シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
前世の自分が最期の時に負った傷痕をその身に写し取り、ブルーは全てを思い出した。
ごくごく普通の少年として十四歳まで生きて来た自分の前世は、伝説のミュウの長、ソルジャー・ブルー。今の自分は彼の十四歳の頃の姿に生き写しで…。
「検査結果は異常無しですが、今回はかなり酷かったですね」
学校で大量の出血を起こしたブルーは、以前、右目からの原因不明の出血を検査してくれた病院に救急搬送された。付き添いで救急車に乗ってきた新任の古典の教師、ハーレイと出会ったことが大量出血の原因であると同時に記憶が戻った切っ掛けでもある。
そのハーレイの従兄弟に当たる医師がブルーの主治医で、前回の検査をした医師だった。個室のベッドで点滴を受けているブルーの様子を見に来た彼がブルーの顔を覗き込む。
「まさか本当に私の従兄弟と会った途端に大出血とは…。身体の具合はどうですか? 何処にも傷は見当たりませんが、思い当たる原因などは?」
「……前に先生が言ってた通りみたいです…」
ブルーは力なく微笑んでみせた。
「…色々と思い出しました。ぼくの前世はソルジャー・ブルー。…あの傷はメギドで撃たれた時ので、右目を最後に撃たれました」
「……そうでしたか……」
医師はフウと大きな溜息をつくと、ベッドの横の椅子に腰掛けたブルーの母の方を見た。
「…ブルー君の件ですが、従兄弟からも事情を聞かされました。私の従兄弟がキャプテン・ハーレイの生まれ変わりで、ブルー君がソルジャー・ブルー。…公表すれば凄い騒ぎになるでしょう。けれど私の従兄弟はともかく、ブルー君はまだ子供ですから…」
当分は事情を伏せておいては如何でしょうか、と医師は自分の見解を述べる。
「ソルジャー・ブルーの記憶を受け継いだ人間が現れたとなると、歴史学者たちが飛び付くだろうと思います。心理学者や、他にも色々…。そうなると普通の生活を送ることは不可能になってしまうでしょう。それではブルー君も辛いのでは?」
「…いえ、ぼくは…」
大丈夫です、と答えようとしてブルーは続きを飲み込んだ。前世のアルタミラで受けた残酷な仕打ちを思えば、学者たちの研究対象になるくらいのことは何でもない。けれど、そうなれば自由な時間が減ってしまって、せっかく再会出来たハーレイとも思うように会えなくなるかもしれない。
「…やはり心配なようですね。お母さん、この件は極秘扱いになさった方が…」
医師の提案に母が頷き、ブルーが転生してきた事実は伏せられることに決定した。カルテなどは残るが、ブルー自身がその気になるまでは決して公表されない。大量出血の原因は不明となるものの、感染症や病気の心配は無い、という診断書だけが作成された。
点滴を終えたブルーは父の車で家に戻った。その後、学校での勤務を終えたハーレイが来てくれ、自分の部屋で再会したものの、前世でのように恋人同士の時間を持つことは出来なくて…。
しかもハーレイは翌日も出勤だったし、ブルーは出血が酷かったからと今週中は自宅静養を言い渡されて登校禁止。ほんの束の間を共に過ごして、ハーレイは帰って行ってしまった。
「…せっかくハーレイに会えたのに…。どうしてこうなっちゃったんだろう…」
母に「夜更かしせずに早く寝るのよ」と注意されていたが、眠気は全く訪れない。前世で焦がれた美しい地球にハーレイと一緒に生まれ変わったのに、巡り会えても共に居られないとは、神も随分と残酷なことをするものだ。
「せめて家が隣同士とか…。そしたらすぐに会えるのに…」
窓から姿を見られるのに、と嘆いてみても始まらない。ハーレイが教えてくれた住所は何ブロックも離れた所で、散歩がてら行ける距離では無かった。ブルーは瞬間移動が可能なタイプ・ブルーではあったけれども、前世と違って今のブルーは瞬間移動は出来ないし…。
「……酷いよ、神様…。シャングリラに居た時の方が自由に会えたよ」
ハーレイがブリッジに行っている時間は会えなかったけれど、青の間で、そしてハーレイの部屋で、毎夜のように共に過ごした。そのハーレイがブルーを置き去りにして自分の家へ帰ってしまう時が来るなど、夢にも思いはしなかったのに。
「…今の世界だと、そっちが普通になっちゃったんだ…」
悲しすぎる、とブルーは枕に顔を埋めて涙を零す。明日の朝、ベッドで目覚めてもハーレイはブルーの傍らに居てはくれない。それどころかブルーが登校できない学校へ行って、授業をして…。
「酷いよ、神様、酷すぎだよ…」
離れ離れで暮らすというのはこんなにも辛いことなのか。ハーレイと再会出来た喜びすらも色褪せるほどに、間に横たわる現実の距離はあまりに大きく、どうしようもないものだった。
ハーレイに自由に会えないのならば、今の生の良さは何だろう?
泣き疲れたブルーは思考の方向を変えた。いくら泣いてもハーレイとの間を隔てる障壁が溶けて無くなるわけではないし、せめて良い点でも見付け出さなくては…。
(…地球に生まれたのが一番かな?)
前の生で憧れ続けた地球。ハーレイたちが辿り着いた時には死の星だった地球が蘇り、其処に生まれてこられた自分はとても幸運なのだろう。その上に優しい両親も居るし、ブルーが暮らす家がある場所は地球の中でも最高と言ってもいい地域。
(…これは好みによるんだろうけど…)
かつてブルーが夢見た地球は青い海に覆われた水の星。澄んだ空から降り注ぐ雨は冬には雪に変わると聞いた。しかし実際には地球にも様々な気候があって、何処にでも四季があるわけではない。
(そういう意味では大当たりな場所に居るんだけれど…)
でも、とハーレイとの距離を考えそうになる自分を叱咤し、良い点の方を追い続ける。
今の地球はSD体制時代の画一化された社会への反省を踏まえ、それぞれの場所に応じた文化が形成されていた。学校の年度初めも地域別。ブルーが暮らす地域では春に始まり、同じように四季を持つ地域でも秋に始まる場所もあり…。
(…此処に生まれて、それはホントに良かったんだけど…)
春の桜が美しい場所。SD体制崩壊と共に起こった地殻変動で地形はすっかり変わったけれども、この地域は遙か昔の地球に在った日本にあたる平和で穏やかな居住地だ。
(ぼくが行きたかった地球のイメージにピッタリなのはいいんだけれど…)
ハーレイと引き離されてしまった事実の前には、せっかくの四季の魅力も五割どころか八割減だという気がする。両親だって、今のブルーには「自分を自由にさせてくれない」枷とも取れないこともなく…。
「…こんなこと、考えちゃ駄目なんだけどな…」
もしも両親と暮らしていなかったなら、ハーレイの家へ転がり込んで共に暮らせていたかもしれない。朝も昼も夜もハーレイの側にくっついていて、学校に行く時もハーレイと一緒。流石に学校の中ではベッタリ甘えてはいられないけれど…。
(…駄目だってば! ぼくはパパとママの子供なんだから…)
分かってはいても、ソルジャー・ブルーの頃の記憶に引き摺られてしまいそうになる。そんな自分は前世に比べて心がきっと弱いのだろう。十四歳にしかならないのだから仕方ない、と言い訳しながらブルーは眠りに落ちて行った。
その翌日から、ブルーは更なるハーレイとの距離を思い知らされる。
学校に行けばハーレイに会えると分かっているのに、今週中は登校禁止。学校や自宅でのハーレイの暮らしを知りたいと思っても、それは叶わぬことだった。
全員がミュウとなった社会で「人が人らしく」生活するため、学校や個人の家などは全てサイオン・シールドが施されている。その中で何が起こっているのか覗き見は出来ず、思念波を使っての連絡手段も前世のようにはいかなかった。
誰もが普通に心を遮蔽し、それが当たり前で基本な世界。如何にブルーがタイプ・ブルーでもハーレイの居場所を掴むどころか、声さえも届けられなくて…。
(…寂しいよ、ハーレイ…)
どうして家に来てくれないの、とベッドの上で膝を抱えて蹲るブルーは新任教師の多忙さに思いが至らない。今日こそは帰りに寄ってくれるに違いない、と胸を膨らませて窓から門を見下ろし、ドキドキしながら待ち続けている内に父が帰って夕食の時間。
その内にきっと門扉の横のチャイムが鳴ってくれるだろう、とハーレイを待って待ち焦がれた末にガッカリしながらベッドに潜り込む日が繰り返される。
「……ハーレイ…。明日は来てくれるよね?」
土曜日だもの、とブルーはカレンダーを眺めて呟いた。
学校は土曜日と日曜日は休み。ハーレイと再会した日は週が明けたばかりの月曜だったし、かれこれ四日もハーレイの姿を見ていない。
(…会いたいよ、ハーレイ…。シャングリラに居た頃は四日も離れてなかったよ…)
前世でのブルーの体調が悪くなってからも、昏睡状態に陥らない限り、毎日ハーレイと会うことが出来た。昏睡状態であった間も、ハーレイは毎夜、ブリッジでの勤務が終わった後に青の間を訪ねて来てくれて、ブルーの手を握ってその日の出来事を語り聞かせていたものだ。
(…君の声は聞こえていたんだよ…。だから寂しくなかったのに…)
どうして今になってこんな思いを、とブルーの瞳から涙が落ちる。
ハーレイがいない。同じ地球で、同じ町に暮らしているのにハーレイが側に居てくれない…。
「…酷いよ、神様…」
明日はハーレイに会えますように、と暗くなった庭と門扉を見下ろし、ブルーは其処に立つ愛おしい姿を思い浮かべて自分の身体をその腕で抱いた。
再会した日に抱き締めてくれたハーレイの腕。その温もりと強さが恋しい。前世では何度も抱き締められて、それからキスを交わして、それから…。
(会いたいよ、ハーレイ…)
どうか、とブルーは祈り続ける。明日こそハーレイがチャイムを鳴らしてくれますように…。
次の日の午後、ブルーの待ち人がついに訪ねて来てくれた。
「ブルー、元気にしていたか?」
もう傷の痕は痛まないか、と問い掛けられてブルーは「うん」と小さく頷く。ハーレイを案内して来た母が早く立ち去ってくれないものか。お茶の用意を手早く済ませて、二人きりにしてくれないものか…。
待ちに待った時間が訪れた時、ブルーはハーレイの大きな身体に飛び付くようにして抱き付いた。
「ハーレイ…! 寂しかったよ、ハーレイ…!」
「俺もだ。お前の顔を早く見たかった。…だが、色々と忙しくてな」
ブルーをギュッと抱き締めた腕が少し緩んで、褐色の手で頭を撫でられる。
「やっと時間が取れたんだ。引き継ぎも済んだし、これからは休日の度に会えると思うが、会えないことがあっても許してくれよ」
「え?」
「クラブの顧問をすることになった。部活はとっくに始まっているし、途中から変わらなくてもいいと思ったんだが、俺が適任だと頼み込まれたら断れん。…そっちの関係で出掛けることもありそうだ」
「……何のクラブ?」
ぼくも入る、とブルーはハーレイの顔を見上げたのだけれど。
「…出来るのか、お前? 柔道部だぞ」
「えっ…」
それは予想だにしなかった。身体が弱い上にスポーツ全般が苦手なブルーに運動部は無理だ。柔道だなどと言われても…。
「無理だろう? お前は運動が苦手らしいし、身体も丈夫じゃないそうだしな」
「…ハーレイ、前はそんなの全然やっていなかったのに…」
「驚いたか? 大会で何度も優勝したし、水泳でも選手をやってたんだぞ」
「…そうなんだ……」
今度の生で、ハーレイはどんな人生を歩んで来たのだろう? ブルーの全く知らない面が沢山あるに違いない。もっとハーレイのことを知りたい。幾つも、幾つも、ブルーと再び出会うまでの間にハーレイが過ごした時間のことを。そして…。
「駄目だ」
想いが溢れるままに口付けようとして、ハーレイにそれを拒否された。
「…どうして? せっかく会えたのに…!」
「お前、自分が何歳か分かっているのか?」
「…十四歳だけど…」
途惑いながら答えたブルーの頭をハーレイの手がクシャリと撫でる。
「まだまだ立派な子供だな。…お前にはキスは早過ぎる」
「子供じゃないよ! ぼくは何もかも思い出したし、ハーレイのことも全部覚えてる!」
「いや、子供だ。…少なくとも見た目は子供なんだし、年も立派に子供の年だ」
お前に自覚が無いだけだ、とハーレイはブルーの頬を大きな手のひらで包み込んだ。
「俺の目には小さなお前が映るし、それにお前は俺の生徒だ。…俺はお前を大事にしたい。子供の間は子供らしく過ごして欲しいんだ」
「でも…!」
「焦らなくても何年か経てば育つだろう? 昔みたいに大きくなれ。キスをするのはそれからでいい。…いいか、お前は十四歳の子供なんだ」
分かるな、と包み込まれた頬が熱い。ハーレイの懐かしい温もりに触れているのに、キスすら許して貰えないとは思わなかった。前世だったら、こういう時にはキスを交わして、それから…。
「……酷いよ、ハーレイ……」
「酷くない。お前みたいな子供相手にキスをする方がよっぽど酷い」
俺にその手の趣味は無い、とハーレイはキッパリ言い切った。
「それから、学校の中での付き合い方だな。俺は普通にブルーと呼ぶが、お前はきちんと「先生」と呼べ。でないと皆が変に思うし、あくまで生徒と先生だ。…そういう切り替えは出来るだろう? シャングリラでもやっていたんだからな」
「…そんな……」
ブルーは愕然としてハーレイを見た。ソルジャーとキャプテンだった前の生では二人の仲を隠し通したが、それはシャングリラの秩序を守るため。今度の生なら何の問題も無さそうなのに…。
「そういう顔になってしまう辺りが立派に子供だ」
ハーレイが苦笑し、ブルーの額を右手の指でピンと弾いた。
「お前、全然、分かっていないな。…ソルジャーとキャプテンが恋人同士だとバレてしまうより、生徒と教師の方が大変なんだぞ。お前は義務教育だから停学くらいで済むんだろうが、俺は確実にクビになりそうだ」
「あっ…!」
そんな事にも気付かなかった自分の迂闊さに、ブルーはキュッと唇を噛む。
やっぱり自分はハーレイが言う通りに子供なのだ。自分の気持ちが最優先で、ハーレイの事情にまで気が回らない。これではハーレイの恋人どころか、足を引っ張ってしまうかも…。
「…ごめん…。学校では気を付ける」
「ははっ、よろしく頼むぞ、ブルー。クビになったらデートどころじゃないからな。俺はお前が大きくなるまで見守りたいし、そのために側に居たいんだからな」
「うん…。分かった、頑張って早く大きくなるよ」
だからそれまで待っていて…、と縋り付いたブルーをハーレイは優しく抱き締めてくれた。そこから先へは進めないけれど、温かい腕と広い胸の温もりは前世の記憶と変わらない。この幸せな時間が壊れて無くなってしまわないよう、今は我慢をしなければ…。
ハーレイは日曜日も訪ねて来てくれ、二人で色々と話をした。
前世のことや、今の地球での生のこと。ブルーの部屋で語り合った後は、両親も一緒にテーブルを囲んで和やかに…。
両親はブルーにとってハーレイが如何に大切な存在なのかを理解してくれ、いつでも気軽に来てくれるようにとハーレイに向かって頼んでくれた。学校の仕事で忙しいだろうけれど、時間があればブルーを訪ねて欲しいと。
「ハーレイ先生、ブルーをよろしくお願いします。この子は昔から身体が弱くて、休みがちで」
母の言葉にハーレイが笑顔で応えた。
「ええ、学校では無理をさせないよう気を付けますよ。…ブルー、明日から学校だったな」
「うん。…あの騒ぎで休んじゃってたから…」
「いいか、「ハーレイ先生」だぞ。ハーレイじゃなくて」
間違えるなよ、と念を押すハーレイにブルーの父も大きく頷く。
「そうだな、ブルー。…前世のお前と今のお前は違うんだ。失礼のないよう、気を付けなさい」
「…うん……」
分かってるよ、パパ。でも、ぼくがハーレイを「ハーレイ」って呼ぶのは、パパが考えてるのとは違うと思う。キャプテンだから、って言うんじゃなくって、本当は…。
(…でも、パパにもママにも言えないよね…。ハーレイはぼくの恋人だったんだ、なんて)
そんなことを言おうものなら、両親は腰を抜かすだろう。ハーレイは出入り禁止になってしまうかもしれず、これは両親には絶対に秘密。そして学校でも知られるわけにはいかなくて…。
(…ぼくの人生、秘密ばかりだ…)
ハーレイが自分の家へと帰った後で、ブルーは自室のベッドに仰向けに転がって天井を見る。
前世のことは極秘扱い、ハーレイとの仲も隠し通さねばならない秘密。
けれど、ハーレイと出会えなかったら何ひとつ起こらず、未だ恋すら知らないままで居ただろう。
ハーレイと再び巡り会えたことが最大の奇跡。
秘密と我慢だらけの日々でも、いつか大きくなった時には前の生では思いもよらなかった幸せに包まれ、ハーレイとの恋が花開く筈で…。
(…あと少し。あと少しだけ大きくなったら、ハーレイと…)
その日まで我慢しなければ、とブルーはそっと指先で唇を撫でた。
今はまだ許して貰えないキス。
それを交わして、あの強い腕に抱き締められて…。
(早く大きくならなくちゃ。…ハーレイが「駄目だ」と言えなくなるほど…)
沢山食べるのは苦手だけれども、頑張って多めに食べるようにしよう。
大きくなって、ハーレイが恋人だと認めてくれる日までは、先生と生徒なのだから。
「…明日から「ハーレイ先生」かぁ…」
口にすると少しくすぐったい。
でも、明日からは学校でも会える。好きでたまらないハーレイの姿を見ることが出来る。
(ハーレイ、ううん、ハーレイ先生…。明日からよろしく、ぼくは急いで大きくなるから)
待っていてね、とブルーは微笑む。
そう、明日からは先生と生徒。
いつか秘密にしなくても済む日が来るまで、幸せな我慢と秘密とを抱いて……。
幸せな秘密・了
荒廃していた地球が青い水の星の姿を取り戻し、其処でミュウへと進化を遂げた人間たちが平和を謳歌する時代。
まだサイオンを持たない人類が多数派であった頃、虐げられていたミュウたちを守り導いた長、ソルジャー・ブルーは長い時を経て蘇った地球に生まれ変わった。
アルビノであることを除けば普通の少年として育ったブルーだったが、十四歳の誕生日を迎えて間もなく前世の記憶を取り戻す。前世での恋人、キャプテン・ハーレイとも再会を遂げ、前世では夢にも思わなかった幸せな日々を過ごしているのだけれど…。
「…どうして今まで会えなかったんだろう?」
ブルーはこの所、気になっていた疑問を口にした。
此処はブルーが両親と共に暮らしている家で、その二階にあるブルーの部屋。休日に訪ねて来てくれたハーレイと二人きりで向き合い、小さなテーブルの上には母が置いて行った紅茶とクッキー。
「どうしてって…。今もこうして会ってるじゃないか」
学校ではなかなかそうもいかんが、と返すハーレイにブルーは「ううん」と首を横に振る。
「今じゃなくって、もっと前だよ。…ぼくはこの目で見ていないけれど、ハーレイたちが辿り着いた地球はとても酷かったと何度も習った。教科書にもその頃の写真があるよ。…今みたいな星に戻るまでにかかった年数だって書いてある。その間、ぼくは何処でどうしていたんだろう、って」
幾つもある植民惑星の一つに居たのではないか、とブルーはここ数日間、考えていた。記憶が蘇る切っ掛けが無かっただけで、幾度も生まれ変わっていたのでは……と。
「もしもハーレイに会わなかったら、今度も何も知らないままで大きくなっていたのかも…。今までも何度も普通に生きてて、もしかしたら結婚して子供も居たかも…」
「…それで?」
不安そうな顔をするブルーにハーレイは先を促した。
「だとしたら凄く酷いよね、って…。今のぼくは昔と同じでハーレイが好きで、ハーレイしか好きになれないんだけど…。出会う前は何度も他の誰かを好きになってしまって、ハーレイを裏切っていたのかも……って」
シュンと項垂れるブルーだったが、その頭をハーレイがポンポンと叩く。
「それを言うならお互い様だな。俺もお前のことを忘れて、結婚して子供がいたかもしれん。だがな、そういう気がしないんだ。…お前に出会ってから、俺も何度も考えた。キャプテン・ハーレイだった俺が死んでから、お前とはすれ違い続けただけで何処かに生まれていたかもしれん、と」
しかし、とハーレイは項垂れたブルーの頬に手を添えて顔を上げさせた。
「…いくら考えても他の人生を生きて来たとは思えないんだ。お前は十四年しか生きていないから分からんだろうが、俺はお前の倍以上の長さを生きている。その人生を何度振り返ってみても、俺はお前を待ち続けたとしか考えられんし、それで全ての符号が合うんだ」
そう言ったハーレイは「よく聞けよ」と向かいに座ったブルーの瞳を覗き込んだ。
「俺の年だと結婚しているヤツも多いというのは分かるな? これでも学生時代はモテた方だし、告白されたことも何度もあった。なのに付き合おうとは思わなかったし、身を固めようとも思わなかった。…そういう気持ちになれなかったんだ。このまま一生独身だろうな、と思ってたんだぞ」
「…ホント?」
「ああ。お前に会うまではそう思っていた。それなのに…。俺の頭は今はお前で一杯だ。俺はお前に出会える日だけを待っていたんだ、自分ではそうと知らずにな。…そんな俺が他の人生を生きたとはとても思えん。俺はお前に会うためだけに生まれ変わらずに待ち続けたんだ、と信じている」
お前が再びこの世に生まれて来る時まで…、とハーレイは言った。
「もしもお前が今よりも前に生まれていたなら、俺もお前を追っただろう。年下になってしまったとしても気にしやしないさ、前のお前は俺よりも年上だったんだからな。…小さかったが」
「小さいっていうのは余計だよ! 今だって凄く気にしてるのに!」
ブルーは抗議の声を上げた。十四歳のブルーは同じ年頃の少年たちよりもかなり小さく、そうでなくてもハーレイに「前世と同じくらいに育つまでは」と恋人同士の付き合いを制限されている。キスさえもまだで、その先となれば何年かかるか考えただけでガッカリで…。
「すまん、すまん。だが、本当の事だろう? 前世のお前は年上だったし、俺が年下でも問題はない。それなのに出会えなかったんだ。…お前も多分、今が最初の生まれ変わりだ」
お前がいれば俺が追わない筈はない、とハーレイの手がブルーの手を温かく包み込む。
「だからお前は他の人生を生きて俺と離れていたりはしないし、俺もお前と離れてはいない。…お互い今まで何処に居たのかはまるで謎だが、出会うべくして出会ったんだよ」
「でも…。それならどうして今まで会えずにいたんだろう? ぼくが死んだのは遙か昔で、ハーレイだって…。そんなに長い間、ぼくはハーレイを忘れていたわけ?」
今も十四年間も忘れていたけど、とブルーの胸がツキンと痛む。
誰よりも好きで、二度と離れたくないと思う恋人。そのハーレイを十四年どころか地球が再生を遂げるほどの長い年数、忘れ去ったままで過ごしただなんて…。
「それも違うな。少なくとも、俺は違うと思う」
お前も俺も時が来るのをただひたすらに待ったんだろう、とハーレイがブルーの手を強く握った。
「お前にはお前の、俺には俺の…。前世と全く同じ姿に育つ器が必要で、そういう巡り合わせになる時が来るまで待ち続けた結果が今なんだ」
長い長い時を待つことになってしまったが…、とハーレイは穏やかな笑みを浮かべてみせた。
銀色の髪に赤い瞳の、ソルジャー・ブルーの十四歳の頃に生き写しのブルー。
人並み外れて大きな身体に褐色の肌の、キャプテン・ハーレイそのままなハーレイ。
前世とそっくり同じ姿で出会うことに意味があったのだろう、とハーレイは真摯な瞳で語った。
「この器でなければ駄目だったんだ、多分。…生まれ変わって全く違う姿形になっていたとしても、俺はお前を見付けたと思うし、お前も見付けてくれたと思う。…それでもいいんだが、この姿で会えたのが嬉しかった」
お前の右手、とハーレイがブルーの手をキュッと握って、それから撫でた。
「…この手。あの時はもう少し大きかったが、この手が俺に触れて、「頼んだよ、ハーレイ」…。お前はそれしか言わなかったし、俺も言葉を返せなかった。あれが最後だと分かっていたのに」
「…だって、あの時は…!」
「分かっているさ、そうするしか道が無かったことは。…だが、俺たちは「さよなら」も言えなかったんだ。アルタミラからずっと共に過ごして、これが別れだという時に…!」
ハーレイの鳶色の瞳に光るものがあった。ブルーも切ない気持ちになる。そうだ、自分たちは互いを抱き締めることも出来ずに運命に引き裂かれ、別れの言葉も口付けさえも叶わなかった。ブルーは独りでメギドへと飛び、ハーレイはシャングリラを守らねばならず…。
最後に触れ合った時に感じた温もりだけしか、自分たちには許されなかった。
「ブルー。…もう一度だけ会いたかったと、あの後、どれほど思ったことか…! お前を独りで逝かせてしまって、俺はどれほど辛かったか…! だから、お前に会えて嬉しい。あの時に失くしたお前の姿を、もう一度この目に映せることが」
ハーレイはその鳶色の瞳に、心に刻み付けるかのようにブルーを見詰めた。そしてブルーもコクリと頷く。遠いあの日に別れた時のままのハーレイに再び出会えたからこそ、心が温かく満たされるのだと。違う姿で巡り会えても嬉しいけれど、失われた時はこの姿でしか取り戻せない。
「…ぼくもハーレイに会えて嬉しい。あの時のままのハーレイに会えて…」
ハーレイの側に帰って来られた、とブルーは懐かしい姿に頬を緩ませる。
「…ハーレイは本当に変わっていない…。何もかもあの日と変わらない。キャプテンの制服を着たら直ぐにブリッジに立てそうなほどに」
「そうだな。だが、シャングリラはもう歴史の中にしか存在しない。お前も俺も、新しい人生を生きて行くんだ。もうソルジャーもキャプテンも要らないんだからな」
「…うん。それに、ぼくたちは地球に生まれたんだものね」
ブルーが焦がれてやまなかった星、地球。
ハーレイの前世の記憶の中では無残に朽ち果てた星だったものが、今はブルーが憧れた青く美しい星として蘇っていて、その地球に二人して再び生まれた。
「ブルー。…お前は地球に生まれたかったのかもしれないな。他の星でも良かったのなら、もっと早くに俺たちは出会っていたかもしれない」
「えっ…? それじゃ、ぼくがハーレイを待たせたわけ?」
「そうなるな。…おまけに、まだまだ待たされそうだ」
まさかこんなに小さなお前に出会うとは、とハーレイは立ち上がり、ブルーの椅子の後ろに回って椅子ごとブルーを抱き締めた。
「何年、待つことになるんだか…。お前があの日の姿のままだったなら、一秒も待ちはしないんだがな」
「……キスしてもいいよ?」
「馬鹿! それは駄目だと何度言えば分かる? …それに待つのは苦痛じゃないさ」
お前は此処に居るんだからな、とハーレイの腕に力が籠もった。
「あの日はお前を止められなかった。…お前が二度と戻らないとも分かっていた。それでも見送るしかなかった時に比べれば、俺は何十年でも待てる」
しっかり食べて大きくなれよ、という決まり文句がブルーの耳を心地よく擽る。子供扱いが腹立たしいけれど、同時に嬉しくもある言葉。いつか昔の自分そっくりの姿になったら、その時には…。
「…ハーレイ。待っていて、早く大きくなるから」
「ああ、楽しみに待つとしよう。…俺たちがこの地球に生まれ変わるまでに待ち続けた長い時間を思えば、それこそアッと言う間だからな」
「うん。……そうだね」
何処に居たのかも思い出せない、前の生で引き裂かれてからの長い長い時。
でも、これからの日々は二人で一緒に時を刻んで、本物の恋人同士になって…。
(…ハーレイ。昔のままの君に会えて良かった。ぼくもこの姿に生まれて良かった…)
小さすぎたのは失敗だけど、とブルーは自分の身体に回されたハーレイの腕の温もりに酔う。
いつか必ず、この腕に、この手に、身体中を隈なく愛して貰える時が来る。
その時はきっと、今の自分に生まれたことを心から感謝するだろう。
ハーレイが「さよなら」も言えなかったと悔やみ続けた頃の自分の姿を、もう一度見せることが出来るのだから。
前の自分と似ても似つかない姿に生まれていたなら、それは不可能。だからこそ今の姿でかまわないのだし、そういう器が見付かる時まで生まれ変わらずにいたのだろうけど…。
「…でも、やっぱり……」
「どうした、ブルー?」
「最初からきちんと育った姿で会いたかったな」
だって待つのは嫌だもの、とハーレイの腕に甘えるブルーは全く分かっていなかった。椅子ごと自分を抱き締めてくれているハーレイが、今この瞬間も必死の思いで我慢し続けていることを。
ブルーを欲望のままに貪りたい、という気持ちを抑えてハーレイは今日も優しく微笑む。
その腕の中に奇跡のように戻って来てくれた、愛してやまないブルーのために……。
二人一緒に・了
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
元老寺の除夜の鐘で古い年を送り、お正月は三が日の内にアルテメシア大神宮へ初詣。学校が始まれば新年恒例の闇鍋に水中かるた大会などなど、今年も行事が目白押し。賑やかなイベントが一段落してもお祭り気分は相変わらずで。
「かみお~ん♪ ゆっくりしてってね!」
週末の土曜日、私たちは会長さんのマンションにお邪魔していました。鍋パーティーということで味噌に醤油にキムチ鍋など様々な出汁を満たした鍋と具材の山が並んでいます。要するに鍋バイキング。好みの鍋で好みの具を、というコンセプト。
「えとえと、反則もアリだから! 合わないんじゃないかな~、って思う具でもね、入れると美味しいこともあるから!」
お好きにどうぞ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。よーし、食べるぞー! 押し掛けてきているバカップルことソルジャー夫妻がいますけれども、見なければ害は無いですし…。
「ほら、ハーレイ。こっちで君のを煮ておくからね」
「ありがとうございます。あなたはどれになさいますか?」
どの鍋も美味しそうですよ、と世話を焼きたがるキャプテンと、スタミナ優先とばかりに肉を煮ているソルジャーと。じきに「あ~ん♪」とやり始めるに決まっています。いえ、それどころか…。
「……目の毒だな……」
いつものことだが、とキース君。バカップルは煮えた具にフウフウ息を吹きかけて冷まし、食べさせ合ってはついでにキスまで。ジョミー君が呆れたように。
「それより味とか混ざりそうだよ、いいのかなぁ?」
「口移しで鍋バイキングってことだろうさ」
食ってしまえばおんなじだ、というキース君の意見に妙に納得。なるほど、胃袋で混ざるか口の中か…。私たちだって鍋を移る時に口を漱いだりはしていませんし、かまわないのかもしれません。気にしたら負けだ、と目にしないようにバクバク食べて、締めは鍋に合わせてラーメンに雑炊、うどんなど。
「「「御馳走様でした―!!!」」」
食事の後はリビングで飲み物とお菓子でまったり。家事万能の「そるじゃぁ・ぶるぅ」はアッと言う間に片付けを済ませ、ウキウキと。
「見て、見て、こんなになっちゃった~!」
「「「!!?」」」
凄いでしょ、とニコニコ笑顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が抱えて来たものはパンパンに膨らんだお菓子の大袋。柿の種にポテチ、他にも色々。まさかの賞味期限切れ…?
「おい、ぶるぅ。…お徳用のタイムサービス品か?」
賞味期限が切れたのか、とキース君が訊けば、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜びで。
「わーい、キースも分からないんだ! 買いたてだもんね!」
賞味期限はずっと先だよ、と小さな指が示す日付は数カ月後のものばかり。じゃあ、どうして袋がパンパンに…?
「えっとね、飛行機で機内持ち込みしなかった時もこうなるよ? えとえと、どういう仕組みだっけ…」
「気圧が下がると膨らむんだよ」
でも品質に影響は無し、と会長さんが引き継ぎました。
「ちょっとシャングリラ号に用があってね、ぶるぅと行って来たんだけれど…。ぶるぅが買い物をしてから行くって言い出して」
「だって、差し入れしたかったもん! スナック菓子はウケるんだもん!」
だから山ほど買ったのだ、と話す「そるじゃぁ・ぶるぅ」はシャトルに乗る時にお菓子の山を貨物室に入れてしまったのだそうです。会長さんもウッカリしていて気が付かないまま、シャトルは離陸して遙か上空のシャングリラ号へ…。
「貨物室も与圧はしてあるけどねえ、所詮は旅客機レベルだからさ…。着いた時にはこういう結果に」
「へえ…。ぼくの世界じゃ無いパターンかな?」
ソルジャーが興味津々でお菓子の袋に手を伸ばすと。
「日常的に宇宙船が飛んでいるしね、惑星間での食糧輸送も多いから…。たかがスナック菓子といえども品質管理は万全なんだよ。ぼくが個人的に運ぶ時にも気を付けてるし」
やっぱり美味しく食べたいじゃないか、と口にしつつもソルジャーは。
「でもパンパンになった袋というのも楽しいねえ。量も増えるといいんだけども」
袋いっぱいに中身の方も、と袋を開けにかかったソルジャー。しかし意外に手ごわいようで。
「待ってて、ハサミを取って来るから!」
ちょっと待ってね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が走ろうとしたのを止めるソルジャー。
「いいって、いいって! こんなのは少し力を入れれば…」
「「「あーーーっ!!!」」」
パァン! と大きな音が響いて部屋中に飛び散る柿の種。だからハサミって言ったのに…。
会長さん御自慢の毛足の長いリビングの絨毯。四方八方に飛んだ柿の種とピーナツは好き勝手に転がり、凄い有様。どうするんだ、と眺めていれば、ヒョイと屈んだソルジャーが柿の種をつまんでポイと口の中へ。
「…ん、確かに味に変わりはないよね」
「「「………」」」
「どうかした?」
「あんた、拾って即、食うのか!?」
詫びはどうした、とキース君が怒鳴りましたが、ソルジャーの方は涼しい顔で。
「それが何か? 食べられるんだし問題ないよ」
「そうじゃなくてだな、散らかしてしまってすみませんとか、そういう詫びはどうなったんだ!」
「えっ? 別に綺麗な部屋じゃないか。そもそも土足厳禁だしさ」
拾って食べれば無問題、とピーナツを拾ってまた口へ。罪の意識は皆無です。
「君たちも拾えばいいだろう? 大袋でもさ、みんなで食べたらすぐ無くなるって!」
「確かに食い物を粗末には出来ん。俺も拾うが、しかしだな…。細かい粉も飛び散ったんだぞ? そっちの方は掃除するしかないだろうが!」
ぶるぅとブルーに謝っておけ、とキース君。けれどソルジャーは不思議そうに。
「なんで? 掃除なんかは要らない筈だよ、これなら余裕で」
「「「は?」」」
「物も落ちてないし、片付いてるし…。なんで掃除が必要なわけ?」
「あんたが思い切り汚したんだ!」
すぐでなくても掃除機をかけておかないと、とキース君が怒鳴り付けても、ソルジャーはキョトンとするばかり。
「思い切りって…。飛び散っただけだよ、そりゃあ範囲は広いけど…。食べればきちんと片付くじゃないか、掃除しなくてもさ」
「あんた、どういう発想なんだ! 絨毯だから見えにくいかもしれないが…。こんなのを一晩放って置いてみろ、エライことに!」
「かみお~ん♪ ゴキブリは心配要らないよ! いつも綺麗にしてるもん!」
だけど掃除機はかけなくっちゃね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。でも、その前に柿の種とピーナツを拾わなくてはなりません。私たちはお菓子用の器に拾って回り、責任を取れとばかりに全部ソルジャーに押し付けました。ソルジャーは半分をキャプテンに渡し、もう半分は。
「ぶるぅ、チョコレートがけのヤツって作れる? あれ、美味しいよね」
「柿の種だね! すぐに出来るよ♪」
レンジでチンして混ぜるだけ、と鼻歌交じりにキッチンに行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は三分ほどで戻って来ると。
「冷ます間にお掃除するから、みんな廊下で待っててね~!」
簡単、簡単、と掃除機を持ち出し、部屋の隅までキッチリお掃除。終わるとチョコレートがけの柿の種のお皿がポンと出、ソルジャーは御機嫌でポリポリポリ。キャプテンは普通の柿の種。えーっと、謝罪は無いようですねえ…。キース君が諦めの表情で。
「ぶるぅは掃除をやったわけだが、それでも詫びるつもりは無い、と…」
「うん。掃除はぶるぅの趣味だろう? いつ来ても部屋が片付いてるしね」
出来たてのチョコレートがけ柿の種を頬張るソルジャーの隣で、キャプテンが。
「…すみません、ブルーは掃除嫌いなものですから…。いえ、嫌いと言うより苦手なのかもしれません。何でも床に放っておくのがブルーの流儀というヤツでして…。限界を超えると掃除部隊が突入することになっております」
「「「掃除部隊?」」」
「はい、青の間専用に結成される部隊です。掃除は元より、整理分別も得意としているエキスパートで構成されます。行方不明の重要書類が発掘されることも多いですから」
「「「重要書類!?」」」
いったいどんな状態なのだ、と誰もが仰天。けれどキャプテンは淡々と。
「今日も掃除をしている筈です、青の間を留守にしておりますし…。クリスマスからニューイヤーにかけてはイベントも多く、普段以上の散らかりようで」
「そうなんだよねえ、足の踏み場も無いっていうか…。あ、ちゃんと歩くルートは確保してるよ、でないとハーレイがぼくのベッドに来られないから」
「「「………」」」
ソルジャーの青の間は凄まじい状況にあるようです。それに比べれば柿の種くらい、大したことではないのかも…。
掃除嫌いなソルジャーが散らかしまくった年末年始。鍋パーティーの間に作業している掃除部隊は、ソルジャーはキャプテンの部屋で休暇中だと聞かされているとのことでした。他の世界へお出掛けだなんて間違っても言えはしませんし…。
「一応、ぶるぅがお留守番がてら監視中! 万一ってこともあるからさ」
お菓子を与えて頼んでおいた、と言うソルジャー。非常時に備えて待機させたのかと思っていれば、さに非ず。
「どんな所に何があるかも謎だしねえ…。基本、道具も薬も使わないから、大丈夫だとは思うんだけど…」
「「「は?」」」
「夜だよ、夜のお楽しみ! ぼくは全く気にしないけれど、ハーレイが凄く気にしてて…。恥ずかしいモノが紛れていたらどうしようって心配するから、そこをぶるぅがカバーするわけ! 大人の時間には慣れっこだろう? どれがヤバイかもよく知ってるよ」
「そんなモノくらい片付けたまえ!」
会長さんがブチ切れましたが、そんなモノとはどういうモノかイマイチ分かりませんでした。ソルジャーがたまに買っているらしい精力剤は恐らく該当するのでしょうけど。そしてソルジャーの方は悠然と。
「問題ない、ない! ヤバけりゃぶるぅが回収するしさ、後で記憶を操作しとけば…。でもねえ、ハーレイはそれもキツイみたいで、昨夜は必死に探し物をね。…ねえ、ハーレイ?」
「…流石にブルー宛のカードはちょっと…。サンタクロースからのプレゼントの代わりに熱烈なのを書いてくれ、と頼まれて頑張って書いたのですが…」
それも埋もれてしまいまして、とキャプテンは泣きの涙でした。掃除部隊に見付けられたら一生の恥、と散らかった床に這いつくばって上を下への大騒ぎ。結局、カードはベッド周りのカーテンの下から見付かったそうで。
「…ブルーには早い段階で所在が分かっていたらしいです。私の残留思念で見付け出したようで、いつ気付くかと待っている内に焦れてしまったと機嫌を損ねて、宥めるのに苦労いたしました」
「いいじゃないか、夫婦生活の理想の形だろ? 怒っていたことを忘れさせるまで頑張りまくるのも甲斐性だしさ、夫婦円満の秘訣ってね」
「それは確かにそうなのですが…。日頃から部屋が片付いていれば…」
「お前の手抜きが悪いんだ。掃除はお前の仕事だろう?」
キャプテンと兼務でも努力しろ、とソルジャーは無茶な注文を。青の間の掃除はキャプテンの仕事らしいのですけど、青の間に行けば夫婦の時間が最優先。それでは片付く筈もなく…。
「ブルーに掃除をさせようとしても難しいのは分かっています。せめて整理整頓だとか、散らかさないよう気を付けるとか、その辺の心配りを身につけてくれたら、と思わないでもないのですが…」
無理でしょうか、とキャプテンは弱気。ソルジャーの性格や習慣などが劇的に変わるとは思えません。きっと一生、青の間は足の踏み場も無いほど散らかりまくったままなのでは…。
「……うーん……」
会長さんが腕組みをして。
「掃除部隊が入ったのなら、今夜は綺麗になってるわけだ。そのまま現状維持が出来れば散らからないってことだよねえ?」
「そうなのです。ブルーには何度もそう言いましたが、全く聞いて貰えません」
「え、だって。掃除はハーレイの仕事なんだよ、毎日きちんと掃除してれば問題無いって!」
ハーレイの怠慢が悪いのだ、とソルジャーは自分の所業を見事に棚上げ。掃除部隊がお片付けした青の間とやらは再び元の木阿弥でしょう。せめてソルジャーに掃除の習慣があったなら…。
「…この際、君は性根を入れ替えるべきかもしれないねえ…」
腕組みしたまま会長さんの視線がソルジャーに。
「一事が万事と言うだろう? 散らかりまくった部屋ってヤツをね、恥ずかしげもなく赤の他人に掃除させるという神経がね…。その恥じらいの無さっていうのが日頃の行いに出てると思う。バカップルな態度はともかく、レッドカードものの発言とかさ」
「失礼な! ぼくはハーレイとの愛の日々をさ…」
「それを他人に喋りまくるのが問題なんだよ、秘めておこうとは思わないわけ? 君のハーレイだって秘密にしておいて欲しいことは多々ありそうだ」
「えーーーっ? そこは自慢する所だろう! 現に昨夜も待たせたお詫びにヌカ…」
もごっ、とソルジャーの声が途切れて、口を覆った褐色の手。
『何するのさ! ヌカロクは大いに自慢すべき!』
思念で続きを言い放ったソルジャーでしたが、キャプテンは空いた方の手で額を押さえて。
「…ブルー、それは夫婦のプライバシーというヤツです。喋りたい気持ちは分かるのですが、そういった事も含めて恥じらって頂ければ……と思わないでもありません」
『恥じらいだって? そんなの今更、身に付かないし!』
無理だ、とキャプテンの手を口から外したソルジャーはプハーッと大きな深呼吸。
「ぼくの性格は元からこうだし、恥じらいも掃除も範疇外! …だけどお前は恥じらった方が好みなわけだね、どうやって演技するべきか…」
そもそも全く基礎が無い、と考え込んだソルジャーに会長さんが。
「整理整頓、片付けくらいなら教えてあげてもいいけれど? 身の周りがきちんと片付いてればね、立ち居振る舞いも自然と落ち着く」
「本当かい?」
それはいいかも、とソルジャーの瞳がキラキラと。何か根本的な所で間違っているような気がしないわけでもないですけれど、整理整頓を心がけるのはいいことです。キャプテンも笑顔で頷いてますし、ここは一発、お片付け修業といきますか~!
その翌日。私たちは再び朝から会長さんの家に集合しました。今日からソルジャーがお片付け修業に来るのです。あちらの世界は落ち着いているようで、何かあった時は「ぶるぅ」が連絡してくる仕組み。さて、ソルジャーは定刻通りに来るのでしょうか? うーん、来ませんねえ…。
「ごめん、ごめん。遅くなっちゃって」
半時間遅れで現れたソルジャーは悪びれもせずに。
「青の間が綺麗になってたからさ…。サッパリした部屋も悪くないね、ってハーレイと二人で盛り上がっちゃって! あんな状態をキープ出来たらハーレイも喜んでくれるかなぁ…。昨夜もホントに凄かったんだよ、もう何回も」
「ストーップ!!!」
やめたまえ、と会長さんが柳眉を吊り上げています。
「そういう態度を改めてくれ、というのも君のハーレイの願いの内かと…。まあいい、まずは落ち着きってヤツを学ぶことだね、ちょっとやそっとじゃ興奮しない!」
「えっ、そんな…。不感症になれって言うのかい?」
「「「不干渉?」」」
なんのこっちゃ、と一瞬悩みましたが、キャプテンにやたらと干渉しないのも落ち着きの内かもしれません。しかし、会長さんが返した言葉は。
「そういう意味じゃないってば! そっちの方まで抑制しろとは言ってない。…場所を弁えずに無駄にはしゃぐなと言っているだけ」
「「「???」」」
「ああ、君たちには通じなかったか…。まあ、この辺は流しておいてよ、大事なのはブルーの修業だからね。整理整頓第一弾! まずはいつものティータイムから」
さあどうぞ、と案内された先はリビングです。ティータイムが何の修業になるのだ、と首を傾げつつソファに腰掛けてみれば。
「かみお~ん♪ お茶はブルーにお任せ! 別に難しくないからね~」
元気一杯に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が押してきたワゴンの上には一人前のサイズに焼かれたタルトタタンを盛り付けたお皿。フォークを添えて配ってゆくのがソルジャーの最初のお仕事で。
「フォークは適当に置くんじゃないっ! ちゃんと正しく、この位置に!」
会長さんがビシビシ指導し、ソルジャーは面倒そうにブツブツと。
「食べられればいいと思うんだけどなぁ…。ぼくはフォークが刺さっていたって気にしないけど?」
「その精神が問題アリだよ、見た目に美しくキッチリと!」
茶道じゃないだけマシと思え、と会長さんが毒づき、キース君が。
「まったくだ。坊主は茶道の心得も要るからな…。そっちの方だと更にキツイぞ」
「そうだったの!?」
知らなかった、とジョミー君の目が丸くなり、サム君がフウと情けなそうに。
「お前、ホントに何も調べていねえのな…。専修コースじゃ茶道の授業が必須だぜ? 週に二時間はあると思っておけよ」
「えーーー!!!」
殺生な、と叫ぶジョミー君のお坊さんへの道は遠そうです。私たちが爆笑している間にソルジャーはお皿を配り終えたものの、すぐに次なる関門が。今度は紅茶とコーヒーが入ったポットとカップとソーサーを乗せたワゴンで。
「お菓子の次はお茶なんだよ。紅茶かコーヒーかをきちんと尋ねて淹れたまえ」
これは面白い、と私たちは一斉に紅茶だのコーヒーだのと先を争うように手を挙げ、ソルジャーはそれだけで軽くパニック。なのに会長さんは容赦もせずに。
「違う、コーヒーはそのカップじゃない! 零さないようゆっくりと! 零れちゃった分は綺麗に拭く!」
「なんでカップが違うのさ! 飲んだらどれでも同じだし!」
「それがダメだと言っているんだ、整理整頓! 紅茶と言われたらこのカップ! コーヒーだったらこっちのカップで、添えるスプーンも違うから!」
慣れれば自然に手が動く、と会長さんはビシバシと。部屋さえ片付けられないソルジャーにティータイムの用意はハードだったようです。ようやっと自分用の紅茶を淹れてテーブルに置き、ワゴンを片付けた後はヘトヘトで。
「…もうダメ…。頭が沸騰しそうな気がする…」
「足を組まない!」
それは思い切りマナー違反だ、と会長さんの厳しい指導が入りました。そっか、足を組むのはダメだったんだ、と私たちの方も大慌てです。そんなことまで気にしていたらティータイムが楽しくないじゃないか、と思うのですけど。
「だよねえ、楽しくやりたいよねえ、君たちも?」
気疲れしちゃうよ、とソルジャーが紅茶のカップを持ち上げた途端。
「ハンドルに指を通さない!」
「「「えっ?」」」
誰もが自分の手元を覗き込む中、会長さんは優雅な手つきで自分のティーカップを傾けながら。
「ティーカップのハンドル……そう、取っ手には指を通さないのが正式なんだよ、こう、ハンドルを摘むように! それが本当の本場のマナー」
「「「………」」」
そんな無茶な、と考えたのはソルジャーだけでは無かった筈です。落っことすじゃないか、と会長さんの手を見てみれば指はハンドルを摘んでいるだけ。根性で真似してやってみたものの…。
「む、無理だって、これ…」
落としそうだよ、とジョミー君が音を上げ、シロエ君が。
「ぼくも無理です。あ、でも…。マツカ先輩、パーフェクトですね」
「あ、ぼくは…。外国の方とお茶をすることもありますから…」
控えめに答えるマツカ君。ということは、会長さんが言ったマナーは正しいのです。スウェナちゃんと顔を見合わせ、改めてハンドルを摘んでみて。
「…難しいわよね?」
「ちょっと滑ったらガッシャーン…よねえ?」
西洋茶道、恐るべし。その後、ソルジャーが派手にガッシャーン! とカップを落とし、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の指導の元に床を掃除する羽目に陥ったのは至極当然の流れでしょう…。
気にしたこともなかったティータイムの作法。私たちはお茶とお菓子を頂くだけで済みましたけど、ソルジャーを待っていたのはお片付けでした。カップやお皿をキッチンに下げ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が監督する中、洗って拭いて棚に仕舞って。
「…どうだった、ぶるぅ? ブルーの腕は?」
「んーと…。いっぺんにシンクに突っ込もうとするし、洗い上げる時も適当だし…。お皿はお皿で纏めてよね、って何度言っても聞かないし!」
割れなかっただけまだマシかも、と嘆く「そるじゃぁ・ぶるぅ」はソルジャーが気の向くままに洗い上げては積み上げてゆくカップやお皿をせっせと直していたようです。しかしソルジャーに言わせると…。
「効率的にやったつもりだよ、カップとお皿はセットじゃないか。洗う時にもセットにしとけば片付ける時が楽だよね」
「そういう構造になってないだろ、あの籠は! 楽をしようと思っているから掃除もしなくなるんだよ!」
「そうかなぁ? 効率ってヤツも大切だけどね、それと最短距離の動線! 人類軍とやり合う時には最小限の力で最大の効果を上げるというのがポイントでさ」
部屋は使えれば充分なんだよ、と嘯くソルジャーの青の間の床がベッドまでの道を除いて埋もれてしまう理由とやらも最小限での最大効果を狙った末かもしれません。こりゃダメだ、という気がしますけれども、ここで投げては会長さんの男がすたるというもので。
「…君の青の間が片付かないのは大雑把すぎる性格と、やり方のせいだと思うんだ。ティータイムの作法をマスターしろとは言わないけれど、こんなマナーがあったっけ、と気に掛けるだけでも違ってくるよ」
「ふうん? それで片付けが上手くなるって?」
「気配り上手は片付け上手の第一歩! 気持ち良く過ごして貰いたい、と思う気持ちが整理整頓、片付け上手に繋がるわけさ」
会長さんの言葉は至言でした。会長さんの家や「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋は普段から綺麗に片付いています。もしも雑然と散らかっていたら、きっと居心地も悪いでしょう。なのに同じ話を聞いたソルジャーときたら。
「気持ち良く? それなら青の間は合格だよねえ、ハーレイはいつも満足してるし! ぼくとベッドさえあれば天国、おもてなしはそれで充分じゃないか」
「間違ってるし! 気配りって点で不合格だし!」
君のハーレイもそう言っていた、と会長さん。
「せめて現状維持が出来れば、と嘆いてたけど、本音は別にある筈だ。掃除部隊が突入する度、とんでもないモノが落ちてやしないかとハラハラするのは御免だってね。君のハーレイに余計な心配を掛けるようでは、気配り上手とはとても言えない」
そうならないよう整理整頓を頑張りたまえ、と会長さんが発破をかけて、ソルジャーは今度は昼食の支度。お料理なんかはまず無理ですから「そるじゃぁ・ぶるぅ」が盛り付けた海老とアサリのスープパスタとサラダを配膳したのですが…。
「カトラリーはきちんと揃えて置く! 器を置くのも向きを考えてキッチリと!」
どうして向きがバラバラなのだ、と会長さんはソルジャーのアバウトさに脱力中。楕円形の深皿は幅が広い方を正面にしてセッティングするのが常識ですけど、狭い方が正面だったり、斜めだったりがソルジャー流で。
「そんなの、どうしても気になるのなら食べる時に直せばいいだろう! 食べる人がさ」
「その考えがアウトなんだよ、君はおもてなし失格だってば! 大切なのは気配りだって言っただろう! 器を直させるなんて気配り以前の問題だし!」
気持ち良く食べて貰いたまえ、と会長さんが文句を言えばソルジャーは。
「うーん…。気持ち良く食べて貰っていると思うけどなぁ? あ、ぼくは食べる方のつもりだけれど、ハーレイ的にはそうじゃない。ぼくを食べるって姿勢のようだし、向きも全く気にしてないよね」
気に入らなければ直すだけだし、と胸を張るソルジャー。えっと…キャプテンに手料理を作ることなんてあるのでしょうか? 自分では食べる方のつもりなんだとか言ってますから、お菓子かな? それをキャプテンにお裾分けなら、気配りなのかもしれません。…って、あれ? 会長さん?
「どうしてそういう方へ行くかな、君って人は!」
「そりゃあ…。そもそも修業に来た目的がさ、演技の仕方の練習だったし!」
ん? なんだか話が謎っぽいです。お菓子の話じゃなかった…んでしょうか、会長さんの顔が険しいですが…?
「演技の仕方の練習って何さ!?」
ぼくに分かるように説明しろ、とソルジャーを睨み付ける会長さん。ソルジャーは適当に並べて怒りを買ったスープパスタの器の向きを整え、自分の席に腰掛けてから。
「もしかして分かっていなかった…とか? 片付けるのが上手になったら恥じらいってヤツも身に付くんだろう? ハーレイは恥じらった方が好みらしいし、そういう演技をしてみようかと」
「なんだって!?」
会長さんは瞬時に目が点、私たちだってビックリです。恥じらいの演技の練習だなんて、それ、お片付け修業で出来ますか? そりゃあ……マナー違反な行動なんかを教えられたら、今までの自分をちょこっと反省しますけど…。
「だからね、ハーレイのために片付け上手を目指してるわけ! でも上達なんかするわけないから、上達したふりでいいんだよ。きっと恥じらいの演技も分かってくるって!」
どんな感じになるんだろう、とソルジャーは夢多き色の瞳で。
「…向きを気にしろと言っていたよね、気持ち良く食べて貰うには? それってどうすればいいのかな? 今日はコレだと思う体位はハーレイにもあると思うんだ。さっきの紅茶とコーヒーみたいに直接訊くのが一番かい?」
「「「???」」」
ますます分からん、と途方に暮れる私たちを他所に会長さんが。
「それを訊くのはTPOってヤツだろう! 訊いていいのか、訊かずに察して動くべきかが気配りなんだよ、分かってないし!」
「そうなんだ? じゃあ、ハーレイの思考を読ませて貰って好みの向きになるべきだって?」
「恥じらい以前の問題だよ、それ! 恥じらいは限りなくゼロに近いね、そういう思考を持つようではね!」
意味不明な方向に突っ走り始めた会長さんたちの会話でしたが、そこはソルジャーも同じだったようで。
「それじゃ、どうすれば恥じらい込みで好みの向きに出来るわけ? 模範演技とか無いのかな? こっちのハーレイを相手にやれとは言わないからさ、台詞だけでも」
「「「!!!」」」
やっと話のパズルがピタリと頭の空間に収まりました。万年十八歳未満お断りだけに誤差は相当あるのでしょうけど、ソルジャーが会長さんから習いたい事は大人の時間の演技について。
「頼むよ、恥じらいの台詞を教えてくれれば午後の練習も頑張るからさ! 明日以降のお片付け修業にもキチンと通うし、一つだけでも!」
知りたいんだよ、と懇願するソルジャーの希望の品は大人の時間の決め台詞。恥じらい込みで好みの向きを、と言われましても………何の向き? そもそも会長さんに答えが分かるのか、フィシスさんとの時間の応用でいけるのか…?
「……ようこそいらっしゃいました……」
「「「は?」」」
会長さんが喉の奥から絞り出した台詞は斜め上というヤツでした。それって普通にウェルカムメッセージとか言いませんか? ソルジャーもポカンとしていますけれど、会長さんは腹を括ったらしく。
「本日はこういうお茶を御用意しておりますが、どれになさいますか? …これがティーパーティーを始める時のお約束! お茶が決まったら濃さの好みと、ミルクと砂糖の好みを尋ねる。これで気配り万全ってね」
「…なるほどねえ…。まずはハーレイに歓迎の意を表する、と。それから体位を色々と挙げて、どれにするかを決めて貰って、濃いめか軽めかの好みを訊くんだ? 言われてみれば理に適ってるかも…。一度も気にしたことが無いしね、ハーレイの好み」
これは使える、とソルジャーは何度も頷いています。
「恥じらい込みで好みの体位を訊くにはウェルカムの気持ちが大切なんだ? 気配り上手は片付け上手だったっけ? そういう心でウェルカムなんだね、よし、覚えた!」
今夜から早速実践あるのみ、と至極ご機嫌な様子のソルジャー。私たちには意味が掴めない単語も多数ありましたけれど、納得してくれる台詞を捻り出した会長さんは流石というもので。
「覚えたんなら片付けの方もキリキリと! お皿洗いも真面目にね」
「うん、勿論! 身に付くとはとても思えないけど、修業すればスキルアップを図れるんだし…」
目指せ、完璧な恥じらい演技! とソルジャーはやる気満々でした。お昼御飯の片付けを頑張り、午後のティータイムは会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に教わりながら練習を。
「ようこそいらっしゃいました。…えーっと、本日のお茶は……と…」
危ない手つきでソルジャーが淹れてくれた紅茶はまずまずの出来。コーヒー党のキース君まで強引に紅茶にされてしまった点は気の毒でしたが、他人様の修業に付き合うというのも仏道修行の一環ですよね?
こうして夕食の片付けまでを懸命にこなして帰ったソルジャー。どうなったのか、と戦々恐々で明くる日の放課後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を訪ねてみれば。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
「こんにちは。一足お先にお邪魔してるよ」
今日の紅茶はどれにする? とティーセットを前にしたソルジャーが。
「昨夜はホントに凄かったんだよ、恥じらい効果はもうバッチリ! ハーレイときたら耳まで真っ赤になってくれてさ、その後はもう大喜びで…」
「その先、禁止!」
イエローカードを突き付けている会長さんにソルジャーはまるで見向きもせずに。
「好みを訊くって大切なんだね、それだけで違ってくるなんて…。修業に出掛けた甲斐があった、ってハーレイは感激していたよ。ついでに片付けの方もよろしく、と言っていたけど、演技だけで舞い上がってくれるんだったら要らないよねえ?」
片付けなんて、とパチンとウインクするソルジャー。何か間違っているのでは、と首を捻りまくる私たちのために熱々の紅茶が注がれ、今日の修業も絶好調です。会長さんの教えどおりにカップの取っ手を優雅に摘んだソルジャーは…。
「このマナーをハーレイに早く教えたくってさ、今朝は二人でモーニングティーを飲んだわけ。ゆっくり紅茶を楽しんでからハーレイはブリッジに出掛けて行ったよ、満足してね。…それで急いでブルーの家まで報告に来てさ、優雅に地球での朝御飯!」
「…そうなんだよねえ、朝っぱらから押し掛けてきちゃって迷惑な…。あ、カップは洗って片付けてから来たんだろうね?」
訊き忘れてた、と会長さんが尋ねれば。
「え、カップ? 夜にハーレイが洗ってくれるよ、いつも基本はそうだから」
昼間に時間が取れた時には洗いに来ることもあるんだけれど、とソルジャーは片付け修業の一歩目から既に躓いてしまっているようです。青の間が壊滅的な姿になる日も近そうですけど、夫婦円満ならいいのかな? キャプテン、どうか恥ずかしい失せ物の件は諦めてやって下さいね~!
片付かない人・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
ソルジャーの恥じらいの無さは毎度お馴染み、一生モノです。直る見込みはありません。
来月は 「第3月曜」 3月17日の更新となります、よろしくお願いいたします。
最近ハレブル別館の更新が増えておりますが、シャングリラ学園は今までどおり続きます。
月イチ、もしくは月2更新、それは崩しませんからご安心をv
ハレブル別館で扱っているのは転生ネタです、なんとブルーが14歳です、可愛いです。
先生なハーレイは大人ですけど、エロは全くございません。
ほのぼの、のんびりテイストですので、よろしかったらお立ち寄り下さいv
←ハレブル別館は、こちらからv
毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませ~。
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、2月は恒例の節分祭に出掛けるバスの車内でエライ騒ぎに…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
「やっぱり全然、変わらないよ…」
鏡を覗き込んだブルーは溜息をついた。鏡の向こうの自分も溜息をつくが、憂い顔と呼ぶにはあまりに幼いその顔立ち。脹れっ面とまでは言わないまでも、不満たらたらな十四歳の少年の顔が其処に映っていて。
(……育ってるかと思ったんだけどな)
念のために、とクローゼットの横に立ってみる。
「……ホントに駄目かぁ……」
母に見付かって叱られないよう、鉛筆で微かに付けた印はブルーの頭の天辺よりも二十センチほど上だった。それはブルーの前世であったソルジャー・ブルーの背の高さ。
十四歳になって間もないブルーは百五十センチしか無かったけれども、前世では百七十センチはあった。その高さまで背を伸ばすことがブルーの目標だったりする。
前世から遙かな時を経て生まれ変わった平和な星、地球。
同じく地球に生まれ変わっていた前世での恋人、ハーレイと出会い、共に記憶を取り戻したまでは良かったのだが、ハーレイはブルーの倍以上もの年を重ねた大人であった。
おまけにブルーが通う学校の教師。
かつて恋人同士だったブルーを前世と変わりなく愛し慈しみ、大切に扱ってくれるハーレイとは何度も逢瀬を重ねて来た。しかし、前世とは決定的に違う点がある。ブルーは子供で、ハーレイは大人。それゆえにキスさえしては貰えず、それ以上の仲は夢のまた夢。
「…ハーレイが言うのも分かるんだけど…」
でも、とブルーは再び鏡を覗き込む。
(子供なのは姿だけだよ、ハーレイ。…ぼくは全てを思い出したし、君と一緒に過ごした時間も覚えてる。それなのにキスさえ出来ないだなんて、悲しくてたまらないんだけれど…)
昨夜もハーレイの夢を見た。今の生ではなく、前世のハーレイ。青の間と呼ばれたブルーの部屋で愛し合う夢で、それは幸せで満ち足りた気分で目を覚ましたのに、鏡に映った自分は子供。
(…酷いよ、こんなの残酷すぎだよ…)
夢の中に居た自分の姿と変わらないほどに育たない限り、ハーレイと前世のような時間は決して持てない。ブルーはクローゼットに付けた印の方を眺めて何度目か分からない溜息をつき、諦めて朝の着替えを始めた。
そもそも前世での愛の営みを夢に見たのに、身体に何の変化も来たさない辺りがブルーの子供たる所以だったが、それにすら全く気付かないほどにブルーは幼く、無垢だった。
ハーレイはとうにそれと見抜いてキスも許さず、十四歳のブルーを壊れ物のように扱っている。その恋人の心も知らずに己の現状に不満一杯、早く大きくなりたいブルーの心と身体との間のギャップはまだまだ埋まりそうにもなかった。
「おはよう、ブルー。遅かったのね」
階下のダイニングに行くと、母が朝食の用意を整えていた。父はとっくにテーブルに着いて分厚いトーストに齧り付いている。
「どうした、朝から変な顔して? 何処か具合でも悪いのか?」
見詰めてくる父に「ううん」と答えて、ブルーは自分の席に座った。
「…パパ。背がうんと高くなるのって、いつ頃?」
「えっ? そうだな、パパはお前くらいの頃だったかなあ…。学校に入ってすぐの年には面白いくらいに伸びたもんだが」
懐かしそうに語る父は、大柄なハーレイには及ばないものの長身の部類に入るだろう。母だって決して低くはないのに、ブルーは同じ年頃の少年たちに比べると小さく、背の順で並べばクラスどころか学年中でさえも一番前だ。
「…ぼくも大きくなれるかな?」
「そりゃあ、パパとママとの子供だからな。そのままってことはないと思うぞ、伸びる時には伸びるものさ」
「…それって、いつ?」
ブルーは「もうすぐさ」という返事を期待した。けれど…。
「さあなあ、遅い子は遅いらしいしなあ…。どう思う、ママ?」
「そうねえ…。ママのクラスにも卒業間近で伸びた子がいたし、そればっかりは分からないわね」
「そ、卒業って…。そんなに先かもしれないの?」
ショックを受けたブルーだったが、両親はまるで気にしていない。個人差だから、と笑い合いながら「早く大きくなりたかったら食べることだ」と聞き飽きた台詞を口にする。
「お前はあんまり食べないからなあ…。それじゃパパみたいに大きくなれないぞ」
「そうよ、朝御飯もしっかり食べなさい。ミルクも飲むのよ」
「…分かってる…」
両親の言葉は正しかったが、ブルーが知りたいのは「いつになったら前世と同じ高さほどに背が伸びるのか」と「早く大きくなる方法」。もしかしたら卒業間近まで無理かもしれない、と聞かされた気分はドン底だった。
(……卒業って、まだまだ先なのに……)
ブルーが通う学校は義務教育の最終段階。かつてSD体制と呼ばれた時代の教育システムを引き継ぎ、十四歳で入学してから四年間を過ごす学校。一年生のブルーにとっては卒業は遙か先のことだ。それまで背が伸びないかもしれないだなんて、どうすればいいというのだろう?
すっかりしょげてしまったブルーは学校が日曜日で休みということもあって、朝食の後は自分の部屋のベッドに突っ伏していた。
(どうしよう…。これじゃハーレイの恋人どころか、また子供だって言われるよ…)
そのハーレイはブルーをきちんと恋人扱いしているのだけれど、ブルーにはそれが理解出来ない。恋人同士ならばキスは当たり前、今日の夢で見たような関わりを持つのが当然だと思い込んでいる。前世ではそういう仲であったし、それでこそ真の恋人同士と言えるのだ、と。
ブルーに決して手を出すまいと懸命に自制しているハーレイの心など知りもしないのが十四歳の子供の真骨頂。なまじ前世の記憶があるから、自分では恋の酸いも甘いも噛み分けていると頭から信じて疑わない。
自分自身の外見だけが恋の障害でハードルなのだ、と勘違いをして背を伸ばしたいと願うブルーは正真正銘お子様だった。三世紀以上も生きた前世の精神構造をそのまま引き継いだわけではなくて、今の生の記憶と融合する過程で十四歳仕様にカスタマイズされたことなど気付く筈もなく。
(…ハーレイ、ちゃんと待っててくれるかな…。ぼくの背が伸びるまで待ってくれるかな?)
それまでに結婚してしまうかも、とブルーはベッドで頭を抱える。
ついこの間も父が会社の部下の結婚式に招かれて行ったのだけれど、お土産の花嫁手作りの菓子に添えられた写真の新郎はハーレイよりもかなり若かった。学校の他の先生だって、ハーレイくらいの年の男性はほぼ全員が結婚している。
(…年を取るのは止めるって言ってくれたけど…。それでもホントの年は取るよね)
今のハーレイの年齢にプラス数年。結婚したって可笑しくはないし、むしろその方が自然だろう。ブルーが本物の恋人になれない以上は、似合いの女性を見付けて結婚ということも充分あり得る。
(どうしよう…。そうなっちゃったら、ぼくは独りになっちゃうのに…!)
そんなこと、考えたくもない。
ハーレイのいない人生なんて絶対嫌だし、ハーレイと一緒に生きてゆきたい。
なのに自分は恋人失格、ハーレイを繋ぎ止めておくだけの魅力どころか外見すらも持ってはおらず、恋人に相応しい姿がいつ手に入るのか見通しすらも立たないわけで……。
(…せっかく会えたのに、離れ離れになっちゃうなんて…)
しかもハーレイには新しい恋人、愛する妻という存在が出来てのお別れ。ハーレイは満ち足りているだろうけれど、残された自分は独りぼっちでどうやって生きていけばいいのか。
あんまりだ、と思考の泥沼に囚われてしまったブルーは部屋の扉がノックされたことにも気付かなかった。扉が何度もノックされた末に、「寝てるのかしら?」と呟いた母が「お茶の用意をしてきますから」と客人を扉の前に残して階段を下りて行ってしまったことも。
ブルーの部屋の前に立った客人。
学校へ着て行くスーツではなく、ブルーの家を訪ねて来る時の常でラフな格好をしたハーレイは扉の奥から感じる気配に苦笑していた。
前世のブルーは高い能力とソルジャーの立場ゆえに心を固く遮蔽していたが、十四歳のブルーは違う。感情が高ぶると心の中身が零れがちだ。もっとも、それを感じ取れる者はどうやらハーレイだけらしい。現にブルーの母は気付かず、寝ているものだと思ったようだし…。
「おい、ブルー。いい加減、入るぞ」
声を掛けても返事は返らず、ハーレイは鍵のかかっていない扉を開けた。ブルーがベッドに突っ伏している。枕に埋められた表情は見えず、相当に落ち込んだ雰囲気だけが漂っていて…。
「ブルー。…おい、ブルー?」
開け放った扉を再度叩いても顔を上げようとしないブルーにハーレイは半ば呆れつつ、ベッドに近寄る。ブルーの母はまだ暫くは来ないだろう。ならば…、と前世で幾度も愛撫してやったブルーの耳元に唇を寄せた。
「…ブルー。お前、そんなに俺を人でなしにしたいのか?」
「………ハ、ハーレイっ!?」
ガバッと飛び起きたブルーは文字通り耳の先まで真っ赤になった。
これが前世のブルーだったら、耳まで真っ赤に染まった後には恋人同士の睦言に傾れ込む所だけれども、生憎と今の十四歳のブルーは恥ずかしさで赤くなったに過ぎない。それが分かるから、ハーレイは必死に笑いを堪える。
「何をぐるぐる考えていた? 筒抜けだったぞ、お母さんにバレたらどうするつもりだ?」
「え? えっ、ママ、来てた?!」
「来ていたさ。寝ているのかも、とお茶の用意をしに行ったが?」
「……そ、そうなんだ……」
だったら直ぐに戻って来るね、とブルーは両手で頬を押さえる。
「ど、どうしよう…。顔、赤い? まだ赤い?」
「真っ赤だな。…安心しろ、ねぼすけの末路にありがちなことだ。涎が垂れていたとかな」
「ちょ、ハーレイ…!」
ひどい、と抗議するブルーの頭の中から先刻までのマイナス思考は綺麗サッパリ消え失せていた。ハーレイが家に来てくれたというだけで嬉しかったし、耳元で言われた言葉も嬉しい。
ハーレイはきっと結婚したりはしないだろう。ブルーが充分な背丈になるまで、その肉体の年齢を止めて待っていてくれるに違いない…。
「…ねえ、ハーレイ…」
「なんだ?」
母が紅茶と焼き菓子とを置いて立ち去った後、ブルーはハーレイをまじまじと見詰めた。
「ぼくの背って、いつになったら伸びると思う?」
「さあな…。アルタミラから後は普通に大きくなったと思うが」
「そうだよねえ? だからそろそろ伸びてもいいと思うのに、全然、ちっとも伸びないんだけど」
前の時はもっと早かった、と呟くブルーの記憶の中ではアルタミラ脱出の直後が一番の成長期。流石に一年で二十センチも伸びてはいないが、今の自分に当てはめてみれば一ヶ月に一センチ弱くらい伸びてもいい気がする。
「お前、何かを忘れていないか? アルタミラで初めて会った時のお前と今のお前は同じくらいだが、お前、あの時、十四歳か?」
「えっ……」
思わぬ問いに、ブルーは記憶を遡る。前世でアルタミラの研究施設に囚われていた自分は確かに十四歳の頃の姿だったが、その姿で何年過ごしただろう? 五年? 十年? あるいはもっと…?
「…も、もしかして…。まだまだ全然伸びないわけ? 卒業どころか、もっと先まで?!」
それは困る、と涙が溢れそうになる。
いくらハーレイが待っていてやると言ってくれても、それでは自分の心が持たない。恋人だなんて名前ばかりで、キスさえ出来ずにこのままだなんて…!
「ブルー、落ち着け」
ポロリと涙を零したブルーの頬にハーレイの温かな手が優しく触れた。
「此処はアルタミラじゃないんだ、ブルー。…お前は本物の十四歳で、家族もいるし暖かな家も飯もある。あの頃みたいに成長が止まるわけじゃない。時が来たら自然に伸びるさ、少しずつでも」
「……本当に?」
「ああ。いつかは知らんが必ず伸びる。だからしっかり飯を食うんだな」
そして大きくなるんだぞ、と大きな手でクシャクシャと頭を撫でられ、ブルーはまた少し複雑な気分が蘇ってきた。
前世でこんな風に頭を撫でられた記憶は殆ど無いのに、何かと言えば撫でられる。つまりは立派な子供扱い、やっぱり自分はハーレイからすれば恋人ですらない子供なわけで…。
「…こら! お前、何度言わせるつもりなんだ」
いきなり強く、息が止まるほどに抱き締められた。でも、ここまで。抱き締めて貰えてもキスは貰えず、背中を優しく撫でられるだけか、そっと頭を撫でられるか。
(…ほら、今だって子供扱い…)
「悪かったな!」
コツン、と頭を小突かれた。
「お前は本当に子供なんだし、それなりにしか扱わん。…だがな、俺はお前しか欲しくはないし、何十年だって待つだけの覚悟はあるさ。それだけの価値があるからな」
「…えっ?」
「お前がどんな姿に育つか、俺は覚えているんだぞ? あんな美人を俺は知らない。これから先も、お前の育った姿以外に目にすることは絶対に無い。…だから、お前も信じて待て。何を焦っているのか知らんが、お前はとっくに恋人なんだぞ」
こんな小さな子供でもな、とハーレイは豪快に笑ってみせた。
「俺の悩みを教えてやろうか? いつかお前が育った時にな、お前の両親に何て言おうかと…。どう言ってお前を貰えばいいのかと、そればっかりを考えているさ」
……昼も夜もな。
そう告げられて熱く見詰められ、ブルーの頬が真っ赤になった。
(…そうだった…。パパとママがいたんだったっけ)
本物の恋人同士になった時には、何処で過ごせばいいのだろう? ハーレイの家で一緒に暮らす? それともこの家にハーレイが…? パパとママには何て言えば…?
(駄目、ダメ、ダメーーーっ!)
どうしたらいいか分からないよ、と軽くパニック状態になる。此処で慌てふためいていることこそが子供の証明、ブルーがどんなに背伸びしてみても大人ではない確たる証拠で。
「ほら見ろ、お前は子供なんだよ。…背丈だけじゃない、いろんな意味でな。今の扱いで我慢しておけ、俺は恋人だと思っているから」
それがハッキリ分からない内は子供ってことだ、と頭を撫でられて唇を尖らせそうになったけれども、ハーレイの瞳は穏やかながらも真剣だった。そのハーレイが「待て」と言うのなら…。
「…分かった。待つよ、きちんと大きくなるまで」
沢山食べるのは苦手だけれども、ちゃんと食事してミルクも飲もう。背が伸びて昔みたいな姿になったら、ハーレイと本物の恋人同士。その日まで我慢して待たなくちゃ…。
結局のところ、ハーレイが真面目に話して聞かせても、ブルーは理解していなかった。
背丈が伸びれば大人になれる、と子供ゆえの純真無垢さで考える。
心に身体がついてゆかないだけだと信じる十四歳の一途なブルーに、ハーレイは己の欲望との戦いも含めて悩まされることになるのだけれど、それもまたハーレイにとっては至上の喜び。
甘美な悩みに苦しめられつつブルーを大切に想うハーレイと、ハーレイを慕い続けるブルーと。
生まれ変わって出会えたからこそ紡がれる恋は、蘇った地球の息吹と共に………。
大きくなりたい・了
遠い昔、荒廃し切って人間が棲めなくなった星、地球。
その地球を蘇らせるために完全な生命管理社会が築かれ、サイオンを持った新人類のミュウと、旧人類との戦いの火蓋が切って落とされた。
それはとうに遙か彼方に過ぎ去った歴史の世界で、青い水の星として蘇った地球に今は大勢のミュウたちが暮らす。旧人類はもう植民惑星にすら残ってはおらず、人間と言えばミュウを指す社会。
ブルーはそういう地球に生まれて育った。優しい両親と暮らす暖かで穏やかな日々に恵まれ、アルビノであることを除けば、ごくごく平凡な少年として。
十四歳を迎えて間もなく、前世の自分が死の直前に受けた傷痕がその身に現れ、あまりにも特異で悲劇的であった前世の記憶を取り戻すまでは……。
「…ハーレイっ…!」
自分の悲鳴で目覚めたブルーの瞳に常夜灯だけが灯った暗い部屋が映る。
(……夢だったんだ……)
腕を伸ばして明かりを点ければ、其処はいつもの自分の部屋。机の上にはノートと教科書が置かれ、学校へ提げてゆく鞄もあった。
そう、今の自分は両親と共に地球で暮らしている普通の少年。三百年以上もの長い時を生き、その仲間たちの盾となるために一人きりで戦い、宇宙に散ったミュウの長ではないのだけれど…。
「…また、あの夢…」
怖い、とブルーは身を震わせて自分の身体を抱き締めた。
忌まわしい青い光に満ちた惑星破壊兵器・メギドの制御室。其処で何発もの銃弾を受け、自らのサイオンを暴走させて巨大なメギドを道連れに死ぬ。
その夢を何度見ただろう。目が覚める度に言い知れぬ不安に襲われる。実は自分はあの時に死に、魂だけが地球へ行きたくて夢を紡いでいるのではないか。今の日々は死んだソルジャー・ブルーが見ている夢で、十四歳の自分は彼が紡ぎ出した陽炎のように儚い幻なのではないだろうか、と。
(…怖い。怖いよ、ハーレイ…。夢だよね? ぼくが見ていたメギドの方が夢なんだよね?)
そうだよね、と同意を求めたくても、応えてくれる声は無かった。
前世でブルーが愛したハーレイ。
ミュウたちの船、シャングリラのキャプテンであった彼もまた、ブルー同様に生まれ変わっていたのだけれど。ブルーの記憶が戻ると同時に彼の記憶もまた戻ったのだけれど、この生でブルーはソルジャー・ブルーではなく、ハーレイもキャプテンなどではなかった。
ブルーは学校へ通う十四歳の少年であり、ハーレイはブルーの学校の教師。ただそれだけしか接点の無い二人にとっては共に暮らすなど夢のまた夢、こうして夜中に独り目覚めても傍にハーレイの温もりは無い。
(……ハーレイ…。今すぐ君に会いたいよ。夢だと言って欲しいよ、ハーレイ…)
ハーレイの所へ飛んで行けたなら、とブルーの瞳から涙が溢れる。
会いたい。ハーレイに会いたくてたまらないのに、ハーレイの家は何ブロックも離れた先で。
(…ぼくだってタイプ・ブルーなのに…)
飛べないなんて、とブルーはポロポロと涙を零した。
ブルーのサイオン・タイプは名前そのままに、前世であったソルジャー・ブルーと同じに最強レベルと謳われるブルー。
けれど人類が全てミュウとなった社会でタイプ・ブルーの高い能力は必要が無い。攻撃力などは言わずもがなだし、得意とされる瞬間移動も私的な移動ならばともかく、登下校や出勤などの際にはルール違反とされる有様だった。
それゆえにブルーは瞬間移動をしたことがない。幼い頃から駆け回るよりも本を読んだりする方が好きで、足の速い友人たちを出し抜くための瞬間移動などブルーにはまるで必要無かった。
瞬間移動が出来ないタイプのミュウも多いから教えてくれる授業は無いし、成長の過程で自然に身に付けることをしなかったブルーにとっては雲の上の技と呼ぶに等しい。
(…ハーレイの所へ飛んでいけたら…)
一度だけ遊びに行ったことのあるハーレイが一人で暮らす家。
それまではハーレイがブルーの家を訪れ、ブルーの母がお茶を淹れたり食事を用意してくれたりと気遣ってくれるのが常だった。母の気持ちは有難かったが、ブルーは何処か落ち着かない。前世のようにハーレイと二人きりの時間を過ごしたいのに、同じ屋根の下に母がいるのだから。
そういう逢瀬が続いただけに、ハーレイの家に招かれた時は嬉しかった。誰にも邪魔をされることなく、母が来ないかとドアの方をいつも気にしていなくても済む。
すっかり舞い上がってしまったブルーは前世で失った時間を取り戻すかのようにハーレイに甘え、幸せなひと時を過ごしたのだけれど…。
「ブルー。…やはり次からは私が行こう」
帰り際にハーレイがそう告げた。
「…お前と二人きりになってしまうと抑えが利かなくなりそうだ。お前に自覚は無いかもしれんが、お前、昔とそっくりな顔をしていたぞ。…そんな表情、お前にはまだ早いんだ」
駄目だと言われるキスを強請ったわけでもないのに、どの辺りがいけなかったのか。キョトンとするブルーにハーレイは重ねてこう言ったものだ。
「自覚が無いなら、尚更だな。…お前の中身は昔と変わっていないんだろうが、お前は心も身体も子供だ。…俺はお前を大事にしたいし、それが分かるなら来るんじゃない」
それきり、ハーレイは家に呼んではくれなかった。学校のクラブ活動での教え子たちは遠慮なく遊びに行っているのに、ブルーは呼んで貰えない。いっそクラブに入ろうかとまで思い詰めたが、運動の類が不得手なブルーにハーレイが顧問を務めるクラブは些か敷居が高すぎた。
(…ハーレイ…。会いたいよ、ハーレイ…)
ハーレイならきっと、さっきの夢を「もう過ぎたことだ」「思い出すな」と何度も繰り返してくれるだろうに。…会いたい時にハーレイがいない。こんな夜中に独りで泣いていたくはないのに、飛んで行くことすら叶わない自分。
せめてタイプ・ブルーの能力どおりに瞬間移動が出来たなら。
そうしたら数ブロックの距離くらい軽く飛び越え、ハーレイの家に行けるのに。
「来てはいけない」とは言われたけれども、こんな夜は側に居て欲しい。メギドでのことは過ぎたことだと、今の生は夢でも幻でもなく、間違いなく二人で地球に居るのだと、繰り返し言って欲しいのに…。
(……ハーレイ……。側にいて抱き締めて欲しいよ、ハーレイ……)
けれど空間は越えられない。
ミュウしかいない今の世界では、ハーレイの許にだけ届く思念を紡ぐことすら難しい。瞬間移動を教える授業が無いのと同じで、その術もブルーは習わなかった。相手を定めず、ただ大声で叫ぶに等しい思念だったら数ブロックくらい離れていたって届けられるのかもしれないけれど。
(…それこそ近所迷惑だよね…)
今のような夜中でなくとも、不特定多数に届く思念を私的な目的で放つ行為は無作法とされる。誰の思念かがバレようものなら、父や母に苦情が来るかもしれず。
(……ハーレイ……)
会いたいよ、と枕に顔を埋めて半ば泣きながらブルーは再び眠りに就いた。せめて今から見る夢でくらい、ハーレイに会いたいと願い続けながら…。
ブルーが心底、会いたいと願って求めたハーレイ。
そのハーレイはブルーが夢にうなされて目覚めたことも、泣いていたことも全く知らずに自分のベッドで眠っていた。夢さえ見てはいなかったのだが、不意に意識が浮上する。
「………ん?」
ハーレイの傍らに何かが居た。子供の頃に母が飼っていた猫の温もりを思い出す。
(…また来たのか…)
自分の身体で猫を潰してしまわないよう、寝ぼけ眼で押しやろうとして気が付いた。此処まで自分が育つよりも前に猫はいなくなってしまった筈だ。では、何が…?
夜の闇の中、手探りでその生き物を判別するべく触れようとした矢先にそれが身じろぐ。
「……ハーレイ……」
会いたいよ、と涙交じりの声が微かに聞こえた。
(ブルー?!)
何故、とハーレイは仰天した。恐る恐る伸ばした指先に感じる柔らかく滑らかな頬の感触。前世で何度も触れて口付けた、愛おしいブルーの頬そのままで。
(…ど、どうしてブルーが此処に居るんだ!?)
いつの間に、と慌てふためく心に届いたブルーの思い。前世の彼なら有り得なかった、遮蔽されていない心から溢れて流れ出す記憶。
メギドでの出来事を夢に見てしまい、怯えてハーレイを呼んでいた。会いたいと願い、それが叶わぬ悲しみに泣き濡れながら眠りに就いて、恐らくは……。
(……無意識の内に飛んだのか…。誰が教えたわけでもないのに……)
前世のブルーは自由自在に飛ぶことが出来た。その記憶が助けたのかもしれない。とにかくブルーは眠っている間に、自分のベッドからハーレイが眠るベッドへと空間を越えて来たわけで。
「……弱ったな……」
ハーレイはボソリと呟いた。
ブルーが考えているよりもずっと、ハーレイはブルーに惹かれている。かつてハーレイと恋人同士の時を持つようになった頃よりも、今のブルーは幼く、か弱い。それなのにブルーを求めてしまう。既に手に入れているブルーの心と共に、その身体をも愛し、思う存分、貪りたくなる。
しかしブルーの心はともかく、身体にはまだ求める行為は早過ぎた。前世と同じくらいに育つまでは、と懸命に自制し、家にも決して訪ねて来るなとあれほどに念を押したのに…!
「……ハーレイ……」
ブルーが瞼を閉ざしたままで、ハーレイの腕に縋り付いてきた。求める温もりを見出したからか、そのままスルリと懐にもぐり込み、後は穏やかな寝息が聞こえてくるだけ。
(…おい、ブルー! 襲われたいのか!)
無防備すぎるブルーの姿にハーレイは恐慌状態だったが、それをブルーが知る筈もない。その夜、すやすやと眠り続けるブルーとは逆に、ハーレイは夜明けまでまんじりともせずに己の欲望と戦うことを余儀なくされた。
うっかり眠ってしまったが最後、何をしでかすか分からない。なにしろ前世の自分とブルーは身も心も結ばれた恋人同士で、ブルーの身体の弱い所も隅々までも、指が、この手が、あますことなく記憶し、覚えているのだから。
翌朝、ハーレイのベッドで目覚めたブルーは「あれ?」と周囲を見回してから、蕩けそうな笑みを浮かべて言った。
「…おはよう、ハーレイ。もしかして、気が付いて来てくれた…?」
「違う、来たのはお前の方だ。…お前がいるのは俺のベッドで、この家は俺の家なんだが…」
その瞬間のブルーの笑顔を、ハーレイはきっと生涯、忘れることは出来ないだろう。喜びに満ちて輝くような眩しく、そして美しい笑顔。
「ハーレイ…!」
ブルーはハーレイが徹夜で己と戦い続けたことも知らずに抱き付き、その胸に頬を擦り寄せた。
「良かった、あれは夢じゃなかった。…メギドの夢を見たんだ、昨夜。とても怖くて、ハーレイにとても会いたくて…。会いたくて、どうしても会いたくて…。そうしたら側にハーレイがいた」
しがみ付いたら温かかった、とブルーはハーレイの胸に甘える。
「…ぼくは飛べないと思っていたけど、飛べたんだ。もう今度から夢を見たって怖くない。…ハーレイの所に来てもいいよね、飛べるんだから」
「……あ、ああ……。そうだな、お前は飛べるんだしな…」
怖い夢を見たらいつでも来い、とブルーの倍以上の年を重ねた大人の貫録を示してやりつつ、ハーレイは秘かにうろたえていた。
前世でのブルーの能力の高さからして、二度目、三度目は確実にあるだろう。その度に蛇の生殺しなのか、と天を仰ぎたい気持ちになる。
おまけに今日の、この状況。幸い土曜日で学校の方は休みだったが、ブルーの両親に何と説明するべきか…。ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイが恋仲だったという事実など誰一人として知りはしないし、何ゆえにブルーが此処へ来たかを話すことはとても難しそうだ。
「…ハーレイ? どうしたの、何か迷惑だった?」
「い、いや…。今日は学校は休みだったな、と思ってな」
朝飯にするか? と尋ねるとブルーは嬉しそうにコクリと頷いた。年相応なその表情にハーレイは心で苦笑する。身体が中身についていかない、誰よりも愛おしくて大切な恋人。手を出さないよう我慢するのは拷問だったが、それもブルーに再び出会えたがゆえの甘く切ない茨の檻で。
「よし、お前のために腕を奮うとするか。これでも料理は得意なんだぞ」
沢山食べて大きくなれよ、とブルーの銀色の髪を右手でクシャクシャと撫でてベッドから降りる。
(…まずはブルーの家に連絡しておかないとな。朝飯が済んだら送って行くか)
考えながら歩き始めたハーレイの腕にブルーがギュッと抱き付いてきた。何処までも無自覚で、それでいて立派な恋人のつもりの十四歳のブルー。当分はギャップに悩まされることになりそうだ、と溜息をつきながらもハーレイもまた、心地よい幸せに酔いしれていた……。
君の許へと・了