリラ号の重鎮ですし、それなりの家が要るのだそうです。だったらキャプテンな教頭先生が立派な家に住んでいたって問題ないと思うのですが…。
「うーん、ハーレイは公私をきちんと分けるしねえ…。クルーの交流会の他にも色々と集まりはあるんだけども、この家を使うことはない。…公私を分けると言えば聞こえはいいけど、将来、ぼくと結婚した時、邪魔をされたくないらしいんだ」
「「「………」」」
教頭先生の徹底ぶりに私たちは声もありませんでした。そりゃあ確かに会長さんはソルジャーですから、そんな人を奥さんにしているキャプテンの家じゃクルーの人も寛げないかもしれませんけど、教頭先生がそこまで気を回すとは思えません。単に会長さんとの愛の巣を聖域にしたいだけでしょう。
「さてと。…そんなハーレイの夢と妄想の空間、その一」
会長さんが開けた扉の先はバスルーム。洗面所と脱衣所を兼ねたスペースがゆったりと取られ、そこから更に扉を開けて…。
「君たちが泊まりに来た時は片付けてあったけど、普段はこういう感じなんだよ」
広いバスルームの中にはお風呂オモチャがありました。桶に入ったアヒルにラッコ、カッパなんかはどういう趣味?
「…あれはブルーのプレゼントさ。ずっと前に、あっちのぶるぅが配達したって言ってたろう? ぼくそっくりのブルーが愛用していたお風呂の友というのがいいらしい。時々、浮かべて妄想してる」
妄想の中身は聞くまでもなく分かりました。ソルジャーは何かといえばストリップもどきを披露しますし、春休みに行った温泉旅行ではタオル一枚で誘惑したりもしていましたし…。お風呂オモチャを浮かべていれば蘇る記憶が数々あるに決まっています。ついでにシャンプーなどのボトルも多数揃っているようですが…?
「ぼくがいつ泊まりに来てもいいように用意しているみたいだよ。期限もきちんとチェックしていて、期限切れになりそうだったらハーレイが使うらしいんだ」
似合わないよね、と会長さんが指差すボトルは全部フローラル系の香りでした。会長さんってそんなの使ってるんですか? 薔薇の香りのシャンプーとか…? 唖然とする私たちの顔に、会長さんは苦笑して。
「まさか。エステでは使うこともあるけど、薔薇の香りを男が纏ってどうするのさ。…これはハーレイの思い込み。ぼくには花の香りが似合うと勝手に決めて選んでいるんだ」
えっと…。どう言えばいいのか分かりませんが、教頭先生の思考はかなり偏っているようです。一事が万事そんな調子で、家の中には妄想グッズが溢れていました。会長さんのお泊まり用のシルクのバスローブとか、レースひらひらのガウンとか。極め付けはやはりベッドルームで…。
「これも願掛けの一つらしいよ」
会長さんが指差したのはソルジャーの特注品の抱き枕でした。ミントグリーンのパジャマ姿の会長さんの写真がプリントされたヤツですけども、何故か赤い糸が巻かれています。願掛けと言えばアルテメシア中の神社やお寺に散在している恋愛成就と結婚祈願の絵馬とかのことだと思いましたが、この糸も…?
「結ばれる運命の二人の小指は赤い糸で繋がっていると言うだろう? それでハーレイが思い付いたらしい。糸の端っこを自分の小指に結んで寝るのさ」
「「「………」」」
なんとも乙女な発想でした。それなのにベッドサイドのテーブルには会長さんの女子用スクール水着姿の写真やら、バニーちゃんの格好をしたソルジャーのセクシーショットが置かれていたり…。会長さんはフウと溜息をつき、今度は枕を持ち上げました。抱き枕ではなく、頭の下に敷く枕です。
「ほらね、ここにも」
そこにはウェディング・ドレス姿の会長さんの写真がありました。折れたり皺にならないようにラミネート加工されているのが流石です。会長さんのドレス姿はあちこちで披露されてますから、教頭先生もしっかり入手したのでしょう。まりぃ先生に作って貰った等身大のポスターなんかも飾られてますし…。
「こんな調子で願掛け三昧、今年こそ…って思ってるんだ。ぼくはどうしたらいいと思う?」
「えっ…。結婚するんじゃなかったの?」
そう言ったのはジョミー君でした。キース君が「馬鹿か、お前は」とジョミー君の頭を小突いて、サム君が。
「ブルーがそんなことするわけないだろ! 第一、俺はどうなるんだよ!」
会長さんと公認カップルなサム君はまさに怒り心頭。けれどジョミー君は首を傾げて…。
「でもさあ…。ブルー、巡礼にはパワーがあるって言ってなかった? 教頭先生の絵馬とかだって処分してないし、てっきり結婚するのかと…。今はそういう気分じゃなくても、将来的には結婚するとか」
「…あのね、ジョミー…。ぼくは一応、高僧だよ? そう簡単には呪縛されない」
されてたまるか、と会長さんはベッドルームを見回しています。
「こんな所で好き放題に妄想している男なんかは御免蒙る。だけどせっかく願掛けしたんだし、御礼はたっぷりしないとね」
「「「御礼?」」」
「そう、御礼。当分は夢を見ててもらうさ。でもね…」
百年の恋も覚めそうだけど、と一番最後に連れて行かれたのはダイニングでした。教頭先生が片付いていないと言った部屋です。なるほど、洗っていない食器やお鍋が散らかっていて、お世辞にも綺麗とは言えません。
「…元日の願掛けツアーで力尽きたらしい。そのまま寝正月をしていたんだよ、ハーレイは。…寝ている分には部屋も汚れないし、ぼくの抱き枕と小指の糸で繋がってるしで一石二鳥。…こういう男とだけは結婚したくないと思わないかい?」
最低最悪、と顔を顰める会長さん。なのに教頭先生が待つリビングに戻るとそんな気配は微塵も見せず、たっぷりとお年玉なんかを搾り取ってからタクシーを呼んでもらって綺麗な笑顔で。
「ありがとう、ハーレイ。急に押しかけて邪魔したね。また新学期に会えるのを楽しみにしてる」
「私もだ。…その時に返事を聞かせてくれると嬉しいが…」
急がないとか言っていたくせに、教頭先生も気が急くようです。会長さんはニッコリ笑って…。
「考えておくよ。君の気持ちは受け取ったから」
じゃあね、とタクシーに乗り込む会長さん。日はとっぷりと暮れていたので、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はそのまま家へ。私たちも会長さんの家へは寄らずにタクシーで自宅へ直行でした。妙に疲れる初詣でしたが、この後、いったいどうなるんでしょう…?
そして迎えた三学期。始業式の日は恒例のお雑煮食べ比べ大会です。これを勝ち抜くと指名した先生に闇鍋を食べさせることが出来るというので去年も一昨年も会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が私たちのクラスにやって来ました。もちろん今年も1年A組の一番後ろに机が増えて…。
「かみお~ん♪」
「やあ。あれから元気にしてた?」
にこやかな笑みを浮かべる会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は普段と変わりませんでした。教頭先生の願掛け三昧への復讐戦に燃えているのかと思ったのですが…。
「おい」
キース君が会長さんに声を掛けました。
「去年はあんたが俺たちの分も食材を用意したんだっけな。なのに今年は根回しは無しか?」
「うん」
それが何か? と会長さん。闇鍋の存在は大っぴらには言われてませんが、先輩からの口コミなどで知っている人も勿論います。それ以外の生徒も『食材を一品持参するように』との通達に応じて色々持ってくるのですけど、去年の私たち七人グループは会長さんが送って寄越した悪臭缶詰、シュールストレミングなるものを持たされました。今年も覚悟してたんですが…。
「あんたが何もしないというのが気にかかる。…何か企んでいるんだろう?」
キース君の重ねての問いを会長さんは聞き流して。
「ぼくは今年はホンオフェなんだ。…エイを壺に入れて発酵させたヤツで、アンモニア臭が凄いんだよ」
だから密閉、と示されたのは机の下のクーラーボックス。あぁぁ、今年もこのパターンですか! 「そるじゃぁ・ぶるぅ」はチェダーチーズを発酵させたエピキュアーチーズとかいう缶詰を用意したらしいです。このチーズ、普通はさほどでもないそうですが、缶詰はとても臭いのだそうで…。
「君たちは普通の食べ物だろ? 今年はそれほど悲惨なことにはならないよ」
「…しかし…」
闇鍋には違いない、と言うキース君は一味唐辛子を持ってきていました。ジョミー君は納豆、サム君は汁粉ドリンク、シロエ君が糠漬け、マツカ君は辛子明太子。スウェナちゃんがクリームシチューのルーで私はチリドレッシングの大瓶です。去年に比べて統一性が全くない分、より酷い結果になりそうですが…。
「平気だってば。それに今年は…」
蓋を開けてのお楽しみ、とウインクしている会長さん。私たちはドキドキしながら始業式の会場に行き、退屈な校長先生の訓話を聞いてからお雑煮食べ比べ大会へ。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は食べて食べて食べまくりました。正確に言えば会長さんの分は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお椀に瞬間移動で転送されているんですけど。
「勝者! 1年A組!」
司会のブラウ先生の声が響いて、1年A組は男子、女子とも学園一位。これで闇鍋を食べさせる先生の指名権が手に入ったわけで、会長さんが。
「ぼくとぶるぅが頑張ったんだし、ぼくたちが指名させてもらうよ。ぼくはゼル」
えぇっ!? 教頭先生じゃないんですか…? でも…ぶるぅも指名するんですよね?
「かみお~ん♪ ぼくは今年もシド!」
「「「えぇぇっ!?」」」
引っくり返った声は私たち七人グループだけではありませんでした。去年、一昨年と一緒に戦った元1年A組の生徒全員が驚いています。会長さんが教頭先生を指名しないなんて…どういうこと?
「たまには番狂わせもいいじゃないか。グレイブは毎年やるわけだしね」
担任だから、と涼しい顔の会長さんの真意は読めませんでした。闇鍋大会は勝者のクラスの担任も出る決まりです。グレイブ先生は三年連続で出場となり、悪臭を湛えた鍋にギブアップ。ゼル先生とシド先生も完食は出来ず、今年は生徒側の勝利でした。お年玉に、と1年A組の生徒全員に学食の食券が配られて…。
「会長、今年もよろしくお願いします!」
クラスメイトに囲まれた会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と並んで笑顔。
「そうだね、もう三学期しか残ってないけど、今年もよろしく」
試験はぶるぅのパワーにお任せ、と会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は新学期早々大人気でした。けれど不安を隠し切れない私たち七人グループです。何かある…。教頭先生が指名されなかった裏には絶対何かがありそうな予感…。
終礼に現れたグレイブ先生は闇鍋ショックで足取りが少しふらついていました。ゼル先生は保健室で寝込んでいるそうですが、シド先生はミネラルウォーターを一気飲みして復活済みです。
「…諸君、来週は新春かるた大会だ。その前に健康診断もあるから、体操服を持参するのを忘れないように」
かるた大会とはシャングリラ学園名物の水中かるた大会です。告知を終えたグレイブ先生は胃の辺りを押さえながらヨロヨロと出てゆき、今日は解散。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ向かいました。
「かみお~ん♪ 闇鍋、とっても楽しかったね!」
去年ほど臭くなかったけれど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は御機嫌です。会長さんも至極満足そうで…。
「ゼルが倒れるとは思わなかったな。いったい何が効いたんだろう? 年寄りだけに一味唐辛子とかチリドレッシングは効きそうだけど、外見と中身が一致してないのがゼルだしねえ…」
高血圧の心配はない、と会長さんは教えてくれました。
「ぼくたちの仲間は基本的に歳を取らないだろう? ゼルの場合は本人の好みか何かは知らないけれど、外見だけがああなった。それでいて中身は若い連中と変わってないから始末が悪い。パルテノンの夜の帝王も実は現役だったりするし、バイク乗りで過激なる爆撃手なんて呼ばれてるのも体力自慢の結果なんだよ」
内臓も筋肉も三十代並み、下手をすれば二十代かも…と聞かされた私たちはビックリ仰天。お年寄りだと思ってましたが、それは見た目の方だけでしたか…。まあ、お年寄りに闇鍋を食べさせて倒れられるよりかは安心ですけど。
「…だからね、ゼルのお見舞いとかは特に必要ないんだよ。そもそも年齢の問題があれば闇鍋に参加してないし…。毎回ハーレイじゃ楽しくないだろ、闇鍋もさ」
「そうだな。それに去年は失敗したしな」
キース君が突っ込みました。
「あんたの手料理だとかなんとか言って完食されて、俺たちの方が負けたんだ。お蔭でお年玉を貰い損ねた」
「…そういうこともあったっけね。だけど今年はその教訓を踏まえたってわけじゃ全然ないから! たまにはハーレイ以外もいいなって思い付いたってだけだから!」
そこを勘違いしないように、と会長さんはキッチリ釘を刺して。
「で、ハーレイと言えば新学期だ。…分かってるね?」
「「「は?」」」
会長さんが何を言いたいのか、私たちにはサッパリでした。お雑煮食べ比べ大会も闇鍋も終わりましたし、第一、とっくに放課後です。教頭先生の出番なんかは無いのでは…?
「……また忘れてるし……」
あからさまな溜息をつく会長さん。
「よっぽど忘れたいんだろうとは思うけれども、そろそろ覚えてくれないかな? 新学期はこれで始まるんだから…。ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
奥の部屋に走って行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が箱を抱えて戻って来ます。リボンのかかった平たい箱を見た瞬間に全員が思い出しました。新学期を迎える度に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が買い出しに行って、会長さんが教頭室までわざわざ届けに出掛ける品。そうです、あれは青月印の…。
「やっと分かったみたいだね。青月印の紅白縞のトランクスだ。ハーレイが首を長くして待ってる五枚を届けに行くから、ついて来て」
「お、おい…」
震える声はキース君。
「いいのか、そんなのを届けに行って? 万が一にも誤解されたら…」
「誤解って何を?」
「教頭先生、返事を待つと言ったじゃないか。……そのぅ……あんたとの結婚の…」
言い難そうなキース君に、会長さんはクスッと笑って。
「その手の誤解なら大いに結構。…いつかたっぷり御礼をするって言っただろう? 今日はまだ御礼はしないんだけどね、伏線は張っておかないと」
「「「伏線…?」」」
なんですか、それは? けれど会長さんは答えてはくれず、いつものようにトランクスのお届け行列が出発しました。一番先頭で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が箱を掲げてピョンピョン飛び跳ね、そのすぐ後ろに会長さん。私たちは諦め切った表情でゾロゾロ連なってついてゆきます。ああ、どうして毎回こんなことに…。
中庭を横切り、本館に入って教頭室のすぐ前へ。会長さんが重厚な扉をノックし、「失礼します」と声を掛けると弾んだ声が返ってきました。うわぁ、やっぱり教頭先生、思い切り期待してますよ~! 会長さんの合図で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が扉を押し開け、私たちが揃って中に入ると、教頭先生の顔に失望の色が。
「…なんだ、お前一人じゃなかったのか…」
「えっ? 今日はいつものヤツを持ってきただけだし、みんながいるのも当然だろ? 最近ずっと一緒に来てるよ」
会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」からトランクスの箱を受け取り、机の上に置きました。
「はい、青月印の紅白縞を五枚。大事に履いてくれるよね?」
「う、うむ…。すまんな、いずれは自分で買うから」
「自分でって…今も自分で買ってるじゃないか、五枚じゃとても足りないからって」
「それはそうだが…」
教頭先生は口ごもりながら、頬を微かに赤くして。
「結婚したらトランクスは全部自分で買う。お前と買い物に行けるわけだし、見立てて欲しいものが他に色々…」
「スーツとか? ネクタイとか? そんなのもいいね」
艶やかに微笑む会長さん。
「例の返事はもう少し待って欲しいんだけど、ちゃんと前向きに考えてるよ。今日の闇鍋がその証拠。…ハーレイを指名しなかっただろう? ぼくの気持ちだと思って欲しいな。…結婚するかもしれない人を酷い目には遭わせられないし」
「……ブルー……」
感極まって涙ぐんでいる教頭先生に軽く手を振り、会長さんは「またね」と教頭室を後にしました。いいんでしょうか、あんな台詞を言っちゃって…。まさか本気とも思えませんが、闇鍋に教頭先生を指名しなかったのは事実です。ハラハラドキドキの私たちを連れて「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に戻った会長さんは…。
「これでよし。ハーレイの誤解と期待はMAXだよね」
ぼくとの結婚生活に向けて、と唇に笑みが浮かびました。
「恋愛成就に結婚祈願、アルテメシア中の神社仏閣に願掛けをした罪は重いよ。ぼくが修行を積んでなければ危なかったかもしれないんだし…」
「おい、そこまでのパワーは無いだろう? あの本にあった巡拝マップは最近できた代物だぞ。全部を回ったからと言っても絶大な効果があるわけが…」
キース君が冷静な意見を述べたのですが、会長さんは聞いていませんでした。
「御利益なんていうのはね、本人があると信じていれば十分なんだよ。イワシの頭も信心からって言うだろう? ぼくを呪縛して結婚しようと企んでいたハーレイにはそれ相応の御礼をしなくちゃ気が済まない。…そのためだったら闇鍋くらいは諦めるさ」
年に一回の娯楽でもね、と言い切った会長さんの本気に私たちの背筋が凍りました。教頭先生、頑張って願を掛けたばかりに闇鍋の比じゃない災難が待っていそうです。会長さんが何をする気か知りませんけど、かるた大会で仕返ししようというのでしょうか? そう言えば学園一位の副賞は…。
「ん? かるた大会の副賞かい?」
思考が零れてしまったらしく、会長さんが訊き返します。
「そういうものもあったっけね。…そうだね、それもいいかもしれない」
使えそうだ、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と顔を見合わせ、コクリと大きく頷いて。
「決めた、かるた大会も活用しよう。ぶるぅ、頑張ってくれるかい?」
「かみお~ん♪ かるた大会、楽しいもんね!」
今年もブルーと勝利をゲット! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は燃えていました。でもジョミー君たちは真っ青です。
あの様子からして副賞のことを考えたのは私だけではないようですが、かるた大会、どうなるのでしょう? 教頭先生に結婚祈願をされてしまった会長さんの復讐の幕が上がるんですか~?