シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
楽しかった夏休みも終わり、今日から新学期の始まりです。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋目当てに学校に通うのは苦になりませんでしたけど、新学期となると憂鬱かも。また退屈な授業を聞いたりしなくちゃいけませんし…って、学生の本分は勉強でしたっけ。全科目で満点を取れる生徒会長さんは相当勉強したのでしょう。ちょっとくらいは見習わないといけないかな?
「あ~あ、とうとう新学期だよ。次は冬休みまで勉強かぁ…」
「ジョミー、お前は部活もしてないだろうが!勉強くらいしてみたらどうだ」
ジョミー君とキース君の言い争いを聞いている内にグレイブ先生が入ってきました。会長さんは今日はA組には来ないようです。
「諸君、おはよう。長い休み中、特に問題もなかったようで嬉しく思う。…納涼お化け大会で見た顔もいるが、そうでない者もかなりいるな。一学期は新入生気分が抜けない者もいたかもしれん。しかし二学期からはしっかり頑張るように」
「「「はーい!」」」
みんな返事だけは元気一杯です。なにしろ1年A組には生徒会長さんという無敵の助っ人がついてるので、頑張らなくても楽勝、楽勝。えっ、期末テストで全員満点だったのはグレイブ先生のバンジージャンプのお蔭だろう、って?…あれは会長さんの遊び心だと思います。もしも先生が飛ばなくっても満点は取れたんじゃないでしょうか~。
「とにかく、まずは始業式だ。校長先生のお話がある」
グレイブ先生に連れられて行った会場で校長先生の長いお話を聞いて、教頭先生から二学期の行事の説明を聞いて…。教頭先生はスーツでしたが、どうしても頭に浮かんでくるのは夏休みに見たトンデモなもの。パレオに赤と青のベビードールに…。あのビッグサイズのベビードールはどうなったかな?
『紅白縞も忘れないで』
頭の中でいきなり声がしました。えっ、とキョロキョロ見回してみると、ジョミー君と目が合って…更にキース君、マツカ君、スウェナちゃんとも視線が合って。
「…今、誰かが紅白縞って言った?」
ジョミー君が小声で尋ねてきます。頷くとジョミー君がキース君をつつき、キース君がマツカ君をつつき…。どうやら私たち5人は同じ声を聞いたようでした。紅白縞ってやっぱりアレでしょうか?始業式が済んで教室に戻る途中でコソコソ集まり、謎の声について話していると。
「かみお~ん♪」
いきなり「そるじゃぁ・ぶるぅ」が現れ、ニコニコと話しかけてきました。
「ブルーのメッセージ、ちゃんと聞こえた?」
「「「紅白縞!?」」」
「うん。ちゃんと聞こえていたんだね」
嬉しそうに頷く「そるじゃぁ・ぶるぅ」。そこへ叫び声を聞いてしまったクラスメイトが「紅白縞」とは何のことか、と一斉に尋ねてきたので会話はしばらく中断です。いくらなんでも教頭先生のトランクスだとは言えません。どうしようかと焦っているとキース君がアッサリと。
「学園祭で使う幕の話だ。紅白縞だと言われたんでな、ちょっと定番すぎないか…と」
ああ、なるほど…とクラスメイトたちは納得して去って行きました。せっかくの学園祭ともなれば、紅白縞の幕の他にもあれこれ検討してみたい…と思う気持ちはありがちです。
「凄いや、キース!よく咄嗟にあんな言い訳、思いついたね」
「紅白にはあまり縁が無いんだが、白黒ならイヤというほど馴染みがある」
ジョミー君の賛辞にキース君はニコリともせずに答えました。そういえばキース君の家はお寺でしたっけ。白黒の幕はお葬式には欠かせません。…ん?白黒縞っていうのも何処かで聞いたような…?
「ブルーがハーレイにお揃いだよって言ってるヤツだよ」
即答したのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ハーレイに赤と白の縞をプレゼントする時、ブルーのは白と黒の縞だってチラつかせてさ。…お揃いだよ、って騙してるんだ。ブルー、いっぺんも履いたことなんか無いんだけどね」
そういえば高原の別荘で会長さんがそんな話をしてましたっけ。教頭先生がまんまと騙されて赤と白の縞々トランクスを後生大事に履いてる…って。紅白縞と白黒縞。なかなかに派手なチョイスです。
「…今の今まで思わなかったが、もしかしてその選択は…祝儀と不祝儀のネタでやってるんじゃあないだろうな?」
キース君の目が険しく細められました。あ。紅白はおめでたいけど、白黒は…。
「しゅうぎ?…ぶしゅうぎ?…それっていったい、どういう意味?」
キョトンとしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」にキース君は苦笑しながら説明します。
「祝い事とその反対。水引とか幕とか、そういう物の色を知ってるか?めでたい時には紅白を使うが、葬式には白と黒なんだ」
「あ、そういうのなら知ってるよ!ブルー、そのこと話してた。色の意味に気付かないなんてハーレイは凄くおめでたい、って」
えっと。…教頭先生の紅白はおめでたいかもしれませんけど、会長さんの白黒縞は全然おめでたくないですよねえ。それに気付かないのがおめでたいってことでしょうか…?
「そうだけど。だからブルーが笑うんだ。おめでたい色とそうでない色をセットにするなんて縁起でもないし、ブルーの方がお葬式の色になってて不吉なのにさ。ブルーのことばかり考えてるくせに、なんでそこまで気が回らないかな、ってブルーはいつも呆れてるんだ」
「確かに紅白と白黒をセットで出されりゃ、人によっては気がつくかもな」
「…トランクス限定なら気付かないかもしれませんけど…」
キース君とマツカ君が言うと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はそうかもね、と頷きました。
「でも、ブルー、ハーレイが気付かないのはデリカシー…だっけ?それに欠けてるからだって言ってるよ。でね、ぼく、これからトランクスを買いに行くんだ」
へ?と驚いた私たちに「そるじゃぁ・ぶるぅ」はエヘンと胸を張りました。
「ハーレイの紅白縞はブルーが最初は冗談でプレゼントしたんだけれど、ハーレイ、凄く気に入っちゃって。とても大事に履いているから、新学期の度に新しいのをプレゼントして感激させるのがブルーの趣味」
「…新学期の度に1枚なわけ?…いつ見ても紅白縞だけど」
ジョミー君が尋ねたくなるのも、もっともです。あんなにしょっちゅう履いているとなると、かなりくたびれそうなんですけど…。
「えっとね、洗い替え用も入れて一度に5枚」
5枚!…柔道部で汗を流している教頭先生にこの枚数は妥当かどうか…ちょっと見当がつきません。そりゃ、他にもトランクスは沢山持っているでしょうけど、1学期ごとに5枚だと…かなり大事に履いてるのかな?
「お洗濯は手洗いだよ」
「「「手洗い!?」」」
「うん。おしゃれ着用洗剤で手洗いしてから陰干ししてる。たまにパリッと糊付けすることもあるけどね」
ひゃあああ!たかがトランクスを洗うのにそこまで…。しかもあの教頭先生が!?
「ホントに大切にしてるんだよ。古くなったヤツも捨てられなくて、ほどいて幾つも縫い合わせて…抱き枕のカバーにしてるんだけど」
「「「抱き枕!!?」」」
「うん。あれって寝相がよくなる…んだっけ?ぼくにはあんまり関係ないね」
危ない妄想が思い浮かんだ私たちと違って「そるじゃぁ・ぶるぅ」は純粋でした。土鍋で丸くなるのに抱き枕なんか邪魔なだけだし、と子供らしいことを言っています。しかし、教頭先生が…会長さんに貰ったトランクスのお古で手作りカバーの抱き枕とは。これは相当に危ない趣味の持ち主に違いありません。会長さん、いつも教頭先生で遊んでますけど、あんなことしてて大丈夫かなぁ?
「平気だよ。ブルーはタイプ・ブルーだからね」
「「「タイプ・ブルー!!!?」」」
それは納涼お化け大会の後で耳にした単語。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のことだとばかり思ってましたが、会長さんもタイプ・ブルー?…タイプ・ブルーっていったい何?
