シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園、今日も平和に事も無し。桜の季節が終わって新年度スタートに伴うドタバタも終了、私たちは今年も不動の1年A組。担任はグレイブ先生です。もうすぐ朝のホームルームが始まりますけど、ここに困った問題が。
「…キース先輩、まだ来ませんよ?」
「変だよなあ…。欠席、昨日までの筈だぜ」
昨日の夜には帰った筈で、とサム君が。
「アレだろ、大学の同期の寺の法要だろ? なんか飛行機で」
「そうみたいねえ、キースの大学、お坊さんの世界じゃエリート大学らしいものね」
全国区で学生が集まるのよね、とスウェナちゃん。
「何処まで行ったんだったかしら? 遠かったわよね、飛行機なほどに」
「電車も通ってはいますけどねえ…」
あそこは流石に飛行機の方が早いですよ、とシロエ君。
「でも、最終便で飛んだとしたって、今日は学校に来る筈ですけど」
「飛行機、飛ばなかったとか?」
そういうこともあるし、とジョミー君が言い、マツカ君も。
「その可能性はありますね。だとしたら今日は欠席ですか…」
「この時間に来てなきゃ、それっぽいよな?」
来ねえもんな、とサム君が教室の扉の方を眺めた所で予鈴がキンコーンと。暫く経ったら本鈴が鳴って、グレイブ先生が靴音も高く現れて。
「諸君、おはよう。…それでは今から出席を取る」
グレイブ先生は順に名を呼び、キース君の所になると。
「キース・アニアン…。欠席だったな」
よし、と名簿をペンで叩いてますから、欠席の連絡があったのでしょう。飛行機、飛ばなかったんでしょうか、そういうケースもありますよねえ?
グレイブ先生はキース君の欠席理由を言わなかったため、飛行機が飛ばなかったんだと思った私たちですが。休み時間に携帯端末を操作していたシロエ君が「えっ?」と。
「なんだよ、どうかしたのかよ?」
サム君の問いに、シロエ君は。
「いえ…。キース先輩が乗る予定だった飛行機、ちゃんと飛んでますよ?」
「「「え?」」」
まさか、と顔を見合わせた私たち。
「最終便は飛んだかもしれねえけどよ、他の便かもしれねえぜ?」
欠航しちまって、最終便も満席で乗れなかったとか、とサム君が意見を述べましたけれど。
「その線は、ぼくも考えました。…でもですね、昨日の便は全部飛んでるんですよ」
定刻通りのフライトです、とシロエ君。
「ついでに、こっちの空港の方も調べましたけど…。せいぜい五分遅れの到着くらいで」
「マジかよ、それじゃキースは飛行機、乗ってねえのかよ?」
「さあ…。帰っては来たのかもしれませんが…」
法要疲れで今日は欠席ということも、とシロエ君は心配そうな顔。
「キース先輩に限って、それだけは無さそうなんですけれど…。それが本当に休みとなったら…」
「相当に具合が悪いってこともあるよね、うん」
風邪は無いだろうけど食あたりとか、とジョミー君が。
「遠い所まで行ったわけだし、法要の他にも観光とかに連れて貰っていそうだし…。珍味だからって何かを食べてさ、あたったとか」
「「「あー…」」」
それはあるかもしれません。地元の人なら慣れた味でも、観光客の舌には合わないというケース。普通だったら「不味い」と残してしまう所を「もったいないから」と食べそうなのがキース君です。無理をして食べて、自分は良くても身体が悲鳴を上げたとか…。
「…やっぱり、食あたりの線でしょうか?」
シロエ君が見回し、スウェナちゃんが。
「風邪よりは、そっちがありそうよねえ…」
「そうですよねえ…。明日は来られるといいんですけど、キース先輩」
早く治るといいですよね、というシロエ君の台詞で、欠席理由は食あたりに決定してしまいました。何を食べたんでしょうか、キース君。早く治るといいんですけど…。
キース君の欠席で一人欠けた面子。とはいえ、法要で一昨日からお休みでしたし、それが一日延びただけ。こんな日もあるさ、と放課後は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ揃って出掛けて行ったんですけど…。
「かみお~ん♪ 授業、お疲れ様!」
「いらっしゃい。キースが一足お先に来てるよ」
「「「えっ!?」」」
なんで、とビックリ、会長さんの言葉通りにソファに座っているキース君。「よっ!」と軽く右手を挙げて。
「すまん、急いで来てみたんだが…。最後の授業の後半に滑り込んでもな…」
無駄に迷惑を掛けるだけだからこっちに来た、とキース君。
「コーヒーだけで待っていたんだ、一人だけ菓子を食うのも悪いし」
「…キース先輩、食あたりだったんじゃないんですか?」
シロエ君が口をパクパクとさせて、キース君は不審そうな顔。
「食あたりだと? 何処からそういう話になったんだ、シロエ」
「え、えっと…。先輩が乗る筈だった飛行機は全部飛んでましたし、欠席となったら食あたりという線じゃないかと…。地元密着型のグルメで」
「そういうものなら御馳走になったが、俺はそんなに腹は弱くない!」
もっとも、まるでハズレというわけでもないが…、とキース君。
「法要の後で食べに行かないか、と誘って貰って車で出掛けた。それが欠席の原因ではある」
「…食あたりとは違うのに…ですか?」
「ああ。美味しく食べて、ちゃんと車で空港まで送って貰ったんだが…。おっと」
菓子が来たか、とキース君が言葉を切って、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「今日はイチゴのジャンボシュークリーム! はい、どうぞ!」
イチゴたっぷりだよ! と配って回られた大きなシュークリームが乗っかったお皿。飲み物の注文も取って貰ってティータイムですけど、キース君の欠席転じて放課後だけ登校って、いったい何があったんでしょう…?
「…実はな、飛行機に間に合わなかったんだ」
最終便に乗り損なった、とキース君はシュークリームを頬張りながら報告を。
「仕方ないから朝一番の便で、と思ったんだが、これが満席で…。次の便にキャンセル待ちで乗れたが、こっちの空港で荷物が出るのが遅れたりして…」
なんだかんだで学校には間に合わなかったんだ、とキース君。そういうケースも想定したため、朝一番で学校に欠席の連絡をしたのだそうで。
「…乗り損なったんですか、最終便…」
まさか空港で転んだとか、とシロエ君が尋ねると。
「いや、そうじゃない。…空港に着いた時には離陸して行く飛行機が見えたな」
俺が乗る筈だったヤツが、ということは…。道が混んでましたか?
「渋滞したらマズイから、と早めに出ては貰ったんだが…。途中で踏切に捕まったんだ!」
「「「踏切?」」」
「そうだ、電車の踏切だ!」
そこで全てが狂ってしまった、とキース君はブツブツと。
「一本通過するだけなんだが、その電車が途中でトラブルらしくて…。閉まった踏切が開いてくれんのだ、信号か何かの関係で!」
「「「あー…」」」
それは不幸な、と誰もが納得。踏切は一つ間違えたら事故になりかねない場所、一度閉まったらそう簡単には開きません。たとえ電車が止まっていても。
「…電車の駅がすぐそこだったら、駅員さんが駆け付けて対応出来るんだろうが…」
「近くに駅が無かったんですか?」
「あるにはあったが、立派な無人駅だったんだ!」
どうにもならん、と頭を振っているキース君。結局、踏切は多くの車を踏切停止に巻き込んだままで閉まり続けて、後ろからは何も知らない車が次々来る始末で。
「…バックで出ようにも、横道に入ろうにも、逃げ場無しでな…」
やっとのことで踏切が開いて、キース君を乗せた同期のお坊さんはスピード違反ギリギリの速度で突っ走ってくれたらしいのですけど、目の前で離陸して行ってしまった最終便。キース君は法要があったお寺に逆戻り、もう一泊して帰って来たというわけで…。
「開かずの踏切だったんですか…」
踏切相手じゃ勝てませんね、とシロエ君。
「お疲れ様でした、キース先輩。…食あたりだなんて言ってすみませんでした」
「いや、地元グルメは本当だから別に…。ただ、あの踏切には泣かされた」
いくら電車とぶつからないためだと分かってはいても、あの遮断機が恨めしかった、とキース君は嘆いています。何度も時計を見ては焦って、次第に諦めの境地だったとか。
「なんとか乗れるように頑張ってやる、と言ってはくれたが、ヤバイというのは分かるしな…」
「そうだろうねえ、刻一刻と時間は過ぎてゆくわけなんだし」
あった筈の余裕が削られてゆくのは非常に辛い、と会長さん。
「ぼくみたいに瞬間移動が出来れば、「失礼するよ」と車から消えて終わりだけどさ」
「俺にあんたの真似が出来るか!」
「うん、だからこそ飛行機に乗り損なって放課後ギリギリの登校だよねえ…」
踏切ってヤツは最強だよね、と会長さんは笑っています。「普通人だと勝てない」と。
「あれは瞬間移動で抜けるか、踏切の上を飛び越えるか…。どっちにしたってサイオンが無いと」
「かみお~ん♪ ぼくも踏切、抜けられちゃうよ!」
引っ掛かったら瞬間移動で通るもん! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「周りに人はいないかな~、って見てからパッと!」
「「「うーん…」」」
そういう技は私たちにはありません。遮断機が下りたらそこでおしまい、電車の通過を黙って待つだけ。たとえ飛行機が飛んでゆこうが、乗る予定だった電車が走り去ろうが。
「…踏切、ホントに最強っぽいね…」
アレに捕まったらおしまいだもんね、とジョミー君も言ってますけど、事故防止には欠かせないのが踏切。遮断機が下りてくれるからこそ、電車とぶつからずに済むわけで…。
「…それはそうだが、俺のような目に遭ってしまうと恨むぞ、踏切」
「なまじ最強の相手なだけに、文句も言えませんからねえ…」
文句があるなら黙って電車とぶつかってこい、と叱られそうです、とシロエ君が零した言葉に、会長さんが「そうか、踏切…」と呟いて。
「踏切があったらいいんだけどね?」
「「「へ?」」」
踏切って、何処に踏切があればいいんでしょう? 通行人には迷惑っぽい踏切ですけど…?
キース君が捕まってしまった開かずの踏切。そうでなくても通行するには困り物なのが踏切だという流れだったと思いますけど、「あったらいいのに」と会長さんの妙な台詞が。
「あんた、踏切の肩を持つのか、いくら自分は引っ掛からないのか知らないが!」
俺はあいつのせいで欠席になってしまったんだが、とキース君が噛み付くと。
「えーっと、本物の踏切じゃなくて…。それっぽいモノ…?」
「「「それっぽい…?」」」
ひょっとしてオモチャの踏切でしょうか、電車の模型を走らせる時とかについてくるヤツ。電車好きの人だと本格的なのを家の敷地内で走らせて駅だの踏切だのと…。
「ううん、電車を走らせるわけでもないんだな。…相手は勝手に走って来るから」
「「「はあ?」」」
何が走って来るというのだ、と顔を見合わせ、キース君が。
「イノシシか? 確かにヤツらは墓地で暴れるしな、踏切で遮断出来たら有難いんだが…」
こう、警報機が鳴って遮断機が下りたらイノシシが入れない仕組みとか…、と。
「そっち系で何か開発するなら、ウチの寺にも是非、分けてくれ!」
「うーん…。それはイノシシを止める方だし…」
ぼくが思うのとは逆のモノかも、と会長さん。
「ぶつかりたくないという意味ではイノシシに似てはいるんだけどさ…。止めるよりかは、通過させた方がマシっぽいかな、と」
「なんですか、それは?」
意味が全く謎なんですが、とシロエ君が口を挟むと、会長さんは。
「アレだよ、アレ。…何かって言えばやって来る誰か」
「「「あー…」」」
理解した、と無言で頷く私たち。その名前を出す馬鹿はいません、来られたら真面目に困りますから、名前を出すのもタブーなソルジャー。別の世界から来る会長さんのそっくりさんで…。
「アレが来た時に遮断機が下りて、ぼくたちとアレの間をキッチリ分けてくれればねえ…」
「なるほど、アレだけが勝手に走り去るわけだな、遮断機の向こうを」
そういう踏切なら俺も欲しい、とキース君。
「たとえ開かずの踏切だろうが、有難いことだと合掌しながら通過を待つな」
「ぼくもです! お念仏は唱えませんけど、踏切に文句は言いませんよ」
アレとぶつからずに済むのなら…、とシロエ君も。私だって欲しい踏切ですけど、会長さんのサイオンとかで作れませんかね、その踏切…?
別の世界から踏み込んで来ては、迷惑を振り撒いて去ってゆくソルジャー。歩くトラブルメーカーと名高いソルジャーと遭遇せずに済むなら、踏切の設置は大歓迎です。遮断機が下りているせいで「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に入れなくなるとか、会長さんの家に行けないオチでも。
「あんた、作れるのか、その踏切を?」
サイオンでなんとか出来そうなのか、と開かずの踏切の恨みも忘れたらしいキース君。
「作れるんなら、是非、作ってくれ! アレとぶつからない踏切を!」
「会長、ぼくからもお願いします! 文句は絶対、言いませんから!」
ぶるぅの部屋に入れなくても表で待っていますから、とシロエ君も土下座せんばかりで。
「会長の家に出掛けた時にエレベーター前で三時間待ちでも、本当に黙って待ってますから!」
「俺もだぜ。まだ遮断機が上がらねえのかよ、なんて言わねえよ、それ」
踏切は事故防止のためにあるんだからよ、とサム君も賛成、ジョミー君たちも。
「作れるんなら作ってよ! 閉まりっ放しの踏切になってもいいからさ!」
「そうよね、開かずの踏切になってしまっても、ぶつかるよりずっといいものねえ…」
「ぼくもです。…踏切、作れそうですか?」
マツカ君までがお願いモードで、私たちもペコペコ頭を下げたんですけど。
「…どうだろう? なにしろ相手はアレだからねえ…」
接近を感知して遮断機を下ろす所からして難しそうだ、と会長さん。
「電車と違って、定刻に走っているわけじゃないし…。信号機だって無いんだし…」
「そうだな、時刻表も信号も無視の方向だな、アレは」
俺の家の墓地に出るイノシシと変わらん、とキース君が溜息を。
「これから行きます、と予告して走って来るわけでもなし、踏切は無理か…」
「ぼくのサイオンがもう少しレベルが高かったらねえ…」
来るぞと思った所で遮断機を下ろすんだけれど、と会長さんも残念そうに。
「でもって、後は通過待ちでさ…。走り去るのを待つってだけなら、どんなにいいか…」
「やはり無理だというわけだな?」
開かずの踏切以前に設置が無理なんだな、とキース君が尋ねると。
「それもそうだし、アレの方がね…。踏切があっても、乗り越えて走って来そうだってば」
「「「うわー…」」」
電車の方から飛び出して来たのでは勝てません。けれど相手はアレでソルジャー、踏切できちんと待っていたって、遮断機の向こうから出て来そうです、はい~。
あったら嬉しいソルジャー遮断機、けれども実現は不可能っぽい夢のアイテム。それさえあったら何時間でも通過を待てる、と誰もが思っているんですけど。
「…いろんな意味で難しいんだよ、ぼくも出来れば欲しいんだけどね…」
アレとぶつからないで済む踏切、と会長さんが言った所へ。
「こんにちはーっ!」
遊びに来たよ、と飛び込んで来たのが当のソルジャー、ふわりと翻った紫のマント。空いていたソファにストンと腰掛け、「ぼくにもおやつ!」と。
「オッケー、ちょっと待っててねーっ!」
キッチンに走った「そるじゃぁ・ぶるぅ」がイチゴのジャンボシュークリームと紅茶を持って戻って来て、ソルジャーは「ありがとう」とシュークリームにフォークを入れながら。
「…キースが災難だったんだって?」
「あ、ああ…。飛行機に乗り損なったというだけなんだが」
「開かずの踏切だったんだってね、踏切は何かと面倒だよねえ…」
ノルディとドライブしている時にも捕まっちゃうし、とソルジャー、相槌。
「車ごと瞬間移動で抜けられないこともないんだけれど…。こっちの世界のルールもあるしね」
踏切くらいは我慢しようと思っていた、と言うソルジャー。
「だけど、ブルーとぶるぅは我慢してないみたいだねえ? さっきの話じゃ」
「う、うん…。まあ…。時と場合によるけれど…」
「かみお~ん♪ ちゃんと待ってることも多いよ、踏切!」
電車がすぐに通るんだったら待つんだもーん! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコと。
「どんな電車が走って来るかな、って見てて、手を振る時だってあるし!」
「そうなのかい?」
「うんっ! 運がいいとね、沢山の人が電車から手を振ってくれるの!」
それが楽しみ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。確かに小さな子供が手を振っていたら、振り返してくれる人も多そうです。ソルジャーは「なるほどねえ…」と顎に手を当てて。
「踏切はコミュニケーション手段としても役立つわけだね、手を振るとかで」
「それはまあ…。ぶるぅみたいな子供の場合は…」
「だったら、作ってみる価値はあるね! その踏切!」
「「「はあ?」」」
ソルジャーとぶつからないように踏切を作れないかという話だったと思うんですけど、ソルジャーが自分でその踏切を作るんですか…?
会長さんが作りたかったソルジャー遮断機、夢の踏切。けれど無理だと諦めの境地だった所へ来たのがソルジャー、しかも「踏切を作ってみる価値はある」という発言。
「…君が踏切を作るのかい?」
どういうヤツを、と会長さん。
「まさか本物じゃないだろうねえ、それは法律に反するからね!」
踏切は勝手に設置出来ない、とソルジャーに釘を。
「此処に踏切があればいいのに、と思ったとしても作れないんだよ、許可が出ないと!」
「ふうん…? 面倒なんだね、踏切ってヤツは」
「電車がスムーズに走れるようにという意味もあるし、事故を起こさないためでもあるし…。色々と決まりがややこしいんだよ、踏切は!」
「本物はそうかもしれないけれど…。君が言ってたようなヤツならいいんだろう?」
ぶつからないように作る踏切、とソルジャーは会長さんを見詰めて。
「ぼくとぶつからないようにしたいんだっけね、君の理想の踏切は?」
「…そ、そうだけど…。でも、そこまで分かってくれているなら、踏切は別に…」
要らないと思う、と会長さん。
「君が自分で心得てくれればいいだけのことで、踏切で遮断しようとまでは…。君にも事情があるんだってことは知っているから」
こっちの世界でストレス解消してるんだよね、という確認にソルジャーは。
「その通り! SD体制で苦労しているぼくにとっては、こっちの世界はパラダイス!」
ついでに地球だし余計に美味しい、と満面の笑顔。
「おまけに君たちとも遊べるんだしね、今度は踏切で遊んでみたいと!」
「「「踏切?」」」
どう遊ぶのだ、と思いましたが、ソルジャー遮断機な踏切だったら、遮断機を越えて出て来るソルジャーとぶつからないように逃げ回るだとか、そういうゲームをするんでしょうか?
「えーっと…。コミュニケーションとしては、それも面白いんだけど…」
鬼ごっこみたいでいいんだけれど、と言うソルジャー。…その踏切、他に遊び方がありますか?
「遊び方と言うより、踏切の仕組みが別物かな、うん」
「「「別物?」」」
どんな踏切を作る気でしょうか、ソルジャー遮断機と似たような感じで、かつ別物の踏切って?
踏切で遊びたいと言い出したソルジャー、基礎になるものは会長さんのアイデアの筈。ソルジャーが暴走している時でも遮断機が下りて待てば済むだけ、暴走ソルジャーが去って行ったら踏切が開いて通れる仕組みだと思いましたが…。
「そう、そこなんだよ、踏切は電車と人とが出会う場所なんだよ!」
片方は待って、片方は通過してゆく場所で…、とソルジャーは指を一本立てました。
「…でもね、さっき、ぶるぅが言ってたみたいに、電車に手を振る人もいるわけで…。電車の方でも手を振るわけで!」
「それは電車が手を振るっていう意味じゃないから!」
乗客だから、と会長さんが間違いを正すと、「分かってるってば!」という返事。
「そのくらいは分かるよ、だけどアイデアが出来たんだよ! 踏切を使ってコミュニケーション、うんと仲良くなれる方法!」
「「「…へ?」」」
ソルジャーと仲良くなるんでしょうか、踏切の向こうを暴走中の? 今でも充分に仲がいいんだと思ってましたが、もっと仲良くしたいんですかね?
「だから、別物だと言ったじゃないか! 踏切の仕組みが!」
まるで違うのだ、とソルジャー、キッパリ。
「この踏切はね、ある意味、開かずの踏切に近いものかもねえ…」
「「「開かずの踏切?」」」
「そうだよ、行く先々で踏切に出会って通れなかったら、開かずの踏切みたいだろう?」
「…何を作る気?」
何処へ行っても君とバッタリ出会う仕組みじゃないだろうね、と会長さんが訊くと。
「惜しい! もうちょっとってトコだよ、出会いの踏切には違いないしね!」
「「「…出会いの踏切?」」」
ますます分からん、と首を捻った私たちですが、ソルジャーは。
「そのまんまだよ、出会うんだよ! 踏切があれば!」
「…誰に?」
会長さんの問いに、ソルジャーが「出会いで察してくれたまえ」と。
「もうハーレイしかいないじゃないか、こっちの世界の!」
「「「教頭先生!?」」」
教頭先生と出会う踏切って、どんなのですかね、しかも開かずの踏切ですよね…?
ソルジャー曰く、出会いの踏切。それを作ると教頭先生に出会うって…。どういう仕組みの踏切でしょうか、まるで全く謎なんですけど…。
「平たく言うとね、ブルー限定の踏切なんだよ、ぼくじゃなくって、こっちのブルーで!」
そこのブルー、とソルジャーが指差す会長さんの顔。
「ブルーが歩くと出くわす踏切、行く先々でハーレイとぶつかる羽目になるってね!」
「「「ええっ!?」」」
どういうヤツだ、と思いましたが、ソルジャーは自信満々で。
「ぼくはブルーと違って経験値が遥かに高いからねえ、もう簡単なことなんだよ! ブルーとこっちのハーレイの間をちょちょっと細工するだけで!」
「何をするわけ?」
会長さんの声が震えていますが、ソルジャーが気にする筈などが無くて。
「出会えるようにと行動パターンをシンクロさせれば、それでオッケー! 何処へ行ってもバッタリ出会えて、挨拶するしか無いってね!」
出会ったからには挨拶だろう、と極上の笑み。
「ただでも教師と教え子なんだし、別の方面だとソルジャーとキャプテンって関係になるし…。無視して通るというのは無いねえ、それにハーレイはブルーにぞっこん!」
たとえブルーが無視したとしても、ハーレイからは挨拶が来る、と鋭い指摘も。
「一度目は偶然で済むだろうけれど、何度も重なれば偶然とは思えないからねえ…。ハーレイにしてみれば運命の出会いで、もう間違いなく赤い糸だよ!」
そういう糸があるらしいじゃないか、とソルジャーは自分の左手の小指を右手でキュッと。
「小指と小指で赤い糸なんだってね、いつか結婚する二人! それで結ばれているに違いないとハーレイが思い込むのが見えるようだよ、出会いの踏切!」
「迷惑だから!」
そんな踏切は要らないから、と会長さんが叫びましたが、ソルジャーにサラッと無視されて。
「素晴らしいよね、運命の赤い糸に引かれて出会う踏切! ブルー限定!」
「だから、要らないと言ってるのに!」
「ダメダメ、こうでもしないと出会えないしね、もう永遠に!」
「出会いたいとも思わないから!」
あんなのと出会う趣味は無いから、と懸命に断る会長さん。けれどソルジャーは自分の素敵なアイデアに夢中、これは諦めるしか道は無いんじゃあ…?
