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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。




お花見シーズンが終わると暫くは静か。桜だ、屋台だと押しかけて来ていたソルジャー夫妻と「ぶるぅ」が来なくなるからです。ようやっと今年も終わってくれた、と思う一方、気が抜けたような寂しさも少し…。
「次の波乱はいつだと思う?」
ジョミー君の問いに「要らないから!」と、みんなで即答。放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋は平和でなんぼで、別の世界からのお客様が起こす波乱なんかは要りません。
「お前な…。こないだまで迷惑だと言ってたくせに」
喉元過ぎれば忘れるのか、とキース君。
「俺たちだけでの平和な花見は今年も不可能だったんだぞ!」
「そうでしたねえ…」
今年もですね、とシロエ君が深い溜息を。
「ぼくたちだけでのお花見っていうのは、もう永遠に不可能だって気がしてきましたよ」
「おいおい、弱気になるんじゃねえよ!」
言霊って言うぜ、とサム君が割って入りました。
「口に出したら負けなんだよ。こう、勝つんだっていう気持ちでいかねえと!」
「そうでしょうか…」
「仏の道だって同じなんだぜ、挫けてちゃ前に進めねえんだよ」
いくらお経が長ったらしくても覚えなければ、とサム君ならではの前向きな台詞。
「こんなの覚えられるかよ、って思ってたのも頑張れば覚えられるしよ…。要はやる気だぜ」
「でも…。お花見と仏道修行は別物ですよ」
お花見はレジャーで仏道修行は修行なんです、とシロエ君。
「修行は遊びじゃ出来ませんしね? ぼくたちはお花見をレジャーと捉えているわけで」
「だよね、修行は要らないよね!」
ジョミー君が乗っかったので、「お前が言うか!」とキース君が軽くゴツンと。
「お前が次の波乱と言うから、こういう話題になったんだぞ!」
「そうだっけ?」
「そうですよ!」
お前だ、お前だ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋は今日も賑やか。ソルジャーたちがいなくても充分賑やかだよね、と思っていたら…。



「こんにちは」
いきなり背後で聞こえた声。バッと振り返ると、フワリと翻る紫のマント。
「やあ。こないだのお花見以来だねえ」
ソルジャーが立っているものですから、会長さんが不機嫌な声で。
「何しに来たのさ?」
「ん? ちょっと…。ぶるぅ、今日のおやつは?」
「かみお~ん♪ イチゴとピスタチオのムースケーキだよ!」
上がイチゴで下がピスタチオ、と二層になったムースケーキを指差す「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「美味しそうだね、じゃあ、それと…」
「いつもの紅茶? ちょっと待っててねー!」
用意するね、とササッと出て来たケーキのお皿と紅茶のカップ。ソルジャーは空いていたソファにドッカリと座り、早速ケーキを頬張って。
「うん、美味しい! イチゴのムースもピスタチオもいいね」
「でしょ、でしょ? 色もとっても綺麗なの~!」
褒めて貰った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は跳ねてますけど、会長さんが。
「ケーキはともかく…。君の用事は?」
「ああ、用ね! ちょうどタイミングがピッタリかな、と」
「「「タイミング?」」」
「そう! 修行がどうとか、レジャーがどうとか」
まさにそういう話をしたかったのだ、と言われて飛び交う『?』マーク。
「修行だって?」
「それにレジャーですか?」
レジャーはともかく、修行の方。ソルジャーが修行に興味があるとは思えませんけど…。
「あ、やっぱり? ぼくは修行は嫌いに見える?」
「当たり前だよ!」
コツコツ地道な努力というのは嫌いだろう、と会長さん。
「結果はパパッと出る方が好きで、努力の成果も直ぐに出ないと文句たらたらかと」
「まあね」
否定はしない、という答え。だったら何処から修行なんかが…?



「…ずいぶん前に聞いた話を思い出してね」
修行と聞いて、とソルジャーは紅茶を一口飲んで。
「ノルディとランチに行った時かな、それともディナーだったかな? ちょっと変わった修行が話題になったんだよ」
「滝行かい?」
会長さんの問いに「ううん」とソルジャー。
「滝に打たれるのは普通なんだろ、こっちの世界じゃ」
「…普通じゃないけど、まあ、スタンダード?」
「修行と聞いたらすぐに頭に浮かぶ図ではあるな」
俺はやらんが、とキース君が頭を振って、会長さんが。
「璃慕恩院ではやらないからねえ…。ぼくが一時期、行ってた恵須出井寺ではやるんだけどね」
「あんたもやっていたんだったな…」
でもってサイオンでズルだったな、と言われて蘇る会長さんの修行時代。滝行だの水垢離だのはサイオンシールドでズルをしていたと聞いています。それでも修行はしたんですから、伝説の高僧、銀青様が存在しているわけですが…。
「なるほど、ブルーも滝行をねえ…。でもね、ノルディの話はそんなんじゃなくて、武者修行だって言ってたよ?」
「「「武者修行!?」」」
それは武道の道だろうか、と思ったのですが。
「なんてったかなあ、何処かの会社の新人研修みたいなもの?」
「「「は?」」」
新人研修で武者修行。やはり武道か、と考えたのに。
「違う、違う! いきなり外国に放り出されて、この国の言葉は一切禁止! 喋ったらそこで研修終了、強制的に帰国させられた上、出世の道も断たれるらしいよ」
「「「えーーーっ!!!」」」
なんと恐ろしい会社なのだ、と震え上がった私たちですが。
「その研修でさ、逞しく生き残る方法は個人の自由なんだな。現地溶け込みでバックパッカーな生活も良しで、住み込みで料理修行とかもアリ」
そうやって楽しく自分を鍛えて修行を積むのだ、という話を聞いたら「面白そうだ」とも思えてきました。そっか、楽しい修行もあるんだ…。



ソルジャーがエロドクターから教えられたらしい、何処かの会社の新人研修。期間中に得て来た体験を元に、後に会社の企画を立てたりする人もあるのだそうです。一見トンデモな修行に見えても楽しい上に役に立つのか、と皆で感心していたら。
「それでね、前からちょっと考えていたことがあるんだよねえ…」
武者修行の話がヒントになって、と微笑むソルジャー。
「楽しく修行って素敵じゃないかい? しかも無事に終えたら御褒美だしね?」
出世への道が開けるのだ、とソルジャーは例の会社を挙げました。途中で投げたら出世コースはオジャンですけど、無事に終えれば誰でも漏れなく出世コースへのスタート地点に立てるとか。それまでの経歴も何も関係なくって出世への道。
「…それは美味しい話かもしれんな」
特に俺には羨ましいな、とキース君。
「坊主の道で出世するのは大変なんだ。スタート地点は出た学校で多少変わるが、後は一切、裏道無しだ。努力以外に方法は無いし、ついでに楽しい方法でもない」
「だろうね、本物の修行じゃねえ…」
「外国の仏教寺院で頑張ってみました、と言った所で何の評価もされないからなあ…」
坊主の階級とは無関係だ、というキース君の嘆き。
「ある程度の階級に達してからやれば、同じ外国の寺院行きでもググンと評価が上がるんだが…。上手く行ったら璃慕恩院でのお役目もつくが、ヒラの坊主ではどうにもならん」
出世のためには修行を積んで、ある程度階級を上げるしかないのだ、という厳しい世界。修行イコールお念仏とか、璃慕恩院とかの「本山」とつくお寺で開催される研修道場。中には住職の資格を取る時の道場と同じくらいにキツイ修行もあるのだそうで…。
「そいつを何回も繰り返すという猛者もいるがな、それでも階級は上がらない。あくまで積んだ修行の年数だ。年功序列の世界なんだ」
出世へのコースを楽しく開く方法は無い、と残念そうなキース君。お坊さんだから仕方ないんじゃあ、とも思いますけど…。
「まあな。坊主が楽して出世していたら、それこそアレだ」
「うんうん、坊主丸儲けってね。こっちの世界じゃそう言うらしいねえ…」
それで、とソルジャーが話を引っ張り戻して。
「楽しく修行で、終えたら御褒美! それもいいかな、と提案しにやって来たんだけれど」
どう? と訊かれても何が何だか。私たちに何処かで修行をしろと?



どこぞの会社の新人研修の武者修行。楽しそうではありますけれども、私たちには入社予定はありません。今後も多分、一生、シャングリラ学園特別生。会社とは縁が無さそうだよね、と頷き合っていると。
「えっ、君たちにやれって言うわけじゃないんだけれど?」
「じゃあ、誰が?」
ぼくはそこまで暇じゃないしね、と会長さん。
「ぶるぅの部屋で過ごす時間も大切、ぼくの家でのんびり過ごすのも大切。ぼくの女神と過ごす時間はもっと大事で、修行なんかはしてられないね」
楽しくってもお断りだ、と天晴な言葉。ところがソルジャーの方は「そうかなあ?」と首を捻っています。
「ある意味、楽しいと思うけどねえ? 修行をするのは君じゃないけど」
「誰なのさ、それ?」
「こっちのハーレイ!」
もちろん修行はうんと楽しく、とソルジャーは胸を張りました。
「常々、どうにかならないものかと…。あのヘタレっぷり!」
「ちょ、ちょっと…! ヘタレで修行って…!」
「ヘタレ直しに決まってるだろう!」
これぞ本当の修行なのだ、とソルジャー、ニコニコ。
「普通の方法じゃ挫折するのが見えているしね、武者修行コースがお勧めなんだよ」
「「「武者修行コース?」」」
「そう! 楽しく修行を積んでいってね、ゴールインしたら御褒美なわけ!」
楽しい修行と目の前のニンジン、この二つがあれば無事に乗り切れると踏んでいるのだ、とソルジャーは唱え始めました。
「ぼくの考えとしては、こっちの世界のラジオ体操? あれがいいかと」
「「「ラジオ体操?」」」
どう楽しくて修行なのだ、とサッパリ意味が不明でしたが、ソルジャー曰く、修行の過程を記録するのがラジオ体操方式だとか。
「こっちじゃアレだろ、夏休みとかに子供が参加した時はカードにスタンプが貰えるんだろ?」
「それはそうだが…」
「要はスタンプカードなんだよ、修行一回につきスタンプが一個!」
カードが埋まれば御褒美なのだ、という解説でやっと納得。なるほど、スタンプカードですか…。



「スタンプカードってヤツは全部埋まると色々あるよね?」
割引だとか粗品を進呈だとか、とソルジャーはなかなかに詳しい様子。エロドクターからせしめたお小遣いで買い物をしたりしていますから、スタンプカードも貰ったことがあるのでしょう。いい加減な性格をしているだけに、せっかくのカードも行方不明になりそうですけど。
「あっ、分かる? 何度も作って貰うんだけどねえ、埋まらないねえ…」
その前に青の間で埋まっちゃってね、と舌をペロリと。片付かない青の間のゴミに埋もれて消えるそうです、スタンプカード。
「だけどハーレイは律儀だからねえ、ぼくと違ってキッチリ管理! その辺はこっちの世界のハーレイも同じ性格だと見た!」
「うん、まあ…。そうではあるけど」
真面目にスタンプを集めているよ、と会長さん。教頭先生がお持ちのスタンプカードの代表は家の近所のパン屋さんだそうで、食パンなどを買えば金額に応じてスタンプがポンッ! と。
「全部埋まると金券になるんだ、頑張ってコツコツ集めているよ」
持って行くのを忘れた時にはレシートに印を付けて貰って次回にスタンプ、という話。
「へえ…! そこまで律儀なら武者修行コースも頑張れそうだね」
「その前に一つ訊きたいんだけど…」
どういう修行? と会長さんは正面から疑問をぶつけました。
「ヘタレ直しだとか言い出した以上、普通じゃないよね、その修行」
「だから楽しく!」
楽しく頑張ってヘタレ直し、とソルジャーは人差し指をピシッと立てて。
「いつかは君との結婚だよねえ、こっちのハーレイの未来の目標! それに備えてヘタレ直しで、スタンプが無事に埋まった時には君とのキスとか、一晩一緒に過ごすとか…」
「却下!」
なんでそういうことになるのだ、と会長さんは叫びましたが、ソルジャーが何かを思い付いたら一直線が毎度のコース。
「ぼくは素敵だと思うんだよ」
是非ハーレイに武者修行を! とグッと拳を握るソルジャー。
「修行の中身は楽しく覗き! ぼくとハーレイとの大人の時間!」
ガッツリ覗けばスタンプ一個、と飛び出した台詞に誰もが目が点。そりゃあ覗きは素敵でしょうけど、鼻血大王な教頭先生には無理なんじゃあ…?



「…ぼくも正直、難しいだろうとは思うけどさ」
思うんだけどさ、とソルジャーはニヤリと笑みを浮かべて。
「場数を踏むのも大切だしねえ、たとえ鼻血でも覗きに来たならスタンプでいいと思うわけ」
「…ぼくは手伝わないからね!」
そんな修行は手伝わない、と仏頂面の会長さん。
「ハーレイを覗きツアーに送り出すようなサイオンは持っていないから! 瞬間移動も空間移動もお断りだし、鼻血のフォローもお断りだよ!」
「ああ、その点なら問題ないから!」
ちゃんと話はつけてきたから、と笑顔のソルジャー。
「送り迎えは任せて安心、ついでにスタンプも押すってさ」
「「「誰が!?」」」
そんな協力者が何処にいるのだ、と驚きましたが。
「ぶるぅに決まっているだろう!」
ソルジャーは自信たっぷりに言い放つと。
「趣味と実益とを兼ねてるんだよ、ぶるぅにとっては。普段は何かと叱られがちな覗きを堂々と出来るわけだし、一緒に覗いてくれる仲間も出来るわけだし」
「「「………」」」
あの「ぶるぅ」か、と大食漢の悪戯小僧を思い浮かべて誰もが溜息。おませな「ぶるぅ」は大人の時間の覗きが大好き、いくらソルジャーに叱られようとも懲りずに覗くと聞いています。
「ぶるぅはホントに好きだからねえ、覗きってヤツが…。ぼくのハーレイは見られていると意気消沈なタイプだけにさ、ぼくも色々と気を遣うんだよ」
ぶるぅがいるな、と気付いた時にはシールドだとか、と語るソルジャー。
「とにかくハーレイに気付かれないよう、覗きの存在を隠さないとね? ずうっと昔は叱ってたけど、ぼくがぶるぅを叱った時点でハーレイはガックリ意気消沈だから…」
そのまま朝まで元気にならないことも多くて、と嘆き節。
「それでは話にならないからねえ、ぶるぅの存在を隠しておく方がマシだと気付いた。ぼくは見られていても平気で挙動不審にはならないからさ」
見られていると燃えるタイプでなくて良かった、と言われましても。見られていると承知で大人の時間を続行出来る神経、タフとしか言いようがないのでは…?



キャプテンとの時間を覗き見されても平気だと言い切るソルジャーのクソ度胸。「ぶるぅ」に教頭先生の世話を任せて、ついでに送り迎えもさせて。覗き一回でスタンプが一個、たまれば会長さんとのキスだか素敵な時間だか。
「ナイスアイデアだと思うんだよ!」
是非やりたい、とソルジャーは赤い瞳を煌めかせました。
「ちょうど新人研修の春! 春といえばヤバイ意味もあるしさ、この季節に是非!」
「「「…ヤバイ?」」」
春の何処がどうヤバイのだ、と頭の中を探ってみれども、答えは無し。入学式の季節で桜の季節。ピカピカのランドセルとか新入生とか、どの辺がヤバイということに…?
「分からないかな、人類最古の職業って説もあるんだけれど?」
「退場!!」
会長さんが突き付けているレッドカードも意味がサッパリ。人類最古の職業の何処がヤバイか、謎は深まる一方です。ソルジャーは「有名なんだよ」と笑みを深くして。
「いわゆる売春! 春をひさぐとか言わないかい?」
「「「………!!!」」」
ソレか、と流石に知っていた言葉。そうか、人類最古の職業なんだ…?
「そうらしい、って説が流れてるだけで裏付けは全く無いらしいけどね? 実際は他にあったんじゃないかと思うけどねえ、春を買えなくても死にはしないし」
同じ春なら食生活に直結している種イモだとか種の類を売るべきだろう、というのも一理。どうやら売春が人類最古の職業という説はただの俗説、事実じゃないな、とは思ったものの。
「ともあれ、春はそういう意味も持ってる言葉で最高の季節! ヘタレ直しの武者修行をするなら春がピッタリ!」
やっていいよね、と決め付けの世界。
「こっちのハーレイにはぼくから話を通すし、君たちは何もしなくていいよ。…とはいえ、それも退屈かなあ?」
「退屈じゃないし!」
どうでもいいし、と会長さんは怒鳴りましたが。
「そうだ、サイオン中継はどう? ぶるぅは喜んで中継係もすると思うよ、自分の腕前を自慢しまくるチャンスだからね」
ぼくの恥ずかしい写真を何度も撮影してきた熟練、と言われて頭を抱える私たち。「ぶるぅ」が覗きを中継だなんて、迷惑としか言いようがないですってば…。



絶対に嫌だ、お断りだと皆で断りまくって遠慮して。中継不要で一切関与はしないコースで、と切望どころか哀願したのに、頼むだけ無駄だった馬耳東風が基本のソルジャー。
「それじゃ、話はつけておくから! お楽しみにねー!」
週末から早速、武者修行! とソルジャーの姿がパッと消え失せ、会長さんが真っ青な顔で。
「…どうしよう…」
スタンプが埋まったらエライことに、と瞳に浮かんだ絶望の色。ソルジャーは御褒美まで勝手に決めてしまったのです。会長さんのキスでは押しが足りない、と素敵な一夜。会長さんと過ごす一夜をプレゼントする、と超特大のニンジンを用意。
「…なんとか逃げようはあるだろうが!」
サイオニック・ドリームを見させておくとか、とキース君。
「その辺はあいつも充分に承知してると思うが? あんたが真面目に相手をしないということくらいは計算済みかと」
「…それはそうだけど、そんなプレゼントはしたくない…」
ハーレイに美味しい思いをさせるのは嫌だ、と言いたい気持ちは分かるかも。でも…。スタンプカードが全部埋まったら特典がつくのが世の常で…。
「うーん…」
この際、特典を勝手に変えるのもいいだろうかと会長さんは言い出しましたが、それはソルジャーに筒抜けになると思います。「話が違う」と怒鳴り込まれるとか、無理やり教頭先生のベッドに送られるだとか、如何にもありそう…。
「やっぱりそうかな?」
「…そう思います…」
沈痛な顔のシロエ君。私たちもコクコク頷き、会長さんは。
「……仕方ない、スタンプが集まらないことを祈ろう」
スタンプカードが埋まらなかったら特典は貰えないのだし、と出ました、正論。
「そうか、その手があったのか!」
目から鱗だ、とキース君がポンと手を打ったものの。
「…でもねえ…。スタンプを押すのがぶるぅだからねえ…」
評価が思い切り甘いかもね、という見解。
「「「あー…」」」
甘いかもなあ、と悪戯小僧の大食漢を頭に思い描いて「駄目か」とガックリ。始まってみないことには分かりませんけど、覗き仲間が出来た嬉しさで気前よくポンポン押しそうですよ…。



そうこうする内に迎えた週末。ソルジャーが武者修行を始める日だと指定した土曜日です。自分の家でサイオン中継を食らうのだけは勘弁ですから、会長さんの家に泊めて貰うべく、みんなでお出掛け。お泊まり用の荷物を手にして訪ねてみれば。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
入って、入って! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお出迎え。
「ブルーも来てるよ、お昼御飯はフカヒレ丼とシューマイ色々なの!」
「…そうか…」
そのメニューならアイツが湧くな、とキース君。特にイベントというものが無くても、豪華メニューや美味しそうな食べ物でソルジャーは湧いて出て来るもの。今日は中継初日なだけに湧くだろうとは思ってましたが、こんなに早くから湧かなくっても…。
肩を落としてトボトボとリビングへ入ってゆくと、噂のソルジャーが腰掛けていて。
「やあ。こんなのも作ってみたんだよ」
「「「………」」」
何なのだ、と訊くまでもなく答えはちゃんと分かっていました。これを一目見て分からなければ馬鹿だろうとも思いますけど…。
「なんなの、これ」
ジョミー君の問いに、ソルジャーは「見て分からない?」と呆れた顔。
「何処から見たって土鍋だろうと思うけどねえ?」
「「「……やっぱり……」」」
土鍋だったか、と見下ろす土鍋。冬場の鍋には欠かせないもので、「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」のお気に入りの寝床でもある土鍋ですけど、なんと言おうか…。
「……超特大?」
スウェナちゃんが呟き、マツカ君が。
「そうとしか言えない大きさですね…」
「何の料理をするんだ、これで?」
何人前を作るつもりだ、とキース君が尋ねると、返った答えは。
「うーん…。あえて言うならハーレイ鍋かな?」
「「「ハーレイ鍋!?」」」
どんな料理だ、と想像もつかないハーレイ鍋。こんな大きな土鍋を使ってハーレイ鍋って、それはどういう料理でしょうか…?