「あっ、いけないっ…。えとえと、今の、取り消しだから。っていうか、教えられないから!」
わたわたと両手を振り回しながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」はそう言って。
「じゃあ、ぼく、トランクスを買いに行くから。また後でね~!」
クルン、と宙返りをしたと思ったら姿は消え失せてしまっていました。
逃げられたか、とキース君が呟き、私たちは諦めて教室へ。そこで私たちを待っていたのは…。
「ホームルームを忘れたのか?…夏休みボケが酷いようだな」
グレイブ先生が教卓の前でイライラと歩き回っています。
「宿題免除の特権を持っているからといって、いつまで遊び呆けるつもりだ。宿題の提出時間はとっくに終わってしまったぞ。…同じ宿題免除とはいえ、アルトとrは素晴らしい。他の連中に遅れることなく教室に戻って座っている。さすがは数学同好会だ。私が見込んだ生徒に間違いは無い」
あちゃ~…。紅白縞のトランクスのせいでホームルームを忘れていました。教頭先生も罪作りです…って、この場合は変なメッセージを送って寄越した会長さんと、お使いに行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」を恨むべきでしょうか?グレイブ先生は思い切りご機嫌斜めで、私たちは一人ずつ前に出て反省の言葉を言わされた上、掃除当番をすることに。
「始業式の日は掃除はしなくていいのだがな、お前たちの弛んだ精神を叩き直すにはもってこいだ」
終礼が済んでみんなが帰って行く中、私たち5人は机を全部どけて床を掃除し、机の上も綺麗に拭いて…。グレイブ先生はコツコツと教室中を歩き回りながらお掃除チェックをしています。
「その隅にホコリが残っているな。…ああ、机はキッチリ並べるように。勉学はきちんと整えられた教室ですることに意義がある」
あれこれ注意されながら掃除を終えてグレイブ先生が出て行った後、入れ替わるように入ってきたのはサム君とシロエ君でした。今まで廊下でじっと待ってくれていたみたいです。
「先輩らしくありませんね。居残りだなんて、どうしたんですか?」
シロエ君の問いにキース君は額を押さえて「紅白縞だ」と答えました。サム君とシロエ君は顔を見合わせてアッと声を上げ、殆ど同時に。
「あれ、空耳じゃなかったのかよ!」
「会長のメッセージだったんですか!?」
どうやら二人はメッセージの意味に全く気付かず、「そるじゃぁ・ぶるぅ」にも会わなかったので平和に過ごしていたようです。私たちは紅白縞のトランクスにまつわる怖い実話を二人に聞かせ、お使いに行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」のことも話してしまいました。でも、話さなかったことが一つだけ。正確には忘れていたんですけど、「タイプ・ブルー」という言葉です。…あれってどういう意味なのかな?スパイのコードネームみたいで、ちょっと響きがいいですよねぇ?
ついこの間、想定外の教頭先生の艶姿を見せられてしまった私たち。もうこれ以上、会長さんの悪戯に巻き込まれるのは御免です。でも…やっぱり来てしまうんですよね、影の生徒会室に。夏休みももうすぐ終わりですけど、明日は『納涼お化け大会』なる肝試し大会があるのだとか。自由参加ということなので、どうしたものかと相談中。
「毎年、リタイヤが多いらしいけど…。そんなに怖いものなのかな?」
ジョミー君は乗り気でした。夏休み前に噂を聞いて楽しみにしていたみたいです。
「怖いらしいぜ。明らかに仕込みって分かるヤツの他に、ヤバイのが紛れ込むとかなんとか…」
サム君が肩を竦めると、スウェナちゃんが。
「あ、その話、私も聞いたわ。…予定にない場所に出るそうよ。白い着物の女の人とか、仕掛けが分からない人魂だとか」
「それって、ぶるぅとか会長さんなら出来そうですよね」
そう言ったのはシロエ君。確かに会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の力なら謎の仕掛けが出来そうです。でも「そるじゃぁ・ぶるぅ」は首を左右に振りました。
「ぼく、そんなことしてないよ!…夜のお墓って怖いもの。お化け大会なんか行かないもん!…ブルーも何もやっていないよ」
納涼お化け大会の開催場所は学校から近い墓地でした。広いお寺の境内にあって、大木が周りを囲んでいるせいか昼でも気味の悪い場所です。男子寮の生徒が新入生歓迎の肝試しをすることで有名ですが、この肝試しがまたいわくつきで…。
「たまに神隠しがあるそうだな。…美形の新入生が消えてしまって、戻ってきた時には魂が抜けたように惚けているか、記憶が無いかのどちらからしい」
キース君の言葉にジョミー君が首を捻りました。
「そうだっけ?…ぼくが聞いた話じゃ、美形に限らないみたいだよ。ものすごく幸せそうな顔して、寮の物置で素っ裸で寝てるのを発見された人がいるんだってさ」
「「「素っ裸!?」」」
「うん」
素っ頓狂な声を上げた私たちにジョミー君は頷いて。
「狸か狐が化かすんだろう、って言ってたなぁ。素っ裸で寝てたって人、一晩中、凄い美形と…」
そこまで言ってジョミー君は真っ赤になりました。なるほど、一晩中、凄い美形とあ~んなことや、こ~んなことをしていたというわけですね。…ん?まさか、もしかして、その美形というのは…。
「呼んだかい?」
ヒョイ、と現れた会長さんに私たちはサーッと青ざめました。みんな同じことを考えていたみたいです。
「ふぅん、男子寮の肝試しか。神隠しのことなら知っているよ。…手癖の悪い寮生がいてね、可愛い子が来ると攫っちゃうんだ。上手いこと口説き落とせたら部屋に連れ込んで、失敗したら記憶を消す。それが真相なんだけど」
「……ひょっとして、あんた……」
キース君が会長さんを睨みましたが、会長さんはクスッと笑って。
「寮生だって言ったろう?…ぼくは寮には入ってないよ。それに男の子は趣味じゃない。寮生の中にも百年以上在籍している生徒が何人かいて、犯人はその中にいるんだけれど…特に問題にはなっていないね。…そうそう、ジョミーの話の美形っていうのも百年以上在籍してる。そっちは襲う方じゃなくって誘惑するのが得意技さ」
男子寮ってとんでもない所みたいです。無法地帯ではないんでしょうけど、かなり乱れているみたい。そういえば…アルトちゃんとrちゃんも寮に入ってるんでしたっけ。女子寮の方は大丈夫かな?
「ああ、女子寮は安全だよ。警備も厳重だし、男子禁制。…その分、忍び込むのはスリルがあって楽しいね」
ひゃあああ!い、言っちゃった…。呆然とする私とスウェナちゃんの前で会長さんは余裕の笑みです。
「アルトさんとrさんの寝顔、とても可愛くて素敵だったな。二人とも手紙をくれたんだけど、まだ寮に帰ってきていなくって。納涼お化け大会は欠席します、と書いてあったよ」
寝顔!?…会長さんがアルトちゃんとrちゃんの寝顔を見たということは…。ジョミー君たちも愕然とした顔で会長さんを見ていました。どうしよう、アルトちゃんとrちゃん…お守りを使っちゃったんだ!
