シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
(ほう…!)
珍しいな、とハーレイが目を留めたイチゴの山。
ブルーの家には寄れなかった仕事帰りの日。いつもの食料品店だけれど、今の時期に露地もののイチゴとは、と。普通は春がシーズンだから。
しかも果物のコーナーではなくて特設売り場。色々な店が出店してくる売り場で、特産品などがよく置かれている。このイチゴもきっと、何処かの名産。時期外れなのが売りなのだろう。
(石垣イチゴ…)
そう書いてあった、売り場に置かれた小さな看板に。
石垣イチゴとは何だろうかと思ったけれども、「石垣で育てるイチゴです」という謳い文句も。石垣と言われても意味が分からないものの、真っ赤に熟れて美味しそうではある。まるで宝石。
綺麗なものだ、と覗き込んでしまった、ブルーの瞳の色だから。瑞々しい赤は自然の恵みで命の輝き、小さくて愛らしい恋人の瞳のようだから。
熟したイチゴの赤に惹かれて佇んでいたら、店員に声を掛けられた。「如何ですか?」と。
食料品店の店員ではなくて、イチゴと一緒にやって来た店員、このイチゴが育った場所から出張して来たという。イチゴは毎朝届くけれども、自分は出店期間中は町に滞在していると。
「この時期のは珍しいんですよ」
通常は一月から五月がシーズンなんです、との説明。やはりイチゴは春のものだった、一月とは妙に早いけれども。温暖な地域で作っているなら、一月もシーズンになるのだろうか。
それでも季節は五月頃まで、イチゴの品種を変えて今の時期に収穫しているらしい。やっている農家は多くない、とも。
それで興味を持った所へ「風邪の予防にいいですよ」という店員の言葉、ビタミン豊富でミカンよりもいいという話だから。五粒も食べれば一日分になると聞かされたから。
(ブルーに…)
風邪を引きやすい、小さなブルー。前と同じに弱く生まれてしまったブルー。
隣町の実家で母が作っている金柑の甘煮を届けてやったり、風邪の予防に気を配ってやっているブルーだから。
イチゴもいいか、と考えた。明日は土曜日でブルーの家に出掛けてゆくから、土産にいい。新鮮だし、粒も大きいし…。何より露地もの、イチゴは春がシーズンなのに。
「一つ下さい」
赤いイチゴが盛られたパックを一つ買ったら、「どうぞ」とパンフレットもついて来た。それに店員の「メロンよりも甘いイチゴですよ」という言葉も。
他にも食料品を買い込み、家に帰って。
真っ赤なイチゴが傷まないよう、一番に冷蔵庫に大切に仕舞って、夕食の支度。買って来た魚を焼いている間に、味噌汁に野菜の煮物なども。炊き立ての御飯でゆっくりと食べて、寛いで。
片付けが済んだら熱いコーヒー、愛用のマグカップにたっぷりと淹れた。
(パンフレットも読んでおくかな)
せっかく貰ったのだから、と石垣イチゴのパンフレットとマグカップを手にして向かった書斎。机の前に座ってコーヒーを一口、パンフレットを開いてみたら。
(ふうむ…)
売り場に「石垣で育てるイチゴです」と書かれていたのが謎だったけれど、本当に石垣を使って栽培しているイチゴだった。石垣を使うから「石垣イチゴ」。そういうイチゴの育て方。
栽培風景の写真と説明、それから石垣イチゴの歴史。
(由緒あるイチゴだったのか…)
知らなかった、と呟いた。石垣イチゴの名前も、歴史も。
なんとも古い、石垣イチゴが歩んで来た道。前の自分など比較にならない古さの石垣イチゴ。
SD体制が始まるよりも遥かな昔の日本で生まれた栽培方法、一部の地域で行われていた。日本全体ではなくて、ほんの一部で。
あの店員も言っていた独特の甘さで人気を博したけれども、やがて廃れた。
地球が滅びてしまったから。イチゴを育てられる土が無くなり、水も汚染され、石垣でイチゴを育てられる場所は何処にも無くなってしまったから。
その上、小さな島国、日本。SD体制の時代に文化は継がれず、石垣イチゴも消えてしまった。今は復活しているけれども、立派に作られてパンフレットまであるけれど。
(石垣イチゴなあ…)
イチゴは畑のものなんだが、と熱いコーヒーを口にしながら考えていて。
石垣イチゴは初めて聞いたと、日本の文化は奥が深いと、かつて日本があったこの地域の歴史を思い浮かべていて。
石垣イチゴが生まれた頃には日本の風景はどうだったろうかと、自然も豊かだったろうかと遠い昔に思いを馳せていたのだけれど。
(一月からイチゴだったとはなあ…)
冬の最中に甘いイチゴが栽培出来たのが強みだったという石垣イチゴ。偶然だったとも、工夫を凝らした結果だったとも伝わるけれども、石垣に植えたイチゴは冬でも実をつけたという。温室を設けてやらずとも。
太陽の光で温まった石垣、その温かさがイチゴを育てた。輻射熱で甘いイチゴが実った、それが石垣イチゴの始まり。
だから今でも一月からがシーズン、普通のイチゴのシーズンと同じ五月まで採れる石垣イチゴ。今日、買ったイチゴはそれの変わり種で、秋に実るように育てた品種だったけれど。
ともあれ、石垣で育てるイチゴ。
畑ではなくて石垣でイチゴ、誰の発想だったのだろう。どう考えても、イチゴは畑に植えるのが普通だろうに。でなければ鉢やプランター。平たい所で育てるもの。
パンフレットには石垣の写真が載っているけれど、そこにイチゴがズラリと植わって、赤い実をつけているのだけれど。
実に変わった風景だと思う石垣イチゴが実った畑。いや、石垣を畑と呼ぶのかどうか。イチゴを栽培しているからには畑に含まれそうだけれども、畑のイメージとは全く違う。
(畑と言ったら、やっぱり平地…)
斜面に畑を作っている場所でも、段差を設けて平らな地面を確保するのが常識で。石垣なんぞは聞いたことも無いと、石垣イチゴが初めてなんだ、とコーヒーのカップを傾けていたけれど。
(ん…?)
何故だか何処かで見たような気がする、石垣にイチゴ。
赤いイチゴが実った石垣、それを目にしていたような記憶。パンフレットの写真そのままに赤いイチゴが石垣に実っている光景を。
(…親父たちと出掛けて行ったのか…?)
幼い頃に、と思ったけれども、石垣イチゴは今も一部の地域のみでの栽培。そういう地域に家族旅行で出掛けたという記憶は無い。
イチゴ狩りには何度か行ったけれども、石垣でイチゴを摘んだだろうか?
自分が忘れてしまっているだけで、両親と旅行に行ったのだろうか?
旅をした場所が何処かも分からないほどに幼かった頃、石垣イチゴに出会ったろうか…?
(石垣でイチゴ…)
確かに見たんだ、と遠い記憶を振り返っていたら、どうにもおかしい。
赤いイチゴと石垣の記憶は少しずつ鮮やかになって来たけれど、視点が違う。石垣を眺めている視点の高さが、石垣に向かった自分の目の高さが。
幼い子供の背丈では、こうはならないような…、という視点から見ている石垣、赤いイチゴと。
(…何故だ?)
少なくとも学校に上がってからは行っていない筈だ、と断言出来る。イチゴ狩りの季節に両親と旅に出掛けた地域は全部挙げられるし、石垣イチゴが採れる場所とは重ならないから。
記憶にある視点で眺められる背丈になった頃ともなれば論外、もう絶対に行ってはいない。
そうなってくると父に背負われて眺めていたのか、あるいは石垣イチゴの産地でなくても、同じ方法で栽培していたイチゴ農園があったのか。
(何処で見たんだ…?)
しかもどうやって、と妙な記憶を手繰っていたら。
子供らしくない視点の高さで眺めた筈の石垣イチゴを懸命に探り続けていたら…。
(シャングリラか…!)
とんでもない記憶が蘇って来た、あまりにも意外すぎる記憶が。
キャプテン・ハーレイだった頃の記憶が、前の自分が舵を握った白いシャングリラの思い出が。
あの船にあった、石垣イチゴが。白い鯨になったシャングリラに。
畑とは別に、ヒルマンの趣味で。
調べ物が好きで博識だった、好奇心もまた旺盛だったヒルマンの趣味の産物として。
元は人類のものだった船を改造して生まれた、巨大な白いシャングリラ。
完全な自給自足の暮らしが軌道に乗って皆に余裕が生まれて来た頃、ヒルマンが会議の席でこう言い出した。ゼルとブラウとエラ、それにブルーとキャプテンだった前の自分が集った席で。
「石垣イチゴを作ってみようと思うのだがね」
どうだろうか、という提案。石垣イチゴなど、誰も聞いたことが無かったから。
「なんだい、それは?」
イチゴの種類というヤツかい、と返したブラウ。そういう種類のイチゴがあるのかと、木イチゴなどといったベリーの一種なのかと。
「いいや、そうではなくてだね…。全く普通のイチゴなのだが…」
甘いそうだよ、普通よりも、とヒルマンが話した石垣イチゴ。
データベースで見付けたのだという、遠い昔の栽培方法。それも広い地球の上でたった一ヶ所、日本という国の一部分だけで行われていた方法で。
石垣イチゴは石垣に植える、畑ではなくて。石垣の石と石との間に植えてゆくのが石垣イチゴ。石垣の輻射熱で甘く美味しい実が出来るらしく、ヒルマンはそれを試してみたくて。
「石垣じゃと? …畑ならまだ分かるんじゃが…」
どうしてイチゴが石垣なんじゃ、とゼルが首を捻り、皆も同様だったけれども。
ヒルマンが「これが証拠でだね…」と出して来たデータ、石垣イチゴは本当にあった。遠い昔の地球の上に。小さな島国の一部の地域に。
「このように石垣に植えるわけだし、石垣は傾斜しているし…」
畑ほど広い場所は取らないのが石垣イチゴでだね…。農場の端でやってみたいと思うわけだよ、上手く出来れば儲けものだからね。
農場の端の方は、壁があるというだけだったから。
その壁の一部に沿って石垣を作るというから、止める理由は誰にも無かった。空いたスペースの有効活用、その一環で良かろうと。
石垣イチゴを作ると決まれば、面白がって手伝った者も少なくなかった。石垣を積む機会などは公園を除けば全く無かったわけだし、その石垣が畑になると言うのだから。
白いシャングリラの中に積まれた石垣、本物の石を採掘して来て、ヒルマンの指図で。イチゴが傷んでしまわないよう、石を滑らかに加工して、きちんと組み合わせて。
そうして出来上がった石垣の畑、石垣を畑と呼べるかどうかは意見が分かれたけれども、作物を植えるからには畑だろうと唱える者も多かった。
その石垣の隙間に植え付けられたイチゴの苗。畑のイチゴと同じ苗を植えた筈なのに…。
(美味かったんだ、あれが)
太陽の光を模した照明、それが作物を育てた農場。照明の当たり具合も畑と石垣でさほど違いがある筈もなくて、水やりや肥料も石垣の方に特に工夫を凝らしたわけでもなかったのに。
石垣で実ったイチゴはヒルマンが「甘いそうだよ」と言った通りに甘かった。畑のイチゴよりも遥かに甘くて、まるで魔法のイチゴのように。
味見してみて皆が驚いた、どう考えても石垣よりかは畑の方がイチゴに良さそうなのに、と。
石垣の隙間から生えたイチゴは、如何にも窮屈そうだったのに。畑でのびのびと育ちたいように見えていたのに、美味しく実った石垣イチゴ。畑のイチゴよりも甘い実をつけた石垣イチゴ。
(前のあいつに届けさせたら…)
とても美味しいイチゴだから、と大ぶりのものを器に盛って青の間のブルーに届けたけれど。
前の自分が「如何ですか?」と感想を聞きに出掛けて行ったら、イチゴは全く減っていなくて。
「美味しかったよ」と微笑んだブルー、「味見はしたから、ぼくはいいよ」と。
一粒貰えばもう充分だと、残りのイチゴは子供たちのおやつに持って行って、と。
石垣イチゴの栽培はそれからも長く続いたけれども、収穫の度に「ソルジャーに」と見事な実が幾つも届けられたけれど、その殆どはいつも「子供たちに」とブルーが譲った。
「甘いイチゴは子供たちが食べるべきだよ」と笑んでいたブルー。「子供たちは甘いものが好きだし、イチゴも甘いほど喜ぶだろう?」と。
いくら届けても、何度届けても、ブルーが食べたのはほんの少しだけ。いつも味見だけ。
「美味しいイチゴは子供たちに」と。「子供たちは船の宝物だから」と。
白いシャングリラの農場の端に積まれた石垣、其処で実った石垣イチゴ。
本当に甘くて美味しいイチゴで、畑のイチゴより素晴らしいと評判だったけれども、ヒルマンは常に笑っていたものだ。「私の腕前のせいではないよ」と、「これは石垣の魔法なのだよ」と。
そうして、こうも付け加えていた、「地球の太陽で作ればもっと甘くて美味しいだろうね」と。
太陽を模した照明ではなくて、本当に本物の地球の太陽。
母なる地球の命を育む太陽の光、それを浴びれば石垣イチゴはもっと美味しくなるだろうと。
(それだったのか…!)
俺が買って来たイチゴはヒルマンが夢見た地球のイチゴだったか、と今日の出会いに感謝した。
いいものを買った、と顔が綻ぶ。
買った時にはまるで気付いていなかったけれど、石垣イチゴという言葉も忘れていたけれど。
石垣イチゴとは何のことかと思ったけれども、遠い昔に出会っていた。白い鯨で、前のブルーと暮らした船で。
シャングリラで見ていた石垣イチゴが地球の上にあった、本物の石垣イチゴになって。遠い昔に石垣イチゴが作られていた日本が在った場所で、本物の地球の太陽を浴びて。
(あいつ、覚えているんだろうか…?)
ブルーは今でも覚えているのだろうか、シャングリラにあった甘いイチゴを。
農場の端の石垣で実った石垣イチゴを、あの特別なイチゴのことを…?
次の日、石垣イチゴのパックを紙袋に入れて提げ、ブルーの家に出掛けて行って。
生垣に囲まれた家の門扉の脇のチャイムを鳴らして、現れたブルーの母に石垣イチゴのパックを手渡した。「午前のお茶に添えて頂けますか」と。
そうは言ったものの、イチゴだから。どういった形で出て来るだろうかと、イチゴに合うお茶はあったろうかと考えていたら、ブルーの部屋に届けられたお茶はフルーツティーで。
石垣イチゴが盛られた器と、シフォンケーキと、ガラスのポットにフルーツティー。オレンジにリンゴ、ブドウやキウイ。カットされたフルーツに茶葉を加えて、熱い湯を注ぎ入れたもの。
(なるほどなあ…)
これならイチゴにピッタリだな、と眺めていたら、ブルーがイチゴの器を指して。
「イチゴって…。これ、お土産?」
シフォンケーキはママが焼いてたし、このイチゴ、ハーレイのお土産だよね?
「ああ、美味そうなイチゴだったからな」
昨日、いつもの店で見付けたんだ。風邪の予防にいいそうだぞ。「メロンよりも甘いですよ」と言っていたから、土産にするかと思ったんだが…。
「ふうん…? メロンよりも?」
なんだか凄そうなイチゴだけれど…。どうかな、ホントに甘いのかな…?
一粒口に運んだブルーは「甘い!」と瞳を輝かせた。赤く熟れたイチゴにも似た瞳を。
ハーレイも「どれ」と一つ頬張り、その美味しさに心で大きく頷く。「あのイチゴだ」と。白いシャングリラで食べていたイチゴ、ヒルマンの石垣イチゴがもっと甘くなった、と。
小さなブルーが「ホントに甘いよ!」と喜んでいるから、パンフレットを見せてやった。持って来ていた石垣イチゴのパンフレットを。
「石垣イチゴ…?」
えーっと…。そういう種類のイチゴじゃないんだ、石垣で育てるイチゴなんだ…?
「そうだ、お前は覚えていないか?」
こういうイチゴ。石垣から生えてるイチゴってヤツを?
「石垣って…。ぼく、イチゴ狩りには行ったけど…」
パパとママにも連れてって貰ったし、幼稚園からも行ったんだけど…。
イチゴは畑に生えてたよ?
石垣に生えてるイチゴなんかは見たこともないし、畑に座って摘んだだけだよ?
こんなイチゴに見覚えは無い、とブルーが言うから。
立ったままでイチゴを摘んだ覚えも全く無い、とパンフレットの写真を見詰めているから。
「…やっぱりお前も忘れちまったか…。俺も忘れていたんだがな」
石垣イチゴって書いてあっても、何のことかと思ったほどだ。馴染みのイチゴだったのにな。
「えっ?」
どういう意味なの、石垣イチゴって有名なイチゴ?
このパンフレットだと、此処に書いてある場所でしか作ってなさそうだけど…?
「今の地球だとそうなるんだが…。前の俺たちなら知っていたんだ」
知っていたどころか、食っていたぞ。あのシャングリラで石垣イチゴを。
「…シャングリラで?」
石垣イチゴなんかがあったっけ?
ずっと昔の日本でやっていた栽培方法です、って書いてあるんだけど、石垣イチゴ…。
信じられない、という顔のブルーだけれど。
無理もないとは思うけれども、自分は思い出したから。昨夜、記憶が蘇ったから。石垣イチゴは確かにあったと知っているから、「ヒルマンのだ」と話してやった。
農場の端で作っていたが、と。石垣を積み上げて石垣イチゴを、と。
「うんと甘くて美味かったんだが、思い出せないか?」
畑で作ったイチゴより甘いと評判だったが…。ヒルマンがやってた石垣イチゴ。
「ああ…! あったね、そういえば…!」
前のぼくに、って大きい実ばかり選んで届けてくれたよ、採れる度に。
とっても甘くて美味しかったけど、ぼくばかり食べちゃ悪いから…。子供たちが喜ぶに決まっているから、いつも持ってって貰ったんだっけ…。子供たちに分けてあげて、って。
「そうだ、そいつだ」
あれがヒルマンの石垣イチゴだ、仕組みはこいつと変わらんようだな。
シャングリラの方が一足お先に作っていたらしいぞ、石垣イチゴ。
「うん…。思い出したらビックリしちゃった」
消えちゃっていた作り方でも、イチゴの苗は同じだったから作れたんだね、石垣イチゴ。
石垣だけあったら出来るんだものね、イチゴの苗はあったんだから。
あの石垣イチゴの本物がこれになるんだね、と艶やかなイチゴを赤い瞳がまじまじと見る。
まさか本物に出会えるなんてと、今の地球の上に石垣イチゴがあるなんて、と。
「うむ。俺も本当に驚いたんだが…。最初の間は今の俺の記憶かと思ったもんだ」
ガキの頃に出掛けたイチゴ狩りの記憶だと思ってたんだが、目の高さが違ったんだよなあ…。
そりゃそうだろうな、前の俺とガキの頃の俺とじゃ、頭いくつ分、背が違うんだか…。
「ふふっ、そうだね。でも、そのせいで分かったんだね」
シャングリラに石垣イチゴがあったってことも、ヒルマンが作っていたことも。
ぼくはすっかり忘れちゃってて、「シャングリラだ」って言われても思い出せなかったのに…。
「普通はそうだろ、今の地球の文化がシャングリラにあったとは誰も思わん」
農場にあった石垣イチゴの記録の方もどうなったやら…。
資料として何処かに残っていたって、石垣イチゴだとはまず気付かれないぞ。石垣イチゴ作りをやってる農家の人が資料を見たなら、ピンと来るかもしれないがな。
「そうかもね…」
石垣イチゴは此処にしか無いってパンフレットにも書かれているし…。
ずうっと昔にシャングリラで作っていたなんてことは、よっぽどでないと気が付かないよね…。
前の自分たちが食べていたというのに、忘れ去っていた石垣イチゴ。白いシャングリラの農場の端でヒルマンが作っていた石垣イチゴ。それは甘くて美味しかったけれど、畑で作ったイチゴより遥かに甘かったけれど。
「…やはり本物には敵わんな。ヒルマンのよりもずっと甘いぞ、このイチゴは」
メロンよりも甘いと言っていたのはダテじゃないなあ、実に美味いってな。
「ホントだよね。ヒルマンのイチゴも美味しかったけど…」
甘いイチゴだと思っていたけど、このイチゴには勝てないね。うんと甘いもの、このイチゴ。
おんなじ石垣イチゴだけれども、やっぱり地球のイチゴだからかな…?
「ヒルマンも何度も言ってただろうが、地球で作ればもっと甘いと」
地球の上で石垣イチゴを育てて、本物の地球の太陽の光を浴びさせてやれば。
そいつで温まった石垣で作ってやったとしたなら、もっと甘くて美味いイチゴが出来るってな。
「ヒルマン、正しかったんだね」
石垣イチゴを作ろうだなんて思い付いただけあって、分かってたんだね。
シャングリラで作っても美味しいけれども、地球で作ったらもっと美味しい、って。
「地球の太陽と、地球の上で積み上げた石垣だからな」
シャングリラの中とは比較にならんさ、人工の照明と本物の太陽じゃ全く違う。石垣はそれほど変わらんとしても、太陽のエネルギーが凄いからなあ…。まるで変わってくるんだろうな。
同じ野菜でも地球のは美味いと、今の俺たちは知ってるんだし…。
石垣イチゴだって同じことだな、ヒルマンの予言は大当たりだ。とびきり美味い石垣イチゴで。
前のお前が食わなかった分まで食べるといい、と促してやった。
石垣イチゴはこれから先にもいくらでも食べることが出来るのだから、と。
「俺が持って来た分はこれで終わりだが、俺たちは地球に来たんだしな?」
嫌というほど食うことが出来るぞ、石垣イチゴ。
遠く離れた他所の地域で作ってるんなら、そう簡単には食えないが…。
同じ地域で採れるからには、気を付けていれば食べ放題だ。取り寄せて貰うことも出来るし。
「でも、シーズン…。石垣イチゴのシーズンじゃないよ、今の季節は」
此処にも一月から五月って書いてあるんだし…。
今だと食べ放題ってほどには無いんじゃないかな、石垣イチゴ。
「時期外れではあるな、買う時にもそう聞いたしな」
品種を変えて作っているから、この季節に採れると言ってたな。やってる農家は少ないらしい。普通は一月から五月なんだという話だから、今の季節に食べ放題とはいかないかもなあ…。
シーズンではないらしい石垣イチゴ。
けれども甘くて、美味しいから。それにシャングリラでも作っていた石垣イチゴだから。
この甘いイチゴを追い掛けたくなる、ブルーと二人で来た地球の上で。
「いつかはイチゴ狩りに行くのもいいかもしれんな」
今は無理だが、お前と二人で出掛けられるようになったらな。
「イチゴ狩り?」
石垣イチゴでもイチゴ狩りに行けるの、畑とは違うみたいだけれど…。
「書いてあるだろ、そのパンフレットに。イチゴ狩りの季節」
シーズン中ならやっています、と書いてあるからには、イチゴ狩りが出来る所があるわけだ。
ただし、お前が知っているようなイチゴ狩りとはまるで違うな、石垣イチゴは山だしな?
山の斜面を利用して石垣を作っているってことはだ、ヒルマンのヤツのようにはいかんぞ。
シャングリラの石垣イチゴは壁沿いに作ってあったからなあ、平らな床を歩いてゆけばイチゴが摘めたが、本物の石垣イチゴは山だ。坂を登らないとイチゴは摘めんな、山だからな。
ちょっと傾斜がキツそうだが…、とパンフレットの写真を指差した。
石垣イチゴの栽培風景を遠くから写した写真。山の斜面に幾つも石垣、段差が幾つも。
小さなブルーは「んーと…」と写真を眺めながら。
「休みながらだったら、登れるかな?」
歩いて登るしかなさそうな場所だし、休み休みで。ちょっと摘んだら、休憩して。
「なんなら俺が背負ってやろうか?」
お前が大きく育った後でも、それほど重くはないからな。歩けないなら背負ってやるが…?
「イチゴ狩りで?」
それじゃイチゴが摘めないじゃない!
ハーレイの背中に背負われていたら、ぼくの手、イチゴに届かないよ?
大きな背中に邪魔をされちゃって、イチゴが摘めそうにないんだけれど…!
「それもそうか…。だったら、石垣と石垣との間。其処を背負って登ってやろう」
石垣の一つ一つは平らに据えてありそうだから、そこでイチゴを摘んでだな…。
もう一つ上の石垣のを摘みに行こうと言うなら、俺が背負って運んでやる、と。一段登ったら、お前を下ろして、二人で摘んで。また登るんなら、お前を背負って。
そういうのはどうだ、登る時だけ俺の背中で。
「うん、それならいいかも…!」
ぼくもイチゴを自分で摘めるし、登る時は休んでいられるし…。
そういう風にしてくれるんなら、石垣イチゴでも疲れずに摘みに行けるよね…!
行ってみたいよ、と小さなブルーは乗り気だから。
シャングリラの頃よりも甘く美味しくなった石垣イチゴを摘みに行きたいようだから。
いつかブルーと出掛けてゆこうか、このパンフレットに書かれている場所までイチゴ狩りに。
山の斜面を登る自信が無さそうなブルーを背中に背負って、石垣イチゴが実る斜面を登って。
遠い昔にヒルマンが「きっと地球ならもっと甘くなる」と語っていた石垣イチゴを摘みに。青い地球の上に積まれた石垣と、本物の地球の太陽と。それが育てた石垣イチゴを。
「ねえ、ハーレイ。この石垣イチゴ、ヒルマンに…」
届けたいな、とブルーが甘い果実を見ているから。
前の自分たちが食べた頃より、甘くなった地球の石垣イチゴを届けたいのだと、赤い瞳を遥かな昔の白いシャングリラに向けているから。
「俺たちが食ったら届くだろうさ、ヒルマンにもな」
きっと美味いと喜んでくれるぞ、これが本物の地球の石垣イチゴなのか、と。
でもって自慢をしてくれるかもな、「地球で作れば、本当に甘くなっただろう?」と。私の説は正しかったと、地球で証明して貰えたと。
もしかしたら、ヒルマンも、もう食ったかもな、地球の石垣イチゴ。
俺たちよりも先に地球に生まれて、石垣イチゴを栽培してるかどうかを調べて。
遠い地域に住んでいたって、ヒルマンだったらきっとやって来るぞ。本物の石垣イチゴがあると分かれば、美味いかどうかを確認しにな。
「ヒルマンだったら、やりそうだよね」
シャングリラの頃の味と比べて、納得して帰って行くんだよ。美味しかった、って。
「ついでに他にも色々と食って帰るかもなあ、ヒルマンだしな?」
きっと石垣イチゴだけでは済まんぞ、この地域の文化ってヤツを下調べするに決まってるんだ。前の俺たちが生きた頃には無かった食い物、あれこれ試して帰るんだろうなあ…。
ヒルマンが地球に生まれたかどうかは分からないけれど。
本物の地球の石垣イチゴを食べたかどうかも謎だけれども、懐かしい白いシャングリラ。農場の端で石垣イチゴが育っていた船、遠く遥かな時の彼方に消えた船。
そのシャングリラに呼び掛けるように、ブルーと二人、窓の外の青い空を見上げた。
本物の石垣イチゴのある地球に来たと、本物の地球の石垣イチゴはとても甘いと。
いつかは二人でイチゴ狩りに行こう、山の斜面の石垣で育つ本物の石垣イチゴを食べに。
地球の太陽と石垣の熱と、それで育った甘いイチゴを。
もしもブルーが疲れそうなら、背中に背負って山を登ろう、イチゴを摘みにゆくために。
そうして二人、笑い合いながら、甘いイチゴを摘んで食べよう。
そんな幸せな休日もいい。ブルーと二人で、石垣イチゴを摘んでは、互いに微笑み合って…。
石垣イチゴ・了
※甘くて美味しい石垣イチゴ。今は、地球の日本だった場所で作られているのですけれど…。
前のブルーたちが生きた頃には、シャングリラの農場にあったのです。懐かしい味。
←拍手して下さる方は、こちらからv
←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv
(それでも地球は動いている…)
ふうん、とブルーは新聞を眺めた。
学校から帰って、おやつの時間。ダイニングのテーブルで、紅茶と母が焼いてくれたケーキと。ケーキを食べ終えて熱い紅茶のおかわりを注ぎ、新聞を開いてみたけれど。
其処に見付けた記事の一つで、ガリレオ・ガリレイの有名な言葉だと書かれていた。SD体制が始まるよりも遥かな昔の天文学者で物理学者で、哲学者。天文学の父と呼ばれた偉人。
そのガリレオが地動説を唱えて有罪になった時の言葉が、「それでも地球は動いている」。
(地動説の人は、確か…)
ガリレオの前にもいた筈だけれど、と記事を読み進めれば名前が出て来た。コペルニクス。彼が地動説を打ち出すまでは天動説だった、全ての天体は地球を中心にして動いていると。
今の時代も、前の自分が生きた時代も、天動説など笑い話でしかないけれど。
何処の星系でも、惑星は星系の中心にある太陽、恒星の周りを回るもの。太陽の方が動いたりはしない、惑星は太陽に従うもの。
誰でも知っている常識だけれど、遠い遥かな昔は違った。地球が宇宙の中心だった。
もっとも、地球は今の時代でも宇宙の中心のようなものだけど。人間を生み出した母なる星で、前の自分が生きた頃には「人類の聖地」とされたのだけれど。
だからこそSD体制までが生まれた、死の星と化した地球を再び蘇らせようと。人間の生き方を変革してまで、青い水の星を残そうとして。
SD体制は結局、地球を元には戻せなかった。体制の崩壊が引き金になった、青い水の星が再び宇宙に戻るための。
地球の地の底に据えられていたSD体制の根幹、巨大コンピューターだったグランド・マザー。
前のブルーが選んだ次のソルジャー、ジョミーがそれを破壊した時、地球も炎に包まれた。死の星は燃え上がり、地殻変動までも起こした、そうして地球は蘇った。
汚染された大地も海も飲み込み、浄化したから。
地形はすっかり変わったけれども、また水の星が帰って来た。母なる地球が。
そうして地球に人が戻って、宇宙の中心を地球に定めた、最低限の機関だけを地球の上に置き、他の機関は分散させて。地球を損なうことが無いよう、注意を払って。
見上げるような高層ビルなど建ってはいない、今の地球。
自然が溢れる星だけれども、宇宙の中心は何処かと訊かれれば誰でも答える、地球にあると。
そうは言っても、本物の宇宙は地球を中心に動きはしない。天動説には戻らない。
ソル太陽系の太陽を回る惑星の一つ、それが地球には違いない。
「それでも地球は動いている」と言われた通りに、今も太陽の周りを回り続ける第三惑星。
ブルーの目を引いた記事に載っていたのはガリレオ衛星、ガリレオの地動説の裏付けになったと伝わる星たち。ジュピターを回る四つの衛星、ガリレオの時代でも地球から観測出来た星たち。
それを子細に観察する内、ガリレオは気付いた、ジュピターの周りを回っていると。
ならば地球もと、この地球も太陽の周りを回っているであろうと、ガリレオが考えた衛星たち。
イオとエウロパ、ガニメデ、カリスト。
(全部ゼウスの愛人なんだ…)
遠い昔のギリシャ神話から付けられた名前、ジュピターの衛星に相応しく。ジュピターといえばゼウスのことだし、そのジュピターを回る星だから。
イオもエウロパも、カリストもゼウスの愛人の名前、前の自分と因縁があったガニメデも。
ただ、ガニメデだけが男の愛人、ゼウスが愛した美少年。
他の星たちは妖精だったり、王女だったりと色々だけれど、女性だから。女性の名前がついた星だから、ガニメデだけが異色の星で。
(…そのせいで壊されたわけじゃないよね?)
今は三つしか無いガリレオ衛星、ガニメデは姿を消してしまった。宇宙の営みの中で時の流れに消えたのではなくて、人の手によって。
SD体制の時代にメギドが壊した、消えてしまった異色のガリレオ衛星。
一つだけ、男性の名前だったのに。美少年の名が付けられたのに。
ジュピターが愛した少年はいなくなってしまった、女性ばかりが残ってしまった。
そういう意図でメギドが使われたわけではないけれど。ただの偶然なのだけれども。
(前のぼくたち…)
自分も、それにハーレイたちも。
ガニメデにあった育英都市で生まれた、アルタミラで。其処で育って、ミュウになった。
成人検査よりも前の記憶は失くして、養父母も家も覚えてはいない。
微かに残った記憶にある星、アルタミラの空に浮かんでいた星。月とは比較にならない大きさ、それは確かにジュピターだけれど。
星の表面を覆っていた雲、独特の模様はソル太陽系のジュピターそのものだけれど。
前の自分も、他の仲間たちも、誰も気付きはしなかった。頭上の星がジュピターだとは。
ソル太陽系の中にいたのだとは。
まるで知らずに其処を離れた、何処へとも進路を定めないままに。
メギドの炎に滅ぼされた星から脱出した船、それで宇宙へ旅立った。今は逃げようと、何処かへ逃げねばならないのだと。
それとも知らずに、地球とは逆の方へ向かって。
ソル太陽系の外へと向かった、何も知らずに母なる地球から遠ざかっていった、遥か彼方へと。
(あの日、進路を逆に取っていたら…)
アルタミラから脱出した後、逆の方向へと向かっていたら。
太陽が輝く方へと進路を向けていたなら、どうなったろうか。太陽そのものを目指さなくても、その方向へと船を進めていたならば。
まるで無かった選択肢ではない、前の自分たちは地球の座標を知らなかったし、ソル太陽系だと気付いてもいなかったのだから。
船のデータベースにも無かったデータで、何処へ行くのも自分たちの自由だったのだから。
第一、知識がまだ浅かった。
自分たちの居場所も正確に掴めていたかどうかが怪しいくらいに、宇宙の旅では素人だった。
だから進路も定めずに飛んだ、とにかくアルタミラから離れなければ、と。
逃げる方向は地球の方でも良かった、何も考えてはいない旅路で行き先も無かったのだから。
もしもあの時、太陽の方に向かっていたら。地球の方へと向かっていたなら…。
(前のぼくたち、地球に着けた…?)
船に積まれていた食料が尽きて、飢え死にするよりも前に地球へと。
青い水の星ではなかったけれども、それが地球だと気付かなかったかもしれないけれど。
それとも、地球に辿り着く前に。
(グランド・マザーに…)
わけも分からないままに殺されたろうか、あの船をまだシャングリラと名付けない内に。船での暮らしがそこまで豊かにならない間に、撃墜されていたのだろうか。
許可も得ないで地球へ向かう船だと、これは怪しいと見咎められて。
一方的に通信を入れられ、警告をされて、ミュウの船だと判断されて。
(多分、そう…)
撃墜されてしまっただろう、地球を守るための警備部隊はあっただろうから。
前の自分たちでは辿り着けなかった、きっと地球へは。青くない地球でも、死の星であっても。
それを思えば、地球からは逆の方へと旅立った進路で良かったのだと思うけれども。
すぐ側にあったジュピターの正体を見抜けなかったことも、幸いだったと思うけれども。
(今は常識…)
かつてアルタミラがあったガニメデ、消えてしまったガリレオ衛星。
それはジュピターの衛星だった、と。
ミュウの歴史はソル太陽系から始まったのだと、ジュピターから旅が始まったと。
新聞記事には、そこまでは書かれていないけれど。
ガリレオの功績を語る記事だし、ガニメデのその後は何も書かれていないけれども。
新聞を閉じて、紅茶の残りをコクリと飲んで。
キッチンの母に空いたお皿やカップを返して、部屋に戻って。
勉強机の前に座って、頬杖をついた。ダイニングで読んだ新聞の記事と、前の自分たちと。
ガニメデは地球と全く同じに、ソル太陽系にあったのに。すぐそこに地球があったのに。
(長すぎた旅…)
前の自分たちの、地球までの旅路。いつか行こうと焦がれた地球。
その地球が同じ星系の中にあると気付かず、逆の方へと旅立ってしまった自分たち。地球からはどんどん遠ざかって行った、それと知らずに。まるで違った宇宙の彼方へ、別の星系へと。
けれどもそれがミュウを救った、お蔭で地球へと辿り着けた。
船を改造して白い鯨を完成させて、雲海の星に長く潜んでジョミーを見付けて。
前の自分は地球まで行けずに終わったけれども、シャングリラは地球に辿り着くことが出来た。
そうしてSD体制は終わり、ミュウの時代がやって来た。
シャングリラが地球まで辿り着いたから、新しい世代のミュウたちを乗せて行ったから。
ジョミーにトォニィ、ナスカの子たち。
長い旅の末に加わった仲間、彼らがSD体制を終わらせ、未来を拓いてくれたから。
(もし、真っ直ぐに地球に向かっていたら…)
逆の方へと旅立つ代わりに、地球の方へと向かっていたら。
自分だけは地球を見たかもしれない、ただ一人だけ生き残って。
乗っていた船が撃墜されても、前の自分ならばシールドを張って宇宙に浮かんでいそうだから。無残に砕けた船の残骸、その中を漂っていそうだから。
暗い宇宙に独り浮かんで、地球を見詰めていたかもしれない。
青くなかったと泣きじゃくりながら、それに仲間は誰もいなくなってしまったと。
タイプ・ブルーの自分だけしか、生き残ることは出来ないから。
(ハーレイだって…)
自分の側からいなくなっていた、あの時、地球へ向かっていたら。
撃墜された船と一緒に消えてしまっていた、ハーレイの命も皆と同じに。
あるいは偶然助けられたろうか、その瞬間に一緒にいたら。船が発見され、攻撃された時に同じ場所に二人でいたならば。
(まだハーレイはキャプテンじゃないし…)
恋人でもなくて、ただの友達。アルタミラから脱出する時、共に仲間を助けて回ったけれども、それが初めての出会いだったから。
前のハーレイの言葉を借りるなら「一番古い友達」になるし、友達ではあった。
アルタミラを出てから地球に着くまで、どのくらいかかったかは分からないけれど。
(ワープしてないなら…)
ジュピターから地球まではかなりかかった、親しくなるだけの時間は充分にあった。ハーレイは少年の姿だった自分を気遣ってくれたし、何かと面倒を見てくれたから。
前の自分の方が年上なのだと知った後にも、「でもチビだしな?」と優しく接してくれたから。
きっと二人で過ごす時間が多かったろう。食事の時にも、何か作業をしている時も。
だから…。
地球を前にして船が撃墜されたら、ハーレイと二人。
前の自分が咄嗟に張り巡らせたシールド、その中にハーレイも一緒にいたかもしれない。
(ぼくとハーレイと、二人っきり…)
仲間たちを亡くして、船も失くして。
暗い宇宙に放り出されて、どうしただろうか、前の自分は。
残骸と化した船の欠片と、青くなかった地球が世界の全てになったら。
(ぼく一人だったら…)
泣き暮れる内に殺されただろう、グランド・マザーに。
撃墜した船に生き残りがいないか、念入りに調べさせるだろうから。アルタミラで殲滅した筈のミュウが脱出して地球に向かったとなれば、徹底的に消そうとするだろうから。
そして自分も何もしないまま、力尽きてシールドが解けてしまって、殺されて終わり。
けれど、ハーレイと二人だったら。
ハーレイと二人で生き延びていたら…。
(…倒してたかも…)
なんとしてでも、グランド・マザーを。自分たちを殺そうとしている機械を。
ハーレイと二人、生き残るために。
グランド・マザーを倒さない限り生きられないなら、地球の地の底まで飛び込んで行って。
(でも、グランド・マザーを壊していたら…)
制御を失った地球は燃え上がり、結局、死んでいただろう。
脱出するための船も見付けられずに、ハーレイと二人。ジョミーとキースがそうなったように、地球の地の底に閉じ込められて。
それでも地球は蘇ったろう、今の青い地球があるように。
ミュウも自然と生まれて来たろう、ミュウの排除を命じる機械はもう無いのだから。SD体制も壊れていったのだろうし、きっと時代の流れは同じ。
今と同じにミュウの世界が、青い地球が出来ていただろう。
前の自分たちが長い回り道をしていない分だけ、きっと三百年ほど早めに。
死の星だった地球で何が起こったか、真実を知る者も無いままに。
リボーンの職員たちがいたユグドラシルは当時もあったと思うけれども、そんな施設に立ち寄る暇があったら、真っ直ぐに地下を目指したろうから。
ハーレイと二人、誰にも姿を見られることなく、地下に向かっていただろうから。
(そうなっていたら…)
グランド・マザーを倒した英雄ではあっても、誰も自分たちのことを知らない。
撃墜したミュウの船の生き残り、それだけのことしか分からない。
どんな姿をしたミュウだったか、何という名前だったのかも。ハーレイと二人だったことさえ、気付かれずに終わっていたかもしれない。
そんな自分たちでも二人で生まれ変われただろうか、こんな風に?
蘇った青い水の星の上に、前と全く同じ姿で生まれて再会出来ていたのだろうか…?
(恋人同士ってわけじゃないしね…)
ただの友達、親しい友達だったというだけのこと。
それとも恋人同士になったのだろうか、二人きりになってしまった後の短い間に。
地球で必死に戦う間に、グランド・マザーの許へと向かう間に。
どうなんだろう、と考えているとチャイムが鳴って。
仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、お茶とお菓子が置かれたテーブルを挟んで向かい合わせで問い掛けてみた。
自分が考えた「もしも」のこと。
アルタミラから真っ直ぐに地球に向かっていたなら、ハーレイと二人で生き残ったら、と。
「ぼく、絶対に頑張っていたと思うんだよ。ハーレイと生きていたいから」
殺されちゃったらおしまいだから、グランド・マザーを倒そうとしたよ、きっと。
倒しさえしたら何とかなる、って思っただろうし、その後のことなんか考えないで。
「なるほどなあ…。お前が行くと言うんだったら、俺も間違いなく付き合ったろうな」
どうせ一人じゃ生き残れないし、チビのお前が頑張ってるのに留守番をするというのもなあ…。
俺もお前と一緒に行ったな、足手まといにならないのならな。
「ハーレイだったら大丈夫だと思うよ、ぼくより丈夫だったもの。今と同じで」
走ったくらいで疲れたりしないし、グランド・マザーの所まで充分行けるよ。
それでね、ぼくがグランド・マザーと戦う間も、ハーレイはきっと大丈夫。
ジョミーが戦った時にキースは巻き添えになっていないし、ハーレイは応援しててくれれば…。
だけど、グランド・マザーを倒しちゃったら、ぼくたち、助からないんだよ。
ジョミーたちと同じで外に出られなくて、多分、崩れた岩の下敷き…。
「そうだろうなあ、トォニィだってジョミーを連れては出られなかったという話だし…」
お前だけなら逃げられたとしても、俺まで逃げるのは無理そうだな。
「ぼくが一人で逃げると思う? ハーレイと二人で生き残ったのに、ぼく一人だけで?」
そんなことはしないよ、ハーレイを置いて逃げるだなんて。
恋人同士じゃなくてもしないよ、友達だって置いては行かないよ…!
その友達…、とブルーはハーレイの鳶色の瞳を見詰めた。
「ハーレイとぼくは友達同士で生き残って、そして死んじゃうんだけど…」
グランド・マザーを壊したせいで地球が燃え上がって死んじゃうけれども、そういう風になっていたって、ハーレイと二人で生まれ変われたかな?
恋人同士じゃなくて、友達同士の二人でも。…今みたいに、青い地球に二人で。
もしかしたら恋人同士になれていたかな、っていう気もするけど、短い時間で恋人は無理…?
「ふうむ…。お前と二人で生き残ってだ、グランド・マザーを倒すまでの間にということか?」
「うん。やっぱり時間が足りなさすぎるし、恋人同士にはなれないかな…?」
休憩なんかはしていられないし、ゆっくり話も出来ないし…。
ハーレイとの友情が深くなるだけで、恋をしている暇はなさそうだよね…。
「いや、そうと決まったわけではないぞ」
恋人同士になってた可能性はあるな、俺とお前と、二人で必死に走るんだからな。
「…え?」
二人で走ると恋人同士って、なんなの、それは?
走ることと恋と、どう考えても繋がりそうにないんだけれど…?
「普通に走っていたんじゃ無理だな、必死というのが大事な所だ」
吊り橋効果ってヤツがあるのさ、恋をする時に。そいつじゃないかと思うわけだな、この場合。
お前のクラスではしてなかったか、と訊かれたハーレイが得意とする雑談。授業中に生徒たちが居眠らないよう、退屈しないで集中出来るよう、気分転換にと始める雑談。
それの一つが吊り橋効果で、揺れる吊り橋を二人で渡ると恋に落ちるというもので。
「吊り橋って…。どうして吊り橋で恋をしちゃうの?」
その吊り橋は何か特別な橋ってことはないよね、この吊り橋でないと駄目だとか…?
「うむ。どの吊り橋でもかまわんようだな、揺れさえすればな」
吊り橋は渡ると揺れるからなあ、精神的に緊張するわけだ。そいつを二人で共有するとだ、恋に落ちるという仕組みらしい。同じ怖い目に遭った者同士、心の距離が縮まるんだな。
「えっと…。それじゃ、ハーレイとぼくも、それだって言うの?」
ハーレイと二人で必死に走れば、吊り橋効果で恋をするわけ?
「まさに吊り橋状態だからな、グランド・マザーの所まで行こうと走るんならな」
吊り橋どころの騒ぎじゃないんだ、死ぬか生きるかっていう場面だろうが。
辿り着けなきゃ死んじまうわけだし、生きるためには走るしかない。
そうやって必死に走ってゆくなら、吊り橋以上に緊張してるし、元から友達同士なんだし…。
お前が転びかけたら俺が支えるとか、手を繋ぎ合って走ってゆくとか。
いつの間にやら友情から恋に変わっていたって、俺は少しも驚かないな。
たとえ短い時間であっても、お互いに恋に落ちていたかもしれない、と語るハーレイ。
二人で懸命に走る間に、と。
「グランド・マザーの所に駆け込む頃には、見事に恋人同士ってことだ。…お前がチビでも」
あの頃のお前は今と同じにチビの姿で、中身も子供だったわけだが…。
チビでも恋が出来るってことは、今のお前で証明済みだろ?
俺だってチビのお前に恋をしてるし、チビはチビなりの恋ってな。
グランド・マザーを倒した後には、とんでもない結末が待ってるんだが…。
俺もお前も、生き残るどころか、死んじまうしかないんだが…。
ちゃんと最後まで抱き締めていてやるさ、チビのお前を。俺の大事な恋人としてな。
「…恋人だって言ってくれるの?」
ぼくのこと、好きって言ってくれるの、恋人だったら。
「どうだかなあ…。そいつは状況次第ってヤツだ、お前の方に合わせるからな」
お前がどういう風に話すか、俺のことをどんな風に思っているか。
俺を好きだと思ってくれているなら、もちろん「好きだ」と告白するな。
もうすぐ命が尽きる時でも、お前と一緒に崩れて来た岩の下敷きになっちまう瞬間でもな。
「…それなら、ハーレイと二人で生まれ変われてた…?」
今のぼくたちみたいに生まれ変わって、また出会えたかな…?
最後の最後だけが恋人同士で、それまでは友達同士だったハーレイとぼくでも。
ほんの少しの間だけしか、恋人同士じゃなかったとしても。
「神様が評価して下さったならな」
よく頑張ったと、これが褒美だと、生まれ変わらせて下さったら。
前のお前が頑張ってたから、今の俺たちは青い地球に来られたみたいだしなあ…。
「…ハーレイと二人で死んじゃう方のぼく、前のぼくよりずっと偉いよ?」
グランド・マザーを倒しちゃうんだよ、メギドを沈めるだけじゃなくって。
それにハーレイだって偉いと思うよ、ぼくと二人でグランド・マザーを倒すんだから。
ハーレイは力を使ってないけど、ぼくと一緒にグランド・マザーの所まで走って行くんだし…。
ぼくがグランド・マザーを倒さなくちゃ、って決心するのもハーレイと二人だからだもの。
ハーレイが生き残ってくれていたから、ぼくは生き残る道を選ぶんだもの。
二人で一緒に生き残るために、グランド・マザーを倒すんだもの。
…それで失敗しちゃうんだけど…。グランド・マザーを倒しちゃったら、地球がメチャメチャになってしまうだなんて思っていなくて、結局、死んでしまうんだけど…。
ハーレイと二人で生き残る代わりに、二人一緒に死んじゃうんだけど…。
「グランド・マザーを倒すお前か…。確かに前のお前よりも遥かに上ってヤツだな」
前のお前はメギドを沈めてミュウの未来を守ったわけだが、グランド・マザーを倒すと来たか。
たった一人でSD体制をブチ壊すんだな、もう間違いなく前のお前以上の大英雄だ。
しかし、お前がやったってことが誰にも知られていないからな…。
ミュウの生き残りの仕業ってだけで、何処の誰かも分からない。名前も謎なら、姿も謎で。
誰もお前を褒めちゃくれない、記念墓地だって作っては貰えないわけで…。
いや、それでこそか。
誰も知らない英雄だからこそ、神様の評価も上がるってことか…。
「そういうものなの?」
有名になるより、そうじゃない方が神様はいいと思ってくれるの?
誰でも名前を知っているような前のぼくより、何処の誰かも分からないぼくの方が上なの?
「お前にそういうつもりがなくても、有名になって尊敬されてる英雄よりは、だ…」
神様の他には誰も知らない、うんとちっぽけなヤツが頑張った方がいいんだろうな。
王子様の像についてた宝石や金を剥がして、貧乏な人に運んでやってたツバメの童話があるのを知らないか?
王子様の像はすっかりみすぼらしくなって、ツバメも冬が来て死んじまった。みすぼらしい像は町に相応しくない、と捨てられちまうが、神様はちゃんと見ておられたんだ。王子様の像が沢山の人を救っていたのも、ツバメが死ぬまで手伝ったことも。
「えーっと…。天使が天国に運んで行くんだった?」
王子様の心臓と、死んだツバメと。町で一番尊いものを持って来なさい、って神様に言われて。
「おっ、知ってたか?」
そいつで合ってる、王子様もツバメも天国で幸せに暮らすんだろうが、最後はな。
自分を犠牲に多くの人を救っていたのに、誰にも気付かれないままで終わってしまった、王子の像と一羽のツバメと。それが「町で一番尊いもの」だと神は知っていた、天から見ていた。
広く知られた立派な功績も素晴らしいけれど、この童話のように誰も知らない、神の他には知る者のいない自分の身を捧げて世界に尽くした者たち。
神様はそういう人たちをより高く評価するものだ、とハーレイが大きく頷くから。
名前すら誰にも知られないままで、グランド・マザーを倒していたなら、前のブルーよりも高い評価になるのだろうと語るから。
あの時、ソル太陽系を出てはゆかずに、逆の方へと。地球のある方向へ向かったとしても、今の幸せはあるのだろうか。
ハーレイと二人、生まれ変わって、この地球の上で。
今と同じに恋人同士で、幸せな時を共に過ごせたろうか…?
「多分な」
神様は何もかも御存知なんだし、ちゃんと二人で生まれ変われたさ。
「ホント…?」
ハーレイと二人で、恋人同士で、また会えてた…?
「俺とお前の絆だからな」
きっとこうして青い地球の上にいたと思うぞ、生まれ変わって。今と全く同じようにな。
その方がお前は幸せだったか、前のお前が本当に生きた人生よりも…?
「なんで…?」
どうしてそっちが幸せになるの、うんと短い人生なのに…。
ハーレイと一緒にいられた時間もずっと短くて、恋人同士でいられた時間も少しだけなのに…。
「それはそうだが、最後まで俺と一緒にいられたわけだろう?」
グランド・マザーを倒した後には、俺と一緒に死んじまうんだぞ。
俺が最後まで抱き締めててやるし、お前は独りぼっちじゃないんだ。俺の温もりを失くしたりはせずに、最後まで俺と一緒だってな。
右手が冷たく凍える暇も無かったろうが、と言われたけれど。
ハーレイと二人きりで死の星だった地球を走ってゆくのも、幸せだったかもしれないけれど。
「…でも、シャングリラのみんな…」
ゼルもヒルマンも、ブラウも、エラも。
そっちの道だと誰もいないよ、地球に着く前に船は撃墜されるんだから。
ぼくとハーレイしか助からなくって、他の仲間は死んでしまって…。それは嫌だよ、同じ旅なら一緒がいいよ。
地球までの道がどんなに遠くても、ぼくだけが地球を見られずに死んでしまっても。
「そうだな、みんながいないんだよな…」
俺とお前は幸せになれても、他のヤツらがいないわけだな、真っ直ぐに地球に向かっていたら。
あの時、そっちに舵を切ってたら、シャングリラのヤツらと旅をすることは無かったんだな…。
白いシャングリラで共に旅した仲間たち。アルタミラを離れて皆で旅をした、広い宇宙を。
アルテメシアに辿り着いた後にも、長い長い時を共に過ごした、良き友として、仲間として。
だから回り道でも良かったのだろう、地球とは逆の方へ向かって旅立ったけれど。
真っ直ぐに地球の方へと向かって、結果が同じことであっても、グランド・マザーもSD体制も崩壊していたとしても。
「…みんなと一緒の旅がいいよね、ハーレイと二人きりになっちゃうよりも」
うんと回り道して、地球までの道が遠くなっても。
「ああ、そうだな」
みんなで旅をしてこそだよなあ、あのシャングリラで。
本当にとんだ回り道だったが、ソル太陽系から出発してって、また戻るという旅だったがな…。
名前も残らない英雄としてグランド・マザーを倒す代わりに、二人きりで地球を走る代わりに。
ソルジャーとキャプテンになって、船はシャングリラに、白い鯨へと姿を変えた。
そうして長い旅を続けて、前の自分は地球を見られずに終わったけれど。
ハーレイが一人で地球まで行ったけれども、きっとこちらの旅路が正しい。
楽園という名の船で旅して、三百年以上も仲間たちと同じ船で暮らして。
たとえ結果は同じであっても、自分の最期が幸せでも。
真っ直ぐに地球の方へと向かって、ハーレイの腕の中で最期を迎えたとしても、そんな旅より。
「ねえ、ハーレイ。やっぱり、みんな一緒の旅でないとね」
ゼルもヒルマンも、エラも、ブラウも。他のみんなも、あのシャングリラで。
「それでこそ今が幸せだからな、前の俺たちの旅の思い出が山ほどだってな」
お前との恋の思い出もそうだ、数え切れないほどあるだろうが。
地球でお前と二人きりの最期も悪くはないがだ、思い出がたっぷりある人生の方が味わい深い。
そういう時間を生きられたんだし、俺は後悔してないなあ…。
シャングリラで生まれた沢山の思い出、それがあるから。
三百年以上の思い出の数は、短い旅ではとても得られはしないから。
地球があったのとは逆の方向への旅立ちでいい。
ソル太陽系から、ジュピターの衛星だった星から遥か遠くへ旅立ったけれど。
間違いであってもきっと正しい、その旅路が。
ハーレイと二人、地球の地の底で命尽きるより、仲間たちと共に旅をした日々。
それがあったから、今が幸せなのだろう。
生まれ変わって来た青い地球の上で、遠い昔の思い出を二人、懐かしく語り合えるのだから…。
回り道だった旅・了
※実はガニメデの側にあったジュピター。近かった地球という存在。旅を始めた時点では。
逆の方へと向かっていたなら、全てが変わっていた可能性が。けれど、長かった旅が大切。
←拍手して下さる方は、こちらからv
←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園、只今、夏休み真っ最中。キース君たち柔道部三人組は柔道部の合宿、ジョミー君とサム君は璃慕恩院へ修行体験ツアーに出掛けてお留守です。こういう時には、男の子抜きで会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」と遊びに行ったりするんですけど。
「かみお~ん♪ 明日はベリー摘みに行くんだよ!」
「「ベリー摘み?」」
スウェナちゃんと私はオウム返しでしたが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は。
「あのね、ちょっと作ってみたいものがあるから…」
「いろんなベリーが欲しいんだってさ」
だから農場へお出掛けしよう、と会長さん。マザー農場かと思いましたが、それとは別。サイオンを持つ仲間が経営している農場の一つで、ラズベリーだとかブルーベリーだとか。コケモモなんかもあるのだそうで…。
「ぶるぅは、サフトって言ってたかな? 寒い北の国の飲み物を作りたいらしいよ」
「えっとね、夏の太陽がギュッと詰まったベリーで作るのがいいらしいの!」
栄養ドリンクみたいなものかな、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「柔道部の合宿も璃慕恩院も大変でしょ? だから作ってあげたいな、って!」
「いいわね、自然の栄養なのね」
身体に良さそう、とスウェナちゃん。私も大いに賛成です。サフトとやらは色々なベリーに砂糖を加えて作る保存食と言うか、濃縮シロップと言うべきか。水やソーダで割って飲むためのジュース、お菓子なんかにも使えるのだとか。
「というわけでね、明日はみんなでベリー摘み!」
フィシスも一緒に行くからね、と会長さん。これは楽しくなりそうです。農場はアルテメシアに近くて涼しい山の中らしく、瞬間移動でお出掛け可能。避暑をしながらベリー摘みだなんて、いつもと違って面白そう!
