シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※2010年ぶるぅお誕生日記念の短編です。
ちょっと出遅れましたので「誕生月を過ぎても」になってしまいました…。
惑星アルテメシアの雲海に潜むミュウたちの船、シャングリラ。そこには白く輝く優美な船と人類が暮らす地上の街とを自由自在に行き来している謎の生き物が住んでいた。ミュウの長、ソルジャー・ブルーを幼児サイズに縮めたならばこうなるかも、という姿形に、名前までが長の名をそのままパクッたような「そるじゃぁ・ぶるぅ」。…しかし中身は孤高の長とは似ても似つかぬ悪戯小僧で、長老たちのお小言すらも右から左に抜けてゆく。
「待ちなさい、ぶるぅ!」
今日もキャプテンの怒声がブリッジの空気を震わせた。下に広がる公園の芝生で「そるじゃぁ・ぶるぅ」がピョンピョン飛び跳ねている。
「やだよ、おやつの時間だもーん! アイスいっぱい買ってきたんだ♪」
言うなり「そるじゃぁ・ぶるぅ」の姿はかき消え、ブリッジに盛大な溜息が満ちた。
「…キャプテン、これってどうするんですか…」
「きちんと巻いて戻すしかあるまい。消毒すれば使えるだろう」
「いやいや、溶かして再生すべきじゃ! ばら撒かれたもので尻を拭くなど、わしにはとても耐えられん」
再生紙でないと使わんぞ、と断言するゼルやブリッジクルーの周囲の床にはトイレット・ペーパーが大量に転がっていた。ついさっき「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「パァーン!」とクラッカーの口真似をして公園から放り込んだのである。色とりどりの四角い色紙も混じり、さながら巨大花吹雪。…いや、明らかに巨大クラッカーだ。
「しかし、やるねえ」
ブラウが伸び切ってしまったトイレットペーパーを巻き取りながらチラリと公園の方を見た。
「クリスマス・パーティーのクラッカーがヒントだろうけど、ビッグサイズとは驚いた。確かにトイレット・ペーパーは使い勝手が良さそうだよ」
「だからといって資源の無駄遣いは許されないぞ」
眉間の皺を深くするハーレイにブラウは「そうだけどさ」と頷いてから。
「燃やしちまったわけじゃないんだし、これはこれで消毒するなり、再生するなり……まあ、それなりに使えるじゃないか。ぶるぅが元気なのはいいことだよ」
「…そうだな、悪戯は元気な証拠だな…。落ち込まれるよりマシとしておくか」
ハーレイも床に屈み込んでトイレット・ペーパーを巻き始めた。ゼルはまだブツブツと自説を主張し続けている。ブリッジ中に溢れ返ったトイレット・ペーパーは再生紙への道を辿りそうだ。
「…つまんない…」
その頃、悪戯を仕掛けた張本人は自分の部屋の炬燵でアイスを食べつつ暇と時間を持て余していた。新年恒例の青の間での麻雀大会も三が日のお祭り騒ぎも終わり、艦内はクリスマス・シーズンからの華やいだ空気が失せて火が消えたよう。それどころか『お屠蘇気分は三日まで』というスローガンの下、各セクションで整備や訓練などが始まっている。こうなってくると少々の悪戯では誰も騒がず、先ほどの巨大クラッカーの如く淡々と始末をされて終わりだ。
「ショップ調査に行こうかなぁ…」
ふと思い付いてアタラクシアの街をサイオンで探った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「ダメかぁ…」とガックリ肩を落とす。アイスを買いに出掛けた時には気付かなかったが、街からもお正月気分は消えていた。バレンタインデー商戦が幕を開けるまで「そるじゃぁ・ぶるぅ」好みのお祭りイベントは無さそうだ。小さな子供の「そるじゃぁ・ぶるぅ」にバーゲンセールは楽しめない。
「つまんないよう…」
カラオケセットの電源を入れ、久しぶりに歌おうとマイクを握ってみたものの…。
「………」
前奏が終わらない内にマイクを置いて電源をプツリと切ってしまった。
「どうせ下手くそな歌だもん…。点数だってつかないもん…」
一人カラオケをしにアタラクシアの街へ何度も行ったが、採点機能がついている機種を試した時に嫌と言うほど思い知った。自分の歌がお話にならないレベルであるということを。シャングリラの劇場で得意になってリサイタルを開催しても、お客の入りは常に最悪。それはそうだろう、歌が上手くはないのだから。
「…リサイタルやってみたかったなあ…。満員の劇場で歌いたかったのに…。ブルーにも見に来て欲しかったのに…。サンタさん、ぼくのお願い忘れちゃった?」
クリスマス前に公園の入口付近にクリスマス・ツリーが立てられた。公園の中央にはもっと大きなツリーがあってイルミネーションの点灯式なども行われたが、入口のツリーはそれとは別に据えられたもの。ガラス玉や星のオーナメントが煌めく小ぶりのツリーはお願い専用ツリーだった。子供も大人もクリスマスに欲しいプレゼントと自分の名前を書いたカードを吊るすのだ。
「大人のカードは大人が持っていくんだよね。…ぼく、見てたもん」
女性が吊るしたお願いカードをキョロキョロ周囲を見回しながら持ち去る男性を何度か見かけた。逆もまた然り。それでもツリーに残ったカードはクリスマスの数日前に物資調達班が回収したし、大人用のプレゼントは彼らが用意したのだろう。だが、子供たちが吊るしたカードはクリスマスの日までそのままだった。
「サンタクロースはちゃんと何処かで見ているよ、ってブルーが教えてくれたのに…。みんなカードに書いたプレゼントをサンタクロースに貰っていたのに、なんでぼくだけダメだったのかな?」
長老たちが耳にしたなら「悪戯ばっかりしているからだ!」と即答されそうな疑問だったが、幸い、彼らはいなかった。そもそも「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋に踏み込もうという猛者が少ない。清掃班のみ仕方なく…、が現状である。悪戯されるか噛みつかれるかの二者択一ではそれが自然というものだろう。
「せっかくお願い書いたのに…」
綺麗な字でないとサンタクロースに読んで貰えないかも、と心配になった「そるじゃぁ・ぶるぅ」は精一杯頑張ってカードを書いた。『お誕生日に劇場が満員になって、紫の薔薇の人も来てくれますように』と。紫の薔薇の人というのはブルーのことで、劇場には決して来てくれない。代わりに紫の薔薇の花束とカードを託された長老の誰かが現れるのだ。
初めてのクリスマスの時、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はサンタクロースに「ブルーと一緒に地球へ行けますように」と頼もうとしたが、それはブルーに止められた。サンタクロースからプレゼントを貰えるのは子供だけだからブルーと一緒というのは無理だ、と。以来、特にプレゼントを頼んではいない。だから今年のお願い事は叶うだろうと思っていたのに…。
「…プレゼントなんか要らなかったから、お誕生日リサイタルやりたかったな…」
クリスマスの朝、部屋には沢山のプレゼントが置かれていた。ハーレイがサンタクロースに扮して届けたのだが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は本当にサンタクロースが来たと信じている。そしてリサイタル開催が断られたらしいことも分かった。劇場に行くと大人たちが賑やかにクリスマス・コンサートの準備を始めていたからだ。クリスマスの日が「そるじゃぁ・ぶるぅ」の4歳の誕生日。その日に劇場が塞がっているならリサイタルはお流れ決定で…。
「サンタさんのケチ!」
悔しかったクリスマスを思い返して「そるじゃぁ・ぶるぅ」はプウッと頬を膨らませた。大好きなブルーから誕生日プレゼントは貰えたけども、それを披露しに行く気にもなれない。ブルーの補聴器を真似たヘッドフォン形の頭飾りの耳を覆う部分に被せる黄色いアヒルちゃんの形のカバー。
「アヒルちゃんをくっつけて劇場で歌いたかったのに…。ブルーにも見せたかったのに!」
ブルーは「船の中も満足に視察出来ない自分が劇場へ行くというのは好ましくないから」とリサイタルへの出席を拒んでいる。サンタクロースに頼めば地球行きは無理でも劇場くらい…と考えた自分が甘すぎたのかもしれなかった。
「他のものにすればよかったかなあ? 新しいカラオケマイクとか…」
新型が次々出てるもんね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は溜息をつく。しかし今となっては手遅れだ。クリスマスはとっくに終わってしまって、お正月まで過ぎ去った。悪戯は殆ど手応えがないし、何もかもつまらないことばかり。
「サンタさんのバカ…」
座っていた炬燵からゴソゴソ這い出し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はお気に入りの土鍋に収まった。こういう時はフテ寝に限る。夢の中で思う存分歌えばいいや、とカラオケマイクを抱き締めて…。
悪戯小僧が眠ってしまったシャングリラではハーレイが各部署に檄を飛ばしていた。青の間のブルーから連絡を受けて戦闘訓練の真っ最中だ。
「音波発信、10秒前! 総員、対ショック、対騒音防御!」
シャングリラ中に緊張が走る。ブリッジクルーも防御セクションも一般のミュウも自分自身のサイオンを高め…。
「3、2、1……シールド展開!」
全員が身体の周りにシールドを張った次の瞬間、艦内に大音響が響き渡った。
「ねえ♪ 答えはないお~ん!」
それは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の破壊力抜群の歌を録音したもの。何曲ものメドレーが流れ、シールドを保てなくなった者が耳を塞いで苦悶する。三半規管を狂わせる歌はサイオンも乱し、歌声を直接耳にするのはミュウにとっては拷問だった。…ただし絶好調の時の歌のみだが。
「この程度のことで怯んでどうする! まだまだ続くぞ、フィナーレまで残り3曲だ!」
ぐえぇっ、とカエルを踏み潰したような悲鳴が上がっても「そるじゃぁ・ぶるぅ」ヒットメドレーは止まらなかった。締めの『かみほー♪』が終わる頃には艦内は死屍累々で…。
「駄目です、ソルジャー。…やはり全員に耐えろと言うのは無理があるかと…」
ハーレイの報告に、スクリーンにブルーの姿が映し出された。
「御苦労だった。しかし本番では全部の曲がこの調子ではないだろう? せいぜい最初の3曲くらいだ。…まあ、アンコールを求められたらテンションが上がって全力で歌い始めるだろうが…。すまない、明日も訓練を頼む」
「明日もですか!?」
「…当日を迎えるまで何度でも、だ。明日からはぼくも参加しよう。シールドを保てなくなった者をフォローする」
「しかし!」
お身体に負担が…と言いかけたハーレイをブルーが遮る。
「大丈夫だ。ぼくも訓練しておいた方が心の準備が出来るからね。どの程度の力が必要なのかを見ておかなくては。本番ではドクターに待機して貰うし、医療班も配置する。…ドクターと医療班のシールド補助が最優先だな、倒れられては治療が出来ない」
「…そこまでしてでも実行しようと?」
「サンタクロースは子供のお願いを聞くものだよ。…一昨年、ぶるぅはクリスマスどころじゃなかったんだ。もう忘れたとは言わないだろうね?」
「……覚えております……」
ハーレイが答え、ブリッジにいた長老たちも頭を下げた。一昨年と言っても一年ちょっと前のことだが、長老たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」をソルジャー候補として厳しく訓練しまくったのだ。結果的にソルジャー候補にはならなかったものの、訓練で疲れ果ててしまった「そるじゃぁ・ぶるぅ」はクリスマス・パーティーにも出ずに爆睡していた。これには流石にシャングリラ中のミュウが可哀想という気持ちを抱いたわけで…。
「あの一件を覚えているなら、叶えてやってもいいだろう? 訓練期間のことも考えてクリスマス当日は避けたんだ。…そして年末年始はイベントなどが目白押しだし、皆も楽しみにしていたし…。お屠蘇気分が抜け切ってから訓練開始と思ったんだが」
それに、とブルーは付け加えるのを忘れなかった。
「本物の戦闘となったらあんなものでは済まないよ。想像してみたまえ、シャングリラに爆弾が降り注いできたらどうなると思う? ぶるぅの歌には殺傷力は無いのだからね、精神集中の特訓のつもりで頑張ってほしい。それも出来ない乗員たちならシャングリラが沈められても文句は言えない」
「承知いたしました…」
続けます、とハーレイは悲壮な面持ちで言った。そして戦闘訓練と名付けられたそれは「そるじゃぁ・ぶるぅ」がアタラクシアへ買い物に出掛けた隙や昼寝している時間を狙って二週間ほど続行されて…。
「えぇっ!?」
ある日、久しぶりのショップ調査から戻った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は部屋の前で待っていたハーレイの言葉に仰天した。扉にぶら下げてあった『おでかけ』と書かれた札を手にしたままで目を丸くして立っている。
「…リサイタル? ぼくの?」
「そうだ。劇場にはいつものように私の名前で貸し切り予約を入れてある。夕食が済んでから開幕だ」
「でも…。ぼく、リサイタルをするって言ったっけ?」
「いや。私の所にサンタクロースから手紙が来ていた。ぶるぅの誕生日リサイタルをするように、と書いてあったが、クリスマスの日は他の予約があったからな…。ソルジャーに相談したら一月遅れでいいんじゃないか、と仰ったのだ」
だから今日だ、とハーレイは身体を屈めて「そるじゃぁ・ぶるぅ」の顔を覗き込んだ。
「1月25日だろう? クリスマスからちょうど一ヵ月だな。…どうだ、一月遅れじゃ嫌か?」
「ううん!」
満面の笑みを湛えて「そるじゃぁ・ぶるぅ」は部屋の扉を開け放った。
「わーい、お誕生日リサイタルだぁ! すぐに練習しなくっちゃ!」
カラオケセットの方へとすっ飛んで行く「そるじゃぁ・ぶるぅ」の背中に向かってハーレイは叫ぶ。
「戸を開けたまま練習するな! 音が漏れると体調を崩す者がいるからな! それとステージ衣装を忘れないように、とソルジャーからの伝言だ!」
「…ステージ衣装?」
扉を閉めに戻ってきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が首を傾げる。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の服はブルーの衣装によく似た意匠で、着替えもそれで統一されていた。ゆえに特別な服など無い筈なのだが…。
「誕生日にプレゼントを貰っただろう? アヒルちゃんの耳飾りだ」
ハーレイはそう応じてから「ちょっと違うか…」と呟いて。
「耳飾りではないな、ピアスではないし…。耳当ての上に被せるものらしいが」
「あっ…」
あれのことか、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は閃いたようで。
「じゃあ、ハーレイにも教えてくれた御礼につけてあげるね! はい、ウサギ耳~!」
ハーレイの頭にポフッと載せられたのは真っ白なウサギ耳がついたカチューシャだった。このパターンは確か数年前にも…、とハーレイは部屋の壁の鏡に写った自分の姿にデジャビュを覚える。あの時のウサギ耳は新年の麻雀大会が発端で…。
「あのね、ウサギさんは今年の干支なんだって! ショッピングモールで子供のお客さんに配ってたんだ」
子供用だからハーレイには小さすぎるよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がケタケタ笑い転げる。ウサギ耳が前回にも増してミスマッチなのはそのせいか、とハーレイは酷い疲れを覚えた。引っ張ってみたがカチューシャは頭に張り付いてビクともしない。
「一週間ほど取れないよ、それ。リサイタルは耳が多い方が音がクリアに聞こえていいよね♪ ウサギさんの耳と合わせて四つ~!」
じゃあね、と扉がパタンと閉まった。早速カラオケの練習だろう。ハーレイは回れ右をし、誰とも顔を合わさないよう緊急用の通路を通って青の間に駆け込んで行ったのだが…。