出会いの踏切は御免蒙ると、お断りだと会長さんは必死に言ったのですけど。ソルジャーは「照れないで、ぼくに任せておいてよ」と片目をパチンと。
「踏切の話が出たのも何かの縁だし、キースが開かずの踏切に捕まって飛行機に乗り遅れたのも、神様からのお告げなんだよ! 出会いの踏切を作れという!」
「お、お告げって…。神様って、それは絶対、違うと思う…!」
キースが出掛けた先はお寺で…、と会長さんが「違う」と主張し、キース君も。
「神様の線は限りなく薄いと思うんだが…。そりゃまあ、行った先の寺の境内にはお稲荷さんの祠もあったが、主役は仏様でだな…!」
「そこはどうでもいいんだよ! 神様だろうが、仏様だろうが、細かいことは!」
誰のお告げかは細かいことだ、とソルジャーも負けてはいませんでした。
「とにかく、ぼくはお告げを受けたし、受けたからには引き受けなくちゃね! ブルーよりも強いサイオンを持っているというメンツにかけても、ここは踏切!」
出会いの踏切を作らなくては、とソルジャーが立てた右手の人差し指。
「えーっと…。まずはブルーで…」
スイッと指が円を描いて、私たちは「ん?」と。
「今の、なんだよ?」
サム君が訊いて、ジョミー君が。
「さあ…? 別になんにも見えなかったけど…?」
いつもだったら青いのがキラッと光る筈で、と言い終わらない内に、ソルジャーの指がスッと壁の方へ。あの方向には本館があったと思います。教頭室も入っている本館。
「お次が、こっち、と。よし、ハーレイは仕事中だし…」
こんな感じで、とスイッと円が描かれ、それから左手の指も出て来てチョイチョイと。えーっと、何かを結んでるように見えますが…?
「はい、正解! 結んだってね、別にやらなくてもいいんだけれど…。ビジュアルってヤツも大切かなあ、と思ってね!」
運命の赤い糸を結んでみましたー! とソルジャーは胸を張りました。
「これで出会いの踏切は完璧、行く先々でバッタリと!」
「ちょ、ちょっと!」
ぼくは頼んでいないんだけど、と会長さんが慌てましたが、ソルジャーの耳には聞こえないのか、都合よく聞き間違えているのか。
「遠慮しないで、受け取っておいて! ぼくのプレゼント、出会いの踏切!」
お幸せにー! と消えたソルジャー、自分の世界へ帰ってしまったみたいですねえ…?
「…出会いの踏切って…」
迷惑にもほどがあるだろう、と会長さんはプリプリと。
「行く先々でハーレイとバッタリで運命の糸って、有り得ないから! それ自体が!」
「それは運命の糸の方なのか、バッタリ出会う方か、どっちだ?」
キース君の問いに、「両方だよ!」と会長さん。
「ぼくとハーレイの間に赤い糸なんかがあるわけがないし、バッタリ出会う方だって無いね! ぼくとハーレイの行き先が重なることなんて無い!」
現に今日だって帰るだけだし…、と会長さんがフンと鼻を鳴らして、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も。
「えとえと…。瞬間移動で帰っちゃうんだし、ハーレイと会う場所、何処にも無いよね…」
「ほらね、ぶるぅもそう言ってるし! 会うわけがないよ!」
あれはブルーの脅しも入っているのだろう、と会長さん。
「いくらブルーでも、出会いの踏切とやらを簡単に作れるわけが…。信じて引きこもったら負けってことだよ、人間、大いに出歩かないとね!」
今日は帰って寝るだけとはいえ、この先も存分に出歩いてなんぼ! と会長さんは出会いの踏切を否定しました。騙されたらぼくの負けだから、と。
「…というわけでね、ブルーの罠には引っ掛からないよ。あ、そろそろ帰る時間だっけ?」
「そうだな、今日は邪魔をした」
早い時間から押し掛けてすまん、とキース君が謝ると、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「ううん、お客様は大歓迎! いつでも来てね!」
「そう言って貰えると有難い。…じゃあ、また明日」
帰ろうか、と立ち上ったキース君と前後して私たちも溜まり場に別れを告げることに。鞄を手にして壁をすり抜け、生徒会室から廊下へと出て歩き始めましたが…。
「あっ、忘れたあ!」
ぶるぅの部屋に携帯端末を置き忘れて来た、とジョミー君が鞄の中を探って、「無い…」と。
「ちょっと取ってくる、少し待ってて!」
「ウッカリ者だねえ…。ちゃんと届けに来たってば」
はい、と会長さんが現れて携帯端末を手渡し、ジョミー君が「ありがとう!」と返した所へ。
「おっ、お前たち、今、帰りか?」
良かったら飯でもおごってやろう、という声が。まさかまさかの教頭先生、これって偶然会っただけですよね、そうですよねえ…?
何故だかバッタリ出会ってしまった教頭先生、それに会長さん。もちろん会長さんはギョッとした筈ですが、そこは教頭先生をオモチャにして長いだけあって、平然と。
「晩御飯、おごってくれるって? ぼくの好みの店は高いよ?」
ついでに、みんなのタクシー代も出してくれるんだろうね、と注文を付けられた教頭先生は。
「任せておけ! 何処へ行くんだ、いつものパルテノンの焼肉屋か?」
「それもいいけど、たまに串カツの店もいいかな、と…。ねえ、ぶるぅ?」
「うんっ! 活けの車海老とかを揚げてくれるの、美味しいんだよ!」
あそこがいいな! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」も。そのお店には何度も行ってますけど、ハッキリ言って高いです。とても串カツとは思えないお値段、そういうお店。けれど教頭先生は…。
「分かった、私の車とタクシーで行こう。誰が私の車に乗るんだ?」
「「「え、えーっと…」」」
どうしようか、と会長さんを除いた面子でジャンケンで決めたんですけれど…。狙ったかのように柔道部三人組が乗ることになったんですけれど…。
「…おい、怖くないか?」
有り得ないことが起こっていないか、とキース君に訊かれたタクシーの車内。そう、教頭先生の車に乗って行く筈だったキース君がジョミー君と一緒に乗っています。
「うん、怖い…。ブルーがあっちに乗ってるだなんて…」
信じられないよね、とジョミー君も。私たちは学校前でタクシーを二台止めたんですけど、どうしたわけだか、タクシーの車内は芳香剤の匂いが効きすぎていました。一台は異様にオレンジの香りで、もう一台は先にお坊さんの団体様でも乗せていたのかと思うほどの抹香臭さで。
「…あいつが自分で選んだ道だが、予言通りになってるぞ」
教頭先生と出会いまくりだ、とキース君がタクシーの後ろを眺めて、ジョミー君が。
「だよねえ、キースと交代だなんて…」
どうかと思う、と頭を振っているジョミー君。運転手さんには言えませんけど、こちらが抹香臭い一台。会長さんならシールドで防ぐとか方法は色々ありそうな気がするというのに、オレンジの香りの車を見送った後のがコレだと知ったらキース君を捻じ込んで行ったのでした。
「…俺なら職業柄、慣れているだろうとは言いやがったが…」
「ブルーも思い切り、同業者だよね?」
しかも緋色の衣なんだけど、とジョミー君。伝説の高僧、銀青様が会長さんのもう一つの顔。遊びに行く時にそっちの顔は遠慮したかったのかもしれませんけど、教頭先生の車に乗って行くだなんて、例の踏切に引っ掛かったりしてないでしょうね…?
これが出会いの踏切の始まり、もう次の日から会長さんは行く先々で教頭先生とバッタリ出くわす運命に陥ってしまいました。学校はもちろん、買い物に出掛けた店でバッタリ、道でもバッタリ会うというのが恐ろしいです。
「…ど、どうしよう…。ハーレイが勘違いし始めてるのが分かるんだけど…」
運命を感じちゃってるみたいで、と会長さんが愚痴る放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋。今日も今日とてバッタバッタと出会いまくりで、昼御飯も一緒に食べる羽目になったのだとか。
「教職員専用食堂も悪くないけど…。ぶるぅもおごって貰えるんだけど…」
なんだって二日に一度というハイペースであそこで食事なのだ、と嘆かれたって困ります。教頭先生とバッタリ会うから誘われるわけで、会わなきゃ誘われないわけで…。
「それは確かにそうなんだけど…! 会ったからにはおごらせてやる、と考えちゃうのも間違いないけど、ハーレイの方では、そろそろ運命…」
赤い糸を夢見ているらしくって、と会長さんが見ている自分の小指。
「このまま行ったら、その内、いつも花束を抱えて歩きかねないから! 学校はともかく、外で買い物とか、散歩の時には!」
「…まるで無いとは言い切れないな。そのパターンもな」
元から惚れてらっしゃるんだし…、とキース君。
「出会いの踏切とはナイスなネーミングだったと思うしかないな、あんたが花束を貰うようになった暁にはな」
「そういうつもりは無いんだってば! 運命の糸も、花束を貰うパターンってヤツも!」
会長さんが反論すると、キース君は。
「しかしだ、あんた、婚約指輪も確かあるんじゃなかったか? 受け取らないで突っ返しただけの高い指輪が」
「「「あー…」」」
あったっけ、と思い出してしまったルビーの指輪。教頭先生が思い込みだけで買ってしまって、家に死蔵してらっしゃるヤツが。
「…そいつの出番が来るかもしれんぞ、花束の次は」
「嘘…。ハーレイがアレを持ち出すだなんて…」
「運命だしなあ、後は時間の問題じゃないか?」
今のペースで会い続けていたら、夏休みまでには指輪が出そうだ、とキース君。私たちだってそう思います。ソルジャーが仕掛けた出会いの踏切、それの遮断機が上がらない限り…。
こうして会長さんと教頭先生は出会いまくりで、花束も登場しそうな勢いに。私たちが校内で見掛ける教頭先生はいつも御機嫌、会長さんとセットで晩御飯も何度も御馳走になりました。豪華な食事が食べられるだけに、私たちは教頭先生と同じでホクホクですけど…。
「…今日も会えるかな、教頭先生」
帰りにバッタリ会えるといいな、とジョミー君が大きく伸びをしている放課後。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋は今日も平和で、会長さんだけが黄昏れていて。
「…もう勘弁して欲しいんだけど…。この部屋からウッカリ出てしまうパターン…」
「それはあんたの責任だろうが。俺たちは知らん」
「キース先輩が言う通りですよ。気を付けていれば、出ないで済むと思うんですけど…。あ、今日は中華が食べたいですねえ、豪華にフカヒレ尽くしとか」
「美味そうだよなあ、今日はフカヒレで頼んでくれよ!」
よろしく、とサム君に声を掛けられた会長さんは。
「…サムの頼みだったら、喜んで…。ただし、ハーレイと会ったらだけど」
出来れば会いたくないんだけれど、とブツブツブツ。サム君とは公認カップルと称して付き合えるくせに、教頭先生はお呼びじゃないのが会長さんです。でも…。
「今日も会っちゃうと思うわよ? また野次馬とか、そういう感じで」
「…ぼくは自己嫌悪に陥りそうだよ…!」
スウェナちゃんが言う野次馬というのは、会長さんが一番沢山引っ掛かったケース。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋から外に出なければ教頭先生には会わないというのに、何処かのクラブで何かが起こって野次馬多数、というのに釣られて出てしまうパターン。
「今日も野次馬かな、陸上部で新記録が出るかも、って噂だったし」
新記録だったら間違いなくお祭り騒ぎになるし、とジョミー君がフカヒレ尽くしの中華に期待で、私たちもドキドキワクワクです。新記録が出たら、真っ先に走って出掛けなくては…!
「ぼくは此処から動かないからね!」
「…あんた、そう言いつつ、百パーセントの確率で釣られているだろうが!」
自制心というのは無いのか、とキース君が笑った所へ、部屋の空気がユラリと揺れて。
「…自制心…。それがあったら困らないよ…」
ぼくとしたことがやりすぎた、とバタリと床に倒れたソルジャー。お芝居にしては上手すぎですけど、まさかホントに倒れたんですか…?
あのソルジャーが倒れるなんて、と思ったんですが、お芝居ではありませんでした。キース君たちがソファに寝かせて、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が額を冷やして、暫く経つと。
「…出会いの踏切、最高だと思ってたんだけど…。ぼくとハーレイにもかけたんだけど…」
会長さんたちの出会いっぷりが素晴らしかったので、ソルジャーは自分とキャプテンに仕掛けたらしいのです。ただし、グレードアップして。
「…ぼくとバッタリ出会ったら、ヤる! 青の間でなくても、とにかく何処かで!」
備品倉庫の奥とか場所は一杯…、と話すソルジャーが仕掛けた出会いの踏切は大人の時間とセットだった模様。これは素敵だと満喫しまくっていたようですけど…。
「…ぼくはハーレイのパワーを舐めてたみたいで、もう限界で…。体力、気力のどっちも限界、三日間ほどこっちに泊めて…」
このままでは確実に抱き殺される、と呻くソルジャー、出会いの踏切を解除するだけの力も無いのだとか。空間移動をしてきたサイオンがあれば出来ると思いますけどね?
「…それがさ…。空間移動はエイッと飛べばいいんだけど、出会いの踏切の解除の方は…」
より繊細なサイオンの操作が必要で…、とソファで伸びているソルジャーは本当に逃げて来たみたいです。自分が懲りてしまっただけに、会長さんに仕掛けた踏切も解除するそうですけど…。
「…今日の所は無理そうですね?」
寝込んでますしね、とシロエ君が言って、ジョミー君が。
「ぶるぅが運んで行ったしねえ…。ブルーの家まで。…あっ、陸上部!」
記録が出たんじゃないかな、という声の通りに騒いでいる声が聞こえて来ます。これは是非とも駆け付けなければ、そして会長さんが釣られて出て来て…。
「「「フカヒレ尽くし!」」」
ダッシュで行けーっ! と私たちは部屋を飛び出しました。出会いの踏切が有効な内に御馳走になってなんぼです。教頭先生、今夜は中華でどうぞよろしく、フカヒレ尽くしでお願いします~!
出会いの踏切・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
ソルジャーが考案した出会いの踏切、効果は抜群みたいですけど、ソルジャーもドツボに。
自分とキャプテンにも仕掛けた結果は、心身ともに疲労困憊。倒れるほどって、凄すぎかも。
次回は 「第3月曜」 3月21日の更新となります、よろしくです~!
パソコンが壊れてUPが遅れてしまった先月。今月は無事に間に合いました…。
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、2月は節分、恒例の七福神巡り。けれど今年は厄が多めで…。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園、今日も平和に事も無し。新年が明けて一連のドタバタ行事も終わって、ホッと一息、お次はバレンタインデーといった所です。入試なんかもありますけれども、合格グッズの販売員は未だにさせて貰えませんし…。
「やりてえよなあ、グッズ販売…」
サム君がぼやく、放課後の中庭。寒風吹きすさぶ中を「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へと移動する途中です。
「無理だよ、ブルーとリオさんが独占状態だし…。それに第一、ぼったくりだし」
あの値段をお客さんに言える勇気は無い、とジョミー君。
「相手は中学生なんだよ? なのにお値段、高すぎだってば!」
「それは言えるな、俺も自分が副住職になったら痛感したぞ」
下手な法事の御布施並みだ、とキース君も。
「クソ寒い中を月参りに行っても、貰える御布施は合格ストラップの値段にもならん」
「…そこまでなわけ?」
月参りよりも高かったわけ、とジョミー君が呆れて、シロエ君が。
「そうですか…。プロのお経よりも高かったんですか、あのストラップ…」
「でも、ある意味、プロの仕事よ、あれは? ぶるぅが手形を押してるんだし」
ちゃんと点数が取れるストラップだし、とスウェナちゃん。
「私は買っていないけど…。効き目はあるでしょ、ぶるぅなんだもの」
「そうですよね…」
今年も入試シーズンが近付いて来たらストラップ作りですね、とマツカ君が言う通り、そのシーズンになったら「そるじゃぁ・ぶるぅ」は忙しくなります。三日間ほどおやつは手抜き、いや作り置き。でもでも、そのシーズンはまだ先ですから…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
授業、お疲れ様! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が迎えてくれた、いつもの溜まり場。暖房が効いたお部屋で熱い紅茶にコーヒー、温かいオレンジスフレなんかも。
「「「いっただっきまーす!」」」
これが最高! とスプーンで掬って熱々をパクリ、冬はやっぱりスフレですよね!
合格グッズの値段の高さに始まり、あっちへこっちへと飛びまくる話題。もはやカオスと化してますけど、この賑やかさが放課後の醍醐味だよね、と思っていたら。
「えっとね、昨日のマジックショー、見てた?」
夜にテレビでやっていたヤツ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「いや、俺は…。その時間には本堂で親父の手伝いを…」
仏具の手入れをさせられていた、とキース君がブツブツ、ジョミー君は。
「ぼくは別のを見てたんだけど…。マジックショーは特に興味もないし…」
「ぼくもです。機械弄りをしていましたね」
作業部屋で、とシロエ君が続いて、サム君もマツカ君も、スウェナちゃんも私も、マジックショーを見てはいませんでした。何かいいこと、あったんでしょうか?
「あのね、とっても凄かったの! 脱出マジック!」
鎖で縛られて手錠もかけられて鉄の箱なの! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「すっごく分厚い鉄の箱の中に入れられてたのに、その人、ちゃんと出て来ちゃったの!」
なんでも「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言うには、その鉄の箱はレールの上に乗せられ、ジリジリと移動してゆく仕掛け。時間内に脱出できなかったら箱は海へとドボンだそうで。
「海に落ちたら大変でしょ? 引き上げてくれる前に溺れちゃうかも…」
「そりゃそうだけどよ…。ああいうヤツって、ほぼ大丈夫だぜ?」
ちゃんと出られるのがお約束だし、とサム君が笑うと、シロエ君が。
「…どうでしょう? たまにニュースになっていませんか、脱出マジック失敗の事故」
「あるな、スタッフが救出しなければ死んでいたという恐ろしいのもな」
あの手のマジックにリスクはつきもの、とキース君が頷いています。
「自分がショーをやらかすからには、多分、覚悟の上なんだろうが…」
「えとえと、覚悟はどうでもいいの! 凄かったから!」
普通の人にもサイオンはちゃんとあるんだね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「「「はあ?」」」
サイオンって…。アレは私たちの仲間だけが持つ特殊能力で、存在も極秘の筈ですが…。一般人なんかが持っているわけないんですけど、何処からサイオン?
謎だ、と思った「そるじゃぁ・ぶるぅ」のサイオン発言。シャングリラ学園でさえも「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーの一言で誤魔化してあるのがサイオン、普通の人が持っているならエライことです。けれど、言い出しっぺの「そるじゃぁ・ぶるぅ」は。
「だって、サイオンだよ、脱出マジック! 鎖をほどいて、鉄の箱から大脱出!」
どっちもサイオンが無ければ無理だし、とマジックショーを勘違いしているようです。脱出マジックは種も仕掛けもあるもの、その道のプロならサイオンなんかは…。
「俺は要らないと思うんだが…。あの手のマジックにサイオンなんぞは」
何か仕掛けがある筈だ、とキース君が返すと、会長さんが。
「ぼくもそう言っているんだけどねえ…。それこそずっと昔から言ってるんだけど…」
もう何十年言っていることか、と会長さん。
「テレビで脱出マジックを見る度に、ぶるぅが「凄い!」と喜ぶからさ…」
「「「あー…」」」
素直なお子様、「そるじゃぁ・ぶるぅ」。マジックの種には気付きもしないで、手放しで褒めてしまうのでしょう。
「でもでも、ホントに凄いんだもん! 普通の人でもサイオンだもん!」
ホントに凄いの! と言い張る「そるじゃぁ・ぶるぅ」の姿に、会長さんが苦笑い。
「この段階まで到達するのに、何年かかったことやらねえ…」
昔はショーを見る度に「仲間発見!」と大騒ぎだったらしいです。急いで連絡を取らなければ、と思念波を飛ばしかかったこともあったとか。
「…なるほどな。そうなる気持ちは分からんでもない」
仕掛けがあると思わなければ瞬間移動で片付きそうだ、とキース君が頷くと。
「違うもん! 仕掛けじゃないもん、本物だもん!」
ああいう時だけ瞬間移動で大脱出! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「えーっと、火事場の馬鹿力? 普通の人でも出来るんだってば、頑張れば!」
「…それが出来たら、ぼく、もうちょっと楽なんだけど…」
これでもタイプ・ブルーだから、とジョミー君が割って入りました。
「瞬間移動が出来る素質はある筈なのにさ、隣の部屋にも飛べないし!」
「それなら、ジョミーも脱出マジック、頑張ってみる?」
火事場の馬鹿力でサイオンの力が目覚めるかも! と無邪気な「そるじゃぁ・ぶるぅ」ですけど。目覚めなかったら事故になりますよ、そっちの方が有り得そうです~!
会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」と全く同じなサイオンを持っているのがタイプ・ブルーで、現時点ではジョミー君も含めて三人だけ。
ところがジョミー君のサイオンときたら、私たちと変わらずヒヨコレベルで思念波を使うのが精一杯といった状態です。坊主頭限定でサイオニック・ドリームを一ヶ月近く使い続けたキース君の方がまだマシなわけで。
「ハッキリ言うがな、ジョミーに脱出マジックなんぞをやらせても無駄だ」
俺たちが救助に向かわされる方だ、とキース君がバッサリと。
「俺でさえもサイオニック・ドリームを使えるようになる前が実に大変で…」
「そうでしたっけね、先輩、派手にサイオン・バースト…」
ぶるぅの部屋が吹っ飛びましたっけ、とシロエ君。
「そういや、あれが切っ掛けだったんだよなあ、ぶるぅの部屋の公開イベント」
今じゃ学園祭の定番だけどよ、とサム君も。
「キースでさえもあの騒ぎだしよ、ジョミーが火事場の馬鹿力ってヤツをやったらよ…」
「成功したらいいんですけど、バーストした時は…」
凄くマズイような、とマツカ君が。
「キースの騒ぎの時に聞いていたような気がします。ジョミーがサイオン・バーストしたら…」
「シャングリラ学園が丸ごと吹っ飛ぶのよねえ?」
マズすぎるわよ、とスウェナちゃん。
「やめときましょうよ、ジョミーに脱出マジックの才能があるとは思えないもの」
「まったくだ。シャングリラ学園が吹っ飛んだとなったら、俺たちもただでは済まないぞ」
下手をしなくても退学だ、とキース君が顔を顰めています。
「この馬鹿のせいで退学は御免蒙りたい」
「馬鹿って、何さ!」
「俺はそのままを言ったまでだが?」
サイオンを上手く扱えないお前が悪い、とピッシャリと。
「瞬間移動も出来ないからこそ、そう言われるんだ。…一般人でも出来るのにな?」
脱出マジック、という指摘に「マジックだから!」とジョミー君。
「ぼくと一緒にしないで欲しいよ、あっちは仕掛けがあるんだからさ!」
出来て当然、と喚いてますけど、瞬間移動は夢ではあります。ヒョイと飛べたら便利でしょうけど、アレって本当にタイプ・ブルーしか出来ないのかな…?
サイオンを持っているなら使いたいのが瞬間移動。でも、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がやっているだけで、他の人がやった話は知りません。ソルジャーや「ぶるぅ」は別の世界の人だけに話が別ですし…。
「瞬間移動はタイプ・ブルーでないと無理なんですか?」
シロエ君の質問に、会長さんが。
「そういうことになっているねえ、ぼくとぶるぅしか使えないし」
「違うよ、マジックショーの人がやってるんだから、多分、誰でも!」
頑張ったら使えちゃうんじゃないかな、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「タイプ・ブルーとかグリーンとかは普通の人には無いもん、だからサイオンがあれば誰でも!」
普通の人より上手く出来ちゃう筈だもん! とマジックショーを信じている「そるじゃぁ・ぶるぅ」は根っからお子様、私たちにだって瞬間移動が出来るものだと思っています。
「そうは言われても、無理なものは無理だと思うんだが…」
実際、出来んし、と唸るキース君、ちょっと夢見たことがあるらしいです。
「出来たらいいな、と頑張ってみたが、どうすればいいのかもサッパリ分からん」
「だよねえ? ぼくにも分からないんだよ」
やってみたいとは思うんだけど、とジョミー君が相槌を打った所へ。
「こんにちはーっ!」
ぼくにもスフレ! と飛び込んで来たお客様。例によってソルジャー登場です。
「かみお~ん♪ いらっしゃい! ちょっと待っててねーっ!」
スフレは焼くのに時間がかかるし、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が紅茶をサッと。スフレもオーブンに入れて来たようです。おかわり用にと用意してあったみたいですけど、流石の素早さ。
一方、現れたソルジャーは空いていたソファにストンと座って。
「面白そうな話題だねえ…。瞬間移動だって?」
「そうなの! 昨日のマジックショーが凄かったの!」
こんなのだよ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は思念で伝達した様子。ソルジャーは「ふうん…」と納得、「そう見えないこともないよね、これは」と。
「それで普通の人でも瞬間移動が出来ると言ってるんだね、ぶるぅはね?」
「うんっ! ホントに瞬間移動だもん!」
でなきゃ鉄の箱ごと海にドボンで大変だもん! という主張。マジックショーの人、本当に瞬間移動が出来る人間に技を認められるとは、天晴れな…。
脱出マジックは瞬間移動だと信じ込んでいる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ソルジャーは数々の脱出マジックの話を聞かされ、「これだと無理もないよね、うん」と。
「マジックの仕掛けは知らないけどさ…。瞬間移動だと思い込むのが普通かな?」
「仕掛けじゃないもん、本物だもん!」
そう叫んでから「あっ、スフレ!」と飛び出して行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、ホカホカの出来立てを持って戻って来ました。
「はい、オレンジのスフレ! しぼまない内に熱いのを食べてね!」
「ありがとう! ぶるぅのスフレは絶品だしね!」
美味しい! とスプーンで頬張ったソルジャー、スフレをパクパク食べながら。
「瞬間移動の話だけどねえ、タイプ・ブルー以外は無理なのか、ってヤツ」
「ああ、君だったら詳しいのかな?」
ぼくより若いけど、サイオンがあるだけで追われる世界に住んでいるし、と会長さん。
「ぼくたち以上に追い詰められるケースも多いだろうから、レアケースとかもありそうだよね」
「ぶるぅの言ってる火事場の馬鹿力だね?」
タイプ・ブルー以外の人間に瞬間移動は出来るかどうか、とソルジャーが言って、会長さんが「そうなんだけど…。どう?」と。
「やった人間はいるのかな? そのぅ…。言いにくいんだけど…」
「いいって、いいって! アルタミラのことだろ、実験動物だった時代の話!」
あの頃だったら究極の極限状態なんだけど…、とソルジャーは「うーん…」と首を捻って。
「実を言うとさ、このぼくでさえも、アルタミラではやっていないんだよ。瞬間移動は」
「「「ええっ!?」」」
まさか、と驚いた私たちですが、「本当だから!」と返したソルジャー。
「出来ていたなら、それこそ脱出マジックだよ! 他の檻にいる仲間も逃がして大脱出だよ、大人しく実験されていないで!」
船を奪ってトンズラしている、と言われてみればその通り。それじゃ、瞬間移動はいつから出来るようになったと言うんですか?
「えーっと…。ある程度、船が落ち着いてからかな? 心に余裕が出来てからだね」
それまではサイオンの上達なんかはとてもとても…、とソルジャーは両手を広げてお手上げのポーズをしています。火事場の馬鹿力はアルタミラ脱出の時に閉じ込められてた場所をサイオンでブチ壊した程度、瞬間移動は後付けでしたか…。
ソルジャーでさえも最初は出来なかったらしい瞬間移動。そうなってくると、やっぱりタイプ・ブルー以外の人間には無理な技ですか?
「どうなんだろうね? 現時点では、君たちの世界と同じでタイプ・ブルーに限定だけど…」
しかも遅咲きの力だったけど、とソルジャー、苦笑。
「ただねえ、ぶるぅは生まれて直ぐから使えたからねえ、環境の方も大切かもね?」
「「「環境?」」」
「そう、環境! 火事場の馬鹿力を使うにしたって、心の余裕が要るのかもねえ…」
死ぬか生きるかの状況では発動しなかったから、と挙げられたソルジャーのアルタミラ時代。真空だの高温だの、絶対零度だののガラスケースや、有毒ガスやら。「此処から出られさえすれば」という極限状態に置かれていたって、瞬間移動は出来なかったとか。
「今だったら余裕でヒョイと出られるのに、あの頃のぼくは馬鹿だったよねえ…」
素直に実験されていたし、とブツクサと。
「だからね、きっと「此処は安心して暮らせる場所だ」という前提が要るんだよ! 心の余裕!」
そういう安全な場所で非常事態に追い込まれたならば、あるいはタイプ・ブルー以外の人間でも瞬間移動が出来るかも、というのがソルジャーの仮説で。
「ふうん…? ぶるぅはともかく、誰か出来そうだった例でもあると?」
君のシャングリラで、と会長さんが尋ねると。
「一回だけね!」
たったの一回だけなんだけど、とソルジャーは指を一本立てました。
「しかも、それを知ってるのはぼく一人だけ!」
「「「えっ?」」」
なんで、と驚いた私たち。タイプ・ブルーしか出来ない筈の瞬間移動に成功しかけた人がいるのに、どうしてソルジャーしか知らないんですか?
「それはねえ…。深い事情があると言うべきか…」
「機密事項なわけ?」
君のハーレイも知らないとなると、と会長さんは言ったのですけど。
「まさか! 機密事項だったら、こんな所で喋っていないよ」
「でも、君だけしか知らないんだろう?」
「なんて言うかな、プライバシー…? 人間、誰でも知られたくないことはあるよね」
こう色々と…、と頷くソルジャー。瞬間移動が出来そうだったとなれば誇って良さそうですけど、それを知られたくないって、どういうこと…?
ソルジャーのシャングリラで一度だけあったらしい、瞬間移動未遂。やった人間の存在はソルジャーだけしか知らないとなると…。
「もしかして、戦闘要員には不向きだとか?」
そんなタイプだから内緒だろうか、と会長さん。
「瞬間移動が出来るとなったら、君のシャングリラじゃ戦闘班に回されそうだし…。そっち方面の訓練にも実戦とかにも向きそうにない人材なのかい?」
だから本人も黙っているとか、という質問ですけど、ソルジャーは。
「違うね! それに本人には自覚無しだしね、瞬間移動をやりかけたという!」
「…だったら、どうして秘密なのさ?」
その才能を伸ばしてやれば良さそうなのに、と会長さんは首を傾げたのですけれど。
「ズバリ、恥ずかしさの問題かな!」
「「「恥ずかしさ?」」」
ソルジャーの口から出るとは思えない言葉。およそ恥じらいとは縁の無いソルジャー、そのソルジャーが赤の他人の恥ずかしさなどを考えるとも思えませんが…?
「うん、セックスなら楽しく喋りまくるんだけどさ! 恥じらわないで!」
「そういう話は今はいいから!」
瞬間移動の件を喋ってくれたまえ、と会長さん。
「どう恥ずかしいと言うんだい? 君の台詞とも思えないけど…?」
「だってねえ…。知られたいかい、トイレ事情を?」
「「「トイレ?」」」
「そう、トイレ!」
現場はトイレだったのだ、とソルジャーは斜め上な現場を口にしました。トイレって…。どう間違えたらトイレで瞬間移動になると?
「それは簡単な話だけどね? 危機的状況に陥ったわけで…」
「トイレでかい?」
いったい何が起こったのだ、と会長さんも見当がつかないようですけれど。
「いわゆる脱出マジックと同じ状況! なんとかして出ないとマズイという!」
「…どんなトイレなわけ?」
「普通だけど?」
ぼくのシャングリラの普通のトイレ、という返事。どう転がったら、普通のトイレが脱出マジックに繋がりますか…?
タイプ・ブルーしか出来ないと噂の瞬間移動をしかかった人。現場はソルジャーの世界のシャングリラのトイレということですけど、トイレで脱出マジックだなんて、どんな状況?
「至って普通のトイレなんだけどねえ、それも共同トイレじゃなくって個人用の」
ぼくのシャングリラは一人一部屋が基本だから、とソルジャーは威張り返りました。バストイレつきの個室が貰えるのだそうで、多分、私たちがシャングリラ号に乗せて貰う時に使うゲストルームのようなものでしょう。あのトイレ、何か問題ありましたっけ?
「強いて言うなら、思念波シールドが裏目に出たって所かなあ…」
「「「思念波シールド?」」」
「ぼくの世界はホントにあの船が世界の全てだからねえ、プライバシー保護のために個室は覗き見できない仕様! トイレともなれば、もっと強力に!」
入っていることすら分からないレベルで思念波を漏らさないトイレ、とソルジャーの解説。
「そんなトイレに入って鍵をかけたって所までは良かったんだけど…」
「ひょっとして、鍵が壊れたとか?」
会長さんの問いに、ソルジャーは「ピンポーン!」と。
「その通りだよ、壊れちゃったんだよ! 不幸なことに!」
なんでも用足しが済んで出ようとしたら、トイレの鍵が開かなかったとか。共同トイレだったら他の人が来た時に「閉じ込められた」と言えば済みますけど、個人の部屋では…。
「そうなんだよ、誰も来ないってね! 叫ぶだけ無駄!」
防音の方も完璧だから、とソルジャー自慢のシャングリラの設備。それが裏目に出てしまった悲劇、トイレに閉じ込められた男性、誰にも助けて貰えなくて。
「また、運の悪いことにさ…。当番明けで部屋に帰ったトコだったしねえ、不在に気付いて訪ねて来る人も全くいないという状況!」
「「「うわー…」」」
それは嫌だ、と誰もが震え上がりました。トイレに閉じ込め、助けが来るまで何時間かかるか謎な状況。トイレの中だけに、食料も水も無いですし…。
「ね、危機的な状況だろう? もう脱出しか無いという!」
鍵のかかったトイレの個室から脱出マジック! と言われなくても、誰だって出たくなるでしょう。鍵が開かないならまさしく密室、脱出マジックの出番ですってば~!
ソルジャーのシャングリラで起こった、個室のトイレに閉じ込めな事故。水も食料も無し、しかも当番明けで当分は誰も来てくれないという恐ろしさ。誰でも脱出したくなります、もしもマジックが使えるのなら。でも、脱出マジックは種も仕掛けもあるわけで…。
「脱出マジックとは其処が違うね、トイレの個室は! 仕掛けなんかは無いんだから!」
出るなら自力、とソルジャーはニッと。
「ぼくが瞬間移動をするのは、ぼくのシャングリラでは常識だしね? 出るならソレだと!」
「えっ、でも…。タイプ・ブルーしか出来ないんじゃあ…?」
君の世界でもそうだったんじゃないのかい、と会長さんが確かめてますが。
「まあね。だけど、火事場の馬鹿力なんだよ、ぶるぅが言ってる脱出マジックの人みたいに!」
とにかく出たい一心で、とソルジャー、クスクス笑いながら。
「俺は出てやると、此処から出るんだと精神統一! そして!」
「「「…出られたとか?」」」
出てしまったのか、と私たちの声が重なりましたけれど。
「そこで出てたら、タイプ・ブルー以外でも瞬間移動は可能なんだと言い切ってるよ、ぼくは!」
「…駄目だったわけ?」
未遂だったのか、と会長さんが訊くと。
「ぼくが救出しちゃったんだよ、非常事態だと気付いたからね!」
精神統一中の彼の思念をキャッチした、と自分の能力の高さを誇るソルジャー。
「シャングリラ中の誰も気付いていなかったけどね、ぼくだけは!」
「…それで?」
「可哀相だから駆け付けてあげたよ、瞬間移動で!」
でもって個室の鍵をガチャリと開けた、という発言。外側からなら開けられたそうで、ソルジャーが開けたその瞬間に、中にいた男性はまさに瞬間移動の直前だったという話で。
「あと三秒ほど遅れていたら、もう間違いなく出ていたね! 瞬間移動で!」
この道のプロだからこそ分かる、とソルジャーはハッキリ証言しました。
「だから言えるんだよ、タイプ・ブルー以外でも瞬間移動が出来ないことは無いってね!」
ただし極限状態でないと無理そうだけど、と深い溜息。
「あれ以外に例は見たこともないし、報告だって上がってこないし…。でもねえ…」
唯一の例がアレでは可哀相で報告できやしない、と言うソルジャー。おまけに瞬間移動の寸前だった男性に「出来そうだった」との自覚はゼロらしく、ゆえに未だに「出来ない」と言われる瞬間移動。現場がトイレじゃ仕方ないですかね、誇れる場所ではないですしねえ…?
ソルジャーが目撃していたらしい瞬間移動未遂なるもの。「トイレから瞬間移動で脱出未遂は恥ずかしいだろう」と考えたソルジャーのお蔭で報告はされず、今も誰一人知らない話。やりかけていた人もそうだと気付いていなかったのでは、これはもう…。
「…タイプ・ブルー以外には出来ないと思われていても仕方ないだろう?」
瞬間移動、というソルジャーの言葉に頷くしかない私たち。でもでも、出来そうだった人は確かにいたわけですね?
「その点はぼくが生き証人だよ、ちゃんと現場を見たんだから!」
瞬間移動のプロのぼくが、とソルジャーが言い切り、会長さんが。
「ちなみに、タイプは何だったんだい? そのトイレの人のサイオン・タイプ」
参考までに聞きたいんだけど、という質問は多分、会長さんもソルジャーだからでしょう。サイオンを持った仲間たちを纏める最高責任者みたいなものだけに、他の世界で起こったことでも頭に入れておきたい、と…。
「ああ、彼かい? ごくごく平凡、タイプ・グリーンだよ」
ハーレイと同じ、とソルジャーの答え。
「どうせだったらハーレイにやって欲しかったねえ、栄えある瞬間移動未遂、第一号は!」
「…トイレでかい?」
「別にトイレでもかまわないじゃないか、どうせ助けるのはぼくなんだから!」
それに知らない仲でもないし…、とソルジャー、ニコニコ。
「ハーレイがトイレに閉じ込められていたら、もちろん助けて、御礼に一発!」
「…それもトイレで?」
「たまにはトイレも刺激的だよ、まだトイレではヤッてないけど!」
「やらなくていいから!」
そしてその先は言わなくていい、と柳眉を吊り上げた会長さんですが、「待てよ?」と顎に手を当てて…。
「…栄えある第一号がハーレイねえ…?」
「いいと思うんだけどね、残念なことに他人がやってしまったけどね!」
第一号の座を持って行かれた、とソルジャーは悔しそうですけれど。
「うん、分かる。でも、それは君の世界に限定だから…」
「えっ?」
「こっちの世界じゃ、第一号はまだ出ていないんだよ!」
誰も瞬間移動未遂はやっていない、と会長さん。その通りですけど、それが何か…?
私たちの世界では誰もやっていない、タイプ・ブルー以外の瞬間移動や瞬間移動未遂。ソルジャーの世界ではトイレに閉じ込められたタイプ・グリーンの男性が第一号だそうですが…。
「第一号の座、こっちじゃ空席のままだってね! 此処で一発、脱出マジック!」
「「「へ?」」」
なんのこっちゃ、と会長さんの顔をポカンと見詰めたら。
「決まってるだろう、タイプ・グリーンがやったというなら、同じタイプ・グリーンの人間がこっちにも一人!」
それもブルーが第一号の座に着け損なったハーレイが! と拳を握る会長さん。
「極限状態に置かれた場合は出来るというなら、イチかバチか!」
「かみお~ん♪ ハーレイがやってくれるの、脱出マジック?」
見てみたぁ~い! と飛び跳ねている「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「えとえと、鎖と手錠で鉄の箱がいいな、海にボチャンは無理かもだけど…!」
「そこまでやったら大袈裟だしねえ、普通に閉じ込めだけでいいかな」
トイレの代わりにトイレ無しで…、と妙な発言。
「「「トイレ無し?」」」
どういう意味だ、と目を見開いた私たちですが、会長さんはニヤニヤとして。
「トイレ無しだよ、文字通りだよ! トイレに行くなら脱出しろと!」
仮設トイレもつけてやらない極限状態! と突き上げる拳。
「鉄の箱に入って貰う前にね、「頑張ってね」と栄養ドリンク! ただし、下剤入り!」
「「「うわー…」」」
嫌すぎる、と誰もが思った下剤入り。それでトイレの無い空間に閉じ込められたら…。
「ほらね、出るしかないってね! 瞬間移動で!」
上手くいったら記念すべき第一号の座に輝けるであろう、と会長さん。
「トイレのためにと脱出したって、脱出には違いないわけで…。トイレから脱出するってわけでもないから、きちんと記録も残せるわけで! 第一号と!」
「…それは分かるけど、第一号になれるっていうだけで入るかい?」
こっちのハーレイが脱出マジック用の箱なんかの中に入るだろうか、というソルジャーの疑問に、会長さんは自信たっぷりに。
「入るね、餌はこのぼくだからね!」
もう喜んで入る筈だ、と言ってますけど、会長さんが餌って、何をすると…?
ソルジャーの世界では第一号の座を名も無い男性が持って行ってしまった、タイプ・ブルー以外の瞬間移動未遂。私たちの世界では例が無いだけに、第一号を教頭先生にやらせようというのが会長さんの案ですけれど。
鉄の箱に入れて脱出マジックもどき、トイレ無しで事前に下剤つき。下剤の件は沈黙を守っておけばいいとしても、教頭先生がチャレンジなさるとは思えません。なのに会長さん曰く、喜んで入るらしい教頭先生、餌は会長さんなのだとかで。
「ぼくが餌だよ、これで釣れなきゃハーレイじゃないね!」
「何をする気さ、君が餌って?」
「それはもちろん! 脱出に見事成功したなら、ぼくと熱くて甘い一夜を!」
「「「ええっ!?」」」
いいんですか、そんな御褒美を出したりして?
「お、おい…! あんた正気か、成功なさるかもしれないんだぞ…!」
キース君が突っ込み、シロエ君も。
「そうですよ、前例はあったと言うんですよ!? 記録に残っていないというだけで!」
「しかもトイレだぜ、その時よりも遥かにトイレが切実な極限状態じゃねえかよ!」
トイレ無しで下剤つきなんだから、とサム君は真っ青。なにしろ会長さんに惚れて今でも公認カップル、教頭先生に盗られてたまるかといった所かと思いますが…。
「別にいいんだよ、成功しても! 熱くて甘い一夜なだけだし!」
会長さんはケロリとした顔、ソルジャーが「うーん…」と。
「信じられない話だけどさ…。君が自分からハーレイと…」
甘い一夜を過ごすだなんて、とソルジャーも首を振ったのですけど。
「えっ、単なるお汁粉パーティーだけど? 他におぜんざいとか、チョコレートフォンデュも!」
「「「チョコレートフォンデュ?」」」
「そうだよ、今が美味しいシーズン! 寒い冬にはお汁粉とかで!」
熱くて甘い夜を過ごそう! と会長さんは勝ち誇った笑み。つまりは本当に甘いんですね、お砂糖とかの甘みたっぷり、それを徹夜で食べまくると…。
「うん、ハーレイにとっては地獄の一夜! 甘い食べ物は苦手だからねえ!」
でも二人なら喜んで食べてくれるであろう、と恐ろしい罠。教頭先生、何か勘違いをして釣られそうですけど、脱出マジックに成功したなら、苦手な甘い食べ物で熱い徹夜パーティーと…。
かくして決まった、教頭先生の脱出マジック。鉄製の箱はシャングリラ号でも使う丈夫なコンテナを転用、外からガシャンと鍵をかければ絶対に開かない仕組みらしいです。それを会長さんのマンションの屋上に設置、教頭先生に入って頂くとかで…。
「そうと決まれば、早速、ハーレイに話をつけないとね!」
もう今夜にでも、と会長さんの鶴の一声、私たちは家へと帰る代わりに会長さんのマンションへ揃って瞬間移動。豪華寄せ鍋の夕食の後で、会長さんが時計を眺めて。
「そろそろいいかな、ハーレイも食後の休憩タイムに入ったからね」
「らしいね、コーヒーを淹れているしね」
ソルジャーも「よし」と。後はお決まりの青いサイオン、教頭先生の家のリビングへと瞬間移動で飛び込んで行って…。
「な、なんだ!?」
仰天しておられる教頭先生に、会長さんが。
「ちょっとね、君に提案があって…。脱出マジックに挑まないかい、鉄の箱から瞬間移動で外へ出られたら大成功な!」
「しゅ、瞬間移動と言われても…。それはタイプ・ブルーにしか出来ないだろう…!」
「現時点ではね。…それがね、ブルーの世界で成功しかけた人がいるらしくって…」
君と同じタイプ・グリーンの男性、と会長さん。
「非公式記録で、ブルーしか知らないらしいんだけど…。個室のトイレに閉じ込められちゃって、其処から出たい一心で!」
「…トイレなのか?」
「らしいよ、閉じ込められてるってコトに気付いて貰えるまでに何時間かかるか謎って状況! 自分で出なけりゃ、そのままトイレの中だからねえ…」
ある意味、一種の極限状態、と会長さんがソルジャーに「ねえ?」と。
「そういうこと! たまたま、ぼくが発見したから救出したけど…。あと三秒ほど遅れていたなら、彼は立派に瞬間移動をしていたね!」
場所がトイレだったから彼の名誉のためにも伏せておいた、とソルジャーは笑顔。
「だからね、君も頑張れば出られると思うんだよ! しかも出られたら豪華な御褒美!」
「…御褒美…ですか?」
何か貰えるというのでしょうか、と怪訝そうな教頭先生に向かって、会長さんが。
「ぼくとの甘い一夜だけど? 冬の夜は何かと冷えるしねえ…」
ぼくと一晩、という甘い一言、教頭先生が脱出マジックを承諾なさったのも無理はないかと…。
脱出マジックは週末の土曜日、私たちは朝から会長さんのマンションに出掛けてゆきました。屋上でやるイベントなだけに防寒対策はバッチリです。
「かみお~ん♪ もう鉄の箱、準備出来てるの!」
それにハーレイもブルーも来てるよ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお出迎え。教頭先生は少しでも身体を軽くしたいのか、スポーツ用の防寒ウェアを着用、ソルジャーは普通にセーターの上から厚手のコートという私服。
会長さんもソルジャーと似たようなもので、「じゃあ、行こうか」とゾロゾロ、エレベーターで屋上へ行けば…。
「「「うわあ…」」」
ドカンと置かれた鉄製のコンテナ、会長さんとソルジャーが言うには「宇宙空間に放り出しても潰れない」という頑丈さ。けれども換気用の設備は一応あるのだそうで…。
「だから、何時間入っていたって窒息の心配は無いってね! 要は気合で!」
頑張って脱出してみたまえ、と会長さん。教頭先生はコンテナをコンコンと叩いてみて。
「…アレか、シャングリラ号で一番分厚いヤツなのか、これは?」
「そうだけど? でもねえ、同じ瞬間移動で脱出するなら、このくらいの壁を景気よく!」
それでこそ記録にもなるというもので…、と会長さんは笑みを浮かべて「はい」と栄養ドリンクの瓶を差し出しました。
「こういう時にはファイト一発! これを飲んでタフなパワーをつけて!」
「すまんな、朝飯はしっかり食べて来たのだが…。お前の心遣いが実に嬉しいな、うん」
これは頑張って脱出せねば、と教頭先生はドリンクを開けて一気飲み。…あれって下剤入りなんですよね、蓋は閉まってたみたいですけど…。
『ぼくにかかれば、未開封でも下剤くらいは入れられるんだよ! 簡単に!』
会長さんから届いた思念は、教頭先生にだけは届かなかったみたいです。空になったドリンク剤の瓶を「御馳走様」と会長さんに返して、颯爽とコンテナに入ってゆかれて。
「よし、準備はいいぞ。閉めてくれ」
「かみお~ん♪ ハーレイ、頑張ってね~!」
脱出マジック、とっても楽しみ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がワクワク飛び跳ねている中、柔道部三人組がコンテナの扉をガシャンと閉めて、会長さんが鍵をガチャリと。
これでコンテナの中は密室状態、蟻も出られないらしいですけど、教頭先生のサイオンは果たして発動するんでしょうか…?
タイプ・ブルーにしか出来ないと噂の瞬間移動。ソルジャーの世界では非公式ながらタイプ・グリーンの男性が成功しかかったという話、私たちは鉄製のコンテナを見守りました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「成功したら報告しなくちゃいけないしね!」と動画を撮影中です。
「ハーレイ、ちゃんと出られるかなあ? 脱出マジックの人みたいに!」
「さあねえ…。ああいう人たちはプロだからねえ、ハーレイの場合はどうなるか…」
それにそろそろ下剤が効いてくる頃だけど、と会長さん。
「即効性ではピカイチなんだよ、もうグキュルルとお腹が鳴っていそうだけどね?」
「うん、鳴ってる。…軽くパニック状態ってトコ」
ソルジャーはコンテナの中をサイオンで覗き見しているようです。
「出ようという気持ちが変化しつつはあるようだけど…。出ないとヤバイという方向へは向かっているけど、サイオンの集中って意味ではどうだろう?」
「…失敗しそうなコースかい?」
ぼくはどっちでもいいんだけどねえ、と会長さんが笑っています。
「成功したなら公式記録で、ハーレイのお株が上がるわけだけど…。ぼくからの御褒美はアレだしねえ? それに失敗しちゃった時には馬鹿にすればいいっていうだけだしね!」
同じタイプ・グリーンとも思えないと呆れてやるだけだ、と言い終わらない内に…。
『と、トイレ!! トイレに行かねばーーーっ!!!』
もう駄目だあ! と響き渡った教頭先生の思念波、歴史的瞬間を見届けようと乗り出した私たちですけれど。
ドオン!! と爆発音が響いて、マッハの速さで駆け抜けて行った大きな人影。「トイレ!」と声の限りに絶叫しながら。
「…い、今の…」
教頭先生? とジョミー君が目をパチクリとさせて、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「…えとえと…。コンテナ、穴が開いちゃったあ~!」
こんなの、脱出マジックじゃない~! と指差す先には穴が開いたコンテナ、極限状態のサイオンで破壊されたようです。
「…こう来たか…。脱出マジックは失敗だね、うん」
せっかく下剤で緊迫感を盛り上げたのに、と会長さんがフウと溜息、ソルジャーが。
「再挑戦はあるのかい?」
「ハーレイ次第ってトコかな、多分、やるだけ無駄だろうけど…」
こういうオチにしかならないと思う、と会長さんはスッパリと。やっぱり瞬間移動はタイプ・ブルーしか出来ないってことになるんでしょうか、この結末では…?
「そうなるねえ…。ブルーの世界でも非公式記録だし、ぼくたちの世界じゃこの有様だし…」
脱出マジックはプロに限るよ、と会長さんが言い、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「普通の人でも出来ちゃうのに~! ハーレイがやったら、記録になるのに~!」
やっぱりコンテナが海にドボンなコースでないと本気で脱出できないのかなあ? とガッカリしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」は未だに気付いていないようです。瞬間移動と脱出マジックは全く違うということに。
「…教頭先生でもアレってことはさ、ぼくがやってもさ…」
「似たようなコースだと思うぜ、やめとけよ、ジョミー」
脱出マジックも瞬間移動もプロに任せておくとしようぜ、とサム君の意見。私たちもそう思います。教頭先生、再チャレンジはするだけ無駄です、次も絶対、下剤でトイレなオチですってば~!
脱出する方法・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
教頭先生が挑むことになった脱出マジック、見事に失敗。破壊して出ればいいんですしね。
実際は、アニテラのマツカがやっているので、タイプ・グリーンなら出来てしまう可能性も。
さて、シャングリラ学園番外編、今年で連載終了ですので、残り一年となりましたが…。
毎日更新の場外編は続きますので、シャングリラ学園生徒会室の方も御贔屓下さい。
次回は 「第3月曜」 2月21日の更新となります、よろしくです~!
パソコンが壊れたため、実際のUPが2月5日になったことをお詫びいたします。
修理期間中、「シャングリラ学園生徒会室」の方で、経過報告を続けていました。
予告なしに更新が止まる時があったら、そちらのチェックをお願いします。
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、1月は元老寺で迎える元日から。檀家さんの初詣があって…。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
食欲の秋です、これから色々と美味しい季節。学校がある日は放課後が楽しみ、お休みの日はお昼御飯も晩御飯も。お料理大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」が腕を奮ってくれてますから、普段だって充分に美味しいんですけどね!
今日も放課後、みんなで「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ出掛けて。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
今日はカボチャのパウンドケーキなの! と迎えてくれた「そるじゃぁ・ぶるぅ」。紅茶やコーヒーも出て来て、楽しいお喋りタイムが始まりましたが…。
「えとえと…。今度の土曜日なんだけど…」
ちょっとお料理作ってもいい? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が質問を。
「ちょっとって…。なんだよ、土曜日、出前の予定でもあったかよ?」
聞いてねえけど、とサム君が言って、ジョミー君が。
「いつも、ぶるぅの料理だよ? 作っていいかって訊かれても…」
「作らなくてもいい? という質問なら分かるがな」
まるで逆だな、とキース君。
「何か作りたいものでもあるのか、俺たちに断った上でないとマズイとか、そういうのが」
「ぶるぅの料理が不味いなんてこと、ありましたっけ?」
ぼくの記憶では一度も無いです、とシロエ君が。
「変わった料理に挑戦してみた、って言ってる時でも必ず美味しいですけどね?」
「だよねえ、そこは間違いないよね」
どんなものでも美味しいし、とジョミー君が頷き、スウェナちゃんも。
「百パーセントって言えるレベルよ、どんな料理でも美味しいわよ」
「ぼくもそうだと思います。うちのシェフより腕は上ですよ」
間違いなくプロ級の料理ですから、とマツカ君も太鼓判を押しました。
「アレンジだって上手いですしね、どんな料理をしようとしているのかは知りませんけど…」
「わざわざ断らなくてもなあ?」
いいんでねえの、とサム君がグルリと見回し、「うん」と頷く私たち。
「ホント? 作っていいの?」
土曜日のお昼御飯にしてみたいけど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。お昼御飯なら軽めのお料理か何かでしょうか、今の季節だと食材も色々ありますもんね?
土曜日のお昼に作ってくれるらしい、何かの料理。前もって訊かれると気になりますから、どんな料理か尋ねてみようかと思っていたら。
「ぶるぅ、作りたいのは何の料理だ?」
一応、参考までに聞いておきたい、とキース君が切り出してくれました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコッと笑って。
「えっとね、パイだよ、伝統のパイ!」
紅茶の国のパイなのだ、という返事。紅茶の国と言ったらアフタヌーンティーの国、でもでも、食事はとっても不味いんでしたっけ?
「…なるほどな…。あの国のパイか、それは訊かれても納得がいく」
美味い料理は朝飯しか無いと昔から言われているらしいしな、とキース君。
「やたら貴族が多い割には、どうにもこうにも酷いと聞くし…」
「何故なんでしょうね、貴族だったら美味しい料理も食べ放題だと思うんですけど…」
シロエ君が首を捻ると、会長さんが。
「説は色々あるけどねえ…。貴族の味覚音痴ってヤツが根源にあるって話もあるね」
「「「味覚音痴?」」」
なんですか、それは? 美味しい物を食べれば舌は肥える一方、一般人なら分かりますけど、貴族が味覚音痴だなんて…。
「今の時代は大丈夫だろうと思うけれどさ…。昔が酷かったらしいんだよ、うん」
会長さんが言うには、貴族の仕事はいわゆる社交。子育ては使用人にお任せ、子供部屋だって大人の部屋からは完全に隔離状態だったらしく。
「そういう所で子供たちが食べてた食事が不味かったんだと言われているねえ…」
オートミールのポリッジとかね、と会長さんが挙げた不味い食べ物の代表格。そういったもので育った子供の味覚がマシになる筈がなくて。
「そのまま大人の社会に出たって、不味い料理で満足なんだよ、そういう子供は」
「「「うわー…」」」
それはヒドイ、とイギリス貴族に同情しました。不味い食事で育ったばかりに、成長しても不味い料理でオッケーだというわけですか!
「らしいよ、もちろんグルメもいたけど…。そんな人は別の国から来たシェフを雇うんだよ!」
フレンチの国から本場のシェフを、という説明。とどのつまりが、紅茶の国では料理人の腕ってヤツからしてもダメダメなんだということですね?
味覚音痴な貴族と腕が駄目なシェフ、それのコラボが不味いと評判の紅茶の国の最悪な料理。そうなってくると、腕のいい「そるじゃぁ・ぶるぅ」が同じ料理を作るとなったら…。
「美味いんでねえの、元の料理は最悪でもよ」
ぶるぅだしな、とサム君がグッと親指を。
「舌は肥えてるし、腕はいいんだし、絶対、美味いのが出来るって!」
「そうだな、ぶるぅのパイは美味いしな。…それに、あの国のパイにしたって…」
ミートパイはけっこうイケる筈だ、とキース君。確かにミートパイは美味しいです。あの国で生まれた料理ですよね、ミートパイ?
「うん、ミートパイはあの国だねえ…。クリスマスプディングとかと同じで」
伝統料理、と会長さんが答えてくれて、シロエ君が。
「それなら、ぶるぅのパイにも充分に期待出来そうです。…どんなパイなんですか?」
伝統のパイにも色々あるんでしょうけど、という質問に「そるじゃぁ・ぶるぅ」は。
「んーとね、お祭り用…なのかな?」
「「「お祭り?」」」
「その時だけ作るパイなんだって! 今はそうでもないらしいけど…」
ああ、ありますよね、その手の伝統料理ってヤツ。昔はこの時期しか食べなかった、っていうのが年中食べられるだとか、そういうの…。
「お魚のパイで、漁師さんに感謝でお祭りなの!」
「「「は?」」」
魚料理は漁師さんがいないと無理ですけれども、そこで感謝のお祭りまでしますか、伝統料理のレベルとなったら毎年やってるわけですよ?
「そだよ、十六世紀って言うから、ぼくもブルーもまだ生まれてない頃のお話!」
そんな昔からあるお祭りなの! と説明されると、ますます気になるお祭りの由来。漁師さんに感謝し続けてウン百年って、その漁師さんは何をやったと?
「お魚を獲りに行ったんだよ! クリスマスの前に、たった一人で!」
勇気のある漁師さんのお話、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が語った話はこうでした。魚が食卓のメインだった漁村で海が荒れまくったクリスマス前。このままでは皆が飢えてしまう、と船を出したのが勇気ある漁師。充分な量の魚を獲って戻って、皆は飢えずに済んだのだそうで…。
「それで魚のパイを作ってお祭りなの!」
分かった? と訊かれて、全員が「はいっ!」と。そういうお祭りならば納得、土曜日は魚のパイらしいです。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の腕に期待で、楽しみになってきましたよ~!
伝統ある魚のパイが食べられると聞いた土曜日、私たちは揃って朝から会長さんの家へ出掛けてゆきました。どんなパイだか、誰もがワクワクしています。
「美味いんだろうなあ、ぶるぅが作ってくれるんだしよ」
ド下手な料理人と違って、とサム君が言えば、ジョミー君も。
「プロ並みだもんね、きっと貴族が食べてたヤツよりずっと美味しくなるんだよ!」
「俺もそう思う。…魚のパイなら、きっと見た目もゴージャスだろうな」
スズキのパイ包みだとか、あんな感じで、と例を挙げられて高まる期待。魚を料理してパイ皮で包んで、パイごと魚の形に仕上げる料理はパーティーなんかにピッタリです。
「昼御飯からゴージャスなパイはいいですねえ…!」
最高に贅沢な気分ですよ、とシロエ君が言った所で部屋の空気がフワリと揺れて。
「こんにちはーっ! 今日は伝統のパイなんだってね!」
ぼくも食べたい! と現れたソルジャー、今日もシャングリラは暇みたいです。正確に言えば、ソルジャーが暇にしているというだけで、ソルジャーの世界のシャングリラに休日は無いんですけど…。土曜も日曜もキャプテンは出勤、それでソルジャーが来るんですけど…。
「…君まで来たわけ?」
会長さんが顔を顰めても、ソルジャーの方は悠然と。
「いいじゃないか、別に食べに来たって…。それより、おやつ!」
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
わざわざ食べに来てくれたんだあ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がキッチンの方から飛び跳ねて来ました。パイの支度を抜けて来たようです。
「はい、おやつ! 栗たっぷりのタルトなんだけど…。それと紅茶と!」
「ありがとう! ぶるぅはパイを作ってたのかい?」
「うんっ! 後はオーブンに入れるだけだよ!」
下ごしらえは済んだから、と流石の手際良さ。ソルジャーも「凄いね」と褒めちぎって。
「凄く歴史のあるパイらしいし、食べさせて貰おうと思ったんだけど…。なんていうパイ?」
名前がついているのかな、という質問。そこまでは誰も気が回ってはいませんでした。単なる魚のパイというだけ、やはりソルジャー、歴戦の戦士は目の付け所が違います。こうでなければソルジャー稼業は務まらないんだな、と見直したりして…。
ソルジャーが訊いた、伝統ある魚のパイの名前。誰も尋ねはしなかったポイント、果たして名前はあるのでしょうか?
「名前だったら、ついてるよ?」
ちゃんとあるよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ずっと昔からその名前なの! と。
「ふうん…。名前も変わっていない、と」
ソルジャーが相槌を打つと、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は。
「だって、伝統のパイだもん! スターゲイザーパイって言うの!」
「「「…すたー…?」」」
なんじゃそりゃ、と思ってしまったパイの名前。スターって星の意味ですか?
「そうだよ、お星様を眺めるパイっていう意味の名前!」
「へえ…! それは素敵な名前だねえ…!」
来て良かった、と喜ぶソルジャー。
「ぼくにとっては星と言えば、地球! いつも心に地球があるしね、もう行きたくて!」
此処も地球ではあるんだけれど…、と窓の外の青空に視線を遣って。
「こっちに来る度に、ますます地球へ行きたくなるねえ、ぼくの世界の本物の地球に!」
だからいつでも星を見てるよ、と夢見る瞳。スターゲイザーパイの名前はソルジャーのハートを射抜いたようです。
「ぼくの憧れの地球で食べるのに相応しいパイだよ、その魚のパイ!」
「ホント!? 食べてくれる人が増えて嬉しくなっちゃう!」
作って良かったあ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」もピョンピョンと。
「それじゃ続きを作ってくるね! 焼き加減も大事なポイントだから!」
焦がしちゃったら台無しだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はキッチンに戻り、私たちとソルジャーは魚のパイで盛り上がりました。
「星を眺めるパイと来たか…。なんとも洒落たネーミングではある」
伝統のパイともなれば違うな、とキース君。
「正直、あの国の料理を馬鹿にしていたが…。名前もただの魚のパイだと思っていたが…」
「ぼくもそうです、まさかお洒落な名前があるとは夢にも思いませんでした」
世の中ホントに分かりませんね、とシロエ君も感心していて、ソルジャーが。
「訊かなきゃ駄目だよ、そういうのはね! ぼくへの感謝は?」
「「「はいっ!」」」
感謝してます、と頭を下げた私たち。星を眺めるスターゲイザーパイ、楽しみですよね!
どんなに素敵なパイなのだろう、と待ち焦がれた伝統ある魚のパイとやら。「お昼、出来たよ!」と「そるじゃぁ・ぶるぅ」に呼ばれて入ったダイニングのテーブルの上には、魚のパイは置かれていませんでした。
「…あれっ、パイは?」
パイが無いけど、とジョミー君が見回すと、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は。
「主役は後から登場だもん! 座って、座って!」
「「「はーい!」」」
サラダやスープは揃っていますし、テリーヌなんかのお皿だって。お昼御飯からなんともゴージャス、この上にまだスターゲイザーパイが来るんですから、誰もがドキドキ。
「…どんなのだろうね?」
「きっと凄いんだぜ、もったいつけて後からだしよ」
見た目からしてすげえパイだろ、とサム君が言って、ソルジャーも。
「ぼくも大いに期待してるんだよ、名前を聞いた時からね! 星を眺めるパイだしねえ…」
さぞ美しいパイに違いない、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が消えた扉の方を見ているソルジャー。主役のスターゲイザーパイを取りに行ってるんです、「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「…あんた、覗き見していないのか?」
得意技だろうが、とキース君が尋ねると。
「そんな無粋な真似はしないよ、新鮮な驚きと感動が減るよ!」
「君にもそういう感覚は一応あったんだ?」
ちょっと意外、と会長さん。
「でもまあ、それだけの価値はあると思うよ、ぶるぅのパイは」
「そこまでなのかい?」
君が絶賛するほどなのかい、とソルジャーの瞳が期待に煌めき、私たちだって同じです。それから間もなく、ダイニングの扉がバタンと開いて。
「かみお~ん♪ お待たせ、スターゲイザーパイ、持って来たよ~!」
はい、どうぞ! とテーブルのド真ん中にドンッ! と置かれたパイ皿、誰もが仰天。
「…なんなんだ、これは!」
キース君が怒鳴って、ソルジャーも。
「こ、これが…。これが星を眺めるパイなのかい…?」
言われてみればそうなんだけど、と愕然としたその表情。そうなるでしょうね、これではねえ…。
星を眺めるパイという意味の名前な、伝統あるスターゲイザーパイ。それは確かに星を眺めるパイでした。もしも今、空に星が出ていたら。此処に天井が無かったら。
パイからニョキニョキと突き出した幾つもの魚の頭が星を見ています、まあ、魚はとっくに死んでますけど。パイに入れられる段階で死んでいるんですけど、焼き加減があまりに絶妙なので…。
「…ハッキリ言うけど、怖いよ、これ!」
魚に睨まれているみたいなんだけど! とジョミー君の顔が引き攣り、シロエ君だって。
「あ、有り得ないパイだと思うんですけど…。なんで魚が刺さってるんです!」
「んとんと、これはそういうパイだから…」
スターゲイザーパイのお約束だから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「漁師さんに感謝のお祭りなんだ、って言ったでしょ? お魚に感謝!」
中に魚が入っています、と一目で分かるように魚の頭が突き出すパイがスターゲイザーパイらしいです。中に入った魚の数だけ、魚の頭。
「「「…………」」」
どうすれば、と呆然と星ならぬパイを眺める私たちですが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は。
「だから訊いたのに…。ちょっとお料理作ってもいい? って!」
「そ、それは…。確かにそれを訊かれはしたが…」
モノがコレなら先に言ってくれ、とキース君も腰が引け気味です。魚の菩提を弔っているのか、それとも自分がブルッているのか、左手首の数珠レットを指で繰りながら。珠を一つ繰ったら南無阿弥陀仏が一回ですから、絶賛お念仏中で。
「このパイは俺も知らなかったぞ、あの国は此処までやらかすのか!」
「んとんと…。今だと、海老とかでも作るみたいだけど…」
「「「海老!?」」」
「うん! 海老さんの頭がニョキニョキ出てるの!」
そっちの方が良かったかなあ? と尋ねられたら、海老の方がマシだった気もしますけど…。
「いや、海老にしたって、これは無い!」
このセンスだけは理解出来ん、とキース君が呻いて、私たちも理解不能でしたが。
「…いいんじゃないかな、味さえ良ければ!」
こういうパイもアリだと思う、とソルジャーが手を挙げました。
「ぶるぅ、一切れくれるかな? 美味しいんだよね?」
「美味しいと思うよ、見た目はこういうパイだけど!」
下ごしらえはちゃんとしたしね、とナイフを入れる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ソルジャー、ダテに戦士を名乗ってませんね、このパイもアリで、食べる勇気があるなんて…。
ソルジャーのお皿にドン! と載せられた一切れのスターゲイザーパイ。魚の頭がニョキッと一個だけ生えているソレを、ソルジャーはナイフとフォークで切って、口に運んで。
「あっ、美味しい! いける味だね、スターゲイザーパイ!」
「そうでしょ、ぼくも試作はしたんだもん!」
ちょっと見た目が変なだけだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」も自分のお皿に乗っけています。会長さんも「ぼくも貰おうかな」と魚の頭が生えた一切れを貰いましたし…。
「…どうします?」
ぼくたちはどうするべきなんでしょう、とシロエ君。
「味は美味しいみたいですけど…。あの人はともかく、ぶるぅと会長が食べるからには、多分、ホントに美味しいんだと思うんですけど…」
「…問題は見た目なんだよなあ…」
アレが問題だぜ、とサム君が溜息、ニョキニョキ生えてる魚の頭。とても食べたいビジュアルではなくて、どちらかと言えば逃げたい方で。でも…。
「いいねえ、中身も魚なんだね、頭とは別に」
ソルジャーがパクパクと頬張り、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「そうなの、頭が見えるように魚を入れてあるけど、丸ごと入れるってわけじゃないしね!」
ちゃんと下味とかもつけて入れるし…、という説明通りに、テーブルの上のパイの断面はパイ生地と魚とホワイトソースらしきもののコラボレーション。食材だけから判断するなら、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ったからには間違いなく美味しい筈ですが…。
「キース、一番に食べないと駄目じゃないかな?」
いつも食べ物を粗末にするなと言ってない? とジョミー君。
「…そ、それとこれとは別問題でだな…!」
「でもさ、やっぱり日頃の心構えが大切なんだと思うんだよ」
見た目がどんなに酷いものでも食べ物は食べ物、とジョミー君が日頃の恨みを晴らすかのように。
「お坊さんはさ、みんなのお手本にならなきゃ駄目でさ…。此処でキースが逃げるんだったら、ぼくに坊主の心得がどうこうって言うような資格は無いと思うな」
「あー…。それは言えるぜ、頑張れよ、キース」
元老寺の副住職ってのはダテじゃねえだろ、とサム君からも駄目押しが。
「…お、俺に食えと……!」
この強烈なパイを食べろと、とキース君は焦ってますけど、お坊さんなら頑張って食べるべきでしょう。魚の菩提を弔いたいなら、無駄にしないで食べないとねえ…?
ピンチに陥ったキース君。私たちの中でスターゲイザーパイを食べるなら一番手だ、とジョミー君とサム君がプッシュ、シロエ君たちも頷いています。
「キース先輩は適役でしょうね、毒見をするのに誰か一人が犠牲になるなら」
その精神もお坊さんには必須じゃなかったですか、と更なる一撃。
「我が身を捨てて人を救うのは、王道だったと思うんですけど…。仏教ってヤツの」
「うんうん、お釈迦様の時代からある話だぜ、それ」
腹が減った虎に自分を食わせるとか、「私を焼いて食べて下さい」と焚火に飛び込んだウサギだとか…、とサム君が習い覚えた知識で補足。
「やっぱキースが食わねえとなあ…。坊主が一番に逃げていたんじゃ、その魚だってマジで浮かばれねえよ」
食ってきちんと弔ってやれよ、と会長さんの直弟子ならではの言葉、完全に断たれたキース君の退路というヤツ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」も瞳がキラキラしてますし…。
「キース、食べないの? ホントに美味しいパイなんだけど!」
ねえ? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が会長さんとソルジャーに視線を向けると、二人は揃って「うん」と。
「美味しいけどねえ、この魚も地球の海の幸ってヤツでさ」
「ぶるぅの腕を疑うのかい? 見た目はアレでも、このパイは実に美味しいよ?」
それを食べないとは何事だ、と会長さん、いや、伝説の高僧、銀青様。
「ジョミーもサムも、シロエも言っているんだけどねえ、坊主の心得というヤツを…。ジョミーたちはともかく、シロエは仏教、素人だよ?」
そのシロエにまで仏道を説かれるとは情けない、と頭を振っている会長さん。
「銀青として言わせて貰うんだったら、そんな坊主とは話をしようって気にもなれないね!」
最低過ぎて、とキツイお言葉。
「もっと立派な精神を持った人と話をしたいものだよ、スターゲイザーパイを外見だけで判断しちゃって、食べようともしない坊主よりはね!」
「…う、うう……」
どうしろと、と窮地に立たされたキース君ですが、救いの手は何処からも出ませんでした。本当に美味しいパイなのかどうか、毒見するならキース君が適役なんですから。
「かみお~ん♪ キース、食べるの、食べないの?」
食べるんだったら切ってあげるけど! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。キース君がガックリ項垂れて頷き、お皿にパイがドッカンと。さて、そのパイを食べられますかね、キース君は…?
星を眺める魚のパイ。あんまりすぎるビジュアルのスターゲイザーパイでしたけれど、キース君はブルブルと震えるフォークで口へと運んで…。
「キース先輩、どうですか?」
評判通りの味でしょうか、というシロエ君の問いに、モグモグしながら立てられた親指。もしかしなくても美味しいんですか、本当に…?
キース君は口に入れたパイをゴクンと飲み下してから、「美味い!」と声を上げました。
「やはり見た目で決めてはいかんな、なかなかにいける味だぞ、これは」
食事が不味いと噂の国のパイとも思えん、と口に運んだ二口目。じゃあ、本当に美味しいんだ…?
「疑ってるのか、俺に毒見をさせておいて? ああ、肝心の魚がまだか…」
魚の頭も食っておかんと、とキース君はフォークで刺して口へと。モグモグモグで、暫く経ったらゴックンで…。
「美味いっ!」
この頭がまたいい味なんだ、と緩んだ顔。外はカリッと、中はしっとり、そんな感じの食感だったとかいう魚の頭。味付けの方も抜群だそうで。
「…なんか美味しそう?」
キースの食べ方を見てる限りは、とジョミー君が言えば、キース君は。
「何を言うんだ、俺が嘘をつくと思うのか? この状況で!」
坊主の資質を問われたんだぞ、と毅然とした顔。
「ここで嘘八百を言おうものなら、もう間違いなくブルーに愛想を尽かされる。…いや、ブルーではなくて銀青様の方だな、銀青様に見捨てられたら坊主も終わりだ」
だから絶対に嘘は言わん、と大真面目だけに、これは嘘ではないでしょう。スターゲイザーパイの味は本当に良くて、見た目が変だというだけで…。そうとなったら、ここはやっぱり…。
「俺、食ってみるぜ!」
一切れ頼む、とサム君が名乗りを上げた横からジョミー君も。
「ぼくも食べてみる! 美味しいらしいし!」
「ぼくも食べます、キース先輩のお勧めだったら間違いは無いと思いますから!」
こんな調子で次々と勇者、勇気は感染するものです。気付けばスウェナちゃんと私の前にも魚の頭がニョッキリと生えたパイのお皿が置かれていて…。
「「「いっただっきまーす!!!」」」
みんなで食べれば怖くない! とばかりに突撃したスターゲイザーパイ。あらら、ホントに美味しいパイです、もっと早めに食べておいたら良かったかも~!
魚の頭がニョッキリニョキニョキ、怖すぎたスターゲイザーパイですが。キース君が毒見をしてくれたお蔭で、みんなで美味しく食べられました。パイはすっかり無くなってしまって、食事の後は飲み物を持ってリビングにゾロゾロ移動して…。
「美味しかったね、あのとんでもないビジュアルのパイ」
流石はぶるぅ! とジョミー君が褒めると、ソルジャーが。
「ぼくが美味しいって言っても信用しなかったくせに…。キースが挑戦するまではさ」
「え、だって…。味覚が違うっていうこともあるし、ぶるぅとブルーだって食べていたけど、悪戯だってこともありそうだしね」
騙されたら酷い目に遭うし、とジョミー君。
「ただでも食事が不味い国のパイだよ、それで見かけがアレなんだからさ、警戒もするよ!」
「なるほどねえ…。ぼくには美味しいパイだったけどね、いろんな意味で」
「「「は?」」」
いろんな意味って、なんでしょう? 名前が気に入ったことも入るんでしょうか?
「ああ、名前ね! そこも大きなポイントだねえ…!」
星を眺めるスターゲイザーパイだからね、とソルジャー、ニコニコ。
「うん、あのパイは使えるよ! うんと素敵に!」
「…君のシャングリラで作るのかい?」
あまりお勧めしないけどね、と会長さん。
「見た目がアレだから、食べたがる人はいないだろうと思うけど…。食べ物で遊ぶのは感心しないね、ましてや君のシャングリラではね!」
食べ物の確保も重要だろうに、という指摘。
「同じ魚を食べるんだったら、ふざけていないで、もっと真面目に! 誰もが食べたい料理にしてこそ、ソルジャーの評価もグッと上がるというもので!」
「シャングリラだったら、そうするよ。あんなパイを作らせちゃったら、ぼくの評価はどうなることやら…。ぶるぅに精神を乗っ取られたと噂が立ってもおかしくないね」
「ぶるぅねえ…。あの悪戯小僧なら確かにやりかねないけど…。君のシャングリラでは作らないとなったら、何処でアレを使うと言うんだい?」
まさか、こっちじゃないだろうね、と会長さんが尋ねると。
「こっちの世界に決まってるじゃないか、料理人はこっちにしかいないんだからね!」
スターゲイザーパイは、こっちのぶるぅが作ったんだし! と言うソルジャー。もしかしなくても本気でアレが気に入りましたか、また食べたいと希望するほどに…?
ソルジャー曰く、使えるらしいスターゲイザーパイ。美味しいパイだと言っている上に、名前も気に入ったらしいですから、度々アレを作って欲しいとか…?
「そうだね、本家もいいんだけれど…。あれも美味しいパイなんだけど…」
「「「本家?」」」
本家というのはスターゲイザーパイなんでしょうけど、アレに分家がありますか? ソルジャーにそういう知識はゼロだと思うんですけど、此処までの流れから考えてみても…。
「その手の知識はまるで無いねえ、海老のもあるっていう程度しか!」
「あんた、海老のを食べたいのか?」
悪趣味な、とキース君が言うと、ソルジャーは。
「海老はどうでもいいかな、うん。…ぼくの希望はソーセージだから」
「「「ソーセージ?」」」
ソーセージなんかでスターゲイザーパイを作ってどうするのだ、というのが正直な所。あのパイの肝はニョキッと生えた魚の頭で、海老でも多分同じでしょう。どっちも睨まれているような気がしていたたまれないのが売りじゃないかと思うんですけど…。
ソーセージの場合は目玉なんかはありませんから、パイからニョキッと生えていたって「変なパイだ」というだけです。ソーセージ入りのパイを焼こうとして失敗したか、という程度で。
なのに…。
「分かってないねえ、君たちは!」
あのパイは星を眺めるパイなんだから、とソルジャーは指をチッチッと。
「魚や海老なら星だろうけど、ソーセージの場合は眺めるものが星じゃないから!」
「「「はあ?」」」
やっぱりソーセージでも何かを眺めるんですか、目玉もついていないのに…。第一、頭も無いと言うのに、そのソーセージが何を見ると…?
「何を見るかは察して欲しいね、パイの名前で! ぼくが作りたいパイの名前は…」
ソルジャーは息をスウッと大きく吸い込んで。
「その名もブルーゲイザーパイ!」
「「「ブルー?」」」
ブルーと言えば青い色のこと。ソーセージが眺めるものは青空でしょうか?
「そのまんまだってば、ブルーと言ったら、ぼくかブルーしかいないんだけど!」
このブルーだけど! とソルジャーが指差した自分の顔と、会長さんと。何故にソーセージがそんなものを眺めて、ブルーゲイザーパイなんですか…?
サッパリ謎だ、と誰もが思ったソーセージのブルーゲイザーパイ。美味しさで言ったら本家のスターゲイザーパイと張り合えるかもしれませんけど、それを作って何の得があると?
それにソーセージが眺めるものがソルジャーだとか、会長さんだとか、ますますもって意味が不明で、作りたい意図が掴めませんが…。
「分からないかな、ソーセージだよ?」
でもってブルーか、このぼくを眺めるソーセージ、とソルジャーはニヤリ。
「そんなソーセージは二本しか無いね、こっちの世界と、ぼくの世界に一本ずつで!」
「「「…へ?」」」
間抜けな声が出た私たちですが、其処で会長さんがテーブルをダンッ! と。
「帰りたまえ!」
「えっ、ぼくの話はまだ途中で…」
「いいから、サッサと黙って帰る! パイの話はもう要らないから!」
「でもねえ、君しか理解してないようだしね? それにブルーゲイザーパイを作るには、ぶるぅの協力が必須なわけだし…」
ぼくのぶるぅにパイを焼くなんて芸は無くて、とソルジャー、溜息。
「ぶるぅどころか、ぼくだってパイは焼けないし…。ぶるぅに焼いて欲しいんだけど…」
「かみお~ん♪ ソーセージでスターゲイザーパイにするの?」
ソーセージだったら何処でも買えるし、今日の晩御飯でも間に合うけれど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ
」は作る気満々。
「晩御飯は焼肉のつもりだったから、ソーセージのパイなら合うと思うの!」
「本当かい!? だったら、是非!」
ブルーゲイザーパイを作って欲しい、とソルジャーは膝を乗り出しました。
「ぼくのハーレイを連れて来るから、うんと立派なソーセージのをね!」
「分かった、おっきなソーセージだね!」
このくらい? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が小さな両手で作った形に、ソルジャーは「いいね」と嬉しそうな顔。
「それでさ、ついでにお願いが一つあるんだけれど…」
「どんなお願い?」
「ちょっとね、パイの中身のことで…」
注文をしてもいいだろうか、と言ってますけど、ブルーゲイザーパイは謎。会長さんが怒った理由も謎なら、なんでソーセージでブルーゲイザーパイなのかも分かりませんってば…。
まるで全く謎だらけのまま、夕食にはブルーゲイザーパイが出ることが決定しました。予定に無かった料理ですから、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は買い出しにお出掛け。ソルジャーの注文通りの大きなソーセージを買って来るから、と張り切って出てゆきましたけれども…。
「小さな子供に何をやらせるかな、君は!」
ブルーゲイザーパイだなんて、と会長さんは怒り心頭。
「それにコインを仕込むと言ったね、そのコインに何の意味があるのさ!」
「えーっと…。こっちの世界の名物じゃないか、パイとかケーキにコインというのは」
それが当たった人にはラッキー! とソルジャーが言うコイン、ガレットロワとかクリスマスプディングとかに入れてあるヤツのことですか?
「そう、それ! 当たった人はラッキーなんだろ、だからコインも入れないと!」
「ブルーゲイザーパイのコインなんかで、どうラッキーだと!?」
不幸になるの間違いだろう、と会長さん。
「第一、食べたい人もゼロだよ、君のハーレイはどうか知らないけれど!」
「ぼくのハーレイなら、喜んで食べるに決まっているじゃないか!」
それともう一人、喜んで食べてくれそうな人が…、と言うソルジャー。
「こっちのハーレイも御招待だよ、ブルーゲイザーパイを食べる会にはね!」
「なんだって!?」
「そのためにコインを入れるんだってば、万が一っていうこともあるから!」
こっちのハーレイがコインを当てたら、もう最高のラッキーが…、とソルジャーは拳をグッと握り締めて。
「ブルーゲイザーパイの中からコインが出るんだよ? そのラッキーと言えば、一発!」
「「「一発?」」」
何が一発なのだろう、と思う間もなく、ソルジャーは高らかに言い放ちました。
「ぼくが注文したパイだからねえ、コインが当たれば、ぼくと一発! こっちのハーレイでも、コインで当てたら大ラッキーなイベントってことで!」
ただ、初めての相手はブルーだと決めているらしいから、そこが問題で…、という台詞。ひょっとしなくても、その一発とかいうヤツは…。
「ピンポーン! ぼくとベッドで仲良く一発、君たちが当てても意味は無いけど!」
でも、せっかくのブルーゲイザーパイだから、というソルジャーの言葉でようやく理解出来てきたような…。ソーセージがニョキッと突き出すというパイ、そのソーセージが意味する所は、実はとんでもないモノですか…?
大正解! というソルジャーの声に頭を抱えた私たち。ソルジャーは得々としてブルーゲイザーパイを語り始めました。ソーセージが表すものはキャプテンと教頭先生の大事な部分で、会長さんやソルジャーを眺めて熱く漲るモノなのだ、と。
「それはもう元気に、ニョッキリとね! そんなハーレイの大事な部分がニョキニョキと!」
一面に生えたブルーゲイザーパイなんだけど、とトドメの一撃、そんなパイは誰も食べたいわけがありません。コインが当たるとか当たらないとか、そういう以前に。
「えっ、でもさ…。スターゲイザーパイは美味しいと言っていなかったっけ?」
ブルーゲイザーパイも似たような味だと思うんだけど、とソルジャーは分かっていませんでした。味の問題などではないということが。
「あんた、俺たちに死ねというのか、そのパイにあたって!」
俺もそいつの毒見はしない、とキース君がバッサリ一刀両断。
「コインを当てたいヤツらが食えばいいだろう! 二人もいるなら!」
「そうですよ! ぼくたちが下手に食べるよりかは、コインを当てたい人だけで!」
そしたら当たる確率も上がりますから、とシロエ君が逃げを打ち、私たちも必死に声を揃えて遠慮しまくって…。
「…仕方ないねえ…」
人数は多いほど盛り上がるのに、とソルジャー、深い溜息。
「まあいいや。…こっちのハーレイとぼくのハーレイを呼ぶとして…」
二人でコインを取り合って貰おう、とブツブツ言ってますけれど。それが一番いいと思います、私たちなんかがコインを当てても何の役にも立ちませんから~!
買い出しに出掛けた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、帰って来るなりキッチンに籠ってパイ作り。午後のお菓子も用意してくれましたけれど、「ゆっくりしてね」と言われましたけど…。
「…帰りたい気分になってきました…」
夕食の席にはアレなんですよね、とシロエ君がぼやいて、誰もが漏らした嘆き節。ソルジャーだけが嬉々としていて、会長さんは仏頂面で。そうこうする内に夕食タイムで…。
「こんばんは、御無沙汰しております」
キャプテンが空間移動で連れて来られて、ついでに教頭先生も。
「な、なんだ!? あ、これはどうも…。御無沙汰しております」
そっくりさん二人が挨拶を交わし終わると、ソルジャーが。
「今夜は特別なパイを用意したんだ、その名もブルーゲイザーパイってね!」
「「ブルーゲイザー…?」」
なんですか、と重なった声。ソルジャーは得意満面で。
「ぼくを眺めるパイって意味だよ、見れば分かると思うんだけど…。中にコインが入っていてね、それを当てたら、ぼくと一発!」
そういうパイで、という説明にキャプテンが慌てた表情で。
「お待ち下さい、私がコインを当てた場合はそれで問題無いですが…。そうでない時は…?」
「もちろん、当てた人とぼくが一発だってね! たまにはスリリングでいいだろう?」
ぼくがこっちのハーレイとヤることになるかもね、とソルジャーはパチンとウインクを。
「なにしろコインのラッキーだしねえ、ぼくを取られても恨みっこなしで!」
「そ、そんな…」
キャプテンは青ざめ、教頭先生は鼻血の危機です。ブルーゲイザーパイのコインは透視出来ないらしいですから、食べるまで何処にあるかは謎だとか。キャプテンが当てるか、教頭先生か、なんとも恐ろしいパイなんですけど~!
それから始まった焼肉とブルーゲイザーパイを食べる会。私たちは最初から遠慮しておいて正解でした。魚の頭の方がずっとマシ、パイの中からニョキニョキと生えたソーセージ。ソルジャーが得意げに「分かるだろう?」とソーセージの一つを指先でチョンと。
「ブルーゲイザーパイはさ、ぼくを眺めるパイなんだからさ…。こういうのが眺めているってことはさ、このソーセージの正体はぼくの大好物で!」
毎晩食べても飽きないモノで、とチョンチョンチョン。
「こういう立派なモノの持ち主に相応しい一発、期待してるから!」
どっちのハーレイでも、ぼくはオッケー! とソルジャーは言ったんですけれど。コインを当てたら一発ヤれるパイなんだから、と勧めたんですけれど…。
「…あの二人はまだ食べないねえ…」
無理もないけどね、と会長さんが焼肉をジュウジュウと。
「自分の大事な部分だなんて説明されたら、普通は食欲、失せるからねえ…」
「そうかなあ? ぼくはハーレイのアレが大好きなんだけど!」
なんで食べたくないんだろう、とソルジャーは愚痴り続けています。キャプテンと教頭先生はと言えば、例のパイを挟んで二人揃って溜息ばかりで。
「…お先にどうぞ」
「いえ、あなたこそ…」
「ですが、食べないことにはコインが…」
「ええ、分かってはいるのですが…」
ですが自分のアレだと思うと、と重なる溜息、二人前。スターゲイザーパイも怖かったですけど、その上を行くのが「誰も食べられない」ブルーゲイザーパイらしいです。最悪、ソルジャーが全部食べるしかないんですかねえ、大好物とか言ってますしね?
「えっ、ぼくが?」
あんな大きなパイを一人で、と叫ぶソルジャーに「食べ物を粗末にするなと言った!」と会長さんが突っ込み、キース君たちも「仏の教えに反する」と説教モードです。ブルーゲイザーパイは誰が食べることになるんでしょうか、なんとも謎な雲行きですけど…。
「やっぱアレだな、魚でもソーセージでもビジュアルが怖いっていうことだよな?」
「うん、怖すぎ…。美味しいんだって分かっていても、怖すぎ…」
食べる前の段階で恐怖が凄い、とサム君とジョミー君が頷き合って、私たちも「うん」と。ニョッキリニョキニョキ、何かが生えた変なパイ。美味しくっても怖すぎるパイは、今回限りで遠慮したいと思います~!
怖すぎるパイ・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
今回登場した、スターゲイザーパイ。実在してます、検索すると怖い画像も出て来ます。
いくら美味しくても、ビジュアルは大事。ブルーゲイザーパイにしたって、同じですよねえ?
さて、シャングリラ学園番外編、来年で連載終了ですけど、毎日更新の場外編は続きます。
今年もコロナ禍で大変な一年。さて、来年はどうなりますやら、早く日常が戻りますように。
次回は 「第3月曜」 1月17日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、12月といえばクリスマス。パーティーの季節ですけれど…。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園、今日も平和に事も無し。とはいえ、もうすぐ夏休みです。期末試験もあったりしますが、1年A組は会長さんさえ参加してくれれば「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーで全員満点と中間試験で証明済み。誰も勉強する人は無くて…。
「かみお~ん♪ 授業、お疲れ様!」
今日も暑いよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が迎えてくれた放課後の溜まり場。クーラーが気持ちよく効いてますけど、トロピカルフルーツたっぷりのパフェも用意されていて。
「飲み物も冷たい方がいいよね、アイスコーヒーとか!」
「俺はそれで頼む」
「ぼく、オレンジスカッシュ!」
賑やかに飛び交う飲み物の注文、後はワイワイやっていたのですけど。
「こんにちは。夏はやっぱりパフェだよね!」
「「「???」」」
ぼくにもパフェ! と現れた人影、言わずと知れた私服のソルジャー。空いていたソファにストンと座って、パフェの用意を待ってますけど。アイスティーも注文していますけど…。
「あんた、何しに出て来たんだ!」
俺たちは今日は此処だけで解散だが、とキース君。
「明日は土曜日だし、早めの解散でいいんだ、今日は!」
「うん、知ってる。この暑さだとブルーの家に行くんだろうねえ、涼しいからさ」
いつものパターン、とすっかり読まれている行動。
「ぼくはこれから出掛けるんだよ、ノルディとディナーの約束があるし」
「だったら、どうしてこっちに来るんだ!」
「それはまあ…。フルーツパフェが美味しそうだし…」
待ち合わせの時間にはちょっと早いし、と悪びれもせずに。
「ぼくのシャングリラで無駄に時間を過ごしているより、早めに遊びに出たいしね!」
「俺たちは完全下校のチャイムが鳴ったら解散なんだが!」
「知ってるってば、その後までは邪魔はしないよ」
待ち合わせてるホテルのロビーで過ごすから、とソルジャーはパフェをパクパクと。きっとロビーでもケーキでも食べて待つのでしょう。ディナーは別腹、そんな感じで。
「あっ、分かる? それでねえ…」
今日のディナーは、と一方的に喋りまくってソルジャーは去ってゆきました。完全下校のチャイムが鳴ったら、「またね」と瞬間移動でパッと。
次の日は土曜日、朝から太陽がジリジリ照り付ける中を会長さんの家へ。こんな日は涼しい場所が一番です。今年は空梅雨、このまま梅雨明けしそうな勢い。
「暑いよね、今日も…」
いったいいつから夏だっただろう、とジョミー君が言い、キース君が。
「五月にはもう暑かったな。考えない方がいいと思うぞ」
考えた所で暑さが消えるわけではないし、と心の持ちようを唱えられても、キース君ほど修行は出来ていません。暑い、暑いと連発しながら会長さんのマンションに着いて。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
暑い時にはスムージー! と冷たい飲み物がサッと出るのが嬉しいです。夏ミカンをくり抜いて夏ミカンの果汁の寒天を詰めたお菓子も一人に一個。
「美味しいですねえ、外の暑さを忘れちゃいますよ」
シロエ君が絶賛、キース君も。
「そうだな、やっぱり暑い季節は暑いしな…。此処は涼しくて有難いが」
「あれっ、さっき心の持ちようだとか言ってなかった?」
そう聞いたけど、とジョミー君が突っ込むと。
「言葉尻を捕えて四の五の言うな! 暑苦しい!」
もっと涼しい話題にしろ、と切り返し。
「お前の好きな心霊スポットか怪談か知らんが、そっちの方がよっぽどマシだ!」
「やっていいわけ?」
「涼しい話題は歓迎だからな」
「えーっと…。この話、知ってる? すっごく賑やかな街の中にさ、空き地がポツンと」
あるらしいんだよ、と声をひそめるジョミー君。場所を聞いたらパルテノンから近い一角、すぐに買い手がつきそうな場所のようですけれど…。
「でもね、その土地、誰も買わないらしいんだよ。何か建てようとすると祟りが…」
「らしいね、ぼくも噂は知ってる」
お祓いをしても無駄らしいねえ、と会長さん。
「すこぶるつきの場所らしいけどさ、ぼくにかかれば多分、解決!」
「えっ、ホント? じゃあさ、ちょっと見学に行くとかさ…」
今は暑いから夕方にでも、とジョミー君が食い付きました。心霊スポットは怖いですけど、会長さんがついてるんなら大丈夫かな?
ジョミー君が持ち出した心霊スポットらしきもの。会長さんと二人がかりで怖い噂が次々に披露され、いい感じに寒くなって来ました。その土地と対だった空き地に建ったマンション、誰もいないのに明かりが点くとか、入れない筈の屋上に人が立っているとか。
「…マジでやべえよ、その土地ってよ…」
俺が行ったら何が見えるんだろう、と霊感持ちのサム君、ブルブル。
「さあねえ? なにしろ、ぼくも現場は見たことが無くてさ」
ジョミーと違って興味がゼロで、と会長さん。
「誰かにお祓いを頼まれたんなら、儲けにもなるし出掛けて行くけど、タダ働きはねえ…」
「タダ働きって…。でもさ、ぼくたちと見に行って何か出た時は…」
助けてくれるんだよね? とジョミー君。
「そうでないと怖いし、行ったら酷い目に遭いそうだしさ」
「それはまあ…。でもねえ、君子危うきに近寄らずだよ?」
涼しい話題に留めておくのが吉だろうね、と会長さん。
「半端ない目に遭ってからでは遅いんだからね、高みの見物に限るんだよ」
「まったくだ。俺は涼しい話題をしろとは言ったが、余計な面倒は御免蒙る」
盛り上がるだけにしておこうじゃないか、とキース君も。
「もっと涼しい話題がいい、と言うんだったら俺の知り合いの体験談も多いからな」
「それって、その土地?」
「いや、墓地だが? 寺には大抵、セットものだしな」
涼しげなヤツを話してやろう、とキース君が始めた実話とやらも非常に怖いものでした。「何処とは言わんが、アルテメシアの寺の話で…」などと言われたら尚更です。
「何処だよ、その踏切に近い寺っていうのはよ!」
俺は一生近付かねえぜ、とサム君が震えて、シロエ君も。
「教えて下さい、ぼくも行かないようにしますから!」
「…檀家さんしか行かない寺だと思うがなあ…。観光寺院じゃないからな」
詳しく言ったらご迷惑になるし、とキース君。変な噂が立ったら困る、と怖い話だけやらかしておいて避難経路は教えてくれないのが余計に怖くて。
「ど、どうしよう…。踏切、山ほどあるんだけれど…」
何処なんだろう、とジョミー君が怯えまくって、私たちだって巻き添えです。なんだって夏の最中なんかに、こんな背筋が寒い思いをする羽目になっちゃったんですか~!
怖すぎたキース君の怪談、プロは一味違います。墓地はセットものだというお寺な業界、怪談なんかは日常茶飯事。中でも選りすぐりのヤツを披露された上、現場は私たちが住むアルテメシアで。夕方に近付いたらヤバイらしくて…。
「お願いだから、その場所、ちょっと教えておいてよ!」
もう絶対に喋らないから、とジョミー君。踏切だけでも、と。
「駄目だな、同業の人に迷惑はかけられないからな。だが、安心しろ」
近付いたって、人じゃないものに会うだけで済む、とキース君。
「それに見た目は人間だしな? サムなら分かるかもしれないが」
「で、でもさ…。後ろを向いたら消えてるとかって聞いちゃうとさ…」
「その程度で済むと言っているんだ、夕方に墓地に行かなければな」
行ったらヤバイが行かなければいい、と再び始まる怖すぎる実話。お経が読めない人が入ると最悪すぎる墓地と言うべきか、檀家さんはどうしてるんですか?
「ん? 檀家さんは墓地の関係者だしな、何も起こらん」
「「「えーーーっ!!!」」」
つまりは関係者以外お断りっていうわけですね、物見遊山でなくっても?
「そうなるな。知らずに入ったヤツらが腰を抜かすとか、庫裏に駆け込んで来るだとか…」
「「「うわー…」」」
なんでそんなヤバイ墓地を放置で、と思いましたが、それもお寺の方針です。観光地に近くて日頃から迷惑を蒙る日々なのだそうで、ちょっとした復讐らしくって。
「…観光地の踏切…」
「それだけじゃ絞り込めねえよ!」
踏切が幾つあると思ってるんだよ、とサム君が言う通り、アルテメシアは線路多めで踏切多め。もう駄目だ、と夏の盛りに震えまくって、部屋の温度も体感温度は真冬並みで。
「さ、寒い…」
お昼はうどんが食べたい気分、とジョミー君が言い出し、「鍋焼きだよな」とサム君も。
「えとえと…。お昼、カレーにしようと思ってたけど、カレーうどんにする?」
暑いけどね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が尋ねた所へ。
「ぼくはカレーでいいんだけれど!」
暑い季節はスパイシー! と降って湧いたのがソルジャーです。紫のマントの正装ですから、今日はエロドクターとのお出掛け予定は無いみたいですけど、私たちは今、寒いんですよ…!
暑い夏でも鍋焼きうどん。それくらい寒い思いをしていると言うのに、ソルジャーの方は平然と。
「今日のカレーを仕込んでるのを見ていたし…。あれはやっぱりナンで食べなきゃ!」
カレーうどんに仕立てるだなんて冒涜だ、とカレーを擁護。
「それに寒さは直ぐに吹っ飛ぶよ、ホットな話題を持って来たから!」
「「「は?」」」
いったい何を話すつもりだ、と思ったら。
「もうすぐお昼になりそうだけど…。でも、話す前におやつもね」
「オッケー、スムージーと夏ミカン寒天だね!」
はい、どうぞ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサッと用意し、ソルジャーは満足そうに寒天をスプーンで掬って味わいながら。
「君たちにとっても悪い話じゃないと思うよ、お祭り騒ぎは好きだろう?」
「それはまあ…。ぼくも好きだけど」
イベントの類は大好きだけど、と会長さん。
「此処の連中をシャングリラ号に乗せる時には工夫してるし、普段も色々」
「だったら、もってこいの話だってば! 今年の海の別荘だけどね…」
毎年、ぼくの結婚記念日合わせで予定を組んで貰っているよね、と言うソルジャー。
「昨日さ、それをノルディと話してたらさ…。訊かれたんだよ、花火もついているんですか、と」
「「「花火?」」」
「そう、花火! 空にドカンと打ち上げるヤツ!」
あれはとっても綺麗だよねえ、とソルジャー、ウットリ。
「ぼくも好きでさ、たまにハーレイと見に来てるんだよ、デートを兼ねて」
ぼくのシャングリラには無いものだから…、と言われてみればシャングリラの中で打ち上げ花火は無理でしょう。あれは上空何キロだったか、とにかく高い所でドッカンです。開く花火も半径は確かメートル単位で、百メートルは軽く超えていたかと…。
「花火ねえ…。君のシャングリラじゃ無理だね、確かに」
「そうなんだよ! お子様向けの花火セットが限界だろうねえ、やるとしたらね」
公園の芝生が焦げると苦情が出そうだけれど、と残念そうな所を見ると花火はやっていないのでしょう。線香花火とかなら地味でも味わいありますけどね?
「線香花火より打ち上げ花火! ぼくは断然、そっちだね!」
華やかなのがいい、と打ち上げ花火を推すソルジャー。うん、ちょっと寒さが減って来たかな、夏はやっぱり花火ですもんね!
怪談の寒さでカレーうどんな気分だった所へ来たソルジャー。ホットな話題を持って来たから、という言葉通りに中身は打ち上げ花火でした。夏の夜空にドッカンと花火、幽霊だって吹き飛びそうです。たまにはソルジャーも役に立つものだ、と花火の話に聞き入っていたら。
「それでさ、ノルディが言うんだけどさ…。結婚記念日には花火だってね?」
「「「はあ?」」」
何処の富豪だ、とビックリ仰天。打ち上げ花火は高いと聞きます、お祝いとかで打ち上げることはありますけれども、結婚記念日って…。
「マツカ先輩、先輩の家では結婚記念日に花火ですか?」
シロエ君が御曹司なマツカ君に訊くと。
「いえ…。ぼくの家ではやってませんね。王室とかなら、そういう話も…」
「なるほどな。桁外れな世界のイベントなわけだ」
王室だしな、とキース君。
「そんな花火があんたの結婚記念日についてくるわけがないだろう!」
「うーん…。場所によってはあるんですよ、ってノルディがね…」
「何処の金持ちの国なんだ!」
オイルダラーか、とキース君が言ったのですけど、ソルジャーは。
「違うよ、この国の話だけれど? 花火大会の時にスポンサーを募って、そのついでに」
「「「スポンサー?」」」
「そう! 打ち上げ花火に個人がスポンサー、好きな数だけ花火を買って!」
アナウンスと共に打ち上げなのだ、とソルジャーはエロドクターから聞いた話を得々と。
「誰それの米寿を祝って八十八発だとか、結婚記念日で五十発とか!」
「…五十発なら、それは特別な節目だから!」
金婚式ってヤツだから、と、会長さんが指摘しました。
「米寿は八十八歳のお祝い、金婚式は結婚五十年目なんだよ、花火だってつくよ!」
「そうなんだ? …でもねえ、そういう花火大会は存在するんだし…」
ぼくたちの結婚記念日にも花火を上げて貰うとか…、とソルジャー、ニッコリ。
「今年で結婚何年目だっけ、その通りの数だと寂しすぎるから、もっと華やかに!」
「お祭り騒ぎと言っていたのは、それなわけ?」
「そうだよ、決まりの通りでなくてもいいから、結婚記念日を祝って欲しくて!」
たまには特別な結婚記念日も素敵だよね、と夢見るソルジャー。もしかしなくても、今の時期から準備に入れと言いに来たとか…?
結婚記念日には花火がいい、とソルジャーが持ち出した話題は斜め上でした。エロドクターとのデートで仕入れた知識で、打ち上げ花火。
「花火って、色々な形が出来るらしいし…。今から頼めば、きっと特注品だって!」
ぼくとハーレイの名前を打ち上げるとか、ハートマークを山ほどだとか…、と花火に燃えているソルジャー。
「君たちのセンスで凄いのをね! 結婚記念日を豪華に演出!」
「なんで、ぼくたちが祝わなくっちゃいけないのさ!」
結婚記念日は普通は孫子が祝うものだ、と会長さん。
「夫婦で祝うか、祝って貰うなら自分の子供か孫とかだね! 無関係な友達とかではなくて!」
金婚式の花火で五十発だってそういうものだ、と会長さんはビシバシと。
「おめでたい日を家族で祝おう、と子供や孫が揃ってお金を出すんだよ! 記念日だから!」
「…みんなで祝っているんじゃないわけ?」
「当たり前だよ、結婚式なら祝いもするけど、その後となったら無関係だよ!」
誰がいちいち覚えているか、と厳しい一言。
「ぼくもそうだし、世間的にもそうなってるねえ! 金婚式です、と聞かされたら「おめでとうございます」と言いはするけど、お祝いの品は送らないから!」
百歩譲って送ったとしても、お祝いイベントはやらないから、と突き放し。
「それは家族の役目なんだよ、祝って欲しいなら、まずは子供を作りたまえ!」
「子供って…。ぶるぅかい?」
「あの悪戯小僧にお祝いする気がありそうだったら、頼むのもいいね」
それも一つの方法だろう、と会長さん。
「今からきちんと教育しとけば、金婚式には花火くらいは頑張るかもねえ、こっちの世界で」
「うーん…。ぶるぅに祝って貰うのか…」
覗きが趣味のあのぶるぅに、とソルジャーは複雑な顔付きですけど。
「他に子供のアテが無いだろ、君の世界じゃ! 男じゃなくても子供は産まないらしいから!」
「そうなんだよねえ、子供は人工子宮で育つものだし…」
「ほらね、そういう世界でなければ…。ついでに君が男でなければ、御祈祷くらいはサービスしたっていんだけどさ」
「御祈祷だって?」
なんのサービス? と首を傾げているソルジャー。私たちだって分かりません。結婚記念日を祝う御祈祷なんかがあるんですかね、金婚式とか、節目の時に…?
御祈祷をサービスしてもいい、と会長さんの不思議な発言。ソルジャーのためにサービスという辺りからして、なんだか気前が良すぎますけど…。
「君がタダで仕事をしてくれるなんて、ぼくには意外すぎるんだけどね?」
心霊スポットのお祓いもタダ働きはしないんじゃなかったっけ、と尋ねるソルジャー。
「ぼくが来る前にジョミーとそういう話をしてたよ、祟る土地だか、空き地だかで」
「ああ、あれねえ…。楽勝だろうけど、タダはちょっとね」
御布施をはずんでくれるんだったら喜んで出掛けてゆくけれど…、と会長さん。
「そうでもないのに御祈祷はしないよ、面倒だから」
「なのにサービスしてくれるんだ? ぼくに御祈祷」
「子供が生まれる世界に住んでて、ついでに女性だったらね!」
そういう環境にいるんだったら、いつか金婚式を祝って貰えるように御祈祷サービス、と聞かされたたソルジャー、ポンと手を打って。
「分かった、子供が出来ますように、っていう御祈祷なんだ?」
「はい、正解! 君には全く意味が無いねえ、そんな御祈祷をサービスしても!」
「ううん、大いに意味があるから!」
是非ともそれを…、とソルジャーは膝を乗り出しました。
「お昼御飯の後でいいから、ちょっとお願い出来ないかな? サービスだと思って!」
「「「は?」」」
なんだって子供が出来る御祈祷なんかを…、と誰もが顔を見合わせましたが、ソルジャーの方は顔を輝かせて。
「その御祈祷をして貰ったら、子供が生まれるわけだろう?」
「そうだけど…?」
「だったら、やらなきゃ損だってね! 子供が生まれるためには子種!」
それを山ほど授かれるのに違いない、とグッと拳を握るソルジャー。
「ハーレイのアソコが今よりももっとパワーアップで、うんと元気に!」
「…そういうつもりで御祈祷なわけ?」
「決まってるじゃないか、こんな美味しい話はそうそう無いしね!」
御祈祷でハーレイがパワーアップ! と嬉しそうなソルジャー。お願いするよ、と。
「なんだか目的が間違ってる気もするけれど…」
花火の企画をさせられるよりはまだマシか、と会長さんは頷きました。私たちだってそう思います。寒さはすっかり消えましたけれど、ソルジャーの結婚記念日なんかは無関係です~!
何か勘違いをしているらしいソルジャー、子宝祈願の御祈祷を希望。それもサービスで、伝説の高僧、銀青様の有難い御祈祷をタダで貰う気。とはいえ、ただでもソルジャーに乗っ取られたと噂の海の別荘、いつでも結婚記念日合わせで…。
「…この上、花火を注文してまで祝わされるよりは、御祈祷サービスの方がいいしね…」
お昼御飯のカレーを食べながら会長さんが零すと、キース君も。
「その方がマシだな、あんたには少し手間を掛けるが…」
「ちょっと着替えて御祈祷だしねえ、花火よりかはずっとマシだよ」
花火コースなら注文に始まって演出までが、と会長さん。
「どんな花火に仕上げますか、って打ち合わせだとか、出来上がった花火の確認だとか…」
それに当日もお祝いの言葉を述べたりする羽目に陥るのだ、とブツブツと。
「ぼくたち全員からのお祝いなんだし、下手をしたらお祝いの歌を歌わされるとか…」
「いいねえ、お祝いに歌とか踊りとかも!」
そんな結婚記念日もいいね、とソルジャーは笑顔全開なだけに、打ち上げ花火なコースだったら、まず間違いなく派手に演出させられます。花束贈呈もあるんでしょうし…。
「もちろんだよ! ありとあらゆる形で祝って欲しいね、結婚記念日!」
「…そういうコースに行かされるよりは、この際、タダ働きでいいから!」
食事が済んだら御祈祷サービス、と会長さん。
「なにしろ子宝祈願だからねえ、子供を授かるまではキッチリ効くんだよ!」
「本当かい!?」
「世の中、子供が出来にくい人もいるけれど…。余程でなければ、これは効く筈!」
そう伝わっている有難い御祈祷なのだ、と会長さんが挙げた数々の例。色々な宗派でやっているらしく、御利益があったと伝わる話も数知れず。
「そんなに効くんだ、その御祈祷…。子供が出来るまで効くってわけだね?」
「そうでなければ意味が無いしね、肝心の子供が出来ないことには」
「つまり、子供が出来ない限りは御祈祷のパワーも続くんだね!」
子供が出来ないぼくの場合は永遠に…、とソルジャー、狂喜。
「ぼくは子供を産めはしないし、そんなぼくでも子供を産めと言わんばかりに子宝パワー!」
「…どうなんだろうね、男同士のカップルなんかに御祈祷した例は無いだろうしね…」
あまり期待はしないように、と会長さんは念を押しましたけれど。ソルジャーは「駄目で元々」と満面の笑顔、結婚記念日を花火で祝えという迷惑な企画よりも御祈祷らしいですねえ…?
こうしてソルジャーは御祈祷を受けて帰ってゆきました。緋色の法衣に立派な袈裟まで着けた会長さんこと銀青様の有難い子宝祈願の祈祷を。「実は相場はこのくらい」と会長さんが立てた指の数に目を剥いたことは、もう言うまでもありません。
その御祈祷が効いたのかどうか、ソルジャーは至極御機嫌な日々。私たちをトラブルに巻き込みもせずに夏休みに突入、花火企画も全くしないで済むだけに…。
「あんたの祈祷で助かった。…タダ働きになってしまったのは申し訳ないが」
お蔭で夏休みを無事に過ごせている、とキース君。マツカ君の山の別荘行きも済んで、この後はキース君やジョミー君たちが多忙を極めるお盆の季節。それが終われば海の別荘、本当だったら今頃は花火の準備とお祝い企画に振り回されていたわけで…。
「ブルーの結婚記念日ってヤツは、この先もついて回るからねえ…」
一度花火で祝わされたら、まず間違いなく定番になる、と会長さん。
「そんな目に遭うくらいだったら、タダ働きを一度だよ、うん」
「なら、いいが…。あんた一人が迷惑したしな」
「それほどでもないよ、あの程度なら」
ブルーの暴走を止められたんなら安上がりだった、と会長さんがマンゴーとオレンジのフラッペをスプーンでシャクシャクと。今日も今日とて、私たちは会長さんの家にお邪魔中。其処へ…。
「ちょっと訊きたいんだけど!」
「「「!!?」」」
いきなり飛び込んで来たソルジャー。「こんにちは」も抜きで。
「秘密の守れる医者っているかな、こっちの世界に!」
「「「医者?」」」
医者ならエロドクターだろう、と思いますけど。なんでそっちに行かないんでしょう?
「ノルディなわけ? 秘密を守れる医者というのは…?」
そうなのかい、という問いに、会長さんが。
「君も知っていると思ったけどね? あれでも口は堅いんだよ」
ぼくたちの仲間の健康診断とかを一手に引き受けているわけだし…、と淡々と。
「腕もいいけど、秘密を守るって点でも信用できるね、ノルディはね」
色々と難アリな人間だけど、と会長さん。
「何の秘密か知らないけどさ…。でもね、医学は君の世界の方が進んでいるだろう?」
君のシャングリラのノルディは口が軽いのかい、という質問。そういえばソルジャーの世界のシャングリラにだって、ドクター・ノルディはいるんですよね…?
自分の世界にもお医者さんはいるのに、「秘密を守れる医者はいるか」とは、これ如何に。誰かコッソリ手術を受けなきゃいけない人でも出たんでしょうか…?
「えーっと…。手術はどうだか分からないけど…」
場合によっては必要だろうか、と言うソルジャー。
「子供を産むのに手術があるって聞いているから…。こっちの世界じゃ」
「帝王切開のことかい、それは?」
「そう、それ! …やっぱりそれしかないのかなあ…」
「誰が?」
いったい誰が帝王切開なのだ、と会長さん。
「君の世界に妊婦さんはいない筈だけど? それとも猫とか犬なのかな?」
青の間でコッソリ飼っている間に子供が出来てしまったのか、と会長さんが尋ねると。
「そっちだったら獣医を探すし、秘密にすることもないんだけれど…」
「じゃあ、誰なのさ?」
「…………」
ソルジャーが無言で自分の顔を指差し、私たちの頭上に『?』マークが。なんでソルジャーが帝王切開、でもって医者を探していると…?
「…出来たらしいんだよ、ぼくに子宝」
「「「子宝!?」」」
まさかソルジャー、会長さんの御祈祷で子供が出来たと言うんですか? いくらなんでも有り得なさすぎ、だってソルジャー、男ですよ…?
「ぼくも信じたくないんだけれど…。ハッキリ言って腰が抜けそうだけど!」
でも出来たらしい、とお腹に手を。この中にどうやら子宝が、と。
「こ、子宝って…。動いたのかい?」
御祈祷をした日から数えるんなら、そこまで大きくない筈だけど…、と会長さんがアワアワと。
「もっと前から入ってたんだよ、動いたんなら!」
「…そこまではまだ…。だけど、陽性」
「「「陽性?」」」
「うん。…こっちの世界だと置いているよね、薬局に」
妊娠検査薬っていうヤツを、とソルジャーの顔は大真面目です。その手の薬は確かに手軽に買えますけれども、どうしてソルジャーが妊娠検査薬なんかを買って試しているんですか…?
会長さんこと伝説の高僧、銀青様から子宝を授かる御祈祷を受けたソルジャー。とても御利益のある御祈祷なのだと会長さんから聞きましたけれど、ソルジャーが授かったらしい子宝。その上、妊娠検査薬で陽性だなんて、なんだってチェックしていたんだか…。
「毎日チェックをしてはいないよ、今日が初めてだよ!」
青の間に置いてあったから…、と言うソルジャー。
「昨夜もハーレイと一緒に過ごして、もう最高にパワフルな夜で…。御祈祷をして貰った甲斐があったと、ハーレイも喜んでいるんだけれど…」
パワフルすぎるから、ぼくは朝には起きられなくて…、と知りたくもない夫婦の事情。ソルジャーはベッドで眠ったままで、キャプテンは一人で起きてブリッジに出掛けたらしいです。かなり経ってから目覚めたソルジャー、バスルームに行ったそうですけれど。
「其処にあったんだよ、妊娠検査薬が」
洗面台の鏡の前に置かれてあった、という証言。
「多分、ぶるぅが買って来たんだよ、こっちの世界に一人で遊びに来ることもあるし」
「なんで、ぶるぅがそれを買うのさ?」
お菓子やコンビニ弁当だったら分かるけど、と会長さんが突っ込むと。
「知ってるからだよ、御祈祷のことを! ぼくがハーレイに何度も話しているからねえ…」
「ぶるぅも隣で聞いていたと?」
「最初は土鍋でコッソリと、かな? ぼくに直接、訊きに来たしね」
子宝とは何か、どういう御祈祷を受けて来たのか、好奇心旺盛なお子様だけに質問三昧だったみたいです。自分は卵から生まれただけに興味津々、あれこれ訊いていったのだとか。
「それからも覗きをしながら何度も聞いてはいたんだろうねえ、あんな薬を買うんだからさ」
「…君は自分は妊娠しないとハッキリ教えなかったわけ?」
「教えたけれどさ、ぶるぅにしてみればイマイチ分かっていなかったのかも…」
でなければ、本当に妊娠しないのかどうか知りたくなってきたのだろう、と話すソルジャー。ともあれ、悪戯小僧で大食漢の「ぶるぅ」は妊娠検査薬を薬局で買って来たわけですね?
「そうらしいねえ…。それでさ、せっかく置いてあるんだし…」
ぼくも興味が出て来ちゃって、とソルジャーが青の間で手に取った妊娠検査薬の箱。使い方を読んでから遊び半分、お手軽にセルフチェックとやらをしてみたら…。
「ぼくはどうしたらいいと思う? 陽性だなんて…!」
よりにもよって、ぼくが妊娠しちゃったなんて、と言われましても。そんな事態は誰も想定していませんから、咄嗟に返事は出来ませんってば…。
あろうことか子宝を授かってしまったソルジャー、妊娠検査薬が陽性。秘密を守れる医者を探して飛び込んで来たわけが分かりました。人工子宮で子供を育てるソルジャーの世界に産婦人科があるわけが無くて、妊娠検査薬だって無い世界で。
「…どうしよう…。子宝だなんて言われても…」
それは思ってもみなかったから、とソルジャーは本気で困っているようです。
「こっちの世界でも男は子供を産まないんだよね、普通はね…?」
「普通も何も、そんな前例、何処にも無いから!」
世界中を探しても男が産んだ例は無いから、と会長さん。
「だから、ぼくにも見当がつかないよ! 産むとなったら帝王切開だろうってことしか!」
「…やっぱりそういうことになるんだ?」
ちょっと産めそうにないものねえ…、と悩むソルジャー。
「でも、授かったからには生まれるんだろうね、この子宝は?」
「それはまあ…。きちんと節制してやればね」
当分の間は夫婦の時間も控えたまえ、という会長さんの言葉に、ソルジャーは目を見開いて。
「控えるって…。それが大事じゃないのかい!?」
夫婦の時間は子種の時間、とソルジャーの持論。そもそも、そういう目的のために子宝祈願の御祈祷を受けていたんですから、その発想は分からないでもないですが…。
「君が言うのも分かるけどねえ、授かった後が大切なんだよ」
安定期に入るまでは控えておくのが鉄則で…、と会長さん。
「授かって直ぐはとてもデリケートな時期だからねえ、夫婦の時間は厳禁だってば!」
「そ、そんな…。それじゃ、その後はヤッてもいいと?」
「人によりけりだね、とにかく定期的に診察を受けてアドバイスってヤツを…」
「定期的に!?」
そこまで厄介なものだったのか、と自分のお腹を眺めるソルジャー。
「…夫婦の時間は当分禁止で、その後もどうなるか分からないって…?」
「君のお腹の子宝次第ってことになるかな、運動も含めて」
そう言ってから、会長さんがアッと息を飲んで。
「激しい運動は厳禁だっけ…。君のソルジャー稼業がマズイよ、妊娠中だと」
「えーーーっ!!?」
それじゃシャングリラはどうなるのだ、と慌ててますけど、産休を取るしか無いでしょう。「ぶるぅ」に任せて青の間で静養、それしか道は無いですってば…。
夫婦の時間は当分お預けな上に、ソルジャー稼業も休業するしかないソルジャー。なんとか抜け道は無いのだろうか、と焦られましても、子宝を授かってしまったからには…。
「此処でグダグダ言っているより、ノルディに相談するんだね」
それが一番! と会長さん。
「だけど、今すぐ行った所で、同じことを言われて終わりだと思うよ」
まだ日数が足りなさすぎる、という指摘。
「妊娠しているようですねえ、ってカルテを作って…。母子手帳はどうするか悩む程度かな」
「母子手帳? なんだい、それは?」
「妊娠した人の必須アイテムだよ、だけど君には使えないねえ…」
女性用だから、と会長さんは考え込んで。
「ノルディなら君用に何か作るかもしれないけれど…。現時点ではその程度かな」
「注意するだけで終わりってこと? 夫婦の時間はいけませんとか、ソルジャーの仕事はやめるようにとか?」
「そうなるねえ…。もう少し経てば、子供の様子も分かるんだけど」
時期的に言って海の別荘に行く頃だろうか、と会長さん。
「丁度いいから、君のハーレイと二人で受診するのもいいねえ、ノルディの病院」
「ハーレイと?」
「感動的な瞬間だろう? 子供が出来た、って分かるんだからさ」
最高の結婚記念日になるよ、と会長さんは言ったのですけど。
「逆だから!」
ぼくが欲しかったのは子宝じゃなくて子種を授かるパワーの方で! とソルジャーは不機嫌極まりない顔。
「子宝を授かってしまった時点で、そのパワーは切れてしまうんだろう?」
「そうだけど?」
「それが困ると言ってるんだよ、だから授かったと宣言されたら大迷惑で!」
まだまだ夫婦の時間をガンガン楽しみたいし、と言うソルジャー。
「子宝とやらが出来ちゃったせいで、ハーレイの凄いパワーが途切れてしまうだなんて!」
「途切れるも何も、陽性な以上は、夫婦の時間はお預けだから!」
ノルディが安定期に入ったと判断するまで控えないと、と会長さんに説教をされたソルジャーはガックリと項垂れて帰ってゆきました。とんでもない結果になってしまったと、子宝のお蔭で結婚記念日も夫婦の時間も台無しだと。けれど…。
「うわぁぁぁーん、ごめんなさい、ごめんなさいーーーっ!!!」
もうしないから、とビーチに響き渡っている「ぶるぅ」の絶叫、マツカ君の海の別荘でのこと。悪戯小僧の大食漢はアヒル責めの刑に遭っていました。
「ぶるぅ、アヒルちゃんは好きなんだろう? せいぜい仲良くするんだね」
その状況だと難しいかもしれないけれど、と薄ら笑いを浮かべるソルジャー。「ぶるぅ」は首から下を砂に埋められ、周りにアヒルがギュウギュウと。そう、アヒルの群れごと檻の中です。つつかれまくって、踏まれまくって、羽でバタバタ叩かれて…。
「えとえと…。ぶるぅ、いつまであのまま?」
とっても可哀相なんだけど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が尋ねると。
「可哀相だって? ぼくとどっちが可哀相なのさ、今日まで禁欲だったんだからね!」
「まったくです。子供が出来たかもしれない、などと言われては私も禁欲せざるを得ませんし…」
そして今日まで禁欲でした、とキャプテンも。
「出来れば間違いであって欲しいとブルーと二人で祈り続けて、晴れて今日から解禁で…!」
「だよねえ、ノルディがキッパリ言ったからねえ、子供なんかはいませんよ、とね!」
そうなったらバレて当然だろう! と怒るソルジャー、「ぶるぅ」を問い詰め、判明したのが一連の悪戯。妊娠検査薬を買って来たことも、陽性になるよう細工したことも「ぶるぅ」は吐いてしまったわけで…。
「…アヒル責めかよ…」
キツそうだよな、とサム君がチラリと眺めて、教頭先生が。
「些か酷すぎる気もするのだが…。禁欲生活が長かったと聞くと、仕方ないかとも…」
「ふうん? ヘタレなりに理解は出来るんだ? 禁欲の辛さ」
君とは無縁の世界だけどね、と会長さんが鼻で笑って、ソルジャーが。
「ヘタレだろうが、童貞だろうが、同情してくれる人は神様だよ! 君たちの笑いに比べたら!」
君たちは爆笑していたくせに、とギロリと睨まれ、首を竦める私たち。アヒル責めの巻き添えは御免ですから、「ぶるぅ」に同情したら終わりで…。
「そうだよ、ぶるぅは苛めてなんぼ! アヒルは好きだし、あれで充分天国だから!」
もっとアヒルに囲まれるがいい、とアヒルの群れを檻の外から煽るソルジャー。「ぶるぅ」目がけて餌を投げ付け、アヒルだらけになるように。
(((…ひどい…)))
悪戯は確かに悪いんでしょうが、元を正せばソルジャーが受けた子宝祈願の御祈祷が諸悪の根源ですから、あれって一種の八つ当たりでは…?
そんなこんなで、今年のソルジャー夫妻の結婚記念日は、ある意味、とっても華々しい日になりました。晴れて禁欲生活が終わり、子宝祈願の御祈祷パワーも解禁で…。
「…あいつら、起きて来やがらないな」
次の日の朝、朝食の席にソルジャー夫妻の姿は無くて。
「ルームサービスだそうですよ。御注文があったらお届けするということで」
そう聞いています、とマツカ君が答え、キース君はチッと舌打ちをして。
「あの祈祷、そんなにパワーがあるのか? …俺は一度もやったことが無いが」
「パワーだけはあると言った筈だよ、ぼくも本気で焦ったからね」
ブルーが妊娠したかと思った、と安堵の息をつく会長さん。
「本当に子供が出来ていたなら、あっちの世界のシャングリラの存亡の危機だからねえ…」
「確かにな。ぶるぅじゃ守り切れないからなあ、パワー全開だと三分間しか持たないからな」
だからこそアヒル責めの刑が有効なわけで…、とキース君が言う通り。「ぶるぅ」はシールドを張ってアヒル攻撃を防いでましたが、ソルジャーが逆のサイオンを全力でぶつけた途端に、三分間で消えたシールド。後はアヒルにつつかれまくって、踏まれまくって…。
「…んとんと、ぶるぅ、大丈夫かなあ?」
昨日はヘトヘトで土鍋に入って行ったけれど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が心配していると、噂の主がご登場で。
「かみお~ん♪ あのね、ブルーもハーレイも、今、凄いんだよ!」
子宝パワーで解禁なの! と高らかに叫ぶ「ぶるぅ」は朝も早くから覗きをしていたみたいです。アヒル責めの恨みか何かは知りませんけど、せっせと成果を話してくれて。
「いや、俺たちが聞いてもだな…!」
「意味が全然分かりませんから、もういいですって…!」
黙ってくれていいんですけど、とシロエ君が言おうが、キース君がお断りしようが、会長さんがレッドカードを突き付けていようが、教頭先生が鼻血だろうが。
「それでね、そこでハーレイがね…!」
止まる気配も無い「ぶるぅ」の喋りと独演会。こんなことなら結婚記念日に花火プレゼントの方が良かったでしょうか、毎年恒例になったとしても。なんだかそういう気がしてきました、花火プレゼントにしておけば…。後悔先に立たずですけど、花火にしとけば良かったです~!
記念日に花火・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
ソルジャー夫妻の結婚記念日、花火で祝わされるのは嫌だ、と代わりに御祈祷サービス。
結果はとんでもなかったわけで、祝った方がマシだったかも。悪戯小僧のせいですけどね…。
さて、シャングリラ学園、11月8日で番外編の連載開始から13周年を迎えました。
コロナ禍の中でも頑張ったものの、すっかりオワコンになったのが『地球へ…』。
ステイホームが続いているのに、pixiv に置いた新作の閲覧者は1年かかって90人ほど。
そろそろ潮時なんだろうな、と連載終了を決断しました。14周年までは続けますけど。
「目覚めの日」なのが14歳ですし、14周年で終了ですね。残り1年、頑張ります。
次回は 「第3月曜」 12月20日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、11月といえば紅葉のシーズン、お出掛けしたくなるわけで…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
今年も桜の季節がやって来ました。お花見大好きなソルジャーまでが押し掛けてくる季節です。今日は土曜日、せっかくだからと山桜一杯の名所へお出掛け、もちろん反則技の瞬間移動で。ついでにお花見の場所も穴場を探して飛び込んだので…。
「いいねえ、周りに人がいないというのはね!」
貸し切り最高、と笑顔のソルジャー。今日はキャプテンと「ぶるぅ」も一緒で、私たちはドッサリお弁当を持参。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が腕を奮ってくれて…。
「かみお~ん♪ 今日のお弁当、ちらし寿司だよ!」
それとおかずが一杯なの! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ちらし寿司が詰まったお弁当箱が配られ、おかずの方はまた別です。好みのおかずを選び放題、桜を見ながらの昼食タイムですけれど。
「うーん…。ちらし寿司かあ…」
ちらし寿司ねえ、とお弁当箱を見詰めているソルジャー。豪華な具がたっぷり乗っているのに、何か文句があるのでしょうか?
「えとえと…。ちらし寿司、嫌いだったっけ?」
今まで聞いていないんだけど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」も心配そうです。
「他のお弁当がいいんだったら、大急ぎで買って来るけれど…」
今から作ったんじゃ間に合わないし、と言われたソルジャーは。
「そういうわけじゃないんだけれど…。ちらし寿司は大歓迎なんだけど…」
「だったら、素直に喜びたまえ!」
ぶるぅが朝から作ったんだから、と会長さん。
「おかずとセットで頑張ったんだよ、ぶるぅはね! 君のぶるぅの分まで山ほど!」
「かみお~ん♪ ぶるぅのお弁当、美味しいよね!」
もういくらでも食べられそう! と大食漢の「ぶるぅ」はガツガツと食べ始めています。凄い勢いで食べまくりますから、「ぶるぅ」の分は別にしてあるほどで。
「ほらね、ぶるぅを見習いたまえ! 文句をつけない!」
会長さんが睨むと、ソルジャーは。
「文句ってわけじゃないんだけれど…。同じお寿司なら…」
「特上握りが良かったと?」
出来上がってから文句をつけるな、と会長さんがギロリ。特上握りにしたかったんなら、リクエストするとか、持参するとか、それくらいはして欲しいです。用意して貰ったお弁当に文句をつけるだなんて、最低ってヤツじゃないですか…。
豪華ちらし寿司なお弁当に不満があるらしいソルジャー。てっきり特上握りな気分なのかと思ったんですが。
「握り寿司じゃなくって…。巻き寿司なんだよね」
「「「巻き寿司?」」」
それはとっても地味じゃないか、と考えたものの、巻き寿司も色々。とても太くて具だくさんのもあったりしますし、そういうヤツならお花見にだって良さそうで。
「そっか、巻き寿司…。買った方がいい?」
欲しいんだったら行ってくるけど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「巻き寿司だったら、いろんなお店ですぐ買えちゃうし!」
「いいよ、ブルーに睨まれそうだし…。今度御馳走してくれれば」
お花見シーズンも今週でおしまいみたいだから、と言うソルジャー。
「次の土曜日にでもパーティーしようよ、ブルーの家でさ」
「オッケー! パーティーなんだね、巻き寿司で!」
うんと豪華に用意しとくね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜び。お客様大好き、おもてなし大好きなだけに、パーティーと聞くと大張り切りで。
「ぶるぅも一緒に来るんでしょ? パーティーだから!」
「…どうだろう? そこはちょっと…」
「そろそろ君のシャングリラが危なそうかい?」
お花見に繰り出し続けたからねえ、と会長さんが。
「ソルジャーとキャプテンが揃ってサボリで、普段だったら留守番しているぶるぅも一緒に来ちゃっているし…。人類軍にでも目を付けられたと?」
「そうでもないけど、ぶるぅは残した方がいいかな」
ハーレイと二人でお邪魔するよ、と早くも決まってしまった予定。明日もみんなで揃ってお出掛け、今年のお花見の総決算ですが、それとは別に巻き寿司パーティー?
「うん、その方がぼくもいいんだよ。明日のお花見はスポンサーもいるし」
「まあねえ、お花見で毟るのはお約束だしね?」
豪華弁当も予約済みだし、と会長さん。明日は最後のお花見ですから、有名店の豪華弁当を予約してあります。支払いはスポンサーという名の教頭先生、それだけに一緒にお花見するわけで。
「ハーレイがいると何かと面倒ではあるかな、確かにねえ…」
それに巻き寿司までは食べ切れないし、と会長さんも納得の様子。豪華弁当と巻き寿司、両方食べても平気なのって、「ぶるぅ」くらいなものですしね?
そんなこんなで、次の土曜日は巻き寿司パーティー。教頭先生もおいでになっての豪華弁当なお花見も済んで、平日は学校なんですけれど。
「巻き寿司パーティーって…。手巻き寿司だよね?」
ジョミー君が確認している、放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「うんっ!」と元気良く。
「パーティーなんだもん、手巻きだよ? それが一番!」
「だよねえ、具だって好きに選べるし…」
いろんなのを組み合わせちゃっていいんだし、とジョミー君が言えば、サム君も。
「それが手巻きの醍醐味ってヤツだぜ、あれもこれもって詰め込んでよ!」
「…詰めすぎると溢れてしまうわけだが?」
海苔からはみ出してしまうんだが、とキース君。
「欲もほどほどに、という教訓ではある」
「キース先輩、手巻き寿司パーティーに教訓なんかは要りませんから!」
法話もしないで下さいよ、とシロエ君がフウと溜息。
「ぼくたちは賑やかにやりたいんです。湿っぽい法話はお断りです」
「法話は別に湿っぽいとは限らんのだが?」
笑いを取るための法話もあるが、と言われましても、法話は法話で。
「そういうのは求めてないんだよ!」
ただの手巻き寿司パーティーだから、とジョミー君。
「それにさ、ブルーも来るんだよ? 法話はするだけ無駄っぽいけど」
「それは言えるぜ、あいつら、絶対、聞いてねえしな」
ついでに教訓にもしやがらねえぜ、とサム君が。
「二人揃って来るってことはよ、もうバカップルに決まっているしよ…。法話どころじゃねえってことだぜ、どう考えても」
「「「あー…」」」
そうだった、と頭痛を覚える私たち。ソルジャーとキャプテンが「ぶるぅ」抜きで来ると噂の手巻き寿司パーティー、繰り広げられる光景が目に見えるようです。
「…二人であれこれ巻くんだな、きっと…」
そして「あ~ん♪」と食べさせ合うんだ、とキース君が呻いて、会長さんも。
「それしか無いねえ、どう考えても…」
覚悟はしておいた方がいいね、と言われなくても酷い頭痛が。今度の土曜はバカップルかあ…。
逃げ場所も無いまま迎えた週末、会長さんの家へと出掛けて行った私たち。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は朝早くから市場であれこれ買い込んだそうで。
「かみお~ん♪ いいお魚とか、いっぱい買って来たからね!」
「海苔もいいのを用意してあるよ、何処かの馬鹿は忘れて楽しみたまえ」
バカップルは見なければ済むわけなんだし、と会長さん。
「いくら「あ~ん♪」とやっていようが、ぼくたちは無視の方向で!」
「当然だろうが、誰が見るか!」
あんな阿呆は御免蒙る、というキース君の言葉に、私たちも「うん」と。バカップルが勝手に盛り上がる分には、見なければいいだけのことですから。
「ぼくたちは食べればいいんですよね」
せっせと巻いて、とシロエ君が言い、マツカ君も。
「手巻き寿司は自分で作るんですから、自然と集中できますよ、きっと」
「そうよね、巻かなきゃ食べられないものね」
まるで話にならないものね、とスウェナちゃん。寿司飯と具とを巻いてる間は視線を他へは向けられませんし、バカップルどころではないわけで。手巻き寿司パーティー大いに結構、せっせと巻こうと考えていたら…。
「こんにちはーっ!」
「お邪魔します」
空間を超えてソルジャー夫妻が登場、二人揃って私服です。これは食べる気満々だな、と思っている間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「用意、出来たよーっ!」と呼びに来て。ゾロゾロとダイニングに向かって移動で、大きなテーブルにドッサリと…。
「「「わあ…!」」」
凄い、と歓声、幾つもの大皿に盛られた手巻き寿司の具。海苔も寿司飯もたっぷりとあって、「ぶるぅ」がいたって大丈夫そうなほどの量ですけれど。
「…これはなんだい?」
「「「は?」」」
ソルジャーの台詞にポカンと口を開けた私たち。
「なんだい、って…。君の希望の巻き寿司パーティーなんだけど?」
それ以外の何に見えると言うんだ、と会長さんも呆れ顔です。何処から見たって手巻き寿司パーティー仕様のテーブル、お好み焼きとか鍋パーティーとは違いますけど?
先週のお花見で「ちらし寿司より、巻き寿司の方が良かった」と文句をつけたソルジャーの希望で開催が決まった、本日の手巻き寿司パーティー。なのに「なんだい?」って、ソルジャーはいったいどうしたのでしょう?
「あんた、早くもボケたのか?」
そこのブルーより百歳ほど若い筈なんだが、とキース君。
「あんたが希望したんだろうが! 今度の土曜日は巻き寿司がいいと!」
「そうだけど…。でも、これは…」
「何か分からない具があった?」
珍しいのも仕入れて来たし、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「分からなかったら、なんでも訊いてね! ぼくでもいいし、ブルーにだって!」
「…具のことじゃなくて…。ぼくが言うのは巻き寿司で…」
「手巻き寿司だよ?」
これからみんなで巻くんだもん! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「座って、座って!」と声を掛けてくれて、私たちは席に着いたんですけど。ソルジャー夫妻も並んで座りましたけど…。
「…ブルー、巻き寿司ではないようですね?」
キャプテンが言って、ソルジャーが。
「違うようだねえ…」
注文の仕方を間違えただろうか、とテーブルの上を見回すソルジャー。だから手巻き寿司だと言ってますってば、何が違うと?
「これは自分で巻くヤツだし…。巻き寿司じゃないよ」
巻き寿司と言えばロールケーキみたいなヤツで、とソルジャーは両手で形を作ってみせました。
「こんな風に丸くて、細長くって…。全体に海苔が巻いてあってさ」
「そうです、中身は色々ですが…」
キュウリだったりトロだったり…、とキャプテンも。
「同じ巻き寿司の中に何種類もの具が入ったのもありますが…」
「とにかくロールケーキなんだよ、そういう形で海苔がビッチリで!」
それが巻き寿司! とソルジャーが説明、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が目を丸くして。
「…えっと、普通の巻き寿司だったの?」
手巻き寿司じゃなくて、細長く巻く方のヤツだったの、とテーブルの上をキョロキョロと。その巻き寿司なら分かります。同じ巻き寿司でも、ミニサイズのスダレみたいな巻き簾を使って巻いていくアレのことですね…?
どうやら違ったらしい巻き寿司、手巻き寿司ではなかった巻き寿司。ソルジャー夫妻は「これはこれで美味しいんだけどねえ…」などと言ってますけど、食べるつもりではあるようですけど。
「間違えちゃった…」
巻き寿司の意味が違ったみたい、とガックリしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「気にすんなよ、ぶるぅのせいじゃねえし」
普通はこっちの方だと思うだろうし、とサム君が慰め、シロエ君も。
「パーティーって言ったら、手巻き寿司ですよ。間違ってません!」
「ただの巻き寿司では盛り上がらんだろうなあ…」
今一つな、とキース君だって。
「だから手巻きでいいと思うが」
「そうだよ、ぶるぅは頑張って用意してくれたんだし…」
朝から市場にも行ってくれたし、とジョミー君も言ったんですけれど。
「でもでも…。お客様には、おもてなしの心が大切だもん…」
なのに注文を間違えちゃったなんて、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は具材を乗っけたお皿をまじまじと眺め、それからタタッと駆け出して行って。
「「「…???」」」
どうするのだろう、と思っていたら、戻って来た手に大きなお皿。それにお箸も。
「これと、これと…」
それから、これ! とお皿の上に具材をヒョイヒョイ。もしかして、巻こうとしてますか?
「うんっ! お寿司の御飯はまだまだあるから、作ってくる!」
キュウリもあったし、他にも色々、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「みんなは先に食べ始めててよ、すぐに出来るから!」
「でもですね…!」
そこまでしなくていいんじゃあ、とシロエ君が止めに入りました。
「ただの我儘なんですよ? 巻き寿司の方がいいというのは!」
「そうだぜ、また今度ってことにしとけよ」
ぶるぅも一緒に手巻き寿司しようぜ、とサム君が誘ったのですが。
「ううん、おもてなしは大切なの!」
ちょっと待っててねー! と飛び出して行ってしまった「そるじゃぁ・ぶるぅ」。帰って来るのを待とうかとも思いましたが、それだと逆に気を遣わせてしまいます。申し訳ない気もするんですけど、ここはお先に頂いてますね~!
手巻き寿司の具と、家にあるらしい食材を使って巻き寿司を作りにキッチンへ出掛けた「そるじゃぁ・ぶるぅ」。小さな子供に作らせておいて自分たちは先に食べるというのも酷いですが。
「ぶるぅはあれでいいんだよ。気にしてないから!」
遠慮しないで食べて、食べて! と会長さん。
「巻き寿司を作るのも大好きだしねえ、ぶるぅはね。それに食事もちゃんとしてるし」
「「「え?」」」
「手巻き用の具材でお刺身気分! ちょっと御飯に乗せたりもして!」
海鮮丼風に楽しんでるから、という会長さんの言葉で一安心。巻き寿司をギュッと一本巻いたら、海鮮丼を食べているとか。
「それならいいか…。海鮮丼も美味いしな」
俺たちも手巻き寿司を楽しもう、とキース君が言うまでもなく、何処かの誰かが。
「はい、ハーレイ! 君、こういうのも好きだろう?」
「ありがとうございます! では、あなたにも…」
こんな感じで巻いてみました、と差し出すキャプテン、「あ~ん♪」とやってるバカップル。
(((馬鹿は見ない、見ない…)))
あっちを見たら負けなのだ、と自分の手巻き寿司を巻くのに集中、食べる時にはバカップルはサラッと無視しておいて。
「美味しいですねえ、流石はぶるぅの仕入れですよ」
活きがいいです、とシロエ君が絶賛、ジョミー君も。
「甘海老なんかもう、プリプリだよ? これ、さっきまで生きてたんだよね?」
「もちろんさ。ぶるぅはそれしか買わないよ」
生簀で泳いでいるのが基本、と会長さん。
「他の魚も生簀か活け締め、イカなんかも獲れたてに限るってね!」
それにお米もこだわりのヤツを炊いてるし、という解説に聞き入っていたら。
「かみお~ん♪ 巻き寿司、お待たせーっ!」
こんな感じで作って来たよ! と飛び跳ねて来た「そるじゃぁ・ぶるぅ」。大皿の上に盛られた巻き寿司色々、太さも色々。
「すげえな、そんなに作ったのかよ!?」
「時間、殆どかかってませんよね?」
それにとっても美味しそうです、とシロエ君。綺麗に切られた巻き寿司の断面は彩り豊かです。何種類ほど作ったんでしょうね、ホントに仕事が早いですってば…。
ソルジャーのご注文の巻き寿司を盛り付けた大皿がテーブルの真ん中にドンッ! と置かれて、取り皿も。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「沢山食べてね!」とニコニコ笑顔で。
「足りなかったら、また作るから! すぐ作れるから!」
どんどん食べて! と言われたソルジャーですけど。
「…これってさあ…」
違うんだけど、と見ている大皿の上。今度こそ本物の巻き寿司が出たのに、まだ文句が?
「何処が違うと言うのさ、君は!」
巻き寿司だろう! と会長さん。
「ぶるぅが頑張って作ったんだよ、これの他にどういう巻き寿司があると!?」
それともアレか、と会長さんは眉を吊り上げて。
「御飯の方を外側にして巻くヤツの方を言うのかい、君は!?」
「…そうじゃないけど…。巻き方はこれでいいんだけれど…」
「具材の方なら、文句を言わない! 家にあるものでこれだけ出来たら上等だから!」
干瓢とかは直ぐには戻らないんだから、と会長さんが言う通り。短時間では戻らない上に、味付けだってしなきゃ駄目ですし…。入っていなくて当然でしょう。
「もっと色々欲しいんだったら、買いに行くしかないってね!」
「…そういう意味でもなくってさ…」
「じゃあ、何だと!?」
文句があるならハッキリ言え! と怒鳴り付けられたソルジャーは。
「…この巻き寿司は切ってあるから…」
「「「はあ?」」」
切るも切らないも、巻き寿司はこうやって盛り付けるもの。各自が一切れずつ取って食べるのが巻き寿司の常識、それでこその巻き寿司パーティーですが…?
「…でも、切らないのもあるだろう?」
「それは単なるお店の方針!」
家でお好きにお切り下さい、という店だから、と会長さん。
「好みの厚みというのもあるしね、その手のお店もありはするけど…」
「えっとね、巻き寿司、家で切るのは難しいらしいよ?」
ぼくはなんとも思わないけど、失敗しちゃう人が多いらしいの! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。そういう話は聞いてます。寿司飯が上手に切れないだとか、形が潰れてしまうとか。上手に切れない人にとっては、切ってある方が断然、有難いですよね?
「そるじゃぁ・ぶるぅ」が切って持って来た巻き寿司に文句があるらしいソルジャー。切っていない方が迷惑だろうと誰もが考えたのですけれど…。
「そりゃあ、そうかもしれないけれど…。ぼくが食べたい巻き寿司はさ…。切ってないから」
「「「え?」」」
ソルジャーと言えば不器用が売りで、巻き寿司なんかを綺麗に切れるとは思えません。それなのに切っていないのが好みって、まさかキャプテンが切るのでしょうか?
「切ってないって…。だったら、誰が切ってるのさ?」
会長さんもそこを突っ込みましたが。
「誰も? ぼくは切らないし、ハーレイもね!」
「切らないでどうやって食べているわけ?」
巻き寿司なんかを、と会長さんが更に重ねて尋ねると。
「そのままに決まっているだろう! 巻き寿司と言ったら、丸かじりだよ!」
恵方に向かって丸かじりだ、と飛び出した台詞。
「「「恵方!?」」」
恵方と言ったらその年の縁起のいい方向。そっちに向かって巻き寿司を丸かじりするとなったら、恵方巻とか言うような…。節分限定品だったような…。
「そうだよ、こっちの世界の節分のだよ!」
あの日は何処でも切っていない巻き寿司を売っているよね、とソルジャーは笑顔。
「ぼくもハーレイも、あれが好きでねえ…。ただねえ、あれはさ…」
「食べるのがとても難しいのです、私もブルーも未だに上手く食べられないのです」
もう長いこと頑張り続けているのですが、とキャプテンが補足。
「節分の度にブルーと挑戦しているのですが…。今年も頑張ったのですが…」
「難しいって…。相手は恵方巻だよね?」
ぼくもぶるぅも食べるけど、と会長さん。
「あれってそんなに難しいかな、君たちはアレで苦労をしているかい?」
どう思う? と訊かれましたから。
「俺は特に…。太巻きに挑むというなら別だが」
キース君が答えて、ジョミー君も。
「途中で誰かに話し掛けられて、どうしても返事をしなくっちゃ、っていうのでなければ…」
「いけるよな、普通?」
困らねえぜ、とサム君が。恵方巻なら、自分に合ったサイズを選べば楽勝ですけど?
節分に食べる恵方巻。それが難しいと言うソルジャー夫妻ですが、巻き寿司がいいと言い出した原因はそれなんでしょうか、食べるコツを習いたかったとか?
「そう、それなんだよ! この機会にと思ってさ!」
こっちの世界じゃ恵方巻は常識みたいだし、とソルジャーが膝を乗り出して。
「ぼくたちの世界に恵方巻は無いけど、君たちには馴染みの食べ物だしね!」
「…恵方巻にはコツも何も無いと思うけど?」
恵方に向かって黙って食べるというだけで、と会長さん。
「さっきジョミーが言ってたみたいに、喋っちゃったら終わりなだけでさ」
「そういうことだな、黙って食うのがお約束だ」
喋ったら福が逃げるからな、とキース君が言うと、ソルジャーは。
「ぼくたちだって、それは知ってるんだよ! でも、それ以前に食べる方がさ…」
「恵方に向かって丸かじりの段階で躓くのですが…」
本当にどうにもなりませんで、と嘆くキャプテン。
「今年こそは、と気合を入れても、失敗ばかりで…」
「そうなんだよ! 今年も福を逃したんだよ!」
丸かじりが出来なかったから、とソルジャー、ブツブツ。
「だからさ、ちらし寿司を見て思い出したついでに、恵方巻のプロに教わろうと!」
「プロって言うのかな、こういうのも…」
単に食べてるだけなんだけど、と会長さんが呆れて、シロエ君も。
「節分のイベントっていうだけですよね、豆まきとセットで」
「俺もそう思うが、そういう文化が無い世界となればコツが要るのか…?」
たかだか恵方巻なんだが…、と首を捻っているキース君。
「黙って食ったらそれで終わりだぞ、コツと言うより根性か辛抱の世界じゃないのか?」
「ああ、辛抱ね! …それは足りないかもしれないねえ…」
ぼくたちの場合、とソルジャーがキャプテンに視線を遣ると。
「その可能性はありますねえ…。辛抱ですか、それと根性だと」
「根性は要るぜ? デカいのを食おうと思った時はよ」
ギブアップしたら終わりだからよ、とサム君が言うと、ソルジャーは。
「うん、君たちはやっぱりプロみたいだねえ! 是非ともコツを習いたいんだけど!」
「私からもよろしくお願いします。お手本を見せて頂けたら、と…」
よろしく、と揃って下げられた頭。恵方巻を食べるお手本ですって…?
手巻き寿司パーティーを繰り広げる筈が、どう間違ったか恵方巻。切った巻き寿司では話にならないとソルジャーが主張するだけに…。
「分かった、とりあえず手巻き寿司パーティーが終わってからっていうことで…」
でないと色々と無駄になるし、と会長さんが。
「今も食べながら話してるけど、巻き寿司も出たし…。とにかく、これは食べておかないと」
「まったくだ。手巻き寿司はネタが新鮮な内だし、巻き寿司も出来立てが美味いしな」
作り置きでは話にならん、とキース君も。
「これだけあるんだ、ちゃんと食わんとぶるぅに悪い」
「そうですよ。巻き寿司なんかは、わざわざ作って貰ったんですし…」
恵方巻の件は食べてからにしましょう、とシロエ君が言った途端に、ソルジャーが。
「ありがとう! お手本を見せてくれるんだね?」
「えっ? え、ええ…。それはまあ…」
どうしてもということであれば、とシロエ君。
「でも、参考になるんでしょうか? 食べるだけですよ、巻き寿司を?」
「だけど、丸かじりをするんだろう? そこが大切!」
プロならではのコツを是非教わりたい、と繰り返すソルジャー。
「辛抱と根性だったっけ? それを聞けただけでも大いに収穫だったからねえ、そうだよね?」
ねえ? と話を振られたキャプテンは。
「ええ、本当に。…素晴らしい話を伺えました、来て良かったです」
ありがとうございます、と深々と頭を下げるキャプテン。なんとも不思議でたまりませんけど、ソルジャー夫妻は恵方巻に深い思い入れがあるようで…。
「恵方巻ねえ…。そこまで言うなら、やるしかないねえ…」
食べ終わってお腹が落ち着いたら、と会長さん。
「コツがどうこうと言ってるからには、練習なんかもするんだろうし…」
「練習もさせて貰えるのかい? 有難いねえ、ねえ、ハーレイ?」
「そう願えると嬉しいです。…恵方巻は私たちの念願ですから」
どうかコツを、とキャプテンにまでお願いされると断れません。もう恵方巻のお手本を見せるしかなくて、そうなってくると…。
「ぶるぅ、後で巻き寿司を二十本ほど…。具は適当なのでかまわないから」
「オッケー! 恵方巻にいいサイズのヤツだね!」
分かったぁ! と会長さんの注文に飛び跳ねている「そるじゃぁ・ぶるぅ」。なんだって春に恵方巻なんていうことになるのか、お花見シーズンもとっくに終わりましたが…?
こうして何故だか恵方巻。手巻き寿司と巻き寿司でお腹一杯になった私たち、午後のおやつは元から要らない気がしてましたが、おやつどころか…。
「…恵方巻は節分なんだがな…」
節分の次の日が立春でだな、とキース君が巻き寿司の山を眺めています。切られていない巻き寿司が二十本はあって、私たちの技の出番待ちで。
「節分の次の日からが春でしたよね?」
その春はとっくに真っ盛りですが、とシロエ君。
「桜の季節が終わったからには、春も半分過ぎていそうな気がするんですが…」
「じきに立夏だよ、ゴールデンウイークが終わったらね」
そしたら暦の上では夏の始まり、と会長さんが壁のカレンダーへと目を遣って。
「…今のシーズンになって恵方巻なんて、正気の沙汰とも思えないけどねえ…」
「かみお~ん♪ ちゃんと美味しく作ったよ!」
丸かじりしやすい中身にしたの! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「太さもリクエストを聞いて作ったし、みゆもスウェナも大丈夫だよね?」
「「…大丈夫だけど…」」
この太さなら充分いけるけど、と返事したものの、恵方巻。季節外れにもほどがあります、ソルジャー夫妻は期待に満ちた瞳で見詰めていますけど…。
「…仕方ない、食うか」
揃っていくぞ、とキース君が合図し、恵方巻を持った私たち。
「今年の恵方はあっちでしたか?」
シロエ君が確かめ、会長さんが。
「それで合ってる。それじゃ、揃って…」
「わぁーい、みんなで恵方巻ーっ!」
黙って、黙って! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が叫んで、総員、ピタリと沈黙。恵方巻は恵方に向かって無言で食べること。これが大切、これが鉄則。
「「「………」」」
モグモグ、モグモグ。節分の夜じゃないんですから、本物の恵方巻とは違いますけど、お手本はきちんと真面目にやらなきゃいけません。喋ったら駄目、喋ったら駄目…。
「よし、食ったぞ!」
こんな感じだ、とキース君が一番、他のみんなも次々と。スウェナちゃんも私も「そるじゃぁ・ぶるぅ」も食べ終えましたけど、ソルジャー、コツは分かりましたか?
「えーっと…」
大切なのは根性と辛抱、と呟くソルジャー。そうです、それが大切です。食べてる途中でどんなに可笑しいことがあっても笑っては駄目で、巻き寿司の量がどんなに多くても丸ごと一本食べないと御利益は貰えないもの。
「…根性と辛抱は分かったかなあ、今ので大体」
「そうですね。…皆さん、真面目にお手本を見せて下さいましたし」
とても勉強になりました、と頷くキャプテン。
「ただ…。私たちの積年の課題をクリアするには、もう一つ、恵方の問題が…」
「そうだっけねえ! そこも外せないポイントだよねえ、本当に」
恵方を向かなきゃ意味が無いし、とソルジャーが。
「…二人揃って恵方を向いて食べたいんだけどね、どうすれば食べられるんだろう?」
「「「はあ?」」」
どうすればって…。たった今、みんなで恵方に向かって食べてましたよ、恵方巻?
「二人って…。君たち二人のことかい、揃ってというのは?」
会長さんが訊くと、ソルジャーは「うん」と。
「これがどうにも難しくって…。未だにクリア出来そうもなくて」
「難しいって…。見本を見ただろ、二人どころか九人も恵方を向いてたけれど?」
余所見さえしなければいける筈! と会長さんが恵方を指して。
「あっちなんだ、と恵方を向いたら余所見をしない! そこがポイント!」
「それしか無かろう、あんたたちの場合は余所見したいかもしれんがな」
バカップルだけに隣が大いに気になるとか…、とキース君。
「しかし、恵方巻をきちんと食べたいのなら、だ。余所見は駄目だな」
「そうです、せめて食べ終わるまでは我慢ですよ」
根性と辛抱で耐えて下さい、とシロエ君も言ったのですけれど。
「…耐えるだけなら、なんとかなりそうなんだけど…」
「ええ。そちらの方は、根性と辛抱で持ち堪えることも出来そうですが…」
私も努力してみますが、とキャプテンが。
「ですが、二人で恵方を向くというのが…。もう本当に積年の課題で…」
いったいどうすればいいのでしょう、と悩みまくられても困ります。解決するには辛抱あるのみ、余所見をしないことが大事だと思いますけどねえ…?
恵方巻を食べるには恵方に向かって黙々と。食べ終えるまでは沈黙、それが鉄則。巻き寿司を一本食べるだけの時間も我慢出来ないのがバカップルというヤツなのでしょうか。会長さんも両手を広げてお手上げのポーズで。
「…食べる方は耐えられても、恵方を向けないって言われてもねえ…」
どれだけ辛抱が足りないのだ、と呆れ果てた顔。
「それだと今から練習あるのみ、ぼくたちが応援してあげるから頑張るんだね!」
練習用の恵方巻ならそこに沢山あるんだから、と指差す巻き寿司。
「節分じゃないから、恵方巻とは呼べないけれど…。それを二人で食べて練習!」
「…応援をしてくれるのかい?」
「二人きりでも気が散ってるなら、いっそエールを送った方がマシそうだからね!」
さあ持って! と言われたソルジャー夫妻は、恵方巻をそれぞれ持ちましたけれど。
「はい、食べて! 余所見しないで、恵方はあっち!」
会長さんが示した方向、それを見ているソルジャー夫妻。
「…どうする、ハーレイ?」
「コツは教えて頂きましたし、練習してもいいのですが…。でもですね…」
いささか恥ずかしくなって来ました、とヘタレならではの発言が。
「応援して下さるのは嬉しいのですが、なにしろ私は…」
「分かってるってば、見られていると意気消沈だというのはね! でもねえ、これは恵方巻!」
本当に本物の巻き寿司だから、と促すソルジャー。
「節分の夜とは違うわけだから、ここは思い切って頑張ってみる!」
「は、はい…。ですが、恵方を向く件は…」
「誰かが教えてくれると思うよ、これだけのプロが揃っていればね!」
「そ、そうですね…。では、恥ずかしさは根性で耐えるということで…」
頑張りましょう、と恵方巻をグッと握ったキャプテン。
「それで、恵方はあなたが向かれる方向で?」
「決まってるじゃないか、毎年、そういう約束だろう!」
恵方を向くのはぼくが優先! と妙な台詞が。優先も何も、二人揃ってそっちを見たらいいだけなのでは…、と誰もが思ったのですけれど。
「では、ブルー。…ここは失礼して…」
「うん、練習をしないとね!」
ゴロリと絨毯に転がったソルジャー、恵方巻、寝ながら食べるんですか…?
いったい何をする気なのだ、と驚いてしまったソルジャーのポーズ。寝転んで恵方巻を食べようだなんて、喉に詰まったらどうするのでしょう?
「…どうかと思うよ、その姿勢はね!」
気が散るわけだ、と会長さんが文句をつけました。
「恵方巻をいつ食べているのか、それで大体分かったってば! そんな時間に食べる方が無理!」
ベッドに行く前に食べたまえ! という声で納得、ソルジャー夫妻は大人の時間の真っ最中に恵方巻を食べていたようです。それでは二人で恵方を向くどころか、気が散りまくりになって当然で。根性と辛抱が必要なわけだ、と誰もが溜息、超特大。けれど…。
「ちょっと待ってよ、まだこれからが大切で!」
「そうなのです。ブルーが恵方を向くわけですから、私の方がですね…」
こんな感じになるのですが、とソルジャーの上に四つん這いになってしまったキャプテン。恵方巻を持った手は床から離れてますけど、他の手足で身体を支えて。
「「「………」」」
どういうポーズだ、と頭の中に乱舞している『?』マーク。キャプテンの頭が向いている方向はソルジャーとは真逆、ソルジャーの足の方向に頭があるわけで。
「…こうです、この状態で毎年、恵方巻をですね…」
「ハーレイ、百聞は一見に如かずだってば! ここでみんなに見て貰わないと!」
「そうでした…。お知恵を拝借するには、まず食べませんと…」
黙って恵方巻でした、とモグモグと巻き寿司を丸かじりし始めたキャプテン。ソルジャーの方も食べてますけど、ホントにどういう食べ方なんだか…。って、会長さん?
「ちょっと訊くけど!」
そこの二人! と、会長さんが仁王立ちに。
「「………」」
返事は返って来ませんでした。恵方巻タイムだけに、当然と言えば当然ですが。
「黙っているのは分かるんだけどね、君たちが毎年食べているのは本当に恵方巻なんだろうね?」
「「「え?」」」
恵方巻って…。それ以外の何を食べるんですか?
「…よし、食べた!」
「ええ、食べられましたね!」
やはり根性と辛抱が大切でしたね、と笑顔のキャプテン。ちゃんと恵方巻は食べてましたけど、キャプテン、恵方を向いていませんでしたよ、ソルジャーと逆方向でしたし…。
「…こんな感じになっちゃうんだけど…。揃って恵方を向ける方法って、何かありそう?」
恵方巻のプロに教えて欲しい、と起き上がって来たソルジャーとキャプテン。
「食べる間は辛抱っていうのは分かったんだよ、そこは耐えるから!」
「私も根性で耐えてみせます。今もなんとかなりましたから」
恵方巻を無事に食べ終えられましたから、とキャプテンは自信を持った様子で。
「ですが、ブルーが恵方を向いている限り、私の方は逆を向くしかないわけでして…」
「そこを解決したいんだよ! ぼくとハーレイ、二人揃って恵方を向いて食べたいからね!」
プロの意見を是非よろしく、とソルジャーの瞳に期待の光が。
「それさえ分かれば、来年からは最高の恵方巻だから!」
「ぼくはさっきも訊いたけどねえ、もう一度訊かせて貰っていいかな?」
本当に恵方巻を食べているんだろうね、と会長さん。
「まさか、恵方巻とは全く違う物を食べてはいないだろうね…?」
「「「へ?」」」
違う物って…、と首を傾げた私たちですが、ソルジャーは。
「分かってくれた!? ぼくたちの節分の恵方巻はね、もう特別で!」
「そうです、お互い、一本ずつを大切に食べているわけでして…」
ついついウッカリ声が零れてしまう辺りが問題でして…、とキャプテンの頬が気持ち赤めで。
「けれど、そちらは根性と辛抱で耐えればいいと教わりましたし…。後は恵方が問題で…」
「そうなんだよねえ、ハーレイも恵方を向ける方法って無いのかな?」
節分の夜はシックスナインで恵方巻! とソルジャーは高らかに言い放ちました。
「「「…しっくすないん…?」」」
それって69の意味なんでしょうか、69って数字がどうしたと…?
「出て行きたまえ!!!」
やっぱりそうか! と激怒している会長さん。ソルジャー夫妻は何をやらかしたと?
「待ってよ、恵方の問題がまだ…!」
「クルクル回せば解決するだろ、ベッドごと! ぶるぅに回して貰うとか!」
「ああ、ぶるぅ! それはいいねえ、回して貰えばいいかもねえ!」
一瞬ずつでもお互いに恵方、とソルジャーが叫んで、キャプテンが。
「それは考えもしませんでしたね、回して貰えばお互いに恵方を向けますねえ…!」
プロに相談した甲斐がありました、と大喜びのキャプテン、ソルジャーと固く抱き合ってキス。バカップル的には何かが解決したようですけど、恵方を向くのにベッドを回すって…?
「…あいつらは何がしたかったんだ?」
恵方巻の残りを持って帰りやがったが、とお悩み中のキース君。私たちだって分かりません。ソルジャー夫妻が恵方巻を食べる時のポーズも、シックスナインとかいうものも。
「…何だったんでしょう、節分の夜はシックスナインだそうですが…」
シロエ君が顎に手を当て、サム君が。
「分かんねえけど、ブルーがブチ切れていたってことはよ…」
「ヤバイ話だって意味だよねえ…?」
恵方巻の何処がヤバイんだろう、とジョミー君。本当に何処がヤバイんでしょう?
「分からなくてもいいんだよ! 君たちは!」
どうせ理解は出来ないから、と会長さんが溜息をついて、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「かみお~ん♪ 来年の節分、ブルーたちも呼ぶ?」
恵方巻、うんと沢山作るから! と言ってますけど、会長さんは「呼ばなくていい!」とバッサリ切って捨てました。と、いうことは…。
「…恵方巻ってヤツは、あいつらの世界じゃ猥褻物か?」
キース君の問いに、会長さんが。
「あの二人に関してはそういうことだね!」
今日の記憶は手放したまえ、と言われたからには、忘れた方がいいのでしょう。ソルジャー夫妻が節分の夜に食べる恵方巻、来年からは「ぶるぅ」がベッドを回すとか。乗り物酔いしないといいんですけどね、年に一度の恵方巻ですし、美味しく食べたいですもんね…?
お寿司の好み・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
ちらし寿司より巻き寿司なのだ、というソルジャーの注文。しかも切らずに丸ごとだという。
恵方巻の食べ方の指南を希望はいいんですけど…。こんな結末、忘れるしかないですよね。
次回は 「第3月曜」 11月15日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、10月といえば行楽の秋で、何処かへお出掛けしたい季節で…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv