シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
今年の学園祭も盛況だったサイオニック・ドリームが売りの喫茶『ぶるぅの空飛ぶ絨毯』。初めて開催された年から同じ店名を使い続けて毎年人気を博しています。普段は入れない「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋と世界のあちこちへ旅するサイオニック・ドリーム、行列の出来る定番で。
「かみお~ん♪ 今年も凄かったね!」
お客様が一杯だったよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。学園祭が終わった翌日の放課後、すっかり元通りになった「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋では会長さんが会計ノートをチェックしながら。
「うん、値上げの影響も全く無し! 来年はもっと上げてもいいかもね」
「あんた…。良心価格ってヤツはどうした!」
学園祭の出し物なんだぞ、とキース君が顔を顰めましたが、会長さんは。
「別にいいじゃないか、学校にはちゃんと届け出してるし…。この値段でもかまいません、と許可が下りたということはさ、それが適正価格なんだよ。良心どうこうは関係ない」
「しかしだな…!」
「そもそも最初に始めた年から観光地価格でぼったくりじゃないか。それでもクチコミで大評判! 今はサービスも向上してるし、より高くなるのは仕方ないよね」
オプショナルツアーもあるんだからさ、と涼しい顔の会長さん。いつの間にやらサイオニック・ドリームでの旅にはオプショナルツアーが出来ていました。割増料金でバージョンアップが出来るのです。普通なら景色を見物するだけですけど、遊覧飛行になっちゃったり。
「オプショナルツアーはサイオニック・ドリームを操る方にも技量が要る。特殊技能が必須の作業は工賃が高くなるのが相場だろ?」
「…あんたにとっては朝飯前の作業だったと思ったが?」
「まあね、ダテにソルジャーはやっていないさ。でも君たちには出来ない技だし…。ゼルたちだって分かってるから値段に文句は言えないんだよ」
お蔭で今年も儲かった、と会長さんは上機嫌です。お金に不自由はしていないくせに儲けたがるのが会長さん。教頭先生から毟り取る日々も続いていますし、言うだけ無駄というものでしょう。と、お部屋の中に携帯端末の着信音が。
「おっと…。誰かな?」
会長さんが端末を取り出し、着信メールを確認するなりサクッと削除。
「…ゴミだった」
「「「は?」」」
ビックリ仰天の私たち。会長さんの端末はソルジャー仕様になっています。セキュリティなどは完璧ですし、迷惑メールが来たなんてことは一度も無かった筈ですが…?
「たまには紛れて来ることもあるよ。君たちがいる時に来ないだけでさ」
なんだ、そういうものですか! ソルジャー仕様というだけで凄いモノだと思ってましたし、そんな会長さんのメールアドレスを知っている私たちも特別なんだと偉くなった気分だったのに…。
「えっ、君たちは特別だよ? 仲間全員にアドレスを教えちゃいないってば」
そんなことをしたら大変だ、と会長さん。お正月の「あけおめメール」で大惨事になる、と言われてみればそのとおり。恐らく全員が送るでしょうし…。
「というわけでね、ぼくのアドレスは一部の人しか知らないさ。いざとなったら思念波ってヤツがあるだろう? 発信源も一発で分かって安全、確実、しかも迅速!」
「あー、そっか!」
やっぱりアレが一番なんだね、とジョミー君。思念波は本当に便利です。私たちも電話やメールの代わりに使える程度には上達しました。でも、そこからの成長は全く見られないまま、今に至っているわけで。
「ブルーみたいな瞬間移動とか、いつ出来るようになるのかなぁ…。ぼくも一応、タイプ・ブルーなのに…」
「お前の場合は努力不足だ!」
キリキリ頑張って修行しろ、とジョミー君の肩をガシッと掴むキース君。
「ついでに仏道修行もどうだ? 来年度の専修コースなんだが、願書の締め切りはまだなんだよな。寮に入って仏の道を…」
「嫌だってば!」
絶対嫌だ、とジョミー君がギャーギャー喚く姿も今やすっかりお馴染みです。いつ諦めて専修コースに入学するかをシロエ君たちと密かに賭けているとは、口が裂けても言えませんねえ…。
学園祭が済むと季節は冬へと一直線。今年は寒くなるのが早くて、学園祭のフィナーレを飾った後夜祭から急激に冷え込んでしまいました。それから後は日々、寒くなる一方で。
「今日からホットココアもあるよ! 寒くなったし!」
温かいお菓子の季節だよね、と今日の放課後は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ってくれた焼き立てのチーズスフレでティータイムです。遅れてやって来た柔道部三人組は熱々のラーメンをガッツリ掻き込んでからデザート感覚でスフレの時間。お菓子は別腹、いくらでも入るらしくって。
「これが出てくると冬だなあって思いますよね」
ラーメンもですけど、とシロエ君。暑い季節は柔道部三人組のために出される軽食は粉モノ中心になっていました。お好み焼きとかタコ焼きだとか、夏の屋台でも定番になるメニューです。
「確かに冬だな、週末は寒波が来るらしいぞ。俺が道場に出掛けた年も寒かったが…」
今年も寒い冬になりそうだ、とキース君が熱いコーヒーを啜った所で携帯端末の着信音が。会長さんが端末を取り出し、不愉快そうに操作して元のポケットに戻しています。
「またゴミか? あれから毎日来ているぞ」
キース君が尋ねれば、サム君が。
「それ、着信拒否とか出来ねえのかよ? もしかして無理とか?」
「うーん…。残念ながらソルジャー仕様なものだから…。迷惑だから、って拒否にしちゃうと万一の時に困るしねえ…」
「でもよ、まるで関係ねえヤツなんだろ?」
拒否しちまえよ、とサム君が言い募る横から、シロエ君が「でも…」と人差し指を顎に当てて。
「その機能自体が無いって仕様じゃないですか? ほら、会長は一応、ソルジャーですから…。仲間からのSOSなら無条件で駆け付けないとダメだとかっていうのがありそうですよ? こいつキライ、って理由で見捨てたりとかが出来ないように着信拒否は不可能だとか」
「…流石、シロエは鋭いね。キースをライバル視するだけあってさ。お察しの通りの事情だよ、うん。ゴミといえども着信拒否は出来ない仕様さ」
不愉快だけど毎回削除、と会長さん。そんな面倒な仕様でしたか、ソルジャー専用の端末は! 一度迷惑メール業者に引っ掛かったら当分は届くみたいです。…あれ? でも、その辺のセキュリティー対策は万全なんじゃあ…? キース君も其処に気付いたらしく。
「おい。ソルジャー専用ってヤツのセキュリティー仕様はザルなのか? その辺の業者が送り付けるメールを弾くサービスは俺たちのヤツにも有るわけなんだが…。あんた、まさか仲間からのメールをゴミだとか言っていないだろうな?」
「仕方ないだろう、ゴミなんだから!」
ゴミと言ったらゴミなんだ、と会長さんは主張しましたが、その翌日の放課後に再び着信音が鳴り、メールチェックをしようとした会長さんの手からキース君が素早く端末を。
「あっ!」
「うるさい、チェックするだけだ。…おい、何処がゴミだ!」
キース君が私たちにも見えるように掲げた端末の画面には未開封メールが1件というマークと差出人の名前が表示されていました。キャプテン・ハーレイ……。えっ、キャプテン・ハーレイって教頭先生どころかシャングリラ号のキャプテンの方じゃないですか!
「か、会長…。それって、思い切り緊急連絡なんじゃあ……」
シロエ君が口をパクパクとさせ、キース君が。
「いや、毎日削除していやがっただけに、緊急性は無いんだろうが……重要性はあると見た。あんた、会議でもサボるつもりか? それともシャングリラ号への乗船拒否か?」
「それなら別口で連絡が来るさ、ゼルとかからね。メールだなんて面倒な手段は通り越してさ、家に直接押し掛けてくるとか、この部屋にズカズカ踏み込むとかで」
だから削除してかまわないのだ、と会長さんは端末を取り返そうとしたのですけど。
「あんたの言う事は信用出来ん! ソルジャーが速やかに任務を遂行しないなら、気付いた仲間が報告するのが筋だよな? とりあえず用件をチェックさせてもらう」
操作手順は俺たちのと変わらない筈だ、とキース君は会長さんの端末を手早く操作しましたが。
「…な、なんだと……?」
「だから言ったろ、ゴミなんだって!」
「なになに、教頭先生、何って?」
ゴミって何さ、とジョミー君がキース君の手元を覗き込むなり、目を丸くして。
「えーっと…。これって何…?」
「そのまんまだよ、読んであげようか?」
貸して、とキース君から端末を奪い返した会長さんはスウッと息を吸い込むと。
「良かったら私の車で帰らないか? 家まで送ろう。最後にハートの絵文字つきだ」
「「「えぇっ!!?」」」
「来ちゃったらしいね、ハーレイのモテ期。いや、発情期と言うべきか…」
一方的にモテ期と思い込む時期が、と溜息をつく会長さん。教頭先生のモテ期って……なに? 発情期は文字通りでしょうけど、メールとどういう関係が…?
教頭先生のモテ期という言葉は初耳でした。モテ期とくれば「モテる時期」ですが、一方的に思い込んでのモテ期というのが分かりません。首を傾げる私たちに向かって、会長さんは。
「ハーレイは本来、どうしようもないヘタレだというのは知ってるよね? そのせいもあって未だに童貞なんだけど…。たまにスイッチが入るんだ。頑張ればいける、自分がモテない筈が無い…って思い込んじゃって熱烈にアタックしてくるわけ」
「…そうだったのか?」
普段とお変わりなく見えるのだが、とキース君が怪訝そうに言えば、会長さんは大袈裟に肩を竦めてみせて。
「普段のハーレイだったらともかく、モテ期の時には強気なんだよ。自分に絶大な自信があるから、
毎日メールを抹殺されても気にしない! 自信に溢れているわけだからね、心の方も至って平穏、周りの人間が不審に思うような態度は取らないさ」
そしてアタックを繰り返すのだ、と会長さん。
「覚えてないかな、君たちが普通の一年生だった時の夏休み! マツカの山の別荘に行った時にさ、持ち込んで見せたと思うけど? ハーレイにプレゼントされたベビードールを」
「「「あーーーっ!!!」」」
思い出した、と誰もが悲鳴。ジョミー君が「これを着たあなたを見てみたい」と書かれたカード付きで渡されて騙され、スケスケの青いベビードールを着てましたっけ。あまりにも昔のことで綺麗サッパリ忘れてましたが、教頭先生が会長さんに贈ったものだと聞かされたような…。
「やっと分かったみたいだね。いつものハーレイには絶対出来ないプレゼントだ。あれがモテ期の副産物! そして現在、ハーレイはモテ期の真っ最中。スイッチが入った理由は多分、寒ささ」
いきなり寒くなっちゃったから、と会長さんは早過ぎる冬の到来を恨んでいます。
「ぼくと一緒に住む日を夢見て家族持ち用の大きな家に住んでるからねえ…。寒さがひときわ身に沁みるんだよ、でもって一緒に住みたくなる、と。それが無理でもせめて一緒に帰りたい、と思う気持ちが例のメールだ。一人寂しく車で帰るのは侘しいらしい」
冬は日暮れも早いから、とモテ期到来に頭を痛める会長さんの家にはプレゼントも届いているのだそうです。朝一番で立派なフラワーアレンジメント、夕食の頃には真紅の薔薇の花束。もちろん会長さんに着て見せて欲しいガウンや夜着もドッカンと。
「…そのチョイスがまた信じられないセンスでさ…。こんなエロイのが何処にあったんだ、と目が点になるような下着とセットで届いたりするし、もう毎日が地獄の日々」
端から処分してるんだけど、と会長さんは疲れた顔で。
「一度モテ期に入ってしまうと、迂闊に手出しが出来ないんだよ。自分に都合のいい方向にしか解釈しないし、下手に怒れば火に油なわけ。照れてるんだと思われちゃってさ、更にアタックが熱烈に」
「「「………」」」
それはどうにもならないだろう、と言われなくても分かりました。モテ期とやらが過ぎ去るまでは毎日のように迷惑メールが来るのでしょう。差出人がキャプテンなだけに着信拒否は出来なくて…。
「そこなんだよねえ、困るのは…。ぼくの端末でも着信拒否の設定は一応、出来る。だけどハーレイの個人名なら拒否は出来てもキャプテンの方は無理なんだ。…シロエが言ってたような理由で」
「うっわー…。教頭先生、それを知っててキャプテンの方で出してくるわけ?」
ジョミー君がポカンと口を開け、マツカ君が。
「公私混同じゃないですか、それ…」
「そうなんだけどね、どうにもこうにも。…ゼルとかに通報するって手段もあるけど、それをやっちゃうと今後のオモチャが…」
「「「オモチャ?」」」
「うん。ハーレイは基本、ぼくの楽しいオモチャなんだと言ってるだろう? モテ期だからって通報しちゃうと厳しい処置が取られそうでさ。…ハーレイがぼくの半径数メートルとかに接近したら、ゼルの所でアラートが鳴るとか」
そんな仕様にされてしまったら遊べない、と会長さん。えーっと、教頭先生をオモチャにしたいから、今は耐えるというわけですか?
「まあね。…今回のモテ期がどのくらい続くか分からないけど、変に動いてストーカー禁止みたいな形にされたら困るだろう? オモチャにしたくても出来なくなるし、お金も毟り取れないし…。とにかく今は耐えるのみ!」
その内にモテ期も終わる筈、と会長さんがグッと拳を握った時です。
「…なるほど、モテ期だったんだ?」
「「「!!?」」」
あらぬ方から声が聞こえて、一斉に振り返る私たち。フワリと紫のマントが翻り、そこにソルジャーが立っていました。教頭先生のモテ期だけでも大概なのに、ソルジャーまで来ちゃったんですか! 今日は厄日と言うかもです。三隣亡で仏滅、おまけに十三日の金曜日とか…?
「言われてみれば金曜日だねえ、十三日じゃないけどさ。…ぼくが来ただけで厄日だって?」
そう思った人が大多数、と私たち全員を見回しながらソルジャーは空いていた場所にストンと腰を下ろしました。
「ぶるぅ、ぼくの分のおやつもある? スフレは時間がかかりそうだけど」
「えとえと…。20分くらい? 待ってる間に食べるんだったら栗のパウンドケーキがあるよ!」
お代わりに出そうと思ってたんだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が大皿を持ってきて手早く切り分け、ソルジャーは見事に居場所を確保。御注文のチーズスフレもオーブンに入ったみたいです。
「ありがとう、ぶるぅのお菓子は最高だしね。で、ハーレイのモテ期だけどさ…。最近、随分と大胆だなぁって感心してたら、一種の発作?」
「一言で言えば発作かな。迷惑この上ないけどね」
見ていたんなら分かるだろう、と会長さんはブツブツと。
「もっと症状が悪化してくると待ち伏せ攻撃が始まるんだよ。出待ち入り待ちってヤツじゃないけど、限りなくアレに近いかな。花束を持って家の玄関の前に立つわけ。…なにしろ相手がハーレイなだけに、管理人さんも入口のドアを開けちゃうからね」
「「「………」」」
それはストーカーに近いのでは、と私たちは目を白黒。ただし待ち伏せの段階まで来るとモテ期の終わりも近いのだそうで。
「花束攻撃を無視し続けると、最後は強引に押してくるんだ。私の気持ちを受け取ってくれ、って百本くらいの真紅の薔薇を抱えてさ。押し付けられたヤツをバシッと床に叩き落として、足でグシャグシャに踏み付けてやると涙目になる。そしてガックリ肩を落として正気に戻るという寸法」
あんまりやりたくないんだけれど、と会長さん。花を踏みにじる時に良心が咎めるらしいのです。
「花だって命があるだろう? 切ってしまったのは人間だしねえ、飾ってあげずに踏むというのは…。それに散華ってヤツもある。花を踏み潰すと散華を足蹴にしてるみたいで気分が良くない。…だけどハーレイを正気に返すためだし、後でひたすら南無阿弥陀仏さ」
懺悔の気持ちで五体投地、と語る会長さんは花束を踏み潰した後で南無阿弥陀仏と口にしながら罰礼百回。罰礼とは南無阿弥陀仏に合わせて五体投地を行うことで自分の罪を償うものだと聞いています。そっか、罰礼百回ですか…。会長さんにも良心ってヤツがあったのか、と驚きましたが。
「ふうん? ストーカーを撃退したのに自分に罰って、なんだか割に合わないねえ…」
何か間違っているような気がする、と呟くソルジャー。
「モテ期とやらを終わらせるために必要なのかもしれないけどさ、もうちょっと、こう…。ストーカーの撃退法って他にも何か無いのかい?」
「知らないよ! 経験則として知っているのが花束グシャリで、その他にはさ」
毎回それで終了するから、と会長さんは憮然とした表情。しかしソルジャーは納得がいかない様子で、パウンドケーキをモグモグと。やがてお待ちかねのチーズスフレも出来上がり…。
「かみお~ん♪ お待たせ! スフレ、出来たよ~!」
しぼまない内に食べちゃってね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。スフレはふんわり膨らんだ熱々を食べてなんぼのお菓子です。ソルジャーはスプーンを握って美味しそうにパクパクと。ストーカーの件もスフレの前には吹っ飛んだのかな、と思ったのに。
「御馳走様~! 栄養補給って大切だよねえ、スフレで一気に頭が冴えた」
「「「???」」」
「ストーカーが攻めてくるなら、目には目を! 逆ストーカーをするっていうのはどうだろう?」
「「「逆ストーカー?」」」
なんじゃそりゃ、と訊き返した私たちに、ソルジャーは赤い瞳を煌めかせて。
「そのまんまだってば、逆ストーカー! ハーレイの方から逃げ出すように仕向けるんだよ、そうなる時点まで付き纏うわけ。車で帰ろうと誘われる前から乗り込んじゃってさ、強引に家まで」
「それは喜ばれるだけだろう!」
会長さんの怒声に、ソルジャーは。
「さあ、どうだか…。乗り込んでるのはストーカーだよ? ハーレイの一挙手一投足を舐めるように観察しまくり、付き纏い! お風呂に入ろうがトイレに行こうが、ただひたすらに追い続けてればどうなるだろうね?」
「……喜ぶだけだと思うけど……」
「うん、ストーカーが君一人ならね。…大量にいたらどうなるのかな?」
「「「は?」」」
思わず反応した私たち全員にソルジャーはパチンとウインクをして。
「逆ストーカーはブルーも含めて君たち全員! ブルーの大好きな『見えないギャラリー』ってヤツが表に出るんだ、堂々と!」
「そ、それは……。それはハーレイも流石に引くかも……」
考えるだに恐ろしい、と会長さんが視線を宙に泳がせ、ソルジャーが。
「いいアイデアだと思うけど? でもってアイデアの提供者として、ぼくも仲間に加わりたいな」
ちょうど週末で暇になるしね、とソルジャーはやる気満々でした。教頭先生に逆ストーカー、しかも面子はこのメンバー。モテ期とやらも凄いですけど、逆襲だなんて怖すぎとしか…。
会長さんに熱を上げる余りに、一人モテ期な教頭先生。今日もお誘いメールの返事が来ないというのに、ガッカリどころか「次があるさ」と余裕たっぷり。勤務を終えると教頭室の鍵を事務局に返して駐車場へとおいでになったわけですが。
「やあ、ハーレイ。今日も寒いね」
待ってる間に凍えちゃった、と愛車の隣に会長さんが立っていたから大変です。
「ブ、ブルー!? それならそうと言ってくれれば…!」
残業をせずに帰ったんだ、と大慌てで車のロックを開ける教頭先生。すかさず会長さんが助手席に乗り込むと同時に、後部座席のドアがバンッ! と左右に開かれて。
「かみお~ん♪ ぼく、いっちばぁ~ん!」
「ぶるぅはブルーの膝でいいだろ、助手席でさ」
乗り込みながらソルジャーが声を掛け、キース君が。
「待て、それは道交法ではどうなるんだ? あんたと俺と、ぶるぅが後ろで」
「細かい事は言いっこなし! ぶるぅが前ならもう一人いける。ジョミーでどうかな?」
「オッケー! 教頭先生、お邪魔しまぁーす!」
ドヤドヤドヤと後部座席に三人が座り、ドアがバタンと閉まってロック。助手席では会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」を膝に抱えてシートベルトを装着中で。
「な、何なんだ、これは?」
教頭先生は軽くパニック状態でしたが、会長さんとソルジャーに「早く車を出せ」とせっつかれて仕方なく運転席へ。ドアが閉まると会長さんからの思念波が。
『みんなはタクシーでハーレイの車を追うんだよ? 校門前に誘導してあるからさ』
『『『はーい!!!』』』
暗くなった駐車場からは見えにくい位置で見守っていた私たちは校門へ走り、客待ち中の二台のタクシーに素早く分乗。ちょうどノロノロと門を出てきた教頭先生の車を指差し、追跡開始というヤツです。えっ、門衛の人たちですか? ソルジャーには気付いていませんとも!