「そんなに心配しなくてもいいよ。まりぃ先生と同じで、夢以上のことはしていないから」
「うん、大丈夫!ブルーはお料理して食べるんじゃない、ってアルトが言った!」
無邪気な「そるじゃぁ・ぶるぅ」が叫んだ言葉で、私たちはテーブルに突っ伏しました。つまり、アルトちゃんもrちゃんも、会長さんに食べられちゃったというわけで…。
「あんた、嘘をついているだろう」
一番先に復活したのは、やっぱりキース君でした。
「夢以上のことはしてないだなんて…どこまで本当か分かるものか。寝顔を見たって言うんだからな」
「…夢を見せたら眠るものだよ。寝顔を堪能するのもいいものだけどね」
「寝顔だけ見て帰るのか!?」
「そうだけど。…あ、そうか。据え膳食わぬはナントカ…ってこと?あいにく、ぼくはそんなに飢えてないから」
会長さんは軽く片目をつぶって見せました。
「ぼくに気がある女の子にいい夢を見せて、幸せそうな寝顔を見る。これだけで十分なんだよねえ。そこまで想ってくれる女の子がいるって素敵じゃないか。もちろん、ちゃんとフォローもするし」
絵葉書も出しておいたんだよ、と会長さん。更に続けて…。
「アルトさんもrさんも素敵な所に住んでいるんだ。観光案内もしてもらったし、お礼にちゃんと御馳走してきた。君たちと行った旅行も楽しかったけど、一人で旅に出るのもいいね」
うわわわ…。会長さん、帰省先まで行っちゃったんだ!アバンチュールがどうとか言ってましたけど、まさか旅先でも例のお守りを…?
「旅先でどう過ごしていたかは、ご想像にお任せするよ。…そんなことより、納涼お化け大会はどうするんだい?その話をしていたように思ったけれど」
そういえば、すっかり忘れていました。参加するかどうかを検討していて話がズレたんでしたっけ。私たちは最初に戻って話し合った結果、参加することに決めたのでした。
「や、やっぱりやめておこうかしら…」
その夜、会場の墓地の入り口で順番待ちをしながらスウェナちゃんが呟きました。真っ暗な木立の中でフクロウがホー、ホー、と気味悪い声で鳴いています。気のせいか風も生暖かいような…。肝試しのコースは墓地を回ってくるだけですが、途中で監視役を兼ねて立っている先生方からスタンプを貰わなくてはなりません。それが揃わなければリタイヤです。あ、また誰か戻ってきましたが…。
「スタンプ2個か」
ブラウ先生が3人グループの男子のカードをチェックし、ダメだねぇ、と笑っています。
「半分も回れていないじゃないか。1回だけならリベンジできる。チャレンジするなら一番後ろに並び直しな」
「…い、いえ…!もういいです!」
「っていうか、本当に出るみたいなんですけど!…これって事前にお祓いとか…」
ガタガタと震え始めた男子生徒たちの顔は真っ青になっていました。
「お祓い?…ああ、一応、頼んでおいたけどねぇ。何かっていうと芸者をあげて宴会ばかりの坊さんたちに法力とかが期待できると思うかい?」
「や、やっぱり…。し、失礼します~!!」
男子グループは凄い勢いで逃げていきます。あ、転んじゃった。転んだ人を見捨てて走り去るなんて、よほど怖い体験をしてきたに違いありません。わ、私もやめたくなってきたかも…。
「おっ!もう俺たちの番みたいだぜ。リタイヤ多いから早かったよな」
「うん、あまり待たされなくて助かったよね」
ジョミー君とサム君がカードを貰って墓地に入っていきました。しばらくするとキース君たち柔道部三人組がカードを貰って出発です。ど、どうしよう…。スウェナちゃんと私は次なんですが、「風紀が乱れるから男女は別グループ」なんて決まりのせいで、心強い男の子たちもいませんし…。
「や、やめちゃおっか…」
ギャーッという悲鳴が墓地の奥から響いてきます。ジョミー君たちより先に出発した男子グループがスタンプ3個でリタイヤしてきたのを見て、スウェナちゃんと私がやめようと決心をした時のこと。
「おやおや。…せっかくだから行けばいいのに」
悠然と現れたのは浴衣姿の会長さん。右手に団扇、左手で浴衣を着た「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手を引いています。
「用心棒に貸してあげようと思ってね。ぶるぅは子供だし、グループに入れても大丈夫だよ。…ねえ、ブラウ先生?」
「そうだねぇ。あんたなら許可できないけども、ぶるぅは女子に混ぜてもいいよ」
「じゃ、そういうことで。…ぶるぅ、そんなに怖くないから。スウェナもみゆもいるんだしね」
え。怖くない?…よく見てみると「そるじゃぁ・ぶるぅ」は元気がありませんでした。帰りたい、と顔に書いてあります。ひょっとして用心棒はスウェナちゃんと私の方ですか!?
「うん、まあ…そんなところかな。でも怖がってるだけで役には立つから。騙されたと思って連れてってごらん」
「で、でも…私たちも棄権しようかなって…」
「かわいそうだわ、私たちでも怖いのに」
そこへブラウ先生がカードを取り出し、私たちの首から紐でぶら下げてくれました。
「さあ、行った、行った。早く行かないと後がつかえるよ!」
ドン、と背中を押されて踏み込んだ先は墓地の中。会長さんが「バイバイ」と手を振っています。こうなったらもう行くしかないか、と私たちは歩き始めました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はスウェナちゃんと私の間でしっかりと手を繋いでもらって歩いていますが、本当に役に立つんでしょうか…。
「あ、あそこ…。し、白いものが…」
スウェナちゃんが指差したのと、私たちの足を濡れたモノがスーッと擦ったのは同時でした。
「ひぃぃぃぃっ!!!」
ぬるりとした物体が引き摺るような音をさせて、私たちの足元から墓石の方へ。コンニャクとかではありません。猫なんかより遥かに大きい濡れた何かがズルズルと…。恐怖のあまり声も出なくなった私とスウェナちゃんの間から「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び出していって墓石の裏に回りました。
「わぁい、やっぱりゴマちゃんだぁ!」
歓声を上げて抱えてきたのは、まりぃ先生のペットのゴマフアザラシ。役に立つかも、「そるじゃぁ・ぶるぅ」。スウェナちゃんが見つけた「白いもの」の正体は白衣のまりぃ先生でした。
「はい、1個目のスタンプね。ここから先は手ごわいわよぉ♪」
スタンプを押して貰う間に聞こえた悲鳴はジョミー君だった気がします。その後は仕掛けが本格的になってきました。井戸の蓋が開いて白い影が這い出してきたり、血まみれの女性が立っていたり。怖がって震え始めた「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手を引っ張ったスウェナちゃんと私は勢いだけで進み、エラ先生に2個目のスタンプを貰い、シド先生に3個目のスタンプを貰って…。
「ここでちょうど半分だよ。女の子でここまで来たグループは今年は無いね」
ちょっと気をよくした時です。先の方でキース君たちの凄い悲鳴が聞こえて、シド先生が。
「あの声じゃリタイヤ確実だな。…ところで君たち、リタイヤする方法は知っているのかい?」
いいえ、と首を振ると先生は「カードを裏返しにすればいいんだよ」と親切に教えてくれました。
「この先は怖くなる一方だから、もうダメだと思ったら裏返しにするといい。そしたら誰も脅かさないしね。本当は絶叫して逃げるまで放置だけども、君たちは女の子なのに頑張ってるし…」
特別だよ、と奥の手を教えて貰って心強い気分です。いざとなったら首から下げたカードを裏返しにして歩いて帰ればいいんですから。仕掛けはどんどん手が込んできて、本物にしか見えないお化けや幽霊があちらこちらに潜んでいます。百鬼夜行とはこのことかも、と思いつつ「そるじゃぁ・ぶるぅ」を引っ張りながら進んでいくとグレイブ先生が4個目のスタンプを押してくれました。残りのスタンプは2個らしいです。
「その先でキースたちがリタイヤしたぞ。ジョミーたちもな」
グレイブ先生はわざわざ怖がらせるようなことを言ってクルリと背中を向けました。シド先生とは大違いです。紳士じゃないわね、と陰口を叩きつつ墓石の間を歩いていると…。
「きゃあああ!!!」
いきなり足首をガシッと掴まれ、続いて肩も。強い力が地面の中に引きずり込もうとしています。スウェナちゃんも「そるじゃぁ・ぶるぅ」も無数の白い手に掴まれてもがいていますが、これって…これって、本当に仕掛け!?地面が沼に変わったみたいに身体が沈んでいくなんて…。
「いやぁぁぁ!!!」
ママ助けて!と叫びそうになった瞬間、迸ったのは青い閃光。
「ぼくに触るなーっっっ!!!」
絶叫する「そるじゃぁ・ぶるぅ」が放った青い光に飲まれるように白い手も沼も消えていきます。青い光は墓地中を照らし、それからゆっくり収まりました。も、もしかして…助かった…?
