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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

カテゴリー「ハレブル」の記事一覧

(ハーレイが居るのが普通だったんだけどな…)
 今は全然普通じゃないよ。それどころかまるで正反対。
 病院に行くほどじゃなかったけれども、具合が悪くてパパとママに休まされてしまった学校。
 今日で二日目。
 昨日はハーレイも来てくれなかったし、忙しかったんだろうと分かっているけど悲しい気分。
 ぼくが休むと「大丈夫か?」って家に寄ってくれて、野菜スープを作ってくれたりする日だってあるのに。何種類もの野菜を細かく刻んで、基本の調味料だけでコトコト煮込んだスープ。
(野菜スープのシャングリラ風が食べたかったな…)
 そう思ったって始まらない。ハーレイには仕事があるんだから。
 とはいえ、昨日よりは軽くなっている身体。明日は学校に行けるかも…。
(行けるといいな…)
 ベッドサイドの時計を眺めてビックリした。とっくに授業が始まってる時間。
(こんな時間まで寝ていただなんて、具合が悪いの?)
 でも…、と考えを切り替えてみた。ゆっくり眠って体力回復っていうこともある。
(そうだ、朝御飯だって食べなくちゃ…)
 昨日はロクに食べていないから、体力を戻すなら食事が大切。
 沢山食べるのは無理だけれども、トーストとミルクくらいなら。
 隣町に住んでいるハーレイのお母さんが庭の夏ミカンで作ったマーマレードを塗ってトーストを食べれば、きっと良くなる。お日様の光を閉じ込めた金色。
(早く学校に行きたかったら、栄養をつけておかなくっちゃね)
 よし、とベッドから出て階段を下りて、ダイニングまで行ってみたんだけれど。
 九時をとっくに過ぎていたから、朝御飯のテーブルにはぼく一人だけ。
 パパは会社に行ってしまったし、ママはキッチン。



(独りぼっちだ…)
 ママが「あら、起きたの?」とトーストを焼いてくれて、ミルクも入れてくれたんだけど。まだキッチンに用があるのか、直ぐに姿が消えてしまった。
 独りぼっちの朝御飯。ハーレイのお母さんのマーマレードをたっぷりと塗って頬張っても一人、ミルクのカップを傾けても一人。
(…独りぼっちで朝御飯だなんて…)
 学校を休んでしまった時にはたまにあるのに、どうして今日は寂しいんだろう?
(…なんで?)
 何か理由があったっけ、と考えた所で気が付いた。
 前のぼくなら有り得なかった、独りぼっちで食べる朝食。いつだってハーレイが食卓に居た。
 そう、ハーレイと一緒に食べてた朝食。
 前のぼくには当たり前のことだったのに、今ではすっかり正反対。
 ハーレイのいない朝食が普通で、今日みたいにパパとママまでいなかったりする。
 でも…。



(あれって、いつから?)
 ハーレイと一緒の朝御飯。青の間で毎朝、二人で食べた。朝食係のクルーが奥のキッチンに来て仕上げる朝食。
 何を食べたいかは、前の日に部屋付きの係がぼくに訊いてた。ハーレイの分は、ハーレイが前の日の内に自分で係に伝えていた。
 そうやって準備される朝食。ハーレイと全く同じメニューだったことも、違うこともあった。
 前のぼくも今ほどじゃないけど小食だったし、そんなに沢山は食べられないから、ハーレイのと同じメニューでも量は少なめ。ハーレイが別のメニューを頼んだ時には「凄いな」と見てた。量も凄いけど、朝一番に食べるにはしては重すぎるように思える料理。
(ただのオムレツなら分かるんだけど…。具だくさんだったりするんだよね)
 ソーセージやジャガイモが入ったオムレツ。それをペロリと平らげるハーレイ。そんな凄いのを頼んでいたって、トーストは普段通りの分厚さ。ぼくのよりもずっと分厚いトースト。
 朝から食欲旺盛なハーレイが美味しそうに食べる姿は大好きだったし、馴染みの光景だったんだけれど。
 そういうハーレイをいつから見るようになったっけ?
 いつから二人で朝食を食べるのが普通になったんだっけ…?



(んーと…)
 アルタミラを脱出して間もない頃にはハーレイと二人きりじゃなくって、みんなで食事。食堂に集まって和やかに食べた。ハーレイがキャプテンになって、ぼくがリーダーと目され始めた頃にも食堂で食べるものだった。
 ぼくの具合が悪い時にはハーレイが部屋までトレイに乗っけて持って来てくれて、野菜スープも作ってくれた。そうした時にはハーレイも一緒に食べてたと思う。
 けれどシャングリラの改造が終わって、白い鯨が出来上がって。
 既にソルジャーと呼ばれていたぼくには、青の間という専用の部屋が割り当てられた。文字通り青い明かりが灯った、だだっ広い部屋。
 ぼくのサイオンは水と相性がいいようだから、と大量の水が湛えられていた、一人で暮らすには大きすぎる部屋。ぼくはベッドと最低限の家具があればいいのに、ベッドまでが特別に誂えられた立派すぎるもので、馴染むまでには暫くかかった。
 それでも「住めば都」と言うだけはあって、いつの間にか「ぼくの部屋だな」って思うようにはなったんだけれど。
 問題は、其処が「ぼくのためだけの」部屋であること。
 ぼくの食事を仕上げるためのキッチンまで備わってしまっているから、食事係のクルーが来てはくれても「一緒に食べてくれる人」がいない。
 いつだって一人、朝御飯も昼御飯も、晩御飯も。
 食堂へ行けば皆と一緒に食べられるけれど、ぼくはソルジャー。周りのみんなが気を遣う。凄く緊張してるのが分かる。
 それでは楽しい食事の時間が台無しになるし、ぼくの足は食堂から自然と遠のいていった。



 そうして気付けば、ぼくは青の間で独りきりの食事。
 いくら前のぼくが我慢強くても、やっぱり寂しい。誰かと一緒に食事をしたい。
 これじゃ寂しい、と思ったから。
 一日に一度だけでいいから、一緒に食事を食べてくれる人が欲しいと考えるようになったから。
 何か方法は無いのだろうか、と思案した末に、キャプテンだったハーレイを誘うことにした。
 毎朝、その日のシャングリラで行われる様々なことを報告するために来ていたハーレイ。夜にも結果報告に来ていたけれども、朝の報告はぼくの判断を仰いでいたこともあったから。
 これは使える、と名案が閃いた前のぼく。
 早速、ハーレイに持ち掛けた。
 朝の報告と打ち合わせをするのに丁度いいから、青の間へ朝食を食べに来ないか、と。
 キャプテンの分の食事も用意させておくから、朝食を食べながら話し合おうと。



 あの頃は恋人同士じゃなかったけれども、前のぼくの親友だったハーレイ。
 シャングリラやミュウの未来のことだけじゃなくて、何でも話せたぼくの親友。おまけに誰もが認めるぼくの右腕、キャプテン・ハーレイ。青の間で毎朝会食するには最適な人材。
(…あの時、ハーレイを誘っておいて正解だったよ)
 もしも長老たちを誘っていたなら。
 食堂での食事には及ばないまでも賑やかにやろうと考えたならば、長老たちが勢揃い。
 食事をしながらの会議だったら、長老が全員揃っていたって全然問題ないんだけれど…。
 表向きは会議ってコトでも、毎朝、楽しく食卓を囲んでいたんだろうけど…。
(ハーレイと恋人同士になった後が大変!)
 ぼくとハーレイとの仲はバレなかったとは思うけれども、朝食の席にズラリと顔を揃えた長老。
 ベッドで恋人同士の時間を過ごして眠って、起きたら朝食会なんて。
 それはとっても恥ずかしすぎる。
 いくらシャワーを済ませていたって、いたたまれない気持ちになったと思う。
 さっきまで何をしてたんだっけ、と顔が真っ赤になることだってきっと何度もあっただろう。
 長老たちとの食事会にしなくて正解。
 ハーレイだけを選んで誘って、二人きりの食事で大正解。
 でも…。



(…前のぼく、ちゃんと分かっていたのかな?)
 ハーレイは特別なんだ、っていうことを。
 ぼくの特別で、いつか誰よりも大切な人になるんだってことにぼくは気付いていたんだろうか。
 それとも何か予感があった?
 いつかハーレイは「特別」になると、ぼくの大切な恋人になると。
(…予知能力は大して無かったと思うんだけど…)
 ほんのちょっぴり、虫の知らせとか言われる程度しか前のぼくは感じ取れなかった。
 嫌な予感がすると思っても、具体的に何が起こるというのか理解出来てたわけじゃない。
 キースが捕虜になっていた時さえ、「ぼくの命はもうすぐ尽きる」と予感してはいても、ぼくに死を齎す死神が誰かは分からなかったし、分かっていたならキースを殺していただろう。
 フィシスがキースを庇ったところで無駄なこと。あの時、ぼくはキースを捕えるつもりでいた。単に意識を奪うつもりで放ったサイオン。だからフィシスの力で防げた。前のぼくの殺意を弾けるミュウなどはいない。殺すと決めたら確実に殺す。
(…あそこでキースを殺していたなら、ナスカは燃えずに残ったかも…)
 だけど、その後の未来が変わる。ミュウと人類の和解までには想像もつかない年数がかかって、地球だって蘇らないままでいたかもしれない。
 それを思うと前のぼくの予知能力が低かったことは多分、幸いだったんだろう。
 殆ど役には立たなかったそれ。だからこそ大部分をフィシスに譲った。フィシスはそれを上手く操り、色々と予言をしていたけれども、ぼくが持っていても無用の長物。
 あまりに低すぎた、前のぼくの拙い予知能力。
 だけどハーレイ限定で働いたのかな、って思わないでもない。
 ぼくの「特別」だと、誰よりも大事な恋人なんだ、って。



 前のぼくとハーレイは出会いからして特別だった。
 アルタミラ崩壊の時に同じシェルターに閉じ込められなかったら、きっと全然違ったと思う。
 サイオンの使い方さえ分からないままに、闇雲にぶつけて壊したシェルター。我先に逃げ出して行った仲間たち。
 座り込んでいたぼくを助け起こして、「他にも閉じ込められたヤツらがいると思うぞ」と言ったハーレイ。ぼくだって仲間たちの思念を感じていたから、二人でシェルターを開けて回った。
 あの時、ハーレイがいなかったとしても。
 ぼくは独りでシェルターを幾つも、幾つも開けて回っただろうと思うけれども…。
(…やっぱりハーレイ、手伝ってくれた?)
 幾つ目のシェルターに居たかは分からないけれど、ぼくを手伝ってくれたんだろうか。
 ぼくたちの出会いは同じだったろうか?
 「お前、凄いな。小さいのに」が最初の言葉だったから、同じだった?
 ぼくがハーレイの居るシェルターを開けたら、そう言ってくれた?
 でも、ぼくは返事をする間も惜しんで無言で、次のシェルターへと走って行ったと思う。
 走ってゆくぼくをハーレイはきっと追いかけて……。
 来てくれたよね?
 一緒にシェルターを開けて回ってくれていたよね?
 ハーレイがそういう人間だってことを、ぼくは誰よりもよく知っているから。



 だったらハーレイはやっぱり特別。ぼくの特別。
 出会い方がまるで違っていたって、出会ったら同じ。
 お互い、相手を放っておけない。アルタミラが燃える地獄の中でも、離れ離れではいられない。
 ぼくはハーレイと一緒に走りたかったし、ハーレイはぼくと走りたかった。
 アルタミラを脱出した後も、ぼくは長いことハーレイにくっついて歩いていた。ハーレイがまだキャプテンになっていなかった頃は、後ろにくっついて歩いていた。
 調理の総責任者みたいなことをしていたハーレイの手伝いをしたり、「何が出来るの?」と鍋やフライパンを覗き込んだり。親鳥を追いかける雛鳥みたいに、懐いていたぼく。
 そんな思い出があったハーレイだから、ぼくは食事に誘ったんだろうか。
 独りぼっちじゃ寂しいからって、ハーレイを選んで名指しで決めて。



 青の間での朝食に誘われたハーレイは、喜んでやって来てくれた。
 食堂で仲間たちと一緒に食べるのも楽しいけれども、こういう落ち着いた場所もいいって。
 静かすぎるけど、悪くはないって。
「その分、私たちがあれこれと喋ればいいのですしね」
「うん、そうだよね」
 シャングリラのこととか、色々なこと。
 君の目で見るのと、ぼくが見るのとでは同じ出来事でも印象が変わってくるのだろうし。
「はい。一応、持っては来たんですが…。資料などを」
「そうなのかい? 流石はキャプテン、真面目なんだね」
 まさか資料を用意したとは思わなかったし、ぼくは驚いたんだけど。
「ソルジャーとの会議を兼ねた朝食会です、当然のことかと」
 ハーレイが姿勢を正して言うから、「それで、何を?」と訊いてみた。
「どういった資料を持って来たわけ?」
「昨日のシャングリラでの出来事と経過を。昨夜の報告の補足事項なども含まれますが…。朝食の前に報告させて頂きましょうか?」
「要らないよ。ぼくには全部分かっているから」
 嘘じゃないこと、君だって知っているだろう?
 君が毎日ぼくに報告するようなことは、ぼくはとっくに承知だってこと。
 シャングリラ中に張り巡らせてある思念の糸に引っ掛かってくるから分かるんだよ。
 そういう目的で思念を張り巡らせているってわけじゃないけど、副産物だね。
 ぼくの思念は船全体を把握するのに必要なもの。
 そうでなければ守れないんだよ、巨大な白い鯨をね…。



 だから報告の必要は無い、と断って「じゃあ、食べようか」と食事を始めながら。
 ぼくはちょっぴり心を弾ませ、テーブルの向かい側に座ったキャプテンに尋ねてみた。
「…それよりも他のニュースは無いの?」
「ニュースですか?」
 あれば報告いたしますが、とハーレイが大真面目な顔で答えるから。
「そうじゃなくって、意外性のあるニュースだよ」
 ぼくに報告するまでもないような些細な出来事。
 いわゆる日常の延長線上で何か無いかな、って訊いてるんだけど…。
 ぼくが思念で知っていることは、言わば公式なことって言うの?
 個人の行動までを追ってはいないし、失敗談なんかは分からないしね。
「…はあ……」
 それでしたら…、とハーレイは軽く溜息をついて。
「昨日、ブリッジで少々、騒ぎが」
「ブリッジで?」
 どんな、とぼくは好奇心に瞳を輝かせた。
 シャングリラ中に張り巡らせた思念の糸はブリッジにだって幾重にもある。
 だけど騒ぎには気付かなかったし、何事だろうと思ったから。



