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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

カテゴリー「ハレブル」の記事一覧

(あれ?)
 いったい何をしているのだろう、とブルーは少し向こうの道端を眺めた。
 学校の帰り、バス停から家へと歩く道の途中。行く手に下の学校の生徒だと一目で分かる少女が二人。年は十歳くらいだろうか、制服は無いから普通の服。通学鞄も持ってはいないけれど。
(この時間だと…)
 十歳くらいなら授業はとっくに終わっている筈。一度帰って、それから遊びに出て来たらしい。
 少女たちの側の生垣に沿ってコスモスが沢山植えられていた。白やピンクや、色とりどりに。
 その花を千切っては何かしている。一輪千切って、また一輪と。



(悪戯?)
 花を戯れに手折るにしたって、花束にするならいいのだけれど。
 少女たちは花びらを次々と毟ってしまっては、花を捨てているようだから。花びらが無くなった花を捨てては、また別の花を千切っているから、とても褒められたものではない。
(コスモス、駄目になっちゃうよ…)
 いくら沢山咲いていたって、花びらは毟るものではないから。花は愛でるもので、その花びらを毟って捨ててしまうなどは論外だから。
(花だって可哀相だよね?)
 自分が叱るのも変だけれども、あの年頃の子供からすれば充分に「大きなお兄ちゃん」。学校の制服も着ているのだから、多分、効果はあるだろう。「駄目だよ」と一声かければ、きっと。



 家の人が気付いていないのならば、と決心を固めて近付いてゆけば。
(…えっ?)
 生垣の向こうに顔馴染みのご主人。それも熱心に庭の手入れ中。他の作業をしているとはいえ、少女たちが見えない筈はない。コスモスの花を毟っては捨てる二人の少女が。
(じゃあ、黙認なの?)
 あんなに酷い悪戯を何故、と首を傾げたら、少女の歓声。
「好きーっ!」
 明るい声が響いたけれども、もう一人の声が被さった。羨ましそうに「いいな」と言う声。先に叫んだ少女の隣で肩を落として、「私の方は駄目みたい」と。
 少女たちがポイッと投げたコスモス。花びらをすっかり失くしたコスモス。



(あ…!)
 その瞬間に思い出した。
 花占い。コスモスの花とは限らないけれど、花びらを使った恋の占い。
 下の学校に通っていた頃、何度も目にした。様々な花が溢れる花壇の側やら、学校を囲む垣根に沿って植えられた花たちが幾つも咲いている横で。
 花を一輪、手折って、持って。
 花芯を取り巻く花びらを一枚、また一枚と抜き取る度に口にする言葉。
 好き、嫌い、好き。
 花びらを一枚、取って捨てる度に「好き」と「嫌い」を交互に唱えて、花びらが一枚も無くなる時まで続けていって。
 最後に残った花びらを毟る時の言葉が「好き」か「嫌い」かで答えが決まる。花に託した占いの答えが導き出される。
 好き、嫌い、好き。
 花びらの数で恋を占う、少女たちが好きな恋占い。



(それで叱らなかったんだ…)
 コスモスを幾つ毟っていたって、少女たちの方は悪戯ではなくて真剣だから。
 花びらに恋の行方を尋ねて、否と言われても諦め切れずに次の花。望み通りの答えが出たって、更に確認したくなる。どの花も同じ答えをくれるか、何度訊いても同じなのかと。
 それは一種の願い事。
 こうであって欲しいと、こうなればいいと、コスモスの花に願い事をするようなものだから。
 花占いをしている二人の少女を叱る者などいないだろう。むしろ微笑ましく見守るべきことで、最後の一輪を毟ってしまったとしても、叱る大人はいないだろう。



(でも…)
 どう眺めたって、恋には早すぎる少女たち。
 コスモスに「好き」と教えて貰った少女と、「嫌い」と答えを貰った少女。何度やっても答えは同じと思ったのかどうか、並んで去ってゆく小さな背中。
(いったい誰のこと、占ったのかな?)
 下の学校にいた頃に見た花占いでの恋のお相手は、人気のドラマのヒーローだったり、その役を演じる俳優だったり。あの少女たちも、きっとそういう恋の相談。
 今の時代は誰もがミュウで、平均寿命も三百歳を軽く越えるから。恋をする年も遅くなるから、少女たちの年なら、まだまだ子供。ブルーの年でも恋には早い。恋の話など一度も聞かない。
(でも、ぼくには恋人、いるもんね?)
 前の生からの大事な恋人。
 青い地球の上に生まれ変わって再び出会えた、今のハーレイ。
 正真正銘、本物の恋人、コスモスの花に訊くまでもなくて「好き」に決まっているけれど。
(ハーレイがぼくを嫌いな筈がないもの)
 花びらは「好き」と答えるだろう。好き、嫌い、好き、と唱えてゆけば。



 やってみようか、とコスモスの花に手を伸ばしたら。
「ブルー君?」
 欲しいのかい、と家のご主人に声を掛けられた。庭仕事の合間に見ていたらしい。
 気前よくチョキンと枝ごと切って貰ったコスモス。白やピンクや、真ん中に向かって濃い色へと染まる花びらを持った華やかなものや。
 家に飾るならこのくらい、と両手に余るほど渡された。この蕾だって明日には咲くよと、充分に長く楽しめるよ、と。



(コスモス、いっぱい…)
 貰ってしまった沢山のコスモス、思いがけずもコスモスの花束。
 母に渡して生けて貰おうと思ったけれど。大きな花瓶に入れて貰ってリビングにドンと飾るのもいいし、二つに分けてダイニングもいい。
(あの花瓶に入れて貰って、ダイニングのテーブル…)
 そうすればおやつを食べる間も眺められるし、と思ってから。
(花占い…)
 大きすぎる花束を貰ってしまって、頭の中から消えてしまっていた花占い。一輪くらいは自分の部屋に飾っておくのもいいだろう。せっかく貰ったコスモスなのだし、記念に一輪。



 コスモスの花束を抱えて帰って、「頂いたの?」と微笑む母に注文して。
 リビングとダイニング、それから一輪挿しに一輪。
 淡いピンクのコスモスを一輪、ガラスの一輪挿しに生けて貰って勉強机の上に飾った。着替えを済ませてダイニングでおやつを食べる間は、テーブルの花瓶のコスモスを愛でた。
 白にピンクに、もっと濃いピンク。真ん中が濃い色に染まった花など。
 それは賑やかなコスモスの花束、細い糸を編んだレースにも似た緑色の葉も美しい。
(貰っちゃったよ、こんなに沢山)
 あの少女たちが毟った花より、ずっと沢山。手に余るほどの数のコスモスの花。
 これだけの数の花に訊いても、きっと「好き」だと答えるだろう。
 「ハーレイはぼくのことが好き?」と訊いてみたなら、花たちは、きっと。



 おやつを食べ終えて、部屋に戻って。
 勉強机の前に座って、一輪挿しに咲いたコスモスを見ながら考える。
 淡いピンクのこの花もきっと、「好き」と答えてくれるのだろう、と。
(花占い…)
 あの少女たちがやっていたように、花びらを毟れはしないから。
 一輪しかないコスモスを丸坊主にしてはしまえないから、花びらを数えることにした。一枚ずつ順に数えて一周したなら、花は答えをくれるのだから。



 一輪挿しを手前に引き寄せ、目印になってくれる一枚の花びらを決めた。
 持って帰る途中でくっついたものか、それよりも先にミツバチが触れていったのか。ピンク色の花びらに黄色い花粉がほろりと零れて小さな点がついていた。他の花びらにはついていないから、その花びらが出発点。
 そうっと指差し、心の中で問いを投げ掛ける。
(ハーレイはぼくのこと…)
 好き、と唱えた一枚目の花びら。其処から隣へと移って「嫌い」と。
 コスモスの花芯の周りを一周しながら、好き、嫌い、好き…。



(嘘!)
 くるりと一周数え終わった時、「嫌い」と告げてくれた花。淡いピンクのコスモスの花。
 その花はハーレイはブルーを嫌いだと言った。嫌いなのだと、好きではないと。
(ハーレイがぼくを嫌いだなんて…)
 そんなことがある筈がない。ハーレイとは前の自分の頃からの恋人同士で、この地球にも二人で生まれて来た。また出会うために生まれて来たのに、ハーレイが自分を嫌いだなんて…。
(嘘なんだから…!)
 この花は嘘をついたのだ、とブルーはキッと唇を噛んだ。
 でなければ問いを間違えたか。もっと分かりやすいことを訊くべきだったろうか、答えが絶対に揺らがないことを?
 好きか嫌いかという漠然とした尋ね方ではまずかったろうか、その日の気分というものもある。
(ぼくがしつこくキスを強請ってたら、ハーレイ、嫌かもしれないしね?)
 たまには嫌いになってしまうこともあるだろう。あんなチビは知らん、と言いたい時が。



(うん、きっとそうだ…!)
 自分の訊き方が悪かったのだ、と質問を変えることにした。さっきとは別の花占い。
 やり方は全く同じだけれども、花びらをぐるりと一周しながら、今度はこう。
(ハーレイと結婚出来るかどうか…)
 出来る、と最初の花びらから順に数え始めて、できる、できない、できる…。
 淡いピンクのコスモスの花の、花びらの数は同じなのだから。
 数え直した所で増えも減りもしないで同じ数だから、当然、出来ないと出て来たお告げ。
 ブルーはハーレイと結婚出来ないと、結婚することは出来ないのだと。



(そんな…!)
 まさか結婚出来ないだなんて、と愕然としてしまったけれど。
 今度こそ嘘だと思ったけれども、そういった結末も絶対に無いとは言い切れないのが今の生。
 ハーレイは前のハーレイとは全く違った別の人生を生きて来たのだし…。
(ぼくはちょっぴりしか生きてないけど、ハーレイはもっと…)
 三十八歳にもなるハーレイ。十四歳の自分の倍どころではない時間をハーレイは生きた。色々な人と出会って、色々な場所へ出掛けて行って。
 白いシャングリラの中だけが世界の全てだった前の生とは違う。ブルーの他にも大勢の人たちと出会って笑い合って、地球の上ばかりか他の星にも友人がいて…。
 そう、ハーレイはブルーとは違う時間を生きた。前はそっくり同じ時間を、同じシャングリラで過ごしていたのに。まるで違う場所で違う時間を、ハーレイは生きてはいなかったのに。
 別の時間を生きた今のハーレイには、ブルーのそれとは重なり合わない人生があって…。



(ハーレイ、昔はモテたって…)
 水泳と柔道で活躍していた学生時代はモテたと聞いた。
 ハーレイは笑って語らなかったけれど、恋人がいてキスを交わしていたかもしれない。
 キスどころか、その先のことだって。
 その可能性も大いにあった。
 そして、その恋人がハーレイの前に再び戻って来ることも。
 喧嘩別れをした恋人でも、再会したなら恋が再び燃え上がらないとも限らない。ブルーのように子供も産めない同性の相手と結婚するより、女性を妻に迎える方が周りから見ても自然だし…。
(ハーレイ、誰かと結婚しちゃうの?)
 自分以外の誰かを選んで去ってしまうのだろうか、ハーレイは?
 ハーレイだけしか見えない自分をアッサリと捨てて、他の誰かと結婚式を挙げるのだろうか…?
 信じたくないことだけれども、コスモスの花はそう告げた。
 ハーレイと結婚出来はしないと、出来ないのだと。



(どうしよう…)
 突然に崩れ去ってしまった、自分の未来。
 大きく育ってハーレイと一緒に暮らすつもりが、そのハーレイには別の相手がいるという。
 ハーレイと結婚式を挙げる誰かが、共に人生を歩む誰かが。
(…ハーレイと結婚出来ないだなんて…)
 ブルーがガックリと落ち込んでいたら、来客を知らせるチャイムが鳴った。ハーレイが押したと分かる時間で、窓から見下ろせば門扉の向こうで手を振る影があったけれども。
 暫くしたら母がハーレイを案内して来たけれども、気になる勉強机のコスモス。淡いピンクの、残酷なお告げをくれたコスモス。
 ハーレイはブルーが嫌いなのだと、結婚だって出来ないのだと。



 そのコスモスにチラリチラリと目を遣っていたら、ハーレイもそれに気付いたようで。
「おっ、コスモスか?」
 何処かの家で貰って来たのか、お前の家には咲いてないしな。
 生垣沿いにズラリと植えている家か、バス停から此処まで来る途中の?
「うん…。あの家のおじさんがくれたんだけど…」
 もっと一杯、持ちきれないくらい貰ってしまって、リビングとかにもあるんだけれど…。
「どうした、お前、元気がないな?」
 何かあったか、それとも具合が良くないのか?
「そうじゃないけど…。ハーレイ、ぼくのことは好き?」
 ぼくのこと好き、ちゃんと恋人っていう意味で?
「決まってるだろう」
 でなきゃどうして俺がこの家にしげしげやって来るんだ、守り役ってことにはなっているがな。
 お前のことが好きでなければ、もっと手抜きをする筈だが?
「…結婚してくれる?」
「どうしたんだ、お前。何か変だぞ」
 悪いものでも食ったのか?
 熱でもあるのか、どうも妙だぞ、今日のお前は…?



「だって、コスモス…」
 コスモスの花が花占いでそう言った、とブルーは訴えた。
 ハーレイは自分のことが嫌いで、結婚だって出来ないのだと。
 あのコスモスの花で占ってみたら、そういう答えが出て来たのだと。
「ホントなんだよ、好きか嫌いか、って占ったらハーレイはぼくが嫌いで…」
 結婚出来るかどうか、って占った時は出来ないっていう答えだったんだよ…!
 だからハーレイはぼくが嫌いで、結婚だってしてくれないんだと思っちゃって…。占いの質問を変えてみたって、酷い答えしか出ないんだもの…!
「馬鹿。占いは所詮、占いだぞ?」
 それにだ…。お前がどういう占い方をしたかはともかく、花びらの数。
 何度やっても花びらの数は変わらんだろうが、とハーレイは可笑しそうに笑って言った。
 その花を俺に貸してみろ、と。
 今度は俺が占うから、と。



「ハーレイがするの、花占いを?」
「俺がやったら駄目だということもないだろう」
 デカイ大人でも花占いをする権利くらいは持ってる筈だと思うがな?
 お前に妙なことを吹き込んじまったコスモスらしいが、俺の場合はどうだかなあ…?
 やってみよう、とハーレイが花を指差すから。
 ブルーは一輪挿しごと取って来たコスモスをテーブルにコトリと置いた。ハーレイが「よし」と一輪挿しに手を添え、コスモスの花を観察して。
「ふうむ…。こいつを出発点にするかな、分かりやすいしな」
 ハーレイが選んだ花びらはブルーが選んだのと同じ、黄色い花粉が零れた一枚の花びらだった。それを示して「いくぞ」と合図するハーレイの褐色の大きな手の側、可憐なコスモス。
 淡いピンクのコスモスの花びらを指先でチョンとつついて、ハーレイはそれを数え始めた。
「いいか? お前は俺のことを…」
 好き、嫌い、好き、と…。
 ほほう、嫌いか。嫌われたらしいな、この俺はな。
「そんなこと!」
 違うよ、それは間違ってるから!
 コスモスの花が間違ったことを言ってるんだよ、ぼくはハーレイを嫌いじゃないよ!
 前のぼくだった頃からずっとずっと好きで、今だってハーレイが大好きなのに…!



 コスモスのお告げが間違いなのだ、とブルーは懸命に抗議した。
 花占いの答えは間違っていると、ハーレイを嫌ったことなどは一度も無いと。
「それは光栄だな、一度も嫌われたことが無いとはな。…なら、次だ」
 このコスモスに訊くとするかな、お前は俺と結婚を…。
 する、しない、する、と…。
 しないそうだが?
 お前、俺以外のヤツと結婚するらしいぞ。嫁に行くのか、嫁さんを貰うのか、それは知らんが。
「それは絶対、有り得ないから!」
 ぼくはハーレイとしか結婚しないし、ハーレイのお嫁さんにしかならないよ!
 ハーレイと結婚しないなんてこと、ぼくには考えられないから…!



「ほら、そんなものだ。花占いの答えなんぞはアテにならんさ」
 ついでに、だ。
 ちゃんと見てろよ、もう一度こいつに訊いてみるからな?
 お前は俺のことをだな…。嫌い、好き、嫌い…、と。
 見ろ、好きと出たぞ。
「ホントだ!」
 ハーレイ、こっちが正解なんだよ、間違えないでよ?
「ああ、分かってるさ。さっき訊いてた結婚の方も訊き直すとするか」
 お前は俺と結婚を…。しない、する、しない、する…。
 な、結婚すると言われただろう?
「うんっ!」
 これが本当だよ、花がホントのことを言ったよ。
 ぼくはハーレイと結婚するって決めてるんだし、これが正しい答えだからね…!