次の日の朝、会長さんの家に行くと、フィシスさんが先に来ていました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はベリーを入れるための籠を人数分用意していて、後は行くだけ。青いサイオンがパアッと溢れて、身体がフワリと浮き上がって…。
「「わあっ!」」
山に囲まれた農場はベリーが一杯、待っていた仲間の人が「お好きなだけ摘んで下さいね」と迎えてくれて、摘み放題。普段はお菓子に飾ってあるのしか見ないような様々なベリーが沢山、せっせと摘んでは持って来た籠へ。
「沢山摘んでね、余った分はお菓子にするから!」
いくらあっても困らないもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言ってくれますから、スウェナちゃんも私も籠に何杯も摘みました。無論、会長さんたちも。ベリー摘みの後は農場主の仲間に昼食を御馳走になって、それから瞬間移動で帰宅で。
「えとえと…。一杯摘んだし、サフト、作るねー!」
まずはベリーを洗って、と…、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は山のようなベリーを手早く仕分けて、使う分を洗いに出掛けました。それから計量、分量に合わせた砂糖を計って。
「煮て作る方と、煮込まない方と…。両方やってみたいんだもん!」
どっちも頑張る、とサフト作りの開始です。ベリーを潰して布で濾す方と、お鍋でグツグツ煮ている方と。サフトにしないベリーの方は会長さんとフィシスさんが仲良く保存用の袋に詰めて、傷まないように冷蔵庫へ。あちらはお菓子に姿を変えて近い内に登場するのでしょう。
「甘酸っぱい匂いが一杯ねえ…」
スウェナちゃんが言う通り、家の中はすっかりベリーの匂い。煮込んでいたサフトも、濾していたサフトも砂糖たっぷり、それを消毒した瓶に詰めたら出来上がりです。
「かみお~ん♪ サフト、飲んでみる?」
「「うんっ!」」
「こっちが煮た方、こっちが煮てない方だからね!」
はいどうぞ、と水で割って出されたジュースは宝石みたいに綺麗な真っ赤で、飲んだらベリーの味が爽やか。栄養ドリンクと言うよりも…普通に美味しいジュースですよ?
「そりゃね、パワーアップのためのジュースじゃないからね」
サフトはあくまで身体にいい飲み物、と会長さん。けれどビタミンたっぷり、サフトが生まれた北の国では食卓に欠かせないそうで。
「キースやジョミーたちの慰労会もさ、たまにはこういう飲み物がいいよね」
この夏は健康的に過ごそう! と会長さんもサフトを飲んでいます。今年の夏休みはベリーで作った赤いジュースがセットものかな?
「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ったサフトは、男の子たちが合宿と璃慕恩院から戻った翌日の慰労会で早速披露されました。夏の太陽がギュッと詰まった、健康的な飲み物として。
「こいつは美味いな、その辺のジュースなんかと違って」
味も深いし、とキース君が褒めると「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜びで。
「ベリー、沢山使ったから! 一種類だけってわけじゃないから!」
「なるほどな。…焼き肉パーティーのお供にも、なかなかいける」
「でしょ? おんなじ材料でソースとかも出来るの、肉料理とかの!」
夏のベリーは栄養たっぷり! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「キースはお盆の用意とかもあるし、サフト、一瓶あげてもいいよ」
「くれるのか?」
「うんっ! 沢山作ったし、持って帰ってお家で飲んでね」
好みの量の水で薄めて飲んでよね、とサフトを詰めた瓶がキース君へのプレゼント用に出て来ました。卒塔婆書きに疲れたら飲んでリフレッシュ、気分も新たに挑んでくれという心遣いで。
「有難い。…正直、麦茶とコーヒーだけではキツイものがな…」
こういう非日常な飲み物があると非常に助かる、と押し頂いているキース君。
「例年、何か飲み物を、と思うわけだが…。買いに行ってる暇があったら卒塔婆を書こう、と思い直して麦茶とコーヒーの日々なんだ」
「じゃあ、ちょうど良かったね!」
足りなくなったらまたあげるね! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は気前が良くて、サフトの瓶は確かに沢山。私たちと摘みに行ったベリーの残りはお菓子になるのか、それともサフトが追加になるか。この夏休みは何かと言えばサフトで、キース君もサフトを飲んでお盆を乗り切るのかも…。
華麗に登場したサフト。要はベリーのジュースですけど、有難味を演出しようと「サフト」と呼ぶのがお約束。猛暑でバテそうだからとサフトで、卒塔婆書きに疲れたとサフトをゴックン。マツカ君の山の別荘にお出掛けする時も、向こうで飲もうと瓶を持って行ったくらいです。
そんなサフトが定着する中、八月を迎え、キース君のお盆はいよいよリーチ。今日は棚経にお供するサム君とジョミー君の仕上がり具合のチェックだそうで。
「違う、そいつは其処じゃなくて、だ!」
間違えるくらいなら口パクでもいい、とジョミー君に向かって飛ぶ怒声。
「俺はともかく親父は怖いぞ? それにだ、檀家さんにも失礼だろうが、坊主がお経を間違えるなどは!」
「こんなの覚え切れないよ!」
「覚えるも何も、それが坊主の仕事だろうが!」
次は所作だ、と歩き方などの指導が始まりました。墨染の法衣を着せられた二人をキース君がビシバシしごいて、トドメが自転車。法衣が乱れないよう自転車を漕ぐ練習とやらは、会長さんのマンションの駐車場でやってくるのだそうで。
「ブルー、自転車は借りられるんだな?」
「うん、管理人さんに話はつけてあるしね。言ったらすぐに出してくれるよ、二人分」
「恩に着る。…行くぞ、二人とも!」
さあ練習だ、とキース君はサム君とジョミー君を連れて出て行ってしまい。
「うわー…。早速やっていますよ」
シロエ君が窓から下を見下ろし、私たちも。
「暑そうですねえ…。キースは日陰にいるようですけど」
マツカ君が気の毒そうに呟いたとおり、法衣の二人は炎天下の駐車場を自転車で周回させられていました。キース君はといえば夏の普段着、日陰に立って鬼コーチよろしく叫んでいる様子。
自転車修行を終えた二人はもうバテバテで、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「大丈夫?」と差し出したサフトを一気飲みです。
「あー、生き返ったぜ…」
「ホント、死ぬかと思ったよ~…」
まだ八月の頭なのに、と討ち死にモードの二人のコップにサフトのおかわり。グイグイ飲んで、再びお経の練習だとか。ご苦労様です、頑張って~!
年に一度のお盆の棚経、普段は法衣を忘れ果てているジョミー君たちも二日もしごけば身体が思い出す様子。そうなれば後は当日に向けて英気を養い、のんびりと過ごすわけですが。
「俺の方もやっと終わったぞ…」
今年の卒塔婆が、とキース君。
「後は飛び込みの注文くらいで、地獄って数じゃないからな。…親父め、なんだかんだで今年も多めに押し付けやがって!」
しかし、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の方へと向き直ると。
「サフトのお蔭で乗り切れた。…感謝する」
「ホント!? 良かった、やっぱり夏のお日様が詰まったベリーは凄いんだね!」
作って良かったぁ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が跳ねた所へ。
「うん、本当に凄いよね」
「「「は?」」」
振り返った先に、優雅に翻る紫のマント。誰だ、と叫ぶまでもなく分かってしまった、会長さんのそっくりさんが其処に…。
「こんにちは。そのサフトとやら、ぼくにもくれる?」
「かみお~ん♪ ちょっと待っててねー!」
ブラックベリーのムースケーキもどうぞ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がササッと用意を。ソルジャーは真っ赤なサフトをコクリと飲んで。
「うん、飲みやすいね、これ。それに美味しいよ」
「でしょ、でしょ! 今年の夏はサフトで元気に乗り切るの!」
夏バテ知らずで元気にやるの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ソルジャーは「いいねえ…」とサフトを飲みながら。
「夏のお日様のパワーだっけか? これの秘密は」
「そうだよ、お日様たっぷりのベリー!」
「赤って色がまたいいんだよ。ぼくの瞳と同じ色だし、なんともパワーが出そうでねえ…」
如何にもハーレイが漲りそうだ、と妙な台詞が。ハーレイって…まさかキャプテンのこと?
「決まってるじゃないか、サフトを飲んでぼくのハーレイもパワーアップと行きたくってさ」
「無理だから!」
これはビタミンたっぷりなだけの健康飲料、と会長さん。
「栄養ドリンクみたいに見えるけれどね、君が期待するような効果は無いから!」
ただのジュースだ、と言ってますけど、ソルジャー、それで納得してくれるのかな…?
「…効かないのかい?」
君たちを見てると効きそうなのに、とソルジャーは首を捻りました。
「キースはパワーアップして卒塔婆を書いたし、サムとジョミーもバテバテだったのが元気になったし…。ぼくのハーレイがこれを飲んだら、きっと!」
「言っておくけど、他のみんなは普通だから!」
元気が余って仕方がないってわけじゃないから、と会長さんはツンケンと。
「要は気分の問題なんだよ、お日様のパワーが詰まったベリーで健康に、って!」
「えーっ? 分けて貰おうと思って来たのに…」
「欲しいんだったらあげるけどさ…」
でも効かないよ、と念を押す会長さん。
「せいぜい気分転換くらいで、その手の効能は全く無いから! おまけに甘いし!」
「甘いね、確かに」
「君のハーレイ、甘いものは苦手なんだろう?」
「効くんだったら、甘くても喜んで飲むだろうけど…。でも効かないのか…」
困ったな、とソルジャーの口から溜息が。
「なんで困るわけ?」
「ぼくのハーレイに言っちゃったんだよ、凄く効きそうな飲み物を貰って来られそうだよ、って」
「それで?」
「ハーレイも期待しちゃってるんだよ、この夏はパワーアップが出来る、と!」
なんとかならないものだろうか、と尋ねられても困ります。サフトはサフトで、ベリーのジュース。私たちは美味しく飲んで夏を乗り切るつもりですけど、ソルジャーお望みの精力剤とは違うんですから…。
「自業自得だね、帰って潔く謝りたまえ!」
「それはいいけど、パワーアップには、ぼくだって期待してたんだってば!」
サフトさえ貰えれば凄い夏になると思っていたのに、と勘違いについて述べられたって、どうすることも出来ません。サフトはサフトで、ビタミンたっぷりのジュースに過ぎず。
「…ぶるぅがベリー摘みだって言った時から、ワクワクしながら見守ってたのに!」
「材料が何か分かっているなら、効かないことだって分かるだろう!」
「プラスアルファかと思うじゃないか!」
いわゆる真夏の太陽のパワー、と言いたい気持ちは分からないでもないですが。生憎とベリーが真夏のお日様の光を浴びても、妙な変化は起こりませんから!
「…すっごく良く効く、赤い飲み物って言って来ちゃったのに…」
ハーレイも楽しみにしているのに、とソルジャーは零していますけれども、サフトはサフト。ただのベリーのジュースでいいなら「そるじゃぁ・ぶるぅ」も気前よくプレゼントするでしょうけど、効果の方は全くゼロで。
「いっそ手作りで何とかすれば?」
そういうドリンク、と会長さんがサフトをクイと飲みながら。
「ぼくたちもベリー摘みから始めたんだし、君も効きそうな材料を集めて煮込むとか!」
「…スッポンとかかい?」
「赤にこだわるなら、今の季節は赤マムシだねえ…」
あれなら太陽のパワーもあるかも、と会長さんの口から凄い言葉が。
「赤マムシ? …漢方薬の店で売ってはいるけど、あれに太陽のパワーだって?」
「夏はマムシのシーズンだからね」
何処に行っても田舎なら「マムシ注意」の立て看板が、と会長さんは言い放ちました。
「燦々と太陽を浴びたマムシが潜んでいるのが今の季節で、特に水辺の草叢なんかが高確率でマムシ入りかな」
「ふうん…。それで、赤マムシもその中に?」
「レアものだけどね!」
そう簡単にはいないんだけどね、と答える会長さん。
「マムシの中でも赤っぽい個体が赤マムシ! 普通のマムシより効くってことでさ、重宝されているんだけれど…。なかなか見つかりません、ってね」
「その赤マムシを見付けて煮込めば、いい飲み物が出来るのかい?」
「他にも色々、工夫してみれば? 野生のスッポンも今の季節はお日様を浴びているからね」
その辺で甲羅を干しているであろう、という説明。
「後はウナギも川で獲れるし、君の頑張り次第ってことで」
「うーん…。ぼくの手作りサフトになるわけ?」
「サフトという名が正しいかどうかは知らないけどね」
あくまでベリーのジュースとかがサフト、と会長さんは解説を。本場のサフトはベリーに限らず、エルダーフラワーとか色々な材料があるそうですけど、要は草木の実や花が素材。葉っぱや枝を使うものはあっても、動物由来のサフトは無し。
「だけどサフトにこだわりたいなら、ブレンド用に分けてあげてもいいよ?」
ぶるぅ特製のサフトを一瓶、という提案。さて、ソルジャーはどうするでしょう?
「…ブレンドかあ…」
それに赤マムシでスッポンなのか、と考え込んでしまったソルジャー。流石に作りはしないだろう、と誰もが高をくくっていたのに。
「よし! その方向でサフト手作り!」
一瓶分けて、とソルジャーは真顔で「そるじゃぁ・ぶるぅ」に頼みました。
「ぼくの世界で煮込んでみるから、サフトを分けてくれないかな?」
「えとえと…。ブレンドもいいけど、ちゃんとベリーから作ってみない?」
冷凍してあるベリーがあるから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「作るんだったらレシピをあげるよ、お砂糖の量も好きに調整出来るでしょ?」
「でも、ぼくは料理というものは…」
「大丈夫! ベリーをお鍋で煮るだけだから!」
それにスッポンの甘いお料理もあるの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言ってビックリ仰天。スッポンの甘煮とか、そういった料理?
「んーとね、甘煮って言うんじゃなくって…。フルーツ煮かな? ライチとかが沢山入って、スープは甘くて赤かったよ?」
サフトほど真っ赤じゃなかったけどね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「そうだよね、ブルー?」
「うん、アレの煮汁はほんのり赤いって感じだったね。まさかスッポンを甘く煮るとは、と驚いたけれど、味は悪くはなかったよ」
案外、果物と相性がいい、と会長さんまでが。中華料理の本場の国へお出掛けした時、現地で食べたらしいです。スッポンの肉のフルーツ煮だとは…。
「なるほどねえ…。スッポンが甘いスープや果物と相性がいいとなったら、赤マムシだってベリーと合うかもしれないねえ…」
それにウナギパイは甘いものだし、とソルジャーは納得したらしく。
「分かった、出来上がったサフトとブレンドするより、ベリーから煮込んで作ることにするよ」
「そっちに決めた? だったら、ベリーは好きなのをどうぞ!」
ブルーベリーでもクランベリーでもコケモモでも、と名前をズラズラ挙げられてもソルジャーに区別がつくわけがなくて。「そるじゃぁ・ぶるぅ」に連れられてキッチンに行って、冷凍庫の中身を覗きながら決めたみたいです。
どうせならあれこれ混ぜるべし、と考えたのか、何種類ものベリーを貰ったソルジャーは。
「それじゃ、頑張って挑戦するよ!」
また来るねー! とパッと姿が消えましたけれど、はてさて、サフトは…?
その日の夕方。今夜は火鍋と洒落込もうか、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が赤いスープと白く濁ったスープを用意し、真ん中に仕切りのある専用鍋も出されて、食事の時間を待つばかり。火鍋はうんと辛いですから、もちろんサフトも出る筈で…。
「お邪魔しまーす!」
「「「!!?」」」
また来たのかい! としか言いようのない、昼間に見た顔。会長さんのそっくりさんが今度は私服で現れて。
「ごめん、ちょっと訊きたいことがあってね」
「どういう用事?」
会長さんの問いに、ソルジャーは。
「スッポンとウナギはゲットしたんだ、どっちもお日様パワーたっぷり!」
「そりゃ良かったねえ…」
「ノルディに訊いたら教えてくれてさ、ウナギのいる川とスッポンのいる池!」
お蔭で真夏の太陽をたっぷりと浴びたスッポンとウナギをゲットなのだ、と得意満面。
「後は赤マムシだけど、ノルディもこれが確実にいる場所を知らなくて…。水辺の草叢って言ってたっけか?」
「その辺が狙い目だと思うけどねえ?」
ついでに今なら獲りやすいのでは、と会長さん。
「マムシは夜行性だし、昼間よりは夜! 君の目だったら夜でも色くらい分かるだろう?」
「それはもちろん! オススメの赤マムシ獲りのスポットは何処?」
「ぼくだって知るわけないだろう! 当たって砕けろで数を当たっていくしかないね」
「やっぱりそうか…。ノルディが無知ってわけじゃなくって」
なら仕方ない、と大きな溜息。
「ぼくは赤い飲み物を早く作らなくっちゃいけないからねえ、行ってくるよ」
美味しそうな火鍋だけれども今日はパス、と瞬間移動でソルジャーは何処かへ消えてしまって。
「…マムシ獲りか…」
火鍋を食うより赤マムシなのか、とキース君が呆れて、シロエ君が。
「スッポンとウナギはゲット済みとか言いましたよね?」
「らしいね、赤マムシが獲れたら本気でベリーと煮込むんだ…?」
なんかコワイ、とジョミー君。サフトはとっても美味しいのですが、ソルジャーが目指すサフトは別物。ウナギにスッポン、赤マムシ。それはサフトと呼ぶのでしょうか…?