「おや、ハーレイ。ウサギ耳とは懐かしいねえ…。あの時は君が猫耳でウサギの耳はゼルだったっけね。…リサイタルに備えて仮装かい?」
なかなか気の利くキャプテンだねえ、と笑顔で褒められ、ハーレイはとても言い出せなかった。このウサギ耳を外してくれ、と…。更にブルーにリサイタルの司会と進行を任せられてはどうにもならない。晒し者になる我が身を思って心の中で男泣きに泣くハーレイをブルーが笑いを噛み殺しながら見送ったことにも、ハーレイは当然気付かなかった…。
一ヵ月遅れの誕生日リサイタル開催に「そるじゃぁ・ぶるぅ」はワクワクしながらブルーに貰ったアヒルちゃんの飾りを補聴器もどきに取り付けた。黄色いアヒルちゃんが2羽も頭にくっついているのは嬉しいものだ。これでブルーがリサイタルに来てくれたなら、どんなに楽しいことだろう。
「でも……ブルーはきっと来ないよね…」
紫の薔薇が50本とカードを預かってくるのはハーレイに決まっている、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は頭から決めてかかっていた。だから悪戯と八つ当たりを兼ねてウサギ耳カチューシャをくっつけたのだ。
「サンタさん、いい子にしなさいって言ってなかったみたいだし! 満員のお客さんもブルーもいるわけないもん、どうせハーレイだけだもん…」
薔薇を届ける役回りは圧倒的にハーレイのことが多かった。その理由はハーレイが防御能力に優れたタイプ・グリーンだったからだが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は自分の歌が下手くそなことは分かっていても破壊力があるとまでは思っておらず、船長職は暇なのだろうと解釈している。きっと今夜も会場にはハーレイ一人だけだ。
「でもでも、お誕生日リサイタルは出来るんだもんね! サンタさん、お願いを少しは聞いてくれたんだぁ!」
歌って歌って歌いまくろう、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はウキウキ通路を跳ねてゆく。劇場のあるエリアに入るとテレポートをして楽屋入り。音響機器は劇場スタッフが整えてくれている筈だ。…もっとも彼らはセットを終えたら逃げ出してしまい、歌を聴いてはくれないのだが…。
「そろそろかな?」
完璧に防音された楽屋で時計を見ていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はハーレイに教えられた開幕の時間に合わせて舞台の方へと出て行った。眩いライトが光っている。七色に輝くミラーボールにスモークも…。最高の気分で歌えそうだ、と舞台袖から出た瞬間に。
「「「ハッピーバースデー、そるじゃぁ・ぶるぅ!!!」」」
大歓声が観客席から飛んできた。
「え? えぇぇっ!?」
劇場は超のつく満席状態、立ち見の人も大勢いる。どうなったのか、とキョロキョロ見回した瞳にウサギ耳をつけたハーレイが映り、そのハーレイはマイクを持っていて…。
「ぶるぅ、誕生日おめでとう。サンタクロースが満員のお客さんを呼ぶようにと手紙に書いていた。…もちろん嫌がる者も多かったのだが、お前の誕生日のお祝いだからと最終的には殆ど全員揃ったぞ。持ち場を離れられない者以外はな」
「……そうなんだ……」
会場を埋め尽くす人々を見た「そるじゃぁ・ぶるぅ」はクリスマスから後にやらかしてきた悪戯をちょっぴり反省した。噛みついてしまった人や蹴飛ばした人、他にも色々…。それなのに皆がリサイタルを聴きに来てくれている。でも…。
(どうせブルーはいないんだ…)
スウッと深く息を吸い込み、声の限りに歌い始める。観客はすぐに耳を塞いでしまうだろう。…そんな光景には慣れっこだ。あちこちのセクションに押し掛けて行っては歌いまくってきたのだから。なのに…。
(???)
割れんばかりの拍手に手拍子、ペンライトを振る人もいる。調子っぱずれな歌に合わせて会場が揺れる。まるで本物のリサイタルだ。映像でしか見たことが無いが、プロの歌手が歌う会場ではこんな具合で…。
(気持ちいい~! サンタクロースって凄いんだ♪)
歌い踊りながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」はリサイタル気分を満喫していた。これで会場にブルーがいてくれたなら最高なのだが、サンタクロースにそこまで出来はしないだろうし…。と、観客席の中央辺りに青い光がチラリと見えた。まさか…。
(ブルー!!?)
そこにはフィシスを従えたブルーが花束を抱えて座っていた。紫の薔薇を束ねたものだ。サンタクロースは『紫の薔薇の人も見に来てくれますように』というお願いも聞いてくれたのだ!
「かみお~ん♪」
曲の途中だったというのに「そるじゃぁ・ぶるぅ」は感激のあまり十八番の『かみほー♪』を始めてしまった。本来はアンコール用に最後まで取っておく、どんな時でも絶好調で歌える曲。湧き返る会場でブルーが全力を尽くして皆のシールドを補助したことも、満席の観客を守り抜くためにブルー自らが会場入りをしていたことも「そるじゃぁ・ぶるぅ」は知る由もない。もちろんそれまでの艦内一斉訓練のことも…。
最後は総立ちになったリサイタルを終え、アンコールの『かみほー♪』を歌い上げた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が立つステージにブルーが薔薇の花束を抱えてやって来た。
「ごめんよ、ぶるぅ…。みんなが立っていたというのに、ぼくだけ椅子に座ったままで」
詫びるブルーに「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「ううん」と首を横に振る。
「ブルーがいてくれただけで嬉しかった! 全部サンタさんのお蔭なんだね」
「そうだね。ぶるぅのリサイタルを初めて見られて嬉しいよ。シャングリラ中のみんなが集まる場所なら、ぼくも堂々と出てこられるから…。はい、ぶるぅ。…直接渡すのは初めてだね」
ブルーが差し出した紫の薔薇を「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜びで受け取った。ついに『紫の薔薇の人』と劇場で会うことが出来たのだ。一ヵ月遅れの誕生日だろうが構わない。こんな誕生日なら半年遅れでも一年遅れでも全然、全く気にしない。
「そのアヒルちゃんも似合っているよ。ぶるぅ、誕生日おめでとう」
これを言うのは二度目だけどね、とブルーはニッコリ微笑んだ。それが合図であったかのように。
「「「誕生日おめでとう、そるじゃぁ・ぶるぅ!!!」」」
盛大な拍手の嵐が起こり、クラッカーがあちこちで鳴らされた。客席の後ろの扉が開いて大きなバースデーケーキを御神輿さながらに担いだ厨房のスタッフたちが入ってくる。1歳の誕生日に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がリクエストした巨大ケーキよりも更に大きく、担ぐだけでも大変そうだ。
「あれもサンタクロースが注文していったみたいだよ」
全部ハーレイに聞いたんだけど、とブルーはウサギ耳をくっつけたままの船長の方へと視線を向けた。
「だからね、ぶるぅ? ハーレイはサンタクロースの注文を実行するために頑張ったんだ。ウサギ耳をくっつけられたままじゃ可哀想だよ。誕生日パーティーが終わった後でいいから外しておあげ」
「うん! えっ、パーティー?」
「お誕生日のパーティーさ。一月遅れになっちゃったけど、クリスマスにはお前が拗ねていたからねえ…。誕生日は一年に一度きりだし、最高の気分でお祝いしなくちゃ。ほら、ケーキをカットするのを手伝っておいで」
悪戯せずにね…、と指示したブルーは満場の観客に微笑みかけて。
『ぼくの我儘に付き合ってくれてありがとう、みんな。…ぶるぅのリサイタルを見に来られたことに感謝する。訓練ではとても苦労をかけたし、ぶるぅの悪戯も治りそうにはないけれど……どうか、これからも』
ぶるぅをよろしく、と伝えられた思念はブルーによってブロックされて「そるじゃぁ・ぶるぅ」には届かなかった。代わりに沸き起こる「お誕生日おめでとう」コール。切り分けられたケーキがお皿に乗せられ、会場中に配られてゆく。戦闘訓練と称して実戦さながらにシールドを張り、消耗した身体に甘いケーキは絶品だろう。
悪戯小僧な「そるじゃぁ・ぶるぅ」、本日をもって目出度く4歳。一月遅れの誕生日でも、心の底から祝い合える日がきっと本当のバースデー。
「そるじゃぁ・ぶるぅ」、4歳の誕生日おめでとう!
※2009年ぶるぅお誕生日記念の短編です。
久しく待ちにし 主よ、とく来たりて
御民(みたみ)の縄目(なわめ)を 解き放ち給え
主よ、主よ、御民を 救わせ給えや
(讃美歌94番)
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悪戯とグルメとショップ調査に日々忙しい「そるじゃぁ・ぶるぅ」。クリスマスの日が彼の3歳の誕生日だ。前の日がクリスマス・イブだから誕生日の朝にはサンタクロースからのプレゼントもある。シャングリラの公園でクリスマス・ツリーの点灯式があった頃から浮かれ気分は最高潮で、もう毎日が絶好調の悪戯日和。
「かみお~ん♪」
「「「うわぁぁぁっ、出たぁぁぁっ!!!」」」
艦内のあちらこちらで悲鳴が上がり、噛まれる犠牲者も後を絶たない。去年はブルーのアイデアが功を奏して悪戯が封じられたのだったが、今年はそういう気配もなかった。
「…ソルジャーは何を考えておいでなのかしら…」
「お身体の調子が優れないとか…?」
「そういうことなら無理を言ったらダメだよなぁ…。我慢するか」
まだ痛むけど、と腕を擦るのは昨夜噛まれた内の一人だ。食堂の壁に下手くそなサンタとトナカイの絵を落ちない塗料で描きなぐった上、食堂中の椅子の座面に接着剤を塗りたくっていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」を止めようとして被害に遭った清掃チームのリーダーである。
「今夜あたりは紙吹雪だぞ。…なんでブリッジに入れないくせにブリッジを攻撃するんだよ…」
「ブリッジが苦手な場所だからだろ? 鬱憤晴らしというヤツさ」
「それで膝まで埋まる勢いの紙吹雪をドカンと放り込むのか? 掃除するのも大変なのに…」
「最初が白でこないだがピンク、今度は何色が降るのやら…。トイレットペーパーが混ざってるかもしれないな」
泣きたくなるぜ、と公園からブリッジを見上げるリーダー。男女入り混じった清掃チームの受難の日々はまだまだ続きそうだった。なにしろ「そるじゃぁ・ぶるぅ」ときたら、ソルジャーと同じタイプ・ブルーだ。サイオンを使えば何処であろうと神出鬼没、悪戯を仕掛けて逃亡するのは朝飯前のことなのだから。
「あら? ねえ、こんな時間にキャプテンがいらっしゃらないわ」
航海長も機関長も、とコアブリッジを指差す女性。
「…本当だ…。珍しいなぁ、お茶の時間なら揃ってお留守もよくあるんだが」
「ソルジャーの所へ行かれたんだと思いたいな。ぶるぅを止めに」
「無理無理、それは有り得ないって!」
仕事に戻るぞ、とリーダーが通路に入って行った。清掃チームは今日も一日「そるじゃぁ・ぶるぅ」に振り回されて、散らかりまくった艦内を片付ける内に残業となり、全て綺麗になった頃には日付が変わっている…かもしれない。
「…ソルジャー…。今日は折り入ってお話が」
難しい顔をしたキャプテンを筆頭とした長老たちが青の間に顔を揃えていた。今年も「そるじゃぁ・ぶるぅ」が買い込んできた青く静かに輝くツリーが青の間の奥に飾られている。しかし厳粛な雰囲気をブチ壊すのはソルジャーその人が座るコタツだ。お約束のミカンがコタツの上に乗っているのも長老たちにはもはや馴染みの光景だったが。
「…話? ぶるぅが悪戯したのかい?」
座って、と促すブルーの言葉でソルジャー補佐の女性が人数分の厚い座布団を出してくる。長老たちがコタツに入ると昆布茶と羊羹が並べられた。
「いただきます」
ハーレイが昆布茶を一口啜り、湯飲みをコトリと茶卓に戻して。
「…実はフィシスの予言のことなのですが…。どうお思いになられますか?」
「どういう意味の質問なんだい? 的中率は高いと思うが」
「いえ、我々の未来についての予言です。…我々に目覚めが訪れるとか、大きな力が注ぎ込むとか…」
「ああ…」
ソルジャー…いやソルジャー・ブルーは穏やかな声音でフィシスの予言を語ってみせた。
「我らに…獅子に目覚めが訪れる。何か大きな力が我らの源流に注ぎ込む……、か。正直、ぼくにも正確な意味は掴めない。力とは何だ? 武器か? それとも人材か…。それを得れば空へ飛び立てるのか? 空というのは宇宙のことだが」
「そう、それです。その予言が告げる力というのが…実はぶるぅなのではないかと」
「ぶるぅが!? …まさか…」
「…我々もかなり悩みました。ですが、ぶるぅは間違いなくタイプ・ブルーです。アルタミラを脱出してからの長い年月、あなたの他にタイプ・ブルーは誰一人としていなかった。けれど今ならぶるぅがおります」
長老たちが一斉に頷く。ブルーは青天の霹靂といった様子で固まっていたが、ハーレイは構わず話を続けた。
「フィシスが予言した大きな力がぶるぅであれば、もうこうしてはおられません。早々にきちんと教育を受けさせ、あなたの右腕として十二分に力を揮えるようにしなくては。そして一刻も早く地球を目指して飛び立ちましょう。あなたも望んでおいでの筈です。…我々が地球へ辿り着くことを」
「…しかし……ぶるぅはまだ……」
「子供なことは承知しています。だからこそ早期教育が必要なのだとエラも申しておりますが」
「そうです、ソルジャー。悪戯ばかり繰り返すのはエネルギーが余っている証拠。サイオンのコントロールは全く問題ないのですから、余分なエネルギーを学習と礼儀作法に振り向けてやれば立派なソルジャー候補として…」
そこまで言ってエラはハッと自分の口を押さえた。
「も、申し訳ございません。失礼なことを申しました…」
「かまわないよ。後継者探しが必要なほどに弱っているのは事実だから。…そして後継者はまだ見つからない。ぶるぅは違うと思うのだが…」
「お言葉を返すようですが…身近だからこそ見えない真実というのもございますぞ」
重々しい口調で告げるヒルマン。
「あなたはぶるぅを可愛がっておいでですから、厳しい現実に巻き込みたくない…とお思いになっておられるのだろうとお見受けします。現にぶるぅはショップ調査にグルメ三昧と人類の世界で楽しく遊び暮らしておりますし。…ですが、今の我々に必要なのは力と確かな未来なのです」
「そのとおりじゃ。ぶるぅにはソルジャーにはまだ及ばないまでもタイプ・ブルーの力がある。今から訓練して伸ばしていけば近い将来、ソルジャーの助けになる筈じゃて」
ゼル機関長も乗り気だった。そしてブラウも。
「あたしもゼルに全面的に賛成だ。何かと問題のある子だけども、素質は十分持ってるだろう? ソルジャー候補に据えちまったら頑張ってくれると思うんだけどね。あの子はソルジャーが大好きだから」
「………」
ブルーには何も言えなかった。自分の命数が尽きかけているのは本当のことで、後を継ぐ者が現れないのもまた事実。もしも自分に何かあったらミュウはソルジャーを失うのだから。
「…よろしいですか? ソルジャーが賛成して下されば、ぶるぅの教育を開始したいと思うのですが」
畳みかけるようにハーレイが言う。
「来年からという案もございましたが、ここ数日で悪戯が一層酷くなりまして……苦情が沢山来ております。これを機会に躾も兼ねてソルジャー候補の教育を是非に」
「…今からなのか…?」
「御賛成頂けるのならすぐに、です。鉄は熱いうちに打てと申しますから」
ハーレイに続いてヒルマンが言う。
「三つ子の魂百まで、だとも申しますな。子供への教育は早ければ早いほど良いと私も日頃から思っております。ぶるぅはもうすぐ3歳ですぞ。ソルジャー、どうか御決断を」
長老たちの直談判にブルーは考えを巡らせたものの、他に名案は見つからない。ソルジャーを継がせられる者は強力なサイオンを持つタイプ・ブルーしかいないと分かっていた。長老たちもとうの昔に気付いている。その条件に該当する者が一人いる以上、子供だからと庇い続けては長老たちとブルーの間に溝が出来るかもしれないのだ。