 ぼくの向かいに座ったハーレイ。ぼくのお皿に乗っかったのよりも大きなオムレツをフォークでつついて、「お恥ずかしいのですが…」と言いにくそうに口を開いた。
「ブラウに肩を叩かれたはずみに落としたんです、大事な鉛筆を」
「鉛筆?」
「…はい。休憩時間に下描きをしていた最中でして…」
 木彫りを始める前に木の塊に描き込む、大まかな下絵。
 それに使う鉛筆が落っこちたという。
 下手くそで知られたハーレイの木彫り。趣味だから誰も止めはしないけど、とっても下手くそ。それなりに手先は器用らしくて、スプーンやフォークといった実用品なら文句なしの出来栄えなんだけど…。欲しがる人だっていたりするけど、それ以外は駄目。
 芸術を目指せば正体不明の物体が出来るし、写実性を追求した時には別物が出来る。どう言えばいいのか、評価するのにこっちが困る。ブラウなんかはズバズバけなしているけれど。
 誰が見たって下手くそなんだし、部屋でコッソリ彫ればいいのに、ブリッジで彫ろうとしていたなんて。下絵を描くための鉛筆まで持って出掛けたなんて、と可笑しくなった。
 でも、この話は此処で終わりじゃないだろう。
 たかが鉛筆を落としたくらいで「騒ぎ」なんかには絶対ならない。何かあるな、と鉛筆の行方を訊きだしてやるべく、ぼくは「鉛筆ねえ…」と相槌を打った。



「災難だったね、落とすだなんて。ブラウに悪気は無かったろうけど…」
 その鉛筆、何処に落ちたんだい?
 落としただけなら拾い上げれば済むことだろう?
「それが…。見事に入ってしまいまして…」
 キャプテンの席の下にコロンと。
 運悪く隙間に落ちたらしくて、とても拾えるような場所では…。
「それで?」
「サイオンで拾おうと思ったのですが…」
「拾えなかったのかい?」
 ハーレイは瞬間移動は出来ないけれども、鉛筆くらいは軽く動かせる。
 何処にあるかを透視で探して、元の隙間からサイオンで引っ張り出せば終わりだと思ったのに。
「なにしろ休憩時間ですから。たちまち人が寄って来まして…」
 ゼルが「シートを外せ」と大袈裟なことを。
 「この際、シートの下の掃除もすれば良かろう」とまで…。
 お蔭で晒し者でした。
 シートを外す係が呼ばれて、あのキャプテンのシートを外して…。
 鉛筆は無事に拾えたのですが、外した後を掃除するからと掃除係も呼ばれたのです。
 シートが元通りの場所に設置されるまで、鉛筆と木の塊とを持って立たされていました、作業の邪魔にならないようにとブリッジの隅に。
 ブリッジ中のクルーが、私の方を見ないようにしながらクスクス笑っているんです。
 肩が小刻みに震えてるんです、ゼルとブラウは遠慮なく笑ってくれました…。



「なるほどねえ…」
 それは確かにニュースな上に騒ぎだよね、と吹き出さざるを得なかった、ぼく。
 シャングリラの中では思いもよらない事件が起こっているらしい。
「そんな騒ぎを起こしたとなると、木彫りは禁止されたのかい?」
 キャプテンのシートを外した上に掃除となったら、作業するクルーも大変だしねえ…。
「いえ。今後も気にせず続けていいと言われました」
 娯楽になるから、と。
 シートを外しに来ていた係も、掃除係も「いつでもどうぞ」と笑っていました。
「…うん、分かる」
 キャプテンがヘマをする現場なんかは、そうそう見られはしないしね?
 少しばかり仕事が増えた所で、また見たいって気持ちになるよね、きっと。
 そういうニュースはぼくも好きだよ、また持って来て。
 うんと新鮮なその手のニュースを。
「此処はそういう席なのですか!?」
 朝食を食べながらの会議ではなく、報告でもなく…。
 シャングリラの中で起こった珍事を披露するための会食だと?
「うん。たった今、決めたよ。君の失敗談がいい」
 ゼルとかヒルマンとかでもいいけど、君のが一番面白そうだ。
「そうそう毎日やりませんよ!」
 他の誰かの話題で勘弁して下さい。
 キャプテンが主役の失敗談が毎日起こるようでは、シャングリラは沈んでしまいますとも。



 仏頂面でそう言ったけれど、約束を守ってくれたハーレイ。
 自分が失敗をやらかした時は教えてくれたし、そうでない日は何か楽しい話題はないかと、色々集めて来てくれた。
 よくもこんなネタがあったものだ、と何度笑ったか分からない。
 厨房で丸焦げになった料理を係が上手に誤魔化して「本日限定」と銘打って出したら美味しいと評判になってしまって、再現すべきか厨房担当のクルー全員が悩んでいるとか。
 ゼルは最高に機嫌がいい時はブリッジまでスキップしながらやって来るという根も葉もない噂が流れて、「いっそ本当にスキップを!」と言い出したゼルをエラが必死に止めているとか。
 厨房の失敗料理はその後、新作として定着しちゃって、ゼルのスキップも実現した。スキップは一回限りだったらしくて、「目撃した人は一年間幸運に恵まれる」と噂に尾鰭がついたみたい。
 ハーレイは幾つも幾つもネタを集めて来てくれた。
 朝食の席でぼくが笑って過ごせるようにと、こんな時くらいは笑って過ごしていて欲しいと。
 お蔭で毎朝、ハーレイが来るのが楽しみだった。
 ぼくを気遣ってくれるハーレイ。
 ソルジャーの務めを朝食の間くらいは忘れてほしいと、楽しく食事をして欲しいと。
 何度そう言われたか分からない。
 その優しさがどれほど嬉しかったか、幾つもの笑い話とセットで温かく胸に残ってる…。



(…やっぱりハーレイを選んで正解だったよ)
 前のぼくが朝御飯を一緒に食べる相手に。
 最初の間は笑い話やネタばかりだった話題だけれども、思い出話とかもするようになって。
 アルタミラから脱出した直後のぼくがハーレイにくっついてたこととか、他にも色々。
 少しずつ少しずつ、変わって行った話題。
 お互いのことを、笑い話の種じゃなくって、こう思うだとか、自分もそうだとか話して、二人で頷き合って、微笑み合って。
 そうやって近付いていったんだろうか、ぼくとハーレイとの間の距離。
 大親友から恋人へと。
 それともアルタミラで初めて出会った時から、とっくに決まっていたんだろうか?
(えーっと…。運命の赤い糸だっけ?)
 ぼくとハーレイの小指に繋がっていたんだろうか、赤い糸が。
 それで閉じ込められたシェルターも同じだったんだろうか、繋がった二人だったから。
 結婚は出来なかったけど。
 前のぼくたちの仲は誰にも秘密で、内緒の恋人同士だったんだけれど…。
(今度は間違いなくあるよね、ちゃんと赤い糸)
 だって結婚するんだから。
 今度はハーレイと結婚して一緒に暮らすんだから。
(…ぼくの赤い糸…)
 ハーレイの小指と繋がってる糸。
 ぼくの小指の付け根に結んであって、ハーレイの小指まで伸びている筈の赤い糸。
 見えないかな、と見詰めてみたけど、全然見えない。
 前のぼくでも見られなかった赤い糸だし、サイオンが不器用なぼくじゃ無理かも…。
 それとも前のぼくの小指には無かったのかな、赤い糸。
 結婚できない二人だったし、強い絆で繋がってはいても無かったかもしれない赤い糸…。



 今度はちゃんと繋がってる筈の赤い糸。
 この辺りかな、と小指の付け根を触っていたらキッチンの方からママの声。
「ブルー、食べ終わったらベッドに戻りなさいよ?」
 でないと明日もお休みになっちゃうわよ?
「うん、ママ!」
 明日も休むなんて嫌だから。
 学校でハーレイに会えないだなんて最悪だから、ぼくはトーストに齧り付く。
 ミルクも頑張って飲んでおかなきゃ、栄養がつくし背だって伸びる。
(…ふふっ、朝御飯…)
 テーブルにはぼくしかいないけれども、寂しい気持ちは無くなった。
 独りぼっちの朝御飯だけど、色々と思い出したから。
 今度のハーレイも会うと色々な話をしてくれるんだし、ぼくを大事にしてくれる。
 やっぱりハーレイを選んで正解、赤い糸で繋がってるからぼくはハーレイを選ぶんだ。
 ハーレイしか選びたくない、ぼく。
 どんなに沢山の人がいたって、ハーレイだけしか選べない、ぼく。
 ぼくはハーレイでなくちゃダメだし、きっと最初からそうだったんだ、って…。




         独りの朝食・了

※前のハーレイと朝食を食べていたブルー。青の間で、いつも二人きりで。
 始めた頃には友達同士で、後には恋人。きっと最初から運命の二人だったのでしょうね。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv






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「えーっと…」
 あれっ、とブルーは周りを見回した。
 昨夜は早めにお風呂に入って、夜更かしもせずに眠ったと思う。なのに…。
(なんで?)
 目を覚ました自分がベッドに横たわったままでいる場所。
 見覚えのある部屋には違いなかったが、何もかもが見事に違っていた。射し込む光や漂う空気が違うどころか、まるで別物。
 見慣れた天井の代わりに、柔らかな照明が灯る天蓋。
 勉強机やクローゼットの代わりに、ベッドの周りを取り巻くカーテン。
(…此処って、青の間…)
 直ぐにそうだと気付いたけれども、それはおかしい。
 自分は十四歳の小さな子供で、ソルジャー・ブルーではなかった筈。
 しかし…。



「お目覚めですか?」
 耳に馴染んだ声が聞こえて、キャプテンの制服を纏ったハーレイが奥の方からやって来た。まだ状況が飲み込めないブルーのベッドの脇に立ち、笑顔で促す。
「バスルームが空きましたから、シャワーをどうぞ」
(えっ?)
 ハーレイが青の間のバスルームを使い、その後にブルーにシャワーを勧めるということは。
(昨夜はハーレイと一緒に寝たんだ!)
 しかも一緒に寝ただけでではなく、朝一番にシャワーが必要になるような時間を過ごした。恋人同士で熱く抱き合い、愛を交わしたに違いない。
 それでは昨夜の自分はそういう時間をハーレイと、と慌てて身体を眺めたのに。
(………)
 一糸纏わぬ姿どころか、昨夜着て寝たパジャマがブルーを包んでいた。ハーレイと愛を交わした痕跡は皆無、ボタンの一つも外れてはいない。
(こんなトコだけ、元通りなんて!)
 理不尽だよ、と頬を膨らませてから気が付いた。
(…ぼく、子供だ…)
 青の間に居るのに、ソルジャー・ブルーだった頃の部屋に居るのに、手も足もすっかり十四歳の子供のもの。パジャマから覗いた小さな手足。
 なのに…。



「ブルー?」
 ベッドの脇に立つハーレイが困ったような顔で覗き込んで来た。
「じきに朝食の係が来ますよ、早く着替えて頂かないと」
 シャワーを済ませて、ソルジャーの衣装をお召しになって。
 マントもきちんと着けて下さい、でないと係が変だと思うでしょうからね。
(…ソルジャーの服って…)
 ブルーは酷く途惑った。
 青い地球の上に生まれ変わって来たハーレイは、ブルーが「普通の子供」であることを喜ぶ。
 今度の生ではソルジャーではないと、何も背負わなくてもいい子供なのだと。
 そんなハーレイが今の自分にソルジャーの衣装を着せたがるだろうか?
(…もしかして、ハーレイだけどハーレイじゃ…ない……の?)
 今のブルーの優しい恋人。ずっと年上で、先生でもある今のハーレイ。
 自分を見下ろすハーレイはそのハーレイとは違うらしい、と思い至ったけれど。ハーレイの方はブルーがソルジャー・ブルーだと信じ込んでいるようだから…。
「ハーレイ。ぼくはソルジャー・ブルーじゃないよ」
 違うんだよ、と起き上がった。目をパチクリとさせて見上げているのに、ハーレイは笑顔。
「朝から何を仰いますやら…」
 私をからかいたい御気分なのでしょうが、もう朝ですから。
 本当に朝食係が来てしまいますよ、シャワーを浴びて着替えて下さい。
「そうじゃなくって!」
 ブルーは小さな両手を一杯に広げ、腕も大きく広げて見せた。
「見てよ、こんなに小さいってば!」
 ソルジャー・ブルーは小さくないよ。
 ハーレイよりかは小さかったけど、ぼくよりもずっと大きいってば!



「……はあ……」
 言われてみれば、とブルーをしげしげと眺めたハーレイは、ようやく異変に気付いたらしく。
 ベッドの上にチョコンと座ったブルーに、困ったような顔が向けられる。
「…では、あなたは?」
 昔のブルーにそっくりの姿でいらっしゃいますが、あなたは誰です?
「ブルーだけど…」
 ぼくだってブルーなんだけど、と口にしてからブルーが思い出した現実。
 ソルジャー・ブルーの生まれ変わりでタイプ・ブルーでもある自分だけれども、サイオンを扱う力は無いに等しい。ほんの少しだけ浮き上がったり出来るだけ。
 青の間に、シャングリラに来てしまったとはいえ、ソルジャー・ブルーの代わりは務まらない。何の役にも立たないどころか、船に居る他の仲間たちにすら劣るだろう。
 これはマズイ、と考えたから。
「ぼくもブルーだけど、ぼく、思いっ切り不器用なんだよ!」
 サイオンなんか全然使えなくって、タイプ・ブルーのくせに何も出来なくて…!
 ソルジャーなんか務まらないよ、とブルーは叫んだ。
「助けて、ハーレイ…」
 お願い、助けて。
 ぼく、此処じゃ何にも出来ないんだよ…。
 ソルジャー・ブルーと同じようには出来ないし、出来っこないんだよ…。



 頼りになるのはハーレイだけだ、と直感したブルーは懸命に訴えた。
 ソルジャーに次ぐ地位に立つキャプテン・ハーレイ。彼ならば何とかしてくれるだろうと、彼で駄目なら他に頼れる者は誰一人としていないであろうと。
 そのハーレイは難しい顔で腕組みをしていたけれど。眉間に深い皺を刻んでいたのだけれども、ブルーの瞳から零れた涙に表情を和らげ、武骨な指でそっと涙を拭ってやって。
「…困りましたねえ…」
 あなたも大層お困りでしょうが、私も困っているのですよ。
 ソルジャー・ブルーは何処へ行ってしまわれたというのでしょう…。
「…多分、ぼくの中…」
 ぼくの中だよ、とブルーは自分の胸の辺りを指差した。
「…ぼくは生まれ変わり。ソルジャー・ブルーの生まれ変わりがぼくだから」
「生まれ変わりですって?」
 ハーレイはブルーの瞳を覗き込み、首を捻った。
「それはまた…。何故?」
 どうしてあなたが生まれ変わりになったんです?
 ブルーはどうなったのですか…?



 ソルジャー・ブルーを案じているのだと分かる、ハーレイの心配そうな表情。
 生まれ変わるまでの間に何が起こったかを喋ったら駄目だ、とブルーは思ったから。前の自分の身に何が起こるか、話してはならないと思ったから。
 遠い未来から来たのだ、と答えた。
 ずっと遥かな未来から来たと、其処にはハーレイも居るのだと。
「ぼくの先生なんだよ、ハーレイ。…それに……」
 恋人。小さな声で紡いだ言葉に、「良かった」とハーレイが笑みを浮かべた。
「ならば、未来から来た小さなあなたも私のブルーというわけですね」
 分かりました、全力でお守りしますよ。
 あなたは私が守ってみせます。
 とりあえず…。今日は御気分が優れないということにしておきましょう。そうすれば誰も訪ねて来ません。後のことは追い追い考えるとして……。
 朝食は如何なさいますか?
 卵料理の御希望などがあれば私が係に伝えますが。
「えーっと…」
 卵の調理方法などより、ブルーには切実な注文があった。
「ねえ、ハーレイ。普通に喋って欲しいんだけど…」
 よそよそしい敬語なんかじゃなくって、もっと普通に。
 ぼくは「お前」で構わないんだし、ハーレイも「俺」がいいんだけれど…。
「…それは…」
 それは私には難しいかと…、とハーレイは「すみません」と頭を下げた。
 この言葉遣いで慣れてしまったと、急には変えられないのだと。



 やがて朝食係のクルーが訪れ、奥のキッチンでブルーとハーレイの朝食を仕上げて帰った。係が居る間、ブルーはカーテンを引いたベッドの中。
 ハーレイから「ソルジャーは御気分が優れない」と聞かされた係は不審がりもせず、「お食事を召し上がって頂ければいいのですが…」と心配しながら配膳していた。カーテンの向こう、朝食を食べるためのテーブル。其処で朝食を食べていたっけ、とブルーは懐かしく思い出す。
 係のクルーの気配が消えると、ハーレイがカーテンを開けて顔を覗かせた。
「ブルー、朝食の用意が出来ましたよ」
 ですが…。
 お召しになれる服がありませんねえ、そのお身体だと。
「うん…。絶対、大きすぎると思う…」
 それでもパジャマはあんまりだから、とブルーはソルジャーの衣装の上着だけを着た。白と銀の上着は身体のラインにピタリと添うように出来ていたけれど、ブルーには余る。丈も長いし、幅もたっぷりと余っていた。
(…ぼくってホントにチビだったんだ…)
 ハーレイにチビと言われる筈だよ、と此処には居ない恋人の口の悪さを思う。
 何かと言えば「チビ」だの「小さい」だのと繰り返すハーレイ。
 敬語では話さないハーレイ……。



 くすぐったすぎる敬語のハーレイと二人で朝食を食べる間に、ブルーは地球から来たと話した。青い地球から此処に来たのだと、地球の上に住んでいるのだと。
「良かった…。無事にお着きになれたのですね、地球に」
「でも、ぼく、生まれ変わりだよ?」
「それでもです」
 あなたが焦がれておられた地球です。
 その地球にお住まいになっておられる、そう伺ってホッとしましたよ。
 如何ですか、地球は?
 青い地球は素敵な星ですか、ブルー?
「うん。…ハーレイもちゃんと地球に居るしね」
 だからハーレイも行けるんだよ、地球に。
 地球に住んで先生をやってるんだよ、ぼくの先生。
「そして、あなたの恋人なのですね」
 未来が楽しみになってきましたよ。
 今はまだ地球が何処に在るのかも分かりませんが…。
 いつかは青い地球に住めるのだと、あなたの先生にもなれると聞いたら、楽しみです。
 早くその日を迎えたいですね、生まれ変わりであったとしても。



 和やかな朝食の時間が終わって、係が食器を片付けに来て。
 ブルーは再びベッドに隠れたのだけれど、其処から出て来た後になっても去らないハーレイ。
 朝食が済んだらキャプテンはブリッジに出掛けるものだと覚えていたから、ブルーは尋ねた。
「ハーレイ、仕事は?」
 ブリッジに出掛けなくてもいいの?
 いつもだったら、朝御飯の後は直ぐにブリッジに…。
「此処でやりますよ、そういう時だってあったでしょう?」
 青の間には色々と設備が整っていますから。
 此処からでも充分に指示を出せます、私の部屋と同じですよ。
 非常時以外はブリッジに詰めていなくてもいいと、あなたもご存じの筈ですよね?
「うん…。でも、いいの?」
「今はこういう時ですからね」
 此処にお一人では不安でしょう?
 私がお側に居た方がいいと、そうするべきだと思うのですよ。



 そう言ったハーレイはブリッジとの通信回線を開き、青の間から指揮をすると伝えた。
 ブリッジから次々に入る報告。送られてくるデータに目を通し、処理してゆく。シャングリラのキャプテンの仕事ぶりを見ながら、ブルーは「こんな風だった」と遠い記憶と重ねるけれど。
 同じようにしていた前のハーレイを想うと、今のハーレイが恋しくなるから。
 あのハーレイの所へ帰れるだろうか、と不安になるから。
「…ハーレイ、ぼく…。ずっとこのまま?」
 帰れないままで此処に居るしかないの?
 此処で暮らしていくしかないの…?
「いずれは元に戻るのでは、と思いますが…」
 でないと私も困りますし。
 私の大切なソルジャー・ブルーが行方不明のままですからね。
「うん…」
 そうだよね、と頷いた所でブルーはハッタと閃いた。
 此処に居るハーレイはソルジャー・ブルーと恋人同士。出会った時にもバスルームから出て来たばかりの所で、ブルーにシャワーを勧めたくらい。
 ソルジャー・ブルーと愛を交わすことが日常の一部であるハーレイ。
 このハーレイなら、今の自分の恋人のように冷たくあしらうことはないかもしれない。



(…ひょっとして、このハーレイだったら…!)
 自分の夢が叶うかもしれない、とブルーは仕事中のハーレイに近づいて袖を引っ張った。
「どうなさいました?」
 振り返ったハーレイに向かって微笑む。
「キスしてもいいよ?」
 ねえ、と口付けを強請ってみたのに、「いえ、それは…」と言葉を濁された。
「なんで?」
 遠慮なんかはしなくていいよ、と首に腕を回せば「いいえ」と軽く振りほどかれて。
「そういったことは、未来の私が駄目だと止めているのでしょう?」
「えっ…」
 何故、知れたのか。
 見抜かれたのか、と目を丸くするブルーに答えが返った。
「サイオンの扱いは不器用なのだと仰ったのは御自分ですよ?」
 あなたのお考えは私に筒抜けです。
 私ならば、とお思いになっておられたでしょう?
 生憎ですが、私も未来の私と同意見ですね。
 そのお姿に見合った中身の恋人でいて頂かないと。
 背伸びしてキスをして頂くより、子供らしくと思いますよ。



(…このハーレイでもダメなんだ…)
 ブルーはガックリと肩を落とした。
 せっかく青の間に来たというのに、コソコソとベッドに隠れるだけ。ソルジャー・ブルーと恋人同士の時を過ごしているハーレイは自分を恋人扱いしてくれない。
(何もいいこと無いんだけれど…)
 つまらないよ、と思った途端に「そうですか?」と問われたから。
「今のも筒抜け!?」
「いいえ。お顔を見ていれば分かりますよ」
 でも、良かった。
 こんな時でも不平不満を仰れるほどに、平和な所に行かれたのだ、と分かりますから。
(そっか…)
 そうだったよね、とブルーはハーレイの言葉を噛み締めた。
 前の生なら有り得なかった不満。
 ハーレイと二人きりで過ごしていられる、それだけで充分に幸せだった。
 つまらないとは思わなかったし、いいことが無いとも思わなかった。
 平和な日々に慣れてしまって、知らない間にすっかり我儘になってしまっていた。
 もっと、もっとと贅沢を願う、欲張りな自分が出来上がっていた…。



「ねえ、ハーレイ…。ぼくって、我儘?」
 呆れられてしまっただろうか、とブルーは心配したのだけれど。ハーレイは「いいえ」と優しい笑みを返した。
「平和で穏やかな暮らしをなさっていらっしゃるなら、それが普通ですよ、きっと」
 そういったものだと思いますよ。
 残念なことに、私は覚えていませんが…。成人検査よりも前の子供時代は、私だって我儘を沢山言っては周りを困らせていたのでしょうね。
「…そうなのかな?」
「ええ。…そして我儘を仰るあなたも、可愛らしくて大好きですよ」
 そんなあなたをずっと見ていたいとも思うのですが…。
 幸せに育ってこられたあなたが今よりも大きくなられた姿も見たいのですが…。
 いつまでも平和が続いてくれれば、こうして青の間に隠しておいて。
「うん…」
 ブルーにはハーレイの気持ちが良く分かった。
 自分の恋人であるハーレイの気持ちと似ていたから。「ゆっくり育てよ」と、「今度はゆっくり幸せに育てよ」と言い聞かせるハーレイの心と良く似ていたから。でも…。
「でも、ハーレイ…。ぼく……」
 帰りたいよ、パパとママの所に。ハーレイの所に。
 ねえ、どうすれば帰れると思う?
「…分かりません…」
 どうやって時を超えて来られたのかも分かりませんし…。
 私に何かお手伝いが出来ればいいのですが…。



 余裕のある時にデータベースを探してみましょう、とハーレイが提案した時。
 青の間に警報が鳴り響いた。人類側の船の接近を知らせる警報。
 ハーレイは濃い緑色のマントを翻してスロープを駆け下りて行った。走りながらブルーの方へと振り向き、大きな声で叫ぶ。
「ブルー、私はブリッジに…!」
「ぼくは?」
「此処に隠れていて下さい!」
 あなたが出なければならない状況にはさせませんから!
 いいですね、ブルー!



 此処を出ないで、という言葉を残してハーレイが走り去った後。
 青の間に独りきりになったブルーは、まだ響いている警報の音に耳を凝らした。生まれ変わった自分だけれども、覚えている。この警報の鳴り方は尋常ではない。接近しつつある船は民間の輸送船や客船ではなく、人類軍の船。警備艇か、あるいは戦闘機か。
 雲海に隠れ、ステルスデバイスに守られたシャングリラは見付からないとは思うけれども。
(…まだ鳴ってる…)
 もしかしたら発見されたかもしれない。照準を合わされているかもしれない。
 サイオンキャノンで対処できるのか、それでは防げないレベルなのか。
 前の自分なら、そんな時には出てゆけた。人類軍の攻撃くらいは何でもなかった。けれども今の自分は違う。何一つとして出来はしないし、ろくに思念も紡げないレベル。
(…でも…)
 守らなくてはいけないのかもしれない。
 此処で自分が守らなかったら、シャングリラの未来は無いのかもしれない。
 シャングリラの未来も、そのずっと先の自分が生まれ変わって生きている地球も。



(…ぼく一人しかいないんだ…)
 戦える者はたった一人だけ。
 ハーレイの未来を守りたいなら。
 消えてしまったソルジャー・ブルーの未来を守りたいのなら。
(…メギドまでなら頑張れる筈だよ)
 前の自分はメギドまで行った。そこまでの未来はきっとある筈。
(だけど…)
 飛ぶことが出来ない、飛べない自分。
 瞬間移動もシールドも出来ず、攻撃力すら無い自分。
 どうやって人類軍の船から白い鯨を守ればいいのか、守り通すことが出来るのか。
 そんな力を持ってはいない。持っていたら青の間に隠れてはいない。
 けれど…。



 未だに止まない警報の音。人類軍の船が視認出来そうな距離にまで近付いている。
 サイオンキャノンでは落とせなかったか、落としても次がやって来るのか。もうハーレイの指揮だけで対処出来る段階は過ぎているだろう。ソルジャーにしか収拾不可能な事態。
 なのにソルジャー・ブルーは居なくて、代わりに自分。
 空も飛べない、攻撃力も無い自分に何が出来るというのだろう?
 でも…。
(だけど、やるしか…!)
 パジャマの上に着ているブカブカの上着。
 引き摺るのが分かっているマント。
 ブーツも手袋も、今のブルーには大きすぎるに決まっているのだけれど。
(でも、ソルジャーはぼくしかいないよ…)
 何とかしてシャングリラを守ってみせる。ハーレイの未来を守ってみせる。
 そしてハーレイと一緒に暮らす。
 遠い未来で、青い地球の上に生まれ変わってハーレイと一緒に…。
(…メギドまでは行ける筈なんだよ…!)
 そこまで頑張って守らなくっちゃ、と、エイッとブカブカの上着を脱いだ。
 大きすぎるサイズのアンダーを掴み、着替えようとパジャマのボタンに手を掛けた所で。



