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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

夏、真っ盛り。暑くてたまらない季節ですけど、高原ともなれば下界とは別世界です。電車に乗って着いた所は唐松や白樺の林に綺麗な湖、聳え立つ山には雪渓なんかもあるみたい。マツカ君の家の別荘は林の向こうに湖が見える、木造二階建てのとても立派な洋館でした。
「海の別荘も凄かったけど、こっちもすげえ…」
由緒ありげな建物を見上げてサム君が感心しています。マツカ君を「ぼっちゃま」と呼ぶロマンスグレーの執事さんは今回も出迎えてくれました。三泊四日の滞在ですけど、ここでは何ができるのかな?
「少し歩けば湿原がありますよ。スウェナさんが言ってたお花畑なら、山の麓に広がってます」
マツカ君が言うとスウェナちゃんの顔がパッと輝き、一日目はとりあえず散歩することに。お部屋の窓からの景色も綺麗ですけど、外に出て歩いてみると空気がよくていい気分。涼しい風が最高です。
「日帰りで登れそうなのはどの山ですか?」
シロエ君は山に登るつもりでやって来たので、山の方ばかり見ています。ジョミー君とキース君もちょっと興味があるようでした。重い荷物を背負って歩きたくない、と言っていたサム君も、リュックの中身がお弁当くらいだったら行ってもいいな、と言い出しましたし…明日は登山になるのでしょうか。
「ぼくは留守番しているよ。年寄りの登山は遭難が多発しているからね」
会長さんがそう言いましたが、額面どおりに受け取る人は誰もいなかったと思います。三百歳を超えているのは本当でしょうけど、お年寄りらしい所は毛先ほどだって無いんですから。
「ブルー、行かないの?…山登り、楽しそうなのに…。じゃあ、ぼくも一緒にお留守番だね」
残念そうな「そるじゃぁ・ぶるぅ」。確かに保護者の会長さんが行かないとなると、1歳児に山は危ないかなぁ。
「自分の足で歩くんだったら、連れてやっても構わないんだが」
キース君が言うと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜び。でも万一の為に別荘の使用人さんで山に馴れた人に同行してもらうことになりました。途中で歩けなくなったりしたら大変ですし。私もスウェナちゃんも登山に行く気満々で翌朝、元気に起きたのですが…。
「えぇぇっ!?…登るって言ってたの、あの山なの!?」
指差された山はとても高くて、今からすぐに出発しても帰りは夕方らしいのです。
「年寄りの世話をしながら留守番するかい?」
クスクス笑う会長さんは、また絵葉書を持っていました。アルトちゃんとrちゃんに送るのに違いありません。この人の何処が年寄りなんだ、と突っ込みたいのは山々ですけど、一日がかりの登山よりかは留守番していた方がマシかも…。朝食を終えたシロエ君たちはリュックを背負って元気に出て行き、スウェナちゃんと私は玄関で手を振ってお見送り。会長さんはテラスの椅子に座って手を振った後、もう絵葉書を書いています。…アルトちゃんとrちゃん…例のお守りを今も大事に持ってるのかな?

登山に行ったシロエ君たちは夕方遅くに帰ってきました。自分で歩く筈だった「そるじゃぁ・ぶるぅ」は別荘のおじさんの背中で『おんぶおばけ』になっています。登り始めて1時間も経たない内にギブアップしたらしいのですが、山は堪能したようですね。山頂で十八番の『かみほー』を熱唱し、山彦が返ってくるのを聞いて大はしゃぎだったという話でした。他の登山客には、さぞうるさかったことでしょう。翌日は湖でボート遊びや釣りや水遊びを楽しみ、三日目は乗馬をしてみることに。マツカ君の家の馬を何頭も預かっている乗馬クラブがあるんですって!
「…マツカが上手いのは馴れてるからって納得するけど、なんで会長が上手いのさ!」
5回目の落馬をしたジョミー君がブツブツ文句を言っています。スウェナちゃんと私と、ポニーに乗った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は乗馬クラブの人に手綱を引いて貰っているので一度も落馬していませんが、他のみんなはマツカ君と会長さんを除いて何度も派手に落ちていました。
「運動神経の問題だけではないようだしな…」
と、3回落馬したキース君。
「なんたって三百歳超えてますからね、絶対、経験あるんですよ」
シロエ君は4回落ちていました。
「それにしたってムカつくよな~…。見ろよ、分かっててやってんだぜ。白馬なんかに乗りやがって」
7回落ちたサム君の言うとおり、会長さんは思い切り目立つ白馬で障害馬術コースを走っていました。それもマツカ君ですら中級なのに上級コース。障害を次々に飛び越えていく姿はまさしく白馬の王子様です。
「…会長は白馬の王子様だけど、ぼくたち、落馬の王子様だね…」
ジョミー君が情けなさそうに零した言葉は夏休みの名セリフの殿堂入りをし、かなり長いこと語り継がれることになってしまうのですが…それはまだずっと先のお話。落馬の王子様たちは最後まで汚名を返上できないまま、乗馬クラブとマツカ君の家の馬たちにお別れをして別荘へ。会長さんが乗っていた白馬はムーンダスト号という名前でした。
「別荘暮らしも今夜が最後かぁ…」
夕食のテーブルは豪華でしたが、夏休みの宿泊と旅が今夜でおしまいというのは寂しいです。誰からともなくトランプ大会をしようということになり、どうせなら…と唯一の和室の大広間に集まることになりました。
「じゃ、9時に大広間に集合でいいね?」
「お菓子とかを運ばせておきますよ」
会長さんとマツカ君が仕切って、一旦、解散。スウェナちゃんと私はお部屋で楽しくおしゃべりしながら明日持って帰る荷物やお土産をバッグにすぐに詰められるよう整理して、9時前に大広間へ向かったのでした。

「うわぁ、すご~い!美味しそう…」
大広間にはクッキーやお煎餅の他に可愛いプチケーキが沢山用意してあります。女の子を意識して厨房で作ってくれたのでしょう。でも多分…「そるじゃぁ・ぶるぅ」が殆ど食べてしまうのでしょうね。参考にするとかなんとか言って。広間に着いたのは私たちが一番で、次々と皆が集まり始めましたが…。
「ジョミーとサムは何をしてるんだ?」
「落馬の王子様の筆頭と二番手ですからね…。もしかして疲れて寝ちゃってるとか」
「ぼく、見に行ってきます」
キース君とシロエ君の会話を受けてマツカ君が立ち上がった時、ドアの向こうでジョミー君たちの声がしました。
「なぁ…。俺はやっぱり変だと思うぜ」
「ぼくだってそう思うけどさ。…でも、書いてあったものはしょうがないだろ!?」
「…だからって、真面目にやらなくっても…」
「きっとそういう遊びなんだって!変って所が大事なんだよ。他にも絶対、いると思うな」
ガチャ、と扉が開いてサム君が現れ、続いて後ろからジョミー君が…。って、いったい何事!?
「「「!!!!!」」」
私たちの目を一瞬で点にしたのはジョミー君の格好でした。長袖で超ミニ丈、リボンとフリルで飾り立てられた青いスケスケの……ベビードール。丈が短いせいでスラリと伸びた足がほとんど丸見えです。
「……ジョミー……」
キース君がドスのきいた声を出しました。
「女子もいるのに、なんだそれは!ふざけるにしても下は、せめて水着に…」
「一応、水着なんだけど。ほら」
「いちいちめくって見せなくてもいいっ!!!」
言われてみればベビードールの下は競泳用水着のようでした。ジョミー君は部屋中を見回し、自分の格好をしげしげと見て…。
「ぼくだけ?…なんで、どうしてぼくだけ!?」
パニックに陥りかけたジョミー君から聞き出せたのは、ジョミー君の荷物の上にベビードール入りの包みが置かれていたということと、メッセージカードがあったこと。カードには「これを着たあなたを見てみたい」と書かれ、差出人の名前は無かったこと。
「悪戯かな、って思いはしたよ?でもさ、最後の夜だし何でもアリの悪ノリかなぁ、って」
他にも怪しい格好をした仲間がいると思ったのだ、とジョミー君。けれど来てみればそうではなくて…。
「ジョミー、そのカードは持ってきているのか?」
「うん」
ジョミー君はサム君がポケットに入れてきたカードを受け取り、キース君に渡しました。
「…………。誰だろう?見覚えのある字なんだが…」
えぇぇっ、と皆がのけぞり、視線が犯人探しを始めます。犯人は…この中にいる!?…もしかして今から筆跡鑑定のために全員が同じ文章を書かされるとか、キース君に尋問されるとか…。いや、ひょっとしたら犯人はキース君という可能性も…。その時です。キース君に近づいた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がカードに鼻を近づけました。クンクンクン、と匂いを嗅いで…。
「このカード、風の匂いがするよ。ブルーとおんなじ匂いだね」
「「「会長っ!???」」」
またお前か!という殺気に満ちた視線が会長さんに突き刺さりましたが、そこで再び「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「…んーと……ブルーの匂いの他にもっと誰かの…。えっと…えっと…」
その匂いはかなり薄いものらしく、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は頑張って…とても頑張って。
「分かったぁ!…これ、ハーレイの匂いだよ!!!」
えっ!?しかし次の瞬間、キース君も大声で叫んでいました。
「そうだ、教頭先生の字だ!!」
「「「えぇぇぇぇぇっ!!?」」」
今度こそ部屋中が大パニックに。ベビードールで、メッセージカードで、カードの匂いが会長さんで、カードを書いたのが教頭先生!?混乱の極みに達した部屋で会長さんだけが悠然とお茶菓子をつまみ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」までが皆のパニックが伝染したらしく「かみお~ん!」と雄叫びを上げて大広間を縦横無尽に意味も無く走り続けたのでした。

「…まったく…。思い込みの激しい人ほどプレゼントってヤツを寄越すんだよね」
トランプ大会をする気力も無くなり、真っ白に燃え尽きて討ち死にしている私たちを会長さんが眺めています。
「ハーレイのヤツ、あれだけ弄ばれても懲りてないんだ。このぼくがベビードールなんか着るとでも?…自分の尺度でしか考えられないっていうのが痛々しい。紅白縞のトランクスだって、まんまと騙されて後生大事に履いてるし。ぼくがお揃いで白黒縞なんて履くわけないだろ?…勝手に盛り上がって暴走しちゃって、挙句に趣味の押し付けだなんて最悪だね」
畳に倒れたジョミー君が着ている青いスケスケのベビードールは、教頭先生が会長さんに着せてみたくて買ってきたモノ。教頭先生が会長さんに御執心だとは聞いていましたが、こんなものを贈っていたなんて。どんな顔をして手渡したのか、それともこっそり置いていったのか……その辺のことは分かりません。でも会長さんの逆鱗に触れたのは確かです。わざわざ別荘まで運んだ上にジョミー君に着せて騒ぎを起こし、みんなにバラしてしまったんですから。
「とにかく、同情の余地は無いんだよ。だから君たち、ぼくばかり悪者にしないでくれたまえ」
会長さんの声を子守唄代わりに、私たちは別荘ライフ最後の夜を雑魚寝で過ごしてしまいました。ボーッとした顔で朝食を食べ、シャッキリしない頭で執事さんたちにお礼を言って…。帰りの電車の中で元気だったのは会長さん一人だけでした。駅の売店で買った絵葉書をポケットに入れて窓の外を飽きずに眺めています。もしかして残った夏休みの間にフラッと旅に出るつもりでしょうか?私たちの夏休みの旅は終わりですけど、会長さんの旅はまだこれからかもしれません。アルトちゃんとrちゃんの帰省先まで行ってしまったとしても驚かないかも…。




