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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。




シャングリラ学園、今日も平和に事も無し。残暑も終わって秋の気配で、これからがいい季節です。学校に行くのも、週末に遊ぶのも暑さ寒さを気にしなくて済むのが春と秋。ついでに秋は収穫祭やら学園祭やらと学校行事の方も充実、楽しい季節なわけですが。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
授業、お疲れ様! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が迎えてくれた放課後。甘い匂いはスイートポテトで、お料理大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」だけにタルト仕立ての凝ったもの。紅茶やコーヒーなんかも出て来て、いざティータイムとなったのですけど。
「うーん…」
何故か考え込んでいる会長さん。心配事でもあるのでしょうか?
「おい。今日はこれといった発表なんかは無かったんだが…」
これから出るのか、とキース君。
「先生方が会議中だとか、プリントを印刷中だとか…。如何にもありそうな話ではあるが」
「そうですねえ…。秋だけに気が抜けませんよね」
先生方が何をやらかすやら…、とシロエ君も。
「ウチの学校、やたらとノリがいいですし…。ハロウィンが公式行事になるとか、そういう線も」
「それを言うなら運動会じゃねえのか?」
ウチにはねえぜ、とサム君の指摘。シャングリラ学園には球技大会と水泳大会があるのですけど、ありそうで無いのが運動会。どういうわけだか存在しなくて、私たちも経験していません。
「運動会かあ…。あるかもね」
どうせぼくたちのクラスが勝つんだけれど、とジョミー君。それはそうでしょう、1年A組は会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお蔭で無敵。球技大会も水泳大会も負け知らずだけに、運動会だって頂きだろう、と思いましたが。
「…運動会の話じゃないんだな、これが」
ついでに学校行事でもない、と会長さんが口を開いて。
「現時点ではまるで関係無いんだよ。…これから先は分からないけど」
「「「は?」」」
「なにしろ情報をゲットしたばかりで、ぼくにも整理が出来ていなくて」
きちんと整理がついた段階で何か閃いたら使えるかも、と会長さんの台詞は意味不明。
「何なんだ、それは」
明らかに先生絡みと見たが…、とキース君の読み。私たちが授業に出ている間は暇にしているのが会長さんです。職員室でも覗きましたか、サイオンで?



会長さんがゲットしたての情報とやら。先生方の秘密会議を盗み聞きしたか、はたまた文書を発見したか。そういうクチだと踏んだのですけど…。
「違うよ、先生は全く関係無くて…。ついでに学校とも無関係だね、いや、待てよ…」
全く無関係でもないか、と顎に手を当てる会長さん。
「やたらと気合が入っていたっけ、この学校…。バレンタインデーは」
「「「バレンタインデー!?」」」
それって二月じゃなかったですか? 今は残暑が終わったばかりで、二月なんかは遥かに先です。キース君の家で除夜の鐘を撞かないと来ない新年、その新年に入ってからなのでは…。
「そうだよ、二月のヤツだけど?」
チョコレートの贈答をしない生徒は礼法室で説教だよね、と会長さんはシャングリラ学園のバレンタインデーのおさらいを。お説教どころか反省文の提出まであるバレンタインデー、校内はチョコが飛び交います。雰囲気を盛り上げるために温室の噴水がチョコレートの滝に変わったり…。
「あのバレンタインデーがどうかしたのか、今から話題にするほどに」
水面下で何か動きがあるのか、とキース君が訊けば、答えはノー。
「先生も学校も無関係だと言った筈だよ、ぼくがゲットした情報は外部のヤツで」
「「「外部?」」」
「うん。…暇だったからさ、適当にあれこれ調べていたら引っ掛かったんだ」
バレンタインデーとも思えないものが、と会長さんは紅茶を一口飲んで。
「…イケメンショコラ隊っていうのをどう思う?」
「「「イケメン…?」」」
なんですか、そのイケメンだかショコラだかいうものは?
「そのまんまの意味だよ、イケメンとショコラ。バレンタインデー用のチョコを売り出すために作られたヤツで、一時期、存在したらしい。デパートの特設売り場にね」
「…イケメンがチョコを販売するのか?」
そういう仕組みか、とキース君が質問、会長さんは「まあね」と答えて。
「趣旨としてはそれで合ってるんだけど…。イケメンを揃えてチョコの販売、それは間違いないんだけれど…」
「他にも何かあるんですか?」
ショコラ隊だけに変身するとか、とシロエ君。なるほど、変身まではいかなくっても、ショータイムとかがあったかもです。チョコレート売り場でファッションショーとか、そういうの…。



会長さんが暇つぶしに仕入れた昔の情報、イケメンショコラ隊。バレンタインデーのチョコの販売促進用らしいですし、ショーをするのかと思ったら。
「変身ショーなら理解できるよ、ぼくでもね」
ファッションショーでもまだ納得だ、と会長さんは額を指でトンと叩いて。
「イケメンで釣ってチョコを販売、それ自体はまだ理解の範疇。…同じチョコレートを買いに行くなら、不愛想な店員さんから買うよりイケメンだろうし」
「…まあな」
分からんでもない、とキース君。
「自分の本命が誰であろうが、チョコレートを買いに出掛けるからには気持ち良く買い物したいだろうしな…。まして本命チョコともなったら高価なものだし」
「そうですよね…。貰う男性は少し複雑かもしれませんけど、イケメンから買ったか、不愛想な店員さんから買ったかなんかは絶対、分からないわけですし」
ぼくたちみたいにサイオンが無ければ…、とシロエ君も。
「サイオンがあっても、そんなトコまで突っ込みませんよ。そういう男は嫌われますよ」
「だよなあ、俺だって最低限の礼儀としてそこは言わねえぜ」
俺に彼女はいねえけどよ、とサム君が会長さんの方をチラリと。サム君が惚れている相手は会長さんで、今でも公認カップルです。朝のお勤めがデート代わりの清く正しいお付き合い。
「男ってヤツは細かいことを言っちゃダメだぜ、おまけにチョコレートを貰ったんならよ」
「ぼくも賛成。貰えたんなら、イケメンを狙って買いに行ってても許すよ、ぼくは」
イケメンが販売しているコーナーを目指してまっしぐらでも、とジョミー君も言ったのですけど。
「…そこまでだったら、ぼくだって許容範囲だよ」
理解の範疇内でもある、と会長さん。
「女性はイケメンに弱いものだし、ぼくだって顔が売りだしねえ? でもさ…。そのチョコレートの販売をしてるイケメンとさ…。撮影会っていうのはどう思う?」
「「「撮影会?」」」
まさかイケメン販売員と写真が撮れるってヤツでしたか、それ?
「そうなんだよ! しかもツーショットで、注文に応じて顎クイ、壁ドン」
「「「ええっ!?」」」
顎クイっていうのは顎クイですよね、一時期流行っていた言葉。壁ドンも同じく流行りましたが、それってチョコレートを渡したい人と撮りたいショットじゃないですか…?



顎クイに壁ドン、好きな人がいるなら憧れのシチュエーションだったと思います。バレンタインデーにはチョコを抱えて片想いの相手なんかに突撃、顎クイに壁ドンな仲になれるよう努力するものだと信じてましたが…?
「ぼくだってそうだよ、そっちの方だと思ってたってば!」
自分用の御褒美チョコが如何に流行ろうとも、バレンタインデーの趣旨はブレないものだと信じていた、と会長さんはブツブツと。
「でもねえ、イケメンショコラ隊は確かに存在したんだよ! 存在した間は大人気で!」
整理券が出る有様だったのだ、と聞いてビックリ、呆れるしかない私たち。
「…会長、それって、本命の立場はどうなるんです…?」
「知らないよ、ぼくは! それこそ知らぬが仏ってヤツじゃないかな」
自分が貰ったチョコレートの裏に隠された歴史、と会長さん。
「いいのを貰った、と喜んでいても、その裏側にはイケメン販売員とのツーショット撮影会が隠れているわけで、しかもイケメンショコラ隊は普通の販売員でもないわけで…」
チョコの販売に直接携わるわけではなかったらしい、というのがイケメンショコラ隊。撮影会の他にもショコラコンシェルジュとかいうお役目があって、お勧めのチョコを女性に解説。山ほど売られるチョコの中から選ぶべきチョコの相談に乗っていたというのが驚きです。
「だったら、アレか? 選ぶ段階からイケメン任せのチョコになるのか?」
そして撮影会を経て男性の手に渡るのか、とキース君が唖然とした表情。
「…俺がそいつを貰ったとしたら、非常に複雑な気分なんだが…」
「ぼくも同じです、キース先輩」
そんな裏事情は一生知りたくありません、とシロエ君も。会長さんは「ほらね」と頭を振って。
「いろんな意味で有り得ないんだよ、貰う方の男にとってはさ…。イケメンショコラ隊」
「迷惑以外の何物でもないと俺は思うが」
俺ならば断固排除する、とキース君が言い、ジョミー君が。
「ぼくだって徹底排除だよ! そんなバレンタインデーのチョコ、間違ってるし!」
「ぼくも間違いだと思いたいけど、本当にあったというのがねえ…。うちの学校でこれを導入したなら、絶対、血を見ると思うんだけどね?」
バレンタインデーに賭けている学校だけに…、と会長さん。
「間違いないな。あんたにチョコの相談に出掛ける女子が殺到するだろうしな」
そして撮影会なんだ、とキース君。もしもバレンタインデーに会長さんがイケメンショコラ隊をやっていたなら、オチは絶対、それですってば…。



何かが間違ったバレンタインデーのチョコレート選び、デパートの特設売り場にいたというイケメンショコラ隊。しかも話はそれだけで終わらなくって。
「…デパートの外でも活動していたらしいんだよねえ…」
販売期間中はイケメンの居場所をネットで流していたらしい、と会長さんはお手上げのポーズ。イケメンが出没するスポットの情報を毎日発信、そこへ行けばイケメンと会える仕組みになっていたとか。もちろん話題はチョコレート限定、ショコラコンシェルジュだったそうですけれど…。
「それって一種のデートじゃないの?」
それっぽいけど、とスウェナちゃん。
「狙って出掛けて会えるわけでしょ、話題がチョコレート限定なだけで」
「そうなるねえ…。もう本当に呆れるしかないヤツなんだけれど、世の中、信じられないよ」
いくらぼくでも女性不信になりそうだ、と会長さんは言うのですけど。
「どうなんだか…。あんたの場合は、イケメンショコラ隊の方になれそうだからな」
キース君がさっきの話の続きを持ち出して。
「しかもだ、本命に贈る筈のチョコを何処かで貰っていそうだぞ。デパートの外でも会えたと言うなら、そういう時にな」
「ありそうですよね、会長だったら…」
ちゃっかり本命になっていそうです、とシロエ君が賛成、他の男の子たちも口々に。
「ブルーだったら出来そうだぜ、それ。気付けば自分のお勧めチョコを貰っていたとか」
「分かるよ、せっせと相談に乗っていたチョコが自分に来るんだ」
「…きっとそういう線ですね…」
マツカ君までが頷いてしまい、会長さんは。
「えーっ、そうかなあ? 本来の趣旨から外れちゃうけど、くれるんだったら貰うけどね」
でも、うちの学校だと説教だろう、と溜息が一つ。
「他の男子の立場がない、って呼び出されて説教されるんだよ。礼法室で」
「…チョコレートの贈答をしない生徒が呼ばれる場所だと思ったが?」
礼法室、とキース君が言いましたけれど、会長さんは「駄目だろうね」と。
「チョコの相談に乗るだけだったら、お説教は無さそうだけど…。学校中のチョコを一人占めしそうな勢いだったら、事前に呼び出し」
「「「うーん…」」」
それはそうかもしれません。会長さんが一人勝ちするイベントなんかは、学園祭の人気投票だけで充分間に合っていますもんねえ…。



私たちの学校では使えそうにないイケメンショコラ隊。面白いものがあったらしい、と話の種にしかなりません。会長さんが礼法室でお説教を食らうバレンタインデーでは、どうにもこうにも使えない上、他の男子も迷惑ですし…。
「…あんたが使えるかどうかも謎だと言ってたわけだな、これは」
まるで使えないな、とキース君が話を纏めにかかりました。来年のバレンタインデーを待つまでもなく、イケメンショコラ隊は使えもしないと。
「うんうん、ブルーが説教ではよ…」
嬉しくねえし、とサム君も結論付けたのですけど。
「…ちょっと待った!」
使えるかも、と会長さんが声を上げました。えーっと、説教されたいんですか?
「そうじゃなくって! 今年の学園祭に向かって!」
「「「学園祭?」」」
学園祭でチョコなんか売ってましたっけ、柔道部が「そるじゃぁ・ぶるぅ」秘伝の焼きそばを売り物にしているくらいですから、何処かのクラブが売っているかもしれませんが…。
「違うよ、他所のクラブのためじゃなくって、ぼくたちのための販売促進!」
「「「へ?」」」
私たちが学園祭で売るものと言えば、会長さんお得意のサイオニック・ドリームと相場が決まっています。毎年恒例、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を舞台にドリンクなどとセットで販売中。その名も『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』、一番人気の喫茶店だけに販売促進しなくても…。
「売り込まなくても長蛇の列って? それはそうだけどさ…」
プラスアルファが欲しいじゃないか、と会長さん。
「ほら、年によって色々あるだろ、サイオニック・ドリームの中身も変えるし」
ドリンクメニューが変わる年も…、と言われてみればそうですけれども、販売促進は必要無いと思います。開場と同時にズラリ行列、チラシも要らないほどなんですし…。
「だからこそだよ、たまにはイベント! イケメンを揃えて!」
「「「イケメン?」」」
「これだけいるだろ、イケメンな面子」
クールなのから三枚目まで…、と会長さんは男子を順に指差しました。
「サムだってけっこう人気な筈だよ、気のいい頼れる三枚目、ってね。イケメン並みに!」
サムがタイプな女子も多い、との指摘は間違っていませんけれど。バレンタインデーに貰うチョコレートも多いサム君ですけど、男子たちを使って何をすると…?



いつの頃かは分からないものの、バレンタインデーの販売促進にデパートが作ったイケメンショコラ隊なる代物。会長さんは其処から閃いたらしく、学園祭でイベントだなどと言い出して…。
「事前の盛り上げも悪くはないと思うんだよねえ、ぶるぅの空飛ぶ絨毯はね」
イケメンを使ってやってみよう! と会長さん。
「名付けてイケメンドリーム隊!」
「「「…ドリーム隊?」」」
なんじゃそりゃ、と私たちにはサッパリでしたが、会長さんの頭の中には既にビジョンがある様子。イケメンドリーム隊とやらの。
「イケメンショコラ隊がチョコを売るなら、イケメンドリーム隊はドリームなんだよ、サイオニック・ドリーム!」
サイオニック・ドリームの名前は出さないけれど…、とサイオンの存在を伏せる所は例年と同じ。
「あくまでぶるぅの不思議パワーだけど、夢を売るのは本当だしねえ?」
「それはまあ…。そうなんだが…」
バーチャル体験が売りではあるが、とキース君。
「だが、俺たちが何をするんだ? 俺はサイオニック・ドリームを使えはするがだ、坊主頭に見せかけるだけが精一杯なレベルなんだが…」
それでは販売促進どころか逆効果だ、と冷静な意見。キース君も人気が高いですけど、坊主頭になった場合も人気かどうかは微妙です。副住職だと知られてはいても、坊主頭を目撃した生徒はありません。ずうっと昔に学園祭で坊主喫茶をやったとはいえ、あの時の生徒は卒業済みで…。
「だよねえ、キースでも坊主頭が完璧ってだけで、ぼくたちになると…」
坊主頭も怪しいんだよね、とジョミー君が頭に手を。いつかは訪れる坊主ライフに備えて自主トレが必須な立場のくせに、ロクに練習をしないジョミー君。坊主頭なサイオニック・ドリームは持続可能なレベルに達してもいませんでした。
サイオニック・ドリーム必須のジョミー君ですらそういう有様、他の男子はサイオニック・ドリームに挑んだことすら皆無な状態。イケメンドリーム隊は無理そうですよ?
「誰が君たちにサイオニック・ドリームを売れって言った?」
あれはぶるぅの限定商品、と会長さんが切り返しました。
「誰でも楽々売れるんだったら、商売上がったりってね! 君たちは宣伝するだけなんだよ」
「「「宣伝?」」」
いったい何を宣伝するのだ、と顔を見合わせる男子たち。『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』は宣伝しなくても口コミで人気、宣伝なんかは必要性が全く無さそうですが…?



サイオニック・ドリームの言葉も、サイオニック・ドリームも抜きで宣伝活動をするらしいイケメンドリーム隊。会長さんの考えは謎だ、と誰もが考え込みましたけれど。
「分からないかな、ヒントはイケメンショコラ隊だよ。ショコラコンシェルジュっていうのも言った筈だよ、チョコレートの相談に乗るってヤツをね」
「それは確かに聞きましたけれど…。ぼくたちと何の関係があると?」
シロエ君の問いに、会長さんは。
「ズバリそのもの! ショコラならぬドリームコンシェルジュ!」
「「「はあ?」」」
ショコラコンシェルジュの流れからして、ドリームコンシェルジュは夢の相談に乗るのでしょうけど、サイオニック・ドリームの相談って…?
「簡単なことだよ、どれを買うべきかを教えてあげればいいってね!」
毎年、大勢が悩んでいるじゃないか、と会長さん。
「なにしろ、ぶるぅの空飛ぶ絨毯は大人気だしね、そうそう何度も入れやしないし…。全部の夢を買えない以上は、ご要望に応えてピッタリの夢をご案内だよ!」
「そうか、それなら需要があるかもしれんな」
悩んでいるヤツは少なくないし、とキース君が相槌を打って、マツカ君も。
「そういう人は多いですよね…。メニューは先に渡しますけど…」
「入る直前まで決まってない人、かなりの確率でいますよね、ええ」
その場の勢いで決めている人、とシロエ君。
「どれにしようか迷った挙句に、入ってから周りの雰囲気ってヤツで選ぶ人は珍しくないですよ」
「そうだろう? そういった人のためにイケメンドリーム隊がお手伝いをね!」
事前に相談に乗ってあげるだけでお役に立てる、という会長さんの案はもっともなもの。バーチャルな旅を体験出来るのがサイオニック・ドリームの売りなんですから、その人が一番行きたい所へ案内出来ればベストです。でも、学園祭の真っ只中ではそうもいかないのが現実で。
「…会長の言う通り、きめ細かなフォローがあったら嬉しいでしょうね…」
事前の案内、とシロエ君が頷き、ジョミー君も。
「学園祭が始まってからだと、ぼくたちは接客で大忙しだし…。スウェナたちも案内係で手一杯だし、問い合わせに応じられる人って無いよね…」
「そこなんだよ。例年、体験者の話を参考に選ぶくらいが精一杯ってトコだから…」
今年は前情報を出してみよう、と会長さん。サイオニック・ドリームのメニューが決まればイケメンドリーム隊を結成、校内にバラ撒くらしいですよ…?