「酷いよ、ブルー!…だからイヤだって言ったのに。ぼくが怖がりだってこと、知ってるくせに!」
泣きじゃくっている「そるじゃぁ・ぶるぅ」を交代でおんぶしながら私たちは先を目指しました。あれ?ゼル先生が立っています。5個目のスタンプ、貰っちゃった。…えっと…何も出ないんですけど…。ただ墓石があるだけで…って、教頭先生?服はベビードールではありませんでした。ホッとしたような、残念なような。
「これでスタンプ6個目だ。この先はもう何もない。よく頑張ったな」
教頭先生から6個目のスタンプを貰った後は出口を目指して歩くだけ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」も背中から降りて元気一杯に歩いています。肝試しをクリアしたってことを皆にアピールしたいのでしょう。墓地から出るとブラウ先生が賞品の手拭いとお菓子の詰まった袋をくれて、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は早速お菓子を食べ始めました。
今年の『納涼お化け大会』、クリアしたのは私たちの前に男子3組、私たちの後は殆どがクリア。この差は一体、何なのでしょう?ジョミー君やキース君たちはリタイヤ組に入っていました。とても恐ろしい思いをしたそうですが、クリアしてしまった私たちには何も話したくないそうです。
「ぶるぅが青く光ったのよ。そしたらお化けが出なくなったわ」
「ちぇっ、いいなあ…。絶対、何か秘密があるんだよ。みゆとスウェナが出てきた後に入ったグループ、誰もリタイヤしてないもの」
お化け大会の翌日、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋でジョミー君がブツブツ文句を言い始めると、会長さんがニッコリ笑いました。
「…ぶるぅはタイプ・ブルーだからね」
「「「え?」」」
聞き慣れない言葉に私たちは首を傾げましたが、会長さんは微笑んだだけ。
「今、言えるのはそれだけだよ。ぶるぅは仕掛けより強かったのさ。物事を知るのに急ぐ必要は無い。まだ2学期も3学期もある。…瞬間移動も体験したろう?あまり欲張らずにゆっくりと…ね」
慌てていると早く老けるよ、とウインクしている会長さん。三百歳を超えているというこの人のことも謎だらけです。ま、いいか…。きっと卒業する頃までには色々分かってくるんでしょう。夏休み、残りあと僅か。よ~し、遊んで遊びまくるぞ!
※rちゃんレポート
生徒会長さん、ホントに帰省先に遊びに来てくれました。
おいしい物を御馳走して下さって、観光案内出来て、ああ、楽しかったなあ...!
夏休みも残り少なくなってきました。でも宿題免除の私たちは気にせず遊び三昧。今日も面白いことは無いかと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋にやって来たんですけど…。
「かみお~ん♪ごめんね、今、ちょっと忙しくって。冷凍庫にアイスが入ってるから好きなの食べて」
奥から出てきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は何か用事があるようです。お菓子も勝手に食べていいから、と言うと再び奥の部屋へ入ってしまいました。覗かないでね、と念を押して。
「なんだ、なんだ?…ラブレターでも書いてるのか?」
「子供がそんなの書くわけないだろ」
サム君とジョミー君が扉の方へ近づいた途端、中から「ダメ~ッ!」と声がしました。私たちの行動は把握されているようです。それとも心を読んでるのかな?
「何をしてるのか分からないけど、とても大切な用事みたいね。今までこんなこと無かったもの」
スウェナちゃんの言うとおり、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はおもてなしが大好きです。みんながワイワイ騒いでいる横でせっせとお菓子や食事を作って出してくれるのがいつものパターン。お客様を放っておくなんてことは今回が初めてのことでした。
「キースたちの部活はお昼までだっけ?その頃には顔を出すんじゃないかな」
「だよなぁ。昼飯も作るだろうし」
私たちはお菓子やアイスを食べておしゃべりしながら奥の部屋の方を見ていました。扉の向こうで時々、ダダダダ…と妙な音がしますが、何の音だか分かりません。その内にお昼になり、キース君たちがやって来たのと、朝から姿を見かけなかった会長さんが入ってきたのは同時でした。
「やあ。そこでキースたちに会ったんだ。えっと、今日のお昼ご飯は…」
会長さんが部屋を見回すと、奥の扉がガチャリと開いて「そるじゃぁ・ぶるぅ」が顔を覗かせました。
「ピザを作って冷蔵庫に入れてあるから、温めて食べて。…ブルー、ぼくにも5枚持ってきてね」
「了解」
扉はすぐに閉まってしまい、ダダダダ…という音が聞こえてきます。私たちは冷蔵庫から食べきれないほどの量のピザを取り出し、オーブンで軽く温めて食べ始めました。会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に頼まれたピザをお皿に乗せて届けに行きましたけど、5枚だなんて凄いです。スウェナちゃんと私は1枚でお腹一杯になり、運動してきたキース君たちでも4枚が限界だったのに…。
「ぶるぅは労働中だからね」
ピザを食べ終えた会長さんが回収してきたお皿は見事に空になっていました。スウェナちゃんと私でお皿を洗い、棚に片付けて、それからみんなでおしゃべりをして。
「なあ。あんた、こないだ俺たちに約束したよな?瞬間移動させてやるって」
キース君が会長さんに向かって言い出したのは柔道部の逆肝試しイベントの後に出てきた話でした。イベント見物に出かけた私たちは瞬間移動を体験したんですけど、キース君たちは未経験。羨ましがったキース君たちに会長さんは「夏休みの内に必ず」と約束をして、果たさないまま今日に至るというわけで…。
「もちろん約束は守るよ、ぼくは。ぶるぅの準備が整い次第、今度は全員で移動するつもり」
「なるほど。…近日中、ということか」
「いや。あと1時間も待ってくれれば…」
会長さんがそう言った時、お籠もりしていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が出てきました。
「ブルー、できたよ!…もうバッチリだと思うんだけど、一応、確認してくれる?」
「ああ、ご苦労様。どんな感じかな」
会長さんが扉の奥に消え、しばらくすると…。
「みんな、お待たせ。約束の瞬間移動を体験させてあげられそうだ。ここに立って」
部屋の中央に集まった私たち7人を会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が両側から挟むようにして立ちます。えっと…何処へ行くんでしょうか?
「それは着いてのお楽しみだよ。おっと、その前に…誰か、荷物を持ってくれるかな?」
差し出されたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が奥の部屋から抱えて出てきた紙袋でした。キース君がそれを受け取ると、会長さんは準備オッケーとばかりに頷いて…。
「じゃあ、行こう。あまりビックリしないようにね」
フッ、と身体が浮くような感覚がして、私たちは空間を飛び越えました。
「…あれ?…教頭先生の部屋だ!」
声を上げたのはジョミー君。そこは見覚えのある教頭室ですが、先生の姿はありません。初めての瞬間移動に驚いているキース君たちはキョロキョロ周りを見回しています。
「ハーレイは奥の仮眠室だよ。柔道部でかいた汗をシャワーで流して、一休みするのが習慣でね」
会長さんが教頭室の奥のドアノブに手をかけ、私たちを手招きしました。
「さぁ、全員でお邪魔しようか。ああ、キース…その荷物、ぶるぅに渡してくれるかな」
紙袋を抱えた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はなんだかとても満足そう。中身はいったい何なんでしょう。教頭先生へのプレゼントとか?…会長さんは何も答えず、扉をガチャリと開けました。
「こんにちは。入るよ、ハーレイ」
「ブルー!?」
ソファに座っていた教頭先生が驚いた顔で振り返ります。バスローブ姿の教頭先生はゾロゾロと並ぶ私たちを見るなり、畳んでソファの端に置いてあった着替えの方に手を伸ばしましたが…。
「ハーレイ、着替えならここに持ってきたんだ」
会長さんがニッコリ笑って「そるじゃぁ・ぶるぅ」を見下ろしました。
「君の好みにピッタリなのを、ぶるぅが頑張って作ってくれた。きっと気に入ると思うんだけど」
ねえ?と「そるじゃぁ・ぶるぅ」と顔を見合わせ、会長さんは紙袋に手を突っ込みました。じゃあ、ダダダダ…という音がしてたのはミシンを使っていたんですね。アロハシャツかな?それとも粋に浴衣とか?
「遠慮しないで着てくれたまえ。ほら、君のサイズに合わせたんだよ」
会長さんが取り出したのは青い色をした薄物でした。やけにヒラヒラとしたデザインの長袖シャツですけれど…って、げげっ!あのリボンとフリルにはイヤというほど見覚えが…。
「ちょ…ちょっと、なんだよ、それ!」
ジョミー君が真っ赤になって叫びました。会長さんが見せびらかしているのはシャツなんかではなく、高原の別荘最後の夜にジョミー君が着たベビードール。教頭先生の匂いがする、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言ったアレです。…サイズは全然違いますけど。
「そうだよ、ジョミー。…君が着たのと同じものだ。ハーレイのサイズでぶるぅが作った」
会長さんの説明にエヘン、と胸を張る「そるじゃぁ・ぶるぅ」。お裁縫も得意だったとは知りませんでした…って、そんなこと言ってる場合じゃないかも。会長さんはベビードールをしっかり握って教頭先生に近づくと。
「さあ、立って。…座ったままじゃ着替えられない」
「…う……。わ、私の着替えならここに…」
「いいから、立って」
有無を言わさぬ口調に気おされるように教頭先生が立ち上がりました。
「バスローブ、脱いで。これが大好きなんだろう?…ワイシャツとズボンなんかより、よっぽど…ね」
「……い、いや、私は……」
教頭先生の顔に脂汗が滲んでいます。
「嘘をつかない。…君の好みは知ってるんだ」
ツカツカと教頭先生に近づいた会長さんの手がサッと動くと、教頭先生のバスローブがバサリと床に落ちました。柔道で鍛えた逞しい身体に残ったものは赤と白の縞々トランクスだけ。とうの昔に目が点になっている私たちに構いもせずに、会長さんはビッグサイズのベビードールを教頭先生の手に押し付けました。
「…言っておくけど、この子たちは全員、知ってるからね。君がぼくに何を贈ったか…。さあ、着て。着ないんだったら…どうなると思う?」
会長さんの手の中に現れたのは、もう1枚の青いベビードール。ジョミー君が着たものに違いありません。
「君が着ないなら、ぼくが着る。そしてベッドに乗っかって……。ハーレイ、君はトランクスしか履いてないよね?その状態でぼくの上に倒れ込んだら…。そこでぼくが思い切り悲鳴を上げたらどうなると思う?」
人を呼ばなくても写真が撮れればいいんだけどね、と会長さん。
「ぼくに着せたくて買ったそうだし、着てみようかな。ふふ、見たくってたまらないだろう?」
シャツのボタンを外そうとしている会長さんは本気のようです。スケスケのベビードールに着替えて、教頭先生を陥れようと企んでいるに違いありません。教頭先生の拳がフルフルと震え、ベビードールをグッと握って…一息に頭からかぶりました。
「「「!!!!!」」」
その光景はまさに視覚の暴力。教頭先生の身体にはおよそ似合わない可憐な青いベビードールの短い裾と、赤と白の縞々トランクスの裾は殆ど重なり合っていて…。あぁぁ、こんな恐ろしいものを目にしようとは夢にも思いませんでした。私たち7人が石像と化す中、会長さんは楽しそうです。
「とても似合っているよ、ハーレイ。…クルッと回ってみてくれるかな?」
逆らえない教頭先生が大きな身体をクルッと回転させると、ヒラヒラの裾がフワッと広がり、紅白縞のトランクスが覗きます。頭痛がしそうな景色でしたが、会長さんは気にしていません。
「ぶるぅ、頑張った甲斐があったね。ぼくのイメージにピッタリだ。じゃあ、もう1枚も披露しようか」
もう1枚!?…まさか、と思った次の瞬間、青いベビードールがパッと消え失せ、代わりに出現したモノは…。
「「「~~~~~!!!」」」
私たちは今度こそ卒倒しそうになりました。教頭先生が纏っているのは、マツカ君が逆肝試しで着た深紅のセクシー・ベビードール。袖なんか無くて細いストラップだけで…申し訳程度に胸を隠す部分から垂れたヒラヒラの布は中央で大胆に開き、鍛え上げられた腹筋が…そして縞々トランクスがまるっと見えるではありませんか!…そういえばマツカ君は共布のパンツを履いてたかなぁ…なんていうのは置いといて…。
「クルッと回ってみるかい、ハーレイ?」
硬直している私たちを他所に、会長さんが言いました。
「…ああ、でも…そのトランクスだと、何もかもまるでブチ壊しだねぇ?…ほら、ちゃんとパンツもあるんだけども。これに履き替えてもらえるかな」
紙袋から取り出した深紅の下着を「そるじゃぁ・ぶるぅ」が差し出しています。会長さんの指がパチンと鳴って、縞々トランクスは深紅のパンツと入れ替えられてしまいました。もう似合わないなんてレベルではなく、見てはならないものを見た気分。でもでも…どうしたらいいんでしょう。あまりの怖さに目が離せません~!
とんでもない格好をさせられてしまった教頭先生。大きな身体を縮こまらせて汗びっしょりの先生の手に、会長さんがビッグサイズの青いベビードールを握らせました。
「これ、ぼくからのプレゼント。もちろん、その赤もプレゼントするから、疲れた時には着替えて鏡を見てごらん。きっと心が潤ってくるよ。ぜひ活用してくれたまえ」
「……………」
誰が活用するものか!と言いたそうな顔の教頭先生に、会長さんはクスッと笑って。
「大丈夫、すぐに使える時が来る。…この子たち、声も出ないだろう?肝をつぶしているんだよ。…もうじきだねえ、夏休みの納涼お化け大会。この格好の君がオバケでなけりゃあ、何がオバケだというんだい?それを着てオバケの役で参加したなら、きっと最高に怖がられるね」
た、確かに…笑いより恐怖が先に立つかもしれません。でも本当にこの服で出たら、教頭先生の威厳も面子も丸潰れだと思うのですが…。
「その辺はハーレイの自主性を尊重するよ。無理強いをするつもりはないし」
会長さんは深紅のベビードールを着た教頭先生を眺め、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭を撫でて。
「ぶるぅ、頑張って作ってくれてありがとう。これでハーレイも懲りるだろう。…趣味じゃないプレゼントほど始末に困るものはないしね」
じゃあ帰ろうか、と会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が顔を見合わせ、私たちは瞬間移動しました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋に戻るなり、ソファや床の上に倒れてしまった私たち。まだ目の前に深紅と青の幻覚が…。ああぁ、凄いもの見ちゃったなぁ。海の別荘で遠目に拝んでしまったナマお尻より何十倍も強烈でした。なんだか熱が出てきたような気もします。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が冷たいおしぼりを配ってくれていましたけれど、そんなことより記憶を消すとか、そういう力はないんでしょうか…。
まだまだ暑さが続いていますが、柔道部の強化合宿が終了したので久しぶりに「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に7人グループが揃いました。会長さんはお留守でしたけど「そるじゃぁ・ぶるぅ」が手作りアイスを御馳走してくれ、お昼は特製チャーハンを作ってくれるとか。ナシゴレン風だよ、と言っているので楽しみです。合宿を終えたキース君たちは一段と精悍な顔になっていましたが…。
「……困った……」
キース君にしては珍しい歯切れの悪い口調に、ジョミー君が首を傾げました。
「どうしたのさ?チャーハン、好きじゃなかったとか?」
「いや、どっちかといえば好物だ。困ったというのは別の話で…」
それに続いたのはシロエ君。
「そうなんです。実はぼくたちも困ってるんです」
ねえ?とマツカ君と視線を交わしたシロエ君がフゥ、と溜息を吐き出して。
「昨日、合宿が終わったでしょう?で、実は今日、柔道部恒例のイベントがあって。部員全員が適当なグループに分かれて参加するんですけど、その中の1グループだけが教頭先生から奥義を教わる権利を得られるんです」
「奥義だって?すげえじゃないか!」
サム君が目を輝かせました。
「もちろん、教わるつもりだろ?」
「…それはその…。教わりたいのは山々ですけど…」
「条件が難しすぎるんだ」
マツカ君の途切れた言葉を引き継いだのはキース君でした。
「俺たちは1年だけで卒業らしいし、なんとしてもチャンスを掴みたいんだが…上級生がいるからな。経験が無い1年生は圧倒的に不利としか言えん」
「もしかして、それって勝ち抜き戦?」
ジョミー君が尋ねるとキース君たちは複雑な表情を浮かべました。
「ある意味、勝ち抜き戦とも言えるが…柔道とはまるで無関係なんだ」
「そうでもないんじゃないですか?元々は武士階級の人がいざという時に覚悟を決めるための度胸を鍛える目的でやっていたっていう話ですし」
「…でも…それとは正反対なんじゃないでしょうか…」
うーん、話が全く見えてきません。キース君たち、何を困っているんでしょう?
「あーっ、もう!じれったいなぁ、その条件ってなんなのさ!?」
「…肝試しだ」
「肝試し?」
「ああ。ただし、普通の肝試しじゃない。挑戦するのは教頭先生で、俺たちが脅かす側なんだ」
ええぇっ!?それって、確かに変。柔道部ってよく分からないかも…。
キース君たちの説明によると、柔道部の夏合宿後の肝試しは伝統の催しなんだそうです。会場は学校から近いアルテメシア公園の裏山。公園の裏手の登山道を登って山頂の小さなお堂に至るコースを教頭先生が一人で歩き、途中に潜んだ柔道部員が持ち場ごとに先生を脅かす決まり。教頭先生を一番怖がらせたグループが奥義を教えて貰えるのだとか。
「先生はホルダー心電図を装着している。その記録とグループの配置を照らし合わせれば、勝者が分かるという仕組みだ。…だが、どうすれば先生に恐怖心を起こさせることが出来るか、さっぱり見当がつかなくてな…」
なるほど。だから経験のある上級生が有利だというわけですね。競争もとても激しそうです。私たちもあれこれ考えましたが、教頭先生が怖がりそうなものなんて思いつきません。どうすれば勝者になれるんでしょう?
「かみお~ん♪ブルー、ちょうどチャーハン出来たとこだよ!」
あ、チャーハンが出来たみたい。…って、会長さん!?
「やあ。みんな、難しい顔してどうしたんだい?ぶるぅのナシゴレン風チャーハンは絶品だよ」
壁を抜けてきた会長さんがテーブルにつき、とりあえずチャーハンを食べることに。うん、本当にとっても美味しい!
「そうだろう?ぶるぅはエスニック料理も得意なんだ。…でも、みんな悩みがあるみたいだね。困ってるんなら相談に乗るよ?」
私たちは顔を見合わせました。人生経験豊富な会長さんなら名案があるかもしれませんけど、相手は教頭先生です。下手に相談してしまったら、とんでもないことになりそうな気が…。
「…ふぅん…。ハーレイの心臓を縮み上がらせればいいわけか」
わわわっ!誰の心を覗き見したのか、会長さんが楽しそうな笑みを浮かべました。や、やばい…。でも、柔道部員限定の行事なんだし、会長さんが手出しするのは反則ですよね?案の定、キース君が不快そうに。
「あんたの力は必要ない。俺たちがやらなきゃ意味が無いんだ」
「だろうね。ぼくも柔道の奥義には興味ないけど…アイデアなら貸してあげられるよ?」
「本当ですか!?」
シロエ君が顔を輝かせ、キース君もアイデアだけなら…と頷いています。会長さんはニッコリと笑い、立ち上がってマツカ君を手招きしました。
「隣に立ってみてくれたまえ。…ああ、うん…ちょうどいいくらいかな」
そして会長さんがマツカ君の顔を覗き込んで言った言葉は…。
「奥義のためなら自分を捨てることができるかい?…だったら秘策を教えよう。どうする、マツカ?決めるのは君だ」
マツカ君は迷いませんでした。強化合宿を経て、より強くなったみたいですね。
その夜、キース君たちは柔道部全員でアルテメシア公園へ向かいました。会長さんがマツカ君に教えた秘策が何だったのか、私たちは全く知りません。柔道部の三人だけを別室に連れて行って伝授していたみたいですから。
「…肝試しのことが気になるようだね。連れて行ってあげようか?…ぼくとぶるぅでシールドを張れば、誰にも見られずに見物できるよ」
私たちはもちろん、大賛成。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が腕を振るった夕食をしっかり食べてから、部屋の中央に固まって立つと…ほんの一瞬で夜の公園に立っていました。もしかして、これって瞬間移動!?
「そうだよ。ぶるぅと一緒なら、この人数でも飛べる。キースたちがいても飛べるさ。ね、ぶるぅ?」
「かみお~…もごっ!」
雄叫びを上げようとした「そるじゃぁ・ぶるぅ」ですが、会長さんが素早く口を押さえました。登山道の方は街灯も無くて真っ暗です。目を凝らすと木々の間で時々チラッと小さな灯が…。
「やってる、やってる。ハーレイはかなり上まで登っているな。ちょっと早いけど、キースたちの所へ行ってみよう。今度はシールドを張るから姿は完全に見えなくなるし、しゃべったりしても大丈夫」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のシールドに包まれて移動した先は山頂に近い山の中。月明かりの中にお堂の影が小さく見える辺りです。キース君たちは何処に隠れているのかな?
「あそこの大きな杉の陰だよ。登山道からは完全に死角。…あ、今、下でダースベイダーが出た」
は?ダースベイダーって、あの、スーハー、スーハーっていうアレですか?
「うん。それなりに意表を突いたみたいだけども…投げ飛ばされちゃったら意味ないね」
どうやら熾烈な戦いが繰り広げられているらしいです。でも私たちには全く分からず、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」だけが下の方を見て笑っていました。同時中継してくれればいいのに…。
「ごめん、ごめん。でも今日の一番の見せ場はキースたちだし、そこだけ見れば十分だろう?…ほら、もうハーレイが登ってきたよ」
ザッザッザッ…と教頭先生が白い柔道着に黒帯を締めて夜の山道をやって来ました。首からペンライトを下げています。そこへ杉の陰から飛び出して向かっていったのは鎧武者。折れた矢が何本も刺さってますから落ち武者ですね。あっさりと投げ飛ばされて、漏れた呻き声はシロエ君。次に飛び出したのは不気味に浮かび上がった骸骨で…黒い服にペイントをして頭はマスクを被ってましたが、これも簡単に投げられて…。
「キース、まだまだ修行が足りんぞ。明日からもっと頑張らんとな」
わっはっは、と豪快に笑って教頭先生はお堂の方へ。あぁぁ、もう終点じゃないですか!マツカ君、何処に行っちゃったんでしょう。それに鎧武者とか骸骨くらいで教頭先生が驚くわけが…、と、私たちが歯噛みした時です。お堂の扉がキイッと開いて白い人影が現れました。真っ白な着物を着て、顔を隠すように頭から白い薄衣をかぶり、滑るような足取りでお堂の下へ。
「なんだ、最後は幽霊か?…今年は熱心な1年生がトリをやりたいと申し出たから期待できると聞いてきたんだが、サッパリだ。お化け屋敷にもならんレベルだな」
マツカ君が化けているらしい幽霊を投げ飛ばそうと教頭先生が間合いを縮め、ダッと飛び込むと…幽霊はスッと下がって被った衣を投げ捨てました。月明かりの下に浮かび上がったその姿は…。
「ブルー!?…なんでお前が!」
教頭先生が叫んだとおり、そこにいたのは会長さん。会長さんはクルッと身を翻して登山道とは反対の方へ駆け出します。その先の木立を抜けると展望台で、夜は暴走族の溜まり場になっているという噂でした。
「ブルー!止まれ、そっちは危ないから行くんじゃない!!」
教頭先生の心拍数は明らかに上がったと思われます。会長さんを追って走る教頭先生はアッという間に遠ざかって…。あれ?…距離が全然開かない…。
「追いかけて飛んでいるんだよ。ぼくとぶるぅの力でね」
そう言ったのは会長さん。私たちはシールドに包まれたまま、地面の上を滑るように移動して教頭先生を追っていたのです。驚きましたが、瞬間移動に比べたら簡単なのかも。そして会長さんがここにいるってことは、教頭先生の前を走っているのは…。
「マツカに決まっているじゃないか。背格好と髪の色がよく似ていたから、ちょっと髪型を変えさせたんだ。見事に騙されたみたいだね。…ふふ、もっと面白いことになる」
会長さんに化けたマツカ君が走りながら白い帯を捨て、展望台に辿り着きました。駐車場にたむろしていた暴走族のお兄さんたちがヒュウ、と口笛を吹く中、マツカ君は殆どはだけていた着物をスルッと落とし、現れたのはゾクリとするほど艶めかしいデザインの…街灯に妖艶に映える深紅のベビードールと白い肌。
「うひゃ~っ、今夜は最高だぜ!!!」
下品な歓声と口笛が上がり、マツカ君の周囲に暴走族のお兄さんたちが群がります。
「ブルーっ!!!」
教頭先生が絶叫しながら野獣の群れの中に飛び込み、掴んでは投げ、掴んでは投げ…。その間にマツカ君も何人かをヒョイと背負い投げして群れから抜け出し、着物を着込んでしまいました。そうとも知らない教頭先生は阿修羅のような勢いで暴走族のお兄さんたちを全て倒してから、眉間に深い皺を刻んで振り返って。
「…ブルー、なんて危ないことをするんだ!寿命が百年は縮んだぞ」
「ごめんなさい!…ぼく、生徒会長さんじゃないんです…」
マツカ君が深々と頭を下げると教頭先生はヘタヘタと座り込み、ただ呆然とするばかりでした。極限まで上がった心拍数が正常値に戻るまで、どれくらいかかったのかは分かりません。だって私たち、その後すぐに「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に瞬間移動してしまったんですから。
柔道部恒例の逆肝試し、キース君たちのグループは見事に1位。教頭先生から奥義を習えることが決まって大喜びです。マツカ君が身体をはっただけのことはあったというわけですが、暴走族のお兄さんたちを興奮させたベビードールは何処から湧いて出たのでしょう?…まさか、あれも教頭先生が…。
「ハーレイの部屋から失敬したのさ」
会長さんがクスッと笑い、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋に集まっていた私たちに綺麗にラッピングされた箱を見せました。ちゃんとリボンもかかっています。
「この中に入っていたんだよ。ハーレイのヤツ、必死の思いで買ったはいいけど、渡す勇気が無かったらしい。そりゃ、デザインがアレじゃあね…。ぼくの瞳の色に似ているのがいい!と決めたくせに」
マツカ君が着ていた深紅のベビードールは、それはセクシーなデザインでした。ジョミー君が着せられた青いベビードールが清楚に思えてしまうほどに。
「ぼくに着てもらえて本望だろうさ、ハーレイは。…あの瞬間はマツカをぼくだと信じてたんだし、きっと幸せだったと思うよ」
本当か!?という私たちの心の叫びは会長さんにサックリ無視されました。
「ハーレイは心臓が破裂するほど喜び、キースたちは1位になれた。ベビードールは元通り箱に入れたし、ハーレイの部屋に返しておくよ。ぼくの残り香に酔えるといいね」
フッと消え失せた箱の今後は考えない方がいいでしょう。あ…、マツカ君が落ち込んでる…。そっか、マツカ君の残り香だっけ。でも「奥義のためなら自分を捨てる」と決めたんですから、その内に浮上しますよね、きっと。
夏、真っ盛り。暑くてたまらない季節ですけど、高原ともなれば下界とは別世界です。電車に乗って着いた所は唐松や白樺の林に綺麗な湖、聳え立つ山には雪渓なんかもあるみたい。マツカ君の家の別荘は林の向こうに湖が見える、木造二階建てのとても立派な洋館でした。
「海の別荘も凄かったけど、こっちもすげえ…」
由緒ありげな建物を見上げてサム君が感心しています。マツカ君を「ぼっちゃま」と呼ぶロマンスグレーの執事さんは今回も出迎えてくれました。三泊四日の滞在ですけど、ここでは何ができるのかな?
「少し歩けば湿原がありますよ。スウェナさんが言ってたお花畑なら、山の麓に広がってます」
マツカ君が言うとスウェナちゃんの顔がパッと輝き、一日目はとりあえず散歩することに。お部屋の窓からの景色も綺麗ですけど、外に出て歩いてみると空気がよくていい気分。涼しい風が最高です。
「日帰りで登れそうなのはどの山ですか?」
シロエ君は山に登るつもりでやって来たので、山の方ばかり見ています。ジョミー君とキース君もちょっと興味があるようでした。重い荷物を背負って歩きたくない、と言っていたサム君も、リュックの中身がお弁当くらいだったら行ってもいいな、と言い出しましたし…明日は登山になるのでしょうか。
「ぼくは留守番しているよ。年寄りの登山は遭難が多発しているからね」
会長さんがそう言いましたが、額面どおりに受け取る人は誰もいなかったと思います。三百歳を超えているのは本当でしょうけど、お年寄りらしい所は毛先ほどだって無いんですから。
「ブルー、行かないの?…山登り、楽しそうなのに…。じゃあ、ぼくも一緒にお留守番だね」
残念そうな「そるじゃぁ・ぶるぅ」。確かに保護者の会長さんが行かないとなると、1歳児に山は危ないかなぁ。
「自分の足で歩くんだったら、連れてやっても構わないんだが」
キース君が言うと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜び。でも万一の為に別荘の使用人さんで山に馴れた人に同行してもらうことになりました。途中で歩けなくなったりしたら大変ですし。私もスウェナちゃんも登山に行く気満々で翌朝、元気に起きたのですが…。
「えぇぇっ!?…登るって言ってたの、あの山なの!?」
指差された山はとても高くて、今からすぐに出発しても帰りは夕方らしいのです。
「年寄りの世話をしながら留守番するかい?」
クスクス笑う会長さんは、また絵葉書を持っていました。アルトちゃんとrちゃんに送るのに違いありません。この人の何処が年寄りなんだ、と突っ込みたいのは山々ですけど、一日がかりの登山よりかは留守番していた方がマシかも…。朝食を終えたシロエ君たちはリュックを背負って元気に出て行き、スウェナちゃんと私は玄関で手を振ってお見送り。会長さんはテラスの椅子に座って手を振った後、もう絵葉書を書いています。…アルトちゃんとrちゃん…例のお守りを今も大事に持ってるのかな?
登山に行ったシロエ君たちは夕方遅くに帰ってきました。自分で歩く筈だった「そるじゃぁ・ぶるぅ」は別荘のおじさんの背中で『おんぶおばけ』になっています。登り始めて1時間も経たない内にギブアップしたらしいのですが、山は堪能したようですね。山頂で十八番の『かみほー』を熱唱し、山彦が返ってくるのを聞いて大はしゃぎだったという話でした。他の登山客には、さぞうるさかったことでしょう。翌日は湖でボート遊びや釣りや水遊びを楽しみ、三日目は乗馬をしてみることに。マツカ君の家の馬を何頭も預かっている乗馬クラブがあるんですって!