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日差しがジリジリと暑く、蝉の大合唱がうるさい日々。でも今日からは三泊四日で海への旅です。スウェナちゃんと一緒に買いに行った水着も持ったし、いつもの仲間と生徒会長さん、「そるじゃぁ・ぶるぅ」と総勢9人で電車に乗ってマツカ君の家の別荘へ。目的の駅で迎えのマイクロバスに乗り込み、景色の綺麗な海岸沿いに走って到着したのは大企業の保養所みたいに立派な二階建ての建物でした。広い前庭にはプールもあります。
「お帰りなさいませ、ぼっちゃま」
「「「ぼっちゃま!?」」」
スーツ姿で出迎えてくれた初老の紳士の言葉に私たちは思わず叫んでいました。マツカ君っていったい何者!?このロマンスグレーのおじさんは誰?
「ぼくの家の執事です。両親が今、旅行中なんで…こっちの方に来てくれることに」
執事!ポカンと口を開けている間に私たちの荷物は台車に乗せられ、別荘の中へ。幸い、他の使用人さんは制服ではありませんでした。でも人数は…ううん、気にしないことにしておこう。とにかくマツカ君が只者でないことだけは確かです。
「お前んち、すげえ金持ちなんだな。もしかしたら…とは思ってたけど」
サム君が言うとマツカ君はいつものように控えめな口調で「たいしたことないです」と。それが自然に聞こえてしまうのがマツカ君のいい所。執事さんによるとマツカ君は人見知りが凄くて、友達が出来たのはこれが初めてなんだとか。どうぞごゆっくり、と案内されたお部屋はまるでリゾートホテルでした。私はスウェナちゃんと同室です。お昼ご飯は電車の中で食べてきたので、水着に着替えたら玄関に集合。
「なんだ、二人ともビキニじゃないんだ…」
「ジョミー、つまらないことを言うものじゃないよ」
会長さんがジョミー君の頭を軽く小突きます。私とスウェナちゃんはワンピースの水着でした。男の子たちは…。うーん、まともに見ると照れちゃうかも。薄手のシャツを羽織ってきている会長さんは流石です。浮き輪を抱えた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は子供だから全く問題なし!
「全員揃ったし、泳ぎに行くか。すぐそこが浜辺というのは便利だな」
キース君が先頭に立って庭を横切り、砂浜に下りていきますが…いい天気なのに誰も泳ぎに来ていません。
「ひょっとして、ここ…」
シロエ君が首を軽く傾げてマツカ君を振り返りました。
「プライベート・ビーチってヤツですか?」
「…そうですけど…」
「「イヤッホー!」」
ジョミー君とサム君が同時に叫び、キース君を追い抜いて凄い速さで波打ち際へ。私たちがビーチパラソルの下に荷物を置いた時には、二人は沖の方にある防波堤に向かって競争で泳ぎ始めていました。キース君たちも二人を追いかけて海に入っていきますけど…会長さんは?
「先に葉書を書いておこうと思ってね。執事さんに素敵なのを貰ったから」
ほら、とシャツのポケットから取り出した絵葉書はこの砂浜の写真でした。もしかしてアルトちゃんたちに送るのかな?
「ご名答。絵葉書って、ちょっと嬉しいものだろう?…メールと違って手で触れるし」
ビーチパラソルの影に座ってサラサラとペンを走らせていく会長さん。アルトちゃんとrちゃん、きっと大喜びするでしょうね。さてと、私も早く泳ぎに行かなくちゃ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が浮き輪でプカプカ浮かびながら大きな声で呼んでますもの。イルカショーでは泳いでたくせに、海では浮き輪。子供らしくて可愛いかも…。