「…料理じゃないけど?」
ハーレイ鍋と言ったらハーレイ鍋だ、とソルジャーは超特大の土鍋へと顎をしゃくって。
「これはぶるぅの土鍋と同じ仕様になってるんだよ、冷暖房完備の防音土鍋」
「「「…まさか…」」」
「そう、こっちのハーレイ専用の土鍋!」
避難場所として用意したのだ、とソルジャーは威張り返りました。
「スタンプを押しての武者修行の件、ハーレイは乗り気なんだけど…。ぶるぅと違って慣れないからねえ、覗くタイミングが難しい」
「それで?」
会長さんの不機嫌な声に、「それで土鍋の出番なわけだよ」とソルジャーがパチンとウインクを。
「ぶるぅに連れられて空間を超えたら、まずは土鍋でスタンバイ! ぶるぅが蓋を開けて呼ぶまで中で待つのさ、呼ばれたら出て来て覗きをする、と」
「そんな目的のために君は土鍋を!?」
「うん。急ぎの注文だけにクルーには迷惑かけちゃったねえ…」
不眠不休で土鍋作りになっちゃって、と全く悪いとも思っていない様子のソルジャー。迷惑をかけたと言うのだったら、お礼はきちんとしたんでしょうね?
「えっ、お礼? なんか要らないって慌ててたけど?」
「「「へ?」」」
不眠不休で作業したのに、お礼は要らないとはこれ如何に。ソルジャーは一番偉い立場なだけに「お礼をくれ」とは言い出せないとか? でも、それなら慌てる必要は…。
「お礼を貰ったら祟られると思っているんだろうねえ、土鍋だけに」
「「「はあ?」」」
ますます謎だ、と首を捻れば、「土鍋だから!」という返事。
「ぼくのシャングリラで大きな土鍋を使っているのはぶるぅだけ! その何倍も大きな土鍋を作らせたんだよ、ぶるぅの注文でなければ何だと!」
「「「ぶ、ぶるぅ…」」」
「そう! ちょっと訊くけど、ぶるぅからお礼を欲しいかい?」
「「「そ、それは……」」」
要らない! と叫んだ私たち。悪戯小僧の大食漢からお礼となったら何が来るやら分かりません。最悪、御礼参りもありそうです。ソルジャーの世界で超特大の土鍋を作った人たちの気持ちが飲み込めました。それは慌てて断りますってば、不眠不休の作業のお礼…。



超特大の土鍋の効能をソルジャーは得々と語ってゆきます。
覗きのタイミングを待つまでの間、防音だから何も聞こえなくて鼻血の心配が無用だとか。覗きをしていて鼻血が出たって、一旦退避してまた戻れるとか。
「なにしろ防音は完璧だしね? 鼻血が治まる頃にはクライマックスに突入してるって可能性もあるし、そこでもう一度覗けるといいよね」
「…覗いたら最後、即死じゃないかと思うけど?」
会長さんの冷たい一言。
「それで死んだらスタンプは無しって結果になるんだよねえ?」
「なんで? その辺はぶるぅが決めることだよ」
スタンプ係はぶるぅなんだし、とソルジャーはニコリ。
「こっちのハーレイがどのタイミングで鼻血を噴いたか、ぼくはそこまで感知してない。ぶるぅに任せたからには全てお任せ、ハーレイとの時間を楽しむのみ!」
キッチリ隠れろと言っておいた、と自信も満々。
「普段のぶるぅはシールドなんかは張りもしないで覗きをやらかしに出て来るけどねえ、こっちのハーレイの武者修行となればシールドなんかも必要だよ、うん」
「ぶるぅが言いつけを聞くのかい?」
「それはもう!」
報酬は毎日支払われるから、と斜め上な台詞。
「「「報酬?」」」
「ぼくが払うつもりでいたんだけどねえ、ダメ元でこっちのハーレイに訊いた。そしたら「武者修行をさせて頂けるのですし」と二つ返事でオッケーだったよ、ぶるぅの報酬!」
「……どんな報酬?」
会長さんがおっかなびっくり口にしたのですけど、ソルジャーは「普通!」と明快に。
「ぶるぅにお礼をするんだったら基本は胃袋! グルメな報酬!」
要は食べ歩きの費用を出せばいいのだ、とは至言で正論。教頭先生は「ぶるぅ」の食べ歩きのためにお小遣いを支払い、「ぶるぅ」は前払いで受け取った報酬でグルメ三昧をするそうです。
「今日の分を払って貰ったからねえ、どの店に行こうかとワクワクしてるよ。こっちの世界には美味しい食べ物が山のように揃っているものだから」
「「「あー…」」」
フカヒレ丼とかシューマイとかか、と「ぶるぅ」の行きそうな店が頭にポポン! と。今日は一日中華三昧とか、きっとそういうコースですよ…。



教頭先生の覗きに備えて、超特大の土鍋まで用意したソルジャー。会長さんの家に夕食時まで居座り、「ガーリック臭いキスでもいいよね?」などと言いつつ焼き肉パーティー。私たちがスタミナをつけるつもりで「そるじゃぁ・ぶるぅ」に頼んでいたのに…。
「あいつがスタミナをつけてどうする!」
火に油だ、とキース君が怒鳴った、ソルジャーが帰った後のダイニング。教頭先生が初の覗きにお出掛けなのに、大人の時間が派手に繰り広げられそうな気が…。
「教頭先生よりも前にだ、俺たちの方が問題なんだが!」
一部始終を中継されてしまうんだぞ、と言われて背中に冷たいものが。スタミナたっぷりでキャプテンと大人の時間なソルジャー。そんなものを延々と見せられましても…。
「断れないわけ?」
遮断するとか、とジョミー君が案を出しましたけれど、会長さんは。
「……ぼくの恥を晒すことになるけど、実はぶるぅにも勝てないんだ、ぼくは」
「「「えぇっ!?」」」
「…ぶるぅはブルーに丸投げされてシャングリラの面倒を見ていることもあるしね。サイオン全開だと三分間しか持たないだなんて言われているけど、経験値が高すぎなんだってば」
ゆえに中継の遮断は無理だ、と聞いて全員が仰ぐ天井。
「……見るしかないのか……」
キース君が呻いて、シロエ君が。
「…そうみたいですね…」
しかもこれから当分の間、という死刑宣告にも等しい言葉。スタンプカードは三十個押せる仕様なのだ、とソルジャーが自慢してましたっけ…。
「…スタンプを三十個ってコトになればよ…」
一ヶ月かかるってコトなんだよな、と嘆くサム君。
「それもぶるぅがバンバン押したら一ヶ月ってだけでよ、簡単に押してはくれなかったら…」
「…一ヶ月どころか半年になっても仕方ないのか…」
そこまでなのか、とキース君が唱える南無阿弥陀仏のお念仏。
「バンバン押して欲しいよ、スタンプ…」
ジョミー君の意見に賛成ですけど、バンバン押されて三十個目のが押されたならば。
「やめてくれよ、俺のブルーの立場が最悪なことにーーーっ!」
それだけは嫌だ、と頭を抱えるサム君は今も会長さんとは公認カップルな仲でした。朝のお勤めがデート代わりな健全極まりないお付き合いだけに、その展開は嫌でしょうねえ…。



泣けど叫べど、来るものは来る。それがこの世の習いというもの、避けて通れない道もあるもの。私たちが右往左往している間に「準備オッケー!?」と元気な思念が。
『えとえと、中継、始めていーい?』
「「「来たーーーっ!!!」」」
ぶるぅだ、ぶるぅだ、と走り回っても逃げ場は無し。それどころか無邪気なお子様、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「ぶるぅだぁーっ!」と躍り上がって飛び跳ねて。
「んーとね、中継画面は何処でもいいよーっ!」
『分かったぁー!』
おっきいのがいいね、と思念が返って、ババーン! とリビングの壁一面に青の間が。
「「「あああ……」」」
もう駄目だ、と床に突っ伏しながらも好奇心で画面にチラリと視線。周りを見回せば誰もがチラチラ、なんだ、やっぱり気になるんじゃない! でも…。
「土鍋だね…」
「土鍋ですね…」
私たちの世界のシャングリラ号の青の間にそっくりなソルジャーの青の間。天蓋つきの大きなベッドが据えられた空間、其処の床にドドーン! と巨大な土鍋。あの中に教頭先生が、と思う間もなく「こんな感じーっ!」と透視で映された土鍋の中身。
「「「きょ、教頭先生…」」」
なんて姿に、としか言いようがありませんでした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」の寝姿でお馴染みのコロンと丸くなっての猫もどきな土鍋の中での姿勢。教頭先生はそれを取っておられ、窮屈そうに身体を丸めておられます。
おまけに誰がそうしろと言ったか、スーツでもラフな服でもなくってキャプテンの制服。マントまで着けて丸まった姿は「ハーレイ鍋」以外の何物でもなく。
「…あの服、実は伸縮性がバッチリでねえ…」
あの姿勢で土鍋に入るんだったら最適だろう、と会長さん。
「カッチリした服に見えるんだけどね、なにしろ仕事がキャプテンだから…。場合によってはシャングリラの舵を握るわけだから、スーツみたいに動きにくくちゃ話にならない」
「…柔道着でも良かったんじゃあ?」
ジョミー君が訊けば、会長さんは。
「そりゃあ柔道着の方が動きやすいし丸まりやすいよ? だけどブルーの好みじゃなさそう」
ハーレイ鍋だと言ったからにはアレなんだろう、という会長さんの読み。そっか、ハーレイ鍋ですもんねえ…。



そんな会話をしている間に、青の間のベッドに現れた人影。奥のバスルームから仲良く出て来たソルジャー夫妻というヤツです。バスローブ姿で髪の毛が濡れているようですが…。
『えっとね、第一ラウンドはもう済んでるのーっ!』
バスルームで一発ヤった後なの、と「ぶるぅ」の思念波。
『だから余裕の第二ラウンドなの、覗きをするにはピッタリなのーっ!!』
二人の気分が盛り上がってるからいい感じなの、と「ぶるぅ」の解説。普段は見られないプレイを見られるかもとか、うんと濃厚な中身になるとか。
「…おい、耳を塞いでもいいと思うか?」
キース君が両手を耳にやり、シロエ君が。
「目を瞑ってもいいんでしょうか…」
こう、と目を閉じて両手で耳を押さえたシロエ君ですが。
「え? ええっ?」
「どうした、シロエ!」
「無駄みたいです、キース先輩!」
ぶるぅの力を舐めてました、という悲鳴で私も試してみました。目を瞑って両手で耳をギュウッと…。あれ? あれれ、全然関係ない!?
「見えるんですけど…」
マツカ君が呆然と呟き、スウェナちゃんも。
「聞こえてくるのよ、耳を塞いでも…」
「「「つ、つまり…」」」
どうしようもないということかーーーっ! と響き渡った大絶叫。「ぶるぅ」はモザイクをかけるサービスはしてくれましたが、止まらないのが口での解説。ああだこうだと専門用語を連発しまくり、それに被さるソルジャー夫妻の大人な時間の声の数々。
「…し、死にそう…」
「寝るな、ジョミー! 眠ると死ぬぞ!」
確実に死ぬぞ、と言われなくても容易に想像出来ました。ウッカリ眠ったら思念中継がダイレクトに脳に来るわけですから、本当に永眠しかねません。私たちは鼻血も出さない万年十八歳未満お断りですが、オーバーヒートはするんですってば…。



「うう……」
朝か、とキース君の呻き声で目が覚めて周りをキョロキョロと。朝日が射し込む会長さんの家のリビングは死屍累々で、亡骸が無い人は会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」だけ。
「…ぼくたち、死んでた?」
「そうらしい…」
やはり死んだか、とキース君が唱えるお念仏。どの辺で自分が討ち死にしたのか、覚えている人はいませんでした。
「…確か、ぶるぅが土鍋の蓋を…」
「開けるからね、って言ってましたね…」
でも、と考え込む私たち。超特大の土鍋の蓋が開く所は誰も目にしていないようです。その前に頭がオーバーヒートで、鼻血の代わりに煙がプシューッ! と。煮えたぎって煙を噴いた脳味噌はブラックアウトし、結果的に「ぶるぅ」の中継を遮断した模様。
「…スタンプが押されたか、そうでねえかも分からねえんだな…」
「俺たちでさえ、この有様だ。無理だったんじゃないかと思うが…」
まず無理だろう、とキース君が口にした時、リビングのドアがバアン! と開いて。
「かみお~ん♪ みんな、目が覚めたーっ!?」
朝御飯~っ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び込んで来て、その後ろには会長さんが。
「やあ、おはよう。…地獄の一丁目は終わったってね」
「「「一丁目?」」」
「残り二十九丁って勘定になるかな、三十丁目まで」
「「「じゃ、じゃあ……」」」
その先が出ない私たちに向かって、会長さんは「押されちゃったよ」と額を押さえて。
「ぶるぅはスタンプを押したんだ。ハーレイは土鍋から出るなり鼻血を噴いたわけなんだけれど、ぶるぅにとってはグルメ三昧をさせてくれる大事なスポンサーだしね?」
一個目のスタンプはサービスらしい、と大きな溜息。
「これで一個だから、残りはうんと頑張ってね! と言ってたよ」
「…だったら今後はサービスのスタンプは期待薄だということか?」
キース君の震える声に、会長さんは。
「そうらしい。…グルメ三昧の日々を続けたかったら、ぶるぅはスタンプを出し渋るだろう。地獄の三十丁目が遠ければ遠いほど、グルメな日々が続くんだしねえ…」
一ヶ月どころか一年かも、という怖すぎる話。私たちはいったい、何回死んだら…。



そうやって何度も死んで、死に続けて、それでも貯まらない教頭先生のスタンプカード。押されたスタンプは一個から増えず、教頭先生の武者修行は終わる気配も無いままで。
「…このままだと俺たちが先に死ねるな…」
「本当にお迎えが来そうですよね…」
いつか目が覚めない時が来るかも、というシロエ君の言葉に誰もがブルブル。こんな形で死ぬ日が来るとは夢にも思いませんでした。死んだ時には誰を恨めばいいのでしょう?
「…ぶるぅでしょうか?」
「そうじゃねえだろ、ブルーの方だろ!」
「だけど…。どっちも化けて出るだけ無駄っぽいわよ?」
「「「あー…」」」
うらめしや~、と出てもスルーをされそうな二人。ソルジャーも「ぶるぅ」もどこ吹く風で知らんぷりとか、サイオンでヒョイと散らされるとか…。
「駄目か…」
「あの二人は恨むだけ無駄でしょうねえ…」
「そうだ、教頭先生じゃないの?」
化けて出るなら其処なんだよ、というジョミー君の意見で「おおっ!」とばかりに光を見付けた私たちですが。
「…ちょっと待て。化けて出るより、教頭先生に武者修行をやめて頂くのが筋なんじゃないか?」
そうしたら誰も死なん筈だぞ、とキース君に言われて気付きました。夜な夜な超特大の土鍋へと出掛ける教頭先生をお止めしたなら、もう誰も…。



「…今頃になって気が付いたんだ?」
フワリと翻る紫のマント。現れたソルジャーは「はい」と右手を差し出して。
「これがこっちのハーレイのスタンプカード。君たちが買ったらカードは紛失、再発行は無しってね。大負けに負けて、こんなのでどう?」
「「「………」」」
たったそれだけの値段で買えるもののために死に続けたのか、と叫びたくなるワンコイン。まさに犬死に、教頭先生だけがいい目をなさっていたんじゃあ…?
「さあねえ? ハーレイの鼻血も楽しかったけど、君たちのオーバーヒートもねえ…」
クスクスクス…と笑うソルジャーに弄ばれたか、はたまた「ぶるぅ」とタッグを組んでの悪戯なのか。訊きたいですけど、それを訊いたらカードを売ってはくれないかも…。
「「「買います!」」」
教頭先生には悪いですけど、カードは紛失扱いで! 再発行は二度と無いそうですけど、ワンコイン、払わせて頂きますね~!




             武者修行の春・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 教頭先生が始めてしまった、とても迷惑な武者修行。付き合わされる方が大変。
 終わらせる方法、早く気付けよ、といった感じですよね、本当に…。
 そして相も変わらず使えないのがwindows10 、どんどん酷くなっているとか…。
 次回は 「第3月曜」 2月19日の更新となります、よろしくです~! 