 良かった、と胸を撫で下ろしたブルーだけれど。
 コスモスの花が本当のことを言ってくれたと喜んだけれど、その頭をコツンと軽く叩かれた。
「まだ気付かないのか、めでたいヤツだな。俺は二回もやって見せたんだが…」
 お前、最初に選ぶ言葉を間違えたってな。
 好きから始めて嫌いで終わってしまったんなら、次に別の質問をする時には、だ。
 結婚出来るか出来ないのかを尋ねる時には、出来ないって方から始めなければマズイだろうが。最初の言葉の逆の言葉しか出ないんだからな、この花びらの数ではな。
「そっか…」
 確かに言われてみればそうだね、花びらの数は同じだもんね。
 質問を変えても無駄だったんだね、数える時に言う順番の方を変えないと…。
「そういうことだ。それに全く気付かないとは、お前、つくづく間抜けだと言うか…」
 俺が二回も実演したって、仕組みを見抜いて笑うどころか大喜びで感激と来た。
 どうなってるんだ、お前の頭。成績はいい筈なんだがなあ…。
 学年トップは勉強だけでだ、他の方面になると実はサッパリだったってか?



「恋は盲目って言うじゃない!」
 ハーレイとのことを占ったんでなきゃ、ぼくだってもっと冷静になるよ!
 いきなり嫌いって言われちゃったからビックリしちゃって、訊き方を間違えたんだと思って…。
 だから結婚出来るか訊いたら、そっちも駄目だと言われちゃって…!
 ハーレイには昔の恋人とかがいたかもしれない、って思い始めたらもう、ドン底だよ!
 ぼくと結婚しなくったって、結婚相手は他に何人でもいそうだし…!
「なるほどなあ…。悪い方へと考え出したらキリが無かった、と」
 それですっかり落ち込んじまって、俺に直接、訊いてみることにしたんだな?
 俺はお前を好きかどうかと、結婚はしてくれるのかと。
「そうだよ、それが一番早いんだもの…」
 嫌いだし結婚も絶対しない、って言われちゃったら大ショックだけど、聞かないよりマシ。
 ぼくには何の話もしないで、ある日いきなり、他の人と結婚されちゃうよりはね。
「その度胸がありゃ、花占いなんかに頼らなくてもいいと思うが」
 占いは訊きに行くだけの度胸が無いヤツがするものなんだぞ、可能性があるか、無いかってな。
 お前みたいに訊いて確認しようってヤツには、まるで必要無さそうなんだが…?
「たまには確かめたくなるんだよ…!」
 ホントにハーレイはぼくが好きか、って、確かめてみたくなるじゃない!
 ぼくが貰ったコスモスは全部、好きって言うんだと思ってたのに…。
 それなのに逆のことを言うから、ショックでパニックになっちゃったんだよ…!



「おいおい、貰ったコスモスの花が揃いも揃って同じ答えを出すってか…?」
 そいつは凄いな、お前、そこまで自信に溢れていたわけか。
「…それくらい幸せ気分だったんだよ、コスモスの花を貰った時は…」
 ぼくには恋人がちゃんといるから、占ったら「好き」って答えが出るのに決まってる、って。
 考えてみたら、花びらの数は花によって違っていることもあるし…。
 コスモスの花はどれも同じに見えるけれども、あれだけあったら違う数のも混じるだろうし。
 全部が揃って「好き」って言うわけないんだけれどね、コスモスの花。
「さてなあ、そいつはどうだかな?」
 俺がやって見せたろ、占う言葉の順の入れ替え。
 花を選ぶ度に言葉の順も気まぐれに変えていった場合は、「好き」って答えで揃っちまうことも絶対に無いとは言い切れないがな…?
「よっぽど運が良くないと出来ないよ、それ…!」
 ハーレイと結婚するより難しそうだよ、あんなに沢山のコスモスに同じ答えを出させるなんて。
 結婚する方が簡単そうだよ、ハーレイが嘘をついてないなら。
「ついていないさ、嘘なんかつくか」
 俺はお前に嘘なんか言わん。お前が悲しむようなことも決してしない。
 俺はお前しか好きにならんし、お前しか嫁に欲しいと思わん。
 だから安心していりゃいいんだ、コスモスが何と言っていようが鼻先で笑い飛ばしてな。
 この花の方が間違っていると、俺がお前を嫌いになったりするわけがない、と。



 花占いをするなら、ほどほどに。
 たまに戯れに占ってみても、悪い結果よりは俺を信じろ、とハーレイは言った。
 その方がよほど信頼できると、気まぐれな花が告げることより俺の意見が確かだと。
「まあ、世の中には本当に予言をする植物がまるで無いこともないかもしれんが…」
 前の俺たちがいくら探しても、どう頑張っても、見付からなかった四つ葉のクローバー。
 あれは予言をしたかもしれんが、あっちの方が例外だ。
 今の俺たちには未来を予言するような花なんか無いさ、何処にもな。
「…ハーレイが言うなら信じるよ。花占いより、ハーレイを信じる」
 それに、四つ葉のクローバー。
 今のぼくたちは見付けられたしね、自分の家の庭で。ぼくの家の庭にも、ハーレイの家の庭にもあったし、今度は幸せになれる筈だよ、あのクローバーがあるんだから。
「うむ。それが分かっているんならもう振り回されるなよ、花占いに」
 勝手に占って、勝手に一人で思い込んで。
 落ち込んでる所へ俺が来たから良かったようなものの、俺が仕事で遅くなっていたら。
 お前の家に寄る暇がなくて帰っていたなら、お前、明日までドン底だろうが。



 花占いを真に受けるヤツがあるか、と苦笑するハーレイだったけれども。
 小さなブルーが落ち込んだ理由も分からないではなかったから。
 銀色の頭を大きな右手でクシャリと撫でると、パチンと片目を瞑ってみせた。
「とりあえず、ちゃんと正しい結果が出て来て良かったな」
 このコスモスだって言っただろうが。
 俺はお前のことが好きだし、ついでに結婚出来るってな。
「うん。ハーレイが占い、やり直してくれたお蔭だよ」
 ぼくが自分でやっただけだと、正しい答えは出なかったしね。ハーレイがやって見せてくれても占い方、分かっていなかったしね…。
「うんうん、恋は盲目らしいしな。お前の言い分を信じるならな」
 ところで、お前。コスモスの名前、知ってるか?
「コスモスの名前って…。コスモスでしょ?」
「その他に別の名前があるのさ、秋桜だ」
 秋に咲く桜って意味の名前だな、花は桜よりもかなりデカイが…。桜みたいに木でもなければ、葉っぱもまるで別物なんだが、秋桜と言えばコスモスなんだ。
「へえ…!」
 秋桜って、秋に咲いてる桜じゃないんだ…。
 たまにあるよね、秋になって葉っぱが落ちてしまう頃に咲いてる桜。



 そういう桜を知っているよ、とブルーは話した。
 季節外れに咲く桜。秋の終わりに花を咲かせている桜。
「ああ、あれか…。あれは冬桜だ、そういう品種で秋から冬に咲くのが普通だ」
 あれとは違って、普通の桜も秋に咲くことがあるんだが…。気候のせいで秋に花芽が目覚めると咲く。もっとも、冬桜ほどに沢山の花は咲かんがな。
「ふうん…。普通の桜でも秋に咲いてることがあるんだ、ぼくはそっちは見たことがないよ」
 ぼくが知ってるのは冬桜。普通の桜の花は春に見ただけ。
「桜か…。お前の誕生日の頃に早けりゃ咲くよな、桜の花」
「早ければね」
 だけど満開はもっと先だよね、ぼくの誕生日にお花見をするのは無理みたい。
「うんと昔は、その頃にはとうに満開だったって話もあるが…。SD体制よりも前の時代だがな」
 この辺りが日本だった頃。早い年には三月の末に桜が満開だったらしいぞ、そして花見だった。
 お前、桜の花は好きなのか、花は好きだと聞いているが…。
「桜、好きだよ」
 満開も好きだし、咲き初めも好き。散ってしまう頃は少し寂しいけれども、花吹雪だって大好きだよ。満開の時にヒラリと落ちてくる花びらもいいけど、次から次へと舞うのも好き。



「そうか、好きか。桜の花が好きなんだったら…」
 いつか、お前と結婚したら。
 春は桜を見に出掛けようか、俺の車で。
「ホント!?」
 お花見に行くの、車だったら遠い所でも行けるよね。桜が沢山見られる所も、山の奥でも。
「行きたい所に連れてってやるぞ、のんびり桜見物といくか」
 俺が弁当を作ってやるから、そいつを持って。
 花見に行ったら、また花占いをするといい。桜は「好き」としか言わないからな。
 コスモスと違って、大抵の桜はそう言う筈だ。
「どうして?」
 コスモスの名前は秋桜なんでしょ、桜の花とコスモス、何処が違うの?
「ん? そいつはな…」
 桜と言ったら花びらが五枚だ、それ以外じゃ桜らしくない。八重桜とかは別だがな。
 花びらが五枚だけしかなければ、好きで始めりゃ最後はどうなる?
「えーっと…。好き、嫌い…」
 あっ…!
 必ず「好き」で終わっちゃうんだね、桜の花びらで占った時は。
 結婚出来るか出来ないかだって、「出来る」って言ってくれる頼もしいのが桜なんだね…!
「そうなるな。もっとも、結婚しちまった後で…」
 結婚出来るか、出来ないのかって占うヤツはいないと思うが。
 好きか嫌いかを占って遊んでいればいいのさ、俺と一緒に桜を見に行くお前はな。
「うん…。うん、ハーレイ…」
 ハーレイはぼくを好きなんだよ、って桜が教えてくれるんだね。いつまでも好き、って。



 コスモスの花びらの花占いのせいで、落ち込んでしまったブルーだけれど。
 花占いが告げた言葉にショックを受けてしまったけれども、花占いの答えを見事に逆さに変えたハーレイ。こうだ、と全く逆の答えを導き出してくれたハーレイ。
 そのハーレイが教えてくれた、コスモスの別名、秋桜。
 コスモスは桜に似ていないけれど、秋桜という名前から素敵な未来がチラリと見えた。
 いつかハーレイと結婚したなら、二人一緒に桜見物。
 コスモスの花占いには泣かされたけれど、「好き」としか言わない桜の花の花占い。それを桜の下で占ってみては、ハーレイの心を確かめる。
 気まぐれに桜の花を手にして、好き、嫌い、好き、と。
 答えはいつも「好き」とだけ。
 そしてハーレイの心にもまた、「好き」とだけ。ブルーが好きだと、ブルーだけだと…。




         花占い・了

※花占いにチャレンジしたブルー。「ハーレイは、ぼくのことが好き?」と。
 けれど「嫌い」と出てしまった答え。大ショックなのを、ハーレイが助けてくれました。
←拍手して下さる方は、こちらからv
  ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv







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(ヒマワリの花…?)
 こんな季節に、とブルーは新聞の記事を覗き込んだ。
 学校から帰って、おやつを食べた後に開いた新聞。紅茶のおかわりを口にしながら。
 その新聞に広がる鮮やかな黄色。見渡す限りの一面のヒマワリ、ヒマワリの畑。
(…ヒマワリだよね?)
 まだ肌寒くはなっていないけれど、とうに秋。ヒマワリと言えば夏の花。太陽さながらに明るい黄色の花を咲かせる、背の高いものではなかったろうか。
(今の季節だと、もう萎れてるよ?)
 夏の終わりには種が実ってきて、重い頭を垂れるヒマワリ。太陽に顔を向けてはいない。実った種が重すぎるからか、夏の間中、上を向きすぎた首が疲れるからか。
 下を向いてしまったヒマワリの花は花びらも萎れて、陽気だった黄色も色褪せてしまう。ピンと張っていた葉だって元気を失い、濃い緑色を失くしてしまうのではなかったか。
(たまに咲いてることもあるけど…)
 咲く時期を間違えてしまったものか、同じ花壇のヒマワリよりも遅れて秋に咲いているのを目にすることもあるけれど。時期を逸した花だけあって、何処かヒョロリとしているものだ。その茎も花も。同じヒマワリでも逞しさが無い。
 夏の日射しを弾き返せそうにないヒマワリの花。暑い夏には萎れてしまいそうな、何処か危うい秋のヒマワリ。



(だけど、この花…)
 記事の写真のヒマワリの花は、夏のヒマワリそのものだった。一面に広がるヒマワリの畑。
 どのヒマワリもすっくと背筋を伸ばして天を仰いで、それは見事な太陽の花。夏の盛りの焦げるような日射しに染め上げられた黄色の氾濫。
(今の写真だよね?)
 日付が昨日になっているから、間違いなく今のものだろう。撮影場所もそう遠くない。
 特別な種類のヒマワリなのかと思ったけれども、記事を読んでみればそうではなかった。普通のヒマワリ、夏に見かけるのと同じヒマワリ。
 種を蒔く時期をずらして咲かせたものだという。この季節ならば充分に咲くと書かれてあった。夏のものより手がかかるけれど、手間さえかければ夏と同じに花開くのだと。



(ふうん…?)
 面白いことをするものだ、と読み進めていけば、ただのヒマワリ畑ではなかった。人を呼ぼうと秋に咲かせたヒマワリの畑。物珍しさで訪れる人が目当てのヒマワリ畑。
(写真好きな人とかが喜びそうだよ)
 それに小さな子供だって、と顔を綻ばせたら、更なる仕掛けが施されていた。ヒマワリ畑の中は迷路で、自由に歩いていいのだという。入場料さえ払えば、誰でも。
 週末ともなれば家族連れで賑わうヒマワリの迷路、長く続いているイベントらしい。車で気軽に出掛けられる場所で、田園地帯ならではの土産物なども買って帰れるから。
(迷路…?)
 それに一面のヒマワリ畑。
 何かが心に引っ掛かる。さっきまでは季節外れのヒマワリしか気にしていなかったけれど、そのヒマワリが迷路になっていると知った途端に。
 自分はこれに出掛けただろうか、幼い頃に?
 記憶には残っていないけれども、父の運転する車に揺られて、母も一緒に。



「ママー!」
 キッチンに居た母に声を掛けた。空になったおやつのカップや皿を手にして。
「あら、どうしたの?」
「あのね、新聞に載っていたんだけれど…」
 ヒマワリの迷路。毎年、秋にやっているんだって書いてあったけれど、ぼく、それに行った?
 小さい頃にパパとママに連れてって貰ってたのかな、ヒマワリの迷路。
 覚えてないけど、とカップなどを手渡しながら尋ねてみれば。
 確かに連れて出掛けたという。今よりもずっと幼い頃に。
「幼稚園の頃だったわねえ…。ヒマワリだ、って喜んでたわよ」
 もう、ピョンピョンと飛び跳ねちゃって。
 早く入ろう、って、早く行こうって大騒ぎだったわ、パパとママの手を引っ張ってね。
「そっか、やっぱり行ったんだ、ぼく」
 ヒマワリだけでは気付かなかったけど、迷路になってるっていうのを読んだら行ったのかもって気がしてきて…。きっとホントに凄かったんだね、ヒマワリの迷路。



 幼かった自分が大喜びしたというヒマワリの迷路。早く入ろうと両親の手を引っ張った迷路。
(でも…)
 そんなに楽しい記憶だったら、もっと温かい、懐かしい気持ちがしないだろうか?
 いくら幼くて忘れてしまったことであっても、ヒマワリの迷路の記事に出会ったなら。心の端に引っ掛かるという頼りなさより、心が弾むとか、そういったこと。
 どうしてその時の高揚した気分の欠片も出ては来ないのだろう、と訝しんでいたら。
「ブルーは迷子になっちゃったのよ」
「えっ?」
 迷子って、ぼくが、ヒマワリ畑で?
 パパやママとはぐれて迷子になったの、あの迷路で?
「そうよ、ブルーったら、ヒマワリがよっぽど好きだったのね。とても背が高い花だったから」
 あんなに高い所に咲いてる、って見上げて、それから見回して。
 ぼくの背よりもずっと高いよ、大きなヒマワリが一杯あるよ、って大喜びで。



 はしゃぎながらヒマワリの迷路に入った幼いブルー。
 中に入れば、見渡すばかりのヒマワリだから。上を見れば大きなヒマワリの花で、周りには太いヒマワリの茎。重なり合った葉の向こう側など見えないくらいに茂った迷路。
 けれども小さな子供の身体は、植えられた茎や茂った葉の間を抜けてゆくことが出来るから。
 最初はヒョイと隣の通路へ移動した。大きな葉の間から両親に手を振り、「ここだよ」と叫んで得意げだった。両親よりも一足先へ進んだと、両親はまだ此処に着かないと。
 「そんなことをしていると迷子になるぞ」と、「戻って来なさい」と父が言ったけれども。
 「平気だよ」と笑っていたブルー。迷子なんかになりはしないと、先に迷路を抜けるのだと。
 そうして次のヒマワリの壁もくぐって、ブルーは見えなくなってしまった。
 小さな子だから出来る壁抜け、両親の身体では出来ない壁抜け。無理に通ればヒマワリが折れてしまうと分かっているから、幼いブルーを追ってはゆけない。
 それでも思念で居場所は分かるのだから、と迷路を辿って追いながら様子を眺めていたら。
 ブルーは突然、火が付いたように泣き出したのだという。
 ママがいないと、ママもパパも何処にも見えなくなったと。



「ママたちからはサイオンで見えていたけど、ブルーの力では無理だったのよ」
 ここよ、って思念を送ったけれども、「ここって、どこ?」って泣きじゃくるだけで。
 あんまり泣くから思念も受け取れなくなってしまって、もう本物の迷子だったわ。
「…それ、今だって出来ないから…!」
 ぼくは透視は全く駄目だし、今でも迷子になれると思うよ、ヒマワリ畑。
「それは無いでしょ、もう大きいから迷路の壁をくぐり抜けては行けないわ」
 小さかったから出来たのよ。今だとヒマワリが折れてしまうわ、ブルーが間を通ればね。



 幼い子供だけの特権、ヒマワリの迷路の壁を抜けること。
 両親はブルーがいる場所へ辿り着こうと急いだけれども、如何せん、迷路。ヒマワリがびっしり植えられた迷路。隣の通路が透けて見えては面白くない、とヒマワリの壁は二列、三列。
 おまけに工夫がこらされた迷路に最短距離などありはしなくて、やっとの思いで追い付いた時、ブルーは監視員に保護されていた。パパとママがいないと泣きじゃくりながら。
「あれで懲りちゃったのかしらね。二度と行きたいとは言わなかったわ」
 ヒマワリの花は好きだったのに、と母が微笑む。
 大好きだったヒマワリは嫌いになったりしなかったけれど、迷路が苦手になったのだろうと。
 遊園地の迷路も入りたがらなかったと、迷路は嫌だと言っていたと。



(そっか、迷子になっちゃったんだ…)
 楽しかった記憶が残っていないのも無理はない、と部屋に戻って勉強机の前で考えた。
 覚えてはいない、迷子の記憶。両親と一緒に入ったヒマワリの迷路。
 ヒマワリの壁をくぐって先へ先へと進んだ自分は、得意満面だったのだろう。両親よりも自分の方が早いと、先に迷路を抜けるのだと。
 けれども広すぎたヒマワリの畑。大きすぎた迷路。
 出口に着く前に力尽きたか、あるいは気が散ってしまったのか。一休みして見回したヒマワリの畑に両親はいなくて、見当たらなくて。
 慌てて探しに走り回ったか、その場で泣いたか、今となっては分からない。
(迷路が苦手になっちゃったなんて…)
 それも覚えてはいなかった。
 迷路は嫌だと言ったことさえ、入りたがらなかったという遊園地の迷路の入口さえも。



 両親が何処にいるのか分からず、ヒマワリ畑で泣き出した自分。
 母の思念も届かなくなるほど、大泣きして監視員に保護された自分。
(前のぼくなら…)
 ヒマワリ畑がどんなに広くてヒマワリが深く茂っていたって、簡単に透視することが出来た。
 両親の居場所も直ぐに分かるし、迷路が如何に複雑だろうと瞬間移動で飛べば一瞬で戻ってゆくことが出来る。迷子にはならず、きっと何度も先に行っては戻ったりして遊んでいたに違いない、と思ってからハタと気が付いた。
(小さかった頃には、ミュウじゃない筈…)
 成人検査を受ける前の自分は何処にでもいる普通の子供だった。金色の髪に青い瞳の子供。今の自分のようなアルビノではなくて、ミュウでもなかった。だから養父母が育ててくれた。
(ミュウの子供なんかは育てないよ…)
 前の自分に付けられた名前、タイプ・ブルー・オリジン。最初に発見されたミュウ。
 成人検査でミュウと判明するよりも前は、ごくごく普通の子供時代を送った筈で。
 今のハーレイが「アルテメシアを落とした後に手に入れたデータだ」と教えてくれた記憶の中の写真で見た養父母に育てられ、十四歳までの日々を過ごした筈で。
 ならば普通の子供だった前の自分も迷っただろうか、養父母と出掛けた何処かの迷路で。
 そして嫌いになったのだろうか、自分が迷子になった迷路が?



(だったら、とっても素敵だよね…)
 迷子が素敵だとは思わないけども、迷子になってしまった経験。
 養父母という育ての親でも、両親と迷路ではぐれてしまって泣きじゃくる気持ちは同じだろう。
 心細くて、一人ではどうにもならなくて。泣くことしか出来ない、幼い自分。
 監視員が来て保護された後も、両親が迎えに来てくれるまでは泣きやむことが出来ない子供。
(前のぼくだって、きっとそうだ…)
 成人検査と、その後に続いた人体実験。記憶はすっかり失くしたけれども、あったかもしれない迷路の記憶。迷子になってしまった記憶。
 そんな体験をしたかもしれない、と思い浮かべれば、前の自分の子供時代と繋がったようで。
 失くした記憶が戻ったようで。
 心がじんわりと温かくなる。前の自分ももしかしたら、と。



 その日、ハーレイは来てくれなくて。仕事帰りに寄ってはくれなくて。
 寂しかったけれど、ヒマワリの迷路で迷った思い出。迷子になってしまった思い出。
 それがあるから、心は夢の世界へと飛んだ。ベッドで眠れば見るだろう夢へ。
(前のぼくの記憶、戻るかも…)
 幼かった頃に迷路で迷った時の記憶が。
 今の自分の遠い記憶と混ざってしまったものであっても、欠片でもいいから戻れば嬉しい。前の自分が取り戻せないままに終わってしまった、失くした記憶が戻るのならば。
(記憶、戻ってくれるといいな…)
 アルタミラを脱出した後、三百年以上も生きていたのに戻らないままで終わった記憶。
 ほんの小さな欠片でいいから、夢の中で見付けて拾い上げたい。
 そんな思いでベッドにもぐって眠りに就いた。
 お気に入りの枕に頭を預けて、上掛けを被って丸くなって。
 そして…。



(あれ?)
 気付けば一面に広がるヒマワリの中に立っていた。
 夢の中だとは思わなかったし、ブルーにとってはそれが現実。パジャマ姿でも本当のこと。今の自分に起こっていること。
 見上げるようなヒマワリの花が幾つも重なった上に、ぽっかりと覗いた青い空。
(誰もいないの?)
 しんという音が聞こえそうなほど、静まり返ったヒマワリ畑。
 見回してもただ、ヒマワリだけ。夏の太陽を思わせる花が見渡す限りに咲き誇るだけ。人の声はおろか、鳥の声さえ、風の音さえ聞こえてはこない。
 しかも小さくなっている自分。
 ヒマワリの間をくぐり抜けても、葉の一枚さえ損ねないほどに幼い身体の自分。
 ガサガサと大きな葉を両手で掻き分け、向こう側へと出てみたけれど。畝の向こうへと出てみたけれども、風景はまるで変わらない。
(どこ…?)
 此処は何処なの、と見回していたら、思い出した。
 そうだ、両親と一緒に来たのだ。父が運転する車の座席に母と並んでチョコンと座って。
 「ヒマワリの迷路に連れて行ってやるぞ」と笑顔だった父の車に乗って。
 果てが見えないヒマワリ畑に歓声を上げて、先頭に立って走ったことは覚えているけれど…。



(はぐれちゃった…?)
 ヒマワリを掻き分けて走る間に。あっちへ、こっちへと気の向くままに迷路をくぐる間に。
(確か、こっちから…)
 こっちの方から来たのだと思う、と真っ直ぐに幾つもの畝を突っ切ったけれど。ヒマワリの間を抜けて行ったけれど、両親の姿は何処にも見えない。他の人にも出会わない。
「パパ、ママ…!」
 精一杯の声で叫んだけれども、声は返って来なかった。風さえも吹きはしなかった。ヒマワリの花が咲いているだけ、太陽のような花が遥か上から見下ろすだけ。
(ぼく、迷子なのに…)
 どうしたの、と訊いてくれる大人も現れないから、どうにもならない。
 自分で出口を探すしかなくて、運が良ければ何処かで両親とバッタリ会うかもしれなくて。
(きっと、こっち…)
 こちらへ行くのが近そうだから、と方向を決めて駆け出した。畝を突っ切るのは、もうやめて。
 道の通りに走っていたなら、いつかは出口に着く筈だと。



 ヒマワリの畝に左右を囲まれた道を走って、曲がって、また曲がって。
 懸命に走っても、いくら走っても出ることが出来ないヒマワリの畑。
 気付けば元に戻っているから。見覚えのある場所に戻ってしまって、其処には自分の小さな靴の足跡が確かに刻まれて残っているから。
(ちゃんと進んでた筈なのに…!)
 何処で間違えてしまったのだろうか、曲がり角を右へ曲がる所を?
 それとも右だと思っていたのが間違いの元で、角は左に曲がるのだったか。
 迷路を抜けるには片方の壁から手を離さないのが鉄則だけれど、夢の中だけに覚えてはおらず、曲がり方だと勘違いをしてブルーは進んだ。右に曲がるか、左に曲がるか、そのどちらかが正しいのだと。右だ、左だと決めて走ってゆくものの、夢の世界ではそれも曖昧で。
(これも左だった…?)
 そうだよね、と曲がっては元に戻ってしまう。元の場所へと戻ってしまう。



(迷路…)
 出られないよ、と幼いブルーは走るけれども。両親を、出口を探して走るけれども、どうしても先へ進めない。今度こそ、と走り出しても、気付けば最初の所へと戻る。
(パパ、ママ、どこ…?)
 息が切れても、泣きじゃくっても。
 迷子になったと泣きながら迷路を走り続けても、誰も来なくて、ヒマワリが咲いているだけで。
 鮮やかな黄色の大輪の花が幾つも幾つも現れるだけで、人影も終点も見えては来ない。
 どんなに走っても、右へ、左へと懸命に曲がり続けても。
 その足元に転がっていた小石、それを踏んづけたと思った瞬間、崩したバランス。
 ぐらりと傾いだ小さな身体。



(あっ…!)
 踏み止まれずに転んだはずみに、打ち付けた右手。
 膝や胸にも土が沢山ついたのだけれど、何故だか右手が痛かった。擦り剥きそうになった膝小僧やら、強かに打った胸よりも、右手。
 土を払えば怪我はしていないようだけれども、皮も剥けてはいないのだけれど。
 僅かな血さえも滲んでいなくて、痣も出来てはいないけれども、右の手が痛くてたまらない。
(冷たいよ…)
 地面が冷たかったのだろうか、右の手が凍えて酷く冷たい。走る気力ももう無くなった。痛くて冷たい、と泣きながらトボトボと歩き続ける。
 もう帰れないかも、とヒマワリの中を。二度と家へは戻れないかも、と冷たく凍える右手に息を吹きかけながら。温まってはくれない右手を左手で擦り、重たい足を引き摺りながら。
 そうしたら…。



「ブルー!」
 やっと見付けた、と声が聞こえた。ヒマワリの壁の向こうから。
「パパ…!」
 そちらへと身体ごと振り向いた途端、ヒマワリを掻き分けて現れた人影。大人が通るには無理がある筈のヒマワリの壁を傷つけもせずに抜けて来た人影。
 その長身の大きな影は父ではなくて…。
「ハーレイ…!」
 褐色の肌に鳶色の瞳。それが誰だか、直ぐに分かった。
 手が冷たいよ、と泣きながら言えば、右の手が凍えて痛いと泣きじゃくりながら訴えれば。
「ああ、分かってる」
 転んじまったんだな、可哀相に。
 温めてやるから、もう泣くな。俺が来たから、大丈夫だからな。



 右手がそっと大きな両手に包まれた。片手だけで右手を覆えそうな手に。
 優しい温もりが凍えた右手を溶かしてゆく。打ち付けた痛みが癒えてゆく。
「よく我慢したな、転んでも歩き続けるなんてな」
 偉いぞ、お前。小さいけれども我慢強いな、ちゃんと歩いていたんだからな。
「でも、ぼく…。泣いちゃっていたよ、それでも強い?」
「強いさ、もう歩けないと泣いていたわけじゃないだろう?」
 手が冷たくて泣くのは仕方ないんだ、転んじまったら誰だって痛い。そいつを我慢しろとは誰も言わんさ、こうして治療も必要になる。
 右手、痛いか? まだ冷たいか…?
 こいつはきちんと治さないとな、痛くも冷たくもないようにな。



 ハーレイの大きな手の温もりはよく効いた。あんなに冷たくて痛かった右手がみるみる温まってゆくのが身体中で分かる。凍えた辛さも、打ち付けた痛みも嘘だったように和らいでゆく。
(あったかい…)
 ハーレイの手は魔法みたいだ、と褐色の手が与える温もりに酔っていたら。
「治ったか、右手?」
 もう痛くないか、冷たくないか?
「うん。ハーレイが温めてくれたから治ったみたい」
 痛くないよ、冷たかったのも消えたし、もう平気。元々、怪我はしていないしね。
「それは良かった。怪我が無いなら温めておけば、後はすっかり元通りだからな」
 すまんな、早く見付けてやれなくて。お前、長いこと独りぼっちで走ってたんだろ?
「ううん、ハーレイに会えたからいいよ。ずっとあのまま独りだったら悲しいけれど…」
 ハーレイが来てくれたからいいんだよ。ぼく、もう、独りぼっちじゃないしね。
「そうか。…さてと、お前を連れてかないとな」
「何処へ?」
「パパとママの所さ」
 お前、頑張って走ったんだろ、パパとママの所へ行こうとして。
 もう走らなくてもかまわないんだぞ、俺が代わりに運んでやるから。



 ヒョイと肩車で持ち上げられた。ハーレイの逞しい両肩の上に。
(ハーレイ、大きい…!)
 自分の身体が小さすぎるから、余計に大きいハーレイの身体。肩に乗せられるとグンと高くなる自分の視点。見上げるようだったヒマワリの花も、今は頭上で揺れていて。
「見えるか、お前のパパとママ?」
 足首を掴んだハーレイに訊かれた。さっき右手を温めてくれた大きな両手で、しっかりと握られ支えられた足。ブルーが肩の上で動いたとしても、其処から落っこちないように。
 ブルーはハーレイの頭に手を置き、伸び上がったけれど。
 両親の姿が見えはしないかと見回したけれど、ヒマワリの方が背が高かった。さっきまでよりは花の高さに近付いたけども、それでも花は頭の上で。
「んーと…。パパとママ、見付からないよ」
 ヒマワリが邪魔をして見えない、と言った。
 自分の背よりもヒマワリの方がずっと高いから、肩車をして貰っても見えないと。
 けれど…。



「ふうむ…。お前には見えないか」
 だが、あっちなんだ。パパとママはあっちの方にいるんだ。
 向こうの方だ、と片方の足首を握っていた手を離して指差すハーレイ。
 握る手は片方になったけれども、肩車は揺らぎはしなかった。頼もしいハーレイの肩車。
「あっちなの?」
「うむ、あっちから声がするからな」
 声と言うより、こいつは思念か…。お前を探しているようなんだが、聞こえないか?
「ぼく、そういうのは駄目なんだよ…」
 ちゃんと聞こえる時もあるけど、大抵、聞こえてないんだよ。
 パパとママの声、ハーレイには聞こえているんだね?
「まあな。お前よりも長く生きている分、こういう探し物は得意だってな」
 直ぐに連れてってやるからな、とズンズン歩いてゆくハーレイ。
 ブルーの両方の足首をしっかり握って、落っことさないように背筋をシャンと伸ばして。
 何処までも広がるヒマワリの中を、ブルーが迷った迷路の中を迷いもせずに。