「………分かった。ぶるぅをソルジャー候補にしてもいい。ただし教育は皆に任せる。ぼくはぶるぅを導けない」
気儘に生きさせてやりたかったから、とブルーは深い溜息をつく。自由に生きてみたいと願った自分の思いが生み出したらしい「そるじゃぁ・ぶるぅ」に自分と同じ道を歩ませるのはとても悲しく、身を切られるように辛かった。…だがソルジャーたる者が私情に流されていてはいけない。長老たちにもブルーの気持ちは分かったらしく、暫し沈黙が流れたが…。
「ソルジャー、ありがとうございます。では一つだけお願いが…。あなたの口からぶるぅに言って頂きたい。ソルジャー候補として頑張るように、と」
我々が言っても無駄ですから、とハーレイに続いて長老全員が頭を下げる。ブルーは宙を見上げて一声叫んだ。
「ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
クルクルクル…と宙返りしながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」が降ってくる。
「わぁ、おやつだ! 羊羹大好き!!」
長老たちが手をつけていなかった羊羹をペロリと胃袋に収めた悪戯っ子はコンビニの袋を持っていた。中には好物のアイスが一杯。コタツに入って早速アイスを食べ始めた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がソルジャー候補の名を背負ったのは、袋の中身が空っぽになって満足そうにニッコリ笑った直後であった。
「最近、ぶるぅの姿を見ないな」
「シッ! 言ってると来るぞ」
「大丈夫だって噂だぜ。…ブリッジのヤツらに聞いたんだが…」
次の瞬間、公園で立ち話をしていた者たちが一斉に悲鳴に近い叫びを上げていた。
「「「ソルジャー候補!?」」」
なんてこった、と頭を抱えて蹲る者や額を押さえてよろめく者。よりにもよって噛み付き癖のある悪戯小僧がソルジャーだなどと誰が進んで認めるだろうか?
「だからさ、そこを教育中らしい。あれでもタイプ・ブルーなんだし、素行を改めて十分な知識を身に付けたなら立派にソルジャーが務まるだろうと…」
「2歳児の言うことを聞けってか? クリスマスが来たら3歳だけどな」
「だからソルジャー候補なんだよ。ソルジャーは御健在だし、あくまで候補。…でもなあ…」
上手くいくとは思えないけど、という言葉が終らない内に凄まじい思念波がシャングリラの艦内を貫いた。
『イヤだぁぁぁーっ!!!』
ビリビリと空気が震え、公園の木とブリッジが共鳴する。
『やだやだ、おやつ抜きなんてヤだーっっっ!!!』
アイスにプリンに肉まんに…と流れ込んでくる鮮明すぎる食べ物のイメージ。
「こ、これは…」
「この雑念だらけの思念波は…」
「「「ぶるぅだな…」」」
何処で喚いているのか謎だが、ソルジャー教育の話は本当らしい。イメージと一緒に大量の情報が津波のように押し寄せたのだ。
「…あいつ、お点前なんかをやらされてたのか…」
「俺には生け花のイメージが見えたぜ」
「そうだったか? 習字だったと思ったけどなぁ、机の上に筆と硯が」
皆が思念で捉えたものはどれも『道』という字を名前に含んだ古めかしい稽古事だった。茶道に華道、おまけに書道。食堂で情報交換してみたところ、写経と座禅もあったらしい。
「要するに集中力をつけろってことか? 雑念が多いとサイオンも乱れがちだしな」
「あいつの場合、礼儀作法も兼ねてるんじゃないか? 頭に来たら噛み付くようじゃ、とてもソルジャーにはなれないし…」
「なるほどなぁ…。長老方のお手並み拝見ってところだな」
お披露目はいつになるのだろう、と噂話に花が咲く。
「多分ぶるぅの誕生日だぜ。でなきゃクリスマス・イブのパーティーあたりか? パーティーならソルジャーもお出ましになるし、披露にはもってこいだろう」
「げげっ、披露されたら俺たち断れないじゃないかよ!」
「…そもそも断る権利なんかがあると思うか? ソルジャーは投票とかで決まるんじゃないし、俺たちはソルジャーの決定に従うだけだ」
「「「うわぁ…」」」
十字を切る者、ブツブツと念仏を唱える者。日頃から現ソルジャーの名をパクッたような「そるじゃぁ・ぶるぅ」の名に親しんではいても、それが次期ソルジャーになるかと思うと誰もが涙を禁じ得なかった。
「かみお~ん♪」
遊びに来たよ、と青の間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が顔を出す。ブルーはソルジャー補佐に命じて夜食を取り寄せ、熱々のラーメンを「そるじゃぁ・ぶるぅ」に振舞ってやった。
「ありがとう、ブルー! お腹ペコペコだったんだ。今日も朝からお稽古ばかりで、おやつ食べさせて貰えなくって…。食事は大盛りでくれるんだけど、あれじゃ全然足りないよね」
ショップ調査に行きたいよう、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は豚骨ラーメンを啜る。
「クリスマス前だから美味しそうなメニューが沢山…。だけど夜には閉店しちゃうし、訓練が終わってから行こうとしてもダメなんだ。お店なんかを見ようとするから気が散るんです、ってエラはしょっちゅう怒るけど…見えちゃうんだもん…」
ケーキもお菓子もお料理も、と涙目になる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ごめんよ、ぶるぅ…。でも教育期間が終了したらショップ調査に行けると思う。今年は無理でも来年にはね」
「うん…。ぼく、頑張る。ソルジャー候補ってブルーを助けるお仕事でしょ? ぼくがブルーを助けてあげられるようになったらブルーも今より元気になるってヒルマンが教えてくれたんだ。ブルー、一緒に地球に行こうよ」
頑張るからね、と健気に言って「そるじゃぁ・ぶるぅ」は帰って行った。けれど立ち去る小さな背中はソルジャー候補の名の重圧に押し潰されそうなほどに痛々しくて…。
「………。フィシスを呼んでくれないか」
もう休んだかもしれないが、とソルジャー補佐に声をかけると間もなくフィシスがやって来る。
「お呼びですか?」
「ああ、すまない…夜遅くに。でも確かめておきたくて…。君が占った大きな力とは本当にぶるぅのことなのだろうか? 分からないなら占いの方法を変えてみてくれ。ぶるぅの未来はソルジャーなのか、それとも別の未来があるのか。…急がないから占ってほしい」
「…ぶるぅが御心配なのですね?」
「そうだ。ぶるぅは無理をしている。まだ本当に子供なのに…サンタクロースに頼むプレゼントさえも忘れるほどに毎日訓練に打ち込んで…。誕生日に何が欲しいか尋ねてみても思い付かないらしいんだ。去年は大きなお菓子の家をリクエストして半年がかりで食べていたのに」
それは本当のことだった。3歳にもならない「そるじゃぁ・ぶるぅ」は青の間で夜食を食べると部屋に帰って土鍋に入り、すぐに眠りに落ちてゆく。疲れ果ててしまっているのか、胃袋に直結している食べ物以外は全く意識に上らないのだ。ブルーはそんな「そるじゃぁ・ぶるぅ」を本来の姿に戻したかった。もしも…可能なことなのならば。
「分かりました。ぶるぅの未来を占いましょう。…けれどソルジャーだと出てしまったら…」
「その時は仕方ないだろう。それがぶるぅの運命ならば」
「…それでは…明日でよろしいですか? 長老の皆様方もお呼びしないといけませんわね」
「ぼくも行こう。頼んだよ、フィシス」
賽は投げられた…とブルーは思う。自らの半身だとも思う「そるじゃぁ・ぶるぅ」を次代のソルジャーに指名するのか、普通の子供として育てるか。全ては明日の占いで決まる。…クリスマスはもう目前だった。
天体の間に置かれたフィシスのターフル。カードをめくるフィシスの手元に長老たちとブルーの視線が集まっている。ブルーが『女神』と呼ぶフィシスの占いが告げる結果は託宣とされて絶対であった。占われているのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の未来のこと。ブルーの後を継ぎソルジャーになるのか、勝手気ままに生きていくのか…。
「……これは……」
最後の一枚となるカードをめくったフィシスが小さな声を上げた。
「どうなされた? 何か不吉な未来でも?」
問いかけるゼルにフィシスは「いいえ」と首を振って。
「…ソルジャー、ぶるぅの未来が出ましたわ。でも…これはどういうことなのでしょう? ぶるぅの時間は止まっています。いつまで経っても子供のまま…」
「「「子供のまま?」」」
長老たちの声が重なる。
「ええ。私たちの外見が年を取らないように、ぶるぅも今の姿のままで成長しないらしいのです。そんなこと…。今まで保護したミュウの子たちはちゃんと成長していったのに」
「ぶるぅは生まれが普通じゃないしね」
そう不思議でもないだろう、とブルーは先を促した。
「それで結果は? 成長しなくてもソルジャーを務めることは十分可能だ。ぶるぅは次のソルジャーなのかい?」
「………」
「…フィシス?」
「……申し上げにくいのですけれど……」
ターフルを囲んだ皆の間に緊張が走る。ブルーは目を閉じ、長老たちは拳を握った。フィシスの唇が躊躇うように開かれて…。
「…皆様の努力は報われない、と出ております。ぶるぅはぶるぅ、どう転んでもぶるぅなのだ…と。残念ながらソルジャーには…」
「なれんというのか!?」
血管が切れそうな顔でゼルが叫んだ。ソルジャー候補としての訓練の間、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は何度もキレて暴れている。そういう時に取り押さえるのはゼルとハーレイの役目であった。つまり何度も噛み付かれては医務室の世話になったというわけだ。文字通り血の滲む努力をしたのに無駄骨だったとは怒るしかない。
「わしもハーレイも身体を張っておったのに…。あやつはどうにもならんのか!」
「…はい。ぶるぅの未来は次期ソルジャーとは出ておりません」
ああ、とエラの身体がよろめいた。お茶にお花にお習字に…と、ヒルマンと共に持てる知識の限りを尽くして教育してきた師匠である。眩暈を起こすのも無理はなかった。長老たちの失意は大きく、ハーレイも眉間の皺を深くしていたが…。
「すまない、みんな。…無駄な努力をさせてしまった」
ブルーの謝罪に長老たちは翻って我が身を考える。元はと言えば自分たちがブルーに申し出たことだ。それが誤っていたからといって、どうしてブルーを責められようか? ましてや子供の「そるじゃぁ・ぶるぅ」を責めまくるのは完全にお門違いの八つ当たりで…。
「…いいえ、ソルジャー…。我々が勝手にやったことです。あなたが言って下さらなければ、フィシスに確認することもなく教育を続けていたでしょう。…申し訳ありませんでした。あなたは反対しておられたのに」
深々と頭を下げるハーレイに倣って長老たちも謝罪する。こうして「そるじゃぁ・ぶるぅ」は自由も暇もないソルジャー候補から晴れて解放されたのだったが、明日は早くもクリスマス・イブ。久々の休みを満喫しようと土鍋に入った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は丸々一日眠り続けて、翌日もひたすら爆睡し続け…クリスマス・イブのパーティーが終わった後もぐっすり眠ったままだった。
「…可哀想なことをしてしまいました。あれほど疲れ果てていたとは…」
艦内の照明が暗くなった深夜、青の間のブルーの許を訪れたのはサンタクロースの扮装をしたハーレイである。今だ目覚めない「そるじゃぁ・ぶるぅ」に長老一同とブルーからのプレゼントを届けに行くのが彼の役目だ。
「ソルジャーは今年もクッションですか。去年は土鍋の形でしたね」
「これは一応抱き枕だよ? ぶるぅは丸くなるのが好きだし、抱えて寝るのも気に入るかな…とね。アヒルの形を選んでみた。大好きなお風呂オモチャもトイレも、デザインはアヒルちゃんだろう?」
「なるほど。…では、行ってきます。ぶるぅの分のクリスマス・パーティーの料理は厨房に頼んで保存しました」
大型冷蔵庫に一杯分です、と笑みを浮かべて有能なキャプテンは出掛けて行った。
そして翌朝、やっと目覚めた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が見付けたものは…。
「かみお~ん♪ ブルー、サンタさん来てくれてたよ! 靴下を用意していなかったのに、こんなに沢山!」
ハーレイが運んだ数々のプレゼントと共に青の間に駆け込んできた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は弾けんばかりの笑顔だった。ブルーがベッドから降りるのも待たず、あれこれ披露して大喜びだ。
「良かったね、ぶるぅ。とてもいい子で頑張ったから、サンタが色々くれたんだろう。…ソルジャー候補、お疲れ様。もうやらなくていいんだよ」
「本当に? ねえ、本当にやらなくていい? ブルーのお手伝いはどうなるの?」
「さあ、それは…気が向いた時にシールドなんかを助けてくれると嬉しいな。そんな危険はないだろうけど」
その前に、とブルーはシャングリラ中に思念を広げる。
『メリー・クリスマス、シャングリラのみんな。…知っている者も多いと思うが、ソルジャー候補について話そう』
悲鳴のような思念がシャングリラ中から返ってきた。ついに発表の時が来た、と誰もが震え上がっているのが分かる。
『ぶるぅを次のソルジャーに…と長老たちが言ってきた。ぼくが長い年月待ち続けてきた後継者に、と。…タイプ・ブルーは知ってのとおり、ぼくの他にはぶるぅしかいない。ならば…と訓練をさせてはみたが、ぶるぅの未来にソルジャーという道はなかった。これはフィシスの託宣だ』
おおっ、と歓喜の思念が湧き上がるのをブルーは思念で静かに制して。
『それでもぶるぅは頑張ってくれた。昨日のパーティーにも出られないほど疲れ果てるまで頑張ったんだ。次のソルジャーにはなれないけれど、ぶるぅはぼくを手助けしようとしてくれている。ただ、この先もずっとぶるぅは子供のままで生きていくらしい。悪戯もするし、噛むことだろう。それでも…ぶるぅを嫌わないでくれるかい?』
『『『………』』』
シャングリラ中が聞き入っていた。いつも被害を被っていても「そるじゃぁ・ぶるぅ」は愛されている。閉ざされた船に新鮮な風と騒ぎを持ち込む元気印のマスコットとして。
『今日はぶるぅの誕生日だ。3歳になったぶるぅのために、できるなら…』
ブルーの思念が終わらない内にワッと艦内が湧き返った。
『ハッピー・バースデー、そるじゃぁ・ぶるぅ!』
『3歳の誕生日、おめでとう!!!』
シャングリラの仲間たちが祝福する中、昨夜「そるじゃぁ・ぶるぅ」が食べ損なった数々の料理や今日のために作られたバースデー・ケーキが厨房から青の間に運び込まれて、ソルジャー補佐とリオの給仕でコタツで始まる誕生パーティー。舌鼓を打つ「そるじゃぁ・ぶるぅ」を嬉しそうに眺めるブルーだったが…。
「お誕生日おめでとう、ぶるぅ。流石にこれは食べ切れないかな?」
青いサイオンに包まれてコタツの横に出現したのは山と積まれたプレゼントの箱。包み紙はどれも「そるじゃぁ・ぶるぅ」がショップ調査に出かけられなくて涙を飲んだお店のもので…。
「…ブルー、これってどうしたの? 昨日までしか売ってない筈だよ、全部限定品だもの!」
「ぶるぅがソルジャー候補をやってくれていたから、シャングリラを空けられる時間があってね。シャングリラ全体にシールドを張る練習なんかもしただろう? その間に何度か出掛けて買ってきた。…ぼくからのバースデー・プレゼントだよ」
「ほんと? ぼく、お手伝い出来たんだ! ありがとう、ブルー、ぼく、頑張る! これからもぼく、頑張るからね!」
3歳だもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は胸を張る。ソルジャー候補の話は幻となってしまったけれど、秘めた力は変わらない。ブルーの思いから生まれたらしいタイプ・ブルーな「そるじゃぁ・ぶるぅ」。シャングリラ中で悪戯しても噛み付いていても、きっとブルーを助けるだろう。…そう、きっと……遠い未来まで……きっと、地球まで。
「そるじゃぁ・ぶるぅ」、3歳の誕生日、おめでとう!
その時、クリスマスが1歳の誕生日になるように設定されて生まれて
きたので生後300日を越えてましたっけ。
クリスマス企画終了と共に『ぶるぅのお部屋』は一旦なくなり、翌月、
再び出現して…生後1000日目になったのが2009年9月20日。
四桁の大台に乗る記念日をお祝いしようと『幻の夜』を書きました。
シャングリラ学園シリーズとのコラボになりますv
それは9月20日の夜のこと。シャングリラ学園生徒会長、ブルーは一緒に暮らす「そるじゃぁ・ぶるぅ」と並んでリビングのソファに座っていた。窓の下に広がるアルテメシアの街の明かりはさほど眩いものではないし、昨日が新月だったから月もない。空気も秋らしく澄んできていて、こんな夜は星がよく見える。
「ねえねえ、ブルー、さっきのお料理、美味しかったね!」
そう言ったのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。二人はホテル・アルテメシアのメインダイニングで食事を済ませて家に帰って来た所だった。エロドクターと呼ばれるドクター・ノルディがよく出没するホテルではあるが、二人の大のお気に入り。ましてや今日は特別だから、ノルディと顔を合わせないようにちゃんと個室を取ったのだ。シェフが腕をふるった料理は旬の食材が生かされていて、今日の主役の「そるじゃぁ・ぶるぅ」の舌を大いに喜ばせた。
「あのソース、今度作ってみようかな? デザートも作ってみたいのが一杯あったし」
「そうだね。ぶるぅなら色々作れそうだけど…とりあえず今は乾杯しようか」
ブルーが宙に取り出したのは二人分のグラスとシャンパン。もちろん子供用ではない。サイオンは使わずに慣れた手つきでポン! と栓を開け、二つのグラスに注ぎ入れて…。
「ぶるぅ、生まれてから1000日目おめでとう。折り返し点だね」
「ありがとう、ブルー! もう1000日だなんて早いよね」
二人はグラスを1個ずつ持って。
「「かんぱーい!!」」
チン、とグラスが涼しい音を立てて触れ合った時。
「「…えっ?」」
グラスが4個に増えていた。それを支える手も4本に…。
「「「「えぇぇっ!?」」」」
驚きの声も四人分だった。テーブルを挟んで向かい合ったソファには誰も座っていなかったのに、そこに招かれざる来客が二人。しかもその姿はどう見ても…。
「…えっと……。ブルー……?」
いったい何をしに来たのだ、とブルーは自分そっくりの顔の人物に問いかけた。ブルー自身は滅多に着ないソルジャーの正装をした人間といえば、別の世界のシャングリラ号に住む通称ソルジャーことソルジャー・ブルー。いつも騒動の種になる彼がやってくるとはツイていない。今日は特別な日だったのに…。あまつさえ「ぶるぅ」こと、あちらの世界の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のソックリさんまで来てしまうとは…。しかし。
「……君は?」
ブルーに瓜二つの人物が首を傾げた。大きく見開かれた赤い瞳が不安の色に揺れている。そして「そるじゃぁ・ぶるぅ」によく似た「ぶるぅ」の方はグラスをガチャンとテーブルに置いて。
「誰? これって何の悪戯? 悪戯するなら噛んじゃうからね!」
イーッと剥き出された歯並びはまさに健康優良児。この歯で噛まれたら痛かろうな、と思ったところでブルーはハッと気が付いた。…目の前にいるのは「ぶるぅ」ではない。「ぶるぅ」に見えるが赤の他人だ。自分そっくりの人物もソルジャーとまるで雰囲気が違う。では…この二人は誰なのだ? 全く違う世界から来た客人だったりする……のだろうか?
幸いなことに客人はサイオンを持っていた。しかも最強のタイプ・ブルー。サイオンの波長を合わせると互いの情報が瞬時に伝わり、判明したのは客人たちの名もブルーと「そるじゃぁ・ぶるぅ」で、SD体制が敷かれた世界のシャングリラ号の青の間で乾杯しようとした瞬間にこちらへ飛ばされてしまったという事実。
「…フィシスの予言はこれだったのか…」
客人のブルーが苦笑しながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」が淹れた紅茶のカップを傾けた。
「今夜、あなたの望みが夢の世界で叶うでしょう…とフィシスは言った。まさか地球に来られるなんてね。フィシスの予言が正しいのなら、時計が午前2時を指すまでは夢を見ていられる筈だと思う」
「…ここは夢の世界じゃないよ。ぼくにとっては現実だって言ってるだろう? それに、何かといえば別の世界から押しかけてくるブルーとぶるぅだっているんだ」
ブルーは唇を尖らせたものの、この客人はいつも遊びに来るブルーのように休暇を取ったりサボったり…という生活とは無縁らしかった。シャングリラに住む仲間たちを守り、導くために自分の気持ちは後回しにして生きる人生。その肉体は弱ってきていて、焦がれ続けた地球には辿り着けないと覚悟している。彼の世界の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、そんな彼の望みから生まれた我儘勝手な分身で…。そう語ってから客人は儚げな笑みを浮かべた。
「この世界が夢でなかったとしても……ぼくは二度と来られはしないと思う。別の世界へ飛ぶだけの力は持っていないんだ。ここへ来られたのは…多分ぶるぅの力じゃないのかな。ぶるぅはぼくを地球へ連れて行きたいと思っていて……乾杯する時もそう言った。いつか一緒に地球へ行こうね、と」
「…君の世界のぶるぅも今日で1000日になるんだよね」
「そうだよ。卵から孵ったわけではなくて、ぼくの部屋に出現してからってことだけど」
客人は自分の世界の「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭を撫でた。大変な悪戯っ子だという客人の分身は大人しくドーナツを齧っている。明日の朝食用にホテル・アルテメシアで買ってきたものだ。こちらの世界の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が淹れたココアも気に入ったらしい。客人は二人の「そるじゃぁ・ぶるぅ」を見比べて…。
「不思議だね。見た目はこんなにそっくりなのに、君のぶるぅは三百歳を超えているのか…。あ、6歳になる前に卵に戻ってしまうんだったっけ。じゃあ三百歳とは言わないのかな?」
「うん、言わない!」
割って入った「そるじゃぁ・ぶるぅ」がエヘンと胸を張って続けた。
「ぼくね、6歳のお誕生日を迎えたことは一度もないよ。その前に卵になっちゃうからね。今日で二分の一まで来たから折り返し点のお祝いなんだ」
2000日を超えたら卵に戻る日が近いんだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は説明する。卵に戻る日や孵化するまでの期間は一定ではなく、そのために誕生日がコロコロ変わってしまうから…折り返し点になる日に近くてキリがいい日を祝うのだ、と。
「だから1000日目なんだけど。…どうしてそっちもお祝いしてたの?」
「ぶるぅが来てくれて1000日経ったのが嬉しかったから…かな。最初は1年しか一緒にいられないかもしれないと思っていたんだ。生まれた理由が理由だけにね」
1年だけ自由に生きてみたいと望んだ自分の心が「そるじゃぁ・ぶるぅ」を生み出したから、と客人は穏やかに微笑んだ。四桁の大台に乗るほどの期間を共に暮らせたことを祝って乾杯しようとしていたのだ、と。その客人が心の底から見たいと望み、焦がれ続けてきた星が……地球。ブルーは客人を見詰め、それから窓の外を眺めて言った。
「…君が憧れた星を見に行こうか。ぼくとぶるぅの力を合わせれば成層圏の外に出られる。君のぶるぅの力も借りれば完璧だよ。…君の力を使わなくっても、この星を見せてあげられる」
「……本当に……?」
夢みたいだ、と呟く客人にブルーは力強く頷いた。
「うん、本当に地球を見られるよ。君のフィシスが予言した魔法の時間が切れない内に…行こう、ブルー。君に地球を見せたいから。…いつか必ず君の世界の地球に辿り着いてほしいから。ここは夜だけど、地球の反対側は昼間だし…夜の景色も昼の景色も見てもらえると思うんだ」
青いサイオンがリビングに溢れ、四人は宇宙へ向かって飛んだ。眼下には青く輝く地球。客人たちはそれに魅せられ、人のいない海辺や深い森の奥に降りたりもして、憧れの星を存分に満喫してからリビングに戻ったのだった。
時刻は午前1時を回った所。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飲み物を淹れ、アップルパイのお皿を配る。客人は自分の世界の「そるじゃぁ・ぶるぅ」をまじまじと見つめて溜息をついた。
「…同じぶるぅなのに大違いだ。ぼくのぶるぅは悪戯好きの大食漢で家事なんか一度もしたことがない。そういうのは世話係かソルジャー補佐がやってくれると信じて疑いもしないんだから。…おまけに迷惑かけてばかりで…」
「だって! ぼく、そういうの得意じゃないし、まだ子供だし!」
プウッと頬を膨らませる姿にブルーはクスッと笑ってしまう。この「そるじゃぁ・ぶるぅ」のサイオンが強力なことはさっきの旅でよく分かったが、中身は我儘なお子様らしい。子供ゆえの思い込みの力で時空を越えてやって来たものの、再現する技量は持たないようで…。
「ぶるぅ、君が子供なのはよく分かったよ。…君たちが何処から来たのか分かれば会いに行けると思ったけれど、説明できないみたいだし……君の力が切れてしまう時が魔法が終わる時なんだろうね。また会いたいのに…無理なのかな?」
ブルーの問いに客人が静かに口を開いた。
「無理だと思う。…フィシスはこうも言ったんだ。夢は叶うけど、ぼくはそのことを忘れてしまう…と。夢は儚く消えるものだ、と」
「……そうなんだ……」
寂しいね、とブルーは赤い瞳を揺らす。この客人の記憶が消えてしまうのが辛かった。こんなにも地球に焦がれているのに、自分そっくりの人は衰弱していて、恐らく地球へは辿り着けない。ならば夢に等しいものであっても、その目で眺めた地球の姿を心に刻んで欲しいのに…。俯いてしまったブルーに客人がそっと手を差し伸べた。
「いいんだ、忘れてしまっても。…素敵な夢を見たという気分くらいは残るだろうから、ぼくはそれだけで満足だよ。ぼくの夢は地球へ行くこと。ならば、いい夢は…地球の夢に決まっているじゃないか。せっかくの夢だから、一つ訊きたい。…この場所が何処か分かるかな?」
「えっ?」
「こんな島だよ。とても大事な場所じゃないかと思うんだけど」
重ねられた手から流れ込んできたのは宇宙から地球へと降りてゆく映像。客人の世界のフィシスが持つという記憶の一部だと聞かされたブルーは首を捻った。
「えっと…。そういう形の島は確かに地球に存在してる。この国にあるよ。今は夜だから宇宙からは見えなかったかも…。でも、そんなに大事な所かなぁ?」
「ああ、やっぱり実在するんだね。四国も…そして徳島県も」
「…四国? …徳島県? 何、それ? そんな名前じゃないよ、あの島。あそこは昔からソレイドと言って…」
「ソレイド?」
今度は客人が驚く番だった。彼の世界ではソレイドは地球とは全く異なる座標に位置する軍事拠点らしい。
「似てるようでも違う部分が色々あるのか…。フィシスの記憶では徳島県を目指すようにして降りていくから、地球の重要な機関がそこに置かれているんじゃないかと思って尋ねてみたんだけれど」
「困ったなぁ…。ぼくの世界には徳島県という地名が無いし、ソレイドだってごくごく普通の地域だし…。あそこに何かあったっけ?」
ブルーの膨大な知識の中に該当する要素は見つからなかった。ソレイドは八十八ヶ所を巡る遍路旅で知られた巡礼の地だが、それは重要な意味を持つのだろうか? 客人が言う徳島県あたりに存在するのは一番札所……お遍路の旅の出発点。しかし、そこを大切な場所だと言い切れるのは信心深い善男善女と坊主くらいなものだろう。
「…駄目だ、心当たりが全然ないや…。ぼくの世界じゃ一般的には観光に行く所なんだよ、ソレイドは」
ごめん、とブルーは頭を下げた。どうやら客人たちは似て非なる世界から来たようだ。まあ、それを言うなら日頃から出入りしているソルジャーや「ぶるぅ」も同様だったし、そう問題はないのだが…。
「だけど一応、調べてみようか。…ソレイドだよね」
興味津々の客人と一緒にインターネットで検索しても、ソレイド名物のお土産と特産品にグルメ情報、観光名所などがヒットするだけ。でなければ八十八ヶ所関連だ。これは追及するだけ無駄ではないか…と頷き合って、さっき見て回った真っ青な海や自然のままの森の話をしている内に時間は過ぎて…。
「もうすぐ2時か…」
客人が名残惜しそうに窓の外に光る星を見上げた。
