忍者ブログ

シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

会長さんにサイオンで着替えさせられ、バニーちゃん姿になってしまったキース君。お披露目会場では必死に保っていたスマイルも今は全く出てきません。それどころか不機嫌極まりないのに、追い打ちをかけるように登場したのは空間を越えてきたソルジャーでした。
「…ぼくの注文はクリームソーダ。メロンリキュール多めでね。もちろんアイスも」
「「「………」」」
注文を受けたキース君はワナワナと震え、私たちはハラハラです。キース君が怒りのあまりバーストしたらどうするんですか~! そんな気持ちを知ってか知らずか、ソルジャーは…。
「キース、笑顔を忘れているよ。ブルーに言われていただろう? 接客業はにこやかに…って」
「余計な御世話だ! あんた、俺の姿を笑いに来たのか!?」
「…まさか。お祝いを言いに来てあげたんだってば」
「お祝いだと!?」
ブチ切れそうなキース君。頭の上ではウサギの耳が揺れてますけど、誰も笑う度胸はありませんでした。そんなことをしたら大惨事です。でもソルジャーは平然として…。
「その格好も素敵だね。…本当は女性用だって? そう思って見るとセクシーかな?」
「!!!」
この辺が、と腰のラインをツーッと撫でられ、キース君はピキンと硬直。背筋に悪寒が走ったらしく、丸い尻尾が小刻みにプルプルしています。ソルジャーの方はおかまいなしにキース君の尻尾を触りながら。
「キース、思考が零れているよ。セクハラだとか変態だとか、怒涛のように悪態が…」
「読むな!」
「零れてくるものは仕方ないじゃないか。読みたくなくても届いちゃうしね。そうだろ、ブルー?」
「…まあね…」
会長さんが苦虫を噛み潰したような顔で頷いて。
「で、君は何しに来たんだい? キースをオモチャにしに来たんなら、あまり歓迎できないけども」
「嫌だな、君までそう言うのかい? ぼくはお祝いを言いに来たっていうのに、誰も信じてくれないなんて…」
「「「………」」」
当然だろう、と皆の視線が冷たくなります。なにしろソルジャーときたら、今もキース君の尻尾を楽しげに触っているのですから。
「この尻尾、手触りがとてもいいんだよ。ついでに言うならキースが寒気を感じているのがダイレクトに伝わってくるから最高でさ」
「…それは立派なセクハラだよ…」
溜息をつく会長さん。
「もしも自分がその目に遭ったらどうするんだい? 気分がいいとは思えないけど?」
「ぼくはもれなく大歓迎」
えっ。ソルジャーはセクハラ歓迎ですか!? 仰天する私たちにソルジャーはニヤリと笑ってみせて。
「その格好をするってことは見せたい誰かがいるってことさ、ぼくの場合は。…だったら嫌がる必要もない。とりあえずハーレイあたりは喜んでくれると思うんだけど…。おっと、その前にクリームソーダ」
「………」
キース君は凄い仏頂面でキッチンへと消えていきました。飲み物係の「そるじゃぁ・ぶるぅ」も一緒です。注文の品を運び終えたらバニーちゃんはお役御免でしょうけど、ソルジャーにセクハラされちゃうだなんて気の毒というか何と言うか…。
「…注文の品だ」
スマイルとは真逆の顔でワゴンを押してきたキース君には愛想の一つもありませんでした。私たちの前に飲み物を並べ、ソルジャーの分は更に素っ気なくコトンと置いて。
「終わったぞ、ブルー。…元に戻してもらおうか」
「うーん…。スマイルが無いのが悲しいけれど、贅沢言ってる場合じゃないか」
余計な誰かが来ちゃったし、と会長さんが青いサイオンを走らせ、キース君は元の姿に戻りました。でも…。
「えっ? あれっ?」
声を上げたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。銀色の頭にウサギの耳がくっついています。キース君が装着する前は確かに着けて遊んでましたが、今回は自分でくっつけたんじゃないのかな?
「ふふ、せっかくのネタをフイにするのは悲しいからね」
微笑んだのはソルジャーでした。
「ぶるぅ、しばらく預かっといて。まずはキースをお祝いしなくちゃ」
乾杯しよう、とクリームソーダを手に取ってますけど、いったい何に乾杯すると…?
「もちろんキースの未来にだよ。サイオニック・ドリームを無事にマスターしたんだろう? えっと、元老寺って言ったよね? 元老寺の後継ぎの未来に乾杯!」
そう来ましたか! 私たちは慌てて自分のグラスやカップを取り上げ、オレンジスカッシュだのレモネードだのとちぐはぐなモノを差し上げて…。
「「「かんぱーい!!!」」」
キース君も笑顔に戻っていました。気付けを兼ねて淹れてきたらしい熱いコーヒーのカップを手にして嬉しそうです。ソルジャーのグラスとキース君のカップがカチンと触れ合い、どうやら無事に仲直り。まさかセクハラでバーストするとは思えませんけど、やっぱり平和が一番ですよね!

「…それにしても派手にやったよねえ…」
クリームソーダのアイスを口に運びながらソルジャーが会長さんを眺めました。
「ぶるぅの部屋を吹っ飛ばすとは思わなかったよ、流石のぼくも。…キースは坊主頭にされるんだと思っていたけれど? 君もずいぶん乗り気だったし」
「そりゃね…。ただのブルーの立場だったら丸坊主にするのも楽しいさ。でも銀青として考えてみると、どうしても放っておけなくて…。仏の道を志す立派な若者が髪の毛ごときで挫折しちゃったら勿体ないよ」
「だけど必須の条件だろう? それを乗り越えることが要求されているってことじゃあ…?」
「そうなんだけど、ぼくもズルした口だから。坊主頭じゃ女の子に全然モテそうにないし、それじゃ困ると思ってさ…。ぼくに比べればキースの動機は遥かにマシだ。坊主頭が似合わないから嫌だっていうだけなんだしね。悩める後輩を助けられないようじゃ銀青の名を返上しなくちゃ」
高僧失格、と会長さんは至って真面目でした。ソルジャーの方も真顔で頷き、二人はしばらくサイオン談義。吹っ飛んでしまった「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋についてもあれこれ話をしていましたが、サイオンについてはヒヨコなレベルの私たちには意味不明です。
「ああ、ごめん、ごめん。…ついつい話し込んじゃって…」
会長さんが話を切り上げてくれ、それから後は様々な話題が飛び交いました。ソルジャーはキース君がバーストしてからの一部始終をしっかり覗き見していたようで、会長さんとゼル先生の仏前結婚式にも興味津々。
「なるほど、着物でやるのが正式なんだね? どおりで君たちの衣装が浮いてた筈だ」
「建物に合ってないからね。でもさ、ぼくは白無垢は持ってないんだ」
こんなのだよ、と会長さんが思念で送ってみせた衣装は真っ白な打掛けと綿帽子。ソルジャーは「いいねえ」と絶賛しています。
「ウェディング・ドレスより清楚な感じでいいんじゃないかな? 君のハーレイが喜びそうだ」
「…なんでハーレイ?」
「君にプロポーズしてるんだろう? いつかきっと、と思っているさ」
夢を見るのは自由だよ、とソルジャーは笑みを浮かべました。
「今だって夢を見ているみたいだ。…ぶるぅの頭に乗ってるヤツで」
「「「え?」」」
私たちの視線の先には白いフワフワのウサギ耳。会長さんがキース君のバニーガールの衣装を回収した時、ソルジャーが取り置きしたものです。ネタがどうとか言ってましたが、それって教頭先生用の…?
「まあね」
クスッと笑いを零すソルジャー。
「お披露目をやってた間はどう思ってたか知らないけれど、家に帰ってから妄想しているみたいだよ。どうせならブルーで見たかったとか、キースじゃただのお笑いだとか」
「……お笑い……」
会場でのあれやこれやを思い出したのか、キース君が轟沈しています。特別生の先輩たちやグレイブ先生に記念写真を頼まれまくって人気でしたが、求められていたのは無論お笑い。お色気なんかを期待した人がいるわけもなく、撮影された写真は末永く笑い物になるわけで…。
「ぼくは準備段階からバニーガールだって知ってたけども、キースたちは知らなかったんだよねえ」
ソルジャーは会長さんに瞳を向けて「わざとかい?」と尋ねました。
「もちろん、そうさ。お披露目をするって決まった時から笑いを取ろうと目論んでたし…。キースのサイズは分かってるから準備も簡単」
「でもって話すと逃げられるから内緒ってわけか。キース以外の子たちに言っても喋っちゃうかもしれないし…。結果としてバニーガールは大成功で、君も満足してるけど……ハーレイの妄想の方はどうするのかな?」
「そこまで考えてなかったし!」
会長さんはキッパリ言い切りました。キース君がやったからこそバニーガールはウケたのです。お披露目会場に来たお客様だって笑って笑って笑い転げて、キース君のクールなイメージからは程遠いスマイルとサービスに大満足でお帰りでした。まさかお色気を求める人が現れようとは誰が想像するでしょうか?
「…本当に考えていなかったのかい?」
呆れたような口調のソルジャー。表情の方も怪訝そうです。
「だってハーレイも見るんだよ? いくらキースがやってたとはいえ、同じ衣装を君が着たら…って考えちゃうのは惚れているなら当然じゃないか。それとも思いもよらなかったと…?」
「思ってないっ! 思っていたらやらないよ。…ハーレイの妄想はキリがないから」
「…ハーレイもホントに気の毒にねえ…」
ソルジャーは溜息をつきました。
「こんなのに惚れて人生を棒に振ってるだなんて、可哀想としか言いようがない。この調子じゃ間違ってもバニーガールになってくれそうもないし」
「やるわけないだろ!!」
赤い瞳を燃え上がらせる会長さんにソルジャーは肩を竦めてみせて。
「…やれやれ…。ぶるぅ、その耳を貸してくれるかい?」
「これ?」
手渡されたウサギ耳をソルジャーが着けたからたまりません。私たちは揃って吹き出し、ソルジャーもクスクス笑いながら。
「ぼくがやってもお笑いだよね? でもハーレイにはどう見えるだろう? あの服を借りて着て帰ったら、ぼくのハーレイも喜ぶのかなぁ?」
「「「………」」」
私たちは答えられませんでした。あちらのキャプテンの趣味は分かりませんし、そもそもバニーガールというもの自体、女性がやるからお色気たっぷりになるわけで…。
「…うーん、やっぱりぼくには向いてないかな? ぼくがあの格好でホストをしたら、ハーレイはガチガチに緊張しそうだ。何か裏があるんじゃないか…って脂汗まで流しそうでさ。根っからヘタレで尽くす方だし、立場がてんで逆だよね、うん」
向いてない、とソルジャーは結論づけたようです。ウサギの耳は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭に返され、更に別室へと片付けられて、ようやく平和が戻って来ました。教頭先生は妄想たくましくしてるかもですけど、ソルジャーですらやる気が無いのに会長さんのバニーガールなんてどう考えても無理ですってば…。

押しかけて来たソルジャーは夕食も食べて帰る気でした。今夜はマツカ君の別荘行きのプランを練ろうと思っていたのに、また先送りになるんでしょうか? キッチンの方から美味しそうな匂いが漂ってきます。今夜は地鶏のパプリカ焼きだと聞きましたっけ。
「かみお~ん♪ 御飯、できたよ!」
ダイニングに来てね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が顔を覗かせ、みんなでゾロゾロ移動すると。
「…今年も海に行くんだよね?」
ソルジャーの不意打ちにウッカリ頷く私たち。もしかしてソルジャー、狙ってました…?
「それってマツカの別荘だよね、去年と同じで?」
畳み掛けるように問い掛けられるとどうしようもなく、マツカ君が代表で。
「ええ、そうです。…もしかして今年も一緒においでになるんですか?」
「君たちさえ良ければそうしたいねえ…。ぶるぅも退屈しているし」
シャングリラの方も至って平穏、とソルジャーはウインクしてみせました。
「ハーレイにはちゃんと言って来たんだ、休暇を取ってもかまわないか…って。もちろん賛成してくれたよ。ぼくたち、今は円満だから。…マンネリの日々もいいものだよね」
「そこまで!」
アヤシイ方向に行きそうな話を遮ったのは会長さん。
「ついて来るならそれでもいいけど、マツカ、別荘の方はどうだい? また二人ほど増えちゃうけれど…」
「かまいませんよ? 皆さんにはいつもお世話になっていますし、両親もぼくに友達が大勢できて本当に喜んでいますから。…じゃあ人数は去年と同じで手配しますね」
あとは日程をどうしましょう、とマツカ君がカレンダーを眺めた時。
「人数、今年は一人多めで」
「「「は?」」」
「一人多めで、って言ったんだよ」
お皿の地鶏を切り分けながらソルジャーがニッコリ笑いました。
「ハーレイ、暇にしてるんだろう? せっかくだから連れて行こうよ、だって素潜り名人なんだし」
「えっ…」
絶句している会長さん。教頭先生が素潜り名人なことがソルジャーにバレているのは当然でしたが……人魚泳法のコーチだったソルジャーが知らない筈はないのでしたが……でも連れてってどうすると?
「素潜りっていうのは海とかでやるのが本当だろう? その腕前をぜひ見てみたい。ついでに古式泳法とやらの達人らしいね、キースたちは習ったみたいじゃないか」
あちゃ~…。一昨年の海の別荘のことを誰かが思い出したらしいです。そうなってくるとストリーキングがバレるのも時間の問題?
「…ストリーキング…? なんだい、それは?」
ソルジャーの視線が私たちをグルリと見渡しました。誰の思考が零れ落ちたのか分かりませんが、あんな事件をどう言えば…?
「えっとね、裸で走ったんだよ」
説明したのは無邪気な声。小さな子供な「そるじゃぁ・ぶるぅ」がエヘンと胸を張っています。
「ハーレイが履いてた海水パンツをブルーがサイオンで脱がせちゃったんだ。ぼくね、それを海の中で拾って頑張って持って帰ったけれど…ブルーが燃やしちゃったんだよね」
「…そういうこと」
会長さんの答えにソルジャーは「へえ?」と身を乗り出して。
「それでストリーキングかい? ハーレイも案外、思い切ったことをするんだねえ…」
「違うよ、パレオが消えちゃったんだよ!」
ブルーが悪戯しちゃったから、と全てをバラした「そるじゃぁ・ぶるぅ」。教頭先生がパレオ姿で走った光景が私たちの脳裏に蘇りました。ショッキング・ピンクの地色に真っ赤な大輪のハイビスカスがプリントされた派手なパレオで別荘へ向けて走っていたのに、玄関先でパレオが消滅。私たちが見たのはナマお尻ですが、出迎えていた執事さんたちは…。
「…あのハーレイがストリーキング…。そうか、思い出の別荘なのか」
そんな話は初耳だよ、とソルジャーは私たちの記憶を思念で受け取って笑っています。
「じゃあ、去年ハーレイを呼びつけたりして悪かったかな? エステを受けられて満足したけど、ハーレイは恥ずかしかったのかも…。それでぼくのハーレイと喜んで替わってくれたとか? …ん? それじゃ、ぼくのハーレイはストリーキングをやらかした人と思われて…?」
ソルジャーがプッと吹き出しました。
「そうか、ぼくのハーレイがストリーキングねえ…。本人が聞いたら憤死しそうだ。シャングリラじゃ絶対できっこないし、やるだけの度胸も無いだろうけど…ハーレイズだってやったことだし、ストリーキングも素敵かな?」
「却下!」
会長さんが即座に切り捨て、マツカ君に。
「人数は去年と同じでいいよ、ハーレイなんかを連れて行ったら惨事になるのは目に見えている」
「待ってよ、ぼくはハーレイと行きたいんだ!」
素潜りも古式泳法も絶対見たい、とソルジャーは譲らず、挙句の果てに…。
「…分かった。じゃあ、ぼくは今年は別行動で。ハーレイが来ないんじゃ楽しくないし、もっと楽しい方に行く」
「「「は?」」」
「ノルディも別荘を持ってるらしいね。そっちに行ったら大歓迎してもらえそうだ。夜も色々楽しめそうだし、地球の海だって満喫できるし…。それじゃ、今日はこれで」
「ブルー!!!」
姿を消そうとしたソルジャーを会長さんのサイオンが引き止め、青い光が飛び散って…。
「なにさ? 何かマズイことでも?」
思い切り不機嫌そうなソルジャーに会長さんは肩で息をしながら。
「…ノルディだけは……頼むからノルディだけは放っておいて。調子に乗られたらシャレにならない。ハーレイの方がよっぽどマシだ」
「そうこなくっちゃ」
満足そうに頷くソルジャー。会長さんが乗せられたような気がしないでもないですけれど、ソルジャーだったらエロドクターに言い寄りそうなのも事実です。今年の海の別荘ライフはなんだか大荒れしそうな予感。でも…エロドクターが出てくるよりかは大荒れの方がいいですよねえ? 荒れない可能性もあるわけですし!