※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、2月は、恒例の節分の七福神巡り。今年も、やっぱり…。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv









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(ほほう…)
 お得なのか、とハーレイは棚を覗き込んだ。
 仕事帰りに寄ったいつもの食料品店。今日はブルーの家に寄れなかったから、早めの時間。
 あれこれと選んで籠に入れながら、蜂蜜の棚まで来たのだけれど。シロエ風のホットミルクには欠かせないマヌカを買いに来たのだけれど。
 其処に躍ったセール中の文字。普段は貼られていない紙が目を引く、カラフルな文字で。
(どれでも二つ買ったら割引なのか…)
 セールの対象になっている品なら、蜂蜜の種類は問わないらしい。マヌカとアカシアをセットで買おうが、マヌカとクローバーの蜂蜜だろうが。
(ふうむ…)
 お得だからといって、蜂蜜を二つ欲しいわけではないけれど。一人暮らしだからそんなに減りはしないし、二つ買ったら次の買い出しまでの期間が延びるだけなのだけれど。
 蜂蜜を二つ買えばお得で、その中にマヌカ。対象品の中にマヌカの蜂蜜が何種類も。



(あいつ、お揃いが好きだからなあ…)
 小さなブルー。お揃いに憧れているブルー。
 出会って間もない頃には、教えてやった白いシャングリラの写真集がお揃いなのだと何度も口にしたものだ。ハーレイと同じ写真集だと、この写真集はお揃いなのだと。
 別々に買った本なのに。自分が先に書店で見付けて「少し高いが懐かしい写真が沢山あるぞ」と話してやったら、小さなブルーは父に強請って手に入れた。シャングリラの写真自体も気に入ったようだが、それ以上に「お揃い」にこだわった。同じ本だと、お揃いの本を持っていると。
(何かと言えば俺とお揃いなんだ)
 そんな持ち物は殆ど無いのに。
 シャングリラの写真集の他には、二人で写した写真を収めたフォトフレームくらいしかブルーは持っていないのに。
(あいつにかかれば、マーマレードだってお揃いだしなあ…)
 夏ミカンの金色のマーマレード。隣町の家で母が作ったマーマレード。
 届けてやる度、お揃いなのだと喜んでいる。朝の食卓の味がお揃いになる、と。



 食べれば無くなるマーマレードさえも、お揃いだと言い出すブルーだから。
 ハーレイの家とお揃いの味だと、瓶に頬ずりしてしまいそうなブルーだから。
 自分が食べるのと同じマヌカを「土産だ」と持って行ってやったら喜ぶだろう。大喜びで何度も瓶を眺めて、お揃いだと笑顔になるだろう。
 明日はブルーの家を訪ねる土曜日だから、丁度いい。
(うん、此処はセットで買うべきだってな)
 同じのを二つ、と籠にマヌカの蜂蜜の瓶を突っ込んだ。
 何種類かのマヌカが置いてあるけれど、味は大体分かっているから、ブルー好みの甘いものを。
 レジに運んでゆけば、「セール中ですから」と割り引いてくれた。二つでかなりお得な値段。
 家に帰って、念のためにと片方を開けて味見してみて。



(よし!)
 薬っぽくはないな、と大きく頷いた。
 マヌカには癖のあるものも多くて、小さなブルーは一番最初にそれに当たった。薬っぽい味に。
 シロエ風のホットミルクを飲めば身体が温まるからと、右手が凍えるメギドの悪夢を避けられるからと勧めてやったら、母に「作って」と頼んだブルー。
 シナモン入りでマヌカ多めのセキ・レイ・シロエ風を頼んだブルー。恐らく勇んでシロエ風のを飲んだのだろうに、生憎と母が買ったマヌカが薬っぽい味だったものだから。
 「薬っぽい味だよ!」と聞かされた苦情。マヌカのせいだと、お母さんに試食して選んで貰えと言ってやったら、それから後には何も文句を言わなくなった。
(薬っぽいのは駄目なんだ、あいつ)
 あくまで甘いマヌカでなければ、小さなブルーのお気には召さない。その点、今日のは及第点。これなら自信を持って贈れる、「土産だぞ」と。
 明日はブルーにプレゼントだ。自分の家のとお揃いのマヌカを。



 翌日の土曜日、開けていない方のマヌカの瓶を小さな紙袋に入れて提げて出掛けて。
 ブルーの部屋に案内されて、お茶とお菓子が出て来た後に袋から出してテーブルに置いた。
「ほら、土産だ」
 小さなブルーはガラスの瓶に貼られたラベルを観察しながら。
「…マヌカ?」
「ああ。シロエ風のホットミルクには欠かせないしな」
 飲んでるんだろ、少し冷える夜は。ホットミルクは温まるからな。
「うん、でも…。なんでくれるの?」
 マヌカなんか一度も貰っていないよ、ハーレイからは。もっと普通の蜂蜜だって。
「割引だったからな。二つ買ったらお得だと書いてあったんだ。セールってヤツだ」
 たまにはお揃いもいいだろう、とウインクしてやった。
 お前はお揃いが大好きだからと、このマヌカは俺とお揃いだと。



「ありがとう!」
 案の定、感激しているブルー。マヌカの瓶に頬ずりしかねないほどに。
 予想通りの反応とはいえ、この調子だと自分の母に「今度からマヌカはこれにしてね」と、指定しそうな勢いだから。プレゼントしたのと同じものを買おうとしそうだから。
「おいおい、次からマヌカは必ずコレにしようとか思うなよ?」
 俺の定番ってわけじゃないんだ、買う度に色々変えてるからな。その中の一つというわけだ。
 お前がコレだと決めて買っても、俺は違うのを食っているかもしれないからな。
「そうなの?」
 いつも決まったヤツじゃないんだ、ハーレイのマヌカ…。
「うむ。何種類かを渡り歩いているってトコだな、今度はコレだ、と」
 今回はお前の舌に合わせて甘いのを選んだ。薬っぽいのは嫌なんだろ、お前?
 俺はああいうのも嫌いじゃないが、と話してやったら。
「えーっと…。渡り歩くって、同じマヌカの蜂蜜だけで?」
 他の蜂蜜も色々あるのに、マヌカを渡り歩いているの?
「まあな。前にはそこまでしていなかったが…」
 何も考えずに買ってたんだが、シロエ風だってことになるとな。
 シロエが好きだったマヌカってヤツはどれだろうか、と想像したくもなるってもんだ。シロエを追うなら一つに決めてしまうよりもだ、色々な味を試さないとな?
 薬っぽいのから甘いヤツまで、その時の気分で色々と買えば、どれかがシロエと重なりそうだ。



 シナモンミルクをマヌカ多めで。それがシロエが好んだミルク。
 前のブルーはシロエの声を聞いたというから、最期の思念をどうやら捉えていたらしいから。
 ハーレイにとってもシロエは少し特別な存在になった。彼に近付きたくなった。
 だからこれだと決めていないマヌカ、シロエが好んだ味はこれだと分からないマヌカ。なにしろ味わいが違いすぎるから、どれとも決められないマヌカ。
 小さなブルーは貰ったマヌカの瓶を見詰めて、不思議そうに蓋をチョンとつついた。
「マヌカの蜂蜜…。どれもマヌカなのに、どうして味が違うんだろうね?」
 薬っぽかったり、甘かったり。…全部が薬っぽい味とかだったら分かるんだけど…。
「木が育った土地によるんだろうな。土の性質とか、気候だとか」
 元々が癖のある花の蜜なだけに、うんと違いが出るんだろう。同じマヌカの花でもな。
「ふうん…? 花の蜜の味が変わるんだ?」
「マヌカは味の差が大きいんだろうな、他の花の蜂蜜と違ってな」
 蜂蜜にも色々種類があるだろ、アカシアだとかレンゲだとか。花の種類で風味が違うし、好みの蜂蜜を選ぶわけだが…。マヌカはそいつを一種類の中でやってるわけだな、いろんな味で。



「そっか…。色々な種類の花の蜂蜜、あるものね」
 味だけじゃなくて色まで違うよ、透明だったり、白っぽかったり…。うんと濃い色のも。お店にズラリと並んでるのを見たら、まるでジュースの瓶みたいだよ。同じ蜂蜜でも種類が色々。
「そうだな、今度は選び放題になったってな」
「えっ?」
 何が、とブルーがキョトンとするから「蜂蜜だ」と答えてやった。今度は好きに選べると。
「シャングリラじゃ選べなかっただろうが。蜂蜜と言ったら、単に蜂蜜だ」
 いろんな花の蜜を集めたヤツでだ、一種類には絞れなかったろう?
 あの花の蜂蜜を食ってみたい、と思い付いても、出来たのはせいぜい味見くらいか…。蜜の量がそんなに無かったからなあ、シャングリラ中の仲間が好きに選べるほどにはな。
 ついでにマヌカは影も形も無かったぞ。シャングリラの何処を探してもな。
「そうだっけね…」
 蜂蜜はあっても、クローバーの蜂蜜だけとか、そんな風には出来なかったね。
 あの船の中で咲いていた花、全部の蜜を集めて混ぜるのだけが精一杯で。



 シロエ風のホットミルクを作りたくても、マヌカが無かったシャングリラ。
 もしもマヌカの木があったとしても、その蜜だけで蜂蜜を作れはしなかった。シャングリラ中の仲間に行き渡るだけの量の蜜が採れはしないから。マヌカの蜜だけでは足りないから。
 花の種類の数だけの蜂蜜が作れることなど、けして無かったシャングリラ。
 人類は贅沢に暮らしていたのに。
 教育ステーションの生徒に過ぎないシロエでさえもが、マヌカを注文出来たのに。
 ステーションの中で蜂蜜は作っていなかったろうに。
 シロエが好んだマヌカの蜂蜜は、宇宙船で何処からか運ばれて来ていたものだったろうに。
 ただの生徒が好みの蜂蜜を選んで食べられた教育ステーション。
 自給自足でやっていたのに、蜂蜜の種類を選べなかったシャングリラ。
 その差はかなり大きいな、とハーレイが記憶の彼方の白い船へと思いを馳せていたら…。



「そういえば、シャングリラのミツバチ…」
 小さなブルーが白い船の名前を口にしたから。
「ん?」
 シャングリラのミツバチがどうかしたのか、お前も蜂蜜、気になるのか?
「えーっと…。蜂蜜の方もそうなんだけど…。それを集めていたミツバチだよ」
 今でもいるのかな、あのミツバチ。…前のぼくたちが飼ってたミツバチ。
「ああ、あれな…!」
 特別なミツバチだったっけな、と頷いた。
 普通のミツバチとは違っていたと、見た目には同じだったけれども、と。
「思い出した、ハーレイ?」
 あのミツバチって、その辺を飛んでいるのかな?
 今でも何処かで飛んでいるかな、花の蜜を集めに、何処かでせっせと。



「いや、あれは…。あいつらは地球にはいないだろうなあ…」
 恐らく、いない。今の地球は遠い昔とそっくり同じに戻されちまったらしいしな。
 ヤツらには向いていないのさ。昔の姿を取り戻した地球は。
「…やっぱり?」
 探したって飛んでいないんだ…。前のぼくたちがお世話になったミツバチ。
「もしかしたら、研究施設に行ったら飼っているかもしれないが」
「そういうものなの?」
 ナキネズミみたいに絶滅しちゃったっていうわけじゃないのかな、あのミツバチは。
「今だってテラフォーミングの技術ってヤツはあるんだからな」
 人間が住める星になるよう、改造する技術は今の時代も現役なんだ。そうなってくると、あれも必要になるだろう。ナキネズミと違って役に立つんだ、あのミツバチは。
 更に改良が進んだかもしれんが、何処かにはいるさ。地球じゃなくても、何処かの星にな。
「そうかもね…」
 植物を植えて育てるんなら、ミツバチ、必要になるものね。
 最初からうんと広い範囲を緑化できない環境だったら、あのミツバチの出番だよね…。



 シャングリラで自給自足の生活をしようと皆で取り組み始めた頃。
 花粉を運ぶ虫が必要だから、とミツバチを導入しようとした。
 けれど…。
「例のミツバチなんだがね」
 長老たちが集まる会議の席でヒルマンが髭を引っ張った。
「何か問題があるのかい?」
 ブルーの問いに、ブラウがヒラヒラと手を振りながら。
「普通のミツバチだと駄目なんだってさ、この船ではね」
「どういう意味だい?」
 重ねて投げ掛けられた質問。答えを返したのはエラだった。
「空間が限られ過ぎているのです、ソルジャー」
 シャングリラの中だけでは難しいでしょう、という説明。
 ミツバチを育ててゆくために必要な沢山の花。農場ならばともかく、これから作る予定の公園。そういった場所にはミツバチは適応できない、と。



「要するに、空間が狭すぎるのだよ」
 沢山のミツバチが生活出来るだけのスペースが無い、というヒルマンの指摘。彼らを養うための花の蜜にしても、公園などでは充分に確保できないと。
「それなら、ミツバチの数を減らせば…」
 花の数やスペースに見合った数のミツバチを飼えば、とブルーが言ったが、ヒルマンは首を横に振った。それではミツバチの社会が成り立たないと。僅かな数では巣も作らないし、次の世代さえ生まれないのだと。
「ミツバチってヤツはそうらしいよ」
 厄介だよねえ、と腕組みしたブラウ。何の蜂でもかまわないなら、狭いスペースでも飼育は可能らしいけれども、そうなると肝心の蜂蜜がそれほど採れないらしい。ミツバチは名前の通りに蜜を集めてくれるというのに、他の蜂では蜜は二の次、三の次。
「困ったもんじゃ。同じ飼うなら、蜂蜜は是非とも欲しいんじゃがのう…」
 蜂を飼うならミツバチじゃろう、とゼルもしきりと言うのだけれど。
 そのミツバチは沢山の蜂で構成された巣を作る性質を持っていた。女王蜂を頂点に暮らす彼らが巣を分ける時は、山ほどの蜂が群れを成してついてゆくらしい。
 このくらいだそうだよ、とヒルマンが両手で示した巣分かれの折のミツバチの塊、それは小さな鍋ほどもあって。どのくらいのミツバチが詰まっているのか、百や二百では済まないだろう。
 彼らを小さな公園に放しても、直ぐに飢えるに決まっている。蜜が足りなくて。



「…では、公園でミツバチを飼うのは諦めろと?」
 他の蜂にするしかないのだろうか、と尋ねたブルーに、ヒルマンは「いや」と答えを返した。
「解決策は一応、あるのだがね。…人類もこうした問題に直面したらしくてね」
 そういったミツバチを作り出したらしい、という解説。
 テラフォーミング用に開発された特殊なミツバチ。広大なスペースや充分な蜜が無い惑星でも、生きてゆけるように改良されている品種。
 普通のミツバチよりも狭い範囲で巣作りをするし、巣を構成するミツバチの数も遥かに少ない。小さな公園の中であっても、充分に活動できるという。
「そのミツバチは何処に行けば手に入るんだい?」
 居場所が分かるなら、ぼくが行って奪ってくることにするよ。この船に必要なものなんだから。
 見当を付けてくれるかい、と申し出たブルー。ぼくが行こう、と。
「そういった研究をしている所か、テラフォーミング中の惑星になるね」
 ヒルマンが挙げれば、エラが「研究所の方が確実でしょう」と補足した。
「女王蜂から蜜を集める働きバチまで、ミツバチの社会が丸ごと必要ですから。同じ巣箱を奪いにゆくなら、一ヶ所で纏めて飼育している研究所のケースから奪った方が…」
「そうじゃな、混じり気なしで手に入りそうな場所も研究所じゃろう」
 他の虫だの、菌だのを持ち込まずに済むのは研究所で飼育しているものじゃろう、というゼルの言葉は確かに正しかったから。
 シャングリラの中に余分な虫や雑菌などは持ち込まないのが一番だから。
 研究所を狙おうということになった。テラフォーミングを手掛けるための研究所を。



 目標の惑星を絞り込み、人類に発見されない場所にシャングリラを停船させておいて。
「行ってくるよ」
 直ぐに戻る、と宇宙空間へと飛び立ったブルー。
 首尾よく研究所の中に入り込み、幾つも並んだケースの中からミツバチの巣箱を奪って戻った。今ある農場をカバーできる数だけのミツバチの巣箱を。
 その日からミツバチは働き始めて、後はヒルマンが必要に応じて増やしていった。
 改造が済んで白い鯨が出来上がってからは、あちこちの公園に巣箱が置かれた。広さに応じて、花の数に応じてミツバチの巣箱を一個、二個と。
 ミツバチは休まず働いていたから、いつでも蜜が集まった。
 農場でなくても、居住区に鏤められた小さな憩いの場からも、漏らさずに蜜を。花をつける木や草花があれば、シャングリラ中から集めることが出来た蜂蜜。
 巣箱を開けて取り出しさえすれば、トロリとした蜂蜜が手に入った。



「でも、あの蜂蜜…」
 種類は一つだけだったんだよね、とブルーが呟く。花は沢山あったけれども蜂蜜は一つ、と。
「ブレンドしちまっていたからなあ…」
 選ぶ自由も何もなくって、全部ひっくるめて蜂蜜だった。この花のがいい、と味見をしたって、皆に行き渡りはしないんだ。混ぜて使うしかなかったってな、シャングリラじゃな。
「うん…。今はホントにいろんな蜂蜜があるのにね」
 シャングリラにあったミツバチの巣箱も、中身は色々あったのに…。
 公園の巣箱と農場の巣箱でも違っただろうし、公園のだって、公園ごとに違っていたかも…。
 だけど混ぜたら全部おんなじ、ただの蜂蜜になっちゃってたよね。
 いつ見ても普通の金色をしてて、濃さだってまるで変わらなくって…。
 ブレンドする前に味見して回れば楽しかったのかな、あの蜂蜜。巣箱を端から開けてみて味見。
「馬鹿、刺されちまうぞ、そんなことをしたら」
「前のぼくだよ、シールドがあるよ」
 ちょっぴり開けてみればよかった、ミツバチの巣箱。
 どんな蜂蜜が入っているのか、味見しとけば良かったかも…。