赤マムシは無事にゲット出来たらしく、火鍋の席にソルジャーは乱入しませんでした。せいぜい頑張ってサフト作りに励んでくれ、と安堵した私たちですが…。
翌日、例によって会長さんの家で午前中からたむろしていると。
「失敗したーっ!」
一声叫んで、リビングに降って湧いた紫のマントのソルジャーなる人。失敗したって、サフト作りに…?
「ど、どうしよう…。せっかく材料を頑張って集めて、ぶるぅに貰ったベリーもたっぷり入れたのに…。ぼくのシャングリラのクルーも動員してたのに!」
「「「は?」」」
クルーを動員したのに失敗? なんでまた…?
「サフト作りは秘密だからねえ、青の間のキッチンでやることにしたんだけれど…。スッポンだのウナギだの赤マムシだのは、ぼくにはとっても捌けないから…」
その部分だけをクルーにやらせた、という話。ソルジャーの常で厨房のクルーに時間外労働をさせて、記憶は綺麗サッパリ消去。そうやって手に入れたスッポンとウナギと赤マムシの肉をミキサーにかけたと言うから凄いです。
「「「ミ、ミキサー…」」」
「え、だって。肉がとろけるまで煮込んでいたら何日かかるか分からないし…。ミキサーの方が早いってば!」
ドロリとしたのをベリーと混ぜて鍋に入れた、と言うソルジャー。「そるじゃぁ・ぶるぅ」に貰ったレシピを見ながら砂糖も加えて、火にかけたまではいいのですけど。
「目を放したって?」
それは失敗して当然、と会長さん。
「どうせ焦がしたんだろ、煮てた鍋ごと!」
「焦げてないけど…。それに、ぶるぅに「ちゃんと混ぜて」って言っておいたし…」
「「「ぶるぅ?!」」」
あの悪戯小僧の大食漢か、と唖然呆然。そんなのに鍋を混ぜさせておけば、どう考えてもトンデモな結果しか無さそうですけど?
「そういうわけでもないんだよ。食べ物で釣れば、あれで案外、使えるものでさ」
その上、パパとママの役に立つこととなれば! と主張するソルジャー、「パワーアップ用の飲み物を作る」と「ぶるぅ」に教えていたようです。大人の時間のための飲み物と聞いた「ぶるぅ」は、真面目に混ぜると元気に返事をしたらしいですが…。
「だからと言って、丸投げしたら駄目だろう!」
相手は子供だ、と会長さん。
「君がきちんと責任を持ってチェックしなくちゃいけないんだよ!」
「分かってたけど、つい、うっかり…。ハーレイが「それは何ですか?」って訊いて来たから、例の赤い飲み物を作ってるんだ、って答えたら感激されちゃって…」
その場でディープなキスだったのだ、と言うソルジャー。
「普段だったら、ぶるぅが見てたら駄目なくせにさ…。こう、大胆に触って来た上、ファスナーも下ろされちゃってハーレイの手が中に…」
「その先、禁止!」
喋らなくていい、と会長さんがレッドカードを突き付けましたが。
「でもさ、ホントに凄かったんだよ、「ぼくは鍋の番をしなくちゃいけないから」って言っているのに、「それは、ぶるぅで充分でしょう?」って、大きな手で包まれて擦られちゃうとねえ…」
「もういいから!」
とにかく黙れ、とブチ切れそうな会長さんが振り回しているレッドカード。そういえばサフトも赤いんだよね、と現実逃避をしたくなります。
「それでさ、ついつい、ヤリたい気分になっちゃって…。ぶるぅに「ちゃんと混ぜるんだよ」って鍋を任せて、二人でベッドへ」
「それで焦げないわけがないから!」
「焦げてない!」
焦がしてしまったわけではないのだ、とソルジャーはムキになって反論しました。
「ぶるぅはきちんと混ぜてたんだよ、真面目に徹夜で!」
「「「徹夜!?」」」
「そう、徹夜」
キャプテンと熱い大人の時間を過ごしたソルジャー、鍋を火にかけていたことも忘れて朝までグッスリ。目を覚ましてからハッタと気が付き、慌ててキッチンに向かったそうなのですが。
「…それって、いわゆる火事コースだから!」
鍋から火が出るパターンだから、と会長さんが怒鳴り、私たちも揃って「うん、うん」と。火にかけたお鍋を一晩放置って、どう考えても燃えますから!
「ちゃんとぶるぅが見ているんだから、焦げそうになったら火を止めるって!」
「だけど失敗したんだろう?」
ぶるぅは役に立たなかったんだろう、と会長さん。失敗したなら、そうなりますよね?
「…焦げたわけではないんだよ」
そこは本当、とソルジャーは「ぶるぅ」がきちんと役目を果たしたことを強調しました。
「ぼくが行った時にもまだ混ぜていたし、本当にうんと頑張ったんだ」
ソルジャー曰く、徹夜でお鍋を混ぜ続けた「ぶるぅ」はお腹が減ったか、厨房から様々なものを瞬間移動で取り寄せ、食べながら混ぜていたようです。キッチンの床にはお菓子やチーズの包み紙などが幾つも転がり、「ぶるぅ」の頬っぺたには溶けたチョコレートがくっついていたとか。
「ふうん…。君よりよっぽど真面目じゃないか、ぶるぅの方が」
「…そうかもしれない…」
だけどサフトは失敗したのだ、とソルジャーはとても残念そうです。ぶるぅがきちんと混ぜていたのに、何故に失敗?
「…煮詰めすぎたんだよ…」
あれを液体とはもはや呼べない、とソルジャーが嘆く鍋の中身は、赤い飲み物になるサフトではなく、真っ黒なタールのようなもの。何処から見たって飲み物には見えず、強いて言うならペースト状の代物だそうで。
「何と言うか、もう…。飲むんじゃなくってパンに塗るとか、そんな感じになっちゃったんだよ! ぼくの大事なサフトが出来上がる筈だったのに!」
「…なら、塗れば?」
塗れば、と会長さんが顎をしゃくって。
「焦げてないなら、それこそ塗ればいいだろう! 君が自分で言ったとおりにパンに塗るとか、ソース代わりに料理に添えてみるとかさ!」
「…えっ?」
「それで効き目があったら御の字、駄目で元々、試してみれば?」
どんな出来でも材料はサフトだったんだし…、と会長さん。
「スッポンだのウナギだのが入っているのをサフトと呼ぶかどうかはともかく、ベリーや砂糖は入ってるんだし…。それを煮詰めて出来たものなら、焦げていないなら食べられるだろう」
「…そうなのかな?」
どうなんだろう、とソルジャーが首を捻った時。
『助けてーーーっ!!!』
物凄い思念が炸裂しました。小さな子供の絶叫です。頭を殴られたような衝撃を受けて、誰もがクラリとよろめきましたが。…今の思念って「そるじゃぁ・ぶるぅ」じゃないですよね?
何事なのか、と部屋を見回した私たち。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の目も真ん丸です。やっぱり「そるじゃぁ・ぶるぅ」の思念じゃなかったのか、と思った所へ。
『たーすーけーてーーーっ!!!』
誰か助けて、とまたも思念が。しかも「死ぬ」とか「殺される」だとか、穏やかではない内容です。ガンガンと響く思念ですけど、このマンションに住んでいる筈の仲間たちの反応がありません。これだけ響けば、普通は誰かが「どうしたんだ!?」と騒ぎ出す筈で。
「「「も、もしかして…」」」
この凄まじい思念は私たちにしか届いていないということでしょうか? この部屋限定で響き渡って、救助を求めているのだとか…?
「こ、この思念って…」
ジョミー君が目を白黒とさせて、キース君が。
「ぶるぅか、あっちの世界の方の?」
「でも、助けてって叫んでますよ?」
あの「ぶるぅ」が、とシロエ君。
「しかも本気で死にそうですけど、そういうことって有り得ますか? あのぶるぅが?」
「シャングリラの危機…じゃなさそうだよね?」
それならブルーが反応するし、とジョミー君の視線がソルジャーに。そのソルジャーも事態が飲み込めていないみたいで。
「な、なんで助けてって言ってるんだろ?」
「ぼくが知るわけないだろう!」
ぶるぅの保護者は君なんだろう、と会長さんが眉を吊り上げ、「助けて」の声は今や悲鳴に変わっていました。キャーキャー、ギャーギャーと只事ではない雰囲気です。
「どう考えてもこれは普通じゃなさそうだから! 早く帰って!」
「…そ、そうする…」
サフトの件はまた今度、とソルジャーの姿がパッと消え失せ、それと同時に「ぶるぅ」の悲鳴もパタッと聞こえなくなりました。
「…ブルー宛のメッセージだったのかな、あれ?」
ジョミー君が顎に手を当て、サム君が。
「そうじゃねえのか、止んじまったし…。でもよ、ぶるぅに何があったんだ?」
「「「さあ…?」」」
それが分かれば苦労はしない、と誰の考えも同じでした。「助けて」で「死ぬ」で「殺される」。あまつさえ最後はキャーキャー、ギャーギャー、悪戯小僧に何があったと…?
「オオカミ少年って言うヤツなのかな?」
いわゆる悪戯、と会長さんが述べた意見に、私たちは「それっぽいか」と頷くことに。「ぶるぅ」だったら空間を超えて「殺される」という偽メッセージだって送れるでしょう。
「…一晩中、鍋を混ぜさせられたんだったな?」
多分そいつの腹いせだろう、とキース君も。ソルジャーとキャプテンはベッドで楽しく過ごしていたのに、「ぶるぅ」は食事も与えられずに自己調達しつつ、お鍋の番。徹夜で頑張って混ぜ続けた挙句、失敗作だと言われてしまえば仕返しの一つもしたくなるかも…。
「傍迷惑ねえ、死ぬだの殺されるだのってビックリするわよ」
スウェナちゃんが頭を振り振り、言ったのですけど。…オオカミ少年だったにしては、あれから時間が経ちすぎてませんか?
「そういえば…。ブルーだったらガツンと殴って戻りそうな気も…」
会長さんが眺めるテーブルの上には、私たちが食べかけていた甘夏のシフォンケーキのお皿や、お馴染みになったサフトが入ったコップ。ソルジャーの分はまだ用意されておらず、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が出しそびれたままになっています。
「…甘夏のシフォンケーキが好みじゃないってことはない筈…」
「うん、前にも出したけど、おかわりしてたよ?」
好きな筈だよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「…好物を食べに戻って来ないって…。ブルーなら絶対に有り得ないんだけど…」
「まずないな。ついでに午前中に湧いて出たなら、昼飯を食って帰るのが基本の筈だが」
平日の場合、とキース君が指差すカレンダーの今日の日付は見事に平日。つまり、オオカミ少年な「ぶるぅ」を一発殴って、おやつと昼食を食べに戻るのが普通なわけで…。
「…まさか、ホントにシャングリラが危なかったとか…?」
会長さんの声が震えましたが、マツカ君が。
「それだけは無いと思います。ぶるぅがあれほど絶叫するなら、それよりも先に戻る筈です」
確か思念で常に様子を見ている筈です、と冷静な指摘。言われてみればそうでした。こっちの世界でのんびり別荘ライフを楽しんだりする時は「ぶるぅ」までが留守。そんな時でもシャングリラを放って来られる理由は、ソルジャーが監視しているからで…。
「じゃあ、何が…?」
「サッパリ分からん…」
俺が知るか、というキース君の言葉は全員に共通、これは放置しかないですね…。
そうやって思考を放棄してしまった、「ぶるぅ」の「助けて」「殺される」事件。すっかり綺麗に忘れ去ってから三日ほどが経ち、いよいよお盆も迫って来た頃。
「こんにちはーっ!」
明るい声が会長さんの家のリビングに響いて、紫のマントのソルジャーが。
「あっ、今日のおやつも美味しそう! それと、サフトも!」
よろしく、とソファに腰掛けたソルジャーの姿に、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がパタパタとグレープフルーツと蜂蜜のタルトを切り分け、真っ赤なサフトも運んで来て。
「えとえと…。ぶるぅ、元気にしてる?」
「それはもう!」
おやつも食事も食べ放題で幸せ一杯、とソルジャーは笑顔。
「ぶるぅのお蔭でぼくは天国、ぼくのハーレイも天国ってね! 食事もおやつも御礼にドカンとあげなきゃ駄目だろ、死にそうな目にも遭ったんだしさ」
「本当に死にそうだったわけ!?」
会長さんの声が引っくり返って、私たちも唾をゴクリと飲み込む羽目に。あの日、「ぶるぅ」に何があったと…?
「話せば長くなるんだけどねえ、ぶるぅが徹夜で煮詰めたサフト! ぼくがこっちに来てしまった後、ぶるぅはハーレイに食べさせたんだよ。新作のジャムを作ったから、って」
「「「し、新作…」」」
悪戯小僧な「ぶるぅ」の新作。食べればロクな結果になりそうもなくて、さりとて食べねば悪戯されるに間違いなくて。キャプテンの心境はドン底だったに違いありません。
「そりゃね、ハーレイもぶるぅの怖さは知っているしね…。だけどトーストに塗り付けて渡されちゃったら仕方ない。見かけの割にやたら甘いな、と思いながら食べたらしいんだけど…」
「「「らしいんだけど…?」」」
「直後に、身体に漲る活力! もはやヤるしかない勢いで! だけど肝心のぼくがいなくて…。最初は堪えていたみたいだけど、何処かでプツンと理性が切れてさ」
これもブルーの一種なのだ、とばかりにキャプテンは「ぶるぅ」を青の間のベッドに放り投げた上、服を毟りに掛かった次第。それって、つまり…。
「そうさ、ぶるぅとヤろうとしたのさ、ハーレイは!」
「「「うわー…」」」
それは「助けて」で「死ぬ」であろうと、「殺される」と叫んだ挙句にキャーキャー、ギャーギャーになるであろうと顔面蒼白。ソルジャーのサフト、効きすぎですって…。
ソルジャーが慌てて戻った時には、真っ裸に剥かれた「ぶるぅ」の身体に素っ裸のキャプテンが圧し掛かろうとしていた所だったとか。
「流石のぼくも頭が真っ白になったけれどね、何が起こったか分かったらもう、嬉しくて! 直ぐにぶるぅを床に投げ飛ばして、代わりにベッドに!」
それからはもう天国目指してまっしぐら…、と満足そうな顔のソルジャーはキャプテンと心ゆくまでヤリまくった末に、例のサフトを愛用する日々。
「毎日、トーストを焼いてあげてね、それにサフトをたっぷりと! そうすれば、もう!」
疲れ知らずのハーレイと朝までガンガン、とソルジャーはそれは嬉しそうで。
「お盆が済んだら、マツカの海の別荘だろう? ぼくたちはもちろん、サフト持参で!」
そして毎日が天国なのだ、と言うソルジャーがキャプテンと共に部屋に籠りそうなことが容易に想像出来ました。凄いサフトを作った「ぶるぅ」は御馳走三昧で過ごすのでしょう。
「君たちがサフトを飲んでたお蔭で、ぼくたちも充実の夏なんだよ!」
太陽のパワーを集めた飲み物はやっぱり凄い、と褒めまくっているソルジャーですけど。サフトってそういうものだったでしょうか、ただのベリーのジュースなのでは…。
「…サフトが間違っている気がするんだが…」
あれは俺の卒塔婆書きの友でリフレッシュ用の飲み物なんだが、とキース君。その認識で間違っていないと思います。けれど何故だか出来てしまった、まるで別物のカッ飛んだサフト。夏の別荘が荒れませんよう、神様、よろしくお願いします~!
太陽の飲み物・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
夏に美味しい、ベリーのサフト。本来はスウェーデンの家庭で作られる飲み物です。
効きそうだからとソルジャーが作ったサフトは、失敗作が転じて、凄い代物に…。
シャングリラ学園、11月8日に番外編の連載開始から10周年の記念日を迎えました。
ついに10年に届いたというのが、我ながら、もうビックリですね。
次回は 「第3月曜」 12月17日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、11月は、スッポンタケの戒名が消せるかどうかが問題で…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
「弘法筆を選ばず」。
ハーレイが教室の前のボードに書いた文字。
筆っていうのはアレだよね、ってピンと来たけど。動物の毛とかで出来ているヤツで、書くには墨を使うもの。文字を書く筆はレトロだけれども、今もきちんと存在してる。
(前のぼくたちが生きてた頃には無かったけれど…)
絵を描くための筆はあっても、字を書く筆は何処にも無かった。そういう文化が無かったから。だけど今では復活している、筆で字を書くという文化。書道家なんて人だっている。
今の時代に筆と言ったら、絵筆ではなくて文字を書く方。「筆を選ばず」もそれだと思う。
(でも、弘法って…?)
なんのことだか分からない。筆の一種で「弘法筆」っていうのがあるんだろうか、とハーレイの字を眺めていたら、「どうだ、分かるか?」っていう声がして。
始まったハーレイお得意の雑談、居眠りそうな生徒もガバッと起きちゃう。面白かったり、他の学校の友達とかに披露したくなったり、そういう中身が詰まっているから。
「弘法筆を選ばず」は、SD体制が始まるよりもずっと昔の日本のことわざなんだって。弘法は偉いお坊さんのことで、死んじゃった後も弘法大師って呼ばれて大勢の信者さんがいたくらい。
そのお坊さんは字がとても上手で、三筆っていう字の上手い三人に数えられたほど。綺麗な字を書くには立派な筆が要るんじゃないか、って思っちゃうけど、そうじゃない。弘法大師ほどの人になったら、どんな筆でも上手に書いちゃう、立派な文字をスラスラと書く。
それが「弘法筆を選ばず」、名人は道具を選ばない。文字を書く人も、彫刻なんかをする人も。名人は何でも使いこなせる、安物の筆でも、くたびれちゃった筆でも。
名人だったら、同じ道具でも立派な文字やら、工芸品やらを仕上げるから。それでこその名人、本当に優れた腕を持つ人は、何を渡されても人並み以上の技を発揮するものだから。
自分の字とかが下手くそなことを、道具のせいにしちゃ駄目だ、って。もっと練習したら見事な字が書けるんだし、練習不足なだけなんだから、って。
クラスのみんなは目を輝かせて聞いていたけれど。
今日も楽しい話を聞けたと、勉強になったとノートに書く子もいたけれど。ぼくはノートに書くよりも前に、他の方に頭が行っちゃった。肝心要の弘法大師の方じゃなくって、筆の方。
(…ハーレイ、羽根ペン、使えてるかな?)
