シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園、また新年を迎えました。恒例のお雑煮大食い大会で教頭先生たちに闇鍋を食べさせたり、水中かるた大会で優勝したりと1年A組は新年早々絶好調です。水中かるた大会優勝の副賞は先生方による寸劇だったんですけれど…。
「かみお~ん♪ 昨日の寸劇、最高だったね!」
みんなとっても喜んでたし、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。今日は土曜日、朝から会長さんの家にお邪魔しています。
「リクエストが沢山あったからねえ、やっぱりやらなきゃ駄目だろうと」
お応えした甲斐があった、と会長さんも。
「ハーレイのバレエは伝説だしさ、たまには披露しておかないと」
「かなり普通じゃなかったがな…」
ただのバレエじゃなかったろうが、とキース君が突っ込むと。
「そりゃまあ…。一応、寸劇ってことになってるし…。先生が二人は必要なんだし」
「あんたが最初にやらかした時は、グレイブ先生も踊っていたと思ったが?」
白鳥の湖の王子役で、とキース君。
「なのに今回は踊りは無しだったぞ、グレイブ先生は」
「演目が赤い靴だしねえ? 踊らなくてもいいんだよ、グレイブは」
最後にハーレイの足を切り落とす役さえ演じてくれれば、と会長さんの返事。昨日のグレイブ先生は一人で何役もこなした挙句に、踊り続ける足を切り落とす首切り役人で…。
「教頭先生の足に一撃、あれは本気がこもってましたよ」
多分、とシロエ君が呟き、サム君も。
「グレイブ先生、一年間、ババを引かされまくっているもんなあ…」
「誰かさんのせいでね…」
誰かが1年A組に来るせいで、とジョミー君。
「本気だって出るよ、足に一撃」
「ぼくのせいだと言うのかい?」
会長さんが訊いて、私たちは揃って首を縦に。会長さんは「心外だなあ…」と頭を振ると。
「グレイブにも娯楽を提供しているつもりだけどねえ? 毎年、毎年」
「娯楽どころか、地獄だろうが!」
娯楽はあんたの勘違いだ、とキース君。その認識で間違ってないと思いますです、グレイブ先生、毎年、毎年、会長さんがやって来るだけで地獄ですってば…。
それはともかく、昨日の寸劇。赤い靴の元ネタはもちろん童話で、靴を履いている限りは踊り続ける呪いがかかった女性のお話。同じタイトルのバレエ映画があるのだそうで、会長さんは童話とバレエを混ぜたのです。
教頭先生は白鳥の湖みたいな白いチュチュに赤いトウシューズで登場、ひたすら色々な踊りを披露し続け、グレイブ先生は赤い靴の童話の靴屋の女将さんとか老婦人とかをこなしまくって、最後が首切り役人なオチ。
グレイブ先生の斧の一撃、教頭先生の踊りが止まっておしまいでしたが…。赤いトウシューズだけが「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーということで、勝手に脱げて踊りながら去ってゆくという拍手喝采の寸劇でしたが…。
「何度も訊くがな、なんでグレイブ先生は踊りは無しになっていたんだ!」
踊れる筈だぞ、とキース君。
「バレエの技はサイオンで叩き込まれた筈だし、今だって!」
「分かってないねえ、何年経ったと思っているのさ」
その技を叩き込まれた時から…、と会長さんがフウと溜息。
「グレイブはあれっきりバレエの方は放置なんだよ、誰かと違って」
「「「あー…」」」
教頭先生は今もバレエ教室に足を運んでおられますけど、グレイブ先生については噂も聞いていません。やっぱり習っていなかったんだ…。
「普通は習わないと思うよ、バレエなんかは。ハーレイの方が例外なんだよ」
そして技術がどんどん上がる、と会長さん。
「昨日のバレエも凄かっただろう、回転したって軸足は少しもブレなかったし」
「それはまあ…。技術の凄さは認めるが…」
認めるんだが、とキース君はまだブツブツと。
「教頭先生だけに絞って笑い物にするというのはだな…」
「いいんだってば、グレイブの下手な踊りも一緒に披露するより、あっちの方が!」
そのための題材なんだから、と会長さんは『赤い靴』の利点を挙げました。
「履いてる間は踊りまくるのが赤い靴だよ、自分の意志とは関係無く!」
「それはそうだが…」
「バレエの技術をもれなく披露! ついでにグレイブは斧で一撃、そしてスカッと!」
あれ以上のネタはそうはあるまい、と会長さんは自画自賛。教頭先生のバレエを披露で大ウケでしたし、グレイブ先生が踊ってなくても拍手はとっても大きかったですよね…。
ともあれ、教頭先生のバレエの技が光った昨日の寸劇。実に上達なさったものだ、とワイワイ賑やかに騒いでいたら…。
「こんにちはーっ!」
遊びに来たよ、とフワリと翻った紫のマント。別の世界からのお客様の登場です。
「ぶるぅ、ぼくにも紅茶とケーキ!」
「オッケー、ちょっと待っててねーっ!」
今日は柚子のベイクドチーズケーキなの! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサッと用意を。ソルジャー好みの紅茶の方も。
「ありがとう! うん、美味しい!」
それでね…、とソルジャーは柚子のケーキを頬張りながら。
「昨日のハーレイの寸劇だけどさ、あれはなんだい? ぼくにはイマイチ分からなくてさ」
「「「は?」」」
「覗き見していたけど、意味が今一つ…。あの靴が問題だったのかな?」
赤いトウシューズ、とお尋ねが。
「履いてる限りは踊り続けるとか何とか言ったし、グレイブが斧で切り付けた後は、あの靴だけが踊りながら去って行っちゃったし…」
「赤い靴の話、知らないのかい?」
もしかして、と会長さん。
「有名な童話なんだけどねえ、君は読んではいないとか?」
「うん、知らない。どういう童話だったんだい?」
まるで知らない、と言うソルジャーのために、私たちは口々に説明していたのですが。
「かみお~ん♪ これで分かると思うの!」
ちゃんと絵本になっているから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が差し出した本。赤い靴の絵本、持っていたんだ…。
「ああ、あれかい? 寸劇に備えての参考資料に買ったんだけど?」
会長さんが答えて、ソルジャーは「ふうん…」と絵本をパラパラめくっていって。
「分かった、赤い靴というのが大切なんだね、主人公はやたらこだわってるけど」
「靴も買えないような子供が初めて貰った靴なんだよ?」
心に残って当然だろう、と会長さん。そのせいで赤い靴が大好きになっちゃうんですよね、あのお話の主人公…。
ソルジャーは絵本がよほど気に入ったのか、何度も読み返してからパタンと閉じて。
「足を切り落とすまで踊り続ける赤い靴かあ…。なんだか凄いね」
切り落とした後まで足だけが踊って行っちゃうなんて、とソルジャーが言うと、会長さんが。
「神様の罰ってことになっているけど、元ネタはそういう病気らしいね」
「「「病気?」」」
なんですか、それは? 踊りまくる病気が存在すると?
「ハンチントン病っていうヤツで…。それじゃないかと言われているよ」
元々は舞踏病と言ったくらいだから、と聞いてビックリ、赤い靴は元ネタがありましたか!
「裏付けってヤツは無いけれど…。その辺から来てるんじゃないかって話」
「ふうん…。踊り続ける病気なのかい?」
そんな病気が、と驚くソルジャー。
「ぼくの世界じゃ聞かないねえ…。舞踏病の方も、ハンチントン病も」
「君の世界だと、根絶済みだと思うよ、それ」
遺伝する病気らしいから、と会長さんが返すと、「なるほどね!」と頷くソルジャー。
「そうなのかもねえ、ぼくの世界は遺伝子治療は基本だからね」
そういう因子は除去するだろう、と流石は未来の医学です。遺伝病くらいは簡単に治せてしまうんだろうな、と皆で感心していたら…。
「でもねえ、赤い靴はとっても使えそうだよ、パワフルだから!」
「「「はあ?」」」
何に使うと言うんでしょうか、赤い靴なんか? ソルジャーの正装は白いブーツですけど、それを赤いブーツにしたいとか?
「うーん…。それも悪くはないんだけれど…。履いている間はサイオン全開っていうのもね」
そして人類軍の船を端から沈める、と怖い台詞が。その船、人が乗ってますよね?
「そりゃ、乗ってるよ! でもねえ、相手は人類だから!」
向こうが殺しにやって来るんだし、こっちから逆に殺したって全く問題無し! とソルジャーならではの見解が。
「赤いブーツでパワフルに殺しまくるのもいいけれど…。どうせだったら、もっと有意義に!」
「何をしたいわけ?」
赤いブーツで、と会長さんが尋ねて、私たちも知りたいような知りたくないような。あれだけ絵本を読んでいたんですし、何か思い付いたことは確かですよね?
赤い靴はパワフルで使えそうだ、と言い出したソルジャー。赤いブーツを履いて人類を殺しまくるという話も出ましたが、それよりも有意義な使い方となると…。
「もちろん、夫婦の時間だよ! パワフルとなれば!」
ハーレイとパワフルにヤリまくるのだ、とソルジャーの口から斜め上な言葉が。
「赤い靴を履くのは、ぼくじゃなくって、ぼくのハーレイ!」
「「「え?」」」
赤い靴はキャプテンの方が履くって、それを履いたらどうなるんですか?
「決まってるじゃないか、夫婦の時間と言った筈だよ! ヤリまくるんだよ!」
赤い靴を履いている限りはガンガンと、とグッと拳を握るソルジャー。
「赤という色は特別なんだろ、こっちの世界じゃ! だから赤い靴!」
ノルディに聞いた、とソルジャーは知識を披露し始めました。
「赤は性欲が高まる色だとかで、赤い下着が流行るって言うし…。健康のために赤いパンツを履く人もいるし、赤は特別な色なんだよ! そこが大事で!」
「…赤い靴の童話は無関係だと思うけど?」
神様がお怒りになった理由はそこじゃない、と会長さん。
「今はともかく、あの童話の時代は教会は厳しかったから…。赤い靴で教会は論外なんだよ」
そしてお葬式の時に赤い靴が駄目なのは今でも同じ、とキッパリと。
「決まりを破った上に、自分を育ててくれた人のお世話もしないで舞踏会に行ってしまうから…。そんなに踊りが好きなんだったら踊り続けろ、という罰だってば!」
「細かいことはいいんだよ! ぼくのハーレイは気にしないから!」
赤い靴の童話はサラッと聞かせるだけだから、と言うソルジャー。
「要はそういう童話があってさ、それに因んだ赤い靴っていうことで!」
性欲も高まる色なんだから、とソルジャーは笑顔。
「この靴を履いてる間はヤリまくれる、と暗示をかければオッケーってね!」
「「「暗示?」」」
「そう! ハーレイは疲れ知らずでヤリまくれるだけのパワーを秘めているからねえ…」
漢方薬のお蔭でね! とソルジャー、得意げ。
「ただねえ、元がヘタレだからねえ…。ぼくへの遠慮があったりするから…」
ぼくが壊れるほどヤリまくれと言っても腰が引けちゃって…、と零すソルジャー。つまりは赤い靴を履かせて、キャプテンの心のタガをふっ飛ばそうというわけですか…?
ソルジャーが魅せられた赤い靴。狙いはどうやら、私の考えで合っていたようで。
「ピンポーン! 赤い靴を履くというのが大切!」
脱がない限りはヤリまくるってことで、とソルジャーは頬を紅潮させて。
「もう最高の暗示なんだよ、赤い靴を履いたらヤるしかないと!」
「なるほどねえ…。赤い靴とは、いいアイデアかもしないけれど…」
靴だけに少々難アリかもね、と会長さん。
「えっ、難アリって…。どの辺が?」
ぼくのアイデアは完璧な筈、と怪訝そうなソルジャー。
「赤い靴はただの靴だけどねえ、暗示をかけるのはぼくなんだよ? ぼくが暗示を解かない限りは、ハーレイはヤッてヤリまくるんだよ!」
「…その暗示。靴を履いてる間だけだろ?」
「そうだけど? だからこその赤い靴なんだよ! 早速何処かでゲットしないと!」
こっちの世界で適当なヤツを買って帰ろう、と言うソルジャーですが。
「買って帰るんだ? …無粋な靴を」
「無粋だって!?」
失礼な! とソルジャーは柳眉を吊り上げました。
「赤い靴の何処が無粋だと? ロマンだってば、赤い靴の話と同じでさ!」
もう永遠にヤリ続ける仕様の赤い靴、と夢とロマンが炸裂しているみたいですけど、会長さんは。
「どうなんだか…。靴を履いてコトに及ぶと言うのはねえ…」
君が気にしないなら、そこはどうでもいいんだけれど、と一呼吸置いて。
「ただねえ、ヤリまくっても脱げない靴を買うとなったら、デザインがねえ…」
下手な靴だと脱げるであろう、と会長さん。
「君の目的は激しい運動を伴うんだよ? それでも脱げない靴となると…」
スニーカーとか、ブーツだとか…、と会長さんは例を挙げました。
「そういう無粋な靴になるけど、君はその手の靴を買うわけ?」
「…そ、そういえば…。ハーレイが普段に履いている靴…」
脱げにくい仕様の靴ではあるけど、運動したら脱げるかも、とソルジャーは「うーん…」と。
「ああいう靴を買おうと思っていたけど、脱げちゃうんだ?」
「多分ね、だからスニーカーとかの無粋な靴だね!」
ロマンも何も無さそうな靴、と会長さん。ソルジャーの野望はこれでアッサリおしまいですかね、赤い靴は脱げてしまうんですしね?
ソルジャーが夢見る赤い靴。履いている限りはキャプテンと大人の時間なのだ、と野望を抱いたみたいですけど、靴はアッサリ脱げるというのが会長さんの指摘。脱げてしまったら靴の呪いならぬ暗示の方も解けちゃいますから…。
「…赤い靴というのは無理があったか…」
ソルジャーが腕組みをして、会長さんが。
「そもそも、靴はそういう時には脱ぐものだしね? 履いたままなんて誰も考えないよ」
路上で襲い掛かる類の暴漢くらいなものであろう、とクスクスと。
「君の暗示がかかっていたなら、暴漢並みの勢いってことも有り得るけれど…。肝心の靴が脱げてしまっちゃ、話にも何もならないってね!」
「…じゃあ、靴下で!」
「「「靴下!?」」」
いったい何を言い出すのだ、と目を剥いた私たちですけれども、ソルジャーの方は本気でした。
「うん、靴下! 靴下だったら脱げないしね!」
それに限る、と頭の中身を切り替えたらしく。
「赤い靴の代わりに赤い靴下! これで完璧!」
「…もう好きにしたら?」
その辺で買って帰ったら、と会長さんが投げやりに。
「今は冬だし、靴下も沢山ある筈だよ。分厚いヤツから普通のヤツまで、選び放題で」
「分かった、買いに行ってくる!」
直ぐ帰るから、と立ち上がったソルジャーに「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「んとんと…。お昼御飯は食べないの? もう帰っちゃうの?」
「え、直ぐに帰ると言ったけど?」
「うん、だから…。帰っちゃうんでしょ、靴下を買って」
ちょっと残念、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。お客様大好きだけにガッカリしているみたいです。
「お昼、寒いからビーフシチューにするんだけれど…。朝から沢山仕込んだんだけど…」
「もちろん食べるよ、直ぐに帰るから!」
ちゃんとこっちに帰って来るから、と言われてビックリ、帰るって…こっちに帰るんですか?
「そうだけど? ぼくにも色々と都合があるしね」
じゃあ、行ってくる! とソルジャーは会長さんの家に置いてある私服にパパッと着替えてパッと姿を消しました。赤い靴下を買いにお出掛けですけど、まさかこっちに戻るだなんて…。
赤い靴の童話から、良からぬアイデアに目覚めたソルジャー。履いている限りはヤリまくる靴をキャプテンに履かせるつもりで、それが駄目なら赤い靴下。暗示をかけるらしいですから、靴下を買ったら真っ直ぐ帰ると思っていたのに…。
「ただいまーっ!」
買って来たよ、とソルジャーが紙袋を提げて戻って来ました。会長さんもよく行くデパートの。
「ホントにこの時期、色々あるねえ、赤い靴下! もう迷っちゃって!」
でもシンプルなのが一番だよね、と中から出て来た赤い靴下。キャプテン用だけに大きいです。
「靴下だったら、靴と違ってそう簡単には脱げないし…。これでバッチリ!」
「はいはい、分かった」
それ以上はもう言わなくていい、と会長さん。
「何しに戻って来たかはともかく、そろそろお昼時だから!」
「かみお~ん♪ ビーフシチュー、マザー農場で貰ったお肉なんだよ!」
それをトロトロに煮込んだから、と聞いて大歓声。料理上手な「そるじゃぁ・ぶるぅ」の腕に、マザー農場の美味しいお肉は最高の組み合わせというヤツです。ダイニングに向かってゾロゾロと移動、ビーフシチューに舌鼓。ソルジャーもシチューを口に運びながら。
「これも赤だね、考えようによってはね!」
濃い赤色、と指差すシチュー。
「やっぱり赤にはパワーがあるんだよ、シチューも赤いし、肉だってね!」
生の肉は赤いものなんだし…、とニコニコと。
「赤はパワフルな色で間違いなし! だからね、赤い靴下だって!」
「君の好きにすればいいだろう!」
食事中にまで余計な話を持ち出すな、と会長さんが睨み付けましたが。
「何を言うかな、食事が済んだら忙しくなるし!」
「「「え?」」」
忙しいって…何が?
「赤い靴下だよ、ぼくが暗示をかけるんだから!」
「なんだ、帰るって意味だったのか…。だったら、別に」
今の間に好き放題に喋るがいい、と会長さん。食事が済んだら消えるんだったら、私たちも別に気にしません。赤い靴下だろうが、独演会だろうが、好きにすれば、と思ったんですが…。
「「「教頭先生!?」」」
昼食を食べ終えた私たちを待っていたものは、予想もしていなかった展開でした。食後のコーヒーや紅茶を手にして戻ったリビング、ソルジャーも紅茶を飲んだらお帰りになるものだと信じていたのに、さにあらずで。
「そうだよ、こっちのハーレイなんだよ!」
まずは試してみないとね、と買って来た赤い靴下を手にしたソルジャー。
「履いている限りは解けない暗示をかけられるかどうか、一応、実験しておかないと!」
「迷惑だから!」
そんな実験にハーレイを使うな、と会長さんが怒鳴り付けました。
「ヤリまくるだなんて、困るんだよ! 第一、ハーレイは鼻血体質だから!」
暗示をかけてもヤリまくる前に倒れるから、という意見は正しいだろうと思います。ソルジャーや会長さんが悪戯する度に鼻血で失神、そういうのを何度も見て来ましたし…。
「いきなりそっちはやらないよ! 赤い靴の通りにするんだけれど!」
「「「へ?」」」
「踊る方だよ、踊り続けるかどうかを試すんだよ!」
それならいいだろ、とソルジャーが広げてみせる赤い靴下。
「これはバレエの靴とは違うし、爪先で立って踊るっていうのは無理かもだけど…。とにかく踊り続けるように、という暗示をね!」
「…踊る方かあ…」
そっちだったら害は無いか、と会長さん。
「そういうことなら、好きにしたら? バレエだろうが、フラメンコだろうが」
「フラメンコなんかも踊れるんだ? こっちのハーレイ」
「バレエと同じで隠し芸だよ、バレエほどには上手くないけど」
「分かった、他にも色々な踊りが出来そうだねえ!」
こっちの世界は踊りが多いし、とソルジャー、ニッコリ。
「盆踊りだけでもバラエティー豊かにあるみたいだし…。バレエに飽きたら、それもいいねえ!」
「飽きたらって…。どれだけ踊らせるつもりなのさ?」
「赤い靴下を履いてる限り!」
夜も昼も踊り続けるんだろう、とソルジャーは赤い靴の絵本をしっかり覚えていました。こんなソルジャーに目を付けられてしまった教頭先生、踊りまくる羽目に陥るんですか…?
それから間もなく、ソルジャーが「さて…」とソファから立ち上がったので、出掛けるんだと誰もが思ったんですけれど。
「もうハーレイを呼んでもいいかな?」
「「「え?」」」
呼ぶって、教頭先生を? 此処へですか?
「そうだけど…。踊らせるんなら、家は広いほどいいからねえ!」
ハーレイの家は此処より狭いし、とソルジャーが言う通り、会長さんの家は広いです。マンションの最上階のフロアを丸ごと使っているんですから。
「ハーレイを此処に呼ぶだって!?」
冗談じゃない、と会長さんが言い終えない内にキラリと光った青いサイオン。ソルジャーがサイオンを使ったらしくて、教頭先生がリビングの真ん中にパッと。
「…な、なんだ!?」
何事なのだ、と周りを見回した教頭先生に、ソルジャーが。
「こんにちは。見ての通りに、此処はブルーの家なんだけど…。ちょっと協力して欲しくてねえ、ぼくの大事な実験に!」
「…実験……ですか?」
「そう! 一種の人体実験だけれど、薬を使うわけじゃないから!」
身体に害は無い筈だから、とソルジャーは笑顔全開で。
「害があるとしたら、筋肉痛になるくらいかな? だけど、君は普段から鍛えているし…。そっちの方も平気じゃないかと」
「筋肉痛とは…。それはどういう実験ですか?」
「赤い靴だよ。昨日の寸劇、凄かったねえ!」
君の踊りはぼくも覗き見させて貰ったよ、と踊りの凄さを褒めるソルジャー。
「あれほどの踊りをモノにするには、ずいぶん練習したんだろうねえ?」
「ええ、教室にはずっと通っていますから…」
「頼もしいよ! それなら踊り続けていたって大丈夫だよね?」
「…踊りですか?」
それはどういう…、と尋ねた教頭先生に、ソルジャーが「これ!」と突き付けた赤い靴下。
「この靴下を履いてくれるかな? そしたら分かるよ!」
君が履いてる靴下を脱いで…、と言ってますけど。教頭先生、素直に履き替えるんですかねえ?
「…赤い靴下…」
もしやそれは、と靴下を見詰める教頭先生。
「普通の靴下のように見えますが、赤い靴の話が出て来るからには、履いたら最後、踊り続けるしかない靴下でしょうか…?」
「大正解だよ! 実はね、ぼくが本当に目指す所は踊りじゃなくって…」
「やめたまえ!」
言わなくていい、と会長さんが止めに入りましたが、ソルジャーは。
「誰かが言うなと喚いてるけど、きちんと説明しておかないとね? ぼくが目指すのは、夫婦の時間を盛り上げるための靴下で!」
「…はあ?」
怪訝そうな顔の教頭先生。それはそうでしょう、赤い靴の話とソルジャーの発想が結び付くわけがありません。ソルジャーは「分からないかなあ?」と頭を振って。
「履いてる間はヤリまくる靴下を作りたいんだよ! もうガンガンと!」
自分の意志とは関係なしに無制限に…、と言われた教頭先生はみるみる耳まで真っ赤になって。
「そ、その靴下を作るための実験台ですか…?」
「話が早くて助かるよ! ぼくのハーレイに履かせたくってね、その前に君の協力を…」
お願い出来る? と訊かれた教頭先生、鼻息も荒く「はい!」と返事を。
「喜んでやらせて頂きます! …それで、そのぅ…。私の相手は…」
ヤリまくる相手は誰になるのでしょう、という疑問は尤もなもの。ソルジャーは「えーっと…」と首を捻って。
「ぼくだと嬉しくないんだろうし…。ブルーの方がいいんだよね?」
「もちろんです!」
「ブルーなら、其処にいるからさ…。頑張ってみれば?」
「はいっ!」
この靴下を履けばいいのですね、とソルジャーから赤い靴下を受け取る教頭先生。ソルジャーが先に言っていた踊りの話や筋肉痛の件は頭から抜け落ちてしまったようです。会長さんも気付いたみたいで、怒る代わりにニヤニヤと。
「聞いたかい、ハーレイ? 人体実験、頑張るんだね」
「うむ。…これに履き替えればいいのだな」
赤い靴ならぬ赤い靴下とは面白い、と履いていた靴下を脱いでおられる教頭先生。鼻血体質のくせにやる気満々、赤い靴下を履けばヘタレも直ると思ってたりして…?
教頭先生が脱いだ靴下は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が片付けようとしたんですけど、会長さんが「待った!」と一声。
「そんな靴下、置いておかなくてもかまわないから! 臭いだけだから!」
「…く、臭い…?」
そうだろうか、と衝撃を受けてらっしゃる教頭先生。会長さんはフンと鼻を鳴らして。
「自分じゃ分からないものなんだよ、この手の悪臭というヤツは! ぶるぅ、ハーレイの家に送っておいて!」
「オッケー、洗濯物のトコだね!」
消えてしまった教頭先生の靴下、ご自分の家の洗濯物の籠へと瞬間移動で放り込まれたようです。まだ呆然と裸足で立っておられる教頭先生に、ソルジャーが。
「気にしない、気にしない! ブルーも照れているんだよ!」
「…そ、そうでしょうか…?」
「そりゃあ照れるよ、ヤリまくろうって言うんだよ? さあ、気を取り直して!」
赤い靴下を履いてみようか! と促すソルジャー。教頭先生も「そうですね!」と。
「では、早速…。どちらの足から履いてもいいのですか?」
「特にそういう決まりは無いねえ、履くということが大切だからね!」
「分かりました。それでは、失礼いたしまして…」
よいしょ、と右足を上げて立ったままでの靴下装着。続いて左足にも装着で…。
「「「………」」」
どうなるのだろう、と固唾を飲んで見守っていた私たち。両足に赤い靴下を履いた教頭先生の左足が床に下ろされ、初めて両足で立った途端に。
「「「!!?」」」
バッ! と高く上がった教頭先生の右足、頭の上までといった勢いで。バレエでああいうポーズがあるな、と思う間もなく…。
「「「わあっ!」」」
私たちの声と重なった野太い声。教頭先生が上げた驚きの声で、その声の主は凄い速さでクルクルと回転中でした。左足を軸に、さっき上げていた右足を曲げたり伸ばしたりしながらクルクル、いわゆるバレエの回転技で。
「「「うわー…」」」
本当に踊る靴下だったか、と見ている間もクルクル回転、バレエの技術はダテではなかったようです。トウシューズが無くても回れるんですねえ、それなりに…。
いきなり始まった、教頭先生の大回転。グランフェッテと言うんでしたか、バレエの連続回転技は三十二回転がお約束。グルングルンと回り続けた教頭先生、回り終えたら深々とお辞儀、これまたバレエでやるお辞儀。
「あれ、止まってない?」
お辞儀してるけど、とジョミー君が言い終わる前に、教頭先生の片足がまたバッと上がって、今度は両足でクルクル回転しながら移動してゆきます。あれもバレエの技でしたよね?
「うん。…その内にジャンプも出るんじゃないかな、何を踊るつもりかは知らないけれど」
足任せってトコか、と会長さんが無責任に言った所へ、教頭先生の声が重なって。
「なんなのだ、これは! あ、足が勝手に…!」
「ブルーの説明を聞いていただろ、赤い靴だって!」
それに昨日の寸劇も…、と会長さん。
「赤い靴の代わりに靴下なんだよ、履いてる間は踊り続けるしかないってね!」
「わ、私はそうは聞かなかったが…!」
「ヤリまくれると思ったのかい? ブルーは筋肉痛になるとも言ってたけどねえ!」
まずは踊りで実験なんだよ、と会長さんは声を張り上げました。
「ブルーがかけてる暗示らしいよ、その靴下を履いてる限りは踊り続けろって!」
「そ、そんな…!」
これではただの間抜けでしか…、と叫ぶ間も止まらない足、お得意のバレエの華麗な技が次々と。ソルジャーが「素晴らしいよ!」と拍手して。
「フラメンコとかも出来るんだってね? 次はそっちで!」
「ふ、フラメンコ…!?」
教頭先生にはその気は無かったと思います。けれども、赤い靴下なだけに…。
「「「わわっ!?」」」
優雅なバレエの足さばきから変わったステップ、これは明らかにフラメンコ。会長さんが手拍子を打って、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手にはカスタネットが。
「「「オ・レ!」」」
さあ踊れ! と私たちも手拍子、フラメンコの次は誰が言ったか盆踊り。外の寒さも吹き飛ぶ熱気がリビングに溢れて、教頭先生は次から次へと踊りまくって、踊り狂いながら。
「ま、まだ踊るのか? 止まらないのか…!」
どうして靴下でこんなことに、と叫ぶだけ無駄な止まらない足、赤い靴下で踊る両足。このまま踊るだけなんですかね、あの靴下…。
履いたらヤッてヤリまくれると教頭先生が信じた、赤い靴下。教頭先生の足は休むことなく踊り続けて、たまにお辞儀やポーズなんかで一瞬止まって、また踊るという有様で。
「悪くないねえ、こういうのもさ」
君がハーレイを呼ぶと言い出した時には焦ったけれど、と会長さん。
「ハーレイの家で踊らせておけ、と思ったけれども、これもなかなかオツなものだよ」
「そうだろう? 高みの見物に限るからねえ、他人を見世物にする時はさ」
君の家だからこそ、美味しいおやつを食べながら見られるというもので…、とソルジャーも。
「ハーレイの家で見るんだったら、お菓子とかは持ち込みになっちゃうからね」
「かみお~ん♪ ここなら作って食べられるもんね!」
ハーレイがちょっと邪魔だけど、とヒョイとよけながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」が運んで来てくれるお菓子や飲み物。踊り続けている教頭先生は全くの飲まず食わずですけど。
「…おい、いい加減、止めたらどうだ」
何時間踊らせているんだ、あんた…、とキース君が。
「もうすぐ晩飯になるんだが…。ずっと踊っておられるんだが!」
「ああ、そうか…。晩御飯ねえ、ぼくも食べたら帰って本番が待ってたっけね!」
赤い靴下の本物でハーレイと楽しむんだった、とソルジャー、ようやく気が付いたらしく。
「踊り続けられるってことは分かったし、本番の方も実験しないと…!」
「ちょ、ちょっと…!」
本番って何さ、と会長さんが言うよりも早く、キラリと光った青いサイオン。教頭先生の踊りが止まって、もうヘトヘトといった足取りながらもフラフラと…。
「え、ちょっと…!」
何を、と後ずさりした会長さんの両肩にガシッと置かれた教頭先生の両手。そのまま会長さんを床へ押し倒し、のしかかったからたまりません。
「「「ひいいっ!!」」」
会長さんも私たちも悲鳴で、シロエ君が。
「と、止めないと…! ヤバイですよ、これ!」
「よし!」
行くぞ、と駆け出したキース君たち柔道部三人組でしたけど。
「「「………」」」
まるで必要なかった救助。教頭先生は踊り続けて血行が良くなりすぎていたのか、鼻血の海に轟沈なさっておられました。赤い靴下、効いたみたいですけど、意味は全く無かったですねえ…。
こうして赤い靴下の効果が証明されて、ウキウキと帰って行ったソルジャー。失神してしまった教頭先生を瞬間移動で家へと送り返して、まだ何足も袋に入っていた赤い靴下をしっかり持って。
教頭先生に襲われかかった会長さんはプリプリ怒っていましたけれども、あれは未遂で実害は無かったわけですし…。
「いいけどね…。あの程度だったら、よくあるからね」
ブルーが何かと焚き付けるせいで、とブツブツと。それでも頭に来ているらしくて、憂さ晴らしだとかで、夜は大宴会。ちゃんこ鍋パーティーの後はお泊まりと決まり、夜食も食べて騒ぎまくって、眠くなった人からゲストルームに引き揚げて…。
「…来なかったな?」
あの馬鹿は、とキース君が尋ねた次の日の朝。ダイニングに揃って朝食の時です。
「来てないと思うよ、ぼくは知らない」
最後まで起きていたのはシロエだっけ、とジョミー君が言うと。
「そうですけど…。ぶるぅと一緒にお皿とかをキッチンに運びましたけど、見ていませんね」
「来るわけねえだろ、ウキウキ帰って行ったんだしよ」
あっちの世界で過ごしてるんだぜ、とサム君が。
「赤い靴下、どうなったのかは知らねえけどよ…。基本、夜には来ねえよな」
「そうよね、夜中は来ないわねえ…」
キャプテンが忙しい日は別だけど、とスウェナちゃん。確かに、そういう時しか夜には現れないのがソルジャーです。夫婦の時間とやらの方が優先、こっちの世界に来るわけがなくて。
「…すると、危ないのは今日の昼間か…」
赤い靴下の自慢に来るかもしれん、とキース君が呟き、会長さんが。
「レッドカードだね、もう間違いなく!」
あんな靴下の自慢をされてたまるものか、という姿勢。私たちだって御免ですけど、レッドカードが効かない相手がソルジャーです。意味不明な話を延々と聞かされる覚悟はしておこう、とトーストや卵料理やソーセージなんかを頬張っていたら。
「えとえと…。赤い靴の絵本、誰か見なかった?」
リビングから消えていたんだけれど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。朝一番に片付けに行ったら無かったのだそうで、誰かが持って行ったのかと思ったらしいのですが。
「「「えーっと…?」」」
心当たりのある人はいませんでした。ソルジャーが持って行ったんでしょうかね、キャプテンに赤い靴の話を説明するにはピッタリですしね…?
赤い靴の絵本は出て来ないままで、ソルジャーの方も来ないまま。平和に午前中が終わって、お昼御飯は煮込みハンバーグ。美味しく食べて、リビングに移って紅茶やコーヒーを飲んでいたら。
『誰か助けてーーーっ!!!』
「「「???」」」
誰だ、と顔を見合わせましたが、欠けている面子は一人もいません。気のせいだったか、と紅茶にコーヒー、それぞれのカップを傾けようとした所へ。
『助けてってば、誰でもいいからーーーっ!!!』
「…何か聞こえたな?」
あの馬鹿の声に似ているようだが、とキース君。
「似てるけど…。なんで、ぼくたちに救助要請?」
シャングリラの危機ってわけでもなさそうだけど、とジョミー君が言い、マツカ君が。
「誰でもいいなら、違いますよね?」
「ブルーを名指しじゃねえからなあ…?」
俺たちじゃシャングリラは助けられねえし、とサム君がリビングをキョロキョロと。
「けどよ、助けは要るんじゃねえのか? 何か知らねえけど」
「状況が全く分かりませんしね、どう助けるのかも謎ですよねえ…」
きっと何かの冗談でしょう、とシロエ君が纏めかけたのですが。
『赤い靴下だよ、赤い靴下が脱げないんだよーーーっ!!!』
昨夜からずっとヤられっぱなしで、とソルジャーの悲鳴。
『いくらぼくでも、このままだと本気で壊れるから! もう本当に壊れちゃうから…!』
腰が立たないくらいじゃ済まない、という思念には泣きが入っています。赤い靴下で壊れそうだということは…。
「自分で何とかすればいいだろ、君が暗示をかけたんだから!」
靴下くらいは脱がせたまえ! と会長さんが思念を投げ付けると。
『それが出来たら困らないってば、本当に赤い靴なんだってばーーーっ!!!』
脱げなくなってしまったのだ、とソルジャーの思念は涙混じりで、おまけに何度も乱れがちで。
『今だってヤられまくってるんだよ、もう死にそうだよ…!』
「思念を送ってこられるんなら、脱がせられるだろ!」
君の力なら充分に、と会長さんが言うのも納得です。ソルジャーのサイオンは会長さんとは比較にならないレベルなんですし、赤い靴下を脱がせるくらいは楽勝だと思ったんですけれど。
『ぶるぅだってば、ぶるぅが赤い靴下を…!!!』
赤い靴の絵本を読んだらしい、と泣き叫んでいるソルジャーの思念。キャプテン用にと持って帰った絵本を悪戯小僧の「ぶるぅ」までが読んで、赤い靴下に悪戯したようで…。
『脱げないようにしちゃったんだよ、もう本当に脱げないんだよ…!!』
ぼくもハーレイも努力はしたのだ、という絶叫。
『でも、ハーレイは元々脱げないように暗示をかけてあったし、ぼくはヤられてる最中なだけに、集中するにも限度があるし…。ああっ!』
ダメ、と乱れている思念波。キャプテンにヤられまくっている最中だけに無理もないですが。
『こ、こんな調子じゃ、ぶるぅにも敵わないんだよ…! お願い、誰かーーーっ!!』
ハーレイの赤い靴下を脱がせてくれ、と頼まれたって困ります。救助に行くにはソルジャーの世界へ空間移動が必要な上に、私たちの力で「ぶるぅ」なんかに勝てるかどうか…。
「…まず無理だな?」
俺たちで勝てるわけがないな、とキース君が腕組みをして、会長さんが。
「ぼくとぶるぅでも、二人がかりで勝てるかどうかは謎だしねえ…」
『そう言わないで! 誰か助けてーーーっ!!!』
もう本当に壊れてしまう、と叫ぶ思念に、会長さんは。
「赤い靴の絵本を読んだからには、脱げなくなったら、どうするかは分かっているだろう?」
『ま、まさか…』
「足を切り落とせばいいってね! それが嫌なら、そのままで!」
ヤられておけ! と会長さんが張った思念波を遮断するシールド。普段だったら、ソルジャー相手に効果は全く無いんですけど、今回は…。
「…静かになった?」
もう聞こえない、とジョミー君が耳を澄ませて、シロエ君が。
「どうせ何日か経ったら来ますよ、恨み言を言いに」
「だろうね、助けてくれなかったと文句を言うんだろうけど、自業自得と言うものだし…」
それまで平和を楽しんでおこう、と会長さんが紅茶をコクリと。ソルジャーが持って帰った赤い靴下、エライ結末になったようですけど、赤い靴の話は本来、そういう話。壊れるのが嫌なら足を切り落とせばいいんですから、放っておくのが一番ですよね~!
赤い靴の呪い・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
赤い靴のお話からソルジャーが思い付いたのが、赤い靴下。履いている間は、ノンストップ。
教頭先生で実験も済ませて自信満々、けれど、ぶるぅの悪戯で赤い靴のお話そのもの…。
次回は 「第3月曜」 10月18日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、9月は秋のお彼岸なシーズン。今年はサボるという方向で…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園、今週も平和で事も無く…。残暑も終わってそろそろ秋です。学園祭の準備なんかも始まりそうな気配、クラス展示か催し物か、とグレイブ先生がズズイと迫って1年A組は今年も真面目なクラス展示になるみたい。
とはいえ、私たち特別生には関係無いのがクラスの動向、別行動と決まってますからお気楽に。今日は土曜日、朝から会長さんの家に来ているわけでして。
「かみお~ん♪ 明日は何処かにお出掛けする?」
明日もお天気良さそうだし! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「何処かお勧めの場所ってある?」
穴場で食べ物が美味しくて…、とジョミー君が訊き、シロエ君が。
「遊べる所がいいですよね! 待ち時間無しで!」
「ああ。待ち時間無しは基本だな」
俺もそういう所がいい、とキース君が頷き、何処か無いかと相談が始まったのですが。
「こんにちはーっ!」
いきなり乱入して来た声。紫のマントがフワリと翻って…。
「ぶるぅ、ぼくにもおやつと飲み物!」
「オッケー! ちょっと待っててねー!」
キッチンに走った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が焼き栗たっぷりのパイと紅茶を運んで来ました。それを「ありがとう」と受け取ったソルジャー、ソファにちゃっかりと腰を下ろして。
「秋だねえ…! これからが素敵なシーズンだよね!」
「あんた、俺たちに混ざる気か!」
今は出掛ける相談なんだが、とキース君。
「あんたが何をしたいのか知らんが、俺たちは静かに過ごしたいんだ!」
「遊びに行くと聞こえたけどねえ? 待ち時間無しの穴場とやらへ」
その行き先の何処が静かなんだか…、とソルジャーはタルトを頬張りながら。
「でもまあ、利害は一致してるし、この際、静かな場所ってことで」
「来る気なのか!?」
あんたまで、とキース君が叫んだのですけれど。
「明日はまだだね、色々と準備が要りそうだから」
「「「は?」」」
準備って何のことでしょう? いずれは一緒にお出掛けって意味…?
「俺たちは二度も同じ所へは行かないからな!」
行くなら勝手に行ってくれ、とキース君がキッパリと。
「いい場所だったら教えてやるから、一人で行くのもデートに行くのも好きにしてくれ!」
「うーん…。それは困るよ、君たちの協力が必須だからね」
「「「協力?」」」
なんとも不穏なこの台詞。遊びに行くのに利害が一致で、協力が必須って何事ですか?
「分からないかな、これからが素敵なシーズンなんだよ!」
何処のホテルも婚礼が一杯、とソルジャーは笑顔。
「ホテル以外にも色々あるよね、結婚式に使う場所!」
「あんた、結婚してるだろうが」
それとも招待されたのか、とキース君。
「俺たちは何も聞いていないが、ノルディが結婚するというのか?」
「するわけないだろ、こっちのノルディは遊び人だよ? だけど結婚式のシーズン!」
そして結婚式には前撮り、と妙な台詞が。
「「「前撮り?」」」
「そう! こっちのブルーも遊んでいたよね、前撮りで!」
ハーレイにタキシードを着せたりして…、と言われて思い出しました。会長さんが豪華なウェディングドレスをオーダー、教頭先生と前撮りなのだと誘い出しておいて陥れた事件。教頭先生、ゼル先生に拉致されてバイクで市中引き回しの刑でしたっけ…。
「あっ、思い出した? その前撮りを、ぼくもやりたくってねえ!」
「「「へ?」」」
間抜けな声しか出ませんでした。前撮りは結婚式の前にやるもの、ソルジャーはとっくに挙式済みです。なんだって今頃、前撮りなんかを…。前後が間違っていませんか?
「前後くらいは間違っていたっていいんだよ! うんと素敵な写真が撮れれば!」
ぼくたちには結婚写真が無くて…、と言われてみればその通り。マツカ君の海の別荘での人前式の挙式でしたし、結婚式そのものもソルジャーの結婚宣言くらいなもので。
「ほらね、結婚写真も無ければ、ウェディングドレスなんかも無くてさ…」
なんとも寂しい結婚式で、とソルジャーはフウと大きな溜息。
「こういうシーズンになると寂しくなるんだ、どうしてぼくには結婚写真が無いのかと!」
だから前撮り! という話ですが、それと穴場がどう繋がると…?
私たちがお出掛けの計画を練っていた行き先は、待ち時間無しで遊べる穴場。ソルジャーも行きたいように聞こえましたけど、其処へ前撮りなどと言われても…。
「君は何しに出て来たわけ?」
ぼくにはサッパリ…、と会長さん。
「いきなり出て来て利害が一致で、協力が必須という君の話と、ぼくたちの話はまるで噛み合っていないんだけどね?」
前撮りなんかは無関係だけど、と会長さんは冷たい口調。
「やりたいんだったら適当な場所を教えてあげるから、其処へ相談に行って来たまえ」
「そうだな、プロの方が何かとお役立ちだな」
衣装の手配からカメラマンまで…、とキース君も。
「璃慕恩院でも仏前式の挙式をやっているから、前撮りにも応じてくれる筈だぞ」
「分かってないねえ、ぼくが求めているのは穴場!」
人が大勢の所はちょっと…、とソルジャーが言うと、会長さんが。
「前撮りだったら、人が多くても大丈夫だから! ちゃんと整理をしてくれるしね」
見物客が多かったとしても写真には絶対写らない、と経験者ならではの証言が。
「会場もカメラマンもプロだし、そこはキッチリ!」
「うーん…。でもねえ、ありきたりな場所はイマイチだしねえ…」
ぼくは穴場を希望なのだ、とソルジャーの話は振り出しへ。
「君たちも穴場に行きたいと言うし、これはチャンスだと!」
「あのねえ…。ぼくたちは遊びに出掛けたいだけで!」
「穴場に行くなら、それに便乗したっていいだろ!」
君たちの素敵な穴場と言えば! とソルジャーは指を一本立てて。
「ズバリ、シャングリラ号ってね!」
「「「シャングリラ号?!」」」
なんでまた、と誰もがビックリ、会長さんも唖然とした顔で。
「シャングリラ号って…。も、もしかしなくても…」
「そうだよ、君たちの世界のシャングリラ号のことなんだけど!」
ぼくの世界のシャングリラを呼ぶのに「号」なんてつけることはしないし、と言うソルジャー。
「シャングリラ号は穴場だと思っていたんだけどねえ、君たちの」
たまに遊びに行ってるじゃないか、と鋭い指摘。それはそうですけど、シャングリラ号って…。
シャングリラ号はワープも出来る宇宙船。普段は二十光年の彼方を航行しています。今の技術では建造不可能な筈ですけれども、会長さんが無意識の内にソルジャーから設計図を貰ったらしくて、立派に完成してしまいました。
私たちの世界では「宇宙クジラ」と呼ばれる未確認飛行物体扱い、そのシャングリラ号で宇宙の旅と洒落込むこともたまにはあって。
「ぼくはシャングリラ号を使いたいんだよ、前撮りに!」
「なんでそういうことになるのさ!」
シャングリラ号は結婚式場じゃない、と会長さんが眉を吊り上げて。
「あれでも一応、いざという時の避難場所でね、遊び場なんかじゃないんだけれど!」
「…本当に? その割に楽しくやっているよね、あの船でさ」
乗り込んだ時はワイワイ騒いでイベントなんかも…、と切り返し。
「それに、充実の食料事情! 肉も野菜も凄いと聞くけど?」
「…そ、それはそうだけど…」
船の中でも生産してるし、乗り込む時には積み込みもするし…、と会長さん。
「だけど、遊びの船じゃないから! 普段は真面目に仕事だから!」
「どうなんだか…。ぼくのシャングリラと違って戦闘も無いし」
ぼくから見れば立派な遊び場、とソルジャーも譲りませんでした。
「だからシャングリラ号を貸してよ、前撮りに!」
正確に言うなら後撮りだけど、という発言。
「あの船だったら、ぼくのシャングリラと基本は全く同じだからね!」
素敵な写真が撮れるであろう、とソルジャーは極上の笑みを浮かべて。
「ブリッジに並んだぼくとハーレイとか、公園だとか、もちろん青の間なんかでも! ぼくはウェディングドレスを着ちゃって、ハーレイはタキシード姿でね!」
そういう写真を撮りたいのだ、とウットリしているソルジャー。
「ドレスとかはこれからオーダーするから、明日ってわけにはいかないけれど…。出来次第、ぼくとハーレイは休暇を取るから、君たちと一緒にシャングリラ号へ!」
そして前撮り! と迫られましても、ソルジャーの存在は極秘なわけで。
「無理だよ、君たちをシャングリラ号には乗せられないよ!」
君たちの存在がバレてしまう、と会長さん。
「そんなことになったらパニックなんだよ、SD体制とか、色々バレるし…!」
そういったことは伏せておきたい、という会長さんの話は本当。バレたらホントに大変ですよ!
ソルジャーたちの存在どころか、サイオンすらも秘密になっているのが私たちの世界です。寿命が長くて老けない人間は受け入れて貰えているようですけど、これから先は分かりません。そこへソルジャーが生きてるハードな世界がバレたら、仲間はパニック間違い無しで。
「いいかい、君にとっては普通のことでも、ぼくたちの世界はまるで免疫が無いからね?」
追われるだけでも経験が無いのに、人体実験だの戦闘だのと…、と会長さん。
「いつかそういう時代が来るかも、ってことになったら大パニックだよ!」
だからシャングリラ号には乗せられない、と大真面目な顔。
「前撮りをしたいなら、ホテルとかでね! 君もソルジャーなら分かるだろう!」
「そりゃあ、もちろん君の言うことも分かるけど…。でも、大丈夫!」
前撮りに行くのはぼくだから、と親指をグッと。
「サイオンの扱いは君とは比較にならないからねえ! 情報操作はお手の物だよ!」
ぼくはもちろん、君たちが乗り込んだことも隠せてしまう、とニッコリと。
「ついでに言うなら、シャングリラ号を呼び寄せることも出来るけどねえ?」
偽の情報を送ってもいいし、他にも方法は色々と…、と恐ろしい台詞。
「この秋は地球に来ないと言うなら、そうやって!」
「ま、待って! 来週、来るから!」
会長さんが叫んでからハッと口を押さえて。
「え、えっと…。い、今のは聞いていないってことで…!」
「もう聞いた!」
バッチリ聞いた、とソルジャーは嬉しそうに。
「来週なんだね、えーっと、暫くは衛星軌道上に滞在予定なんだ?」
「だ、だから、君たちを乗せるようには出来ていないと…!」
「忍び込んだらオッケーじゃないか!」
みんなで行こう! と見回すソルジャー。
「えーっと、こっちの面子が九人、ぼくとハーレイを合わせて十一人、と…」
まだまだ余裕、とソルジャーは天井の方を指差して。
「この人数なら、充分に飛べる! シャトル無しでも!」
「ちょ、ちょっと…!」
本気なのかい、と会長さんが慌てましたが、ソルジャーは。
「もう決めた! 来週は前撮りに出掛けるんだよ、君たちも連れて!」
シャングリラ号に密航しよう! と凄い話が。普通に乗るんじゃなくて密航するんですか…?
有無を言わさず決まった密航、ソルジャーはウキウキと帰って行ってしまいました。お昼御飯も食べずに、です。キャプテンの時間の都合をつける必要があるとか何とか言って。
「…か、会長…。エライことになっていませんか?」
密航ですよ、とシロエ君。
「いくら会長がソルジャーでもですね、密航がバレたら大変なんじゃあ…」
「その辺はブルーが上手くやるだろ、あれだけ自信に溢れてたんだし」
サイオンの扱い方も桁外れだし…、と会長さんが頭を振りながら。
「密航に関してはバレないと思う、これだけの人数で入り込んでもね」
「前撮りもですか?」
「そっちも上手くやると思うよ、ぼくたちをお供にゾロゾロと」
得意げな顔が見えるようだ、と大きな溜息。
「ウェディングドレスとタキシードを誂えに行くと言ってたからねえ、今日の間に」
「「「あー…」」」
そうだった、と覚えた頭痛。ソルジャーは私たちが仮装用の衣装なんかでよくお世話になる店の本店と言うか、別格と言うか、オートクチュール専門の店に行くんでしたっけ。
「あそこでも情報は誤魔化すんだよね?」
ジョミー君が尋ねて、会長さんが。
「そうだろうねえ、ぼくだと言えはしないしね?」
「店の方では金さえ入ればいいんだろうが…。それにしても…」
前撮りと来たか、とキース君も頭を抱えています。
「シャングリラ号で前撮りだなんて、前代未聞と言わないか?」
「決まってるじゃないか、カップルで乗ってる仲間もいるけど、前撮りはねえ…」
そんな使い方をした仲間は皆無、と会長さん。
「この船も思い出の場所なんです、って記念撮影はしてるだろうけど…。ウェディングドレスまで持ち込んで前撮りなんかはしてないね」
「だったら、あいつが初ってことかよ?」
サム君の問いに、会長さんは。
「前撮りっていうことになればね。ウェディングドレスはお遊びでたまに出て来るけどね」
「「「うーん…」」」
遊びだったら見たことも何度かありました。会長さん主催のお騒がせなイベントとかで。でも、本物の前撮りなんかはソルジャー夫妻が初なんですね…?
穴場へ遊びに行きたいな、と思ったばかりに、とんでもないことに巻き込まれてしまった私たち。よりにもよってシャングリラ号に密航、其処でソルジャー夫妻の前撮り。とっくに結婚しちゃってますから、ソルジャーの言う後撮りってヤツかもしれませんけど。
誰もがガンガン頭痛がする中、次の日も会長さんの家に集まって過ごしていると。
「こんにちはーっ!」
昨日はどうも、とソルジャーが姿を現しました。今日は私服で。
「昨日はあれから、ハーレイとお店に行って来てねえ!」
採寸して貰ってデザインも決めて…、とそれは御機嫌。
「急ぎで頼む、ってお願いしたから、今日は仮縫いに行くんだよ!」
「はいはい、分かった」
君のハーレイもブリッジから抜け出すんだね、と会長さん。
「何時に行くのか知らないけれども、何処かで私服に着替えてさ」
「ピンポーン! ハーレイにはちゃんと渡してあるしね、私服ってヤツを!」
こっちの世界でデートするのに私服は必要不可欠だから、と胸を張るソルジャー。
「ブリッジを抜けて部屋で着替えたら、ぼくと出発!」
「それで間に合いそうなわけだね、君たちの衣装」
シャングリラ号は週明けに戻って来るんだけれど、と会長さんが質問すると。
「もちろんだよ! 明日の夜には出来るらしいよ、だからバッチリ!」
火曜日の朝には取りに行ける、と満面の笑み。
「予定通りに水曜日に密航、木曜日に戻って来るってことで!」
「…君のハーレイの休暇も取れたと?」
「それはもう!」
ついでに「ぶるぅ」に留守番も任せた、とソルジャーの準備は抜かりなく。
「ぶるぅには山ほどカップ麺やお菓子を買ってやったし、それを食べながら青の間で留守番! 万が一の時には連絡が来るから大丈夫!」
いつもと同じで安心して留守に出来るというもので…、と言ってるからには、私たちも密航コースで確定ですね?
「そうだよ、ちゃんと学校に欠席届を出してよね!」
無断欠席でもかまわないけど、という話ですが、それはこっちが困ります。出席義務が無くても真面目に登校が売りの私たち。欠席届はキッチリと出してなんぼですってば…。
こうしてソルジャー夫妻の前撮り計画は順調に進み、火曜日には欠席届をグレイブ先生に出しに行く羽目に。「前撮りに行くので休みます」とは書けませんから、そこはバラバラ。
「キース先輩はやっぱり法事ですか?」
放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でシロエ君が訊くと。
「それしか無かろう、親父にもそう言っておいたし…。大学の同期の寺に行くとな」
そのせいで今日は大荷物に…、と呻くキース君は法衣を持参でした。アドス和尚には「学校の帰りにそのまま出掛ける」と言って来たとかで、衣や袈裟が入った専用鞄を持って来ています。
「キースは家を抜け出すのも大変だよねえ…」
ぼくだと「ブルーの家に泊まりに行く」で済むんだけどな、とジョミー君。
「お坊さんはホントに大変そうだよ、だからなりたくないんだよ!」
「年中無休が基本だよなあ、坊主はよ…」
だけど時間の問題だぜ、とジョミー君の肩を叩くサム君は、ジョミー君とセットで会長さんの弟子という扱い。いずれはお坊さんなコースです。
「時間の問題でも、今は全力で避けたいんだよ!」
ジョミー君が叫ぶと、サム君が。
「それじゃお前は、欠席届になんて書いたんだよ?」
「旅に出ます、って」
「うわー…。家出かよ、それ」
捜さないで下さい、と書けば完璧だよな、というサム君の言葉にドッと笑いが。欠席届は本当にバラバラ、シロエ君は「修行に行って来ます」と書いたそうです。
「修行って…。シロエもついに坊主なのかよ?」
サム君のツッコミに、シロエ君は「いえ」と。
「ぼくとしてはですね、武者修行のつもりなんですが」
「ふうん? でもよ、グレイブ先生的には違うんでねえの?」
坊主に変換されているんじゃねえか、との指摘で起こる大爆笑。多分、そうなっているでしょう。
「ぼくたち、坊主率高いもんね…」
「俺は本職だし、お前もサムも坊主で届けが出ているからなあ…」
男子五人中の三人が坊主という現状ではな、とキース君がクックッと。
「シロエ、お前も坊主予備軍だと書かれていそうだぞ、閻魔帳に」
「えーーーっ!!?」
そんな、とシロエ君の悲鳴で、笑いの渦が。欠席届はやっぱり真面目に書かなきゃですよね?
坊主予備軍なシロエ君をネタに笑い転げて、完全下校の合図が流れてから会長さんの家へと移動。もちろん瞬間移動です。今夜はお泊まり、そして明日には…。
「…密航ですか…」
とうとう明日になりましたか、とシロエ君。
「一泊二日で密航の旅って、そんなの思いもしませんでしたよ…」
「ぼくもだよ。何処の世界に密航なんかするソルジャーがいると!」
シャングリラ号はぼくの指図で動かせるのに、と会長さんも肩を落としています。
「現に今日だって、色々と指揮を…。なのに、どうして…」
このぼくがシャングリラ号に密航、と会長さんが落ち込んでいるのとは対照的に。
「かみお~ん♪ 明日から密航だも~ん!」
御飯もおやつも、準備オッケー! と飛び跳ねている「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「食料は一杯用意したから、ブルーに頼んで積んで貰うの!」
あっちのブルー、とピョンピョンピョン。
「これだけあったら、食堂のお料理、盗まなくても済むもんね!」
「「「あー…」」」
食事の心配を忘れていました、確かに密航者のために食事は出ません。会長さんがソルジャーであろうが、料理は何処からも出て来ないわけで…。
「どんなのを用意したんですか?」
その食料、とシロエ君がリビングに積み上げられた箱を指差すと。
「色々だよ? カップ麺もあるし、レトルトだって!」
御飯も温めるだけで食べられるから、とニコニコ笑顔。つ、つまり…。
「ぶるぅ、料理はしねえのかよ?」
「そだよ、青の間のキッチンはあんまり大きくないし!」
お湯を沸かしたり、レトルト食品を温めるくらいが限界なの! という返事。
「「「うわー…」」」
食料事情は最悪だったか、と今頃になって気が付きました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の美味しい料理や、シャングリラ号の食堂の自慢の料理は全く食べられないわけです。
「…シロエの欠席届じゃないけど…」
「修行の旅だな…」
此処で修行になってしまうのか、とキース君が左手首の数珠レットを一つ、二つと繰ってます。お念仏ですね、そういう気持ちになりますよねえ…。
その夜は「温かい食事にサヨナラのパーティー」、こんな食事は当分出来ない、と時ならぬ鍋になりました。豪華寄せ鍋、締めは雑炊、それからラーメン。一つの鍋ではないからこその雑炊とラーメン、両方です。食べた後は明日に備えて早寝。だって、夜が明けたら…。
「くっそお、寝心地のいい寝床もサヨナラなのか…」
まさに修行だ、とキース君。これまた寝るまで忘れてましたが、密航する以上はゲストルームに泊まるわけにはいきません。青の間の床に雑魚寝だそうで。
「んとんと、お布団は用意したんだけれど…」
ブルーに運んで貰うんだけど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんの家の布団だけに上等でしょうが、問題は床。青の間の床は畳敷きではないわけで…。
「俺の経験からして、床が畳から板になっただけで寝心地がグンと…」
悪くなるんだ、とキース君が語る体験談。璃慕恩院での修行中には畳の部屋で寝ていたらしいですけど、他にも色々あったようです。
「青の間、板よりキツイよね?」
「思いっ切り硬いと思うぞ、俺は…」
覚悟しとけよ、と言われて涙が出そうですけど、密航だけに仕方ありません。青の間に入れるだけまだマシというもの、普通は倉庫とかですし…。
「うん、楽しく密航したいよね!」
そして前撮り! と出ました、ソルジャー。キャプテンも連れて、二人とも私服。
「おはよう、今日からよろしくねーっ!」
「どうぞよろしくお願いします」
お世話になります、と頭を下げるキャプテン。
「前撮りをさせて頂けるとか…。夢のようです、ありがとうございます」
「う、ううん…。それほどでも…」
何のおかまいも出来なくって、と会長さんがオロオロと。
「部屋は雑魚寝だし、食事もレトルトとか、カップ麺とか…」
「いえ、それだけあれば充分ですよ」
そうですね、ブルー? とキャプテンが微笑み、ソルジャーも。
「ぼくたちは耐乏生活が長かったしねえ、寝る所と食べるものさえあればね!」
もう最高に幸せだから、と言ってますけど。そりゃあ、前撮りで密航だなんて言い出しただけに、待遇に文句をつけようって方が間違いですよね?
シャングリラ号で前撮りなのだ、と意気込んでやって来たソルジャー夫妻。カメラはもちろん、こちらの世界で誂えた衣装も持って来ています。ソルジャーは「まずは…」と自分たちの荷物から運び始めました。瞬間移動で衛星軌道上のシャングリラ号まで。
「ぼくは整理整頓ってヤツが得意じゃないから、ぶるぅ、頼むよ」
ぼくに思念の波長を合わせてくれるかな? という注文。
「そしたら何処に置くのか指図が出来るし、それをお願い」
「オッケー! えーっと、ブルーたちの荷物が其処で…」
次はぼくたちの荷物をお願い! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。私たちの荷物が次々と消えて、行き先は宇宙みたいです。キース君の法衣の鞄は残りましたが。
「次が食料かな?」
「その前に、お布団! 敷きやすいように運んでおかなきゃ!」
「了解、布団、と…」
それが此処で…、とソルジャーは布団を運び終えた後、食料の箱も移動させました。荷物はこれで全部ですから、この後は…。
「準備完了! 出発しようか、シャングリラ号へ!」
ぼくが頼んだんだから、ぼくの力で! とソルジャーがパチンと指を鳴らして、たちまち迸る青いサイオン。フワッと身体が浮いたかと思うと…。
「「「わわっ!?」」」
トン、と足が床につき、見回せば其処は青の間でした。シャングリラ号の。
「すげえ…」
マジで宇宙に来ちまった、とサム君が声を上げ、マツカ君も。
「一瞬でしたね、いつも何処かへ行くのと同じで…」
「宇宙を飛んだって感覚は少しも無かったわよ?」
ホントにいつもと変わらないわ、とスウェナちゃん。
「でも、シャングリラ号なのよね?」
「本物のね! 其処に荷物もあるだろう?」
君たちの荷物も、食料や布団も、とソルジャーがそれは得意げに。
「ぼくにかかればこんなものだよ、だから前撮りだって安心!」
もう絶対にバレやしないから、と言うソルジャーによると、青の間は既にシールドされているそうです。清掃係も入ろうという気を起こさないよう、意識に干渉済みだとか。根城は確保したみたいですけど、さて、この先は…?
青の間に陣取ったソルジャー夫妻と、巻き込まれて密航した私たちと。ソルジャーは「いい写真を撮るには時間も必要」と、カメラを引っ張り出しました。
「このカメラ、ぼくの世界のヤツなんだけど…。使い方は至って簡単でね!」
これがシャッターで…、と始まる説明。カメラマンは誰でもいいのだとか。
「写真のセンスが謎だからねえ、要はシャッターさえ切ってくれれば」
ぼくがチェックして素敵な写真を選ぶまで、というアバウトさ。
「その場のノリで誰かが撮影、そんな感じでいいと思うよ」
ただ…、と視線が会長さんに。
「ぼくは前撮りに詳しくないから、経験者に衣装のチェックとかをお願いしたいなあ、と…」
「分かったってば! ドレスの裾とか、そういうのだね?」
「そう! それとポーズの指導もお願い!」
参考書は一応、持って来たから…、と抜け目ないソルジャーは何処かでゲットしたらしい前撮り撮影のマニュアルっぽい冊子を会長さんに「はい」と。
「うーん…。本職用かい?」
「ブライダル専門の写真屋さん向けのね!」
これでよろしく、と渡されたマニュアル本を会長さんがパラパラめくっています。その間にソルジャー夫妻は青の間の奥へ着替えに出掛けて行って…。
「見てよ、これ! レースとパールでうんと豪華に!」
凄いだろう、とソルジャーが披露したウェディングドレスはレースをふんだんに使ったもの。パールも沢山ちりばめてあって、長いトレーンがついていて…。
「ベールにもこだわって貰ったんだよ、ここのレースが高級品で!」
「ふうん…。その調子だとティアラも本物だとか?」
会長さんがつまらなそうに訊くと、「当然だよ!」と自信に溢れた答えが。
「このドレスに似合うティアラをお願い、って探して貰って…。ノルディが奮発してくれちゃってねえ、もう本当に本物なんだよ!」
王室御用達の宝石店から取り寄せましたー! というご自慢のティアラ。お値段は多分、聞いてもピンと来ないでしょう。放っておけ、と思う一方、キャプテンの方は…。
「…この服は変ではないでしょうか?」
「「「いいえ!!」」」
お似合いです、と揃って即答。白いタキシードは似合っていました。ソルジャーのドレスと釣り合うデザイン、あのお店、やっぱりセンスがいいです~!
ソルジャーが送った荷物の中にはブーケも入っていたらしく。間もなく立派な花嫁完成、ソルジャーがキャプテンの腕にスルリと腕を絡ませて。
「はい、前撮りの準備オッケー! 青の間はいつでも撮れるからねえ、まずはブリッジ!」
「「「ブリッジ!?」」」
いきなり中枢に出掛けるのかい! と誰もが驚きましたが、ソルジャーは「うん」と。
「シャングリラ号で前撮りだよ? ブリッジで撮らずにどうすると!」
ぼくたちの姿は見えていないから大丈夫! とシールドの出番、それでも写真は撮れますか?
「撮れるよ、サイオンで細工するから!」
さあ、行こう! とソルジャー夫妻は青の間を出発。バレやしないかとコソコソと続く私たち。通路に出るなり、ソルジャーは…。
「此処でも一枚撮っておきたいね、青の間の入口!」
「そうですね。私たちには馴染みの場所ですし…」
此処で撮りましょう、とキャプテンも。二人は入口を背にして立って、会長さんが。
「えーっと、ブルーはもう少し寄って…。そう、其処で!」
「かみお~ん♪ ドレス、直すから、動かないでね!」
裾はこんな感じがお洒落だと思うの! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」も例のマニュアル本と自分のセンスとで、いそいそと。
「…仕方ない、俺が写すとするか…」
ジャンケンに負けたキース君がカメラを構えてパシャリと一枚、次は二番手のジョミー君。カメラマンは全員がやると決まってますから、私も一枚。トリがスウェナちゃんで。
「はい、撮りまーす! 幸せそうに笑って下さーい!」
パシャッと撮られた元ジャーナリスト希望のスウェナちゃんの一枚、きっといい出来になったでしょう。ソルジャー夫妻の表情もなかなか良かったですし…。
「ありがとう! ブリッジまでの途中も、いい所があればお願いするよ!」
ソルジャー夫妻はシャングリラ号の中を迷いもしないで歩いてゆきます。自分の世界のと同じ構造の船なんですから、当然と言えば当然ですけど。
「あっ、休憩室! 此処でも一枚!」
「「「はーい…」」」
ちょうど無人で良かったですね、とゾロゾロ入って休憩室でも何枚も。ソルジャーが座ったり、キャプテンと並んで座ってみたりと、椅子を使ってポーズが山ほど。此処だけで何枚撮りましたかねえ、ブリッジに着くまでに疲れそうです…。
あちこちで寄り道撮影しながら辿り着いたブリッジ、さぞかし人が多いのだろうと覚悟して入って行ったんですけど。
「「「あれ…?」」」
人が少ない、と拍子抜け。いつもだったら教頭先生が座っておられるキャプテンの席は空いていますし、ブラウ先生やゼル先生たちの席も無人という有様。他の所も人は少なめで。
「…どうなってるんだ?」
操舵士までがいないんだが、とキース君が言う通り、舵の前も無人。
「普段はこういう感じだけれど?」
オートパイロット、と会長さんが淡々と。
「自動操縦だよ、シャングリラ号の基本はね。衛星軌道上ともなったら、もうお任せ」
何かトラブルでも起きない限りは自動操縦、という台詞に、ソルジャーが。
「らしいね、こっちのシャングリラ号は。…ぼくの世界じゃ有り得ないねえ!」
「まったくです。レーダー係くらいしかいないようですねえ…」
私たちの世界では考えらない光景ですよ、とキャプテンも。
「ですが、これなら皆さんにどいて頂かなくても…」
「うん、素敵な写真が撮れるってね!」
何処から撮ろうか、とソルジャーはウキウキ。
「キャプテンの席もいいけど、まずは舵かな?」
「そうですね。舵輪を挟んで撮りましょうか」
「最初のがそれで、君が舵を握っている姿も撮りたいねえ!」
君の後ろにぼくが立って…、とソルジャーの注文、そういう写真も撮らされました。舵の向こうへ回ってシャッター、お次はキャプテンの席に移って…。
「最初は君が座って、と…。次は交代して…」
「ブルー、二人で座りませんか?」
膝の上に座ればいけますよ、とバカップルならではのキャプテンの発言、その案をソルジャーは嬉々として採用。
「此処まで来たってバカップルなのかよ…」
「密航してまで前撮りって所で、もう充分にバカップルだと思うがな…」
普通やらんぞ、とキース君。自分たちの世界のシャングリラ号を放置で密航、こっちの世界で前撮りしているソルジャーとキャプテンという船のトップな夫妻は確かにバカップルでしょう。自分の世界では無理だからって、前撮りなんかをやりに来るなんて…。
ブリッジでの撮影が済んだら、公園へ移動。芝生に東屋、その他もろもろ、絵になる撮影スポットがてんこ盛りだけに、ソルジャー夫妻はポーズを取りまくり、私たちは写真を撮らされまくり。次は天体の間だと言われましたが…。
「「「えー…」」」
一休みしたい、と誰からともなく漏れた本音に、ソルジャーも「うん」と。
「とっくにお昼を過ぎてたっけね、一度休んで、それから続きを」
「そうですねえ…。夜景に切り替わるまでには時間はまだまだありますし」
キャプテンが頷き、私たちは。
「「「夜景?」」」
「そうだけど? 公園もブリッジも、それに通路も夜は照明が暗くなるしね!」
その時間にも写さなくちゃ、とソルジャーがニコリ。
「公園なんかは徐々に暗くなるし、夕方からは公園で何枚もだよ!」
「「「うわー…」」」
そこまでするのか、と力が抜けそうな足で青の間に戻る途中で、通路の向こうから足音が。一瞬、ドキリとしましたけれども、やって来た人は気付きもしないでスタスタ歩いてゆきました。ブリッジにいた人と同じで、私たちが見えていないのです。
「この程度のことでビクビクしない! もっと堂々と!」
歩け、歩け! とソルジャーにどやされながら戻った青の間、其処での食事は…。
「かみお~ん♪ お湯はたっぷり沸かしたからねーっ!」
「ぼくのに入れてよ、待ち時間が五分みたいだから!」
「オッケー!」
他のみんなも順番にね! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ウェディングドレスが汚れないよう、私服に着替えたソルジャーを始め、誰の食事もカップ麺で。
「…同じ麺なら、ぶるぅの特製フカヒレラーメンが食べたかったです…」
シロエ君がポツリと零して、ジョミー君が。
「食堂に行けば、きっとラーメン、あるんだよねえ…」
「あるよ? ラーメンもあるし、担々麺もね」
シャングリラ号の食堂は麺類も豊富、と会長さんもカップ麺を啜りながら。
「密航中でなければ、ぼくなら食べ放題なのに…。我儘も言いたい放題なのに…!」
ネギ多めだとか、チャーシューをもっと増やしてくれとか…、とブツブツと愚痴る会長さん。なまじトップなソルジャーだけに、侘しさは私たち以上でしょうねえ…。
悲しすぎるカップ麺の昼食の後は、またまたソルジャー夫妻がウェディングドレスとタキシード着用、天体の間での撮影から。階段やら、階段の上のフィシスさん愛用の占い用のテーブルと椅子やら、撮影スポットは此処も沢山。それが済んだら色々な場所で写して回って、公園に行って。
「うん、いい感じ! これから暮れていくからねえ…」
「暗くなる直前が一番いいのは何処でしょうねえ…」
もちろん夜景も撮りましょう、とソルジャー夫妻は元気一杯、私たちの方はゲンナリで。
「…まだ撮るのかよ…」
「公園だけでは済まないよ、夜景…」
ブリッジも夜景アリなんだよ、とジョミー君が嘆けば、シロエ君も。
「通路もです。…それに農場も暗くなりますから」
「「「あー…」」」
もうその他は考えたくない、と泣きの涙の私たち。それだけ頑張って撮って回っても、撮影の後の夕食タイムは…。
「えとえと、レトルトカレーと、ハヤシライスと…。ハンバーグとかもあるんだけど!」
「ぼくはハンバーグで!」
「私はカレーでお願いします」
前撮りバカップルはレトルトでオッケー、温めるだけの御飯も粉末スープもまるで気にしていませんけれど。
「…ぶるぅのハヤシライスが食べたい…」
「この際、オムレツでもいいですよ…」
「…食堂に行けば、夜の定食もカツカレーもあるな…」
多分、ハンバーグもあるんだろうな、とキース君でなくても募る侘しさ、会長さんは。
「今夜の定食、ハンバーグどころかステーキだよ。…希望者にはガーリックライスもアリで」
「「「ガーリックライス…」」」
この御飯との差は何なんだろう、と空しさMAX、けれど気にしないバカップル。
「明日は朝一番に公園に行かなきゃいけないねえ!」
「ええ、明るくなる前から待っていましょう」
きっと素敵な写真が沢山撮れますよ、と盛り上がっているソルジャー夫妻。
「「「…夜明け前…」」」
どこまで元気な二人なんだ、と打ちのめされても、只今、前撮りで密航中。逃げ場所は無くて、温かい御飯も食べられなくて…。
「「「………」」」
トドメはこれか、と私たちの心を季節外れの寒風が吹き抜け、青の間に敷かれた何組もの布団。雑魚寝は会長さんの家やマツカ君の別荘でもやってますけど、床が違います。
「…やはり背中にきやがるな、これは」
明日の朝はきっと腰が痛いぞ、とキース君が唸って、シロエ君が。
「布団があるだけマシなんでしょうが…。でも、これは…」
「惨めすぎだぜ、でもって、なんで俺たちだけなんだよ!」
ブルーもだけどよ、というサム君のぼやき。青の間に備え付けの会長さんのベッドは、バカップルのものになっていました。そこにもぐり込んでいるソルジャー曰く…。
「ぼくたちは明日も前撮りだからね、しっかり寝ないといけないんだよ!」
「また撮り直し、というわけにもいきませんから…。やはり睡眠をしっかり取りませんと」
目の下にクマや、ブルーの肌に艶が無いというのは論外です、とキャプテンも。
「それでは、おやすみなさいませ」
「おやすみなさいーっ!」
今夜は睡眠第一だから! とソルジャー夫妻の夫婦の時間は無いようですけど。
「…あのベッドは本来、ぼくのなんだよ…」
背中が痛い、と会長さんがゴソゴソ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「ごめんね、ぼくだけ、いつもの土鍋…」
「仕方ねえよな、ぶるぅの土鍋は此処の備品だしよ」
よく寝て明日の食事を頼むぜ、とサム君の声。
「「「…食事…」」」
明日もレトルト三昧だけど、と泣けど喚けど、逃げ出せないのが密航者。それでもなんとか眠れたようで、次の日の朝は…。
「さあ、張り切って前撮りに行こう!」
公園が明るくなる前に! と無駄に元気なウェディングドレスのソルジャーがブチ上げ、私たちは腰や背中を擦りつつ。
「…今日で終わりだよな?」
「終わりですけど、ぼくの気力も尽きそうです…」
前撮りは二度と御免です、とシロエ君が零して、会長さんも「二度と密航してたまるか」と自分の境遇を嘆き中。シャングリラ号でこんな惨めな思いをするとは、人生、ホントに分かりません。ソルジャー夫妻の前撮りアルバム、どうか撮り直しだけはありませんように~!
宇宙で前撮り・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
ソルジャー夫妻の前撮りならぬ後撮りのために、なんと、シャングリラ号に密航する羽目に。
しかも食事はレトルト三昧、寝る時も青の間の床に布団な悲劇。二度と御免ですよねえ…。
次回は 「第3月曜」 9月20日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、8月と言えば、お盆の棚経。今年もスッポンタケのために…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園、夏真っ盛り。期末試験も無事に終わって、あと一週間もすれば夏休み突入なんですけれども、どうしたわけだか夏風邪が流行り出しました。事の起こりは多分、期末試験。私たちの1年A組は会長さんのお蔭で勉強しなくても全員、全科目満点ですけど…。
「…やっぱり期末試験だよねえ?」
今の夏風邪、とジョミー君が愚痴る放課後、いつもの「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋。クーラーの効いた部屋でフルーツパフェを食べつつ、毎度の面子で過ごす時間で。
「明らかに期末試験だろうな。…犯人は肩身が狭いと思うぞ」
この流行の発信源、とキース君。
「欠席して追試を受ければいいのに、無理して出て来た結果がコレだと来た日にはな」
「そうですけれど…。そうする気持ちは分からないでもないですよ」
三年生の男子らしいですしね、とシロエ君が。
「聞いた話じゃ、スポーツ推薦を目指してるみたいなんですが…。コケた時が大変ですからね」
「「「あー…」」」
スポーツ推薦な男子だったか、と風邪の威力に納得です。身体は相当頑丈な筈で、そんな生徒が罹った夏風邪、多分、相当強力なウイルスだったんでしょう。
「スポーツ推薦のヤツだったのかよ、確かにコケたら内申だけが頼りだしなあ…」
普通に受けても何処もヤバいぜ、とサム君が言えば、会長さんも。
「あんまり勉強してないだろうし、定期試験はきちんと受けていたんです、というアピールだけでもしたいだろうしねえ…」
受けてさえいればフォローをしてくれるのがウチの学校、とシャングリラ学園ならではのセールスポイント登場。追試の点数は手加減無しですが、そうでない試験は多少の細工をして貰えます。その生徒が本当にピンチに追い込まれていて、内申だけが頼りという時は。
「しかしだな…。出て来るにしても、マスクくらいはして欲しかったぞ」
御本尊様が相手であってもマスクは必須で、と妙な話が。
「「「御本尊様?」」」
何故、御本尊様を相手にマスク、と誰もがビックリ。御本尊様は仏像だけに、風邪なんか引かないと思うんですけど…?
「風邪の予防じゃなくて、失礼がないようマスクなんだ!」
生臭い息がかからないよう、紙のマスクをするものだ、と言われてみれば、たまにニュースで見るかもです。仏像の掃除とかをする時にお坊さんの顔に大きなマスク。埃除けだと思ってましたが、あれって、そういうものだったんだ…?
プロのお坊さんなキース君曰く、仏像が相手でもマスクは必須。
「あれって、いつでもマスクってわけではないですよね?」
キース先輩の家に行っても見掛けませんし、とシロエ君が訊くと。
「息がかかったら失礼になる時だけだな。お身拭いだとか…。後はお茶とかをお供えするとか」
「「「お茶?」」」
それは基本じゃないのでしょうか、御本尊様にお茶。お仏壇のある家だったら毎日お茶だと聞いていますし、元老寺だって…。
「そういう普段の茶ではなくてだ、茶道の家元とか、その代理だとか…。とにかく非日常なお茶をお供えする時は、お茶を淹れる人が紙マスクなんだ」
抹茶の人なら紙マスクで点てて、煎茶の人なら紙マスクで淹れる、そういう作法があるらしく。
「…それはウイルス対策ですか?」
お茶だけに、とシロエ君が首を捻って、キース君が「なんで仏様が風邪を引くか!」と。
「お供えするお茶に息がかからんようにするんだ、人間の息は生臭いからな」
「そこまでですか?」
前の日にニンニクとかを食べていなければ済むんじゃあ…、とシロエ君が言い、私たちもそう思いましたが、そうはいかないのがお寺の世界で。
「人間の息は不浄なものだというのが定義だ、蝋燭も息をかけて消すのは厳禁だ!」
手で扇いで消す、というディープな世界。そんな世界で暮らすキース君にしてみれば、マスクをしないで登校して来たスポーツ推薦男子は非常識極まりないそうで。
「風邪など引かない仏様が相手でも気を遣うんだぞ、人間相手にも気を遣えと!」
「でもですね…。スポーツ推薦を目指す人ですよ?」
どちらかと言えばデリケートの反対な性格じゃないでしょうか、とシロエ君。
「風邪でゴホゴホやっていたって、自分がなんとか呼吸出来ればいいと思っていそうですが」
「そうかもしれんが…。事実、そうだったからこうなったんだが!」
なんだってこの暑いのにマスクをせねばならんのだ、というキース君の叫びは、私たちにも共通の叫びで。
「…マスクしないと罹りそうだもんね…」
凄い勢いで流行っているし、とジョミー君。
「マスクをしたままで昼御飯は食べられませんからね…」
その辺が防ぎ切れない原因でしょう、とシロエ君が大きな溜息。夏風邪、絶賛流行中です、引きたくなければ暑くてもマスク、当分はマスク生活かと…。
学校に登校して来たらマスク着用、そんな毎日。クーラーが効いている教室はともかく、校舎の外へ出て移動の時には外したくもなるというものです。けれども外したら夏風邪かも、とマスクをし続け、外せる場所は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋だけという日々が続いて…。
「やっと終わったぁー!」
もうマスクとはサヨナラだ、とジョミー君が歓声を上げた終業式の日。一学期の終業式とくれば、シャングリラ学園名物、夏休みの宿題免除のアイテムが登場する日で、今年もそれを探しに奔走していた生徒が多数。
会長さんは校内に隠されたアイテムを幾つか確保し、例によって中庭で高い値段をつけて販売、ボロ儲けをしていましたけれど…。私たちも暑い中で呼び込みだとか列の整理だとか、色々お手伝いしましたけれども、やっぱりマスクで。
「…今日のマスクは特に暑かったな…」
中庭に長時間いただけに、とキース君がアイスコーヒーを一気飲み。私たちも冷たいレモネードだとか、アイスティーだとか、冷たい飲み物補給中です。ともあれ終わったマスク生活、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でリラックス。
「夏風邪、とうとう最後まで引き摺っちゃったわねえ…」
相当強力なウイルスなのね、とスウェナちゃん。
「仕方ねえよな、最初に持ち込んだヤツのがパワフルすぎたんだぜ」
それにしても…、とサム君が。
「ブルーはマスクはしてねえんだよな、ぶるぅもよ。今日の客にもゴホゴホやってたヤツがけっこういたのによ…」
ヤバくねえか、と心配になる気持ちは分からないでもありません。サム君は会長さんと今も公認カップル、会長さんに惚れているだけに、夏風邪を引いたら大変だと思っているのでしょう。
「え、ぼくかい? ぼくとぶるぅは…」
「かみお~ん♪ マスク無しでも平気だもーん!」
そのためにシールドがあるんだもん! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「身体の周りをシールドしとけば、ウイルスなんかは平気だもん!」
「そういうこと! マスクなんていう無粋なものはね、ぼくには似合わないんだよ」
せっかくの顔が見えなくなるし、と会長さん。
「この顔もポイント高いんだからね、マスクなんかは論外だってば!」
坊主の立場で紙マスクならば仕方ないけど、それ以外は絶対お断りだ、と超絶美形が売りの人ならではの台詞です。そっか、シールド、ウイルスにも有効だったんだ…?
季節外れのマスクで通った学校にサヨナラ、翌日からは夏休み。会長さんの家に出掛けて夏休み中の計画を練るのが恒例です。朝からジリジリと暑い日射しが照り付けてますが、会長さんの家は快適、窓の向こうの夏空なんかを眺めながらマンゴーとココナッツのムースケーキを頬張って。
「山の別荘、行きたいよねえ…!」
馬に乗るんだ、とジョミー君が言うと、シロエ君が。
「今年は登山もしてみたいです。日帰りじゃなくて、山小屋泊まりで」
「「「山小屋?」」」
そこまで本格的なのはちょっと…、と遠慮したくなる登山コース。でも…。
「山小屋と言ってもお洒落なんですよ、フレンチなんかも食べられたりして」
「「「フレンチ?」」」
どんな山小屋だと思いましたが、オーナーの趣味。いわゆる普通の山小屋として泊まるのも良し、お値段高めでフレンチを食べて洒落たお部屋に泊まるのも良し。
「食材はキープしてあるらしくて、予約さえすればフレンチを作ってくれるそうです」
「面白そうじゃねえかよ、それ」
山でフレンチ、とサム君が乗り気で、キース君も。
「山登りの後にフレンチか…。それはいいかもしれないな」
非日常な気分が満載だな、とこれまた乗り気。男子は一気に山小屋コースに突っ走りましたが、別荘地からどれだけ登ってゆくのかと思うとスウェナちゃんと私は…。
「…パスした方が良さそうよね?」
別荘から見えるあの山でしょ、とスウェナちゃんがブルブル、私だって。二人揃ってお留守番でいいやと決めた所へ、会長さんが。
「もったいないと思うけどねえ? 山小屋でフレンチ、夜は満天の星空だよ?」
「でも、あんな山なんかは登れないわよ!」
高すぎるわよ、とスウェナちゃんが返しましたが。
「ぼくが誰だか忘れてないかい? 瞬間移動で登山くらいは楽勝だってね」
「「「あーっ!!!」」」
それはズルイ、と男子全員が叫んだ所へ。
「こんにちはーっ!」
遊びに来たよ、と聞こえた声と、フワリと翻る紫のマント。別の世界から来たソルジャー登場、まさか山の別荘にも来るとか言ったりしないでしょうね…?
今年の山の別荘ライフは山小屋でフレンチ、そんな方向。素敵なプランが出来つつあるのに、ソルジャーなんかに割り込まれては困ります。そうでなくても海の別荘の方を乗っ取られているも同然なのに…。毎年、毎年、結婚記念日合わせで日程を組まされているというのに…。
なんて迷惑なヤツが来たのだ、と誰の顔にも書いてありますが。
「あれっ、今日はマスクはしてないのかい?」
ソルジャーの口から出て来た台詞はズレていました。
「「「マスク?」」」
「そう、マスク! この所、いつ見てもマスクだったと思うんだけど…」
放課後以外は、と私たちをグルリと見回すソルジャー。
「キースもシロエも、ジョミーもサムも…。全員、いつでもマスクを装備で」
「あれは要らなくなったんだが?」
もう夏風邪の危険は無くなったからな、とキース君が。
「この面子だったら心配無いんだ、あんな面倒なのを着けなくてもな」
「え…? それじゃ、本気でウイルス対策だったわけ?」
あのマスク…、とソルジャーは目を丸くして。
「そりゃあ確かに、風邪だって馬鹿に出来ないけれど…。ぼくのシャングリラも航行不能に陥りそうになったこともあるけど…」
「「「航行不能?」」」
なんで風邪で、と驚きましたが、ブリッジクルーの殆どが風邪に罹ってしまって危なかったことがあるらしいです。見習い中みたいな人まで駆り出して乗り切ったという風邪騒ぎ。
「でもねえ、あれは油断していたって面があるしね、最初の患者が出た時に」
きちんとシールドを張っていたなら大流行は防げた筈だ、と言うソルジャー。
「だから君たちもそうだと思って…。酷い夏風邪だと分かってるんだし、シールドしておけばウイルスは入って来ないしね」
ウイルス対策はそれで充分! と最強のサイオンを誇るタイプ・ブルーならではの発言。
「それなのに何故かマスクだったし、何か理由があるのかと…。殆どの人がマスクを着けているのをいいことにして」
「「「へ?」」」
いったいどういう発想でしょうか、私たちのマスクは純粋にウイルス対策だったんですが…。シールドなんかは張れないからこそ、みんなでマスクだったんですけど…?
私たちのサイオンは未だにヒヨコなレベルで、思念波くらいが精一杯です。ウイルス対策のシールドなんぞは夢のまた夢、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が張っていたことにさえ気付かなかったというくらい。マスクに特別な理由なんぞがあるわけなくて。
「あんたが何を期待しているのかは知らんがな…。俺たちのマスクは普通にマスクだ」
風邪の予防だ、とキース君が代表で答えました。
「暑い最中にマスク生活は実に辛かったが、風邪を引くよりマシだからな」
「そうです、そうです。強力すぎる夏風邪でしたからね」
引いたら終わりなヤツでしたから、とシロエ君も。
「クシャミに鼻水、ついでに頭痛と高熱で…。インフルエンザも真っ青ですよ」
「…なんだ、ホントに風邪用のマスクだったのか…」
深読みしすぎた、とソルジャーが。
「言われてみれば、君たちにシールドは無理かもねえ…。そこまで気付かなかったから…」
「どう深読みをしたんだ、あんた」
そっちの方が気になるんだが、とキース君が尋ねると。
「ぼくにも意味が掴めなかったし、ランチついでにノルディに訊いてみたんだよ」
「何をだ?」
「クソ暑いのにマスクなんかをしてる理由だよ!」
他に何を訊くと、とソルジャーはフンと鼻を鳴らして。
「みんな揃って学校でマスク生活だけど、とノルディに訊いたら、教えてくれてさ」
「風邪の予防だと言われなかったか?」
あれでも医者だが、とキース君。エロドクターは何かと問題アリとは言っても名医で、マスクの理由もきちんと説明してくれそうです。ところがソルジャーは「ううん」と返事。
「学生運動だったっけか…。顔を隠すことに意味があるんです、と言ってたけれど?」
「「「学生運動?」」」
「そう言っていたよ、今はまだマスクの段階だけれど、もう少し経てば色々出ます、って」
「「「色々…?」」」
何が色々出ると言うのだ、と顔を見合わせた私たちですが。
「えーっと、サングラスにヘルメット…? それから角材」
「「「はあ?」」」
マスクの次にはサングラスが来て、それにヘルメットと角材ですって? なんですか、その建設現場の作業員みたいな装備品は…?
何を言われたのか、意味が不明なラインナップ。マスク着用でサングラスとくれば、どちらも埃除けっぽいです。更にヘルメットで頭をガードで、角材となれば建設現場くらいしか思い付きません。ただでも暑い夏だというのに、誰が建築現場に出たいと…?
「おい、角材で何をしろと言うんだ」
俺たちに何を建てさせる気だ、とキース君がウンザリした顔で。
「今は夏だぞ、クソ暑いんだぞ? 卒塔婆書きでも汗だくになるほどに暑いんだが…」
そんな真夏に誰が建築現場に出るか、と一刀両断。
「本職の人でも夏の盛りはキツイんだ。慣れない俺たちだと、確実に熱中症になると思うが」
「建築現場とは言っていないよ、学生運動と言った筈だよ」
「何なんだ、それは? 運動会…。いや待て、もしかしてアレのことか?」
ずうっと昔に流行ったヤツか、とキース君。
「学校をバリケード封鎖するとか、機動隊相手に乱闘するとか、そういう激しいヤツのことか?」
「そう、それだよ! ノルディが言ってた学生運動!」
そして君たちは学生だしね、とソルジャーはそれは嬉しそうに。
「分かってくれて嬉しいよ! ぼくはね、そういう方面でマスク生活なんだと信じてたから」
「派手に勘違いをしやがって…。あれは普通にマスクなんだ!」
ついでにマスクの出番も終わった、とキース君はキッパリと。
「学校は昨日で終わりだったし、柔道部にも風邪に罹ったヤツはいないし…」
「ええ。明日から始まる合宿にマスクは要りませんよね」
もうマスクとはサヨナラなんです、とシロエ君も相槌を打ちましたが。
「えーーーっ!?」
不満そうな声を上げたソルジャー。
「マスク生活は終わりだなんて…。ぼくの期待はどうなるんだい?」
「「「期待?」」」
まさか学生運動とやらを期待してましたか、ソルジャーは? マスクに加えてサングラスにヘルメット、角材も要るとかいうヤツを…?
「そうなんだよ! ノルディがそうだと言ってたから!」
それが始まるんだと思っていたのに、とソルジャーはなんとも悔しそうです。でもでも、学生運動なんて名前がついてるからには、多分、学校とはセットもの。終業式が済んで夏休みに入ってしまったからには、学生運動、無理っぽいと思うんですけどねえ…?
シャングリラ学園は今日から夏休み。登校日なんかはありませんから、恒例の納涼お化け大会に行きたい生徒や部活の生徒を除けば、学校とはキッパリ縁が切れるのが夏休み期間。その上、ただでも暑いんですから、誰がわざわざ学生運動をしに学校へ行くと…?
「うーん…。学生運動ってヤツは、別に学校と限ったわけでは…」
ノルディの話を聞いた感じじゃ、とソルジャーは未練たらたらで。
「デモに出掛けて機動隊と衝突したりもしてたって言うし、バリケードだって…」
いろんな所でバリケード封鎖、と語るソルジャー。
「とにかく建物とかを占拠で、凄く過激な運動らしいし…!」
ちょっと仲間に入りたかった、と斜め上な台詞が飛び出しました。
「「「仲間?」」」
「そう! ぼくは激しい闘争が好きで!」
根っから好きで、と赤い瞳を煌めかせるソルジャー、そういえば名前どおりにソルジャーで戦士。日頃、何かとSD体制の苦労が云々と言っている割に、ソルジャー稼業が好きでしたっけ…。
「あっ、分かってくれた? でもねえ、人類軍が相手だとシャレにならなくて…」
下手をすれば本当に死にかねないから、と尤もな仰せ。人体実験で殺されかけた経験も多数なソルジャーですから、人類軍が相手の時にも危険な橋ではあるわけで。
「一つ間違えたらヤバイっていうのも多くてさ…。だから、こっちで!」
こっちの世界で学生運動をしてみたいのだ、と言われましても。シャングリラ学園は夏休みですし、そうでなくてもソルジャーの存在自体が極秘だと言うか、何と言うか…。
「分かってないねえ、そこでマスクの出番だってば!」
それとサングラスでヘルメット、とグッと拳を握るソルジャー。
「それだけ揃えば、マスク以上に誰が誰だか分からないしね!」
「…君は、ぼくたちに何をさせたいわけ?」
ぼくたちには学生運動をしたい動機が全く無いんだけれど、と会長さん。
「ノルディがどういう説明をしたか知らないけどねえ、学生運動には主義主張がね!」
授業料の値上げ反対だとか、と会長さんは例を挙げました。
「そういった理由が何も無いのに、なんでやらなきゃいけないのさ?」
それに学校も夏休み中、とバッサリと。
「勝手に誤解して期待したんだろ、ぼくたちの夏休みの邪魔をしないでくれたまえ!」
山の別荘に行って登山でフレンチ、と話は元へと戻りましたが。妙な誤解をしていたソルジャー、これで諦めてくれますかねえ…?
今年の夏休みはマツカ君の山の別荘から登山に行く予定。フレンチが食べられるらしいお洒落な山小屋、其処に泊まろうというのが目的。学生運動なんかをやっているより断然そっちが楽しそうですし、それに決めたと思っているのに。
「フレンチな山小屋は逃げないじゃないか!」
また来年の夏にだって、とソルジャーはしつこく食い下がって来ました。
「人気のある宿は廃れないものだし、来年行けばいいんだよ!」
「来年まではまだ一年もあるんだけれど!」
どれだけ待てという気なんだ、と会長さんが切り返すと。
「それを言うなら、ぼくは一年後があるかどうかが謎なんだけどね?」
なにしろ毎日が命懸けの日々、とソルジャーの方も負けてはいなくて。
「此処でこうして話していてもね、明日にはシャングリラごと沈められてしまって、なんだったっけ…。お浄土だっけ? キースにいつも頼んでいる場所!」
あそこの蓮の上に引越しかも、と最強とも言える脅し文句が。
「そんな明日をも知れない身の上がぼくなわけでね、一年先なんて、とてもとても…」
君たちみたいに待てはしない、と頭を振っているソルジャー。
「一年先が無いかもしれないぼくと、一年後にはまた夏休みが来る君たちと…。どっちの希望を優先すべきか、普通は分かると思うけどねえ?」
「…ぼくたちに学生運動をしろと?」
マスクにサングラスでヘルメットなのか、と会長さんが嫌そうな顔で。
「ぼくの美意識に反するんだけどね、マスクってヤツは!」
「それはマスクだけで考えるからだろ、学生運動は誰が誰だか分からないんだよ?」
そのためのマスクでサングラス、とソルジャーは指を一本立てました。
「そうして隠せば顔は見えないし、君の自慢の顔がどうこう以前の問題! それに頭にヘルメットだから、髪の毛だって見えないから!」
銀髪なんだか金髪なんだか…、と言われてみれば一理あります。もちろん、よく見れば分かるんでしょうが、少なくとも真正面から見ただけではハッキリ分かりませんし…。
「ほらね、分からないだろうと思っている人間、ぼくの他にも大勢いるから!」
此処にいる面子の殆どがそういう考えだから、とソルジャーは強気。
「この夏休みは学生運動! ぼくも一緒にバリケードだよ!」
顔を隠してヘルメットを被ろう! とブチ上げているソルジャーですけど、何処でバリケードを作る気でしょう? シャングリラ学園、これだけの人数で封鎖するには広すぎませんか…?
ソルジャーがやりたい学生運動、目指すは何処かをバリケードで封鎖。とはいえ、シャングリラ学園の敷地は広大です。私たち七人グループに会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、ソルジャーを足しても全部で十人、バリケード作りからして思い切り大変そうですが…?
「え、学校を封鎖したいとは言ってないけど?」
そもそも封鎖する理由がぼくには無いし、とソルジャーが先刻の会長さんの台詞と同じようなことを言い出しました。理由が無いなら学生運動、やらなくってもよさそうですが…。
「ダメダメ、ぼくはバリケードとサングラスにマスクの世界に憧れているんだよ!」
それに角材も持ってみたいし、とニコニコと。
「角材で殴りに行くんだってねえ、学生運動! そのレトロさがたまらないよ!」
ぼくの世界では角材はとっくの昔に消えた武器、と角材にまで魅力を感じるらしいソルジャー。
「銃は現役なんだけれどね、角材なんかじゃ戦えないねえ…。ぼくの世界じゃ」
流石のぼくでも角材は無理、とソルジャー、力説。
「サイオンを乗せて殴るにしたって、メンバーズとかを相手に角材はちょっと…。ましてテラズ・ナンバーだとか、戦闘機とかになってきたらね、角材なんかを持って行ったら馬鹿だから!」
もう絶対に馬鹿としか思って貰えないから、という見解はよく分かります。いくらソルジャーがミュウの長でも、最強の戦士という認識でも、武器に角材。その段階で失笑を買うだろうことは確実、たとえ勝っても後々まで記録に残りそうと言うか、語り草になっていそうと言うか…。
「そこなんだよねえ、やっぱりメンツにこだわりたいしね!」
同じ戦うならカッコ良く! というソルジャーもまた、会長さんと同じで自分を美しく見せたいタイプみたいです。角材で戦うなどは論外、笑いの種など作りたくないという発想で。
「決まってるじゃないか! ソルジャーはあくまで最強の戦士!」
それに相応しい戦いをすべし、とソルジャーは持論を披露しました。
「スマートに戦ってなんぼなんだよ、剣でも、銃でも!」
見た目にカッコいい武器がいいのだ、と言いつつ、どうやら憧れているらしい角材。どの辺がどうカッコいいのか分からないんですけどね、その角材…。
「カッコいいとは言わなかったよ、レトロなのがいいと言ったんだよ!」
もう素朴すぎる武器が角材、とソルジャーは夢見る瞳でウットリと。
「殴りようによっては人も殺せるけど、ただの木の棒なんだしねえ…。人類最古の武器だと聞いても驚かないねえ、角材はね!」
それで戦えれば充分なのだ、と言ってますけど、その前にバリケードが必須です。何処かを封鎖してしまわないと角材バトルも無理ですけれども、ソルジャーに動機は無いんですよね…?
角材でのバトルに憧れるソルジャー、レトロな武器で戦いたいという御希望。けれど戦うには相手が必要、学生運動とやらをやるならバリケードで封鎖で、それからバトル。シャングリラ学園を封鎖したい動機が無いというのに、何故に封鎖で角材バトル…?
「ぼくに無いのはシャングリラ学園を封鎖する動機! 角材バトルはまた別の話!」
だだっ広い学校を封鎖せずとも学生運動は充分出来る、とソルジャーは胸を張りました。
「要は学校関係者とバトルが出来ればいいんだよ! 角材で!」
「「「…関係者?」」」
理事長先生とかなんでしょうか、それとも校長先生とか?
「そういう人たちを殴りたいとは思わないねえ…。面識も無いし」
「ちょっと待て!」
面識だと、とキース君がソルジャーの言葉を聞き咎めて。
「あんたが直接顔を知ってる学校関係者といえば、教頭先生だけしか無いんじゃないのか?」
「ピンポーン!」
それで正解、とソルジャーは笑顔。
「他の先生もまるで知らないとは言わないけどさ…。ブルーのふりをして入り込んでたこともあるから、接触は何度もしているけどさ…。向こうはぼくだと知らないからねえ!」
ブルーだと思っているからね、とアッサリ、サラリと。
「だから、狙うならハーレイなんだよ! バリケード封鎖も、角材バトルも!」
「「「きょ、教頭先生…」」」
どんな理由で教頭先生を相手に学生運動なのか。授業料は教頭先生の管轄じゃないという気がしますし、角材で殴られるほどのことも全くしてらっしゃらないのでは…?
「してないだろうね、学校という組織の中ではね」
でも、外へ出ればどうだろう? とソルジャーは視線を会長さんへと。
「ブルーも生徒の内なんだけどね、そのブルーに惚れて色々とねえ…」
プレゼントなんかは序の口で、とニンマリと。
「結婚を夢見てあれこれ妄想、何かと悪事を働いてるよね?」
「君もせっせと焚き付けていると思うけど?」
今までにどれほど迷惑を蒙ったことか、と会長さんは冷たい口調ですが。
「それはそれ! ぼくがやりたいのは学生運動!」
日頃の夢より、角材バトル! とソルジャーは学生運動のターゲットとして教頭先生をロックオンしたみたいです。どういう要求を突き付けるんだか、バリケード封鎖は何処でやると…?
夏風邪防止のマスク姿に端を発した、ソルジャー独自の勘違い。エロドクターから学生運動と聞いたばかりに、ソルジャーは角材バトルをやろうと決めてしまって…。
「…なんでこうなるわけ?」
山の別荘と山小屋フレンチは何処へ…、とジョミー君が嘆く炎天下。あれから恒例の柔道部の合宿とジョミー君とサム君の璃慕恩院での修行体験ツアーが終わって、昨日は打ち上げの焼肉パーティーでした。クーラーの効いた会長さんの家で美味しいお肉を食べまくって。
それなのに今日は一転した境遇、炙られそうな酷暑とセミがミンミン鳴きまくる中でマスクにサングラス、ヘルメットという完全装備に、誰が誰だか分からないよう長袖シャツに長ズボン。
「くっそお、暑い…。暑いんだが…!」
これくらいならまだ墓回向の方が遥かにマシだ、とキース君も文句たらたらですけど、同じ格好をしたソルジャーと会長さんは「そこの二人!」と名指しで「サボらないように」と。
「早くバリケードを作らないとね、ハーレイが帰って来てしまうからね!」
「そうだよ、せっかく出掛けたくなるようサイオンで細工したのにさ!」
ぼくの努力を無にしないで欲しい、とバリケード封鎖の言い出しっぺのソルジャー。
「とにかく急いで仕事をする! ご近所からは見えていないんだからね!」
「そのシールドの能力とやらで、暑さもなんとかして欲しいんだが…!」
暑くてたまらないんだが、とキース君が訴えましたが、ソルジャーは。
「夏のマスク生活、学校で充分やっただろう? 慣れればいいんだよ、この環境も!」
「しかしだな…! あの時はヘルメットとかは無くてだ、長袖とかも…!」
「君の正体がバレてもいいなら、外してくれてもいいんだよ?」
マスクもヘルメットもサングラスも…、というソルジャーの台詞は間違ってはいませんでした。間もなくお帰りになる予定の教頭先生にバレていいなら、マスクもサングラスも要りません。半袖シャツを着てもオッケー、誰も駄目とは言いませんけど…。
「…俺だけ正体がバレると言うのか?」
「そりゃねえ、他のみんなが完全防備で顔も見えない状態だとね?」
背格好でも分からないようサイオンで調整中だからね、とソルジャーが言う通り、同じ格好をしている面子はその状態にあるらしいです。そしてスウェナちゃんと私は会長さんに暑さ防止のシールドを張って貰っていますから…。
「女子だけシールドをサービスだなんて、差別だと思う…」
なんでぼくたちだけが暑い思いをさせられるのさ、とジョミー君がブツブツ、他の男子もブツブツブツ。会長さんもソルジャーも「そるじゃぁ・ぶるぅ」もシールドつきなんですよね…。
こうして教頭先生のご自宅は完全にバリケードで封鎖されてしまいました。庭までは入って来られますけど、家の中へは入れません。玄関前には一番堅固なバリケード。その前にズラリ並んで待っている間に、何も知らない教頭先生がお帰りで…。
「な、なんだ!?」
何事なのだ、と門から庭へと入った所で固まっておられる教頭先生。行き先は本屋だったらしくて、ロゴが入った紙袋を提げておられます。其処でソルジャーが拡声器を手にして、スウッと大きく息を吸い込んで…。
「我々はぁーーーっ!!」
マスク越しでもガンガン響く声、ただし庭より外へは聞こえないよう、バリケードと同じくサイオンで細工。音声もキッチリ変えてありますから、ソルジャーの声とは分からない仕組み。教頭先生がギョッと後ろへ一歩下がると、ソルジャーは。
「断固、抗議するーーーっ!! 教え子に惚れるなど言語道断、絶対反対ーーーっ!!」
「…お、教え子…?」
嫌というほど身に覚えのある教頭先生、オロオロとして。
「そ、それはブルーのことなのか…?」
「他に誰がいるとーーーっ!! 我々は断固、戦うのみでーーーっ!!」
その関係を撤回するまで戦い抜くのみ! と大音量でのアジ演説が始まりました。会長さんには今後一切手を出さないと約束するまでバリケード封鎖を解く気は無いと。
「し、しかし…! 私はブルーに惚れているわけで…!」
三百年以上もブルーだけを想って一筋に今日まで来たわけで、と教頭先生も諦めません。どうせ遊びだとなめてかかっている部分もあるのか、「私はブルーを諦めないぞ!」と言い放った後は、クルリと背を向け、庭から外へと出てゆかれて…。
「…どうなったわけ?」
武器でも取りに行ったんだろうか、とジョミー君が首を傾げると、会長さんが。
「違うね、暑いからアイスコーヒーを飲みに喫茶店へね」
「行きつけの店で休憩らしいよ、これは持久戦コースかもねえ…」
それでこそ戦い甲斐ってものが、とソルジャーはウキウキしています。マスクにサングラス、ヘルメット装備で、長袖シャツに長ズボンで。
「ぼくのシャングリラは、ぶるぅに見張らせてあるから安心! 持久戦でもドンと来いだよ!」
バリケードを守りながらの食事とかもまたいいものだしねえ…、とソルジャーは学生運動もどきを楽しんでいます。角材も用意していますけれど、角材バトルまで行くんでしょうか…?
教頭先生は喫茶店からファミレスに移動、夏の長い日が暮れる頃に戻ってこられましたが。
「我々はぁっ、断固、抗議するーーーっ!!」
断固戦う、というアジ演説をブチかまされて深い溜息、また出てゆかれてビジネスホテルに泊まるようです。私たちの方は交代で会長さんの家まで瞬間移動で、お風呂に仮眠に、食事タイムも。基本が高校一年生な肉体、それだけ休めばもう充分というもので。
次の日も教頭先生と睨み合いの一日、バリケードを守って日が暮れました。山の別荘と山小屋フレンチな登山の代わりに男子は汗だくコースですけど、三日目ともなれば出て来た余裕。
「…こういう経験も悪くないかもしれないな…」
今どき学生運動なんぞは無いからな、とキース君がマスクの下で呟き、サム君が。
「此処まで来たらよ、角材も振り回してみてえよなあ…」
「だよねえ、相手は機動隊とは違うしね」
逮捕ってことはないわけだから、とジョミー君も角材バトルをやりたいようです。ソルジャーは元からそれが夢ですし、会長さんも「そるじゃぁ・ぶるぅ」も…。
「ハーレイを角材で殴れるチャンスはそうは無いしね、最初で最後かもしれないからねえ…」
「かみお~ん♪ ぼくも大きく見えてるんだし、ぼくがやったってバレないもんね!」
角材で一発やってみたいよう! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ソルジャーはレトロな憧れの武器の素振りに余念が無いという有様、後は教頭先生の強行突破を待つのみで…。
「…ん? 来たかな?」
ついに戦う気になったかな、とソルジャーが庭の外へと目を凝らしたのが三日目の夕方。ビジネスホテル住まいで過ごした教頭先生、武器は持たずにズンズンと庭へ入って来られて…。
「私も男だ、ブルーを諦める気にはなれんのだーーーっ!!」
入れないなら突入する! とダッと駆け出し、玄関へ突進、バリケード突破を目指されましたが。
「させるかーーーっ!」
マスクでサングラスなソルジャーが振り下ろした角材の一撃、教頭先生の肩に見事にヒット。これは痛そうだと思ったんですけど、ぼんやりと光る緑のサイオン、シールドで防がれてしまったみたいです。突入すると決めた時点で想定してましたか、角材攻撃…。
「ふん、角材か。私には効かんな」
これでもタイプ・グリーンだからな、と威張り返った教頭先生、そういうことなら何の遠慮も要りません。効かないんだったら殴り放題、これは私も殴らなくては…!
たかが角材、されど角材。いくらダメージを受けないとはいえ、総勢十人分の攻撃、面子の中には歴戦の戦士のソルジャーだとか、柔道部で鳴らしたキース君とかもいるわけで。バリケードを破ることが出来ない教頭先生、何を思ったか、庭の方へと走ってゆかれて…。
「「「…???」」」
武器でも取りに行ったのだろうか、と眺めていたら、ズルズルズルと引き摺っておいでになった水撒き用のホース。教頭先生はそれを構えて。
「こういう時の定番は放水銃なのだーーーっ!!!」
食らえ! と景気よくぶっ放された水、こちらもシールドで楽勝で防げる筈なのですが。
「何するのさーーーっ!!!」
よくもぼくに、と会長さんがマスクとサングラスをかなぐり捨てました。ヘルメットもポイと。長袖シャツとズボンはずぶ濡れ、明らかに意図的にシールドを解いていたわけで…。
「す、すまん…! ま、まさかお前だとは…!」
「ぼくの見分けがつかなかったって? ブルーと間違えるよりも酷いよ、それは!」
君のぼくへの愛の程度がよく分かった、と会長さんが怒鳴って、その隣から。
「…ぼくもずぶ濡れになったんだけどね、こういう時には大乱闘でいいんだっけね…?」
バリケードを巡ってバトルはお約束らしいよね、とマスクとサングラスを捨てたソルジャー、手に角材をしっかりと。
「…そ、それは…! いえ、決してわざとやったというわけでは…!」
「どう考えてもわざとだろう? 君の愛するブルーと、ぼくとがずぶ濡れだしねえ…?」
この落とし前はつけて貰う、とソルジャーが角材を振り上げ、会長さんも。
「総攻撃してかまわないから! 誰が誰だか分からないから!」
「「「はーい!!!」」」
こんなチャンスは二度と無い! と構えた角材、顔を隠したマスクとサングラス、それにヘルメットな私たち。戦いは夜まで続くんでしょうか、なんとも貴重な夏休みの思い出になりそうです。教頭先生、遠慮なく殴らせて頂きますから、頑張ってガードして下さいね~!
マスクで隠せ・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
コロナでマスクな夏も二年目。シャングリラ学園にも流行る夏風邪、暑くてもマスクな日々。
そこから転じて学生運動、教頭先生の家をバリケード封鎖。こんな夏休みも楽しいかも。
次回は 「第3月曜」 8月16日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、7月は卒塔婆書きに追われるキース君。まさに地獄の日々で…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
ゴールデンウィークも真っ最中で、春真っ盛り…いえ、初夏という気もする季節です。今日は会長さんの家でダラダラ、何処も混んでるというのが理由。シャングリラ号に行きたい気もしましたけど、会長さんが催してくれる歓迎イベントが困り物ですし…。
「あれさえ無ければいいんだけどなあ、シャングリラ号…」
歓迎イベントが嬉しくないし、とジョミー君が零して、キース君も。
「まったくだ。ロクな目に遭ったことが無いしな、ブルーのせいで」
「心外だねえ…。ぼくはソルジャーとして心を砕いているんだけどね?」
どうして分かってくれないのだ、と会長さんは不満そうですが。
「心を砕くだと? 俺たちの心を砕きまくるの間違いだろうが、もう粉々に!」
「そうです、そうです。完膚なきまでに打ちのめされると言うか、再起不能と言うべきか…」
会長の気持ちは分かるんですが、とシロエ君からも嘆き節。
「狙って外すのか、狙っているのか知りませんけど、いつも何処かがズレてるんです!」
「そうかなあ…? ババを引くのはハーレイになるよう、ちゃんと気を付けてるつもりだけど…」
「そのババが余計だと言っているんだ!」
だからシャングリラ号はパスした、とキース君。
「混んでいようが、つまらなかろうが、ゴールデンウィークを平和に過ごすなら地球に限る!」
「…本当に何処も混んでますけどね…」
空いてる所はマツカ先輩の別荘くらいなものですよ、とシロエ君がフウと。
「でも、マツカ先輩にも、そうそうご迷惑はかけられませんし…」
「ぼくはかまいませんけれど?」
何処か手配をしましょうか、とマツカ君が訊いてくれましたけど。
「いいよ、別に。ブルーの家でもゆっくりできるし」
御飯もおやつも美味しいし、とジョミー君が答えて、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「かみお~ん♪ 毎日お客様だもん!」
今日ものんびりしていってね! と笑顔一杯、元気一杯。家事万能でお料理大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」に任せておけば、手作りお菓子や素敵な食事がドンと出るのが会長さんの家、此処で過ごせるなら特に問題ないですよね?
そんなこんなで今日も集まっているわけですけど、何故だか話題はお祭りへと。混んでいるから行かないくせに、露店巡りの醍醐味がどうとか。
「やっぱりアレだよ、クジつきのだよ」
当たると串カツもう一本とか、そういうのが…、とジョミー君。
「当たった時の嬉しさが凄いし、本気で当たれば串カツどころか豪華商品だよ?」
「あれなあ…。当たらないのがお約束だろうが」
少なくとも俺は当たったことがないが、とキース君が難しい顔を。
「大当たりです、と言われて喜んだことはあるがだ、その大当たりがまた問題で…」
「キース先輩、今、当たらないと言いませんでしたか?」
シロエ君が突っ込むと。
「話は最後まで聞いてくれ。俺が欲しかったのはゲーム機でだな…」
親父は買ってくれなかったからな、と言われて納得、アドス和尚が駄目と言ったら駄目でしょう。子供のお小遣いで買うには高すぎる品、露店の当たりを狙うしか道が無さそうです。
「とにかく当てようと小遣いをせっせとつぎ込みまくって、やっと大当たりを引いたんだが…」
「ゲーム機、貰えなかったわけ?」
当たりなのに、とジョミー君が尋ねると。
「当たりは当たりでも、別物だった。…空くじ無しが売りの露店で、クジを引いたらハズレでもデカイ煎餅が一枚貰えるヤツで」
「あー、ソース煎餅な!」
あれは美味いよな、と頷くサム君。お店によって形は色々、ソース煎餅。お好み焼き風にソースを塗ってくれて、青海苔なんかもついたりします。露店ならではの味で、会長さんたちとお出掛けしたら誰かが買ってる定番で…。
「お前、ソース煎餅で大当たりなのかよ、すげえじゃねえかよ」
まず当たらねえぜ、という言葉通りに、私たちのお出掛けでも会長さんがサイオンで反則しない限りは二枚当てるのも難しいヤツ。でも…。
「いや、俺は当てた。だが、ゲーム機が当たる方じゃなくてだ、煎餅を十枚貰ったんだ!」
「「「じゅ、十枚…」」」
それは非常に豪華ですけど、食べるのもとても大変そう。キース君も食べ切れずに友達に大盤振る舞いしちゃったんだそうで、ゲーム機は貰えず仕舞いだったとか…。
「あの手の露店はまず当たらん。当たったとしても、煎餅十枚がオチだ」
俺の知り合いで目的の物を当てたヤツはいない、とキース君はキッパリと。
「まだ宝くじの方がマシなんだろうが、これまた当たったヤツを知らんな…」
「分かります。当たったとしても金額少なめ、本当に凄いのは当たらないって聞きますよね」
だからこそ夢が大きいんでしょうが…、とシロエ君が相槌を打つと。
「あら、当たる時には当たるでしょ? でないと成立しないわよ、あれは」
当たり番号も発表されるんだし…、とスウェナちゃん。
「私たちの周りに強運な人がいないってだけで、誰かは絶対当たっているのよ」
「それは言えるね、宝くじならね」
露店と違ってズルは出来ない、と会長さんが。
「露店の方ならチェックされてるわけでもないから、当たりくじ無しとか、大当たりが出たってキースの時みたいに誤魔化すとかね」
「おい、あれは誤魔化しだったのか!?」
ソース煎餅十枚は実は本物の当たりだったのか、とキース君が目を丸くすると。
「当たり前だよ、煎餅用と景品用のクジを使い分けてはいないんだし…。大当たりです、って差し出されたクジをどう扱うかは露店の人の心ひとつだよ」
「ちょっと待て! だったら、あそこで俺がゴネてたら…」
「ゲーム機が貰えていたんだろうねえ、仕組みが分かる年だったらね」
少なくとも大の大人相手に誤魔化せはしない、という指摘。
「付き添いで親が来ていたとかでも、ゲーム機は貰えた筈なんだよ。ソース煎餅十枚じゃなくて」
「…俺は騙されたというわけなのか?」
「そうとも言うけど、ソース煎餅で納得したなら、君にも落ち度はあるからねえ…」
過失がゼロとは言い切れない、と会長さんは可笑しそうに。
「露店のクジだと、売ってる人も海千山千、相手を見て結果を決めるってね!」
「くっそお、俺はゲーム機を当てていたのか、あの時…」
「そういうことだね、今となっては時効だけどね」
露店のクジでも当たる時には当たるんだよ、と会長さん。
「だからね、宝くじだって当たる時は当たる! 運が良ければ!」
「会長、やっぱり運なんですか?」
「運次第だねえ…!」
露店のクジも宝くじも、と会長さん。世の中、やっぱり運が大切…?
どうやら露店で大当たりしたらしいキース君。海千山千の店主に陥れられ、ゲーム機の代わりにソース煎餅十枚というオチですけれど。それにしたって当たる時には当たるものだ、と理解しました。宝くじだって、きっと…。
「うん、宝くじは当たるよ、絶対に!」
「「「???」」」
誰だ、と思わず振り返った声。会長さんではない筈だ、と見れば紫のマントがフワリと揺れて。
「こんにちは! 遊びに来たよ、ぶるぅ、おやつは?」
「かみお~ん♪ 今日はヨモギと胡桃のパウンドケーキなの!」
草餅が美味しいシーズンだしね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がキッチンに走り、ソルジャーの分のパウンドケーキと紅茶をササッと用意。ソルジャーは早速、ケーキにフォークを入れながら。
「宝くじはね、当たるものだよ、狙っていけば!」
「「「は?」」」
「だって、一種の博打だろ? こっちの世界のを見てた感じじゃ」
「それはまあ…。博打と言えないこともないけど…」
当たらなかったら紙屑だし、と会長さんが答えると。
「そう、そこなんだよ、外すと紙屑! でもねえ、宝くじだと狙えるからね」
「…何を?」
どう狙うんだ、と会長さん。
「馬券とかなら、事前の情報で狙うというのは常識だけど…。宝くじだと狙えないよ?」
どの番号が当たりそうとか、当たりやすいとか、そういうのも無いし…、と言ってから。
「待てよ、アレかな? 当たりが出やすい売り場で買うっていうヤツかい?」
「あるらしいねえ、そういうのも! 買いに行くツアーもあるんだって?」
「「「ツアー!?」」」
なんだそれは、と驚きましたが、ソルジャーが言うには宝くじを買いに出掛けるツアー。エロドクターから聞いたのだそうで、会長さんも「あるね」と証言。
「当たりくじが出ると評判の売り場へ連れてってくれるツアーだよ。けっこう評判」
「人気らしいね? でもねえ、ぼくが言うのはそれじゃないしね」
買っただけでは狙いようが無いし、と言うソルジャー。当たりくじが出やすい売り場で買うのが限界っぽいんですけど、そんな宝くじをどう狙うと?
宝くじは絶対に当たる、と豪語しながら出て来たソルジャー。しかも「狙っていけば当たる」という話ですが、相手は馬券じゃありません。ただの抽選、狙って当たるようなものでは…。
「普通ならね! だけど、ぼくたちなら狙えるから!」
「「「ぼくたち?」」」
「ぼくとか、ブルーとか、ぶるぅとか! そこはサイオン!」
抽選の時にズバリ細工を、と飛び出しました、反則技が。確かに百発百中でしょうが、それってフェアではありませんから…!
「あのねえ…。流石のぼくもね、それだけはやっていないから!」
ウッカリやってしまわないよう、宝くじだって買わない主義だ、と会長さんは苦い顔。
「宝くじを買ってしまえば、当たって欲しいと思うものだし…。無意識の内にやらかさないとは言えないからねえ、サイオンで介入」
「なんだ、宝くじ、やらないんだ?」
「ぼくは露店のクジまでだよ!」
それも大当たりは狙わない、とキッパリ言い切る会長さん。
「ソース煎餅だの串カツだのを当てる時にも、数は少なめ、煎餅十枚の大当たりなんかは避けて通るのが鉄則だから!」
サイオンはそういうズルをするための能力じゃない、と珍しく正論。いつもだったらサイオンを使って悪戯するとか、そういった方向で遠慮なく使っているくせに…。
「なるほどねえ…。宝くじはやらない主義だった、と」
「一般人の感覚ってヤツを忘れちゃったら駄目なんだよ!」
世間を上手く渡って行けない、と会長さんは大真面目。
「君みたいに一般社会から弾き出された世界で生きているならともかく、ぼくたちは普通の人との交流もきちんとあるからね!」
「うーん…。ぼくの感覚、ズレているかな、宝くじなら狙えばいい、って…」
「ズレまくりだよ! 少なくとも、此処じゃ通用しないね!」
やるんだったら自分の世界でやってくれ、と会長さんが言うと、ソルジャーは。
「やりたい気持ちは山々だけどさ…。ぼくの世界には宝くじが無くて」
「「「え?」」」
「不健全ってことになるみたいだよ? 宝くじを当てて一攫千金というのはね」
ぼくの世界には向かないらしい、という話ですが。…不健全ですか、宝くじ…?
年に何度か大々的に宣伝されるほど、お馴染みなのが宝くじ。夢を当てようと買う人だって多いんですけど、不健全だとは思いませんでした。馬券はともかく、宝くじにハマッて身を滅ぼしたという例はそうそう無さそうですし…。
「こっちの世界じゃそうだろうけど、ぼくの世界はSD体制! そこが問題!」
完全な管理社会だから…、とソルジャーは顔を顰めました。
「職業だって機械が決めるほどだよ、つまりは貰えるお金なんかも決まってるわけで…」
「そうか、臨時収入なんかは駄目なんだ?」
会長さんが訊くと、ソルジャーは「うん」と。
「アルバイトくらいは出来るけどねえ、働きもしないで大金がドカンと入るのはマズイ。宝くじが当たりましたから、って楽な人生を送る人がいたんじゃ駄目なんだよ」
それを真似たい人が出て来て社会がメチャメチャになってしまう、と頭を振っているソルジャー。
「きちんと計算されてる社会で、例外なんかは有り得ない。大金を稼ぎたいと言うなら、それなりのコースに乗るしかない!」
機械に配属された就職先で出世する以外に道は無いのだ、と聞かされて、改めて知ったSD体制の世界の怖い側面。宝くじで夢も見られないなんて…。
「ね、夢が全く無い世界だろう? …そういう世界が嫌になったら、もう飛び出して海賊になるしか道は無いねえ、それなら略奪し放題だし、一攫千金も夢じゃないしね!」
もっとも追われる身になるけれど…、と当然な話。
「捕まらなければ楽な世界だよ、海賊ってヤツは。ぼくたちも一時期、お世話になったし」
「そう聞いてるねえ…。君の性格、そっちで色々と影響された?」
「さあ…? 宝くじがあったら狙いたいというのは、海賊仕込みかもしれないけどね!」
一攫千金は狙ってこそだし、と言ってますけど、ソルジャーの世界には無い宝くじ。私たちの世界で狙っていくのは会長さんが駄目出ししてますし…。
「…駄目かな、宝くじを狙っていくというのは?」
「当たり前だよ、第一、君は狙わなくてもお小遣いには不自由していないだろ!」
ノルディに好きなだけ貰える筈だ、と会長さん。
「ノルディはたっぷり持ってるんだし、そっちで貰ってくれたまえ! 宝くじなんかには手を出さないで、健全に!」
「…不健全なのも好きなんだけど…」
社会から弾き出されちゃったのがぼくたちだから、と言われましても。宝くじには介入しないで露店のクジくらいにして貰わないと、私たちの世界がうんと迷惑しますってば…。
サイオンで宝くじを当てられるらしい会長さんやソルジャーたち。なんとも凄い能力ですけど、会長さんはそれを封印中。宝くじだって買わずに封印、なのに別の世界から来たソルジャーがやってみたいのが宝くじ。会長さんはブツブツと。
「君が不健全なのが好みだろうが、SD体制が何と言おうが、宝くじだけは駄目だからね! それこそ、ぼくたちの世界がメチャメチャだから!」
夢を買いたい人たちが大いに迷惑するから、と文句を言われたソルジャーは。
「うーん…。宝くじの世界を楽しみたいけど、露店じゃイマイチ…」
「ソース煎餅十枚でいいだろ!」
「そんなのはつまらないんだよ! もっとワクワクするのを希望!」
宝くじ的なワクワク感を…、と刺激を求めているソルジャー。いっそ馬券でも買ってみたら、と思わないでもないですが…。
「そうだ、買うのが駄目なら売ればいいんだ!」
「「「へ?」」」
宝くじを売るって…。ソルジャーがですか…?
「そう! 買ってドキドキ、それが駄目なら売ってドキドキ、ワクワクだよ!」
「…勝手に宝くじを売ったら犯罪だろうと思うけど?」
確か決まりがあった筈だ、と会長さん。
「露店レベルならいいんだろうけど、宝くじとなると…。一般人は扱えないと思うよ、それを誤魔化して売るとなったら、宝くじを買うのと同じくらいに迷惑だから!」
「そうなのかい? でもね、ぼくのは露店と変わらないからね!」
露店よりもっと慎ましいかも、と妙な発言。露店より慎ましい宝くじって…?
「え、どうして慎ましいかって? 大勢の人に売り出すつもりじゃないからだよ!」
ターゲットはたった一人だけ! とソルジャーは指を一本立てて。
「その人が何度も買ってくれればいい仕組み! もう、当たるまで何度でも!」
「…その一人って、まさか…」
ぼくの知ってる誰かのことではないだろうね、と会長さんが訊くと。
「ピンポーン! 君もとってもよく知ってる人!」
それに此処にいるみんなも知ってる、と私たちをグルリと見渡すソルジャー。
「ズバリ、こっちのハーレイってね!」
「「「ええっ!?」」」
教頭先生だけに売り出す宝くじって…。当たるまで何度でも、だなんて、どんな宝くじ…?
ソルジャー曰く、ターゲットは教頭先生一人だけという宝くじ。何度も買ってくれるリピーターを狙うみたいですけど、教頭先生が宝くじなんかを買うんでしょうか?
「宝くじねえ…。ハーレイも買ってはいないけどね?」
ぼくとは全く違う理由で、と会長さん。
「運が悪いという自覚はあるんだ、どうせ買っても当たらないから買ってない。そんなハーレイが手を出すとは思えないけどねえ…」
たとえ販売者が君であっても、と会長さんが意見を述べましたが。
「それは普通の宝くじだろ、ぼくが狙いたかったヤツ!」
「そうだけど?」
「ぼくが売るのは露店のクジの御親戚だよ、ハーレイにだけ美味しい宝くじだよ!」
空くじ無しでハズレ無し、ということは…。しかも美味しいなら、ソース煎餅とか串カツ系のクジを売るんですか?
「違うよ、もっと美味しいもの! 当たったら、ぼくの下着とか!」
「「「下着!?」」」
「そう、下着! いわゆるパンツ!」
そういうのが当たる美味しいクジで…、とソルジャーは笑顔。
「もっと素敵な当たりクジになれば、ぼくとキスとか、添い寝だとかね…!」
「ちょ、ちょっと…!」
そんなクジは困る、と会長さんが肩をブルッと震わせて。
「不健全にもほどがあるだろ、その宝くじ! そりゃあ、ハーレイには美味しいだろうけど!」
「ぼくは不健全なのが好みなんだよ、健全すぎる世界に追われる身だしね!」
SD体制の世界で苦労してるし、とソルジャーお得意の必殺技が。
「日頃から苦労をしまくっている、ぼくの楽しみをこれ以上減らさないで欲しいね! 宝くじを買うのが駄目なら、売る方で!」
こっちのハーレイに不健全な宝くじを売り付けるのだ、とソルジャーは譲りませんでした。
「心配しなくても、宝くじだから! そう簡単には当たらないから!」
「でも、当たったらパンツなんだろう!?」
「当たればね!」
当たらなかったらパンツなんかは貰えないから、とソルジャー、ニッコリ。でもでも、さっき、空くじ無しとか言いませんでしたか、パンツでなくても何か貰えるんじゃ…?
ソルジャーが売りたい、空くじ無しの宝くじ。当たればソルジャーのパンツとかが貰えるだけに、その他のくじが心配です。ハズレた場合はどうなるんでしょう、串カツとかソース煎餅とか…?
「…串カツも美味しいんだけどねえ…」
仕込んでおくのもちょっといいかな、とソルジャーは首を捻りました。
「ぶるぅ、串カツの美味しい店と言ったら、やっぱりアレかな? パルテノンの…」
「んとんと、活けの車海老とかを揚げてくれるトコ?」
「うん! あそこがぶるぅもお勧めかい?」
「んーとね、美味しいお店は色々あるけど…。食材がいいのはあそこだよ!」
お肉もお魚も野菜も最高! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「こだわりの食材を揚げるお店だから、お値段も高くなっちゃうけれど…」
「値段は別にかまわないんだよ、ぼくが支払うわけじゃないから! 食べるだけだから!」
「「「は?」」」
またエロドクターとデートだろうか、と思った私たちですが。
「違うってば! ぼくと一緒に食べに行くのは、こっちのハーレイ!」
「「「教頭先生!?」」」
「そうだよ、空くじ無しだからね!」
ハズレくじだとハーレイに尽くして貰う方向で…、とソルジャーはニヤリ。
「ぼくと一緒に食べに行けるなら、まだしも当たりな方なんだよ、うん」
「…もっと外れたら?」
会長さんが心配そうに尋ねると。
「そういう時はね、ぼくのハーレイの分まで持ち帰りコースで豪華弁当を買わされるとか!」
「「「あー…」」」
つまりソルジャーの財布代わりにされるのか、と理解してしまったハズレくじの正体。けれど当たればソルジャーのパンツや、キスや添い寝をゲットなんですね?
「そう簡単には当たらないけどね、宝くじだしね!」
ついでにこっちのブルーの分も混ぜておこう、とニコニコと。
「ぼくの以上に当たりにくいけど、ブルーのキスと添い寝もね!」
「勝手に決めないで欲しいんだけど!」
「パンツよりかはマシだろう?」
それともパンツを当てて欲しいのか、という質問が。会長さん、もしやピンチですか…?
ソルジャーが教頭先生だけに売り付ける宝くじ。当たればソルジャーのキスや添い寝で、パンツなんかも貰えるとか。それの会長さんバージョンも混ぜたいソルジャー、キスや添い寝よりもパンツを当てて貰った方がいいのかという逆襲で。
「いいかい、キスとか添い寝だったら、その場限りで済むんだよ? 最悪、サイオニック・ドリームで逃げるという手もあるけど、パンツはねえ…」
ハーレイの手元に残るからね、とズイと前へと。
「そんな記念品を当てられるよりは、キスと添い寝の方がいいかと思うけど…。君がパンツを希望だったら、ここはパンツで!」
「ぱ、パンツ…?」
「もちろん使用済みに限るよ、洗濯はしても一度は履いたパンツでないと!」
まるで値打ちが無いからね、と言われた会長さんは顔面蒼白。
「な、なんでパンツなんかをハーレイに…!」
「じゃあ、キスと添い寝! 大丈夫、そうそう当たるわけがないから!」
ぼくの分の方が当たりやすいようにしておくから、とソルジャーは自信たっぷりで。
「なんて言ったっけ、組違いだっけ…? そんな感じで仕込んでおくよ」
沢山の組の中に君の分は一つだけ、と言い切るソルジャー。他の組だと同じキスや添い寝でもソルジャーになるのだそうで、会長さんバージョンはとてもレアなもので。
「平気だってば、君の分のクジはただの釣り餌! まず当たらない!」
そして君のを混ぜるからには儲けは山分けでどうだろうか、と殺し文句が。
「宝くじだよ、暴利をむさぼるつもりなんだよ! 君も是非!」
「…山分けというのは魅力的だね、それに当たりはまず出ない、と…」
「出ないね、本物の宝くじが滅多に当たらないのと同じでね!」
ぼくと二人で儲けよう! と唆された会長さんは…。
「その話、乗った!」
「そうこなくっちゃ! それじゃ早速、宝くじ作りを!」
「いいねえ、本物っぽく凝って作ってみようか?」
「どうせならこだわりたいからね!」
第一回の分を二人で作ろう、と結束を固めた会長さんとソルジャーは宝くじ作りを始めました。第一回ってことは二回、三回と続くんでしょうか、毎週、毎週、抽選だとか…?
フカヒレ丼の昼食を挟んで、宝くじ作りを続けた二人。ああだこうだと凝りまくった末に出来た宝くじの山、全部を買ったらお値段、いくらになるんでしょう?
「このクジを全部…? えーっと、一枚これだけだから…」
ソルジャーが電卓をカタカタ叩いて、「はい」と見せられた数字に目を剥いた私たち。とてもじゃないですが全部は無理です、本物の宝くじの一等賞より強烈な値段じゃないですか~!
「そりゃね…。そうでなければ宝くじとは言えないからねえ…」
当たりクジを確実に買えるようなのは駄目じゃないか、とソルジャーが言って、会長さんも。
「ハーレイの懐具合からして、一度に無理なく買える枚数、十枚くらいって所かなあ…」
「そんなトコだね! でもって空くじ無しだからねえ、ぼくに御馳走もしなくっちゃ!」
「…使うかどうかは、ハーレイ次第になるけどね…」
宝くじだから、と会長さん。
「交換しなけりゃ一等賞でも手に入らないのが宝くじだし、君に御馳走するかどうかも…」
「そうなるけどねえ、宝くじをまた買いたかったら、交換しないと!」
売っているのはぼくなんだから、と得意満面。
「ぼくの機嫌を損ねちゃったら、もう買えないよ? 君は売りには行かないだろう?」
「…一人で売りに行く気は無いねえ、ボロ儲けでもね!」
ちょっとアヤシイ宝くじだけに…、と会長さんは腰が引け気味。それはそうでしょう、キスと添い寝が当たるかもしれない宝くじです。パンツは当たらないみたいですけど。
「パンツはぼくの分だけだね! もちろん、当たればプレゼント!」
本当に履いたパンツをプレゼントする、と平気な顔で言えるソルジャー、きっと心臓に毛が生えているというヤツじゃないかと…。
「え、心臓? 毛なら他にも…。でも、流石にパンツについているのをプレゼントはねえ…」
「もういいから!」
下品な話はお断りだ、と会長さんがブチ切れました。
「そんな話をしている間に宝くじ! ハーレイに売りに行くんだろう!」
「そうだったっけね、二人で行くのがいいのかな?」
「ハーレイの気分を盛り上げるには、他の面子はいない方がいいね」
だけど様子は見たいだろうから…、と中継画面が用意されました。教頭先生のお宅のリビングが映し出されています。私たちは此処から見物なんですね、行ってらっしゃい~!
瞬間移動で飛び出して行った、会長さんとソルジャーと。二人の出現に教頭先生はビックリ仰天、けれども直ぐに立ち直って。
「ホットの紅茶でいいですか? それとクッキーで」
「どうぞ、おかまいなく。今日は勧誘に来ただけだからね!」
ソルジャーが浮かべた極上の笑み。
「宝くじを買ってみないかい? 君にしか売らない宝くじでね、今回が第一回で!」
「宝くじ…ですか?」
「そうなんだよ! 空くじ無しが売りなんだけどさ、当たればキスとか添い寝とかがね!」
「…キスに添い寝…」
ゴクリと生唾を飲み込む教頭先生。ソルジャーは「そう」と大きく頷いて。
「ぼくからのキスに、ぼくの添い寝が当たるんだけど…。大当たりの時は、これがブルーになるんだな! 君の大好きな本物のブルーに!」
こっちのブルー、と会長さんを指差すソルジャー。
「大当たりだけに、そう簡単には出ないけど…。こまめに買っていれば、いつかは!」
「…当たるのですか?」
「君の運も関係するけどね! それから、クジの交換を忘れないことと!」
ハズレくじの方でも疎かにしてたら罰が当たるよ、とニコニコと。
「でもって、当たりの中にはパンツもあって!」
「パンツですか?」
「うん、本物の下着のパンツ! こっちはブルーが嫌がっちゃってね、ぼくのパンツしかないんだけれど…。同じブルーだし、当てるだけの価値は!」
「ありそうですね!」
鼻息の荒い教頭先生、ソルジャーのパンツでもいいらしいです。会長さんが「スケベ」と呟き、ソルジャーと二人、仲良く並んで。
「それで、宝くじ、買うのかな? …ブルーの説明で中身は分かったようだけど」
「買うに決まっているだろう! もう全部でも!」
「ふうん…? 全部買ったら、この値段だよ?」
買えるわけ? と訊かれた教頭先生、もうガックリと肩を落として。
「…では、十枚で…」
「オッケー、今日の所は十枚ってことで」
それじゃ抽選をお楽しみに、と宝くじを売り付けた極悪人が二人。当たりますかねえ、宝くじ?
第一回の抽選会は、その日の内に行われました。サイオン抜きでの抽選を売りにしたいから、と会長さんが用意したダーツ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサイオンで凄い速さでクルクル回転させている所へ私たちが矢を順番に。
「…これって一応、フェアなんだよなあ?」
俺たちのサイオンは思念波くらいが限界だしよ、とサム君が。
「そうだな、俺もサイオニック・ドリームは髪の毛限定でしか使えんし…」
あんな速さで回っているダーツの的なんかが見えたら凄すぎだ、とキース君も。こうして順番に投げていった矢、当たりの組や番号なんかが決まりましたが。
「…やっぱり簡単には当たらないねえ…」
サイオン抜きじゃね、と笑うソルジャー。教頭先生がお買いになった十枚は全て外れたらしく。
「ぼくと串カツでデートが三枚、豪華弁当を買ってくれるのが五枚、ケーキを買ってくれるのが残りの二枚だね!」
「「「うわー…」」」
気の毒すぎる、と思いはしても、抽選はズルはしていません。ソルジャーと会長さんは何番が何のクジだったのかを書き付けた紙を瞬間移動で教頭先生に届けに出掛けて、その様子も中継してくれました。教頭先生、なんとも残念そうですが…。
「…次回の宝くじはいつですか?」
「君次第だけど…。御希望とあれば、次の土曜日でも!」
ねえ? とソルジャーが会長さんの方を眺めて、会長さんも。
「もっとペースを上げろと言うなら、毎日だってかまわないんだよ? 君の財布が大丈夫なら」
「それなら、毎日買わせて貰う! 抽選も毎日になるのだろう?」
「それはもちろん。…だけど外したクジの分はちゃんとフォローしなくちゃね」
今日の所はブルーと串カツでデートが三回、豪華弁当プレゼントが五回にケーキが二回、と指折り数える会長さん。教頭先生は「よし!」と財布を取り出して。
「…では、豪華弁当お二人分が五回と、ケーキが二回と…。その分がこれで」
「ありがとう! 串カツはいつ出掛けようか?」
「そうですねえ…。あなたがお暇でらっしゃる時に御馳走させて頂きますよ」
パルテノンのあの店ですね、と教頭先生は約束を。あのお店、私たちもたまに出掛けますけど、お値段、半端じゃありません。教頭先生、宝くじを当てるよりも前に破産コースじゃあ…?
毎日抽選コースを選択なさった教頭先生は、順調に搾取されてゆかれました。当たりそうで当たらないのが宝くじ。ここの数字が一つ違えばソルジャーのパンツだったのに、なんていうのもお約束です、キスも添い寝もそういった具合。
「…なんだか申し訳ない気がするぞ、俺は」
この数字は俺が投げた分の矢だ、とキース君が当たりの番号を見詰めて、シロエ君が。
「それを言うなら、昨日のぼくもそうでしたよ。一つズレていたら、パンツだったんですよ!」
「…この際、パンツでいいから当たらねえかなあ…」
でないと教頭先生の財布がマジでヤバイぜ、とサム君が心配する通りに、教頭先生の懐具合は悪化の一途を辿っています。宝くじを毎日十枚ずつはいいんですけど、なにしろ空くじ無しが売り。宝くじを売るソルジャーに訪ねて来て欲しければ、ハズレくじのフォローが必須なわけで。
「今日のハズレくじ、確かステーキハウスよね?」
スウェナちゃんが訊いて、マツカ君が「ええ」と。
「それと、そこの名物のカツサンドですよ。特上の分と、そうでないのと」
「とんでもない値段のカツサンドだよね、特上の方でなくてもね…」
美味しいけどさ、とジョミー君。ステーキハウスの自慢のお肉を挟んだサンドイッチは何度か食べましたけれど、ちょっとしたお店のランチコースが食べられそうなお値段です。特上ともなれば老舗フレンチのランチの値段で、それをソルジャーにプレゼントするのがハズレくじで…。
「…このまま行ったら、もう間違いなく破産だな…」
せめてパンツが当たってくれれば、とキース君が溜息をついた所へ、当たり番号を教頭先生に告げに出掛けた悪人二人が御帰還で。
「やったね、今日はカツサンドを買って帰ろう! ハーレイの分も、特上で!」
「あそこのは特別美味しいからねえ…。ついでにぶるぅの分もどうだい?」
「いいかもね! 特上のクジは六枚もあったし、ぶるぅに一枚プレゼントもね!」
一枚で二人前だから、とソルジャーはウキウキ、教頭先生から毟ったお金を数えています。明日もこういう光景だろうと思うと誰もが溜息三昧、ソルジャーが「なんだい?」と顔を上げて。
「宝くじが全く当たらないのはハーレイの運の問題だよ? 間違えないで欲しいね」
「ぼくもブルーに賛成だね。ハーレイが好きで買っているんだ、何の問題も無さそうだけど?」
それに…、と会長さんが浮かべた微笑み。
「ハーレイだって努力をするみたいだよ? 自分の運が良くなるように」
「「「はあ?」」」
運って鍛えられるものだったでしょうか、努力で何とかなるものですか…?
教頭先生が買う宝くじは全く当たらないまま、迎えたその週の土曜日のこと。会長さんの家へ遊びに行ったら、先にソルジャーが到着していて。
「今日はハーレイ、運を貰いに行くらしいね!」
「「「えーっと…?」」」
何のことだろう、と悩む私たち。教頭先生が運が良くなるよう努力をなさると聞きはしたものの、あれから何も変わっていません。どういう努力かも謎だと思ってたんですが…。運を貰いに出掛けるだなんて、運って貰えるものでしたっけ…?
「行く所に行けば貰えるようだよ、そういう運をね!」
ズバリ宝くじが当たる運、とソルジャーの口から謎の台詞が。それってどういう運ですか?
「宝くじが当たるようになるって運だよ、これから貰いに出掛けるんだよ!」
「…何処へだ?」
話がサッパリ見えないんだが、とキース君が訊けば、会長さんが。
「宝くじが当たると有名な神社! そこへお参りに行こうと決めたらしくて、今から出発!」
ほら、と出て来た中継画面。教頭先生が愛車に乗り込み、ご出発で。目的地まではかなりかかる、とパッと消された画面が再び登場した時にはお昼すぎでした。美味しく食べたレモンクリームソースとチキンのパスタ、その味がまだ舌に残ってますが…。
「…御祈祷ですか?」
神社の中っぽいんですが、とシロエ君。教頭先生は如何にも神社といった感じの建物の中に座っておられて、其処へ神主さんが登場、バッサバッサと大きな御幣を振って。
「…願わくばパンツとキスと添い寝が当たりますようにと、かしこみ、かしこみまお~す~」
「「「うわー…」」」
なんてこったい、と誰もが愕然、凄い祝詞もあったものです。こんな祝詞を上げて貰って大丈夫なのかと青ざめましたが、会長さんが言うには、この神社は宝くじの当選祈願で名高い神社。当てるための御祈祷料さえ納めてくれれば、後は何でもありなのだそうで。
「それにね、祝詞というヤツはさ…。定型文は一応あるけど、毎回、作るものなんだよ」
「「「え?」」」
「御祈祷の度に新しく書くのがお約束! だからパンツと言われれば書く!」
キスも添い寝もきちんと書くのだ、というわけですから、神主さんが朗々と読み上げていた紙にはしっかり「パンツ」と書かれていたのでしょう。キスも添い寝も。そこまでキッチリ頼んだからには、御利益があるといいですけどねえ…。
パンツとキスと添い寝が当たりますように、と御祈祷して貰った教頭先生。再び車を運転して戻って来られた頃には夕方でしたが、絶大な自信に溢れておられるようで。
「今日は宝くじを三十枚買ってみることにするか…」
パンツとキスと添い寝にそれぞれ十枚、と当てる気満々、そこへ会長さんとソルジャーが宝くじを売りに出掛けて行って。
「三十枚ねえ…。大きく出たねえ?」
「あの神社の御利益、どうなんだろうね?」
楽しみではある、と私たちに今日も任された抽選、みんなでダーツを順番に投げて。
「「「あ、当たった…?」」」
それも添い寝が、と何度も眺める当たり番号、教頭先生がお買いになった三十枚の内の一枚としっかり重なっています。もしやレア物と噂の会長さんの添い寝では、と焦りましたが…。
「組違いだねえ…」
この組だとぼくの方の添い寝、とソルジャーがクッと喉を鳴らして。
「でもまあ、当たったんだしね? ちょっと行ってくるよ、今夜は添い寝に」
「…添い寝だけにしておいてくれるんだろうね?」
会長さんが念を押したら、ソルジャーは。
「さあ、どうだか…。御祈祷までして当てた添い寝だよ、ちょっとサービスするのもいいかも…」
痴漢行為の一つや二つ…、と瞬間移動で飛び出して行ったソルジャーでしたが…。
「当たったのですか!?」
添い寝のクジが、と感極まった教頭先生。私たちは中継画面に目を凝らしていて、会長さんは監視モードに入っています。ソルジャーが不埒な真似をしたなら止めようというわけですけれど。
「当たったんだよ、ぼくの添い寝が! それでね、今日まで色々とお世話になったから…」
ハズレのクジで御馳走して貰った御礼をしなくっちゃ、とソルジャーは教頭先生の腕をグイと掴んで引っ張りました。
「せっかくだからね、添い寝ついでにお触りタイム! ぼくの方から!」
「…は?」
「分からないかな、もう、この辺とか、この辺とかをね…!」
じっくりしっかり触ってあげる、とソルジャーの手が伸びた教頭先生の大事な所。途端に教頭先生の鼻からツツーッと赤い筋が垂れ、次の瞬間…。
「「「あー…」」」
いつものパターンか、と見入ってしまった鼻血の噴水、教頭先生は仰向けに倒れてゆかれました。添い寝して貰ってもいない内から、もうバッタリと。
「うーん…。床で添い寝は趣味じゃないけど…」
ソルジャーが零して、会長さんが中継画面の方に向かって。
「床でいいから! 余計なサービスはしなくていいから!」
「じゃあ、床で…。なんだか寝心地、良くないけどねえ…」
背中とかが痛くなってしまいそう、とソルジャーはブツクサ、「次はパンツにしてくれないかな」なんて文句を言ってます。えーっと、宝くじ、まだ売り付けると…?
「当然じゃないか! 売れる間は売るってね! そうだろ、ブルー?」
「まあねえ、素敵な儲け話だしね?」
当たりが出ることは証明されたし、まだ売れる! と会長さん。教頭先生、破産なさるまで毟られそうな感じです。それまでにレア物の会長さんの添い寝が当たるか、ソルジャーのパンツが当たるのか。教頭先生、ご武運をお祈りしておりますから、しっかり当てて下さいね~!
当てたい幸運・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
教頭先生限定で、ソルジャーが作った宝クジ。教頭先生、せっせと散財したくなるわけで…。
ついに御祈祷を頼んだ結果、当たりクジが出たのに、お約束な結末に。気の毒すぎかも?
次回は 「第3月曜」 7月19日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、6月は雨がシトシトな季節。気分が下がってしまうわけで…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
巷にクリスマスの飾りが溢れる季節がやって来ました。キース君にとってはクリスマスは修行を思い出させるものらしいですけど、私たちにはまるで関係ありません。今年も会長さんの家で賑やかにパーティーでしょうし、まだ一ヶ月あると言っても楽しみな日々。
「かみお~ん♪ 明日はみんなでお出掛けする?」
それとも遊びに来る? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。金曜日の放課後、いつもの溜まり場での質問です。会長さんの家でダラダラ週末もけっこう定番、それもいいなと思ったのですが。
「…なんか、サル顔なんだよねえ…」
「「「は?」」」
なんのこっちゃ、と視線がジョミー君に集中しました。サル顔って、誰が?
「あ、ごめん。昨日の夕刊の記事なんだけど…。植物園便り」
「「「植物園便り?」」」
動物園なら分かりますけど、植物園でサル顔というのは何でしょう。園長さんがサル顔だったとか、植物の紹介をしていた人とか…?
「ううん、サル顔の花だったんだよ」
「「「花!?」」」
何処の世界にそんな花が、と誰もが突っ込む中で、会長さんが「ああ…」と手を打って。
「あれかい、モンキー・オーキッドかい?」
「そう、それ! すっごいサル顔!」
もうサルにしか見えなくて、とジョミー君は興奮しています。なんでもオーキッドだけに蘭だそうですが、花のド真ん中にサルの顔の模様がついているとか。
「それがさ、サルをプリントしたみたいにそっくりなんだよ、そのままサルでさ!」
まさにサル顔、と語るジョミー君と一緒に、会長さんも。
「一時期、話題になってたからねえ…。サル顔すぎるとネットなんかで」
「おい、本当にサルなのか?」
モンキー・オーキッドと言うからにはサルなんだろうが、とキース君が訊くと。
「この上もなくサルだったねえ! ぼくも実物は見ていないけれど」
どの花もサルで、と会長さんが言い出し、ジョミー君も「そうらしいよ」と。
「植物園で咲き始めました、って書いてあってさ…。他にも色々なサルがいるからお楽しみに、っていう紹介でさ」
あのサルを是非見てみたい、という話ですけど。植物園に出掛けてサル顔の花を見物しようというわけですか…?
ジョミー君曰く、サル顔の花。会長さんが「論より証拠」と部屋に備え付けの端末で検索してくれたモンキー・オーキッドは本当にサル顔でした。蘭の花の真ん中にババーンとサルが。
「見に行くんなら、今はこれだけにしておくのがいいよ」
サルのバリエーションは本物で堪能するのがお勧め、と会長さん。
「ぼくも写真でしか知らないけどねえ、それは色々なサル顔があるから」
「…そうなのか?」
俺は初耳だが、とキース君が画面を覗き込んで。
「これだけでも充分にサルっぽいんだが、まだまだサルがいるというのか?」
「ハッキリ言うなら、序の口だね、これは。…ジョミーが見たのも、これだよね?」
「うん。もしかして、心を読み取ってた?」
「まあね。ズバリそのものを見せたかったら、情報はしっかり掴まないとね」
昨日の夕刊の写真はこれだ、と会長さんが言う通り、写真には植物園便りという記事がついていました。アルテメシアの植物園の。
「へええ…。今がモンキー・オーキッドの旬なのかよ」
こんなサルの、とサム君が記事を読み、「他にもサルがいるってか?」と怪訝そうに。
「花だろ、これ? 他の花でもサルなのかよ?」
「モンキー・オーキッドなら、もれなくサルだね。ぼくが保証する」
もう本当にサルすぎるから、と会長さん。
「誰が見たってサルなんだけどね、現地じゃサルではないんだなあ…。これが」
「「「へ?」」」
モンキー・オーキッドという名前どおりにサルじゃないんですか、この花は?
「ドラキュラらしいよ、品種名としては。…サルじゃなくって」
「「「ドラキュラ?」」」
それは吸血鬼ではないのだろうか、と思いましたが、会長さんは大真面目な顔で。
「ドラキュラはドラキュラでも、吸血コウモリ。聞いたことはあるだろ、吸血コウモリは」
「それはまあ…。知らなくもないが」
キース君が返すと、「そのドラキュラ」と会長さん。
「吸血コウモリの顔がついてるってことで、ドラキュラなんだよ」
「「「えーっと…」」」
サルだろう! と総員一致の反論が。されどドラキュラが本名らしいモンキー・オーキッド。これは本物、ちょっと見に行きたい気分ですよね!
というわけで、翌日の土曜日、私たちは植物園へとお出掛けすることになりました。雪が降りそうな寒さですけど、たまには冬の植物園。寒さ除けにも急げ、急げと温室目指してまっしぐらで。
「かみお~ん♪ 温室、あったかいね!」
ここだけ夏だね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。着込んで来たコートや上着はお役御免で、それでも暑い気がする温室。さて、モンキー・オーキッドは何処でしょう?
「蘭のコーナーは向こうらしいな」
キース君が案内板をチェックし、南国の植物が茂った中をゾロゾロと移動。週末なのに人は全くいません、そういえば入る時から誰もいなかったような…。
「植物園って冬は暇なのかしら?」
スウェナちゃんの疑問に、会長さんが「暇だろうね」と即答しました。
「寒風吹きすさぶ中、だだっ広い庭を見て回りたいような人は思い切り少数派だし…。温室の中は暖かいけど、バスや車で横づけってわけにもいかないからね」
最高に賑わうのは冬じゃなくって桜のシーズン、と会長さん。
「いろんな種類の桜が山ほど植えられているし、桜を見るにはいいらしいよ? 見るだけでもね」
「「「見るだけ?」」」
「桜のコーナーは春は飲食禁止なんだよ。お弁当とかは他所で食べて下さい、と」
「それじゃお花見になりませんよ?」
駄目じゃないですか、とシロエ君。
「やっぱりお弁当は桜を見ながら食べたいですし…。桜があっても、お弁当禁止じゃあ…」
「それなりに他の花もあるしね、桜は見るだけ、お弁当は他で! それでも賑わう!」
だけど冬場は閑古鳥、と会長さんはグルリと見回して。
「この温室には他に誰もいないし、外も写真の愛好家が何人かいる程度かなあ…」
「モンキー・オーキッドで宣伝してても来ないわけ?」
ぼくたちしか、とジョミー君が頭を振って、サム君が。
「普通こねえだろ、それだけ見るのに入園料を払って寒い中をよ」
「うーん…。あの記事に上手いこと乗せられたかなあ?」
「いいんじゃないかな、一見の価値はあると思うよ、モンキー・オーキッド」
この植物園は何種類も育てているからね、と会長さんが先に立って蘭のコーナーの方へと向かってゆきます。誰も来ていないとは拍子抜けですが、その分、ゆっくり堪能できそう。サル顔の花のバリエーションってどんなのでしょうね、花の色とかかな…?
それから数分後、私たちは温室の中でケタケタと笑いまくっていました。誰もいないのをいいことにしてゲラゲラ、ケラケラ、これが笑わずにいられようか、といった感じで。
「サ、サルだぜ、本気で! もうサルにしか見えねえって…!」
「これなんか歯をむき出してますよ、威嚇してるのか、笑ってるのか…」
「こっちもサルだよ、なんでこんなにサルだらけなんだろ…!」
見に来て良かった、とジョミー君もお腹を抱えて爆笑中。モンキー・オーキッドのコーナーはサル顔をした蘭がズラリ揃って、あっちもこっちもサルだらけで。
「ドラキュラじゃないわね、やっぱりサルよね?」
「どう見てもサルだな、俺にはサルにしか見えないからな」
だが学名は違うのか…、とキース君が「ドラキュラ属」と書かれた札に呆れ顔。
「…吸血コウモリはサルに似ているのか、そうなのか?」
「どっちかと言えば、ぼくはブタだと思うけどねえ…」
でなければネズミ、と会長さんが。
「誰がドラキュラと名付けたのかは知らないけれどさ、明らかにネーミングのミスだよ、これは」
「だよなあ、サルだもんなあ、これも、これもよ」
サルの顔がついているとしか見えねえしよ、とサム君が言う通り、どの蘭も見事なまでにサル。吸血コウモリだと言われてもサル、サル以外には見えませんってば…。
色も形も様々なモンキー・オーキッド。それと同じにサルの顔も色々、表情のバリエーションが豊かすぎるだけに笑うしかなく、散々笑って笑い転げて、植物園を後にして…。
「凄かったよねえ、モンキー・オーキッド」
あそこまでとは…、とジョミー君が改めて感動している会長さんの家のリビング。私たちは植物園の側のハヤシライスが有名だというお店で食事し、あまりに寒いので反則技の瞬間移動で会長さんの家まで帰って来ました。今は紅茶やコーヒー、ココアなんかで寛ぎ中で。
「あのサル顔は凄すぎたな…。どういう意図でサルなんだかな」
サルの顔にしておけば虫が来るわけでもなさそうだし…、とキース君。
「天敵を追い払うのにサルの顔なら話は分かるが、本物のサルに比べて小さすぎるし…」
「吸血コウモリの顔にしたって、小さすぎだね」
本当に何の意味があるのやら…、と会長さんも。
「揃いも揃ってサル顔なんだし、偶然にしては凄すぎるけど…。蘭の心は読めないからねえ、どうしてサルかは分からないよね」
まだ定説も無いようだ、という話。それじゃ、まさかの遊び心とか?
「遊び心か…。それだと人間に見て貰えることが大前提だし、ウケた所で種の繁栄に繋がるとは限らないからねえ…」
乱獲されて絶滅しそうだ、と会長さん。それは確かに言えてます。植物園で見て貰える間はマシでしょうけど、大流行したらエライことですし…。
「何を思ってやっているのか謎ですね、モンキー・オーキッド…」
ぼくたちは楽しませて貰いましたが、とシロエ君が言った所へ。
「こんにちはーっ!」
「「「!!?」」」
フワリと翻った紫のマント、ソルジャーが姿を現しました。
「遊びに来たよ、今日はなんだか珍しい所へ行っていたねえ!」
「植物園かい? たまにはそういう場所もいいだろ、勉強になるし」
会長さんがそう答えると。
「…勉強だって? 笑いに行った、の間違いだろう?」
サル顔の花で、とソルジャーはしっかり把握していて。
「ぼくも覗き見していたけどさ…。此処へ来る前に瞬間移動で実物も見に行って来たんだけどさ」
あれは凄すぎ、とソルジャーもまたモンキー・オーキッドで笑いまくって来たようです。あれだけサル顔の花が揃えば、そりゃ、見るだけで笑えますしね…。
モンキー・オーキッドを堪能して来たらしいソルジャーは、やはりサル顔が気になる様子で。
「進化の必然ってヤツだろうけど、なんでサル顔?」
「それが分かったら、ぼくは論文を発表してるよ!」
万人が納得するような理由を見付けられたら最強だから、と会長さん。
「銀青として坊主の世界では名が売れてるけど、学者の世界じゃ無名だからねえ…。そっち方面で売り出せるんなら、論文くらいは書いてみせるよ!」
「…つまり、現時点ではサル顔の理由は謎なんだ?」
「これだ、っていう説は出てないねえ…。少なくとも、ぼくが知ってる限りでは」
「ふうん…。だったら、遊び心もいいかもねえ…」
あのサル顔は使えそうだ、と妙な発言。ソルジャー、サル顔が好みでしたか?
「ううん、そういうわけじゃなくって…。サルでなくてもいいんだよね、と思ってさ」
「「「はあ?」」」
モンキー・オーキッドはサル顔だからこそウケたんだろうと思います。会長さんが一時期話題を呼んだと言ってましたし、私たちだって大いに笑ったわけですし…。サル顔じゃないモンキー・オーキッドなんかに、なんの価値があると?
「価値観は人それぞれだからね!」
この顔が好きな人もいる、とソルジャーは自分の顔を指差して。
「サルの顔の代わりに、ぼくの顔! そういう蘭も素敵だろうと思わないかい?」
「「「へ…?」」」
なんですか、そのヘンテコな花は? ソルジャーの顔の蘭ですって?
「そう! 名付けてブルー・オーキッド…じゃ駄目かな、ただの青い蘭だし…。でも、ぼくの顔がついているならブルー・オーキッドで決まりだよねえ?」
そういう花も良さそうだけど、と言われましても。
「…品種改良する気かい?」
君のシャングリラで、と会長さん。
「モンキー・オーキッドを持って帰って、君の顔になるよう細工をすると?」
「まさか。そこまでの手間はかけられないよ。…それに簡単には出来そうもないし」
品種改良となったら何年かかるか…、という指摘。
「ぼくの世界の技術がいくら進んでいたって、今日作って明日とはいかないんだよ」
「そうだろうねえ…」
相手は植物なんだから、と会長さんも頷きましたが、それじゃソルジャーの顔の蘭は夢物語?
モンキー・オーキッドならぬ、ソルジャーの顔をしたブルー・オーキッド。品種改良が無理なんだったら、ただの話の種だろうと思った私たちですけれど。
「作れないことはないんだよ。ぼくの顔のブルー・オーキッドをね」
「…どうやって?」
会長さんが訊くと、ソルジャーは。
「ごく単純な仕組みだけど? サイオンを使えば一発じゃないか、サイオニック・ドリーム!」
「「「ええっ!?」」」
あのサル顔をソルジャーの顔と取り替えるんですか、サイオニック・ドリームで?
「そう。…でもねえ、サルの顔がベースというのは嬉しくないしね…」
もっと綺麗な蘭にしたい、とソルジャーならではの我儘が。
「上手く嵌め込めれば何でもいいしね、胡蝶蘭でもカトレアでも!」
美しい花でキメたいのだ、とソルジャーは膝を乗り出しました。
「ぼくは是非とも作ってみたいし、一鉢、プレゼントしてくれないかな?」
「自分で買えばいいだろう!」
お小遣いに不自由はしていないくせに、と会長さんの切り返し。
「ノルディにたっぷり貰ってるんだろ、ランチやディナーに付き合っては!」
「それはそうだけど…。ブルー・オーキッドは使えるよ?」
こっちのハーレイだってウットリするに決まっているし、と笑顔のソルジャー。
「ぼくがブルー・オーキッドを見事に完成させたら、こっちのハーレイにもプレゼントで!」
「迷惑だから!」
そんなプレゼントでハーレイを喜ばせるつもりはない、と会長さんはけんもほろろに。
「ぼくの写真をコッソリ集めているってだけでも腹が立つのに、ぼくの顔つきの花なんて! いくらモデルが君の顔でも、見た目は全く同じなんだし!」
お断りだ、とはね付けた会長さんですが。
「そうなんだ…? それじゃ、君には別の蘭をプレゼントしようかなあ…」
「…ぼくに?」
「そうだよ、最高の蘭を作って君に! 名付けてハーレイ・オーキッド!」
全部の顔がハーレイなのだ、とソルジャーが胸を張り、私たちは頭を抱えました。サル顔の花なら楽しめますけど、教頭先生の顔なんて…。しかも表情がバリエーション豊かにあったりしたら、頭痛の種にしかなりませんってば…!
ソルジャーの顔なブルー・オーキッドどころか、教頭先生の顔なハーレイ・オーキッド。そんな凄まじい蘭は御免蒙る、と会長さんも考えたようで。
「わ、分かったってば、それを作られるくらいだったらブルー・オーキッドでいいってば!」
「じゃあ、お小遣い」
花屋へ蘭を買いに行くから、とソルジャーが右手を出しました。
「蘭は高いと聞いているしね、財布ごとくれると嬉しいんだけど…」
「それは断る! とりあえずこれだけ、これで買えるだけの蘭にしておいて!」
これだけあったら充分だろう、と会長さんはお札を数えて、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に持って来させた別の財布に突っ込むと。
「はい、どうぞ。胡蝶蘭だろうが、カトレアだろうが、好きに買って来れば?」
「ありがとう! それじゃ早速、行ってくるね!」
蘭が充実している花屋は何処だろう、とソルジャーは会長さんの家に置いてある私服に着替えてウキウキと。「そるじゃぁ・ぶるぅ」にお勧めの花屋さんを幾つか挙げて貰って、瞬間移動でパッと姿がかき消えて…。
「…行っちまったぜ?」
なんか蘭を買いに…、とサム君が窓の外を指差し、シロエ君が。
「ブルー・オーキッドとやらを作るんですよね?」
「らしいな、あいつの顔がズラリと並んだ蘭をな…」
どういう蘭になるというんだ、とキース君がフウと溜息を。
「モンキー・オーキッドからどうしてこうなる、俺たちは平和に植物園を楽しんだのに…」
「それを言うなら、ぼくもだよ! こんな方向に行っちゃうだなんて思わないから!」
分かっていたなら見に行こうとは言わなかった、とジョミー君も。
「おまけにブルー・オーキッド作りを断った時はハーレイ・オーキッドだなんて言われても…」
「考えようによっては、そっちの方がモンキー・オーキッドに近そうだけどね」
ぼくの顔よりはサルっぽい、と会長さん。
「だけど、ハーレイの顔がくっついてる蘭が部屋にあったら悪夢だし…」
「教頭先生の方がそれっぽい顔には違いねえけどな…」
歯をむき出した顔だって、なんとなく想像つくもんなあ…、とサム君がモンキー・オーキッドと重ねているようですけど、ハーレイ・オーキッドは見たくありません。ソルジャーの顔なブルー・オーキッドだけで充分、表情も一つで充分です~!
蘭を買おうと瞬間移動で出掛けて行ったソルジャーは、半時間ほど経った頃に戻って来ました。それは見事な白い胡蝶蘭の鉢を抱えて、御機嫌で。
「どうかな、これ? お店の人のお勧めのヤツで!」
おつりはこれだけ、と会長さんに返された財布、中身は殆ど消えたようです。
「…思い切り奮発したみたいだねえ?」
「それはもう! ぼくのハーレイにプレゼントするんだし、ケチケチ言ってはいられないよ!」
これだけの数のぼくの顔がついた立派なブルー・オーキッド、とソルジャーは胡蝶蘭の鉢を床にドンと置き、暫し眺めて。
「…全部が同じ顔の花より、バラエティー豊かな方がいいよね?」
「好きにすれば?」
サイオニック・ドリームを使うのは君だ、と会長さんが言い終わらない内に、胡蝶蘭の鉢を青いサイオンがフワッと包んで、スウッと消えて。
「どうかな、ブルー・オーキッド! こんな感じで!」
作ってみたよ、という声で覗き込んでみた胡蝶蘭の花。白い花弁はそのままですけど…。
「「「うーん…」」」
ブルーだらけだ、と声を上げたのは誰だったのか。胡蝶蘭の花のド真ん中の辺り、モンキー・オーキッドで言えばサルの顔がついていた辺りにソルジャーの顔が。何処から見たってソルジャーか、会長さんにしか見えない顔がくっついています。
「素敵だろう? 笑顔のぼくもいれば、真面目なぼくもね!」
憂い顔から色っぽいのまで揃えてみましたー! というソルジャーの言葉通りに、バラエティー豊かな表情の数々。まさにモンキー・オーキッドならぬブルー・オーキッド、よくも作ったと感心するしかないわけで。
「さてと、ぼくのハーレイにプレゼントするには、検疫が必須なんだけど…」
そんなことに時間をかけている間に花が駄目になる、とソルジャーは鉢を丸ごとシールドしちゃったみたいです。
「これでよし、っと…。花には触れるけど、ウイルスとかは通さない!」
ぼくのシールドは完璧だから、と言いつつソルジャーの衣装に着替えて、鉢を抱えて。
「今日はハーレイにこれをプレゼント! 喜んで貰えたら、こっちのハーレイの分も作るよ!」
いいアイデアをありがとう! と消えてしまいました、おやつも食べずに。モンキー・オーキッドに想を得たブルー・オーキッドとやらを披露しようと急いで帰ったみたいです。今日はキャプテン、暇なんですかね、いつもは土日も仕事なんだと聞きますけどね…?
ソルジャーがいそいそと帰って行った後、私たちの方はポカンとするしかなくて。
「ブルー・オーキッドねえ…」
あんなのが果たしてウケるんだろうか、と会長さんが悩んでいます。
「ただの花だし、ブルーの顔がついているってだけで…。モンキー・オーキッドの方が自然の産物なだけに、遥かに凄いと思うけどねえ?」
「俺も同意だが、あいつらの感性は謎だからな…」
案外、あれで大感激かもしれん、とキース君。
「花かと思えば実はあいつの顔が幾つもついているんだ、喜ばれないとは言い切れないな」
「キャプテン、ソルジャーにベタ惚れだしね…」
あんな蘭でもいいのかも、とジョミー君も。
「普通の胡蝶蘭よりもずっといいとか、素晴らしいとか言い出しそうだよ」
「教頭先生でも言いそうだよな、それ」
ブルーの顔がついていればよ、とサム君が頭を振りながら。
「あれがウケたら作りに来やがるんだろ、教頭先生用のヤツをよ」
「そうらしいねえ…」
困ったことに、と会長さんも頭痛がするらしく。
「ウケないことを祈るのみだよ、ブルー・オーキッドは一鉢あれば充分なんだよ、この世界にね」
「会長、細かいことですが…。この世界にはもうありませんよ、ブルー・オーキッド」
持って帰ってしまいましたよ、とシロエ君からの突っ込みが。
「この世界に一鉢と言うんだったら、こっち用に作って貰わないといけないわけですけれど」
「そんな言霊、要らないから!」
お断りだから、と叫んだ会長さん。
「ブルー・オーキッドはさっきの一鉢、それで充分! これでバッチリ!」
増えられてたまるか、と数珠を取り出し、ジャラッと繰って音を鳴らして、それから何やら意味不明な呪文を朗々と。えーっと、今のは…?
「前言撤回の呪文と言うか、お経を間違えた時に使うと言うか…。今の言葉は間違いでしたと、すみませんでしたと罪業消滅の大金剛輪陀羅尼ってヤツで」
「…おい、それで言霊もいけるのか?」
消えてくれるか、とキース君が尋ね、会長さんは「さあ…?」と首を傾げて。
「やらないよりかはマシなんだよ、うん。効いてくれれば御の字じゃないか」
是非効いてくれ、と数珠をジャラジャラ。呪文が効いたらいいんですけどね…?
そして翌日。相変わらずの寒さでお出掛けしたくはない空模様だけに、私たちは会長さんの家に押し掛け、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ってくれた蒸しサバランの柚子風味に舌鼓を打っていました。柚子が美味しい季節だよね、と。そこへ…。
「こんにちはーっ!」
ぼくにもサバラン! と降ってわいたソルジャー、空いていたソファにストンと座ると。
「ぶるぅ、温かいココアもお願い! ホイップクリームたっぷりで!」
「オッケー! ちょっと待っててねーっ!」
サッとキッチンに走った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が注文の品を揃えて、ソルジャーは満足そうにサバランを頬張りながら。
「昨日のブルー・オーキッドだけどね…。ぼくのハーレイに凄く喜ばれてしまってね!」
「「「あー…」」」
忘れていた、と誰もが溜息、本当に綺麗に忘れていました。会長さんの呪文が効いたか、はたまた忘れたい気持ちが働いたのかは謎ですけれど。
「なんだい、そのつまらない反応は! あの花の素晴らしさが分かってる?」
ぼくのハーレイは本当に大感激だったのに、と唇を尖らせているソルジャー。
「どの花にもあなたがいるのですね、って端から眺めて、もうウットリと…。見惚れた後には夫婦の時間で、「こういう顔のあなたも欲しかったですね」って!」
「「「はあ?」」」
「分からないかな、真っ最中の顔! もう最高に色っぽいらしくて!」
そういう顔の花もあったら良かったのに、というのがキャプテンの意見だったみたいです。まさかソルジャー、そのリクエストに応えたとか…?
「ピンポーン! それを言われて作らなかったら嘘だろう?」
ちゃんと立派に作って来た、とソルジャーは威張り返りました。
「ぼくのハーレイがグッとくるらしい表情、それをハーレイの記憶から再現、最高に色っぽい花が咲きまくりのブルー・オーキッドが誕生ってね!」
こんな感じで! と胡蝶蘭の鉢がパッと出現、ソルジャーは「是非、見てくれ」と。
「昨日のとは一味違うんだよ! うんと色っぽく変身したから!」
「ぼくは見たいと思わないから!」
「ぼくたちも遠慮しておきます!」
会長さんとシロエ君が同時に声を上げたんですけど、ソルジャーは鉢を引っ込めません。やっぱり見るしかないんですかね、グレードアップしたブルー・オーキッド…。
さあ見ろ、すぐ見ろと迫るソルジャー、断り切れない私たち。仕方なく眺めたブルー・オーキッドの花は昨日とはまるで違っていました。お色気全開、そんな表情のソルジャーの顔があれこれ揃って咲き誇っている状態で…。
「…なんとも酷いのを作ったねえ、君は…?」
昨日のヤツの方が素敵だったのに、と会長さんが文句を言うと、ソルジャーは指をチッチッと左右に振って。
「分かってないねえ、この素晴らしさが! ハーレイの心を掴むにはコレ!」
お蔭で朝から素敵に一発! と満足そうな顔。
「いつもだったら、朝から一発はとてもハードル高いんだよ! ハーレイときたら、ブリッジに行かなきゃ駄目だと言うから、まず無理なんだけど、これを見せたらもうムラムラと…!」
これだけの数の色気たっぷりの顔を見てしまったら我慢も何も…、とニコニコニッコリ。
「本物のぼくでコレを見ようと、一気にベッドに押し倒されてね、それは激しく…!」
「もういいから!」
その先のことは言わなくていいから、と柳眉を吊り上げる会長さん。
「コレの素晴らしさは理解したから、サッサと持って帰りたまえ!」
「言われなくても直ぐに戻すよ、大事なブルー・オーキッドだからね!」
ぼくの青の間に飾っておかなきゃ、と胡蝶蘭の鉢は消えましたけれど。
「…素晴らしさを分かってくれたんだったら、こっちのハーレイにも贈らなくちゃね!」
あれと同じのを作ってあげよう、とソルジャーからの申し出が。
「ぼくのハーレイにウケた時には、こっちのハーレイの分も作ると言ったしね!」
「作って貰わなくてもいいから!」
「そう言わずにさ! ブルー・オーキッドの良さは分かってくれたんだろう?」
「こっちのハーレイにはモンキー・オーキッドで沢山なんだよ!」
サル顔の花をプレゼントくらいで丁度いいのだ、と会長さんは必死の逃げを。
「どうせ値打ちが分からないんだし、ハーレイにはサルで充分だってば!」
「ダメダメ、せっかくブルー・オーキッドが出来たんだから!」
モンキー・オーキッドなんてとんでもない、とソルジャーの方も譲りません。
「君そっくりのぼくの顔だよ、そういう顔でお色気たっぷり、ブルー・オーキッド! それをプレゼントしなくっちゃ!」
それでこそ二人の絆も深まると言ってますけど、会長さんと教頭先生に絆なんかはありません。あったとしたってオモチャにするとか、そういう絆ですってば…。
会長さんとソルジャーはブルー・オーキッドを巡って押し問答。サル顔の花がとんだ方向へ行ってしまった、と私たちは溜息をつくしかなくて。
「…元ネタはサルだったんだがなあ…」
昨日は植物園で笑っていたのに、何をどう間違えたらこうなるんだ、とキース君がぼやいて、ジョミー君も。
「ブルー・オーキッドにしたってそうだよ、最初は色々な表情ってだけで…」
単なるモンキー・オーキッドのブルーバージョンだった、とブツブツと。
「そりゃさあ…。歯をむき出してる顔とかは混ざってなかったけどさあ…」
「そういう顔だとお笑いにしかなりませんしね…」
シロエ君が大きな溜息を。
「教頭先生に贈るにしたって、お笑い系の顔ならまだマシだって気もしますけどね」
「それはブルーが却下するんじゃないですか?」
きっとプライドが許しませんよ、とマツカ君。
「元ネタがモンキー・オーキッドにしたって、自分の顔で笑いを取りたいタイプではないと思うんですけど…」
「確かにな。身体を張った悪戯をしやがることはあっても、笑いを取ったというのはな…」
俺の記憶にも全く無い、とキース君が頷き、スウェナちゃんも。
「無いわね、売りは超絶美形だものね」
「お笑い系で作ってくれ、って頼んだらいけそうな気はするけどよ…」
ブルーのプライドが粉々だよな、と嘆くサム君。
「でもよ、このままだと、作らねえってわけにはいきそうにねえし…」
「お笑い系で纏めて貰え、と助言してみるか?」
駄目元だしな、とキース君が「おい」とソルジャーと会長さんの間に割って入りました。
「なんだい、今は忙しいんだけど!」
「そうだよ、ぼくはブルーを追い返すのに忙しくって!」
ブルー・オーキッドなんかを作らせるわけには…、と会長さんがキッと睨んでいますが。
「それなんだがな…。お笑い系で纏めて貰ったらどうだ?」
「「お笑い系?」」
見事にハモッた、会長さんとソルジャーの声。キース君は「ああ」と答えると。
「お色気路線が嫌だと言うなら、モンキー・オーキッドと同じでお笑い系だ」
そういう顔で纏めて貰えば問題無い、と言ってますけど、会長さんが賛成しますかねえ…?
「…ちょっと訊くけど、お笑い系というのは、ぼくの顔で…?」
このぼくの、と会長さんが自分の顔を指差し、ソルジャーも。
「ぼくの顔で笑いを取れと? そういう意味でお笑い系だと言ったのかい?」
「その通りだが…。具体例は直ぐには思い付かんが、モンキー・オーキッドで言えば歯をむき出していたサルがあったし、あんな具合でどうだろうかと」
「「あれだって!?」」
あのサルの顔か、とまたもハモッた会長さんの声とソルジャーの声。
「なんだって、ぼくがそういう顔をハーレイに披露しなくちゃいけないのさ!」
「ぼくの方もそうだよ、ぼくは歯をむき出してサルみたいに笑いはしないから!」
有り得ない表情のオンパレードは作りたくない、とソルジャーが喚き、会長さんも文句たらたら。
「いいかい、ぼくは超絶美形が売りなんだよ? お笑い路線じゃないんだよ!」
「…そうか…。なら、仕方ないな。普通に作って貰うしかないな、ブルー・オーキッド」
俺はきちんと意見を述べたが却下なんだな、とキース君がクルリと背を向けて。
「…邪魔をした。後は存分に喧嘩してくれ、歯でも牙でもむき出してな」
「当然だよ! この迷惑なブルーを叩き出すためなら牙だってむくよ!」
でも歯を向き出したお笑い顔をハーレイにサービスするのは嫌だ、と怒鳴った会長さんですが。
「…ん? 牙をむくのと、歯をむき出すのと…」
似たようなものか、と独り言が。
「笑いを取るんだと思っているから間違えるわけで、牙をむくなら…」
「「「牙?」」」
牙がどうかしたか、と私たちもソルジャーも首を捻ったわけですけれど。
「そうだ、牙だよ! そうでなくても、あれはドラキュラ!」
「「「は?」」」
「元ネタのモンキー・オーキッド! ドラキュラ属だと言った筈だよ、吸血コウモリ!」
あの顔はサルじゃなかったんだっけ、と会長さんは天啓を受けたらしくて。
「ブルー・オーキッドだと思い込んでるからヤバイわけだよ、正統派のドラキュラ属だったら!」
「…どうなるんだい?」
君の考えが謎なんだけど、とソルジャーが訊くと。
「そのまんまだよ! ブルー・オーキッドを作ると言うなら、是非、ドラキュラで!」
元ネタに忠実にやってくれ、と拳を握った会長さん。元ネタとくればモンキー・オーキッドになるわけですけど、それだとサル顔でお笑いですよ…?
ブルー・オーキッドを作るのであれば元ネタ通りに、と会長さん。元ネタは昨日、植物園で笑いまくったサル顔の団体、お笑い系は嫌だと言っていたくせにどうなったのかと思ったら。
「ドラキュラだしねえ? 吸血コウモリもドラキュラも血を吸うわけでね、牙を使って」
そこを忠実に再現するのだ、と会長さんはニンマリと。
「お色気たっぷりなブルー・オーキッド、大いに結構! ハーレイは絶対、触ろうとする!」
「…そりゃそうだろうね、ぼくのハーレイも触ってみていたしね?」
そしてムラムラと来て本物のぼくを押し倒した、というソルジャーの証言。
「触りたくなることは間違いないよ。こっちのハーレイもハーレイだしね!」
「その先なんだよ、元ネタを使ってくれというのは! 触ったら、こう、牙でガブリと!」
「「「え?」」」
ガブリなのか、と驚きましたが、会長さんは「ドラキュラだよ?」と。
「ハーレイの指に噛み付いて血を吸うわけだよ、ぼくが作って欲しいブルー・オーキッドは!」
「…そ、それは…。サイオニック・ドリームでそれをやれと?」
ソルジャーの声が震えて、会長さんが。
「出来ないことはないだろう? ぼくよりも凄いと日頃から自慢しているわけだし!」
「そうだけど…。血を吸う花なんて、まるっきりのホラー…」
「ホラー路線の何が悪いと? …どうせだったら、もっとホラーな路線もいいねえ…」
血を吸いまくったらブルー・オーキッドがぼくに化けると思い込ませるとか、とニヤニヤと。
「もちろん、ホントに血を吸うわけじゃないけどさ…。ただの夢だけどさ」
「ふうん…? それで最終的には鉢ごと君に化けるように調整しておけと?」
そういうサイオニック・ドリームを仕掛けるのか、とソルジャーも興味を引かれたようで。
「君だと思ってガバッと押し倒したら、鉢がガシャンで正気に返るというオチかい?」
「それもいいけど、この際、ホラーでスプラッタとか」
「「「スプラッタ?」」」
「最後は食われてしまうオチだよ、もっと血を吸わせようと頑張っている内に!」
突然ガブリと指先を噛み砕かれてしまうのだ、と会長さん。噛み砕くって…教頭先生の指先をブルー・オーキッドが?
「そう! 慌てて指を引っこ抜こうにも、もう抜けなくて!」
「いいねえ、そのままハーレイをバリバリ食べてしまうというホラー仕立ても…!」
胡蝶蘭の花にくっついた顔がハーレイを食べるからホラーでスプラッタか、とソルジャーも乗り気になってしまって、会長さんはやる気満々で…。
ブルー・オーキッドの二鉢目は昼食を挟んで作り上げられ、ソルジャーと会長さんが瞬間移動で教頭先生の家へお届けに。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に中継して貰って見ていましたが、教頭先生は大感激で。
「なるほど、サイオニック・ドリームの花なのですね。そしてドラキュラなのですか…」
「うん。君の血をたっぷり吸わせてやったら、いずれはブルーに化けるかも…」
なにしろブルー・オーキッドだから、とソルジャーが得々と説明を。
「サイオニック・ドリームのブルーだからねえ、どう扱うのも君の自由だよ」
「らしいよ、君の妄想の全てをぶつけてくれても、ちゃんと応える仕様だってさ」
この素晴らしいブルー・オーキッドで楽しんでくれ、と会長さんとソルジャーが二人掛かりで背中を押しまくり、瞬間移動で帰って来て。
「さて、ハーレイはどうするかな?」
「ぼくの読みでは、もう早速に血を吸わせると思うけどねえ…?」
思い込みの激しさはピカイチだから、と会長さん。中継画面の向こうでは教頭先生が白い胡蝶蘭の花をしみじみと眺め…。
「ふうむ…。実に色っぽいブルーだな…。これが血を吸う、と」
どんな感じだ、とチョンと指先で触れた途端に、ガブリとやられたらしいです。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が中継画面にサイオニック・ドリームを付け加えてくれ、教頭先生が見ているビジュアルが登場、白い花がやがてほんのりピンク色に。
「ほほう…。血を吸えば花の色が変わるのか。ならば、全部の色が変われば、花がブルーに化ける仕組みかもしれないな…」
是非とも血を吸って貰わねば、と教頭先生は次から次へと花にくっついた顔を指先でチョンと。そうして触ってゆく内に…。
「うわあっ!?」
教頭先生の悲鳴に重なった鈍い音。指先が砕けたみたいです。血も飛び散って、教頭先生は慌てて指を引っ込めようとなさいましたが…。
「ぬ、抜けない!? や、やめてくれ、ブルー!!」
私が誰だか分からないのか、と響く絶叫、ゴリゴリと嫌な音を立てて教頭先生は既に手首まで食われつつあって。
「「「うわー…」」」
思わず目を逸らしたくなる悲惨な光景、教頭先生もサイオニック・ドリームであることを忘れているようです。バリバリ、ボリボリ、骨が砕けて肉が啜られて…。
「…はい、一巻の終わりってね」
ぼくに綺麗に食べられました! と会長さんが高らかに宣言、スプラッタなホラーの時間は終了。食べられた筈の教頭先生が床に倒れていて、ブルー・オーキッドの鉢がその脇に。
「…君もやるねえ、ぼくもここまでのサイオニック・ドリームは久しぶりだよ」
人類軍を相手にホラーな攻撃をお見舞いしたってここまでのは滅多に…、と言うソルジャー。
「でもまあ、君に食べられたんだし、ハーレイも多分、本望だろうね」
「どうなんだろう? 懲りずに触るかな、ブルー・オーキッド」
「血を吸われている間は、極楽気分になる仕様だしね」
気分は天国、と微笑むソルジャーも抜け目なく仕掛けをしていたらしいです。そうなってくると、教頭先生、天国目当てに…。
「…また血を吸わせて遊ぶんでしょうか?」
「でもって、やり過ぎて食われるオチだぜ、バリバリと…」
それでもきっと懲りねえんだよ、とサム君が唸って、私たちもそうだと思いました。モンキー・オーキッドから生まれたブルー・オーキッド、ホラーな鉢と、ソルジャーの世界の美味しい鉢と。二通りのが出来ちゃいましたが、どっちがいいかと言われたら…。
「…美味しい鉢の方だよねえ?」
「教頭先生はそれの存在を御存知ないがな…」
ホラーな鉢でも美味しいだろう、とキース君。またバリバリと食われちゃっても、懲りずに触っていそうです。下手なホラー映画よりもスプラッタな中継、また見る機会が来そうな感じ。ブルー・オーキッドの花が枯れるまで、きっとホラーでスプラッタですね…?
顔を持った蘭・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
ソルジャーがサイオニック・ドリームで作った、ブルーの顔をしている蘭。それも二種類。
教頭先生用はホラーですけど、癖になるかも。なお、モデルの蘭は実在してます、本当です。
次回は 「第3月曜」 6月21日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、5月といえばGW。シャングリラ号で楽しく過ごした結果は…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv