シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
カテゴリー「シャングリラ学園・番外編」の記事一覧
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
今年も夏休みがやって来ました。初日に会長さんの家に集まり、予定を決めるのが毎年恒例。柔道部の合宿とジョミー君とサム君の璃慕恩院での修行体験ツアーが済んだら、三日間のお疲れ休みを挟んでマツカ君の山の別荘です。その後はお盆を挟んで海の別荘、そういった所。
予定を決めた翌日から始まった合宿と修行、お留守番組のスウェナちゃんと私は会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」、フィシスさんと夏休みを満喫して…。
「かみお~ん♪ お帰りなさいーっ!」
合宿と修行、お疲れ様! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び跳ねている会長さんの家のリビング。一週間もの合宿や修行を終えた男の子たちが帰って来ました。
「うー…。今年も死んだー…」
もう駄目だ、と音を上げているジョミー君。修行の中身は子供向けでも、食事が精進料理というのが酷くこたえるらしいです。
「お前な…。今からそんな調子で、この先、どうする」
住職の資格を取る道場だと精進料理が三週間だぞ、とキース君が睨んでいますけど。
「だから、そっちは行かないってば…。坊主になってもロクなことが無いって知ってるし」
「なんだと!?」
「間違ってないと思うけど? …キース、今日だって卒塔婆書きだよね?」
お盆に向けて、とジョミー君の指摘。
「それはそうだが…。確かに今朝もノルマをこなして出て来たが…」
「ほらね、毎年、お盆の時期には卒塔婆、卒塔婆って言ってるし…。大変そうだし!」
春と秋にはお彼岸もあるし、十月になったらお十夜だって…、とズラズラと挙げたジョミー君。お寺の行事を把握しつつある辺り、既にお坊さんへの道が開けていませんか?
「それは無いって! ぼくは絶対、ならないから!」
「罰当たりめが! 銀青様の直弟子のくせに!」
この野郎、とキース君が怒鳴りましたが、会長さんが。
「まあまあ、今日はそのくらいでね? ジョミーも気が立っているんだよ」
「そだよ、お肉が食べられないのはキツイもん!」
だけど、おやつの時間に焼肉はちょっと…、とキッチンに走った「そるじゃぁ・ぶるぅ」。お肉なおやつは存在しないと思ったんですけど、暫く待ったら熱々の小籠包がドッサリと。冷たいジャスミンティーも出て来ましたし、お肉抜きだったイライラはこれで解消ですね!
小籠包でお肉を補給したジョミー君に笑顔が戻って、午前中は時ならぬ中華点心パーティー。お昼御飯の焼肉はまた別腹とばかりに色々と食べて盛り上がっていたら。
「こんにちはーっ! こっちは今日も暑そうだねえ!」
フワリと翻った紫のマント。別の世界から押し掛けて来たお客様です。
「…君が来た途端に、一気に暑くなった気がするけれど?」
会長さんの嫌味も気にせず、空いていたソファにストンと座ってしまったソルジャー。ちゃっかり着替えた私服は会長さんの家に置いてあるソルジャーの私物。
「暑いんだったら、クーラーをもっと強くするのがいいと思うよ」
でなきゃサイオンでシールドだね、とソルジャーは素早く取り皿を確保。あれこれと食べて楽しめるように、小皿が積み上げてあったんです。お箸は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が取りに走って、これでソルジャーも仲間入りで。
「うん、美味しい! 暑い季節でも、蒸し立ての餃子とかは美味しいものだね」
「んーとね、中華の国では夏もお料理は熱いものなの! 冷たい食べ物は身体に悪いの!」
本当だよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「だからね、あの国で一番暑い場所だと、夏のお料理はお鍋だから!」
「「「鍋!?」」」
鍋というのはあの鍋ですかね、冬に美味しい土鍋とかでグツグツ煮えてるお鍋…?
「うんっ! 火鍋ってあるでしょ、真ん中で仕切って辛いスープが二種類入っているお鍋!」
「…あの辛いヤツ? 赤い方が辛いように見えるけど、白い方がもっと辛いアレのこと?」
激辛だけど、とジョミー君が確認すると。
「そうだけど…? 火鍋は夏に食べるものなの、本場では!」
熱くて辛い火鍋を食べて汗をダラダラ、それが身体にいいそうですけど…。
「…それはぼくでもキツイかも…。なんだかアルタミラを思い出すよ」
ソルジャーの口から出て来た言葉は人体実験時代を指すもの。火鍋と人体実験は同列ですか?
「他の季節はともかく、夏はね! 身体の限界を試されてるって感じがするよ」
夏に食べるならこの程度、と変わり餃子や焼売なんかをパクパクと。ソルジャーの世界より、こっちの世界が断然暑いと思うんですけど…。いったい何をしに来たのでしょう、中華点心が美味しそうだったっていうだけなのかな?
中華点心パーティーの次は焼肉パーティー。ダイニングへとゾロゾロ移動で、ホットプレートや山盛りのお肉、野菜なんかもドッサリと。さあ始めるぞ、と着席したら…。
「はい、みんな揃ったし、注目、注目ーっ!」
いきなりソルジャーが手を挙げました。揃うも何も、さっきから揃っていましたけれど?
「揃ってたけど、ぼくは途中からの参加だったしね! やっぱり場所を改めないと!」
「「「は?」」」
「食事しながら会議というのも、こっちの世界じゃ多いと聞くし…。これから会議!」
「「「会議?」」」
ソルジャー夫妻や「ぶるぅ」も一緒の海の別荘行きの日程はとうに決まっています。夏休みの間にソルジャー絡みで会議をしなくちゃいけない理由は、何処にも無いと思いますが…?
「会議の議題はぼくじゃないんだよ、ぼくの永遠のテーマというヤツ!」
ゆっくり食べながら話をしよう、とソルジャーは肉を焼き始めつつ。
「…こっちのハーレイとブルーの仲はさ、今も険悪なままだからねえ…」
「失礼な! 至って良好な関係を保ってるってば、ぼくにしてみれば!」
ハーレイが間違っているだけだ、と会長さん。けれどソルジャーは取り合わずに。
「それは良好とは言わないよ。君とハーレイとが立派にカップルになってこそだよ!」
「ぼくには、そっちの趣味は無いから!」
「…そこなんだよねえ、いったい何処が違うんだと思う? …こっちのハーレイ」
「「「へ?」」」
何を訊かれたのか、まるで分かりませんでした。違うって…何が?
「こっちのハーレイと、ぼくのハーレイとの違いだよ! ぼくが思うに、それが鍵だよ!」
ぼくのハーレイにはあって、こっちのハーレイには無い何かがあるに違いない、というのがソルジャーの見解。
「誰が見たって一目瞭然、そういう違いがきっと何処かに…」
「…職業じゃないか?」
本物のキャプテンかどうかの違いが大きいのでは、とキース君が言いましたけれど、教頭先生だってシャングリラ号に乗ったらキャプテンです。シャングリラ号だって動かせますから、本物じゃないとは言い切れない気が…。
焼肉をやりつつ、ああだこうだと挙げられた違い。思い付くままに無責任なのが飛び出す傾向、下着が紅白縞かどうかという説までが出て来ましたが…。
「そうだ、補聴器じゃないですか?」
あれが決定的な違いなんじゃあ…、とシロエ君。
「「「補聴器?」」」
「ええ、補聴器をつけてらっしゃる筈ですよ? 向こうの世界においでの時は」
たまに補聴器のままで呼ばれてることもありますよね、というシロエ君の意見に目から鱗がポロリンと。キャプテン、そういえば補聴器をつけてましたっけ…。
「ああ、補聴器! ぼくも着けたままで来ちゃったけれども、外しちゃったねえ!」
こっちじゃ不自由しないから、と頷くソルジャー。
「ぼくの世界だと、シャングリラの中はミュウしかいなくて思念だらけで、補聴器無しだと困るんだよ。要らないものまで聞こえちゃってね」
だけど、こっちの世界はそういう雑音が少ないから…、とソルジャーは耳を指差して。
「雑音無しなら、ぼくもハーレイも聴力をサイオンで補えるんだよ! 補聴器が無くても!」
そういう意味でも素敵な世界だ、と言うソルジャーにシロエ君が。
「ですから、補聴器が大きな違いというヤツじゃないかと…。教頭先生がシャングリラ号に乗り込む時にも、あの補聴器は無いですよ?」
「してねえなあ…。ブルーは補聴器、着けるのによ」
ソルジャーの服を着ている時は、とサム君が賛成しましたけれど。
「あのねえ…。ぼくのは補聴器ってわけではないから! 単なる記憶装置だから!」
あれで聴力を補ってはいない、と会長さん。
「ブルーから貰ったシャングリラ号の設計図とかとセットものだよ、あれだって!」
「…ぼくの補聴器も記憶装置って面はあるしね」
なかなか便利な道具だけれど…、とソルジャーは顎に手を当てて。
「でも、ハーレイのは純粋に補聴器っていうだけだからさ…。やっぱり違いはそれなのかな?」
「ぼくはそうだと思いますけど…」
ビジュアルなのか、単なるプラスアルファなのかは分かりませんが、とシロエ君。
「決定的な違いを一つ挙げろと言うんだったら、補聴器ですね」
他の説はどれも弱いです、とキッパリと。確かにどれも弱すぎですけど、補聴器なんかが決定打ってことはあるんでしょうか…?
教頭先生とキャプテンの違いは補聴器の有無。改めて言われてみれば頷けるものの、補聴器をしているかどうかで会長さんが惚れたり、惚れなかったりするとは思えない気が…。
「うん、ぼく自身がそう断言出来るね!」
ハーレイのビジュアルがどう変わろうが、ぼくの心は変わらない! と会長さん。
「剃髪して仏の道に入って、二度と俗世に出て来ないのなら、評価もするけど!」
「邪魔者は消えろという意味かい?」
酷すぎないかい、とソルジャーが言っても、「別に?」と会長さんは涼しい顔。
「三百年以上も一方的に惚れられてるとね、ぼくの前から消えてくれた方が評価できるね!」
特に暑苦しい夏なんかは…、とピッシャリと。
「ハーレイの顔を見なくて済むなら、その選択をしてくれたハーレイに感謝だよ!」
「あのねえ…。君は、ぼくが会議を始めた理由が分かってるのかい?」
「ハーレイ同士で何処が違うかっていう話だろ?」
そして答えは出たじゃないか、と会長さんが焼肉をタレに浸けながら。
「要は補聴器、それをハーレイが着けていようが、着けていまいが、ぼくは無関係!」
どっちにしたって惚れやしない、と頬張る焼肉。
「だからハーレイが補聴器を着けて来たって、鼻で笑うね!」
そんなものでモテる気になったのかと馬鹿にするだけ、と次の肉をホットプレートへ。焼けるのを待つ間は野菜とばかりに、タマネギとかを取ってますけど…。
「うーん…。ビジュアル面では補聴器をしたって効果はゼロ、と」
何の進歩も見られないのか、と難しい顔をするソルジャー。
「…使えそうだと思ったんだけどな、補聴器が違いだと言うのなら!」
「無理がありすぎだと俺は思うが?」
補聴器を着ければブルーが惚れると言うんだったら、とうにキャプテンにときめいている、とキース君がキッパリと。
「同じ顔だし、見た目も全く同じだし…。補聴器を着けている時に会ったらイチコロの筈だ」
「それもそうだね…。でもさ、補聴器は使えそうなのに…」
ソルジャーは補聴器に未練たらたら、キース君は呆れたように。
「補聴器は所詮は補聴器だろうが、それ以上の機能は無いんだからな」
聞き耳頭巾じゃあるまいし、と引き合いに出された昔話。そういう話がありましたっけね、被ると動物が喋っている言葉が分かるっていう頭巾でしたっけ…。
私たちにとっては馴染みの昔話が聞き耳頭巾。けれど、別の世界から来たソルジャーには理解不能なものだったらしく。
「なんだい、聞き耳頭巾って?」
それは補聴器の一種なのかい、と斜め上すぎるソルジャーの解釈。まあ、間違ってはいないんですかね、動物の声に関する聴力がアップするという意味では…。
「そうか、あんたは知らんのか…。詳しい話は、ぶるぅに絵本でも借りて読むんだな」
俺たちの国では有名な昔話で…、とキース君。
「そういう名前の頭巾があってな、それを被ると動物が喋る言葉が分かるというわけだ」
「へえ…。布巾を頭に被るのかい?」
なんだか間抜けなビジュアルだねえ…、と赤い瞳を丸くしているソルジャー。頭巾という言葉自体が馴染みが無かったみたいです。キース君は「頭巾だ、頭巾!」と自分の頭に手をやって。
「帽子の一種と言うべきか…。似たような形の被り物なら坊主も被るぞ」
「なるほどね…。ビジュアルは間抜けなわけじゃないんだ」
「当然だろう!」
笑い話じゃないんだからな、とキース君はフウと溜息を。
「動物の言葉が聞こえるようになったお蔭で、最後は御褒美を貰うという話なんだ!」
「御褒美ねえ…。聞こえない筈の言葉が聞こえたお蔭で?」
「そうなるな。動物たちだけが知っている世界の事情が聞こえたお蔭なんだし」
人間の言葉しか分からないのでは知りようもないことが分かったわけだ、とキース君。
「そんな具合に、凄い機能があると言うなら補聴器の出番もあるんだろうが…」
「ただの補聴器では無駄ですよね」
やたらうるさいだけですよ、とシロエ君も。
「ぼくが見付けた違いですけど、違うっていうだけですね。…補聴器に効果はありませんよ」
モテるアイテムとしての効果は…、と言い出しっぺのシロエ君にまで否定されてしまった補聴器の効果。教頭先生が補聴器を着けても、会長さんが惚れる筈なんかが無いんですから。
「うーん…。やっぱり駄目なのかなあ…」
絶対に補聴器だと思うんだけど、とソルジャーはまだブツブツと。
「…イチかバチかで着けさせようかな、この夏休み…」
「労力の無駄だと思うけど?」
それでもいいなら好きにしたまえ、と会長さん。私たちもそう思いますです、補聴器なんかは耳が聞こえる教頭先生には暑苦しいだけのアイテムですよ!
こうして焼肉パーティーは終わり、ソルジャーは帰って行きました。翌日からはキース君がお盆に備えて卒塔婆書きを続け、三日後にはマツカ君の山の別荘へと出発です。爽やかな高原で馬に乗ったり、湖でボート遊びをしたりと大満足の別荘での日々。快適に過ごして戻って来て…。
「くっそお…。アルテメシアはやっぱり暑いな」
昨日までが天国だっただけだな、とキース君の愚痴。例によって会長さんの家のリビングです。
「仕方ないですよ、此処とは気候が違いますから」
あっちは山です、とマツカ君。
「流石に高原の涼しさまでは持って帰れませんしね、諦めるしかないですよ」
「それは分かるんだが…。充分、分かっちゃいるんだが!」
しかし朝から暑すぎなんだ、と呻くキース君は早朝から卒塔婆を書いて来たとか。夜明け前から書いていたのに、既に蒸し暑かったのだそうで。
「…まだ続くかと思うとウンザリするな…。暑さも、それに卒塔婆書きもだ!」
「大変だねえ…。毎日、毎日、お疲れ様」
ぼくの世界には無い行事だけれど、と降って湧いたのがソルジャーです。またしてもおやつ目当てでしょうか、マンゴーのアイスチーズケーキですけれど…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
はい、どうぞ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサッと差し出すアイスケーキのお皿。ソルジャーは当然のようにソファに座って、アイスケーキを平らげて…。
「どうかな、これ?」
「「「???」」」
ジャジャーン! と効果音つきでソルジャーが取り出したものは補聴器でした。キャプテンがたまに着けてるヤツです。
「えーっと…。これは補聴器かい?」
君のハーレイの、と会長さんが尋ねると。
「違うよ、こっちのハーレイ用だよ! 中古じゃないから!」
ちゃんと一から作らせたのだ、とソルジャーは胸を張りました。
「この前、シロエが言っていたしね、ぼくのハーレイとこっちのハーレイの違いはコレだと!」
「あのねえ…」
ぼくは補聴器の有無で惚れはしないと結論が出てた筈だけど、と会長さん。ソルジャーも暑さでボケてますかね、こっちの世界は暑いですしね…?
教頭先生がキャプテンと同じ補聴器を着けても、会長さんが惚れる可能性はゼロ。だから無駄だと会長さんがキッパリ言っていたのに、ソルジャーは作って来たようです。ソルジャーが自分で作ったわけではないでしょうけど。
「ああ、それは…。ぼくにはこういう細かい作業は向いてないしね!」
専門の部門で作らせたから、という返事。また時間外に働いて貰って、記憶を消去で、御礼はソルジャーの視察っていう酷いコースですね?
「そのコースは酷くないんだってば、ソルジャー直々の労いの言葉は価値が高いんだよ!」
士気だってグンと高まるんだから、と相変わらずソルジャーの立場を悪用している模様。でも、補聴器は作るだけ無駄なアイテムですから、作らされた人は気の毒としか…。
「それが無駄でもないんだな! この補聴器は特別だから!」
「…記憶装置になってるとか?」
会長さんが訊くと、ソルジャーは。
「もっと素晴らしい補聴器だよ! ハーレイが着ければ分かるって!」
何処にいるかな、と教頭先生の家の方へと視線をやって。
「よし、今はリビングでのんびりしてる、と…。ちょっと呼ぶから!」
「「「え?」」」
呼ぶって教頭先生を…、と思った途端に青いサイオンがパアッと溢れて、リビングに教頭先生が。
「な、なんだ!?」
どうしたのだ、と慌てる教頭先生ですけれど。
「ごめん、用事があったものだから…。君にプレゼントをしたくって」
「プレゼント…ですか?」
ソルジャーに気付いて敬語に切り替えた教頭先生。ソルジャーは補聴器を差し出して。
「これがなんだか分かるかな?」
「…あなたの世界のキャプテン用の補聴器ですね?」
「ピンポーン! このタイプのヤツはハーレイ専用、他の仲間は使っていないってね!」
ちょっと着けてみてくれるかな、とソルジャーは言ったのですけれど。
「…お気持ちは大変有難いのですが…。生憎と私は、耳は達者な方でして…」
補聴器などを着けたら却って聴力が落ちてしまいそうです、と教頭先生は真面目に答えました。言われてみれば、その心配があるような…。イヤホンだとかヘッドホンだと、大音量で聴き続けていたら聴力がアウトでしたっけね…?
教頭先生が装着しても無駄などころか、聴力が低下しそうな補聴器。なんて使えないアイテムなんだ、と誰もが思ったんですけれども、ソルジャーは。
「聴力の方なら、何も心配は要らないってね! 君の聴力に合わせてあるから!」
補聴器で耳が覆われて聞こえにくくなるのを補う程度、と自信満々。
「ぼくの世界の技術者の腕を信用したまえ、そこは完璧!」
「ですが…。どうして私に補聴器なのです?」
そこまでして下さる意味が分かりませんが、と教頭先生の疑問は尤もなもの。
「それなんだけどね…。ぼくのハーレイと君との大きな違いは補聴器の有無だとシロエがね!」
「言いましたけど、補聴器があればモテるとまでは言ってませんよ!」
「モテる…?」
補聴器でですか、とキョトンとしている教頭先生。
「私がこれを着けたくらいで、ブルーが惚れてくれますか…?」
「物は試しと言うからね! 着けたくらいで減りはしないし、試してみてよ」
せっかく作って来たんだから、とソルジャーが促し、教頭先生は会長さんの冷たい視線を気にしてはいても、補聴器の方も捨て難いらしく。
「…では、失礼して…」
試させて頂きます、と右の耳に着けて、左耳にも。顔だけを見たら立派にキャプテンですけど、あの制服の代わりにラフな夏用の半袖シャツにジーンズでは…。
「…どうだろうか?」
これは似合うか、と尋ねられても、正直な所を答えるより他は無いでしょう。
「…失礼だとは百も承知ですが…。今日のような服だと…」
あまり似合っておられないような、とキース君が言えば、シロエ君も。
「そうですね…。背広とかなら、なんとかなるかもしれませんけど…」
「柔道着にも似合いませんね…」
多分、と控えめに述べるマツカ君。私たちも口々に「似合わない」と言って、会長さんが。
「ハッキリ言うけど、もう最悪にセンス悪いから!」
「そうか、そう言ってくれるのか…!」
何故だかパアアッと輝きに満ちた表情になった教頭先生。センス最悪って言われて嬉しい気分になるものでしょうか。それとも会長さんからも「これは駄目だ」と言って貰えて、ソルジャーからの無駄な贈り物を突き返せそうな所がポイントとっても高いんですかね…?
誰の目で見てもお洒落ではない、補聴器を着けた教頭先生。キャプテンの場合は「お洒落じゃない」とは思いませんから、あの制服が大きいのかもしれません。会長さんでなくてもセンス最悪としか言えない姿は、褒めようが全く無いんですけど…。
「まさかブルーが褒めてくれるとは…。着けてみるものだな、補聴器も」
教頭先生の口から出て来た言葉は、まるで逆さになっていました。センス最悪は褒め言葉ではないと思うんですけど、あの補聴器、聞こえにくいんですか…?
「どう聞いたら、そうなるんだい? ぼくは最悪だと言ったんだけどね?」
「有難い…! ここまで褒めて貰えるとは…!」
なんと素晴らしい贈り物だろう、と教頭先生は感激の面持ち。
「いいのでしょうか、これを私が貰っても…? 製作にかかった分の費用はお支払いしますが」
こちらの世界のお金でよろしければ…、とズボンのお尻に手をやってから。
「す、すみません、財布は家でした! また改めてお支払いさせて頂きますので…!」
どうやら財布を持っておいでじゃなかったようです。外出の時はズボンのポケットに突っ込む習慣があるのでしょう。ソルジャーは「いいよ」と手を振って。
「ぼくの世界で作ったヤツだし、そんなに高くもないものだしね。それに、プレゼントだと言っただろう? お金を貰っちゃ、本末転倒!」
プレゼントの意味が無くなっちゃうよ、と気前のいい話。
「その補聴器はタダで持って行ってよ、ぼくのハーレイには使えないしね」
聴力を補助する機能が無いのに等しいから…、と言うソルジャー。
「君専用だよ、モテるためには欠かせないってね!」
「そのようです。…まさか補聴器を着けたくらいで私の世界が変わるとは…!」
今でも信じられない気持ちがします、と教頭先生は大喜びで。
「これは有難く頂戴させて頂きます。…そして、シロエのアイデアでしたか?」
「そうだよ、シロエが気付いたんだよ。ぼくのハーレイと君との違いは補聴器だとね」
シロエにも御礼を言いたまえ、と促された教頭先生はシロエ君の方に向き直って。
「感謝する、シロエ…! この件の御礼に、家に菓子でも送っておこう」
好物はブラウニーで良かっただろうか、と尋ねられたシロエ君は「そうですねえ…」と。
「ブラウニーも好きなんですけど、今の季節はアイスクリームもいいですね」
「分かった、アイスクリームだな?」
何処のアイスが好みだろうか、という質問にシロエ君が調子に乗って高級店のを挙げてますけど、教頭先生、ちゃんと復唱してますねえ…?
シロエ君の注文、べらぼうにお高いお店のアイスクリームの詰め合わせセット。それを買うべく、教頭先生はいそいそと帰ってゆかれました。ソルジャーに瞬間移動で家まで送って貰って、それから車でお出掛けです。「補聴器は外では外すんだよ?」と念を押されて。
「えーっと…。ぼく、儲かったみたいですね?」
あそこのアイスをセットで買って貰えるなんて、と棚から牡丹餅なシロエ君。お使い物で貰うことはあっても、なかなか買っては貰えないとか。それはそうでしょう、高いんですから。
「お前、上手いことやったよなあ…。つか、教頭先生、ちゃんと聞こえてたよな?」
店の名前もアイスの種類も、とサム君が首を捻っています。
「うん、聞こえてたよね…」
聞き間違えてはいなかったよ、とジョミー君も。
「だけど、ブルーが言ってた台詞は、自分に都合よく聞き間違えていたような…」
「俺もそう思う。まるで逆様としか言えない感じで、意味を取り違えてらっしゃったような…」
補聴器のせいで聞こえにくいのなら、シロエの注文も同じ方向へ行く筈なんだが、とキース君。
「アイスクリームは聞こえたとしても、その辺で売ってる安いヤツとかな」
「…そう言われれば…。割引セールのアイスでもいいわけですよね、アイスでさえあれば」
聞き間違えの件を忘れてました、とシロエ君。
「ぼくにお菓子を下さると言うので、ついつい調子に乗りましたけど…。あの補聴器、まさか、会長の言葉だけが聞こえにくい仕様じゃないでしょうね?」
それなら辻褄が合いますが…、というシロエ君の疑問に、ソルジャーが。
「惜しい! いい所まで行っているんだけどねえ、シロエの推理」
「は?」
会長限定というのが合ってますか、とシロエ君が訊き返すと。
「そうなんだよ! あの補聴器は、実は聞き耳頭巾で!」
「「「聞き耳頭巾?」」」
動物の言葉が聞こえるというアレのことですかね、でも、会長さんは動物じゃなくて人間で…。
「この上もなく人間だねえ…! 要は聞き耳頭巾の応用なんだよ!」
サイオンで細工してみましたー! とソルジャーは威張り返りました。
「あの補聴器を着けてる限りは、ブルーの言葉は悉く愛が溢れた言葉に聞こえるんだよ!」
センス最悪と言い放たれれば、センス最高と聞こえたりね、と得意満面のソルジャーですけど。つまり、さっきの教頭先生、会長さんに褒めて貰ったと本気で信じていたんですね…?
キャプテンと教頭先生の大きな違いは補聴器の有無。けれど教頭先生が補聴器を着けた所でモテるわけがない、という話のついでにキース君が持ち出したのが聞き耳頭巾。それを覚えて帰ったソルジャー、補聴器に応用したようです。それこそ自分に都合よく。
「なんていうことをするのさ、君は!」
物凄く迷惑なんだけど、と会長さんが怒鳴ると、ソルジャーは。
「…その台詞。ハーレイが此処で聞いてた場合は、こう聞こえると思うんだよねえ…。なんて素敵なアイデアだろうと、ぼくに向かって御礼の言葉で、とても嬉しいと!」
「なんでそういう方向に!」
「なんでって…。それはやっぱり、ハーレイと仲良くして欲しいからね!」
これを機会に親密な仲を目指して欲しい、とソルジャー、ニコニコ。
「お盆が済んだら、海の別荘行きが待っているしね…。この夏休みで君たちの仲がググンと前進、そうなることが目標なんだよ!」
ぼくの夏休みの目標で課題、とソルジャーの視線がキース君に。
「キースの場合は卒塔婆書きが夏の目標だしねえ、お互い、目標を高く掲げて頑張ろう!」
「縁起でもないことを言わないでくれ!」
卒塔婆書きはもう沢山だ、と頭を抱えるキース君。
「目標を高く掲げたいなどと言える余裕は俺には無いんだ、ノルマだけで正直、精一杯だ!」
今日も帰ったら卒塔婆が俺を待っているんだ、とブルブルと。
「あんたが口走った今の言葉で、数が増えたらどうしてくれる! 言霊は侮れないんだぞ!」
「そう、言霊は侮れないよ! だからこそ聞き耳頭巾が大切!」
こっちのハーレイの耳にはブルーの愛が溢れた言葉しか届かないわけで…、とソルジャーは自信に溢れていました。
「ブルーがどんなに悪く言おうが、ハーレイの心は浮き立つ一方! そして気持ちもグングン上昇してゆくわけだね、ウナギ昇りに!」
「「「ウナギ昇り?」」」
「そう! 自分はこんなに愛されている、とハーレイが自覚するのが大事!」
愛されているという自信があったら、人間は強くなれるものだし、とソルジャーは得意の絶頂で。
「あの補聴器を着けてる限りは、ハーレイは無敵! ブルーとの愛に関しては!」
そういう気持ちの高まりがあれば、愛は後からついてくる! と言ってますけど、聞き間違えをする補聴器を着けた教頭先生の方はともかく、会長さんは正気なんですけどね…?
会長さんが何を言おうが、愛に溢れた言葉に聞こえるらしい聞き耳頭巾な仕組みの補聴器。大人しくしている会長さんではない筈だ、と思いましたけど…。
「…あれ? なんで?」
ぼくのサイオンが届かない、と焦った様子の会長さん。
「ぶるぅ、代わってくれるかな? ハーレイの家から、あの補聴器を…」
「分かった、こっちに運ぶんだね!」
鏡の前に置いてあるね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が引き受けたものの。
「…あれっ、サイオン、どうなっちゃったの? えーっと、んーっと…」
届かないーっ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。補聴器を運べないようです。ソルジャーがクッと喉を鳴らして。
「ぶるぅにも無理だし、キースたちが空き巣に行っても無駄だね!」
あれはぼくからのプレゼント! と勝ち誇った声。
「勝手に奪って処分されたら困るんだよ! 聞き耳頭巾なサイオンの細工を仕掛けたついでに、ハーレイの持ち物としてキッチリ関連づけといたから!」
ハーレイ以外の手で取り外しは出来ない仕組みで、もちろん盗んで処分も出来ない、とソルジャーは補聴器にサイオンを使って良からぬ工夫をした模様。教頭先生が自分の意志でアレを装着して現れた時は、会長さんの言葉は端から甘い言葉に変換されて…。
「その通り! 嫌いだと言おうが、来るなと言おうが、ブルーの言葉は全部ハーレイの耳に都合よく届くってね! 愛してるよとか、こっちへ来てとか!」
「「「うわー…」」」
なんという迷惑なモノを作ってくれたんだ、と誰もが顔面蒼白ですけど、ソルジャーはそうは思っていなくて。
「なんでそういう風になるかな、愛は人生の彩りだよ? 素敵なパートナーと暮らしてなんぼで、愛されてなんぼ!」
この夏休みで仲を深めて、早ければ秋にも結婚式を! とソルジャーの思い込みは激しく、もう止めようがありません。こんな調子で教頭先生の耳にも、会長さんの言葉が変換されて届くのでしょう。補聴器を着ければモテると勘違いなさっているわけですし…。
「…教頭先生、ブルーに会う時は、アレ、着けるよね?」
ジョミー君の声が震えて、スウェナちゃんが。
「着けないわけがないじゃない…。モテるアイテムだと思ってらっしゃるんだもの…」
海の別荘にも持っておいでになるのよ、きっと…、と恐ろしい読み。海の別荘、怖すぎです~!
実に嬉しくない、ソルジャーから教頭先生へのプレゼント。聞き耳頭巾な補聴器を貰った教頭先生はシロエ君の家に高級アイスクリームの詰め合わせセットを送って、その足で花束を買いにお出掛けに。真紅の薔薇が五十本というそれを抱えて、もちろん補聴器持参で…。
「ぼくは受け取らないってば!」
会長さんが突き返しても、「そう照れるな」と。
「高すぎたのでは、と心配してくれる気持ちは分かる。しかし、これも男の甲斐性だからな」
惚れた相手には貢がなければ、と真紅の花束を会長さんに押し付け、「また来る」と。
「来なくていいっ!」
「おお、楽しみにしてくれるのか…! では、明日も花束持参で来よう」
それに菓子もな、という言葉で、会長さんがキッと睨み付けて。
「お菓子だったら、シロエたちの分も! 全員分で、でもって、ぼくが欲しいお菓子は…」
ここぞとばかりにズラズラと並べ立てられたお菓子、全部が超のつく高級品。教頭先生は「お安い御用だが、一日に全部食ったら腹を壊すからな」と片目を瞑って。
「よし、明日から差し入れに来るとしよう。一日に二回、午前と午後にな」
明日はコレとコレを買って来るから、と会長さんに約束、「そるじゃぁ・ぶるぅ」には。
「というわけでな、ぶるぅ、暫くお菓子作りは休みでいいぞ」
たまにはお前ものんびりしろ、と小さな頭を撫で撫で撫で。
「夏休みの間は、私が色々届けてやるから」
「ありがとう! でもでも、ぼくもお菓子は作りたいから…。ハーレイ、お土産に持って帰ってくれるかなあ? 甘くないのを作っておくから!」
「そうなのか? それなら、有難く頂くとしよう。…明日から、お前の手作り菓子だな」
では、と颯爽と立ち去る教頭先生は自信に満ちておられました。会長さんの言葉が誤変換されるというだけで勇気百倍、やる気万倍。この調子でいけば、海の別荘へ出掛ける頃には…。
「…教頭先生、一方的に両想いだと思い込んでしまわれる気がするんですけど…」
そうとしか思えないんですけど、とシロエ君が青ざめ、サム君が。
「それしかねえよな、どう考えても…」
「ほらね、補聴器は最高なんだよ! シロエのアイデアに大感謝だよ!」
秋にはブルーの結婚式だ、と浮かれるソルジャー。この人が旗を振っている限り、あの補聴器は教頭先生に自信を与え続けるのでしょう。海の別荘行きが無事に済む気が、ホントに全くしないんですけど~!
キース君が卒塔婆書きと戦う間も、教頭先生の勘違いライフは続きました。毎日、午前と午後に差し入れ、とてつもなく高いお菓子がドッサリ。会長さんには大きな花束。私たちは「何か間違っているんです」と伝えようと努力はしたのですけれど…。
「…これが本当の無駄骨だな…」
俺たちが何を言っても、ブルーの言葉で振り出しに戻る、と溜息をつくキース君。教頭先生は必ず会長さんに「そうなのか?」と確認するものですから、それに対する会長さんの返事が変換されてしまうのです。教頭先生の耳に都合がいいように。
愛の誤解は深まる一方、そうこうする内にキース君とサム君、ジョミー君が棚経に走るお盆到来。お盆が終われば、恐れ続けた恐怖の海の別荘で…。
「かみお~ん♪ やっぱり海はいいよね!」
「今年もぶるぅと遊べるもんね!」
キャイキャイとはしゃぐ「そるじゃぁ・ぶるぅ」と、そっくりさんの「ぶるぅ」。早速繰り出したプライベートビーチでは、ソルジャーとキャプテンがバカップル全開でイチャついています。
「…まただよ、あそこの二人はさ!」
結婚記念日合わせだからって迷惑な、と会長さんが吐き捨てるように言った途端に。
「すまん、あの二人が羨ましかったのだな…。申し訳ない」
気が付かなくて、と頭を深々と下げた教頭先生。
「しかし、物事には順番がだな…。まずはお前と深い仲になって、それから結婚を考えようかと」
「ちょ、ちょっと…! それは順番が逆だと思う…!」
先に結婚だと思う、と会長さんが叫びましたが。
「そうか、お前も賛成なのだな。…だったら、今夜は初めての夜といこうじゃないか」
訪ねて行くから待っていてくれ、と自信に溢れた教頭先生には何を言っても無駄でした。会長さんの拒絶は全て変換され、私たちの助け舟は座礁か沈没する有様。そんなこんなで…。
「…良かったねえ、ブルー! ついに今夜はハーレイと!」
初めての夜を迎えるわけだね、と歓喜のソルジャー。明日はソルジャー夫妻の結婚記念日、夕食は豪華な特別メニューになる筈です。その料理を全て会長さんと教頭先生に譲ると勢い込んでいて。
「結婚記念日は来年もまたあるからね! 今年は君たちを祝わないと!」
カップル成立! と拳を突き上げるソルジャー、キャプテンは放って来たのだそうで。
「こんな大切な夜に、ぼくの都合を優先するっていうのもねえ…」
君のためにも付き添いが必要になるだろうし、と満面の笑顔。
「なにしろ、こっちのハーレイは童貞らしいから…。ブルーの身体を守るためには、経験豊かな先達がサポートすべきなんだよ!」
ちゃんと隠れて指図するから心配無用、と言うソルジャー。
「この子たちと一緒にサイオン中継で見ながら指示を出すからね! ハーレイの意識の下にきちんと、次はどうするべきなのかを!」
「要らないから!」
それよりもアレを外してくれ、という会長さんの悲鳴は綺麗に無視され、教頭先生の補聴器は外されないまま。防水仕様で海にも入れた代物なだけに、まさに無敵の補聴器です。私たちはソルジャーに「君たちはこっち」と連れてゆかれて、会長さんの部屋の隣に押し込まれて…。
「はい、この画面をしっかりと見る! 劇的な瞬間を見届けないとね!」
「俺たちは全員、精神的には未成年だが!」
キース君の抵抗は「いいって、いいって」と取り合って貰えず、モザイクのサービスがあるのかどうかも分かりません。ブルブル震えて縮み上がっていたら…。
「待たせたな、ブルー」
画面の向こうに教頭先生、会長さんが枕を投げ付けましたが、全く動じず。
「恥じらう姿もいいものだ。…さあ、ブルー…」
「ぼくは絶対、嫌だってばーっ!」
会長さんはソルジャーにサイオンを封じられてしまって逃げられません。大暴れしたって、相手が教頭先生なだけに…。ん…?
「「「………」」」
教頭先生は会長さんの身体の上にのしかかったまま、意識を手放しておられました。這い出して来た会長さんのパジャマに鼻血の染みがベッタリ、これはもしかして…。
「…オーバーヒート…ですか?」
「そのようだな…」
補聴器のパワーが凄すぎたようだ、とキース君。会長さんが上げた悲鳴をどういう風に変換したかは謎ですけれども、嫌だと叫べば逆の方向に変換されるわけですし…。
「…しまった、加減を誤ったかも…」
ハーレイには刺激が強すぎたかも、とソルジャーが歯噛みしています。でもでも、刺激が強すぎるも何も、教頭先生は元からヘタレな鼻血体質ですよ…?
「…それもあったっけ…。妄想までは逞しくっても、その先が…」
悉く駄目というのがハーレイだった、とガックリしているソルジャーの背後に会長さんが音もなく忍び寄っていました。サイオンは未だに使えないのか、ハリセンで殴るみたいです。
(((………)))
暴力反対を唱える人は誰もおらず、それはいい音が響き渡って…。
「あの補聴器! 使えないんだから、もう外したまえ!」
「ちょっと待ってよ、今、改良の余地を考えてるから、もう少しだけ!」
「問答無用!!」
食らえ! と炸裂するハリセン。ソルジャーもシールドを忘れているのか、散々に殴られまくっています。今の間に、あの補聴器…。
「ええ、今だったら外せますよね?」
行きましょう! と補聴器騒動の発端になったシロエ君が駆け出し、私たちは補聴器を教頭先生の耳から奪い取りました。ソルジャーはまだハリセンでバンバンやられてますから、今の内。「そるじゃぁ・ぶるぅ」にサイオンを使って壊して貰って、めでたし、めでたしな結末ですよ~!
補聴器の効果・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
教頭先生とキャプテンの違いは、確かに補聴器。けれど、それだけでは何の意味も無し。
そこで工夫したソルジャーですけど、とんでもない効果が炸裂。無事に奪えて良かったです。
次回は 「第3月曜」 8月15日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、7月と言えば夏休み。マツカ君の山の別荘行きが楽しみで…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
今年も夏休みがやって来ました。初日に会長さんの家に集まり、予定を決めるのが毎年恒例。柔道部の合宿とジョミー君とサム君の璃慕恩院での修行体験ツアーが済んだら、三日間のお疲れ休みを挟んでマツカ君の山の別荘です。その後はお盆を挟んで海の別荘、そういった所。
予定を決めた翌日から始まった合宿と修行、お留守番組のスウェナちゃんと私は会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」、フィシスさんと夏休みを満喫して…。
「かみお~ん♪ お帰りなさいーっ!」
合宿と修行、お疲れ様! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び跳ねている会長さんの家のリビング。一週間もの合宿や修行を終えた男の子たちが帰って来ました。
「うー…。今年も死んだー…」
もう駄目だ、と音を上げているジョミー君。修行の中身は子供向けでも、食事が精進料理というのが酷くこたえるらしいです。
「お前な…。今からそんな調子で、この先、どうする」
住職の資格を取る道場だと精進料理が三週間だぞ、とキース君が睨んでいますけど。
「だから、そっちは行かないってば…。坊主になってもロクなことが無いって知ってるし」
「なんだと!?」
「間違ってないと思うけど? …キース、今日だって卒塔婆書きだよね?」
お盆に向けて、とジョミー君の指摘。
「それはそうだが…。確かに今朝もノルマをこなして出て来たが…」
「ほらね、毎年、お盆の時期には卒塔婆、卒塔婆って言ってるし…。大変そうだし!」
春と秋にはお彼岸もあるし、十月になったらお十夜だって…、とズラズラと挙げたジョミー君。お寺の行事を把握しつつある辺り、既にお坊さんへの道が開けていませんか?
「それは無いって! ぼくは絶対、ならないから!」
「罰当たりめが! 銀青様の直弟子のくせに!」
この野郎、とキース君が怒鳴りましたが、会長さんが。
「まあまあ、今日はそのくらいでね? ジョミーも気が立っているんだよ」
「そだよ、お肉が食べられないのはキツイもん!」
だけど、おやつの時間に焼肉はちょっと…、とキッチンに走った「そるじゃぁ・ぶるぅ」。お肉なおやつは存在しないと思ったんですけど、暫く待ったら熱々の小籠包がドッサリと。冷たいジャスミンティーも出て来ましたし、お肉抜きだったイライラはこれで解消ですね!
小籠包でお肉を補給したジョミー君に笑顔が戻って、午前中は時ならぬ中華点心パーティー。お昼御飯の焼肉はまた別腹とばかりに色々と食べて盛り上がっていたら。
「こんにちはーっ! こっちは今日も暑そうだねえ!」
フワリと翻った紫のマント。別の世界から押し掛けて来たお客様です。
「…君が来た途端に、一気に暑くなった気がするけれど?」
会長さんの嫌味も気にせず、空いていたソファにストンと座ってしまったソルジャー。ちゃっかり着替えた私服は会長さんの家に置いてあるソルジャーの私物。
「暑いんだったら、クーラーをもっと強くするのがいいと思うよ」
でなきゃサイオンでシールドだね、とソルジャーは素早く取り皿を確保。あれこれと食べて楽しめるように、小皿が積み上げてあったんです。お箸は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が取りに走って、これでソルジャーも仲間入りで。
「うん、美味しい! 暑い季節でも、蒸し立ての餃子とかは美味しいものだね」
「んーとね、中華の国では夏もお料理は熱いものなの! 冷たい食べ物は身体に悪いの!」
本当だよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「だからね、あの国で一番暑い場所だと、夏のお料理はお鍋だから!」
「「「鍋!?」」」
鍋というのはあの鍋ですかね、冬に美味しい土鍋とかでグツグツ煮えてるお鍋…?
「うんっ! 火鍋ってあるでしょ、真ん中で仕切って辛いスープが二種類入っているお鍋!」
「…あの辛いヤツ? 赤い方が辛いように見えるけど、白い方がもっと辛いアレのこと?」
激辛だけど、とジョミー君が確認すると。
「そうだけど…? 火鍋は夏に食べるものなの、本場では!」
熱くて辛い火鍋を食べて汗をダラダラ、それが身体にいいそうですけど…。
「…それはぼくでもキツイかも…。なんだかアルタミラを思い出すよ」
ソルジャーの口から出て来た言葉は人体実験時代を指すもの。火鍋と人体実験は同列ですか?
「他の季節はともかく、夏はね! 身体の限界を試されてるって感じがするよ」
夏に食べるならこの程度、と変わり餃子や焼売なんかをパクパクと。ソルジャーの世界より、こっちの世界が断然暑いと思うんですけど…。いったい何をしに来たのでしょう、中華点心が美味しそうだったっていうだけなのかな?
中華点心パーティーの次は焼肉パーティー。ダイニングへとゾロゾロ移動で、ホットプレートや山盛りのお肉、野菜なんかもドッサリと。さあ始めるぞ、と着席したら…。
「はい、みんな揃ったし、注目、注目ーっ!」
いきなりソルジャーが手を挙げました。揃うも何も、さっきから揃っていましたけれど?
「揃ってたけど、ぼくは途中からの参加だったしね! やっぱり場所を改めないと!」
「「「は?」」」
「食事しながら会議というのも、こっちの世界じゃ多いと聞くし…。これから会議!」
「「「会議?」」」
ソルジャー夫妻や「ぶるぅ」も一緒の海の別荘行きの日程はとうに決まっています。夏休みの間にソルジャー絡みで会議をしなくちゃいけない理由は、何処にも無いと思いますが…?
「会議の議題はぼくじゃないんだよ、ぼくの永遠のテーマというヤツ!」
ゆっくり食べながら話をしよう、とソルジャーは肉を焼き始めつつ。
「…こっちのハーレイとブルーの仲はさ、今も険悪なままだからねえ…」
「失礼な! 至って良好な関係を保ってるってば、ぼくにしてみれば!」
ハーレイが間違っているだけだ、と会長さん。けれどソルジャーは取り合わずに。
「それは良好とは言わないよ。君とハーレイとが立派にカップルになってこそだよ!」
「ぼくには、そっちの趣味は無いから!」
「…そこなんだよねえ、いったい何処が違うんだと思う? …こっちのハーレイ」
「「「へ?」」」
何を訊かれたのか、まるで分かりませんでした。違うって…何が?
「こっちのハーレイと、ぼくのハーレイとの違いだよ! ぼくが思うに、それが鍵だよ!」
ぼくのハーレイにはあって、こっちのハーレイには無い何かがあるに違いない、というのがソルジャーの見解。
「誰が見たって一目瞭然、そういう違いがきっと何処かに…」
「…職業じゃないか?」
本物のキャプテンかどうかの違いが大きいのでは、とキース君が言いましたけれど、教頭先生だってシャングリラ号に乗ったらキャプテンです。シャングリラ号だって動かせますから、本物じゃないとは言い切れない気が…。
焼肉をやりつつ、ああだこうだと挙げられた違い。思い付くままに無責任なのが飛び出す傾向、下着が紅白縞かどうかという説までが出て来ましたが…。
「そうだ、補聴器じゃないですか?」
あれが決定的な違いなんじゃあ…、とシロエ君。
「「「補聴器?」」」
「ええ、補聴器をつけてらっしゃる筈ですよ? 向こうの世界においでの時は」
たまに補聴器のままで呼ばれてることもありますよね、というシロエ君の意見に目から鱗がポロリンと。キャプテン、そういえば補聴器をつけてましたっけ…。
「ああ、補聴器! ぼくも着けたままで来ちゃったけれども、外しちゃったねえ!」
こっちじゃ不自由しないから、と頷くソルジャー。
「ぼくの世界だと、シャングリラの中はミュウしかいなくて思念だらけで、補聴器無しだと困るんだよ。要らないものまで聞こえちゃってね」
だけど、こっちの世界はそういう雑音が少ないから…、とソルジャーは耳を指差して。
「雑音無しなら、ぼくもハーレイも聴力をサイオンで補えるんだよ! 補聴器が無くても!」
そういう意味でも素敵な世界だ、と言うソルジャーにシロエ君が。
「ですから、補聴器が大きな違いというヤツじゃないかと…。教頭先生がシャングリラ号に乗り込む時にも、あの補聴器は無いですよ?」
「してねえなあ…。ブルーは補聴器、着けるのによ」
ソルジャーの服を着ている時は、とサム君が賛成しましたけれど。
「あのねえ…。ぼくのは補聴器ってわけではないから! 単なる記憶装置だから!」
あれで聴力を補ってはいない、と会長さん。
「ブルーから貰ったシャングリラ号の設計図とかとセットものだよ、あれだって!」
「…ぼくの補聴器も記憶装置って面はあるしね」
なかなか便利な道具だけれど…、とソルジャーは顎に手を当てて。
「でも、ハーレイのは純粋に補聴器っていうだけだからさ…。やっぱり違いはそれなのかな?」
「ぼくはそうだと思いますけど…」
ビジュアルなのか、単なるプラスアルファなのかは分かりませんが、とシロエ君。
「決定的な違いを一つ挙げろと言うんだったら、補聴器ですね」
他の説はどれも弱いです、とキッパリと。確かにどれも弱すぎですけど、補聴器なんかが決定打ってことはあるんでしょうか…?
教頭先生とキャプテンの違いは補聴器の有無。改めて言われてみれば頷けるものの、補聴器をしているかどうかで会長さんが惚れたり、惚れなかったりするとは思えない気が…。
「うん、ぼく自身がそう断言出来るね!」
ハーレイのビジュアルがどう変わろうが、ぼくの心は変わらない! と会長さん。
「剃髪して仏の道に入って、二度と俗世に出て来ないのなら、評価もするけど!」
「邪魔者は消えろという意味かい?」
酷すぎないかい、とソルジャーが言っても、「別に?」と会長さんは涼しい顔。
「三百年以上も一方的に惚れられてるとね、ぼくの前から消えてくれた方が評価できるね!」
特に暑苦しい夏なんかは…、とピッシャリと。
「ハーレイの顔を見なくて済むなら、その選択をしてくれたハーレイに感謝だよ!」
「あのねえ…。君は、ぼくが会議を始めた理由が分かってるのかい?」
「ハーレイ同士で何処が違うかっていう話だろ?」
そして答えは出たじゃないか、と会長さんが焼肉をタレに浸けながら。
「要は補聴器、それをハーレイが着けていようが、着けていまいが、ぼくは無関係!」
どっちにしたって惚れやしない、と頬張る焼肉。
「だからハーレイが補聴器を着けて来たって、鼻で笑うね!」
そんなものでモテる気になったのかと馬鹿にするだけ、と次の肉をホットプレートへ。焼けるのを待つ間は野菜とばかりに、タマネギとかを取ってますけど…。
「うーん…。ビジュアル面では補聴器をしたって効果はゼロ、と」
何の進歩も見られないのか、と難しい顔をするソルジャー。
「…使えそうだと思ったんだけどな、補聴器が違いだと言うのなら!」
「無理がありすぎだと俺は思うが?」
補聴器を着ければブルーが惚れると言うんだったら、とうにキャプテンにときめいている、とキース君がキッパリと。
「同じ顔だし、見た目も全く同じだし…。補聴器を着けている時に会ったらイチコロの筈だ」
「それもそうだね…。でもさ、補聴器は使えそうなのに…」
ソルジャーは補聴器に未練たらたら、キース君は呆れたように。
「補聴器は所詮は補聴器だろうが、それ以上の機能は無いんだからな」
聞き耳頭巾じゃあるまいし、と引き合いに出された昔話。そういう話がありましたっけね、被ると動物が喋っている言葉が分かるっていう頭巾でしたっけ…。
私たちにとっては馴染みの昔話が聞き耳頭巾。けれど、別の世界から来たソルジャーには理解不能なものだったらしく。
「なんだい、聞き耳頭巾って?」
それは補聴器の一種なのかい、と斜め上すぎるソルジャーの解釈。まあ、間違ってはいないんですかね、動物の声に関する聴力がアップするという意味では…。
「そうか、あんたは知らんのか…。詳しい話は、ぶるぅに絵本でも借りて読むんだな」
俺たちの国では有名な昔話で…、とキース君。
「そういう名前の頭巾があってな、それを被ると動物が喋る言葉が分かるというわけだ」
「へえ…。布巾を頭に被るのかい?」
なんだか間抜けなビジュアルだねえ…、と赤い瞳を丸くしているソルジャー。頭巾という言葉自体が馴染みが無かったみたいです。キース君は「頭巾だ、頭巾!」と自分の頭に手をやって。
「帽子の一種と言うべきか…。似たような形の被り物なら坊主も被るぞ」
「なるほどね…。ビジュアルは間抜けなわけじゃないんだ」
「当然だろう!」
笑い話じゃないんだからな、とキース君はフウと溜息を。
「動物の言葉が聞こえるようになったお蔭で、最後は御褒美を貰うという話なんだ!」
「御褒美ねえ…。聞こえない筈の言葉が聞こえたお蔭で?」
「そうなるな。動物たちだけが知っている世界の事情が聞こえたお蔭なんだし」
人間の言葉しか分からないのでは知りようもないことが分かったわけだ、とキース君。
「そんな具合に、凄い機能があると言うなら補聴器の出番もあるんだろうが…」
「ただの補聴器では無駄ですよね」
やたらうるさいだけですよ、とシロエ君も。
「ぼくが見付けた違いですけど、違うっていうだけですね。…補聴器に効果はありませんよ」
モテるアイテムとしての効果は…、と言い出しっぺのシロエ君にまで否定されてしまった補聴器の効果。教頭先生が補聴器を着けても、会長さんが惚れる筈なんかが無いんですから。
「うーん…。やっぱり駄目なのかなあ…」
絶対に補聴器だと思うんだけど、とソルジャーはまだブツブツと。
「…イチかバチかで着けさせようかな、この夏休み…」
「労力の無駄だと思うけど?」
それでもいいなら好きにしたまえ、と会長さん。私たちもそう思いますです、補聴器なんかは耳が聞こえる教頭先生には暑苦しいだけのアイテムですよ!
こうして焼肉パーティーは終わり、ソルジャーは帰って行きました。翌日からはキース君がお盆に備えて卒塔婆書きを続け、三日後にはマツカ君の山の別荘へと出発です。爽やかな高原で馬に乗ったり、湖でボート遊びをしたりと大満足の別荘での日々。快適に過ごして戻って来て…。
「くっそお…。アルテメシアはやっぱり暑いな」
昨日までが天国だっただけだな、とキース君の愚痴。例によって会長さんの家のリビングです。
「仕方ないですよ、此処とは気候が違いますから」
あっちは山です、とマツカ君。
「流石に高原の涼しさまでは持って帰れませんしね、諦めるしかないですよ」
「それは分かるんだが…。充分、分かっちゃいるんだが!」
しかし朝から暑すぎなんだ、と呻くキース君は早朝から卒塔婆を書いて来たとか。夜明け前から書いていたのに、既に蒸し暑かったのだそうで。
「…まだ続くかと思うとウンザリするな…。暑さも、それに卒塔婆書きもだ!」
「大変だねえ…。毎日、毎日、お疲れ様」
ぼくの世界には無い行事だけれど、と降って湧いたのがソルジャーです。またしてもおやつ目当てでしょうか、マンゴーのアイスチーズケーキですけれど…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
はい、どうぞ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサッと差し出すアイスケーキのお皿。ソルジャーは当然のようにソファに座って、アイスケーキを平らげて…。
「どうかな、これ?」
「「「???」」」
ジャジャーン! と効果音つきでソルジャーが取り出したものは補聴器でした。キャプテンがたまに着けてるヤツです。
「えーっと…。これは補聴器かい?」
君のハーレイの、と会長さんが尋ねると。
「違うよ、こっちのハーレイ用だよ! 中古じゃないから!」
ちゃんと一から作らせたのだ、とソルジャーは胸を張りました。
「この前、シロエが言っていたしね、ぼくのハーレイとこっちのハーレイの違いはコレだと!」
「あのねえ…」
ぼくは補聴器の有無で惚れはしないと結論が出てた筈だけど、と会長さん。ソルジャーも暑さでボケてますかね、こっちの世界は暑いですしね…?
教頭先生がキャプテンと同じ補聴器を着けても、会長さんが惚れる可能性はゼロ。だから無駄だと会長さんがキッパリ言っていたのに、ソルジャーは作って来たようです。ソルジャーが自分で作ったわけではないでしょうけど。
「ああ、それは…。ぼくにはこういう細かい作業は向いてないしね!」
専門の部門で作らせたから、という返事。また時間外に働いて貰って、記憶を消去で、御礼はソルジャーの視察っていう酷いコースですね?
「そのコースは酷くないんだってば、ソルジャー直々の労いの言葉は価値が高いんだよ!」
士気だってグンと高まるんだから、と相変わらずソルジャーの立場を悪用している模様。でも、補聴器は作るだけ無駄なアイテムですから、作らされた人は気の毒としか…。
「それが無駄でもないんだな! この補聴器は特別だから!」
「…記憶装置になってるとか?」
会長さんが訊くと、ソルジャーは。
「もっと素晴らしい補聴器だよ! ハーレイが着ければ分かるって!」
何処にいるかな、と教頭先生の家の方へと視線をやって。
「よし、今はリビングでのんびりしてる、と…。ちょっと呼ぶから!」
「「「え?」」」
呼ぶって教頭先生を…、と思った途端に青いサイオンがパアッと溢れて、リビングに教頭先生が。
「な、なんだ!?」
どうしたのだ、と慌てる教頭先生ですけれど。
「ごめん、用事があったものだから…。君にプレゼントをしたくって」
「プレゼント…ですか?」
ソルジャーに気付いて敬語に切り替えた教頭先生。ソルジャーは補聴器を差し出して。
「これがなんだか分かるかな?」
「…あなたの世界のキャプテン用の補聴器ですね?」
「ピンポーン! このタイプのヤツはハーレイ専用、他の仲間は使っていないってね!」
ちょっと着けてみてくれるかな、とソルジャーは言ったのですけれど。
「…お気持ちは大変有難いのですが…。生憎と私は、耳は達者な方でして…」
補聴器などを着けたら却って聴力が落ちてしまいそうです、と教頭先生は真面目に答えました。言われてみれば、その心配があるような…。イヤホンだとかヘッドホンだと、大音量で聴き続けていたら聴力がアウトでしたっけね…?
教頭先生が装着しても無駄などころか、聴力が低下しそうな補聴器。なんて使えないアイテムなんだ、と誰もが思ったんですけれども、ソルジャーは。
「聴力の方なら、何も心配は要らないってね! 君の聴力に合わせてあるから!」
補聴器で耳が覆われて聞こえにくくなるのを補う程度、と自信満々。
「ぼくの世界の技術者の腕を信用したまえ、そこは完璧!」
「ですが…。どうして私に補聴器なのです?」
そこまでして下さる意味が分かりませんが、と教頭先生の疑問は尤もなもの。
「それなんだけどね…。ぼくのハーレイと君との大きな違いは補聴器の有無だとシロエがね!」
「言いましたけど、補聴器があればモテるとまでは言ってませんよ!」
「モテる…?」
補聴器でですか、とキョトンとしている教頭先生。
「私がこれを着けたくらいで、ブルーが惚れてくれますか…?」
「物は試しと言うからね! 着けたくらいで減りはしないし、試してみてよ」
せっかく作って来たんだから、とソルジャーが促し、教頭先生は会長さんの冷たい視線を気にしてはいても、補聴器の方も捨て難いらしく。
「…では、失礼して…」
試させて頂きます、と右の耳に着けて、左耳にも。顔だけを見たら立派にキャプテンですけど、あの制服の代わりにラフな夏用の半袖シャツにジーンズでは…。
「…どうだろうか?」
これは似合うか、と尋ねられても、正直な所を答えるより他は無いでしょう。
「…失礼だとは百も承知ですが…。今日のような服だと…」
あまり似合っておられないような、とキース君が言えば、シロエ君も。
「そうですね…。背広とかなら、なんとかなるかもしれませんけど…」
「柔道着にも似合いませんね…」
多分、と控えめに述べるマツカ君。私たちも口々に「似合わない」と言って、会長さんが。
「ハッキリ言うけど、もう最悪にセンス悪いから!」
「そうか、そう言ってくれるのか…!」
何故だかパアアッと輝きに満ちた表情になった教頭先生。センス最悪って言われて嬉しい気分になるものでしょうか。それとも会長さんからも「これは駄目だ」と言って貰えて、ソルジャーからの無駄な贈り物を突き返せそうな所がポイントとっても高いんですかね…?
誰の目で見てもお洒落ではない、補聴器を着けた教頭先生。キャプテンの場合は「お洒落じゃない」とは思いませんから、あの制服が大きいのかもしれません。会長さんでなくてもセンス最悪としか言えない姿は、褒めようが全く無いんですけど…。
「まさかブルーが褒めてくれるとは…。着けてみるものだな、補聴器も」
教頭先生の口から出て来た言葉は、まるで逆さになっていました。センス最悪は褒め言葉ではないと思うんですけど、あの補聴器、聞こえにくいんですか…?
「どう聞いたら、そうなるんだい? ぼくは最悪だと言ったんだけどね?」
「有難い…! ここまで褒めて貰えるとは…!」
なんと素晴らしい贈り物だろう、と教頭先生は感激の面持ち。
「いいのでしょうか、これを私が貰っても…? 製作にかかった分の費用はお支払いしますが」
こちらの世界のお金でよろしければ…、とズボンのお尻に手をやってから。
「す、すみません、財布は家でした! また改めてお支払いさせて頂きますので…!」
どうやら財布を持っておいでじゃなかったようです。外出の時はズボンのポケットに突っ込む習慣があるのでしょう。ソルジャーは「いいよ」と手を振って。
「ぼくの世界で作ったヤツだし、そんなに高くもないものだしね。それに、プレゼントだと言っただろう? お金を貰っちゃ、本末転倒!」
プレゼントの意味が無くなっちゃうよ、と気前のいい話。
「その補聴器はタダで持って行ってよ、ぼくのハーレイには使えないしね」
聴力を補助する機能が無いのに等しいから…、と言うソルジャー。
「君専用だよ、モテるためには欠かせないってね!」
「そのようです。…まさか補聴器を着けたくらいで私の世界が変わるとは…!」
今でも信じられない気持ちがします、と教頭先生は大喜びで。
「これは有難く頂戴させて頂きます。…そして、シロエのアイデアでしたか?」
「そうだよ、シロエが気付いたんだよ。ぼくのハーレイと君との違いは補聴器だとね」
シロエにも御礼を言いたまえ、と促された教頭先生はシロエ君の方に向き直って。
「感謝する、シロエ…! この件の御礼に、家に菓子でも送っておこう」
好物はブラウニーで良かっただろうか、と尋ねられたシロエ君は「そうですねえ…」と。
「ブラウニーも好きなんですけど、今の季節はアイスクリームもいいですね」
「分かった、アイスクリームだな?」
何処のアイスが好みだろうか、という質問にシロエ君が調子に乗って高級店のを挙げてますけど、教頭先生、ちゃんと復唱してますねえ…?
シロエ君の注文、べらぼうにお高いお店のアイスクリームの詰め合わせセット。それを買うべく、教頭先生はいそいそと帰ってゆかれました。ソルジャーに瞬間移動で家まで送って貰って、それから車でお出掛けです。「補聴器は外では外すんだよ?」と念を押されて。
「えーっと…。ぼく、儲かったみたいですね?」
あそこのアイスをセットで買って貰えるなんて、と棚から牡丹餅なシロエ君。お使い物で貰うことはあっても、なかなか買っては貰えないとか。それはそうでしょう、高いんですから。
「お前、上手いことやったよなあ…。つか、教頭先生、ちゃんと聞こえてたよな?」
店の名前もアイスの種類も、とサム君が首を捻っています。
「うん、聞こえてたよね…」
聞き間違えてはいなかったよ、とジョミー君も。
「だけど、ブルーが言ってた台詞は、自分に都合よく聞き間違えていたような…」
「俺もそう思う。まるで逆様としか言えない感じで、意味を取り違えてらっしゃったような…」
補聴器のせいで聞こえにくいのなら、シロエの注文も同じ方向へ行く筈なんだが、とキース君。
「アイスクリームは聞こえたとしても、その辺で売ってる安いヤツとかな」
「…そう言われれば…。割引セールのアイスでもいいわけですよね、アイスでさえあれば」
聞き間違えの件を忘れてました、とシロエ君。
「ぼくにお菓子を下さると言うので、ついつい調子に乗りましたけど…。あの補聴器、まさか、会長の言葉だけが聞こえにくい仕様じゃないでしょうね?」
それなら辻褄が合いますが…、というシロエ君の疑問に、ソルジャーが。
「惜しい! いい所まで行っているんだけどねえ、シロエの推理」
「は?」
会長限定というのが合ってますか、とシロエ君が訊き返すと。
「そうなんだよ! あの補聴器は、実は聞き耳頭巾で!」
「「「聞き耳頭巾?」」」
動物の言葉が聞こえるというアレのことですかね、でも、会長さんは動物じゃなくて人間で…。
「この上もなく人間だねえ…! 要は聞き耳頭巾の応用なんだよ!」
サイオンで細工してみましたー! とソルジャーは威張り返りました。
「あの補聴器を着けてる限りは、ブルーの言葉は悉く愛が溢れた言葉に聞こえるんだよ!」
センス最悪と言い放たれれば、センス最高と聞こえたりね、と得意満面のソルジャーですけど。つまり、さっきの教頭先生、会長さんに褒めて貰ったと本気で信じていたんですね…?
キャプテンと教頭先生の大きな違いは補聴器の有無。けれど教頭先生が補聴器を着けた所でモテるわけがない、という話のついでにキース君が持ち出したのが聞き耳頭巾。それを覚えて帰ったソルジャー、補聴器に応用したようです。それこそ自分に都合よく。
「なんていうことをするのさ、君は!」
物凄く迷惑なんだけど、と会長さんが怒鳴ると、ソルジャーは。
「…その台詞。ハーレイが此処で聞いてた場合は、こう聞こえると思うんだよねえ…。なんて素敵なアイデアだろうと、ぼくに向かって御礼の言葉で、とても嬉しいと!」
「なんでそういう方向に!」
「なんでって…。それはやっぱり、ハーレイと仲良くして欲しいからね!」
これを機会に親密な仲を目指して欲しい、とソルジャー、ニコニコ。
「お盆が済んだら、海の別荘行きが待っているしね…。この夏休みで君たちの仲がググンと前進、そうなることが目標なんだよ!」
ぼくの夏休みの目標で課題、とソルジャーの視線がキース君に。
「キースの場合は卒塔婆書きが夏の目標だしねえ、お互い、目標を高く掲げて頑張ろう!」
「縁起でもないことを言わないでくれ!」
卒塔婆書きはもう沢山だ、と頭を抱えるキース君。
「目標を高く掲げたいなどと言える余裕は俺には無いんだ、ノルマだけで正直、精一杯だ!」
今日も帰ったら卒塔婆が俺を待っているんだ、とブルブルと。
「あんたが口走った今の言葉で、数が増えたらどうしてくれる! 言霊は侮れないんだぞ!」
「そう、言霊は侮れないよ! だからこそ聞き耳頭巾が大切!」
こっちのハーレイの耳にはブルーの愛が溢れた言葉しか届かないわけで…、とソルジャーは自信に溢れていました。
「ブルーがどんなに悪く言おうが、ハーレイの心は浮き立つ一方! そして気持ちもグングン上昇してゆくわけだね、ウナギ昇りに!」
「「「ウナギ昇り?」」」
「そう! 自分はこんなに愛されている、とハーレイが自覚するのが大事!」
愛されているという自信があったら、人間は強くなれるものだし、とソルジャーは得意の絶頂で。
「あの補聴器を着けてる限りは、ハーレイは無敵! ブルーとの愛に関しては!」
そういう気持ちの高まりがあれば、愛は後からついてくる! と言ってますけど、聞き間違えをする補聴器を着けた教頭先生の方はともかく、会長さんは正気なんですけどね…?
会長さんが何を言おうが、愛に溢れた言葉に聞こえるらしい聞き耳頭巾な仕組みの補聴器。大人しくしている会長さんではない筈だ、と思いましたけど…。
「…あれ? なんで?」
ぼくのサイオンが届かない、と焦った様子の会長さん。
「ぶるぅ、代わってくれるかな? ハーレイの家から、あの補聴器を…」
「分かった、こっちに運ぶんだね!」
鏡の前に置いてあるね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が引き受けたものの。
「…あれっ、サイオン、どうなっちゃったの? えーっと、んーっと…」
届かないーっ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。補聴器を運べないようです。ソルジャーがクッと喉を鳴らして。
「ぶるぅにも無理だし、キースたちが空き巣に行っても無駄だね!」
あれはぼくからのプレゼント! と勝ち誇った声。
「勝手に奪って処分されたら困るんだよ! 聞き耳頭巾なサイオンの細工を仕掛けたついでに、ハーレイの持ち物としてキッチリ関連づけといたから!」
ハーレイ以外の手で取り外しは出来ない仕組みで、もちろん盗んで処分も出来ない、とソルジャーは補聴器にサイオンを使って良からぬ工夫をした模様。教頭先生が自分の意志でアレを装着して現れた時は、会長さんの言葉は端から甘い言葉に変換されて…。
「その通り! 嫌いだと言おうが、来るなと言おうが、ブルーの言葉は全部ハーレイの耳に都合よく届くってね! 愛してるよとか、こっちへ来てとか!」
「「「うわー…」」」
なんという迷惑なモノを作ってくれたんだ、と誰もが顔面蒼白ですけど、ソルジャーはそうは思っていなくて。
「なんでそういう風になるかな、愛は人生の彩りだよ? 素敵なパートナーと暮らしてなんぼで、愛されてなんぼ!」
この夏休みで仲を深めて、早ければ秋にも結婚式を! とソルジャーの思い込みは激しく、もう止めようがありません。こんな調子で教頭先生の耳にも、会長さんの言葉が変換されて届くのでしょう。補聴器を着ければモテると勘違いなさっているわけですし…。
「…教頭先生、ブルーに会う時は、アレ、着けるよね?」
ジョミー君の声が震えて、スウェナちゃんが。
「着けないわけがないじゃない…。モテるアイテムだと思ってらっしゃるんだもの…」
海の別荘にも持っておいでになるのよ、きっと…、と恐ろしい読み。海の別荘、怖すぎです~!
実に嬉しくない、ソルジャーから教頭先生へのプレゼント。聞き耳頭巾な補聴器を貰った教頭先生はシロエ君の家に高級アイスクリームの詰め合わせセットを送って、その足で花束を買いにお出掛けに。真紅の薔薇が五十本というそれを抱えて、もちろん補聴器持参で…。
「ぼくは受け取らないってば!」
会長さんが突き返しても、「そう照れるな」と。
「高すぎたのでは、と心配してくれる気持ちは分かる。しかし、これも男の甲斐性だからな」
惚れた相手には貢がなければ、と真紅の花束を会長さんに押し付け、「また来る」と。
「来なくていいっ!」
「おお、楽しみにしてくれるのか…! では、明日も花束持参で来よう」
それに菓子もな、という言葉で、会長さんがキッと睨み付けて。
「お菓子だったら、シロエたちの分も! 全員分で、でもって、ぼくが欲しいお菓子は…」
ここぞとばかりにズラズラと並べ立てられたお菓子、全部が超のつく高級品。教頭先生は「お安い御用だが、一日に全部食ったら腹を壊すからな」と片目を瞑って。
「よし、明日から差し入れに来るとしよう。一日に二回、午前と午後にな」
明日はコレとコレを買って来るから、と会長さんに約束、「そるじゃぁ・ぶるぅ」には。
「というわけでな、ぶるぅ、暫くお菓子作りは休みでいいぞ」
たまにはお前ものんびりしろ、と小さな頭を撫で撫で撫で。
「夏休みの間は、私が色々届けてやるから」
「ありがとう! でもでも、ぼくもお菓子は作りたいから…。ハーレイ、お土産に持って帰ってくれるかなあ? 甘くないのを作っておくから!」
「そうなのか? それなら、有難く頂くとしよう。…明日から、お前の手作り菓子だな」
では、と颯爽と立ち去る教頭先生は自信に満ちておられました。会長さんの言葉が誤変換されるというだけで勇気百倍、やる気万倍。この調子でいけば、海の別荘へ出掛ける頃には…。
「…教頭先生、一方的に両想いだと思い込んでしまわれる気がするんですけど…」
そうとしか思えないんですけど、とシロエ君が青ざめ、サム君が。
「それしかねえよな、どう考えても…」
「ほらね、補聴器は最高なんだよ! シロエのアイデアに大感謝だよ!」
秋にはブルーの結婚式だ、と浮かれるソルジャー。この人が旗を振っている限り、あの補聴器は教頭先生に自信を与え続けるのでしょう。海の別荘行きが無事に済む気が、ホントに全くしないんですけど~!
キース君が卒塔婆書きと戦う間も、教頭先生の勘違いライフは続きました。毎日、午前と午後に差し入れ、とてつもなく高いお菓子がドッサリ。会長さんには大きな花束。私たちは「何か間違っているんです」と伝えようと努力はしたのですけれど…。
「…これが本当の無駄骨だな…」
俺たちが何を言っても、ブルーの言葉で振り出しに戻る、と溜息をつくキース君。教頭先生は必ず会長さんに「そうなのか?」と確認するものですから、それに対する会長さんの返事が変換されてしまうのです。教頭先生の耳に都合がいいように。
愛の誤解は深まる一方、そうこうする内にキース君とサム君、ジョミー君が棚経に走るお盆到来。お盆が終われば、恐れ続けた恐怖の海の別荘で…。
「かみお~ん♪ やっぱり海はいいよね!」
「今年もぶるぅと遊べるもんね!」
キャイキャイとはしゃぐ「そるじゃぁ・ぶるぅ」と、そっくりさんの「ぶるぅ」。早速繰り出したプライベートビーチでは、ソルジャーとキャプテンがバカップル全開でイチャついています。
「…まただよ、あそこの二人はさ!」
結婚記念日合わせだからって迷惑な、と会長さんが吐き捨てるように言った途端に。
「すまん、あの二人が羨ましかったのだな…。申し訳ない」
気が付かなくて、と頭を深々と下げた教頭先生。
「しかし、物事には順番がだな…。まずはお前と深い仲になって、それから結婚を考えようかと」
「ちょ、ちょっと…! それは順番が逆だと思う…!」
先に結婚だと思う、と会長さんが叫びましたが。
「そうか、お前も賛成なのだな。…だったら、今夜は初めての夜といこうじゃないか」
訪ねて行くから待っていてくれ、と自信に溢れた教頭先生には何を言っても無駄でした。会長さんの拒絶は全て変換され、私たちの助け舟は座礁か沈没する有様。そんなこんなで…。
「…良かったねえ、ブルー! ついに今夜はハーレイと!」
初めての夜を迎えるわけだね、と歓喜のソルジャー。明日はソルジャー夫妻の結婚記念日、夕食は豪華な特別メニューになる筈です。その料理を全て会長さんと教頭先生に譲ると勢い込んでいて。
「結婚記念日は来年もまたあるからね! 今年は君たちを祝わないと!」
カップル成立! と拳を突き上げるソルジャー、キャプテンは放って来たのだそうで。
「こんな大切な夜に、ぼくの都合を優先するっていうのもねえ…」
君のためにも付き添いが必要になるだろうし、と満面の笑顔。
「なにしろ、こっちのハーレイは童貞らしいから…。ブルーの身体を守るためには、経験豊かな先達がサポートすべきなんだよ!」
ちゃんと隠れて指図するから心配無用、と言うソルジャー。
「この子たちと一緒にサイオン中継で見ながら指示を出すからね! ハーレイの意識の下にきちんと、次はどうするべきなのかを!」
「要らないから!」
それよりもアレを外してくれ、という会長さんの悲鳴は綺麗に無視され、教頭先生の補聴器は外されないまま。防水仕様で海にも入れた代物なだけに、まさに無敵の補聴器です。私たちはソルジャーに「君たちはこっち」と連れてゆかれて、会長さんの部屋の隣に押し込まれて…。
「はい、この画面をしっかりと見る! 劇的な瞬間を見届けないとね!」
「俺たちは全員、精神的には未成年だが!」
キース君の抵抗は「いいって、いいって」と取り合って貰えず、モザイクのサービスがあるのかどうかも分かりません。ブルブル震えて縮み上がっていたら…。
「待たせたな、ブルー」
画面の向こうに教頭先生、会長さんが枕を投げ付けましたが、全く動じず。
「恥じらう姿もいいものだ。…さあ、ブルー…」
「ぼくは絶対、嫌だってばーっ!」
会長さんはソルジャーにサイオンを封じられてしまって逃げられません。大暴れしたって、相手が教頭先生なだけに…。ん…?
「「「………」」」
教頭先生は会長さんの身体の上にのしかかったまま、意識を手放しておられました。這い出して来た会長さんのパジャマに鼻血の染みがベッタリ、これはもしかして…。
「…オーバーヒート…ですか?」
「そのようだな…」
補聴器のパワーが凄すぎたようだ、とキース君。会長さんが上げた悲鳴をどういう風に変換したかは謎ですけれども、嫌だと叫べば逆の方向に変換されるわけですし…。
「…しまった、加減を誤ったかも…」
ハーレイには刺激が強すぎたかも、とソルジャーが歯噛みしています。でもでも、刺激が強すぎるも何も、教頭先生は元からヘタレな鼻血体質ですよ…?
「…それもあったっけ…。妄想までは逞しくっても、その先が…」
悉く駄目というのがハーレイだった、とガックリしているソルジャーの背後に会長さんが音もなく忍び寄っていました。サイオンは未だに使えないのか、ハリセンで殴るみたいです。
(((………)))
暴力反対を唱える人は誰もおらず、それはいい音が響き渡って…。
「あの補聴器! 使えないんだから、もう外したまえ!」
「ちょっと待ってよ、今、改良の余地を考えてるから、もう少しだけ!」
「問答無用!!」
食らえ! と炸裂するハリセン。ソルジャーもシールドを忘れているのか、散々に殴られまくっています。今の間に、あの補聴器…。
「ええ、今だったら外せますよね?」
行きましょう! と補聴器騒動の発端になったシロエ君が駆け出し、私たちは補聴器を教頭先生の耳から奪い取りました。ソルジャーはまだハリセンでバンバンやられてますから、今の内。「そるじゃぁ・ぶるぅ」にサイオンを使って壊して貰って、めでたし、めでたしな結末ですよ~!
補聴器の効果・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
教頭先生とキャプテンの違いは、確かに補聴器。けれど、それだけでは何の意味も無し。
そこで工夫したソルジャーですけど、とんでもない効果が炸裂。無事に奪えて良かったです。
次回は 「第3月曜」 8月15日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、7月と言えば夏休み。マツカ君の山の別荘行きが楽しみで…。
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※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
今年もお花見の季節がやって来ました。行き先は毎年色々ですけど、何処へ行くかが問題で。露店が立ち並ぶ名所もいいですし、人が少ない穴場も狙い目。桜便りが届き始めたら今年も相談、ええ、桜前線はまだ到達していないんですけど…。春休みですから、会長さんの家に集まって。
「メジャーな穴場って無いのかな?」
有名だけど人が少なめのトコ、とジョミー君。
「たまにはそういう所がいいなあ、すっごい名所だけど人は少ないってヤツ」
「…それはお天気次第だろうねえ…」
天気予報が上手く外れれば…、と会長さんが返しました。
「大雨の筈がカラッと晴れたとか、そういうヤツ。ついでに車や観光バスでしか行けない場所で」
そういう所へ瞬間移動で出掛けて行ったら可能だけれど、という返事。
「だけど、出たトコ勝負だよ? フィシスの占いで何処まで分かるか…」
お花見の吉日は読めても、場所まではちょっと…、と会長さん。
「あらかじめ候補を絞っておいたら、場所ごとに占っては貰えるけれど…」
でも直前まで分からないんじゃなかろうか、ということですから難しそうです。観光案内に載っているような名所の桜で人少なめを狙おうってヤツ。
「そうなるね。豪華なお弁当とかを用意するには、ちょっと難しすぎるかな」
「「「うーん…」」」
やっぱり無理か、と私たちもガックリですけど、キース君が。
「いや、まるで無いというわけではないぞ。俺にも一つ心当たりが…」
「マジかよ、それって何処なんだよ?」
サム君が食い付き、ジョミー君も。
「どこ、どこ? 行ってみたいんだけど!」
「お前もサムもよく知っている場所ではあるな。璃慕恩院の桜はそれは見事で…」
「総本山じゃねえかよ!」
あそこで弁当食えるのかよ、とサム君の突っ込み。キース君や会長さんが属する宗派の総本山が璃慕恩院です。
「…食っている人がいるとは聞かんが、まるで禁止でもないだろう」
場所によっては、ということですけど、桜が一番綺麗に見える所はメインの建物がよく見える場所だということで…。
「あそこで弁当を広げるんなら精進だろうな」
阿弥陀様から丸見えだから、という話。お花見で精進弁当ですか?
お花見はお弁当も楽しみの内。お花見弁当という言葉が存在しているくらいに、必要不可欠な感じです。教頭先生をスポンサーにして豪華弁当を調達する年もあるだけに…。
「嫌だよ、精進弁当なんて!」
おまけに璃慕恩院だなんて、とジョミー君がプリプリと。
「そんな所でお花見しちゃったら、坊主フラグが立ちそうだよ!」
「「「坊主フラグ?」」」
「フラグだってば、来年の春には坊主コースのある大学に入っているとか!」
「いいじゃねえかよ、御仏縁ってことで」
俺と一緒に入学しようぜ、と誘うサム君はお坊さんコースに抵抗は無し。切っ掛けさえあればいつ入学してもいいという覚悟、二年間の寮生活も全く苦にならない人で…。
「冗談じゃないよ、専修コースは二年コースしか無いんだから!」
一年コースはいつ出来るのさ、とジョミー君の文句が始まりました。忙しい人のための一年コースが出来る話は聞いてますけど、現時点ではまだ出来ていません。
「俺は近々だと聞いているが…」
「ぼくもだね。ただ、寮を建てる場所の方がちょっと難アリだしねえ…」
ゴーサインがなかなか出ないようだ、と会長さん。難アリってことは、祟る土地だとか…?
「祟る土地なら、お坊さんの寮にはもってこいだけど…。いつでもお経が流れているから」
「それじゃ、どういう難アリですか?」
シロエ君の質問に、会長さんは。
「…土地に歴史がありすぎちゃって…。建てる前には発掘なんだよ」
「「「あー…」」」
それがあったか、と誰もが納得。いろんな宗派の総本山が存在しているアルテメシアは、歴史だけは無駄にあったりします。下手に掘ったら何が出るやら、場合によってはせっかくの土地が使えなくなるオチもアリ。難航する理由が分かりました。
「つまりアレですね、発掘費用だけがかかって、結局、何も建てられないということも…」
「そうなんだよねえ、これが個人や会社の土地なら、まだマシだけどさ」
発掘費用は璃慕恩院の負担になるから問題なのだ、と会長さんの説明が。宗派のためにと集めた資金を使う発掘、寮の建設。「失敗しました、駄目でした」では信者さんたちに申し訳なさすぎて、未だに踏み切れないんだとか。お寺の世界も大変です…。
話は他所へとズレましたけれど、ジョミー君の言う「坊主フラグ」を立てては駄目だと璃慕恩院でのお花見は却下。そもそも、「人の少ない名所」がいいと言い出したのがジョミー君ですし…。
「璃慕恩院もいいと思うんだがなあ、俺としてはな」
あそこの桜を知っている俺のイチオシなんだが、とまだ言っているキース君。けれど…。
「こんにちはーっ!」
遅くなってごめん、とフワリと翻る紫のマント。すっかり忘れてしまってましたが、お花見の相談にはソルジャーも来る予定でしたっけ…。
「ごめん、もうちょっと早く出ようとしたんだけど、会議が長くなっちゃって…。それで、今年はお寺でお花見だって?」
「そのコースなら却下されたよ、ついさっき」
会長さんが言うと、ソルジャーは「えーっ!」と。
「そうだったんだ…。ちょっと覗き見してない間に、お寺は却下されちゃったわけ?」
楽しそうだと思ったのに、と言ってますけど、ソルジャー、忘れていませんか?
「え、忘れるって…。何を?」
「忘れてないなら、最初から聞いていなかったんだろうね。お寺でお花見なら精進弁当!」
仏様のいらっしゃる場所で肉は無理で、と会長さん。
「肉も魚も抜きのお花見! それでもいいなら、もう一度お寺で検討するけど…」
一人増えた分の意見も尊重しなければ、とソルジャーに譲歩しましたが。
「精進弁当になるだって!? それは却下だよ、ぼくだって!」
ちっとも美味しくなさそうじゃないか、とソルジャーは顔を顰めました。
「ぼくの意見を言っていいなら、むしろその逆! ちょっと季節が早すぎるけど、バーベキューをするのもいいねえ、桜の下で!」
「「「バーベキュー!?」」」
それはお花見からズレていないか、と思いましたが、楽しそうだという気もします。お弁当だの、露店で売ってるタコ焼きだのが桜見物のお供だと思い込んでいましたけれど…。
「バーベキューねえ…。たまに、そういうのもいいかもね」
人の来ない穴場の桜でやるのもいいね、と会長さん。私たちも心を惹かれていますし、今年はそれでいいでしょう。お寺の桜で精進弁当なコースに向かって突っ走るよりは、断然、賑やかにバーベキューですよ!
そういうわけで決まったお花見バーベキューは、無事に開催されました。満開の桜の下で肉や野菜をジュウジュウと焼いて。上等のお肉を買って来て下さった教頭先生はもちろん、ソルジャーにキャプテン、それに「ぶるぅ」と大人数での大宴会が先週のことで…。
「かみお~ん♪ 面白かったね、お花見バーベキュー!」
とっても素敵だったけど…、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が出迎えてくれた会長さんの家。シャングリラ学園の新学期は既にスタートしています。放課後は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に出掛けていた日々、何故に今頃、お花見の話題?
「んとんと…。精進弁当でもめていたでしょ、お花見の場所を決める前!」
「…それ以前に、ジョミーの坊主修行でもめた気がするが?」
俺の記憶が確かならな、とキース君。
「坊主のフラグがどうだこうだと…。あれさえ無ければ、精進弁当の花見だったかもしれないな」
「それは無いでしょう、誰かさんが却下ですよ」
バーベキューだと言い出した人が、とシロエ君が言い、マツカ君も。
「まず無いでしょうね、精進弁当でお花見コースは」
「それなんだけど…。精進弁当も美味しいよ?」
食わず嫌いは良くないと思うの! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「うんと美味しい精進料理も沢山あるしね、お弁当風にアレンジしたら良さそうだけど…」
「駄目だな、精進料理は所詮は精進料理でしかないからな」
寺で育った俺に言わせれば…、とキース君。
「確かに、モノによっては美味い。しかし、肉や魚の美味さには勝てないものだ」
「そうでもないと思うんだけど…。本場のヤツなら」
「「「本場?」」」
「この国の偉いお坊さんが沢山、修行に行ってた中華の国だよ!」
あそこの精進料理は一味違うの! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は自信満々。
「今日のお昼は、そのお料理! 精進料理で、お肉もお魚も全部抜きだよ!」
「「「精進料理!?」」」
ヒドイ、と上がった悲鳴が幾つか。キース君も「どうして此処に来てまで精進料理…」と呻いてますから、誰の気持ちも同じでしょう。よりにもよって精進料理…。
今日はハズレだ、と思ってしまったお昼御飯。そのせいかどうか、ソルジャーだって現れません。美味しいお菓子に釣られて出て来ることが多いのに…。
「…精進料理は、正直、俺の家だけで沢山なんだがな…」
いつも精進料理というわけではないが、とキース君もぼやいたお昼御飯ですけど、さて、ダイニングに出掛けてみれば。
「「「…中華料理?」」」
大きなテーブルにズラリと並んだ、美味しそうな中華料理の数々。なんだ、嘘だったんですか!
「はい、どんどん食べてね!」
「「「いっただっきまーす!」」」
大喜びで食べ始めた私たち。ソルジャーもちゃっかりやって来ました、「中華だってね?」と。私服に着替えたソルジャーまでが舌鼓を打つ、素晴らしい出来の中華料理。精進料理だなんて、すっかり騙されてしまってましたよ!
「うん、ぼくだって騙されたよ。…こんなオチなら、もっと早くに来ていれば…」
おやつもちゃんと食べられたのに、とソルジャーが残念そうに言った所で。
「嘘じゃないもん、精進だもん!」
本当だもん! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が料理の説明をし始めました。正確に言えば、料理と言うより材料の方。私たちが肉や魚やカニだと思っていたものは…。
「「「全部ニセモノ!?」」」
信じられない、と口に運んで味わってみても、舌触りまでが本物そっくり。でも…。
「…言われてみれば、違うような気もして来ましたね…」
「そうだな、微妙に違う気もするな…」
だが肉なんだ、とキース君が頬張り、ソルジャーも「カニなんだけどねえ…」と。
「こんな精進料理もあるのが、こっちの世界っていうわけなんだ?」
「そうだよ、こんなのも素敵でしょ?」
「確かに美味しいとは思うけど…。でもねえ、ぼくはやっぱり本物がいいねえ…」
本物の肉が一番だよ、と言うソルジャー。
「たまには精進料理もいいけど、本物の肉の方がいいかな」
「俺もだな。…修行となったら精進料理でまっしぐらなのが坊主だし…」
あんたとは気が合いそうだ、とキース君が珍しくソルジャーと意気投合しています。味は同じでも本物がいいと、肉は本物に限るものだと。
とはいえ、美味しく食べた昼食。味に文句はありませんでした。食後の飲み物はジャスミンティーもあれば、好みでウーロン茶やコーヒーだって。それを片手に移ったリビング、ソルジャーがまたまた「肉は本物」と言い出して。
「さっきもキースと話してたけど、紛い物より、断然、本物! だってねえ…」
精進料理はベジタリアン向けの料理みたいなものだろう、と身も蓋もない台詞。
「ベジタリアンって…。あれは本来、お坊さん向けの…」
修行のための料理なんだよ、と会長さん。
「この国ではホントに君たちがそっぽを向きそうな料理になっちゃったけれど、本場はねえ…」
「そだよ、お坊さんたちも、お肉な気分になることもあるし!」
我慢するより、ニセモノのお肉を食べる方が健康的だもん! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。けれどソルジャーは「それじゃ駄目だね」とブツブツと。
「偽物は所詮は偽物なんだよ、それで満足しているようじゃ…。肉はガッツリ食べてこそだよ」
「まったくだ。俺も修行が明けた時には、まずは肉だと思ったからな」
あの修行は実に辛かった、とキース君の思い出話が。住職の資格を取るために璃慕恩院で三週間も修行していた時の体験談。肉抜きの日々で本当に参っていたのだそうで…。
「座禅を組む方の宗派になるとだ、肉抜きの修行が年単位になってくるからな…」
南無阿弥陀仏の方で良かった、と合掌しているキース君。
「もっとも、あっちの坊主にしたって、寺を抜け出して肉を食うのは間違いないが」
「そうでもしないと持たないからねえ、この国ではねえ…」
ぶるぅが作ったような精進料理も無いわけだから、と会長さん。
「黙認だよ、上の人たちも。…自分だって修行時代は抜け出して肉で、その後も肉だし」
「そういうものかい?」
ソルジャーの問いに、会長さんは。
「托鉢の修行に出たお坊さんたちに、すき焼きを御馳走する信者さんもいるしね。偉いお坊さんたちはタクシーで街まで出掛けて行って、焼肉とかを食べるのが普通だからさ」
「なるほど、肉を食べるのはやっぱり大切、と…」
これはハーレイにもしっかり教えておかなければ、と言うソルジャー。もしかしてキャプテン、ベジタリアンってことはないですよね?
「それは無いねえ、バーベキューにも来てただろう?」
肉をガンガン食べてた筈だよ、とソルジャーの答え。それじゃ、お肉を遠慮しがちだとか…?
ソルジャーとキャプテン、それに「ぶるぅ」が住む世界では、シャングリラの中が世界の全てだと聞いています。外から補給船は来なくて、奪わない限りは増えない物資。そんなシャングリラの船長をやっているのがキャプテン、貴重なお肉は他の人に、と遠慮するかもしれません。
ソルジャーや「ぶるぅ」は外の世界で食べ放題でも、シャングリラの人たちには出来ない裏技。キャプテンだって自分の力では出られないだけに、お肉の量を控えているかも。キャプテン稼業も大変なんだな、と思っていたら…。
「え? 肉の量なら、ぼくのシャングリラでは公平なのが大原則だけど?」
体格に合わせて多少の違いがある程度、とソルジャーが説明し始めました。栄養不足に陥らないよう、きちんと計算してあるメニュー。子供用とか、大人用とか。
「だから、ハーレイが食堂に行けば、肉は多めだね。あの体格を維持する必要があるからねえ…」
キャプテンが栄養失調で倒れたのではシャングリラの航行に支障が出るし、という話。それじゃ、どうしてキャプテンにお肉を食べる大切さを今更教えなきゃいけないんですか?
「ああ、それはねえ…! ほら、こっちの世界で昔に言われていただろう? 草食系って」
「「「…草食系?」」
なんだったっけ、と首を捻った私たち。聞いた覚えはあるんですけど…。
「うーん…。君たちの場合は若すぎる上に、万年十八歳未満お断りだから、そうなるかもねえ…」
ぼくでさえ知っている言葉なのに、とソルジャーは呆れているようです。
「いいかい、草食系ってヤツには対になる言葉があるんだよ。肉食系、とね」
「「「肉食系…」」」
それも聞いた、と思ったものの、やっぱりピンと来なくって。みんなで顔を見合わせていたら、ソルジャーが「ホントに興味が無かったんだねえ…」と、しみじみと。
「草食系とか肉食系っていうのはねえ…。個人の好みの問題だね!」
「…ベジタリアンか、そうでないかか?」
キース君が訊くと、「違うね」とソルジャーは指を左右にチッチッと。
「セックスってヤツに積極的なのが肉食系でね、消極的なのが草食系だよ!」
「「「あー…」」」
アレか、と思い出しました。恋人が欲しいとも思わないとか、恋人がいても、ソルジャーみたいに貪欲な方ではない人だとか。そういう人たちを草食系って呼んでた時代がありましたっけね…。
草食系に肉食系。ソルジャーがキャプテンに「食べるのが大切」と教えたい肉は、同じ肉でも動物ではなくてソルジャーの肉。それも肉体、いわゆる身体。
やっと分かった、と思う間もなく、ソルジャーは。
「そんなわけでね、ハーレイには肉食系であって欲しいわけだよ、ガッツリと食べて!」
肉の大切さを説かなければ、と大真面目。
「精進料理なお坊さんでも肉を食べるなら、お坊さんじゃないハーレイは、もっと!
「あのねえ…。もう充分に肉食系だと思うけどねえ、君の世界のハーレイは」
多少ヘタレかは知らないけれど、と会長さん。
「君のパートナーをやってるわけだし、肉食系で間違いないよ。…君は肉食系だろう?」
「もちろんだよ! ライオンにもピラニアにも負けはしないね!」
それくらいの勢いで肉食系だ、とソルジャー、キッパリ。
「毎日のように肉を食べたいし、本当だったら、朝から晩まで食べていたいねえ…!」
ハーレイの仕事柄、なかなか休暇が取れないけれど…、とソルジャーのぼやき。
「だから、特別休暇の時には、ハーレイもぼくも、お互い、ガッツリ!」
肉をどんどん食べるわけだよ、と次の休暇が気になるソルジャーみたいですけど、突然、ハタと気付いたように。
「…そういえばさ…。ぼくのハーレイは肉食だけどさ、こっちのハーレイはどうなわけ?」
「「「は?」」」
「あのハーレイだよ、ブルーに恋して三百年以上のヘタレなハーレイ!」
あれは草食系なんだろうか、という質問に「うーん…」と悩んだ私たち。
「…草食系ということになるのか、教頭先生は?」
肉食系ではないようだから、とキース君が言うと、サム君が。
「そうじゃねえだろ、単に機会が無いってだけだぜ」
でなきゃブルーを追い掛けねえよ、と主張するサム君は会長さんと今も公認カップルです。会長さんの家での朝のお勤めがデート代わりな、爽やか健全なお付き合いですけど。
「ぼくもサム先輩に賛成です。…肉食系だと思いますけど?」
どう考えても、とシロエ君も。
「…そうなるのか?」
「そっちの方だと思うんですけど?」
キース先輩の説が間違ってます、とシロエ君。私もそうだと思いますです、教頭先生は草食系とは違いますってば…。
教頭先生は草食系なのか、肉食系か。ソルジャーの質問にキース君が「草食系だ」と答えたことから、大いにもめた私たち。草食系なのか、そうじゃないのか、もめた挙句に、キース君が。
「…俺が間違っていたかもしれん。肉食系だという気がしてきた」
「ほらな、肉食系だって俺が最初から言ったじゃねえかよ」
やっと認める気になったか、とサム君がフウと溜息を。
「で、間違っていたと認める根拠はなんだよ、今まで頑固に草食系って言ってたくせによ」
「…いや、そもそもの話の原点ってヤツに立ち帰ってだな…。坊主について考えてみた」
「「「坊主?」」」
なんだそれは、と誰もが首を傾げましたが、キース君は。
「精進料理だ、坊主は本来、肉を断つもので…。だから精進料理が生まれたわけで、だ」
「ですよね、ぶるぅが作った本場のヤツは凄かったですよ」
肉まで再現する勢いが、とシロエ君。
「肉は食べられない立場の人でも、やっぱり食べたい欲求は出てくるでしょうしね」
「そこだ、俺が考えを変えた理由は。…本場の精進料理が食べられる坊主は知らんが、この国の場合は精進料理はとことん本気で肉が無いわけで…」
修行中だった時の俺もそうだ、とキース君は職業の辛さを嘆きながら。
「そんな坊主が、肉断ちの修行が明けた時にはどうなると思う?」
「えーっと…。キース、確かハンバーガーが食べたいって言ってたよね?」
でもって本気でハンバーガー、とジョミー君が言う通り。住職の資格を取る道場から帰って来たキース君はハンバーガーの店に行ったのでした。そして大きいのをバクバクと…。
「俺の場合はアレで済んだが、焼肉に繰り出すヤツもいるんだ。大抵はそのコースだな」
自分の胃袋の状態も知らずに突っ込んで行って酷い目に遭う、とキース君。
「肉断ちの期間が長かったんだぞ、いきなり食っても腹を壊すとか、胸やけするとか…。それでも食べたくなるのが坊主だ。どうなってもな」
教頭先生もそのタイプと見た、とキース君は意見を変えた理由を述べ始めました。
「教頭先生は草食系でらっしゃるだろう、と俺が判断したのは、ブルーだけだと仰ってるのと、いつものヘタレぶりからなんだが…」
しかし、とキース君が改めて語る、修行明けのお坊さんの無茶な食べっぷり。
「教頭先生もそのクチなんだ。肉は食べたいが、修行中だといった所か…。肝心の肉が無い状態だからな」
ブルーが全く相手にしない、という結論。肉が無ければ確かに嫌でも肉断ちですねえ…。
教頭先生は肉食系だ、とキース君が断定した理由は説得力がありました。教頭先生は肉が食べたくても食べられない状態でいらっしゃいます。お肉、すなわち会長さん。本当は肉食系だというのに、草食系だと勘違いされるほどの肉断ち生活継続中で…。
「なるほどねえ…。こっちのハーレイは肉食系なのに、草食系の生活を余儀なくされている、と」
肉が無いのでは仕方がないか、と頷くソルジャー。
「それで分かったよ、やたらとブルーに御執心なわけが!」
肉を食べたくて仕方ないんだ、とソルジャーは会長さんの方をチラリと。
「こんなに美味しそうな肉があるのに、まるで食べられないんじゃねえ…。それは辛いよ」
お坊さんですらも精進料理で肉の偽物を作るというのに、と気の毒に思っている様子。
「抜け道も無しで、肉断ち生活が三百年以上も続いてるなんて…。可哀相としか…」
なんて可哀相な日々なんだろう、とブツブツと。
「それでも肉を諦めないって所がねえ…。とてもパワフルだと言えばいいのか、エネルギッシュだと言うべきか。修行中のお坊さんも真っ青だよ、これは」
肉断ちが長い分だけよりパワフルになるのだろうか、と言うソルジャー。
「三百年以上も食べてない分、余計に食べたくなるものなのかな?」
「俺の経験からすれば、そういうことになるんだろうな」
後は周りの坊主仲間や座禅の宗派の坊主の行動からしても、とキース君もすっかり方向転換。
「食えなかった分だけ、より食いたくなる。…肉というのはそういうものだ」
「そうなんだ…。それじゃ、ぼくのハーレイでもそうなるのかな?」
「「「え?」」」
なんのことだ、と思ったのですが、ソルジャーは。
「ぼくのハーレイだよ、肉食系で肉はガッツリ食べたいハーレイ!」
特別休暇の時にはそれはパワフルで…、とウットリと。
「ぼくをガツガツ食べるわけだけど、あのハーレイもさ…。肉断ちをすれば、肉を食べたい気持ちがもっと強くなるって勘定かな?」
「…それはまあ…。推して知るべしと言っていいのか、肉断ちの経験者からしてみれば…」
普通は食べたくなるだろうな、とキース君。
「住職の資格を取りに出掛けた修行道場の時もそうだったが、今でも短期間の肉断ちがある」
お盆の時やお彼岸だな、という解説。
「それの間は、早く終わって肉を食いたい気持ちになるのはお約束だ」
未だにそうだ、と語るキース君、ついこの間の春のお彼岸でも肉断ちだったそうですよ~!
ソルジャー曰く、キャプテンも肉断ちをすれば、肉を食べたい気持ちが強くなる勘定か、という話ですが。キース君の答えは肯定、ただし本物の肉だった場合。ソルジャーは暫し考え込んで。
「肉断ちねえ…。肉断ちが明けた時のハーレイのパワフルさってヤツは是非とも味わいたいけど、その前がねえ…」
肉断ちってことは、ぼくとの関係を断つってわけで、と悩み中。
「ぼくの方でも肉断ちになるし、そこがなんとも困った所で…」
「たまには肉を断ってみたまえ!」
君の場合は貪欲すぎだ、と会長さん。
「ライオンなんだかピラニアなんだか知らないけどねえ、年がら年中、がっついてるし!」
「だって、根っから肉食系だしね!」
セックスの無い人生なんて! とソルジャーはブルッと肩を震わせて。
「そんな人生、とんでもないよ。こっちのハーレイは本当に我慢強いというか…。ん…?」
待てよ、と顎に手を当てるソルジャー。
「…こっちのハーレイも肉食系で、肉断ち中で…。でもって、パワフル…」
「ハーレイは別にパワフルってことはないけれど?」
鼻血体質でヘタレまくり、と会長さんがツンケンと。
「肉断ちだって、仕方ないからやってるだけでさ…。自発的にやってるわけじゃないしね」
何ら評価に値しない、とバッサリで。
「あんなのを我慢強いと言ったら、我慢が泣きながら身を投げるね!」
何処かの崖から、と酷い言いよう。けれど、ソルジャーは「そうだけど…」と曖昧な返事。
「それはそうかもしれないけれどさ、肉食系のハーレイには違いないわけで…」
「だから迷惑するんだよ! このぼくが!」
「分かってるってば、そこの所も。…でもね、あのハーレイは使えるかな、って思ってさ」
「…何に?」
変な使い道じゃないだろうね、と会長さんが尋ねると。
「実験台だよ、実験動物でもいいかもしれない。肉食系だの草食系だのは、本来、動物向けの分類ってヤツらしいしね」
「まあね。…人間の場合は菜食主義者って言い方だとか、ベジタリアンとか…」
肉食です、って言い方はわざわざしないだろうね、と会長さん。あえて言うなら雑食というのが人間という生き物らしいですけど、ソルジャー、教頭先生を実験動物にして何をしたいと?
本来の姿は肉食系なのに、会長さんが全く相手にしていないせいで、草食系だと勘違いまでされてしまった教頭先生。肉は一度も食べられないまま、肉断ち生活が三百年以上。その教頭先生を実験動物に使いたいのがソルジャーで…。
「こっちのハーレイも、根本的にはぼくのハーレイと同じってトコが重要なんだよ」
肉食系という所が大切、と指を一本立てるソルジャー。
「今は絶賛肉断ち中だけど、その肉がもっと食べられなくなったらどうなるかなあ、って…」
「「「へ?」」」
食べられないも何も、教頭先生は元から肉を食べてはいません。これ以上どうやれば肉断ちになると言いたいんだか、まるでサッパリ謎なんですが…。
「分からないかな、ハーレイは一応、肉というものを見ているわけだよ」
食べられないだけで…、と言うソルジャー。
「ブルーの姿は見られるわけだし、話だって出来る。これは完全な肉断ちじゃないね」
修行中のお坊さんは肉さえ見られないんだろう、とキース君に質問が。
「…俺の場合はそうだったな。道場から出ることは出来なかったし、肉は夢にしか出なかった」
托鉢をする方の坊主だったら、托鉢中には肉屋の前も通るだろうが…、ということですけど。
「そっちは別にいいんだよ! 托鉢に行ったら肉が食べられることもあるって聞いたし!」
ぼくが言うのは肉と全く出会えないケース、とソルジャーはニヤリ。
「今のハーレイはブルーという肉に出会えはする。それが全く会えなくなったら、完全な肉断ちになるんだよ! 修行中のキースと同じようにね!」
肉は夢にしか出て来ない日々、とソルジャーの視線が教頭先生の家の方向に。
「そういう生活に追い込んでみたら、肉断ちが明けたら何が起こるか…。それを見てから判断しようと思ってさ」
「何の判断?」
会長さんの問いに、ソルジャーは。
「決まってるじゃないか、ぼくのハーレイにも肉断ちをさせるかどうかだよ!」
実験で素晴らしい結果が得られた時には、ぼくのハーレイでも肉断ちを! とグッと拳を握るソルジャー。
「ちゃんと実験しさえすればね、肉断ちが明けた時を励みに耐えられるから!」
ぼくまで肉断ちな生活に…、と言ってますけど、本気でしょうか。そもそも、実験してまで効果を確認しない限りは肉断ちをしたくないらしいですし、成功するとも思えませんが…?
肉食系なキャプテンが肉断ちをした場合、肉断ちが明けたらパワフルだろうと夢見るソルジャー。けれども、それをするとなったらソルジャーの方も肉断ちな日々。思わしい結果が出ないのだったら肉断ちは嫌だ、と目を付けたのが教頭先生で…。
「こっちのハーレイとブルーが会えないように細工をすればね、肉断ちの効果があるかどうかが分かるよ、きっと!」
ちょっとやってもいいだろうか、という質問に、会長さんが「好きにすれば?」と。
「君の提案は大抵、迷惑なんだけど…。ハーレイ絡みは特にそうだけど、会わずに済むなら、ぼくとしては別に…」
「いいのかい? 肉断ち明けが大変になるかもしれないけれど…」
いきなり押し倒されちゃったりとか…、とソルジャーが確認していますけど、会長さんは。
「どうせヘタレだし、その程度で済むに決まっているしね。…万一の場合は、君が責任を持って対処したまえ、ハーレイをぼくから引き剥がすとか!」
「了解。…今回の実験に関しては、君とハーレイとをくっつけたい件は抜きにしておくよ」
ぼくは自分のセックスライフが大事だからね、とソルジャーは何処までも自分中心。
「ぼくのハーレイと最高のセックスが出来るんだったら、君の方は放置でいいんだよ!」
「はいはい、分かった。あまりアヤシイ言葉は使わないように!」
さっきから乱発しているからね、と会長さんが釘を。
「大人しくするんだったら、ハーレイくらいは好きにしていいよ」
「ありがとう! それじゃ、早速!」
「…どうするんだい?」
「サイオンの壁っていうヤツだよ!」
会えないように細工するだけ、とソルジャーの指がヒラリと動いて、キラッと青いサイオンが。…えっと、今ので終わりですか?
「そうだけど? こっちのブルーとハーレイの間に、見えない壁が出来たわけ!」
自覚が無くても決して会えない仕組みになってる、とソルジャーは得意満面です。
「たとえばブルーが買い物に行って、ハーレイも同じ店に行ったとするだろ? でもねえ、普通だったらバッタリ会うのが会えないんだな!」
棚の向こうですれ違うだとか、行きたい方向が変わるとか…、と得々と話しているソルジャー。店に入らずに回れ右とか、行きたかった店が別物になるとか、それは凄いらしいサイオンの壁。取り払うまでは決して会えないって、本当でしょうか…?
会長さんと教頭先生の間にソルジャーが設けた、サイオンの壁。教頭先生と会長さんは決して出会えず、教頭先生は会長さんの姿も見られない上に声も聞けないそうですが…。
「…あれって、ホントに有効なわけ?」
この一週間、確かに会っていないけど、とジョミー君が首を傾げた次の土曜日。私たちは会長さんの家に遊びに来ていますけれど、その会長さんは教頭先生に会っていないそうで。
「…ぼくにも分からないんだけどねえ、不思議なほどに会わないねえ…」
学校の中も出歩いたのに、と会長さん。
「ブルーが言ってたサイオンの壁は、ぼくにも仕組みが全く謎で…。何処にあるのか分かりもしないし、どう働くかも分からないけど…」
でも会わない、と会長さんは証言しました。教頭先生が授業をしている教室の前で、出て来るのを待ったことまであるそうですが…。
「…ぼくとしたことが、ウッカリ用事を思い出してさ。ちょっと急いでゼルの所に行ってる間に、授業時間が終わったんだよ!」
戻った時にはハーレイはもういなかった、と挙げられた例。もちろん教頭室は何度も訪ねたらしいのですけど、いつ行っても留守で会えないらしく。
「ブルーのサイオンは凄すぎるとしか言いようがないね。あそこまでの技はぼくにも無理だよ」
「なるほどな…。あんたの方では、そうやって会おうとしてみるほどだし、遊びだろうが…」
教頭先生の方は辛いかもな、とキース君。
「偶然だと思ってらっしゃるとはいえ、一週間も会えないとなると…」
「そうみたいだね。昨日の夜に覗き見をしたら、部屋で溜息をついていたよ」
ぼくの写真を見ながらね…、と苦々しい顔。
「どうしてお前に会えないのだろうな、なんて零していたねえ、諦めの悪い!」
「それでこそだよ、肉断ちはね!」
肉には夢でしか会えない毎日、とソルジャーがパッと出現しました。
「今までだったら姿だけでも拝めていた肉がもう無いんだし…。ハーレイの辛さは増す一方だね、サイオンの壁を解くまでは!」
「…いつまでやるわけ?」
その肉断ち、と会長さんが訊くと。
「キースの修行とやらに合わせて三週間! それだけやったら、もう完璧に!」
肉への思いが強まるであろう、という読みですけど、ソルジャーは分かっていないようです。実験が見事に成功したなら、ソルジャーも肉断ち三週間なコースになるわけですが…?
ソルジャーが設置したサイオンの壁とやらは解かれないまま、三週間が経過しました。ゴールデンウィークの間も教頭先生は会長さんに会えずじまいで、溜息は深くなる一方で。ようやくソルジャーが勝手に始めた実験が終わる日がやって来ました。
「…今日らしいですね?」
「そうみたいだねえ、ぼくの快適な生活も今日でおしまいってね」
少し寂しい気持ちもしたかな、と会長さんが呟くリビング。私たちは会長さんの家に集まり、ソルジャーが来るのを待っています。土曜日ですから、学校は休み。
「ふうん…。寂しいと思ってくれたんだ? オモチャが無くって寂しいという意味だろうけど…」
君とハーレイの仲も一歩くらいは前進かな、とソルジャーが空間を超えて現れて。
「さてと…。解いてみようかな、サイオンの壁!」
こんな感じで、と青いサイオンがキラッと光って、どうやら壁は消えたようです。とはいえ、元から会長さんにも分からなかったのがサイオンの壁。消えた所で何が起こるというわけでもなく、私たちはのんびりと…。
「かみお~ん♪ 今の季節はコレだよね!」
ビワが美味しい季節だもん! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が切り分けてくれたビワのタルト。それを食べながら、賑やかにお喋りしていたら…。
「あれっ、お客さんかな?」
ちょっと見てくる! とチャイムの音で駆け出して行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」。直ぐに転がるように戻って来て…。
「えとえと、ハーレイ、来ちゃったのー!」
「「「ええっ!?」」」
なんでまた、と驚いた所へ「邪魔をしてすまん」と教頭先生が頬を染めながら入って来ました。手には真紅の薔薇の花束、あまりの大きさに何本あるのか分かりません。百本かも、と誰もがポカンと眺めるそれを、教頭先生は「ブルーにと持って来たんだが…」と手にしたままで。
「どうしたわけだか、まるで会えずに三週間も経ってしまって…。それでだな…」
思い余って来てしまった、と教頭先生は真っ赤な顔で照れています。
「お前に会えたら、あれも言わねば、これも言わねばと毎日考え続けていたわけで…」
そんな私の熱い想いを歌にしてみた、と教頭先生はいきなり歌い始めました。それは熱烈なラブバラードを。多分、替え歌なんでしょうけど、会長さんの名前を連呼するヤツを。
「「「………」」」
ここまでするか、と呆れ返った私たち。歌うなんて思いもしませんでしたよ…!
朗々とラブバラードを熱唱した後、教頭先生は呆然としている会長さんに真紅の薔薇の花束を押し付けるように渡して、それから「愛している…!」と両腕でギュッと。会長さんが驚き呆れて動けないのをどう受け取ったか、キスまでしようとしたのですけど…。
「おっと、そこまで!」
ぼくがブルーに殺されちゃうから、とソルジャーの青いサイオンが光って教頭先生の姿は消滅しました。瞬間移動で、駐車場にあった車とセットで家に送り返されたみたいです。
「た、助かった…。危なかったよ、ぼくも魂が抜けてたと言うか…」
「だろうね、ラブバラードが凄かったしねえ…」
ぼくは感動しているけれど、とソルジャーは嬉々とした表情で。
「ラブバラードで愛の告白、それに真紅の薔薇の花束! おまけに抱き締めてキスだなんて!」
三週間も肉断ちしたならこうなるのか、と実験の効果を改めて噛み締めているようです。
「これは大いに期待出来るね、ぼくのハーレイだとどうなると思う?」
「さあねえ…。ラブバラードを歌うかどうかは保証しないよ?」
あれはハーレイならではの暴走ぶりかも、と会長さんが念を押しましたけれど。
「うん、分かってる。薔薇の花束も、ぼくのハーレイには無理だしねえ…。シャングリラから自力で出られないんじゃ、ちょっと買いには行けないからね!」
でも、その分は別の所で凄い効果が現れるのに違いない、とソルジャーは肉断ちを決意しました。この週末にキャプテンと二人で楽しんだ後は、キッパリ肉断ち。より効果を高めたいからと、必要最低限しか顔を合わせないよう、サイオンの壁も張るとか言って。
「楽しみだねえ…。ソルジャーとキャプテンじゃ、まるで会わないっていうのは無理だけど…」
三週間後の肉断ちが解けたハーレイのパワーが楽しみだよ、とウキウキ帰ったソルジャーだったのですけれど…。
「だから、肉断ちは辛いと言っただろうが!」
この俺が、とキース君が怒鳴る、放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋。ソルジャーは肉断ち三日目にして愚痴を零しに現れ、「まだ二週間と四日もある」とグチグチと。
「…それは分かっているんだけれど…。君も苦労をしたっていうのは…」
だけどぼくには耐えられなくて、と愚痴るソルジャーは肉断ちには向いていませんでした。修行そのものが無理だったと言うか、結局の所…。
「…今日、来ないっていうことはさ…」
愚痴を言いに来ないからには挫折したよね、とジョミー君が指摘する週末。私たちはソルジャーが肉断ちに失敗したに違いない、と笑い合いましたが、「失礼な!」と来ないからには…。
「…うん、間違いなく失敗だね」
一週間分の効果くらいは出てると思ってあげたいけどね、と会長さん。けれど、キャプテンが忙しい時には一週間くらいのお預けだって普通にあるわけで…。
「三週間だからこそ、意味があるんだと俺は思うが」
「ぼくもだよ。…ハーレイのラブバラードの強烈さは忘れられないねえ…」
あのクオリティが欲しいのだったら三週間耐えろ、と会長さん。私たちもそう思います。肉断ちするなら三週間です、ソルジャー、頑張って三週間耐えてみませんか~?
肉が食べたい・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
肉が食べられない、お坊さんの世界。肉断ちの生活が長くなるほど、食べたくなるとか。
そこに目を付けたソルジャー、肉断ちを考案したわけですけど。教頭先生、凄すぎですね…。
次回は 「第3月曜」 7月18日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、6月は梅雨の季節。雨の日の月参りが辛いキース君に…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
今年もお花見の季節がやって来ました。行き先は毎年色々ですけど、何処へ行くかが問題で。露店が立ち並ぶ名所もいいですし、人が少ない穴場も狙い目。桜便りが届き始めたら今年も相談、ええ、桜前線はまだ到達していないんですけど…。春休みですから、会長さんの家に集まって。
「メジャーな穴場って無いのかな?」
有名だけど人が少なめのトコ、とジョミー君。
「たまにはそういう所がいいなあ、すっごい名所だけど人は少ないってヤツ」
「…それはお天気次第だろうねえ…」
天気予報が上手く外れれば…、と会長さんが返しました。
「大雨の筈がカラッと晴れたとか、そういうヤツ。ついでに車や観光バスでしか行けない場所で」
そういう所へ瞬間移動で出掛けて行ったら可能だけれど、という返事。
「だけど、出たトコ勝負だよ? フィシスの占いで何処まで分かるか…」
お花見の吉日は読めても、場所まではちょっと…、と会長さん。
「あらかじめ候補を絞っておいたら、場所ごとに占っては貰えるけれど…」
でも直前まで分からないんじゃなかろうか、ということですから難しそうです。観光案内に載っているような名所の桜で人少なめを狙おうってヤツ。
「そうなるね。豪華なお弁当とかを用意するには、ちょっと難しすぎるかな」
「「「うーん…」」」
やっぱり無理か、と私たちもガックリですけど、キース君が。
「いや、まるで無いというわけではないぞ。俺にも一つ心当たりが…」
「マジかよ、それって何処なんだよ?」
サム君が食い付き、ジョミー君も。
「どこ、どこ? 行ってみたいんだけど!」
「お前もサムもよく知っている場所ではあるな。璃慕恩院の桜はそれは見事で…」
「総本山じゃねえかよ!」
あそこで弁当食えるのかよ、とサム君の突っ込み。キース君や会長さんが属する宗派の総本山が璃慕恩院です。
「…食っている人がいるとは聞かんが、まるで禁止でもないだろう」
場所によっては、ということですけど、桜が一番綺麗に見える所はメインの建物がよく見える場所だということで…。
「あそこで弁当を広げるんなら精進だろうな」
阿弥陀様から丸見えだから、という話。お花見で精進弁当ですか?
お花見はお弁当も楽しみの内。お花見弁当という言葉が存在しているくらいに、必要不可欠な感じです。教頭先生をスポンサーにして豪華弁当を調達する年もあるだけに…。
「嫌だよ、精進弁当なんて!」
おまけに璃慕恩院だなんて、とジョミー君がプリプリと。
「そんな所でお花見しちゃったら、坊主フラグが立ちそうだよ!」
「「「坊主フラグ?」」」
「フラグだってば、来年の春には坊主コースのある大学に入っているとか!」
「いいじゃねえかよ、御仏縁ってことで」
俺と一緒に入学しようぜ、と誘うサム君はお坊さんコースに抵抗は無し。切っ掛けさえあればいつ入学してもいいという覚悟、二年間の寮生活も全く苦にならない人で…。
「冗談じゃないよ、専修コースは二年コースしか無いんだから!」
一年コースはいつ出来るのさ、とジョミー君の文句が始まりました。忙しい人のための一年コースが出来る話は聞いてますけど、現時点ではまだ出来ていません。
「俺は近々だと聞いているが…」
「ぼくもだね。ただ、寮を建てる場所の方がちょっと難アリだしねえ…」
ゴーサインがなかなか出ないようだ、と会長さん。難アリってことは、祟る土地だとか…?
「祟る土地なら、お坊さんの寮にはもってこいだけど…。いつでもお経が流れているから」
「それじゃ、どういう難アリですか?」
シロエ君の質問に、会長さんは。
「…土地に歴史がありすぎちゃって…。建てる前には発掘なんだよ」
「「「あー…」」」
それがあったか、と誰もが納得。いろんな宗派の総本山が存在しているアルテメシアは、歴史だけは無駄にあったりします。下手に掘ったら何が出るやら、場合によってはせっかくの土地が使えなくなるオチもアリ。難航する理由が分かりました。
「つまりアレですね、発掘費用だけがかかって、結局、何も建てられないということも…」
「そうなんだよねえ、これが個人や会社の土地なら、まだマシだけどさ」
発掘費用は璃慕恩院の負担になるから問題なのだ、と会長さんの説明が。宗派のためにと集めた資金を使う発掘、寮の建設。「失敗しました、駄目でした」では信者さんたちに申し訳なさすぎて、未だに踏み切れないんだとか。お寺の世界も大変です…。
話は他所へとズレましたけれど、ジョミー君の言う「坊主フラグ」を立てては駄目だと璃慕恩院でのお花見は却下。そもそも、「人の少ない名所」がいいと言い出したのがジョミー君ですし…。
「璃慕恩院もいいと思うんだがなあ、俺としてはな」
あそこの桜を知っている俺のイチオシなんだが、とまだ言っているキース君。けれど…。
「こんにちはーっ!」
遅くなってごめん、とフワリと翻る紫のマント。すっかり忘れてしまってましたが、お花見の相談にはソルジャーも来る予定でしたっけ…。
「ごめん、もうちょっと早く出ようとしたんだけど、会議が長くなっちゃって…。それで、今年はお寺でお花見だって?」
「そのコースなら却下されたよ、ついさっき」
会長さんが言うと、ソルジャーは「えーっ!」と。
「そうだったんだ…。ちょっと覗き見してない間に、お寺は却下されちゃったわけ?」
楽しそうだと思ったのに、と言ってますけど、ソルジャー、忘れていませんか?
「え、忘れるって…。何を?」
「忘れてないなら、最初から聞いていなかったんだろうね。お寺でお花見なら精進弁当!」
仏様のいらっしゃる場所で肉は無理で、と会長さん。
「肉も魚も抜きのお花見! それでもいいなら、もう一度お寺で検討するけど…」
一人増えた分の意見も尊重しなければ、とソルジャーに譲歩しましたが。
「精進弁当になるだって!? それは却下だよ、ぼくだって!」
ちっとも美味しくなさそうじゃないか、とソルジャーは顔を顰めました。
「ぼくの意見を言っていいなら、むしろその逆! ちょっと季節が早すぎるけど、バーベキューをするのもいいねえ、桜の下で!」
「「「バーベキュー!?」」」
それはお花見からズレていないか、と思いましたが、楽しそうだという気もします。お弁当だの、露店で売ってるタコ焼きだのが桜見物のお供だと思い込んでいましたけれど…。
「バーベキューねえ…。たまに、そういうのもいいかもね」
人の来ない穴場の桜でやるのもいいね、と会長さん。私たちも心を惹かれていますし、今年はそれでいいでしょう。お寺の桜で精進弁当なコースに向かって突っ走るよりは、断然、賑やかにバーベキューですよ!
そういうわけで決まったお花見バーベキューは、無事に開催されました。満開の桜の下で肉や野菜をジュウジュウと焼いて。上等のお肉を買って来て下さった教頭先生はもちろん、ソルジャーにキャプテン、それに「ぶるぅ」と大人数での大宴会が先週のことで…。
「かみお~ん♪ 面白かったね、お花見バーベキュー!」
とっても素敵だったけど…、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が出迎えてくれた会長さんの家。シャングリラ学園の新学期は既にスタートしています。放課後は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に出掛けていた日々、何故に今頃、お花見の話題?
「んとんと…。精進弁当でもめていたでしょ、お花見の場所を決める前!」
「…それ以前に、ジョミーの坊主修行でもめた気がするが?」
俺の記憶が確かならな、とキース君。
「坊主のフラグがどうだこうだと…。あれさえ無ければ、精進弁当の花見だったかもしれないな」
「それは無いでしょう、誰かさんが却下ですよ」
バーベキューだと言い出した人が、とシロエ君が言い、マツカ君も。
「まず無いでしょうね、精進弁当でお花見コースは」
「それなんだけど…。精進弁当も美味しいよ?」
食わず嫌いは良くないと思うの! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「うんと美味しい精進料理も沢山あるしね、お弁当風にアレンジしたら良さそうだけど…」
「駄目だな、精進料理は所詮は精進料理でしかないからな」
寺で育った俺に言わせれば…、とキース君。
「確かに、モノによっては美味い。しかし、肉や魚の美味さには勝てないものだ」
「そうでもないと思うんだけど…。本場のヤツなら」
「「「本場?」」」
「この国の偉いお坊さんが沢山、修行に行ってた中華の国だよ!」
あそこの精進料理は一味違うの! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は自信満々。
「今日のお昼は、そのお料理! 精進料理で、お肉もお魚も全部抜きだよ!」
「「「精進料理!?」」」
ヒドイ、と上がった悲鳴が幾つか。キース君も「どうして此処に来てまで精進料理…」と呻いてますから、誰の気持ちも同じでしょう。よりにもよって精進料理…。
今日はハズレだ、と思ってしまったお昼御飯。そのせいかどうか、ソルジャーだって現れません。美味しいお菓子に釣られて出て来ることが多いのに…。
「…精進料理は、正直、俺の家だけで沢山なんだがな…」
いつも精進料理というわけではないが、とキース君もぼやいたお昼御飯ですけど、さて、ダイニングに出掛けてみれば。
「「「…中華料理?」」」
大きなテーブルにズラリと並んだ、美味しそうな中華料理の数々。なんだ、嘘だったんですか!
「はい、どんどん食べてね!」
「「「いっただっきまーす!」」」
大喜びで食べ始めた私たち。ソルジャーもちゃっかりやって来ました、「中華だってね?」と。私服に着替えたソルジャーまでが舌鼓を打つ、素晴らしい出来の中華料理。精進料理だなんて、すっかり騙されてしまってましたよ!
「うん、ぼくだって騙されたよ。…こんなオチなら、もっと早くに来ていれば…」
おやつもちゃんと食べられたのに、とソルジャーが残念そうに言った所で。
「嘘じゃないもん、精進だもん!」
本当だもん! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が料理の説明をし始めました。正確に言えば、料理と言うより材料の方。私たちが肉や魚やカニだと思っていたものは…。
「「「全部ニセモノ!?」」」
信じられない、と口に運んで味わってみても、舌触りまでが本物そっくり。でも…。
「…言われてみれば、違うような気もして来ましたね…」
「そうだな、微妙に違う気もするな…」
だが肉なんだ、とキース君が頬張り、ソルジャーも「カニなんだけどねえ…」と。
「こんな精進料理もあるのが、こっちの世界っていうわけなんだ?」
「そうだよ、こんなのも素敵でしょ?」
「確かに美味しいとは思うけど…。でもねえ、ぼくはやっぱり本物がいいねえ…」
本物の肉が一番だよ、と言うソルジャー。
「たまには精進料理もいいけど、本物の肉の方がいいかな」
「俺もだな。…修行となったら精進料理でまっしぐらなのが坊主だし…」
あんたとは気が合いそうだ、とキース君が珍しくソルジャーと意気投合しています。味は同じでも本物がいいと、肉は本物に限るものだと。
とはいえ、美味しく食べた昼食。味に文句はありませんでした。食後の飲み物はジャスミンティーもあれば、好みでウーロン茶やコーヒーだって。それを片手に移ったリビング、ソルジャーがまたまた「肉は本物」と言い出して。
「さっきもキースと話してたけど、紛い物より、断然、本物! だってねえ…」
精進料理はベジタリアン向けの料理みたいなものだろう、と身も蓋もない台詞。
「ベジタリアンって…。あれは本来、お坊さん向けの…」
修行のための料理なんだよ、と会長さん。
「この国ではホントに君たちがそっぽを向きそうな料理になっちゃったけれど、本場はねえ…」
「そだよ、お坊さんたちも、お肉な気分になることもあるし!」
我慢するより、ニセモノのお肉を食べる方が健康的だもん! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。けれどソルジャーは「それじゃ駄目だね」とブツブツと。
「偽物は所詮は偽物なんだよ、それで満足しているようじゃ…。肉はガッツリ食べてこそだよ」
「まったくだ。俺も修行が明けた時には、まずは肉だと思ったからな」
あの修行は実に辛かった、とキース君の思い出話が。住職の資格を取るために璃慕恩院で三週間も修行していた時の体験談。肉抜きの日々で本当に参っていたのだそうで…。
「座禅を組む方の宗派になるとだ、肉抜きの修行が年単位になってくるからな…」
南無阿弥陀仏の方で良かった、と合掌しているキース君。
「もっとも、あっちの坊主にしたって、寺を抜け出して肉を食うのは間違いないが」
「そうでもしないと持たないからねえ、この国ではねえ…」
ぶるぅが作ったような精進料理も無いわけだから、と会長さん。
「黙認だよ、上の人たちも。…自分だって修行時代は抜け出して肉で、その後も肉だし」
「そういうものかい?」
ソルジャーの問いに、会長さんは。
「托鉢の修行に出たお坊さんたちに、すき焼きを御馳走する信者さんもいるしね。偉いお坊さんたちはタクシーで街まで出掛けて行って、焼肉とかを食べるのが普通だからさ」
「なるほど、肉を食べるのはやっぱり大切、と…」
これはハーレイにもしっかり教えておかなければ、と言うソルジャー。もしかしてキャプテン、ベジタリアンってことはないですよね?
「それは無いねえ、バーベキューにも来てただろう?」
肉をガンガン食べてた筈だよ、とソルジャーの答え。それじゃ、お肉を遠慮しがちだとか…?
ソルジャーとキャプテン、それに「ぶるぅ」が住む世界では、シャングリラの中が世界の全てだと聞いています。外から補給船は来なくて、奪わない限りは増えない物資。そんなシャングリラの船長をやっているのがキャプテン、貴重なお肉は他の人に、と遠慮するかもしれません。
ソルジャーや「ぶるぅ」は外の世界で食べ放題でも、シャングリラの人たちには出来ない裏技。キャプテンだって自分の力では出られないだけに、お肉の量を控えているかも。キャプテン稼業も大変なんだな、と思っていたら…。
「え? 肉の量なら、ぼくのシャングリラでは公平なのが大原則だけど?」
体格に合わせて多少の違いがある程度、とソルジャーが説明し始めました。栄養不足に陥らないよう、きちんと計算してあるメニュー。子供用とか、大人用とか。
「だから、ハーレイが食堂に行けば、肉は多めだね。あの体格を維持する必要があるからねえ…」
キャプテンが栄養失調で倒れたのではシャングリラの航行に支障が出るし、という話。それじゃ、どうしてキャプテンにお肉を食べる大切さを今更教えなきゃいけないんですか?
「ああ、それはねえ…! ほら、こっちの世界で昔に言われていただろう? 草食系って」
「「「…草食系?」」
なんだったっけ、と首を捻った私たち。聞いた覚えはあるんですけど…。
「うーん…。君たちの場合は若すぎる上に、万年十八歳未満お断りだから、そうなるかもねえ…」
ぼくでさえ知っている言葉なのに、とソルジャーは呆れているようです。
「いいかい、草食系ってヤツには対になる言葉があるんだよ。肉食系、とね」
「「「肉食系…」」」
それも聞いた、と思ったものの、やっぱりピンと来なくって。みんなで顔を見合わせていたら、ソルジャーが「ホントに興味が無かったんだねえ…」と、しみじみと。
「草食系とか肉食系っていうのはねえ…。個人の好みの問題だね!」
「…ベジタリアンか、そうでないかか?」
キース君が訊くと、「違うね」とソルジャーは指を左右にチッチッと。
「セックスってヤツに積極的なのが肉食系でね、消極的なのが草食系だよ!」
「「「あー…」」」
アレか、と思い出しました。恋人が欲しいとも思わないとか、恋人がいても、ソルジャーみたいに貪欲な方ではない人だとか。そういう人たちを草食系って呼んでた時代がありましたっけね…。
草食系に肉食系。ソルジャーがキャプテンに「食べるのが大切」と教えたい肉は、同じ肉でも動物ではなくてソルジャーの肉。それも肉体、いわゆる身体。
やっと分かった、と思う間もなく、ソルジャーは。
「そんなわけでね、ハーレイには肉食系であって欲しいわけだよ、ガッツリと食べて!」
肉の大切さを説かなければ、と大真面目。
「精進料理なお坊さんでも肉を食べるなら、お坊さんじゃないハーレイは、もっと!
「あのねえ…。もう充分に肉食系だと思うけどねえ、君の世界のハーレイは」
多少ヘタレかは知らないけれど、と会長さん。
「君のパートナーをやってるわけだし、肉食系で間違いないよ。…君は肉食系だろう?」
「もちろんだよ! ライオンにもピラニアにも負けはしないね!」
それくらいの勢いで肉食系だ、とソルジャー、キッパリ。
「毎日のように肉を食べたいし、本当だったら、朝から晩まで食べていたいねえ…!」
ハーレイの仕事柄、なかなか休暇が取れないけれど…、とソルジャーのぼやき。
「だから、特別休暇の時には、ハーレイもぼくも、お互い、ガッツリ!」
肉をどんどん食べるわけだよ、と次の休暇が気になるソルジャーみたいですけど、突然、ハタと気付いたように。
「…そういえばさ…。ぼくのハーレイは肉食だけどさ、こっちのハーレイはどうなわけ?」
「「「は?」」」
「あのハーレイだよ、ブルーに恋して三百年以上のヘタレなハーレイ!」
あれは草食系なんだろうか、という質問に「うーん…」と悩んだ私たち。
「…草食系ということになるのか、教頭先生は?」
肉食系ではないようだから、とキース君が言うと、サム君が。
「そうじゃねえだろ、単に機会が無いってだけだぜ」
でなきゃブルーを追い掛けねえよ、と主張するサム君は会長さんと今も公認カップルです。会長さんの家での朝のお勤めがデート代わりな、爽やか健全なお付き合いですけど。
「ぼくもサム先輩に賛成です。…肉食系だと思いますけど?」
どう考えても、とシロエ君も。
「…そうなるのか?」
「そっちの方だと思うんですけど?」
キース先輩の説が間違ってます、とシロエ君。私もそうだと思いますです、教頭先生は草食系とは違いますってば…。
教頭先生は草食系なのか、肉食系か。ソルジャーの質問にキース君が「草食系だ」と答えたことから、大いにもめた私たち。草食系なのか、そうじゃないのか、もめた挙句に、キース君が。
「…俺が間違っていたかもしれん。肉食系だという気がしてきた」
「ほらな、肉食系だって俺が最初から言ったじゃねえかよ」
やっと認める気になったか、とサム君がフウと溜息を。
「で、間違っていたと認める根拠はなんだよ、今まで頑固に草食系って言ってたくせによ」
「…いや、そもそもの話の原点ってヤツに立ち帰ってだな…。坊主について考えてみた」
「「「坊主?」」」
なんだそれは、と誰もが首を傾げましたが、キース君は。
「精進料理だ、坊主は本来、肉を断つもので…。だから精進料理が生まれたわけで、だ」
「ですよね、ぶるぅが作った本場のヤツは凄かったですよ」
肉まで再現する勢いが、とシロエ君。
「肉は食べられない立場の人でも、やっぱり食べたい欲求は出てくるでしょうしね」
「そこだ、俺が考えを変えた理由は。…本場の精進料理が食べられる坊主は知らんが、この国の場合は精進料理はとことん本気で肉が無いわけで…」
修行中だった時の俺もそうだ、とキース君は職業の辛さを嘆きながら。
「そんな坊主が、肉断ちの修行が明けた時にはどうなると思う?」
「えーっと…。キース、確かハンバーガーが食べたいって言ってたよね?」
でもって本気でハンバーガー、とジョミー君が言う通り。住職の資格を取る道場から帰って来たキース君はハンバーガーの店に行ったのでした。そして大きいのをバクバクと…。
「俺の場合はアレで済んだが、焼肉に繰り出すヤツもいるんだ。大抵はそのコースだな」
自分の胃袋の状態も知らずに突っ込んで行って酷い目に遭う、とキース君。
「肉断ちの期間が長かったんだぞ、いきなり食っても腹を壊すとか、胸やけするとか…。それでも食べたくなるのが坊主だ。どうなってもな」
教頭先生もそのタイプと見た、とキース君は意見を変えた理由を述べ始めました。
「教頭先生は草食系でらっしゃるだろう、と俺が判断したのは、ブルーだけだと仰ってるのと、いつものヘタレぶりからなんだが…」
しかし、とキース君が改めて語る、修行明けのお坊さんの無茶な食べっぷり。
「教頭先生もそのクチなんだ。肉は食べたいが、修行中だといった所か…。肝心の肉が無い状態だからな」
ブルーが全く相手にしない、という結論。肉が無ければ確かに嫌でも肉断ちですねえ…。
教頭先生は肉食系だ、とキース君が断定した理由は説得力がありました。教頭先生は肉が食べたくても食べられない状態でいらっしゃいます。お肉、すなわち会長さん。本当は肉食系だというのに、草食系だと勘違いされるほどの肉断ち生活継続中で…。
「なるほどねえ…。こっちのハーレイは肉食系なのに、草食系の生活を余儀なくされている、と」
肉が無いのでは仕方がないか、と頷くソルジャー。
「それで分かったよ、やたらとブルーに御執心なわけが!」
肉を食べたくて仕方ないんだ、とソルジャーは会長さんの方をチラリと。
「こんなに美味しそうな肉があるのに、まるで食べられないんじゃねえ…。それは辛いよ」
お坊さんですらも精進料理で肉の偽物を作るというのに、と気の毒に思っている様子。
「抜け道も無しで、肉断ち生活が三百年以上も続いてるなんて…。可哀相としか…」
なんて可哀相な日々なんだろう、とブツブツと。
「それでも肉を諦めないって所がねえ…。とてもパワフルだと言えばいいのか、エネルギッシュだと言うべきか。修行中のお坊さんも真っ青だよ、これは」
肉断ちが長い分だけよりパワフルになるのだろうか、と言うソルジャー。
「三百年以上も食べてない分、余計に食べたくなるものなのかな?」
「俺の経験からすれば、そういうことになるんだろうな」
後は周りの坊主仲間や座禅の宗派の坊主の行動からしても、とキース君もすっかり方向転換。
「食えなかった分だけ、より食いたくなる。…肉というのはそういうものだ」
「そうなんだ…。それじゃ、ぼくのハーレイでもそうなるのかな?」
「「「え?」」」
なんのことだ、と思ったのですが、ソルジャーは。
「ぼくのハーレイだよ、肉食系で肉はガッツリ食べたいハーレイ!」
特別休暇の時にはそれはパワフルで…、とウットリと。
「ぼくをガツガツ食べるわけだけど、あのハーレイもさ…。肉断ちをすれば、肉を食べたい気持ちがもっと強くなるって勘定かな?」
「…それはまあ…。推して知るべしと言っていいのか、肉断ちの経験者からしてみれば…」
普通は食べたくなるだろうな、とキース君。
「住職の資格を取りに出掛けた修行道場の時もそうだったが、今でも短期間の肉断ちがある」
お盆の時やお彼岸だな、という解説。
「それの間は、早く終わって肉を食いたい気持ちになるのはお約束だ」
未だにそうだ、と語るキース君、ついこの間の春のお彼岸でも肉断ちだったそうですよ~!
ソルジャー曰く、キャプテンも肉断ちをすれば、肉を食べたい気持ちが強くなる勘定か、という話ですが。キース君の答えは肯定、ただし本物の肉だった場合。ソルジャーは暫し考え込んで。
「肉断ちねえ…。肉断ちが明けた時のハーレイのパワフルさってヤツは是非とも味わいたいけど、その前がねえ…」
肉断ちってことは、ぼくとの関係を断つってわけで、と悩み中。
「ぼくの方でも肉断ちになるし、そこがなんとも困った所で…」
「たまには肉を断ってみたまえ!」
君の場合は貪欲すぎだ、と会長さん。
「ライオンなんだかピラニアなんだか知らないけどねえ、年がら年中、がっついてるし!」
「だって、根っから肉食系だしね!」
セックスの無い人生なんて! とソルジャーはブルッと肩を震わせて。
「そんな人生、とんでもないよ。こっちのハーレイは本当に我慢強いというか…。ん…?」
待てよ、と顎に手を当てるソルジャー。
「…こっちのハーレイも肉食系で、肉断ち中で…。でもって、パワフル…」
「ハーレイは別にパワフルってことはないけれど?」
鼻血体質でヘタレまくり、と会長さんがツンケンと。
「肉断ちだって、仕方ないからやってるだけでさ…。自発的にやってるわけじゃないしね」
何ら評価に値しない、とバッサリで。
「あんなのを我慢強いと言ったら、我慢が泣きながら身を投げるね!」
何処かの崖から、と酷い言いよう。けれど、ソルジャーは「そうだけど…」と曖昧な返事。
「それはそうかもしれないけれどさ、肉食系のハーレイには違いないわけで…」
「だから迷惑するんだよ! このぼくが!」
「分かってるってば、そこの所も。…でもね、あのハーレイは使えるかな、って思ってさ」
「…何に?」
変な使い道じゃないだろうね、と会長さんが尋ねると。
「実験台だよ、実験動物でもいいかもしれない。肉食系だの草食系だのは、本来、動物向けの分類ってヤツらしいしね」
「まあね。…人間の場合は菜食主義者って言い方だとか、ベジタリアンとか…」
肉食です、って言い方はわざわざしないだろうね、と会長さん。あえて言うなら雑食というのが人間という生き物らしいですけど、ソルジャー、教頭先生を実験動物にして何をしたいと?
本来の姿は肉食系なのに、会長さんが全く相手にしていないせいで、草食系だと勘違いまでされてしまった教頭先生。肉は一度も食べられないまま、肉断ち生活が三百年以上。その教頭先生を実験動物に使いたいのがソルジャーで…。
「こっちのハーレイも、根本的にはぼくのハーレイと同じってトコが重要なんだよ」
肉食系という所が大切、と指を一本立てるソルジャー。
「今は絶賛肉断ち中だけど、その肉がもっと食べられなくなったらどうなるかなあ、って…」
「「「へ?」」」
食べられないも何も、教頭先生は元から肉を食べてはいません。これ以上どうやれば肉断ちになると言いたいんだか、まるでサッパリ謎なんですが…。
「分からないかな、ハーレイは一応、肉というものを見ているわけだよ」
食べられないだけで…、と言うソルジャー。
「ブルーの姿は見られるわけだし、話だって出来る。これは完全な肉断ちじゃないね」
修行中のお坊さんは肉さえ見られないんだろう、とキース君に質問が。
「…俺の場合はそうだったな。道場から出ることは出来なかったし、肉は夢にしか出なかった」
托鉢をする方の坊主だったら、托鉢中には肉屋の前も通るだろうが…、ということですけど。
「そっちは別にいいんだよ! 托鉢に行ったら肉が食べられることもあるって聞いたし!」
ぼくが言うのは肉と全く出会えないケース、とソルジャーはニヤリ。
「今のハーレイはブルーという肉に出会えはする。それが全く会えなくなったら、完全な肉断ちになるんだよ! 修行中のキースと同じようにね!」
肉は夢にしか出て来ない日々、とソルジャーの視線が教頭先生の家の方向に。
「そういう生活に追い込んでみたら、肉断ちが明けたら何が起こるか…。それを見てから判断しようと思ってさ」
「何の判断?」
会長さんの問いに、ソルジャーは。
「決まってるじゃないか、ぼくのハーレイにも肉断ちをさせるかどうかだよ!」
実験で素晴らしい結果が得られた時には、ぼくのハーレイでも肉断ちを! とグッと拳を握るソルジャー。
「ちゃんと実験しさえすればね、肉断ちが明けた時を励みに耐えられるから!」
ぼくまで肉断ちな生活に…、と言ってますけど、本気でしょうか。そもそも、実験してまで効果を確認しない限りは肉断ちをしたくないらしいですし、成功するとも思えませんが…?
肉食系なキャプテンが肉断ちをした場合、肉断ちが明けたらパワフルだろうと夢見るソルジャー。けれども、それをするとなったらソルジャーの方も肉断ちな日々。思わしい結果が出ないのだったら肉断ちは嫌だ、と目を付けたのが教頭先生で…。
「こっちのハーレイとブルーが会えないように細工をすればね、肉断ちの効果があるかどうかが分かるよ、きっと!」
ちょっとやってもいいだろうか、という質問に、会長さんが「好きにすれば?」と。
「君の提案は大抵、迷惑なんだけど…。ハーレイ絡みは特にそうだけど、会わずに済むなら、ぼくとしては別に…」
「いいのかい? 肉断ち明けが大変になるかもしれないけれど…」
いきなり押し倒されちゃったりとか…、とソルジャーが確認していますけど、会長さんは。
「どうせヘタレだし、その程度で済むに決まっているしね。…万一の場合は、君が責任を持って対処したまえ、ハーレイをぼくから引き剥がすとか!」
「了解。…今回の実験に関しては、君とハーレイとをくっつけたい件は抜きにしておくよ」
ぼくは自分のセックスライフが大事だからね、とソルジャーは何処までも自分中心。
「ぼくのハーレイと最高のセックスが出来るんだったら、君の方は放置でいいんだよ!」
「はいはい、分かった。あまりアヤシイ言葉は使わないように!」
さっきから乱発しているからね、と会長さんが釘を。
「大人しくするんだったら、ハーレイくらいは好きにしていいよ」
「ありがとう! それじゃ、早速!」
「…どうするんだい?」
「サイオンの壁っていうヤツだよ!」
会えないように細工するだけ、とソルジャーの指がヒラリと動いて、キラッと青いサイオンが。…えっと、今ので終わりですか?
「そうだけど? こっちのブルーとハーレイの間に、見えない壁が出来たわけ!」
自覚が無くても決して会えない仕組みになってる、とソルジャーは得意満面です。
「たとえばブルーが買い物に行って、ハーレイも同じ店に行ったとするだろ? でもねえ、普通だったらバッタリ会うのが会えないんだな!」
棚の向こうですれ違うだとか、行きたい方向が変わるとか…、と得々と話しているソルジャー。店に入らずに回れ右とか、行きたかった店が別物になるとか、それは凄いらしいサイオンの壁。取り払うまでは決して会えないって、本当でしょうか…?
会長さんと教頭先生の間にソルジャーが設けた、サイオンの壁。教頭先生と会長さんは決して出会えず、教頭先生は会長さんの姿も見られない上に声も聞けないそうですが…。
「…あれって、ホントに有効なわけ?」
この一週間、確かに会っていないけど、とジョミー君が首を傾げた次の土曜日。私たちは会長さんの家に遊びに来ていますけれど、その会長さんは教頭先生に会っていないそうで。
「…ぼくにも分からないんだけどねえ、不思議なほどに会わないねえ…」
学校の中も出歩いたのに、と会長さん。
「ブルーが言ってたサイオンの壁は、ぼくにも仕組みが全く謎で…。何処にあるのか分かりもしないし、どう働くかも分からないけど…」
でも会わない、と会長さんは証言しました。教頭先生が授業をしている教室の前で、出て来るのを待ったことまであるそうですが…。
「…ぼくとしたことが、ウッカリ用事を思い出してさ。ちょっと急いでゼルの所に行ってる間に、授業時間が終わったんだよ!」
戻った時にはハーレイはもういなかった、と挙げられた例。もちろん教頭室は何度も訪ねたらしいのですけど、いつ行っても留守で会えないらしく。
「ブルーのサイオンは凄すぎるとしか言いようがないね。あそこまでの技はぼくにも無理だよ」
「なるほどな…。あんたの方では、そうやって会おうとしてみるほどだし、遊びだろうが…」
教頭先生の方は辛いかもな、とキース君。
「偶然だと思ってらっしゃるとはいえ、一週間も会えないとなると…」
「そうみたいだね。昨日の夜に覗き見をしたら、部屋で溜息をついていたよ」
ぼくの写真を見ながらね…、と苦々しい顔。
「どうしてお前に会えないのだろうな、なんて零していたねえ、諦めの悪い!」
「それでこそだよ、肉断ちはね!」
肉には夢でしか会えない毎日、とソルジャーがパッと出現しました。
「今までだったら姿だけでも拝めていた肉がもう無いんだし…。ハーレイの辛さは増す一方だね、サイオンの壁を解くまでは!」
「…いつまでやるわけ?」
その肉断ち、と会長さんが訊くと。
「キースの修行とやらに合わせて三週間! それだけやったら、もう完璧に!」
肉への思いが強まるであろう、という読みですけど、ソルジャーは分かっていないようです。実験が見事に成功したなら、ソルジャーも肉断ち三週間なコースになるわけですが…?
ソルジャーが設置したサイオンの壁とやらは解かれないまま、三週間が経過しました。ゴールデンウィークの間も教頭先生は会長さんに会えずじまいで、溜息は深くなる一方で。ようやくソルジャーが勝手に始めた実験が終わる日がやって来ました。
「…今日らしいですね?」
「そうみたいだねえ、ぼくの快適な生活も今日でおしまいってね」
少し寂しい気持ちもしたかな、と会長さんが呟くリビング。私たちは会長さんの家に集まり、ソルジャーが来るのを待っています。土曜日ですから、学校は休み。
「ふうん…。寂しいと思ってくれたんだ? オモチャが無くって寂しいという意味だろうけど…」
君とハーレイの仲も一歩くらいは前進かな、とソルジャーが空間を超えて現れて。
「さてと…。解いてみようかな、サイオンの壁!」
こんな感じで、と青いサイオンがキラッと光って、どうやら壁は消えたようです。とはいえ、元から会長さんにも分からなかったのがサイオンの壁。消えた所で何が起こるというわけでもなく、私たちはのんびりと…。
「かみお~ん♪ 今の季節はコレだよね!」
ビワが美味しい季節だもん! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が切り分けてくれたビワのタルト。それを食べながら、賑やかにお喋りしていたら…。
「あれっ、お客さんかな?」
ちょっと見てくる! とチャイムの音で駆け出して行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」。直ぐに転がるように戻って来て…。
「えとえと、ハーレイ、来ちゃったのー!」
「「「ええっ!?」」」
なんでまた、と驚いた所へ「邪魔をしてすまん」と教頭先生が頬を染めながら入って来ました。手には真紅の薔薇の花束、あまりの大きさに何本あるのか分かりません。百本かも、と誰もがポカンと眺めるそれを、教頭先生は「ブルーにと持って来たんだが…」と手にしたままで。
「どうしたわけだか、まるで会えずに三週間も経ってしまって…。それでだな…」
思い余って来てしまった、と教頭先生は真っ赤な顔で照れています。
「お前に会えたら、あれも言わねば、これも言わねばと毎日考え続けていたわけで…」
そんな私の熱い想いを歌にしてみた、と教頭先生はいきなり歌い始めました。それは熱烈なラブバラードを。多分、替え歌なんでしょうけど、会長さんの名前を連呼するヤツを。
「「「………」」」
ここまでするか、と呆れ返った私たち。歌うなんて思いもしませんでしたよ…!
朗々とラブバラードを熱唱した後、教頭先生は呆然としている会長さんに真紅の薔薇の花束を押し付けるように渡して、それから「愛している…!」と両腕でギュッと。会長さんが驚き呆れて動けないのをどう受け取ったか、キスまでしようとしたのですけど…。
「おっと、そこまで!」
ぼくがブルーに殺されちゃうから、とソルジャーの青いサイオンが光って教頭先生の姿は消滅しました。瞬間移動で、駐車場にあった車とセットで家に送り返されたみたいです。
「た、助かった…。危なかったよ、ぼくも魂が抜けてたと言うか…」
「だろうね、ラブバラードが凄かったしねえ…」
ぼくは感動しているけれど、とソルジャーは嬉々とした表情で。
「ラブバラードで愛の告白、それに真紅の薔薇の花束! おまけに抱き締めてキスだなんて!」
三週間も肉断ちしたならこうなるのか、と実験の効果を改めて噛み締めているようです。
「これは大いに期待出来るね、ぼくのハーレイだとどうなると思う?」
「さあねえ…。ラブバラードを歌うかどうかは保証しないよ?」
あれはハーレイならではの暴走ぶりかも、と会長さんが念を押しましたけれど。
「うん、分かってる。薔薇の花束も、ぼくのハーレイには無理だしねえ…。シャングリラから自力で出られないんじゃ、ちょっと買いには行けないからね!」
でも、その分は別の所で凄い効果が現れるのに違いない、とソルジャーは肉断ちを決意しました。この週末にキャプテンと二人で楽しんだ後は、キッパリ肉断ち。より効果を高めたいからと、必要最低限しか顔を合わせないよう、サイオンの壁も張るとか言って。
「楽しみだねえ…。ソルジャーとキャプテンじゃ、まるで会わないっていうのは無理だけど…」
三週間後の肉断ちが解けたハーレイのパワーが楽しみだよ、とウキウキ帰ったソルジャーだったのですけれど…。
「だから、肉断ちは辛いと言っただろうが!」
この俺が、とキース君が怒鳴る、放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋。ソルジャーは肉断ち三日目にして愚痴を零しに現れ、「まだ二週間と四日もある」とグチグチと。
「…それは分かっているんだけれど…。君も苦労をしたっていうのは…」
だけどぼくには耐えられなくて、と愚痴るソルジャーは肉断ちには向いていませんでした。修行そのものが無理だったと言うか、結局の所…。
「…今日、来ないっていうことはさ…」
愚痴を言いに来ないからには挫折したよね、とジョミー君が指摘する週末。私たちはソルジャーが肉断ちに失敗したに違いない、と笑い合いましたが、「失礼な!」と来ないからには…。
「…うん、間違いなく失敗だね」
一週間分の効果くらいは出てると思ってあげたいけどね、と会長さん。けれど、キャプテンが忙しい時には一週間くらいのお預けだって普通にあるわけで…。
「三週間だからこそ、意味があるんだと俺は思うが」
「ぼくもだよ。…ハーレイのラブバラードの強烈さは忘れられないねえ…」
あのクオリティが欲しいのだったら三週間耐えろ、と会長さん。私たちもそう思います。肉断ちするなら三週間です、ソルジャー、頑張って三週間耐えてみませんか~?
肉が食べたい・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
肉が食べられない、お坊さんの世界。肉断ちの生活が長くなるほど、食べたくなるとか。
そこに目を付けたソルジャー、肉断ちを考案したわけですけど。教頭先生、凄すぎですね…。
次回は 「第3月曜」 7月18日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、6月は梅雨の季節。雨の日の月参りが辛いキース君に…。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
寒い季節がやって来ました。今年の冬は意外に早くて、残暑が終わってからの秋が短め。気付けばすっかり冬な雰囲気、風邪だって流行り始めています。私たち七人グループの中でも流行を真っ先に取り入れた人が…。
「ハーックション!」
くっそぉ…、と口を押さえるキース君。早々と風邪を引いてしまって、三日も欠席。ようやっと登校して来たのが今日で、それでもクシャミを連発です。
「…移さないでよね、その風邪」
私たちだって困るんだから、とスウェナちゃん。放課後は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に来てるんですけど、キース君のクシャミがあるわけで…。
「かみお~ん♪ キースの周りはブルーがシールドしているから大丈夫だよ!」
ウイルスは通さないもんね! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「キースも病院に行くんだったら、シールドして行けば良かったのに…」
「「「は?」」」
キース君は既に風邪を引いています。治療のために病院に行くなら、他の人たちに移さないようマスクでしょうけど、そこをシールドでクリアですか?
「それもあるけど…。シールドしてたら、風邪は引かなかったと思うの!」
だってブルーがそう言ってたもん、ということは…。キース君の風邪は病院仕込み?
「悪かったな! 病院仕込みで!」
そんなつもりは無かったんだ、とキース君は仏頂面。
「俺はこれからのシーズンに備えて予防接種に行っただけで…」
「それってインフルエンザかよ?」
サム君が訊くと、「ああ」と返事が。
「坊主が引いたら話にならんし、毎年、受けているんだが…。それを受けに行って貰って来た」
マスクを持って行くのを忘れた、と無念そう。
「俺の隣に明らかに風邪なご老人が座ってしまってな…。あからさまに席を移れもしないし…」
それは坊主としてどうかと思う、という姿勢は正しいですけど、そのご老人から貰ったんだ?
「そうなるな。…予防接種の副作用かと思ったんだが、どうやら違った」
本物の風邪だ、とまたまたクシャミ。全快するまでは遠そうですねえ…。
流行の最先端を行ってしまったキース君。インフルエンザに罹ってしまえばお坊さんの仕事は出来ませんから、予防接種は当然でしょう。けれど、受けに行った先で風邪を貰って三日も休んだのでは本末転倒とか言いませんか?
「そうなんだが…。月参りにも行けなかったし、親父が文句をネチネチと…」
「「「あー…」」」
気の毒に、と合掌してしまった私たち。キース君は月に何度か遅刻して来て、そういう時には月参りです。檀家さんの家をお坊さんスタイルで回って来た後、制服に着替えて登校なパターン。それがズッコケちゃったんですねえ、風邪のせいで?
「風邪もそうだが、声の方がな…。掠れてしまって出なかったわけで、どうにもならん」
「喉は坊主の命だからねえ…」
マスクしてても声さえ出ればね、と会長さん。
「一人しかいないお寺なんかだと、マスクで月参りもしたりするから…」
「親父にもそう言われたんだ! 情けないヤツだと!」
ついでに親父に借りまで出来た、と呻くキース君。行く予定だった月参りをアドス和尚が引き受けた結果、凄い借りが出来てしまったのだそうで…。
「どういう形で返すことになるのか分からんが…。最悪、お盆まで持ち越しかもな」
「「「お盆?」」」
「卒塔婆だ、卒塔婆! あの時の貸しだ、と俺に卒塔婆書きのノルマがドカンと…」
「「「…卒塔婆書き…」」」
それは毎年、夏になったらキース君を苦しめている作業。山ほどの卒塔婆をアドス和尚と手分けして書いているそうですけど、そこまで借りを返せないままだと…。
「…もしかして全部も有り得ますか?」
シロエ君の言葉に、キース君は。
「…大切な檀家さんの分は親父が書くんだろうが…。最悪のケースも考えないと…」
出来ればそれまでに分割の形で返しておきたい、と苦悶の表情。
「とにかく風邪は二度と御免だ、気を付けないと…」
なんだってこうなったんだか、と言いたい気持ちは分かります。インフルエンザの予防接種に出掛けて風邪って、空しいにも程がありますよねえ…。
とはいえ、無事に終わったのがキース君の予防接種で、次の週には風邪も全快。土曜日も会長さんの家に集まってダラダラ過ごしていたんですけど。
「こんにちはーっ!」
キースの風邪が治ったってね、と現れた別の世界からのお客様。「ぼくにもおやつ!」と「そるじゃぁ・ぶるぅ」に注文をつけていますけれども、野次馬ですか?
「うーん…。野次馬ってわけでもないんだけれど…」
予防接種のことでちょっと、と妙な台詞が。
「「「予防接種?」」」
「うん。…キースは風邪を引いちゃったけれど、インフルエンザには罹らないんだよね?」
「それはまあ…。多分、としか言えないが」
罹る時には罹るらしいし、とキース君。
「あんたの世界ではどうだか知らんが、俺たちの世界では当たり外れがあるからな」
「当たり外れって?」
「打ったワクチンと同じウイルスなら罹らないんだが、別物だと罹る」
インフルエンザのウイルスには種類が幾つかあるからな、とキース君が説明を。
「運が悪いと、別のを端から貰ってしまって罹るケースも皆無ではない」
俺の知り合いにもコンプリートをしたヤツが…、と恐ろしい実話。お坊さん仲間の人らしいですけど、去年の冬にインフルエンザをコンプリートしたらしいです。ワクチンを打ったヤツ以外の。
「…それはある意味、強運だとか言いませんか?」
普通はそこまで出来ませんよ、とシロエ君が言うと。
「俺もそう思う。そいつ自身もそう思ったらしくて、宝くじを大量に買ってみたそうだ」
「へえ…。当たったのかよ、その宝くじ」
サム君の問いに、キース君は。
「当たったらしいぞ、金額は教えて貰えなかったが…」
「「「…スゴイ…」」」
宝くじが当たるんだったら、インフルエンザのコンプリートもいいでしょう。熱とかで多少辛かろうとも、大金がドカンと入るんですしね?
話は宝くじへと向かいましたが、横から止めに入ったソルジャー。「ぼくはワクチンの話をしたいんだけど」と。
「ワクチンって…。何さ?」
君の世界ならインフルエンザのワクチンもさぞかし完璧だろう、と会長さん。
「こっちの世界じゃ、今年はコレが流行りそうだ、っていうのを作って予防接種だけど…」
「あんたの世界の技術だったら、全部纏めていけるんじゃないか?」
医療は進んでいるんだろう、とキース君も。
「それで嘲笑いに来たというわけか。ただでも風邪を貰ってしまった俺の場合は、ワクチンの方もハズレを引いていそうだと!」
「…そうじゃなくって…。ぼくの世界にも無いワクチンについての話なんだよ」
「「「無い!?」」」
ザッと後ろへ下がりそうになった私たち。椅子さえなければそうなったでしょう。
「き、君はどういうウイルスについて語りたいわけ!?」
悲鳴にも似た会長さんの声、私たちも気分は同じです。ワクチンが無いような感染症がソルジャーの世界のシャングリラで流行してるんだったら…。
「頼む、帰ってくれ!!」
俺たちにそれを移す前に、とキース君。
「ウイルスってヤツは侮れないんだ、健康保菌者というのもいるんだ!」
「そうだよ、君は罹っていないつもりでいてもね、実は罹っていてウイルスを撒き散らしているってこともあるから!」
シールドだって効くのかどうか…、と会長さんは震え上がっています。
「どんなウイルスか分からないけど、君子危うきに近寄らず! 用心に越したことはないから!」
「そうです、とにかく帰って下さい!」
話の方は落ち着いたらまた聞きますから、とシロエ君も。
「初期段階での封じ込めってヤツが大切なんです、終息してから来て下さい!」
「シロエが言ってる通りだってば、早く帰ってくれたまえ!」
この部屋は直ぐに消毒するから、と会長さん。別の世界のウイルスだなんて怖すぎな上に、ワクチンが無いと聞いたら恐怖は倍どころか無限大ですから~!
こうして追い出しにかかっているのに、ソルジャーは悠然とソファに腰掛けたままで。
「移る心配なら大丈夫! 移った人は一人も無いしね」
「だけど患者がいるんだろう!」
残りは全員、君も含めて健康保菌者ということも…、と会長さんが指を突き付けました。
「君のシャングリラでは耐性のある人が多いとしてもね、こっちの世界は別だから!」
「そうだぞ、俺は風邪だけで沢山なんだ! この冬は!」
これ以上の感染症は御免蒙る、とキース君も言ったのですけど。
「…アレは普通は移らないと思うよ、罹ってるのはずっと昔から一人だけだし」
「そういう油断が怖いんだよ!」
感染症には色々あるから、と会長さん。
「潜伏期間が二十年とかいうのもあるしね、おまけにワクチンは無いんだろう?」
「そうなんだよねえ、そもそも作ろうと思っていなかったから!」
「「「は?」」」
「ワクチンって方法を思い付かなかったんだよ、対症療法しか考えてなくて!」
それと精神論だろうか、と言ってますけど、病気の人に精神論って、気力で克服しろっていう意味ですか?
「そんなトコだね、精神を鍛えれば克服できると! ヘタレくらいは!」
「「「ヘタレ?」」」
「そう、ヘタレ! 患者はぼくのハーレイなんだよ、君たちも知っている通り!」
どうしようもなくヘタレなのがハーレイ、とソルジャー、ブツクサ。
「ぶるぅが覗きに来たら駄目だし、そうでなくてもヘタレるし…」
「…それは感染症とは違うんじゃないかと思うけど?」
君のハーレイだけの問題だろう、と会長さん。
「第一、ワクチンを作るだなんて…。あれはウイルスの抗体ってヤツを作るわけでさ、ウイルスも無さそうなヘタレの抗体をどうやって作ると?」
「…ウイルスだとは限らないけど、抗体だったら作れそうだと思うんだよ!」
キースの風邪のお蔭で思い付いた、とソルジャーが目を付けた予防接種だのワクチンだの。キャプテンのヘタレにワクチンだなんて、そんなのホントに作れますか…?
ソルジャーが感染症を持ち込んだわけではないらしい、と分かってホッと一息ですけど、今度はワクチンが問題です。キャプテンのヘタレに効くワクチンが作れるかどうかも問題とはいえ、既に発症してるんだったら、ワクチンを作っても無駄なんじゃあ…?
「それがそうでもないんだよ。劇的に効くって例もあるから!」
ワクチンを後から接種しても、と言うソルジャー。
「こっちの世界はどうか知らないけど、ぼくの世界じゃとにかくワクチン! 駄目で元々、ガンガン打つって方向で行くねえ、感染症には!」
なにしろ宇宙は広すぎるから…、という話。新しい惑星に入植するにはリスクがつきもの、未知のウイルスが潜んでいることもあるそうです。そういう時にはワクチン開発、患者にどんどん打つらしくって。
「これが効くってこともあるんだよ、だからワクチンは後からでもいける!」
「…まあ、ぼくたちの世界でも、そういう例は皆無じゃないけど…」
たまに奇跡のように治ってしまう人が…、と会長さん。打つ手が無いという感染症の重症患者にワクチン接種で、治るという例。
「でもねえ…。ヘタレはウイルスじゃないし、本人の気の持ちようだから…」
「あながちそうとも言い切れないよ? 何か原因があるかもだしね!」
だから抗体を作りたいのだ、と言ってますけど、どうやって…?
「簡単なことだよ、ハーレイは二人いるからね!」
こっちの世界に更にヘタレなハーレイが! とソルジャーは教頭先生の家の方へと指を。
「あのハーレイを使ってワクチン製造! 抗体を作る!」
「…それなら、わざわざ作らなくても…。とうに抗体、出来ていそうだよ?」
三百年以上もヘタレてるんだし、と会長さん。
「ヘタレ続けて三百年以上、きっと抗体もある筈で…」
「それじゃ駄目なんだよ、その程度だったら、ぼくのハーレイも抗体を持っていそうだし!」
あれも元からヘタレだから、と言われてみればその通りです。キャプテンにだって出来ていそうな抗体、それでもヘタレのままだとなると…。
「そう、もっと強力な抗体ってヤツが必要なんだよ!」
より重症なヘタレに対応出来る抗体! とグッと拳を握るソルジャー。より重症なヘタレに対応って、そんなワクチン、作れますか…?
ソルジャー曰く、キャプテンに打つためのワクチンは教頭先生を使って製造。しかも強力な抗体が必要、より重症なヘタレに対応出来るように、ということですが…。
「…君はいったい何をする気さ、ハーレイに?」
ぼくにはサッパリ分からないけど、と会長さんが尋ねて、私たちも「うん」と。ソルジャーは「そうかなあ?」と首を傾げて。
「簡単なことだと思うけど? ハーレイが重症なヘタレになったら、抗体だって出来るしね!」
「「「…重症?」」」
今でも充分に重症だろうと思いますけど、まだ足りないと?
「足りないねえ! ヘタレ具合じゃ、ぼくのハーレイとどっこいと見たね!」
環境のせいで余計にヘタレて見えるだけだ、と言うソルジャー。
「ブルーがハーレイを受け付けないから万年童貞、それが災いしているだけ! もしもブルーとデキていたなら、ヘタレ具合は似たようなものかと!」
こっちのハーレイがヤレる環境にいたとしたなら、鼻血体質もとっくに克服しているだろう、とソルジャーはキッパリ言い切りました。
「ぼくのハーレイも、最初の間は、何かと遠慮がちだったしねえ…」
今のようなハーレイになれるまでには色々と…、とソルジャーは昔語りモードに入ろうとしましたけれども、会長さんが素早くイエローカードを。
「その先、禁止! 今はワクチンの話だから!」
「…そうかい? これからが面白いんだけど…。でもまあ、いいか…」
大切なのはワクチンだから、とソルジャーは気持ちを切り替えたようで。
「要は、こっちのハーレイを今よりヘタレに! その状態になれば、強い抗体が出来るんだよ!」
「…今よりヘタレって、どんな具合に?」
ちょっと想像つかないんだけど、と会長さんが訊くと。
「それはもちろん、ヘタレMAX! 君の顔もまともに見られないとか、そういうレベル!」
出会っただけで顔を赤くして俯くだとか…、とブチ上げるソルジャー。
「その辺はサイオンでどうとでも出来るよ、ハーレイの精神をチョイと弄れば!」
「…わざとヘタレにしてしまうと?」
「その通り! 君にも悪い話じゃないから!」
ハーレイで色々と苦労をしてるじゃないか、と笑顔のソルジャー。それは確かに間違ってませんねえ、教頭先生の思い込みの激しさはピカイチですしね?
教頭先生をサイオンで重度のヘタレに仕立てて、ヘタレの抗体を作ろうというソルジャーの案。日頃から教頭先生に一方的に愛されている会長さんからすれば、悪い話ではないわけで…。
「なるほど、ハーレイが今よりヘタレにねえ…」
そうなればぼくも追われないだろうか、という呟きにソルジャーが。
「まるで追われないとは言わないけれど…。君への愛は消えないからね! でもさ…」
せいぜい「読んで下さい」とラブレターを渡して逃げ去る程度、と溢れる自信。
「そのラブレターだって、小学生だか幼稚園児だか、ってレベルになるのは間違いないね!」
「そうなんだ? だったら、ぼくは当分の間、平和に生活出来るってことか…」
「お金を毟るのは難しいかもしれないけどね!」
ヘタレたら貢ぐ度胸があるかどうか、と言ってますけど、会長さんは。
「お金に不自由はしてないし…。ハーレイが静かになると言うなら、多少のことは我慢するよ。どうせいつかは治るんだろう? 重度のヘタレも」
「そりゃあ、永遠にっていうわけじゃないよ」
ワクチンが出来たら用済みだから、とソルジャー、アッサリ。
「で、作ってもいいのかな? ヘタレのワクチン」
「面白そうだし、やってみたら? …ヘタレの抗体があるかどうかは謎だけど」
「ありがとう! それじゃ早速…」
「ハーレイに相談しに行くのかい?」
ワクチン作りの、と会長さんが訊いたのですが。
「相談なんかをするとでも? 逃げられるに決まっているじゃないか!」
自分がヘタレになるだなんて、とソルジャーは指を左右にチッチッと。
「ぼくはハーレイに会いに行くだけ、そして話をしてくるだけ!」
「…それでどうやったらヘタレになるのさ?」
「サイオンで意識の下に干渉! 細かい作業をするなら会わないとね!」
遠隔操作では上手くいかないものだから…、と本気のソルジャー。
「ぼくと楽しくお茶を飲んでから送り出したら、ヘタレ発動! もう重症の!」
それは凄いヘタレが出来るであろう、とソルジャーはソファから立ち上がりました。
「行ってくるから、サイオン中継で様子を見ててよ。ヘタレのワクチン、頑張らなくちゃ!」
善は急げ、と瞬間移動で消えたソルジャー。行き先は教頭先生の家ですよね?
会長さんの家に残された私たちの前には、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサイオン中継の画面を出してくれました。教頭先生のお宅が映っています。ソルジャーがチャイムを押していますが…。
「どちらさまですか?」
「ぼくだけど?」
それだけで分かったらしい教頭先生、いそいそと玄関の扉を開けに出て来て。
「これはようこそ…! 寒いですから入って下さい」
「ありがとう。…君の家にホットココアはあるかな?」
「ああ、好物でらっしゃいましたね。…直ぐにご用意いたしますから」
リビングへどうぞ、と教頭先生はソルジャーを招き入れてキッチンでホットココアの用意を。クッキーも添えて歓迎モードで、自分用にはコーヒーで。
「…それで、本日の御用件は?」
「ちょっとね、ぼくのハーレイの健康のことで相談が…。かまわないかな?」
「もちろんです。私で分かることでしたら」
「助かるよ。…実は体質のことで悩んでいてさ…。あれって改善できるものかな?」
君は頑丈そうだけれども、ぼくのハーレイの方はちょっと…、と言うソルジャー。
「君ほど体力とかは無いだろうしね、もっと頑丈になってくれたら色々と…」
「何か問題でもあるのですか?」
「夫婦の時間のパワーってヤツだよ、頑丈になれば長持ちするかと…」
あっちの方も、と意味深な台詞に、教頭先生は「そうですねえ…」と顎に手を当てて。
「生憎と私は、そちらの方では経験が無くて…。ですが、可能性としては有り得ますね」
「じゃあ、君の体力をぼくのハーレイが身に付けたならばパワーの方も…」
「増してくるかもしれません。…断言することは出来ませんが…」
「分かった。だったら、ちょっと協力してくれるかな?」
データを取ってみたいから、とソルジャーが何処からか出した注射器。教頭先生は「血液の方のデータですか?」と目を剥きましたが、ソルジャーは。
「ぼくの世界は医療も進んでいるからねえ…。血液検査で色々なことが分かるんだよ」
「そうでしたか。では、どうぞお好きなだけお取り下さい」
教頭先生が袖をまくって、ソルジャーが「そんなに沢山は要らないから」と採血を。注射器に一本分っていう量ですねえ、教頭先生には大した量でもないんでしょうね。
ソルジャーは教頭先生に「献血の御礼」と頬にキスして帰って来ました。瞬間移動で。教頭先生は感激の面持ちで頬を触っていらっしゃいます。ちっともヘタレていませんよ?
「それはどうかな? その場でヘタレちゃ、つまらないしね」
じきに効果が、とソルジャーが指差している中継画面。教頭先生、嬉しそうに頬を撫でていらっしゃったのが、いきなりボンッ! と真っ赤な顔に。
「「「???」」」
何事なのか、と思いましたが、教頭先生は両方の頬に手を当てると…。
「…き、キスをして貰えたとは…。まさか頬に…」
嬉しいけれども恥ずかしすぎる、と教頭先生とも思えぬ台詞が。
「ど、どうすればいいのだ、私は…! か、顔がどんどん熱くなるのだが…!」
なんという恥ずかしい、いや嬉しい、と怪しすぎる反応、いったいどうなっているのでしょう?
「ほらね、ヘタレに拍車がかかった! たったあれだけで顔が真っ赤に!」
後はどんどんヘタレてゆくだけ、とソルジャーはニヤニヤしています。
「ヘタレる前の血液は採ったし、キッチリと保存しておいて…。重症のヘタレに抗体が出来た頃にもう一度採血してから比較して、と…」
「そうか、比べれば分かるんだ? 違いがあれば」
ヘタレの抗体があるのかどうかは知らないけれど、と会長さんが大きく頷いています。
「抗体らしきものが見付かったら、それでワクチンを作るんだね?」
「そういうこと! ぼくは頑張るから!」
ワクチンなんかは作ったこともないんだけれど、と言うソルジャーはド素人でした。そんなのでワクチンが作れるでしょうか、素人なのに…?
「任せといてよ、ダテにソルジャーはやってないから!」
「「「は?」」」
「ソルジャー稼業をやってる間に、研究所にだって潜入したから!」
研究者たちと一緒に仕事もしたから大丈夫! と自信たっぷり、あちらの世界のドクター・ノルディの情報も参考にするそうです。ただしコッソリ忍び込んで。
「さっき採ったハーレイの血液だってね、メディカルルームで分析だから!」
そしてヘタレのワクチンを作ろう! と拳を突き上げているソルジャー。ヘタレの抗体だの、ワクチンだのって、どう考えても無理じゃないかと思いますけどね…?
そんなこんなで始動してしまった、ヘタレのワクチンを作るプロジェクト。ソルジャーに重症のヘタレになるよう仕掛けをされた教頭先生は…。
「…ずいぶんヘタレて来たよね、あれは」
ぼくに会ったら俯くんだから、と会長さんがクックッと笑う週末。今や教頭先生は会長さんの前では恋に恋する乙女さながら、視線を上げることすら出来ない始末。会釈しながら脇を通り過ぎ、頬を真っ赤に染めて通過で。
「あんた、面白いからと頻繁に出歩いているだろうが!」
普段だったら学校の中は滅多に歩いていないくせに、とキース君。
「わざわざ教頭室のある本館まで行ったり、教頭先生の授業が終わった頃合いで出て来たり…」
「出歩かないと損だろう? あんなハーレイ、そうそう見られやしないんだから!」
楽しんでなんぼ、というのが会長さんの持論です。教頭先生は自分がどうしてヘタレたのかも分かっておられず、自分で集めた会長さんの写真や抱き枕も正視出来ない状態らしくて。
「ぼくの写真はまだマシなんだよ、ブルーの写真は完全にアウト」
見るだけで鼻血、とクスクスと。
「ブルーがせっせと贈ったからねえ、きわどいのを…。今までだったら夜になったら楽しんでオカズにしていたけれども、もう駄目でさ」
「「「おかず?」」」
「けしからぬ気分になりたい時の必須アイテム!」
それを見ながら盛り上がるのだ、と説明されて分かったような、分からないような。…ともあれ、今の教頭先生はオカズとやらも要らない状態なんですね?
「そうらしいねえ、孤独に噴火するだけの度胸も無いようだね!」
「かみお~ん♪ ブルーの写真に「おやすみ」のキスも出来ないみたい!」
頬っぺたが真っ赤になって駄目なの! と言う「そるじゃぁ・ぶるぅ」も覗き見をしているみたいです。いつもだったら会長さんが止めているのに、それをしないということは…。
「…お子様が見ていても大丈夫なレベルにヘタレちゃいましたか…」
凄いですね、とシロエ君が教頭先生の家の方角へ目を遣り、サム君も。
「そこまでっていうのが半端じゃねえよな、ラブレターも来ねえっていうのがよ…」
「渡せる度胸は既に無さそうだよ?」
俯いて横を通るようでは、とジョミー君。日を重ねるごとに酷くなるヘタレ、果たして何処までヘタレるのやら…。
教頭先生がヘタレまくって二週間。もはや会長さんと会ったらサッと物陰に隠れるレベルで、熱い視線だけが届くそうです。心拍数も上がりまくりで、口から心臓が飛び出しそうなほどにドキドキな恋する乙女だとか。
「…まだヘタレるのかな?」
もう相当に重症だけど、とジョミー君が首を捻っている土曜日、会長さんの家のリビング。空気がユラリと揺れたかと思うと、ソルジャーがパッと御登場で。
「こんにちは! そろそろヘタレの抗体が出来ていそうだからねえ!」
今日は採血に来てみましたー! と注射器を持参。でも、教頭先生はヘタレまくりで、ソルジャーとお茶なんかを飲める状態ではありませんけど?
「そこの所は、ぼくもきちんと考えた! ぼくなりに!」
この姿で行けば無問題! とソルジャーの姿がパッと変わってキャプテンに。えーっと、サイオニック・ドリームですかね、その姿って…?
「そうだけど? この格好なら、ハーレイだって気にしないからね!」
ちょっと行ってくる! と瞬間移動で消えたソルジャー、いえ、キャプテン。私たちが「そるじゃぁ・ぶるぅ」の中継画面を覗き込んでいると、ソルジャーは例によってチャイムを鳴らして。
「こんにちは、お邪魔致します」
「…は?」
どうしてあなたが、と出迎えた教頭先生はキャプテンの正体に気付かないまま、リビングでコーヒーなんかを出しておられます。ソルジャーは怪しまれないように熱いコーヒーを傾けながら。
「…いえ、先日、ブルーがこちらで相談に乗って頂いたとかで…。体質のことで」
「そういえば…。血液検査の結果はどうだったのでしょう?」
「とてつもなく健康でいらっしゃることが分かりましたね、もう驚きです」
私などではとてもとても…、とキャプテンの演技を続けるソルジャー。
「それでですね、追加の検査をしたいそうですが、ブルーは時間が取れないのだそうで…」
「ああ、それで代理でいらっしゃったというわけですか」
「はい。ブルーに送って貰いました。…そのぅ、失礼ですが…」
「血ですね、どうぞご遠慮なく」
お取り下さい、と袖をまくった教頭先生。キャプテンならぬソルジャーとも知らずに血液提供、後はコーヒー片手に健康談義。ヘタレるのは会長さんやソルジャー相手だけなんですねえ、まったく普通に見えますってば…。
キャプテンのふりをして出掛けたソルジャーは、やがて嬉しそうに帰って来ました。
「やったね、ハーレイの血液をゲット!」
あれだけあったら比較も出来るし、と教頭先生の血はソルジャーの世界へ送られたようです。帰ったら直ちに分析開始で、ヘタレの抗体が見付かった時はワクチン作りに入るとか。
「無事に見付かるといいんだけどねえ、ヘタレの抗体!」
「…ぼくにはあるとは思えないけどね?」
そんな代物、と会長さんが頭を振っていますが、ソルジャーは「きっとある筈!」と譲りません。
「あれだけ酷いヘタレなんだよ、今のハーレイは! そうでなくてもハーレイはヘタレだし、二人ともそうだし…。調べれば何かが見付かる筈で!」
「それが見付かったらどうするわけ?」
「決まってるだろう、もう最初からの目的通り! ぼくのハーレイにワクチンを打つ!」
そしてヘタレを克服なのだ、とソルジャーの主張。本当にヘタレの抗体があるなら、ワクチンも夢ではないんでしょうけど…。
「抗体さえあれば、ワクチンは出来る! もう別人のように生まれ変わったハーレイだって出来る筈だよ、それでヘタレが治るんだから!」
どうしてこんな簡単な方法に今まで気付かなかったんだろう、とソルジャーは自分の頭をコツンと叩いて。
「キースの風邪には感謝してるよ、お蔭でアイデアが生まれたからね!」
「い、いや…。俺は普通に予防接種に出掛けただけで、だ…」
「それは毎年行っているだろ、ぼくだって知っていたんだし…。風邪を貰ってくれたからこそ、予防接種とワクチンに注目出来たんだよ!」
君が今回の功労者だ、とキース君の手をグッと握って握手なソルジャー。
「ワクチンが見事に完成したなら、君に感謝状を贈らないとね!」
「い、要らん! 俺はそういうつもりで風邪を引いたわけではないんだし…!」
明らかに腰が引けているのがキース君。それはそうでしょう、ソルジャーからの感謝状なんて、欲しいような人は誰もいませんし…。
「要らないのかい? …ぼくのシャングリラじゃ凄く有難がられるけどねえ…」
ソルジャーからの感謝状は、と重ねて言われても「要らん」と断るキース君。ソルジャーは「欲が無いねえ…」と呆れて帰ってゆきました。おやつも食事も食べずにです。ワクチン作りをするつもりですね、そのために急いで帰りましたね…?
重症のヘタレな教頭先生の血液を採って帰ったソルジャー。今頃はヘタレる前の血液のデータと比較検討中だろうか、とワクチンの話に花が咲いている夕食の席。今夜は会長さんの家にお泊まり、寒いですから豪華寄せ鍋でワイワイと。其処へ…。
「あった、あったよ、ヘタレの抗体!」
もう間違いなくアレに違いない、とソルジャーが姿を現しました。白衣ですけど、本気で研究してたんですか?
「当たり前じゃないか、ちょっとノルディの意識を弄って、メディカルルームの設備を借りて!」
分析していたら前は無かったものを発見! と頬を紅潮させるソルジャー。
「アレこそヘタレの抗体なんだよ、あれを増やしてぼくのハーレイに打ってやればね!」
「…ヘタレが治ると?」
会長さんが自分の器に肉を入れながら尋ねると。
「そうだと思うよ、だってヘタレの抗体なんだし! こっちのハーレイの重症のヘタレから生まれた奇跡の産物、あの抗体から夢のワクチン!」
「はいはい、分かった。…寄せ鍋は食べて行くのかい?」
締めはラーメンと雑炊だけど、と会長さんが誘ったのですが、ソルジャーは。
「そんな時間は無いってね! こんな時こそ、ぼくの普段の食生活の出番!」
栄養剤だけで充分足りる、と消えてしまったソルジャーの姿。寸暇を惜しんでワクチン開発、そんな所だと思われます。でも、ヘタレの抗体って本当に存在するんでしょうか?
「…どうなんだか…。確かに今のハーレイは重症のヘタレだけれど…」
ヘタレはウイルスじゃないと思う、と会長さん。
「俺もそう思う。…ウイルスなら感染しそうだからな」
でもって、あいつが確実に感染している筈だ、とキース君。
「あれだけ濃厚に接触していれば、移らないわけがないと思うぞ。…ヘタレのウイルス」
「そうですねえ…。でも、移ってはいないようですしね?」
ヘタレるどころか逆ですから、とシロエ君も。
「健康保菌者という線もありますけれど…。それにしたって、感染してれば多少はヘタレが…」
「…出そうだよねえ?」
あんなにパワフルなわけがない、とジョミー君だって言っていますし、私だってそう思います。ソルジャーがヘタレていないからには、ヘタレのウイルスは無いでしょう。抗体だって無いと思いますけど、ソルジャーは何を発見したと…?
存在しない筈のヘタレのウイルス、ついでに抗体。けれどソルジャーは教頭先生の血液から何かを発見した上、ワクチンを開発したわけで…。
「聞いてよ、ついに出来たんだよ!」
ヘタレのワクチン! とソルジャーが降ってわいた一週間後。例によって会長さんの家で過ごしていた週末、ソルジャーは最高に御機嫌で。
「完成したのが二日前でさ、直ぐにハーレイに打ったわけ!」
「ちょ、ちょっと…! 安全性も確かめないで!?」
いきなり使ってしまったのか、と会長さんが慌てましたが、ソルジャーはケロリとしたもので。
「え、問題は無いだろう? こっちのハーレイが持ってた抗体なんだし、最初から人間が持ってたわけで…。しかも瓜二つのハーレイだからね!」
そのまま使って問題無し! と胸を張ったソルジャー。
「それにさ、ワクチンは凄く効いたんだよ! もうハーレイはヘタレ知らずで!」
「ま、まさか…」
「本当だってば、現に昨日もガンガンと! あまりの凄さにぶるぅが土鍋から出て来ていたけど、見られていたってヘタレなかったし!」
大満足の夜だったのだ、とソルジャーは意味不明な言葉をズラズラと並べ始めました。会長さんが柳眉を吊り上げ、レッドカードを叩き付けて。
「退場!!!」
「言われなくても、帰るから! ヘタレが治ったハーレイと楽しく過ごしたいしね!」
特別休暇も取ったんだから、とソルジャーは得意満面です。
「あ、そうだ。…こっちのハーレイはワクチンを作る必要があるから、まだまだ当分、ヘタレのままで置いておくからね!」
「…ワクチンはもう出来たんだろう?」
「もっと強力なのが欲しいじゃないか! もっとヘタレたら、抗体だって凄いのが!」
君もハーレイがヘタレてる間は楽が出来るし…、とソルジャーは一方的に語りまくって姿を消してしまいました。ヘタレのワクチンは完成した上、効果もあったみたいです。あのソルジャーが大満足なレベルとなると…。
「…おい、ヘタレのウイルスは存在したのか?」
「そうらしいね…」
この世界にはまだまだ謎が多い、と会長さんが深い溜息。ヘタレのウイルス、あったとは…。
次の日は日曜、ソルジャーは再び会長さんの家に現れ、ワクチンの効能を熱く語りまくり。会長さんがレッドカードを叩き付けたら、「おっと、続き!」と慌てて帰りましたけど…。
「…途中で抜けて来やがったのか…」
迷惑な、とキース君。ソルジャーはキャプテンがシャワーを浴びている間に来たのです。
「…続きってことは、まだまだやるってことですよねえ…」
シロエ君が大きな溜息、サム君が。
「汗をかいたらシャワーだって言ってやがったしなあ、また来るぜ、きっと」
「体力勝負の運動なんだって言っていたしね…」
汗もかくよね、とジョミー君。ソルジャーが言うにはキャプテンのパワーは上がりまくりで、熱棒とやらもガンガン熱くなりつつあるとか。発熱してなきゃいいんですけど…。
「…待てよ、発熱…?」
もしかしたら、と会長さんが考え込んで。
「…キース、それからシロエにマツカ。…ハーレイは先週、鼻風邪を引いてなかったかい?」
「そういえば…。何度か鼻をかんでいらっしゃったな」
「ええ、そうです。それが何か?」
ただの鼻風邪でしたけど、と答えるシロエ君たち。会長さんは「それか…」と腕組みをして。
「それだよ、ヘタレの抗体とやら! ハーレイが持ってた風邪のウイルス!」
「「「ええっ!?」」」
「ブルーはそれを培養したわけ、でもって感染したのが向こうのハーレイで…。風邪で頭がボーッとしちゃって、ヘタレな気持ちが消えたと見たね!」
「「「あー…」」」
ボーッとしてれば、有り得ないこともやりかねません。それじゃキャプテン、只今、順調に発熱中だというわけですか?
「うん、多分…。風邪が治れば、きっと正気に戻ってヘタレになるかと…。鼻風邪の症状が出ていないから分からないんだよ、風邪だってことが!」
だけどブルーはワクチンの効果だと思っているから…、と頭を抱える会長さん。
「効いたと信じているってことはさ、またワクチンを作ろうとするんだよ、ハーレイで!」
「…これからが風邪のシーズンだしなあ、抗体とやらも出来ていそうだな…」
ヤツの勘違いに過ぎないんだが、とキース君が呻いてもソルジャーは聞く耳を持たないでしょう。まあ、会長さんには平和な状態が続くんですから…。
「…冬の間は教頭先生、ヘタレっぱなしかよ?」
「そうなってしまうみたいですねえ…」
風邪のウイルスだと気付かない限りは、とサム君とシロエ君が顔を見合わせ、私たちも。
「…これでいいのかな?」
「あいつがヘタレの抗体なんだと思っているんだ、放っておこう」
俺たちには実害が無いようだから、とキース君。会長さんにも教頭先生からの熱いアタックとかが一切無いわけですし…。
「それじゃ、ヘタレのウイルスは存在していたってことでいいですね?」
シロエ君が纏めにかかって、会長さんが。
「ブルーが自分で気付くまではね、真実に」
いつかは派手な風邪のウイルスに当たって気付くであろう、という見解。その日が来るまで、キャプテンは風邪のウイルスでパワーアップな日々らしいです。教頭先生はワクチン作りのためにヘタレにされたままですけれども、それで平和になるんだったら重症のヘタレも大歓迎です~!
ヘタレの抗体・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
キース君が貰った風邪から、ソルジャーが思い付いたのがヘタレのワクチンを作ること。
そして開発したわけですけど、抗体の正体はまるで別物。まあ、平和ならそれでいいかも…?
次回は 「第3月曜」 6月20日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、5月といえばGWですけど、連休が終わった後の話で…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
寒い季節がやって来ました。今年の冬は意外に早くて、残暑が終わってからの秋が短め。気付けばすっかり冬な雰囲気、風邪だって流行り始めています。私たち七人グループの中でも流行を真っ先に取り入れた人が…。
「ハーックション!」
くっそぉ…、と口を押さえるキース君。早々と風邪を引いてしまって、三日も欠席。ようやっと登校して来たのが今日で、それでもクシャミを連発です。
「…移さないでよね、その風邪」
私たちだって困るんだから、とスウェナちゃん。放課後は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に来てるんですけど、キース君のクシャミがあるわけで…。
「かみお~ん♪ キースの周りはブルーがシールドしているから大丈夫だよ!」
ウイルスは通さないもんね! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「キースも病院に行くんだったら、シールドして行けば良かったのに…」
「「「は?」」」
キース君は既に風邪を引いています。治療のために病院に行くなら、他の人たちに移さないようマスクでしょうけど、そこをシールドでクリアですか?
「それもあるけど…。シールドしてたら、風邪は引かなかったと思うの!」
だってブルーがそう言ってたもん、ということは…。キース君の風邪は病院仕込み?
「悪かったな! 病院仕込みで!」
そんなつもりは無かったんだ、とキース君は仏頂面。
「俺はこれからのシーズンに備えて予防接種に行っただけで…」
「それってインフルエンザかよ?」
サム君が訊くと、「ああ」と返事が。
「坊主が引いたら話にならんし、毎年、受けているんだが…。それを受けに行って貰って来た」
マスクを持って行くのを忘れた、と無念そう。
「俺の隣に明らかに風邪なご老人が座ってしまってな…。あからさまに席を移れもしないし…」
それは坊主としてどうかと思う、という姿勢は正しいですけど、そのご老人から貰ったんだ?
「そうなるな。…予防接種の副作用かと思ったんだが、どうやら違った」
本物の風邪だ、とまたまたクシャミ。全快するまでは遠そうですねえ…。
流行の最先端を行ってしまったキース君。インフルエンザに罹ってしまえばお坊さんの仕事は出来ませんから、予防接種は当然でしょう。けれど、受けに行った先で風邪を貰って三日も休んだのでは本末転倒とか言いませんか?
「そうなんだが…。月参りにも行けなかったし、親父が文句をネチネチと…」
「「「あー…」」」
気の毒に、と合掌してしまった私たち。キース君は月に何度か遅刻して来て、そういう時には月参りです。檀家さんの家をお坊さんスタイルで回って来た後、制服に着替えて登校なパターン。それがズッコケちゃったんですねえ、風邪のせいで?
「風邪もそうだが、声の方がな…。掠れてしまって出なかったわけで、どうにもならん」
「喉は坊主の命だからねえ…」
マスクしてても声さえ出ればね、と会長さん。
「一人しかいないお寺なんかだと、マスクで月参りもしたりするから…」
「親父にもそう言われたんだ! 情けないヤツだと!」
ついでに親父に借りまで出来た、と呻くキース君。行く予定だった月参りをアドス和尚が引き受けた結果、凄い借りが出来てしまったのだそうで…。
「どういう形で返すことになるのか分からんが…。最悪、お盆まで持ち越しかもな」
「「「お盆?」」」
「卒塔婆だ、卒塔婆! あの時の貸しだ、と俺に卒塔婆書きのノルマがドカンと…」
「「「…卒塔婆書き…」」」
それは毎年、夏になったらキース君を苦しめている作業。山ほどの卒塔婆をアドス和尚と手分けして書いているそうですけど、そこまで借りを返せないままだと…。
「…もしかして全部も有り得ますか?」
シロエ君の言葉に、キース君は。
「…大切な檀家さんの分は親父が書くんだろうが…。最悪のケースも考えないと…」
出来ればそれまでに分割の形で返しておきたい、と苦悶の表情。
「とにかく風邪は二度と御免だ、気を付けないと…」
なんだってこうなったんだか、と言いたい気持ちは分かります。インフルエンザの予防接種に出掛けて風邪って、空しいにも程がありますよねえ…。
とはいえ、無事に終わったのがキース君の予防接種で、次の週には風邪も全快。土曜日も会長さんの家に集まってダラダラ過ごしていたんですけど。
「こんにちはーっ!」
キースの風邪が治ったってね、と現れた別の世界からのお客様。「ぼくにもおやつ!」と「そるじゃぁ・ぶるぅ」に注文をつけていますけれども、野次馬ですか?
「うーん…。野次馬ってわけでもないんだけれど…」
予防接種のことでちょっと、と妙な台詞が。
「「「予防接種?」」」
「うん。…キースは風邪を引いちゃったけれど、インフルエンザには罹らないんだよね?」
「それはまあ…。多分、としか言えないが」
罹る時には罹るらしいし、とキース君。
「あんたの世界ではどうだか知らんが、俺たちの世界では当たり外れがあるからな」
「当たり外れって?」
「打ったワクチンと同じウイルスなら罹らないんだが、別物だと罹る」
インフルエンザのウイルスには種類が幾つかあるからな、とキース君が説明を。
「運が悪いと、別のを端から貰ってしまって罹るケースも皆無ではない」
俺の知り合いにもコンプリートをしたヤツが…、と恐ろしい実話。お坊さん仲間の人らしいですけど、去年の冬にインフルエンザをコンプリートしたらしいです。ワクチンを打ったヤツ以外の。
「…それはある意味、強運だとか言いませんか?」
普通はそこまで出来ませんよ、とシロエ君が言うと。
「俺もそう思う。そいつ自身もそう思ったらしくて、宝くじを大量に買ってみたそうだ」
「へえ…。当たったのかよ、その宝くじ」
サム君の問いに、キース君は。
「当たったらしいぞ、金額は教えて貰えなかったが…」
「「「…スゴイ…」」」
宝くじが当たるんだったら、インフルエンザのコンプリートもいいでしょう。熱とかで多少辛かろうとも、大金がドカンと入るんですしね?
話は宝くじへと向かいましたが、横から止めに入ったソルジャー。「ぼくはワクチンの話をしたいんだけど」と。
「ワクチンって…。何さ?」
君の世界ならインフルエンザのワクチンもさぞかし完璧だろう、と会長さん。
「こっちの世界じゃ、今年はコレが流行りそうだ、っていうのを作って予防接種だけど…」
「あんたの世界の技術だったら、全部纏めていけるんじゃないか?」
医療は進んでいるんだろう、とキース君も。
「それで嘲笑いに来たというわけか。ただでも風邪を貰ってしまった俺の場合は、ワクチンの方もハズレを引いていそうだと!」
「…そうじゃなくって…。ぼくの世界にも無いワクチンについての話なんだよ」
「「「無い!?」」」
ザッと後ろへ下がりそうになった私たち。椅子さえなければそうなったでしょう。
「き、君はどういうウイルスについて語りたいわけ!?」
悲鳴にも似た会長さんの声、私たちも気分は同じです。ワクチンが無いような感染症がソルジャーの世界のシャングリラで流行してるんだったら…。
「頼む、帰ってくれ!!」
俺たちにそれを移す前に、とキース君。
「ウイルスってヤツは侮れないんだ、健康保菌者というのもいるんだ!」
「そうだよ、君は罹っていないつもりでいてもね、実は罹っていてウイルスを撒き散らしているってこともあるから!」
シールドだって効くのかどうか…、と会長さんは震え上がっています。
「どんなウイルスか分からないけど、君子危うきに近寄らず! 用心に越したことはないから!」
「そうです、とにかく帰って下さい!」
話の方は落ち着いたらまた聞きますから、とシロエ君も。
「初期段階での封じ込めってヤツが大切なんです、終息してから来て下さい!」
「シロエが言ってる通りだってば、早く帰ってくれたまえ!」
この部屋は直ぐに消毒するから、と会長さん。別の世界のウイルスだなんて怖すぎな上に、ワクチンが無いと聞いたら恐怖は倍どころか無限大ですから~!
こうして追い出しにかかっているのに、ソルジャーは悠然とソファに腰掛けたままで。
「移る心配なら大丈夫! 移った人は一人も無いしね」
「だけど患者がいるんだろう!」
残りは全員、君も含めて健康保菌者ということも…、と会長さんが指を突き付けました。
「君のシャングリラでは耐性のある人が多いとしてもね、こっちの世界は別だから!」
「そうだぞ、俺は風邪だけで沢山なんだ! この冬は!」
これ以上の感染症は御免蒙る、とキース君も言ったのですけど。
「…アレは普通は移らないと思うよ、罹ってるのはずっと昔から一人だけだし」
「そういう油断が怖いんだよ!」
感染症には色々あるから、と会長さん。
「潜伏期間が二十年とかいうのもあるしね、おまけにワクチンは無いんだろう?」
「そうなんだよねえ、そもそも作ろうと思っていなかったから!」
「「「は?」」」
「ワクチンって方法を思い付かなかったんだよ、対症療法しか考えてなくて!」
それと精神論だろうか、と言ってますけど、病気の人に精神論って、気力で克服しろっていう意味ですか?
「そんなトコだね、精神を鍛えれば克服できると! ヘタレくらいは!」
「「「ヘタレ?」」」
「そう、ヘタレ! 患者はぼくのハーレイなんだよ、君たちも知っている通り!」
どうしようもなくヘタレなのがハーレイ、とソルジャー、ブツクサ。
「ぶるぅが覗きに来たら駄目だし、そうでなくてもヘタレるし…」
「…それは感染症とは違うんじゃないかと思うけど?」
君のハーレイだけの問題だろう、と会長さん。
「第一、ワクチンを作るだなんて…。あれはウイルスの抗体ってヤツを作るわけでさ、ウイルスも無さそうなヘタレの抗体をどうやって作ると?」
「…ウイルスだとは限らないけど、抗体だったら作れそうだと思うんだよ!」
キースの風邪のお蔭で思い付いた、とソルジャーが目を付けた予防接種だのワクチンだの。キャプテンのヘタレにワクチンだなんて、そんなのホントに作れますか…?
ソルジャーが感染症を持ち込んだわけではないらしい、と分かってホッと一息ですけど、今度はワクチンが問題です。キャプテンのヘタレに効くワクチンが作れるかどうかも問題とはいえ、既に発症してるんだったら、ワクチンを作っても無駄なんじゃあ…?
「それがそうでもないんだよ。劇的に効くって例もあるから!」
ワクチンを後から接種しても、と言うソルジャー。
「こっちの世界はどうか知らないけど、ぼくの世界じゃとにかくワクチン! 駄目で元々、ガンガン打つって方向で行くねえ、感染症には!」
なにしろ宇宙は広すぎるから…、という話。新しい惑星に入植するにはリスクがつきもの、未知のウイルスが潜んでいることもあるそうです。そういう時にはワクチン開発、患者にどんどん打つらしくって。
「これが効くってこともあるんだよ、だからワクチンは後からでもいける!」
「…まあ、ぼくたちの世界でも、そういう例は皆無じゃないけど…」
たまに奇跡のように治ってしまう人が…、と会長さん。打つ手が無いという感染症の重症患者にワクチン接種で、治るという例。
「でもねえ…。ヘタレはウイルスじゃないし、本人の気の持ちようだから…」
「あながちそうとも言い切れないよ? 何か原因があるかもだしね!」
だから抗体を作りたいのだ、と言ってますけど、どうやって…?
「簡単なことだよ、ハーレイは二人いるからね!」
こっちの世界に更にヘタレなハーレイが! とソルジャーは教頭先生の家の方へと指を。
「あのハーレイを使ってワクチン製造! 抗体を作る!」
「…それなら、わざわざ作らなくても…。とうに抗体、出来ていそうだよ?」
三百年以上もヘタレてるんだし、と会長さん。
「ヘタレ続けて三百年以上、きっと抗体もある筈で…」
「それじゃ駄目なんだよ、その程度だったら、ぼくのハーレイも抗体を持っていそうだし!」
あれも元からヘタレだから、と言われてみればその通りです。キャプテンにだって出来ていそうな抗体、それでもヘタレのままだとなると…。
「そう、もっと強力な抗体ってヤツが必要なんだよ!」
より重症なヘタレに対応出来る抗体! とグッと拳を握るソルジャー。より重症なヘタレに対応って、そんなワクチン、作れますか…?
ソルジャー曰く、キャプテンに打つためのワクチンは教頭先生を使って製造。しかも強力な抗体が必要、より重症なヘタレに対応出来るように、ということですが…。
「…君はいったい何をする気さ、ハーレイに?」
ぼくにはサッパリ分からないけど、と会長さんが尋ねて、私たちも「うん」と。ソルジャーは「そうかなあ?」と首を傾げて。
「簡単なことだと思うけど? ハーレイが重症なヘタレになったら、抗体だって出来るしね!」
「「「…重症?」」」
今でも充分に重症だろうと思いますけど、まだ足りないと?
「足りないねえ! ヘタレ具合じゃ、ぼくのハーレイとどっこいと見たね!」
環境のせいで余計にヘタレて見えるだけだ、と言うソルジャー。
「ブルーがハーレイを受け付けないから万年童貞、それが災いしているだけ! もしもブルーとデキていたなら、ヘタレ具合は似たようなものかと!」
こっちのハーレイがヤレる環境にいたとしたなら、鼻血体質もとっくに克服しているだろう、とソルジャーはキッパリ言い切りました。
「ぼくのハーレイも、最初の間は、何かと遠慮がちだったしねえ…」
今のようなハーレイになれるまでには色々と…、とソルジャーは昔語りモードに入ろうとしましたけれども、会長さんが素早くイエローカードを。
「その先、禁止! 今はワクチンの話だから!」
「…そうかい? これからが面白いんだけど…。でもまあ、いいか…」
大切なのはワクチンだから、とソルジャーは気持ちを切り替えたようで。
「要は、こっちのハーレイを今よりヘタレに! その状態になれば、強い抗体が出来るんだよ!」
「…今よりヘタレって、どんな具合に?」
ちょっと想像つかないんだけど、と会長さんが訊くと。
「それはもちろん、ヘタレMAX! 君の顔もまともに見られないとか、そういうレベル!」
出会っただけで顔を赤くして俯くだとか…、とブチ上げるソルジャー。
「その辺はサイオンでどうとでも出来るよ、ハーレイの精神をチョイと弄れば!」
「…わざとヘタレにしてしまうと?」
「その通り! 君にも悪い話じゃないから!」
ハーレイで色々と苦労をしてるじゃないか、と笑顔のソルジャー。それは確かに間違ってませんねえ、教頭先生の思い込みの激しさはピカイチですしね?
教頭先生をサイオンで重度のヘタレに仕立てて、ヘタレの抗体を作ろうというソルジャーの案。日頃から教頭先生に一方的に愛されている会長さんからすれば、悪い話ではないわけで…。
「なるほど、ハーレイが今よりヘタレにねえ…」
そうなればぼくも追われないだろうか、という呟きにソルジャーが。
「まるで追われないとは言わないけれど…。君への愛は消えないからね! でもさ…」
せいぜい「読んで下さい」とラブレターを渡して逃げ去る程度、と溢れる自信。
「そのラブレターだって、小学生だか幼稚園児だか、ってレベルになるのは間違いないね!」
「そうなんだ? だったら、ぼくは当分の間、平和に生活出来るってことか…」
「お金を毟るのは難しいかもしれないけどね!」
ヘタレたら貢ぐ度胸があるかどうか、と言ってますけど、会長さんは。
「お金に不自由はしてないし…。ハーレイが静かになると言うなら、多少のことは我慢するよ。どうせいつかは治るんだろう? 重度のヘタレも」
「そりゃあ、永遠にっていうわけじゃないよ」
ワクチンが出来たら用済みだから、とソルジャー、アッサリ。
「で、作ってもいいのかな? ヘタレのワクチン」
「面白そうだし、やってみたら? …ヘタレの抗体があるかどうかは謎だけど」
「ありがとう! それじゃ早速…」
「ハーレイに相談しに行くのかい?」
ワクチン作りの、と会長さんが訊いたのですが。
「相談なんかをするとでも? 逃げられるに決まっているじゃないか!」
自分がヘタレになるだなんて、とソルジャーは指を左右にチッチッと。
「ぼくはハーレイに会いに行くだけ、そして話をしてくるだけ!」
「…それでどうやったらヘタレになるのさ?」
「サイオンで意識の下に干渉! 細かい作業をするなら会わないとね!」
遠隔操作では上手くいかないものだから…、と本気のソルジャー。
「ぼくと楽しくお茶を飲んでから送り出したら、ヘタレ発動! もう重症の!」
それは凄いヘタレが出来るであろう、とソルジャーはソファから立ち上がりました。
「行ってくるから、サイオン中継で様子を見ててよ。ヘタレのワクチン、頑張らなくちゃ!」
善は急げ、と瞬間移動で消えたソルジャー。行き先は教頭先生の家ですよね?
会長さんの家に残された私たちの前には、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサイオン中継の画面を出してくれました。教頭先生のお宅が映っています。ソルジャーがチャイムを押していますが…。
「どちらさまですか?」
「ぼくだけど?」
それだけで分かったらしい教頭先生、いそいそと玄関の扉を開けに出て来て。
「これはようこそ…! 寒いですから入って下さい」
「ありがとう。…君の家にホットココアはあるかな?」
「ああ、好物でらっしゃいましたね。…直ぐにご用意いたしますから」
リビングへどうぞ、と教頭先生はソルジャーを招き入れてキッチンでホットココアの用意を。クッキーも添えて歓迎モードで、自分用にはコーヒーで。
「…それで、本日の御用件は?」
「ちょっとね、ぼくのハーレイの健康のことで相談が…。かまわないかな?」
「もちろんです。私で分かることでしたら」
「助かるよ。…実は体質のことで悩んでいてさ…。あれって改善できるものかな?」
君は頑丈そうだけれども、ぼくのハーレイの方はちょっと…、と言うソルジャー。
「君ほど体力とかは無いだろうしね、もっと頑丈になってくれたら色々と…」
「何か問題でもあるのですか?」
「夫婦の時間のパワーってヤツだよ、頑丈になれば長持ちするかと…」
あっちの方も、と意味深な台詞に、教頭先生は「そうですねえ…」と顎に手を当てて。
「生憎と私は、そちらの方では経験が無くて…。ですが、可能性としては有り得ますね」
「じゃあ、君の体力をぼくのハーレイが身に付けたならばパワーの方も…」
「増してくるかもしれません。…断言することは出来ませんが…」
「分かった。だったら、ちょっと協力してくれるかな?」
データを取ってみたいから、とソルジャーが何処からか出した注射器。教頭先生は「血液の方のデータですか?」と目を剥きましたが、ソルジャーは。
「ぼくの世界は医療も進んでいるからねえ…。血液検査で色々なことが分かるんだよ」
「そうでしたか。では、どうぞお好きなだけお取り下さい」
教頭先生が袖をまくって、ソルジャーが「そんなに沢山は要らないから」と採血を。注射器に一本分っていう量ですねえ、教頭先生には大した量でもないんでしょうね。
ソルジャーは教頭先生に「献血の御礼」と頬にキスして帰って来ました。瞬間移動で。教頭先生は感激の面持ちで頬を触っていらっしゃいます。ちっともヘタレていませんよ?
「それはどうかな? その場でヘタレちゃ、つまらないしね」
じきに効果が、とソルジャーが指差している中継画面。教頭先生、嬉しそうに頬を撫でていらっしゃったのが、いきなりボンッ! と真っ赤な顔に。
「「「???」」」
何事なのか、と思いましたが、教頭先生は両方の頬に手を当てると…。
「…き、キスをして貰えたとは…。まさか頬に…」
嬉しいけれども恥ずかしすぎる、と教頭先生とも思えぬ台詞が。
「ど、どうすればいいのだ、私は…! か、顔がどんどん熱くなるのだが…!」
なんという恥ずかしい、いや嬉しい、と怪しすぎる反応、いったいどうなっているのでしょう?
「ほらね、ヘタレに拍車がかかった! たったあれだけで顔が真っ赤に!」
後はどんどんヘタレてゆくだけ、とソルジャーはニヤニヤしています。
「ヘタレる前の血液は採ったし、キッチリと保存しておいて…。重症のヘタレに抗体が出来た頃にもう一度採血してから比較して、と…」
「そうか、比べれば分かるんだ? 違いがあれば」
ヘタレの抗体があるのかどうかは知らないけれど、と会長さんが大きく頷いています。
「抗体らしきものが見付かったら、それでワクチンを作るんだね?」
「そういうこと! ぼくは頑張るから!」
ワクチンなんかは作ったこともないんだけれど、と言うソルジャーはド素人でした。そんなのでワクチンが作れるでしょうか、素人なのに…?
「任せといてよ、ダテにソルジャーはやってないから!」
「「「は?」」」
「ソルジャー稼業をやってる間に、研究所にだって潜入したから!」
研究者たちと一緒に仕事もしたから大丈夫! と自信たっぷり、あちらの世界のドクター・ノルディの情報も参考にするそうです。ただしコッソリ忍び込んで。
「さっき採ったハーレイの血液だってね、メディカルルームで分析だから!」
そしてヘタレのワクチンを作ろう! と拳を突き上げているソルジャー。ヘタレの抗体だの、ワクチンだのって、どう考えても無理じゃないかと思いますけどね…?
そんなこんなで始動してしまった、ヘタレのワクチンを作るプロジェクト。ソルジャーに重症のヘタレになるよう仕掛けをされた教頭先生は…。
「…ずいぶんヘタレて来たよね、あれは」
ぼくに会ったら俯くんだから、と会長さんがクックッと笑う週末。今や教頭先生は会長さんの前では恋に恋する乙女さながら、視線を上げることすら出来ない始末。会釈しながら脇を通り過ぎ、頬を真っ赤に染めて通過で。
「あんた、面白いからと頻繁に出歩いているだろうが!」
普段だったら学校の中は滅多に歩いていないくせに、とキース君。
「わざわざ教頭室のある本館まで行ったり、教頭先生の授業が終わった頃合いで出て来たり…」
「出歩かないと損だろう? あんなハーレイ、そうそう見られやしないんだから!」
楽しんでなんぼ、というのが会長さんの持論です。教頭先生は自分がどうしてヘタレたのかも分かっておられず、自分で集めた会長さんの写真や抱き枕も正視出来ない状態らしくて。
「ぼくの写真はまだマシなんだよ、ブルーの写真は完全にアウト」
見るだけで鼻血、とクスクスと。
「ブルーがせっせと贈ったからねえ、きわどいのを…。今までだったら夜になったら楽しんでオカズにしていたけれども、もう駄目でさ」
「「「おかず?」」」
「けしからぬ気分になりたい時の必須アイテム!」
それを見ながら盛り上がるのだ、と説明されて分かったような、分からないような。…ともあれ、今の教頭先生はオカズとやらも要らない状態なんですね?
「そうらしいねえ、孤独に噴火するだけの度胸も無いようだね!」
「かみお~ん♪ ブルーの写真に「おやすみ」のキスも出来ないみたい!」
頬っぺたが真っ赤になって駄目なの! と言う「そるじゃぁ・ぶるぅ」も覗き見をしているみたいです。いつもだったら会長さんが止めているのに、それをしないということは…。
「…お子様が見ていても大丈夫なレベルにヘタレちゃいましたか…」
凄いですね、とシロエ君が教頭先生の家の方角へ目を遣り、サム君も。
「そこまでっていうのが半端じゃねえよな、ラブレターも来ねえっていうのがよ…」
「渡せる度胸は既に無さそうだよ?」
俯いて横を通るようでは、とジョミー君。日を重ねるごとに酷くなるヘタレ、果たして何処までヘタレるのやら…。
教頭先生がヘタレまくって二週間。もはや会長さんと会ったらサッと物陰に隠れるレベルで、熱い視線だけが届くそうです。心拍数も上がりまくりで、口から心臓が飛び出しそうなほどにドキドキな恋する乙女だとか。
「…まだヘタレるのかな?」
もう相当に重症だけど、とジョミー君が首を捻っている土曜日、会長さんの家のリビング。空気がユラリと揺れたかと思うと、ソルジャーがパッと御登場で。
「こんにちは! そろそろヘタレの抗体が出来ていそうだからねえ!」
今日は採血に来てみましたー! と注射器を持参。でも、教頭先生はヘタレまくりで、ソルジャーとお茶なんかを飲める状態ではありませんけど?
「そこの所は、ぼくもきちんと考えた! ぼくなりに!」
この姿で行けば無問題! とソルジャーの姿がパッと変わってキャプテンに。えーっと、サイオニック・ドリームですかね、その姿って…?
「そうだけど? この格好なら、ハーレイだって気にしないからね!」
ちょっと行ってくる! と瞬間移動で消えたソルジャー、いえ、キャプテン。私たちが「そるじゃぁ・ぶるぅ」の中継画面を覗き込んでいると、ソルジャーは例によってチャイムを鳴らして。
「こんにちは、お邪魔致します」
「…は?」
どうしてあなたが、と出迎えた教頭先生はキャプテンの正体に気付かないまま、リビングでコーヒーなんかを出しておられます。ソルジャーは怪しまれないように熱いコーヒーを傾けながら。
「…いえ、先日、ブルーがこちらで相談に乗って頂いたとかで…。体質のことで」
「そういえば…。血液検査の結果はどうだったのでしょう?」
「とてつもなく健康でいらっしゃることが分かりましたね、もう驚きです」
私などではとてもとても…、とキャプテンの演技を続けるソルジャー。
「それでですね、追加の検査をしたいそうですが、ブルーは時間が取れないのだそうで…」
「ああ、それで代理でいらっしゃったというわけですか」
「はい。ブルーに送って貰いました。…そのぅ、失礼ですが…」
「血ですね、どうぞご遠慮なく」
お取り下さい、と袖をまくった教頭先生。キャプテンならぬソルジャーとも知らずに血液提供、後はコーヒー片手に健康談義。ヘタレるのは会長さんやソルジャー相手だけなんですねえ、まったく普通に見えますってば…。
キャプテンのふりをして出掛けたソルジャーは、やがて嬉しそうに帰って来ました。
「やったね、ハーレイの血液をゲット!」
あれだけあったら比較も出来るし、と教頭先生の血はソルジャーの世界へ送られたようです。帰ったら直ちに分析開始で、ヘタレの抗体が見付かった時はワクチン作りに入るとか。
「無事に見付かるといいんだけどねえ、ヘタレの抗体!」
「…ぼくにはあるとは思えないけどね?」
そんな代物、と会長さんが頭を振っていますが、ソルジャーは「きっとある筈!」と譲りません。
「あれだけ酷いヘタレなんだよ、今のハーレイは! そうでなくてもハーレイはヘタレだし、二人ともそうだし…。調べれば何かが見付かる筈で!」
「それが見付かったらどうするわけ?」
「決まってるだろう、もう最初からの目的通り! ぼくのハーレイにワクチンを打つ!」
そしてヘタレを克服なのだ、とソルジャーの主張。本当にヘタレの抗体があるなら、ワクチンも夢ではないんでしょうけど…。
「抗体さえあれば、ワクチンは出来る! もう別人のように生まれ変わったハーレイだって出来る筈だよ、それでヘタレが治るんだから!」
どうしてこんな簡単な方法に今まで気付かなかったんだろう、とソルジャーは自分の頭をコツンと叩いて。
「キースの風邪には感謝してるよ、お蔭でアイデアが生まれたからね!」
「い、いや…。俺は普通に予防接種に出掛けただけで、だ…」
「それは毎年行っているだろ、ぼくだって知っていたんだし…。風邪を貰ってくれたからこそ、予防接種とワクチンに注目出来たんだよ!」
君が今回の功労者だ、とキース君の手をグッと握って握手なソルジャー。
「ワクチンが見事に完成したなら、君に感謝状を贈らないとね!」
「い、要らん! 俺はそういうつもりで風邪を引いたわけではないんだし…!」
明らかに腰が引けているのがキース君。それはそうでしょう、ソルジャーからの感謝状なんて、欲しいような人は誰もいませんし…。
「要らないのかい? …ぼくのシャングリラじゃ凄く有難がられるけどねえ…」
ソルジャーからの感謝状は、と重ねて言われても「要らん」と断るキース君。ソルジャーは「欲が無いねえ…」と呆れて帰ってゆきました。おやつも食事も食べずにです。ワクチン作りをするつもりですね、そのために急いで帰りましたね…?
重症のヘタレな教頭先生の血液を採って帰ったソルジャー。今頃はヘタレる前の血液のデータと比較検討中だろうか、とワクチンの話に花が咲いている夕食の席。今夜は会長さんの家にお泊まり、寒いですから豪華寄せ鍋でワイワイと。其処へ…。
「あった、あったよ、ヘタレの抗体!」
もう間違いなくアレに違いない、とソルジャーが姿を現しました。白衣ですけど、本気で研究してたんですか?
「当たり前じゃないか、ちょっとノルディの意識を弄って、メディカルルームの設備を借りて!」
分析していたら前は無かったものを発見! と頬を紅潮させるソルジャー。
「アレこそヘタレの抗体なんだよ、あれを増やしてぼくのハーレイに打ってやればね!」
「…ヘタレが治ると?」
会長さんが自分の器に肉を入れながら尋ねると。
「そうだと思うよ、だってヘタレの抗体なんだし! こっちのハーレイの重症のヘタレから生まれた奇跡の産物、あの抗体から夢のワクチン!」
「はいはい、分かった。…寄せ鍋は食べて行くのかい?」
締めはラーメンと雑炊だけど、と会長さんが誘ったのですが、ソルジャーは。
「そんな時間は無いってね! こんな時こそ、ぼくの普段の食生活の出番!」
栄養剤だけで充分足りる、と消えてしまったソルジャーの姿。寸暇を惜しんでワクチン開発、そんな所だと思われます。でも、ヘタレの抗体って本当に存在するんでしょうか?
「…どうなんだか…。確かに今のハーレイは重症のヘタレだけれど…」
ヘタレはウイルスじゃないと思う、と会長さん。
「俺もそう思う。…ウイルスなら感染しそうだからな」
でもって、あいつが確実に感染している筈だ、とキース君。
「あれだけ濃厚に接触していれば、移らないわけがないと思うぞ。…ヘタレのウイルス」
「そうですねえ…。でも、移ってはいないようですしね?」
ヘタレるどころか逆ですから、とシロエ君も。
「健康保菌者という線もありますけれど…。それにしたって、感染してれば多少はヘタレが…」
「…出そうだよねえ?」
あんなにパワフルなわけがない、とジョミー君だって言っていますし、私だってそう思います。ソルジャーがヘタレていないからには、ヘタレのウイルスは無いでしょう。抗体だって無いと思いますけど、ソルジャーは何を発見したと…?
存在しない筈のヘタレのウイルス、ついでに抗体。けれどソルジャーは教頭先生の血液から何かを発見した上、ワクチンを開発したわけで…。
「聞いてよ、ついに出来たんだよ!」
ヘタレのワクチン! とソルジャーが降ってわいた一週間後。例によって会長さんの家で過ごしていた週末、ソルジャーは最高に御機嫌で。
「完成したのが二日前でさ、直ぐにハーレイに打ったわけ!」
「ちょ、ちょっと…! 安全性も確かめないで!?」
いきなり使ってしまったのか、と会長さんが慌てましたが、ソルジャーはケロリとしたもので。
「え、問題は無いだろう? こっちのハーレイが持ってた抗体なんだし、最初から人間が持ってたわけで…。しかも瓜二つのハーレイだからね!」
そのまま使って問題無し! と胸を張ったソルジャー。
「それにさ、ワクチンは凄く効いたんだよ! もうハーレイはヘタレ知らずで!」
「ま、まさか…」
「本当だってば、現に昨日もガンガンと! あまりの凄さにぶるぅが土鍋から出て来ていたけど、見られていたってヘタレなかったし!」
大満足の夜だったのだ、とソルジャーは意味不明な言葉をズラズラと並べ始めました。会長さんが柳眉を吊り上げ、レッドカードを叩き付けて。
「退場!!!」
「言われなくても、帰るから! ヘタレが治ったハーレイと楽しく過ごしたいしね!」
特別休暇も取ったんだから、とソルジャーは得意満面です。
「あ、そうだ。…こっちのハーレイはワクチンを作る必要があるから、まだまだ当分、ヘタレのままで置いておくからね!」
「…ワクチンはもう出来たんだろう?」
「もっと強力なのが欲しいじゃないか! もっとヘタレたら、抗体だって凄いのが!」
君もハーレイがヘタレてる間は楽が出来るし…、とソルジャーは一方的に語りまくって姿を消してしまいました。ヘタレのワクチンは完成した上、効果もあったみたいです。あのソルジャーが大満足なレベルとなると…。
「…おい、ヘタレのウイルスは存在したのか?」
「そうらしいね…」
この世界にはまだまだ謎が多い、と会長さんが深い溜息。ヘタレのウイルス、あったとは…。
次の日は日曜、ソルジャーは再び会長さんの家に現れ、ワクチンの効能を熱く語りまくり。会長さんがレッドカードを叩き付けたら、「おっと、続き!」と慌てて帰りましたけど…。
「…途中で抜けて来やがったのか…」
迷惑な、とキース君。ソルジャーはキャプテンがシャワーを浴びている間に来たのです。
「…続きってことは、まだまだやるってことですよねえ…」
シロエ君が大きな溜息、サム君が。
「汗をかいたらシャワーだって言ってやがったしなあ、また来るぜ、きっと」
「体力勝負の運動なんだって言っていたしね…」
汗もかくよね、とジョミー君。ソルジャーが言うにはキャプテンのパワーは上がりまくりで、熱棒とやらもガンガン熱くなりつつあるとか。発熱してなきゃいいんですけど…。
「…待てよ、発熱…?」
もしかしたら、と会長さんが考え込んで。
「…キース、それからシロエにマツカ。…ハーレイは先週、鼻風邪を引いてなかったかい?」
「そういえば…。何度か鼻をかんでいらっしゃったな」
「ええ、そうです。それが何か?」
ただの鼻風邪でしたけど、と答えるシロエ君たち。会長さんは「それか…」と腕組みをして。
「それだよ、ヘタレの抗体とやら! ハーレイが持ってた風邪のウイルス!」
「「「ええっ!?」」」
「ブルーはそれを培養したわけ、でもって感染したのが向こうのハーレイで…。風邪で頭がボーッとしちゃって、ヘタレな気持ちが消えたと見たね!」
「「「あー…」」」
ボーッとしてれば、有り得ないこともやりかねません。それじゃキャプテン、只今、順調に発熱中だというわけですか?
「うん、多分…。風邪が治れば、きっと正気に戻ってヘタレになるかと…。鼻風邪の症状が出ていないから分からないんだよ、風邪だってことが!」
だけどブルーはワクチンの効果だと思っているから…、と頭を抱える会長さん。
「効いたと信じているってことはさ、またワクチンを作ろうとするんだよ、ハーレイで!」
「…これからが風邪のシーズンだしなあ、抗体とやらも出来ていそうだな…」
ヤツの勘違いに過ぎないんだが、とキース君が呻いてもソルジャーは聞く耳を持たないでしょう。まあ、会長さんには平和な状態が続くんですから…。
「…冬の間は教頭先生、ヘタレっぱなしかよ?」
「そうなってしまうみたいですねえ…」
風邪のウイルスだと気付かない限りは、とサム君とシロエ君が顔を見合わせ、私たちも。
「…これでいいのかな?」
「あいつがヘタレの抗体なんだと思っているんだ、放っておこう」
俺たちには実害が無いようだから、とキース君。会長さんにも教頭先生からの熱いアタックとかが一切無いわけですし…。
「それじゃ、ヘタレのウイルスは存在していたってことでいいですね?」
シロエ君が纏めにかかって、会長さんが。
「ブルーが自分で気付くまではね、真実に」
いつかは派手な風邪のウイルスに当たって気付くであろう、という見解。その日が来るまで、キャプテンは風邪のウイルスでパワーアップな日々らしいです。教頭先生はワクチン作りのためにヘタレにされたままですけれども、それで平和になるんだったら重症のヘタレも大歓迎です~!
ヘタレの抗体・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
キース君が貰った風邪から、ソルジャーが思い付いたのがヘタレのワクチンを作ること。
そして開発したわけですけど、抗体の正体はまるで別物。まあ、平和ならそれでいいかも…?
次回は 「第3月曜」 6月20日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、5月といえばGWですけど、連休が終わった後の話で…。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
今年も秋がやって来ました。ただし暦の上でだけ。八月の七日が立秋というだけでも「嘘だろう」と言いたい気分ですけど、「暑さ寒さも彼岸まで」はもう確実に嘘気分。秋のお彼岸が昨日で終わったというのに、やっぱりガッツリ暑いですよ?
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
今日も朝から暑いよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。土曜日なので会長さんのマンションにお邪魔してみれば、やっぱりクーラーが効いているわけで。
「うわぁ、涼しい! バス停からの道が暑くてさ~」
此処は天国! とジョミー君がリビングのソファに陣取り、私たちも。出て来たおやつはレモンメレンゲパイ、ほど良い冷たさが嬉しいです。それに冷たい飲み物も。でも…。
「あれっ、キース先輩、ホットですか?」
なんでまた、とシロエ君でなくても驚くホットコーヒー、注文の時から「そるじゃぁ・ぶるぅ」が何度も確認していました。「ホントにホット?」と。ホカホカと湯気が立っている淹れ立てのコーヒー、香り高くはありますが…。暑いですよ?
「すまん、暑苦しい気分にさせたなら申し訳ない」
しかしホットで、と熱いのを飲んでいるキース君。夏場はアイスコーヒーだったと思うんですけど、記憶違いかな、ホットだったかな?
「暑苦しいとは言いませんけど…。先輩、普段はアイスコーヒーだったんじゃないですか?」
暑い季節は、とシロエ君。やっぱり私の記憶違いじゃなかったようです。
「そうなんだが…。バテた時には冷やすのは良くない」
「「「バテた?」」」
今頃になって、とビックリですけど、考えてみれば夏の疲れが出るのが夏バテ。本当だったら今が夏バテのシーズンなのかもしれません。夏真っ盛りじゃなくて。
「…いや、夏バテじゃなくてだな…。昨日までの…」
お彼岸バテだ、とフウと大きな溜息が。そういえばキース君、今年のお彼岸は学校も休みがちでしたっけ。定番のお中日はもちろん、その前後にも。連絡だけは取れてましたから、来ていたような気になっていただけ、昨日もお休みだったのでした。
「お彼岸バテかよ…。親父さんかよ?」
コキ使われたのかよ、とサム君が訊くと、キース君は「まあな」と。
「ただ、コキ使うと言うのかどうか…。副住職なら、あのくらいは働くものかもしれん」
俺が高校生だから甘く考えているだけで、と生真面目な答え。
「学校を卒業して副住職稼業に専念していれば、もっと働くものかもしれんし…」
「でもよ、昨日は何してたんだよ、お中日はともかく」
お中日なら檀家さんも参加の法要だけどよ、と言うサム君。
「最終日はそこまでデカイ法要は無かった筈だぜ、お寺の役がついてる人くらいしか…」
「そうなんだが…。それはそうだが、春に手伝いをしてくれてるなら、察してくれ」
墓回向だ、とキース君。
「駆け込み需要というヤツだ。遠方にお住まいの檀家さんだと、お中日に帰って来るより昨日の方が都合が良かった。金曜日だからな」
そこで帰って一泊か二泊、日曜に帰るというコース、とブツブツと。
「お蔭で、例年だったら最終日にはそんなに多くはない墓回向が…」
「MAXでしたか?」
シロエ君の質問に、キース君は。
「お中日前の忙しさが戻って来たようだった…。しかも昨日は暑かったんだ!」
あのクソ暑い中で何度も何度も墓回向を…、と嘆き節。
「親父には「墓地で待機していろ」と言われたし、実際、そうしなければ間に合わないほど次から次へと…。昼飯を食いに戻った時にも、また新手が!」
待たせておくわけにはいかないのだそうで、食事を中止で裏山の墓地へ。そういう檀家さんに限って墓地が奥の方、暑い中を石段をテクテク登って、日がカンカンと照り付ける中で…。
「…墓回向かよ?」
「そうなんだ! 親父ときたら、食い終わっていたくせに「お前の仕事だ」と…」
行くように顎で促されたそうです、墓回向。でっぷり太ったアドス和尚は暑い中での墓回向はお好きではなくて、キース君に役目をブン投げがち。日頃からお寺に出入りしている檀家さんなら行くようですけど、駆け込み需要の方ともなると…。
「親父さん、行きそうにねえもんなあ…」
強く生きろな、と励ますサム君。そっか、お彼岸バテなんですね…。
ただでも忙しい秋のお彼岸、最終日に至るまで振り回されて終わったキース君。もうすっかりとバテてしまって、レモンメレンゲパイくらいはともかく、アイスクリームなどはパスだそうです。バテた時には温かい食べ物や飲み物がいい、ということで…。
「それは確かに基本だね、うん」
会長さんが頷きました。
「土用の丑だって熱々のウナギを食べるわけだし、冷やすのは良くない。…ぶるぅ、お昼はスタミナのつくものにしてあげてよ」
「えとえと…。シーフードカレーのつもりだったけど、ニンニク入れる?」
「そうだね、もうお彼岸も終わっているからいいだろう」
ニンニクたっぷりのカレーでいいね、と会長さんがキース君に確認すると。
「有難い…。お彼岸の間は親父がうるさくて、スタミナどころか精進料理で…」
「分かったぁ! それじゃ、ニンニク! スタミナカレー!」
ちょっと仕込みに行ってくるね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はキッチンへ。カレーは出来上がっているそうなんですけど、ニンニクは早めに入れておかないと馴染まないそうです。
「…精進料理だったんですか…。それはキツイですね」
この暑いのに、とシロエ君が頭を振りましたが。
「俺限定でな! 親父は肉も食っていたんだ、俺だけ修行ということで…」
実に不幸な年回りだった、と嘆くキース君のお彼岸バテ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニンニクをたっぷりすりおろしてカレーに入れて来たとか言ってますから、お昼御飯でスタミナをつけて元気になって貰わないと…。
そういったわけで、お昼御飯はニンニクたっぷりのスタミナカレーになりました。スパイシーなシーフードカレーが更にバージョンアップです。私たちの飲み物はラッシーですけど、キース君には熱いマサラティー、元気が出るようスパイス入りのミルクティー。
「「「いっただっきまーす!」」」
食べるぞ、と合掌したダイニングですが、途端に背後で誰かの声が。
「こんにちはーっ!」
ぼくにもカレー! と出て来たソルジャー、紫のマントの正装です。「コレでカレーは気分が出ないかな」とパッと私服に着替えるが早いか、空いていた椅子にストンと座って。
「それとね、飲み物も…。えーっと、キースとおんなじヤツで」
「マサラティーなの?」
あんまり好きじゃなさそうだけど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「お砂糖とミルクはたっぷり入っているけれど…。スパイス多めに入れてあるから、甘いって感じはあんまりしないよ、マサラティー」
「そう、そのスパイス! 元気が出るんだよね?」
「うんっ! マサラティーの国だと、うんと暑いから、暑さに負けないようにスパイス!」
カレーとおんなじ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は笑顔です。
「えっとね、スパイスはお薬なの! 効き目で色々選ぶんだよ!」
漢方薬みたいなものだから、という説明にソルジャーの瞳が何故かキラリと。
「やっぱり漢方薬なのかい?」
「ちょっと違うけど…。アーユルヴェーダだったかなあ…。でもでも、お薬!」
カレーの国ではお薬なの! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ソルジャーは「それは良かった」と嬉しそうに。
「来た甲斐があったよ、それじゃ、ぼくにもマサラティー! キースと同じヤツ!」
「…スパイス、ちゃんと変えられるよ?」
お店で出るようなマサラティーにも出来るし、もっとスパイス控えめにも…、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は言ったのですけど。
「そのままで! お彼岸バテに効くとかいうヤツで!」
それとスタミナカレーでお願い、と注文しているソルジャー。まさかソルジャーもお彼岸バテってことは無いですよね、お坊さんとは違いますしね…?
間もなくソルジャーの前にもスタミナカレーとマサラティー。ニンニクたっぷりのシーフードカレーはソルジャーの口にも合ったようですが、マサラティーの方は…。
「…うーん…。なんと言ったらいいんだろう…」
もはや紅茶とは違う気がする、とカップを手にして悩むソルジャー。
「香りも別物、ミルクの味もあんまりしないし…。甘いどころかピリッとしてるし…」
「だから言ったのに…」
あんまり好きじゃなさそうだよって、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。キース君も自分用のを飲みながら些か呆れた風で。
「自業自得だとは思うんだがな…。あんた向けにアレンジして貰うんなら、ミルクだな」
それと砂糖を追加でよかろう、とキース君。
「半分ほどに減らして貰って、ミルクと砂糖を追加して貰え」
「減らすって…。それじゃ、減らして貰った分はどうなるんだい?」
「もったいない話だが、捨てるしかなかろう」
あんたが口をつけた以上は、とキース君は左手首の数珠レットの珠を一つ繰って。
「仏様にはお詫びしておいてやったぞ、捨てる分は施餓鬼しますから、とな」
「施餓鬼って?」
「餓鬼道というのがあってだな…。そこに落ちると、食べ物も水も火に変わってしまって何も食えなくて飢えるわけだ。その餓鬼に食べ物をどうぞ、と供養するのが施餓鬼だ」
「…残り物でもいいのかい?」
飲み残しでも、とソルジャーがマサラティーのカップを指差すと。
「本来は食べる前にやるものだが…。修行中だと、飯粒を「餓鬼に」と取り分けることもあったりするんだが、口をつけたものでも捨てるよりはな」
だから遠慮なく捨てて貰え、とキース君は言ったのですけど。
「もったいないよ、誰かにお裾分けなんて!」
こんな有難い飲み物を、とソルジャーはカップを自分の口へと。ゴクリと一口、また一口。半分ほどになった所で「そるじゃぁ・ぶるぅ」に…。
「ちゃんと減らしたから、ミルクと砂糖を追加でお願い!」
「オッケー!」
足してくるね、とキッチンに走る「そるじゃぁ・ぶるぅ」はいいんですけど、ソルジャー、餓鬼に施すよりかは飲もうというのが凄すぎです…。
食べ物も水も火に変わる世界、何も食べられずに飢えに苦しむ世界が餓鬼道。そこに住んでいる餓鬼の上前をはねると言ったら少し変ですが、施すくらいなら飲んでしまえとマサラティーをゴクゴク飲んでしまったのがソルジャーで。
「…あんた、どういう神経なんだ」
気の毒な餓鬼に施そうとは思わないのか、とキース君が顔を顰めると。
「うーん…。ぼくのシャングリラの食事だったら、いくらでも!」
あんな面倒な食事をするより、栄養剤で充分だから、と天晴れな返事。
「そっちだったら、もう喜んで! 次の食事は全部あげるから、施餓鬼だっけ?」
それをよろしく、というのも酷い話で。
「おい、食べ物の有難さというのを分かっているのか? とても分かっていそうにないが」
何が施餓鬼だ、と睨み付けている副住職。
「要らないからくれてやろう、というのは施餓鬼の本来の精神からだな…」
「施餓鬼の話はどうでもいいよ。食べ物の有難さだったら、分かっているから!」
だからこそ飲んだ、とソルジャーが返した所へ「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「はい!」とマサラティーのカップを持って戻って来ました。
「ミルクとお砂糖、足して来たよ! これでいけると思うんだけど!」
「ありがとう! うん、美味しいね」
甘さが増した、と喜ぶソルジャー。
「この味だったら充分飲めるよ、でも、効能は落ちていないんだよね?」
「えーっと…。比べるんなら、さっきの方がずっとスタミナがつくんだけれど…。でもでも、さっき入れて来た分は飲んだわけだし、合わせればきっと大丈夫!」
元気が出るよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニッコリと。
「お彼岸バテも治ると思うの、これとカレーで! …だけど、お彼岸、何処でやったの?」
シャングリラにお彼岸はあったっけ、という質問。待ってましたよ、私も知りたかったんです。ソルジャーの世界でお彼岸バテって、どう考えても有り得ませんから~!
スタミナたっぷりのニンニク入りのシーフードカレー、それとマサラティーが目当てで来たソルジャー。「来た甲斐があった」と言ってましたし、口に合わないマサラティーだって餓鬼に施すより飲んでしまえな方向でしたし、バテてるんだと思うのです。
けれども、キース君と同じなお彼岸バテは無さそうな世界、何処でバテたかが気になる所。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお蔭で謎が解けそうですけど、ソルジャーは「え?」と。
「お彼岸って…。ぼくのシャングリラにお彼岸なんかは無いけれど?」
そもそもお坊さんがいないし、と返った返事。
「だから無いねえ、お彼岸なんかは! もちろん、お盆も!」
「え? でも…。お彼岸バテだから、スタミナカレーでマサラティーでしょ?」
キースのために作ったんだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「普通のシーフードカレーのつもりだったけど、キースがお彼岸バテだから…。スタミナのつく食事にしてあげて、ってブルーが言ったし…」
だから飲み物もマサラティーなの! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が説明すると。
「そこだよ、スタミナって所なんだよ! ぼくはそっちが欲しくって!」
「お彼岸バテでしょ?」
「違うよ、スタミナをつけたいんだよ!」
これからの季節は大いにスタミナをつけたいから、とソルジャーはスタミナカレーを頬張って。
「ニンニクなんかは王道だよねえ、スタミナの! これも嬉しい食事だねえ…」
「…あんた、いったい何がしたいんだ?」
餓鬼の上前まではねやがって、とキース君が突っ込むと。
「もちろん、体力づくりだよ! スタミナをつけて頑張らなくちゃね!」
「…墓回向をか?」
「お彼岸は無いと言ったじゃないか。そういう世界でスタミナと言えば!」
「「「…スタミナと言えば…?」」」
オウム返しにハモッてしまった私たち。ソルジャーはカレーをパクリとスプーンで一口、モグモグしてから高らかに。
「スタミナをつけて、やることは一つ! 食欲の秋で、性欲の秋!」
人肌恋しくなる秋こそセックス! と強烈な台詞。そういやソルジャー、秋になったら言ってますかねえ、食欲の秋で性欲の秋…。
ソルジャー曰く、やることは一つ。スタミナをつけたら大人の時間で、キャプテンと過ごすつもりです。けれど、ソルジャーがスタミナをつけても、あんまり意味は無いんじゃあ…?
会長さんもそう思ったらしくて。
「君の話はそこまでにして、と…。レッドカードは出したくないから、そこでおしまい。でもね、君がスタミナをつけた所で意味が無いように思うけど?」
「どうしてさ?」
「えーっと…。ちょっと言いにくいんだけど…」
「分かるよ、スタミナはハーレイの方だと言いたいんだろう?」
ぼくは受け身の方だからね、とソルジャー、サラリと。
「本来、スタミナをつけて励むべきなのはハーレイだけど…。ぼくも疲れを持ち越さないのが大切だからさ、それで試してみるのが一番!」
「「「へ?」」」
「スタミナカレーとマサラティーとで、どこまでスタミナがついたかだよ! 今夜もハーレイと大いに楽しむつもりだし…。ぼくがパワーアップしているようなら、使えるわけ!」
スタミナカレーもマサラティーも、と言うソルジャー。
「ぼくは寝起きが悪い方でねえ…。それが明日の朝、スッキリと目が覚めるようなら効くんだよ! スタミナカレーとマサラティーは!」
「それはそうかもしれないけれど…」
会長さんが腕組みをして。
「だったら、君はこれから毎日のようにスタミナカレーとマサラティーを作れと言ってくるわけ、スタミナのために?」
「もちろん、お願いしたいねえ! ぼくの分と、ついでにハーレイのもね!」
「毎日、カレーとマサラティーとでいいのかい?」
「そうだけど?」
ぼくは元々、栄養剤で充分だという人間だから、とソルジャーは何とも思っていませんけれども、キャプテンの方は絶対違うと思います。毎日、毎日、同じ食事じゃ飽きるのでは…。「そるじゃぁ・ぶるぅ」も心配そうに。
「んとんと…。そんなお食事、ハーレイが困ってしまわない?」
もっと色々、食べたくなると思うんだけど、という意見。誰だって普通はそうですよねえ?
食事の代わりに栄養剤でもいいと言うソルジャー、毎日がカレーとマサラティーでもいい模様。スタミナさえつけばいいようですけど、スタミナっていうのは…。
「食事で摂るなら、バリエーション豊かにするべきだろうと思うけどね?」
食べる楽しみもスタミナの内、と会長さん。
「土用の丑のウナギもそうだよ、あの日に食べるから美味しく感じてスタミナもバッチリ! それが毎日ウナギだったら、なんだかねえ…」
「逆にゲンナリしそうではあるな」
仮にスタミナがついたとしても、とキース君が頷いています。
「またウナギか、と思わないように料理してあれば話は別だが…」
「そういうものかい、食事って?」
「あんたには分からんだろうがな!」
餓鬼の上前をはねるかと思えば、要らない食事を餓鬼にやろうというヤツだ、と副住職。
「食べ物は感謝して頂くものだが、素人さんには難しい。ワンパターンとなったら尚のことだ」
「分かるぜ、俺だって毎日同じだと溜息コースは確実だしよ」
これでも坊主の端くれなのに、とサム君が。
「だからよ、毎日カレーってヤツはよ…。俺もお勧め出来ねえよ」
「ふうん…? でもね、ぼくだと充分なわけで…」
とにかくスタミナ! とソルジャーはスタミナカレーを綺麗に食べ終え、マサラティーもすっかり飲み干して。
「さてと、どれだけスタミナがついているだろう? 今夜が楽しみになってきたよ!」
「…効果があったら、君のハーレイも君も、明日からスタミナカレーとマサラティーだと?」
どうかと思う、と会長さんが溜息をつくと、ソルジャーが。
「そう言うのなら、バリエーションってヤツを考えといてよ!」
「「「は?」」」
「バリエーションだよ、同じカレーでも味付けがちょっと変わるとか!」
そういう方向で何か考えて、とソルジャーはまるで他人任せで。
「ぼくのやり方がマズイと言うなら、解決策の方をよろしく! それじゃ、御馳走様ーっ!」
効果があったら、明日、報告に来るからね! と手を振ってソルジャーは消えてしまいました。お昼御飯でつけたスタミナ、夜まで効果はあるんですかねえ…?
ソルジャーが帰って行ってしまった後、私たちは溜息をつくしかなくて。
「…なんだったんでしょう、アレ…?」
スタミナカレーは効くんでしょうか、とシロエ君。
「キース先輩、どんな感じですか? お彼岸バテは?」
「…食べる前よりは楽になったな、マサラティーのお蔭もありそうだ」
ホットコーヒーに比べれば遥かに効いた気がする、とキース君は少し元気を取り戻した様子。
「後でもう一杯、頼めるか? …面倒でないなら」
「かみお~ん♪ スパイスはちゃんと買ってあるから、紅茶と一緒に煮るだけだよ!」
だから簡単! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「えっとね、スパイスはお薬だから…。元気が出るヤツとか色々あるの!」
カレーの国にお出掛けすれば、とニコニコと。
「本場のスパイスが欲しくなったら買いに行くしね、そのついでに買ってくるんだよ!」
マサラティー用にブレンドしたヤツ、と言われて納得、本場モノ。それは確かに効きそうです。漢方薬と同じ理屈か、と思ったアーユルヴェーダとやらのスパイス。これでキース君も完全復活するといいね、と午後のおやつにもマサラティーが出され…。
「かなり復活出来た気がする。後は一晩ぐっすり眠れば治るだろう」
しかし大事を取って飲み物は今夜も温かいものを…、と言うキース君に会長さんが。
「スタミナをつけるなら、晩御飯は焼肉だねえ…。ガーリックライスなんかもつけて」
「すまんな、俺がバテてしまったばっかりに…」
「焼肉はみんな大好物だし、特に問題無いと思うよ」
ねえ? と訊かれて「うん」と頷く私たち。会長さんの家の焼肉パーティーはマザー農場のお肉ですから美味しいのです。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「ちょっと貰ってくる!」と焼肉用のお肉や野菜を分けて貰いにマザー農場へと瞬間移動で出掛けましたが…。
「見て見て、こんなの貰って来ちゃったー!」
キースにピッタリ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が高く差し上げた瓶。えーっと…?
「スタミナがつくタレなんだって! マザー農場特製だよ!」
こんなのがあるって知らなかった、と言ってますけど。それっていわゆる「まかない」ですかね、お客さんに出すための料理と違って、従業員の人とかが食べるという…?
焼肉の材料の調達に出掛けた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が貰って来たタレ。瓶には何も書かれていなくて、如何にも自家製といった雰囲気です。焼肉用のタレなのかな…?
「んーとね、色々使えるらしいよ? 焼肉にも、お肉の下味とかにも…。お料理にも!」
マザー農場の秘伝だって! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は得意そう。秘伝だったら、まかないとかではないんでしょうか?
「食堂でもよく使っています、って言っていたから、お客さんにも出してると思う!」
今まで知らなかったけど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が瓶を見ているからには、隠し味に使っているのでしょう。そのまま使えば料理上手だけに「これは何?」と思うでしょうし…。
「ソルジャーのぼくも、タレというのは初耳だねえ…。マザー農場はソルジャー直轄じゃないし、知らなくっても不思議はないけど…」
スタミナがつくタレなのか、と会長さんは瓶を揺すってみています。相当に濃いタレだとみえて、ドロリとしているのが分かりますが…。
「それね、薄めて使うんだって! 焼肉のタレにするのなら!」
そのままだと濃すぎて強すぎるらしいの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「下味とか、お料理もちょっぴり入れれば充分だって!」
「なるほどねえ…。ぶるぅやぼくにも分からないわけだね、薄めて使っているんだったら」
「そうなの! 凄く色々入っているって言ってたよ!」
ニンニクも、それにスッポンエキスも…、とタレの説明が始まりました。スタミナがつく食材などをじっくり煮込んで樽で熟成、大量生産には向かないのだとか。ゆえに秘伝で、一般販売はしていないタレ。お彼岸バテのキース君にピッタリのタレじゃないですか!
「マザー農場の皆さんまでが俺を心配して下さったとは…。有難いことだ」
キース君が合掌した所へ、「タレだって!?」という声が。
「「「???」」」
誰だ、と思うまでもなく降って湧いたソルジャー、タレが入った瓶を引っ掴むと。
「これがスタミナがつくというタレ…。焼肉にも、他の料理にも使えるタレなんだね?」
「そうだけど…。焼肉、食べに来たの?」
お客様大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」は歓迎モードで、ソルジャーは。
「御馳走してくれるんなら、喜んで! このタレも是非、試したいから!」
スタミナをつけて性欲の秋! とブチ上げるソルジャー、戻って来ちゃったみたいです。スタミナカレーとマサラティーでは足りなかったかな…?
晩御飯は、戻って来てしまったソルジャーも交えて焼肉パーティー。マザー農場の秘伝のタレは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が薄めてくれて、その味がまた絶品で。
「これってさあ…。マザー農場のジンギスカンの味に似ていない?」
ジョミー君が言ったら、マツカ君も。
「そうですね。一番近いのはあれですね」
収穫祭で御馳走になるジンギスカンの味ですよ、と言われてみれば、そういう味かもしれません。食堂で頂くステーキのソースも少し似ているかも…。
「まさか薄めていたとはねえ…。濃厚なソースを」
ぼくは煮詰めるものだとばかり、と会長さんが少し中身が減った瓶を眺めて、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も「ぼくも」と首をコックンと。
「美味しくて複雑な味がするから、色々入れているんだろうな、って思ってたけど…。似たような味は家で作れるから、ちっとも不思議に思ってなかった…」
そんなに手間がかかったタレだったなんて! と感心しているお料理上手な「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、レシピを貰おうと考えているようです。せっかくだから自分も作ってみようと。
「いいねえ、ぶるぅが作るのかい?」
出来上がったら、ぼくにも是非! とソルジャーが。
「スタミナがつくタレと聞けばね、もう貰うしかないってね! スタミナカレーやマサラティーだと、こっちの世界へ食べに来るしかないけれど…。タレだったら!」
ぼくの世界の料理にかければ出来上がりだし、と無精者ならではの発言が。
「いろんな料理に使えるのなら、ちょっとかければ完成だしね!」
「…君のいい加減な性格からして、美味しくなるとも思えないけど?」
せっかくの美味しいタレが台無し、と会長さんがソルジャーをジロリと。けれどソルジャーが負ける筈もなくて。
「要は効き目があればいいんだよ、良薬は口に苦しだからね!」
多少マズくても、スタミナがつけばそれでオッケー! と突き上げる拳。
「それにさ、薄めて使ってもこの美味しさでさ、おまけにスタミナがつくんだよ? そのまま使えば効き目だって!」
一段と増すに違いない、と言ってますけど、相手はドロリとしたタレです。ほんの少しを薄めただけで焼肉パーティーに充分な量が出来上がったわけで、相当、濃いんじゃないですか…?
スタミナがつくらしい、マザー農場秘伝のタレ。濃厚すぎるタレは薄めて使用で、瓶の中身はそれほど減っていないというのに大人数での焼肉パーティーにたっぷり使えています。ソルジャーも入れて総勢十名、薄めたタレは器にまだまだ残ってますし…。
「…原液はどうかと思うけどねえ?」
濃すぎて不味いんじゃなかろうか、という会長さんの意見に「そるじゃぁ・ぶるぅ」も「そだね」と頭をピョコンと。
「辛すぎるだとか、甘いか辛いかも分からないほどとか、そんなのじゃないかな」
ちょっと試してみる! と瞬間移動でヒョイと出て来た料理用の竹串、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はタレの瓶を開けて串の先っぽを突っ込んでみて…。取り出した串を舌でペロリと。
「…どうでした?」
味は、とシロエ君が訊くと、「美味しい!」という意外すぎる答え。
「美味しいわけ?」
薄めてないよ、とジョミー君も目を丸くしてますけれど。
「でも、美味しい! ちょっぴり舐めただけだったから…。きっと口の中で薄まるんだよ」
焼肉のタレと同じ美味しさ、との話に、ソルジャーは。
「それなら原液も充分いけるね、どのくらいスタミナがつくのか試していいかな?」
「…君が使うのかい?」
あんまりお勧めしないけどねえ…、と会長さん。
「ぶるぅは少し舐めただけだし、美味しかったかもしれないけれど…。そのままタレに使ったりしたら、それこそ火を噴く辛さかも…」
「ぼくで試すって誰が言った? スタミナのつき具合ってヤツを知りたいんだよ、ぼくは!」
こっちのハーレイに決まっているだろう! というソルジャーの台詞。教頭先生で試すだなんて、焼肉パーティーに御招待ですか?
タレの原液の効き目が知りたいソルジャー、試すなら教頭先生とのこと。会長さんが止めるのも聞かず、青いサイオンがキラリと光って、教頭先生が焼肉パーティーの場に。
「な、なんだ!?」
驚いておられる教頭先生に、ソルジャーは。
「こんばんは。御覧の通りに焼肉パーティーをやっててさ…。美味しいタレが手に入ったから、君にも御馳走しようと思って」
まあ座ってよ、と椅子まで引っ張って来たソルジャー。教頭先生は「これはどうも…」と腰を下ろして、何も疑ってはいらっしゃらなくて。
「遠慮なく御馳走になることにします。…焼肉ですか」
「そう! このタレがホントに美味しくってねえ…」
これだけでも充分にいける味で、とソルジャーの手に小皿。私たちが薄めたタレを入れてるヤツですけれども、ソルジャーはそれに瓶から原液をドロリ。
「はい、まずはお試し! タレだけで味わってみてよ、肉は入れずに」
「そんなに美味しいタレなのですか。…では、早速…」
教頭先生は小皿を傾け、ドロリとしたタレを口に含んで、味わってからゴックンと。
「いい味ですねえ…! なんとも深くて複雑で」
「それは良かった。じゃあ、この後は焼肉でどうぞ」
薄めたタレもいけるんだよ、とソルジャーが小皿に薄めた方のタレを注ぎ足し、教頭先生は焼肉パーティーに本格的に参加なさったわけですが。暫く経つと…。
「…暑くないですか?」
「失礼だねえ…。クーラーは効いてると思うけど?」
ケチっていない、と会長さんが眉を吊り上げ、それから間もなく。
「…ちょ、ちょっと失礼を…」
席を立とうとする教頭先生。ソルジャーが「トイレかい?」と教頭先生の肩に手を置き、「トイレなんかに行かなくてもねえ、ここで充分!」と。
「なんだって!?」
ぼくの家を何だと思っているわけ!? と会長さんが怒鳴りましたが、ソルジャーは。
「生理的現象が別物なんだよ、ハーレイは催してきちゃったわけで…。こう、ムラムラと」
スタミナがついて! と満面の笑顔。それって、もしかしなくても…?
教頭先生の生理現象はズボンの前がキツイ方でした。トイレではなくて。ますますもって許し難いと会長さんが怒り狂って、ソルジャーは教頭先生に。
「困ったねえ…。ぼくとしてもなんとかしてあげたいけど…」
「え、ええ…。私も是非とも…」
お願いしたい気分です、と教頭先生は会長さんをチラリ。
「ブルー、こう仰っておられるのだし…。そのぅ、少しだな…」
「どういう神経をしているのさ! このぼくの前で、少しも何も!」
ぼく一筋だと思っていたのに、と会長さんが喚いているのに、教頭先生も「そう怒るな」と。
「今は最高に漲っているし、あちらのブルーと少しやっても、まだ充分に…」
「やるも何も、ヘタレには絶対、無理だから!」
やれると言うなら、今すぐにやれ! と会長さんのサイオンが炸裂、教頭先生のズボンや紅白縞のトランクスやらがパッと消滅。スウェナちゃんと私の視界にはモザイクがかかってしまって…。
「さあ、この状態で遠慮なくどうぞ! 出来るものなら!」
ブルーはそこにいるんだから、と会長さんが指差し、ソルジャーが。
「ここまで用意をして貰ったからには、ぼくも御奉仕しないとね! さてと…」
始めようか、と教頭先生の前に屈んだソルジャーですけど、そこはヘタレな教頭先生。ズボンや紅白縞が消えて焦っておられる所へ、ソルジャーが接近したわけですから…。
「「「………」」」
やっぱりこういう結末だったか、と呆れるしかない教頭先生の末路。椅子に腰掛けたままでブワッと鼻血で、そのまま失神。手足がダランとしちゃっています。
「えとえと…。ハーレイ、どうなっちゃったの?」
このタレって何か危ないものでも入ってたかな、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ぼくも舐めちゃったんだけど、と。
「らしいね、薄めずに飲むと危ないようだよ。ぶるぅは少しだから大丈夫だと思うけど…」
でも危ないねえ、とソルジャーが肩を竦めて、「人体実験ありがとう」と教頭先生を抱え、瞬間移動で家へと運んで行ったようです。直ぐに戻ると思いますけど、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は。
「…なんか危ないタレみたいだよ?」
「いや、それは原液で使った時でだな…」
普通に使えば何も起こらない美味いタレだが、と話すキース君はお彼岸バテもスッキリだとか。適量を使えば美味しくて役立つ素敵なタレだと思いますけどね?
私たちは秘伝のタレの美味しさと効能を「そるじゃぁ・ぶるぅ」にせっせと力説、会長さんも「あれはブルーの使い方が悪かっただけだ」と言っているのに、お子様なだけに。
「でもでも…。ちょっぴり怖いと思うの、作り方を習うのはやめようと思う…」
「それはまあ…。作らない方がいいでしょうね」
何処かの誰かが狙ってますし、とシロエ君。
「ぶるぅが作れるとなったら大量に仕込めと言って来ますよ、あの調子だと」
「うんうん、たまに貰って使う方がずっといいと思うぜ」
肉を貰いに行ったついでに分けて貰えよ、とサム君が前向きに述べている所へ…。
「ただいまーっ! ハーレイはベッドに寝かせて来たよ」
大サービスでパジャマも着せておいた、とソルジャーが瞬間移動で戻って来ました。
「あっ、ぼくはパジャマを着せただけでさ、味見も試食もしていないから!」
「当たり前だよ! そのくらいはぼくも監視してたよ!」
君が妙なことをしないように、と会長さん。
「もっとも、君が本気になったら、その辺りも誤魔化されそうだけど…」
「ピンポーン! でもね、ハーレイに関してはやらないよ。君との友情は壊したくないし」
ところで…、とソルジャーの視線が例のタレの瓶に。
「ぶるぅ、このタレの危なさは分かったと思うんだ。…ぼくとしては作って欲しいけど…」
「やだやだ、怖いから作らないよう!」
「うん、その方が良さそうだよね。まさか、あそこまでとは思わなかったし…」
効き目が凄すぎ、と肩をブルッと震わせるソルジャー。
「それでね、危ないタレを持っていたくないなら、ぼくが貰って帰るけど…。そしたら無駄にはならないからねえ、キースが言ってた施餓鬼と同じで」
「でも、危ないよ? ハーレイも変になっちゃったし…。鼻血で気絶しちゃったし…」
「ぼくのハーレイなら大丈夫! だから、ぼくのシャングリラで料理に使おうかと…」
ちゃんと薄めて使うから! というソルジャーの言葉に、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「じゃあ、お願い!」とタレの瓶を前へと押し出しました。
「えっとね、薄め方、メモに書くから! 焼肉のタレにするならこれだけで…」
お料理の下味がこんな感じで、と薄める分量をメモにサラサラと。美味しかった秘伝のタレはソルジャーに横から掻っ攫われそうです、お彼岸バテも治ると噂の優れものなのに~!
こうしてタレはトンビにアブラゲ、まんまとソルジャーに掠め取られてしまいました。キース君のお彼岸バテも治ったスタミナ、焼肉パーティーをするならアレに限ると誰もが思う味だったのに。他のお料理でも味わいたかった、と文句をブツブツ、ようやっと秋になって来た頃。
「誰か、助けてーっ!」
誰でもいいから、と会長さんの家のリビングに飛び込んで来たソルジャー。例の秘伝のタレを手に入れてからは、とんと御無沙汰だった筈ですが…?
「助けてくれって…。今更、何を?」
あのタレなら、ぶるぅは作らないからね! と会長さんがツンケンと。
「君のお蔭で危ないタレだと思い込んじゃって、作るどころか貰いにも行ってくれないし…。あれからマザー農場に訊いたら、野菜炒めとかも美味しく出来るって言われたのに!」
ぼくたちは秘伝のタレで作る料理の美味しさを永遠に逃したんだから、と怒る会長さん。
「そりゃね、マザー農場に行けば食べられるよ? でもねえ…」
「俺たちは、ぶるぅならではのアレンジを楽しみたかったんだ!」
誰のせいだと思っているんだ、とキース君が怒鳴って、私たちもブーイングしたのですけど。
「それどころではないんだってば…! あのタレ、ホントに凄く効くから、全部なくなったらマザー農場から盗み出そうと思っていたのに…!」
「何か不都合でも?」
タレが樽ごと消えてたのかい、と会長さんがフンと鼻を鳴らせば。
「違うんだよ! ぶるぅが盗んで、悪戯で料理に混ぜちゃって…。そしたらスタミナが変な方へと行っちゃったんだよ、シャングリラ中が仕事モードなんだよ!」
「「「…はあ?」」」
「そのまんまだってば! 三日も前から誰もが仕事で、休む暇があったら仕事、仕事! ぼくのハーレイもガンガン仕事で、それだけで疲れて眠っちゃって!」
目が覚めたらブリッジに直行なのだ、とソルジャーは泣きの涙です。ソルジャーの世界の食材だか、それとも料理だか。…あのタレには合わなかったんでしょうか?
「分からないけど…! ぶるぅは今でもタレを何処かに隠している上に、こっちに来たら手に入るってことも知ってるんだよ…!」
このままでは、ぼくは永遠にハーレイにかまってもらえないんだけれど! と大騒ぎしているソルジャーですけど、いい薬だと思います。私たちの美味しいスタミナのタレを奪ったからには、報いがあっても当然でしょう。キャプテン、お仕事、これからも頑張って下さいね~!
スタミナの秋・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
マザー農場で貰った、スタミナがつく秘伝のタレ。美味だったのに、ソルジャーが強奪。
もう食べられない、と嘆く面々ですけど、ソルジャーが食らってしまった報い。天網恢恢…?
さて、シャングリラ学園番外編、去る4月2日で連載開始から14周年となりました。
今年で連載終了ですけど、目覚めの日を無事に迎えられたというわけです。まさに感無量。
我ながら凄いと思ってしまう年月。今年いっぱい、根性で突っ走るしかないですね。
次回は 「第3月曜」 5月16日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、4月はお花見。マツカ君の別荘にも出掛けたいわけで…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
今年も秋がやって来ました。ただし暦の上でだけ。八月の七日が立秋というだけでも「嘘だろう」と言いたい気分ですけど、「暑さ寒さも彼岸まで」はもう確実に嘘気分。秋のお彼岸が昨日で終わったというのに、やっぱりガッツリ暑いですよ?
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
今日も朝から暑いよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。土曜日なので会長さんのマンションにお邪魔してみれば、やっぱりクーラーが効いているわけで。
「うわぁ、涼しい! バス停からの道が暑くてさ~」
此処は天国! とジョミー君がリビングのソファに陣取り、私たちも。出て来たおやつはレモンメレンゲパイ、ほど良い冷たさが嬉しいです。それに冷たい飲み物も。でも…。
「あれっ、キース先輩、ホットですか?」
なんでまた、とシロエ君でなくても驚くホットコーヒー、注文の時から「そるじゃぁ・ぶるぅ」が何度も確認していました。「ホントにホット?」と。ホカホカと湯気が立っている淹れ立てのコーヒー、香り高くはありますが…。暑いですよ?
「すまん、暑苦しい気分にさせたなら申し訳ない」
しかしホットで、と熱いのを飲んでいるキース君。夏場はアイスコーヒーだったと思うんですけど、記憶違いかな、ホットだったかな?
「暑苦しいとは言いませんけど…。先輩、普段はアイスコーヒーだったんじゃないですか?」
暑い季節は、とシロエ君。やっぱり私の記憶違いじゃなかったようです。
「そうなんだが…。バテた時には冷やすのは良くない」
「「「バテた?」」」
今頃になって、とビックリですけど、考えてみれば夏の疲れが出るのが夏バテ。本当だったら今が夏バテのシーズンなのかもしれません。夏真っ盛りじゃなくて。
「…いや、夏バテじゃなくてだな…。昨日までの…」
お彼岸バテだ、とフウと大きな溜息が。そういえばキース君、今年のお彼岸は学校も休みがちでしたっけ。定番のお中日はもちろん、その前後にも。連絡だけは取れてましたから、来ていたような気になっていただけ、昨日もお休みだったのでした。
「お彼岸バテかよ…。親父さんかよ?」
コキ使われたのかよ、とサム君が訊くと、キース君は「まあな」と。
「ただ、コキ使うと言うのかどうか…。副住職なら、あのくらいは働くものかもしれん」
俺が高校生だから甘く考えているだけで、と生真面目な答え。
「学校を卒業して副住職稼業に専念していれば、もっと働くものかもしれんし…」
「でもよ、昨日は何してたんだよ、お中日はともかく」
お中日なら檀家さんも参加の法要だけどよ、と言うサム君。
「最終日はそこまでデカイ法要は無かった筈だぜ、お寺の役がついてる人くらいしか…」
「そうなんだが…。それはそうだが、春に手伝いをしてくれてるなら、察してくれ」
墓回向だ、とキース君。
「駆け込み需要というヤツだ。遠方にお住まいの檀家さんだと、お中日に帰って来るより昨日の方が都合が良かった。金曜日だからな」
そこで帰って一泊か二泊、日曜に帰るというコース、とブツブツと。
「お蔭で、例年だったら最終日にはそんなに多くはない墓回向が…」
「MAXでしたか?」
シロエ君の質問に、キース君は。
「お中日前の忙しさが戻って来たようだった…。しかも昨日は暑かったんだ!」
あのクソ暑い中で何度も何度も墓回向を…、と嘆き節。
「親父には「墓地で待機していろ」と言われたし、実際、そうしなければ間に合わないほど次から次へと…。昼飯を食いに戻った時にも、また新手が!」
待たせておくわけにはいかないのだそうで、食事を中止で裏山の墓地へ。そういう檀家さんに限って墓地が奥の方、暑い中を石段をテクテク登って、日がカンカンと照り付ける中で…。
「…墓回向かよ?」
「そうなんだ! 親父ときたら、食い終わっていたくせに「お前の仕事だ」と…」
行くように顎で促されたそうです、墓回向。でっぷり太ったアドス和尚は暑い中での墓回向はお好きではなくて、キース君に役目をブン投げがち。日頃からお寺に出入りしている檀家さんなら行くようですけど、駆け込み需要の方ともなると…。
「親父さん、行きそうにねえもんなあ…」
強く生きろな、と励ますサム君。そっか、お彼岸バテなんですね…。
ただでも忙しい秋のお彼岸、最終日に至るまで振り回されて終わったキース君。もうすっかりとバテてしまって、レモンメレンゲパイくらいはともかく、アイスクリームなどはパスだそうです。バテた時には温かい食べ物や飲み物がいい、ということで…。
「それは確かに基本だね、うん」
会長さんが頷きました。
「土用の丑だって熱々のウナギを食べるわけだし、冷やすのは良くない。…ぶるぅ、お昼はスタミナのつくものにしてあげてよ」
「えとえと…。シーフードカレーのつもりだったけど、ニンニク入れる?」
「そうだね、もうお彼岸も終わっているからいいだろう」
ニンニクたっぷりのカレーでいいね、と会長さんがキース君に確認すると。
「有難い…。お彼岸の間は親父がうるさくて、スタミナどころか精進料理で…」
「分かったぁ! それじゃ、ニンニク! スタミナカレー!」
ちょっと仕込みに行ってくるね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はキッチンへ。カレーは出来上がっているそうなんですけど、ニンニクは早めに入れておかないと馴染まないそうです。
「…精進料理だったんですか…。それはキツイですね」
この暑いのに、とシロエ君が頭を振りましたが。
「俺限定でな! 親父は肉も食っていたんだ、俺だけ修行ということで…」
実に不幸な年回りだった、と嘆くキース君のお彼岸バテ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニンニクをたっぷりすりおろしてカレーに入れて来たとか言ってますから、お昼御飯でスタミナをつけて元気になって貰わないと…。
そういったわけで、お昼御飯はニンニクたっぷりのスタミナカレーになりました。スパイシーなシーフードカレーが更にバージョンアップです。私たちの飲み物はラッシーですけど、キース君には熱いマサラティー、元気が出るようスパイス入りのミルクティー。
「「「いっただっきまーす!」」」
食べるぞ、と合掌したダイニングですが、途端に背後で誰かの声が。
「こんにちはーっ!」
ぼくにもカレー! と出て来たソルジャー、紫のマントの正装です。「コレでカレーは気分が出ないかな」とパッと私服に着替えるが早いか、空いていた椅子にストンと座って。
「それとね、飲み物も…。えーっと、キースとおんなじヤツで」
「マサラティーなの?」
あんまり好きじゃなさそうだけど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「お砂糖とミルクはたっぷり入っているけれど…。スパイス多めに入れてあるから、甘いって感じはあんまりしないよ、マサラティー」
「そう、そのスパイス! 元気が出るんだよね?」
「うんっ! マサラティーの国だと、うんと暑いから、暑さに負けないようにスパイス!」
カレーとおんなじ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は笑顔です。
「えっとね、スパイスはお薬なの! 効き目で色々選ぶんだよ!」
漢方薬みたいなものだから、という説明にソルジャーの瞳が何故かキラリと。
「やっぱり漢方薬なのかい?」
「ちょっと違うけど…。アーユルヴェーダだったかなあ…。でもでも、お薬!」
カレーの国ではお薬なの! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ソルジャーは「それは良かった」と嬉しそうに。
「来た甲斐があったよ、それじゃ、ぼくにもマサラティー! キースと同じヤツ!」
「…スパイス、ちゃんと変えられるよ?」
お店で出るようなマサラティーにも出来るし、もっとスパイス控えめにも…、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は言ったのですけど。
「そのままで! お彼岸バテに効くとかいうヤツで!」
それとスタミナカレーでお願い、と注文しているソルジャー。まさかソルジャーもお彼岸バテってことは無いですよね、お坊さんとは違いますしね…?
間もなくソルジャーの前にもスタミナカレーとマサラティー。ニンニクたっぷりのシーフードカレーはソルジャーの口にも合ったようですが、マサラティーの方は…。
「…うーん…。なんと言ったらいいんだろう…」
もはや紅茶とは違う気がする、とカップを手にして悩むソルジャー。
「香りも別物、ミルクの味もあんまりしないし…。甘いどころかピリッとしてるし…」
「だから言ったのに…」
あんまり好きじゃなさそうだよって、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。キース君も自分用のを飲みながら些か呆れた風で。
「自業自得だとは思うんだがな…。あんた向けにアレンジして貰うんなら、ミルクだな」
それと砂糖を追加でよかろう、とキース君。
「半分ほどに減らして貰って、ミルクと砂糖を追加して貰え」
「減らすって…。それじゃ、減らして貰った分はどうなるんだい?」
「もったいない話だが、捨てるしかなかろう」
あんたが口をつけた以上は、とキース君は左手首の数珠レットの珠を一つ繰って。
「仏様にはお詫びしておいてやったぞ、捨てる分は施餓鬼しますから、とな」
「施餓鬼って?」
「餓鬼道というのがあってだな…。そこに落ちると、食べ物も水も火に変わってしまって何も食えなくて飢えるわけだ。その餓鬼に食べ物をどうぞ、と供養するのが施餓鬼だ」
「…残り物でもいいのかい?」
飲み残しでも、とソルジャーがマサラティーのカップを指差すと。
「本来は食べる前にやるものだが…。修行中だと、飯粒を「餓鬼に」と取り分けることもあったりするんだが、口をつけたものでも捨てるよりはな」
だから遠慮なく捨てて貰え、とキース君は言ったのですけど。
「もったいないよ、誰かにお裾分けなんて!」
こんな有難い飲み物を、とソルジャーはカップを自分の口へと。ゴクリと一口、また一口。半分ほどになった所で「そるじゃぁ・ぶるぅ」に…。
「ちゃんと減らしたから、ミルクと砂糖を追加でお願い!」
「オッケー!」
足してくるね、とキッチンに走る「そるじゃぁ・ぶるぅ」はいいんですけど、ソルジャー、餓鬼に施すよりかは飲もうというのが凄すぎです…。
食べ物も水も火に変わる世界、何も食べられずに飢えに苦しむ世界が餓鬼道。そこに住んでいる餓鬼の上前をはねると言ったら少し変ですが、施すくらいなら飲んでしまえとマサラティーをゴクゴク飲んでしまったのがソルジャーで。
「…あんた、どういう神経なんだ」
気の毒な餓鬼に施そうとは思わないのか、とキース君が顔を顰めると。
「うーん…。ぼくのシャングリラの食事だったら、いくらでも!」
あんな面倒な食事をするより、栄養剤で充分だから、と天晴れな返事。
「そっちだったら、もう喜んで! 次の食事は全部あげるから、施餓鬼だっけ?」
それをよろしく、というのも酷い話で。
「おい、食べ物の有難さというのを分かっているのか? とても分かっていそうにないが」
何が施餓鬼だ、と睨み付けている副住職。
「要らないからくれてやろう、というのは施餓鬼の本来の精神からだな…」
「施餓鬼の話はどうでもいいよ。食べ物の有難さだったら、分かっているから!」
だからこそ飲んだ、とソルジャーが返した所へ「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「はい!」とマサラティーのカップを持って戻って来ました。
「ミルクとお砂糖、足して来たよ! これでいけると思うんだけど!」
「ありがとう! うん、美味しいね」
甘さが増した、と喜ぶソルジャー。
「この味だったら充分飲めるよ、でも、効能は落ちていないんだよね?」
「えーっと…。比べるんなら、さっきの方がずっとスタミナがつくんだけれど…。でもでも、さっき入れて来た分は飲んだわけだし、合わせればきっと大丈夫!」
元気が出るよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニッコリと。
「お彼岸バテも治ると思うの、これとカレーで! …だけど、お彼岸、何処でやったの?」
シャングリラにお彼岸はあったっけ、という質問。待ってましたよ、私も知りたかったんです。ソルジャーの世界でお彼岸バテって、どう考えても有り得ませんから~!
スタミナたっぷりのニンニク入りのシーフードカレー、それとマサラティーが目当てで来たソルジャー。「来た甲斐があった」と言ってましたし、口に合わないマサラティーだって餓鬼に施すより飲んでしまえな方向でしたし、バテてるんだと思うのです。
けれども、キース君と同じなお彼岸バテは無さそうな世界、何処でバテたかが気になる所。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお蔭で謎が解けそうですけど、ソルジャーは「え?」と。
「お彼岸って…。ぼくのシャングリラにお彼岸なんかは無いけれど?」
そもそもお坊さんがいないし、と返った返事。
「だから無いねえ、お彼岸なんかは! もちろん、お盆も!」
「え? でも…。お彼岸バテだから、スタミナカレーでマサラティーでしょ?」
キースのために作ったんだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「普通のシーフードカレーのつもりだったけど、キースがお彼岸バテだから…。スタミナのつく食事にしてあげて、ってブルーが言ったし…」
だから飲み物もマサラティーなの! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が説明すると。
「そこだよ、スタミナって所なんだよ! ぼくはそっちが欲しくって!」
「お彼岸バテでしょ?」
「違うよ、スタミナをつけたいんだよ!」
これからの季節は大いにスタミナをつけたいから、とソルジャーはスタミナカレーを頬張って。
「ニンニクなんかは王道だよねえ、スタミナの! これも嬉しい食事だねえ…」
「…あんた、いったい何がしたいんだ?」
餓鬼の上前まではねやがって、とキース君が突っ込むと。
「もちろん、体力づくりだよ! スタミナをつけて頑張らなくちゃね!」
「…墓回向をか?」
「お彼岸は無いと言ったじゃないか。そういう世界でスタミナと言えば!」
「「「…スタミナと言えば…?」」」
オウム返しにハモッてしまった私たち。ソルジャーはカレーをパクリとスプーンで一口、モグモグしてから高らかに。
「スタミナをつけて、やることは一つ! 食欲の秋で、性欲の秋!」
人肌恋しくなる秋こそセックス! と強烈な台詞。そういやソルジャー、秋になったら言ってますかねえ、食欲の秋で性欲の秋…。
ソルジャー曰く、やることは一つ。スタミナをつけたら大人の時間で、キャプテンと過ごすつもりです。けれど、ソルジャーがスタミナをつけても、あんまり意味は無いんじゃあ…?
会長さんもそう思ったらしくて。
「君の話はそこまでにして、と…。レッドカードは出したくないから、そこでおしまい。でもね、君がスタミナをつけた所で意味が無いように思うけど?」
「どうしてさ?」
「えーっと…。ちょっと言いにくいんだけど…」
「分かるよ、スタミナはハーレイの方だと言いたいんだろう?」
ぼくは受け身の方だからね、とソルジャー、サラリと。
「本来、スタミナをつけて励むべきなのはハーレイだけど…。ぼくも疲れを持ち越さないのが大切だからさ、それで試してみるのが一番!」
「「「へ?」」」
「スタミナカレーとマサラティーとで、どこまでスタミナがついたかだよ! 今夜もハーレイと大いに楽しむつもりだし…。ぼくがパワーアップしているようなら、使えるわけ!」
スタミナカレーもマサラティーも、と言うソルジャー。
「ぼくは寝起きが悪い方でねえ…。それが明日の朝、スッキリと目が覚めるようなら効くんだよ! スタミナカレーとマサラティーは!」
「それはそうかもしれないけれど…」
会長さんが腕組みをして。
「だったら、君はこれから毎日のようにスタミナカレーとマサラティーを作れと言ってくるわけ、スタミナのために?」
「もちろん、お願いしたいねえ! ぼくの分と、ついでにハーレイのもね!」
「毎日、カレーとマサラティーとでいいのかい?」
「そうだけど?」
ぼくは元々、栄養剤で充分だという人間だから、とソルジャーは何とも思っていませんけれども、キャプテンの方は絶対違うと思います。毎日、毎日、同じ食事じゃ飽きるのでは…。「そるじゃぁ・ぶるぅ」も心配そうに。
「んとんと…。そんなお食事、ハーレイが困ってしまわない?」
もっと色々、食べたくなると思うんだけど、という意見。誰だって普通はそうですよねえ?
食事の代わりに栄養剤でもいいと言うソルジャー、毎日がカレーとマサラティーでもいい模様。スタミナさえつけばいいようですけど、スタミナっていうのは…。
「食事で摂るなら、バリエーション豊かにするべきだろうと思うけどね?」
食べる楽しみもスタミナの内、と会長さん。
「土用の丑のウナギもそうだよ、あの日に食べるから美味しく感じてスタミナもバッチリ! それが毎日ウナギだったら、なんだかねえ…」
「逆にゲンナリしそうではあるな」
仮にスタミナがついたとしても、とキース君が頷いています。
「またウナギか、と思わないように料理してあれば話は別だが…」
「そういうものかい、食事って?」
「あんたには分からんだろうがな!」
餓鬼の上前をはねるかと思えば、要らない食事を餓鬼にやろうというヤツだ、と副住職。
「食べ物は感謝して頂くものだが、素人さんには難しい。ワンパターンとなったら尚のことだ」
「分かるぜ、俺だって毎日同じだと溜息コースは確実だしよ」
これでも坊主の端くれなのに、とサム君が。
「だからよ、毎日カレーってヤツはよ…。俺もお勧め出来ねえよ」
「ふうん…? でもね、ぼくだと充分なわけで…」
とにかくスタミナ! とソルジャーはスタミナカレーを綺麗に食べ終え、マサラティーもすっかり飲み干して。
「さてと、どれだけスタミナがついているだろう? 今夜が楽しみになってきたよ!」
「…効果があったら、君のハーレイも君も、明日からスタミナカレーとマサラティーだと?」
どうかと思う、と会長さんが溜息をつくと、ソルジャーが。
「そう言うのなら、バリエーションってヤツを考えといてよ!」
「「「は?」」」
「バリエーションだよ、同じカレーでも味付けがちょっと変わるとか!」
そういう方向で何か考えて、とソルジャーはまるで他人任せで。
「ぼくのやり方がマズイと言うなら、解決策の方をよろしく! それじゃ、御馳走様ーっ!」
効果があったら、明日、報告に来るからね! と手を振ってソルジャーは消えてしまいました。お昼御飯でつけたスタミナ、夜まで効果はあるんですかねえ…?
ソルジャーが帰って行ってしまった後、私たちは溜息をつくしかなくて。
「…なんだったんでしょう、アレ…?」
スタミナカレーは効くんでしょうか、とシロエ君。
「キース先輩、どんな感じですか? お彼岸バテは?」
「…食べる前よりは楽になったな、マサラティーのお蔭もありそうだ」
ホットコーヒーに比べれば遥かに効いた気がする、とキース君は少し元気を取り戻した様子。
「後でもう一杯、頼めるか? …面倒でないなら」
「かみお~ん♪ スパイスはちゃんと買ってあるから、紅茶と一緒に煮るだけだよ!」
だから簡単! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「えっとね、スパイスはお薬だから…。元気が出るヤツとか色々あるの!」
カレーの国にお出掛けすれば、とニコニコと。
「本場のスパイスが欲しくなったら買いに行くしね、そのついでに買ってくるんだよ!」
マサラティー用にブレンドしたヤツ、と言われて納得、本場モノ。それは確かに効きそうです。漢方薬と同じ理屈か、と思ったアーユルヴェーダとやらのスパイス。これでキース君も完全復活するといいね、と午後のおやつにもマサラティーが出され…。
「かなり復活出来た気がする。後は一晩ぐっすり眠れば治るだろう」
しかし大事を取って飲み物は今夜も温かいものを…、と言うキース君に会長さんが。
「スタミナをつけるなら、晩御飯は焼肉だねえ…。ガーリックライスなんかもつけて」
「すまんな、俺がバテてしまったばっかりに…」
「焼肉はみんな大好物だし、特に問題無いと思うよ」
ねえ? と訊かれて「うん」と頷く私たち。会長さんの家の焼肉パーティーはマザー農場のお肉ですから美味しいのです。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「ちょっと貰ってくる!」と焼肉用のお肉や野菜を分けて貰いにマザー農場へと瞬間移動で出掛けましたが…。
「見て見て、こんなの貰って来ちゃったー!」
キースにピッタリ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が高く差し上げた瓶。えーっと…?
「スタミナがつくタレなんだって! マザー農場特製だよ!」
こんなのがあるって知らなかった、と言ってますけど。それっていわゆる「まかない」ですかね、お客さんに出すための料理と違って、従業員の人とかが食べるという…?
焼肉の材料の調達に出掛けた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が貰って来たタレ。瓶には何も書かれていなくて、如何にも自家製といった雰囲気です。焼肉用のタレなのかな…?
「んーとね、色々使えるらしいよ? 焼肉にも、お肉の下味とかにも…。お料理にも!」
マザー農場の秘伝だって! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は得意そう。秘伝だったら、まかないとかではないんでしょうか?
「食堂でもよく使っています、って言っていたから、お客さんにも出してると思う!」
今まで知らなかったけど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が瓶を見ているからには、隠し味に使っているのでしょう。そのまま使えば料理上手だけに「これは何?」と思うでしょうし…。
「ソルジャーのぼくも、タレというのは初耳だねえ…。マザー農場はソルジャー直轄じゃないし、知らなくっても不思議はないけど…」
スタミナがつくタレなのか、と会長さんは瓶を揺すってみています。相当に濃いタレだとみえて、ドロリとしているのが分かりますが…。
「それね、薄めて使うんだって! 焼肉のタレにするのなら!」
そのままだと濃すぎて強すぎるらしいの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「下味とか、お料理もちょっぴり入れれば充分だって!」
「なるほどねえ…。ぶるぅやぼくにも分からないわけだね、薄めて使っているんだったら」
「そうなの! 凄く色々入っているって言ってたよ!」
ニンニクも、それにスッポンエキスも…、とタレの説明が始まりました。スタミナがつく食材などをじっくり煮込んで樽で熟成、大量生産には向かないのだとか。ゆえに秘伝で、一般販売はしていないタレ。お彼岸バテのキース君にピッタリのタレじゃないですか!
「マザー農場の皆さんまでが俺を心配して下さったとは…。有難いことだ」
キース君が合掌した所へ、「タレだって!?」という声が。
「「「???」」」
誰だ、と思うまでもなく降って湧いたソルジャー、タレが入った瓶を引っ掴むと。
「これがスタミナがつくというタレ…。焼肉にも、他の料理にも使えるタレなんだね?」
「そうだけど…。焼肉、食べに来たの?」
お客様大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」は歓迎モードで、ソルジャーは。
「御馳走してくれるんなら、喜んで! このタレも是非、試したいから!」
スタミナをつけて性欲の秋! とブチ上げるソルジャー、戻って来ちゃったみたいです。スタミナカレーとマサラティーでは足りなかったかな…?
晩御飯は、戻って来てしまったソルジャーも交えて焼肉パーティー。マザー農場の秘伝のタレは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が薄めてくれて、その味がまた絶品で。
「これってさあ…。マザー農場のジンギスカンの味に似ていない?」
ジョミー君が言ったら、マツカ君も。
「そうですね。一番近いのはあれですね」
収穫祭で御馳走になるジンギスカンの味ですよ、と言われてみれば、そういう味かもしれません。食堂で頂くステーキのソースも少し似ているかも…。
「まさか薄めていたとはねえ…。濃厚なソースを」
ぼくは煮詰めるものだとばかり、と会長さんが少し中身が減った瓶を眺めて、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も「ぼくも」と首をコックンと。
「美味しくて複雑な味がするから、色々入れているんだろうな、って思ってたけど…。似たような味は家で作れるから、ちっとも不思議に思ってなかった…」
そんなに手間がかかったタレだったなんて! と感心しているお料理上手な「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、レシピを貰おうと考えているようです。せっかくだから自分も作ってみようと。
「いいねえ、ぶるぅが作るのかい?」
出来上がったら、ぼくにも是非! とソルジャーが。
「スタミナがつくタレと聞けばね、もう貰うしかないってね! スタミナカレーやマサラティーだと、こっちの世界へ食べに来るしかないけれど…。タレだったら!」
ぼくの世界の料理にかければ出来上がりだし、と無精者ならではの発言が。
「いろんな料理に使えるのなら、ちょっとかければ完成だしね!」
「…君のいい加減な性格からして、美味しくなるとも思えないけど?」
せっかくの美味しいタレが台無し、と会長さんがソルジャーをジロリと。けれどソルジャーが負ける筈もなくて。
「要は効き目があればいいんだよ、良薬は口に苦しだからね!」
多少マズくても、スタミナがつけばそれでオッケー! と突き上げる拳。
「それにさ、薄めて使ってもこの美味しさでさ、おまけにスタミナがつくんだよ? そのまま使えば効き目だって!」
一段と増すに違いない、と言ってますけど、相手はドロリとしたタレです。ほんの少しを薄めただけで焼肉パーティーに充分な量が出来上がったわけで、相当、濃いんじゃないですか…?
スタミナがつくらしい、マザー農場秘伝のタレ。濃厚すぎるタレは薄めて使用で、瓶の中身はそれほど減っていないというのに大人数での焼肉パーティーにたっぷり使えています。ソルジャーも入れて総勢十名、薄めたタレは器にまだまだ残ってますし…。
「…原液はどうかと思うけどねえ?」
濃すぎて不味いんじゃなかろうか、という会長さんの意見に「そるじゃぁ・ぶるぅ」も「そだね」と頭をピョコンと。
「辛すぎるだとか、甘いか辛いかも分からないほどとか、そんなのじゃないかな」
ちょっと試してみる! と瞬間移動でヒョイと出て来た料理用の竹串、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はタレの瓶を開けて串の先っぽを突っ込んでみて…。取り出した串を舌でペロリと。
「…どうでした?」
味は、とシロエ君が訊くと、「美味しい!」という意外すぎる答え。
「美味しいわけ?」
薄めてないよ、とジョミー君も目を丸くしてますけれど。
「でも、美味しい! ちょっぴり舐めただけだったから…。きっと口の中で薄まるんだよ」
焼肉のタレと同じ美味しさ、との話に、ソルジャーは。
「それなら原液も充分いけるね、どのくらいスタミナがつくのか試していいかな?」
「…君が使うのかい?」
あんまりお勧めしないけどねえ…、と会長さん。
「ぶるぅは少し舐めただけだし、美味しかったかもしれないけれど…。そのままタレに使ったりしたら、それこそ火を噴く辛さかも…」
「ぼくで試すって誰が言った? スタミナのつき具合ってヤツを知りたいんだよ、ぼくは!」
こっちのハーレイに決まっているだろう! というソルジャーの台詞。教頭先生で試すだなんて、焼肉パーティーに御招待ですか?
タレの原液の効き目が知りたいソルジャー、試すなら教頭先生とのこと。会長さんが止めるのも聞かず、青いサイオンがキラリと光って、教頭先生が焼肉パーティーの場に。
「な、なんだ!?」
驚いておられる教頭先生に、ソルジャーは。
「こんばんは。御覧の通りに焼肉パーティーをやっててさ…。美味しいタレが手に入ったから、君にも御馳走しようと思って」
まあ座ってよ、と椅子まで引っ張って来たソルジャー。教頭先生は「これはどうも…」と腰を下ろして、何も疑ってはいらっしゃらなくて。
「遠慮なく御馳走になることにします。…焼肉ですか」
「そう! このタレがホントに美味しくってねえ…」
これだけでも充分にいける味で、とソルジャーの手に小皿。私たちが薄めたタレを入れてるヤツですけれども、ソルジャーはそれに瓶から原液をドロリ。
「はい、まずはお試し! タレだけで味わってみてよ、肉は入れずに」
「そんなに美味しいタレなのですか。…では、早速…」
教頭先生は小皿を傾け、ドロリとしたタレを口に含んで、味わってからゴックンと。
「いい味ですねえ…! なんとも深くて複雑で」
「それは良かった。じゃあ、この後は焼肉でどうぞ」
薄めたタレもいけるんだよ、とソルジャーが小皿に薄めた方のタレを注ぎ足し、教頭先生は焼肉パーティーに本格的に参加なさったわけですが。暫く経つと…。
「…暑くないですか?」
「失礼だねえ…。クーラーは効いてると思うけど?」
ケチっていない、と会長さんが眉を吊り上げ、それから間もなく。
「…ちょ、ちょっと失礼を…」
席を立とうとする教頭先生。ソルジャーが「トイレかい?」と教頭先生の肩に手を置き、「トイレなんかに行かなくてもねえ、ここで充分!」と。
「なんだって!?」
ぼくの家を何だと思っているわけ!? と会長さんが怒鳴りましたが、ソルジャーは。
「生理的現象が別物なんだよ、ハーレイは催してきちゃったわけで…。こう、ムラムラと」
スタミナがついて! と満面の笑顔。それって、もしかしなくても…?
教頭先生の生理現象はズボンの前がキツイ方でした。トイレではなくて。ますますもって許し難いと会長さんが怒り狂って、ソルジャーは教頭先生に。
「困ったねえ…。ぼくとしてもなんとかしてあげたいけど…」
「え、ええ…。私も是非とも…」
お願いしたい気分です、と教頭先生は会長さんをチラリ。
「ブルー、こう仰っておられるのだし…。そのぅ、少しだな…」
「どういう神経をしているのさ! このぼくの前で、少しも何も!」
ぼく一筋だと思っていたのに、と会長さんが喚いているのに、教頭先生も「そう怒るな」と。
「今は最高に漲っているし、あちらのブルーと少しやっても、まだ充分に…」
「やるも何も、ヘタレには絶対、無理だから!」
やれると言うなら、今すぐにやれ! と会長さんのサイオンが炸裂、教頭先生のズボンや紅白縞のトランクスやらがパッと消滅。スウェナちゃんと私の視界にはモザイクがかかってしまって…。
「さあ、この状態で遠慮なくどうぞ! 出来るものなら!」
ブルーはそこにいるんだから、と会長さんが指差し、ソルジャーが。
「ここまで用意をして貰ったからには、ぼくも御奉仕しないとね! さてと…」
始めようか、と教頭先生の前に屈んだソルジャーですけど、そこはヘタレな教頭先生。ズボンや紅白縞が消えて焦っておられる所へ、ソルジャーが接近したわけですから…。
「「「………」」」
やっぱりこういう結末だったか、と呆れるしかない教頭先生の末路。椅子に腰掛けたままでブワッと鼻血で、そのまま失神。手足がダランとしちゃっています。
「えとえと…。ハーレイ、どうなっちゃったの?」
このタレって何か危ないものでも入ってたかな、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ぼくも舐めちゃったんだけど、と。
「らしいね、薄めずに飲むと危ないようだよ。ぶるぅは少しだから大丈夫だと思うけど…」
でも危ないねえ、とソルジャーが肩を竦めて、「人体実験ありがとう」と教頭先生を抱え、瞬間移動で家へと運んで行ったようです。直ぐに戻ると思いますけど、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は。
「…なんか危ないタレみたいだよ?」
「いや、それは原液で使った時でだな…」
普通に使えば何も起こらない美味いタレだが、と話すキース君はお彼岸バテもスッキリだとか。適量を使えば美味しくて役立つ素敵なタレだと思いますけどね?
私たちは秘伝のタレの美味しさと効能を「そるじゃぁ・ぶるぅ」にせっせと力説、会長さんも「あれはブルーの使い方が悪かっただけだ」と言っているのに、お子様なだけに。
「でもでも…。ちょっぴり怖いと思うの、作り方を習うのはやめようと思う…」
「それはまあ…。作らない方がいいでしょうね」
何処かの誰かが狙ってますし、とシロエ君。
「ぶるぅが作れるとなったら大量に仕込めと言って来ますよ、あの調子だと」
「うんうん、たまに貰って使う方がずっといいと思うぜ」
肉を貰いに行ったついでに分けて貰えよ、とサム君が前向きに述べている所へ…。
「ただいまーっ! ハーレイはベッドに寝かせて来たよ」
大サービスでパジャマも着せておいた、とソルジャーが瞬間移動で戻って来ました。
「あっ、ぼくはパジャマを着せただけでさ、味見も試食もしていないから!」
「当たり前だよ! そのくらいはぼくも監視してたよ!」
君が妙なことをしないように、と会長さん。
「もっとも、君が本気になったら、その辺りも誤魔化されそうだけど…」
「ピンポーン! でもね、ハーレイに関してはやらないよ。君との友情は壊したくないし」
ところで…、とソルジャーの視線が例のタレの瓶に。
「ぶるぅ、このタレの危なさは分かったと思うんだ。…ぼくとしては作って欲しいけど…」
「やだやだ、怖いから作らないよう!」
「うん、その方が良さそうだよね。まさか、あそこまでとは思わなかったし…」
効き目が凄すぎ、と肩をブルッと震わせるソルジャー。
「それでね、危ないタレを持っていたくないなら、ぼくが貰って帰るけど…。そしたら無駄にはならないからねえ、キースが言ってた施餓鬼と同じで」
「でも、危ないよ? ハーレイも変になっちゃったし…。鼻血で気絶しちゃったし…」
「ぼくのハーレイなら大丈夫! だから、ぼくのシャングリラで料理に使おうかと…」
ちゃんと薄めて使うから! というソルジャーの言葉に、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「じゃあ、お願い!」とタレの瓶を前へと押し出しました。
「えっとね、薄め方、メモに書くから! 焼肉のタレにするならこれだけで…」
お料理の下味がこんな感じで、と薄める分量をメモにサラサラと。美味しかった秘伝のタレはソルジャーに横から掻っ攫われそうです、お彼岸バテも治ると噂の優れものなのに~!
こうしてタレはトンビにアブラゲ、まんまとソルジャーに掠め取られてしまいました。キース君のお彼岸バテも治ったスタミナ、焼肉パーティーをするならアレに限ると誰もが思う味だったのに。他のお料理でも味わいたかった、と文句をブツブツ、ようやっと秋になって来た頃。
「誰か、助けてーっ!」
誰でもいいから、と会長さんの家のリビングに飛び込んで来たソルジャー。例の秘伝のタレを手に入れてからは、とんと御無沙汰だった筈ですが…?
「助けてくれって…。今更、何を?」
あのタレなら、ぶるぅは作らないからね! と会長さんがツンケンと。
「君のお蔭で危ないタレだと思い込んじゃって、作るどころか貰いにも行ってくれないし…。あれからマザー農場に訊いたら、野菜炒めとかも美味しく出来るって言われたのに!」
ぼくたちは秘伝のタレで作る料理の美味しさを永遠に逃したんだから、と怒る会長さん。
「そりゃね、マザー農場に行けば食べられるよ? でもねえ…」
「俺たちは、ぶるぅならではのアレンジを楽しみたかったんだ!」
誰のせいだと思っているんだ、とキース君が怒鳴って、私たちもブーイングしたのですけど。
「それどころではないんだってば…! あのタレ、ホントに凄く効くから、全部なくなったらマザー農場から盗み出そうと思っていたのに…!」
「何か不都合でも?」
タレが樽ごと消えてたのかい、と会長さんがフンと鼻を鳴らせば。
「違うんだよ! ぶるぅが盗んで、悪戯で料理に混ぜちゃって…。そしたらスタミナが変な方へと行っちゃったんだよ、シャングリラ中が仕事モードなんだよ!」
「「「…はあ?」」」
「そのまんまだってば! 三日も前から誰もが仕事で、休む暇があったら仕事、仕事! ぼくのハーレイもガンガン仕事で、それだけで疲れて眠っちゃって!」
目が覚めたらブリッジに直行なのだ、とソルジャーは泣きの涙です。ソルジャーの世界の食材だか、それとも料理だか。…あのタレには合わなかったんでしょうか?
「分からないけど…! ぶるぅは今でもタレを何処かに隠している上に、こっちに来たら手に入るってことも知ってるんだよ…!」
このままでは、ぼくは永遠にハーレイにかまってもらえないんだけれど! と大騒ぎしているソルジャーですけど、いい薬だと思います。私たちの美味しいスタミナのタレを奪ったからには、報いがあっても当然でしょう。キャプテン、お仕事、これからも頑張って下さいね~!
スタミナの秋・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
マザー農場で貰った、スタミナがつく秘伝のタレ。美味だったのに、ソルジャーが強奪。
もう食べられない、と嘆く面々ですけど、ソルジャーが食らってしまった報い。天網恢恢…?
さて、シャングリラ学園番外編、去る4月2日で連載開始から14周年となりました。
今年で連載終了ですけど、目覚めの日を無事に迎えられたというわけです。まさに感無量。
我ながら凄いと思ってしまう年月。今年いっぱい、根性で突っ走るしかないですね。
次回は 「第3月曜」 5月16日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、4月はお花見。マツカ君の別荘にも出掛けたいわけで…。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
今年も夏休みがやって来ました。毎年恒例、柔道部の合宿とサム君とジョミー君が行かされる璃慕恩院での修行体験ツアーも無事に終わって、マツカ君の山の別荘へ。乗馬や湖でのボート遊びや、ちょっとした登山もしてみたりして満足して帰って来たのですけど。
「くっそぉ…。あの親父め…!」
まただ、とキース君が歯ぎしりしている会長さんの家のリビング。「また」で「親父」とくればアレですかね、お馴染みのアドス和尚ですかねえ?
「親父さんかよ…。卒塔婆のノルマか?」
増えたのかよ、とサム君が訊くと。
「お前は遊んで来たんだろう、と五十本も増えていやがった! 俺が書く分が!」
「…五十本とは厳しいねえ…。此処でサボッていないで早く帰りたまえ」
そして卒塔婆を書いてきたまえ、と会長さんが促したのですけれど。
「やってられるか、ストレスが溜まる! 発散しないとミス連発だ!」
そっちの方がよっぽど悲劇で効率が悪い、とキース君。
「俺の家は卒塔婆削り器は原則的に使用禁止なんだ! 失敗したら手で削らないと…」
削ってからまた書き直しで、と嘆き節。
「時間はかかるし、イライラしたら次のミスへと繋がるし…。ストレスは敵だ!」
だからこうして息抜きした方がマシなんだ、と言ってますけど。卒塔婆が必要なお盆の方だって刻一刻と近付いて来ていませんか?
「だからこそ、サボッて英気を養い、一気に書く!」
それが俺の流儀なんだ、とキース君がブチ上げた所で部屋の空気がフワリと揺れて。
「うん、分かるよ! 君の気持ちはとっても分かる」
「「「???」」」
誰だ、と振り向いてみれば紫のマント。例によってソルジャー登場です。合宿行きと山の別荘の間は来ませんでしたし、ストレスが溜まっているんでしょうか?
降ってわいたソルジャーは当然のように「ぼくにもおやつ!」と要求しました。
「かみお~ん♪ 今日はライチとマンゴーのパフェなの! スパイスたっぷり!」
カルダモンとかシナモン入りのパンを千切って入れてあるから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ソルジャー好みのアイスティーも一緒に出て来て、ソルジャーは嬉しそうにスプーンを入れながら。
「此処はやっぱり落ち着くねえ…。なによりドアが閉まっているのがいいよ」
「「「ドア?」」」
誰もが眺めたドアの方向。廊下に繋がるリビングのドアはキッチリ閉まっています。でないとクーラーの効きが悪くなりますから、開けたら閉めるのがお約束で。
「…普通は閉まっていると思うけど?」
今の季節は、と会長さん。
「開けっ放しにしたら文句が出るしね、出入りする時はきちんと閉める!」
「…俺の家だと逆だがな…」
卒塔婆書き中の部屋の障子や襖が閉まったら地獄、とキース君。
「親父が言うんだ、クーラーを入れて卒塔婆書きとは何事か、とな。心頭滅却すれば火もまた涼しで、お盆の卒塔婆はクーラー無しで書くものだ、と…」
「「「あー…」」」
そうだったっけ、と同情しきりなキース君の卒塔婆書き事情。セミがうるさいと嘆くことも多いですけど、障子が全開になっているならセミも半端じゃないですよね?
「そうか、キースの家では逆なんだ? でもねえ…。ドアはやっぱり閉めてこそだよ」
開けっ放しなんて論外だから、とパフェを口へと運ぶソルジャー。
「もうストレスが溜まって溜まって…。ぼくは本当に限界なんだよ」
「「「へ?」」」
ドアが開けっ放しでストレスって…。なに?
「そのまんまだよ、開けっ放しなんだよ!」
「…ドアが?」
会長さんの問いに、ソルジャーは「うん」と。いったい何処のドアが開けっ放しだと?
ドアが開けっ放しだとストレスが溜まるとぼやくソルジャー。ドアの話なんかは日頃、聞いた覚えがありません。会長さんも首を捻って。
「…それはアレかい、君のシャングリラの?」
「そうなんだよ! もう本当に悲劇だとしか!」
「…うーん…。それは確かに大変そうだね、何処かのハッチか格納庫とか?」
会長さんの言葉にアッと息を飲んだ私たち。ソルジャーが暮らしているシャングリラは宇宙船ですから、今は宇宙を飛んでなくても大気圏内を航行中。そんな所でハッチや格納庫のドアと呼ぶのか、そういったものが開けっ放しだと大変なことになりそうです。
「お、おい…。誰か其処から落ちたのか?」
キース君の声が震えて、シロエ君が。
「落ちてなくても、シールドする必要が出て来ますよね…。事故防止に」
「そういうことだね、君はその作業でストレスが溜まっているのかい?」
本来は君の仕事じゃないし、と会長さん。
「ドアの修理は修理班だろうけど、故障中の部分をフォローするには君のサイオンしか無かったというオチなのかな?」
「そっちだったら、立ち入り禁止で対処するよ!」
隔壁で遮断しておけば何とかなるから、とソルジャーの返事。
「多少あちこち回り道とか、格納庫に行くのに命綱とか、そういう必要は出て来るけれど…。ぼくがサイオンで落下防止のシールドを張る必要は…」
「それじゃ、どうしてストレスなわけ?」
「開けっ放しになってるからだよ!」
あれが困る、と言ってますけど、対処方法はちゃんとあるんじゃあ…?
「ハッチとか格納庫の方だったらね!」
そうじゃないから困っているのだ、とソルジャー、ブツブツ。
「…ぼく一人しか困らないんでは、修理も急いで貰えないし…」
「何処のドアだい?」
ぼくにはサッパリ見当が…、と会長さんが尋ねると。
「青の間のドアに決まってるだろう!」
他に何があると! と苛立った声が。…青の間のドアが壊れたんですか?
開けっ放しになっているらしい、ソルジャーの世界の青の間のドア。それでストレスが溜まると嘆くソルジャーですけど、優先的に修理をして貰えそうな気もします。会長さんも同じことを考えたらしく…。
「君のストレスが溜まるんだったら、修理を急いでくれそうだけどね?」
「俺もそう思う。…俺のように「修行だ」と切って捨てられる世界じゃないしな」
あんたが一番偉いんだろうが、とキース君も。
「それにシャングリラを守っているのもあんただよな? ストレスで使い物にならなくなったら困るだろうし、その辺の所はきちんと気を付けてくれそうなんだが…」
「逆なんだってば、そっちの件に関しては!」
ぼくは機嫌が悪ければ悪いほど無敵なタイプ、と愚痴るソルジャー。
「ぼくしか出来ない役目と言ったら人類軍との戦闘なんだよ、戦って壊してなんぼなんだよ!」
手加減無用で問答無用、と怖い台詞が。
「だから怒っていればいるほど強いわけ! 鬱憤晴らしに壊しまくるから!」
「「「あー…」」」
だったら放っておかれるだろうな、と素直に納得出来ました。たとえストレスが溜まっていたってソルジャーの務めは果たすわけですし、おまけに無敵と来た日には…。
「そういうことだよ。それにシャングリラの連中にすれば、壊れている方が嬉しいわけで!」
「…君が無敵になるからかい?」
それで喜ばれるのだろうか、と会長さんが問いを投げると。
「違うね、日常生活の方! 青の間に入り放題だから!」
「…見学希望者多数だとか?」
「その方がよっぽど平和だよ!」
見学だったら時間を決めて定員も決めて仕切れるから、とソルジャー、溜息。
「…ぼくが困るのは、プライバシーが皆無だってこと! 落ち着かないんだよ、毎日が!」
「見学希望者は仕切れると言っていなかったかい?」
「物見遊山のお客じゃなくって、来るのはお掃除部隊なんだよ!」
開いているからやって来るのだ、とソルジャーが不満たらたらのお掃除部隊。それって青の間を清掃するために結成されると噂のお掃除隊でしたっけか…?
掃除が嫌いと聞くソルジャー。お掃除大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」とは正反対なタイプのソルジャー、青の間は足の踏み場も無いとの話です。ベッドに行くための通路さえあれば他はどうでもいいという人、キャプテンが掃除をしている筈で。
「お掃除部隊の出番は滅多に無いんじゃあ…?」
そう聞いてるよ、と会長さん。
「もう限界だ、という頃に突入するって君が自分で何度も言ったし」
ニューイヤーのパーティーの後で散らかり放題になった時とか…、という指摘にソルジャーは。
「それが大原則だけど…。普段は存在しないんだけど…」
ぼくが好きなように散らかすだけ、と再び溜息。
「片付いた部屋は落ち着かないから、お掃除部隊が来ちゃった後には、ぼくの部屋とも思えなくてねえ…。リラックス出来る部屋になるまでに暫くかかるよ」
いい感じに散らかってくるまでには、と零すソルジャー。
「ぼくはああいう部屋が好きなのに、ドアが開けっ放しになってから後はそうもいかなくて…」
まずは初日に突入された、とソルジャーのぼやき。ドアが壊れて閉まらないから、と思念を飛ばしたら、修理班の代わりにやって来たのがお掃除部隊。
「今の間に掃除をさせて頂きます、と踏み込まれちゃって…。「邪魔になりますから、ソルジャーは外に出ていて下さい」と大掃除が始まってしまったんだよ!」
ソルジャーは驚いたらしいですけど、掃除さえ済めば修理班が来るのだと大人しく待っていたそうです。ところがお掃除部隊が引き揚げた後も修理班は来てくれなくて。
「どうなったんだろう、と訊きに出掛けたら、ゼルたちが会議の真っ最中で!」
議題は壊れたドアのことだった、という話。ソルジャーの世界で長老と呼ばれる人たちが会議、いい機会だから当分は修理しないでおこうと決まったとかで。
「…青の間のドアさえ壊れていればね、毎日掃除に入れるわけだし…」
「いいことじゃないか。綺麗に掃除をして貰いたまえ」
会長さんが言うと、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も。
「かみお~ん♪ ピカピカのお部屋は気持ちがいいよ!」
サッパリしていて気分も最高! と跳ねてますけど、ソルジャーはそういう部屋だと落ち着かないんですよね…?
青の間のドアが壊れたばかりに、毎日お掃除部隊に入られているらしい今のソルジャー。憩いの場の筈の部屋を自分の好みには出来ず、ピカピカにされているわけで…。
「…ぼくはホントに限界なんだよ、あれのストレスは凄いんだから!」
ぼくの部屋とも思えない部屋はもう嫌だ、と本当に困っている模様。
「それにね、ハーレイも来てくれないんだよ、今の青の間には!」
「「「へ?」」」
ハーレイと言えばキャプテンのこと。ソルジャーへの報告なんかも多そうですから、青の間に出入りしないとなったら全く話にならないんじゃあ…?
「もちろん、仕事のことでは毎日来てるんだけど…。ちゃんと報告に来るんだけれども、それが終わったら、「では、本日はこれで」と帰っちゃうんだよ!」
ぼくのベッドに来てくれない、とブツブツブツ。
「いつも言ってるけど、ぼくのハーレイは見られていると意気消沈なヘタレだからねえ…。ドアが開けっ放しになった部屋だと、その気になれないらしいんだよ!」
「ヘタレでなくても、普通はそうだと思うけど?」
ぼくだって開けっ放しの部屋は御免だ、と会長さん。
「なんのためにラブホテルとかが存在するのかという問題だよ、そこの所は! ああいったことは閉鎖空間でするべきことでね、開けっ放しなんて、とんでもないから!」
それじゃ変態か、エロい動画の撮影とかだ、と会長さんはビシバシと。
「君のハーレイの行動はごくごく自然なことだと思うけどねえ?」
「そうなのかい? …仕方ないから、ぼくの方から出掛けて行こうとしたんだけれど…」
そっちの方も断られた、と肩を落としているソルジャー。
「夜の間に青の間にいないとバレてしまったらどうするんです、と言うんだよ! きっと探しに行くだろうから、ぼくたちの仲もバレそうだ、と!」
とっくの昔にバレバレなのに、と大きな溜息、もう幾つ目だか数えていません。
「そんなわけでね、部屋にいたって落ち着かない上に、夫婦の時間も御無沙汰なんだよ。これがストレスでなければ何だと…!」
もう限界だ、と頭を抱えているソルジャー。…青の間のドアは今も壊れて開けっ放しのままなんでしょうが、その状態でどうやって此処へ来られたと?
いい機会だからと修理されずに放置されている青の間のドア。お掃除部隊が掃除しに来たり、キャプテンが夫婦の時間を避けたりと何かと問題があるようです。ただし、ソルジャー限定で。ソルジャーの世界の人にとっては壊れている方が嬉しいドア。
「…えーっと…。君の青の間、ドアは今でも開けっ放しの筈だよね?」
だから愚痴りに来てるんだよね、と会長さん。
「君の不在がバレそうだけど? お掃除部隊は掃除を済ませて帰ったのかもしれないけれども、ドアが開いてるなら誰でもヒョイと入れそうだし」
バレないように早く帰って部屋にいたまえ、と会長さんが注意をすると。
「その点だったら大丈夫! ちゃんとぶるぅに頼んで来たから!」
「「「ぶるぅ?」」」
大食漢の悪戯小僧か、と目を剥いてしまった私たち。あんなのが役に立つんでしょうか?
「ぶるぅは充分、役立つけどねえ? 出すものを出せば」
御礼は山ほどのスナック菓子とコンビニデザート! とソルジャーは威張り返りました。
「ぼくの代わりに留守番をすれば買ってあげると言ってあるから、今も青の間で頑張ってるよ。ぼくのふりをして座るくらいは、サイオンも大して必要ないし…」
エネルギー切れにはならないのだ、という自慢。そういえば「ぶるぅ」はサイオン全開だと三分間しか持たないというカップ麺みたいなヤツでしたっけ…。
「だからね、今の内なんだよ! こっちの世界でストレス解消!」
せめてパフェくらいは食べさせてくれ、とソルジャーはペロリと平らげた上に、今日は一日居座るつもりみたいです。いえ、今日だけで済めばいいですけれど…。
「あんた、ドアが直るまでは毎日、こっちに来る気じゃないだろうな?」
まさかな、とキース君が言うなり、ソルジャーは。
「君だって言えた義理じゃないよね、ストレス解消に関しては!」
卒塔婆書きをサボッて来てるんだろう、と切り返し。キース君はグッと詰まってしまって。
「そ、それは…。それは確かにそうなんだが…」
「ほらね、立派にお仲間だよ! 今日からよろしく!」
ぼくは開けっ放しのドアの不満を愚痴りに来るから、君は卒塔婆書きを愚痴りたまえ、と何故だかソルジャーの御同輩にされてしまったキース君。ひょっとしたら明日から来なかったりして、余計にストレスが溜まりそうだと逃げちゃって…。
今日はともかく、明日以降もストレス解消にやって来る気のソルジャー。青の間のドアが直らない限りは本気で毎日来そうです。キース君どころか、私たちの平和も脅かされてしまいそうで…。
「あのう…。そのドア、キャプテンの権限でなんとかならないんですか?」
シロエ君が声を上げました。
「確かキャプテン、長老よりも上だったんじゃあ…。詳しいことは知りませんけど、シャングリラでの実権ってヤツは大きそうですよ」
特に修理に関しては、とシロエ君。
「トイレの修理もキャプテンの指示を仰がなきゃ駄目だと聞いた気がしますし、ドアの修理はキャプテン次第でどういう風にも出来そうですけど」
「そうだよなあ? 急がせろ、って言いさえすればよ、すげえ短時間で済みそうだぜ」
モノがソルジャーの部屋のドアなんだからよ、とサム君も。
「会議で決まったことでも何でも、船のことならキャプテンが最高責任者なんじゃねえのかよ?」
「それっぽいよね、いちいち会議を開いていたら間に合わないよね…」
緊急事態って時もあるし、とジョミー君。
「即断即決で修理班を出せなきゃ、キャプテンの意味が無さそうだよ?」
「…うん。そこはジョミーの言う通りでさ…」
普段だったらそうなんだけど、と頷くソルジャー。
「隔壁閉鎖とか、もう文字通りに一人でバンバン決めていけるのがキャプテンだけどさ…。今回の件は例外なんだよ、実害を全く伴わないから」
むしろ有難がられる故障だから、とソルジャーの嘆き。
「そりゃね、ハーレイだって会議で反対はしたよ? 開けっ放しにされてしまったら自分も困ってしまうわけだし…。ぼくの所に来られないから」
夫婦の時間がお預けというのはハーレイだって辛いんだから、と言うソルジャー。
「日頃ヘタレだと詰られていたって、、海の別荘行きの特別休暇の獲得のために仕事三昧で疲れていたって、やっぱりたまにはリフレッシュだよ!」
ぼくと一発、愛の時間でエネルギー充填したくもなるよ、と話すソルジャー。
「その辺もあって、「直ぐに修理をさせましょう」と言ったんだけれど、一人だけがそれを言ってもねえ…。他の四人が「現状維持で」と主張しちゃえば勝てない仕組み」
ゆえに敗北、とフウと溜息。キャプテン権限も通らなかったと言うんだったら、ドアは当分、開けっ放しになりそうですねえ…。
明日から毎日ソルジャーが来るのか、と泣きたい気持ちの私たち。楽しかった筈の夏休みが此処で一気に暗転、キース君の卒塔婆書きだって思い切り滞ってしまいそうです。青の間のドアさえ直ってくれればいいんですけど、直る見込みは無さそうですし…。
「…そのドア、どうにもならんのか?」
あんたが自分で修理するとか、とキース君が訊くと。
「見た目だけなら、サイオニック・ドリームでどうとでも…。でもねえ、根本的な修理になってはいないわけだし、やるだけ無駄だね」
お掃除部隊は幻のドアを突破して入って来るんだろうし、ハーレイはやっぱり夫婦の時間を避けるだろうし…、という答え。
「だって、所詮は幻だしね? ドアは閉まっていないわけでさ、何のはずみで幻のドアが消滅するかもしれないわけで…。それじゃハーレイも来てくれないよ」
ぼくが訪ねて行く方も駄目、と続いてゆく愚痴。
「修理したくても、ぼくはそっちの方面は駄目で…。工具を持ったら余計に壊してしまう方でさ」
「「「あー…」」」
そうだろうな、という気がしました。歩くトラブルメーカーなソルジャー、お裁縫もロクに出来ないレベルの不器用さだと判明しています。下手に修理に挑もうものなら、今なら数時間で直せそうな故障が一日がかりになってしまうとか、ドアも部品も総入れ替えとか…。
「ホントに色々とハードルだらけで、あのドアは直せないんだよ。…ハーレイが会議で頑張ってくれたお蔭で、海の別荘に行くまでには直る予定だけれど…」
別荘に行ってる間はぶるぅの留守番作戦も使えないものだから、と言うソルジャー。
「それまでには直すっていうことになっているけど、まだまだ先だし…」
「海の別荘は、お盆が終わってからだしねえ…」
でないとキースが暇にならないし、ジョミーもサムも忙しくなるし、と会長さん。
「仕方ないねえ、諦めて君も棚経修行をしてみるかい?」
お経の練習、と会長さんが持ちかけましたが、ソルジャーは。
「そういうのは求めていないんだよ! とにかくストレス解消だってば!」
美味しいおやつと食事があれば、とソルジャーはこっちに逃げ込む気。青の間のドアが直らないからには仕方ないですが、そのドア、なんとか直せないかな…?
お経の練習をする気も無ければ、私たちに迷惑をかけそうなことさえ全く考えていないのがソルジャー。今日の所はドアが壊れた愚痴だけで済んでいますけれども、日数が経てば夫婦の時間が取れない愚痴とか怪しい方へと向かいそうです。会長さんも当然、それに気付くわけで。
「あのね…。お経の練習をしないと言うなら、せめて別の方面で修行をね」
「修行って? ぼくはそういうのは好きじゃないけど」
楽なのが好き、とソルジャー、ケロリと。
「普段からSD体制で苦労しているわけだし、こっちの世界では羽を伸ばしたいねえ…!」
「それは自由にしてくれていいけど、言葉の方で修行をお願い」
「言葉?」
「そう、言葉! ぼくがイエローカードやレッドカードを出さずに済むよう、口を慎む!」
この夏はそういう修行をしてくれ、と会長さん。
「ドアが壊れて逃げて来るなら、ぼくたちのストレスも考慮して欲しいと思うわけだよ。怪しい発言さえしないでくれたら、相当マシになるんだから」
「でも…。ぼくも努力はしてみるけれども、セックスは心のオアシスなわけで…」
「どうして其処でもう言うかな!」
その一言が我慢出来ないのか、と会長さんが怒鳴り付けると。
「え、だって。…ハーレイとの時間は癒しの時間で、それがあるから頑張れるわけで…。そのオアシスが今は無い状態でさ、もう本当に限界なんだよ!」
癒しの一発も夫婦の時間も当分お預け、とソルジャーの方も負けてはいなくて。
「君はともかく、他の子たちは万年十八歳未満お断りだし、ぼくの話は意味が殆ど分かっていないよ、話をしたって無問題!」
「それが困るんだよ、喋らないでいるっていう選択肢は君には無いわけ?」
「努力はすると言ってるじゃないか! だけど自然に口からポロリと出ちゃうんだよ!」
日々の暮らしに欠かせないものがセックスだから、と余計な一言、会長さんが「また言うし!」と吊り上げる柳眉。
「本当に迷惑しているってことが分からないかな、君という人は! …ん?」
ちょっと待てよ、と顎に手を当てる会長さん。何か名案でも思い付きましたか、ソルジャーの怪しい喋りを封じる方法だとか…?
ナチュラルに怪しい発言を連発するのがソルジャー、会長さんが出すイエローカードもレッドカードも効果ゼロ。毎日来るならそれをやめろと言われた端から喋ってしまって、迷惑をかけている自覚も全く無さそうですけど。
「…そうか、迷惑…。その手があったか、君の青の間」
もしかしたらドアの修理をして貰えるかも、という会長さんの台詞にソルジャーが。
「なんだい、何かいい方法が見付かったのかい?」
「…方法の方はまだ何も…。ただ、アイデアの種と言うべきか…」
この種が芽を出してくれたら方法になる、と謎かけのようなアイデアの種。私たちは互いに顔を見合わせ、キース君が。
「なんだ、アイデアの種というのは? 禅問答でもするのか、あんた」
「そっちの宗派は修行していないよ、恵須出井寺でも座禅はするけど禅問答までは…」
範疇外で、と会長さん。
「でもね、このアイデアの種は使えると思う。芽を出しさえすれば」
「そのアイデアの種が分からんのだが…」
俺には謎だ、とキース君が言い、私たちも揃って頷きましたが。
「え、アイデアの種は何なのかって? 本当に種という意味なんだよ、アイデアの素」
育ってくれないと使えないから種なのだ、という説明。
「いいかい、ブルーの世界の青の間のドアは壊れっ放しで、修理はまだまだ先になりそう。…そこまでは分かるね、誰だって?」
「それはまあ…」
そのせいで明日から迷惑なんだ、とキース君が応えて、私たちも「うん」と。
「じゃあ、次に行くよ? ドアの修理が先送りにされた理由というヤツ、それは修理をしない方が喜ばしいからで…。いつも散らかってる青の間が綺麗に片付くからで」
「ぼくは困っているんだけどね!」
ストレスも溜まるし、とソルジャーが嘆くと、会長さんは。
「そこなんだよ。…君は困るし、ぼくたちは迷惑。ドアが直ってくれないと困る。…それをさ、君のシャングリラの人たちも感じてくれたらドアは直るかと」
「「「は?」」」
ソルジャーのストレスや、別の世界に住む私たちが感じている迷惑。そんな代物をソルジャーの世界のシャングリラの人たちにどうやって分かって貰えますか…?
ソルジャーが長をやっているのがシャングリラ。その長の意向をキッパリ無視して青の間のドアの故障を修理せずに放置、それがソルジャーの世界のシャングリラ。おまけに私たちの世界の存在なんかは知られてもおらず、迷惑したって苦情も届けられない現状。
「おい。…あんた、凄い無茶を言っていないか?」
こいつの意見も通らないのが向こうの世界のシャングリラだが、とキース君。
「ソルジャーが修理してくれと言っても直さずに放置しているドアをだ、俺たちが迷惑しているからと直してくれるわけが無いと思うが」
第一、どうやって苦情を届けに行くと言うんだ、と正論が。
「あんたも自力では飛べない筈だぞ、向こうまでは」
「誰も陳情に行くとは言っていないよ、要は迷惑という種なんだよ。…アイデアのさ」
ぼくの頭にあるのは其処まで、と会長さん。
「青の間のドアが壊れたままだと有難いから修理しないで放っているなら、その逆になれば修理するかと思ってさ…。つまりは迷惑」
「「「迷惑?」」」
「そう! ドアが壊れて開けっ放しだと誰もが迷惑することになれば、大急ぎで修理しそうだよ」
それこそ、船を挙げてでも! と会長さんは指を一本立てました。
「修理班の手が塞がってるなら、もう文字通りに猫の手だね! ちょっとでも使えそうな人を総動員して必死で修理するんじゃないかと」
早く直さないと船中が迷惑するんだから…、と会長さん。
「開けっ放しよりも閉まってる方が有難い、と気付けば修理をすると踏んだね」
「なるほどねえ…。でもさ、今はとっても有難がられて放置されてるわけなんだけど…」
誰も直してくれないんだけど、とソルジャーは溜息。
「実際、その方がお得らしくて、直そうっていう声も出ないし…。君のその案、どう使えと?」
「それがぼくにも分からないから、アイデアの種だと言ったんだよ」
どうすれば開けっ放しのドアが迷惑になるのか思い付かない、と会長さんにも無いらしい案。
「誰かこの種、育てられる人がいればいいんだけどねえ…」
「「「うーん…」」」
アイデアの種とはそういう意味か、と考え込んでしまった私たち。開けっ放しのドアが迷惑をかけると言ったら、このリビングだとクーラーの風が逃げてしまって効きが悪くなるとかですけれど。青の間のドアが開けっ放しだと、果たして迷惑かかるのでしょうか…?
壊れてしまった青の間のドア。けれど開けっ放しの状態が歓迎されているとかで、修理はされずに先延ばし。そのせいでストレスが溜まったソルジャー、こちらの世界を避難所にするつもりです。ソルジャーが来るのを防ぎたかったら、ドアを直すしかないわけで。
「ドアが開けっ放しの方が迷惑ですか…」
普通は冷暖房の効率が一番の問題ですが、とシロエ君。
「でも、それを考えても開けっ放しで問題無し、と結論が出てるわけですね?」
「そうなんだよねえ…。あのデカイ部屋の空調よりもさ、掃除が先に立つらしいんだよ」
ぼくはそんなに片付けられない人間だろうか、と頭を振っているソルジャー。
「お掃除部隊なんていうのは、たまに入れば充分だろうと…」
「そう思ってるのは君だけだよ、多分。だから壊れたドアを放っておかれるんだよ!」
日頃のツケが回って来たのだ、と会長さんが唱える因果応報。けれどもドアが直らない限り、そのソルジャーの巻き添えを食らって迷惑を蒙るのが私たちなわけで…。
「…困りましたね…」
何かいい案は無いでしょうか、とシロエ君が呟き、キース君が。
「俺の家だと、開けっ放しにしてある場所から蚊が入って苦労するんだが…。蚊取り線香が必須なわけだが、シャングリラに蚊はいないだろうしな…」
「あー…。キースの家だと藪蚊も山ほどいそうだよな」
裏山は木が茂ってるしよ、とサム君。
「ついでにアレかよ、庭池とかが天国になっていそうだよな、ボウフラの」
「いや、そこは…。そうならないように定期的に掃除をしてるが、何処からかな…」
ヤツらは湧いて来るんだよな、とキース君が零せば、ジョミー君が。
「人魂と同じで湧きそうだよねえ、お寺だと」
「失礼な! 元老寺の墓地に人魂が出たという話など無い!」
皆さん、立派に成仏しておられる、と合掌しているキース君。お参りする人が無くなってしまった無縁仏さんも毎年キッチリ供養だとかで、人魂も幽霊も目撃例は無いのだそうで。
「えーっ? それはある意味、間違ってない?」
墓地があるなら幽霊と人魂はセットもの、と言い出すジョミー君は心霊スポット大好き少年。また始まった、と思った私たちですが、そのジョミー君が「あっ!」と。
「使えるんじゃないかな、アイデアの種!」
これで芽が出る気がするんだけど、と言われましても。これって何のことですか?
墓地と人魂はセットものだと主張しかけたジョミー君。其処でアイデアの種がどうこう、青の間のドアが壊れている件と、元老寺の墓地がどう繋がるというのでしょう。会長さんまで怪訝そうな顔になってますけど、ジョミー君は。
「青の間のドアだよ、開けっ放しだと困るってヤツ!」
人魂と幽霊でどうだろうか、とジョミー君の口から出て来た怪談もどき。
「ほら、ブルーの世界と繋がった切っ掛け、キースが持って来た掛軸じゃない! 妖怪とかがゾロゾロ出るから、ってブルーが供養を頼まれてさ…」
「あったな、そういう事件もな。ぶるぅが飛び出して来やがったが」
あの掛軸は今も元老寺にあるんだが、とキース君。
「檀家さんに引き取る気が無いからなあ、月下仙境の軸」
「あれと同じだってことにするんだよ、青の間のドア! 閉まっていれば封印出来ても、開けっ放しだと色々ゾロゾロ出て来るってことで!」
大勢のミュウが死んでるんでしょ、とジョミー君はソルジャーの方に視線を向けて。
「その人たちもさ、シャングリラに乗ってるんだっていうことにしてさ…。普段は青の間の中で暮らしているけど、ドアが開いてるから外に出ようという気になったっていう方向でさ…」
サイオニック・ドリームで出来ないかな、と訊かれたソルジャーは。
「ああ、なるほど! 人魂と幽霊で迷惑をかければいいわけなんだね?」
ぼくのシャングリラに、とニッコリと。
「その手は大いに使えそうだよ、青の間の奥には亡くなった仲間の遺品が置いてあるわけで…。残留思念があまりに強くて、ハーレイくらいしか触れない話は有名なわけで…」
それでいこう、とポンと手を打つソルジャー。
「仲間たちの顔も姿もバッチリ覚えているからねえ…。もう今夜からやらせて貰うよ、人魂と幽霊のセットもの! これで青の間のドアの修理も急いでやって貰えそうだよ!」
「えーっと…。ジョミーのアイデアは良さそうだけれど、今日まで幽霊が出なかった理由はなんと説明するんだい?」
ドアはずうっと開けっ放しだったわけなんだけど、と会長さんが尋ねると。
「そんなの、至って簡単だってね! 幽霊っていうのは少しずつ近付くと言うじゃないか!」
こっちの世界の怪談の王道、と言われてみればそうでした。幽霊との距離が日毎に縮まり、連れて行かれる怪談の世界。青の間のドアから外に出るまでに日数がかかったという言い訳をすればバッチリですよね、今夜から幽霊が出没しても…?
ひょんな切っ掛けで芽吹いてしまった会長さんのアイデアの種。ソルジャーが暮らす青の間のドアは開けっ放しの方がいい、と修理されずに放置されているなら、修理したくなるよう迷惑をかければいいというヤツ。
ジョミー君のアイデアを使うと決めたソルジャーはウキウキと幽霊や人魂に関する怪談を夜までやらかした挙句に、「ありがとう!」と帰って行ってしまって…。
「…これで明日から来なくなるかな?」
ぼくはアイデアを出したんだけど、とジョミー君が首を傾げて、キース君が。
「さあな? どうなったのかの報告ってヤツに来そうな気もするがな…」
ともあれ俺には卒塔婆のノルマ、とブツブツと。今日は丸一日サボりましたし、明日から再び大車輪でしょう。早朝から書いて昼前までには抜けて来るとか言ってますけど…。
そして翌日、私たちはまた会長さんの家に集まって朝からダラダラと。この暑いのにプールへ行くのも面倒ですから、涼しいお部屋が一番です。リビングのドアをピッタリと閉めて午前中からブルーベリーのフラッペを美味しく食べていたら…。
「こんにちはーっ!」
ぼくにもフラッペ、と現れたソルジャー。空いていたソファにストンと腰掛け、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサッと用意したフラッペをシャクシャクとスプーンで掬って。
「青の間のドアね、大急ぎで直してくれるそうだよ。今日の夜には間に合うように!」
「本当かい?」
そんなに早く、と会長さん。
「昨日の今日だよ、例の作戦、もう効いたのかい?」
「それはもう! こっちで夜まで怪談三昧やって帰った甲斐があったね、サイオニック・ドリーム全開でシャングリラ中に大迷惑をね!」
ジョミーの案をちょっとアレンジさせて貰った、と満面の笑顔。
「ぼくが頑張って封印していた霊がとうとう外に出てしまった、という話にしたよ。日頃の苦労をみんなに言うのはソルジャーとしてどうかと思って黙っていた、とね!」
こういう事態になるまで必死に引き留めていた霊がとうとう外に…、とソルジャーは朝からお詫び行脚をして来たそうです。サイオニック・ドリームの幽霊や人魂で怖い思いをしたシャングリラ中の人たちに。
「ぼくの力が足りなくてごめん、と謝ったら誰もが怒るどころか労ってくれてねえ…。ゼルなんかは号泣していたよ。懐かしい仲間に会えたというのに、怖がってしまって済まなかった、と」
「「「………」」」
そんな大嘘をついたのかい! と呆れましたが、嘘だと知っている人はキャプテンだけしかいないのだそうで。
「ハーレイには言っておかなきゃねえ…。青の間のドアを修理するための嘘とお芝居だということをね! でないとドアの修理が終わった後の夫婦の時間が素晴らしいものにならないし!」
あの幽霊だの人魂だのが本物なんだと思われたんでは…、とソルジャー、パチンとウインク。
「何度も言うけど、ハーレイは見られていると意気消沈で…。それが幽霊でも駄目だしね!」
「もういいから!」
ドアの修理が済んだら帰ってくれたまえ! と会長さん。青の間には今も「ぶるぅ」がソルジャーのふりをして真面目に座っているそうです。「ドアの修理はまだなのかい?」と。
こんな具合で、開けっ放しで放置されていた青の間のドアは凄いスピードで修理完了、次の日からソルジャーはもう来ませんでした。昨日までの間に溜まったストレス発散とばかりに散らかしまくって、キャプテンと夫婦の時間を満喫しているのでしょう。
「…ジョミーのお蔭で助かった。まさか怪談が役に立つとはな」
平和な日常が戻って来た分、俺も卒塔婆書きを頑張らないと…、とキース君が誓うと、そのジョミー君が。
「それだけど…。助かったと思ってくれるんだったら、今年の棚経、ぼくは休みで」
サムだけで行ってくれないかな、というお願いが。今回の功労者ですから、それもいいかな、と私たちは思ったんですけれど。
「俺はやぶさかではないが…。間違えるなよ、棚経のトップは親父なんだ」
そしてお前は今年は親父と回る予定になっている、と可哀相すぎる宣告が。
「ちょ、ちょっと…! だったら、ぼくはアイデアの出し損だったわけ?」
「悪く思うな、俺にもどうにもならんのだ」
礼が欲しいなら他のヤツらに頼んでくれ、とキース君が言った所でクーラーの効いたリビングの空気がユラリと揺れて。
「この間はどうもありがとう! 御礼だったら、このぼくが!」
みんなに御礼、とソルジャーが姿を現しました。御礼って何かくれるんでしょうか、何も持ってはいないみたいに見えるんですけど…?
「凄い御礼をするからさ! 海の別荘、ぼくたちの夜を完全公開!」
「「「は?」」」
「公開だってば、ドアの故障から始まった事件の御礼だからね! ぼくのハーレイには内緒だけれども、寝室のドアを完全開放、いつでも覗きがオッケーなんだよ!」
ぼくとハーレイの夫婦の時間をお楽しみに、とソルジャー、ニコニコ。
「あっ、写真撮影とかは駄目だよ、見るだけだからね!」
「「「要らないから!!!」」」
会長さん以下、綺麗にハモッた叫びですけど、ソルジャーはと言えば。
「えーっ? こっちのハーレイにも見せてあげたいし、出血大サービスなんだけど…!」
是非見に来てよ、と今度はドアを自分で開けっ放しにするつもり。こんな結果になるんだったら、青の間のドア、開けっ放しで壊れたままの方が良かったでしょうか、迷惑でも。恩を仇で返している気は無さそうですよね、そんなサービス、誰も頼んでいないんです~!
閉まらない扉・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
壊れてしまった、ソルジャーの世界の青の間の扉。その上、自業自得で先延ばしな修理。
こちらの世界が迷惑なわけで、ジョミー君が出したアイデア。怪談好きが役に立ちましたね。
次回は 「第3月曜」 4月18日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、3月といえば春のお彼岸。毎年恒例なんですけれど…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
今年も夏休みがやって来ました。毎年恒例、柔道部の合宿とサム君とジョミー君が行かされる璃慕恩院での修行体験ツアーも無事に終わって、マツカ君の山の別荘へ。乗馬や湖でのボート遊びや、ちょっとした登山もしてみたりして満足して帰って来たのですけど。
「くっそぉ…。あの親父め…!」
まただ、とキース君が歯ぎしりしている会長さんの家のリビング。「また」で「親父」とくればアレですかね、お馴染みのアドス和尚ですかねえ?
「親父さんかよ…。卒塔婆のノルマか?」
増えたのかよ、とサム君が訊くと。
「お前は遊んで来たんだろう、と五十本も増えていやがった! 俺が書く分が!」
「…五十本とは厳しいねえ…。此処でサボッていないで早く帰りたまえ」
そして卒塔婆を書いてきたまえ、と会長さんが促したのですけれど。
「やってられるか、ストレスが溜まる! 発散しないとミス連発だ!」
そっちの方がよっぽど悲劇で効率が悪い、とキース君。
「俺の家は卒塔婆削り器は原則的に使用禁止なんだ! 失敗したら手で削らないと…」
削ってからまた書き直しで、と嘆き節。
「時間はかかるし、イライラしたら次のミスへと繋がるし…。ストレスは敵だ!」
だからこうして息抜きした方がマシなんだ、と言ってますけど。卒塔婆が必要なお盆の方だって刻一刻と近付いて来ていませんか?
「だからこそ、サボッて英気を養い、一気に書く!」
それが俺の流儀なんだ、とキース君がブチ上げた所で部屋の空気がフワリと揺れて。
「うん、分かるよ! 君の気持ちはとっても分かる」
「「「???」」」
誰だ、と振り向いてみれば紫のマント。例によってソルジャー登場です。合宿行きと山の別荘の間は来ませんでしたし、ストレスが溜まっているんでしょうか?
降ってわいたソルジャーは当然のように「ぼくにもおやつ!」と要求しました。
「かみお~ん♪ 今日はライチとマンゴーのパフェなの! スパイスたっぷり!」
カルダモンとかシナモン入りのパンを千切って入れてあるから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ソルジャー好みのアイスティーも一緒に出て来て、ソルジャーは嬉しそうにスプーンを入れながら。
「此処はやっぱり落ち着くねえ…。なによりドアが閉まっているのがいいよ」
「「「ドア?」」」
誰もが眺めたドアの方向。廊下に繋がるリビングのドアはキッチリ閉まっています。でないとクーラーの効きが悪くなりますから、開けたら閉めるのがお約束で。
「…普通は閉まっていると思うけど?」
今の季節は、と会長さん。
「開けっ放しにしたら文句が出るしね、出入りする時はきちんと閉める!」
「…俺の家だと逆だがな…」
卒塔婆書き中の部屋の障子や襖が閉まったら地獄、とキース君。
「親父が言うんだ、クーラーを入れて卒塔婆書きとは何事か、とな。心頭滅却すれば火もまた涼しで、お盆の卒塔婆はクーラー無しで書くものだ、と…」
「「「あー…」」」
そうだったっけ、と同情しきりなキース君の卒塔婆書き事情。セミがうるさいと嘆くことも多いですけど、障子が全開になっているならセミも半端じゃないですよね?
「そうか、キースの家では逆なんだ? でもねえ…。ドアはやっぱり閉めてこそだよ」
開けっ放しなんて論外だから、とパフェを口へと運ぶソルジャー。
「もうストレスが溜まって溜まって…。ぼくは本当に限界なんだよ」
「「「へ?」」」
ドアが開けっ放しでストレスって…。なに?
「そのまんまだよ、開けっ放しなんだよ!」
「…ドアが?」
会長さんの問いに、ソルジャーは「うん」と。いったい何処のドアが開けっ放しだと?
ドアが開けっ放しだとストレスが溜まるとぼやくソルジャー。ドアの話なんかは日頃、聞いた覚えがありません。会長さんも首を捻って。
「…それはアレかい、君のシャングリラの?」
「そうなんだよ! もう本当に悲劇だとしか!」
「…うーん…。それは確かに大変そうだね、何処かのハッチか格納庫とか?」
会長さんの言葉にアッと息を飲んだ私たち。ソルジャーが暮らしているシャングリラは宇宙船ですから、今は宇宙を飛んでなくても大気圏内を航行中。そんな所でハッチや格納庫のドアと呼ぶのか、そういったものが開けっ放しだと大変なことになりそうです。
「お、おい…。誰か其処から落ちたのか?」
キース君の声が震えて、シロエ君が。
「落ちてなくても、シールドする必要が出て来ますよね…。事故防止に」
「そういうことだね、君はその作業でストレスが溜まっているのかい?」
本来は君の仕事じゃないし、と会長さん。
「ドアの修理は修理班だろうけど、故障中の部分をフォローするには君のサイオンしか無かったというオチなのかな?」
「そっちだったら、立ち入り禁止で対処するよ!」
隔壁で遮断しておけば何とかなるから、とソルジャーの返事。
「多少あちこち回り道とか、格納庫に行くのに命綱とか、そういう必要は出て来るけれど…。ぼくがサイオンで落下防止のシールドを張る必要は…」
「それじゃ、どうしてストレスなわけ?」
「開けっ放しになってるからだよ!」
あれが困る、と言ってますけど、対処方法はちゃんとあるんじゃあ…?
「ハッチとか格納庫の方だったらね!」
そうじゃないから困っているのだ、とソルジャー、ブツブツ。
「…ぼく一人しか困らないんでは、修理も急いで貰えないし…」
「何処のドアだい?」
ぼくにはサッパリ見当が…、と会長さんが尋ねると。
「青の間のドアに決まってるだろう!」
他に何があると! と苛立った声が。…青の間のドアが壊れたんですか?
開けっ放しになっているらしい、ソルジャーの世界の青の間のドア。それでストレスが溜まると嘆くソルジャーですけど、優先的に修理をして貰えそうな気もします。会長さんも同じことを考えたらしく…。
「君のストレスが溜まるんだったら、修理を急いでくれそうだけどね?」
「俺もそう思う。…俺のように「修行だ」と切って捨てられる世界じゃないしな」
あんたが一番偉いんだろうが、とキース君も。
「それにシャングリラを守っているのもあんただよな? ストレスで使い物にならなくなったら困るだろうし、その辺の所はきちんと気を付けてくれそうなんだが…」
「逆なんだってば、そっちの件に関しては!」
ぼくは機嫌が悪ければ悪いほど無敵なタイプ、と愚痴るソルジャー。
「ぼくしか出来ない役目と言ったら人類軍との戦闘なんだよ、戦って壊してなんぼなんだよ!」
手加減無用で問答無用、と怖い台詞が。
「だから怒っていればいるほど強いわけ! 鬱憤晴らしに壊しまくるから!」
「「「あー…」」」
だったら放っておかれるだろうな、と素直に納得出来ました。たとえストレスが溜まっていたってソルジャーの務めは果たすわけですし、おまけに無敵と来た日には…。
「そういうことだよ。それにシャングリラの連中にすれば、壊れている方が嬉しいわけで!」
「…君が無敵になるからかい?」
それで喜ばれるのだろうか、と会長さんが問いを投げると。
「違うね、日常生活の方! 青の間に入り放題だから!」
「…見学希望者多数だとか?」
「その方がよっぽど平和だよ!」
見学だったら時間を決めて定員も決めて仕切れるから、とソルジャー、溜息。
「…ぼくが困るのは、プライバシーが皆無だってこと! 落ち着かないんだよ、毎日が!」
「見学希望者は仕切れると言っていなかったかい?」
「物見遊山のお客じゃなくって、来るのはお掃除部隊なんだよ!」
開いているからやって来るのだ、とソルジャーが不満たらたらのお掃除部隊。それって青の間を清掃するために結成されると噂のお掃除隊でしたっけか…?
掃除が嫌いと聞くソルジャー。お掃除大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」とは正反対なタイプのソルジャー、青の間は足の踏み場も無いとの話です。ベッドに行くための通路さえあれば他はどうでもいいという人、キャプテンが掃除をしている筈で。
「お掃除部隊の出番は滅多に無いんじゃあ…?」
そう聞いてるよ、と会長さん。
「もう限界だ、という頃に突入するって君が自分で何度も言ったし」
ニューイヤーのパーティーの後で散らかり放題になった時とか…、という指摘にソルジャーは。
「それが大原則だけど…。普段は存在しないんだけど…」
ぼくが好きなように散らかすだけ、と再び溜息。
「片付いた部屋は落ち着かないから、お掃除部隊が来ちゃった後には、ぼくの部屋とも思えなくてねえ…。リラックス出来る部屋になるまでに暫くかかるよ」
いい感じに散らかってくるまでには、と零すソルジャー。
「ぼくはああいう部屋が好きなのに、ドアが開けっ放しになってから後はそうもいかなくて…」
まずは初日に突入された、とソルジャーのぼやき。ドアが壊れて閉まらないから、と思念を飛ばしたら、修理班の代わりにやって来たのがお掃除部隊。
「今の間に掃除をさせて頂きます、と踏み込まれちゃって…。「邪魔になりますから、ソルジャーは外に出ていて下さい」と大掃除が始まってしまったんだよ!」
ソルジャーは驚いたらしいですけど、掃除さえ済めば修理班が来るのだと大人しく待っていたそうです。ところがお掃除部隊が引き揚げた後も修理班は来てくれなくて。
「どうなったんだろう、と訊きに出掛けたら、ゼルたちが会議の真っ最中で!」
議題は壊れたドアのことだった、という話。ソルジャーの世界で長老と呼ばれる人たちが会議、いい機会だから当分は修理しないでおこうと決まったとかで。
「…青の間のドアさえ壊れていればね、毎日掃除に入れるわけだし…」
「いいことじゃないか。綺麗に掃除をして貰いたまえ」
会長さんが言うと、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も。
「かみお~ん♪ ピカピカのお部屋は気持ちがいいよ!」
サッパリしていて気分も最高! と跳ねてますけど、ソルジャーはそういう部屋だと落ち着かないんですよね…?
青の間のドアが壊れたばかりに、毎日お掃除部隊に入られているらしい今のソルジャー。憩いの場の筈の部屋を自分の好みには出来ず、ピカピカにされているわけで…。
「…ぼくはホントに限界なんだよ、あれのストレスは凄いんだから!」
ぼくの部屋とも思えない部屋はもう嫌だ、と本当に困っている模様。
「それにね、ハーレイも来てくれないんだよ、今の青の間には!」
「「「へ?」」」
ハーレイと言えばキャプテンのこと。ソルジャーへの報告なんかも多そうですから、青の間に出入りしないとなったら全く話にならないんじゃあ…?
「もちろん、仕事のことでは毎日来てるんだけど…。ちゃんと報告に来るんだけれども、それが終わったら、「では、本日はこれで」と帰っちゃうんだよ!」
ぼくのベッドに来てくれない、とブツブツブツ。
「いつも言ってるけど、ぼくのハーレイは見られていると意気消沈なヘタレだからねえ…。ドアが開けっ放しになった部屋だと、その気になれないらしいんだよ!」
「ヘタレでなくても、普通はそうだと思うけど?」
ぼくだって開けっ放しの部屋は御免だ、と会長さん。
「なんのためにラブホテルとかが存在するのかという問題だよ、そこの所は! ああいったことは閉鎖空間でするべきことでね、開けっ放しなんて、とんでもないから!」
それじゃ変態か、エロい動画の撮影とかだ、と会長さんはビシバシと。
「君のハーレイの行動はごくごく自然なことだと思うけどねえ?」
「そうなのかい? …仕方ないから、ぼくの方から出掛けて行こうとしたんだけれど…」
そっちの方も断られた、と肩を落としているソルジャー。
「夜の間に青の間にいないとバレてしまったらどうするんです、と言うんだよ! きっと探しに行くだろうから、ぼくたちの仲もバレそうだ、と!」
とっくの昔にバレバレなのに、と大きな溜息、もう幾つ目だか数えていません。
「そんなわけでね、部屋にいたって落ち着かない上に、夫婦の時間も御無沙汰なんだよ。これがストレスでなければ何だと…!」
もう限界だ、と頭を抱えているソルジャー。…青の間のドアは今も壊れて開けっ放しのままなんでしょうが、その状態でどうやって此処へ来られたと?
いい機会だからと修理されずに放置されている青の間のドア。お掃除部隊が掃除しに来たり、キャプテンが夫婦の時間を避けたりと何かと問題があるようです。ただし、ソルジャー限定で。ソルジャーの世界の人にとっては壊れている方が嬉しいドア。
「…えーっと…。君の青の間、ドアは今でも開けっ放しの筈だよね?」
だから愚痴りに来てるんだよね、と会長さん。
「君の不在がバレそうだけど? お掃除部隊は掃除を済ませて帰ったのかもしれないけれども、ドアが開いてるなら誰でもヒョイと入れそうだし」
バレないように早く帰って部屋にいたまえ、と会長さんが注意をすると。
「その点だったら大丈夫! ちゃんとぶるぅに頼んで来たから!」
「「「ぶるぅ?」」」
大食漢の悪戯小僧か、と目を剥いてしまった私たち。あんなのが役に立つんでしょうか?
「ぶるぅは充分、役立つけどねえ? 出すものを出せば」
御礼は山ほどのスナック菓子とコンビニデザート! とソルジャーは威張り返りました。
「ぼくの代わりに留守番をすれば買ってあげると言ってあるから、今も青の間で頑張ってるよ。ぼくのふりをして座るくらいは、サイオンも大して必要ないし…」
エネルギー切れにはならないのだ、という自慢。そういえば「ぶるぅ」はサイオン全開だと三分間しか持たないというカップ麺みたいなヤツでしたっけ…。
「だからね、今の内なんだよ! こっちの世界でストレス解消!」
せめてパフェくらいは食べさせてくれ、とソルジャーはペロリと平らげた上に、今日は一日居座るつもりみたいです。いえ、今日だけで済めばいいですけれど…。
「あんた、ドアが直るまでは毎日、こっちに来る気じゃないだろうな?」
まさかな、とキース君が言うなり、ソルジャーは。
「君だって言えた義理じゃないよね、ストレス解消に関しては!」
卒塔婆書きをサボッて来てるんだろう、と切り返し。キース君はグッと詰まってしまって。
「そ、それは…。それは確かにそうなんだが…」
「ほらね、立派にお仲間だよ! 今日からよろしく!」
ぼくは開けっ放しのドアの不満を愚痴りに来るから、君は卒塔婆書きを愚痴りたまえ、と何故だかソルジャーの御同輩にされてしまったキース君。ひょっとしたら明日から来なかったりして、余計にストレスが溜まりそうだと逃げちゃって…。
今日はともかく、明日以降もストレス解消にやって来る気のソルジャー。青の間のドアが直らない限りは本気で毎日来そうです。キース君どころか、私たちの平和も脅かされてしまいそうで…。
「あのう…。そのドア、キャプテンの権限でなんとかならないんですか?」
シロエ君が声を上げました。
「確かキャプテン、長老よりも上だったんじゃあ…。詳しいことは知りませんけど、シャングリラでの実権ってヤツは大きそうですよ」
特に修理に関しては、とシロエ君。
「トイレの修理もキャプテンの指示を仰がなきゃ駄目だと聞いた気がしますし、ドアの修理はキャプテン次第でどういう風にも出来そうですけど」
「そうだよなあ? 急がせろ、って言いさえすればよ、すげえ短時間で済みそうだぜ」
モノがソルジャーの部屋のドアなんだからよ、とサム君も。
「会議で決まったことでも何でも、船のことならキャプテンが最高責任者なんじゃねえのかよ?」
「それっぽいよね、いちいち会議を開いていたら間に合わないよね…」
緊急事態って時もあるし、とジョミー君。
「即断即決で修理班を出せなきゃ、キャプテンの意味が無さそうだよ?」
「…うん。そこはジョミーの言う通りでさ…」
普段だったらそうなんだけど、と頷くソルジャー。
「隔壁閉鎖とか、もう文字通りに一人でバンバン決めていけるのがキャプテンだけどさ…。今回の件は例外なんだよ、実害を全く伴わないから」
むしろ有難がられる故障だから、とソルジャーの嘆き。
「そりゃね、ハーレイだって会議で反対はしたよ? 開けっ放しにされてしまったら自分も困ってしまうわけだし…。ぼくの所に来られないから」
夫婦の時間がお預けというのはハーレイだって辛いんだから、と言うソルジャー。
「日頃ヘタレだと詰られていたって、、海の別荘行きの特別休暇の獲得のために仕事三昧で疲れていたって、やっぱりたまにはリフレッシュだよ!」
ぼくと一発、愛の時間でエネルギー充填したくもなるよ、と話すソルジャー。
「その辺もあって、「直ぐに修理をさせましょう」と言ったんだけれど、一人だけがそれを言ってもねえ…。他の四人が「現状維持で」と主張しちゃえば勝てない仕組み」
ゆえに敗北、とフウと溜息。キャプテン権限も通らなかったと言うんだったら、ドアは当分、開けっ放しになりそうですねえ…。
明日から毎日ソルジャーが来るのか、と泣きたい気持ちの私たち。楽しかった筈の夏休みが此処で一気に暗転、キース君の卒塔婆書きだって思い切り滞ってしまいそうです。青の間のドアさえ直ってくれればいいんですけど、直る見込みは無さそうですし…。
「…そのドア、どうにもならんのか?」
あんたが自分で修理するとか、とキース君が訊くと。
「見た目だけなら、サイオニック・ドリームでどうとでも…。でもねえ、根本的な修理になってはいないわけだし、やるだけ無駄だね」
お掃除部隊は幻のドアを突破して入って来るんだろうし、ハーレイはやっぱり夫婦の時間を避けるだろうし…、という答え。
「だって、所詮は幻だしね? ドアは閉まっていないわけでさ、何のはずみで幻のドアが消滅するかもしれないわけで…。それじゃハーレイも来てくれないよ」
ぼくが訪ねて行く方も駄目、と続いてゆく愚痴。
「修理したくても、ぼくはそっちの方面は駄目で…。工具を持ったら余計に壊してしまう方でさ」
「「「あー…」」」
そうだろうな、という気がしました。歩くトラブルメーカーなソルジャー、お裁縫もロクに出来ないレベルの不器用さだと判明しています。下手に修理に挑もうものなら、今なら数時間で直せそうな故障が一日がかりになってしまうとか、ドアも部品も総入れ替えとか…。
「ホントに色々とハードルだらけで、あのドアは直せないんだよ。…ハーレイが会議で頑張ってくれたお蔭で、海の別荘に行くまでには直る予定だけれど…」
別荘に行ってる間はぶるぅの留守番作戦も使えないものだから、と言うソルジャー。
「それまでには直すっていうことになっているけど、まだまだ先だし…」
「海の別荘は、お盆が終わってからだしねえ…」
でないとキースが暇にならないし、ジョミーもサムも忙しくなるし、と会長さん。
「仕方ないねえ、諦めて君も棚経修行をしてみるかい?」
お経の練習、と会長さんが持ちかけましたが、ソルジャーは。
「そういうのは求めていないんだよ! とにかくストレス解消だってば!」
美味しいおやつと食事があれば、とソルジャーはこっちに逃げ込む気。青の間のドアが直らないからには仕方ないですが、そのドア、なんとか直せないかな…?
お経の練習をする気も無ければ、私たちに迷惑をかけそうなことさえ全く考えていないのがソルジャー。今日の所はドアが壊れた愚痴だけで済んでいますけれども、日数が経てば夫婦の時間が取れない愚痴とか怪しい方へと向かいそうです。会長さんも当然、それに気付くわけで。
「あのね…。お経の練習をしないと言うなら、せめて別の方面で修行をね」
「修行って? ぼくはそういうのは好きじゃないけど」
楽なのが好き、とソルジャー、ケロリと。
「普段からSD体制で苦労しているわけだし、こっちの世界では羽を伸ばしたいねえ…!」
「それは自由にしてくれていいけど、言葉の方で修行をお願い」
「言葉?」
「そう、言葉! ぼくがイエローカードやレッドカードを出さずに済むよう、口を慎む!」
この夏はそういう修行をしてくれ、と会長さん。
「ドアが壊れて逃げて来るなら、ぼくたちのストレスも考慮して欲しいと思うわけだよ。怪しい発言さえしないでくれたら、相当マシになるんだから」
「でも…。ぼくも努力はしてみるけれども、セックスは心のオアシスなわけで…」
「どうして其処でもう言うかな!」
その一言が我慢出来ないのか、と会長さんが怒鳴り付けると。
「え、だって。…ハーレイとの時間は癒しの時間で、それがあるから頑張れるわけで…。そのオアシスが今は無い状態でさ、もう本当に限界なんだよ!」
癒しの一発も夫婦の時間も当分お預け、とソルジャーの方も負けてはいなくて。
「君はともかく、他の子たちは万年十八歳未満お断りだし、ぼくの話は意味が殆ど分かっていないよ、話をしたって無問題!」
「それが困るんだよ、喋らないでいるっていう選択肢は君には無いわけ?」
「努力はすると言ってるじゃないか! だけど自然に口からポロリと出ちゃうんだよ!」
日々の暮らしに欠かせないものがセックスだから、と余計な一言、会長さんが「また言うし!」と吊り上げる柳眉。
「本当に迷惑しているってことが分からないかな、君という人は! …ん?」
ちょっと待てよ、と顎に手を当てる会長さん。何か名案でも思い付きましたか、ソルジャーの怪しい喋りを封じる方法だとか…?
ナチュラルに怪しい発言を連発するのがソルジャー、会長さんが出すイエローカードもレッドカードも効果ゼロ。毎日来るならそれをやめろと言われた端から喋ってしまって、迷惑をかけている自覚も全く無さそうですけど。
「…そうか、迷惑…。その手があったか、君の青の間」
もしかしたらドアの修理をして貰えるかも、という会長さんの台詞にソルジャーが。
「なんだい、何かいい方法が見付かったのかい?」
「…方法の方はまだ何も…。ただ、アイデアの種と言うべきか…」
この種が芽を出してくれたら方法になる、と謎かけのようなアイデアの種。私たちは互いに顔を見合わせ、キース君が。
「なんだ、アイデアの種というのは? 禅問答でもするのか、あんた」
「そっちの宗派は修行していないよ、恵須出井寺でも座禅はするけど禅問答までは…」
範疇外で、と会長さん。
「でもね、このアイデアの種は使えると思う。芽を出しさえすれば」
「そのアイデアの種が分からんのだが…」
俺には謎だ、とキース君が言い、私たちも揃って頷きましたが。
「え、アイデアの種は何なのかって? 本当に種という意味なんだよ、アイデアの素」
育ってくれないと使えないから種なのだ、という説明。
「いいかい、ブルーの世界の青の間のドアは壊れっ放しで、修理はまだまだ先になりそう。…そこまでは分かるね、誰だって?」
「それはまあ…」
そのせいで明日から迷惑なんだ、とキース君が応えて、私たちも「うん」と。
「じゃあ、次に行くよ? ドアの修理が先送りにされた理由というヤツ、それは修理をしない方が喜ばしいからで…。いつも散らかってる青の間が綺麗に片付くからで」
「ぼくは困っているんだけどね!」
ストレスも溜まるし、とソルジャーが嘆くと、会長さんは。
「そこなんだよ。…君は困るし、ぼくたちは迷惑。ドアが直ってくれないと困る。…それをさ、君のシャングリラの人たちも感じてくれたらドアは直るかと」
「「「は?」」」
ソルジャーのストレスや、別の世界に住む私たちが感じている迷惑。そんな代物をソルジャーの世界のシャングリラの人たちにどうやって分かって貰えますか…?
ソルジャーが長をやっているのがシャングリラ。その長の意向をキッパリ無視して青の間のドアの故障を修理せずに放置、それがソルジャーの世界のシャングリラ。おまけに私たちの世界の存在なんかは知られてもおらず、迷惑したって苦情も届けられない現状。
「おい。…あんた、凄い無茶を言っていないか?」
こいつの意見も通らないのが向こうの世界のシャングリラだが、とキース君。
「ソルジャーが修理してくれと言っても直さずに放置しているドアをだ、俺たちが迷惑しているからと直してくれるわけが無いと思うが」
第一、どうやって苦情を届けに行くと言うんだ、と正論が。
「あんたも自力では飛べない筈だぞ、向こうまでは」
「誰も陳情に行くとは言っていないよ、要は迷惑という種なんだよ。…アイデアのさ」
ぼくの頭にあるのは其処まで、と会長さん。
「青の間のドアが壊れたままだと有難いから修理しないで放っているなら、その逆になれば修理するかと思ってさ…。つまりは迷惑」
「「「迷惑?」」」
「そう! ドアが壊れて開けっ放しだと誰もが迷惑することになれば、大急ぎで修理しそうだよ」
それこそ、船を挙げてでも! と会長さんは指を一本立てました。
「修理班の手が塞がってるなら、もう文字通りに猫の手だね! ちょっとでも使えそうな人を総動員して必死で修理するんじゃないかと」
早く直さないと船中が迷惑するんだから…、と会長さん。
「開けっ放しよりも閉まってる方が有難い、と気付けば修理をすると踏んだね」
「なるほどねえ…。でもさ、今はとっても有難がられて放置されてるわけなんだけど…」
誰も直してくれないんだけど、とソルジャーは溜息。
「実際、その方がお得らしくて、直そうっていう声も出ないし…。君のその案、どう使えと?」
「それがぼくにも分からないから、アイデアの種だと言ったんだよ」
どうすれば開けっ放しのドアが迷惑になるのか思い付かない、と会長さんにも無いらしい案。
「誰かこの種、育てられる人がいればいいんだけどねえ…」
「「「うーん…」」」
アイデアの種とはそういう意味か、と考え込んでしまった私たち。開けっ放しのドアが迷惑をかけると言ったら、このリビングだとクーラーの風が逃げてしまって効きが悪くなるとかですけれど。青の間のドアが開けっ放しだと、果たして迷惑かかるのでしょうか…?
壊れてしまった青の間のドア。けれど開けっ放しの状態が歓迎されているとかで、修理はされずに先延ばし。そのせいでストレスが溜まったソルジャー、こちらの世界を避難所にするつもりです。ソルジャーが来るのを防ぎたかったら、ドアを直すしかないわけで。
「ドアが開けっ放しの方が迷惑ですか…」
普通は冷暖房の効率が一番の問題ですが、とシロエ君。
「でも、それを考えても開けっ放しで問題無し、と結論が出てるわけですね?」
「そうなんだよねえ…。あのデカイ部屋の空調よりもさ、掃除が先に立つらしいんだよ」
ぼくはそんなに片付けられない人間だろうか、と頭を振っているソルジャー。
「お掃除部隊なんていうのは、たまに入れば充分だろうと…」
「そう思ってるのは君だけだよ、多分。だから壊れたドアを放っておかれるんだよ!」
日頃のツケが回って来たのだ、と会長さんが唱える因果応報。けれどもドアが直らない限り、そのソルジャーの巻き添えを食らって迷惑を蒙るのが私たちなわけで…。
「…困りましたね…」
何かいい案は無いでしょうか、とシロエ君が呟き、キース君が。
「俺の家だと、開けっ放しにしてある場所から蚊が入って苦労するんだが…。蚊取り線香が必須なわけだが、シャングリラに蚊はいないだろうしな…」
「あー…。キースの家だと藪蚊も山ほどいそうだよな」
裏山は木が茂ってるしよ、とサム君。
「ついでにアレかよ、庭池とかが天国になっていそうだよな、ボウフラの」
「いや、そこは…。そうならないように定期的に掃除をしてるが、何処からかな…」
ヤツらは湧いて来るんだよな、とキース君が零せば、ジョミー君が。
「人魂と同じで湧きそうだよねえ、お寺だと」
「失礼な! 元老寺の墓地に人魂が出たという話など無い!」
皆さん、立派に成仏しておられる、と合掌しているキース君。お参りする人が無くなってしまった無縁仏さんも毎年キッチリ供養だとかで、人魂も幽霊も目撃例は無いのだそうで。
「えーっ? それはある意味、間違ってない?」
墓地があるなら幽霊と人魂はセットもの、と言い出すジョミー君は心霊スポット大好き少年。また始まった、と思った私たちですが、そのジョミー君が「あっ!」と。
「使えるんじゃないかな、アイデアの種!」
これで芽が出る気がするんだけど、と言われましても。これって何のことですか?
墓地と人魂はセットものだと主張しかけたジョミー君。其処でアイデアの種がどうこう、青の間のドアが壊れている件と、元老寺の墓地がどう繋がるというのでしょう。会長さんまで怪訝そうな顔になってますけど、ジョミー君は。
「青の間のドアだよ、開けっ放しだと困るってヤツ!」
人魂と幽霊でどうだろうか、とジョミー君の口から出て来た怪談もどき。
「ほら、ブルーの世界と繋がった切っ掛け、キースが持って来た掛軸じゃない! 妖怪とかがゾロゾロ出るから、ってブルーが供養を頼まれてさ…」
「あったな、そういう事件もな。ぶるぅが飛び出して来やがったが」
あの掛軸は今も元老寺にあるんだが、とキース君。
「檀家さんに引き取る気が無いからなあ、月下仙境の軸」
「あれと同じだってことにするんだよ、青の間のドア! 閉まっていれば封印出来ても、開けっ放しだと色々ゾロゾロ出て来るってことで!」
大勢のミュウが死んでるんでしょ、とジョミー君はソルジャーの方に視線を向けて。
「その人たちもさ、シャングリラに乗ってるんだっていうことにしてさ…。普段は青の間の中で暮らしているけど、ドアが開いてるから外に出ようという気になったっていう方向でさ…」
サイオニック・ドリームで出来ないかな、と訊かれたソルジャーは。
「ああ、なるほど! 人魂と幽霊で迷惑をかければいいわけなんだね?」
ぼくのシャングリラに、とニッコリと。
「その手は大いに使えそうだよ、青の間の奥には亡くなった仲間の遺品が置いてあるわけで…。残留思念があまりに強くて、ハーレイくらいしか触れない話は有名なわけで…」
それでいこう、とポンと手を打つソルジャー。
「仲間たちの顔も姿もバッチリ覚えているからねえ…。もう今夜からやらせて貰うよ、人魂と幽霊のセットもの! これで青の間のドアの修理も急いでやって貰えそうだよ!」
「えーっと…。ジョミーのアイデアは良さそうだけれど、今日まで幽霊が出なかった理由はなんと説明するんだい?」
ドアはずうっと開けっ放しだったわけなんだけど、と会長さんが尋ねると。
「そんなの、至って簡単だってね! 幽霊っていうのは少しずつ近付くと言うじゃないか!」
こっちの世界の怪談の王道、と言われてみればそうでした。幽霊との距離が日毎に縮まり、連れて行かれる怪談の世界。青の間のドアから外に出るまでに日数がかかったという言い訳をすればバッチリですよね、今夜から幽霊が出没しても…?
ひょんな切っ掛けで芽吹いてしまった会長さんのアイデアの種。ソルジャーが暮らす青の間のドアは開けっ放しの方がいい、と修理されずに放置されているなら、修理したくなるよう迷惑をかければいいというヤツ。
ジョミー君のアイデアを使うと決めたソルジャーはウキウキと幽霊や人魂に関する怪談を夜までやらかした挙句に、「ありがとう!」と帰って行ってしまって…。
「…これで明日から来なくなるかな?」
ぼくはアイデアを出したんだけど、とジョミー君が首を傾げて、キース君が。
「さあな? どうなったのかの報告ってヤツに来そうな気もするがな…」
ともあれ俺には卒塔婆のノルマ、とブツブツと。今日は丸一日サボりましたし、明日から再び大車輪でしょう。早朝から書いて昼前までには抜けて来るとか言ってますけど…。
そして翌日、私たちはまた会長さんの家に集まって朝からダラダラと。この暑いのにプールへ行くのも面倒ですから、涼しいお部屋が一番です。リビングのドアをピッタリと閉めて午前中からブルーベリーのフラッペを美味しく食べていたら…。
「こんにちはーっ!」
ぼくにもフラッペ、と現れたソルジャー。空いていたソファにストンと腰掛け、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサッと用意したフラッペをシャクシャクとスプーンで掬って。
「青の間のドアね、大急ぎで直してくれるそうだよ。今日の夜には間に合うように!」
「本当かい?」
そんなに早く、と会長さん。
「昨日の今日だよ、例の作戦、もう効いたのかい?」
「それはもう! こっちで夜まで怪談三昧やって帰った甲斐があったね、サイオニック・ドリーム全開でシャングリラ中に大迷惑をね!」
ジョミーの案をちょっとアレンジさせて貰った、と満面の笑顔。
「ぼくが頑張って封印していた霊がとうとう外に出てしまった、という話にしたよ。日頃の苦労をみんなに言うのはソルジャーとしてどうかと思って黙っていた、とね!」
こういう事態になるまで必死に引き留めていた霊がとうとう外に…、とソルジャーは朝からお詫び行脚をして来たそうです。サイオニック・ドリームの幽霊や人魂で怖い思いをしたシャングリラ中の人たちに。
「ぼくの力が足りなくてごめん、と謝ったら誰もが怒るどころか労ってくれてねえ…。ゼルなんかは号泣していたよ。懐かしい仲間に会えたというのに、怖がってしまって済まなかった、と」
「「「………」」」
そんな大嘘をついたのかい! と呆れましたが、嘘だと知っている人はキャプテンだけしかいないのだそうで。
「ハーレイには言っておかなきゃねえ…。青の間のドアを修理するための嘘とお芝居だということをね! でないとドアの修理が終わった後の夫婦の時間が素晴らしいものにならないし!」
あの幽霊だの人魂だのが本物なんだと思われたんでは…、とソルジャー、パチンとウインク。
「何度も言うけど、ハーレイは見られていると意気消沈で…。それが幽霊でも駄目だしね!」
「もういいから!」
ドアの修理が済んだら帰ってくれたまえ! と会長さん。青の間には今も「ぶるぅ」がソルジャーのふりをして真面目に座っているそうです。「ドアの修理はまだなのかい?」と。
こんな具合で、開けっ放しで放置されていた青の間のドアは凄いスピードで修理完了、次の日からソルジャーはもう来ませんでした。昨日までの間に溜まったストレス発散とばかりに散らかしまくって、キャプテンと夫婦の時間を満喫しているのでしょう。
「…ジョミーのお蔭で助かった。まさか怪談が役に立つとはな」
平和な日常が戻って来た分、俺も卒塔婆書きを頑張らないと…、とキース君が誓うと、そのジョミー君が。
「それだけど…。助かったと思ってくれるんだったら、今年の棚経、ぼくは休みで」
サムだけで行ってくれないかな、というお願いが。今回の功労者ですから、それもいいかな、と私たちは思ったんですけれど。
「俺はやぶさかではないが…。間違えるなよ、棚経のトップは親父なんだ」
そしてお前は今年は親父と回る予定になっている、と可哀相すぎる宣告が。
「ちょ、ちょっと…! だったら、ぼくはアイデアの出し損だったわけ?」
「悪く思うな、俺にもどうにもならんのだ」
礼が欲しいなら他のヤツらに頼んでくれ、とキース君が言った所でクーラーの効いたリビングの空気がユラリと揺れて。
「この間はどうもありがとう! 御礼だったら、このぼくが!」
みんなに御礼、とソルジャーが姿を現しました。御礼って何かくれるんでしょうか、何も持ってはいないみたいに見えるんですけど…?
「凄い御礼をするからさ! 海の別荘、ぼくたちの夜を完全公開!」
「「「は?」」」
「公開だってば、ドアの故障から始まった事件の御礼だからね! ぼくのハーレイには内緒だけれども、寝室のドアを完全開放、いつでも覗きがオッケーなんだよ!」
ぼくとハーレイの夫婦の時間をお楽しみに、とソルジャー、ニコニコ。
「あっ、写真撮影とかは駄目だよ、見るだけだからね!」
「「「要らないから!!!」」」
会長さん以下、綺麗にハモッた叫びですけど、ソルジャーはと言えば。
「えーっ? こっちのハーレイにも見せてあげたいし、出血大サービスなんだけど…!」
是非見に来てよ、と今度はドアを自分で開けっ放しにするつもり。こんな結果になるんだったら、青の間のドア、開けっ放しで壊れたままの方が良かったでしょうか、迷惑でも。恩を仇で返している気は無さそうですよね、そんなサービス、誰も頼んでいないんです~!
閉まらない扉・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
壊れてしまった、ソルジャーの世界の青の間の扉。その上、自業自得で先延ばしな修理。
こちらの世界が迷惑なわけで、ジョミー君が出したアイデア。怪談好きが役に立ちましたね。
次回は 「第3月曜」 4月18日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、3月といえば春のお彼岸。毎年恒例なんですけれど…。