シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
会長さんが立ち止まったのは教頭室の前でした。そういえば会長さんの担任は教頭先生でしたっけ。会長さんが扉をノックし、中から「どうぞ」と声がします。私たちは廊下で待っているつもりだったのですが、会長さんは「ついておいで」と言いました。教頭室って来たことないけど、まぁ、いいか。
「失礼します」
ガチャ、と扉を開いた会長さんに続いてゾロゾロ入っていくと、机で書き物をしていた教頭先生が顔を上げました。うわぁ、羽ペン使ってらっしゃるんだ!渋~い…。ちょっとステキかも。
「なんだ、ブルーか。どうした?」
「出張、お疲れ様でした。お帰りになったと伺ったので御挨拶に」
会長さんに続いて柔道部の三人が勢いよく頭を下げました。
「「「お疲れ様でした!また、御指導宜しくお願いします!」」」
「ああ、長いこと留守をしてすまなかったな。柔道部の方は期末試験が済んだら指導を始める。夏休みの強化合宿ではグッと力がつくはずだ」
教頭先生、出張してらしたとは知りませんでした。教頭先生が出張…。宇宙クジラの目撃談が新聞に小さく載っていたのは昨日の夕刊でしたっけ。教頭先生の長期出張と宇宙クジラの目撃情報が重なることが多い、と会長さんが言ってましたけど…本当だったみたいです。もしかして会長さんは、その件で私たちを連れて来たのかな?
「…ところで、ブルー。挨拶にしては少し人数が多いようだが…。柔道部の三人は分かるとしても、他の子たちはいったい何だ。ギャラリーか?」
「証人です」
「証人?」
怪訝な顔の教頭先生。私たちも寝耳に水です。証人って、なに?
「文字通りです。多ければ多いほどいいと思って」
そう言いながら会長さんはツカツカと教頭室を横切り、重厚な木製の戸棚の扉をバンッ!と開けました。
「あっ、こらっ!何をする、勝手に開けるんじゃない!」
「…今の言葉の前半部分、そっくりそのままお返ししますよ」
会長さんは戸棚の中をゴソゴソと探り、筒状に丸めたポスターのようなものを引っ張り出して。
「先生、これは何ですか?…みんな、これをよく見てほしい」
シュルッと広げられた『それ』は会長さんの写真でした。等身大に引き伸ばされた…親睦ダンスパーティーの時のウェディング・ドレス姿の写真。教頭先生が何故そんなものを!?
「さあ、なんでだろうね?…正直、ぼくもビックリしたよ。まさか学校にまで置いていたとは思わなかった。まりぃ先生から2枚受け取ったのは知っていたけど、保存用と観賞用ではなかったらしい」
か、観賞用?保存用?…私たちの頭が混乱する中、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言いました。
「ぼく、1枚は知ってるよ。ハーレイの部屋に貼ってあるんだ。ね、ブルー?」
「よりにもよって寝室に…ね。もう1枚がここってことは、もしかして奥のベッドで仮眠する時…」
「ま、待て、ブルー!私はそんなつもりでは…」
「じゃあ、何?」
会長さんは教頭先生の机に近づき、大きな椅子の後ろに回って教頭先生を肩越しに覗き込みながら。
「…担任の生徒の等身大写真を持ってるなんて、どう考えても普通じゃないよね?それも男の先生が…男子生徒の女装写真をこっそり隠し持っているっていうのは…危ない趣味だと思われても仕方ないんじゃないのかな」
クスクスクス。教頭先生の額の皺が深くなったのを会長さんの指がツツーッとなぞりました。
「このことが学校中に知れ渡ったら…大変だねえ?単なる噂じゃないってことは、ぼくが連れてきた証人たちが立派に証言してくれるだろうし」
「……ブルー……」
教頭先生が困っているのが手に取るように分かります。脂汗だって浮かんでいるし。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が等身大写真をクルクルと巻いて机に載せると、会長さんはニッコリ笑って甘えるような口調で言いました。
「…ハーレイ。ぼくたち、焼肉を食べに行きたいんだ」
「……や…焼肉…?」
「うん、焼肉。でも、ぶるぅもいるし、人数も多いし。ずいぶん高くつきそうだなぁ…って」
ねえ?と首をかしげた会長さんの笑みは凄く艶っぽいものでした。
「わ、分かった!…焼肉だな?」
教頭先生は財布を取り出し、ありったけのお札を抜き出して会長さんの手に…。
「みんな、好きなだけ食べるといい。足りなかったら私の名前でツケにして帰ってくればいいから」
「ありがとう、ハーレイ。…大好きだよ」
会長さんが耳元でそう囁くと、教頭先生は頬を赤くして咳払い。
「…用が済んだなら行きなさい。私は出張中に溜まった仕事の処理で忙しいんだ」
「はいはい。それじゃ、邪魔したね、ハーレイ。遠慮なくご馳走になるよ。さぁ、みんな…教頭先生はお忙しいんだから、失礼しよう」
「は、はいっ!」
色々と謎が山積みのまま、教頭室を後にした私たち。挨拶をするのも忘れて出てしまった私やジョミー君と違って、柔道部のキース君、シロエ君、マツカ君がきちんと挨拶と礼をしたのは柔道部で礼儀作法を叩き込まれているからでしょうね。さぁて、いよいよ焼肉パーティーです。教頭先生のおごりだよ、と会長さんが言いましたけど…いいのかなぁ?
予算の心配が無くなった私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」御推薦の高級そうな焼肉店に入りました。料理好きの「そるじゃぁ・ぶるぅ」は食べ歩きで舌を鍛えているのだそうです。確かにお店も綺麗でお肉も美味しい!個室だから騒いでも他のお客さんの迷惑にならないし…。
「で、あんたはなんで教頭先生の戸棚の中身を知っていたんだ?」
キース君の質問に会長さんはクスッと笑って。
「出張中に何度か昼寝しに行ったからね。保健室もなかなかだけど、ハーレイのベッドも寝心地がいい。身体が大きい分、ベッドもちゃんと大きいんだ。泊り込み用の仮眠室とは思えないほどさ」
「…勝手にベッドを借りた挙句に、部屋中、物色してたのか…」
「失礼だな。探検していた、と言ってくれたまえ」
焼肉でワイワイ盛り上がりながらも、話題にさっきの写真ネタは欠かせません。教頭先生は男の子の女装写真が好きなのかも、という流れになってジョミー君たちが青ざめました。
「ま、まさか…ぼくたちのウェディング・ドレスの写真も戸棚の中に…」
「それはないね」
会長さんはキッパリ否定し、心配ならまりぃ先生に確認するといい…とジョミー君たちを安心させて。
「困ったことに、ハーレイはぼくに御執心なんだよ。あんな写真をこっそり隠しているなんて…いじらしいね。寝室に貼ってる分はともかく」
「も、もしかして…あんた、教頭先生の家の寝室に!?」
キース君の声がひっくり返り、私たちもサーッと青ざめました。会長さん、まりぃ先生の特別室だけじゃなくて教頭先生のベッドにも!?
「人聞きが悪い言い方だね。ぶるぅも知っていただろう?入ってみただけだよ、入っただけ」
「そ、そうか…」
「ふふ、寝たのかと思ったんだ?」
会長さんの意味深な笑みに私たちがドキンとした時です。
「思い出したぁ!!!」
いきなり「そるじゃぁ・ぶるぅ」が叫びました。
「思い出したよ、ブルーのセリフ!…えっとね、寝顔!『また君の寝顔を見せてくれないか』って言うんだった!」
それはスウェナちゃんと私だけが聞いた「お守り袋でお試しコース」の時の会長さんの決めゼリフ。
「なになに、なんの話?」
「…寝顔って…あんたいったい、何処で何をやらかしたんだ」
集中砲火を浴びる会長さんの横で「ぐぉーっ」と突然、大きなイビキが。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が仰向けになって気持ち良さそうに寝ていました。
「あっ、こいつ、チューハイなんか頼んでやがる!」
「「「えぇぇっ!!?」」」
サム君が言うとおり、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はチューハイを何杯も注文して一人で飲んでしまったようでした。私たちは真面目にジュースとウーロン茶なのに!
「ほらね、酔っ払いの言葉だよ。気にしない、気にしない」
会長さんがサラッとごまかし、寝顔発言と教頭先生の写真騒ぎは焼肉パーティーの話のネタに紛れ込んだまま流れ去ります。美味しい焼肉をお腹いっぱいになるまで食べて、デザートも食べて…満足した後は教頭先生のポケットマネーでお支払い。余ったお金は会長さんが爆睡している「そるじゃぁ・ぶるぅ」を連れて帰るためのタクシー代に使うことになりました。
「タクシー代の残りでぶるぅに食材を買わせよう。せっかく貰ったお小遣いだし、有効に利用しなくちゃね」
会長さん、残ったお金を教頭先生に返すつもりはないようです。
「当然だろう?」
タクシーに「そるじゃぁ・ぶるぅ」を押し込みながら会長さんがウインクしました。
「ツケにしてもいい、って言ってたじゃないか。でも、ツケにするほど食べなかったし…食費にするのに貰ったんだし。食費も食材費も似たようなものさ」
そうかな?…言われてみればそんなような気も…。
「じゃあ、帰り道に気をつけて。スウェナとみゆは家の人に途中まで迎えに来てもらうんだよ」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」を乗せたタクシーが夜の街に消え、私たちも最寄り駅で解散です。教頭先生には気の毒でしたが、思っていたより遙かに上等の焼肉が食べられたので満足、満足。こんな夕食会なら何度あっても大歓迎だね、と言い合いながら楽しく家路につきました。教頭先生、ご馳走様~!
カレンダーが7月になり、夏休みもすぐそこ。その前に期末試験があるんですけど、我がA組は生徒会長さんがなんとかしてくれるだろうと危機感の無い日々を送っています。ええ、会長さんは相変わらず「気が向いたから」と言っては度々A組に現れますし、他のクラスには顔を出さないようですし…A組で期末試験を受けてくれるのは確かでしょう。グレイブ先生が気に入ったのか、会長さんの言う「仲間」が5人もいるからなのかは謎ですが。
「みゆちゃん、スウェナちゃん…。ちょっと、いい?」
放課後、掃除当番をしていた私たちに声をかけてきたのはアルトちゃんとrちゃんでした。
「教えて欲しいことがあって…」
二人は私たちが掃除を終えるまで残って待っていて、誰もいなくなってから声を潜めて言いました。
「あの…。生徒会長さんのことなんだけど。何処に住んでいるのか知ってる?」
え。会長さんの家って何処でしょう?そういえば全然、聞いたことないかも。
「やっぱり、みゆちゃんたちも知らないんだ…。ぶるぅっていう子と一緒に暮らしているのかなぁ」
「それは多分…そうだと思うけど…」
スウェナちゃんと私が知っているのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋までです。もしかしたら、あの部屋の奥に会長さんのお部屋があったりするのでしょうか?アルトちゃんとrちゃんは真剣な顔でこう尋ねました。
「本当は、家が何処かはどうでもいいの。…ぶるぅが手引きをしてくれる、って言ってたのは本当なのかなぁ、って。私たちの寮、とても警備が厳しいんだけど…会長さん、本当に忍び込めるのかな?忍び込むところを見つかったりしたら停学は確実だし、心配になって。それに…会長さんが私たちのことを好きだなんてことは…」
「好きかどうかはともかくとして、見つかるような人じゃないと思うわ」
スウェナちゃんが言い、私も即座に頷きました。
「うんうん、それだけは絶対ない!…だって会長さんだもん」
「そう?…そうなんだ…」
アルトちゃんたちが呟き、互いに顔を見合わせて。
「じゃあ、あとは私たちの心の問題なのね」
「うん。…会長さんに危険が及ばないなら、いつか試してみてもいいかも」
わわっ、まずい!…私たち、アルトちゃんたちに余計なことをしゃべったみたい。会長さんの身を案じて例のお守りを使わずにいたらしい二人に「心配いらない」とお墨付きを与えてしまったんです。だけど後悔先に立たず。アルトちゃんたちはお礼を言って教室を出ていき、その背中には恋する乙女のピンクのオーラが…。
「どうしよう。アルトちゃんたち、あのお守りを使っちゃうかも」
「使わないと思いたいけど…。一度は断念しかけたみたいだし」
「でも、今、うっかり後押ししちゃったのよね、私たち…」
私たちは深い溜息をついて「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋へ向かいました。
「かみお~ん♪どうしたの、二人とも?」
土鍋でくつろいでいた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が元気に跳ね起き、冷蔵庫から特製あんみつを出してくれます。夏に土鍋というのは妙ですけども、ひんやりして気持ちがいいんですって。
「あら、ジョミーたちは?」
スウェナちゃんが言うとおり、先に来ているはずのジョミー君もサム君もいませんでした。会長さんの姿も見えません。
「ブルーと一緒に柔道部の練習を見に行ってるよ。みゆたちも行く?それとも、ぼくとおしゃべりする?…なんだか元気がないみたいだけど」
「そうね…。この際だから聞いちゃおうかな。ぶるぅ、赤いお守り袋を知ってる?」
あひゃあ!スウェナちゃん、いきなりそれを聞きますか!?
「ぼくの手形が入ってるヤツ?…ブルーが女の子に配るんだけど」
「それそれ!それ、本当に効き目があるの?ぶるぅ、それが使われた時は会長さんを手引きしてるの?」
「手引き?…ぼくは紙に手形を押すのと、お守り袋を作るだけだよ。その後のことはよく知らないや。何かの合図に使うみたいだね。お守りを使った人がいるから、って夜中に出かけていっちゃうことがたまにあるんだ」
なんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はお守り袋を作ってるだけで、使い道を知りませんでした。すると全ては会長さんがやってることで、忍び込むのも夢を見せるのも単独犯ということです。
「単独犯?…ブルー、悪いことなんかしてないよ」
不快そうな顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ブルー、いつだって言ってるもん。お年寄りと女子供は大切にしなきゃ、って。だからお守り袋を渡した女の子のこと、とても大事に扱う筈だよ」
「たった一回しか使えないお守りでしょ?…本当に大事に扱うのなら無期限でなきゃ!」
スウェナちゃんも負けていません。ですよね、やっぱり1回限りは不実ですよね…。
「希望者には追加を渡すんだからいいと思うな。1回目はお試しコースらしいし」
「「お試しコース!?」」
私たちの声がハモりました。
「うん。何を試すのかは知らないけれど、そう言ってた。でね、その時に聞くんだって。君の……えっと、なんだっけ…えっと…えっと…。ごめん、忘れちゃった。とにかく『また君のナントカを見せてくれないか』って尋ねて、OKだったら新しいお守り袋を渡して帰って来るんだよ」
ナントカ!?…そこに入りそうな単語を瞬時にあれこれ想像しまくった私たちは真っ赤になってしまいました。いったいどんな口説き文句だか知りませんけど、きっととんでもない単語が…。もしかしなくても「そるじゃぁ・ぶるぅ」には理解できない伏字の世界かもしれません。あんな美形の会長さんにそう言われたら、誰も断りきれないんじゃあ…。アルトちゃんとrちゃん、大丈夫かな?
「そっか、友達だったんだよね…お守りを貰った人たち」
「そうなの。使っちゃうかもしれないし、気になって…」
「心配だもの、何かあったら…って」
「平気、平気!…ブルーに任せておけば大丈夫だよ。それに今、お守りを持っているのはその二人だけだし。でも、お試しコースってなんだろうね?」
無邪気に尋ねる「そるじゃぁ・ぶるぅ」は本当に何も知らないようです。そして私たちも1歳児相手に余計な知識を吹き込めるほど、悪いオトナではありませんでした。アルトちゃんとrちゃん…。お守り袋でお試しコースを体験したら、会長さんの虜になってしまいそう。かなり危険な香りがします。アルトちゃん、rちゃん、使っちゃダメ~!
「おやおや、来ないと思ったら…こんなところでおしゃべり中かい?」
会長さんの声が聞こえて、スウェナちゃんと私は飛び上がりました。ジョミー君とサム君、柔道部の三人も次々に壁を通り抜けて来ます。いつの間にか部活が終わる時間になっていたんですね。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がいつものように特製オヤツを作ろうと割烹着に手を伸ばしましたが。
「ぶるぅ、今日はオヤツは作らなくていいよ」
そう言った会長さんは私たち全員にウインクをしてみせました。
「晩御飯は要らない、って家に連絡しておいて。みんなで何処かへ食べに行こうよ。何がいい?」
「焼肉!」
一番に叫んだのはジョミー君です。ラーメンとか豚カツとか、いろんな意見が飛び交って…結論は焼肉。
「それじゃ、そういうことで行こうか。ぶるぅも来るよね」
嬉しそうに頷く「そるじゃぁ・ぶるぅ」も加わり、私たちは影の生徒会室から本物の生徒会室に戻りました。今夜はみんなで焼肉パーティー!
「あ、その前に…ちょっと寄って行く所があるんだ。ついて来て」
スタスタと歩き出した会長さんを追う私たち。焼肉パーティーへの道はまだまだ遠いかな…?
昨夜のセルジュ君ショックから寝不足になり、1時間目が終わると同時に保健室に駆け込んだrちゃんと私。
「あらぁ、どうしちゃったの二人とも。寝不足はお肌に悪いわよ」
そう言うまりぃ先生のお肌はつるつるのすべすべ。
充実してますっていう感じが私たちにも分かる。
「昨日眠れなくて。ね~」
と二人で声を合わせて言う。
「あら。また数学? …それはアルトちゃんだけだったわね」
「アルトは数学で寝不足にならないですよ、先生。だって寝ちゃうもん」
「そうだったわね。ごめんなさい。それで原因は何?」
「とあることを目撃しちゃって…」
「何かしら~? 生徒会長?」
「違うんです。セルジュ君が……」
そこまでrちゃんが口にするとまりぃ先生はすっくと立ち上がり、『外出中・急患は教頭先生のところへ』というプラカードをドアの外に下げると、あたしたちを保健室の奥に誘った。
そ、そっちは特別室……。
「ま、まりぃ先生?」
「さ、早く」
ごっくんと唾を飲み込んで足を踏み入れる。
と、そこは保健室どころか学校とも思えない豪奢な内装の部屋だった。
真ん中にベッドが一つ。隣にソファ。
奥にもう一つドアがある。
ベッドは綺麗にメイクされていて、いつでも準備OKという感じだ。
自然顔が赤くなる。
「さ、ここなら大丈夫。それでセルジュ君がどうしたの?」
「その前に先生、どうしてセルジュ君の名前だけで…。過剰反応のような気がするんですけど」
「あら…そう……。貴方たち同じ同好会だから知っているのかと思ったけれど、知らないのね」
「えっ?」
rちゃんと私、声を揃えて答える。
セルジュ君に秘密が?
「転任してきて最初のお仕事は生徒の健康記録を見ることなんだけど。セルジュ君、1年生なんだけれど、その記録がず~っとあるのよ」
「ず~っとって…どれくらいですか?」
「数えるの面倒臭くなっちゃったから、50年分で止めちゃったけど、その倍はあったわ」
嘘!
ということは、セルジュ君1年生じゃなくて…えっと…生徒会長みたいにずっとここの生徒ってこと?
「他に、そういう生徒いるんですか?」
「数学同好会の人はみんなそうよ」
「ええええっ!」
じゃパスカル先輩も、ボナール先輩も100年以上…。
なんだか目が回ってきた。
「ま…まさかグレイブ先生は……」
「さて、どうかしら? 職員のカルテは私でも見られないのよ」
「じゃあ可能性有りってことですよね!」
rちゃんが勢いこんで叫ぶ。
「ゼロじゃないってことね。それでそのセルジュ君がどうしたのかしら?」
「キスしてたんです!」
勢いのままrちゃんが叫ぶ。でも直後顔が真っ赤になっちゃった。
「相手は?」
あれ? まりぃ先生は冷静。すごくびっくりするかと思ったのに。
「それが暗くてよく見えなかったんです……」
「でも喧嘩しちゃったみたいで…」
「そう…」
言いながらまりぃ先生は近くの端末で何か作業を始めた。
「ねえ、この子じゃない?」
モニタを覗き込んであたしたちはその美貌に驚きながらも頷く。
その子は写真でも人間っぽくなく見えたから。
「この子みたい。髪型と髪の色しか分からないけど」
「うん。…ってこの子、男の子!」
「え~っ!」
「シャングリラ学園幻の美少年ジルベール。ほんとに在籍してたのね~」
な、なんだかまりぃ先生の目がハートに。
「会ってみたいじゃない? それに生徒なんだから健康診断しなくちゃね」
まりぃ先生、生き生きとしちゃってます。
でも本当に綺麗な男の子。
1年生って書いてあるけど、クラスは書いてない。
もしかして生徒会長さんと同じでクラスがないのかな?
「ねえ。アルト」
「なに?」
「よく分からないけどさ、もしかしてこのジルベール君もセルジュ君と同じくらい1年生やってるのかな?」
ん~どうだろ。でも可能性あるよね。
あれこれと色々話しながらスクロールさせていて、ある一点であたしたちの目が止まった。
「数学同好会所属!」
も、もしかして、これは会えるかもしれないってこと?
「その時は、呼んでね」
「は…はい!」
思わず返事しちゃったけど、そんな都合良く呼べるかな。
いや、いざとなったらあたしが数学の教科書をガン見すればいいってことだよね。
よ、よし!
今日から違う意味でクラブ活動が楽しくなりそう。……たぶん。
目の前にぶらんとお守りを掲げて揺らす。
隣のrちゃんは手の中でお守りを弄んでいる。
「マカロン、美味しかったね」
「うん。美味しかった」
「水族館も楽しかった」
「イルカショー、最高」
「それを言うなら、ぶるぅ最高!じゃない?」
「あたしは、マカロン最高!かも」
顔を見合わせて笑う。
お守りを生徒会長にもらってから、どうしようかってずっと二人で考えてた。
勉強なんて全然手につかないし、宿題だって出来ない。
このままじゃグレイブ先生だけじゃなくて、他の先生にも睨まれちゃうよね、なんて二人でお茶を飲みながら話をして。
「もやもやするからさ、rちゃん、今夜、使いなよ」
「ええっ、それなら言い出しっぺのアルトが先に」
なんて今日も堂々巡り。
でも二人とも本当は分かってるんだ。
使いたいけど使えないって。
「あのさ…」
「ん?」
「バレたら退学だよね」
「あたしたちだけじゃなくて…」
「…うん。それにさ、あたしたちは好きだけど、生徒会長は…そうじゃないんだよね」
「……そうだよね…」
答え、出てるんだよね。
「夢のプレゼントを貰ったんだよね」
「そうだね」
ふふ、と二人で笑い合う。
「使って欲しいなって思えるような素敵なレディに!」
「……400年後くらいなら可能かもよ」
自分突っ込みで二人で乾いた笑いを響かせる。
「でもさ、お守りは肌身離さずだよね♪」
「プレゼントはプレゼントだもんね♪」
「それにしても、マカロン美味しかったね」
「寮の味気ないお弁当が霞んじゃった」
「ぶるぅのクレープも美味しかったし。特製お弁当、もっと美味しいんだろうなぁ…」
「ねぇアルト」
「なに? 他にも何かあったっけ?」
「さっきから食べ物の話ばっかり」
「あ……」
「素敵なレディになるんじゃなかったの?」
「えっと~……明日から!」
ダメだよ、とrちゃんが言いながらパタパタと背中を叩く。
それを避けようと立ち上がった瞬間、窓の外にセルジュ君の姿が見えた。
「あ、セルジュ君」
「どこどこ? あ、ほんとだ」
rちゃんが呼ぼうとした時、隣に人影が見えた。
「お友達かな?」
呟いた瞬間、驚いてしゃがみ込んだ。
もちろんrちゃんも同じだった。
「み…見た?」
「見ちゃった……」
セルジュ君、キ…キスしてた。
女子寮の前で。
信じられなくて二人でそ~っと窓の外をもう一回見る。
「まだ…真っ最中」
「ひゃぁぁ~大胆。あ、あれ、何か口論? うわっ」
相手の子、セルジュ君を叩いて先に行っちゃった。
二人してまた窓の下に引っ込む。
これは……大事件かも。
でも聞けないよね。
でも気になるよね。
お守りの件が一段落したのに、今夜も眠れそうにないな…。
校外学習という名の遠足はすぐにやって来ました。お弁当を持って登校すると、大きなバスが何台も並んでいます。教室でグレイブ先生が出席を取り、欠席者は一人も無し。その代わり…。
「なんだ、お前は」
グレイブ先生の視線の先では、生徒会長さんの机に座った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が足をブラブラさせていました。
「ぼく?…そるじゃぁ・ぶるぅ。知ってる筈だと思ったけど…ぼけちゃった?」
「シッ!言っちゃダメだよ」
そう言ったのは会長さんです。
「最近、生え際をずいぶん気にしてるようだから…ボケとかハゲは禁句なんだ」
「ふぅん…。そういえば今朝、カツラの広告が入っていたよ。残しておいてあげようかな」
「貴様ら!!!」
ブチ切れそうな顔でグレイブ先生が叫びました。
「誰がハゲだ、誰が!私の頭髪管理は完璧だ。1ミリたりとも後退させておらん。くだらんことを言うと置いていくぞ!」
「…じゃ、言わなければいいんだね」
会長さんが笑みを浮かべて。
「ぶるぅ、連れてってくれるってさ。よかったね。バスはぼくの隣に座るといいよ」
「うん!!!」
嬉しそうに頷いた「そるじゃぁ・ぶるぅ」。グレイブ先生はハメられたことに気付いて愕然としていましたが、今更どうにもなりません。1年A組のバスは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と特製お弁当を載せて水族館へと出発しました。車内はワイワイとても賑やか。私の隣はスウェナちゃんで、通路を挟んでキース君とマツカ君。私たちの後ろにはアルトちゃんとrちゃんが座っています。rちゃんと通路を挟んだ隣にいるのはジョミー君。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は一番後ろの席でした。
「ねぇ、この間、ブルーと何を話してたの?」
ジョミー君がrちゃんに声をかけたのを聞いてスウェナちゃんと私は青ざめましたが、rちゃんが上手にごまかしたのでホッと安心。アルトちゃんとrちゃんはそのままジョミー君と楽しそうにおしゃべりしています。
「…アルトちゃんたち、あのお守りをどうしたのかしら?」
「使ってない…と思いたいな。だって、つい一昨日のことなんだし」
「そうよね…。いくらなんでもすぐに使うってこと、ないわよね…」
コソコソと声をひそめて話すスウェナちゃんと私。
「でも、一昨日だから二晩経つし…もしかしたら速攻で二人とも…」
「そ、それは…。確かに時間的にはそういうこともあるのよね…」
まさか、まさか…ね。アルトちゃんとrちゃんがもうお守りを使っていたら…ショックかも。更に追加のお守りをゲットしてたらもっとショックかも~!せっかく「そるじゃぁ・ぶるぅ」と文通をして、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋に通って、会長さんとの距離を縮めてきたのに…思い切り先を越されるなんて…。
バスが水族館に到着すると、この後は自由行動です。私たちはC組のバスで来たサム君、シロエ君と合流し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が見たがっているイルカショーの時間を確認していたのですが。
「あ、ちょっと待って」
会長さんが何処へ行くのかと思ったら…アルトちゃんとrちゃんが歩いています。ラッコの餌やりをやる場所へ向かおうとしているみたいですね。会長さんは二人を呼び止め、「そるじゃぁ・ぶるぅ」を手招きしました。トコトコと駆けていった「そるじゃぁ・ぶるぅ」が大きな保冷バッグの中から小箱を二つ取り出すと、会長さんがそれをアルトちゃんとrちゃんに。二人はパァッと顔を輝かせ、何度もお辞儀しながら小箱を大事に抱えて嬉しそうに去っていったのです。
「待たせたね。じゃあ、スタジアムの方に行こうか」
戻ってきた会長さんに皆の質問が集中しました。アルトちゃんたちに何を渡したのか?一昨日のことと関係があるのか?
「あの子たち、ぼくに憧れていたらしいんだ。でも、なかなか話すチャンスが無かったらしい」
歩きながら会長さんが話し始めます。
「話してるだけで照れちゃって…可愛いかったよ。ファンだって言われると嬉しいじゃないか。だからお礼にお菓子をちょっと、ね。寮生だって言っていたから、今日のお弁当は君たちのお弁当みたいなママの味じゃない。つまらない食事の彩りになれば…と、ぶるぅ特製マカロン詰め合わせ」
「…あんた、本当に罪作りだな」
溜息をついたのはキース君。
「あいつら、思い切り舞い上がってたぜ?ほどほどにしておかないと、女ってのは…」
「先輩の言うとおりです!勝手に盛り上がっちゃって、振られたとか言って泣き出されたらどうするんですか?」
シロエ君の言葉にジョミー君とサム君が同意し、マツカ君も心配そうです。スウェナちゃんと私はお守りのことがあるので一層気がかりなんですが…。
「大丈夫、そうならないようフォローはするよ。お年寄りと女の子、それに子供は大切にしなきゃ」
「…まさか食ったりしないだろうな。まりぃ先生と違って相手は純情なクラスメイトだ。不祥事で退学なんてことになったら、俺はあんたを許さないぞ」
キース君の不穏な問いに会長さんはクスッと笑って。
「そんなことになったら、ハーレイが号泣しちゃうじゃないか。ぼくも退学になるんだよ?」
クスクスクス。おかしそうに笑う会長さんの袖を「そるじゃぁ・ぶるぅ」がツンツンと引っ張って言いました。
「食べちゃうって…なんのこと?ぼく、お料理は得意だけれど…ブルーの食事も作ってるけど…人間を料理するのは嫌だし、お断りだよ。どうしても食べたいんなら、ブルーが自分でお料理してね」
ぶぶっ。私たちは一斉に吹き出し、しばらく笑いが止まりませんでした。会長さんも笑いすぎて涙を浮かべています。
「違う、違う、ぼくだって人間は食べないよ。ぶるぅにはちょっと難しかったみたいだね」
「笑わないでよ!ぼく、子供だもん。1歳だもん!」
プゥッと頬をふくらませた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はイルカショーのスタジアムに着くまで機嫌が直りませんでした。
見ごたえたっぷりのイルカショーの後、私たちは水族館の広い敷地を回って、いろんな魚やショーを見て…午後のイルカショーをまた見たいという「そるじゃぁ・ぶるぅ」とスタジアムの椅子に座ってランチタイム。特製マカロンの他にも美味しいおかずが保冷バッグから次々出てきて、大満足のひと時でした。イルカショーが始まるまでは…。
「ぶるぅ、またイルカと握手しに行くのかい?」
トレーナーさんが子供の参加者を募集し、勢いよく手を上げた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はコクンと頷き、マントを外してプールの方に行きました。午前中のショーの時にはマントをつけていたんですけど、もしかして目立つから外したのかな?他の子供たちと一緒にステージに並んだ「そるじゃぁ・ぶるぅ」はイルカに二度目の餌やりをして、握手して…そこで退場の筈でした。ところが。
「かみお~ん!」
ザッパーン!!水しぶきが上がった次の瞬間、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はイルカプールの中でした。トレーナーさんたちが慌ててプールサイドに駆け寄り、スタジアムの観客が悲鳴を上げ、私たちが仰天している間に…「そるじゃぁ・ぶるぅ」はイルカたちと並んでスイスイ泳ぎ始めます。そう、トレーナーさんがしていたように。
「あらぁ、凄いわねぇ♪」
驚嘆の声と共に現れたのは、まりぃ先生。両手で抱っこできるサイズのゴマフアザラシをしっかりと抱え、イルカプールを見ていました。
「あ、この子?先生のペットのゴマちゃんなの。水族館だから連れて来たけど、この子ったら…泳げないのよねぇ。ほら、ゴマちゃん。ぶるぅちゃんはあんなに上手に泳いでるわよ?ちょっと見習ったらどうかしら?」
「キュッ~!キュッ、キュッ、キュッ~!!」
ゴマちゃんは大暴れして嫌がっています。泳げないアザラシなんて情けない気もしますけど…今、目を離せないのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。イルカたちとシンクロナイズド・スイミングを披露し、イルカの背に乗っかってプールを泳ぎ回り、トレーナーさんの出番を完全に奪ってスタジアム中の拍手喝采を浴びているんです。呆然としている私たちの前で「そるじゃぁ・ぶるぅ」はイルカと一緒に深く潜っていったかと思うと。
「かみお~ん♪」
雄叫びと共にイルカの鼻先に押し上げられて宙に飛び出し、クルリと回転して水中へ。このハイジャンプを3回も華麗に決めた後、尾びれでバイバイとするイルカたちの間で大きく何度も手を振ってから「そるじゃぁ・ぶるぅ」はプールサイドに上がりました。トレーナーさんたちの横をスタスタ通り過ぎ、満足しきった顔で戻ってきます。服は防水仕様になっているのか全く濡れていませんでした。
「叱られる前に逃げよう、もうすぐ集合時間になるから!」
会長さんが叫び、観客の拍手と歓声、カメラのフラッシュが取り囲む中、私たちは脱兎のごとくスタジアムを抜けて水族館の入り口に近い集合場所へ。うーん、なんとか…逃げ切れたかな?
「ぶるぅちゃんったら、ホントにオチャメねぇ♪」
あら。まりぃ先生とゴマちゃんも一緒に逃げてきてたんですか。
「でも水泳は上手いのね。ゴマちゃん、特訓してもらう?」
「キュッ、キュッ、キュッ~!!!」
ゴマちゃんの悲鳴が響き渡る中、向こうからやって来たのはアルトちゃんとrちゃんでした。まりぃ先生を見て顔を赤らめ、それから真っ赤な顔で会長さんに…。
「「あの、これっ!ご馳走様でした!!」」
ピョコンと頭を下げて「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製マカロンの空き箱を返すと、集合場所から少し離れた木陰を目指して一目散に走っていきます。あの様子では、お守りは…まだ使ってないみたいですね。楽しかった校外学習もそろそろおしまい。先生たちが点呼を取って私たちはバスに乗り込みました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が起こした騒ぎのせいで叱られるかと思いましたけど、グレイブ先生は特に何も言わず、バスは順調に走っていきます。
「ねぇ、みゆ。…アルトちゃんたち、お守り、使ってないのよね」
スウェナちゃんがコソッと囁きました。
「うん。使ってたら、もっと違う展開になってそう」
コソコソと囁き返した私でしたが、お守りはいつか使われる日が来るのでしょうか?
『どうだろうね?…二人の気持ち次第かな』
頭の中に響いてきたのは会長さんの声でした。
『今日のぶるぅのイルカショー…叱られなかったのは何故だと思う?ぼくが水族館の人に偽の記憶を刷り込んだんだ。ぶるぅの乱入は予定にあったプログラムだ、と』
一番後ろの座席で会長さんが微笑んでいます。隣では「そるじゃぁ・ぶるぅ」が保冷バッグにもたれて眠っていました。
『嘘も極めれば本物になる。アルトさんたちがお守りを使う日が来ても…本当のことを言っちゃいけないよ。二人にとっては決して夢じゃないんだからね』
スウェナちゃんと私は顔を見合わせ、お守りがまだ使われていないことに安堵の息をついたのですが。後ろの席でウトウトしているアルトちゃんとrちゃん…。お守り、手放す気だけはないでしょうねぇ。バスの中は寝ている人が多くて静かです。アルトちゃんとrちゃんの校外学習を締めくくる夢、健全な中身だといいんですが…。