シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
「ハーレイ先生。着任早々、厄介なことになられましたな」
同僚の教師がハーレイに声をかけてきた。
「昨日、搬送された一年生の…。ブルー君でしたか、無期限で彼のお守りだそうで。色々と仕事もお忙しいのに」
「いえ、やり甲斐がありますよ。この顔が役に立つ日が来るとは夢にも思いませんでしたしね」
自分の顔を指差すハーレイに、同僚が「それはまあ…」と曖昧に頷く。
「しかし本当に似ておられますなあ、ブルー君が反応するわけですよ」
「はははっ、私も驚きましたが、ブルー君はもっと驚いたのでしょう。なにしろキャプテン・ハーレイですから」
「いやいや、まったく。ブルー君もそっくりですからねえ…。ソルジャー・ブルーに」
よくもまあ同じ学校に揃ったもんです、と同僚は初めて笑みを浮かべた。
「それで今日から早速ですか?」
「頼まれたからには急がなければと思うのですが…。まだ引き継ぎが終わりませんで」
「ああ、柔道部の顧問も引き受けられたとか…。いやはや、真面目でいらっしゃる。あまりご無理をなさらないように」
お守りは適当になさった方が、と同僚はハーレイを気遣ってくれた。けれど…。
「そうそう出来ない経験ですしね、楽しみながらやるつもりです。気儘な一人暮らしですから、却ってこちらが助かりそうな気もしていまして」
「ははっ、そうかもしれませんな! 三食昼寝つきですか」
「運が良ければそうなりますよ、休日限定ですけどね」
御心配無く、とハーレイは豪快に笑ってみせる。同僚もようやく安心したのか、一緒になって笑い始めた。独身男の休日にしては優雅な待遇かもしれない、と。
青い地球に生まれ変わって再会を果たしたハーレイとブルー。
二人は十四歳のブルーが通う学校の教師と生徒で、ハーレイは昨日着任したばかりだった。前の学校で急な欠員が出たため引き止められてしまい、新年度スタートに間に合わなかった古典の教師。前任者を引き継いで出掛けた教室で、それは起こった。
以前から友人知人に指摘されていたハーレイの顔立ちと、その姿。
遠い昔にミュウたちを乗せ、地球に辿り着いた白い鯨を思わせる船、シャングリラの船長であったキャプテン・ハーレイに生き写しだとよく言われる。自分でも似ていると思っていたし、名前まで同じハーレイなせいで「生まれ変わりか?」とも聞かれたものだ。
しかしハーレイには前世の記憶など無く、ただの偶然だと思ってきた。それなのに…。
授業のことだけを考えながら扉を開けたとある一年生の教室。其処にハーレイが入った途端に、一人の男子生徒がその瞳から血の色をした涙を流した。瞳の色の赤と相まって酷く驚いた次の瞬間、まだ幼さの残る生徒の瞳どころか両の肩から、その脇腹から大量の血が溢れ出して。
「どうしたんだ! おい、しっかりしろ!」
そう叫ぶのが精一杯だった。慌てて駆け寄り、床に倒れた少年の身体を抱え起こしたハーレイの身体を電撃のように貫いた記憶。
(…ブルー?!)
(……ハーレイ?!)
知っている。俺はこの姿を知っている。そしてブルーも、俺を知っている……。
交差し、流れ込む夥しい記憶はハーレイの、腕の中のブルーの遙かに遠い前世での記憶。
ブルーの身体を染めてゆく血が贄であったかのように、かつての自分が何者だったかをハーレイは悉く思い出した。
気を失っている小さなブルーは、前世で愛したソルジャー・ブルー。
だが、生まれ変わった彼に出会えたのだ、という感慨に浸る間もなくハーレイは保健委員の生徒に指示して救急車を呼びに行かせねばならず、ブルーの身体を抱き締めることすら叶わなかった。
せめてもの救いは一部始終を見ていた者として救急車に同乗出来たこと。
病院へと走る救急車の車内でハーレイはブルーの小さな手を握り、何度も何度も声をかけた。
「大丈夫だからな」「すぐ病院に着くからな」と。
そうやって到着した病院でブルーを診た医師が下した診断と、ブルーの両親が伏せておくと決めたブルーの前世。それらを擦り合わせ検討した結果、ハーレイに新しい役目が出来た。
ブルーを無期限で見守ること。
周りから見れば厄介としか思えないそれを、ハーレイは二つ返事で喜んで引き受けたのだった。
ブルーの瞳から、その身体から流れ出した大量の鮮血。
事故かとハーレイを焦らせたそれは、ブルーの身体に何の痕跡も残さなかった。搬送された病院で服を剥がされたブルーの肌には傷一つ無く、制服のシャツが血まみれになっていただけ。
しかも瞳からの出血は既に前例があって、その時の検査も今回の大量出血の検査も結果は全て「異常なし」。
ブルーを診た医師はブルーに前世の記憶が戻ったことと、ハーレイもまた同じであることを考えた末に一つの結論を導き出した。
かつてソルジャー・ブルーであった十四歳のブルーと、キャプテン・ハーレイであったハーレイ。
前世で数百年もの時を共に生きた二人には深い絆があり、今の生では他人とはいえ今後はそうもいかないだろう、と。
かつての記憶を語り合うにしても、これからの生をどう生きるかを考えるにしても、二人には話し合うための時間が必要だ。しかも数百年分の記憶ともなれば、一日や二日で済むわけがない。
「如何でしょうか? ブルー君の今後のためにも、頻繁に会えるようになさっては?」
医師がブルーの両親に告げた言葉は、既にハーレイの承諾を得ている。ハーレイと従兄弟同士の医師は、「俺はキャプテン・ハーレイだったよ」と告げたハーレイとはとうに相談済みだった。
「私の従兄弟……いわゆるキャプテン・ハーレイですが、彼も賛成してくれました。休日は出来る限りブルー君と会い、時間があれば平日も。…そうすれば積もる話も出来ますからね」
「…で、でも、先生……。ブルーだけを特別扱いとなれば、学校から何か言われませんか?」
ブルーの父が心配そうに尋ねた。母も不安げな表情だったが、医師は「その点は問題ありません」と太鼓判を押した。
「以前、ブルー君の出血は聖痕現象の一種では、とお話しさせて頂きましたね。初めて目にした症例だけに、あれから色々と古い資料を調べてみました。そうして分かったことなのですが…」
聖痕が身に現れた人々は繊細なタイプが多かったという。神の受難に思いを馳せるあまりに精神が肉体を凌駕してしまい、その結果として原因不明の出血が起こる。中には出血の量が多すぎ、寝たきりとなってしまった例も少なくはなく…。
「…そ、そんな…! それじゃブルーはどうなるんですか!」
母の悲鳴に、医師は「前世の記憶が戻りましたし、もう出血は起きないだろうと思います」と答えた上で、こう言った。
「しかし、かつての聖痕者たちの症例が此処で役に立ちます。ブルー君の前世を伏せる以上は、出血はソルジャー・ブルーに関連している聖痕だということになります。頻繁に起こして寝たきりになったりしないためには、ソルジャー・ブルーの傷を思い出さないよう精神の安定が必要ですね」
ソルジャー・ブルーの右腕であったと伝わるキャプテン・ハーレイをブルーの側に置くこと。それを私はお勧めします、と医師は微笑み、学校宛の手紙や診断書などを作成した。
ソルジャー・ブルーが受けた傷痕を体現してみせた聖痕者。
そう診断を下されたブルーは、ソルジャー・ブルーの身に起こった悲劇に思いを馳せることがないよう、キャプテン・ハーレイに生き写しなハーレイの見守りを受けると決まった。
遙かな昔にミュウたちを守り、惑星破壊兵器のメギドと共に宇宙に散ったソルジャー・ブルー。
彼の最期は詳らかにはなっていないが、それは一人きりでメギドを破壊した彼を看取った者が誰も居なかった証拠。孤独であった彼の最期をブルーがその身に写すのであれば、キャプテン・ハーレイそっくりのハーレイが身近に居れば状況は変わる。
キャプテン・ハーレイが側に居る以上、ソルジャー・ブルーはメギドには居ない。メギドに行きさえせずにいたなら、その身に傷を負いはしないし、その傷を写し出す聖痕者であるブルーの身体にも傷は現れないだろう。
十四歳の小さなブルーが聖痕を再び起こさないよう、ハーレイは守り役に選ばれた。
けれども、それはあくまで表向き。
本当の理由は「青い地球の上に生まれ変わったソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイが平穏な日々を過ごせるように」という配慮であって、教師と生徒として巡り会った境遇に邪魔をされずに自由に行き来が出来るように、と事情を知る者たちが願った結果。
こうして無期限でブルーの守り役となったハーレイだったが、彼の負担を心配してくれる者たちを他所に、ハーレイの心は明るく弾む。
前世で愛したソルジャー・ブルーの生まれ変わりの小さなブルーを堂々と見守り、その傍らに居ることを許されたのだから。
ブルーの両親には「ブルーをよろしくお願いします」と深く頭を下げられたけれど、礼を言いたいのはハーレイの方だ。
誰憚ることなくブルーの家に自由に出入りし、ブルーの成長を見守ってゆける。今はまだ十四歳の少年に過ぎないブルーが前世のソルジャー・ブルーと同じ姿に育った時には、手を取り合って共に歩んでゆけるだろう。
その日まで自分はブルーを守る、とハーレイは固く決意した。
教師の仕事が多忙であろうと、休日は出来るだけブルーの側に。平日であっても時間が取れれば、仕事の後にブルーを訪ねてゆこう、と。
こうしてハーレイが見守り役となってくれたブルーだったが、肝心のハーレイとは救急搬送された日の夜にほんの少し会えただけだった。翌日からのブルーは大量出血のせいで四日間もの様子見の欠席を余儀なくされて、ハーレイも引き継ぎなどで忙しかったために訪ねてはくれず…。
ブルーがすっかりしょげてしまった週末の土曜日、ようやく来てくれたハーレイの姿。ブルーは大喜びでハーレイを迎え、その日も、あくる日曜日も懐かしい前世の恋人に甘えて過ごした。
とはいえ、月曜日から登校予定の学校では「ハーレイ」と呼び捨てにするわけにはいかない。
ハーレイにも、そして両親からも「ハーレイ先生と呼ぶように」と何度も言われたブルーは日曜日の夜、ハーレイが帰った後で「ハーレイ先生」と声に出してみた。
なんだか少しくすぐったい。
けれど先生と生徒であることは間違いないし、「ハーレイ」ではなくて「ハーレイ先生」。
(…大丈夫かな?)
失敗しないでちゃんと呼べるかな、と幾度も練習を繰り返す内に別の心配事が湧き上がってくる。
「ハーレイ先生」と呼ばなくてはならないハーレイが無期限でブルーの守り役。
学校を休んだ四日間の間に先生たちが全校生徒に説明をしてくれたと聞いているけれど、おかしな目で見られたりしないだろうか?
授業の最中に原因不明の大量出血、おまけにブルー自身も右目からの出血で病院に行くまで聞いたこともなかった聖痕者。大きな身体で教師なハーレイが守り役となったからには、苛められたりはしないだろう。しかし、仲の良かったクラスメイトなどとは疎遠になってしまうかもしれない。
(だって、いきなり血だもんね…。ぼくだって他の誰かがそうなっちゃったらビックリするし)
ハーレイは「心配するな」と言ってくれたが、本当に大丈夫だろうか?
倒れて欠席してしまう前と同じように接して貰えるだろうか、と不安を抱いてブルーはベッドにもぐり込む。もしもみんなに好奇の視線で見られたりしたら…。
(…嫌だよ、そんなの…)
悲しすぎるよ、と呟いてから気が付いた。
クラスメイトたちと疎遠になっても学校に行けばハーレイがいる。「ハーレイ先生」と呼ばなくてはいけない場所だけれども、いざとなったらハーレイの側で休み時間を過ごせばいい。ハーレイはブルーの守り役なのだし、他の教師も駄目だと言いはしないだろう。
(うん、そういうのもきっと悪くないよね)
ハーレイと一緒にランチを食べて、お喋りをして。
そんな風に過ごす休み時間も、先日までの休み時間と違って素敵なものに違いない。
遠巻きに見られるか、気味悪がられるか。
それを覚悟で月曜日の朝、俯き加減で自分の教室に入ったブルーは時ならぬ歓声に取り囲まれた。
「もう出て来てもいいのかよ?」
「怪我はしてないって聞いたけど、本当?」
身動きが出来ないほどの勢いでクラスメイトたちが押し寄せて来る。
「え、えっと…。怪我はしていないし、血が出ただけで…」
おずおずと答えたブルーにワッとクラス中の生徒たちが沸いた。
「すげえや、マジで聖痕ってか!」
「ソルジャー・ブルーと同じ傷だって聞いたわよ? もしかして生まれ変わりなの?」
「…そ、それは違うと思うけど……」
少し心が痛んだけれども、ブルーは嘘を口にした。自分の前世がソルジャー・ブルーであった事実は当分の間は極秘扱い。両親もそう決めているのだし、こんな所で明かせはしない。
「えーーーっ?! でもよ、あの怪我、メギドのヤツだろ?」
「うんうん、撃たれたって話は俺も知ってる! …あんなに酷い怪我だったんだなあ…」
ソルジャー・ブルーって凄かったんだな、と男子の一人が言った言葉を切っ掛けに。
「だよなあ、とっくに三百歳を超えてたんだろ? おまけに身体も弱っていてさ」
「その身体であれだけ撃たれてよ…。それでも守ってくれたんだよなあ、ミュウの船をよ」
「もしもソルジャー・ブルーがメギドを沈めてくれなかったら、私たち、此処に居ないのよね?」
「当たり前だろ、シャングリラごとミュウは滅びちまってそれっきりだよ」
自分たちがこうして生きていられるのはソルジャー・ブルーのお蔭なのだ、と授業で何度も習っている。それだけにブルーの身体を染めていた血がソルジャー・ブルーが最期に負った傷と同じかもしれないと知らされたクラスメイトたちが受けた衝撃は大きくて。
「…あそこまでして俺たちのために未来を作ってくれたんだよなあ…。ソルジャー・ブルー」
「ブルー、お前さ…。すげえよ、ソルジャー・ブルーとシンクロ出来たってえのが」
「やっぱり顔が似ているせいかしら? 凄いわ、ソルジャー・ブルーと同じだなんてね」
でも…、とブルーをひとしきり褒め称えた後でクラスメイトたちは付け加えた。
ブルーはクラスの大切な一員なのだから、二度と倒れたりしないように、と。
「そのためにハーレイ先生が付くんだってな、倒れないように頑張れよ!」
「そうよ、心配したんだから!」
聖痕とやらは凄いけれども一度見せて貰えば充分だから、と口々に言ってくれる皆の気遣いが嬉しかった。見世物扱いでも仕方がない、と思っていたのに、こんなにも誰もの心が優しい……。
「…それでね、ハーレイ」
その日の夜。
事件の後での初の登校はどうだったか、と様子を聞きに訪ねて来てくれたハーレイと自分の部屋で向かい合いながら、ブルーは嬉しそうに微笑んでみせた。
「誰も気味悪がらなかったよ、それにとっても嬉しかった。…ぼくを心配してくれたことも嬉しかったけど、一番はソルジャー・ブルーだった頃の話かな。メギドを沈めておいて良かった、と心の底から思ったよ。あの時、メギドを沈めなかったら今の友達は誰も存在しないんだ」
「…それはそうだが……」
そうなんだが、とハーレイが顔を曇らせる。
「お前は本当にそれで後悔しなかったのか? 誰もお前の側に居ない場所で、たった一人で戦って……あれだけの傷を負った挙句に一人きりで……」
ギュッと拳を握ったハーレイにブルーは「そうだね」と小さく頷く。
「…後悔なら………したよ」
「お前…!」
ハーレイが息を飲むのを見詰めて自分の右の手を差し出す。
「ブリッジで最後に君に触れた手。この手に残った君の温もりを最期まで覚えていようと思っていたのに…。それなのに薄れていくんだよ。…キースが撃った弾が食い込む度に、痛みのせいで消えていくんだ…」
それだけがとても悲しかった、とブルーは寂しげに呟いた。
「最後の最期まで君を覚えていたかったのに…。君の温もりは消えてしまって、独りぼっちで死ぬしかなかった。顔も姿も覚えていたのに、ぼくの手は冷たくなってしまったんだよ…」
「ブルー…!」
ハーレイの褐色の手がブルーの右手を包み込んだ。その温もりを移すかのように、両手で覆って。
「馬鹿だ、お前は…! どうしてあの時、一人で行った!」
「…他には誰もいなかったから…。ぼくしかメギドを止められなかった」
でも、とブルーはハーレイの手に柔らかな頬を擦り寄せる。
「ぼくは帰って来られたんだよ、君と一緒に居られる世界に。だから後悔しなくていい」
今は充分幸せだから、と笑みを湛えるブルーに、ハーレイが立ち上がって細い身体を後ろから椅子ごと抱き締めた。
「…お前の傷なら癒してやる。俺の温もりが消えたと言うなら、温めてやるさ」
小さなブルーの身体を血に染めた遠い日に受けた銃弾の痕。
ハーレイの左腕がブルーを強く抱き締め、右の手のひらが両方の肩に、そして脇腹へと優しく順番に当てられてゆく。その手からじんわりと伝わってくるハーレイの温もり。遠い昔にメギドで失くした温もりと共に、ブルーが受けた傷を癒すかのように。
「……ハーレイ……」
温かい、とブルーは懐かしい温もりに酔う。
遠い記憶がもっと、もっとと求めるままにハーレイの腕に自分の腕を絡み付かせてキスを強請ろうとしたのだけれど。
「こら!」
それは駄目だ、とハーレイがパッと身体を離した。
「お前、まだまだ子供だろうが! お前にキスは早いんだ!」
そんな真似をするなら二度と傷の手当てはしてやらないぞ、と怖い顔をして叱られる。
「いいな、俺はお前を守ると決めた。だからお前をきちんと守る責任がある」
キスが駄目なのもその一環だ、と言われてしまって不満げに唇を尖らせたけれど、ハーレイの態度は変わらなかった。
十四歳の小さなブルーと、その倍以上の年を重ねたハーレイと。
二人が共に歩んでゆける日が訪れるまでは、教師と生徒。
ブルーを守ると決めたハーレイと小さなブルーにとっては、キスさえもまだ遠いものだった…。
聖痕を抱く者・了
青い地球に生まれ変わってハーレイと再会を果たしたブルー。
ハーレイはブルーが通う学校の教師で、ブルーは十四歳にしかならない生徒。
前世そのままに恋人同士とはとてもいかなくて、ハーレイが休日にブルーの家を訪ねて来ては食事をしたり、お茶を飲んだり。しかも夕食はブルーの両親も一緒だったし、ブルーの部屋で二人で過ごす間にも母が出入りしてあれこれとハーレイに気配りをする。
ハーレイの前世がキャプテン・ハーレイであった事実は両親も知っているのだけれども、今の生はやはり大切だ。教師であるハーレイが来るとなったら、失礼のないようにしなければ。
両親が言いたいことは分かるし、それが本当なのだと思う。しかしブルーの不満は募る。たまには誰にも遠慮しないでハーレイと二人で過ごしてみたい。
(でも…。パパもママも居ないってことは無いしね…)
ブルーの虚弱体質のせいで、両親が揃って家を空けることは一度も無かった。まして来客があるとなったら放って出掛ける筈もなく…。
(…パパもママも抜きって、無理だよね…)
ハーレイと二人きりで過ごしたいのに、ブルーの家では絶対に無理。何か方法は無いのだろうか、と頭を悩ませていたブルーは耳寄りな情報を聞き付けた。ハーレイが顧問を務める柔道部の生徒がハーレイの家へ遊びに出掛けたらしい。
(そうだ、ハーレイの家へ行けばいいんだ!)
其処ならハーレイと二人きり。ブルーは早速ハーレイに頼んで、その約束を取り付けた。住所は前から知っていたけれど、ブルーの家からのバスの路線を教えて貰って、次の休日はハーレイの家。早く週末が訪れないかと指折り数えて待ち続けて…。
(えーっと…。次の角を曲がって…)
待ちに待った土曜日、ブルーは母が焼いてくれたパウンドケーキを手土産に持ってハーレイの家へと向かった。降りたバス停から少し歩いた住宅街。ハーレイが住む家はブルーの家とさほど変わらない大きさがあり、ちゃんと庭までついている。
ドキドキしながら門扉の横のチャイムを鳴らして、出て来たハーレイに「大きな家だね」と感想を伝えると、ハーレイは「まあな」と苦笑した。
「親父が買ってくれたんだ。俺が教師になると言ったら「生徒が遊びに来られるように」と勝手に決め付けちまってな…。運動部の顧問をするんだったら大勢来るぞ、とか何とか言って」
そしてそのとおりになっちまった、と玄関のドアを開けながらハーレイが笑う。
「何処の学校でも柔道か水泳、どっちかが俺に回って来るんだ。親父が言ってた嫁と子供は未だに居ないが、うるさいガキどもは大勢来るな」
さあ入れ、と招き入れられ、広いリビングに通されてからブルーは提げていた紙袋を思い出した。
「いけない、渡すの忘れてた! これ、ママが…。ハーレイの好きなパウンドケーキ」
「おっ、すまん! お母さんに気を遣わせてしまったなあ…。手土産は要らんと言うのを忘れた。いつものヤツらは持ってくるどころか奪う一方の連中だしな」
もうアイツらの食欲ときたら、とハーレイは自分が指導してきた運動部員たちの話を始めた。話に入る前にブルーの母のパウンドケーキを切って出すのも忘れない。ブルーのためには紅茶を淹れてくれ、ハーレイは大きなマグカップにコーヒーを。
(そういえばハーレイ、コーヒーも大好きだったよね。…でも、いつも…)
ぼくに付き合って紅茶ばっかり飲んでいたよね、とブルーは前の生でのハーレイを思い浮かべた。今の生でもブルーの家では紅茶ばかりで、コーヒーは夕食の後にたまに飲むだけ。自分に合わせてくれていたのか、とハーレイの心遣いに胸がほんのりと暖かくなる。
それに、ブルーの部屋で過ごす時には他の生徒たちの話題は滅多に出ない。そういう話になるよりも前にブルーがハーレイの大きな身体に抱き付いてしまって、甘えている間に時が経つ。そんな時間も好きだったけれど、今の生での出来事を話すハーレイも生き生きしていて好きだ。
「凄いね、ハーレイ。…ホントに運動、大好きなんだね」
「ああ。思い切り汗を流すと気分がいいぞ。柔道も水泳も俺は好きだな、シャングリラではどっちもやらなかったが」
今は運動抜きの人生など考えられん、という言葉どおりに、リビングの棚にはハーレイが学生時代に勝ち取ってきたトロフィーなどが飾られている。その一つ一つにドラマがあって、思い出が沢山詰まっていて…。ブルーはハーレイが生きて来た今の生の話を飽きることなく聞き続けた。
ブルーは紅茶の、ハーレイはコーヒーのおかわりをしての語らいの後は、昼食までの間に家の中をくまなくグルッと一周。ダイニングにキッチン、書斎や寝室。子供部屋になる予定だったという部屋なども全部見せて貰って、恋人だけの特権なのだとブルーは嬉しかったのだけれど。
「えっ…?」
ハーレイの思わぬ言葉に、ブルーはシチューを掬ったスプーンを持ったままで目を丸くした。
「いや、こんなに大人しい客は初めてだと言っただけだが? 一周ツアーが必要とはな」
「…家の中を見せて貰うの、ぼくだけじゃないの?」
「見せて貰うだなんて上品なことを言ってくれた客もお前だけだよ。俺の普段の客どもときたら、止めるだけ無駄なヤツばかりでな。あっちもこっちも好き放題にドタンバタンと」
家捜しかという勢いなのだ、とハーレイは運動部員たちの遠慮の無さを嘆いてみせた。
「学校では厳しく指導する分、俺の家では羽目を外してかまわないと言った途端にソレだ。流石にクローゼットだの引き出しだのを開けたりはせんが、部屋は端から覗いて行くな」
「それじゃ、さっき色々見せてくれたのって…」
「お前だけが知らんというのも寂しいだろうが? お前は俺の恋人なんだろ」
「……そうだけど……」
自分だけではなかったのか、とブルーは心底ガッカリした。
前の生でのハーレイの部屋を彷彿とさせる書斎を見た時はドキドキしたし、落ち着いた雰囲気の寝室も如何にも前世のハーレイが好みそうな部屋だと思って眺めた。この家を買って貰って住み始めたハーレイに前世の記憶は無かった筈なのに、それでも何処か似るものなのか、と。
「どうした、ブルー? 何をションボリしてるんだ?」
「…ぼくだけなんだと思ってたのに…」
「何がだ?」
怪訝そうなハーレイに、ブルーは少し俯き加減で視線だけを上げる。
「……ぼくだけに見せてくれたと思ってたのに…。ハーレイの家」
ぼくはハーレイの恋人なのに、と寂しそうに呟くブルーの瞳。
その悲しげな眼差しと表情は子供のそれとは違っていた。
(ブルー…!)
ハーレイの心臓がドキリと脈打つ。
前の生で何度も目にしたブルーの表情。ハーレイの前でだけ見せる「独りは寂しい」と訴える瞳に応えて幾度抱き締めたことだろう。もちろん抱き締めるだけでは終わらず、華奢な身体を…。
「…ハーレイ?」
どうかした? と尋ねるブルーの声でハーレイはハッと我に返った。
スプーンを握って首を傾げる小さなブルー。その顔は十四歳のブルーで、前世でハーレイに縋ったブルーは何処を探しても居なかった。
ハーレイが愛したソルジャー・ブルー。
目の前に居る小さなブルーがその生まれ変わりだと分かってはいるが、やはり前世とは姿が違う。
銀色の髪も印象的な赤い瞳も、顔立ちさえも前世そのままではあったけれども、ブルーが体現している姿はハーレイと結ばれる前のもの。華奢を通り越して幼く、か弱い。
だからこそブルーが何度強請ってもキスすらせずに過ごして来たのに、さっきの表情は何だろう。
「独りは寂しい」、「ハーレイが欲しい」。
そう口にした前世のブルーとそっくり同じな、あの悲しげなブルーの顔。
もう一度見たら抱き締めてしまう、とハーレイはブルーに気付かれぬようにテーブルの下で拳を強く握った。抱き締めてしまったら、もう止まらない。ブルーが泣こうが抵抗しようが、その幼くて細い肢体を手に入れずにはいられない。
(…駄目だ。それだけは絶対に駄目だ!)
それでブルーに嫌われるとは思わない。最初は途惑い、泣き叫ぶかもしれないけれども、ブルーは必ずハーレイの行為を受け入れる。前世の記憶を持っているだけに、身体が出来上がっていない今でもブルーはハーレイに応えるだろう。
けれど、そうしたらブルーはどうなる?
この幼さで結ばれることを知ってしまったなら、ブルーの人生の歯車は狂う。
身体も心もこれから育ってゆくというのに、前の生での恋の記憶と感情に飲まれ、今の新しい生を歩むどころか前の生を忠実になぞって生きて…。
(…俺は自由に生きて来たのに、ブルーにそれはさせられない…!)
ハーレイ自身はこの年になるまで前世のことは何も知らずに生きて来た。好きな柔道と水泳に打ち込み、大勢の友人や仲間に恵まれ、慕ってくれる教え子も数多くいる。ブルーと巡り会った今もそれは変わらず、毎日が充実しているのだが…。
ハーレイを愛し、恋人だと繰り返すブルーの人生はこれからだった。
いつかは共に歩んでゆこうと思うけれども、ブルーを前世に縛り付けることは許されない。たとえブルーにはハーレイしか見えていないのだとしても、その周囲には年相応の友人たちが居て…。
(ブルー、お前は俺の隣に居るにはまだ早過ぎる)
もっと人生を楽しんでこい、と言ってもブルーは聞かないだろう。
ならばブルーを捕まえてしまわないよう、自分が距離を置くしかない。恋人として大切に扱い、愛しみたいとは思うけれども、その身体だけは決して手に入れてしまわないように。
ハーレイの秘かな決心も知らず、昼食を終えた小さなブルーは御機嫌だった。
家の中を全て知っているのが自分だけではなかったことではシュンとしたけれど、その分を取り戻そうとするかのようにハーレイに甘え、もっと、もっと、と話をせがむ。
此処には居ないハーレイの家族や、ハーレイの母が可愛がっていた猫のこと。
学生時代の先輩や友人、彼らと共にやらかした数々の失敗談やら武勇伝という名の悪事やら。
どれもこれもアルタミラの研究所とシャングリラしか知らなかった前の生では想像もつかなかった話ばかりで、ブルーは懸命に耳を傾けた。
時に「いいなあ…」と相槌を打ち、「それホント?」と小首を傾げてみたりして。
そうした合間に、時折、フッと前世のブルーが顔を出す。
その身を呈してシャングリラを守り、戦い続けたソルジャー・ブルーが今のハーレイの生の自由を羨み、その場に自分が居なかったことを「寂しい」と訴え、縋って来る。
十四歳の小さなブルーは心の底から「いいな」と思っているのだろうし、「ぼくも見たかった」と話す言葉に嘘は全く無いのだけれども、ブルーの後ろにソルジャー・ブルーが佇んでいる。
自分も其処に居たかった。ハーレイと共に生きたかった、と。
その度に小さなブルーの幼い顔立ちにソルジャー・ブルーの悲しげな貌が混ざり込む。
「独りは寂しい」「ぼくを独りにしないでくれ」と。
ハーレイに縋る、その表情。
抱き締めて独りにしないでくれ、と揺れる瞳に、寂しげな眼差しに捕まってしまいそうになる。
しかしハーレイが己を叱咤する前に、固く拳を握り締める前にソルジャー・ブルーは居なくなる。
そして小さなブルーが無邪気に「それで?」と微笑み、話の続きを聞きたいとせがむだけなのだ。
パウンドケーキを提げたブルーが訪ねて来てから、ハーレイが買っておいたケーキとクッキーを食べ終えるまでの六時間と少しの二人っきりで過ごした時間。
ハーレイがブルーの家を訪ねる時には朝一番から夕食までということもあったし、六時間は決して長くはない。けれど、その長いとは言えない時間の間にハーレイは思い知らされた。
ブルーと二人きりになってはいけない。
ハーレイの心に歯止めをかけられる誰かが居ないと何をしでかすか分からない、と。
そんな事態に陥ろうとは思わなかったからブルーの申し出を気軽に受け入れ、クラブの教え子でも呼ぶようなつもりで「家に遊びに来い」と応えた。
なのにチャイムを鳴らして現れたブルーは十四歳の幼い顔立ちをまるで裏切る表情をする。かつて愛したソルジャー・ブルーそのままの貌をしてみせる。
これではハーレイの理性が持たない。
今日はなんとか耐え抜いたものの、何度も訪ねて来られたりしたら理性の箍は確実に緩む。緩んだ箍は軽く弾け飛び、自分はブルーを有無を言わさず組み敷いて手に入れてしまうだろう。
それだけは決してしてはいけない。ブルーは幼く、その人生はこれから花開くものなのだから。
テーブルの上の菓子がなくなり、紅茶のおかわりも出て来なくなった日暮れ前。
そろそろ帰る時間なのだ、と気付いたブルーは「今日はありがとう!」とハーレイに礼を言い、期待に胸を膨らませながら返事が返ってくるのを待った。
今日は土曜日、ハーレイは明日も予定は入っていない。ブルーの家で会う約束をしているけれど、もしかしたら明日もハーレイの家に来てもいいと言ってくれるかも…。「手土産は要らない」と言われた上に、ブルーはクラブの教え子たちより行儀がいいとの話だったし…。
しかし。
「ブルー。…やはり次からは私が行こう」
ハーレイの言葉は思いもよらないものだった。
「…お前と二人きりになってしまうと抑えが利かなくなりそうだ。お前に自覚は無いかもしれんが、お前、昔とそっくりな顔をしていたぞ。…そんな表情、お前にはまだ早いんだ」
「…えっ……」
どうして? とブルーは驚いた。
昔とそっくりな顔をしていたなどと言われても覚えが無い。昔と言えばソルジャー・ブルーのことなのだろうが、そんな顔をいつ、どうやって…? 意識して表情を作ったわけでは…。
事情がサッパリ分からないだけに、ブルーはキョトンとするしかなかった。
「自覚が無いなら、尚更だな。…お前の中身は昔と変わっていないんだろうが、お前は心も身体も子供だ。…俺はお前を大事にしたいし、それが分かるなら来るんじゃない」
いいな、とハーレイが念を押す。
「でも…。今日はとっても楽しかったし、まだ聞いてない話も沢山あるし…」
遊びに来たい、と強請ったブルーは「駄目だ」とハーレイに突き放された。
「話なら明日も出来るだろう? お前の家で話してやるさ。…どの話がいい、おふくろの猫か? そうだ、写真を探しておこう。確かアルバムにある筈なんだ。見付かったら明日、見せてやろう。可愛いかったんだぞ!」
少しお前に似ていたかもな、とハーレイの大きな手がブルーの頭をクシャクシャと撫でる。
「甘えん坊な所がそっくりだ。…いいか、お前は子供なんだよ、猫に似ているくらいにな」
だから俺の家には、もう来るな。
そう告げられたブルーはとても悲しく、縋るような目でハーレイを見る。その瞳こそがソルジャー・ブルーの赤い瞳で、「寂しい」と訴える彼が自分の後ろに佇んでいることにブルーは気付きもしなかった。
こうして十四歳の小さなブルーのハーレイの家への訪問は終わり、バス停まで一緒に歩いて送って貰ってバスに乗る。手を振るハーレイに手を振り返して、その姿が遠く見えなくなった後、ブルーは滲みかけた涙を指先で拭った。
ハーレイの家には行けなくなってしまったけれども、二度と会えないわけではない。一晩眠って明日になったらハーレイが家に来てくれるのだし、ほんの少しのお別れなだけで…。
(…でも、ハーレイ…。どうして遊びに行ってはいけないの?)
ハーレイの家で過ごした時間が楽しかっただけに、次が無いのは辛すぎる。
自分は何をしたのだろう? ソルジャー・ブルーの表情だなんて、どの表情が…?
(ハーレイ、全然分からないよ…。自覚が無いなら余計にダメって、どんな顔のこと?)
その顔が分かる頃になったら、またハーレイの家に行けるだろうか。
けれど、それはきっと自分がソルジャー・ブルーと同じくらいに大きく育った頃なのだろうし…。
(……何年先だか分からないよ……)
そう考えただけで、また泣きそうになってくる。
ポロポロと涙が零れそうだけれど、メギドで死んだソルジャー・ブルーはハーレイの許へ二度と帰れなかった。それを思えば、ブルーには明日も明後日も、もっと先の未来だってある。
(…我慢しなくちゃ…。ぼくはソルジャー・ブルーよりもずっと幸せなんだし)
明日もハーレイに会えるんだから、とブルーは俯いていた顔を前へと向けた。
その顔をハーレイが見ていたならば、息を飲んだに違いない。
遠い昔にミュウたちを守り、行く手を指し示したソルジャー・ブルー。
我慢しようと決心をした小さなブルーの後ろに立つのは、凛々しく気高いソルジャーだった。
初めての訪問・了
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
シャングリラ学園、本日も平和に事も無し。季節は秋で収穫祭も済み、お次は恒例の学園祭の準備ですけれど。学園祭と言えばサイオニック・ドリームでお馴染みになった喫茶、『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』です。お部屋の準備は業者さんにお任せ、私たちは当日の接客だけで。
「今年も観光地プライスは外せないねえ」
ぼったくらなくちゃ、と会長さん。放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に集まった私たちはメニューと値段を検討している真っ最中。
「まあな…。もう名物になっているしな、高く払えば美味しい思いが、と」
変な常識が根付いたものだ、とキース君が嘆いています。
「もっと出すから時間延長は無いんですかと訊かれたぞ、今日も」
「あー…。それは無理だと毎年しつこく言ってるのにねえ…」
周知徹底されないねえ、と会長さんはぼやきますけど、時間延長の要望は毎年必ず出るのでした。その度に「そるじゃぁ・ぶるぅが疲れてしまうからダメ」と却下するのも私たちの仕事の一つです。そう、サイオニック・ドリームは今も「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーで通っているわけで。
「とにかく、時間は徹底統一! そこは絶対、動かせないよ。ぶるぅじゃなくって、ぼくが疲れる」
「ソルジャーのくせに弱いな、あんた。…本当はもっと出来るんじゃないか?」
限界とはとても思えないが、と突っ込むキース君に、会長さんは。
「やれば出来ると、ぼくも思うよ。だけど学園祭はお遊びだしさ。限界に挑む必要は無し! もっと気楽にやらなくちゃ」
それよりも値段、と会長さんの関心はお値段の方。
「安上がりのメニューで観光地価格、今年こそ缶ジュースで勝負したいね」
「それは気の毒すぎますよ…」
ぼくの良心が痛みます、とシロエ君。最初の年にウッカリ観光地価格を口にしたばかりに定着してしまったのがシロエ君の悩み。余計な事さえ言わなければ、と反省しきりな私たちの良心です。
「缶ジュースだけは却下です! あっ、お茶で統一もダメですよ? グラスで提供と各種飲み物は最低ラインなんですからね!」
「分かってるってば…。ペットボトルも却下したよね、その理屈でさ」
うるさいんだから、と会長さんはブツブツと。そう言いつつも外国産の飲み物を取り入れようかとか、考える所はあるようで。
「キッチン担当は君たちなんだし、輸入モノでも責任を持って扱えるよね? 御当地産の飲み物でトリップするのも楽しいよ、うん」
たとえばサボテンジュースとか、と例が挙がるなりテーブルにピンクの飲み物が。
「かみお~ん♪ ブルーに言われて用意したもんね!」
ゼリーとアイスも作ってみたよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は鮮やかなルビー色のゼリーが盛られたパフェの器を運んで来ました。早速食べれば、うん、美味しい! ちょっと甘酸っぱくてラズベリーみたいな味わいです。えーっと、サボテンジュースだと何処に行けるの?
「ん? このサボテンさえ生えているならOKだけど?」
いわゆるドラゴンフルーツだしね、と親指を立てる会長さん。こういうチョイスもいいかもです。サボテンジュースの他にも何か…、と熱を帯びてゆく検討会。うん、これでこそ学園祭! みんなで意見を出し合ってこその催し物というヤツですよ~。
喫茶店で出すメニューもトリップの行き先も決まり、チラシなんかの印刷が済めば後は当日を待つばかり。クラス展示をする1年A組のクラスメイトや催しをする有志団体、クラブなんかが大忙しの中、暇になるのが私たち。柔道部三人組も今は現場を離れて指導だけです。
「かみお~ん♪ いらっしゃい! お疲れ様ぁ~!」
焼きそばの特訓、大変だよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が柔道部三人組に声を掛けながら飲み物の用意。私たちは一足お先にカボチャムースたっぷりのタルトを頬張り始めていました。キース君たちは柔道部名物の屋台メニューを毎日指導しているわけで。
「くっそぉ、ぶるぅの秘伝の焼きそばレシピを教えてやったばっかりに…」
今年のヤツらは覚えが悪い、とキース君。
「それとアレだな、最初に教えた年の主将も悪かった。門外不出のレシピにするから、と口伝オンリーにしやがって…。お蔭で俺たちは毎年、新入生の焼きそば作りを指導する羽目に…」
「仕方ないですよ、キース先輩。部活が終わった後の一日一回の焼きそば作りで覚えろって方が無理があります、一度じゃ絶対無理ですって!」
最低でも三度は必要ですよ、とシロエ君が力説するとおり、秘伝の焼きそばレシピの命はソースの配合などにあります。一つ間違えれば味は別物、柔道部名物になりません。
「それは分かっているんだが…。部活で疲れたというのも分かるが、もっと熱意を持ってだな…」
「頑張りましょう、キース。あと一歩ですよ」
焼き加減の方は上手くなりましたし、とマツカ君が後輩の腕を褒め、シロエ君も。
「そうです、手際の良さは例年以上じゃないですか? 下ごしらえは文句なしなんですから」
「しかし、味が別物では文句が出るぞ。秘伝と掲げているんだからな」
あれは名物屋台なんだ、とキース君が主張するとおり、柔道部の焼きそば屋台は売り切れ御免の超絶人気。「完売しました」と札を出しても「仕入れはまだか」と並び続ける人がいるので有名です。もちろん仕入れ部隊は出ていますから、後夜祭が始まるギリギリまで売られるという名物焼きそば。
「今年も大勢買う筈なんだ。味が違うというのはマズイ」
「年に一度のお楽しみですしね…」
ぶるぅの味は、とシロエ君も真剣な顔。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作る焼きそばだのタコ焼きだのを毎日のように食べてますけど、一般生徒は食べられる機会が全く無し。学食の特別生向け隠しメニューと同じレベルで憧れの味になっています。
「まあ、根性で指導するしかないな。俺たちの役目はそこまでだしな」
「屋台は全部お任せですしね」
ぼくたちは喫茶がありますし、とシロエ君が指を折りながら焼きそばソースの配合を確認し始めました。
「中濃ソースがこれだけで…。醤油これだけ、オイスターソースに…」
「あーーーっ!!!」
突然の大声は「そるじゃぁ・ぶるぅ」。シロエ君の指がピタリと止まって。
「な、何か間違えていましたか!? 醤油とか?」
「…え? お醤油って?」
何のお話? とキョトンとしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手にはアルテメシアの観光案内パンフレット。大判でページ数多めの読み応えのある代物です。そういえば会長さんが広げていたのを見ましたっけ…。
「ぼく、グルメの記事はまだ見てないよ? お醤油って何?」
「いえ、それは焼きそば屋台の話で…。じゃあ、さっき叫んでいたヤツは?」
何なんです、とシロエ君が訊くと「そるじゃあ・ぶるぅ」は。
「えっとね…。これ、これ! 秋のライトアップ!」
「「「………???」」」
叫ぶほどのライトアップとは、と覗き込んでみれば記事の写真に見覚えが。この山門は…、と確認すると記憶のとおりに璃慕恩院です。へえ…。プロジェクション・マッピングなんかをやらかすんですか、紅葉に合わせて…。
「見に行きたいわけ?」
ジョミー君の直球に首を左右に振る「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ううん、どうせ今年もブルーと一緒に行くんだもん。招待状が届くから」
「え? だったら何も叫ばなくても…」
「今年もライブをやるって書いてあるから、聞いてないよって思っちゃって…」
ここ、ここ、と小さな指が示す箇所には有名歌手のライブの告知が。本堂をステージに見立てて歌うという趣向らしいです。でも…「そるじゃぁ・ぶるぅ」って、この人のファンでしたっけ? そうだったとしても招待状が届くんだったら間違いなくライブに行けるのでは…?
「……うーん……」
バレちゃったか、と苦笑している会長さん。もしかして、転売しちゃったとかですか、招待状を? この歌手、人気ありますしね…。
「酷いや、ブルー! ライブだって!」
書いてあるよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が会長さんに詰め寄り、キース君が。
「ライブなら俺も知ってるぞ。宗報に載っていたからな。…あんた、チケットを売っ払ったのか?」
「まさか。…そりゃあ、売ったらボロイなんてもんじゃないけど……関係者席のド真ん中だよ、一般人にはキツすぎるってば」
前後左右がもれなく坊主、と会長さん。
「関係者席を知り合いに譲る人もいるけど、受けは良くないみたいだねえ…。坊主だらけの席っていうのは、プラチナチケットの有難味も吹っ飛ぶインパクトらしい」
「それ、ぼくには凄く分かるってば!」
ジョミー君が拳を握り締めて。
「抹香臭いし、ライトで頭が光るだろうし…。坊主だらけって絶対、最悪!」
「お前も一応、僧籍だったと思ったが?」
キース君の冷静な指摘にも耳を貸さないジョミー君。お坊さんの大群の怖さを滔々と語っていますけれども、ライブの話は何処へ行ったの?
「あ、そうだっけ…。チケットを売ったわけじゃないなら、なんでぶるぅに内緒なわけ?」
どうせバレるよ、とジョミー君が言えば、会長さんは。
「…まさか恒例になるとは思わなくってさ…。最初の年にぶるぅが凄く感激しちゃって、こんなステージで歌ってみたいって言い出したから、続くようなら頼んであげるって言っちゃったんだ」
「……なるほどな……」
それは確かに難関だ、とキース君が腕組みをして。
「有名歌手ならギャラを出しても呼びたいだろうが、ぶるぅじゃな…。いくらあんたが銀青様でも、費用は全額負担しますと申し出たって璃慕恩院の許可は下りそうにない」
「そうだろう? ぼくにも銀青としての体面ってヤツが…。本堂を思い切り私物化しました、なんて前例を作っちゃったら示しがつかない」
「だったら妙な口約束をするな!」
「うん、そこは充分に分かってるってば」
だからね…、と言葉を切った会長さんは、キース君の方に向き直ると。
「君が居合わせた場所でバレたのも御仏縁というヤツだろう。…実は、ぶるぅにはこう言ったんだ。璃慕恩院のライブが普通になったら、キースに頼んであげようね、って」
「……は?」
なんで俺だ、と目を丸くするキース君。
「俺はしがない副住職だぞ? 璃慕恩院でのお役目も無いし、これといったコネも無いんだが…?」
「違うよ、これは舞台の問題。同じお寺なら璃慕恩院でなくてもね…。ぶるぅはプロジェクション・マッピングされた舞台で歌って踊りたいだけだし、元老寺の本堂を借して貰えるかな?」
「……な、な、な……」
「君がダメならアドス和尚に頼んでみるよ。ちょっと一晩借りられませんか、って」
簡単だよね、と電話に手を伸ばす会長さんに、キース君が必死の形相で。
「ま、待ってくれ! 親父はあんたに頭が上がらん、電話されたら即オッケーだが…。しかしだな、もう一度きちんと考えてくれ! ぶるぅが本堂で歌って踊って何になる? それはお念仏に結び付くのか?」
「…頭が固いね、人が呼べればいいだろう? 夜の元老寺なんて、除夜の鐘くらいしか大勢の人は来ない筈だよ。ぶるぅの歌と踊りはともかく、プロジェクション・マッピングとなれば近所の人が見物に来る。来た人は一応、お参りするし!」
お参りとくればお念仏、と会長さんは得々と。
「普段だったら人の来ない時期にお念仏だよ、璃慕恩院のライブに比べれば微々たる規模でも立派に宗教イベントだ。お念仏こそが一番大切、と宗祖様も説いておられるよねえ? で、君の返事はどうなのかな? ぶるぅのライブに本堂を…」
「分かった、貸せばいいんだろう! 要は歌って踊るわけだな、親父ともよく相談しておく。だが、親父には、あんたから話を通してくれると有難い」
「それはもちろん。じゃあ、後は日取りと手配だけだね。良かったね、ぶるぅ、出来るってさ」
「わぁーい! ライブだ、ぼくのライブだぁー!!!」
歌って踊って『かみほー♪』だもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜び。今年の秋は賑やかなことになりそうです。元老寺の本堂を舞台にプロジェクション・マッピングだなんて、これは見ごたえありそうな…。
こうして「そるじゃぁ・ぶるぅ」の元老寺ライブが決定しました。アドス和尚は璃慕恩院のライトアップやライブなんかに憧れていたそうで、二つ返事でOKだったらしいです。ライブの開催は学園祭が終わった後になりますけれど、それまでに準備が必要で。
「かみお~ん♪ 璃慕恩院に負けないようなヤツって作れる?」
「投影する範囲の問題ですしね、多分、なんとか」
やってみますよ、とシロエ君がプロジェクション・マッピングに取り組んでいます。プロにお任せという方法もありますし、サイオンを持つ仲間がやってる会社もあるのに、やりたくなってしまったシロエ君。機材だけを借りて自力で投影するつもり。
「璃慕恩院の投影の動画は会長が借りて来てくれましたし、あれを参考にアレンジして…と。曲は本当に『かみほー♪』だけでいいんですか?」
「うん! あれが好きだし、三回歌うの! だから三回分、違う映像が出せるといいなあ…って」
気持ち良く歌って踊れるといいな、と御機嫌の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は振り付けに余念がありません。三通りの踊りを披露するのだと燃えまくっていて、暇さえあればステップを。今日の放課後も宙返りしたりバク転したりと『かみほー♪』を歌いつつ踊っています。
「うん、いいねえ」
パチパチパチ…とあらぬ方から突然、拍手が。ま、まさか…。
「こんにちは。ぶるぅ、ライブをやるんだって?」
「「「!!!」」」
優雅に翻る紫のマント。ソルジャーはスタスタと部屋を横切り、ストンとソファに腰掛けて。
「えーっと…。ぼくのおやつもあるかな?」
「いらっしゃい! ちょっと待ってねー!」
キッチンに走った「そるじゃぁ・ぶるぅ」がパンプキンプディングに生クリームを添えて運んで来ました。ライブの準備で踊っていても、お菓子や料理に手抜きは無しです。
「はい、どうぞ。沢山あるから、お土産も持って帰ってね♪」
「それなんだけど…。ぶるぅも踊りたいらしいんだ。こないだから覗き見していて、ぼくも一緒に踊りたいなぁ…って言っててさ」
「「「ぶるぅ!?」」」
よりにもよって悪戯小僧の「ぶるぅ」が…ですか? いえ、それ以前に、アドス和尚は「ぶるぅ」に会ったことがありません。勝手に面子を増やそうだなんて、そんなこと…。
「………。ぶるぅがねえ……」
どうするかな、と会長さんは暫く考えていましたが。
「まあ、いいか。賑やかになるし」
「お、おい! 親父はぶるぅを知らないんだぞ、分身しましたとでも言うつもりか!?」
別の世界があるとは言えん、とキース君が噛み付けば。
「そこは何とでもなるんだよねえ、永住しますってわけではないし…。ほら、夏のマツカの別荘なんかは既に顔パスの世界だろう? 似てますね、ってレベルで済むわけ」
「そ、そういえば…。別荘もそうだし、旅行も一緒に行ってるな…」
「そうだろう? そっくりさんが踊っていれば見栄えもするしさ、ここは歓迎ということで」
でも練習は必須だよ、と会長さんがしっかり釘を。元老寺ライブは既に檀家さんに案内状が出されています。失敗しましたでは済みませんから、いくら「ぶるぅ」が悪戯好きでもキッチリ務めて貰わねば…。
「ああ、その点は大丈夫! ぶるぅは踊りたくって仕方ないから、自主練習をしてるんだ。ぶるぅが考えた振り付けを真似して青の間とか公園で踊っているよ」
「本当かい? それじゃ次から連れておいでよ、此処じゃ狭いし場所を借りよう。ほら、前に行ってたフィットネスクラブ。…あそこ、ぼくは今でも会員だからさ」
体操教室をやってるフロアを貸して貰おう、と会長さん。フィットネスクラブといえば、プールを借りていた所です。人魚泳法の練習をするとか言って貸し切るためにVIP会員になった会長さんですけど、未だに会員やってましたか…。
「え、だって。あそこ、仲間がやってるんだし…。ソルジャーともなれば永久VIP会員だよね」
「あったね、そういうフィットネスクラブ!」
懐かしいなぁ、とソルジャーも記憶を遡っているようでしたが。
「…そうだ、ぶるぅズとハーレイズ!」
ポンと手を打ったソルジャーの台詞で鮮やかに蘇った人魚の競演。…人魚泳法って所で記憶にストップがかかっていたのに、外れちゃいました、あっけなく。ぶるぅズが銀色の尻尾の人魚で、ハーレイズの尻尾はショッキングピンク…。
「うん、ライブでぶるぅズ再結成なら、この際、ハーレイズも再結成!」
それが最高、とソルジャーが拳を突き上げて。
「ぼくのハーレイを呼んでくるから、こっちのハーレイを動員してよ。でもって『かみほー♪』で踊らせるんだよ、ぶるぅズのバックダンサーで!」
「「「…………」」」
えらいことになった、と誰もが顔面蒼白でしたが、言い出したら最後、後に引かないのがソルジャーで。元老寺ライブは「そるじゃぁ・ぶるぅ」オンステージからグレードアップしそうです。教頭先生とキャプテンがバックダンサーだなんて、それってインパクト強すぎですって…。
何の因果か、ぶるぅズ&ハーレイズ。ソルジャーのゴリ押しで元老寺の本堂を背景に踊る面子は四人に増えてしまいました。キース君がアドス和尚に恐々お伺いを立てに行ったものの、「賑やかなのは大いによろしい」と呵々大笑で通ったそうで。
「…親父には説明したんだが…。教頭先生も踊るのですが、と」
「アッサリ通ってしまったんだろ、ぶるぅのライブが通るんだからさ」
ストッパーを期待するだけ無駄だ、と会長さんはとっくにお手上げ。ソルジャーが出てきた段階で会長さんの負けは決まっていたのです。教頭先生を動員する件にしたって従うしかなく、週末の今日が初めての練習日。フィットネスクラブの貸し切りフロアに朝イチで集合していると。
「すまん、遅くなった」
教頭先生が体操教室の扉を開けて現れました。
「…ダンスを踊れという話だったな? バレエではなくて」
「そっちは君しか踊れないしね」
シンクロ率が大切なんだ、と会長さん。
「ぶるぅの踊りに合わせて踊る! それが君たちの仕事なんだよ、ぶるぅズがステージの主役なんだし」
「かみお~ん♪ ハーレイ、よろしくね!」
元気一杯に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が挨拶した所でソルジャーと「ぶるぅ」、それにキャプテンが空間移動で御到着です。これで面子は揃いましたが…。
「その服でダンスは無理ですよ」
教頭先生がキャプテンの制服を指差して。
「ブルーに言われて二人分のジャージを持って来ました。ロッカールームはあちらです」
「すみません。有難くお借りさせて頂きます」
肩を並べて出て行った二人が着替えてくるなり音楽スタート。大音量の『かみほー♪』に合わせて「そるじゃぁ・ぶるぅ」が軽やかに踊り、「ぶるぅ」もピッタリ息が合っています。自主練習をしていたと聞くだけあって流石ですけど、このダンスは…。
「わ、私たちがアレを…」
「そっくりに踊れというわけですか…?」
ジャンプはともかく宙返りにバク転、小さな身体のぶるぅズには無理なくこなせる技でも教頭先生たちにとっては大技で。
「む、無理です、私にはとても…!」
キャプテンが尻込みするのをソルジャーが肩をガシッと押さえて。
「お前には無理かもしれないけどねえ、こっちのハーレイは武道のプロだ。そこそこ練習を積めばモノになるんじゃないかと思う。その段階で技をサイオンでコピーして貰えば…。出来るよね、ハーレイ?」
視線を向けられた教頭先生、ウッと息を飲み、ぶるぅズのダンスを見ていましたが。
「…私も男です、やってみましょう。その上で技をコピーするのは構わないのですが、まるで基礎が無いと身体に負担がかかりますので…。基本の運動やストレッチなどは必須ですね」
「だってさ、ハーレイ。お前、日頃から運動不足だしねえ…。この際、柔道なんかも覚えてみたら? あ、こっちのハーレイはダンスの練習で忙しいから、そこの子たちに弟子入りで」
「「「えぇっ!?」」」
話を振られた柔道部三人組、まさに晴天の霹靂です。けれど基礎が無いキャプテンに宙返りだのバク転だのが危険なことは間違い無くて。
「…とりあえず、準備運動から始めてみるか?」
キース君が他の二人に確認を取り、シロエ君が。
「ハーレイズから時間が経ってますしね…。あの時はプールがクッションでしたし、サイオンで宙返りとかの反則行為も出来ましたけど、今回は水じゃないですし…。受け身の練習も要りそうです」
「柔軟体操も要ると思いますよ」
とにかく筋肉を柔らかく、とマツカ君。キャプテンは端の方に連れて行かれて準備運動、ストレッチ。柔軟体操が始まると痛そうな悲鳴が上がりましたが、教頭先生の方はそれどころではなく。
「ぶ、ぶるぅ、本当にここで二回連続でバク転なのか?」
「でないと曲と合わないんだもん!」
「かみお~ん♪ ハーレイ、お疲れ気味なの? あのね、ぼくの方のハーレイは昨夜もね…」
ヌカロクで凄かったんだから、と「ぶるぅ」が説明してくれますけど、ヌカロクって意味不明のままなんですよね…。それって疲れるモノなんでしょうか、だったらキャプテン、災難かも…。
「いたたたたたた! む、無理です、これ以上、曲がりません~!」
「押すんだ、シロエ! マツカは膝をきっちり押さえろ!」
「ひぃぃぃぃ~っ!!!」
もうダメです、と絶叫するキャプテンの柔軟体操は容赦ないレベル。お疲れの身体にはキツそうですけど、ソルジャーは。
「柔軟体操もいいかもねえ…。身体がうんと柔らかくなれば、バリエーションが増えそうだ。これは思わぬ副産物! そこの三人組、もっと激しくしごいてくれていいからね!」
その一方で教頭先生は、会長さんに怒鳴られながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」が踊るダンスをコピー中。ああ、またバク転、失敗です。柔道やバレエとは使う筋肉、違うんでしょうねえ…。
来る日も来る日もフィットネスクラブに通い続けて、ダンスに受け身に体操に。教頭先生がやっとのことで三通りのダンスをモノにした頃、キャプテンの柔軟体操や受け身もそこそこのレベルに到達しました。その間、練習が休みだったのは学園祭の前後だけで。
「や、やっとダンスを覚えましたよ、あなたにお伝え出来そうです」
頑張りました、と教頭先生がキャプテンに右手を差し出し、その手をキャプテンが強く握ってサイオンで技のコピーです。これで二人は見事ぶるぅズのバックダンサーとなったわけですが…。
「「「……うーん……」」」
何かが違う、と踊りまくる四人の『かみほー♪』を見ながら首を捻っている私たち。前列で可愛く飛び跳ねている二人は文句無しなのですけど、後ろの二人がいけません。踊りはキッチリ揃っていますし、何がいけないと言うのでしょう…?
「…目立ち過ぎかな、後ろの二人が」
しかもデカイし、と会長さんが呟けば、ソルジャーが。
「ああ、それ、ぼくも思ってた! だけどハーレイズは外したくないし、バックダンサーも欲しいしねえ…。何かこう……。目立たない方法って無いものかなぁ?」
「後ろに下がるというのは無しだぞ」
本堂の中では踊らせん、とキース君。ぶるぅズ&ハーレイズは元老寺の本堂前のスペースで踊るということに決まっていました。プロジェクション・マッピングもそれを前提としての投影です。教頭先生とキャプテンを後退させるとなったら本堂の方向へ下がるしか無く…。
「親父が本堂の中を許しても、俺が許さん! 妙な前例を作られてしまったら何が起こるか分からんからな」
「…君を論破するのは簡単だけどさ、それじゃイマイチなんだよねえ…。バックダンサーが本堂というのは本末転倒、踊るなら主役が踊るべき!」
つまり、ぶるぅズ! と会長さんは言い切ったものの、ぶるぅズが本堂でバックダンサーのハーレイズが前に出るのも許せないらしく。
「確かにいるのに目立たず控えめ、それが理想のバックダンサー! だけどハーレイのあの身体じゃねえ…。何を着せても目立つだろうし……。ん…?」
これがあったか、とパチンと指を鳴らす会長さん。
「そうだ、衣装が大切なんだよ! 隠れてます、って感じで忍者スタイル、これなら目立っても背景扱い!」
「忍者…? いいね、それ! 黒ずくめだから背景に自然に溶け込むし」
時代劇も大好きなソルジャーが賛成しましたけれど、会長さんはチッチッと指を左右に振って。
「ダメダメ、黒だと消えたも同然! 確かにいますってアピールしないとバックダンサーにならないよ。プロジェクション・マッピングは光で勝負だし、光を捉えて目立つためにも衣装は銀色のスパンコールで!」
「「「スパンコール!?」」」
何処の世界にそんな忍者が、と唖然としたのに、会長さんとソルジャーは乗り気。バックダンサーを従えて踊る「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」も乗り気。あまつさえ、ぶるぅズな二人は金色スパンコールの忍者スタイルで前で踊ると言い出しました。なんだか思い切り派手なのでは…?
そして、ぶるぅズ&ハーレイズの忍者な舞台衣装が出来上がり、シロエ君が頑張ったプロジェクション・マッピングの試験投影も無事に終わって、いよいよ当日。ソルジャーとキャプテン、それに「ぶるぅ」も揃って出掛けて行った元老寺では…。
「皆さん、本日はようこそお越し下さいました」
アドス和尚が、とっぷりと暮れた境内を埋める檀家さんたちにマイクで厳かに。
「元老寺プロジェクション・マッピングを始めます前に、まずは御本尊様にお念仏をお唱えいたしましょう。同称十念~。南無阿弥陀仏」
「「「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…」」」
十回唱えるのが基本だと聞くお念仏ですけど、抹香臭いイベントはパス。会長さんとサム君はともかくジョミー君は無視していますし、一般人は無視でいいでしょう。ソルジャーだってまるっと無視です。そもそも此処へ来ている理由は、ぶるぅズ&ハーレイズのライブを見るためで…。
「…南無阿弥陀仏。それでは皆さん、大いにお楽しみになって下さい!」
いざ開幕! と告げるアドス和尚はキャプテンや「ぶるぅ」の正体に全く気付いていませんでした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のステージを盛り上げるために教頭先生と同じく動員された誰かなのだと思っています。ステージ弁当を用意してくれたイライザさんも同様で…。
「「かみお~ん♪」」
金色の忍者な「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」が本堂の正面に登場した瞬間、本堂は巨大なスクリーンに。シロエ君が頑張っていた映像です。後光のように光り輝く線の中心に、ぶるぅズが。光が広がり、銀色の忍者なバックダンサー、ハーレイズが後ろに現れました。
「「「……スゴイ……」」」
練習で見ていた時より遙かに凄い、と私たちまでが大感動。あんなに渋っていたキース君でさえも墨染の衣でステージと映像に見惚れていたり…。歌って踊って『かみほー♪』三昧、四人の忍者が宙返りやらバク転やら。小さなぶるぅズ、金色の衣装が映えまくってますから完全に主役。
「忍者の衣装は正解だったね、君の提案に感謝だよ」
ハーレイズがちゃんとバックダンサー、とソルジャーが感心すれば、会長さんは。
「ぼくの方こそ、感謝かな。ぶるぅのライブを此処まで派手に演出できたのは君のお蔭さ、ホントなら一人で歌って踊っておしまいなだけのステージだったし…」
ありがとう、とソルジャーに頭を下げる会長さん。元老寺ライブは檀家さんの他にも噂を聞き付けた近所の人たちで大入り満員、シロエ君の力作のプロジェクション・マッピングを撮影している人も大勢います。ソルジャーが最初に現れた時はエライことになったと思いましたけど…。
「大成功よね、このライブ」
スウェナちゃんも撮影に燃えていました。元ジャーナリスト志望だっただけに、素敵な記録が撮れそうです。シロエ君も自前のカメラをあちこちに据えて録画していますし、これはダビングして貰わなくっちゃ~!
『かみほー♪』が三回も踊られたライブは大歓声の間に無事に終わって、締めはアドス和尚の先導でまた十回のお念仏。短いながらも素晴らしかった舞台を務め上げた「そるじゃぁ・ぶるぅ」と教頭先生たちの慰労のために、と庫裏のお座敷にイライザさんが御馳走を準備してくれていて。
「じゃあ、ぶるぅズとハーレイズの健闘を讃えて……。乾杯!」
会長さんの音頭で私たちはジュースのグラスを掲げました。忍者の衣装から私服に着替えた教頭先生とキャプテンはビール、会長さんとソルジャーのグラスにもビール。
「「「かんぱーい!!!」」」
賑やかにグラスが触れ合うお座敷にアドス和尚とイライザさんの姿はありません。キース君は法衣のままですけれど、私たちだけの気楽な宴席ということで…。
「お疲れ様でした、教頭先生」
キース君が教頭先生にビールを注げば、ソルジャーも負けじとキャプテンに。
「どうぞ、ハーレイ。今日でステージも無事に終わったし、後は今後に生かすだけだね」
「「「???」」」
なんのこっちゃ、とビールを注ぐソルジャーに注目の私たち。このステージを今後に生かすって、キャプテン、あちらの世界で「ぶるぅ」と『かみほー♪』を踊るとか…?
「あ、違う、違う! どっちかと言えば、ぶるぅはお邪魔」
「かみお~ん♪ 大人の時間は、ぼくは土鍋の中だもん! ハーレイ、今夜から頑張るんだもん!」
もう疲れても大丈夫だからヌカロクだもんね、と「ぶるぅ」はニコニコ、ソルジャーは。
「そういうこと! 体力もついたし、身体もすっかり柔らかくなったみたいだし…。どのくらいグレードアップしたのか、もう、楽しみで、楽しみで」
「ちょ、ちょっと…。その先、禁止!」
言わないように、と会長さんがストップをかければ、ソルジャーは「そう?」と微笑んで。
「それじゃ話を切り替えて…、と。今日のステージ、お念仏だと何回くらいに相当するわけ?」
「さ、さあ…。大勢の人がお念仏を唱える切っ掛けになったわけだし、どのくらいだろう? 阿弥陀様がどう評価なさるかは分からないけど、とにかく、沢山」
多いことだけは間違いない、という会長さんの答えに、ソルジャーはとても満足そうに。
「それは良かった。…ハーレイ、お念仏を凄く稼げたらしいよ、努力した甲斐があったよね。これで極楽にお世話になる時、いい蓮が貰えるといいんだけれど」
でも阿弥陀様からは遠いのがいいな、とウットリしているソルジャーが何を夢見ているのか、嫌と言うほど分かりました。キャプテンと二人で過ごすための蓮で、確か色にも指定があって…。
「ハーレイの肌の色が映える蓮の色ってどんなだろうねえ、シロエが投影していた中にも蓮は色々あったけど…。ピンクなのかな、それとも白かな? 青の間のイメージで青っていうのもいいかもねえ? どう思う、ブルー?」
高僧としての君の意見を、と訊かれた会長さんがブチ切れるのとキース君の怒声は同時でした。
「余計なことを考える前に、君もお念仏に精進したまえ!」
「貴様ぁ! よくもそういう穢れた気持ちで御本尊様の前でライブなんぞを!」
許さんぞ、と怒鳴り付けるキース君にソルジャーはヒラヒラと右手を振ってみせて。
「ライブはぶるぅとハーレイだってば、そっちは純粋に踊ってただけ! お念仏パワーで理想の蓮をゲットなんだよ、君も祈ってくれるんだろう? ぼくが贈った桜の数珠でね」
だから今夜もハーレイと二人で極楽へ…、と語るソルジャーが言う極楽とは、多分、天国のことでしょう。ヌカロクってそんなにいいんですかねえ、ぬかるみみたいに聞こえますけど…。足を踏み入れたら逃れられない中毒性でもあるのかな? ともあれライブは大成功ですし、ヌカロクに乾杯しときます~!
踊って元老寺・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
ぶるぅズ&ハーレイズを覚えてらっしゃった方はおいででしょうか?
人魚ショーなお話は特別生ライフ二年目の 『特訓に燃えろ』 でした。
ご興味のある方は覗いて下さいv → 『特訓に燃えろ』
次回は 「第3月曜」 5月19日の更新となります、よろしくお願いいたします。
毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませv
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、4月は恒例のお花見なのですが…。またもソルジャー夫妻乱入?
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらv
今日は土曜日、ハーレイが訪ねて来てくれる日。
元々ブルーは綺麗好きだし、体調が悪い時を除けば部屋の掃除は自分でする。ましてハーレイが来る休日ともなれば普段以上に丁寧に。
きちんと掃除し、机の上の教科書なども綺麗に揃えて本棚の本も並べ直した。散らかることなど一度も無かった部屋なのだけれど、やっぱり少し緊張するのは前世の記憶のせいかもしれない。
(…青の間よりも綺麗にするなんて無理だしね…)
ミュウの長として長い時間を過ごした青の間。あの頃は私物も少なかったし、何より部屋の広さが違う。天蓋つきのベッドが置かれていたスペースだけでも今の部屋より遙かに広い。
(第一、ベッドが大きかったし!)
この部屋に置いたらどうなるかな、と想像してみて「うーん…」と呟く。
「どう考えても入らないよね、今のベッドが置いてある場所…」
壁際に据えてあるブルーのベッド。子供用ではなかったけれども、いわゆるシングルサイズのそれは前世のベッドと比べてみれば貧相と言うか、小さいと言うか。それの代わりに前世のベッドを持って来たって床のスペースが足りなさすぎる。
(…あのベッドが大きすぎたんだよ、うん)
ぼくの部屋にはこれで充分! と納得して自分だけの小さな城を見回した。
青の間よりもずっと狭い部屋でも、此処には前世で手に入らなかった自由と幸せが溢れている。半ば公のスペースであった青の間とは違う、ブルーのお城。ミュウの未来だのシャングリラの進路だのと心を悩ませる種が持ち込まれることは決して無くて、優しい両親に守られて…。
(それにハーレイも来てくれるしね)
なんて幸せなんだろう、とコロンとベッドの上に転がる。
小さなベッドでもブルーの身体には充分広いし、今より育って大きくなっても取り替え不要。子供用ベッドから買い替える時にそういうサイズのものを父と母とが選んでくれた。だからブルーの周りは広々、寝ていて落ちたこともない。
(あんな大きなベッドでなくても、ぼくにはこれで充分なのにね…)
シャングリラに居た仲間たちはソルジャーであったブルーを神のように崇め、部屋もそのように設えた。それゆえにベッドも立派すぎるサイズで、天蓋つきで…。
(ホント、これだけあったら足りるんだけどな)
コロンと身体を横にしてみて、其処に足りないものに気付いた。
ハーレイがいない。青の間のベッドで目覚めた時には、大抵、隣にハーレイが居て……。
(…ど、どうしよう…。これじゃ全然足りないよ!)
今の今まで充分なのだと思い込んでいたベッドのサイズ。
ブルーが寝るにはピッタリどころかまだまだ余っているのだけれども、ハーレイが隣で寝るとなったら話はまるで別だった。
ずば抜けて身体の大きいハーレイ。前の生でもそうであったし、今の生でも変わらない。そのハーレイとベッドを共にするには、広さがあまりにも足りなさすぎる。
そういう時間を持てるようになるのは何年先だか分からなかったが、その日はいつか必ず来る。
(……ぼくのベッドじゃ無理ってことは……)
ハーレイと本物の恋人同士として結ばれる場所は、ブルーの部屋ではないらしい。
それならば何処になるのだろう?
(…んーと……)
一度だけ遊びに出掛けたハーレイの家。ハーレイの寝室は少し覗いただけだったけれど、大きなハーレイが寝るだけあってベッドはかなりの大きさがあった。
(……もしかして、あそこになるのかな?)
考えると胸がドキドキしてくる。
ハーレイには「大きくなるまで家には来るな」と厳しく言われてしまっているし、次の機会はいつになるかも分からない。
でも、もしかしたら。
次にハーレイの家に招かれた時は、二人並んで横になっても余裕がありそうだった大きなベッドで結ばれることになるのだろうか?
前の生での「初めて」の時は青の間だったが、今度の生ではハーレイの家で…?
(…それしか考えられないよね?)
ぼくのベッドはちょっと狭すぎ、とブルーの頬が赤くなる。
自分が大きく育たない限り恋人同士の関係は無理、と分かっていたから考えないようにしていたけれども、少し未来が見えた気がした。
いつかハーレイの家に招かれたならば、その時が今の生での「初めて」なのだ。
「初めて」とやらに思いを馳せても胸の鼓動が高鳴るだけで、十四歳のブルーの身体は何の変化も来たさない。ベッドでハーレイと何をするのかは前世の記憶で理解していたし、とても気持ちが良かったことさえも覚えているのに、ブルーは何もしようとしない。
これがハーレイの言う「きちんと育った」身体だったら、未来の自分を思い描くだけでは満足しないし、出来る筈もない。小さなブルーには想像もつかない何かをしようとする筈なのだが、その行為すらも知らない辺りがブルーの幼さの証明だった。
其処に気付きもしないブルーは子供ゆえの純真無垢さでもって「初めて」の日を夢見て微笑む。
ハーレイの家でキスを交わして、それから二人でベッドへ行って…。
服はハーレイが脱がせてくれるのだろうか?
なんだか子供みたいだけれども、自分で脱ぐのは前の生でのハーレイは好きではなかったし…。
(…今のハーレイだって、多分、好きじゃないよね)
それに自分で脱ぐというのも「初めて」らしくない気がする。
やはりハーレイに任せておいて、その先のこともハーレイ次第。
すっかり脱いだら、もう一度キス? それともハーレイにキスして貰う? 唇ではない他の場所。思い切り強くキスして貰って、幾つも、幾つも…。
最初のキスは多分、首筋。そこから胸の方へと移って、それから、それから……。
懸命に今の自分と前世での愛の営みとを重ね合わせるブルーだったが、いくら記憶が豊富であっても想いは熱を伴わない。その致命的なズレに気付かないまま、ただウットリとブルーは夢見る。
好きだよ、ハーレイ。
一日でも早く君と結ばれて、本物の恋人になりたいよ…。
身体に変化を来たさないせいで、夢見心地だったブルーの意識は本物の夢に捕まった。
初めの間は前世でのハーレイとの甘い時間の夢であったが、やがて幼く年相応の健全な眠りにすり替わる。ただぐっすりと夢も見ないでベッドの上で眠り続けて…。
「おい、ブルー」
いつまで寝てる、というハーレイの声で目が覚めた。
「えっ、ハーレイ? …いつ来たの?」
寝ぼけ眼で目をゴシゴシと擦るブルーにハーレイが「少し前だ」と苦笑する。
「お母さんが呆れていたぞ。掃除し過ぎて疲れたのか?」
お前そんなに散らかしたのか、と部屋を見回すハーレイに「違うよ!」と抗議の声を上げてベッドから下りたが、テーブルには母が用意していった紅茶と焼き菓子。つまりは母が来ていたことも、ハーレイが訪ねて来たことも知らず、ベッドで気持ち良く寝ていたわけで…。
(あれ?)
ベッドという単語が引っ掛かった。
眠ってしまう前に何か考え事をしていたような…。
確か、掃除を済ませた後にベッドにコロンと転がって……。
(……あっ!)
そうだ、と脳裏に蘇って来た甘く幸せな考え事。
いつかはハーレイの家に出掛けて、寝室にあった大きなベッドで…。
「ねえ、ハーレイ」
ブルーは思い付いたままに考えを素直に口にしようと、笑みを浮かべてハーレイを呼んだ。
「なんだ?」
「…えっとね、ぼくのベッドはハーレイには小さすぎるよね?」
さっきまでブルーが寝ていたベッド。それに目をやり、ハーレイが頷く。
「そうだな、俺には小さすぎるな」
「でしょ? それでね、考えたんだけど……。ハーレイの家に行くしかないな、って」
「何の話だ?」
怪訝そうな顔をしつつも、ハーレイは「お前を俺の家には呼ばんぞ」と重ねて念を押して来た。
「お前が今みたいに小さい間は呼ばないと言ってあるだろう? 何の用事があるのか知らんが、俺の家に来ても入れてはやらん」
「そうじゃなくって…。ぼくが大きくなった時だよ、ソルジャー・ブルーと同じくらいに」
それでね、とブルーは頬を紅潮させた。
「ぼくのベッドは小さすぎるし、ハーレイの家のベッドしか無いと思うんだ。…ハーレイと本物の恋人同士になれる場所って」
「ちょ、お前…!」
ハーレイの顔が真っ赤になって、いつも落ち着いて余裕たっぷりの表情が狼狽のそれへと変わる。
「い、いきなり何を言い出すんだ! ほ、ほ…」
「本物の恋人同士だってば、それにはベッドが要るんでしょ?」
そうだよね? と無邪気に微笑むブルーの顔つきは得意げなもので、色香も艶も微塵も無い。天使の微笑みと言うべきだろうか、無垢そのものなブルーの笑顔がハーレイに平常心を取り戻させた。とんでもないことを話してはいるが、ブルーには何も分かっていない、と。
「…なるほどな…。それで俺の家か」
「うんっ! 今度ハーレイの家に行った時にはそうなるんだよね、本当に本物の恋人同士に」
頑張って早く大きくなるから、と嬉しそうなブルーに、ハーレイは「いや」と重々しく返して腕組みをする。
「…そいつはまだまだ先のことだな、それに物事には順番がある。俺はお前を下心込みで家に呼ぼうとは思っていないし、ベッドの出番はもう少し先だ」
「…下心? それって、何?」
キョトンとするブルーの丸くなった瞳に、ハーレイは「ほらな」と頬を緩めた。
「お前、分かっていないだろう? 下心が何かも分からん子供にベッドの話は早すぎだ」
つまらないことを考える前に沢山食べて大きくなれ、とブルーの皿にハーレイの分の焼き菓子までが乗せられる。こうなれば完全にハーレイのペース。ブルーは大人しく焼き菓子を頬張り、不穏極まりないベッドの話題はそれっきり封じられたのだった。
こうして十四歳のブルーは「初めて」の場所への夢など綺麗に忘れてしまったわけだが、そうはいかないのがハーレイの方。
ブルーの倍以上もの年を重ねた立派な大人で、かつ健康な男性ともなれば身体にも色々と事情があるというものだ。ブルーのように前世の記憶を重ねて夢見て幸せ一杯、心地よく眠れることなど絶対にあろう筈がなく。
「……弱ったな……」
なんだって俺の家だったんだ、とハーレイは深い溜息をつく。
小さなブルーが「本物の恋人同士になれる場所」として名指しよろしく挙げてきた場所が、よりにもよってハーレイのベッド。
まさかブルーと生まれ変わった恋人同士で出会うなどとは思ってはおらず、自分の体格に見合うベッドをと余裕たっぷりのものを買ったつもりが今や寂しい独り寝の床で。
(…この間までは気に入りのベッドだったんだがなあ…)
今は広さが恨めしい、と前の生ならば隣に居た筈の華奢な身体を思い出す。
十四歳のブルーと再会してから、何回、夢に見ただろう。
前世で愛したソルジャー・ブルー。
すらりと細くてしなやかな肢体の、それは美しいミュウたちの長。彼の滑らかな肌と淫らにくねる身体を夢の中で何度抱き締め、組み敷いたことか。
目を覚ます度に今のブルーの幼さを思い、ブルーを欲して猛る身体を懸命に鎮める日々なのに…。
「…俺のベッドを指名しなくてもいいだろう? これからの日々が辛すぎるんだが…」
しかしブルーは忘れているな、と小さな恋人の可愛らしさとその無邪気さとを思い描いた。あんな話題を振っておきながら、ハーレイがブルーの家を辞去する時には「また来てね!」と大きく手を振っていたし、恥じらいの色も無かったし…。
(…まだ子供だから本当に仕方ないんだが…。俺は何年、生き地獄を彷徨う羽目になるんだか)
頼むから二度とベッドの話はしてくれるなよ、と居もしないブルーに切々と願う。
あの話だけは二度と御免だ。
安眠の場を奪うのだけはやめてくれ、と思いながらも身体の熱は鎮まらなくて……。
俺の気に入りのベッドを奪わないでくれ、と願う一方で前世のブルーを思い浮かべては良からぬ行為に耽っていたことが神の怒りに触れたのか。
ブルーの「初めて」発言からさほど日を置かずして、ハーレイは夜の夜中に急襲された。
何かが自分のベッドに居る。
寝ぼけた頭で子供の頃に母が飼っていた猫かと思った生き物は、深く眠ったままのブルーで。
(…ど、どうしてブルーが此処に居るんだ!?)
ブルーの心から溢れ出す思念がハーレイに教える。メギドでの出来事がとても怖い、と。ハーレイに側に居て欲しい、と…。
(……こう来たか……!)
別口で俺のベッドに来たか、と恐慌状態に陥りつつもハーレイは自分と戦った。
懐にスルリともぐり込んで来たブルーをオカズにしてしまわぬよう、間違っても手を出さぬよう。
そして翌朝、目覚めたブルーは案の定、先日の発言を全く覚えておらず…。
(…二度目、三度目は確実にあるな…)
ハーレイが徹夜明けの疲れを隠して作った朝食にブルーが「美味しい!」と舌鼓を打つ。
「ねえ、ハーレイ。…怖い夢を見たら、また来ていいよね?」
「もちろんだ。お前は独りじゃないんだからな」
いつでも来い、と大人の余裕を見せてやりつつ、ハーレイは心の奥底で溜息を幾つもついていた。
ブルーはすっかり忘れているらしいハーレイのベッド。
其処で前世そのままに育ったブルーを組み敷けるのはいつのことだろう?
こうなった以上、ブルーの「初めて」は其処で貰おう、とハーレイは秘かに決意する。
そんなハーレイの心も知らずに、小さなブルーはハーレイの家での朝食を喜び、楽しんでいた。
「来てはいけない」と厳命されていたハーレイの家。
思いがけずも飛んで来られて、おまけに美味しい朝食付き。
(…こんな朝御飯が食べられるなんて…。幸せだよ、ハーレイ、ホントに幸せ!)
それに美味しい、と幸せに酔う小さなブルー。
ハーレイとブルーが本当の意味でベッドを共にする日は、まだまだ先になりそうだった……。
小さなベッド・了
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
シャングリラ学園は今日から楽しい夏休み。今年の夏は何をしようかと相談するため、私たちは会長さんの家にお邪魔していました。大体の予定は既に立っています。柔道部の合宿が終わるのを待ってマツカ君の山の別荘にお出掛けするか、はたまた別の所へ旅行に行くか。
「海の別荘行きはもう確定になっちゃってるしねえ…」
会長さんが苦笑しながらアイスティーを一口飲んで。
「ブルーの結婚記念日と何処かで必ず重なるように、と日付指定までついてるしさ。自由になるのは其処以外! 山の別荘? それとも旅行?」
「んーと…。キースの予定は?」
どうなってるの、とジョミー君。夏休みに一番自由が無いのは副住職なキース君です。お盆を控えて卒塔婆書きやら、他にも色々。
「俺か? 俺はお前と違うからな…。卒塔婆はきちんと計画的に書いている。葬式の二つや三つくらいは乱入したって問題無い。親父の分を押し付けられてもイチ徹くらいで多分、なんとか」
「だったら旅行も大丈夫なわけ?」
「そのつもりで準備しているぞ。親父も俺が遊びに行くのは仕方が無いと思っているしな、高校生活をやっている以上」
だから全く問題ない、とキース君は余裕たっぷりでした。そうなると何処へ行くかは選び放題、好き放題。山の別荘もいいんですけど…。
「南の島でリゾートなんかも良さそうですよ」
シロエ君がパンフレットを広げました。旅行会社の国内旅行のを端から掴んで来たようです。
「水牛が引く車で海を渡るって楽しそうだと思うんですけど」
「かみお~ん♪ それ、行きたい!」
楽しいんだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は水牛車の写真に見入っています。
「あのね、これってゆっくり動くんだけど、暴走しちゃったら凄いんだから!」
「「「暴走!?」」」
「うん! 牛さんがビックリしたらガタガタガタって走り出すの! 放り出されそうなくらい揺れて楽しいの!」
絶叫マシーンとは違う楽しさ、と言われましても。それは危険と言うのでは…。
「ぶるぅ、それって怖くねえか?」
サム君の問いに「そるじゃぁ・ぶるぅ」はケロリとして。
「んーと…。お尻がちょびっと痛いだけだよ、だけど泣いてた人もいたかなぁ?」
「「「………」」」
そう言えば「そるじゃぁ・ぶるぅ」も会長さんと同じくタイプ・ブルーです。第一宇宙速度とやらを突破して飛べる能力を持っていましたっけ。暴走水牛車のスピードなんかはスローモーションみたいなもので。
「…す、水牛の車はやめといた方が良さそうですね…」
他のにしましょう、とシロエ君。スキューバダイビングの体験だとか、もっと手軽に海中散歩をしたい人のためのシーウォークとか。南の島は遊べるもので一杯です。
「俺は外国でもかまわないぞ?」
非日常に惹かれるんだ、とキース君が割り込みました。
「南の島でもお盆はついてくるからな…。この際、一切、忘れてパァーッと」
「ふうん? 副住職の台詞とも思えないねえ…」
アドス和尚が聞いたら何と言うやら、と会長さんに皮肉られてもキース君はフンと鼻を鳴らしただけで。
「俺は早々に副住職になっちまったが、同期はまだまだ遊んでいるぞ。自転車で世界中を旅してるヤツもいるんだからな。あれはあれで修行になるらしい。それに檀家さんと世間話をするには旅は格好のネタなんだ」
国外を推すぜ、とキース君はパンフレットを取り出しました。えーっと、B級グルメツアーですか? いろんな国で三泊四日くらいのコースが組まれているみたいですが、こんなのあるんだ…?
南の島か、国外ツアーでB級グルメか。B級グルメツアーの方は、いわゆる豪華なエスニック料理を食べ歩く旅とは違うようです。下町の食堂や屋台がメインで、地元民御用達の現地料理を味わう趣向。間にちょこっと観光もあって。
「かみお~ん♪ これも楽しそう!」
お料理のお勉強も出来ちゃいそう、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が釣れました。今日の昼食はトムヤムクンと白身魚のカレー炒めだと聞いていますが、現地で食べればバリエーションも豊富そうです。私たちの胃袋のためにはB級グルメツアーがいいかも?
「ぶるぅのレパートリーが増えそうなのは南の島より国外だよなあ…」
俺もそっち、とサム君が挙手。ジョミー君も手を挙げ、スウェナちゃんも。えーっと、どっちにしましょうか? 南の島も捨て難いですけど…。
「ぼくは南の島に一票」
「「「!!?」」」
いきなり余計な声が聞こえて、バッと振り返った先にはソルジャーが。紫のマントを優雅に翻し、ソファにストンと腰を下ろすと。
「ぶるぅ、ぼくにもアイスティーとケーキ」
「オッケー!」
ちょっと待ってね、とキッチンに走った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が注文の品を運んで来ました。今日のケーキはバニラムースを涼やかなミントグリーンのメロンムースで包んだ一品。真ん中には赤肉メロンムースも入っているという凝りようで。
「うん、美味しい! ホテルのデザートも素敵だけれどね、やっぱりこっちが落ち着くかなぁ…」
大きく伸びをするソルジャー。
「これってマナー違反なんだってね、食事中に身体を伸ばすってヤツ。だからノルディはいつも個室を予約してくれてるんだよ、ぼくが自由に振る舞えるように」
「「「は?」」」
「え? ああ、ノルディね。昨日もちょっとデートをしてきたものだから…。ミュージカルを観に連れてくれてさ、その後でマナーの話題になって。…なんだったっけ、マイ・フェア・レディだったかな?」
「なるほどね…。マナーの話になるわけだ」
うんうん、と頷く会長さん。『マイ・フェア・レディ』と言えば下町の花売り娘にレディ教育を施すお話。エロドクターはソルジャーをレディに仕立て上げたい下心でもあるんでしょうか?
「え、そこの所は諦めてるって言ってたけれど? 「ブルーのようにはいきませんねえ…」って溜息つきつつ、ちょっぴり未練はあるってトコかな」
それで『マイ・フェア・レディ』なんだろ、と笑うソルジャー。
「どう考えても無理だよねえ? ぼくはマナーを仕込まれるどころか実験動物だったんだしさ。アルタミラから脱出した後も、生きるの優先でマナーどころじゃあ…。だけどノルディが残念そうに言ってた話じゃ、持って生まれた立ち居振る舞いだけは優雅らしいねえ?」
「「「あー…」」」
それは分かる、とソルジャーを見詰める私たち。空間を越えて現れる時に翻るマントはなんとも優雅な動きです。歩き方も決してガサツではなく、滑るようなと評してもいいほど。なのに食事の最中に伸びをするとか、気に入ったものは夢中でガツガツ食べまくるとか、こう、残念な部分も多く…。
「その点、ブルーは完璧なのに…ってノルディがブツブツ呟いてたよ。デートの相手が君の方なら、多分、文句は無いんだろうなぁ」
「ぼくが文句をつけるから! なんでノルディとデートなんか!」
御免こうむる、と仏頂面の会長さんに、ソルジャーは。
「えーっと…。君のマナーは何処で身についたんだろう? やっぱり、お寺で修行した時?」
「どうしてお寺が出てくるわけ?」
「ノルディが「高僧ともなれば色々と心得があるでしょうしね」と話してたから」
お茶にお花に…、と記憶を辿るソルジャー。
「でもって、そこまでの心得があれば相手への注文もうるさくなるって…。それこそマイ・フェア・レディの世界で」
「何さ、それ?」
「ん? ハーレイよりかは自分の方に分が有るだろうって言っていたけど? 君に釣り合う結婚相手」
「お断りだし!」
そういう以前の問題だから、と会長さんは眉を吊り上げています。いくらエロドクターが紳士であると主張したって、会長さんが結婚なんかするわけないじゃないですか…。
「お断りねえ…」
もったいない、とソルジャーはケーキを頬張りながら。
「結婚以前の問題だから、って君は言うけど、ハーレイが理想のタイプだったら? 結婚したいと思ったりして」
「思わないっ!」
「さあ、どうだか…」
喋りながらもケーキを口に入れるのですから、これまたマナー違反です。会長さんなら一口サイズにカットして食べて、頬張ったままでは決して話さないような…。そういう細かい部分を除けばソルジャーの仕草は優雅なもので。
「君の理想は高そうだっていうノルディの意見にぼくも賛成。もしかしてハーレイを理想のタイプに教育出来たらロマンスが芽生えたりしないかい? マイ・フェア・レディみたいにさ」
「有り得ないし、それ!」
結婚するなら絶対に女性、と会長さんは顔を顰めて。
「フィシスという女神がいるっていうのに、なんで男と結婚なんか! フィシスはぼくの理想の女神で、もう何もかもが最高で…。……ん……?」
ちょっと待てよ、と言葉を切った会長さん。
「マイ・フェア・レディか……。旅行するよりいいかもしれない」
「「「は?」」」
「夏休みはハーレイも暇にしてるし、マイ・フェア・ハーレイはどうだろう? 旅行の代わりにハーレイを仕込む!」
「いいねえ、やっぱりヌカロクとか?」
相槌を打ったソルジャーに会長さんの鉄拳ならぬサイオンが飛び、パシーン! と派手な音がしました。シールドに跳ね返されたのです。でも、ヌカロクって未だに意味が不明ですよね…。
「危ないじゃないか、いきなり攻撃するなんて!」
「君は余裕で避けられるだろう、今みたいにさ! ハーレイだってタイプ・グリーンだ、サイオン攻撃は通用しない。だから言葉でネチネチと! その程度のことも出来ないのか、といびり倒して遊ぶわけだよ。それがマイ・フェア・ハーレイ計画!」
面白くなるに違いない、と会長さんの赤い瞳が煌めいています。
「ぼくがハーレイの家に一人で行くのは禁止だけれど、ハーレイがぼくの家に来るっていうのは特に禁止はされてない。ハーレイをこの家に住み込ませてさ、理想の男とやらに教育」
「ヌカロクは外せないだろう?」
懲りずに口にしたソルジャーの頭に会長さんの拳がゴツン。直接攻撃は想定していなかったらしいソルジャー、頭を押さえて呻く羽目に。
「いたたたたた…。暴力反対!」
「それなら黙っているんだね。そっち方面の教育を施すつもりは無いんだ、あくまで日頃の生活態度! 高僧としての視点から見た、非の打ちどころのない仏弟子ってヤツさ」
「「「仏弟子!?」」」
なんじゃそりゃ、と私たちは目をむき、キース君が。
「お、おい…! 俺はお盆を忘れたいんだと言った筈だが…」
「君も協力するんだよ! 後輩いびりは道場の華だ。殴る蹴るは指導員の愛だと噂の鉄拳道場、今も存在してるよね。あそこの教師になったつもりで日頃の憂さを晴らしたまえ」
お盆の前には道場も地獄、と会長さんはニヤニヤと。
「毎日の修行だけでも大変な所へ本山のお手伝いが入るからねえ、愛の鞭も自然と多くなる。君もお盆を忘れる勢いでハーレイをビシバシ殴ればいいさ」
「い、いや、俺はそこまでは…!」
「じゃあ、柔道部の合宿で受けた厳しい指導を返すつもりでビシビシと! いいかい、マイ・フェア・ハーレイ計画だ。ぼくの予定に変更は無い。君たち全員、泊まり込みでハーレイを指導するように!」
教育方針はぼくが決める、とブチ上げている会長さん。教頭先生には『理想の花婿養成道場』と銘打った案内を出すのだそうで…。
「ぼくの家に泊まれるというだけでハーレイが釣れるのは間違いない。旅行がオシャカになった恨みはハーレイへの鉄拳に変えるんだね」
「「「て、鉄拳…」」」
そんなの無理です、と言いかけた横からソルジャーが。
「君たちに無理なら、ぼくがやってもいいんだけれど? あ、それだと逆に喜んじゃうかな?」
「ハーレイにマゾっ気は無いと思うけど…。って、君も来るわけ!?」
なんでまた、と会長さんが口をパクパクさせればソルジャーは。
「南の島に一票と言ったよ、旅行に行こうと思ってたんだよ! ハーレイと二人じゃ出られないけど、ぼく一人なら四日くらいは…。それでマイ・フェア・ハーレイ計画は何日からかな?」
予定を空けておかなくちゃ、とソルジャーは既にノリノリでした。この人がミュージカルを観に行かなかったら南の島か外国に旅行だったのに…。エロドクターもお怨み申し上げます、なんでマイ・フェア・レディなんか観にソルジャーを誘ったんですか…!
山の別荘か旅行だという夏休みの予定は見事に砕け散りました。会長さん曰く、マイ・フェア・ハーレイ。理想の花婿養成道場と称して教頭先生をいびり倒す計画です。そんな事とは夢にも知らない教頭先生、大喜びで参加を表明なさったそうで…。
「えーっと…。本気でやるわけ、マイ・フェア・ハーレイ?」
おずおずと尋ねるジョミー君。柔道部の合宿は一昨日で終わり、休養期間を経て今日から養成道場が始まる予定。キース君が行きたかったB級グルメツアーに因んで日程は三泊四日です。
「本気でやらずにどうするんだい?」
もうハーレイを呼んだんだから、と会長さんがニッコリと。
「君も今日から指導員だよ、璃慕恩院での経験を大いに生かしたまえ。柔道部の合宿期間中は君とサムは璃慕恩院で修行体験! 毎年のことだし、もう慣れただろ?」
「そりゃそうだけど…。なんか年々、厳しくなってる気がするけれど…。でも鉄拳は飛ばないよ?」
「子供相手の修行体験だし、鉄拳は無いさ。だけど指導員は怖いだろう? 廊下に立てとか、正座してろとか」
「う、うん…。今年も派手にやられちゃった…」
毎年失敗するんだよね、とジョミー君は肩を落としています。一緒に行くサム君の方は順調に修行を積んでいるのに、それとは真逆のジョミー君。今年もお念仏の声が小さいと怒鳴られ、境内で発声練習の刑を食らったとか。
「その恨みを全部ハーレイにぶつけるんだよ、仏弟子修行に来るわけだしね。本人は花婿養成道場だと信じてるけど、そこは上手に誤魔化すからさ」
「…どうする気さ?」
ソルジャーが疑問をぶつけました。
「花婿と仏弟子じゃ似ても似つかないよ、マイ・フェア・ハーレイにならないけれど?」
「分かってないねえ、ハーレイが来たらすぐに解けるよ、その辺の謎! 君も指導員をやるんだろう? ちゃんとマニュアルをチェックする! 他のみんなも!」
「「「はーい…」」」
会長さんが作ったマニュアルはプリント数枚。教頭先生の行動と会長さんの指導方針を照らし合わせた上で鉄拳だとか報告だとか、実に細かく書かれています。覚えられるわけがない、と思ったのですが、そこはサイオンでの反則技。会長さんに叩き込まれてサラッと頭に入ってしまい。
「歩幅までチェックが入るんですねえ…」
厳しいですね、とシロエ君が肩を竦めれば、キース君が。
「いや、坊主の世界では歩幅は基本だ。茶道もそうだが、美しい所作をしようと思えば必須になる。教頭先生のお身体ではキツイ幅だと思うがな…」
「畳を三歩ですからねえ…。教頭先生なら長い方でも三歩だっていう気がしてきましたよ」
大股で行けば、とシロエ君。畳の狭い方の幅を三歩で歩くというのがマイ・フェア・ハーレイの鉄則でした。長い方なら六歩です。これを叩き込むために廊下に目印が付けられ、私たちが監視する仕組み。畳敷きの和室では会長さんとキース君、マツカ君が監視するそうで。
「大丈夫なのかよ、教頭先生…」
ヤバそうだぜ、とサム君が頭を振り振りマニュアルをチェック。鬼の指導員にはなれそうもないとか言ってますけど、会長さんの愛弟子で公認カップルを名乗るのがサム君。いざとなったら凄かったりして…、と期待しないでもありません。教頭先生、頑張ってクリア出来るといいんですけど…。
それから間もなく、リビングにいた私たちの耳にチャイムの音が聞こえて来ました。教頭先生の御到着です。すかさず玄関へと駆け出した「そるじゃぁ・ぶるぅ」の声が元気良く…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
「すまないな、ぶるぅ。今日から暫く世話になるが…」
ボストンバッグを提げた教頭先生が「そるじゃぁ・ぶるぅ」に案内されてリビングへ。花婿養成道場ですから緊張しておられるのが分かります。
「やあ、ハーレイ。よく来てくれたね」
「い、いや、こちらこそ、よろしく頼む」
深々と一礼なさった教頭先生に、会長さんがソファを勧めて。
「どうぞ、座って。…まずは道場の心構えについて話しておこうと思うんだ」
「う、うむ…。花婿養成道場と聞いたが、そのぅ……」
頬を赤らめる教頭先生。誰の花婿かは一目瞭然、赤くならない方が変でしょう。会長さんはクスクスと笑い、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が淹れた紅茶を一口飲むと。
「ハーレイ、君も道場の前に紅茶で一服しておきたまえ。道場が始まった後に自由は無いよ?」
「分かっている。お前に相応しい男を目指すんだったな」
「うん。道場のサブタイトルも見てくれたよね? マイ・フェア・ハーレイ」
「あ、ああ…。本当なのか?」
何やら恥ずかしいのだが、と教頭先生が頬を染めれば、会長さんは艶やかな笑み。
「あれはね、ブルーが観てきたっていうミュージカルから拝借したわけ。君も知ってるよね、マイ・フェア・レディは?」
「もちろんだ。…つまり私ではお前の花婿にはまだ不足だと…」
「そういうこと。君はキャプテンだし、シャングリラ学園の教頭でもある。それなりの地位はあるわけだけど、ぼくのパートナーとしてはどうだろう? ソルジャーや生徒会長としてのぼくなら充分に釣り合っているんだけれども、ぼくにはもう一つの顔がある」
普段は表に出さないけれど、と会長さん。
「…銀青としての顔というのも大切なんだよ、ぼくにはね。その銀青はもはや伝説の域だ。いつか自坊を…自分のお寺を構えるとなったら、君は釣り合うと言えるのかい?」
「……そ、それは……」
ウッと息を飲む教頭先生。なるほど、花婿と仏弟子はこうやって結び付きますか! ソルジャーが小さく吹き出していますが、教頭先生は気付いていません。
「こ、高僧としてのお前とは……釣り合わないかもしれないな……」
「一応、自覚はあるんだね? 坊主の世界は上下関係に厳しいんだよ。お坊さん同士で結婚した場合、生まれたお寺の格が違えば結婚生活に差し障る。花嫁が住職を務めるお寺に格下のお寺から婿入りするとね、法要にも出して貰えなかったりしちゃうわけ」
これは本当のことだから、と会長さんがキース君に確認をすれば、キース君は。
「…そういう事実もあるようです。そして花嫁が住職でしたらまだマシです。住職になる気は無い女性が住職にする婿を探した場合、婿入りした後にいびられるケースも多々あります」
「そ、そうか…。で、では、私がブルーを嫁にするなら…」
「思い切り日蔭の立場になるかと…。だからと言って一切表に出ないわけにもいきません。法要を営む場合は裏方が必須になりますので」
俺の家だと母がそうです、とキース君。
「自分は表だって動かないとしても、法要に出て下さる人に失礼が無いか、色々と気配りが必要です。細やかな心遣いをするには、お寺というものを知っていないと難しいかと思いますが」
「て、寺か…? 私には縁が無いのだが…」
教頭先生の額に汗が噴き出し、会長さんが嫣然と。
「それでマイ・フェア・ハーレイなんだよ。あれに倣って君を厳しく指導しようと思ってる。三泊四日でモノになったら、ぼくの花婿候補の資格有り。ダメな場合は顔を洗って出直して来いってことになるけど、トライしてみる?」
「もちろんだ! 銀青としてのお前と釣り合うためには何が要るのか分からんが…。私も男だ、申し込んでおいて回れ右するような真似はせん!」
「いい覚悟だねえ、大いに結構。それじゃ頑張って貰おうか。三泊四日、形だけでも僧侶の世界を体験しながら身につけてもらう。…ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
トトトトト…と走って行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が抱えて来た物は法衣一式。白い着物と墨染の紗のセットものです。それと輪袈裟と。
「まずは形から入ることだね、出家しろとは言わないからさ。銀青を嫁に貰った男ともなれば、誰もが出家を期待する。そうなった時に慌てないよう、今から修行を」
「…しゅ、出家…?」
「嫌ならやめていいんだよ? 花婿の資格が無くなるだけだし…。ぼくも銀青の名を名乗る以上、パートナーが在家というのは外聞が……ね。あ、出家は結婚してから、いずれ折を見て」
「わ、分かった、覚悟はしておこう…」
今すぐ出家では無いのだしな、と教頭先生は腹をくくったみたいです。いきなり法衣はビックリでしょうが、ジョミー君だって棚経のお供で着てますしねえ?
形からと言われた教頭先生。並べられた法衣一式を前に腕組みをして…。
「…ブルー、これはどうやって着ればいいのだ? 普通の着物と同じなのか?」
「さあねえ、仮装で着せられたことがあっただろう? 覚えてないかな、とにかく自力で着てみることだね」
指導員はそこに大勢いるから、と指差されたのは私たち。副住職なキース君と僧籍のサム君、ジョミー君の三人は朱扇と呼ばれる骨の部分が朱色に塗られたお坊さん仕様の扇子を右手に持っていました。教頭先生がミスをした時、それでバシッと叩くのです。
「じ、自力でか…。ふうむ……」
とにかく脱ぐか、と教頭先生は着てきたワイシャツを脱ぎ捨てましたが、そこでパシッと朱扇の音が。キース君が床を打った音です。
「教頭先生、お脱ぎになった服はきちんと畳んで頂きます。後で纏めてというのではなく、順番に」
「す、すまん…!」
迂闊だった、と平謝りの教頭先生。会長さんの声がのんびりと…。
「坊主たる者、いかなる時でも他人様の目があると思っていないとねえ…。人に見られて困る姿はしないことだよ、畳んでない服って、みっともないだろ?」
「あ、ああ…。これからは気を付ける」
教頭先生はズボンを脱いでキッチリと畳み、続いて脱いだ夏物のステテコを畳もうとしたのですけれど。パシッと鳴らされたキース君の朱扇。
「…な、なんだ!?」
「畳むようにとは申し上げましたが、パンツ一丁というのは如何なものかと…。先に襦袢を着けて下さい」
TPOが大切です、とキース君。確かに紅白縞だけの姿で人に見られるのと、襦袢姿を見られるのとでは恥ずかしさの度合いが違います。教頭先生はオタオタしながら襦袢を身に着け、ステテコを畳み…。そこで会長さんの声が再び。
「ステテコは履いてても良かったんだよ、多少暑いかもしれないけどね。ステテコを脱いだ以上は腰巻が要るよ、頑張りたまえ」
「こ、腰巻…」
どうするんだ、と一枚布な腰巻を広げた教頭先生にキース君の朱扇が炸裂。
「そんな巻き方では歩けません。法衣もそうですが、動けないと話になりませんので」
此処と此処、と教頭先生の身体をパシパシと朱扇で打つキース君はマイ・フェア・ハーレイのマニュアルを忠実に実行中です。殴る蹴るとは行かないまでも朱扇攻撃は打たれる方には精神的なダメージが大。ジョミー君が小声でボソボソと。
「怖いんだよねえ、朱扇ってさ…。アレをパシッと鳴らされるだけで軽くパニックになったりするんだ、修行体験ツアーのトラウマってヤツ」
「そうなんですか? ジョミー先輩でもパニックだったら教頭先生は…」
初体験だけにショックですよね、とシロエ君。
「かなり萎縮してらっしゃいますけど、キース先輩、容赦ないですし…。あ、またやってる」
パッシーン! と響く朱扇の音。教頭先生が法衣を着け終わるまでの間に朱扇は何度も鋭い音を響かせ、恐ろしいアイテムとしての地位を確立しました。ジョミー君が面白半分に自分の手のひらを朱扇でパシンと一発叩いただけで、教頭先生は直立不動。
「い、今のは何かマズかったか!? 遠慮しないで言ってくれ…!」
「いえ、あのぅ…。ちょっと鳴らしただけなんですけど…」
ごめんなさい、とペコリと頭を下げるジョミー君と、大爆笑の私たちと。もはやパブロフの犬状態の教頭先生、三泊四日のマイ・フェア・ハーレイ、無事に乗り切れるでしょうか…?
こうして始まった会長さんの花婿養成道場の華は歩幅とお掃除タイムでした。畳の幅の狭い方を三歩、長い方なら必ず六歩。歩幅の大きい教頭先生、これがどうにもなりません。
「かみお~ん♪ ここで畳はおしまいだもんね! 歩きすぎ!」
ブルーがやれって言ったんだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がハリセンで教頭先生の頭をパァン! 同時に気付いた他の誰かが朱扇でパシンと音を立てたり、ソルジャーが足を引っ掛けたり。足を取られた教頭先生が派手に転べば「静かに歩け」と朱扇と声とで警告が。
「た、畳がこんなに難しいとは…」
泣きの涙の教頭先生、何度やっても歩幅は直らず。しかし会長さんは冷たい声で。
「困ったよねえ、お寺と畳はセットものだし…。これじゃ恥ずかしくて人前に出すなんて出来やしないし、結婚式だって挙げられやしない。言っておくけど仏前式だよ、銀青としての結婚式はね」
畳敷きの本堂で挙げるものだ、とキツイ言葉を投げかけられても直らないのが歩幅です。けれど直さないとマイ・フェア・ハーレイな花婿養成道場の意味が無く、結婚式も挙げられず…。更に地獄なのがお掃除タイムで。
「教頭先生、掃除は本堂も対象ですので、歩幅は守って頂きます」
キース君の朱扇がパシパシ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のハリセンがパコーン! おまけに掃除の練習に協力すると称してソルジャーがスナック菓子の袋をあちこちで広げ、お菓子の欠片がポロポロと。
「あっ、零れた! ハーレイ、こっちも綺麗にしてよね」
「ま、またですか……」
疲れ果てた声の教頭先生を背後からキース君が朱扇でパッシーン!
「また一歩半のオーバーです。お急ぎになるのは分かるのですが、ガサツな動きはNGです」
それでは寺で暮らせません、と鉄拳ならぬ朱扇攻撃。お寺の修行は一に読経で二に掃除だとかで、掃除の時間が道場のスケジュールの大半を占めていたから大変です。教頭先生は朱扇に怯え、歩幅で萎縮し、あと一日という三日目の夜にはヨレヨレで。
「…す、すまん…。今夜は休んでいいだろうか?」
まだ明日が残っているのだから、と英気を養うべく就寝時間を迎えた途端に会長さんに申し出ましたが…。
「ふうん? 今日まで三日もあったんだけどさ、何処か向上してたっけ?」
何一つクリアしていないよね、と会長さんの冷ややかな笑み。
「お寺に必須の掃除もダメなら、歩く姿も人前に出せるものじゃない。明日があるって言っているけど、それで出来ると思ってる? 余裕があり過ぎて涙が出るよ。なんかアレだね、夏休みはまだ一日あるって言ってさ、宿題を全くやらずに全部残してる小学生とか思い出すよね」
「…そ、そんなつもりは…! 明日こそ必ず…!」
「徹夜してでもクリアしようとは思わないんだ? ぼくは徹夜でも付き合うつもりでいたんだけれどさ、練習に」
なのに寝るなんて最低だよね、と呆れられた教頭先生は。
「や、やる! お前が付き合うと言ってくれるなら、私は徹夜で」
「ヤリまくるって?」
「もちろんだ!」
決意を固めた教頭先生、相の手を入れてきたのが誰だったのかも確認せずに勢いよく返事したのが運の尽き。これぞ地獄の一丁目で…。
「…だってさ。ヤリまくるらしいよ、今夜は徹夜で」
凄いよねえ、と目を丸くして感心しているソルジャー。
「徹夜となったら一気にヌカロク、それとも四十八手を全部かな? どっちにしてもハードルの高さは半端じゃないけど、挑もうという心意気だけでも拍手モノだね」
パチパチパチ…とソルジャーは笑顔で拍手喝采。
「だけど、ブルーは花婿養成道場なんて言ってる段階だけに君の相手になりっこないし…。ヤリまくる相手は必然的にぼくだよねえ?」
「「「………」」」
話の趣旨がズレていることに私たちはようやく気が付きました。そして教頭先生も耳まで真っ赤になってしまって、オロオロと。
「…わ、私はそんなつもりでは…! や、やると言うのは練習でして…!」
「だから練習するんだろ? 花婿養成道場なんだし、そっちの稽古も必須だよ、うん」
でないとブルーに怪我をさせるし、とソルジャーは唇に笑みを湛えて。
「ぼくは経験多数だからねえ、相手が下手でも大丈夫! 手取り足取り教えてあげるさ、花婿の大事な心得ってヤツを。まずは何から練習したい? お望みだったらキスからでも…」
初歩の初歩でも奥が深いし、と唇をペロリと舐めるソルジャーに教頭先生の喉がゴクリと。ソルジャーは赤い瞳を悪戯っぽく煌めかせて。
「あ、ぼくを食べたくなってきた? それじゃ花婿養成道場らしく、最後の夜は実地で練習! ぼくを満足させられるレベルに到達してこそ真のマイ・フェア・ハーレイってね。ベッドがいい? それとも和室の方がいいかな、お寺なら畳に布団かなぁ? まずは二人で布団を敷こうか」
そして仲良くお床入り…、とソルジャーが教頭先生の手をギュッと握った途端。
「……お、お床入り……」
ツツーッと教頭先生の鼻から赤い筋が垂れ、大きな身体が仰向けにドッターン! と倒れて、それっきり。養成道場の制服である法衣を着たまま憐れ失神、鼻血の海に轟沈で…。
「ブルー? 君のせいだよ、この結末はね」
どうしてくれる、と会長さんが怒れば、ソルジャーは。
「えっ? 明日の朝までには起きるだろ? レクチャーをし損なっちゃったけれど、君のお望みは歩幅とか見た目だけだしねえ? そっちが残り一日で無理なんだったら特に問題ないと思うな」
でも歩幅よりも夜が問題、と譲らないのがソルジャーで。
「本気でマイ・フェア・ハーレイだったら夜も絶対大切だってば、君の理想に近づくためには避けて通れないトコなんだよ! そっちの方で自信がついたら男の魅力がグッと増すって!」
いつかはそっちも指導しなくちゃ、と燃えるソルジャーと、歩幅を理由に教頭先生を蹴り飛ばしたい会長さんとの言い争いは平行線。えーっと、今回の花婿養成道場とやらは遊びですから失敗したっていいんですよね? どうなんですか、会長さん…?
「失敗しちゃってなんぼなんだよ、今回は! マイ・フェア・ハーレイは最初から冗談、誰も本気じゃないってば!」
「でもさ、本物のマイ・フェア・ハーレイが出来上がるかもしれないよ? 今回はダメでも次回とか! 二回、三回と重ねて行こうよ、このイベントを!」
全面的に協力するから、と叫ぶソルジャーが心の底から夢見るものは会長さんと教頭先生の結婚生活に違いありません。自分の尺度で測っている以上、それが素敵なハッピーエンド。ですが、会長さんにはその結末は…。きっと合わないと思いますから、マイ・フェア・ハーレイは二度と勘弁です~!
相応しき伴侶・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
シャングリラ学園シリーズ、4月2日が本編の連載開始から6周年の記念日でした。
完結後も書き続けて6周年を迎えられました、来て下さる皆様に感謝です。
シャングリラ学園番外編はまだ続きます、しつこく続いてまいります。
6周年記念の御挨拶を兼ねまして、今月は月に2回の更新です。
次回は 「第3月曜」 4月21日の更新となります、よろしくお願いいたします。
ハレブル別館の方で始まりました転生ネタは、全て短編となっております。
14歳の可愛いブルーと、大人で紳士なハーレイ先生のラブラブほのぼのストーリー。
よろしかったらお立ち寄り下さいv
←ハレブル別館は、こちらからv
毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませ~。
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、4月は恒例のお花見に出かけようとしておりますが…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv