シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
補欠合格 ・第1話
「捨てる神あれば拾う神あり
受験生も歩けばぶるぅにあたる」
校長先生、お言葉ありがとうございます!
パンドラの箱のおかげで補欠合格できました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」にあたったおかげですね。校内でチョコのやりとりをしない者は礼法室にてバレンタインのお説教ですか。でもって積極的に参加すべし、と。チョコのやりとりも温室のチョコレートの噴水もすっごく興味がありますけども、まずはパンドラの箱で補欠合格させてくれた「そるじゃぁ・ぶるぅ」にお礼を言わなくちゃ、です。
えっと…パンドラの箱は今も大切に持っていますが、補欠合格の知らせを貰った時、お礼状と一緒に何か入れようと思ったのに…私、お小遣いをパンドラの箱の要求で使い果たしてしまっていて。ママに前借を頼んでみたら「無駄遣いしちゃったんでしょう」とすげなく断られてしまいました。
仕方ないから台所にあったカップ麺を入れてみたんですけど、気に入られなかったのか「お湯を注いででろでろになった状態」で返品されてきたんです。どうしましょう、何か…気に入ってもらえそうなもの…。そういえばお風呂が好きでしたっけ。
なのでスーパー銭湯の回数券を1枚入れておいたら「いいお湯だったv」って書いたメモが入っていましたけれど、やっぱり何かが足りませんよね。そっか、チョコレートの噴水か!
私はチョコレートの型になりそうな器をみつくろって紙袋に入れ、シャングリラ学園の温室に向かいました。わぁ、本当にチョコレートの噴水がありますよ!生徒さんがミカンをコーティングしたりして盛り上がっている横からお弁当箱の蓋(これが一番、チョコレートの型に向いていそうだったんです)を差し出し、チョコレートで一杯にして…固めるために一旦、外へ。
折からの寒さでチョコはすぐに固まってきます。ちょうど氷の張った池があったので浮かべてみたら見る見るうちに綺麗なチョコが出来ました。よいしょ、と型から抜いてチョコレートが1個出来上がり。温室に取って返してまたチョコレートを流し込んで…。
その繰り返しでチョコレートを10個作った私は家に帰って、可愛い空き箱に1枚ずつ紙に包んだチョコレートを詰め、ラッピングしてリボンをかけて。…「そるじゃぁ・ぶるぅ」、気に入ってくれるでしょうか?
とりあえず「シャングリラ学園で一番チョコレートをあげたい気分」なのは今は「そるじゃぁ・ぶるぅ」です。美形の生徒会長さんも気になりますが…パンドラの箱を売って下さったのはあの人ですが、補欠合格させてくれた恩人にお礼を言わなくちゃなりません。
私はお気に入りの便箋にこう書きました。
「ありがとう、そるじゃぁ・ぶるぅ。大好き!」
そしてチョコレート入りの箱と一緒にパンドラの箱に入れ、パタンと蓋を閉めたのです。…しばらくして蓋を開けてみるとチョコレートと便箋は消えていて、代わりにメモが入っていました。
「照れちゃうよv」。
校長先生、もしかして…「そるじゃぁ・ぶるぅ」に告白したことになっちゃったのではないでしょうね?なんだかちょっと心配に…。
補欠合格 ・第2話
校長先生、もうすぐバレンタインデーですね!美形の生徒会長さんにどうしても「まともなチョコ」を差し上げたいと思い、バイト禁止の校則を破って中華料理店で皿洗いのバイトをしてきました。なんとかバレずに済みましたです。生活指導の先生がラーメンを食べに入って来られたのを厨房から見かけた時は心臓が凍りましたが。…シャングリラ学園はバイトはOKなんでしょうか?
ともあれ懐が暖かくなりましたので、チョコレートを買いに行けますよ。でも生徒会長さんは「300年も在籍している」なんておっしゃってましたし、どんなチョコレートをお渡しすればいいのか全く見当がつきません。凡人の考えなど及ばない方かも…。思えばチョコレート発祥の地では「酒は口からではなくお尻から」飲むものだったとか。酒宴では奴隷が王様や貴族のお尻に恭しくお酒を注入していたと聞き及びます。そんな時代もあったんですから、300年もの年季の入った生徒会長さんのお好みのチョコは常識では考えられないようなモノかもしれません。どうしましょう…。
考え込んでいた時、目に入ったのは部屋に置きっぱなしにしていたパンドラの箱でした。シャングリラ学園のマスコットにして「生徒や先生でも滅多に出会うことができない」座敷ワラシみたいな存在だという「そるじゃぁ・ぶるぅ」なら生徒会長さんのお好みのチョコを知っているかも!?うん、ダメ元で聞いてみるのがいいかも、です。私は早速、自分のオヤツに買ってきたチョコレート・ポッキーをパンドラの箱に入れ、「生徒会長さんのチョコの好みを教えて下さい」と書いた便箋を添えて蓋を閉めました。
待つこと30分。…そろそろいいかな、と箱を開けてみるとポッキーは無くなっていて、代わりにメモが入っています。
「ブルーはバレンタインデーのチョコならなんでもオッケー。もらうチョコの数は学園でダントツの1位だよ。…好みがうるさいのはぼくの方。君のチョコには愛がこもっていて感激しちゃったv」
校長先生、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は何か勘違いをしてないでしょうね?心配ですけど、生徒会長さんのチョコの好みが特にないらしいことは分かりましたので、ちょっとデパートまで走ってきます!
補欠合格 ・第3話
今日はいよいよバレンタインデー!
美形の生徒会長さんに渡すチョコレートを抱えて学園にやって来ましたが…まずは温室のチョコレートの滝に詣でて必勝祈願。ちゃんと手渡せますように&熱い想いが通じますように、と心をこめて拝んでおきました。バナナやミカンをコーティングしている生徒さんたちに変な顔をされましたけど、縁起かつぎは重要です。
えっと…生徒会長さんは…。捜していると生徒会室を見つけました。ちょうど扉が開いて会長さんが出てらっしゃいます。
「あのっ、これ!…受け取って下さい!!」
バイト代を張り込んで買った舶来モノのチョコレートの箱を差し出しながら、私は真っ赤になっていました。だって…人生初の本命チョコってヤツなんですもの。
「ぼくに?…嬉しいな。…そういえば、君は…」
生徒会長さんはニッコリ笑って受け取って下さり、お茶を飲んでいかないかい、と誘って下さったではありませんか。夢みたい…。生徒会室に入ってみると、机の上にチョコレートが山積みでした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のメモにあった「ブルーがもらうチョコの数は学園でダントツの1位」というのは本当のようです。私のチョコはどうなるのでしょう。こんなに沢山あったのでは…。でも私が渡したチョコレートの箱は机の上ではなく、生徒会長さんのものらしい鞄の中に入れてもらえたんです。もしかして想いが通じましたか?どきどき…。
「ぶるぅと文通してるんだってね」
生徒会長さんがティーカップを差し出しながらおっしゃいました。
「は?」
「パンドラの箱、使ってくれているだろう?…今年箱を買った人の中で注文を全部こなした人は君だけなんだ。他の人は3つ目くらいでリタイヤしちゃったみたいだね。リタイヤは当然、返金の対象外なんだけど」
「私だけ…だったんですか…?」
「うん。補欠合格できただろう?…それだけじゃない。ぶるぅも凄く喜んでたよ。「身体を張って男湯に連れてってくれたんだ」と感激していた。「愛がないとできないよね」って」
う。…なんだか不吉な予感が…。
「おまけに手作りチョコレートが愛のメッセージと一緒に届いた、と大喜びで見せに来たよ。ぶるぅは…まだまだ子供だし、ああ見えてシャイだから、文通が精一杯だろうけれど…仲良くしてやってくれると嬉しいな」
ひゃああ!…やっぱり「そるじゃぁ・ぶるぅ」は勘違いを…!!
生徒会長さんはニコニコ笑ってらっしゃいます。
「ぼくにくれたチョコレートだけど、ぶるぅが楽しみに待ってたんだよ。「半分はぼくにくれるよね」って。なにしろ君は…ぶるぅの大切なペンフレンドだし。後で届けに行かなくちゃ」
「じゃあ、鞄に入れてらしたのは…」
「他のに混じって分からなくなると困るだろう?大切なチョコレートが」
「あのぅ…。私は生徒会長さんに…そのチョコレートを…」
私は必死に言ったのですが。
「おや、不満かい?…ぶるぅと仲良くしておいて損はないよ。ぶるぅを大事にしてくれる人は…ぼくにとっても特別だ」
えぇっ!?…それなら話は別かも!…その他大勢に数えられるより、少々ズレていても特別な方がお得です。ええ、きっと!
