シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
今年も夏休みがやって来ました。柔道部三人組は明日から合宿、それに合わせてジョミー君とサム君が璃慕恩院での修行体験ツアーに送り込まれるのも毎年恒例。ついでに夏休み初日に会長さんの家に集まって、合宿などが終わった後の予定を立てる行事もお約束で。
「海の別荘はもう決まってるしね…」
強引に決められちゃっているしね、とジョミー君の愚痴。マツカ君の海の別荘行きはソルジャーが仕切りまくっています。あの別荘はキャプテンと人前結婚式を挙げた思い出の場所で、以来、結婚記念日に合わせて日程を指定。特別休暇を取ってキャプテンと「ぶるぅ」連れで押し掛けて…。
「仕方がねえよ、結婚記念日には勝てねえからよ…」
御馳走が食えるだけ良しとしようぜ、とサム君が少し前向きに。ソルジャー夫妻の結婚記念日はお祝いと称して豪華な夕食、別荘のシェフが腕を奮ったコース料理が食べられますし…。
「まあねえ…。御馳走だけは間違いないね」
あれは毎年凝ってるし、と会長さんも。海の別荘は毎日の食事が素敵ですけど、お祝い料理はやっぱり別格。それっぽく出来てて、ソルジャー夫妻の名前を冠した料理があったり、デザートだったりとシェフのセンスが光ります。今年は何が出て来るのやら…。
「海の別荘、楽しみにはしているんですけどね…」
プライベートビーチも魅力的ですし、とシロエ君。
「思う存分泳ぎ放題、バーベキューだって出来ますし…。ただ、日程が…」
「俺たちの自由にならんというのが腹立たしいな」
海と山とを入れ替えるとか、とキース君もやや愚痴モード。
「たまには海を先にするのも悪くはないと思うんだが…」
「それ、絶対に無理だから!」
もう永遠に無理なコース、とジョミー君が天井を仰ぎました。
「山の別荘は結婚記念日と無関係だし、海の別荘の日程は仕切られてるし…。ぼくたちに許された自由ってヤツは、山の別荘に行くか、他の所で過ごすかだけだよ」
そのために今日も集まってるし、と言われてみればその通り。マツカ君の山の別荘へお出掛けするか、別の所へ出掛けるか。もっとも、夏休みに入ってからの駆け込みだけに…。
「何処に行くにしても、マツカ頼みになるんだけどねえ…」
ホテルも旅館もとっくに満員、と会長さん。
「民宿とかならいけるだろうけど、マツカの別荘は何処も居心地がいいし」
今年もよろしく、と言われて頷くマツカ君。海の別荘に山の別荘、他にもあちこち別荘だらけ。御曹司だけに宿には不自由しないんですってば…。
そんなこんなで、何処へ行こうかと打ち合わせ中。温泉だとか、山の別荘だとか、意見は色々出てますけれど…。
「夏はやっぱり怪談なんだよ」
ジョミー君が出した意見に、たちまち飛び交う反対意見。
「お前、忘れたのか! 前にマツカの山の別荘で心霊スポットに行っただろうが!」
「そうですよ! 会長が守ってくれなかったら祟られてましたよ、確実に!」
山ほどの霊を背負って帰る羽目に…、とキース君とシロエ君とが突っ込みを。その事件は今でもハッキリ覚えています。山の別荘から近い心霊スポットに出掛けて、霊を引き連れて帰ってしまった私たち。同行しなかった会長さんが全部追い払ってくれましたが…。
「心霊スポットはやめとけよ、ジョミー。お前、ああいうのは見えねえんだしよ」
サム君は霊感バッチリですけど、ジョミー君には皆無な霊感。だからこそ懲りていないというのが現状、怪談だなどと言い出すわけで。
「…心霊スポットに行くんだったら、一人で出掛けろ」
お前も坊主の端くれではある、とキース君。
「法衣くらいは貸してやるから、行って存分に楽しんでこい。あちら様でも大歓迎だ」
「…大歓迎って…。なんで?」
どうしてぼくが歓迎されるわけ、とジョミー君が訊けば。
「坊主の格好をしているからだ。これで助けて貰えるだろう、と有難がられる」
「キースが言ってる通りだねえ…。ついでに、坊主が来たという噂が光の速さで広がるしね」
あちらの世界にも口コミが…、と会長さん。
「便乗しようと集まってくるよ、それは沢山の霊ってヤツが。頑張りたまえ、ジョミー」
「…頑張るって…。何を?」
「成仏して貰えるよう、心をこめてお経をね!」
日頃の行いがものを言うよ、と会長さんは面白そうに。
「基本はお念仏、それから光明真言ってトコ。般若心経も悪くはないねえ、ぼくたちの宗派では使わないけど、霊に喜ばれるお経だしね」
般若心経も出来るだろう、と言われたジョミー君は「無理だってば!」と大慌てで。
「あんな長いの、全く覚えていないから! お念仏しか出来ないから!」
「それが出来れば上等じゃないか。行っておいでよ、キースに法衣を貸して貰って」
「…嫌だってば!」
なんで一人で、と既に逃げ腰。私たちだってお断りですよ、心霊スポット…。
怪談の世界を却下されてしまったジョミー君。同行者がゼロもさることながら、霊にカモられるらしい法衣でのお出掛けは本人もやりたくないそうで。
「…スリル満点だと思ったんだけどなあ、怪談の世界…」
夏はやっぱりスリルが欲しい、と未練たらたら。背筋が凍るような涼しさを求めているようですけど、スリルだったら絶叫マシンでいいのでは?
「えーっ? 今の季節は暑いだけだよ、ああいう場所は!」
人気のヤツには行列なんだし、とジョミー君がブツブツ、それは確かに本当です。
「…行列だろうね、特に水飛沫が飛び散るようなの」
絶叫と本物の涼しさがセット、と会長さん。その手のマシンは長蛇の列で待つわけですから、頭の上から夏の日射しがジリジリと。シールドしてまで並ぶ根性も無いですし…。
「絶叫マシンは嫌だよ、ぼくは! 並んでまでは!」
同じスピードなら並ばずに何処かで楽しめないか、と言われましても、心当たりがありません。とんでもない速さで飛ぶものだったらシャングリラ号がありますが…。
「シャングリラ号か…。あれは夏場は駄目なんだったな」
キース君が会長さんに尋ねると「そう」と答えが。
「夏休みに合わせて大規模な人員交代をするからねえ…。ぼくやハーレイの出番は無いけど、船の中では忙しくしてる。とてもゲストは乗せられないよ」
「…宇宙の旅も良さそうなんだけど…」
現実という壁が立ちはだかるよね、とジョミー君。
「なんだったっけか、銀河鉄道の夜だっけ? ああいう旅なんか素敵っぽいけど」
「おい。ロマンチックな代物ではあるが、銀河鉄道はお浄土行きの列車だぞ」
天国かもしれんが、とキース君が指摘。乗って行ったらあの世行きだ、と。
「…そうだったっけ?」
機械の身体を貰える星に出掛ける話だったような…、とジョミー君は混同していました。昔に流行った銀河鉄道なアニメと漫画の世界の方と。
「お前なあ…。名作くらいは押さえておけよ? しかしだ、銀河鉄道の旅か…」
面白そうなものではある、とキース君も心を惹かれたようです。
「シャングリラ号が飛べるからには、銀河鉄道も夢ではないか…」
「ぼくは夢だと思うけど? そもそもシャングリラ号があるのが奇跡みたいなものだから!」
あれはこの世界の技術じゃない、と会長さん。シャングリラ号の設計図とやら、ソルジャーに貰ったと聞いてますよね…。
「…銀河鉄道、やっぱり無理だよねえ…」
シャングリラ号とは別物だもんね、とジョミー君。
「列車が空を飛んで行くんだし、システムからして別っぽいよね…」
「システム以前に、ぼくたちの技術じゃ作れないから! シャングリラ号が奇跡の産物!」
あれに合わせた他の技術も…、と会長さんがズラズラと挙げたシャトルだの通信システムだの。どれもソルジャーから貰ったらしい技術を応用したもの、自力では開発不可能なもので。
「ブルーが無意識の内にくれた技術があったからこそ、シャングリラ号が存在するんだよ。そのブルーが生きてる世界の方にも銀河鉄道なんかは無さそうだけど?」
「…そういや、一度も聞かねえなあ…」
宇宙を列車が飛んでる話、とサム君が相槌を打ちました。
「あっちの世界でも無理ってことかな、宇宙に列車を走らせるのはよ」
「…無理と言うより、効率とかの方じゃないかな?」
ロマンの世界よりも現実重視、と会長さんが顎に手を当てて。
「同じ乗客を運ぶんだったら、列車よりも断然、宇宙船だよ。大勢乗れるし、設備を充実させるんだったら専門の船を作った方が便利だからねえ…」
この世界でも豪華列車は乗客の数が少ないものだ、と会長さん。
「お風呂までついてる列車となるとね、その分、スペースを取られちゃうしね? 乗客少なめ、料金は高め。非効率的な乗り物なんだよ、輸送手段には向いていないね」
「あくまで観光用ってヤツだな、ああいうのはな」
それは分かる、とキース君が同意。
「目的は旅と言うよりも列車に乗ること、車窓に流れる景色を目当てに乗る代物だ」
「そういうことだね、だからブルーの世界に無いのも納得だよ」
技術的には不可能なのかどうか知らないけれど、と会長さんが言った所へ。
「こんにちはーっ!」
明るい声がリビングに響いて、噂の人が現れました。紫のマントのソルジャーです。
「さっきから覗き見してたんだけど…。そろそろ、ぼくの出番かなあ、って!」
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
お客様だあ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がキッチンに走って、ソルジャーの前に置かれたグレープフルーツとライチのムース。それに冷たいアイスティーも。
「ありがとう! それで、銀河鉄道っていうのは何なんだい?」
説明よろしく、と早速ムースを頬張るソルジャー。銀河鉄道に釣られて湧きましたか?
「うーん…。銀河鉄道はフィクションだけど…」
元ネタは名作と呼ばれる小説で…、と会長さんが解説を始めました。その小説から閃いた人が漫画を描いたのが大ヒットだとか、他にも色々とアニメがあるとか。
「列車が宇宙を飛んで行くからロマンなんだよ、乗りたいって人はいるんだろうねえ…。もしも存在してたらね」
「お浄土行きの銀河鉄道は駄目だぞ、あくまで普通に旅が出来るヤツだ」
キース君が補足し、ソルジャーは「ふうん…」と納得した風で。
「確かにそういう乗り物は無いね、ぼくが生きてる世界には…。ブルーが言ってた通りに非効率的っていうのが大きいかもねえ、それにロマンもそれほど要らない世界だし…」
なにしろ機械が支配しているSD体制な世界だから、とソルジャー、分析。
「ロマンよりかは効率優先、銀河鉄道なんかを作る暇があったら他のタイプの宇宙船だね。人間も荷物もたっぷりと乗せて飛べるのを開発するってば。でも…」
良さそうだねえ…、とソルジャーは銀河鉄道に関心を持った様子で。
「こっちの世界で列車は何度も乗ったけれども、ああいうのが宇宙を飛んで行くんだ?」
「そうなるね。普通の客車だけじゃなくって、寝台列車とか食堂車つきで」
会長さんが言うと、ソルジャーが。
「寝台列車に食堂車かあ…。豪華列車と言っていたのは、そういうヤツかな?」
「食堂車は豪華列車の基本なんだけど…。寝台列車は少し違うね、豪華列車だと一両に一部屋というタイプもあるし」
列車そのものがホテルなのだ、と会長さん。
「一両の客車にベッドからソファまで、ついでにバスルームもついてたりする。一番豪華なタイプだとそれだね、一両で一部屋」
「そんなのがあるんだ? …ちょっぴり乗ってみたいかもねえ…」
楽しそうだ、とソルジャーは瞳を輝かせて。
「夏休みの計画中だっけ? 銀河鉄道に乗ってみないかい?」
「「「は?」」」
ソルジャーの世界にも銀河鉄道は無い筈です。そんな列車に何処で乗れと…?
「もちろん、こっちの世界だよ! 君たちが計画を練っている時期、ぼくは暇でねえ…」
ハーレイは海の別荘行きに備えて大車輪で働きまくるから、という話。
「夜はすっかりお疲れ気味でさ、夫婦の時間を始めるどころか、もうぐっすりで…」
というわけで暇なのだ、と言ってますけど、私たちの世界で銀河鉄道…?
ソルジャー夫妻の結婚記念日に合わせた海の別荘。そこは絶対に休みたいキャプテン、その前にせっせとお仕事三昧。余裕を持たせて早めに頑張り、一番忙しい時期が今かららしく。
「…ちょうど君たちが山の別荘とかに出掛ける頃かな、クライマックスが」
とにかくとても忙しいのだ、とソルジャーは溜息をつきました。
「漢方薬とかを飲ませてやればね、夫婦の時間も楽しめるけど…。お疲れ気味なのを無理させちゃうより、ぼくが他の楽しみを見付ける方が良くないかい?」
「それはまあ…。せっつかれるよりも放っておいて欲しいかもねえ、そんな事情なら」
来たるべき休暇に向かって努力中なんだし、と会長さんが相槌を打つと。
「ほらね、君だってそう思うだろ? だからこっちで銀河鉄道を走らせようかと」
「「「ええっ!?」」」
ソルジャーの世界にも無いような列車、今から開発出来ますか? 何処へ行こうかと相談していた日は十日ほど先、そんな短期間にどうやって?
「開発しなくてもいいんだよ。豪華列車はちゃんとあるんだろ、こっちの世界に」
「あるけれど…。あれは宇宙を飛べる仕様になってないから!」
レールの上を走るものだから、と会長さんが切り返すと。
「そこでサイオンの出番だってば、ぼくを誰だと思っているのさ?」
シャングリラだって丸ごとシールド可能なのだ、とソルジャーは胸を張りました。
「それだけじゃないよ? シールドで包んだシャングリラを飛ばしてやることも出来る。三日や四日くらいは楽勝、一週間でも疲れないね!」
人類軍との戦闘も込みで、と凄い台詞が。シャングリラ号の巨大さは充分承知しています。それを丸ごとシールドした上、一週間でもソルジャーの力で飛ばせると?
「もちろんだってば、人類軍との戦闘も込みで、と言っただろう? つまりはぼくがシャングリラを離れていたってオッケー、ちゃんと飛ばせる!」
ぼくが眠っている間だって、とソルジャーの能力は桁外れでした。会長さんも同じタイプ・ブルーで、持っている力は同じ筈ですが、経験値が違いすぎるのです。
「ぼくの力なら、豪華列車を飛ばすくらいは何でもないよ。…ただし、列車の面倒の方は…」
食堂車だとか、お風呂だとかのフォローは範疇外だ、とソルジャーらしい説明が。
「ぼくは食事を作れやしないし、お風呂の掃除も出来ないし…。そういったことをしてくれる人が誰かいるなら、銀河鉄道!」
「かみお~ん♪ お料理はぼくに任せて!」
食材を乗っけておいてくれたら作るから、と頼もしい言葉。お風呂掃除も任せていいかな?
ソルジャーからの素敵な提案、銀河鉄道で宇宙の旅。食堂車とかお風呂のフォローは出来ないと言われましたが、私たちには家事万能の「そるじゃぁ・ぶるぅ」がついています。食事は作ると手を挙げてくれて、お風呂掃除もやってくれるという話ですが…。
「ダメダメ、お風呂の掃除まではぶるぅがやらなくていいよ」
大変そうだ、と会長さんが割って入りました。
「宇宙を旅するわけだろう? 水道とかの循環システムはどうするつもり?」
まずはその点を説明してくれ、とソルジャーに求める会長さん。限られた量の水しか持っては行けない筈だが、と。
「ああ、その点なら大丈夫! 浄化用の簡易システム、ぼくのシャングリラには幾つもあるしね、普段は使っていないヤツが!」
ちょっとデータを誤魔化してくれば持ち出し可能、とニッコリと。
「飲料用とお風呂と下水は別に処理する方向で! もう本当に簡単なヤツで、チョチョイと連結しておけばね!」
「そうなんだ? だったら銀河鉄道は実現可能なわけか…。食事係はぶるぅがいるから、お風呂とかの掃除係さえいれば」
会長さんが首を捻って、シロエ君が。
「掃除くらいは当番制でやりますよ! 宇宙の旅が出来るんだったら!」
「俺だってやるぜ、風呂でもトイレでもよ!」
サム君が応じて、他の男子も次々と名乗りを上げました。スウェナちゃんと私もですけど、会長さんは「うーん…」と乗り気ではなくて。
「ロマンたっぷりの宇宙の旅だよ、おまけに豪華列車だよ? 料理はぶるぅでかまわないけど、掃除はねえ…。それ専門の人が欲しいよね」
「それは言えるね、贅沢な旅を楽しむならね」
旅仲間が掃除をする図はちょっと…、とソルジャーも。
「非日常の旅に出掛けるからには、とことん贅沢したいよねえ…。掃除は抜きで」
「そうだろう? だからぶるぅは却下なんだよ、掃除好きでも」
「でもさ…。いるのかい、ぶるぅの他に掃除が出来るような人材」
ぼくの存在自体が極秘なんじゃあ…、と自分の顔を指差すソルジャー。
「それに宇宙の旅なんだよ? いろんな意味で、ここの連中の他にはいないと思うけど?」
掃除係をしてくれる人、と尤もな意見。専門の掃除係を雇ってくれるなら嬉しいですけど、使えそうな人がいないんじゃあ…?
豪華列車で銀河鉄道の旅をするには必要らしい、お掃除係。なんだかんだで当番制になるか、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に任せるしかないと思うんですけど、会長さんは。
「みんな揃って忘れてるだろう、約一名!」
「「「約一名?」」」
「そう! その名もシャングリラ学園教頭、ウィリアム・ハーレイ! またの名をキャプテン・ハーレイってね!」
高らかに言い放たれた名前にゲッと仰け反る私たち。教頭先生は全く頭にありませんでした。言われてみれば、ソルジャーの存在を知っている上に宇宙も御存知。でも…。
「あんた、教頭先生を掃除係にするつもりなのか!?」
酷すぎないか、とキース君が噛み付き、シロエ君も。
「ぼくもそう思います、それくらいだったら当番制にしておきますよ」
申し訳なさすぎて…、と言い終わらない内にキラリと光った青いサイオン。会長さんの指がパチンと鳴らされ、教頭先生がリビングに立っておられました。ポカンとした顔で。
「やあ、こんにちは。よく来てくれたね」
「………。何か用なのか?」
会長さんの声で我に返った教頭先生、流石の飲み込みの早さです。用も無いのに会長さんが呼ぶわけがなくて、頼み事を聞けばポイントが高いことも承知というわけで…。
「話が早くて助かるよ。実は掃除係を募集中でさ」
「掃除係?」
この家のか、とリビングを見回す教頭先生。広いですけど、お掃除大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」がキッチリ掃除をしていますから、塵一つ落ちていない状態です。他のお部屋も何処もピカピカ、代わりに掃除をするとなったら大変そうではありますが…。お掃除係も要りそうですが…。
「あ、違う、違う。この家じゃなくて…。列車なんだけど」
「…列車?」
なんだそれは、と教頭先生、怪訝そう。それはそうでしょう、列車の掃除は日常生活で登場しそうにありません。そういうバイトをするならともかく。
「列車だってば、豪華列車! それの客車の掃除係を探してるんだよ、お風呂掃除とか!」
「豪華列車…? そういうものなら、ちゃんと係がいるだろう?」
「普通ならね。でもねえ、貸し切りで走る予定でさ…。その上、行き先は宇宙なんだよ」
文字通りの銀河鉄道の旅! と会長さんは天井を指して「宇宙」と強調。教頭先生、一発で理解出来ますか、それ…?
「銀河鉄道?」
実在したのか、と教頭先生の返事は斜め上でした。なまじシャングリラ号のキャプテンなだけに、宇宙は身近な存在です。銀河鉄道と言われて実在するのだと考える辺りがカッ飛び過ぎで。
「…いくらなんでも走っていないよ、現実にはね」
ブルーの世界にも無いそうだ、と会長さんはソルジャーの方へ視線を投げると。
「でもね、銀河鉄道の話をしてたら、ブルーが遊びに来ちゃったわけ。そしてブルーは乗り気なんだよ、銀河鉄道で旅をしようと!」
「そういうこと! 豪華列車をちょっと借りてさ、ぼくがシールドして飛ばす! 楽勝で宇宙を飛べるんだけれど、食堂車の係と掃除係が必要でねえ…」
食堂車の方は見付かったんだ、とソルジャーが言えば「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「ぼくが食堂車でお料理するの! とっても楽しみー!」
「ふうむ…。それで私が掃除係というわけか…」
なるほど、と教頭先生は腕組みをして。
「掃除係が見付かりさえすれば、銀河鉄道が宇宙を飛べるわけだな?」
「そう。…シロエたちは当番制でやると言ってくれたんだけどね、それじゃ豪華列車で旅をしている気分が出ない。専属の掃除係を雇ってなんぼなんだよ」
給料はビタ一文払うつもりはないけれど、と会長さんは強烈な台詞を口にしました。
「タダ働きでお願いしたいな、ぼくと一緒に宇宙の旅だよ? ぼくが使ったバスルームとかも掃除出来るし、悪い話じゃなさそうだけど?」
「…現物支給というわけか…」
「普段は絶対、掃除出来ない美味しい場所をね! こんなチャンスはそうそう無いって!」
この家のバスルームを掃除して欲しいとは思わないし、と会長さん。
「銀河鉄道の旅だからこそ、君にバスルームの掃除を任せる。…どう? この話、受ける?」
「もちろんだ!」
チャンスを逃してなるものか、と教頭先生は食い付きました。タダ働きの掃除係に。
「それじゃ、商談成立ってことで…。君のスケジュールは分かってるんだよ、柔道部の合宿が終わった後は暇な筈だね?」
「うむ。今の所、これという予定は無いが…」
「じゃあ、空けておいて。銀河鉄道の旅はこの辺りだから」
いいね、とカレンダーを指差し、会長さんは教頭先生を家へと送り返しました。瞬間移動でほんの一瞬、「掃除の手引きは後で届けるから」と。
かくして決まった、夏休みの銀河鉄道の旅。豪華列車はマツカ君がアッと言う間に調達を。他の国で走っているヤツですけど、そこは御曹司ならではです。運航スケジュールの空いているヤツを押さえてしまって、その言い訳が「ロケに使う」というもので。
「ロケかあ…。それなら消えても誰も行方を気にしないよね」
ジョミー君が言いましたけれど、ソルジャーが「違うね」と指を左右にチッチッと。
「マツカにロケだと言わせたのはさ、列車を消すためじゃないんだな。ロケ中につき立ち入り禁止とやっておく方が簡単なんだよ」
警備員とかの幻影付きで、とソルジャーはニコリ。
「だけど本物の列車はその頃、宇宙を走っているってね! ぼくが瞬間移動で借りちゃった上に、君たちも乗せて銀河鉄道!」
さあ忙しくなりそうだ、と言いつつも楽しげにしているソルジャー。
「君たちは明日から合宿だっけ? その間に準備しておくからさ」
「かみお~ん♪ 食材の買い出しとかも?」
「そうだね、そっちはぶるぅに任せようかな、ぼくは目利きが出来ないしね!」
列車の方を担当するよ、と言ってますけど、浄化システムの連結とかも?