夕食が済むとリビングに移って別荘行きの計画が始まりました。マツカ君は携帯片手に執事さんにテキパキと指示をしています。キース君が「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を吹っ飛ばしたせいで経過観察やら禁足令やら、行動制限がかかりまくった私たち。その間、執事さんは別荘をいつでも使えるようにしてくれていたのですから有難いです。
「じゃあ、明日はとりあえず家に帰って、明後日から…でいいんですよね?」
マツカ君が確認するように言いました。
「それでいいよ。みんな長いこと家に帰っていないからね」
たまには顔を見せなくちゃ、と会長さん。
「明後日からはブルーと…ぶるぅも増えるから覚悟が要るし、明日は英気を養っといて」
「覚悟だって? その言い方、物凄く引っ掛かるけど?」
不服そうなソルジャーに会長さんはバッサリと。
「日頃の行いが行いだけに信用されてないってことさ。悔しかったら大人しくしてみせるんだね。別荘ライフを波風立てずに乗り切れたなら、誰も何にも言わなくなるよ」
「…人のことなんか言えないくせに…」
「それはどうかな? この子たちだって君の方をより警戒してると思うけど?」
「違うよね?」
私たちは答えに詰まりました。ソルジャーといえばトラブルメーカー、常に騒ぎが付き物ですけど、会長さんも大概です。現にソルジャーが出てくるまでは会長さんに振り回されていたわけで…。ソルジャーが来ない時でも騒ぎになることが多いんですし、迂闊に応じない方が吉っぽいです。
「ほら、君も信用されてない」
勝ち誇ったような顔のソルジャーと面白くなさそうな会長さん。どっちもどっちということでしょうか? と、マツカ君が携帯を持っておずおずと…。
「…あのぅ…。教頭先生には連絡しなくていいんですか? 明後日からって勝手に決めてもいいんですか?」
「あ。…やっぱり訊かないとマズイかな?」
「君が行くんだし、喜んで来ると思うけど…訊いといた方がいいのかな?」
えっと。会長さんもソルジャーも、教頭先生の意見は無視でしたか! そうじゃないかなとは思ってましたが、綺麗サッパリ忘れてましたか~! 二人は顔を見合わせてから同時に頷き、青いサイオンを迸らせて…。
「「「!!!」」」
リビングに突然現れたのはパジャマの教頭先生でした。腕にしっかり抱えているのは会長さんの抱き枕です。
「な、なんだ? 私に何か用か…?」
そう言ってから腕の中の抱き枕に気付いた教頭先生、真っ赤になってアタフタと…。
「いや、あの……その……アレだ、これは寝そべってテレビを見るのに便利なヤツで…。そのぅ、誓って疾しいことは!」
「だろうね、今は宵の口だし」
夜が更けた後は知りたくもないし聞きたくもない、と会長さん。
「…ところで、ハーレイ。ぼくたちは明後日からマツカの家の別荘の方に行くんだけどさ。…そう、去年と同じ海の別荘。ブルーとぶるぅも行きたいんだって」
「………それが?」
どうしたんだ、と教頭先生は不審そうです。
「でね、ブルーがハーレイも一緒でなきゃ嫌だと言うんだよ。…来てくれるかな?」
「なんで私が出てくるんだ? それにあそこの別荘は…」
黙ってしまった教頭先生、なんだかバツが悪そうでした。去年はエステティシャンとして呼ばれただけにプロらしく落ち着いていましたけれど、ただの滞在客としてだと思う所があるのでしょう。一昨年のストリーキング事件を忘れた筈がないのですから。
「…もしもハーレイが来てくれないと、困ったことになるんだけれど…」
「困るだと? それはお前が困るのか?」
瞳を伏せる会長さんに、教頭先生は一気に心配そうな顔。会長さんは深い吐息をついてソルジャーの方を眺めました。
「ハーレイが来ないんだったら面白くないってブルーが言うんだ。…面白くない所に行くより、もっと楽しい所に行く、って」
「…楽しい所? そういえば山にも別荘があるとか聞いていたな」
「違うよ、ブルーが別行動をするんだよ。ノルディが持ってる別荘に行って海と夜とを楽しむってさ」
「なんだと!?」
教頭先生の逞しい腕が抱き枕にグッと食い込んで。
「けしからん! どうしてノルディの名前が出るのだ!」
「…テクニシャンだし、気前もいいし」
しれっと言ってのけたソルジャーの言葉に教頭先生は真っ青になり、しばらく声も出ませんでしたが…。
「そ、それだけは…ノルディの別荘にお出かけになるのだけはお止めになった方が…」
「おや、何故だい?」
「後でブルーが困るのです! ノルディは前からブルーを狙っていますから…あなたの方で味を占めたらもう絶対に諦めないかと…」
「分かってるじゃないか。だったらぼくと来てくれるよね? 海の別荘。そしたらノルディの方は止めるよ」
ソルジャーの瞳に射すくめられて教頭先生は震え上がりました。人魚ショーやらハーレイズやら、散々な目に遭わされただけに、別荘ライフが平穏無事に終わる保証はありません。でも、断ればソルジャーは即、エロドクターの別荘行き。そっちの方が後々までかなり尾を引きそうで…。
「………。承知しました」
抱き枕ごと拳を握る教頭先生。
「ですから、ノルディには関わらないようにお願いしたく…!」
「そんなに危ない男じゃないと思うけどね? ブルーの趣味に合わないだけで…。まあいいや、君が来てくれるなら十分だよ。出発は明後日に決まってる。詳しいことは…と…」
「かみお~ん♪ 任せといて!」
思念でパパッと伝えちゃうもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が張り切っています。何も知らないお子様だけに別荘ライフを誰よりも楽しみにしているのかも…。教頭先生は伝えられた日程や集合場所を会長さんに確認してから、ソルジャーに連れられて姿を消しました。ソルジャーは教頭先生を家まで送り届けて、その足で自分の世界に帰るようです。
「…おい、大丈夫なのか? あの面子で…」
キース君の問いに会長さんが。
「分からない…。何も起こらないと思いたいけど、ぼくにもまるで分からないんだ」
「だよねえ…」
分かったら誰も苦労しないよ、とジョミー君が嘆いています。海の別荘には明後日から一週間の滞在ですけど、ソルジャーと「ぶるぅ」は大人しく過ごしてくれるのでしょうか? 無理やりゲストに引っ張り込まれた教頭先生、何もされずに済むのでしょうか? 心配は山と積まれてますけど、海に流れてくれますかねえ…?




PR

キース君の経過観察期間終了と共に私たちのお寺ライフも終了となり、今度こそ楽しい夏休み! と思ったのですが…。ところがどっこい、大宴会が終わった後で出された指示は自宅待機というヤツでした。正確には家から出てもいいんですけど、アルテメシアを離れないのが条件です。それというのも…。
「なんでぼくたちまで巻き添えなのさ!」
ジョミー君が頬を膨らませたのは会長さんの家のダイニング。元老寺にお別れした後、こちらへ流れてきたのです。何故かキース君までくっついてきてしまいましたが。
「…すまん。俺が悪いんだ、全面的に」
キース君が申し訳なさそうに頭を下げます。会長さんの家に移ってきてから今日で三日目、このやり取りも見慣れたものになっていました。そこへ会長さんがサム君を連れて入ってきて…。
「なんだ、またやっているのかい? 毎朝毎朝、よく飽きないねえ。そんな不毛な言い争いより、お勤めがいいと思うんだけど。…キース、君なんかサボリっぱなしじゃないか。朝のお勤めは大切だよ? 一日に何回とかっていう数よりも、節目節目が重要なんだ」
「………。ちょっと行ってくる」
スックと立ち上がったキース君が向かった先は阿弥陀様が安置されているお部屋です。去年の夏休みに蓮池の底から掘り出してきた黄金の像で、会長さんとサム君が相談して決めた立派なお厨子に入っていました。サム君は登校前によく立ち寄ってお勤めをして、会長さんと朝食を食べて一緒に登校したりしています。会長さんの家に来てからは毎朝きちんと拝んでますし…。
「ジョミー。君は行かないのかい?」
会長さんの視線がジョミー君に向けられました。
「阿弥陀様に朝のご挨拶をするのは大事なことだと思うけどねえ? せっかく本山で修行したんだ、機会があればお勤めしたまえ。元老寺では一回もやってなかったじゃないか」
「やだよ! ぼく、お坊さんになんかならないし!」
またも始まる不毛な争い。そうこうする内にキース君が戻ってきてしまい、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が焼きたてのパンや卵料理やサラダのお皿を並べてくれて朝食です。
「…まったく、ジョミーときたら…」
ブツブツと呟く会長さん。
「自宅待機も嫌みたいだし、璃慕恩院に行ってくるかい? あそこも一応アルテメシアだ」
「嫌だってば! 自由時間がなくなるじゃないか!」
この夏の修行で懲りたのでしょう、ジョミー君は泣きそうです。修行体験に放り込まれたら自宅待機どころの騒ぎではなく、もう間違いなく修行三昧。今はまだ自由に出歩けるだけマシだというか、別に普通の日々だというか…。楽しみにしていたマツカ君の別荘行きがオジャンになっただけですし。
「でもさあ…」
サム君がベーコンエッグを頬張りながら言いました。
「行きたかったよな、山の別荘。今からじゃもう海か山かのどっちかだしなぁ…。みんなは断然、海なんだろ?」
「そりゃあ…。どっちか一つって言うんだったら海ですよね」
シロエ君が頷き、他のみんなも頷いています。
「サム先輩は山の方が良かったんですか?」
「え? え、えっと…俺は別に…」
何故か真っ赤になるサム君に私たちは首を傾げましたが…。
「山の方がデート向けなんだ」
答えたのは会長さんでした。
「高原で散歩とか、白樺林で森林浴とか……あとは二人で乗馬とか。サムはまだまだ遠乗りに行けるってレベルじゃないけど、それでも十分楽しいしね。…そうだろう、サム?」
「あ…。う、うん…。実は…そういうことで…」
消え入りそうな声のサム君。山の別荘に期待していたみたいです。なんだか気の毒な気もしますけど、日数的に海と山との両方はもう無理そうでした。自宅待機さえ食らわなければ大丈夫だった筈なのに…。
「すまん、サム…。本当に俺が悪かった」
またも頭を下げるキース君。自宅待機になってしまったのはキース君が原因でした。キース君のサイオン・バーストで壊れてしまった「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋の工事が完了するまで禁足令が出たのです。対象者はキース君一人で良さそうなのに、私たちまで何故か巻き添え。
「…ぶるぅの部屋の常連だからねえ…」
仕方がないよ、と会長さん。
「あの部屋は普通の部屋じゃないって知ってるだろう? 工事が終わったら特別生にお披露目するって聞いてるよ。そうなると常連の君たちが留守にしてたんじゃマズイんだ。日頃お世話になってます、って溜まり場っぷりをアピールしなくちゃ」
でないと誰かに取られちゃうかもね、と言われてしまうとそういう感じもしてきました。自宅待機はショックでしたが「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に居座る権利が無くなる方が大打撃です。ここは退屈を紛らわせながら待ちに徹するべきなのでしょうね…。