「ぶるぅが生まれて1000日目というだけで嬉しかったけど、地球をこの目で見られたなんて…。ありがとう、あちこちに連れて行ってくれて。忘れないよ、と言いたいのに……もうすぐぼくは忘れてしまう」
「1000日目のお祝いをしたことだけを覚えていればいいんじゃないかな。もしかしたら、いつか君のぶるぅが本物の地球を見せてくれるかもしれないよ」
ブルーの言葉に客人は柔らかな笑みを湛えて。
「…そうだね、ぶるぅが連れて来てくれたんだし…。きっと見られると信じよう。ぼくは確かに地球を見たんだ」
忘れてしまう夢であっても、と客人が差し出した右手と握手する。「そるじゃぁ・ぶるぅ」も双子のような相手と握手し、四人で幾つか言葉を交わして……さよならと手を握り合った直後に午前2時が訪れた。
「…あれ? ブルー、昨日買ってきたドーナツが無いよ?」
翌朝、いつものように起き出したブルーを待っていたのは困惑顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「おかしいなぁ…。テーブルの上に置いといたよね? 空っぽの箱だけキッチンにあって、中身がどこにもないんだけれど…」
「空っぽ? 昨夜は乾杯をしてすぐ寝ただろう、ぼくもぶるぅも。…それとも……。あ、そうだ。ぶるぅ、酔っ払って夜中に食べてしまったんじゃあ…」
やりかねないよ、と笑うブルーに「そるじゃぁ・ぶるぅ」はションボリとして。
「そうかも…。アップルパイも減っちゃってるんだ。ぼくって酒癖悪かったみたい…」
「子供のくせにお酒を飲んだんだから、酔っ払うのは仕方ないさ。昨日はぶるぅのためのお祝いだったし、たまには羽目を外しちゃってもいいんじゃないかと思うけどね。そうだ、今からドーナツ食べに行こうか。色々選んで買っていたのに、食べたのを全然覚えてないのは残念だろう?」
「いいの?」
「もちろん。1000日目のお祝いは24時間有効だよ。行こう、ぶるぅの好きなお店へ。朝御飯はドーナツ、お昼も何処か美味しいお店でゆっくりと…。何が食べたい?」
グルメマップを取り出すブルーの手元を「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニコニコ笑顔で覗き込む。食べ歩きプランを練り始める二人に昨夜の記憶は全く無かった。別世界から来た客人たちにドーナツとアップルパイを振舞ったことなど覚えていない。彼らが消えるのを見送った後、二人でお皿やカップをきちんと洗って片付けてから眠ったのに…。
「ぶるぅ、改めて1000日目おめでとう。まずはドーナツで腹ごしらえだね」
「うん! ぼく、いっぱい食べて研究するんだ♪」
みんなに新作を出したいもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は張り切っていた。卵から孵ってからの日数が四桁になった日を記念日として祝い始めてもう何度目になるのだろう? これからもきっとこの習慣は続いていくに違いない。
その頃、ドーナツとアップルパイを食べてしまった客人たちも別の世界で目を覚ましていた。シャングリラ号の中にある青の間のベッドと、その脇に置かれた土鍋の中で。普段は「そるじゃぁ・ぶるぅ」は専用の部屋で寝ているのだが、夜にお祝いをするというので青の間に泊まりに来たのだった。
「おはよう、ぶるぅ。昨夜はいい夢を見ていたような気がするよ。…お前が泊まってくれたお蔭かな」
「本当? ぼく、暴れたりしなかった? 乾杯した後の覚えがないけど…」
酔っ払って何かしたかも、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は心配そうだ。ブルーはクスッと笑みを零して。
「大丈夫だよ。ほら、グラスもボトルも割れずに無事だ。ぼくもお前も1杯だけで酔いが回ってすぐに寝たから」
「そっか……寝ちゃったんだっけ。せっかくお祝いしてくれたのに」
「残念そうだね。それじゃ改めてお祝いしようか? 1000日目の」
「わーい! ぼく、何かいいもの探してくるね!」
言うなり「そるじゃぁ・ぶるぅ」の姿がパッと消え失せた。日頃のショップ調査とグルメ三昧の成果を披露する気だろう。悪戯っ子だがサイオンだけは一人前の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。いてくれるだけで心強い、とブルーはいつも思っていた。二人で別の世界の地球へ行った記憶は綺麗に失われてしまったけれど、今日は気分がとてもいい。
「ぶるぅが来てから1000日目か…。ぶるぅならきっと地球まで行けるだろうな。…ぼくの命が尽きた後でも、ぶるぅが地球を見てくれたなら……ぼくも見られるような気がする。あの青い星を…」
頼むよ、ぶるぅ……とブルーは微笑む。この日から遥か遠い未来に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がブルーを本物の地球へ連れて行くことになるのだったが、それを二人は知る由もない。地球はまだまだ夢の彼方だ。
「そるじゃぁ・ぶるぅ」、生まれてから今日で1000日目。奇跡のように交わった二つの世界は互いの記憶の消滅と共に再び分かたれ、記憶も二度と戻らなかった。家事万能の「そるじゃぁ・ぶるぅ」と悪戯大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、それぞれのブルーと共に自分の世界で生きてゆく。「かみお~ん♪」と明るく叫んで元気一杯に跳ねる姿はどちらの世界も共通だったが、評価はキッパリ分かれるだろう。
悪戯好きの「そるじゃぁ・ぶるぅ」と家事万能の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。もう一人、ソルジャーの世界に住んでいる通称「ぶるぅ」がこの日に出現しなかったのは、乾杯しなかったせいらしい。ソルジャーとキャプテンの大人の時間が始まったので土鍋に入って眠っていたのだ。三人の「そるじゃぁ・ぶるぅ」の揃い踏みが実現していたならば、何かが違っていたのだろうか? それは誰にも分からない。
「かみお~ん♪」が口癖でブルーの身体を縮めたような姿の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は全部で三人。家事万能か、悪戯好きか、おませで悪戯好きなのがいいか。どこの世界のブルーに訊いても答えはきっと決まっている。
「ぼくはぶるぅが一番好きだよ」。
それは自分の傍らにいる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。おませさんでも悪戯好きでも、愛すべき存在なのだから。そして「そるじゃぁ・ぶるぅ」の方もブルーが一番好きだった。だから全ては上手くいく。
「そるじゃぁ・ぶるぅ」、1000日目の記念日、おめでとう!
※2008年ぶるぅお誕生日記念の短編です。
マザー、シャングリラに拾われてから一年が経ったソルジャー補佐です。年中無休の職場ですけど、ソルジャーのお役に立てるのならば休日返上なんて大したことではありません。いえ、ソルジャーのお顔を拝見できるだけで幸せ一杯、毎日が祝日みたいなもので…。そうこうする内にシャングリラの冬の一大イベント、クリスマスの日が近づいてきました。私がここへやって来たのは一年前の今頃でしたっけ…。
「もうすぐ二歳になるというのに、ぶるぅの悪戯は止まないようだね」
ソルジャーがフゥと溜息をつかれました。冬の訪れと共に青の間にコタツが再登場し(夏の間はコタツ布団が片付けられて座敷机風になっていたのです)、そこに座っておられます。向かい側で渋い顔をしておられるのはキャプテンでした。お出しした昆布茶にも、キャプテンがお好きな塩煎餅にも手をおつけにはなりません。
「ソルジャー、ぶるぅを叱ることができるのは貴方だけです。シャングリラに浮かれた空気が漂ってくると、悪戯も激しくなるようで…。夏の阿波踊りシーズンが凄かっただけに、クリスマス前はどうなることかと、もう心配で心配でたまりません」
考えただけで胃薬の量が増えそうです、とキャプテンは胃の辺りを押さえて仰いました。阿波踊りというのはソルジャーがお始めになったシャングリラの年中行事で、夏に行われる盆踊り大会みたいなものです。日頃から劇場で練習を欠かさない勝手連の皆さんはもちろんのこと、各部署ごとや気の合う仲間同士で『連』と呼ばれるグループが組まれ、丸4日間、至る所で熱い踊りが繰り広げられるのでした。模擬店も出ますし、それは賑やかな催しで…。
「確かにぶるぅは雰囲気に飲まれ易いかもしれないな。まだ子供だし、そんなものではないかと思うが」
「ですが、ソルジャー! 阿波踊りの練習が始まってから本番までの悪戯っぷりは本当に酷く、なまじサイオンが強力なだけに神出鬼没で泣かされました」
「ああ、お前も頭の上で派手に踊られた一人だったな」
「笑いごとではありません。皆が見ている前で金縛りにされ、半時間近くも踊りまくられたせいで翌日は腰が…」
そうでした。キャプテンは御自慢の阿波踊りを披露なさっている最中に犠牲になってしまわれたのです。運悪く腰を落とされたところで金縛りに遭い、無理な姿勢を強いられた結果は酷い腰痛。確かゼル様は同じ目に遭ってギックリ腰を患われたとか…。
「ともかく、ぶるぅは祭りとなると悪戯せずにはおれないのです。ヤツの悪戯は浮かれ気分に正比例します。…悪戯癖が直らないまま、またクリスマスが来るかと思うと…」
「クリスマス前の悪戯だったら、去年で経験済みじゃないか」
「それを仰るのなら、去年の阿波踊りシーズン前はどうでしたか? 今年ほど酷くはなかったように思うのですが」
「まだまだ子供だったからねぇ」
のんびりとお答えになるソルジャーでしたが、キャプテンは眉間に皺を刻んで。
「その通りです。ぶるぅは成長しているのです! 身体が成長しない分だけ、知恵が回るようになりました。どうすれば皆がビックリするか、そればかり考えて日々確実に成長を…」
「いいじゃないか。閉ざされた世界の中では、時に刺激も必要だよ」
「それは時と場合によります。私はシャングリラのキャプテンとして、皆に平穏なクリスマス・シーズンをプレゼントしたく…」
「天には栄え、か…」
そしてソルジャーが口ずさまれたのはクリスマスの賛美歌の一つでした。
「天(あめ)には栄え 御神にあれや 地(つち)には安き 人にあれやと…。つまり、クリスマス・シーズンくらいは平和が欲しいというわけだな」
「そのとおりです。それを実行できる力をお持ちなのはソルジャー、あなたお一人だけなのですから」
「やれやれ…。長老5人を代表しての直談判か。分かった、少し考えてみる」
あまり期待をしないように、とソルジャーは念を押されましたが、キャプテンは晴れ晴れとしたお顔になって。
「いいえ、あなたなら良い考えをお持ちの筈です。よろしくお願いいたします」
深々と頭を下げると、おいでになった時よりも軽い足取りでスロープを下ってゆかれたのでした。悪戯が生き甲斐のような「そるじゃぁ・ぶるぅ」。その悪戯を封じ込めるなんて、そんなこと、果たして出来るのでしょうか…?
キャプテンが心配なさったとおり、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の悪戯は増加する傾向にありました。クリスマスまで一ヶ月以上あるんですけど、シャングリラには既にクリスマスの雰囲気が溢れています。クリスマス・カードの見本が配られてきたり、公園にクリスマス・ツリーとイルミネーションが飾り付けられて毎晩華やかに輝いていたり…。浮かれ気分の船のあちこちで起こる小さな騒ぎは、いつも「そるじゃぁ・ぶるぅ」でした。
「昨日は5人噛まれたそうだ」
青の間に出勤すると、ソルジャーが昨日の被害者の数を仰います。噛まれた人の他にも悪戯された人が何人もいて、苦情処理は全てキャプテンの仕事。これではクリスマスまでにキャプテンが胃潰瘍になってしまわれるかも…。なんとか打つ手は無いものだろうか、とソルジャー補佐なりに考えましたが、名案はありませんでした。
「今日も朝一番に悪戯の苦情がハーレイの所へ持ち込まれた。…明日から十二月になるんだったね」
「はい、そうです」
「ではハーレイに頼まれたことを実行しようか。…ぶるぅ!」
ソルジャーが何も無い空間に呼びかけられると…。
「かみお~ん♪」
クルクルッと宙返りしながらパッと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が現れました。ここで会うのは久しぶりです。いつもしょっちゅう顔を出しては、専用湯飲みで昆布茶や抹茶ジェラートを味わっていたのに…。つまり、それだけ悪戯に忙しかったというわけでしょうか?
「なぁに、ブルー? 何かくれるの?」
ニコニコしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」は赤と緑のクリスマスカラーの派手なリボンを握っています。
「あのね、今、これでハーレイを飾ろうと思ってたんだ♪ 髪の毛にいっぱい結ぼうかなぁ、って」
「なるほど。危機一髪だったらしいな、ハーレイ」
クスッと笑っておられるソルジャー。クリスマスカラーのリボンを頭にいっぱいつけたキャプテンのお姿、誰だって見たいだろうと思うんですけど……ソルジャー補佐でも、ソルジャーでも! けれど「そるじゃぁ・ぶるぅ」の悪戯を封じてくれとキャプテンが嘆願にいらした以上、そんなこと望んじゃいけませんよね。
「ぶるぅ、そのリボンはぼくが預かっておこう。代わりに、これ」
ソルジャーが宙に取り出されたのは、子供たちに配られているアドベント・カレンダーでした。
「ぼく、これ、とっくに貰ったよ! 明日から毎日、日付の所を開けるんだよね。中にお菓子が入ってるんだ。去年も貰ったから覚えてるもん」
「そうだね。でも、特別にもう一つ。これは青の間に置いておくから、毎晩、寝る前に開けにおいで」
「ブルーからのプレゼント?」
「うん。…それとセットでこっちにハンコが」
コタツの上にコトリと置かれた箱の中にはスタンプセットが入っていました。
「いいかい。これは三種類ある。ごらん、『よくできました』と『このちょうし』、『がんばろう』の三つだ。毎晩、お前がカレンダーの窓を一つ開けてお菓子を出す。窓の中には絵がついてるけど、窓の裏側には絵が無いだろう? そこへハンコを押すんだよ」
「なんで?」
「お前が頑張ってるかどうかのチェック。とてもいい子だった日は『よくできました』、悪戯をしなかった日は『このちょうし』、悪戯の報告を受け取った日には『がんばろう』。カレンダーはクリスマス・イブまであるから、イブの日の夜にこれをお前の部屋に置くことにする。…イブの夜にお前の部屋に来るのは誰だい?」
ソルジャーがお尋ねになると、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は…。
「えっ? えっと…えっと…サンタのおじさん!」
「よくできました。このカレンダーはサンタクロースに見てもらうための成績表だ。知ってるかい、ぶるぅ? 悪い子の靴下にはプレゼントの代わりに鞭が入っているそうだよ。鞭を貰った子は、その鞭でお尻を叩かれるのさ」
「……嘘……」
「本当のことだ。去年お前は沢山プレゼントを貰ったけれど、それは初めてのクリスマスだったからじゃないかと思ってる。普通あれだけ悪戯してれば、鞭を貰っても仕方ない。去年が特別だったんだ。…でも、今年はそうはいかないよ。このままじゃ、お前の靴下の中身は…」
そのお言葉が終らない内に「そるじゃぁ・ぶるぅ」の目からポロポロと涙が零れ始めました。
「…やだよぅ…。鞭なんて、お尻を叩かれるなんて……やだよぅ…」
「ぼくも悲しいよ、お前が鞭を貰ったら。…だから成績表を作った。今から始めても間に合わないかもしれないけれど、やらないよりはマシだろう。十二月はいい子にしてました、って証明すれば鞭だけはやめてくれるかも…」
「………。ほんと?」
「ああ。お前の努力次第だけどね。…どうする? このカレンダーで頑張るかい?」
涙目の「そるじゃぁ・ぶるぅ」はコクリと大きく頷きました。サンタクロース用の成績表とは、ソルジャー、素晴らしい思い付きです!
「それと…これはぼくからの話だけども」
アドベント・カレンダーとスタンプセットをコタツの横の床に置いてから、ソルジャーは綺麗な笑みを浮かべて。
「クリスマスの日は、お前の二歳の誕生日だ。プレゼントには何がいい? 去年はクリスマスケーキだったね」
「今年もくれるの?」
「もちろんだよ。欲しいものがあったら言ってごらん。用意できるものなら何でも…」
「お菓子のおうち!!」
勢いよく答える「そるじゃぁ・ぶるぅ」。いかにも食いしん坊らしいリクエストでした。
「お菓子の家? ああ、クリスマス前だから売ってるだろうね」
「あんな小さいのじゃなくて…中で寝られるようなヤツ! ぼく、お菓子の家の中で寝てみたいんだ」
「そ、それはまた…凄い話だけど、食べるのかい?」
「寝るのに飽きたら少しずつ齧っていくんだよ。そうだ、ブルーも遊びに来る? 広かったら中でお茶が飲めるし」
ニコニコ顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は本気のようです。ソルジャーは厨房と思念を交わしておられましたが、やがて至って真面目なお顔で。
「ぶるぅ、お菓子の家を作って貰えるかどうかはお前次第だ。厨房でも散々悪戯しただろう? 料理長が言っていたよ、今からクリスマスまで悪戯しないなら作ります、ってね。それも厨房だけじゃない。シャングリラ全体での悪戯だ。こうなるとカレンダーだけでは心許ないな。…用意しておいた甲斐があった」
そう仰って取り出されたのは立派なクリスマス・リースでした。モミや柊で出来てますけど、コタツの上に置かれたリースには赤い蝋燭が一本、立てられています。これって、ドアや壁とかに飾るんじゃなくて、テーブルとかに置くんでしょうか? 吊り下げるデザインには見えません。蝋燭はリースに対して垂直に立っているんですから。
「これはシャングリラではあまり見かけないかもしれないね。ぼくもキリスト教徒ではないし、馴染みのあるものではないけれど…。アドベント・リースと言うんだよ、ぶるぅ。アドベント・クランツと呼ぶ人もいる」
「…あどべんと……りいす?」
「そう。クリスマスまでの日曜ごとに蝋燭を一本、立てていくんだ。クリスマス前に日曜日が四回。それぞれを第一アドベント、第二アドベント…と呼んで蝋燭を立てる。第一アドベントはもう済んじゃったから、最初の一本はぼくが立てておいた」
これの面白い所はね、とソルジャーは真ん中を指差されて。
「アドベント・カレンダーはイブまでだけど、アドベント・リースはクリスマスまで。クリスマスの日に真中に白い蝋燭を立てるんだ。お前が悪戯せずにいい子でいたら、残りの赤い蝋燭を日曜日ごとに増やしてあげる。蝋燭がちゃんと四本になって、サンタからも鞭を貰わずに済めば…クリスマスの日に白い蝋燭を立ててあげよう」
「それって…うんと頑張れってこと? 頑張らないと誕生日プレゼントも貰えないの?」
「お店で売ってるお菓子の家なら、鞭を貰ってもプレゼントできる。ぼくが買ってくればいいんだから。でも、お前が欲しい大きな家は……料理長に頼まないと作れないしね」
どうする? と尋ねられた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はキュッと拳を握り締めて。
「ぼく、頑張る! サンタさんのプレゼントも、すごく大きなお菓子の家も…どっちも絶対ほしいもん!」
「いい子だ。じゃあ、今日から早速頑張るんだよ。ハーレイに悪戯しようとしたのは未遂だったから数えない。ハンコを押すのは明日からだけど、アドベント・リースの方はもう始まっているんだから…悪戯は禁止、いい子でいること。そして明日から毎晩ハンコを貰いに来ること」
「分かった! 悪戯も噛むのも我慢する。だからブルーもハンコ押してね、『よくできました』って書いてあるハンコ! 日曜日には赤い蝋燭を貰うんだもん!」
そう叫ぶなり「そるじゃぁ・ぶるぅ」は消え失せました。後に残ったのはクリスマス・カラーのリボンです。いったい何処へ行ったんでしょう?
「いつものショップ調査だよ」
ソルジャーがクスクスとお笑いになり、アドベント・リースをクリスマス・ツリーの側に置くようにと仰いました。青の間のクリスマス・ツリーは今年も「そるじゃぁ・ぶるぅ」が調達して来て、公園のツリーの点灯式があった日から静かに青く輝いています。
「クリスマスまで悪戯禁止、噛むのも禁止。…普通ならストレスが溜まって大変だろうけど、ぶるぅは外へ出られるからね。ショップ調査にグルメ三昧、発散する場所は沢山あるさ」
言われてみればそうでした。シャングリラの中で騒ぎを起こさなければ『よくできました』のハンコです。それに外では「そるじゃぁ・ぶるぅ」もそんなに悪さはしない筈…。いつだったか、バニーガールのいるお店に行って泥酔したことはありましたが。
カレンダーとリースを貰った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は頑張りました。悪戯される人も噛まれる人もなくなり、去年の騒ぎが嘘のよう。シャングリラに来たばかりだった私も散々な目に遭いましたけど、今年はなんとも平和です。キャプテンは相変わらずの胃痛持ちでらっしゃいますが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が原因の胃痛はすっかり治まっているようで…。
「ソルジャー、どんな魔法をお使いになったのですか?」
キャプテンがコタツで塩煎餅を齧りながらお尋ねになると、ソルジャーはミカンを剥きながら。
「アドベント・カレンダーとリースだよ。飾ってあるから見るといい」
「…あれですか?」
立ち上がって見に行かれたキャプテンの頬が緩みました。アドベント・カレンダーの開いた窓の裏側に押された『よくできました』というハンコ。そして赤い蝋燭が三本立てられたアドベント・リース。蝋燭は本当は毎朝の食事の時に灯すそうですが、ソルジャーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」がハンコを押して貰いに来た時に灯すようにしていらっしゃいます。
「ぶるぅがね、とても励みにしてるんだ。カレンダーからどんなお菓子が出てくるか…。どんなハンコが貰えるか。カレンダーのお菓子くらいサイオンで簡単に分かるだろうに、それをしないのが可愛くて。キャンデーでもチョコレートでも、嬉しそうな顔をして大事に食べるよ。普段からは想像もつかないな」
「ホールケーキを一口でペロリというヤツが……ですか?」
「うん。赤い蝋燭も順調に増えて、ぶるぅが来ている間だけ灯しているんだけれど…けっこう減っているだろう? ゆっくりとお菓子を食べて、楽しかった事の報告をして帰っていくんだ。ずっとこんな調子ならいいのに…と思ってしまう」
「やはり継続は無理そうですか…」
「多分ね」
ソルジャーとキャプテンは顔を見合せて苦笑なさいました。いい子にしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」は期間限定なのでしょう。それでも、やれば出来るっていうのが凄いですけど。キャプテンがコタツにお戻りになると、ソルジャーが…。
「お菓子の家はどうなっている? 厨房に迷惑をかけているのは分かっているが」
「順調です。しかし、御自分で組み立てるというのはやめて下さい。お身体に負担がかかるのですし、運ぶのも組み立てるのも我々がやらせて頂きます」
「…ぼくがやりたいと頼んでも…?」
「駄目です。キャプテンとして許可できません。どうしても、と仰るのなら、最後の仕上げをお願いします」
粉砂糖を撒くだけですからね、と笑ってキャプテンはお帰りになりました。ソルジャーは小さな溜息をつかれて。
「ぶるぅが楽しみにしている家だし、ぼくが組み立ててやりたかったんだけどな…。でも、ハーレイが言うことも尤もだ。そんな余力があるんだったら、クリスマス・パーティーに最後まで出席するべきだよね」
去年、ソルジャーはパーティーを欠席なさっています。お身体が弱っておられるのですし、大事を取ってのことでしたけれど…シャングリラの人々と気軽に話せる機会を逃したことを今も悔やんでおられるのでした。
「そうそう、ぶるぅのクリスマス・プレゼントを用意しなくっちゃ。ちょっと出てくる」
フッと青の間から消えてしまわれたソルジャーは、プレゼントの包みを抱えて戻っておいでになりました。去年は湯飲みでしたけれども、今年は何を…?
「クッションだよ。土鍋の形をしてるんだ。ちゃんと鍋と蓋とに分かれていてね」
ひえぇ! そんな変わり種がありますか! 大きな包みは青の間の奥の小部屋に隠され、クリスマス・イブの夜に私がキャプテンの部屋へ運んで行くことになりました。今年もキャプテンがサンタ役をなさって下さるのです。幸せ者ですよね、「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
アドベント・リースに四本目の赤い蝋燭が灯り、アドベント・カレンダーの窓に『よくできました』のハンコがズラリと並んだクリスマス・イブ。朝からシャングリラ中がお祭り気分で、ソルジャーは去年の教訓を踏まえてシャングリラ中の視察の代わりに公園で皆と挨拶を交わされました。お蔭でお身体の調子も良くて、夜のパーティーは最後まで出席なさいましたし、ソルジャー補佐も一安心です。
「ぶるぅのプレゼントをよろしくね。アドベント・カレンダーはぶるぅの部屋に送っておいたから」
「はい!」
帰り際に預かった土鍋クッションの包みを抱えてキャプテンのお部屋に伺うと、今年もサンタの扮装をなさっておられました。真っ赤な衣装に真っ赤な帽子、真っ白な髭がお似合いです。大きな袋には長老の皆様からのプレゼントが詰められていて、土鍋クッションを押し込む余地は無いような…。
「今年のプレゼントは大きめだから、と仰っていたのはこれのことか。袋を肩にかけて腕に抱えて行くしかなさそうだな」
少々間抜けなサンタだが、とキャプテンはクッションの包みを抱えてごらんになりました。
「こういう時にトナカイと橇が無いのは実に不便だ。…ブラウあたりに手伝わせるかな。カードを書いたのはブラウだし」
「は?」
「来年もいい子でいるように、というサンタクロースからのメッセージだ。ソルジャーが成績表を作って下さったからには、ちゃんと評価が必要だろう。読んだぶるぅが悪戯を減らしてくれれば最高なんだが」
ほら、と差し出された封筒の表には『そるじゃぁ・ぶるぅ君へ サンタクロースより』と筆跡を変えて書いてあります。カードはエラ様がお作りになったということでした。きっと本物のサンタさんからの手紙のように見えるんでしょうね。それをキャプテンがアドベント・カレンダーの側に置いてこられるというわけです。とても頑張っていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」、明日の朝に目を覚ましたら大喜びに違いありません。
(去年は、そるじゃぁ・ぶるぅが消えてしまうかも、ってソルジャーと一緒に心配したけど、今年はいい夢、見られそうだな)
一年前の今頃はソルジャーのお部屋で「そるじゃぁ・ぶるぅ」の出生の秘密を聞いて、怖くて眠れませんでしたっけ。朝になったら「そるじゃぁ・ぶるぅ」は消えているんじゃないかって。けれど今年は大丈夫。私はサンタ役のキャプテンにお辞儀してから、クリスマスの飾りがあちこちにあるシャングリラの通路を自分の部屋へと向かいました。
そしてクリスマスの日がやって来て…。
「ブルー!!」
青の間に出勤した途端に現れたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と土鍋でした。いえ、よく見るとこれは…土鍋クッション? ソルジャーがお買いになったとは聞いてましたが、本当に土鍋そっくりです。
「サンタさんから貰ったんだ! いい子にしてたね、って誉めてくれたよ。見て、見て、これってクッションでね、他のプレゼントも入れて持って来ちゃった♪」
あれこれと取り出しながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大はしゃぎ。サンタさんからのメッセージカードも大事に運んで来ていました。エラ様とブラウ様の力作は効果絶大だったようです。
「来年もいい子でいなさい、って書いてあるんだよ。噛み付いたり悪戯しないでいい子でいたら、みんなから大好きと言ってもらえるから、って。本当かなぁ?」
「本当だと思うよ。試しにいい子にしてみるかい?」
「…えっと、えっと…。少しずつでもいいのかなぁ? 急には無理! 今日が限界!」
「おやおや。そんなことを言ってるんなら、白い蝋燭を灯すのをやめるよ? せめてお正月まで頑張るんだね」
ソルジャーがコタツの上にアドベント・リースを移動させてきて、真中に白い蝋燭を置かれました。
「どうする、ぶるぅ? お正月までいい子にするなら…」
「いい子にする! お願い、いい子にするから蝋燭を点けて!」
「約束だよ。じゃあ…メリー・クリスマス。それからハッピーバースデー、ぶるぅ。二歳の誕生日おめでとう」
四本の赤い蝋燭にポッと火が灯り、白い蝋燭にも火が灯って…。
『『『メリー・クリスマス!…ハッピーバースデー、そるじゃぁ・ぶるぅ!』』』
シャングリラ中からお祝いの思念が響きます。ソルジャーが中継なさっていたのでしょうか。
「ぶるぅ、お前の部屋へ行ってみよう。お菓子の家が出来たらしいよ」
「ほんと!?」
次の瞬間、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋の前に立っていました。ソルジャーのお力なのか「そるじゃぁ・ぶるぅ」の力なのかは分かりません。先頭の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は扉を開けるなり大歓声。
「うわぁ、本物のお菓子の家!!」
そこには立派なお菓子の家が出来上がっていて、キャプテンが立っておられます。
「ソルジャー、最後の仕上げをお願いします。この粉砂糖を屋根に振りかけて完成です」
「これだね。砂糖の雪が積もるってわけだ」
青いサイオンの光が舞って、お菓子の家に真っ白な粉雪が散りました。あれ? それだけじゃないのかな?
