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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

カテゴリー「シャングリラ学園・番外編」の記事一覧

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。




今年も秋がやって来ました。シャングリラ学園では学園祭に向けての準備が始まってますが、私たちは至ってお気楽なもの。クラスとは全くの別行動で、やることはもう決まっています。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を使ったサイオニック・ドリーム喫茶、それが売り物。
サイオニック・ドリームという言葉は出していなくて、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーで出掛ける夢の観光、あちこちの名所を体感出来ると大人気です。私たちの仕事は当日の接客くらいなもので、準備期間は暇なのが基本。今日の放課後もダラダラと…。
「えーっと…。行き先はもう絞り込んだし、メニューは適当に決めるんだよね?」
もうやることは無さそうだよね、とジョミー君。喫茶『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』のメニューは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と会長さんが決めることが殆ど、私たちは参考意見くらいで。
「そうだね、ぼくとぶるぅで候補を出すから、その中からで」
ドリンクメニューの他にも何か出そうかな、と会長さん。
「スペシャルメニューもドリンクにするか、ちょっと捻るかが悩む所で」
「かみお~ん♪ 食べる時間も考えないといけないもんね!」
飲み物だけの人と合わせなくっちゃ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。サイオニック・ドリームを使うのですから、夢を見ていられる時間は統一、そこが大事なポイントです。よりリアルな体験が出来るスペシャルメニューも、他のお客様と同じ時間で食べ終われるようにしておかないと…。
「会長とぶるぅに任せておきますよ」
飲食のことは専門外です、とシロエ君。
「ぼくたちは柔道部の焼きそば指導が精一杯ですし」
「まったくだ。…今年のヤツらも実に覚えが悪いと来た」
いい加減にレシピをマスターしてくれ、とキース君がフウと溜息を。柔道部の売りは「そるじゃぁ・ぶるぅ」秘伝のレシピと謳った焼きそば、レシピは全て門外不出の口伝です。キース君たちは毎年、毎年、それの指導をしているわけで。
「今年も苦労してるよなあ…。いい加減、レシピを書いてもいいんでねえの?」
サム君が意見を述べましたけれど。
「駄目だ、そいつは先輩から禁じられている。秘伝だからこそ口伝で、とな」
「「「あー…」」」
ご苦労様、とみんなで慰め、「そるじゃぁ・ぶるぅ」からは「元気出してね!」と焼きそばならぬタコ焼きが。素敵なケーキもいいんですけど、たまにはタコ焼き。新鮮なタコがドンと入って、とても美味しいんですってば…。



熱々のタコ焼きを頬張りながらの話題はやっぱり学園祭。1年A組は今年もグレイブ先生の意向でお堅いクラス展示ですから、大してネタにもならないんですが。
「…ナマハゲが禁止らしいですねえ?」
シロエ君が持ち出したナマハゲ、何処かのクラブの企画だったと聞いています。私たちと同じく教室を使った喫茶らしいですが、客引きにナマハゲを出そうとしたのが駄目だったとか。
「なんでナマハゲ、駄目なんだっけ?」
ぼくは詳しく聞いていなくて、とジョミー君が首を傾げると。
「聞いた話じゃ、仮面がアウトだそうですよ」
「「「仮面?」」」
ナマハゲのアレは仮面じゃなくってお面なのでは、と思ったものの、仮面もお面も似たようなものかもしれません。顔が見えないのが駄目なのかな?
「そうです、そうです。責任の所在がハッキリしない、と先生方から禁止令が」
「へえ…。それじゃアレかよ、ナマハゲのお面が半分だけでも駄目なのかよ?」
仮面だったら半分ってのもアリだしよ、とサム君が。
「おい、ナマハゲの面を半分だけにしてどうするんだ」
それはナマハゲではないような気が…、とキース君。
「ナマハゲは顔を全面的に覆ってこその怖さなんだと俺は思うが」
「だよねえ、半分だけだと間抜けだよねえ…」
上半分でも、顔の右半分とかいう形でも…、とジョミー君も。
「それもアウトじゃないですか? 形によるかもしれませんけどね」
個人が特定出来ない仮面は却下でしょう、とシロエ君。
「チラシ配りをしていたのは誰か、客引きをしたのは誰なのか。後で苦情が出た時なんかに、誰に対する苦情なのかが分かりませんから」
「それは分かるが、ナマハゲはやはりナマハゲでないと雰囲気がな…」
正体が分かるナマハゲなんぞは味が無い、とキース君が言い、会長さんも。
「ぼくも賛成。…でもねえ、先生方の言い分ってヤツも分かるかなあ…」
学園祭で仮面はちょっとマズイ、と会長さん。
「責任の所在ってヤツもそうだし、仮面を被ると心のタガも外れがちだし…」
「なるほどな…。そういえばナマハゲも一時期バッシングされていたような…」
そういう話を聞いたことがあるな、とキース君が。えーっと、ナマハゲをバッシングって…?



ナマハゲと言えば、「泣く子はいねえか!」と家を回って脅すものだと記憶しています。子供の躾に役立つナマハゲ、それがどうしてバッシングに?
「アレだ、いわゆる飲みすぎだ。…酒を振舞われて気分がデカくなった所へ、あのお面だしな」
正体は誰にも分からないであろう、と不埒な行為に及ぶナマハゲが出たそうで。
「ぼくも聞いたよ、旅館に乱入して女湯に行くとか、そういうナマハゲ」
「「「うわー…」」」
会長さんの言葉に、誰かが「ひでえ」と。それは子供の躾どころか、悪い見本と言うのでは…?
「そうだよ、悪い大人の見本。仮面の効果が逆に転ぶとそうなるんだよ」
だから先生方も却下するわけで…、と会長さん。
「客引きついでに何をしでかすか分からないしね、ナマハゲは禁止」
「…ナマハゲがマズかったんでしょうか?」
そういう先例があるんだったら、とシロエ君が尋ねると。
「普通の仮面でも駄目じゃないかな、自分が誰だか分からないとなれば心のタガがね…」
「それなら、サム先輩が言う顔の半分だけがナマハゲな仮面というのも…」
「顔を見て誰だか分からないようなら却下だろうね」
どうせウチには関係ないけど…、と会長さんはクスクスと。
「ぼくたちの喫茶は顔も売り物の内だしねえ? みんなそれなりにファンがついてるから」
「どうだかな…」
たまに指名も入るんだが、とキース君。喫茶『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』はホストクラブではありませんけど、ウェイターを選べる年もあります。ちょっとお値段上がりますが。そういった年は、男子は誰もが指名の対象、みんなもれなく指名されるというのが現実。
要は本当に顔も売り物、仮面なんかで隠してしまえば肝心の顔が見えないわけで。
「会長が言うのも一理ありますね、ウチだと仮面は使えませんねえ…」
「ほらね、関係ないってね。ナマハゲの所は自業自得だよ」
選んだものが悪かったのだ、と会長さんはバッサリと。
「そんなつもりは無かったんだろうけど、顔が隠れるのはいけないよ。ナマハゲだろうが、ごくごく普通の仮面だろうが」
「タガが外れるのはマズイからなあ、先生方にすれば」
仕方なかろう、とキース君も大きく頷いています。ナマハゲを却下されたクラブが何に走るか知りませんけど、仮面系はいくら申請したって先生方に却下されそうですねえ…。



そんな話をのんびりしていた次の日は土曜日、みんなで会長さんの家へお出掛け。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が出迎えてくれて、シロップに漬け込んだ栗がたっぷりの焼き栗のタルトをリビングで頬張っていたら…。
「こんにちはーっ!」
遊びに来たよ、という声が。フワリと翻った紫のマント、ソルジャーがツカツカとリビングを横切り、空いていたソファにストンと座って。
「ぶるぅ、ぼくにも焼き栗のタルト!」
「オッケー、それと紅茶だね!」
ちょっと待ってねー! とキッチンに駆けて行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、直ぐに注文の品を揃えて来ました。ソルジャーは「ありがとう」と紅茶を一口飲むと。
「…仮面の話はどうなったんだい?」
「「「は?」」」
何のことだ、と私たちは顔を見合わせました。仮面の話って、何でしたっけ?
「忘れたのかい、昨日の放課後、話してただろう! ナマハゲがどうとか!」
「あー、ナマハゲ…。あれが何か?」
君もナマハゲに興味があるとか…、と会長さんが不思議そうに。
「ナマハゲが君の好みだったとは知らなかったよ。君のシャングリラでやりたいのかい?」
それなら衣装とかの手配をしてあげないでもないけれど…、と会長さん。
「あの手の衣装は地元密着型だからねえ、その辺では売っていないんだけど…。君がやりたいと言うんだったら、相談に乗るよ」
「本当かい!? それじゃ、是非!」
「「「ええっ!?」」」
まさか本当にナマハゲなのか、と私たちは息を飲みました。ソルジャーの世界のシャングリラにナマハゲって、何に使うというのでしょう。あ、でも、子供はいますよねえ…。
「…ぶるぅには正直、効果が無いと思うけど?」
あの悪戯小僧は動じないであろう、と会長さんが一応、注意を。
「でも、他の子たちには効くかもね。…君が子供の躾を真面目に考えるとはねえ…」
「え、子供はどうでもいいんだけれど? それにぶるぅも」
「「「へ?」」」
それなら何故にナマハゲなのだ、とソルジャーを見詰めてしまいましたが。ナマハゲ、確かにやってみたいような返事をしてましたよね…?



ナマハゲは子供を脅して躾けるもの。それをやりたいらしいソルジャー、なのに子供も「ぶるぅ」もどうでもいいらしく。何処にナマハゲの存在意義があるのやら…、と思っていたら。
「ぼくが言いたいのはナマハゲ効果で! タガが外れて女湯にも乱入するだとか!」
「「「ナマハゲ効果?」」」
誰もそういう言葉は発していないのでは、と耳を疑ったナマハゲ効果。しかもナマハゲ効果とやらは、昨日キース君と会長さんが話してくれたバッシングの対象になった事件なのでは…?
「そうだけど? ナマハゲ効果だと、ちょっと限定的すぎるかなあ…。仮面効果かな?」
「「「仮面効果?」」」
それまた謎だ、と思いましたが、ソルジャーの方は得々として。
「自分が誰だか、誰にもバレないお面や仮面の効果だよ! 心のタガが外れるんだろう?」
女湯にも飛び込んで行ける勢い、とニコニコと。
「その勢いを使えないかな、と思っちゃってね! ぼくのハーレイのパワーアップに!」
「「「…パワーアップ…?」」」
もしやソルジャー、キャプテンを女湯に突入させたいと言うのでしょうか? でも、シャングリラに女湯なんかがあったかな、という気がしないでもないですが…。
「えっ、女湯? そんなものがあるわけないじゃないか、ぼくのシャングリラに!」
温泉旅館じゃないんだから、とソルジャー、即答。それじゃキャプテンは女湯への突入を目指すわけではないと…?
「当たり前だよ、なんでハーレイを女湯なんかに突入させると? それじゃ全く意味が無いから、ナマハゲ効果の! …ううん、ナマハゲじゃなくて仮面だっけか…」
「…君は、君のハーレイに何をさせたいわけ?」
ぼくにはサッパリ、と会長さんが真正面から問いをぶつけると。
「心のタガを外すんだよ! 仮面で顔を隠してしまえば、きっと心のタガも吹っ飛ぶ!」
「…それで?」
「欲を言うなら、ブリッジだろうが公園だろうが、もう遠慮なく、ぼくを押し倒して欲しいんだけどね…。キャプテンとしての理性は残りそうだしね…」
「その理性までが吹っ飛んじゃったら最悪だよ!」
「だよねえ、仕方ないから、そこは諦めて…。ぶるぅが覗きをしに来ていたって、気にしないパワーが欲しいんだよ! 自分が誰かはぶるぅには絶対分かっていない、という勢いで!」
仮面をつければきっとそうなる、とソルジャーは読んでますけれど。…「ぶるぅ」が覗きをしている時でも、仮面で気にせず何をすると…?



ソルジャー曰く、ナマハゲ効果だか仮面効果だかいう代物。キャプテンが仮面で顔を隠せば心のタガが吹っ飛んでしまって、「ぶるぅ」がいたって大丈夫なのだと主張していて。
「ぼくのハーレイ、見られていると意気消沈でねえ…。ぶるぅが覗いていると分かると、夫婦の時間が台無しなんだよ!」
その場でヘタレてしまうから…、と嘆くソルジャー。
「もう一瞬で萎えてしまって、どうにもこうにも…。もう一度元気に続きをしよう、と薬なんかを飲ませようとしても、「あそこにぶるぅが…」と怯えちゃってさ」
まるで使い物にならないのだ、とソルジャーは大きな溜息を。
「だからね、そういう時に備えて! 最初から仮面で顔を隠して、他人のふりで!」
「…それなら、ぶるぅに見られてもいいと?」
会長さんが突っ込みを入れると、「うん」と返事が。
「自分が誰だか丸分かりなんだ、と思うからこそ萎えるってね! そこをさ、「どうせ誰だか分からないんだし、気にしない!」って方向に行けば、ハーレイもきっと!」
萎えることなく励んでくれるに違いない、とグッと拳を握るソルジャー。
「その上、心のタガが外れているからねえ…! 普通じゃ出来ないようなプレイも恥ずかしがらずに積極的に! それこそ、ぼくが壊れるほどに!」
「もういいから!」
ヤバイ話はその辺にしておいてくれ、と会長さんがイエローカードを突き付けました。
「君が言いたいことは分かったし、そこまでで!」
「そう言わずに! ぼくは本当に仮面はいけると思うんだよ! ナマハゲだって女湯に向かって突入するんだ、ハーレイだったら、もう、どれほどか…!」
奥の奥まで突入してくれるに違いない、とソルジャー、ウットリ。
「ぶるぅがいようが、ぼくが「やめて」と泣き叫ぼうが、もう本当に奥の奥までズンズンと!」
「退場!!!」
サッサと帰れ、とレッドカードが叩き付けられたというのに、ソルジャーは。
「何を言うかな、仮面の話はまだ途中だから!」
「とっくに最後まで語ったじゃないか!」
怪しすぎる話にも付き合わされた、と会長さんが噛み付くと。
「ぼくのアイデアを話していないよ、もう極上の凄い閃き!」
是非聞いてくれ、とソルジャーは膝を乗り出してますが。ナマハゲ効果で仮面効果な話に絡んだアイデアなんかを、聞かされても理解出来ますかねえ…?



ソルジャーの頭に浮かんだという極上の凄い閃きとやら。あまり聞きたくないような…、と腰が引けている私たちですが、ソルジャーが気にする筈などなくて。
「実はね、あれからナマハゲじゃなくて、仮面の方を色々と考えていてね…。いろんなデザインがあるんだね、仮面」
顔の半分を隠すにしたって色々と…、と話すソルジャー。
「右半分とか左半分とか、そういう仮面もあるけれど…。目だけっていうのも多いんだねえ!」
「それはまあ…。好みで色々選べるけれども、人の顔だと目は特徴が出やすいからね」
身元がバレないように顔写真とかを公開するなら目の部分を隠しておくのが基本、と会長さん。
「その辺もあって目を隠す仮面は多いかな、うん」
「その目を隠す仮面だけどさ…。誰だか分からないようにする他に、ぼくならではの使い方があると気が付いてさ!」
「…どんな?」
会長さんが怖々といった感じで訊き返すと。
「色眼鏡だよ!」
「「「色眼鏡?」」」
それは偏った物の見方のことなのでは、と思うのですけど、ソルジャーは…。
「うん、本来の意味ではね。だけど、ぼくが言う色眼鏡は違うんだな!」
君たちの学園祭の催し物から思い付いたのだ、と言われましても。私たちのサイオニック・ドリーム喫茶からどういうアイデアを得たと…?
「もちろん、サイオン絡みだってば! サイオンを使った色眼鏡を仮面にセットするんだ、目の部分にね! 色眼鏡と言うより、色ボケ眼鏡!」
「「「…色ボケ眼鏡?」」」
「そう! それが嵌った仮面を着けたら、心のタガが吹っ飛んだ上に、ごくごく普通のぼくを見たって、ヤリたい気持ちがMAXに!」
目で見たものがイイ感じに怪しく変換されるのだ、とソルジャーは胸を張りました。
「ぼくが普通に挨拶したって、誘ってるようにしか見えないとかね!」
「そ、それは…。まるで不可能ではなさそうだけど…」
会長さんの声が震えて、ソルジャーが。
「ぼくのサイオンなら楽勝だね! 閃いたからには色ボケ眼鏡を仕込んだ仮面で、ナマハゲ効果と仮面効果もセットなんだよ!」
そういう仮面を作りたいのだ、と言ってますけど、本気ですか…?



心のタガが吹っ飛んでしまうナマハゲ効果だか、仮面効果だか。それに加えてサイオンで作った色ボケ眼鏡、とソルジャーはやる気満々で。
「ナマハゲの衣装を手配してくれると言ったよね? ぼくは確かにそう聞いたけど?」
どうだったっけ、と会長さんに向けて質問が。
「…い、言ったけど…。あれはナマハゲだと思ってたからで…」
「ナマハゲも仮面も似たようなものだよ、ぼくに仮面をプレゼントしてよ!」
ぼくのハーレイに似合いそうなのを…、とソルジャー、膝をズズイと。
「君たちがいつも贔屓にしている仮装衣装の専門店ねえ、あそこに色々あるんだけれど…」
こんな感じで、とソルジャーの指がパチンと鳴らされ、宙に浮かんだ幾つもの仮面。どうやらお店の商品の幻影を映し出してるみたいです。
「これなんかいいかと思うんだよ。白地に金色の模様付きだし、キャプテンの制服にもハーレイの肌にも映えそうだろう? 目の部分だけが隠れるっていうのもお洒落だしさ」
「う、うん…。まあ…」
「買ってくれないかな、ナマハゲの衣装は要らないから! その代わりに!」
ナマハゲを一式買い揃えるよりは安いであろう、とソルジャーが仮面の値札を示して、会長さんが苦悶の表情で。
「そ、そりゃあ…。ナマハゲよりかは安いけれどさ…」
「じゃあ、買ってよ! 君がプレゼントしてくれないなら、この際、ノルディに…」
「それは困るよ!」
ノルディなんかを巻き込むな、と会長さんは顔面蒼白。それはそうでしょう、エロドクターの耳にナマハゲ効果だの仮面効果だの、色ボケ眼鏡だのが入っちゃったら、乗り出して来るに決まっています。あわよくば自分も美味しい思いを、とアヤシイ下心全開で。
「ノルディに相談されるのが嫌なら、プレゼント! それだけでいいから!」
それ以上は要求しないから、と食い下がられた会長さんは。
「…仕方ない…。ぶるぅ、買い物に行って来てくれるかな? いつもの店の…」
「これだね、ブルーが欲しいって言ってるヤツだね!」
行ってきまぁーす! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の姿がパッとかき消え、十分ほど経って。
「ただいまーっ、仮面、買って来たよーっ!」
プレゼント用に包んで貰ったの! とリボンがかかった綺麗な箱が。ソルジャーは大喜びで受け取り、中を確認して大満足。これでナマハゲ効果はバッチリ、後は色ボケ眼鏡を装備とはしゃいでますけど、どうなるんだか…。



会長さんに仮面を強引にプレゼントさせたソルジャー。箱から取り出し、自分の顔に当ててみたりして遊んでましたが、善は急げと夕食の前にお帰りに。それきり姿を見ることは無くて、平和に一週間が過ぎ…。今日も土曜日、朝から会長さんの家に来ています。
「例のナマハゲ、顔出しになったらしいですね?」
シロエ君は相変わらずの事情通でした。でも、顔出しのナマハゲって…なに?
「フェイスペイントでいくそうですよ。ナマハゲっぽく」
「…それはオッケーだったのか?」
キース君が訊くと、「ええ」という返事。
「とりあえず、顔出しですからねえ…。一応、個人が特定できるということで」
「らしいよ、証拠写真でも撮られてしまえば容易に特定可能だからね」
会長さんもナマハゲのその後を知っていました。フェイスペイントをしてまでナマハゲだなんて、何処までナマハゲにこだわるんだか…。
「ああ、それはねえ…。衣装が先にあったようだよ、何処かの劇団から貰ったとかで」
「「「あー…」」」
こだわるわけだ、と納得しました。劇団の衣装なら本格派でしょうし、使いたい気持ちは分かります。ナマハゲはけっこう目立つでしょうから、客引き効果もバッチリな筈で。
「そういうこと! 諦め切れずにフェイスペイント、よく頑張ったよ」
先生方も努力を認めたしねえ、と会長さん。ナマハゲは目出度く学園祭にデビュー出来る運びになったようです、顔出しですけど。
「そうか、ナマハゲの方は決まりか…。しかし、あいつはどうなったんだ?」
ナマハゲ効果と言ってた馬鹿は、とキース君。
「あれから見ないが、誰か消息を知らないのか?」
「「「さあ…?」」」
馬鹿と言ったらソルジャーですけど、誰も会ってはいない様子で。会長さんなら、と視線が集中しましたけれども、会長さんも「知らないよ?」と。
「ぼくも一度も会ってないんだ、こっちの世界に来ていないんじゃないのかな?」
「忙しいんでしょうか、ソルジャー稼業が?」
真面目に仕事をしてるんでしょうか、とシロエ君が顎に手を当てた所へ。
「久しぶりーっ! こっちのナマハゲ、認められたって!?」
それは良かった、とソルジャーが降って湧きました。どの辺から聞いていたのか知りませんけど、ナマハゲが学園祭に登場出来ることは祝福するって言うんですかねえ…?



まずはおやつ、とピンク色のスポンジが優しいクランベリーのロールケーキを強請ったソルジャーは目的のケーキを頬張りながら。
「ナマハゲはもちろん祝福するよ! そこのクラブが出て来たお蔭で、ぼくも素晴らしいアイデアを手に入れたしね! ナマハゲ効果!」
とっくにナマハゲじゃないんだけれど、と笑顔のソルジャー。
「今は立派な仮面効果で、色ボケ眼鏡も装備なんだよ! もう毎日が薔薇色でさ!」
あの仮面を着けたハーレイは実に素敵なのだ、とソルジャーは顔を輝かせて。
「毎晩、せっせと励んでくれるし、仮面を着けたまま眠っちゃうから朝にも一発! 寝起きのぼくでムラムラしちゃって、もう一発では済まない朝も!」
ブリッジに遅刻しそうな勢いでヤッてヤリまくるのだ、と得意満面、自慢せずにはいられないといった感じで滔々と。
「ぶるぅが覗きをしていたってねえ、まるで全く気にしてないね! 自分が誰なのか気付かれていない、という仮面の効果は大きいよ、うん」
それと心のタガが外れるナマハゲ効果、とナマハゲ効果なる言葉も定着した模様。本物のナマハゲに失礼じゃないかという気もしますが、その本物がやらかしたという騒ぎから出て来た造語ですから、ナマハゲ効果でもいいのかなあ…。
「いいんじゃないかな、ぼくは大いに恩恵を蒙っているからね! ぼくのハーレイの心のタガは外れまくりで、そこへ色ボケ眼鏡の効果が!」
遅刻寸前までヤリまくろうというのは心のタガが外れているからこその話で…、とソルジャーはそれは御機嫌でした。実に素晴らしいアイデアだったと、もう最高だと。
「ナマハゲには御礼を言いたいくらいだけれども、生憎とぼくは他人だし…。君たちの方から、是非ともよろしく御礼をね!」
「…俺たちも赤の他人なんだが?」
そいつらのクラブも知らんのだが、とキース君が言い、シロエ君も。
「ぼくは何処のクラブか知ってますけど、あそこに知り合い、いませんから…。いきなり出掛けて御礼を言ったら、きっと向こうも困りますよ」
「そうなのかい? それじゃ、御礼は諦めるとして…。もう一つの方を、と」
「「「もう一つ?」」」
「そう! 今日は素敵な提案があって!」
そのためにやって来たんだけれど、とニッコリと。薔薇色の毎日を過ごすソルジャー、いったいどういう提案があると…?



嫌な予感がしないでもない、ソルジャーからの素敵な提案。聞かない方がいいかもしれない、と思いましたが、相手はソルジャー。聞きたくなくても聞かされますし、逃げようとしたって逃げられないのが悲しい所で。
「…なんで悲観的な顔になるかな、君たちは! ぼくは幸せのお裾分けをね!」
この幸せを一人占めしたら罰が当たるし…、とソルジャーが宙に取り出した箱。空間移動をさせて来たのか、何処かから瞬間移動なのか。お裾分けとは聞きましたけれど、ケーキとかではなさそうです。幸せのお裾分けならケーキでいいのに…。
「えっ、ケーキ? そんな平凡なものじゃ駄目だね、心がこもってないからね!」
こういう御礼は心が大切、とソルジャーは箱を会長さんの方へと押しやって。
「はい、プレゼント! 開けてみてよ!」
「…何なんだい、これは?」
「開ければ分かるよ、透視は禁止! まあ、ぼくのサイオンで遮蔽してるし、君の力でも覗けないとは思うけどさ」
「………。あまり開けたくないんだけれど…?」
出来れば開けずに済ませたいけど、と会長さんは遠慮しましたが、ソルジャーが箱を引っ込めるわけがありません。
「そう言わないで! ぼくから君への心のこもったプレゼントだから!」
「…分かった、君の言葉を信じる。幸せのお裾分けらしいしね?」
何だろう、と会長さんが箱を開けにかかり、私たちも覗き込みましたが…。
「ちょっと…!」
これはまさか、と会長さんの指が箱の中を指して震えて、私たちも暫し呆然と。箱の中身は目元がすっかり隠れる仮面で、この前、ソルジャーが会長さんに強請っていたのとそっくりで。
「あ、違う、違う! ぼくが貰った大事な仮面とコレとは別物だから!」
ぼくのハーレイ用の仮面は青の間にちゃんと置いてあるから、とソルジャーは仮面入りの箱をチョンとつつくと。
「これはね、こっちのハーレイのためにと思ってね! ぼくからの御礼!」
あの店に出掛けてお小遣いで買った、と言うソルジャー。お小遣いって、エロドクターから貰っているお小遣いですか…?
「そうだよ、それで買って来たわけ! でもって、きちんと色ボケ眼鏡をつけてあるしね!」
ぼくのサイオン、大盤振る舞い! と誇らしげですけど、色ボケ眼鏡と言いましたか? ついでにこちのハーレイ用って、教頭先生っていう意味ですか…?



薔薇色の毎日を過ごしているらしい、ソルジャーからの幸せのお裾分け。白地に金の模様の仮面で色ボケ眼鏡をつけてあるとか、それがこっちのハーレイ用とは…。
「もちろん、君たちが考えているハーレイで合ってるよ! これをプレゼントすれば、あのハーレイの心のタガも吹っ飛ぶ筈で!」
おまけに色ボケ眼鏡もついてる、とソルジャーは仮面を持ち上げて披露。目の部分には穴が開いているだけ、眼鏡のレンズはありませんけど…?
「本物のレンズは要らないんだよ、色ボケ眼鏡は言わばサイオンのレンズだからね! それもハーレイ限定仕様で、君たちが着けても何も起こらない!」
論より証拠、と仮面がガバッとジョミー君に被せられました。
「「「わわっ!?」」」
これは大変、と慌てた私たちですが、ジョミー君は仮面を着けられたままでキョロキョロと。
「…別になんにも起こらないけど…? キースはキースだし、シロエはシロエで…」
ブルーだっていつもと変わらないや、という声が。
「本当なのかい!?」
ちょっと貸して、と会長さんがジョミー君から仮面を剥がして、着けてみて。
「…本当だ…。ぼくの目で見たって、ブルーはブルーだ…」
何処もちっとも怪しくはない、と会長さん。
「だけどブルーのサイオンらしきものは微妙に感じるかな? 残留思念みたいな感じで」
「それが色ボケ眼鏡なんだよ! ハーレイ限定、ぼくのハーレイでも、こっちのハーレイでも作用は全く同じ筈!」
相手は同じハーレイだから、とソルジャーが言い切り、会長さんは仮面を外して。
「…で、この仮面をどうしろと? 色ボケ眼鏡らしいけど…」
「こっちのハーレイにプレゼントだよ! ナマハゲ効果と仮面効果で心のタガを吹っ飛ばした上、色ボケ眼鏡で君に挑んでいけるようにと!」
「迷惑だから!」
そんな代物を誰が贈るか、と会長さんが怒鳴りましたが、ソルジャーは。
「ダメダメ、幸せのお裾分けだよ? こっちの世界で貰ったアイデア、御礼はしっかり! あの仮面を買ってくれたのは君だし、その御礼もね!」
早速ハーレイにプレゼントに行こう! とソルジャーがブチ上げ、パアアッと迸る青いサイオン。もしやソルジャー、瞬間移動で飛ぶつもりですか、教頭先生の家に向かって、私たちまで巻き添えですか…?



フワリと身体が浮いたかと思うと、ドサリと投げ出された教頭先生のお宅のリビング。真っ昼間から瞬間移動で大勢が出現したのですから、教頭先生、ソファからずり落ちてしまわれましたが。
「こ、これは…! ようこそいらっしゃいました…!」
すぐにお茶を、と我に返った教頭先生、ソルジャーに頭を深々と。キッチンの方へ向かわれるのをソルジャーが「いいよ」と引き留めると。
「今日はね、君にプレゼントがあって…。ナマハゲでもめていたんだってね、君の学校」
「よく御存知で…。生徒の方が粘り強くて、結局、許可を出しましたが…」
「うん、知ってる。お面じゃなくって、顔出しでフェイスペイントだってね」
それじゃナマハゲ効果が無いよ、と言ったソルジャーに、教頭先生は「ナマハゲ効果?」とオウム返しに。
「何ですか、ナマハゲ効果というのは?」
「ぼくが作った言葉だけどねえ、お面や仮面で自分の正体を分からなくしたら、心のタガが外れるだろう? どうせバレないから、何をやってもかまわないと!」
「ええ、まあ…。それもあってナマハゲでもめたのですが…」
「そこなんだよ! 仮面を着けたら何でも出来る、っていう開放感を君にあげたくてねえ…!」
これを見て欲しい、と例の仮面が。
「着けるだけで心が解放されるよ、ぼくのハーレイで実証済みなんだ。君も心のタガを外して、ブルーに挑んでみたくはないかい?」
「ブルーに…ですか?」
「そこにいるだろ、ぼくじゃなくって、君が一筋に惚れてるブルー! この仮面を着けて遠慮の塊の心を解放、そして一気にプロポーズとかね!」
是非とも試してくれたまえ、とソルジャーは仮面を教頭先生に手渡しました。教頭先生はしげしげと眺め、会長さんと仮面を何度も見比べて。
「…本当にこれで心が解放されるのですか?」
「間違いないねえ! ぼくのハーレイはこれで情熱的な毎日だしね!」
君もナマハゲ効果でいこう! と勧められた教頭先生、おっかなびっくり仮面を装着。白地に金の模様の仮面で目元が隠れて、その状態でグルリと見渡して…。
幸か不幸か、最初に目に入った辺りにはキース君たち、何も起こりませんでした。そこから順に顔を追って行って、会長さんの所で視線が止まって。
「…おおっ!?」
これは、と叫んだ教頭先生。何か見えたと言うんですかねえ、色ボケ眼鏡…?



ソルジャーに唆された教頭先生が着けてしまった、色ボケ眼鏡が入った仮面。教頭先生は会長さんを見詰めたままでボーッと立ち尽くしていましたが…。
「そうか、ついにその気になってくれたか…!」
嬉しいぞ、とダッと駆け寄り、会長さんの身体を両腕でギュッと。
「何かとヘタレな私なのだが、力の限りに頑張ろう! せっかく誘ってくれたのだからな!」
「ぼくは誘っていないんだけど!」
失礼な、と会長さんが叫んで逃れようとすると、「そう照れるな」と強く抱き込む教頭先生。
「こういったことは、勢いというのも大切だ。この際、初めてといこうじゃないか」
「初めても何も、ぼくはその気は全く無いから…!」
「照れなくてもいいと言っているのに…。まあ、ここは人目があるからな…」
私の部屋でゆっくり、じっくり愛し合おう、と教頭先生は会長さんをヒョイと抱き上げ、リビングを出て行ってしまいました。会長さんが大暴れするのも照れているとしか見えないらしく…。
「放せってば、馬鹿!!」」
「そういうお前も可愛いぞ、ブルー」
実にそそられる、という声が聞こえて、階段を上がる足音が。二階には教頭先生の寝室があって、大きなベッドが置かれています。放っておいたら大変なことになるんじゃあ…。
「おい、マズイぞ! このままだと真面目にブルーが危ない!」
何とかしないと、とキース君が慌てて、シロエ君も。
「でもですね…! ぼくたちの力で教頭先生に勝てますか!?」
「そ、それは…。勝てる見込みは全く無いが…」
だが行かねば、とキース君がダッと駆け出し、私たちも続きました。ところが二階の寝室の扉は鍵がかけられ、押しても引いても開かなくて。
「誰か、助けてーーーっ!!!」
「実にいい声だ、もっと聞かせて欲しいのだが…」
そして二人で楽しもう、と教頭先生の声と会長さんの声が扉の向こうから。色ボケ眼鏡の効果なんだか、はたまた仮面のナマハゲ効果か。教頭先生はヘタレるどころか、心のタガを外してしまって会長さんを組み敷いているに違いありません。
「いいねえ、これでブルーもついにハーレイと…!」
幸せのお裾分けをしに来た甲斐があった、とソルジャーは扉の前で感無量。劇的瞬間を皆で見ようと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に中継画面を出すように、と指示までが。素直なお子様は言われた通りに中の様子を映し出してくれて…。



「放せってばーっ!!!」
会長さんがベッドの上で足をバタつかせて暴れ、のしかかっている教頭先生。これは本当にヤバイどころか危険すぎです、ソルジャー、こんなのあんまりですよ!
「そうかなあ? ハーレイの心を解放したんだ、正しいお付き合いがこれから始まるかと…」
「あんたにとっては正しいか知らんが、俺たちの世界では間違いだぞ!」
これでは本物のナマハゲの迷惑な方と何も変わらん、とキース君が言い返しました。
「開放的になった挙句に女湯に乱入していったヤツと、全く同じだと思うんだが!」
「それでこそナマハゲ効果だよ! 自分の心に正直になれば、そういうこともね!」
きっとハーレイも今日こそは! とソルジャーは赤い瞳をキラキラと輝かせていましたが…。
「「「…あれ?」」」
どうなったのだ、と画面に見入った私たち。教頭先生がカチンと硬直、その鼻からツツーッと赤い筋が流れ、続いてブワッと鼻血の噴水。
「ちょ、ちょっと…!」
嘘だろう、とソルジャーが慌てた時には、教頭先生はベッドの上に沈んでしまっておられました。もはや意識は飛んだらしくて、会長さんが身体の下から這い出して。
「……た、助かった……」
ショートしたのか、と教頭先生の顔から例の仮面を剥ぎ取り、ベッドから下りてこちらへ歩いて来たかと思うとガチャリと鍵が開く音が。
「…よくもハーレイにこんなプレゼントを…!」
死ぬかと思った、と会長さんが柳眉を吊り上げ、ソルジャーは。
「ごめん、色ボケ眼鏡をもうちょっとソフトにしておけば…。ついつい、ぼくの好みに合わせて、ぼくのハーレイと似たようなのに…」
次回はもう少しソフトにしてくる、とソルジャーが仮面を受け取ろうとすると、パシン! と弾けた青いサイオン。仮面は真ん中から真っ二つに割れて、会長さんが。
「もう二度と作らなくてもいいから、こういうヤツは!」
「えーっ!? ぼくにとってはお役立ちだよ、ぼくのハーレイ、もう本当に凄いんだから!」
「君だけが楽しんでいればいいだろ、ナマハゲ効果だか、色ボケ眼鏡だか!」
お裾分けは二度と要らないから、とギャーギャーと叫ぶ会長さんと、仮面の効果と素晴らしさとを説き続けているソルジャーと。ナマハゲ効果の凄さとやらは分かりましたが、顔がバレない仮面の解放感と色ボケ眼鏡のセットとは…。



「二度と御免だよ!」
もう持ってくるな、と喚く会長さんの後ろで私たちも揃って「うん、うん」と。
あんな迷惑すぎるアイテム、ソルジャーだけが楽しめばいいと思います。「ぶるぅ」の覗きも遅刻寸前も気にしないほどのキャプテンと二人で存分に。
それが一番、きっと一番。ナマハゲ効果も色ボケ眼鏡も、私たちの世界には要りません~!




            罪作りな仮面・了


※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 学園祭で禁止されたナマハゲ、それにヒントを得たソルジャーの欲望が炸裂したアイテム。
 ソルジャーの世界では効果抜群、教頭先生にも贈った結果は、御覧の通りのお約束です。
 そしてシャングリラ学園番外編は、去る4月2日で連載開始から13年となりました。
 あと1年続けば、目覚めの日を迎えられる数字ですけど、どうなりますやら…。
 次回は 「第3月曜」 5月17日の更新となります、よろしくです~! 

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、4月は恒例のお花見シーズン。けれど今年は、開花が早くて…。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv












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※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。





やって来ました、夏休み。初日の今日は会長さんの家に集合、今後の予定を立てるというのが恒例です。もっとも柔道部三人組は明日から合宿、ジョミー君とサム君は合宿期間に合わせて璃慕恩院での修行体験ツアーと決まってますから、その後の話なんですけれど。
「やっぱり今年は山の別荘! あそこがいいな!」
乗馬にボートに…、とジョミー君が言い出し、キース君も。
「あそこはリフレッシュ出来るからなあ…。卒塔婆書きのいい癒しになるから、俺も賛成だ」
「今年も卒塔婆が溜まってんのかよ?」
サム君が訊くと、「失礼なヤツだな」と顔を顰めるキース君。
「俺は計画的に書いているんだ、それでも量が多すぎるんだ! たまに親父も押し付けて来るし」
「お父さんには勝てませんよね…」
アドス和尚はキツイですから、とシロエ君が頭を振って。
「ぼくたちがお邪魔したって容赦がないというか、先輩と同じレベルでしごかれると言うか…」
「そうなのよねえ、正座は必須だとか、もう色々とうるさいのよねえ…」
スウェナちゃんも同意で、キース君は「分かってくれたか」と。
「つまりだ、俺は親父にいいように使われているわけで…。今年もドカンと卒塔婆が来そうだ」
親父がサボッているのは分かっている、と悔しそうに。
「合宿に行ってる間は俺がいないと思ってサボリまくるに決まっているし…。帰って来たらまた増えているんだ、俺のノルマが!」
「「「あー…」」」
気の毒だとは思いましたが、代わりに書ける人はいません。頑張ってとしか言いようがなくて、可哀相なキース君のためにも山の別荘行きは決定で。
「会長もそれでいいですよね?」
シロエ君が確認すると。
「あっ、うん…。ごめん、なんだっけ?」
聞いていなかったらしい会長さん。そういえばボーッとしてたかな?
「おい、夏バテか?」
夏は始まったばかりなんだが、とキース君が突っ込みましたが。
「ううん、そうじゃなくて…。ちょっと余所見を」
「「「???」」」」
楽しい夏休みの相談中に、余所見というのは何事でしょうか。よほど面白い物でもあったか、気になることでもあったんですか…?



「…ごめん、ハーレイの研究が気になっちゃって…」
「「「研究?」」」
何を、と顔を見合わせる私たち。教頭先生の受け持ちは古典なんですけれども、研究するほど打ち込んでらっしゃいましたっけ?
「…まさか学会にでも行かれるんですか?」
夏休み中にあるんでしょうか、とシロエ君が尋ねると。
「そんな高尚な研究だったらいいんだけどねえ…。まあ、古典はまるで関係なくもないけど」
古い文献を読み込んでるし…、と会長さん。
「よくも探して来たなって言うか、もう根性だと言うべきか…」
「何の研究なんですか?」
シロエ君の問いに、会長さんは嫌そうな顔で。
「…惚れ薬」
「「「惚れ薬?」」」
惚れ薬って、いわゆる惚れ薬ですか、それを飲ませれば相手のハートが手に入るという惚れ薬?
「そう、それなんだよ。…作るつもりで頑張ってるんだ、この夏に向けて」
「「「へ?」」」
「ぼくに飲ませて、素敵な夏を楽しもうと思っているんだよ! ハーレイは!」
実に迷惑な研究なのだ、と会長さんは怒ってますけど、惚れ薬なんか作れるんですか?
「どうだかねえ…。ハーレイは作れると思い込んでるし、思い込みの力で何とかなる…かな?」
「「「思い込み?」」」
「うん。…ハーレイがあれこれ試してる内に、出来ないこともない…かもしれない」
なにしろ熱心に研究中で…、と会長さん。
「この国の文献だけじゃなくって、他の国のも引っ張り出して頑張ってるから」
「おい、教頭先生は語学に堪能でらっしゃったのか?」
「堪能と言うか、なんと言うか…。無駄に長生きはしてないよ、うん」
ある程度ならば読めるのだ、と聞いてビックリ、意外な才能。それじゃゼル先生とかも他の国の言葉がペラペラだとか…?
「ほら、サイオンがあるからね。意志の疎通には困らないから、読む方は…どうなのかなあ?」
エラやヒルマンはいけるだろうけど、ということは…。教頭先生、自力で様々な国の言語を習得、それを使って研究中だと…?



教頭先生の惚れ薬研究、梅雨の頃から始まっていたらしいです。夏休みに向けて。思い立った動機は全くの謎で、会長さんに言わせれば「ただの閃き」。けれども教頭先生の方は天啓を受けたとばかりに研究に励み、今日もせっせと惚れ薬作り。
「明日から合宿に入るだろう? その間が熟成期間になるみたいだねえ…」
「壺に詰めるとか、そういうのですか?」
熟成と言うと…、とシロエ君が問いを投げ掛ければ。
「壺もそうだけど、埋めるようだよ、家の庭に。…本当は神社の境内に埋めたいようだけど…」
「「「神社?」」」
なんで神社、と驚きましたが、理由は一応、あるそうです。縁結びの神様がお住まいの神社の境内に埋めて、恋愛成就を祈る人たちに上を歩いて貰えば完璧、そういう仕様で。
「…それは片想いの人たちじゃないかと思うんだが…」
縁結びの神社ならそうならないか、とキース君が首を捻ると、会長さんは。
「大多数は片想いの人だけれどさ、叶った時にはお礼参りに来るだろう? そっちのパワーは馬鹿にならないし、片想いの人だって振り向いて欲しいと必死だからねえ…」
両者のパワーで凄い惚れ薬が出来るらしい、という話。それって本当なんですか?
「さあねえ…。あの手の文献、大抵、根拠は不明だし…。ぼくも惚れ薬はサッパリだしね」
そんな勉強はしていないから、と会長さん。
「だけどハーレイは作れるつもりで頑張ってるわけで、神社の境内に埋められない分、家で工夫をするようだから」
「どんな工夫だ?」
どうすれば神社と張り合えるのだ、とキース君。
「恋愛祈願の人が教頭先生の家の庭に来るとは思えんが…。第一、不用心だと思うが」
「そこは心配要らないんだよ。踏んで行くのは人じゃないからね」
「「「え?」」」
何が踏むのだ、と深まる謎。まさか幽霊ではないんでしょうし…。
「人とはまるで関係無いねえ、幽霊もね。…この際、動物でもいいと思ったみたいで」
マタタビとかを用意している、と聞かされましたが、それじゃ、壺が埋まった地面の上を踏んで行くものは猫ですか?
「そのつもりらしいよ、恋の時期の猫は半端ないから」
今の季節は違うけれども、あやかりたい気持ちが大きいらしい、と会長さんは大きな溜息。猫の恋ってそんなに凄かったかな…?



教頭先生があやかりたいらしい、猫の恋。シーズンになったら独特の声で鳴いてますけど、会長さんによるとオスは寝食を忘れて走り回るほどらしいです。メスを巡って取っ組み合いの喧嘩も珍しくなくて、挙句の果てに…。
「「「トラックを止めた!?」」」
「らしいよ、いると分かってて轢いて通るというのもねえ…」
これは実話、と会長さんが話してくれた、恋の季節の猫の大喧嘩。ガップリお互い噛み付き合ったままで路上に二匹で、一車線しかない道路。通り掛かったトラックが気付いてクラクションを激しく鳴らしているのに、猫は喧嘩をやめるどころか動かないままで。
「クラクションの音で近所の人たちも出て来ちゃったから、そこで轢いたら大変だしね?」
「「「あー…」」」
そうだろうな、と思いました。動物愛護の精神で通報する人もいるかもですし、現場の写真を撮って直ちに拡散する人もいそうです。つまりは猫が姿を消すまで、トラック、立ち往生だったというわけですか…。
「そういうことだね、しかも誰も猫をどけようとはしなかったらしくて…」
トラックは十分以上も動けず、道は大渋滞になってしまったという話。あまつさえ、猫の喧嘩は噛み付き合った状態のままで徐々に移動し、側溝に落ちたというだけのことで。
「つまりね、トラックが走り去った後も喧嘩は続いていたんだよ。確か三十分だったか…」
「すげえな、その間、取っ組み合ったままだったのかよ?」
剥がれねえのかよ、とサム君が訊けば。
「取っ組み合いどころか、噛み合ったままだね。最後はフギャーッと凄い掴み合いで、後に沢山の毛玉がポワポワと…」
「「「うーん…」」」
そこまでなのか、と聞いて納得、猫の恋の凄さ。教頭先生があやかりたいのも分からないではありません。恋愛成就の神社が無理なら、せめて猫たちに踏んで行って欲しいと。
「…教頭先生、本気で壺を埋めるんですか?」
庭に、とシロエ君が確認すると、会長さんは。
「惚れ薬が完成したならね。…あと少しで出来るみたいだし…」
お約束のイモリで完成らしい、と吐き捨てるように。イモリの黒焼き、それを投入してからグツグツ煮込んで、布で濾して壺に詰めたら熟成。庭に穴を掘って壺を埋めておいて、その上の地面にマタタビやキャットフードなど。…なんとも怪しい惚れ薬ですが、本当に効くんですか、それ?



教頭先生の惚れ薬作りは格好の話題になりました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサイオン中継で見せてくれた現場は教頭先生の家のキッチン、この暑いのにグツグツ煮えている大鍋。
「…真っ黒だよねえ…」
あんなの飲む人いるのかな、とジョミー君が悩んで、マツカ君が。
「薔薇色とかなら分かるんですが…。あの色はちょっと…」
惚れ薬とは思えません、と厳しい言葉。何処から見ても不味そうな出来で、会長さんに飲ませるなどは無理そうですが…?
「それがね、熟成させたら色が変わるというらしくてねえ…。成功したなら」
「「「へ?」」」
「だからさ、上手く出来たらの話! 熟成した後、薔薇色になっていたなら完璧らしいよ」
ハーレイの研究ではそうなっている、と会長さん。熟成期間を終えて掘り出した壺の中身が薔薇色に変わっていたなら完成品だ、と。
「本物が出来るというんですか、あれで!?」
シロエ君が驚き、キース君も。
「黒い液体が薔薇色か…。化学変化を起こしたならば、可能なのかもしれないが…」
それは効くのか、と訊きたい気持ちは誰もが同じ。会長さんは「さあ…?」と首を傾げて。
「どうなんだかねえ、ハーレイの研究なんだしね? しかも色々、混ぜちゃってるし…」
レシピは一つではないようだ、とズラリ挙げられた文献の数。古今東西、あちこちの文献を読み込みまくって美味しいトコ取り、使えそうなレシピは端から採用したらしく…。
「真っ黒なのが薔薇色になるっていうのは、その内の一つ。…熟成はまた別のレシピで、神社の境内に埋める方もまた別のヤツでさ…」
「…チャンポンなのか!?」
酒で言ったらチャンポンじゃないか、とキース君。チャンポンは麺かと思いましたが、いろんな種類のお酒を一度に飲むのがチャンポン、悪酔いするとかロクな結果にならないそうで。
「…惚れ薬でチャンポンは危険じゃないですか?」
お酒以上にヤバそうですが、とシロエ君の指摘。惚れ薬どころか嫌われる薬が出来上がるかもしれません、と。
「いいんじゃないかな、ぼくは飲むつもりはないからね」
惚れ薬と知ってて誰が飲むか、と会長さん。…そうでした、とっくにバレているんでしたっけ、教頭先生の惚れ薬作り。会長さんが飲むわけないんですから、チャンポンだろうが、失敗しようが、私たちには全く関係無いですよね?



合宿へ、修行体験ツアーへと旅立つ男子たちの壮行会を兼ねた屋上でのバーベキューが終わって、私たちは解散しましたが。次の日、スウェナちゃんと二人で会長さんの家へ出掛けてゆくと…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
今日はフィシスも一緒にお出掛けだよ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。フルーツパフェが美味しいお店へ出掛けるそうです、選んだ果物で作って貰えるスペシャルなもの。フィシスさんも先に来ていましたけど、教頭先生の惚れ薬作り、どうなったかなあ…?
「ああ、あれかい? 夜中に穴を掘ってたけどねえ?」
庭でせっせと、と会長さん。
「熟成用の壺にはビッシリ呪文で、それを特別な布で包んで、雨水とかが入らないように防水シートもかけたようだけど…」
ねえ? と会長さんがフィシスさんに視線を向けると、「ええ」と頷くフィシスさん。
「…占い師の立場から言わせて貰えば、防水シートは大いに問題がありますわね」
「「え?」」
どうして、とスウェナちゃんと揃って訊き返すと。
「あれこれ作り方にこだわったんなら、防水も昔ながらの方法にすべきだと思いますわよ?」
今どきの防水シートはちょっと…、と言われてみればそんな気も。でもまあ、神社の境内じゃなくて猫が踏んでゆく地面に埋めてる辺りで、先は見えているとも思えますし…。
「うん、成功するわけがないってね! どうかな、フィシス?」
「…占いですか?」
「どうなるのか興味があるからね。大失敗だろうと思うけれどさ」
占ってみてくれるかな、と会長さんが頼んで、フィシスさんは奥の部屋からタロットカードを取って来ました。会長さんの家にもカードが置いてあるのが流石です。それだけ頻繁に出入りしている証拠なんですし、教頭先生の惚れ薬は無駄だと思いますけど…。
そのフィシスさんはタロットカードをめくって占いを始めたものの。
「…大騒ぎになるみたいですわよ?」
「それは薬のせいなのかい?」
「さあ…。そこまでは分かりませんけど、波乱のカードが」
「「「…波乱…」」」
何が起こるんだ、とタロットカードを睨み付けてみても、答えは出て来ませんでした。次の日に占って貰っても同じ、その次の日も全く同じ。波乱のカードは変わらないまま、男の子たちが戻って来る日がやって来て…。



「かみお~ん♪ みんな、お疲れ様ーっ!」
合宿も修行も大変だったでしょ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。合宿や修行を終えた男の子たちの慰労会という名の焼肉パーティー、真っ昼間からがお約束。ワイワイ賑やかに肉を焼く中、キース君がふと思い出したように。
「…例の薬はどうなったんだ? 教頭先生が作っていたヤツは」
合宿期間中が熟成期間だった筈だが、という質問に会長さんが。
「今夜、掘り出すみたいだよ? 夏は日暮れが遅いからねえ、八時は過ぎるんじゃないのかな」
本人は早く掘りたくてウズウズしているみたいだけれど、と大きな溜息。
「ぼくとしては大いに迷惑だからね、出来れば掘らないで欲しいんだけど…」
「あんた、飲まないと言ってただろうが」
「そのつもりだけど、どう転ぶやら…。フィシスの占いでは波乱らしいから」
「「「波乱!?」」」
占いの件を知らなかった男子に、会長さんが説明を。カードは毎日、波乱だと告げていたのだと。
「フィシスの占いは外れないしね、何が起こるのか、もうビクビクで…」
「あんたが教頭先生に惚れる結果になるとかか?」
「無いとは言い切れないからねえ…。波乱だけに」
でも簡単には飲まされない、と会長さんも負けてはいません。サイオンで教頭先生の家を覗き見、しっかりと監視し続ける内に、焼肉パーティーは終了、午後のおやつをダラダラと食べて、夕食の時間。夏野菜たっぷりのエスニック料理が並んで満足、食後のマンゴージュースをストローで美味しく飲んでいたら…。
「ハーレイが庭に出てったよ。…スコップを持って」
いよいよ壺を掘り出すらしい、と会長さんの声が。
「…ほらね、こういう感じでさ」
指がパチンと鳴ったと思うと、壁に現れた中継画面。教頭先生が庭の隅っこをザックザックと掘り返しています。そっか、真ん中じゃなくて隅っこだったんだ…。
「猫が寛げるように隅っこらしいね、出来れば恋を語らって欲しいと」
「…その季節じゃないと思うんだが?」
キース君の突っ込みに、会長さんは両手を軽く広げてお手上げのポーズ。
「ハーレイだしねえ、思い込んだら一直線だよ。猫はそこそこ来ていたけれどさ、恋は語っていなかったねえ…」
踏んで行っただけだ、と会長さん。踏んで貰うことは出来たんですねえ、惚れ薬の壺…。



土の中から掘り出された壺は、青いビニールの防水シートに包まれていました。フィシスさんがダメ出しをしていたヤツです。もうこの段階で失敗だろうと思ったんですが、教頭先生がしっかり抱えて家の中へと運び込んだ壺は…。
「うわあ、呪文だらけ…」
いったい何が書いてあるんだろう、とジョミー君が息を飲み、会長さんが。
「あれも一種のチャンポンだねえ…。ありとあらゆる恋愛成就の呪文が一面に…」
せめて統一すればいいのに、と言っている内に壺の封が剥がされ、教頭先生が料理用のおたまを突っ込んで…。
「おおっ、出来たぞ!」
成功だ! と歓喜の表情、おたまの中身は真っ黒ではなくて薔薇色の液体。
「…出来たみたいですよ?」
薔薇色ですよ、とシロエ君が中継画面を指差し、会長さんが呆然と。
「…嘘だろう…! それでフィシスが波乱だと…?」
「そのようだな。あんた、飲んだら終わりだぞ、あれは」
教頭先生に惚れるしかないぞ、とキース君。
「どうやら成功したらしいしな? あの調子だと、今夜の内にも「飲んでくれ」と持っておいでになるんじゃないかと…」
「…そうなのかな? って、そのコースなわけ!?」
会長さんの悲鳴は当然と言えば当然でした。教頭先生、壺の中身をガラス瓶に詰めておられます。そのままでゴクゴク飲み干せそうなサイズの、ジュースか何かの空き瓶に。
「かみお~ん♪ これからお客様?」
ハーレイに何を出そうかな、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が浮かれてますけど、会長さんはそれどころではなくて。
「の、飲まないとは言ったけど…。言ったんだけど…!」
どうすれば、と半ばパニック状態。まさか惚れ薬が完成するとは夢にも思っていなかったという所でしょうか。何も完成したからと言って、飲まなきゃならないこともなさそうですが…?
「毒見してくれ、と言ってみたらどうだ?」
キース君の提案に、会長さんは飛び付きました。
「そうだ、その手があったよねえ…! 飲んでみてくれ、と言えばいいんだ!」
怪しい飲み物を持って来たなら王道の対応なんだから、と晴れやかな笑顔。教頭先生、惚れ薬の毒見は出来ないでしょうし、これで円満解決ですかねえ…?



それから間もなく、教頭先生が愛車で下の駐車場へとご到着。私たちは今夜はお泊まりコースに切り替え、会長さんのボディーガードを兼ねて居座り中です。暫くしたら玄関のチャイムがピンポーンと鳴って、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び跳ねて行って…。
「ハーレイが来たよーっ!」
「…遅くにすまん。美味いジュースが出来たものでな」
飲んで貰おうと思って持って来たのだ、と教頭先生がリビングにやって来ました。提げている紙袋の中身は例の惚れ薬でしょう。これだけの大人数がいるとは予想もしなかったらしく、「すまん」とお詫びの言葉再び。
「…ジュースは一本しか無いのだが…。ブルーの分しか」
「ぼくの分だけ? ぶるぅのも無いと言うのかい?」
それは酷い、と会長さん。
「他のみんなの分が無いのは分かるけれども、ぶるぅのも作って来てないだなんて…。なんだか怪しい匂いがするねえ、一本だけだと言うのがね」
「いや、それは…。分量などの関係で…」
「そうかい? 壺に一杯、仕込んでたように思うんだけどね?」
ぼくの記憶が確かだったら、と会長さんの切り返し。グッと詰まった教頭先生に、会長さんは。
「あの壺の中身か、そうじゃないのか。…どっち?」
「もちろん、壺の中身ではない。ただのジュースだ、壺は壺だ」
これがいわゆる嘘八百。壺の中身の方ではない、と開き直った教頭先生、紙袋の中から例の瓶を。薔薇色の液体が詰まっています。
「どうだ、綺麗なジュースだろう? 美味いんだぞ、これは」
「じゃあ、飲んでみて」
「はあ?」
「毒見だよ、毒見。一人分だけって持って来られて、「はいそうですか」と飲むとでも?」
そのアイデアはキース君が出したんですけど、会長さんはもう完全に自分のものに。
「万一ってこともあるからねえ…。まずは一口、それだけでいいから」
「…し、しかし…」
「瓶から直接、飲んでくれてもいいんだよ? その後でぼくが瓶から飲んだら…」
間接キスになるんだけどねえ? と赤い瞳がキラリーン! と。瓶の中身が怪しくなければ、教頭先生は釣れる筈です。毒見するだけで会長さんが間接キスをしてくれるのですし、これで飲まなきゃ、怪しいジュースだと自白してるも同然ですって…。



「ほら、飲んで! ぼくと間接キスなんだから!」
会長さんが促しているのに、飲もうとしない教頭先生。会長さんに惚れて貰うための惚れ薬だけに、自分が飲んだら何が起こるか分からないといった所でしょうか。会長さんはフンと鼻を鳴らすと、ジュースの瓶を睨み付けて。
「知ってるんだよ、それの中身が惚れ薬だということはね!」
「…で、では…」
「飲むわけないだろ、そんな薬! 君が飲んだらいいと思うけど!」
惚れ薬だから、飲んでも何も変わらない筈! と会長さんは瓶を引ったくり、ポンと蓋を開けて。
「これをぼくが君に飲ませたってね、君は元からぼくにベタ惚れ、何も変わりはしないから!」
自分で飲め! と突撃して行った会長さん。身長の差を物ともせずにグイと背伸びして、教頭先生の顎を引っ張り、瓶の中身を無理やり口へと。
「「「わーっ!!!」」」
なんてことを、と私たちはビックリ仰天、教頭先生も驚きのあまり例の薬をゴックンと。会長さんは勢いに乗って「全部飲め!」と無理やり流し込んでしまい…。
「…あんた、けっこう無茶苦茶やるな」
教頭先生に飲ませるとは、とキース君が呆れて、シロエ君も。
「…いくら結果は変わらないのか知りませんけど…。惚れ薬ですよ、怪しいですよ?」
そんなものを強引に飲ませるなんて、と超特大の溜息、残る柔道部員のマツカ君は教頭先生の介抱中です。ゲホゲホと噎せておられる背中をトントン叩いて、擦ったりする内に…。
「…すまん、世話になった。申し訳ない」
教頭先生はなんとか復活、マツカ君に丁重に御礼を言うと。
「おお、こうしてはいられない! 急がねば!」
「「「え?」」」
「まだ起きているとは思うのだが…。明日のデートを申し込まないと!」
「「「デート?」」」
誰に、と会長さんの方を眺めましたが、教頭先生は「邪魔をしたな」とペコリとお辞儀。
「どうして此処へ来てしまったのかは分からんが…。急ぐので、これで失礼する」
「急ぐって…。何処へ?」
会長さんが訊くと、返った答えは。
「ブラウの家に決まっているだろう! 早く行かないと寝てしまうからな」
では、と回れ右、飛び出して行ってしまった教頭先生。ブラウって、ブラウ先生ですか…?



いったい何が起きたというのか、まるで分からなかった私たち。会長さんもポカンとしていましたけど、ようやく我に返ったようで。
「…ブラウって…。まさか、ハーレイ、ブラウとデートを…?」
有り得ない、とサイオンの目を凝らした会長さんですが。
「…ハーレイ、本気だ…。ブラウの家へと向かっているんだ、途中のコンビニで花まで買って」
「「「花!?」」」
「この時間に花屋は開いてないしね、とにかく花だとコンビニに…」
この通り、と映し出された中継画面。教頭先生の愛車の助手席に如何にもコンビニな薔薇の花束、運転する表情は恋に恋しているような顔で。
「マジでブラウ先生とデートなのかよ?」
あの花束で申し込みかよ、とサム君が唖然、ジョミー君も口をパクパクと。
「…なんでそういうことになるわけ、教頭先生、ブラウ先生なんかに惚れていたっけ…?」
「いや、知らん。俺も全くの初耳だが…」
どうなっているんだ、とキース君にも状況が全く掴めないまま、教頭先生、ブラウ先生の家にご到着。花束を抱えてチャイムを鳴らして…。
「ありゃまあ、ハーレイ、どうしたんだい?」
こんな時間に、と出て来たブラウ先生に、教頭先生はバッと花束を。
「そ、そのぅ…。良かったらデートして貰えないだろうか、明日、映画にでも…」
「デートって…。映画って、あんた、熱でもあるんじゃないのかい?」
誰かと間違えていないかい、とブラウ先生が目を丸くしていますけれど。
「いや、間違える筈があるものか! 私は昔からブラウ一筋で!」
「あー、なるほど…。分かった、あんた、酔ってるね?」
飲酒運転は良くないねえ…、とブラウ先生はガレージに停められた教頭先生の愛車を眺めて。
「仕方ないねえ、ちょいと荒っぽい運転になるけど、あんたの家まで送って行くよ」
キーを貸しな、と差し出された手に、教頭先生は感無量。
「なんと、ドライブしてくれるのか! しかも運転してくれると!」
「仕方ないだろ、飲酒運転だと分かったからには、きちんとフォローしておかないとね」
身内から逮捕者は出したくないんだよ、とブラウ先生は車に向かうと、運転席へ。教頭先生に助手席に座るように促し、エンジンをかけて…。
「帰りのタクシー代は出しておくれよ、そこの酔っ払い」
「もちろんだ! ついでに私の家で一杯やろう」
夜のドライブもオツなものだな、と教頭先生は御機嫌でした。ブラウ先生と二人で夜のドライブ、それから家で一杯やろうって、どう考えても変ですよ…?



何がどうなっているのか謎だらけのまま、ブラウ先生が運転する車は教頭先生の家に着きました。ブラウ先生は「タクシー代を寄越しな」と手を出しましたが、「まあ、一杯」と誘われて。
「ふうん…? 悪くはないねえ、あんたの酒のコレクションにも興味はあるし」
「本当か? では、是非、飲んで行ってくれ!」
とっておきのチーズもカラスミもあるし…、と教頭先生は歓待モード。ブラウ先生はいそいそと上がり込み、通されたリビングでソファに座って。
「ハーレイ、枝豆は無いのかい? 夏はやっぱり枝豆がいいと思うんだけどね」
「分かった、冷奴も用意出来るのだが…」
「いいじゃないか! 枝豆に冷奴、まずはそいつで楽しく飲もう!」
チーズとカラスミもよろしく頼むよ、とブラウ先生。教頭先生は早速枝豆を茹で始め、その間に冷奴とチーズとカラスミを並べ、生ハムも出そうとしています。教頭先生、ブラウ先生たちとも飲んだりすることは知ってますけど、家に招いて一対一って…。
「…変だよね?」
「何処から見たって変ですよ!」
おかしすぎます、とシロエ君がジョミー君に言った所へ。
「うーん…。惚れ薬の効き方、間違った方へ行っちゃったみたいだねえ…」
ブルーがブラウに、と後ろから声が。
「「「!!?」」」
誰だ、と振り返ったらフワリと翻った紫のマント。異世界からのお客様なソルジャー登場で…。
「惚れ薬を作っているというから、興味津々で見てたんだけど…。なんとも妙な結末に…」
ブラウの方に惚れるだなんて、とソルジャーは首を振りました。
「惚れ薬は成功したんだと思っていたけれど…。別の相手に惚れちゃう薬かあ…」
あのハーレイがブラウにねえ…、とソルジャーはなんとも残念そう。
「惚れ薬のお蔭で君も目出度くハーレイと恋に落ちるんだろう、と期待してたのに、肝心のハーレイがブラウの方に行っちゃったんでは…」
「ぼくとしては嬉しい気もするけどね? これで暑苦しく迫って来られる心配も無いし」
万々歳だ、と会長さんが言ったのですけど。
「本当に? …このまま行ったら、ハーレイはブラウ一筋になりそうだけどね?」
君のオモチャが無くなるのでは…とソルジャーは中継画面を覗き込みました。
「一時的なものならいいんだけどさ。あの惚れ薬は気合が入っていたからねえ…」
君を顧みなくなるのでは…、というソルジャーの心配は見事に当たって。



「…全く治っていらっしゃらないようだな…」
キース君が中継画面を眺めて溜息。私たちがいるのは会長さんの家のリビングです。
あれから日は経ち、山の別荘から戻って来た時にも教頭先生はブラウ先生にベタ惚れでした。幸か不幸か、ブラウ先生の方では、教頭先生が会長さん一筋だったことを御存知です。一種のゲームか何かであろう、と解釈なさったらしくて、楽しくデートをしておられて、今も…。
「ちょいと、ハーレイ! あっちの店も美味しそうなんだけどね?」
「ふむ…。では、夕食はあの店にするのもいいな」
「そうこなくっちゃ! それでねえ、今日は買いたいものがあってねえ…」
買ってくれると嬉しいんだけどね、とブラウ先生、教頭先生と仲良く腕を組んでお出掛け中。教頭先生は買い物と聞いて「任せておけ」と言ってらっしゃいますし…。
「あのポジションはぼくなんだけど!」
デートはしないけどハーレイは財布、と会長さんが不機嫌そうに。
「ぼくたちが別荘に出掛けてる間に、どれほどブラウに貢いだんだか…。腹が立つったら!」
「あんた、教頭先生をオモチャにするだけでは足りないのか?」
キース君の問いに、会長さんは。
「オモチャはもちろん必要だけれど、ハーレイからは毟ってなんぼなんだよ!」
なのにブラウが毟っているし、と文句を言っても、教頭先生はブラウ先生に首ったけ。デートの途中で会長さんがヒョイと姿を現したって、挨拶だけでおしまいというのが現状です。
「なんで惚れ薬でこうなったんだか…! 待ってれば治ると思うんだけど…」
その内にきっと、と会長さんが歯ぎしりしていると。
「…そのコースだと何日かかるかなあ…」
下手をしたら二ヶ月くらいかも、とソルジャーが降ってわきました。
「あの惚れ薬を分析したらね、かなり強力な成分が入っていたんだよ。精神に直接働きかけるってヤツで、ぼくの世界にも無い代物でさ…」
「分析って…。持って帰ってたのかい、あの薬を?」
いつの間に、と会長さんが訊くと、ソルジャーは。
「君がハーレイに飲ませた次の日! 覗き見してたら、ハーレイが捨てようとしていたから…」
壺ごと貰っておいたのだ、と話すソルジャーによると、教頭先生は自分が作った惚れ薬のことを覚えていらっしゃらないそうです。ゆえにゴミだと捨てようとしたのを、ソルジャーが横から貰った次第。教頭先生はソルジャーにも特に反応しなかったとかで…。



「普段だったら、君とそっくりって言うだけで歓迎して貰えるのにさ…」
お菓子も出して貰えなかった、とソルジャー、ブツブツ。貰えたものは惚れ薬の壺だけ、お茶も淹れては貰えなかったらしく。
「いったいどういう薬なんだ、とノルディに分析させたわけ。あ、ぼくの世界のノルディだよ? でね…、分析に回してる内に、ぶるぅがね…」
薬を持ち出して配って回ってしまったのだ、とソルジャーは頭を抱えました。悪戯小僧で大食漢なソルジャーの世界の「ぶるぅ」なだけに、好奇心の方も人一倍。謎の薬をジュースに混ぜてしまって配達、何も知らないソルジャーのシャングリラの人たちが飲んで…。
「騒ぎに気付いて回収したけど、二十人くらいに被害が出てる。配って回ったのがぶるぅだったからかな、ぼくのシャングリラでもブラウがモテモテ」
ぶるぅとブラウは音が似てるし…、と言うソルジャー。
「ぼくとノルディの推測だけどね、似たような別物に惚れることになるのがあの薬だね。だから、こっちのハーレイが君に飲ませても、君はハーレイに惚れる代わりに他の誰かに…」
それが誰かは分からないけれど、とソルジャーは額を軽く押さえて。
「とにかく間違えた薬なんだよ、おまけに強力。中和剤が無ければ二ヶ月くらいは効いたままだとノルディは言ったね、中和剤を急がせているんだけれど…」
今夜くらいまでかかるらしくて…、と頭痛を覚えているらしいソルジャー。
「実は、ぼくのハーレイも被害者なんだよ! ぶるぅが悪戯しちゃったお蔭で!」
ぼくを放ってブラウに夢中、とソルジャーは泣きの涙でした。変な薬を持って帰ってしまったばかりに夫婦の仲が壊れそうだと。
「もうすぐ海の別荘行きだし、それまでに治ってくれないと…! せっかくの結婚記念日が…!」
離婚記念日にしたくはないから、と焦るソルジャー、自分の世界のドクター・ノルディに発破をかけて来たそうです。中和剤を急げと、今夜までには、と。
「…その中和剤、君も欲しいなら貰って来るけど?」
飲ませなければハーレイは当分、あのままだけど、とソルジャーが告げると、会長さんは。
「即効性があるのかい、それは?」
「当然だろう? 直ぐに効かなきゃ意味ないし!」
飲ませたら一時間以内に効果が出る筈、とソルジャーは勝算があるようです。ソルジャーの世界のドクター・ノルディも出来ると保証していたとかで…。
「じゃあ、とりあえず…!」
出来たら譲って、と会長さんはソルジャーに頼み込みました。中和剤が出来たらよろしく、と。そしてその夜、ソルジャーが出来たばかりの中和剤を届けに来たのですが…。



「…あんた、中和剤を使わないのか?」
教頭先生はブラウ先生に夢中でいらっしゃるが、とキース君。今はお盆の棚経に向けて追い込みの最中、卒塔婆書きもクライマックスです。そんな日々でも息抜きだとかで、今日も会長さんの家に来ているキース君ですが…。
「中和剤かい? 急がなくてもいいんじゃないかな、いつでも元に戻せるんだしね」
ブルーの世界で実証済み、と会長さんの顔には余裕の笑み。
「あっちのハーレイ、一瞬で正気に戻ったと聞いているからねえ…。ついでに、トリップと言うのかなあ? あっちのブラウにぞっこんだった間の記憶も微かにあるらしいから…」
「らしいな、お蔭で夫婦円満だとか言ってやがったような…」
ソルジャーはとんと御無沙汰でした。「ぶるぅ」の悪戯でソルジャーを放り出してブラウ航海長に夢中だったキャプテン、その負い目からか、熱烈な夜だったと聞かされたきりで。
「ぼくもね、それを狙ってるんだよ、ハーレイの負い目というヤツを!」
存分に泳がせておいて正気に返す、と会長さんはニッコリと。
「海の別荘行きの誘いをかけたら、「付き添いならいいぞ」と言ったほどだしね? 教師の立場でついて来ようとしているんだし、もうギリギリまで放っておいて!」
中和剤を使うのは海の別荘に着いてからでもいいねえ、と恐ろしい案が。それは実行に移され、海の別荘では平謝りの教頭先生の姿が見られたわけですが…。ソルジャー夫妻も「ぶるぅ」も大いに笑って、笑い転げたわけですが…。



教頭先生が正気に戻って、会長さんに土下座しまくったその夜のこと。ソルジャー夫妻は早々に自分たちの部屋へと引っ込み、私たちが広間で騒いでいると。
「かみお~ん♪ みんなでゲームをしない?」
ちょっと面白そうなんだけど、と「ぶるぅ」がニコニコ。悪戯小僧の「ぶるぅ」です。
「…ゲームですか?」
どんなのですか、とシロエ君が尋ねたら、いきなりドカンと出て来た壺。謎の呪文が山ほど書かれた壺には確かに見覚えがあって。
「お、おい、この壺は例の…!」
惚れ薬の壺では、とキース君の声が震えて、「ぶるぅ」が「そだよ~!」と。
「えっとね、中和剤はちゃんと用意してあるから! みんなで飲まない?」
「「「みんな?!」」」
「そう! みんなでグラスに一杯ずつ入れて、歌いながら順番に回して行くの!」
歌い終わった時に持っていたグラスの中身を飲むんだよ、とニコニコニッコリ。
「ぼくには誰のグラスが来るかな、キースかなあ? キースのだったら、ぼくの好きな人、誰になると思う?」
「ちょ、ちょっと…!」
そんなゲームはお断りだから、と会長さんが慌てましたが、ぶるぅはやりたいらしくって。
「平気だってば、中和剤のことを忘れちゃってたら、ブルーが飲ませてくれるから!」
明日の朝にみんなの様子がおかしかったら飲ませるよ、って言ってくれたよ、と満面の笑み。
「だから絶対、大丈夫! ねえねえ、ゲームをやりたいよう~っ!」
みんなでやろうよ、と持ち込まれてしまった、恐ろしすぎる惚れ薬。教頭先生は顔面蒼白、私たちも震えが止まらないのですが、「ぶるぅ」はゲームだと主張しています。
「…おい、俺たちはどうなるんだ?」
「知りませんよ!」
ぼくがキース先輩に惚れても許して下さい、とシロエ君はもはやヤケクソでした。そうか、そういう結果になるかもしれないんですね、私がキース君に惚れるとか…。教頭先生に惚れるとか…。
「「「嫌すぎる~~~っ!!!」」」
ゲームは御免だ、と叫んだものの、ドカンと置かれたままの壺。もしかしなくても、ゲームをやるしかないんでしょうか。教頭先生、責任を取って一気飲みとかしてくれませんか、恐怖のゲームを回避するため、人柱ってことでお願いします~!




           惚れ薬の誤算・了


※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 教頭先生が頑張って作った、惚れ薬。無事に完成したんですけど、惚れる相手が大問題。
 間違った相手に惚れてしまう薬で、それをゲームで飲めというオチに。大丈夫でしょうか?
 次回は 「第3月曜」 4月19日の更新となります、よろしくです~!

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、3月と言えば春分の日で、春のお彼岸。今年は連休ではなくて…。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv











※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。




桜と共に、シャングリラ学園に新しい年度がやって来ました。新入生が溢れる季節で入学式のシーズンです。特別生の私たちはもちろん今年も1年生。入学式に参加するかどうかは自由ですけど、やっぱり節目の行事なだけに。
「記念撮影、今年もするよね?」
いつものスポット、とジョミー君。入学式の日の校門前は新入生が次々に記念撮影中で。
「そりゃまあ、毎度のことだしよ…。撮らねえって手はねえよな、うん」
交代で撮ろうぜ、とサム君が。カメラはスウェナちゃんが持って来ています。元ジャーナリスト志望なだけにプロ仕様とも言える立派なカメラ。
「じゃあ、撮るわよ? ちゃんと並んで!」
整列、整列! とスウェナちゃんが仕切り、「入学式」と書かれた看板の前に並んでポーズを。何も知らない新入生とか保護者から見れば、仲良しグループが揃って合格、晴れて入学という所でしょう。パシャリと写してカメラマン交代、キース君が撮って、ジョミー君も。
撮影の後は入学式の会場の講堂に出掛け、きちんと着席しましたけれど…。
『…これから後が長いんだよ…』
寝てもいいかな、とジョミー君の思念。「いいんでねえの?」とサム君が返しています。
『どうせその内、起こされるんだし、早めに寝とけよ』
『『『あー…』』』
そうだった、と交わした苦笑の思念波。間もなくジョミー君はコックリコックリ船を漕ぎ始め、他のみんなも欠伸をしたり、キース君なんかは左手の数珠レットを繰ってますから心でお念仏の真っ最中。居眠るよりかはお念仏とは副住職だけあって立派かも、と思っていたら。
『居眠るな、仲間たち!!』
朗々と響き渡った思念波、ジョミー君がガバッと顔を上げたくらい。来ました、会長さんの仲間探しのメッセージが。
『ぼくはシャングリラ学園生徒会長、名前はブルー。このメッセージが聞こえているなら、今日の行事が終わった後で来て欲しい。場所は…』
パアアッと頭の中に広がった校内の地図と映像イメージ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ向かって誘導しているのが分かります。さて、このメッセージが聞こえた人は…?
『いそうかよ?』
『…いや、無反応と見た』
静かなもんだ、とサム君とキース君の思念。広い講堂に集まった今年の新入生たち、お仲間はいないようですねえ…。



こんな感じで始まった新年度、クラスは不動の1年A組。またか、と言うだけ無駄というもの、担任までが不動のグレイブ先生。
「…ブラックリストっていうのを痛感させられますよね…」
もう永遠にコレでしょうね、とクラス発表の紙を指差すシロエ君。私たち七人グループの名前が漏れなく入って、担任はグレイブ・マードックの文字。
「俺たちのせいではないと思うが…。ブラックリストは」
だが入ったものは仕方がない、とキース君は諦めの境地です。
「俺たちがいるとあいつが来るんだ、そしてエライことになるのが毎度のパターンだ」
「やっぱりブルーのせいだよねえ…」
見込まれたのが運の尽きっていうヤツだよね、とジョミー君もフウと大きな溜息。
「今日も来るんだよ、グレイブ先生が実力テストを始めたらさ」
「グレイブ先生も懲りませんよね、毎年、毎年」
どう転んでも来ると思うんですが、とマツカ君までが。入学式の日にグレイブ先生がやらかす実力テストを足掛かりにして1年A組に入り込むのが会長さんで、グレイブ先生との熾烈なバトルになる年も多いんですけれど…。
「今年はどっちのパターンかしらねえ、スルリと入るか、グレイブ先生が捻って来るか」
スウェナちゃんが首を傾げて、サム君が。
「あればっかりは読めねえからなあ…。まあ、どっちでもいいんじゃねえの?」
「そうだな、賭けるほどでもないな」
行くか、と教室に向かって歩き始めるキース君。私たちも馴染んだ通路をスタスタ歩いて、いつもの1年A組へ。やがてカツカツと高い靴音、現れたグレイブ先生の姿に他のクラスメイトが息を飲んだのが分かります。「ハズレの先生」が来た恐怖に。
若干二名ほど落ち着いてるのが、特別生のアルトちゃんとrちゃん。何をしたわけでもないのにブラックリストに入れられたらしく、毎年、毎年、1年A組というのが気の毒かも…。
「はじめまして、諸君。私はグレイブ・マードック。…グレイブ先生と呼んでくれたまえ」
最初に諸君の実力を見たい、と始まりました、今年も懲りずに。配られて来た数学の問題ギッシリのプリント、あちこちで悲鳴が上がっている中、カラリと教室の扉が開いて。
「やあ、こんにちは。…ぼくはシャングリラ学園の生徒会長でブルーと言うんだけど…」
ぼくをこのクラスに混ぜてくれたら、この実力テストも含めて一年間のテストは全て満点、と会長さんの公約が。…うーん、今年はアッサリ勝負がついたようですねえ、グレイブ先生、戦いを放棄しましたか…。



会長さんは1年A組への仲間入りを果たし、入学式の日は無事に終了。サイオンを持った新しい仲間も入学して来ず、今年も「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を溜まり場として使えることに。万々歳で浮かれている中、校内見学にクラブ見学と授業の無い日が続いてますけど…。
「かみお~ん♪ 明日は卵の日なんだよ!」
放課後に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行ったら、ニコニコ笑顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。そういえば明日は新入生歓迎会があるんでしたっけ、特別生はお呼びじゃないので存在自体を忘れてましたが…。
新入生歓迎会の花がエッグハントで、「卵の日」。歓迎会は軽食やお菓子が食べ放題のパーティーですけど、それが終わったらエッグハント、すなわち卵探し。本来はイースターの行事ですから、春という季節だけは合っているかもしれません。
シャングリラ学園のエッグハントは宗教色とはまるで無関係、ただのお宝探しのゲーム。校内に隠された卵を探してゲットするだけ、お菓子の卵や、何か入った卵やら。中でも最大の目玉となるのが特賞の卵、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が化ける卵で。
「今年の特賞、何なんだよ?」
豪華なんだろうなあ、とサム君が訊けば。
「えっとね、選べるクーポン券! 旅行に行ってもいいし、お買い物もいいし…」
お値段、これだけ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が挙げた金額は流石の豪華さ。一人占めするなら海外旅行も出来そうです。
「すげえな、今年も血眼になって探すんだろうな、新入生のヤツら」
「だろうねえ…。ぼくたちにはもう縁が無くなった世界だけどね」
最初の年しか遊べなかったし、とジョミー君。その最初の年に特賞の卵を見付けたというのに、台無しにしたのも私たちです。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が化けた卵と知らずに催涙スプレーやらスタンガンで攻撃、大当たりだった旅行券を無効にされてしまった思い出が…。
「無関係というのが寂しかったら、隠す係を君たちにやらせてあげるけど?」
知恵を絞って卵を隠して回りたまえ、と会長さん。
「あれもなかなかに楽しいものだよ、何回かやっているだろう?」
「…明日ですよね?」
卵隠し、とシロエ君が訊くと「うん」と返事が。
「歓迎パーティーの間に隠して回る! それが王道!」
やってみる? というお誘いに「やる!」と答えた私たち。たまには生徒会のお手伝いという名の卵隠しもいいものですしね!



次の日、パーティー会場へ向かうクラスメイトたちとは別の方向へ向かった私たち。生徒会室に着くと会長さんが山と積まれた卵を前にして「はい」と大きな籠をくれました。
「これで好きなだけ持って行ってくれればいいからね。君たちで隠し切れなかった分は、ぼくがサイオンで片付けるから」
「分かった。適当に貰って行くことにする」
この辺がけっこう当たりっぽいな、とキース君が陶器の卵を取って籠に入れ、チョコレートの卵やキャンディー入りの卵もドッサリと。私たちも籠に詰め始めましたが…。
「そういや、ぶるぅは何処に隠れているんだよ?」
そこは避けないと、とサム君が。
「あー、ぶるぅ! 被っちゃマズイね」
忘れてた、とジョミー君が言ったのですけど、会長さんは。
「なんだ、今頃、気が付いたんだ? 今までに何度も隠してるくせに」
その質問は一度も無かった、と可笑しそうな顔。
「心配しなくても被りやしないよ、ぶるぅは自由に動けるからね」
「「「え?」」」
「卵だよ、卵。卵に化けているっていうだけなんだし、卵に戻った時とは違うよ」
ここはマズイと思った時には瞬間移動で別の所へ移動するのだ、と聞いてビックリ、動ける卵。それじゃ、もしかして、私たちがエッグハントをした年、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に会えたのは…。
「決まってるだろう、ぶるぅが自分で出て行ったんだよ、君たちの前に」
見付けて貰えるように移動したんだ、と会長さん。
「せっかく仲間が見付かったんだし、仲良くしたいって張り切ってたのに…」
「…すまん、催涙スプレーもスタンガンも俺だ」
怪しい卵だと攻撃したのは俺だった、とキース君が頭を下げました。マツカ君が誘拐対策に通学鞄に入れていたアイテムを持って来させたのも、使ったのもキース君でしたっけ…。
「もう時効だよ、ぶるぅもとっくに許しているしね。それに仕返し、その場でやったし…」
「「「…旅行券…」」」
パアにされた、と悲しい思い出が蘇ったものの、「そるじゃぁ・ぶるぅ」だって酷い目に遭ってしまったんですから、お互い様というものです。ここは忘れて水に流して…。
「卵隠し、行って来ます!」
シロエ君がダッと駆け出し、私たちも校内に散りました。さーて、隠すぞ、何処に隠すのが楽しいですかね、職員室にも行って来ようかな…?



エッグハントは今年も盛況、新入生たちは楽しく遊んでくれたようです。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が卵に化けて持っていたクーポン券をゲットした幸運な生徒は躍り上がって喜んだとか。翌日は土曜日、会長さんの家に集まってワイワイ、お菓子を食べつつエッグハントの話題再び。
「やっぱアレだよな、職員室とかが盲点だよな!」
入って行く勇気のあるヤツが少ねえし、とサム君が笑って、キース君も。
「礼法室もなかなか来ないぞ、俺はあそこの茶釜に隠した」
「えーっ! あれってキース先輩でしたか!」
ぼくも茶釜を開けたんです、とシロエ君。
「ここならいける、と覗いたら先に卵が入ってて…。仕方ないんで、茶釜の下に」
「「「下?」」」
「灰の中ですよ、そこに何個か突っ込みました」
「「「うわー…」」」
そんな所まで探す生徒がいるのだろうか、と思いましたが、会長さんが言うには隠した卵は全て発見されたとか。新入生のパワー、恐るべしです。礼法室の灰の中まで探すんですか…。
「特賞の卵がかかっているしね、ゴミ箱も端から開ける勢いだよ」
「ぼく、ゴミ箱には隠れないんだけどね…」
もっと居心地のいい場所にするもん! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。今年は中庭の木の一本に小枝で巣作り、其処に隠れていたそうです。
「なるほどな…。卵を隠すなら巣の中なのか」
盲点だった、とキース君が褒めると「そるじゃぁ・ぶるぅ」は。
「鶏さんの小屋があったら、其処でもいいけど…。ウチの学校、それは無いしね」
「無いですね…。でも、灰の中まで探した生徒もガックリですよね」
いともアッサリ中庭の木じゃあ…、とシロエ君がお手上げのポーズで、ジョミー君も。
「巣だもんねえ…。入ってます、って言わんばかりの場所なんだけどな」
「それが意外に見付からないんだよねえ、本物の巣だと思ったみたいで」
気付いた生徒は多いけれども、と会長さんがクスクスと。
「あそこには絶対入っていないという思い込みだね、鳥の巣だしね」
「だよなあ、入ってるとしたら、普通は本物の卵だよなあ…」
下手に覗いたら親鳥の蹴りが入りそうだし、というサム君の意見に私たちも揃って納得です。つつかれるだとか、髪の毛を掴んで毟られるだとか、ロクな結果になりませんってば、本物の鳥の巣を覗き込んだら…。



ウッカリ覗けば流血の惨事になりそうなリスクが高い鳥の巣。それを覗いて「そるじゃぁ・ぶるぅ」の卵を見付けた勇者には乾杯あるのみです。クーポン券を貰えるだけあってまさに勇者だ、と紅茶やコーヒーで賑やかに乾杯していたら。
「こんにちはーっ!」
遊びに来たよ、とフワリと翻った紫のマント。いつものソルジャーが現れて…。
「ぶるぅ、ぼくにも紅茶とケーキ!」
「かみお~ん♪ 今日は桜蜂蜜のロールケーキだよ!」
桜の花の蜂蜜をたっぷり使ってあるの! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が桜クリームのピンクが綺麗なロールケーキをサッと運んで来ました。もちろん紅茶も。ソルジャーは「ありがとう!」とフォークを入れて。
「うん、美味しい! 桜もまだまだ咲いているしね、北の方へ行けば」
昨日も夜桜見物に行った、と言ってますから、桜の話をしに来たのかと思ったんですが。
「桜もいいけど、卵もいいねえ…」
「「「は?」」」
何処から卵、とロールケーキを眺めて納得、ケーキの材料は卵だっけ、と考えたのに。
「違う、違う! そういう本物の卵じゃなくて!」
昨日の卵の方だけれど、とソルジャーはエッグハントの話を持ち出しました。覗き見していても楽しそうだったと、あれをやりたいと。
「もう最高だよ、エッグハント! あれでこそゲーム!」
宝探しのゲームだよね、という見解は、まあ間違ってはいないでしょう。でも、ソルジャーだと、何処に卵を隠したとしても、楽勝で探し出せるのでは…?
「え、それはもちろん、そうだけど…」
「ふうん…? だったら、君の目的は賞品なわけ?」
簡単に探し出せるんだしね、と会長さん。
「ノルディに頼んで豪華賞品とかを用意させてさ、ぼくたちも巻き込んでやった挙句に自分でサラッと掻っ攫うだとか、そういう感じ…?」
あまり嬉しくないんだけれど、という鋭い読みに、私たちも揃ってコクコクと。そんな結果が見えているゲーム、やりたい気持ちはありません。頑張った挙句にソルジャーの一人勝ちで終わるくらいなら、最初から参加しませんってば…。



却下だ、却下だ、と誰もが心で叫んでしまったエッグハント。出来レースと言うか八百長と言うか、ソルジャーが勝つと分かっているのに付き合えるもんか、とブーイングしたい所ですけど、そこまでの度胸も無いというのが正直な話。けれど顔には出ていたらしくて。
「…なんだか歓迎されていないって雰囲気だねえ…」
せっかく面白そうなのに、とソルジャーは不満そうな顔。
「君たちだってワクワクと隠していたくせに…。茶釜の中とか、灰の中とか」
「そりゃ、隠す方は誰だって張り切るものだよ!」
ぶるぅだって張り切って隠れていたし、と会長さん。
「どう隠れようか、何処にしようかと考えて今年は鳥の巣なんだよ、卵を隠すなら巣の中だよ!」
「ほらね、そういう楽しみがね!」
その楽しみをぼくにも是非、と妙な台詞が。ソルジャーがやりたいエッグハントって、探す方じゃなくて隠す方だとか…?
「そう! 探す方だと一瞬で全部分かっちゃうしね、楽しいも何も…」
ブルーとぶるぅはともかくとして他の面子の分がバレバレ、とソルジャーは私たちをチラチラと。
「サイオンで隠し場所を探すまでもなく見えるって言うか、覗けると言うか…。ダダ漏れだしねえ、君たちが考えていることは」
何処に隠そうが顔を見た瞬間に分かってしまう、と如何にもつまらなさそうに。
「その点、隠す方ってことになったら、ぼくも思い切り楽しめるしねえ…。何処に隠そうかというのもそうだし、賞品だって色々と選ぶ楽しみがあるってもので!」
「…君の賞品、欲しい人はいないと思うけど?」
なにしろセンスの違いってヤツが、と会長さんの冷静な指摘。
「君が自信を持って選んでも、ぼくやみんなにウケるかどうか…。血眼になってまで探したいものを君が用意するとは思えなくってね」
「失礼な! ぼくだってちゃんと心得てるから、そういうトコは!」
「だったら、一例」
賞品を一つ挙げてみて、と会長さんが突っ込みました。
「チョコレートの卵とか、お菓子入りの卵というのは駄目だよ? もっと他ので!」
「卵に入れるヤツのことかい?」
「そうだよ、チケットでもクーポン券でも、なんでもいいから君が用意しようと思う賞品!」
さあ挙げてみろ、と言ってますけど、相手はソルジャー。どうせ欲しくもないようなものが出て来るに決まってますってば…。



エッグハントをやりたいソルジャー、探す方ではなくて隠す方。エッグハントは卵を探して回ってなんぼで、シャングリラ学園の場合は素敵な卵を見付けてなんぼ。豪華賞品とか食券だとか、見付けて良かったと思う卵が出て来るからこそ燃えるのがエッグハントです。
つまりは美味しい賞品が無ければ卵を探すわけなんか無くて、いくらソルジャーが主催したって私たちが真面目にやるわけがなくて。会長さんもそれを見越してソルジャーに賞品の例を挙げろと突っ込みを入れたんですけれど…。
「ぼくの賞品、絶対、ウケると思うんだけどね? 最低でもぼくの写真だし」
「「「は?」」」
ソルジャーの写真って、そんな賞品が入った卵を誰が欲しがると言うのでしょう。会長さんの写真だったら欲しい生徒は大勢いますが、それだって女子に限定です。男子が貰って喜ぶとはとても思えないのに、会長さんどころかソルジャーが写った写真だなんて…。
「君の写真って…。そんな写真が入った卵が誰にウケると!?」
この陽気で頭が煮えたのか、と会長さんが吐き捨てるように。
「この間から気温が高めだからねえ、北の方でも暖かいしね? 昨日は夜桜と言っていたけど、今日も朝から何処かで桜で、それで頭が煮えてるだとか?」
「何を言うかな、ぼくは今日はシャングリラから此処に直行なんだし、桜見物には行っていないから! 頭も煮えてるわけがないから!」
ぼくの頭脳は極めてクリア、とソルジャーは指先で自分の頭をトントンと。
「ぼくの写真を喜びそうな人、ちゃんとこっちにいるだろう? 君たち以外で!」
「「「…え?」」」
誰だ、と顔を見合わせたものの、ソルジャーの写真を喜びそうな人の心当たりは二人だけ。何かと言えばソルジャーとランチだディナーだと貢ぎまくってデートしているエロドクターと、会長さん一筋と言いつつソルジャーの訪問もまんざらではないらしい教頭先生と…。
「その人選で合っているけど、ノルディはあんまり面白くないかな」
ハーレイほどぼくに飢えていないし…、とソルジャーの唇が笑みの形に。
「写真くらいで釣れる相手は断然、こっちのハーレイってね! それが賞品!」
他にも色々と考えている、ということは…。エッグハントに挑む人って、私たちじゃなくて教頭先生というわけですか?
「ピンポーン!」
大正解! と満面の笑顔のソルジャーですけど、教頭先生にエッグハントをさせてどういう楽しみがあると…?



ソルジャーがやりたいエッグハントのターゲットは教頭先生らしいです。隠す方の楽しみを味わうにしては、人数が足りなさすぎるような気が…。エッグハントは大勢を相手にやるもので…。
「え、それは君たちの知ってるエッグハントの世界ってヤツで…。ぼくは人数は別にどうでも」
探しに来るのが一人だけでも気にしない、とソルジャーは参加者は教頭先生だけで充分と考えているらしくって。
「要は楽しめればいいんだからねえ、卵を隠した方として! 特賞の卵が見付かるまで!」
ハーレイが頑張ってくれればいい、とソルジャーは乗り気。
「ぶるぅが隠れてた鳥の巣じゃないけど、ハーレイにもうんと頑張って貰わなきゃ! 当たりの卵が見付かるまでね!」
「…その特賞って、どういうヤツが入った卵になるわけ?」
アヤシイ卵じゃないだろうね、と会長さんが尋ねると。
「何を寝言を言っているかな、ハーレイ相手のエッグハントの豪華賞品、アヤシイ魅力が満載でなくちゃ嘘だろうとぼくは思うけど?」
「アヤシイ魅力って…。ま、まさか…」
「もちろん、ぼくと一発なんだよ! ゴージャスなホテルで思い出の一夜!」
「却下!」
誰がそういう許可を出すか、と会長さんは柳眉を吊り上げました。
「どうせハーレイは鼻血で轟沈だろうけれども、そんな賞品をホイホイ出されちゃ困るんだよ!」
ぼくが迷惑、と怒ってますけど、ソルジャーの方は。
「だからこそのエッグハントってね! そう簡単には見付からないのが特賞の卵で、見付けたと思ったら逆ってことも!」
「「「…逆?」」」
なんのこっちゃ、と首を捻れば、ソルジャーはパチンと片目を瞑って。
「君たちがやってたエッグハントの特賞はぶるぅが持ってたんだろ、クーポン券!」
「…そうだけど?」
それが何か、と会長さんは怪訝そうな顔。
「毎年、ぶるぅが持っているのが伝統だけど…。どう転がったら逆って話になるんだい?」
「ぶるぅだよ、ぶるぅ! ぶるぅは一人じゃないからねえ!」
ぼくのぶるぅもいるんだよね、と聞いた途端に頭に浮かんだ悪戯小僧の大食漢。いわゆる「ぶるぅ」の方ですけれども、おませで覗きが趣味の「ぶるぅ」がどうしたと…?



ソルジャー曰く、エッグハントで逆がどうこう。鍵は「ぶるぅ」にあるみたいですが、悪戯小僧で何をやらかすと言うのでしょう…?
「分からないかな、特賞の卵は二つなんだよ、ぶるぅの数だけ! こっちのぶるぅと、ぼくのぶるぅで合計二つ!」
二つあるのだ、というソルジャーの台詞に、会長さんはテーブルを拳でダンッ! と。
「特賞だけでも却下と言ったろ、それを倍にしてどうするつもりさ!」
「ぼくは逆だと言ったんだけどね? …特賞は二つ、だけど賞品はまるで逆様!」
「「「逆様?」」」
逆様って…。逆で逆様って、同じ特賞でも中身が逆とか?
「その通り! 当たりの方の特賞だったら、ぼくと一発! その逆の方の特賞だったら、一発どころか足蹴にされて奴隷なコースに設定するとか、君に失恋するだとか!」
常に失恋しているけれど…、とソルジャーはニヤリ。
「つまりは究極の選択ってわけで、特賞の卵のどっちを取るかで天国と地獄に分かれるんだよ!」
「…それはいいかも…」
それならいいかも、と会長さんが顎に手を当てて。
「ぶるぅが二人で、どっちも卵に化けてるわけだね? それをハーレイが探しに行く、と…」
「そうなんだよ! ぼくのぶるぅは卵に戻りはしないけどねえ、ぶるぅにコツを教わればきっと、卵に変身できるかと!」
そして特賞になって貰う、とソルジャーが言えば、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「えとえと…。ぶるぅ、卵に化けられるけど?」
「本当かい!? いつの間にそんな芸当を…」
ぼくは見たことないんだけれど、とソルジャーの目が真ん丸に。けれども「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「前からだよ」と即答で。
「ぼくも卵に化けてみたいな、って言ってたから、やり方、教えてあげたの! でもね…」
「何か問題でもあるのかい?」
「ううん、そっちの世界でウッカリ卵に化けてたりしたらゴミと一緒に捨てられちゃう、って!」
「「「あー…」」」
ありそうだな、と私たちは瞬時に理解しました。ソルジャーは掃除や片付けが苦手で、あちらの世界の青の間はゴミだらけになった挙句にお掃除部隊が突入するのが恒例だと何度も聞かされています。そんな所で「ぶるぅ」が卵に化けていたなら、確かに捨てられそうですってば…。



捨てられる悲劇を回避した結果、卵に化けられる事実を今までソルジャーに知られずに来たらしい「ぶるぅ」。練習しなくても卵になれると知ったソルジャー、大喜びで。
「それなら、エッグハントは直ぐに出来るね! 他の卵の準備さえすれば!」
「…特賞が二つで片方はハズレ、と…。どちらを選ぶかはハーレイ次第というわけだね?」
それなら良し! と会長さんがグッと親指を立てました。
「ぶるぅの卵は移動出来るし、ぶるぅにハズレを持たせておけば…。そしてハーレイに発見されるように仕向けておいたら、もう確実に地獄しかないし!」
「ほらね、楽しくなってきただろ、エッグハントも?」
ぼくもハズレの特賞を希望で…、とソルジャーの顔に悪魔の微笑み。
「今のぼくはね、こっちのハーレイと一発よりかは、エッグハントが楽しみなんだよ! 頑張って探す姿を眺めて勝ち誇れるだけで気分は最高!」
だからハズレを選んで欲しい、とニコニコニッコリ。
「でね、同じハズレを設定するなら、こんなハズレはどうだろう? ぼくと一発と思える特賞、でも実態はぼくの奴隷で!」
「「「…奴隷?」」」
「ぶるぅがゴミと一緒に捨てられそうっていうので閃いたんだよ、ぼくの青の間、例によって派手に散らかってるものだから…」
お花見で浮かれて出歩いてたから、とソルジャーが語った所によると、青の間の片付けは普段はキャプテン。ソルジャーが散らかしまくっているのを暇を見付けてコツコツ片付け、それでも散らかってゆくというのが現状だとか。
そんなお掃除係のキャプテンがソルジャーや「ぶるぅ」と一緒にこちらの世界でお花見三昧、時間が出来たらお花見とばかりに出掛けた結果は普段以上に散らかりまくった青の間で…。
「それをこっちのハーレイに片付けて貰うというのも良さそうだよね!」
「…拉致するのかい?」
君の世界のシャングリラへ、と会長さんが問いを投げれば。
「ご招待だよ、表向きはね! ぼくの青の間という竜宮城へのご招待だけど、その実態は!」
「…出掛けたら最後、掃除係にされるって?」
「そうなんだよ! そういうハズレの特賞をぶるぅに持たせようかと!」
「最高だよ! そうしてくれたら、ハーレイも暫く懲りるだろうし!」
美味しい話はそうそう無いと学習するであろう、と会長さん。特賞の卵が二つのエッグハントは、教頭先生、ハズレの卵を選ばされる羽目になるわけですね…?



特賞が二つ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」が特賞を持って卵に化けるというエッグハントは開催が決定しそうですけど、会場は何処になるんでしょうか。卵を隠しに出掛ける人はソルジャーで決まりとしても…。
「会場かい? ハーレイの家でいいんじゃないかと!」
最終的には拉致するんだし、とソルジャーが高らかに言い放ちました。
「姿が消えても無問題って場所ならハーレイの家が一番だよ! ついでに卵を隠す係は、君たちにもやって貰おうと思っているんだけどね?」
慣れていそうだから、と私たちまで巻き添え決定。教頭先生の家に出掛けてあちこちに卵を隠すのが仕事になりそうです。チョコレートやお菓子の卵も隠すんですか?
「もちろんだよ! こっちのハーレイも甘い食べ物が苦手だからねえ、そういう卵はハズレってことで仕込まなくっちゃね!」
普通のエッグハントだと喜ばれる卵みたいだから、とソルジャーは卵の仕入れ先を会長さんに尋ねています。今から行っても買えるだろうか、と。
「買えると思うよ、今年のイースターはまだ来てないから」
今がシーズン真っ盛りで…、と会長さん。イースターは毎年、日が変わります。三月だったり四月だったり、コロコロと。今年のイースターはまだでしたか…。
「分かった、それじゃチョコレートとかの卵を買って、と…。写真入りの卵を用意するならオモチャ屋さんになるんだね?」
「そういうことだね、卵型のケースを買うことになるね」
色も大きさも色々あるから…、と会長さん。
「写真の他には何を入れるんだい、そっちも気になっているんだけどね?」
「ランチ券とかディナー券とか…。ぼくとのデートのチケットだけど?」
ただし全額ハーレイの負担、とソルジャーは抜け目がありませんでした。自分が行きたいお店を選んで書いておくそうで、チケットを使うなら教頭先生が飲食費用を支払うことに。
「ぼくとしてはゴージャスにいきたいからねえ、ノルディお勧めの店にしようかと!」
「釣られるハーレイが悪いわけだね、高くついても?」
「ぼくとデートが出来るんだよ? うんと貢いでくれなくっちゃね!」
君とのデートの予行演習で貢いで貰う、とソルジャーが挙げたお店は軒並み高級店ばかり。教頭先生、そういうチケットをゲット出来ても、懐が寂しくなりそうですねえ…?



ソルジャーはエッグハントの準備をするからと姿を消して、夕食の前に帰って来ました。山のような数の卵を抱えて。
「ほら、見てよ! お菓子の卵も、卵型のケースも山ほど買ったし!」
そしてチケットや写真を詰める、とウキウキ、お好み焼きの夕食が済んだら作業開始で。
「ハーレイを釣るには、恥ずかしい写真も要るからねえ…」
ぶるぅに色々撮って貰った、と自分の世界にも行って来たようです。手作りデート券などもケースに詰め込み、準備完了。後は特賞の卵が二つで。
「ハズレの特賞は、ぼくのぶるぅに持たせようかと…。竜宮城にご招待だ、って空間移動で直ぐに連れてってくれるからねえ、ハーレイを!」
「それじゃ、ぶるぅが持つ特賞は当たりの方になるのかい?」
君とどうこうというアヤシイ特賞、と会長さんは苦々しい顔。
「ぶるぅにそういうヤツは持たせたくないんだけどねえ…」
「誰が本物を持たせると言った? ぼくの希望はもれなくハズレで、青の間の掃除係が欲しいんだからね! ぶるぅが持つのは白紙でかまわないんだよ!」
どうせハーレイはそっちの特賞を引けないんだから、と恐ろしい言葉が飛び出しました。
「こっちのぶるぅのを引きそうになったら、ぼくがサイオンで入れ替える! ぶるぅの卵を!」
「「「うわー…」」」
そこまでやるのか、と思いましたが、こうと決めたら動かないのがソルジャーです。「そるじゃぁ・ぶるぅ」も何か勘違いをしたらしく…。
「かみお~ん♪ ぼくのチケット、ハーレイに渡さなければいいんだね!」
「あっ、ぶるぅにも通じたかい? もしもハーレイにぶるぅよりも先に発見されそうだったら…」
隠れ場所をサッと変えるとか、とソルジャーが言うと。
「んーとね、最初からぶるぅと一緒にいちゃ駄目?」
「「「は?」」」
「どっちか片方、選ぶんでしょ? 一緒にいた方がハーレイも選びやすいと思うの!」
ぼくか、ぶるぅか、どっちか片方! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が無邪気に叫んで、ソルジャーが「よし!」と手を叩いて。
「うん、それでこそエッグハントを楽しめるかもしれないねえ! どっちの卵を掴むべきかと悩むハーレイ! 特賞は二つ、天国なのと、より天国と!」
地獄コースがあるということは秘密なのだ、とソルジャーの発想は極悪でした。竜宮城に行けるコースの更に上があると騙すそうですが、教頭先生、どうなるんでしょう…?



揃ってしまったエッグハント用の卵たち。次の日は日曜、ソルジャーはもうこの日に決めたと私たちを朝から駆り出し、教頭先生の家のリビングへと瞬間移動でお出掛けで…。
「こんにちはーっ!」
今日はゲームをしに来たんだけど、とソルジャーは自分や私たちが手にした卵だらけの籠を示して極上の笑みを。
「エッグハントは知っているよね? それを君の家でやろうと思って…」
「はあ…。私が隠して回るのですか?」
「違うよ、ぼくたちが隠すんだよ! 君が一人で探すんだけどね、特賞はね…」
二つもあって、とソルジャーがヒソヒソと教頭先生に耳打ちを。教頭先生の喉がゴクリと鳴って。
「で、では…。ぶるぅの卵を見付けたら…」
「大当たりなんだよ、両方は選べないけどね! 先に見付けた方だけしか!」
だけど探すだけの値打ちはあるから、と聞かされた教頭先生、やる気満々。卵を隠す所を見ては駄目だから、と目隠しをされて庭に出されてしまわれましたが…。
「はい、君たちは隠して回る! いろんな卵を!」
「「「はーい!」」」
頑張ります、と家中に散った私たち。ソファの下から棚の中まで、あらゆる場所に卵を隠して、空の籠を抱えてリビングに戻ると…。
「隠し終わったよ、入っていいから!」
ソルジャーが教頭先生を呼び込んで目隠しを外し、エッグハントの始まりです。教頭先生はチョコレートやお菓子の卵には「うーむ…」と唸っているだけですけど、写真やデート券の入った卵は嬉しそうに集めてゆかれて…。
「…うっ…」
グッと詰まってしまわれたのが、二つ並んだ青い卵でした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」が化けた卵で、よりにもよって…。
「…冷蔵庫ですか…」
シロエ君が呆然と呟き、キース君が。
「卵を隠すなら卵の中、というわけか…」
冷蔵庫に入っていた卵のケース。パック入りとは違って器に何個か盛られた卵の中に青いのが混じっています。どちらかが「ぶるぅ」で、どちらかが「そるじゃぁ・ぶるぅ」なわけで。
「…これはどちらか一つですか?」
片方ですか、と尋ねた教頭先生にソルジャーが「うん」と。大当たりは片方、そこが問題…。



本当の所はどちらを選んでも、もれなくソルジャーの青の間にご招待なオチ。それもお掃除係ですけど、竜宮城行きが待っているのだと信じているのが教頭先生で。
「…片方か…。竜宮城だとブルーとの初めてが問題なのだが…。大当たりだとブルーだからな…」
(((え?)))
どういう意味だ、と思った途端にソルジャーの思念が飛び込んで来ました。
『大当たりの方だと、ぼくじゃなくってブルーの方だと思ってるんだよ。一発の相手!』
そういう嘘をついておいた、とソルジャーの思念がクスクスと。
『だけど、そういう特賞なんかは存在しないし…。もれなく竜宮城なんだけど』
それで納得がいきました。教頭先生が懸命に探しておられた理由。ソルジャーにあれこれと誘われる度に会長さんと秤にかけて悩まれるのが教頭先生なんですが…。大当たりだったら会長さんとくれば、悩みも吹っ飛び、大当たりに賭けたくなるわけで…。
「ううむ…。どちらが大当たりなのだ?」
サッパリ分からん、と冷蔵庫から出した卵のケースを前にして悩み続ける教頭先生。それはそうでしょう、会長さんとの大人の時間か、ソルジャーの方か。間違えて選べばソルジャーの世界へご招待されて、会長さんよりも先にソルジャーと…。
「早く選んだら? でないと、その卵…」
片方は「ぶるぅ」で辛抱が…、とソルジャーが言った次の瞬間。
「待ちくたびれたーーーっ!!!」
青い卵の片方がピョンとケースから飛び出し、教頭先生の手の中へ。あれって…。
「「「ぶるぅ!?」」」
悪戯小僧の方だったか、と私たちは息を飲み、ソルジャーは。
「はい、片方選んでしまったってね! 竜宮城にご招待ってことで…。ぶるぅ、よろしく」
「かみお~ん♪ 先に運んでおくねーっ!」
ご案内ーっ! と「ぶるぅ」が教頭先生の腕を引っ掴んでパッと姿を消しました。教頭先生、ソルジャーの世界に行っちゃいましたか?
「そうなるねえ…。青の間をテキパキと片付けて欲しいね、早く終われば早く帰れるよ」
多分、三日もあれば綺麗に…、と言うソルジャー。それじゃ、教頭先生、帰れるまでは無断欠勤になるわけですか…?
「そうだけど…。いいんじゃないかな、卵、こんなにプレゼントしたし!」
恥ずかしい写真にデート券に…、とソルジャーが笑い、会長さんも「自業自得だよ」とエッグハントを始めたことを責める有様。確かに教頭先生が「やる」と決めたんですから、自業自得とも言えますけれど…。



「…いいんでしょうか、こんな結末で…?」
シロエ君が幾つも転がっている卵を眺めて、ジョミー君が。
「…ぼくたちじゃ連れて帰れないしね…。あっちの世界に行けもしないし」
「だよなあ、諦めて貰うしかねえよな、当分は掃除で奴隷でもよ…」
エッグハントって怖かったんだな、とサム君がブルッと肩を震わせてますが、卵からボワンと元に戻った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は。
「えーっ!? 楽しかったよ、エッグハント! ぶるぅと一緒に隠れられたし!」
またやりたいな、と元気一杯、ピョンピョン飛び跳ねてホップ、ステップ。会長さんとソルジャーも楽しげですから、またやらかすかもしれません。教頭先生、どうか学習して下さい。今回で懲りてエッグハントは拒否して下さい、でないとババを引かされますよ~!




            卵を見付けて・了


※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 教頭先生が張り切ってしまった、エッグハント。凄い賞品が貰える予定だったんですけど。
 どう転がっても、ソルジャーの奴隷だったという気の毒なオチ。お掃除、頑張るしか…。
 次回は 「第3月曜」 3月15日の更新となります、よろしくです~!

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、2月は恒例の節分ですけど、今年は124年ぶりに1日早くて…。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv













※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。




新しい年がやって来ました。除夜の鐘から初詣までズラリとイベント、冬休みの後もシャングリラ学園ならではのお雑煮大食い大会やら、水中かるた大会やら。それが終わればお正月モードも去り、日常が戻って来るわけですが。いきなり週末、会長さんの家でまたダラダラと…。
「なんだかさあ…。スリルってヤツが欲しいよね」
ジョミー君が唐突に言い出し、「はあ?」と首を傾げた私たち。
「おい、スリルというのは絶叫マシンか?」
冬場は御免蒙りたいが、とキース君。
「若くないなと言われそうだが、俺は余計な寒風は避けたい。特に絶叫マシンはな」
どう考えても喉に悪い、と顰めっ面で。
「風邪もヤバイが、風邪がヤバイ理由は喉だからな。熱くらいは気合でなんとかなっても、喉はそういうわけにはいかん。坊主にとっては喉は命だ」
お経が読めてなんぼの坊主だ、と言われてみればその通り。法事をしようとお坊さんを呼んでも声が出ないとか、酷い声だと有難味はゼロ、御布施の割引をして貰いたくなりそうです。
「キース先輩、お坊さんの世界で声がアウトだとどうなるんです?」
先輩の家なら代打もいますが、とシロエ君が。元老寺はアドス和尚と副住職のキース君との二段構えで、片方が声が出なくなっても代理を出せば済むことです。月参りだったらまるで無問題、法事だと若いキース君が出たら「代理じゃないか」と値切られそうな気もしますけど…。
「声がアウトになった場合か? そういう時に備えて法類というのがあるわけだが…」
住職に何かあった時には代理を務めてくれるのが法類、いわばお寺の世界の親戚。どうしても声が駄目だとなったら代わりにお願い出来るそうですが、費用は頼んだお寺の自腹。
「なにしろ代わりに出て貰うんだし、御布施はそっちに行くことになるな。全部持って行かれるわけではないがだ、それ相応の費用と交通費とかの実費は確実に持って行かれる」
「…シビアですね…」
「他の仕事でも同じだろうが。だが、風邪くらいで代理を頼むと肩身が狭い」
体調管理がなっていないと思われるのがオチだ、と肩を竦めるキース君。
「坊主の世界はお経が読めてこそだからなあ、日頃から喉が第一なんだ。まして俺には怖い親父がいるわけで…」
喉に直接寒風を浴びる絶叫マシンで喉を潰すリスクは避けたい、とキッパリと。絶叫マシンに乗りに行くなら乗らずに見物、待ち時間くらいは付き合ってくれるそうですけれど。キース君を置き去りにしてまで乗らなくってもいいんじゃないかな、絶叫マシン…。



誰からともなく「やめておこう」という結論になった絶叫マシン。ジョミー君の夢は砕けたかと思いましたが、さに非ずで。
「ぼくが言ったの、そういうスリルじゃないんだよ。面白いから黙って聞いてたけどさ…」
坊主ネタでも自分に無関係なら高みの見物、とジョミー君。
「ちょっとスリリングな毎日っていうのもいいよね、と思っただけでさ」
「…どんなスリルだ?」
何処かの馬鹿のお蔭で間に合っているような気もするが、とキース君が言った馬鹿が誰なのか分からない人はいませんでした。噂をすれば影とか言霊だとか、そういう理由で誰も口にはしませんけれど、何処かのソルジャー。
「えーっと…。そっちじゃ多分、無理じゃないかな…。恐怖新聞ってヤツだから」
「「「恐怖新聞?」」」
オウム返しに訊いちゃいましたが、それって昔の漫画でしょうか。ずうっと昔に流行ったとかで、たまに学校でも一時的にブームになったりするヤツ…。
「そう、あの漫画の恐怖新聞。昨日、夜中に思い出しちゃって…」
アレの配達は夜中だよね、とジョミー君。
「夜の夜中に放り込まれて、読む度に百日寿命が縮むって…」
「そういうヤツだな、あの新聞はな」
あいつには確かに無理そうなネタだ、とキース君が深く頷きました。
「寿命を縮める方もアレだが、新聞の紙面が組めないだろう。あれは未来を予知するんだしな」
「でしょ? フィシスさんでもいない限りは作れそうにないよ、恐怖新聞」
だけどそういうスリルもいいな、と言われましても。読んだら寿命が縮むんですが…?
「そこだよ、ぼくたちには最強のブルーがついてるし!」
ジョミー君は会長さんにチラリと視線を。
「恐怖新聞、届いたとしたら配達を断るための御祈祷、存在するよね?」
「…まるで無いこともないけどねえ…」
ついでに寿命を取り戻す方も、と会長さん。
「だからと言ってね、面白半分で恐怖新聞なんかを読まれても困るんだけど…」
「えっ、本当に存在するわけ? 恐怖新聞」
それなら見たい、とジョミー君には会長さんの考えが全く通じていません。野次馬根性で手を出すんじゃない、と暗に言われていたわけですけど、そこで読みたいとは情けないかも…。



読む度に百日寿命が縮むのが恐怖新聞、あれは漫画だと思っていました。いわゆるフィクション。会長さんの言い方だと、実在するようにも聞こえますが…?
「まさか。あるわけないだろ、あんな新聞」
本当にあったらフィシスの立場はどうなるんだ、と会長さんの答えもズレたもの。曰く、未来を予知する力は会長さんの女神のフィシスさんがいれば充分なわけで、恐怖新聞の出番は無いとか。
「寿命を縮めてまで読まなくっても、フィシスに頼めば楽勝だしねえ?」
「…だったら無いわけ、恐怖新聞」
ちょっとスリルを味わいたかった、と惜しそうにしているジョミー君。本当に配達されて来たならパニックは確実、もう一日目で会長さんに泣き付きそうなのに…。
「そりゃそうだけどさ…。でもさ、ちょっぴり見たいわけでさ…」
まだ言い続けているジョミー君に向かってサム君が。
「そうかあ? あれは読んでるヤツの姿を見物する方が楽しそうだと俺は思うぜ」
あの漫画だって傍観者だから楽しめるんだ、と真っ当な意見。
「自分の所には届きやしねえ、って安全地帯に立っているから面白いわけでよ…」
「サム先輩の言う通りですね、自分にも届くリスクがあったら、読むのはあまり…」
それこそ言霊と同じで避けたいです、とシロエ君。
「存在しないからこそ漫画が流行って、たまに学校でも流行り直したりするんでしょうねえ…」
「うーん…。そうかも…」
自分に来るより誰かの家に届いた方が面白いかも、とジョミー君も方向転換を。
「それじゃさ、恐怖新聞を作って届けるとかさ…」
「誰にだ?」
キース君の問いに、ジョミー君は。
「…誰だろう? 教頭先生だと失礼かなあ?」
「失礼にもほどがあるだろう!」
先生を何だと思っているんだ、とキース君が怒鳴った所へ。
「こんにちはーっ!」
遊びに来たよ、とフワリと翻った紫のマント。考えないようにしていたソルジャー登場、いつもだったら大騒ぎですが、恐怖新聞はソルジャーには作れないと結論が出ていただけに。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
ゆっくりしていってね! とケーキと紅茶の用意に走った「そるじゃぁ・ぶるぅ」はもちろん、他のみんなも今日はのんびりムードですねえ…。



本日のおやつ、リンゴのクラフティ。それと紅茶を前にしたソルジャー、早速クラフティにフォークを入れて頬張りながら。
「…恐怖新聞を作るんだって?」
しかもターゲットはこっちのハーレイだってね、とこれまた話を半分しか聞いていない様子で。
「誰も作るとは言ってないから! それにハーレイの名前は出たトコだから!」
勝手に話を作るんじゃない、と会長さんがツンケンと。
「どの辺りから覗き見してたか知らないけどねえ、恐怖新聞は作れないんだよ!」
もどきは作れても本物は無理、と会長さん。
「ハーレイにだってそのくらいは分かるし、届けても鼻で笑われるだけ! 作る手間が無駄!」
「…そうなるのかなあ?」
「当たり前だよ、未来を予知する新聞が来たら誰が作ったかもモロバレで!」
フィシスの力を借りたぼくだと即座にバレる、ともっともな仰せ。
「たとえジョミーたちが作るとしてもね、ぼくが一枚噛んでいるのは確実だから! 寿命が縮むと書いておいても、そこはフフンと笑って終了、逆に喜ばれるだけだから!」
ぼくの悪戯だと大喜びだ、とブツブツと。
「それじゃちっとも面白くないし、それくらいなら赤の他人に届けた方がマシ!」
届けられる人が気の毒だからやらないけれど、と会長さんは結論付けました。恐怖新聞は作りもしないし、教頭先生に届けもしないと。
「うーん…。面白そうだと思ったんだけどねえ、寿命が縮むと焦るハーレイ」
「その寿命だって山ほどあるのがハーレイだってば!」
ぼくと同じでまだまだ死にそうな予定も無いし、と会長さん。
「それにジョミーと同じ理屈で、いざとなったらぼくに泣き付く! 助けてくれと!」
そして泣き付きつつも心でウットリ夢を見るのだ、という解釈。
「ぼくに命を助けて貰えるわけなんだしねえ、御祈祷料を毟り取られても本望なんだよ、絶対に! ぼくが時間を割いてくれたと、自分のために祈ってくれたと!」
「なるほどねえ…。恐怖新聞、こっちのハーレイは貰っても嬉しいだけなんだ…」
「そういうことだね、困るどころか大感激だね!」
いいものが来たと毎日大事に保存するんだ、と会長さんは迷惑そうに。
「ぼくはハーレイを喜ばせるつもりは全く無いから、恐怖新聞は大却下だよ!」
面白くないものは作らないから、と繰り返している会長さん。恐怖新聞は怖がられてなんぼの新聞ですから、喜ばれたら意味が無いですよね、うん…。



ジョミー君の心を掴んだ恐怖新聞、家に届くのも、自分たちで作って届けに行くのも無理な代物だと分かりましたが。ソルジャーの方はまだまだ未練がたっぷりで…。
「面白そうなアイテムだけどねえ、恐怖新聞…」
情報は君たちの心を読ませて貰った、と事後承諾でよろしくとのこと。
「要はアレだね、寿命がどんどん縮んでいくのが怖いポイントというわけだね?」
「そうだけど…。さっきも言ったと思うけれども、ハーレイにはそこは関係なくて!」
誰の仕業かバレているだけに鼻で笑っておしまいなのだ、と会長さん。
「本当に本物の恐怖新聞でも、ぼくに助けを求めるための小道具にしかならないし!」
「じゃあ、こっちのハーレイが心底怖がりそうな恐怖新聞ってヤツは…」
「どう転んだって存在しないね、あらゆる意味でね!」
作ったヤツだろうが本物だろうが…、と会長さんは言ったのですけど。
「…それじゃ、怖がるポイントが変わればどうだろう?」
「「「は?」」」
なんのこっちゃ、と顔を見合わせる私たち。恐怖新聞は寿命が縮むのが怖いポイント、それを変えたら存在意義など無さそうですが…?
「その寿命だけど…。残り少なくなっていくのが怖いわけでさ、いつか終わると」
「まあねえ、読む度に百日縮むんだしね」
四日読んだら一年以上、と会長さん。
「だけどハーレイには怖がって貰えそうもないけれど? そっちの方もいろんな意味で」
「それは寿命の問題だからだよ、こっちのハーレイが失くして困るものは何だと思う?」
寿命よりも大事にしそうなモノ、と質問されても分かりません。会長さんも同様ですけど、ソルジャーは指を一本立てて。
「ズバリ、童貞! 初めてはブルーと決めているよね、こっちのハーレイ!」
「…帰ってくれる?」
その手の話はお断りだ、と会長さんが眉を顰めれば。
「まあ、聞いてよ! ぼくが考えたハーレイ用の恐怖新聞!」
こっちのハーレイ専用なのだ、とソルジャーに帰る気はさらさら無くて。
「読む度に百日縮むんだよ! 童貞卒業までの日が!」
「それ、喜ばれるだけだから!」
寿命が縮むよりも喜ばれて終わり、と会長さん。それはそうでしょう、会長さんをモノに出来る日までの日数が劇的に短縮、そんなアイテム、教頭先生は大いに歓迎ですってば…。



寿命が百日縮む代わりに、童貞卒業への日が百日ずつ縮む恐怖新聞。何かが絶対間違っている、と私たちは思いましたが…。
「そこが恐怖のポイントなんだよ、途中から恐怖に変わるんだよ!」
そのタイミングは君に任せる、とソルジャーが会長さんにウインクを。
「童貞卒業、こっちのハーレイの頭の中では君とのゴールになるんだろうけど…。実はこのぼくに奪われると知ったら、どうなるだろうね?」
「「「え?」」」
「だから、このぼく! ハーレイの手持ちの時間がゼロになったら、ぼくが登場!」
そして教頭先生の童貞を頂いてしまうというわけで…、とニンマリと。
「ぼくに無理やり奪われちゃったら、もう取り返しがつかないわけで…。君一筋だと守り続けた童貞がパアで、君にも激しく詰られるわけで!」
「…詰るのはいいけど、迷惑だから!」
ハーレイが童貞卒業だなんて、と会長さんは怒り心頭。
「最初の内こそズシーンと激しく落ち込むだろうけど、立ち直ったら開き直るから! 君とはよろしくヤッたんだから、と自信をつけて挑んで来るから!」
このぼくに、と怒鳴った会長さんですが、ソルジャーはケロリとした顔で。
「…誰が本当に奪うと言った?」
そこは大嘘、と舌をペロリと。
「これでもぼくは結婚してるし、ぼくのハーレイ一筋なんだよ! たまにはアヤシイ気分にもなるし、浮気もいいなと思いもするけど、今回は別!」
本気で奪うつもりは無い、とソルジャーはキッパリ言い切りました。
「こっちのハーレイがブルブル震えて待っていようが、開き直って童貞卒業を目指していようが、最終的には肩透かし! でも、そこまでは震えて貰う!」
自分の良心との戦いの日々、というのがソルジャーの指摘。たとえ開き直ってしまったとしても、会長さんに詰られることは間違いないのがソルジャーを相手にしての童貞卒業。これでいいのかと、このままでいいのかと何度も悩むに違いないと。
「だからね、真実を知った日から始まる恐怖! ぼくに童貞を奪われると!」
「…その日までのカウントダウンってわけかい?」
ハーレイに届く恐怖新聞、と会長さんも興味を抱いたようです。自分に実害が及ばないなら、ヤバイ橋でも渡りたがるのが会長さん。もしかしなくても、教頭先生に恐怖新聞、届き始めたりするんでしょうか…?



寿命が縮んでしまう代わりに童貞卒業への日が縮まる新聞。会長さん一筋の教頭先生にとっては不本意極まりない形で奪われる童貞、これは面白いと会長さんは考えたらしく、ソルジャーの方も俄然、乗り気で。
「もちろん、ぼくに童貞を奪われる日までのカウントダウン! 怖そうだろう?」
「…恐怖だろうねえ、ハーレイにはね」
ぼくが怒るに決まっているし、と会長さん。
「ぼくでも君でもかまわないのかと、その程度の愛かと蹴り飛ばされるのは間違いないしね!」
「ほらね、最高に怖いんだよ。…いくら後から開き直ろうと心に決めても、果たして君が許すかどうかは謎だしねえ…」
この新聞はお勧めだよ、とソルジャーは膝を乗り出しました。
「今夜から早速届けないかい、ハーレイの家に! 恐怖新聞!」
「いいねえ、でもって何日かしたら真実をぼくが知らせに行く、と…」
童貞卒業の実態は何か教えてやったら恐怖の始まり、と会長さんもニヤニヤと。
「三日くらいはぬか喜びをさせておくのがいいだろうねえ、童貞卒業」
「うん、泳がせておいたら恐怖もドカンとインパクトがね!」
勘違いさせて気分は天国、そこから一転して地獄、と楽しげなソルジャー。
「それでこそ恐怖新聞の値打ちも上がるわけだし、真実を明かす日は君にお任せ!」
「了解、それじゃ今夜から…。って、駄目だ、フィシスは旅行だっけ…」
昨日の夜から出掛けたっけ、と会長さん。
「エラとブラウに誘われちゃってさ、二泊三日で温泉とカニの旅なんだよ。明日の夜まで帰って来ないし、恐怖新聞は作れないよ」
未来を読めるフィシスがいないと…、と言われてみればその通り。恐怖新聞の売りは未来の出来事、占いが出来るフィシスさんの協力が無ければ作れません。旅行中でも頼めば占って貰えるでしょうが、会長さんはフィシスさんには甘いですから…。
「ごめん、フィシスが温泉とカニを楽しんでるのに、こっちの用事は頼めないよ」
しかも遊びの用事だなんて…、と会長さんが謝りましたが、ソルジャーは。
「え、フィシスの協力は要らないよ? 本物の恐怖新聞じゃないし」
「「「へ?」」」
本物じゃないことは百も承知ですが、記事はやっぱり本物っぽく作らないと駄目だと思います。読みたくなくても読んでしまうのが恐怖新聞、それは未来の出来事が書かれているからで…。そこは外せないと思うんですけど、ソルジャー、ちゃんと分かってますか?



恐怖新聞の怖いポイント、読まずにいられない新聞の記事。だからこそ読んでしまって寿命が百日縮む仕様で、読まずにゴミ箱にポイと捨てたら寿命は縮まないわけで…。
たとえ偽物の恐怖新聞でも、教頭先生が読まずに捨ててしまえば全く意味がありません。きちんと未来を書いてこそだ、と思った私たちですが…。
「別に未来の記事じゃなくてもいいんだよ! こっちのハーレイが読みさえすれば!」
危険と分かっていてもフラフラと釣られて読んでくれれば、とソルジャーは勝算があるようで。
「新聞の売りは特ダネとかだろ、でなきゃお得な情報だとか!」
「…身も蓋もないが、そんな所か…」
新聞を取る理由の多くはそれだな、とキース君。
「細かく挙げれば山ほど理由も生まれてはくるが、新聞を広げて一番に見るのは大見出しがついた最新のニュースで、特ダネともなれば読まずにいられないしな」
「そこなんだよ! こっちのハーレイの心を掴む特ダネ、それさえ書いたらハーレイは読むね!」
未来の出来事なんかは要らない、とソルジャーは自信満々で。
「目指す所は童貞卒業、それに相応しくエロイ記事! いつか役立ちそうな情報!」
「「「ええっ!?」」」
それは確かに教頭先生のハートを鷲掴みにしそうですけど、その記事、いったい誰が書くと?
「決まってるだろう、ぼくが書くんだよ! 豊富な知識と経験を生かして!」
現場からのニュースも必要だよね、とニコニコと。
「昨夜の青の間のニュースをお届け、もうこれだけで食らい付くよ! たとえ、ぶるぅが覗きをしていてハーレイがズッコケたって内容でもね!」
人は他人のそういう事情を知りたいものだ、とグッと拳を握るソルジャー。
「記事の一つはコレに決まりで、現場にいた記者ならぬぼくが迫真の状況を書く、と!」
他にもエロイ記事が満載、とソルジャーはアイデアを挙げ始めました。意味はサッパリ分かりませんけど、大人の時間に纏わる情報らしいです。
「ハーレイが鼻血で失神しない程度に、なおかつ食らい付くように! それが大切!」
「…君が書くんなら、ぼくはどうでもいいけどねえ…」
どうせハーレイは普段から何かと良からぬ写真なんかで楽しんでるし、と会長さん。
「それで、その新聞を読んでしまえば、童貞卒業までの日が縮まるわけだね?」
「そう、読む度に百日ずつね!」
今夜は楽しく読んで貰おう、とソルジャーは悪意の塊でした。教頭先生に届く新聞、今夜の所は真相は何も知らされないまま、童貞卒業までの日数が百日短縮されるだけ、と…。



かくして決まった恐怖新聞。ソルジャーは会長さんの家の一室を借りてウキウキ新聞作りで、出来上がったものを「ジャジャーン!」と見せに来てくれましたが、私たちが読んでも意味は不明だと分かってますから、「恐怖新聞」のロゴや日付を確認しただけ。
会長さんの方は端から端まで目を通してから、「よし!」と親指を立ててゴーサイン。
「これならいけるね、ハーレイは確実に食い付くよ。…恐怖新聞だと分かっていてもね」
暫くは狂喜新聞だけど、とダジャレもどきが。
「読む度に童貞卒業までの日数が百日縮んでしまいます、っていうのがねえ…。今夜はこれで大喜びだよ、百日縮んだと祝杯だろうね」
「多分ね。その状態が暫く続いて、実態を知れば恐怖の日々だよ」
ぼくに童貞を奪われる日がヒタヒタと近付いてくるわけで…、とソルジャーがクスッと。
「しかも恐怖新聞だと知らせに行くのは君だからねえ、もう間違いなくその日はドン底! そこを乗り越えても、開き直っても、やっぱり良心が痛んで恐怖な新聞なんだよ」
それでも読まずにいられないのが恐怖新聞、と本日の新聞を配達仕様に畳んでいるソルジャー。ポストに投げ込むような形に、恐怖新聞のロゴが見えるようにと。
「今夜はこれを放り込んで、と…。明日からの分はぼくのシャングリラで作ろうかな」
どうせ昼間は暇なんだから、とソルジャーならではの発言が。
「ソルジャーはけっこう暇なものだし、君たちも授業に出ている間はぼくと遊んでくれないし…。あ、でも明日は日曜だっけね、週末はこっちで作るのもいいね」
ともあれ今夜はこれをお届け、と恐怖新聞の第一号が折り畳まれて、後は配達を待つばかり。私たちも野次馬根性丸出し、お届け見たさに今夜は会長さんの家にお泊まり決定です。豪華な寄せ鍋の夕食の後はワイワイ騒いで、夜食も食べつつ深夜になって。
「そろそろかなあ? 丑三つ時って今頃だよね」
「午前二時だしね、届けに行くにはいい時間だと思うけど…」
出掛けるのかい、と会長さんがソルジャーに訊くと。
「まさか! 単に新聞を放り込むだけだよ、瞬間移動で!」
ついでに掛け声は音声を少々変えてお届け、とソルジャーがパチンと指を鳴らせば壁に中継画面が出現。教頭先生の家の寝室が映し出されて、ベッドで爆睡中の教頭先生も。
「さてと…。ここへ一発、恐怖新聞!」
ソルジャーが言うなり、中継画面の向こうで「新聞でーす!」と響いたソルジャーとは全く違う人の声、ベッドの上にバサリと新聞。教頭先生がゴソッと動きましたが、さて、この後は…?



「…新聞だと?」
うーん、と教頭先生が目覚めて手探り、部屋に明かりがパチリと点いて。
「はて…?」
本当に新聞が…、と掛布団の上の新聞を手にした教頭先生、たちまち瞳が真ん丸に。
「…恐怖新聞!?」
誰の悪戯だ、と言ってますから、恐怖新聞という存在は御存知なのでしょう。やっぱり普通に作っていたって会長さん絡みの悪戯扱い、喜ばれて終わるオチだったか、と見詰めていれば。
「…悪戯ではなくて本気なのか、これは? …ブルーからの愛の告白だろうか…」
読む度に百日も縮むとはな、と教頭先生の頬がうっすらと赤く。
「しかも記事がいい、あちらのブルーが作っているというわけか…。青の間の記事はブルーでなければ書けないからな」
ふむふむ…、と昨夜の青の間の状況を熱心に読んで、他の記事にも興味津々。これは知らなかったとか、勉強になるとか連発しながら読み進んで…。
「うむ、実に素晴らしい新聞だ! 恐怖新聞と書かれてはいるが、狂喜新聞と呼びたいくらいだ」
何処かで聞いたようなダジャレに、会長さんがチッと舌打ち。ハーレイとネタが被るなんて、と不快そうですが、そうとも知らない教頭先生は満面の笑みで。
「これから毎晩これが届くのだな、そして読む度にブルーとの初めての夜がグッと近付く、と」
読めば百日縮むのだしな、と教頭先生はソルジャーと会長さんの計算通りに勘違い。今夜だけでもう百日縮んだと歓喜の面持ち、恐怖新聞の第一号を丁寧に畳んで…。
「これは記念に取っておかねば…。そうでなくても勉強になるし、明日以降のも古紙回収に出すなどは考えられんな」
恐怖新聞は永久保存版だ、とベッドサイドの棚の上へと。
「明日もこの時間に届くのか…。届く所を起きて見てみたいが、サンタクロースのようなものかもしれないしな…」
起きて待っていたら来ないかもしれん、と明日以降は寝て待つつもりのようです。それから明かりがパチンと消されて、ソルジャーが中継画面を消して。
「この先は見なくていいと思うよ、感極まったハーレイがベッドで良からぬことをね」
「…あの内容だし、燃え上がるのも仕方ないねえ…」
真相を知るまではどうぞご自由に、と会長さん。恐怖新聞の第一号は狂喜新聞になっちゃいましたが、お届けは無事に完了です。明日からも午前二時のお届け、丑三つ時には恐怖新聞ですね?



教頭先生が大喜びした恐怖新聞第一号。日曜日は朝から何度も読み返し、ソルジャーは会長さんの家で新聞作りを。昨夜は自分の世界に帰っていないくせに青の間情報を書いたのだそうで…。
「このくらいの捏造、新聞記事にはありがちなんだろ?」
無問題! とソルジャーが言ってのけた偽の青の間情報、その夜に新聞を配達された教頭先生は嘘とも知らずに熱心に読んだと月曜日の放課後に聞かされました。会長さんとソルジャーから。
そんな調子で配達が続き、会長さんは三日どころか一週間も教頭先生を泳がせておいて、金曜日の夜に私たちにお泊まりの招集が。お泊まり用の荷物は持たずに登校してたんですけど、急なお泊まりはありがちですから慣れたもので…。
「かみお~ん♪ 今夜はハーレイの家にお出掛けなんだよ!」
みんなはシールドに入っていてね! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんとソルジャーだけが姿を現しての訪問だそうで、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も私たちと一緒にシールドで姿を隠すとか。会長さんの家でソルジャーも交えて特製ちゃんこ鍋の夕食、後片付けが済んだら出発で。
「さて、行こうかな?」
ソルジャーが腰を上げ、会長さんも。
「ハーレイの顔が楽しみだねえ…。狂喜新聞が恐怖新聞に変わる瞬間がね!」
今も楽しく読み返しているし、という声と同時に青いサイオンがパアアッと溢れて、私たちは教頭先生の家のリビングへと瞬間移動。会長さんとソルジャーがスッと進み出て…。
「「こんばんは」」
「あ、うむ…。いや、こんばんは…!」
教頭先生がソファの後ろに慌てて隠した恐怖新聞。会長さんが「隠さなくてもいいのにねえ?」とソルジャーの方を向き、ソルジャーも。
「隠すことはないと思うんだけどねえ、恐怖新聞。もう相当に縮まったかな?」
六百日ほど縮んだものね、とニコニコと。
「君の童貞卒業までの日、一年半ほど縮まったわけで…。感想は?」
「そ、それは…。嬉しいです…」
いつも素晴らしい記事をありがとうございます、と教頭先生は素直に頭を下げました。ソルジャーは「どういたしまして」と笑顔を返して。
「これからも順調に縮めるといいよ、童貞卒業までの日数! ぼくも大いに応援するから!」
「は、はいっ!」
その日を目指して精進します、と決意も新たな教頭先生だったのですが…。



「ハーレイ、精進するのはいいんだけどねえ…。その新聞、恐怖新聞だよ?」
普通は寿命が縮むんだけど、と会長さんが口を挟みました。
「ところが君の寿命は縮みそうもない。…今から縮むかもしれないけどさ」
「は?」
怪訝そうな顔の教頭先生。会長さんはフンと鼻を鳴らすと。
「そこに書いてある童貞卒業、ぼくが相手だとは何処にも書かれてないんだけどねえ?」
「…それがどうかしたか?」
わざわざ書くほどのことでもないし…、と教頭先生はまるで疑ってもいないようです。ソファの後ろに隠してあった恐怖新聞を引っ張り出して改めて確認、一人で納得してらっしゃいますが。
「分かってないねえ、恐怖新聞だと言った筈だよ、寿命が縮むと。…君の童貞卒業の日には、ぼくじゃなくってブルーが相手をするんだけれど?」
そこのブルーが、と会長さんが指差し、ソルジャーが。
「その通り! ぼくが君の童貞を奪いに来るっていうのが恐怖新聞のコンセプト!」
「あ、あなたが!?」
「そう、ぼくが! 君がブルーだけだと守り抜いて来た、筋金入りの童貞をね!」
美味しく楽しく奪わせて貰う、とソルジャーが宣言、教頭先生は顔面蒼白。
「…そ、そんな…! 私は初めての相手はブルーだと決めておりまして…!」
「知っているから奪いに来るんだよ、そのための予告が恐怖新聞!」
奪いに来る日が近付いて来たら残り日数の表示に変わるから、とソルジャーが笑みの形に唇を吊り上げ、会長さんが。
「そういう仕様になってるんだよ、恐怖新聞。…君はブルーとヤるってわけだね、ぼく一筋だと散々言ってたくせにブルーと!」
「い、いや、私にはそういうつもりは…!」
「つもりが無くても、これが真実! ブルーとヤろうと六百日も期間短縮したわけで!」
もう最低な男だよね、と会長さんは激しく詰って、スケベだの何だのと罵詈雑言で。
「ぼくにこうして怒鳴り込まれて、寿命が縮んだかもだけど…。それでも君は読み続けるんだ、ブルーが届ける恐怖新聞を毎晩ね!」
「よ、読まなければ縮まないのだろう…! これ以上は…!」
そしてブルーも来ない筈だが、と教頭先生は真っ青ですけど、会長さんが返した答えは。
「よく考えたら? 恐怖新聞だよ、読んじゃ駄目だと分かっていても読むのが恐怖新聞!」
君だってきっと読み続けるさ、と冷たい微笑み。恐怖新聞、それでこそですもんねえ…。



もう読まない、と泣きの涙の教頭先生を放って会長さんは帰ってしまいました。シールドの中にいた私たちを引き連れて瞬間移動で。ソルジャーも一緒に戻って、深夜になって。
「さてと、ハーレイの決心はどんなものかな?」
読まないと言っていたけどねえ…、とソルジャーが出現させた中継画面。教頭先生は明かりを消した寝室でベッドにもぐってらっしゃいますけど…。
「新聞でーす!」
例によって声色が変えてある音声、ベッドの上にバサリと新聞。教頭先生がゴソリと身じろぎ、やがて明かりがパッと灯って…。
「よ、読んではいかん…!」
捨てるだけだ、と恐怖新聞を掴んだ教頭先生、けれど視線は紙面に釘付け。
「…青の間スクープ…」
何があったのだ、と食い入るように読んでらっしゃる本日の特ダネ、青の間スクープ。つまりは童貞卒業までの日数、また百日ほど縮んだわけで。
「…し、しまった…!」
読んでしまった、と愕然としてらっしゃいますけど、時すでに遅し。ソルジャーは中継画面を消すなりガッツポーズで、勝利の笑みで。
「そう簡単には逃がさないってね! 明日からもガンガン、ハーレイの心を掴む記事!」
「スクープを乱発するのかい?」
今日みたいな感じで、と会長さんが訊くと。
「ダメダメ、それじゃ慣れてしまって食い付かなくなるし! ぼくも色々、知恵を絞って!」
愛読者様の心に訴える記事を書かなければ、とソルジャーも楽しんでいるようです。聞けばキャプテンも紙面作りにアイデアを出しているとかで。
「同じハーレイ同士だからねえ、似ている所は似てるしね? レイアウトとかにはハーレイの案を積極的に取り入れてるよ」
目に付きやすい記事の配置なんかもあるし…、と恐怖新聞作りはソルジャー夫妻の日々の楽しみにもなりつつあって。
「青の間情報もね、ハーレイもまんざらじゃないんだよ。覗きはダメでも、文章の形で披露するのは悪い気分じゃないらしくって…」
だから現場のナマの情報をガンガンお届け、ハーレイ視点の記事なんかもね、と笑顔のソルジャー。教頭先生に届く恐怖新聞、日に日にグレードアップしそうな感じです。それを読まずに逃げ切るだなんて、ほぼ不可能かと思いますけどね…?



恐怖新聞作りに燃えるソルジャー、読むまいと頑張っては誘惑に負ける教頭先生。両者のバトルは入試期間だのバレンタインデーだのも乗り越えて続き、二月の末が近付いた頃。
「いよいよカウントダウンなんだよ!」
エックスデーは雛祭りに決めた、とソルジャーが本日の恐怖新聞を抱えてやって来ました。
「雛祭りってアレだろ、お雛様の結婚式なんだろう?」
「んーと…。まるで間違ってはいないかな、うん」
会長さんが返すと、ソルジャーは。
「結婚式の日なら吉日、そこでハーレイが童貞卒業! 今日から秒読み!」
ほらね、と示された恐怖新聞のロゴの下には「読むと百日縮みます」と書かれていたお馴染みの警告文の代わりに、残り日数が書き込まれていて。
「…ハーレイの震え上がる顔が目に見えるようだねえ、ここまで縮んでしまったってね」
自業自得だけど、と会長さん。
「でもねえ、恐怖新聞だしね? 残り日数も順調に縮むんだろうねえ…」
「それはもう! 腕によりをかけて紙面作りをするからね!」
逃がすものか、と闘志に溢れるソルジャー、会長さんはクスクスと。
「…そして雛祭りの日がやって来る、と…。どんなにハーレイが震えていてもね」
「そうだよ、その日に恐怖新聞を読んだらおしまいなんだよ」
このぼくが出て行って童貞を奪う、とソルジャーは拳を突き上げてますが、それって冗談でしたよねえ? 本気で奪うつもりは無くって、あくまで脅しているだけで…。
「そうだけど? 今回のコンセプトは恐怖新聞、最後まで読んだらどうなるか、っていうだけのスリルに満ちたイベントなんだから!」
誘惑に負けて読んでしまったハーレイが悪い、と言うソルジャー。
「今日まで守って来た童貞を失くしてブルーに顔向け出来なくなるのも、恐怖新聞を読み続けたからで! しかも読んだら永久保存で残しているっていうのがねえ…」
「あれも一種の開き直りだよね、一度読んだら二度、三度とね。そしてキッチリ保存なんだよ」
それだけでも相当に罪が重い、と会長さんはバッサリと。
「普通の新聞だったらともかく、エロイ記事しか無いんだよ? そんなのを残して何度も読み返すなんて、スケベ以外の何なんだと!」
童貞を奪われてしまうがいい、と助ける気は微塵も無いのだそうで。教頭先生のお宅に放り込まれる恐怖新聞、今日からカウントダウンです。雛祭りの日の夜に残り日数がゼロの新聞が届き、ソルジャーが教頭先生の童貞を奪うという勘定。教頭先生、どうなるんでしょう…?



カウントダウンな恐怖新聞、教頭先生はヤバイと大慌てなさったらしいですけど、なにしろ相手は恐怖新聞。読まずにいられない新聞なだけに、毎晩、ウッカリ読んでしまって、開き直って保存の日々。とうとう雛祭りの日が来たわけで…。
「いよいよ今夜でおしまいってね!」
昨日ので残りが百日だったからね、とソルジャーが手にする恐怖新聞は残り日数がゼロで特別構成らしいです。これでフィナーレ、読者サービスてんこ盛り。
「青の間特集は特に力を入れてあるんだよ、ぼくのハーレイも色々と考えてくれて…」
目を離せない素晴らしい特集になった、と得意満面で語るソルジャー。会長さんも新聞を横から覗き込んでみて「いいね」と絶賛、相当にエロイ出来らしくって。
「もう間違いなくハーレイは読むね、これで終わりだと分かっていてもね」
「君も見物に来るんだろう? 最後の恐怖新聞配達」
今日はぼくから手渡しだしね、とソルジャーが言えば、会長さんは「うん」と。
「手渡されたら直ぐにゴミ箱に放り込んだらいいのにねえ…。そうせずに読んでしまうのが恐怖新聞の怖い所だね、ぼくと君とが見ているのにねえ?」
「ぼくたちの前で読み耽った挙句にドツボだってね、今夜のハーレイ!」
君には詰られ、ぼくにはアッサリ見捨てられ…、とソルジャーは方針を変えていませんでした。今日で終わりだ、と教頭先生をベッドに押し倒し、一瞬だけ期待を持たせておいて…。
「「「回収する!?」」」
何を、と声を上げた私たちですが。
「恐怖新聞に決まっているだろう! 新聞の末路は古紙回収だよ、ハーレイの手元には何一つ残らないってね!」
「らしいよ、ブルーの渾身の作の恐怖新聞、読者様の残り日数が尽きたら用済みだってさ」
もちろん今日の特別構成の新聞だって…、と会長さん。ということは、教頭先生、会長さんに罵倒されまくって、ソルジャーには童貞を奪われるどころか大事に保管して来た恐怖新聞を奪い去られて、美味しい所は何も残らないと…?
「そういうものだろ、恐怖新聞! 命を失くしておしまいになるか、自分の評価やコレクションとかがパアになるかの違いだけだから!」
ねえ? とソルジャーが会長さんに同意を求めて、会長さんも。
「毎日あれだけ読み込んだんだし、ハーレイもきっと本望だよ。恐怖新聞!」
最後の配達がもう楽しみで…、と浮かれまくっている鬼が二人ほど。私たちはシールドの中から高みの見物の予定ですけど、教頭先生、最後の恐怖新聞を読んだら会長さんからは酷い評価で、ソルジャーが予告していた童貞を奪われるというイベントも無しで…。



「教頭先生、一巻の終わりというわけでしょうか?」
それっぽいですが、とシロエ君が溜息をついて、ジョミー君が。
「恐怖新聞、元々そういうヤツだしね…。寿命が無くなったら終わりなんだし」
「今夜で最後になる勘定か…」
何もかもがパアか、とキース君。教頭先生が今日まで築いて来られた会長さん一筋とやらが崩壊する上、崩壊しても報われるわけではないというのが空しいです。それでもソルジャーの力作の恐怖新聞の最後の号を教頭先生は読むに決まっているという所が…。
「…怖いですねえ…」
恐怖新聞、とマツカ君が呟き、スウェナちゃんも。
「読まずにいられないっていうのがねえ…」
なんて恐ろしい新聞だろう、と震えるしかない恐怖新聞。最後の配達、もうすぐ出発らしいです。教頭先生、恐怖新聞の怖さを思い知っても懲りないでしょうが、暫くの間は多分、ドン底。せめて最後の特別構成の恐怖新聞でお楽しみ下さい、きっと素敵な記事ばかりですよ~!



            読みたい新聞・了


※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 ジョミー君が読みたくなった恐怖新聞、とんでもない方向へ行ってしまったわけですけど。
 ある意味、寿命が縮む仕様で、教頭先生にピッタリな品。ソルジャー、流石な腕前です。
 去年はコロナで大変でしたけど、今年はどうだか。いい年になるといいですねえ…。
 次回は 「第3月曜」 2月15日の更新となります、よろしくです~!

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、1月は元老寺での元日から。新年早々、災難な目に遭う人が…。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv











※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。




シャングリラ学園、今日も平和に事も無し。残暑も終わって秋の気配で、これからがいい季節です。学校に行くのも、週末に遊ぶのも暑さ寒さを気にしなくて済むのが春と秋。ついでに秋は収穫祭やら学園祭やらと学校行事の方も充実、楽しい季節なわけですが。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
授業、お疲れ様! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が迎えてくれた放課後。甘い匂いはスイートポテトで、お料理大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」だけにタルト仕立ての凝ったもの。紅茶やコーヒーなんかも出て来て、いざティータイムとなったのですけど。
「うーん…」
何故か考え込んでいる会長さん。心配事でもあるのでしょうか?
「おい。今日はこれといった発表なんかは無かったんだが…」
これから出るのか、とキース君。
「先生方が会議中だとか、プリントを印刷中だとか…。如何にもありそうな話ではあるが」
「そうですねえ…。秋だけに気が抜けませんよね」
先生方が何をやらかすやら…、とシロエ君も。
「ウチの学校、やたらとノリがいいですし…。ハロウィンが公式行事になるとか、そういう線も」
「それを言うなら運動会じゃねえのか?」
ウチにはねえぜ、とサム君の指摘。シャングリラ学園には球技大会と水泳大会があるのですけど、ありそうで無いのが運動会。どういうわけだか存在しなくて、私たちも経験していません。
「運動会かあ…。あるかもね」
どうせぼくたちのクラスが勝つんだけれど、とジョミー君。それはそうでしょう、1年A組は会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお蔭で無敵。球技大会も水泳大会も負け知らずだけに、運動会だって頂きだろう、と思いましたが。
「…運動会の話じゃないんだな、これが」
ついでに学校行事でもない、と会長さんが口を開いて。
「現時点ではまるで関係無いんだよ。…これから先は分からないけど」
「「「は?」」」
「なにしろ情報をゲットしたばかりで、ぼくにも整理が出来ていなくて」
きちんと整理がついた段階で何か閃いたら使えるかも、と会長さんの台詞は意味不明。
「何なんだ、それは」
明らかに先生絡みと見たが…、とキース君の読み。私たちが授業に出ている間は暇にしているのが会長さんです。職員室でも覗きましたか、サイオンで?



会長さんがゲットしたての情報とやら。先生方の秘密会議を盗み聞きしたか、はたまた文書を発見したか。そういうクチだと踏んだのですけど…。
「違うよ、先生は全く関係無くて…。ついでに学校とも無関係だね、いや、待てよ…」
全く無関係でもないか、と顎に手を当てる会長さん。
「やたらと気合が入っていたっけ、この学校…。バレンタインデーは」
「「「バレンタインデー!?」」」
それって二月じゃなかったですか? 今は残暑が終わったばかりで、二月なんかは遥かに先です。キース君の家で除夜の鐘を撞かないと来ない新年、その新年に入ってからなのでは…。
「そうだよ、二月のヤツだけど?」
チョコレートの贈答をしない生徒は礼法室で説教だよね、と会長さんはシャングリラ学園のバレンタインデーのおさらいを。お説教どころか反省文の提出まであるバレンタインデー、校内はチョコが飛び交います。雰囲気を盛り上げるために温室の噴水がチョコレートの滝に変わったり…。
「あのバレンタインデーがどうかしたのか、今から話題にするほどに」
水面下で何か動きがあるのか、とキース君が訊けば、答えはノー。
「先生も学校も無関係だと言った筈だよ、ぼくがゲットした情報は外部のヤツで」
「「「外部?」」」
「うん。…暇だったからさ、適当にあれこれ調べていたら引っ掛かったんだ」
バレンタインデーとも思えないものが、と会長さんは紅茶を一口飲んで。
「…イケメンショコラ隊っていうのをどう思う?」
「「「イケメン…?」」」
なんですか、そのイケメンだかショコラだかいうものは?
「そのまんまの意味だよ、イケメンとショコラ。バレンタインデー用のチョコを売り出すために作られたヤツで、一時期、存在したらしい。デパートの特設売り場にね」
「…イケメンがチョコを販売するのか?」
そういう仕組みか、とキース君が質問、会長さんは「まあね」と答えて。
「趣旨としてはそれで合ってるんだけど…。イケメンを揃えてチョコの販売、それは間違いないんだけれど…」
「他にも何かあるんですか?」
ショコラ隊だけに変身するとか、とシロエ君。なるほど、変身まではいかなくっても、ショータイムとかがあったかもです。チョコレート売り場でファッションショーとか、そういうの…。



会長さんが暇つぶしに仕入れた昔の情報、イケメンショコラ隊。バレンタインデーのチョコの販売促進用らしいですし、ショーをするのかと思ったら。
「変身ショーなら理解できるよ、ぼくでもね」
ファッションショーでもまだ納得だ、と会長さんは額を指でトンと叩いて。
「イケメンで釣ってチョコを販売、それ自体はまだ理解の範疇。…同じチョコレートを買いに行くなら、不愛想な店員さんから買うよりイケメンだろうし」
「…まあな」
分からんでもない、とキース君。
「自分の本命が誰であろうが、チョコレートを買いに出掛けるからには気持ち良く買い物したいだろうしな…。まして本命チョコともなったら高価なものだし」
「そうですよね…。貰う男性は少し複雑かもしれませんけど、イケメンから買ったか、不愛想な店員さんから買ったかなんかは絶対、分からないわけですし」
ぼくたちみたいにサイオンが無ければ…、とシロエ君も。
「サイオンがあっても、そんなトコまで突っ込みませんよ。そういう男は嫌われますよ」
「だよなあ、俺だって最低限の礼儀としてそこは言わねえぜ」
俺に彼女はいねえけどよ、とサム君が会長さんの方をチラリと。サム君が惚れている相手は会長さんで、今でも公認カップルです。朝のお勤めがデート代わりの清く正しいお付き合い。
「男ってヤツは細かいことを言っちゃダメだぜ、おまけにチョコレートを貰ったんならよ」
「ぼくも賛成。貰えたんなら、イケメンを狙って買いに行ってても許すよ、ぼくは」
イケメンが販売しているコーナーを目指してまっしぐらでも、とジョミー君も言ったのですけど。
「…そこまでだったら、ぼくだって許容範囲だよ」
理解の範疇内でもある、と会長さん。
「女性はイケメンに弱いものだし、ぼくだって顔が売りだしねえ? でもさ…。そのチョコレートの販売をしてるイケメンとさ…。撮影会っていうのはどう思う?」
「「「撮影会?」」」
まさかイケメン販売員と写真が撮れるってヤツでしたか、それ?
「そうなんだよ! しかもツーショットで、注文に応じて顎クイ、壁ドン」
「「「ええっ!?」」」
顎クイっていうのは顎クイですよね、一時期流行っていた言葉。壁ドンも同じく流行りましたが、それってチョコレートを渡したい人と撮りたいショットじゃないですか…?



顎クイに壁ドン、好きな人がいるなら憧れのシチュエーションだったと思います。バレンタインデーにはチョコを抱えて片想いの相手なんかに突撃、顎クイに壁ドンな仲になれるよう努力するものだと信じてましたが…?
「ぼくだってそうだよ、そっちの方だと思ってたってば!」
自分用の御褒美チョコが如何に流行ろうとも、バレンタインデーの趣旨はブレないものだと信じていた、と会長さんはブツブツと。
「でもねえ、イケメンショコラ隊は確かに存在したんだよ! 存在した間は大人気で!」
整理券が出る有様だったのだ、と聞いてビックリ、呆れるしかない私たち。
「…会長、それって、本命の立場はどうなるんです…?」
「知らないよ、ぼくは! それこそ知らぬが仏ってヤツじゃないかな」
自分が貰ったチョコレートの裏に隠された歴史、と会長さん。
「いいのを貰った、と喜んでいても、その裏側にはイケメン販売員とのツーショット撮影会が隠れているわけで、しかもイケメンショコラ隊は普通の販売員でもないわけで…」
チョコの販売に直接携わるわけではなかったらしい、というのがイケメンショコラ隊。撮影会の他にもショコラコンシェルジュとかいうお役目があって、お勧めのチョコを女性に解説。山ほど売られるチョコの中から選ぶべきチョコの相談に乗っていたというのが驚きです。
「だったら、アレか? 選ぶ段階からイケメン任せのチョコになるのか?」
そして撮影会を経て男性の手に渡るのか、とキース君が唖然とした表情。
「…俺がそいつを貰ったとしたら、非常に複雑な気分なんだが…」
「ぼくも同じです、キース先輩」
そんな裏事情は一生知りたくありません、とシロエ君も。会長さんは「ほらね」と頭を振って。
「いろんな意味で有り得ないんだよ、貰う方の男にとってはさ…。イケメンショコラ隊」
「迷惑以外の何物でもないと俺は思うが」
俺ならば断固排除する、とキース君が言い、ジョミー君が。
「ぼくだって徹底排除だよ! そんなバレンタインデーのチョコ、間違ってるし!」
「ぼくも間違いだと思いたいけど、本当にあったというのがねえ…。うちの学校でこれを導入したなら、絶対、血を見ると思うんだけどね?」
バレンタインデーに賭けている学校だけに…、と会長さん。
「間違いないな。あんたにチョコの相談に出掛ける女子が殺到するだろうしな」
そして撮影会なんだ、とキース君。もしもバレンタインデーに会長さんがイケメンショコラ隊をやっていたなら、オチは絶対、それですってば…。



何かが間違ったバレンタインデーのチョコレート選び、デパートの特設売り場にいたというイケメンショコラ隊。しかも話はそれだけで終わらなくって。
「…デパートの外でも活動していたらしいんだよねえ…」
販売期間中はイケメンの居場所をネットで流していたらしい、と会長さんはお手上げのポーズ。イケメンが出没するスポットの情報を毎日発信、そこへ行けばイケメンと会える仕組みになっていたとか。もちろん話題はチョコレート限定、ショコラコンシェルジュだったそうですけれど…。
「それって一種のデートじゃないの?」
それっぽいけど、とスウェナちゃん。
「狙って出掛けて会えるわけでしょ、話題がチョコレート限定なだけで」
「そうなるねえ…。もう本当に呆れるしかないヤツなんだけれど、世の中、信じられないよ」
いくらぼくでも女性不信になりそうだ、と会長さんは言うのですけど。
「どうなんだか…。あんたの場合は、イケメンショコラ隊の方になれそうだからな」
キース君がさっきの話の続きを持ち出して。
「しかもだ、本命に贈る筈のチョコを何処かで貰っていそうだぞ。デパートの外でも会えたと言うなら、そういう時にな」
「ありそうですよね、会長だったら…」
ちゃっかり本命になっていそうです、とシロエ君が賛成、他の男の子たちも口々に。
「ブルーだったら出来そうだぜ、それ。気付けば自分のお勧めチョコを貰っていたとか」
「分かるよ、せっせと相談に乗っていたチョコが自分に来るんだ」
「…きっとそういう線ですね…」
マツカ君までが頷いてしまい、会長さんは。
「えーっ、そうかなあ? 本来の趣旨から外れちゃうけど、くれるんだったら貰うけどね」
でも、うちの学校だと説教だろう、と溜息が一つ。
「他の男子の立場がない、って呼び出されて説教されるんだよ。礼法室で」
「…チョコレートの贈答をしない生徒が呼ばれる場所だと思ったが?」
礼法室、とキース君が言いましたけれど、会長さんは「駄目だろうね」と。
「チョコの相談に乗るだけだったら、お説教は無さそうだけど…。学校中のチョコを一人占めしそうな勢いだったら、事前に呼び出し」
「「「うーん…」」」
それはそうかもしれません。会長さんが一人勝ちするイベントなんかは、学園祭の人気投票だけで充分間に合っていますもんねえ…。



私たちの学校では使えそうにないイケメンショコラ隊。面白いものがあったらしい、と話の種にしかなりません。会長さんが礼法室でお説教を食らうバレンタインデーでは、どうにもこうにも使えない上、他の男子も迷惑ですし…。
「…あんたが使えるかどうかも謎だと言ってたわけだな、これは」
まるで使えないな、とキース君が話を纏めにかかりました。来年のバレンタインデーを待つまでもなく、イケメンショコラ隊は使えもしないと。
「うんうん、ブルーが説教ではよ…」
嬉しくねえし、とサム君も結論付けたのですけど。
「…ちょっと待った!」
使えるかも、と会長さんが声を上げました。えーっと、説教されたいんですか?
「そうじゃなくって! 今年の学園祭に向かって!」
「「「学園祭?」」」
学園祭でチョコなんか売ってましたっけ、柔道部が「そるじゃぁ・ぶるぅ」秘伝の焼きそばを売り物にしているくらいですから、何処かのクラブが売っているかもしれませんが…。
「違うよ、他所のクラブのためじゃなくって、ぼくたちのための販売促進!」
「「「へ?」」」
私たちが学園祭で売るものと言えば、会長さんお得意のサイオニック・ドリームと相場が決まっています。毎年恒例、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を舞台にドリンクなどとセットで販売中。その名も『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』、一番人気の喫茶店だけに販売促進しなくても…。
「売り込まなくても長蛇の列って? それはそうだけどさ…」
プラスアルファが欲しいじゃないか、と会長さん。
「ほら、年によって色々あるだろ、サイオニック・ドリームの中身も変えるし」
ドリンクメニューが変わる年も…、と言われてみればそうですけれども、販売促進は必要無いと思います。開場と同時にズラリ行列、チラシも要らないほどなんですし…。
「だからこそだよ、たまにはイベント! イケメンを揃えて!」
「「「イケメン?」」」
「これだけいるだろ、イケメンな面子」
クールなのから三枚目まで…、と会長さんは男子を順に指差しました。
「サムだってけっこう人気な筈だよ、気のいい頼れる三枚目、ってね。イケメン並みに!」
サムがタイプな女子も多い、との指摘は間違っていませんけれど。バレンタインデーに貰うチョコレートも多いサム君ですけど、男子たちを使って何をすると…?



いつの頃かは分からないものの、バレンタインデーの販売促進にデパートが作ったイケメンショコラ隊なる代物。会長さんは其処から閃いたらしく、学園祭でイベントだなどと言い出して…。
「事前の盛り上げも悪くはないと思うんだよねえ、ぶるぅの空飛ぶ絨毯はね」
イケメンを使ってやってみよう! と会長さん。
「名付けてイケメンドリーム隊!」
「「「…ドリーム隊?」」」
なんじゃそりゃ、と私たちにはサッパリでしたが、会長さんの頭の中には既にビジョンがある様子。イケメンドリーム隊とやらの。
「イケメンショコラ隊がチョコを売るなら、イケメンドリーム隊はドリームなんだよ、サイオニック・ドリーム!」
サイオニック・ドリームの名前は出さないけれど…、とサイオンの存在を伏せる所は例年と同じ。
「あくまでぶるぅの不思議パワーだけど、夢を売るのは本当だしねえ?」
「それはまあ…。そうなんだが…」
バーチャル体験が売りではあるが、とキース君。
「だが、俺たちが何をするんだ? 俺はサイオニック・ドリームを使えはするがだ、坊主頭に見せかけるだけが精一杯なレベルなんだが…」
それでは販売促進どころか逆効果だ、と冷静な意見。キース君も人気が高いですけど、坊主頭になった場合も人気かどうかは微妙です。副住職だと知られてはいても、坊主頭を目撃した生徒はありません。ずうっと昔に学園祭で坊主喫茶をやったとはいえ、あの時の生徒は卒業済みで…。
「だよねえ、キースでも坊主頭が完璧ってだけで、ぼくたちになると…」
坊主頭も怪しいんだよね、とジョミー君が頭に手を。いつかは訪れる坊主ライフに備えて自主トレが必須な立場のくせに、ロクに練習をしないジョミー君。坊主頭なサイオニック・ドリームは持続可能なレベルに達してもいませんでした。
サイオニック・ドリーム必須のジョミー君ですらそういう有様、他の男子はサイオニック・ドリームに挑んだことすら皆無な状態。イケメンドリーム隊は無理そうですよ?
「誰が君たちにサイオニック・ドリームを売れって言った?」
あれはぶるぅの限定商品、と会長さんが切り返しました。
「誰でも楽々売れるんだったら、商売上がったりってね! 君たちは宣伝するだけなんだよ」
「「「宣伝?」」」
いったい何を宣伝するのだ、と顔を見合わせる男子たち。『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』は宣伝しなくても口コミで人気、宣伝なんかは必要性が全く無さそうですが…?



サイオニック・ドリームの言葉も、サイオニック・ドリームも抜きで宣伝活動をするらしいイケメンドリーム隊。会長さんの考えは謎だ、と誰もが考え込みましたけれど。
「分からないかな、ヒントはイケメンショコラ隊だよ。ショコラコンシェルジュっていうのも言った筈だよ、チョコレートの相談に乗るってヤツをね」
「それは確かに聞きましたけれど…。ぼくたちと何の関係があると?」
シロエ君の問いに、会長さんは。
「ズバリそのもの! ショコラならぬドリームコンシェルジュ!」
「「「はあ?」」」
ショコラコンシェルジュの流れからして、ドリームコンシェルジュは夢の相談に乗るのでしょうけど、サイオニック・ドリームの相談って…?
「簡単なことだよ、どれを買うべきかを教えてあげればいいってね!」
毎年、大勢が悩んでいるじゃないか、と会長さん。
「なにしろ、ぶるぅの空飛ぶ絨毯は大人気だしね、そうそう何度も入れやしないし…。全部の夢を買えない以上は、ご要望に応えてピッタリの夢をご案内だよ!」
「そうか、それなら需要があるかもしれんな」
悩んでいるヤツは少なくないし、とキース君が相槌を打って、マツカ君も。
「そういう人は多いですよね…。メニューは先に渡しますけど…」
「入る直前まで決まってない人、かなりの確率でいますよね、ええ」
その場の勢いで決めている人、とシロエ君。
「どれにしようか迷った挙句に、入ってから周りの雰囲気ってヤツで選ぶ人は珍しくないですよ」
「そうだろう? そういった人のためにイケメンドリーム隊がお手伝いをね!」
事前に相談に乗ってあげるだけでお役に立てる、という会長さんの案はもっともなもの。バーチャルな旅を体験出来るのがサイオニック・ドリームの売りなんですから、その人が一番行きたい所へ案内出来ればベストです。でも、学園祭の真っ只中ではそうもいかないのが現実で。
「…会長の言う通り、きめ細かなフォローがあったら嬉しいでしょうね…」
事前の案内、とシロエ君が頷き、ジョミー君も。
「学園祭が始まってからだと、ぼくたちは接客で大忙しだし…。スウェナたちも案内係で手一杯だし、問い合わせに応じられる人って無いよね…」
「そこなんだよ。例年、体験者の話を参考に選ぶくらいが精一杯ってトコだから…」
今年は前情報を出してみよう、と会長さん。サイオニック・ドリームのメニューが決まればイケメンドリーム隊を結成、校内にバラ撒くらしいですよ…?



かくして決まったイケメンドリーム隊とやら。例年だったら売り物のサイオニック・ドリームを何にするかとか、喫茶のメニューや値段なんかを決めるだけで後は当日待ちですけれど。
「えーっと、明日から活動開始なんですよね?」
月曜日から、とシロエ君が会長さんに確認しています。イケメンドリーム隊が決定した日から時が流れて、今は学園祭の準備がたけなわ、校内に広がるお祭り気分。そんな中で私たちも『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』のメニューなどを決め、イケメンドリーム隊のデビューは明日。
「とりあえず、俺たちは相談係で良かったんだな?」
他には無いな、とキース君がドリームコンシェルジュ向けの資料をめくりながら訊くと。
「せっかくだからね、オプションもつけておいたけど?」
「「「オプション?」」」
なんだ、と男子の視線が会長さんへと一気に集中。それは私も聞いていません、オプションって何のことでしょう?
「覚えてないかい、イケメンドリーム隊の元ネタはイケメンショコラ隊だということを! でもって、本家の方の一番の売りは撮影会で!」
顎クイと壁ドンもオッケーだというツーショット、と会長さんは澄ました顔で言ってのけました。
「君たちの場合は活動場所が学校だしねえ、懐かしの顎クイや壁ドンとまではいかないけどさ…。健全なヤツしか無理だけれどさ、売るならやっぱりツーショットもね!」
先着順で無料撮影会を実施、と勝手に流されていたらしい前情報。まさか、と会長さんの家の端末を起動してみんなで覗き込んでみると…。
「うわあ、マジかよ、俺は先着二十名様かよ、明日のノルマが!」
しかも整理券が全部出てしまってる、とサム君が慌てて、ジョミー君も。
「…ぼくも整理券、完売って言うか、品切れって言うか…」
「ぼくもですよ! 会長、これってどういうことです!?」
何の話も聞いてませんが、とシロエ君が食って掛かっても、会長さんは涼しい顔で。
「サービス、サービス! 平気だってば、整理券を持った子に声を掛けられたら、ツーショット! ご注文に応じてクールな顔から笑顔まで! それがイケメンドリーム隊!」
撮影の後はドリームコンシェルジュに徹するべし、と会長さん。
「整理券を持っていない子でも、相談に来た子はお客様だしね? きちんと対応、相談に乗る!」
それでこそイケメンドリーム隊だ、と会長さんの考えは微塵も揺るがず、整理券は連日、端末を通じて一定数が出る仕組みのようです。サイオニック・ドリームの相談に加えてツーショットまでとは、もう頑張って下さいとしか…。



翌日からキース君たち男子五人は大忙しの日々が始まりました。ツーショットが撮れる整理券は朝のホームルームが始まる前から有効、休み時間ももれなく有効。放課後の部活開始の直前までが期限とあって、廊下を歩けば捕まる日々で。
「くっそお…。夢の相談の方も多いが、ツーショットの方も馬鹿にならんぞ」
しかも注文が細かくて…、とキース君が嘆く放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋。ツーショットの撮影、表情はもちろん、背景が指定出来たのです。ゆえに中庭から校門前まで至る所が撮影スポット、撮影のために少し出るくらいは門衛さんも黙認なだけに…。
「多いんだよねえ、校門前の子…」
在学記念ってことだろうか、とジョミー君も。卒業式でもないというのに「シャングリラ学園」と書かれた門柱の脇が大人気だとか。他にもグラウンドだとか、体育館とか、人それぞれで。
「場所の移動がキツイんですけど、移動中も仕事時間ですしね…」
移動しながら夢の相談、とシロエ君。移動時間で終わらなければ撮影会の後も相談継続、休み時間は壊滅状態に近いのが今の男子たち。
「…せめて昼飯、ゆっくり食いてえ…」
食堂にいても客が来るしよ、とサム君も相当にお疲れ気味です。食べている間は流石に仕事は入りませんけど、如何にも時間待ちといった感じの女子生徒が遠巻きに見ているわけで…。
「落ち着きませんよね、食事中でも」
早く食べて仕事を始めなくてはと思いますし、とマツカ君。この状況で実は一番タフな人材、それがこのマツカ君でした。御曹司なだけに初対面の人との会食だとかが多い人生、仕事となったら食事も仕事の一部だったのが強かったらしく。
「…マツカ、俺はお前を心の底から尊敬するぞ」
ある意味、坊主の俺よりも修行が出来ているな、とキース君も認めるマツカ君の強さ。今日も仕事をサクサクこなして、撮影会のノルマも誰よりも早く達成した上、時間いっぱいまで夢の相談に乗っていたという凄さです。
「かみお~ん♪ マツカだけだもんね、男の子の相談も受け付けてるの!」
余裕たっぷりの証拠だよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。そう、他の男子はイケメンドリーム隊だけあって女子生徒だけの御用達と化していましたが、マツカ君だけは話が別で。撮影会をこなす間にも「ちょっといいかな?」と男子の相談受付中。
「マツカは誰にでも丁寧だしねえ、声を掛けやすいっていうのもあるよね」
他のみんなもマツカを目標に頑張りたまえ、と会長さんが発破をかけてますけど、他の男子には多分、無理。キース君でも無理なんですから、御曹司の能力、恐るべし…。



そんなこんなで幕を開けた今年の学園祭。会長さんが思い付いたイケメンドリーム隊の宣伝効果は非常に大きく、例年以上に長蛇の列が出来ました。その割に大きな混乱も無くて、メニューを決める生徒も余裕の子が多かった印象で…。
「みんな、お疲れ様~っ!」
今夜は打ち上げパーティーだよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び跳ねています。後夜祭も終わって喫茶の設備の回収などは業者さんにお任せ、それに明日は土曜日でお休みですし…。
「それじゃ、予定通りにぼくの家でいいね?」
泊まりってことで、と会長さんが確認、私たちは揃って大歓声。このために今日はお泊まり用の荷物を持参で登校、男子は喫茶の接客を頑張り、スウェナちゃんと私は案内係で…。
「疲れはしたが、今年は充実の学園祭という気分だったな」
前準備なんかは例年無いに等しいからな、とキース君。イケメンドリーム隊として活動しまくったキツかった日々も、いい思い出になりつつあるようです。みんなで「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋の中をチェックし、業者さんへの連絡メモを会長さんが壁にペタリと貼り付けて。
「はい、終了。ぶるぅ、帰るよ」
「かみお~ん♪ しゅっぱぁ~つ!」
パアアッと迸った青いサイオン、ふわりと身体が浮いたかと思うと会長さんの家に着いていました。打ち上げは焼き肉パーティーです。もう早速に始めよう、とゲストルームで制服から私服に着替えを済ませてダイニングに行くと。
「こんばんはーっ!」
「「「!!?」」」
遊びに来たよ、と紫のマントのソルジャーが。学園祭の準備期間にも何度か姿を見てましたけれど、打ち上げパーティーに呼んだ覚えはありません。学園祭とはまるで無関係、そんな人に割り込んで来られても…、と誰もが露骨に嫌な顔をしたと思うのですが。
「イケメンドリーム隊、お疲れ様! 凄い活躍だったよねえ…」
これはぼくからの差し入れで…、とソルジャーが保冷剤入りと思しき大きな箱を。
「「「差し入れ?」」」
「焼き肉パーティーをするんだろう? いい肉を買って来たんだけれど…」
ノルディお勧めの店の最高のヤツ、と出された箱を「そるじゃぁ・ぶるぅ」がパカリと開けて。
「すっごーい! ホントに最高のお肉!」
こんなに沢山! と見せられた肉の量と質とに、私たちはアッサリ陥落しました。食材持参なら乱入も歓迎、差し入れがあるなら先にそう言って下さいよ~!



ソルジャーも私服に着替えての焼き肉パーティーは大いに盛り上がり、話題はやっぱりイケメンドリーム隊の活躍についてだったのですが。
「あれは本当に凄かったよ。君たちの活動にヒントを得てねえ、実はぼくも…」
「「「え?」」」
ソルジャー、何かをやったのでしょうか。自分の世界のシャングリラでイケメンを集めてイベントだとか、そういうのを…?
「イベントには違いないけれど…。ぼくの世界でやったんじゃないよ?」
ぼくのシャングリラでイケメン選びをするのはちょっと…、と言うソルジャー。閉じた世界だけに顔の良し悪しでランク付けはマズイ、と指導者ならではの発想ですけど、それなら何処で何をやったというのでしょう?
「もちろん、こっちの世界でだよ! それも最高のイケメンを使って!」
「「「…最高?」」」
最高ランクのイケメンなんかを集めて何をやらかしたのだ、と首を捻った私たちですけれど。
「集めていないよ、使っただけだよ、この顔を!」
このぼくの顔、と自分の顔に向かって人差し指を。超絶美形な会長さんと瓜二つですし、イケメンには違いないですが…。最高ランクの顔なんでしょうが、その顔で何を…?
「え、この顔が最高のイケメンに見える人間が二人ほどいるだろ、こっちの世界は!」
ノルディとハーレイ、とソルジャーが挙げた名前はエロドクターと教頭先生。まさかその二人を相手にイケメンを売りに何かやらかしましたか…?
「そうだよ、名付けてイケメンデート隊!」
「「「デート隊!?」」」
それはどういうものなのだ、と怖くて訊けない私たち。けれどソルジャーは得々として。
「君たちがドリームコンシェルジュをやっていたのと同じで、ぼくのはデートコンシェルジュ! どんなデートがお好みなのか、と聞きながらプランを立ててあげてね!」
「き、君はまさか…」
ノルディやハーレイの好みのデートに付き合ったのか、と会長さんの声が震えましたが。
「ううん、相談に乗るだけだってば! 後は向こうにお任せなんだよ」
本当にそういうデートコースを組んでくるなら、場合によっては…、という答え。
「ぼくも一応、結婚している身だからねえ? 譲れない部分もあるわけでさ」
そういったことも踏まえて相談に乗っているんだけれど、と笑顔のソルジャー。だったらデートはしてないんですかね、エロドクターはともかく、教頭先生なんかとは…?



思わぬ所へ飛び火していたイケメンドリーム隊の結成。ソルジャーが勝手にイケメンデート隊を作って動いていたとは夢にも思いませんでした。差し入れを持って出て来る筈です、ヒントになったイケメンドリーム隊への御礼に肉まで持って。
「それはもちろん、御礼をするのは基本だし…。色々とアイデアを貰ったからには!」
今の所はまだデートには至っていないのだ、とソルジャーは胸を張りました。
「この手のものは焦らしてなんぼ! 相談に乗るのとデートとは別!」
ノルディのランチやディナーのお誘いは受けるけれど、とソルジャーならではの行動基準が凄すぎます。それもデートの内なんじゃあ…?
「違うね、ノルディの理想のデートはもっと中身が濃いものだからね!」
最低限でもキスは必須で…、とパチンとウインクするソルジャー。
「そうした雰囲気に持って行けそうなデートコースは、と訊いてくるからアドバイス! デートコンシェルジュはそういう仕事!」
ハーレイの方はランチのお誘いも出来ない段階、とニッコリと。
「あれは駄目だね、ぼくを相手にブルーの方とのデートの練習に持って行こうとしてるから…。毎回アドバイスするんだけどねえ、下心が見え見えのお誘いってヤツは失敗するよ、と」
「ああ、下心ね…」
ハーレイだったらそうだろうねえ、と会長さん。
「それじゃ、君の方はハーレイの妄想とも言うべき夢のデートコースを延々と聞かされ続けているっていうわけかい? なんとも不毛な話だけれど」
「そうでもないよ? 相談に乗るのはハーレイの家で、それなりにお菓子も出るからね」
タダ働きはしていないのだ、と流石はソルジャー。エロドクターの相談に乗る時もランチやディナーを御馳走になっているのだとかで。
「…あんた、俺たちとは違うようだな」
俺たちは謝礼は貰っていない、とキース君が苦い顔を。
「俺もマツカも他の連中も、あくまでボランティアのタダ働きだ! 一緒にしないで貰いたい!」
「タダっていうのを強調するなら、ぼくは君たちよりも頑張ってるけど?」
それこそタダで、とソルジャーはフンと鼻を鳴らして。
「イケメンドリーム隊に貰ったヒントはきちんと生かす! イケメンデート隊も写真撮影のサービス付きだよ、ツーショットの!」
「「「ええっ!?」」」
まさかまさかのツーショット。ソルジャー、そんなの付けたんですか…?



ソルジャーが一人で活動中のイケメンデート隊とやら。ツーショット写真のサービス付きで、キース君たちよりも頑張っているということは…。
「決まってるじゃないか、君たちよりもグッと接近! 元祖イケメンショコラ隊みたいに!」
ちゃんと調べた、とソルジャーは「顎クイ」と「壁ドン」をチェック済みでした。今は死語だと思うんですけど、調べれば何処からか出て来るようです。
「ノルディにもハーレイにも売り込んだんだよ、顎クイに壁ドン!」
デートの相談に乗ったついでにツーショット、とニコニコニコ。
「ノルディは毎回、どっちかを撮ろうとするんだけれど…。ハーレイの方は全然ダメだね」
将来に向けての練習にすらもなっていない、とソルジャーはバッサリ切り捨てました。
「でもねえ、ぼくもイケメンデート隊として活動を始めたからには頑張らなくちゃ!」
「……何を?」
おっかなびっくり尋ねた会長さんですが。
「それは当然、デートコンシェルジュの仕事ってヤツ! ノルディの方はさ、ぼくの好みに合ったデートに誘ってくれればいいんだけれど…。目指すはこっちのハーレイだよ!」
君が喜びそうなデートコースを思い付くよう指導するから、とソルジャーは思い切り燃え上がっていました。会長さんと教頭先生のデートに向かって協力あるのみ、と。
「でもって、デートに漕ぎ着けたからには、キスだってして欲しいしねえ…! 肝心の所でヘタレないよう、ぼくと何度もツーショットを撮って練習を!」
顎クイと壁ドンを決められるように、とソルジャーがブチ上げ、会長さんが。
「迷惑だから!!」
その活動を今すぐやめろ、と怒鳴りましたが、ソルジャーは我関せずで。
「別にいいだろ、このぼくがタダで働くと言っているんだからさ!」
「中身がとっても迷惑なんだよ、イケメンドリーム隊なら害は無いけど!」
「それなんだけどさ…。本家本元のイケメンショコラ隊の方だと、ちょっと問題ありそうだって君も悩んでいたじゃないか!」
それの親戚だと思っておいて、とケロリとしているイケメンデート隊なソルジャー。えっと、イケメンショコラ隊だと、バレンタインデーに本命の人がいるのに道を踏み外しそうな感じでしたし、ソルジャーのイケメンデート隊も…?
「そういうこと! 多少の問題は大いにオッケー、楽しんで貰えればいいってね!」
とりあえずイケメンドリーム隊は役に立ったようだし、それにあやかって役立つイケメンデート隊だ、と思い込んでしまっているソルジャー。打ち上げパーティーに出て来たからにはやる気満々なんでしょうから、放っておくしかありません。



「…どうします?」
「俺が知るか!」
俺たちの仕事は今日で終わった、とキース君たちも投げていました。会長さんには気の毒ですけど、イケメンショコラ隊を見付けて来たのも、イケメンドリーム隊を結成したのも会長さん。自業自得ということで放置でいいんですかね、ここのイケメンデート隊…。
「うん、ぼくは放置でかまわないよ? コツコツ一人で努力するしね!」
キースたちを見習って頑張らなくちゃ、と燃えまくっているソルジャーの目標は、お役立ちだったマツカ君だということです。マツカ君がソルジャーの目標になる日が来るなんて…。
「世の中、マジで分かんねえよな…」
「ぼくにも全然分からないよ…」
もう謎だらけでいいんじゃないかな、とサム君とジョミー君が頷き合って、会長さんはまだギャーギャーと騒ぎ続けています。ソルジャーに言うだけ無駄じゃないですかね、馬の耳に念仏みたいなもので。
「…念仏くらいは唱えてやるがな…」
タダだからな、とキース君が唱えるお念仏。イケメンデート隊には全く効かないでしょうが、ここは気持ちで一応、唱えておきましょう。会長さんに被害が及ぶ前にソルジャーが活動に飽きてイケメンデート隊をやめますように。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…。




             イケメン様々・了


※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 生徒会長がヒントにしていた、イケメンショコラ隊。実は本当に存在しました、数年前に。
 それのお蔭で、多忙だった男子たち。おまけにソルジャーまでが便乗、凄い企画かも…。
 2020年の更新は、これが最終ですけど、「ぶるぅ」お誕生日記念創作の方もよろしく。
 まさかのコロナで大変だった2020年。来年は良い年になるといいんですけどねえ…。
 次回は 「第3月曜」 1月18日の更新となります、よろしくです~!

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、12月はクリスマスが大問題。ソルジャーたちが来るわけで…。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv












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