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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

カテゴリー「シャングリラのし上がり日記・番外編」の記事一覧

「ソルジャー。…ちと、邪魔してもよろしいじゃろうか?」
 青の間を訪れたのは、ゼルだった。彼だけではなくて、後ろに続く長老たち。更にキャプテンまでがいるから、ブルーはコクリと頷いた。
 何処から見たって、断れるような状況ではない。用件が薄々、分かってはいても。
「…入りたまえ。それで一体、どうしたんだい?」
 みんな揃って…、と一応、尋ねてはみた。このシャングリラのキャプテンと、4人の長老たち。彼らが揃っての訪問となれば、暇つぶしなどでは有り得ないから。
「それが、そのぅ…。あの、クソガキのことなんじゃがな…」
 もうワシらでは手に負えんのじゃ、とゼルはお手上げのポーズを取った。船中を混乱の渦に陥れている、クソガキについて。
「やっぱり、ぶるぅのことなんだね…?」
「そうなんじゃが…。そもそも、あいつの名前からして…」
 なんとか出来ないモンじゃろうか、と苦虫を噛み潰したようなゼルの表情。
 シャングリラの善良な住人たちは皆、日々、困っていた。たった一人のクソガキのせいで、もう、ケッタクソに。
 クリスマスの朝に青の間に湧いた、「小さなソルジャー・ブルー」のお蔭で。
 それが初めて現れた時は、誰も気付いていなかった。偉大なる長、ソルジャー・ブルーを小さく縮めたような幼児で、服装までが、そっくりそのまま。
 「なんて可愛い子が来たんだろう」と、女性陣などは沸き立ったほど。
 名前はブルーが自ら付けた。とても小さなブルーなのだし、「そるじゃぁ・ぶるぅ」と。
 シャングリラで暮らす皆も喜び、「そるじゃぁ・ぶるぅ」を心から歓迎したのだけれど…。
 ところがどっこい、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、悪戯好きのクソガキだった。かてて加えて大食漢で、食べ物と見れば食い散らかす。
 それが食堂に配膳されたものであろうが、調理が終わって盛り付けを待つばかりだろうが。
 今や、船中の者が怯えている。
 「かみお~ん♪」と声が聞こえて来たなら、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の登場だから。
 うっかりクソガキを止めようものなら、ガブリ、ガブリと噛まれるから。



 そんなこんなで、ついに直訴と相成った。
 シャングリラを束ねるキャプテンと、それに長老たち。「流石に我慢の限界ですぞ」と、敬語モードも交えるゼルを筆頭にして。
「ソルジャー、せめて、あの名前をじゃ…。もっと、こう…」
 クソガキらしい名前に改名できんじゃろうか、とゼルは呻いた。
 恐れ多くもソルジャー・ブルーと似たり寄ったり、それがクソガキの「そるじゃぁ・ぶるぅ」という名前。
 もうそれだけで腰が引けるから、心おきなく「どつき倒せる」名前に変えては貰えないか、と。
「ぼくは、あれでいいと思うけれどね? ぶるぅは、ぶるぅなんだから」
 ぼくの分身みたいなもので…、とブルーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の味方。いくらクソガキでも、船の仲間が大混乱でも、大切な分身なのだから。
(…きっと、サンタクロースがくれた子供で…)
 本当に、ぼくの分身なんだ、と思っているから、「そるじゃぁ・ぶるぅ」。他の名前などは考えられない。長老たちが直訴に来ようと、キャプテンが顔を顰めようとも。
「…改名は無理だと仰るか…。なら、悪戯を止められんかのう…?」
 盗み食いと、派手に噛み付くのもじゃ、とゼルは言い募るけれど、そちらも無理な相談だった。まだ幼児とも言えるような子に、我慢など出来る筈もない。悪戯も、大食いも、機嫌が悪いと噛み付くのも。
 ブルーにも良く分かっているから、「無理だ」と首を左右に振った。
「ぶるぅは、まだまだ子供だからね…。大目に見てやってくれないだろうか?」
「ですが、限度がございます。船の仲間は疲労困憊、ノイローゼ気味の者もおりまして…」
 あの「かみお~ん♪」という声の幻聴を聞く者までが…、とキャプテンが船の報告をした。
 「そるじゃぁ・ぶるぅ」が登場する時、高らかに叫ぶ声が「かみお~ん♪」。
 元はカラオケでお気に入りの歌、『かみほー♪』が「なまった」ものらしい。その雄叫びが響く所に、大食漢の悪戯小僧あり。
 お蔭で「かみお~ん♪」の幻聴に怯え、いもしないのに動悸がする者だとか、貧血でクラリとする者だとか。
 メディカル・ルームは大入り満員、そうでなくても「噛まれた」者が列を成すのに。



「…それで、このぼくに、どうしろと? ぶるぅを閉じ込めておけとでも?」
 部屋から出すなと言うのだろうか、とブルーは訊いた。そうでなければ、青の間の中に軟禁するとか、そんな具合にしろとでも、と。
「出来れば、お願い致したく…。その、ぶるぅはソルジャーの仰せだけは…」
 おとなしく聞くようですので、とキャプテンが頷き、ゼルたちの意見も一致していた。悪戯小僧を止められないなら、外に出さないでおくのが一番。
 「そるじゃぁ・ぶるぅ」専用の部屋に閉じ込めておくか、ブルーが青の間で監視をするか。
「…可哀想だとは思わないのかい? あんな小さな子を閉じ込めて…」
 ブルーの抗議は、ゼルたちに見事に遮られた。
「可哀想なのは、船の連中の方じゃ! 今もハーレイが言ったじゃろうが!」
「噛み傷で包帯だらけのもいるし、幻聴に怯えるヤツもいるしさ…」
「ゼルやブラウの言う通りです。シャングリラ中が、もう限界です!」
「うむ。子供たちにも、あれでは示しがつかないからね…」
「閉じ込める方向で、対処をお考え頂きたく…。キャプテンとして、強く希望します」
 クソガキが一人やって来ただけで、このシャングリラの平和も秩序も乱れまくりで…、とキャプテン・ハーレイが作った渋面。
 長老たちの顔も似たようなもので、ブルーは渋々、承知せざるを得なかった。
 シャングリラに平和を取り戻すために、「そるじゃぁ・ぶるぅ」を閉じ込める。悪戯三昧させないためには、そうするのもやむを得ないだろう、と。



(……しかし、困った……)
 ぶるぅを閉じ込めておくなんて…、とブルーは心で溜息をつく。長老たちが退室した後、青の間のベッドに腰を下ろして。
(…ぶるぅは少しヤンチャなだけで、まだ小さいから食べ盛りで…)
 それを軟禁してしまったなら、今度は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の方がノイローゼになってしまうだろう。子供なのだし、赤ちゃん返りをするかもしれない。
(毎日、おんおん泣きじゃくるだけで…)
 遊ぼうともしなくなった姿は、ブルーには、とても耐えられない。船の平和も大切だけれど、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も守ってやりたい。
(でも、どうしたら……)
 ぶるぅを部屋に閉じ込めないで、自由にさせてやれるのだろう。叱ってみたって悪戯はするし、大食いだって止まるわけがない。
(……ぶるぅだって、ストレスを発散したくて……)
 悪戯と盗み食いに燃えているのだし…、とシャングリラという船の特殊性を思う。人類に追われるミュウの箱舟、それが巨大なシャングリラだった。
 船の中だけが世界の全てで、外に出たなら死が待つだけ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」も船から出られず、なまじ元気が余っている分、悪戯と大食いに突っ走っていて…。
(…あれ?)
 そういえば…、とブルーは今更ながらに気が付いた。
 「そるじゃぁ・ぶるぅ」は小さいとはいえ、ブルーと同じでタイプ・ブルーのミュウ。外の世界に出て行ったって、困らないのではないのだろうか。
(……空も飛べるし、瞬間移動も出来るんだし……)
 だったら外で遊んで来れば…、と閃いた名案。
 シャングリラの中が狭すぎるのなら、人類の世界に出てゆけばいい。悪戯したなら捕まるけれども、ただ食べまくるだけならば…。
(…船の中では食べられない物が、山のようにあって…)
 端から名店巡りをしたって、簡単には回り尽くせない。行きつけの店も出来るだろうし、そうなれば船は留守がちになる。
 「そるじゃぁ・ぶるぅ」はグルメ三昧で御機嫌な日々で、船には平和が戻って来るのに違いない。食べ終えて船に帰った途端に、また悪戯をやらかそうとも。



(よし…!)
 それだ、と決めたブルーは早速、潜入班の指揮をしているクルーを呼び出した。
「IDカードを偽造して欲しい。そるじゃぁ・ぶるぅでお願いするよ」
「ぶるぅですか!?」
 アレを潜入班に入れるおつもりですか、と男性クルーはドン引きした。タイプ・ブルーには違いなくても、悪戯小僧が役に立つとは思えない。逆に他の者たちの足を引っ張り、最悪、人類軍に気付かれ、ほうほうの体で逃げ帰る羽目になるのでは…、と。
「そうじゃない。…ぶるぅがやるのは、単独行だ」
 人類の世界で食べ歩きをさせてやりたくてね…、とブルーは笑んだ。「小さな子供が一人だったら、身元なんかを訊かれることもあるだろう」と、説いたIDカードの必要性。
 「何処の子かな?」と尋ねられたら、子供の言葉で説明するより、「これ!」とカードを見せればいい。誰だって一目で納得するから、ユニバーサルにも通報されない、と。
「…はあ……。すると、ぶるぅはシャングリラの外で……」
「好き放題に過ごすわけだよ。君たちの心労も減ると思うし、是非、IDカードを…」
 よろしく頼む、とのブルーの言葉に、「はっ!」と最敬礼した男性クルー。
「承知いたしました! 腕によりをかけて、子供用のIDカードを偽造させて頂きます!」
 名前も「そるじゃぁ・ぶるぅ」のままで…、と男性クルーは約束をした。なにしろ小さな子供なのだし、偽名なんかは厄介なだけ。たとえミュウの長と良く似ていようと、誰も疑わないカードの偽造は潜入班の腕の見せ所。
 それでシャングリラに平和が戻って来るのなら。
 悪戯小僧の大食漢が「船の中で」暴れ回る時間が、少しでも減ってくれるのならば。



 かくして「そるじゃぁ・ぶるぅ」専用の、IDカードが出来上がった。
 それが青の間に届けられた日、ブルーは「ちょっとおいで」と、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に思念を飛ばして…。
「かみお~ん♪ 呼んだ?」
「ああ。ぶるぅ、これから一緒に外へ出掛けないかい?」
「外って?」
「今日は、ぼくも身体の調子がいいから…。食事はどうかと思ってね」
 船の中とは、まるで違うよ、とブルーが誘った船の外。
 瞬間移動で降りたアタラクシアの街に、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は目を丸くした。美味しそうな料理が食べられる店が、ズラリと軒を連ねている。
「えとえと…。これって、入ってもいいの?」
「もちろんだよ。ぶるぅは、何が食べたい? 最初はお子様ランチがいいかな?」
 ほら、地球の旗が立っているよ、とブルーが指差すショーウインドウ。
 シャングリラでは見ないランチプレートに、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は歓声を上げた。
「それにする! んとんと、ブルーも、お子様ランチ?」
「そうだね、お揃いにするのがいいかな。あんまり沢山は食べられないし…」
 だけど、ぶるぅは山ほど食べていいからね、と二人並んで入った店内。誰もミュウとは思わないから、「いらっしゃいませ!」と案内されたテーブル。グラスに入った水が置かれて、それにメニューも。
「お子様ランチを二つ頼めるかな? 他はゆっくり決めるから」
「かしこまりました!」
 店員が残していったメニューを、ブルーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に見せて…。
「好きなのを頼んでいいからね。何処のお店も、基本は似たようなものだから…」
 次からは一人で好きに食事に来るといいよ、と教えてやった外食の方法。お子様ランチを二人で食べて、その後は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が山のように注文しまくる中で。
「ねえねえ、ブルー…。ホントに、一人で来ちゃっていいの?」
「いいよ、お金は次から自分で払うようにして貰うけど…。お金は、ちゃんと…」
 ぼくが沢山渡すからね、とブルーは笑顔で頷いた。「お小遣いで何をするのも、自由」と。



 悪戯小僧の大食漢は、こうして「外」にデビューした。
 シャングリラへと戻って直ぐに、ブルーが渡したIDカード。「何か訊かれたら、これを見せればいいからね」と。
「これ、なあに?」
「アルテメシアの子供です、という目印かな? ミュウじゃなくてね」
 それさえあったら、安心だから…、とブルーが浮かべた極上の笑み。人類軍に追われはしないし、ユニバーサルの職員がやって来ることも無いから、と。
「そうなんだ…。お店で一人で食事してても?」
「うん。ショッピングモールを歩いていたって、誰も文句は言わないからね」
「ありがとう、ブルー! 美味しいもの、いっぱい見付けるよ!」
 ブルーにもお土産、買って来るね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は飛び跳ねた。船の中だけで暮らしているより、断然、外がいいものだから。
(…これで良し、と…)
 きっと苦情も減ることだろう、とブルーは胸を撫で下ろしたけれど、それは些か甘かった。外に出ようが、グルメ三昧の日々を送ろうが…。
「ソルジャー、あのクソガキのことなんじゃがな…」
 なんとか出来ないモンじゃろうか、とゼルたちの苦情はエンドレス。
 相手は「そるじゃぁ・ぶるぅ」だから。
 「かみお~ん♪」と雄叫びが聞こえた途端に、騒ぎになるのがシャングリラのお約束だから…。




          船とクソガキ・了

※「そるじゃぁ・ぶるぅ」お誕生日記念創作、読んで下さってありがとうございました。
 管理人の創作の原点だった「ぶるぅ」、2017年8月28日にいなくなりました。
 葵アルト様のサイトのペットでしたけど、CGIエラーで消え去ったんです。
 そうならなければ、今年の11月末で「初めて出会ってから」10年目。
 節目の年に、お別れになってしまいました。

 いなくなったので、もう祝えない「お誕生日」。
 だけど忘れていないんだよ、と記念創作を書きました。「ぶるぅ」のために。
 「そるじゃぁ・ぶるぅ」、11歳のお誕生日、おめでとう!