「ぶるぅ、コーディングしておいたよ。これで賞味期限は十年くらいになったと思う。だから大事に食べるんだね」
「えっ、十年も待てないよ! 来年の誕生日までには食べるんだ。でも、しばらくはここで寝ようっと! 土鍋クッションも貰ったし…。そうだ、ブルー、このクッションを使ってよ。お菓子の家でお茶にしようよ、すぐにケーキを貰ってくるから! クッションは蓋の方がいい? それともお鍋?」
大喜びの「そるじゃぁ・ぶるぅ」と、幸せそうな笑顔のソルジャー。私はお邪魔みたいです。キャプテンと二人でそっとお部屋を抜け出しましたが、引き止める声はしませんでした。
「ソルジャーのあんなお顔は珍しい。ぶるぅはソルジャーにだけは幸せを運んでくるようだな」
いつものことだが、と仰るキャプテンのお顔も綻んでいます。ソルジャーと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が一緒に入れるお菓子の家。もしかするとソルジャーは今夜は青の間にお戻りにならないのかも…。お身体に障らないのならそれもいいかな、と考えながら私は青の間に向かいました。私の職場は青の間です。とりあえずいつもの時間になるまで詰めていることにしましょうか。
マザー、ソルジャーは夜には青の間にお戻りになりました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のベッドはソルジャーには小さすぎるらしいのです。けれど、お菓子の家はとても居心地が良いそうで…。
「あの中にいると甘い香りに包まれるんだ。ぼくに子供の頃の記憶は無いけど、子供の夢ってあんなのだろうね」
土鍋クッションの座り心地も素敵だよ、と仰るソルジャーがお使いになったのが蓋だったのか鍋の方かは聞きそびれました。どちらにしても想像するだけで楽しいです。お菓子の家で土鍋クッションにお座りになるソルジャーのお姿、いつか拝見したいものだと願ってしまう罪深い私をお許し下さい…。
マザー、無休のままで冬が終わったソルジャー補佐です。色々と役得もあったので無休でも構わないんですけど「そるじゃぁ・ぶるぅ」が楽しそうに出歩いているのを見ると羨ましいな、と思ったり。でも…お休みを貰ってもシャングリラから出られませんし、それならソルジャーのお顔を拝んでいられる生活の方がお得ですよね。
シャングリラの外は暖かくなってきたのに青の間にはまだコタツがあります。ソルジャーは「桜が咲いたら流石にコタツ布団は片付けないとね」とおっしゃりながらも今日も朝からコタツの中。「コタツに入っていると寺にいた頃を思い出すんだ。懐かしいな」と、アルテメシアでお坊さんの修行をしてらした時のお話をして下さいました。
「冬はコタツと火鉢以外に暖房が無くてね。もう本当に寒くて寒くてたまらなかった」
「シールドを使ったらミュウだとバレてしまいますしね」
「いや。バレないようにするのは簡単だけど…それじゃ修行にならないだろう?冬でも素手で雑巾がけをしたりするからアカギレも霜焼けもできたっけ。…アルタミラで実験体だった頃を思えば大したことじゃなかったが」
一緒に修行なさったヒルマン教授や同期のお坊さん達とお寺を抜け出して宴会を開いて大目玉を食らったこととか、托鉢の苦労話とか…。高僧になられるまでには色々あったみたいです。楽しくお話を伺っていると、フィシス様がいらっしゃいました。フィシス様もコタツにお入りになり、三人でお茶を飲みながらソルジャーのお話が続きます。
「そういえば、SD体制以前は小さな子供の間にお坊さんになることも多かったようだよ。…そうだ、ぶるぅを修行に出してみようか。悪戯好きな根性を叩き直してくれるかも…」
「…ソルジャー、それは…可哀相ではないでしょうか…」
「無駄でしょう。さっさと脱走してきますよ」
可哀相というのはフィシス様のお言葉で、脱走と決め付けたのが私です。
「分かってるよ、冗談だ。ぶるぅを弟子入りさせてくれるような心の広い道場は無い。面接で断られるに決まっている」
「良かった。ぶるぅはまだまだ子供ですもの」
「確かに…お寺の方にもお弟子さんを選ぶ権利はありますよねぇ…」
フィシス様と私がそれぞれの答えを返したところでエレベーターが動き、朝から花見弁当の試食会にお出かけしていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が帰ってきました。
「かみお~ん♪」
両手にアイスキャンデーならぬピンクの大きな綿菓子を持って口の周りは綿飴だらけ。桜もそろそろ咲き始めましたし、お花見の人を当て込んだ露店で買ってきたのでしょう。
「ブルー、これ凄く美味しいよ!お弁当より気に入っちゃった」
トコトコと走ってきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」の足がツルッと滑り、綿菓子を持ったままツーッと床を滑っていって…。
「きゃーーーーーっ!!!」
「きゃああ!!」
ドンッ、と突き当たったのはフィシス様の背中でした。
「…………ぶるぅ…………」
ソルジャーの低い低いお声が響き、赤い瞳が据わっています。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は綿菓子ごとフィシス様の長い金髪に突っ込んでいて、しかも下手に暴れたせいで身体中に金髪が絡まっているではありませんか。
「…わざとじゃないよ、ブルー!…ほどけないよぅ…」
「わざとだったら許さない。フィシス、すまない…。痛いかい?」
「ソルジャー、私は大丈夫ですわ。それより、ぶるぅが怪我をしたのでは…」
「ピンピンしてるよ。だが、どうすればいいんだろう。…ぶるぅを外すのはテレポートでできるが、絡まってしまった髪を元に戻す方法が…」
フィシス様の見事な髪は「そるじゃぁ・ぶるぅ」を飲み込んでグシャグシャに縺れ、綿菓子もくっついて悲惨なことになっています。ぶつかられたのが私だったら服が汚れる程度だったのに…。
「私の髪なら…切って下さってかまいませんわ」
「駄目だ!そんなことをしたら背中の半分ほども残らない。せっかく綺麗に伸ばした髪が台無しになる」
ソルジャーは絡まった「そるじゃぁ・ぶるぅ」が動かないようサイオンで手足を押さえておられるようです。解決策が見つかるまではこのまま膠着状態でしょうか。もつれた髪を元に戻すのはソルジャーのサイオンでも出来ないか、あるいは凄く根気が要るのか。なにしろ相手は髪の毛です。それもフィシス様の背丈よりも長いのですから。
「…あ。もしかしたら…」
私の頭を掠めたのは、子供の頃に伸ばしていた髪にガムがくっついた事件でした。ガムを核にして鳥の巣のようになってしまった髪。パパが切ろうとして鋏を持ってきた時、ママが助けてくれましたっけ。
「リンスです、ソルジャー!…時間はかかるかもしれませんけど、リンスをつけて根気よくほどいていけば切らずに解決できるかも…。いくらかは切らなきゃ駄目かもですけど」
「なるほど…」
思念で伝えた『ガム事件』の顛末にソルジャーは頷かれ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がフィシス様の髪の中からテレポートで放り出されました。
「お前はそこで反省していろ。…フィシス、辛いだろうが我慢してくれ」
ソルジャーはサイオンで自由を奪われたままの「そるじゃぁ・ぶるぅ」を床に転がし、フィシス様を両手で抱え上げて。
「…とにかくリンスで洗ってみよう。手伝いを頼む」
お姫様抱っこでバスルームに運ばれるフィシス様を心底羨ましく思いつつ、私は後を追いかけました。ソルジャーはバスタブの横に椅子を運び込んでフィシス様を座らせ、長い髪の毛をバスタブに入れてお湯を張ってゆかれます。
「フィシスのリンスをありったけ運んでみたが、足りるかな」
サイオンで取り寄せられたリンスをバスタブに溶かし、更に髪の毛にたっぷり擦り込んで…後はブラシで梳かすのみ。ソルジャーはマントと手袋を外し、腕まくりをしてらっしゃいました。
「あ、ソルジャー、毛先から梳かしていかないと…もっと縺れてしまいます。大変ですけど、少しずつです」
「分かった。毛先から少しずつ、だな」
「ソルジャー、お手を煩わせて申し訳ありません…」
「気にしなくていいよ、フィシス。ぼくがやりたくてやっていることだ」
ううっ、フィシス様、羨ましいです。お姫様抱っこの次はソルジャーに髪を洗ってもらえるなんて…。フィシス様の髪を元通りにすべく奮闘し始めたソルジャーと私は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のことを完全に忘れ、バスルームでひたすら金色の髪を洗って梳かし続けました。
「…ソルジャー?…ソルジャー、いったい何事ですか?」
フィシス様の髪の五分の一ほどにブラシが通るようになった頃、バスルームの扉がいきなり開いて入ってこられたのはキャプテンでした。脇に「そるじゃぁ・ぶるぅ」を抱えてらっしゃいましたが、繰り広げられていた光景に息を飲んで立ち尽くしておられます。
「ハーレイ、ちょうどよかった。フィシスの髪が大変なんだ。手伝いが欲しいが、騒ぎが大きくなっても困るし…ブラウとエラを呼んできてくれ」
「…分かりました。で、原因はぶるぅですか?」
「それ以外に何があるというんだ。…悪意は全くなかったようだが」
「ごめんね、ブルー…。ぼく……ぼくも手伝うから…」
キャプテンに抱えられた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は手足の自由が利かないままらしく、目だけで訴えてみたものの。
「お前の手では無理だ。…だいたい、お前が上手くサイオンを操れたなら…フィシスにぶつかったりはしなかったろうし、ぶつかったとしても絡まったりはしなかったろう。お前に足りないのは集中力と器用さだ。不器用な手には任せられない」
しゅんと項垂れた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はキャプテンに連れられてバスルームから消え、しばらくするとブラウ様とエラ様がおいでになりました。
「こりゃまた派手にやったもんだねえ。外でぶるぅがしょげてたよ」
「…まさか、こんなに酷いだなんて…」
それから先は4人がかりでリンスで洗ってせっせと梳かして…フィシス様の髪はなんとか切らずに済んだのでした。私達の腕は筋肉痛になり、フィシス様もぐったり疲れてしまわれましたが、無事に一件落着です。
「ぶるぅの悪戯かと思ったら、事故なんだって?…いや、原因はぶるぅだけどさ」
仕上げのドライヤーをかけながらブラウ様がおっしゃいました。
「ああ、事故だ。だが、ぶるぅがサイオンに見合った集中力や器用さを持っていたなら結果は違っていただろう。まだ1歳の子供だから…と思っていたが、修行をさせるべきかもしれない」
「ええっ!?」
私は仰天して声がひっくり返りました。
「ソルジャー!…修行させてくれるお寺は無いとおっしゃっていたじゃありませんか。それとも何処かあるんですか、そるじゃあ・ぶるぅでも入れるお寺が?」
「ぶるぅを寺に入れるだって!?大暴れして逃げるのがオチだよ」
「あの子が修行に耐えられるとは思えませんが…」
「ソルジャー、許してあげて下さい。よけられなかった私が悪いんですわ」
1歳になって間もないグルメ大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」にお坊さんの修行は辛すぎるでしょう。でもソルジャーが行けとおっしゃったなら、ソルジャーのことが大好きなだけに我慢するかも…という気もします。
(なんだか可哀相。綿菓子を持って転んだ先にフィシス様がおられたばっかりに…。フィシス様はやっぱりソルジャーにとって特別なんだわ)
フィシス様はもちろん、ブラウ様たちもソルジャーが本気でらっしゃるのかも…と心配になってこられたらしく、口々に反対しておられます。
「…やれやれ。寺に入れると言った覚えはないんだけどね」
「でも…修行って、お寺なのでは…」
「修行と言っても色々あるさ。まだ1歳のぶるぅにシャングリラの外での修行は無理だ。そして普通のミュウの教育プログラムもぶるぅには向いていないだろう。…集中力と器用さの修行をさせてみたいが、ブラウ、頼めるか?」
「えっ!?…あたし、かい?」
「そうだ。君の特技を見込んで、ぶるぅの指導を頼みたい」
ソルジャーは私たちを連れてバスルームをお出になり、床に転がされていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」の所へ行かれました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は手足の自由を奪われたまま、涙目でソルジャーを見上げています。
「ぶるぅ、お前の不注意でとんでもないことになりかけたことは分かっているね?」
辛うじて動く頭でコクンと頷き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は小さな声で謝りました。
「…ごめんね、ブルー…。ごめんね、フィシス…」
「分かっているならいいだろう。でも、これを機会に集中力を鍛えておいた方がいい。明日からブラウに弟子入りだ。ブラウの指導は厳しいからね…真面目に練習するんだよ」
ソルジャーはサイオンの拘束を解いて「そるじゃぁ・ぶるぅ」にブラウ様への挨拶をさせておられましたが、弟子入りって…指導って…ブラウ様の特技ってなんでしょう?明日になれば分かるよ、とおっしゃってソルジャーはフィシス様を送って行かれ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も意気消沈して自分の部屋へ。…綿菓子で喜んでいた「そるじゃぁ・ぶるぅ」、こんな騒ぎになっちゃうなんて…。
青の間を退出した後、私はこっそり「そるじゃぁ・ぶるぅ」にアイスを差し入れに出かけました。きっと土鍋で泣いているものと思っていたら、なんとそこには先客が。
「…君も来たのか。ぶるぅ、よかったね。ちゃんと心配してくれる人がいて」
コタツにソルジャーとフィシス様がおられ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大きな綿菓子に夢中でした。ソルジャーたちの前には焼きたてのタコ焼きが置かれています。ソルジャーがシャングリラを抜け出して夜桜見物のお客目当ての露店でお買いになったのでしょう。私はアイスを冷凍庫に入れ、ほっとした気分で自分のお部屋に帰りました。
次の日、青の間に出勤すると「そるじゃぁ・ぶるぅ」が先に来ていて神妙な顔でコタツに座っています。
「もう少ししたら、ぶるぅを体育室に連れて行ってくれ。今日の君の仕事は付き添いだ」
「は?」
「ぶるぅの修行の付き添いだよ。明日からは一人で行かせるけれど、初日は心細いだろうし。体育室は知ってるだろう?」
シャングリラには大きな体育館のような部屋がありました。独立した建物ではないので体育室と呼ばれていますが、子供達が体操をしたり、スポーツ好きな人たちが集まって何かやったりしています。そんな所で修行ということはスポーツ関係の何かですね。ブラウ様、何をなさるというのでしょう?
「とにかく行ってみればいい。ぶるぅにも実は分かっていないんだ。昨日はブラウの思念を読めないようにして隠したから。…ぶるぅ、頑張って修行しておいで」
「うん。集中力の修行だよね。ぼく、頑張る!」
昨夜ソルジャーに綿菓子を買って貰ったのが励みになったのか、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は前向きでした。青の間を出て体育室に行くまでの通路も私より先に歩いていきます。体育室の扉が見えてきましたけれど、さて、この向こうには一体何が?シュン、と扉が開いて、そこに立ってらっしゃったのは…。
「よく来たね、ぶるぅ。まずは着替えだよ」
ブラウ様のお召し物はいつもの服ではありませんでした。一般ミュウの男性の服の地色を白にしたようなピッタリサイズのレオタードです。うわぁ、すっごくスタイルがいい…。
「おや、そうかい?お褒めにあずかって嬉しいねえ。この格好も久しぶりさ。…ぶるぅ、お前も着替えるんだよ。更衣室はそっち」
白い服を手渡された「そるじゃぁ・ぶるぅ」は目をまん丸にしていましたが、諦めたように更衣室に入っていって…出てきた時にはブラウ様とお揃いのレオタード姿になっていました。幼児体型なので見た目はとっても可愛いかも。
「まずは柔軟体操からだ。おろそかにしちゃいけないよ」
えっと…体操教室でしょうか?私が壁際の椅子に座って眺めていると、隣の椅子に突然、ソルジャーが…。
「ふぅん、頑張っているじゃないか。ちゃんと真面目にやってるようだね」
ゆったりと足を組んでおいでですけど、ソルジャー、カラオケ新曲発表会にはお出にならないのに、ここへはおいでになるんですか?
「ここにはブラウと君しかいないし、この時間は貸切にしてあるし。ぼくが来ているなんてシャングリラ中の誰も気付かないんだから問題ないよ。…それに面白そうだしね」
面白そうだとおっしゃった理由は柔軟体操が終わった直後に分かりました。ブラウ様が取り出されたのはリボン体操に使う真っ赤なリボンだったのです。
「いいかい、この棒の部分をこう握る。それからこうして…こう。簡単に見えるけど、難しいんだよ」
クルクルクル、とリボンが輪を描き、生き物のように舞い踊ります。
「せっかくだから技も披露しとくか。あたしに弟子入りを志願した以上、このくらいは出来るようになってほしいもんだね」
ブラウ様の身体が機敏に動いて綺麗に撓り、リボンを自在に操りながら見事な舞を見せました。ソルジャーが拍手なさって教えて下さったところによると、ブラウ様はリボン体操の名手なのだそうです。
「どうだい、ぶるぅ?…できそうかい?」
演技を終えたブラウ様に聞かれた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はポカンと開けていた口を慌てて閉じて。
「えっ?…え、えっと…。今の、サイオン使ってないよね」
「ああ、使ってない。ほら、頑張って練習しな。リボンに意識を集中するんだ。始めっ!」
パンッ、と手を叩く音を合図に「そるじゃぁ・ぶるぅ」はリボンを回そうとしましたが…初心者に上手く出来るはずがありません。失敗、失敗、また失敗。ブラウ様の指導はスパルタ式で遠慮なく罵声が飛んでいます。ソルジャーは楽しそうに練習風景を見物しながら1時間ほど座ってらっしゃいました。
「…ブラウ。そこそこ操れるようになったらサイオンで操る方法も頼むよ」
「ああ、分かってるさ。でも、まだまだだね。基本もなっちゃいないんだから」
ソルジャーが指導方法に注文をつけて青の間にお帰りになった後も厳しい稽古が正午まで。これから毎日、午前中はブラウ様と一緒に練習、午後は自主練習というメニューです。初日のブラウ様との稽古を終えた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はヘトヘトでした。この修行、いつまで続くんでしょう…?
それから連日「そるじゃぁ・ぶるぅ」はリボンと格闘し続けました。上達しないとブラウ様の怒鳴り声から逃げられないと分かっているので必死です。廊下を歩きながらもクルクルとリボンを回す姿を目撃した人はもれなく爆笑したようですが…しばらくすると笑う人は誰もいなくなってしまいました。
「ぶるぅがハエとりリボンを巻き付けて悪戯する、という噂が立っているようだね」
「はい、ソルジャー。…ハエとりリボンでもリボン体操のリボンでもない普通のリボンらしいんですが、くっつけられると鋏で刻むしか取る方法がないという話なんです」
「サイオンで貼り付けているんだな。コントロールが上手になったのはいいことだ。もうフィシスの髪に頭から突っ込む心配もなくなるだろう。…そろそろ修行の仕上げの発表会でも…って、ハーレイ!?」
ソルジャーがコタツから立ち上がられるのと、床の上に何かがドサリと落ちてきたのは同時でした。落ちてきたのは…。
「ハーレイ、なんだ、その姿は?」
床に転がったキャプテンは水色の幅広のリボンでぐるぐる巻きにされていらっしゃいました。
「…ぶるぅ…だと…思います。リボン体操の練習をしているのを見に行きまして…ブラウにしごかれているのを笑ってしまったのがまずかったかと…。休憩室に行こうとしたら後ろからリボンが巻き付いてきたのです。避ける暇もなく、そのまま此処へ飛ばされたようなのですが」
「ソルジャー、このリボン、取れませんよ。ハエとりリボンの接着剤より強力です」
私はキャプテンに巻き付いたリボンを解こうと駆け寄ったものの、結び目すらピクリとも動きません。噂のとおり鋏が要るかな、と思った途端、青いサイオンがキラッと光ってリボンはシュルン、と解けました。
「間違いなく、ぶるぅの仕業だな。………今、ゼルがリボンで簀巻きにされた。廊下に人だかりが出来ている」
「…ゼルも一緒に見に行ったのです」
「では仕返しというわけか。リボンを操れるようになった修行の成果のお披露目中なら、止めるのは無粋というものかな?明日あたり発表会をさせて終わりにしようと思っていたけど、もう1週間ほど…」
クスクスと笑いながら首を傾げておいでのソルジャーに向かってキャプテンの悲痛な叫びが響きました。
「やめて下さい、ソルジャー!…明日、発表会をしてしまいましょう。ぜひ、しましょう!」
「ふぅん?…それじゃそういうことにしようか。観客はお前たち長老とフィシス、そしてソルジャー補佐だけだ。ああ、ブラウに特別出演を頼まないといけないな。ぶるぅだけでは座が白ける」
私は大急ぎで発表会の招待状を作り、キャプテンが配って下さることに。場所はもちろん体育室です。明日で修行が終わりだと聞かされた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜びでしたが、キャプテンとゼル様をリボンで簀巻きにした悪戯の罰で夜のオヤツは無しでした。
翌日の発表会は体育室に椅子を並べてソルジャーも御出席。まずブラウ様の華麗な技が披露され、次は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のリボン体操の筈でしたが。
「ブルーもやってよ、リボン体操。上手なんでしょ?」
レオタード姿の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が無邪気な口調で言いました。まさかソルジャーが…そんな馬鹿な…。でも阿波踊りをなさるのですし、リボン体操もあるいはアリかも…。
「ハーレイとゼルが見に来てた時にそんな思念が聞こえてきたよ。ブルーはとても上手だった、って。…ぼくより上手なら見せてよ、ブルー」
「…仕方ないな。ぶるぅは言い出したら聞かないし…。もう何十年もやってないんだから少しだけだよ。服もこのままでやらせてもらう」
ソルジャーは溜息をついてお立ちになり、マントを外して椅子に置かれました。確かにマントは邪魔になりますよね。ブラウ様からリボンをお借りになり、準備体操もせずにサッとリボンを振り上げられて…。
「…ソルジャー、すごい…」
サイオンを使ってらっしゃるのでしょう、殆ど動かずにリボンを操ってゆかれます。綺麗な軌跡に見とれている間にソルジャーは礼をして下がってしまわれ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の出番が来ました。ブラウ様の特訓のお蔭か、ちゃんと形になっています。ソルジャーと違って体力が有り余っている分、動きはずいぶんダイナミック。いつも土鍋で丸まっているせいか身体の柔らかさも抜群でした。演技を終わってピョコンとお辞儀する姿に皆、拍手です。
「ぶるぅ、頑張ったね。…かなり集中力がついたかな?」
「うん、多分」
マントを着けておられないソルジャーが立ち上がって微笑まれると「そるじゃぁ・ぶるぅ」はコクリと頷いて答えました。
「でも、ブラウ、とっても…とっても厳しかったけど!とても沢山叱られて、ものすごく沢山怒鳴られたけど!!今日でおしまいだから仕返ししてやるーっ!!!」
ブチ切れた「そるじゃぁ・ぶるぅ」の叫びと共に炸裂したのは青いサイオン。
「ブラウ、危ない!!」
ソルジャーが飛び出してゆかれ、ブラウ様を突き飛ばされた…と思う間もなく宙に出現した赤いリボンがクルクルと舞い、ソルジャーはドサリと床に倒れてしまわれました。お身体にはリボンが幾重にも巻き付いて手足の自由を奪っていますが、あろうことか簀巻きではなく、この結び方はどう見ても…大人向けの世界では…。フィシス様は真っ赤になってらっしゃいますし、長老の皆様方も呆然となさっておいでです。ってことは、やっぱり…そういう結び方なんですね、って…そんな場合じゃなくて大変ですぅ!
「…まったく…。ブラウじゃなくてよかったよ」
大騒ぎになった発表会の後、青の間にお戻りになったソルジャーの白い手首にはリボンの痕がくっきり残っていました。手袋をなされば見えなくなるのに外したままにしておられるのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に反省させるためです。縛られてしまわれたソルジャーはショックのあまりサイオンが乱れ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」もパニックに陥ってしまったせいでリボンが解けるまでにはかなりの時間が必要でした。鋏を持ってこないと駄目かも…と皆が思ったほどなのです。
「ごめんね…。ブルーが飛び出してくるって思わなかった」
「それでぼくを縛ってしまうようじゃ、まだまだ修行が足りないな。一瞬で判断できるようにならないと」
「…もっと練習しなくちゃいけない?リボン体操…」
「いや。ブラウもあんな騒ぎを見てしまったら二度と教えたくないだろう。お前はブラウを狙ったんだし」
ソルジャーは手首の赤い痕にチラッと目をやり、コタツの向かいの「そるじゃぁ・ぶるぅ」をまじまじと見つめておっしゃいました。
「ぶるぅ、あんな縛り方を何処で覚えた?…とても複雑に結び上げられた迷惑極まりない代物だったが」
「…ゼルを縛って転がした時、誰かの思念を拾ったんだ。縛られたのがゼルじゃなくて女の人だったらこんなのがいいね、って考えている人がいたんだよ。だからブラウに仕返しするならこれだって思ったんだけど」
「そうなのか…」
罪の無い「そるじゃぁ・ぶるぅ」の答えにソルジャーは頭痛を覚えられたらしく、眉間を押さえていらっしゃいます。
「いいかい、二度とするんじゃない。本当に…縛られたのがぼくで良かった…」
「ブルー、ごめんね…。もうしないから。リボンで悪戯、もうしないから…」
自分が何をやらかしたのか分かっていない「そるじゃぁ・ぶるぅ」はソルジャーの手首の痕を眺めては「痛い?」と尋ね、何度も謝り続けました。あの大人向けな縛り方!ブラウ様が縛られたのでなくて本当に良かったと思います。もっともブラウ様は「ソルジャーが身を挺して庇って下さったんだよ」と妙にご機嫌でしたけれども。
マザー、桜が満開になったそうですね。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお花見弁当と桜の枝を毎日せっせと運んできます。シャングリラで本格的なお花見が出来ないのは残念ですけど、リボン体操のお蔭で素敵なものを見ましたし…。
ソルジャーが赤いリボンで縛り上げられてしまわれた時、マントを着けていらっしゃったら眼福とはいかなかったでしょう。でも欲張ってしまうのです。せっかくリボン体操をなさったのですし、白のレオタードをお召しになっておられれば…。そしたら赤いリボンが一層映えてより艶かしい光景が…、と妄想するのは罪ですか、マザー?