シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
教頭先生の家に届いてしまった抱き枕。サイオンで遠くを見ることが出来ない私たちにはサッパリ様子が分かりませんが、教頭先生は荷物を受け取ったみたいです。憮然としている会長さんを横目で見ながらソルジャーが「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭にポンと手を置いて。
「みんなに中継してあげてくれるかな? ハーレイが何をしてるか見物しなくちゃ」
「オッケー! えっとね、あの壁を見てて」
小さな手がリビングの一角を示すと、浮かび上がった中継画面。教頭先生が家の玄関を入った所で大きな包みを抱えていました。
「…ブルーから荷物か…。何も話は聞いていないが…」
差出人の名前を確認している教頭先生。送り状を読んでいた視線がピタリと止まって…。
「抱き枕だと!?」
信じられん、と包みと送り状の品物の名前を交互に眺めまくった教頭先生は独自の結論に至ったらしく、包みを運んだ先は寝室ならぬリビングでした。
「これはブルーの悪戯だな。…私がブルーの写真を使った抱き枕を作りたがったのはバレている。期待させておいてガックリさせる魂胆だろう。あいつのことだ、何処かで見ているに違いないが…」
その手に乗るか、と教頭先生はコーヒーを淹れにキッチンへ。お気に入りの豆を挽き、サーバーを温め、のんびり手順を楽しんでいます。香り高い一杯が出来上がるとカップを持ってリビングに戻り、ソファに立てかけてあった抱き枕の包みと向かい合う形で腰掛けて。
「ふむ…。どうしたものかな、この枕を? 男性向けの絵柄の枕を寄越したに決まっているが、コーヒーで心も落ち着いたことだし、残念だが私は驚かん」
あらら。教頭先生、中身を誤解しているようです。ソルジャーも想定外だったらしく、その顔は実に不満そう。
「なんで好意を疑うのさ! 本物のブルーの写真の抱き枕なのに…。ねえ、ぶるぅだってそう思うだろ?」
「いつもの御礼に作ったのにね…。ハーレイ、ブルーが大好きだから」
素直で無邪気な「そるじゃぁ・ぶるぅ」は抱き枕が日頃の御礼に作られた品だとソルジャーに騙されたままでした。教頭先生の会長さんに対する熱い想いも全く理解していないので、抱き枕イコール会長さんのぬいぐるみという感覚です。まあ、私たちだってつい先日まで同じような勘違いをしてましたから…笑える立場ではないのですけど。教頭先生はコーヒーを飲み干し、やおら包みに近付くと…。
「さてと、中身を見てみるか。…この大きさは特注品だな。私の体格に合わせてきたのか? 使い心地だけは良さそうだ。怪しいカバーは捨ててしまって新しいのを作ればいいし」
ベリベリと包装紙を剥がし始める教頭先生にソルジャーは唇を尖らせています。
「新しいカバーを作るだって!? 自分じゃ注文できそうにないから代わりに作ってあげたのに…。なんだ、ヘタレじゃないじゃないか」
つまらない、とソルジャーが零すと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「…ん~と…。カバーってハーレイの手作りカバーのことだと思うよ、トランクスのカバー」
え。トランクスのカバーって…何? 私たちの視線が「そるじゃぁ・ぶるぅ」に集まりました。もしかしなくてもトランクスってアレですか? 青月印の紅白縞…?
「うん。ハーレイはね、ブルーがプレゼントしたトランクスの使い古しを抱き枕のカバーにリフォームしてる…って前に説明しなかったっけ? 忘れちゃった…?」
「「「………」」」
記憶を遡ってみる私たち。そういえば初めてトランクスのお届け物に付き合わされた1年生の夏休み明けにそんな話を聞いた気がします。それっきり二度と思い出しもせず、実物を目にしたこともないので綺麗に忘れていましたが…。
「…トランクスで抱き枕…? それはなんとも悪趣味だねえ…」
自分が履いてたヤツだろう、とソルジャーが顔を顰めます。けれど「そるじゃぁ・ぶるぅ」はキョトンとして。
「だってブルーがあげたヤツだよ? 大事に使うって素敵なことだと思うけど…」
「そうかなあ? まあ、ブルーがくれたって所がハーレイにはポイント高いんだろうね。でも今日のプレゼントはもっと凄いし、もうトランクスのカバーは要らなくなるよ」
念願のブルーの抱き枕、と中継画面に見入るソルジャー。教頭先生は外側の茶色い包装紙と保護用のシートを丁寧に剥がし、お店のロゴ入りのグリーンの紙に貼られた熨斗紙を眺めました。
「御礼、ときたか…。いったい何の御礼やら。…男性向けは要らんのだがな」
よいしょ、と紙を解きにかかった教頭先生はピキンと固まり、たちまち顔が真っ赤になって…。
「…こ、これは…まさか…」
ブルー? と微かに動いた唇の形。包装紙の下から覗いていたのは会長さんの顔写真でした。
それから後の教頭先生は笑えるほどのドキドキっぷりで、壊れ物を扱うように包装紙をそーっと剥がしていって…。途中でウッと短く呻くと鼻にティッシュを詰め込みました。
「いかん、いかん。…うっかり汚しては大変だからな。どんなつもりでくれたにしても、この写真はブルーに間違いない。…もう一人の方より初々しいし…」
私たちはソルジャーの方を見、ソルジャーはフンと鼻を鳴らして。
「失礼なヤツ! ぼくの何処がスレてるって? 恥じらいが無いなんてことはないよね、そうだろう?」
「「「………」」」
同意を求められても私たちの気持ちは真逆。ソルジャーにはいつもとんでもない目に遭わされてますし、初々しさに欠けているのは事実でしょう。会長さんは不機嫌そうにしていましたが、教頭先生は包みを剥がし終わって感無量でした。
「………ブルー………」
ギュウッと抱き締め、頬ずりをして、その質感を堪能して…。
「ああ、まるでブルーがこの腕の中にいるようだ…。もう悪戯でもかまわんな。これを抱いて寝ている間に坊主頭にされるとしても、今夜はこれでいい夢を…」
教頭先生は抱き枕を大切そうに抱えて階段を上がり、寝室のベッドに置きました。会長さんの身長を再現しただけあって枕はかなり大きめですけど、教頭先生のベッドも立派ですから決して狭くはなりません。なんといっても会長さんとの新婚生活を夢見て購入されたベッドです。抱き枕にそっと布団を被せた教頭先生は足取りも軽く廊下の方へ…。
「もういいよ、ぶるぅ。お疲れ様」
ソルジャーの声で中継画面がフッと消え失せ、私たちはリビングで茫然自失。念願の抱き枕を手に入れた教頭先生、どんな夜を過ごすつもりでしょう? そして抱き枕のモデルにされた会長さんは…?
「どうだい、ハーレイの喜ぶ顔を見た感想は? 本当に君が好きなんだねえ…」
あてられちゃうよ、とソルジャーがクスクス笑っています。
「あの枕を抱いて寝られるんなら坊主頭にされても構わないそうだ。だからといってさせないけどね、このぼくが」
ソルジャーは会長さんの右手を掴み、動きを封じてみせました。
「ぼくは君のハーレイに同情したからあの抱き枕を注文した。君の名前で発注したけど、君が文句を言わないように資金もちゃんと用立ててきたし」
ほらね、とソルジャーが宙に取り出したのは紙封筒。中身のお札を何度か数えて会長さんに手渡します。会長さんは反射的に受け取ってからハッと息を飲んで。
「ちょっと待った! このお金っていったい何処から…? まさか…」
「ノルディがぼくにくれたんだよ」
「「「!!!」」」
しれっと言ってのけたソルジャーに私たちは仰け反りましたが、当のソルジャーは涼しい顔で。
「あ、抱き枕のことは言ってないから。…こっちの世界で遊びたいけどお金がなくて、とお願いしただけ。何をするのかなんて無粋なことは訊かれなかったよ、遊び慣れてるせいなのかな? 機会があれば食事でも…と言って気前よくくれた」
だからランチに付き合ったよ、とソルジャーはニッコリ笑っています。会長さんは呆れながらもお金を数えて封筒に戻し、奥に片付けに行きました。抱き枕の代金を支払う羽目に陥るよりは、エロドクターのお金といえども有難く貰うということでしょう。それから私たちはおやつを食べて、夕食は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が腕をふるった伊勢海老のポワレに骨付き仔羊のオーブン焼きに…。
「やっぱり地球の食材はいいね」
美味しいよ、とご機嫌で食事を終えたソルジャーの前にはデザートのティラミスのお代わりが。
「みんなも栄養つけた方がいいよ、今夜も覗き見しなくっちゃね。ほら、ハーレイと抱き枕の…さ」
きっと楽しい夜になるから、と教頭先生の家の方角を眺めるソルジャー。えっと…また覗き見をするんですか? 教頭先生と会長さんの写真がついた抱き枕の夜を観察しようと言うんですか…?
お泊まり会の夜は更けて…リビングで寛いでいるとソルジャーが「始まるよ」と囁きました。合図された「そるじゃぁ・ぶるぅ」が壁に映し出したのは教頭先生の家の寝室。お風呂上りらしき教頭先生がパジャマ姿でベッドに近付き、抱き枕に被せてあった布団を剥いで…。
「…ブルー…」
会長さんの写真が見える程度に照明を落とした部屋のベッドの上で、教頭先生は抱き枕を強く抱き締めます。誘うような表情の会長さんの姿に口付け、のしかかって足を絡ませて…。
「ふふ。ちゃんと発情できるじゃないか」
役立たずってわけでもないね、と笑みを浮かべているソルジャー。会長さんはパジャマの上から浴衣を着込んでガードを固めているんですけど、ソルジャーの方はパジャマだけ。それも抱き枕の写真に使ったのと同じミントグリーンのシルクだったり…。気持ち悪くはないんでしょうか?
「まさか。だってハーレイだよ、ぼくのハーレイと寸分違わない身体じゃないか。気持ち悪いなんて思いやしないし、それどころか…熱くなってきたかな」
ゾクゾクする、と言うソルジャーの頬には赤みがさしています。その姿が青い光を放って…。
「「「!!!」」」
抱き枕から会長さんの写真が抜け出し、しなやかな腕を教頭先生の逞しい背中に巻き付けました。
「…ねえ、ハーレイ…」
甘やかな声が教頭先生を呼び、私たちは中継画面の前で硬直状態。ソルジャーの姿は見当たりません。ということは、抱き枕の中から抜け出したのはソルジャーその人。ベッドの下に落ちた抱き枕に写真は印刷されていますし、サイオニック・ドリームだったのでしょう。教頭先生も仰天したらしく、暫し固まっていましたが…。
「……ブルー……?」
恐る恐る問いかけた教頭先生に会長さんのふりをしたソルジャーはコクリと頷いてみせて。
「うん。そう、ぼくだよ、ハーレイ…」
「ブルー…!」
ソルジャーの演技が上手かったのか、薄暗かったせいなのか。教頭先生は写真どおりのパジャマを身に着けたソルジャーをギュッと両腕で抱くと…。
「どうしてお前が…? あんなに嫌がっていた筈のお前が…」
「分からない? 恩返しだよ、いつもお世話になっているから」
「恩返し…?」
何かが変だ、と感じたらしい教頭先生。プレゼントの抱き枕に御礼の熨斗はかかっていても、流石に話が旨すぎます。教頭先生はソルジャーからパッと離れて、髪の毛に手を…。
「…ハーレイ? どうかした…?」
潤んだ瞳のソルジャーに、教頭先生はベッドの上で後ずさりながら。
「い、いや…。お、お前らしくないな、と思って…」
「そうだろうね」
キラリとソルジャーの瞳が輝き、身体を起こすと教頭先生に抱き付いたからたまりません。教頭先生はソルジャーに強く引っ張られてベッドに沈み、ソルジャーはその下敷きに…。
「ブルー! や、やめてくれ、私は坊主頭は…!」
「坊主頭って…まだブルーだと思ってる? 確かにぼくもブルーだけれど、坊主の資格は持ってないから君の頭は剃れないよ」
人違いさ、とソルジャーは教頭先生をしっかり捕まえたままで。
「こんなミスは初めてだよね。…抱き枕でよほど余裕を失くした? あの写真は君のブルーに間違いないし、ぼくが着ているパジャマは写真と同じ。欲情してたら目も曇るかな?」
「な、何故…。何故あなたが…」
「何故来たのかって?」
ソルジャーは慌てふためく教頭先生の首に腕を回して…。
「だから恩返しに来たんだってば。…薬を買ってくれただろう? スッポンが入った高い薬を。あれね、とっても役立ってるんだ。それでお礼にお手伝いをしようと思って…。筆おろしの」
筆おろし? それって何のことでしょう? 私たちは顔を見合わせ、互いに首を捻りました。会長さんの苦い顔つきからしてロクでもない意味の言葉かな? 教頭先生も耳まで真っ赤になってますけど、私たちには分かりません。ソルジャーは更に言葉を続けて。
「…ぼくの身体で筆おろし。恩返しにいいと思わない? 童貞のままじゃブルーは落とせやしないよ、シャングリラ・ジゴロ・ブルーだからね。筆おろしが済んだらぼくを相手に場数を踏んでいけばいい。ノルディみたいなテクニシャンになればブルーも落ちるさ」
キスひとつでね、と熱い吐息を漏らすソルジャー。
「おいでよ、ハーレイ。ブルーだって下手くそな君より上手な方が喜ぶと思う。だから…」
来て、とソルジャーは教頭先生の耳に唇を寄せましたが…。
「…………」
教頭先生はソルジャーの腕を掴んで解き、身体を離して自分のパジャマを整えています。
「なんで? ぼくは君が童貞なのが気の毒だからブルーの代わりに…」
「…あなたのハーレイはどうなります?」
「いいんだってば、あんなヘタレは!」
放っといても問題ないし、とソルジャーが言い募っても教頭先生は応じません。ベッドから降り、抱き枕をそっと抱えると…。
「私にはこれで十分です。ブルーを想っているだけで幸せですから」
「それもぼくがプレゼントしたんだけれど? スクール水着の写真よりもずっと素敵だろう?」
「…そうなのですか? ならば尚更、お礼なんかは頂けません。この抱き枕があれば独り寝くらい…」
ブルーと一緒に寝られますしね、と抱き枕に頬ずりをする教頭先生。会長さんが「おえっ」と呻き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニコニコ顔で。
「よかったね、ブルー! ハーレイ、とっても喜んでるよ。ブルーの大きなぬいぐるみ♪」
「……聞きたくない……」
頭痛がする、と会長さんは頭を抱えています。ソルジャーは教頭先生のベッドの上で膨れっ面。本当に大人の時間を繰り広げる気だったのかどうかは分かりませんが、教頭先生が退けてくれたお蔭でまずはめでたし、めでたし…でしょうか?
「…ところで、ブルー」
抱き枕を寝室の椅子に立てかけた教頭先生はソルジャーの方に向き直りました。
「この枕はあなたからのプレゼントだと伺いましたが、ブルーの…こちらの世界のブルーの名前を騙ったのですか? ここに印刷されているブルーの写真はどうやって…?」
「ブルーからのプレゼントを装うことは騙ったことになる…のかな? 欲しかったんだろう、抱き枕。ブルーには色々と言ってやったんだ。君の一生のお願いくらい、聞いてあげても良かったのに…って。写真はそれの副産物さ」
「…あれをご存じだったのですか…」
恥ずかしそうに視線を落とす教頭先生。ソルジャーはクックッと笑い、「見ていたからね」と軽くウインク。
「福引大会の景品が抱き枕だなんて素敵じゃないか。それも抱き枕はブルー本人。君の他にも希望者が大勢いたようだけど、ブルーの狙いは悪戯で……君を坊主頭にすると脅してみたかっただけ。君そっくりの恋人を持つ身としては悲しくなるよ。しかも君が童貞だなんて聞いてしまうと…」
「…その話は何処で…?」
「えっと…」
ソルジャーは少し考え、それから瞳を私たちの方へと向けて。
「ぶるぅ、みんなをハーレイの家へ!」
「かみお~ん♪」
げげっ。ソルジャーと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の青いサイオンがシンクロしたかと思うと、私たちは教頭先生の寝室にドサリと放り出されていました。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も一緒です。仰天している教頭先生にソルジャーが鮮やかに微笑んで…。
「この子たちから聞いたんだ。いや、読み取った…と言うべきかな? それを肯定したのはブルー」
「…………」
教頭先生は言葉を失い、私たちは申し訳ない気持ちで一杯でした。童貞なのは秘密だったに決まっています。それがとっくにバレていたとは情けないでは済まないでしょうし…。一方、会長さんはパジャマの上から着込んだ浴衣の襟元を掻き合わせ、警戒心を隠していません。ソルジャーは会長さんの肩をポンと叩くと…。
「怖がらなくても平気だってば。ハーレイに君を襲うほどの度胸はないよ、抱き枕の相手が精一杯さ。…なんといっても童貞だもんね。ぼくがせっかく来てあげたのに童貞を捨てる勇気もないし。…そうだろ、ハーレイ?」
「………」
「あ、ブルー相手なら話は別かな? でもさ、経験値ゼロじゃいくら一生のお願いでもねえ…。男同士は難しいんだ。ブルーが痛い目に遭わされるのは、ぼくとしても…ちょっと困る」
けっこうブルーを気に入ってるし、とソルジャーは会長さんの頬にそっと触れて。
「ブルーには幸せになって欲しいんだ。君が相手ならなおのこと…ね。だから気が変わったらいつでも言って。君の練習に付き合うよ」
そして何処からか取り出したものは…。
「「「あっ!!!」」」
私たちの声が重なりました。ソルジャーの手のひらに載っていたのは赤い錦のお守り袋。そのお守りには嫌というほど見覚えが…。凝視している私たちの姿にソルジャーはクスッと小さく笑って。
「やっぱり気付いたみたいだね。…ハーレイ、これを知ってるかい?」
「い、いえ…。なんですか、それは?」
ありゃ。教頭先生、知らないんですか? あのお守りは会長さんがポケットに入れて持ち歩いているシャングリラ・ジゴロ・ブルーの必須アイテムだと思うのですが…。会長さんがフウと溜息をつきました。
「知るわけないだろ、ハーレイが。…だって童貞なんだから」
「……ブルー……」
そう何回も言わないでくれ、と嘆く教頭先生の手にソルジャーがお守りを押し付けて。
「そんな君のためのお役立ちグッズさ、このお守りは。…本物は君のブルーが女の子を口説くのに使ってるヤツで、中にぶるぅの手形を押した紙が入っているんだそうだ。そのお守りを窓に吊るすとブルーが忍んでいく仕掛け」
「な…なんですって!?」
「おっと、ブルーにお説教するなら、またの機会にお願いするよ。で、こっちのヤツはぼくがぶるぅに袋だけ分けて貰ったお守りなんだ。形さえあればぼくには十分。…君が練習したくなったら窓に吊るしてみるといい。ぼくが相手をしに来るからさ」
はい、と渡されたお守り袋が教頭先生の手で揺れていました。会長さんは真っ青になり、私たちも血の気が引いて行くのが分かります。…こんなアイテムを出されちゃったら、教頭先生、いつかフラッと吊るすのでは…。抱き枕だけで十分だなんて言ってはいても、心が迷ってしまうのでは…?
「…このお守りで……あなたが……?」
「うん。ぼくのハーレイも大好きだけど、君の相手を優先するよ。ぼくたちは最近マンネリ気味だし、童貞の君を仕込むというのも面白そうだ。それを聞いたらぼくのハーレイも焦って励んでくれるだろうしね」
脱・マンネリ! と拳をグッと握るソルジャー。教頭先生はお守り袋をじっと見つめていましたが…。
「お返しします」
「…え?」
「お返しします、と言ったんです。気遣って下さるのは嬉しいですが、やはり私はブルーを愛していますので…。ブルーが望んでいるならともかく、そうでないのに練習するなど…。ましてブルーそっくりのあなたに相手をお願いするなど、ブルーへの想いを裏切るようで…」
出来ません、と頭を垂れる教頭先生。
「ですからこれはお返しします。…私には必要ありません。どうぞ燃やしてしまって下さい、タイプ・ブルーのサイオンで」
「…いいのかい? 二度目は無いかもしれないよ」
「本当に必要ありませんから」
「…じゃあ…仕方ないね」
ポウッと青い焔が上がってお守りは消えてしまいました。ソルジャーの手には灰も残らず、赤い瞳が教頭先生をじっと見据えて…。
「君にはぼくは要らないらしい。せいぜいブルーと仲良くしたまえ、まずは抱き枕で練習からだね。いいかい、自分だけが気持ち良くなっていたんじゃダメなんだ。ブルーに喜んで貰えなかったら嫌われちゃうから頑張って」
じゃあね、と別れの言葉を短く告げてソルジャーの青いサイオンが迸ります。そこに「そるじゃぁ・ぶるぅ」のサイオンが重なり、私たちは再び空間を越えて会長さんの家に戻ったのでした。
やがてリビングで始まったのは懺悔大会。教頭先生が童貞なことを知っている、とバレてしまったのをどうするべきか…。柔道部三人組にとっては特に深刻な問題です。
「…困った…」
呟いたのはキース君。
「教頭先生が何であろうが、尊敬する気持ちは変わらない。そもそも前から知っていたしな…。しかし俺たちが知っていると先生にバレてしまったのでは…師弟関係にヒビが入りそうで…」
「そうですよね…。知ってて馬鹿にしてたのか、って思われるかもしれません」
大変ですよ、とシロエ君が言い、マツカ君も暗い顔。そもそも余計な知識を仕入れた上に後生大事に持っていたのが悪いんです。会長さんに記憶を消してもらっていたなら、こんなことにはならなかったのに…。私たちの懺悔と反省を聞いていたソルジャーが「消せば?」と口を挟みました。
「都合の悪い記憶だったら消してしまえばいいんだよ。…だけど消すのは君たちのじゃない。ハーレイの方さ。…ほら、エロドクターの人形の記憶をブルーが消していただろう? あの時みたいに消しちゃえばいい。君たちに童貞だって知られたことをね」
簡単さ、と微笑むソルジャー。けれど会長さんは今夜は動く気分になれないと言い、記憶の操作は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が代理で出かけて行きました。何も知らない子供ですけど、おつかい気分でトコトコと…。
「かみお~ん♪ ちゃんと消したよ、ハーレイの記憶! でも、ドーテーって何のこと? ハーレイ、とっても気にしてたけど」
「小さな子供は知らなくってもいいんだよ」
大人の話、とソルジャーが小さな銀色の頭を撫でてやりながら。
「ところでハーレイはどうしてた? ちゃんとぬいぐるみを持っていたかい?」
「うん! 大事に抱っこして寝ていたよ。あのままじゃ涎で汚れちゃいそうだし、サイオンでコーティングしてあげちゃった」
「「「コーティング?」」」
なんじゃそりゃ、と首を傾げる私たちの横で会長さんがソファにめり込んで呻いています。
「ぶるぅ…。アフターケアまでしなくっても…」
「ううん、ダメだよ、出来ることはきちんとしなくっちゃ! ハーレイ、ブルーが好きなんだから……なのに結婚してあげないんだから、ぬいぐるみは丈夫な方がいいでしょ?」
力説している「そるじゃぁ・ぶるぅ」。コーティングというのはサイオンで表面を覆って傷や汚れがつかないようにガッチリ保護する技術だそうです。会長さんの写真がプリントされた抱き枕は耐久性が飛躍的に増してしまったわけで…。
「ぶるぅ、いいことをしてあげたね。これでハーレイも頑張れる」
脱・童貞は目の前だ、とソルジャーがエールを送っているのも知らずに教頭先生は夢の中。そういえば夢なのに一線を越えられなかった事件なんかもありましたっけ。あれは1年生の秋のこと。収穫祭前の薪拾いで会長さんがベニテングダケを集めて作った幻覚剤。思い通りの夢が見られるというそれを教頭先生に一服盛って…。
「ふうん…。夢でも鼻血で沈没するのか」
ヘタレMAX、とソルジャーがケラケラ笑っています。
「確かに抱き枕だけで十分かもね、君のハーレイ。ぬいぐるみを抱いて寝ているだけで昇天しそうな夢を見てるし…。あ、昇天した」
「「「………」」」
ソルジャーは教頭先生の夢を探っていたようです。夢の中で会長さんを抱き締めていた教頭先生、そのままウットリ寝てしまったとか…。会長さんの膝枕で。
「あの調子じゃこれは使えそうもないね」
そう言ったソルジャーの手に現れたのはジルナイトで出来たソルジャー人形。
「やっぱり扱えるのはぼくのハーレイだけってことか…。君のハーレイを仕込む計画は断られたし、脱・マンネリはこの人形で努力させよう。…ブリッジのハーレイに人形を使って悪戯するのも楽しいけどね」
やっちゃったんだ、と武勇伝を語るソルジャー。
「ハーレイったら落ち着いて歩いてたつもりだろうけど、右手と右足が一緒に出てたよ。で、ブリッジを出るなりトイレにダッシュ」
思い出し笑いをするソルジャーはまたも人形遊び中。キャプテンが気の毒になってきました。この罪作りな人形よりは抱き枕の方がまだマシです。教頭先生が何をやっても会長さんの身は絶対安全。コーティングまでされちゃいましたし、大事に使えば一生モノかも? 教頭先生、童貞の件は喋りませんから、抱き枕だけで満足していて下さいね~!
教頭先生が欲しがっているという会長さんの写真がプリントされた抱き枕。私たちの無知が災いした結果、ソルジャーがその抱き枕をオーダーすると言い出しました。贈り主は誰にする気か分かりませんが、とにかく作ろうというのです。そのための写真を撮り下ろそうと私たちまで会長さんのマンションに移動させられ、ソルジャーはあれこれ思案中。
「う~ん、やっぱりパジャマ姿がいいのかな? 抱き枕はベッドで使うモノだしねえ…」
リビングのソファに陣取ったソルジャーの手には淡い水色のコットンパジャマとミントグリーンのシルクのパジャマ。会長さんの寝室から勝手に引っ張り出してきたのです。ソファの上にはバスローブなんかも置かれていたり…。
「どう思う、ブルー? 君のハーレイはパジャマとバスローブ、どっちにときめくタイプかな?」
「…ぼくが知るわけないだろう!」
不機嫌極まりない会長さんはそっぽを向いて膨れっ面。どう転んでもアヤシイ写真を撮られることに変わりないですし、下手に逆らったらソルジャーは更に調子に乗りそうですし…。会長さんに出来る抵抗はこれが限界みたいでした。一方、ソルジャーは嬉々として私たちに尋ねてきます。
「ねえ、ハーレイが鼻血を出すのはどんな時? ブルーの肌の露出が多い時かな、それともポーズによったりする? どれを優先するのがいいのか、ぼくも悩んでいるんだけれど」
「……好きにしてくれ……」
キース君がフウと吐息をついて扉の方を眺めました。夕食を作りに行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は私たちに紅茶とパウンドケーキを運んできたきり、キッチンに籠って戻って来ません。
「教頭先生の鼻血のことなら、ぶるぅが詳しいと思うんだがな。なんといっても三百年以上の付き合いの筈だ。…それとも子供の感覚だから全然当てにならないのか?」
「ならないねえ…」
当然だろう、とソルジャーは呆れた表情です。
「ぶるぅの記憶を遡っても無駄だと思うよ、その時々のビックリ感が鮮明に残っているだけさ。…ぼくのぶるぅがませているのは知ってるだろう? でも、そのぶるぅでも分かっていない。どんな時にぼくのハーレイがそそられるのかとか、噴火寸前になっちゃうのかとか…そういうことはね」
「そうなのか?」
「残念ながら、そうなんだ。ぼくとハーレイの気分が盛り上がってきてもベッドの脇で無邪気に遊んでいたりする。これから大人の時間だから、と言い聞かせないと土鍋に入ってくれないし…。子持ちはけっこう大変なんだよ」
あちらの「ぶるぅ」はソルジャーとキャプテンが温めた卵から孵ったのだそうで、「ぼくにはパパが二人いるんだ」というのが自慢の種。つまりソルジャーとキャプテンは「ぶるぅ」の両親も同然でした。そんな二人の大人の時間を邪魔しないよう躾けられた「ぶるぅ」がおませになっても仕方ないと言えば仕方ないかも…。ソルジャーは子育てと教育方針を語り、それから私たちに矛先を向けて。
「…こっちのぶるぅに質問するより、君たちの方が断然詳しい。ハーレイの好みのブルーはどれかな? アンケート方式で行ってみようか」
「「「えぇっ!?」」」
質問する暇も与えられずに頭の中に飛び込んでくる雑多なイメージ。会長さんの制服姿に浴衣にパジャマに、チャイナドレスにウェディング・ドレス。いったい何が起きてるのでしょう? アンケートって聞きましたけど、それらしき要素は無いような…。
「終わったよ、ご協力ありがとう。とても貴重なデータが取れた」
満足そうに頷くソルジャー。私たち、何に協力したんでしょうか? もしも会長さんを追い詰めるような情報を漏らしたとしたら、恨まれちゃうかもしれません。えっと、ソルジャー…今のって何かの実験ですか?
「下手にあれこれ細工するより、制服かパジャマがいいみたいだね。ハーレイの鼻血率とブルーの服装に因果関係は特に無さそうだ。…君たちの記憶を見た限りでは」
ちょっと意外、とソルジャーが苦笑しています。私たちの記憶って…さっきのアレで読まれちゃったの?
「まあね。記憶を全部ってわけではなくて、ぼくが知っているブルーの服装を君たちの意識に送り込みながら…同時にハーレイのビジョンを流した。でもハーレイの方は一瞬ずつで、それを見た瞬間の君たちの反応を読み取ったのさ。…こっちの世界のハーレイときたら、どんなブルーにでもときめくんだねえ…。ホントに純情」
そりゃそうでしょう。教頭先生は会長さんを想い続けて三百年です。しかも報われない片想いだけに、想いは募っていくばかり。…でも良かったぁ……私たちの頭の中に妙な情報が入ってなくて。
「最初から期待はしてないよ。だから直接記憶を見たんだ。…さてと、この先が問題で…。制服とパジャマ、どっちにしようか? ハーレイが作りたかった抱き枕はスクール水着の写真だけどさ、普段に妄想しているブルーは圧倒的に制服とパジャマ。さっき見たから間違いない」
「「「見た!?」」」
「うん。ハーレイの心を読み取るくらいは離れていても簡単なんだよ、特に遮蔽もされてないしね。…で、ハーレイの妄想の中のブルーは昼間は制服、夜だとパジャマ。パジャマの方はかなり願望が入ってるのか形が一定しないけど……制服の方は安定してる。ここはやっぱり制服かな?」
「「「………」」」
尋ねられても困ります。教頭先生の妄想の中身は間違いなくきっと大人の時間。抱き枕の販売サイトで目にした絵柄を考えてみるに、カバーに写真をプリントするならキワドイ方がいいのでしょうが……そんな選択を『万年十八歳未満お断り』なんて渾名を付けられた私たちに任せようというのが無理ってもので!
「撮影助手に聞いても無駄か…。じゃ、ブルー。…君はどっちがいいと思う? 制服の君を脱がせる方が教師としてはそそられるのかな? パジャマ姿も捨て難いけど、教師と生徒が盛り上がりそう?」
「……不可って選択肢は無いんだよね? オーダーの話を無かったことにするっていうのも?」
「一切なし。…君が撮影を拒否した場合はスクール水着の写真を使う」
抱き枕のカタログをヒラヒラさせるソルジャーを、会長さんは上目遣いで恨めしそうに見ていましたが…。
「じゃあ、パジャマ。制服は却下」
「なんで? 制服の方がウケそうなのに…」
「絶対イヤだ! ぼくは制服を着て学校に行っているんだよ? いわば普段着。それを見る度に欲情されたら困るじゃないか、ぼくもハーレイも! それとも君はハーレイに恥をかかせたいとか? 可哀想だとか言ってたくせに。学校でウッカリ欲情したら場合によっては惨めなんだ」
教職員用のトイレの個室に駆け込むとか、と会長さん。ソルジャーにもその状況は分かったらしく、「ああ…」と曖昧に微笑んで。
「仮眠室の奥ならともかく、共同トイレの個室に籠って孤独に噴火は悲しいかもね。それじゃパジャマにしておこう。…ハーレイが燃えそうなのは身体のラインが出やすいヤツかな?」
このシルクとか…、と柔らかい薄手のパジャマを広げるソルジャー。撮影会はゲストルームのベッドを使ってすることになり、カメラやライトが運び込まれて私たちはソルジャーに顎で使われ、会長さんはパジャマに着替えさせられて様々なポーズを取る羽目に…。私たちが万年十八歳未満お断りの団体な件は微塵も考慮されませんでした。
「だってさ、見本の絵柄は見ただろう? 君たちだって色々と気になる年頃なんだし、大人の世界を少しくらいは覗いてみたって問題ないよね。それにサムなんかは…ほら、顔が赤い」
役得、役得…とサム君をからかって遊ぶソルジャー。結局、撮影には二時間近くかかってしまい、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ってくれた特製ポテトクリームコロッケや海老コロッケを温めなおして遅い夕食。ソルジャーがこだわりまくらなかったら、出来たてを食べられた筈なんですが。
「ごめん、ごめん。…だけどパジャマから覗いた肌の見え方ひとつで印象が変わっちゃうんだよ。より色っぽく、艶っぽく! ハーレイを喜ばせるには最大限の努力をしないと」
とてもいい写真が撮れただろう、とソルジャーはプリントアウトした写真をズラリ並べて上機嫌。
「サムも記念に1枚どう? 撮影助手のお礼代わりに持ってっていいよ」
「えっ? えっ…。お、俺…? お、俺は…別に、ブルーにそんな…」
「ヨコシマな目では見ていないって? そういえば弟子入りしてたんだっけね」
ソルジャーはクスクスと笑い、会長さんをチラリと眺めて。
「ブルー、君の遊び友達と弟子は実に優秀な子たちだよ。これだけ写真を見せびらかしても誰一人としてトイレに消えない。撮影中も生真面目だったし…。でもハーレイはどうだろうねえ? 出来上がる日が楽しみだな」
選び抜かれた写真データはネット経由で抱き枕を扱うお店に送られてしまった後でした。注文主は会長さんで、贈り主の名も会長さん。お届け先は教頭先生の自宅です。ソルジャーは抱き枕が届く日に遊びに来るとか恐ろしいことを言ってますけど…。
「みんな、今日はお疲れ様。ぼくはブルーの家に泊めて貰おうと思うんだけど、君たちも泊まっていかないかい? せっかくだから話もしたいし」
勝手に仕切り始めるソルジャーの横で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「お泊まりするの? だったら荷物は運んであげるよ、みんなの家に置いてあるヤツ」
パジャマも着替えも歯ブラシも…、とニコニコされると誰もがついつい頷きます。明日も学校はありますけれど、お泊まりしたっていいですよね?
シャングリラ学園特別生になった時から私たちの家族は不思議事情に慣れていました。突然のお泊まりになっても驚きませんし、家から荷物が消えても平気。それぞれが必要なものをイメージすると「そるじゃぁ・ぶるぅ」が瞬間移動で運んでくれて、アッという間にお泊まりグッズの出来上がりです。ゲストルームもすっかりお馴染み。
「かみお~ん♪ お夜食に小籠包を作ったよ! シュウマイもあるから沢山食べてね」
リビングに蒸籠が運び込まれて、杏仁豆腐にオーギョーチ。熱々の点心と冷たいスイーツを楽しんでいると…。
「あっ、いけない。…忘れてた」
ソルジャーが声を上げ、宙に視線を泳がせます。赤い瞳はリビングではなく遥か彼方を見ている模様。ソルジャーの世界に何か用事があるのでしょうか? ひょっとして重大な会議をすっぽかして遊びに来てしまったとか…? 会長さんがソルジャーを見据え、冷たい声音で。
「君の世界に用があるなら帰りたまえ。夜食とデザートは持ち帰り用に詰めさせるから」
「…帰らなきゃいけないような用事じゃないよ。忘れてたのは夜の約束」
「約束?」
「そう、ハーレイと約束してたんだ。今夜は早く仕事が終わりそうだ、ってハーレイが連絡を入れてきたから…。うーん、待ちぼうけを食わせちゃったか」
どうやらソルジャーの世界のキャプテンは青の間で待っているようです。それを聞いた会長さんは喜色満面で「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「小籠包とシュウマイを詰めてあげて。デザートは…あっちのハーレイも甘いものは苦手みたいだし、一人前でいいだろう」
急いでね、と言ったところでストップをかけたのはソルジャーでした。
「帰るだなんて決めつけないでくれるかな? ハーレイとの時間も大切だけど、一回くらいすっぽかしても特に困りはしないんだ。…なんといってもマンネリ気味だし」
「「「マンネリ?」」」
首を傾げる私たちに向かってソルジャーは大きく頷きました。
「そうなんだよね。いつもと同じでいつものコース。ぼくから何か言わない限りは変わり映えのしない時間なんだ。それはそれでいいんだけども、すっぽかされたら次回は励んでくれるかも…。また出版部に企画させよう。脱・マンネリの特集号を」
うんと過激な中身がいいな、と意味深な言葉を呟くソルジャー。大人の時間に関する特集を組んだ出版物を発行させる気なのでしょうが、私たちには無関係です。会長さんも苦虫を噛み潰したような顔で睨んでいるのに、ソルジャーはまるで気にしていません。それどころか待たされているキャプテンを空間を越えて観察しながらクスクス笑って楽しそう。
「ぶるぅにからかわれて焦っているよ。捨てられたの? とか、飽きられたの? って。…倦怠期にはありがちだよね、とも言われてる。ふふ、今こそアレの出番かな。まだ一回も試してないけど」
ソルジャーの手に青いサイオンの光が集まり、空間が揺れてパッと出現したものは…。
「ね? ぼくも作ってみたんだよ。いいだろう、ぼくの特製ハーレイ人形」
「「「!!!」」」
それは鈍い金色に光るキャプテンの像。サイオンを伝えやすい性質を持ったジルナイトとかいう鉱石を混ぜた合金製の人形です。同じ素材で出来た教頭先生がモデルの人魚の像が棚の上に今も載ってたりして…。ソルジャーは会長さんの健康診断の時にドクター・ノルディをモデルに人形を作り、そのノウハウを持っていました。
「ハーレイを待たせるだけじゃつまらないしね…。ちょっとサービスしておこう。まずは伝言」
瞳を閉じて思念を送っているらしいソルジャー。キャプテン宛だとばかり思っていたら、なんと相手は「ぶるぅ」でした。
「土鍋に入って蓋をするよう言ったんだ。今からハーレイが独演会をするからね、って」
「「「独演会!?」」」
「一人でやるなら独演会だろ? で、ハーレイには今から伝える。人形遊びを始めるよ、とね」
人形の話はしてあるのだ、とソルジャーは得意そうでした。
「二人の時間を盛り上げるためのオモチャなんだと教えておいたさ。お互いに写真を撮り合いっこして、ぼくが人形を完成させて……ぼくの人形はハーレイにあげて、ぼくはハーレイのを持っている。…ふふ、ハーレイったら人形は二体セットで使うものだと思い込んでるみたいだね。そうだ、君たちにも見せてあげよう」
私たちの頭の中にキャプテンの姿が浮かびました。青の間の大きなベッドにポツンと腰掛け、所在なげに宙を見上げています。そしてソルジャーの笑いを含んだ思念がフワリと…。
『ハーレイ、この間ぼくが作った人形だけど、あれはセットじゃないんだよ。単体で遊ぶものなのさ。…お前の人形はぼくが今ここに持っている。さてと、どこから遊んでほしい?』
ビクン、と震えるキャプテンの身体。ソルジャーの悪戯な指がキャプテンの像の表面をなぞっていました。キャプテンの像はエロドクターの像と一緒で一糸纏わぬ姿です。ベッドに座ったキャプテンの息遣いはたちまち荒くなり、頬がみるみる赤らんで…。
『どう? 人形遊びをされる気分は。人形を触ると感覚がお前に伝わるんだ。…このままぼくにイかせてほしい? それともバスルームで孤独に噴火? そうそう、ギャラリーが見ているからね。もう一人のぼくと、その友達が7人ほどで別の世界から君の様子を眺めてる』
キャプテンの顔がサーッと青ざめ、ベッドからバッと立ち上がるなり奥に隠されたプライベートエリアへまっしぐら。ソルジャーはおかしそうに笑い転げて人形をツンツンつついています。
「…もう君たちには見えなくなったし、何をやっても許されるよねえ? 今、ハーレイの噴火をお手伝い中。とても元気のいい活火山でさ、マグマがグツグツ煮え滾ってる。…うん、なかなかに具合がいいね、この人形」
今度ハーレイがブリッジに出ている時に試してみよう、とソルジャーは至極ご満悦でした。ちなみにキャプテンの部屋にあるというソルジャーがモデルの人形の方も、ソルジャーの身体とシンクロ可能だそうですが…。それを口にしたソルジャーの瞳がキラリと輝き、ポンと手を打つと。
「思い付いたよ、脱・マンネリ! …次に二人で過ごす時にはハーレイに人形遊びをして貰おう。ぼくを満足させられるまで人形だけしか触らせない。いくら求めても応じはしないし、辛けりゃ一人で噴火だね。もちろん服なんか着てあげないさ。欲情しながらじっくりしっかり、人形遊びを頑張らせるんだ」
楽しいことになりそうだよね、とソルジャーは意地の悪い笑みを浮かべています。あちらのキャプテンも教頭先生には及ばないもののヘタレには違いないですし…出来るんでしょうか、人形遊び…。
「ブルー!!! また君は子供相手に余計なことを…」
会長さんの怒りを他所に、ソルジャーはキャプテン人形で延々と遊び続けています。バスルームのキャプテンがどうなったのか、脱マンネリはどうなるのか……と私たちの頭の中はグルグル混乱状態でした。夜も遅いし、もう寝ようかな? 寝ちゃった方がいいんですよね、明日も学校ありますし……。
会長さんの家から寝不足気味で登校した日から十日ほど経った土曜日の午後。私たちは再び会長さんの家のリビングに揃っていました。お泊まり用の荷物持参で準備万端、お昼のハヤシオムライスも最高の出来。お天気も良く、なべてこの世はこともなし…と言いたい所ですけれど。
「…やっぱり発送されちゃったわけ?」
食後の紅茶を口にしながらジョミー君が尋ねました。相手はパソコンの前の会長さんです。
「発送したとメールが来てる。まだ配達完了の通知はないけど…指定時間と今日のハーレイの予定からして、もう間違いなく今日中に…」
口ごもる会長さんが見詰めているのはソルジャーが会長さんの名前でオーダーをかけた抱き枕の行方。パジャマ姿で誘うように横たわる会長さんの写真がプリントされた特注品の抱き枕は無事に出来上がったとメールが届き、今日、プレゼント用に包装されて教頭先生の家に配達されるのでした。
「…何度もキャンセルしようとしたのに無理だったからね…。もう止められるわけがない」
溜息をつく会長さん。キャンセルにトライする会長さんを私たちは何度も目撃していました。放課後に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと、会長さんがパソコン相手に必死に格闘していたのです。キャンセル用のフォームもあるのにログインしても何も起こらず、とうとう今日に至ったわけで…。もちろん電話も不通でした。
「ブルーが邪魔をしてたんだろう。勝手にキャンセルされないように」
とっても乗り気だったから、と会長さんは浮かない顔。そこへ空間がユラリと揺れて、現れたのは当のソルジャー。
「こんにちは。約束通り見届けに来たよ、抱き枕を手に入れたハーレイをさ」
紫のマントが翻ったかと思うと、ソルジャーは会長さんの私服にちゃっかり着替えています。パソコン画面を覗き込みながら、喉の奥でクッと笑うソルジャー。
「ぼくがハーレイのために注文したのに、キャンセルしようとしてたんだ? 無理、無理、君には出来っこないよ。こういうシステムにサイオンを使って侵入したことないだろう? 注文する時に何重にもブロックしておいたから、万が一、君が気が付いたって筒抜けだけどね……ぼくにはさ」
ネットも電話も自由自在に操れるから、とソルジャーは余裕綽々でした。
「どうしてもキャンセルしたかったんなら、直接出向けばよかったんだよ。そこまではぼくも手を回してない。…でも恥ずかしくて無理だったろうね、君の写真でオーダーしてるし」
出掛けて行けば赤っ恥をかくだけだから、と見本の写真を取り出すソルジャー。ミントグリーンのパジャマで横たわる会長さんの胸元や脚が煽情的に露出している一枚です。潤んだ瞳と薄く開いた桜色の唇が実に色っぽく、この写真を使った抱き枕のオーダーをキャンセルするために製造元に顔を出すのは恥ずかしいなんてレベルでは…。
「ほらね、返す言葉もないだろう? いいじゃないか、君のハーレイの三百年越しの愛に応えて抱き枕くらいプレゼントしても」
喜んでくれるに違いないよ、とソルジャーは自信満々です。配達指定の時間までにはあと少し。教頭先生は在宅中で、抱き枕を積んだ宅配便の車は順調に走っているのだとか。
「…おい、もしかして見物に行く気じゃないだろうな?」
険しい目をするキース君。私たちは教頭先生の狂喜する様子を会長さんの家からサイオンの中継で見る予定ですが…。ソルジャーは「まさか」と一笑に伏し、教頭先生の家の方角を指差しました。
「見に行ったんじゃダメじゃないか。ブルーからのプレゼントってことになってるんだよ? ハーレイは悪戯かもしれないと思うだろうけど、抱き枕には違いない。おまけに素敵な写真付きだ。誘惑に勝てずに行動を起こしてくれると見たね。…それを邪魔しちゃ気の毒だよ」
ハーレイのために作ったんだし、とソルジャーは力説しています。報われない教頭先生がよほど憐れに見えたのでしょうが、抱き枕なんかで報われるのかな…?
「千里の道も一歩から。まずは抱き枕の夢を叶える! それがハーレイが報われるための第一歩。着実に歩みを重ねていけば、いつかブルーが落ちる…かもしれない」
無責任に言い放ったソルジャーはポウッと青いサイオンの光を灯して。
「…抱き枕を気に入ってくれるようなら、これを貸してもいいかなあ…って。ハーレイの部屋から拝借するんだ」
「「「え?」」」
教頭先生の家から何を…? と青い光を注視すると。
「あ、ごめん。ぼくのハーレイの持ち物なんだ、こっちはね。…見てごらん」
光の中に浮かんでいたのは淡く透けている人形でした。青に邪魔されて本当の色が分かりませんけど、もしかして、これはジルナイト? ジルナイトで出来た像なんですか…?
「そうだよ。ぼくとハーレイがペアで作った像の片割れで、ぼくの人形。脱・マンネリを目指してハーレイが修行に使ってる。…だけどヘタレには荷が重すぎて」
実は昨夜も孤独に噴火、とソルジャーは溜息をつきました。
「ぼくが感じる場所も満足に覚えられないヘタレだってことは知ってるだろう? 人形を使って間接的に…というシチュエーションだけでマグマが噴出するらしい。ぼくが少しでも悶えたが最後、ドカンと一発大噴火なんだ」
「「「………」」」
ソルジャーの言いたいことは理解できますが、大人の時間は意味不明です。キャプテンが苦労しているらしい、と漠然と伝わってくるだけで…。で、キャプテンですら手に負えないというソルジャー人形を教頭先生に渡してどうしろと?
「抱き枕は所詮、枕だからねえ…。抱き締めても何が起こるわけじゃなし、報われないままで切ないかな、と。だったらブルーそっくりの人形を撫でて擦って、ぼくが目の前で喘いであげて…」
「却下!!」
会長さんが激しい怒りに燃えていました。ジルナイトの像は一種の幻影だったらしくて、会長さんの一喝と同時に雲散霧消したみたい。会長さんは幻影があった辺りの空間にサイオンの青い火花を散らし、ソルジャーをキッと睨み付けて。
「ぼくが許すのは抱き枕まで! 君の人形をハーレイに渡したりしたら承知しないよ、大変なことになるんだからさ! ハーレイの妄想を実現されたら迷惑なんだ、君が責任を取ると言っても許さない!」
責任の取り方が問題だから、と激怒している会長さん。と、そこでソルジャーが「シッ!」と唇を押さえました。
「…例の抱き枕が届いたらしいよ。今、ハーレイがハンコを押してる」
たちまち凍り付くその場の空気。教頭先生、現時点では中身を知らずにハンコを押してる筈ですが…これから一体、どうなっちゃうの? ソルジャーが特注しちゃった枕を会長さんからの贈り物と信じて抱いて、一人でウットリ昇天ですか~?
大型連休の終盤にシャングリラ号で宇宙を旅した私たち。進路相談会で乗り込んだ時と違ってクルーの人たちと一緒に草餅を作ったり福引をしたりと素敵な二泊三日でしたが…船長の教頭先生にとっては受難の旅になってしまいました。あれから一週間が経ちますけれど、教頭先生は今でも時々…。
「教頭先生、今日も頭を気にしてたね」
ジョミー君がそう言ったのは放課後のこと。例によって「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で特製パフェを食べつつ雑談中で、部活を終えた柔道部三人組も来ていました。今日のキース君は大学の講義と重なったので教頭先生の授業を受けていません。ですからジョミー君をじっと眺めて…。
「そうだったのか? 俺は古典は出なかったからな…。柔道部ではいつもどおりだったぞ」
「運動したらヘアスタイルだって乱れるよ。撫で付けてたって不自然じゃないし…。でもね、授業中だと目立つんだ。今日も5回は触ってたかな」
髪の毛をね、とジョミー君。シャングリラ号で会長さんに坊主頭にされそうになって以来、教頭先生は髪に敏感です。サイオニック・ドリームで丸坊主にされたと思い込まされた悲惨な過去を持っているだけに、余計なのかもしれません。そこへクスクスと笑い始めたのは会長さん。
「ぼくが教室にいるならともかく、いもしないのに警戒するのが傑作だよね。よほど懲りたのかな、自分でお願いしに来たくせにさ」
「…だが、お願いはもう時効だろう? そもそも最初から勘違いして来たんだし…。全部あんたの計略だったと俺は今でも思っているぞ」
福引も込みで、とのキース君の指摘を会長さんはサラッと流して。
「君の権利を譲ってくれって頼んだんだよ、ハーレイは。それも一生のお願いときた。…ぼくはハーレイを脅せただけで満足だけど、ハーレイの方はどうだろうねえ…。隙を見せたら坊主にされると思い込んでいるのかな? 小心者のヘタレだからさ」
「…あんた、気の毒だとは思わないのか?」
「思わないよ。ぼくを抱き枕にする権利を譲ってくれ、なんて頼みごとをしたイヤラシイ男に同情するほど甘くはないさ。せいぜい怯えていればいい。鋏を持ったぼくが来るんじゃないか…って」
因果応報、と会長さんは涼しい顔です。教頭先生は当分の間、会長さんを警戒しながら暮らすのでしょうか?
「警戒されるの、大いに歓迎。熱い視線を向けられるよりもよっぽどいいさ。…ハーレイの視線は暑苦しいんだ」
「…視線だけで熱くなれる、の間違いだろう?」
えっ。なんだか変な台詞が聞こえたような…。それも笑いを含んだ声で。ギョッとした私たちの視線の先で空間が歪み、紫のマントが翻りました。
「こんにちは。…みんな相変わらず楽しそうだね」
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
お客様だぁ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が大喜びで飛び跳ねています。空間を越えてきた会長さんのそっくりさんは空いた場所に腰掛け、テーブルの上を見渡して…。
「ぶるぅ、ぼくにも特製パフェ。チョコレート・リキュール多めでね」
「オッケー!」
キッチンに駆けて行く「そるじゃぁ・ぶるぅ」。さて、ソルジャーの目的は何でしょう? 好物の特製パフェを食べに来たのか、単に遊びに来ただけなのか。会長さんの家に行くことも多いそうですが、私たちの前に現れた時にはもれなく騒ぎになる傾向が…。今日こそ何ごともありませんように!
運ばれてきた特製パフェは大盛りでした。ソルジャーは目を輝かせてスプーンを持ちます。
「そうそう、この間、みんなシャングリラに乗ってたっけね」
「「「えぇっ!?」」」
あんな所まで見えていたのか…と私たちはビックリ仰天。だって二十光年の彼方ですよ?
「二十光年なんて大した距離じゃないだろう? ぼくがいるのは別の世界だし、二十光年で着くとでも? まあ、二十光年を飛び越えるよりは楽に来られたりするんだけどね」
ほんの隣の世界だからさ、とソルジャーはホイップクリームをペロリと舐めて。
「ブルー、君ならぼくの言う意味は分かるよね? ぼくの世界に来たこともあるし…。でも君たちのシャングリラは本当にぼくの世界のとソックリだ」
細かい所までよく似ている、とソルジャーは感心しています。
「あの船、一から造ったんだろ? ぼくのシャングリラと違ってさ」
そういえばソルジャーに聞かされたことがありました。ソルジャーの世界のシャングリラ号は敵である人類から奪った船で、それを改造したものなのだ…と。
「確かに一から造ったけれど…設計図をくれたのは君だと思う」
会長さんが返すとソルジャーは「それが凄いんだよ」と微笑みました。
「まるで形が無いものを…この世界には存在していないものをゼロから造り上げたんだろう? 資金も要るけど人望も要る。君もやっぱりソルジャーだよね。実戦経験皆無でもさ」
「…そ、そうかな…」
「そうだよ。もっと自信を持ちたまえ。…クルーのためにイベントを催すというのも素晴らしい」
草餅作りを見ていたんだ、とソルジャーは実に楽しそうです。
「みんなで餅つき、おまけに福引。君は皆の心を上手く掴んでいると思うな、ソルジャーの必須条件だよ。皆の心が纏まらないと長の立場は務まらない。…特別賞に自分を差し出せるのも、慕われてるから出来ることで…」
「…ちょ、ちょっと…」
止めに入った会長さんはソルジャーにサックリ無視されました。
「うん、特別賞は実に凄かった。ぼくも真似たい所だけれど、ハーレイがショックで寝込みそうだし…。あれで意外と気が小さいから、ぼくが他の誰かの部屋に行くなんて絶対耐えられそうにない。…で、本当の所はどうだったんだい? 誰に当たってもいいと思ってた?」
「…………」
「言えないだろうね、本当のことは。…被害者のキースがいる前ではさ」
「「「!!!」」」
会長さんがウッと息を飲み、キース君の顔が引き攣っています。特別賞はやはりキース君が引き当てるように計画されていたのでした。そうじゃないかと思ってはいても尻尾を掴めなかったのに…あっさり見破ったソルジャーには驚嘆するばかりです。会長さんの心を読み取ったのか、覗き見で分かったのかは謎ですが…。
「あ、ぼくの名誉のために言っておくけど、君の心は読んでいないよ。…ちょっとカマをかけてみただけ。こんな手に引っ掛かってるようでは、テラズ・ナンバーとは戦えないねえ…」
「「「てらず?」」」
何ですか、それは? テラズ様ならマザー農場の宿泊棟の屋根裏ですが…。怪訝な顔の私たちを見回したソルジャーがプッと吹き出し、おかしそうに笑い出しました。
「そ、そうか…。そうだっけね、君たちにとってのテラズ・ナンバーといえば全然違うモノなんだっけ。…確かキースの…」
「言うなぁぁっ!」
キース君の悲鳴も空しく、ソルジャーは…。
「そう、キースの曾お祖母さんがやってた伝説のダンス・ユニットのメンバーだよね。本名を隠してナンバーを名乗る。キースの曾お祖母さんはナンバー・ファイブ。…そして、ぼくが戦ってる相手もナンバー・ファイブ」
「「「は?」」」
ソルジャーの敵がナンバー・ファイブって…まさかテラズ様? いえ、そんな筈はありません。テラズ様はジョミー君への恋を諦めて成仏しましたし、その後ソルジャーの世界に行ってモンスター化したなんてことは有り得ないと思うのですが…。ソルジャーはクックッと笑い、会長さんが苦い顔をしています。
「ブルーには話してあるんだよ。ぼくの世界のテラズ・ナンバーとは何なのか…をね。正体はSD体制を牛耳るコンピューターで、宇宙のあちこちに存在する。ぼくたちの船が隠れてる星にはテラズ・ナンバー・ファイブがいるのさ。だから仲間を救出するには戦うしかない。…あれがキースの曾お祖母さんだったらどんなに楽か…」
実に老獪な相手なのだ、とソルジャーは溜息をつきました。
「あの手、この手で心理攻撃を仕掛けてくる。仲間だけでは逃げ切れないこともよくあった。最近はみんな慣れてきたから、ぼくの出番も減ったけれども」
だから遊びに来られるんだ、と得意げにウインクするソルジャー。
「まあ、ブルーにはテラズ・ナンバーの相手は無理だと思うよ。ぼくにも勝てないようじゃダメだね。発想は冴えているのに詰めが甘いし、まだまだだ。…例の特別賞にしたって、あれで終わりじゃ甘すぎる」
「…えっ?」
思わず訊き返してしまったらしい会長さんに、ソルジャーは。
「…甘すぎるって言ったんだよ」
パフェなら甘いほど嬉しいけども、と特製パフェの器の縁を指先でチンと軽く弾いて。
「君のハーレイは一生のお願いに来たというのに、お説教だけで終わりかい? 一生のお願いなんて言われたからには相応のお返しをしてあげないとダメじゃないか。…一生とまでは言わないけどさ、せめて一週間は尾を引くくらいのお返しを…ね」
「……十分じゃないか。ハーレイは坊主にされるのを恐れているし、今日で一週間になる」
「君はそれで満足してるというわけか…。つまらないね」
実につまらない、とソルジャーは唇を尖らせています。嫌な予感がしてきましたが、会長さんなら上手く逃げ切ってくれるでしょうか? 逃げてくれると思いたいです…。
つまらない、と繰り返すソルジャーの狙いはどう考えても会長さんへの挑発でした。下手に相槌を打ったが最後、ソルジャーのペースに乗せられてしまってロクでもない結果になるのが見えています。会長さんは懸命に話を逸らし、ソルジャーは逸らされまいと頑張り続けて…。
「そうだ、前から聞きたいと思ってたんだ」
切り出したのはソルジャーの方。
「君のハーレイって筋金入りのヘタレだけどさ…。本当のところ、経験値の方はどのくらい?」
「…経験値?」
眉を寄せる会長さんにソルジャーはしれっとした顔で。
「そう、経験値。…まさかゼロってことはないよね、あの年で?」
「「「………」」」
これはどうやら大人の時間に関係している質問らしい、と私たちにも分かりました。思い出したのは教頭先生の童貞疑惑。去年の夏休み明けに教頭先生がお見合いを強要されていた時、ゼル先生とヒルマン先生が酒席で口にしたのです。会長さんもそれを肯定していた記憶が…。
「え? 本当にゼロ…なのかい?」
誰の思考が零れていたのか、ソルジャーが赤い瞳を見開いて。
「あの年で…男も女も経験無しって…。どうしてそんな悲惨なことに…? 君のハーレイはモテないとか?」
「…ついこの間、二人ほどにモテた」
憮然と答える会長さん。アルトちゃんたちのことでしょう。ソルジャーは軽く頷き、不思議そうに。
「その二人とやらが特別ってこともなさそうだね。…ぼくのハーレイはぼくのモノだってバレバレだから誰もアタックしてないけどさ、それなりにファンはついてるようだよ。君のハーレイにも誰かいそうなものだけど…」
「ファンは多いと思うんだけどね…。ハーレイの方が振り向かない。いや、見えていないと言うべきか…。ぼくしか視界に入ってないから」
「そして君にはその気が無い…というわけか」
不毛だねえ…と呟くソルジャー。
「君一筋に思い続けて経験皆無の人生だなんて…。ヘタレっぷりにも納得がいくよ、童貞なんじゃ無理もない。なんだか気の毒になってきた。…そんなハーレイの一生のお願いを却下するとは可哀想に」
「却下してない! …断ったのはハーレイの方だ」
ぼくは剃ろうとしたんだから、と会長さんは指で鋏を真似てみせます。ソルジャーは嘆息し、会長さんをじっと見つめて。
「…最初から全部罠だったんだよね、特別賞も坊主頭も。…君のハーレイが特別賞を欲しがることを見抜いた上でキッチリ罠にかけたんだ。経験値ゼロが本当だったら一生のお願いの重みも増す。…きっとハーレイは心の底から君が欲しくて言ったんだろうに…」
「そうだろうね。だから後先考えずに飛び込んできて坊主頭にされかかるのさ」
「………可哀想すぎる」
あんまりだ、とソルジャーは非難の目つきになっていました。
「夢くらい叶えてあげればいいのに…。サイオニック・ドリームをプレゼントすれば終わりじゃないか。ハーレイのものになってあげたっていう夢だけできっと喜ぶと思う」
「…そんな夢、こっちがお断りだ! 言っただろう、ハーレイの気分が盛り上がってきたら困るのはぼくの方だ、って! ラブレターやらプレゼントやら、そういうのを送りつけられるって!」
「…そうだっけね。でも、ぼくは心底ハーレイが気の毒になってきたんだ。…一生に一度のお願いすらも君にかかればタチの悪い冗談に変換されて終わるだなんて…。何といっても君のハーレイとぼくのハーレイは姿形がそっくりだからね、ぼくも同情したくなる」
あちらのキャプテンと両想いなソルジャーは教頭先生の肩を持ちたくなったようです。仕返しだとか言っていたくせに、いつの間にやら話は別の方向に…。
「…気の毒すぎるよ、君のハーレイ。…三百年以上も君一筋で、男も女も経験皆無で過ごすだなんて凄いじゃないか。そこまで深く想われてるのに応えないなんて信じられない。…ぼくが応えてあげたいくらいだ」
「ブルー!!!」
「ほら、そうやってすぐ怒る。君にとっては迷惑だってことだろうけど、ぼくはハーレイが可哀想でさ…。一度くらい応えてやりたまえ。なんならぼくが手ほどきしようか…?」
こんな風に、とソルジャーは会長さんの顎を捉えて…。
「……!!!」
いきなり唇を重ねられた会長さんですが、固まったのはほんの一瞬。すぐにソルジャーを突き飛ばすと…。
「…久しぶりだったから油断した。…君には挨拶代わりだろうし、ぼくも女の子が相手だったらキスくらいお安い御用だけれど……男は別! 男は論外!」
ウガイしてくる、と奥の部屋へ走り去る会長さん。間の扉を開け放したまま嫌味たっぷりにウガイの音を響かせています。ソルジャーは何度目かの溜息をつき、私たちに向かって尋ねました。
「抱き枕ってどんなモノなんだい? ブルーが言ってた特別賞のヤツじゃなくって、本物の抱き枕について知りたいんだけど」
「「「…え?」」」
「ブルーにその気は無さそうだから、抱き枕っていうのがどういうモノか…。答えによってはそれをハーレイにプレゼントするのもいいかと思って」
どうだろう? と真剣な表情をされてしまって、私たちは顔を見合わせました。抱き枕…。快眠用の癒しグッズで、細長い大きな枕ですよね? 寝具店で普通に売られていますし、何も問題ないですよね…? 教頭先生が余計な夢を見ているだけで、ホントはクッションみたいなもので…。
「君たちは何を教えたのさ!!!」
数分後、部屋中に響き渡っていたのは会長さんの怒声でした。
「よりにもよってフルオーダーの抱き枕だって!? ハーレイの思う壺じゃないか!」
「…す、すまん…。そんなつもりは…」
必死で弁明するキース君は冷や汗まみれで、私たちはただ項垂れるだけ。ソルジャーは嬉々としてパソコンの画面に見入っていました。
「うん、色々見たけど此処がいいね。サイズも素材も好きにオーダー出来るようだし…。ブルーの身長に近付けるならサイズは多分こんなものかな? 素材の方はどうだろう…。ぶるぅ、こういうのって分かるかい?」
おいで、と手招きされて「そるじゃぁ・ぶるぅ」が画面を横から覗き込みます。
「えっと…。んとね、お店で確かめるのがいいと思うよ。行ってみる? このお店、アルテメシアのデパートに支店が入っているし」
「なるほど。善は急げって言うからね。…案内して」
「かみお~ん♪」
元気一杯の雄叫びと共に「そるじゃぁ・ぶるぅ」は消えていました。ソルジャーの姿もありません。残されたパソコン画面を指差し、会長さんの雷が…。
「この店なんだよ、ハーレイが抱き枕を注文したくて何度もチェックしてたのは! ここに注文フォームがあるだろ、特注品のカバー用のさ!」
「…すまん、本当に知らなかったんだ! ソルジャー…いや、ブルーが抱き枕っていうのはどういうモノかと訊いてきたから、寝る時に使う快眠グッズで寝具の店で売っている…と答えただけで…」
キース君の言うとおりでした。けれど会長さんは怒り心頭。
「マザー農場で聞いただろう!? ハーレイがぼくの写真を使ってオーダーしようとしてる、って! それの何処が快眠グッズか訊きたいんだけど、誰が答えてくれるんだい?」
「「「………」」」
教頭先生が欲しくてたまらない会長さんの抱き枕。添い寝用のぬいぐるみ感覚では…なかったのでした、困ったことに。でもでも、私たちは本当に知らなかったのです。ここまで露骨にそれっぽい絵がプリントされた抱き枕が売られているなんて…。
「……忘れてたよ。万年十八歳未満お断りだっけね、君たちは」
失敗した、と会長さんは後悔しきりの様子です。
「でも見たらもう分かっただろう? ハーレイが抱き枕を欲しがったわけも、ブルーが大喜びで下調べをしに出てったわけも! …君たちに当たり散らしても仕方ないって分かってるけど、これから何が起こると思う? ブルーはオーダーするつもりなんだ。…よりにもよってこんな枕を!」
会長さんがパソコンを操作し、現れたのはソルジャーがさっき見ていた画面。誘うようなポーズを取った女性の絵柄の抱き枕が幾つも並んでいます。会長さんは返す言葉もない私たちを眺め、元のお店の画面に戻すと…。
「ハーレイがオーダーしようとしたのはスクール水着のぼくの写真らしい。前にブルーに撮影会をやられた時のアレなんだけど、抱き枕にプリントされると思うと死にたくなる…」
情けない、と会長さんは頭を抱えて苦悶の表情。ソルジャー主催の撮影会は私たちの記憶に今もハッキリ残っていました。会長さんがスクール水着で撮影に応じるか、ソルジャーのストリップを撮影するか…という二択で決まったスクール水着姿の撮影会。水着だけでも大概なのに、セクシーショットが嫌と言うほどありましたっけ。
「…よりにもよってあんな写真を…。もう、死にたいなんてレベルじゃなくて!」
消えてしまいたい、と会長さんがテーブルに突っ伏した時。
「死にたいって?」
物騒だねえ、と声が聞こえてソルジャーがそこに立っていました。デパートへ行ってきただけあって、会長さんの私服を見事に着こなしています。隣にはカタログを持った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が…。
「かみお~ん♪ ブルー、ただいま! どうしたの? 頭、痛いの?」
大変、大変…と大急ぎで冷たいおしぼりを用意してきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんは額におしぼりを乗せてソファに転がり、ソルジャーの方はカタログを広げて上機嫌です。実物を見てイメージが固まってきたのでしょうか、付箋をつけたページを眺め、あれこれチェックして書き入れて…。
「うん、だいたいこんな感じかな? 注文はネットでするとして…絵柄の方は、と…」
ソルジャーの視線が会長さんの寝ているソファで止まりました。もしかして何か閃いたとか? これ以上、騒ぎを大きくしないで欲しいんですけど~!
抱き枕騒動で疲れ果てた会長さんはソファでぐったり仰向けでした。瞳を閉じて額におしぼり、制服の上着は脱いでしまってシャツの襟元も緩めています。
「…いいかもね」
そう言ったのはソルジャーでした。
「ハーレイが注文しようとしていたヤツよりいいかもしれない。…あっちはスクール水着の写真だろう?」
あちゃ~。聞かれていたのか、誰かの思考が零れ落ちたか…ソルジャーにバレてしまったようです。会長さんが死にたくなるほど嫌がっている理由が何処にあるのかを。ソルジャーはクスクスと笑い、私たちをグルリと見渡して。
「水着もいいけど、寝姿もいいね。…寝乱れた格好なんかは最高だろうと思わないかい?」
「「「!!!」」」
まずい、と青ざめるのとソルジャーの動きは同時でした。スッと会長さんの側に近付き、サイオンを使ってベルトを緩めるなりシャツの裾を素早く引っ張り出して…。
「うん、こんな感じ」
捲れ上がったシャツと覗いた素肌。でも煽情的な光景は一瞬だけで、会長さんがガバッと飛び起きます。
「何するのさ!」
「撮影会」
…の予行演習、と悪びれもせずに言い放つソルジャー。
「抱き枕のカバーにスクール水着の写真を使われるのは、死にたくなるほど嫌なんだろう? だったら新しく撮り下ろしたらどうかなぁ…と。君のハーレイが喜びそうな抱き枕用のショットをね」
「………」
呆然とする会長さんを他所に、ソルジャーは私たちの方を振り向いて。
「これからみんなでブルーの家に場所を移して撮影会をするのはどうかな? 帰りが遅くなった時には泊めて貰えばいいんだからさ。…賛成の人は手を挙げて」
わわっ、どうすればいいんでしょう? ソルジャーの提案を受け入れるべきか、断ってサッサと帰宅すべきか…。会長さんを伺い見ると顔に「帰れ」と書いてあります。私たちは慌てて鞄を手にしましたが…。
「おや、みんな帰ってしまうんだ? 困ったな…。撮影用の助手が足りない」
「ぶるぅがいれば十分だろう!」
ピシャリと撥ねつける会長さん。けれどソルジャーは首を横に振って。
「ダメだよ、ぶるぅには食事を作って貰うんだから。夜食も要るかもしれないし…。この子たちが帰っちゃうならノルディに頼んでみようかな?」
「ブルー!!」
切羽詰まった悲鳴が上がり、ソルジャーが不敵な笑みを浮かべました。
「ふふ、ノルディは避けたいみたいだね。…じゃあ、この子たちを連れて行くよ。ぶるぅ、一気に飛ぶから用意を」
「かみお~ん♪ わ~い、お客様が一杯だあ!」
大人の話がまるで分からない「そるじゃぁ・ぶるぅ」は無邪気に喜び、青いサイオンを発動させます。私たちの身体がフワッと浮いて、移動した先はもうお馴染みの会長さんの家のリビングで…。
「それじゃ、ぶるぅは食事を頼むよ。ぼくたちは撮影会を始めるからさ」
「うん、抱き枕に使う写真だね! 抱き枕、ハーレイにプレゼントするんでしょ? あのね、素材はいいのが見つかったから、ハーレイとっても喜ぶと思うよ♪」
ブルーのお墨付きだもん、とソルジャーが選んだ素材を会長さんにカタログで示した「そるじゃぁ・ぶるぅ」は完璧に丸めこまれていました。会長さんが教頭先生に日頃のお礼として抱き枕をプレゼントするのだと思い込んでいるのです。夕食を作りにキッチンに向かう姿を見送り、キース君がボソリと…。
「何もぶるぅまで巻き込まなくても…。まだ子供なのに」
「いいじゃないか。紅白縞のトランクスを買いに行くのはぶるぅの役目だと聞いてるし?」
問題ないさ、とソルジャーはニッコリ微笑みました。
「さてと、寝姿を撮るならベッドがいいかな? 制服にするか私服にするか、パジャマというのも捨て難いよね…」
どれにしよう、とソルジャーの赤い瞳が会長さんを見詰めています。よりにもよって抱き枕のカバーに使う写真の撮影会に巻き込まれるとは夢にも思っていませんでした。私たち、これからどうなるんでしょう? いえ、そんなことより会長さんは? スクール水着よりも悲惨な写真を撮られちゃうのか、どうなっちゃうの~?
シャングリラ号の居住区の個室はバス・トイレつきの立派なもの。宇宙船の中とは思えません。寝心地のいいベッドで眠って一夜明けると餅つき大会の日になっていました。朝食を食べに行った食堂は既に噂でもちきりです。先に来ていたソルジャーの衣装の会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はクルーの人たちに取り囲まれていましたが…。
「やあ、おはよう。君たちの席は取っておいたよ」
こっちこっち、と会長さんが手招きすると周囲の人が散っていきます。
「いいんですか? お話の途中だったみたいですけど…」
シロエ君の問いに会長さんは「かまわないよ」と答えました。
「みんな野次馬根性なのさ。ハーレイの人魚姫絵本、全員に回ってしまったらしい。で、あれは本当に撮影された写真だったのか、それともぼくの悪戯なのか…と直接尋ねに来てたってわけ」
「…どう答えたんだ?」
聞きたくもないが、と顔をしかめるキース君。会長さんはさも愉快そうに人差し指をピンと立ててみせて…。
「ぼくがハーレイを庇うとでも? 本物だって言っておいたよ、撮影するのは苦労した…って。みんな撮影風景を知りたがったけど、もったいないから教えなかった。紫のTバック姿とかは門外不出にしなくっちゃ」
「「「………」」」
思念波を使えば一瞬で情報を伝えられるのが私たちの仲間の特徴です。会長さんがその気になれば人魚姫写真の撮影風景は筒抜けになってしまうのでした。教頭先生の名誉のためにもTバックだけは伏せなくては、と気を引き締める私たち。そう、私たちの頭の中にも情報は入っているのですから。
「難しい顔をしなくても大丈夫だよ。ぼくたちの仲間は無断で心を読んだりしないし、君たちがバラそうと思わない限りはバレやしないさ。それよりも今日は餅つき大会! 柏餅と粽も美味しい内に食べてほしいし、お昼前からやろうと思って」
お昼御飯は豪華ちらし寿司、と会長さんは微笑んでいます。
「公園に全員集合なんだ。ちらし寿司で腹ごしらえをして餅つき大会。…それが終わったら福引だよ」
「「「福引?」」」
「シッ! 昨日言っただろう、景品もつけて派手にやりたいって。まだ内緒だから大声は禁止」
「…景品って…みんなに内緒で調達できたの? 船の中なのに」
ジョミー君が首を傾げると、会長さんはウインクして。
「ぼくはこれでもソルジャーだよ? シャングリラ号での地位はハーレイより上。仲間たちの中でも実は一番偉いんだけど、そのぼくに不可能があるとでも?」
「…えっと……ない……のかな…?」
「あるわけがない。景品はきっとウケると思うよ、君たちも頑張って挑戦したまえ。当たるかどうかは知らないけどね」
福引だから、と会長さん。景品の中にアヤシイ物が混ざってなければいいんですけど…。まっとうな品物が当たるんだったら一等賞を目指したいかも?
話し込んでいる間に餅つき大会の準備は着々と進み、お料理大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」は厨房に行ってお手伝い。もち米を蒸したり、ちらし寿司を一人前ずつお弁当箱に詰め込んだり…と忙しくしていたようですが…。
「かみお~ん♪ ブルー、用意できたよ! あとはヨモギを茹でるだけ!」
予定通りにいったよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が跳ねてきます。
「ご苦労さま。それじゃ行こうか、餅つき大会」
会長さんが立ち上がるのと艦内放送が流れたのとは同時でした。餅つき大会を開催するので公園に集合するように…との内容です。公園に行くと大勢のクルーが集まってきていて、中央には大きな臼と杵が何組か。
「二百人分の餅をつくんだからね、数が要るんだ」
そう言った会長さんは公園を見回し、皆が揃うのを待っています。シャングリラ号はオート・パイロットで航行中なので、クルー全員が持ち場を離れても全く問題ないのだとか。やがてブリッジから長老の先生方と教頭先生がやって来て…。
「よし、これで全員揃ったね。…みんな、いつもシャングリラ号を維持してくれてありがとう。端午の節句には少し早いけど、柏餅と粽を買ってきたんだ。みんなも知ってるアルテメシアの…」
会長さんが口にした老舗の名前に大歓声が上がりました。地球だと本店やデパ地下のお店で買えるのですが、宇宙では手に入りません。クリスマスとバレンタインデーは会長さんがフォローしていますけど、それ以外の行事のお菓子はシャングリラ号の中で準備するので老舗の味は無理なのだそうです。
「喜んで貰えて嬉しいよ。餅つき大会も楽しんでほしい。でも、その前に柏餅と粽と昼御飯だよね。…お昼は豪華ちらし寿司。ぼくが届けた海の幸入り、じっくり味わってくれたまえ」
ワッと再び歓喜の声。シャングリラ号では魚も養殖しているのですが、地球の海で育ったものより味が落ちると言われています。ゲストで乗り込んだ私たちには違いがサッパリ分からないのに…。
「心理的なものじゃないかと思うんだけどねえ」
お弁当箱を持った会長さんが芝生に座って言いました。
「お刺身にして天然物の魚と食べ比べたら差が出ちゃうけど、養殖物だと味は同じさ。これはぶるぅの保証つき。天然物に敵わないのは当然だろう?」
「確かにな…」
キース君が頷きます。
「天然物と比べる方が間違っている。やはり気分の問題だろうな」
「賛同してくれて嬉しいよ。まあ、ずっと宇宙で暮していれば地球の味が恋しくなるだろうけど…。でもクルーをもっと頻繁に入れ替えようかと提案したら、今のままでいいと言われちゃうんだ」
けっこう癖になるらしいよ、と周囲を見渡す会長さん。
「自分の持ち場さえ守っていれば基本的に生活は自由だし……乗船中は特別手当もついちゃうし。同じクルーでも地球勤務だとデスクワークでつまらないらしい」
なるほど。マザー農場にいたクルー出身の人はデスクワークが嫌で転職したとか? それとも実は現役クルー? ジョミー君たちと話していると、会長さんが。
「クルーにも色々あるんだよ。マザー農場には兼務してる人が数人いるね。…細かいことはクルーになれば分かるんだけど、君たちの場合はちょっと無理かな。外見も中身も子供のままではクルーには不向き」
「「「………」」」
本当のことでもズバリ言われるとショックかも。私たちはクルーの制服を羨ましげに眺め、柏餅と粽を頬張りました。空になったお弁当箱に柏と笹の葉を入れて返しに行くと、係の人が手際よく積み上げて運び去ります。お弁当の後は茹でたヨモギが運び込まれて、いよいよ餅つき大会ですよ~!
まずはヨモギを細かく潰す所から。臼に入れて杵でゴリゴリと潰し、お次は餅つき。幾つもの臼でペッタンペッタンついていくのは壮観です。程よい所でヨモギを混ぜて…最後は総出で草餅を丸めて餡入りに。あ、総出ではないですね。会長さんは見物だけで一切作業をしてませんから。
「だって、ほら。…ソルジャーの正装は手袋だよ? こういう作業は向かないんだ」
本当かな? と疑わしげな私たち。同じ衣装のミニチュア版の「そるじゃぁ・ぶるぅ」はよく手袋を外しています。会長さんが餅つき大会のために手袋を外しても特に問題なさそうな気が…。
『ばれちゃったか。…単なるサボリさ、面倒だから』
私たちにだけ届く思念波を送って寄越した会長さんは、草餅が出来上がった途端に手袋を外すと美味しそうに手掴みで食べ始めました。これでソルジャーだと偉そうにされても困るのですが…。説得力に欠けるのですが…。
『平気、平気。…すぐに納得することになる』
会長さんはクルーたちの間を縫って白い円柱に囲まれた東屋に行くと、スッと右手を上げました。その手は手袋に包まれています。
「餅つき大会と草餅、楽しんで貰えて嬉しいよ。お楽しみついでに、これから福引をしようと思う」
「「「福引!?」」」
「そう、素敵な景品が当たる福引大会。…ぶるぅ、用意を!」
「かみお~ん♪」
飛び出して行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」がパパッと東屋に設置したのはテーブルと福引に使うガラガラでした。ハンドルを回すとコロンと玉が出てくるアレです。あんな物をいつの間に…と思ったのですが、クルーの人たちの会話によるとシャングリラ号の備品の一つ。たまにあるようです、福引大会。
「今日の福引はシャングリラ号に乗り込んだ後で思い付いたから、景品は現物じゃないんだよ。ぼくの署名入りでチケットを出す。…有効期限は設けない。地球に帰って気が向いた時に引き換えて使ってくれたまえ。五等賞はペアの食事券。金額は…」
たちまち始まる「ソルジャー万歳!」の連呼。一等賞の旅行券が発表される頃にはその熱狂は最高潮に…。ガラガラの横には「そるじゃぁ・ぶるぅ」が鐘を握って立っています。当たりが出たら鳴らすのでしょう。食事券に金券、旅行券……どれも嬉しいものばかり。そんなチケットを署名一つで用意できちゃう会長さんは、やはり腐ってもソルジャーなわけで…。
『一言多いよ? ぼくは本当にソルジャーなんだし』
余計なことを考えているとハズレばかりにしちゃうからね、と届いた思念に私たちは首を竦めました。ガラガラにサイオンで細工するのは不可能なのだとクルーの人たちは言っていますが、ケタ外れのサイオンを持つ会長さんなら細工できるかもしれません。でも会長さんは澄ました顔で…。
「みんなも既に知っているように、福引にサイオンは通用しない。運次第だ。…そしてもう一つ、特別賞を用意した。これだけは現物を引き渡せるけど、気に入るかなぁ?」
「「「???」」」
私たちもクルーの人も、誰もが首を捻っています。長老の先生方も同じでした。会長さんはスウッと息を飲むと…。
「特別賞は抱き枕だ。ぼくの写真が印刷された…というわけじゃなくて、この抱き枕はぼく自身。今夜0時から朝の4時まで、ぼくの時間を独占できる」
「「「えぇぇっ!?」」」
公園はたちまち上を下への大騒ぎ。女性クルーの黄色い悲鳴も…。
「ぼくの抱き枕をどう使うかは当たった人の好みに任せる。…抱いて寝るも良し、話し相手にするも良し。それでは諸君の健闘を祈る。チャンスは一人一回きりだ。…福引開始!」
ワッと東屋に駆け寄って行くクルーたち。長老の先生方は思念波で会長さんに文句を言っているようです。恐らく抱き枕の件なのでしょうが、会長さんは知らんぷり。さて、真剣な表情でガラガラを回す人たちの狙いは、一等賞なのか特別賞か…。
『ほら、君たちも並んで、並んで。…旅行券が当たるかもしれないよ?』
会長さんからの思念に、私たちは慌てて列に並びました。特別賞は要りませんけど、食事券とかは魅力的。私たちの後ろには渋い顔をしつつも長老の先生方が続きます。…ん? 教頭先生だけは頬の筋肉、緩んでるかも…。きっと目当ては特別賞。長老の先生方が危惧しているのは教頭先生が特別賞を引き当てちゃった場合でしょうね。
カランカラン…と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が大きな鐘を振り回す度に漏れる溜息と羨望の思念。五等どころか二等、三等も順調に出て、ついに一等の旅行券も…。
「ソルジャー、ありがとうございます!」
封筒を手にして感無量のクルーに皆の視線が突き刺さりました。ペアどころかグループで外国旅行に行けそうな額の一等賞。いいなぁ…。あの券、欲しかったなぁ…。残ってるのは何等だっけ、とガラガラの横に掲示された紙を見つめる間に列は進んで…。
「おい、まずいぞ」
私たち七人グループの先頭にいたキース君が後ろを振り向きました。
「四等の金券は残っているが、特別賞が出ていない。…下手すると俺たちに当たるんじゃないか?」
「いいんじゃないの? 当たってもさ」
問題ないよ、とジョミー君。
「ブルーが部屋に来るだけなんだし、困るようなことないと思うな。…サムは当たって欲しいよね?」
「おう! 俺が当てたら部屋でブルーと二人きり…。考えただけでドキドキするぜ」
サム君は頬を赤らめています。当選したら会長さんに尽くしまくって過ごすのでしょうが、抱き枕ってそういうモノでしたっけ? 寝具店で癒しグッズとして売られていますし、快眠用のアイテムなのでは…。でもサム君にとっては尽くすもの。オーダーしようとした教頭先生の場合はもっと不純な目的かもです。
「…そうか、お前たちは平気なのか…。なら、頑張って当ててくれ。俺は絶対御免蒙る」
「キースの方が先に並んでるけど?」
ジョミー君の鋭い指摘にキース君の顔色が変わりました。
「そ、そういえば…俺が先だな。くそっ、俺は一番最後でいいんだ!」
あんなものを当ててたまるか、と七人の中の最後尾だったマツカ君の後ろに割り込むキース君。よほど当たりたくないのでしょうが、そこまで会長さんを嫌う理由は何でしょう? 福引の列は順調に進み、ハズレの玉が続いています。残るは四等が一枚と特別賞。
「う~ん、残念…」
コロン、と転がった白い玉にジョミー君が肩を落としました。サム君も外れ、スウェナちゃんと私も外れ…。
「くそっ、シロエ、俺と代われ!」
ガラガラのハンドルに手をかけようとしたシロエ君を止めたのはキース君でした。
「…キース先輩…?」
「いいから代われ、代わってくれ! 今の方がまだ確率が…」
「………確率が?」
地を這うような声で問い返したのはシロエ君ならぬ会長さん。赤い瞳が深く濃い色に染まっています。
「何の確率がどうしたって? ここで見てたら君が自分でその順番を選んだように見えたけど? 急に順番を変えたがる理由を知りたいな。さっき入れ替わった理由も一緒に」
「…い、いや…。そ、その…四等を是非当てたいな、と…。さっきは未練を感じなかったが、ハズレが続くと惜しくなって…」
「ふうん? まあ、そういうこともあるかもね。でもシロエもハズレを引くかもしれない。ついでにマツカも。…そしたら玉は2個減るわけだし、四等が当たる確率は上がるよ、飛躍的にね。君たちの後にはもうゼルたちしかいないんだからさ」
会長さんの言葉は正論でした。シロエ君たちの後ろにいるのは長老の先生方と教頭先生の五人だけ。シド先生はとっくの昔にクルーに混じってハズレを引いていましたし…。
「ね、キース。ガタガタ言わずに自分の運を信じたまえ。…シロエ、君の番だ」
「はいっ!」
気合をこめてハンドルを回したシロエ君でしたが、転がり出たのは白い玉。四等の緑ではありません。
『……やばい……』
キース君の心の声が響いてきました。それと同時に伝わったのは確率を巡る問題で…。
『また確率が上がってしまった。…どうするんだ、アレが当たったら!』
アレとは何を指しているのか、私たちには丸分かりです。恐れ慄くキース君の前でマツカ君がハズレを引いて、またまた上がる嫌な確率。お通夜のような顔でガラガラのハンドルを握るキース君に会長さんが爽やか笑顔で。
「よかったね、キース。その順番で正解だったよ、四等の確率は六分の一に上昇したし…。当たるといいよね、当たりますように」
頑張って、と肩を叩かれ、キース君がエイッとハンドルを回した次の瞬間。
「かみお~ん♪ 大当たり~!」
カランカランカラン…と鐘が鳴り渡り、転がったのは青く輝く綺麗な玉。
「…残念だったね、四等じゃなくて」
顔面蒼白のキース君に会長さんが微笑みかけました。
「でもレアものの特別賞だ。ごらん、悔しがってる人があんなに沢山」
悲鳴を上げる女性クルーと舌打ちをする男性クルー。…憧れのソルジャーと過ごす時間は思いのほか人気があったようです。サム君と教頭先生の落胆ぶりはもう言うまでもありません。けれど当たったキース君は…。
『……終わった……。俺の人生……』
なんとも哀れな思念を残してスゴスゴと立ち去る後ろ姿。まだ草餅も山ほどあるのに、いったい何処へ行くんでしょうか?
『…昼寝してくる。悪夢だったと思いたい…』
晩飯までには起きるから、とキース君は居住区に帰ってしまいました。
「なんじゃ、あやつは!」
ソルジャーがそんなに気に入らんのか、とゼル先生が髭を引っ張っています。
「わしが当てたら久しぶりに一局と思うておったのに…。まあいい、ハーレイが当てるよりマシじゃて」
囲碁か将棋をやりたかったらしいゼル先生が四等を引き当て、福引大会はそこで終了。みんなで草餅を味わいながら和気あいあいと過ごしましたが、キース君はついに戻って来ませんでした。
シャングリラ号で過ごす二日目の夜。明日は再び長距離ワープで一気に地球へ帰還です。夕食を終えた私たちは展望室で星座もどきを眺めていました。キース君は夕食の席には出て来たものの口数が少なく、今も沈黙しています。
「…本当によく似ているわよね。白鳥座なんかそっくりだわ」
「ですよねえ…。アルビレオが二重星だったら完璧ですよ」
星座談義をするスウェナちゃんとマツカ君の後ろで、キース君が何度目かの深い溜息をついて。
「…何人くらい入れるもんかな…」
「「「は?」」」
まるで意味不明な呟きでしたが、キース君は続けました。
「いや、クローゼットに何人くらい入れるものかと思ってな…。このままではブルーが来てしまう」
「もうすぐだよね。で、なんで人生終わってるわけ?」
サムなら人生バラ色なのに、とジョミー君が笑顔で訊くと。
「あいつと二人きりなんだぞ! それも夜中に! いや、宇宙はいつでも夜中なのかも知れないが…とにかく深夜に来られるとマズイ。…滔々と仏の道を説かれて、ふと気付いたら丸めこまれていそうでな…。いろんな意味で」
「頭も丸められちゃうってこと?」
「言うなぁぁぁ!!!」
不吉な事を、と髪を押さえるキース君。…なるほど、それは怖いかも。悪戯好きの会長さんならやりかねません。なにしろ伝説の高僧だけに、四時間もあればキース君をその気にさせて綺麗サッパリ坊主頭に…。
「頼む、クローゼットに隠れててくれ! 俺が雰囲気に飲まれていたら乱入してきて助けてくれ!」
この通りだ、とキース君は両手を合わせて拝んでいます。私たちは顔を見合わせ、どうしたものかと考えましたが……坊主頭の危機と知っては見捨てることも出来ません。ここは一肌脱いでやるか、とゾロゾロ連なってキース君の部屋へ。
「すまん、狭い場所だがよろしく頼む」
「いいって、いいって。…でもブルーにはバレバレなんじゃないのかなぁ…」
最後に潜り込んできたジョミー君がクローゼットを内側から閉めようとしていると。
「かみお~ん♪ かくれんぼ?」
「「「うわぁぁぁっ!?」」」
「なんだか賑やかだったから…。もうすぐブルーが来るんだよね?」
ぼくも混ぜて、と出現したのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。クローゼットは既にギュウギュウでしたが、仲間はずれは可哀想かも…。
「そうだ、ぶるぅだ!」
キース君がポンと手を打ち、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「ぶるぅ、こいつらにシールドを頼む。お前ならブルーにバレないように隠れられるな?」
「えっ、本当にかくれんぼなの? んーと……どうかな? 大丈夫…かな? あ、ブルーが…」
ピンポーンとチャイムの音が響いて、キース君はクローゼットの扉をピシャリと閉めました。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が大急ぎで張ったシールドに包まれ暗闇の中。後は野となれ山となれ…かな?
「こんばんは。特別賞のお届けに来たよ」
自称抱き枕な会長さんはソルジャーの正装をしていましたが…。
「おや、この格好じゃ不満かい? 君の望みはこっちの方?」
パアッと青い光が走ると会長さんの衣装は緋色の法衣と立派な袈裟に早変わり。そんな物までシャングリラ号に置いていたとは驚きです。…ん? クローゼットの扉は閉まってるのに、どうして外が見えるんでしょう?
『サイオン中継してるんだ。ブルーとキースが気になるんでしょ?』
わぁ、ナイスです、「そるじゃぁ・ぶるぅ」! 私たちだけで隠れたのでは乱入のタイミングも掴めないまま終わってたかも…。思念波でコッソリお礼を言うと嬉しそうな思念が返ってきました。
『混ぜてもらったお礼だよ。かくれんぼって楽しいもんね♪』
一方、伝説の高僧・銀青様の訪問を受けたキース君は…。
「抱き枕なら間に合っている! 俺は特別賞なんか…」
「要らないって? でも抱き枕は見当たらないよ? 君にピッタリだと思うんだけどな、抱き枕。なんといっても癒しグッズだ。カリカリしてると自分自身を見失うしね、心を静かに保たないと…。君は何かと悩みが多い。一番の悩みは髪の毛だろう? その髪が道を妨げている」
「いや、髪は俺の心の拠り所で…」
「それが良くない。自分をきちんと見つめるようにと鏡も作ってあげたのに…。最近あまり見てないようだね」
会長さんが作った鏡というのは、キース君が覗くと坊主頭の自分が映るコンパクト。反論できないキース君を会長さんは理詰めで追い詰め、道を説いたり諭したり。キース君が聞き入る内に会長さんは鋏とバリカン、剃刀などを取り出した上にシェービングクリームと石鹸まで…。
「今日は五月の四日だよね。四と九のつく日に髪を剃る人も多いことだし、剃髪するにはいい日だと思う。…そこに座って合掌したまえ」
「「「!!!」」」
キース君はきちんと正座し、逃亡の意思は無さそうです。これは大変、乱入せねば…と身構えた所へチャイムの音が。
「…誰だい? 助っ人はクローゼットの中だと思ったけどな」
あらら、やっぱりバレバレでしたか。会長さんは舌打ちをしてキース君にドアを開けるよう命じました。すると凄い勢いで飛び込んで来た人がガバッとその場に土下座して…。
「頼む、一生のお願いだ! キース、権利を譲ってくれ!」
「「「………」」」
額を床に擦り付けたのは船長服の教頭先生でした。会長さんの抱き枕が欲しくて欲しくてたまらないのに、勇気不足でオーダーできない教頭先生。そこへ本物の会長さんが抱き枕になると言ったのですから、一生のお願いをしたい気持ちは分かります。でも…お願いの前に状況を確かめた方が良かったのでは…?
「聞いたかい、キース? 権利を譲って欲しいそうだ。…仏の道は厳しいねえ…。せっかく君が決心したのに」
教頭先生の乱入で驚いたせいか、キース君は正気に返っていました。危機一髪だったことを悟って顔色の方は冴えませんけど、剃髪用具と教頭先生をじっと見詰めて頷くと…。
「…これも御仏縁というものでしょう。喜んでお譲りさせて頂きます」
「いいのか、キース? ありがとう、心から感謝する」
土下座したまま感涙に咽ぶ教頭先生の側に忍び寄ったのは会長さん。
「…譲られちゃったみたいだね、ぼくは。それじゃ早速、剃髪しようか」
教頭先生の髪にたっぷりとシャボンの泡が載せられ、続いて響いた野太い悲鳴。今頃気付くとは教頭先生も間抜けですけど、それだけ必死だったのでしょう。…だからといって抱き枕に頭を剃られたのでは、一生のお願いどころではなく…。
「やめてくれ、ブルー! 頼む、私が悪かった! キース、ブルーを止めてくれ!」
「甘い!」
会長さんは逃げようとした教頭先生に足払いをかけ、倒れた所へ馬乗りになって右手に鋏を持ちました。
「ハーレイ、君がいけないんだよ。キースからぼくを譲り受けたら、何をするつもりだったんだい? ぼくの抱き枕を作ろうとしたのはバレているんだ。…白状しないと本当に全部剃っちゃうからね」
まずは短くカットから…と鋏を鳴らす会長さん。泣きの涙の教頭先生はキース君がいるのも忘れて抱き枕に懸けた夢を語りましたが、分からない単語も数多く…。要するに普段から妄想しているあれやこれやを実現させたかったみたいです。
「そういうことか…。残念だけど、今夜のぼくは銀青でね。剃髪が嫌なら法話を聞いて帰りたまえ。キースから権利を貰ったんだろ?」
「……うむ……」
気の毒な教頭先生は午前4時まで正座させられて法話を聞かされ、キース君と会長さんに何度もペコペコ頭を下げて恥ずかしそうに帰っていきました。会長さんはフンと鼻で笑って…。
「…馬鹿だよね、ホント。一生のお願いに来たはいいけど、本当にぼくを譲り受けても何も出来ないヘタレのくせにさ。坊主にしちゃえば良かったかなぁ、ブリッジに立ったら笑えたかも…。もう出てもいいよ、クローゼットの中の助っ人たち」
「「「は~い…」」」
一部始終を「そるじゃぁ・ぶるぅ」の中継で見た私たちですが、緋色の法衣の会長さんは間近で会うとド迫力です。会長さんは一瞬でソルジャーの正装に戻り、剃髪用具を「そるじゃぁ・ぶるぅ」に手渡すと。
「ハーレイが来るなんてビックリだよねえ。…キースを坊主にしたかったのにさ」
「本当か? 計算ずくに思えるが…。だが教頭先生が来ていなかったら、俺が坊主にされてたわけで…。それを思うと肝が冷えるな」
教頭先生、感謝します…とブリッジの方角へ頭を下げるキース君。私たちがシャングリラ号に乗りたいなんて言い出さなければ、教頭先生の出張は何ごともなく無事に終わっていたのでしょうか? でもシャングリラ号での宇宙の旅は良い思い出になりました。地球に向けての長距離ワープは5時間後。教頭先生、剃られずに済んだ髪をビシッとキメてワープと叫んで下さいね~!
5月2日は朝から青空の広がるいい天気でした。会長さんのマンション前に集合した私たちを迎えに来てくれたのはシド先生。マイクロバスで専用の空港に行き、シャトルに乗ってシャングリラ号へ。雲ひとつない空に浮かぶ巨大な船が普通の人には見えない上に人工衛星からも探せないだなんて、何度聞いてもビックリです。
「さあ、着いたぞ」
シャトルが格納庫に入るとシド先生がやって来ました。シド先生の肩書きはシャングリラ号の主任操舵士だと耳にしています。前にシャングリラ号に乗った時には姿を見かけなかったんですけど、今回はシド先生も乗り込むのだとか。シャトルの飛行中は操縦室の方に行っていたのでした。
「えっと、君たちの部屋割は…ブルー、いや…ソルジャーが決めているんだが」
「ブルーでいいよ、この子たちの前ではさ。ついておいで、案内するから」
会長さんは先頭に立ってタラップを降り、格納庫を出て居住区へ。進路相談会の時は相部屋でしたが、今回は一人一部屋でした。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は青の間です。とりあえず部屋に荷物を置いて会長さんと一緒にリニアに乗って…通路を歩いてブリッジに行くと出航準備の真っ最中。シド先生が舵を握り、船長服の教頭先生や見慣れないマントつきの服のブラウ先生やゼル先生が…。
「やあ。来たよ、ハーレイ」
いつの間にかソルジャーの衣装を身に着けていた会長さんが教頭先生に微笑みかけます。
「いつもお仕事ご苦労様。君の几帳面さには頭が下がるよ、予定を早めてまで船のチェックに励むなんてさ」
「…い、いや……」
「ぼくが来ると仕事にならないんだって? マザー農場でも噂になってた」
「そ、そんなことは…」
教頭先生は頬を赤らめましたが、会長さんは見なかったふり。
「仕事熱心なキャプテンがいると心強いね。お蔭でぼくものんびりできるし…。それじゃ行こうか。…ハーレイ」
「分かった。…シャングリラ、発進!」
何処へ、とも聞かない内にシャングリラ号は上昇してゆき、大気圏を出て地球がみるみる遠くなります。続いてワープ。緑色に発光する時空間を超えて二十光年離れた宇宙へ。この辺りがシャングリラ号の定位置なのだ、と会長さんが教えてくれました。
「特に意味はないんだけどね、あえて言うなら景色かな。展望室から眺めた時に絵になるんだ。恒星の散らばり具合が星座みたいに見えるんだよ。どうせならお馴染みの夜空に似ている場所がいいだろう?」
連れて行って貰った展望室。ここは前にも来ていますけど、星座には気付きませんでした。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が星を指差して繋いでいきます。
「あっちに見えるのがオリオン座。そのすぐ隣に北斗七星」
「七夕様もあるんだよ! ほら、こっちの星と向こうのヤツで」
なるほど、天の川っぽい星雲なんかもありました。季節感はメチャクチャながらもアルテメシアの夜空によく似ています。天の川は市街地からでは灯りが多くて見えないのですが。
「ね、こういう理由でここが定位置。さてと、この次は何処へ行きたい? 君たちのリクエストで乗った船だよ」
「「「………」」」
シャングリラ号の全体図は頭に入ってますけど、咄嗟には思い付きませんでした。私たちは乗ってみたかっただけで、見学希望ではないのです。宇宙に出られればそれで十分。みんなで顔を見合わせていると…。
「特に無いなら機関部の方へ行ってみようか。ゼルがいるから楽しいよ」
さっさと歩き出す会長さん。ゼル先生といえば昔『パルテノンの夜の帝王』と呼ばれ、今はバイク乗りとして『過激なる爆撃手』の名を持つそうですが…どういう意味で楽しいのでしょう? まあ、ブリッジで教頭先生にちょっかいを出されるよりはマシであろう、と思っておくのが無難でしょうね。
進路相談会で乗り込んだ時には入れなかった機関部の奥。ゼル先生の聖域だという区域へ会長さんは遠慮なくズカズカ踏み込みました。遥か手前に『関係者以外立ち入り禁止』の表示が出ていて、会長さんの前の扉には『立ち入り禁止区域』と警告文が書かれていますが…。
「問題ないよ、入ったら被曝するとかそんな危険はないからさ。ここは機関部の連中の溜まり場なんだ」
会長さんがパネルを操作し、扉が開くと…確かに中はごくごく普通の部屋でした。ちょっとした料理が作れそうなキッチンに居心地の良さそうなソファやテーブル、仮眠用らしきベッドまで。要するに居住空間なのです。キッチンでは今まさにゼル先生が料理の真っ最中で…。
「なんじゃ、ブルー! わしは忙しいんじゃぞ、分かるじゃろうが!」
「うん、分かる。クレープは火加減が命だからね」
「なら黙っとれ!!!」
忙しいんじゃ、とゼル先生はフライパンを4つも並べて一度にクレープを焼いています。学食の隠しメニューで『ゼル特製』と銘打ったカヌレと胡桃のタルトを食べたことがありましたけど、フライパン4つでクレープ作りとは『幻の料理長』と渾名がつくのも当然かと。う~ん、何枚焼くんでしょうか? お皿には既に沢山載っているのに…。
「…さてと。次は冷蔵庫で冷ましてからじゃな」
その前にまずは粗熱を取って、と焼き上げた大量のクレープを団扇で扇ぎ始めたゼル先生。
「で、何の用じゃ? ミルクレープなら食わせてやれんぞ、これは機関部のヤツらのおやつじゃからな」
「別におやつを強請りに来たわけじゃ…。ぶるぅの方が腕は上だし」
「ふんっ! 分かっとるわい、わざわざ嫌味を言いに来たのか?」
ムッとした顔のゼル先生を会長さんは片手で軽く制して。
「違うよ、船霊様の話を聞きに」
「「「フナダマサマ!?」」」
聞き覚えがある言葉に私たちが声を上げると、会長さんが。
「そう、船霊様。…マザー農場でテラズ様の話が出たから思い出したんだ。あそこにテラズ様があったのと同じでシャングリラ号にも船霊様があるかと思ってハーレイに調査をさせたんだけど…。どうなんだい、ゼル」
「………。何を祀ろうとわしの勝手じゃ」
「機関部はゼルの管轄だからね。…でもさ、ハーレイの報告が本当だったら見たいじゃないか、船霊様。センスの悪いお札の代わりに祀ったんだろ? このシャングリラ号のお守りとして」
「……ううむ……」
ゼル先生はクレープの山にラップをかけて冷蔵庫に入れ、椅子に座って腕組みをします。船霊様とは何のことなのか、私たちも思い出しました。新しく船を建造した時、航海の安全を祈って祀る人形やお札。テラズ様はマザー農場の宿泊棟の棟上げで祀られた人形でしたが、このシャングリラ号にも怪しいモノが…?
「…テラズ様の話は聞いておる。わしは自分のファン魂を押し付けたりはしとらんぞ」
「テラズ様は別格だよ。あそこまで行ったらいっそ見事だ。芸術と呼んでもいいかもしれない。でもシャングリラ号の船霊様は芸術品じゃないだろう?」
「御神体じゃ!」
「そうだろうけどモノを確認しておきたい。…そしたら黙って引き下がるからさ」
案内して、と会長さんはゼル先生を促します。ゼル先生が渋っていると紫のマントを翻して…。
「ダメならいいよ、ソルジャーとしての権限でやる。今、乗り組んでいる全員を集めて船霊様の見学会を盛大に開催するまでだ。…ううん、見学会じゃちょっと聞こえが悪いかな。参拝の会ということで集めよう。二礼二拍手、一礼が基本でいいのかい、ゼル?」
「な、な……なんという…。いかん、それだけはいかん! ご、御利益が…せっかくの御利益が…!」
「…御利益だって? 御神体によっては見せたらダメってこともあるけど、君が祀った…」
「わ、分かった、わしが悪かった! 案内するからしゃべらんでくれ」
この奥じゃ、とゼル先生は部屋の隅にある小さな扉を示しました。
「非常用の通路でな…。緊急時にはここからメインエンジンに駆け付けられる。機関部所属の者しか通らん場所じゃし、船霊様にはちょうどいいかと」
扉を開けて会長さんを手招きしているゼル先生。私たちは当然のように留守番だろうと思ったのですが…。
「何してるのさ、みんなおいでよ。ぶるぅも本物を見たいよね?」
「かみお~ん♪」
大喜びですっ飛んで行く「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ゼル先生の横をすり抜け、通路の奥へと走って行きます。きっと教頭先生の報告を知っていたのでしょう。でも私たちは? まるで無関係の私たちは…?
「いいから、いいから。…ソルジャー・ブルーのお友達だよ? 大抵の無理は通るものさ。そうだよね、ゼル?」
「…うう……」
ゼル先生は諦めたらしく、渋々ながらも頷きました。私たちは会長さんとゼル先生の後に続いて扉の向こうへ。先に入った「そるじゃぁ・ぶるぅ」の小さな姿がかなり遠くに…。機関部って本当に広いんですねえ。
シャングリラ号の心臓とも言える機関部の通路を歩いて行くと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が立ち止まっていました。
「ねえねえ、あれがそうだよね?」
見上げる先には周囲に全く溶け込んでいない木製の祠。建造当時から百年以上も経っているので黒っぽくなり古びてもいますが、シャングリラ号には不似合いです。全面ガラスの高層ビルの壁面に神棚が据えられていたらこうであろう、といった感じの違和感が…。ゼル先生は祠に深く頭を下げるとパンパンと柏手を打ちました。
「…本当に開けんといかんのか? わしは…どうも気が進まんが…」
「平気、平気。ぼくは修行を積んでるからね、神様への礼も弁えてるさ。でも開けるのはゼルに任せるよ。あ、その前に…一応、これ」
ありあわせだけど、と会長さんが宙に取り出したのは艶やかな緑の枝でした。それを「そるじゃぁ・ぶるぅ」に持たせて、今度は真っ白な和紙と鋏を出すとチョキチョキと…。
「玉串か…」
キース君が会長さんの手元を覗き込み、私たちに解説してくれます。玉串というのは神様にお参りする時の必須アイテムの一つだそうで、榊の枝と紙で作るのだとか。会長さんは切り目を入れた和紙を手際よく折って御幣を作り、さっきの枝に取り付けて…。
「これでよし」
何か作法があるのでしょうか、玉串を恭しく拝んでクルリと時計回りに廻すと祠の下のスペースに置いて柏手に礼。もう一つ同じ玉串を作り、ゼル先生に手渡して…ゼル先生が同じく礼。
「さあ、きちんと礼は尽くしたよ? 開けてもらおうか」
「…………」
ゼル先生が祠の扉をキイッと開いた次の瞬間、固唾を飲んで見守っていた私たちの目は点でした。入っていたのはお札ではなく、もちろんテラズ様でもなくて…真っ黒な色の招き猫。左の前足を上げ、右前足に持った小判に『千客万来』と書かれています。シャングリラ号って…船霊様が招き猫って、この船は客商売の船でしたか…?
「…その…。そのぅ、なんというのか…」
モゴモゴと言い訳を始めるゼル先生。
「若い者は知らんじゃろうが、黒い猫は福猫なんじゃ。魔除けと幸運の象徴じゃな。じゃから、黒い招き猫には魔除け厄除けの意味があってのう…。ついでに言うと左足で招いとる猫は金と違って人を呼ぶ。わしらの仲間が増えることを祈って特注したんじゃ」
「…特注品ねえ…」
呆れた声の会長さん。ゼル先生は肩身が狭そうに真っ白な髭を引っ張りながら。
「本当じゃぞ! これは名工が作った猫じゃ。船霊様と言えば女性と決まっておるから、ちゃんと雌猫になっておる。中に立派な鏡も納めて御神体としてお祀りして…」
「…どうして犬じゃ駄目だったのさ?」
ゼルは犬派だろ、と会長さんが突っ込みます。そういえば会長さんのサイオン中継で見せて貰ったゼル先生の家の庭には大きな犬が二頭も飼われていましたっけ。
「それとこれとは話が別じゃ! 招き猫は縁起物なんじゃ。犬の像では話にならん。…とにかく、船霊様をお祀りしてから百年以上も経っておるのにシャングリラ号は無事故なんじゃし、わしは断じて譲らんぞ!」
撤去反対、と座り込みを始めんばかりのゼル先生。会長さんは苦笑しながら祠の扉をキィッと閉めて…。
「百年も経てば御利益の方も本物だろうさ。テラズ様の例もあるしね、あっちは付喪神になっちゃったけど…。ゼルが責任を持ってお世話するなら招き猫でもぼくは構わない。ただ、センスがいいかと聞かれれば…お札の方がマシだと言わせてもらおうかな」
「じゃが、わしが撤去したお札は交通安全のお札じゃぞ! この船しか飛んでおらんというのに交通安全もクソもあるまい! 魔除け厄除け、これが一番じゃ!」
ゼル先生はパンパンと柏手を打ち、祠に向かって深く頭を下げました。
「こら、お前たちもお参りせんかい! シャングリラ号に乗ったからにはお世話になっておるのじゃからな」
「「「はーい…」」」
何が悲しくて招き猫に…という思いを殺して私たちは会長さんに言われるままに二礼二拍手一礼です。この調子ではゼル先生の家の床の間には金運の招き猫が飾ってあるに違いない、という気がしました。シャングリラ号に招き猫。…余計なことを知っちゃったかも…。
通路を引き返して部屋に戻るとゼル先生は生クリームを泡立て、冷蔵庫からクレープを出してジャムとクリームを塗っては重ねていきます。私たちには食べさせないと言われているのに、会長さんは何故居座っているのでしょう? 第一、もうすぐお昼御飯の時間じゃないかと思うんですけど…。
「ねえ、ゼル」
黙々と作業しているゼル先生に会長さんが声をかけました。
「この子たちは船霊様を見ちゃったんだ。…まさか正体が招き猫とは知らないクルーも多いだろう? 機関部の連中には常識だろうし、口止めもしているんだろうけど……この子たちは? ぼくはソルジャーとして情けないからしゃべらないけど、ジョミーやキースはどうだろうねえ」
「…なんじゃと?」
ゼル先生が振り返ります。
「しゃべらないって保証は無いね、と言ったんだよ。ぶるぅがしゃべっても子供だから信じる者は少ない。でも、この子たちは子供といえども大きめだしさ。…特別生として仲間と触れ合う機会もあるし、口止めした方がいいんじゃないかと」
「…クレープか? やむを得ん、少し待っておれ。機関部のヤツらには別のおやつを作るとしよう」
「ううん、そうじゃなくて。…別の好奇心を満たしてあげれば船霊様のことは忘れるよ、きっと」
「好奇心?」
怪訝そうなゼル先生。私たちも同様でした。あの招き猫を帳消しにするほど気になる何かってありましたっけ? シャングリラ号に来られただけで満足なのに、興味をそそられる対象なんかは全く思い付きません。みんなで首を傾げていると、会長さんがクスッと小さく笑いました。
「ふふ、君たちが知りたいものは自分でもきっと分かってないさ。でもこう言えば分かるかい? …長老だけが持っているもの。ぼくの手作りで限定品。だけどハーレイは持ってない」
「「「…???」」」
ますます意味が分かりません。長老の先生方は謎が多くて全貌が掴めていないのです。ゼル先生が着ているマントつきの衣装が長老のシャングリラ号での制服らしいのは分かりますけど、同じ長老でも教頭先生は船長だからか全くデザインが違ってますし…。ん? 長老だけの限定品で教頭先生は持ってないって……この衣装?
「あ、違う、違う。…なんでそっちの方に行くかな…」
誰もが同じことを考えたらしく、会長さんは衣装ではないと否定しました。
「ぼくも裁縫は出来るけどさ…。ソルジャーが部下の衣装を縫うのかい? デザインっていうなら分かるけどね。…まあ、たまに似たようなことをするから間違うのかな? ハーレイの人魚の尻尾とか」
「「「人魚の尻尾!?」」」
ショッキングピンクの人魚の尻尾。教頭先生が会長さんに着けさせられて写真を撮られた悪趣味な尻尾は会長さんの発案です。特注品だと聞いてましたが、この言い方ではデザインしたのは間違いなく会長さんでしょう。乙女ちっくなヒラヒラ尾びれも、ショッキングピンクという似合わない色も。
「…人魚の尻尾で思い出すことはないのかい? 君たちも撮影会に頑張って協力しただろう。その成果を全部は見ていない…と思うんだけどね、ぼくとしては」
「…成果…?」
鸚鵡返しに言うジョミー君。私も首を捻りました。撮影会で撮った写真はジルナイトとやらで出来た人魚像になり、花祭りで悪戯に使われています。ドクター・ノルディが絡んだ事件もありましたけど、他にも何かあるのでしょうか? 会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は瞬間移動で神出鬼没、どんなことでも出来そうですが…。
「そうか、やっぱり忘れちゃったか」
クスクスクス…と笑いを零し、会長さんはゼル先生に向き直りました。
「ゼル、船霊様を口止めするなら最適のヤツがあるみたいだよ。…持って来てるだろう、人魚姫の本。あれを回覧させればいいのさ」
「「「人魚姫!?」」」
ここに至って私たちはようやく思い出したのでした。花祭りの時に会長さんが長老の先生方に手渡していた包みの中身。特製の人魚姫絵本と聞かされたアレを、ゼル先生がここに持って来ていると…? でも写真集なら会長さんの家で見ましたけれど…まだ何か?
「…わしは根に持つタイプなんじゃ」
ミルクレープを完成させたゼル先生はラップをかけて冷蔵庫に入れ、私たちにはマフィンを配ってくれました。昨日の内に作っておいて持ち込んだものらしいです。
「アルトとrの進路相談会で受けた侮辱は忘れておらん。パルテノンの夜の帝王と呼ばれたわしが……いや、今の言葉は忘れてくれ。とにかく若い頃にはモテたわしがじゃ、まるで注目されんとは…。ブルーがモテるのは当然じゃから許せるんじゃが、ハーレイが注目を浴びたというのが納得できん」
寂しい独身男のくせに、とゼル先生は毒づいています。
「エラとブラウはアルトたちの年頃にはよくある気の迷いじゃと言うんじゃがな…。それにしてもじゃ、ハーレイのヤツめ、わざわざ写真まで渡しおって! 裏側に携帯の番号を書いとったんではないじゃろうな」
「それはないよ。…ハーレイに浮気の度胸は無いし、元々ぼくしか見えていないし」
ぼく一筋の大馬鹿だから、と会長さんが嘲笑するとゼル先生は「違いない」と頷いて。
「まあ、モテるつもりは無かったのかもしれんがのう…。モテ期じゃったのは間違いないんじゃ。それが許せん。あれがきっかけで女性クルーがファンクラブを作ったという噂も聞いた。…自然解散したらしいがのう」
「そりゃそうだよ。元々ぼくのファンクラブのメンバーだったのが流れただけだし、時間が経ったら正気に返るのは常識だろ?」
自信満々の会長さん。…自分も直後は自信喪失していたくせに、今はすっかり元通りです。アルトちゃんたちの寮にも忍んで行っているのでしょう。ゼル先生はそこまで回復していない様子。
「…わしのファンクラブは消滅してから長いからのう…。もっと髪の毛に気を付けておくべきじゃった。精力だけではどうにもこうにも…。いや! いやいやいや、わしは何にも言ってはおらんぞ」
咳払いをして誤魔化してますが、ゼル先生は今もパルテノン辺りで活躍なさってらっしゃるに違いありません。わざとらしい咳をしながらゼル先生が部屋の奥から取ってきたのは紙袋。
「…人魚姫じゃ」
ほれ、とゼル先生は紙袋から淡いピンクの表紙の本を出しました。大きさと厚さは子供向けの絵本にピッタリですけど、この本が…会長さん特製の人魚姫絵本…? 見せてもらった写真集とは別物です。
「わしがこれをシャングリラ号に持ってきたのはな…。ハーレイの目につかん所でコッソリ回して恥をかかせてやるためなんじゃ! まずは機関部の連中からじゃと思っておったが、その前に披露するのも良かろう。いいな、これを見せてやるから船霊様のことは口外無用じゃ」
「「「………」」」
それは甘美な誘惑でした。シャングリラ号の船霊様が黒い招き猫だと知ってしまったことを黙っておくのは簡単です。話したいとも思いませんし、話したかったら私たち七人グループと会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の内輪で済ませばいいだけのこと。口止め料なんか要らないのですが、でも…絵本はちょっと見たいかも…。見たら後悔するかもですけど、好奇心をくすぐられるのは確かです。
「こんなチャンスは二度とはないよ」
会長さんが囁きました。
「この本は本当に限定品で逸品なんだ。ぼくもぶるぅも持ってない。時間が無かったからではなくて、気持ち悪いモノを家に置きたくなかったからね。ブラウとエラとヒルマンも同じ本を持ってはいるけど、特別生に見せてくれるかどうか…。次のチャンスがあったとしても五十年くらい先じゃないかな」
五十年!!! 今、目の前に出された絵本に次に会えるのは五十年先。もしかしたらそれまでに処分されちゃって見られないかもしれません。私たちはゴクリと生唾を飲み、ゼル先生はそれを見逃したりはしませんでした。
褐色の肌とショッキングピンクの尻尾を持った人魚姫のロマンティックな恋と冒険のドキドキ絵本。正確には背景などを合成して作られた写真に文章が添えられた代物でしたが、爆笑した挙句に涙が出るほど笑い転げて転がって…。会長さんのセンスに感嘆しながら私たちはゼル先生に何度もお礼を言いました。
「いやいや、わしもスカッとしたわい! これに比べたら招き猫なぞ屁でもなかろう?」
「そうですね…。こんな絵本になっていたなんて夢にも思いませんでした」
シロエ君がゼル先生とガッチリと握手しています。いつぞやの爆弾解体以来、シロエ君はゼル先生に可愛がられているのでした。私たちは船霊様を目撃したことを誰にも話さないと誓い、ゼル先生の聖域を後に機関部の外へ。
「…ね、ゼルの所に行って良かっただろう? 楽しいよって予告したよね」
会長さんは得意そうです。船霊様を見せたかったのか、人魚姫絵本が目当てだったのかは謎ですけれど、面白かったのは確かでした。船霊様はともかく、ゼル先生があんな絵本を持ちこんだからには、教頭先生には受難の旅になりそうです。まあ、本人が気付かないなら問題ないかもしれませんけど。
「ハーレイはおめでたいから気が付かないよ、あれを回覧されていてもね。流石にブリッジで読もうって人はいないし、陰でコッソリ回っていくのさ。…ぼくも作った甲斐があった」
ここまで尾を引く事件になるとは全然思ってなかったけれど、と言っている割に罪の意識は無さそうです。それから私たちは食堂に行って昼食を食べ、午後は公園や家畜飼育部、農場なんかを遊び回って、サイオンキャノンもちょっと撃たせてもらったり。シャングリラ号に来て良かったな、と誰もが笑顔全開です。
「…でね、明日はぼくたちが摘んできたヨモギで草餅を作ろうと思うんだ」
全員参加の餅つき大会、と会長さんがニコニコ顔で口にしたのは夕食に行った食堂でした。
「みんなにはちゃんと知らせてあるし、楽しみにしている人も多いようだよ。どうせだからパーッと派手にやっちゃいたいよね、景品なんかもつけたりしてさ」
「「「景品?」」」
「そう、景品。一等賞は何がいいかな…」
シャングリラ号の中で用意出来る物でスペシャルな物、と会長さんの瞳が輝いています。まさかゼル先生から例の絵本を巻き上げてきて景品に……なんて極悪なことはしないでしょうが、絶対ないとは言い切れません。そうでなくても食堂のあちこちでヒソヒソ話をしている人が…。その人たちの視線は決まってブリッジの方角に向いてるのです。どうか景品が普通の品物でありますように、と私たちは心から祈りました。…でも、あの絵本、凄かったな…。