私のチョコレートは生徒会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が半分ずつ食べて下さったようです。なぜ分かるかって?…夜にパンドラの箱を開いてみたら、メモが入ってましたから。
「チョコレート、ありがとう。美味しかったよv」って。
生徒会長さんがおっしゃったとおり「そるじゃぁ・ぶるぅ」と文通するのも…有意義なことかもしれません。生徒会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は親しいようですし、「将を射んと欲すれば、まず馬を射よ」と言います。
校長先生、とりあえず「そるじゃぁ・ぶるぅ」と文通しながら学園生活を始めてみようと思いますけど、300年も在籍してらっしゃるという生徒会長さんのハートを射抜くのは難しいですか?
試験発表(不合格) ・第1話
校長先生、合格発表を見に来たんですが…私の番号がありません。あああ、やっぱり試験問題と風水お守りを買うべきでした。向こうで合格した人たちが騒いでいます。いいなぁ…羨ましいなぁ…。
「ジョミー、俺たち、また一緒だな!」
「サムも合格できたんだね。危ないって言っていたからちょっと心配してたんだけど」
「うん、噛んでもらったおかげかも」
「噛んで…?なに、それ」
快活そうな金髪の男の子と友達の会話が聞こえてきました。
「知らないのか、お前?…そるじゃぁ・ぶるぅっていうヤツが住んでる部屋があるんだよ。学園のマスコットで不思議な力があるんだってさ。こいつに試験前に頭を噛んでもらうと、追試にも赤点にもならないらしいぜ」
「じゃあ…もしかして、その部屋に…」
「おう!捜すの大変だったけどな。先生も生徒も滅多に部屋に辿りつけないという座敷童みたいなモンらしいし。それにさ、やっと見つけたのに…オレ、動物に好かれやすいだろう?噛んでもらうまでがまた一苦労で…」
サムという男の子が「そるじゃぁ・ぶるぅ」を殴った話を披露しているのを聞いた私は悔しい思いで一杯でした。受験に来た日に偶然見つけた「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋。…あの時、頭を噛んでもらっていれば私も合格できたのに…。
「サム!ジョミー!…よかったわ、みんな合格できて!」
「スゥエナ!これから楽しくなりそうだね♪」
あぁぁ、あの女の子も前からの友達みたいです。いいなぁ…。私も合格したかったなぁ…。あうあうあう~!!
試験発表(不合格) ・第2話
校長先生、掲示板を穴が開くほど見つめてますけど、私の番号、やっぱり無いです。…訂正も…ないのでしょうか。あ、またまた合格組が騒いでますよ(涙)
「あっ、キース先輩!もちろん番号ありましたよね?」
「当然だ。シロエ、お前は来年の下見か?」
「違いますよ。これ、受験票です。…ぼくの」
「お、お前…受験したのか、今年!?…受かったのか!?」
「はい!受かっちゃいました」
シロエと呼ばれた男の子がペロッと舌を出しましたけど、もしかしなくても1学年下みたいです。この子が受かって…私が落ちたぁぁ!?かなり…かなりショックかも…。
「と、いうわけで、キース先輩。これからよろしくお願いします!」
「うっ…。まさか入試まで受けにくるとは…。お前、いったいオレになんの恨みがあるんだ!?」
「やだなぁ、恨みなんてないですよ。宿命のライバルとして認めてほしい、って、いつも言ってるじゃありませんか。ぼくの夢はとりあえず先輩から1本取ることなんです」
シロエ君がニッコリ笑いました。
「でもって、オリンピックを目指すんですよ。先輩、一緒に表彰台に上がりましょう!もちろん金メダルはぼくが貰いますけどね」
「………。オレは柔道を捨てて野球部に入るかもしれないぞ?甲子園で白球を追うのもいいかもしれん」
「だったらぼくも野球にしますよ。目指せ未来の大リーガーです!」
「どこまでオレをライバル視するんだ、お前…」
キース先輩と連呼されていた男の子がガックリ肩を落としています。宿命のライバル…。なんてかっこいい響きでしょう。ああ、でもでも…この二人の行く末は…不合格の私には絶対見届けられないんです。
あああ、試験問題と風水お守り、それに「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議な力!3つもの幸運を拾い損なったのが激しく悔やまれますが、後悔先に立たず。…帰ろうかな…。くっすん。
試験発表(不合格) ・第3話
校長先生、いくら掲示板を眺めていても奇跡は起こりそうもないので帰りますね。…あれ?あの銀髪の人は確か…。
「試験、落っこちちゃったのかい?」
受験に来た時「午後の試験問題を買わないか」と声をかけてきた先輩がニコニコしながらやって来ました。
「そういう人にお勧めのアイテムを売って回っているんだよ。ぼくの名はブルー。300年間生徒会長をやっている。これは生徒会の資金稼ぎの一環で…。リオ、こっちに1個持ってきてくれ」
リオと呼ばれた男の子が運んできたのは釣りとかに使うクーラーボックスのようなケースでした。
「これはパンドラの箱というんだ。開くと色々なことが起こるが、最後に希望が入っている…かもしれない」
「…パンドラの箱…?」
「我が学園のマスコット、そるじゃぁ・ぶるぅの欲求が山ほど詰まった魔法の箱でね。注文を全てこなした人には奇跡が起こると言われている。たとえば…補欠合格とか」
生徒会長さんの話はとっても魅力的でした。パンドラの箱…。いいかも…。
「その箱、とても高いんですか?」
「今ならタイムサービスで2千円だ。安いだろう?効果が無かった場合は返金するよ」
2千円!…それならなんとか払えそうです。これで補欠合格できるんだったら安いものですし、ダメでも返金してもらえるなら…。
私はパンドラの箱を抱えてウキウキと家に帰りました。「帰宅するまで決して蓋を開けないこと」と約束させられたので、部屋に入ってから開けてみると…1枚のメモが入っています。
「○○駅前商店街のタコ焼きを10個、この箱に入れてねv」
これが注文というヤツですか!私は自転車にパンドラの箱を乗っけて商店街に走り、タコ焼きを買って箱に突っ込みました。蓋を閉め、すぐに開けてみるとタコ焼きは消えていて、またメモが。
「○○の店のアイスキャンデー全種類を入れてねv」
こんな調子でお使いに走りまくって日は暮れて…。自転車をこぐ体力も財布の中身も尽きてきた頃、現れたメモは。
「○○温泉(駅前の銭湯です)の男湯の脱衣場にこの箱を置いてねv」
え。…男湯って…男湯の脱衣場って、そんな殺生な!!!でも、ここまできて諦めたのでは女が廃るというものです。私は根性で一旦家に帰ってパパの大きなコートと帽子を身につけ、マスクとサングラスで顔を隠して駅前の銭湯に出かけました。
「………」
男湯の暖簾をくぐると番台のオバちゃんに無言でお金を差し出し、脱衣場に入ってパンドラの箱を床によいしょ、と置くと。
「ありがと~!」
バンッ、と箱の蓋が開いて「そるじゃぁ・ぶるぅ」と呼ばれていた生き物がお風呂グッズを抱えて飛び出し、勢いよく服を脱ぎ捨てると一目散に男湯に走っていきました。そして箱の中にはもうメモは入っていなかったのです。
校長先生、とても不思議な体験でした。やっと家に帰ってきて、足はパンパン、財布はスッカラカンですけども…。パンドラの箱の要求には全て応えたと思っています。補欠合格、よろしくお願いいたします~!!!
受験生 ・第1話
校長先生、受験に来ました。「みゆ」といいます。…あのぅ、なんか「そるじゃぁ・ぶるぅ」とかいうのがいたんですけど…でもってアイス食べてたんですけど、あれも生徒さんですか?専用の部屋があるってことは特待生かなにかでしょうか。親御さんの寄付がものっすごい、大富豪のお子さんだったり…しますか?だったら早いとこコネつけて…いやいや、仲良くなっておいた方がいいのかな~、なんて。…あ。その前に合格しないと話になりませんね。てへっ。
受験生 ・第2話
校長先生、受験生のみゆです。難関だとは聞いてましたけど、午前の部、予想以上に難しくって…。でも午後の部と面接で挽回したいと思っています。
お弁当を食べていたら、銀髪に赤い瞳のすごい美形の人が来て「ぼくは300年以上在籍している」って言ったんですよ。そいでもって「午後の試験問題を買わないか」と。予想問題じゃなくて本物だって言われました。
ものすごく心が動いたんですけど…お値段を聞いたら私のお小遣いではとても…。「分割払いと出世払いもOKだ」なんてウィンクされちゃいましたが、でもやっぱり…とても払えそうにないですし…。在学中の授業料より高いんですもの!
そういうわけで試験問題は買っていません。正々堂々、午後の試験に挑みます!
受験生 ・第3話
校長先生、昨日の試験結果は散々でした。やっぱり「300年以上在籍している美形の先輩」から問題を買えばよかったかも…。でもまだ面接が残っていますし、好感触だったと思います。
ただ、会場に入る前に占い師だという金髪美女の先輩に呼び止められて「あなた、面接で落ちますわよ」と言われたのが引っかかっているんです。その先輩から「この風水お守りを持てば絶対に合格しますわ」とパワーストーンのストラップみたいなのを見せられました。
昨日のことがありますし、とても心が動いたんですが…やっぱりお値段が凄く高くて。そしたら昨日「試験問題を買わないか」と言っていた美形の先輩が来て「今ならぼくの知り合いってことで半額にまけさせるよ」と…。でもやっぱり…高いし…何より試験は実力で合格したいですし!
校長先生、正々堂々と受験してみました。あとは合格発表を待つだけです。合格できますように…。
※2010年ぶるぅお誕生日記念の短編です。
ちょっと出遅れましたので「誕生月を過ぎても」になってしまいました…。
惑星アルテメシアの雲海に潜むミュウたちの船、シャングリラ。そこには白く輝く優美な船と人類が暮らす地上の街とを自由自在に行き来している謎の生き物が住んでいた。ミュウの長、ソルジャー・ブルーを幼児サイズに縮めたならばこうなるかも、という姿形に、名前までが長の名をそのままパクッたような「そるじゃぁ・ぶるぅ」。…しかし中身は孤高の長とは似ても似つかぬ悪戯小僧で、長老たちのお小言すらも右から左に抜けてゆく。
「待ちなさい、ぶるぅ!」
今日もキャプテンの怒声がブリッジの空気を震わせた。下に広がる公園の芝生で「そるじゃぁ・ぶるぅ」がピョンピョン飛び跳ねている。
「やだよ、おやつの時間だもーん! アイスいっぱい買ってきたんだ♪」
言うなり「そるじゃぁ・ぶるぅ」の姿はかき消え、ブリッジに盛大な溜息が満ちた。
「…キャプテン、これってどうするんですか…」
「きちんと巻いて戻すしかあるまい。消毒すれば使えるだろう」
「いやいや、溶かして再生すべきじゃ! ばら撒かれたもので尻を拭くなど、わしにはとても耐えられん」
再生紙でないと使わんぞ、と断言するゼルやブリッジクルーの周囲の床にはトイレット・ペーパーが大量に転がっていた。ついさっき「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「パァーン!」とクラッカーの口真似をして公園から放り込んだのである。色とりどりの四角い色紙も混じり、さながら巨大花吹雪。…いや、明らかに巨大クラッカーだ。
「しかし、やるねえ」
ブラウが伸び切ってしまったトイレットペーパーを巻き取りながらチラリと公園の方を見た。
「クリスマス・パーティーのクラッカーがヒントだろうけど、ビッグサイズとは驚いた。確かにトイレット・ペーパーは使い勝手が良さそうだよ」
「だからといって資源の無駄遣いは許されないぞ」
眉間の皺を深くするハーレイにブラウは「そうだけどさ」と頷いてから。
「燃やしちまったわけじゃないんだし、これはこれで消毒するなり、再生するなり……まあ、それなりに使えるじゃないか。ぶるぅが元気なのはいいことだよ」
「…そうだな、悪戯は元気な証拠だな…。落ち込まれるよりマシとしておくか」
ハーレイも床に屈み込んでトイレット・ペーパーを巻き始めた。ゼルはまだブツブツと自説を主張し続けている。ブリッジ中に溢れ返ったトイレット・ペーパーは再生紙への道を辿りそうだ。
「…つまんない…」
その頃、悪戯を仕掛けた張本人は自分の部屋の炬燵でアイスを食べつつ暇と時間を持て余していた。新年恒例の青の間での麻雀大会も三が日のお祭り騒ぎも終わり、艦内はクリスマス・シーズンからの華やいだ空気が失せて火が消えたよう。それどころか『お屠蘇気分は三日まで』というスローガンの下、各セクションで整備や訓練などが始まっている。こうなってくると少々の悪戯では誰も騒がず、先ほどの巨大クラッカーの如く淡々と始末をされて終わりだ。
「ショップ調査に行こうかなぁ…」
ふと思い付いてアタラクシアの街をサイオンで探った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「ダメかぁ…」とガックリ肩を落とす。アイスを買いに出掛けた時には気付かなかったが、街からもお正月気分は消えていた。バレンタインデー商戦が幕を開けるまで「そるじゃぁ・ぶるぅ」好みのお祭りイベントは無さそうだ。小さな子供の「そるじゃぁ・ぶるぅ」にバーゲンセールは楽しめない。
「つまんないよう…」
カラオケセットの電源を入れ、久しぶりに歌おうとマイクを握ってみたものの…。
「………」
前奏が終わらない内にマイクを置いて電源をプツリと切ってしまった。
「どうせ下手くそな歌だもん…。点数だってつかないもん…」
一人カラオケをしにアタラクシアの街へ何度も行ったが、採点機能がついている機種を試した時に嫌と言うほど思い知った。自分の歌がお話にならないレベルであるということを。シャングリラの劇場で得意になってリサイタルを開催しても、お客の入りは常に最悪。それはそうだろう、歌が上手くはないのだから。
「…リサイタルやってみたかったなあ…。満員の劇場で歌いたかったのに…。ブルーにも見に来て欲しかったのに…。サンタさん、ぼくのお願い忘れちゃった?」
クリスマス前に公園の入口付近にクリスマス・ツリーが立てられた。公園の中央にはもっと大きなツリーがあってイルミネーションの点灯式なども行われたが、入口のツリーはそれとは別に据えられたもの。ガラス玉や星のオーナメントが煌めく小ぶりのツリーはお願い専用ツリーだった。子供も大人もクリスマスに欲しいプレゼントと自分の名前を書いたカードを吊るすのだ。
「大人のカードは大人が持っていくんだよね。…ぼく、見てたもん」
女性が吊るしたお願いカードをキョロキョロ周囲を見回しながら持ち去る男性を何度か見かけた。逆もまた然り。それでもツリーに残ったカードはクリスマスの数日前に物資調達班が回収したし、大人用のプレゼントは彼らが用意したのだろう。だが、子供たちが吊るしたカードはクリスマスの日までそのままだった。
「サンタクロースはちゃんと何処かで見ているよ、ってブルーが教えてくれたのに…。みんなカードに書いたプレゼントをサンタクロースに貰っていたのに、なんでぼくだけダメだったのかな?」
長老たちが耳にしたなら「悪戯ばっかりしているからだ!」と即答されそうな疑問だったが、幸い、彼らはいなかった。そもそも「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋に踏み込もうという猛者が少ない。清掃班のみ仕方なく…、が現状である。悪戯されるか噛みつかれるかの二者択一ではそれが自然というものだろう。
「せっかくお願い書いたのに…」
綺麗な字でないとサンタクロースに読んで貰えないかも、と心配になった「そるじゃぁ・ぶるぅ」は精一杯頑張ってカードを書いた。『お誕生日に劇場が満員になって、紫の薔薇の人も来てくれますように』と。紫の薔薇の人というのはブルーのことで、劇場には決して来てくれない。代わりに紫の薔薇の花束とカードを託された長老の誰かが現れるのだ。
初めてのクリスマスの時、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はサンタクロースに「ブルーと一緒に地球へ行けますように」と頼もうとしたが、それはブルーに止められた。サンタクロースからプレゼントを貰えるのは子供だけだからブルーと一緒というのは無理だ、と。以来、特にプレゼントを頼んではいない。だから今年のお願い事は叶うだろうと思っていたのに…。
「…プレゼントなんか要らなかったから、お誕生日リサイタルやりたかったな…」
クリスマスの朝、部屋には沢山のプレゼントが置かれていた。ハーレイがサンタクロースに扮して届けたのだが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は本当にサンタクロースが来たと信じている。そしてリサイタル開催が断られたらしいことも分かった。劇場に行くと大人たちが賑やかにクリスマス・コンサートの準備を始めていたからだ。クリスマスの日が「そるじゃぁ・ぶるぅ」の4歳の誕生日。その日に劇場が塞がっているならリサイタルはお流れ決定で…。
「サンタさんのケチ!」
悔しかったクリスマスを思い返して「そるじゃぁ・ぶるぅ」はプウッと頬を膨らませた。大好きなブルーから誕生日プレゼントは貰えたけども、それを披露しに行く気にもなれない。ブルーの補聴器を真似たヘッドフォン形の頭飾りの耳を覆う部分に被せる黄色いアヒルちゃんの形のカバー。
「アヒルちゃんをくっつけて劇場で歌いたかったのに…。ブルーにも見せたかったのに!」
ブルーは「船の中も満足に視察出来ない自分が劇場へ行くというのは好ましくないから」とリサイタルへの出席を拒んでいる。サンタクロースに頼めば地球行きは無理でも劇場くらい…と考えた自分が甘すぎたのかもしれなかった。
「他のものにすればよかったかなあ? 新しいカラオケマイクとか…」
新型が次々出てるもんね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は溜息をつく。しかし今となっては手遅れだ。クリスマスはとっくに終わってしまって、お正月まで過ぎ去った。悪戯は殆ど手応えがないし、何もかもつまらないことばかり。
「サンタさんのバカ…」
座っていた炬燵からゴソゴソ這い出し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はお気に入りの土鍋に収まった。こういう時はフテ寝に限る。夢の中で思う存分歌えばいいや、とカラオケマイクを抱き締めて…。
悪戯小僧が眠ってしまったシャングリラではハーレイが各部署に檄を飛ばしていた。青の間のブルーから連絡を受けて戦闘訓練の真っ最中だ。
「音波発信、10秒前! 総員、対ショック、対騒音防御!」
シャングリラ中に緊張が走る。ブリッジクルーも防御セクションも一般のミュウも自分自身のサイオンを高め…。
「3、2、1……シールド展開!」
全員が身体の周りにシールドを張った次の瞬間、艦内に大音響が響き渡った。
「ねえ♪ 答えはないお~ん!」
それは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の破壊力抜群の歌を録音したもの。何曲ものメドレーが流れ、シールドを保てなくなった者が耳を塞いで苦悶する。三半規管を狂わせる歌はサイオンも乱し、歌声を直接耳にするのはミュウにとっては拷問だった。…ただし絶好調の時の歌のみだが。
「この程度のことで怯んでどうする! まだまだ続くぞ、フィナーレまで残り3曲だ!」
ぐえぇっ、とカエルを踏み潰したような悲鳴が上がっても「そるじゃぁ・ぶるぅ」ヒットメドレーは止まらなかった。締めの『かみほー♪』が終わる頃には艦内は死屍累々で…。
「駄目です、ソルジャー。…やはり全員に耐えろと言うのは無理があるかと…」
ハーレイの報告に、スクリーンにブルーの姿が映し出された。
「御苦労だった。しかし本番では全部の曲がこの調子ではないだろう? せいぜい最初の3曲くらいだ。…まあ、アンコールを求められたらテンションが上がって全力で歌い始めるだろうが…。すまない、明日も訓練を頼む」
「明日もですか!?」
「…当日を迎えるまで何度でも、だ。明日からはぼくも参加しよう。シールドを保てなくなった者をフォローする」
「しかし!」
お身体に負担が…と言いかけたハーレイをブルーが遮る。
「大丈夫だ。ぼくも訓練しておいた方が心の準備が出来るからね。どの程度の力が必要なのかを見ておかなくては。本番ではドクターに待機して貰うし、医療班も配置する。…ドクターと医療班のシールド補助が最優先だな、倒れられては治療が出来ない」
「…そこまでしてでも実行しようと?」
「サンタクロースは子供のお願いを聞くものだよ。…一昨年、ぶるぅはクリスマスどころじゃなかったんだ。もう忘れたとは言わないだろうね?」
「……覚えております……」
ハーレイが答え、ブリッジにいた長老たちも頭を下げた。一昨年と言っても一年ちょっと前のことだが、長老たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」をソルジャー候補として厳しく訓練しまくったのだ。結果的にソルジャー候補にはならなかったものの、訓練で疲れ果ててしまった「そるじゃぁ・ぶるぅ」はクリスマス・パーティーにも出ずに爆睡していた。これには流石にシャングリラ中のミュウが可哀想という気持ちを抱いたわけで…。
「あの一件を覚えているなら、叶えてやってもいいだろう? 訓練期間のことも考えてクリスマス当日は避けたんだ。…そして年末年始はイベントなどが目白押しだし、皆も楽しみにしていたし…。お屠蘇気分が抜け切ってから訓練開始と思ったんだが」
それに、とブルーは付け加えるのを忘れなかった。
「本物の戦闘となったらあんなものでは済まないよ。想像してみたまえ、シャングリラに爆弾が降り注いできたらどうなると思う? ぶるぅの歌には殺傷力は無いのだからね、精神集中の特訓のつもりで頑張ってほしい。それも出来ない乗員たちならシャングリラが沈められても文句は言えない」
「承知いたしました…」
続けます、とハーレイは悲壮な面持ちで言った。そして戦闘訓練と名付けられたそれは「そるじゃぁ・ぶるぅ」がアタラクシアへ買い物に出掛けた隙や昼寝している時間を狙って二週間ほど続行されて…。
「えぇっ!?」
ある日、久しぶりのショップ調査から戻った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は部屋の前で待っていたハーレイの言葉に仰天した。扉にぶら下げてあった『おでかけ』と書かれた札を手にしたままで目を丸くして立っている。
「…リサイタル? ぼくの?」
「そうだ。劇場にはいつものように私の名前で貸し切り予約を入れてある。夕食が済んでから開幕だ」
「でも…。ぼく、リサイタルをするって言ったっけ?」
「いや。私の所にサンタクロースから手紙が来ていた。ぶるぅの誕生日リサイタルをするように、と書いてあったが、クリスマスの日は他の予約があったからな…。ソルジャーに相談したら一月遅れでいいんじゃないか、と仰ったのだ」
だから今日だ、とハーレイは身体を屈めて「そるじゃぁ・ぶるぅ」の顔を覗き込んだ。
「1月25日だろう? クリスマスからちょうど一ヵ月だな。…どうだ、一月遅れじゃ嫌か?」
「ううん!」
満面の笑みを湛えて「そるじゃぁ・ぶるぅ」は部屋の扉を開け放った。
「わーい、お誕生日リサイタルだぁ! すぐに練習しなくっちゃ!」
カラオケセットの方へとすっ飛んで行く「そるじゃぁ・ぶるぅ」の背中に向かってハーレイは叫ぶ。
「戸を開けたまま練習するな! 音が漏れると体調を崩す者がいるからな! それとステージ衣装を忘れないように、とソルジャーからの伝言だ!」
「…ステージ衣装?」
扉を閉めに戻ってきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が首を傾げる。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の服はブルーの衣装によく似た意匠で、着替えもそれで統一されていた。ゆえに特別な服など無い筈なのだが…。
「誕生日にプレゼントを貰っただろう? アヒルちゃんの耳飾りだ」
ハーレイはそう応じてから「ちょっと違うか…」と呟いて。
「耳飾りではないな、ピアスではないし…。耳当ての上に被せるものらしいが」
「あっ…」
あれのことか、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は閃いたようで。
「じゃあ、ハーレイにも教えてくれた御礼につけてあげるね! はい、ウサギ耳~!」
ハーレイの頭にポフッと載せられたのは真っ白なウサギ耳がついたカチューシャだった。このパターンは確か数年前にも…、とハーレイは部屋の壁の鏡に写った自分の姿にデジャビュを覚える。あの時のウサギ耳は新年の麻雀大会が発端で…。
「あのね、ウサギさんは今年の干支なんだって! ショッピングモールで子供のお客さんに配ってたんだ」
子供用だからハーレイには小さすぎるよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がケタケタ笑い転げる。ウサギ耳が前回にも増してミスマッチなのはそのせいか、とハーレイは酷い疲れを覚えた。引っ張ってみたがカチューシャは頭に張り付いてビクともしない。
「一週間ほど取れないよ、それ。リサイタルは耳が多い方が音がクリアに聞こえていいよね♪ ウサギさんの耳と合わせて四つ~!」
じゃあね、と扉がパタンと閉まった。早速カラオケの練習だろう。ハーレイは回れ右をし、誰とも顔を合わさないよう緊急用の通路を通って青の間に駆け込んで行ったのだが…。
「おや、ハーレイ。ウサギ耳とは懐かしいねえ…。あの時は君が猫耳でウサギの耳はゼルだったっけね。…リサイタルに備えて仮装かい?」
なかなか気の利くキャプテンだねえ、と笑顔で褒められ、ハーレイはとても言い出せなかった。このウサギ耳を外してくれ、と…。更にブルーにリサイタルの司会と進行を任せられてはどうにもならない。晒し者になる我が身を思って心の中で男泣きに泣くハーレイをブルーが笑いを噛み殺しながら見送ったことにも、ハーレイは当然気付かなかった…。
一ヵ月遅れの誕生日リサイタル開催に「そるじゃぁ・ぶるぅ」はワクワクしながらブルーに貰ったアヒルちゃんの飾りを補聴器もどきに取り付けた。黄色いアヒルちゃんが2羽も頭にくっついているのは嬉しいものだ。これでブルーがリサイタルに来てくれたなら、どんなに楽しいことだろう。
「でも……ブルーはきっと来ないよね…」
紫の薔薇が50本とカードを預かってくるのはハーレイに決まっている、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は頭から決めてかかっていた。だから悪戯と八つ当たりを兼ねてウサギ耳カチューシャをくっつけたのだ。
「サンタさん、いい子にしなさいって言ってなかったみたいだし! 満員のお客さんもブルーもいるわけないもん、どうせハーレイだけだもん…」
薔薇を届ける役回りは圧倒的にハーレイのことが多かった。その理由はハーレイが防御能力に優れたタイプ・グリーンだったからだが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は自分の歌が下手くそなことは分かっていても破壊力があるとまでは思っておらず、船長職は暇なのだろうと解釈している。きっと今夜も会場にはハーレイ一人だけだ。
「でもでも、お誕生日リサイタルは出来るんだもんね! サンタさん、お願いを少しは聞いてくれたんだぁ!」
歌って歌って歌いまくろう、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はウキウキ通路を跳ねてゆく。劇場のあるエリアに入るとテレポートをして楽屋入り。音響機器は劇場スタッフが整えてくれている筈だ。…もっとも彼らはセットを終えたら逃げ出してしまい、歌を聴いてはくれないのだが…。
「そろそろかな?」
完璧に防音された楽屋で時計を見ていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はハーレイに教えられた開幕の時間に合わせて舞台の方へと出て行った。眩いライトが光っている。七色に輝くミラーボールにスモークも…。最高の気分で歌えそうだ、と舞台袖から出た瞬間に。
「「「ハッピーバースデー、そるじゃぁ・ぶるぅ!!!」」」
大歓声が観客席から飛んできた。
「え? えぇぇっ!?」
劇場は超のつく満席状態、立ち見の人も大勢いる。どうなったのか、とキョロキョロ見回した瞳にウサギ耳をつけたハーレイが映り、そのハーレイはマイクを持っていて…。
「ぶるぅ、誕生日おめでとう。サンタクロースが満員のお客さんを呼ぶようにと手紙に書いていた。…もちろん嫌がる者も多かったのだが、お前の誕生日のお祝いだからと最終的には殆ど全員揃ったぞ。持ち場を離れられない者以外はな」
「……そうなんだ……」
会場を埋め尽くす人々を見た「そるじゃぁ・ぶるぅ」はクリスマスから後にやらかしてきた悪戯をちょっぴり反省した。噛みついてしまった人や蹴飛ばした人、他にも色々…。それなのに皆がリサイタルを聴きに来てくれている。でも…。
(どうせブルーはいないんだ…)
スウッと深く息を吸い込み、声の限りに歌い始める。観客はすぐに耳を塞いでしまうだろう。…そんな光景には慣れっこだ。あちこちのセクションに押し掛けて行っては歌いまくってきたのだから。なのに…。
(???)
割れんばかりの拍手に手拍子、ペンライトを振る人もいる。調子っぱずれな歌に合わせて会場が揺れる。まるで本物のリサイタルだ。映像でしか見たことが無いが、プロの歌手が歌う会場ではこんな具合で…。
(気持ちいい~! サンタクロースって凄いんだ♪)
歌い踊りながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」はリサイタル気分を満喫していた。これで会場にブルーがいてくれたなら最高なのだが、サンタクロースにそこまで出来はしないだろうし…。と、観客席の中央辺りに青い光がチラリと見えた。まさか…。
(ブルー!!?)
そこにはフィシスを従えたブルーが花束を抱えて座っていた。紫の薔薇を束ねたものだ。サンタクロースは『紫の薔薇の人も見に来てくれますように』というお願いも聞いてくれたのだ!
「かみお~ん♪」
曲の途中だったというのに「そるじゃぁ・ぶるぅ」は感激のあまり十八番の『かみほー♪』を始めてしまった。本来はアンコール用に最後まで取っておく、どんな時でも絶好調で歌える曲。湧き返る会場でブルーが全力を尽くして皆のシールドを補助したことも、満席の観客を守り抜くためにブルー自らが会場入りをしていたことも「そるじゃぁ・ぶるぅ」は知る由もない。もちろんそれまでの艦内一斉訓練のことも…。
最後は総立ちになったリサイタルを終え、アンコールの『かみほー♪』を歌い上げた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が立つステージにブルーが薔薇の花束を抱えてやって来た。
「ごめんよ、ぶるぅ…。みんなが立っていたというのに、ぼくだけ椅子に座ったままで」
詫びるブルーに「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「ううん」と首を横に振る。
「ブルーがいてくれただけで嬉しかった! 全部サンタさんのお蔭なんだね」
「そうだね。ぶるぅのリサイタルを初めて見られて嬉しいよ。シャングリラ中のみんなが集まる場所なら、ぼくも堂々と出てこられるから…。はい、ぶるぅ。…直接渡すのは初めてだね」
ブルーが差し出した紫の薔薇を「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜びで受け取った。ついに『紫の薔薇の人』と劇場で会うことが出来たのだ。一ヵ月遅れの誕生日だろうが構わない。こんな誕生日なら半年遅れでも一年遅れでも全然、全く気にしない。
「そのアヒルちゃんも似合っているよ。ぶるぅ、誕生日おめでとう」
これを言うのは二度目だけどね、とブルーはニッコリ微笑んだ。それが合図であったかのように。
「「「誕生日おめでとう、そるじゃぁ・ぶるぅ!!!」」」
盛大な拍手の嵐が起こり、クラッカーがあちこちで鳴らされた。客席の後ろの扉が開いて大きなバースデーケーキを御神輿さながらに担いだ厨房のスタッフたちが入ってくる。1歳の誕生日に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がリクエストした巨大ケーキよりも更に大きく、担ぐだけでも大変そうだ。
「あれもサンタクロースが注文していったみたいだよ」
全部ハーレイに聞いたんだけど、とブルーはウサギ耳をくっつけたままの船長の方へと視線を向けた。
「だからね、ぶるぅ? ハーレイはサンタクロースの注文を実行するために頑張ったんだ。ウサギ耳をくっつけられたままじゃ可哀想だよ。誕生日パーティーが終わった後でいいから外しておあげ」
「うん! えっ、パーティー?」
「お誕生日のパーティーさ。一月遅れになっちゃったけど、クリスマスにはお前が拗ねていたからねえ…。誕生日は一年に一度きりだし、最高の気分でお祝いしなくちゃ。ほら、ケーキをカットするのを手伝っておいで」
悪戯せずにね…、と指示したブルーは満場の観客に微笑みかけて。
『ぼくの我儘に付き合ってくれてありがとう、みんな。…ぶるぅのリサイタルを見に来られたことに感謝する。訓練ではとても苦労をかけたし、ぶるぅの悪戯も治りそうにはないけれど……どうか、これからも』
ぶるぅをよろしく、と伝えられた思念はブルーによってブロックされて「そるじゃぁ・ぶるぅ」には届かなかった。代わりに沸き起こる「お誕生日おめでとう」コール。切り分けられたケーキがお皿に乗せられ、会場中に配られてゆく。戦闘訓練と称して実戦さながらにシールドを張り、消耗した身体に甘いケーキは絶品だろう。
悪戯小僧な「そるじゃぁ・ぶるぅ」、本日をもって目出度く4歳。一月遅れの誕生日でも、心の底から祝い合える日がきっと本当のバースデー。
「そるじゃぁ・ぶるぅ」、4歳の誕生日おめでとう!
※2009年ぶるぅお誕生日記念の短編です。
久しく待ちにし 主よ、とく来たりて
御民(みたみ)の縄目(なわめ)を 解き放ち給え
主よ、主よ、御民を 救わせ給えや
(讃美歌94番)
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
悪戯とグルメとショップ調査に日々忙しい「そるじゃぁ・ぶるぅ」。クリスマスの日が彼の3歳の誕生日だ。前の日がクリスマス・イブだから誕生日の朝にはサンタクロースからのプレゼントもある。シャングリラの公園でクリスマス・ツリーの点灯式があった頃から浮かれ気分は最高潮で、もう毎日が絶好調の悪戯日和。
「かみお~ん♪」
「「「うわぁぁぁっ、出たぁぁぁっ!!!」」」
艦内のあちらこちらで悲鳴が上がり、噛まれる犠牲者も後を絶たない。去年はブルーのアイデアが功を奏して悪戯が封じられたのだったが、今年はそういう気配もなかった。
「…ソルジャーは何を考えておいでなのかしら…」
「お身体の調子が優れないとか…?」
「そういうことなら無理を言ったらダメだよなぁ…。我慢するか」
まだ痛むけど、と腕を擦るのは昨夜噛まれた内の一人だ。食堂の壁に下手くそなサンタとトナカイの絵を落ちない塗料で描きなぐった上、食堂中の椅子の座面に接着剤を塗りたくっていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」を止めようとして被害に遭った清掃チームのリーダーである。
「今夜あたりは紙吹雪だぞ。…なんでブリッジに入れないくせにブリッジを攻撃するんだよ…」
「ブリッジが苦手な場所だからだろ? 鬱憤晴らしというヤツさ」
「それで膝まで埋まる勢いの紙吹雪をドカンと放り込むのか? 掃除するのも大変なのに…」
「最初が白でこないだがピンク、今度は何色が降るのやら…。トイレットペーパーが混ざってるかもしれないな」
泣きたくなるぜ、と公園からブリッジを見上げるリーダー。男女入り混じった清掃チームの受難の日々はまだまだ続きそうだった。なにしろ「そるじゃぁ・ぶるぅ」ときたら、ソルジャーと同じタイプ・ブルーだ。サイオンを使えば何処であろうと神出鬼没、悪戯を仕掛けて逃亡するのは朝飯前のことなのだから。
「あら? ねえ、こんな時間にキャプテンがいらっしゃらないわ」
航海長も機関長も、とコアブリッジを指差す女性。
「…本当だ…。珍しいなぁ、お茶の時間なら揃ってお留守もよくあるんだが」
「ソルジャーの所へ行かれたんだと思いたいな。ぶるぅを止めに」
「無理無理、それは有り得ないって!」
仕事に戻るぞ、とリーダーが通路に入って行った。清掃チームは今日も一日「そるじゃぁ・ぶるぅ」に振り回されて、散らかりまくった艦内を片付ける内に残業となり、全て綺麗になった頃には日付が変わっている…かもしれない。
「…ソルジャー…。今日は折り入ってお話が」
難しい顔をしたキャプテンを筆頭とした長老たちが青の間に顔を揃えていた。今年も「そるじゃぁ・ぶるぅ」が買い込んできた青く静かに輝くツリーが青の間の奥に飾られている。しかし厳粛な雰囲気をブチ壊すのはソルジャーその人が座るコタツだ。お約束のミカンがコタツの上に乗っているのも長老たちにはもはや馴染みの光景だったが。
「…話? ぶるぅが悪戯したのかい?」
座って、と促すブルーの言葉でソルジャー補佐の女性が人数分の厚い座布団を出してくる。長老たちがコタツに入ると昆布茶と羊羹が並べられた。
「いただきます」
ハーレイが昆布茶を一口啜り、湯飲みをコトリと茶卓に戻して。
「…実はフィシスの予言のことなのですが…。どうお思いになられますか?」
「どういう意味の質問なんだい? 的中率は高いと思うが」
「いえ、我々の未来についての予言です。…我々に目覚めが訪れるとか、大きな力が注ぎ込むとか…」
「ああ…」
ソルジャー…いやソルジャー・ブルーは穏やかな声音でフィシスの予言を語ってみせた。
「我らに…獅子に目覚めが訪れる。何か大きな力が我らの源流に注ぎ込む……、か。正直、ぼくにも正確な意味は掴めない。力とは何だ? 武器か? それとも人材か…。それを得れば空へ飛び立てるのか? 空というのは宇宙のことだが」
「そう、それです。その予言が告げる力というのが…実はぶるぅなのではないかと」
「ぶるぅが!? …まさか…」
「…我々もかなり悩みました。ですが、ぶるぅは間違いなくタイプ・ブルーです。アルタミラを脱出してからの長い年月、あなたの他にタイプ・ブルーは誰一人としていなかった。けれど今ならぶるぅがおります」
長老たちが一斉に頷く。ブルーは青天の霹靂といった様子で固まっていたが、ハーレイは構わず話を続けた。
「フィシスが予言した大きな力がぶるぅであれば、もうこうしてはおられません。早々にきちんと教育を受けさせ、あなたの右腕として十二分に力を揮えるようにしなくては。そして一刻も早く地球を目指して飛び立ちましょう。あなたも望んでおいでの筈です。…我々が地球へ辿り着くことを」
「…しかし……ぶるぅはまだ……」
「子供なことは承知しています。だからこそ早期教育が必要なのだとエラも申しておりますが」
「そうです、ソルジャー。悪戯ばかり繰り返すのはエネルギーが余っている証拠。サイオンのコントロールは全く問題ないのですから、余分なエネルギーを学習と礼儀作法に振り向けてやれば立派なソルジャー候補として…」
そこまで言ってエラはハッと自分の口を押さえた。
「も、申し訳ございません。失礼なことを申しました…」
「かまわないよ。後継者探しが必要なほどに弱っているのは事実だから。…そして後継者はまだ見つからない。ぶるぅは違うと思うのだが…」
「お言葉を返すようですが…身近だからこそ見えない真実というのもございますぞ」
重々しい口調で告げるヒルマン。
「あなたはぶるぅを可愛がっておいでですから、厳しい現実に巻き込みたくない…とお思いになっておられるのだろうとお見受けします。現にぶるぅはショップ調査にグルメ三昧と人類の世界で楽しく遊び暮らしておりますし。…ですが、今の我々に必要なのは力と確かな未来なのです」
「そのとおりじゃ。ぶるぅにはソルジャーにはまだ及ばないまでもタイプ・ブルーの力がある。今から訓練して伸ばしていけば近い将来、ソルジャーの助けになる筈じゃて」
ゼル機関長も乗り気だった。そしてブラウも。
「あたしもゼルに全面的に賛成だ。何かと問題のある子だけども、素質は十分持ってるだろう? ソルジャー候補に据えちまったら頑張ってくれると思うんだけどね。あの子はソルジャーが大好きだから」
「………」
ブルーには何も言えなかった。自分の命数が尽きかけているのは本当のことで、後を継ぐ者が現れないのもまた事実。もしも自分に何かあったらミュウはソルジャーを失うのだから。
「…よろしいですか? ソルジャーが賛成して下されば、ぶるぅの教育を開始したいと思うのですが」
畳みかけるようにハーレイが言う。
「来年からという案もございましたが、ここ数日で悪戯が一層酷くなりまして……苦情が沢山来ております。これを機会に躾も兼ねてソルジャー候補の教育を是非に」
「…今からなのか…?」
「御賛成頂けるのならすぐに、です。鉄は熱いうちに打てと申しますから」
ハーレイに続いてヒルマンが言う。
「三つ子の魂百まで、だとも申しますな。子供への教育は早ければ早いほど良いと私も日頃から思っております。ぶるぅはもうすぐ3歳ですぞ。ソルジャー、どうか御決断を」
長老たちの直談判にブルーは考えを巡らせたものの、他に名案は見つからない。ソルジャーを継がせられる者は強力なサイオンを持つタイプ・ブルーしかいないと分かっていた。長老たちもとうの昔に気付いている。その条件に該当する者が一人いる以上、子供だからと庇い続けては長老たちとブルーの間に溝が出来るかもしれないのだ。
「………分かった。ぶるぅをソルジャー候補にしてもいい。ただし教育は皆に任せる。ぼくはぶるぅを導けない」
気儘に生きさせてやりたかったから、とブルーは深い溜息をつく。自由に生きてみたいと願った自分の思いが生み出したらしい「そるじゃぁ・ぶるぅ」に自分と同じ道を歩ませるのはとても悲しく、身を切られるように辛かった。…だがソルジャーたる者が私情に流されていてはいけない。長老たちにもブルーの気持ちは分かったらしく、暫し沈黙が流れたが…。
「ソルジャー、ありがとうございます。では一つだけお願いが…。あなたの口からぶるぅに言って頂きたい。ソルジャー候補として頑張るように、と」
我々が言っても無駄ですから、とハーレイに続いて長老全員が頭を下げる。ブルーは宙を見上げて一声叫んだ。
「ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
クルクルクル…と宙返りしながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」が降ってくる。
「わぁ、おやつだ! 羊羹大好き!!」
長老たちが手をつけていなかった羊羹をペロリと胃袋に収めた悪戯っ子はコンビニの袋を持っていた。中には好物のアイスが一杯。コタツに入って早速アイスを食べ始めた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がソルジャー候補の名を背負ったのは、袋の中身が空っぽになって満足そうにニッコリ笑った直後であった。
「最近、ぶるぅの姿を見ないな」
「シッ! 言ってると来るぞ」
「大丈夫だって噂だぜ。…ブリッジのヤツらに聞いたんだが…」
次の瞬間、公園で立ち話をしていた者たちが一斉に悲鳴に近い叫びを上げていた。
「「「ソルジャー候補!?」」」
なんてこった、と頭を抱えて蹲る者や額を押さえてよろめく者。よりにもよって噛み付き癖のある悪戯小僧がソルジャーだなどと誰が進んで認めるだろうか?
「だからさ、そこを教育中らしい。あれでもタイプ・ブルーなんだし、素行を改めて十分な知識を身に付けたなら立派にソルジャーが務まるだろうと…」
「2歳児の言うことを聞けってか? クリスマスが来たら3歳だけどな」
「だからソルジャー候補なんだよ。ソルジャーは御健在だし、あくまで候補。…でもなあ…」
上手くいくとは思えないけど、という言葉が終らない内に凄まじい思念波がシャングリラの艦内を貫いた。
『イヤだぁぁぁーっ!!!』
ビリビリと空気が震え、公園の木とブリッジが共鳴する。
『やだやだ、おやつ抜きなんてヤだーっっっ!!!』
アイスにプリンに肉まんに…と流れ込んでくる鮮明すぎる食べ物のイメージ。
「こ、これは…」
「この雑念だらけの思念波は…」
「「「ぶるぅだな…」」」
何処で喚いているのか謎だが、ソルジャー教育の話は本当らしい。イメージと一緒に大量の情報が津波のように押し寄せたのだ。
「…あいつ、お点前なんかをやらされてたのか…」
「俺には生け花のイメージが見えたぜ」
「そうだったか? 習字だったと思ったけどなぁ、机の上に筆と硯が」
皆が思念で捉えたものはどれも『道』という字を名前に含んだ古めかしい稽古事だった。茶道に華道、おまけに書道。食堂で情報交換してみたところ、写経と座禅もあったらしい。
「要するに集中力をつけろってことか? 雑念が多いとサイオンも乱れがちだしな」
「あいつの場合、礼儀作法も兼ねてるんじゃないか? 頭に来たら噛み付くようじゃ、とてもソルジャーにはなれないし…」
「なるほどなぁ…。長老方のお手並み拝見ってところだな」
お披露目はいつになるのだろう、と噂話に花が咲く。
「多分ぶるぅの誕生日だぜ。でなきゃクリスマス・イブのパーティーあたりか? パーティーならソルジャーもお出ましになるし、披露にはもってこいだろう」
「げげっ、披露されたら俺たち断れないじゃないかよ!」
「…そもそも断る権利なんかがあると思うか? ソルジャーは投票とかで決まるんじゃないし、俺たちはソルジャーの決定に従うだけだ」
「「「うわぁ…」」」
十字を切る者、ブツブツと念仏を唱える者。日頃から現ソルジャーの名をパクッたような「そるじゃぁ・ぶるぅ」の名に親しんではいても、それが次期ソルジャーになるかと思うと誰もが涙を禁じ得なかった。
「かみお~ん♪」
遊びに来たよ、と青の間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が顔を出す。ブルーはソルジャー補佐に命じて夜食を取り寄せ、熱々のラーメンを「そるじゃぁ・ぶるぅ」に振舞ってやった。
「ありがとう、ブルー! お腹ペコペコだったんだ。今日も朝からお稽古ばかりで、おやつ食べさせて貰えなくって…。食事は大盛りでくれるんだけど、あれじゃ全然足りないよね」
ショップ調査に行きたいよう、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は豚骨ラーメンを啜る。
「クリスマス前だから美味しそうなメニューが沢山…。だけど夜には閉店しちゃうし、訓練が終わってから行こうとしてもダメなんだ。お店なんかを見ようとするから気が散るんです、ってエラはしょっちゅう怒るけど…見えちゃうんだもん…」
ケーキもお菓子もお料理も、と涙目になる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ごめんよ、ぶるぅ…。でも教育期間が終了したらショップ調査に行けると思う。今年は無理でも来年にはね」
「うん…。ぼく、頑張る。ソルジャー候補ってブルーを助けるお仕事でしょ? ぼくがブルーを助けてあげられるようになったらブルーも今より元気になるってヒルマンが教えてくれたんだ。ブルー、一緒に地球に行こうよ」
頑張るからね、と健気に言って「そるじゃぁ・ぶるぅ」は帰って行った。けれど立ち去る小さな背中はソルジャー候補の名の重圧に押し潰されそうなほどに痛々しくて…。
「………。フィシスを呼んでくれないか」
もう休んだかもしれないが、とソルジャー補佐に声をかけると間もなくフィシスがやって来る。
「お呼びですか?」
「ああ、すまない…夜遅くに。でも確かめておきたくて…。君が占った大きな力とは本当にぶるぅのことなのだろうか? 分からないなら占いの方法を変えてみてくれ。ぶるぅの未来はソルジャーなのか、それとも別の未来があるのか。…急がないから占ってほしい」
「…ぶるぅが御心配なのですね?」
「そうだ。ぶるぅは無理をしている。まだ本当に子供なのに…サンタクロースに頼むプレゼントさえも忘れるほどに毎日訓練に打ち込んで…。誕生日に何が欲しいか尋ねてみても思い付かないらしいんだ。去年は大きなお菓子の家をリクエストして半年がかりで食べていたのに」
それは本当のことだった。3歳にもならない「そるじゃぁ・ぶるぅ」は青の間で夜食を食べると部屋に帰って土鍋に入り、すぐに眠りに落ちてゆく。疲れ果ててしまっているのか、胃袋に直結している食べ物以外は全く意識に上らないのだ。ブルーはそんな「そるじゃぁ・ぶるぅ」を本来の姿に戻したかった。もしも…可能なことなのならば。
「分かりました。ぶるぅの未来を占いましょう。…けれどソルジャーだと出てしまったら…」
「その時は仕方ないだろう。それがぶるぅの運命ならば」
「…それでは…明日でよろしいですか? 長老の皆様方もお呼びしないといけませんわね」
「ぼくも行こう。頼んだよ、フィシス」
賽は投げられた…とブルーは思う。自らの半身だとも思う「そるじゃぁ・ぶるぅ」を次代のソルジャーに指名するのか、普通の子供として育てるか。全ては明日の占いで決まる。…クリスマスはもう目前だった。
天体の間に置かれたフィシスのターフル。カードをめくるフィシスの手元に長老たちとブルーの視線が集まっている。ブルーが『女神』と呼ぶフィシスの占いが告げる結果は託宣とされて絶対であった。占われているのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の未来のこと。ブルーの後を継ぎソルジャーになるのか、勝手気ままに生きていくのか…。
「……これは……」
最後の一枚となるカードをめくったフィシスが小さな声を上げた。
「どうなされた? 何か不吉な未来でも?」
問いかけるゼルにフィシスは「いいえ」と首を振って。
「…ソルジャー、ぶるぅの未来が出ましたわ。でも…これはどういうことなのでしょう? ぶるぅの時間は止まっています。いつまで経っても子供のまま…」
「「「子供のまま?」」」
長老たちの声が重なる。
「ええ。私たちの外見が年を取らないように、ぶるぅも今の姿のままで成長しないらしいのです。そんなこと…。今まで保護したミュウの子たちはちゃんと成長していったのに」
「ぶるぅは生まれが普通じゃないしね」
そう不思議でもないだろう、とブルーは先を促した。
「それで結果は? 成長しなくてもソルジャーを務めることは十分可能だ。ぶるぅは次のソルジャーなのかい?」
「………」
「…フィシス?」
「……申し上げにくいのですけれど……」
ターフルを囲んだ皆の間に緊張が走る。ブルーは目を閉じ、長老たちは拳を握った。フィシスの唇が躊躇うように開かれて…。
「…皆様の努力は報われない、と出ております。ぶるぅはぶるぅ、どう転んでもぶるぅなのだ…と。残念ながらソルジャーには…」
「なれんというのか!?」
血管が切れそうな顔でゼルが叫んだ。ソルジャー候補としての訓練の間、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は何度もキレて暴れている。そういう時に取り押さえるのはゼルとハーレイの役目であった。つまり何度も噛み付かれては医務室の世話になったというわけだ。文字通り血の滲む努力をしたのに無駄骨だったとは怒るしかない。
「わしもハーレイも身体を張っておったのに…。あやつはどうにもならんのか!」
「…はい。ぶるぅの未来は次期ソルジャーとは出ておりません」
ああ、とエラの身体がよろめいた。お茶にお花にお習字に…と、ヒルマンと共に持てる知識の限りを尽くして教育してきた師匠である。眩暈を起こすのも無理はなかった。長老たちの失意は大きく、ハーレイも眉間の皺を深くしていたが…。
「すまない、みんな。…無駄な努力をさせてしまった」
ブルーの謝罪に長老たちは翻って我が身を考える。元はと言えば自分たちがブルーに申し出たことだ。それが誤っていたからといって、どうしてブルーを責められようか? ましてや子供の「そるじゃぁ・ぶるぅ」を責めまくるのは完全にお門違いの八つ当たりで…。
「…いいえ、ソルジャー…。我々が勝手にやったことです。あなたが言って下さらなければ、フィシスに確認することもなく教育を続けていたでしょう。…申し訳ありませんでした。あなたは反対しておられたのに」
深々と頭を下げるハーレイに倣って長老たちも謝罪する。こうして「そるじゃぁ・ぶるぅ」は自由も暇もないソルジャー候補から晴れて解放されたのだったが、明日は早くもクリスマス・イブ。久々の休みを満喫しようと土鍋に入った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は丸々一日眠り続けて、翌日もひたすら爆睡し続け…クリスマス・イブのパーティーが終わった後もぐっすり眠ったままだった。
「…可哀想なことをしてしまいました。あれほど疲れ果てていたとは…」
艦内の照明が暗くなった深夜、青の間のブルーの許を訪れたのはサンタクロースの扮装をしたハーレイである。今だ目覚めない「そるじゃぁ・ぶるぅ」に長老一同とブルーからのプレゼントを届けに行くのが彼の役目だ。
「ソルジャーは今年もクッションですか。去年は土鍋の形でしたね」
「これは一応抱き枕だよ? ぶるぅは丸くなるのが好きだし、抱えて寝るのも気に入るかな…とね。アヒルの形を選んでみた。大好きなお風呂オモチャもトイレも、デザインはアヒルちゃんだろう?」
「なるほど。…では、行ってきます。ぶるぅの分のクリスマス・パーティーの料理は厨房に頼んで保存しました」
大型冷蔵庫に一杯分です、と笑みを浮かべて有能なキャプテンは出掛けて行った。
そして翌朝、やっと目覚めた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が見付けたものは…。
「かみお~ん♪ ブルー、サンタさん来てくれてたよ! 靴下を用意していなかったのに、こんなに沢山!」
ハーレイが運んだ数々のプレゼントと共に青の間に駆け込んできた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は弾けんばかりの笑顔だった。ブルーがベッドから降りるのも待たず、あれこれ披露して大喜びだ。
「良かったね、ぶるぅ。とてもいい子で頑張ったから、サンタが色々くれたんだろう。…ソルジャー候補、お疲れ様。もうやらなくていいんだよ」
「本当に? ねえ、本当にやらなくていい? ブルーのお手伝いはどうなるの?」
「さあ、それは…気が向いた時にシールドなんかを助けてくれると嬉しいな。そんな危険はないだろうけど」
その前に、とブルーはシャングリラ中に思念を広げる。
『メリー・クリスマス、シャングリラのみんな。…知っている者も多いと思うが、ソルジャー候補について話そう』
悲鳴のような思念がシャングリラ中から返ってきた。ついに発表の時が来た、と誰もが震え上がっているのが分かる。
『ぶるぅを次のソルジャーに…と長老たちが言ってきた。ぼくが長い年月待ち続けてきた後継者に、と。…タイプ・ブルーは知ってのとおり、ぼくの他にはぶるぅしかいない。ならば…と訓練をさせてはみたが、ぶるぅの未来にソルジャーという道はなかった。これはフィシスの託宣だ』
おおっ、と歓喜の思念が湧き上がるのをブルーは思念で静かに制して。
『それでもぶるぅは頑張ってくれた。昨日のパーティーにも出られないほど疲れ果てるまで頑張ったんだ。次のソルジャーにはなれないけれど、ぶるぅはぼくを手助けしようとしてくれている。ただ、この先もずっとぶるぅは子供のままで生きていくらしい。悪戯もするし、噛むことだろう。それでも…ぶるぅを嫌わないでくれるかい?』
『『『………』』』
シャングリラ中が聞き入っていた。いつも被害を被っていても「そるじゃぁ・ぶるぅ」は愛されている。閉ざされた船に新鮮な風と騒ぎを持ち込む元気印のマスコットとして。
『今日はぶるぅの誕生日だ。3歳になったぶるぅのために、できるなら…』
ブルーの思念が終わらない内にワッと艦内が湧き返った。
『ハッピー・バースデー、そるじゃぁ・ぶるぅ!』
『3歳の誕生日、おめでとう!!!』
シャングリラの仲間たちが祝福する中、昨夜「そるじゃぁ・ぶるぅ」が食べ損なった数々の料理や今日のために作られたバースデー・ケーキが厨房から青の間に運び込まれて、ソルジャー補佐とリオの給仕でコタツで始まる誕生パーティー。舌鼓を打つ「そるじゃぁ・ぶるぅ」を嬉しそうに眺めるブルーだったが…。
「お誕生日おめでとう、ぶるぅ。流石にこれは食べ切れないかな?」
青いサイオンに包まれてコタツの横に出現したのは山と積まれたプレゼントの箱。包み紙はどれも「そるじゃぁ・ぶるぅ」がショップ調査に出かけられなくて涙を飲んだお店のもので…。
「…ブルー、これってどうしたの? 昨日までしか売ってない筈だよ、全部限定品だもの!」
「ぶるぅがソルジャー候補をやってくれていたから、シャングリラを空けられる時間があってね。シャングリラ全体にシールドを張る練習なんかもしただろう? その間に何度か出掛けて買ってきた。…ぼくからのバースデー・プレゼントだよ」
「ほんと? ぼく、お手伝い出来たんだ! ありがとう、ブルー、ぼく、頑張る! これからもぼく、頑張るからね!」
3歳だもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は胸を張る。ソルジャー候補の話は幻となってしまったけれど、秘めた力は変わらない。ブルーの思いから生まれたらしいタイプ・ブルーな「そるじゃぁ・ぶるぅ」。シャングリラ中で悪戯しても噛み付いていても、きっとブルーを助けるだろう。…そう、きっと……遠い未来まで……きっと、地球まで。
「そるじゃぁ・ぶるぅ」、3歳の誕生日、おめでとう!