「教頭先生、思い切りビビったみてえだぜ?」
サム君が可笑しそうに笑い、スウェナちゃんも。
「そりゃそうなると思うわよ? あれだけワラワラ沸いて出るとは思わないでしょ」
「だよな、これで終わると思いてえよなぁ、ストーカー!」
早いとこブルーを開放しなきゃ、と気勢を上げるサム君の言葉に運転手さんが。
「お客さん、前の車、警察に通報しましょうか? お友達が強引に連れ去られたとか?」
「え? えっと…。そこまでしなくていいんだけどさ…」
言い澱むサム君の代わりにスウェナちゃんが「大丈夫です」とキッパリと。
「ボディーガードも乗ってます! いざとなったら通報出来ます」
「ははぁ…。おとり捜査みたいなモンですか。こういうお客さんは初めてですねえ、頑張って追わせて頂きますよ」
信号無視も任せて下さい、とノリノリになった運転手さん。後ろのタクシーのシロエ君とマツカ君も似たような状態にいると思念波が届き、教頭先生の愛車は二台のタクシーに追跡されつつ自宅へと。
ワクワクしながら街を走って住宅街に入り、目的地に無事に到着して。
「お客さん、頑張って下さいよ~!」
困った時には警察ですよ、と念を押してからタクシーは走り去りました。その間にガレージの中では教頭先生がオタオタと。
「わ、私はだな、ブルー、お前を家まで送るつもりで…!」
「だから送って貰ったじゃないか、君の家まで。で、入ってもいいのかな? かまわないよねえ、来ちゃったんだしさ」
お邪魔するよ、と会長さんが門の方に回って来て鍵を開け、タクシー組も敷地内に乱入です。教頭先生が玄関の扉を開くと逆ストーカーを目指す面子がゾロゾロと中へ。おおっ、これがモテ期の教頭先生のお宅ですか! リビングに山と積まれたプレゼントの箱。これ全部、会長さん宛ですよね?
「す、すまん、あちこち散らかっていて…。今、コーヒーでも入れるから」
その辺に座って待っていてくれ、とキッチンに向かおうとした教頭先生でしたが。
「…なんだ、ブルー?」
「ちょっとね、君を追い掛けてみたくなっちゃって…。いつも花とかプレゼントとかを貰ってるから、ほんのお返し」
ニッコリ微笑む会長さんの隣では会長さんそっくりのソルジャーが。
「君の全てを知りたいらしいよ、ブルーはね。…どんな風に生活しているのかとか、こう、色々と」
「そ、そうなのですか?」
教頭先生、自分にいいように受け取ったらしく、頬っぺたを染めておられます。確かに聞き様によってはプロポーズっぽく思えないこともないですけれども、その実態は…。
「どうぞ、ハーレイ。ぼくに遠慮は無用だから」
「し、しかし…! わ、私はだな…」
トイレに行きたいわけなのだが、と教頭先生は大きな身体を縮めるようにしてモジモジと。人数分のコーヒーを入れに立ったつもりが、会長さんを先頭にしてソルジャーを含む全員がついてきたのです。トイレの前の廊下は鮨詰め状態、押すな押すなの大賑わいで。
「遠慮は要らないって言ってるだろう? ほら、気にせずに入りたまえ。…ドアはきちんと押さえておくから」
「そ、そうか? では…」
失礼して、と教頭先生はトイレに入りかけて。
「…お、おい、もしかしてドアを押さえておくというのは…」
「ん? こうして開けて押さえるんだよ、遠慮なくどうぞ、大でも小でも」
ぼくは全く気にしない、と会長さんは綺麗な笑み。私たちがひしめき合う廊下からはトイレが丸見え、こちら向けに据えられた便座も見えます。つまり教頭先生がトイレを使えば全てが見えるというわけで。
「ま、待ってくれ! わ、私は本当にトイレに用が…!」
「いいじゃないか。追い掛けたいと言った筈だよ、君をトイレの中までも…ね。でもスリッパは一人前しか無いみたいだし、ここで見てるさ」
会長さんがクスクスと笑えば、ソルジャーが。
「ブルーをお嫁に貰うんだろう? なのにトイレに入る姿も見せられないっていうのはねえ…。夫婦たるもの、下の世話まで頼んでなんぼだと思わないかい?」
ぼくは頼んだことも頼まれたことも無いけれど、と仁王立ちして言い放つソルジャー。
「将来のための予行演習だと思いたまえ。嫁の前でも出来ないようでは詰まってしまって死ぬかもよ? それともアレかな、別の目的でトイレかな? ズボンの前が窮屈だとか?」
だったら尚のことブルーの前で、とソルジャーはまさに立て板に水。
「それって燃えるシチュエーションだよ、パートナーの前で一人エッチというのはね。…若干余計なオマケがいるけど、そっちの方は気にしない! 女子にはモザイクのサービスもするし」
「……そ、そんな……」
本当にトイレに行きたいのですが、と教頭先生の声には泣きが入っているようでした。どうやら本気で切羽詰まっておられるみたいなんですけれど…。
「ほらほら、ハーレイ、遠慮しないで」
ぼくはどっちでもかまわないから、と会長さんがダメ押しを。
「ブルーが言ってる方だとしてもね、ぼくは全然気にしないから! 普段だったらキレるけれども、今は君からプレゼントとか花とかを貰って気分がいいし…。たまにはサービスで視線だけでも付き合うよ。いつも孤独にやってるもんねえ」
「ハーレイ、ブルーもこう言ってるよ? 君の大事な御令息をさ、披露しなくちゃ損だってば! ぼくも興味が出て来ちゃったなぁ、ぼくのハーレイとどっちが立派か」
「……あ、あのう……」
もう本当にそれどころでは、とズボンの前を両手で押さえる教頭先生。我慢の限界が近いのでしょう。しかし…。
「気にしなくっていいってば! 君が一人でやってる所を覗き見したことは何度もあるし、君だって承知してるだろう?」
「我慢のしすぎは身体に悪いよ? あんまり辛抱しすぎちゃうとさ、役立たずになるって話もあるんだ。何事もほどほどが一番なんだよ、イかせて貰えないのも素敵だけどさ」
「「「???」」」
ソルジャーの台詞の意味はイマイチ分かりませんでした。教頭先生は耳まで真っ赤で、今の台詞で煽られたのか、トイレの方がピンチなのかは判別不能。
「…た、頼む、もう……!」
もう一秒も持たないのだが、と教頭先生の哀れな悲鳴が開け放たれたトイレと廊下に木霊して…。
「オン クロウダノウ ウンジャク、オン シュリ マリ ママリ マリシュシュリ ソワカ」
会長さんが謎の呪文を朗々と唱え、キース君が合掌しています。やがて扉の閉まったトイレの中からジャーッと水の流れる音が聞こえたものの、教頭先生が出てこられる気配は全く無くて。
「なんだい、今のは?」
何の呪文? とソルジャーが尋ね、会長さんが溜息交じりに。
「烏枢沙摩明王の御真言だよ」
「「「ウスサマ…?」」」
「枢沙摩明王! 不浄を清める明王様でね、特にトイレの清めで有名。…こんな所で唱える羽目になるとはホントに夢にも思わなかったよ。なんでハーレイのためなんかに…!」
でも万一ってコトがあるから、と会長さんはトイレの扉を睨み付けて。
「それでハーレイ、間に合ったわけ!? トイレを汚してないだろうね! ズボンとかはどうでもいいんだけどさ!」
返事は帰って来ませんでした。教頭先生、まさか間に合わなかったとか…? 会長さんとソルジャーの二人がかりで限界突破の直前くらいまで引っ張りまくっていましたもんねえ…。
「なんとか間に合ったみたいだよ、うん」
ソルジャーがサイオンで中を覗き見したらしく、プッと小さく吹き出して。
「でもね、下ろす時に勢いが付きすぎちゃってさ、ズボンもベルトも紅白縞も床にバッサリ落ちちゃってるよ。あそこまで派手に落としてしまうと我に返ると情けないよね」
「…そうなんだ? どれどれ…」
会長さんがサイオンで覗くよりも早くソルジャーがトイレの扉をバァン! と開けてしまったからたまりません。私たちはズボンも紅白縞も床に落として便座に座った教頭先生と御対面で。
「「「!!!」」」
スウェナちゃんと私の視界にはモザイクがしっかり入りました。え、えーっと……パンツを下ろすどころか全開状態な教頭先生は今までに何度も見てますけれど…。
「「「わはははははは!!!」」」
遠慮なく笑い出す男の子たちと会長さんとソルジャーと。勿論「そるじゃぁ・ぶるぅ」もケタケタ笑い転げています。スウェナちゃんと私も堪え切れずに吹き出してしまい、教頭先生だけが便座に座って呆然自失。そりゃそうでしょう、こんな姿を会長さんに見られたら…。
「ふふ、ハーレイ。なかなかに凄い格好だねえ? 間に合わなかったよりかはマシだけれどさ」
間に合わなければ幼児並み、と会長さんが嘲笑う横からソルジャーが。
「ぶるぅ以下だよ、トイレには余裕を持って行くよう言ってある。遠慮しないで行けばいいってブルーが何度も言ったのに…。これじゃ百年の恋も冷めるってね」
現に冷めちゃったみたいだよ、とソルジャーはフフンと鼻を鳴らして。
「君のトイレまで拝みたいほど追っかけに燃えていたのにさ…。今やブルーも大笑いだし、リビングにあるプレゼントの山は用済みになってしまう予感がするね」
その時はぼくに引き取らせてよ、と艶やかな笑みを浮かべるソルジャー。
「ちょうど色々欲しかったんだよね、ぼくのハーレイとの夜の時間の盛り上げアイテム! いい感じにエロいのが揃ってるから、いつでも纏めて引き取りOK! 有効活用しなくっちゃ」
立ち直れるんなら初志貫徹でプレゼント、と言い残してソルジャーは姿を消しました。教頭先生は便座の上で今も放心しておられます。逆ストーカーは功を奏したと言えるのでしょうか?
「さあねえ…。とりあえず、花は暫く届くんじゃないかと思うんだ。お店に予約を入れてるだろうし…。週明けにメールが届かなかったら、モテ期はこれにて終了ってね」
その時はブルーが殊勲賞だ、と会長さん。私たちは教頭先生を放置して引き揚げ、週明けの放課後、会長さんの端末宛にメールは届きませんでした。ということは、今度のモテ期は…。
「終わったようだよ、妙なプレゼントも届かなかったし! ブルーもたまには役に立つよね」
次から逆ストーカーで攻めるに限る、と会長さんは大喜びでした。ソルジャーも会長さんが貰っていたら処分される運命だったプレゼントの山を引き取れることになりそうです。教頭先生と便座の映像は当分頭に残るでしょうけど、終わり良ければ全て良し。まずはめでたし、めでたしです~!
訪れたモテ期・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
教頭先生のモテ期については、本編の方の「夏休み・第3話」にも書かれております。
青文字の部分からリンクしてあります、よろしかったら、そちらもご覧下さいです。
今月は月2更新でしたが、2月は月イチ更新です。
来月は 「第3月曜」 2月17日の更新となります、よろしくお願いいたします。
そしてハレブル別館の方に転生ネタな 『君の許へと』 をUPいたしました!
前回の 『聖痕』 と繋がるお話になっております、こちらもどうぞよろしくです。
ハレブル別館へは、TOPページに貼ってあるバナーからお入り下さいv
←こちらからも入れます。
毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませ~。
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、1月はソルジャーが姫はじめを頑張っておりますが…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
「あっ…!」
ツキン、と右目の奥が痛んだ。反射的に右手で押さえる。瞳から熱いものが溢れ出して細く白い指を濡らし、そしてポタリと…。
「……まただ……」
どうして、とブルーは広げていたノートに落ちた雫を呆然と眺める。
透明な涙の雫ではなく、ブルー自身の瞳の色を溶かしたような鮮血の赤。指についた雫を舐めると鉄錆を思わせる味がした。それは紛れもなく血液そのもの。
けれど鏡を覗き込んでみても瞳にも瞼にも傷一つ無い。涙の代わりに流れたかの如く、赤い血が滴り落ちたというだけのことで。
(…ぼくは一体、どうしたんだろう…)
こんなことは今まで無かったのに、と白いノートを汚した血の染みを見詰めていると声が聞こえた。
「ブルー! パパが帰ったから食事にしましょう!」
「うん、今、行く!」
言えない。両親に話したら、きっと心配するに違いない。目から血の涙が出るなんて…。
怪我をしているわけではないし、ついこの間までは何ともなかった。
そうでなくても進学したばかりで何かと慌ただしい毎日なのだし、病院になんか行っていられない。洗面所に駆け込んで手と頬を染めた血を洗い流すと、ブルーは両親の待つ階下へと下りて行った。
遠い昔には人が棲めないほどに荒廃していたと聞く水の星、地球。その地球にブルーが生を享けてから、今年で早くも十四年になる。
優しい両親との満ち足りた日々に何の不満も無く生きて来たのに、それは突然やって来た。
目の奥に走る不快な痛みと、涙のように零れる鮮血。
最初は怪我をしたのかと驚き慌て、パニックに近い状態で鏡を覗いた。しかし何処にも傷は見当たらず、一筋の血が流れ落ちた後は特に何事も起こらない。それ以上の出血が続くわけでなく、視界も全く普段と変わらず、問題があるとは思えなかった。
「…大丈夫だよね?」
自分自身に言い聞かせるように呟き、放っておいたのが一ヶ月ばかり前のこと。進学してすぐの忙しさに紛れて翌日には忘れていたのだけれど、それは何度か繰り返された。今日ので多分、五回目くらいになるのだろうか。
それでも目には傷一つ無いし、見えにくくなるわけでもないし…。
「ブルー? 何処か具合が悪いのかい?」
テーブルに着いていた父が新聞を置いて声を掛けて来た。
「ううん、なんでもない」
「それならいいが…。お前は身体が丈夫ではないし、勉強もあまり根を詰めてはいけないよ」
「そうよ、ブルー。無理のしすぎは良くないわよ」
今日は早めにお休みなさい、と母が優しく微笑みながら料理の皿をテーブルに置いた。
「ほら、ブルーの好きなカリフラワーのポタージュよ。だから、お肉もちゃんと食べなさい」
「…うん」
食の細いブルーのために、と母は色々と工夫を凝らしてくれる。父も何かと気遣ってくれるし、こんな二人に「血の涙が出る」などと言おうものなら大騒ぎになってしまうだろう。
ノートの染みは鼻血でも出たことにしておこう、とブルーは思う。
(鼻血だったら普通だしね)
そうそう誰もが出すわけではないが、そう珍しいことでもない。血の涙よりは自然だし…。
(…パパとママが見ている時に出ませんように…)
言い訳が出来ない状況は困る。そんな事態になりませんように、と祈りながらスープを掬って口に運んだ。野菜の甘みが母のように優しい味わいのスープ。肉料理もブルーが好きな部類のハンバーグだ。
(きちんと食べて栄養をつけたら、血の涙なんて出なくなるかな?)
頑張って今日は多めに食べよう、と決心をしてもブルーの食事のスピードは遅い。先に食べ終えた父が「まだ食べてるのか」と苦笑する。
「でも、沢山食べるのはいいことだな。細っこいままだと、ますますそっくりになってしまうぞ。…なあ、ママ?」
「そうねえ、ホントに似て来たわよねえ…。今日もお隣の奥さんに言われたの。お宅のブルー君、ソルジャー・ブルーの昔の写真にそっくりよねえ、って」
その瞬間、ブルーの右目の奥がズキンと痛んだ。
「ブルー!?」
「ど、どうしたの、ブルー?」
サラダを食べていたフォークを取り落とし、右目を押さえたブルーの指の間から零れる鮮血。母が悲鳴を上げ、父が慌てて立ち上がった。もう言い逃れは許されない。ブルーは父の車に乗せられ、病院へ行く羽目になってしまった。
頭部スキャンに全身スキャン。眼球は特に詳細に調べられ、採血などの検査もされた。けれど何処にも異常は見られないらしく、褐色の肌の男性医師が首を傾げる。
「こんなことは前からありましたか?」
尋ねられたブルーは黙っていたが、母に「どうなの?」と促されて仕方なく俯き加減で答える。
「……今日で五回目くらいです」
両親が息を飲むのが分かった。…だから言いたくなかったのに。
「五回目ですか。…最初はいつ頃?」
「…ひと月ほど前…」
ブルーの答えに母が「知らなかったわ」と悲しそうな声を上げ、両手で顔を覆う。
「私、母親失格ね。…子供の病気にも気付かないなんて」
「ごめんなさい、ママ…。言ったら心配すると思って」
謝るブルーに父が母の肩を抱きながら言った。
「その方がよほど心配だよ。…それで先生、ブルーの目は?」
「分かりません。こんな症状は初めて見ます。…ブルー君、何か前兆のようなものはありますか? 頭が痛むとか、目が霞むとか」
「…ありません。今日も別に…」
そこまで口にしてから、ふと思い出した。目の奥が痛み出す前に耳にした言葉。そう、母は確かに「ソルジャー・ブルー」と…。
「…え、えっと…。関係ないかもしれませんが…」
口ごもるブルーに、医師は「些細なことでも話して下さい」と穏やかに言った。
「心当たりがあるのでしょう? 何がありましたか?」
「……ソルジャー・ブルー。そう聞いた途端に目の奥がズキッと痛んだんです。…食事の前にも同じように血が出て、その時にノートに書こうとしたのもその名前でした」
「…ソルジャー・ブルー…。ミュウの初代の長の名前ですね。歴史の授業ではよく出て来ますが、以前は大丈夫だったのですね?」
「はい…」
本当に前は大丈夫だった。幼い頃から何度も聞いたし、学校で習うのも初めてではない。なのに何故。そういえば最初に血を流した日は、今の学校でその名を教わった初日のことで…。
「……ソルジャー・ブルーねえ……」
医師は首を捻りながら、ブルーの姿を上から下まで眺め回した。
「…言われてみれば君はそっくりですねえ、歴史書の彼に」
赤い瞳に銀色の髪。両親はごくごく普通の外見だったが、ブルーは生まれつき色素を欠いて生まれたアルビノだった。遙か昔のミュウの初代の長、ソルジャー・ブルーとは其処が異なる。
ソルジャー・ブルーは昔の世界で行われていた成人検査が切っ掛けでアルビノになったと伝わっているが、ブルーの名前は彼にちなんで名付けられた。今の時代、人類は全員がミュウであり、それゆえに心を読むのも隠すのも当たり前のように誰でも出来る。
「それで、ブルー君のサイオン・タイプは?」
医師の質問に父が答えた。
「ブルーです。…ソルジャー・ブルーの時代ならともかく、特に珍しくもないですが」
「なるほど、サイオン・タイプまでソルジャー・ブルーと同じですか…。私は医者ですから、あまり変わったことを言いたくはないのですけれど…。聖痕というものを御存知ですか?」
ブルーにとっては初めて聞く単語。しかし両親は知っていたようだ。ソルジャー・ブルーが生きた時代よりも昔、神の受難の傷痕をその身に写し取り、血を流した人々がいたという。
「…ソルジャー・ブルーの最期がどうであったかは誰も知りません。惑星破壊兵器、メギドと共に散ったことしか今に伝わってはいませんが…。その前に銃撃を受けたという説がありますね。…ブルー君は彼が受けた傷を再現しているのかも…」
「…まさか!」
ブルーは即座に否定した。
「ぼく、その話は習っていません! 銃撃なんていう説はまだ誰からも…」
「そうですか? ですが、ソルジャー・ブルーと無関係とも思えないのですよ。症状が初めて出たのが十四歳になった直後ですね? …ソルジャー・ブルーがアルビノとなり、ミュウの力が覚醒したのと同じ年です。私は生まれ変わりを信じているわけではありませんが…」
もしかしたら、と医師は「異常なし」のデータが並んだブルーのカルテに目をやった。
「ブルー君はソルジャー・ブルーの生まれ変わりかもしれませんよ? そうそう、私の従兄弟に面白いのがいましてね。キャプテン・ハーレイにそっくりなんです」
苗字までちゃんとハーレイなんです、と笑う医師の名札にブルーは初めて気が付いた。医師の苗字も同じくハーレイ。自分がソルジャー・ブルーとそっくりなように、ミュウの船のキャプテンとして教科書に載っているハーレイにそっくりな人も居るのか…。
「そのハーレイですが…。近々、ブルー君が通っている学校に教師として行くことになっています。会った途端に目から血の涙が流れるようなら、ブルー君は本当にソルジャー・ブルーの生まれ変わりかもしれませんね。残念ながら、私の従兄弟はキャプテン・ハーレイではないそうですが」
その言葉にブルーはホッと安堵の吐息をついた。血の涙だけでも気味が悪いのに、生まれ変わりだなどと言われても…。自分は普通の十四歳の子供で、伝説の戦士とは違うのだから。
異常なしと診断されたブルーは観察入院もせずに済み、両親と家に帰ることが出来た。しかし、次に同じ症状が出たらまた病院に行かねばならない。両親にも「二度と隠さないように」と強く言われたし、我慢するしかないのだが…。
(…もう起こらないといいんだけどな…)
そう願っていることが効いたのだろうか。ソルジャー・ブルーに関する時代の授業は無事に終わって、平穏な日々が戻ってきた。彼の名を聞いても血の涙は出ない。生まれ変わりだの聖痕だのと聞かされて少し怖かったけれど、再発しなければ大丈夫。あれはたまたま、ほんの偶然。
(そうだよね? ソルジャー・ブルーの生まれ変わりだなんて有り得ないよ)
ぼくはぼく、と読みかけの本を机に置いたまま、考え事をしていると。
「おい、ブルー! 新しい先生が来るらしいぜ」
「えっ?」
クラスメイトの声でブルーはハッと我に返った。
「なんだよ、聞いていなかったのかよ? 古典の先生、変わるんだってよ。年度初めに来る予定だったのが遅れたらしくて、なんか今日から」
「…ふうん? なんで遅れてたんだろ」
「前の学校で欠員が出てさ、引き止められてたみたいだぜ? 宿題出さねえ先生だといいな」
今の先生は宿題多すぎ、とクラスメイトが嘆いた所で授業開始のチャイムが鳴った。それと同時に教室に現れた褐色の肌の新任教師に、ブルーの胸がドクリと脈打つ。
(ハーレイ…!)
教科書で見たキャプテン・ハーレイにそっくりな彼。
何故「キャプテン」の呼称を抜かしたのかも分からない内に、右目の奥がズキンと痛んだ。
「お、おい、ブルー!?」
どうしたんだよ、と叫ぶクラスメイトの声は酷く遠くて、肩が、脇腹が、目の奥が痛い。絹を裂くような女子たちの悲鳴が聞こえる。床に倒れたブルー自身は知らなかったが、右目だけでなく両肩と左の脇腹からも血が溢れ出して制服の白いシャツを赤く染めていて…。
「どうしたんだ! おい、しっかりしろ!」
駆け寄って来た教師がブルーを抱え起こした、その瞬間。
(……ハーレイ?!)
(…ブルー?!)
触れ合った部分から流れ込み、交差する夥しい記憶。
そうだ、ぼくはこの手を知っている。そしてハーレイも、ぼくを知っている……。
授業は自習となり、ブルーは駆け込んで来た救急隊員たちに担架に乗せられ、ハーレイに付き添われて先日の病院へと搬送された。検査結果は全て異常なし、身体にも傷は見当たらない。それでも出血が多かったからと点滴を打たれ、それが終わるまで帰れないのだが…。
「…ハーレイ先生は?」
ブルーは病院に駆け付けてきた母に尋ねた。
「さっき学校へお帰りになったわ」
「……そうなんだ……」
ブルーの胸がツキンと痛む。
ハーレイ。やっと会えたのに…。ぼくは全てを思い出したし、君も思い出してくれたのに……。
「どうしたの、ブルー? ハーレイ先生がどうかしたの?」
「…ごめんなさい、ママ…」
ブルーは儚げな笑みを浮かべた。
「……ぼく、思い出してしまったんだよ。…ぼくはソルジャー・ブルーだったみたいだ。あの傷、ぼくが昔に撃たれた時のと同じ…」
「…そ、そんな……」
そんなことが、と声を詰まらせる母にブルーは懸命に詫びる。
「ごめんなさい。…ママの子供なのに、ごめんなさい…。でも、本当のことだから…」
「……それじゃ、まさかハーレイ先生も…?」
「うん…。先生はキャプテン・ハーレイだった……」
ごめんね、ママ。先生はキャプテン・ハーレイっていうだけじゃない。
ぼくの……。ううん、ソルジャー・ブルーの大切な……。
(……ハーレイ……)
自分の唇に指先で触れる。
覚えている。こんなにも君を覚えている。…君の唇も、温かい手も、身体中が君を覚えている。
…会いたいよ、ハーレイ。すぐに、今すぐに君に会いたい。
ハーレイ、ぼくは帰ってきたから。君のいる世界に帰ってきたから…。
点滴が終わり、会社を早退してきた父の車で家に戻ったブルーは大事を取って寝かされた。
今の生の記憶と、その前の……ソルジャー・ブルーの膨大な記憶。それらを融合させるためには有難い時間だったけれども、大切なものが欠けていた。
ハーレイがいない。…全てを思い出す切っ掛けになったハーレイが側に居てくれない…。
「会いたいよ、ハーレイ…」
もう何度目になるのだろう。涙で枕を濡らしながら小さな声で呟いた時、寝室のドアが軽く叩かれた。
「ブルー? ハーレイ先生が来て下さったわよ」
どうぞ、と母がドアを開け、懐かしい姿が現れた。記憶の中の彼と違ってキャプテンの制服を纏ってはおらず、教師としてのスーツ姿だけれども、忘れようもない彼の人の姿。
どうして自分は忘れていたのか。忘れ去ったままで十四年も生きて来られたのか…。
恐る恐る上掛けの下から差し出した手を、褐色の手が強く握ってくれた。
ああ、ハーレイ。
君の手だ。君の温かい手だ……。
「ママ……」
少しの間だけ、二人きりにさせて。
ブルーの言葉に母は頷き、「お茶の用意をしてくるわね」と部屋を出て階段を下りて行った。その足音が遠ざかるのを確認してからブルーは微笑む。
「……ただいま、ハーレイ。帰って来たよ」
「ブルー! ブルー、どうしてあんな…! もう心臓が止まるかと…!」
「ごめん。あの傷が思い出させてくれたんだ…」
「あんな酷い傷を、いったい何処で…! どうしてあんな姿になるまで…!」
行かせるのではなかった、とハーレイが何度も繰り返す。ブルーをメギドに行かせるべきではなかったのだ、と。
「…いいんだよ。あの時はぼくがそう決めた。…でも……」
今度は君と離れたくない。
そう言ったブルーの身体をハーレイがベッドから抱き起こし、両腕で強く抱き締める。その腕をブルーは覚えていた。前の生では幾度となくこうして抱き締められて、そして……。
「……ハーレイ?」
パッとハーレイの身体が離れて、扉が小さくノックされる。紅茶とクッキーを運んで来た母の何処となく寂しげな表情。
そうだ、母は自分たちの過去を全く知らない。ソルジャー・ブルーのことも、キャプテン・ハーレイのことも歴史に記された部分しか知らず、また知りようもなかったのだ…。
こうしてブルーは思い出した。
かつて自分が何者であったのか、何を思い、誰を愛したのかを。
ブルーの身体を染めた血が贄であったかのように、ハーレイの記憶も蘇った。ブルーの右目の奥は二度と痛まず、血が頬を伝うこともない。
けれど……。
「…ハーレイ…」
「駄目だ。ブルー、お前はまだ子供だ」
キスを強請ろうとして断られた。
あれからハーレイはブルーの家をしばしば訪ねて来てくれる。その度に自分の部屋に通して、母がお茶を置いて立ち去るとすぐに広い胸に甘え、優しい腕に抱き締められて幸せなひと時を過ごすのだけれど。
魂に刻まれた前世とは違い、ブルーは十四歳になったばかりの子供で、ハーレイは倍以上もの年を重ねた大人だった。
「…子供、子供って、そればっかり…」
「だが、本当のことだろう? …安心しろ、ちゃんと待っていてやるから」
ハーレイの手がブルーの銀色の髪を愛おしげに撫でた。
「……ホント?」
「本当だ。お前が充分に大きくなるまで気長に待つさ。…俺だって待つのは辛いんだがな」
でも、教え子に手を出すわけにはいかんだろうが。
「ふふっ、そう……かもしれないね」
ハーレイ、いつまで待てばいい? 来年? 再来年? それとも、もっと…?
「こらっ、子供がそういう話をするもんじゃない!」
コツン、と頭を小突かれる。
ああ、本当にいつまで待てばいいんだろう。いつになったら昔みたいに本物の恋人同士になれるんだろう? だけど、こういう時間さえもが愛おしい…。
「ねえ、ハーレイ…。君の身体の時間は止めて待っててくれるんだよね?」
「そのつもりだ。でないと釣り合いが取れなくなるしな」
だから頑張って沢山食べろ。
そう言うハーレイに「うん」と返して厚い胸に頬を擦り寄せる。
今はまだ、こうして甘えるだけしか出来ないけれど。母が「お茶のお代わりは如何?」と来はしないかと、ドアを気にしながらの逢瀬だけれど。
でも、ハーレイ。君にもう一度会えて良かった。
ぼくはもう何処へも行かないから。二度と君から離れないから、いつまでもぼくの側に居て…。
分かるかい、ハーレイ? 今、ぼくがどれだけ幸せなのか………。
聖痕・了
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
季節は行楽にピッタリの春。恋の季節とも言いますけれども、シャングリラ学園の特別生として高校一年生をやり続けている私たちには全く無縁の話です。ゆえに休日は揃ってお出掛け、ゴールデンウィークもシャングリラ号で過ごしていたりしたわけですが。
「今度の土日は何処がいいかなぁ?」
ジョミー君が振った話題にみんなが食い付き、放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋は今日も賑やか。遠出しようとか近場でグルメとか、どんどん盛り上がって来た所へ。
「ぼくはグルメに一票かな?」
「「「!!?」」」
会長さんそっくりの声が聞こえて、優雅に翻る紫のマント。暫く見ないと思っていたのに、来ちゃいましたよ、またソルジャーが…。
「こんにちは。えーっと、今日のおやつは…」
「イチゴのロールケーキだよ! 生地もピンクで春らしいでしょ?」
自信作なんだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がソルジャーのためにケーキを切り分け、ソファに腰掛けるお客様。グルメに一票とか言ってましたし、参加する気でいるのでしょう。会長さんが大きな溜息をついて。
「要するに君も来たいわけだね、食べ歩きに? でも好物とは限らないよ?」
「あ、その点なら大丈夫! 地球の食べ物って意外なモノでも美味しいってことが分かったからさ」
「「「は?」」」
意外なモノって、どんな食べ物? いえ、それ以前にソルジャーは何処でそういうモノを? こちらの世界でキャプテンとデートをしていることは確かですから、その時に?
「違う、違う、ハーレイは意外に保守的なんだ。食べる事に関してチャレンジ精神ってヤツは無いみたいだねえ、だから別口!」
「「「別口?」」」
ますます謎だ、と思った途端にソルジャーの口が解答を。
「分からないかな、ノルディだよ。美味しいと評判の店があるけど遠過ぎて、とドライブを兼ねて誘われたわけ。先週の土曜はノルディとデートさ」
「デートだって!?」
しかもドライブ、と会長さんの声が引っくり返っていますけれども、ソルジャーはまるで気にせずに。
「遠いって言うだけあってホントに思い切り遠かったね。お昼御飯を食べに行くだけで一日潰れてしまった感じ。アルテメシアに戻ってきたら夕方だったし、そのままホテルに誘われちゃったよ」
「き、君は…。まさかホテルに……」
「ついて行ったよ、当然だろう? でもって、楽しく」
お泊まりしたのか、と誰もが青ざめましたが、ソルジャーはクスクス可笑しそうに。
「やっぱり勘違いしちゃったんだ? 楽しくディナーを食べただけだよ、色々おしゃべりしながらね。お昼御飯のこととかさ…。美味しかったな、卵かけ御飯」
「「「卵かけ御飯!?」」」
そんなのを食べに遠い所までドライブを兼ねて行ったんですか! 呆れ顔の私たちを他所に、会長さんが。
「ああ、アレかぁ…。海の方だろ、ずっと北のさ」
「そう、それ、それ! 御飯に卵をかけるだけなんて、と思っちゃったし、正直、ガッカリしたんだよ。でも食べてみたら目から鱗で、何杯もお代わりしちゃったわけ」
「かみお~ん♪ あそこ、卵が違うんだよ! 放し飼いだし、地鶏だし! 刻み海苔もパリパリ、おネギも新鮮、お醤油も地元で造ってるしね」
こだわり卵かけ御飯なんだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。もちろんお米も地元で採れた最高級品、炊き立ての味が素晴らしいそうで。
「ノルディと食べに行ったんだぁ…。なんだか食べたくなってきちゃった」
行きたいなぁ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が呟き、私たちも喉が思わずゴクリと。今度の週末は卵かけ御飯ツアーがいいかもしれません。日帰りせずに何処かで泊まって、海が近いなら海の幸とか。
「卵かけ御飯を食べに行こうよ、みんなでさ!」
ジョミー君の案に私たちはワッと飛び付いたのですが。
「却下!」
会長さんお得意の台詞をソルジャーが。
「ぼくは先週食べちゃったんだよ、それ以外のでお願いしたいな」
「「「………」」」
自分の都合で仕切るんじゃない! と叫べる勇者はいませんでした。卵かけ御飯はドロンと消えてそれっきり。食べたかったな、こだわりの味…。
夢だけ膨らませて瞬時に壊してくれたソルジャー。そのくせにグルメの線は変わらず、何を食べるかと意見を出し合う私たちの横から、ああだ、こうだと。
「うーん、なかなか決まらないねえ? まあ、その気持ちは分かるけどさ」
メニューを出されても悩むもんね、とソルジャーはニヤリと笑みを浮かべて。
「本日はどれに致しましょうか、って渡される時のワクワク感がまた嬉しいんだ。どんなメニューがあるのかなぁ? ってね」
「…君はそれが目当てでノルディとデートをしてるわけ!?」
「誰がノルディとデートって言った?」
「えっ? だって、メニューが出てくる場所って…」
レストランしか無いじゃないか、と会長さんが突っ込みを入れれば、ソルジャーは。
「甘いね、昨夜はすき焼き弁当! お持ち帰りにするかどうかで悩んだんだけど…。そういう機会は滅多にないから、そこは一発、お持ち帰りで!」
「お弁当は普通、持ち帰りだろう? 温めるかどうか訊かれるけどさ」
「うん、温めてもらったよ? もうたっぷりと、蕩けるほどに」
「危なすぎるし!」
耐熱容器にも限界はある、と眉を吊り上げる会長さん。ソルジャーの無茶な注文のせいでお弁当屋さんだかコンビニだかがレンジを掃除する羽目になった上、弁償となれば気の毒すぎです。しかし…。
「温めたのはハーレイだってば、メニューを作った責任がある。それに持ち帰りにしちゃったからねえ、いつもの場所と違うってだけで燃えるものだよ、煽らなくても」
「「「???」」」
何故にキャプテンがメニュー作りを? それも仕事の内なのか、とビックリ仰天の私たち。温める方はソルジャーの分を除いて厨房所属のクルーがやっているのでしょうけど。それにしたって、煽るって、なに? レンジは自動で温まりますし、燃えるとかっていうのも、どういうシステム?
「ふふ、ブルーにも意味が分からないんだ? すき焼きの意味は「好き」の好きだよ、「愛してます」って気持ちをこめて! お弁当の方は、いわゆる駅弁! ノルディに教えて貰ったんだけど、アレって男同士でも出来るものだね、新鮮だったよ」
「退場!!!」
今すぐ帰れ、と会長さんが投げたレッドカードをソルジャーはパシッと受け止めて。
「どうやら君には通じたらしい。そんな感じでメニューが出るのさ、最近の夜の定番なんだよ」
「「「………」」」
そういう意味か、と私たちもそれなりに理解しました。駅弁が何かは分かりませんけど、とにかく大人の時間の言葉。つまりキャプテンがソルジャーに出すというメニューの正体は…。
「ああ、君たちも分かってくれた? お持ち帰りは「ハーレイの部屋で」って意味なんだ。コース料理でお持ち帰りって有り得ないだろ、だから思い切って注文しちゃった」
駅弁にはちょっと狭すぎたかな、と意味不明な言葉を零しながらもソルジャーは満足そうでした。すき焼き弁当、お持ち帰りは素晴らしかったみたいです。
「ちなみに一昨日の夜はフグ尽くし御膳! なんでフグなのか気になって…。ハーレイの思考をちょっと読んでみたら、なかなか素敵なセンスだったよ。こう、口でする時って頬っぺたも含めてフグの顔みたいになる時があるよね、そこからフグでさ。フグ尽くしだけに何回も…」
「退場だってば!!!」
会長さんの怒声もソルジャーにかかれば馬耳東風。悠々とケーキのお代わりを頼み、紅茶も熱々を注いで貰って。
「メニューを出すって、いいアイデアだろ? どんなプレイが待っているのか分からないしね、頼む時からドキドキするわけ。普段と変わらないコースなんかでも「お値打ち! 春のカジュアルフレンチ」と書かれてしまうと盛り上がるしさ」
「…好きにすれば?」
ソルジャーに居座られてしまった会長さんが疲れた声で。
「その発想には脱帽するよ。それともノルディの入れ知恵なのかな…」
「半分はね。ノルディが熱く語っていたのはコースじゃなくて丼だったし」
「「「丼?」」」
なんだソレは、と思わず反応しちゃいましたが、これって墓穴じゃないでしょうね?
エロドクターが熱く語ったという丼。卵かけ御飯なドライブから戻ってホテルで夕食の時に話題に上ったらしいです。エロドクターの夢のメニューだなんて、お金持ちのくせに不思議なような。それとも高級食材を使った珍品でしょうか、一日一食限定とかの…。
「ううん、普通に丼だよ? 親子丼とか他人丼とか。いとこ丼っていうのもあるんだってね」
「いとこ丼に明確な定義は無いよ? そうだよね、ぶるぅ?」
会長さんに訊かれた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は料理上手だけに張り切って。
「えっとね、いとこ丼で一番有名なヤツは鴨のお肉なの! 鴨を卵でとじてるんだし、他人丼と全然変わらないよね? 他にもサーモンとイクラを乗っけてあるのとか…。これだと親子丼でしょ?」
イクラはサーモンの卵だもんね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。親子丼は鶏と鶏卵ですから、サーモンとイクラじゃ親子丼です。他人丼も鶏以外のお肉と鶏卵ですし、鴨と鶏卵でいとこ丼は無理っぽいと言うか、こじつけと言うか。
「…なるほど、いとこ丼には決まりが無い、と。それでノルディはいとこ丼でもいいんですが、と言ってたわけか…」
「「「???」」」
エロドクターが食べたいのなら、フォアグラとキャビアでいとこ丼? いやいや、ここはトリュフとツバメの巣だとか、それを言うならフカヒレとツバメの巣だとか、意見が飛び交ったのですけれど。
「どれも見事に大ハズレってね。…ノルディの希望は他人丼か、いとこ丼! 親子丼は親子セットでポピュラーだけど、ぼくとブルーは親子ではないし、血縁関係も無いからねえ…」
「退場!!!」
今度こそ本当に出て行ってくれ、と怒鳴る会長さんは怒り心頭。でも、他人丼だの、いとこ丼だのの、何処が悪いの?
「やっぱり知らない? ぼくも初めて聞いたんだけどさ、親子をセットで食べちゃうことを親子丼って言うらしいんだよ。つまり、お母さんと娘を一人で美味しく頂くって意味」
「「「!!!」」」
そこまで聞いたら分かりました。大人の時間の世界です。そんな世界に親子丼なる隠語があろうとは…。ということは、エロドクターが食べたがっている他人丼だか、いとこ丼だかは…。
「そうだよ、ぼくとブルーを一度に食べるのが夢らしいんだ。文字通り二人揃えて一つのベッドで三人で…ってね。これがホントの他人丼、もしくはいとこ丼だってさ」
「……き、君は……。そういう話題で盛り上がったわけ、ノルディなんかと!?」
「別にいいだろ、盛り上がるくらい! でもってノルディは他人丼だとヤバイかもだから、いとこ丼にしておきましょうか……とも話してたねえ」
「どっちにしたって、おんなじだよ!」
どう転んでも他人でしかない、という会長さんの指摘に、ソルジャーは。
「そこは実際、そうなんだけどさ…。ウッカリ他人と定義しちゃうと、余計な誰かとセットになるかもしれませんしね、と笑っていたよ。ぼくとハーレイなら夫婦ってことで他人じゃないけど、こっちのハーレイはブルーともぼくとも赤の他人だ」
「「「………」」」
それはスゴイ、と誰もが絶句。エロドクターが会長さんとソルジャーを食べたがるのは分かりますけど、そこに教頭先生が紛れ込んだら食中毒を起こしそうです。安全なのはいとこ丼かな、と思ってしまった自分にショック。丼、やっぱり墓穴でしたよ…。
「というわけでね、ノルディが語った丼の世界は深かったわけ」
それをヒントに夜のメニューを思い付いた、とソルジャーは得意そうでした。キャプテンに親子丼やエロドクターの夢のいとこ丼を語って聞かせて、二人で感動しまくった末に出来たのが夜のメニューなのです。
「ハーレイが書いてくるメニューを見ながら質問するのも楽しいよ? 料理長おすすめとか、シェフの気まぐれとか、そういうヤツもあるからね。今日はどういうシチュエーションだい? って訊く瞬間からドキドキだってば!」
癖になりそう、とメニュー効果を喋りまくっているソルジャーは当分の間、キャプテンを自分専属の夜のシェフにするみたいです。大人の時間でも「ぼくは食べる方」と主張するのがソルジャーですけど、これじゃ料理されて食べられる方になっているのでは…?
「そう、君たちの思考は正しい」
会長さんの凛とした声がソルジャーの喋りを遮って。
「万年十八歳未満お断りでも矛盾に気付いたみたいだよ? 君は普段と同じ調子で君のハーレイを食べてるつもりで、実は食べられている方だ…ってね。ぶるぅのママの座は君のものかな?」
「ちょ、ちょっと…! ぶるぅのママはハーレイだし!」
「その辺は揉めるから譲歩してもいい。でも、食べられているのは事実だ。君のハーレイは君を料理して食べるためのメニューを書いてるんだよ、毎日ね」
「えーーーっ???」
そうなるわけ? と混乱しつつも、ソルジャーは夜のメニューを撤廃する気は無いようです。せっかく見付けた素敵な夜のセレモニー。食べ飽きるまでは食べてなんぼ、と開き直ったらしくって。
「いいんだってば、ハーレイを食べるのはぼくだから! 食べられてる方じゃないわけだから!」
「そうかなぁ? 駅弁といい、フグ尽くしといい、どう考えても食べられてるけど?」
君のハーレイのお好みで、とヤケクソ気味の会長さん。猥談の域に入りつつある会話を自分から振り、火に油という状態です。もはや本物のグルメの話は消し飛び、私たちは溜息をつくだけで。
「ああ、たった今、そういう話を思い出したよ」
会長さんがソルジャーをビシッと指差して。
「食べるつもりが食べられていた、っていう君にそっくりの話をね。正確に言えば食べられる前に気付くんだけどさ、その直前まで食べる気満々で飛び込んで行った馬鹿のお話」
「「「???」」」
そんなお話、ありましたっけ? 首を傾げる私たち七人組とソルジャーの前で会長さんが宙に取り出したものは絵本でした。タイトルは『注文の多い料理店』。ああ、この童話なら知ってます! 確かに食べるつもりで食べられる話、未遂で終わっていますけど…。
「これが?」
「君みたいな馬鹿の話だってば、すぐに読めるから読んでみたら?」
どうぞ、と渡された絵本を紅茶をお供に開いたソルジャー。パラリ、パラリとページをめくって最後まで読み、また最初から読み直しています。もしかして意味が分からないとか? 別の世界に住む人ですから、そういう事態も有り得るかも…。えっ、またしても最初から? そんなに難解な本でしたかねえ、『注文の多い料理店』…。
ソルジャーが読み終えて本を閉じるまでには半時間以上かかっていたかもしれません。難しすぎたか、などとコソコソ囁き合っていたのも耳に入ってなかったかもです。
「…短いけれども、面白いね、コレ」
顔を上げたソルジャーは絵本の表紙を撫でながら。
「まさに天啓というヤツかな? 食べたい気分になってくるよね」
「「「………」」」
何を、と訊き返す勇気は誰も持ち合わせていませんでした。心の中でタラリ冷汗、会長さんも顔が引き攣っています。これがホントの藪蛇でしょうか、ソルジャーが食べたい気分なのは…。
「知らない間に食材ポジションにされていたのは悔しいし…。そりゃ食材でも満足させては貰ってるから、今のままでも充分だけどさ…。やっぱり食べなきゃ損だよねえ? ぼくだけのために思い切り美味しく調えられたハーレイを!」
うわぁ、という悲鳴は誰が発したものだったのか。会長さんは頭を抱え、私たちはパニック状態です。あれ? でも、ソルジャーがキャプテンを食べるとしても別に被害は無いわけですし…。それって普段と変わりませんよ?
「そうか、そう言えばそうだった…」
ぼくとしたことが、と立ち直りをみせた会長さんと、座り直した私たちと。延々と猥談を聞かされたせいで勘が鈍っていたようです。ソルジャーが自分の世界で何をしようと対岸の火事どころか彼岸の火事。早く帰ってキャプテンを美味しく食べてくれ、と誰もが祈っていたのですが。
「この本に出会ったのも何かの縁だと思うんだよね。ノルディから丼についての講義も受けたし、いとこ丼を食べるのもいいんじゃないかと…。ハーレイは二人いるんだからさ」
「「「えぇっ!!?」」」
とんでもない台詞を口にしたソルジャーはウキウキと。
「憧れてたんだよ、三人でってヤツ! だけどハーレイと結婚してから、憑き物が落ちたように忘れちゃってて…。この機会に是非、チャレンジしたいね。ただ、ぼくのハーレイはぼくを二人でシェアすると分かると萎えちゃうだろうし…。こっちのハーレイもブルーじゃないと萎えちゃうし…」
そこでこの本の出番なのだ、とソルジャーはニッコリ悪魔の微笑み。
「ぼくのハーレイとこっちのハーレイ、二人揃って来てもらう。ぼくのハーレイが食べるのはぼくで、こっちのハーレイが食べるのはブルー! それなら萎えずに辿り着けるし!」
そこで美味しく頂くのだ、と燃え上がってしまったソルジャーの瞳は絵本の挿絵でギラギラと光る山猫の目玉のようでした。キャプテンどころか教頭先生まで食べてしまおうとは、恐ろしすぎる展開です。あまつさえ、食い意地が張ったソルジャーは…。
「同じ食べるなら味付けを変えてみるのもいいかもね? 逞しく男らしさに満ちたハーレイと、とろけるように甘いハーレイ! うん、どっちも食欲をそそってくれるよ」
この本みたいにやってみたい、と言い出したソルジャーが挙げたプランは絵本さながらの味付けと風味。何度も何度も読み返していたのはアイデアを練るためだったのか、と気付いても既に後の祭りで。
「それじゃ、ぼくのハーレイには、ぼくから話を通しておくから! 君はこっちのハーレイに招待状を出すのを忘れないでよ、君の名前で愛をこめて…ね。週末を楽しみにしているよ。さてと、今夜のメニューは何かな?」
今夜もハーレイに食べられてくる、とウインクをしてソルジャーは帰ってゆきました。春の恵みだか、シェフの饗宴だか、はたまた料理長美食スペシャルだか。何が飛び出しても不思議ではないキャプテン作のメニューですけど、ソルジャーが企画した料理店の方が何百枚も上手ですってば…。
ソルジャーがキャプテンと教頭先生を平らげるための計画、注文の多い料理店。会長さんの家が舞台に選ばれ、土曜日の朝早くから招集された私たち七人組と会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、それにソルジャーとで開店準備を頑張って。
「……レストラン、タイプ・ブルー……」
教頭先生が玄関の扉に取り付けられた看板に頬を染める姿を、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のサイオン中継で家の中から見ていました。会長さんが教頭先生に出した招待状に書いた言葉はソルジャーの指示で決まった『ぼくを食べに来てよ』の殺し文句です。
「素晴らしいシチュエーションでしょう?」
最近これに凝ってましてね、とキャプテンが教頭先生の肩をポンと叩いて。
「毎晩、メニューを作るんですよ。今夜はこんな料理が出来ます、とブルーに渡すと非常に喜んでくれましてねえ…。たまにはお返しに御馳走したい、と考えてくれたのがこの企画です」
「そうでしたか。なかなかに味わいのあるものですねえ……」
男心をそそられます、と返す教頭先生、日頃のヘタレは何処へやら。いえ、自分の家では妄想まみれで夜を過ごしてらっしゃるのですし、会長さんの視線が無ければヘタレないのかもしれません。
「では、入りますか」
「入りましょう!」
キャプテンと教頭先生は頷き合って扉を開き、中へと足を踏み入れました。玄関ホールから奥へと続く通路の手前には私たちが設置した扉。教頭先生は首を傾げて。
「…此処に扉は無かったように思うのですが…」
「おや、張り紙がありますよ? 先にシャワーを浴びて下さい、と」
「なるほど、それは当然のマナーでしたね」
ブルーに嫌われる所でした、と教頭先生が張り紙に感謝し、二人は壁に張られた矢印に従ってバスルームへ。その間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が瞬間移動で二人の服を隠してしまい、代わりに置かれたのはバスローブです。
「おや? 服が見当たらないようですが…」
「バスローブが置いてありますよ。ブルーも待ち切れないようで…」
せっかちですね、とニヤニヤしながらキャプテンがバスローブを纏い、教頭先生も同様に。二人とも気分が高揚してきたらしく、ズンズンと元の廊下を進みましたが。
「また扉ですか?」
「待って下さい、此処にも張り紙が。…ほほう、どちらになさいます?」
バターかオリーブオイルだそうですよ、と楽しげなキャプテンの視線の先には小さなテーブル。壺が二つ置かれ、「バターの方と、オイルの方と、各一名様でお願いします」のダメ押しの文字が。
「どうしてバターなのでしょう? オリーブオイルも気になりますが…」
首を捻っている教頭先生に、キャプテンが「さあ?」と考え込んで。
「全身に塗れ、と書いてありますしね…。ボディーローションの代わりなのでは?」
「言われてみればそうですね。エステティシャンらしからぬ失言でした、忘れて下さい。無塩バターとオリーブオイルには美肌効果があるんですよ」
「では、私はバターにしてみましょうか。ブルーはお菓子が大好きですし」
「それなら、私はオリーブオイルで。男らしさをアピール出来そうな気がします。御存知ですかね、その昔、オリンピックという名の競技会では全裸で競い合ったんです。オリーブオイルだけを塗りましてね」
選手になった気分ですよ、とオリーブオイルを全身に塗りたくる教頭先生。その隣ではキャプテンが無塩バターを塗り込んでいます。バスローブとは此処でサヨナラ、二人は奥へズンズンと。
「…また扉ですか…」
「例によって張り紙がありますよ? 今度はハーブと蜂蜜だそうです。これも全身にまぶすようですね。おや、あなたにピッタリのハーブなのでは?」
勇気の象徴のタイムだそうです、とテーブルに乗った壺に添えられたメモを示すキャプテン。教頭先生は嬉々としてタイムの香りのアロマオイルを全身に振り掛け、キャプテンの方は蜂蜜を。
「…蜂蜜とは妙じゃないですか?」
教頭先生の疑問に、キャプテンはケロリとした顔で。
「蜂蜜プレイがしたいのでしょう。無塩バターを選んでおいて正解でした。あなたがいきなり蜂蜜プレイは、失礼ながらハードルが少し高すぎるかと…」
「そ、そうですね…」
ウッと呻いて鼻の付け根を押さえる教頭先生。辛うじて鼻血は出なかったらしく、勇気の香りのタイムを纏ってキャプテンと並んでズンズンズンと。いよいよ最後の扉です。私たちはシールドで隠れて扉の前に潜んでいるため、もう中継は要らないのですが…。
「この奥がブルーの寝室ですよ」
緊張しますね、と頬を紅潮させている教頭先生の大事な部分にはしっかりモザイク。キャプテンもモザイク、どちらも会長さんのサイオンの力によるもので。
『来ちゃったよ…。この勢いだとブルー相手でもヤッちゃうかもね』
会長さんの嘆きも知らず、教頭先生の大事な部分は臨戦態勢らしいです。キャプテンも同じらしいですけど、扉の張り紙を見詰めながら。
「蜂蜜とハーブをよく塗りましたか、肝心の部分にも塗りましたか…、だそうです。蜂蜜プレイで決まりですね。私としたことがウッカリしておりましたよ、此処が一番大切ですのに」
肝心の場所に塗り忘れました、とテーブルに置かれた壺の中身を塗り塗り塗り。教頭先生も忘れていたようで、慌ててアロマオイルを振り掛けて…。
「うっ…!」
「どうなさいました?」
「い、いえ、先に行って下さい! わ、私は少々…」
「おやおや、我慢し切れませんか…。しかし、ブルーが焦れてしまいますよ?」
もう少し辛抱出来ませんか、とキャプテンが声を掛けた時です。
「待ち切れないってば、本当に!」
扉の向こうで待ち構えていたソルジャーの声が響きました。
「早く食べたくて待ってるんだよ、そのまま真っ直ぐ突っ込んで来てよ!」
「「………」」
素っ裸の二人は顔を見合わせ、扉の向こうを伺いながら。
「……ブルー……ですか?」
「…ブルー…ですね……」
まさか一人しかいないのでは、と青ざめる二人。
「わ、私は一生、ブルーだけと決めておりまして…。この展開は…ちょっと……」
「わ、私も私の大事なブルーをあなたとシェアしたいとは思いませんが…」
きっともう一人いるのですよ、と互いに勇気を奮い立たせて扉を開けようとした所で。
「かみお~ん♪ 凄いや、絵本そっくり!」
「シッ、ぶるぅ!」
会長さんが大慌てで「そるじゃぁ・ぶるぅ」の口を両手で塞ぎましたが、二人分の声はシールドを突き抜け、キャプテンと教頭先生の耳に。
「い、今の声は…?」
「…ぶるぅのようです。そしてブルーの声もこちらで」
「ということは、やはり扉の向こうには…」
一人だけしかいませんね、と二人の腰は引け気味になり、我慢がどうのと限界だった教頭先生も一気に萎えてしまったようで。
「そ、そういえば…。絵本そっくりで思い出しましたが、今の私たちに瓜二つの話がありまして…」
「どんな話です?」
「レストランに入ると次々に注文をつけられるんです。クリームを塗れとか、塩を揉み込めとか」
「クリームと塩…。それは身体にいいのでしょうか?」
美肌効果があるのですか、と怪訝そうなキャプテンに教頭先生は声を潜めて。
「そういうオチならいいのですがね、この話の最後で待っているのは山猫なんです。クリームと塩とで味付けをした人間をペロリと食べてしまうべく、ナイフとフォークを…」
「で、では、その話そっくりということは…」
「恐らく食べられる運命かと…。食べに来たつもりが、ブルーにペロリと」
それもあなたのブルーにです、と震え上がった教頭先生、一目散に元来た道を玄関へと。
「ブルー、私が悪かった! これは決して浮気ではーっ!!!」
騙されたんだ、と素っ裸で逃げ出した教頭先生のパニックぶりはキャプテンにも伝染したらしく。
「す、すみません、ブルー、シェアする気は…! 決してあなたをシェアしようとは…!」
本当にすみませんでした、とオタオタしながら逃げるキャプテンの背後で扉が開いて。
「なんで逃げるのさ、ハーレイのヘタレ!!!」
待ちぼうけを食らったぼくの立場は、とバスローブ一枚で叫ぶソルジャー。教頭先生とキャプテンの逃げ足は更に速くなり、ダッシュで玄関の扉を開けて飛び出して行ってしまいました。最上階のフロアが会長さんの家だけで良かったです。でないと通報モノですってば…。
「えと、えと…。ぼくって、失敗しちゃった?」
シールドを張ってたと思うんだけど、とガックリ項垂れる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。目の前で展開される絵本の世界にワクワクしすぎてシールドが緩んだらしいのです。小さな子供にはありがちなだけに、責めても可哀想というもので。
「いいんだよ、ぶるぅ。どっちかと言えば殊勲賞だし!」
ブルーの野望を間一髪で食い止められた、と会長さんが銀色の頭をクシャリと撫でれば、ソルジャーが唇を尖らせて。
「…食べ損ねちゃったぼくはどうなるのさ! 男らしいハーレイと甘いハーレイ、二人揃えて前も後ろもって思ってたのに! どっちを前にしようかなぁ、って悩みながら待っていたのにさ!」
二度とこういうチャンスは無さそう、と脹れっ面のソルジャーですが、私たちの方はホッと一息。
「よくやった、ぶるぅ。お蔭で俺たちは命拾いだ」
「そうですよ。ぼくたちじゃ、とても叫ぶ勇気はありませんしね」
キース君とシロエ君に褒められ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は元気が出てきたみたいです。
「よかったぁ! えっとね、もうすぐお昼だし…。何か食べたいものはある?」
「俺、ラーメン!」
サム君が元気よく手を挙げ、マツカ君が。
「レストランっぽくない料理がいいですね。コロッケなんかどうでしょう?」
「いいわね、キャベツをたっぷり添えて!」
レストランのショックは忘れるべきよ、というスウェナちゃんの意見にソルジャー以外は全員賛成。今日のお昼はシャングリラ学園の学食っぽくなりそうです。
「…そうか、学食…」
それもハーレイに教えなくっちゃ、とソルジャーは悔しそうにブツブツと。
「レストラン計画は壊れちゃったし、残るは毎晩のメニューだけ…。バリエーションを増やすためにも学食メニューを取り入れよう。あそこって何があったかな?」
「ゼル特製とエラ秘蔵だよ」
会長さんは即答でした。ソルジャーが目を丸くして。
「そ、それは確かに知ってるけどさ! そんなメニューをどうしろと!?」
「そのまま使えばいいだろう? シャングリラ学園の食堂自慢の隠しメニューはゼル特製とエラ秘蔵! これをメニューに取り入れられたら、それでこそ一流のシェフってね」
君の専属シェフなんだろう、と会長さんはニッコリと。
「ぼくは猥談は好みじゃないし、この子たちも万年十八歳未満お断りだからレッドカードを出している。だけど、ゼル特製とエラ秘蔵だけは除外にしよう。君のハーレイが編み出した時は是非、詳細な報告をお願いするよ」
謹んで五つ星を贈呈するね、と会長さんに鼻で笑われ、ソルジャーは奥歯をギリギリギリ。
「…ゼル特製とエラ秘蔵……。ハーレイの頭を坊主に剃ったらゼル特製でいけるかも…。ああ、でも、そんなの笑えるだけだし! 旨味が全く無いプレイだし!」
ましてエラ秘蔵なんてどうしろと、と呻くソルジャーのメニューごっこは当分続きそうでした。それは全く構いませんけど、気の毒なのは今日の犠牲者二名です。えーっと、そろそろ入れてあげたら? まだ真っ裸で玄関の外って、あまりにも悲惨すぎますよ~!
献立はお任せ・了
※新年あけましておめでとうございます。
シャングリラ学園番外編、本年もよろしくお願い申し上げます。
このお話はオマケ更新ですので、今月の更新はもう一度あります。
次回は 「第3月曜」 1月20日の更新となります、よろしくお願いいたします。
そしてハレブル別館の方に転生ネタな 『聖痕』 をUPいたしました!
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毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませ~。
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こちらでの場外編、1月はソルジャーが姫はじめを頑張っているようですが…。
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※悪戯小僧な「そるじゃぁ・ぶるぅ」、「本家ぶるぅ」とも呼ばれております。
アルト様のサイトの2007年クリスマス企画で生まれました。
現在は良い子の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が活躍していますが、こちらが本家本元です。
ゆえに年に一回、お誕生日のクリスマスには記念創作をプレゼントしています。
今年のクリスマスで満7歳です、果たしてどんなお誕生日に?
今年もクリスマスシーズンが近付いてきた。アタラクシアの街は日増しに華やぎ、イルミネーションも増えてくる。ショップ調査とグルメ三昧が生甲斐の「そるじゃぁ・ぶるぅ」の心が弾む光景だ。
クリスマスとくればサンタクロースにクリスマスイブの賑やかなパーティー、その翌日は誕生日。
今年で7歳になる「そるじゃぁ・ぶるぅ」は今から楽しみでたまならかった。
ミュウたちの船、シャングリラでは7歳を迎える子供はヒルマンが指導する学校に行く。けれど全く成長しない上、数年前にフィシスの占いで「永遠に子供のまま」だと告げられた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は学校などとは縁が無い。毎日、気ままに遊び暮らして、日が暮れて。
「えーっと…。今年もそろそろだよね?」
どうしようかなぁ、と小さな頭を占めている大問題はクリスマス前の恒例行事、『お願いツリー』に吊るすカードのことだった。
シャングリラの中の公園には大きなクリスマスツリーが飾られる。それとは別に大人の背丈くらいのツリーが用意され、クリスマスに欲しい品物と自分の名前を書いたカードを吊るす行事が『お願いツリー』。
吊るされたカードは意中の人の願いを叶えようと頑張る男女が持ち去ってみたり、プレゼント係のクルーが回収したりといった形で、欲しいプレゼントを貰える仕組みだ。
「そるじゃぁ・ぶるぅ」は去年と一昨年、このツリーに心からの願いを託した。
大好きなブルーが行きたいと夢見る青い星、地球。
そこへブルーを連れて行こうと、サンタクロースに「ミュウと人類の共存を説いてもらう」ために会って下さいとお願いしたのが一昨年。ところがサンタクロースは直接会ってはくれないらしく、それならば……と捕獲を試みた挙句、悲惨な結果になってしまった。
去年は一昨年の反省を踏まえて「地球への行き方を教えて下さい」と頼もうとしたのに、ヒルマンに「サンタクロースは地球の座標の表し方を知らないだろう」と諭され、考えた末にサンタクロースの橇で一緒に地球へ行こうと一大決心。
そして「そるじゃぁ・ぶるぅ」は頑張った。プレゼントを届けに来たサンタクロースを必死に追いかけ、シャングリラの中を走り抜け…。けれどもう少しで追い付ける、というタイミングでサンタクロースはハッチから外の雲海に飛び降り、トナカイの橇に乗って空へと去って行ったのだ。
「…サンタさんに地球へ行きたいってお願いしたってダメだよね…」
サンタクロースは会ってくれない上に、懸命に追っても逃げられた。一緒に地球に連れて行って、と精一杯の声で叫んでみても駄目だった。
つまりブルーの心からの願い、青い地球へと繋がる道はサンタクロースには頼むだけ無駄ということだ。
だったら、せっかくの一年に一度限りのクリスマス。
お願い事は自分のために使わなくては損だろう。実際、素晴らしい願いが叶って最高のリサイタルが実現した年もあったのだから。
「んーと…。やっぱりリサイタルかなぁ? カラオケ、うんと上手になったもんね!」
シャングリラのみんなに聞かせたいな、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は夢を見る。上手いどころか下手クソ以下で全く進歩が見られない事実に「そるじゃぁ・ぶるぅ」は気付いていない。御機嫌でカラオケを始めた途端に「全艦、騒音対策を!」とハーレイが叫んでいることも。
「そうだ、今年はリサイタル! どうせだったら歌って踊って年越しだよね!」
ぼくの歌で新しい年が明けるんだぁ! と煌めきのステージを思い浮かべて興奮で胸が高鳴り始める。大晦日の夜からニューイヤーにかけては腕に覚えのある有志のクルーが劇場でコンサートを開いているが、そんなものより上達を遂げた自分の歌声が相応しい。
今年の最後を締め括る歌には何を歌おう? 新年を迎えるには『かみほー♪』だよね、と浮かれた気分で「そるじゃぁ・ぶるぅ」はヒョイとテレポートした。
お願いツリーの出現までには三日ほどある。サンタクロースに「いい子なんです」とアピールしなくてはいけなくなる前に、思う存分、遊んでこよう!
ショップ調査のために降り立った街、アタラクシア。
悪戯するのも大好きだけれど、人類が暮らす街の中での悪戯はブルーに禁止されている。シャングリラが攻撃されたら大変なことになるからね、と。
巨大な白い船、シャングリラにはサイオンキャノンが備えられているし、戦闘班もあるのだけれど、戦闘能力で言えばブルーが誰よりも、シャングリラそのものよりも上だった。
自分の悪戯が元で戦闘になれば、大好きなブルーが戦いの場に出なくてはならないかもしれない。そんなのは嫌だ。身体が弱くてすぐに倒れるブルーを戦わせるなんて絶対に嫌だ。
そう思うから「そるじゃぁ・ぶるぅ」は街では決して悪戯をしない。
ショップ調査とグルメ三昧を繰り返すだけで、食い逃げだって決してしない。お小遣いはブルーがたっぷりくれるし、きちんとお金を支払っている。
「…何か新作、出てるかな? 寒くなってきたし、お鍋とか…」
目新しい鍋料理でも出来ていないか、と飲食店が多い通りをキョロキョロしながら歩いていた時、ひときわ目立つポスターが目に飛び込んで来た。鍋料理専門店のショーウインドウにデカデカと張られた鮮やかなそれ。
「…土鍋カステラ、はじめました…?」
なんだろう、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は目を丸くしてポスターの文字と写真を見詰める。この店は確か、ちゃんこ鍋とか寄せ鍋だとか、昼食や夕食向けの料理の専門店だ。何度も来たし、何度も食べた。なのにカステラ。…カステラはケーキや焼き菓子の店の商品だろうと思うのだけど…。
「新しいお鍋の名前かなあ?」
写真はお菓子っぽいけれど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は土鍋いっぱいに膨れ上がった黄色い中身をまじまじと見た。何処から見てもカステラそのもの。…でも……。
「お鍋の専門店だよね?」
それっぽく見える新作の出汁か何かかも、と小さな頭で考える。チーズフォンデュも鍋料理と言えば鍋料理だし、中華風のふわふわ玉子スープなんかも存在するし…。
「どんな感じのお鍋なのかな? ふわふわなのかな、こってりかな?」
新作とあらば食べねばなるまい。食べ応えのあるお鍋だといいな、と期待しながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」は店の扉をカラリと開けて暖簾をくぐった。
「土鍋カステラ、一つちょうだい!」
空いていたテーブルにチョコンと座って元気いっぱいに注文する。間もなく運ばれてきたホカホカと湯気の立つ大きな土鍋。素手ではとても持てない熱さの土鍋の蓋がパカッと開けられ、「これでどうぞ」と取り皿とフォーク、それにスプーンがコトリと置かれた。
ふんわり、こんもりと膨れ上がった黄金色の中身。スプーンで掬って頬張ったそれに「そるじゃぁ・ぶるぅ」のグルメ魂はズキューン! と射抜かれたのだった。
アタラクシアで人気沸騰中のデザート、土鍋カステラ。
最初は何処かの喫茶店で供されたメニューらしいが、折からの寒さと土鍋を使う目新しさが評判を呼んで、ついに鍋料理の専門店での華やかなデビューと相成った。
土鍋ならではの火の通りの良さ、余熱で蒸し上げるからこそ生まれるしっとりとした舌触り。冷めにくいがゆえに食べ終えるまでの間、スフレのような温かさを保って出来たての風味。
「…すごく美味しい…」
こんなカステラ食べたことない、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は感動した。鍋料理を食べようと思っていたことはすっかり忘れて、空になった土鍋を前に声を張り上げる。
「土鍋カステラ、もう一個!」
空の鍋が下げられ、次の土鍋が来るまでの間もドキドキ、ワクワク。
頼んですぐにサッと出てこない所が本物だ。出来上がったのを温め直して出すのではなく、仕上げの段階だけを残して用意してあるカステラを調理しているわけで…。
「土鍋カステラ、お待たせしました!」
テーブルが焦げないように敷かれた鍋敷きの上に土鍋がゴトン。蓋が取られると、溢れそうなほどに盛り上がった黄金色のカステラの甘い香りが鼻をくすぐる。
「いっただっきまぁーす!」
もう御機嫌で頬張りながら、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は今日はこの店で過ごそうと決めた。土鍋カステラを食べて食べまくって、今夜は夢でも土鍋カステラ!
「…ソルジャー。もう御存知かと思いますが……」
大変なことになっております、とキャプテン・ハーレイの眉間に深い皺が常よりも多めに刻まれた。シャングリラの公園にクリスマスツリーが飾られたのと日を同じくして、此処、青の間にも青く、時として白く輝くクリスマスツリーが登場している。
それは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が大好きなブルーのためにと買い込んでくるプレゼント。
青の間の主は、これまた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がシャングリラに初めて持ち込んだ炬燵がすっかり気に入っていて、冬は炬燵が定位置だ。今もミカンが盛られた器を前に、ハーレイに昆布茶を勧めてくる。
「ハーレイ、その皺は癖になるからと言っただろう? 小さな子供たちに怖がられるよ」
「それどころではございません! 今のシャングリラはもう大変な有様で…!」
今のままでは暴動です、とハーレイは拳を握り締めた。
「来る日も来る日も、玉子、玉子、玉子! 朝から晩まで食堂メニューが玉子焼きでは、クルーの士気に関わるどころか暴動が起きてもおかしくないかと!」
「生野菜と肉は足りているかと思ったが? それに魚も」
それだけあれば充分だろう、と返すブルーにハーレイはなおも言い募る。
「もちろん足りておりますが! 胃袋の方が追い付きません! 恐れながらソルジャーのお食事の方も、連日連夜の玉子焼きかと!」
「…確かにね。だけど、スープもサラダもついてくるのだし、栄養のバランスが取れればそれで」
「そんな問題ではございません! ソルジャーは我慢強くてらっしゃいますから、同じメニューが連続で出ても苦にならないかと存じますが…。普通のクルーはもう限界に来ております!」
なんとかアレを止めて下さい、とハーレイはガバッと土下座した。
シャングリラ中を悩ませている連日連夜の玉子焼き。その元凶は今も、調子っぱずれな鼻歌交じりに厨房の一角を占拠していた。
「こらぁっ、その作り方は間違っていると何度言ったら分かるんだ!」
必要なのは泡立て器だ、と厨房担当の男性クルーが泡立て器を振り上げて怒鳴り付ける。しかし相手は聞こうともせず、特大のボウルに畜産部門から運び込まれた産み立て卵をパカパカ割り入れ、砂糖をドッサリ放り込んだ。もちろん計ってなどいない。
「かみお~ん♪ 卵にお砂糖、それからミルク~!」
今日こそ上手に作るんだもんね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はミルクの貯蔵タンクの栓を捻って、新鮮なミルクをボウルに直接ドボドボドボ。此処でも軽量カップは使わず、タンクに備わった「必要な数値を入力すれば、その分だけを」供給するシステムもサラッと無視だ。
「後はかき混ぜて入れるだけ~♪ 土鍋、土鍋の美味しいカステラ~!」
焼いて作ってフワフワしっとり! などと出鱈目な自作の歌を歌いつつ、超特大と呼べるサイズの土鍋に流し込み、蓋をしてから調理場の奥のオーブンへ。
「土鍋カステラ、もうすぐフワッと出来上がり~!」
焼けるまでカラオケしてこようっと! とオーブンを覗き込むのに飽きた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が出て行った後、オーブン担当の男性クルーが盛大な溜息を吐き出した。
「…また適当にしやがって…。これじゃ黒焦げになっちまうぜ」
オーブンの温度を下げて、焼き時間もググンと減らすクルーの姿に、厨房担当のクルー全員の嘆きの声が重なった。
「…今日もやっぱり玉子焼きか…」
「ヤツが相手だけに誰も露骨に文句は言わんが、本当にもう限界だよなぁ…」
せめてサラダを頑張ろう、という者もいれば、スープ作りに取りかかる者も。
計量はおろか泡立てるというカステラ作りの命とも言える手順を踏まずに挑戦を続ける「そるじゃぁ・ぶるぅ」の失敗作な甘い玉子焼きが、シャングリラのメニューのメインなのだった。
カラオケを終えて厨房に戻った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は土鍋いっぱいのカステラならぬ玉子焼きの姿にガックリしたものの、それは一瞬。すぐに別の超特大の土鍋をテレポートで運び込み、ボウルを用意して卵をパカパカ、砂糖ドッサリ、ミルクをドボドボ。
御機嫌な歌声は終わらない。
「土鍋、土鍋で土鍋カステラ、美味しいな~♪」
蓋をした土鍋をオーブンに入れると、「本場の味も確かめなくちゃ!」と一声叫んで、パッと姿が消え失せた。行き先は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が心酔している土鍋カステラ専門店。否、鍋料理の店と言うべきか…。
そこでお腹いっぱいになるまで土鍋カステラを食べまくっては、自作のカステラならぬ玉子焼きの改良に全力を注ぐ。悲しいかな、永遠の子供と言われる「そるじゃぁ・ぶるぅ」に調理方法という概念は全く無かった。
土鍋カステラが上手く出来ない理由は材料にあり、と信じている。さっき焼き上がった失敗作は卵が少し多過ぎたのか、はたまた砂糖が足りなかったか。
「うーん…。卵とお砂糖、ミルクは間違いないんだけどなぁ…」
いったい何がダメなんだろう、と言いつつ本家の味を堪能する前に一度くらいは自作の味見もすべきでは…。もっとも「そるじゃぁ・ぶるぅ」にしてみれば、失敗作など味見する価値すらないのだけども。
「ソルジャー、とにかく打つ手がございません! 今も玉子焼きがオーブンの中で増殖中です!」
ヤツが戻ればもっと増えます、とハーレイは土下座したまま額を炬燵布団に擦り付けた。
「なにしろヤツの今年のサンタクロースへの願い事は…!」
「知っているよ。ぶるぅのバースデーケーキ並みのサイズ、御神輿みたいに担げるほどの土鍋カステラが作れる土鍋だっけね。寝床にしている土鍋よりも大きいサイズのカステラを作って、ホカホカ気分で寝転がりながら食べたいらしい」
とりあえず特設キッチンが要るね、とブルーは笑う。
「土鍋の方は、もう注文を出してあるんだよ。特設キッチンの設置はキャプテンに任せる」
「そ、そんな…! そんなサイズで玉子焼きなぞを作られては…!」
もう間違いなく暴動です、と青ざめるハーレイに、「心配ないよ」とブルーが微笑む。
「そろそろストップをかけなければ、とは思っていた。…去年と一昨年、ぶるぅはサンタクロースへのお願い事をぼくのために使ってくれたから…。今年は久しぶりに子供らしい願い事をしてくれたから、つい、嬉しくてね」
みんなには気の毒なことをしてしまったけど、とブルーは玉子焼き地獄に陥ったシャングリラのクルーたちへの詫び状の山を取り出してハーレイに託した。
「ちゃんと一人ずつ宛名を書いて、サインもぼくが…ね。文面は印刷で悪いんだけれど」
「そ、そんなことは…! ソルジャーからのお手紙となれば、皆、喜びます!」
宝物にする者もいるでしょう、と感極まったハーレイの前に「これも一緒に配ってほしい」と、ブルーが自らアタラクシアの街に降りて買ってきたという『おつまみ煎餅』詰め合わせセットを保管してある倉庫の鍵が差し出される。
その夜、またも玉子焼きがメインの夕食を食らったクルーたちから一言の文句も出なかったことは言うまでもない。
翌日の朝、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は土鍋カステラの店の開店を待つ間にトコトコと厨房に出掛けて行った。
今日は卵を三個ほど多めにしてみよう。砂糖も多めで、ミルクは少し控えめで。
「また来たのか」と露骨に顔を顰めるクルーたちを他所にボウルを取り出し、さて、テレポートで超特大の土鍋を出して、と…。
「あーーーっ!!!」
凄まじい悲鳴が響き渡って、クルーたちは反射的に耳を押さえて床へと伏せた。しかし何事も起こらない。悲鳴の主の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が動く気配すら伝わらない。
「「「………???」」」
恐る恐る起き上がって様子を伺うクルーたちは見た。
調理用の巨大なテーブルの上で真っ二つに割れた特大土鍋と、呆然と立ち尽くす「そるじゃぁ・ぶるぅ」を。
「……ぼくの寝床……」
ポロポロポロ…と見開いた目から大粒の涙が零れ落ち、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は声の限りに泣き始めた。
「割れちゃったぁー! ぼくの寝床が割れちゃったよぉー!!」
すっごく寝心地が良かったのに、と泣きじゃくる姿に、クルーたちは心で突っ込みを入れる。
超特大の土鍋はやっぱり寝床だったのか。衣食住とはよく言うセットだけれども、寝床を使って料理というのはデリカシーに欠けるどころの騒ぎじゃないよな?
「なんで、なんで、なんでーっ?! ぼくの寝床ーっ!」
おんおんと泣いていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」だったが、腹の虫がグウと鳴いたはずみに気を取り直したらしく、代わりの土鍋をテレポート。しかし、これまた物の見事に真っ二つで。
「う、嘘…。嘘だよ、こんなの夢を見てるに決まってるーっ!」
絶対嘘だ、と新たにテレポートさせた次の土鍋も真っ二つ。そうこうする内に土鍋のストックが尽きたらしくて、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は土鍋カステラ作りを諦め、寝直そうと部屋に戻って行った。だが、その部屋で迎えてくれる筈の土鍋の寝床は一つも無くて。
「うわぁぁぁーん、無いーっ! ぼくの寝床が無くなっちゃったぁー!」
今日から何処で寝たらいいの、と泣きの涙の「そるじゃぁ・ぶるぅ」に、ハーレイが子供用ベッドを届けに来た。
「ぶるぅ、土鍋が全部真っ二つに割れてしまったそうだな。ソルジャーがこれを届けるようにと仰った」
「…土鍋は? 土鍋は一つもないの?」
「気の毒だが、生憎と鍋のシーズンだ。ソルジャーも懸命に探しておられたようだが、シーズンが済むまで注文も受けていないとのことだ」
諦めろ、とベッドを壁際に据えてハーレイは部屋を後にした。
ソルジャーもやる時はトコトンらしい、と大きな肩が笑いを堪えて震えている。そう、土鍋は一つも割れてなんかはいなかった。あれはブルーのサイオニック・ドリーム。無傷の土鍋が青の間の奥の倉庫に積まれていることはハーレイとブルーだけが知る最高機密となるだろう…。
そうして「そるじゃぁ・ぶるぅ」の受難の日々が始まった。大のお気に入りの土鍋の寝床が無くなり、慣れない子供ベッドでの夜。これでは昼寝も落ち着かない。
凝りまくっていた土鍋カステラだって、超特大の土鍋だからこそ楽しいのであって、厨房で普通に用意している土鍋なんかでは料理する気も起こらない。
子供ベッドでは寝た気にもなれず、サンタクロースへの「良い子アピール」を抜きにしたって悪戯をする元気すら湧いてはこなかった。
「……ぼくの寝床……」
鍋シーズンが終わるまで土鍋の寝床は無理かも、とションボリしていて、ふと思い出した。
こういう時にはサンタクロースだ。とびっきりのお願い事でも叶えてくれるのがサンタクロース。地球には連れて行ってくれないけれども、土鍋くらいは楽々と届けてくれるだろう。
そうだ、サンタクロースに土鍋の寝床を頼めばいい。バースデーケーキサイズの大きな土鍋でカステラ作りもやりたかったけど、土鍋カステラの才能はどうやら無いみたいだし…。
「うん、サンタさんだ! サンタさんに土鍋をお願いしようっと!」
歩いていくだけの時間も惜しくて、『お願いツリー』の側までテレポート。早速カードを書き換えて吊るし、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「お願いします」とお辞儀した。
「サンタさん、去年は追い掛けちゃってごめんなさい…。ちゃんといい子で待っているから、クリスマスに土鍋の寝床を下さい!」
声に出して念を押してみたら、心が軽くなった気分がする。クヨクヨしたって割れた土鍋は戻ってこないし、カステラ作りも出来ないし…。
「うん、ちょっと元気が出て来たかも! そうだ、新しい土鍋を貰ったら土鍋カステラ作らなくっちゃね!」
味を研究しておかなくちゃ、とアタラクシアの街へテレポート。本家本元の土鍋カステラの味を極めるべく、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は胸を張って暖簾をくぐって行った。
玉子焼き地獄と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の悪戯から逃れたシャングリラは平穏無事にクリスマス・イブの夜を迎えて、パーティーが済むと小さな子供は寝る時間。
今年もハーレイはサンタクロースの姿に扮して「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋にプレゼントを運んで行った。しかし流石に今年ばかりは…。
『ハーレイ、ぶるぅは寝ているかい?』
『はい、ソルジャー。プレゼントを並べ終わりましたが、起きません』
『なるほど、子供ベッドにも馴染んだようだね。それじゃ、今から送るから』
ブルーの思念波が言い終えるなり、直径二メートルはあろうかというサイズの土鍋がテレポートでパッと出現した。これはハーレイが背負ってきた袋には入らない。
『…凄いですね、これでカステラですか…』
『ぶるぅの本当のお願いだしね? 卵の泡立ては君も手伝ってくれるだろう?』
まさかぼくだけにやらせはすまいね、とブルーの思念がクスクスと笑う。
『もちろんです! シャングリラの皆も、喜んでお手伝いさせて頂くかと…。ぶるぅではなく、ソルジャーのために』
『そこはぶるぅのために、だね。ハーレイ、サンタクロース役、御苦労様』
リボンをきちんと結んでおいて、と頼まれたハーレイは巨大土鍋にかけられた飾りのリボンが緩んでいないか確認してから「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋を出た。シャングリラはもう夜間シフトだ。
(サンタクロース役も七回目か…)
早いものだな、と指を折って数え、ハーレイは唇に笑みを浮かべた。
クリスマスの日の朝、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はガバッと飛び起き、待ちに待った土鍋の寝床を求めて床に目をやる。そこには寝床サイズの土鍋は無くて、超特大の巨大土鍋が…。
「えっ…? サンタさん、間違えちゃった? それとも間に合わなかった…のかな…」
ぼくのお願い、遅すぎた? と涙目になりかかった「そるじゃぁ・ぶるぅ」にブルーからの優しい思念が届いた。
『ハッピーバースデー、ぶるぅ。…サンタクロースは来てくれたかい?』
「…え、えっと…。来てくれたけど…。プレゼントもいっぱい置いてあるけど、お願いしといた土鍋がないの…。寝床の土鍋をお願いしたのに、凄く大きいのを貰っちゃったの!」
こんな土鍋じゃ寝られないよう、と泣きかかった所へブルーの思念がふうわりと。
『おやおや…。本当に大きな土鍋だねえ? でも、ぶるぅ。昔から大は小を兼ねると言うんだよ。もしかしたら中に寝床サイズも入れてあるかもしれないよ?』
「えっ、ホント?!」
大急ぎでリボンを解いて巨大土鍋の蓋をサイオンで開けてみた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は歓声を上げた。
「うわぁ、土鍋だ! ぼくの土鍋だ、割れちゃったヤツが帰って来たよ!」
『良かったね、ぶるぅ。サンタクロースが修理して届けてくれたんだろう。良い子にしてれば御褒美を貰えることが分かったかい?』
「うんっ! ひい、ふう、みい…。全部ある、全部帰って来たよ~!」
ブルーが青の間に隠していたとも知らない「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大感激だ。そこへ…。
『『『ハッピーバースデー、そるじゃぁ・ぶるぅ!』』』
シャングリラ中からの思念が湧き上がり、ブルーがテレポートで現れた。
「ぶるぅ、7歳の誕生日、おめでとう。今年もバースデーケーキは用意したけど、お前の夢の超特大の土鍋カステラを一緒に作ろう。ぼくとシャングリラのみんなでね」
せっかくサンタクロースがくれたんだから、とブルーはニッコリ笑ってみせた。
「もしかしたら土鍋が届くかも、と思っていたから特別なキッチンを作らせたんだ。さあ、ぼくとぶるぅのサイオンでそこまで運ぼうか」
「で、でも…。ぼく、土鍋カステラ、失敗ばかりで作れないの!」
まだまだ研究できていないの、と残念そうに巨大土鍋を見詰める「そるじゃぁ・ぶるぅ」に、ブルーは「大丈夫さ」と微笑み、小さな銀色の頭をクシャリと撫でた。
「土鍋カステラには作り方というのがあるんだよ。教えてあげるから、まずは泡立て器で卵をしっかり泡立てるんだね」
「分かった! ぼく、頑張る!」
おっきなカステラ作るんだぁ! と大喜びの「そるじゃぁ・ぶるぅ」の土鍋カステラ作りは今日を境に飛躍的に進歩するだろう。シャングリラの公園には恒例となった巨大バースデーケーキが御神輿のように担ぎ上げられて到着で…。
『ソルジャー、卵は何処で泡立てますか?!』
『ケーキが先ですか、それとも先に土鍋カステラを仕込みますか!?』
ワイワイと騒ぐ皆の思念に、ブルーが「そるじゃぁ・ぶるぅ」と手を繋ぎ。
『今からぶるぅとそっちに行くよ。土鍋をキッチンに運んでからね』
バースデーにはケーキからだ、という思念を合図に公園のあちこちでクラッカーが弾け、バースデーソングの大合唱が湧き起こる。
「そるじゃぁ・ぶるぅ」、7歳の誕生日、おめでとう!
クリスマスの土鍋・了
※悪戯小僧な本家ぶるぅ、12月25日で満7歳。
2007年の12月25日で1歳でしたから、6年間も生きてきたようです。
これからもブルー大好きっ子で元気に過ごして欲しいですねえ。
お誕生日しか出番が無いけれど、実はブルーを青い地球まで連れて行っちゃいますよ!
そのお話を御存知ない方は、下のバナーから 『赤い瞳 青い星』 へどうぞv
←本家ぶるぅ版・ブルー生存EDです!
そして「ぶるぅと土鍋」の図です! クリックで拡大できます、可愛いですよね~。
←両隣のコロコロは「ぬいぐるみ」!
リンドウノ様からの頂き物です、感謝ですv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
今年も夏休みがやって来ました。柔道部三人組の合宿も無事に終わって数日が過ぎ、今日からマツカ君の山の別荘へみんな揃ってお出掛けです。お弁当を買って貸し切りの車両に乗り込み、最初はワイワイ騒いでましたが…。
「あれっ、キースは寝ちゃったわけ?」
声がしないと思ったら、と言うジョミー君の後ろのシートでキース君はぐっすり眠ってしまっていました。封を開けたポテトチップスの袋を落とさないよう握っているのが流石です。
「寝かせてあげればいいと思うよ、きっと疲れているんだろう」
なにしろお盆が近いから、と会長さん。ジョミー君とサム君は棚経にお供しますけれども、最初のような地獄の自転車修行とかは最近ありません。直前に師僧の会長さんが作法や読経の特訓をして元老寺へと送り込むのが定番です。
「あー、お盆かぁ…。あれって準備が大変だしなぁ」
寝かせとこうぜ、とサム君が応じ、そろそろお弁当でも食べようか、ということになった所でキース君の声が響き渡りました。
「くっそぉ、卒塔婆五十本!!!」
「「「!!?」」」
起きたのか、と振り向いてみればキース君は変わらず爆睡中。ただ、叫ぶと同時に振り回したらしくポテトチップスが床に飛び散っています。
「…なんとも派手な寝言だったねえ…」
会長さんが苦笑し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「あーあ、空っぽになっちゃってる…。もったいないけど落ちちゃったしね」
お掃除しなきゃ、とポテトチップスを拾ってゴミ袋に入れ、キース君の手には空の袋だけが残りました。後でネタにして笑ってやろう、とジョミー君たちと話していると、会長さんがそれを制して。
「電車の中でサラッと流すのは勿体ない。別荘に着いてから尋問したまえ、夕食の後がお勧めだね」
「「「えっ?」」」
「君たちには察知出来なかっただろうけど、寝言を叫んだ瞬間にさ…。キースの心が零れたわけ。面白いからゆっくり話を聞くといい」
今はポテチの袋と寝かせておこう、と微笑む会長さんは優しいんだか怖いんだか。卒塔婆五十本は気になりますけど、そういうことなら話は別です。私たちは和やかに駅弁を食べ、やがて目覚めたキース君は空のポテチを不思議そうに眺めたものの、食べられてしまったと思ったらしく。
「…すまん、眠ってしまったようだ。申し訳ない。……だが、俺のをポテチを食っていいとは言っていないぞ」
「寝た方が悪いね、食べ盛りの高校生に仁義は無いよ」
それこそあっちの世界の「ぶるぅ」並み、と会長さんがピシャリと切り捨て、ポテチの件はそれでおしまい。ソルジャーの世界の「ぶるぅ」だったらキース君の駅弁も消えていたでしょう。キース君、駅弁が残っていただけ良かったと思わなきゃですねえ…。
こうして電車は順調に走り、山の別荘地の最寄り駅へ。そこから迎えのマイクロバスに乗り、マツカ君の別荘に到着です。出迎えてくれる執事さんの姿は出会った頃と殆ど変わり無し。独身人生だった執事さんはシャングリラ・プロジェクトに参加を申し出、今や私たちのお仲間でした。
「いらっしゃいませ。いつものお部屋を御用意いたしました」
「「「お世話になりまーす!!!」」」
元気に返事し、勝手知ったるゲストルームへ。荷物を置いたら旅での運動不足解消を兼ねて軽く散歩し、それからシェフ特製のレモンシャーベットやレモンパイなどを食べつつ明日の相談。乗馬だ、ボートだ、トレッキングだと騒いでいる内に日は暮れて…。
「かみお~ん♪ 御飯が済んだら尋問だよね?」
そうだったよね、と夕食のテーブルで「そるじゃぁ・ぶるぅ」が無邪気に聞くまで忘れていました、例の件。豪華な食事は既に終わって紅茶とコーヒーが出ています。
「ああ、卒塔婆!」
そう叫んだのは誰だったのか。ワクワク気分の私たちの中で、キース君だけが怪訝そうに。
「何の話だ?」
「忘れたのかい? 君が電車で叫んだんだよ」
ぼくはバッチリ覚えている、と会長さんがニッコリと。
「君が寝ている間に消えたポテチは盗み食いされたわけじゃない。君が寝呆けて振り回したんだ。床に飛び散って誰の胃袋にも収まることなくゴミ箱行きさ。…食べ物を粗末にしてしまったお詫びに、まずは罰礼十回だね」
そっちの床で、と指差した先は絨毯の無い板敷きの部分でした。罰礼は南無阿弥陀仏に合わせて五体投地をするモノだ、と私たちも学習しています。気の毒に板敷きで十回ですか…。
「く、くっそぉ…。だが、本当なら仕方がないか…。阿弥陀様、申し訳ありませんでした」
南無阿弥陀仏、と頭を垂れたキース君は椅子から立って行って罰礼十回。まあ、本職のお坊さんですし、アドス和尚に千回とかもやらされてますし、十回くらいは軽いでしょう。罰礼を終えたキース君は再び席に着き、コーヒーを一口飲んでから。
「で、俺が卒塔婆と叫んだのか? ポテチの袋を振り回して?」
「うん。ぼくの記憶に間違いなければ、「くっそぉ、卒塔婆五十本!!!」とね」
会長さんが同意を求めてテーブルを見回し、一斉に頷く私たち。さあ、尋問タイムの始まりです。
「卒塔婆五十本でキレるようでは副住職は務まらないと思うけど? この時期、お寺と卒塔婆は切っても切れない関係だよねえ。元老寺ほどの規模になったら何本なんだか」
「やかましい! 俺だってちゃんと計画的に書いているんだ、卒塔婆をな!」
来る日も来る日も卒塔婆書き、と呻くキース君。お盆といえばお墓参りで、お墓に欠かせないのが卒塔婆。お盆の法要で檀家さんが納める卒塔婆を供養し、お墓に供えて貰うのですが…。大前提としてキース君とアドス和尚が大量の卒塔婆を用意することになるわけです。
「親父と俺とで分業なんだが、お互いのノルマは決まっている。それなのに親父が昨日、押し付けてきやがったんだ! 自分の分を五十本も!」
「五十本ねえ…。遊びに行くならやっとけって?」
如何にもありそうな話だよね、と会長さんが相槌を打てば。
「そうじゃない! ミスッた現場を見られちまって、「明日から遊びで弛んでいるな」と五十本なんだ、クソ親父め!」
「それなら自業自得じゃないか」
文句を言えた筋合いではない、と会長さんは冷たく流しましたが、キース君も負けてはいません。
「本当に弛んでたんならな! そうじゃないんだ、俺はだな…」
「俺は?」
「こう、延々と卒塔婆を書いているとだ、無我の境地に入ることもあるが、他のヤツらはどうしてるだろう、と雑念が入ることもある」
何処の寺でも今頃は卒塔婆、とキース君は前置きをして。
「昨日は雑念が浮かぶパターンで、先輩の顔が浮かんでな。そこから色々と芋蔓で…。まだ着られないのに紫の衣を着やがったヤツがいたっけな、と」
「「「紫?」」」
「そうだ、紫だ。俺の歳ではまだ着られん。ついでに着られる資格も無い。どう頑張っても四十歳までは着られないんだが、最近、手伝いに行った法要で……俺の同期が堂々と!」
ド田舎寺だと思いやがって、とキース君は拳を握り締めています。えーっと、ド田舎寺って、何が?
「そうか、お前たちは知らないか…。アルテメシアは璃慕恩院があるし、絶対に有り得ないんだが…。地方へ行くと本山の睨みが効かなくなる分、決まりを守らないヤツが出る。俺の同期もそのパターンなんだ。俺が突っ込んだら、「俺の地元ではこれが普通だ、習慣だ」と!」
アレは絶対に嘘八百だ、とキース君はブツブツと。
「習慣で紫が着られる地域は確かにある。だが、そういうのは老僧だ。年を重ねた熟練の人なら資格だけ持った若造などより素晴らしい方もおられるからな…。資格が無くても紫というのは理解出来る。しかし俺と同期で紫は無い!」
ただの自慢で見せびらかしだ、とキース君。
「おまけに相当いいのを仕立てたらしい。すげえだろ、と俺たちの前で衣の袖をヒラヒラとな…。アレを思い出してブチッとキレたら、卒塔婆の上に墨がボタッと」
「「「………」」」
「マズイと思って使った道具も悪かった。レトロにやったらバレなかったかもな…」
失敗した、と嘆くキース君が使った道具は卒塔婆文字削り機。なんでもケーキ作りとかに使うハンディミキサーそっくりなモノで、泡立て器の代わりに円盤型のヤスリが付いているのだとか。スイッチを入れれば泡立て器ならぬヤスリが回転、間違った部分だけ綺麗に削れる仕組みで。
「電動式だけに音が出るんだ、地道に俺の手で削ればよかった…」
キース君は運悪く廊下を通りかかったアドス和尚に音を聞かれてミスをしたのがバレたのです。一ヶ所を削る手間を惜しんだばかりに卒塔婆五十本。文字通り「急がば回れ」というヤツで。
「くっそぉ、余分に五十本も! 親父も憎いが紫が憎い!」
俺も着られる歳になったら最高級のを仕立ててやる、とキース君はマジ切れでした。法衣なんてどれも同じかと思ってましたが、同じ色でもピンからキリまであるようです…。
山の別荘ライフの間にキース君の寝言と卒塔婆五十本は何度も話題に上りました。帰ったら卒塔婆五十本だぜ、とからかわれる度にキース君が黄昏れるため、ついつい言ってしまうのです。そんな楽しい別荘ライフも今夜で終わり、という夜のこと。
「紫かぁ…」
会長さんがボソッと呟きました。とっくの昔に夕食は済み、一番広い会長さんの部屋に皆で集まっていた時です。
「ぼくも紫は着られるんだよねえ、せっかくだから作ろうかな? キースのとセットで最高級のを」
「おい、それは俺へのあてつけか!? 俺は紫はまだ無理なんだぞ!」
「だからさ、いつか着られる身になった時に自慢するのにピッタリのヤツを」
君は自慢するタイプじゃないけど、と会長さんは断ってから。
「最高級の紫を着るのに相応しい器になるよう努力するのさ、言わば目の前のニンジンだね。そういう法衣を持っていたなら頑張れるだろう?」
「………。あんたがプレゼントしてくれるのか?」
高いんだよな、とキース君が尋ねれば、会長さんは。
「うーん、そもそも販売してないと思う。最高級のは紫根染めだろ?」
「よく分からんが、天然染料のヤツらしいな」
アレは高い、とキース君。首を傾げる私たちに会長さんが説明してくれましたが、紫根染めは紫草という植物の根っこを使って染めるそうです。化学染料より手間がかかる分、お値段もグンと跳ね上がるわけで。
「紫草を育てる所から始まるしねえ…。でもさ、それどころじゃない紫がある。王様しか着られませんでした、ってくらいに高級なのがね。キース、君なら知っていそうだけれど?」
「…貝紫か?」
「そう、それそれ!」
「「「カイムラサキ?」」」
なんのこっちゃ、とオウム返しな私たち。会長さんはニッコリ笑って。
「貝から採れる染料なんだよ、ストールを一枚染めるだけでも二十キロ以上の貝が必要。これで法衣を染めるとなったら百キロじゃとても足りないね。貝紫の着物は売られてるけど、法衣は無いかと」
「あんた、法衣を注文する気か?」
「それじゃ全然面白くない。染めちゃうんだよ、ぼくたちでね」
「「「は?」」」
会長さん、なんて言いました?
「染めるんだってば、法衣用の生地を二人分! 海の別荘行きがあるだろ、その時にさ。染めたら仕立てはプロにお任せ、かかる費用は生地代と仕立て代だけってね」
格安コースで最高級の貝紫! と会長さんはブチ上げましたが、キース君が。
「…それは殺生と言わないか? 紫草なら植物だがな、貝紫となったら貝を思い切り殺しまくりで、法衣に相応しくないような…」
「それを言うかな、坊主の君が? この夏だって誂えてただろ、正絹の法衣! 絹ってヤツはね、繭の中の蚕が死んじゃっていたら規格外。生きたまんまで熱乾燥するか、釜茹でだよ? 法衣一枚に蚕が何匹必要なのかな?」
既に殺生しまくりだよね、と指摘されてしまいグウの音も出ないキース君。そこへ会長さんがダメ押しの如く。
「ぼくの知り合いが体験しちゃった実話だけどさ。檀家さんの家で法事があって、紫の衣を着て行ったわけ。お布施の額が多い檀家さんだし、もちろん最高級の絹をね。家での法事だと、読経の間に香炉を回してお焼香だろ?」
それは会長さんの家の和室で何度か体験済みでした。一番最初は会長さんの留守中にキース君が仕切った仏道修行体験だったっけ、と懐かしく思い返していると。
「そうやって香炉を回していくと、最後はお仏壇の前に戻るよね? でもって、法事の締めは法話だ。ぼくの知り合いも法話をしていた。すると何処からか匂いがするわけ」
お線香だろ、と誰もが思ったのですが、さに非ず。漂う匂いは動物性の、なんとも臭い代物で。
「妙な匂いがしているな、と気になりつつも法話をしてたら、檀家さんが「和尚さん、衣が焦げてます!」と…。香炉の上に袖が乗ってたんだね、それがブスブス焦げてたってさ。衣は焦げたら臭いんだよ。動物性だという証拠だよね」
草木を燃やしても臭くはならない、と法衣のための殺生の正当性を主張してのけた会長さんはウキウキとして。
「というわけで、海の別荘で貝紫! 素敵な生地が出来ると思うよ、それに使う貝は美味しく食べられるんだ」
無駄な殺生というわけではない、と聞かされて納得の私たち。今年の海の別荘ライフも楽しいことになりそうです。染める生地はマツカ君が用意してくれることに決まって、いざ、貝紫とやらにチャレンジですよ~!
海の別荘へ出掛けるまでの間に、キース君は自分のノルマの卒塔婆に加えてアドス和尚に押し付けられた分を五十本。それが済んだらジョミー君とサム君も巻き込んで猛暑の中を棚経に回り、お盆の法要などと大忙しで。やっと終わった、と海の別荘行きの貸し切り車両に乗り込んでみれば。
「凄い紫を染めるんだって?」
ぼくも欲しいな、と赤い瞳を輝かせる人物が約一名。そう、私たちは綺麗サッパリ忘れ去ってしまっていたのです。例年、自分たちの結婚記念日に合わせて海の別荘行きの日程を仕切り倒しているソルジャーを。
「あっ、ぼくが欲しいのは法衣じゃないよ? ぼくのマントも紫だからさ、一緒に染めて貰おうかなぁ…って。色が薄めだから貝はそんなに沢山要らないと思うんだ、うん」
「ブルーの分も是非、お願いします。地球の海の貝で染めた紫はさぞ美しいかと…」
ブルーに着せたらきっと映えます、とキャプテンが力説しています。バカップルだけにソルジャーを着飾らせたい気持ちは分かりますけど、でも、マントですよ? 普段と全く変わりませんよ? それでも別にいいのかな、などと考えていると、会長さんが。
「マントは無理だね、生地が特殊すぎる。…貝紫で染められるようなものじゃない」
「えーーっ? だったら似たような生地だけでも…。実用じゃなくて御洒落着で!」
シャングリラの中だけで着ることにするから、と食い下がるソルジャー。王様くらいしか着られなかったという高級品に惹かれまくっているようです。おまけに憧れの地球の海に棲む貝を使って染める辺りがツボらしく。
「頼むよ、ぼくのマントの分も! 生地だけでいいから!」
欲しいんだよ、と駅弁の蓋も開けずにソルジャーは拝み倒しています。会長さんがフウと溜息をついて。
「…その生地、どうするつもりだい? 君も、君のハーレイも裁縫が得意なタイプじゃないよね? かといって、君のシャングリラの服飾部に生地を回せば大変なことになりそうだけど?」
「えっ? あっ、そうか…。持ち込みだから耐久性とかをテストするよね、その段階で燃えるか溶けるか…。テストするのはサンプルだけど、布本体も適性無しとしてお蔵入りかぁ…」
ぼくのマントは作れないね、とガックリ肩を落とすソルジャー。よほど貝紫のマントが欲しかったのか、もう本当に残念そうで。
「おい、ぶるぅで何とか出来ないのか?」
キース君の声に「ぶるぅ」がブンブン首を横に振って。
「無理、無理、無理! ぼく、お裁縫なんか出来ないもん!」
「お前じゃないっ! こっちのぶるぅに決まってるだろう! どうなんだ、ぶるぅ?」
「え? えーっとね、本物は無理! だけど見た目にソックリなヤツってだけなら縫えそうだけど…。仕上げにサイオンでコーティングしたら丈夫になるし、御洒落着だったら大丈夫かも…」
だけど外には着て行かないでよ、と念を押した「そるじゃぁ・ぶるぅ」にソルジャーは大感激でした。本物の地球でも最高級の紫、しかも海から採れる色。それをマントに出来るというのが嬉しくてたまらないようで。
「ありがとう、ぶるぅ! 絶対に外には着て行かないよ、大切にする。シャングリラの中だけで大事に着るね」
だからよろしく、とペコリと頭を下げるソルジャー。キャプテンも深々とお辞儀しています。マツカ君が執事さんに早速連絡を入れ、布地の追加が決定しました。マントの質感に近い素材を調達するため、大量のサンプルが別荘に先回りしていそうです…。
海の別荘に到着するなり、私たちは二階の広間に案内されてソルジャーのために生地選び。会長さんとキース君の法衣用の生地は納入済みで今日からだって染められますけど、ソルジャーの分を早く決めないと時間が無駄になっちゃいますから。
「こちらの生地など、どうでしょう?」
質感がよく似ていますよ、と真っ白い生地の海から教頭先生が一枚選び出しました。ソルジャーはそれを肩に掛けてみて。
「うーん、なんというか、もうちょっと…。でも、今までで一番近いかな? ぼくのハーレイが選んだヤツも、ブルーが選んだヤツもイマイチ感がもっと」
「ありがとうございます。…では、もう少し探してみましょうか」
似たようなので…、と探しまくっている教頭先生。会長さんとキャプテン、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も頑張っていますが、私たちはソルジャー服自体に馴染みが薄いので見ているだけ。最終的にソルジャーがOKを出した生地は教頭先生が選んだものでした。
「凄いね、君は。ぼくのハーレイでもロクに分かってないのにさ」
毎晩脱がせているくせに、とソルジャーが笑い、教頭先生は耳まで真っ赤に。言われてみれば教頭先生、会長さんのマントなんかに馴染みがあるとは思えませんけど…。まさか密かに脱がせてるとか、着せているとかはない…ですよねえ…?
「失礼な! なんだってぼくがハーレイなんかに!」
会長さんの怒声に首を竦めたのは私だけではなく、殆ど全員。会長さんは唇を尖らせながら。
「…ハーレイがプロのエステティシャンなのは知ってるだろう? 指先の感覚が優れてるわけ。ついでにシャングリラ号に乗ってる時にエステを頼めばマントに触る機会もあるしね、似たような生地を選べて当然!」
別に不思議でも何でもない、と言い切る会長さんに、ソルジャーが。
「そうかなぁ? それだけじゃなくて、やっぱり愛かと…。ねえ、ハーレイ?」
尋ねられたキャプテンも頷いて。
「私も愛だと思いますが…。職人技というだけでは無理でしょう。やはり、こちらのブルーを深く愛しておられるのが大きいですよ」
「……いえ、私はブルーに着せるならどれかと思って選んだだけで……」
教頭先生が頬を赤く染め、会長さんが。
「違う、違う、違うーーーっ!!! ハーレイのヤツは職人技!」
愛なんかあってたまるものか、と怒鳴り散らしている会長さん。生地選びからして揉めてますけど、こんなので上手く染められるかな…?
その日は海で軽く泳いで夕食、翌日からの作業に備えて早寝。ソルジャー夫妻は早寝どころか熱々だったかもしれません。海の別荘は二人が結婚した場所で、初日が結婚記念日です。もちろん夕食も二人のために豪華料理でお祝いのケーキもついていましたが、毎年のことだけに慣れてしまって。
「かみお~ん♪ みんな、早いね!」
「おう! あいつらのことは知らないけどな」
まだ寝てるかもしれねえぜ、とサム君が上を指差す朝の食堂。ソルジャー夫妻と「ぶるぅ」以外は貝紫染めに挑戦するべく早々と起き出して来たのです。そもそも「貝で染める」としか聞いていませんし、どんな作業になるんだか…。楽しみだね、などと言いつつ食べ終える頃に。
「おはよう、もうすぐ出掛けるのかい?」
「おはようございます」
ソルジャー夫妻が入って来ました。後ろから「ぶるぅ」が眠そうな顔で。
「かみお~ん♪ ぶるぅのお部屋に泊めて貰った方が良かったかも…」
大人の時間が凄すぎて、と朝っぱらから爆弾発言。うるさくて眠れなかったわけではなく、興味津々で見ていた結果、寝不足になったらしいです。ああでこうで、と難解な専門用語の嵐に私たちは悩むばかりで、教頭先生は派手に鼻血を。会長さんは頭を抱えて呻いてますし…。
「うう…。ぶるぅ、その辺でやめてくれるかな? ハーレイが倒れたら困るんだよ」
「えっ、なんで? こっちのハーレイ、ブルーと大人の時間なの?」
そういう関係になっちゃってたの、と目を丸くする「ぶるぅ」と、テーブルに突っ伏す会長さん。なんとも前途多難です。やっとのことで立ち直った会長さんはオレンジジュースを一気飲みして。
「いいかい、ぶるぅ。こっちのハーレイはただの戦力! 夜はしっかり眠って貰って昼間はガンガン働いて貰う。ブルーのマントを染めるためには貝を沢山採らないとね」
「ああ、そっか! いつもサザエとか採ってくれるもんね!」
サザエにアワビ、と歓声を上げる「ぶるぅ」の頭の中は美味しいもので一杯になり、アヤシイ発言は収まりました。私たちがオタオタしていた間にソルジャー夫妻は朝食をすっかり食べ終えていて。
「これで一緒に出掛けられるね、水着に着替えて出発だよね?」
「痕をつけないよう気を付けましたし、ブルーも泳ぎに行けますから」
「かみお~ん♪ ハーレイ、頑張ったもんね!」
「「「………」」」
トドメの一撃を食らったような気がしましたが、メゲたら負けというもので。私たちは水着に着替えてプライベート・ビーチに出掛けてゆきました。いつものパラソルと椅子やバーベキュー用の竈なんかが揃っています。その他に特設テントがあって、会長さんが。
「貝紫染めの作業用に頼んだんだよ、あのテント。でも、その前に…。まずは貝紫染めの実演からだね。ちょっと反則技だけど、こう」
ザブザブと海に入って行った会長さんが海中に突っ込んだ右手を上げると、握り拳ほどのサイズの巻貝が。全体的に赤っぽい色をしています。会長さんは浜辺に戻って来て。
「これはアカニシ貝と言うんだ。潮干狩りの時期だと今みたいに浅瀬で採れるんだけど、この季節はもっと深い場所にいる。ハーレイやキースたちの出番だね。海の中の砂地で探してみてよ」
頑張って潜ってひたすら採るべし、と会長さん。手に持った貝は瞬間移動で沖から採ってきたそうです。
「この貝の身を、こう出して…と。肝の所を切って出てくるコレが貝紫の素のパープル腺!」
「「「???」」」
パープル腺の何処が紫? なんか黄色い色ですよ? 会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に白いハンカチを広げさせ、パープル腺から搾った黄色い液で可愛い魚の絵を描きました。やっぱり黄色い魚です。紫色には見えませんけど…。
「まあ、待って。これをお日様の光に当てて…、と。お昼頃には綺麗な紫の魚になる筈! 貝紫染めはそういう仕組みさ。さあ、貝集めを頑張ろうか。法衣二着とマントが一枚、貝はどれだけあっても問題なし!」
レッツゴー! という会長さんの合図で教頭先生と男の子たちが海に飛び込んで行きました。ソルジャー夫妻はソルジャーの反則技に頼るつもりらしく、パラソルの下でイチャイチャと。そして「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」は…。
「ねぇねぇ、どうやって食べるの、これ?」
「かみお~ん♪ 基本はサザエとおんなじだよ!」
壺焼きも出来るし炊き込み御飯も作れちゃうんだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が会長さんがパープル腺を取ってしまったアカニシ貝を刻んでいます。どうするのかな、と眺めていると刻んだものを殻に詰め込み、お醤油を注いでバーベキュー用の焼き網の上に。間もなく美味しそうな磯の香りが…。
「はい、壺焼き! 味見してね♪」
つまようじに刺して渡された切り身は絶品でした。ソルジャー夫妻も「ぶるぅ」もスウェナちゃんも大喜びで、会長さんはニコニコと。
「これから沢山採れ始めるしね、壺焼きに飽きたらガーリック炒めも試してみようよ。そうそう、観光地なんかのサザエの壺焼き。殻だけサザエで中身はアカニシっていう酷いお店もあるんだってさ」
値段がグンと安いから、と教えて貰ってビックリ仰天。まさかサザエの偽物だなんて…。おまけにアカニシ貝の方が身が柔らかくて美味しいらしい、と聞かされ二度ビックリ。これは食べ比べてみなくては…! 教頭先生、サザエもよろしくお願いします~!
会長さんがハンカチに描いた可愛い魚は少しずつ色が濃くなってゆき、昼食の頃には見事な赤紫色に変色しました。なるほど、これが貝紫…。
「おい、法衣の紫よりも赤が濃すぎる気がするんだが…」
大丈夫なのか、と心配そうなキース君の問いに、会長さんは。
「その辺は染める過程で調整可能さ、ブルーのマントの色にしてもね。資料はバッチリ揃えてあるから大丈夫! 君たちは染料集めに専念したまえ、ぼくたちは浜辺で加工と調理担当」
まだまだ全然足りないよ、とクーラーボックスを指差す会長さん。教頭先生と男の子たちが採って来た貝は会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が手際よく捌き、パープル腺の中身をボウルに集めています。変質しないようクーラーボックスに入れて保管し、最後に纏めて染めるのだとか。
「ふうむ…。確かにサザエより美味い気がするな」
教頭先生が壺焼きの食べ比べに挑み、私たちも昼食のお供に一個ずつ。うん、美味しいかも、アカニシ貝! ガーリック炒めも食べてみたいな、炊き込みご飯も美味しそう…。
「ハーレイ、あ~ん♪」
ああ、またしてもバカップル。つまようじ片手の壺焼きであっても「あ~ん♪」なのか、と泣きたい気持ちの私たちを他所に、結婚記念日合わせの旅行のソルジャー夫妻は熱々です。ソルジャーが瞬間移動でアカニシ貝を採ってる以外は二人の世界で過ごしてますけど、バカップルは放置の方向で~。
来る日も来る日もプライベートビーチを拠点にアカニシ貝を採り、パープル腺を取って残りを調理して。例年とは違ったパターンの日々を過ごした別荘ライフは順調に過ぎ、染料が充分に集まった五日目の昼前に染色作業が始まりました。
「各自、ボウルは持ったよね?」
会長さんが全員に配って回った黄色い染料入りのボウルとすり潰すための棒。直射日光の下で染料をひたすらすり潰し、太陽に当てながら練るよう指示されました。
「全体が濃い紫になるまで根性で混ぜる! 分業だから早い筈!」
作業開始! の合図で悪戯小僧の「ぶるぅ」も練り練り。こういう遊びは嫌いではないみたいです。バカップルも会長さんも、私たち全員も練って練りまくって、真夏の強い日差しのお蔭で思ったよりも短い時間でボウルの中身は紫色に。
「さてと…。それじゃ、こっちの大鍋に入れてよ、零さないようにね」
特設テントには竈が築かれ、大鍋で煮えているのは会長さんが資料を元に調整したという染色用の溶剤でした。透明ですけど、これが綺麗な紫色になるんだろうな、とボウルの中身を入れてみれば。
「「「…黄色くなった…?」」」
元の木阿弥、と呆然とする私たち。会長さん、何か間違えたりしませんでしたか? 皆の視線を一身に浴びた会長さんは。
「これでいいんだってば! ぶるぅ、布を」
「かみお~ん♪ 法衣用のが先だね!」
よいしょ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が運んで来た法衣用の布が二枚、大鍋にドボンと浸けられました。続いてソルジャーのマント用がドボン。会長さんはパチンとウインクをして。
「この先が大変らしいんだけどね、サイオンを使えば簡単なんだな。均等に染まるよう調整するのは楽勝だから! 手で混ぜるんだと一苦労だよ」
後は引き上げるタイミングだけ、と会長さんが教頭先生と男の子たちに干場を設置させています。やがて黄色く染まったソルジャーのマント用の布が物干しに干され、暫く後に濃い黄色になった法衣用の布が二枚加わり…。
「日射しが強くて日が長いしねえ、もう夕方にはバッチリさ。作業完了、後はのんびり遊ぶだけ!」
泳いでこよう、と会長さんが海に入ってゆき、私たちも先を争ってバシャバシャと。バカップルはゴムボートで沖に出るようです。どうせ沖でもイチャイチャでしょうねえ…。
別荘ライフの大半を費やした貝紫染めは夕方に立派に出来上がりました。キース君に卒塔婆五十本の墓穴を掘らせた紫の法衣も霞むであろう素晴らしい紫の布が二枚と、ソルジャーのマントにそっくりの紫が一枚です。ソルジャーは嬉しそうに布を触っていましたが…。
「ねえ、ぶるぅ。これってマントにするのに時間がかかる?」
「んーと…。御洒落用だよね、それなら普通に仕立てるだけだし、すぐ作れるよ?」
「本当かい? 明後日に帰る予定だけども、明日には出来る?」
「うん! 着てみたいんなら頑張って作る!」
お洋服ってすぐに着てみたいよね、と元気に返事した「そるじゃぁ・ぶるぅ」は会長さんのマント用のパーツを使って夕食後すぐに縫製を開始。私たちがワイワイやっている広間にミシンを持ち込み、お喋りしながらダダダダダ…と縫いまくって。
「わーい、完成! はい、どうぞ!」
「ありがとう、ぶるぅ。早速サイオンでコーティング…とね」
キラリと青い光が走って貝紫のマントに吸い込まれます。これでマントは丈夫で長持ち、汚れもしないことでしょう。ソルジャーは憧れのマントを肩に羽織ってみて満足そうで、キャプテンがその肩を抱き寄せ、熱いキス。翌朝、バカップルが朝食に来なかったのは至極当然の成り行きです。
「…あいつのマントまで作らされたのは誤算だったが、まあ、いい衣が出来そうだよな」
有難い、とキース君がトーストを頬張り、会長さんが。
「仕立てられる日は遠いけれどね。ぼくもそれまで大事に仕舞っておこうかと…」
特注品より凄い布だし、と会長さんもキース君も貝紫の法衣を着る日を心待ちにしているようでした。教頭先生やジョミー君たちも達成感に溢れています。そこへ「ぶるぅ」がトコトコと。
「かみお~ん♪ 凄いね、あのマント!」
「「「は?」」」
貝紫の価値が悪戯小僧に分かるのでしょうか?
「すっごくブルーに似合っていたの! ハーレイも凄い勢いだったの!」
「「「???」」」
「二人とも凄く喜んでいたよ、普段のマントじゃ絶対に思い付かなかったって! 御洒落用だから出来たよね、って! えーっと、なんだっけ……。そう、裸マント!」
「「「裸マント!!?」」」
バカップルの部屋で何が起こったのか、万年十八歳未満お断りでも一部は想像出来ました。教頭先生は鼻血を噴いて倒れてしまい、会長さんとキース君は疲れ果てた声で。
「…キース、どうする、法衣用の布?」
「………多分、一生、出番は無いかと………」
みんなには申し訳ないが、とテーブルにめり込むキース君。ソルジャーだけが大満足した貝紫染め、法衣用の二枚は後日、璃慕恩院に寄進されたと聞きました。総本山でお役に立つなら何より、キース君の立身出世の助けになれば幸いです、はい~。
染めたい貝紫・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
1月に完結しましたシャングリラ学園番外編、お蔭様で年内最後の更新を迎えられました。
来月は 「第3月曜」 更新ですと、今回の更新から1ヵ月以上経ってしまいます。
ですから 「第1月曜」 にオマケ更新をして、月2更新の予定です。
次回は 「第1月曜」 1月6日の更新となります、よろしくお願いいたします。
今年もお付き合い下さってありがとうございました。来年もどうぞ御贔屓のほどを。
皆様、良いお年をお迎え下さいませ~v
そして、本家ぶるぅこと悪戯っ子な 「そるじゃぁ・ぶるぅ」、今年のクリスマスに
満7歳のお誕生日を迎えます。一足お先にお誕生日記念創作をUPいたしました!
記念創作は 『クリスマスの土鍋』 でございます。
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