(目覚まし…?)
 ふわりと意識が浮上する感覚。遠ざかってゆく警報の音。
 ソルジャーの服が、白いシャングリラが、青の間が消えたと思う間もなく、開いた瞼。
 天蓋の代わりに見慣れた天井。ベッドを囲んだカーテンの代わりに勉強机やクローゼット。朝の光が射し込むカーテンの隙間。ベッドではなくて窓を覆ったカーテン。
(…ぼくの部屋だ…)
 ぼくの部屋だ、と涙が零れた。
 滲んだ瞳が捉えた勉強机の上にはフォトフレーム。ハーレイと二人で写した記念写真。つい先刻まで居た敬語しか話さないハーレイとは違う、ブルーを「お前」と呼ぶハーレイ。
(…帰って来たんだ…)
 ハーレイの所に帰って来たんだ、と緊張の糸が一気に緩んだブルーは泣いた。
 あれは夢だと、本当に起こったことではないのだと分かってはいても、夢の世界では何もかもが真実だったから。
 戦える者は自分だけだと、メギドに行くまで頑張らねばと覚悟を決めた自分が居たから。
(ぼくの部屋に帰って来たんだよ…)
 パパとママの居る家に、ハーレイと暮らしている町に。
 帰って来たんだ、とブルーは泣き続けた。母が「遅刻するわよ」と扉をノックするまで…。



 母に起こされて、顔を洗って。
 幸い、目が赤くなるほどには泣かなかったらしくて、腫れてもいない。ほんの五分か、長くても十分も泣いてはいなかったのだろう、と鏡の向こうの自分を眺めた。
 あれも悪夢と呼ぶのだろうか、と考えながら制服に着替え、階段を下りてゆけばダイニングから漂うトーストの匂い。其処へ入ると…。
(…スクランブルエッグ…)
 夢の中でハーレイと食べていたっけ、と思い出した卵料理だけれども、決定的に違う光景。
 「早く食べなさいよ?」と微笑む母と、「今日は寝坊か?」と笑っている父。それに…。
(うん、ハーレイのお母さんのマーマレードだ!)
 テーブルに置かれたマーマレードの大きな瓶。父と母もお気に入りの夏ミカンのマーマレードは隣町に住むハーレイの母の手作りだった。庭に大きな夏ミカンの木がある家でハーレイの母が沢山作って、あちこちに配ると聞いている。
 いつかハーレイと結婚するブルーのために、とハーレイの両親が贈ってくれたのが最初。以来、瓶が空になる前にハーレイが新しい瓶を届けてくれる。テーブルの上で輝く金色。
(ちゃんと本物のハーレイが居てくれる世界なんだよ)
 マーマレードがちゃんとあるもの、とブルーは焼き立てのトーストにたっぷりと塗った。
 今日はハーレイの授業は無い日だけれども、不満を言ってはならないと思う。
 学校に行けばハーレイが居るし、夢のハーレイが言っていたように平和な世界に来たのだから。
(…ビックリしたけど、懐かしかったな)
 敬語のハーレイ、と笑みを浮かべたブルーに父が「いい夢を見たのか?」と訊いてくるから。
 ブルーは笑顔で「うん」と答えた。
 とても幸せになれる夢を見たのだと、今は幸せな気持ちで一杯なのだと…。




         青の間の夢・了

※今のブルーが夢に見てしまった、子供の自分の青の間での体験。サイオンも使えない子供。
 怖い思いもしたのですけど、目が覚めてみたら幸せな今。これもいい夢の内でしょう。
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 学校から帰ってみたら、おやつにと買ってあったドーナツ。ママが作ってくれるお菓子も大好きだけれど、たまに買って貰えるドーナツも好き。
(んーと…)
 着替えはとっくに済ませていたから、ダイニングのテーブルに置かれた箱をいそいそと開けた。何が入っているのかな、と覗き込んだら種類は色々。
(どれにしようかな?)
 クリームが入っているのも美味しそうだし、チョコレートがかかったのにも心を惹かれる。
 だけど、一度に沢山は食べられない、ぼく。ドーナツを幾つも食べてしまったら夕食が入らないことは明らか。
(一個だけだよね…)
 その一個をどれにするかで悩むのが恒例だけども、いきなり「これだ!」と閃いた一個。
 ごくごく普通のプレーンなドーナツ、チョコレートもクリームもついていない上に、平凡な形。それでも「これ!」と思ってしまった。
(うん、シャングリラのドーナツなんだよ)
 懐かしいな、と箱から出してお皿に乗っけた。ホットココアも用意して、椅子へと座る。ママはキッチンで何かしているから、一人でゆっくり。思い出に浸るには丁度いい時間。
(そう、この味!)
 ドーナツを齧ったら笑みが零れた。
 前のぼくも同じ味のを食べていたっけと、こんなドーナツだったっけ、と。



 遥かな昔にソルジャー・ブルーだった、ぼく。
 今では伝説の英雄だけれど、その英雄がドーナツだなんて、と誰も信じてくれそうにないけど。でも本当に食べていたんだし、好きでもあった。何の飾りも無いドーナツが。
(そんなことまで歴史に残ってないものね)
 シャングリラの食堂で作っていた食事のメニューやレシピも残ってないんじゃないかな、もしも残ってたら本が出されていそうだもの。シャングリラは最高に有名な宇宙船だし、遊園地に行けばシャングリラの形の遊具が人気。そのシャングリラのレシピ本なら、絶対に売れる。
(レシピのあちこちに「合成のものが無ければ天然のもので構いません」って注意書きが書かれていたって売れるよ)
 ソルジャー・ブルーが、ソルジャー・シンが食べていたものを食べたい人は多いだろう。それが豪華なものでなくても、ある種の憧れ。
(レストランとかの企画で再現したなら、人気が出そう…)
 行列が出来たり、予約で埋まってしまったり。そう考えたら可笑しくなった。
(前のぼくは夢にも思わなかったよ、シャングリラの料理が人気メニューになるかもなんて)
 ぼくが食べてるドーナツだって、「ソルジャー・ブルーのお気に入りだった」って発表されたら飛ぶように売れてゆくかもしれない。
 平凡なプレーンの、「他のドーナツを買ったついでに」買われるであろう素朴なドーナツ。
 ソルジャー・ブルーがシャングリラで食べていた、おやつのドーナツ…。



 リングの形に纏めた生地を揚げただけのドーナツは、白いシャングリラでは子供たちのおやつの定番だった。シンプルだけれど飽きが来ないし、材料だって揃えやすいから。
 それに子供たちの服だって汚れたりしない。ドーナツの欠片が零れて落ちても、手でパンパンと軽くはたけばおしまい。ジャムや溶けたチョコレートみたいに染みにはならない。
 そういった理由でドーナツは定番、子供たちにも人気のお菓子。お行儀よくフォークで切ったりしなくてもガブリと齧れて、手に持ったままで公園にだって出掛けてゆけた。
(…基本は子供たちのための部屋で食べる、って決まりだったけどね)
 前のぼくがドーナツを食べていた場所も、子供たちが集まるための部屋。
 ぼくは最高齢な上にソルジャーだったけれど、保育部や養育部の食堂でよく食べた。子供たちの遊び相手をするのが前のぼくの仕事だったから。
 ソルジャーの力が必要な場面はシャングリラの中では滅多に無くって、前のぼくには仕事が無い日が多すぎた。青の間でのんびりしてては気が咎めるから、あちこち手伝いに出掛けてみたけど。
 機関部に行けば案内係がついてしまって、仕事の邪魔にしかならなかった。農園も同じ。
 掃除でもしようかと考えたけれど、これまた「とんでもありません!」と断られた。ぼく専用の青の間でさえも、「自分でやるよ」と何度言っても掃除係がやって来る始末。
 厨房なんかは行ったら試食係どころか特別メニューが出て来そうだから、此処も論外。
 何か仕事は無いのだろうか、と考えた末に辿り着いた場所が保育部と養育部だった。子供たちはソルジャーが遊び相手でも恐縮したりはしないし、却って喜ぶ。係のクルーは空き時間が出来る。その時間を他の仕事に回せる。
 思わぬ所で見付かった仕事。前のぼくが見付けたピッタリの仕事。
 出掛けて行ったらおやつも出るから、子供たちと一緒に和やかに食べた。其処で何度も出て来たドーナツ。子供たちが好きなだけ食べられるように、と人数分よりも多いドーナツ。



 揚げ立てのドーナツを子供たちと食べて、また遊んで。
 時々、余ったドーナツを包んで貰って持って帰った。「青の間で食べるよ」と笑顔で言って。
 ぼくにドーナツをくれたクルーたちは、ぼくの夜食かおやつだと信じていただろうけど、真相は少し違っていた。前のぼくも食べていたんだけれども、もう一人。
(誰も気付いていなかったよ、うん)
 実はハーレイに御馳走していた。キャプテンの仕事を終えてから青の間を訪ねるハーレイに。
 もちろん、訪ねて来るだけじゃない。ぼくのベッドに泊まってゆく、大切な大切なぼくの恋人。
 そのハーレイに「今日はドーナツを貰って来たよ」と、お皿に乗っけて差し出した。
 ドーナツは大人にも人気のおやつで、食堂に行けば食べられたのに行かなかった前のハーレイ。「私にドーナツは似合いませんから」と、気にして行かなかったから。
 エラもブラウも、それにゼルだって食べに出掛けていたのに、大きな身体には似合わないからと言って、食べないドーナツ。
 決してドーナツを食べないハーレイ。それを知っていたから、青の間でドーナツ。
 揚げ立ての美味しさはもう無かったけど、「ほら」とドーナツを渡していた。



 「似合わないから」と食堂では食べなかったくせに、ハーレイが大好きだったドーナツ。
 「ドーナツがあるよ」と差し出せば顔が綻んでいた。子供みたいな笑顔になった。
 ドーナツは美味しかったから。
 冷めてしまっても優しくて甘い、パンとは違った膨らんだお菓子。
 前のぼくもハーレイも、ドーナツがとても好きだった。他のお菓子とは比べられない、不思議な味わい。ドーナツでなくちゃ、と舌が、心が喜ぶドーナツ。
 幸せな思い出が山ほど詰まっている気がした。
 どうしても思い出せなかったけれど、ぼくにもハーレイにも無理だったけれど。
 アルタミラで機械に奪われた記憶は取り戻せなくて、幸せな思い出は行方不明になったまま。
 それでも幸せの正体の見当はついた。前のぼくたちを育ててくれていた、血が繋がってはいない養父母。優しかっただろう、顔も姿も忘れてしまったパパとママ。
 そのパパやママに買って貰って食べていたとか、一緒にドーナツを齧っていたとか。そういった記憶だったんだろう、とドーナツを食べる度に思った。
 ハーレイと二人、「美味しいね」と冷めたドーナツに齧り付きながら。



 どんな思い出があったんだろうね、とハーレイと語り合ったりもした。
 幸せの味がするドーナツ。舌が、心が喜ぶドーナツ。
「あなたは駄々をこねていそうですね。あのドーナツを買って欲しいと」
 店の前とか、ショーケースを覗き込みながらとか。
 買ってくれるまで動かないよ、と膨れる姿が目に浮かびそうです。
 ハーレイがそんなことを言うから、「そう見えるかい?」と尋ねてみたら。
「ええ。あなたはとても我儘な子供だったという気がしますよ、そういう点では」
 普段は両親の言いつけを守る良い子で、とても大人しい子なのでしょうが。
 我儘も言ったりしないのでしょうが、他の人が聞いたら笑い出しそうなつまらない何か。
 ドーナツが欲しいとか、あのキャンディーが食べたいだとか。
 そんな小さな、ささやかな何か。
 そういったことで駄々をこねては、望みを叶えて嬉しそうだっただろうと思うんですよ。
「…そうなのかな?」
「どうでしょう?」
 こればっかりは分かりませんね、とハーレイは笑っていたんだけれど…。



 前のハーレイのカンは当たっていたかもしれない。
 好き嫌いの無いぼくだけれども、買って欲しいとパパやママに強請ることはあるから。
 今では「この頃、ドーナツ、食べていないよ」といった風に遠回しに強請ってみたりするけど、小さい頃にはそうじゃなかった。
 欲しいと思ったら「買って来てよ」と注文してたし、街へ出掛けた時にも強請った。ドーナツを売っているから買ってと、あのドーナツが欲しいのだと。
 ドーナツに限らず、他のものでも「買って」と駄々をこねていた。
 ママが「晩御飯を食べられなくなってしまうわよ?」と困った顔をしたって、欲しいと思ったら足を踏ん張って動こうとしなかったクレープの屋台や、アイスクリーム。
 パパが「お前じゃ食べ切れないぞ?」と止めても「欲しい!」と叫んで買って貰った、目の前で焼き上がるトウモロコシ。
(…トウモロコシは半分も食べられなくって挫折してたんだよ)
 残りはパパに食べて貰って、それでも夕食が入らなかった失敗が何度あっただろう。クレープやアイスクリームも同じで、ドーナツでも何度も失敗をした。
 懲りずに駄々をこねていた、ぼく。小さかった頃の、ぼくの我儘。
(今はあそこまでやってはいないよ)
 シャングリラの写真集をパパに強請ったけれども、「買って」と駄々をこねてはいない。
 パパが「しょうがないな」と呆れ顔をするまで、ソファの前で踏ん張っていたわけじゃない。
 前のぼくには敵わないけれど、今のぼくも我慢を覚えたから。
 駄々をこねずに「お願い」することとかも、ちゃんと覚えた子供だから…。



(…ふふっ、ドーナツ…)
 懐かしい記憶を拾い上げたな、って考えながら美味しく食べた。幸せの味がするドーナツ。前のぼくが大好きだったドーナツ。
 そうしたら、仕事帰りのハーレイがぼくの家に寄ってくれたから。
 夕食の後のお茶をぼくの部屋で飲みながら、ドーナツの話をすることにした。
「ねえ、ハーレイ。前のハーレイのカンって当たっていたね」
「何の話だ?」
 怪訝そうな顔をするハーレイに「おやつ」と答えた。
「今日のおやつ、ドーナツだったんだよ」
「…それで?」
「ずうっと昔にハーレイが言ったよ、ぼくはドーナツで駄々をこねそうだ、って」
 今のぼくじゃなくって、前のぼく。
 ドーナツが欲しいとお店の前とかで駄々をこねる姿が見えるようだ、って。
「思い出したのか? その頃のことを?」
 ハーレイの目が丸くなったから、「ううん」と首を横に振る。
 残念だけれど、前のぼくが生きてた間にも戻らなかった記憶は永遠に戻っては来ないだろう。
「今のぼくだよ、前のぼくの記憶までは無理」
「…ということは…。駄々をこねたのか、お前」
 ドーナツが欲しいと強請って、店の前で足を踏ん張ったのか?
 買ってくれるまで動かないからと、お母さんたちを困らせてたのか?
「うん…。ドーナツだとか、他にも色々…」
 クレープもアイスクリームもママに強請ったし、パパにだって…。
 うんと駄々をこねて買って貰ったけど、食べ切れないとか、後で御飯が入らないとか。
 何度も何度も失敗したのに、懲りないで駄々をこねてたよ。
 前のハーレイが言ったとおりに、ぼく、我儘な子供だったよ…。



「ふむ…」
 前の俺のカンが当たっていたか、とハーレイは腕組みをして頷いたけれど。
「まあ、あれだ。我儘を言えて、駄々を何度もこねられた、っていうことは、だ」
 お父さんたちに可愛がられている証拠だな。
 可愛い一人息子が駄々をこねるから、結果がどうなるか見えていたって許してくれる。
 食べ切れないのも、飯が入らなくなってしまうのも、可愛いから許してくれたのさ。
「うん。…そうでなきゃ、ダメって叱られて終わりになっちゃうものね」
 パパもママも困った顔はしたけど、怒らなかったよ。
 「しょうがないな」とか「仕方ないわね」とか。
 いつだってちゃんと買ってくれたよ、ぼくが欲しかったドーナツやお菓子。
 それでね…。
「ぼく、もしかして、って思ったんだ。前のぼくもそうやっていたんだろうか、って」
 仕方ないわね、って許して貰ってドーナツを食べていたのかな?
 そういう幸せが詰まってたのかな、可愛がって貰ったんだっていう記憶。
「そりゃそうだろう。前のお前も今と同じに可愛がられて育ったんだ」
「…そう思う?」
「当たり前だ。こんな可愛い子供がいればな、可愛がらずにはいられないさ」
 十四歳のお前でもこうだ、もっと小さければ可愛かったに決まってる。
 前のお前の養父母たちは十四歳を迎えるまでのお前しか知らんが、きっと可愛い子だった筈だ。
 自慢の可愛い息子だったさ、血が繋がってはいなくてもな。



「でも…。目と髪の色が全然違うよ?」
 違うよ、とぼくは自分の頭を指差した。
 前のぼくが成人検査を受ける前には、髪の毛の色は金色だった。ジョミーみたいに輝くような金ではなかったけれども、銀色じゃない。何処から見たって金色の髪。
 それに青かった瞳の色。前のぼくの名前は瞳の色から名付けたのかな、と何度も思った。記憶は戻って来なかったけれど、青い瞳だから「ブルー」なのかと。
 今のぼくとは色が違った、前のぼく。
 色がすっかり違っていたって、可愛いと思ってくれたんだろうか?
「目と髪の色か…。確かに印象は変わってくるかもしれんがな…」
 だが、そいつはうんと些細なことだ。
 お前という中身の方が大事で、可愛がられたのは中身の方だ。
 姿も全部ひっくるめて可愛がるのが親ってヤツだし、前のお前の姿も可愛いと思っただろうな。
 こんな可愛い子供はいないと、自分たちの子供が一番なんだと。
 いいか、冷静に考えてみろよ?
 可愛いだなんて言えそうもないガキだった今の俺だが、親父たちは可愛がってくれたんだ。
 見た目なんかは関係ないんだ、そう思わないか?
「そっか…。前のハーレイのお父さんたちも、きっとそうだね」
「そうだったんだろうな、ドーナツも買ってくれたんだろう」
 欲しいんだったら仕方ないな、と前の俺の親父は笑っただろうな。
 おふくろも「仕方ないわね」と笑って買ってくれてただろう。
 …生憎と忘れちまったが…。
 思い出したくても、幸せの味のドーナツだとしか感じられなくなっちまったがな…。



 おふくろも親父もデータだけしか無いんだよな、とハーレイは寂しそうだった。
 アルテメシアを落とした時に、テラズ・ナンバー・ファイブから引き出した膨大なデータ。その中には前のぼくたちの養父母の写真もあった。育った家の記録もあった。
 ぼくも今のハーレイに記憶を見せて貰ったから、前のパパとママの写真は知ってる。でも、写真だけ。動く姿も声も無いから、パパとママだと実感出来ない。
 その点はハーレイもまるで同じで、消された記憶は戻らないから、知らない人の写真を見るのと変わらない。
 前のぼくもハーレイも、パパとママとを奪われた。機械にすっかり消されてしまった。
 残ったものは舌が、身体が忘れなかったドーナツの味の記憶だけ。
 幸せがたっぷり詰まっていたんだと、舌が覚えていた記憶だけ…。



 ちょっぴり悲しくなったけれども、ぼくはぼく。
 今のぼくにはパパとママがいて、ハーレイにもお父さんとお母さんがいる。
 十四歳の誕生日を迎えた後にも別れなくてよくて、おまけに本物のパパとママ。前と違って血が繋がったパパとママとで、我儘だって聞いてくれるから。
 駄々をこねたって許してくれてたパパとママだから、ハーレイにも訊いてみることにした。
「ねえ、ハーレイ。…今のハーレイも、ドーナツ、強請った?」
「ドーナツだけじゃない、お前と同じだ」
 もっとも、クレープだのアイスクリームだのって菓子よりも主に食い物だったが。
 ホットドッグとか、ハンバーガーだとか。
 ハンバーガーは大人でも食い切れないようなサイズのを強請って失敗してたな、俺の場合は。
「…それって、とってもハーレイらしいね…」
「この身体だしな?」
 あれこれ強請って失敗した分も、栄養はキッチリ摂れてたようだ。
 食った分だけ大きく育って、今の俺が此処に居るってわけだ。
 もしかしたら前の俺ってヤツもだ、食い物の方が主だったかもしれないなあ…。
 食い物を目指して突っ走る前の小さかった頃がドーナツとかな。



「ふふっ、そうかもしれないね」
 ハーレイだったらありそうだな、って思ってしまった。
 うんと小さくてヨチヨチ歩きの頃がドーナツで、学校に行くような年になったら食べ物専門。
 それでもドーナツは強請ってたよね、と考える。
 幸せの記憶をたっぷりと中に詰め込むためには、何度も食べなきゃいけないから。
 そのドーナツは今のハーレイにとってはどうなんだろう、と浮かんだ疑問。
 前と同じで好きなんだろうか、それとも普通のおやつだろうか?
 訊いてみなくちゃ、とぶつけてみた。
「ハーレイ、今でもドーナツは好き?」
「もちろんだ。ガキの頃の幸せな記憶ってヤツだな、たまに無性に食いたくなる」
 そして今度は堂々と食える。
 前の俺みたいに、お前が取っておいてくれたドーナツをコッソリ食わなくてもな。
「…なんで?」
「クラブのガキどもの御相伴だ」
 運動すると腹が減るからな。
 学校でドーナツを食うようなことは滅多に無いが、だ。
 他所へ出掛けて行った時にはよく食ってるなあ、その辺の店でドカンと買ってな。
「ああ…!」
「代金が俺の財布から出て行くことも多いんだがなあ、楽しいもんだな」
 堂々とドーナツを食えるってのは。
 前の俺がどうやって食っていたのかを思い出したら、楽しさも更に増すってもんだ。



「…前のハーレイも堂々と食べれば良かったのに…」
 食堂で食べたら揚げ立てなんだよ?
 揚げ立てはやっぱり美味しかったよ、保育部とかにも揚げ立てのドーナツが届いてたもの。
「前のお前の場合と違って、ガキが一緒にくっついていない。無理がありすぎだ」
 俺が保育部だの養育部だのに出掛けていたなら、食えたんだろうが…。
 ドーナツ目当てで出掛けられるか、そいつも相当みっともないぞ。
「大丈夫だったと思うけどなあ、ハーレイが食堂で食べていたって」
 誰も笑ったりしなかったと思うよ、似合わなくても。
 みんなドーナツが好きだったんだから、幸せの味がしたんだよ。
 それを食べたくて来ているんだ、って分かるから誰も笑いはしないよ。
「…そうだったのかもしれないが…」
 そうかもしれんが、俺は前のお前と一緒に二人で食うのが良かった。
 青の間でコッソリとドーナツを食って、幸せの味を噛み締めるのが良かったな…。
「ホント?」
「いたたまれない気持ちで食うより、断然、そっちだ」
 前のお前の笑顔もつくしな、幸せの味のドーナツにはな。
 二人で食うから美味さが増すんだ、幸せの味もググンとな。



「そっか、そういうものなんだ…」
 ハーレイがそれで良かったと言うなら、青の間でコッソリはいいんだけれど。
 こっそりドーナツの方はいいんだけれども、今度はドーナツ、どうするんだろう?
「ねえ、ハーレイ。…今度もドーナツ、ぼくと一緒に食べるんだよね?」
 何処で食べるの?
 買ってきて家でコッソリ食べるの、ぼくと食べる時にはクラブの生徒は一緒じゃないよ?
「ふむ…。いっそ店に出掛けて堂々と食うか?」
 店で食うための席もあるだろ、あそこで食ったら揚げ立てが食える。
 飲み物なんかも買ってのんびりするんだ、腹具合を見ながらドーナツ追加で。
「ふふっ、二人でドーナツでデート?」
「ああ。ついでにテイクアウトもしてな」
 持って帰って家でゆっくり食おうじゃないか。
 青の間で食ってたドーナツの思い出を語り合ってだ、コッソリじゃなくて堂々とな。
 お前の家の庭にある、テーブルと椅子。
 ああいった場所で食べるのもいいし、庭が見える窓際に座るのもいい。
 今度は誰に見られていたって、俺たちは二人一緒に居るのが当たり前の仲になるんだからな。



 いつか一緒にドーナツを食おう、ってハーレイは笑顔で約束をして帰って行った。
 ドーナツを売ってるお店に二人で出掛けて、お店のテーブルで揚げ立てのドーナツ。手を繋いで出掛けて、二人でドーナツ。
 もう入らない、ってくらいに食べたらテイクアウトのドーナツを買う。
 二人で箱を提げて帰って、家でのんびりドーナツを食べる。
 幸せの味がたっぷり詰まったプレーンを沢山、沢山買うのもいい。美味しそうなドーナツを色々選んで詰め合わせて貰って帰るのもいい。
(だけど一番はプレーンだよね、きっと)
 シャングリラで食べていたドーナツ。
 幸せの味だと、思い出せないけど幸せが詰まったドーナツなのだと噛み締めた味。
 あのドーナツがきっと一番、一生忘れられない幸せの味のドーナツだと思う。
(でも…。ハーレイと一緒に食べるようになったら、幸せのドーナツも増えるかな?)
 お店に行った時の幸せ気分を反映するとか、思い出のドーナツが出来るとか。
 初めて二人で出掛ける時に一個しか買わないだなんて有り得ないから、その時の分は全部記念のドーナツになる。初めて買った記念のドーナツ。
(…うん、その時に買って食べた分は思い出のドーナツだよ)
 どれを買おうか迷って、買って。思い出のドーナツがプレーンの他にも幾つか増える。
(きっと他にもまだまだ増えるよ)
 絶対増える、と確信した。
 今度はうんと幸せな気分が増えそうなドーナツ。
 ハーレイが来てくれる時のおやつに、ママはドーナツを買ってはこないから…。
 思い出のドーナツを増やしてゆくのは、結婚した後のお楽しみ。
 それともママに頼んでみようか、一度ドーナツを買ってほしい、と。
 買って貰うなら、プレーンは絶対。
 それが幸せのドーナツの始まりだもの…。




          ドーナツ・了

※前のハーレイとブルーの気に入りのおやつだった、ドーナツ。記憶を失くしてしまっても。
 きっと幸せな思い出があった筈のドーナツ、今度も幸せの味になるのでしょうね。
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 ハーレイの家から歩いて行ける食料品店。ハーレイでなくても、女子供でも楽に歩ける近さ。
 以前は気が向くままに出掛けて覗いたり、散歩がてらに立ち寄ったりと頻繁に出掛けた店だったけれど。この春から事情はガラリと変わった。正確に言えば五月の初旬、勤務先の学校が変わってから後。
 其処で出会った十四歳の小さなブルー。前世で愛した大切な恋人の生まれ変わり。
 幸運にもブルーの家を頻繁に訪ねることを許され、それがハーレイの表向きの役目ということになった。休日はもちろん、学校のある日も仕事が早く終われば立ち寄る。
 そういう生活が始まって以来、買い出しはブルーの家に出掛けない日に済ませておくのが習慣。今日も行かねば、と帰宅してガレージに車を入れたハーレイは着替えて家を出た。
 仕事は早めに終わったけれども、ブルーの家には昨日も行った。そうそう毎日行けはしないし、今日は買い物。



(…あいつなら来いと言うんだろうが…)
 昨夜、「また今度な」と手を振った時に「また来てね!」と叫んだ恋人。今日の放課後、学校の廊下ですれ違った時にも期待に満ちた瞳をしていた。家に来てくれるといいな、という瞳。
 ブルーの両親もハーレイの来訪を待っているだろうが、流石に悪いという気がする。一家団欒の夕食の席に余計な一人。しかも食欲旺盛なハーレイのための食事はいつも大盛り。
(結婚してたら毎日だって行けるんだろうが…)
 食事が一緒でも普通なんだが、と考えてから浮かんだ苦笑い。
(それでは同居と変わらないじゃないか)
 毎日夕食をブルーの両親と共に食べるとなったら、同居とさほど変わらない。食事の後で自分の家に帰ってゆくのか、部屋に帰ってゆくかの違い。
(…ブルーがそうしたいと言い出したならば、同居もいいがな)
 言わないだろうな、と小さな恋人を思い描いた。
 事あるごとに「早くハーレイと結婚したいよ」と訴えて来る小さなブルー。早くハーレイを独占したいと、両親に取られたくないと。
 そんなブルーが両親との同居や、毎日一緒の食事の時間を望むとはとても思えない。
(うんうん、あいつは俺にベッタリくっつきたいんだ)
 食事の時間も、それ以外の時も。
 ハーレイさえ居ればそれでいいのだと、満足そうな顔が目に浮かぶようだ。
 小さな小さな、幼い恋人。十四歳にしかならない、小さなブルー…。



 子供らしい我儘を炸裂させるのも得意になってしまったブルー。
 ソルジャー・ブルーだった頃にもハーレイにだけは甘えたものだが、今は両親にも甘え放題。
 そういう姿も気に入っていた。
 ソルジャーの重荷を背負っていなければ本来こうかと、これが本当のブルーなのかと。
 今度は甘えさせてやりたいと思う。
 前の生では叶わなかった分、甘えさせて、我儘も沢山言わせて。
 そんなブルーを守ってゆこうと、今度こそ自分が守るのだと。



(さて、と…)
 買わねばならない物は何だったか…、と考えを切り替えて歩いてゆく。
 家にある食材は一通りチェックを済ませて来たから、あれと、これと…、と。他にも目に付いた品があったら買うのもいい。
 新鮮さが命の刺身だとか、早めの調理が旨味を引き立てる野菜だとか。
 何を作って食べるのもいい、気楽な自分一人の食卓。今夜の献立もまだ決めてはいない。買った食材の種類次第で何にするかを考えればいい。
(ブルーと一緒に飯を食うのも楽しいんだが、両親付きはなあ…)
 昼食はブルーの部屋で二人で食べることが多かったけれど、夕食は両親も一緒の食卓。ブルーの相手ばかりでは大変だろう、と気遣ってくれるブルーの両親。大人同士で話したいだろうと、心を配ってくれるブルーの両親。
 平日に訪ねて行った時にはブルーが食卓の王様だったし、ハーレイを独占していたけれど。王様ではなくて王子様だろうか、自分が話題の中心なのだと、それが当然だと笑顔のブルー。
 ハーレイの名を連発するブルーを両親は温かく見守っていたし、居心地はけして悪くなかった。
 ただ、ブルーの両親が考えているような「キャプテン・ハーレイ」ではない自分。
 ソルジャー・ブルーの右腕だったと伝わるだけではない自分。
(…実はブルーの恋人だなんて、夢にも思っていないだろうしなあ…)
 たまに後ろめたい気分になったりするから、一人きりの食卓も気楽でいい。
 気の向くままに料理を作って、のんびりと時間を過ごしながら。



(…こんな考えがバレたら、あいつは怒るな)
 四六時中ベッタリくっついての暮らしも気にしないどころか、それを熱望する小さな恋人。
 結婚したなら買い物に行くのも二人一緒になるのだろう。
 軽く歩いて行ける距離でも、必ず一緒。
(あいつが寝込んだら、俺は買い物禁止になっちまうのか?)
 買い物の代わりに看病よろしく外出禁止を仰せつかって世話だろうか、と可笑しくなった。
 ブルーだったら言いかねないなと、買い物に出掛ける暇があったら側に居てくれと。
(そうして野菜スープを作らされる羽目になるんだな)
 家にある野菜を細かく刻んで、基本の調味料だけでコトコト煮込んで。
 野菜スープのシャングリラ風が出来上がったならば、ブルーのベッドに運んで行って…。



 その、野菜。
 いつもの食料品店に足を踏み入れると、実に豊富な品揃え。
(シャングリラでは出来なかった贅沢だよなあ、季節外れの野菜も山ほどなんてな)
 今が旬ではない野菜も多い。けれども、どれも食べれば美味しい。地球の光と水と土とが育てた野菜は、露地物でなくても豊かな味わい。
(これと、これと…)
 こいつも美味い、と店の入口で手に取った買い物用の籠に入れてゆく。野菜のコーナーを巡った後は肉類を選んで、それから魚や貝の売り場へ。
(うん、今日もいいのが入っているな)
 魚介類が水揚げされる港から毎日入荷する海の幸。海が荒れた時には品数が減るが、今日は色々揃っている。どれにするかな、と覗き込んで、好みの品を選んで、籠へと。
 もしもブルーが一緒に居たなら、どんな買い物になるのだろうか、と選びつつ考えたりもして。
(好き嫌いが無いのが俺たちの売りだが、それでも何か言いそうだよな?)
 この魚を焼いて食べるのがいいとか、こっちを買って煮付けだとか。
 タコを買って今日は刺身で食べて、明日はタコ焼きを作って食べたいだとか。
 我儘も言うだろう、生まれ変わって来たブルー。
 ソルジャー・ブルーだった頃とは違って、我慢が基本ではないブルー…。



 今はまだ小さな恋人の未来の姿を想像しながら、店内をぐるりと一回りして。
 買いそびれた物は無いかと確認してから会計を済ませ、買った品物を詰めた袋を提げて出ようとしていた所で、後ろに女性。両手に提げている、重そうな荷物。
「お先にどうぞ」
 自動ドアではあったけれども、扉の幅には限りがあるから、女性優先。社会の一員になって間もない頃からのハーレイの習慣。大先輩だった紳士な教師がやっていたのを見て以来。
 女性は笑顔で会釈してドアを通って行った。



(…ふむ…)
 荷物を提げて店の外へとドアをくぐって、ふと考えた。
 ブルーと暮らすようになったら、こうした時にはやはりブルーが優先だろう。ブルーの手に何も荷物が無くとも、先に通してやらねばと思う。
 けれど…。
(今度はあいつが先ではないのか)
 先に扉を通らせてやっても、ブルーは出てすぐの場所で自分が来るのを待っていそうだ、という確信。先に歩いて行ったりしないで、笑顔で待っているのだろうと。
(…前はあいつが先だったのに)
 ハーレイの前を行くのがソルジャー・ブルーだった頃のブルーの歩き方。
 常にハーレイを後ろに従え、シャングリラの中を歩いて行った。視察の時も、それ以外の時も、ハーレイと共に歩く時にはソルジャー・ブルーが先だった。



 しかし、今度の小さなブルー。
 自分と一緒に青い地球の上へと生まれ変わった小さなブルー。
 将来、大きく育ったとしても。
 ソルジャー・ブルーと同じ背丈に育って自分と一緒に暮らす日々が来ても、きっとブルーは…。
(あいつは俺より先には行かない)
 二人で買い物に出掛けたとしても、ブルーが歩く場所は隣か、後ろか。
 自分よりも前を歩きはしない、と小さなブルーを思い浮かべる。
(…あいつが俺より先に行くのは…)
 ブルーの家を訪ねると「早く!」と先に立って自分の部屋へ駆けて行ったりするのだけれども、ハーレイが帰る段になったら決して先には行ったりしない。先に階段を下りてはゆかない。
 庭にある白いテーブルと椅子で過ごして、家へと戻る時にも同じで、先には行かない。
(…そうだ、今のあいつは俺の後ろからついてくるんだ)
 でなければ、隣。手を繋いだりはしないけれども、隣に並んで歩いていた。
 学校で出会って話しながら廊下や校庭を歩く時にも隣か、後ろか。
(絶対に前を歩きはしないな、今のあいつは)
 あまりにもそれが普通だったから、気が付かなかった。
 前の生では必ず前を歩いていた筈のソルジャー・ブルー。
 ハーレイが後ろに付き従うのが常だった筈のソルジャー・ブルー…。



(…いつからだった?)
 いつからブルーは自分の前を行くようになったのだろうか、と遥かな昔の記憶を手繰った。
 最初はそうではなかった筈。アルタミラから脱出した直後はそうではなかった。
 いつ変わったのか、と考える間に、家の前まで辿り着く。
(…前のあいつか…)
 玄関の鍵を開け、提げて来た荷物を注意して置いた。
 卵を割ったりしないように。ぶつけると傷みやすくなる品物に衝撃を与えないように。
 そうした品々をキッチンへ運び、所定の位置に片付けながら夕食の献立を考える。
 新鮮な刺身を買って来たから、それに合うものを。
 味噌汁にするか、澄まし汁にするか。
 野菜の料理は何にしようか、他に作って食べたいものは…。



 ふむ、と献立と手順とを決めて、料理の支度にかかったけれど。
(いつからだった…?)
 意識は再び、前のブルーへと引き戻された。
 いつから自分よりも先に行くのが常になったかと、いつからそのように変わったのかと。
(…あの頃は俺の後ろにいたな)
 前の自分がキャプテンではなく、調理を担当していた頃。食材の管理が上手だからと献立作りも任されてしまい、船にある食料で作れそうなものをと色々と工夫を凝らした日々。
 調理担当の者は他にも何人もいたが、陣頭指揮はハーレイだった。今日の昼食はこれで、夕食はこれ。明日の朝食にこれを作って、その次は…、と在庫を睨んで計画を立てて。
 そうやって鍋やフライパンと戦っていた頃、「何が出来るの?」と興味津々でハーレイの仕事を覗きに来ていた小さなブルー。
 身体が小さかっただけで年はハーレイよりも上だったけれど、まだハーレイの後ろにいた。船の中を二人で歩く時には後ろから来たし、前を歩きはしなかった。
 脱出直後の小さかったブルー。
 ハーレイを手伝ってジャガイモの皮を剥いたりしていた、小さなブルー。



(あいつが食料を奪いに行っていた頃も、俺の後ろに…)
 船にあった食料が底を尽いた後、ブルーはたった一人のタイプ・ブルーとして食料を奪いに出るようになった。人類の船が近くを通れば、とにかく何かを奪いに出掛けた。
 選ぶ余裕などありはしないから、キャベツだらけとか、ジャガイモだらけだとか。偏った食材と格闘するのがハーレイの仕事で、ブルーは食材の調達係。
 食料の他にも必要な物資をブルーが奪って、ハーレイがそれを調整しながら分配していた。皆に公平に行き渡るように、必要とする者たちの手に渡るように。
 ブルーの力が無ければ生きていけない日々だったけれど、ブルーが歩く場所はハーレイの後ろ。
 シャングリラと名付けた船全体の面倒を見るようになっていた、ハーレイの後ろ。



(…俺がキャプテンになった頃には、まだ…)
 後ろだった、と思ってから「違う」と気が付いた。
 まだソルジャーの尊称こそ無かったけれども、リーダーと目され始めたブルー。
 もう後ろにはいなかった。
 ハーレイが後ろを歩かなかっただけで、ブルーは後ろにはいなかった。
 リーダーの自分が幼子のようにハーレイの後ろをついて歩いては駄目であろうと判断したのか、はたまたキャプテンの仕事の邪魔は出来ないと考えたのか。
 いずれにしても自分の後ろにはもういなかったし、ついて歩きもしなかった。



(俺があいつの後ろを歩き始めたのがソルジャー以降か…)
 ソルジャーと呼ばれ、紫のマントや白と銀の上着を身に着けるようになっていたブルー。
 背丈も伸びて、小さなブルーではなくなっていた。気高く美しく育ったブルー。
 シャングリラの改造もすっかり終わって、白い鯨が完成していた。
 ブルーが守った白い船。ハーレイが舵を握っていた船。
 巨大な船となったシャングリラの中を視察して回ったソルジャー・ブルー。
 船内を隈なく歩くブルーにキャプテンとして付き従った。
 そうやって自分が後ろになった、と思い出す。
 視察以外で通路や居住区などを歩く時にも、ブルーはソルジャー。
 誰もが認めるミュウたちの長。
 キャプテンが前を歩けはしない。ソルジャーよりも前を歩けはしない。
 その必要が無い限りは。
 先に立って案内する必要が生じない限り、ハーレイはブルーの後ろを歩いた。



(あいつの方が偉かったからな…)
 キャプテンよりも遥かに上の立場であったソルジャー。
 シャングリラの航路も、仲間たちの命も、ブルー無しでは続きはしない。キャプテンはそれらを握ってはいても、ただ「預かっている」というだけのこと。
 守る力も戦う力も持ってはいないし、いざという時はブルーに頼るしかない。ソルジャーだった前のブルーしか、そういう力は持たなかった。
 だからキャプテンの地位がソルジャーの次でも、天と地ほどの開きがあった。
 ハーレイはそれを自覚していたから、ブルーの後ろを歩き続けた。
 けれどシャングリラの中、誰も周りにいない通路をハーレイが一人で歩いていた時、瞬間移動で背後に現れ、いきなり抱き付いて来たブルー。
 後ろから抱き付き、キスを強請ってきたブルー。
 何度もそういう場面があった。
 ブルーはいつも唇に笑みを浮かべていたから、悪戯なのだと思っていた。
 自分の驚く顔が見たくて不意打ちをしてくるのだろうと、恋人同士ならではの悪戯だろうと。
 何度もブルーが起こした悪戯。
 白いシャングリラで起こした悪戯。
 けれど、もしかしたら。
 悪戯なのだと前の自分は思ったけれども、もしかしたら…。



(…あいつは俺の後ろに居たかったんだろうか?)
 前を行くより、本当は後ろに居たかったのだろうか。
 否応なく前を行っていただけで、前のブルーも後ろについて来たかったのだろうか…。
 今のブルーが後ろを歩きたがるように。
 小さなブルーがハーレイの後ろについてくるように、前のブルーも。
 ソルジャーだったブルーも、もしもハーレイが許したならば。
 後ろを歩いていたのだろうか、と遠い昔に思いを馳せた。
 シャングリラの中を歩いてゆく時、ブルーの居場所が違ったならば、と。



(…もしも、ブルーが俺の後ろを歩いていたら…)
 そう出来ていたら、と考える。
 自分の後ろが定位置のブルー。常に後ろについてくるブルー。
(前のあいつがそうだったなら…)
 ハーレイの後ろに居たがるブルーは、メギドへと飛んで行ったのだろうか?
 たった一人で死が待つメギドへ、そんなブルーは飛べたのだろうか?
(…それでもあいつは飛んだんだろうが…)
 きっと不安な目をしただろう、とハーレイは思う。
 自分に託した言葉は「頼んだよ」と一方的に告げた遺言だったと思いはするが、その時の瞳。
 見上げる瞳が違っただろう。
 笑みさえ湛えていたように見えた瞳の代わりに、縋るような目をしただろう。
 一人で行かねばならないけれども、前を歩いてくれる背中が欲しいと。
 その背を追いかけて歩きたいのだと、ハーレイの背中があればいいのにと。



(…そうして俺が追いかけていたな)
 キャプテンの務めをブリッジの長老たちに託して、シャングリラの舵をシドに託して。
 格納庫に走って、ギブリに乗った。ブルーを追いかけてメギドへと飛んだ。
 人類軍の攻撃を躱して飛ぶだけの腕はあったと思う。そうでなければシャングリラのキャプテンなど務まりはしない。巨大な船を動かせはしない。
 砲撃を躱し、ギブリをメギドに降ろすことも出来た。中へ入り込むことも恐らく出来た。
 その後は兵士たちの攻撃をシールドで防いで、ブルーを追うだけ。ブルーが通ったであろう道を探して、追いかけて彼に追い付くことだけ。
(俺なら追えた筈なんだ…)
 きっとブルーがキースに遭遇するよりも前に追い付けた。追い付いて共にメギドを壊せた。
 ブルーは「何故来た」と怒鳴って怒っただろうが、その一方で泣いたと思う。
 緊張の糸が緩んで泣いたであろう、と。
 前を歩いてくれる背中が出来たと、ハーレイが前を歩いてくれる、と…。



(…俺は間違えていたんだろうか…)
 歩く場所を、と思ったけれど。
 互いの立場を考えたならば、その順番はあり得ない。
 ソルジャーだったブルーが歩くべき場所はハーレイの前で、キャプテンの位置はブルーの後ろ。
 入れ替えることなど出来はしないし、シャングリラに居た頃は仕方が無かった。
 けれど、ブルーの本当の望み。
 ソルジャーだった頃のブルーの本当の望み。
(あいつも気付いてはいなかったんだろうが…)
 自分の後ろをきっと歩きたかったのだろう、と思ってしまう。
 育ってもなお、ハーレイよりも遥かに小さな身体をしていたブルー。
 華奢で細かったソルジャー・ブルー。
 ハーレイが前を歩いていたなら、ブルーの身体は広い背中にすっぽりと隠れていただろう。
 自分の背を追いかけていたかったろう、とアルタミラから脱出した直後のブルーを思った。
 「何が出来るの?」と鍋を、フライパンを覗き込んでいた、小さかったブルー。
 自分の後ろをついて歩いていた、ジャガイモの皮むきをしていたブルー…。



 本当は後ろを歩いていたかったのだ、と今頃になって気付いたけれど。
(…それ以上に俺の隣を歩きたがるんだろうな、今度はな)
 きっとそうだな、と出来上がった料理を手際よく器に盛り付けた。
 野菜の煮物は深めの鉢に。
 刺身だけでは物足りないから、と作ったアサリの酒蒸しは汁の量に見合った深さの皿に。
 味噌汁を注いで、刺身は活きの良さが映える器に移してテーブルに置いた。
(これでよし、と)
 炊き上がった白米を茶碗に盛って、椅子へと座る。
 ブルーの家でも今頃は夕食の時間だろう。
 小さなブルーは心の中では不満たらたら、「ハーレイが来てくれなかったよ」と膨れっ面をしていそうだけれども、そうそう顔には出さないと思う。
 ハーレイが本当は前の生からの恋人なのだと両親に知られてしまわないよう、不平不満は小さな胸の奥に押し込め、愛らしい顔でチョコンと座っていることだろう。



(…すまんな、行ってやれなくて)
 だが、毎日は行けないからな、と小さな恋人に心で詫びた。
 自分の後ろを歩くのが好きな、いずれは隣を歩きたがりそうな小さなブルーに。
(前のお前も本当は、きっと…)
 後ろを歩きたかったのだろうと思うし、隣も歩きたかっただろう。
 ハーレイと並んで前も後ろもなく、手を繋いで歩いてみたかっただろう。
 けれどもソルジャーとキャプテンだった前の生では、並んで歩けはしなかった。
 恋人同士であったことさえ、誰にも明かせはしなかった…。



 今の生でも、まだ手を繋いで並んで歩けはしない。
 ブルーの両親がハーレイがブルーの恋人なのだと知らない間は、歩けはしない。
(…当分は俺の後ろだな、うん)
 小さなブルーはハーレイの後ろを歩いて満足しているし、手を繋ぎたいとも言っては来ない。
 しかし隣に並んで歩いてゆくことを、いつかブルーが覚えたならば。
 其処がブルーの定位置だろう。
 ハーレイの隣に立って腕を絡めて、あるいは手をしっかりと握り合わせて。
(そうか、今度は後ろですらないのか)
 隣なんだな、とハーレイは小さなブルーを想った。
 小さな恋人の背丈が前のブルーと同じに伸びて、気高く美しく育ったならば。
 二人一緒に歩く時には、どちらが前でも後ろでもない。
 あえてどちらかが前に立つなら、其処はハーレイ。
 ブルーを先に通してやるためにドアを開けてやり、先に通ったブルーは其処で止まって待つ。
 ハーレイがやって来るまで待つ。
 そうして二人、並んで歩く。
 ついさっきまでがそうだったように、二人並んで歩いてゆく…。



(…歩く順番からして変わってくるのか…)
 今度はまるで違うんだな、とハーレイの唇に笑みが浮かんだ。
 買い物に出掛ける時も二人一緒に、手を繋いで。
 そう考えてはいたのだけれども、前の生との明確な違いを認識してはいなかった。
 歩く順番が変わってくるとは、まったく気付いていなかった。
 前の生ではブルーが前を行き、ハーレイが後ろ。
 変えることなど出来はしなかった、ソルジャーの、そしてキャプテンの場所。
 けれど今度は並んで歩ける。
 二人仲良く、手を繋いで並んで歩いてゆける。
 それがどれほど幸せなことか、今まで以上に分かった気がする。
 前の生では叶わなかったと、今度は並んで歩けるのだと。
(…早くあいつと一緒に歩きたいもんだな)
 ついでに食事も二人なんだな、とハーレイは刺身を頬張った。
(食事も一緒で、歩くのも一緒か…)
 今度は二人で並んで歩こう。
 買い物でも、近所への散歩でもいい。
 前も後ろも順番も無くて、二人並んでの幸せな道を…。




           歩きたい場所・了

※並んで歩くことは出来なかった、キャプテン・ハーレイとソルジャー・ブルー。
 今度は並んで歩くことが出来るのです。手を繋いで。その日が来るのがとても楽しみ。
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「うーん…」
 なんだか変、と夜の夜中に目が覚めた。
 ベッドの感じがいつもと違う。寝心地が違うって言うのかな?
(なんで?)
 どうして、と思ったぼくの頭の下、無くなってる枕。ぼくのお気に入りの大きな枕。ふんわりと頭を受け止めてくれる筈の枕が消えちゃってる。
 あれっ、と手さぐりで探しても無い。少なくとも頭の近くには無い。
(何処…?)
 ゴソゴソしてたら目が冴えちゃうよ、と目を瞑ったままで探すけれども、無いみたい。
 こういった時に前のぼくなら簡単に解決出来たのに。
 わざわざベッドを探らなくても、枕、って考えたらちゃんと出て来た。前のぼくの得意技だった瞬間移動で何処からか、パッと。
 だから全然困らなかったし、目も冴えないで眠り直せた。大きな枕に頭を預けて、起きる時間が来るまでの間、眠りの世界に戻ってゆけた。



(…寝相は悪くはなかったんだけどね?)
 前のぼくの寝相は良かったと思う。今のぼくみたいに枕が消えたりはしなかったと思う。寝てる間に上掛けを蹴飛ばしてしまうことも無かったと思うんだけど…。
(……でも……)
 青の間で一緒に眠ったハーレイが起きて行った後。
 枕が頭の下に無いこともあった。頭の下はシーツということがあった。
 そんな時には瞬間移動でヒョイと戻して、頭の下に入れた。前のぼくが使っていた大きな枕を。今のぼくの枕よりも大きかった、青の間のベッドに見合った枕を。
 あれほどに大きな枕が行方不明になるってことは…。
(…悪かったっけ?)
 前のぼくの寝相。
 悪かったなんて自覚はゼロだし、寝ていた間は、枕はきちんと頭の下に…。



 いつだって頭の下に在ったと記憶している枕。
 それがどうして消えたんだろう、と考え始めたぼくの意識はとっくに冴えていたけれど。眠気は飛んでしまっていたけど、気になる前のぼくのこと。
 眠っている間中、前のぼくの頭を支えていた枕。
 ハーレイが起きて行った後には消えてたってことは、犯人はハーレイだったんだろうか?
 同じベッドで眠ったのだし、起き出す時にウッカリ触って何処かへ動かしてしまっていたとか。あれだけ大きい身体なんだもの、腕に引っ掛けただけで枕は動いてしまうと思う。足でも同じ。
(…うん、ハーレイが犯人なのかも…)
 腕とかで連れて行っちゃったんだよ、と連れ去られた枕と犯人の腕を思い浮かべた。逞しかった褐色の腕。あの逞しい腕に引っ掛けられたら、大きな枕でもひとたまりも無かったことだろう。
(持って行っちゃったなら、元に戻してくれればいいのに)
 頭の下に入れてくれればいいのに、と気配りの足りない前のハーレイに文句を言いたくなった。
 だけど大抵は枕は頭の下にあったし、きっと忙しかったりしたんだろう。前のぼくの枕の面倒を見ていられないほど、急いで起きなきゃ駄目だったとか。



(…朝一番にブリッジに行ってた日もあったしね?)
 朝食は青の間でハーレイと一緒に。
 それがソルジャーとしてのぼくの習慣で、キャプテンだったハーレイの仕事。様々な報告などをしながら会食をするのだと誰もが信じていた。二人分の朝食を用意する係も居た。
 その朝食の時間よりも前に、キャプテンの制服を纏ってブリッジに出掛けたハーレイ。緊急事態とかではなかったけれども、打ち合わせだとか、夜勤のクルーからの引き継ぎだとか。
 そうした時には急いでいたから、ぼくに「おはよう」のキスもしないで出掛けて行った。ぼくの方でも分かっていたから、「ああ、出掛けたな」と気付いた時でも起きはしないでベッドの中。
 大きな枕に頭を預けて、上掛けをすっぽり被り直して。
(そういえば…)
 ハーレイが出掛けた後、ヒョイと直していた枕。
 急ぎの用事で早く起きて行った日が多かったかな、と思い出す。でも…。
(…普通の日だって、消えてなかった?)
 ぼくはもう少し眠りたいのに、「朝ですよ」って起こす前のハーレイ。啄むようなキスを何度も落として起こしたハーレイ。「もうちょっと…」と駄々をこねた、ぼく。ハーレイが溜息をついてベッドから出ても、「もう少しだけ」と寝ようとしたぼく。
 どうせバスルームは一つしか無いし、ハーレイがシャワーを浴びて身支度を整えるまでは眠ったままでもかまわないから、と眠り直した。
 何処かに行ってしまった枕を探して、頭の下にヒョイと戻して。



(暇があった時にも消えてたなんて…!)
 ぼくの枕を連れ去るだなんて、しかも放って知らんぷりだなんて、酷い恋人だと詰りたくなる。ウッカリ動かしてしまったんなら、元に戻せと怒りたくなる。
(普段は戻してくれたんだろうけど、こういうのって…)
 一事が万事。
 忘れ果ててシャワーに出掛けるなんて心配りが足りなさすぎだ、と頬をプウッと膨らませた。
 犯人は此処には居ないけれども、いつか文句を言ってやろうと。
(今度やったら絶交なんだよ)
 一日ハーレイと口を利かないとか、そういうの。
 前と違って今度は結婚するんだから。うんと大事にして貰わなきゃ、と思うから。
 ぼくの枕を行方不明にしてしまう酷い恋人は論外、おまけに今のぼくは枕をヒョイと戻せない。今みたいに意識が冴えてしまって眠れなくなるし、それでは困る。
(忘れないで枕を入れておいてよ)
 今度は絶対、と考えた所で「あれっ?」と思った。
 忘れずに入れておいて欲しい枕と、枕が連れ去られてしまう前。
 感触が違ったような気がする。前のぼくの頭の下にあった枕の感触。柔らかい枕と、硬いのと。枕を二つ持っていたのだろうか、と遠い記憶を探ろうとして。
(違った…!)
 一晩中、前のぼくの頭を支えていた枕。硬かった枕。
 あの枕は枕なんかじゃなくて。
(…前のハーレイの腕だったんだ…)
 どおりで朝には消えていた筈。
 ハーレイが本物の枕を代わりに置いてくれたんだろう。
 たまに忘れて枕が無い時、ぼくが自分で探していた。瞬間移動でヒョイと探して置いた…。



(…いつもハーレイの腕だったんだよ、夜の間は)
 いつ目が覚めても、ハーレイの腕がぼくの頭を支えていた。ぼくの頭の下にあった。
 一晩中、前のぼくの頭を支えて眠っていたハーレイ。ぼくを抱き締めて眠ったハーレイ。ぼくの頭が腕に乗っかったままで一晩だなんて、ハーレイは重たくなかったんだろうか?
(…えーっと…)
 訊いてみたことがあったっけ、と思い出した。
 ハーレイと結ばれて、同じベッドで眠るようになって。ハーレイの腕が枕代わりになっていると気付いて、何度か訊いた。
 こんなことをして腕が痺れないかと、重くないのかと。
 ヒトの頭が重いことくらい、前のぼくはちゃんと知っていたから。
 五キロくらいはあるんだってこと、充分に承知していたから。



 きっと重いに違いない、と心配しながら尋ねたのに。
「私の宝物ですからね」と笑ったハーレイ。
 宝物は重いほど価値がありますから、と。
 シャングリラは宝物と縁が全く無かったけれども、金や宝石。そういったものはとても重いし、金の塊は見た目よりもずっと重いものだと。
「ずっしりと重いそうですよ。ほんのこのくらいの大きさでも」
 生憎と手に取ったことはありませんが、とハーレイが金塊の大きさを手で示したから。
 前のぼくの頭なんかより遥かに小さなものだったから。
「…重いのかい? ぼくの頭は」
「いいえ」
 ハーレイは笑顔でそう答えた。「いいえ」なら、つまり軽いということ。宝物は重いほど価値があるなら、ぼくの頭は…。
「じゃあ、軽いのなら宝物の価値が…」
 宝物としては失格だろう、と項垂れたぼくに、「まさか」と直ぐに返したハーレイ。
「この世の中には軽い宝物だってありますからね」
「…どんな?」
「それは色々ありますよ」
 今の時代には何がそうかは分かりませんが…。
 遠い昔には、同じ重さの金よりも高い値段で取引された。そんな品物も沢山あったそうです。
「ああ…。香料とかだね、本で読んだよ」
「そういうものなら、軽くても宝物ですよ」
 重い宝物の金よりも軽い。
 それなのに値段は金よりも高い、うんと軽くて価値の高い宝物ですとも。



 重いほど価値がある宝物。ずっしりと重い、金や宝石。
 その一方で、金よりもずっと軽いものでも宝物。金よりも高い宝物。
 どちらも宝物だと言うなら、ぼくの頭はどうなんだろう、と余計に気になるものだから。
「…ねえ、ハーレイ。ぼくの頭は重いのかい?」
 それとも軽い?
 君は一晩中、ぼくの頭を腕に乗っけているけれど。
 重いのかい、それとも軽いのかな?
「さあ…?」
 どちらでしょうね、とハーレイは微笑んだだけで答えてくれなかったけど。
 重かったのかな、前のぼくの頭。
 それともハーレイの逞しい腕なら軽かった?
 五キロという重さは見当がつくし、ぼくには軽いと思えないけれど。
 サイオンでとてつもない重量の物体を運ぶことが出来た前のぼくでも、自分の腕を使うのならば五キロは「軽い」とは言えない重さ。スプーンを持ったりするのとは違う。
 五キロはそういう重さなのだ、と思うけれども。
 でも、いつだって前のぼくの頭の下にはハーレイの腕。
 夜中に目覚めても、朝の微睡みの中でも、ハーレイがベッドに居てくれた間はハーレイの腕…。



(…今のぼくなら前より軽いと思うんだけど…)
 小さい分だけ、頭だってきっと軽いと思う。
 キロ単位で違うかどうかは分からないけれど、絶対に前のぼくよりも軽い。ハーレイが腕を枕に貸してくれたら、「これは軽いな」と気付く筈。
 でも試してはくれないよね、と悲しくなった。
 ぼくの頭が重いか軽いか、ハーレイに言っても試してくれない。
 今のぼくはハーレイと同じベッドで眠れないから。
 腕を枕に借りるどころか、キスさえ許して貰えないんだから。
(軽い宝物も試して欲しいのに…)
 腕に乗っけて楽なのかどうか、軽い頭も試して欲しいと思うのに。
 せっかく今なら軽い頭を持っているのに、試してくれさえしないだなんて。
 腕を枕に貸すぼくの頭は、前とおんなじ重さでなければいけないだなんて…。



 残念だよ、と思ったけれど。
 今のぼくの軽くて小さな頭も腕に乗っけてみて欲しいよ、と思うけれども。
(でも、どうだろう…?)
 ぼくの小さな頭を乗せるには、ハーレイの腕の枕は太くて大きすぎかもしれない。
 あの腕を借りて枕にするのに丁度いいサイズが、前のぼくの頭だったかもしれない。
 ハーレイの腕にピッタリの頭。あの腕の枕にピッタリの頭。
(…うーん…)
 何かと言えばハーレイに言われる、「大きくなれよ」って、お決まりの台詞。
 「しっかり食べて大きくなれよ」とか、「ゆっくりでいいから大きくなれ」とか。
 大きくなれ、っていう言葉の中には頭のサイズも入っているのかな?
 今は小さい、ぼくの頭。前のぼくより軽い筈の頭。
 この頭も小さすぎてダメかもしれない。
 前のぼくの頭がいいのかもしれない。
 重たくっても、ハーレイが腕に乗っけておくには丁度いいとか…。



 どうなんだろう、と知りたくてたまらない頭の重さ。
 ハーレイが「私の宝物ですからね」と笑っていたぼくの頭の重さ。
 重たかったのか、軽かったのか。
 どう思っていて、ハーレイの腕には丁度良かったのか、そうではないのか。
 とても知りたくてたまらないのに。
 重かったならば「今のぼくの頭は軽いよ?」って言ってみたいし、軽かったのなら大きくなった後も安心して枕に出来るんだけど…。
 前のぼくが毎晩借りてたみたいに、頼もしくて硬い腕の枕を。
(…ハーレイ、絶対、教えてくれないんだよ)
 訊いてみたって、教えてくれない。「知らんな」って言われるか、無視されるか。
 前のぼくだって宝物の話で誤魔化されて終わっていたんだから。
 重いか軽いか、教えてくれなかったんだから。
 今のぼくに教えてくれっこない。
 腕の枕を貸す必要も無い、小さなぼくには教えてくれない…。



(ハーレイの腕の枕…)
 一晩中、前のぼくの頭を支えていてくれた腕。太くて逞しい褐色の腕。
 絶対に逃げていかない枕。
 前のぼくの寝相がどうだったとしても、逃げて行きはしなかった頼もしい枕。
 いつだって、前のぼくの頭の下にきちんと在った。
 ハーレイが起きて行ったら無くなったけれど、代わりに普通の枕が貰えた。ハーレイがウッカリ忘れない限り、急いでいて忘れてしまわない限り、腕の代わりに普通の枕を置いて貰えた…。



(…ぼくの枕は?)
 普通の枕を思い浮かべるまで忘れちゃってた、今のぼくの枕。行方不明になっちゃった枕。
 すっかり忘れてしまっていたけど、身体の周りを探って、見付けて。
(…蹴飛ばしちゃってた?)
 ベッドから落っこちかけていたのを腕を伸ばして引っ張り戻した。
 これで良し、と頭の下に入れた所で、違和感。
 お気に入りの枕だというのに、違和感。
(…ハーレイの腕と全然違うよ…)
 あの腕がいい。ハーレイの腕の枕が断然、いい。
 少しでも近づけようと思って、枕を二つに折ってみたって、違う。
 丸めてみたって、全然違う。
 枕は、枕。
 今日まで何とも思わなかったし、柔らかすぎるなんて思いもしない。頭がふわりと沈む感じも、頭を支える力加減も、ぼくにピッタリだったのに。
 とても眠りやすいと思っていたのに、頼りなさすぎる大きな枕。
 大きいばかりで、役に立たない。
 ぼくの頭を受け止めるには役に立たない、見掛け倒しの大きな枕…。



(…あのハーレイの腕がいいのに)
 あの腕がとても良かったのに、と溜息をついた。
 前のぼくがとても好きだった枕。安心して眠っていられた枕。
 ハーレイが側に居てくれるのだと、ぼくのために腕を枕に貸してくれていると…。
 寝心地としては、実際、どうだったのかは分からないけれど。
 前のぼくがぐっすり眠れるようにと計算し尽くされていた青の間のベッド専用の枕と、どっちが前のぼくの頭に合っていたかは分からないけれど。
 好きだった枕はハーレイの腕。前のハーレイが貸してくれた腕。
 ハーレイもきっと分かってくれていたんだろう。
 ぼくが好きな枕は自分の腕だと、ベッドとセットの専用の枕よりも好きなのだと。
 だから重たくても、ぼくの頭を乗せるために腕。
 前のぼくの頭が重たくっても、腕に乗っけて眠ってくれた。
 重たいだなんて一度も言わずに、一晩中、枕に貸してくれていた…。



(でも…)
 ハーレイの逞しい腕には、前のぼくの頭は軽かったかもしれない。
 ぼくが「重いだろうな」と勝手に思ってただけで、ハーレイには重くなかったかもしれない。
(…どうだったんだろう?)
 分からないや、と誤魔化されてしまった答えを思う。
 重くても軽くても宝物だと、どちらも宝物に違いないのだと。
 軽かったのか、逆に重かったのか。
 前のハーレイが教えてくれなかった、前のぼくの頭の本当の重さ。
 ハーレイがどんな風に感じていたのか、聞けないままで終わった重さ…。



(…今のハーレイだと、どうなるんだろう?)
 今のハーレイも、前のハーレイと見た目は全く同じ。
 がっしりとした大きな身体も、逞しい腕も前のハーレイと全く同じ。
 だけど前よりも、もっともっと鍛え上げた腕。
 見た目には前と変わらないけれど、鍛え方がまるで違う腕。
 前のハーレイは体調管理に気を付けていたし、体力や筋力が衰えないように運動することも日課ではあった。シャングリラがうんと狭かった頃も、出来る範囲で運動していた。
 それでも運動はキャプテンの仕事じゃないから、あくまで健康維持のため。身体を鍛えるのとは全然違うし、人と競えるレベルじゃなかった。ミュウにしては頑丈だったというだけ。
 けれども、今のハーレイは違う。運動が好きで、柔道も水泳も、大会に出たり記録を出したり。今だって指導が出来る腕前、ジョギングだって凄い距離を走っていくことが出来る。
 選手をやってる人にも負けない、鍛え上げられたハーレイの身体。
 力強く水を掻いて泳げて、柔道だと相手を軽々と投げてしまえる腕。筋肉の強さが前とは違う。そんな腕をぼくに枕代わりに貸してみたなら、どうなるだろう?
(…前より軽いって思うかもね?)
 それとも同じ?
 ぼくはぼくだから、感じる重さも前とおんなじ?
 ハーレイは今度も「宝物だ」と言って思ってくれるんだろうし、宝物なら前とおんなじ?
 どうなんだろう、と凄く気になる。
 だけど前のぼくでも教えて貰えずに終わった答え。
 今度だって絶対教えてくれやしないし、今の小さなぼくだと訊くだけ無駄なことだし…。



 とても知りたい、ハーレイの答え。
 ぼくの頭が重いか軽いか、知りたくてたまらないハーレイの腕が感じる重さ。
(…今度の目標にしようかな?)
 せっかく二人で生まれ変わって来たんだもの、と考える。
 ハーレイの腕には重いか、軽いか。
 訊き出してみるのもいいかもしれない。
 普段は絶対無理だろうけど、ハーレイが寝ぼけている時だったら訊けるかもしれない。
(今のハーレイはキャプテンじゃないものね?)
 キャプテンだった頃のハーレイは時間厳守で、いつだって目覚まし時計をセットしていた。青の間に泊まる時だって同じ。
 ベッドに入る前には、前のぼくも好きだったアナログ式の置時計のアラームを必ず確認してた。次の日の朝、それが鳴ったら、起きて身支度。
 ぼくが枕にしていた腕もベッドから出て行っちゃうから、代わりに枕を置いてってくれた。
 たまに忘れるとか、急いでいてウッカリしてたとか。そういう時には枕が無かった。
 時間通りに律儀に動いたキャプテンだけれど、今度は違う。今のハーレイはただの先生。
 何の用事も無い休みの日にまで目覚まし時計をセットしたりはしないだろう。
 朝寝坊だってするかもしれない、寝坊したって何の問題も無いんだから。



 ぼくとベッドで恋人同士の幸せな夜を一緒に過ごして、それから眠って。
 もちろん、ぼくはハーレイの腕を枕に貸して貰って、目覚ましもかけずに二人で眠って。
 次の日の朝、運良くぼくが先に起きたら、まだ眠っているハーレイに小声で訊いてみるんだ。
 しっかりと腕を枕にしたまま、「重い?」って。
 「ぼくの頭、ハーレイの腕に乗っかってるけど、これって重い?」って。
 重いと答えが返って来たなら、きっと嬉しい。
 重たくても支えてくれていたんだ、って、ずうっと支えてくれてたんだ、って。
 腕が重くても、乗っかってるのが宝物だから。
 ぼくの頭はハーレイの宝物なんだ、って胸がじんわり熱くなると思う。
 もしかしたら、ぼくは泣くかもしれない。涙が一粒、ポロリと零れて落ちるかもしれない。
 幸せすぎて、とても嬉しくて。
 ハーレイの宝物だと言って貰えたと、嬉しすぎて涙が出るかもしれない。
 逆に「軽い」と返って来たって、ぼくはやっぱり嬉しくなる。
 軽いものは扱いが大変だから。
 ぼくの枕が行方不明になったみたいに、軽かったら何処かへ失くしてしまう。
 その「軽いもの」を一晩中、しっかりと腕に乗せてくれているなら、失くさないよう気を付けてくれているってことだから。
 とても大事に、何処かへ失くしてしまわないように、そうっと、そうっと。
 そんな風に扱ってくれているんだと分かったらきっと、ぼくは嬉しくて、幸せで泣く。
 幸せな涙がポロリと零れて、ハーレイの腕の枕に落ちる…。



(…どっちなのかな?)
 ハーレイが自分の腕に感じる、ぼくの頭の本当の重さ。
 重いのかな?
 それとも、軽いのかな?
 今度こそ答えを訊き出さなくちゃ。
 キャプテンじゃなくなったハーレイが寝ぼけてポロッとホントのことを言うまで、何回も訊いて頑張って。
 そのために早起きになるかもしれない、今度のぼく。
 ハーレイよりも早く起きようと、空が白くなったらパチリと目を覚ます癖がつくかも…。
(頑張らなくちゃね、前のぼくが聞けなかった答えを聞くためだもんね?)
 だけどハーレイも負けずに早起きするかもしれない。
 ぼくに喋ってたまるものか、って頑張って起きて、早起き競争になるかもしれない。
(でも、負けないしね?)
 時間はたっぷりあるんだから。
 前のぼくたちと違って目覚ましの要らない朝が沢山、のんびりと過ごせる朝が沢山。
 そんな幸せな世界に生まれて、頑張れないなんて有り得ない。
 ぼくは絶対、ハーレイに勝つ。
 勝って答えを訊き出さなくっちゃ、ぼくの頭は重いか、軽いか。



(よし、頑張る!)
 今度の目標はこれだ、と決めた。
 まずはハーレイと二人で眠れる背丈に育って、結婚しなくちゃいけないんだけど…。
 早く訊きたい、ハーレイの答え。
(ぼくの頭、重いか、軽いのか、どっち?)
 そして早くハーレイの腕の枕が欲しいよ、こんな枕じゃ頼りないから。
 お気に入りの枕が、ちょっぴり寂しい。
 ぼくの本当のお気に入りの枕は、何ブロックも離れた場所にあるから。
 ハーレイの身体にくっついたそれは、ハーレイの家のベッドでぐっすり眠っている筈だから…。




         お気に入りの枕・了

※前のブルーのお気に入りだった、ハーレイの腕という枕。いつも頭の下にあったもの。
 ハーレイが「重い頭だ」と思っていたのか、軽かったのか。気になりますよね。
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