忍者ブログ

シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

(本当に年下になっちまったな…)
 正真正銘チビで年下、とハーレイはブルーの写真を眺めた。
 今日はブルーの家には寄れなかったけれど、学校で見かけて挨拶された。「ハーレイ先生!」と声を掛けて来て、ペコリとお辞儀をしたブルー。小さなブルー。
 書斎の机の上に飾ったフォトフレームの中、自分とブルーが写った写真。自分の左腕にブルーが両腕でギュッと抱き付いて、笑顔。それは嬉しそうに、弾けるように。
(チビなんだよなあ…)
 こうして見ると本当に小さい、背丈も低いし身体も細い。まだまだ子供といった感じで。
(…でもって、年下と来たもんだ…)
 教師と教え子、もうそれだけで充分な年の差、ブルーの方がずっと年下。
 それが不思議で、けれども嬉しい。今度は自分が守る立場だと実感出来る年の差だから。二人で何処へ出掛けて行っても、自分の方が保護者だろうから。
 小さなブルーが前と同じに育ったとしても、やはり自分の方が年上。変わらず年上。
(二人一緒に飯を食っても、俺が支払うのが自然だしな?)
 そう考えるだけで顔が綻ぶ。自分がブルーの保護者になれると、守ってやれると。
(今も守り役ではあるんだが…)
 既にそういう立場だよな、とコーヒーのカップを傾けた。愛用の大きなマグカップ。淹れ立ての熱いコーヒー片手に、書斎で寛ぐ食後のひと時。
 ブルーの写真を前にしながら、小さなブルーを想いながら。



 前の生でもブルーは自分より若い姿で、出会った時からそうだった。アルタミラがメギドの炎に滅ぼされた日に閉じ込められていたシェルターの中で、前のブルーと初めて出会った。
 出られはしないと思ったシェルター、それをサイオンで破壊したブルー。
 凄い子供だと驚嘆しつつも、座り込んでいたブルーに声を掛けたのが全ての始まり。崩れてゆく地面を二人で走って、幾つものシェルターを開けて仲間を逃がした。
 てっきり子供だと思っていたから、懸命に庇って走り続けて。アルタミラから辛くも逃げ出した船の中でも、年上らしくブルーの世話をしてやった。こんなに小さいのだからと。
 ところが、落ち着いた頃に知ったブルーの年。ブルーが覚えていた、生まれた年。研究者たちが実験の度に口にするから、ブルーも記憶していたらしい。
 それを聞いたら仰天した。年下の小さな子供どころか、とんでもない年上だったブルー。外見は幼い少年そのもの、心も身体も成長を止めたままでいたから気付かなかった。
(何処から見たって、チビで年下…)
 年上なのだと分かった後にも、そういう風には扱えなくて。
 いつでもブルーを子供扱い、もっと大きく育ててやろうと頑張っていた。アルタミラの檻の中でブルーが失くした未来への希望、それがある世界へ来たのだから。自由を手に入れたのだから。



(あいつがソルジャーになっちまった後も…)
 キャプテンとして敬語で話さねばならない立場になった後でも、まるで無かったブルーが年上という感覚。自分よりも年が遥かに上だという感覚。
 単にブルーが偉くなったから、ソルジャーと呼ばれるようになったから、使った敬語。年長者に対するものではなかった、ただの一度も。キャプテンとしての立場ゆえに敬語で話し続けた。
(…俺の他に敬語に切り替えたヤツは、エラくらいだしな?)
 礼儀作法にうるさかったエラ。仲間たちにも「ソルジャーには敬語で」と徹底させた。
 けれども、後に長老と呼ばれるようになったブラウとゼルとヒルマンと。脱出直後からブルーと親しくしていた彼らは、敬語を忘れがちだった。使わなかったと言ってもいいくらいに。
(しかしなあ…。俺はキャプテンだったからなあ…)
 シャングリラの仲間を纏める存在、皆の手本にならねばならない。ソルジャーのブルーに自分が気安く口を利いていたら、それでいいのだと思う仲間も出て来るから。
 それはマズイ、と敬語を使い続けた、どんな時でも。ウッカリ崩れてしまわないよう、ブルーと恋仲になった後にも。
(あいつがソルジャーだったから、敬語…)
 年長者を敬う敬語ではなくて、ソルジャーに対する礼儀だった敬語。年上だとは思わなかった。頭でそうだと理解していても、心の中では常に年下。守るべき存在、幼かったブルー。
 ソルジャーになっても、すっかり大きく育った後にも、出会った時の印象そのまま。



 とはいえ、ブルーは年上だった。その事実だけは変えられなかった。
 自分よりも先に生まれていた分、早く迎えてしまった寿命。外見の年齢が如何に若くても、命の灯火はまた別物で。
 死んでしまう、と泣きじゃくったブルー。もうすぐハーレイと離れてしまう、と。
 結局、ブルーは寿命ではなくて、メギドで死んでしまったけれど。
 共に逝くと何度も誓った自分を独り残して、「ジョミーを頼む」と白いシャングリラで生きろと縛って、一人きりで逝ってしまったけれど…。



(今度は俺が先に逝くんだ)
 順番からすれば、そういうこと。
 前と違って、今度は自分が年上だから。外見通りに立派に年上、先に寿命を迎える筈。
 小さなブルーは、共に逝くと言っているけれど。
 二人同時でなければ嫌だと、残されて一人で生きるのは嫌だと。
 だから心を結んでおこう、と何度も何度も頼まれている。結婚したなら、心の一部をサイオンで結んでおいて欲しいと。そうすればきっと、鼓動が同時に止まるからと。
 サイオンの扱いが不器用なブルーに出来はしないし、それをするのは自分の役目。
(そのつもりではあるんだが…)
 願いを聞いてやろうと思うし、自分もブルーと共に逝けるのなら幸せだけれど。
 ブルーの寿命が縮んじまうな、と心がツキンと痛んでしまう。いくらブルーの望みであっても、まだ生きられる筈のブルーの命を奪うのだから。
 二十四歳も年下のブルー、二十年以上も生きてゆける筈のブルーの命を。



(二十四歳か…)
 それだけ大きく開いた年の差、今のブルーは遥かに年下。
 小さなブルーが自分の誕生日を迎えてくれれば、二十三歳の差になるけれど。
 この地球の上で出会った時と同じ、二十三歳の差に戻るけれども。
(…俺の誕生日が来ちまったからな…)
 夏休みもあと三日で終わる、という日に迎えた誕生日。ブルーに羽根ペンを貰った日。あの日に年の差が広がった。それまでの差より一年余分に、一年多めに。
 今の自分は三十八歳、十四歳のブルーの年の倍よりもまだ多い年。プラス十歳という勘定。
 ブルーの年を二倍してみても二十八歳、三十八歳には十歳も足りない。
(大した差だ…)
 とんだ年の差だ、と苦笑が漏れた。
 今度の自分はブルーよりも上で、二十四年も年上で。二十四年ということは…。
(二ダースだな)
 年はダースで数えないけれど、二十四年の差ならば二ダース。
 十二年が二回、二ダース分もの大きな違いで、ブルーはそれだけ小さくて…。



(…ん?)
 待てよ、と指を折ってみた。二十四年の違いで、十二年が二回。二ダースの年の差。
 何度か数えて数え直して、それから「うーむ…」と低く唸った。
(俺としたことが…)
 間抜けだった、と自分の頭に拳をゴツンと一発。
 今日まで気付いていなかった。
 この偶然に、いや、運命といった所だろうか。
 古典の教師をしているからには、もっと早くにピンと来ていても良さそうなのに。馴染んだ古い書物の中には、何度も出て来るものなのに。
 十二年が二回、年の差が二ダース。
 遠い昔にこの地域にあった小さな島国、日本の古典を読むのだったら欠かせない知識、十二年がセットになっているもの。



(同じ干支だ…)
 小さなブルーと、自分の干支。
 生まれ年を示す十二の動物、十二年で一回りしてくる干支。年の差が二ダースあるというなら、自分とブルーの干支は同じで。
 今は使われない古い暦だと、自分とブルーは同じ動物、お揃いの干支。
 自分が卯年で、ウサギなのだということは…。



(あいつ、本物のウサギだったか…)
 ウサギになりたかった小さなブルー。幼い頃にはウサギになろうと夢見たブルー。
 白い毛皮に赤い瞳のウサギになりたかったのだ、と聞かされた時には可笑しかったけれど。子供らしい夢だと思ったけれども、ブルーはウサギ年だった。
 もしもブルーがウサギの姿になっていたなら、人間をやめてウサギになると言った自分も。
(わざわざウサギにならなくっても、元からウサギだったんだ…)
 ブルーも自分も二人揃って、生まれながらのウサギ年。本物のウサギ。
 そういう姿はしていないけれど、二人とも同じウサギ年。



(白いウサギと茶色いウサギか…)
 ウサギの姿になったとしたなら、前にブルーと話した通りに白いウサギと茶色いウサギ。一つの巣穴で一緒に暮らして、ウサギのカップル。
 お揃いの好きなブルーが知ったら、どれほど喜ぶことだろう。生まれた時からお揃いなのだと、同じ干支だと聞かされたなら。
(明日は土曜日だし…)
 丁度いいな、と紙を取り出して書き付けた。
 十二の干支を表す漢字を。今は使われていない暦の、十二の動物を指し示す文字を。



 明くる日は爽やかに晴れた土曜で、歩いてブルーの家に出掛けて。
 二階の部屋でテーブルを挟んで向かい合って座ると、ブルーに質問を投げ掛けた。
「お前、自分の生まれた年を知ってるか?」
 何年生まれですか、って訊かれた時に答えるヤツだが。
「うん、知ってるよ」
 もちろんだよ、と返った答え。小さなブルーの生まれ年。
「俺が生まれた年も知っているよな?」
「当たり前だよ、忘れるわけがないじゃない」
 ハーレイが生まれた年なんだもの、と誕生日付きで返って来た。三十八年前に生まれた年が。
 得意げな顔をしているブルーに、「その二つ…」と切り出してみる。
「実は二つとも同じなんだが…」
 お前が生まれた年と、俺が生まれた年。まるで同じだ、俺も昨日まで気付かなかったが。
「同じって…。何処が?」
 何が同じなの、何かの記念の年だった?
 ぼくは全く心当たりが無いんだけれども、ハーレイ、何に気が付いたの?



 キョトンとしている小さなブルー。
 赤い瞳をパチクリとさせて、思い当たる何かを懸命に探しているようだけれど。そうそう気付く筈もないから、種明かしをしてやることにした。
「お前、干支というのを知ってるか?」
 古典の授業でたまに出るだろ、ナントカの年、といった具合に。
「少しだけ…」
 確か動物の名前なんだよね、虎とか龍とか。
「そう、それだ。…その干支、全部で幾つあった?」
「んーと…?」
 羊でしょ、犬っていうのもあったし…。猫は入っていなかったかな?
 どうなんだろう、と数え始めたブルー。どうやら覚えていそうもない。全部の干支も、一回りで十二年になるということも。
「猫は干支には入っちゃいないな。いいか、全部で十二だ、十二」
 ほら、と昨夜に書いておいた紙をテーブルに置いた。
 これが干支だと、これだけある、と。



「干支ってヤツはな、毎年、順番に変わって行くんだ」
 今じゃカレンダーにも載っていないが、俺は職業柄、調べてみたりもしているからなあ…。
 今年はこいつだ、こいつの年だ。
「…なんて読むの、これ?」
 ブルーの疑問はもっともなもの。とても動物とは思えない文字、習っていなければ読めない上に意味も掴めないことだろう。
「巳だな、巳と読む。蛇の意味だ」
「ふうん…?」
 他のも動物に見えない字ばかり並んでいるけど…。干支の話がどうかしたの?
「大いに関係があるんだがなあ、お前と俺とが同じってヤツに」
 まだ分からないか、とクッと笑った。
 干支は全部で十二あるんだが、お前と俺との年の差は幾つだ、と。
「二十四歳でしょ、ハーレイが三十八歳だから」
 ぼくの誕生日が来たら二十三歳違いになるけれど…。あっ!?
 ぼくとハーレイ、もしかしたら干支っていうのが同じ?
「そうさ、お前と俺とは同じだ」
 生まれた年の干支が全く同じなわけだな、二十四歳違いだからな。



 この年だ、と卯の字を指差した。
 卯と書いてウサギ、俺もお前もウサギ年だ、と。
「…ぼくもハーレイもウサギ年なの?」
 ウサギの年に生まれたってことになるわけ、二人とも?
「うむ。二十四年違いで生まれて来たってことはだ、干支も同じだ」
 十二年ごとに同じのが回って来るんだからなあ、同じ干支でなきゃおかしいだろうが。
「ホントに同じ?」
 ホントのホントにハーレイとぼくと、同じウサギの年に生まれたの?
「ああ、お揃いというわけだ」
 お前もウサギで、俺もウサギだ。二人揃ってウサギなんだな、お揃いでウサギ。
 お前、お揃い、大好きだろうが。凄いお揃いだったってことだ、干支がお揃いなんだからな。
 同級生って言うならともかく、そうでもないのに干支はなかなか揃わんぞ?
 普通は十二歳も年が違えば、話題からして合わなくなったりしちまうからなあ…。
 そこを同じと来たもんだ。しかも二十四歳も違うと言うのに。



 厳密に言うと全く同じではないんだがな、と補足してやった。
 十二の干支を書き付けた紙に、十干十二支、と愛用のペンで十と十二を書き足して。
「なに、これ?」
 干支に数字が入っちゃったけど、こうすると何か意味が変わるの?
「変わると言うより、より詳しくと言った所か。暦を表すのは十二の動物だけじゃないんだ」
 こいつは十干、その名の通りに十個ある。五行と言ってな、世界を構成する五つの要素が火とか水とか。それぞれに二つ、兄と弟、それで十干。
 その十干と干支を組み合わせて毎年の暦が変わって行くのさ、火の年の兄と巳の年だとか。
 もっとも、火とか水とかをそのまま文字に書くわけじゃないが…。
 干支の巳だとか卯とかと同じで、火の兄だったら丙って具合に読みにくい字を当てるんだがな。



 十干十二支は六十年かけて一回りだ、とブルーに教えた。
 六十年かけてやっと一巡、そこで初めて十干と干支の組み合わせが再び重なるのだ、と。
「だからだ、お前と俺とは同じウサギでも微妙に変わってくるってことだ」
 この十干ってヤツが違うわけだな、お前と俺じゃ。
「それって、意味があったりするの?」
 そこが違うと何か違うの、同じウサギの年生まれでも?
「性格とかに影響するんだ、と遠い昔には言ってたらしいが…」
 例えば、午年。同じ馬でも、丙午の女性は気が強すぎて、嫁に貰うには向かないだとかな。
 だが今は…。そんな話は誰もしないな、そもそも干支なんぞは誰も気にしていないし。
 SD体制が始まるよりも前の時代に廃れちまって、機械が計算しているだけだ。SD体制が崩壊した後、文化を復活させるついでに干支も遡って計算し直しはしたが…。
 俺みたいに興味のあるヤツだけしかデータベースを見てはいないな、今年が何年なのか、とな。
 銀河標準時間はあっても、それぞれの星で一年の長さも変わるわけだし…。
 地球で生まれれば干支の通りに暦が回るが、そうでなければ実感ゼロな代物だろうが。
 銀河標準時間の通りに暮らしている星、地球の他には無いんだからな。



「そっか…。じゃあ、地球生まれのぼくたちだと…」
 意味があるのかな、その十干とかいうものも?
「いや、無いだろ。あるんだったらSD体制が始まる頃までそういう暦が続いていたさ」
 だがなあ…。干支の方には意味があるかもな、俺たちの場合はウサギ年だが。
 お前、ウサギになりたかったんだろう、と言ってやったら。
「そうだけど…。そのせいかな?」
 ウサギ年だったから憧れたのかな、ぼくもウサギになりたいな、って。
「違うと思うぞ。同じウサギ年に生まれた俺はだ、そうは思わなかったんだからな」
 一度も思ったことは無いなあ、ウサギになってみたいとは。あるいは忘れただけかもしれんが。
 しかしだ、俺も確かにウサギだ。
 お前と同じでウサギなんだ、と自分の顔を指差した。
 自分が茶色の毛皮のウサギで、ブルーが白い毛皮のウサギ。同じウサギ年で茶色のウサギと白いウサギのカップルになるぞと、ウサギ同士で丁度いいじゃないか、と。



「ハーレイと同じウサギ同士でカップル…」
 茶色のウサギと白いウサギなの、ぼくとハーレイ?
「そうさ、いいとは思わないか?」
 干支がお揃いだからこそ出来ることだぞ、ズレていたら妙なことになる。同じウサギ同士で揃う代わりにウサギと蛇とか、ウサギと羊のカップルだとか。
 それだと絵にもなりはしないし、誰もカップルだとは思ってくれん。俺もお前もウサギ年だから茶色いウサギと白いウサギで揃うんだ。うんと似合いのカップルだぞ。
「…前のぼくたちは?」
 前もウサギのカップルなのかな、それとも羊や馬だったのかな?
「計算してみたい気持ちは分かるが、生憎と前の俺たちは…」
 年の差が十二の倍数じゃないぞ、同じ干支ではなかったわけだな。俺かお前か、どっちかが今と全く同じにウサギだった可能性もゼロではないが…。
「そうだったっけね、干支は同じじゃなかったんだね…」
 ぼくかハーレイ、どっちかがウサギだったとしても…。
 ウサギとはまるで似合わない動物とカップルになって、見た目にとんでもなかったかもね。



 前のぼくたちの干支は計算しても意味が無いね、と頷くブルー。
 ハーレイとお揃いの干支でないなら、同じ動物同士のカップルになってくれないのなら、と。
「…今のぼくたち、お揃いでウサギ年だけど…。おんなじ干支に生まれたけれど…」
 これって、やっぱり神様が合わせてくれたのかなあ?
 お揃いの干支になれるように、って二十四歳違いで生まれるようにしてくれたのかな?
「どうだかなあ…」
 そいつは俺にもサッパリ分からん。神様かもしれんし、違うかもしれん。
 お前に聖痕を下さった神様が生まれた国には、干支なんていうものは無かったからなあ…。
 とはいえ、その神様はSD体制があった頃にも消えずに残った神様だったし…。
 前の俺たちが生きてた時代の唯一の神様だったわけだし、干支も御存知なのかもしれん。今度の俺たちを送り出す時に、きちんと合わせて下さったかもな。
 あるいは全くの偶然ってヤツで、神様も今頃「そうだったのか」と驚いて暦を見ておられるか。
 そればっかりはどうにも分からないなあ、神様に訊いてみないとな。



