シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
今年も夏休みがやって来ました。柔道部三人組の合宿も無事に終わって数日が過ぎ、今日からマツカ君の山の別荘へみんな揃ってお出掛けです。お弁当を買って貸し切りの車両に乗り込み、最初はワイワイ騒いでましたが…。
「あれっ、キースは寝ちゃったわけ?」
声がしないと思ったら、と言うジョミー君の後ろのシートでキース君はぐっすり眠ってしまっていました。封を開けたポテトチップスの袋を落とさないよう握っているのが流石です。
「寝かせてあげればいいと思うよ、きっと疲れているんだろう」
なにしろお盆が近いから、と会長さん。ジョミー君とサム君は棚経にお供しますけれども、最初のような地獄の自転車修行とかは最近ありません。直前に師僧の会長さんが作法や読経の特訓をして元老寺へと送り込むのが定番です。
「あー、お盆かぁ…。あれって準備が大変だしなぁ」
寝かせとこうぜ、とサム君が応じ、そろそろお弁当でも食べようか、ということになった所でキース君の声が響き渡りました。
「くっそぉ、卒塔婆五十本!!!」
「「「!!?」」」
起きたのか、と振り向いてみればキース君は変わらず爆睡中。ただ、叫ぶと同時に振り回したらしくポテトチップスが床に飛び散っています。
「…なんとも派手な寝言だったねえ…」
会長さんが苦笑し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「あーあ、空っぽになっちゃってる…。もったいないけど落ちちゃったしね」
お掃除しなきゃ、とポテトチップスを拾ってゴミ袋に入れ、キース君の手には空の袋だけが残りました。後でネタにして笑ってやろう、とジョミー君たちと話していると、会長さんがそれを制して。
「電車の中でサラッと流すのは勿体ない。別荘に着いてから尋問したまえ、夕食の後がお勧めだね」
「「「えっ?」」」
「君たちには察知出来なかっただろうけど、寝言を叫んだ瞬間にさ…。キースの心が零れたわけ。面白いからゆっくり話を聞くといい」
今はポテチの袋と寝かせておこう、と微笑む会長さんは優しいんだか怖いんだか。卒塔婆五十本は気になりますけど、そういうことなら話は別です。私たちは和やかに駅弁を食べ、やがて目覚めたキース君は空のポテチを不思議そうに眺めたものの、食べられてしまったと思ったらしく。
「…すまん、眠ってしまったようだ。申し訳ない。……だが、俺のをポテチを食っていいとは言っていないぞ」
「寝た方が悪いね、食べ盛りの高校生に仁義は無いよ」
それこそあっちの世界の「ぶるぅ」並み、と会長さんがピシャリと切り捨て、ポテチの件はそれでおしまい。ソルジャーの世界の「ぶるぅ」だったらキース君の駅弁も消えていたでしょう。キース君、駅弁が残っていただけ良かったと思わなきゃですねえ…。
こうして電車は順調に走り、山の別荘地の最寄り駅へ。そこから迎えのマイクロバスに乗り、マツカ君の別荘に到着です。出迎えてくれる執事さんの姿は出会った頃と殆ど変わり無し。独身人生だった執事さんはシャングリラ・プロジェクトに参加を申し出、今や私たちのお仲間でした。
「いらっしゃいませ。いつものお部屋を御用意いたしました」
「「「お世話になりまーす!!!」」」
元気に返事し、勝手知ったるゲストルームへ。荷物を置いたら旅での運動不足解消を兼ねて軽く散歩し、それからシェフ特製のレモンシャーベットやレモンパイなどを食べつつ明日の相談。乗馬だ、ボートだ、トレッキングだと騒いでいる内に日は暮れて…。
「かみお~ん♪ 御飯が済んだら尋問だよね?」
そうだったよね、と夕食のテーブルで「そるじゃぁ・ぶるぅ」が無邪気に聞くまで忘れていました、例の件。豪華な食事は既に終わって紅茶とコーヒーが出ています。
「ああ、卒塔婆!」
そう叫んだのは誰だったのか。ワクワク気分の私たちの中で、キース君だけが怪訝そうに。
「何の話だ?」
「忘れたのかい? 君が電車で叫んだんだよ」
ぼくはバッチリ覚えている、と会長さんがニッコリと。
「君が寝ている間に消えたポテチは盗み食いされたわけじゃない。君が寝呆けて振り回したんだ。床に飛び散って誰の胃袋にも収まることなくゴミ箱行きさ。…食べ物を粗末にしてしまったお詫びに、まずは罰礼十回だね」
そっちの床で、と指差した先は絨毯の無い板敷きの部分でした。罰礼は南無阿弥陀仏に合わせて五体投地をするモノだ、と私たちも学習しています。気の毒に板敷きで十回ですか…。
「く、くっそぉ…。だが、本当なら仕方がないか…。阿弥陀様、申し訳ありませんでした」
南無阿弥陀仏、と頭を垂れたキース君は椅子から立って行って罰礼十回。まあ、本職のお坊さんですし、アドス和尚に千回とかもやらされてますし、十回くらいは軽いでしょう。罰礼を終えたキース君は再び席に着き、コーヒーを一口飲んでから。
「で、俺が卒塔婆と叫んだのか? ポテチの袋を振り回して?」
「うん。ぼくの記憶に間違いなければ、「くっそぉ、卒塔婆五十本!!!」とね」
会長さんが同意を求めてテーブルを見回し、一斉に頷く私たち。さあ、尋問タイムの始まりです。
「卒塔婆五十本でキレるようでは副住職は務まらないと思うけど? この時期、お寺と卒塔婆は切っても切れない関係だよねえ。元老寺ほどの規模になったら何本なんだか」
「やかましい! 俺だってちゃんと計画的に書いているんだ、卒塔婆をな!」
来る日も来る日も卒塔婆書き、と呻くキース君。お盆といえばお墓参りで、お墓に欠かせないのが卒塔婆。お盆の法要で檀家さんが納める卒塔婆を供養し、お墓に供えて貰うのですが…。大前提としてキース君とアドス和尚が大量の卒塔婆を用意することになるわけです。
「親父と俺とで分業なんだが、お互いのノルマは決まっている。それなのに親父が昨日、押し付けてきやがったんだ! 自分の分を五十本も!」
「五十本ねえ…。遊びに行くならやっとけって?」
如何にもありそうな話だよね、と会長さんが相槌を打てば。
「そうじゃない! ミスッた現場を見られちまって、「明日から遊びで弛んでいるな」と五十本なんだ、クソ親父め!」
「それなら自業自得じゃないか」
文句を言えた筋合いではない、と会長さんは冷たく流しましたが、キース君も負けてはいません。
「本当に弛んでたんならな! そうじゃないんだ、俺はだな…」
「俺は?」
「こう、延々と卒塔婆を書いているとだ、無我の境地に入ることもあるが、他のヤツらはどうしてるだろう、と雑念が入ることもある」
何処の寺でも今頃は卒塔婆、とキース君は前置きをして。
「昨日は雑念が浮かぶパターンで、先輩の顔が浮かんでな。そこから色々と芋蔓で…。まだ着られないのに紫の衣を着やがったヤツがいたっけな、と」
「「「紫?」」」
「そうだ、紫だ。俺の歳ではまだ着られん。ついでに着られる資格も無い。どう頑張っても四十歳までは着られないんだが、最近、手伝いに行った法要で……俺の同期が堂々と!」
ド田舎寺だと思いやがって、とキース君は拳を握り締めています。えーっと、ド田舎寺って、何が?