※過去のお誕生日創作は、下のバナーからどうぞです。
 お誕生日とは無関係ですけど、ブルー生存EDなんかもあるようです(笑)
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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 今年もシャングリラにクリスマスシーズンがやって来た。
 公園には大きなクリスマスツリーで、夜には輝くイルミネーション。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はワクワク眺めて、もうドキドキで…。
(今年のプレゼントは何をお願いしようかな?)
 何がいいかな、と夢見るけれども、去年のプレゼントはもう忘れていた。
 毎日、毎日、悪戯三昧、それが「そるじゃぁ・ぶるぅ」の楽しみ。悪戯でなければグルメ三昧、アルテメシアの街に降りては食べまくり。
 ただでも長いのが「子供の一日」。
 永遠の子供な「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、子供のまんまで年を取らない。お蔭で一日は長いまんまで、それを使って悪戯とグルメの日々だから…。
(去年は何を貰ったんだっけ?)
 ちょっと考えて、「覚えてないや」と考えるのを放棄した。そういうキャラではないものだから。考え事に向いているなら、とうの昔に悪戯小僧は卒業だろう。
 けれど、覚えていることもある。「サンタクロースには、お願いできないものもある」と。
(…地球に連れてってはくれないし…)
 サンタクロースの橇に一緒に乗って行けたら、地球の座標が分かるのに。
 大好きなブルーを、シャングリラで地球に連れて行けるのに。
(座標設定、ぼくには分かんないけれど…)
 それに「行って来た」地球の座標も、自分じゃ計算なんか出来ない。行って戻ったら、ハーレイとかに頼み込むことになるのだろう。「こう行って、こうで、こうだった」と道を説明して。
(ここでワープで、ワープアウトしたら、右とか左に行くだとか…)
 そんなアバウトな言い方をしても、ピンと来るのがプロというもの。任せて安心、地球の座標は計算可能で、それが分かれば入力して座標設定で…。
(長距離ワープで、ちゃんと地球まで行けそうなのに…)
 サンタクロースの橇には乗せて貰えなかった。地球の座標は今も分からないまま。



(お願いする方法、あればいいのに…)
 そうは思っても、無い名案。
 シャングリラの名物、クリスマスシーズンになったら出てくる「お願いツリー」を眺めても…。
(吊るすカードに書きたいものって…)
 まだ無いよね、と考える。
 最高のプレゼントを頼みたいけれど、思い付かないと「書けない」お願い。
 クリスマスに欲しいプレゼントをカードに書いて、「お願いツリー」に吊るしておいたら、サンタクロースに届くらしい。…子供の場合は。
(大人だったら、係が集めて…)
 プレゼントを届けてくれるんだよね、と「お願いツリー」は頼もしい存在。横に置かれた「何を書いてもいい」、お願い用のカードの山も。
(頼めないものもあるけれど…)
 でも、とドキドキ、やっぱりワクワク。今年は何を頼もうかな、と。
 去年のお願いは忘れたけれども、きっと素敵なプレゼントだった筈だから。
(こんな所で考えてるより…)
 まずは行動、そうすればアイデアも湧いて来る。ただ、如何せん、悲しいことに…。
(クリスマスツリーと、お願いツリーが出ちゃったら…)
 生き甲斐とも言える悪戯の方は、暫しお休み。
 サンタクロースに、「いい子なんです」とアピールしないと駄目だから。
(悪い子だったら、クリスマスの朝に靴下の中を覗いても…)
 入っているのは鞭だけらしい。悪い子のお尻をぶつための鞭。
 それは嫌だし、このシーズンは出来ない悪戯。仕方ないからグルメ三昧、そっちに走ることになる。今年もグルメで、食べまくりながら待つクリスマス・イブ。
 アルテメシアの街に降りては、あちこちの店に入りまくりで。



 とにかく今年もグルメなんだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はヒョイとシャングリラを飛び出した。アルテメシアの街に向かって、得意の瞬間移動でポンと。
(何を食べようかな?)
 お小遣いはブルーが沢山くれるし、何を食べてもお金に困ることはない。豪華なコースを端から攻めても、高級な店をハシゴしても。
 けれど、この秋からハマッているのが「皿うどん」。パリパリの麺に、あんかけにした具がたっぷり。食べている間に熱々の「あん」が麺にいい感じにしみ込んで…。
(パリッと、しっとり…)
 美味しいよね、と唾をゴックン。
 そろそろ本格的に冬だし、例年だったら鍋やラーメンに走るけれども…。
(一日、一度は皿うどんだもーん!)
 今日は此処だ、と弾む足取りで入って行った。すっかり馴染みの店の一つに。
「らっしゃい!」
「皿うどん、五つお願いしまぁーす!」
 切れないように運んで来てね、と「通」な注文。大食いだからバクバク食べるけれども、皿うどんの命は「パリッと、しっとり」。一度に五つも持って来られたら…。
(最後のお皿は、食べる頃には、しんなりしちゃって…)
 麺が美味しくないんだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は良く分かっていた。店の方でも心得たもので、順に運んで来てくれて…。
(やっぱり最高!)
 皿うどんはパリッと、しっとりなんだよ、と食べに食べまくって、五皿目に辿り着く頃に…。
(あれ?)
 あんな所に張り紙がある、と気が付いた。レジの直ぐ横に。



(アルバイト募集中…)
 年末年始、と書かれた紙。「急募!」の文字も。
(えーっと…?)
 皿うどんの店は年末年始に流行るのだろうか?
 よく分からない、と首を捻って、「御馳走様」と食べ終えてから、レジの所で指差した。
「アルバイトって…。なんで、年末年始?」
「ああ、これかい? 今年は皿うどんがブームらしくてねえ…」
 年越し蕎麦より皿うどんらしいよ、と店のオジサンが教えてくれた。「そういうお客さんが多いようだから、アルバイトを募集してるんだ」と。
 年越し蕎麦の代わりに皿うどん、お正月にも皿うどん。そんなブームが来ているらしい。
(ぼくは秋から食べていたから…)
 どうやらブームの最先端。グルメ冥利に尽きるというもの、御機嫌で店を後にした。
 「ぼくって、見る目があったんだ!」と、皿うどんブーム到来にホクホクしながら。そうとなったら、次に入るのも…。
(皿うどん!!!)
 此処に決めた、と飛び込んだ店にも、やっぱり張り紙。「アルバイト募集中」で、年末年始で、おまけに「急募!」。
(ぼくって、凄い…!)
 グルメ三昧が長いけれども、これほどのブームの先駆けとなれば鼻高々。アルテメシアの皿うどんの店なら、端から顔が利くのだから。
 その日は一日、端から回った。皿うどんの店を、あっちも、こっちも。



 美味しかった、と戻った夜のシャングリラ。
(お腹一杯…)
 ちょっと運動、と公園に行けば、クリスマスツリーが輝いている。小さめのお願いツリーの方もライトアップで、葉っぱやカードがキラキラと。
(サンタさんに何をお願いしようかなあ…)
 皿うどんは自分で買えるものね、と思った所で閃いたこと。
(そうだ、アルバイト!)
 いきなり流行った皿うどんの店は、アルバイト募集中だった。忙しくなりそうな年末年始に備えて、何処の店にも「急募!」の文字。
(あれって、子供のアルバイトも…)
 出来たかどうかは知らないけれども、「とても忙しい人」なら心当たりがある。
 只今ブームの皿うどんではなくて、ずっと昔から「忙しい人」。それもクリスマスに。
(……サンタさん……)
 広い宇宙を、たった一日で回るサンタクロース。トナカイの橇で、一人きりで。
(ずうっと昔は、地球だけ回れば良かったけれど…)
 今では宇宙の全てが対象。育英都市がありさえすれば。
(テラフォーミングが進んでいったら、育英都市も増えるしね?)
 きっとサンタクロースは、目の回るような忙しさ。あっちへこっちへ走り回って。
 なにしろ人類の住む都市ばかりか…。
(いくらアルテメシアの上空にあるって言っても…)
 シャングリラにまでやって来るのだし、もう本当に忙しいのに違いない。そういう状態にいる人のことを、ヒルマンは確か…。
(猫の手も借りたいって言うんだっけ…?)
 シャングリラに猫はいないけれども、「役に立たない」ことなら分かる。猫の手なんか。
 それに比べたら、自分の方が、きっとよっぽど…。
(役に立つよね?)
 それだ、とウキウキ、お願いツリーに吊るすカードを手に取った。「今年はコレ!」と。



 カードにお願い事を書いたら、吊るすだけ。「ぼくって、とっても頭がいい!」と自画自賛で。
 「これで地球まで行けるもんね」と御機嫌で。
 そしてピョンピョン、スキップしながら立ち去ったけれど…。
「…ソルジャー。今年のぶるぅの願い事ですが…」
 ご存じでしょうか、とキャプテン・ハーレイが青の間を訪れた。それから何日も経たない内に。
 青の間の主のソルジャー・ブルーは、炬燵に入ったスタイルのままで頷いた。
「知っているよ。…それで、君はミカンより、塩煎餅だっけね」
 どうぞ、と菓子鉢が差し出され、「頂きます」と炬燵に入ったハーレイ。塩煎餅を手に、ほうじ茶なんかも啜るけれども、今の問題は其処ではなくて。
「ぶるぅは、アルバイトを希望しておりますが…」
 それもサンタクロースのです、とハーレイが眉間に寄せた皺。
 「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお願いツリーに吊るしたカードには、こう書かれていた。
 「来年は、ぼくをアルバイトに雇って下さい」。
 子供らしい字で、デカデカと。漢字なんかは欠片もなくて。
「そのようだね…。皿うどんの店で火が点いたようだ」
「は? 皿うどんですか?」
 なんでまた、とハーレイはブームに乗り遅れていた。シャングリラから出ないキャプテンなのだし、当然と言ったら当然だけれど。
「…人類のニュースにも目を通したまえ。今は皿うどんがブームなんだよ」
 年越し蕎麦も、新年もソレで行くらしい、とソルジャー・ブルーは流石の知識。ついでに「そるじゃぁ・ぶるぅ」が見ていた、「アルバイト募集」の張り紙のことも知っていた。
 それのせいで思い付いたらしい、とアイデア源を。
「なんと…。しかし、あのようなことを頼まれましても…」
 サンタクロースは私ですが、とハーレイは自分の顔を指差す。「あんな、とんでもないアルバイトなどは要りません」と、「本物のサンタクロースも断るでしょう」とも。
「それはまあ…。そうなるだろうと思うんだけどね…」
 でも、本人が納得しないと駄目だろう、とソルジャー・ブルーは可笑しそうで…。



 その夜、グルメ三昧から戻った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、大好きなブルーに呼び出された。
 「直ぐにおいで」と思念で、青の間まで。
「かみお~ん♪ 呼んだ?」
 おやつくれるの、と瞬間移動で飛び込んで行って、クルクル回って着地をしたら…。
「お饅頭ならあるけどね?」
「わぁーい!」
 いっただっきまーす! と蕎麦饅頭にガブリと齧り付き、パクパク、モグモグ。もっと、もっとと包み紙を剥いでは頬張っていると…。
「ぶるぅ、サンタクロースにアルバイトを申し込みたいんだって?」
 ブルーが訊くから、「うんっ!」と元気に頷いた。
「サンタさんは、とっても忙しいんでしょ? クリスマスには!」
「そう思うけど…。アルバイトをして、どうするんだい?」
「アルバイトだったら、地球に行けるの! お手伝いしに!」
 プレゼントの用意から手伝えるもんね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は胸を張った。とても多忙なサンタクロースは、きっとアルバイトが欲しい筈。
(でも、サンタさんがアルバイトを募集したくても…)
 皿うどんの店みたいに、張り紙をする場所が何処にも無い。広い宇宙を探しても。
 だから欲しくても雇えないのがアルバイト。
 名乗り出たなら、きっと来年は採用される筈だから。
「なるほどね…。サンタクロースも喜びそうだとは思うけど…」
 無理じゃないかな、とブルーが言うから、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はキョトンとして。
「なんで? アルバイトするのは来年だよ?」
 来年のクリスマス前に、シャングリラに来て、連れてってくれれば間に合うよ、と自慢の説を披露した。雇われるのは来年なのだし、問題なんかは無さそうだから。
「それはそうかもしれないけれど…。でも、ぶるぅ…」
 ぶるぅは何処の学校を卒業したのかな、というブルーの質問。「今、通っている学校は?」と。



「えっ、学校…?」
 行ってないけど、と答えた「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
 ヒルマンが教える教室にさえも行かない始末で、人類の世界にしかない学校の方は更に無縁で。
 その学校が、アルバイトするのと何か関係があるのだろうか…?
「やっぱり、ぶるぅは知らなかったんだね。…アルバイトは子供も出来るけど…」
 通っている学校が無いと駄目だよ、とブルーは言った。
 学校が出してくれるアルバイトの許可証、それを渡さないと店では雇って貰えない仕組み。皿うどんの店のアルバイトもそうだし、何処の店でも同じこと。
 だから、もちろん、サンタクロースも…。
「アルバイトの許可証を、持っていないと駄目なの?」
 目が真ん丸になった「そるじゃぁ・ぶるぅ」。学校に行っていない以上は、許可証なんかは貰えないから。
「多分、サンタクロースもそうだよ。それに、ぶるぅはまだ小さいし…」
 学校の許可も下りないだろうね、とブルーはフウと溜息をついた。「いいアイデアだし、サンタクロースも喜びそうだけど、ぶるぅには無理だ」と。
「そんな…。それじゃ、アルバイトは出来ないの?」
「無理だと思うよ。サンタクロースが困らないように、お願い事を変えた方がいい」
 皿うどんを山ほど頼んでもいいし、お菓子を山ほど注文してもいいね、とブルーがくれたアドバイス。そのアドバイスは嬉しいけれども、せっかく浮かんだアイデアの方は…。
(…サンタさん、雇ってくれないんだ…)
 地球でアルバイトは無理みたい、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の夢は今年も砕けた。
 正確に言うなら来年の夢で、来年のクリスマス前に「地球でアルバイトをする」ことで…。
(…地球の座標が手に入るのに…)
 駄目なんだ、とガッカリしたって無理なものは無理。
 アルバイトのためだけに学校に行っても、小さすぎるから許可証は貰えないのだから。



 かくして、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお願い事は書き換えられた。
 それは平凡で、無難なものに。
 「来年もグルメブームの最先端を走れますように」という、可愛いものに。
「ソルジャー、あれも如何なものかと思われますが…」
 私にはとても無理ですよ、とハーレイが愚痴る青の間の炬燵。塩煎餅を齧りながら。
「無理だろうねえ、皿うどんのブームが来ていたことも知らないようでは…」
 あの願い事はとても叶えられないサンタクロースだ、とソルジャー・ブルーはクックッと笑う。それは可笑しそうに、楽しそうに。
「笑い事ではありませんが…!」
「いいんだよ。どうせ、ぶるぅは直ぐに忘れるから」
 来年のグルメブームなんかより、目先のプレゼントだからね、という意見は正しい。何処も全く間違っていないし、ハーレイの方も納得で…。
「では、クリスマス・イブは、普通にプレゼントでよろしいのですか?」
「それ以外に何があるんだい? 君がサンタクロースを務めてくれれば充分だよ」
 ぶるぅには何を贈ろうかな、と思案しているソルジャー・ブルー。「皿うどんかな?」などと。
「皿うどんですか…。あれは、出来立てが命なのでは?」
 麺がパリッと、しっとりでは…、とハーレイも知識を仕入れたらしい皿うどん。「麺がすっかり湿ってからでは、駄目だそうですが」と。
「君も勉強したようだね。うん、パリッと、しっとりが美味しいんだよ」
 こんな具合に…、とブルーが何処かに思念を飛ばして…。
「そ、ソルジャー!?」
 炬燵の上にホカッと出て来た皿うどん。熱々の湯気を立てているのが、二皿も。
「ぶるぅだよ。ちょうど、皿うどんの店にいたものだから…」
 出前をお願いしてみたよ、とブルーが勧める皿うどん。「君も本物を知りたまえ」と、割り箸なんかも添えてあるのを。
「はっ、はい! お相伴させて頂きます!」
 ソルジャーとキャプテンは割り箸をパキンと割って、皿うどんを早速食べ始めた。あんかけの具がたっぷりと乗って、パリッと、しっとり、そういう麺が美味しいのを。
 食べ終えた後には、ソルジャー・ブルーが空のお皿にお金を入れて、瞬間移動で店に返して。