「ああ、それねえ…。掃除係が見付かったんだし、掃除ついでにやって貰おうかと」
「「「はあ?」」」
掃除のついでに付けられるんですか、ソルジャーの世界の浄化システムとやらいうものは?
「え、そうでなくっちゃ意味が無いだろ、簡易システムだと言った筈だよ。万一の時には女子供でも扱えるようにしておかないと…。専門家がいるとは限らないしさ」
戦闘とかの非常時でなくても全員が寝込む可能性はある、と話すソルジャー。なんでもシャングリラの中で風邪が流行った時、ブリッジ要員が端から寝込んで航行不能に陥りそうになったことがあるそうです。専門家にばかり頼っていたら危なっかしいのがソルジャーの世界らしくって。
「そういうわけでね、浄化システムは君たちでも取り付け可能なんだよ。でもねえ、せっかく掃除係がいるんだからさ…。そっちにお任せしないとね!」
ぼくは列車の仕様の確認、とソルジャーはマツカ君が執事さんに頼んで送って貰った豪華列車の資料を見ながら。
「んーと、重さは大したこと無し! 全体にシールドをかけて運んで、酸素とかの方はサイオンで何とでもなるし…。運ぶ練習だけしておこうかな、何回かね」
もう借りてある列車だし、という言葉通り、只今、マツカ君のお父さんの名前で借り上げ中。何度か宇宙を走るんでしょうね、本番までに…。
翌日、男子たちは合宿に、修行に出発しました。例年だったらフィシスさんも一緒にプールにお茶にと過ごす私たちですが、今年は一味違います。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が豪華列車の食堂車のメニューをあれこれ取り寄せてみては検討中で。
「んとんと…。三泊四日で走るわけでしょ、朝御飯とお昼と、晩御飯と…」
それからおやつ、と組み立ててみては「どう?」と意見を訊かれます。どの案もとても魅力的だけに、決め難いのが困りもの。最終的には男子の帰還待ちかな、ということに。食材の買い出しは丸一日もあれば充分に出来るそうですし…。
メニュー決めの合間には試食タイムもあり、そういう時にはソルジャー登場。
「うん、美味しい! これは採用して欲しいなあ、何処かで是非!」
「オッケー! ブルーが走らせてくれるんだもんね、銀河鉄道!」
運転手さんの意見は一番に採用しなくっちゃあ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がノートにソルジャーのお気に入りを書き付け、メイン料理やお菓子が幾つか決定ですけど。
「あ、そうだ。…運転手だけど…」
ぼくってわけでもないんだよね、とソルジャーの口から不思議な台詞が。ソルジャーが走らせる銀河鉄道、運転手さんはソルジャーなんじゃあ…?
「基本的にはそうなるけどさ…。勝手に運転するのもアリだよ、シールドしているから衝突の危険が無いからね」
「「「え?」」」
それじゃ、スウェナちゃんとか私が運転したっていいわけですか? 会長さんとか「そるじゃぁ・ぶるぅ」が運転しても…?
「もちろんだよ! キースたちが喜んでやりそうだよね」
列車の運転は人気らしいじゃないか、とソルジャーは知識を増やしていました。なんでもエロドクターとランチしたとか、ディナーだとか。銀河鉄道の旅だと披露したそうで…。
「将来の夢は列車の運転手、って子供が多いと聞いたよ。いい大人でもさ、走らせてみたい人がけっこういるって…」
「まあね。乗りたい人とか、写真を撮りたい人も多いのが鉄道ってヤツで…。それを自分で運転となれば、喜ぶ人は少なくないよ。きっとジョミーたちも…。ん…?」
若干一名、喜ばないのがいるような、と会長さん。それって誰…?
「いや、ちょっと…。行ってみないと分からないかな」
意味深な台詞にソルジャーが「うん」と。二人揃ってニヤついてますが、運転手をやりたくなさそうな人って、誰なんでしょう…?
列車の運転は憧れる人が多い代物、スウェナちゃんと私でさえも「やってみよう」と思いました。なのに喜びそうにない人、それが誰なのか謎のままに男子の御帰還で。
「「「運転手!?」」」
やっていいのか、と声を揃えたジョミー君たち。合宿とかの慰労会の席でのことです。焼き肉パーティーにはソルジャーも来ていて、「どうぞご自由に」と極上の笑顔。
「ぼくのシールドは完璧だからね、小惑星帯に突っ込んで行っても大丈夫!」
フルスピードで楽しんでくれ、と言われた男子は大歓声です。ソルジャーが衛星軌道上まで列車を一気に瞬間移動で、そこから先は宇宙の旅。まずは第一宇宙速度を突破し、ガンガンとスピードを上げてゆくとかで。
「絶叫マシンも真っ青の速さ! それを宇宙で!」
「かみお~ん♪ ぼくも運転するーっ!」
乗り物大好き! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び跳ねた瞬間、ハッと頭に閃きました。絶叫マシンが苦手な人がいた筈です。速い乗り物が苦手な人が。スウェナちゃんも気付いたらしくて、私たちは顔を見合わせて。
「「…教頭先生…?」」
「なになに、教頭先生がどうかしたわけ?」
ジョミー君の問いを無視して、ソルジャーと会長さんが同時に。
「「それで正解!」」
「「「は?」」」
キョトンとしている男子たちを他所に、会長さんとソルジャーは。
「ハーレイ、キャプテンのくせに速い乗り物が駄目だからねえ…。銀河鉄道もねえ…」
「無理だろうねえ、シャングリラと違って運転席から宇宙が丸見えだしね? 強烈な速さで飛んでいるんだと分かるわけだし、腰を抜かすか、気絶だか…」
掃除係がお似合いなのだ、と笑うソルジャー。会長さんもウキウキとして。
「いいねえ、ハーレイのヘタレっぷりを横目に見ながら銀河鉄道の旅! 男だったら運転席に座ってなんぼのロマンだけどねえ、ハーレイには無理!」
「回れ右して逃げ出す姿が目に見えるようだよ、そしてせっせと掃除だってば」
惚れた人を乗せた列車を走らせる根性も無いであろう、とソルジャー、溜息。
「ブルーが使ったお風呂の掃除で終わりなんだよ、カッコよく運転する代わりにね。なんともヘタレで歯痒いけれども、それも面白くはあるんだ、うん」
今回の旅は笑えればいい、とソルジャーはヘタレを容認です。教頭先生、いいトコ無しかあ…。
二日後の朝、私たちは会長さんのマンションに集合しました。掃除係の教頭先生もです。全員が旅の荷物持参で、間もなくソルジャーがパッと姿を現して。
「準備オッケー! ブルーとぶるぅもよろしく頼むよ!」
「かみお~ん♪ しゅっぱぁ~つ!」
青いサイオン、三人前。身体がフワリと浮いたかと思うと、豪華列車の中にいました。ソファとかが置かれた広い車両に。窓の向こうは地面が見えますが…。ええっ!?
「「「うわあ…!」」」
凄い、と歓声を上げる男子たち。一瞬の内に窓の外は宇宙、駆け寄ってみれば青い地球が。
「はい、移動完了! お疲れ様~!」
後はひたすら走るだけ、とソルジャーがパチンとウインクして。
「おっと、その前に…。掃除係には大事な仕事があるんだよねえ。生活用水の確保は大切、簡易用の浄化システム、連結しておいてよね」
「は、はいっ!」
行って来ます、とアタフタと駆け出して行った教頭先生。ソルジャーから予め渡されていた説明書で覚えた手順を実行したらしく、間もなく私たちの所に戻って来て。
「取り付けて来ました、作動するかどうかも確認済みです」
「ご苦労様。それじゃ、今日から三泊四日は掃除係ということで…。あ、気が向いたら運転席にも座ってくれていいからね」
「運転席…?」
「そう、運転席! 列車の運転はロマンだと聞いたよ、ブルーを乗せて銀河鉄道!」
いつでもどうぞ、とソルジャーに言われた教頭先生、心が動いた様子です。
「運転ですか…。この列車を?」
「そうだよ、一番手でやってみるかい? 君もキャプテン・ハーレイだしね」
「是非!」
やらせて下さい、と先頭車両に向かう教頭先生の後ろにゾロゾロ私たち。野次馬根性に決まっています。教頭先生が入ってゆかれた運転席の後ろはガラス張り。見学用のスペース充分、覗き込んでみれば列車はまだ停車中で、ソルジャーが。
「出発進行、と言ってくれれば動くようにするよ?」
「お願いします! 出発進行!」
教頭先生、「シャングリラ、発進!」を思わせる口調で仰いましたが、次の瞬間、ギャーッ! と野太い悲鳴が。凄い勢いで走り出しましたよ、銀河鉄道…。
ソルジャーが言うには、第一宇宙速度を突破しただけ。宇宙船としてはまだまだ序の口、もっと速度を上げないことには三泊四日の旅を満喫出来ないそうで。
「…そこのヘタレを放り出してね、誰か代わりに運転したいならお好きにどうぞ」
ソルジャーの言葉に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「ぼく、やっていい? えとえと、ハーレイを放り出して、と…」
よいしょ! と小さな身体にサイオンも加えて、腰を抜かした教頭先生を運転席の外へ放り投げると運転開始。窓の向こうは明らかにスピードが上がっていると分かる景色で。
「次はぼくだよ!」
「ジョミー先輩、そこはジャンケンです!」
男子が賑やかに次の運転手を決めつつある中、教頭先生の腰は抜けたまま。本当にこれがシャングリラ号のキャプテンなのか、と疑いの眼差しで見ていたら…。
「そ、そのぅ…。舵輪と列車は何かと勝手が違ってだな…」
始まりました、苦しい言い訳。会長さんがクッと喉を鳴らして。
「どうだかねえ…。速い乗り物は苦手だっけね、シャングリラ号だとスクリーン越しにしか見えないからねえ、外の景色は」
「…そ、そうだが…」
「ところが列車は違うってね! 窓の向こうはそのまま宇宙で、スピード実感! 君が悲鳴を上げた時には、第一宇宙速度にも達していなかったけどね?」
このヘタレが、と会長さんは腰を抜かしている教頭先生のお尻をゲシッと蹴って。
「ぼくが乗ってる列車も運転出来ないとはねえ…。いつかはぼくと二人でドライブ、と夢を見ていたと思うんだけれど、こんなヘタレじゃ、とてもとても…」
ぼくの命は預けられない、と冷たい一言。
「君は掃除が似合いなんだよ、今日から四日間、下働き! 食事も君だけ別にするから!」
「…別なのか?」
「当たり前だよ、運転手だったらキャプテンと同じ立場だと言えなくもないし、豪華客船ならキャプテンもパーティーに出たりするけど、掃除係じゃあ…」
どうしようもないね、と教頭先生のお尻に二発目の蹴りが。
「ほら、腰が立つようになったら、早速、掃除! ぶるぅが昼食の支度をするから!」
「…もう掃除なのか?」
「キッチンの掃除も仕事の内だよ!」
ぶるぅの指示で働きたまえ、と会長さん。教頭先生、下働きの旅が四日間ですか…。
運転が出来なかったばかりに掃除係と化してしまった教頭先生。心のオアシスは会長さんが使ったお風呂の掃除だけ。鼻歌交じりに今日もお出掛けなんですけれど。
「ブルーのお風呂さあ…。あれってさあ…」
ぶるぅが掃除してるって? とジョミー君。シロエ君が「ええ」と頷いて。
「御存知ないのは教頭先生だけですよ。ぶるぅが掃除して、その後、シャワーで水撒きを…」
「実に悪辣な話だな…」
偽装工作までやらせているとは、と頭を振っているキース君。けれど会長さんは涼しい顔で。
「別にいいだろ、本人がそれで幸せならね」
「そうだよ、今回、ハーレイにはそれくらいしか報われる場所が無いからねえ…」
二度と運転はしたくないそうだし…、とソルジャーからもフォローは無し。これってやっぱり、自分がキャプテンにかまって貰えない時期だからですか?
「えっ? まあ、それも大きい理由だねえ…。ハーレイとブルーをくっつけてやったら、ぼくが欲求不満になるし! この時期だけは!」
大いにヘタレていて貰おう、とソルジャーにも見捨てられてしまった教頭先生、今日も豪華列車のお掃除係。食堂車で美味しい食事どころか、食生活も…。
「まかないを食べてらっしゃるそうですよ」
今朝の食事がこんな具合で…、とシロエ君、すっかり事情通。銀河鉄道の旅は乗っているだけ、たまに運転するだけですから、暇は山ほどあるのだそうで。
「ここだけの話、お部屋もですね…。一番後ろの貨物の中に簡易ベッドが」
「「「うわー…」」」
掃除用具入れが置いてある車両に小さな個室がついてましたし、そこだとばかり思っていました。簡易ベッドで貨物の中って…。
「ぼくがそっちに左遷したんだよ、運転も出来ないヘタレだからね!」
個室なんかは必要無いのだ、と会長さんがバッサリと。教頭先生用だった狭い個室の出番はトイレとシャワーの時だけだとか。
「それだけは流石に使わせないとね、客車のは使わせられないし」
「うんうん、掃除係は掃除係らしく! 豪華列車の設備は掃除係のものじゃないから!」
銀河鉄道の旅のルールはぼくとブルーで決めるのだ、とソルジャーも楽しんでいるようです。欲求不満になりそうだから、と教頭先生を酷い扱い、でもでも、この旅は素敵ですから文句なんかは言いません。教頭先生、旅の終わりまで、頑張って耐えて下さいね~!
銀河鉄道の夏・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
豪華列車で宇宙の旅という、それは素晴らしい夏休み。銀河鉄道をソルジャーが実現。
けれど教頭先生だけは、掃除係な上に、運転手さえも出来ない始末。気の毒すぎるかも…。
さて、シャングリラ学園、11月8日に番外編の連載開始から12周年を迎えました。
干支が一回りしてくる歳月、書き続けたとは、本人が一番ビックリです。
そして去年の今頃は想像もしなかった、まさかのコロナ禍。13年までいければ御の字かも。
次回は 「第3月曜」 12月21日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、11月は紅葉シーズン、マツカ君の別荘が紅葉見物にピッタリ。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園、桜満開の中で新年度スタート。私たちは毎度の1年A組、年度始めの校内見学やクラブ見学、新入生歓迎パーティーなんかも一段落して、ソルジャー夫妻や「ぶるぅ」たちとの桜見物も終了です。明日は久しぶりに会長さんの家でのんびりという予定なんですが。
「…すまん、明日だが…」
俺は午後からの参加になる、とキース君が言い出した放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋。急な予定でも入ったんでしょうか、昨日までは聞いていませんでしたよ?
「キース先輩、法事ですか?」
「いきなり法事はねえだろうが!」
アレは予約が要るんだぜ、とキース君の代わりにサム君が。
「元老寺の本堂でやるにしたって、檀家さんの家に行くにしたって、法事ってヤツは予約だしよ」
でないと住職が捕まらねえし、という話。法事は週末になりがちですから、早い者勝ちらしいです。先に予約を入れた人の勝ち、後から行っても思い通りの日時は取りにくいものだそうで。
「だから飛び込みで法事だけはねえよ、どっちかって言えば葬式じゃねえか?」
「「「あー…」」」
それは仕方ない、と私たちは頷きました。お葬式なら待ったなしです、つまり今夜はお通夜ということ。キース君も早めに帰って準備なんだな、と思いましたが。
「誰が葬式だと言った!」
「えっ、でも…。キース先輩、急な用事じゃあ…」
それ以外に思い付きません、とシロエ君。
「それともお父さんの代理で法事に行くことになったんですか? お父さんが腰を痛めたとか」
「…ありがちな話だが、それでもない。檀家さん絡みではあるんだがな」
「えーっと…?」
シロエ君が首を捻って、私たちも同じ。檀家さん絡みなら抹香臭い用事ばかりだと思うんですけど、法事でもお葬式でもないなら、どういう用事…?
「バイトではないな、親父が無料で引き受けたからな」
「「「は?」」」
「昨日の夕方、檀家さんが頼みに来たらしい。俺を貸してくれ、と」
「「「へ?」」」
貸してくれって、キース君を借りてどうするのでしょう。お坊さんの出前って、やっぱり法事かお葬式しか思い付きませんが、それだと無料は有り得ませんよね…?
「…文字通り、俺は貸し出されるんだ。ついでに坊主の仕事ではない」
まるで全く無関係だ、とキース君はフウと溜息を。
「俺の見た目を買われたらしい。…テレビ映りが良さそうだとかで」
「「「テレビ!?」」」
なんですか、テレビ映りって? キース君、何かの番組に出るの?
「…明日の昼過ぎだ、全国ネットで出る羽目になった」
「「「えーーーっ!!!」」」
いったいどんな番組に、と仰天した私たちですが。この国のあちこちを回る番組、今週はアルテメシアの近辺から毎日生中継。それのスポットの一つが檀家さんの家らしくって。
「…でも、お坊さんの仕事じゃないなら何なんです?」
どうしてキース先輩が、とシロエ君の疑問。
「檀家さんの家族のふりをするとか、そういう系の出演ですか?」
「まあな。一種のヤラセだ、檀家さんの家族は前から旅行の予定だったとかでトンズラなんだ」
テレビ出演より海外旅行、とキース君。
「お得なプランがあったか何かで、キャンセルしたくはないらしい。…明日の朝イチの飛行機で出るし、テレビに出ている暇は無い。それで俺なんだ、檀家さんが思い付いたのが!」
いつも親父とお茶を飲んでは喋っているし…、というアドス和尚のお友達らしき檀家さん。自分一人で出演するより、見栄えのする若者を一名募集で、キース君にブスリと白羽の矢が。
「…キース先輩、どういう場面で出るんですか?」
「多分、最初から最後までだろう」
「「「出ずっぱり!?」」」
「恐らくな。…檀家さんが取材を受けている間は映らないかもしれないが…」
それ以外は映りっ放しだろう、と頭を振っているキース君。
「救いは土曜日だということだけだな、俺の同業者は大抵、忙しくしているからな」
生中継を見ている暇があったら法事か法事の準備だか…、とキース君が気にしているものは同じ業界の友達とやらの視線に違いありません。あまり見られたくないんだ、それ…。
「当然だろうが、ヤラセだぞ?」
あんな番組に出ていたな、とツッコミが入るとキツイものが…、と言ってますけど、ホントにどういうヤラセ出演なんでしょう?
「気になるんだったら、テレビを見てくれ。明日の昼にな」
録画したってかまわないぞ、と私たちには開き直りの境地らしいです。明日のお昼の番組かあ…。
キース君が何をするのか分からないまま、迎えた土曜日。会長さんの家へ行こうと集合したバス停にキース君の姿は当然無くって、会長さんの家へ行ってもいるわけがなくて。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
今日はキースがテレビの日! と飛び跳ねている「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「お昼の番組、とっても楽しみ! みんなで見ようね!」
「それなんだけど…」
行き先は謎? とジョミー君が会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に尋ねました。リビングで出された午前のおやつは桜のロールケーキなんですけれども、桜クリームの中に鏤められた桜餡。まるでベリーが入ってるみたい、ちょっと素敵なお菓子です。
「えとえと…。キースが出掛ける所?」
「そう、それ!」
ぶるぅとブルーは分かるんじゃあ…、というジョミー君の指摘はもっともでした。キース君の心を読み取ってたとか、サイオンで居場所を追跡中とか…。
「あのね、ミステリーってことになってるの!」
その方が断然面白いから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「調べてもいいけど、アッとビックリするのがいいね、ってブルーも言うし…」
「そうなんだよね」
開けてビックリ玉手箱、というのも楽しいサプライズだよ、と会長さんが。
「せっかく全国中継なんだし、何処で出るのか楽しく待とうよ」
「それじゃ、全然、調べてないわけ?」
「まるで手つかずで放置だけど?」
ぼくもぶるぅも、と会長さん。
「キースを借りようって言うくらいだから、人手は必要なんだろうけど…」
果たしてキースは何に登場するのやら、と本当に調べていない様子で。
「あの番組って、どういう所が映るんだっけ?」
昼時だけに料理コーナーがあるのは知っているけど、とジョミー君が挙げれば、シロエ君が。
「色々ですよ、取材に出掛けた地域で話題のスポットなんかも…」
「そうなってくると分かんねえなあ…」
料理コーナーじゃねえとは思うけどよ、というサム君の意見。けれども蓋を開けるまでは謎、キース君、割烹着姿で出て来たりして…?
お昼御飯はテレビを見ながらということに。キース君が何処で映るか分かりませんから、手元がお留守でも食べやすいようにと「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製ふわとろオムライスです。スプーンで食べつつ待っている内に、噂の番組が始まりましたが…。
「…まだ出ませんね、キース…」
「料理のコーナーではなかったですね」
調理中の所にいませんでしたし、とマツカ君とシロエ君が交わす言葉通り、自信作の料理を制作中の面々の中にキース君の顔はありませんでした。料理が出来たらまた映りますが、その時だけのエキストラとも思えませんし…。
画面の向こうでは複数のリポーターさんが現地中継、いろんな場所へとカメラが移動。今度は農家にお邪魔するとか言っていますが…。
「「「ええっ!?」」」
出た! と揃った私たちの声。キース君が墨染の衣の代わりに作業服を着て立っていました、ツナギじゃなくって農作業用の。隣にはキース君を借りたと噂の檀家さんらしき男性が。
「こちら、これからの季節に何かと話題の畑にお邪魔しています」
リポーターさんが紹介、広い畑が映りましたが、他にも作業中の人が大勢。どうしてキース君が駆り出されたか謎なんですけど…。
「あそこで作業をしてらっしゃる人に伺ってみましょう、こんにちはーっ!」
こんにちは、と振り向くだろうと思った相手は黙々と作業中でした。リポーターさんが「お邪魔してまーす!」と叫んでも全く手を止めませんし、あの人、耳が遠いとか?
「はい、実はあそこの人たち、皆さん、案山子なんですねーっ!」
「「「案山子!?」」」
そういえば噂を聞いたことがあります、本物の人間そっくりの案山子を並べ立ててる畑があると。本当に効果があるのかどうかは今となっては謎らしいですが、始めた人が凝りに凝りまくり、パッと見ただけじゃ、どれが人だか案山子だか…、というのがコレ?
リポーターさんは案山子作りを始めた経緯を紹介し始め、男性が笑顔で応えています。
「いやあ、家族にも凝りすぎだと言われているんですがねえ…」
「でも、息子さんもこうしてお手伝いをなさっているわけですね?」
「手伝いと言いますか、まあ、なんと言うか…。本来の仕事はしてくれてますね」
案山子は抜きで、と男性が笑い、キース君は向けられたマイクに「ノータッチです」とぶっきらぼうに。うーん、なかなかの役者です。テレビ映りもいいですよね!