 ブルーには謎だと言ったけれども、青い地球の上で再び出会えたブルー。
 二人揃って生まれ変わって、こうして出会えた小さなブルー。
 自分は年を取るのを止めたけれども、今の姿はキャプテン・ハーレイだった頃の自分と瓜二つ。この外見でブルーと巡り会えた。早すぎることも、遅すぎることもない年で。
 ブルーはこれから前と同じに育ってゆく。恐らくは四年ほどかけて。
 それを思えば、ブルーも四年ほど早く生まれていてもいいのに。
 前とそっくり同じ姿に育っていたなら、すぐに結婚出来たのだろうに。
 そうはならずに、二十四歳違いで生まれて来たブルー。小さな姿で出会ったブルー。
 この年の差で、同じ干支。同じウサギの年に生まれた、ブルーも自分も。
 そうなったことは運命だろうと思えてしまう。
 前の生からの運命で絆、今度は干支まで同じなのだと。
 遥かな昔に廃れたとはいえ、干支は干支。自分たちが生まれて来た地域に遠い昔にあった島国、日本で使われていた暦。それで言うなら同じウサギで、まるで同じに生まれたからと。



 そういったことに思いを巡らせていたら、ブルーが「ねえ」と呼び掛けて来た。
「前のぼくたちの時も、お揃いの干支に生まれていたなら良かったのにね…」
 そしたら結婚出来てなくても、カップル。心の中ではカップルだったよ、ウサギとかで。
 ハーレイもぼくもウサギなんだ、って思えて幸せだっただろうにね…。
「おいおい、さっきも話してやったが…」
 あの時代に干支の概念は無いぞ、マザー・システムが消してしまってな。
 データベースの古い本には載っていただろうが、誰も気にしちゃいなかった。ヒルマンもエラも調べちゃいないぞ、前の俺たちが生きていた時代の干支を。
 調べ物好きのヤツらが一度も調べていないってことは、調べようという気にならない時代。
 そんな時代に生きたってことだ、前のお前も俺も、みんなも。
 計算出来るだけの機械はあったし、その気になったら新年の度に今は何年かが分かったろうに。
 新年を迎えるイベントの時に、ヒルマンやエラが「今年はウサギ年です」と宣言するとかな。
 しかし、そいつは無かったんだし…。
 前のお前と俺の干支もだ、分からないままで良かったのさ。どうせ同じじゃなかっただろうが。



 今だからこそ干支なんだ、と微笑んでやれば。
「うん、今だから…。それに地球の上に生まれたからだね」
 干支の暦が使える地球。…干支が載ってるカレンダーは見たことないけれど…。
 だけど計算してるって言うし、ぼくもハーレイもウサギ年だし…。
 あっ、そうだ!
「どうしたんだ?」
 干支のカレンダーが見たいと言うなら、データベースの調べ方を教えてやってもいいが…。
 まずはお前が干支を覚えんとな、十二の干支をスラスラと順に言える程度に。
「そうじゃなくって、今が巳年で蛇なんでしょ?」
 ぼくたちが結婚する年の干支って、どの動物になるんだろう?
 ウサギ年のぼくたちに似合う干支かな、それとも似合っていないのかなあ…?



 どうなるだろう、とブルーが訊くから。
 結婚の予定も立てていないのに、気になってたまらないようだから。
「そうだな、お前がしょっちゅう言ってる通りに、十八歳で結婚するのなら…」
 四年後ってことだろ、今から順に数えて行くと、だ。
 今が巳年で、来年が午年。次が未で、その次が申で…。うん、酉年だな。
 これだ、と紙をトンと叩いた。「酉」と書いた文字を。
「鳥…。それって、鶏?」
 鶏のことなの、酉っていうのは。干支の酉なら、普通の鳥じゃなくて。
「そうだが…。酉年と言ったら鶏なんだが…」
 音だけ聞いたら、空を飛んでる鳥と全く変わらんなあ…。
 そっちの鳥なら、前の俺たち。…色々と御縁があったんだっけな、シャングリラでな。
 ついでに鶏、シャングリラで飼ってた大切な動物だったっけか…。卵を幾つも産んでくれたし、肉にもなったし、実に頼もしい存在だったな、鶏ってヤツは。
 そうしてみるとだ、シャングリラと酉年、やたらと縁が深そうだよなあ…。



 白いシャングリラにあしらわれていた、自由の翼。
 ミュウを表す文字と一緒に描かれた翼は鳥の翼で、自由の象徴でもあった。広い空を何処までも飛んでゆける鳥、その鳥の翼のように自由に、と。
 ミュウのシンボルマークでもあったフェニックスの羽根にしても、そう。フェニックスの羽根は今一つハッキリしない、と鳳凰の尾羽根になったけれども。孔雀の羽根を真似たけれども。
 シャングリラの甲板に描かれていた鳥、あれもフェニックスのつもりではあった。あの絵の元になった絵はハチドリだけれど、普通の絵ではなかったから。誰が描いたのかも謎のままに消えた、SD体制に入るよりも前に消えてしまったナスカの地上絵、それのハチドリ。
 そう、シャングリラは白い鯨だったけども、あちこちに鳥の姿があった。空を自由に飛んでゆく鳥、その鳥のように地球へ行こうと、青い地球まで飛んでゆこうと。



「うーむ、シャングリラは鳥の絵が溢れた船だったっけな…」
 こう、考えてみればみるほど、やたらと鳥だ。シンボルマークも、船に描かれた絵も。
 普段は意識していなかったし、鳥だとも思っていなかったんだが…。
 そのシャングリラの世話になってた、俺とお前が結婚しそうな時期に酉年が回って来るとは…。
 これも運命かもしれないな。俺たちの干支が同じウサギになったのと同じで、運命の干支。
「それじゃ、酉年に結婚出来る?」
 酉年が運命の干支なんだったら、その酉年に。
 ぼくが十八歳になる年の干支が酉になるっていうんでしょ?
 結婚出来そうな感じの干支だよ、ううん、その年に結婚しなさい、って神様が選んでくれそうな感じ。ハーレイとぼくが結婚するなら酉年ですよ、って。
 ぼくは何度も言っているじゃない、十八歳になったら結婚したい、って。
 きっと最初から決まってるんだよ、ぼくがハーレイとおんなじウサギ年に生まれて来た時から。
「そうだな、結婚出来るといいな」
 俺もお前と早く結婚したいとは思っているんだが…。
 お前、未だにチビだからなあ、チビのお前を嫁さんに貰うというのもなあ…。
 いくら神様が酉年ですよ、と仰ったってだ、お前の背丈がチビのままでは難しいってな。
 運命の酉年に結婚したいと言うんだったら、お前もきちんと努力しろ。
 しっかりと食って、前のお前と同じ姿になるように育つ。それが一番大事なことだ。



 頑張って背を伸ばしておけよ、と小さなブルーに言い聞かせたけれど。
 ブルーも真剣な顔で「うん」と頷いているのだけれども、今から四年後。今はまだ十四歳にしかならないブルーが結婚出来る十八歳を迎える年が、酉年なのだと言うのなら。
 シャングリラと、前の自分たちが暮らした白い船との縁が深い年に当たるのならば。
(今と変わらないチビでも結婚してやるか…)
 そうしようかと思わないでもない。
 万一、ブルーが育たなくても、ブルーの両親が結婚を許してくれたなら。
 小さなブルーを自分と結婚させてもかまわない、と言ってくれるならば、結婚しようか。
 酉年はどうやら運命の干支だと思えて来たから、白いシャングリラを思わせる年に。
 シャングリラのあちこちに鏤められていた、鳥との縁が深そうな年に。



(よし、四年後だな)
 そのつもりで準備しておこう、と心のメモに書き付けた。
 小さなブルーには言わないけれども、自分の中では四年後と決める。
 四年後の酉年、シャングリラと縁の深い年。
 その年にブルーと結婚しようと、ウサギのカップルになることにしよう、と。
 今度は二人、まるで同じの干支だから。
 運命のように同じウサギ年で、お揃いの干支に生まれて来たから。
 きっと結婚する時も、干支。
 今は使われない干支の御縁で、シャングリラを思わせる酉年にブルーと結婚式を…。




          お揃いの干支・了

※今のブルーとハーレイの年の差は、二十四歳。同じ干支になる勘定です。
 そして二人ともウサギ年。ウサギのカップルになるらしいです、白いウサギと茶色のウサギ。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv







PR

(あ…)
 引越しの車、とブルーは乗っていたバスの窓から覗いた。
 学校からの帰り、いつもの路線バスの中。信号待ちで止まった所へ横に並んだトラックが一台。さほど大きくはないのだけれども、引越し用の荷物を専門に運ぶトラック、そうだと分かる。
(ふうん…)
 引越し用だと何が載せられているのだろう。それとも荷物を下ろした帰りで空っぽなのか。興味津々、気になる中身。けれども透視は出来ない車。ブルーでなくても、他の誰でも。
(プライバシー…)
 今の時代は、人間はみんなミュウだから。サイオンを持った者ばかりだから、透視能力を備えた人も多くて、そういう人ならトラックの荷台くらいは覗き放題、見放題。
 トラック以外の車でも。普通に走っている乗用車でも中を見られるのが透視能力者で、それでは誰もが落ち着かない。いくら見ないのがマナーと言っても、幼い子供の能力者もいる。
 ゆえに車には透視出来ない仕組みが施され、タイプ・ブルーでも覗けないらしい。小さい頃からそう聞いているし、社会の常識。
 サイオンの扱いがとことん不器用なブルーでなくても、引越しトラックは覗けない。中に荷物が載っているのか、空で走っているのかさえも。



(でも、例外…)
 透視が出来る引越し用の車があるのだという有名な話。誰もが知っている話。透視しようとするサイオンを遮る仕組みを無効に出来る引越しトラック。一時的に仕組みを解いたトラック。
 それが来たなら、誰でも中身を透視していい。荷台に何が載っているのか、覗いても誰も咎めはしない。むしろ覗き見大いに歓迎、そんなトラックにはマークがつく。
 どうぞ中身を見て下さいと、透視出来る人は覗いて下さい、と知らせるマークが。
(花嫁さんの引越しの車…)
 引越しと呼ぶのかどうかは知らないけれども、結婚して新しく住む家へ荷物を運びたい時に頼む車で、結婚式よりも前に走るのが普通。結婚したら直ぐに使えるようにと運んでおく荷物。
 新しく買った様々な家具や、新居で使うための道具や、それは沢山の花嫁の荷物。幸せの荷物。
 それを大勢の人に見て欲しいから、見て祝福をして貰いたいから、透視歓迎、覗き見歓迎。
 気付いたら中を見て下さいね、と専用のマークをつけて走ってゆく引越しトラック。



(四つ葉のクローバーなんだよね…)
 そういう時だけ、引越しトラックにつけられるマーク。目立つ所にペタリと貼って。
 幼い頃から何度も出会った、父と母とに教えて貰った。あれは花嫁さんの車のマーク、と。
 ところがブルーには透視能力など無いものだから、無いに等しいものだから。
 中を覗けると教えられても、トラックの荷台は透けてくれない。前の自分の記憶が戻る前だし、どんな具合に透けて見えるのか、イメージさえも掴めなかった。
 けれど、お祝い事の車なのだとは分かったから。幼いなりに理解したから、手を振っておいた。花嫁さんが幸せになれますように、とマークをつけたトラックに向けて。
(あんまり走っていないんだけど…)
 どうせ透視は出来はしないし、と思っていたから、気付いていないだけかもしれない。引越しの車が走って来たな、と横目で眺めているだけで。
 花嫁の荷物を載せているマーク、四つ葉のマーク。しかも四枚の葉っぱの内の一枚だけがハートらしくピンク色になっていたりする。四つ葉の緑にピンクのハート。
(とっても幸せそうなんだよ…)
 これから結婚するんです、という花嫁の幸せに溢れた心をそっくり表しているようで。ピンクのハートに幸せが詰まっているようで。
 幸せの四つ葉のクローバーのマーク、花嫁の荷物を載せている印。
 このトラックにはついていない、とバスの窓から観察した。普通の引越しトラックなんだ、と。



 赤だった信号が青になったら、引越しトラックはバスよりも先に走って行った。バス停で止まる間に行ってしまって、見えなくなった。
 それきり追い付くことも無いまま、家の近所のバス停に着いて。バスを降りたら、歩いて家へ。
 母に「ただいま」と挨拶を済ませ、部屋で着替えて、ダイニングでおやつ。引越しのトラックを目にしたことなど綺麗に忘れて、ケーキを食べてホットミルクも飲んで。
 キッチンの母に「御馳走様」とお皿やカップを返して、部屋に戻って勉強机の前に座った。何をしようか、本でも読もうかと考えていたら、頭を掠めた引越しトラック。帰りのバスで見た車。



(引越しの車…)
 なんとなく見ていただけだったけれど。
 どうせ荷物は見えはしないと、透視能力があったとしても無理な車だと見ていたけれど。花嫁の荷物の車でもない、と眺めたけれども、今頃気付いた。
 いつか自分もお世話になるのだと、引越しトラックを頼むのだった、と。
(だって、ハーレイのお嫁さん…)
 結婚した後はハーレイの家に住もうと決めていた。ハーレイは「俺がこの家に来たっていいぞ」などと冗談めかして言うのだけれども、それはちょっぴり恥ずかしい。
(パパとママがいる家でお嫁さんなんて…)
 本物の恋人同士の時間をハーレイと過ごすのが結婚生活、両親と一緒だと恥ずかしすぎる。頬が真っ赤に染まってしまう。それは困るし、結婚するならハーレイの家へ。
 そうなってくると必要な引越し、ハーレイの家まで荷物を運ぶのに引越しの車を頼まなければ。
 花嫁の荷物を載せています、という四つ葉のマークをつけた車を。
 道ゆく人々が祝福してくれる、ピンクのハートが一枚混じった四つ葉のマークがついた車を。



(だけど、引越し…)
 車を頼むのはいいけれど。花嫁になって引越すからには、引越し用の車だけれど。
 自分の部屋をぐるりと見回し、小さなブルーは首を傾げた。
(何を載せて行くの?)
 引越し用の車に載せる荷物は、何を選べばいいのだろう?
 家具も道具も、ハーレイの家には色々揃っている筈だから。一人暮らしが長い分だけ、持ち物も充実しているだろうし、足りないものなど無さそうで。
(子供部屋まであるような家…)
 遊びに出掛けた時に見せて貰った家の中。ガランとしていた印象は無い。つまりは家具も揃っているということ、あの家に見合った大きさの家具が。ハーレイが使っても余るほどの家具が。
 クローゼットにしても、食器棚にしても、きっと余裕はたっぷりとあって。
 ブルーの分の荷物が増えても、溢れずに仕舞えるに違いない。
 大抵のものは今ある分だけで充分間に合う、買い足さなくても問題無い筈。
 ハーレイの家に何でもあるというなら…。



(もしかして、要らない?)
 引越し用のトラックなどは。花嫁の荷物のマークの車は。
 載せてゆくだけの荷物が無いから、運んで貰うような荷物を持っていないから。
(なんだか残念…)
 せっかくお嫁に行くというのに、荷物無しだなんて。
 見かけた人たちが祝福してくれる、幸せのマークの引越しトラックを頼めないなんて。
(ぼくの荷物も、少しはあるけど…)
 服や身の回りのこまごまとしたもの、後はせいぜい本くらい。トラックを頼む量ではない。箱に詰めたら、普通の車で運べる程度のささやかな荷物。
(ハーレイの車で運べばおしまい…)
 一度に全部は運べなくても、何往復かすれば充分。たったそれだけしかない荷物。引越しの車を頼めない荷物。
(…それって、とっても寂しいんだけど…)
 花嫁の荷物を運ぶ車の出番が無いまま、結婚式。
 ピンクのハートが一枚混じった、四つ葉のマークをつけた車で荷物を運んでゆけないなんて。
 大好きなハーレイと結婚するのに、今度は結婚出来るのに。



(引越しの荷物…)
 ハーレイの車に載せてゆくには大きすぎる荷物が何か無いか、と考えていて。
 部屋にある家具などを端から眺めて、クローゼット、と思い付いた。ハーレイの家には代わりの家具があるだろうけれど、このクローゼットは特別だから。秘密の印がついているから。
 ハーレイもきっと気付いてはいない、鉛筆で微かに引いた線。前の自分の背丈と同じ高さの所に引いた線。それが目標、そこまで自分の背丈が伸びたら…。
(ハーレイとキスが出来るんだよ)
 その日が来るまで、何度見上げることだろう。鉛筆で微かに引いてある線を。ハーレイとキスが出来る背丈を教えてくれる小さな印を。
 このクローゼットは持って行ってもいいかもしれない。印のことをハーレイに話せば、賛成してくれることだろう。「お前の思い出の家具なんだな」と。持って来ればいいと、きっと笑顔で。



(他に何か…)
 クローゼットだけではトラックの荷台が余るだろうから、かさばりそうな思い出の荷物。他にも何か、と部屋のあちこちに視線を投げ掛ける内に目に入った窓。いつもハーレイに手を振る窓。
 その窓を見て気が付いた。窓から見下ろせる庭に置かれた大切な家具に。
(テーブルと椅子…!)
 庭で一番大きな木の下、据えられた白いテーブルと椅子。出しっ放しにしておける家具。雨風に強くて丈夫な存在、軽く拭くだけで汚れも落ちる。買った時と同じに真っ白なまま。
 あれを持って行こう、引越しの車に載せて貰って。
 ハーレイと初めてのデートをした場所、忘れられない思い出の場所。何度も二人でお茶を飲んだ場所、今でも晴れた休日の午後には外でティータイムをすることもあるし…。
(うん、あのテーブルと椅子は持って行かなくちゃ!)
 頑丈に出来た屋外用だから、結婚する頃にも新品同様、剥げていたりはしない筈。小さな傷なら出来ているかもしれないけれども、その傷にも思い出が詰まるのだろう。
 いつの間に出来た傷なんだろう、とハーレイと二人で指でなぞったり、眺めたりといった。



(でも…)
 白いテーブルと椅子は引越しの車に載せられるけれど、梱包して載せて貰えるけれど。
 お気に入りの場所ごと持っては行けない。あのテーブルと椅子が置いてある場所、その場所ごと車に載せてはゆけない。
(あの木はトラックに載せられないよ…)
 庭で一番大きな木。運ぶとしたなら、それこそ専用の大きなトラックが要ることだろう。花嫁の荷物を運ぶ車とは別に、庭木の手入れを専門に手掛ける業者の車が。
 そこまでして家から運んでゆけない、ハーレイの家の庭に植え替えることも出来ない。あの木はこの家の庭が居場所で定位置なのだし、知らない家に連れてゆかれても困るだろう。それに根付くとも限らないから、枯らしてしまったら可哀相だし…。
(ハーレイの家に…)
 白いテーブルと椅子を置くのにピッタリの場所はあるのだろうか?
 あの木の代わりに木陰を提供してくれるような、頼もしい木はあっただろうか?



(どうだったっけ…)
 ハーレイの家の建物に夢中で、ろくに見ないで帰って来た庭。広さは充分あったけれども、木も何本もあったけれども、白いテーブルと椅子を置いても大丈夫な場所の記憶が無い。
(木の大きさを覚えていないよ…)
 より正確に言うなら、枝ぶり。枝を周囲に広げない種類の木も色々とある。そういった木なら、いくら大きくても木陰を作り出してはくれない。真っ直ぐに上へと伸びるだけの木。
 ハーレイの家の庭はどうだったろうか、と考え込んでいたら、チャイムが鳴った。窓から覗けば手を振るハーレイ。門扉の前で、こちらに向かって。
 これはハーレイに訊かねばなるまい、庭の持ち主なのだから。



 部屋に来てくれたハーレイと二人、お茶とお菓子が置かれたテーブルを挟んで向かい合わせ。
 早速、窓を指差して訊いた。あそこの白いテーブルと椅子はハーレイの家の庭に置けるか、と。
「あれか? もちろん置けそうな場所ならあるが…」
 なんだ、突然、どうしたんだ?
 あのテーブルと椅子をどうするつもりだ、俺の家の庭に置けるか、って…。
「…お嫁さんの車…」
「はあ?」
 鳶色の瞳が丸くなった。全く意味が分からない、と言わんばかりの表情だから。
「えっとね、引越しの車のことだよ。あるでしょ、花嫁さんの荷物を運ぶ車が」
 四つ葉のマークをつけたトラック。中を透視したってかまわない車。
「あるな、お前には透視は出来そうもないが…。見たのか、花嫁さんの車を?」
 あのマークをつけて走ってる車、行きか帰りのバスから見たのか?
「ううん、普通の引越しトラック…」
 帰りに乗ったバスの隣に止まってたんだよ、信号待ちの間。
 その時は花嫁さんの荷物の車じゃないな、って思っただけで帰って来たけど…。



 でも、とブルーは説明した。
 花嫁の荷物を運ぶ車には、自分もいつかはお世話になるから、荷物を考えていたのだ、と。同じ引越すなら花嫁の荷物だと示すマークをつけた車を頼みたい、と。
「ぼくの荷物は少しだけだし、ハーレイの車で運べないこともないんだろうけど…」
 それじゃ、やっぱり寂しいよ。お嫁さんらしく、あの車で荷物を運びたいよ…。
「気の早いヤツだな、今から引越しの算段なのか?」
 でもって、荷物が少なすぎるからと、かさばる荷物を探している、と…。
「駄目…?」
 引越しトラックを頼みたいからって荷物を増やすというのは駄目?
「駄目とは言わんが…。嫁に来るなんて、一生に一度のことなんだからな」
 特別なトラックを頼みたい気持ちは分からんでもない。無理やり荷物を増やしてでもな。
 それで、あそこのテーブルと椅子がどうしたって?
 あれも荷物の候補だと言うのか、お前の嫁入り道具ってヤツの?



 ハーレイの口から「嫁入り道具」という言葉。ブルーの心臓がドキリと跳ねた。花嫁の荷物だと思っていたのだけれども、そういう言葉もあったのだった。嫁入り道具。
 なんて素敵な響きだろう、と胸を高鳴らせて、嫁入り道具にしたい白いテーブルと椅子を置ける場所があるかをもう一度訊いた。
「えっと…。あのテーブルと椅子を持って行きたいけど、置ける場所、ある?」
 ハーレイの家の庭にあるかな、あれを置ける場所。
「そりゃあ、あるが…。さっきも言った通りにな」
 いくらでもあるぞ、置けそうな場所は。俺の家の庭は無駄に広いし。
 俺が最初の頃に持って来ていた、キャンプ用のテーブルと椅子があっただろう?
 あれは俺の家の庭で使うヤツだぞ、置き場所に困ったことは一度も無いな。
「それじゃ、大きな木とかはある?」
 ぼくの家であれを置いているような、いい具合に木漏れ日が射し込む所。
 そんな風に枝を広げている木は、ハーレイの家の庭にもあるの?
「なるほどなあ…。置き場所というのは、そういう意味か…」
 お前がのんびりお茶を飲むのに向いている場所、と言いたかったのか。
 あのテーブルと椅子を持って来るだけの価値がある場所の有無ってわけだな。そういうことなら俺も悩むな、場所はいくらでもあるんだが…。



 実は試してみたことがない、とハーレイは苦笑交じりに答えた。
「あの家に住んで長いんだが…。庭とも長い付き合いなんだが、一人でお茶は飲まんしな?」
 俺が女性なら、そういった気にもなったんだろうが、生憎と男の一人暮らしだ。庭にテーブルを出して一人でお茶と洒落込むよりかは、書斎でコーヒーなんだよなあ…。
 ついでに、俺の家でキャンプ用のテーブルと椅子を持ち出す時には太陽の下だ。柔道部員だの、水泳部員だのが押し掛けるんだぞ、木陰でお茶ってわけじゃない。ヤツらにお茶は似合わんさ。
 バーベキューとかだ、と語るハーレイ。眩しい日射しが似合いなのだと。
 だからハーレイは知らないらしい。白いテーブルと椅子を置けそうな木陰というものを。
「…じゃあ、あのテーブルと椅子を持って行っても…」
 置けそうな場所は無いかもしれないの?
 ハーレイの家の庭にも木はあるけれども、ぼくが気に入りそうな木陰は?
「いや、そうと決まったわけでもないぞ。まるで木陰が無いわけじゃないし…」
 あれが置けるような場所を探せばいいだろ、きっと何処かにあるだろうさ。



 お前の好みにピッタリの場所、と微笑まれた。
 白いテーブルと椅子にお似合いの木陰、そういった場所が庭の何処かに隠れているぞ、と。
「…隠れているの?」
「うむ。俺が今まで気付かないんだ、それは隠れているからだろう?」
 木は何本も植えてあるから、もちろん木陰だってある。俺が気にしていなかっただけで。
 お前の気に入る場所が見付かるまで、あちこち探して移動はどうだ?
 今日はこっちで、次はあっち、と。テーブルと椅子を俺が運んで。
「…お茶の度に場所を変えるわけ?」
「そうさ、テーブルと椅子を運ぶくらいは俺には何でもないからな」
 ヒョイと持ち上げて移動するだけだ、お茶の時間の途中でも。
 思った以上に眩しすぎるぞ、なんて時には、ティーセットとかを避難させてから移動だな。
 場所を変えたら、またセッティングをすればいいんだ。それからお茶を続行する、と。



 今から俺が探しておくという手もあるが…、とハーレイは鳶色の瞳を片方瞑って。
「どうせだったら、お前も一緒に探したいだろ?」
 なんと言っても、お前が住むようになる家にくっついている庭なんだ。
 その庭にどんな場所があるのか、どういう風に陽が当たるのか。そいつを自分の目で確かめたいとは思わんか?
 俺に任せてしまうよりかは、二人で一緒にお茶にピッタリの場所を探してみるのが。
「そうだね、その方が楽しそう!」
 此処だから、って案内されても嬉しいけれども、まだ見付かっていないなら…。
 ハーレイも見付けていないんだったら、その場所、二人で探したいな。
「よし、それだったら決まりだな。俺と二人で庭を回って木陰の旅だ」
 これからよろしく、っていろんな場所に挨拶をして回るといい。俺と二人でお茶を飲みながら。
 あのテーブルと椅子を持って来るなら、庭のあちこちでお茶にしようじゃないか。
「うんっ!」
 お茶の途中で移動するなら、ぼく、ティーセットくらいは運んで行くよ?
 ハーレイがテーブルと椅子を運んで、ぼくはティーポットとカップとお菓子。
「ほほう、そいつは頼もしいな。まあ、その程度ならお前でも充分、持てるだろうし…」
 お前のお母さんだって二階まで運んで来るんだからなあ、お茶とお菓子を。
 だったら、そっちはお前に任せておくことにするか。だが…。



 この家に残しておくのも一つの手だぞ、とハーレイに言われた白いテーブルと椅子。
 今の木の下に、お前の居場所に、と。
「え…?」
 居場所ってなあに、どういう意味なの?
「そのままの意味だ。お前がたまにこの家に帰って来た時、居場所が無いと困るだろう?」
 お前が住んでた部屋は荷物ごと引越しちまって空っぽ、庭も空っぽ。…寂しくないか?
 せっかく家に帰って来たのに、自分の居場所が無いんじゃなあ…。
「そっか…。言われてみればそうかもね…」
 お気に入りの本とか、丸ごと引越しちゃうんだし…。この部屋もガランとしちゃうんだね。
「分かったか? お前の部屋の家具だけは残しておく手もあるが…」
 それでも中身は空っぽだしなあ、やっぱり寂しくなると思うぞ。
「ぼくの家具…。クローゼットは持って行きたいんだけど…」
「あれをか? 確かに服とかを入れたままで運べるサービスもあるし、便利ではあるか…」
 ブルーが書いた背丈の印を知らないハーレイは、勝手に納得したようで。
 一人で使えるクローゼットもいいかもしれないと、持って来るといいと頷いた。
「ホント? クローゼットは持って行ってもいいんだね?」
「もちろんだ。…しかし、あれが無くなると部屋が一気に寂しくなるなあ…」
 ベッドは残しておくにしたって、見慣れた景色が変わっちまうぞ。
 勉強机も多分、置いては行くんだろうが…。



 それでも部屋の印象がかなり…、と見回すハーレイの視線を追っている内にブルーの目に付いたもの。まるで気付いていなかったもの。
「あっ、そうだ!」
 いきなりブルーが声を上げたから、ハーレイが「どうした?」と問い掛けて来た。
「どうかしたのか、何か用でも思い出したか?」
「そうじゃなくって…。このテーブルと椅子も持って行かなくちゃ!」
 今、ハーレイと使っているヤツ。これは絶対、持って行かなきゃいけないんだよ。
 いつもハーレイと使ってるんだし、持って行きたいよ。ぼくとハーレイとの思い出の場所。
「忘れていたのか、こいつの存在?」
 置いて行くとか、持って行くとか、そういう以前に忘れていた、と…。
 そんな所か、今の様子じゃ?
「…うん…」
 ホントにすっかり忘れちゃっていたよ、その椅子、ハーレイの指定席なのに。
 こっちの椅子がぼくの指定席で、それとテーブルとでセットのもの。
 とても大事なテーブルと椅子なのに、頭に浮かびもしなかったなんて…。



 庭の白いテーブルと椅子に気を取られちゃってた、と白状した。
 同じテーブルと椅子ならこっちの方が遥かに思い出深くて、絶対に持って行きたいのに、と。
「だけど…。これも持って行っちゃうと、ぼくの部屋、ホントに寂しくなるね」
 クローゼットが無くなっちゃって、此処のテーブルと椅子も無くなって…。
 本棚は殆ど空っぽだろうし、ぼくの部屋だって感じがしなくなるかも…。
 ベッドと机は置いてあっても、ハーレイが言う通りに寂しい感じ。ぼくの部屋なんだけど、ぼくらしい感じがしないって言うか…。
「ほらな、そういうものなんだ。俺にも経験が無いこともない」
「…経験?」
「隣町の親父の家のことさ。あそこにも俺の部屋があるんだ、俺が使っていた部屋が」
 この町に引越ししてくる時にな、家具はそっくり新しくしたが…。
 たまに帰った時に使えばいいさ、とベッドも机も置いて来たんだが、やっぱり何かが違うんだ。俺の気に入りの本とかがゴッソリ消えちまっただけで、気分は他人の部屋ってトコか。
 親父の家に泊まる時には使っちゃいるがだ、昔のようには落ち着かん。元の俺の部屋でのんびり過ごす代わりにリビングにいたり、ダイニングやキッチンに居座ってたり…。
 要は昔のまんまの場所がいいんだな、家具とかは多少変わっていても。
 親父とおふくろが前と同じに生活していて、同じような匂いがする場所がな…。



 だから、とハーレイは窓の向こうの庭に目を遣って。
「お前も寂しくならないようにだ、あそこのテーブルと椅子は置いといちゃどうだ?」
 そうすりゃ、あそこは変わらないままだ。今と同じにお前の居場所だ、花壇の花とかが違う花になっても。お前があそこに座った時には、前と同じに迎えてくれるぞ、テーブルと椅子が。
「…どうしようかな…」
 ハーレイが話してくれた経験、分かる気がするよ。
 あのテーブルと椅子を持って行きたいな、って思った時にね、木は運べないって気が付いて…。
 あそこに生えてる庭で一番大きな木。庭のテーブルと椅子はあの木とセットで、あれごと持って行きたいんだけど…。
 それがハーレイの言ってる昔のまんまっていうヤツなんだね、あの木の下が。
「そういうことだな、あの木の下がお前の居場所ってわけだ」
 あの木を俺の家の庭に持って来たって、お前の居場所にはならんと思うぞ。
 たとえ上手に植え替えられても、お前は「違う」と思うだろう。あそこにあるからこそなんだ。この家の庭にどっしりと立って、お前の居場所を作っているのがあの木なんだな。
 そこに気付いたなら、テーブルと椅子は残しておくのがお勧めだ。お前が此処に帰って来た時、庭に出るだけで昔と変わらない居場所があるっていうわけだからな。



 あちこちウロウロ探さなくても庭に出るだけで落ち着くぞ、と言われたけれど。
 一理あるとは思うのだけれど、白いテーブルと椅子をハーレイの家に持って行けたら、また別の居場所が見付かるのだと聞いていたから。
 ハーレイと二人で似合う木陰を探して回って、庭に挨拶したい気持ちもあったから。
「テーブルと椅子…。置いておきたい気もするけれども、持って行きたい気もするし…」
 あれを持って行ってハーレイの家の庭にも挨拶したいよ、これからよろしく、って。
 あのテーブルと椅子が似合う場所を探しに、ハーレイと庭をあちこち回って。
「なら、それ用に新しく買って持って来たらどうだ?」
 花嫁さんの荷物ってヤツは新品の家具が多いんだ。しかし、お前はクローゼットだの、この椅子だのと言ってるし…。新品どころか馴染みの家具ばかり積み込む気だろ?
 庭用のテーブルと椅子くらいは新品でどうだ、値段も大して高くはないしな。結婚祝いに、って頼まなくてもお父さんが買ってくれると思うぞ、あれとそっくり同じヤツを。
 俺の家は新しい家じゃないがだ、庭に新品の白いテーブルと椅子が来たなら立派に新居だ。
 新しいのを買って持って来い、今のはそのまま残しておいて。
「そっか、同じのを買って貰えばいいんだよね…!」
 パパとママに頼んで、あれと同じの。
 結婚する頃にもきっと同じのを売っているよね、それがあったらハーレイの家の庭でもお茶。
 庭に挨拶して回ってから、ハーレイの家にもぼくの居場所を作れるよね。ぼくの家のテーブルと椅子はそのまま残して、ぼくの居場所に取っておいて。



 花嫁の荷物を運ぶ車に、四つ葉のマークをつけた車に、新しい白いテーブルと椅子。
 載せてゆくのもいいかもしれない、ハーレイの家の庭の木陰に置くために。
 ハーレイと初めてのデートをした場所、それはこの家にそのまま残して、思い出の場所を新しく探して作り出すために。ハーレイの家の庭でお気に入りの場所を見付けて、据えて。
(それもいいよね…)
 庭で使うための白いテーブルと椅子。それを引越しの車に載せる。
 この部屋に置いてある、今、ハーレイと向かい合わせでお茶を飲んでいるテーブルと椅子も。
(やたらテーブルと椅子だらけだけど…)
 それにクローゼット、それだけあったら引越し用の車。一番小さなサイズの車には充分お世話になれそうだから。
 ハーレイの車で何回か往復、それで終わりの引越しには決してならないから。
 花嫁の荷物を運ぶ車で引越しが出来る、ハーレイの家へ。四つ葉のマークをつけた車で。



(テーブルと椅子…)
 部屋のと、庭用の白いテーブルと椅子と。
 庭で一番大きな木の下、ハーレイと初めてのデートで座った場所。その白いテーブルと椅子とをどうしよう?
 庭にあるのを車に載せるか、新しく買って積んで貰うか。
(ぼくの居場所を残すんだったら、庭のはそのまま…)
 今日はそういう気分だけれども、明日になったらどうなっているか分からない。持って行きたい気分かもしれない、今ある白いテーブルと椅子を。
(…最初はあれを持って行こうと思ってたんだし…)
 どうしようかな、と悩ましいけれど、まだまだ考える時間はたっぷりとある。結婚出来る十八歳までは何年もあるから、まだ来ないから。
 けれど、その日が待ち遠しい。
 新しいテーブルと椅子を買うにしても、今のをそのまま積み込むにしても。
 花嫁の荷物が載っているのだ、と周りに知らせる四つ葉のマーク。
 それをつけた引越し用の車を頼んで、荷物を運んで貰える日が。
 ハーレイの花嫁になるための荷物をトラックに積んで、この家から送り出せる日が。
 その日が来たなら、結婚式はすぐそこだから。ハーレイと結婚出来るのだから…。




             花嫁の荷物・了

※ブルーが見かけた、花嫁さんの荷物のトラック。いつか自分もお世話になるんですけど…。
 庭にある白いテーブルと椅子を、ハーレイの家に持って行くべきか。悩む時間はたっぷり。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv








※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。




新しい年が明け、初詣も済んで冬休み終了。優勝すると指名した先生に闇鍋を食べさせられるイベント、お雑煮大食い大会なども教頭先生を巻き込んで終わり、なべてこの世は事も無し。受験シーズンまでは平穏かな、と思っていた私たち特別生七人グループですが。
「「「えぇっ!?」」」
放課後に訪れた「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で全員がビックリ仰天、目が点と言うか、何と言うべきか。
「…そ、それは冗談じゃなくて本当なのか?」
そうなのか、とキース君の掠れた声。洋梨入りのモンブランを食べかかっていた手もフォークを持ったままで止まっています。
「かみお~ん♪ ちゃんと電話が来たんだよ!」
「し、しかしだな…!」
如何なものか、と呻くキース君に、会長さんが。
「もちろん電話は代わったよ、ぼくが。でもってキッチリ釘を刺したけど?」
「だろうな、だったらその件はそれで終わりということか」
「さあ…?」
どうなんだろうねえ、と首を捻っている会長さん。
「なにしろ動機が動機だからさ…。きちんと手順を踏め、と言っておいたから踏んで来るかも」
「「「はあ?!」」」
「だから手順だよ、未成年者をデートに誘うならまずは保護者の承諾だ、ってね」
「未成年どころか幼児だろうが!」
キース君の怒声が炸裂、私たちも揃って「うん、うん」と。けれど会長さんはケロリとした顔で。
「いいんじゃないかな、ぶるぅは三百歳を余裕で超えているわけだしさ…。その辺の幼児とはちょっと違うよ、家事だって万能なんだから」
「それはそうですが…」
そうなんですが、とシロエ君。
「そもそも、どうしてぶるぅなんです?」
今までにそんな話は一度も…、と言いたい気持ちは誰もが同じ。会長さんは「それはねえ…」と足を組み直して勿体を付けて。
「代理だよ、代理」
「「「代理!?」」」
ますますもって謎な方向へ。いったい誰の代理になったら、そういう話に…?



デートに誘われた「そるじゃぁ・ぶるぅ」。昨夜、電話がかかってきたそうで、電話の向こうは教頭先生だったとか。なんでデートで、しかも代理って…。顔を見合わせた私たちですが、会長さんは「分からないかなあ?」と自分の顔を指差して。
「コレだよ、コレ」
「「「は?」」」
「同じ顔だというわけだってば、ぼくとぶるぅと!」
「「「えぇっ!?」」」
どの辺が、と叫びたい気持ちを私たちはグッと飲み込みました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」と会長さんは似ていますけれど、それは大まかな部分だけ。六歳以上になることはない「そるじゃぁ・ぶるぅ」が仮に高校生まで育ったとしても、超絶美形になれるかどうか…。
「ああ、そういうのは分からないねえ…」
ぶるぅは育たないからね、と会長さん。
「おまけに、ぼくが小さかった頃の写真とかは何も残っていないしね? なにしろ家ごと島と一緒に吹っ飛んだから」
「「「………」」」
そうだった、と沈黙が落ちて、キース君が左手首の数珠レットの珠を一つ、二つと繰っています。心でお念仏を唱える時のキース君の癖で、つまりは只今、お念仏中。
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が育った故郷の島、アルタミラは火山の噴火で一夜にして海に沈んだ島。瞬間移動で逃げた会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」以外は誰も助からず、会長さんがお坊さんの道へ進んだ理由がソレ。
早い話が「そるじゃぁ・ぶるぅ」くらいの年頃の会長さんを知る人は誰もいなくて、写真も無し。実は瓜二つだったんです、という衝撃の事実が無いとは言えず…。
「まあ、双子ってほどに似てはいないと思うけどねえ?」
だけど弟程度には似てる、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に「ねえ?」と声を。
「可愛い弟が出来て良かったわね、と言っていたよね、ぼくのママとか」
「うんっ! お隣の人とか、親戚の子なの? って訊いてくれたよ!」
だから似てるの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「それでね、ハーレイがデートに連れてってくれるの!」
「ぼくがオッケーすれば、だけどね」
予定は未定、と会長さんは言っていますが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はすっかりその気。教頭先生、どんな電話をしたんでしょう?



「えっと、えっとね…。ぼくが電話に出たんだけれど…」
いつも出てるし、と答える「そるじゃぁ・ぶるぅ」はとっても良い子。出前の注文なども自分で電話をかけてますから、もちろん電話に出られます。昨夜もいつも通りに受話器を。
「ハーレイって出てたし、用事かなあ、って」
「「「あー…」」」
教頭先生はシャングリラ号のキャプテンでもある重鎮です。電話番号は当然登録してあるでしょうし、電話が来たなら用事と思っても不思議ではなく。
「きっとブルーに用事だよね、って電話を取ってね、ブルーに代わるね、って言おうとしたら…」
「待てと慌てて叫んだらしいよ、あのスカタンは」
会長さんときたら、教頭先生をスカタン呼ばわり。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が電話に出る前、「ハーレイだあ!」と声を上げたらしく、会長さんは逃げる用意をしていたとか。
「出掛けてますとか、もう寝ましたとか…。とにかく居留守さ、お風呂だとは絶対に言ってあげないけどね」
勝手に妄想されてたまるか、とプリプリと。そりゃそうでしょう、教頭先生の日頃の妄想は私たちだって知る所。会長さんがお風呂だと聞けば、きっとあれこれ妄想爆発。
「ね、君たちだってそう思うだろ? だから適当に理由をつけて…、と身構えてたのに、なんだか様子がおかしくってさ」
「だって、誘ってくれたんだもの…」
土曜日に遊びに行かないか、というのがデートへのお誘い、第一段階。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「わぁーい、みんなで?」と大喜びで返事をしたのに、「いや、二人でだ」と返って来て。
「それでね、御飯を食べに行こうって…。お茶もお菓子も御馳走するって!」
「ぶるぅが「えっ、何処で?」とか「何処行くの?」とか言い出したからさ、受話器を引っ手繰ったわけ。そして問い詰めたらデートのお誘い」
実に危ない、と会長さんはブツブツブツ。
「小さな子供を食事だ、おやつだ、って誘い出してね、連れて行こうっていうのは危険すぎだよ」
そういうのを世間では誘拐と呼ぶ、と言われましても。
「知り合いだったら違うだろうが!」
「さあ、どうだか…」
キース君の怒鳴り声に「ハーレイだしねえ…」と会長さんは両手を広げてお手上げのポーズ。誘拐は違うと思いますけど、会長さんに惚れてる人だと危ないのかな?



「なんでぶるぅを誘ったんだ、って訊いたんだけどさ…。ぼくは脈なしだから気分だけでも、って動機が不純すぎるんだよ!」
「気分だけなら全く問題ないと思うが」
ぶるぅが食事に出掛けるだけだ、とキース君。
「教頭先生の奢りで食事とおやつだ、傍目には微笑ましい光景としか映らんだろう」
「だよねえ、何処かへ遊びに行っても親戚の叔父さんと甥っ子とかさ」
変じゃないよ、とジョミー君も。
「そうでしょ、みんなもそう思うでしょ?」
それにとっても楽しそうなの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ハーレイ、ぼくがシャングリラ号に乗った時には遊んでくれるし、デートも絶対、楽しいよ! だから行きたいと思ったのに…。ブルーが電話をガッチャン、って…」
「危ないと何度も言ってるだろう!」
相手はハーレイ、と会長さんが何度言っても、納得しないのが「そるじゃぁ・ぶるぅ」。誘拐と違ってデートなんだと、知らない大人について行くのとは違う、と残念そうで。
「ぼくはデートに行きたいのに…」
「手順を踏め、って言っておいたし、懲りずに来るとは思うけどねえ?」
だけど断る、と会長さんは素っ気なく。
「ぼくそっくりだからデートだなんて言い出す馬鹿にね、ぶるぅを貸したりしないから!」
「見張っていればいいんじゃないか?」
心配ならば、とキース君の意見。
「シールドに入って追いかけてもいいし、保護者だから、と少し離れて監視したっていいだろう。ぶるぅはデートに出掛けたいんだし、たまには自由に遊ばせてやれ」
「遊びとデートは違うから!」
「おんなじだもん!」
ブルーのケチ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は頬っぺたをプウッと膨らませました。
「ぼくだってデート、してみたいもん! ブルーはいつもフィシスとデートをしてるんだもん!」
「ぶるぅ、デートは子供がするものじゃなくて…」
「ハーレイ、お子様コースでお出掛けしようって言ってたもん!」
絶対、行きたい! と譲らないお子様、「そるじゃぁ・ぶるぅ」。料理上手の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が出掛けちゃったら、私たちは外食になってしまいますけど…。外食を兼ねて監視してれば特に問題なさそうな気も…?



デートに行きたい「そるじゃぁ・ぶるぅ」と、断固反対の会長さんと。私たちは日頃お世話になっている「そるじゃぁ・ぶるぅ」の希望を叶えてあげたい立場で、そのためならば外食も監視も受けて立とう、と思うわけで。
「あんた、ぶるぅが遊べるチャンスを潰してどうする」
デートだと思うから間違えるのだ、とキース君が真っ向勝負を挑みました。
「教頭先生がデートなのだと仰っても、だ。ぶるぅは子供だし、遊びにしかならん」
「…それはそうかもしれないけれど…」
「ならば遊びに行かせてやれ! 俺は喜んで監視係を引き受ける!」
お前たちもだよな、と問われて頷く私たち。本物のデートの監視は困りますけど、遊びだったら問題なし。ましてや「そるじゃあ・ぶるぅ」はお子様、行き先も知れているでしょう。
「ぼくも大いに賛成だねえ…」
行かせてあげて、と背後で声が。
「「「!!?」」」
振り返った先に優雅に翻る紫のマント。空間を超えて来たソルジャーはスタスタと部屋を横切り、空いていたソファに腰掛けて。
「ぶるぅ、ぼくにもモンブラン!」
「かみお~ん♪ それと紅茶だね!」
援軍到着に「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜びで飛び跳ねて行って、ソルジャーのためのケーキのお皿には小さなマカロンが添えられるという歓待ぶり。
「あのね、マカロン、試作品なの! 味見にどうぞ!」
「嬉しいねえ…。ぼくは特別扱いなんだ?」
「うんっ! ブルーならブルーに勝てそうだもの!」
ホントにデートに行きたいんだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の瞳がキラキラ。試作品のマカロンとやらは美味しいに違いありません。数が少ないから私たちには出なかっただけで…。
ソルジャーはマカロンを頬張り、「ピスタチオ?」とニッコリと。
「そう! ピスタチオクリームたっぷりなの!」
「試作品を御馳走になったからには、ぼくからも御礼をしないとねえ…」
美味しかったしね、と微笑むソルジャー。
「というわけでね、ぼくからの御礼。ブルー、デートを許可したまえ」
ぼくも監視を手伝うから、と頼もしい言葉。普段は何かとトラブルメーカー、迷惑三昧のソルジャーですけど、こういう時には最強の味方になるんですねえ!



「こっちのハーレイが、ぶるぅとデート。実に微笑ましい光景だよ、うん」
何の問題も無いじゃないか、とソルジャーは私たちと同意見。
「君と同じ顔だと言っても、ぶるぅは小さな子供だしねえ? 知り合いなんだから誘拐も無いし」
「だけど、相手はハーレイなんだよ!」
頭の中でどんな妄想が爆発するか…、と会長さん。
「ぶるぅとデートで盛り上がっちゃって、ぼくのつもりでキスしちゃうとかさ!」
「…そこまで酷くはないと思うけどねえ、こっちのハーレイ…」
「君子危うきに近寄らずだよ!」
デートしなければ危険も無いのだ、と会長さんは一歩も引かず。ソルジャー相手に互角の言い争いを続けましたが、ソルジャーの方もマカロンの御礼とばかりに奮闘を。そして…。
「分かった。要は、ぶるぅがハーレイと一対一なのが心配なんだね?」
「そうだけど…。ぼくが一緒に行くとなったら、それこそハーレイの思う壺だよ!」
それくらいなら全員で行く、と会長さんの得意技。自分一人だと誘い出しておいてゾロゾロとお供がついていたことは過去に何度もあった悪戯。「そるじゃぁ・ぶるぅ」には悪いですけど、それでもいいかな、と思った所へソルジャーが。
「君の代理を増やせば解決するんじゃないかい?」
「「「はあ?」」」
会長さんの代理が「そるじゃぁ・ぶるぅ」で、教頭先生がデートに誘って来た相手。更に代理を増やすだなんてどうやって…、と派手に飛び交う『?』マーク。
「き、君はまさか…」
「ぼくが行こうって言うんじゃないよ?」
それじゃぶるぅが気の毒すぎる、と返すソルジャー。
「君そっくりのぼくが行ったら、こっちのハーレイ、ぼくに夢中になっちゃうからね? ぶるぅが忘れ去られてしまうか、希望のコースを外れてしまうか…。どっちにしたって気の毒だってば」
「だったら、誰が代理に立つわけ?」
「決まっているだろ、ぶるぅだよ!」
「「「ぶるぅ!?」」」
ゲッと仰け反る私たち。「ぶるぅ」と言えばソルジャーの世界のシャングリラ号に住む、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のそっくりさん。大食漢の悪戯小僧で私たちも散々な目に遭って来ましたけど、その「ぶるぅ」をデートの面子に追加すると…?



「…ぶ、ぶるぅをデートに…」
会長さんの声が震えましたが、ソルジャーは「名案だろ?」と極上の笑顔。
「両手に花って言葉もあるから、両手にぶるぅ! ぶるぅも二人は悪くないよね?」
「んとんと…。ぶるぅもデートに来てくれるの?」
「ぶるぅが呼んで欲しかったらね」
「行くーーーっ!」
ぶるぅも一緒にデートするんだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大歓声。悪戯小僧の「ぶるぅ」とはいえ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」とは大の仲良し、遊び友達。
「ぶるぅも行くなら凄く楽しみ! デート、行きたいーーーっ!」
「ほらね、ぶるぅも喜んでるし! ぶるぅが二人で、それとハーレイ。これで解決!」
ぼくのぶるぅはしっかりしてる、とソルジャーの言。
「君が心配する妄想とやらも、ぶるぅに任せておけば安心! ぶるぅは大人の時間の覗きで鍛えて心得もあるし、こっちのハーレイが暴走したって上手く躱すよ」
「そ、そういう点では頼もしいけど…」
でも、と会長さんは難しい顔。
「ハーレイがそれをオッケーするかな、ぶるぅが二人って」
「オッケーしなけりゃデートはチャラだし、君の最初の狙い通りに御破算だけど?」
「言われてみれば…」
デートを潰すか、ぶるぅを二人に増やすかなのか、と会長さん。
「なるほどねえ…。それならデートが実現したって安心かもねえ、ぶるぅつきなら」
「そうだろう? ぼくの方のぶるぅもデートと聞いたら喜ぶだろうし、こっちのぶるぅと遊べるし…。その方向で話を進めることがお勧め」
ハーレイが手順を踏んで来たなら提案すべし、とソルジャーは会長さんの背中をバンッ! と。
「どんな手順か知らないけれども、今度の土曜日にデートなんだよね?」
「そうだけど…。ハーレイは懲りずに頑張ってるかと」
「どういう手順?」
「店の予約とか、下調べとか…。人数が増えたら増えたでサッと対応してくれなくちゃ」
ぶるぅが二人なら二人分、と会長さんはソルジャーの案に乗っかりました。デートに行かせて貰えそうだ、ということで「そるじゃぁ・ぶるぅ」は御機嫌です。ソルジャーのお皿にマカロンの追加。試作品、色々あったんですねえ、ソルジャーがちょっと羨ましいかも…。



その日の夜。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で会長さんやソルジャーたちに「さよなら」をして、家で夕食を食べた私たちの所へ思念で連絡が届きました。
『もしもーし! みんな、部屋かな?』
会長さんの思念波です。私はちょうど部屋に居ましたし、他のみんなも。キース君だけが本堂の戸締りに出掛けていたようですけど、「すぐに戻る」という返事。
『それなら中継、オッケーだよね?』
『『『中継?』』』
『ハーレイが電話をかけて来たから、手順を踏めって家に呼んだわけ!』
これから来るんだ、と会長さん。デートの申し込みに家まで来いとは凄すぎですけど、やりかねないな、という気もします。教頭先生が到着なさったら中継開始というわけですか…。
『幸か不幸かブルーがいるしね、楽勝でみんなに生中継!』
『そう! SD体制の世界で場数を踏んだぼくに、ドンとお任せ!』
部屋で暫くお待ち下さい、とソルジャーからのご案内。此処がいいな、と思う辺りを眺めていれば中継画面が出るそうです。ベッドの向こうの壁がいいかな、と椅子に座って待っていると…。



「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
玄関へ跳ねてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」の可愛い姿が部屋の壁にパッと出現しました。画質も音質も極めて良好、流石はソルジャー。画面に教頭先生も現れ、舞台はお馴染みのリビングへと。
「頼む、是非ともぶるぅとデートに行かせて欲しいのだが…」
このとおりだ、と頭を下げる教頭先生。
「手順を踏めということだったし、昼食は店を予約した。午前中は私の車でドライブをしてだ、昼食の後はぶるぅの行きたい所へ行こうと思っている」
「ふうん…? 何処の店を予約したんだい?」
つまらない所じゃないだろうね、と会長さんが訊くと、教頭先生は自信たっぷりに。
「最近評判の店なのだが…。郊外の店で、地元の野菜をふんだんに取り入れたコース料理が自慢らしいぞ」
「ああ、あそこ…。ぶるぅ、今月はまだ行ってないよね、良かったね」
「同じ料理だと寂しいもんね!」
わぁーい! と喜ぶ「そるじゃぁ・ぶるぅ」ですが、会長さんは冷たい口調で。
「良かったねえ、ハーレイ、重ならなくて。…ぼくもぶるぅも評判の店には行きたい方でね、大抵の所は出掛けてるってね。そういう辺りに気が回らないとは残念だねえ…」
「…そ、そうか…。些か配慮が足りなかったか」
「君には全く期待してないし、夢も見てない。つまらない店ならデートの話も無かったことに、と思ったけれども、辛うじて合格といったトコかな」
「で、では…!」
デートを許してくれるのか、と教頭先生が言った所で。
「せっかくだからね、両手に花っていうのはどうだい?」
「両手に花?」
「ぶるぅそっくりの顔がもう一人、ってね。店の予約を増やせるんならね」
「もちろんだ!」
教頭先生は携帯端末を取り出し、店の番号をチェックして。
「大人をもう一人追加だな?」
「大人?」
「お前の分を増やすんだろう?」
実に素晴らしい両手に花だ、と大感激の教頭先生。まあ、普通はこういう勘違いになるんでしょうねえ、会長さんが狙えないから「そるじゃぁ・ぶるぅ」とデートを思い付いたんですしね?



教頭先生は店に電話するべく操作をし始めましたが、「ちょっと待った!」と会長さん。
「ぼくが行くとは言っていないよ、そこを間違えないように!」
「…お前では…ない……?」
はて、と首を傾げた教頭先生ですが、リビングには会長さんのそっくりさんのソルジャーの姿もあるわけで。ポンと手を打ち、「そうか、あっちか」と納得した様子。ソルジャーに微笑み掛けて、「よろしくお願いします」と一礼。
「ありがとうございます。私とデートをして下さるそうで…」
「どういたしまして」
お安い御用、とソルジャーは気さくな表情で。
「こちらこそよろしくお願いするよ。大人一名でかまわないけど、椅子は子供用で」
「は?」
「食べる量なら大人並みだけど、身体は小さな子供ってね! ぶるぅそっくり!」
悪戯小僧だけど頑張って、と言われた教頭先生の口がポカンと。
「…ま、まさか…。まさか両手に花というのは…」
「「ぶるぅだけど?」」
見事にハモッた会長さんとソルジャーの声。教頭先生はウッと仰け反り、「ぶ、ぶるぅ…」とタラリ冷汗。けれども会長さんは「何かマズイわけ?」と赤い瞳でまじまじと。
「両手に花でオッケーしたんじゃないのかい?」
「そ、それは…」
「ぼくもあれこれ考えたんだよ、ぶるぅ一人じゃ心配だしね? そしたらブルーがぶるぅを貸してくれるって言うから、そういうことなら、って許可を出そうと思ったんだよ」
ぶるぅが来るとマズイと言うならデートの話は無かったことに…、と会長さん。
「話はこれでおしまいってね。残念だったね、ぶるぅは行きたがっていたのにねえ…」
「いや、終わらせん!」
ぶるぅつきでもこの際、デートだ! と教頭先生はマッハの速さで立ち直りました。店に電話して子供用の席と大人用の料理をしっかりと追加。元々、「そるじゃぁ・ぶるぅ」用がそういう予約だったらしくて話はスムーズに通ったようです。
「よし、これで予約は完了だ。最近は大人用の料理を食べたがる子供も多いからな」
「ご苦労様。仕方ない、デートを許可しよう」
土曜日はちゃんと車で迎えに来るように、と会長さんが注文をつけて、教頭先生はペコペコとお辞儀しながらの御退場。この週末は教頭先生がデートなんですか、そうですか…。



ソルジャーの生中継のお蔭で分かった顛末。翌日の放課後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと、お部屋の持ち主はニコニコ顔で。
「あのね、あのね! 土曜日はハーレイとデートに行くから、御飯は作っておくからね~!」
「「「えっ?」」」
「お昼御飯、温めるだけにしておくから! ちゃんとブルーに言っとくから!」
食べに来てね、とは健気すぎです。たまのお出掛けの間くらいは外食で充分と思ってたのに…。
「いいんだってば、ブルーも来るから!」
「「「は?」」」
「ぶるぅと一緒にブルーも来るの!」
そしてお家でお留守番なの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。なんとソルジャーまで来る予定だとはビックリですけど、考えてみれば「ぶるぅ」の保護者。「ぶるぅ」がしっかりした子供でなければ、それこそ会長さんが言っていたように監視に行っても可笑しくはなくて…。
「そうなんだよねえ、ブルーも気になるらしいしね?」
だからぼくたちと一緒に家から監視、と会長さん。
「もしもハーレイが不埒なことをするようだったら、デートは中断! 即、殴り込む!」
そして二人のぶるぅを連れ帰るのだ、と会長さんはグッと拳を握りました。
「いくらぶるぅがしっかり者でも、相手は妄想ハーレイだしねえ? こっちのぶるぅは良い子すぎて簡単に丸め込まれてしまいそうだし、もう色々と心配で…」
「ぼく、ぶるぅも一緒だから大丈夫だよ!」
「ダメダメ、子供は大人にコロリと騙されるんだよ、どんなに賢い子供でもね」
用心に越したことはない、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「イカのお寿司という言葉もあるから、土曜日はちゃんと気を付ける!」
「…イカのお寿司?」
「一番最初に「知らない人に」とつくんだけどねえ、ついて行かない、車に乗らない、大声を出す、すぐに逃げる、何かあったら知らせる、というのを覚えさせる言葉!」
子供のためのお約束だよ、と紙に書き出した会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に復唱させて。
「ハーレイとのデートはついて行く上に、車に乗るしね? イカのお寿司で気を付けないと」
大声を出してすぐ逃げるんだよ、という教え。それに「知らせる」と来ましたけれども、デートの相手は教頭先生。おまけに「ぶるぅ」も来るんですから、イカのお寿司の出番は無いんじゃないんですかねえ?



訪れた運命の土曜日の朝。私たちはバス停で集合してから会長さんの家へと向かいました。管理人さんにマンションの入口を開けて貰って、エレベーターで最上階へ。玄関脇のチャイムを鳴らすとドアがガチャリと中から開いて。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
今日はゆっくりしていってね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお出迎え。お菓子や食事の用意はしっかり出来ているそうで、リビングに行けばソルジャーと「ぶるぅ」も到着済み。
「やあ、おはよう。ついに今日だねえ…」
「かみお~ん♪ ぼく、初デート~!」
地球でデートだあ! と「ぶるぅ」はワクワク、「そるじゃぁ・ぶるぅ」と手を取り合って踊り始めたり、飛び跳ねたり。今の所は悪戯の兆候はありません。間もなく教頭先生が迎えに来られて、二人のぶるぅはお揃いの服で元気に出発して行きました。
「「「行ってらっしゃ~い!」」」
「「行ってきまぁ~す!」」
玄関先からエレベーターに乗って行くのを見送り、会長さんが大きく手を振って。
「いいかい、イカのお寿司だよーーーっ!?」
「分かってるーーーっ!」
大丈夫! と胸を張って「そるじゃぁ・ぶるぅ」はお出掛けしたのですけど。



「…イカのお寿司って何なんだい?」
ソルジャーがリビングで尋ねました。会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作っておいてくれたティラミスを取り分けている最中でしたが、昨日と同じ説明を。ついて行かない、乗らない、エトセトラ。
「そういうことかあ…。ぶるぅが「なあに?」って訊いて来たから」
ちょっと返事を…、と言葉が途切れて「よし!」と一言。
「ぶるぅもお友達に訊けばいいのにねえ…。わざわざぼくに訊かなくっても」
「空気を読んでくれてるんだろ、デートの話題じゃないっぽい、と」
「ぶるぅに限って、それだけは無いね」
絶対に無い、とソルジャー、断言。
「面白そうな言葉だと思って訊いて来たんだよ、ネタになるかと」
「「「ネタ!?」」」
「そう、ネタ。ぶるぅにとっては、大切なものは食事と悪戯!」
そのためのネタを仕入れに常にアンテナを立てているのだ、と言われて真っ青。イカのお寿司が悪用されなきゃいいんですけど…。
「どうなるのかな? …ぼくにもぶるぅの悪戯心は読めないんだよ」
読めていたなら悪戯小僧になっていない、と怖すぎる答え。ソルジャーでさえも悪戯の中身は予測不可能、それゆえの悪戯小僧なのだ、と聞いて全員がブルブルです。
「きょ、教頭先生、大丈夫かな…?」
ジョミー君が窓の外に目をやり、サム君が。
「昼飯は絶対食いてえだろうし、そこまでは大人しくするとは思うけどよ…」
「食べ終わったら何が起こるか分からないのか…」
おまけにイカのお寿司なのか、とキース君が額を押さえています。
「行かない、乗らない…。それじゃデートにならないわよ?」
スウェナちゃんの言葉に見えた光明。デートは行くもの、車も乗って出掛けるもの。大丈夫かも、という希望の光が見えてきました。昼食の後は「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」の行きたい所へお出掛けですから、イカのお寿司じゃ駄目ですよねえ…?



二人のぶるぅはドライブを楽しみ、道の駅とかに寄って貰っては冬でもアイス。そういえばアイスが好きだったっけ、と微笑ましくなる姿を会長さんとソルジャーが見せてくれました。教頭先生も御機嫌でドライブ、既に妄想モードだとか。
「ぶるぅが増殖しちゃったけどねえ、都合よく、ぼくが二人のつもりさ」
「らしいね、実に逞しいねえ…」
妄想力、とソルジャーも半ば呆れていたり。
「ぼくたちとぶるぅたちとじゃ見た目が全然違うんだけどね?」
「そこを気にせず当たって砕けろがハーレイなんだよ、でなきゃデートに誘いはしないよ」
気分だけでも本物の方とデートなのだ、と会長さん。
「しかも二人もいるからねえ? 美味しい眺めで、運転してても上機嫌ってね」
本当に馬鹿じゃなかろうか、と会長さんは言いたい放題ですけど、教頭先生が喜んでおられるのであれば無問題。会長さんには実害が無くて、「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」は満足、教頭先生も大満足で全てが丸く収まるような…。
「まあね。これでハーレイが嬉しいんだったら、今後はこの手に限るかな」
「ダメダメ、いつかは君と結婚して貰わなきゃ! そのためにもデートで修行を積んで!」
本物の君とデートが出来るスキルを身に付けて貰おう、とソルジャー、力説。
「今日はとりあえず初回ってことで、ありがちなコースなんだけど…。今後は色々とバリエーションを! 本物の君でも行ってみたいと夢見るようなデートコースを!」
「有り得ないから!」
ぼくにそういう趣味は無いから、と会長さんは吐き捨てるように。
「行きたかったら君が行けばいいだろ、ハーレイの車でデートにドライブ!」
「…かまわないわけ? ぼくだとトコトン、行くかもだけど?」
「何処へ?」
「デートで必ず行くべき所!」
うんとゴージャスなのが好みだ、とソルジャーは胸を張りました。
「こっちのノルディに教えて貰って、ぼくのハーレイとあちこち出掛けてみたけれど…。やっぱりゴージャスな部屋がいいねえ、如何にもなホテルの部屋じゃなくって、ちゃんとしたホテル」
「「「ホテル!?」」」
「デートの締めにはホテルなんだよ、ノルディとだったらホテルで食事で終わりだけどね?」
部屋までは行ってあげないのだ、と威張り返っているソルジャー。会長さんは「最低だし!」と頭を抱えて、大却下。ソルジャーと教頭先生のデート、実現しそうにないですねえ…。



そうこうする内に、お昼時。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作って行ってくれたビーフストロガノフを温め直して、ピラフも添えてのお昼御飯で、教頭先生と二人のぶるぅは郊外のレストランでの豪華なコース料理です。
「いいねえ、あっちはリッチな食事で…」
ぼくのハーレイと今度出掛けよう、とサイオンで覗き見中のソルジャーが呟き、会長さんが。
「それならディナーがお勧めだよ。ハーレイはケチってランチだけれども、ディナーはランチよりも凝っているから」
「そうなんだ? だったらディナーで、ついでにホテルに泊まるのもいいね」
最近泊まりに来ていないから、とソルジャーは乗り気。「ぶるぅ」にシャングリラの番をさせておいて、キャプテンと二人でこっちの世界にお泊まりコースが定番だとは聞きますけれど…。
「そりゃあ、ディナーを食べたらホテル! お泊まりが必須!」
そうでなくてもデートはお泊まり、とブチ上げているソルジャー、何度「ぶるぅ」を放置で出掛けたのでしょう?
「えっ、ぶるぅ? それはもう、数え切れないほどで…」
だからぶるぅも知っているのだ、と大威張り。
「デートに行くならホテルでお泊まり! それをしないでどうすると!」
「ちょ、ちょっと待って!」
待って、と会長さんが遮りました。
「デートにはホテルがセットだって? それがぶるぅの常識だって?」
「常識だとまでは教えていないよ、ノルディの場合は除外だからね。ノルディはあくまでディナー止まりで、ホテルでお泊まりはハーレイ限定!」
ハーレイとのデートにはホテルが絶対欠かせないのだ、という台詞に嫌な予感が。二人のぶるぅとデートに出掛けた教頭先生、昼食の後は二人の行きたい所へ出掛けると言っていませんでしたか…?
「ま、まさか…」
「昼御飯の後って、まさかホテルに…」
ぶるぅが言い出さないだろうな、と顔を見合わせてみたものの。
「真昼間なんだし、大丈夫じゃねえか?」
「夕方には帰ると聞いてますしね」
大丈夫だな、とサム君とシロエ君の言葉で胸を撫で下ろしたのに。
「ラブホテルだと御休憩ってコトもあるしね?」
普通のホテルもデイユースのプランがあったりするね、とソルジャーの笑顔。このソルジャーと暮らしてる「ぶるぅ」、もしかしてそれが常識ですか!?



それから間もなく、昼食を終えた教頭先生たちはレストランの駐車場を出た模様。楽しくドライブを続けているようで、二人のぶるぅを乗せた車は郊外を走っているそうですけど…。
『いいんじゃないかな?』
ちょっと下見に行ってくれる? とソルジャーが妙な思念を紡ぎました。
「「「下見?」」」
「うん。ぶるぅが連絡して来たんだけど、良さそうな感じのラブホテルがね」
「「「ラブホテル!?」」」
「そうは見えないホテルなんだよ、ああいうタイプはハズレが無いから」
これは今までのぼくの経験、と得意げな顔のソルジャーですけど、下見って…。まさか教頭先生の車で、ドライブついでにラブホテルの下見!?
「らしいよ、この先を右に曲がればホテルへ真っ直ぐ、左だったら普通にドライブ、って言って来たから右へ行けと」
「その道、ホテルで行き止まりだったりしないだろうね!?」
会長さんの問いに、ソルジャーは「さあ…?」と。
「ぶるぅは何も言わなかったし…。あ、行き止まりなのか」
思念で追いかけたらしいソルジャー、アッサリと。
「ついでに、もうすぐ差し掛かる集落が最後に人家のある所だね。…えっ?」
「「「は?」」」
「いや、ぶるぅが窓を開けてるな、と…」
この寒いのに、と肩を震わせてみせるソルジャー。走行中の車の周りは雪もちらついているらしいです。そんな所で窓なんか開けてどうするのだろう、と不思議そうですが…。



『たーすーけーてーーーーっ!!!』
いきなり部屋を貫いた思念。何事だ、と思う間もなく、思念は二人分へと増殖。
『たーすーけーてーーーっ!!!』
『とーめーてーーーっ!!!』
誰か助けて、止めて、と響き渡る思念は「ぶるぅ」と「そるじゃぁ・ぶるぅ」でした。慌てて会長さんが出した中継画面には、全開になった車の窓から大声で叫ぶお子様が二人。
「「「…い、イカのお寿司…」」」
ヤバイ、と誰もが気付きましたが、叫んでいる「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「ぶるぅ」と遊んでいるつもり。助けてごっこで、止めてごっこ。車の行き先に何があるのか知りませんから、あくまでお遊び、本気で助けてと言ってはいなくて満面の笑み。
ところが反対側の窓から叫ぶ「ぶるぅ」は嘘泣きと言うか、作った恐怖の表情と言うか。この世の終わりだと言わんばかりの形相で叫び、それに気付いた集落の人がバタバタと家へ駆け込んでゆきます。地元の人なら道の行き先に何があるかを知っているわけで…。
「「「きょ、教頭先生…」」」
通報されてしまったことは恐らく間違いないでしょう。しかもこの先、行き止まり。ラブホテルに着いて愕然としている間にパトカーや白バイがやって来た上、悪戯小僧な「ぶるぅ」がイカのお寿司を実行するという悪夢の展開。
「…き、君は…。シャングリラ学園の教頭を前科持ちの犯罪者にしたいわけ!?」
会長さんが怒鳴り、ソルジャーが。
「そ、そこまでは…! ごめん、なんとかフォローはするから!」
情報操作も記憶操作も頑張ってさせて貰うから、と叫ぶ一方、「ぶるぅ」にラブホテルの下見はするよう抜け目なく指示を。あの「ぶるぅ」ならば、警察官が山ほどいようがチョイと誤魔化して瞬間移動で下見にお出掛け出来るでしょうけど…。
「あっ、パトカー…」
来た、と中継画面を指差した人は誰だったのか。白バイとパトカーが凄い勢いで教頭先生が通って行った道を走り抜けて行き、教頭先生はラブホテルの駐車場で車をターンさせている真っ最中。二人の「ぶるぅ」はまだ叫んでます。
「「「現行犯…」」」
とりあえず逮捕劇までは観察するか、と開き直った私たち。なかなか見られるものじゃないですし、ソルジャーが後の始末をしてくれますし…。教頭先生ごめんなさいです、ちょっと見物、手錠とか見せて下さいね~!




           週末はデート・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 教頭先生が「気分だけでも」と申し込んだデートが、とんでもないことに。
 現行犯逮捕な結末ですけど、よく考えたら過去にも色々ヤバい目に遭っているかもです。
 使えないwindows10 は、大型アップデートを何とか乗り切りました、ホッと一息。
 次回は 「第3月曜」 6月18日の更新となります、よろしくです~! 

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、5月は、お坊さんの世界の掟が話題になってますけど…。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv










(んーと…)
 授業中にクラッとしちゃった、ぼく。軽い眩暈がしたみたい。
 このまま授業を受け続けてたら、マズイと思う。きっと途中で倒れてしまう。今はまだ最悪ってほどの気分じゃないけど、その内にだんだん悪くなってきて…。
(…そうなってからだと…)
 手遅れなんだ、って分かってる。教室はもちろん大騒ぎになるし、倒れちゃったぼくを運ぶには一人じゃ無理。意識不明じゃ、車椅子に乗せても押す人とぼくを支える人とが必要。
 だから早めに行かなきゃならない保健室。今なら歩いて行けるから。
 お昼休みが済んで、午後の一時間目の授業中。ランチの間はなんともなかったんだけど…。
(…保健室…)
 思い切って手を挙げることにした。
 これがハーレイの授業だったら未練たっぷり、倒れるまで聞いていそうだけれど。そんな前科もあったりするけど、ハーレイの授業じゃなかったから。次の時間も違うから…。
 いいや、って挙げた手、先生が「どうしたんだ?」って気付いてくれた。
「えっと…。急に気分が悪くなって…」
「それは駄目だな、保健室だな」
 行って来い、って言ってくれた先生。教科書もノートもそのまま置いて行けばいいから、って。



 一人で行けます、って立ち上がったけれど、付き添ってくれた保健委員の男子。先生も一人じゃ駄目だと心配そうだし、ここは甘えておくことにした。
 実際、平気なつもりだったのに、立った途端に眩暈がしたから。
 保健室まで歩く途中で倒れてしまっちゃ、もっと大勢に迷惑がかかる。ぼくが他のクラスの前で倒れていたなら、そこのクラスの授業は中断。縁もゆかりも無いぼくのせいで。
(…ありそうな話なんだよね…)
 春に起こした聖痕現象のせいで、ぼくはすっかり有名人。顔も名前も何処のクラスかも、誰でも一目で分かると思う。身体が弱いってことも知られているけど…。
(倒れちゃってたら、また聖痕が出たのかも、って大騒ぎなんだよ)
 ぼくのクラスの友達だったら慣れているけど、そうじゃない他所のクラスだったら、きっと。
 聖痕現象を見たい生徒が騒ぎ出しちゃって、我先に廊下に出て来ちゃうんだ。先生が止めても、大勢、野次馬。下手をしたら隣のクラスからだって。
(…聖痕、二度と出ないんだけどな…)
 でも、それを知ってるのは四人だけ。パパとママとハーレイ、それと診てくれたお医者さん。
 他の人たちは何も知らなくて、ハーレイはぼくが聖痕現象を起こさないための守り役なんだし、野次馬が来るのも仕方ない。ぼくが廊下で倒れていたら。



(野次馬防止…)
 倒れちゃ駄目だ、って支えて貰って歩いてた、ぼく。
 たまにクラッとしそうになるから、肩を借りるのが一番いい。保健委員の子には悪いけれども、やっぱり一人じゃ無理みたいだから。
 そうして廊下を歩いて行ったら、向こうからやって来たハーレイ。廊下の角を曲がって現れた。今の時間は授業が無いみたい。
 ハーレイはすぐにぼくに気付いて。
「おっ、保健室か?」
 具合が悪くなったのか、そいつ?
「そうなんです」
 保健委員の子が答えてくれた。ぼくの代わりに説明してくれた、保健室に行く途中だと。
 そうしたら…。
「よし、俺が代わろう。保健室まで連れて行っておく」
 お前は教室に帰っていいぞ。何の授業かは知らないがな。
「ハーレイ先生、いいんですか?」
「授業中だろ、保健委員の仕事とはいえ、聞き逃しちまうぞ」
 俺が代わるから、急いで戻れ。先生に訊かれたら、俺と交代したと伝えておくんだな。



 任せておけ、って交代しちゃったぼくの付き添い。保健委員の子はペコリとお辞儀して、走って教室に戻って行った。ホントは廊下を走っちゃ駄目だけど、こういう時には例外だよね。
 でも…。
「さて、どうするかな…」
 俺では肩は貸せんしなあ…。これだけ身長に違いがあるとだ、どうにも無理だ。
 運んで行くって方法もあるが、抱っこもおんぶもマズイよな?
 まるで小さな子供みたいだし、他の生徒が通り掛かったら恥ずかしいだろ?
(恥ずかしくなんかないってば…!)
 むしろ歓迎、ぼくは全然かまわないのに、ハーレイは勝手に決めちゃった。
 抱っこもおんぶも、どっちも駄目、って。
 保健委員の子から預かったぼくの身体を腕で支えながら、そういう風に決めてしまった。
(…車椅子…?)
 そうなるんだろうか、ハーレイが押して行くんだろうか。ぼくを待たせて、保健室から車椅子を借りて持って来て。
 きっとそうだ、と思ったんだけど…。



「車椅子の出番ってほどじゃないしなあ…。お前、どうにか歩けるんだろ?」
「…うん…」
 眩暈がするだけ、って頷いた。「はい」って言うのを忘れちゃってた、ハーレイ、学校では先生なのに。ハーレイじゃなくて「ハーレイ先生」なのに。
 でもハーレイは「うん」じゃないだろ、って、ぼくの右手を取って。
「俺の服、しっかり握ってろ。此処だ、此処」
 大丈夫だ、スーツの上着ってヤツは生地が頑丈に出来てるからな。そう簡単に破れやしないさ、お前の体重が少しかかったくらいじゃな。
 掴んでおけ、って握らされたハーレイの上着の端っこ。肩の代わりに上着の端。
 そして左手で支えてくれた、ぼくの背中を。大きな手を添えて。
 これなら歩ける。右手でハーレイの上着を握って、ぼくの背中にハーレイの手。倒れないように支えてくれる手。
「…ありがとう…」
「歩けそうか? よし、ゆっくりと歩いて行くからな」
 忘れるなよ、ハーレイ先生だぞ?
 学校ではハーレイ先生だ。間違えないよう、気を付けてくれよ。



 ハーレイと並んでゆっくり歩いて、連れてって貰った保健室。慣れっこの部屋。
 ぼくを保健室の先生に預けて、ハーレイは帰って行ったけど。ぼくがベッドに横になる前に姿を消してしまったけれど。
 カーテンが引かれたベッドの上に転がっていたら、背中がじんわり温かい。ぼくの背中を支えてくれてたハーレイの左手が残した温もり。それがポカポカ、温かな背中。
(ふふっ、あったかい…)
 まだ少しクラクラするけれど。眩暈は残っているんだけれども、背中に温もり。ハーレイの手が背中にくれた温もり。それが心地良くて、幸せな気分。
 あったかいよ、って思ってる内にすうっと眠ってしまって、どのくらい眠っていたんだろう?
 パチリと目を開けたら、眩暈は消えてしまっていた。起き上がってもなんともなかった。自分の身体だからハッキリと分かる、もう大丈夫、って。
(ハーレイの温もりを貰ったからかな?)
 もう消えちゃったけど、眠る時まで、眠ってる間もポカポカだった背中。温かかった背中。
 おまじないみたいに効いた温もり、ハーレイの左手がくれた温もり。
 ベッドから下りて、最後の授業の途中で戻れた、教室にちゃんと。一人で歩いて。
 ママの迎えも要らなかった。いつも通りにバスで帰れた。



 バスから降りて家まで歩く途中も、家に着いてからも何度も思い出してたハーレイ。大きな手が背中にくれた温もり。温かかったよ、って。
 保健室に行ったことはママにもきちんと報告したけど、眩暈は治ってしまったから。
 ママが用意してくれたおやつを食べて、部屋に戻って勉強机の前に座った。ベッドに入ろうって気にはならなかったし、具合が悪いわけでもないから。
 こんなに気分が良くなるだなんて、やっぱり温もりのお蔭だろうか。保健室のベッドで寝ていた間中、ポカポカしていた背中の温もり。ハーレイがくれたおまじない。
(背中のおまじない…)
 温かかったよね、ってまた思い出して。
 ハーレイの左手のお蔭で治ったんだよ、って幸せな気持ちに浸っていて…。



(…あれ?)
 ふと掠めていった、遠い遠い記憶。前のぼくの記憶。
 それと今とが重なった。前のぼくにも温もりの記憶、背中に感じた温もりの記憶。
 ぴたりと重なる温もりの大きさ、ハーレイの手としか思えない。ハーレイの左手なんだ、って。
 だけど、そんなこと、あるわけがない。前のぼくとハーレイは並んで歩きはしなかった。ただの一度も並んで歩けやしなかった。
 前のぼくはソルジャーだったから。前のハーレイはキャプテンだったから。
 ソルジャーの後ろに従うキャプテン、白いシャングリラでは常にそうだった。何処へ行くにも。
 ハーレイはぼくの後ろを歩いて、並んでなんかはいなかった。
 前のぼくの背中に温もりをくれるわけがなかった、貰える筈もなかった温もり。前のハーレイの左手がくれる温もり。
 なのに確かに背中に温もり、温かかった手の記憶。前のぼくの背中に添えられてた手。
 ぼくが間違える筈がないんだ、ハーレイの手の温もりを。
 貰えるわけがなかったものでも。貰えない筈の温もりでも。あれは確かにハーレイの手で…。



(…なんで?)
 どうしてそんな記憶があるのか、夢で見たとも思えない。
 きっとホントに起こってたことで、ハーレイがぼくを支えてた。今日みたいに。
(…ハーレイ、ぼくを連れてっていたの…?)
 シャングリラに保健室なんかは無かったけれど、と遠い記憶を手繰ってみた。ハーレイが支えてくれていたなら、行き先はメディカル・ルームだろうか、と。
(えーっと…)
 何かとうるさかったドクター・ノルディ。注射も検査も大嫌いだったぼくは、ノルディの診察も好きじゃなかった。注射と検査がつきものだから。
 行きたくない、と嫌がるぼくをハーレイが宥めて連れて行った時の記憶なんだろうか、温もりの記憶。背中に残った温もりの記憶。
 でも、もっと…。



 温かな思い出とセットなんだ、っていう気がした。
 注射や検査や薬が待ってるメディカル・ルームに行く時じゃなくて、もっと幸せを感じた時間。それがいつだったのかを思い出したくて、背中のポカポカを追い掛けていたら。
 今日のポカポカと、前のぼくが覚えてるポカポカを重ね合わせてみていたら…。
(そうだ、ハーレイ…!)
 鮮やかに蘇って来た前のぼくの記憶。キャプテンだった頃のハーレイとの思い出。
 だけどキャプテンではなかったハーレイ、キャプテンの顔をするのをやめてたハーレイ。ぼくと二人きり、シャングリラの中を並んで歩いてくれてたハーレイ。ぼくの背中に左手を添えて。



(うん、左手…)
 あの時もハーレイの左手だった。今日と同じに。
 身体が弱かった前のぼく。それでもソルジャーだったぼく。
 シャングリラの中では一番偉くて、ハーレイを従えて歩いてた。何処へ行く時も。二人で一緒に出掛ける時にはハーレイが後ろ。そういう決まりで、そういう順番。
 そのソルジャーとキャプテンとの決まり、それが崩れた時の思い出。背中のポカポカ。
 具合が悪いのを隠して視察とかに出掛けようとしたら、ハーレイが…。
(通路で支えてくれていたっけ…)
 ぼくの隣にスッと並んで、ぼくの背中に左手を当てて。肩を貸す代わりに左手だった。フラリと倒れそうになった時には腕を回して抱き留めてくれた。
 そう出来るように隣に並んで、背中に当ててくれてた左手。ぼくを支えてくれてた左手。
 誰も見ていない所でくらいは弱さを見せてもいいのですよ、って。
 行き先に辿り着くまで、ずっと。
 行った先でもさりげなく側についていてくれた、いざとなったら支えられるように。
 ぼくの後ろを歩く代わりに、何気ない風で隣に並んで。
 ソルジャーのぼくに用があるなら、後ろからでは話せないから。打ち合わせでもしているように見せかけて隣についててくれたハーレイ。
 其処から戻る時には、またぼくの隣。誰もいない通路で背中に左手、ポカポカと温かい左の手を添えて。ぼくを支えて。



(背中のポカポカ…)
 前のぼくの記憶と重なったポカポカ、ハーレイがくれた背中のポカポカ。
 保健室に行く途中で出会わなかったら、きっと思い出しさえしなかった記憶。ハーレイはぼくの後ろなんだと思い込んでいたし、そういう記憶しか無かったから。
 あんなに何度も支えて貰って歩いていたのに、まるで忘れてしまってたなんて…。
(ハーレイ、覚えているのかな?)
 前のぼくを支えて歩いていたこと。前のぼくの背中に添えてた左手。
 覚えていて欲しい、もしも忘れてしまっていたって、今日ので思い出していて欲しい。
 前のぼくよりチビだけれども、ぼくを支えてくれたんだから。前と同じに左の手で。
 ぼくがチビだから、上着の端まで握らせてくれて。



(…ハーレイに会いたい…)
 会って話をしてみたい。ぼくが思い出した背中のポカポカ、前のぼくの背中にあったポカポカ。
 その話をハーレイとしたいんだけど、って何度も何度も窓の方を見た。
 ハーレイが来てくれるかな、って。仕事が早く終わってくれたらいいんだけれど、って。
(来て欲しいな…)
 ぼくが保健室のお世話になっちゃったことを、ハーレイは知っているんだから。
 元気に帰って行ったことまで、多分、聞いてはいるんだろうけど…。
(ママの迎えで帰らなかったし、来てくれないとか?)
 あの様子なら大丈夫、って思っていたらどうしよう。ぼくの家に寄らずに帰っちゃうとか…。
 それだけは無いと思いたい。
 だけど知らないハーレイの予定。会議があるなら遅くなったら寄れないだろうし、柔道部の方の練習が長い日だってあるし…。



(…来て欲しいのに…)
 こんな日だから会いたいんだよ、って祈るような気持ち、何度も見た窓。
 神様がお祈りを聞いてくれたのか、ハーレイがチャイムを鳴らしてくれた。門扉の横の。窓から大きく手を振ってみたら、振り返してくれて。
 普段と変わらないお茶の時間の始まり、ぼくの部屋で二人、テーブルを挟んで。
「元気そうだな、思った以上に。バスで一人で帰って行った、とは聞かされたんだが…」
 最後の授業も途中から出ていたらしいな、お前。
「うん。家に帰ってからおやつも食べたよ」
 すっかり元気で、もう大丈夫。ぼくの身体だもの、自分で分かるよ。
「…保健室へお前を運んだ時には、野菜スープの出番なのかと思ったがなあ…」
 帰りに作りに行かないとな、と段取りをしていたんだが…。
 お前は一人で帰ったと聞いて、なんだか拍子抜けしたぞ。元気なのはいいことなんだがな。



「えっとね…。ハーレイのおまじないのお蔭なんだよ」
 それで元気になったんだと思う、おまじないのお蔭。
「…おまじない?」
「そう。背中にくれたよ、ハーレイの温もり」
 ぼくを支えていてくれたでしょ?
 あの手の温もり、背中に残っていたんだよ。それがポカポカ温かくって…。
 気持ち良くって、ぐっすり眠っちゃってた。寝ていた間もポカポカだったよ、ぼくの背中。
 それで目が覚めたら、眩暈が治って元気になってた。きっと幸せに眠れたからだよ、ハーレイの温もりを背中に貰って。
 だから、おまじない。背中のポカポカ、ハーレイがくれたおまじないだと思うんだ。
「おまじないって…。俺の温もりって、お前が温めて欲しい場所…」
 右手だけじゃなかったというわけなのか?
 メギドで凍えちまった右の手、そいつは俺もよく知ってるが…。背中も温めて欲しかったのか?
「そうみたい…」
 ぼくも忘れてしまっていたけど、背中のポカポカで思い出したよ。
 この温もりも大好きだった、って。ぼくの背中にハーレイの左手がくれるポカポカ。



 前のぼくが貰っていたんだよ、って話してみた。背中にハーレイの左手の温もり。
 ハーレイはそのことを覚えてる? って。
「あのね…。ハーレイはいつも、ぼくの後ろを歩いていたけど…」
 背中に温もりをくれていた時は違ったよ。ハーレイはぼくの隣にいたよ。
 並んで歩いて、背中にポカポカ。ぼくの背中を左手で支えていてくれたんだよ…。
「そういや、お前の杖代わりだったな」
 思い出したぞ、学校じゃ仕事が頭にあったし、思い出しさえしなかったが…。
 前の俺はお前の杖だったっけな、お前がヨロヨロしていた時には。
「杖!?」
 杖だって言うの、もっと素敵な言い方はないの?
 その言い方だと、杖が無くっちゃ歩けないような年寄りみたいに聞こえるじゃない…!



 酷いや、って怒ったぼくだけれども、その通りだから。
 ハーレイの左手の支えが無ければ、倒れちゃいそうな時も多かったから。
(でも、年寄り…)
 杖なんて、今の時代はお年寄りだってついてはいない。年を重ねた外見が好きな人だって少なくないけど、流石に杖を頼りに歩かなければ駄目なほどには年を取ったりしないから。
 もちろん、杖はあるけれど。
 どちらかと言えば年を重ねた人用のお洒落なアイテム、若い外見だと似合わないお洒落。好みの杖を握ってお出掛け、ちょっぴり気取った紳士なんかの御用達。
 そうでなければ、足を怪我した時につく杖、それはホントの意味での杖。
(今だと杖をつくのは怪我しちゃった人…)
 分かっているけど、ぼくの中には前のぼくの記憶がたっぷり入ってる。前のぼくが生きた時代に杖と言ったら、お年寄りの杖。怪我人よりも、お年寄り。お洒落なアイテムなんかじゃなくって、実用品として使われてた杖。
 そういう時代に生きていたぼくの杖代わりだなんて言われちゃったら…。



(どう考えても年寄りだよ…!)
 前のぼくを捕まえて年寄り扱い、酷すぎるよ、って膨れたぼく。膨れっ面になったぼく。
 なのに、ハーレイは鼻で笑って、ぼくの額をピンと弾いた。指先で軽く。
「年寄りみたい、と言うがな、お前…」
 前のお前は俺より遥かに年上だったろうが、それでも年寄りじゃないと言うのか?
 お前の方が俺より若かったなんてこと、有り得なかったと思うがな…?
「そうだけど…。ホントに年寄りだったんだけど…!」
 もう間違いなく、ハーレイよりも年寄りだったけど…!
 ハーレイが前のぼくの杖代わりだっただなんて、酷すぎない!?
 まさかハーレイ、ぼくを支えながら杖のつもりで歩いていたとか…?



 あんまりだよ、って文句をぶつけた。前のぼくが年寄りだっただなんて。
 キースに向かってそう言ったけれど、「年寄り」と自分で名乗ったけれど。
 自分で言うのと、人に言われるのは別だから。それもハーレイに言われるだなんて、ダメージが大きくて怒りたくなる。年寄りじゃない、って。
 ぷりぷり怒ったぼくだけれども、プンプン膨れていたけれど。
 ハーレイが「だがな…」って悲しそうな顔。
 いけない、怒り過ぎちゃったろうか、悲しい気持ちにさせちゃったろうか?
 ハーレイにしてみれば軽い冗談、それなのに怒っちゃったから。
 プンスカ膨れてしまっていたから、やり過ぎちゃったのかもしれない、ぼく。
 慌ててやめた膨れっ面。
 ハーレイを困らせるつもりは無くって、悲しませたいとも思わないから。



「…どうしたの?」
 ぼくが怒ったから、悲しくなった?
 ごめんね、ハーレイ。そんなつもりは無かったんだよ、ちょっぴり怒り過ぎちゃった…。
「いや、そうじゃなくて…。前のお前の頃の話だ」
 本当にお前に杖が要る時、俺は支えてやれなかった。お前は杖が欲しかったろうに…。
 すまん、杖と言ったら怒るんだったな、年寄り扱いされた、って。
「…それ、いつの話?」
 別に杖でもかまわないんだよ、もう怒ったりはしないから。
 それよりいつなの、前のぼくをハーレイが支えられなかった時っていうのは…?
「キースの脱出騒ぎの時だ」
 シャングリラ中が大混乱だった時に、お前、いきなり目覚めたろうが。
 そしてキースを止めに出掛けたぞ、たった一人で。
「ああ…!」
 そういえば、ハーレイ、いなかったっけ…。
 ぼくが呼んでも反応が無くて、誰も気付いてくれなかったっけ…。



 白い鯨で目覚めたあの日を、出来事を、一気に思い出した、ぼく。
 十五年間も眠り続けた前のぼくの側には、医療スタッフさえいなかった。あまりにも長く眠っていたから、自動でデータが取られていただけ。
 データはメディカル・ルームに絶えず送られていたんだけれども、ぼくの目覚めを示すデータは医療スタッフに届かなかった。みんな忙しくしていたから。カリナの暴走で増える怪我人、それに手を取られてデータを読んではいなかった。
 目覚めて直ぐには、何が起こったのかが分からなくて。
 だけどシャングリラの危機だというのは感じ取っていたし、そのせいで目覚めたんだから。
 とにかく状況を把握しようとベッドから下りて外に出た。スロープを歩いて青の間の外へ。
 途端に押し寄せて来た不安と混乱、それから調和を乱す存在。
 船の中に渦巻く皆の思念で、地球の男が逃げたと分かった。それを追っている者が誰もいないということも。
 地球の男が脱出するのを止められる者はぼくしかいない。ぼくしか気付いていないんだから。
 なのに無かった支えてくれる手、ぼくが歩くのを助けてくれる手。
 ハーレイは何処にも見付からなくって、思念さえ届けられなくて。仕方ないから一人で歩いた、格納庫までの長い通路をよろけながら。
 地球の男が脱出するなら、格納庫。其処しかないから、先回りをして倒そうと。



「…お前、あんな時でも一人で歩いて…」
 眠りから覚めて直ぐの身体じゃ、歩くだけでも辛かったろうに…。
 俺を呼ぶだけの思念波も送れなかったほどの身体で、どんな思いをして歩いていたのか…。
 すまない、お前を放っておいて。…キャプテンのくせに、気付きもしないで…。
「仕方ないよ、ああいう時だったから」
 ハーレイだって大変だった筈だよ、船の中はメチャメチャ、キースは逃げるし…。
 おまけにジョミーはナスカだったし、あの状況でぼくに気付けと言う方が無理。
「そうなんだが…。事実、そういう状態だったが、それでもな…」
 俺が支えてやりたかった。格納庫に向かって歩くお前を、俺が支えてやれていたなら…。
 それを散々後悔したんだ、お前がトォニィと一緒にメディカル・ルームに運ばれた後で。
「…そうだったの?」
「ああ。…しかし俺には、それを謝る暇さえ無かった」
 ようやくお前に会えた時には、ゼルたちも一緒にいたからな。個人的な話は何も出来ず仕舞いで終わっちまって、それっきりだ。
 お前のために野菜スープを作る暇さえ、俺には取れなかったんだ…。
「うん…。知ってるよ…」
 ハーレイ、何度もぼくに謝ってくれたから。
 あの時は何も出来なかった、って何度も何度も言っているよね…。



「それだけじゃないんだ、俺がお前の杖になり損なった時」
 もう一つあるんだ、俺がお前を支えてやならきゃいけなかった時が。
「まだあるの?」
 ぼくには思い付かないけれど…。いつの話?
「…お前がメギドに飛び立つ前だ」
 ブリッジまで一人で来ただろうが。もう大丈夫だ、と平気なふりを装って。
「そうだけど…」
 どうして、そこでハーレイがぼくを支える話が出て来るの?
 ぼくはジョミーと一緒に行ったし、ハーレイが来たって支えられる場所は何処にも無いよ?
「そうじゃない。…お前がブリッジに来る前のことだ」
 あの時は全く思いもしなかったんだが、今にしてみれば…。
 お前が青の間からブリッジまで歩いて来る途中。
 あそこも支えてやりたかった、と思うわけだな、きっとお前は歩き辛かった筈なんだ。
 弱った身体でブリッジまでだぞ、短い距離ではないんだから。
 お前がブリッジに来ようとしてる、って気付きさえすれば、支えてやれた。
 あんな時でも、キャプテンだからこそ「ソルジャーがお呼びだ」と飛び出せたんだ。
「…ハーレイにそれをされていたなら、飛べていないよ」
 ぼくはメギドに飛べなかったよ、ハーレイの左手から離れたくなくて。
 右手に持ってたほんの少しの温もりだけだったから、飛べたんだ。
 背中にハーレイの温もりをずうっと感じて歩いて行ったなら…。ブリッジに着く前に心が挫けて飛べなくなったよ、離れたくない、って。
「やはりな…」
 背中の温もりと聞いてピンと来たんだ、もしかしたら、と。
 俺が支えてブリッジまで一緒に行っていたなら、お前はシャングリラに残ったかも、と。



 やっぱり支えに行くべきだった、って悔しそうな顔をしているハーレイ。
 あの時の俺は色々と手一杯で頭が回らなかった、って。
「…青の間をモニターしておけば良かった、お前が動いたら分かるように」
 そうしていたなら、俺はブリッジから飛び出して支えに走ったのに…。
 お前の背中を左手で支えて、ブリッジまでの通路を一緒に歩いて。
 それでお前がメギドに飛ばずに残ってくれたら、俺はどんなに幸せだったか…。ミュウの未来がどうなっていようが、地球が死の星のままだろうが。
「…もう済んだことだよ、何もかも」
 前のぼくはとっくに死んでしまったし、そのお蔭で今があるんでしょ?
 平和な世界も、青い地球も。
 …だからハーレイは間違っていないよ、ぼくを支えなかったこと。
 支えていたなら、ぼくはメギドに飛べていないし、平和な世界も青い地球もきっと無かったよ。神様がハーレイにそうさせたんだよ、ぼくの杖になってはいけない、って。
「だが…」
 弱り切ったお前を支え損ねたことが二回だ、それも重大な場面ばかりだ。
 前のお前を支え続けた俺にしてみれば、とんでもないミスというわけなんだが…。
 悔やんでも悔やみ切れないと言うか、取り返しのつかない過ちと言うか…。



 ハーレイがあんまり辛そうだから。
 とうの昔に終わってしまったことだというのに、辛そうな顔をしているから。
「…じゃあ、今度また支えてよ」
 今のぼくを支えて、背中のポカポカ、ぼくにちょうだい。前のぼくの分も。
「学校でか?」
 上手い具合に出くわしたならば、それはもちろん支えてやるが…。
「結婚してからでもいいよ?」
 学校でチャンスが無いままだったら、結婚した後で。
「お前なあ…」
 結婚した後に支えて貰って何処へ行く気だ、何をするんだ?
 俺の嫁さんになるんだろ、お前。その後で支えろと言われてもなあ…。



 嫁さんにそんな無茶をさせる馬鹿が何処にいるか、って呆れられた。
 病気にしたって怪我にしたって、支えが無ければ歩けないような状態のお嫁さん。
 そんなお嫁さんに何かをさせるような人はいない、と言われてみれば、そうだから。
「…それじゃ、ぼくがハーレイに支えて貰えるのは学校に通ってる間だけ?」
 結婚した後には背中のポカポカ、もう貰えないの?
 あの温かさも好きなんだけど…。
「いや、結婚した後は、それよりももっと甘やかしてやる」
 背中を支えるだけなんてケチな真似はしないさ、堂々とお前を運ぶことにする。
 寝込んじまっても、どうしても何処かへ行きたいんだとか、無茶を言い出した時にはな。
 絶対に無いとは言い切れないだろ、具合が悪くても庭に出たいとか。



 そういう時には抱っこにおんぶだ、とハーレイが言ってくれたから。
 任せておけ、って逞しい胸を叩いてくれたから、大いに期待しようと思う。
(背中のポカポカも嬉しいけれど…)
 結婚した後は抱っこにおんぶ。
 ハーレイの腕に抱っこされたり、背中に背負って貰ったり。
 具合の悪い時には甘え放題、きっと治りも早いんだろう。
 ハーレイがくれた、おまじない。背中のポカポカ、ホントにとってもよく効いたから…。




           背中の温もり・了

※前のブルーが視察に行く時、傍らで支えていたハーレイ。万一に備えて、左手を添えて。
 ブルーの背中にあった温もり。思い出したら、今度も欲しくなってしまいますよね。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv










(こう来たか…)
 親父だな、とハーレイはテーブルの上を見詰めた。
 ブルーの家には寄りそびれた金曜日のことだけれども、留守の間に父が勝手に入った証拠。この家の合鍵を持っているから、「先にやってるぞ」とダイニングで何か食べていたりもするのが父。釣りの成果を料理していたこともしばしば、最近はめっきり減ってしまったが…。
(俺が帰るとは限らんからなあ…)
 小さなブルーの守り役になって、帰宅時間が遅い日が増えた。仕事が早く終わればブルーの家に行くから、夕食はそちらで済ませてしまう。だから少なくなってしまった父の不意打ち。
 とはいえ、敵も心得たもので、ブルーの家には寄れそうもない日を選んでやって来たりもする。真っ直ぐ家に帰る日はいつだ、と予め聞き出しておいたりして。
 しかし、先日の通信は違った。今度の土曜日はブルーの家に行くのか、と訊いて来た父。行くと答えたら「分かった」の一言、他の予定は訊かれなかった。
 だから…。



(何かあるとは思っていたが…)
 予想外だ、と見下ろすダイニングのテーブル、ドンと置かれた籐製の籠。それに一杯、ドッサリ入った紫色の果実、よく熟れたアケビ。どれもパカリと口を開いて食べ頃の香り。
 手書きのメモも添えられていた。「ブルー君に持って行ってやれ」と。
(アケビなあ…)
 確かに珍しいものではある。山に行かないと採れない果実。食料品店に並びはしないし、売っている場所があるとしたなら、山から近い山菜などを扱う店。それくらいしか思い付かない。
 採りに行くにせよ、買いに行くにせよ、どちらにしてもアケビが採れる山に行くしかなくて。
(ブルーも多分、知らないだろうなあ…)
 本物のアケビは見たことが無いに違いない。アケビそのものは有名だから、写真などで知ってはいるだろうけれど、手に取ったことも一度も無ければ、食べたことだって。
 なにしろブルーは身体が弱い。アケビ狩りには向かない身体。
 山の方へと出掛けるにしても、せいぜい軽いハイキング。それも殆ど行かなかったと聞くから、アケビが売られているシーズンに山菜の店を覗いたことも無いだろう。
(あの手の店は山の近くにしか無いからな?)
 山で採って来たものを並べて売る店、けして大きな店ではない。わざわざ車で出掛ける客より、散歩のついでに立ち寄る客が多いのであろう小さな店。店の構えも素朴なもの。
 父はアケビを買って来たのか、はたまた採りに出掛けたのか。
(親父のことだし…)
 採ったんだろうな、と思いながらも通信を入れることにした。まずは着替えで、それから通信。アケビの礼を言っておかなくては。



 スーツを脱いで、夕食の支度に取り掛かる前。
 父の家へと通信を入れたら、アケビは予想通りに採って来たもの。ただしアケビ狩りに出掛けたわけではなくて…。
(釣りの土産か…)
 親父らしい、と思ってしまう。釣り好きの父は川へも海へも釣りにゆくけれど、釣りをするには情報収集、その範囲は釣りだけに留まらない。其処に行ったら何が出来るか、何があるのか。広く調べて楽しむのが釣り、釣りのついでに他にも色々。
 今日のアケビもそうだった。以前から何度も通っている場所、アケビが採れる山深い川。其処で釣りをし、釣りの合間にアケビ狩り。
(今の季節ならあるからなあ…)
 父が言うには、山ほど実っていたらしい。届けた分だけで終わりではなくて、自分の家にも沢山あるから幾つも食べた、と声が弾んでいた。甘くて美味いぞ、と。ブルー君にも是非、と。
(親父からの土産か…)
 小さなブルーの喜ぶ姿が目に見えるようだ。
 未来の家族からのプレゼント。きっと大はしゃぎで眺めるのだろう、お土産なんだ、と。



 次の日、アケビを籠ごと提げてゆくかどうか暫し考えてから。
(…籠だと中身が丸見えだしな?)
 ブルーがアケビだと気付くかどうかはともかくとして、どうせなら驚いて欲しいから。籐の籠はやめて袋に移した、中身が見えない紙の袋に。
 いい天気だから紙袋を手に歩いて出掛けて、着いた生垣に囲まれた家。
 門扉の脇のチャイムを鳴らすと二階の窓からブルーが手を振り、振り返す内にブルーの母が出て来た。門扉を開けに。
 その母に紙袋を渡し、「アケビなんです」と中身を見せた。
「この通り、沢山ありますから…。皆さんでどうぞ」
 ブルー君にも食べさせたいですし、おやつに添えて頂けますか?
「ええ。でも…。アケビに合うお茶って何ですの?」
「さあ…?」
 お茶はハーレイにも盲点だった。アケビはそれだけを食べるものだし、お茶菓子ではない。何が合うのか分からないから、お菓子の方を優先して下さい、と答えておいた。
 いつものお菓子にアケビがオマケでいいでしょう、と。



 ブルーの部屋に案内されて間もなく、運ばれて来たお菓子の皿とアケビが幾つも盛られた器と。
 お菓子が軽めのケーキだったから、お茶は紅茶になっていた。ティーカップとポット、それらがテーブルの上に揃って、ブルーの母が「ごゆっくりどうぞ」と出て行った後。
「ハーレイ、これ…」
 お土産なの、とブルーがアケビを指差したから。
「そうなんだが…。こいつは俺の土産じゃなくてだ、親父からだ」
 この前、今日はお前の家に行くのかと訊いて来たから、行くと答えておいたんだが…。
 昨日、帰ったら、こいつがあったというわけだ。お前に持って行ってやれ、とメモつきでな。
「ホント!?」
 ハーレイのお父さんからぼくにお土産?
 アケビって何処に売ってるものなの、お父さん、ぼくを覚えていてくれたんだ…!



 お土産なんて、と大喜びのブルー。
 もっと喜ばせることになってしまうけれど、アケビは買って来たものではないから。
「生憎と、こいつは売り物じゃない。売っている店も親父は知ってる筈なんだが…」
 買ったんじゃなくて採って来たんだ、釣りに出掛けた場所にドッサリあったそうだぞ。
「そうだったの? それじゃ、ホントにお土産なんだ…」
 ぼくのために採って来てくれたんだね、アケビ。こんなに沢山…!
「ついでなんだと思うがなあ…。釣りのついでにアケビ狩りだろ」
 もっと沢山持って来たんだ、お母さんに袋ごと渡しておいた。親父の家にも山ほどあるんだし、お前用ってわけではないな。親父とおふくろも食うんだからなあ、あくまでついでだ。
「でも通信があったんでしょ?」
 ぼくの家に行くのかどうか、って。
 そう訊いてから採りに出掛けてくれたんだったら、ぼくの分も入っていたんだよ。ぼくが食べる分だけ多めに採って来てくれたアケビだってば、ぼくのなんだよ。



 ぼく用のお土産、とブルーは大感激で。
 お父さんにちゃんと御礼を伝えておいてね、と何度も念を押し、それから器のアケビを眺めて。
「…食べていい?」
 御礼は言ったから食べていいよね、このアケビ。
「ああ。…って、お前、食い方、知ってるのか?」
「えっ?」
「アケビだ、アケビ。アケビの食い方を知っているのかと訊いているんだ」
「…食べ方って、このまま食べるんでしょ?」
 だって果物、とアケビを一つ手に取ったブルー。案の定、紫の皮ごと食べようとしているから。
「ほら見ろ、言わんこっちゃない。お前、分かっていないじゃないか」
 アケビってヤツは皮ごと食ったら駄目なんだ。皮じゃなくって、弾けた中身。中身だ、中身。
 中に入っている白い部分を食べるのだ、と教えてやった。
「この白いトコだ、ここだけ食うんだ。種は食えんが」
 種だらけだから気を付けて食えよ。ちゃんとこっちの皿に出すんだ、その種は。
 此処、と小さな皿を示してやった。ブルーの母が種入れ用にとつけてくれたらしい白い小皿を。
「うん、分かった。…んーと…。わあ、甘い!」
 なんだかクリームみたいだね。ねっとりしてるし、フルーツ味のクリームみたい。
 種だらけだけど…。クリームだと種は無いんだけれど…。



 美味しそうに一個を食べてしまって、皮の置き場を探しているブルー。種入れ用の小皿には皮は収まらない。ブルーの母もそこまでは気が回らなかったという所か。
「此処でいいだろ、テーブルの上で」
 皮には粘りも何も無いしな、置いておいてもいいんじゃないか?
 テーブルが汚れちまいはしないさ、器がすっかり空になったら器に戻せばいいんだしな。
「そっか、そうだね!」
 そうしようっと、と皮をテーブルに置いて、次はケーキ、とフォークを持ったブルーだけれど。ケーキを口へと運んだのだけれど、甘さが足りないと言い出した。ケーキの甘さが。
「…ママのケーキ、もっと甘いと思うんだけど…」
 お砂糖の量を間違えたのかな、ちょっぴり甘さが足りないみたい。ママ、失敗…?
「それは違うぞ、アケビのせいだな」
 甘いアケビを先に食ったから、ケーキの甘さが物足りなく思えてしまうんだ。じきに慣れるさ、そのケーキの味。そして甘いと思うんだろうが…。
 アケビの方ももっと食うだろ、大きさの割に食える部分は少ないんだしな?
「うんっ! ハーレイのお父さんのお土産だものね」
 ぼく用に採って来てくれたお土産、ちゃんと美味しく食べなくちゃ。
 種だらけでも甘いクリームみたいなんだし、もっと何個も食べるよ、ぼくは。



 その言葉通り、三個も食べたブルーだけれど。
 ケーキと紅茶も味わいながらアケビに手を伸ばし、三個も食べてしまったけれど。
 ハーレイと二人で食べたアケビの皮がテーブルの上にコロンと置かれて転がっているから。紫の色が鮮やかだから、ブルーはそれに惹かれるらしくて。
「アケビの皮…。美味しそうなのに…」
 食べられないなんて、とっても残念。中身があんなに甘いんだったら、きっと皮だって…。
「おいおい、見かけに騙されちゃいかん。確かに見た目は美味そうなんだが…」
 アケビの皮は甘くはないんだ、少し苦いぞ。
「苦いって…。ハーレイ、食べたことあるの?」
「食えるからなあ、アケビの皮は」
 もちろん何度も食ってるさ。苦いと知ってる程度にはな。
「嘘…。さっき、食べられないって言ったじゃない!」
 ぼくが皮ごと食べようとしたら、その食べ方は間違ってる、って…!
「その話だって嘘ではないぞ。このままじゃ無理だ、生では食えたもんじゃない」
 しかし、食おうと思った人はいたんだろうなあ、食い方があるって所を見ると。
「生だと駄目って…。じゃあ、どうするの?」
 茹でたりするわけ、この皮を?
 でなきゃ焼くとか、そうしたら食べられるようになるわけ、アケビの皮も?
「アケビの皮には詰め物だな」
 この通り中が空っぽだしなあ、そこを活かして食おうってトコだ。
 詰め物をする料理は色々あるだろ、それのアケビ版だな。



 中に挽肉を詰めるのだ、と話したら。
 ハンバーグのようにタマネギやキノコの刻んだのを入れて、蒸したり焼いたりして食べるのだ、と教えてやったら、ブルーはテーブルに置かれたアケビの皮を指先でチョンとつついてみて。
「…それ、食べてみたい…」
「なんだって?」
「食べてみたいよ、その…なんだったっけ、アケビの肉詰め?」
 ハーレイ、ちょっと作ってくれない?
 皮なら此処に幾つもあるし、もっと食べたらもっと増えるし…。
「なんで俺が!」
 そいつを作るということになるんだ、俺は食べ方の話をしただけでだな…!
 作るだなんて言っていないぞ、どうして俺が肉詰めなんぞを作ってやらんといかんのだ…!
「…アケビはお店で売っていないもの」
 売ってるんなら、ぼくだって食べ方を知ってるよ。皮は食べないとか、中身だけだとか。
「それはそうだが…。アケビは普通の店には無いが…」
「そうでしょ、ママだって知らないよ、きっと。アケビは皮まで食べられるなんて」
 だからお願い、アケビの肉詰め、作ってみてよ。ぼくも食べたくなってきたから。
「俺はこの家では料理をしないと言ってるだろうが!」
 手料理だって持って来ないし、野菜スープのシャングリラ風を作ってやるのがせいぜいだ。
 俺は客だという扱いだし、客に料理をさせるなんぞは論外なんだ…!



 お母さんを恐縮させちまうだけだ、と断った。
 客はキッチンには立たないものだと、もてなすべき客に料理をさせたら失礼になる、と。
 ところが、それで諦めないのが小さなブルーで。
「じゃあ、ママに言って」
「はあ?」
 料理をしてもいいですか、と言えってか?
 それはそれでお母さんも断り切れんし、もっと恐縮されそうなんだが…。
「違うよ、ママに教えてあげてよ、アケビの肉詰めの作り方を」
 ママが作れるように教えて、そしたら作って貰えるから。
「お前なあ…」
 そいつも俺はどうかと思うぞ、いくら客でも料理のリクエストはなあ…。
 何をお召し上がりになりますか、と訊かれたんなら失礼じゃないが、そうでもないのに注文か?
 厚かましすぎる客だと思われてしまいそうなんだが、レシピを話してリクエストなんて。



 それは流石にマズイだろう、とハーレイは断固拒否したけれど。
 駄目だと何度も言ったのだけれど、ブルーがあまりに食べたそうな顔をしているから。アケビの肉詰めを食べてみたい、と顔いっぱいに書いてあるから、腹を括って。
 そろそろ昼食は如何ですか、と覗きに来たブルーの母に声をかけてみた。
「すみません。アケビの料理はなさいますか?」
「…アケビ料理?」
 これはそのまま食べるものだと思っていたんですけれど…。この中身だけを。
 あらっ、すみません、皮を入れる器、用意するのを忘れてましたわ。
 申し訳ありません、とテーブルの上に転がっている皮に慌てるブルーの母。「いいえ」と笑顔で返しながら紫色の皮を示して。
「やっぱり御存知ないですよねえ…。アケビを使った料理なんかは」
 私の母は作るんですが、とアケビ料理の話をした。アケビの皮を使った肉詰め。この皮に挽肉を詰める料理だと、蒸したり焼いたりするものなのだ、と。
「知りませんでしたわ…。それじゃ、ハーレイ先生も?」
 お作りになりますの、アケビの肉詰め。お料理がお好きだと伺ってますし…。
「やらないことはないですが…」
 アケビさえあれば、もちろん作れるんですが。
 他所のお宅にお邪魔してまでアケビ料理を始めるのは、ちょっと…。
 マナー違反だと分かってますから、キッチンをお借りしようとまでは思いませんが…。



 ブルー君が食べたいそうなので、と作って貰えないかと持ち掛けた。
 アケビの皮を使った肉詰め。レシピはお話しますから、と。
「皮の味は少し苦いんです。けれどもこういう形ですから、肉詰めにはピッタリなんですよ」
 詰める中身はハンバーグの種に似てますね。タマネギやキノコを刻んで挽肉と合わせるんです。味付けは好みで醤油や、味噌や。
 それを詰めたら蒸して仕上げたり、焼いたりするというわけです。
「面白そうですわね、アケビの肉詰め」
 確かにトマトなんかと違って、くり抜かなくても中身を食べたら直ぐに器が出来ますわ。
 そういうお料理があるのでしたら、頂いたアケビが新鮮な内に。
 此処の皮も使えるというわけですわね、アケビ料理。
 せっかくですから、と乗り気のブルーの母。
 ブルーが渡したメモに早速レシピを書き付け、空いたケーキ皿を下げるついでに持って行った。テーブルの上に幾つも転がっていたアケビの皮と一緒に。



「ママ、作ってくれるみたいだけれど…」
 お昼御飯には間に合わないね、と扉の方を見ているブルー。母が閉めて行った部屋の扉を。
「当たり前だろう、材料が無けりゃ買い出しからだぞ」
 挽肉さえあればキノコだろうがタマネギだろうが、とは言っておいたが…。
 事実、そういう料理なんだが、挽肉が無けりゃ始まらん。無かったら買いに行く所からだ。
 あったとしたって、昼飯の用意は殆ど出来てる筈なんだぞ。
 アケビ料理を作っている間に、せっかくの飯が冷めちまったらどうするんだ。
 昼飯には絶対、間に合わん。作って貰えることになっただけでも有難く思っておくことだな。



 お前が我儘を言うから、お母さんの仕事が一つ増えたぞ、と額を指で弾いてやったけれども。
 罪の意識は無さそうなブルー。アケビ料理に夢中のブルー。
 間もなく母が運んで来た昼食、其処にアケビの肉詰めは無くて。
 母は「アケビ料理は晩御飯にね」と告げたのだけれど、ブルーときたら。
 その母が去って昼食のピラフを食べ始めるなり、こう言い出した。
「…アケビ、おやつに食べたいな…」
 えっと、この果物のアケビじゃなくて。アケビの肉詰め。
 これはいつでも食べられるから、とブルーが指したアケビが盛られた器。午前中に食べた分だけ減ったけれども、紫のアケビがまだ入っている。
「おやつだと!?」
 アケビ料理をおやつに食おうと言うのか、お前?
 そりゃあ、大きさはこんなモンだし…。
 おやつにコロッケってヤツだっているし、それ自体は変とは言わないが…。
 お母さんの手間を考えてみろ。夕食のつもりで支度するんだろうに、おやつまでか…!



 我儘が過ぎる、と呆れたけれども、そこはブルーで。
 昼食の皿を下げに来た母に強請り始めた。
 アケビの肉詰めをおやつの時間に食べてみたいと、一個だけでもかまわないから、と。
「…晩御飯じゃないの? アケビの肉詰めは立派なお料理よ?」
 お茶とも合わないと思うんだけれど…。緑茶ならともかく、お紅茶には。
「でも、おやつがいい!」
 一個でいいから食べてみたいよ、せっかくハーレイに聞いたんだもの。
 少しでも早く食べてみたいし、おやつにアケビの肉詰めがいいよ。
「あらあら…。食べたい気分になっちゃったのねえ、仕方ないわねえ…」
 それじゃ両方、と微笑んだ母。
 おやつ用に作って夕食にも、と。
「ありがとう、ママ!」
「どういたしまして。ブルーが食べたいお料理なんでしょ、お安い御用よ」
 おやつを楽しみにしていなさいな、と母は食後のお茶をテーブルに置いて出て行った。これから買い出しに出掛けてゆくのか、冷蔵庫に挽肉が入っているのか。
 買い出し無しでも、アケビ料理を二回も作るのは間違いないから、手間が倍だから、ハーレイはフウと溜息をついた。
「お前、とことん我儘だな」
 アケビ、アケビ、って騒がなくても、晩飯になったら食えるだろうに。
「だって…。ハーレイと二人で食べたいよ」
 晩御飯だとパパとママも一緒で、二人きりでは食べられないもの。
 せっかくのハーレイのお父さんのお土産、ハーレイと二人でゆっくり食べてみたいんだもの…。



 そしておやつに出て来たアケビ。
 ブルーの母が「お茶はやっぱりこれなんでしょうねえ…」と緑茶と一緒にトレイに載せて運んで来たアケビ。肉詰めのアケビがブルーの分とハーレイの分と、二個ずつ皿に載っていた。
 味付けは味噌にしたという。フライパンで焼いて仕上げて来た、と。
 紫色だったアケビはナスをこんがり焼いたかのように色が変わって、中に挽肉。皮の裂け目からはみ出すくらいに詰められた挽肉、タマネギとキノコもたっぷり入っているらしい。
「…ハーレイ先生、こんな具合でよろしいんでしょうか?」
 教わった通りにしてみましたけど、アケビ料理は初めてですから…。
「ええ、私が作ってもこういう感じになりますね」
 すみません、お手数をおかけしまして…。アケビを持って来たばかりに。
「いいえ、お蔭でレパートリーが広がりましたわ」
 お夕食には蒸してみようかと思ってますの。
 また味わいが変わるんでしょうし、楽しみですわ。
 ええ、試食用はもちろん作りましたし、これから主人と食べるんですのよ。主人もアケビ料理は初耳だとかで、おやつに作るならお相伴だ、って。



 ブルーの母が料理とお茶とを置いて去ってゆくなり、小さなブルーはアケビの肉詰めにガブリと皮ごと齧り付いた。モグモグと噛んで味わい、飲み下して。
「…ちょっぴり苦いね、見た目はそうでもなさそうなのに…」
 ナスみたいだ、って思ったけれども、ナスは焼いても苦くはならないし…。
「だから言ったろ、苦いって」
 アケビの皮は苦いんだから、料理したって苦さは残っちまうってな。
 肉詰めだからな、子供が好きそうな感じなんだが、どちらかと言えば大人向けだ。
 酒の肴にいいんだぞ。…って、お前は酒は駄目だったっけなあ…。
「もっと他にも詰められそうだね、挽肉じゃなくても」
 御飯を詰めたりするのはないの?
 トマトとかだとハーブライスを詰めたりするけど、アケビに御飯は詰めないの…?
「ハーブライスなあ…。俺はそいつは試したことが無いんだが…」
 あくまで肉詰め一本槍だが、バリエーションなら幾つもあるな。
 蒸した後に溜まった肉汁を使ってソースを作って餡かけ風とか、衣をつけてフライだとか。
 どれも美味いぞ、手間をかけるだけの価値があるってな。
「やっぱり…!」
 ママにスラスラ教えてたから、詳しいんじゃないかと思っていたんだ、アケビの肉詰め。
 きっと何度も作ったんだ、って。工夫も色々していそうだ、って…。



 そういう話が聞きたかった、と笑顔のブルー。嬉しそうなブルー。
 だからアケビの肉詰めをおやつに強請ったと、ハーレイと二人で食べたかった、と。
「晩御飯の時だと、パパとママに話を持って行かれてしまうんだもの…」
 二人とも、ハーレイがぼくの相手で疲れちゃってる、と思ってるから仕方ないけど…。
 でも、本当にハーレイを取られてしまうし、アケビ料理の話をしてても同じだよ、きっと。
 ぼくが訊くよりも先にママが訊くとか、パパが相槌を打っちゃうとか。
 今みたいな中身の話を聞けても、ぼくは楽しさ半分以下になっちゃうんだよ…。
「ふうむ…。その点は俺も否定出来んな」
 だが、お母さんたちは俺を気遣ってくれているんだ、そこの所を間違えるなよ?
 恨んじまったら罰が当たるぞ、家族でもない俺を夕食の席に加えてくれるんだからな。
「…分かってるけど…。でも…」
 たまには我儘言っていいでしょ、ママだって面白がってるし。
 ぼくが我儘言わなかったら、今日のアケビ料理は一回だけだよ、焼くのか蒸すのか、片方だけ。
 ママは両方試せるんだし、これでいいんだと思うんだけど…。
「そういうのを屁理屈と言うんだ、チビ」
 あれは立派な我儘だったぞ、ショーウインドウの前で欲しいと踏ん張るガキと変わらん。
 なにがおやつにアケビ料理だ、お母さんの菓子の出番を奪っちまって…。



 午後のおやつにケーキでも焼いてあっただろうに、とハーレイは嘆いてみせたけれども。
 ブルーの方はケロリとしたもので、アケビの肉詰めを頬張りながら。
「苦味に慣れたら美味しいね、これ」
 ハーレイのお父さんとアケビの話も聞きたいな。お父さんもアケビの肉詰め、作るの?
「まあな。しかし、親父はどっちかと言えばアケビを採ってくる方で…」
 レシピの工夫は主におふくろだぞ、こうすれば美味いんじゃないか、って。
 それを食って親父がアイデアを出すんだ、次はこういうのも美味いかも、とな。
 そういう意味では共同作業と言えないこともないなあ、アケビ料理は。
「…だったら、ぼくのアイデアも言ったら採用して貰えそう?」
 アケビ料理にハーブライス。挽肉の代わりに御飯を詰める、って言ったよ、ぼくは。
「悪くはないかもしれないなあ…」
 試してみるかな、まずは挽肉に米を混ぜるトコから始めてみて。
 いけるようなら米の比率をだんだん増やして、最終的にはハーブライスで。
 …米の中にナッツを入れてもいいかもしれんな、胡桃とかをな。ナッツもアケビも秋の味覚だ、ナッツをたっぷり。案外、出会い物かもしれんぞ、アケビとナッツ。
 美味いのが出来たら親父たちに教えて、元はお前のアイデアだったと伝えてやるさ。
 もっとも、アケビ。
 親父が届けに来てくれた分は丸ごと持って来ちまったしなあ、料理のチャンスはいつになるやらサッパリ謎だな、また採って来てくれないとなあ…?



 そいつもウッカリ全部届けてしまいそうだが、と苦笑しながらの幸せな時間。
 お菓子の代わりにアケビの肉詰めを食べて、紅茶の代わりに緑茶を飲んで。
 こういう午後もいいものだ、と緑茶のおかわりを注いでいたら。
「ぼくもアケビ、採りに行きたいな…」
 山に行けばドッサリ実ってるんでしょ、今日、持って来てくれたみたいなアケビが。
 普通のお店には売ってないんだし、アケビを採りに行ってみたいよ。
「いつかはな」
 お前だったら行けるだろうさ。親父も喜んで案内するんだろうし。
「ぼくだったら、って…。どういう意味?」
「俺の嫁さんになるんだろ、お前。だからこそだな」
 今の所は親父だけしか山ほど採っては来られないんだ。
 俺が教師になってからだしな、親父がアケビを一度にドッサリ採ってくるようになったのは。
 それまでは十個もあれば上等だっていう具合だったが、今じゃ御覧の通りだってな。



 親父の秘密の場所らしいから、と話してやった。
 釣り仲間の誰にも教えていないと、けれど家族なら話は別だと。
 ブルーが新しい家族になったら連れて行きたがる、と言ってやったらブルーは行く気満々。もうその場所を知ったかのように顔を輝かせるから、一応、注意はしておいた。
「…俺が思うに、とんでもない山の奥じゃないかと…」
 道があるとも限らないような場所を、川沿いに登って行くんじゃないかと思うんだがな?
 お前、そういう場所でも親父について行くのか、アケビ狩りに?
「うん。疲れちゃったら、ハーレイ、背負って」
「背負うって…。今ならともかく、デカく育ったお前をか!?」
「駄目…?」
 大きくなったら背負えないっていうこともないでしょ、ハーレイ、力持ちだから。
 今のハーレイは鍛えているから、ぼくくらい軽く背負えない…?
「まあ、いいがな…」
 くたばっちまったら背負ってやるから、アケビ狩りをする体力くらいは残しておけよ?
 せっかく着いたのに一個も採れずに座ってました、じゃ、情けないにもほどがあるからな。



 アケビ狩りには行きたいけれども、山道で疲れてしまいそうな未来のブルー。
 前と同じに大きく育っても、丈夫になりそうもない身体が弱いブルー。
 そういうブルーとアケビ狩りに行くのもいいだろう。疲れてしまったら背中に背負って。
 道案内をする父も笑うに違いない。疲れたのなら一休みするか、と釣りの道具を地面に下ろしてレジャーシートをブルーのために広げてくれるとか。
 いつかはブルーとアケビ狩りだな、と考えていたら。



「ハーレイ、アケビを沢山採って来られたら料理もしようね」
 アケビの肉詰め…。ううん、その頃にはハーブライス詰めも出来ているかも!
「お前も一緒に作るのか?」
 それとも俺が一人でやるのか、肉詰めもハーブライスの方も。…ハーブライスは試作もしてないからなあ、美味いのが出来る保証は無いが。
「蒸すとか焼くとかは難しいかもしれないけれど…」
 詰めるくらいは出来るでしょ? アケビの皮に。肉もお米も。
「確かになあ…。そのくらいは出来んと話にならんな」
 料理以前の問題だ。お前、手先までは不器用じゃなかった筈だよな?
「うん。前のぼくだと危なかったけどね、お裁縫はね」
 今度はお裁縫だって家庭科で習った程度のことは出来るし、きっとアケビに詰めるのだって…。
 前のぼくでも詰められたかもしれないよ?
 シャングリラにはアケビもアケビ料理も無かったから、詰めるチャンスが無かっただけで。
「無かったなあ、シャングリラにアケビはなあ…」
 もちろん地球にもアケビは無かった、前の俺たちが生きた頃にはな。
 いい時代に俺たちは生まれて来たなあ、地球が蘇って今ではアケビもあるんだからな。



 ブルーと二人、青い地球の上に生まれ変わって、いつかはアケビ狩りにゆく。
 結婚してブルーと家族になって、今の自分を育ててくれた父と。
 その日が来るのを夢に見ながら、小さなブルーと頬張るアケビ。肉詰めはもう食べ終えたから、器に盛られた生のアケビの甘い中身だけを。紫色の皮は残して、その中身だけを。
 夕食の席でもきっと話が弾むだろう。
 アケビの肉詰めを前に、ブルーや、ブルーの両親たちと。
 シャングリラにアケビはありませんでしたね、と、もちろんアケビ料理も、と。
 今はアケビがドッサリと実る秘密の場所があるらしい地球。
 いつかはブルーと二人きりの家で、アケビ料理を作ってみよう。
 ブルーの提案のハーブライス詰めも、美味しいかどうか試作してみて…。




           お土産のアケビ・了

※ハーレイの父からブルーへのお土産に、アケビ。そのまま食べても美味しいのですが…。
 料理も作れると聞いたブルーの我儘、お茶の時間はアケビの肉詰め。ハーレイ直伝のレシピ。
←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv







Copyright ©  -- シャン学アーカイブ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]