 そんなこんなで「そるじゃぁ・ぶるぅ」はグルメ三昧、皿うどん三昧の日々。
 やがてクリスマス・イブがやって来て…。
(…今夜はサンタさんが来てくれるんだよ…!)
 来年もグルメブームの最先端を突っ走れますように、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がワクワク吊るした靴下。「グルメブームの最先端」なんぞが、靴下に入るわけもないのに。
 いったい何を期待しているのか、もう本当に小さな子供の行動は謎。
「ハーレイ、ぶるぅは眠ったようだから…」
 よろしく頼むよ、とソルジャー・ブルーがハーレイに渡したプレゼントの包み。
「ソルジャー、これは?」
「皿うどんは流石にどうかと思うし、ぶるぅ専用のマイ箸だよ」
 ちゃんと名前も入れて貰った、というのがマイ箸セット。その日の気分で選べるようにと、重さや長さや、材質色々。もちろん色も、細工の方も。
「はあ…。マイ箸セットですか…」
「グルメブームの最先端を行くんだったら、必需品だと思うけれどね?」
 来年も言っているようだったら、銀のカトラリーでも贈ろうかな、とソルジャー・ブルーは至極真面目な顔。「極めるんなら、ぼくも力を貸さないとね?」と。
「マイ箸セットの次は、銀のカトラリーだと仰いますか!?」
 銀は高価だと聞いておりますが、とハーレイは目を剥いているのだけれど。
「いけないかい? このシャングリラの維持費なんかは、誰が稼いでいるのかな?」
 とんでもない額になるんだけどね、とソルジャー・ブルーは涼しい顔。
「そ、それは…。ソルジャーが当てて下さる、宝くじが主な現金収入で…!」
「分かっているなら、それでいい。ぶるぅに銀のカトラリーくらいは…」
 プレゼントしたっていいだろう、とソルジャー・ブルーは太っ腹だった。もっとも、既にマイ箸の時点で「べらぼうな」値段らしいのだけれど。
(今どき貴重な象牙の箸も、グルメには欠かせないからね?)
 銀の箸も要るし、金の箸だって必要なんだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」には甘いのがブルー。
 なんと言っても「もう一人の自分」と思うくらいに溺愛中。
 ずっと前から、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が青の間に現れてスヤスヤ寝ていた、あのクリスマスの朝の出会いから、ずっと。



 「ソルジャーは、ぶるぅに甘くていらっしゃる」と、ハーレイは首を振り振り、青の間を出た。
 今年もこれからサンタクロースで、キャプテンの部屋で着替えから。
 トレードマークの白い髭をつけ、赤いサンタクロースの服を着込んで、プレゼントを入れる白い大きな袋の中に…。
(これがエラからで、こっちがブラウで…)
 ゼルにヒルマン、と詰めてゆくのがプレゼント。毎年恒例、こういう流れ。
(…私のが、これで…)
 そしてソルジャーからのマイ箸セット、と順に詰め込み、他にも色々。
 悪戯小僧な「そるじゃぁ・ぶるぅ」を恐れる傍ら、シャングリラの面子も「可愛い」と思いもするものだから。「プレゼントを貰った」と喜ぶ顔は可愛いから、と匿名で色々届いたりもする。
(年々、数が増えてゆくのは、人望なのか…?)
 あいつに人望があるだろうか、と考えてみて、「ソルジャーの方だな」と結論付けた。
 船の誰もが敬愛しているソルジャー・ブルー。そのソルジャーが可愛がっているわけなのだし、悪戯小僧でも人気だろう、と。
(ぶるぅに付け届けをする方が…)
 ソルジャー相手にするよりも敷居が低いからな、と納得中。本当にそうかは、ともかくとして。
 日頃、悪戯されまくりだから、ハーレイがつける点数は辛め。激辛と言ってもいいくらいに。
(さて、行くとするか…)
 これも仕事だ、と袋を担いで、夜の通路を歩いてゆく。
 出会った仲間に「お疲れ様です」と労われながら、サンタクロースのコスプレで。
 「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋に着いたら、そうっと扉を開けて入って…。
(よしよし、今年は罠などは無いな)
 エライ目に遭った年もあるし、とホッとしながら、マイ箸セットを大きな靴下に押し込んだ。これがメインのプレゼントだから、当然のこと。
(他のは、こっちに…)
 並べておくか、と絵になるように飾るハーレイ。
 なんだかんだで、彼もやっぱり「甘かった」。つける点数は激辛とはいえ、ベッドで寝ている「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、可愛い子供の姿だから。



 こうしてクリスマス・イブの夜は更け、次の日の朝がやって来て…。
「クリスマスだあ!」
 サンタさん、来てくれたかな、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は飛び起きた。靴下を見れば、其処から覗いたプレゼント。綺麗な紙でラッピングされて、素敵なリボンがかかったものが。
 それに床にも包みが山ほど、どれから開けようか迷うけれども…。
(やっぱり、靴下に入ったヤツだよね?)
 悪い子だったら、鞭が入るのが靴下だもの、と靴下の中のを引っ張り出した。
 中身は何かとドキドキワクワク、リボンをほどいて、包装紙を勢いよく引っぺがして…。
「わあっ…!!」
 パカッと開けた箱の中には、お箸が幾つも。
 どれにも「そるじゃぁ・ぶるぅ」と名前が刻まれ、立派な「マイ箸」。
 それに、グルメだから分かる。並みの箸ではないことが。象牙や金は分からなくても、漆や象嵌の細工なんかもサッパリでも。
(凄いお箸が、全部ぼくので…)
 もう早速に使わなくてはいけないだろう。今がブームの皿うどんの店で、これを端から。
 年末年始は皿うどん三昧、年越し蕎麦もアルテメシアで食べてみるのもオツかもしれない。
(シャングリラでブルーと食べるのもいいけど…)
 いやいや、此処は出掛けて出前もいい。
 一番美味しい店で頼んで、青の間までヒョイと瞬間移動をさせて…。
(ブルーと一緒に、皿うどんで年越し…)
 それもいいよね、と広がる夢。
 マイ箸がこんなに沢山あったら、来年もきっと、この皿うどんブームみたいに…。
(最先端を突っ走れるもーん!)
 何が流行っても、最先端を行きたいもの。グルメを極めて、「通」と呼ばれて。
 皿うどんの店ではまさしく「通」だし、ブームの前から「通」で通っていたのだから。



(皿うどん、食べに行かなくちゃ…!)
 朝が一番早いお店は何処だっけ、と他のプレゼントを開けるのも忘れかかっていたら…。
『ぶるぅ? 何か忘れていないかい?』
 皿うどんのお店もいいけれど…、と大好きなブルーの思念が届いて、我に返った。
「あっ、いけない! サンタさんのプレゼント、他にも一杯…」
 これも、こっちも…、と端から開けては大歓声。
 ハーレイたちから贈られたものも、船の仲間が贈ったものも。どれもサンタクロースからだと、信じて疑いもしないのだけれど。
『ぶるぅ、プレゼントもいいけれど…。クリスマスは何の日だったっけ?』
「え? えっと…。サンタさんがプレゼントをくれる日で…」
『それはクリスマス・イブだろう? クリスマスは…?』
 ぼくは前に、ぶるぅを貰った気がするけどね、というブルーの声で気が付いた。
 大好きなブルーと初めて出会った日は…。
「そっか、今日は、ぼくの誕生日!」
『やっと思い出したみたいだね? ケーキも用意したんだけれど…』
 皿うどんの方がいいのかな、とブルーの思念が笑っている。
 「公園に特大のケーキを運ぶそうだよ」と、「でも、皿うどんの方がいいかな?」と。
「ううん、ケーキの方がいい!」
 でもね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は青の間に瞬間移動した。
 マイ箸セットをしっかり握って、「これを貰ったよ!」と報告するために。
「見て、見て、ブルー! 来年もグルメブームの最先端を突っ走れそう!」
「良かったね、ぶるぅ。お願いをちゃんと聞いて貰えて」
 いつかは地球にも行けるかもね、とブルーに頭を撫でて貰って、もう御機嫌。そのブルーと一緒に青の間を出て、公園まで二人で出掛けて行ったら…。



「「「ハッピーバースデー、そるじゃぁ・ぶるぅ!!!」」」
 パアン! と幾つものクラッカーが弾けて、厨房のスタッフたちが特大のケーキを運んで来た。
 まるでお神輿を担ぐみたいに、何人もで大きな台の上に乗せて。
「わあっ、ケーキだ!」
「ぶるぅが一人で食べていいんだよ、マイ箸ではちょっと無理そうだけどね」
「んとんと…。お箸でも、食べられるかも!」
 どのお箸で食べればいいのかな、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は悩み始めて、その間にも賑やかにパーティーの支度が整ってゆく。
 クリスマスは毎年、こうだから。
 「そるじゃぁ・ぶるぅ」の誕生日を祝う行事は、船に定着しつつあるから。
「ソルジャー、皿うどんも用意させておりますので…」
 アルテメシアの本場の味には敵いませんが、と笑顔のキャプテン・ハーレイ。
 「ソルジャーに本物を御馳走になりましたから、私も勉強いたしました」と。
 アルテメシアに派遣している潜入班員たちから情報ゲットで、厨房のスタッフたちが毎日研究。それを端からキャプテンが試食、「ここが違う」とダメ出しをして。
「ぶるぅ、皿うどんも出て来るよ。お箸はそっちで使うといい」
「うん、ブルーにも貸してあげるね。お箸、一杯あるんだもの!」
 お誕生日だあ! と飛び跳ねている「そるじゃぁ・ぶるぅ」。マイ箸セットの箱を抱えて。
 それは嬉しそうにあっちへピョンピョン、こっちへピョンピョン、弾ける笑顔で。
 悪戯小僧な「そるじゃぁ・ぶるぅ」、本日をもって満十歳。
 ケーキをお箸で食べたがるくらいの永遠の子供で、中身はまだまだ十歳には届かないけれど。
 ハッピーバースデー、「そるじゃぁ・ぶるぅ」。十歳のお誕生日、おめでとう!




          グルメの最先端・了

※「そるじゃぁ・ぶるぅ」お誕生日記念創作、読んで下さってありがとうございます。
 悪戯小僧な「ぶるぅ」との出会いは、2007年の11月の末でした。
 葵アルト様のクリスマス企画用のペットで、その愛らしさに射貫かれたハート。
 期間限定BBSに「ぶるぅ」のお話をせっせと投稿、それが管理人の初創作。

 気付けば9年経っていました、今や「最後の」現役アニテラ書き…なのかも。
 「そるじゃぁ・ぶるぅ」に出会わなかったら、ROM専で終わっていたんでしょうに。

 創作人生の原点になった、悪戯小僧の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
 年に一回、お誕生日は祝ってあげなきゃ駄目ですよね。
 クリスマス企画の中で「満1歳」を迎えましたから、今年で10歳になるんです。
 「そるじゃぁ・ぶるぅ」、10歳のお誕生日、おめでとう!

※過去のお誕生日創作は、下のバナーからどうぞです。
 お誕生日とは無関係ですけど、ブルー生存EDなんかもあるようです(笑)
 ←悪戯小僧な「ぶるぅ」のお話は、こちらからv












 もうすぐクリスマスなんだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がワクワク見上げたもの。
 シャングリラの公園に聳え立つ大きなクリスマスツリー、とっくに済んだ点灯式。毎晩、綺麗にライトアップされるツリーだけれども、今は昼間だから飾りだけ。
 それでも充分に華やかなツリー。天辺には星が煌めいているし、オーナメントも盛りだくさん。見ているだけで心が弾む光景、人類が住む都市にも負けてはいない。
(ブルーにもツリー、ちゃんとプレゼントしたもんね!)
 今年もうんと綺麗なヤツを、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大好きなブルーを思い浮かべる。青の間に似合うツリーを買うのも楽しみの一つ。このシーズンの。
 あの部屋は昼間も暗いのだから、クリスマスツリーの光がよく映える。自分の部屋に置いておくより、断然、青の間の方がいい。ブルーも喜んでくれるから。
(えーっと、今日は、と…)
 何を食べようかな、と瞬間移動で外の世界へと飛び出した。クリスマスツリーは堪能したから、次は人類の世界でクリスマス気分、と。
 アルテメシアの街にヒョイと降り立ち、あちこちの店を覗き込む。おろしリンゴが入ったホットレモネードも美味しそうだし、クリスマス期間限定のケーキなんかもいい。
 今日はデザートを食べまくりたい気分で、甘くて幸せになれる食べ物をお腹一杯。
(ちゃんと食べたよ、って言えばブルーは叱らないもんね?)
 御飯よりお菓子が多めでもね、とクリスマスの飾りが溢れる街を歩いていたら…。



「ママ、サンタさんはステーションにも来てくれるの?」
 耳に入った子供の声。十歳くらいの男の子。母親と一緒に歩いているから、今日は学校が早めに終わったのだろう。
(ステーションって…?)
 なんだっけ、と首を捻った所で、男の子の母が笑顔で答えた。
「そうねえ…。いい子にしてれば来るかしら? でも…」
 目覚めの日が来たら、大人の仲間入りでしょう?
 大人になっても、サンタクロースが来る方がいいの?
 多分、普通の大人の人には来ないわよ。だから、立派な大人になりたかったら…。
 サンタクロースは卒業かしら、と聞かされた男の子の方は…。
「そっか、大人になるんだっけね! じゃあ、サンタクロースが来なくなったら立派な大人?」
「ええ、そうよ。ステーションだと、色々な人がいるわよ、きっと」
 サンタクロースが来る人もいれば、来ない人だって。
 もしかしたら、サンタクロースが来ている間は、ステーションを卒業できないのかしら?
 ママの周りにはいなかったけれど、そういう人もいるのかしらねえ…。
「卒業できないって…。そんなの嫌だよ!」
 それじゃ大人になれないんだから、地球に行くことも出来ないよね?
 地球に行けるの、大人だけでしょ?
 ぼく、そんなのは困るから…。ステーションには来て欲しくないかも…。
「あらあら、今からそんな心配しなくても…」
 大丈夫よ、誰でもちゃんと大人になれる筈だから。
 ステーションで頑張って勉強したなら、サンタクロースも来なくなるわよ。
 だけど子供の間は、いい子の家にはサンタクロース、と微笑んだ母親。
 「今年もいい子にしていましょうね」と、「でないとプレゼントが貰えないわよ?」と。
「やだ、困る!」
 プレゼントは欲しいよ、えっと、今年は…。



 これとあれと…、と欲張りなお願いを並べ立てながら、歩き去って行った男の子。クリスマスに欲しいと思うプレゼントを幾つも挙げて。
(んーと…?)
 ぼくは今年は何にしようかな、と思い浮かべた「お願いツリー」。クリスマスツリーとは別に、ツリーがあるのがシャングリラ。
 大人の所にサンタクロースは来てくれないから、代わりにみんなで贈り合う。そのための注文を書いて吊るすのが「お願いツリー」で、子供の場合は…。
(サンタクロースが注文を見に来てくれるんだよ)
 今までに幾つも叶えて貰った、クリスマスの素敵なプレゼント。だから今年も、と算段を始めるサンタクロースへのリクエスト。
 此処にしようかな、と入った店のテーブルで。ケーキを端から注文しまくり、飲み物も幾つも。胃袋に限界が無いのが自慢で、いくらでも入るものだから。
(こういうお店を注文できたらいいのにね…)
 サンタクロースに、と思うけれども、それは流石に無理だろう。もっと他に、とリクエストする品を考える内に…。
(さっきの子供…)
 ステーションにもサンタクロースは来てくれるのか、と尋ねた子供。今から思えば、あれは教育ステーションのこと。人類の世界では、目覚めの日が来ると…。
(みんな行くんだっけ…)
 よく分からないけれど、成人検査というものを受けて。
 シャングリラで暮らすミュウとは相性が悪い検査だけれども、人類だったらパス出来る。検査が済んだら大人の世界へ一歩前進、教育ステーションへと旅立つわけで。
(サンタクロースは、其処にも行くけど…)
 いつまでもサンタクロースが来ている子供は、其処を卒業できないらしい。大人ではなくて子供だから。サンタクロースは子供の所に来るのだから。
(…それじゃ、サンタさんは…)
 大人になったら来ないんだよね、と今頃になってようやく気付いた。シャングリラにあるお願いツリーは、プレゼントが欲しい大人のためでもあったんだっけ、と。



(ぼくは毎年…)
 プレゼントを貰っているけれど、と指折り数えた、今までに迎えたクリスマス。生まれた年から貰い続けて、今度のクリスマスで九歳の自分。
(みんなとは少し違うから…)
 一歳の誕生日だった、初めてのクリスマスの朝もよく覚えている。今の姿と変わらなかったし、赤ん坊ではなかったから。けれど、よくよく考えてみれば…。
(最初の頃に、お願いツリーで一緒だった子…)
 さっきの男の子と同じくらいの年だった子供は、とうに育って十四歳を過ぎていた。あの子も、この子も、と頭に浮かんだサンタクロースが来なくなった子。
 シャングリラに成人検査は無いのだけれども、人類と同じで十四歳で変わる教育。ヒルマンが教える子供のための授業は終了、専門の教師に習うようになる。その子が将来やりたい職業、それに合わせて選ぶ先生。
(そっちのコースに移ってった子は…)
 サンタクロースがくれるプレゼントの対象外。欲しいプレゼントはコレ、と書いてあるカードをお願いツリーに吊るしておいても、サンタクロースは来ないのだった。
(クリスマスの日に、係の人から貰ってる…)
 その子が欲しかったプレゼントを。もっと大きな大人たちと一緒の扱いになって、「君の分」と係が渡しているプレゼント。十四歳になった子供にサンタクロースは来ないから。
(…シャングリラ、人類の世界より厳しいの…?)
 教育ステーションの方なら、子供によっては来てくれるらしいサンタクロース。いつまでも来てくれるようなら、ステーションを卒業できないけれど。
(だけど、そっちの方が良くない?)
 十四歳になった途端に、来なくなってしまうシャングリラよりは。
 やっぱりミュウの船だからかな、と溜息をついて「おかわり!」とケーキの注文をした。人類の世界は、シャングリラよりも恵まれているらしいから。
 前から薄々思ったけれども、サンタクロースの方でも、人類は恵まれていたのか、と。
(ケーキも山ほど食べられるんだし…)
 人類はなんて幸せだろう、と羨ましい気分。ミュウより優遇されてるよね、と。



 十四歳を過ぎてもサンタクロースにプレゼントを貰える人類はいいな、と考えながら瞬間移動で戻った船。散々おやつを食べまくった後で、クリスマスツリーが見える所へと。
(プレゼント、何を貰おうかなあ?)
 今年は何を注文しようか、と大きなツリーを見上げていたら、ハタと気付いた。もうすぐ九歳になる自分。クリスマスの朝が来たら九歳。
(十四歳から九歳を引くと…)
 五歳、と出て来た引き算の答え。
(あと五回しか貰えないの?)
 サンタクロースからのプレゼントは、と腰が抜けるほどビックリした。それから慌てて、小さな指を一本、二本と折ってみて。
(十四歳になった子供は、サンタクロースが来ないんだから…)
 クリスマスの日に十四歳を迎える自分は、その日もギリギリ、なんとかプレゼントを貰えそうな感じ。サンタクロースがプレゼントを配る夜には十四歳になっていないから。
(でも…)
 十四歳になったその日で打ち止めらしいプレゼント。次の年からは、もう…。
(お願いツリーに頼むしかないの?)
 そうなったのでは、凄いお願い事は出来ない。プレゼントをくれるのはシャングリラに住む仲間たちだし、スペシャルなことを頼んでも無理。
(劇場でリサイタルをやりたいです、って書いて吊るしても…)
 「ぶるぅの歌は勘弁だな」とカードを破って捨てる仲間が見えた気がした。誰もに迷惑がられる自分のカラオケ、それに歌声。きっとカードは見なかったことにされるだろう。
(そうなっちゃったら、お揃いのヤツ…)
 望み通りのプレゼントを手に入れられない仲間もいるのがシャングリラ。そういう人には、係が揃いのプレゼントを配る。今年はこれ、と色々な物をラッピングして。
 自分もそうなってしまうのだろうか、十四歳になった後には?
 人類の世界だったら、サンタクロースは教育ステーションまで来てくれるけれど…。
(シャングリラは無理…)
 十四歳でキッチリおしまい、残り五回のプレゼント。何度数えても十四から九を引いた答えは五だったから。今年のクリスマスが来たら九歳になるのだから。



 たったの五回、と溜息をついたサンタクロースからのプレゼント。生まれた年から何度も貰って来たのに、一歳から貰い続けて来たのに、もうすぐおしまい。たった五回で。
(九回の半分よりかは多いけど…)
 けれど九回には全然足りない、これから貰えるプレゼント。ほんの五回しか無いのだから。五回貰えばそれで終わりで、次の年からは…。
(お願いツリー…)
 願い事を書いて吊るしてみたって、「ぶるぅだからな」と破り捨てそうな仲間たち。いつも悪戯ばかりするから、余計に破られるかもしれない。リサイタルをしたいと書かなくても。
(他の子だったら、聞いて貰えそうなお願い事でも…)
 ぶるぅだから、と破られて終わりになりそうなカード。クリスマスの日に貰えるものは、頼んだ品物が手に入らなかった仲間たちのための、お揃いのヤツ。
(…そんなの嫌だよ…)
 あと五回だけでおしまいなんて、と涙が出そうなサンタクロースからのプレゼント。もっと色々欲しいのに。十四歳になった後にも、サンタクロースに来て欲しいのに。
(人類だったら、教育ステーションまで行ってあげるくせに…)
 シャングリラは駄目って酷いんだけど、と文句を言っても始まらない。サンタクロースは、元は人類のために橇を走らせていたのだから。SD体制が始まるよりもずっと前から。
(ミュウの船にも寄ってくれるだけマシなんだよね…)
 十四歳でおしまいとはいえ、ちゃんとシャングリラに来てくれるのがサンタクロース。ミュウの船なんかは知らないよ、と無視はしないで、きちんと橇で。
(トナカイの橇で宇宙を走って…)
 来てくれるのだし、文句は言えない。トナカイの橇も、サンタクロースも、ちゃんと見たから。追い掛けようとしていた年やら、捕まえようとした年やらに。
(サンタさん、ホントに凄いんだけど…)
 地球に行く夢は叶えてくれないけれども、他の願い事は叶えてくれた。とても頼もしくて頼りになるのがサンタクロースで、どんな奇跡でも起こせそうなのに。
(あと五回だけ…)
 残りは五回、と泣きそうな気分。五回だけしかお願い事が出来ないなんて、と。



 衝撃の事実に気が付いた日から、せっせと考えた「そるじゃぁ・ぶるぅ」。残りは五回しかない願い事の数、何を頼めばいいのだろう。今度頼めば、残りは四回。
(その次に頼んだら、残りは三回…)
 どんどん願い事の残りは減って、十四歳になったらゼロ。後はお願いツリーしかない。そんなの嫌だ、と叫んでみたって、人類の世界とミュウの船とは違うから。
(十四歳になったら、もう来てくれない…)
 いくら自分が子供のままでも、十四歳は十四歳。今が八歳なのと同じで、誕生日が来たら増える年の数。十四歳になったらプレゼントは来ない、サンタクロースからの。此処はシャングリラで、人類のための教育ステーションのようにはいかない。
(ぼくが小さくても、十四歳になったらおしまい…)
 誕生日が来ちゃったら駄目なんだよ、と思った所で閃いた。それは素晴らしいアイデアが。
(そうだ、誕生日…!)
 年の数がどんどん増えてゆくのは、誕生日が来てしまうから。誕生日が来る度に一つ増えるのが年の数。今年で九歳、来年は十歳、そうやって増えて十四歳になるわけだから…。
(誕生日が消えてなくなっちゃったら、来年も八歳…)
 九歳ではなくて八歳のままで次のクリスマス、と嬉しくなった。願い事の残りは減らないまま。たったの五回には違いなくても、それより減らない。
(十四歳にならなかったら、サンタクロースは来てくれるんだし…)
 これに限る、と思い付いたのがスペシャルすぎる願い事。サンタクロースなら、きっと願い事を叶えてくれる。地球に行くより簡単なのだし、相手はサンタクロースだから。
(これにしようっと…!)
 決めたんだもん、と部屋を飛び出した。目指すは例のお願いツリー。瞬間移動で行くのも忘れてパタパタ走って、辿り着いて。
(カード、カード、っと…!)
 側に置かれている専用のカード、それを一枚引っ掴んで…。
(これで良し、っと!)
 精一杯の字で読みやすく書いたお願い事。クリスマスにはこれを下さい、と。
 それをお願いツリーに吊るして、大満足で何度も眺めて、引き揚げた。これでサンタクロースが叶えてくれると、凄いプレゼントを貰うんだから、と。



 お願いツリーでサンタクロースに願い事をして得意満面、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はワクワクと帰って行ったのだけれど。自分の素晴らしいアイデアに酔っていたのだけれど…。
「ぶるぅは今年も派手に来たねえ…」
 どうするつもりなんだろう、とソルジャー・ブルーがついた溜息。青の間の冬の風物詩の炬燵に入って、向かいに座ったキャプテンにミカンを勧めながら。
「さあ…。ヤツの発想は、この私にも分かりかねます」
 ですが本当にコレですから、とハーレイが差し出したカードの写し。本物はまだお願いツリーに吊るされたままで、クリスマス・イブの直前に回収されるのだけれど…。
「うーん…。ぶるぅの頭を覗いた方がいいんだろうねえ?」
「他に方法は無いかと思われますが?」
 それとも此処に呼びますか、とハーレイの指がトントンと叩くお願い事。カードに書き殴られた願い事の写し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお願い事はこうだった。
「ぼくの誕生日を消して下さい」。
 どう考えても変な願い事で、誕生日が消えたら困るのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」だろうに。
「…誕生日が消えたら、バースデーケーキも無さそうだけどね?」
「ええ、御馳走もありませんとも。誕生日パーティーも消え失せますが…」
 今年は地味にやりたいだとか、とハーレイの眉間の皺が深くなる。地味にやっても、いいことは何も無さそうですが、と。
「同感だよ。…その分、何処かで別のお祝いをしたいんだろうか?」
「誕生日を別の日に振り替えですか…?」
 クリスマスとセットなのが気に入らなくなって来たのでしょうか、とハーレイも悩む妙な注文。誕生日を消したら何が起こるのか、どう素晴らしいのかが謎だから。
「振り替えねえ…。夏に誕生日を祝って貰って、アイスケーキでも食べたいのかな?」
 超特大のアイスケーキ、とブルーも考え込む有様。そういうことなら、船の設定温度を変えれば今でも充分出来そうだけれど、と。
「アイスケーキですか…。他に誕生日を移動させるメリットがありますか?」
「ぶるぅだからねえ…」
 ちょっと覗いてみた方がいいね、とブルーが飛ばしてみた思念。誕生日を消して下さいと願った理由は何かと、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭の中を覗こうと。そして…。



「かみお~ん♪ 呼んだ?」
 何かくれるの? と青の間に瞬間移動して来た「そるじゃぁ・ぶるぅ」。おやつかな、と期待に胸を膨らませたのに、ブルーが「座って」と指差す炬燵。上にはミカンくらいしか無い。ついでにハーレイも帰った後だし、「なあに?」と炬燵に入ったら。
「ぶるぅ、計算の問題だけど…。十四から九を引いたら、幾つ?」
 ギョッとさせられた、その質問。何度も自分で数えた数字。十四歳から九歳を引くと…、と。
「んーと…。五だけど…」
「よく出来ました。それで、ぶるぅは何歳なのかな?」
「えっと、えっとね、もうすぐ九歳!」
「そうだね、クリスマスが九歳の誕生日だと思うんだけど…。誕生日、要らないんだって?」
 御馳走もケーキもパーティーもかな、と訊かれて真ん丸になってしまった目。そこは全く考えに入っていなかったから。
(嘘…。お誕生日が消えちゃったら…)
 八歳のままだ、と喜んだけれど、誕生日が消えればバースデーケーキも消えるのだった。山ほどある筈の御馳走も消えるし、誕生日パーティーも消えてしまうわけで…。
(ぼく、お願い事、間違えちゃった?)
 焦るけれども、誕生日が来るというのも困る。来てしまったら九歳になって、次の年には十歳になって、たった五回しかサンタクロースのプレゼントを貰えないままで…。
(十四歳になっちゃうんだよ…!)
 人類の世界とは違うシャングリラは、十四歳になったらサンタクロースが来てくれない。それは困るし、十四歳になるわけにはいかない。
(誕生日、サンタクロースに消して貰わないと…)
 困るんだけれど、と思うけれども、バースデーケーキも御馳走も、パーティーも誕生日と一緒に消えてしまうというから、どうしたものか。
(ケーキとかは残したままで誕生日だけ…)
 消せないかな、と考えてみても、誕生日だからバースデーケーキや御馳走、パーティーなんかがセットになってついてくるもの。
 その誕生日を消さなかったら、十四歳になってしまって、サンタクロースは…。



 サンタクロースと誕生日と御馳走、バースデーケーキを秤にかけて悩んでいたら。どうするのがいいか、小さな頭を悩ませていたら、「計算を間違えているよ」と声がした。
「ぶるぅ、十四から九を引くのはいいんだけれど…。その計算は合ってるけれどね」
 今度のクリスマスで九歳なんだし、引くのは九じゃないんだよ。そこは八だね。
 サンタクロースがくれる贈り物、残り五回というのは間違いだけど?
 九歳の今年も入れて六回、とブルーは指を順番に折った。「九歳の年と、十歳と…」と。確かにブルーと数え直したら、残りは六回あるらしい。だったら、今年の誕生日は…。
(オマケなんだし、消さなくてもいいかな?)
 五回なんだと思っていたから、オマケの一回、と前向きになった「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
 サンタクロースが来なくなるのは困るけれども、誕生日だって欲しいから。バースデーケーキも御馳走も。パーティーだって、やっぱり欲しいし…。
「誕生日を消して下さい、とお願いするのはやめるかい?」
 ぼくはどっちでもかまわないけどね、とブルーが言うから。
「えとえと…。今年のは消さなくってもいいけど、来年からのは…」
 消して貰わなくちゃ、と答えたのに。
「ふうん…? まあいいけどね、厨房のみんなも楽が出来るから」
 超特大のバースデーケーキも御馳走も作らなくていいし、きっと大喜びだろうけど…。
 でもね、ぶるぅ。シャングリラが人類の世界と違っていたって、サンタクロースは来るんだよ。
 ちゃんと本物の子供がいたら、その子の所へ。
 年が幾つになっていたって、サンタクロースは来てくれる。十四歳を超えていてもね。
「えっ、ホント!?」
 ホントなの、ブルー!?
 でもでも、ぼくの知っている子は、みんな十四歳になったらサンタクロースが来なくって…。
 クリスマスの日に係の人からプレゼントを貰っているんだけれど…。
「それは大人になろうとしている子供だからだよ」
 ぶるぅみたいに悪戯とグルメだけで充分、っていう世界で満足できない子供たち。
 大きくなったら素敵なことがありそうだよね、と思って大人を目指し始めて、サンタクロースを卒業したんだ。みんな、自分でそう決めたんだよ。
 だからね、ぶるぅがサンタクロースに来て欲しい内は、ずっと来てくれるよ、サンタクロース。
 他の子供たちにプレゼントを配るついでもあるから、何年でもね。



 三百年だって来てくれる、と大好きなブルーに教えて貰った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は喜んだ。もう誕生日を消さなくていい、と飛んだり跳ねたり、それは大喜びしたのだけれど。
「…ソルジャー、例のお願いカードですが…」
 ヤツは見事に忘れましたね、とハーレイが呟いたクリスマス・イブの夜。サンタクロースの服に身を包んで、これから「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋までプレゼントを背負って配達に。
「忘れたままになっちゃったねえ…。喜び過ぎて」
 誕生日を消して欲しいというのがプレゼントになっているわけで…、とブルーは笑う。
 せっかくサンタクロースに頼んだのだし、聞いて貰えるのが一番だよね、と。
「ですが、本当に大丈夫ですか? そんなプレゼントで…」
 怒って暴れないでしょうか、と悪戯小僧を恐れるキャプテンに「これ」とブルーが渡した封筒。
「サンタクロースからの手紙だよ。これを一緒に置いて来ればいい」
 他のプレゼントとセットでね。そうすれば、ぶるぅは暴れるどころか喜ぶから。
「はあ…。では、行ってまいります」
 今年は罠も無さそうですし、と大きな袋に長老たちからのプレゼントを詰めて、ハーレイは夜の通路に出て行った。毎年恒例、キャプテンのサンタクロース便。
 次の日の朝、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「クリスマスだーっ!」と勇んで飛び起きたけれど。



「あれ…?」
 ひい、ふう、みい…、と数えたプレゼントの数。いつもの年より一つ足りない。
(ゼルがケチッたかな?)
 それともハーレイが悪戯の罰に取りやめたかな、とラッピングされた箱を何度も数える内に…。
「あーーーっ!!!」
 プレゼントの注文に失敗したんだ、と思い出したのが例のお願いカード。誕生日は消さなくても大丈夫だから、とブルーに教えて貰って大喜びして、それっきり…。
(書き直しに行くの、忘れちゃってた…)
 それで無いのだ、と気付いたサンタクロースからのプレゼント。サンタクロースは願いを叶えてくれたのだから、それがプレゼント。つまりは消えた誕生日。
(ケーキも、御馳走も、パーティーも…)
 全部自分で消しちゃったんだ、とブワッと涙が溢れた所へ届いた思念。ブルーからの。
『どうしたんだい、ぶるぅ?』
「あのね、誕生日が消えちゃった! お願いカードを書き直すのを忘れたから!」
 サンタクロースが消しちゃったんだよ、ぼくの誕生日、クリスマスプレゼントで消えて…。
 バースデーケーキも御馳走も無しで、プレゼントも無し、と泣き叫んだら。
『おやおや…。だけど、パーティーの用意は出来てるよ? おかしいねえ…。あっ?』
 ぶるぅ、手紙が落ちてないかい? プレゼントの横に。
 サンタクロースからの手紙じゃないかな、開けて読んでごらん。
「手紙…?」
 本当だ、と見落としていた封筒を拾って開けたら、こう書いてあった。サンタクロースから。
「誕生日はね、消せないんだよ、ぶるぅ君。そんな悪戯をしたら、私が神様に叱られるよ」
 でも、プレゼントを配るのが私の仕事だからね。どうしようかと考えて…。
 君が悪戯小僧なことは知っているから、今年はプレゼントをあげないことに決めたんだ。
 悪い子には鞭を置いて行くのが約束だけれど、鞭は無しでね。
 来年は鞭を貰わないよう、ちゃんといい子にするんだよ。…悪戯小僧のぶるぅ君へ。



 サンタクロースより、と終わっていた手紙。すると、今年のプレゼントは…。
『無いみたいだね、ぶるぅ。…残念だけれど、その方が良かったんじゃないのかい?』
 誕生日は消えなかったから、というブルーの思念に「うんっ!」と返して万歳したら。
 「お誕生日だあ!」と躍り上がったら、一斉に届いた仲間たちの思念。
『『『ハッピーバースデー、そるじゃぁ・ぶるぅ!!!』』』
 九歳のお誕生日おめでとう、と幾つもの拍手がシャングリラ中に湧き起こる。それに、いつもの年と同じに、超特大のバースデーケーキも御馳走も用意されているようで…。
『ぶるぅ、ぼくと一緒に公園に行こう。パーティーをしなきゃ』
 パーティーには主役がいないとね、と大好きなブルーに誘われたから。
「良かったぁ…。消えてなかった、ぼくの誕生日…」
 プレゼントは貰えなかったけど、お誕生日は残っていたよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は急いで駆け出した。瞬間移動をするのも忘れて、青の間へ。大好きなブルーとパーティーだよ、と。
 クリスマスプレゼントを貰わなかったことが、今年は最高のクリスマスプレゼント。
 誕生日は消えてしまわなかったから、今年もみんなに祝って貰える誕生日。
 生まれた時からずっと子供で、これからも子供の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。来年も、その次も、そのまた次も。三百年でも、ずっと子供で、サンタクロースが来てくれる子供。
 「そるじゃぁ・ぶるぅ」、本日をもって満九歳。
 悪戯は少しもやみそうもなくて、これからもグルメ三昧で好き放題の子供だけれど。
 ハッピーバースデー、「そるじゃぁ・ぶるぅ」。九歳のお誕生日、おめでとう!




          困った誕生日・了

※「そるじゃぁ・ぶるぅ」お誕生日記念創作、お読み下さって感謝です。
 悪戯小僧な彼との出会いは、2007年の11月末。
 葵アルト様のクリスマス企画で出会って、せっせと彼の話を捏造。BBSで。

 その投稿が初創作だった管理人。気付けば8年経っていました、アッと言う間に。
 「そるじゃぁ・ぶるぅ」と出会わなかったら、読み手で終わっただろう人生。
 BBS投稿からシャン学が生まれ、流れ流れて、とうとう此処まで。

 原点になった、悪戯小僧の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
 年に一回、お誕生日は祝ってあげなきゃ駄目でしょう。
 クリスマス企画の中で満1歳を迎えましたから、今年9歳になるんです。
 「そるじゃぁ・ぶるぅ」、9歳のお誕生日、おめでとう!

※過去のお誕生日創作は、下のバナーからどうぞです。
 お誕生日とは無関係ですけど、ブルー生存EDなんかもあるようです(笑)
  ←悪戯っ子な「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお話v








 今年もクリスマスシーズンが近付いて来た。
 シャングリラの公園に大きなクリスマスツリーが飾り付けられたら、クリスマスに向けてのカウントダウンだ。公園には他にも小さめのツリー。
 「お願いツリー」と名付けられたそれは、欲しいプレゼントのリクエストを書いて吊るすもの。子供が吊るせばサンタクロースが可愛い願いを叶えてくれるし、大人の場合は専門の係がいるのだけれど。係の他にも虎視眈々と狙っている者たちがいたりする。
 すなわち、意中の人に向けてのプレゼント。年に一度のビッグイベント、気になる相手が吊るしたカードを密かに回収、そしてクリスマスにプレゼントを贈って射止めるのが人気。



(んーと…)
 今年も沢山下がってるよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「お願いツリー」に吊るされたカードをじっと見詰めた。
 今年は何を注文しようか、サンタクロースに?
(去年は大きな土鍋を頼んで、ブルーと一緒に土鍋カステラ作ったもんね!)
 アルテメシアで人気を博した土鍋カステラ、超特大のを作った思い出は今でも胸に燦然と。大好きなブルーに教えて貰って卵を泡立て、特製のオーブンで焼いて貰って黄金色のふわふわのカステラが出来た。大きな土鍋一杯に。
 カステラの寝床にコロンと転がり、食べては眠って、また食べて。
 そんなカステラを何度も作った。ブルーも付き合って作ってくれたし、そういう時には二人で食べた。食の細いブルーは「ぶるぅみたいには食べられないよ」と言ったけれども、それでも美味しそうに食べてくれたし、実際、土鍋に溢れた黄金色のカステラは美味だったから。
 鍋料理のシーズンが終わり、アルテメシアの街から「土鍋カステラはじめました」と書かれたポスターが消える頃まで何度も何度も、心ゆくまで土鍋カステラを作っては食べて…。



(土鍋カステラ、今年も流行っているんだけれど…)
 超特大の土鍋はもう持っているし、作り方だってマスターしたから欲しい時にはいつでも作れる。それに人類が暮らす街へ降りれば、シーズン中なら食べ放題。
(今年は土鍋は要らないよね?)
 他に何か、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は考えた。
 シャングリラ中を悩ませる悪戯小僧なのだけれども、クリスマスツリーが登場したら悪戯の方は当分、お預け。サンタクロースに「いい子なんです」とアピールしないとプレゼントを届けて貰えないから。それどころか…。
(悪い子供は靴下の中に鞭が入っているって聞いたし…)
 大好きなブルーがそう言った。いい子にしないとサンタクロースはプレゼントの代わりに鞭を入れると、悪い子供のお尻を鞭で叩けるようにと。
(今年もいい子にしなくっちゃ!)
 そしてプレゼントを貰うんだよ、と期待に胸を膨らませる。「お願いツリー」で注文した品物の他にも毎年沢山貰えるのだから。
(でも、何を注文しようかなあ…)
 普段は悪戯とアルテメシアでのグルメ三昧に燃えているだけに、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に計画性などはまるで無かった。早い時期から「これが欲しい」と考えたりもしなかった。
 それだけに「お願いツリー」が登場して来た今頃になって小さな頭を悩ませるわけで。
(何がいいかなあ…?)
 カラオケマイクも欲しいけれども、もっとビッグなプレゼントもいい。
 何年か前に叶えて貰った、劇場を貸し切ってのリサイタルは最高に楽しかったし…。



 何にしようか、と考え込んでいたら、賑やかな歓声が響いて来た。
 永遠の子供な「そるじゃぁ・ぶるぅ」と変わらないほどの背丈の子たちや、もっと大きな子供たちの声。キャーキャー、ワイワイとはしゃぎながら公園へ駆け込んで来た子供たちだが。
「今日も貰えたーっ!」
「リンゴ、毎日、貰わなくっちゃーっ!」
 クリスマスツリーにはリンゴだよね、と大きなツリーを見上げる子たちの手にはリンゴが乗っかっていた。真っ赤な色のリンゴだけれども、作り物のリンゴ。小さなリンゴ。
(…リンゴ?)
 何だろう、と首を傾げた「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
 食べられもしない作り物のリンゴに特に興味は無いと言えば無いが、どうして誰もが小さなリンゴを持っているのか。よくよく見れば、吊るすための紐もくっついているし…。
(クリスマスツリーに飾るのかな?)
 きっとそうだ、と思ったのに。
 子供たちは公園のクリスマスツリーを囲んで走り回った後、リンゴを手にして駆け去って行った。飾りもしないで、しっかりと持って。
(…なんで?)
 クリスマスツリーにはリンゴなのだ、と子供たちは確かに言っていたのに。
 公園のツリーにもリンゴのオーナメントが幾つも飾られているのに、どうして飾らずに持ち去ったのか。それに…。
(毎日、貰わなくちゃ、って言った…?)
 いったい誰がリンゴを配っているのだろう?
 貰えば何か素敵なことでも起こるのだろうか、さっき見た作り物のリンゴは…?



 分かんないや、と不思議に思った「そるじゃぁ・ぶるぅ」だったのだけれど。
 リンゴの謎が解けるまでには、さほど時間はかからなかった。三日ばかり経った頃のこと。いつものようにアルテメシアの街で食べ歩いて、瞬間移動でシャングリラにヒョイと戻って来たら。
「ヒルマン先生、さようならーっ!」
「リンゴ、ありがとうーっ!」
 口々に叫んで、勢いよく通路に飛び出して来た子供たち。例のリンゴを持っている。まだ開いたままの扉の向こうはヒルマンが子供たちに勉強を教える教室、いわば学校。
(…此処でリンゴが貰えるわけ?)
 ならば自分も、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は迷わず教室に入って行った。リンゴが何かは分からないけれど、貰えるものなら是非とも欲しい。真っ赤なリンゴはちょっと素敵だし、子供は誰でも貰えるようだし…。
「おや、珍しいお客様だね」
 片付けをしていたヒルマンが振り返って笑顔を向けてくれた。
「どうかしたのかな、勉強する気になったのかね?」
「そうじゃなくって…。ぼくにもリンゴ!」
 一つちょうだい、と指差した先にリンゴが盛られた籐の籠があった。作り物の赤いリンゴが沢山、籠の中で艶々と輝いている。あんなに沢山あるのだから、と小さな手を開いて差し出したのに。
「…悪いね、あれは御褒美だから…。ぶるぅの分は無いんだよ」
「えーーーっ!」
 どうして、と抗議の声を上げたら。
「授業に出た子に、毎日、一個。リンゴはそういう決まりなんだよ」
 ぶるぅは授業に出ていないだろう、と断られた。自分の授業に出ていない子には御褒美は無いと、だからリンゴはあげられないよ、と。



(…リンゴ…)
 あれが欲しいのに、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は肩を落として教室を出た。
 長い通路を自分の部屋まで歩く間も、真っ赤なリンゴが頭の中でクルクル、クルクル、軽やかに幾つも回り続ける。
(授業に出た子に、一日一個…)
 ヒルマンが教えてくれたのだけれど、赤いリンゴはクリスマスを控えて気分が浮つき、授業に身が入らない子供たちへの対策らしい。
 真面目に授業に出席したなら、一日一個をプレゼント。
 アドベントだとか待降節と呼ばれるクリスマスを待つためのシーズン開始と同時に始まり、初日は真っ赤なリンゴとセットで小さなツリーも配ったそうだ。何の飾りもついていなくて、ただのモミの木、本物ではない作り物。
 子供たちはモミの木に貰ったリンゴを吊るす。順調にいけば毎日一個ずつ増える勘定。
 クリスマス・イブの日、自分のツリーをヒルマンに見せてリンゴの数を数えて貰って、パーティーの前にリンゴの数だけ、お菓子が貰えるという仕組み。
(お菓子、欲しいな…)
 どうせクッキーかキャンディーだろうと思うけれども、自分の方がもっと美味しいお菓子を食べてはいるだろうけれど。
 貰えないとなると惜しくて悔しい。他の子たちは貰えるのに、と。
(ぼくにもリンゴ…)
 頼めばリンゴを貰えるだろうか、リンゴを吊るすためのツリーも?
 けれども自分はリンゴが配られるイベントに気付いていなかったのだし、既に出遅れたと言ってもいい。他の子たちより幾つ足りないのか、例のリンゴは…?
(…ツリーを貰って、足りないリンゴも貰える仕組みって無いのかな?)
 リンゴは惜しい。本当に惜しい。
 部屋に帰り着いて、気分転換にカラオケでも、とマイクを握っても頭にリンゴ。
 頭の中でクルクル、クルクル、回り続ける真っ赤なリンゴ。
「やっぱり欲しいーーーっ!」
 駄目で元々、あわよくば。
 直訴あるのみ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はヒルマンの部屋へと瞬間移動で飛び込んだ。



「リンゴちょうだい!」
 挨拶も抜きで叫んでしまった「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
 しかしヒルマンは子供相手の日々でそういったことには慣れていたから、「ほほう…」と髭を引っ張っただけで、驚きも叱りもしなかった。明日の授業の準備だろうか、机で書き物をしていた手を止めて「そるじゃぁ・ぶるぅ」の瞳を見詰める。
「リンゴというのは、さっき言ってたリンゴかな? あれが欲しいと言うのかい?」
「そう! 集めたらお菓子が貰えるんでしょ、クリスマス・イブに!」
 ぼくにもリンゴとツリーをちょうだい、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は頭を下げた。貰い損ねた分のリンゴも貰いたいのだと、クリスマス・イブまでにリンゴを立派に揃えるのだと。
「ふむ…。方法は一応、あるのだがねえ…。貰い損ねた分のリンゴを貰える方法」
「ホント!?」
「ただし、リンゴは授業に出たことの御褒美だから…。授業が終わった後の時間に行う補習に出席したなら、一回に一個。そういう形で貰えはするね」
 病気で休む子供もいるものだから、とヒルマンは説明してくれた。
 つまりはリンゴを揃えるためには、明日から欠かさず授業に出ること。貰い損ねた分が欲しいのなら、その回数分、補習にも。
「…ぶるぅは勉強、嫌いだろう? リンゴのオマケはただのお菓子だよ」
 貰わなくてもいいんじゃないかね、と言われたけれども、欲しいからこそ来たわけで。
「それでもいいから! ぼくにもリンゴ!」
 明日から頑張る、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は食い下がった。忘れないよう授業に出掛けて、補習も必要な分だけ受けると。だからリンゴとツリーが欲しいと。
「ふうむ…。そこまで言うなら、頑張ってみなさい」
 明日からだよ、とヒルマンは立ち上がって奥の戸棚の中からツリーを取り出して渡してくれた。
 何の飾りもついていないツリー、作り物のモミの木のクリスマスツリー。
「いいかね、授業に出たらリンゴが一個。補習が一度で一個だからね」
「はぁーい!」
 ツリー、ありがとう! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は踊るような足取りでヒルマンの部屋を後にした。こうしてツリーを手に入れたのだし、残るはリンゴ。明日から一日一個のリンゴ。
「補習もうんと頑張らなくっちゃ!」
 そしてリンゴを増やすんだもんね、と跳ねてゆく。真っ赤なリンゴを飾るんだよ、と。



 ヒルマンに貰った、ただのモミの木。何の飾りもまだ無いツリー。
 それをワクワクと部屋に飾った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、次の日、勇んでヒルマンが授業を行う部屋へと出掛けて行った。普段だったらアルテメシアでショップ調査か食べ歩きをしている時間だけれども、それは夜でも出来るのだし…。
 机と椅子とが並んだ教室。一番前の席に陣取っていると、ヒルマンがやって来て褒めてくれた。
 「ちゃんと来たね」と、「いい子だね」と。
 間もなく始まったヒルマンの授業。ヒルマンは教室をぐるりと見渡し、微笑んで。
 「今日は初めて来た子がいるから、クリスマスについて復習しよう。どうしてリンゴを配っているのか、クリスマスツリーにはリンゴの飾りを付けるのかをね」
(ふうん…)
 何か理由があったんだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は胸を高鳴らせた。リンゴのお菓子は美味しいのだから、きっと食べ物の話なのだと思ったのに…。
「クリスマスツリーを飾る習慣は、SD体制が始まるよりもずっと昔に、地球のドイツという国で始まったのだよ。その国ではクリスマスに劇をすることになっていてね…」
 劇の中身は「アダムとイブの知識の木」。エデンの園にあったと伝わる知恵の木の実で、リンゴのことだと言われるらしい。劇の舞台にリンゴの木を飾る必要があるが、生憎と冬。クリスマスの頃にはリンゴの葉っぱは落ちてしまって、すっかり枯れ木なものだから。
 それでは舞台の上で映えない、と代わりにモミの木が選ばれた。青々とした葉を茂らせているし、赤いリンゴも見栄えがするし…。
「そういうわけだから、クリスマスツリーにはリンゴの飾りが欠かせない。私がリンゴを配っているのも、クリスマスツリーの本来の形を示すためでね…」
 ヒルマンの授業は続いていった。クリスマスツリーに飾る星や杖。どれにも由来があると話して、更にはクリスマスそのものを巡る歴史にまで発展しつつあったのだけれど。
(…なんだか全然、分かんないし!)
 とっても退屈! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は立ち上がった。
 こんな授業を聞いているより、同じクリスマスなら、断然、本物。クリスマスツリーを眺めて、見上げて、周りを走りたいわけで…。
「かみお~ん♪ ツリー、みんなで見に行こうよ!」
 公園のツリー、綺麗だよ! とダッと駆け出すと、小さな子たちがついて来た。これは遊ばねば損だから、と先頭を切って駆けてゆく。いざ公園へと、みんなで楽しく遊ぼうと。



 あまりにも堂々と抜け出して行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」。後に続いた何人かの子供。
 他の子供たちも、我慢して教室に座っているには幼すぎる子が多かったから。
 ブリッジが見える公園のクリスマスツリーの周りはアッと言う間に子供の楽園、それは賑やかな騒ぎになってしまって、ヒルマンの授業は見事に潰れた。
 途中でハーレイやエラが気付いて、子供たちを教室に追い返したけれど。その子たちはヒルマンに大目玉を食らいはしたのだけれども、なんとかリンゴを貰うことが出来た。
 「そるじゃぁ・ぶるぅ」の悪戯に巻き込まれただけで仕方ないのだと、わざとではないと。
 しかし…。
「…ぼくのリンゴは?」
 ぼくにくれる分のリンゴは無いの、と右手を出した「そるじゃぁ・ぶるぅ」の分のリンゴは当然、無かった。授業は潰れてしまったのだし、その犯人がリンゴを貰えるわけがない。
 ヒルマンは「そるじゃぁ・ぶるぅ」を怖い顔で見下ろし、重々しく、こう宣言した。
「やはり君には無理なようだね、私の授業は。もう明日からは来なくていいから」
 補習をしようとも思わないから、と苦い顔つき。
 悪戯小僧は学校なんかに来なくてもいいと、好きに遊んでいるのがいいと。
「…それじゃ、リンゴは?」
「あるわけがないね」
 もちろんクリスマス・イブのお菓子も無いよ、と冷たく突き放されてしまった。
 クリスマスツリーを返せとまでは言われなかったが、何の飾りも無いモミの木につける真っ赤なリンゴはもう永遠に貰えないわけで…。



(どうしよう…)
 ぼくのリンゴ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は半泣きで公園に戻って行った。公園に聳えるクリスマスツリーにリンゴは幾つも飾られているが、それはヒルマンの授業で貰える赤いリンゴとはまるで別物、毟って自分のツリーに飾っても何の効果もありはしなくて。
(リンゴが無かったら、ぼくのお菓子も…)
 クリスマス・イブには貰える筈だった、子供たちのための特別なお菓子。アルテメシアの街に溢れる絢爛豪華なクリスマス用の菓子とは違って、ごくごく素朴なものだろうけれど。
(ぼくだけ一つも貰えないなんて…)
 あんまりだよう、と涙がポロリと零れた所で気が付いた。こんな時のための素敵なアイテム、「お願いツリー」。願い事を書いてツリーに吊るせばサンタクロースが叶えてくれる。
(そうだ、お願いツリーだよ!)
 サンタさんに頼めばきっとリンゴが手に入るんだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は目を輝かせた。
 なんて素敵なアイデアだろう。今年のお願い事はこれに決まりで、手に入らない筈のヒルマンが配る真っ赤なリンゴを、一番沢山貰う子供と同じ数だけサンタクロースが届けてくれる。
(リンゴ、リンゴ…)
 それにしよう、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「お願いツリー」の側に置かれた専用の用紙を手に取った。ついでにペンも。
(ぼくにリンゴを沢山下さい、っと…!)
 デカデカと書いて、自分の名前も書き付けて。
「これで良し、っと!」
 願い事を書いたカードを吊るして、足取りも軽くホップ、ステップ、それからジャンプ。ウキウキと通路へとスキップしてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」は全く気付いていなかった。
 ヒルマンがリンゴの数に応じてお菓子を配る日はクリスマス・イブ。
 「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「リンゴを下さい」と願いを託したサンタクロースがやって来るのは、そのクリスマス・イブの夜が更けた後だということに…。



 子供ゆえの迂闊さ、ピントのずれた「お願いツリー」の願い事。
 それはたちまちソルジャー・ブルーの知る所となり、ハーレイをはじめブリッジ・クルーも大いに笑った。これではどうにもなりはしないと、願い事など叶いはしないと。
 けれども、そこはソルジャー・ブルー。悪戯小僧の「そるじゃぁ・ぶるぅ」を大切に思い、可愛がっている人物だから。
 例の願い事を吊るした翌日の朝、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はブルーに思念で呼ばれた。すぐに青の間まで来るように、と。
「かみお~ん♪ なあに?」
 何か用事? と瞬間移動で現れた悪戯小僧に、ブルーが炬燵で「これ」と指差す。炬燵の上には定番のミカンがあったけれども、その他に…。
「国語、算数、それからミュウの歴史かな。ヒルマンに借りた教科書だけどね」
 これで一緒に勉強しよう、とブルーに微笑み掛けられた。今日から毎日、一時間。希望するなら補習も可能で、勉強をすればこれをあげよう、と宙に取り出された真っ赤なリンゴ。
「あっ、リンゴ!」
「そうだよ、ヒルマンに頼んで分けて貰った。ぶるぅはみんなと一緒の授業は向かないようだし、ぼくが特別に授業をね…」
 ソルジャーの授業だからヒルマンのよりも短い時間でリンゴが一個、という提案。真面目にやるなら教えてあげると、一時間でリンゴを一個あげると。
「どうする、ぶるぅ? ぼくと一緒に勉強するかい、クリスマス・イブのお菓子のために?」
 リンゴさえあればお菓子は貰えるそうだよ、と聞かされた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は躍り上がって喜んだ。退屈な授業は御免だけれども、大好きなブルーと勉強ならば…。
「ぼく、勉強する!」
 そしてリンゴを貰うんだあ! と元気に答えた悪戯小僧。
 かくして青の間でソルジャー直々の特別授業が始まり、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は毎日、教科書やドリルを抱えて炬燵での勉強会に励んで。
「えーっと、百かける五は…。ひい、ふう、みい…。六百!」
「ぶるぅ、よくよく考えてごらん? ラーメン一個の値段が百としたなら、五個でいくら?」
「五百だよ! あっ、そっかあ…」
 食べ物の計算は得意なんだけど…、と頭を振っている「そるじゃぁ・ぶるぅ」。そんな調子で毎日勉強、来る日も来る日も勉強と補習。真っ赤なリンゴはしっかり揃って…。



 クリスマス・イブの日、パーティーの前に「そるじゃぁ・ぶるぅ」は得意満面、真っ赤なリンゴを一面に飾ったツリーを抱えてヒルマンが待っている教室に行った。
 大勢の子供が自分のツリーを机に置いていたけれど。
「おめでとう、ぶるぅ。一番は君と…」
 他に何人かの名前が挙げられ、ヒルマンが大きなバスケットからクッキーを一個ずつ包んで連ねた立派な首飾りを首にかけてくれた。一番沢山リンゴを集めた子だけが貰える、一種の勲章。チョコレートのメダルもくっついている。
 その他にリンゴの数に応じてクッキーが貰えて、もちろんこれも一番多くて。
「やったー、クッキー!」
 メダルも貰ったあ! と飛び跳ねて喜ぶ「そるじゃぁ・ぶるぅ」に、ヒルマンが「ソルジャーによくよく御礼を言うんだよ」と言ったのだけれど。
 そんなことなど聞いていないのが「そるじゃぁ・ぶるぅ」で、御礼なんかはスッパリ忘れた。
 そしてチョコレートのメダルがついたクッキーの首飾りを下げてエヘンと胸を張り、パーティーの御馳走をお腹一杯食べて食べまくって、夜になって。
「今日はサンタさんが来るんだもんね!」
 うんと素敵なプレゼントが届く筈なんだよ、とリンゴを飾ったツリーの隣に大きな靴下を吊るし、土鍋の寝床に潜り込んだ。
 ヒルマンのお菓子も貰えたことだし、もう最高のクリスマス。明日の朝にはサンタクロースが届けてくれたプレゼントが溢れているだろう。ドキドキワクワク、眠ったのだけれど…。



「ぶるぅは見事に忘れたねえ…」
 青の間の炬燵でソルジャー・ブルーがクスクスと笑う。その手の中に、お願いカード。クリスマスのプレゼントに間に合うように、と係が回収しておいたカード。
 そのカードには「そるじゃぁ・ぶるぅ」の下手くそな字でこう書き殴ってあった。
 「ぼくにリンゴを沢山下さい」。
 ブルーの向かいでサンタクロースの衣装や真っ白な髭を着けたハーレイが尋ねる。
「それで、ソルジャー…。今年は本気でリンゴですか?」
「ぶるぅのお願い事だしね? サンタクロースは願いを叶えるものだろう?」
 よろしく頼むよ、とブルーが瞬間移動で取り出した木箱。リンゴがギッシリ詰まった木箱。
「去年の土鍋は少々大きすぎたけど…。これくらいなら持てるだろう?」
「もちろんですが…。ぶるぅはこれで怒りませんか? リンゴ箱一杯のリンゴですよ?」
「大丈夫。ちゃんと工夫はしてあるからね」
 これをセットで届けておいて、とブルーがハーレイに手渡した冊子。ハーレイはそれを見るなり頬を緩めて、パラパラめくって中を確かめて。
「なるほど、お考えになりましたね」
「ぶるぅのお願い事を叶えてやるなら、素敵に演出したいだろう?」
「心得ました。では、届けに行って参ります」
 ハーレイはサンタクロースのシンボルとも言える白い袋に冊子を入れると、リンゴ箱を抱えて大股で青の間を出て行った。白い袋の中にはエラやブラウたち、長老からのプレゼント。ハーレイの分も入っている。今年も色々、盛り沢山。
 夜更けのシャングリラの通路をキャプテン扮するサンタクロースが「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋へと向かって、寝床になっている土鍋の隣にリンゴ箱などを並べてやって…。



 そして、翌朝。
「クリスマスだあーっ!」
 ガバッと起き上がった「そるじゃぁ・ぶるぅ」はプレゼントを見付けて歓声を上げた。今年も素敵なものが一杯、嬉しくてたまらないけれど。
「…あれ?」
 どれよりも大きく、いいものが入っていそうだと一目で思った箱。木箱だけれども、きっと中には素晴らしいものが、と考えたのに。
「…リンゴ?」
 産地直送と書かれたリンゴ箱からは、甘酸っぱい香りが漂っていた。どう考えても中身はリンゴ。木箱一杯のリンゴなんかがどうして…、と首を捻ってから思い当たった。
(お願いツリーのお願い事…!)
 ブルーの特別授業で毎日リンゴを貰えていたから、喜びのあまり忘れていた。「リンゴを下さい」とサンタクロースにお願いしたまま、書き換えることをド忘れしていた。
 願い事を叶えるのが仕事のサンタクロースは、ちゃんと願いを聞いてくれたわけで…。
(……リンゴ……)
 本物のリンゴが木箱にドッサリ、こんなものを貰ってしまっても…、と自分の間抜けさに愕然としたってもう遅い。今年のサンタクロースからのプレゼントは…。
「リンゴだなんてーっ!」
 こんなの要らない! と叫んだ「そるじゃぁ・ぶるぅ」の心にフワリとブルーの思念が届いて。
『おやおや、ぶるぅ。サンタクロースのプレゼントは全部見たのかい?』
「見たよ、見たけどリンゴばっかり…!」
『そうかな、箱の下に何かがあるようだけれど?』
「箱の下…?」
 えっと、と重たい木箱をサイオンで持ち上げた「そるじゃぁ・ぶるぅ」の目が丸くなった。
「レシピ集…?」
『サンタクロースが集めてくれたようだよ、リンゴのお菓子のレシピをね』
 最新流行のからクラシックなものまで揃っているよ、と大好きなブルーの思念が告げる。本当なのか、と手に取ってめくればその通りで。
「うわあ、見たことのないお菓子がいっぱい…!」
『ぼくから厨房のみんなに頼んであげるよ、ぶるぅが作って欲しいお菓子を全部』
 リンゴ箱のリンゴがある間はね、と言われた「そるじゃぁ・ぶるぅ」の気分はドン底から一転、天にも昇る心地で大歓声で…。



 ピョンピョンと跳ねて喜んでいたら、ブルーの思念がクスッと笑った。
『ぶるぅ、リンゴのお菓子もいいけど、今日は何の日だったっけ?』
「えっ? えーっと…?」
 何だったかな、とリンゴの木箱を見詰めた途端に、シャングリラ中から上がった思念。
『『『ハッピーバースデー、そるじゃぁ・ぶるぅ!』』』
「えっ? えっ、えっ…?」
 忘れてたぁーっ! と叫んだ「そるじゃぁ・ぶるぅ」。クリスマス・イブのリンゴ集めに夢中で誕生日まで忘れ果てていた。それはもう素敵なサプライズ。今日が自分の誕生日なんて。
『ホントに忘れていたのかい? でもね、ケーキはちゃんとあるから』
 ブルーがクスクス笑い続ける。今年も大きなケーキがあるよと、みんなが巨大なケーキを公園に運んでくれるからね、と。
「ありがとう、ブルー! ケーキ、ブルーも食べるよね!」
 リンゴのお菓子も一緒に食べよう! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は青の間に向かって瞬間移動。
 大好きなブルーと誕生日のケーキを食べに行かねば、と。
「行こうよ、ブルー! ぼくの誕生日のケーキを食べに!」
「そうだね、それにリンゴのお菓子も頼まなくちゃね」
 サンタクロースのレシピでね、と微笑むブルー。リンゴ箱一杯分のリンゴのためにと、ありとあらゆるレシピを探したソルジャー・ブルー。サンタクロースに扮したハーレイが届けたレシピ集はソルジャー・ブルーのお手製、この世に、宇宙に一冊しかないレシピ本。
「ブルー、リンゴのお菓子は何がいい?」
「何がいいかな、後で一緒にレシピを見ようか。でも、その前に…」
 お誕生日おめでとう、と頬っぺたにキスが贈られた。公園からは仲間たちの思念が呼んでいる。
 「そるじゃぁ・ぶるぅ」、本日をもって満八歳。
 悪戯小僧で、永遠の子供で、リンゴで失敗もするのだけれど。
 ハッピーバースデー、「そるじゃぁ・ぶるぅ」。八歳のお誕生日おめでとう!




         待降節のリンゴ・了


※「そるじゃぁ・ぶるぅ」お誕生日記念創作、お読み下さってありがとうございました。
 悪戯小僧な「そるじゃぁ・ぶるぅ」との出会いは2007年の11月末でしたね。
 アニテラが放映された年の暮れです、葵アルト様のクリスマス企画での出会いでした。
 期間限定ペットだった「そるじゃぁ・ぶるぅ」に一目惚れ。
 せっせと阿呆な創作を特設BBSに投下してました、それが全ての始まりです。

 悪戯小僧とのドタバタな日々が初創作でした、あれから早くも7年ですねえ…。
 「そるじゃぁ・ぶるぅ」との出会いが無ければ、今のシャン学はありません。
 シャン学が無ければ、ハレブル別館も誕生しておりません。
 原点は「そるじゃぁ・ぶるぅ」なのです、それも悪戯小僧の方の。
 ゆえに年に一回、お誕生日だけは祝ってあげませんとねv

 クリスマス企画の中で満1歳を迎えましたから、今年で8歳の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
 8歳のお誕生日おめでとう! 

※過去のお誕生日創作へは、下のバナーからどうぞですv
 お誕生日とは無関係ですが、ブルー生存EDも混じっていたりして…(笑)
 ←過去のお誕生日創作などなどv






※悪戯小僧な「そるじゃぁ・ぶるぅ」、「本家ぶるぅ」とも呼ばれております。
 アルト様のサイトの2007年クリスマス企画で生まれました。
 現在は良い子の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が活躍していますが、こちらが本家本元です。
 ゆえに年に一回、お誕生日のクリスマスには記念創作をプレゼントしています。
 今年のクリスマスで満7歳です、果たしてどんなお誕生日に?





 今年もクリスマスシーズンが近付いてきた。アタラクシアの街は日増しに華やぎ、イルミネーションも増えてくる。ショップ調査とグルメ三昧が生甲斐の「そるじゃぁ・ぶるぅ」の心が弾む光景だ。
クリスマスとくればサンタクロースにクリスマスイブの賑やかなパーティー、その翌日は誕生日。
 今年で7歳になる「そるじゃぁ・ぶるぅ」は今から楽しみでたまならかった。
 ミュウたちの船、シャングリラでは7歳を迎える子供はヒルマンが指導する学校に行く。けれど全く成長しない上、数年前にフィシスの占いで「永遠に子供のまま」だと告げられた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は学校などとは縁が無い。毎日、気ままに遊び暮らして、日が暮れて。
「えーっと…。今年もそろそろだよね?」
 どうしようかなぁ、と小さな頭を占めている大問題はクリスマス前の恒例行事、『お願いツリー』に吊るすカードのことだった。
 シャングリラの中の公園には大きなクリスマスツリーが飾られる。それとは別に大人の背丈くらいのツリーが用意され、クリスマスに欲しい品物と自分の名前を書いたカードを吊るす行事が『お願いツリー』。
 吊るされたカードは意中の人の願いを叶えようと頑張る男女が持ち去ってみたり、プレゼント係のクルーが回収したりといった形で、欲しいプレゼントを貰える仕組みだ。
 「そるじゃぁ・ぶるぅ」は去年と一昨年、このツリーに心からの願いを託した。
 大好きなブルーが行きたいと夢見る青い星、地球。
 そこへブルーを連れて行こうと、サンタクロースに「ミュウと人類の共存を説いてもらう」ために会って下さいとお願いしたのが一昨年。ところがサンタクロースは直接会ってはくれないらしく、それならば……と捕獲を試みた挙句、悲惨な結果になってしまった。
 去年は一昨年の反省を踏まえて「地球への行き方を教えて下さい」と頼もうとしたのに、ヒルマンに「サンタクロースは地球の座標の表し方を知らないだろう」と諭され、考えた末にサンタクロースの橇で一緒に地球へ行こうと一大決心。
 そして「そるじゃぁ・ぶるぅ」は頑張った。プレゼントを届けに来たサンタクロースを必死に追いかけ、シャングリラの中を走り抜け…。けれどもう少しで追い付ける、というタイミングでサンタクロースはハッチから外の雲海に飛び降り、トナカイの橇に乗って空へと去って行ったのだ。



「…サンタさんに地球へ行きたいってお願いしたってダメだよね…」
 サンタクロースは会ってくれない上に、懸命に追っても逃げられた。一緒に地球に連れて行って、と精一杯の声で叫んでみても駄目だった。
 つまりブルーの心からの願い、青い地球へと繋がる道はサンタクロースには頼むだけ無駄ということだ。
 だったら、せっかくの一年に一度限りのクリスマス。
 お願い事は自分のために使わなくては損だろう。実際、素晴らしい願いが叶って最高のリサイタルが実現した年もあったのだから。
「んーと…。やっぱりリサイタルかなぁ? カラオケ、うんと上手になったもんね!」
 シャングリラのみんなに聞かせたいな、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は夢を見る。上手いどころか下手クソ以下で全く進歩が見られない事実に「そるじゃぁ・ぶるぅ」は気付いていない。御機嫌でカラオケを始めた途端に「全艦、騒音対策を!」とハーレイが叫んでいることも。
「そうだ、今年はリサイタル! どうせだったら歌って踊って年越しだよね!」
 ぼくの歌で新しい年が明けるんだぁ! と煌めきのステージを思い浮かべて興奮で胸が高鳴り始める。大晦日の夜からニューイヤーにかけては腕に覚えのある有志のクルーが劇場でコンサートを開いているが、そんなものより上達を遂げた自分の歌声が相応しい。
 今年の最後を締め括る歌には何を歌おう? 新年を迎えるには『かみほー♪』だよね、と浮かれた気分で「そるじゃぁ・ぶるぅ」はヒョイとテレポートした。
 お願いツリーの出現までには三日ほどある。サンタクロースに「いい子なんです」とアピールしなくてはいけなくなる前に、思う存分、遊んでこよう!



 ショップ調査のために降り立った街、アタラクシア。
 悪戯するのも大好きだけれど、人類が暮らす街の中での悪戯はブルーに禁止されている。シャングリラが攻撃されたら大変なことになるからね、と。
 巨大な白い船、シャングリラにはサイオンキャノンが備えられているし、戦闘班もあるのだけれど、戦闘能力で言えばブルーが誰よりも、シャングリラそのものよりも上だった。
 自分の悪戯が元で戦闘になれば、大好きなブルーが戦いの場に出なくてはならないかもしれない。そんなのは嫌だ。身体が弱くてすぐに倒れるブルーを戦わせるなんて絶対に嫌だ。
 そう思うから「そるじゃぁ・ぶるぅ」は街では決して悪戯をしない。
 ショップ調査とグルメ三昧を繰り返すだけで、食い逃げだって決してしない。お小遣いはブルーがたっぷりくれるし、きちんとお金を支払っている。
「…何か新作、出てるかな? 寒くなってきたし、お鍋とか…」
 目新しい鍋料理でも出来ていないか、と飲食店が多い通りをキョロキョロしながら歩いていた時、ひときわ目立つポスターが目に飛び込んで来た。鍋料理専門店のショーウインドウにデカデカと張られた鮮やかなそれ。



「…土鍋カステラ、はじめました…?」
 なんだろう、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は目を丸くしてポスターの文字と写真を見詰める。この店は確か、ちゃんこ鍋とか寄せ鍋だとか、昼食や夕食向けの料理の専門店だ。何度も来たし、何度も食べた。なのにカステラ。…カステラはケーキや焼き菓子の店の商品だろうと思うのだけど…。
「新しいお鍋の名前かなあ?」
 写真はお菓子っぽいけれど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は土鍋いっぱいに膨れ上がった黄色い中身をまじまじと見た。何処から見てもカステラそのもの。…でも……。
「お鍋の専門店だよね?」
 それっぽく見える新作の出汁か何かかも、と小さな頭で考える。チーズフォンデュも鍋料理と言えば鍋料理だし、中華風のふわふわ玉子スープなんかも存在するし…。
「どんな感じのお鍋なのかな? ふわふわなのかな、こってりかな?」
 新作とあらば食べねばなるまい。食べ応えのあるお鍋だといいな、と期待しながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」は店の扉をカラリと開けて暖簾をくぐった。
「土鍋カステラ、一つちょうだい!」
 空いていたテーブルにチョコンと座って元気いっぱいに注文する。間もなく運ばれてきたホカホカと湯気の立つ大きな土鍋。素手ではとても持てない熱さの土鍋の蓋がパカッと開けられ、「これでどうぞ」と取り皿とフォーク、それにスプーンがコトリと置かれた。
 ふんわり、こんもりと膨れ上がった黄金色の中身。スプーンで掬って頬張ったそれに「そるじゃぁ・ぶるぅ」のグルメ魂はズキューン! と射抜かれたのだった。



 アタラクシアで人気沸騰中のデザート、土鍋カステラ。
 最初は何処かの喫茶店で供されたメニューらしいが、折からの寒さと土鍋を使う目新しさが評判を呼んで、ついに鍋料理の専門店での華やかなデビューと相成った。
 土鍋ならではの火の通りの良さ、余熱で蒸し上げるからこそ生まれるしっとりとした舌触り。冷めにくいがゆえに食べ終えるまでの間、スフレのような温かさを保って出来たての風味。
「…すごく美味しい…」
 こんなカステラ食べたことない、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は感動した。鍋料理を食べようと思っていたことはすっかり忘れて、空になった土鍋を前に声を張り上げる。
「土鍋カステラ、もう一個!」
 空の鍋が下げられ、次の土鍋が来るまでの間もドキドキ、ワクワク。
 頼んですぐにサッと出てこない所が本物だ。出来上がったのを温め直して出すのではなく、仕上げの段階だけを残して用意してあるカステラを調理しているわけで…。
「土鍋カステラ、お待たせしました!」
 テーブルが焦げないように敷かれた鍋敷きの上に土鍋がゴトン。蓋が取られると、溢れそうなほどに盛り上がった黄金色のカステラの甘い香りが鼻をくすぐる。
「いっただっきまぁーす!」
 もう御機嫌で頬張りながら、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は今日はこの店で過ごそうと決めた。土鍋カステラを食べて食べまくって、今夜は夢でも土鍋カステラ!



「…ソルジャー。もう御存知かと思いますが……」
 大変なことになっております、とキャプテン・ハーレイの眉間に深い皺が常よりも多めに刻まれた。シャングリラの公園にクリスマスツリーが飾られたのと日を同じくして、此処、青の間にも青く、時として白く輝くクリスマスツリーが登場している。
 それは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が大好きなブルーのためにと買い込んでくるプレゼント。
 青の間の主は、これまた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がシャングリラに初めて持ち込んだ炬燵がすっかり気に入っていて、冬は炬燵が定位置だ。今もミカンが盛られた器を前に、ハーレイに昆布茶を勧めてくる。
「ハーレイ、その皺は癖になるからと言っただろう? 小さな子供たちに怖がられるよ」
「それどころではございません! 今のシャングリラはもう大変な有様で…!」
 今のままでは暴動です、とハーレイは拳を握り締めた。
「来る日も来る日も、玉子、玉子、玉子! 朝から晩まで食堂メニューが玉子焼きでは、クルーの士気に関わるどころか暴動が起きてもおかしくないかと!」
「生野菜と肉は足りているかと思ったが? それに魚も」
 それだけあれば充分だろう、と返すブルーにハーレイはなおも言い募る。
「もちろん足りておりますが! 胃袋の方が追い付きません! 恐れながらソルジャーのお食事の方も、連日連夜の玉子焼きかと!」
「…確かにね。だけど、スープもサラダもついてくるのだし、栄養のバランスが取れればそれで」
「そんな問題ではございません! ソルジャーは我慢強くてらっしゃいますから、同じメニューが連続で出ても苦にならないかと存じますが…。普通のクルーはもう限界に来ております!」
 なんとかアレを止めて下さい、とハーレイはガバッと土下座した。
 シャングリラ中を悩ませている連日連夜の玉子焼き。その元凶は今も、調子っぱずれな鼻歌交じりに厨房の一角を占拠していた。



「こらぁっ、その作り方は間違っていると何度言ったら分かるんだ!」
 必要なのは泡立て器だ、と厨房担当の男性クルーが泡立て器を振り上げて怒鳴り付ける。しかし相手は聞こうともせず、特大のボウルに畜産部門から運び込まれた産み立て卵をパカパカ割り入れ、砂糖をドッサリ放り込んだ。もちろん計ってなどいない。
「かみお~ん♪ 卵にお砂糖、それからミルク~!」
 今日こそ上手に作るんだもんね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はミルクの貯蔵タンクの栓を捻って、新鮮なミルクをボウルに直接ドボドボドボ。此処でも軽量カップは使わず、タンクに備わった「必要な数値を入力すれば、その分だけを」供給するシステムもサラッと無視だ。
「後はかき混ぜて入れるだけ~♪ 土鍋、土鍋の美味しいカステラ~!」
 焼いて作ってフワフワしっとり! などと出鱈目な自作の歌を歌いつつ、超特大と呼べるサイズの土鍋に流し込み、蓋をしてから調理場の奥のオーブンへ。
「土鍋カステラ、もうすぐフワッと出来上がり~!」
 焼けるまでカラオケしてこようっと! とオーブンを覗き込むのに飽きた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が出て行った後、オーブン担当の男性クルーが盛大な溜息を吐き出した。
「…また適当にしやがって…。これじゃ黒焦げになっちまうぜ」
 オーブンの温度を下げて、焼き時間もググンと減らすクルーの姿に、厨房担当のクルー全員の嘆きの声が重なった。
「…今日もやっぱり玉子焼きか…」
「ヤツが相手だけに誰も露骨に文句は言わんが、本当にもう限界だよなぁ…」
 せめてサラダを頑張ろう、という者もいれば、スープ作りに取りかかる者も。
 計量はおろか泡立てるというカステラ作りの命とも言える手順を踏まずに挑戦を続ける「そるじゃぁ・ぶるぅ」の失敗作な甘い玉子焼きが、シャングリラのメニューのメインなのだった。



 カラオケを終えて厨房に戻った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は土鍋いっぱいのカステラならぬ玉子焼きの姿にガックリしたものの、それは一瞬。すぐに別の超特大の土鍋をテレポートで運び込み、ボウルを用意して卵をパカパカ、砂糖ドッサリ、ミルクをドボドボ。
 御機嫌な歌声は終わらない。
「土鍋、土鍋で土鍋カステラ、美味しいな~♪」
 蓋をした土鍋をオーブンに入れると、「本場の味も確かめなくちゃ!」と一声叫んで、パッと姿が消え失せた。行き先は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が心酔している土鍋カステラ専門店。否、鍋料理の店と言うべきか…。
 そこでお腹いっぱいになるまで土鍋カステラを食べまくっては、自作のカステラならぬ玉子焼きの改良に全力を注ぐ。悲しいかな、永遠の子供と言われる「そるじゃぁ・ぶるぅ」に調理方法という概念は全く無かった。
 土鍋カステラが上手く出来ない理由は材料にあり、と信じている。さっき焼き上がった失敗作は卵が少し多過ぎたのか、はたまた砂糖が足りなかったか。
「うーん…。卵とお砂糖、ミルクは間違いないんだけどなぁ…」
 いったい何がダメなんだろう、と言いつつ本家の味を堪能する前に一度くらいは自作の味見もすべきでは…。もっとも「そるじゃぁ・ぶるぅ」にしてみれば、失敗作など味見する価値すらないのだけども。



「ソルジャー、とにかく打つ手がございません! 今も玉子焼きがオーブンの中で増殖中です!」
 ヤツが戻ればもっと増えます、とハーレイは土下座したまま額を炬燵布団に擦り付けた。
「なにしろヤツの今年のサンタクロースへの願い事は…!」
「知っているよ。ぶるぅのバースデーケーキ並みのサイズ、御神輿みたいに担げるほどの土鍋カステラが作れる土鍋だっけね。寝床にしている土鍋よりも大きいサイズのカステラを作って、ホカホカ気分で寝転がりながら食べたいらしい」
 とりあえず特設キッチンが要るね、とブルーは笑う。
「土鍋の方は、もう注文を出してあるんだよ。特設キッチンの設置はキャプテンに任せる」
「そ、そんな…! そんなサイズで玉子焼きなぞを作られては…!」
 もう間違いなく暴動です、と青ざめるハーレイに、「心配ないよ」とブルーが微笑む。
「そろそろストップをかけなければ、とは思っていた。…去年と一昨年、ぶるぅはサンタクロースへのお願い事をぼくのために使ってくれたから…。今年は久しぶりに子供らしい願い事をしてくれたから、つい、嬉しくてね」
 みんなには気の毒なことをしてしまったけど、とブルーは玉子焼き地獄に陥ったシャングリラのクルーたちへの詫び状の山を取り出してハーレイに託した。
「ちゃんと一人ずつ宛名を書いて、サインもぼくが…ね。文面は印刷で悪いんだけれど」
「そ、そんなことは…! ソルジャーからのお手紙となれば、皆、喜びます!」
 宝物にする者もいるでしょう、と感極まったハーレイの前に「これも一緒に配ってほしい」と、ブルーが自らアタラクシアの街に降りて買ってきたという『おつまみ煎餅』詰め合わせセットを保管してある倉庫の鍵が差し出される。
 その夜、またも玉子焼きがメインの夕食を食らったクルーたちから一言の文句も出なかったことは言うまでもない。



 翌日の朝、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は土鍋カステラの店の開店を待つ間にトコトコと厨房に出掛けて行った。
 今日は卵を三個ほど多めにしてみよう。砂糖も多めで、ミルクは少し控えめで。
 「また来たのか」と露骨に顔を顰めるクルーたちを他所にボウルを取り出し、さて、テレポートで超特大の土鍋を出して、と…。
「あーーーっ!!!」
 凄まじい悲鳴が響き渡って、クルーたちは反射的に耳を押さえて床へと伏せた。しかし何事も起こらない。悲鳴の主の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が動く気配すら伝わらない。
「「「………???」」」
 恐る恐る起き上がって様子を伺うクルーたちは見た。
 調理用の巨大なテーブルの上で真っ二つに割れた特大土鍋と、呆然と立ち尽くす「そるじゃぁ・ぶるぅ」を。



「……ぼくの寝床……」
 ポロポロポロ…と見開いた目から大粒の涙が零れ落ち、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は声の限りに泣き始めた。
「割れちゃったぁー! ぼくの寝床が割れちゃったよぉー!!」
 すっごく寝心地が良かったのに、と泣きじゃくる姿に、クルーたちは心で突っ込みを入れる。
 超特大の土鍋はやっぱり寝床だったのか。衣食住とはよく言うセットだけれども、寝床を使って料理というのはデリカシーに欠けるどころの騒ぎじゃないよな?
「なんで、なんで、なんでーっ?! ぼくの寝床ーっ!」
 おんおんと泣いていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」だったが、腹の虫がグウと鳴いたはずみに気を取り直したらしく、代わりの土鍋をテレポート。しかし、これまた物の見事に真っ二つで。
「う、嘘…。嘘だよ、こんなの夢を見てるに決まってるーっ!」
 絶対嘘だ、と新たにテレポートさせた次の土鍋も真っ二つ。そうこうする内に土鍋のストックが尽きたらしくて、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は土鍋カステラ作りを諦め、寝直そうと部屋に戻って行った。だが、その部屋で迎えてくれる筈の土鍋の寝床は一つも無くて。
「うわぁぁぁーん、無いーっ! ぼくの寝床が無くなっちゃったぁー!」
 今日から何処で寝たらいいの、と泣きの涙の「そるじゃぁ・ぶるぅ」に、ハーレイが子供用ベッドを届けに来た。
「ぶるぅ、土鍋が全部真っ二つに割れてしまったそうだな。ソルジャーがこれを届けるようにと仰った」
「…土鍋は? 土鍋は一つもないの?」
「気の毒だが、生憎と鍋のシーズンだ。ソルジャーも懸命に探しておられたようだが、シーズンが済むまで注文も受けていないとのことだ」
 諦めろ、とベッドを壁際に据えてハーレイは部屋を後にした。
 ソルジャーもやる時はトコトンらしい、と大きな肩が笑いを堪えて震えている。そう、土鍋は一つも割れてなんかはいなかった。あれはブルーのサイオニック・ドリーム。無傷の土鍋が青の間の奥の倉庫に積まれていることはハーレイとブルーだけが知る最高機密となるだろう…。



 そうして「そるじゃぁ・ぶるぅ」の受難の日々が始まった。大のお気に入りの土鍋の寝床が無くなり、慣れない子供ベッドでの夜。これでは昼寝も落ち着かない。
 凝りまくっていた土鍋カステラだって、超特大の土鍋だからこそ楽しいのであって、厨房で普通に用意している土鍋なんかでは料理する気も起こらない。
 子供ベッドでは寝た気にもなれず、サンタクロースへの「良い子アピール」を抜きにしたって悪戯をする元気すら湧いてはこなかった。
「……ぼくの寝床……」
 鍋シーズンが終わるまで土鍋の寝床は無理かも、とションボリしていて、ふと思い出した。
 こういう時にはサンタクロースだ。とびっきりのお願い事でも叶えてくれるのがサンタクロース。地球には連れて行ってくれないけれども、土鍋くらいは楽々と届けてくれるだろう。
 そうだ、サンタクロースに土鍋の寝床を頼めばいい。バースデーケーキサイズの大きな土鍋でカステラ作りもやりたかったけど、土鍋カステラの才能はどうやら無いみたいだし…。
「うん、サンタさんだ! サンタさんに土鍋をお願いしようっと!」
 歩いていくだけの時間も惜しくて、『お願いツリー』の側までテレポート。早速カードを書き換えて吊るし、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「お願いします」とお辞儀した。
「サンタさん、去年は追い掛けちゃってごめんなさい…。ちゃんといい子で待っているから、クリスマスに土鍋の寝床を下さい!」
 声に出して念を押してみたら、心が軽くなった気分がする。クヨクヨしたって割れた土鍋は戻ってこないし、カステラ作りも出来ないし…。
 「うん、ちょっと元気が出て来たかも! そうだ、新しい土鍋を貰ったら土鍋カステラ作らなくっちゃね!」
 味を研究しておかなくちゃ、とアタラクシアの街へテレポート。本家本元の土鍋カステラの味を極めるべく、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は胸を張って暖簾をくぐって行った。



 玉子焼き地獄と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の悪戯から逃れたシャングリラは平穏無事にクリスマス・イブの夜を迎えて、パーティーが済むと小さな子供は寝る時間。
 今年もハーレイはサンタクロースの姿に扮して「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋にプレゼントを運んで行った。しかし流石に今年ばかりは…。
『ハーレイ、ぶるぅは寝ているかい?』
『はい、ソルジャー。プレゼントを並べ終わりましたが、起きません』
『なるほど、子供ベッドにも馴染んだようだね。それじゃ、今から送るから』
 ブルーの思念波が言い終えるなり、直径二メートルはあろうかというサイズの土鍋がテレポートでパッと出現した。これはハーレイが背負ってきた袋には入らない。
『…凄いですね、これでカステラですか…』
『ぶるぅの本当のお願いだしね? 卵の泡立ては君も手伝ってくれるだろう?』
 まさかぼくだけにやらせはすまいね、とブルーの思念がクスクスと笑う。
『もちろんです! シャングリラの皆も、喜んでお手伝いさせて頂くかと…。ぶるぅではなく、ソルジャーのために』
『そこはぶるぅのために、だね。ハーレイ、サンタクロース役、御苦労様』
 リボンをきちんと結んでおいて、と頼まれたハーレイは巨大土鍋にかけられた飾りのリボンが緩んでいないか確認してから「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋を出た。シャングリラはもう夜間シフトだ。
(サンタクロース役も七回目か…)
 早いものだな、と指を折って数え、ハーレイは唇に笑みを浮かべた。



 クリスマスの日の朝、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はガバッと飛び起き、待ちに待った土鍋の寝床を求めて床に目をやる。そこには寝床サイズの土鍋は無くて、超特大の巨大土鍋が…。
「えっ…? サンタさん、間違えちゃった? それとも間に合わなかった…のかな…」
 ぼくのお願い、遅すぎた? と涙目になりかかった「そるじゃぁ・ぶるぅ」にブルーからの優しい思念が届いた。
『ハッピーバースデー、ぶるぅ。…サンタクロースは来てくれたかい?』
「…え、えっと…。来てくれたけど…。プレゼントもいっぱい置いてあるけど、お願いしといた土鍋がないの…。寝床の土鍋をお願いしたのに、凄く大きいのを貰っちゃったの!」
 こんな土鍋じゃ寝られないよう、と泣きかかった所へブルーの思念がふうわりと。
『おやおや…。本当に大きな土鍋だねえ? でも、ぶるぅ。昔から大は小を兼ねると言うんだよ。もしかしたら中に寝床サイズも入れてあるかもしれないよ?』
「えっ、ホント?!」
 大急ぎでリボンを解いて巨大土鍋の蓋をサイオンで開けてみた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は歓声を上げた。
「うわぁ、土鍋だ! ぼくの土鍋だ、割れちゃったヤツが帰って来たよ!」
『良かったね、ぶるぅ。サンタクロースが修理して届けてくれたんだろう。良い子にしてれば御褒美を貰えることが分かったかい?』
「うんっ! ひい、ふう、みい…。全部ある、全部帰って来たよ~!」
 ブルーが青の間に隠していたとも知らない「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大感激だ。そこへ…。



『『『ハッピーバースデー、そるじゃぁ・ぶるぅ!』』』
 シャングリラ中からの思念が湧き上がり、ブルーがテレポートで現れた。
「ぶるぅ、7歳の誕生日、おめでとう。今年もバースデーケーキは用意したけど、お前の夢の超特大の土鍋カステラを一緒に作ろう。ぼくとシャングリラのみんなでね」
 せっかくサンタクロースがくれたんだから、とブルーはニッコリ笑ってみせた。
「もしかしたら土鍋が届くかも、と思っていたから特別なキッチンを作らせたんだ。さあ、ぼくとぶるぅのサイオンでそこまで運ぼうか」
「で、でも…。ぼく、土鍋カステラ、失敗ばかりで作れないの!」
 まだまだ研究できていないの、と残念そうに巨大土鍋を見詰める「そるじゃぁ・ぶるぅ」に、ブルーは「大丈夫さ」と微笑み、小さな銀色の頭をクシャリと撫でた。
「土鍋カステラには作り方というのがあるんだよ。教えてあげるから、まずは泡立て器で卵をしっかり泡立てるんだね」
「分かった! ぼく、頑張る!」
 おっきなカステラ作るんだぁ! と大喜びの「そるじゃぁ・ぶるぅ」の土鍋カステラ作りは今日を境に飛躍的に進歩するだろう。シャングリラの公園には恒例となった巨大バースデーケーキが御神輿のように担ぎ上げられて到着で…。
『ソルジャー、卵は何処で泡立てますか?!』
『ケーキが先ですか、それとも先に土鍋カステラを仕込みますか!?』
 ワイワイと騒ぐ皆の思念に、ブルーが「そるじゃぁ・ぶるぅ」と手を繋ぎ。
『今からぶるぅとそっちに行くよ。土鍋をキッチンに運んでからね』
 バースデーにはケーキからだ、という思念を合図に公園のあちこちでクラッカーが弾け、バースデーソングの大合唱が湧き起こる。
「そるじゃぁ・ぶるぅ」、7歳の誕生日、おめでとう!



            クリスマスの土鍋・了


※悪戯小僧な本家ぶるぅ、12月25日で満7歳。
 2007年の12月25日で1歳でしたから、6年間も生きてきたようです。
 これからもブルー大好きっ子で元気に過ごして欲しいですねえ。
 お誕生日しか出番が無いけれど、実はブルーを青い地球まで連れて行っちゃいますよ!
 そのお話を御存知ない方は、下のバナーから 『赤い瞳 青い星』 へどうぞv
 ←本家ぶるぅ版・ブルー生存EDです!

 そして「ぶるぅと土鍋」の図です! クリックで拡大できます、可愛いですよね~。
←両隣のコロコロは「ぬいぐるみ」!
 リンドウノ様からの頂き物です、感謝ですv






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