案山子な農家の取材が終わると、キース君の出番も終わりましたが。その番組を見終わった後の私たちは案山子の話題で花が咲くことに。
「…親父さんの趣味の案山子の取材じゃ、そりゃあ旅行が優先だよなあ…」
自分の出番がねえもんな、とサム君が言えば、ジョミー君が。
「だけど、あの案山子、凄くない? ちゃんとポーズもつけてあるしさ」
「凝ってますよね、効き目があるかは置いておくとしても」
少なくとも人間は驚きますよ、とシロエ君。
「道を訊こうと声を掛ける人もあるって言ってたじゃないですか。今の番組」
「どっちかと言うと、人間向けの案山子かもねえ…」
ビックリさせるという意味ではね、と会長さんも賛成です。
「案山子は驚かせてなんぼなんだし、あそこの案山子は人間用だよ」
「「「うーん…」」」
何か使い方を間違ってないか、と思わないでもないんですけど、さっきの農家の人の趣味なら今更どうにもならないでしょう。少なくともテレビに取り上げられたわけで、その点だけは評価できますけれど…。
「全国中継ですもんねえ…。人間向けの話題ですね」
会長の言う通り人間用の案山子ですよ、とシロエ君が言った所で、会長さんが。
「…待てよ? 案山子で人間用なんだ…?」
「会長、どうかしましたか?」
「…いや、使えるかと一瞬、思ったんだけど…」
難しいかな、と呟いた所へキース君からの思念波が。もう終わったから今から行く、と。
「かみお~ん♪ キースのお迎え、する?」
「そうだね、人の少ない所に移動するよう伝えよう」
そうすれば瞬間移動が可能で移動時間が短縮できるし、と会長さんが思念波を飛ばし、間もなく玄関のチャイムがピンポーン♪ と。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が開けに出掛けて…。
「キースが来たよーっ!」
「すまん、遅くなった。…昼飯を御馳走になっていたんでな」
「テレビ出演、お疲れ様ーっ! 座って、座って!」
コーヒーだよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。今日のヒーローが到着しました、ヤラセ取材の気分とか色々訊かなくっちゃー!
キース君のテレビ出演、お昼御飯を御馳走になった以外は、全くのタダ働きだったらしいです。作業服まで着て出ていたのに、タダですか…。
「親父が引き受けてしまった以上は、俺にはどうにも出来ないからな…」
飯が食えただけマシだと思おう、とキース君。
「最悪、案山子のメンテの手伝いも覚悟してたし、それが無かっただけまだマシだ」
「「「メンテ?」」」
「けっこう大変だと聞いているからな、あの案山子どものメンテナンスは」
服の着せ替えとか、顔とかの色の塗り直しとか…、と出ました、案山子を維持しておくために必須の作業。カメラの前でそれをするのかと思って出掛けたみたいです。
「俺は取材に答えるだけで済んだわけだし、ラッキーだったと思っておこう。案山子のメンテは坊主の仕事の範疇外だ」
「そうだろうねえ…」
まるで無関係な仕事だからね、と会長さんが相槌を打って。
「おまけにあの案山子、動物用には効いてるかどうか謎らしいしね?」
「そこなんだよなあ、もはや檀家さんの趣味の世界だ」
写真撮影に来る愛好家向けにますます凝ってゆくようだ、という話。作物を荒らす動物相手の戦いは放ってウケ狙い。次はどういうアイデアで驚かせようか、と頑張っているらしくって。
「本当に人間用の案山子ですね、それ…」
シロエ君が呆れ、ジョミー君が。
「案山子の道から外れていない? ビックリしたって、逆に人間が寄ってくるんじゃあ…」
案山子は来させないのが役目、と言われてみればそうでした。鳥やイノシシに「人間がいるぞ」と思わせるための道具の筈です。近寄らせないように立っているのに、人間を呼び集めるような案山子は外道だとしか…。
「ぼくもそう思う。使えるかな、と思ったのはホントに一瞬だけだったしね」
案山子は駄目だ、と会長さん。何に使うつもりだったんでしょう?
「えっ? 人間用の案山子だよね、って話になっていたから、そういう案山子」
「「「は?」」」
「これさえ置いたら特定の人間を追い払えるとか、そういうのだよ」
若干一名、案山子で追い払いたい人間が…、と説明されたらピンと来ました。何かと言えば湧いて出るのが異世界からのお客様。トラブルメーカーのソルジャー除けに案山子ですね?
「ブルーを案山子で追い払えたらねえ…」
いいんだけどね、と会長さんはブツブツと。
「だけど人間用の案山子は逆に人間を呼び込むようだし、そこはブルーでも同じだよ、きっと」
ドン引きするような案山子を置いてもビックリするのは最初だけ…、と深い溜息。
「案山子と分かれば興味津々、それを眺めに来るってね! どんな案山子を作ってもさ」
「…あいつがドン引きって、どんな案山子だ?」
サッパリ想像がつかないんだが、とキース君。私だって思い浮かびません。なまじのことでは驚きませんよ、あのソルジャーは?
「そこはやっぱり、ハーレイを使うべきだよね。こんなのは嫌だ、と思うようなの」
ハーレイそっくりの案山子でドン引き、と会長さんは恐ろしい例を挙げ始めました。姿形はそっくりに作って、案山子を着せ替え。ソルジャーがとても耐えられないようなメルヘンチックなドレス姿やメイドな衣装で、顔にはメイク。
「そんな案山子をリビングにドカンと置いておけばさ、ドン引きするかと思ったんだけど…」
耐え切れずに逃げて帰るとか…、と。
「でも、考えてみたら案山子だし…。怖いもの見たさでやって来るとか、逆にメイクをし始めるだとか、着せ替え用の服を買って来るとか…。結果的に逆に引き寄せそうで…」
「その線だろうな、間違いなく」
ドン引きしている時期が過ぎたら遊び始めるだろう、とキース君も会長さんと同意見でした。他のみんなも首をコクコク、ソルジャーに案山子を突き付けたら最後、遊びに来る回数が増えるだけだと思います。
「ほらね、君たちもそう思うだろ?」
だから使えない、と会長さん。
「ブルーに格好の遊び道具を与えるだけでさ、追い払うことは出来ないんだよ」
「遊ぶでしょうねえ、きっと嬉々として」
メイクに着せ替え、とシロエ君も。
「キース先輩がやりたくなかったメンテっていうヤツに凝りまくりますよ、そんな案山子を置いておいたら」
「だよねえ、絶対、訪問回数増えまくりだよ」
毎日来るんじゃなかろうか、とジョミー君だって。
「着せ替え人形の感覚で来るよ、今度はこんなのにしてみよう、って!」
そして楽しい遊び道具を提供する羽目になるだけだ、というソルジャー用の案山子。末路は最初から見えていますし、作らないのが吉ですってば…。
人間をビックリさせることは出来ても、逆に呼び込む人間用の案山子。追い払えないようなものは案山子と呼べないのでは、と笑い合っていたら。
「こんにちはーっ!」
いきなりユラリと揺れた空間、紫のマントのソルジャー登場。もしや案山子の話を聞かれたのでは、と身構えた私たちですけれど。
「キースがテレビに出たんだってねえ! どんな感じで?」
生憎と見そびれたものだから…、と珍しい台詞が。四六時中と言っていいほど覗き見ばかりのソルジャーのくせに、昨日から分かっていたテレビ出演を何故に…?
「えっ、この格好を見たら分からない? ついさっきまで会議をやってたんだよ、昼御飯つきで延々とね!」
年寄りは話が長くていけない、と自分の年は見事に棚上げ、ソルジャーの世界の長老たちを年寄り呼ばわりしています。ゼル先生とかヒルマン先生のそっくりさんがいるんですよね?
「そうそう、ホントに瓜二つ! その連中がうるさくてねえ…」
テレビを見逃してしまったのだ、と残念そうに。
「もしかして、録画してたとか? それなら是非とも見たいんだけど!」
「んとんと…。キースが可哀相かな、って録画するのはやめにしてたし…」
残ってないの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。再放送も無いんだよ、と。
「えーっ!? それじゃ、誰かの記憶でいいから!」
せっかくのキースの晴れ舞台、と頼まれましたし、中身も変ではなかったですから…。
「分かったよ。ぶるぅ、記憶を見せてあげて」
「オッケー!」
はい! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が小さな右手を差し出し、ソルジャーがその手をキュッと握って「よろしく」と。記憶の伝達は一瞬ですから、ソルジャーは直ぐに手を離してしまって。
「…そうか、農家の息子さん役ねえ…。ご苦労様、キース」
「いや、それほどでも…」
「なかなかに楽しい番組だったよ、案山子というのも面白かったし…」
ところで、と言葉を切ったソルジャー。
「人間用の案山子が気になるんだけど? ぼくを引き寄せる案山子がどうとか」
「「「ええっ!?」」」
ヤバイ、と私たちは青ざめました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が伝えた番組の記憶、余計なものまでついてましたか…?
「ぶるぅのせいではないんだけどねえ…」
ちょっと引っ掛かったものだから、とソルジャーは唇に笑みを浮かべて。
「案山子、案山子、と妙にはしゃいだ心がね。何なのかな、と軽く探ったら人間用の案山子が出て来て、ぼくを引き寄せるって話の欠片が」
この先は君たちに尋ねた方が得るものが多そうだと思うから、とソルジャーの読み。つまりは話せという意味です。話さなかったらどうなるかと言うと…。
「当然、強引に聞き出すってね!」
聞き出せない時は心を読むまで、と脅し文句が。これは全面降伏しかなく、洗いざらいを喋らされる羽目に陥って…。
「…そういう意味かあ、人間用の案山子って…」
確かに逆に引き付けるだろうね、とソルジャーはアッサリ認めました。そんな案山子が置いてあったら何度でも来ると、着せ替え作業も頑張ると。
「最初はドン引きかもだけど…。案山子と分かれば怖くはないしね、やっぱり大いに遊ばなくっちゃ! ハーレイの人形なんだから!」
しかも等身大、と遊ぶ気満々、溜息をつく私たち。ソルジャー用にと案山子を置いてもこうなるのだ、と改めて証明されたのですが。
「…待ってよ? ハーレイなんだよね?」
その案山子、と訊かれました。さっきから何度も言ってますけど、ソルジャー用ならハーレイ案山子になりますよ? ドン引きして貰わないと駄目なんですから…。
「ハーレイかあ…。でもって、人間用の案山子はビックリさせても逆に人間を引き付ける、と…」
これは使える、と会長さんとは逆の台詞が。それはそうでしょう、ソルジャーは案山子で遊ぶつもりで、ハーレイ案山子を設置したが最後、頻繁に遊びに来るつもりですし…。
「そうじゃなくって! ぼくが言うのは案山子の効果!」
人間を引き付ける人間用の案山子がポイント、とソルジャーは指を一本立てました。
「最初はビックリ、でも、その後は寄って来るんだろう? これを使わずにどうすると?」
「……何に?」
会長さんがおっかなびっくり訊き返すと。
「もちろん、ぼくのハーレイに!」
「「「キャプテン!?」」」
キャプテン相手に案山子なんかをどうするのだ、と思いましたが、ソルジャーの思考は常に斜め上という傾向が。分からなくって当然ですよね、案山子の使い道とやら…。
人間を追い払う代わりに引き寄せてしまう人間用の案山子。それをキャプテンに使いたい、と言い出したソルジャーは大真面目で。
「…ぼくとハーレイ、結婚してから円満な毎日なんだけど…。欲を言えばもっと、頻繁に青の間に来て欲しいわけ! 勤務中でも!」
そのために案山子を置いてみたい、と赤い瞳に真剣な光。
「仕事の合間に寄って行くこともあるんだよ。少し時間が出来ましたので、って。…でも、そんなことは滅多に無くて…。大抵、仕事の報告だよね」
キャプテンの任務でやって来るのだ、と言うソルジャーによると、キャプテンが昼間に青の間に現れる場合は九割以上が仕事絡み。キスの一つも貰えないそうで、なんともつまらないらしく。
「そういうハーレイを引き寄せるために、ここは案山子で!」
「…どう使うわけ?」
案山子の役目はあくまでドン引き、と会長さん。
「君のハーレイがドン引きしちゃって、その後は足繁く通ってくるって、どんな案山子さ?」
君がポーズを取っている方が早いんじゃあ…、と会長さんは半ばヤケクソ。
「悩殺ポーズをキメていればね、その方がよっぽど釣れそうだけど?」
「それはとっくにやってるよ!」
なのに効果が見られないのだ、と超特大の溜息が。
「仕事モードの時のハーレイ、何をやっても無駄なんだってば! 脱いで見せても!」
失礼します、と出て行ってしまって終わりなのだ、と嘆くソルジャーですけど、お仕事中なら無理もないでしょう。ソルジャーの誘惑に引っ掛かったら仕事どころじゃないですし…。
「仕事、仕事、って言うけどさ! どうでもいい仕事もあるわけでさ!」
トイレの故障はどうでもいいだろ、とソルジャーは愚痴り始めました。船を纏め上げるのがキャプテンの仕事、ついでに几帳面な性格だったらしくって。
「上がって来た報告、端から見ないと気が済まないんだ! そして現場に行っちゃうことも多くって…。トイレの修理に立ち会っていても、正直、意味が無いんだけれど!」
そんな所に行く暇があったら青の間で一発やっていけば、と強烈な台詞。ソルジャーは基本が暇な毎日、昼間といえどもベッドでキャプテンと過ごしたいようで。
「ぼくはトイレに負けてるんだよ、優先順位で! トイレの故障に!」
それに勝つためにも案山子の出番、と言ってますけど、ソルジャーの悩殺ポーズも効かないキャプテン相手に、どんな案山子を置くつもりでしょう…?
「ハーレイに決まっているだろう!」
ドン引き用の案山子なら、とソルジャーはキッパリ。でもでも、キャプテンを脅かすための案山子がキャプテンだなんて、何か間違ってはいませんか…?
「間違っていないよ、ドン引きさせるならハーレイの案山子なんだってば!」
ただし、こっちのハーレイの協力が必要、という話。そりゃそうでしょうね、キャプテンの協力で作った案山子なら、キャプテンは何もかもお見通しですし…。
「そうなんだよ! こっちのハーレイで凄い案山子を作らなくっちゃ!」
ぼくのハーレイもドン引きの案山子、と主張するからには、私たちが話題にしていたような案山子でしょうか? ドレスやらメイドの服を着せ付け、メイクしちゃった案山子とか…。
「ううん、メイクは要らないね。素顔で勝負!」
それから服も要らないのだ、と妙な台詞が飛び出しました。それって、裸という意味ですか?
「決まってるだろう! ドン引きな案山子を作るんだから!」
大切なのはポーズなのだ、とグッと拳を握るソルジャー。
「キースが出ていた番組の案山子も、いろんなポーズをしてたじゃないか! 畑仕事の!」
「…それはそうだけど…。でも…」
ドン引きするようなポーズって何さ、と会長さんも理解出来ないようです。ソルジャーは「分かってないねえ…」と呆れ顔で。
「裸のハーレイ案山子だよ? ポーズはもちろん、ヤッてる最中!」
「「「ええっ!?」」」
どんなポーズだ、と思いましたが、ソルジャーの方は得々として。
「何通りほど作ればいいのかなあ…。キースが出ていた番組の農家の人じゃないけど、凝りたい気持ちはよく分かるよ!」
基本のだけでも幾つもあるし…、とニコニコと。
「案山子で効果が見られるようなら、うんと沢山揃えてもいいね。四十八手を全部とか!」
「「「…しじゅう…?」」」
それって相撲の決まり手でしょうか、四十八手と言ったら相撲。力士のポーズを取った案山子を揃えるのかと思ったら。
「違うね、相撲は無関係! 大人の時間の決まり手の方で!」
ノルディにあれこれ教えて貰ってハーレイと二人で実践中、とソルジャーは高らかに言い放ちました。四十八通りもあるらしい決まり手なるもの、それの案山子を作りたい、と。
「いいかい、人間用の案山子はドン引きの後で引き付けるもの!」
ハーレイもきっとドン引きした後、引き付けられるに違いない…、と踏んでいるソルジャー。青の間にハーレイ案山子を置いたら足繁く通ってくれるであろう、と。
「勤務時間中でも通ってくれてさ、トイレの故障は後回し! ぼくと一発!」
なにしろ案山子があるんだからね、とソルジャーは自信に溢れていました。大人の時間の決まり手のポーズを取った案山子が置かれていたなら、キャプテンは熱心に通う筈だと。
「だってさ、案山子はぼくとヤろうとしているわけでさ…。きっと気分が落ち着かないよ!」
案山子なんだと分かってはいても、ついつい足を運びたくなる、と言うソルジャー。
「案山子がぼくを襲うなんてことは無いわけだけれど、ぼくのベッドにドカンと案山子! もう絶対に落ち着かなくって、案山子を放り出して代わりに自分がベッドにね!」
勤務時間中でもハーレイが釣れる、とソルジャーの発想は良からぬもので。キャプテンの仕事はどうなるんでしょうか、滞ってしまって大変だとか…。
「それは無い、無い! 案山子を置く時はTPOを考えるから!」
ハーレイが覗きに来たって案山子が無い時もあるであろう、と真の意味でのソルジャーらしい考えも一応持ってはいる模様。キャプテンが仕事を放棄してしまっても大丈夫な時しか案山子は置かないみたいです。
「…どうかな、ぼくのハーレイ案山子は?」
「好きにすれば?」
ぼくたちに実害が無いんだったら、と会長さん。
「その案山子ってヤツは君の世界でしか使わないんだろ、君のハーレイを釣るんだから」
「そうだよ、ぼくの青の間専用! …作ってもいい?」
こっちのハーレイをちょっと借りてもいいだろうか、とお願い目線。
「案山子を作るにはモデルが要るしね、四十八手を全部作るにしたって、まずは基本の一つから! ぼくを押し倒してコトに及ぼうってポーズで一つ目!」
「はいはい、分かった。勝手に頼んで作る分には止めないよ」
「ありがとう! それじゃ早速…」
君の協力もお願いしたい、とソルジャーは膝を乗り出しました。
「…ぼく?」
「そう! 君でないとハーレイはヤる気が出ないし!」
ポーズをつけるために協力を…、と言われた会長さんは即座に突っぱね、たちまちギャーギャー大喧嘩。会長さんが協力するわけないですってば、そんなモノ…。
ソルジャーが作ろうとしたハーレイ案山子。会長さんの協力は得られそうにないと悟ったソルジャー、それでも諦め切れないらしく。
「…ぼくが勝手に作るんだったらいいんだね?」
「お好きにどうぞ。四十八手をズラリ揃えようが、ぼくは一切、関知しないから!」
その後の効果も保証しない、と会長さんは冷たい表情。キャプテンに案山子の効果が無くても、責任は一切負わないから、と。
「…分かったよ。そういうことなら、君の協力は無理そうだから…」
ぶるぅ! とソルジャーが宙に向かって一声、「かみお~ん♪」とクルクル宙返りしながら現れた「ぶるぅ」。悪戯小僧の大食漢です。
「なあに? おやつくれるの、それとも御飯!?」
「どっちも後で食べ放題! その前にひと仕事してくれたらね」
ほら、とソルジャーが何処からかカメラを取り出しました。見慣れない形ですけれど…?
「ああ、これはねえ…。ぼくたちの世界の立体カメラ! 立体画像が撮れるんだよ!」
これでハーレイのポーズを撮影、と満面の笑顔。
「後はぼくのシャングリラでハーレイ案山子を作るだけ! 画像を元に!」
「また時間外労働させる気かい!?」
会長さんが突っ込みましたが、ソルジャーは。
「基本だってば、そういうのはね! データ操作と記憶の消去も!」
セットものだ、と涼しい顔のソルジャーに「ぶるぅ」が「写真を撮るの?」と。
「ねえねえ、何を撮ったらいいの? 何を作るの?」
「ハーレイ案山子を作るんだよ! 青の間のベッドに置くためのね!」
人間用の案山子はこういうもので…、というソルジャーの説明を聞いた「ぶるぅ」は大喜びで。
「楽しそうーっ! お手伝いすればいいんだね!」
「大正解! ぼくを相手にこっちのハーレイがポーズを取ったら、そのカメラで!」
「分かった、写真を沢山撮るよ!」
早く案山子が出来ないかなあ! と「ぶるぅ」が飛び跳ね、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「ぶるぅ、お仕事しに行くの?」
「うんっ! ブルーのお手伝いだよ、ぶるぅも見たい?」
「見たいーっ!」
一緒に行くんだ! と言い出した「そるじゃぁ・ぶるぅ」を私たちは必死に止めました。行かれたら最後、私たちだって巻き添えです。「みんなでお出掛け」が好きなんですから~!
やっとの思いで「そるじゃぁ・ぶるぅ」を踏み止まらせることは出来たものの。
「…くっそお、見ないと駄目なのか…」
強制的に中継なのか、とキース君が毒づき、ジョミー君が。
「一緒に行かずに済んだだけマシだよ、見てればいいっていうだけだしね…」
出来れば見たくはないんだけれど、と言い終わらない内にリビングの壁に中継画面がパッと。
「こちら、現地からお送りしてまーす!」
ソルジャーが例の番組のリポーターよろしく手を振り、画面の向こうは教頭先生の家でした。瞬間移動で飛び出して行ったソルジャーと「ぶるぅ」のコンビ、中継は「ぶるぅ」がやってます。ソルジャーは私服に着替えてお出掛け、教頭先生の家のチャイムをピンポーン♪ と。
「はい?」
「ぼくだけど!」
それだけで通じた教頭先生、玄関の扉をガチャリと開けて。
「こんにちは。…どうなさいました、本日は?」
「君に折り入ってお願いがね…。実は案山子を作りたくってさ」
中でゆっくり話をしよう、と上がり込んだソルジャー、アッと言う間に教頭先生を丸め込んでしまって、めでたく撮影会な運びに。
「…脱げばいいのですか?」
「そう、全部! ブルーには内緒にしておくからさ」
もう気持ち良く全部脱いで! とソルジャーが煽り、教頭先生はいそいそと。
「…ポーズを教えて下さるとか…?」
「うん。ぼくは脱がないけど、こんな感じで横になるから…」
一発ヤるつもりで来てみよう! とソルジャーが横たわった寝室のベッド。教頭先生、普段のヘタレは何処へやら…、といった感じでベッドに上がり込むと。
「…こうですか?」
「それじゃ駄目だね、もうちょっと、こう…。うん、そんな感じ」
そこで腰の運動をすればバッチリで…、とソルジャーが素っ裸の教頭先生に指示を出していて、「ぶるぅ」は中継をしつつシールドの中から写真をパシャパシャ撮っているようです。
「いいねえ、グッと来るってね! その腰遣いなら、ブルーもきっと!」
「…惚れてくれるでしょうか?」
「いけると思うよ、ちゃんとベッドに誘えればね!」
それじゃこの次はポーズを変えて…、とモザイクだらけの撮影会。教頭先生、ソルジャーと二人きりだからこそヘタレないのか、案山子作りのお手伝いだからヘタレないのか、どっちでしょう?
「やったね、データをゲットってね!」
後は案山子を作るだけだ、と瞬間移動で戻ったソルジャー。「ぶるぅ」はカメラを持って一足お先に帰ったようです。ソルジャーは御褒美にお弁当とお菓子を山ほど買って帰るそうですけれど。
「…まさか写真が撮れるだなんて…」
ハーレイの鼻血はどうなったのだ、と会長さんが仏頂面。教頭先生、あの後ポーズを二回も変えていたのに鼻血無し。帰るソルジャーにも笑顔で手を振っていましたし…。
「ああ、あれね。…今はこうだけど?」
ソルジャーがパチンと指を鳴らすと、再び現れた中継画面。其処では紅白縞だけを履いた教頭先生が鼻血まみれで床に仰向けに倒れていました。
「「「…え…?」」」
なんで、と驚いた会長さんと私たちですが。
「ハーレイの鼻血スイッチを切っておいたんだよ、今日のぼくには崇高な目的があったからねえ! 倒れられたら元も子も無いし、チョチョイとね!」
とても高度なサイオンの使い方なんだけど、と胸を張るソルジャー。
「案山子のためなら頑張るよ! …四十八手を全部揃えられるかは謎だけど…」
鼻血体質が酷すぎるから、と言いつつ、当初の目的は果たしたわけで。
「それじゃ、帰って案山子作り! 上手くいったら報告するねーっ!」
青の間に置くハーレイ案山子、とソルジャーはウキウキ帰ってゆきました。そして…。
「…効いたらしいな、例の案山子は」
考えたくもないんだが…、とキース君がぼやいた一週間後の土曜日のこと。ソルジャーはあれから一度だけしか来ていません。案山子の自慢に現れただけで、それっきり姿が見えなくて。
「…人間用の案山子の効果は抜群だったらしいですしね…」
キャプテンをドン引きさせて見事にゲットだそうで、とシロエ君。
「あんなポーズの案山子なんかが効くというのが理解不能ですよ、ぼくは!」
「押しのけたいって気持ちになるらしいよね…」
謎だけどさ、とジョミー君が零した所へ「こんにちはーっ!」とソルジャーが。
「先週は素敵な案山子のアイデア、ありがとう! もうハーレイが凄くって!」
しょっちゅう青の間に来てくれるんだ、とソルジャーは御満悦でした。
「案山子を置いた甲斐があったよ、三つのポーズを入れ替えで置いているんだよ!」
でもって目指すはコンプリート! と広げられた紙。会長さんが「退場!」と叫び、紙には一面のモザイクが。
「何をするかな、これから指導に行くんだよ! ハーレイの家へ!」
四十八手のポーズの案山子を揃えるんだから、という台詞からして、紙には四十八手とやらが描かれているに違いありません。
「目指せ、案山子のコンプリート! 今日もぶるぅと二人で楽しく!」
撮影会だ、とソルジャーの姿がパッと掻き消え、会長さんが。
「…いいんだけどねえ、ぼくには実害が無いようだしね?」
鼻血スイッチとやらを切らない限りは永遠のヘタレなんだから、と開き直りの会長さん。キャプテンを引き寄せると噂の人間用の案山子、コンプリートは出来るんでしょうか?
「…無理だと思うが」
「ぼくもです」
幾つ目でソルジャーの夢が破れるだろうか、と始まりました、トトカルチョ。私は今日で轟沈に賭けたんですけど、勝てるでしょうか。教頭先生、鼻血よろしくお願いします~!
人間と案山子・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
キース君のテレビ出演が切っ掛けで、ソルジャーが考案したキャプテン用の案山子。
なんとも凄い案山子ですけど、ちゃんと効果があるようです。教頭先生、美味しい役かも。
次回は 「第3月曜」 11月16日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、10月は行楽と食欲の秋で、松茸山にお出掛けすることに。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
元老寺の除夜の鐘で古い年を送って、ピカピカの新年。冬休みが終わればお雑煮大食い大会だとか、水中かるた大会だとか。一連の行事が終わった途端に迎えた週末、お正月気分も延長戦。会長さんの家でダラダラ過ごした土日の後は月曜、学校に行く日だったのですが。
「なんかさ、今日はおかしくない?」
雰囲気変だよ、とジョミー君が朝の教室で言い出しました。私たち七人グループが揃って直ぐのことです。最後に来たのってマツカ君だっけ…?
「雰囲気が変とはどういうことだ?」
俺は全く気付かなかったが、とキース君が返すと、ジョミー君は。
「じゃあ、マツカは? 特に何にも思わなかった?」
「はい…。門衛さんもいつも通りでしたよ? 貼り紙とかも無かったですし」
「そういう変じゃなくってさあ…。男の先生!」
「「「は?」」」
男の先生がどうかしましたか、私は今朝は先生自体に会ってませんが…。男も女も。男の先生、何処かで何かをしてましたかねえ、グラウンドに穴を掘っていたとか?
「そんなんじゃなくて! 一人も会わなかったんだけど!」
いつもなら誰か会う筈なのに、とジョミー君。運がいいのか悪いと言うのか、普段だったら教室まで来る途中に出くわすそうです、そして挨拶。
「…偶然じゃねえの?」
むしろ毎回会う方が不思議だ、とサム君が。
「俺たちが校門前で揃った時にはよく会うけどよ…。俺なんかブルーの家に朝のお勤めに行ってるせいかな、瞬間移動で登校が多いし、そうは会わねえぜ」
「私もジョミーほどではないわねえ…」
百発百中ってコトは無いわね、とスウェナちゃんも。
「きっと偶然よ、変だとしたなら今日のジョミーの運だと思うわ」
「俺も全く同意見だな」
男の先生にはちゃんと会ったからな、とキース君。
「えっ、何処で!?」
いつの間に、とジョミー君が訊くと。
「柔道部の部室だ、朝練をやってる後輩に伝言があったからなあ、メモを置きに」
其処で教頭先生に会った、という話。ほらね、やっぱり男の先生、ちゃんと学校にいるじゃないですか、ジョミー君が変なだけですってば…。
「…ぼくの運勢の問題なわけ?」
一人も会わなかった理由は、とジョミー君は不安そうな顔。
「もしも運なら、今日のぼくって大吉なのか、大凶か、どっち?」
「知るか、お前の運勢なんか」
俺は占い師じゃないからな、とキース君。
「第一、どうして大吉と大凶の二択になるんだ、もっと他にもあるだろうが」
「…一人も会わなかったわけだし、凄い吉なのか凄い凶かと思ったんだけど…」
「とことん極端なヤツだな、お前」
おみくじでももっと奥が深いぞ、とキース君は呆れた顔で。
「おみくじを置く寺も多いからなあ、俺の家にも見本のカタログが来るわけだ。置きませんかと」
「へえ…! それって面白そうですね!」
キース先輩の家におみくじ、とシロエ君が食い付きました。
「置いてみませんか、除夜の鐘とかの時に引きますから!」
「駄目だな、おみくじってヤツは普段から順調に出てこそだからな」
宿坊のお客様だけでは心許ない、とキース君。
「毎日のように団体様のお参りがあるとか、観光名所の寺だとか。そういう寺なら置いた甲斐もあるが、ウチでは手間が増えるだけだな」
だから置かない、と前置きしてから。
「そのカタログで見ていると、だ…。とんでもない運勢があったりするしな」
「どんなのですか?」
今日のジョミー先輩にピッタリですか、とシロエ君が訊くと。
「ピッタリかどうかは分からんが…。凶のち大吉、という凄いのがあった」
「「「凶のち大吉!?」」」
なんですか、その天気予報みたいなおみくじは? 本気でそういうおみくじがあると?
「あるらしいぞ。この近辺で採用している場所だとあそこだ、南の方のお稲荷さんだ」
「「「えーーー!!!」」」
そんなカッ飛んだおみくじを置いていますか、あそこのお稲荷さん。ちょっと引きたい気もしますけれど、凶のち大吉ならともかく、その逆だったら大変ですし…。
「おみくじは遊びじゃないからな。今日のジョミーの運勢は知らん」
フィシスさんにでも訊いてこい、とキース君が切り捨て、後は普段の雑談に。先生に会ったか会わないかなんて、別に占いにもなりませんってば…。
朝の雑談、話はあっちへ、こっちへと。とはいえ、ジョミー君が振ったネタは健在で。
「店だと、最初の客が女性なら吉だと聞くな」
キース君が何処かで聞いて来た話。店を開けて最初に入って来たお客が女性だったら、その日は儲かると言うんだそうです。けっこう有名な話だそうで…。
「それって、男の人しか行かない店でも?」
ジョミー君の質問に、キース君は「馬鹿か」と一言。
「状況に合わせて考えろ! そんな調子だから、男の先生に会わなかった程度で変だの何だの言い出すんだ」
「そうですよ。ジョミー先輩、気にしすぎですよ、偶然ですって」
でも…、とシロエ君が顎に手を当てて。
「最初のお客さん絡みのネタなら、ぼくも聞いたことがありますね。…何処のお店かは忘れましたが、中華料理のお店の話で」
「どんなのだよ?」
面白いのかよ、とサム君が反応。シロエ君は「そうですねえ…」と。
「お店にしてみれば、あまり嬉しくはないんでしょうが…。無関係な人には面白いですね」
「ほほう…。どういうネタだ?」
俺も気になる、とキース君が尋ねて、私たちも。シロエ君は「炒飯ですよ」とニッコリと。
「最初のお客さんが炒飯を注文しちゃうと、その日は儲からないんだそうです」
「「「へええ…!」」」
それは面白い、と思いました。そのお店で開店の前から待って注文したいくらいです。もちろん炒飯、それから居座ってどうなりそうかと見届けるとか…。
「ね、そういう気持ちになるでしょう? だからお店には嬉しくない、と言ったんです」
「なるほどな…。そうなってくると、今日のジョミーはどうなんだろうな」
何かあるかもしれないな、とキース君。
「お前、やっぱり、フィシスさんの所へ行って来い。お前の今後に興味がある」
「嫌だよ、ネタにされるのは!」
ぼくはオモチャじゃないんだから、とジョミー君は拒否しましたけれども、俄然、知りたくなってしまった私たち。フィシスさんの所へ行く、行かないと騒いでいたら…。
「静粛に!」
嘆かわしい、と飛んで来たグレイブ先生の声。いつの間に来ていたんですか~!
予鈴が鳴ったのには気付いていました。でもでも、グレイブ先生の足音は独特、軍人さんみたいにカツカツと靴の踵を鳴らしてやって来るだけに、それを合図に静かになるのがお約束。そのカツカツが聞こえなかった、と声の方を振り向いてビックリ仰天、クラスメイトも全員、目が点。
「諸君、おはよう」
君たちの日頃の生活態度が良く分かった、とグレイブ先生は顰めっ面で。
「要するにアレだ、私の足音が猫の首の鈴というわけだな。聞こえてから黙れば叱られずに済む、そういう態度だと思っていいかね?」
「「「………」」」
誰も反論出来ませんでした。グレイブ先生の言葉は正しく、靴音が合図だったのですから。不意を突かれたショックも大きいですけど、それ以上に…。
「私の格好がどうかしたかね、これがそんなに気になるのかね?」
それではこの先どうするつもりだ、と厳しい視線がクラスをグルリと。眼鏡の向こうの眼光は鋭く、いつも通りのグレイブ先生なのですが…。
「諸君の無駄口を減らすためにも、此処で説明しておこう。…イメチェンだ」
「「「イメチェン?」」」
それはいったい…、とオウム返しに見事にハモッたイメチェンなる言葉。グレイブ先生はツイと眼鏡を押し上げて。
「イメチェンという言葉を諸君が知らないとまでは思わないがね? イメチェン、すなわちイメージチェンジ。イメージを変えようという意味なのだが?」
こうだ、と黒板にチョークで大きく「イメチェン」の文字。すると本気でイメチェンですか?
「もちろん、私個人の趣味ではない。神聖なる職場で個人の趣味には走れないものだ」
これは学校の方針なのだ、とグレイブ先生はイメチェンの文字を指差しました。
「諸君も知っての通りだと思うが、間もなく入試のシーズンだ。下見の生徒もそろそろやって来ることだろう。本校は授業をしている間も、見学者を広く受け入れている」
教室にまでは入らせないが、という話。この学校がそういう姿勢で下見の生徒を受け入れることは知っています。私だって下見に来た日は平日、普通に授業をやってる日でした。授業中の教室は外から覗くだけにして、あちこち自由に歩いて回って…。
そうそう、あの日に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に最初に入ったんです、生徒会室から迷い込んじゃって。凄く立派なお部屋だっただけに、大金持ちの特待生用のお部屋なのかと思いましたっけ、あのお部屋。それが今では溜まり場ですけど…。
下見に来た頃にはいろんなことが…、と懐かしく思い出しました。試験本番の日にも色々、会長さんとバッタリ出会って合格グッズを買わないか、と持ち掛けられたり、買わずに滑ってしまったり。不合格になってしまったというのに、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に助けて貰って…。
補欠合格だったことやら、それに至るまでの苦労なんかや、頭の中は走馬灯。でも…。
「いいかね、イメージが大切なのだよ。イメージが」
イメージだ、と繰り返すグレイブ先生から目が離せません。クラス中の視線がグレイブ先生の方へと釘付け状態、余所見をする人は誰もいなくて。
「本校の売りは、自由な校風だと諸君も知っているだろう。しかし、我が校を見に来ただけでは、その校風を体験できるチャンスは非常に少ない」
特に授業の時間ともなれば…、と言われてみればその通り。生徒は授業を聞いていますし、先生の方は教えているだけ。何処が自由なのかはサッパリ分からず、他の学校と似たり寄ったり。
下見に来た時の私にしたって、「この学校に決めた」と思った理由は下見した印象ではなかった筈です。それまでに聞いた噂や情報、そういったもので選んだ筈で…。
「諸君も下見でこの学校に決めたわけではないだろう。そういう生徒も中にはいる。しかし多くは事前の情報などで選んでいるわけで…。それでは下見の値打ちが少ない」
もっと幅広く生徒を獲得したいのだ、とグレイブ先生は黒板のイメチェンの文字をチョークで丸く囲みました。
「何の気なしに寄ってみただけ、という下見の生徒もガッチリと掴む。配布している願書を手にして帰って貰う。…そのためのイメージチェンジなのだよ、諸君」
この姿を見れば自由な校風の端っこくらいは掴めるだろう、とグレイブ先生。首から上はいつものグレイブ先生でしたが、下が問題。キッチリ着込んだスーツの代わりに紺色の着物、いわゆる和服というヤツです。男物のそれをビシッと着こなし、羽織までが。
着物に靴だと似合わないだけに、足元は足袋と草履でした。これでは足音がカツカツと高く鳴るわけもなくて、ペッタペッタと鳴っていたのか、はたまたズッズッと摺り足だったか。何にしたって静かにするための合図は聞こえず、叱られる羽目に陥ったわけで…。
「今日から当分、授業の際には着物となる。他の先生方も着物で授業をなさるわけだし、いちいち驚かないように。平常心で臨みたまえ」
「「「………」」」
平常心だ、と念を押されても、これが冷静でいられるでしょうか? 先生方が揃ってイメチェンだなんて、どう考えても話題沸騰だと思うんですけど~!
入試を控えて先生方が打ち出したイメチェン、着物作戦。下見に来た生徒のハートを掴むためには有効でしょうが、既に通っている生徒からすればお笑いネタかもしれません。女の先生だと、バラエティー豊かに華やかに着こなしておられそうですが…。
「我々のイメチェン計画だがね。…イメチェンは男子教員のみだ」
「「「へ?」」」
何故に男の先生だけか、と思ったら。
「女性が着物を着るとなったら、何かと手間がかかってしまう。着付けもそうだが、ヘアスタイルも普段のままでは似合わない先生も多いのだからな」
「「「あー…」」」
なるほど、と私たちは揃って納得。ミシェル先生なら髪飾りでもつければパーフェクトですし、飾りは無しでもいいでしょう。けれどロングヘアのエラ先生だと結い上げなくてはいけないわけで、ブラウ先生などはドレッドヘアだけに、どうすればいいのか謎な髪型。
「ついでに、女性が着物となったら華美な方へと走りがちだ。それではファッションショーになってしまう、と男子教員のみのイメチェンとなった」
女性教師は普段通りだ、とグレイブ先生はイメチェン計画の全貌を話して、「なお」と追加で。
「体育の先生も気になるだろうが、そちらは作務衣だ」
「「「作務衣!?」」」
作務衣ってアレですか、お坊さんの普段着と言うか作業服と言うか…。たまに元老寺でキース君が着てたりしますが、それを体育の先生が…?
「作務衣は動きやすく出来ているそうだ、お坊さんはアレを着て大工仕事や山仕事などもするらしい。イメチェン計画が出た当初には、柔道などの道着という案もあったのだがね…」
それではサッカーなどの授業でイメージが狂う、とグレイブ先生。指導内容と噛み合わない服で教えていたのでは何が何だか、下見の生徒も混乱するだろうと選ばれた作務衣。
「そういうわけで、シャングリラ学園の男子教員は今日から着物だ。朝のホームルームの前の時間に礼法室で揃って着替えというわけだ」
私も其処で着付けをした、と聞いた途端にピンと来ました、ジョミー君がさっきしていた話。男の先生に会わなかった、という事件の裏には着替えタイムがあったのです。男の先生は礼法室で着替えをしていて、ジョミー君とは出会わず仕舞いで…。
「では、諸君。今日も一日、真面目に授業を受けるように」
出欠を取る、と出席簿が開かれ、いつもの朝のホームルームが形だけは戻って来ましたが…。なんだか気分が落ち着かないです、お正月に逆戻りしちゃったような…?
グレイブ先生がホームルームを終えて出て行った後は、蜂の巣をつついたような大騒ぎになってしまいました。なにしろイメチェン、男の先生がもれなく着物だと言うのですから。クラスメイトも騒いでますけど、私たちだって。
「すげえな、ジョミー! お前のカンって凄かったのな!」
見直したぜ、とサム君がジョミー君の背中をバンバン叩いて、キース君も。
「…すまない、適当に聞き流していて悪かった。お前の運勢とはまるで違っていたようだ」
「ほらね、だから変だって言ったのに…。雰囲気がさ」
ぼくだって一応、タイプ・ブルー、と言いかけたジョミー君にシロエ君が鋭くシッ! と。
「その話、此処ではタブーですよ。周りは一般生徒ですから」
「ご、ごめん…。でもさ。ぼくのカンだって当たる時には当たるんだよ」
「そのようだな。…しかし、イメチェンとは…」
思い切ったことを、とキース君。
「この学校らしいと言えばそうだが、着物姿を売りにして来たか…」
「そんな学校、確かに何処にも無さそうだわねえ…」
遊んでるわね、とスウェナちゃん。
「先生方だって遊びたいのよ、それでイメチェンしちゃっているのよ」
「着物で済んだだけマシだったかもしれないなあ…」
下手をしたらハロウィンもどきになっていたかもな、というキース君の意見に「うん」と頷く私たち。遊び心溢れる学校なだけに、そういうチョイスも有り得ます。そっちだったら女の先生も全員仮装で、魔女やら妖精やらが校内を闊歩していたわけで…。
「…遊び過ぎないために着物なのかもね」
ジョミー君が呟き、シロエ君が。
「恐らく、そんなトコでしょう。ウチの学校、ノリの良さではピカイチですから」
何処と比べても負けません、というシロエ君の読みは大当たりでした。授業が始まってから分かった真実、着物なるものの奥の深さと先生方のノリの良さ。
「…裃も着物の内だしな…」
「何処の御老公だよ、ってスタイルも着物には違いないよな…」
ゼル先生にはハマり過ぎだぜ、と大ウケしていた御老公スタイル、杖をつきつつ教室に入るなり、「この紋所が目に入らぬか!」と突き付けられたシャングリラ学園の紋章入りの立派な印籠。裃で来たのはヒルマン先生、どっちも確かに着物ですけどね…。
昼休みの校内はイメチェンの話題で盛り上がっていて、教室も食堂もワイワイガヤガヤ。私たちは午後の授業に備えて情報収集、古典の時間に教頭先生が来る筈です。
「…教頭先生、八丁堀だって?」
そういう噂が、とジョミー君。食堂でのランチタイムが終わって教室に戻って来たんですけど…。
「なんだよ、八丁堀ってよ?」
何処のお堀だよ、とサム君が返すと、ジョミー君は。
「…何だったかなあ、なんかそういう…。ショボイ役人だって噂で」
「俺も聞いたな、奥さんと姑に頭が上がらない小役人のスタイルでいらっしゃるとか」
ずっと昔に大流行りした時代劇らしい、とキース君。
「確か必殺仕事人だ。親父が好きで再放送を何度も見ているからなあ、あれの主役のことだろう」
通称が八丁堀だった筈、というキース君の解説で思い出しました。噂に高い必殺シリーズ、それのしがない同心だった、と。それじゃ刀も差してますかね、教頭先生?
「それがさ…。刀は持っていないらしくて、余計にショボイって」
だけどガタイはいいから別物らしい、とジョミー君が集めて来た情報を披露しました。着ている着物と役どころはショボくても、教頭先生の立派なガタイで格好良く見えるらしいのだ、と。
「「「へえ…」」」
それは楽しみ、と迎えた古典の授業。チャイムが鳴って、ワクワクと前の扉に注目していたのですが、カラリと開いたのは後ろの扉で。
「「「え?」」」
なんで先生が後ろから…、とクラス全員が振り返ったら。
「御免下さいませ、ウィリアム・ハーレイでございます」
腰の低すぎる挨拶と自己紹介の言葉。そういえばこういうキャラでしたっけ、八丁堀。ガタイが良すぎて別物だとしか思えませんけど、着物は本当に八丁堀スタイル、ただし刀無し。
教頭先生は八丁堀よろしく教室の脇をスタスタと歩いて教卓まで行くと、教科書を広げて。
「授業を始める。…居眠りした生徒は切って捨てるから、心して授業を聞くように」
「質問でーす!」
男子の一人が手を挙げました。
「刀が無いのに、どうやって切って捨てるんですか、ハーレイ先生!」
「それはもちろん、成績の方だ。切り捨て御免だ、満点を取ろうが評価はしない」
「「「うわー…」」」
ヤバイ、と真っ青、1年A組。満点が通用しないとなったらヤバすぎですって、八丁堀…。
試験勉強なんかはせずとも、全科目で満点を取れると噂の1年A組。何かと言えば混ざって来たがる会長さんのお蔭です。表向きは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーとなっていますが、実の所は会長さんのサイオンが成せる業。
定期試験の度にクラスに混ざって試験を受けつつ、問題の答えをクラスメイトの意識の下へと送り込むという凄い技です。これさえあれば誰でも満点、勉強なんかは何もしなくても百点が取れて、成績だって最高の評価がつくんですけど。
その満点を評価しない、と言われてしまえば文字通りの切り捨て、バッサリ切られて成績表には見るも無残な評価がついてしまうでしょう。
「…誰だよ、イメチェンなんかを言い出したのはよ…」
居眠りしたら終わりじゃないかよ、と誰かがぼやいて、教頭先生が「ふむ」と。
「何か聞こえて来たようだが…。切り捨てていいか?」
「「「い、いいえ!」」」
困ります! とクラス中が声を揃えました。木の葉を隠すなら森の中。誰が言ったか分からなければ無問題だ、と思ったのに。
「…ほほう、困る、と…」
この辺りから聞こえたのだが、と教卓を離れた教頭先生。机の間の通路をスタスタ、ぼやいた生徒の持ち物らしい机を指でトントンと。
「いいか、私は仕事人ということになっているからな。諸君の年では知らない生徒も多いと思うが、殺しを請け負う凄腕の剣客と言えば分かるか?」
「「「は、はいっ!」」」
教室中の生徒の背筋がピシイッと伸びて、教頭先生が「よし」と腕組み。
「私は柔道十段だ。気配に敏いし、仕事人並みに勘が冴えていると言っていいだろう。試験でなくても、遠慮なく切る。この役どころをしている内はな」
私を敵に回さないように、と八丁堀、いえ、教頭先生はスタスタと教卓に戻ってゆくと。
「朝のホームルームでイメチェンの話は諸君も聞いているだろう。イメチェンするからには徹底的に、というのが私の信条だ。切られたくなければ頑張ることだ」
居眠りはその場で切り捨てる、と怖い台詞が。居眠りでなくとも授業中に御機嫌を損ねてしまえば叩き切られてしまう結末、成績表には強烈な評価。
(((ヤバすぎる…)))
死ぬ、と1年A組、顔面蒼白。未だかつてない強敵登場、切り捨て御免の仕事人では誰も太刀打ち出来ませんってば~!