夏休みの終わりが其処に見えてた、まだ暑かった八月の二十八日。その日がハーレイの誕生日。
前のハーレイが愛用していた羽根ペン、今のハーレイは持っていなかったから。前のハーレイの記憶が戻って「欲しい気もする」とは言っていたけど、買うとは言っていなかったから。
誕生日に羽根ペンを贈ろうと思った、前のハーレイのと似た羽根ペンを。航宙日誌を書いていたような、白い羽根ペンをプレゼントしようと。
だけどお小遣いの一ヶ月分では無理だった羽根ペン、子供のぼくには高すぎた。それでも諦めることは出来なくて、悩んでいたら助け舟。ハーレイと二人で買うことになった、白い羽根ペンを。ぼくとハーレイ、二人のお金で。
(殆どハーレイが出したんだけど…)
それでも羽根ペンは無事に贈れた、ハーレイは白い羽根ペンを持っているんだけれど。
気になってしまった、ほんのちょっぴり。「弘法筆を選ばず」と聞いて。
ハーレイはあの羽根ペンでスラスラと書いているんだろうか?
羽根ペンの箱には色々なペン先が入っていたけど、どれを使っても楽々と書くのか、これ以外は駄目だというのがあるのか。
筆ならぬペン先を選んでいるのか、選ばないのか、気になってしまう。ハーレイの場合はどっちだろうかと、名人は選ばないんだけれど、と。
ハーレイの授業はまだ続いたから、その内に忘れてしまった、ぼく。授業の中身の方が大切。
学校を出る時もすっかり忘れていたんだけれども、家に帰って、庭に入ったら思い出した。前にこの庭で拾ったっけ、って。
ぼくの羽根ペン、鳩の羽根。見付けて拾った大きめの羽根、それを大切に持っていた。羽根ペン気取りで、ハーレイとお揃いになった気分で。
文字を書こうと頑張っていたら、折れちゃったけれど。力を入れすぎて折れてしまって、それでおしまい。泣く泣く屑籠に捨てるしかなくて、あれっきり手に入らないけれど。
羽根ペンだっけ、って考えた途端、頭に浮かんだハーレイの雑談。それから羽根ペン。
(ハーレイの羽根ペン…)
使えてるかどうか、やっぱり気になる。それまでのペンと全く同じに使えているのか、ペン先を選んでいるのかどうかも。
ダイニングでおやつを食べる間も、部屋に帰っても、ぼくの頭から消えない羽根ペン。白い羽根ペン、ハーレイと二人で買った誕生日プレゼント。
あの羽根ペンはどうなったのかな、と勉強机に頬杖をついて考えていたら、チャイムの音。
仕事帰りのハーレイが寄ってくれたから。ぼくの部屋で二人、テーブルを挟んで向かい合わせで話せる時間が出来たから。早速訊こうと口を開いた、羽根ペンのこと。
「あのね…。ハーレイ、筆を選ぶ?」
「はあ?」
なんのことだ、と怪訝そうな顔になったハーレイ。きっと雑談のことは忘れているから。
「今日の雑談だよ、ぼくのクラスの。…弘法筆を選ばず、って話してたでしょ?」
名人は道具を選ばない、って。筆でも、何でも。
「ああ、あれな。…あれがどうかしたか?」
「ハーレイはどうなのかな、と思ったから…。ハーレイの羽根ペン、どんな感じ?」
いろんなペン先がセットだったけど、どれでもスラスラ書けちゃうの?
それとも筆を選ぶみたいに、これでしか上手く書けないっていうのがあったりする?
「…そう来たか…。あの雑談で俺の羽根ペンを思い出したか、参ったな」
藪蛇だとは言わないが…。
「弘法筆を選ばず」と自分で喋ったからには、言い訳みたいになっちまうんだが…。
あの羽根ペンなあ…。
少し違うんだ、ってハーレイは困ったような笑顔になった。
ちゃんと書けるけど、何処か違うって。
「…どういう意味?」
何が違うの、ハーレイがそれまで使ってたペンと違う気がするの?
「いや、そうじゃなくて…。それまでのペンとは違っていたって当たり前だろ?」
なにしろ羽根ペンだ、ペンの軸が羽根で出来ている分、重さからして違うしな。頼りないくらい軽い気がしたし、使い勝手がまるで違った。それにインクもペンの中から出ては来ないし…。
慣れるまでに多少時間はかかるさ、それだけ違ったペンとなればな。
しかしだ、前の俺は羽根ペンを使ってたんだし、じきに慣れると思ってた。こいつが俺の愛用品だと、これで書くのが一番だと。
実際、今じゃ気に入っているし、あれで書くのが好きなんだが…。
どうも何処かが違うんだ。前の俺のと、前の俺が使っていた羽根ペンの書き心地と。
あれこれ試してみたんだが…、ってフウと溜息をついたハーレイ。
羽根ペンの箱にセットされてたペン先を色々と取り替えてみては、次々に試したらしいけど。
きっとどれかが手に馴染む筈だと書いてみたけれど、前のハーレイの羽根ペンとは違うって気がして、違和感が消えてくれないんだって。どれで書いても、いくら書いても。
「弘法筆を選ばず、って…。ハーレイ、自分で言ったんだよ?」
前のハーレイ、羽根ペンで書くのが得意だったと思うんだけど…。今は駄目なの、あれは違うと言うんだったら、ハーレイ、筆を選んでいるよね?
「だから、書けるとは言ってるだろうが」
字が書けないとは言っていないぞ、下手な字になるとも言ってない。
最初の間は慣れてないから、力加減が上手くいかなくて歪んじまった字だってあるが…。それは誰でも経験するだろ、よほどの名人ならばともかく。
俺はあの羽根ペンが悪いと言いはしないし、そのせいで字が下手になったと文句も言わん。俺の字は今も昔も同じで、羽根ペンで書こうが、それまでのペンを使って書こうが、変わらないぞ。
もう羽根ペンには慣れているから、字は書ける、って。
どのペン先をセットしたって、文字の太さや硬さが変わる程度で、ハーレイが書きたいと思った通りの字がスラスラと書けるらしいんだけど…。
「しかし何処かが違うんだよなあ…。前の俺のペンと」
あの羽根ペンとは違っているんだ、どのペン先をつけてみたって。
前のと全く同じにはならん、俺のじゃないって気がするんだよなあ…。前の俺と羽根ペンの長い付き合い、今の俺と今の羽根ペンとの付き合いとは比較にならないからな。
「書き心地が違うって言っていたよね、ペンそのものじゃなくってペン先だよね?」
字を書く時の感じだったら、ペン先が違うっていう意味だよね…?
前のハーレイが使ってた羽根ペンと今の羽根ペン、ペン先が違っているってこと…?
「どうやら、そういうことらしいな」
選んじゃいかんとは思うんだがなあ、「弘法筆を選ばず」だしな。
前の俺が使っていたペン先がいい、なんていうのは俺の我儘ってヤツなわけだし…。
だが…、とハーレイが教えてくれた話。ペン先についての、お得意の雑学。
前のぼくたちが生きてた時代も、今の時代も、ペン先はとても丈夫に出来ているけれど。ペンと一緒について来たものは、簡単に駄目にはならないけれど。
ずうっと昔は、ペン先といえば消耗品。すぐに潰れて買い替えるもの。ペンをよく使う人なんかだと纏め買いをしていたくらいに、ペン先の寿命は短かったみたい。
そういう時代に、自分好みの線が書けるよう、ペン先を工夫していた人たちがいた。ペンで絵を描く漫画家さんたち。同じペンでも、描きたい絵柄は人それぞれだし、その絵に似合ったペン先で描こうと、使い始める前にひと工夫。どうやっていたかは、人によって違う。
それに、ペン先についてる切れ込みの長さ。ほんのちょっぴり、人間の目では分からないほどの僅かな長さの違いで、書ける線が変わってしまったりもした。
字を書く人たちは全く気付かなかったらしいけど、絵を描く人たちは気が付いた。前と違うと、このペン先では前のような絵が描けないと。
それくらいに凄い、人間の手が持っている感覚。僅かな違いも見抜いてしまった、ペン先の方が違うのだと。自分の技術は前と全く変わらないのに、ペン先のせいで腕前を発揮出来ないと。
そういう話を聞いてしまったら、ハーレイのペン先が違うというのも分かる気がする。
「弘法筆を選ばず」だけれど、やっぱり筆も大切だよね、って。ハーレイの場合は筆と違って、ペン先ってことになるんだけれど。
そうしたら…。
「俺は選んでもいいと思うんだよなあ…。筆ってヤツを」
実際、選んでいたんだしな。弘法筆を選ばず、なんて言われているのに。
「え?」
誰が選んでたの、何の名人?
ハーレイが言ってた、ずっと昔の凄く有名な漫画家さんとか…?
「漫画家どころか、本家本元だ」
弘法大師だ、「弘法筆を選ばず」の弘法大師が筆を選んでいたって言うなあ…。
あの雑談にはオマケがあった。ハーレイが授業で話していなかっただけで。
実は本物の弘法大師は選ばないどころか、選んでた。筆というものを。
授業で聞いた、三筆って人。弘法大師が生きた時代の、字が上手だった三人の人。弘法大師と、嵯峨天皇と、橘逸勢っていう人たち。
その中の一人、嵯峨天皇に弘法大師が四本の筆を贈ったけれど。その時の言葉は、こうだった。この四本の筆を書体に合わせて使い分けて下さい、と。
書きたい文字に合わせて筆を変えろとアドバイス。ちゃんと記録に残ってる。
つまり、弘法大師も本当の所は筆を選んでいたってこと。「弘法筆を選ばず」どころか、反対に筆を選んでた。字の名人にだってアドバイスしてた、「筆を選んで下さいね」って。
「…じゃあ、あのことわざはどうなっちゃうの?」
弘法大師が筆を選んでいたなら、「弘法筆を選ばず」は間違いってことになるんだけれど…。
「史実とは違うってことになるなあ、記録にあるのは逆のことだからな」
しかし、ことわざは立派に出来ちまったんだし、後の時代の人たちはそっちの意味で使ったわけだし、頭から駄目だと言うことも出来ん。
これはなんとも難しいなあ、間違っています、と訂正しようにも「弘法筆を選ばず」と書かれた文章ってヤツは膨大な量があるからな。そいつを端から直していったら凄い手間だし、文章だって書いた人の持ち味が無くなっちまうし…。
放っておくしかないんだろうなあ、「弘法筆を選ばず」はな。
弘法大師がやっていたのとは逆のことわざが出来ちゃったらしい、「筆を選ばず」。一人歩きをしちゃった言葉。弘法大師は選んでいたのに、「弘法筆を選ばず」って。
弘法大師でも筆を選んでいたなら、ハーレイも筆を選んで良さそうだけど。筆じゃなくってペン先だけれど、ハーレイの手にしっくりと馴染むペン先を選べそうだけど…。
「ハーレイ、あの羽根ペンにセットしてあったペン先が違うと言うんだったら…」
前のハーレイのペン先は無いの、前のハーレイが使っていたヤツ。
「…前の俺?」
あれか、キャプテン・ハーレイが使っていたペン先のことか?
「うん。あれの復刻版とかは?」
それを買ったらピッタリじゃないの、同じペン先なんだから。復刻版なら、きっと同じに作ってあると思うよ、それこそ切れ込みの長さまで。うんとこだわって、本物そっくり。
ちょっと高いかもしれないけれども、買ってみる価値はあると思うな。
「おいおい、そんなのがあると思うのか?」
キャプテン・ハーレイ愛用のペン先なんかが、売られていると思っているのか?
あるとしたらだ、少々値段が高くなろうが、羽根ペンとセットで売りそうだがな…?
羽根ペンの売り場でそいつを見たか、って訊かれたら…。
ハーレイに羽根ペンを贈ろうと思って出掛けた時には見ていない。もしもあったなら、そっちにしたくてショーケースの中を見詰めていたに違いないから。
ぼくの予算より遥かに高くて手が出なくっても、「これがハーレイの羽根ペンなんだ」って。
「…そういえば、売り場では見なかったけど…」
キャプテン・ハーレイと言えば羽根ペンなんだ、って凄く有名な話だよ?
航宙日誌は羽根ペンで書かれていたって話も有名なんだし、ハーレイの羽根ペン、復刻版とかがありそうだけど…。売り場に並べるほどじゃなくても、取り寄せとかで。
「生憎とそいつは存在しないな、俺はとっくに調べたってな」
羽根ペンが欲しい気分になってきた時に、そいつを一番に探したんだ。
どうせ買うならキャプテン・ハーレイの羽根ペンがいいだろ、高くついても前の俺のをそっくり再現してあるヤツが。しかし何処にも無かったってな、キャプテン・ハーレイの羽根ペンはな。
「…なんで無いわけ?」
シャングリラの食器の復刻版とかは売られてるんだよ、ソルジャー専用のヤツ以外のも。食堂で普段に使っていたのも、ちゃんと復刻版が売られているのに…。
「分かっているのか、俺の羽根ペンだぞ?」
正確に言えば前の俺だが、俺が使っていた羽根ペンなんだぞ、そこを冷静に考えてみろよ?
ソルジャー・ブルーやジョミーたちとは全く違うぞ、人気の高さというヤツがな。
何処にニーズがあると言うんだ、って苦笑された。
ただでもレトロな文具の羽根ペン、そういったものが好きな人しか買わないアイテム。その上、キャプテン・ハーレイの羽根ペンの復刻版だと、ハードルが二重に高いって。
「俺ですら、羽根ペンを買うかどうかで躊躇ったんだぞ」
キャプテン・ハーレイの生まれ変わりで同じ記憶を持っていてさえ、暫く悩んでいたってな。
高いし、買っても使いこなせる自信が無かったし…。
お前がプレゼントしたいと言ってくれなきゃ、未だに買わずにいたかもしれん。売り場を何度も覗きに行っては、もう少し考えてからにするかと回れ右してな。
「そうだったっけね…」
ハーレイでも買うまでに時間がかかったんだものね、普通の人だともっと悩むかも…。
キャプテン・ハーレイを好きな人がいても、羽根ペンは安くはないんだし…。
せっかく買っても持ち歩けるタイプのペンとは違うし、やっぱりハードル高そうかなあ…。
復刻版は出ていないらしい、キャプテン・ハーレイの白い羽根ペン。
実際、キャプテン・ハーレイ愛用の羽根ペンが飛ぶように売れるとは思えない。シャングリラの食堂の食器だったら実用的だけど、羽根ペンの方はそうじゃないから。
それに食器はシャングリラに乗った気分になれるし、あの船に乗ってた誰が好きでも、その人と一緒に食事な気分。ソルジャー専用の食器はあっても、ソルジャーが食堂の食器を使わなかったということはないし、前のぼくもジョミーも使ってた。トォニィだって、きっと。
だけど、キャプテン・ハーレイの羽根ペンは違う。それを買ってもキャプテン・ハーレイにしか思いを馳せられはしなくて、しかも部屋に居る時のハーレイ限定、ブリッジじゃない。ハーレイはブリッジに羽根ペンを持っては行かなかったから。
キャプテン・ハーレイのファンが買うにも、羽根ペンはちょっぴり厳しそう。羽根ペンよりかはシャングリラの舵輪をあしらったレターセットだとか、そういう物が喜ばれそう。
でも…。
「ハーレイの羽根ペン、データは残っていないのかな?」
どんなペン先がついていたとか、そのペン先は何処で作ったものだったとか…。
「そいつは分からん」
俺もそこまでは調べていないし、どうなんだか…。前の俺の羽根ペン、歴史的な価値があるとも思えん代物だしなあ…。
「価値はどうだか知らないけれど…。トォニィは前のぼくたちの部屋を残していたよ?」
ハーレイとお揃いで持ってるシャングリラの写真集にも、前のハーレイの部屋が載ってるし…。あの部屋の机に羽根ペンがちゃんと置いてあるから、羽根ペンは最後まであったんだよ。
トォニィがシャングリラの解体を決めるまで、羽根ペンは残っていた筈だから…。キャプテンの部屋に置かれていたんだろうから、データ、あるかもしれないね。ペン先の分も。
「そうだな、シャングリラの資料を端から引っくり返せばな」
誰かが記録していたかもしれん、すっかり平和になった時代に。シャングリラの全てを記録しておこうと、あんなペン先に至るまでな。
「…データがあるなら、復刻版を作ってくれればいいのに…」
「そいつは些か難しそうだな、今に至るまで一度も作られていないんだからな」
さっきも言ったろ、キャプテン・ハーレイの羽根ペンはハードルが二重に高いと。
商品を作るからには売れないと駄目だし、あまり売れそうにない羽根ペンではなあ…。
それにペン先は自分で工夫していたものだし、と言うハーレイ。
ずっと昔のことだけれども。
なのに全く工夫もしないで、自分に合ったペン先が欲しいと考える方が我儘だろう、って。
ハーレイに聞いた替えのペン先を纏め買いしていた時代もそうだし、その前の時代は…。
「羽根ペンって、鳥の羽根のままだったの?」
ペン先がくっついていたわけじゃなくって、羽根のままなの…?
「うむ。羽根の先を切って使っていたんだ」
そいつをインクに浸してやればだ、ストローと同じで羽根の空洞がインクを吸うし…。
中にインクが入っている間はスラスラと書ける仕組みだな。そう沢山は入ってくれないが。
羽根ペンの仕組み、ぼくの推理は当たってた。
庭で拾った鳩の羽根で気取ったぼくの羽根ペン、あれを使っていた頃の推理。
羽根ペンの始まりは鳥の羽根をそのまま使うんだろうと、先っぽを切って書いたんだろうと。
そう思ったから、鳩の羽根でも充分に羽根ペン、ぼく専用だと大事にしてた。先っぽを切ったら失敗した時にもったいないから、切らずに書いていたけれど。尖った羽根の先でせっせと。
それでもポキリと折れてしまって、もう羽根ペンは無いんだけれど。
本物の羽根ペンは、あの頃にぼくが考えた通り、羽根の先を切って書くものだった。切った先を丈夫にするために軽く焼いたりもした。
そういう時代が過ぎた後には、ペン先の時代がやって来た。今みたいに丈夫なペン先と違って、纏め買いしてた消耗品。ペンを使って絵を描く人たちがペン先に工夫をしていた時代。
羽根の先を切って書いてた時代も、消耗品だったペン先の時代も、使いやすいよう、人は色々と工夫を重ねて来たんだから。
羽根の切り口を軽く焼いたり、自分の好みの線が描けるようペン先を工夫してみたり…。
そんな時代が幾つも幾つも重なった後に、今のハーレイのペン先がある。前のハーレイが使ったペンとは違ったペン先、書き心地が違うらしいペン先。
「俺が思うに、今の俺のペン先も、時代に合ったヤツなんだろう」
時代に合わせて進化して来て、今の時代ならこれがピッタリのペン先ですよ、ということだな。
俺には違和感のあるペン先でも、他の人たちは何も思わん。
むしろ書きやすいと思うんじゃないか、このペン先は素晴らしいとな。
「そうなの?」
ハーレイにはピンと来ないヤツでも、他の人が使えば素敵なの?
どれも書き心地のいいヤツばかりで、もっと他のがいいなんてことは思いもしなくて。
「多分な」
そうでなければ、あのペン先がセットになってはいないだろう。
羽根ペンのセットを売り出す前には色々とデータを集めた筈だぞ、どんなペン先がいいのかを。
沢山の人にアンケートをしたり、実際に書いて試して貰ったり…。
そうやって発売された自信作なわけだな、あの羽根ペンとセットのペン先たちは。誰が書いても手に馴染むヤツで、書き心地も多分、最高だろうな。
俺の手が時代遅れなんだ、って笑ったハーレイ。
キャプテン・ハーレイの時代からもペン先は進化を重ねて、今の時代はあのペン先だ、って。
書き心地もきっと今風なんだ、って、最先端だ、っておどけるけれど。キャプテン・ハーレイも驚く最新の羽根ペンなんだ、って笑っているけど、ハーレイは少し寂しそうで。
時代遅れだと笑う瞳の奥にちょっぴり、昔を懐かしむ光があって。
それがハーレイの本心なんだ、って分かるから。
本当は前のハーレイと同じペンが欲しくて、それで書きたいんだと思うから…。
「ハーレイの羽根ペンの復刻版、出して貰えないかな?」
何処かの会社が作らないかな、キャプテン・ハーレイの白い羽根ペン。
「ニーズが無いって言ってるだろうが、この俺が」
キャプテン・ハーレイだった俺が言うんだ、ニーズが無いと。発売したって、まず売れないな。
だがなあ…。
出しちまった、ってハーレイが浮かべた苦笑い。
何の話かと思ったんだけど、羽根ペンの会社にお願いの手紙。今のハーレイの羽根ペンを作った会社に手紙を書いて出したんだって。
「キャプテン・ハーレイのペン先の復刻版を出して貰えませんか」って。
同じ羽根ペン愛好家として、あの時代と同じペン先で書いてみたいと、それが夢です、と書いた手紙を郵便ポストに入れたと言うから。
発売されたら必ず買います、と羽根ペンで書いて出したと言うから。
「…出るかな、それ?」
ちゃんと発売して貰えるかな、キャプテン・ハーレイのと同じペン先。
データがあったら作れそうだし、ペン先だけなら羽根ペンほど高くはならないし…。羽根ペンが好きな人だって興味を持ちそう、どんな書き心地のペン先だろう、って。
「俺としては出て欲しいんだがな」
いろんなペン先を付け替えて使えるのが羽根ペンの良さだ、それこそ使い分けるんだな。書体に合わせるとか、自分の好みだとか…。「弘法筆を選ばず」の逆で、弘法大師のアドバイス通り。
そういう使い方を楽しんでるのが羽根ペン愛好家というヤツだからな、キャプテン・ハーレイのペン先の復刻版でも飛び付きそうではあるんだ、うん。
キャプテン・ハーレイのファンでなくても、SD体制の時代のペン先ってヤツを試したいとな。
「そっか…。それなら、ぼくも手紙、出すよ」
羽根ペンの会社の住所を教えて、ぼくも欲しいって手紙を書くから。
一人だけから手紙が来るより、二人目から来たら、会社の方でも売れそうだって考えそうだし。
「…チビの字でか?」
どう考えても、自分で羽根ペンを買えそうな大人の字じゃないんだが…。
説得力があると思うか、今のお前が書いた手紙に?
「うー…」
そうかも…。今のぼくが書いても「子供からか」って笑われちゃうかも、それでおしまいかも。
ちゃんと読んでは貰えなくって、商品開発の参考データにはならないかも…。
「弘法筆を選ばず」だけど。
名人だったら、どんな筆でも、どんなペンでも綺麗で立派な字を書くんだけど。
チビのぼくの字じゃ、何処から見たって子供の字。弘法大師のアドバイス通りに大人用のペンを使って書いても、羽根ペンを買えるお客様の字にはならないから。
パパの部屋からペンを持ち出しても、どう頑張っても、大人の字なんか書けないから。
「…今は無理だけど、大きくなったら何通も出すよ」
ちゃんと大きく育ったら。前のぼくと同じに大きくなったら、ぼくの字、大人の字になるから。
そしたら羽根ペンの会社に手紙を何通も書くよ、キャプテン・ハーレイのペン先と同じペン先を作って貰えませんか、って。
「お前も書いてくれるのか?」
羽根ペン、お前は使わないのに…。前のお前も使ってないのに。
「ハーレイのペン先、あると嬉しいでしょ?」
前のハーレイのと同じ書き心地のペン先、それがあったら。
最先端のペン先もいいかもしれないけれども、無理に慣れるより、時代遅れでも昔のペン先。
「まあな」
あのペン先にもう一度会えたら、俺は感動するだろうなあ…。
お前にまで手紙を出して貰って、復刻版がちゃんと発売されたら。俺の記憶に残った通りの書き心地のペン先、あれが帰って来てくれたらな。
お前が大きく育つよりも前に実現するかもしれないけどな、って言ってるハーレイ。
ペン先だけなら手間も開発費もそれほどじゃないし、って。
だけどニーズが無さそうなのがキャプテン・ハーレイの羽根ペンだから。
キャプテン・ハーレイのペン先だって、どう転ぶかは分からない。
ぼくが大きく育った頃にも出ていなかったら、まだハーレイが悲しそうだったら手紙を出そう。
ハーレイの羽根ペンを作った会社に、大人の字で。
「キャプテン・ハーレイのペン先の復刻版をお願いします」って。
ぼくは羽根ペンは使わないけど、ハーレイの羽根ペンを借りて、頑張って書いて。
「弘法筆を選ばず」だけど。
ハーレイにはやっぱり、あのペン先で書いて欲しいから。
これが馴染むと、俺のペンだと、あの頃のままの書き心地を楽しんで欲しいから。
ハーレイの羽根ペン、白い羽根ペン。
前のハーレイが使っていたのと同じに、ペン先までがそっくり同じでいて欲しいから。
だって、ハーレイの大好きなペン。
ハーレイには白い羽根ペンが似合うし、そう思って贈ったんだから。
いつか出て欲しい、復刻版。
キャプテン・ハーレイと同じペン先、それが出るまで、お願いの手紙を書き続けなくちゃ。
何度も、何度も、ハーレイのために手紙を書こう。
大好きなハーレイの嬉しそうな顔を見たいから。
幸せそうに羽根ペンを使う姿を、ハーレイの隣で見ていたいから…。
選びたいペン先・了
※今のハーレイがブルーに貰った、白い羽根ペン。見た目は、前のハーレイのと全く同じ。
けれど書き心地が違うらしいのです。前のハーレイのペンの復刻版、出て欲しいですよね。
←拍手して下さる方は、こちらからv
←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv
(酒も山ほどあるんだよなあ…)
今の時代は、とハーレイは食料品店の棚を覗き込んだ。
ブルーの家には寄れなかった日の帰り、買い出しに寄ったついでに酒も。食料品をメインに扱う店だけれども、酒のコーナーもあったから。
以前だったら酒屋に出掛けることも多くて、目当ては試飲。もちろん車で行けはしないし、散歩がてら歩いて行っていた。仕事の無い日に。
それが今ではすっかり御無沙汰、酒屋へ酒を選びに行くよりブルーの家。酒は食料品店で充分、馴染みの銘柄はそこそこ揃っているのだし…。
(シャングリラの頃とは比較にならないってな)
合成ではない本物の酒がズラリと並んで、しかも地球の水で仕込んであるという値打ち物。今の自分には当たり前の地球、けれども前の自分は違う。地球へ行こうと長い旅を続けた、青い地球がきっとあると信じて。前のブルーを失くした後にも、ただひたすらに。
前のブルーが遺した言葉を守って辿り着いた地球、前のブルーが焦がれた地球。前の自分の旅の終わりは青い地球にはならなかった。命懸けの旅路を嘲笑うような死の星、それが地球だった。
(…あんな地球では酒を仕込むどころか…)
水さえ飲めはしない、と赤かった地球を思い返して、今の自分の幸せをしみじみと噛み締める。この酒は全部値打ち物だと、本物の地球の水を使って仕込んだ酒だと。
水もそうだし、酒の材料。麦も、米も、どれも地球で採れたものばかり。
おまけに酒の種類だって増えた、前の自分が生きた頃には無かった酒。様々な文化が地球の上に蘇り、バラエティー豊かな酒も再び作られ始めた。
和風の酒やら、他にも色々。この店の棚にも和風の酒が何種類も置かれているけれど。
(…俺はやっぱりこいつなんだ)
これが好みだ、とウイスキーの瓶を手に取った。
和風の酒も好きだし、買ったりもする。酒屋へ試飲に出掛けていた頃には和風ばかりか中国風の酒なども買った、もっと他の酒も。
とはいえ、何が一番好きかと訊かれればウイスキーかブランデーといった所になるのだろうか。書斎でゆっくり飲みたい時には、そういう酒。グラスに注いで、時には氷を入れたりもして。
(今から思えば、前の俺のせいかもしれないなあ…)
白いシャングリラで馴染んでいた酒、無意識の内にそれを選んでいたかもしれない。今の書斎は雰囲気が何処かキャプテンの部屋に似ているから。
其処で飲むならこれなのだ、と。この酒がいいと、前の自分の好みに釣られて。
それも悪くはない気分だから、今日もやっぱりウイスキー。書斎で飲むならこれが一番、と。
ウイスキーの他にも食料品を買い込み、家へ帰って。
鼻歌交じりに夕食の支度、出来上がったらのんびりと食べて、後片付けも。それから気に入りのグラスを用意し、ウイスキーの瓶なども持って書斎に向かった。
いつもの机の前に座って、ウイスキーのボトルの封を切る。新しいボトルは久しぶりだと、前に比べてあまり飲まなくなったから、と。
(…あいつのせいだな)
酒屋にも御無沙汰になっちまったし、とウイスキーをグラスに注ぎ入れながら考える。グラスに入れて来た氷が弾ける音を聞きながら。氷が奏でる歌を聞きながら。
青い地球の上に生まれ変わって、再び出会った前の生から愛したブルー。
前とそっくり同じ姿に生まれたブルーだけれども、まだ幼い。十四歳にしかならないブルー。
十四歳では酒は飲めない、酒の瓶などには「二十歳から」と書かれているから。
その上、前のブルーも酒は駄目だった、今のブルーとは違って大人だったのに。飲めば悪酔い、酒の味も苦手で好きではなかった。
そんな恋人と再会したからか、前ほど飲まなくなってきた酒。休日に楽しく出掛けていた試飲に行けなくなったことも、残念だという気持ちはしない。ブルーの方が大切だから。試飲に行くよりブルーに会いたい、キスも出来ない恋人でも。
たまに前のブルーの写真を前にして、何杯も飲んでしまうけれども。
前のブルーを失くした辛さを、その悲しみを酒で紛らわすかのように杯を重ねるけれど。
(そういう酒も…)
あまり飲まなくなった、ずいぶんと心が落ち着いて来た。
新しいボトルの封を切るのは久しぶりだと思うのは酒量が減った証拠で、落ち着いた証拠。心が穏やかで落ち着いていれば、酒は好きでも多くは要らない。味を、喉ごしを楽しめればいい。
(あいつの右手と同じだな)
ブルーの右手、と笑みを浮かべた。
前の生の終わりに
メギドで凍えたブルーの右手。その手に持っていた温もりを失くして、冷たく凍えてしまったという。右手が冷たいとメギドを思い出すと、悪夢を見るのだと恐れるブルー。
けれど最近、減って来ているらしいメギドの悪夢。
右手が冷たくならないようにと贈ってやったサポーターのお蔭だと言っているけれど、そのせいだけではないだろう。
ブルー自身の傷が少しずつ癒えて来ている。
この地球の上で記憶が戻って、それから流れた時と共に。
(だから、俺だって…)
ブルーを失くす夢を見る夜がずいぶんと減った。自分の叫びで目覚める夜が。
それと同じで、前のブルーを失くした痛みも癒えつつある。ブルーは確かに生きているのだと、生きて帰って来てくれたのだと、小さなブルーに前のブルーが重なるから。
小さくてもブルーはブルーなのだと、俺のブルーは此処にいるのだ、と。
気高く美しかった前のブルーはもういないけれど、代わりに小さなブルーがいる。自分を慕ってくれるブルーが、愛くるしい笑顔の小さなブルーが。
同じ地球の上に、同じ町に小さなブルーがいる。学校でも、ブルーの家でも会えるブルーが。
そうして何度も逢瀬を重ねて、前のブルーを失くした悲しみも辛さも少しずつ癒えて…。
(前のあいつを忘れたわけではないんだがな…)
覚えているが、と机の引き出しを開けて取り出した一冊の写真集。自分の日記を上掛け代わりに被せてやっている、『追憶』という名のソルジャー・ブルーの写真集。
表紙に刷られた、真正面を向いた前のブルーの写真に向かって微笑み掛けた。
俺はお前を忘れていないと、お前は今でも俺のブルーだ、と。
「お前も飲むか?」
新しいボトルを開けたんだが、とウイスキーのグラスを掲げてみせる。
ブルーの分のグラスは持っては来ていないけれど。前のブルーと飲む予定ではなかったから。
今夜はそういう気分ではなくて、前のブルーを悼む酒ではないのだから。
ただ懐かしいというだけのこと。
前のブルーと生きていた日々が、白いシャングリラで過ごした日々が。
「お前は酒は苦手だったからなあ…」
こいつは地球の水で仕込んだウイスキーでだ、前の俺たちには信じられない極上の酒というわけなんだが…。それでもお前の舌には合わんな、ウイスキーだしな?
ウイスキーもブランデーも駄目だったろうが、お前の舌は。
よく言ってたっけな、「何処が美味しいのか分からないよ」と顔を顰めて。なあ…?
地球の酒でも美味くないよな、と戯れに話し掛けていて。
写真集の表紙の前のブルーに、「ウイスキーは所詮、ウイスキーだしな?」と語っていて。
ふと、ブルーでも美味しく飲める酒はあるな、と気が付いた。
酒だけれども、酒らしい味がしない酒。
まるでジュースのような味わい、酒が苦手でも飲めるカクテル。
正体は酒だし、ものによっては下手な酒よりアルコール度数が高いけれども、それと分からない味のカクテル、見た目もジュースそっくりで。
グラスに果物が添えてあったりと工夫を凝らしたカクテルの数々、あれならブルーも飲める筈。
そうは言っても酒なのだから、やはりブルーは酔うだろうけれど。
次の日の朝には「酷い目に遭った」と二日酔いに苦しみそうだけれども。
前のブルーでも飲めそうなカクテル、酒の味がしないと喜んで飲んでいそうなカクテル。
(あれはシャングリラには無かったんだ…)
ほんの一時期、存在しただけで姿を消してしまったカクテル。
シャングリラが白い鯨になるよりも前の遥かな昔に、ほんの僅かな間だけあった。人類の船から奪った酒をベースに、ジュースを混ぜて作られていた。酒を嗜む者たちの間で、これも美味だと。
誰かがデータベースで見付けたカクテル。同じ酒でも、こんな飲み方があるようだ、と。
酒をそのままの形で飲むより、ひと工夫というのが人気を呼んだ。成人検査と人体実験で記憶を失くしてしまっていたから、新しい情報や味というものに皆が貪欲だった。
酒を好んだ者たちの間でカクテルは一気に話題になったし、バーテンダーを気取る者まであったほど。新作を作ったと披露してみては、皆にやんやともてはやされて。
ところが上手くは運ばないもので、カクテルはまるでジュースだったから。
ある時、不幸な事故が起こった、休憩室に置かれていたのをエラがジュースと間違えて飲んだ。喉ごしが良くて、ほど良く冷えていたというのも悪かった。
何も知らなかったエラはジュースだと思い込んだままで何杯か飲んで、気付いて止める者も誰もいなくて。ブラウがエラを見付けた時には、いわゆる大トラ。とてもエラとは思えない女性が泥酔していた、それは御機嫌で。
エラは部屋へと運ばれたけれど、「自分で歩ける」と千鳥足で踊るように歩き、歌まで歌った。出会った者たちに「よう!」と声を掛けては肩を叩いた、ブラウさながらに。
すっかり人が変わってしまって、シャングリラ中を練り歩いたエラ。自分の部屋へ真っ直ぐ帰る代わりに、ブリッジまで覗いて陽気に騒いだ。
けれど翌朝は酷い二日酔い、記憶はまるで無かったけれども、皆の様子で何があったかは充分に把握出来たから。エラは怒った、カクテルのせいだと。あれは危険な飲み物だと。
風紀が乱れると激怒したエラ、被害に遭ったのが自分だったから良かったけれど、と。
そうしてカクテルは禁止されてしまった、シャングリラには相応しくない悪魔の飲み物だと罵倒されて。二度と作るなと出された通達、逆らえる者は誰も無かった。
(あれっきりになっちまったんだよなあ…)
シャングリラで力をつけていたエラの鶴の一声、無かったことにされたカクテル。ベースにする酒まで禁じられたら大変だから、と皆は粛々と従った。ジュースのような酒は姿を消した。
密かに作ろうという度胸のある仲間もいなかったから、もう本当にそれっきり。エラと一対一でやり合えるだけの発言力を持った人物、ゼルとヒルマンが自室でコッソリ楽しんでいた程度。
(あの二人でもコッソリだったんだ…)
厨房にいた頃、ジュースの調達を何度か頼まれた。明らかにカクテルだろうと分かった、自分もレシピは知っていたから。流行っていた頃に目にしてもいたし、耳でも情報を集めたから。
ゼルやヒルマンにジュースを渡すと「今夜どうだ?」と誘われたから、間違いはない。御禁制のカクテルの宴、それを催していたに違いない。
エラの目から逃れて、コソコソと。酒とジュースを混ぜ合わせて。
シャングリラではそういう飲み物だったカクテル、悪魔の飲み物のレッテルがベタリと貼られたカクテル。
だから前のブルーはカクテルを飲んだことが無い。少年の姿だった頃はもちろん、成長した後も飲んではいない。
既にカクテルが禁止だったことも大きいけれども、それよりも前にエラの泥酔。カクテル禁止の原因になった泥酔事件はブルーも見たから、恐ろしい飲み物だと考えていた。二日酔いになる上、人格までもが変わってしまう。カクテルは悪魔の飲み物なのだと。
「ハーレイはアレは作らないよね」と信じ切った目で見られたから。ゼルやヒルマンはコッソリ作っているようだけれど、ハーレイは作りはしないよね、と言われたから。
(…あいつの信頼は裏切れんしな?)
作らないままで終わったカクテル、レシピは幾つも知っていたけれど。
酒が苦手な前のブルーでも美味しく飲めそうなカクテルの味も知っていたけれど、一度も作りはしなかった。エラを見舞ったような不幸がブルーを襲わなくても、二日酔いは起こすだろうから。原因はジュースだったのだろうと、あれはカクテルだと責められたくはなかったから。
(さて、今度は…)
どうしようか、と考える。
ブルーの口にも合いそうなカクテル、苦手だと言わずに飲めそうな酒。ジュースを飲むのと同じ感覚で飲めるカクテル、あれならばブルーも美味しく飲める。
「何処が美味しいのか分からない」と嫌っていた酒を、自分と一緒に飲むことが出来る。小さなブルーはまだ駄目だけれど、二十歳の誕生日を迎えたならば。
それに、今度の小さなブルー。酒が飲めるように努力をすると言っていたブルー。
苦手な酒をそのままで飲ませるよりかは、カクテルがいい。同じ酒なら楽しんで欲しい、これは美味しいと喜んで欲しい。
ただ、飲みすぎには注意だけれど。「もっと欲しい」と飲ませすぎたら危険なカクテル。そこは昔と変わってはいない、エラが泥酔していた頃から。今も昔も口当たりの良さで飲みすぎる人間が後を絶たない、なにしろ味はジュースだから。酒の味はまるでしないから。
「もうそのくらいにしておけよ」とブルーの酒量に注意しながら、二人で飲むのも今ならでは。
カクテルは禁止されていないし、ブルーと二人で酒を飲むにはピッタリのもので。
(あいつに訊くかな…)
カクテルを飲んでみたいかどうかを。
明日は土曜日、ブルーの家を訪ねてゆくから、小さなブルーに。
次の日の朝、目が覚めたら直ぐに思い出したカクテルのこと。これは訊かねば、とブルーの家に出掛けて行った。いい天気だから、秋晴れの空の下を歩いて。
生垣に囲まれたブルーの家に着き、二階の部屋に案内されて。いつものようにテーブルを挟んで向かい合わせで座って、こう切り出した。
「お前、今度は酒が飲めるように努力をするんだったっけな?」
「そうだよ、ハーレイをパパに取られたくないしね」
ぼくがお酒を飲めなかったら、ハーレイはパパと飲むんだって言うし…。
ハーレイとパパが楽しく飲んでて、ぼくは仲間外れになっちゃうだなんて、最悪だもの。
「よし。それなら、カクテルに挑戦するか?」
「…カクテル?」
なあに、それ? そういう名前のお酒があるの?
「名前と言っていいのかどうか…。カクテルにも色々あるからな」
カクテルの中には甘いジュースみたいなヤツもあるんだ、見た目も味もジュースそのままだ。
お前が苦手な酒の味はしない、そういうカクテルが幾つもあるのさ。
エラの事件を覚えていないか、と尋ねてみたら。
シャングリラで起こった事件なんだが、と言えば、ブルーはキョトンとして。
「…エラ?」
エラがどうかしたの、シャングリラで事件って…。エラは事件なんかは一度も…。
「いや、あった。酔っ払っただろうが、休憩室でジュースを飲んで」
正確に言えば、ジュースと間違えて酒を山ほど飲んだわけだが。
「ああ…! そういえばあったね、歌まで歌って、ブラウみたいになっちゃったエラ」
後から凄く怒ってたけど…。あれは悪魔の飲み物だ、って、シャングリラの風紀が乱れるって。
「あの時のジュースがカクテルなんだ。…あれで禁止になっちまったが」
シャングリラではカクテル作りは禁止されたし、幻の酒っていうヤツだな。
ゼルとヒルマンがコッソリ部屋で楽しんでいたが、他のヤツらは飲んでいない筈だ。エラが相手じゃ勝ち目がないしな、バレたらタダでは済まんだろうし…。
前のお前がカクテルって名前を覚えるよりも前に消えちまったな、シャングリラではな。
「そっか、あのジュースがカクテルだったんだ…」
エラが間違えて飲んじゃったお酒、今でもあるの?
ジュースみたいな味のお酒なら、確かにぼくでも飲めそうだけど…。エラも飲んだんだし。
「あるぞ、カクテル。挑戦するかと訊いてるからには、もちろんあるさ」
酒の強さもピンからキリまで、前の俺たちが生きてた頃より遥かに沢山のカクテルがな。
カクテルに使う酒の種類も増えているし、と例を挙げてやった。SD体制の時代には存在自体が消されていた酒、それの一つのリュウゼツランから作る酒。テキーラと呼ばれて愛されたけれど、カクテルのベースとしても有名だったけれど、前の自分たちの時代には無かったと。
「テキーラは強い酒なんだがなあ、カクテルにすればいい感じになるぞ」
これが酒か、と思うような美味いジュースになるんだ。お前でもきっと飲めるだろう。テキーラそのものは嫌がりそうだが、カクテルならな。
それから、和風の酒がベースのカクテルもある。和風の酒も前の俺たちの頃には無かったな。
「そうなんだ…!」
テキーラはちょっと無理そうだけれど、和風のお酒だったら大丈夫かも…。
カクテルでなくても、そのまんまでも。
「おいおい、どういう根拠でそうなるんだ?」
和風の酒なら大丈夫そうって、お前、まだ酒なんかは飲めないだろうが。
「酒蒸しとかがあるじゃない。ママが時々、作ってくれるよ」
ぼくは酒蒸し、大好きだから…。嫌な味だと思ったことが無いから、和風のお酒は平気かも。
前のぼくでも大丈夫だったかもしれないよ。無かったから試せなかったってだけで。
人によって駄目なお酒は違うかも、とブルーは大真面目だから。
今の自分も前の自分も、和風の酒なら飲めるのかも、と酒蒸しを根拠に決め付けるから。
「アルコール入りの飲み物って所は、どれも同じだと思うがなあ…」
酒蒸しにするとアルコール分は飛んじまうんだぞ、もはや酒とは言えん代物だ。風味だけだな、酒蒸しで酔っ払っちまったって話は聞いたことがないが。
「…そう?」
でも、ぼくの嫌いな味はしないよ、酒蒸しからは。
それに和風のお酒が駄目でも、カクテルだったら飲めるんでしょ?
カクテルになったらジュースみたいで、お酒だって感じがしなくって…。それならぼくでも絶対平気。いつかカクテル、飲んでみたいな。
「エラと同じ末路ってことも有り得るが?」
飲みやすかったからエラはああなっちまった。お前だって、そうならないとは限らんぞ。
お前の酒の限界ってヤツが謎だからなあ、俺が止めるにしても間に合わないって可能性も…。
エラほど派手には酔わなくっても、二日酔いコースはあるかもなあ…。
「二日酔いでも、ぼくは気にしないよ」
だって、ハーレイと一緒にお酒が飲めるんだよ?
美味しくない、って文句を言わずに、ジュースみたいに美味しいのを。
次の日に頭が痛くなっても、ちょっと気分が悪くなっても、ハーレイと一緒にお酒がいいな。
カクテルに挑戦してみたい、とブルーは飲む気のようだから。
飲んでみたいと大乗り気だから、「よし」と大きく頷いた。
「なら、カクテルも勉強しておくかな」
普通のも、和風の酒とかのも。たまに作って試飲に研究、お前と飲む時に備えてな。
「…ハーレイ、カクテルは詳しくないの?」
パパとお酒の話をしてたし、詳しいのかと思ったけれど…。
これから勉強するんだったら、カクテルは作っていないわけ?
「俺は普通に飲むのが好きでな」
酒はそのまま、それが基本だ。氷を入れたり、水で割ったり、その程度だな。和風の酒なら熱くするとか、冷やすとか…。
前の俺も酒はそのままだったな、ゼルやヒルマンはカクテルも飲んでいたんだが…。
あの頃のレシピも覚えてはいるが、今の時代に似合いのカクテルの方がいいだろう?
和風の酒とか、前の俺たちの頃には無かったテキーラとかで作ったカクテル。
俺も自分で作りはしないが、たまに飲むのは嫌いじゃないぞ。
カクテルを作って飲ませてくれる店があるんだ、と話したら。
決まったレシピで作る他にも、注文に合わせてオリジナルのを作って貰えると教えてやったら。
「それ、行ってみたい…!」
ハーレイに作って貰うのもいいけど、専門のお店だったら材料だって色々あるよね?
こういう味のカクテルが飲みたい、って言えば作ってくれるんでしょ?
もっと甘くして、って頼んだら甘くなったり、ソーダ入りのにして貰えたり。
「お前、何杯も飲むつもりなのか?」
いくらカクテルでも相手は酒だぞ、甘くて美味いと飲んでいる内に酔いそうなんだが…。
いや、確実に酔っちまうから、俺としてはだ、二杯くらいで止めて欲しいが…。
「たったの二杯? それじゃ美味しいのに出会えないよ…!」
もっと甘く、って頼んだら、それでもう二杯目だよ?
ソーダ入りのが飲みたくっても、それを試す前におしまいになってしまうじゃない…!
せっかく店に出掛けるからには二杯だけではつまらない、と唇を尖らせるブルーだけれど。
オリジナルのカクテルを色々試してみたい、と膨れるけれど。
もっと、もっと、と試す間にブルーが酔うのは確実だから。もう間違いなく酔ってしまうから。
「…酔ったお前を人に見せたくないんだがなあ…」
だからだ、二杯くらいで止めて欲しいと思うわけだな、酔っても顔に出ない間に。
「なんで?」
酔っ払っても、ぼくはエラみたいになったりしないと思うけど…。
そうなる前にハーレイが止めてくれるだろうから、ちょっとくらいは酔っ払っても…。次の日に二日酔いになるのはぼくだし、ハーレイじゃないし。
「いや、駄目だ。酔っ払ったお前を披露したくない」
店の人もそうだし、他にも客がいるんだろうし…。
酔ったお前を見せてやるだなんて、そんなもったいないことは出来んな。
「えーっ!?」
もったいないって、なんなの、それは?
みっともないの間違いじゃないの、エラが酔っ払った時に後でそう言って怒っていたよ?
あんな飲み物を置いておくから、みっともないことになっちゃった、って…。
風紀が乱れる酷い飲み物で、悪魔の飲み物。飲んだら、みっともなくなるから、って。
まるで分かっていないらしいブルー。もったいないの意味が掴めていない小さなブルー。
酔った自分が美しかったことをブルーは知らない。
どれほど煽情的であったかも、匂い立つような色気と艶やかさを帯びていたのかも。ほんのりと赤く染まった頬や目許や、香しい息が零れ落ちていた唇やら。
酔っ払った最中に鏡は見ないし、たとえ鏡を見ていたとしても、自分で気付くわけがない。今の自分がどう見えるのかも、そんな自分が宿す美なども知るわけがない。
ハーレイはフウと溜息をつくと、小さなブルーに分かるように説明してやった。
「お前、酔ったら凄い美人になるからなあ…」
元から美人で綺麗なんだが、もっと美人になっちまう。だからもったいないって言うんだ、他のヤツには見せたくないしな。
「…そうなの?」
酔っ払ったら美人だなんて、言われてもピンと来ないけど…。
エラはとっても怒ってたんだし、みっともないなら分かるんだけれど。
「いや、酔ったお前は確かに美人だ。芙蓉どころか酔芙蓉ってな」
「なにそれ?」
「ん? 芙蓉が美人で、酔芙蓉は酔った美人ってトコだな」
芙蓉って花は知ってるか?
元々は中国で蓮の花を芙蓉と言っていたんだ、そして美人の譬えでもあった。芙蓉のかんばせ、とくれば美人の顔のことだな。
ところが日本じゃ芙蓉は蓮じゃなくって、全く別の花になっちまった。その芙蓉の中に酔芙蓉という品種があってな、そいつはまさに酔っ払うんだ。一日だけしか咲かない花だが、その間に花の色が酔っ払ったみたいに変わってゆくんだな。酔った芙蓉で酔芙蓉だ。
そういう綺麗な花があるのさ、と酔芙蓉の解説をしてやったら。
「…あの花かな?」
えっとね、ちょっと離れた所の家にね、色が変わる芙蓉が咲くんだよ。真っ白だな、って思って通るんだけれど、お昼過ぎに見たらピンクになってて、夕方にはもっと濃いピンク色。
あれのことかな、酔芙蓉って…?
「そうだ、そいつが酔芙蓉だ」
雪のように白い肌の美人が酔ってゆくように見えるだろう?
最初はほんのり淡く色づいて、だんだん顔が赤くなる。美人の芙蓉が酔っ払うんだし、酔芙蓉は酔った美人だろうが。
お前も酔芙蓉の花を知ってるんなら、どれほど綺麗か直ぐに分かるよな…?
まさにそういう感じになるのが酔ったお前で…、と片目を瞑った。
そんなお前を他のヤツらに見せたくはないと、もったいないと。そうしたら…。
「酔芙蓉、好き?」
「はあ?」
唐突に問われて、小さなブルーをまじまじと見る。どういう意味か、と。
「酔った前のぼく、好きだった?」
もったいないから見せたくない、って言うんだったら、そういうぼくも好きだった?
酔芙蓉みたいだった、っていう前のぼく。
「そうだなあ…。好きではあったが…」
この上もなく美人だったし、ふらふらと惹き付けられもした。
こんなお前は俺だけのものだ、と得意にもなったものなんだが…。
誰も知らんと、誰も見たことのない最高の美人だと、酔芙蓉なお前に酔ったもんだが…。
迷惑もした、と苦笑した。
明くる日は散々文句を言われて、と。
酔芙蓉だった前のブルーはそれは美しかったけれども、魅せられたけども。当のブルーは酔っているのだし、次の日は必ず二日酔い。頭痛や胸やけなどで臥せるか、ぐったりするか。
そんな自分に無茶をさせたと、どうして寝かせてくれなかったかと膨れたブルー。夜の間に何があったか、自分の身体を見れば一目で分かるから。どういう夜を過ごしたのかが。
「えーっと…。今度のぼくは文句なんかは言わないよ?」
前のぼくと違って、お酒を美味しく飲めるんだし…。ジュースみたいなカクテルなんだし。
美味しいカクテルで酔っ払っても、二日酔いでも、苦手なお酒じゃないからいいよ。
「さて、どうだか…」
お前は分かっていないようだが、前のお前が言ってた文句。
酒の味の文句も入ってはいたが、チビのお前には分からない文句もあったってな。そっちの方を今度も言われそうだな、ハーレイは酷いと、人でなしだと。
「…言わないよ?」
ホントのホントに何も言わないよ、美味しくお酒を飲んだんだから。
二日酔いでも、絶対、ハーレイのせいにはしないよ、酷いだなんて言いやしないよ。
やはり分かっていないブルーは、今度は二人で酒を飲むのだと上機嫌だから。
美味しく飲めるならカクテルを飲むと、飲みに行きたいとはしゃぐから。
「酔芙蓉は他のヤツらに見せられんからなあ…」
飲みに行くなら、うんと弱いのを二杯までだ。そのくらいだったら顔には出ないだろうし…。
それ以上は駄目だな、お前、酔芙蓉になっちまうしな。
「じゃあ、カクテルは二杯だけなの?」
ハーレイと一緒に飲みに出掛けても、ぼくは二杯でおしまいなの?
もっとハーレイとお酒を飲んでみたいのに…。前のぼくが飲めなかった分まで、美味しいのを。カクテルだったら何杯だって飲めそうな気がするのに、二杯だけなの…?
「店で飲むならな。…しかしだ、お前が俺に付き合って飲んでくれると言うのなら…」
俺が作るさ、家でカクテル。それなら何杯飲んでもいいしな、見てるヤツらはいないしな。
お前が酔芙蓉になっちまっても、家なら連れて帰らなくても大丈夫だし。
「うんっ! 家で飲むなら、酔っ払っても安心だよね!」
パタッと倒れて眠っちゃっても、ベッドに運んで貰えるし…。
次の日の朝に二日酔いでも、そのまま寝ていてかまわないんだし。
家で二人でカクテルを飲もうね、と笑顔のブルーは未だに分かっていないけれど。
酔芙蓉になった自分が家にいたなら、ベッドでぐっすり眠るどころではないということにまるで気付いていないけれども、それが可愛くて愛おしい。
(酔芙蓉をそのまま眠らせちまうなんて、それこそもったいないってな)
小さなブルーは全く分かっていないけれども、酔芙蓉の花は愛でてこそ。愛でて、愛して、花の香に酔って、心ゆくまで味わってこそ。
いつかはブルーとカクテルもいい。白から紅へと色を変えてゆく、酔芙蓉の花を愛でながら。
(今からレシピを増やしておくかな、いずれブルーと飲むんだからな?)
前の自分が記憶していたレシピの他にも、あれこれ調べて研究しよう。酒が苦手でも飲めそうなものを、ブルーが喜んで飲んでくれそうなカクテルを。
店で飲んでもいいのだけれども、自分の家で酔芙蓉。
最高の美人を一人占めするために、酔芙蓉の花に溺れるために…。
酔芙蓉・了
※シャングリラでは、ご禁制の品だったカクテル。悪魔の飲み物では仕方ないのですけど…。
本当はとても美味しいわけで、今度はブルーと飲みたいハーレイ。酔芙蓉なブルーと。
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