海と砂浜とで散々遊んで、夕食の後は前庭で花火。花火といってもお店で売ってる花火です。お楽しみの花火大会は三日目の夜で、別荘からはとても綺麗に見えるとか。夜は興奮しすぎて眠れないかな、と思っていたのにベッドに入った途端にグッスリ。二日目も朝から海で遊びまくって、夜は遅くまでトランプゲームで盛り上がって…翌朝、皆でワイワイ食堂に行くと。
「「「教頭先生!!?」」」
なんと、アロハシャツを着た教頭先生がゆったりと椅子に座って新聞を読んでいるではありませんか!
「やあ、おはよう。…思ったより早く着いてしまってね」
「な、な、なんで…」
ここに、とジョミー君が言う前にマツカ君が。
「会長さんが提案して下さったんで、ご招待させて頂いたんです。いつもお世話になってますから」
「そうそう。それにハーレイは古式泳法の達人だから、習ってみるのもいいかと思って」
古式泳法!教頭先生、奥が深いです。キース君とシロエ君は目を輝かせて興味津々。案の定、今日の男子は午前中から水泳教室になりました。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は参加しないで好き勝手に過ごしていましたが。スウェナちゃんと私は少しだけ習ってみましたけれど、練習場所がどんどん深くなっていくので怖くなってしまって脱落です。
「午前中もかなり遠くまで行ってたけど…もっと遠くへ行くみたいね」
「深いんだろうなぁ、あそこ…」
午後の水泳教室は本格的な遠泳になるようでした。それにしても男の子は上達が早いです。習ったばかりの泳ぎ方をすっかりモノにしてるんですから。うわぁ、もう遥か遠くまで泳いで行っちゃった…。
「ハーレイの教え方が上手いんだよ」
会長さんが沖を眺めて言いました。
「でも、つまらないな。古式泳法といえば褌じゃないか」
フンドシ!?…もしかして六尺とか、越中とか…!?
「六尺だよ。越中は泳ぎに向いていないし…。古式泳法を教えてやってくれ、って言っておいたのに、なんで普通のサーフパンツなんか履いてくるかな」
教頭先生が…フンドシ…。前に見てしまった赤と白の縞々トランクスも強烈でしたが、フンドシには遠く及びません。スウェナちゃんと私は顔を見合わせ、普通の海水パンツでよかった…と心から思ったのでした。あの逞しい教頭先生がフンドシ姿で登場していたら、私たち、今日はビーチに来ていないかも…。
「そう?じゃあ、今日は両手に花の一日だったし、ハーレイに感謝しておくよ。ぶるぅ、最後にハーレイたちの所まで泳いでこようか」
両手に花!?…頬が赤らみそうな言葉を残して、会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と一緒に泳いでいってしまいました。遠泳組と合流した二人が戻ってきたのはかなり時間が経った頃。会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」の浮き輪を押すようにして泳いでいます。遠くまで泳いで疲れたんでしょうね。

「楽しかったぁ!…一人じゃ、とてもあんな遠くまで行けないや」
「ああ。教頭先生に感謝しないとな」
ジョミー君やキース君たちが元気に海から上がってきました。会長さんが浮き輪を抱え、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がプルプルと頭を振って水を払いながらやって来ますが…。あれ?「そるじゃぁ・ぶるぅ」の海水パンツってあんなにブカブカだったでしょうか?
「さあ、そろそろ戻って休憩しよう。花火大会までに疲れを取っておかなくちゃ」
会長さんが言い、みんなで歩き始めようとした時です。
「あれ?…先生、上がらないんですか?」
マツカ君の視線の先で、教頭先生がまだ海の中に立っていました。
「いや、その…。もう少し泳ぎたいから、先に戻って休んでいてくれ」
「ダメだよ、ハーレイ。…集団行動は守らなくちゃ」
ピシッと注意したのは会長さん。白い喉の奥をクッと鳴らして…。
「…それとも、上がれない理由があるのかな?」
「な……!」
「ふふ。図星」
クスクスクス。会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」に向かってパチンと指を鳴らしました。
「かみお~ん!!!」
雄叫びを上げて海に飛び込んでいった「そるじゃぁ・ぶるぅ」が立っていた場所に残されたものは海水パンツ。私たちは目をむきましたが、ダッシュで海から上がってきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はちゃんと海水パンツを履いていて…って、えぇぇっ!?「そるじゃぁ・ぶるぅ」が履いている海水パンツはジャストサイズ。砂浜に落ちている海水パンツは………ビッグサイズ。しかも、どっちも見覚えが…。も、もしかして…。
「ハーレイ、海の落し物だよ」
会長さんが両手で高く掲げたのはビッグサイズの海水パンツ。ひゃあああ!やっぱり持ち主は…。すると、海の中に立ち尽くしている教頭先生はスッポンポン!?
「落し物だと!?…横を泳ぎながら抜き取っただろう!」
「残念。…ぶるぅが潜って拾ったんだよ、海の中にヒラヒラ沈んでいくのを。だから立派な落し物だね。ぶるぅは失くさないようにと自分で履いて、ビーチまでちゃんと持ってきたんだ」
「拾ったのは誰か知らんが、抜き取ったのは確かにお前だ。手も触れないで抜き取れるヤツが何人もいてたまるものか!」
「そう来たか…。ぶるぅも力を持っているのに、ぶるぅのことは疑わないんだ?じゃあ、返すのはやめとこう。ぼくの心は繊細なんだ」
ビッグサイズの海水パンツを会長さんの手から上がった青い炎が瞬時に燃やしてしまいました。
「ブルーっ!!!」
教頭先生の絶叫が響き、マツカ君がタオルを持って海に駆け込もうとしたのですが。
「その必要はないよ、マツカ。ぼくにだって良心はある。ハーレイ、ぼくを信じて上がってきたまえ。ちゃんと履くものを用意するから。ただし、3数える間に上がってきたら、ね。いいかい?…3…2…1……」
ザバーッ!!上半身だけ水面に出ていた教頭先生の下半身が現れ、見守っていた私たちは…。
「「「あはははははは!!!」」」
ジョミー君たちが砂浜を転がりながら笑っています。スウェナちゃんと私も笑いすぎて涙が出そうでした。だって、教頭先生のガッシリした腰には、ショッキング・ピンクの地色に真っ赤な大輪のハイビスカスがプリントされたパレオが巻かれていたんですもの。それでも何も無いよりはマシ、とばかりに教頭先生は別荘に向かって駆け出しました。大股で走る教頭先生の足の動きに合わせて華やかなパレオがはためいています。
「あ、ハーレイ!…ひとつだけ注意しとくけど!!」
別荘の前庭に走り込んだ教頭先生の背中に会長さんが叫びました。
「そのパレオ、巻きつけてから3分経ったら自動的に消滅することになっているから!!!」
会長さんが叫び終えたのと、ロマンスグレーの執事さんが教頭先生に気付いて出迎えようと玄関に出たのは殆ど同時。そして執事さんが姿勢を正した次の瞬間、パレオがパッと消え失せました。
「「「あぁぁ~っ!!!」」」
み、見えちゃった…。遠目だったけど、教頭先生のナマお尻…。両手で前を押さえて別荘の中に飛び込んでいく教頭先生に向かって、慌てず騒がず頭を下げた執事さんはまさに執事の鑑でした。

「あんた、本当にムチャクチャやるな」
前庭のプールサイドに並べられた椅子に座って花火大会を鑑賞しながらキース君が言いました。
「教頭先生、寝込んでるぞ?…せっかくの花火大会とバーベキューなのに」
「…寝込んでないよ。執事さんと使用人さんに顔を見られたくなくて部屋にいるだけ」
お肉の串に齧り付きながら会長さんが答えています。教頭先生はパレオが消えた後、執事さんがタオルを持って追いかけてくるのにも気付かず、別荘の2階の自分の部屋まで懸命に走ったのでした。その間、すれ違った使用人さんが何人いたのか、私たちもよく知りません。確かなことは、教頭先生がマツカ君の家の別荘の中でストリーキングをしたという事実。
「ハーレイのことなら心配ないさ。夏は誰だって解放的な気分になるし、いい思い出になるんじゃないかな。それより今の花火、凄かったね」
夜空を彩る華麗な花火に照らし出される会長さんは、やっぱりとっても綺麗でした。花火大会は会場に近くて迫力満点。打ち上げ音と光の競演に圧倒されつつ、バーベキューを楽しんで…海の別荘最後の夜は楽しく更けていきました。翌朝、食堂に出かけてみると教頭先生は始発の電車で出発した後。私たちは美味しい朝食をゆっくり食べて、執事さんや使用人さんにお礼を言ってマイクロバスに。ちょっぴり日焼けしちゃったけれど、海の別荘、最高だったな。




夏休み初日、私たち7人グループは午前中から「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋にいました。手作り水羊羹が山盛りになったお皿を前に、これからの計画を相談中です。
「海は絶対外せないよ。…ついでに花火大会なんかもあるといいなぁ」
「そんな美味しい場所は宿が満員なんじゃないか?…キャンセル待ちという手もあるが」
ジョミー君とキース君が話している所にマツカ君が口を挟みました。
「海辺で花火大会ですね?うちの別荘がありますけど…」
「「「別荘!!」」」
歓声を上げる私たち。別荘なら宿泊費はタダですよね。海と花火大会は決定です。
「ぼく、山登りなんかもいいんじゃないかと思うんですけど」
「登りたいなら一人で行けよ」
シロエ君の意見はサム君に却下されました。
「重いリュック背負って歩きたくないね」
「でも高原って涼しそうよ?私、お花畑を歩いてみたいな」
スウェナちゃんが言うと、またマツカ君が。
「高原にも別荘あるんです。日帰り登山もできますよ」
「そうなのか。そこに世話になって、行きたいヤツだけ登山というのも面白そうだ」
キース君の提案に皆が頷き、高原行きも決まりました。マツカ君の家って別荘が沢山あるんだなぁ…。誘拐されかけたことがあるのも頷けます。今は柔道部で鍛えてますから、スタンガンとかは持ち歩かなくなったようですが。海と山の計画が立った所へ会長さんがやって来ました。
「海と山とで別荘ライフか。楽しそうだね。ぼくも一緒に行っちゃダメかな?」
「ブルーが行くなら、ぼくも行きたい!!」
そう言ったのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「…あんた、夏休みはフィシスとデート三昧なのかと思っていたが」
キース君の言葉に会長さんは極上の笑顔を見せました。
「ぼくとフィシスなら、わざわざデートに行かなくても…ね。一緒に住んでるようなものだし」
「「「えぇぇっ!!?」」」
私たちは腰が抜けるほど驚きましたが、会長さんは涼しい顔です。
「その内、ぼくの家にもご招待するよ。…夏休みじゃなくて、もう少し先のことだけど。フィシスの部屋はぜひ見てほしいな」
フィシスさんのお部屋が会長さんの家に?さっきの発言といい、会長さんとフィシスさんは…仲がいいっていうだけじゃなくて、もしかしなくても…とっくに籍が入ってるとか?
「フィシスはぼくの女神なんだ。女神は俗世とは無関係だよ」
うーん…。うまいことはぐらかされたような…。会長さんはクスクス笑って続けました。
「で、ぼくとぶるぅも夏休みの旅仲間に入れてもらえるのかい?」
断る理由はありませんでした。断ったら怖いと思っている人もいそうです。海と山へは会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も加えて9人の旅。別荘に入りきれるでしょうか?
「部屋の数なら大丈夫ですよ。使用人もいますし、着いたらすぐに遊びに行けます」
マツカ君、凄い!とても楽しみになってきました。みんなワクワクしながら旅のプランを練り始めます。えっと…柔道部の強化合宿に重ならないようにすればオッケーかな?カレンダーと睨めっこしていると、会長さんが呟きました。
「海と山も楽しそうだけど…もっと非日常な体験が出来る場所ってないかな?」
「…心霊スポットとか…?」
ジョミー君が肩を竦めると、会長さんは「そうじゃなくて」と否定して。
「非日常を体験させてくれる人が、このメンバーの中にいそうだよ。そうだろう?…キース」
「えっ!?」
指差されたキース君が声を上げると、シロエ君が頷きました。
「そうですね。…キース先輩の家っていうのも楽しそうです。時期もいいですし、夏休みの宿泊計画は先輩の家を一番最初にしませんか?」
そういうことで、私たちは二泊三日分の荷物を持ってキース君の家へお邪魔することになりました。明後日の朝、学校前に集合です。

電車と路線バスを乗り継いで着いた、郊外の山沿いに建つキース君の家は…。
「…乃阿山…元老寺?」
大きな門にかけられた板に書いてある文字を私たちはポカンと眺めました。
「のあさん、げんろうじ。…何か文句が言いたそうだな」
キース君がジロリと睨んでいます。えっと…やっぱりお寺なんですよね?この門、どう見ても山門ですし。キース君はさっさと石段を登り、山門をくぐって歩いていきます。目指す先には本堂と庫裏。その横の建物には宿坊と書かれた板がかかっていました。こ、これは確かに非日常かも…。
「お帰りなさい!…お友達もどうぞ上がってくださいな。キースの母のイライザです」
キース君のママは、フィシスさんに似た黒髪の美人でした。私たちは宿坊に案内され、スウェナちゃんと私で一部屋、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、ジョミー君とサム君、マツカ君とシロエ君がそれぞれ一部屋。部屋にお風呂がないことを除けば旅館に引けを取らない造りです。私たちは部屋に荷物を置いて食堂に集まり、お饅頭を食べ始めました。キース君は庫裏に入っていったまま、まだ宿坊に来ていません。
「キースの家がお寺だなんて知らなかったよ」
ジョミー君が物珍しそうにキョロキョロとあちこち見回しています。
「じゃあ、あいつ将来は坊主になるのか?…意外だよなぁ」
サム君が言うとシロエ君がチッチッと指を左右に振って。
「ご両親はとっても期待してますし、先輩もそのつもりだったらしいんですけど。十四歳の誕生日って言ってたかなぁ…、本山の得度式に出る時に初めて丸坊主にしたら凄く似合わなかったそうです」
ぶぶっ。丸坊主のキース君を想像した私たちは思わず吹き出してしまいました。
「それ以来、先輩はお寺を継ぐ気を無くしてしまって。…俺は俺のしたいようにする、っていうのが口癖ですよ」
「喋りすぎだぞ、シロエ」
現れたキース君の姿にビックリ仰天の私たち。墨染めの衣に袈裟までつけて、格好だけは立派なお坊さんです。
「…母さんにうるさく言われたんだ。今月はお盆で墓回向が多いし、たまには親父を手伝ってやれって」
「「「墓回向!??」」」
「ここからは見えないが、裏山に大きな墓地があるんだ」
そこへドスドスと足音がして、太ったお坊さんがツルツルの頭をタオルで拭きながら入ってきました。
「ああ、暑い、暑い。外は暑くてたまらんわい。…いらっしゃい、せがれがいつもお世話になっているようで。住職をしとるアドスです。皆さん、お寺ライフを満喫したくていらしたとか」
えぇっ!?…いつの間にそんな方向に…。私たちはキース君の家に遊びに来ただけで、来てみたらお寺だったというだけのことで…。
「いやぁ、実にいい心がけですな。寺に泊まって仏様に仕え、功徳を積む。お盆というものを分かってらっしゃる。この時期に御先祖様を思い、お念仏を唱えることは御先祖様への何よりの供養であると同時に、お浄土と縁を結ぶものでもありまして…」
「親父、話が長い」
キース君が止めてくれなかったら、延々と法話を聞かされていたことでしょう。アドス和尚は頭の汗を拭って宿坊生活の心得を簡潔に話し、昼食までは自由に寛いでくれるように、と言って庫裏に戻って行きました。と、いうことは…昼食の後は?
「いわゆるお寺ライフというヤツだ。…俺はこれから墓回向に行くが、興味があるなら見に来てもいいぞ」
衣の袖を颯爽と靡かせ、キース君は出て行ってしまいました。えっと…墓回向なんか見て面白いかな?みんなで顔を見合わせていると…。
「僕が行く」
会長さんが立ち上がりました。でも、宿坊の入り口ではなく部屋の方へ歩いていきます。もしかして会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋からは墓地の方角が見えるのでしょうか。
「お庭しか見えないよ?」
お饅頭を頬張りながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」が答えました。
「ブルー、着替えに行くんじゃないかな。楽しそうに荷造りしてたし」
そういえば会長さんのボストンバッグは二泊三日にしては大きかったような気がします。着替えを沢山持ってきたのかもしれません。アロハシャツとか「かりゆしウェア」とかが入っていたら楽しいかも…。あれこれ妄想している内に会長さんが戻ってきました。
「じゃあ、行ってくるよ。…どうかな?」
「「「!?!?!」」」
着替えをしてきた会長さんの姿に、私たちは呆然とするばかり。鮮やかな朱色の着物と、刺繍の入った立派な袈裟。いったい何の冗談ですか!?
「ぼくの正装。この着物は緋の衣と言ってね、位の高いお坊さんしか着られないんだ。ダテに三百年以上も生きちゃいないさ。キースに見せびらかしたら悔しがるよ、きっと。負けず嫌いだし、お坊さんになってお寺を継ごうと思うかもね」
会長さんは用意してきた草履を履いてスタスタと墓地の方向へ歩いていきます。これは私たちも見に行くだけの価値がありそう!

辿り着いた墓地の入り口ではアドス和尚が扇子を片手に涼んでいました。が、会長さんに気付くと飛び上がらんばかりに驚き、私たちにはサッパリ分からない専門用語だらけの会話を交わして…庫裏に走って取って来たのは立派な日傘。会長さんはアドス和尚が差し掛ける日傘の影に入って悠然と墓地に入っていきます。キース君のパパったら、奴隷みたいにペコペコしちゃってるんですけど~!
「じゃあ、ぼくとぶるぅは昼寝するから。君たちは掃除を頑張りたまえ」
精進料理の昼食の後、私たちは本堂の掃除を命じられました。でも会長さんは偉いお坊さんということで免除された上、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も会長さんの世話をする人だという名目でサボリです。二泊三日の滞在中、会長さんはアドス和尚と大黒(住職の奥さんをそう呼ぶそうです)のイライザさんに丁重にもてなされ、まるでお殿様。私たちの方はといえば、掃除に勤行、読経の練習とキリキリ舞いで、身体中が抹香臭く…。
「結局、あれって会長流の別荘ライフだったわけ?…別荘じゃなくてお寺だったけど」
元老寺からの帰りのバスでジョミー君が言いました。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は夕食を御馳走になってから車で送ってもらうそうでバスに乗っておらず、キース君はもちろん自分の家で夕食です。
「なにが非日常だよ!…そりゃ非日常な経験したけど、会長と俺たちじゃあ、同じ非日常でも凄い格差が…」
サム君のぼやきにマツカ君とスウェナちゃんが頷いています。
「でも、先輩がお寺を継ぐ気になったんですし、よかったんじゃないですか?」
シロエ君がニコッと笑いました。キース君は会長さんの緋色の衣に度肝を抜かれ、負けられないと思ったらしいのです。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、御礼に一席設けるから、とアドス和尚に言われてお寺に残ったのでした。
「やっぱり精進料理かな?」
「仕出し屋さんに電話してたわよ。…ほら、あの有名な…」
スウェナちゃんが口にしたお店の名前は、とても高級な仕出し屋さんで。
「うぅっ、いいなぁ…。会長、どこまで非日常なんだ…」
元老寺のある山の方を振り返りながらサム君が零した言葉は、私たち全員の心の叫びでもありました。二泊三日の非日常の旅。貴重な体験をしてきたくせに、お浄土に至る道への壁はまだまだかなり厚そうです…。 




 気がつくと窓の外が明るかった。
「rちゃん!」
 時計を見ると6時過ぎ。
 何かあったとしてももう大丈夫だよね?
 バタバタと着替えて隣の部屋をノックする。
 でも返事がない。
「rちゃん?」
 そっと呼んでみたけどやっぱり返事はないし、まさかと思ったけど当然ながら鍵は閉まってるし。
 電話しよう!
 携帯を取りに部屋に戻ろうとした時、ドアが開いた。
「rちゃん」
「……アルト~…」
 駆け寄るときゅっと抱き締めてきて、そのまんま。ど…どうしよう…。じゃなくて、とりあえず部屋の中に入った。
 rちゃんは窓際にフラフラと歩いていったかと思うと、ペタンとその場に座り込んじゃって、ぼーっとしてる。
 手には吊したはずのお守りが握られている。
 でも昨日のと違うもののような気がする…。 そして服は…パジャマ。
 ということは着替えたんだよねと思うと顔が熱くなった。
 いや、いや。まだ先に聞くことある。
「rちゃん……来たの?」
 じーっとあたしの目を見て、ほんの少しだけだけどrちゃんは頷いた。
 つ…次の質問は……。
 よかった?はアレだよね。えっと楽しかった?もちょっと違うかなぁ…。
 でもでも逆だったら、生徒会長だって許さないんだから!
「……アルト…」
「なに?」
「…今夜はアルトが吊しなよ、お守り」
 ……ということは、素敵な夜だったってこと? そうだよね?
「そうする!」

 あたしは吊すつもりなかったんだけど、rちゃんを見てるととっても幸せそうで、羨ましくなって吊すことにした。
 rちゃん、ありがとう。
 あたしも勇気出すよ!
 それから必死に掃除して、お茶菓子は違うものがいいよねと、唯一作れるブラウニーを作って。
 いつもやらないからそれだけで夕方になっちゃった。
 rちゃんはお部屋で一日幸せに浸っていた。
 もう一方的な恋でもいい。
 そんな素敵な経験が出来れば、っていうノリでお守りを吊して準備万端で待っていた。
 と、ベランダでガタンという音がして、あたしの心臓はどきっと鳴った。
 そして部屋が真っ暗になって…。
「かみお~ん♪」
「え?」
 くるくるっと回りながらパッと現れたのはぶるぅ。
 教室にやってきて楽しそうにみゆちゃんたちと話しているのは見たことあるけど、こんなに近くで、そして話すのは初めて。
「ねえねえ。僕のマカロン美味しかったって?」
「う…うん」
「ありがとう。美味しいって言ってくれるとうれしいな」
「そ、そうだよね。すっごく美味しかった。rちゃんと、どんなふうに作るんだろうって話してたんだよ」
「そうなの? 今度教えてあげようか?」
「ほんと?」
「うん。あ、これ、ブラウニー?」
「ああっ これしか作れなくて。バナナ入りだよ。食べる?」
「食べていいの?」
 うん、って言う前にぶるぅは一口で全部食べちゃって、びっくりして息をするのも忘れちゃった。
「えとえとアルトだよね? 息しないと死んじゃうよ?」
 言われて呼吸をしてないことに気付いて、はぁ~と深呼吸。
「バナナ味も美味しいね」
「ほんと? よかった」
「ねえねえ。お守り吊すとブルーがくるんだよね?」
「う…うん」
「それでねお守り持っていた子のこと、食べちゃうって言ってたんだよ。僕、そんなの嫌だから来たんだ。でも昨日は疲れて寝ちゃってて、ブルーが帰ってくるまで分からなくて。お友達、大丈夫?」
 良く考えると凄い内容のような気がするけど、き…きっと食われて本望…だよね?
「大丈夫…だと思う。とっても幸せそうだったし。それにお料理して食べるわけじゃないし」
「そうなの? ブルーもほんとに食べたりしないって言ってたけど嘘じゃなかったんだ。よかった」
「心配して来てくれたんだ」
 ありがとうって言いながらぶるぅをきゅっと抱き締めるて、ほっぺにチュってしたらとっても柔らかくて。1歳児って言ってたけど本当なんだなぁ。
 でも本当の1歳児はホッペにチューで真っ赤にならないよね。
 頭の先からつま先まで真っ赤になったぶるぅは照れ隠しするように「かみお~ん♪」と歌い始めて、色々な話をしてくれた。
 一番笑ったのが、教頭先生は生徒会長から貰った紅白の縞柄パンツを大事に履いてるってことで。
 その時、生徒会長は僕とお揃いだよって言って、白黒縞パンツをチラつかせたっていう話。
 それからそれから……。
 ちょっと寒くなって二人でお布団に入って、沢山話を聞いていたらいつの間にか眠ってた。
 真夜中過ぎ、目が覚めるとぶるぅはぐっすり眠っていて、ちっちゃい子の体温はあったかくて、寝息も気持ちよくて。
 頭を撫でながら目を閉じた。
 その時、生徒会長の姿が見えた……ような気がしたのは夢かな? うんきっと夢。


 翌朝起きると、ブラウニーがあったお皿は空っぽで、お茶も飲み尽くしていて、ベッドの隣に小さく丸まって寝ていたぶるぅの跡があった。
 rちゃんとは違う夜だったけど、楽しかった。
 朝ご飯を食べながら、縞パンのことを話して二人で笑おうっと。
 あ、内緒って言っていたからこっそりね。
 そうして久しぶりに家に帰って。
 会長に手紙を出そう。ぶるぅにも。
 でもきっとすぐに学校が恋しくなりそうだな。 

 


※アルトちゃんレポート
rちゃんに何があったのか!?
それは本人のみぞ知る(笑)
聞きたいわ~♪ 

 

※rちゃんレポート
気がつくと窓の外が明るかった。
アルトちゃんの部屋の方向を見ているあたし。

アルトちゃん........どうなったのかなあ。
親友だから、アルトちゃんにも幸せな思いをして欲しい、でもやっぱり気になるよ...。(イヌかネコの鳴き声のようなのが聞こえた気がするけど...何だったんだろう..........)

ああ、でも今思い出しても夢の様だなあ...ホントに夢だったのかなあ...。 




 とは言ったものの、お守りを使うのは終業式の翌日の夜にしようということになった。
 補習があって校舎に生徒はいても、寮生はほとんどが補習免除になり家に帰ってしまっているからだ。
 やっぱり危険は少しでも減らしたい。
 そう決めた日の朝。
 rちゃんはずっと挙動不審で話しかけても上の空だった。
 そうなっちゃうのも仕方ないなと思いながら一緒に時間を過ごす。
 なんだかとっても長く感じる一日。
 ほとんど食事も出来なくて。うん、あたしも食欲なくて、ずっとずっとドキドキしてる。
 そして夕方。
 rちゃんは意を決してお守りを吊した。
「……ね、ねぇ」
「…うん……」
「落ちないよね」
「大丈夫。ちゃんと結んだし確認したし」
「だよね。ところで、服、このままでいいと思う? それとも夜だからパジャマ?」
 と口にした瞬間、rちゃんは叫んだ。
「ああああっ 可愛いネグリジェ買っておけばよかった!」
「そ、それなら可愛い洋服でいいんじゃない?」
「そ…そうか。洋服でも…いいよね?」
 そう言ってクローゼットに向かうrちゃんの右手は右足と一緒に前に出てる。
 ものすごっく緊張してるんだ。
「これ、どうかな?」
「それ初めて見る。可愛い♪」
「だって、着る機会なかったし」
「じゃお初だね」
「うん」
 着替え始めたrちゃん。
 でもその手が止まる。
「どうしたの?」
「夜に洋服じゃ変かな? やっぱり。っていうか、どこで待ってればいいのかな。……ベッドの中じゃ…さ……」
 たしかにそれって……心臓に悪い気がする。もちろん自分たちの心臓。
「洋服着て、遊びに来てもらう感じで。お茶用意するとかの方が…」
「そ、そうだよね! あ、お茶菓子!」
「あたし持ってくるよ」
 何だかもうどうしていいのか二人とも分からなくて、最後は二人で顔を見合わせて笑っちゃった。
 昼間、二人で目一杯お掃除した。
 お茶の用意をして、お茶菓子のクッキーも…ぶるぅのクレープには負けるけどね。手作りしてもよかったかもって話にもなって。
 じゃあねってrちゃんの部屋を出たのは夜の8時過ぎだった。
 rちゃんはドキドキしながら待ってるだろうな。
 でもあたしもドキドキしてる。
 rちゃんの部屋は隣。耳を澄ませて……なんていられなくてベッドに潜り込んですぐヘッドフォンをした。
 大好きな音楽も耳に入らない。
 どうしたかなぁ……。
 思っていたけど、いつの間にか眠っていた。 

 

※rちゃんレポート

ああっ、どうなる、あたし、頑張れあたし!
こんなチャンスは二度とない...。 




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