 ちょっと残念、と惜しそうなブルー。好奇心いっぱいの小さなブルー。
 ソルジャー・ブルーは開けなかったけれど、小さなブルーなら巣箱を開けたがるだろう。中身を見たいと、此処のミツバチが集めた蜂蜜を味見してみたいと。
(確かに、巣箱の置いてある場所で味は違っていたんだろうが…)
 前の自分も味見して回りはしなかった。
 キャプテンだったけれど、巣箱のある場所を確認したりはしたけれど。
 蜂蜜の出来はどんな具合かと、順調に採取出来ているかとデータのチェックはしていたけれど。
 今から思えば、惜しいことをした気がしないでもない。
 白いシャングリラのあちこちに置かれたミツバチの巣箱が時の彼方に消えた今では。青い地球の上に生まれ変わって、セールの蜂蜜を選べる今では。
(どんな蜂蜜があったんだかなあ…)
 公園の花たちを思い浮かべる。
 季節によって、公園によって違っていた花、様々な花たち。
 農場で咲く花も色々だった。畑と牧場ではまるで違うし、ミツバチが集めて回っていた蜜も全く違ったのだろう、巣箱によって。それが置かれた場所によって。
 けれども、大勢が暮らす船だから。何種類もの蜂蜜を揃えて楽しむ余裕は無かったから。
 一種類の花のものだけを集めた蜂蜜は一度も作れなかった。
 常にブレンド、農場やあちこちの公園のものを。
 色も味わいもまるで変わり映えのしない、金色の蜂蜜が出来ていただけ…。



「ねえ、ハーレイ。シャングリラの蜂蜜、一種類しか無かったから…」
 混ぜちゃった分しか無かったから、とブルーがマヌカの瓶を指先でそっと撫でてみて。
 蜂蜜の色をガラス瓶越しに覗き込みながら、ラベルに刷られたマヌカの花の写真を見ながら。
「シャングリラにマヌカを植えていたって無駄だったろうね」
 こういう蜂蜜、採れないんだよね。シロエは教育ステーションでも食べていたのに…。
 ぼくたちの船じゃ無理だったんだね、他の花の蜂蜜と混ざってしまって。
「まあな。…しかしだ、それ以前にマヌカは役に立たんぞ」
 公園に植えるというなら別だが、農場に植えて栽培するにはマヌカは不向きな植物だしな。
 栽培自体は難しくないが、マヌカそのものが観賞用の花だと言うか…。
「え? でも、蜂蜜…」
 マヌカの蜂蜜、風邪の予防に効くんじゃないの?
 風邪を引いた時にも殺菌作用があるから効く、って、ハーレイ、言っていたじゃない。
「そういう程度の植物だってな、蜜には殺菌作用があるが…」
 薬としても使えるんだが、その他の部分。あまり役には立たないんだよなあ、宇宙船の中では。
 葉はハーブティーになるが、ただそれだけだ。
 この写真みたいな花は咲いても、実は食べられない。公園向きの植物ってわけだ、マヌカはな。



「それじゃ、シャングリラにマヌカを植えてみたって…」
 他の蜂蜜と混ざってしまって無駄って言う前に、マヌカが役に立たないんだ?
 公園に植えて、花が咲いたら「綺麗だなあ」って見に行くだけで。
「そうなるな。いくら蜂蜜に効果があっても、ブレンドしちまえば意味が無いしな…」
 病人用に、って別に取っておけるほどの量の蜂蜜が採れるなら別だが。
「他の花に比べて、うんと沢山の蜜が採れるわけでもないんだね?」
 マヌカを植えてある所の巣箱だけ、蜂蜜の量が多めになるっていう花でもないんだ?
「そのようだ。蜜の量が多いという話は知らないからな」
 沢山採れると有名だったら、そのように書いてあるだろう。俺はそういうデータは知らん。
「ハーレイ、マヌカに詳しいね」
「シロエ風のホットミルクをお前に勧めた以上はな」
 マヌカが何かも知らないようでは、全く話にならないだろうが。
 どういう花から採れる蜂蜜かは、きちんと押さえておくべきだってな。



 マヌカの蜂蜜だけは以前から知ってはいたが、とハーレイは笑う。
 たまに両親が買っていたから、と。
「ハーレイのお父さんたちって…。風邪の予防に?」
 風邪の季節になったらマヌカの蜂蜜を買うの?
「そんなトコだな、シロエ風にはしちゃいないがな」
 ついでに言うなら、俺の家では風邪の予防には主に金柑だしなあ…。
 マヌカを買っても薬代わりに使うよりかは、ただの蜂蜜と同じだな、うん。トーストに塗ったりして食っちまう、と。
「金柑…。あの甘煮のこと?」
 ハーレイがくれた、金柑の甘煮。お父さんたち、マヌカよりも金柑だったんだ…。
「当然だろうが。家の庭で採れるし、おふくろが山ほど煮るんだし…」
 そっちの方が馴染みの味ってな。ヒョイとつまんで風邪の予防だ、あの金柑を。
 お前、おふくろの金柑、ちゃんと食ってるか?
「うん、一応…」
 風邪を引きそう、って感じがした日は食べてるよ。ハーレイにも叱られちゃったから…。
「要するに、あまり食ってはいないな?」
 マズイと思った時だけしか食っていないんだな、お前?
「だって、金柑、もったいないし…」
 食べたら減っちゃうよ、金柑の甘煮。ぼく専用だよ、って言ってあるけど…。
「馬鹿。いくらでもあると言ってるだろうが」
 金柑の季節の終わり頃には余っちまって菓子にするほど作るんだ、あれは。
 お前が食うなら、いくらでも貰って来てやるから。



 風邪を引く前にしっかり食っとけ、とブルーの頭を軽く小突いた。
 引いてからでは手遅れだろうが、と。
「いいな、きちんと食うんだぞ?」
 風邪の予防には金柑だ。マヌカも悪くはないんだがなあ、金柑もよく効くからな。
「でも、引いちゃったら…。喉が痛くなる風邪だったら…」
 あの甘いのをまた食べられるから、とチラチラと見ている小さなブルー。
 前に喉風邪を引いてしまった時に持って来てやった、透明になるまで煮詰めた金柑。金色の飴のような柔らかい金柑をブルーは狙っているようだから。
 あわよくばあれをもう一度、と企んでいるらしい気配がするから。
「…分かった、おふくろが煮詰めた金柑だな? お前はあれを食ってみたい、と」
 そういうことなら、たまに食わせてやる。
 喉風邪なんかは引いてなくても、俺が来た時の土産にな。
「ホント?」
 お土産にくれるの、あの金柑を?
 ハーレイのお母さんが煮詰めた金柑、ぼくに食べさせてくれるんだ…?
「ああ。俺もケチではないからな」
 今日だって土産を持って来ただろ、頼まれてもいないマヌカをな。
 お前がお揃い、喜びそうだと買って来たんだ、金柑くらいはお安い御用だ。
 だから、喉風邪を引いちまう前に食っておくんだぞ、金柑の甘煮。
「うんっ!」
 金柑も食べるし、マヌカもホットミルクに入れるよ。
 風邪の予防にちゃんと使うよ、ハーレイが買って来てくれたマヌカだもの。



 ハーレイとお揃い、とブルーがマヌカの瓶を幸せそうに眺めているから。
 それは嬉しそうに顔を綻ばせて蜂蜜の瓶を見詰めているから、ハーレイの胸まで温かくなる。
(やっぱりお揃いが好きなんだな、こいつ)
 小さなブルーが大好きなお揃い、持ち物でなくても喜ぶお揃い。
 またいつか買ってやりたいと思う。
 二つでお得なフェアがあったら、ブルーの分と自分の分とで二つ。
 そうして一つをブルーの所に持って来てやろう、「お揃いのものが好きだったよな」と。
 マヌカでなくても、蜂蜜でなくても、こういう風に食べて無くなってしまうもの。
 お揃いの持ち物を買ってやるには早すぎるから。
 いくら恋人でも、小さなブルーは十四歳にしかならない子供だから。



 お揃いの持ち物を幾つも持てない代わりに、食べれば消えてしまうもの。
 そういうお揃いを作ってやろうと、買って来てやろうと思ってしまう。
 ハーレイとお揃いのマヌカを貰った、と幸せ一杯のブルーの心が弾んでいるから。
 お揃いなのだと喜びに跳ねているから、ブルーが喜ぶお揃いの食べ物を、機会があれば。
(もう牛乳はお揃いだっけな)
 四つ葉のクローバーのマークの牛乳、ブルーの家にも自分の家にも届く牛乳。
 その牛乳にお揃いのマヌカを入れたら、お揃いのホットミルクが出来る。
 シナモンを振って、セキ・レイ・シロエ風のお揃いのホットミルクの出来上がり。
(うん、ホットミルクまでがお揃いなんだ)
 小さなブルーも、その内に気付くことだろう。お揃いなのだ、と。
 気付いた時には大喜びで飛び跳ねそうなブルーだから。
 お揃いの味だと、シロエ風のホットミルクがお揃いになったと、幸せに浸りそうだから。
 また買ってやろう、お揃いが好きな小さなブルーに。
 食べて美味しいお揃いのものを。
 お揃いの持ち物を幾つも持てない間は、幾つも、幾つも、食べたら消えるお揃いのものを…。




              お揃いの蜂蜜・了

※ブルーがハーレイに教えて貰った、シロエ風のホットミルクと、マヌカの蜂蜜。
 今度はお揃いの蜂蜜を貰えたようです。シャングリラでは無理だった、マヌカの蜂蜜を…。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv








(此処は…)
 ハーレイは周りを見回した。
 暗くガランとした、深い海の底を思わせる青い空間。明かりは点いているけれど、暗い。全体を明るく照らし出しはしない。
 全容が全く掴めない場所。天井は何処か、壁は何処なのか。何処かに確かに在る筈だけれど。
 それは青の間。ブルーの、ソルジャー・ブルーの私室。その入口。
 其処に自分が立っていた。たった一人で。



(何故、此処に…)
 青の間はもう、無くなったのではなかったか。白いシャングリラと共に。
 最後のソルジャーだったトォニィが解体を決めて、消えてしまったのではなかったか。
 それなのに何故、と訝りつつ。
 ふと見れば、足元に白い花びら。何の花かは分からないけれど、白い花びらが一枚、はらりと。
(花びら…?)
 青の間に花はあったろうか、と視線を上げて初めて気付いた。
 入口から奥へと緩やかに昇るスロープの両脇、埋め尽くすように白い花々。これといった種類があるわけではなくて、それはとりどりに様々な花たち。
 八重の花やら一重の花やら、大輪の花から小さな花まで。どれもが白い。白い花たち。
 まるでシャングリラ中の白い花たちを全て集めて来たかのように。
 白い鯨のあちこちに鏤められた幾つもの公園、其処に咲く花を端から摘んで来たかのように。
 白ければいいと、種類も何も問いはしないと、白い花を全て。
 咲き初めのものから満開のものまで、あれもこれもとかき集めたように。



(白い花…?)
 それ以外の色は一つも無い。青も、紫も、桃色の花も。
 ブルーは白い花が好きだったろうか、これほどに白ばかりを飾らせるほどに…?
(これでは、まるで…)
 結婚式か何かのようだ、と首を傾げた途端に思い当たった。
 葬儀なのだ、と。
 白は白でも婚礼のための白い花たちではなくて、弔いの花。送るための花。
 ソルジャー・ブルーを。
 今は亡き人の魂を送り出すために、青の間に飾られた白い花たち。
 スロープの両脇を埋めて、それが行き着く所まで。一番上にあるブルーのためのスペースまで。
 円形をしている其処の周りにも無数の白い花たちが見えた。遠すぎて形は掴めないけれど、取り巻くように飾られた白い花たち。ブルーの死を悼んで捧げられた白。白い花々。



(あそこに…)
 海の底を思わせる青の間の中、其処だけ淡い光を纏ったブルーのベッド。
 ソルジャー・ブルーが寝起きしていた天蓋つきのベッド。
 何度となく其処で夜を過ごした。ブルーを抱き締め、共に眠った。
 誰も気付きはしなかったけれど。ベッドの持ち主に恋人がいたことも、そのベッドで恋人と愛を交わしていたことも。
(…ブルー…)
 誰よりも愛したソルジャー・ブルー。気高く美しかった恋人。
 その恋人があそこに、あそこのベッドに、一人、眠っているのだろう。
 永遠の眠りに就いたブルーが。鼓動を止めてしまったブルーが。
 白い花に埋もれて、たった一人で。
 生前と同じにソルジャーの衣装とマントを身に着け、ただ一人きりで。
 この部屋には誰もいないから。
 葬儀の準備は全て整っているようだけども、ブルーの亡骸を見守る者さえいないようだから。
 誰もが忙しくしているものなのか、はたまた夜更けで皆は寝静まっているものなのか。



「ブルー…!」
 誰一人いないのは、あんまりだから。
 ブルーの魂も寂しがるから、側に居てやろうとベッドに向かって声を張り上げた。
 俺が来たからと、直ぐに其処まで行ってやるからと。
 駆け出そうとした時、脇をスルリと通り抜けた影。
 いつの間に誰が入って来たのか、と思えば、それは小さなブルーで。
 十四歳のブルー。少年の姿をしているブルー。
 ハーレイの方を振り返るでもなく、声を掛けていったわけでもなくて。
 小さなブルーはスイと通り過ぎて行った、ハーレイなど見えていないかのように。



(なんで、あいつが…)
 あのブルーが此処に居るのだろうか、と首を捻る間に、ブルーはスロープを登ってゆく。
 細っこい身体で、細っこい足で。
 白い花々に飾られた道を、上へと、ベッドの在る方へと。
 ぼうっと浮かび上がる天蓋つきのベッド。ソルジャー・ブルーの亡骸が眠っているベッド。白い花たちに取り巻かれて。弔いの花たちの中に埋もれて。
 もしも其処へと着いてしまったら…。
(死んでしまう…!)
 小さなブルーも。
 生きている小さなブルーの命も無くなってしまう。
 自分の亡骸に引き摺り込まれて。死の淵の底へ引き込まれて。
 けれどブルーは分かってはいない。きっと全く気付いてはいない。
 このスロープを登り切ったら何があるのか、自分の身に何が起こるのかも。
(此処はあいつの部屋でもあるんだ…!)
 小さなブルーに生まれ変わる前は、此処で暮らしていたのだから。
 ただ懐かしさだけで、前の自分の部屋だというだけで上を目指しているのだろう。かつて何度も歩いた道を。前の自分が慣れ親しんでいたスロープを、上へ。
 その先に何が待つかも知らずに、白い花たちが意味するものも知らずに。



「行くな、ブルー!」
 駄目だ、と叫んだ声は届かず、ブルーは振り向きさえしない。
 止めようと駆け出した足がツルリと滑った。踏み出した分だけ、後ろに戻った。
 まるで氷のようなスロープ。滑って前へと進めないスロープ。
 いや、本当に凍り付いていた。
 スロープの脇に見える水槽の水面は凍っていないのに。部屋の空気も凍てていないのに。
 それなのに凍り、鈍い光を放つスロープ。
 緩やかな弧を描くスロープだけが氷の坂となっていた。登ろうとする者の足を拒絶する氷。前へ進もうと踏み出す分だけ、後戻りさせる氷の道に。



(くそっ…!)
 登ろうとしては逆に滑って、ただの一歩も進めはしなくて。
 ふと足を見れば、いつの間にか履いていたキャプテンだった頃の自分の靴。制服までをも纏っていた。前の自分が着た制服を。
 この忌々しい靴が悪いのだ、と脱ぎ捨てようとしたけれど。
 靴さえ脱いだら滑らないだろうと、足から抜こうとしたのだけれど。
(脱げない…?)
 足から離れてくれない靴。手で掴んでみても脱げない靴。
 その間にもブルーは登ってゆく。小さなブルーは歩いてゆく。
 死への階段を、氷のスロープを、滑りもせずに。
 ハーレイに背を向け、細っこい足で、小さな歩幅で。



「ブルー! 行っては駄目だ!」
 止まれ、と声の限りに叫んだけれども、小さなブルーには届かない。
 それにブルーは気付いてもいない。
 懸命に止めている声があることも、何故その声が止めるのかも。
 懐かしさからか、好奇心からか、立ち止まりもせずに登ってゆくブルー。
 スロープの上に着いてしまったら、自分の亡骸があるというのに。近付いたら最後、自分の命もそれに飲み込まれてしまうというのに。
(止めなければ…!)
 何としても、と花を千切ってスロープに撒いた。
 白い弔いの花たちを毟り、自分の行く手に撒き散らした。
 氷の坂で靴が滑るというなら、こうすればマシになるだろう。滑り止めに花を散らしたら。
 弔いの飾りは台無しになってしまうけれども、今はそれどころではないのだから。



「止まるんだ、ブルー!」
 花を千切っては散らして、踏んで。
 前に進めるようにはなった。花は無残な姿になってゆくけれど、登れるようになったスロープ。
 そうして懸命に追ってゆくのに、縮まらない距離。
 止まってくれない小さなブルー。どんどん登ってゆくブルー。
 前の自分が暮らした場所へと、今は葬儀のために白い花で飾られたスペースへと。
「ブルー…!」
 絶叫しながら花を千切り、撒いて。
 滑り止めにと踏みしめ続けて、やっとの思いで登り切って。
「…ハーレイ?」
 どうかしたの、と小さなブルーが振り返ったけれど。
 天蓋つきのベッドの側まで近付いていた足を止めてくれたけれど。
 その身体が揺らめき、消えてしまった。瞬きする暇さえも与えずに消えた。
 赤い瞳の残像を残して、一瞬の間に。
 小さなブルーは声も上げずに吸い込まれて消えた。
 ベッドに眠った亡骸の中に。前の自分の、呼吸も鼓動も止めてしまった器の中に。



「ブルー…!」
 慌てて駆け寄り、ベッドの亡骸を抱え起こした。
 ソルジャーの衣装を着けた身体を、冷たくなってしまった身体を。
 ベッドの上には一面の花。ソルジャー・ブルーを送るための花。どれも白くて、ただ一面に。
 その花たちが折れて潰れてゆくのもかまわず、懸命にブルーを揺さぶったけれど。
 傍目には眠っているとしか見えない、美しい亡骸を揺すったけれど。
 開かない瞼、閉じたままの睫毛。
 赤い瞳は開いてくれない。小さなブルーを吸い込んだままで、飲み込んだままで。
 もう永遠に目覚めないブルー。
 後は死の国へと旅立つだけのブルーの魂。
 小さなブルーも中に居るのに、その魂も一緒に溶けているというのに。
 揺すっても、揺すっても起きないブルー。目覚めてはくれない、永遠の眠り。
 白い花の中で。
 ベッドを埋め尽くす白い花たちの中で、ブルーは二度と目覚めはしない。死んでしまったから。
 こんなに安らかな顔だけれども、傷の一つも無いのだけれど。
 その肉体は滅びてしまって、息も鼓動も戻ってはこない。小さなブルーを閉じ込めたままで。



(失くしちまった…)
 前と同じに失くしてしまった。小さなブルーを、戻って来てくれた小さなブルーを。
 ようやく取り戻した筈のブルーを、目の前で連れてゆかれてしまった。
 自分が間に合わなかったから。
 もっと早くに追い付いていれば、小さなブルーを止めていたなら、間に合ったのに。
(俺はまた失敗しちまったんだ…)
 まただ、とブルーの亡骸を抱き締めて泣いた。
 前も、今度も追い切れずに失くした。ブルーを捕まえられずに失くした。
 同じだ、と泣いて、泣き崩れて。
 目覚めてくれない亡骸を抱いて、冷たい身体を腕に抱いて泣いて…。



(…朝?)
 泣き濡れた目を開けば、朝で。
 まだ部屋の中は薄暗いけれど、耳に届いた鳥の声。白いシャングリラにはいなかった小鳥。
 青の間はもう何処にも無かった。
 腕に重さが残る気がする、冷たくなってしまったブルーの亡骸も。
(…夢か…)
 夢だったのか、と身体を起こして頭を振った。
 ゾクリと走った恐怖と悪寒。氷のスロープの冷たさが背中に貼り付いたように。
 酷い悪夢だった。そうとしか言えない、恐ろしかった夢。恐ろしすぎる夢。
 けれども、ソルジャー・ブルーの葬儀。
 出来なかった葬儀。
 白いシャングリラではしてやれなかった、出来ずに終わったブルーの葬儀。



(ああしてやるつもりだったんだ…)
 シャングリラ中の白い花を集めて、青の間に飾って、ベッドに眠るブルーの周りにも。
 ブルーを悼む仲間たちの心を白い花に託して、その中にブルーを眠らせてやって。
(最後の一輪は俺が置くんだ…)
 キャプテンがそれを眠るブルーの胸に置いても、顔の側にそっと置いてやっても。
 誰も咎めはしなかったろう。
 ブルーの右腕であったキャプテンなのだし、それを置くのが相応しい、と。
 別れの口付けは出来ないけれども、代わりに花を。
 最愛の恋人の死出の旅路に添えてやる花を、心をこめて。「愛している」と心の中で呟いて。
 そうしてブルーを送り出してやって、全てが終わってしまったならば。
 葬儀を終えたら、後を追って死ぬ。隠し持っていた薬を使って、ブルーの後を追ってゆく。
 何処までも共にと誓っていたから。一緒にゆくと誓いを立てていたから。
(…なのに、叶わなかったんだ…)
 その思いが夢を招いただろうか、前の自分の悲しい記憶が。
 ブルーの後を追ってゆくどころか、葬儀すら出来ずに終わった記憶が。



(だがなあ…)
 してやりたかった葬儀はともかく、小さなブルーを奪われた。
 目の前で奪われ、失くしてしまった。
 亡骸になった前のブルーに奪い取られて、連れてゆかれて。
 小さなブルーは自分に気付いてくれたのに。
 「ハーレイ?」と振り向き、「どうかしたの」と愛らしい声を掛けてくれたのに。
 抱き締める前に消えてしまった、前のブルーに吸い込まれて。亡骸の中に取り込まれて。
 揺すっても目覚めなかった亡骸。戻っては来なかった小さなブルー。
 ただ泣き続けて、泣き崩れていただけの悲しすぎた夢。小さなブルーを失くした夢。



(たとえ前のあいつが望んだとしても…)
 ブルーは一人しかいないのだから、そんなことなど起こり得ないと頭では分かっているけれど。
 あんな悪夢を見てしまった後は、二人いるような気さえしてしまう。前のブルーと、今の小さなブルーの二人が。
 もしもメギドで死んでしまった前のブルーが欲しがったとしても、小さなブルーは渡せない。
 ブルーの望みは何でも叶えてやりたいけれども、これだけは決して譲れはしない。
 小さなブルーを渡しはしないし、共に連れては行かせない。
 前のブルーがどんなに望んで、欲しいと願って訴えたとしても。
(俺ごと連れて行こうって言うなら、いいんだがな…)
 ブルーの亡骸に、死んだ魂に引き摺られるままに死んでゆくのもいいだろう。
 小さなブルーごと連れてゆかれるのならば、そういう最期も悪くはない。
 ブルーを失くして一人残るより、共に逝く方がずっといい。
 前の自分は独り残されて、白いシャングリラで地球へまで行った。前のブルーが望んだから。
 けれども今の小さなブルーは残れと言いはしないだろう。自分が一緒に逝くと言ったら、止める代わりに手を繋ぐだろう。
 行こうと、何処までも一緒に行こうと。



(そういえば、あいつ…)
 生まれ変わって来た、小さなブルー。青い地球の上で出会ったブルー。
 今度は一緒に、と何度も聞いた。何処までも一緒だと、けして離れはしないのだと。
 小さなブルーに頼まれてもいる。
 「ハーレイの寿命が先だと言うなら、ぼくも一緒に連れて行って」と。
 一人残されて生きるのは嫌だと、自分の命が短くなっても一緒に行きたいと頼み込まれた。
 そうするために心の一部を結んで欲しいと、鼓動が同時に止まるように、と。
 まだ結んではいないけれども、いつか結婚したならば。
 ブルーの想いが変わっていなければ、サイオンで心を結ぼうと決めた。共に逝けるように。
(それなのに置いて行かれちまった…)
 とびきりの悪夢、ブルーを失くしてしまう夢。
 前のブルーに小さなブルーを連れて行かれてしまう夢。



(とんだ悪夢を見ちまったもんだ…)
 俺としたことが、と溜息をついた。
 同じ小さなブルーの夢なら、もっと生き生きとしている夢。生気に溢れた小さなブルーの笑顔を夢で見たかった、と思った所で気が付いた。今日は土曜日だったのだ、と。
 週末の土曜日、ブルーの家を訪ねてゆける日。
(…あいつに会えるな)
 すっかり夜が明けて明るくなったら。
 小さなブルーの家に行っても、迷惑でない時間になったなら。
(うん、学校のある日でなくて良かった)
 平日だったら、仕事が終わるまでブルーの家には行けないから。
 小さなブルーを見かけたとしても、抱き締めたりは出来ないから。
 その点だけは今日で良かったと思う。あれは夢だと、ただの夢だともうすぐ分かる筈だから。



 気分を落ち着けるために、朝食は少し多めに食べた。
 現実というものを意識するには、食べるのがいい。朝食をしっかり味わいながら噛み締め、香り高いコーヒーで目を覚ますのが。
 とはいえ、やはり心が騒ぐ。小さなブルーを失くした悪夢がまだ胸の奥で騒いでいる。
(あいつに何事も無ければいいが…)
 前の自分も今の自分も、予知能力などありはしないけれども、恐ろしい。虫の知らせという言葉だってあるし、嫌な予感ほど当たるもの。
 小さなブルーも酷い夢を見て泣きじゃくったとか、あるいは病に臥せったとか。
(まさかな…)
 そんなことはあるまい、と思いはしても消えない恐怖。消えてくれない悪夢の記憶。
 冷たかったブルーの亡骸の重さと、失くしてしまった小さなブルーと。
(気のせいだ、俺の気のせいってヤツだ…)
 ブルーはピンピンしている筈だ、と自分を叱咤し、朝食の後片付けを済ませて家を出た。自然と足が早くなる。ブルーの家へと、早く着かねばと。



 生垣に囲まれたブルーの家。その前に着いて門扉の脇のチャイムを鳴らせば、二階の窓から手を振るブルー。小さなブルー。
 それだけで肩の力が抜けた。何も無かったと、ブルーは元気に生きていると。
 悪夢のことはもう忘れよう、と自分自身に言い聞かせたけれど。あれは夢だと、ただの恐ろしい夢だったのだと、言い聞かせながらブルーの部屋に着いたけれども。
 ブルーの母がお茶とお菓子をテーブルに置いて去るなり、ブルーに訊かれた。
「ハーレイ、どうかしたの?」
 テーブルを挟んで向かいに座った小さなブルーが、赤い瞳で見詰めてくるから。
「…分かるか?」
 今日の俺は何処か違うのか、うん…?
「えっとね…。ちょっぴり寂しそうなんだよ」
 いつものハーレイ、そんな顔なんかしないのに…。何かあったの、寂しくなること。
「ふうむ…。なら、来てくれるか?」
「え?」
「来てくれるか、と言っているんだ、お前にな」
 此処だ、と膝を指差した。椅子に座った自分の膝を。此処に来て座ってくれないか、と。



 普段はブルーが強請って座る膝の上。ハーレイの方から「来い」とは滅多に言わないから。
 それも来てまだ間もない時間に手招きなどはしないから、ブルーはキョトンと目を丸くした。
「…いいの?」
 座っちゃっていいの、本当に?
「うむ。俺がそういう気分だからな」
 ほら、と椅子を引いて膝を叩いてやったら、ブルーは早速やって来た。それは嬉しそうに座った小さな身体を胸に抱き寄せ、強く抱き締めて。
「ああ、お前だ…」
 お前だな、と背を撫でていたら、ブルーがクイと顔を上げて、見上げて。
「ハーレイ、変な夢でも見た?」
 ぼくがメギドの夢を見ちゃうみたいに、嫌な夢とか…?
「当たりだ。それもとびきりのをな」
「どんな?」
「お前のメギドよりかは遥かにマシだが…」
 痛いわけじゃないし、殺されちまうってわけでもないし。
 だが、独りぼっちになっちまう所は似ていたな…。前の俺の夢を見たってわけではないが。



 訊かれるままに夢の話をしてやった。
 白い花に埋め尽くされた青の間、氷になってしまったスロープ。
 酷い夢だったと、あんな夢は一度も見たことがないと。
「…縁起でもないな、お前の葬式だなんて…」
 同じ白でも、婚礼の花なら良かったんだが。
 花嫁のブーケも白いドレスには白を合わせることが多いし、教会の飾りも白い花が多いし…。
「お葬式って言うけど、前のぼくでしょ?」
 ホントに一回死んでるんだもの、お葬式でもいいんじゃないの?
「それはそうかもしれないが…。お前を連れて行かれちまった」
 お前まで一緒に死んじまったんだ、だから縁起でもない夢だ、と…。
 もっとも、昔の日本って国じゃ、死んじまう夢っていうのは悪い夢ではなかったそうだが…。
 逆に吉だと言ったらしいが、どうにも気分が落ち着かなくてな…。
「その夢…。悪い夢ではないと思うよ、ぼくも一緒に死んじゃってても」
「何故だ?」
 お前、夢占いってヤツに詳しかったか、俺は授業で喋っちゃいないと思うがな?
 たった今、お前に話した分よりも詳しく話した覚えは無いんだが…。
 夢が吉だと言われてる理由、お前は前から知っているのか?
「ううん、知らないけど…」
 縁起がいいかどうかも初めて聞くけど、これだけは確か。
 ハーレイ、前のぼくのお葬式、したかったんだよ。したいと思ってくれていたんだよ、ずっと。



 だから夢の中でしてくれたんだ、と微笑むブルー。
 お葬式をするなら魂が無いと出来はしないと、それで自分が一緒に連れて行かれたのだ、と。
「前のぼくと今のぼく、魂は二人で一つしか無いと思うから…。吸い込まれちゃった」
 魂が入っていないと駄目だ、って吸い込まれたんだよ、前のぼくの身体に。
 せっかく準備が出来てるんだもの、お葬式の主役がいなくちゃ駄目だよ、ぼくの魂。
「うーむ…。お前は変な夢、見なかったのか?」
 俺がとんでもない夢を見ていた時、お前はぐっすり眠っていたのか?
「うん、夢はなんにも見てないよ。なんにも見ないで眠ってたんだし、暇なんだから…」
 ハーレイの夢に行ってあげれば良かったね、と言われたから。
 その夢の中にぼくも行けたら良かったのにね、とブルーが言うから。
「馬鹿、死ぬぞ!」
 死んじまうんだぞ、あの夢の中に出て来たら!
 前のお前に吸い込まれちまって、お前はすっかり消えちまった。死んじまったんだ、前のお前に引き摺られてな。
「ぼくは慣れてるから平気だよ。夢の中で死ぬのは」
 何度もキースに撃たれてるしね、それに比べたらずっとマシだよ、ハーレイの夢。
 痛くなさそうだし、ちょっぴり眠いとか、そんな感じの夢じゃないかな、ぼくにしてみれば。



 たまにお葬式だって経験したい、とブルーは無邪気な笑みを浮かべた。
 一度もして貰ったことが無いから、と。
「前のぼくはメギドで死んじゃって終わりだったし、お葬式は体験していないんだよ」
 どんな感じかも分からないから、ハーレイが見た夢、ぼくの立場で見たかったな。
 前のぼくのお葬式っていうヤツを。
「お前なあ…」
 逞しいヤツだな、葬式の夢まで体験してみようってか?
 俺は最悪な気分だったのに、あの夢の中の俺の立場はどうなるんだ。
 チビのお前まで失くしちまった、ってドン底だったぞ、もう泣くことしか出来なかったが…。
 目が覚めた後もスッキリしなくて、お前に何かあったんじゃないかと怖かったんだが…。
「死んじゃう夢は吉なんじゃないの?」
 ハーレイ、さっきそう言ったじゃない。いい夢なんでしょ、ぼくが死ぬ夢。
「…そういう解釈もあるってこった」
 しかしだ、夢を見ちまった気分まで変わるってわけじゃないしな、最悪な夢は最悪な夢だ。
 俺にとっては最低最悪、酷い夢としか言えない夢だったってな。
「そんな夢がどうして、いい夢になるの?」
 ぼくが死んじゃった夢で、ハーレイはとっても悲しいのに…。どうしてそれがいい夢なの?
 夢占いって言っていたよね、死んじゃう夢が吉になる理由は何なの、ハーレイ?
「…お前、いいように解釈するなよ? いいか、恋人が死んじまう夢っていうヤツは、だ…」
 二人の関係に何か進展があるだろう、っていう意味になるんだそうだ。
 恋人同士で進展だったら、いい意味にしかならんだろうが。結婚だとか、婚約だとか。
 それで吉だというわけだな。
 もっとも、こいつは夢占いだし…。その通りになると決まっちゃいないぞ、夢は夢だ。



 所詮は夢占いに過ぎない、と言ってやったのに、ブルーは満面の笑顔になった。
 ハーレイが素敵な夢を見てくれたと、何か進展があるかもしれない、と。
「ねえ、ハーレイ。…ハーレイがその夢、見たんだったら、ぼくが進展させてもいいよね?」
 キスしてもいいよ、一歩前進だよ?
 結婚とか婚約とかじゃないけど、うんと進展するんだけれど…?
「馬鹿。いいように解釈するなと言っただろうが」
 俺はその手には乗らないからな。いくら最悪な夢を見たって、お前の思い通りにはならん。
 うかうかと乗せられてキスしちまうほど、俺は弱くはないってな。
「…残念…」
「残念も何も、キスは駄目だと俺は前から言ってる筈だぞ」
 ブルーの額を指でコツンと小突いてやった。まだ膝の上に居るブルーの額を。
 小さなブルーは「いたっ!」と額を押さえて、膨れっ面になったけれども。
 そのまま暫くプウッと膨れていたのだけれども、それが収まると…。



「ハーレイ、ぼくのお葬式の夢…。なんだか凄すぎるんだけど…」
 そんなに沢山の白い花だなんて、ホントにシャングリラ中からかき集めないと足りないよ。
 ハーレイ、凄いのを計画していたんだね、前のぼくのためのお葬式。
「当然だろうが。前のお前はソルジャー・ブルーだ」
 そのくらいやっても誰も文句は言わないぞ。足りないと言われるほどかもしれんな、エラあたりからな。もっと盛大にやれと、ソルジャーを送るためなのだから、と。
 俺は恋人のためにやってるわけだが、誰も気付きやしなかっただろう。流石はキャプテンだと、ソルジャーに相応しい立派な葬儀だと騙されてな。
 だが、実際は…。
 俺は計画していた葬式どころか、お前のための葬式さえも…。



 してやれなかった、とハーレイは唇を噛んだ。
 赤いナスカが滅ぼされたために、大勢の仲間が死んだから。大勢が死んでしまったから。
 ブルーだけのために花を集めることは出来なくて、合同になってしまった葬儀。
 それにジョミーがアルテメシアに行くと決めたから、葬儀は簡素に、花も花輪が幾つかだけ。
 ハーレイが思い描いた葬儀とはまるで違った、ブルーの葬儀。
 青の間を飾る白い花たちは無くて、亡骸さえも無かったブルー。最後の別れを告げることさえも出来ずに別れて、それきりだった。ブルーはメギドから戻らなかった。
 亡骸を抱き締めることも叶わず、白い花で飾って静かに送ってやることも…。



「…色々と悲しかったんだ、俺は…」
 前のお前を送ってやれなかったこと。おまけに追っても行けなかった。
 お前にジョミーを頼まれちまって、生きて行くしかないっていうのに…。お前の葬儀も出来ずにいたんだ、こうして送ろうと前から決めていたのにな…。
「ごめんね、ハーレイ…。だけど今度は、そんなの関係ないからね」
 死ぬ時もハーレイと一緒だもの、と強く抱き付かれて。
 そうだったな、と小さなブルーを抱き締め返した。
「お前が言っていたんだったな、死ぬ時も二人一緒に行こう、と」
「そうだよ、ぼくが決めたんだもの。ハーレイと一緒」
 ぼくの命が短くなっても、ハーレイと一緒に行くのがいい。
 独りぼっちで生きていたって、そんなのちっとも嬉しくないから。
 ハーレイだって、そう思うでしょ? 二人一緒に行くのがいい、って。
「…お前がそれでかまわんのならな」
 寿命が短くなっちまってもかまわないなら、一緒に行こう。今度こそ、何処までも一緒にな…。



 行こう、と小さなブルーを抱き締め、柔らかな頬にキスを落とした。
 温かなブルー。生きているブルー。
 悪夢は幸せな時に変わって、小さなブルーが腕の中にいる。膝の上にチョコンと腰を下ろして。
(うん、お前だ…。俺のブルーだ…)
 前のブルーも小さなブルーも、ブルーはブルー。どちらも同じ一つの魂。
 青い地球の上でブルーと幸せに生きて、伴侶として同じ家で暮らして。
 今度は置いて行かれもしないし、行ったりもしない。
 満ち足りた生を二人で生きたら、手を繋いで共に帰ってゆこう。
 何処だったのかは分からないけれど、此処へ来る前に二人で居た場所へと。
 そうして、またいつか生まれて来よう。
 ブルーと二人でこの地球の上に、幸せな時を生きるために…。




          夢の中の別れ・了

※前のハーレイには出来なかった、前のブルーの葬儀。恋人を送ってやりたくても。
 あまりにも悲しい夢でしたけれど、生まれ変わっても覚えているほど辛かったんですね…。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv













 ぽっかりと夜中に目が覚めた。
 メギドの悪夢を見てしまったわけではなくて、単にぽかりと。何かのはずみで。
 横になったままキョロキョロと部屋を見回したけれど、時計も眺めてみたけれど。
 本当に真夜中、朝までは数時間もある。夜更けと言ってもいいほどの時刻。
(…変な夢でも見たのかな?)
 欠片も覚えていないけれども、意識が浮上するような夢。きっと、そう。
 部屋の中、しんと静まり返った夜気。常夜灯だけがぼんやり照らし出す部屋。



(えーっと…)
 こんな時には目が冴えてしまって眠れないから。
 眠気が再びやって来るまで、明かりを点けて本でも読もうかと思ったけれど。
 あまりワクワクしない本。続きが気になって眠れなくなる本は困るし、パタンと閉じたらそこでお別れ出来る本。
 そういった本はどれだったか…、とベッドの中で考えていて。
(なんだか…)
 何処かで感じた、という気がした。同じ空気を。
 今の自分と似たような感覚を確かに覚えた、何処かで、いつか。
(パパもママも家にいるんだけれど…)
 同じ二階の別の部屋にいると分かっているのだけれど。
 二人ともぐっすり眠っているから、何の気配も伝わって来ない。足音も、扉を開ける音も。耳を澄ませても聞こえない音。自分の息しか聞こえては来ない。
(ぼく一人しかいないみたいだ…)
 けして一人ではないのだけれども、一人だという夜。一人だと感じてしまう夜。
 こんな夜に出会った記憶がある。一人にされたわけではないのに、一人きりの夜に。



(いつ…?)
 幼い頃の出来事だろうか、と今よりもずっと小さかった頃を思い浮かべた。
 両親と一緒に眠っていたのは、幼稚園の頃までだっただろうか?
 それとも下の学校に入ってからも、暫くはそっちに居たのだろうか?
 昼間は自分の部屋で過ごして、夜は両親の部屋で眠った幼かった時代。庭に来たフクロウの声が怖くて、オバケの声に聞こえて泣いた。あれはオバケに違いないのだと両親を起こして笑われた。
 フクロウのオバケが最初に出た時、まだ両親の部屋に居たのかどうか…。
(どうだったっけ?)
 今一つハッキリしていない記憶。定かではない、フクロウのオバケの記憶。
 両親の部屋まで駆けて行ったのか、ベッドで揺り起こしただけなのか。
 それさえも曖昧になっているほど幼かった頃に、子供部屋にベッドが置かれたろうか?
 一人そちらで眠ることになって、一人だと思っていたのだろうか…?



(そうかも…)
 一人ではないけれど、一人きりの夜。
 子供時代の自分が覚えた感覚なのかも、とフクロウのオバケの鳴き声の怖さにブルッと震えた。前にあの声がメギドの悪夢を連れて来たほど、フクロウの声が怖かった。
 ハーレイのお蔭で前ほど怖くはなくなったけれど。フクロウはトトロに変わったけれど。
 きっと子供の頃の夜だ、と一人きりの部屋の静けさに自分を合わせてみた。
(小さい頃なら、もっと天井が高くて…)
 子供用のベッドも今より大きく感じていたのだろう、と想像するけれど。
 何故だか、しっくりこない感覚。
 それは違う、と。子供時代のものではない、と。
(じゃあ、いつの話…?)
 確かにこういう夜があった、と目を閉じてみたり、開いてみたり。
 パチパチと瞬きしたりもしてみた。
 そうする内に…。



(あ…!)
 思い出した、と浮かび上がった一人きりの記憶。一人ではないのに、一人の記憶。
 白い鯨の夜だった。前の自分がそう感じた。
 長くかかったシャングリラの改造が全て完成した夜に。
 ソルジャーの私室として作り上げられた青の間に一人、移った夜に。
 あの夜、確かに一人きりだった。今の自分と同じに、一人。
 白い鯨には大勢の仲間が乗っていたのに、暮らしていたのに、青の間に一人。



 青の間に移る日、ハーレイに案内されたけれども。
 移った先には全ての設備が整えられていて、部屋付きの係も何人も紹介されたけれども。
 それまでの部屋とは比べ物にならない広さの青の間。一人で住むには広すぎる部屋。
 建造する途中で何度も見に来て、ちゃんと分かっていた筈なのに。
 そういう部屋だと分かっていたのに、いざ移ってみると心細いほどに大きな部屋。移る直前まで使っていた部屋が幾つ入るのか、まるで見当もつかない青の間。
 引越しは係がやってくれたから、ブルーは指示をしていただけ。これはこちらに、それは自分で片付けるから、などと荷物の仕分けを見ていただけ。
 引越しが済めば後は一人で、それでも昼の間は良かった。
 シャングリラ中に張り巡らせていた思念の糸。部屋を移ったから、一本ずつ辿って先を確認してみたり、感度はどうかと探ってみたり。
 そうこうする内に夕食の時間、係が運んで来て奥のキッチンで仕上げてくれた。食べる間も給仕してくれ、終わったら食器を洗って片付け、「おやすみなさいませ」と帰って行った。
 やがてハーレイが一日の報告をしに訪れて、「では」と言うから。
 「おやすみなさいませ」と一礼して帰ってゆこうとするから。
「待って。こんな広い部屋にぼく一人かい?」
 もったいなさすぎるほどに広いのだけど、と広大な空間を指し示したのに。
「もちろんです。此処はソルジャーのお部屋ですから」
 他の部屋とは違うのです。どうぞご自由にお使い下さい、ソルジャーのためのお部屋ですから。
 青の間はそういう所なのだ、と誰もが承知しております。この船の者たちは一人残らず。



 それではおやすみなさいませ、と帰って行ってしまったハーレイ。
 テーブルや椅子や天蓋つきのベッドが置かれたスペースにブルーを残して、スロープを下りて。扉が開いて閉まった後には、ブルーだけしかいない空間。青の間に一人。
(明日の朝まで、ぼく一人だけ…)
 朝には朝食の用意をするために係がやって来るのだけれど。
 「何をお召し上がりになりますか?」と訊かれて答えもしたのだけれども、その係が来るまでは部屋に一人きり。誰も青の間を訪ねては来ない。
(おやすみなさい、と言われたんだし…)
 することもないし、眠るのが一番いいのだろうか、とバスルームに行った。今までの部屋のものとは違って、ゆったりと広いバスルーム。これは気に入ったから、バスタブに湯を張り、ゆっくり浸かって寛いだ時間を楽しんだ。
 それからフカフカのバスタオルで水気を拭って、パジャマに袖を通したけれど。
 バスルームの扉から外へと出れば、昨日までとは違う部屋。大きすぎる部屋。



(ぼくのためだけに、こんな部屋…)
 要らないと言ったのに、押し付けられた。ソルジャーだから、と。
 設計図の段階でも、建造中にも目を見開いたけれど、完成品は思った以上のとんでもなさで。
(何の役にも立たないんだけれど…)
 この部屋の大部分を占める巨大な水槽。ブルーのサイオンと相性がいいらしい大量の水を湛えた水槽。表向きはサイオンの補助だけれども、実は演出だと知っている。水など無くてもサイオンに影響したりはしないし、あってもサイオンは増幅されたりしないのだと。
(ただのこけおどし…)
 そう思いつつも、あちこちを歩き回ってみた。パジャマ姿で。
 昼間やっていたように、一通り。スロープの下まで一度下りてみて、上り直して。ベッドなどのあるスペースの奥に隠されたキッチンやバスルームも扉を開けては中を覗いて、入ってみて。
 そこから外へと出て来てみれば、夜も昼も変わらない照明に照らされた部屋。
 天井や水槽は青く沈んで、海の底のよう。
 ベッドやテーブルが置かれた辺りだけが、ほんのりと白く輝くだけの暗い海の底。



(独りぼっちだ…)
 この海の底に、一人きり。独りぼっちで取り残された。
 皆の思念は感じ取れるけれど。
 シャングリラ中に張り巡らせてある思念の糸も辿れるけれども、感じる孤独。
 一人だと、独りぼっちだと。
(広すぎるんだよ…)
 この部屋は、と零した溜息さえもが響いた気がした。
 大きな水槽の水面を揺らして。波紋のように、さざ波のように。
(どうしよう…)
 こんな部屋に一人。広すぎる部屋に一人きり。
 けれども誰も来てはくれないし、係が来る朝まで眠ろうとベッドに潜り込んだけれど。ベッドを上から照らす照明も消してみたけれど。
 ますます暗くなってしまった海の底。本当に海の底にいるよう。
 独りぼっちで夜の海の底、あるいは光も届かないほどの深い海の底に一人きり。これではとてもたまらない。寂しくて眠れたものではない。
(やっぱり点けよう…)
 一度は消した照明を点けた。ベッド周りの青い玉の形の明かりも灯した。
 その方がマシ。同じ海の底でも、周りが明るい分だけマシ。
 ベッドを照らし出す照明は快適に調整されているから、点いたままでも眠れるから。
 でも…。



(本当に一人だ…)
 一人きりだ、とコロンとベッドで寝返りを打った。
 上掛けを被っても訪れない眠気。却って冴えてゆく意識。
 この広大な青の間の周りに居住区は無い。仲間の思念は感じるけれども、横たわる距離。
 ハーレイの部屋もぐんと遠くなった。遠い所に行ってしまった。
 前の部屋なら、気軽に遊びに行ける所にあったのに。先日までハーレイが使っていた部屋。
 そう、ハーレイも引越しをした。一足先に、キャプテン用にと作られた部屋に。
 愛用している木の机は今も変わらないけれど、部屋の主役を務めるけれども、キャプテンだけが使う部屋。航宙日誌や蔵書を並べる棚が設けられた、落ち着いた部屋。
 引越して直ぐに覗きに行ったから知っている。どんな部屋かも、何処に在るかも。
(…ハーレイ、今は何をしているんだろう?)
 ハーレイももう眠ったろうか、とサイオンを使って覗き込んだら、航宙日誌を書いていた。木の机の前の椅子に座って、これも愛用の白い羽根ペンで。
 終わればベッドに入るのだろう。キャプテンの制服を脱いで、シャワーを浴びて。あの部屋にもバスタブが備えられているから、のんびりと浸かるかもしれない。
 バスルームから出たらパジャマを着込んで、大きなベッドへ。ハーレイの逞しい身体に見合ったサイズの広いベッドへ。



(ハーレイの部屋は普通なんだよ…)
 他の仲間たちが住む居住区の部屋よりは広いけれども、まだ普通の部屋。青の間のように巨大な水槽がありはしないし、高すぎる天井があるわけでもない。
 照明だって暖かい色。暗くて深い海の底のような、この青の間とは全く違う。
 いっそハーレイの部屋に瞬間移動で移ろうか、と考えてから。
(逆がいいかも…)
 ハーレイはあの部屋で何の不自由もしていないのだし、孤独も感じていそうにないから。
 居心地の良さそうな部屋なのだから、この青の間を味わわせるのも悪くない。
 よくもこんな部屋を押し付けてくれたと、もっと普通の部屋にしてくれれば良かったのに、と。
(うん、その方が…)
 出来てしまった部屋は仕方ないけれど、せめて意趣返しをしておきたい。青の間を作らせた犯人たちは他にもいるのだけれども、仕返しするならハーレイがいい。
(一番古い友達だしね?)
 ハーレイ自身がそう言った。アルタミラからの脱出直後に、ブルーを紹介する時に。船で出来た友人たちに紹介する時は必ず、「俺の一番古い友達だ」と。
(友達を青の間に連れて来たって、誰も文句は言わない筈だよ)
 瞬間移動で引っ張り込んだら、ハーレイも逃げられないだろう。逃れることは出来ないだろう。
 ましてパジャマでは船内を走って帰れはしないし、実行するならパジャマに着替えてから。
 航宙日誌を書き終えたハーレイがシャワーを浴びて、パジャマを着るのを待った。
 そして…。



「これは一体、何事です!?」
 瞬間移動で連れて来られて、大慌てしているパジャマのハーレイ。パジャマ姿で靴さえも履いていないハーレイ。裸足で立っているハーレイ。
 ソルジャーの衣装ではなくてパジャマだったけれど、大真面目な顔で命令した。ベッドから出て偉そうに立って、「今夜は此処に」と。自分も裸足で。
「君も今夜は此処で眠るんだよ、この青の間で」
「何故です?」
 私の部屋は他にありますし、第一、此処はソルジャーのお部屋なのですが…!
「理由を言えと言うのかい? だったら、此処は広すぎるから」
 独りぼっちになった気分がするんだ、まだこの部屋に慣れていないから。
 みんなの思念は感じ取れるけれど、今までの部屋よりもずうっと遠くて落ち着かない。
 おまけに照明が妙に暗いし、まるで海の底みたいじゃないか。
 一人きりで深い海に沈められたようで、どうにも気分が良くないんだよ。
 ぼくに合わせて調整してはあるんだろうけれど、今までの部屋と何もかもが違いすぎるんだ。
 これじゃ、たまったものじゃない。慣れない間は不眠症になってしまいそうだよ…!



 ソルジャーを神経衰弱にしたいのか、と詰め寄った。
 慣れるまでこの部屋で過ごしてくれと。このままでは眠れそうにもないと。
「し、しかし…!」
 私はキャプテンで、明日も朝食を終えたら直ぐブリッジに行かねばなりません。此処でのんびりしていられるほど、暇なわけではないのですが…!
「大丈夫。朝には君の部屋まで送り届けるから」
 パジャマで走って帰らなくても、瞬間移動で送ってあげる。ほんの一瞬だよ、ぼくにかかれば。
 明日の朝は何時に目覚ましをセットしておけばいいんだい?
 ぼくも君に合わせて起きることにするよ、目覚まし時計のアラームは何時?
「ソルジャー…!」
「ブルーでいいよ。ソルジャーは要らない」
 友達だからね、と微笑んだ。「君の一番古い友達」と。
 その友達を見捨てないで欲しいと、今夜はこの部屋に泊まって欲しいと。
「ですが、ベッドは…!」
 何処かから簡易ベッドでも運ぶと仰るのですか、ソルジャー……いえ、ブルー?
「ベッドだったら、充分広いよ」
 二人分のスペースはあると思うんだ、と天蓋つきのベッドを指差した。
 枠にミュウの紋章が刻まれたベッドを、さっきまで一人で潜っていたベッドを。



 押し問答にはなったけれども、なんだかんだでハーレイも折れた。
 パジャマ姿で船の中を走って逃げられはしないし、靴さえも履いていないのだから。
 ブルーが目覚まし時計をセットし、二人並んでベッドに横になって…。
「ハーレイ。…こうしていると脱出した直後みたいだね」
 アルタミラから、この船で。まだ改造の話さえ無かった頃だけれども。
「ああ、あの頃はたまに二人で眠っていましたね」
 今よりもずっと小さかったあなたと、私と二人で。
 思い出しますね、あの頃のことを…。



 脱出直後のシャングリラ。最初はコンスティテューションという名前だった船。
 人類が捨てて行った船に乗り込み、燃え上がり崩れるアルタミラから逃げ出した。その船の中に部屋は沢山あったから。皆に行き渡るだけの数があったから、ブルーもハーレイも自分用の部屋を貰って一人で使っていたのだけれど。
 ベッドもそれぞれの部屋にあったのだけれど、ハーレイの所にブルーが泊まりに出掛けていた。枕だけを抱えてハーレイの部屋へ、ハーレイが眠っているベッドへ。
 アルタミラの夢を見て怖かった夜に。
 人体実験の夢や、檻に閉じ込められていた頃の夢。
 そうした夢に出会った夜には一人が怖くて、ハーレイの隣に潜り込んだ。
 さほど大きなベッドでもないのに、ハーレイの身体にピッタリとくっついて、落ちないように。ハーレイも腕を回してくれた。ブルーが落っこちないように。



「ブルー、最近はもうあの夢は?」
 アルタミラの夢は見ないのですか、もうすっかり…?
「見ないね、こっちの生活の方が長いから」
 みんなと暮らし始めて長いし、そういう夢を見ているよ。いつも誰かが夢に出て来る。
 ハーレイは大抵、出て来るかな。キャプテンだったり、厨房にいたり、いろんな夢でね。
 でも、アルタミラの夢は見ないよ。見ても脱出する時の夢で、ぼくは一人ぼっちじゃないんだ。
 ハーレイと二人で走っている夢。だから怖くはないんだ、あれは。
「それは良かったです。アルタミラの夢があなたを脅かしていないのなら」
「そう思うのなら、ぼくが気持ちよく眠れるように君も協力してくれないとね」
 こんなガランとした部屋を押し付けるなんて論外だよ。
 いくら上等の部屋であっても、使う方の気持ちがついていかなきゃ意味が無い。
「そうは仰いますが、この部屋は本当にあなたのお身体に合わせた部屋で…」
「こけおどしの水槽も含めてね」
 まさか本気で作るだなんて…。
 ぼくのサイオンと水との相性、誤差の範囲内だとヒルマンたちだって知ってるくせにね…?



 他愛ないことを話している間に、いつの間にか眠ってしまっていた。
 多分、自分が先に眠った。ハーレイよりも。
 夢見心地でハーレイの声を聞いていたような気がするから。「聞いているよ」と半ば眠りながら相槌を打って、呆れられていたと思うから。
 それにハーレイが掛けてくれた上掛け。肩まですっぽり掛け直してくれた。「良い夢を」という優しい言葉も耳に届いた、眠りに落ちる前に。
 そうして一晩ぐっすり眠って目覚まし時計の音で起き出し、約束通りにハーレイを送った。瞬間移動でキャプテンの部屋まで。パジャマ姿も裸足の足も、誰にも見られないように。
 ハーレイは顔を洗ってキャプテンの制服に着替え、朝食を摂りに食堂へと。
 青の間の方にも係が食事を運んで来た。昨日注文しておいた通りのものをトレイに載せて。
 トーストを焼くのと、料理の仕上げは青の間の奥のキッチンで。
 満足のゆく朝食だったけれども、何も文句は無かったけれど。
 やはり慣れない、広い青の間。海の底に沈んでいるような孤独。それに囚われてしまう夜。



 だから、その夜もハーレイを呼んだ。パジャマに着替えてしまうのを待って、瞬間移動で。
 呼び付けられたハーレイの方は、青の間を見回し、眉間に皺を刻んだものだ。
「…またですか?」
 今夜も眠れないと仰るのですか、それで私をお呼びになったと?
「これしか仕方ないだろう。実際、眠れないんだから」
 君には分かっていないんだ。この部屋で一人で眠るというのが、どれほど寂しいことなのか。
 いずれ慣れれば、そんなことなど笑い話になるだろうけれど…。
 一人の方が良く眠れる、と思う日が来ると分かってはいるのだけれど。
 今はまだ一人じゃ無理なんだ。少しでも早く部屋に慣れるよう、君に協力して欲しい。
 君がいなくても眠れるくらいに慣れるためには日数がかかる。
 ちゃんと眠れる部屋とベッドだ、と納得するまで、ぼくの側で眠ってくれないとね。



 キャプテンがいないと眠れないソルジャーでは話にならない、とハーレイを何度呼んだことか。
 パジャマで裸足のハーレイを。
 瞬間移動でヒョイと攫って、あの青の間に慣れるまで。
 一人で眠るのに慣れる頃まで、何度も、何度も。
(そっか、あのベッド…)
 最初からハーレイと使ったのだった。青の間に移った、暮らし始めたその日から。
 ハーレイを呼んで、二人で眠った。大きなベッドで寄り添い合って。
 恋人同士ではなかったけれど。一番古い友達だと思っていたのだけれど…。
(ハーレイ、覚えているのかな…?)
 前の自分たちが恋人同士になるよりも前に、あのベッドで一緒に眠っていたこと。
 青の間を使い始めた最初の夜から、ハーレイが其処に泊まっていたこと。
(…忘れちゃってるかな、どうなのかな…)
 覚えていたら訊こう、と欠伸をした。
 明日は土曜日なのだから。ハーレイが来てくれる日なのだから。
(んー…)
 眠い、と急に襲って来た眠気。
 明かりを点けてメモを書こうとは思わなかった。眠い、と丸くなっただけ。上掛けを引っ張り、コロンと丸く。
 欠伸を漏らして、スウッと息を吸ったらもう眠っていた。メモを、と思う暇さえも無く。



 メモを書き損ねたブルーだけれど。
 書かずに眠ってしまったけれども、幸いなことに、朝、目が覚めたら、夜中の出来事を忘れずに覚えていたものだから。
 前のハーレイと青の間で初めて眠った日のことが記憶に残っていたものだから。
(これは訊かなきゃ…!)
 ハーレイも覚えているのか訊こう、と胸を弾ませて来訪を待った。
 顔を洗って朝食を食べて、部屋を掃除して、ワクワクと。
 早くハーレイが来てくれないかと、チャイムを鳴らしてくれないかと。



 待ち焦がれていたハーレイが訪れ、ブルーの部屋で二人、向かい合わせ。
 お茶とお菓子が置かれたテーブルを挟んで、ブルーは早速、例の質問を持ち出した。
「あのね、ハーレイ…。青の間のこと、覚えてる?」
 前のぼくの部屋。ハーレイたちが勝手に大きくしちゃった部屋だよ、水槽までつけて。
「…あの部屋のことなら忘れないが?」
 誰が忘れると言うんだ、アレを。あんな部屋は二つと無いんだからな。
「部屋もそうだけど、最初の夜だよ。青の間で最初に過ごした日の夜」
「そういう話は断らせて貰うが」
 チビのお前にゃ、まだ早すぎだ。ちゃんと育ってからにするんだな。前のお前と同じ姿に。
「そっちの最初の方じゃなくって…!」
 違うんだってば、青の間そのものの最初だってば!
 前のぼくが、あの部屋に引越しした日。その日の夜の話だってば…!



 本当に本当の使い始め、と説明をした。
 白い鯨が完成した後、ソルジャーが青の間に移った日のこと。
 その日の夜からハーレイが青の間のベッドに泊まっていたよ、と。
 部屋に馴染めないソルジャーにパジャマ姿で呼ばれて、命令されて泊まっていたよ、と。
「ハーレイ、すっかり忘れちゃってる? 瞬間移動で呼んだんだけど…」
 ぼくの命令、って泊まって行くように言ったんだけど。
「…そういえば…。そういうこともあったな、俺はお前に拉致されたんだ」
 おやすみなさい、と挨拶して部屋に帰った筈だが、青の間に逆戻りしちまった。制服どころか、パジャマに裸足で。このベッドで寝ろ、と言われたっけな。
「思い出した? それから何度も呼んでいたでしょ、ぼくが青の間に慣れるまで」
「うむ。お前、遠慮なく呼んでくれるんだよなあ、俺の都合も考えずにな」
 パジャマに着替えたら一杯やるか、と思っていたって、その前に攫われちまうんだ。
 もういいだろうと、着替えは済んだと、瞬間移動でアッと言う間にな。
「その文句…。言われたっけね、何回も」
 俺の酒をどうしてくれるんだ、って。ちゃんと取り寄せてあげた筈だよ、ハーレイのお酒。
 これだよね、って瞬間移動で運んであげたよ、前のぼくは。
「そりゃまあ…なあ? そのくらいはして貰わんとな」
 俺は夜な夜な攫われてたんだ、酒くらい飲んでもいいだろうが。
 お前も安眠したかったろうが、俺だって酒を一杯やってだ、気分良く眠りたいんだからな。



「ハーレイには迷惑かけちゃったけど…。あれって、運命だと思わない?」
 青の間に引越した日の夜からだよ、その夜から一緒に眠ってたんだよ?
 恋人同士になるよりも前に、あのベッドを二人で使ってたなんて…。運命だよ、きっと。
 前のぼくたち、恋人同士になるって決まっていたんだよ、もう。
「お前、いつでも最初からだと言ってるだろうが」
 出会った時から特別なんだと、俺たちの仲は最初からだ、と。
「そうだっけね…。ハーレイはぼくの特別だっけ…」
 アルタミラで初めて出会った時から、ハーレイとは息がピッタリ合ったし…。
 ぼくに声を掛けてくれたのもハーレイだっけね、ぼくがシェルターを壊した後に。
 二人で幾つも、幾つもシェルターを開けて回ったね、仲間を助けに。
 あの時からもう始まってたんだね、ぼくとハーレイとは一緒に生きて行くんだ、って道が…。



 メギドに滅ぼされたアルタミラで。
 崩れてゆく星の炎の中で、出会って二人で必死に走った。生きようと、仲間を救い出そうと。
 飛び立った船で、二人で眠った。ブルーがアルタミラの悪夢に襲われた夜に。
 その船が白い鯨になった後にも、また二人で。
 青の間が完成してブルーが引越した夜に、大きなベッドで寄り添い合って眠った。恋人同士にはなっていなかったのに。
 そういう仲になる日が来るなど、二人ともまるで思っていなかったのに…。



「ハーレイ、やっぱり運命なのかな?」
 ぼくたちが出会って、ずうっと二人で生きていたこと。
 恋人同士じゃなかった時から、一緒のベッドで眠っていたこと…。
「うむ。今も一緒な所を見るとな」
 運命だろうさ、間違いなく。前の俺たちが出会った時から、この地球で再会したのも全部。
 そいつが運命ってヤツでなければ、運命って言葉を何処で使えばいいのやら…。
 それともお前は運命じゃなくて、腐れ縁って言われた方がいいのか?



 どうなんだ、と訊かれたから。
 「運命だよ!」と即座に返した。きっと運命に決まっているから。運命の恋人同士だから。
 青の間が出来て引越した日の夜から、同じベッドで眠った仲。
 あの部屋に慣れてハーレイの添い寝が要らなくなるまで、何度も何度もハーレイを呼んだ。
 今度は別々の家に住んでいるだけに、添い寝は無理そうなのだけど。
 いつになったら眠れるだろうか、同じベッドで。
 ハーレイの大きな身体にくっついて眠れる日はいつのことなのだろうか…。



「ねえ、ハーレイ…。今度、ハーレイと一緒に寝られるのは、いつ?」
 本物の恋人同士にならなきゃ駄目なの、前みたいに添い寝はしてくれないの?
「さあなあ…? チビのお前が嫁に来たなら、添い寝だろうな」
 それにだ、添い寝なら一度は経験済みだろうが、お前。
 メギドの夢を見ちまった夜に飛んで来ただろ、俺のベッドに瞬間移動で。
 あれっきり二度と飛んでは来ないが、あれも運命の出会いだろうさ。
 一度くらいは添い寝をさせてやろう、と神様が運んで下さったってな、あの夜だけな。
 だからだ、背伸びなんかはせずに、だ…。
 ゆっくり大きくなるんだぞ、と頭をクシャリと撫でられた。
 急がなくていいと、ゆっくりでいいと。時間はたっぷりあるのだから、と。
「うん…。うん、ハーレイ…」
 分かってるよ、と頷いた。焦らないよ、と。



 出会えたことが運命だから。
 今の生でも、ハーレイと出会えたことが運命なのだから。
 いつか一緒に眠れるだろう。
 今度も添い寝で始まったのだし、いつかは本物の恋人同士。
 ハーレイと同じ家で暮らして、ベッドも二人で同じのを使う。大きなベッドで二人で眠る。
 生まれ変わって来た青い地球の上で、今度こそ何処までも恋人同士で…。




           初めての青の間・了

※前のブルーが一人で眠るには、広すぎたのが青の間という部屋。それに慣れるまでは。
 「不眠症になりそうだから」と、前のハーレイと眠っていたようです。微笑ましいお話。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv













「やはりお前か、ソルジャー・ブルー!」
(え!?)
 嫌というほど聞き覚えのある声。何度となく聞いたキースの声。
 またメギドか、とブルーは慌てたけれど。
 大嫌いで苦手なメギドの悪夢。それが来たかと、しかも夢だと自覚のある方なのか、と泣きたい気持ちになったけれども。
 「…ではないのか」と続いた声。
 場所はメギドに違いないけれど、青い光が溢れる制御室の中に居たけれど。
 「見付けたぞ」と笑顔で近付いてくるキース。その手に拳銃を構えてはいない。それにマツカを従えているし、いつものメギドの悪夢とは違う。
 何かが変だ、と自分の身体を見回してみたら、パジャマを着ていた。ソルジャーの衣装は消えてしまって、代わりにパジャマ。おまけに小さくなっている身体。十四歳の子供の身体。
(…どうなってるの?)
 確かにメギドに居るんだけれど、と目をパチクリとさせている間にキースが側までやって来た。
 背の高いキース。前の自分が会った時より遥かに高い。身体が小さくなっている分、身長の差が大きくなるから。
 自然と見上げる形になってしまい、アイスブルーの瞳の男と向き合った途端。
「ずいぶん探し回ったぞ。今度こそ結婚して貰わんとな」
「ええっ!?」
 仰天したけれども、思い出した。花嫁を探していたキース。自分に白羽の矢が立った。何故だか自分に、チビの自分に。
 危うい所で逃げ出したけれど、結婚式を挙げる途中で目覚めて夢から逃げられたけれど。
 そのキースにまたしても見付かった。探し出されて、キースは笑顔。それは満足そうな顔。
 逃げ出したいと焦ったけれども、覚めない夢。逃れられない夢の中の自分。
 「さあ、行こうか。此処は危ないからな」とキースに腕を掴まれた。
 逃げられないままで拉致されてしまった、またしてもノアへ。キースが住んでいる家へ。



(もう三度目だよ…!)
 キースが花嫁を探している夢。自分が花嫁に選ばれる夢。
 三度目なのだと分かってもいるし、夢だと自覚もあるというのに、一向に覚めてくれない悪夢。
 国家主席になるらしいキースは結婚式の準備を進めている上、機嫌の方も至極良かった。やっと花嫁を見付け出したと、結婚式を挙げて自分のものにするのだと。
 花嫁の正体が何であろうが、キースは全く気にしていない。ブルーという名前もミュウの長だということも充分に承知で、シャングリラにまで結婚式の招待状を送っていた。
 ミュウと人類がとうに和解した世界、シャングリラの皆からも出席すると届いた返事。
(三度目の正直って言うんだよね…?)
 縁起でもない、と夢から逃れようと思うけれども、覚めない夢。
 キースが住む家でマツカに世話され、結婚式に向けて流れてゆく日々。高層ビルに住むキースの家から一歩も出しては貰えない日々。
 大切にされてはいるのだけれど。一部屋貰って、何の不自由もしていないけれど…。



(今度こそ結婚させられちゃうよ…!)
 ウェディングドレスは出来たと聞いたし、結婚式当日のお楽しみだと微笑んだキース。サイズはピッタリに作らせてあるから、きっと似合うと。可愛らしいに違いないと。
(ぼく抜きで話が進んでるなんて…!)
 このまま進めば、また結婚式。今度は逃げ出せないかもしれない。キースと結婚してしまう夢。
 誓いのキスやら指輪の交換、まだハーレイともしていないのに。唇へのキスはまだハーレイから貰えないのに、夢の中でキースにキスされるなんて…。
(それだけは嫌だよ…!)
 ハーレイよりも先にキースとキス。いくら夢でも酷すぎる話。それでも覚めてくれない夢。
 いくら願っても、夢だと自分に言い聞かせても、終わりが来てはくれない夢。



(…逃げるしかないの?)
 夢から逃れられないのならば、夢の中で逃げるしかないのだろうか。何処でもいいから、何処か遠くへ。キースが見付け出せない場所へ。
(きっと、それしか…)
 方法は無い、とキースが仕事に出掛けた隙に窓から逃げようと下を覗いてみたけれど。
 とんでもない高さ。
 人の姿はまるで分からないし、車でさえも小さな記号のよう。動いてゆくから車なのだと分かるだけ。道路を次々と流れてゆくから、たまに止まったりもしているから。
 ビュウと吹き上げて来た強い風。遥か下から吹いて来た風。
(…死んじゃうかも…)
 こんな高さから飛び降りたら。この窓から外へ逃げたなら。
 とはいえ、これは夢だから。自分が見ている夢の世界の中なのだから。
 飛べるかもしれない、と懸命に窓枠をよじ登った。
「危ないですよ!」
 下りて下さい、とマツカが止める声も聞かずに窓から下へと飛んだけれども。
 飛べると信じて飛び降りたけども…。



(やっぱり飛べない…!)
 真っ直ぐに落ちてゆく身体。飛ぶどころではなくて、地面へ向かって一直線に。
(ぼく、死んじゃう…!)
 落っこちて死ぬ、とギュッと目を瞑ろうとしたら聞こえた声。自分の名前を呼んでいる声。
(まさか、ハーレイ?)
 来てくれたのか、と目を見開いたら、落ちてゆく先で両手を広げているキース。受け止めようと足を踏ん張り、「大丈夫だ!」と自信に溢れた表情。
(最悪だよ…!)
 夢の世界なら、キースも自分もきっと怪我一つしないのだろう。
 あんな高さから飛び降りた自分をキースが受け止め、しっかりと両腕で抱えるのだろう。
 「良かったな」と、「危なかったな」と。
 もう最悪なハッピーエンド。
 キースに受け止められるだなんて…、と泣きそうな気分になった所で目が覚めた。
 本物の瞼がパチリと開いて、夢の世界から逃げ出せた。
 カーテン越しに朝の光が射し込む部屋へと戻って来られた。自分のベッドがある部屋へと。



(…あんまりな夢…)
 あれは酷すぎ、とベッドの中で頭を振った。
 横になっていたら、またウトウトと眠ってしまって夢に捕まるかもしれないから。さっきの夢の続きを見たら大変だから、と起き上がってベッドの端に腰掛けることにした。
 まだ着替えるには早い時間だからパジャマのままで。
(…あの夢って、何の呪いなわけ?)
 毎回キース、と唸ったけれど。
 キースに攫われては花嫁にされてしまうんだ、と理不尽な夢に怒りをぶつけたけれど。



(…呪い?)
 呪われているのだろうか、あのキースに?
 もしかしたら、夢の世界で出会うキースが自分に呪いをかけたのだろうか?
 チビの自分を花嫁にしようと、花嫁にするのだと恐ろしい呪いを。
 花嫁にするための呪いの魔法を、この自分に。
(それでチビとか…?)
 一ミリさえも伸びてくれない背丈。どんなに頑張っても少しも伸びない背丈。
 時期が来れば伸びると、そういう時期が来ていないだけだと思っていたけれど、呪いがかかっているかもしれない。大きく育ってしまわないように。チビの姿でいるようにと。
 夢の中で出会うキースが欲しい花嫁はチビの自分で、育った姿の方ではないから。
 育ってしまえばソルジャー・ブルーで、問答無用で撃ち殺される。
(キースが欲しいの、チビのぼくだから…)
 チビの自分を手に入れようとして、育たないようにとかけられた呪い。
 そうだとしたなら、沢山食べても、ミルクを飲んでも、背丈は伸びてくれないだろう。いつまで経ってもチビのまんまで、前の自分と同じ姿にはなれないだろう。
 悪い魔法使いのキースに呪われて。
 大きくなれない呪いをかけられ、背が伸びないままで暮らすしかない。呪いのせいで。



(どうしよう…)
 本当に呪いかもしれない、という気がして来た。
 三度も夢で出会ったキース。チビの自分を花嫁にしようと目論むキース。
(呪いを解くには…)
 どうすればいいのか、と考え込んでいて、ハタと気付いた。
 呪いを解くには真実の愛。王子様のキス。
(白雪姫だって、オーロラ姫だって…)
 王子様のキスで呪いが解けた。お姫様のキスで呪いが解けるカエルの話もあった筈。
 自分はハーレイと結婚することになっているのだし、王子様はきっとハーレイだろう。キスさえ貰えれば呪いは解けて、背丈が伸びるに違いない。
 それなのに今は貰えないキス。前の自分と同じ背丈に育つまでは、と貰えないキス。
 けれども事情が事情だから。
 キスを貰わないと背丈が伸びてはくれないわけだし、呪いを解かねば背は伸びないから。
(今日は土曜日…)
 駄目で元々、ハーレイに相談しようと決めた。
 今の自分の王子様。呪いを解くためのキスが出来るのは、きっとハーレイだけなのだから。



 朝食を食べて、部屋の掃除をきちんと済ませて。
 まだか、まだかと待ち侘びていたら、チャイムの音が聞こえて来た。窓に駆け寄れば、手を振るハーレイ。大きく手を振り返して、王子様を待った。呪いを解ける王子様を。
 母がお茶とお菓子を置いて行った後、テーブルを挟んで向かい合わせに座ってから。
「あのね、ハーレイ…。呪いって信じる?」
 そう切り出したら、ハーレイは「はあ?」と鳶色の瞳を瞬かせた。
「呪いってなんだ、何の話だ?」
「呪いだよ。魔法使いとかが呪いをかけるでしょ?」
 ああいう呪い。ハーレイは存在していると思う? 呪いの魔法。
「うーむ…。俺たちは生まれ変わりなわけだし、お前には聖痕まであったからなあ…」
 呪いが無いとは言えないな。無いと言い切る自信は無いが…。
 どうしたんだ、お前。いきなり呪いの話だなんて?



「…ぼくね、呪われてるみたい」
「呪うって…。誰にだ?」
 誰がお前を呪うと言うんだ、こんな平和な今の世界で?
 勘違いっていうヤツじゃないのか、たまたま偶然が重なっただけで。
「でも…。呪ってるのはキースなんだよ」
「キースだと!?」
 何故だ、とハーレイに真顔で訊かれたから。
 「お前、キースを嫌ってはいないだろうが」とキース嫌いのハーレイに尋ねられたから。
「…それとこれとは別問題だと思う…」
 ぼくがキースを嫌ってなくても、嫌っていても。
 キースの方では全く関係ないんじゃないかな、呪いをかけてる相手は今のぼくだから。
 前のぼくとは無関係な所で目を付けて呪っているだけだから…。
「サッパリ話が分からないんだが、何処からキースが出て来たんだ?」
 それにどうして呪いになるんだ、俺に分かるように説明してくれ。
 俺の嫌いなキースの名前が山ほど出ようが、そこは我慢して聞いてやるから。



「えーっと…。ぼく、また夢を見たんだよ。結婚式の」
 キースと結婚させられちゃう夢。キースがぼくをお嫁さんにしようと企んでる夢。
「ああ、あのシリーズの三回目か」
 確か三回目になる筈だよなあ、お前が俺に喋っていない分があるなら知らんが。
「あれってシリーズだったわけ?」
「聞かされてるだけの俺にしてみればな。…八つ当たりもされるが」
 で、今度は何をやらかしたんだ?
 今度の夢では、お前、どういう目に遭ったんだ…?
「聞いてよ、ハーレイ! 酷いんだよ…!」
 いつもと同じで始まりはメギド。ぼくはまたキースに捕まっちゃって…。
 こうだ、と夢の話を全部聞かせた。
 危うい所で目が覚めたけれど、夢の中の自分が考えたような三度目の正直ではなさそうだと。
 結婚式場に行かなかったから、カウントされないに違いないと。



「…それで?」
 目が覚めたんなら充分じゃないかと思うがなあ…。三度目が来たって、所詮は夢だろ?
 どうしてそいつが呪いになるんだ、しかもキースの呪いだなんて。
「目が覚めてから気が付いたんだよ、これはキースの呪いだって」
 呪われてるんだよ、あのキースに。今まで気付いていなかったけれど…。
「どんな呪いだ?」
 夢を見るように呪われてるのか、結婚式のシリーズを最後まで見ろと。
 キースと結婚式を挙げるまでは何度でも見るっていうのか、そのシリーズを?
「ううん、そっちの方がマシ。もっと深刻な問題なんだよ」
「深刻って…。どんな具合にだ?」
「ぼくの背丈が伸びない呪い…」
「なんだそりゃ?」
 お前の背丈って、伸びないようにと呪ったら何か得をするのか、そのキースは?
「大きくなったら、お嫁さんには出来ないしね?」
 育っちゃったらソルジャー・ブルーで、キースは撃つ方に行っちゃうから…。
 チビのぼくでないと、お嫁さんには出来ないんだよ。だから大きくならないように。前のぼくと同じに育たないように、キースが呪いをかけているんだ。
 ぼくがいつまでも、チビのまんまでいるように。育たないように…。
「あのなあ…。お前、まだ寝ぼけてはいないだろうな?」
 背丈が伸びない呪いをかけられたってか、あのキースに?
 前のお前を撃ったキースが、今度は魔法使いになって戻って来たってか…?



 キースがどうすれば魔法使いになるというのだ、と呆れるハーレイ。
 いくらなんでも有り得ない、と。
「お前、冷静に考えてみろよ? お前の聖痕は不思議ではあるが、魔法とは違う」
 生まれ変わりだって魔法じゃないんだ、神様がやって下さったことだ。
 奇跡が存在することは俺も認めはするがだ、魔法となったら信じ難いな。
 おまけにキースが魔法使いになるなどと…。あいつだったら、魔法よりも現実重視だろうが。
 そういうタイプだ、キースってヤツは。
 魔法を習いに出掛けるキースなんぞは全く想像出来んぞ、俺は。
「だけどぼくの背、伸びないし…。ちっとも伸びてくれないし…」
「それは確かだが…」
 だからと言って呪いと結び付けるのはどうかと思うが…。個人差ってヤツもあるからな。
「でも…。試してみる価値はありそうなんだよ」
「何をだ?」
「キースの呪いを解く方法」
 ぼくの背丈が伸びない呪いは、これで解けると思うから…。
 もしも呪いがかかっていたなら、これを試せば背だって伸びようになると思うんだけどな。
「その方法をキースが喋ったのか?」
 呪いかどうかも分からないのに、夢の中で何かを言ったのか、キース?
「ううん、王道」
 大抵の呪いはこれで解けるよ、間違いないよ。
 だからキースの呪いだってきっと、この方法で解けると思うけど…。



 呪いを解くにはハーレイの協力が必要なんだよ、とブルーは説明した。
 眠りの呪いもカエルの呪いも王子様やお姫様のキスで解けると、呪いを解くにはキスなのだと。
「だからお願い、協力して!」
 ぼくにかかった呪いを解いてよ、キースの呪いを。
「俺にどうしろと?」
 何をすればいいんだ、俺の協力とやらいうヤツ。
「ハーレイだって分かってるでしょ、呪いはキスで解けるんだよ?」
 ぼくにキスしてくれたら解ける筈だよ、キースにかけられてしまった呪い。
 お願い、ハーレイ。ぼくにキスして。
「ふうむ…。やはりそういうことになるのか」
 仕方ないなあ、呪いを解くにはキスしかないんだ、ってことになったら。
 要は呪いを解けばいいんだな、俺がキスして。



 よし、と椅子から立ち上がったハーレイ。
 ブルーの方へとやって来たから、瞳を閉じて待っていたのに。
 王子様が唇にキスをくれる、とワクワクしながら待っていたのに、額にキスを落とされたから。
「それじゃ駄目だよ!」
 呪いが解けない、と文句を言った。
 額ではなくて唇にキスだと、呪いを解くキスは唇にしてくれなくては、と。
 なのに…。
「解かなくていいだろ、そんな呪いは」
 キスだと言うから一応、キスはしてやったが…。唇へのキスにはまだ早いしな?
 何度も言ったな、前のお前と同じ背丈になるまではキスはしてやらない、と。
「だけど…! その背丈になれない呪いがかかってるんだよ、今のぼくには…!」
 どんなに頑張ってミルクを飲んでもチビのままだよ、呪いなんだから。
 それをハーレイが解いてくれなきゃ、ぼくの背丈はいつまで経っても伸びないんだけど…!
「解かなくてもいいと言っている。背丈の伸びない呪いってヤツは」
「なんで?」
 ハーレイはぼくがチビでもいいの?
 チビのまんまでキスも出来ないようなのがいいの、ねえ、ハーレイ?
「…チビのお前も俺は好きだし、ゆっくり大きくなれとも何度も言っているがな…?」
 急がなくていいんだ、背を伸ばそうと。のんびり育てばいいのさ、お前は。
 チビなのは呪いなんかじゃない。現実問題としてキースがいない。
「えっ…?」
「何処にもキースはいないじゃないか。…違うのか?」
 俺もお前も、一度もキースに会ってはいない。だから呪いも存在しない。
 キースがいたなら、考えてやる。呪いなのかもしれない、とな。



 お前の夢の中だけの話だろうが、とキスをアッサリ断られてしまった。
 そんな呪いなどありはしないと、あるわけがないと。
 存在していないキースが呪いをかけることなど有り得ないのだし、呪い自体が存在しないと。
 自分の椅子に戻ったハーレイ。キスは済んだと、額へのキスで充分だと。
「でも、ぼくの背…。ホントに一ミリも伸びていないよ、ハーレイと会った五月から…!」
 呪いじゃなければ何だって言うの、ぼくの背、絶対、呪われてるよ…!
「そう言われてもだ、呪いを解くにはキスなんだろうが。唇へのキス」
 本当に呪いがかかっているなら、俺も真面目にキスしてやるが…。
 今の時点じゃ、お前が一人で思い込んでるってだけで、呪いが解けるって方法もそうだ。呪いの解き方はキスだけじゃなくて色々とあるぞ? 本当にキスで解けるのかどうか…。
 結婚出来る年になっても呪われていたら、考えてもいい。
 お前がチビのままで十八歳の誕生日ってヤツが来てしまったなら、その時はキスをしてやろう。
 俺のキスで呪いが解けるかもしれんし、チビのままだと嫁に貰うにも色々と問題があるからな。
「そんな…!」
 十八歳になるまで駄目だって言うの、キスは無し?
 ぼくにかかった呪いを解いてはくれないの?
 キースが呪いをかけているのに、チビのぼくと結婚しようと思って呪っているのに…!



 このままじゃキースと結婚で…、と叫んだら。
 次に夢を見たら三度目の正直で結婚式を挙げてしまうかもしれないのに、と訴えたら。
「当面の問題は、そっちだろうが。お前が見ている夢のシリーズ」
 背丈が伸びない方じゃなくて、と指摘された。
 夢で何度も会っているキースの方が問題なのだ、と。
 メギドの悪夢とは全く別の夢のシリーズ、そちらではキースは小さなブルーを花嫁にするべく、虎視眈々と狙っている。メギドまで探しにやって来る。
 逃げても逃げても追い掛けて来るし、高層ビルから飛び降りたブルーを受け止めようと両の手を大きく広げるほど。受け止められると自信を持って。受け止めてみせると両手を広げて。
 どうやらキースは小さなブルーが心底欲しくて、花嫁にしようと夢の世界で待っているから。
 ブルーに呪いをかけたキースがいるのだとしたら、夢の中。
 かけられた呪いは背丈が伸びない呪いではなくて、ブルーが花嫁になる呪い。夢の中でキースの花嫁になるという呪い。
 キースはそれをかけたのだろう、とハーレイは言った。夢の世界に住むキースが。



「そうかも…。それでシリーズになっちゃうのかも…」
 ぼくがキースのお嫁さんになるまで、あの夢、続いていくのかも…。
 もしかしたら、結婚しちゃった後までも続くシリーズなのかな?
 キースが呪っているんだとしたら、夢の世界でぼくに呪いをかけたんだったら。
「その可能性もゼロではないな」
 俺が思うに、そのシリーズ。
 本当は呪いなんかではなくて、お前がキースを嫌っていないせいで見てるんだろうが…。
 本当のキースはいいヤツだったと、友達になりたかったと思っている心が、夢の中だと間違った方に行ってしまって結婚シリーズになるんだろうが…。
 呪いなんだと思いたいなら、夢の世界のキースの呪いってことでも別にかまわん。
 でもって、そっちの呪いはだな…。



 夢の世界の俺に解いて貰え、と突き放された。
 ブルーが見ている夢の世界に居るだろうハーレイ、そのハーレイのキスで解ける、と。
「それ、絶対に無理だから!」
 あの夢のシリーズ、ハーレイはぼくを祝福してたり、神父さんの格好で結婚式場の祭壇の前で、式を挙げようと待ち構えていたりするんだから!
 ぼくにキスして呪いを解くどころか、ぼくがキースとキスする方へと仕向けるんだもの!
 その内にホントにキースとキスだよ、祭壇の前で誓いのキス…!
「…そうは言うがな、そのシリーズの俺はそうかもしれんが…」
 お前の夢の世界ってヤツの全体を見ればどうなんだ?
 他にも俺は出て来る筈だぞ、まるで全く出てこないことは無さそうだと俺は思うがな…?
「ハーレイの夢は見るけれど…。よく見るんだけど…」
 呪いを解いて、って夢の中でどうやって頼めばいいの?
 あのシリーズ以外の夢を見ている時には、キースのシリーズ、忘れてるのに…!
 ハーレイのキスなんか貰えやしないよ、どう頑張っても無理だってば…!
「本当か? …要はキスだろ、呪いを解くには俺からのキス」
 お前、夢の世界では俺と一度もキスしてないのか?
 ただの一度もキスしていない、なんてことは絶対に無い筈だがな…?
 それともチビになったお前は夢も見ないのか、前の俺と過ごしていた頃の夢は?
 青の間でも、俺の部屋でも、何度も何度もキスしてやったが、そういう夢は一切見ないのか?
 どうなんだ、うん?
 チビのお前が見る俺の夢は健全なお子様仕様ってヤツで、キスの一つも無いってか…?



「うっ…」
 言葉に詰まってしまったブルー。
 みるみる耳まで真っ赤に染まって、もうアタフタとするしか無かった。
 前のハーレイと過ごしている夢を見たら、キスを交わすのは当たり前のこと。青の間だったり、前のハーレイの部屋であったり、場所は変わりはするけれど。
 キスを交わして、それから、それから…。
 小さなブルーには許されていない、それは甘くて幸せな時間。本物の恋人同士ならではの時間。愛を交わして、互いに溶け合う。幸せに溶けて、ただ酔いしれて…。
 目覚めた後にも温もりが、熱さが残っている夢。前のハーレイの熱が身体に残っている夢。
 キスは幾つも、幾つも貰った。唇どころか、身体中に。
 ハーレイのキスを貰っていない場所を探す方が難しいほどに。
 そんな場所は一つも無かったから。前の自分は身体中にキスを貰ったのだから…。



「…ふむ。やっぱり山ほど貰ってるんだな、俺からのキス」
 その顔を見れば一目で分かる、とハーレイが唇の端を笑みの形に吊り上げた。
 隠しても無駄だと、隠すだけ無駄だと。
「……そうだけど……」
 仕方なく答えたら、ピンと額を弾かれた。指先で軽く。
「ほらな、お前の呪いの件。…キスで呪いが解けるのなら、だ…」
 俺は充分、協力している。夢の世界の俺が贈ってるキスで呪いも簡単に解けるだろうさ。
 ただし、キースの夢のシリーズの俺は、協力どころじゃなさそうだがな。
 生憎と俺が見ている夢じゃないから、そればっかりはどうにも出来ん。
 お前が自分で頑張って逃げるか、夢の中でキースを引っぱたくか。
 こっぴどく振ればキースも懲りるんだろうが、お前、どうやら、振ってないしな?
 大人しく捕まって閉じ込められてる辺り、まるでキースを嫌いってわけじゃないんだろう。
 夢の中だけに間違った方向に行っちまうんだなあ、お前がキースに持ってる感情。
 嫌っていないと、友達になれたに違いないと思っているせいで結婚シリーズになっちまう、と。
 そのシリーズ、俺も今後が楽しみではある。
 お前がキースを振って終わるか、めでたく結婚しちまうのか、とな。



 結婚式を挙げてしまったら慰めてやるから、と笑われた。
 そうなった時は、結婚祝いにケーキくらいは買ってやろうと。
 土産にケーキを持って来ようと、家の近くに美味いケーキ屋もあるのだから、と。
「酷い! お祝いにケーキだなんて!」
 それだと、あの夢のハーレイとちっとも変わらないじゃない!
 「おめでとうございます」って祝福をしたり、神父さんの格好で祭壇の前に立ってたり…。
 ぼくがキースと結婚するのを喜んでるのが、あのシリーズのハーレイなんだよ?
 お祝いにケーキを買って来るなら、あのハーレイと全く同じなんだけど…!
「だが、お前。ケーキの類は大好きだろうが」
 美味いのを買ってやろうと言うんだ、そこは喜んで受け取るべきだと思うがな?
 甘い物を食ったら、幸せな気持ちになるからなあ…。
 夢でキースと結婚しちまって、ガックリ来ているお前でも、だ。美味いケーキで立ち直れるさ。俺のお勧めのケーキってヤツを、祝いにと買って来てやるんだからな?
 どんなのが好みだ、旬のケーキか? それとも店の定番品か?
「うー…」
 ケーキはとっても気になるけれども、旬のも定番のも食べたいけれど!
 キースとの結婚祝いだなんて!
 ぼくをキースと結婚させない道を選んではくれないんだ?
 夢の世界のキースが呪いをかけたんだとしても、ハーレイ、解いてはくれないんだね…?



「当然だろうが。夢の世界でかけられた呪いは俺の管轄ではないってな」
 仮に呪いがかかってたとしても、解くのは夢の世界の俺だ。
 そっちの俺からは充分な数のキスを贈っているようだしなあ、呪いもいずれは解ける筈だぞ。
 どんなにお前が呪われてたって、夢でキースと結婚したって。
 俺からのキスはやれないな。チビの間はキスはしないと、してやらないと決めたんだしな?
「酷いよ、ハーレイ! ぼくはホントに呪われてるかもしれないのに…!」
 キースと結婚する呪い。チビのまんまで、背が伸びないようにされちゃう呪い。
「さっきから言っているだろう。背丈が伸びない呪いってヤツは有り得ないし、だ」
 キースと結婚しちまう夢にしたって、お前の心の問題だってな。
 そんな呪いは何処にも無いんだ、俺に解いてやる義理は無い。
 俺からのキスは、お前が大きくなるまでは駄目だ。
 前のお前とそっくり同じ背丈になったら、そういう姿に育ったなら。
 嫌と言うほどプレゼントするさ、俺からのキスを唇にな。



 欲しければ早く大きくなれ、とキスをすげなく断られた。
 呪いが解けるかもしれないキスを。王子様からの魔法のキスを。
 前と同じに大きく育てば、あの夢のシリーズも見なくなるだろうと言われたけれど。
 キースのことなど思い出している暇も無いほど、幸せにしてやるとハーレイは約束したけれど。
(三度目の正直…)
 あのシリーズでキースと本当に結婚してしまったら。
 そんな日が来たなら、呪いを解こうという気になってくれるだろうか?
 キスを贈って呪いを解こうと、例の夢から、背丈の伸びない呪いから自分を解き放とうと。
 でも…。
(きっと無理…)
 結婚してしまう夢を見たなら、お祝いにケーキをプレゼントしようと言い出したようなハーレイだから。旬のケーキか定番のケーキか、どっちがいいかと訊くほどだから。
(…呪いなんて、きっと無いんだ、ホントに…)
 キースの呪いかとも思ったけれども、ハーレイの方がきっと正しい。
 背丈の伸びない呪いなどは無くて、大きくなるまでハーレイのキスは貰えない。唇へのキスは。
 仕方ないから、背を伸ばそう。
 少しでも早くハーレイからキスが貰えるように。唇へのキスが貰えるように。
 どうすれば背丈が伸びてくれるか、まるで見当もつかないけれど。
 まずは毎朝、欠かさないミルク。それとしっかり食べること。
 いつかはきっと、背だって伸びる。前の自分と同じ背丈に、ハーレイとキスが出来る背丈に…。




          王子様のキス・了

※ブルーが見てしまった、キースとの結婚式の夢。もう三度目で、シリーズとも呼べるほど。
 こんな夢を見る呪いを解くには、王子様のキスだと思ったのに…。甘くなかったですね。
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