それから更に三日目の朝。会長さんとサム君、キース君がお勤めを終えて朝食を始めた所へ電話が鳴って。
「もしもし? なんだ、ゼルか。おはよう。で、何? ああ、そう…。うん、うん。分かった」
電話を切った会長さんは満面の笑みで向き直りました。
「ぶるぅの部屋の工事が今日で完成するんだってさ。家具とかも今日中に揃うらしいし、明日になったら見に来てくれ…って。よかったね、これで禁足令が解けるよ」
「ほんと?」
嬉しそうな顔のジョミー君。私たちもホッと息をつき、前祝いにと朝食の後はドリームワールドに繰り出しました。こんな日は暑さも苦になりません。男の子たちはアトラクションを制覇し、スウェナちゃんと私は身長制限などに引っ掛かってしまう「そるじゃぁ・ぶるぅ」と一緒にのんびり園内を回り…夜はもちろん楽しくカラオケ! そして翌日、シャングリラ学園に出掛けて行くと、校門の所にゼル先生が。
「来たか、悪戯小僧どもめが」
「御挨拶だね、ゼル」
会長さんが軽くいなしてゼル先生の肩を叩きました。
「妻に向かって悪戯小僧はないだろう? 阿弥陀様の前で誓い合った仲じゃないか」
「それも悪戯の内じゃろうが! まあ、ハーレイに見せつけるのはなかなかに楽しかったがのう。…いいか、ブルー。ハーレイとだけは式を挙げてはいかんぞ、あやつの場合は真に受けおるしな」
「分かってるってば。…ぼくだって自分が可愛いんだ」
結婚なんか御免だよ、と苦笑いする会長さん。ゼル先生は教頭先生のアブナイ趣味と嗜好について会長さんに厳重に注意を促してから校舎の方へと向かいました。会長さんの日頃の行いは全くバレていないようです。教頭先生を婚前旅行に連れ出してみたり、抱き枕をネタに脅してみたりとやりたい放題なんですけどねえ…。
「どうじゃ、見事に直ったじゃろう?」
生徒会室に入ったゼル先生は得意そうに壁を指差しました。会長さんがサイオンで破壊した壁は今やすっかり元通り。この壁の向こうに「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋があるとは普通の生徒には分からないでしょう。爆発騒ぎの時に写メを撮っていた人がいましたけれど、その人たちも二度とお部屋を見つけることは出来ないわけで…。
「工事中は一般生徒は立ち入り禁止にしておったんじゃ」
色々と秘密があるからのぅ、と壁の紋章に触れるゼル先生。えっ、今日はゼル先生も入るんですか? 続いて会長さんが紋章に触れ、私たちも急いで続きましたが…。
「「「!!?」」」
お部屋の中には長老の先生方が揃っていました。この部屋には先生方は立ち入り禁止だと聞いていたのに…。驚き慌てる私たちに会長さんがパチンとウインクして。
「この部屋はぼくとぶるぅのプライベートな空間ってことで、長老といえども立ち入り禁止。…でも今回は特別なんだ。なんと言っても部屋を直してもらったしね」
「そういうことじゃ。現場監督はわしじゃったんじゃぞ」
ゼル先生の話によると、本来は陣頭指揮は教頭先生の仕事だそうです。けれどシャングリラ号の乗員交代の時期と重なってしまい、それどころではなかったらしく…。教頭先生はとても残念そうでした。好きでたまらない会長さんのプライベート・ルームの工事なんていう美味しい仕事をむざむざ逃してしまったのですから。
「…ブルー…」
「ん? なんだい、ハーレイ?」
「備品はお前の注文通りに発注したが、一応確認して貰えるか? キッチンの方はゼルだがな」
「ありがとう。ぶるぅ、一緒に見てくれるかい? あ、みんなは座っててくれていいから。スペースは十分足りてるよね?」
どうぞ、と促されて先生方がソファに腰掛けました。私たちも座りましたが、それでもソファは余っています。つくづく贅沢な空間でした。内装も綺麗に直っていますし、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がチェックしている食器などの備品もきちんと揃っているのでしょう。修理するのに大金がかかるのは当然かも…。
「うん、注文したものは揃っていたよ」
会長さんが戻って来ると「そるじゃぁ・ぶるぅ」が早速ワゴンに飲み物を載せて運んできました。
「素敵なキッチンありがとう! ピカピカで嬉しくなっちゃった♪」
普段からピカピカに磨いているのに、新品となると「そるじゃぁ・ぶるぅ」も嬉しいようです。オーブンとかが最新式だ、と大喜びで跳ねていますし。
「ねえねえ、明日お披露目するんでしょ? ぼく、おもてなしをしてみたいなぁ…」
ケーキとか沢山作りたいよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言うとゼル先生が。
「もちろんやっていいんじゃぞ。わしも一緒にやってみたいが、ここはブルーの管轄じゃからのう…」
残念そうなゼル先生。特別生に自慢の料理を振舞いたいと思っているのは間違いなくて…。
「やってくれても気にしないけど?」
会長さんが微笑みました。
「お披露目の時は長老どころか先生方も来るわけだしね、キッチンくらい好きに使ってよ。それにゼルとは他人じゃないしさ」
結婚式を挙げたばかりだし…と悪戯っぽい笑みを浮かべる会長さんに、ゼル先生がニヤリと笑って。
「よし! ぶるぅ、明日はわしと二人で頑張るか! 買い出しリストを作らねばのう」
「わーい! じゃあ、何を作るか決めなくちゃ!」
あれとこれと…、と打ち合わせをする二人は本当に楽しそうでした。他の先生方はお披露目をする時間などを会長さんと相談したり、連絡リストをチェックしたり。休暇で帰宅している特別生たちにも事故の話は伝わっていて、大部分が明日のお披露目に来るそうです。私たち七人グループはお部屋にいるだけでいいようですが、賑やかなことになるんでしょうねえ…。

会長さんのマンションに帰り着いたのは夕方でした。ゼル先生と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がキッチンの使い勝手を確かめがてら昼食やおやつを作ってくれたお蔭で空腹感はありません。夕食はサッパリ軽いもので、と意見が一致し、トマトとサーモンの冷製パスタに。ワイワイ賑やかに食べながらの話題は見てきたばかりのお部屋です。
「あの工事って何処に発注したんですか?」
シロエ君が尋ねました。
「内装はともかく、あの壁なんかは普通の所じゃ無理でしょう? だって、すり抜けられるんですし…」
「別に? 発注先は確かに仲間絡みの会社だけどさ、工事に来たのは普通の人だよ。壁だけは仲間に任せたけどね。…普通の人に頼んだ場合は記憶操作が必要だから」
記憶操作は面倒で…と会長さんは笑っていますが、さほど力を要しないことは私たちにも薄々分かっています。工事に関する一切合財を丸投げされた先生方が会長さんに遠慮したのでしょう。でも、あの壁ってどういう構造になっているんでしょうか?
「壁の造りが気になるのかい? あれはね、…あそこの人形と同じさ」
会長さんが示した棚の上には鈍い金色に輝く教頭先生人魚の像。ひょっとして、またもジルナイトですか?
「そういうこと。サイオンを伝達しやすい物質が仕込んであって、更にサイオンを増幅しながら方向づける。…あの壁を通過する時には瞬間移動をしているんだよ、誰でもね」
「「「瞬間移動!?」」」
その言葉は私たち全員の憧れでした。会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」みたいに一瞬の内に移動出来たり、移動させたり出来る力があれば…と何度思ったことでしょう。その憧れの瞬間移動を壁を抜ける時にやってるですって?
「嘘じゃないよ。サイオンさえあれば理屈の上では誰でも瞬間移動が出来る。タイプ・レッドでもイエローでも…もちろんタイプ・グリーンでもね。…現時点では成功させた人が無いってだけで、可能性は誰もが秘めているのさ。でなきゃあの壁は抜けられないよ」
サイオンの増幅装置が隠されているのが紋章のある場所なのだ、と会長さんは教えてくれました。言われてみれば紋章に触れると身体が浮き上がるような感じがします。それは瞬間移動の時に受けるのと同じ感覚で…。
「…じゃあさ」
ジョミー君が口を開きました。
「あそこの壁を何度も行ったり来たりしてたら、瞬間移動をマスターできる? ぼくってタイプ・ブルーなんでしょ? ブルーやぶるぅと同じだよね?」
「間違いなくタイプ・ブルーだねえ…。だけど壁を何回往復したって瞬間移動は覚えられないと思うけど? あれは一種のコツなんだ。ぼくもぶるぅも誰に習ったわけでもないし」
自分で努力してみたまえ、と会長さんは笑っています。でもジョミー君は食い下がって…。
「ぼくだって努力してるじゃないか、サイオニック・ドリームとかさ! 1分間しか持たないけれど、あれでも頑張っているんだってば!」
「…そうかなぁ? 同じ坊主頭でもキースは5分を越えてたよ? タイプ・ブルーってわけでもないのに…。君は努力が足りなさすぎだ」
「そうだ、キースだ! キースみたいにパパッと一発でなんとかならない?」
いいことを思い付いたとばかりにジョミー君の瞳が輝きました。
「…えっと、サイオン・バーストだっけ? あれを起こしたらサイオニック・ドリームが完璧なレベルになったんでしょ? ぼくもさ、あんな風にパッと力に目覚めないかな? 瞬間移動だけでいいから」
げげっ。自分からバーストしたいと申し出るとは、ジョミー君、目先のことしか考えていないらしいです。下手に起こすと三途の川を渡りかねないと聞かされたように思うのですが…。案の定、会長さんは深い溜息をついて。
「……ジョミー…。君は自覚も足りないのかい? タイプ・ブルーは最強だって言ってるよね。キースのサイオン・バーストでぶるぅの部屋が吹っ飛ぶのなら、君の場合はどうなると思う?」
「え? え、えっと…どうなるんだろう? もしかして校舎が吹っ飛ぶとか…?」
「最初に一応説明しとくと、ぶるぅの部屋には厳重に補強がしてあった。タイプ・ブルーの部屋なんだからね、バーストとまではいかなくっても何が起こるか分からない。シャングリラ号の青の間も同じさ。…これが工事費が高かった理由」
核シェルター並みの強度だったそうです、あのお部屋。中がメチャクチャに吹っ飛んだのに壁が壊れたりしなかったのはそのせいだったようですが…。ひょっとしてジョミー君がバーストしたら壁まで微塵に砕け散るとか?
「…青の間は部屋が大きい分だけ衝撃を受け止める力も大きい。バーストの現場が青の間だったら部屋が全壊するだけで済むと思うよ、理論的には。…でも、ぶるぅの部屋は青の間よりずっと小さいんだ。封じ込められる力に限界がある。つまり、ジョミーがバーストしたら……シャングリラ学園が全部吹っ飛ぶ」
「「「!!!」」」
あまりのことに私たちは声も出ませんでした。ジョミー君も呆然としています。…校舎どころか学校が吹っ飛んでしまうのがタイプ・ブルーの底力ですか! 会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はサイオンのプロですから安心ですけど、ジョミー君は若葉マーク。楽してコツを掴もうだなんて考えないで、地道に努力をしてほしいです…。

翌日はいよいよお披露目の日。私たちは朝早くから「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行って、長老の先生方と一緒にあれこれ準備をしていました。特別生が全員一度に入れるほどの広さは無いので、時間差で入って貰えるように招待状が出してあるとか。フィシスさんとリオさんも手伝いに来てくれ、生徒会室での受付係を引き受けてくれて…。
「ふむ。こんなものか」
全体をチェックして回った教頭先生が頷き、エラ先生が時計を眺めて。
「そうですわね。キッチンの方も順調ですし、時間通りにお客様をお迎え出来そうです」
キッチンでは「そるじゃぁ・ぶるぅ」とゼル先生が奮闘中。ゼル先生は真っ白なコックの衣装と帽子を持ち込んでいました。コック服は左胸にシャングリラ学園の紋章と先生の名前の刺繍入り。ご自慢の衣装というわけでしょう。…どうせなら黒い革のライダースーツとやらを見たかったのに、と思わないでもないですが。
「…うーん、やっぱり馬子にも衣装?」
会長さんがキッチンを覗き込んでから人差し指を顎に当てました。
「せっかくゼルも張り切ってるし、お披露目らしくホストがいると映えるかな?」
「「「ホスト?」」」
私たちと先生方の声が重なり、会長さんが頷いて。
「そう、ホスト。…ここはキースに一肌脱いで貰うのがいいかもね。なんと言っても部屋を壊した張本人だ」
「俺!?」
「うん。申し訳ないと思っているなら受けてくれると嬉しいんだけど?」
「…………」
考え込んでいるキース君。
「…念のために聞いておきたいが」
「どうぞ」
「ホストというのは具体的には何をするんだ? 内容によっては引き受けかねる」
「用心深いねえ…。そういう所も君らしくっていいんだけどさ。ホストの仕事はおもてなしだよ。部屋に入ってきた特別生や先生方に飲み物を勧めたり、食べ物をお皿に取り分けたり…って所かな。この部屋は君たちの溜まり場だから座ってるだけで十分だろうと思ってたけど、君は働いた方がウケがいいかも」
部屋を壊した犯人だってバレてるし…、と会長さん。これって半分脅迫なのでは? お客様は部屋の値打ちも修理費用も知っている人が殆どでしょう。その前でキース君が我関せずと座っていれば反感を買う可能性だってあるのです。…キース君、これじゃ断れませんよ~。
「……分かった」
キース君は素直に頷きました。
「あんたの言うのが正論だろうな。知らんぷりして座っているより働いた方が良さそうだ。接客業には自信が無いが、やればなんとかなるだろう」
「平気、平気。…坊主も一種の接客業さ。ただ今回はホストだからね、重要なのはスマイルかな。とにかく笑顔でにこやかに! じゃあ、制服を用意するから」
こっちの部屋に、と奥の部屋へと引っ張られていくキース君。…あれ? 制服って何でしょう? 私たち、今日は全員制服ですけど…?
「冬用の服じゃないですか?」
マツカ君が自分の半袖シャツを示しました。
「ほら、夏服だといかにも普段着ですからね。冬服の方が改まった感じがしますよ、先生方のスーツと同じで」
なるほど、ゼル先生を除いた男の先生方はきちんとスーツをお召しです。それは勿論カッチリ長袖。ならばキース君だって長袖の上着を着込んだ方がシャキッとしますし、好感度グッとアップかも…。やがてカチャリと扉が開いて、会長さんが顔を出しました。
「出ておいで、キース。そろそろお客様が来る時間だよ」
「……………」
「キースってば! 出ないんだったら引っ張り出すよ」
「……出る!!」
仏頂面でズカズカと出てきたキース君の姿を私たちは多分、忘れられないと思います。…ホストってホント、大変なお役目だったんですねえ…。

「笑うな!!!」
キース君の怒鳴り声が響き渡ったのは会長さんの家のリビングでした。お披露目は恙なくお開きとなり、引き揚げてきた私たちですが…。
「ご、ごめん。…で、でもさ…」
やっぱりダメだぁ、とジョミー君が吹き出し、皆も必死に笑いを堪えています。そんな中で御機嫌なのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。お部屋は元に戻りましたし、お客様も大勢来ましたし…ゼル先生と一緒にお菓子やお料理を沢山作って素敵な一日だったのでしょう。
「かみお~ん♪」
ピョンピョンと飛び跳ねている「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭の上で白いカチューシャが揺れていました。フワフワのそれにはウサギの耳がくっついています。とても可愛く似合ってますけど、あの耳は…。うぷぷぷ…。
「だから笑うなと言ってるだろうが!!!」
バーストするぞ、とキース君がブチ切れましたが、会長さんは平然と。
「そう簡単にはバーストしないよ、残念ながら…ね。ついでに言えば自分の意思でバーストするのは至難の業だ。それは脅しにならないさ。だから…」
君たちは存分に笑いたまえ、とお許しが出たので私たちの笑いは一気に加速し、それに加えて。
「どうせなら再現しちゃおうか。…ぶるぅ、その耳をお願いするよ」
「オッケー!」
飛び上がった「そるじゃぁ・ぶるぅ」の小さな両手がカチューシャをスポリと押し付けた先はキース君の頭でした。ピョコンと揺れるウサギ耳。そこへ青いサイオンの光が走って…。
「「「ぶわはははははは!!!」」」
もう止められないこの笑い。キース君はアッという間に蝶ネクタイつきの付け襟に白いカフス、丸い尻尾の飾りがついた黒いレオタード…いわゆるバニースーツを着けていました。足には黒い網タイツとハイヒール。キース君に豊かな胸があるわけないので、レオタードの胸元はテープか何かでくっつけているようですが…。
「ブルー!!!」
キース君は真っ赤になって怒ってますけど、これがお披露目会場での衣装。部屋を壊した罪悪感から必死にスマイルを浮かべるキース君は特別生の先輩たちに男女を問わず大ウケでしたし、グレイブ先生も「ほう、今日のキースはバニーちゃんなのか」なんて笑いながらミシェル先生と三人で記念写真を撮ってましたし…。とにかく一番の人気者。ゼル先生のコック姿もウケましたけどね。
「おい、笑うな! ブルー、元に戻せ!!!」
「嫌だね、せっかく着替えさせたのにさ。ぼくたちは君のサービスを受けていないし、飲み物くらい運んでくれても…。ぼくはグレープフルーツジュースがいいな。ぶるぅ、飲み物の用意をしてくれるかい?」
「うん! みんなは?」
「俺、レモネード!」
「ぼく、オレンジスカッシュ!」
無責任に炸裂する注文の嵐にキース君は思い切り顔を顰めました。けれど逃げ切れるものでもなくて、諦めた様子でキッチンに向かおうとクルリと踵を返します。耳と可愛い尻尾が揺れて、まさにリビングを出ようとした時。
「クリームソーダ」
注文が一つ新たに加わり、キッと振り返るキース君。
「お前ら! 注文は一人一つだ、調子に乗るな!」
「…ぼくは一つしか言ってないけど?」
ユラリ…と空間が揺れて紫のマントが翻りました。クリームソーダの注文主は会長さんのそっくりさん。このタイミングでやって来るなんて、偶然ですか、それともわざと? どう考えてもわざとですけど、クリームソーダが欲しいだけなのか、他に目的があるというのか、いったいどっち~?




サイオン・バーストとかいうモノを起こして「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を吹っ飛ばしてしまったキース君。その原因を作ったらしい会長さんは平然と構え、ゼル先生は怒り、長老の先生方は困惑顔です。キース君のサイオンがコントロール不能と判断されればサイオン制御リングと呼ばれる抑制装置の装着義務があるそうですが…。
「どうする、キース? 制御リングは学校にも一応あるんだけれど」
会長さんの言葉にキース君は項垂れてしまい、先生方は。
「どうしますかな? 理由が理由ということですし、そうそうバーストしないのでは…」
「ヒルマン、お前は甘すぎるんじゃ! キースは坊主を目指すんじゃぞ? 坊主頭をからかわれる度にバーストされたらどうするんじゃ!!」
穏健派のヒルマン先生にゼル先生が噛み付き、ブラウ先生が頷きます。
「そうだねえ…。優等生だと思っていたのに派手に一発ドカンだしねえ。制御リングを着けさせた方が安心と言えば安心だ」
「でも、あれは…副作用が出ることもあるのよ」
心配だわ、とエラ先生。制御リングはサイオンの自然な流れを遮断するので頭痛や眩暈を訴えるケースがあるのだとか。それには対症療法しかなく、頭痛薬などが処方されるだけで…。
「やはり可哀想すぎるのではないだろうか。ここは様子を見ることにしては?」
教頭先生が提案した時、ノックの音が聞こえました。
「グレイブです。キースのご両親が来ておられますが、お通ししてもよろしいでしょうか?」
「ああ。かまわん、入って貰ってくれ」
威厳に満ちて見える教頭先生。扉が開いて墨染の衣のアドス和尚と地味な着物のイライザさんが入って来ました。グレイブ先生は長老の先生方に頭を下げて…。
「今回は申し訳ありません。私の指導が至りませんで…」
「そういうわけでもないだろう。それを言うなら私の方にも責任がある。心技体を鍛えるというのが柔道部の指導方針なのだが、追い付かなかったわけだからな」
「ですが担任は私ですし…」
「いい、いい。…ご両親とは我々が話をするから、君は事後処理をしっかりしておくように」
まだ野次馬がいるようだ、と教頭先生に言われたグレイブ先生は深々とお辞儀をして立ち去りましたが、アドス和尚とイライザさんはひたすら謝りまくっています。
「うちの息子がとんだことを…。本当に申し訳ございません」
「私が甘やかしたせいなのですわ。こんなことになるのでしたら、もっと厳しくビシバシと…」
どうやら二人とも事故の現場を見てきたようです。けれどサイオン・バーストなんていう私たちですら初耳の現象をきちんと理解しているらしいのは何故なんでしょう?
『ぼくが意識下に情報を送っておいたからね。グレイブの説明だけでは足りないだろう、と』
澄ました顔の会長さん。件のサイオン・バーストを引き起こさせた張本人ですが、何故そんな危険な真似をやらかしたのかは依然として謎のままなのです。アドス和尚とイライザさんは先生方に頭を下げまくって…。
「息子の不始末は親の責任でございます。壊れた部屋はなんとしても元に戻しますので、見積もりの方をお願いします」
「ええ。私どもでは業者さんもよく分かりませんし、お任せするしかないのですけど…費用は負担いたします」
申し訳ありません、と平謝りの二人に教頭先生が穏やかな声で。
「いえ、費用のことはお気になさらず。なにしろキース君のような特別生を何人もお預かりしている学校です。万一に備えて保険に入ってあるのですよ。修理費用は全額保険が降りる筈です」
「しかし、それでは…。息子に反省させるためにも相応の負担を…」
アドス和尚は汗だくでした。キース君が壊した部屋を見たなら無理もないのですけど、そもそもの原因は会長さんです。相応の負担をするなら会長さんの方ではないのでしょうか? そんなことを考えているとヒルマン先生が紙にサラサラと何か書き付け、アドス和尚に差し出しました。
「…あの部屋は特殊な構造なのです。内装はともかく、壁などに特別な工事が必要でして…。技術的なことも含めて費用が嵩んでくるのですな。安く見積もってもこのくらいかと」
「「えぇっ!?」」
蒼白になるアドス和尚とイライザさん。どんな数字が書かれていたのか分かりませんが、会長さんの思念によると立派な一戸建ての家を二軒建ててもお釣りがくるような金額だとか。ヒルマン先生は紙をテーブルに伏せ、教頭先生と頷き合って。
「ご覧になったとおり、ご父兄の方にご負担頂くには高すぎるのです。修理は学校にお任せになって、お二人には息子さんのケアをお願いしたいのですが…」
「ケア…ですか…?」
「ええ。サイオン・バーストに至った理由の方が問題でして…」
先生方から事情を聞かされたアドス和尚は唖然呆然。イライザさんもオロオロしています。キース君は完全に俯いてしまい、いたたまれない雰囲気が会議室を満たしていました。そうこうする内にゼル先生が一旦部屋を出、小さな箱を抱えて戻ってきて…。
「これがサイオン制御リングじゃ」
テーブルに置かれた箱に入っていたのは銀色に光る細いバングル。
「とりあえず今日の所はこれを使っておくしかないじゃろう。好みに合わせて特注できるが、少し日数がかかるからのう…。キース、ご両親ともよく相談して決めるんじゃぞ」
ほれ、とカタログまで出て来ました。これはキース君、絶体絶命?

サイオン制御リングとやらはけっこう高価なものでした。装置自体もさることながら、着用する人の心理的な負担を軽減するためにアクセサリーっぽく加工してあるのです。素材は貴金属や天然石で、ゼル先生が持ってきたのはホワイトゴールド・タイプだとか。
「シルバーじゃ作れないんだよ」
会長さんがカタログを指差しました。
「常に身につけてなくちゃいけないからね、錆びる素材はアウトなんだ。数珠レット・タイプは石自体はさほど高価じゃないけど、組み込む装置に手間がかかる。だから値段がゴールドとあまり変わらないのさ。お勧めなのは数珠レットかな、石も色々選べるし…」
「さようですか…」
むう、と腕組みをするアドス和尚。イライザさんもカタログを眺め、あれこれ思案しているようです。恐らくキース君に似合いそうな制御リングはどれかを見定めているのでしょうが…。
「仕方ないわね…」
イライザさんが口を開きました。
「キース、先生の仰るとおりにしなさいな。しばらくリングをお借りしておいて、その間にこれを注文しましょう」
白い指の先には数珠レット・タイプが並んだページ。
「守り本尊様の梵字を刻んだ玉を入れればお洒落になるわよ。ちょっとお値段が高くなるけど、お父さんが買って下さるわ。…ねえ、あなた?」
「うむ。学校にご迷惑をかけてはいかんからのう…」
数珠レットの石を何にするかをアドス和尚がキース君に尋ねる横から会長さんが。
「王道でいけば水晶だね。でも、制御リングをつけないっていう選択も出来る。…さっきハーレイ…ううん、教頭先生が言っていたけど、様子見することも出来るんだ。規定では確か一ヶ月だっけ?」
視線の先にはゼル先生。赤い瞳でひたと見据えられて、ゼル先生は渋々頷きました。
「そうじゃ。バーストしてから一ヶ月の間、サイオンのコントロールに問題が無ければ制御リングは不要とされる。…もっとも不要と判断された後に再度バーストを起こした時は問答無用で装着じゃがな」
「特例ってヤツもあったよね? 一ヶ月よりも短い期間で問題行動を見極める…ってヤツ」
「…そうじゃが…。まさか、特例を?」
「そのまさかさ」
クスッと笑う会長さん。
「仲間の内で最強とされるタイプ・ブルーがOKを出せば観察期間は短くて済む。ただし観察期間の間はタイプ・ブルーと常に行動を共にすること……だっけね」
「「タイプ・ブルー?」」
首を傾げるアドス和尚とイライザさんに会長さんが微笑みかけて。
「タイプ・ブルーはぼくなんだ。よかったらキースの観察役を引き受けようと思うんだけど、どうだろう? ぶるぅの部屋が吹っ飛んだから暇つぶしをする場所が無いしね…。ぼくたち全員、宿坊に泊まれるんなら喜んで」
「「…全員…?」」
「いつもの面子さ、ここに揃っている連中。夏休みの計画を練ってた時に爆発しちゃって、みんなビックリしてるんだ。落ち着くまではぼくの家で…と思ったけれど、お寺ライフも悪くない。精進料理と修行は抜きで」
「……はあ……」
狐につままれたような顔のアドス和尚でしたが、制御リングを嵌めると副作用が起こることもあると脅されて…。
「様子見をお願いできますでしょうか? 宿坊の方は仰る通りに…」
夫婦揃って頭を下げられ、先生方は会長さんを隅っこの方に引っ張って行って暫し相談。サイオン・バーストの引き金になった会長さんに一任しても大丈夫なのか、その辺を詰めているのでしょう。声を潜めての会話が終わると代表で教頭先生が。
「キース君は経過観察をしてみることになりました。今日からブルー…いえ、生徒会長がキース君と一緒に行動します。その結果、問題なしと判断されれば制御リングは不要です」
「おおっ、ありがとうございます…! それでは息子をなにとぞよろしく」
ホッとした顔のアドス和尚とイライザさん。二人はキース君を連れて引き上げようとしたのですが…。
「待ってよ、ぼくの準備がまだなんだ」
引き止めたのは会長さん。
「経過観察をしてる間はキースと離れているのはマズイ。今夜から全員で宿坊の方にお世話になるから、先に帰って用意してくれると嬉しいな。キースはぼくたちと一緒に後からバスで」
「…しかし…」
「バーストを心配してるのかい? そうそうバーストなんかしないし、キースの身体もヤワじゃないしね……バスで帰っても平気だってば。それよりも今夜の食事の支度」
食べたいものはアレとコレと…、と会長さんが並べ立てます。会議室の空気が一気に和み、アドス和尚とイライザさんは何度もお礼を言って元老寺へ帰って行きました。残された私たちは一旦家に帰ってお泊まりグッズ持参で校門前に集合することに。なんとまあ…お寺ライフですか!
「…ブルー、お前も物好きじゃのう…」
ゼル先生が深い溜息。
「特例を持ち出してまで宿坊暮らしか? 夏休みなのに抹香臭い所へ行くとは信じられんわい」
「ふふ、ぼくはこれでも坊主だし? キースのバーストの原因の方もきちんと片付けるから安心して。ぶるぅの部屋は一日も早く元通りにね。最新のキッチン、楽しみにしてるよ」
「かみお~ん♪ 素敵なキッチンにしてね!」
お鍋とかも、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。こうして私たちの夏休みはお寺ライフと決まったのでした。

みんなでバスに乗り、元老寺に着いた頃には夏の陽も既に暮れかかっていました。宿坊のお部屋に荷物を置いて食堂へ行くと、会長さんが注文していた料理の他にも色々と…。他の宿泊客は別の部屋で食事をしているそうで、食堂は私たちの貸切です。精進ではない食事を味わいながら今日の騒ぎを思い返して…。
「ぶるぅの部屋が吹っ飛ぶなんてね…」
凄すぎる、とジョミー君が首を竦めました。
「キースって実は力があるんじゃないの? 能ある鷹はナントカって言うよね」
「いや、俺は…。あいにくと記憶が飛んでいるんだ、ムカついて叫んだ所あたりで」
「そうなの? なんだかもったいないね」
せっかく派手にやらかしたのに、とジョミー君が言い、私たちも同感でした。あれだけのサイオンを放出しながら記憶が残っていないだなんて、やっぱりバーストってヤツだからかな…?
「手っ取り早く言えばそうだね」
会長さんが微笑んで。
「サイオン・バーストは瞬間的に凄い力を叩き出す。悪くすれば死にかねないのは身体が耐えられないからさ。もっとも今回は計算ずくのバーストだからストップをかけるのも簡単だったし、身体の負担もさほど大きくなかった筈だ。…でなきゃ帰りにバスなんか乗ってられないよ」
車酔いは必至、と会長さん。普通なら数日間は昏睡だとか恐ろしい例を挙げていますが、計算ずくって何のこと? キース君をつつき回してバーストさせたのが計算通りって意味なのでしょうか?
「…まさか。根本的に色々と解決するって言っただろう? もうすぐ一つ解決するから」
「「「???」」」
なんだろう、と首を捻っているとドスドスドス…と足音がして。
「銀青様、本日はせがれがご迷惑をおかけしまして…」
カラリと開いた襖の向こうでアドス和尚が廊下に平伏していました。イライザさんも深く頭を下げています。会長さんは二人を食堂に呼び込み、襖をピタリと閉ざしてから。
「…銀青の名前、ぼくはどうでもいいんだけどさ。バーストまで起こしたキースのために今は使わせて貰おうかな? お正月に言ったじゃないか、無理強いするのはよくないよ…ってね。なのにキースに剃髪しろって言い続けた結果がアレなんだけど」
「……それは……」
「檀家さんに顔向けできないって言うのかい? でもどうかな? ぼくなんか修行時代を除けば一度も剃ったことがない。だけど銀青の名は残っているし、今もあちこちに顔が利く。人間、見た目じゃないんだよ」
「ですが…」
口の中でモゴモゴと言い訳をするアドス和尚に会長さんは厳しい口調で。
「いいかい、キースはぼくが止めなきゃバーストのショックで死んでいたかもしれないんだ。そうなっていたら君は大切な跡取り息子を亡くしていたってわけなんだけど? ぼくへの感謝の言葉は要らない。それよりもキースを少し自由にしてくれないかな?」
「…自由に…?」
「そう。完全にとまでは言わないからさ、秋の道場入りの時には五分刈りでいいってことにしてほしい。それなら心の傷も浅くて済むし、またすぐに伸びてくるからね。…どうかな?」
赤い瞳に射すくめられたアドス和尚は脂汗を浮かべ、低く呻いていましたが…。
「…分かりました…。銀青様のお言葉ですし、せがれの命も助けてやって下さいましたし…。考えてみれば檀家さんの目が気になる私も修行が足りんということでしょう。私が立派な坊主でしたら、せがれも自然と可愛がって頂けるわけで…。これを機会に精進します」
「いいことだね。ぼくも暫く滞在するから、朝のお勤めでも一緒にしようか」
「ありがたいことでございます。…どうぞよろしくお導きを…」
額を畳に擦り付けんばかりのアドス和尚とイライザさん。銀青の名前はダテではありませんでした。会長さんは頑固者のアドス和尚を見事に論破し、キース君を剃髪の危機から救ったのです。確かにこれで一つ解決。丸坊主よりは五分刈りの方が見た目にも遥かにマシですもんね。でもやっぱり…カットしなくちゃいけないんだ…?
「そうでもないよ」
アドス和尚とイライザさんが立ち去った後、会長さんがニヤリと笑いました。
「キース、みんなの前でやってみて。サイオニック・ドリームはどうなってる? 今から時間を計るから」
「え?」
「いいから、さっさと準備する! 3、2、1……始めっ!」
パッと坊主頭に変身を遂げたキース君。最初の頃は笑いましたが、今ではすっかり見慣れてしまった姿です。けれど似合わないのは変わりません。五分刈りならまだマシかもですけど、坊主頭はイマイチなんてものではなくて…。
「6分」
腕時計を見ていた会長さんが短く告げます。えっ、6分? もしかして最長記録更新では…? ジョミー君たちもザワザワしています。
「…7分」
これは明らかに新記録でした。今までは確か5分半。順調に記録更新中ってどういうこと?
「10分! もういいよ、それ以上やってると夜が明けるから」
「「「夜が明ける!?」」」
誰もがビックリ仰天です。ひょっとしなくてもサイオニック・ドリームを操る力が飛躍的に伸びたとか…? キース君も目を真ん円にしてますけども…。
「キースはコツを掴んだんだ」
会長さんが笑みを浮かべて私たちを見渡しました。
「荒療治だったけど、これでバッチリ。望んだ時に望んだ時間だけ外見を誤魔化すことができるさ、これからは…ね。バースト中はサイオンがとてつもなく活性化しているんだよ。その時に上手く方向づければ出来る筈だと思ったわけ」
「「「………」」」
それじゃ「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋が吹っ飛んだのは本当に最初から計算ずくで、会長さんはこのために…?
「うん。代償は高くついたけれども、ハーレイたちが言ってたとおりに部屋は保険で直せるからね。溜まり場が吹っ飛んだ分は此処の宿坊で代用しようよ。いいだろう、キース?」
「…あんた……俺のためにやってくれたのか…」
いつも冷静なキース君の目尻に涙が少し滲んでいます。私たちは見なかったふりをし、会長さんも恩着せがましいことは言いませんでした。キース君は五分刈りに見せかける技まで身につけていて、道場入りはもう問題なし。あれ? それならアドス和尚を脅す必要はなかったのでは…?
「そうでもないんだ。道場入りが終わった後で元のヘアスタイルに戻せるまでの時間が違ってくるだろう? 五分刈りだったら伸びるのもすぐさ。それにお父さんの理解も得ておいた方が断然いいし」
「……ブルー……」
あんた本当にいいヤツだな、と言ったきり、キース君は壁の方を向いてしまいました。泣きそうなのを堪えているのかもしれません。私たちの憩いの部屋は無残に壊れてしまいましたが、こんな素敵な大団円なら宿坊暮らしも悪くないかな?

翌日からはお寺ライフ。会長さんは朝早くからサム君をお供に本堂へいそいそ出かけて行きます。アドス和尚やキース君と一緒に朝のお勤めをするためですが、このお勤めから逃げているのがジョミー君。
「行かないんですか、ジョミー先輩?」
また朝ご飯抜きですよ、とシロエ君は心配そう。でもジョミー君は…。
「いいんだってば、朝ご飯くらい! ジョギングついでにコンビニで何か買うからさ。じゃあね!」
サッと駆け出す後ろ姿にマツカ君が溜息をつきました。
「毎日ああして逃げてますけど、無駄ですよねえ。会長が朝食抜きの刑で済ませてるのは面倒臭いからですし…。いつか修行に出されちゃいますよ」
「ジョミーは諦めが悪すぎるのよ。璃慕恩院の夏の修行も常連さんだし、もうお坊さんの卵よねえ?」
スウェナちゃんの発言に苦笑しながらも私たちの日々は今日も平穏。ジョミー君は朝食抜きにされ、キース君はアドス和尚と墓回向です。それが基本の毎日ですが、みんなで街まで出掛けることも。ドリームワールドにプール、そしてカラオケ。元老寺の駐車場で夜遅くまで花火をした日も何回か…。
「お寺ライフって意外に退屈しないよね」
ジョミー君がそう言ったのは明日で十日目という夜でした。キース君のサイオンがコントロール出来ているかどうかを長老の先生方がチェックしに来るのが十日目です。問題なしと判定されれば制御リングの刑を免れ、キース君は晴れて自由の身に。
「ゼル先生たちのチェックが済んだらキースは自由で、ぼくたちも自由。だけど、ぶるぅの部屋も無いから宿坊暮らしも悪くないかも…」
緑豊かなジョギングコースが気に入ったらしいジョミー君は危機感に欠けたままでした。お寺ライフが長くなるほど会長さんから仏門入りを勧められる可能性が増大するのに、こんな調子でいいんでしょうか?
「ん? ジョミーもお寺ライフが好きなのかい?」
ニコニコと笑う会長さん。私たちはギョッとしましたが、会長さんの思惑は別で…。
「明日はね、ゼルにお寺ライフの楽しさを知って貰おうと思ってるんだ。せっかくお寺に来るんだしね」
「「「ゼル先生?」」」
「うん。アドス和尚には頼んであるし、いいイベントになると思うよ」
「イベントだと?」
聞き咎めたのはキース君でした。
「なんだ、それは? 親父からは何も聞いていないぞ」
「そりゃあ……君はチェックを控えた大事な身だし、余計なことは言わないだろうさ。それでサイオンの具合の方は?」
「…問題ない。ただ、このサイオニック・ドリームなんだが…他に応用は利かないのか? あれから何度か試してみたが、髪型にしか効かないような…」
「「「試した!?」」」
驚いたのは私たちです。キース君ときたらサイオニック・ドリームをアドス和尚や私たちに仕掛けたらしいのですが、幻覚を見た人はありません。会長さんが防いでくれたのかな…?
「残念だね、キース」
会長さんがクスッと笑みを零しました。
「努力してたのは知ってるけれど、ぼくはガードはしてないよ? 君の力が足りないだけさ。バーストした時にサイオンの道筋をつけてあげたのは髪の毛問題オンリーなんだ。切実なのはそれだけだろう?」
「…え……」
愕然とするキース君。髪型だけなら無制限で誤魔化し続けられると言うのに、他はサッパリでは情けないかも…。
「いいじゃないか、とりあえず髪型オンリーでもさ」
それで充分、と会長さんが微笑みます。
「ジョミーなんかタイプ・ブルーのくせに思念波しか使えないんだよ? もっと自信を持ちたまえ。ゼルたちの前でも堂々と…ね」

そんなこんなで翌日の朝、長老の先生方が元老寺の本堂に勢揃い。私たちも証人として本堂に座り、証人代表は会長さんです。先生方はキース君に何項目もの質問をして…。
「では十日間、問題行動は何も無かったということでよろしいですか?」
教頭先生がゼル先生たちに同意を求め、キース君は制御リングを嵌めずに済むことになりました。大喜びのアドス和尚が奥に引っ込み、持ってきたのは花束です。赤いカーネーションが5本と白いのが2本。会長さんがそれを受け取り、ゼル先生に笑顔を向けて。
「どうだい、お寺の本堂は? 厳粛でいいと思うんだけど」
「いや…。法事しか思い浮かばんのう」
「やっぱりね。でもさ、本堂でやるのは法事だけではないんだよ? 結婚式も本堂さ」
「「「結婚式?」」」
訊き返したのはゼル先生だけではありませんでした。しかし会長さんはパチンと指を鳴らしてみせて。
「ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
パアッと青い光が走って会長さんとゼル先生の衣装が一瞬の内に早変わり。これって一昨年のドルフィン・ウェディングの時のウェディング・ドレスとタキシードでは…?
「ほほう、見事なものですなあ…」
感心しているアドス和尚。マジックの一種だと思っているのか、キース君のバーストを知った後だけにサイオンなのだと分かっているかは謎ですけども。会長さんは白いドレス姿でゼル先生の手に赤いカーネーションを押しつけました。
「ぼくと仏前結婚式をしないかい? お供えする花は新郎が5本で新婦が2本。だからさ、これを阿弥陀様の前に…。おっと、その前にお焼香だっけ」
「ふぅむ…。タキシードまで用意されては断れんのう。寺に似合わん気もするが…」
「着物でなくてもいいんだよ。挙式するのはアドス和尚も了解済みさ」
せっかくだから遊んじゃおう、と面白がっている会長さん。イベントというのはこれでしたか…! ゼル先生は教頭先生の方をチラリと眺めてフフンと笑うと…。
「よし! ブルー、お前と挙式してやるぞ。お焼香すればいいんじゃな? それから花を供えて、と…」
抹香臭い香りが漂う中でアドス和尚が厳かに読経を始めました。会長さんとゼル先生が阿弥陀様に花を供えて、アドス和尚が二人に数珠を渡します。
「…ううっ…。ブルーが…ブルーがお嫁に行っちゃう…」
「落ち着け、サム! これは親父の悪乗りだ。現に経文をすっ飛ばしている」
これでは結婚が成立しない、とキース君が解説してくれ、私たちと長老の先生方は結婚式に興味津々。三々九度もやるんですねえ…。教頭先生は悄然として心ここに在らずでしたが。アドス和尚の読経が朗々と響き、式が終わると披露宴ならぬ宴会でした。宿坊の食堂に移り、アドス和尚とイライザさんから沢山のお料理が振舞われて…。
「息子がお世話になりました。これからもどうぞよろしくお願いします」
お酌に回るアドス和尚とイライザさんはキース君が制御リングを着けなくて済んだので嬉しそうです。十日間つきっきりで面倒を見てくれた会長さんへの感謝の気持ちも大きいのですが、その会長さんはウェディング・ドレスのままで元のスーツに着替えを済ませたゼル先生に寄り添っていて。
「ねえ、ゼル。ぶるぅの部屋はいつ直るわけ?」
「そうじゃな…。あと数日はかかるかのぅ…」
「急がせて。花嫁の最初のお願いは聞くものだよ?」
「そんな屁理屈は通らんわい! それを言うなら妻は夫に従うものじゃ!」
馬鹿者めが、とゼル先生。食堂の端っこの方で教頭先生がどんより沈んで座っていました。お遊びとはいえ、会長さんとゼル先生の結婚式を見せつけられてはショックでしょう。会長さんに何度オモチャにされてもバーストしたことがない教頭先生、実はけっこう大物なのかも…?
「…ゼル、お寺に少しは親しみが持てた? 結婚式はゼルのために企画したんだよ」
聞えよがしに言う会長さん。教頭先生の眉がピクリと震えましたが、黙ってビールを呷っています。
「ぶるぅの部屋にも期待してるよ、ゼルに任せれば安心だしね」
「そう言われると照れるのぅ…。キッチンにはとことんこだわったんじゃ」
ゼル先生の料理人魂に火がついたらしく、二人の会話が盛り上がり…「そるじゃぁ・ぶるぅ」も話に加わり、長老の先生方も工事を巡るあれやこれやを賑やかに話し始めました。教頭先生も落ち込むのをやめて話の輪に。立ち直りの早さがバーストしない秘訣でしょうか? お寺ライフはこの宴会でおしまいです。キース君の髪の毛問題も無事に解決、まずはめでたし、めでたしかな…?




夏休みの初日、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に来ていました。もちろん予定を立てるためです。昨日に決めるつもりでしたが話がうっかり宿題免除アイテムの方に流れてしまい、仕切り直しということに。外はジリジリ暑いんですけど、クーラーの効いたお部屋は快適。
「今年も強化合宿は早めなんだね」
会長さんが手帳を眺めて言うとシロエ君が。
「これからはずっと早めになるんじゃないでしょうか。年々暑くなってきてますし、暑い盛りだと効率が落ちると教頭先生が仰ってます。合宿所にクーラーは無いですからね」
「なるほど。ハーレイのことだ、クーラーをつける予算を出すと言っても断るだろうな」
ああ見えて頑固な所があるし、と会長さんは笑っています。柔道部三人組は明後日から専用の合宿所入りが決まっていました。合宿期間は一週間。それが済んだら何処へ行くかをこれから相談するんですけど…。
「埋蔵金はもう御免だからな」
キース君がジョミー君を睨んでいます。
「確かに充実した夏ではあったが、埋蔵金掘りと言いつつその実態はレンコン掘りだ。ブルーは他にも埋蔵金の在り処を知っているんじゃないかと思うが、頼んだら何をやらされるか…。今度はレンコンでは済まない気がする」
「まあね。…めぼしいヤツは掘り尽くしたし、やめといた方がいいと思うよ」
ウインクしている会長さん。有名どころの埋蔵金は会長さんが掘ってしまってシャングリラ号の建造資金になったのでした。資金調達のために外国の遺跡も物色したのは春休みの旅行で分かりましたし、お宝探しは難しそうです。そんなロマンを追求するより、もっと普通の夏休みを…。
「今年も海に行きますか?」
マツカ君が別荘行きを提案してくれ、山の別荘も使っていいと言ってくれたので大歓声が上がりました。好きな時に好きなだけ滞在できて、行き帰りの手配もいつでもOK。これを使わない手はありません。大船に乗った気持ちになった私たちは特に予定を立てることもなく、強化合宿が終わった後の気分任せで夏を過ごそうと意見が一致。
「じゃあ、合宿が済んでから一日おいて此処に集合。それから何処へ行くのか決めよう」
会長さんの言葉に全員が頷き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が特製チャーハンを運んできます。食べ終えるとアイスの春巻きが出てきて、誰もがすっかりリラックス。
「夏休みってやっぱりいいねえ…」
のんびりするし、とジョミー君が大きく伸びをして。
「キースたちが合宿に行ってる間にサッカー部に行ってこようかな? あっちは合宿もっと後だし、練習に混ぜてもらって久しぶりにサッカー三昧!」
ジョミー君はサッカー部に時々出入りしているのでした。諸事情あって入れなかったクラブですから未練は今も一杯です。ところが…。
「君の予定は決まってるけど? そうだよね、サム?」
横槍を入れた会長さんが自分の手帳を取り出して。
「えーっと…。柔道部の合宿期間中はサムとジョミーは璃慕恩院だ」
「璃慕恩院!? 何それ!? そんなの全然聞いてないよ!」
寝耳に水のジョミー君が大騒ぎするのとは対照的にサム君の方は落ち着いたもの。
「いいじゃないかよ。俺だって今朝、聞いたんだ。…ブルーの家に阿弥陀様を拝みに行ったら、申し込んだよって言われてさあ…。ほら、去年も俺たち、行ったじゃないか」
「あの合宿? 今年もお寺に二泊三日も…?」
「今度は特別コースらしいぜ。ブルーが手配してくれたから、二泊三日のコースを三回連続で受けられるってさ。結団式とかは関係なくて、修行の部分を集中的に」
「……嘘……」
呆然とするジョミー君ですが、会長さんは容赦しませんでした。
「テラズ様のことを忘れたのかい? 君を立派なお坊さんにしたい一心で綺麗に成仏して行ったのに、君がそれでは浮かばれないねえ…。サムと一緒に修行してきたまえ、老師にお願いしておいたから。参加者が入れ替わる時の無駄な時間も有効に使ってくれるってさ」
本山のお坊さんたちと一緒に読経とか、と澄ました顔の会長さん。サム君は会長さんにベタ惚れですから二つ返事で修行決定、ジョミー君も逃げ切れる筈があるわけなくて…。
「…なんでこういうことになるのさ…」
「そう言うなって」
膨れっ面のジョミー君の肩を叩いたのはキース君。
「お前には猫に小判ってヤツだが、素人が本山で一週間も修行できるなんて特例だぞ? せっかくのコネだ、仏の道に親しんでこい。俺も今年こそ教頭先生から一本取ろうと思ってるしな。一週間の間、頑張ろうぜ」
「…絶対何か間違ってるよ。修行するならキースの方だろ…」
ジョミー君の嘆き節は会長さんに無視されました。こうして柔道部三人組は強化合宿、ジョミー君とサム君は璃慕恩院で修行。スウェナちゃんと私はその間は好きに過ごすということで…さあ夏休みスタートですよ!

去年の夏は会長さんがジョミー君たちの修行を覗き見しに連れて行ってくれましたけど、今年はそういう気配もなくて…代わりに何度か呼び出されたのはフィシスさんとのお出かけです。デートのお供というわけではなく、会長さんが私たち女性陣に尽くしてくれる素敵な時間。プールに行ったり遠出をしたりと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も大満足。そんなこんなで日は過ぎて…。
「…ただいまぁ…」
疲れ果てた顔でジョミー君が「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に入ってきました。一昨日まで璃慕恩院で修行三昧していたせいか、ゲッソリやつれた感じがします。同じ修行に勤しんできたサム君は普段どおりですけど。
「ジョミーの奴、諦めが悪いんだ。一週間くらい我慢すりゃいいのに、おやつを探しに歩き回って捕まったりさ」
「だって! ホントにお腹が空くんだよ。飢え死にしそうだったんだよ~」
「そんなわけないだろ! お前、体重、減ったのかよ?」
「…減ってない…」
シュンと項垂れるジョミー君。精進料理を一週間も続けていれば食べ盛りには辛そうですが、カロリーは足りていたようです。やつれて見えるのは精神的なストレスかな? サム君と違って仏道修行に全く興味がありませんから。続いて柔道部三人組が姿を現し、こちらはいつにも増して精悍な顔。
「帰ってきたぞ。…なんだ、ジョミーはへばってるのか?」
だらしないな、とキース君がからかうと会長さんが。
「あんまり苛めないで欲しいんだけど。やる気を失くされると困るしね…。それよりも君はどうなんだい? 秋の道場入りには間に合いそうかい?」
「………」
キース君は沈黙しました。秋の道場入りといえば五分刈りが必須だと聞く三週間の修行です。サイオニック・ドリームが上手く扱えなかった場合は道場入りを断念するか、諦めて五分刈りを受け入れるか。お父さんのアドス和尚の期待が大きいキース君だけに、道場入りは避けられそうもないのでした。
「やっぱり全然駄目だとか?」
会長さんが尋ねます。
「夏休み中に何とかするとか言っていたけど、まだ5分ちょっとしか持たないままとか?」
「……5分半だ」
「三十秒くらい誤差の範囲さ。要するに5分が限界、と。修行期間は三週間。これはいよいよ駄目かもねえ…」
可哀想に、と会長さんは大袈裟に首を振りました。
「君のお父さんのことだ、どうせ切るなら五分刈りなんて未練がましいことを言わずにスッパリ行けとか言うんだろう? 一度剃ったらスッキリする、とか」
「…………」
「やっぱりねえ…。そうなると逃げるのは難しいか。サイオニック・ドリームが無理となったら剃るしか道は無いんじゃないかな。はっきり言わせてもらうけれども、今の時点で5分ってことは絶望的だよ」
「……絶望的……」
愕然とするキース君に会長さんは更に重ねて。
「うん、万に一つも望みは無いね。君の努力が足りなかったのか、致命的に素質が無いか。…そうそう、言うのを忘れてたけどタイプ・ブルーのジョミーと違って君の場合は素質に左右されるんだ。タイプ・イエローがタイプ・ブルーを凌ぐことがあるのは破壊だけだし」
「…なんだと…?」
「だから破壊能力しか優れた部分が無いんだってば、基本的に。その能力を他の方面にシフトさせることが出来ればサイオニック・ドリームもタイプ・ブルー並みに操れそうだと思ったけれど、素質がなかったみたいだねえ…」
残念でした、と微笑む会長さんですが、キース君の顔は真っ青でした。
「…お、俺が……俺が素質に欠けているだと…? 今までの努力は無駄だったと…?」
「無駄だったとは言ってないよ? 5分間も持てば上出来だ。ジョミーはタイプ・ブルーのくせに1分間も持たないし…。それだけ出来れば合格点さ」
「あんたなんかに合格点を貰っても…このままじゃ俺は坊主じゃないか!」
「えっ? 坊主なんだから問題ないだろ、住職の資格が無いだけで」
大丈夫だよ、と返す会長さんが『坊主』の意味をわざと間違えて言っているのは明らかでした。キース君は日頃の冷静さを完全に失い、握り締めた拳が震えています。
「…よくも……よくも人の努力を笑ってくれたな…! 俺が坊主を嫌がってるのを百も承知で坊主、坊主と言いやがって!」
「だって仕方がないじゃないか。君は坊主で休須なんだし」
げ。出ました、キース君の法名ってヤツが。キュースといえばキュウスで急須。会長さんがティーポットを指差し、私たちは一斉に吹き出しましたが…。
「俺がヤカンで悪かったな!」
ブワッと膨れ上がったキース君の思念。
「坊主の頭がヤカンハゲなのは職業病というヤツだ! ハゲるのだけは嫌なんだーっ!!!」
「…ちょ…」
落ち着いて、と言おうとしたのは誰だったのか。会長さんの青いサイオンとは全く違う金色に近い光がキース君の身体を包んで迸って…。

ドォォォン!!!
耳をつんざく爆発音が部屋を揺るがし、会長さんの青いサイオンを一瞬見たと思いましたが…気がつくとそこは生徒会室。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に繋がる壁際にあった大きな本棚が床に倒れて、放り出された本が散らばっています。いったい何が起こったのでしょう?
「…携帯電話も善し悪しだよね」
会長さんが壁の方を眺め、ポカンとしている私たちに。
「下がって。とにかく壁を開けとかないと…。5分もすれば消防車が来る」
「「「消防車?」」」
「爆発音を聞いただろう? 部活の生徒が通報したんだ。昔だったら校内の電話は限られてたから余裕ってヤツもあったんだけど、今回はそんな暇がない」
青い光がパァッと走ると壁の一部が音もなく倒れて本棚の上に重なりました。壁の向こうは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でしたが、居心地の良かったお部屋は無残な有様。テーブルもソファも吹っ飛んでしまい、奥のお部屋に続く扉も壊れています。窓のガラスは粉々に割れて外の景色が丸見えで…。
「ブルー!」
爆心地と思しき辺りに立っていたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ケガはしてないみたいですけど、ポロポロ涙を零しています。
「どうしよう、ブルー、壊れちゃったよう…。それにキースが…」
キース君が床に倒れていました。会長さんが守り損ねたのか、わざと放って逃げたのか。生徒会室に移動できずに爆風をモロに食らったのでしょう。
「違うよ、ぼくのせいじゃない。爆発はキースが起こしたんだ。でも、そんなことを普通の人に説明しても通じないしね…。ぶるぅ、お願いできるかい?」
会長さんが思念で飛ばした注文に「そるじゃぁ・ぶるぅ」は頷いて。
「分かった。…あ、もう来たよ」
バタバタと駆けつけてくる先生方やら野次馬やら。遠くでサイレンの音が響いています。気絶しているキース君を教頭先生が抱え上げて生徒会室に移した所で消防隊がやって来ました。火事が起こったわけではないので消火活動はしませんでしたが、非常線が張られて救急隊も駆けつけて…。
「ケガ人はその子だけですか?」
搬送します、と担架を運び込むのを断ったのは教頭先生。
「いや、巻き添えを食ったわけではないそうで…。たまたま表を通った所で爆発に遭ったらしいんです。ショックで気絶というヤツですが、校医で対応できますので」
「…しかし…」
「では、問い合わせて頂けますか? 搬送するなら此処になります」
名前が挙がったのはドクター・ノルディの病院でした。救急隊員が電話を入れて話した結果、救急車は空で帰って行くことに。キース君は保健室に運ばれ、診るのはヒルマン先生だとか。まりぃ先生がしょっちゅう代理をお願いするのも至極当然、ヒルマン先生は医師免許を持っていたのです。ケガ人問題が一段落すると原因究明が始まって…。
「君がお料理していたのかな?」
警察官の質問に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が答えました。
「えっと、えっとね…。コンロの火が上手く点かなくて…それでブルーを探してて…」
「ブルーというのは?」
「ぼくです。…すみません、ちょっと目を離したばかりに…」
「こちらは君の弟さん? 小さな子供が料理をしている真っ最中に部屋を出るとは…。ケガが無かったから良かったですが、下手すれば即死してましたよ」
部屋がこんなにメチャメチャでは…と怖い顔をする警察官。会長さんは平謝りに謝り、先生方も一緒に謝り、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大泣きです。どうなるんだろう、と心配になってきた頃、黒塗りの車が校舎の脇に停まりました。アルテメシア警察本部の偉い人らしく、長老の先生方と何か話していましたが…。
『よし。これで一件落着』
会長さんから送られてきた思念のとおりに警察も消防も引き揚げていき、残されたのは野次馬の群れ。部活に来ていた一般生徒が生徒会室を覗き込んでいます。
「そるじゃぁ・ぶるぅの部屋っていうのが何処かにあるって言われてたけど、ここだったんだ…」
「俺はここだと思ってたぜ? 窓の数を数えてみたら生徒会室の辺りが変だったからな。でもなぁ……せっかく明るみに出ても吹っ飛んじまった後ではなあ…」
イマイチだぜ、と言いつつも写メを撮っている野次馬たち。その前ではさっきまで大泣きしていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が笑顔でVサインを作っています。何が何だか分かりませんけど、私たちの溜まり場だったお部屋が使い物にならなくなったということだけは分かりました。謎の爆発と吹っ飛んだお部屋。とんでもないことになっちゃいましたよ~!

外部の人がいなくなって暫くしてから私たちは本館に連れて行かれました。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も一緒です。会議室の一つで待つように言われ、指示された椅子に座ったものの居心地の悪さは抜群で…。
「心配しなくても平気だってば。ぼくを誰だと思っているのさ」
会長さんは涼しい顔で「そるじゃぁ・ぶるぅ」にお茶を注文しています。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の方も慣れた様子で戸棚を開けるとティーセットや紅茶の缶を取り出し、隅のキッチンでお湯を沸かしてコポコポと。
「はい、みんなの分も淹れたからね! もうすぐお菓子も来ると思うし」
「「「お菓子?」」」
「うん! ラウンジにケーキを色々注文してたよ」
カップを配る「そるじゃぁ・ぶるぅ」。この状況でケーキだなんて、私たち、叱られるために呼ばれたんではないのでしょうか?
「叱られないよ? だってブルーはソルジャーだもん」
平気、平気…と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はお部屋が無残に壊れたというのに御機嫌です。さっきの大泣きは嘘泣きとしても、爆発直後は泣いてたんじゃあ…?
「えっとね、お部屋が壊れちゃったから泣いたんだけど、ブルーが元に戻るから…って。工事にしばらくかかるかもだけど、元通りに直して貰えるから、って。夏休みの間にはちゃんと終わるよって聞いたんだ♪」
なるほど。会長さんが思念波で連絡した内の一つがそれでしたか…。お料理なんかしていなかった「そるじゃぁ・ぶるぅ」に警察用の言い訳を教え込んだり、色々と伝達したようです。普段は隠されている「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋が丸見えになるよう境の壁を破壊したのも会長さんですし、工事し易くするためかな?
「それもある。でも一番の理由はね……普通の爆発事故に見せかけるためさ」
「「「普通の?」」」
私たちの声が重なりました。爆発の原因はまだ分かっていません。爆発と同時に生徒会室に飛ばされた理由も謎のままですし、あれは一体何だったのか…。
「…普通の爆発事故ではなかったんじゃ」
会議室の扉が開いて入ってきたのはゼル先生。ヒルマン先生を除いた長老の先生方がその後に続き、エラ先生が大きな箱を持っていました。箱の中身は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が予言したとおり様々なケーキの詰め合わせで…。
「好きなケーキをお選びなさい。おやつの途中だったのでしょう?」
どうぞ、とお皿を配ってくれるエラ先生と取り分けてくれるブラウ先生。いいんでしょうか、こんな所でお茶をしてても…?
「まずは落ち着いて貰わないとな。あんな騒ぎになったのだし…」
教頭先生の温かな声に私たちはホッと息をつき、紅茶を飲んでケーキを食べて…。お代わりもありますよ、と二個目のケーキも出て来ました。そして教頭先生が。
「そろそろ話してもいいだろう。…さっき起こった爆発事故にはガスも火元も関係ない。だが世間には通用しないし、ぶるぅの失敗ということになった。ただ、それではぶるぅに気の毒なので圧力をかけておいたのだが」
「「「………」」」
警察本部の車が来たのはそういう事情だったみたいです。きっと何処かに仲間が絡んでいるのでしょう。教頭先生は「その通りだ」と微笑みました。
「味方は多い方がいい。あちこちに仲間を配置してあるから政財界にもコネが利くんだぞ? ただの教頭の私には無理だがな」
「ハーレイ、あんた、一言多いよ」
突っ込んだのはブラウ先生。
「自分でバラしてどうするのさ。もっと勿体つけりゃいいのに…。そんな調子だからブルーにオモチャにされるんだよ。この子たちだって既にあんたを馬鹿にしてそうな気がするけどねえ…」
「「「してません!!!」」」
私たちは慌てて叫びましたが効果の程は分かりません。先生方は苦笑し、教頭先生が咳払いをして。
「…話が逸れてしまってすまん。それで爆発事故の件だが、バーストという言葉を習ったか? 意味は爆発。今回の事故はサイオン・バーストというヤツだ」
「「「サイオン・バースト!?」」」
なんですか、その物騒な響きの言葉は? サイオンが…爆発? もしかしてキース君のサイオンが急激に膨れ上がったように感じことと何か関係ありますか…?

初めて耳にする不穏な単語。私たちがざわめいていると内線電話が鳴りました。ブラウ先生が二言、三言話して受話器を置いて…。
「キースの意識が戻ったらしいよ。ヒルマンが連れてくるそうだから、説明は纏めた方がいいね」
「うむ。何度もやるのは面倒じゃからな」
ゼル先生が髭を引っ張っています。キース君の分の紅茶とケーキがテーブルに用意され、やがて会議室の扉が開いて。
「すみません…。ご迷惑をお掛けしました」
キース君はヒルマン先生に付き添われて入って来るなり深々と頭を下げました。それじゃやっぱりキース君があの爆発を? 会長さんはそんな風に言いましたけど、ホントのホントにキース君が…? 椅子に腰を下ろすキース君を私たちは信じられないといった面持ちで見ていましたが…。
「ヒルマンから話を聞いたようだな」
教頭先生の言葉にキース君は再度謝罪し、私たちにも謝ります。あの時、あそこで一体何が…?
「事故の原因はサイオン・バースト。つまりキースのサイオンが爆発的に暴走したというわけだ。キースはタイプ・イエローだけに破壊力の方も半端ではない」
重々しく語る教頭先生。
「ぶるぅの部屋はほぼ全壊だ。居合わせた君たちが無事だったのはブルーが瞬間移動で飛ばしたからだな。ぶるぅは自分でシールドを張って部屋に残っていたようだが…。そしてサイオン・バーストを起こした場合、本人も酷く消耗する。しかし今回はブルーがストップをかけたお蔭でキースの回復は早かった」
運が悪いとバーストのショックで死にかねない、と教頭先生に聞かされた私たちは震え上がりました。一歩間違えれば私たちは大ケガを負うか、あの世行き。キース君の方も三途の川を渡っていたかもしれないのです。
「まあまあ、無事に済んだのだから…。そう脅さなくてもいいんじゃないかね」
ヒルマン先生が言い終える前にゼル先生が。
「甘いぞ、ヒルマン! 校内でサイオン・バーストなんぞ不祥事中の不祥事じゃ! まず原因を究明してから再発防止に努めんといかん。場合によっては制御リングを着けさせることになるじゃろうが!」
「ふむ…。確かにそれはそうだが…。で、原因は何なのかね?」
先生方の視線はまずキース君に、次に会長さんに向けられました。キース君は俯いてしまい、会長さんが肩を竦めて。
「諸悪の根源はぼくってことになるのかな? キースは重大な危機に瀕していてね、それを避けようと必死なんだ。だけど他人から見れば笑いごとでしかないわけで…。それをつついたらバーストしたわけ」
「「「なんですって!?」」」
仰天している先生たち。会長さんはクスクスと笑い、キース君の方を指差しました。
「キースが自分の家を継ぐために大学に行ったのは知ってるよね? その大学で秋に特別な講義があるんだ。お坊さんを目指す学生だけが道場に行って修行をする。その時に長髪は許されなくて短く切るのが条件だけど、キースはそれが嫌なんだよ」
「「「???」」」
「キースは今のヘアスタイルを守りたいのさ。だからサイオニック・ドリームで誤魔化して道場に行こうと目論んだのに、一向に技が上達しない。おまけにお父さんが道場入りにかこつけて坊主頭にしろと迫るらしいね。…色々と焦りが出てきていたから、一気に解決しようと思って」
「バーストで何が解決するんじゃ!」
ブチ切れたのはゼル先生でした。
「ぶるぅの部屋はぶっ壊れるわ、警察と消防は出てくるわ…。お前は上手く逃げおおせたが、わしらは大変だったんじゃぞ! この先も頭が痛いわい。ぶるぅの部屋を突貫工事で修理しろとか言うんじゃろうが!」
「突貫工事でしてくれるのかい? それは助かるよ、ぶるぅがショックで泣いちゃったしね。あ、ついでだからキッチンとかは最新のヤツにしてほしいな」
嬉しそうに注文をつける会長さん。でも本当にサイオン・バーストで何か解決するんでしょうか?
「…根本的に色々と。キースのご両親にも呼び出しがかかったようだしね…。お葬式の最中だったらしくて遅れたけれど、今、学校に向かってる。それでキースはどうなるのかな? 髪型くらいでバーストするなら制御リングは免れないかい?」
「「「制御リング…?」」」
首を傾げる私たちに会長さんが自分の手首を示しました。
「ぼくは嵌めてはいないけれども、ブレスレットみたいな形のサイオン抑制装置だよ。暴走しがちなタイプの仲間はコントロール可能になるまで嵌めなきゃならないことがある。キースの場合はどうなるだろうねえ…。嵌めるんだったら数珠レット風にするべきかな?」
そういうタイプのリングもあるのだ、と教えてくれる会長さん。キース君は大学に進学してから数珠レットを着けるようになりましたけど、更にサイオン制御リングが加わるとなると悪目立ちかも。…っていうより、抑制装置をつけられちゃったらサイオニック・ドリームは絶望的では? キース君、これからどうなっちゃうの…?




一学期の期末試験が無事に終わって、今日はいよいよ終業式。夏空の下を登校してみると校門前に人だかりが。ジョミー君たちも先に来ていて何やら騒いでいるようです。また信楽焼の狸でも出たのでしょうか? 一昨年の夏休み前に学校中に信楽焼の狸の置物が溢れたことがありました。その中に混ざった金の狸と銀の狸が注目の的で…。
「あっ、おはよう!」
凄いんだよ、とジョミー君が手招きをして指差す先には無数の氷柱。これはなかなか涼しそうです。暑いから特別サービスなのかな?
「それは分からん」
冷静に状況を分析中のキース君。
「一度入って見てきたんだが、校舎の外は氷柱だらけだ。しかもこの氷は花氷らしい。どの氷にも何かの花が入れてある」
花の種類も様々だった、とキース君は教えてくれました。
「法則性があるのか無いのか、そっちの方も見当がつかん。ついでに茎には紙が結んであるんだぞ」
言われてみれば神社でおみくじを結ぶみたいに白い紙片が結わえられています。もしかして今年はこの氷柱が…?
「恐らくはな。…ここに立っていても暑いだけだし、教室に行くか」
「そうだね。朝から暑いと参っちゃうよ~」
ジョミー君が氷柱をペタペタと触り、その手で顔を冷やしています。私たち七人組は氷柱の涼を楽しみながら校舎の方へと向かったのですが…。ん? 中庭の日陰に机を据えにかかっているのは会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」?
「やあ、おはよう。今日も朝から元気そうだね」
「かみお~ん♪」
挨拶してくる二人ですけど、こんな所でいったい何を?
「これかい? 出店の用意をしているんだよ」
「「「出店!?」」」
「そう。じきにお客が来ると思うな、終業式が終わったら。まずは看板を出しとかないと」
会長さんが取り出したのは手書きの小さな看板でした。机の上に立てられたそれに書かれた文字は…。
「「「アイテムあります?」」」
「うん。夏休みの宿題免除アイテムってヤツがあるだろう? あれを売ろうと思ってさ。今年は必要とする仲間もいないし…。特別生は全員宿題免除だからね」
「そういえば…。アルトさんたちも特別生になっちゃいましたし…」
確かに誰もいませんね、とシロエ君が言うと、会長さんは満足そうに頷いて。
「君たちの時と、去年のアルトさんたちと。二年も続けてぼくがアイテムを持ってきたから、当時の生徒は知ってるだろう? ぼくはアイテムを確実に手に入れられる…って。チャンスはきちんと活かさないと」
「「「………」」」
商魂たくましい会長さんに誰も言葉がありません。横を通って行くかつての同級生たちの中には看板に目を止める人が少なくなくて、ついに以前のクラスメイトが…。
「アイテムって例のヤツですか?」
訊いてきたのは3年生の男子でした。私たちが入学した年、1年A組にいた一人です。ジョミー君たちと今も仲良くしていますから、声を掛け易かったのでしょう。
「宿題免除のヤツらしいよ」
会長さんよりも先に答えるジョミー君。相手の顔がたちまちパァッと輝いて…。
「やっぱりそうか! で、いくらなんですか、生徒会長?」
「残念だけど開店前でね」
ほら、と会長さんが机を示すと『準備中』の札が出ていました。
「フライングはフェアじゃないだろう? アイテムが発表されたら開店するから、急いで走ってくるといい」
「分かりました! 俺、頑張って走りますから!」
また後で、と立ち去る一昨年のクラスメイト。それからも何人かが問い合わせに来て、予鈴が鳴ると会長さんが。
「教室に行かないとグレイブが来るよ。そうそう、開店したら君たちにも手伝いをお願いしたいんだ。…終業式が済んだらよろしくね」
ここに集合、と笑顔で告げる会長さんは有無を言わさぬ口調でした。私たちに店番をさせて自分はサボるつもりでしょうか? 多分ボッタクリ価格でしょうし、あんまり気分が乗りませんけど…逆らったら何が起こるか分かりませんから、おとなしく店番するしかないかな?

グレイブ先生は今年も宿題を山と出してきました。愕然とするクラスメイトたちに先生は…。
「宿題はもちろん始業式の日が提出日だ。期限を守らなかった場合はペナルティとして更に課題が増やされる」
「「「えぇっ!?」」」
たちまち起こるブーイングの嵐。しかしグレイブ先生は動じもしません。
「当然だろう、自業自得というヤツだ。学生の本分は勉強である、と私は常に言っている。これを機会に勉学に励み、充実した夏休みを過ごしてくれたまえ。だが、残念なことに我が校には…実に嘆かわしい制度があるのだ!」
バン! と教卓を叩くグレイブ先生。
「私は毎年廃止を提案するが、一度も通ったことがない。よって今年も宿題免除のアイテムが登場するのだよ、諸君!」
「「「宿題免除?」」」
「詳しい説明は終業式で行われる。ただし、今年は私の案の一部が採用されたのでな……昨年までのようにはいかん。楽しみにしておきたまえ」
では、とクラスを引率して終業式会場へ向かうグレイブ先生。今年のアイテムは一筋縄ではいかないのかも、という予感がします。でも私たちには無関係ですし、アイテム販売さえ無難にこなせばいいんですよね。終業式の退屈な訓示が終わると教頭先生が出てきました。
「それでは今年も宿題免除の制度について説明しよう。とあるアイテムを探し出して提出すれば、夏休みの宿題は全て免除になる。やる必要がなくなるのだ。…そしてアイテムは毎年変わる。今年はおみくじ形式となった」
「「「おみくじ?」」」
私たちの脳裏に浮かんだ花氷の中に入った紙片。教頭先生が発表したアイテムはまさにそれでしたが…。
「宿題免除の制度に反対する教師の提案を容れて、今年は免除の他に加算というのが加わった。大吉ならば宿題免除、吉ならば何も起こらない。大凶の場合は紙片に書かれた課題が宿題に加えられる。もちろん誰が引いても問題ないよう課題は全学年分が書いてあるから、該当する自分の学年の分を…」
会場はお通夜さながらの雰囲気です。花氷は全校生徒の数の三倍あるそうですが、選べるのは一人一個だけ。選んだ氷柱を本館前の特設テントに運んで行くと先生方が氷を融かして紙片をチェックする形式でした。つまり運任せで、ゆえにおみくじ。教頭先生は更に続けて。
「中には大凶を引きたくない者もいるだろう。そういう生徒には引かない自由も与えられる。…氷柱を選ばなければ宿題の量は最初に示された分だけだ。アイテムを探す時間は正午までとするから、よく考えて行動しなさい」
幸運を祈る、と締め括られた終業式。例年なら凄い勢いでアイテムゲットに飛び出して行く生徒たちなのに、今年は元気がありません。そんな中、勢いよく駆け出す生徒が何人かいて…。
「あっ、いけない!」
急がなくちゃ、とジョミー君が立ち上がりました。
「今の連中、ブルーの店に行ったんだよ。早く手伝いに行かないと…」
「まずい、忘れてたぜ!」
サム君が慌ててジョミー君を追い、キース君たちもバタバタと。スウェナちゃんと私も大急ぎです。会長さんが店を構えた中庭に着くと既に並んでいる人が。会長さんは来客に説明を始めた所でした。
「いいかい、アイテムは数に限りがあるんだ。全員にはとても行き渡らない。アイテム販売に頼りたくない人もいるだろうから、ぼくが販売するのは七個。誰に売るかは公平にクジで決めようと思うんだけど、それでいいかな?」
机の上に四角い箱が置かれています。その中のクジを引いて当たった人だけがアイテムを買える仕組みなのです。
「それで気になる値段の方は…」
会長さんが貼り出した紙に書かれたボッタクリ価格。けれど列を離れる人はいなくて、それどころか会場を出てきた人が後ろに並び始めていたり…。
「この通りだけど、希望者がいれば七個の内の一個をクジから外して確約コースを設けようかと思ってる。もちろん値段はドンと上がるし、希望者全員でジャンケンをして勝者に販売するんだけどね。…確約コースの値段は十倍。希望する人は?」
何人かが手を上げました。会長さんはニッコリ微笑み、『確約コース受付中』の看板を新たに机に置いて。
「じゃあ、今から半時間受け付ける。ジャンケンで負けた場合はクジ引きの方に回れるからね、クジの方の開始時間は半時間後だ。確約コースの人は優先的にクジ引きに回すから、クジの方だけを希望する人は整理券を貰って涼しい所で待っていて」
説明を終えた会長さんは私たちに視線を向けて、「聞いていたね?」とパチンとウインク。
「それじゃキースとシロエは新しく来た人に説明を。受付係がジョミーとサムで、みゆとスウェナは整理券の配布。マツカは行列の整理をよろしく」
はい、とキース君たちはチラシを渡され、ジョミー君とサム君は店を任され、スウェナちゃんと私は整理券の束を持たされました。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は後ろに白いテーブルと椅子を並べてのんびりお茶を楽しんでいます。アイテム希望の生徒は順調に増えて、私たちは半時間後にはクジの箱だのジャンケンだのの仕切りをしっかり丸投げされて…。
「おめでとうございます。確約コース成立です」
シロエ君がジャンケンの勝者の男子に引換券を手渡しました。
「では、指定の時間にこちらまでいらして下さいね。この券と引き換えにアイテムの方をお渡しします。代金はこちらの口座の方に三日以内ということで」
「おっしゃあ! もう今日にでも振込むぜ!」
大喜びで引換券を財布にしまい、学食の方角に消えるラッキーな彼。それから確約コースの敗者を先頭にクジ引きが始まり、六枚目の当たりが出た段階でアイテム販売終了です。最後の引換券を手にした人が小躍りしながら立ち去った後、未練がましく残った生徒も泣く泣く四方へ散って行って…。
「はい、お手伝いありがとう」
会長さんが私たちにアイスキャンディーを振舞ってくれ、やっと人心地がつきました。日陰に居たって猛暑の中での接客業は大変です。アイテムの引き換え時間まで休憩ですよ~!

「そるじゃぁ・ぶるぅ」お気に入りの店のアイスキャンディーは絶品でした。その昔、私が『パンドラの箱』の名を持つ合格グッズをゲットした時、中から出てきた注文メモで全種類を購入させられた店のです。
「ここのはいつも美味しいよね」
どれも最高、とピスタチオ味を舐めるジョミー君。私は無難にイチゴ味ですがエスニック系なども評判が高く、一度は食べたいものが一杯。全種類を制覇している「そるじゃぁ・ぶるぅ」は新作チェックも怠りなくて…。
「あのね、今度は醤油バニラが出るんだよ。前からあるけど、ちょっと捻りを加えるんだって!」
楽しみだよね、とバナナミルク味に齧りついている「そるじゃぁ・ぶるぅ」。和やかな時間がゆったりと流れ、中庭にも並ぶ氷柱を品定めする生徒なんかを眺めていると。
「…そろそろいいかな。みんな食べ終えたみたいだし」
会長さんが腰を上げました。
「指定の時間にアイテムを渡せなかったら信用問題になっちゃうからね、早く探しに行かないと」
「ちょっ…。あんた、確保したんじゃなかったのか!?」
「静かに、キース。…声が大きい」
シッ、と唇に人差し指を当てる会長さん。で、でも…アイテムは七個あるって言いませんでしたか?
「もちろん確保してあるさ。正確に言えば、誰も大吉を見つけることが出来ないようにシールドで隠す…って感じかな。だから早めにゲットしないと残りの大吉アイテムが出ない」
「…最低だな…」
キース君が呟く先には氷柱を抱えて本館に向かう生徒がいます。この状況では中身が大凶か吉かはともかく、大吉だけは有り得ないわけで…。せっかく一大決心をして命運を託した氷なのに。
「さっきから二十人は通って行ったぞ、氷を持ってな。他の道から行ったヤツらもいるんだろうし、あんたの良心は痛まないのか?」
「…別に? 元々おみくじなんだし、引かない自由もあるんだしさ。それに売り上げは生徒会の方に入れるんだから、ぼくの懐には入らない。つまりぼくには関係ない、と」
商売の種にしておきながら無関係も何もないものです。けれど揉めてる場合ではなく…。
「もういい、あんたに言うだけ無駄だ。とにかくサッサと大吉のヤツを探しに行こう。それが俺たちに出来る精一杯の償いだ」
行くぞ、と歩き出そうとしたキース君に会長さんが。
「行き先は分かっているのかい? サイオンもロクに操れないヒヨコの君たちがぼくのシールドを破れるとでも?」
「…くっ……。仕方ない、頼む、案内してくれ」
「いいよ。ただし文句は一切禁止。何処へ行こうとぼくの自由だ」
分かったね、と釘を刺した会長さんは机に『定休』の札を置きました。札にはサイオンで仕掛けがしてあり、店番がいなくても悪戯されない仕組みだそうです。
「これでよし、と。…アイテムゲットの旅に出ようか」
会長さんはとても楽しげでした。私たち七人と「そるじゃぁ・ぶるぅ」をお供に引き連れ、足取りも軽く向かう先には本館が。特設テントでゼル先生がバーナーで氷柱を融かしています。あれはさっき見かけた生徒では…?
「うん、さっきの彼だよ。何が出るかな、大凶かな? 見ていたいけど急ぐからね」
こっちだよ、と本館に足を踏み入れる会長さん。この道はまさか、もしかして…? 全員の顔が引き攣ったのを会長さんは見逃しません。
「ふふ、今頃やっと分かったんだ? だけど、ぼくを止めたら大変だよ? 大吉の氷を掴める生徒がいなくなってもいいのかい? ああ、特設テントにいた彼が持ち込んだ氷、大凶だったみたいだけれど」
「「「………」」」
自己責任のおみくじとはいえ、大吉の氷が全て隠された状態なのでは大凶の確率がアップします。これ以上の被害者を出さないためには会長さんを好き放題にさせておくしかないのですけど、目的地は多分、例の場所。私たち、一体どうすれば…?

天井の高い廊下を歩いて辿り着いた重厚なお馴染みの扉。会長さんは右手でノックし、そっと扉を押し開けました。
「失礼します」
スルリと入り込んだ部屋では教頭先生が書類のチェック中。羽根ペンを持った教頭先生は顔を上げるなりウッと息を飲み、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」とオマケの私たちを見渡して…。
「ど、どうした? いきなり私に何の用事だ?」
「御挨拶だねえ、ハーレイ。用が無ければ来ちゃ駄目なのかい?」
会長さんは一直線に机に向かい、頬杖をついて教頭先生を見上げる形で。
「こんにちは。ハーレイズの熱演以来だけども、あれからあっちのハーレイに会った? あの時は大変だったよねえ…。人魚の尻尾が外れなくって」
「い、いや……」
居心地が悪そうな教頭先生。ソルジャーの世界のキャプテンと組まされて人魚ショーを披露した教頭先生ですが、そのお礼にとキャプテンから思念波で情報を貰ったのでした。『大人の時間の過ごし方』の知識の詰め合わせセットだった贈り物を受け取った途端、教頭先生はオーバーヒートを起こしてダウン。その上、興奮すると外れなくなる人魚の尻尾が取れなくなってしまったり…。
「せっかく素敵なプレゼントだったのに、無駄にしちゃって勿体ないとか思ってるだろう? 吹っ飛んじゃった記憶をなんとか取り戻せないか、毎晩必死に頑張ってるよね」
「…な…! わ、私はそんな…」
「嘘は良くないと思うんだ」
会長さんは宙に一枚の写真を取り出し、ヒラヒラと振ってみせました。
「一応、これが隠し撮り。ブルーに貰った抱き枕を相手に一所懸命になっているのが君じゃなければ誰だって? この写真をゼルとかエラに見せたら謹慎処分は確実だろう?」
ほらね、と会長さんが回してきた写真の中ではパジャマ姿の教頭先生が例の枕を抱き締めています。会長さんの写真がプリントされた枕である、とハッキリ分かる角度なだけに流出したらマズイかも…。教頭先生の額に脂汗が浮き、縋るような目で会長さんを見て。
「頼む、それだけはやめてくれ! それにハーレイ……あちらの世界のハーレイとは、あれから一度も会っていない。お前と違って思念で連絡し合うことも出来んし、疾しいことは誓って何も…!」
「そうだろうねえ、たとえ会えてもプレゼントの贈り直しは不可能だろう。なんといっても君のヘタレが酷過ぎる。あれを受け取るにはもっと修行を積まないと…。せめて鼻血を出さない程度に鍛え上げなきゃ無理じゃないかな」
右から左へ抜けるだけ、と鼻で笑った会長さんはスッと右手を差し出すと。
「…謹慎処分を免れたければ、分布図を出してくれるかな?」
「分布図…?」
「しらばっくれても無駄だからね。氷柱の分布図、持ってるだろう? 大吉の氷が欲しいんだ。くれないんなら勝手に探して、ついでに特設テントのゼルに写真を届けに行ってくるけど?」
「……うう……」
教頭先生はグウの音も出ず、引出しから一枚の校内地図を引っ張り出して。
「…赤い印が大吉だ。氷柱は全部台座に据えてあるから、上の氷柱が持ち去られても台座の位置ですぐ分かる。だが、お前ならこんな煩わしい真似をしなくても…」
「分かる筈だって? 確かにね。でもさ、この攻防戦が醍醐味なんだよ。次はどんな手で脅そうか…って考えるだけでワクワクするんだ。…で、どれだって?」
地図を奪った会長さんは素早くチェックし、ジョミー君たちに思念で伝達したようです。
「いいかい、ぼくが伝えた通りの場所のを手分けして回収してくること。お客さんがやって来る前に集めるんだよ」
「分かった!」
ダッと飛び出していく男の子たち。教頭先生はポカンとして…。
「…お客さん…?」
「うん。宿題免除アイテムあります、っていう看板で店を出したんだよね。あ、限定七個で売り出したから、他の生徒にも大吉の氷は残ってる。…恩に着るよ、ハーレイ」
商売、商売…と嬉しそうに口ずさみながら会長さんは教頭室を後にしました。机の上に残されたのは教頭先生と抱き枕とのツーショット。あんな写真を隠し撮りしに出掛けるだなんて、会長さんも立ち直りが早い人なんですねえ…。

中庭の店に戻った会長さんが『定休』の札を撤去した所へ息せき切って飛び込んで来たのはキース君でした。両腕に氷柱を抱えています。
「持ってきたぞ、ブルー! 他の場所のも回収済みだ。だからあんたのシールドを…」
「もう解いてあるよ、大吉の氷は誰でも発見できるってことさ。後はみんなの運次第かな」
「…運次第って…」
気の毒な、とキース君は本館の方を見ています。氷を自分で選ぶ道に踏み出した生徒の大多数の命運は既に決していました。ゼル先生とシド先生がバーナーで融かした氷の中から出たおみくじの内訳は吉と大凶。大吉が一枚も出なかったせいで、選んだ氷柱を融かすことなくテントに置いて立ち去る棄権者もかなり出ていたのです。
「かみお~ん♪ 今、一人、大吉を見つけたみたい!」
サイオンで校内を探っていたらしい「そるじゃぁ・ぶるぅ」が元気一杯に言いましたが…。
「あれ? 氷、運んで行かないのかなぁ? ポケットからコインを出してるよ」
「「「コイン?」」」
キース君とスウェナちゃん、そして私の声が重なり、氷柱を抱えて戻ってきたジョミー君たちが話に加わります。大吉の氷を自力で見つけた運のいい人はコインを投げて、表か裏かで運ぶかどうかを決めたのでした。結果の方は…大吉氷は放置と決定。あれだけ大吉が出なかったのでは無理もないことだと言えますけれど…。
「あんたのせいだな」
「どう考えてもブルーのせいだよ」
大凶を引いた人も沢山いるのに、と責めるキース君たちの声を会長さんは綺麗に無視しました。
「最初からおみくじ形式なんだし、自業自得というものさ。賢明な人はちゃんと安全な選択をしてアイテムを買いに来てたじゃないか。…言っておくけど、この店のクジに外れた人で氷を自分で選んだ人はゼロなんだからね」
君子危うきに近寄らずだよ、と会長さんは涼しい顔。やがてアイテムの引換券を手にした人が順次訪れ、氷柱を受け取って本館の方へと向かいました。それから間もなく「大吉が出た」との噂が飛び交い、終了時間の正午を目前にして駆け込みで氷柱を運んだ人が何人も。
「うーん、今度はどうだろう?」
店を片付けた私たちは特設テントの脇で氷柱を融かす作業を見ています。バーナーの炎で融けた氷の中から出てきた花をエラ先生とブラウ先生が取り出し、茎に結んだおみくじを外して…。
「大凶!」
「吉!」
ガックリと項垂れた大凶の男子生徒におみくじの中身が告げられました。グレイブ先生特製の数学ドリルを一冊プレゼント、と聞かされた彼は泣きそうな顔。吉を引いた生徒の方はホッとした顔で特設テントを出ていきます。大凶よりかはマシですもんね。そんな調子で大凶と吉が続きまくって制限時間終了のチャイム。
「…出なかったねえ、大吉の氷」
なんでだろう、とジョミー君が呟いたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でした。
「ぶるぅが言うのが本当だったら何人か大吉を見つけてたのに、運んだ人はいなかったなんて…。どうしてなのかな?」
「運が無いって言うんだよ」
会長さんが即答します。
「もしも男でなかったならば、大吉が出たかもしれないけどさ」
「「「え?」」」
「商売繁盛の秘訣は信用を得ることなんだ。ぼくに頼めば楽勝だ、って大いに宣伝しなくちゃね。だけど女の子には優しくしたいし、もしも女の子が見つけていたら結果は違っていたと思うよ」
クスクスクス…と笑う会長さん。もしかしてコインの表と裏とか、サイオンで小細工していましたか?
「ここだけの話、少しだけね。…その代わり、大凶を引いた女の子は一人もいないんだよ。氷を選ぼうとした女の子の方は吉の所へ誘導したから」
「だったら大吉の所へだって…!」
案内してもいいだろう、とキース君が噛み付きましたが、大吉が解禁になった段階でチャレンジャーな女子は一人も残っていなかったそうです。それにしたってアイテム販売のためのこの所業。明らかに不正行為では…。
「いいんだってば、元を糺せばグレイブが悪い。本来なら宿題免除なんだよ、あのアイテムは。なのに加算だなんて酷い提案をゴリ押しするから、ちょっと反省して貰おうかと…。今は職員会議をやってる」
おみくじ形式が招いた結果は宿題を加算された人が免除組を遥かに上回るという悲惨なことになったのでした。シャングリラ学園の夏休み直前のお楽しみイベントを悲劇に塗り替えてしまったグレイブ先生、長老の先生方に糾弾されているとかいないとか…。来年からは元の形に戻りそうです、宿題免除のアイテムゲット。
「とにかく明日から夏休み! 楽しくやろうよ、今年の夏は何処へ行きたい?」
色々相談しなくっちゃ、と会長さんが手帳を取り出し、柔道部三人組の合宿日程を書き込みました。それ以外の日はフリーですから、今年も沢山遊べそう! 海がいいかな、それとも山? 素敵な夏になりますように~!




Copyright ©  -- シャン学アーカイブ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]