かくして決まったイケメンドリーム隊とやら。例年だったら売り物のサイオニック・ドリームを何にするかとか、喫茶のメニューや値段なんかを決めるだけで後は当日待ちですけれど。
「えーっと、明日から活動開始なんですよね?」
月曜日から、とシロエ君が会長さんに確認しています。イケメンドリーム隊が決定した日から時が流れて、今は学園祭の準備がたけなわ、校内に広がるお祭り気分。そんな中で私たちも『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』のメニューなどを決め、イケメンドリーム隊のデビューは明日。
「とりあえず、俺たちは相談係で良かったんだな?」
他には無いな、とキース君がドリームコンシェルジュ向けの資料をめくりながら訊くと。
「せっかくだからね、オプションもつけておいたけど?」
「「「オプション?」」」
なんだ、と男子の視線が会長さんへと一気に集中。それは私も聞いていません、オプションって何のことでしょう?
「覚えてないかい、イケメンドリーム隊の元ネタはイケメンショコラ隊だということを! でもって、本家の方の一番の売りは撮影会で!」
顎クイと壁ドンもオッケーだというツーショット、と会長さんは澄ました顔で言ってのけました。
「君たちの場合は活動場所が学校だしねえ、懐かしの顎クイや壁ドンとまではいかないけどさ…。健全なヤツしか無理だけれどさ、売るならやっぱりツーショットもね!」
先着順で無料撮影会を実施、と勝手に流されていたらしい前情報。まさか、と会長さんの家の端末を起動してみんなで覗き込んでみると…。
「うわあ、マジかよ、俺は先着二十名様かよ、明日のノルマが!」
しかも整理券が全部出てしまってる、とサム君が慌てて、ジョミー君も。
「…ぼくも整理券、完売って言うか、品切れって言うか…」
「ぼくもですよ! 会長、これってどういうことです!?」
何の話も聞いてませんが、とシロエ君が食って掛かっても、会長さんは涼しい顔で。
「サービス、サービス! 平気だってば、整理券を持った子に声を掛けられたら、ツーショット! ご注文に応じてクールな顔から笑顔まで! それがイケメンドリーム隊!」
撮影の後はドリームコンシェルジュに徹するべし、と会長さん。
「整理券を持っていない子でも、相談に来た子はお客様だしね? きちんと対応、相談に乗る!」
それでこそイケメンドリーム隊だ、と会長さんの考えは微塵も揺るがず、整理券は連日、端末を通じて一定数が出る仕組みのようです。サイオニック・ドリームの相談に加えてツーショットまでとは、もう頑張って下さいとしか…。



翌日からキース君たち男子五人は大忙しの日々が始まりました。ツーショットが撮れる整理券は朝のホームルームが始まる前から有効、休み時間ももれなく有効。放課後の部活開始の直前までが期限とあって、廊下を歩けば捕まる日々で。
「くっそお…。夢の相談の方も多いが、ツーショットの方も馬鹿にならんぞ」
しかも注文が細かくて…、とキース君が嘆く放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋。ツーショットの撮影、表情はもちろん、背景が指定出来たのです。ゆえに中庭から校門前まで至る所が撮影スポット、撮影のために少し出るくらいは門衛さんも黙認なだけに…。
「多いんだよねえ、校門前の子…」
在学記念ってことだろうか、とジョミー君も。卒業式でもないというのに「シャングリラ学園」と書かれた門柱の脇が大人気だとか。他にもグラウンドだとか、体育館とか、人それぞれで。
「場所の移動がキツイんですけど、移動中も仕事時間ですしね…」
移動しながら夢の相談、とシロエ君。移動時間で終わらなければ撮影会の後も相談継続、休み時間は壊滅状態に近いのが今の男子たち。
「…せめて昼飯、ゆっくり食いてえ…」
食堂にいても客が来るしよ、とサム君も相当にお疲れ気味です。食べている間は流石に仕事は入りませんけど、如何にも時間待ちといった感じの女子生徒が遠巻きに見ているわけで…。
「落ち着きませんよね、食事中でも」
早く食べて仕事を始めなくてはと思いますし、とマツカ君。この状況で実は一番タフな人材、それがこのマツカ君でした。御曹司なだけに初対面の人との会食だとかが多い人生、仕事となったら食事も仕事の一部だったのが強かったらしく。
「…マツカ、俺はお前を心の底から尊敬するぞ」
ある意味、坊主の俺よりも修行が出来ているな、とキース君も認めるマツカ君の強さ。今日も仕事をサクサクこなして、撮影会のノルマも誰よりも早く達成した上、時間いっぱいまで夢の相談に乗っていたという凄さです。
「かみお~ん♪ マツカだけだもんね、男の子の相談も受け付けてるの!」
余裕たっぷりの証拠だよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。そう、他の男子はイケメンドリーム隊だけあって女子生徒だけの御用達と化していましたが、マツカ君だけは話が別で。撮影会をこなす間にも「ちょっといいかな?」と男子の相談受付中。
「マツカは誰にでも丁寧だしねえ、声を掛けやすいっていうのもあるよね」
他のみんなもマツカを目標に頑張りたまえ、と会長さんが発破をかけてますけど、他の男子には多分、無理。キース君でも無理なんですから、御曹司の能力、恐るべし…。



そんなこんなで幕を開けた今年の学園祭。会長さんが思い付いたイケメンドリーム隊の宣伝効果は非常に大きく、例年以上に長蛇の列が出来ました。その割に大きな混乱も無くて、メニューを決める生徒も余裕の子が多かった印象で…。
「みんな、お疲れ様~っ!」
今夜は打ち上げパーティーだよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び跳ねています。後夜祭も終わって喫茶の設備の回収などは業者さんにお任せ、それに明日は土曜日でお休みですし…。
「それじゃ、予定通りにぼくの家でいいね?」
泊まりってことで、と会長さんが確認、私たちは揃って大歓声。このために今日はお泊まり用の荷物を持参で登校、男子は喫茶の接客を頑張り、スウェナちゃんと私は案内係で…。
「疲れはしたが、今年は充実の学園祭という気分だったな」
前準備なんかは例年無いに等しいからな、とキース君。イケメンドリーム隊として活動しまくったキツかった日々も、いい思い出になりつつあるようです。みんなで「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋の中をチェックし、業者さんへの連絡メモを会長さんが壁にペタリと貼り付けて。
「はい、終了。ぶるぅ、帰るよ」
「かみお~ん♪ しゅっぱぁ~つ!」
パアアッと迸った青いサイオン、ふわりと身体が浮いたかと思うと会長さんの家に着いていました。打ち上げは焼き肉パーティーです。もう早速に始めよう、とゲストルームで制服から私服に着替えを済ませてダイニングに行くと。
「こんばんはーっ!」
「「「!!?」」」
遊びに来たよ、と紫のマントのソルジャーが。学園祭の準備期間にも何度か姿を見てましたけれど、打ち上げパーティーに呼んだ覚えはありません。学園祭とはまるで無関係、そんな人に割り込んで来られても…、と誰もが露骨に嫌な顔をしたと思うのですが。
「イケメンドリーム隊、お疲れ様! 凄い活躍だったよねえ…」
これはぼくからの差し入れで…、とソルジャーが保冷剤入りと思しき大きな箱を。
「「「差し入れ?」」」
「焼き肉パーティーをするんだろう? いい肉を買って来たんだけれど…」
ノルディお勧めの店の最高のヤツ、と出された箱を「そるじゃぁ・ぶるぅ」がパカリと開けて。
「すっごーい! ホントに最高のお肉!」
こんなに沢山! と見せられた肉の量と質とに、私たちはアッサリ陥落しました。食材持参なら乱入も歓迎、差し入れがあるなら先にそう言って下さいよ~!



ソルジャーも私服に着替えての焼き肉パーティーは大いに盛り上がり、話題はやっぱりイケメンドリーム隊の活躍についてだったのですが。
「あれは本当に凄かったよ。君たちの活動にヒントを得てねえ、実はぼくも…」
「「「え?」」」
ソルジャー、何かをやったのでしょうか。自分の世界のシャングリラでイケメンを集めてイベントだとか、そういうのを…?
「イベントには違いないけれど…。ぼくの世界でやったんじゃないよ?」
ぼくのシャングリラでイケメン選びをするのはちょっと…、と言うソルジャー。閉じた世界だけに顔の良し悪しでランク付けはマズイ、と指導者ならではの発想ですけど、それなら何処で何をやったというのでしょう?
「もちろん、こっちの世界でだよ! それも最高のイケメンを使って!」
「「「…最高?」」」
最高ランクのイケメンなんかを集めて何をやらかしたのだ、と首を捻った私たちですけれど。
「集めていないよ、使っただけだよ、この顔を!」
このぼくの顔、と自分の顔に向かって人差し指を。超絶美形な会長さんと瓜二つですし、イケメンには違いないですが…。最高ランクの顔なんでしょうが、その顔で何を…?
「え、この顔が最高のイケメンに見える人間が二人ほどいるだろ、こっちの世界は!」
ノルディとハーレイ、とソルジャーが挙げた名前はエロドクターと教頭先生。まさかその二人を相手にイケメンを売りに何かやらかしましたか…?
「そうだよ、名付けてイケメンデート隊!」
「「「デート隊!?」」」
それはどういうものなのだ、と怖くて訊けない私たち。けれどソルジャーは得々として。
「君たちがドリームコンシェルジュをやっていたのと同じで、ぼくのはデートコンシェルジュ! どんなデートがお好みなのか、と聞きながらプランを立ててあげてね!」
「き、君はまさか…」
ノルディやハーレイの好みのデートに付き合ったのか、と会長さんの声が震えましたが。
「ううん、相談に乗るだけだってば! 後は向こうにお任せなんだよ」
本当にそういうデートコースを組んでくるなら、場合によっては…、という答え。
「ぼくも一応、結婚している身だからねえ? 譲れない部分もあるわけでさ」
そういったことも踏まえて相談に乗っているんだけれど、と笑顔のソルジャー。だったらデートはしてないんですかね、エロドクターはともかく、教頭先生なんかとは…?



思わぬ所へ飛び火していたイケメンドリーム隊の結成。ソルジャーが勝手にイケメンデート隊を作って動いていたとは夢にも思いませんでした。差し入れを持って出て来る筈です、ヒントになったイケメンドリーム隊への御礼に肉まで持って。
「それはもちろん、御礼をするのは基本だし…。色々とアイデアを貰ったからには!」
今の所はまだデートには至っていないのだ、とソルジャーは胸を張りました。
「この手のものは焦らしてなんぼ! 相談に乗るのとデートとは別!」
ノルディのランチやディナーのお誘いは受けるけれど、とソルジャーならではの行動基準が凄すぎます。それもデートの内なんじゃあ…?
「違うね、ノルディの理想のデートはもっと中身が濃いものだからね!」
最低限でもキスは必須で…、とパチンとウインクするソルジャー。
「そうした雰囲気に持って行けそうなデートコースは、と訊いてくるからアドバイス! デートコンシェルジュはそういう仕事!」
ハーレイの方はランチのお誘いも出来ない段階、とニッコリと。
「あれは駄目だね、ぼくを相手にブルーの方とのデートの練習に持って行こうとしてるから…。毎回アドバイスするんだけどねえ、下心が見え見えのお誘いってヤツは失敗するよ、と」
「ああ、下心ね…」
ハーレイだったらそうだろうねえ、と会長さん。
「それじゃ、君の方はハーレイの妄想とも言うべき夢のデートコースを延々と聞かされ続けているっていうわけかい? なんとも不毛な話だけれど」
「そうでもないよ? 相談に乗るのはハーレイの家で、それなりにお菓子も出るからね」
タダ働きはしていないのだ、と流石はソルジャー。エロドクターの相談に乗る時もランチやディナーを御馳走になっているのだとかで。
「…あんた、俺たちとは違うようだな」
俺たちは謝礼は貰っていない、とキース君が苦い顔を。
「俺もマツカも他の連中も、あくまでボランティアのタダ働きだ! 一緒にしないで貰いたい!」
「タダっていうのを強調するなら、ぼくは君たちよりも頑張ってるけど?」
それこそタダで、とソルジャーはフンと鼻を鳴らして。
「イケメンドリーム隊に貰ったヒントはきちんと生かす! イケメンデート隊も写真撮影のサービス付きだよ、ツーショットの!」
「「「ええっ!?」」」
まさかまさかのツーショット。ソルジャー、そんなの付けたんですか…?



ソルジャーが一人で活動中のイケメンデート隊とやら。ツーショット写真のサービス付きで、キース君たちよりも頑張っているということは…。
「決まってるじゃないか、君たちよりもグッと接近! 元祖イケメンショコラ隊みたいに!」
ちゃんと調べた、とソルジャーは「顎クイ」と「壁ドン」をチェック済みでした。今は死語だと思うんですけど、調べれば何処からか出て来るようです。
「ノルディにもハーレイにも売り込んだんだよ、顎クイに壁ドン!」
デートの相談に乗ったついでにツーショット、とニコニコニコ。
「ノルディは毎回、どっちかを撮ろうとするんだけれど…。ハーレイの方は全然ダメだね」
将来に向けての練習にすらもなっていない、とソルジャーはバッサリ切り捨てました。
「でもねえ、ぼくもイケメンデート隊として活動を始めたからには頑張らなくちゃ!」
「……何を?」
おっかなびっくり尋ねた会長さんですが。
「それは当然、デートコンシェルジュの仕事ってヤツ! ノルディの方はさ、ぼくの好みに合ったデートに誘ってくれればいいんだけれど…。目指すはこっちのハーレイだよ!」
君が喜びそうなデートコースを思い付くよう指導するから、とソルジャーは思い切り燃え上がっていました。会長さんと教頭先生のデートに向かって協力あるのみ、と。
「でもって、デートに漕ぎ着けたからには、キスだってして欲しいしねえ…! 肝心の所でヘタレないよう、ぼくと何度もツーショットを撮って練習を!」
顎クイと壁ドンを決められるように、とソルジャーがブチ上げ、会長さんが。
「迷惑だから!!」
その活動を今すぐやめろ、と怒鳴りましたが、ソルジャーは我関せずで。
「別にいいだろ、このぼくがタダで働くと言っているんだからさ!」
「中身がとっても迷惑なんだよ、イケメンドリーム隊なら害は無いけど!」
「それなんだけどさ…。本家本元のイケメンショコラ隊の方だと、ちょっと問題ありそうだって君も悩んでいたじゃないか!」
それの親戚だと思っておいて、とケロリとしているイケメンデート隊なソルジャー。えっと、イケメンショコラ隊だと、バレンタインデーに本命の人がいるのに道を踏み外しそうな感じでしたし、ソルジャーのイケメンデート隊も…?
「そういうこと! 多少の問題は大いにオッケー、楽しんで貰えればいいってね!」
とりあえずイケメンドリーム隊は役に立ったようだし、それにあやかって役立つイケメンデート隊だ、と思い込んでしまっているソルジャー。打ち上げパーティーに出て来たからにはやる気満々なんでしょうから、放っておくしかありません。



「…どうします?」
「俺が知るか!」
俺たちの仕事は今日で終わった、とキース君たちも投げていました。会長さんには気の毒ですけど、イケメンショコラ隊を見付けて来たのも、イケメンドリーム隊を結成したのも会長さん。自業自得ということで放置でいいんですかね、ここのイケメンデート隊…。
「うん、ぼくは放置でかまわないよ? コツコツ一人で努力するしね!」
キースたちを見習って頑張らなくちゃ、と燃えまくっているソルジャーの目標は、お役立ちだったマツカ君だということです。マツカ君がソルジャーの目標になる日が来るなんて…。
「世の中、マジで分かんねえよな…」
「ぼくにも全然分からないよ…」
もう謎だらけでいいんじゃないかな、とサム君とジョミー君が頷き合って、会長さんはまだギャーギャーと騒ぎ続けています。ソルジャーに言うだけ無駄じゃないですかね、馬の耳に念仏みたいなもので。
「…念仏くらいは唱えてやるがな…」
タダだからな、とキース君が唱えるお念仏。イケメンデート隊には全く効かないでしょうが、ここは気持ちで一応、唱えておきましょう。会長さんに被害が及ぶ前にソルジャーが活動に飽きてイケメンデート隊をやめますように。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…。




             イケメン様々・了


※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 生徒会長がヒントにしていた、イケメンショコラ隊。実は本当に存在しました、数年前に。
 それのお蔭で、多忙だった男子たち。おまけにソルジャーまでが便乗、凄い企画かも…。
 2020年の更新は、これが最終ですけど、「ぶるぅ」お誕生日記念創作の方もよろしく。
 まさかのコロナで大変だった2020年。来年は良い年になるといいんですけどねえ…。
 次回は 「第3月曜」 1月18日の更新となります、よろしくです~!

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、12月はクリスマスが大問題。ソルジャーたちが来るわけで…。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv












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 今年もシャングリラに、クリスマス・シーズンがやって来た。ブリッジの見える広い公園には、大きなツリーが飾られている。それとセットで出現するのが、小さめの「お願いツリー」だ。
(…今年は何をお願いしようかな?)
 サンタさんの所に届くんだもんね、と「お願いツリー」を見上げる子供が一人。言わずと知れた「そるじゃぁ・ぶるぅ」で、シャングリラきっての悪戯小僧。年がら年中、あっちこっちで悪戯を繰り広げているけれど…。
(クリスマスの前は、いい子にして悪戯しないもんね!)
 でないと、プレゼントが貰えないから、と子供なりに、きちんと心得ている。悪戯をするような悪い子供の所に、サンタクロースは素敵なプレゼントを届けはしない。代わりに貰えるのは、鞭が一本。クリスマスの朝、靴下の中に、鞭を見付けたくなかったら…。
(いい子にしないとダメなんだってば!)
 だから、クリスマスが済むまでは…、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」も悪戯は我慢。シャングリラに平和が訪れる季節、それがクリスマス・シーズンでもある。なにしろ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の悪戯と来たら、船の誰もが「出来れば、避けたい」代物だから。
(…んーと、えーっと…)
 サンタさんに何を頼もうかな、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が見詰める「お願いツリー」は、船の名物。クリスマスツリーよりも小さいモミの木、けれど人気は大きなツリーに劣らない。ツリーの側に置かれたカードに、欲しいプレゼントを書いて吊るしておけば…。
(クリスマスまでに、サンタさんの所に届いて…)
 サンタクロースが用意してくれて、クリスマスの朝、届いているという仕組み。小さな子供には夢のツリーで、大人たちだって負けてはいない。
(…大人の所には、サンタさんが来てくれないから…)
 意中の人のカードを探して、プレゼントを用意する若者たちや、友達のカードを探している者、他にも色々。とにかく「お願いツリー」にカードを吊るせば、欲しいプレゼントがやって来る。
(何がいいかな?)
 よく考えてお願いしないと、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は船の散歩に出ることにした。頼むべき物を決める切っ掛け、それが見付かるかもしれないから。



 船の通路を跳ねてゆく間、擦れ違った何人もの仲間たち。彼らはチラリと視線を寄越して、瞳に安堵の光を浮かべる。普段だったら緊張するか、そそくさと逃げてゆくものなのに。
(悪戯しないの、知ってるもんね…)
 これは、ちょっぴりつまんないかも、と思うけれども、仕方ない。悪戯する子に、プレゼントは届きはしないから。プレゼントの代わりに鞭が一本、そんなクリスマスは嫌だから。
(…でも、つまんなーい!)
 つまみ食いだって出来ないし…、と溜息を零して、ハタと気付いた。この時間なら、ヒルマンが小さな子供たちに…。
(お話を聞かせている筈だから、おやつがあるかも…!)
 集中力が切れやすいのが、幼い子供。ヒルマンもよく知っているから、おやつを用意することも多い。子供たちが飽きて来たなら、おやつを配って休憩時間。
(よーし…!)
 ぼくだって、小さな子供だもーん! と、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は駆け出した。クリスマスの朝に卵から生まれて、もう何年も経つのだけれども、少しも育ちはしないから。ヒルマンが教える学校にだって、通わなくてもいいのだから。
(子供なんだし、おやつがあったら…)
 お話を聞いたら、貰えるんだよ、とウキウキしながら、ヒルマンの所を覗いたら…。
(やってる、やってる…!)
 ちょうどいいや、と部屋に飛び込み、子供たちに混ざってチョコンと座った。ヒルマンの横には籠が置かれて、ラッピングされたクッキーの袋が入っていたから。
「おや、ぶるぅ。…お話を聞きに来たのかい?」
 いい子だね、とヒルマンは穏やかな笑みを浮かべた。
「今日のお話は、魔法のランプだ。ずうっと昔の、地球のお話だよ」
 よく聞いて、色々考えてみなさい、と、ヒルマンは既に話してしまった部分のあらすじを教えてくれた。願い事が叶うランプがあって、それを手に入れるお話だよ、と。
(ふうん…?)
 お願いツリーの他にも、願い事が叶うものがあるんだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はパチパチと目を瞬かせた。そんな素敵なものがあるなら…。
(…サンタさんにお願いしたいかも!)
 しっかり聞こう、とヒルマンの物語に耳を傾けることにした。魔法のランプと聞いたけれども、どんな仕組みのランプだろう、と。サンタクロースに頼む価値があるか、よく聞かなくては。



「ヒルマン先生、楽しかったぁ!」
「また、お話を聞かせてねー!」
 クッキーも、とっても美味しかったよ、と子供たちが手を振って帰ってゆく。ヒルマンは優しい笑顔で見送り、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に視線を向けた。
「どうだったね、ぶるぅ? 魔法のランプのお話は?」
「うんっ、とっても素敵だったよ!」
 凄く参考になっちゃった! と、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は顔を輝かせて元気に答えた。本当にとても参考になったし、サンタクロースに頼むプレゼントも決まったから。
「ほほう…。参考になったと言うなら、大いに勉強出来たのだね?」
「そう! ありがとう、いいこと教えてくれて! さようならーっ!」
 じゃあね! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び出して行った後、ヒルマンは「はて…?」と首を傾げた。怪訝そうな表情になって。
(…参考になったというのはともかく、いいことを教えただろうか、私は?)
 願い事が叶う魔法のランプの話なんだが…、とヒルマンの頭に渦巻く疑問。魔法のランプで叶う願い事は、三つだけ。それを上手に扱えないから、願い事をするのは難しい。
(迂闊に使ってしまっても…)
 三つ目の願いが済んだ後では、もう取り消しは出来ないもの。だから「何事も、よく考えて」と教訓を込めて話したつもり。けれど、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の、あの口ぶりでは…。
(…教訓が頭に入ったようには、思えないのだがね…?)
 では、いいこととは何なのだろう、とヒルマンは頭を悩ませたけれど、それの答えは直ぐに姿を現した。ヒルマンの与り知らない所で、形になって。
 「ぼくに魔法のランプを下さい」と書かれたカードが、お願いツリーに吊るされて。
(…これでよし、っと!)
 今年のお願い事は、これに決まり! と、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は満足だった。無事に魔法のランプを貰ったら、願い事が三つも叶うのだから。
(魔法のランプを擦ったら…)
 中からランプの精が出て来て、叶えてくれる願い事。どんなことでも、なんと、三つも。
(…ブルーと一緒に、地球に連れてってよ、って…)
 お願いしたなら、ブルーの夢がアッと言う間に叶う。そしたら、残りのお願い事は…。
(二つもあるから、何でも出来ちゃう!)
 最高だよね、と大満足で眺めるカード。「今年は最高のクリスマスだよ!」と。



(…サンタさんに、どんなにお願いしたって…)
 地球には連れてってくれないものね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、部屋に戻って考える。何度頼んでも、その夢は叶いはしなかった。大好きなブルーと、地球に行きたいのに。
(だけど、魔法のランプなら…)
 ランプの精は、どんな願いも叶えるのだから、大丈夫。ブルーに憧れの地球を見せられて、青い地球で楽しく過ごせるだろう。グルメに観光、買い物だって。
(ホントに最高…!)
 ヒルマンの所に行って良かったぁ! と大喜びな「そるじゃぁ・ぶるぅ」だけれども、その夜、青の間に、キャプテン・ハーレイが眉間に皺を深く刻んで現れた。「ソルジャー、お話が…」と。
「おや、ハーレイ。こんな時間に、どうしたんだい?」
 いつも遅くまで御苦労様、とソルジャー・ブルーは炬燵に入って出迎えた。今の季節は、それが青の間の定番の家具になっているから。
「はあ、それが…。実は、ぶるぅが……」
 やらかしました、とハーレイは勧められるままに炬燵に入って、溜息をついた。
「ぶるぅが? この季節には、悪戯はしない筈だけれどね? あ、ミカンはどうだい?」
「ありがとうございます、いただきます。…ぶるぅの件ですが、悪戯ではなくて…」
 こんなものを書いて寄越しました、とハーレイが差し出したものは、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「お願いツリー」に吊るしておいたカードだった。「ぼくに魔法のランプを下さい」と。
「魔法のランプ…? これはまた…。ランプというのは、あの物語のランプかな?」
 願い事が三つ叶うという…、とソルジャー・ブルーが傾げた首。「ぶるぅは、あの物語を知っていたかな」と、「ぼくは教えていないけれども」と。
「ヤツが図書室で読書をするとも思えませんしね。ですが、その件は、裏が取れております」
「そうなのかい?」
「はい。このカードを見付けて悩んでいたら、ヒルマンが通りかかりまして…」
 子供たちに聞かせたらしいですよ、とハーレイはミカンを一房、口に放り込んだ。「その時に、ぶるぅも物語を聞いて、とても参考になったと言ったそうです」と、苦虫を噛み潰したように。
「なるほどね…。ということは、今年の、ぶるぅのお願い事は…」
「正真正銘、三つの願い事が叶う、魔法のランプですね」
 どうしたものだか…、とハーレイは頭痛がするようだけれど、ブルーは「ぼくに任せたまえ」と微笑んだ。「ぶるぅは、じきに諦めるから」と、「大丈夫だよ」と。



 サンタクロースに魔法のランプをお願いしよう、と決めた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、浮き立つ心で土鍋の寝床に入ろうとしていた。「今夜は、いい夢が見られそう!」と。其処へ…。
『ぶるぅ、青の間に来てくれるかい?』
 大好きなブルーの思念が届いたから、「はぁーい!」と返事して、瞬間移動。
「どうしたの、ブルー? おやつ、くれるの?」
 青の間にはハーレイもいたのだけれども、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は気にしない。キャプテンの仕事は実に多いから、青の間にいたって不思議ではない。
「おやつねえ…。そうだね、ミカンなら沢山あるけれど…」
 甘くて美味しいミカンだよ、と差し出しながら、ブルーは、炬燵の上の例のカードを指差した。
「ぶるぅ、お前のお願いカードなんだけど…。魔法のランプを、どうするんだい?」
「貰って、使うの!」
 とっても凄いランプだもん! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は胸を張った。
「願い事が三つも叶うんだって! サンタさんより、ずっと頼りになるんだから!」
「サンタクロースよりも…? 何をお願いする気なんだい?」
「ブルーと一緒に、地球に行けますように、って!」
 そしたら二人で地球に行けるよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大得意。「地球に行けたら、色々しようね」と、「グルメも、観光も、お買い物も!」と。
「それは頼もしい話だね、ぶるぅ。ランプの精に、お願いしてくれるのかな?」
「そうだよ、サンタさんだと、地球には連れてって貰えないけど、ランプの精なら大丈夫!」
 今年のクリスマスは地球で観光出来ちゃうかも! と、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の夢は広がる。クリスマスの朝にランプが届けば、その日の内に地球に行けるし、地球でクリスマス、と。
 青い地球で綺麗なクリスマスツリーを幾つも眺めて、御馳走だって美味しいものが沢山ある筈。なんと言っても年に一度のお祭りなのだし、地球のクリスマスなら、素晴らしいものに違いない。



 いい考えだと思っていたのに、ブルーは「あのね…」と顔を曇らせ、首を静かに左右に振った。一緒に喜んでくれる代わりに、「ぼくの言うことを、よく聞いてごらん」と、諭すように。
「地球に行けるのは素敵だけれども、その後のことを考えなくてはいけないよ、ぶるぅ」
「後のことって…。お願い事は、まだ二つもあるよ?」
「そうだけれどね…。地球に出掛けて、帰りはどうやって帰るんだい?」
「え、えーっと…? ランプの精にお願いして…」
 それで帰れるでしょ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が答えを返すと、ブルーは「すると、願い事は残り一つになっちゃうよ」と指を折ってみせた。「あと一つしか、残っていないんだ」と。
「そうかも…。でも、一つあれば…」
「一つなんかは、アッと言う間に、ウッカリ使ってしまうものだよ。地球から帰って来て、船に着くだろう? そこで、「楽しかったぁ、また行きたいな」と言ったなら…?」
「あーっ!」
 もう一度、地球に行っちゃうんだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は真っ青になった。ランプの精は願いを叶えて、地球に連れて行ってくれるだろう。けれども、それで願い事を三つ叶えてしまったことになるから、ランプの精は、いなくなる。シャングリラに帰る方法は無くて、それっきり。
「そっかぁ…。どんなに地球が素敵な場所でも…」
「帰れなくなったら、大変だろう? それに、二度目に行ってしまう時は、ぶるぅだけ行って、ぼくは行けないかもしれないんだよ? ブルーと一緒に、とは願っていないだろう?」
「やだよ、そんなの、絶対に嫌ーっ!!!」
 ブルーがいなくて、ぼくだけ、地球に独りぼっちだなんて、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は悲鳴を上げた。「そんなことになったら、どうすればいいの」と、「そんなの、嫌だぁ!」と。
「分かったかい? 魔法のランプは危険なんだよ。この願い事は、やめた方がいいね」
 失敗してからでは遅いんだから、とブルーは優しく言い聞かせた。「分かるだろう?」と。
「分かった、やめとく…。魔法のランプは、いいお願いだと思ったけれど…」
 もっと普通のものにするね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は肩を落として、貰ったミカンを大事に抱えて、歩いてトボトボ出て行った。瞬間移動をするのも忘れて。



「ほらね、解決しただろう?」
 これで心配は要らないよ、とブルーはハーレイに微笑み掛けた。「魔法のランプは、怖いことが分かったんだから」と。
「そうですね。実に鮮やかなお手並みでしたが、ヤツが少々、可哀想な気も…」
「うん。ぼくのためにと、毎年、考えてくれているからねえ…」
 地球に行くための方法をね、とブルーも気の毒に思うのだけれど、どうすることも出来ない夢。地球の座標が分からない限り、シャングリラは地球には向かえない。それに、ブルーも。
「魔法のランプと来ましたか…」
「いい方法には違いないけどね、サンタクロースに頼むよりかは」
 でも、扱いが難しすぎるよ、とブルーも苦笑する魔法のランプ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」に使いこなせる筈もないから、「お願いツリー」には、新しいカードが吊るされた。
 「ステージ映えする土鍋を下さい」と。
 書いて吊るした「そるじゃぁ・ぶるぅ」は気持ちをすっかり切り替え、リサイタルに向けて夢を描いている。「土鍋に入って登場したら、きっと思い切り盛り上がるよね!」と。
(どんな土鍋が貰えるかな? スモークが出るとか、ライトがピカピカ光るとか…)
 すっごく楽しみ! と船中を跳ねて回って、クリスマスを待って、いよいよクリスマスイブ。
「では、ソルジャー、行って参ります」
「頼んだよ、ハーレイ。ゼルの力作を落とさないようにね」
「ええ。落として割ったら、ぶるぅばかりか、ゼルにも殺されかねませんから」
 ステージ映えする特製土鍋ですからね、と大きな包みを抱えて、サンタクロースの衣装を着けたハーレイが今年も出発した。他にも山ほどプレゼントを詰め込んだ袋を背負って、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が寝ている部屋へと。
(…よしよし、今年も罠を仕掛けたりはしていないな)
 昔は散々な目に遭ったものだ、と懐かしく思い出しながら、ハーレイはプレゼントを床に並べてゆく。ゼル特製のステージ映えする土鍋や、長老やブルー、他の仲間たちからのプレゼントを。
 そして、クリスマスの日の朝が来て…。



「わぁーい、ホントに凄い土鍋を貰えちゃったぁ!」
 こっちのボタンでスモークが出て、こっちのボタンは…、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が説明書に夢中になっていると…。
『『『ハッピーバースデー、そるじゃぁ・ぶるぅ!!!』』』
 船の仲間たちから思念が届いて、大好きなブルーからも思念波が。
『ぶるぅ、誕生日おめでとう。公園でケーキと、みんなが待っているからね』
「分かったぁ! すぐに行くねーっ!」
 ステージじゃないけど、特製土鍋を披露しなくちゃ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は土鍋に入って瞬間移動で飛んでゆく。ブルーが、仲間たちが待つ公園へと。
 魔法のランプは諦めたけれど、ステージ映えする土鍋があって、きっと最高のクリスマス。
 ハッピーバースデー、「そるじゃぁ・ぶるぅ」。今年も、誕生日おめでとう!!!




            ツリーと願い事・了


※「そるじゃぁ・ぶるぅ」お誕生日記念創作、読んで下さってありがとうございます。
 管理人の創作の原点だった「ぶるぅ」、いなくなってから、もう3年が経ってしまいました。
 2007年11月末に出会って、夢中で始めた初の創作。今でも、大好きな悪戯小僧です。
 いい子の「ぶるぅ」は現役ですけど、悪戯小僧にも、クリスマスには「お誕生日記念創作」。
 「そるじゃぁ・ぶるぅ」、14歳のお誕生日、おめでとう!
 2007年のクリスマスに、満1歳を迎えましたから、今年で、なんと14歳!
 シャングリラ暮らしでなければ、目覚めの日で、成人検査だったのかも…?
 そして、魔法のランプのお話、実は、ハレブルの方にもあるんです。前世ネタの一つ。
 興味のある方は、そちらも覗いてみて下さいv

※過去のお誕生日創作は、下のバナーからどうぞです。
 お誕生日とは無関係ですけど、ブルー生存EDなんかもあるようです(笑)
 

※ハレブルの方の『魔法のランプ』は、第403弾。URL、置いておきます。

http://bluemarmaria.kyotolog.net/Entry/950/










(あ…!)
 学校からの帰り道。ブルーの前をふわりと横切った綿毛。バス停から家まで歩く途中で。小さな小さなプロペラみたいに、羽根をくっつけた何かの種。柔らかそうな、白い羽根を。
 目の高さくらいでスウッと通り過ぎたのに、上手い具合に風に乗ったらしい種。ふうわりと空に舞い上がってゆく。そのまま道端に着地するのかと思ったのに。
(飛んで行くよ…)
 羽ばたきもせずに飛んでゆく種。生垣を軽く飛び越えて行った。引っ掛からないで。
 今の自分は飛べないのに。前と同じにタイプ・ブルーでも、とことん不器用に生まれたせいで。どう頑張っても空は舞えない。生垣の高さにだって飛べない。
 あんなに小さな種が軽々と飛んでゆくのに。気持ち良さそうに風に乗ってゆくのに。
(…いいな…)
 何もしないでも飛べるなんて、と羨ましい気持ちで見上げた種。チビの自分よりもずっと小さい種。何かの植物の赤ん坊。生まれたばかりで、空に飛び立った所。この世界へと。
(種だけど、やっぱり赤ちゃんだよね?)
 でなければ卵かもしれない。雛が孵る前の卵の旅。何処かに落ちたら雛が孵って、とても小さな芽が出るのだろう。気を付けていないと、見落としそうなくらいに小さいのが。



 赤ちゃんなのか、それとも卵か。どっちなのかな、と見ている間も、種はぐんぐん昇ってゆく。いい風に乗って。生垣の次は庭を飛び越えて、お次は家。
 二階の屋根より高く舞い上がって、光の中に溶けてしまった。とても小さな種だったから。白く光を弾く綿毛よりも、太陽の輝きが強かったから。
 種は見えなくなってしまったから、何処まで行くかはもう分からない。今の自分は、サイオンの目では追えないから。前の自分の頃と違って。
 不器用な自分が飛べない空を、フワフワと飛んで行った種。風に乗っかって、広い空へと。
(うんと遠くまで行っちゃうかもね?)
 ああやって空の旅をして。もしかしたら、上昇気流にも乗って。
 風船が思いがけなく遠い所まで旅をするように、あの種だって行くかもしれない。バスの終点を軽く飛び越して、もっと遠くへ。隣町とか、その向こうとか。
(遠くまで旅をしなくても…)
 種が飛び立った場所とは違った、知らない所へ飛んでゆく旅。ほんのちょっぴりだけの旅でも。家を幾つか越えただけでも。
 初めて見る場所にふうわりと落ちて、地面の中で眠って、冬を越して。春になったら…。
(何が育つのかな?)
 あの綿毛から。地面に落ちたら、多分、綿毛は役目を終えて外れるのだろう。種が旅するための綿毛はもう要らないから。
 種はゆっくり眠り続けて、春の暖かな光で芽を出す。小さな葉っぱが顔を覗かせて、その葉から太陽の光を貰って、根からは土の中の養分。新しい場所で育ち始める命。
 すくすく育ってゆくだろうけれど、後は綿毛の正体と運。雑草が生えた、と抜かれてしまうか、逞しく育ち続けてゆくか。「いいものが生えた」と歓迎されるか、綿毛だけでは分からない。
(綿毛、色々なのがあるから…)
 雑草でなくても、様々な園芸植物の類。あの種が何かは分からないけれど。
(土があったら、芽を出せるよね?)
 道路なんかに落ちなかったら、無事に芽を出すことだろう。着地した場所で、春になったら。



 いい旅を、と心で呼び掛けた綿毛。今の自分は空を飛べないから、心の底から。素敵な所へ旅をしてねと、気持ちいい所へ飛んで行ってね、と。
 もう見えなくなった種を見送って、家に帰って、おやつを食べて戻った部屋。二階の窓から外を眺めたら、綿毛のことを思い出した。帰り道に空を飛んで行った種。
 風に乗って高く舞い上がった種は、あれから何処へ行ったのだろう?
(この辺りだったら、土のある場所は、うんと沢山…)
 何処の家にも庭があるから、其処にふわりと落ちたなら。公園もあるし、家の外にまで植木鉢を並べた家だって。
 屋根に落ちても、雨で流れて着地出来そうな庭。花壇にだって着くかもしれない。綿毛の正体が雑草だとしても、芽を出すことは出来る筈。冬が終わって、暖かな季節が巡って来たら。
 もっと遠くまで飛んでゆけたら、広い野原にも着けるだろう。何の種でものびのび育てる、誰も抜いたりしない場所。雑草の種でも、綺麗な花が咲く植物でも。
(素敵な所まで飛べるといいね…)
 幸せに育ってゆける場所まで。庭で芽を出しても大きくなれる家だとか。うんと遠くの町外れに広がる野原にだって。
 もしも雑草の種だったならば、庭では歓迎されないから。ある程度までは大きくなれても、空を飛んでゆける種が出来上がる前に、引っこ抜かれてしまいそうだから。
 どんな種でも立派に成長出来る場所なら、郊外の野原。其処が一番。



 帰り道に出会った綿毛の正体は分からないから、野原まで飛んで行けたらいいい。空を旅して、町の外まで辿り着けたら大丈夫、と思った所でハタと気付いた。
(町の外って…)
 人間が住んでいる家が見えなくなったら、広がっている野原や緑の山や。沢山の木が茂った山を越えて行っても、続いてゆく植物の種が生きられる地面。山の向こう側も、木々に覆われた斜面。其処を下れば、林や野原。
 当たり前に思っていたのだけれども、その光景は今だからこそ。青く蘇った地球の恵みで、前の自分は知らない風景。町の外まで緑の地面が続く景色は。
(アルテメシア…)
 白いシャングリラが長く潜んだ、雲海の星。緑溢れる町もあったし、海も広がっていたけれど。
(全部、人間が暮らすためのもので…)
 本来の星の姿を改造したもの。人間が其処で生きてゆくのに適した姿に。
 テラフォーミングされた場所を除けば、アルテメシアは荒地のままだった。同じ星の上にあった二つの都市の間でさえも、不毛の地だった峡谷が挟まっていた有様。
 険しい断崖と深い峡谷、水さえ流れていなかった。そんな所に緑が育ちはしない。どんな雑草も生えていなくて、荒涼とした谷。町の外も同じに荒れた土だけ、草は一本も育たなかった。
(あそこだと、種が風に乗っても…)
 高く、遠くと舞い上がれても、幸せにはなれなかっただろう。旅をした先に、植物の種を育ててくれる地面は無いから。長い空の旅を続けた果てには、不毛の大地があっただけだから。
 人間のために整備されていた区域の中でしか、雑草でさえも芽を出せなかったアルテメシア。
 綿毛の羽根で空を飛べても、自由にはなれなかった星。人間が作った世界からは。



 けれども、今日の綿毛は違う。町の外まで飛んで行ったら、本当に自由。雑草の種でも、抜いて捨てられはしないから。山で、野原で、大きく育ってゆけるのだから。
(今は人間の方が遠慮してる時代…)
 人間の都合で星を、自然をどんどん改造したりはしない。テラフォーミングをするのだったら、星ごと変えてゆくのが基本。人間の住む場所以外であっても、自然が息づく星になるように。
(砂漠とかも、ちゃんとあるけれど…)
 それは、その方が自然だから。この惑星ならどうすべきか、と検討して自然を作ってゆくから。もっと人間の住める地域を、と欲張らないで。他の生き物が暮らす範囲を最優先で。
 特に地球では、厳しい決まり。一度滅びて、奇跡のように蘇って来た星だから。
 この星の上では、他の動物や植物のためにある場所の方が多くて、人間は其処に住ませて貰うといった雰囲気。彼らの邪魔をしないようにと遠慮しながら。
(アルテメシアにあったみたいな高層ビルは…)
 今の時代は、もう作られない。地球でなくても、何処の星でも。
 中でも地球が一番厳しい、と学校で習う。ビルも道路も、自然を損ねてしまわないよう、とても気を配って作られていると。滅びる前の地球とは違うと。
 賑やかな街の真ん中にだって、きちんと作られている公園。人が緑と触れ合えるように。小鳥や虫たちが暮らせるように。
 町の外には、豊かな緑。野原も山も、「此処で終わり」と不毛の大地に変わりはしない。



(だからあの種、何処へでも行けて…)
 着いたその場所で育ってゆける。家の庭でも、町の外でも。土のある場所に下りられたならば、冬の後には芽を、根を出して。
 前の自分が生きた時代は、そんな風にはいかなかったけれど。世界はとても狭かったけれど。
(凄いよね、地球は…)
 風に運ばれた種が、何処ででも暮らしてゆける星。土さえあれば、春になったら芽を出して。
 なんて幸せな星なんだろう、と考えていたら、聞こえたチャイム。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、お茶とお菓子が置かれたテーブルを挟んで向かい合うなり、口にしてみた。
「ねえ、地球って幸せな星なんだね。…ホントに幸せ」
 地球に来られて良かったと思うよ、今の青い地球に。
「はあ? 幸せって…」
 そりゃ幸せだろ、前のお前が行きたがってた夢の星だぞ。しかも今では青い地球だ。
 前のお前が生きてた時代は、こんな地球は何処にも無かったが…。
 滅びちまった時と変わらないままの、そりゃあ無残な星だったんだが…。
 こうして元に戻ったからには、最高に幸せな星だってな。人間を生み出した星なんだから。



 何を今更、という顔をされてしまったから、説明をすることにした。幸せな星だと思った理由。今の青い地球と、遠い昔のアルテメシアは違ったことを。
「あのね、綿毛が飛んでたんだよ。…今日の帰り道に」
 植物の種がくっついた綿毛。ぼくの前を横切って、風に乗って飛んで行っちゃった。家の屋根を越えて、そのまま見えなくなっちゃったんだよ。
 でもね、その種…。何処へ行っても、生きてゆけるでしょ?
 うんと遠くへ飛んで行っても、春になったら、ちゃんと芽を出して。
「おいおい、道路とかだと駄目だぞ」
 芽を出すためには土が無いとな。道路に落ちたらどうにもならんぞ、土が無いから。
「それはそうだけど…。そんなのじゃなくて、人間の住んでいない所でも、っていう意味」
 町の外まで飛んで行っても、山も野原もあるじゃない。山を越えても、育つ場所は一杯。
 だけど…。アルテメシアじゃ駄目だったよ。前のぼくたちが生きてた頃の。
 アタラクシアも、エネルゲイアも、町の外に出たら緑はおしまい。人間が暮らす都市から見える範囲だけしか、テラフォーミングしてはいなかったから。
「そういや、そうだな…。山を越えたら荒地だっけな」
 草一本生えやしなかった。そういう風には出来てなかったし、種が落ちても芽は出せないか…。
 あの時代だと、完全に人が住める状態だった星は、ノアくらいだな。
 人類が最初に入植に成功した星だったから、荒地のままで置いておくより、テラフォーミングをして住める場所を増やしていかないと。ポツン、ポツンと町を作るよりかは。
 しかし、ノアでも今の地球には及ばんなあ…。青い星には見えたんだがな。



 海もあったし、綺麗な星ではあったんだ、と話すハーレイ。
 前のハーレイが白いシャングリラから目にしたノアは、他の星よりも遥かに美しかったという。星を取り巻く白い輪が無ければ、地球かと間違えそうなくらいに。
「ノアがこんなに綺麗だったら、地球はどれほど凄いんだろう、と誰もが夢を見ていたもんだ」
 もっと青くて、息を飲むしかないんだろうと。…残念ながら、本物の地球は酷かったが。
 あのレベルまで行ってたノアでも、今の地球には敵わなかった。技術の限界といった所か。
「ね、そうでしょ? 一番整備されてたノアでも、そんなのだから…」
 アルテメシアだと、ホントに駄目。植物の種が町の外に出たら、芽は出せなかったよ。
 だから、地球は幸せな星だと思って…。
 ぼくたちも幸せに生きているけれど、植物だって幸せなんだよ。
「確かにな。綿毛が旅をして行った先が、不毛の土地だっていうことはないな」
 此処は砂漠の地域じゃないから、土さえあったら、何処でも自由に育ってゆける、と。
 もっとも、そうして芽を出したって、運が悪けりゃ、抜かれちまうが…。
 雑草が生えた、と抜かれちまったら、それでおしまいなんだがな。
「そうなんだけどね…。雑草の種は嫌われちゃうから」
 ぼくが見た種、何の種だか分からないんだよ。雑草かもしれないし、花壇の花かも…。
 だけど、気持ち良さそうに空を飛んでた。ぼくは飛べないのに、風に乗ってね。
 いい旅をしてね、って思っちゃった。あの種が幸せになれる場所まで。



 幸せな空の旅を続けて、何処かで幸せに育つといいな、と夢を語ったら。
「そうだな、そういうのも今の地球ならではだな」
 空の旅をする色々な種。そいつが沢山あるというのも、地球の良さだ。
 幸せな場所を目指して旅に出るのは、お前が見掛けた綿毛だけではないからな。
「うん…。他にも幾つも飛んでいるよね」
 あれと一緒に風に乗った種、きっと一杯あっただろうし…。
 その中の一つをぼくが見ただけで、色々な所に飛んでったと思う。行き先も色々。
「綿毛だけではないんだぞ? 空を飛ぶ種は」
 もっと他にも幾つもあるんだ。自分で飛んで行く種だってあるが、運んで貰うのもあるからな。
 綿毛なんかはついていなくて、ただの種のままで。
「なに、それ? ただの種って…」
 運んで貰って空を飛ぶって、飛行機か何か?
 そういう種まき、あるって聞くけど…。広い畑だと、飛行機を使って、空から種まき。
「違うな、それじゃ人間の都合で栽培されてるだけだろうが」
 行き先は畑で、あまり自由じゃなさそうだぞ。快適な環境で育ってゆけるのは確かだがな。
 俺が言ってるのは、それじゃない。空を飛ぶのは飛行機じゃなくて、生き物だ。
 空を飛ぶ生き物とくれば鳥だろ、鳥に食べて貰って飛んでゆくんだ。
 美味しい実をどうぞ、とドッサリ実らせて、種ごと飲み込んで貰ってな。



 鳥が運んでゆくという種。それなら前にハーレイに聞いた。ヤドリギの実がそうなのだと。高い木の枝に生えるヤドリギ、こんもりと丸い姿に育つ寄生植物。
 実の中の種は粘り気があって、小鳥を捕まえるためのトリモチが作れる。けれど、種の粘り気はトリモチの材料になるためではなくて、木の枝にしっかりくっつくためだ、と。
 実を食べて種を飲み込んだ鳥が、高い木の枝に残してゆく糞。それに混じってくっついた種が、雨風で流されてしまわないようにと、強い粘り気。
「ああ、ヤドリギ…!」
 木の枝にくっつかなくちゃ駄目だから、粘り気のある種なんだよね?
 それでトリモチが作れるくらいに凄いって…。ヤドリギの種は空を飛ぶよね、綿毛無しで。
「覚えてたか? ヤドリギはそのために美味い実をつける、と」
 鳥に運んで貰って増えるんです、っていう植物の代表みたいなモンだな、ヤドリギ。他の木まで運んで貰うとなったら、鳥にしか頼めないからな。
 それが専門の植物もあるが、そうでもないのに、鳥に運んで貰って凄い所で育つこともあるぞ。
 もちろん、鳥に運んで貰って遠くへ行こうとはしたんだろうが…。
 本当だったら、そんな所で育つ植物じゃなかったよな、という凄いヤツが。
「それって、どんなの?」
 変な所に生えてるんだよね、その植物。何の種だったの?
「聞いて驚け、松に桜だ」
 松の木の上に桜が咲くんだ。小ぶりだとはいえ、立派に枝を広げてな。
「ええっ!?」
 桜って、春に咲く綺麗な桜のことだよね?
 それが松の木の上で咲いてるだなんて、なんだか信じられないんだけど…!



 嘘みたい、と目を丸くしたけれど、本当の話。ハーレイは写真で見たという。その桜の木がある辺りでは、よく知られた木。花の季節には写真を撮ろうと愛好家たちが出掛けてゆく。
「もちろん、花見の人だって行くぞ? ただ、松の木の上だからなあ…」
 何メートルも上で咲いてるんだから、普通の花見とは違うだろうな。見上げりゃ首も痛くなる。周りに桜が沢山咲いてるわけでもないし…。まあ、珍しいものを見に行くってトコか。
 他にも、木の上に他の木が生えるってヤツは幾つもあるわけだ。
 寄生植物じゃなくても、たまたま鳥が落として行った種が芽を出したらな。
「それって凄いね、木の上に別の木だなんて…」
 ヤドリギだったら分かるけれども、桜なんかは木の上に生える木じゃないのに。
「な、地球ならではの景色だろ?」
 人間が住んでる所だけしか緑が無い、って所じゃ無理だ。
 鳥が自由に実を食べて飛んで、気の向いた木の枝で休憩するから、凄い所で種が育つ、と。
「ホントだね…。鳥だって好きに飛んで行けるものね」
 今の地球だと、渡り鳥だっているんだもの。冬に来る鳥とか、夏の鳥だとか。
 前のぼく、そんなのは少しも想像出来なかったよ。種を運ぶ鳥も、渡り鳥だって。
 渡り鳥のことは色々な本に載っていたけど、そういう種類の鳥なんだな、って思っていただけ。
「アルテメシアに鳥はいたがだ、あれだって人間が作った町だけにしかいなかったし…」
 おまけに、シャングリラには鳥がいなかったからな。…鶏しか。
「そう…! 卵を産んでくれて、肉も食べられる鶏だけ…」
 前のぼくが欲しかった青い鳥は駄目で、みんなの役に立つ鶏しか飼えなかったんだよ。
 鶏は空を飛べなかったし、種を運ぶ以前の問題だよね。



 人類に追われたミュウたちのための、箱舟だったシャングリラ。白い鯨に改造された後は、自給自足で生きていた。船の中だけが世界の全てで、何もかもを船で作り出して。
 余計な生き物は必要無い、と飼育されなかった空を飛ぶ鳥。手間がかかるだけだ、と鶏だけしか船で飼ってはいなかった。空を飛べない、歩き回るだけの鶏たち。
「ねえ、ハーレイ。シャングリラに鳥はいなかったけど…」
 鶏だけしかいなかったけれど、もし、あの船に空を飛ぶ鳥がいたって…。
 植物の種を運んで行くことは出来なかったよね。木の実を好きに食べられないもの。
 シャングリラで育てていた植物は全部、人間のための植物だったから…。
 観賞用に植えてあっても、それを眺めるのは人間でしょ?
 大切な実を鳥が食べちゃうだなんて、絶対、駄目。…食べられないように工夫した筈だよ。
 食べられない実の種は運べないから、空を飛べる種は無かったよ、きっと。
 鳥がシャングリラの中を飛んでいたって、一緒に空を飛ぶ種は一つも無かったと思う。
「あの船の植物は、どれもそういうヤツだったしなあ…」
 収穫するのは人間の役目で、鳥の出番は無かったな。いたとしたって。
 鳥が木の実を食おうとしたなら、ゼルやヒルマンが対策を考えただろう。食われないように。
 種は決して空を飛べんな、あの船ではな。
 …そういや、綿毛も無かったかもしれん。自分で風に乗って行ける種。
 アルテメシアの話じゃないがだ、飛んで行っても、船の中じゃどうにもならんしなあ…。
 いや、あったか?
 観賞用か何かで、そういう植物。…綿毛がついてる種が出来るヤツ。
「どうだったっけ…?」
 花壇の花でも、綿毛のついた種が出来るのは色々あるけれど…。
 シャングリラで育てていたかな、それ。…公園は幾つもあったんだけれど…。



 白いシャングリラにあった植物。鳥ほど手間はかからないから、観賞用のも多かった。人の心を和ませてくれる植物たちは、大いに歓迎されていたから。
 けれど、その中に綿毛のついた種を結ぶものはあっただろうか?
 百合も薔薇も綿毛をつけはしないし、スズランも、スミレやクローバーも。
 二人して公園の花を幾つも思い出しては、「これも違う」と数える間に、ふと蘇って来た野花の記憶。まるで小さな太陽のような、黄色い花を咲かせたタンポポ。
「そうだ、タンポポ…!」
 タンポポの花が咲いていたっけ、あれの種は風で飛んで行くんだよ。
 花が終わったら、真っ白な綿毛がふんわりくっついていたじゃない…!
「あったな、タンポポ…。ブリッジの下の公園にな」
 春になったら咲いてたんだった、あっちこっちに。あの公園でしか咲かなかったが。
「うん…。根っこが深くて、嫌われてたけど…」
 公園の手入れをしていた係に。
 大きく育ったタンポポの根っこはうんと深くて、引っ張っただけじゃ抜けないから…。
 小さい間に抜いてしまわないと、ホントに手間がかかっちゃうから。
「だが、タンポポを植えないと、とヒルマンが押し切ったんだっけな、あの公園」
 船の子供たちに、植物が増えてゆく仕組みを教えたいから、と。
 種を蒔いたら増えるもんだが、それじゃ駄目だ、と言ったんだった。
 自然の中では勝手に増えてゆくものなんだし、船の中だからこそ教えたい、とな。
 タンポポってヤツは、人の手を借りずに増えるからなあ、あの種が風に乗っかって。
 種を落とすだけのスミレやクローバーとかとは違って、見た目で分かる。種が飛ぶのが。
 是非植えたい、と言われちまったら、厄介なヤツでも仕方ないよな。



 船の中だけが世界の全てだった、白いシャングリラ。救い出した子供たちを乗せた箱舟。外には出られない子供たちに自然を教えるためには、タンポポは格好の教材だった。
 ある日、長老たちを集めて「タンポポを植えたい」と言ったヒルマン。
「育ててみようと思うのだよ。この船でね」
 タンポポは植えておくべきだ。一ヶ所だけでもかまわないから。
「ちょいと、タンポポって…。雑草をかい?」
 あんなのが何の役に立つのさ、とブラウが尋ねた。綺麗な花でもないじゃないか、と。
「観賞用の植物だけが全てではないよ」
 それでは駄目だ。自然をそっくり再現しようとは言わないが…。タンポポは欲しい。
「もう色々と植えてあるわい、スミレもクローバーも植えたじゃろうが」
 追加は要らん、とゼルが苦々しい顔をしたけれど、ヒルマンは「いいや」と首を横に振った。
「確かにあれこれ植えたがね…。公園で見るには充分なのだが…」
 生憎と、今ある植物たちの種は、旅をしてくれないものばかりだ。ただ増えるだけで。
「旅だって?」
 誰もが首を傾げた「旅」という言葉。
 長い旅なら、前の自分たちもして来たけれども、植物の旅とは何だろう?
 しかも種とは、と不思議に思った前の自分たち。
 人間だったら宇宙船などで旅をするものだけれど、植物が何故、と。
 植物は自分で歩いてゆきはしないから。根を下ろした場所から少しも動きはしないのだから。



 アルタミラの地獄から脱出した後、長く宇宙を旅していた。白い鯨に改造を終えて、雲海の星に辿り着くまで。アルテメシアの雲に潜むまで。
 其処で保護したミュウの子供たち。幼い子たちが船に加わり、ヒルマンはその教育係。旅をする種が必要だから、とタンポポの導入を唱えたヒルマン。
「タンポポはね…。種に綿毛があるのだよ」
 本などで見たことがあるだろう。タンポポの種の写真くらいは。丸い綿毛の塊をね。
 あの種は、綿毛を使って風に運ばれて、落ちた先の地面で芽を出すものだ。
 それが旅だよ、タンポポの種の。…ほんの短い距離にしたって、自然を実感出来るだろう。
 この船の公園に吹いている風は、人工の風には違いないが…。
 それでも、そうして風が吹いたら、タンポポの種の旅が始まる。その風に乗って。
 子供たちが息を吹き掛けて散らした時にも、やはり同じに旅をしてくれる。風のままにね。
 本来、自然はそういったものだ。人間の力を借りることなく、次の世代を育ててゆく。
 船の中しか知らずに育つ子供たちにも、自然の仕組みを教えておきたい。
 …どうだろうかね?
 タンポポを植えるのは駄目だろうか、という質問に反対する者はもういなかった。旅をする種は船に必要だろうから。自然の教材は、きっと子供たちの役に立つから。
「いいじゃろう。…そういうわけなら、反対せんわい」
「あたしも植えるべきだと思うよ。…どうだい、ソルジャー?」
 ブラウに訊かれたから、「いいと思う」と前の自分も応じた。ハーレイたちも。
 ヒルマンは嬉しそうに頷き、それから髭を引っ張っていた。
 「ただ、問題はタンポポの性質でね…」と、「増えすぎると抜くのが厄介らしいが」と。
 繁殖力が旺盛な上に、深く根を張るから嫌われ者の植物なのが難点だがね、と。



 そんな遣り取りを経て、シャングリラにタンポポが植えられた。前の自分が種を採りに降りて、綿毛を公園に吹く風に乗せて。ブリッジが見える一番大きな公園で。
 ヒルマンが連れて来た子供たちがワッと揃って上げた歓声。綿毛が風に乗って散ったら。
 やがてタンポポの種は芽を出し、公園のあちこちで育ち始めた。それまでは無かった植物が。
「植えたんだっけね、タンポポの種…」
 前のぼくが最初に蒔いたんだったよ、タンポポの種。…ううん、タンポポは自分で飛んでった。風に乗せたら、ぼくの方なんか見向きもせずに。
 何処へ飛ぶかな、って見送っていたよ、ヒルマンや子供たちと一緒に。タンポポの旅を。
 後で生えて来たら、ビックリするほど色々な所にあったっけ…。あの時のタンポポ。
「うむ。雑草なだけに、生命力が強かったからな」
 もれなく発芽したんじゃないのか、お前が公園に蒔いてやった種。
 いや、お前はタンポポの種を採って来ただけで、後はタンポポが旅をしただけか。
 あの公園は広いというのに、呆れるほどの範囲で芽が出たぞ。
 でもって、黄色い花が幾つも咲いてだ、花が終わったら綿毛の番で…。
 そいつらが旅を始めたっけな、公園に吹いてた風に乗っかって。
 子供たちもフウフウ吹いて飛ばして、シャングリラ生まれのタンポポが旅をしたんだが…。
 次の季節にはワンサカ増えてて、増えすぎたから、と係に手入れを頼んだら…。
「…抜けなかったんだよね、根っこが深くて」
 引っ張っただけではビクともしなくて、無理に引っ張ったら千切れちゃって。
 残った根っこからまた新しい葉っぱが生えてくるから、係が悲鳴を上げてたっけね…。



 ヒルマンが厄介者らしいと言った通りに、厄介だったシャングリラのタンポポ。公園の整備係を困らせたそれは、教材だからと居座ったまま。花が終わったら種を飛ばして、また増えて。
「実に厄介な植物だったが、お前も遊んでいたっけな」
 子供たちと一緒に、タンポポの種で。綿毛を息で吹き飛ばしてな。
「競争してたよ、誰が一番遠くまで種を飛ばせるか、って」
 それにサイオンで風も起こしてたっけ。公園の風より強い風をね。
 子供たちに「やって見せて」って頼まれた時は、タンポポの周りに、うんと強い風を。
 そしたら種がブワッと飛ぶから、みんな大喜びで見上げていたよ。あんなに飛ぶね、って。「ブリッジにもたまに落ちて来てたぞ、タンポポの綿毛」
 お前がわざわざ飛ばさなくても、風の加減というヤツで。
 こんなトコまで飛んで来たな、と拾っては公園に返したもんだ。ブリッジに土は無いからな。
 ついでに、誰かの服にくっついて、他の所で生えたら困るし。
「あの公園でしか育てていなかったんだよね、タンポポは…」
 植える前にヒルマンが言ってた通りに、ホントに厄介者だったから。
 抜いても抜いても次が生えて来るし、引っこ抜く時も掘り起こさなくちゃ駄目だったから…。
「嫌われ者っていうヤツだよなあ、頼んでないのに次々と増えて」
 好き勝手に旅をしては増えるから、どうにもならん。何処に生えるのもヤツらの自由で。
 教材としては立派だったが、嫌われっぷりも酷かったぞ。公園の係がブツブツ文句だ。
 他の公園で見付かった、ってニュースが入ろうもんなら、係のヤツらが飛んでったっけな。飯の途中でも放り出しちまって、タンポポ退治。
 早い間に根絶やしにしないと、またタンポポが増えるしな?
 本当に、よっぽど厄介だったんだろうな、飯も後回しで退治しておきたいくらいにな。
「多分ね…。後で、って思って忘れちゃったら、おしまいだものね」
 種が飛んじゃったら、もう拾えないし。…生えてくるまで、何処にあるのか謎なんだから。



 白いシャングリラのブリッジが見えた広い公園。其処にしか生えていなかったタンポポ。綿毛の旅は公園の係泣かせで、他の公園では端から退治されていたから。
「…ぼくが見た綿毛、タンポポだったのかなあ?」
 今日の帰りに飛んでった綿毛。もっと良く見ておけば良かった、タンポポだったら。
 こんな懐かしい話になるんだったら、もっとしっかり。
「タンポポだったかもしれないな。秋にも咲くしな、気候が良けりゃ」
 なんたって、相手はタンポポなんだ。厄介者で嫌われ者だった、あの頑丈な雑草だぞ?
 花を咲かせたら、きっと綿毛を作るだろうしな。咲いただけでは終わらないで。
「厄介者かもしれないけれど…。今の時代でも、タンポポ、厄介なんだけど…」
 ママが「また生えちゃったわ」って抜いているけど、あの種がタンポポだったなら…。
 厄介者だって言われない場所で、うんと幸せになって欲しいな。
 シャングリラのことを思い出せたから、嫌われない場所で、花を咲かせて。
「うーむ…。俺もタンポポには手を焼くんだが…」
 庭の芝生に生えちまったら、たまに泣かされているんだが…。
 お前が見た種がタンポポだったとしても、きっと幸せになれるだろうさ。地球なんだから。
 今度が駄目でも、また次ってな。
「次って…。花を咲かせられなくても、その次があるの?」
 引っこ抜かれた根っこの残りから、また新しい葉っぱを出すってこと?
「そうじゃなくてだ、俺たちみたいに生まれ変わって」
 次もタンポポになって旅をするとか、もっと喜ばれる花の種になって旅をしてゆくとかな。
 綿毛で増える花壇の花とか、鳥に食べられて空の旅をする木の実だとか。
「そっか…! 空の旅だって色々だっけね」
 地球なんだもの、空を旅する種も色々。旅をしてゆく方法も色々…。
 あの種もきっと幸せになれるね、地球なんだものね。タンポポの種でも、何の種でも。



 幸せに旅が出来ますように、と窓の向こうに目をやった。
 あの種は今も飛んでいるのか、何処かにふわりと舞い降りたのか。家の庭か、野原か、それとも山か。歓迎される場所に降りたか、すくすく育ってゆけるのか。
 何処へ降りても、植物の種でも、幸せに生きてゆけるのが地球。
 今度が駄目でも、またタンポポになって空を舞うとか、鳥に運んで貰うとか。
 種だって幸せになれる時代は、何に生まれても、きっと幸せ。
 死の星だった地球は青く蘇って、他の星でも、今は誰もが幸せだから。
 その幸せな世界に生まれて来られた、今の自分と今のハーレイも。
 今度は幸せに生きてゆけるから、いつまでも、何処までも、二人で旅してゆけるのだから…。




          旅をする綿毛・了


※今の地球だと、何処に落ちても育ってゆける植物の綿毛。旅をする種をつける植物は色々。
 シャングリラでも、子供たちの教材にタンポポを育てていたのです。増えすぎる嫌われ者を。
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(えっ…?)
 帰り道のバスでブルーが感じた視線。いつものように学校からの帰りに乗っているのだけれど。窓の外から、誰かに見られている感じ。今は信号待ちで停車中のバス。
(誰…?)
 今日はたまたま、真っ直ぐ前を向いていた。一番前の席に座っているから、前の景色を見放題。これからバスが走ってゆく先も、前をゆく車や自転車なども。
 自分で運転しているみたい、と前に夢中で、見ていなかった窓の方。そっちから感じる、誰かの視線。バスの車高は高いのに。
(なんで…?)
 背伸びしたくらいじゃ覗けないよ、と視線の方へと顔を向けたら…。
「キャーッ!」
 明るい叫びが弾けた気がした。バスの防音はしっかりしているから、聞こえなかったけれど。
 隣の車線に、子供たちの顔がズラリと並んだ観光バス。下の学校の子供たち。誰もが見ている、こちらのバス。それも自分が座っている場所を。
 ワイワイガヤガヤ、騒いでいる声が此処まで届きそう。指差している子や、見詰めている子。
(えっと…?)
 ぼくの方を見ているんだよね、と浮かんだ苦笑。きっと誰かが偶然、気付いた。この顔に。赤い瞳に銀色の髪のソルジャー・ブルー。まだ少年ではあるけれど。
(ソルジャー・ブルーが乗ってるよ、って…)
 それで騒ぎになったのだろう。「本物そっくり!」と指差したりして。
 十歳になったか、ならないかくらいの子供たち。失礼だとか思いはしないし、あのバスの中は、きっと賑やかなのに違いない。先生の声も届かないくらいに。



 伸び上がって見ている子も大勢いるから、手を振ってみた。どうなるのかな、と。ワッと歓声が上がったのだろう、子供たちのバス。小さな手が一斉に振られたけれど。
(あれ…?)
 シャッとカーテンを閉めた女の子が一人。すぐ隣だから、よく分かる。カーテンを閉めた子供が誰だったのかも、ついさっきまでは開いていたことも。
(どうしちゃったわけ?)
 手を振ったらカーテンを閉めちゃうなんて、とキョトンとしている間に、感じた視線。その方向から。よく見てみると、カーテンの隙間から覗いている子。こちらを、じっと。
 顔は真っ赤で恥ずかしそうで、それでも視線。見るのをやめられないらしい。カーテンを閉めてしまったくせに。自分で慌てて閉めていたくせに。
(ソルジャー・ブルー…)
 きっと、あの子の憧れの人。前の自分が、あの女の子が大好きな夢の王子様。
 その王子様にそっくりなチビが今の自分で、隣のバスに乗っていた。ソルジャー・ブルーの服と違って、学校の制服を着た王子様。
(見ていたいけど、恥ずかしいんだ…)
 ぼくに姿を見られちゃうのが、と思い至った女の子の気持ち。すぐ隣だから、余計なのだろう。少し離れた窓からだったら、気にしないで見ていられたろうに。他の大勢の子たちに紛れて。
(んーと…)
 隠れながらも、その子はこちらを見ているから。「大丈夫」と視線を合わせて、また振った手。閉じたカーテンは開かなかったけれども…。
(ぼくの顔、見てる…)
 嬉しそうな顔の女の子。隠れたままで小さく手を振りながら。



 信号が変わって青になったら、動き始めた両方のバス。暫く並んで走った後で、観光バスの方が先に行ってしまった。あちらはバス停に止まらないから、速度を上げて。
 乗っていた大勢の子供たちの方は、遠ざかるまで手を振っていた。後ろの窓に貼り付いてまで。はしゃぐ声が此処まで聞こえて来そうな勢いで。
 それでも開かなかったカーテン。女の子が閉めてしまったままで。
(もう開けたとは思うんだけど…)
 観光バスは見えなくなったし、また並ぶことは二度と無い筈。隣同士になってしまって、自分と顔を合わせることも。
(隠れなくてもいいのにね?)
 カーテンの陰から見るくらいなら。こちらへと手を振り続けるのなら。
 どうせだったら、しっかり見物すればいいのに、と思ってしまう自分の顔。ソルジャー・ブルーそっくりのチビ。遠慮しないでジロジロ眺めて、大きく手を振れば良さそうなのに。
 動物園でゾウやキリンに手を振るみたいに、ライオンやカバを見詰めるみたいに。
 そっちの方がお得だよね、と思うけれども、相手は憧れのソルジャー・ブルー。少しチビでも、夢の王子様に瓜二つの顔の「お兄ちゃん」。
 恥ずかしくなって、隠れてしまう子もいるのだろう。
 隣り合った別々のバスの中でも。挨拶すらも要らない場所でも、カーテンを閉めて。



 可笑しかった、と思い返しながら帰った家。恥ずかしがり屋の子に会っちゃった、と。
 ダイニングでのんびりおやつを食べて、部屋に戻ったら、また思い出した。カーテンをシャッと閉めていた女の子。十歳くらいの小さな子。
(あのバス…)
 何処まで走って行ったのだろう。賑やかな子たちや、恥ずかしがり屋の女の子を乗せて。
 もう学校が近かったのか、もっと遠くへ帰ってゆく途中だったのか。
(見忘れちゃった…)
 バスのナンバープレートを。この町のバスか、他の町から来たバスなのかも分からない。何処へ走って行ったのかも。
 窓のカーテンを閉めていた子は、自分の家に帰ったろうか。家で話しているのだろうか、バスの窓から見付けた小さなソルジャー・ブルーのことを。学生服のチビの王子様に出会ったことを。
(家でも恥ずかしがり屋の子なのかな?)
 話したくても「えっと…」と何度も詰まってしまって、なかなか喋れないだとか。それとも逆に元気一杯、大はしゃぎで家族を捕まえているか。「ね、今日はね…」と。
 まだ帰り着いてはいなかったとしても、夕食の頃には話題になりそう。もじもじしながらでも、頬を紅潮させての報告でも。
(こんな顔でも、役に立つなら嬉しいよね…)
 きっと遠足のいい思い出になったろう。あの子にとっては。
 ソルジャー・ブルーにそっくりの顔をした、学生服のチビの王子様を見た、と。



 じっと見ていた女の子。バスの窓から見えなくなるまで、こちらを眺めていたのだろう。
(だけど、カーテン、閉めなくても…)
 堂々と見てれば良かったのに、と今でも思ってしまうカーテン。他の子たちは見ていたのだし、一人だけ慌てて隠れなくても平気だと思う。こちらから見れば、大勢の中の一人なのだから。
(ホントに恥ずかしがり屋さんだよね…)
 お蔭で印象に残ったけれども、其処まで計算するわけがない。咄嗟に隠れてしまっただけ。何も考えずに、大慌てで。恥ずかしいからと、カーテンを閉めて。
 外が見えにくくなってしまうのに。見ていたい顔も見えなくなるのに。
(ぼくの顔、カーテンに隠れちゃって、あんまり見えない…)
 視線はこちらを向いていたけれど、きっと見づらい、と思った途端。
(んーと…?)
 意外に外が見えるんだよね、と浮かんだ考え。カーテンの隙間からでも良く見える、と。
 自分もアレをやったのだろうか、観光バスの窓のカーテンを閉めて。その隙間から外を見ていたことでもあったのだろうか、小さな頃に。
 良く見える、と思うからには、何処かで経験していた筈。カーテンの隙間から見るということ。あの女の子がやっていたように、そのカーテンの陰に隠れて。



 いつだったろう、と遡り始めた記憶。カーテンの陰から外を覗いていた自分。
(学校の遠足…?)
 観光バスなら、多分、遠足。幼稚園の時にも乗っていた。今日の子供たちと同じように。大勢の友達を乗せたバスで出掛けた、色々な所。学校からも、幼稚園からも。
(サルと目を合わせないように、って…)
 そういう注意をされたことがあった。下の学校の時に行った遠足。野生のサルが道に出て来る、山の中の道路を走ってゆく間の注意事項。
 気の荒いサルは、視線が合ったら襲い掛かって来るのだという。相手が窓の向こう側でも、車の中でも、かまうことなく。
 その山の中を走っていた時、カーテンを閉めていた自分。サルの姿が見えたから。道のすぐ側、ガードレールに座っていたサル。あれに見付かったら、きっと大変、と。
(怖かったっけ…)
 ボスザルなのかと思ったくらいに大きかったサル。視線が合ったら、襲って来そうだったサル。いくら自分がバスの中でも、歯をむき出して、飛び掛かって来て。
 バスの窓枠をしっかり掴んで、振り落とされないように貼り付いていそう。バスが止まったら、中の自分を襲ってやろうと、何処までだって。



 あの時はカーテンを閉めたけれども、相手はサル。人間を相手に閉めてはいない。姿が見えたと慌てて閉めて、隠れたことなど無かったと思う。
 恥ずかしいからとカーテンに隠れてしまいたいほど、憧れていた人もいなかったから。瓜二つの人を窓から見付けて、慌ててカーテンを閉めるような人。
 そうなってくると…。
(サルの時かな…?)
 確かにカーテンの隙間から見ていたサル。ずいぶん大きいと、ボスザルだろうかと。カーテンの陰に隠れていたって、よく見えた。悠然と座っていたサルが。
 きっとアレだ、と考えていたら、聞こえたチャイム。それを鳴らしているだろう人は…。
(ハーレイ…!)
 恋人の来訪に気付いた瞬間、思い出した。サルじゃなかった、と。
 カーテンの隙間から外を見ていたのは、自分ではなくて前の自分。視線の先には前のハーレイ。意外に見える、と思ったのだった。こんなに細い隙間からでも、と。
 ハーレイの姿も、その動きも。何処へ行こうとしているのかも。



 まだハーレイと恋人同士ではなかった頃。病気で寝込んでしまった自分。白い鯨は出来上がっていたから、あの大袈裟な青の間のベッドで。
 大した病気ではなかったけれども、ベッド周りのカーテンをノルディがピッタリと閉めた。熱が下がるまで安静に、と。「ベッドから出ないで下さい」と。
(だから、ハーレイが来た時に…)
 朝の報告に来たハーレイは、必要な報告だけを済ませて、直ぐに出て行った。ベッドを取り巻くカーテンの向こうへ、「では、これで」と一礼して。
 野菜スープを作ってくるとも、帰るとも言わずに、たったそれだけ。
 カーテンがふわりと揺れた後には、もうハーレイの姿は無かった。ベッド周りの空間には。
(いつもだったら、ちゃんと見えるのに…)
 ハーレイが何処へ向かっているのか、ベッドに横になったままでも。カーテンさえ大きく開いていれば。…ピタリと閉められていなかったなら。
 けれども、ノルディが閉めたカーテン。その向こう側は見えはしなくて。
(サイオンで透視しても良かったんだけど…)
 何故か、覗こうとした前の自分。
 「出ないで下さい」と言われたベッドから下りて、カーテンの隙間から外の様子を。ハーレイは奥のキッチンへ野菜スープを作りに行くのか、出口に向かっているのかを。



 其処まで記憶を辿った所で、ハーレイが部屋にやって来た。キャプテンではない今のハーレイ。母が案内して来て、お茶とお菓子をテーブルに置いて行ったのだけれど。
(ハーレイだっけね…)
 あの時もハーレイで今もハーレイ、と前の自分の記憶が重なった。カーテンの隙間、と。
「おい、どうした?」
 俺の顔がどうかしたのか、と鳶色の瞳が見詰めるから。
「え、なんでも…。なんでもないよ、ホントだよ」
「そんな風には見えないが? バツが悪そうな顔をしてるぞ、今のお前は」
 いったい何をやらかしたんだ、俺が来る前に。…それとも、悪戯を計画していた真っ最中か?
「そうじゃなくって…。サルかと思ったらハーレイだったんだよ」
 サルだったっけ、って思っていたのに、サルじゃなくってハーレイで…。
「はあ? サルって…」
 そりゃあ確かにバツが悪いな、俺がサルだってか。サルがチャイムを鳴らしたか?
 でなきゃ、窓から見下ろした時に、俺がサルみたいに見えてたってか?
「ハーレイとサルが重なったんだよ、ぼくの頭の中」
 そっくりって意味じゃないけれど…。ハーレイがサルに見えてたわけじゃないけれど。
 ハーレイがサルだなんて言いはしないよ、サルに見えるわけないじゃない。
 前のぼくだった時からずっと一緒で、ずっと恋人なんだから。



 カーテンの記憶だったんだよ、と説明した。それを思い出した切っ掛けがサル、と。
「下の学校の時にバスで遠足に行って…。山の中にサルがいたんだよ」
 サルと視線を合わせないように、って言われていたから、窓のカーテン、閉めちゃった。だけど気になって、カーテンの隙間からサルを見てたよ。大きかったから、ボスザルかな、って。
 それを思い出す前は、今日の帰りに隣を走ってたバスに乗ってた女の子。十歳くらいの。
 ぼくが乗ってたバスの隣に止まったら、大勢の子供がこっちを覗き込んでて…。きっとこの顔がお目当てだよね、って気が付いたから、手を振ったんだけど…。
 その女の子だけが、カーテンを慌てて閉めちゃって…。なのに、陰から覗いてたんだよ。ぼくが隙間からサルを見ていた時みたいに。
「カーテンなあ…。たまにいるよな、シャッと閉めるヤツ」
 好奇心一杯で見てたくせして、こっちが気付いたと分かった途端に。
「ハーレイも見るの、そういう子供を?」
 慌ててカーテンを閉めちゃう子たちを、見たことがあるの?
「当たり前だろ、この姿だぞ。どう見てもキャプテン・ハーレイなんだから」
 お前はチビだし、ソルジャー・ブルーにそっくりと言ってもまだマシだ。チビな分だけ。
 ところが俺だと、そっくりそのままの姿だろうが。顔も、ついでに身体つきも。
 お前以上に、もう格好の見世物だ。大勢で観光バスに乗ってる、ガキの団体に見付かったらな。
 ヤツら、遠慮なくまじまじ見詰めて、賑やかに見物してるわけだが…。
 俺が気付いて手を振ってやったり、笑い掛けたら、今日のお前と同じ末路だ。



 ビックリしたようにカーテンを閉めるヤツらが多い、とハーレイが浮かべた苦笑い。あちこちの窓のカーテンがシャッと閉まって、隙間からガキどもが覗いてるんだ、と。
「俺としては、サービスしてやったつもりなんだが…。そのガキどもに」
 手も振ってやったし、おまけに笑顔だ。サービスなんだが、カーテンが閉まる。
 そんなに怖そうに見えるのか、俺は?
 笑顔をサービスしてやってるのに、カーテンの陰に隠れるくらい。…お前が言ってたボスザルと同じ扱いなんだが、視線を合わせちゃ駄目だってヤツ。
「うん、多分…。小さな子供から見れば、そうなんじゃないかな」
 ぼくだって、キャプテン・ハーレイの写真を初めて見た時は、怖そうだって思っていたし。
 …実際、ハーレイ、怖いんだし。
「怖い? …俺がか、お前も俺が怖いのか?」
「そう。カーテンの隙間から見てるとね」
 今日の女の子や、サルを見ていた時のぼくみたいに、カーテンの隙間からハーレイを見たら。
「なんだ、それは?」
 何処からカーテンが出るって言うんだ、その窓のトコのカーテンか?
 アレの隙間から俺を見てたら、怖い顔に見えるというわけなのか?
「違うよ、前のぼくの時だよ」
 まだハーレイとは仲のいい友達だった頃…。もう青の間は出来てたけれど。
 病気になって、ノルディがベッドの周りのカーテンをすっかり閉めちゃって…。
「アレか…!」
 お前、隙間から見てたんだ。安静にしろと言われたくせにな。
 ベッドから下りて、あのカーテンの隙間から…。簡単に透視出来ただろうに。



 思い出したぞ、とハーレイの眉間に寄せられた皺。そういう事件があったっけな、と。
(ほらね、やっぱり今でも怖い顔になっちゃうし…)
 前のぼくが怖い顔をされちゃったのも当然だよね、と竦めた首。キャプテンに叱られてしまったソルジャー・ブルー。あの時、隙間から覗いたばかりに。
(でも、ハーレイが気になったから…)
 閉ざされたカーテンの向こう側に行ってしまったハーレイ。横たわったベッドからはハーレイの姿が見えなかったから、起き上がって裸足で床へと下りた。透視する代わりに。
 裸足だから足音は聞こえない。丁度いい、とカーテンの側まで近付いて行って、隙間からそっと覗いてみたら。
(ハーレイ、帰っていくトコで…)
 青の間の入口に続くスロープを下りてゆくところ。こちらを振り返りもせずに。ただ真っ直ぐに去ってゆく背中を、ハーレイのマントを、泣きそうな気持ちで見送っていた。
 このまま行ってしまうのだ、と。今日はスープは駄目なんだ、と。
 もしも時間があるのだったら、逆の方へと向かう筈だから。青の間の奥のキッチンへ。
(ハーレイのスープ…)
 体調を崩して寝込んだ時に、よく作ってくれる野菜のスープ。何種類もの野菜を細かく刻んで、基本の調味料だけでコトコト煮込んだ優しい味。
 何も食べたくなかった時でも、あのスープだけは喉を通った。それを作って欲しいと思うのに、今日はどうやら駄目らしい。ハーレイはスロープを下ってゆくから。奥の方へは向かわずに。



 途中で引き返してくれないだろうか、と見詰めていたけれど、消えてしまったハーレイの背中。
 スロープを下りて、青の間の外へ。見えなくなってしまったマント。後姿も。
(キャプテンだって、忙しいから…)
 そのことは誰よりも分かっている。ブリッジで舵を握る他にも、キャプテンを待っている沢山の仕事。船の最高責任者だから。仕事の中身は、ソルジャーよりも多岐にわたるのだから。
 けれど、寂しくて、独りぼっちで。
 野菜スープは作って貰えない上に、ガランと広い青の間に一人。安静に、とノルディがピタリと閉めたカーテン、部屋付きの係も中に入って来はしない。そのために閉めてあるのだから。
(食事の時まで、誰も来ないよ…)
 その食事だって、こう寂しくては食べたくもない。係に声を掛けられたとしても、中へ運べとは言わないだろう。「其処でいいよ」と、カーテンの向こうのテーブルに置かせておくのだろう。
(どうせ、食べたい気分じゃないし…)
 ハーレイのスープとも違うのだから、放っておいてもかまわない。冷めてしまっても、柔らかい料理がすっかり固くなってしまっても。
(あのテーブルの上に置いて貰えば…)
 それでいいのだ、と眺めたテーブル。具合のいい日はハーレイと朝食を食べるテーブル。其処にハーレイの姿は無いから、テーブルと椅子だけ。誰もいない部屋。
 カーテンの隙間から順に視線を移していったら、色々なものが見えてくる。少し前にハーレイが消えた扉や、緩やかな弧を描いて下るスロープ。ぼんやりと青く浮かび上がる部屋も、カーテンの周りに据えられた灯りも。
 そういった物を眺め回しながら、思ったのだった。「意外に外がよく見える」と、細い隙間から目を凝らして。透視しなくても、外の様子がこんなに見える、と。



 それが今の自分が思い出した記憶。カーテンの陰からでも外は意外に見えるものだ、と。サルを見た時のことではなかった。カーテンの向こうに探していたのは、ハーレイだった。
(入って来たら、直ぐに分かるから…)
 カーテンの隙間から、よく見える入口。其処が開いたら、きっとハーレイがやって来る。仕事が一段落したら。午後になるかもしれないけれども、夜まで待たなくても、きっと。
(…具合が悪いの、知ってるんだし…)
 野菜スープを作る時間は取れないとしても、様子は見に来てくれるだろう。その時に、此処から覗けたらいい。「ハーレイが来た」と喜べたらいい。
 この隙間からは、スロープも入口も見えるのだから。カーテンをピタリと閉められていても。
(何度も覗きに来よう、って…)
 前の自分はそう考えた。カーテンの隙間から外を見ようと。何度も覗いてハーレイを待とうと。
 けれども、今は独りぼっち。いつ来るのかも分からないハーレイ。
 ベッドに戻れば、もうカーテンの隙間は見えない。こうして外を覗けはしない。ベッドに戻って眠らなければと思うけれども、「もう少し」とも思う、見ていたい外。
 カーテンの陰からはよく見えるから。意外なくらいに、外の様子がよく分かるから。



 もう少しだけ、と外を眺める間に、襲って来た眠気。元から具合が悪かったのだし、一つ小さな欠伸が出たら、重くてたまらなく感じた瞼。カーテンの向こうが遠くなってゆき、いつの間にやら捕まった睡魔。ベッドに戻ることも忘れて、其処でウトウト眠ってしまって…。
「ブルー?」
 降って来た声で、浮上した意識。ぼんやりと目を開けたら、ハーレイの顔。
「…ハーレイ…?」
 来てくれたんだ、と言おうとしたけれど、ハーレイの声に遮られた。それも慌てている様子。
「どうしてこんな所にいらっしゃるのです、ブルー?」
 御気分でもお悪いのですか、と逞しい腕で抱き上げられた。眠り込んでいた床の上から。大股でベッドまで運ばれて行って、横たえられて、上掛けを被せられて。
 それが終わったら、問いが降って来た。「何故、あんな所に倒れておられたのです」と。
「…倒れていないよ、眠かっただけ…」
 あそこにいたら、急に眠くなってしまったから…。そのままウトウトしてしまって…。
「ベッドで眠っておられたのでは?」
 私が出てゆく時はベッドにおられましたが…。あの場所に何か御用でも?
 そういう時には、係の者をお呼び下さい。ご自分で行こうとなさらないで。
「…別に、用事があったわけじゃなくて…。カーテンの向こうが気になったんだよ」
 君は帰るのか、それとも野菜スープを作ってからブリッジに出掛けるのか。
 どっちなんだろう、と思ったけれども、透視するより、直接見たいと思ってしまって…。
 それで起き上がって、カーテンの間から覗いてみたんだ。どちらなのかと。そうしたら…。



 君は帰ってゆく所だったから、とベッドの上からハーレイを見上げた。まだ眠いような気がする瞼を押し上げながら、何度か瞬きをして。
「スロープを下りてゆく後姿が見えたから…。出て行くんだと分かったから…」
 君が出てゆくのを見送った後は、寂しくて…。今日は野菜のスープも無しだ、と寂しくなって。
 独りぼっちだ、と思って部屋をボーッと見てた。…テーブルや椅子や、灯りなんかを。
 よく見えるんだよ、あんなカーテンの隙間からでも。
 本当なんだよ、サイオンで透視しなくても充分、あの隙間からこの部屋が見える。スロープも、入口も、あそこから全部。
「…それで、そのまま見ておられたと?」
 ベッドにお戻りにならないで。…あんな所に座り込んで?
「発見したからね、よく見えるんだと。…意外な発見は嬉しいだろう?」
 君が入って来る時も此処から見える、と思ったんだよ。だから何度も覗きに来ようと。
 それまではベッドに戻らなくちゃ、と頭では分かっていたんだけどね…。
 ベッドに戻れば、もう隙間からは見えないだろう?
 だから、もう少し、と覗いている間に、眠くなってしまって…。それであそこで…。
「あなたでしたら、カーテンの隙間から覗かなくても、此処から御覧になれる筈ですが?」
 このカーテンを透視なさるくらいは、あなたには何でもない筈です。御病気の時でも。
 それをわざわざベッドから起き出して、サイオンは抜きでカーテンの隙間からなどと…。
 次からはサイオンで御覧下さい、ベッドから!
 ノルディが安静にと閉めて行った意味が、あなたはお分かりにならないのですか?
 どうかベッドでお休み下さい、あんな所から覗こうとしたりなさらずに…!



 カーテンの隙間は二度と禁止です、と怖い顔で睨まれたのだった。ベッドから勝手に抜け出した上に、床で眠ってしまうなど、と。
「病気だという自覚がおありですか? なんという無茶をなさるのです…!」
 まったく信じられません、とハーレイに酷く叱られた。床で眠るなど、元気な時でも風邪を引く元になるだろうに、と。
 首を竦めて聞いているしかなかった自分。ハーレイの言うことは正しかったから。
 そのハーレイに、野菜スープは作って貰えたけれど。叱られた後で昼の分を貰って、夕食の時も作りに来てくれたけれど…。
「あの日はずっと叱られたんだよ、夜になっても」
 もっと具合が悪くなったらどうするんです、って睨み付けられて、何度も何度も叱られて…。
 カーテンは本当に禁止ですから、って指を差しては怒るんだよ。
 どんなに眺めが良かったとしても、次からはサイオンで透視して下さい、って。
「当前だろうが、お前の身体が大切なんだ。床なんかで寝られてしまっちゃたまらん」
 忘れちまったか、あの日は夜中も監視していたが?
 ブリッジで仕事をしていた間は行けなかったが、仕事が終わって暇になった後は。
「夜中って…。それに、監視って…?」
 ハーレイ、ぼくを見張ってたわけ?
 いったいそれって、なんのために…?
「決まってるだろう、お前が隙間から外を覗きに行かないようにだ」
 意外な発見をしたなんて言うもんだから…。お前、気に入ったようだったからな、あの隙間から外を覗くのが。…サイオン抜きでも良く見えるんだ、と。
 放っておいたら、またやりそうだから、ベッドの脇にだ…。椅子を置いて眠ることにした。
 前のお前に妙な癖がついたら、どうにもならん。透視するより、此処から覗く、と。
「そういえば…」
 ああいうのは癖になるから、ってハーレイ、怒ったんだっけ…。一度やったら、二度、三度って続けてやりたくなるものなんだ、って。…そしてすっかり癖になる、って…。



 前のハーレイがベッドの脇に運んで来た椅子。キャプテンの仕事が終わった後で。
 いつも朝食の時に使っている椅子を、ベッドの側にドンと据えられた。「此処で眠ります」と。
 けして座り心地の悪いものではなかったけれども、ベッドと椅子とは違うもの。
 それでは身体が休まらないだろうと、前の自分は懸命に止めた。「それは駄目だ」と。
「椅子で眠るなんて…。無茶だよ、身体が疲れてしまうよ」
 君は一日、仕事をして来た後なのに…。明日も朝から仕事なのに。
 操舵の間は立ちっ放しだし、ベッドで眠った方がいい。身体の疲れが取れないから。
 ぼくなら、心配しなくても…。
 起きて隙間から覗きはしないし、ちゃんとベッドで寝ているから…!
「いいえ、この椅子で大丈夫です。私は頑丈に出来ていますから」
 弱くてらっしゃる、あなたが床で寝ておられたのです。しかも御病気でいらっしゃるのに。
 それに比べたら、健康な私が椅子で眠るくらいは大したことではありません。
 ベッドで寝るのと大して変わりはしませんからね。…制服のままでも、椅子で眠っても。
 私の身体の心配などより、ご自分のお身体を大事になさって下さい、と譲らなかったハーレイ。
 あなたのお身体が大切ですから、と本当に椅子に座って眠った。
 前の自分が、ベッドから起きて行かないように。カーテンの隙間から覗く新鮮さを、ワクワクと味わいに行かないように。
 夜中に何度か目が覚めたけれど、その度にハーレイも目を覚ましていた。
 「どうなさいました?」と、「私なら此処におりますから」と。
 カーテンの隙間から覗いて捜そうとなさらなくても、こうしてお側におりますからね、と。



 心の底から申し訳ないと思った、前のハーレイを椅子で寝させたこと。自分には暖かなベッドがあるのに、ハーレイは毛布も無しで椅子だけ。腰掛けたままの姿勢で朝まで眠ったハーレイ。
 何度目覚めても、ハーレイは椅子に座っていたから。気遣う言葉を掛けてくれたから…。
(ホントに、ハーレイに申し訳なくて…)
 二度と隙間から覗こうとはしなくなったのだった。青の間のベッドの周りにあったカーテン。
 それがピタリと閉められた時は、大人しくベッドに横になっていた。外の様子が気になった時も透視で眺めた。隙間から見えると分かってはいても、起きてゆかずに。
「…カーテンの隙間、よく見えたんだけどね…」
 意外に外がよく見えるんだ、って思ったけれども、ハーレイに叱られちゃったから…。
 あれっきりになって、忘れちゃってた。カーテンのことも、ぼくが隙間から見ていたことも。
 今のぼくがサルを見てた時かな、って思うくらいに忘れていたよ。
「俺もだが…。いや、あの時は驚いたぞ」
 ブリッジの仕事が一段落したから、野菜スープを作りに行くか、と入って行ったら…。
 お前は多分寝てるだろうし、とカーテンを細めに開けて覗いたら、お前が床で寝てるんだから。
 てっきり倒れたのかと思っちまって、慌てたもんだ。まさか床で寝るとは思わないからな。
「ごめんね、椅子で寝させてしまって…」
 ぼくに妙な癖がつかないように、って一晩中、監視させちゃったなんて…。
 いくらハーレイが頑丈に出来てても、椅子じゃ寝た気がしなかったよね。座ったままだし。
「なあに、お前が病気を悪化させるよりかはマシだからな」
 病気の度にベッドから出ては、カーテンの隙間から外を眺めて床で寝ちまう。
 そんなとんでもない癖がつくよりは、あそこでガツンとお仕置きだってな。
 お前を叱っておくのはもちろん、俺にも迷惑をかけちまったと思わせるのが一番だ。前のお前は周りのヤツらに気を遣ってたし、そいつが一番効くんだ、うん。



 今度のお前も、カーテンの隙間から覗くんじゃないぞ、と言われたけれど。
 具合が悪い時にはベッドから出ないで、大人しく寝ていろと注意されたけれど。
(…今は覗いても仕方ないけど…)
 いつかハーレイと二人で暮らすようになったら、覗きたくなる日が来るかもしれない。
 ハーレイが仕事で出掛けてゆく日に、病気になってしまったら。
 家で寝ているしかなくなったならば、ハーレイが「行ってくるぞ」と出掛けた後で。
 ちょっと見ようと、少しだけだよ、と窓のカーテンの隙間から。
 でも、ハーレイをまた椅子で寝させたら、悪いから。叱られるのも、悲しいから。
 ハーレイを困らせてしまわないよう、怒らせないよう、急いでベッドに戻らなくては。
 窓から外を見ている間に、ハーレイの車が行ってしまったら。
 ガレージから通りに出て行った後に、見えなくなってしまったら。
(…そこまでで終わりにしなくちゃね?)
 カーテンの隙間から見える景色が素敵でも。外の日射しが優しくても。
 意外に外がよく見える、と覗いていないで、カーテンを閉めて、早く治しにベッドへと。
 その方がきっと、ハーレイは喜んでくれるから。
 一日も早く病気を治して、ハーレイと二人で、あちこち出掛けてゆきたいから…。




              カーテンの隙間・了


※前のブルーが気付いた、カーテンの隙間から眺める外の光景。意外によく見えるものだ、と。
 透視する代わりに眺め続けて、床で眠ってハーレイに叱られた上に、迷惑をかけた思い出。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv














(あっ、可愛い!)
 服の中から猫が覗いてるよ、とブルーが見詰めた新聞の写真。学校から帰って、ダイニングで。おやつの用意を待っている間に広げた新聞。自慢のペットの紹介コーナー。
 飼い主が着ている服の胸元、可愛らしい猫が顔を覗かせている。クルンとした目で。
(ぼくも、服の中に猫…)
 入れてみたいな、と羨ましくなるのは、写真の猫が真っ白だから。顔だけしか覗かせていない猫だし、身体はブチかもしれないけれど…。
(真っ白なら、ミーシャ…)
 ハーレイが子供時代に一緒に暮らしていたミーシャ。隣町の家でハーレイの母が飼っていた猫。前に写真を見せて貰ったから、それ以来、真っ白な猫を見る度に「ミーシャだ」と思う。
(ハーレイだって、こんな風に入れてたかもね?)
 真っ白なミーシャを服の中に入れて、ちょっと散歩に出掛けてゆくとか。だから自分も真似してみたい。ただでも猫は可愛らしいから、写真で見ればなおのこと。
 ほんのちょっぴり入れてみたいな、と眺めていたら。
「ブルー、熱いから気を付けるのよ?」
 母が置いて行ってくれたホットミルク。おやつのケーキのお皿の隣に。マヌカの蜂蜜が入った、シロエ風のシナモンミルクだけれど。
 猫の写真に夢中だったから、なんとも思わずに手を伸ばして…。
(熱っ…!)
 見事に火傷してしまった舌。冷ましてもいないホットミルクは熱すぎた。慌てて舌を口の外へと出してみたって、それで冷やせるわけがない。
(火傷しちゃった…)
 酷い目に遭った、と後悔しても既に手遅れ。舌はヒリヒリ、腫れているかと思うほど。
 通り掛かった母も「だから言ったでしょ」と呆れ顔だけれど、もう遅い。ホットミルクの残りは冷まして飲んだ。すっかり冷たくなるくらいまで。



 やっちゃった、と肩を落とすしかない火傷。ウッカリしていたのが悪いよね、とは思っても…。
(今日はしみるかも…)
 熱い料理や、香辛料とかが。それに痛い、と帰った部屋。まだ痛いような気がする舌。鏡で舌を眺めたけれども、よく分からない火傷した場所。でも残っている舌の違和感。
 ピリピリするよ、と自分の失敗を嘆いていたら、聞こえたチャイム。仕事帰りのハーレイが来てくれた所まではいいけれど。
 母が運んで来た、お茶とお菓子と。紅茶のカップやポットをテーブルに並べてゆきながら…。
「はい、どうぞ。ブルーはちゃんと冷まして飲むのよ」
「ママ…!」
「火傷したでしょ、気を付けて」
 同じ目に遭うのは嫌でしょう、と母は微笑んで出て行った。「ごゆっくりどうぞ」と。
(ママったら…!)
 ハーレイに聞かれた赤っ恥。何処から聞いても、熱い飲み物で舌を火傷した話。あんまりだ、と頬が真っ赤に染まったけれども、湯気を立てている紅茶のカップが怖い。立ち昇る湯気が。
 しっかり冷まして飲まないと、と用心してしまう熱い紅茶。ただでも舌を火傷した後だし、また火傷したら大変だ、と。



 フウフウと紅茶に息を吹きかけていたら、鳶色の瞳に覗き込まれた。
「こりゃまた、ずいぶん冷ますんだな…。火傷、そんなに酷いのか?」
 いったい何でやったか知らんが、痛くて紅茶も飲めないほどか?
「ううん、そこまで酷くないけど…。でも、火傷したら嫌だしね」
 さっきの火傷の上から火傷。きっと痛いよ、今度こそ紅茶も飲めなくなってしまいそうだし。
「そりゃそうだ。用心するのに越したことはない」
 火傷しちまったら、紅茶どころか、せっかくのケーキも台無しだからな。舌が痛くて。
 だが、お前…。弱くなったな、いいことだ。
「え?」
 弱くなったって…。何の話?
「火傷だ、火傷。今の話だと、それしか無いだろ?」
「舌の火傷…?」
 キョトンと見開いてしまった瞳。多分、ハーレイが話しているのは、前の自分のこと。遠い昔に生きたソルジャー・ブルー。けれど、舌に火傷をしていたろうか…?
「舌に火傷もしてたんだろうが、前のお前は我慢強かったから…。弱くなったな、と」
 たかが舌の火傷くらいで大騒ぎだなんて、弱くなったと思うじゃないか。
 前のお前なら、火傷の内にも入らなかったんだろうしな。舌なんかは。
「…火傷、したっけ…?」
 今でもハーレイが覚えているような火傷、前のぼく、してた…?
「忘れちまったか…。そりゃあ酷いのをやっちまったが…」
 火傷と聞いたら思い出したが、お前、覚えちゃいないのか?



 両手に火傷、と言われたけれども、思い出せない。そんな火傷をしただろうか?
 第一、両手には常に手袋。火傷などをするわけがない。あの手袋は特別な素材だったし、特殊な素材になる前の時代も、ある程度の熱なら防げた筈。
「えっと…。前のぼくの手、火傷しなかったと思うけど…」
 いつも手袋をはめていたもの。夜まで外しはしなかったんだし、両手に火傷はしない筈だよ。
「手袋って…。本当にすっかり忘れたんだな、痕も残らなかったから…」
 綺麗に治っちまったお蔭で、火傷したことまで忘れたってか。
「それ、いつの話?」
 もしかして、手袋、はめてなかった?
 手袋をはめるよりも前の話で、ぼくはホントに火傷したわけ?
「嘘をつくわけがないだろう。お前は手袋をしていなかったな、俺が厨房にいた頃なんだし」
 俺も今まで忘れていたが…。火傷しちまったという話を聞くまで。
 ついでに、用心しているお前を見るまで、俺だって忘れちまってた。
 火傷して以来、お前、用心していたからな。
 また同じことをやらないようにと、おっかなびっくりといった感じで。



 お蔭で俺は思い出したが、という話を聞いても戻らない記憶。
 前の自分は、どうして火傷をしたのだろう。事故に遭ったのなら、今でも覚えていそうなのに。
 分からないや、と首を傾げるしかなくて、一向に思い出せなくて。
「火傷って…。何処で?」
 ちっとも覚えていないんだけれど、前のぼくは何処で火傷をしたの?
「俺の目の前だ、厨房だな。いわゆる不幸な事故ってヤツだ」
 お前、ヒョイと両手で持ち上げちまったんだ。熱くなってたオーブンの天板を。
「熱い天板って…。そんなの、持たないと思うけど?」
 小さな子供だったら危ないけれども、今のぼくだって持たないよ。火傷するもの。
 前のぼくだって、オーブンの仕組みは分かっていたし…。触ろうとしない筈なんだけど?
「事故だと言ったぞ、それも不幸な」
 オーブンから出して上の料理をどけちまったら、分からんだろうが、見た目には。
 真っ赤に焼けた鉄じゃないんだし、その天板が熱いかどうかは。
 手を近付けたら、熱が伝わって来るから分かりはするが…。
 最初から用心しているからこそ、確認しようとするわけで…。それが無ければまず分からん。
 触っちまって火傷してから、「熱かったのか」と気付くのがオチだ。
 前のお前もそのクチだったんだ、よく聞けよ…?



 始まったハーレイの昔話。厨房で料理の試作をしていた時のこと。
 出来上がったオーブン料理を取り出し、天板ごとドンと置いたテーブル。熱い天板を置いても、焦げない頑丈なテーブルだから。
 それから料理の器を天板の脇へ。大きめの耐熱容器を使っていたから、汚れなかった天板。
「まずは料理を出すもんだろ? オーブンから出して来たんだから」
 天板の片付けはその後だ。俺が料理の器を出した所へ、お前が覗きにやって来て、だ…。
 手伝うつもりで、出しっ放しの天板をオーブンに片付けようと…。
 よく手伝ってくれていたしな、俺の片付け。
「思い出した…!」
 熱いなんて知らなかったから…。綺麗だったし、洗ってあるんだと思い込んじゃって…。
 早く片付けた方がいいよね、って。
 「ぼくがやるよ」と、いつもの調子で持った天板。オーブンの中に戻しておこうと。
 ハーレイが「おい!」と止めた時には、もう掴んでいた。両方の手で。
 思ってもみなかった熱い天板。一瞬の内に焼かれた肌。
 あまりの熱さに放り出したけれど、その前にしっかり掴んでいたから。熱いとも知らずに焼けた天板を掴んだのだから、たまらない。
 両手は真っ赤になってしまって、呆然とするしかなかった自分。火傷したんだ、と。
 「ブルー!」と大声を上げたハーレイ。まるでハーレイが火傷したかのように。
 「見せてみろ」と言うから、差し出した両手。「火傷しちゃった」と。すっかり真っ赤になっていた手を、無残に色を変えてしまった手を。
 ハーレイは見るなり声を失い、「来い!」と洗い場に引っ張ってゆかれて、冷たい水を蛇口から浴びせられた。両手が痺れてしまいそうなほどに、それは冷たいのをザーザーと。
 その間にハーレイが用意していた、氷や、濡らしたタオルやら。
 冷えて感覚が無くなった手を、氷入りの濡れタオルでグルグル巻かれて…。



 厨房での応急手当はそこまで。火傷の薬は置いてあるらしいけれど、酷い火傷には役立たない。ちょっと赤くなった程度の火傷用。
 だからハーレイは、前の自分をノルディの所へ連れて行った。「行くぞ」と大慌てで、火傷した両手を冷やしながら。
 ノルディが常駐していた部屋に駆け込むなり、「診てやってくれ!」と叫んだハーレイ。両手に酷い火傷をしたと、熱い天板を素手で持っちまった、と。
 氷入りのタオルをノルディがほどいて、始めた治療。消毒したり、薬を塗ったり。
 前の自分はそれを見ていただけだったけれど、ハーレイの方は心配そうに覗き込みながら。
「どうだ、治りそうか? ブルーの火傷」
 俺がウッカリしてたんだ。あんな熱いのを置きっ放しにしてただなんて…。
 ちゃんと治してやってくれ、と頼まれたノルディは治療の手を休めずに。
「こいつは暫くかかるだろうな。治るのは治るが、その後だ」
 痕が残らないといいんだが…。酷い火ぶくれになっているから。
 かなり深くまで火傷していたら、痕が残るということもある。火傷自体は治ってもな。
「…痕が残ったらどうなるんだ?」
 ブルーの手に火傷の痕なんて…。それは消えるのか、時間が経ったら?
「深い火傷なら、消えないだろうな。…今の船ではどうしようもない」
 痕を消すには、皮膚の移植が必要になる。だが、この船では移植手術は出来ない。
 もっと設備が整わないと無理だ、それから医療スタッフも。
 そこまで深い火傷でなくても、きちんと治療しないと痕が残るぞ。引き攣れたような。
 痕を消すには皮膚移植しか無くて、そっちは今は無理ってことだ。
 全力を尽くすが、今の段階で出来る治療には限りがある。後はブルーの運次第だな。



 治るといいが…、と包帯で巻かれてしまった両手。飲み薬まで処方された。痛み止めに、感染症予防の薬。それから痕が残りにくくするための飲み薬も。
 けれど、両手を火傷したから、手では持てない。サイオンで受け取ろうとしたら、横から褐色の手が掴んだ薬の袋。「俺が持つから」と。
 ハーレイは部屋まで薬を運んでくれて、部屋に入るなり謝った。
「すまん、ブルー…。酷い火傷をさせちまって」
 俺がサッサと片付けていたら、お前、火傷なんかしなかったのに。
 痛いだろう、と包帯に包まれた両手を痛々しそうに見るから、「大丈夫だよ」と返した答え。
「平気だってば、このくらい。…ちょっと痛いけど」
 だけど、そんなに痛いってことも…。手だけなんだから。それも手のひらだけ。
 火傷だって、それほど酷くはないし…。ぼくは平気だよ、心配しないで。
「酷くはないって…。酷いだろうが!」
 ノルディも心配していたじゃないか、痕が残らなければいいんだが、と。
 それだけ火傷が酷いってことだ、平気な筈がないだろう!
「…大丈夫。もっと酷い目に遭っていたから」
 火傷どころか、焦げそうなくらい。…燃えて死んじゃいそうなくらいに。



 アルタミラでね、とハーレイに話した前の自分。それは本当だったから。ハーレイは息を飲み、前の自分をまじまじと見た。
「焦げそうって…。そんな実験をされていたのか?」
 お前の腕にあった注射の痕なら知ってたが…。酷い目に遭ったとも聞いてはいたが…。
 火傷するような実験って…。燃えて死にそうな実験だなんて、あの研究者どもがやったのか?
「そう。高温の蒸気が噴き出して来たこともあったし、本物の火が出て来たことだって…」
 熱いって叫んでも止めてくれなくて、ぼくが倒れるまで実験してた。
 もう駄目だ、って倒れちゃうまで。死んじゃうんだな、って思いながら意識が無くなるまで。
 それでも死ななかったけど…。また檻の中で目が覚めるんだけど。
「お前…。そんな目に遭って、よく生きてたな」
 俺みたいに頑丈だったらともかく、細っこい身体のチビなのに…。
 とても生き残れそうにないのに、お前、それでも生きてたってか。凄いな、お前。
「ぼくもそう思うよ、死ななかったのが不思議」
 いつも治療をされていたけど、死んじゃっても不思議じゃないのにね?
 きっと色々と調べてたんだよ、実験中も。死なないように、ギリギリの所でやめられるように。
 タイプ・ブルーは一人しかいないし、死んでしまったら実験出来なくなるんだもの。
 何度も焦げたり火傷してたよ、焦げる時には焦げちゃうんだよ。…ちょっぴりだけど。



 でもね…、と髪を指差した自分。今と同じに銀色だった髪。
 どんなに熱くても、髪の毛は焦げないんだよね、と。
「ホントだよ? 実験室に鏡は無かったけれども、ちゃんと分かった」
 髪の毛は焦げていないってこと。本物の火で焼かれちゃっても。
「焦げないって…。何故だ、そんなに強いのか、髪は?」
 お前の髪の毛、こうして触っても柔らかいんだが…。
 それは見かけだけで、本当は火傷した手よりも丈夫に出来てるってか?
 髪の毛なんかは直ぐに焦げるぞ、現に俺だって焦がしちまったことが何回か…。実験じゃなくて料理中のことで、景気よく火を使った時なんかに。
「丈夫なのかどうかは分からないけど…。そういえば、顔も焦げてなかったよ」
 顔も火傷はしてないと思う。ぼくの意識があった間は。
 ハーレイ、ビックリしてるみたいだし…。顔とか髪の毛、焦げた方が良かった?
 その方が普通で良かったのかな、熱くても少しも焦げないよりは。
「いや、そんなお前は可哀相でとても見ていられない…。髪や顔まで焦げるだなんて」
 想像だってしたくはないし、焦げなかったと聞いたらホッとした。無事だったんだ、と。
 …しかし、火傷はしたんだな?
 顔と髪の毛が無事だっただけで、その他の手とか足とかは?
「何度もね。…何度も焦げたし、火傷も一杯」
 今日みたいに手のひらだけじゃなくって、身体中に。
 最初の間は火傷しなくても、力が抜けて来ちゃったら駄目…。



 あの頃の自分はシールドという言葉を知らなかったけれど、無事だったのはそれのお蔭だろう。無意識の内にシールドを張って、自分の身体を守ろうとした。
 髪の毛や顔が焦げなかった理由は、恐らくは頭部だったから。サイオンを秘めた脳が入っている部分。なんとしても脳を守らなければ、と懸命に死守していた頭部。意識しなくても。
 だから倒れてしまった後にも、顔も髪も焦げはしなかった。火傷は一度も負わなかった。
 そう話しても、前のハーレイは怖い顔をして腕組みで。
「やはりあいつら、許し難いな」
 お前みたいなチビに、火だの蒸気だのと…。倒れちまうまで実験だなんて、俺は許せん。
 火傷だらけだった上に、焦げただと?
 顔と髪の毛が焦げてなくても、他の部分が火傷だったら痛いなんてモンじゃないだろうが。
 今日の火傷だって酷いというのに、お前、平気だと言うんだから…。
 もっと酷い目に遭っていたから、それに比べたら酷くはないと。
 研究者どもめ、こんなに小さいお前に無茶をしやがって…!
「実験は酷かったかもしれないけれど…。ぼくも酷い目に遭っちゃったけど…」
 だけど治療は上手だったよ、どんな時でも。
 ぼくの身体に傷は無いでしょ、注射の痕も消えちゃったから…。
 火傷とかの痕は残っていないよ、上手に治療していたんだよ。それも実験かもしれないけれど。
「うーむ…。確かに傷痕は無いな、お前が言わなきゃ分からなかったほどに」
 火傷の痕なんか残っちゃいないし、聞かなかったら俺は知らないままかもしれん。
 顔と髪の毛以外は焦げちまったとか、火傷だらけになってただとか。



 そんな目に遭っていたなんて…、と痛ましそうな顔になったハーレイ。
 せっかく地獄から逃げ出したのだし、その火傷の痕、残らないといいな、と。
「ぼくはいいけど? 残っちゃっても」
 別に困らないよ、痕くらいなら。…何かをするのに困るわけじゃないし、見た目だけだもの。
 それに手のひらだから、他の人だって滅多に見ないものね。
「お前はいいかもしれないが…。俺は困るな」
 お前が火傷しちまったのは、俺のせいだし。…痕が残ったら、辛いだろうな。
「そうなの?」
「俺がきちんと気を付けていたら、火傷なんかは…」
 天板は直ぐに片付けるだとか、お前が厨房に入って来た時点で「危ないぞ」と声を掛けるとか。
 俺はどっちもしなかったんだし、明らかに俺のミスってヤツだ。
 今でも充分、申し訳ないのに、その上、痕まで残っちまったら…。
 見る度に辛い、とハーレイが唇を噛むものだから。
「じゃあ、頑張って治すことにするよ」
 ハーレイのためにも、痕なんか残らないように。
 ぼくが両手に火傷したこと、ハーレイも忘れてしまうくらいに。
「治すって…。お前、そんなことまで出来るのか?」
 サイオンを使って痕を消すとか、傷の治りを良くするだとか。
「ううん、そういう使い方をするのは無理そうだから…」
 ノルディの治療にきちんと通うよ、そうするのが大切みたいだから。痕を残さないように治療をするには、診て貰うのが良さそうだから。



 サボッたりしないで治療するよ、と宣言したのが前の自分。ハーレイのために、と。
 ハーレイは「俺のせいだ」と悔やんでいたけれど、火傷の原因は自分にだってあったのだから。
 厨房がどういう所なのかを、よく考えもしないで入って行った。
 オーブン料理を作っていたなら、天板が熱いのは当然なのに。天板の横に置かれた料理にチラと視線を向けていたなら、出来立てなのだと分かったろうに。
(…作り立ての料理が置いてあったら、天板だって…)
 まだオーブンから出されたばかりで、熱い筈。厨房で料理を作っていたなら誰でも分かる。前の自分も何度も覗きに行っていたのに、分かったつもりになっていただけ。厨房という場所を。
(ぼくが自分で作らないから、気が付かなくて…)
 ハーレイに迷惑をかけてしまった、と反省しきりだった両手の火傷。
 試作中の料理が出来上がったのに、放り出させてしまった自分。ハーレイは大慌てでノルディの所まで連れて行ってくれたし、診察の後は部屋まで送ってくれた上に話し込んだから…。
(…料理だって、すっかり冷めちゃったよね…)
 もしかしたら、同じのを作り直したかもしれない。出来立ての味が分からないから、最初から。
 作り直す間にも、ハーレイはきっと心を痛め続けただろう。「俺が用心していれば」と。
 オーブンで加熱するのが終わって、出す時にはもっと。
 「何故、天板を直ぐに仕舞わなかった」と、「ブルーが来たのに気付かなかった」と。
 ハーレイは少しも悪くないのに。
 厨房だったら当たり前の作業を、いつもと同じにやっていたというだけなのに。



 自分が入って行かなかったら、天板を掴まなかったなら。
 火傷したりはしなかったのだし、ハーレイが悔やむことも無かった。辛そうな顔で。
 「すまん」と謝ることだって無くて、普段と変わらない時間が流れ続けていた筈。皆に美味しい料理を出そうと、鼻歌交じりに試作しながら。
 自分の方でも、「今日の食事は、どんなのかな?」とハーレイの料理を楽しみにして。明らかに新作だと分かる料理が出て来たならば、ワクワクと心躍らせて食べて、喜んだだろう。ハーレイに顔で、言葉で「美味しいよ」と伝えて、それは御機嫌で。
 けれども、それを壊してしまった。よりにもよって自分の不注意で。
(…ぼくのせいだよ…)
 ハーレイは悪くないんだもの、と思うけれども、きっとハーレイは「違う」と言うから。
 「俺のせいだ」と譲らないのに決まっているから、ウッカリ者の自分に出来ることといったら、痕が残らないように治すことだけ。
 ただそれだけしか出来はしなくて、他には何も出来ない自分。ハーレイのために。
(ぼくがハーレイを悲しませたのに、たったそれだけ…)
 なんとも悔しい、自分の無力さ。火傷の治療しか出来そうにない。それも治して貰うだけ。
 ノルディは「運次第だ」と言いはしたけれど、やはり努力はしなければ。彼の指示通りに診察に通って、薬を塗ったり、飲んだりして。



(前のぼく、ホントに頑張ったっけ…)
 ハーレイを悲しませたくはないから、火傷を綺麗に治そうと。痕が少しも残らないようにと。
 毎日、ノルディの所に通った。包帯の下の手を診て貰っては、言われる通りに塗り薬を塗った。飲み薬も忘れないように。飲み薬は嫌いだったのだけれど、我慢をして。
(だけど、両手に包帯だったから…)
 両方の手のひらを火傷したから、何かと不自由で使えない両手。食器も持てない。
 サイオンを使えばちゃんと出来るのに、ハーレイが世話をしてくれた。「俺のせいだから」と。
 厨房で料理をしていない時は、時間を作って部屋に来てくれて。食事の時間には、食堂で。
 「ほら、食べろ」と食べさせて貰った食事。切り分けるのもハーレイだった。食べやすいよう、パンも千切ってくれた。薬を飲む時は水を用意して、薬を一つずつ口に入れてくれて。
 着替えも、シャワーも、全部ハーレイの手を借りた。
 「お前、両手が使えないんだから」と、朝の着替えから、眠る時まで。
 顔を洗うのも、歯磨きもハーレイ。「これでいいか?」と「痛くないよな」と確認しながら。
 シャワーの時には、火傷した手に気を付けながら。
(火傷、治療用シートの下だったから…)
 ノルディが何度も張り替えてくれた、傷の保護を兼ねた治療用のシート。それに覆われた火傷は見えない。下の火ぶくれが潰れないよう、治してゆくために貼られていたから。
 シャワーを浴びる時も、シートは取らない。包帯だけを外して、シートはそのまま。何か所かをテープで留めてあるから、それが外れないようにシャワーを浴びて、また包帯。



 ハーレイは「火傷、どうだ?」と訊きはしたけれど、透視したりはしなかった。シートの下を。
 覗き見るのが怖かったのか、マナー違反は良くないと考えていたものか。
(…見なくて正解だったんだけどね…)
 もしもハーレイが見ようとしたなら、止めただろう。でなければサイオンで弾いていたか。
 治るまでの過程で、見るも無残な様相だった時期があったから。火傷した部分から滲み出て来た滲出液。火ぶくれも癒えていなかっただけに、自分でも目を背けたほど。
 これはハーレイには見せられない、と何度も思った。きっと苦しませてしまうから。
 今から思えば、ハーレイは知っていたかもしれないけれど。ノルディの所へ訊きに出掛けて。
(でも、今頃になって訊くのもね…?)
 ハーレイの古傷を抉るようだから、尋ねないのがいいのだろう。今は、きっと。
 酷かった時期もあったのだけれど、治療に通った前の自分の努力は報われた。世話をしてくれたハーレイの努力も。
 ようやく包帯が取れて、治療用のシートも薄いものになって、ついには要らなくなって…。
「ほらね、綺麗に治ったでしょ?」
 何処を火傷したか、もう分からないよ。今はちょっぴり、まだ赤いけど…。
 ノルディが言ったよ、赤みが消えたら元通りだって。痕は残っていないから。
 見て、と広げてみせた手のひら。「もう大丈夫」と。
「良かった…。これなら、じきに治るな」
 厨房の塗り薬も要らない程度の赤さだ、放っておいても治るって火傷。
 本当に良かった、痕が残らなくて。…今の船じゃ、火傷の痕を治す治療は出来ないんだから。



 それから更に何日か経って、白い肌が戻って来た手のひら。その手を何度も撫でて確かめては、「元通りだな」と安堵していたハーレイ。「お前の手に痕が残らなくて良かった」と。
 今のハーレイも、「本当に心配したんだぞ」と鳶色の瞳でじっと見詰めて。
「あんな火傷でも、お前と来たら、俺の心配をしてたのに…」
 俺が後々、気に病まないように、きちんと治すと言ってたくらいに強かったのに。
 今のお前だと、舌の火傷で騒ぐらしいな。紅茶か何かで火傷したくせに。
 そういう火傷は、知らない間に治っちまうと相場が決まっているモンなのに。
 しかしだ、それはいいことだ、うん。
 舌の火傷で大騒ぎなのも。
「いいことって…。どうして?」
 我慢強い方が、ずっと良くない?
 両手に酷い火傷をしたって、泣いたりしないでいる方が…。ハーレイの心配を出来る方が。
「そうは思わんな、今のお前の方がいいに決まってる」
 痛い時は痛いと言えるだろ、お前。…前のお前みたいに我慢しないで、素直に「痛い」と。
 前のお前が痛くなかったわけがないんだ、今のお前と同じで人間だったんだから。
 火傷でも怪我でも、痛いものは痛い。…それなのに、前のお前は酷い目に遭いすぎて、何処かが普通じゃなかったんだな。痛さの基準が違いすぎた。
 そんなお前が、今だと舌の火傷で痛がる。
 いい世界じゃないか、痛い時は痛いと言えるんだから。
 そっちのお前が断然いい、とハーレイが浮かべた穏やかな笑み。「うんと痛がれ」と。
「舌の火傷だって、痛いモンだしな?」
 痛けりゃ痛いと
言っていいんだ。恥ずかしいなんて思わずに。
 前のお前が我慢強すぎた分まで、今のお前は痛がっていいと思うがな。…俺は。



 今度は大いに痛がるといい、とハーレイはパチンと片目を瞑った。前の分まで、と。
「そっか…。前のぼくの分まで、痛がっていいんだ…」
 舌が痛いの、我慢しなくていいんだね。今もちょっぴりヒリヒリするけど…。痛いんだけど。
 でも、残念。舌の火傷だと、ハーレイに世話して貰えないもの。
「はあ?」
 俺が世話するって、どういう意味だ?
 なんだってそういう話になるんだ、俺がお前の世話なんていう。
「前のハーレイ、してくれたでしょ?」
 ぼくが両手に火傷した時。サイオンで出来るって言っていたのに、治るまでずっと。
 あの時みたいに、食べさせて貰うとか、お風呂に入れて貰うとか…。
 ハーレイに世話をして欲しいけれど、舌の火傷じゃ無理だよね…?
「お前なあ…!」
 調子に乗るなよ、俺が優しくしてやったからって…!
 痛がってもいいと言いはしたがだ、お前のは舌の火傷だろうが!
 大袈裟に「痛い」と騒ぐ分には、いくらでも優しく見守ってやるが…。
 そんなヤツの世話までする義理は無いな、舌の火傷は放っておいても治るんだから。
 前のお前の時と違って、薬の出番も無いんだからな。



 俺は知らん、と突き放されたけれども、きっとハーレイは優しい筈で。
 舌の火傷でなかったとしたら、今度も世話をしてくれるだろうと思うから…。
「ねえ、ハーレイ。…またぼくが両手を火傷しちゃったら、世話してくれる?」
 前のぼくにやってくれたみたいに、食事の世話とか、着替えだとか。
「火傷しなくても、お前の世話ならいくらでも…な」
 もっとも、今はしてやれないが。
 お前が両手を火傷しちまったとしても、今は駄目だな。
 世話をしてくれる人が、ちゃんといるだろ。お母さんがいるし、お父さんだって。
「…やっぱり駄目?」
 パパとママがいるから、ハーレイの出番は無くなっちゃうの?
 ぼくの世話はママたちがしてくれるんだし、ハーレイは駄目…?
「当然だろうが、お前はお母さんたちの子供なんだぞ?」
 この家でお母さんたちと暮らすチビでだ、面倒を見てくれるのもお母さんたちだ。
 お前が此処に住んでる間は、病気になった時の野菜スープが限界ってトコか。
 あれなら野菜スープのシャングリラ風だし、俺にしか作れないからな。
 お前、あれしか食べない時もあるから、お母さんだって認めてくれるが…。
 その他の世話はちょっと無理だな、俺の仕事じゃないんだから。



 駄目だ、と軽く睨まれた。「チビの間は野菜スープだけだ」と。子供の間は、世話をしてくれる人たちいるだろうが、と。
「いいか、お母さんたちの役目を俺が取ったら駄目なんだ」
 お前を可愛がってくれるお母さんたちだぞ、膨れっ面なんかするんじゃない。本物のお母さんとお父さんなんだ、甘えられる間にしっかり甘えておけ。世話をお願い、と。
 その代わり、俺と結婚したら。…舌の火傷でも、ちゃんと面倒を見てやるから。
「ホント?」
 舌の火傷でも世話してくれるの、どうやって?
 紅茶とかをハーレイが冷ましてくれるの、ぼくの代わりに…?
「違うな、お前が楽しみにしているキスだ」
 お前にキスして、「痛いの、痛いの、飛んでけ」とな。
 何処が痛いか、お前に訊いて。
 痛い所を治してやるってことになるなあ、それで治るだろ?
 本当に治るかどうかはともかく、気分だけでも。
「うん、治りそう…!」
 きっと治るよ、ハーレイのキスで。
 舌を火傷してヒリヒリしてても、火傷して直ぐの痛い時でも…!



 約束だよ、とハーレイと小指を絡ませた。いつか治して、と。
 舌の火傷は痛いけれども、そういう手当てをして貰えるのなら、してみたい。
 いつかハーレイと暮らす家でも、熱いホットミルクや紅茶で火傷。
 そして思い切り甘えてみよう。
 「キスで治して」と言った後には、「まだ痛いよ」と。
 火傷したから、世話をしてよと。
 食べさせて貰って、お風呂も、着替えも、と。
 前の自分が両手に火傷をしていた時に、ハーレイに世話して貰ったように。
 色々と面倒を見て貰ったように、舌の火傷でも甘えてみよう。
 あの頃は恋人同士ではなかったけれども、今度は同じ家で暮らしている恋人同士。
 もっと沢山、世話をして貰えそうだから。
 ハーレイの時間を一人占めして、あれもこれもと強請れそうだから…。




             火傷・了


※舌に火傷をしたブルー。痛いのですけど、前のブルーだと、その程度なら平気だったのです。
 船で負った火傷を治すのに、懸命に治療に通った日々。前のハーレイとの思い出の一つ。
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