 何か目印でもあるというのか、でなければ抜けるコツでもあるか。
 角に差し掛かる度に右へ、左へと曲がるハーレイ。「こっちだな」と少しもためらわずに。
 ハーレイの肩の上から眺めるヒマワリ畑の長い迷路は、怖いものではなくなっていた。次の角は右に曲がるのだろうか、それとも左へ行くのだろうか。
(あれっ、右なの?)
 ぼくは左だと思っていたのに、と遥か下にある地面を見下ろせば、幾重にもついた自分の足跡。闇雲に走り続ける間につけた足跡は全て左へと向かっていた。
(これじゃ出られるわけないよ…)
 全ての角で右と左とを試したつもりが、どうやらそうではなかったらしい。今、左へ行くのだと考えたように、この角に来る度、自分は左へ曲がってしまっていたのだろう。
(だけど、ハーレイ、やっぱり凄い…!)
 自分があれほど間違えた道を、迷いもしないで歩いてゆく。正解を選んで進んでゆく。
 それにハーレイの肩車。
 あの広い肩がこんなに素敵な座り心地の椅子に、乗り物になるなんて。
 自分の背よりもずっと高い場所から周りを見られて、ヒマワリの花だって、こんなに頭から近い所で幾つも幾つも揺れているだなんて…。



(もっと…)
 もっと歩いていたいと思った。ハーレイの肩車に乗って、ヒマワリの中を。
 「パパとママ、見えたか?」と訊かれる度に「ううん」と答えを返しながら。
 ハーレイと二人、もっともっと、いつまでも歩いていたい、と思ったのに。
「ブルー!」
 角を曲がったら、母がこちらへ駆けて来た。もちろん父も。
「ハーレイ先生、すみません!」
 息子がお手数をおかけしてしまって…。
 ブルー、一人で先に行ったら迷子になるぞ、と言っただろう?
「ごめんなさい、パパ…」
 ハーレイが見付けてくれたんだよ。ぼくが迷子になっちゃっていたら。
 転んで右手が痛かったけれど、ハーレイが治してくれたんだよ。
「あらあら…。ハーレイ先生、本当にご迷惑をおかけしまして…」
 この子ったら、言っても聞きませんのよ、主人と二人であんなに駄目だと止めたのに…。
「いえ、いいんですよ。これも私の役目ですしね、探すのも右手を治すのも」
 お気になさらず、とハーレイが笑う。
 どちらも自分の役目なのだからと、それを果たしたまでのことだと。
「じゃあな、ブルー。二度と迷子になるんじゃないぞ」
 ヒマワリの迷路には気を付けるんだぞ、お前、迷ったら出られなくなるみたいだからな。
 そういう時は俺が探しちゃやるがだ、ほどほどにしとけよ、ヒマワリの迷路。



 「またな」と軽く手を振って、ハーレイはヒマワリの迷路の向こうへと消えた。
 肩車から降りたブルーを両親に託して、ヒマワリの迷路の角を曲がって。
「ハーレイ…!」
 待って、と叫んだ自分の声で目が覚めた。
 カーテン越しに朝の柔らかな光が部屋に射し込み、庭で小鳥がさえずっている。
(夢…)
 ヒマワリの迷路は夢だったのか、とようやく気付いた。
 右手が凍えて痛かった理由が、転んだからではないことにも。
(ハーレイが探してくれるんだ、ぼくを…)
 あの夢のように独りぼっちで泣きじゃくっていても、右手が冷たいと泣いていても。
 そう、ハーレイならばきっと見付けてくれるのだろう。
 自分が何処で迷っていたって、独りぼっちになっていたって。
 前の生の記憶の欠片を夢で拾うことは出来なかったけれど、もっと嬉しい夢を見た。ヒマワリの迷路は怖かったけれど、ハーレイが来るまでは独りぼっちで泣いていたけれど。



(ハーレイの肩車で歩いていたんだよ、ぼくは)
 一面に広がるヒマワリの迷路を、ハーレイの肩に乗っかって。
 今よりももっと小さくて幼い自分だったけれど、ハーレイの肩に揺られて歩いた。
(もっと、もっと…)
 ヒマワリの中をもっと歩いていたかった。
 肩車に乗って、ハーレイと二人。
(…ヒマワリの迷路…)
 いつかハーレイに強請ってみようか、ヒマワリの迷路に行ってみたいと強請ろうか?
 ハーレイの肩車でヒマワリの迷路を歩いてみたいと、ぼくは迷路が苦手だからと。



(肩車で歩くには大きすぎだ、って言われそうだけれど…)
 迷路に来ている他の人にも笑われてしまいそうだけど。
 でも、ハーレイは力持ちだから。
 前と同じに大きく育ったブルーの身体も、ヒョイと肩車が出来そうだから。
 その肩車で歩いてみたい、とブルーは夢見る。
 まだ他の人は誰もいないような朝の早い時間に、ハーレイの肩車でヒマワリの中を、と。
 「次は右だよ」と、「いや、左だな」などと言い交わしながら、二人で迷路。
 入口から出口までの長い長い迷路を、ヒマワリで出来た迷路の中を…。




            ヒマワリの迷路・了


※小さかった頃に、ヒマワリの迷路で迷子になったらしいブルー。そう聞いた日の夜の夢。
 迷子になってしまった迷路で、助けに現れたハーレイ。肩車で歩けて、幸せですよね。
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(ふうむ…)
 懐かしいな、とハーレイは食料品店の店先を眺めた。
 週末、ブルーの家まで歩いて出掛ける途中に通り掛かった馴染みの店。表に群れた子供たち。
(俺もガキの頃には、あんなだったかもしれないなあ…)
 綿菓子の実演販売中。砂糖の糸をふわりと纏めて雲のような菓子に。
 ワッと歓声が上がったと思えば、白かった糸がピンクに変わった。店主が手にした棒にピンクの糸が見る間に巻き付き、ふんわりとした雲の出来上がり。
「ピンク、ちょうだい!」
「次は白がいいな!」
 賑やかに騒ぐ子供たちを見ていたら、ふと蘇って来た遠い記憶。
 遥かな昔に、白い鯨でこの菓子を見た。シャングリラを取り巻く雲海の雲を切り取ったような、ふわりと大きく膨らんだ菓子を。
(うん、綿菓子は人気だったな)
 出来上がる過程を目を輝かせて見学していた子供たち。雲の菓子を手にしてはしゃいだ子たち。
 シドも、リオも、ヤエも船に来た頃には綿菓子を食べた。
 アルテメシアから救い出した子たちに人気を博した、シャングリラの菓子。
 これは買わねば、と綿菓子の実演に群がる子たちをかき分けるようにして近付いた。食料品店の店先に設けられた小さな仮設の店の前に。
「一つ下さい」
 白いのでいいな、と出来上がった綿菓子を詰めた袋を指差した途端に掠めた記憶。
(そうだ、綿菓子は一つではなくて…)
 袋を取ろうと手を伸ばした店主に言い直した。
「いえ、二つ入りの方をお願いします」
「二つ入りね!」
 どうぞ、と差し出された綿菓子入りの大きな袋。それは驚くほどに軽くて、空気のようで。
 代金を支払い、袋を抱えて歩き出す。
 ブルーは覚えているだろうかと、あの白い船の綿菓子を…、と。



 秋晴れの空の下、懐かしい記憶に目を細めながら綿菓子の袋を抱いての散歩。
 生垣に囲まれた家に着いて門扉の脇のチャイムを鳴らすと、二階の窓から手を振るブルー。手を振り返して、門扉を開けに来たブルーの母に綿菓子の袋を示して見せた。
 「綿菓子を買って来ましたから」と、「お茶にはあまり合わないでしょうが」と。
「まあ、綿菓子…! ブルーも小さい頃にはよく食べましたわ」
 でも、あの子。あまり沢山食べられる方ではありませんでしょ、綿菓子だっておんなじですの。
 小さいのになさい、って止めても「食べられるから」って聞かなくて…。
 普通の大きな綿菓子が欲しいと買っては必ず食べ切れなくって、私か主人が食べてましたわ。
「分かる気がしますよ、ブルー君は見かけに似合わず強情ですしね」
「そうですの。今から思えば、ソルジャー・ブルーだったせいかもしれませんわね」
 今のあの子は甘えん坊の弱虫ですけど、元はソルジャー・ブルーですものね。
 意志が強くないと務まりませんわよね、ソルジャーなんて。
 ハーレイ先生も色々と苦労をなさったんでしょうね、キャプテン・ハーレイでいらした頃に。
 こうだと言ったら譲らないソルジャー・ブルーにあれこれ振り回されて。
「ええ、まあ…。そういったことが無かったと言ったら嘘になりますね」
 ソルジャー・ブルーも強情でしたよ、おまけに無茶をしてくれるんです。私がどんなに駄目だと止めても、一旦決めたら飛び出して行ってしまうんですよ。



 最たるものがメギドだったな…、と苦笑しながらブルーの部屋に案内されて。
 ブルーの母が「紅茶でよろしかったかしら?」とお茶のカップとポットだけをテーブルに置いて去った後、ハーレイは綿菓子の袋を掲げてみせた。
「ほら、土産だ。来る途中で売っていたからな」
「綿菓子?」
「ああ。お母さんに聞いたぞ、お前、綿菓子、好きだったってな」
 デカイのがいいと言って聞かなくて、食い切れなくて。お父さんかお母さんが食べてたってな?
「そうだけど…。だって、大きいのが欲しいじゃない!」
 小さい綿菓子も頼めば作って貰えるけれども、それじゃワクワクしないんだもの。
 ちゃんと大きな綿菓子でないと、雲を食べてるような気分にならないんだよ…!
「なるほど、雲なあ…。小さいと雲って感じじゃないなあ、綿菓子はデカイ雲でなくちゃな」
 今のお前だったら食べ切れるだろう、このサイズでも。
 俺とお前と、一個ずつだ。
 二個入っているが、どっちにする?
 このとおり、どっちも大きさは似たようなサイズのものなんだがな。



 袋から引っ張り出した二つの綿菓子は、まだふんわりと膨らんでいた。出来立ての砂糖の糸から作り上げたように、たっぷりと空気を中に含んで。
 左右の手に一つずつ持ってブルーに選ばせ、残った方を一口齧れば舌の上で甘く溶けてゆく。
 ブルーもパクリと齧り付いているから、笑みを浮かべて尋ねてやった。
「懐かしいだろ、綿菓子の味」
「うん! パパとママに買って貰っていたのと同じ味だよ、フワフワしてて」
 今のぼくなら食べられそうだよ、これ一個、全部。
 お腹一杯になってしまってハーレイに「食べてくれる?」って渡さなくても、大丈夫みたい。
「そいつは良かった。しかしだ、お前…」
 懐かしいのはガキの頃に食った思い出だけなのか、この綿菓子。
 他にも何か忘れちゃいないか、こういう綿菓子の記憶ってヤツを?
「えっ、綿菓子の記憶?」
 なんだろ、ママから何か聞いて来た?
 食べ切れなかった話の他にも、綿菓子の話、あるのかな…。幼稚園かな、それとも学校?
 下の学校でも小さかった頃は綿菓子を買って貰っていたしね。
 ママがハーレイに教えたくなるような綿菓子の話、どんな酷いのがあるんだろ…?
「おいおい、一人で二つ食おうとしたとか、そんなのはあるかもしれないが…」
 白もピンクも両方欲しい、と欲張った挙句にお父さんとお母さんに食べて貰う羽目になったかもしれんが、俺は全く聞いていないぞ?
 俺が言うのはもっと前の記憶さ、前のお前の思い出は無いかと聞いているんだ。
 シャングリラだ、あの白い鯨で子供たちが食ってた綿菓子なんだが。
「ああ、シャングリラ…!」
 思い出したよ、あったね、綿菓子。
 ハーレイが買って来てくれた綿菓子みたいに袋に入ってお店に並んじゃいなかったけど…。
 欲しい子の数だけその場で作って渡していたけど、シャングリラにも綿菓子、あったんだっけ!



 白い鯨にあった綿菓子。楽園という名の船の綿菓子。
 砂糖を熱して溶かしさえすれば、簡単に作れる菓子だったから。
 大きく膨らんだ砂糖の糸の菓子は、特別な材料を揃えなくても出来上がる上に、作る過程も見た目も子供たちの心をくすぐり、充分に惹き付けるものだったから。
 シャングリラで子供たちを育てるようになって間もなく、ゼルが作った。
 ヒルマンが調べた情報を参考に、アッと言う間に製造用の機械を完成させて。
 子供が大好きだったゼル。その子供たちに人気だった綿菓子。

 

 綿菓子を作ろうと最初に言い出した者はエラだった。
 アルテメシアの育英都市から救い出して来た子供たち。誰もが心に深い傷を負っていて、人類を恐れていたけれど。殺されそうになった記憶に怯えていたけれど、それでも暮らした町が恋しい。養父母が恋しい子供も居た。誰が自分を通報したのか、何も知らずに船に来たから。
 彼らの心を解きほぐすために、あれこれ工夫がなされたけれど。
 楽しい思い出を引き出してやろう、とエラが挙げたのが綿菓子だった。
 アルタミラで檻に閉じ込められていた自分たちは子供時代の記憶を失くしたけれども、その後に色々と学んで来たから子供時代がどういうものかは知っている。
 養父母と暮らして、友達と遊んで、時には遊園地などにも出掛けて行って。
 そうして過ごした日々の中には、きっと綿菓子があるに違いないと。目の前でふんわりと膨らむ甘い砂糖菓子がきっと、焼き付いているに違いないと。



「綿菓子ねえ…」
 美味しいのかい、とブラウが訊いた。長老たちが集まる会議の席で。
「ただの砂糖じゃないのかい? そいつの糸だろ、甘いってだけじゃないのかねえ…」
「そうは思いますが、でも…。綿菓子について語っている本は多いのですよ」
 雲を綿菓子のようだと描写した本も沢山あります、愛されている砂糖菓子だと思います。
 大人しかいない星でも作っているようですから、マザー・システムも消さないで残す子供時代の記憶の一つでしょう。きっと心に残るお菓子なのです、私たちは忘れてしまいましたが。
「ほほう…。成人検査でも消さん記憶か、それは一見の価値があるのう」
 いや、一食と言うべきか。わしらも食べてみたいものじゃな、綿菓子とやらを。
 それはどういう仕組みなんじゃ、とゼルが一気に乗り気になった。砂糖を糸にする機械とやらを自分が作ってみるのもいいと。
「一応、調べてはみたのだがね」
 こんな具合だ、とヒルマンが既に調べてあった情報。ゼルは渡された資料にザッと目を通して、「よし」と大きく頷いた。
「これなら直ぐに作れるじゃろう。製造機はわしに任せておけ」
 しかし、問題はその先じゃのう…。砂糖の糸が出来たからと言って、大きく膨らんだ菓子の形に仕上がるわけではないようじゃ。この資料にも書いてあるとおり、熟練の技が要るようじゃぞ。



 ゼルは早速、綿菓子にするための砂糖の糸が吹き出す機械を作ったけれど。
 熱せられて糸になった砂糖を綿菓子の形に仕上げるまでが大変だった。芯になる棒に巻き付ける速度が早すぎれば糸は固くくっつき合ってしまって綿にはならない。遅すぎても形が崩れて失敗。
 試行錯誤を繰り返すゼルと、甘い糸を紡ぎ続ける綿菓子製造機と。
「あれの試作の段階でだな…」
 俺たちにもお鉢が回って来ていただろうが。今日の綿菓子はこういう出来だと、まだまだ改良の余地があるが、と。
「よく食べたっけね、ゼルの綿菓子」
 食べ物を無駄には出来ないから、って届けて来るんだ、ぼくの所に。
「下手くそなのをな」
 メンツにかけて他の仲間たちには見せられん、と俺たちの間だけで処分しようとしやがって…。
 他のヤツらも動員してれば、俺たちが綿菓子を食わされる回数、もっと減ってた筈なんだが。



 綿菓子作りの日々は続いた。
 大きく膨らんだ綿菓子に仕上げるコツを、甘い糸を紡ぐ機械を作り出したゼルが掴むまで。
 その次はヒルマンが技をマスターするまで。
 子供たちの教師という役割を担うヒルマンもまた、子供たちの前で失敗は許されないとばかりに綿菓子作りに熱中したから、失敗作の綿菓子が出来ては長老たちに配られていて…。
「ふふっ、青の間でしょっちゅう綿菓子」
 膨らみ方が足りないのだとか、ふわふわすぎて形が崩れたのとか…。
 飽きるくらいに綿菓子を食べたよ、ゼルとヒルマンが作った失敗作をね。
「お前が食うと言うからだろうが!」
 ぼくも食べるよと、ハーレイの分と二人分を寄越してくれれば二人で食べると。
 そうすれば失敗作を食べる人間が増えるし、心置きなく綿菓子作りを練習出来る、と!



 ハーレイの仕事だった、青の間へ綿菓子を運ぶ係。
 失敗作の綿菓子の存在は極秘事項で、長老たち以外に知られるわけにはいかなかったから。
 ゼルが作っていた綿菓子は次第に膨らみ、ついには完成品が届いたけれど。
 その翌日からは製造係がヒルマンに移って、再び失敗作の日々。膨らみ過ぎて頼りないものや、芯の棒に固く巻き付いてしまって半分飴になったものやら。
 そういった綿菓子がコッソリと袋に詰められてハーレイに託される。二人分だと、ソルジャーと二人で食べてくれと。
 袋を手にして青の間へ行けば、ブルーが待っていたけれど。
 まだ恋人同士ではなかったブルーが、お茶を淹れて待っていたのだけれど。
「紅茶にもコーヒーにも合わなかったな、あの綿菓子は」
 今日も、お前のお母さんが紅茶を淹れては下さったんだが…。
 どうも合わんな、先に綿菓子、食っちまうか。
「うん、綿菓子はお茶を飲みながら食べるようなお菓子じゃないよね、ホントに」
 綿菓子だけで食べてこそだよ、甘くてふわふわ。
 お茶なんか飲んだら口の中で飴になってしまうよ、すっかり溶けてくっついちゃって。



 ソルジャー・ブルーも失敗作の処分に協力していた綿菓子作り。
 失敗作が幾つも青の間に運ばれ、やがてヒルマンもゼルに負けない腕前になった。試作の段階が過ぎた綿菓子は機械ごと公園で大々的にお披露目されて、子供たちの歓声がブリッジにまで届いたほど。
 エラの読みは全く間違っておらず、子供たちは皆、顔を輝かせて綿菓子を食べた。
 とても懐かしいと、この綿菓子が好きだったと。遊園地や公園で買って貰ったと、友達と一緒に買いに行ったと、地上に居た頃の思い出に浸って砂糖の糸の雲を頬張った。
 人類はとても怖いけれども、綿菓子を食べていた頃は幸せだったと、その綿菓子がまた食べられるとは思わなかったと。
 綿菓子は子供時代の思い出を失くした仲間たちにも人気が高くて、作ってみたいと言い出す者も多かった。何人もの仲間が綿菓子作りを習い始めて、見事に作れる人材も増えた。
 綿菓子製造機は普段は厨房に置かれ、賑やかにやりたい時は公園や天体の間に運ばれた。
 雲のような綿菓子が幾つも幾つも、作られては皆に笑顔を運んだ。
 シャングリラを取り巻く雲海の雲が綿菓子だったら美味しいだろうと言い出す者やら、あの雲も実は甘いのだ、と子供たちに嘘を教える者やら。
 綿菓子はシャングリラの砂糖菓子の定番になって、子供も大人も綿菓子を食べた。これといった行事が無いような時も、作れる腕前の持ち主がいれば頼んで気軽に。
 綿菓子を一つ作って欲しいと、食べたいから大きいのを一つ、と。



 白い鯨に綿菓子があるのが当たり前になって久しい頃。
 救出されて間もない子供が落ち着かない時は、誰かが綿菓子をクルクルと作ってやるのが普通の流れになった頃。そうすれば子供は目を丸くすると、自分が置かれた境遇を暫し忘れるものだと、皆が覚えて実践するようになっていた頃。
「お前が綿菓子を注文したんだ、デカイのを一個、と」
 大きいのがいいと、顔が見えないほどに大きい綿菓子が一個欲しい、と。
「そうだっけ?」
 ぼく、綿菓子なんかを頼んでいたかな、ハーレイに?
「間違いない。ブリッジで仕事中だった俺に思念でな」
 仕事が終わったら一つ頼むよと、青の間まで一個持って来て、と。



 とんだ夜食だと思ったけれども、他ならぬブルーの注文だから。
 その日の勤務を終えたハーレイは厨房に寄って、綿菓子を作れるスタッフに特大を一つ頼んだ。それを袋に入れて貰って、運んだハーレイ。青の間まで運んで行ったハーレイ。
 ブルーは笑顔で待っていた。
 この綿菓子を二人で食べようと。
「二人で…ですか?」
「そう、二人で。君とぼくとの二人分だから、特大を注文したんだけれど…」
 大きな袋に入っているから、注文通りの綿菓子が出来たみたいだね。
 ハーレイ、今日も一日お疲れ様。甘いものは疲れが取れると言うから、君もこれを食べて。
「そういう御注文だったのですか…。ありがとうございます」
 では、喜んで頂戴いたします。
 最初から二人分だと仰って下されば、二人分で作らせましたのに…。
 ソルジャーが遠慮なさらなくても、綿菓子作りが大好きな者が厨房には何人もおりますからね。二つだと頼んでも直ぐに作ってくれますよ。
 それどころか、二つ頼まれた方が大喜びかもしれません。腕を奮うチャンスが二回ですから。



 次からはどうぞ御遠慮なく、と告げてキッチンへ皿を取りに行こうとしたハーレイ。
 青の間の奥には小さなキッチンがあるから、其処から綿菓子を取り分けるための皿とフォークを取って来ようと。
 しかし、そのハーレイをブルーが止めた。それは綿菓子の食べ方ではないと。
「こんなに見事に膨らんでるのを切り分けるだなんて、間違っているよ」
 綿菓子はお皿やフォークを使って食べるものじゃないと思うんだけどね?
「では、どうやって…」
 そういったものを使わないなら、どうやって分ければいいんです?
 まさかサイオンで少しずつ千切って食べるとか、そういう風にするのでしょうか?
「いいから、これ。君が持ってて」
「はあ…」
 持つのですか、私が綿菓子を?
 それは一向にかまわないのですが、どうやってこれをお召し上がりになるつもりですか…?



 ブルーと向かい合わせで座るように促され、間に挟んだ小さなテーブルの真ん中辺りで持つよう言われた綿菓子。テーブルの上に立てるような形で綿菓子を持っているように、と。
 どういう意味だか分からないまま、ハーレイは綿菓子の棒を握っていたのだけれど…。
「これはね、こうやって食べるんだよ」
 ブルーが上半身を傾け、ハーレイが持っている綿菓子を齧った。
 自分の手などは添えることなく、首だけを伸ばして桜色の唇を開けると甘い綿を一口。
 口に含んだ綿が消えると、ブルーはペロリと唇を舐めて。
「ハーレイ、君はそっち側から食べて」
「なんですって?」
 そっち側とは…。私の側から、この綿菓子を齧れという意味で仰いましたか?
 私にも綿菓子を齧るようにと?
「そうだけど? この綿菓子は二人分だと言っただろう」
 だから二人で食べるんだよ、これを。
 ぼくはこっち側から食べていくから、君は自分に近い側から。
「…それでフォークも皿も要らないと…」
 そう仰ったのですか、綿菓子はこうして齧るものだと。
 確かに正しい食べ方だろうとは思うのですが…。マナーの点からは些か問題があるような…。



 行儀が悪いと苦言を呈したものの、まるで聞く耳を持たないブルー。
 仕方なく綿菓子に齧り付いたら、ブルーの顔がやたらと近い。
 ブルーも食べようとしていたのか、と慌てて綿菓子から顔を離した。うっかり齧って鉢合わせてしまわないよう、タイミングを計って交互に食べようと思っていたら。
「同時に食べなきゃ駄目だろう!」
 でないと公平に食べられないから、二人分を頼んだ意味が無くなる。
 ぼくが齧っていようが、いまいが、君はそっち側から綿菓子を食べればいいんだよ!
 とにかく食べろ、と向かい側のブルーに叱られた。
 綿菓子は同時に食べてこそだと、二人で一緒に食べるものだと。



 腹を括って食べ始めたものの、齧る度に減ってゆく甘い綿菓子。
 最初は殆ど見えなかったブルーの顔が一口ごとに綿の端から覗き始めて、綿菓子の厚みも減ってゆく。白くふうわりと膨らんでいた雲が次第に薄らいでゆく。
 ハーレイが、ブルーが齧り付く度に綿菓子は減って、近付いてくる互いの顔。
 どんどん、どんどん、縮まる距離。
 ブルーの顔はもう目の前と言った感じで、舌を伸ばせば舐め上げられそうなほどで。
(………)
 もう食べられない、とハーレイは動きを止めたのだけれど。
 綿菓子から顔を離したのだけれど。
「最後まで食べる!」
 しっかり齧る、と叱咤されて綿菓子を食べようと首を伸ばしたら触れ合ってしまった唇。
 柔らかなブルーの唇と重なってしまった唇。
 甘い糸が間に入っていたからだろうか、ブルーの唇は文字通り甘い味がして。
 初めて触れ合わせたというわけでもないのに、頬が真っ赤に染まってしまった。
 その食べ方を強いた、ブルーの方も。



 透けるように白い肌を襟元まで赤くしたブルーが唇に手をやって。
「…案外、恥ずかしいものだね、これは」
 ここまで顔が赤くなってしまうとは思わなかったよ、まだ心臓がドキドキ音を立てているかな。
 君の顔だってトマトみたいに赤いよ、きっと耳まで赤いんだろうね。
「…何だったんです、あの食べ方は?」
 ああいう食べ方を続けていたなら、ああいった結末は容易に予測可能かと思われますが…。
 私は想定しておりませんでしたが、言い出されたあなたは最初から御存知だったのでは?
「ちょっと、昔の資料を見ててね」
 データベースで、ずうっと昔の資料をね。SD体制が始まるよりも遥かな昔の地球のデータを。
「地球ですって?」
 そのデータには何とあったのでしょうか、このようなことをなさるとは…。
 私には全く分からないのですが、データには何と…?



「…ん? ぼくが見付けた古い資料の話かい?」
 バカップルというのがあったんだよ、とブルーは笑った。馬鹿とカップルを掛け合わせた造語。
 そのバカップルと呼ばれるカップルたちは、こうやって綿菓子を食べていたらしい、と。
「バカップル…ですか?」
 馬鹿と付くほど所構わず戯れ合うカップルという意味でしょうか、その言葉は?
 あのような綿菓子の食べ方からして。
「うん。二人でジュースを同じ器からストローで飲む、というのもあったけれども…」
 綿菓子が面白そうだったのだ、と微笑むブルー。
 大きな綿菓子の向こう側から互いの顔がどんどん見えて近付いてくるのが楽しそうだから、と。
「綿菓子はそういう目的のために存在している食べ物ではないと思いますが!」
「まあね。明らかに違う存在だよねえ、綿菓子は」
 子供たちのための食べ物だよね、とは言っていたけれど。
 肩を竦めてみせたブルーだったけれど、その後も何度もやられたのだった。
 綿菓子を一つと、大きな綿菓子を夜食に一つ持って来て欲しいと。
 そうして綿菓子を運んでゆく度、繰り返される例の食べ方。
 バカップルとやらの食べ方を真似た、二人で同時に齧って最後はキスな食べ方。
 いくら恋人同士であっても、その食べ方はやはり気恥ずかしくて。
 ブルーと唇を触れ合わせた後、深いキスへと雪崩れ込んでも、頬が赤らむのは止められなくて。



(…あれは本当に恥ずかしかったんだ…!)
 誰も見ていないと分かっていたけれど、誰も周りにいなかったけれど。
 大きな綿菓子をブルーがどうやって食べているのか、誰も訊いたりしなかったけれど。
(作って貰っている間、待っている俺がどれほど苦労したことか…!)
 出来上がった綿菓子はブルーと二人で食べるのだから。同時に食べ始めてキスなのだから。
 何も知らない厨房の者や腕自慢の者が甘い糸の雲を作っている間、何度いたたまれない気持ちになっただろう。赤く染まりそうな頬を「少し暑いか?」と誤魔化しながら押さえただろう。
 それを幾度も繰り返した果てに、懲りて綿菓子を二つ持って行くようになった。
 大きな綿菓子を一つ、と思念でブルーの注文が来たら、綿菓子を二つ。
 ブルーは不満そうに唇を尖らせたけれど、「御注文の綿菓子をお持ちしました」と。



 そして小さな今のブルーも。
 土産に買って来た綿菓子を半分近くまで食べた小さなブルーも。
「ハーレイ、どうして綿菓子を二つ買って来たの!」
 ぼくは綿菓子、大好きだけれど。
 ハーレイは綿菓子なんかよりも普通のお菓子が好きなんじゃないの、綿菓子は頼りないものね。
 もっとお腹に溜まりそうなお菓子が好きだと思うな、ぼくの綿菓子に付き合わなくても良かったのに。一個にしとけば、ハーレイのお菓子はママのケーキになったのに…。
「それはな…。一つだと、お前、ロクなことを思い出さないだろう?」
 でもって俺に向かって妙なことを言うんだ、それが何かは俺は言わんが。
「思い出したよ!」
 全部すっかり思い出したから怒ってるんだよ、どうして綿菓子が二つなの、って!
 前のぼくも何度も怒った筈だよ、綿菓子は一つしか注文していないけど、って!
 ハーレイは綿菓子を必ず二つにするんだ、ぼくが一個とお願いしたって!



 綿菓子は一つで良かったのに、と膨れる恋人。
 二つ買わずに一つだけ買って来てくれていれば良かったのに、と不満一杯の小さな恋人。
 まだ十四歳にしかならないブルーと、あの食べ方が出来るようになるのはいつだろう?
 大きな綿菓子を一つ、と二人で注文出来る日はいつになるのだろう?
 いつか、その日が訪れたなら…。



「ハーレイ、今日は綿菓子、二つでも許してあげるけど…」
 結婚した後に二つ買ったら、ぼく、怒るからね?
 今度こそ綿菓子は一個あったらホントのホントに充分だからね…!
「分かっているさ。俺もその時は一個しか買わん」
 お前が後ろで膨れていたって、赤くなっていたって、一個だけだ。
 そいつを二人で食べるんだろうが、お前と俺とで綿菓子を一個。
「そうだよ、今度は本物のバカップルだよね?」
 ぼくたちが恋人同士だってこと、誰に知られてもいいんだものね。堂々とバカップルだよね?
「うむ、バカップルだ」
 綿菓子を買って正真正銘のバカップルと洒落込もうじゃないか、二人で一個の綿菓子だ。
 お前が止めても一個しか買わん。
 俺とお前で一個の綿菓子、うんとデカイのを頼んで作って貰ってな。



 遠い昔に青の間で二人、コッソリと気取ったバカップル。
 前のブルーがデータベースで見付け出して来た、馬鹿と呼ばれるほどの恋人同士。
 バカップルという言葉自体は、遥かな昔に死語だけれども。
 前の自分たちが生きた時代ですら、死語となってしまった言葉だったけども。
 小さなブルーが大きく育ったら、またバカップルとして暮らしてみたい。
 綿菓子を買うなら、二人で一個。
 大きな綿菓子を一緒に齧って、最後はキスして終わる食べ方。
 他にも甘い時間を沢山、沢山、ブルーと二人で幸せの中で。
 今度は誰にも隠すことなく、何処へ行ってもバカップルになっていいのだから…。




            綿菓子・了

※一つの綿菓子を、二人で食べていた前のハーレイとブルー。「バカップルらしく」と。
 けれど今では、綿菓子は一人に一個ずつ。前と同じに食べられる日は、まだ先です。
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(ふうむ…)
 似合うかもな、とハーレイは鳶色の目を細めて新聞のカラー写真を眺めた。
 花屋の広告特集だけれど、結婚式用のブーケやフラワーアレンジメントなどを披露する広告写真だけれど。結婚式にはもちろん花嫁がいるから、花嫁のための生花の髪飾りも多数。
 その中で目を引いた胡蝶蘭の飾り。結い上げた髪に胡蝶蘭が幾つも。



(あいつ、こういうのがいいかもなあ…)
 夢は花嫁な小さなブルー。
 「早くハーレイと結婚したいよ」が口癖の、十四歳にしかならないブルー。
 今はまだ本当に小さいけれど。
 百五十センチで止まったままの背丈も、年相応に幼い心も、まだまだ子供のものだけれども。
(いつかは前のあいつとそっくり同じに育つんだ)
 気高く美しかったソルジャー・ブルー。前の自分が愛したブルー。
 前の自分が失くしてしまった、あの美しいブルーがそっくりそのまま戻って来る。
 憂いを秘めた瞳の色だけは、今度のブルーには無いだろうけれど。幸せ一杯の瞳を煌めかせて、ただただ嬉しそうに笑うのだろうけれど。
(あんな悲しい瞳は二度としなくていいんだ、俺がさせない)
 今度こそ守ると決めているから。
 どんな悲しみも憂いも近付けることなく、幸せの中で微笑むブルーを守り続けて生きてゆく。
 小さなブルーが育ったならば。結婚出来る歳の十八歳を迎えたならば。



 そうしたらブルーは、花嫁衣装を着ることになる。
 前の生では着られずに終わった、花嫁だけが着られる衣装を。白いシャングリラには花嫁衣装と呼べるドレスは無かったけれども、挙式だけのための純白のドレスは無かったけれども。
(もしもウェディングドレスがあったとしたって、前のあいつは…)
 けして着られはしなかった。前のブルーは花嫁衣装を着られなかった。
 誰にも言えない秘密の恋人同士だったから。結婚式を挙げるわけにはいかなかったから。
 白いシャングリラにも恋人たちはいたというのに、結婚式だってあったのに。
(子供が生まれたカップルだっていたのになあ…)
 前のブルーは深い眠りに就いていたけれど、そんなカップルたちを起きて見ていたならば。
 赤い瞳に悲しみの色がまた増えたろうか、自分は結婚出来ないのにと。
(前のあいつなら…)
 恐らく、彼らを心の底から祝福していたことだろう。生まれた子供たちにも愛を注いで、キスを贈りもしただろう。新しいミュウの世代が出来たと、この子供たちが未来を築いてゆくのだと。
(自分の幸せってヤツは後回しだな)
 結婚出来ないことも、恋人がいると明かせないことも、前のブルーなら悲しむことさえも忘れていたに違いない。自分が守り続けた種族の、ミュウの未来を担う子供たちが出来た喜びの前に。
(…そういうヤツだった、前のあいつは…)
 ただひたすらにミュウのために生きて、ミュウの未来を守って散った。
 メギドを沈めて、独りぼっちで暗い宇宙で逝ってしまった。別れのキスさえ交わすことなく。



(今度は幸せにしてやらんとな)
 自分の心を押し殺すような生き方はさせずに、小さなブルーが望むままに。
 どんな我儘でも言っていいのだと、何度も何度も言い聞かせてやって。
(結婚する頃には、もう小さくはない筈なんだが…)
 それでも今はまだ、小さなブルー。育った姿を思い描こうにも、あまりに愛くるしいブルー。
 だから想像するしかない。前のブルーの姿形から、憂いと悲しみの色とを消して。



(まずは結婚式なんだ)
 花嫁衣装を纏ったブルーと永遠の愛を誓う式。
 小さなブルーはウェディングドレスは女装なのかと悩んでいたこともあったけれど。
 ハーレイが自分の母が着たのだと話してやった、白無垢にも憧れているようだけれど。
(ウェディングドレスを着るのなら…)
 髪には花がいいかもしれない、と漠然と何処かで思っていた。
 銀色の髪に、幾つもの花を。
 具体的なイメージは何も無かったし、こういう花だと思ったわけでも無かったのだが、何故だか花を飾るのがいいなと考えている自分がいた。
 煌びやかなティアラを被せるよりも。
 ブルーには花だと、ティアラよりも花が良さそうだと。



 繊細な銀細工のようなブルーに、ティアラはきっと映えるだろうけれど。
 花嫁どころか姫君に見えることだろうけれど、ティアラよりも花。
(あいつには清楚な花が合うんだ)
 美しいけれども、華美なイメージではないブルー。
 それに、宝石よりも花だと思う。
 ティアラに鏤められた宝石よりも、花。
 命が無い上に豪奢で高価なだけの宝石などより、命の輝きの瑞々しい花。
 銀細工のようでも、血の通ったブルー。温かい血が流れたブルー。
 生きているブルーには花が似合うと、命あるものこそが似合うのだと。



(宝石なら顔にくっついてるしな?)
 わざわざティアラを被せなくとも、ブルーが持っている何にも代え難い澄んだ光を宿す宝石。
 二粒の真紅に光る宝石。
 その片方がメギドで失われたと小さなブルーから聞かされた時は、どれほどの怒りがこみ上げたことか。あの美しい瞳を銃で撃つなど、悪魔の所業でしかないと。
(そんな最期を迎えただなんて、前のあいつが可哀相じゃないか)
 右の瞳を失くしてしまって、痛みのあまりに右手に残った温もりさえも失くしてしまって。右の手が冷たいと泣きじゃくりながら死んでいったブルー。メギドに散ったブルー。
 それを聞いた時、キースを引き裂いてやりたいほどに激しく憎んだ。同時に自分自身を呪った。
 キースとは地球でまみえたというのに、彼を殴らなかったから。
 キースがブルーに何をしたのか、前の自分はまるで知らなくて、律儀に挨拶してしまったから。
(知っていたなら、あの場で一発殴っていたんだ)
 たとえ会談が後に控えていようと、自分の立場がキャプテンだろうと。
 それくらいはしても許されたと思う。ブルーの仇、と殴り飛ばして、謝らせて。
(あくまでブルーの仇だしな…)
 まさか恋人の敵討ちとは、誰も気付きはしなかったろう。殴ればよかった、あのキースを。
 今となっては手遅れだけれど、キースは何処にもいないのだけれど。



 キースが砕いてしまった宝石。美しかった赤い宝石。
 その宝石は蘇ったから、小さなブルーの顔で生き生きと煌めき、命の輝きを放っているから。
(宝石はあれだけで充分なんだ)
 余計なティアラなど被せなくても、二粒の赤い宝石だけで。
 だから、飾るなら花がいい。銀色の髪に瑞々しい花を。
 これだと思い描いたイメージは本当に何も無かったけれども、この胡蝶蘭。広告の胡蝶蘭の花。
 幾つもパターンが載っているから、多分、定番なのだろう。花嫁のための髪飾り。
(ほほう…)
 花言葉は「幸福の飛来」だという。それだけでも選ぶ価値がある。
 花嫁になったブルーに幾つも、幾つもの幸福の飛来。それを願わないわけがない。
(おまけに、蝶だな)
 蝶を思わせる花の形が気に入った。白いシャングリラにはいなかった蝶。自給自足で生きてゆく船で担う役目を持たなかったから、蝶は飼われていなかった。
(今の俺たちには蝶は見慣れたものなんだが…)
 青い地球の上を舞う、様々な蝶。今の時代に生まれ変わったからこそ見られる蝶。
 まるで平和の証のようだ、と胡蝶蘭の花の形に惹かれた。この花がいいと、蝶の花がいいと。
 小さなブルーが髪飾りは花でもいいと言うのなら…。



(胡蝶蘭だな)
 これがいいな、と広告の写真を覗き込んでは幾つものパターンを見比べる。
 胡蝶蘭の髪飾りは白もあったけれど、ピンクもあった。淡いピンクや、濃いめのピンク。純白のウェディングドレスに合わせて、ピンクの胡蝶蘭の髪飾り。
(あいつらしい色の取り合わせだな)
 アルビノに生まれて来たブルー。前の生では成人検査が引き金となってアルビノになったブルーだけれども、今のブルーは生まれた時からアルビノだという。
 その姿ゆえに付けられた、ブルーという名。同じアルビノのミュウの長から取られた名前。
(生まれた時からソルジャー・ブルーだったんだ、あいつ)
 記憶は無くとも、その姿だけで。ブルーの両親がブルーと名付けたほどに珍しいアルビノ。
 透けるように白い肌に銀色の髪で、瞳はさながら赤い宝石。
 そんなブルーに真っ白なドレス、髪にピンクの胡蝶蘭。
 きっと似合うという気がする。誰もが思わず振り返るような、それは見事な色の取り合わせ。



(これにするかな)
 ブルーにはピンクの胡蝶蘭だ、と思ったけれども。
 ウェディングドレスのデザインなどはともかく、髪にはピンクの胡蝶蘭だとイメージが固まってしまったのだけれど。
 しかし…。
(一人で決めちまってどうするんだ、おい)
 花嫁になるのは、あくまでブルー。ウェディングドレスを纏うのもブルー。
 その花嫁の意見も聞かずに決めるわけにはいかないから。自分一人では決められないから。
(あいつなら何でも喜びそうではあるんだが…)
 夢が花嫁なだけに、どんなドレスでも、髪飾りでも、ブルーはきっと満足だろう。自分の花嫁姿などは二の次、大切なものは花嫁な自分。花嫁衣装を纏った自分。
(俺の趣味だけで全部決めても、文句を言いそうにはないんだが…)
 それでも訊いてやらねばなるまい。どんな衣装を選びたいかと、髪の飾りは何にするかと。
 明日は土曜日だから、ブルーの家に行く日だから。
 話してみようか、このアイデアを。
 髪にはピンクの胡蝶蘭だと、それが似合うと思うのだが、と。



 翌朝、ベッドで目覚めた時にも胡蝶蘭を忘れてはいなかった。花嫁衣装のブルーにはこれだと、ピンクの胡蝶蘭が似合いそうだと。
 朝食を食べて、ブルーの家まで歩く途中も忘れてしまいはしなかったから。
 小さなブルーとテーブルを挟んで向かい合わせで腰掛けた後に、訊いてみた。
「お前、花がいいか?」
 花ってヤツは好みか、お前?
「えっ?」
 花は好きだけど、ハーレイ、いきなりどうしたの?
「髪の毛さ、髪」
 お前の頭にくっつけるのに、花はどうかと思うんだがな?
「なんで花なの、ぼくの頭に?」
 それじゃ女の子みたいだけれど…。花冠でもくれるの、ハーレイ?
「花冠なあ…。そういうのも混じっていたかな、うん。実は結婚式の話なんだが…」
「結婚してくれるの!?」
 ハーレイ、それってプロポーズ?
 結婚式の話だなんて、結婚の申し込みだよね…?



 プロポーズなの、とブルーの顔が輝くから。
 もう結婚が決まったかのように、それは嬉しそうに身を乗り出すから。
 「いずれはな」と苦笑しながら、ハーレイは小さなブルーにこう話し掛けた。
「これはプロポーズとは違ってだな…。結婚式の中身の話だ、どんな格好をするかだな」
 お前、ドレスを着るんだろう?
 前に女装だと悩んじゃいたがだ、俺に抱き上げられた記念写真ってヤツを撮りたいんならドレスだからな。あのポーズ、お前の憧れなんだろ、如何にも幸せな花嫁っていう感じだしな?
「んーと…。ぼくは白無垢でもいいんだけれど…」
 白無垢にもちょっぴり憧れるんだよ、ハーレイのお母さんが着たって話を聞いたから。どっちにしようか決めてないけど、早めに決めた方がいい?
「いや、急がないが…。もしもドレスにするんなら、だ。髪はどうする?」
「…伸ばさなきゃ駄目?」
 ちゃんと結えるように伸ばすべきかな、そういう話もあったよね?
 ハーレイ、うんと長さの要る髪型がいいって気がしてきた?
 今から伸ばさないと間に合わないくらい、長く伸ばさなきゃ結えない髪型。そうなんだったら、ぼく、頑張って伸ばすけど…。パパとママには「伸ばしたくなった」って嘘をついて。

 怪しまれないようにして長く伸ばすよ、と応じるブルーは健気だけれど。
 伸ばせと言ったら腰までも伸ばしそうなほどの勢いだけれど、今は髪型の話ではないから。
 ハーレイは「そうじゃなくてだ」と張り切るブルーを遮った。
「髪型じゃなくて、飾りの方だ。ティアラ、被るか?」
「…ティアラ?」
「冠だ、冠。ベールとセットで花嫁には要るぞ、でなきゃ花だな」
 もちろん、花もベールとセットものだが…。ベールってヤツは欠かせないからな。
 ベールはともかく、花かティアラか。どっちがいい?
 お前はどっちを髪に飾りたいんだ、ティアラか、花か。
「えーっと…」
 そんなの考えたことが無かったよ、ドレスか白無垢かは時々悩んでいるんだけれど…。
 ティアラか花かって、ドレスのデザインで決まるんじゃないの?
 ドレスにくっついてくるものじゃないの、髪飾りって?



 キョトンとしている小さなブルーはまるで分かっていなかった。
 世間の花嫁はドレス選びで大騒ぎすることも、それに合う髪型や髪飾りを選び出すために更なる騒ぎがあることも。まだ十四歳と幼い上に、男なのだから当然と言えば当然なのだが…。
 ハーレイはクックッと小さく笑うと、「セットじゃないさ」と教えてやった。ドレスを選んでも髪飾りが決まるわけではないと。そうと決まったわけでもないと。
「これがセットになっております、ってドレスがあっても、必ず使えと決まっちゃいないぞ」
 別のがいいと、これは嫌だと言い出す女性も多いんだ。自分の好みっていうものがあるからな。
 そんなわけでだ、髪飾りはセットじゃないんだが…。お前、どういう飾りをつけたい?
 俺は花かと思うんだがな?
「どうして?」
 ぼくって花が似合いそうなの、頭に花なんかくっつけたことがないけれど…。
 前のぼくなら、シャングリラの子供たちが作ってくれた花冠を何度も乗っけていたけどね。
「単なる俺のイメージってヤツだ」
 ティアラよりも花が良さそうだよな、と思ったわけだな、単純に。
 お前の顔には見事な宝石が二つもくっついているだろう?
 頭の上にまで載せなくていいと、ティアラは要らんと思うんだが…。それよりも花だ、そっちの方がお前に似合いそうだ。造花じゃなくって本物の花がな。



 こんなのはどうだ、とブルーの手に触れて思念でイメージを送ってやった。
 胡蝶蘭で出来た髪飾り。広告で目にした幾つものパターン。
 小さなブルーは目を丸くして。
「胡蝶蘭なの?」
 綺麗だけど、ハーレイ、胡蝶蘭が好き?
「こいつのピンクが良さそうだな、と思ってな。ピンクを使ったヤツじゃなくて、だ…」
 ピンクの胡蝶蘭がいいな、という気がするんだ。どう飾るかとは全く別にな。
「なんで?」
 ハーレイ、ピンクが好きだった?
 白が好きだと思ってたけど…。白はシャングリラの色だったしね。
「俺の好みの色はピンクじゃないんだがな?」
 それなら車もピンクだろうさ、今の緑じゃなくってな。俺の好みとは無関係だ、これは。
 いいか、ウェディングドレスが白だろう?
 そこへピンクの胡蝶蘭の髪飾りをつければ、白にピンクでアルビノっぽくならないか?
 アルビノのお前は白に赤だし、白にピンクが合いそうだがな?
「ホントだ…!」
 ぼくの目の色、赤だものね。
 真っ白な花を持ってくるより、ピンクの方が似合ってるかもしれないね…!



「そうだろう?」
 ついでに、こいつの花言葉はな…。
 「幸福の飛来」と言うんだそうだ。蝶の形だけに、幸福が飛んで来るんだな。俺はお前をうんと幸せにしてやりたいんだし、幸福が飛んで来る花で飾ってやりたい。
 それにシャングリラには蝶なんか飛んでいなかったろう?
 役に立たないと飼わなかったが、この地球じゃヒラヒラ飛んでいるってな。俺たちは蝶が住める平和な世界に来たんだ、そういう意味でも胡蝶蘭だな。
「それ、いいかも…!」
 幸福が飛んで来る花で、シャングリラにはいなかった蝶の形の花なんだね。
 その花がいいよ、胡蝶蘭にしようよ、ハーレイ!
 胡蝶蘭に決めた、とブルーがはしゃぐ。
 結婚式には胡蝶蘭だと、髪にピンクの胡蝶蘭の花を飾るのだと。
 それに純白のウェディングドレス。白とピンクでアルビノらしくと、そういう花嫁姿がいいと。



「お前、白無垢はどうするんだ?」
 ドレスか白無垢かで悩んでいたのは、もういいのか?
「それだけど…。白無垢でも髪飾りに花はつけられるでしょ?」
 絶対ダメってことはないよね、綿帽子の下は好きに飾っていいんでしょ?
「確かにそういう写真もあったが…」
 お前に送ったイメージ以外で、そんな写真を見かけたっけな。白無垢で髪に胡蝶蘭のな。
「じゃあ、決まり!」
 ドレスか白無垢かはまだ悩むけれど、髪飾りはもう決まったよ。
 ピンクの胡蝶蘭にするんだ、ハーレイのお勧めの胡蝶蘭の花。どう飾るかは決めてないけどね。髪飾りの形よりも衣装が先だし、それが決まってから悩むことにするよ。
「髪飾りって…。もう決めたのか!?」
 そっちから先に決めちまったのか、花嫁衣装よりも髪飾りを先に決めるのか?
「少しでも早い方がいいじゃない」
 順番なんかにはこだわらないしね、どっちが先でもかまわないよ。
 それよりも結婚式の準備の方が大事で、出来ることは先にしておかないと。



 準備するものが一つ決まった、とブルーは今にも舞い上がりそうで。
 髪にはピンクの胡蝶蘭だと浮かれているから、ハーレイは呆れ顔になる。
「一つ決まったと喜ぶのはお前の勝手だが…。お前、明日には忘れてそうだが?」
 結婚式はまだまだ先だし、お前は十四歳のチビだしな?
 明日になったら綺麗サッパリ、影も形も無いんじゃないのか、ピンクの胡蝶蘭の髪飾りは?
「それはそうだけど…。覚えているかもしれないよ?」
 結婚式の準備なんだよ、うんと大切なことだもの。髪飾りだけでも決まったんだもの、しっかり覚えておきたいな。ホントはメモに書きたいくらいなんだけど、まだ早いしね…。
「当たり前だ! お前、いくつだ!」
 チビはチビらしくしてればいいんだ、結婚式の準備なんぞを始める歳じゃないからな!
 間違ったってウェディングノートはまだ作るなよ?
「…ウェディングノート?」
 なあに、それ?
 何をするものなの、それも結婚式の準備をするのに要るものなの?
「な、なんでもない…!」
 気にしなくていいんだ、チビのお前は。そういうのを持つにはまだ早いしな。
「持つって…。やっぱり結婚式には要るものなんだね、ウェディングノート」
 教えてよ、それってどういうノートか。
 普通のノートで間に合うものなら、今から作っておきたいような気もするし…。
 ハーレイが教えてくれないんだったら、メモに書いておいてデータベースで探すことにするよ。



 だから教えて、と言い出した小さなブルーは本気で調べそうだから。
 調べるだけでは済まずにウェディングノートを自分で作りそうだから、ハーレイは焦って止めにかかった。ブルーには早いと、まだ早すぎると。
「いいな、ブルー。ウェディングノートは結婚式の準備をするためのノートなんだ」
 どういう結婚式にするとか、誰を呼ぶとか、いつまでに何を決めなきゃいけないかだとか…。
 スケジュール帳と覚え書きを兼ねたようなものだな、中身は実に細かいらしいが。
 専用のウェディングノートも売られているし、自分で作ろうって人もいる。
 だがな、いくら自分で作れるからって、ウェディングノートなんかを用意していて、だ。もしも見付かったらどうするつもりだ、お父さんとかお母さんに?
 誰と結婚する気なんだ、って所から色々と訊かれちまうぞ、冗談では済まない代物だけにな。
「そっか…。夢中で書いてて、ママが入って来ちゃったら…」
 何を書いてるのか、後ろからコッソリ覗き込みたくなるだろうしね、ママだって。
 それで中身がウェディングノートだと分かっちゃったら、大変なことになっちゃうかも…。
 取り上げられて、中身を読まれて。
 ぼくがお嫁さんを目指しているのも、誰のお嫁さんを目指してるかもバレちゃうかもね…。



 早くウェディングノートも作りたいのに、とブルーが残念そうに呟く。
 決まったばかりのピンクの胡蝶蘭の髪飾り。
 こういうアイデアも書いておきたいと、忘れないように書き留めたいのにと。
「せっかく一つ決まったのに…。結婚式の準備」
 結婚式で髪に何をつけるか、とても素敵なアイデアが出来て決めたのに…。
 ぼくはチビだから忘れちゃうんだ、書いておくウェディングノートも無いから。明日になったら覚えていなくて、思い出しさえしないんだ…。ピンクの胡蝶蘭の髪飾り…。
「なら、俺が書くか?」
「えっ?」
「ウェディングノートは持ってないがな、今の所は作る予定も無いんだが…」
 あれは未来の嫁さんと一緒に作るものだし、お前が作れる歳にならんと無理なわけだが…。
 ウェディングノートの代わりに、俺の日記に書いておいてやろうか?
 お前の髪飾りはピンクの胡蝶蘭だと、胡蝶蘭の花に決まったとな。
「ホント!?」
 ハーレイの今日の日記に書いてくれるの、ぼくの髪飾りが決まったこと。
 結婚式にはこれにするんだ、って羽根ペンで書いてくれるんだね…!
「日記を書く時まで俺が覚えていたらな」
 これから一緒に昼飯を食って、午後のお茶は庭のテーブルか?
 そいつが済んだらお前の部屋でのんびりしてから夕食だよなあ、その後は食後のお茶もある。
 おまけに明日は日曜日だしな、帰りも普段よりかはゆっくりな上に車じゃなくって歩くんだぞ?
 忘れそうな場面が山ほどあるなあ、はてさて、いつまで覚えているやら…。
「酷い…!」
 今すぐに手帳に書いておくっていうのは無いんだね!?
 そして帰るまでに忘れちゃうんだ、ハーレイまでぼくと一緒になって…!
「仕方ないだろ、単なる話題っていうヤツだからな」
 俺が家まで覚えていたなら、ラッキーだったと思っておけ。
 しかしだ、お前と夜まで話す間に、二人して見事に忘れちまうと思うぞ、これは。
 胡蝶蘭の花があったら覚えてそうだが、お前の家にも俺の家にも胡蝶蘭の花は無いってな。



 ブルーには、そう言ったけれども。
 小さなブルーは膨れっ面になったけれども、書かなくても、きっと忘れない。
 胡蝶蘭の花の髪飾りの話は忘れ果てても、ブルーの髪には花が似合うと思ったことは。
(そうさ、ティアラよりも花が似合うんだ)
 宝石はブルーの顔に二つもついているから、宝石を鏤めたティアラは要らない。
 髪に飾るなら、瑞々しい花。命の輝きが眩しい花。
(こいつは絶対、忘れないってな)
 記憶の底へと沈んでいっても、埋もれてしまいはしない筈。
 この記憶さえ錆びずに残っていたなら、その時が来たら思い出す。
 小さなブルーが大きく育って、花嫁になる日が近付いたなら。
 二人で花嫁衣装を決めたり、あれこれ準備をし始めたなら。
 胡蝶蘭の花がいいと思ったと、ブルーの髪にはピンクの胡蝶蘭の髪飾りだと…。




             胡蝶蘭・了

※宝石だったら、ブルーの瞳で充分だから、と結婚式には花の飾りがいいと思うハーレイ。
 ティアラよりも花で、「幸福の飛来」な花言葉の胡蝶蘭。どうなるでしょうね。
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(大座布団…)
 学校から帰って、おやつを食べて。広げた新聞に載ってた広告、カラー写真の大座布団。
 ゆったり座ってお殿様気分、って謳い文句で、特大の座布団のことみたい。
(かなり大きいよね?)
 比較用にってことなんだろう、隣に座った大人の男性。正座して普通の座布団の上。大座布団は普通のよりも大きい上に、厚みだって倍はありそうな感じ。
(お殿様気分かあ…)
 ぼくは本物のお殿様なんか知らないけれど。
 歴史の授業でしか聞かない名前で、ずうっと昔に地球の日本って島国にいた偉い人たちだけど。こういう大きな座布団に座っていたのかな、って想像してみた。
(どうせだったら、お殿様の写真もつければいいのに…)
 モデルさんにそういう格好をさせて。大座布団に座った写真をつけたら、もっと売れそう。隣に座った男性の方も、お殿様の家来の格好で。
(その方がいいと思うんだけどな…)
 お殿様気分を売りにするなら、断然、それだという気がする。大きな座布団、特大の座布団。
 どんな人がこれを買うのかな、って広告を眺めていたんだけれど。



(…あれ?)
 こういう座布団、ハーレイの家で見なかったっけ?
 リビングにあった大きなクッション。ふかふかの絨毯の上に置かれていたクッション。
(ハーレイの色の…)
 肌の色っていう意味じゃなくって、前のハーレイのマントの色。濃い緑色。今のハーレイの車の色もそうだし、ぼくにとってはハーレイの色。
 あのクッションを見かけた時にも、そう思った。ハーレイの色のクッションだな、って。
 きっとリビングがあれの定位置なんだろう。一度だけ遊びに出掛けた時も、一回だけ瞬間移動で飛んで行っちゃった時も、クッションはリビングの絨毯の上にあったから。
(大きいクッションだと思っていたけど…)
 床にあったから、昼寝用かと思ってた。ゴロンと転がるのに丁度良さそうだもの。頭から肩までクッションの上で、気持ち良く昼寝出来そうだもの。
 だけど、今から思えば、あれは座布団。クッションじゃなくて、この広告にある大座布団。
 真ん中と四隅に糸がついてた。真ん中はちょっぴりへこんでた。
 ぼくの家に座布団は無いんだけれども、座布団の知識くらいは持ってる。
 あの時は気付かなかったけど。クッションなんだと思い込んでしまっていたけれど。



(大座布団って…)
 ハーレイの趣味の座布団だろうか、ハーレイの色をしてるんだから。
 濃い緑色をしたハーレイの車は、あの色のを選んだみたいだし…。大座布団だって、きっと。
(あの色が気に入って一目惚れ?)
 そうなのかな、と思ったけれども、色だけだったら普通のクッションにすればいい。大座布団を選ぶ必要はない。そうなってくると…。
(ハーレイ、座布団が好きなわけ?)
 しかも普通の座布団じゃなくて、大座布団。お殿様気分の大座布団。
(お殿様が憧れだったとか…?)
 ぼくの知らないハーレイの中身。今のハーレイの中身は知らない部分がまだまだ沢山、こういう趣味とか好みの物とか、前のハーレイとは違うから。
 こうなってくると気になる座布団、ハーレイの家で見かけた筈の大座布団。
(あれの話を聞いてみたいな…)
 こんな日にハーレイが寄ってくれたらいいんだけれど。
 学校の仕事が早く終わって来てくれたならば、大座布団の話が出来るんだけれど…。



 来てくれるといいな、と大座布団の広告をもう一度目に焼き付けてから新聞を閉じた。
 キッチンのママにおやつのお皿やカップを返して、階段を上って部屋に戻って。
 ぼくの部屋にあるクッションを抱えて、椅子の上にポンと乗っけておいた。ハーレイと話す時に座る窓際の椅子の、ぼくの椅子の方に。
(よし!)
 これなら絶対、忘れない。
 ハーレイが次に来てくれた時は、大座布団の話をするんだ。今日でなくても、次に会った時に。
 その日が来るまで、クッションは椅子の上だと決めた。
 普段は床に置いてるクッションだけれど。床に座る時にチョコンと腰を下ろすんだけど…。



 ハーレイの仕事が早く終わるか、それとも駄目か。
 期待半分、諦め半分、勉強机で本を読んでたらチャイムが鳴った。この時間だと、鳴らした人はもう間違いなくハーレイだから。窓に駆け寄って、手を振った。クッションを乗っけた椅子の横に立って、門扉の所に立つハーレイに。
 そうして部屋に来たハーレイだけれど、ママがお茶とお菓子をテーブルに置いて出てった途端にこう訊いた。まだ椅子に座っていないぼくに。クッションが邪魔して座れないぼくに。
「なんだ、その椅子の上のクッションは?」
 お前、尻でも痛いのか?
 そいつを敷かなきゃ座れないほど尻が痛いなら、運動不足だ。座り過ぎだな。お前の年だと実に情けないが、お前、座ってばかりだからなあ…。
 そういう時には座るよりもだ、軽い運動をするのがいいんだ、ストレッチだ。教えてやるから、俺と一緒に少しやってみろ。何回かやれば尻の痛みが吹っ飛ぶからな。
「違うよ、ハーレイ!」
 お尻なんか痛くなっていないよ、クッションは置いてあるだけだよ!
 ハーレイに訊きたいことがあったから、忘れないように乗せておいたんだってば!



 とんでもない勘違いをされちゃった、ぼく。
 ハーレイと一緒にストレッチは少し興味があったけれども、やったら肝心のことを忘れちゃう。ぼくが訊きたいのは大座布団の話で、運動の話じゃないんだから。
(…ストレッチはいつか覚えてたら訊こう…)
 忘れちゃったら、それはその時。ぼくはクッションを元の床に戻すと、ストレッチを潔く諦めて切り出した。ハーレイの向かいの椅子に座って。
「んーとね…」
 ハーレイの家に行った時にね、リビングで大きなクッションを見たよ。前のハーレイのマントの色とおんなじ色をした大きなクッション。
 あれって、クッションなんだと思ってたけど、ホントは大座布団だった…?
「その通りだが…。よく分かったな、あれが大座布団だと」
 俺の家に何が置いてあったか覚えていたのも驚きなんだが、大座布団と来たか。
 あんまり知られていないんだがなあ、大座布団は。
 現に、俺の家に遊びに来るようなクラブのガキども。特大の座布団だと言ってやがるぞ、ただの大きな座布団なんだと。



「広告に載っていたんだよ」
 今日の広告、って、ぼくは答えた。
「ゆったり座ってお殿様気分って書いてあったけど、大座布団ってハーレイの趣味?」
 あれが好きなの、大座布団っていうものが?
「まあな。明らかに俺の趣味だな、うん」
 しかしだ、お殿様気分って方ではないぞ。単なるサイズの問題だ。
「ハーレイ、身体が大きいものね」
 普通の座布団でも座れそうだけれど、ちょっぴり窮屈で可哀相かな、座布団が。
「おいおい、窮屈っていうのはともかく、座布団が可哀相とは失礼だな」
 座布団は座るためにあるんだ、どんなに重たいヤツが座っても受け止めるのが仕事ってモンだ。
 とはいえ、同じ座るんだったら、ゆったり座りたくなるじゃないか。
 そういうわけでだ、俺の家には大座布団だ。俺の身体にピッタリのサイズの座布団だってな。



 普通の座布団でも充分に座れはするんだが、と言うハーレイ。
 そっちのサイズにも慣れているから、小さくっても別に困りはしないって。
 ハーレイが子供の頃から好きでやってるスポーツ、柔道と水泳。どっちもプロの選手になる道が開けていたのに、ハーレイは蹴った。そうして古典の先生になって、ぼくと出会った。
 ぼくの学校では柔道部の指導をしてるけれども、その柔道には畳が必須。もちろん、正座も。
 座布団は正座に使うものだから、ハーレイは馴染みが深いんだけれど。
「ただなあ…。偉くないと座らせて貰えないんだがな」
 道場に座布団が置いてあっても、指を咥えて見てるだけ、ってな。
「そうなの?」
 座布団があっても使っちゃ駄目なの、偉くないと?
「下っ端は無理だ。先生と呼ばれるくらいにならんと、座布団に座れる身分になれない」
 たとえ座布団が余っていたって座らせちゃ貰えないものだ。
 ガキの頃には道場の隅っこに積まれた座布団、何度も眺めていたっけなあ…。
 いつかはあそこから一枚貰って俺も座ろうと、あれに座れるレベルになろうと。



 子供時代のハーレイの憧れだったらしい座布団。
 柔道を習いに行く道場で、いつかはと夢を見ていた座布団。
「俺の家にはあったからなあ、たまに道場に行っているつもりで座っていたな」
 俺も座布団を貰える身分になったと、ついに先生になったんだと。
 いわゆる「ごっこ遊び」ってヤツだな、俺一人しかいない遊びだったがな。
「ハーレイのお父さんたちの家…。座布団なんかがあったんだ…」
 もしかして大座布団もあったの、その家に?
 ハーレイが子供だった頃から、大座布団は家にあるものだったの?
「うむ。大座布団も普通の座布団も。ついでに畳の部屋もあったな、一部屋だけだが」
 だから余計に道場ごっこの気分が高まるっていう勘定だ。柔道に畳はつきものだしな?
 その部屋に行って、座布団を一枚、引っ張り出して。
 ガキだった俺が上に座るのさ、すっかり先生気分になってな。
「畳の部屋って…。珍しくない?」
 そんなの、あんまり聞かないよ。ぼくの家にも、友達の家にも畳の部屋は無いんだけれど…。
 ああいう部屋って、和風が売りのお店やホテルにあるものじゃないの?
「それはそうだが、結婚式の衣装に白無垢を選んだようなおふくろたちだぞ」
 畳の部屋も一つ欲しいと思ったわけだな、あくまで趣味の延長だな。
「そういえば白無垢を着たんだっけね、ハーレイのお母さん」
 ぼくも白無垢も悪くないかな、って思ったんだっけ、そう聞いた時に。
 ハーレイのお父さんたち、畳の部屋まで作るほどだし、古い文化がホントに大好きなんだね。



 畳の部屋があるような家で育ったハーレイ。
 座布団に座って「柔道の先生ごっこ」をしていたくらいに、畳の部屋が馴染みのハーレイ。
 なのに、ハーレイの家には畳が敷かれた部屋が無い。家の中をぐるっと一周したんだし、もしも見たなら覚えている筈。畳の部屋なんて、普通の家には珍しすぎるものだから。
 なんでハーレイの家には畳の部屋が一つも無いの、って訊いてみたら。
「嫁さんが来なくなったら困るだろうが」
 あの家は子供部屋まであるんだ、いつか嫁さんを貰った時のためにと親父が買ってくれたんだ。
 その嫁さんが家のせいで来なくなっちまったら、本末転倒っていうヤツだからな。
「どうして来ないの?」
 お嫁さんが来なくなるって、どうして?
 畳の部屋があったら駄目って、お嫁さんと畳と、どういう関係?
「正座だ、正座。畳の部屋があるってことはだ、俺が正座をするってことだ」
 常に正座とまではいかなくても、それ専用の部屋があるんじゃなあ…。
 嫁さんだって正座に付き合う羽目になる。
 だが、正座は嫌いって人が多いぞ、そいつがもれなくついてくる家、避けられるだろうが。
「そうかも…」
 足は痛いし、すぐ痺れちゃうし…。
 家でゆったり座りたいのに、そのゆったりが正座だったら嫌っていう人、多そうだよね。
 大座布団を買って座ろうと思うような人なら、そういう家でもいいんだろうけど。



「そういうことさ。だから俺の家には畳の部屋が全く無いわけだ」
 仕方ないから、畳の部屋の代わりにリビングで大座布団に座っているのが俺なんだが…。
 その俺だってだ、前の俺の頃に正座をしろと言われていたなら拷問だと思っていたろうな。
 アルタミラの研究所で押し込められてた檻の中では正座をしろとか、そんな感じで。
「確かにね。前のぼくたちなら拷問だよね…」
 今のぼくでも少しだけしか出来ないよ、正座。
 アルタミラの檻で正座をしろって命令されたら、前のぼくだとホントに拷問。
 実験するぞ、って檻から外に引っ張り出されても歩けやしないよ、足が痺れて動かなくって。



 正座させられたら拷問なんだと思っただろう、前のぼく。
 正座の文化が消された時代。座ると言ったら椅子に座るもので、座布団なんかは無かった時代。
 あの時代に正座が出来るような人が誰かいたのかな、って首を捻ったら。
「ふうむ…。いたとしたなら、キースだな」
 俺もお前も知ってるヤツだと、あいつくらいだ。
「キース?」
 なんでキースが正座出来るの、メンバーズだったら日本の文化も教わるわけ?
「いや。過去の歴史として少しくらいは習っていたかもしれないが…。それよりもだ」
 メンバーズはあらゆる戦闘訓練を受ける。どんな状況でも対処出来るようにな。
 あの座り方で参るようでは話にならん。
 たとえ何時間も正座で拘束されていようと、直ぐに立ち上がって動けてこそのメンバーズだ。
「そっかあ…」
 拷問みたいな座り方だもんね、何処でそういう目に遭わされるか分からないものね。
 足が痺れて動けません、なんて言ってるようではメンバーズの資格は無さそうだよね…。



 だったらキースも柔道をやっていたのかな、って思ったんだけど。
 メンバーズの戦闘訓練の一環として柔道の技も習ったかもね、って考えちゃったんだけれど。
 ハーレイは「そいつはないな」と即答だった。
「あの時代だと柔道っていう武道は全く無いんだ、見事なまでに消されてたってな」
 マザー・システムが消しちまったんだ、礼儀作法とセットだというのがマズかったかもな。
 ただの武術じゃないからなあ…。
 「礼に始まって礼に終わる」ってほどのヤツだし、人間関係だって濃い。子供さえも人工子宮で育てた時代には合いそうもないな。余計な文化は消しておくのが上策だろう。
 それでもSD体制が崩壊した後、復活させたのが人間の凄い所だな。データはあっても、柔道をやるのは人間だ。誰かが体得しないことには、柔道は復活出来ないんだからな。



「うーん…。無かったんなら、キースは柔道、無理なんだね」
 メンバーズでも出来ない武道があるんだ、そういった道のプロなのに…。
「要は戦って勝てればいいんだからなあ、特定の武術にこだわる必要は無いってな」
 そもそも、キースには似合わんだろうが、柔道着。
 体格のいいヤツではあったが、柔道をやるには向いていないな、ヤツの身体は。
「そうなんだ…。もったいないね、せっかく正座が出来るのに」
 あの時代の人間が拷問なのかと勘違いしそうな正座、キースは出来たっていうのにね。
「お前なあ…。もったいないって、相手はキースだぞ?」
 前のお前を撃った奴なのに、お前ときたら…。
 そんなに楽しそうに語られちまったら、俺も真面目に付き合ってやるしかないってな。
 キースは柔道着よりも袴なんじゃないか、道着ってヤツが似合うとしたら。
「袴って…。剣道?」
「いや、弓道だろ。剣道と違って胴着が無いしな」
 弓道で欠かせないのは肩当てくらいだ、後は手袋といった所か。
「そうかあ…。剣道だと顔が見えないんだっけね、体格だってよく分からないし…」
 キース、確かに弓道の格好、似合いそう。
 袴も、弓を構えるのも。



「本物のキースも弓道とはまるで無縁じゃないぞ?」
 メンバーズとして訓練を続けていたかどうかは知らんが、教育ステーションにいた時代。
 シロエとエレクトリック・アーチェリーで競った話は有名なんだ。もっとも、学校で習う歴史の範囲じゃないしな、お前は初耳かもしれないが。
「初めて聞いたよ、そんな話は。シロエとエレクトリック・アーチェリーだったんだ…」
 それじゃ、ホントに弓道なんだね、キースが武道をやるとしたなら。
「あの時代に弓道の弓があったならな」
 ついでに袴や肩当ても要るか…。どれも無かったぞ、前の俺たちの時代にはな。
「あったとしたなら、メギドにも持って来たかな、弓」
 キースが得意なのが弓なんだったら、メギドにも弓。あそこならキースの船もあったし…。
 ナスカと違って弓も持ち込めたと思うんだけど。
「お前、あんなので撃たれたいのか?」
 銃よりも弓がいいのか、お前。矢も相当に痛そうだが?
「…それは嫌かも…」
 ぼくに刺さるってトコまで想像していなかったよ、銃も嫌だけど弓も嫌だよ。
 どっちが痛いのか分からないけど、弓だって痛いに決まってるもの…!



 震え上がってしまった、ぼく。
 弓道の矢がどんなものかは知っているから、あんなので撃たれるなんて御免蒙りたい。
 「撃たれる」じゃなくて「射られる」のかな?
 言い方を変えても矢が刺さることだけは間違いないから、弓を持ったキースに会いたくはない。いくら袴が似合っていたって、弓道の弓が似合ってたって。
 無意識に右の手を握り締めていたら、ハーレイがその手をキュッと握ってくれた。大きな両手で包み込むように。ぼくの手に温もりが伝わるように。
「メギドの話は忘れておけ。キースも、弓もな」
 それよりもだ。お前が畳が嫌いではないと言うのなら…。
「何かあるの?」
「実はな、いつか畳の部屋が欲しいと思っていてな」
 俺の家に畳の部屋は無いんだが、子供部屋なんていうのがあるだろう?
 子供部屋は全く要らないわけだし、あれを畳の部屋に変えるのもいいかと考えている。けっこう立派な部屋が出来るぞ、壁とかも畳に合うようにすれば。
 お前が嫌でなければ、だがな。
「畳の部屋でいいよ?」
 ぼくは正座は得意じゃないけど、ハーレイが欲しいなら畳の部屋があってもいいよ。
 畳の部屋があるのは嫌だ、って逃げて帰ったりはしないよ、ぼく。



 ハーレイの家に畳の部屋。
 ぼくがお嫁さんになったら要らなくなっちゃう子供部屋を畳の部屋にする。絨毯の代わりに畳を敷いて、壁だって畳に似合うようにして。
(ふふっ、ハーレイが好きな畳の部屋…)
 そんな未来の話をしたのに。
 結婚したら畳の部屋を作るのもいいね、って二人で話して、ハーレイは「またな」と手を振って車で帰って行ったのに。
 幸せな気持ちでお風呂に入って、ベッドに潜り込んだのに…。
 キースの話が悪かったんだろうか、気付けばぼくはメギドに居た。ちゃんとソルジャーの衣装を着けて、背だって前のぼくみたいに伸びて。



(やっちゃった…!)
 珍しく自覚があった、ぼく。
 これは夢だと、夢でメギドに来ちゃったんだと。
 だけど醒めない、メギドの悪夢。ぼくはメギドを止めなくちゃ駄目で、青い光が溢れる制御室の中を歩いていた。破壊しなくちゃと、中枢部を壊さなくっちゃと。
(制御装置…)
 目標はそれ、と歩いてゆく足は止まらない。メギドの夢も終わらない。
(これじゃ、いつもと変わらないから…!)
 ぼくの意志で夢から逃げ出せないんじゃ、いつものコースと全く同じ。ううん、いつもより酷い状況。ぼくは自分の運命も末路も知っているのに、夢に捕まっちゃったんだから。
(キースが来たら、撃たれて、痛くて…)
 あまりの痛さにハーレイの温もりを失くしてしまって、右手が凍えてしまうんだ。
 そうして泣きながら死んでゆく。独りなんだと、もうハーレイには二度と会えないんだと。
(やだな…)
 痛いのは嫌だし、独りぼっちで泣きじゃくりながら死んでゆくのも嫌だけど。
 でも、運命は変えられないから、そうなるんだと諦めていたら。



「やはりお前か、ソルジャー・ブルー!」
(…どうなってるの?)
 聞こえて来た声は間違いなくキースだったけど。
 前のぼくがそうした通りに、ぼくも後ろを振り返ったけれど。
 其処に居たキースは国家騎士団の赤い制服じゃなくて、白い着物に黒い袴の弓道部の服。それに肩当て、銃の代わりに弓を引っ提げていた。
(えーっと…)
 化け物だとか何とか言っているけど、喋りながら弓を構えたから。
 矢を射ようと弦を引き絞っているのが分かったから。
(よしっ!)
 キリキリと引かれた弓がヒュンと矢を放った瞬間、ぼくはシールドを展開した。風を切る矢音がピタリと止まって、間に合ったシールド。目の前で宙に刺さっている矢。
 この辺りは流石、前のぼく。
 今のぼくだとシールドどころか、思念さえも上手く紡げないのに。



 ヒュン、と鳴ったキースの二本目の矢。その矢も宙へと突き刺さった。
(ぼく、撃たれてない…!)
 まだ一発も。
 矢だから一本、二本と数えるのかもしれないけれども、とにかく撃たれていない、ぼく。
 いつものメギドの悪夢だったら、今頃はもう血まみれなのに。
(もしかして、この夢、普段のと違う…?)
 キースはせっせと弓を引いては矢を射てくるけど、どの矢も宙に浮いたまま。
 ぼくの身体には一本も刺さらず、掠り傷さえ負ってはいない。
 キースの背中に背負われた矢が一本、二本と減ってゆく。残りが数えられるほどにまで減って、最後の一本、それをつがえて引き絞るけれど。
(これで終わりだ、って言わないし…!)
 何度も何度も聞いて来た台詞。嫌というほど聞かされ続けた冷酷な言葉。
 それを聞いたら、ぼくの視界は真っ赤に染まる。右目を失くして、ハーレイの温もりも失くしてしまう。でも、聞こえない、言われない台詞。
(最後の一本…!)
 ヒュン、と空気を切り裂いて来た矢を、ぼくはハッシと宙で受け止めた。シールドで止めた。
(…この後は?)
 矢が増えるのかと思ったけれども、キースの背中の矢を入れる器はすっかり空っぽ、射るための矢は無くなった。次の矢を、って背中に回したキースの手が空しく空を掴んで。
 信じられない、といった表情のキース。
 愕然としているキース・アニアン、弓道部員の道着を纏った地球の男。



(ぼくの勝ち!?)
 そこでパチリと目が覚めた。
 一発も、ううん、一本も撃たれなかった、ぼく。
 失くさなかったハーレイの温もり、凍えずに済んだぼくの右の手。
(メギドを止めてはいないけれども…)
 キースはぼくにダメージを与えられずに終わったんだから、ぼくが勝ったと言えるんだろう。
 夢の続きがもしもあったならば、きっとメギドは止まるんだ。
 矢が無くなって呆然としているキースの目の前で、制御装置をぼくが壊して。
(シャングリラにだって帰れるのかも…!)
 キースを放って、ぼくが来た道を逆に辿って、メギドの外へ。宇宙を飛んで白い鯨へ。
 そういう夢だ、という確信。
 ぼくはキースに勝ったんだ。キースが弓を持って来たから。いつもの銃じゃなかったから。
 何処か間違った夢だけれども、それでも勝利。前のぼくの勝ち。
 どうしてキースに勝てたか、って言うと…。



(ハーレイの座布団の話のお蔭…)
 大座布団がハーレイの家にあるっていう話から、柔道の話と正座の話。
 前のぼくたちの時代だったら正座は拷問みたいだよね、って方へと転がって行った。あの時代に正座が出来た人って誰だろう、って話してキースの名前が出て来た。
(キースは柔道着が似合わないから弓道で…)
 それで話は終わりそうなのに、キースはシロエとエレクトリック・アーチェリーで競っていたというから弓道で決定、そのままメギドへ繋がった。メギドにも弓を持って来たかも、って。
(…本当に持って来ちゃったんだけど…!)
 ぼくが勝手に見た夢だけれど。座布団の話が切っ掛けになって、そういう夢を見たんだけれど。
(でも、勝っちゃった…)
 弓を持ってるキースはぼくには勝てなかった。矢が尽きてしまっておしまいだった。
 なんて素敵な夢なんだろう。ぼくがキースに勝つなんて。
(座布団に、畳…)
 いつかハーレイと一緒に暮らす家には畳の部屋を作らなくっちゃ。
 ぼくたちに子供は生まれないから、子供部屋を壁ごと大改装して畳の部屋へと変身させる。
 そして頼もしい座布団を置くんだ、メギドの悪夢を一度は勝利に変えた座布団。
 ハーレイのお気に入りの大座布団を置いて、もしかしたら、ぼくも大座布団。
 ゆったり座ってお殿様気分、って謳い文句の大座布団もいいかもしれない。ハーレイの身体にはピッタリだけれど、ぼくには余裕がたっぷりありそうな大きくて分厚い大座布団をドンと。



 次の日、仕事帰りに寄ってくれたハーレイに夢の報告をした。
 キースに勝ったと、弓を持って来た弓道部員の格好のキースに勝ったんだと。
 ハーレイは爆笑していたけれど。「お前、やるな」って笑い転げていたけれど。
 ぼくが「座布団を置くための部屋を作ろう」って言ったら、それは嬉しそうに頷いてくれた。
「なるほど、勝利に導いてくれた座布団を置くために畳の部屋か」
 記念すべき座布団を置いてやるんだな、その部屋に。
「うん、ぼくたちが忘れていなければ」
 結婚する時にも覚えていたなら、座布団の記念に畳の部屋だよ。
 子供部屋を改装して畳の部屋にしようよ、二人分の座布団を置こうよ、ハーレイ。
 大座布団と普通の座布団でもいいし、大座布団を二つでもいいよね。
 ぼくにはちょっぴり大きすぎるけど、あれならフワフワで正座も平気かもしれないよね…!



 覚えていたら、って言ったけれども、忘れていても。
 弓を持って来たキースに勝った夢とか、勝利の座布団とかを綺麗に忘れてしまっていても。
 ハーレイが欲しい畳の部屋なら、ぼくだってハーレイにそれをあげたい。
 正座で足が痺れちゃっても、ハーレイの好きな座布団に似合うのは畳の部屋だから。
 今はリビングで絨毯の上に置かれちゃってる、大座布団には畳が似合うから。
 ゆったり座ってお殿様気分、ハーレイの身体に丁度いいサイズの大座布団。
 ぼくもやっぱりお揃いがいいかな、大座布団を部屋に置くのが。
 ハーレイが欲しい、畳の部屋。
 結婚する時は必ず言ってね、畳の部屋が一つ欲しいんだ、って。
 ぼくは反対しやしない。足が痺れても、正座が苦手でも、ハーレイが好きな部屋なんだから…。




            座布団・了

※SD体制の時代だったら、拷問だと思われそうな正座。出来そうだったのがキースです。
 そのせいで、ブルーが見てしまった夢。弓道部員なキースに勝利したようですね。
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