「…マツカが上手いのは馴れてるからって納得するけど、なんで会長が上手いのさ!」
5回目の落馬をしたジョミー君がブツブツ文句を言っています。スウェナちゃんと私と、ポニーに乗った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は乗馬クラブの人に手綱を引いて貰っているので一度も落馬していませんが、他のみんなはマツカ君と会長さんを除いて何度も派手に落ちていました。
「運動神経の問題だけではないようだしな…」
と、3回落馬したキース君。
「なんたって三百歳超えてますからね、絶対、経験あるんですよ」
シロエ君は4回落ちていました。
「それにしたってムカつくよな~…。見ろよ、分かっててやってんだぜ。白馬なんかに乗りやがって」
7回落ちたサム君の言うとおり、会長さんは思い切り目立つ白馬で障害馬術コースを走っていました。それもマツカ君ですら中級なのに上級コース。障害を次々に飛び越えていく姿はまさしく白馬の王子様です。
「…会長は白馬の王子様だけど、ぼくたち、落馬の王子様だね…」
ジョミー君が情けなさそうに零した言葉は夏休みの名セリフの殿堂入りをし、かなり長いこと語り継がれることになってしまうのですが…それはまだずっと先のお話。落馬の王子様たちは最後まで汚名を返上できないまま、乗馬クラブとマツカ君の家の馬たちにお別れをして別荘へ。会長さんが乗っていた白馬はムーンダスト号という名前でした。
「別荘暮らしも今夜が最後かぁ…」
夕食のテーブルは豪華でしたが、夏休みの宿泊と旅が今夜でおしまいというのは寂しいです。誰からともなくトランプ大会をしようということになり、どうせなら…と唯一の和室の大広間に集まることになりました。
「じゃ、9時に大広間に集合でいいね?」
「お菓子とかを運ばせておきますよ」
会長さんとマツカ君が仕切って、一旦、解散。スウェナちゃんと私はお部屋で楽しくおしゃべりしながら明日持って帰る荷物やお土産をバッグにすぐに詰められるよう整理して、9時前に大広間へ向かったのでした。
「うわぁ、すご~い!美味しそう…」
大広間にはクッキーやお煎餅の他に可愛いプチケーキが沢山用意してあります。女の子を意識して厨房で作ってくれたのでしょう。でも多分…「そるじゃぁ・ぶるぅ」が殆ど食べてしまうのでしょうね。参考にするとかなんとか言って。広間に着いたのは私たちが一番で、次々と皆が集まり始めましたが…。
「ジョミーとサムは何をしてるんだ?」
「落馬の王子様の筆頭と二番手ですからね…。もしかして疲れて寝ちゃってるとか」
「ぼく、見に行ってきます」
キース君とシロエ君の会話を受けてマツカ君が立ち上がった時、ドアの向こうでジョミー君たちの声がしました。
「なぁ…。俺はやっぱり変だと思うぜ」
「ぼくだってそう思うけどさ。…でも、書いてあったものはしょうがないだろ!?」
「…だからって、真面目にやらなくっても…」
「きっとそういう遊びなんだって!変って所が大事なんだよ。他にも絶対、いると思うな」
ガチャ、と扉が開いてサム君が現れ、続いて後ろからジョミー君が…。って、いったい何事!?
「「「!!!!!」」」
私たちの目を一瞬で点にしたのはジョミー君の格好でした。長袖で超ミニ丈、リボンとフリルで飾り立てられた青いスケスケの……ベビードール。丈が短いせいでスラリと伸びた足がほとんど丸見えです。
「……ジョミー……」
キース君がドスのきいた声を出しました。
「女子もいるのに、なんだそれは!ふざけるにしても下は、せめて水着に…」
「一応、水着なんだけど。ほら」
「いちいちめくって見せなくてもいいっ!!!」
言われてみればベビードールの下は競泳用水着のようでした。ジョミー君は部屋中を見回し、自分の格好をしげしげと見て…。
「ぼくだけ?…なんで、どうしてぼくだけ!?」
パニックに陥りかけたジョミー君から聞き出せたのは、ジョミー君の荷物の上にベビードール入りの包みが置かれていたということと、メッセージカードがあったこと。カードには「これを着たあなたを見てみたい」と書かれ、差出人の名前は無かったこと。
「悪戯かな、って思いはしたよ?でもさ、最後の夜だし何でもアリの悪ノリかなぁ、って」
他にも怪しい格好をした仲間がいると思ったのだ、とジョミー君。けれど来てみればそうではなくて…。
「ジョミー、そのカードは持ってきているのか?」
「うん」
ジョミー君はサム君がポケットに入れてきたカードを受け取り、キース君に渡しました。
「…………。誰だろう?見覚えのある字なんだが…」
えぇぇっ、と皆がのけぞり、視線が犯人探しを始めます。犯人は…この中にいる!?…もしかして今から筆跡鑑定のために全員が同じ文章を書かされるとか、キース君に尋問されるとか…。いや、ひょっとしたら犯人はキース君という可能性も…。その時です。キース君に近づいた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がカードに鼻を近づけました。クンクンクン、と匂いを嗅いで…。
「このカード、風の匂いがするよ。ブルーとおんなじ匂いだね」
「「「会長っ!???」」」
またお前か!という殺気に満ちた視線が会長さんに突き刺さりましたが、そこで再び「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「…んーと……ブルーの匂いの他にもっと誰かの…。えっと…えっと…」
その匂いはかなり薄いものらしく、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は頑張って…とても頑張って。
「分かったぁ!…これ、ハーレイの匂いだよ!!!」
えっ!?しかし次の瞬間、キース君も大声で叫んでいました。
「そうだ、教頭先生の字だ!!」
「「「えぇぇぇぇぇっ!!?」」」
今度こそ部屋中が大パニックに。ベビードールで、メッセージカードで、カードの匂いが会長さんで、カードを書いたのが教頭先生!?混乱の極みに達した部屋で会長さんだけが悠然とお茶菓子をつまみ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」までが皆のパニックが伝染したらしく「かみお~ん!」と雄叫びを上げて大広間を縦横無尽に意味も無く走り続けたのでした。
「…まったく…。思い込みの激しい人ほどプレゼントってヤツを寄越すんだよね」
トランプ大会をする気力も無くなり、真っ白に燃え尽きて討ち死にしている私たちを会長さんが眺めています。
「ハーレイのヤツ、あれだけ弄ばれても懲りてないんだ。このぼくがベビードールなんか着るとでも?…自分の尺度でしか考えられないっていうのが痛々しい。紅白縞のトランクスだって、まんまと騙されて後生大事に履いてるし。ぼくがお揃いで白黒縞なんて履くわけないだろ?…勝手に盛り上がって暴走しちゃって、挙句に趣味の押し付けだなんて最悪だね」
畳に倒れたジョミー君が着ている青いスケスケのベビードールは、教頭先生が会長さんに着せてみたくて買ってきたモノ。教頭先生が会長さんに御執心だとは聞いていましたが、こんなものを贈っていたなんて。どんな顔をして手渡したのか、それともこっそり置いていったのか……その辺のことは分かりません。でも会長さんの逆鱗に触れたのは確かです。わざわざ別荘まで運んだ上にジョミー君に着せて騒ぎを起こし、みんなにバラしてしまったんですから。
「とにかく、同情の余地は無いんだよ。だから君たち、ぼくばかり悪者にしないでくれたまえ」
会長さんの声を子守唄代わりに、私たちは別荘ライフ最後の夜を雑魚寝で過ごしてしまいました。ボーッとした顔で朝食を食べ、シャッキリしない頭で執事さんたちにお礼を言って…。帰りの電車の中で元気だったのは会長さん一人だけでした。駅の売店で買った絵葉書をポケットに入れて窓の外を飽きずに眺めています。もしかして残った夏休みの間にフラッと旅に出るつもりでしょうか?私たちの夏休みの旅は終わりですけど、会長さんの旅はまだこれからかもしれません。アルトちゃんとrちゃんの帰省先まで行ってしまったとしても驚かないかも…。