クラス中を恐怖の坩堝に叩き込んでくれた教頭先生は、授業が終わると悠然と去ってゆきました。来た時と同じに後ろの扉から、コソコソと本物の仕事人のように。
「…ヤバイぜ、イメチェン、いつまでなんだよ…!」
俺って切られていねえよな、と机を叩かれた男子生徒が震え上がって、他のクラスメイトもザワザワと。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーでも仕事人には勝てないのか、と。
「なあ、どうなんだよ、何か方法ねえのかよ!?」
切られたら終わりらしいけど、と縋るような目で見られた私たち。あの仕事人をどうにかしてくれと、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーで、と。
「えーっと…。ぶるぅが出て来てくれないと…。でなきゃ、ブルーか」
どっちか必要、とジョミー君が返して、キース君も。
「すまん、俺たちでは手も足も出せん。…不思議パワーは管轄外だ」
「そこを何とか…! 俺、マジで切られそうだったから!」
机を叩かれた男子が土下座で、他の生徒も口々に「頼む」と言い出しましたが、会長さんがクラスのみんなに約束したのは百点満点、他は約束していません。テストの他にも一位を取らせると公言してはいるのですけど、成績の切り捨てなんかは一度も無かったことですし…。
「…どうしようもないよね、ぼくたちだけじゃあ?」
ジョミー君が私たちを見回し、シロエ君も。
「ええ。ぼくたちの手に負えないことだけは確かですね」
「それじゃ、なんとか頼んでくれよ! 生徒会長と、そるじゃぁ・ぶるぅに!」
俺、このままだと確実に死ぬから、と土下座の男子生徒が床に額を擦り付け、他の生徒も首をコクコク。土下座男子はクラスのムードメーカーなだけに、彼が切られたら教室がお通夜ムードになるのは確実です。ムードメーカー、すなわち少々、言葉が多め。
「…俺、絶対にまた何か言うから! 余計なことを!」
普段だったら笑って流して貰えるけれども仕事人じゃあ…、と土下座する男子。どういう基準で教頭先生が切るか分からず、切られたら最後、成績表が無残なことに…。
「…どうするよ? 俺たちじゃ役に立たねえけどよ…」
サム君が改めて言うまでもなく、何の力も無い私たち。けれど、このまま放置も出来ず…。
「ブルーに相談するしかないな…。それと、ぶるぅに」
キース君がフウと溜息をついて、私たちは放課後、終礼が終わると同時に「頑張ってくれ」とクラス全員の期待を背負って送り出されました。仕事人対策、会長さんは持ってますかねえ…?
「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ向かう途中にも出会ったイメチェン中の先生たち。印籠を持った御老公姿のゼル先生には「お供を募集中なんじゃ」と声を掛けられ、バイトしないかと美味しい話が男子たちに。
成績も出欠も問われない特別生ならではのアルバイトだと、毎日登校するだけに有望株だと殆ど名指しのスカウトでしたが、キース君たちは。
「すみません、今、急いでいるので…」
「ほう? 時給は相場より高く出すんじゃが、バイトせんのか?」
「特別生は他にもいますから! 数学同好会の部室に行けば誰かがたむろっています」
パスカルだとかボナールだとか、とキース君が言い抜け、シロエ君も。
「セットもので二人の募集でしたら、B組のセルジュ先輩も有望です! 相棒がいます!」
「ふうむ…。欠席大王のジルベールがバイトをしてくれるかのう…?」
「セルジュ先輩とセットなら希望があります、あの二人だったら目立ちますよ!」
ぼくたちなんかより華があります、とシロエ君も必死の言い逃れ。ここで捕まってバイト契約をしているどころではなく、仕事人対策をしなくては…!
「華と来たか…。確かにそうじゃのう、引き立て役は華があるほどいいからのう…」
わしも目立つし、とゼル先生は私たちのグループの男子を放って数学同好会の部室の方へと向かいました。運が良ければジルベールが其処で捕まるでしょうし、ジルベール抜きでもセルジュ君は部室にいる筈ですから、バイトを頼めばいいわけですし…。
「…バイト、楽しそうで儲かりそうなんだけどね…」
ジョミー君が名残惜しげにチラリと振り返り、サム君も。
「悪くねえんだよなあ、御老公のお供で教室を回って印籠を出せばいいんだからよ」
それで時給があれだけかあ…、と残念な気持ちは男子の誰もが抱いていたと思います。しかし、私たちには重大な使命というヤツがあって、1年A組のみんなのためにも先を急ぐしかありません。バイトで儲ける話が如何に美味しくても、クラスメイトが優先ですって…!
かくして駆け込んだ「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でしたが、出迎えてくれた「そるじゃぁ・ぶるぅ」と会長さんは呑気なもので。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
「やあ、イメチェンとやらも面白そうだね」
ゆっくり羽を伸ばして行ってよ、と会長さんが言えば、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がバナナと黒糖クリームのティラミスとやらのタルトを出してくれました。飲み物の注文も取ってくれましたが、今はおやつよりも用件が先で。
「あんた、此処から見てたんだったら、俺たちのクラスを何とかしてくれ!」
このままではお先真っ暗だ、とキース君が単刀直入に。
「教頭先生が仕事人モードになっているんだ、一人切られるトコだったんだ…!」
「ああ、あれねえ…。他のクラスとか学年でも切っていたねえ、ハーレイ」
「「「ええっ!?」」」
既に被害者が出ていたんですか、切り捨て御免の仕事人。とはいえ初日のことなんですから、まさか本当に切り捨てられてはいないと思うんですけれど…。
「甘いね、君たちのクラスは居眠っていたというわけじゃないから死んでないだけで…」
他のクラスではバッサリ切られた、と会長さんは証言しました。教頭先生が授業の時に持ってくる生徒の名前が書かれた帳面、それに「済み」のマークが書かれているとか。
「「「…済み…?」」」
「そう。切り捨てました、という印だよ。仕事は終わった、と」
「じゃ、じゃあ…。それを書かれたら、成績は…」
どうなっちゃうの、というジョミー君の問いに、会長さんはアッサリと。
「そりゃあ、最低最悪ってね。幸い、学年末だから…。一学期と二学期の分も合わせて成績がつくから、それまでの成績が良かった場合は1ってことにはならないけどねえ…」
「「「…1…」」」
つまり本当に最低なのか、と仕事人の怖さを思い知りました。私たちのクラスの土下座男子は今日の所は無事だったようですが、明日以降は…。
「うん、切られたら終わりということだね。彼に限らず、クラスの誰でも」
「お、おい! あんた、俺たちのクラスをフォローしてくれるんじゃなかったのか!」
キース君が食い下がりましたが、会長さんは。
「個人的なフォローはやっていないよ、考えてみたまえ、今日までのことを」
あくまで1年A組のみ、と言われて思えばその通り。1年A組、終わりましたか…?
個人的なフォローはしていない、と断言されてしまった以上は、どうすることも出来ません。仕事人と化した教頭先生、居眠った生徒を端からバッサリ。定期試験が何もしなくても満点なだけに、居眠る生徒は日頃から多いわけですし…。
「やむを得ん。俺たちで居眠る前に起こすか?」
キース君が提案しましたけれども、ピンポイントで送れる思念波、一般人向けに使えるレベルになっていません。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるで、全員でやれば効くかもですけど…。
「…居眠りそうなのを見付けたら思念波で合図してですね…」
それから「せーの」で起こしましょう、とシロエ君が呼び掛けましたが、相手は必殺仕事人。私たちが連絡を取り合っている間に居眠りに気付いてバッサリなのでは…。
「そ、そっか…。時間が足りないか…」
ジョミー君が唸って、サム君も。
「思念波で気付かれるってことだってあるぜ、誰か居眠ってるみたいだな、って」
「「「うわー…」」」
これぞ藪蛇、そういう恐れも充分あります。いくら教頭先生が仕事人でも、黒板にせっせと書いてる間は気付かない可能性もゼロではなくて…。
「ど、どうしよう…?」
「諦めて切られて貰うしかないか…?」
ブルーが乗り気でない以上はな、とキース君が肩を落とした所へ。
「こんにちはーっ!」
遊びに来たよ、と翻った紫のマント。ソルジャーが来たみたいですけど、この人こそ何の役にも立ちはしないな、と思っていたら。
「なんかハーレイ、イメチェンだって?」
普段と雰囲気が全然違うね、とソルジャーがタルトを頬張って。
「コソコソと出入りするのはともかく、居眠った生徒を端からバッサリ! 柔道十段はダテじゃないねえ、惚れ惚れとしちゃう仕事ぶりだよ!」
あの着物姿に思わず惚れそう、とズレているのがソルジャーの視点。そのバッサリが困るんですってば、切り捨てられたら成績がアウトなんですから…。
「えーっ? あのハーレイ、カッコイイけどなあ…」
ずっとイメチェンしてればいいのに、とソルジャーならではの迷惑発言。イメチェンが早く終わってくれないと、1年A組、古典の成績が最悪なことになる被害者続発なんですが…!
「困るだなんて…。ぼくはハーレイのカッコ良さに見惚れているのにさ…」
仕事人なハーレイだったら嫁に行ってもいいくらい、とズレまくっている異世界からのお客様。会長さんはフォローしないと言い切りましたし、諦めるしかないのでしょうか?
「いいじゃないか、別に。君たちの成績が下がるわけでなし」
あのハーレイは実にカッコイイから、とソルジャーは「嫁に行きたい」を連呼。とっくに結婚しているくせに嫁に行くも何も…、とブツブツ言っていた私たちですが。
「待てよ、あいつが嫁に行くなら使えるぞ」
キース君が妙な発言を。
「使えるって?」
何に、とジョミー君が尋ねると、キース君は。
「…仕事人の弱みは嫁だった筈だ。嫁と姑の最強コンビで毎回、話が終わる仕組みだ」
「「「へ?」」」
そうだったっけ、と乏しい知識を総動員して、キース君の話も聞いてみたらば、必殺シリーズの王道がソレ。大トリを飾る仕事を果たした八丁堀が家に帰ると、嫁と姑にコケにされた挙句、仕事で儲けた報酬までをも掻っ攫われるというシナリオで…。
「姑が足りない気がしないでもないが、この際、嫁だけでいいだろう。あいつが押し掛けて仕事の報酬を寄越せとゴネれば、懲りて仕事をしなくなる……かもしれない」
あくまで希望的観測なんだが…、とキース君がソルジャーを眺めて、ソルジャーが。
「…ぼくが鬼嫁? あのハーレイの?」
「あんた、とりあえず、惚れたんだろうが! だったら、嫁に行ってくれ!」
ついでに婿をいびってくれ、と無茶な注文、無理すぎる頼み。そんな仕事を頼んじゃったら、私たちがソルジャー相手に仕事の報酬を支払う羽目になりそうですが…。
「いいよ、タダ働きになっちゃっても。…仕事の成果を取り上げちゃったらいいんだろう?」
済みのマークを消してしまえばいいんだよね、とソルジャーがニコリ。
「でもねえ…。カッコイイ姿も見ていたいから、1年A組限定でどう?」
「有難い! もしかして、サイオンでやってくれるのか?」
帳面に細工をしてくれるのか、とキース君が確認をすると、ソルジャーは。
「そうじゃなくって、必殺シリーズの王道ってヤツ! どんなものかは分かったから!」
そっちのコースで楽しくやるよ、とソルジャーはウキウキしています。詳しくは今夜の中継で、なんて言ってますけど、いったい何をやらかすんでしょう…?
その夜、私たちは会長さんの家で夕食を御馳走になることに。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋から揃って瞬間移動で、ソルジャーも一緒に寄せ鍋パーティー。それが終わると、ソルジャーが「行ってくるね」と姿を消して、壁に現れた中継画面。その向こうでは…。
「こんばんは、ハーレイ」
教頭先生の家のリビングにソルジャーがパッと現れ、ニコッと笑って。
「えーっと、婿殿、だったっけ? …仕事人のお嫁さんの台詞は」
「…は? え、ああ…。まあ、そうですが」
仕事人がどうかしましたか、と怪訝そうな教頭先生はとっくに私服。ソルジャーは笑顔で近付いてゆくと。
「婿殿、イメチェンしてる間の仕事だけどねえ…。1年A組の分だけ、済みのマークは無効にしておいてくれるかな?」
そのマークはぼくが貰うから、と艶やかな笑みが。
「婿殿の報酬は奪ってなんぼで、だけどカッコイイ君だって見たい。1年A組につけた済みのマークをぼくが奪って、君はせっせと仕事をするんだ。バッサバッサと切り捨て御免で」
1年A組の分の報酬をぼくにくれるなら…、とソルジャーが教頭先生の首に両腕を回して、頬にチュッとキスを。教頭先生は耳まで真っ赤になりましたけれど。
「ね? 悪い取り引きじゃないだろう? 婿殿のためには毎晩、こういうキスをあげるから」
代わりに1年A組の分の済みのマークを寄越すように、というソルジャーの提案、教頭先生はその場でオッケーしてしまいました。更に…。
「そのぅ…。仕事をもっと頑張った時は、キスが増えるとか、そういうのは…」
無いのでしょうか、と欲張りな台詞。ソルジャーは「いいよ」と即答で。
「ぼくは仕事人姿に惚れたんだ。イメチェン期間中、君のカッコ良さを山ほど見られるんなら、いくらでも! 頬っぺたどころか本気のキスでもプレゼントしたいくらいだよ!」
ねえ、婿殿? と悩殺の微笑み、教頭先生、もうフニャフニャで。
「が、頑張ります…! 1年A組でも切って切りまくります!」
「いいねえ、そこでゲットした済みのマークをぼくが奪うということで…!」
イメチェン万歳! とソルジャーがブチ上げ、教頭先生も仕事人に徹する決意を固めて…。
「え、マジかよ!? 俺たち、切られても無効だって!?」
次の日、例の土下座男子が躍り上がって、1年A組に溢れる大歓声。イメチェンで仕事人と化した教頭先生がいくら切ろうが、1年A組だけは成績に響かないということになったのですから。
「すげえな、やっぱ、そるじゃぁ・ぶるぅの力は思い切り効くんだなあ…!」
「頼みに行って貰った甲斐があったよな、そるじゃぁ・ぶるぅに御礼、よろしくな!」
「「「う、うん…」」」
今回は「そるじゃぁ・ぶるぅ」は全く関係ないんだけれど、という裏事情は決して言えはしなくて、ソルジャーならぬ「そるじゃぁ・ぶるぅ」の株がググンと上がりました。二時間目にあった古典の授業は、いつも通りに居眠りの生徒が続発で…。
「御免下さいませ。ハーレイでございます」
机の側まで出掛けて行っての、この台詞。言われたら切られてしまうわけですが、切られたマークを書かれた所で無効なのだと知っているのが1年A組、眠りまくりの切られまくりで。
『うん、カッコイイねえ…』
惚れ惚れするねえ、と思念波が届き、何事かと思えばソルジャーが教室の後ろに立っていました。私たちにだけ姿が見えるよう、シールドを張って。
『現場を見ちゃうと一層惚れるよ、こっちのハーレイの意外な魅力を発見だよ…!』
ずうっとイメチェンしてて欲しいくらい、とウットリしているソルジャーの思考はサッパリ謎で分かりません。けれども、お蔭で1年A組、切られても無事に済むわけですし…。
(((あそこの馬鹿は放っておこう…)))
蓼食う虫も好き好きなんだ、と私たちはソルジャーを放置することに決めました。教頭先生は家へ帰ればソルジャーに「婿殿」とキスが貰えて万々歳。もっと仕事を頑張ろう、と居眠る生徒を切りまくりですが、他のクラスの学年末の成績表は…。
「どうなるんだろう?」
「…俺たちには関係無いからな…」
居眠るヤツらが悪いんだ、とキース君。イメチェン期間はまだ続きます。入試直前まで続きますから、今日も必殺仕事人。ゼル先生のお供はセルジュ君とジルベールですし、シャングリラ学園のイメチェン作戦、下見の生徒にウケますように~!
変えたい印象・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
男の先生が全員、着物でイメチェン、そういう計画。シャングリラ学園ならではです。
仕事人な教頭先生の切り捨て御免が怖いですけど、ソルジャーが役に立ったというお話。
次回は 「第3月曜」 10月19日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、9月といえば秋のお彼岸シーズン。はてさて、今年は…?
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
暑さ寒さも彼岸まで。秋のお彼岸も済んで、これからが行楽と食欲の秋。何処へ行こうか、何を食べようかと早くも相談会な土曜日、会長さんの家へ集合です。今のシーズン、一つ間違えるとまだ残暑だけに、相談会から始まるわけですが…。
「マザー農場には行きてえよなあ、学校からも行くけどよ」
収穫祭で…、とサム君が言えば、ジョミー君も。
「収穫祭だと、あんまり贔屓はして貰えないしね…。幻の肉までは食べられないし」
「あの肉か…。今年も是非とも食べたいものだが…」
美味いからな、とキース君までが。マザー農場の幻のお肉、本来はシャングリラ号のためにと開発された飼育法で育てた牛のお肉です。宇宙空間でも美味しいお肉になるように、とコツが色々、それを地上で実践するともう最高のお肉の出来上がり。
大量生産していませんから、一部のお店に卸しているだけ、ゆえに幻の肉というわけ。会長さんと一緒にお出掛けすると御馳走になれるチャンスもグッと増えますし…。
「マザー農場、行きたいですねえ…」
シロエ君も賛成、他のみんなも大賛成。行き先、一つは決まりました。さて他は…、とリビングで検討していた所へ、明るい声が。
「こんにちはーっ!」
遊びに来たよ、と空間を超えて出て来たソルジャー。空いていたソファにストンと座ると…。
「ぶるぅ、ぼくにもケーキと飲み物!」
「かみお~ん♪ 今日は渋皮栗のカフェモンブランなの!」
マロンクリームたっぷり、ティラミス風! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がキッチンに走り、ケーキのお皿と紅茶がソルジャーの前にササッと。
「ありがとう! 今日のケーキも美味しそうだよね」
ソルジャーは早速フォークを入れると、「うん、美味しい!」とパクパクと。
「秋って感じのケーキだねえ…。でもって、秋となったら食欲の秋で、性欲の秋!」
「「「は?」」」
何のことだ、と訊き返してしまった私たち。行楽とは違う言葉が聞こえたような気がしましたけど、聞き間違いですか?
「性欲の秋、と言ったんだよ! 秋は人肌恋しい季節だからねえ!」
「それを言うなら、人恋しいの間違いだろう!」
勝手に言葉を作るんじゃない! と会長さんが突っ込みましたが、ソルジャーは。
「えーっ? ぼくにとっては、秋はそういう季節だけれど!」
人肌恋しい性欲の秋、とソルジャーの方は譲りません。今日もアヤシイ話になりそう…。
困った人がやって来た、と私たちの顔には露骨に嫌そうな表情が。けれどもソルジャー、それくらいで怯む人ではなくて。
「これからが素敵なシーズンなんだよ、ぼくのシャングリラも公園は秋になるからね!」
日に日に秋めいてゆく公園でハーレイとデートなのだ、と言ってますけど、キャプテンとの仲はバレバレとはいえ、肝心のキャプテンにバレてる自覚が無かったのでは…?
「そうだよ、ハーレイはバレていないつもり! ぼくと公園を散歩してれば普通はねえ…?」
誰でもピンと来るじゃないか、とソルジャー、溜息。
「そりゃね、手を繋いだりはしてないよ? でもねえ…。二人で歩いていればねえ…」
「君のハーレイとしては、視察のつもりじゃないのかい?」
会長さんの言葉に、ソルジャーは「そう」と。
「ソルジャーのお供で視察をしているつもりなんだよ、ぼくはデートのつもりなのに!」
まるで分かっていないんだから、と、またまた溜息。
「でもねえ、ムードは高まるしね? 暑い季節より、断然、秋だよ! 性欲の秋!」
いつもの店でも勧められたし…、って、何のお店ですか?
「えっ? 漢方薬の店に決まってるだろう、地球で行くなら漢方薬店!」
ぼくの世界じゃ手に入らないレアものの薬が色々沢山…、と言われてみればそうでした。ソルジャーの世界は地球が一度は滅びてしまった世界です。スッポンでさえも超がつくレアで、他の薬は言わずもがな。
かてて加えて、アルタミラとやらで散々に人体実験をされたソルジャー、薬物への耐性が半端なものではないと聞きます。自分の世界の媚薬の類は殆ど効かない体質なだけに、漢方薬にかける期待も大きく、主な使い道はキャプテンの精力増強で…。
「漢方薬は実に素晴らしいよ! あれこれ試してビンビンのガンガン、定番の薬も大量に買っているんだけれど…。この間、別のを勧められてね」
「…また怪しげな薬かい?」
今度は何だい、と会長さんが一応、相槌を打てば。
「それが薬じゃないんだな! 併せて是非ともお試し下さい、とツボってヤツで!」
「「「壺?」」」
どんな壺だ、と思いましたが、ソルジャーは「そっちの壺じゃなくて!」と指をチッチッと。
「ツボはツボでも身体の方だよ、こう、あちこちに押すツボが!」
「「「あー…」」」
ツボ治療の方か、と理解したものの、何故にソルジャー行きつけの漢方薬店でツボがお勧めされるのか。どっちも発祥は同じ国だけに、併せて使えば効果アップとか…?
ソルジャーが勧められたというツボ治療。お灸か鍼かと思いましたが、そうではないという話。
「そういうヤツなら、わざわざ通わなきゃいけないだろう? 面倒じゃないか」
そんな時間があったらセックス! とソルジャーらしい台詞が。
「ぼくのハーレイは忙しいんだよ、ぼくと違って! 空いた時間は有効に!」
「…それじゃツボ治療はどうするんだい?」
会長さんが訊くと、ソルジャーは。
「ツボだよ、グッと押すだけだよ! いろんなツボを教えて貰って、元気モリモリ!」
思わぬ所にツボがあってね…、と得々と語り始めるソルジャー。元気が漲ってくるツボだとか、イマイチそういう気分になれない時に便利に使えるツボだとか。
「なんと、足首にもあるんだよ! そういったツボが!」
「「「足首!?」」」
まるで関係なさそうなのに、と誰もが見てみる自分の足首。そんな所にソルジャーの好きそうな目的に使うツボがあるとは思えませんが…?
「それがあるんだな、こう、この辺に!」
此処、とソルジャーはブーツの上から自分の足首を示しました。
「ハーレイの此処をグッと押してやれば、効果抜群、もうビンビンのガンガンで!」
「…はいはい、分かった」
それで楽しく暮らしてるわけだ、と会長さんが纏めにかかったのですけれど。
「そう呆気なく終わらせないでくれるかな? ぼくはツボの素晴らしさに目覚めたわけで!」
「毎日が楽しい秋なわけだろ、はい、終了!」
ツボの話はもう聞いた、と会長さんが終了宣言をしたというのに、ソルジャーは。
「分かってないねえ、いろんなツボがあるんだよ? 全部が性欲ってわけじゃないから!」
「…そりゃそうだろうね、そういうモノなら鍼灸院とかはアヤシイ所だよ、うん」
普通は肩こりなどを治す所だ、と会長さん。
「腰痛だとか、他にも色々…。本来、ツボはそっち方面で使うものだよ」
「らしいね、ノルディに訊いたら、使えそうなツボが一杯あって…!」
「…ノルディってトコがアヤシイんだけど?」
「何を言うかな、ノルディはあれでも医者だから! オールマイティの!」
それだけにツボにも詳しかった、とソルジャー、ニコニコ。
「ぼくには全く縁が無いけど、ミュウは本来、繊細だからねえ…。胃痙攣なんか、しょっちゅうでさ…。それに効くツボも教わったんだよ!」
「なんだ、ホントのツボ治療か…」
真面目な話だったのか、と会長さん。胃痙攣のツボって、そんなの、あるんだ…?
ツボに目覚めたソルジャーがエロドクターから教わったツボ。胃痙攣の他にも咳が止まらない時に使えるツボとか、虚弱なミュウには役立つ代物らしいです。
「ぼくのシャングリラのノルディに言ったら、半信半疑だったけど…。データベースにそれっぽい資料はあったらしくて、試してみたら胃痙攣の患者が治ったそうでね」
ぼくの世界のノルディも乗り気、とソルジャーは笑顔。
「薬はやっぱり、薬だからさ…。使わずに済むなら、それが一番!」
「それはそうかもしれないねえ…。一種の毒だと言えないこともないからね」
その気持ちは分かる、と会長さん。
「健康的に行くんだったら、ツボで治せるものはツボがいいよね。腰痛とかにしたってねえ…」
エレキバンなんかもあるけれど、と出ました、磁石な貼り薬。あれってツボに貼るものですか?
「うーん…。基本はツボに貼るんだけどねえ、大抵の人は自己流だよねえ…」
この辺りだ、と自分が思う所に貼るし、と会長さんが言えば、キース君も。
「それは分かるな、俺の親父もそうだしな。ちょっと貼ってくれ、と言われて出掛けて、説明書の通りに貼ろうとするのに、其処は違うと言いやがるんだ」
もっと右とか左とか…、とキース君。
「あれだけ肉をつけてやがると、ツボもズレるかもしれんがな…。親父が其処だと貼らせてる場所と、本来のツボは常にズレているな、間違いない」
「…それで効くわけ?」
ズレてるのに、とジョミー君が首を捻りましたが、「効くらしい」との答え。
「親父が効いたと言ってるからには効くんだろう。…ズレたツボでも」
「ふうん…。多少ズレていても効くんだ、ツボは…」
ぼくのハーレイでもズレていたっていいのかな、と言ったソルジャーですけれど。
「待ってよ、エレキバンとか言ったかい?」
「言ったけど?」
会長さんが返事し、キース君も。
「言ったが、それがどうかしたか?」
「んーと…。エレキバンってアレだよね、普通の薬局で肩こり用に売っているヤツ」
「あんた、知ってるのか? …って、こっちの世界も長かったか」
「うん。買って使ったことはないけど、エレキバンの存在と使い方なら知ってるよ。でも…」
ツボとは結び付いていなかった、とソルジャーは顎に手を当てて。
「あれって、ツボに貼るものなんだ…? 自己流はともかく、基本としては」
「そうなるな」
説明書を見るとそれっぽいな、とキース君。普段貼ってる人が言うなら、そうですねえ…。
キース君がアドス和尚に頼まれて貼ってるエレキバン。腰なら此処で肩なら此処、と説明書に図解があるらしいです。もっともアドス和尚は自己流、説明書とはズレてるみたいですけど。
「キースのお父さん、エレキバンは効いているんだね?」
ソルジャーの問いに、キース君が「ああ」と。
「効いてなければ買わんだろう。あれもけっこう高いからなあ…。一度貼ったら長く使えるとはいえ、一ヶ月も使えはしないからな」
「えっ、貼りっ放しにするのかい、あれは?」
一晩とかじゃなかったんだ、とソルジャーが言えば、会長さんが。
「貼ってじっくり治すんだしねえ、モノにもよるけど一週間くらいは貼ったままかな。磁石の力でツボ刺激なんだよ、人間の指で押す代わりにね」
「へええ…! だったら、エレキバンを貼っても効くのかな?」
ぼくのハーレイに役立つツボ、と訊かれた会長さんは。
「そういうツボとは別物じゃないかな、そのために貼るって話は聞かない」
「うーん…。ちょっといいな、と思ったんだけどね?」
そのエレキバン、とソルジャーが。
「エレキバンそのものを使うのもいいけど、ぼくの世界にはもっと便利なものがあるから…」
「君の世界にもエレキバンに似たものがあるのかい?」
「医療用のグッズじゃないんだけどねえ…。もっと物騒なモノなんだけどさ」
ついでに今は廃番だけど、って、それは効かないからなんじゃあ…?
「違うね、効きすぎるからなんだよ!」
現にこのぼくに劇的に効いた、と自分の身体を指差すソルジャー。何処かでエレキバン、貼られましたか?
「ずいぶん昔の話だよ。ぼくの最初の記憶と言ってもいいくらい!」
それよりも前の記憶は無いから、ということは…。まさか記憶を失くした頃の?
「その通り! 成人検査で使われたんだよ、エレキバンもどき」
身体にペタペタ貼られたのだ、とソルジャーは説明し始めました。
「今から思えば、機械の思念波を伝達するためのモノなんだけどさ…。そんなモノだと思わないしねえ、ただの検査だと思ってたしね?」
エレキバンもどきを貼られたソルジャー、医療器機に似たモノに送り込まれたらしいのですが。其処で待っていたのが成人検査で、エレキバンと頭に被せられた機械から思念波が届いたとか。
「記憶を手放せ、と言われちゃってさ、それは嫌だと叫んだのが全ての始まりなんだよ」
気付いたら機械は全壊してしまっていて、ソルジャーはミュウになっていたという話。それは確かに物騒すぎます、そのエレキバンもどきな代物とやら…。
ソルジャーの思い出話は壮絶でしたが、今となっては別にどうでもいい話らしく。
「無事にあそこから逃げ出せたしねえ、シャングリラだって今じゃすっかり居心地のいい場所になったし、昔のことにはこだわらないよ。でも…」
あのエレキバンもどきは使えるのでは…、と言うソルジャー。
「なにしろ思念波を伝達するんだ、磁石なんかより効きそうだよ、うん」
「…それはまあ…。磁石と違って、人間の意志が伝わるんだし…」
ある意味、ツボを指で押すのに似ているかもね、と会長さんも頷きました。
「それで、そのエレキバンもどき…? 君の世界で治療に使うと?」
「ちょっといいかな、と思ってね! あれで肩こりとかが治るようなら便利だよね」
まるで考えたことも無かったけれど…、というソルジャーの言葉に、会長さんが。
「試してみる価値はあるかもねえ…。ぼくは作ろうとは思わないけどさ」
サイオンを持つ人間の数も限られているし、エレキバンだってあるからね…、と。
「でもさ、君の言う、そのエレキバンもどき。廃番になった理由が効きすぎっていうのは何?」
「そのまんまだよ、ぼくがミュウになったくらいなんだよ? 思念波を伝えすぎるんだよ!」
あまりにもダイレクトに伝わるせいでミュウが続々、という説明。成人検査に使う機械の思念波、強く伝わりすぎると高確率でミュウになってしまうと判断されたのだとか。
よって今では廃番になって、エレキバンもどきも医療機器もどきの機械も無し。ただのヘルメットみたいなものを被せておしまいらしくって…。
「あのエレキバンもどき、いつから廃番になっちゃったんだか…。データを探すのに苦労しそうだけど、使えそうとなれば頑張らなくちゃね!」
探し出してシャングリラで使ってみよう! とソルジャーは思い切り前向きです。
「そうと決まれば、思い立ったが吉日ってね! 早速、帰って!」
「…お昼御飯はいいのかい?」
「あっ、そうか! 今日のお昼は?」
「かみお~ん♪ チキンのタンドリー風と、カレーピラフだよ!」
食べて帰る? と訊かれたソルジャー、「食べる!」と即答。急いではいても、美味しい食事は話が別だということです。ツボの話で盛り上がる内に、お昼御飯の時間になって…。
「エレキバンもどき、データを探すなら、やっぱりアルテメシアだと思う?」
「「「アルテメシア?」」」
「ああ、ごめん! この町じゃなくて、ぼくの世界の…。星の名前だよ、シャングリラのいる」
そこでも成人検査をやっているから、そういった所で探した方が早いだろうか、という話。そりゃあ闇雲に探すよりかは、成人検査の現場でしょう。危ない場所かもしれませんけど、虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言いますしねえ…?
昼食を終えたソルジャーは「じゃあ、行ってくる!」と大急ぎで帰ってゆきました。第一目標がアタラクシアで、第二目標がエネルゲイアとやら。
「…なんと言うか…。不純な目的で行くつもりだねえ、ユニバーサルとやらに」
よりにもよってエレキバンもどきの仕組みを探しに行くなんて…、と会長さんが呆れたように。
「普段は成人検査の邪魔をして仲間を救出するんじゃなかったかなあ、ユニバーサルを相手に」
「そう聞いているが…。思い立ったが吉日なんだと言っていたしな」
俺は余計な話をしたんだろうか…、と自己嫌悪に陥っているキース君ですが。エレキバンの話自体は会長さんが先に持ち出したわけで、それに関しては責任ってヤツは無いのでは…?
「どうなんだか…。多少ズレても効くとか、そういう話は俺だしな…」
もしもあいつに何かあったら…、と心配する気持ちも分からないではありません。エレキバンもどきを探し当てる前に発見されて攻撃されるとか…。
「ブルーだからねえ、その点は心配していないけどね?」
ぼくよりもずっと力が上だ、と会長さん。
「まして相手の邪魔をしようってわけじゃなくって、単なる潜入調査だから…。入り込まれたことにも気付かないままってことも有り得るよ、ユニバーサルの方は」
「あいつ、そこまで凄いのか?」
なら心配は要らないだろうか、とキース君。手首の数珠レットを繰ってますから、本気で心配していることは確かですけど…。
「まず心配は無用ってね。それよりも別の心配ってヤツをしておいた方がいいんじゃあ…」
「「「えっ?」」」
会長さんの言葉に首を傾げた私たち。別の心配って…どういう心配?
「エレキバンだよ、エレキバンもどき! ブルーはツボに凝ってるんだよ?」
普通のツボ治療だけで終わればいいけど…、と言われてサーッと引いてゆく血の気。そういえばソルジャー、元々は漢方薬店でお勧めされてツボ治療にハマッたんでしたっけ…。
「ブルーがエレキバンもどきの仕組みを見付けて、開発させて。…最初は普通に使うだろうけど、効くとなったら何に使うか…」
「「「ま、まさか…」」」
「そう、原点ってヤツに立ち返った挙句、漢方薬店で教わったとかいうツボに使わないという保証はない!」
そうなったら巻き込まれる危険だって…、と会長さん。
「よく効くと自慢しに毎日来るとか、恐怖の猥談地獄だとか…」
「「「うわー…」」」
それは困る、と泣きそうです。ソルジャーがエレキバンもどきを開発したなら、そういう結末?
ソルジャーについて心配するなら別方向で…、と会長さんが言っていたとおり、ソルジャーは無事に帰って来ました。次の日に会長さんの家に集まっていたらヒョイと現れ、おやつを食べ食べ、昨日の自慢話をひとしきり。
「それでさ…、やっぱり情報を持っていたのはユニバーサルでさ!」
しっかり漁ってゲットして来た、とエレキバンもどきの設計図などを見せられましたが、何のことやら意味不明。シロエ君でも分からないそうで。
「…どういう仕組みなんですか、コレ?」
「ん? この部分がサイオンを受け止めるように出来ていてねえ…。エレキバンと言うよりはアレだね、電磁治療器用のパッドの方が近いかな?」
そういうイメージ、と言われて頭に漠然と浮かぶ粘着パッド。アレのサイオン用のヤツか、と思いはしても、具体的にはやっぱり謎で。
「分からなくてもいいんだよ! 君たちが使うわけじゃなし!」
「…それは確かにそうですね」
ぼくは肩こりしていませんし、とシロエ君。機械弄りが大好きですけど、肩がこる前にストレッチだとか軽い運動、肩こり知らずらしいです。
「俺もたまには貼りたくなるが…。まあ、二、三日もあれば治るし…」
「えっ、キース先輩、肩こりですか?」
「馬鹿野郎! 親父に叱られて五体投地をさせられた時だ、三百回とか!」
「「「あー…」」」
南無阿弥陀仏に合わせての五体投地はスクワットに匹敵すると聞きます。素人は百回で膝が笑うと評判なだけに、三百回だと、キース君でも…。
「ああ、明くる日にはエレキバンな気分で間違いないな。だが、筋肉痛には運動だ!」
エレキバンに頼るよりかは運動なんだ、と柔道部ならではの流石な解釈。エレキバンのお世話にはならず、黙々と筋トレするのだそうです。
「なるほどねえ…。ホントに君たちとは縁が無いねえ、エレキバン…」
でも作る、とソルジャーは既に開発に入らせていました。昨日の間に向こうのシャングリラのノルディに相談、サイオン治療に使えそうだとのお墨付きを貰って、今日から開発。
「ぼくのシャングリラは年中無休が売りだからねえ、日曜日だって仕事はするし!」
「あんた、しょっちゅう休んでいないか?」
キース君の指摘に、ソルジャーは。
「いいんだってば、普段の働きが違うから! 今日もしっかり週末休暇!」
今日の御飯は? と居座る気満々、食べる気満々。ソルジャーの世界のシャングリラの中では開発担当のクルーが働いている筈ですが…。そっちは放置ということですね?
かくして開発されてしまった、エレキバンもどき。次の週末、ソルジャーはまたしても自慢に現れました。磁力の代わりにサイオンを届けるエレキバンもどき、好評だそうで。
「水曜日から実用品として医療現場で使ってるんだけど…。なかなか評判いいんだよ」
肩こりのクルーが楽になったと喜んでいて…、とソルジャー、ニコニコ。
「腰痛にも効くと喜ばれてるし、あれはいいねえ!」
「それは良かった。…でもさ、君も肩こりとは無縁そうだねえ…」
効き目を実感できそうにないね、と会長さんが言うと、ソルジャーは。
「そう、其処なんだよ! せっかく開発したというのに、ぼくには御縁が無くってねえ…」
「いいじゃないか、たまにはソルジャーとして皆に喜ばれておけば」
医療部門で喜んで貰えるだなんて、そうそう機会が無いだろう、と会長さん。
「どちらかと言えば戦闘担当、医療なんかは無関係ってイメージが強いけどねえ、君の場合は」
「その通りだけど…。あれの恩恵、ぼくも蒙りたくってねえ…」
「肩こりとか腰痛希望だったら、そこのキースに頼めばいいよ」
アッと言う間に筋肉痛にしてくれるから…、と話を振られたキース君は。
「俺か? あんたの嫌いな南無阿弥陀仏のお念仏は俺が唱えてやるから、運動してみろ」
こんな具合で…、と五体投地の見本が一回。
「あんたの希望の極楽の蓮までの距離がグンと短くなると思うが」
「筋肉痛は要らないんだよ! ぼくが欲しいのは別方面での恩恵で…!」
ツボと言ったら元々はコレ、とソルジャーがピタリと指差す足首。そのツボは、確か…。
「覚えてるかなあ、ぼくのハーレイが元気になるツボ! 今も使ってるんだけど…」
「…それで?」
会長さんの声が震えて、私たちも震えたい気分。会長さんの予想通りに、ソルジャーは良からぬ目的に向かってエレキバンもどきを使いたいらしく…。
「こういうツボにもエレキバンもどきが効くのかなあ、って…。でもねえ、使用例が無いものだから…。下手に使って逆効果だったら困るしね?」
念には念を入れて使いたいのだ、と言うソルジャー。それって、何処かで実験するとか…?
「ピンポーン!」
大当たり! とソルジャーの声が。
「こっちの世界に一人いるじゃないか、ぼくのハーレイのそっくりさんが!」
「「「教頭先生!?」」」
「あれで試すのが一番なんだよ、エレキバンもどきが効くのかどうか!」
ジャジャーン! と取り出されたエレキバンもどきを入れた箱。それって貼るだけで使えるんですか、エレキバンもどきですもんねえ…?
「うーん…。貼るだけと言えば貼るだけ、だけどアフターケアが必要!」
サイオンだから…、と言うソルジャー。
「ある程度のサイオンは乗せておけるけど、パワーは少しずつ落ちてゆく。ぼくのシャングリラなら、その点はあまり心配要らないんだけど…」
微弱なサイオンが常に船の中に流れているから…、という話。ソルジャーが張り巡らせているサイオンの他にもステルス・デバイス用やら何やら、サイオンだらけらしいです。
「そういうサイオンがプラスされるし、落ちたパワーも補えるんだけど…。こっちの世界じゃそうはいかないから、貼りっ放しにするんだったらサイオンのフォローが要るんだよ」
「ああ、なるほど…。それじゃ長時間は試せないねえ?」
会長さんが頷き、ソルジャーも。
「短時間で効果を見極めなくちゃ、って所かな? だけど元々、長時間効いてもぼくのハーレイは長期休暇を取れないし…」
一時的に効けばそれで充分、という話。それじゃ、教頭先生は…?
「ちょっと付き合ってくれればいいんだ、実験に! これをツボに貼って!」
ちょうど暇そうにしているし…、という言葉が終わらない内に、パアアッと光った青いサイオン。私たちは会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」も一緒にソルジャーの瞬間移動に巻き込まれて教頭先生の家へ。リビングにドサリと放り出されて…。
「うわあっ!?」
ソファで仰け反ってらっしゃる教頭先生に、ソルジャーが。
「こんにちは。ちょっとね、君にお願いがあって…」
「…お願い…ですか?」
「うん。ツボ治療ってヤツに凝っていてねえ、ぼくのシャングリラでサイオンを使ったエレキバンもどきを開発したから…」
君に試して貰えないかな、と訊かれた教頭先生、ツボについては素人だったらしく。
「はあ…。ツボ治療だと言われましても、肩こりも腰痛も今の所は特に…」
「そうなのかい? でもねえ、ツボには色々とあって…」
足首に一つ貼ってもいいかな? と指差された教頭先生、「はあ…」と怪訝そうに。
「足首とは、また…。そんな所に貼って、何に効くのですか?」
「元気が出るツボと言えばいいかな、悪いようにはしないよ、うん」
両足首に一つずつ貼るだけ! と言われた教頭先生は「分かりました」とソファに座り直し、ソルジャーが靴下をグイとめくって足首の上の方にエレキバンもどきを一つ、ペタリと。両足首にそれぞれ一個のエレキバンもどき、さて、この後は…?
どうなるのだろう、と見守っている内に、ソルジャーがサイオンを送り始めたみたいです。教頭先生の頬が赤らみ、ソファでもじもじと身じろぎをして。
「あのう…。少し失礼してもよろしいでしょうか?」
「失礼って…。何処へ?」
ソルジャーの問いに、教頭先生が「トイレですが」と答えると。
「やったね、やっぱりそういう気持ちになって来たかい?」
「…は?」
「普通にトイレじゃないんだろう? こう、盛り上がった気分を鎮めに行くんじゃないかと」
君の分身…、とソルジャーが教頭先生の股間を指差し、教頭先生は耳まで真っ赤に。
「…い、いえ…。あのぅ…、そのぅ…」
「遠慮しなくてもいいんだよ! そういうツボに貼ったんだしねえ、エレキバンもどき!」
「ツボですって!?」
教頭先生の声が引っくり返って、ソルジャーは。
「そうだよ、モリモリ元気が出て来るツボってね! ぼくのハーレイもよく使っているよ」
押すだけで男のパワーが漲るツボで…、と教頭先生の足首をグッと掴んでニッコリと。
「ご協力、どうもありがとう! 御礼にトイレに行かなくっても、このぼくが!」
「…あなたが?」
何を、と教頭先生が言い終わらない内に、ソルジャーの手がツボをグッと押し、その手を離すと教頭先生のズボンのファスナーを下ろして…。
「今のツボ押しで元気一杯、漲った君にぼくが御奉仕! 遠慮しないで!」
ズボンの前は見事に全開、紅白縞へとソルジャーが突進しましたが。
「やめたまえ!」
会長さんが怒鳴り付けるのと同時に教頭先生の鼻から鼻血がブワッと。さっきからトイレと仰っていただけに血の気は充分に昇っていたらしく、ソルジャーの突撃がダメ押しになって…。
「…うーん…。せっかく御奉仕してあげよう、って言ってるのにさ…」
失神だなんて、とソルジャーはブツブツ、会長さんはギャーギャーと。
「余計なことはしなくていいんだよ! ハーレイにはトイレが似合いだから!」
「でもねえ、実験に協力して貰った御礼はしたいし、美味しそうだし…」
「もうヘタレたから! 役に立たないから!」
「…それっぽいねえ、残念だけど」
食べ損なった、とソファに沈んだ教頭先生の足首からエレキバンもどきを剥がすソルジャー。エレキバンもどきの効力は証明されたみたいですから、この騒ぎもこれで終わりですかねえ…?
失神した教頭先生を見捨てて、会長さんの家に戻った私たち。ソルジャーはエレキバンもどきが自分の役にも立ちそうだと分かってウキウキで。
「まさかあんなに効くなんて…。思った以上の効き目だよ!」
「…普通に押すより効き目があるとか?」
会長さんが嫌そうに言うと、ソルジャーが「うん」と。
「ツボを押すにはコツがあってね、それなりに効いてはいるんだけれど…。エレキバンもどきを通してやったらコツは要らないし、効果の方も抜群だから!」
これに限る、と嬉しそうなソルジャー。
「下手をしたら逆効果になっちゃうかも、って思っていたから、こっちで実験したけれど…」
「「「逆効果?」」」
「いわゆるEDとかだよね、うん。ツボにサイオンを送り込むんだし、何が起こるか分からないしねえ…。癒し効果で癒されちゃったら、肝心の部分も眠っちゃうから!」
だけど元気になると分かった、とエレキバンもどきを大絶賛。
「此処でのんびりしちゃいられないよ、急いで帰ってハーレイの休暇を取らなくちゃ!」
「休暇って…。まさか、今日の分かい?」
今からなのかい、という会長さんに、ソルジャーは。
「もちろんだよ! 一分一秒も惜しいって感じ! 今すぐ休暇を申請したなら、夕方にはブリッジを出られるからね! そして明日の夜までガンガン!」
このエレキバンを貼ってガンガンやりまくるのだ、とソルジャーは急いでお帰りに。いつもだったらお昼御飯もおやつも食べて、夜まで居座るコースですけど…。
「じゃあねー!」
またね、と消えてしまったソルジャーの姿。私たちはポカンと取り残されて…。
「…教頭先生、大丈夫でしょうか?」
助けに行った方がいいんじゃあ…、とシロエ君が呟くと、会長さんが。
「放っておけばいいんだよ! あんなスケベは!」
「しかしだな…。今回のアレは不可抗力というヤツで…」
何も御存知なかったのだし…、とキース君。けれど、会長さんはツンケンと。
「トイレに出掛けて何をしようと考えてたかが問題なんだよ! どうせオカズはぼくだから!」
「「「…おかず?」」」
「スケベな妄想のお供って意味!」
だからスケベは捨てておくのだ、と会長さん。自業自得とも言ってますから、助ける気など皆無でしょう。まあ、真っ裸でもないんですから、放っておいてもいいですよね…?
キャプテンに休暇を取らせると言って帰ったソルジャーは次の日も姿を見せませんでした。宣言した通り、夜までガンガンとかいうヤツでしょう。鬼の居ぬ間に何とやら…、と私たちは会長さんの家でゆっくり過ごして、美味しい食事やお菓子なども。
週明けも無事にスタートを切って、平穏な日々が流れて行って…。
「…当分、あいつは来ないようだな」
エレキバンもどきの御利益で…、とキース君が合掌している土曜日の朝。会長さんの家へ行こうと集合したバス停でのことです。
「来そうにねえよな、この一週間、見ていねえしよ」
「キャプテンが順調ってことでしょうねえ、アレのお蔭で」
サム君とシロエ君が頷き合って、私たちも揃って「うん、うん」と。ソルジャーがキャプテンとベタベタしようが何をしようが、あちらの世界は全く関係ありません。エレキバンもどきでツボ治療とやら、大いに頑張って欲しいものだ、と思っていたら…。
「こんにちはーっ!」
会長さんの家に着くなり、狙いすましたように湧いたソルジャー。今日はキャプテンと休暇なのではないのでしょうか?
「えーっと…。休暇には違いないんだけれど…。ちょっと君たちに相談があって…」
「「「相談?」」」
「うん。このエレキバンもどきのことなんだけどね…」
こっちで量産出来ないだろうか、と妙な話が。量産って…?
「そのまんまの意味だよ、大量生産出来ないかなあ、と…。ぼくのシャングリラでは限度があって…。そりゃあ、データを誤魔化せば済む話だけれど…」
大量に消費するものだから、と聞かされて会長さんが「それは変だろ」と。
「エレキバンもどきはよく知らないけど、エレキバンは一週間は持つんだよ?」
「俺もそう思うが、そのエレキバンもどきは持たないのか?」
二日か三日で駄目なのか、とキース君が訊くと。
「二日どころか、一日でパアになっちゃうんだけど!」
「「「一日!?」」」
それはあまりに短命なのでは…、と驚きましたが、ソルジャーは。
「普通に使えば一週間はいけるんだよ! でもねえ、ぼくたちみたいな使い方だと駄目なんだ」
「何をしたわけ?」
会長さんの問いに、返った答えは。
「タイプ・ブルーのサイオンをMAX…」
「「「え!?」」」
それってどういう使い方ですか、エレキバンもどきを攻撃したとか…?
エレキバンもどきのパワーの源はサイオンなのだと聞いています。実際、ソルジャーもサイオンを乗せているようですけど、MAXだなんて、どうしてそこまでのパワーが必要…?
「ぼくじゃなくって、ぶるぅなんだよ」
「「「ぶるぅ?」」」
あの悪戯小僧の大食漢が何をしたと?
「エレキバンもどきをハーレイのツボに貼っておいてさ、ヤリまくってたら、ぶるぅが覗きに来たらしくって…。エレキバンもどきにサイオンをサービスしてくれたんだよ」
MAXパワーで乗せてくれた、と言うソルジャー。でもでも、「ぶるぅ」はサイオン全開だと三分間しか持たないのでは…?
「そこがエレキバンもどきの凄さなんだよ、ぶるぅが一瞬放出した分でジンジンとパワーを保つってわけ! ツボ刺激の!」
そしてハーレイは疲れ知らずでヤリまくるんだけど…、と深い溜息。
「エレキバンもどきは、そこまでのサイオンを受け止めることを想定してないし…。結果的に一日で壊れちゃうんだ、そして新しいのが必要になる、と!」
「…君のシャングリラで増産すれば?」
その方が早い、と会長さんが言ったのですけど、ソルジャーは。
「データを誤魔化す暇も惜しいと言うべきか…。エレキバンもどきを貼ったハーレイは実に凄いからねえ、あのパワーに酔っていたいんだよ…!」
無駄なエネルギーは使いたくない、と我儘放題、言いたい放題。あんな代物、こっちの世界で作るとなったら設備も一から要りそうなのに…。
「そこをなんとか! 助けると思って!」
「…エレキバンで代用しておけば?」
これ、と会長さんが投げ渡しているエレキバン。まさか、何処かから万引きしたとか?
「失礼な! フィシスの予言で買っておいたんだ、昨日の夜に! ドラッグストアで!」
エレキバンが必要になるでしょう、とフィシスさんから連絡があったというから凄いです。会長さんの女神はダテではありません。でも、エレキバンは所詮、エレキバン。エレキバンもどきとは違うわけで…。
「…これでどうしろと?」
「効くと思って使えば効く…かもしれない。こっちの世界でフォローできるのはここまでだね!」
後は知らない、と言われたソルジャー、文句を言いつつエレキバンの箱を手にして消えました。本当に時間が惜しいんですねえ、キャプテンは今日も休暇と聞きましたしね…?
会長さんが渡したエレキバン。ただの磁石のエレキバン。ところが、それは劇的に…。
「効くんだよ、アレは!」
ぶるぅのサイオンを乗せるには持ってこいだった、と笑顔のソルジャー。あれから一週間が経ったわけですが、至極ご機嫌麗しくて。
「本物のエレキバンもどきと同じで、磁石は一日でパアになるけど、効果は同じ! それに何より、こっちの世界じゃドラッグストアで買えるからね!」
もう手放せないよ、とドラッグストアの袋にエレキバンの箱がドッサリ山ほど。
「…それは良かったねえ…」
ぶるぅも力の揮い甲斐が、と会長さんが言えば、ソルジャーも。
「そうなんだよ! 覗きをしてても叱られない上、ハーレイの凄いパワーを見放題だしね!」
ぶるぅも大喜びなんだ、と言ってますけど、「ぶるぅ」の覗きは、キャプテン、苦手でらっしゃったんじゃあ…?
「ああ、それかい? エレキバンでパワーアップをしてる間は大丈夫!」
ぶるぅなんか目にも入ってないから、と上機嫌。つまりエレキバン、お役に立っているわけですねえ、ソルジャーの世界のシャングリラで…?
「そうなるねえ! ぼくの青の間限定でね!」
当分はコレでガンガンと…、とご自慢ですけど、もう溜息しか出て来ません。たかがエレキバン、されどエレキバン。ツボの効果はいつまで持続するものでしょうか、慣れれば効かなくなるのでしょうか。ともあれ当分、エレキバン。ソルジャーの買い出し、続くんでしょうねえ…。
貼って元気に・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
ソルジャーが開発したエレキバンもどき。成人検査、昔はシステムが違いましたからね。
あのエレキバンもどきから、とんだ代物が生まれましたが、普通のエレキバンも凄いかも。
次回は 「第3月曜」 9月21日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、8月といえばお盆のシーズン。今年も棚経が問題ですけど…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
今年も暑い季節の到来、夏真っ盛りで口を開けば「暑い」な毎日。やっと一学期も終わったから、と夏休みの初日は会長さんの家へ。クーラーの効いた部屋で夏休みの計画を練るわけですけど、パターンは定着しつつあります。
まずは明日から始まる合宿、これは柔道部の三人組。そっちの合宿期間に合わせてジョミー君とサム君が璃慕恩院行き、子供向けの修行体験ツアー。本来は二泊三日の所を会長さんの顔で延長戦。帰って来たら愚痴祭りになるのが恒例行事。それが終われば大抵は山の別荘行きですが…。
「…くっそお、今年は俺は地獄だ…」
地獄なんだ、とキース君がカレンダーを見てブツブツと。今の時期にはお盆に向けての卒塔婆書きの筈、大量の卒塔婆の注文が舞い込みましたか?
「いや、そうじゃなくて…。卒塔婆の数は例年とさほど変わらんのだが…」
「お父さんの分まで回って来たとか?」
ありがちだよね、とジョミー君。元老寺の住職なアドス和尚はサボリがお好き。キース君が副住職になって卒塔婆を書くようになると、あれやこれやと理由をつけては自分のノルマを押し付ける傾向があるわけで…。
「親父か? ある意味、親父絡みではあるんだが…。卒塔婆も絡んで来るんだが!」
「…だったら、お父さんの分が全部来たとか?」
旅行とかで逃げられちゃって、とジョミー君が重ねて訊くと。
「その方がまだマシな気がする…」
「「「は?」」」
卒塔婆のノルマは半端な数ではないと毎年聞かされています。アドス和尚の分を丸ごと押し付けられたら何本なんだか、ちょっと見当もつきません。凄い労力が要りそうですけど、そっちの方がマシって何事…?
「書くだけだったら、さほど暑くはないからな。少なくとも炎天下で書くことはないし」
「…だろうね、卒塔婆は普通は外で書かないし」
例外も無いことはないんだけれど、と会長さん。
「小さいタイプの卒塔婆とかなら、お彼岸やお盆も外で書いて渡したりするけれど…」
それにしたって仮設テントがあるものだよね、という話。それじゃキース君が言う地獄とやらは仮設テントの卒塔婆書きでしょうか、でも…。
「元老寺のソレ、中で受け付けだと思うんだけど」
春のお彼岸にタダ働きで書かされてる、とジョミー君が。そういう光景を目にした年もありました。
キース君が仮設テントで卒塔婆書きにはなりそうもないのが元老寺。キーワードは炎天下というヤツなんでしょうか、今年の夏は猛暑の予報ですしね?
「…墓回向を一人でやるのかよ?」
もしかして…、とサム君がブルッと震えて、私たちも。
「「「うわー…」」」
それはキツそうだ、と思い浮かべた元老寺の墓地。裏山にあって、だだっ広くて、墓地だけに木陰も殆ど無くて。それを一手に引き受けとなると、どう考えても地獄です。
「…強く生きろな、いつかは俺も手伝いに行ってやるからよ」
まだ無理だけどよ、と人のいいサム君。
「坊主養成コースに入っちまったら、墓回向、出来る筈だしよ」
「そうだな、大いに期待しているが…。生憎と俺の地獄は墓回向じゃない」
「いったいどうい地獄なんです、キース先輩」
ぼくたちは素人集団ですからお寺のことは分かりません、とシロエ君が正面からアタック。キース君は「火焔地獄だ」と答えましたが。
「「「火焔地獄?」」」
それは聞くだに暑そうです。とはいえ、まさか本物の地獄に出掛けるわけではないでしょうし…。
「文字通り、火との戦いなんだ! この暑い中で!」
壮絶なバトルが待っているのだ、と言われても…。キース君の宗派、護摩焚きはしないと何度も耳にしています。それなのに火とのバトルって…なに?
「お焚き上げだ!」
「あー、裏山でやってるよねえ…。アドス和尚が」
たまに見るよね、とジョミー君。キース君の家の裏山には何度か入ったことがあります。そういう時にアドス和尚が焼却炉で何か燃やしているのがお焚き上げですが、それが地獄?
「普段のお焚き上げなら大したことではないんだが…。俺も時々、やってるんだが!」
「グレードアップしたのかよ?」
焼却炉がデカくなったとか…、とサム君が言うと。
「そのコースなら、むしろ歓迎だ! 同じ地獄でも時間が短縮できるからな」
「「「え?」」」
「焼却炉のサイズは変わっていない。そいつで卒塔婆を山ほど焼くんだ、今年の俺は!」
書いた卒塔婆よりも多い卒塔婆を…、と嘆いてますけど、なんでそんなことに?
「分からないのか、お盆と言えば卒塔婆だぞ? 檀家さんが墓まで持って行くんだぞ?」
そして墓のスペースには限りがある、とキース君。
「新しい卒塔婆を置くとなったら、空きスペースが必要なんだ! つまりは古い卒塔婆を撤去しないと、持って行っても置けんのだ!」
新しい卒塔婆を置きたかったら、卒塔婆の整理。古い卒塔婆にサヨナラなわけで…。
「…もしかしなくてもよ、お前、回収した卒塔婆、一人で焼くとか…?」
まさかな、とサム君が尋ねましたが。
「そのまさかだ! 古い卒塔婆を端から回収、そこまでは墓地の管理をしてくれている人に任せられるが、お焚き上げの方は資格が無いと…」
「うん、無資格で焼いたらゴミを焼いてるのと変わらないねえ…」
住職の資格は必須アイテム、と会長さん。お焚き上げってそういうものですか?
「そうだよ、しっかり読経しながら焼いてこそ! でないとホントにただのゴミ処理」
「…ブルーが言ってる通りでな…。例年なら親父と分業なんだが、ウッカリ親父に借りを作ったのがマズかった」
「「「借り?」」」
「…それについては聞かないでくれ。坊主のプライドが粉々になる」
ちょっとしたヘマをしたみたいです。アドス和尚がそれをフォローしたってことでいいですか?
「そういう線だな、その借りを返せと押し付けられた。…お焚き上げを全部!」
「じゃあ、先輩の火焔地獄というヤツは…」
「少なくともお盆までの間の何処かで丸一日は焼却炉との戦いだ!」
この際、一気に片付けてやる、と言ってますけど、日を分けた方がマシなんじゃあ…?
「毎日やるより、一日で済ませた方が気分がマシなんだ!」
まだ残っていると思うよりもマシ、と前向きなんだか、後ろ向きなんだか。とにかく一日はそれで潰れて、遊びに出掛ける暇が無さそうだ、と…。
「そうなるな。…どうせお盆が待っているんだ、火焔地獄もその一つだと思っておけば…!」
お盆は地獄の釜の蓋も開くしな、と絶妙な例え。ふむふむ、一足お先に地獄体験、と…。
「間違えるな! お盆の間は地獄は休みだ、一足先も何も、完全に開店休業なんだ!」
地獄でさえも休みだというのに、なんだって俺が…、と再びブツブツ。卒塔婆って厄介なものだったんですね、書いたら終わりじゃなかったんだ…。
「…例年だったら親父と手分けで、朝の涼しい内とかに少しずつ焼いてたんだがな…」
全部となったら一気に焼く! と根が真面目ゆえの凄い選択。頑張って、としか言えません。卒塔婆はゴミには出せませんしね…。
「そもそもゴミではないからな…。どんなに雨風でくたびれててもな」
「シュレッダーにかけるってわけにもいかないしねえ…」
分かるよ、と会長さんがキース君の肩に手をポンと。
「頑張るんだね、火焔地獄」
「銀青様に激励されたら、やる気も湧いては来るんだがな…」
それでも地獄、と大きな溜息。炎天下で一人でお焚き上げな夏、気の毒としか…。
「お焚き上げかあ…」
卒塔婆ってエコじゃなさそうだね、とジョミー君が妙な発言を。エコって、いったい…?
「エコだよ、エコ! えーっと…エコロジーだっけ?」
地球に優しいっていうエコのこと、と言われてみれば。
「…エコじゃねえなあ、確かにな。思いっ切り燃やしちまうんだしよ…」
お寺でなければ文句が来るよな、とサム君が言う通り、煙がモクモクなあの焼却炉は住宅街では使えません。家の落ち葉を焼いていたって文句が出るのが今の御時世。
「燃やすっていうのもマズイですけど、リサイクルだって出来ませんしね…」
シロエ君が頷き、ジョミー君が。
「うん、そこなんだよ! 燃やすしかなくって、リサイクル不可ってエコじゃないな、と」
「お前な…。卒塔婆を捕まえてエコも何も!」
しかし…、とキース君も腕組みをして。
「お盆の迎え火も近所迷惑で出来ない昨今、いずれは卒塔婆も変わるかもなあ…」
エコな方へ、と考え中の副住職。エコな卒塔婆って、リサイクルですか?
「変わるとしたなら、その方向だな。古い卒塔婆を燃やす代わりにリサイクルだろう」
今の素材では無理なんだが…、というのは間違いない話。卒塔婆の素材は木材なだけに、リサイクルしても卒塔婆の形で戻って来てはくれないでしょう。素材から変えるしかないんですね…。
「そういうことだが、どんな卒塔婆になるのやら…」
俺には全く見当がつかん、とキース君。でもでも、世の中、エコな方へと進む風潮、いずれは卒塔婆のお焚き上げだって出来なくなるかもしれませんし…。
「お焚き上げが出来なくなる時代ねえ…」
来るかもね、と会長さん。
「もしも卒塔婆もエコでリサイクルな時代が来たって、ぼくが処分をしたいブツはさ、どうにもならないわけなんだけどさ…」
「「「は?」」」
不燃ゴミでも抱えてましたか、会長さん? それなら早めに連絡して回収を頼むとか、分別可能な代物だったらきちんと分けてゴミに出すとか…。
「そうしたいのは山々だけどさ、ゴミに出したら犯罪者だしさ…」
「「「犯罪者!?」」」
どんなゴミを家に置いているのだ、と驚きましたが、考えてみれば会長さんはソルジャーです。ワープまで出来るシャングリラ号が存在するだけに、有り得ないゴミを持っているかも…。
「…まあね」
有り得ないゴミには違いないね、という返事。やっぱり、そういうゴミですか~!
会長さんが溜め込んだらしい、ゴミにも出せないゴミとやら。シャングリラ号の仕組みは私たちにはサッパリですけど、あれと通信するための設備、壊れてもゴミに出せないとか…?
「うん、出せない。…そのままでは無理」
出すんだったら専門の仲間に頼まないと…、と会長さん。元が何だったか分からないように分解した上でゴミだか、リサイクルだか。希少な金属などは仲間がリサイクルしているらしいですけど、そういうシステムがあるんだったら、有り得ないゴミもそっちに出せば?
「ダメダメ、頼まれた方も犯罪者になってしまうから!」
あれは共同正犯になるんだろうか、と法律用語が飛び出すからには、そのゴミとやらを処分した場合、裁ける法律があるわけですね?
「あるねえ、いわゆる刑法ってヤツが」
「「「刑法…」」」
法律の方はサッパリですから、刑法自体がイマイチ分かっていないんですけど…。
「刑法の中のどれなんだ?」
キース君が質問を。法律を勉強したかったのだ、と普通の学生だった頃に聞いた覚えがあります。お坊さんになるんじゃなくって、法律家。夢は捨てたとかで、今は副住職ですけれど。こういう話になって来たなら、俄然、興味が出て来るのでしょう。
「…どれと言われたら、ズバリ、百九十九条になるね」
「「「百九十九?」」」
はて…、とオウム返しな私たちでしたが、キース君だけが顔色を変えて。
「まさか、あんたがゴミに出したいのは人間なのか!?」
「「「人間!?」」」
何処からそういう発想に…、と顔を見合わせれば、キース君が。
「刑法で百九十九と言ったら、殺人罪だ!」
「「「ええっ!?」」」
殺人って…。それじゃ、会長さんがゴミに出したいものって、ホントに人間なんですか?
「…残念なことに人間なんだよ」
宇宙に捨てれば足がつかないかもしれないけれど、と恐ろしい台詞。いったい誰を殺したいと?
「決まってるだろう、ハーレイだよ! それと、殺したいわけじゃないから!」
ゴミに出せたらスカッとするな、と思っただけだ、と会長さん。
「あの暑苦しいのを分別して出すとか、リサイクルとか…。きっとスッキリするだろうと!」
「「「…ゴミ…」」」
教頭先生をゴミに出したいだなんて、そこまで言いますか、オモチャどころかゴミですか…。
「…ん? オモチャだって、いつかはゴミなんだしね」
気に入らないオモチャは直ぐにゴミになったりするし…、と会長さんは澄ました顔で。
「そうでなくても人に譲るとか、バザーに出すとか、こう、色々と…。でも、ハーレイの場合はそういうわけにもいかなくて…」
「当たり前だろうが!」
ゴミと一緒にするヤツがあるか、とキース君が怒鳴りましたが。
「…でもねえ…。たまに出したくなっちゃうんだな、ゴミステーションに」
粗大ゴミで、と会長さん。
「でなきゃリサイクルって書いて出すとか、捨ててみたい気分! 夏休みは特に!」
生ゴミがうっとおしい季節だから…、と生ゴミにまで転落しました、教頭先生。ゴミに出すのもバザーに出すのも、リサイクルだって無理だと思うんですけどねえ?
「無理だからこそ、ぼくの夢なんだよ! 一回くらいは捨ててみたいと!」
「あんた、少々、酷すぎないか?」
卒塔婆でもゴミじゃないんだが…、とキース君が突っ込みましたが、会長さんときたら。
「なら、ハーレイは卒塔婆以下だね、ぼくにとっては!」
ゴミに出したい代物だから、と会長さんが言った所で空気が揺れて。
「こんにちはーっ!」
紫のマントがフワリと翻り、ソルジャー登場。私たちがいるリビングを横切り、空いていたソファに腰を下ろすと。
「ぶるぅ、ぼくにもおやつと飲み物!」
「かみお~ん♪ ちょっと待っててねーっ!」
はい、とソルジャーの前に置かれた夏ミカンを丸ごとくり抜いたゼリー。くり抜かれた中身がゼリーになって詰まっています。それとよく冷えたレモネードと。ソルジャーは早速、ゼリーにスプーンを入れながら。
「…途中から聞いてたんだけど…。ハーレイをゴミに出したいんだって?」
「出したくもなるだろ、あんなモノ!」
夏は生ゴミが臭い季節で…、とまたも出ました、生ゴミ発言。
「だけど出したって回収どころか、ゴミ収集の人にしてみれば、ゴミステーションにホームレスだか酔っ払いだかが転がってるな、って感覚だろうし…」
「そりゃ、回収はしないだろうねえ…」
普通に死ぬしね、とソルジャーもゴミ収集車は理解が出来ている様子。生ゴミが入った袋をガガーッと粉砕しながら走るんですから、教頭先生を入れようものなら、それこそ刑法百九十九条とやらでゴミ回収の人が捕まりますよ…。
会長さんが出したい生ゴミ、いや粗大ゴミ。けれどソルジャーにしてみれば…。
「あのハーレイをゴミに出すだなんて! もったいないから!」
それくらいなら貰って帰る、と斜め上な台詞。持って帰るって、教頭先生をですか?
「そうだけど? それともバザーで売ってくれるのかな?」
買えるんだったら是非買いたい、とソルジャーの瞳がキラキラと。
「ぼくのハーレイ、昼間はブリッジなものだから…。退屈でたまらないんだよ!」
「…それで、あの生ゴミが欲しいって?」
ゴミなんだけどね、と会長さん。
「君が貰って帰った所で、究極の鼻血体質だし! おまけにヘタレで、君だってきっと後悔すると思うけど? とんだゴミを引き取ってしまったと!」
「うーん…。もちろん、そういう目的の方で使ってみてもいいんだけどねえ…」
もっと他にも使い道がね、とソルジャーはニヤリ。
「こっちのハーレイ、一人暮らしだしさ…。家事全般は出来るんだよね?」
「それはまあ…。炊事に洗濯、掃除も出来る筈だけど?」
「それだけ出来れば充分じゃないか!」
決して粗大ゴミなどではない、とソルジャー、絶賛。
「ゴミっていうのは何の役にも立たないからこそゴミなわけでさ…。ぼくが引き取って有効活用、きちんと仕込めば素敵な下僕に!」
「「「下僕?」」」
「そう、下僕。ぼくの召使いと言えばいいのかな? 是非とも欲しいね、ゴミに出すなら」
夏休みの間だけでもゴミに出さないか、とソルジャーは会長さんに持ち掛けました。責任を持って回収するから、ハーレイをゴミに出してくれ、と。
「うーん…。ゴミって、ゴミステーションに?」
「ゴミステーションがいいなら、それでかまわないよ? 捨ててあったら持って行くから」
「ゴミ収集車が来る前にかい?」
「決まってるじゃないか!」
大事なお宝をゴミ収集車なんかに譲れるものか、と本気で回収するつもり。会長さんの方はどうしたものかと考え込んでいましたが…。
「分かった、それならゴミに出してみよう」
「本当かい!?」
「燃えるゴミの日と燃えないゴミの日、どっちがいい? 生ゴミは燃えるゴミだけど」
「好きな方でいいよ?」
どっちでもオッケー、とソルジャーが親指を立ててますけど、教頭先生、本当にゴミに…?
「えーっと…。燃えるゴミの日は…、と…」
会長さんがカレンダーを眺めて、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「えとえと、明日も燃えるゴミの日なんだけど…。みんなお留守になっちゃうよ?」
合宿だよ、という声に、会長さんは。
「そうだったっけ…。同じ出すなら、見ている人が多い日でなきゃ…」
「それ以前にだな!」
キース君が声を荒げました。
「教頭先生がいらっしゃらないと、明日からの合宿が成り立たないんだ! ついでに夏休み中も柔道部の部活はあるんだからな!」
捨てるな、馬鹿! とストップが掛かったというのに、会長さんは鼻でフンと笑うと。
「…合宿の間は君たちも留守だし、ハーレイも泳がせておくことにしよう。でも、戻って来たら捨てることに決めた! 夏休みの間は!」
「本当に捨ててくれるのかい?」
ぼくが拾っていいのかい、と嬉しそうなソルジャーと、似たような表情の会長さんと。
「捨てる神あれば拾う神ありとも言うからねえ…。捨てたら、拾えば?」
「喜んで!」
捨てる前には連絡してよ、とソルジャーは念を押しました。出来るだけ早く拾いたいから、と。
「了解。ぼくも犯罪者にはなりたくないし…。そうだ、ハーレイが自分でゴミステーションに行けば解決だよねえ、ぼくが捨てたってことにはならない!」
「…こっちのハーレイ、自分からゴミステーションに行くとは思えないけど?」
そんなしおらしいキャラではあるまい、とソルジャーが指摘しましたが。
「ううん、やり方によっては行くね! 大喜びでね!」
合宿が終わって最初のゴミの日にしよう、と会長さんはカレンダーに印を付けに。日付を赤い丸で囲んで戻って来て。
「あの日に捨てるから、拾いに来てよ。燃えるゴミの日だから、早めにね」
「言われなくても早く来るけど…」
ハーレイを拾いに来られるんだし、とソルジャーが言うと、会長さんが指を左右にチッチッと。
「甘いね、燃えるゴミの日を甘く見すぎだよ! この日には色々とルールがあって!」
「…ルール?」
「早く出し過ぎるとカラスなんかが食べに来るしさ、それに臭いし…。夜が明けてから捨てる、という暗黙のルール! 夏の夜明けは早いから!」
早い時間に出したんです、と嘘をついて前の夜から捨てている人もいるのだそうで。ソルジャーの到着が遅かった場合、教頭先生は生ゴミと一緒にいる時間がうんと長めになるらしいですよ?
朝はゆっくり寝坊したいのがソルジャーなる人。一方、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は早起きタイプで、朝一番に教頭先生をゴミステーションに捨てるとなったら三時半には起きるとか。
「ぼくが自分で捨てに行くんじゃないけどねえ…。ハーレイが歩いて行くんだけれど!」
だけど回収される過程は見たいし早起きをする、と会長さん。
「ハーレイだって早起きなんだよ、夜明けと同時にゴミステーションに到着しろ、と言っておいたら時間厳守で出掛けるから!」
「…それじゃ、ぼくまで三時半起き?」
「ハーレイを早く回収したいのならね!」
生ゴミの匂いが染み付いた後でもかまわないならごゆっくり、と会長さんはニコニコと。
「ハーレイがゴミステーションに座っていたって、他の人はゴミを捨てて行くしね? ハーレイにはキッチリ言っておくから、他の人が捨てに来た時の言い訳!」
「…なんて?」
どんな言い訳、とソルジャーが訊いて、私たちも答えを知りたい気分。いったいどんな言い訳をすれば、他の人が怪しまずにゴミを捨てられると?
「アートだよ!」
「「「アート?」」」
「芸術って意味のアートだってば、そういう理由でパフォーマンスが色々あるだろ?」
実に便利な言葉だから、と会長さんは胸を張りました。
「ハーレイ自身がアートなんだよ、いわゆる芸術作品なわけ! ゴミとしてゴミステーションに座っていることで完成する芸術、そういうものだと自分で言わせる!」
「「「………」」」
あまりと言えばあんまりな言い訳、けれども立派に通りそうな言い訳。芸術家には多い奇人変人、そういう人だからこそ作れるアート。ゴミステーションでゴミを気取ってゴミになり切る芸術家だって、決していないとは言えませんし…。
「ダメ押しするなら、この世には芸術作品になった便器もあるから!」
「「「便器?」」」
便器と言ったらトイレに置いてあるアレなんでしょうか、あれが芸術? ソルジャーだって「嘘だろう?」と目を丸くしてますけど、本当に便器が芸術ですか?
「間違いないねえ、便器以外の何物でもないね!」
こんな感じ、と思念波を使って伝達された代物は紛うことなき便器でした。作った人の署名がしてあるというだけの本物の便器、しかし作品のタイトルは『泉』。これが芸術作品だったら、教頭先生がゴミステーションでアートになっても…。
「問題無し!」
だからこの日に決行する、と決めてしまった会長さん。合宿明けは荒れそうですねえ…。
こうしてキース君たち柔道部三人組は翌日から合宿、サム君とジョミー君は璃慕恩院へ。男子が全員留守の間は、スウェナちゃんと私はフィシスさんも交えてプールに買い物、他にも色々。合宿などを終えた男子が戻って来たら…。
「かみお~ん♪ みんな、お疲れ様~!」
今日は焼き肉で慰労会! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が用意してくれて、会長さんの家で焼き肉パーティー。ソルジャーもちゃっかり混ざっています。なにしろ明日は…。
「いよいよ明日だね、ハーレイがゴミに出される日はね!」
楽しみだなあ、とソルジャーが焼き肉をタレに浸けていますが、会長さんは。
「まだ本人には言ってないけど、まず間違いなくゴミに出るね!」
自分からね、とニンマリ、ニヤニヤ。
「ゴミに出されたら、君が回収して行くんだし…。そのための説得、君も行くだろ?」
「もちろんさ! ハーレイにゴミになって貰わないことには、ぼくは貰って帰れないしね!」
いつ行くんだい、とソルジャーが訊くと。
「焼き肉パーティーが終わってからだよ、昼間で充分!」
明日の朝はハーレイに早起きして貰わないといけないから…、と会長さん。ゴミステーションに朝一番に出掛けるためには早起きだ、と。
「そうだっけねえ…。で、何処のゴミステーションに捨てられるんだい、ハーレイは?」
「捨てた気分を味わいたいから、ぼくが行ってるゴミステーション!」
いつもはぶるぅが捨ててるけれど、と会長さんが言うと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「んとんと…。ブルー、寝てたりするしね、ぼくの方がうんと早起きだもん!」
重たいゴミでも平気だもん、と家事万能の「そるじゃぁ・ぶるぅ」ならではの台詞。小さい身体でもサイオンを使って楽々ゴミ捨て、両手に提げても行けるようです。
「あんた、ゴミ捨てまでぶるぅにやらせてたのか!」
キース君が呆れましたが、会長さんは全く気にしない風で。
「本人が好きでやってるんだし、それで問題ないんだよ! ゴミ出しルールはぼくより詳しい!」
「えとえと…。ブルー、時々、間違ったものを捨ててるしね…」
燃えないゴミを入れてるバケツに燃えるゴミとか…、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんでもミスする時にはミスするんですね、ゴミ出しルールの間違いかあ…。
焼き肉パーティーが終わった後は、爽やかな冷たいミントティー。それを飲んでから、瞬間移動でいざ出発。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、ソルジャーの青いサイオンがパアッと光って。
「「「お邪魔しまーっす!」」」
挨拶付きで飛び込んだものの、教頭先生はリビングのソファで仰け反ってしまわれました。それでもアタフタと用意して下さった冷たい麦茶とお煎餅。会長さんがお煎餅を齧りながら。
「ハーレイ、ぼくは君を捨てたいと思っていてね」
「は…?」
「ほとほと愛想が尽きたんだよ、君に! でも捨てようにもゴミに出せないし、と悩んでたら…」
「ぼくが貰おうと思ってね!」
捨てる神あれば拾う神あり、とソルジャーが得々として名乗り出ました。
「ブルーが君を捨てると言うなら、ぼくが拾いに来るんだよ! どうだい、この夏休みはぼくのシャングリラで過ごしてみるとか!」
海の別荘に行く時までくらい…、とソルジャーの提案。気に入ったならば夏休み一杯、いてくれてもいいと。
「…で、ですが…。私が行ったらお邪魔なのでは…」
「ううん、全然! 君さえ良ければ、ぼくとハーレイとの愛の時間に混ざってくれてもかまわないからね!」
むしろ歓迎、と笑顔のソルジャー。
「ヘタレで鼻血体質の君にはそれほど期待してないし、その、なんて言うか…。片付け係? そういうのをやって暮らしてくれれば」
「片付け係…ですか?」
「ぼくは片付けが苦手なタイプで、青の間は常にメチャメチャなんだよ。ぼくのハーレイが片付けようと頑張ってるけど、片付けなんかに貴重な時間を割くのは嫌いで」
片付けよりも夫婦の時間が最優先! とソルジャーはグッと拳を握りました。
「そんなわけだから、片付け係がいると助かるなあ、と…。捨てられてくれる?」
「は、はあ…。そのぅ、捨てるというのは…」
「ブルーが捨てた気分を味わいたいって言っているから…。後はお願い」
はい、交代! とソルジャーが会長さんに合図を送って、今度は会長さんの番。教頭先生をゴミに出したいと言い出した張本人は極上の笑みで。
「難しいことではないんだよ、うん。君さえゴミになってくれるなら」
「…ゴミ?」
「そう、文字通りのゴミってね!」
用意はキッチリして来たのだ、と言ってますけど、用意って、なに…?
教頭先生をゴミに出したい会長さん。「ゴミだよ、ゴミ」とポケットに手を突っ込むと。
「種も仕掛けもありません、ってね。ゴミにはコレ!」
超特大! と引っ張り出されたゴミ袋。燃えるゴミ用の指定のマークが入った袋で、それの一番大きいタイプを「ジャジャーン!」と効果音つきで広げて見せて。
「この通り、ぼくはゴミ袋を買ったんだ。君をゴミに出すための袋をね」
「…そ、それで…?」
「明日の朝、これをポンチョみたいに被ってさ…。ぼくのマンションの横のゴミステーションに座っていれば、回収係がやって来るから!」
ブルーが寝坊さえしなかったなら、夜明けと共に…、と会長さん。
「夏は夜明けが早いからねえ、わざわざ早起きをしてやって来るブルーを待たせないためにも、朝の三時半には着いてて欲しいね、あそこにね!」
「…座っているだけで迎えが来るのか? ゴミステーションに」
「そう! 君がブルーのシャングリラで夏休みを過ごすんだったら、座ること!」
それからねえ…、と会長さんは例の言い訳を教頭先生に吹き込みました。ゴミを捨てに来た人に出会った場合は「アートなんです」と答えるように、と。
「ぼくのマンションは仲間しか住んでいないけど…。ご近所の人も使っているしね、あのステーションは。立地の関係というヤツで」
前の晩から捨てておこうという不届き者もいるからゴミはある筈、と会長さんはニコニコと。
「そういうゴミの隣に座って、ブルーを待つ! 来ない間は芸術作品!」
アートのためならぼくも一肌脱ぐことにする、とダメ押しが。
「ぼくは普段はゴミ捨てしないし、ぶるぅの係なんだけど…。君をゴミに出した気分を味わうためには見に行かないとね、ゴミステーション! そしてゴミ捨て!」
ブルーよりも先に到着してゴミを出してやる、と会長さんは宣言しました。
「いいかい、このぼくが生ゴミを捨てに行くんだよ? 君が座って待ってる所へ!」
「…そ、そうか、お前も来てくれるのか…」
それは嬉しい気持ちではある、と教頭先生、ゴミを捨てられても感激の様子。自分自身がゴミ扱いな上に、会長さんがゴミを捨てに来るのに。
「お前がゴミを捨てに来るなら、やはり頑張って其処に座りに行かんとな」
「そうそう、その意気! でもねえ、ぼくが捨てた生ゴミの袋を漁ったりしたらいけないよ?」
それはアートの精神に反する、と会長さんはキッチリと釘を。
「ゴミはゴミらしく、座っているだけ! 他のゴミ袋は荒らさない!」
「分かった、私もゴミ奉行なわけではないからな…」
いちいちチェックをしたりはしない、と教頭先生。本気で捨てられるつもりですよ…。
決まってしまったゴミ出し計画。教頭先生は夏休みの間は留守にする、という届けをあちこちに出してしまって、気分はすっかりソルジャーが暮らすシャングリラへと。
「…つまり、私の仕事というのは青の間の片付けなのですね?」
「それと、料理が出来るんだったら、おやつをよろしく」
材料はちゃんと用意するから、とソルジャーもワクワクしています。
「おやつ係ですか…。甘い物は苦手なのですが…。作って作れないことはないかと」
「じゃあ、お願い! ぼくの青の間、ぶるぅとハーレイしか出入りしないしね、君が増えてもバレやしないって!」
食事だって一人前くらいは誤魔化せるし、と教頭先生を貰う気満々、拾う気満々。キャプテンにも既に相談済みらしく、了解は得てあるそうでして。
「青の間の奥に簡易ベッドを置くから、そこで眠ってくれればいいから! 気が向いた時は、ぶるぅと一緒に覗きをしててもかまわないからね!」
混ざってくれても歓迎するから、と言われた教頭先生、耳まで真っ赤で。
「…た、楽しみにしております…」
明日ですね、とカレンダーをチェックし、会長さんに貰ったゴミ袋を見て。
「これを被ってゴミステーションにいれば、来て下さる、と…」
「そうだよ、君を拾いにね!」
頑張って早起きしなくっちゃ! とソルジャーが拳を高く突き上げ、会長さんも。
「その前にぼくがゴミ捨てだよ! 捨てた気分を存分に!」
「かみお~ん♪ 明日はブルーがゴミ捨てなんだね!」
頑張ってねー! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。えーっと、私たちの方はどうすれば…?
「え、君たちかい? アートを見たいと言うのなら…」
ぼくの家に泊まって中継で見れば、と会長さん。いつものサイオン中継です。それで見られるのならば、ちょっぴり見たいような気も…。
「オッケー、それじゃ全員、今夜は泊まりということで!」
「やったあ、今夜はお客様だあ~!」
晩御飯の後もゆっくり出来るね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び跳ねています。おもてなし大好き、お客様大好きだけに、急な泊まりも嬉しいらしくて。
「ねえねえ、帰りに泊まりの荷物を取りに行ったら? 瞬間移動で送るから!」
「それが良さそうだね、ぼくの家へ帰る前に一旦、解散ってことで」
家へ帰って荷物をどうぞ、と瞬間移動でそれぞれの家へ。私も自分の部屋まで送って貰いました。荷物を詰めたら、思念波で合図。直ぐに会長さんの家へと移動出来ましたよ~!
夜は屋上でバーベキュー。生ビールやチューハイなんかも出て来て、ソルジャーは飲んで食べまくって帰ってゆきました。いい感じにエネルギーをチャージ出来たから今夜も楽しみだ、と。
「…御機嫌で帰って行ったけど…。明日の朝、ちゃんと起きるのかな、アレ」
目覚ましをセットしろと言い忘れた、と会長さんが心配してますけれども、もう連絡がつかないそうです。ソルジャーは恐らく大人の時間の真っ最中で、意識がこっちに向いていないとか。
「そういう状態のブルーには連絡不可能なんだよ」
「…忘れて寝てなきゃいいんだがな…」
教頭先生がただのゴミになってしまわれるんだが、とキース君。けれど会長さんは「別にそれでもいいんじゃないか」という答え。
「ただのゴミにはならないと思うよ、アートだからね!」
「…ゴミ収集車が来るまでですか?」
シロエ君の問いに、会長さんは。
「そうなるねえ…。上手くいったら誰かが新聞に写真を投稿してくれるかも!」
「「「うわー…」」」
そんなことになったら写真が世界中に散らばらないか、という気がします。投稿した人が誰かに送って、其処から一気に拡散するとか…。まさか、まさかね…。
私たちの方は徹夜で騒いで、夜明け前。会長さんが「来た!」と声を。
「ハーレイが来たよ、ゴミステーションまで歩いてね」
「「「歩いて?」」」
車じゃないのか、と思いましたが、ソルジャーの世界へ行くんですから、車は自分の家に置いておく方が安心です。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサイオン中継の画面を出してくれて、まだ暗い中を歩いて来た教頭先生の姿が見えました。普段着姿でゴミ袋持参。
「ふむ、この辺りか…」
ゴミもあるしな、と前の晩から置かれていたらしいゴミ袋の脇にドッカリ、体育座り。例のゴミ袋をポンチョのように頭から被れば、足先まで余裕でカバーです。頭だけが出たテルテル坊主スタイルとでも言うべきでしょうか?
「…座っちゃったよ…」
大真面目だよ、とジョミー君がポカンと口を開け、会長さんが。
「ぼくはゴミ捨てに行ってくるよ。ぶるぅ、生ゴミの袋は今日は一つで良かったっけ?」
「うん、右側のバケツの分だけ!」
「オッケー、それじゃ捨てに行こうかな、アートに花を添えるためにね」
ゴミの間違いじゃないのかい! と誰もが心でツッコミ、暫くすると中継画面にゴミ袋を提げた会長さんが。それを教頭先生の真横にドサッと放り出すと、「おはよう」の挨拶を綺麗に無視。
「ゴミは本来、喋らないものだよ? 理由を訊かれない限りはね」
じゃあね、と立ち去り、戻って来ました、私たちの所へ。間もなく朝一番のゴミ捨てらしい仲間がゴミステーションに現れて…。
「こんな所で何をなさってらっしゃるんです?」
「いや、ちょっとしたアートで、パフォーマンスのつもりなんだが…」
「はあ…。学校の方のお仕事でしょうか、夏休みなのに大変ですね」
では失礼して…、とゴミ袋を置いて去って行った仲間。お次は仲間ではなくご近所の人で、教頭先生、同じく言い訳。そうこうする内、ゴミは増えてゆき、夏だけに…。
「…匂うんじゃないの?」
臭そうだよ、とジョミー君。その瞬間にユラリと空間が揺れて。
「どうしよう、寝坊しちゃったんだけど…!」
あのハーレイ、ゴミ臭くなってるんだけど、とソルジャーは慌てまくりの顔で。
「回収前に洗っていいかな、こっちの世界で?」
「それはハーレイと相談したら? あ、またゴミが増えた…」
臭そうなゴミが、と会長さんは知らん顔。ついでに通りすがりの人がカメラを構えています。アートだと聞いて撮っているらしく…。
「とにかく君が回収したまえ! あのゴミを!」
「臭くなってるから、それは嫌だと!」
いくら青の間が散らかっていてもゴミの匂いはまた別物だ、とソルジャーが騒ぐ間にも増えるゴミ。カメラを構える人も増えて来ました、挙句の果てに…。
「か、会長…。写真がアップされちゃいました!」
新聞じゃなくて…、と携帯端末を持ったシロエ君がブルブルと。携帯端末で見られるってことは、その写真は…。
「「「拡散コース…」」」
ゴミに混じってソルジャーの迎えを待ってらっしゃる教頭先生、下手をすれば地球規模で写真がバラ撒かれてしまうことでしょう。ゴミのアートとして。
「だから、さっさと回収しろって言ってるのに!」
会長さんが怒鳴って、ソルジャーが。
「あれはゴミだよ、もう完全に…。いくらぼくでも、ゴミは欲しくないし…」
またの機会に、とソルジャーの姿が消えてしまって、逃げたようです。教頭先生、ゴミ袋の被り損ですが…。
「まあ、いいか…。ハーレイをゴミに出した気分は味わえたからね」
収集車が来るまでにゴミ袋がどれだけ増えるかな…、と会長さんは楽しそう。例の写真は凄い勢いで拡散中かと思われますけど、あれはアートでいいんでしょうか? タイトルをつけるなら何になるんですか、やっぱり『ウィリアム・ハーレイ』ですか~!?
捨てたい芸術・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
ゴミステーションに捨てられてしまった、教頭先生。拾って貰える筈なのに、スルー。
気の毒ですけど、どうしようもないコース。しかも写真が拡散中って、泣きっ面に蜂かも。
次回は 「第3月曜」 8月17日の更新となります、よろしくです~!
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こちらでの場外編、7月とくれば夏休み。満喫したい所ですけど、問題があって…。
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