「そうか、お前たちは知らないか…。アルテメシアは璃慕恩院があるし、絶対に有り得ないんだが…。地方へ行くと本山の睨みが効かなくなる分、決まりを守らないヤツが出る。俺の同期もそのパターンなんだ。俺が突っ込んだら、「俺の地元ではこれが普通だ、習慣だ」と!」
アレは絶対に嘘八百だ、とキース君はブツブツと。
「習慣で紫が着られる地域は確かにある。だが、そういうのは老僧だ。年を重ねた熟練の人なら資格だけ持った若造などより素晴らしい方もおられるからな…。資格が無くても紫というのは理解出来る。しかし俺と同期で紫は無い!」
ただの自慢で見せびらかしだ、とキース君。
「おまけに相当いいのを仕立てたらしい。すげえだろ、と俺たちの前で衣の袖をヒラヒラとな…。アレを思い出してブチッとキレたら、卒塔婆の上に墨がボタッと」
「「「………」」」
「マズイと思って使った道具も悪かった。レトロにやったらバレなかったかもな…」
失敗した、と嘆くキース君が使った道具は卒塔婆文字削り機。なんでもケーキ作りとかに使うハンディミキサーそっくりなモノで、泡立て器の代わりに円盤型のヤスリが付いているのだとか。スイッチを入れれば泡立て器ならぬヤスリが回転、間違った部分だけ綺麗に削れる仕組みで。
「電動式だけに音が出るんだ、地道に俺の手で削ればよかった…」
キース君は運悪く廊下を通りかかったアドス和尚に音を聞かれてミスをしたのがバレたのです。一ヶ所を削る手間を惜しんだばかりに卒塔婆五十本。文字通り「急がば回れ」というヤツで。
「くっそぉ、余分に五十本も! 親父も憎いが紫が憎い!」
俺も着られる歳になったら最高級のを仕立ててやる、とキース君はマジ切れでした。法衣なんてどれも同じかと思ってましたが、同じ色でもピンからキリまであるようです…。
山の別荘ライフの間にキース君の寝言と卒塔婆五十本は何度も話題に上りました。帰ったら卒塔婆五十本だぜ、とからかわれる度にキース君が黄昏れるため、ついつい言ってしまうのです。そんな楽しい別荘ライフも今夜で終わり、という夜のこと。
「紫かぁ…」
会長さんがボソッと呟きました。とっくの昔に夕食は済み、一番広い会長さんの部屋に皆で集まっていた時です。
「ぼくも紫は着られるんだよねえ、せっかくだから作ろうかな? キースのとセットで最高級のを」
「おい、それは俺へのあてつけか!? 俺は紫はまだ無理なんだぞ!」
「だからさ、いつか着られる身になった時に自慢するのにピッタリのヤツを」
君は自慢するタイプじゃないけど、と会長さんは断ってから。
「最高級の紫を着るのに相応しい器になるよう努力するのさ、言わば目の前のニンジンだね。そういう法衣を持っていたなら頑張れるだろう?」
「………。あんたがプレゼントしてくれるのか?」
高いんだよな、とキース君が尋ねれば、会長さんは。
「うーん、そもそも販売してないと思う。最高級のは紫根染めだろ?」
「よく分からんが、天然染料のヤツらしいな」
アレは高い、とキース君。首を傾げる私たちに会長さんが説明してくれましたが、紫根染めは紫草という植物の根っこを使って染めるそうです。化学染料より手間がかかる分、お値段もグンと跳ね上がるわけで。
「紫草を育てる所から始まるしねえ…。でもさ、それどころじゃない紫がある。王様しか着られませんでした、ってくらいに高級なのがね。キース、君なら知っていそうだけれど?」
「…貝紫か?」
「そう、それそれ!」
「「「カイムラサキ?」」」
なんのこっちゃ、とオウム返しな私たち。会長さんはニッコリ笑って。
「貝から採れる染料なんだよ、ストールを一枚染めるだけでも二十キロ以上の貝が必要。これで法衣を染めるとなったら百キロじゃとても足りないね。貝紫の着物は売られてるけど、法衣は無いかと」
「あんた、法衣を注文する気か?」
「それじゃ全然面白くない。染めちゃうんだよ、ぼくたちでね」
「「「は?」」」
会長さん、なんて言いました?
「染めるんだってば、法衣用の生地を二人分! 海の別荘行きがあるだろ、その時にさ。染めたら仕立てはプロにお任せ、かかる費用は生地代と仕立て代だけってね」
格安コースで最高級の貝紫! と会長さんはブチ上げましたが、キース君が。
「…それは殺生と言わないか? 紫草なら植物だがな、貝紫となったら貝を思い切り殺しまくりで、法衣に相応しくないような…」
「それを言うかな、坊主の君が? この夏だって誂えてただろ、正絹の法衣! 絹ってヤツはね、繭の中の蚕が死んじゃっていたら規格外。生きたまんまで熱乾燥するか、釜茹でだよ? 法衣一枚に蚕が何匹必要なのかな?」
既に殺生しまくりだよね、と指摘されてしまいグウの音も出ないキース君。そこへ会長さんがダメ押しの如く。
「ぼくの知り合いが体験しちゃった実話だけどさ。檀家さんの家で法事があって、紫の衣を着て行ったわけ。お布施の額が多い檀家さんだし、もちろん最高級の絹をね。家での法事だと、読経の間に香炉を回してお焼香だろ?」
それは会長さんの家の和室で何度か体験済みでした。一番最初は会長さんの留守中にキース君が仕切った仏道修行体験だったっけ、と懐かしく思い返していると。
「そうやって香炉を回していくと、最後はお仏壇の前に戻るよね? でもって、法事の締めは法話だ。ぼくの知り合いも法話をしていた。すると何処からか匂いがするわけ」
お線香だろ、と誰もが思ったのですが、さに非ず。漂う匂いは動物性の、なんとも臭い代物で。
「妙な匂いがしているな、と気になりつつも法話をしてたら、檀家さんが「和尚さん、衣が焦げてます!」と…。香炉の上に袖が乗ってたんだね、それがブスブス焦げてたってさ。衣は焦げたら臭いんだよ。動物性だという証拠だよね」
草木を燃やしても臭くはならない、と法衣のための殺生の正当性を主張してのけた会長さんはウキウキとして。
「というわけで、海の別荘で貝紫! 素敵な生地が出来ると思うよ、それに使う貝は美味しく食べられるんだ」
無駄な殺生というわけではない、と聞かされて納得の私たち。今年の海の別荘ライフも楽しいことになりそうです。染める生地はマツカ君が用意してくれることに決まって、いざ、貝紫とやらにチャレンジですよ~!
海の別荘へ出掛けるまでの間に、キース君は自分のノルマの卒塔婆に加えてアドス和尚に押し付けられた分を五十本。それが済んだらジョミー君とサム君も巻き込んで猛暑の中を棚経に回り、お盆の法要などと大忙しで。やっと終わった、と海の別荘行きの貸し切り車両に乗り込んでみれば。
「凄い紫を染めるんだって?」
ぼくも欲しいな、と赤い瞳を輝かせる人物が約一名。そう、私たちは綺麗サッパリ忘れ去ってしまっていたのです。例年、自分たちの結婚記念日に合わせて海の別荘行きの日程を仕切り倒しているソルジャーを。
「あっ、ぼくが欲しいのは法衣じゃないよ? ぼくのマントも紫だからさ、一緒に染めて貰おうかなぁ…って。色が薄めだから貝はそんなに沢山要らないと思うんだ、うん」
「ブルーの分も是非、お願いします。地球の海の貝で染めた紫はさぞ美しいかと…」
ブルーに着せたらきっと映えます、とキャプテンが力説しています。バカップルだけにソルジャーを着飾らせたい気持ちは分かりますけど、でも、マントですよ? 普段と全く変わりませんよ? それでも別にいいのかな、などと考えていると、会長さんが。
「マントは無理だね、生地が特殊すぎる。…貝紫で染められるようなものじゃない」
「えーーっ? だったら似たような生地だけでも…。実用じゃなくて御洒落着で!」
シャングリラの中だけで着ることにするから、と食い下がるソルジャー。王様くらいしか着られなかったという高級品に惹かれまくっているようです。おまけに憧れの地球の海に棲む貝を使って染める辺りがツボらしく。
「頼むよ、ぼくのマントの分も! 生地だけでいいから!」
欲しいんだよ、と駅弁の蓋も開けずにソルジャーは拝み倒しています。会長さんがフウと溜息をついて。
「…その生地、どうするつもりだい? 君も、君のハーレイも裁縫が得意なタイプじゃないよね? かといって、君のシャングリラの服飾部に生地を回せば大変なことになりそうだけど?」
「えっ? あっ、そうか…。持ち込みだから耐久性とかをテストするよね、その段階で燃えるか溶けるか…。テストするのはサンプルだけど、布本体も適性無しとしてお蔵入りかぁ…」
ぼくのマントは作れないね、とガックリ肩を落とすソルジャー。よほど貝紫のマントが欲しかったのか、もう本当に残念そうで。
「おい、ぶるぅで何とか出来ないのか?」
キース君の声に「ぶるぅ」がブンブン首を横に振って。
「無理、無理、無理! ぼく、お裁縫なんか出来ないもん!」
「お前じゃないっ! こっちのぶるぅに決まってるだろう! どうなんだ、ぶるぅ?」
「え? えーっとね、本物は無理! だけど見た目にソックリなヤツってだけなら縫えそうだけど…。仕上げにサイオンでコーティングしたら丈夫になるし、御洒落着だったら大丈夫かも…」
だけど外には着て行かないでよ、と念を押した「そるじゃぁ・ぶるぅ」にソルジャーは大感激でした。本物の地球でも最高級の紫、しかも海から採れる色。それをマントに出来るというのが嬉しくてたまらないようで。
「ありがとう、ぶるぅ! 絶対に外には着て行かないよ、大切にする。シャングリラの中だけで大事に着るね」
だからよろしく、とペコリと頭を下げるソルジャー。キャプテンも深々とお辞儀しています。マツカ君が執事さんに早速連絡を入れ、布地の追加が決定しました。マントの質感に近い素材を調達するため、大量のサンプルが別荘に先回りしていそうです…。
海の別荘に到着するなり、私たちは二階の広間に案内されてソルジャーのために生地選び。会長さんとキース君の法衣用の生地は納入済みで今日からだって染められますけど、ソルジャーの分を早く決めないと時間が無駄になっちゃいますから。
「こちらの生地など、どうでしょう?」
質感がよく似ていますよ、と真っ白い生地の海から教頭先生が一枚選び出しました。ソルジャーはそれを肩に掛けてみて。
「うーん、なんというか、もうちょっと…。でも、今までで一番近いかな? ぼくのハーレイが選んだヤツも、ブルーが選んだヤツもイマイチ感がもっと」
「ありがとうございます。…では、もう少し探してみましょうか」
似たようなので…、と探しまくっている教頭先生。会長さんとキャプテン、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も頑張っていますが、私たちはソルジャー服自体に馴染みが薄いので見ているだけ。最終的にソルジャーがOKを出した生地は教頭先生が選んだものでした。
「凄いね、君は。ぼくのハーレイでもロクに分かってないのにさ」
毎晩脱がせているくせに、とソルジャーが笑い、教頭先生は耳まで真っ赤に。言われてみれば教頭先生、会長さんのマントなんかに馴染みがあるとは思えませんけど…。まさか密かに脱がせてるとか、着せているとかはない…ですよねえ…?
「失礼な! なんだってぼくがハーレイなんかに!」
会長さんの怒声に首を竦めたのは私だけではなく、殆ど全員。会長さんは唇を尖らせながら。
「…ハーレイがプロのエステティシャンなのは知ってるだろう? 指先の感覚が優れてるわけ。ついでにシャングリラ号に乗ってる時にエステを頼めばマントに触る機会もあるしね、似たような生地を選べて当然!」
別に不思議でも何でもない、と言い切る会長さんに、ソルジャーが。
「そうかなぁ? それだけじゃなくて、やっぱり愛かと…。ねえ、ハーレイ?」
尋ねられたキャプテンも頷いて。
「私も愛だと思いますが…。職人技というだけでは無理でしょう。やはり、こちらのブルーを深く愛しておられるのが大きいですよ」
「……いえ、私はブルーに着せるならどれかと思って選んだだけで……」
教頭先生が頬を赤く染め、会長さんが。
「違う、違う、違うーーーっ!!! ハーレイのヤツは職人技!」
愛なんかあってたまるものか、と怒鳴り散らしている会長さん。生地選びからして揉めてますけど、こんなので上手く染められるかな…?
その日は海で軽く泳いで夕食、翌日からの作業に備えて早寝。ソルジャー夫妻は早寝どころか熱々だったかもしれません。海の別荘は二人が結婚した場所で、初日が結婚記念日です。もちろん夕食も二人のために豪華料理でお祝いのケーキもついていましたが、毎年のことだけに慣れてしまって。
「かみお~ん♪ みんな、早いね!」
「おう! あいつらのことは知らないけどな」
まだ寝てるかもしれねえぜ、とサム君が上を指差す朝の食堂。ソルジャー夫妻と「ぶるぅ」以外は貝紫染めに挑戦するべく早々と起き出して来たのです。そもそも「貝で染める」としか聞いていませんし、どんな作業になるんだか…。楽しみだね、などと言いつつ食べ終える頃に。
「おはよう、もうすぐ出掛けるのかい?」
「おはようございます」
ソルジャー夫妻が入って来ました。後ろから「ぶるぅ」が眠そうな顔で。
「かみお~ん♪ ぶるぅのお部屋に泊めて貰った方が良かったかも…」
大人の時間が凄すぎて、と朝っぱらから爆弾発言。うるさくて眠れなかったわけではなく、興味津々で見ていた結果、寝不足になったらしいです。ああでこうで、と難解な専門用語の嵐に私たちは悩むばかりで、教頭先生は派手に鼻血を。会長さんは頭を抱えて呻いてますし…。
「うう…。ぶるぅ、その辺でやめてくれるかな? ハーレイが倒れたら困るんだよ」
「えっ、なんで? こっちのハーレイ、ブルーと大人の時間なの?」
そういう関係になっちゃってたの、と目を丸くする「ぶるぅ」と、テーブルに突っ伏す会長さん。なんとも前途多難です。やっとのことで立ち直った会長さんはオレンジジュースを一気飲みして。
「いいかい、ぶるぅ。こっちのハーレイはただの戦力! 夜はしっかり眠って貰って昼間はガンガン働いて貰う。ブルーのマントを染めるためには貝を沢山採らないとね」
「ああ、そっか! いつもサザエとか採ってくれるもんね!」
サザエにアワビ、と歓声を上げる「ぶるぅ」の頭の中は美味しいもので一杯になり、アヤシイ発言は収まりました。私たちがオタオタしていた間にソルジャー夫妻は朝食をすっかり食べ終えていて。
「これで一緒に出掛けられるね、水着に着替えて出発だよね?」
「痕をつけないよう気を付けましたし、ブルーも泳ぎに行けますから」
「かみお~ん♪ ハーレイ、頑張ったもんね!」
「「「………」」」
トドメの一撃を食らったような気がしましたが、メゲたら負けというもので。私たちは水着に着替えてプライベート・ビーチに出掛けてゆきました。いつものパラソルと椅子やバーベキュー用の竈なんかが揃っています。その他に特設テントがあって、会長さんが。
「貝紫染めの作業用に頼んだんだよ、あのテント。でも、その前に…。まずは貝紫染めの実演からだね。ちょっと反則技だけど、こう」
ザブザブと海に入って行った会長さんが海中に突っ込んだ右手を上げると、握り拳ほどのサイズの巻貝が。全体的に赤っぽい色をしています。会長さんは浜辺に戻って来て。
「これはアカニシ貝と言うんだ。潮干狩りの時期だと今みたいに浅瀬で採れるんだけど、この季節はもっと深い場所にいる。ハーレイやキースたちの出番だね。海の中の砂地で探してみてよ」
頑張って潜ってひたすら採るべし、と会長さん。手に持った貝は瞬間移動で沖から採ってきたそうです。
「この貝の身を、こう出して…と。肝の所を切って出てくるコレが貝紫の素のパープル腺!」
「「「???」」」
パープル腺の何処が紫? なんか黄色い色ですよ? 会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に白いハンカチを広げさせ、パープル腺から搾った黄色い液で可愛い魚の絵を描きました。やっぱり黄色い魚です。紫色には見えませんけど…。
「まあ、待って。これをお日様の光に当てて…、と。お昼頃には綺麗な紫の魚になる筈! 貝紫染めはそういう仕組みさ。さあ、貝集めを頑張ろうか。法衣二着とマントが一枚、貝はどれだけあっても問題なし!」
レッツゴー! という会長さんの合図で教頭先生と男の子たちが海に飛び込んで行きました。ソルジャー夫妻はソルジャーの反則技に頼るつもりらしく、パラソルの下でイチャイチャと。そして「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」は…。
「ねぇねぇ、どうやって食べるの、これ?」
「かみお~ん♪ 基本はサザエとおんなじだよ!」
壺焼きも出来るし炊き込み御飯も作れちゃうんだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が会長さんがパープル腺を取ってしまったアカニシ貝を刻んでいます。どうするのかな、と眺めていると刻んだものを殻に詰め込み、お醤油を注いでバーベキュー用の焼き網の上に。間もなく美味しそうな磯の香りが…。
「はい、壺焼き! 味見してね♪」
つまようじに刺して渡された切り身は絶品でした。ソルジャー夫妻も「ぶるぅ」もスウェナちゃんも大喜びで、会長さんはニコニコと。
「これから沢山採れ始めるしね、壺焼きに飽きたらガーリック炒めも試してみようよ。そうそう、観光地なんかのサザエの壺焼き。殻だけサザエで中身はアカニシっていう酷いお店もあるんだってさ」
値段がグンと安いから、と教えて貰ってビックリ仰天。まさかサザエの偽物だなんて…。おまけにアカニシ貝の方が身が柔らかくて美味しいらしい、と聞かされ二度ビックリ。これは食べ比べてみなくては…! 教頭先生、サザエもよろしくお願いします~!
会長さんがハンカチに描いた可愛い魚は少しずつ色が濃くなってゆき、昼食の頃には見事な赤紫色に変色しました。なるほど、これが貝紫…。
「おい、法衣の紫よりも赤が濃すぎる気がするんだが…」
大丈夫なのか、と心配そうなキース君の問いに、会長さんは。
「その辺は染める過程で調整可能さ、ブルーのマントの色にしてもね。資料はバッチリ揃えてあるから大丈夫! 君たちは染料集めに専念したまえ、ぼくたちは浜辺で加工と調理担当」
まだまだ全然足りないよ、とクーラーボックスを指差す会長さん。教頭先生と男の子たちが採って来た貝は会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が手際よく捌き、パープル腺の中身をボウルに集めています。変質しないようクーラーボックスに入れて保管し、最後に纏めて染めるのだとか。
「ふうむ…。確かにサザエより美味い気がするな」
教頭先生が壺焼きの食べ比べに挑み、私たちも昼食のお供に一個ずつ。うん、美味しいかも、アカニシ貝! ガーリック炒めも食べてみたいな、炊き込みご飯も美味しそう…。
「ハーレイ、あ~ん♪」
ああ、またしてもバカップル。つまようじ片手の壺焼きであっても「あ~ん♪」なのか、と泣きたい気持ちの私たちを他所に、結婚記念日合わせの旅行のソルジャー夫妻は熱々です。ソルジャーが瞬間移動でアカニシ貝を採ってる以外は二人の世界で過ごしてますけど、バカップルは放置の方向で~。
来る日も来る日もプライベートビーチを拠点にアカニシ貝を採り、パープル腺を取って残りを調理して。例年とは違ったパターンの日々を過ごした別荘ライフは順調に過ぎ、染料が充分に集まった五日目の昼前に染色作業が始まりました。
「各自、ボウルは持ったよね?」
会長さんが全員に配って回った黄色い染料入りのボウルとすり潰すための棒。直射日光の下で染料をひたすらすり潰し、太陽に当てながら練るよう指示されました。
「全体が濃い紫になるまで根性で混ぜる! 分業だから早い筈!」
作業開始! の合図で悪戯小僧の「ぶるぅ」も練り練り。こういう遊びは嫌いではないみたいです。バカップルも会長さんも、私たち全員も練って練りまくって、真夏の強い日差しのお蔭で思ったよりも短い時間でボウルの中身は紫色に。
「さてと…。それじゃ、こっちの大鍋に入れてよ、零さないようにね」
特設テントには竈が築かれ、大鍋で煮えているのは会長さんが資料を元に調整したという染色用の溶剤でした。透明ですけど、これが綺麗な紫色になるんだろうな、とボウルの中身を入れてみれば。
「「「…黄色くなった…?」」」
元の木阿弥、と呆然とする私たち。会長さん、何か間違えたりしませんでしたか? 皆の視線を一身に浴びた会長さんは。
「これでいいんだってば! ぶるぅ、布を」
「かみお~ん♪ 法衣用のが先だね!」
よいしょ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が運んで来た法衣用の布が二枚、大鍋にドボンと浸けられました。続いてソルジャーのマント用がドボン。会長さんはパチンとウインクをして。
「この先が大変らしいんだけどね、サイオンを使えば簡単なんだな。均等に染まるよう調整するのは楽勝だから! 手で混ぜるんだと一苦労だよ」
後は引き上げるタイミングだけ、と会長さんが教頭先生と男の子たちに干場を設置させています。やがて黄色く染まったソルジャーのマント用の布が物干しに干され、暫く後に濃い黄色になった法衣用の布が二枚加わり…。
「日射しが強くて日が長いしねえ、もう夕方にはバッチリさ。作業完了、後はのんびり遊ぶだけ!」
泳いでこよう、と会長さんが海に入ってゆき、私たちも先を争ってバシャバシャと。バカップルはゴムボートで沖に出るようです。どうせ沖でもイチャイチャでしょうねえ…。
別荘ライフの大半を費やした貝紫染めは夕方に立派に出来上がりました。キース君に卒塔婆五十本の墓穴を掘らせた紫の法衣も霞むであろう素晴らしい紫の布が二枚と、ソルジャーのマントにそっくりの紫が一枚です。ソルジャーは嬉しそうに布を触っていましたが…。
「ねえ、ぶるぅ。これってマントにするのに時間がかかる?」
「んーと…。御洒落用だよね、それなら普通に仕立てるだけだし、すぐ作れるよ?」
「本当かい? 明後日に帰る予定だけども、明日には出来る?」
「うん! 着てみたいんなら頑張って作る!」
お洋服ってすぐに着てみたいよね、と元気に返事した「そるじゃぁ・ぶるぅ」は会長さんのマント用のパーツを使って夕食後すぐに縫製を開始。私たちがワイワイやっている広間にミシンを持ち込み、お喋りしながらダダダダダ…と縫いまくって。
「わーい、完成! はい、どうぞ!」
「ありがとう、ぶるぅ。早速サイオンでコーティング…とね」
キラリと青い光が走って貝紫のマントに吸い込まれます。これでマントは丈夫で長持ち、汚れもしないことでしょう。ソルジャーは憧れのマントを肩に羽織ってみて満足そうで、キャプテンがその肩を抱き寄せ、熱いキス。翌朝、バカップルが朝食に来なかったのは至極当然の成り行きです。
「…あいつのマントまで作らされたのは誤算だったが、まあ、いい衣が出来そうだよな」
有難い、とキース君がトーストを頬張り、会長さんが。
「仕立てられる日は遠いけれどね。ぼくもそれまで大事に仕舞っておこうかと…」
特注品より凄い布だし、と会長さんもキース君も貝紫の法衣を着る日を心待ちにしているようでした。教頭先生やジョミー君たちも達成感に溢れています。そこへ「ぶるぅ」がトコトコと。
「かみお~ん♪ 凄いね、あのマント!」
「「「は?」」」
貝紫の価値が悪戯小僧に分かるのでしょうか?
「すっごくブルーに似合っていたの! ハーレイも凄い勢いだったの!」
「「「???」」」
「二人とも凄く喜んでいたよ、普段のマントじゃ絶対に思い付かなかったって! 御洒落用だから出来たよね、って! えーっと、なんだっけ……。そう、裸マント!」
「「「裸マント!!?」」」
バカップルの部屋で何が起こったのか、万年十八歳未満お断りでも一部は想像出来ました。教頭先生は鼻血を噴いて倒れてしまい、会長さんとキース君は疲れ果てた声で。
「…キース、どうする、法衣用の布?」
「………多分、一生、出番は無いかと………」
みんなには申し訳ないが、とテーブルにめり込むキース君。ソルジャーだけが大満足した貝紫染め、法衣用の二枚は後日、璃慕恩院に寄進されたと聞きました。総本山でお役に立つなら何より、キース君の立身出世の助けになれば幸いです、はい~。
染めたい貝紫・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
1月に完結しましたシャングリラ学園番外編、お蔭様で年内最後の更新を迎えられました。
来月は 「第3月曜」 更新ですと、今回の更新から1ヵ月以上経ってしまいます。
ですから 「第1月曜」 にオマケ更新をして、月2更新の予定です。
次回は 「第1月曜」 1月6日の更新となります、よろしくお願いいたします。
今年もお付き合い下さってありがとうございました。来年もどうぞ御贔屓のほどを。
皆様、良いお年をお迎え下さいませ~v
そして、本家ぶるぅこと悪戯っ子な 「そるじゃぁ・ぶるぅ」、今年のクリスマスに
満7歳のお誕生日を迎えます。一足お先にお誕生日記念創作をUPいたしました!
記念創作は 『クリスマスの土鍋』 でございます。
TOPページに貼ってある 「ぶるぅ絵」 のバナーからお入り下さいv
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毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませ~。
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、12月はソルジャーがお正月の準備に燃えているようですv
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※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
暑い、暑いと愚痴りたくなる残暑が去って、ようやく秋が訪れました。シャングリラ学園、本日も平和に事も無し。放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でゆったりのんびり、話題もあちこち飛びまくりです。
「サボッて旅行に行っちゃおうか?」
平日はグンと安くなるしね、とジョミー君が言い出せば、誰かがグルメだと混ぜ返して。
「ですね、食欲の秋ですよ」
シロエ君が俄然乗り気で、会長さんも。
「マザー農場に行くのもいいねえ、ぼくたちは入場料も要らないし…。ジンギスカンの食べ放題とか、バーベキューも特別割引だしね」
「かみお~ん♪ 楽しそう! サボらなくても土曜日とか!」
行きたいよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は秋の食材を挙げ始めました。サツマイモにニンジン、ブロッコリーにカリフラワー…。果物だったら葡萄に梨に、リンゴなんかも。どんな料理が作れるかなども楽しそうに話してくれます。
「ぶるぅなら貰い放題だよな、それ全部?」
サム君は涎が垂れそうな顔。私たちと違って会長さんの家での朝のお勤めに出ていますから、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作る朝食も食べられる立場がサム君です。新鮮な食材で朝から御馳走、食べたいに違いありません。
「なあ、マザー農場、行ってみねえか? 土曜か日曜」
サム君の提案に私たちは一斉に頷きました。旅行もいいですが、急に思い立って出掛けるんなら断然、近場。まずはマザー農場で食べ放題の採り放題から始めよう、ということになったのですけど。
「…すまん、俺は今回、無理そうだ」
「「「えっ?」」」
そういえばキース君は首を縦には振らなかったかも。法事が入っているのでしょうか?
「あ、ああ…。まあ、そういうことだし、みんなで思い切り楽しんできてくれ」
「なんか悪いなぁ、あそこじゃ土産も特にねえしな」
食べたら無くなるものばかり、と申し訳なさそうなサム君に、会長さんが。
「大丈夫。貰って来た食材は美味しいお菓子に化けるしね。食材の方もその内にパーティーすればいいわけだけどさ、その前に…。キース」
「なんだ?」
「土曜日の法事は元老寺かい、それとも檀家さんの家?」
「あ、いや…」
即答を避けたキース君。普段だったらサラッと返事が来るような…?
「ふうん? 珍しいねえ、ホテルとか? そういうのも最近、多いよね」
「…まあな」
「で、土曜日は大安吉日、と。披露宴の隣の広間で法事ってケース、ある意味、キツイね」
「………。あんた、何か言いたい事でもあるっていうのか?」
胡乱な目をするキース君に、会長さんは涼しい顔で。
「ううん、披露宴と法事が隣合わせっていうのはホテルのセンスを疑うなぁ、と思ってさ。いくら入退場の時間をズラして対応したって、どうしても分かってしまうじゃないか。何々家御席と書いただけではバレなくっても服装で即バレ」
片や晴れ着でもう一方は喪服の集団、と溜息をつく会長さん。つい最近も「そるじゃぁ・ぶるぅ」と出掛けたホテルで両者の組み合わせを見たのだそうで。
「ロビーラウンジでコーヒーを飲んでいたらね、引き出物を提げて賑やかなお客さんたちが入って来たんだ。ぶるぅと見ながら結婚式だね、と言ってる所へ今度は喪服の団体様が」
「「「………」」」
それは嬉しくなさそうです。引き出物な人たちは思いっ切り沈黙、喪服の人たちもバツが悪そうだと思ったのですが。
「甘いね、引き出物組の方はともかく、法事組は遠慮してないよ。ドカドカッと座って注文してさ、後は賑やかに笑いも交えてお喋りってね」
「「「ええっ?」」」
喪服で笑いはあんまりでは、と誰かが言えば、割り込んで来たのはキース君。
「分かっていないな、お前たちは。通夜とか葬式の後の席でも賑やかに飲み食いするものだ。まして法事の後となったら、もう完全に宴会だぞ? その流れでラウンジに突入するのは二次会感覚というヤツだな」
「まさにキースの言うとおり! ほろ酔い気分で御機嫌だから、晴れ着の団体様への気遣いも遠慮も吹っ飛んでるよ」
だからフロアを分けるべき、というのが会長さんの見解です。二次会の席がぶつからないよう完璧にあれこれ調整してこそ本物のサービスというものだとか。
「…それで、キースは今度の土曜日、何処のホテルへ?」
「ホテルじゃないっ!!!」
ダンッ! とキース君がテーブルを叩き、お皿の上のフォークやカップがガチャンと音を立てました。な、なんでそこまで怒るわけ? 檀家さんの家か元老寺の本堂で法事なだけでしょ?
「なんだ、ホテルじゃなかったんだ? てっきりそうかと」
何事も無かったかのように会長さんが紅茶を啜れば、キース君は。
「やかましい! まだそこまでも行ってないのに、横からベラベラ言いやがって!」
「「「は?」」」
今度こそ話が見えません。法事の会場が決まらなくって揉めてるのでしょうか、家でやるのか、お寺か、ホテルか。大安吉日のホテルだったら早めに押さえておかなきゃですし、場所は確保してあるんでしょうけど…。
「これはデリケートな問題なんだ! いいか、結婚というヤツは」
「「「結婚!?」」」
そっか、法事じゃなくって婚礼でしたか。大学の先輩とか同期とかのに呼ばれたのかな、と納得しかけた私たちですが、そこへすかさず会長さんが。
「言葉を間違えちゃいけないねえ。…結婚式じゃないだろう?」
「悪かったな! そうだ、俺は土曜日は婚活だ!!」
「「「こ、婚活…???」」」
あまりにも予想外な単語に誰もがポカンとしています。婚活って……それ、キース君が?
「おいおい、マジかよ、お前が婚活?」
どうする気なんだ、と最初に立ち直ったサム君が声をかければ、キース君は憮然として。
「頼まれたものは仕方ないだろう! 先輩の人生と村おこしまでが懸かっているんだ、ここで逃げたら男がすたる」
「「「…村おこし?」」」
さっき婚活と耳にしたような、と頻りに首を捻っていると。
「キース、説明は丁寧にね? でないと助っ人が呼べないよ」
ぼくたちも力になれそうだけど、とニッコリ笑う会長さん。キース君は苦虫を噛み潰したような顔でコーヒーが半分入ったカップをじっと睨み付けていましたが…。
「……この際、背に腹は代えられんか…。こいつらが来れば一気に八人……」
よし、と何かを決意したらしいキース君が鞄の中から取り出したものはチラシでした。『大自然の中で遊びませんか?』の文字が躍っています。えーっと、これのどの辺が婚活ですか? どう見てもファミリー向けですよ?
「お前たちに渡すならチラシはコレだ。…で、こっちがだな…」
巷でバラ撒いているヤツだ、と差し出されたチラシに書かれた文字は『村コン開催!』。何かのコンテストみたいですけど、いわゆる合コンとかと同義語だそうで。
「一時期、流行った街コンってヤツを知ってるか? 街の活性化と婚活を組み合わせたヤツで、グループ単位で参加して貰って飲食店とかを回って貰う」
「知らないよ?」
そういうイベントは範疇外、とジョミー君が答え、私たちも同じ。合コンだったら知ってますけど…。いえ、誰も出た事はないんですけどね。
「やっぱり知らんか…。そっち方面は俺もサッパリなんだが、先輩はよく知ってるようでな。出会いの場ってヤツを気軽に作れて、街の飲食店なども潤うってことで流行った時代があるらしい。それに目を付けて村おこしとセットで婚活なんだ」
「それ、どっちかに絞ればいいんじゃないの?」
ジョミー君の意見はもっともでしたが、どうやらそうではないらしく。
「ド田舎だからな、まずはとにかく村おこし! 更に婚活も出来れば一石二鳥、というスタンスだ。家族で遊びに来た人たちには週末別荘などから始めて、あわよくばいずれ移住も…とな」
「とにかく賑わえばいいわけなんだよ」
会長さんがチラシを手に取り、検分しながら。
「キースも賑やかしで招集されたのさ。お寺も会場になるからねえ…。境内や本堂を休憩場所に開放する上に餅つきとバウムクーヘン作りらしいよ」
ほらね、と指差された箇所にはお寺の場所を示すマップと「みんなでおやつ」という文字が。そこそこ若いお坊さんの顔写真も載っています。
「この人がキースの先輩で村コンの発案者。…そして切実に花嫁募集中、と」
「「「はぁ?」」」
公私混同とか言いませんか、それ? 主催者側が婚活中っていうのは…。けれどキース君は「違う」と一言キッパリと。
「寺の後継者問題というのは田舎では非常に重要なんだ。今の住職がいなくなっても、本山から新しい住職を派遣する。この寺は檀家さんの数も多いし、希望者は大勢いるだろう。しかし檀家さんの考えは違う。…代々御世話になってきた住職の直系の跡取りを是非、と願うわけだ」
「そうなんだよね。いくらいい人でも地域に縁もゆかりもない人が来るより、先祖代々ここで住職をしております、という人の方がいいだろう?」
田舎はそういう気持ちが強い、と会長さん。キース君の先輩のお寺もその例に漏れないらしくって。
「だからさ、副住職のお嫁さんを募集ついでに村おこしとなれば大いに協力してくれるんだよ。たとえ今回いい人が見つからなくても、二回目、三回目とやるんじゃないかな」
「ああ、既に話は出ているようだ。檀家さんの方でも村コンは大歓迎らしい。嫁さんや入り婿募集ってケースが多いようだぞ」
ついでに移住組も欲しいんだよな、とキース君。ド田舎だけに過疎化するより活性化ということらしいです…。
村おこしも村コンも人数を集められてこそ。現時点でも参加者はそこそこあるそうですけど、コネもバンバン使ってなんぼ。キース君と一緒に招集されたお坊さん仲間は人集めも頑張っていたらしく。
「…未婚の檀家さんを連れて行きますとか、色々と…な。だが、俺はその手の人脈が無くて…」
なにしろ自分がコレだから、と自分の顔を指差すキース君。
「俺と似たような年の独身の檀家さんは大勢いるが、この顔で声を掛けてもなぁ…。ポストにチラシを入れに行っても嫌味なのかと思われかねん。俺は婚活とは明らかに無縁だ」
「「「あー…」」」
それは分かる、と同情しきりな私たち。実年齢よりも遙かに若過ぎる上に現役で高校一年生をやり続けているキース君が村コンのチラシを配りに行ったら怒鳴られそうです。下手をすると次に月参りでお邪魔した時、お茶もお菓子も出てこないかも…。
「だろう? 仕方ないから村おこしバージョンのチラシを軒並み配ったんだが、当然のように申し込みは直接あっちに行くからな。俺の顔で集めました、と胸を張っては言えないんだ。他の連中はグループ参加で何人です、とか報告を上げてきてるのに…。こうなったら俺もコネで行く!」
お前たちだ、とキース君はファミリー向けのチラシを私たちに向かって突き付けて。
「いいな、村おこし活動に参加しろ! どうせブルーはそのつもりと見た」
「察しがいいねえ、マザー農場はいつでも行けるしね? 参加費用はどうしようかな…」
「あっ、良かったらぼくが出しますよ」
マツカ君が名乗り出た時です。
「プラス二人で。…でもって、費用は喜んで出しそうな人がいるけど?」
「「「!!?」」」
いきなり聞こえた嫌というほど馴染んだ声。バッと振り返った先で翻ったのは紫色のマントでした。
「ぼくとハーレイも参加したいな、その村コン! 夫婦者でも歓迎なんだろ?」
「…そ、それは……。週末別荘とか移住を検討している場合で…!」
あんたのケースは当てはまらない、と青ざめるキース君。しかしソルジャーは村おこしバージョンのチラシをチェックし、その文言は何処にも無いと指摘して。
「週末別荘にしても移住にしても、村を気に入って貰わないとねえ? 一度で即決するわけがないし、ひやかしも歓迎ぽいっけど? 参加費用さえ払ってくれれば」
「う、うう……。それは……まあ……」
「じゃあ、プラス二人。いや、三人だね、スポンサーも入れて」
「エロドクターか!?」
あいつは呼ぶな、とキース君が絶叫しましたが、ソルジャーは。
「誰がノルディを呼ぶって言った? 婚活だったら畑違いだよ、そっちはお似合いの人がいるだろ」
「「「???」」」
誰のことだか分かりません。ソルジャーのお財布係はドクター・ノルディの筈ですが…?
「分かってないねえ、ハーレイだってば、こっちのハーレイ! ブルーが婚活に出掛けると聞けば黙っていないと思うけど?」
「ぼくが行くのは村コンじゃなくて村おこし!!」
「でもさ、現地でやることは基本、おんなじだよね? 婚活を意識しないで田舎ライフって書いてある。その中で運良く出会いがあったらお楽しみ、って」
ソルジャーが言うとおり、チラシにはそう書かれていました。村でのイベントはグループ単位であればどれでも参加OKです。餅つきもバウムクーヘン作りもファミリーでも良し、独身も良し。もちろん私たちみたいな高校生の団体だって。
「というわけで、参加費用も大人と中学生以下とで違うだけだ。君たちが村おこし感覚で参加してても、ブルーに目を付ける村コン組がゼロとは言えない」
「え、えっと…。そういうのは多分、無い…んじゃないかな……」
婚活だけに、と会長さんは返しましたが、ソルジャーは。
「そこは謎だよ、村の人との出会いだとしても婿候補とかさ。でなきゃ普通に女性目当てで参加した人がフラフラッと君に惹かれたり…とかね。リスクは完全にゼロではないかと」
論より証拠、とソルジャーが思念に切り替えて。
『ハーレイ? 今ね、ぶるぅの部屋に遊びに来てるんだけど…。ブルーが婚活に行くらしいよ?』
『なんですって!?』
教頭先生は即レスでした。ソルジャーが中継してくれた画面には教頭室が映っています。教頭先生、チェックしていたらしい書類を床に派手にぶちまけ、わたわたと。
『こ、婚活とは……いったい何処へ?』
『村コンだってさ、ちなみにチラシはこんなのだけど』
瞬間移動で教頭先生の手に渡された村コンのチラシ。教頭先生は完全にパニック状態で。
『な、何故ブルーが…! 婚活するとは、私の立場は…!!!』
『さあねえ、君も参加してブルーのハートを射止めてみれば? 目の前で他の男に掻っ攫われるリスクも高いけどさ』
『さ、参加します! 情報ありがとうございます!!』
土下座せんばかりの教頭先生はチラシの隅っこにクッキリ書かれた「同時開催、村おこしイベント多数」の文字を綺麗に見落としてしまっている模様。ソルジャーはクスクス笑いながら。
『それでね、ぼくとぼくのハーレイも賑やかしで参加したいわけ。他にもゾロゾロ参加するから、情報提供料ってことで参加費用を負担してくれると嬉しいなぁ…って。君を入れたら十一人かな?』
全部でこれだけ、と告げられた金額を教頭先生は検算もせずに。
『分かりました、当日、持っていきます! それで集合場所などは…?』
「だってさ、ブルー。何処にする?」
教頭先生を釣り上げたソルジャーの笑みに会長さんは額を押さえていましたが…。
「ぼくのマンションの駐車場でいいよ。マツカ、マイクロバスの手配を頼んでいいかい?」
「もちろんです! キースも乗って行きますか?」
「そうだな、俺のコネでこれだけ集めました、とアピール出来るし有難い」
話はトントン拍子に纏まり、ソルジャーが思念で集合時間と場所を教頭先生に伝えて中継終了。さて、教頭先生はイベントの正体に気付くでしょうか?
「…無理じゃないかな、当日までさ」
会長さんが溜息を吐き出し、ソルジャーが。
「当日になって気が付いてもね、婚活気分で君にせっせとアタックする方に賭けておくよ。ぼくとハーレイが参加する以上、夢の結婚後の姿ってヤツを嫌でも目撃するからねえ…」
「ちょ、ブルー! 健全な村コンでいつもの調子でやるのはマズイよ、いくらなんでも!」
会長さんの声が裏返り、キース君も顔面蒼白になりましたが。
「大丈夫だってば、バカップル程度に留めるからさ。その程度なら潤滑剤! 相手さえいればああいうことが、とカップル成立に大いに貢献出来ると思うな」
村コンを楽しみにしているからね、とニコニコ顔のソルジャーはソファにしっかり腰を下ろして紅茶とケーキを要求しました。今日も居座るらしいです。話題はきっと村コンでしょうねえ…。
こうして迎えた土曜日の朝。高く澄み渡った秋晴れの空の下、私たちは会長さんのマンションの駐車場に集合しました。私服のソルジャーとキャプテンも来ています。間もなく現れた教頭先生、やや緊張の面持ちで、ソルジャーに。
「おはようございます。先日は情報提供をして下さってありがとうございました」
「どういたしまして。婚活、全力で頑張ってよね」
「もちろんです!」
ブルーの心を射止めて見せます、と燃え上がっている教頭先生は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が混ざっていることも、万年十八歳未満お断りの団体様の私たちが参加していることも不審に思っていませんでした。どう見ても婚活とは無縁なのですが…。
『……つくづく馬鹿じゃないかと思うよ……』
分かってたけどさ、と会長さんの嘆きの思念が。私たちはマツカ君が手配してくれたマイクロバスに乗り込み、ソルジャーとキャプテンは隣同士でイチャイチャと。その二人さえ気にしなければ車内は快適、バスは村コンが行われるド田舎へ向かって野越え山越え走ってゆきます。
「かみお~ん♪ ブルー、まだまだ遠いの?」
「そうだね、峠をもう一つくらいかな?」
それで着くよ、と言われたものの、峠が半端じゃありません。此処は本当に同じアルテメシア市内に含まれるのか、と疑いたくなるほどの距離を走って着いた所は別天地。たわわに実った稲穂が黄金色に光り、赤く熟れた柿の実があちこちに…。
「うっわー、凄いね、茅葺の家が沢山あるよ」
チラシのイメージ写真だけかと思ってた、とジョミー君が声を上げ、私たちも長閑な風景に感動中。キース君の先輩が副住職を務めるお寺は山沿いにあって、マイクロバスは山門前の駐車場に滑り込みました。村コン&村おこしイベント会場と書かれた看板とテントが目立っています。
「先輩、遅くなりました!」
なんとかこれだけ集まりました、と私たちを指差すキース君。普通に私服姿ですけど、先輩と呼ばれた男性は墨染の法衣に輪袈裟です。
「よくやった、キース! おっと、そちらの美人さんは?」
お前も隅に置けないな、とキース君を肘で突っつく先輩の視線の先にいたのは会長さんで。
「ああ、学校の…。って、先輩、ああいうのがタイプですか!?」
やめた方が、とキース君は焦ってますけど、会長さんは。
「はじめまして、ブルーと言います。今日は色々お世話になります」
「い、いえ…。楽しんで頂けましたら光栄です! あ、あのですね、ウチの寺では餅つきと手作りバウムクーヘンをやることになっておりまして…。よろしかったら、あちらに御席を」
「「「………」」」
先輩さんが求める出会いは後継者を確保するためにも女性なのでは、と呆れ返ってから気が付きました。長年、一緒に居すぎたせいで頭からスコーンと抜けてましたが、超絶美形な会長さんは女性のようにも見えるのです。あまつさえ会長さんは先輩さんの勘違いを楽しんでいる模様。
『や、ヤバイんじゃない…?』
ジョミー君が思念で囁き、サム君が。
『俺だってもう泣きたいぜ! なんで違うって言ってくれねえんだよ、ブルーはさ!』
『どうなるんでしょう、これ…。キース先輩も何も言えないみたいですよね…』
ピンチかもです、とシロエ君。私たちが思念でヒソヒソ話す間もキース君の先輩さんは会長さんに自己紹介をし、お寺の由緒なんかも説明してます。このまま話が進んで行ったら会長さんは…?
「それでですね、あのぅ…。ブルーさんさえ良かったらですが…。一緒に餅をつきませんか?」
「「「!!!」」」
出ました、先輩さんの熱いアタック! 二人で一緒に餅つきだなんて、どう考えても婚活フラグが立ちまくりです。息が合ったら意気投合して次は二人で昼食にとか、そういう流れは明らかで…。
「ま、待って下さい!」
ちょっと待った、と割って入った声は教頭先生。
「餅つきは私も得意としております。御住職、お手伝いなら私も是非」
「…ふうん? じゃあ、手伝ってあげたら、ハーレイ」
力仕事は好きじゃないし、と会長さんが教頭先生を先輩さんの方に押し出して。
「ごめんね、ぼくはこれでも一応、男。君の好意は嬉しいけれどさ、お寺の嫁は務まらないよ。後継ぎを産んであげられないから」
「……お、男……ですか? それ、マジで……?」
愕然とする先輩さんに、会長さんは。
「そこはキースが保証してくれる。期待させちゃってすまないね。お詫びにハーレイを置いていくから、大いに使ってくれるといい。バウムクーヘンを焼くなら薪が要るよね? 薪割りなんかも任せて安心、他にも色々」
ぼくたちはイベントを回ってみるよ、と笑みを浮かべる会長さんとガックリしている先輩さんと。キース君は先輩さんに必死に詫びていましたが…。
「いいって、いいって、気にするなよ。美人さんに会えて幸先もいいし、多分これから出会いがあるさ。…お前はグループ行動だよな? なんかカップル混ざってるけど」
思い切り仲の良さそうな、と先輩さんが視線をやった先ではソルジャーがキャプテンと腕を組んでベッタリ密着中。テント前に張り出されたイベント会場マップをチェックしながらイチャイチャと…。
「す、すみません…。多分、いわゆるファミリー参加に分類可能な人種じゃないかと」
目の毒だったらスル―して下さい、と平謝りのキース君に、先輩さんは。
「いやもう、そこは気にするなって! 美人さんに熱々カップルと来れば幸先良すぎと言うべきか…。下手に独身者をズラリと並べて来られるよりもさ、希望が持てるって気がしてきたぜ。うん、ガッついたら負けだよな。御本尊様にドンとお任せ、いい嫁さんが来るといいな~、って!」
前向きな気分になってきた、と先輩さんは一気に浮上。餅つきとバウムクーヘン作りを通して出会いがある予感がするそうです。会長さんとかバカップルでもヒーリング効果はあるってことかな?
「じゃあ、キース。お前も村おこしイベント楽しんでってくれよ!」
寺のイベントにも顔を出せよな、と餅つきとバウムクーヘン作りの開催時間を書いた紙をキース君の手に握らせた先輩さんの隣には教頭先生の姿がありました。消え入りそうな声でボソボソと…。
「…ブルー、本当に私は此処で手伝いなのか?」
置き去りにされそうな子犬さながらの目をした教頭先生に、会長さんはアッサリと。
「決まってるだろ、キースの先輩に失礼なことをしちゃったからねえ…。ぼくの代わりにお詫びしといて、本望だろう? 後で頑張りをチェックしに来るから」
男らしさをアピールするならチャンスだよ、とウインクされた教頭先生は派手に勘違いをしたようです。しっかり働けば会長さんの心象アップで婚活イベントの本懐達成、と頭の中で答えが出たらしく。
「御住職、餅つき会場はどちらですか? お手伝いさせて頂きます!」
裏方も全てお任せ下さい、と胸を叩いている教頭先生。本当にこれでいいのかという気はしますけれども、本人がそれでいいようですから、この場に捨てて行きますか…。
教頭先生をお寺に一人残して私たちは村おこしイベントへと旅立ちました。キース君が持っていたチラシで読んだとおり、色々な行事が盛りだくさんです。川へ行ったらアマゴ釣りが楽しめますし、釣ったアマゴはその場で焼いて食べ放題。
「はい、ハーレイ。あ~ん♪」
「こちらも焼けて来ましたよ。どうぞ、ブルー…」
バカップルは串焼きアマゴでも食べさせ合いをやらかすのか、と頭痛を覚える私たちを他所に、釣り体験中の若い男女たちには出会いが生まれてゆきました。最初は男女のグループ別で釣っていたのが合同に変わり、みんなで焚き火を囲むようになり…。
「ほらね、ぼくたちが来て正解だったし!」
次の場所でも縁結び、とソルジャーは得意満面です。村コンという目的を達成するにはバカップルは効くのかもしれません。教頭先生が汗を流していた餅つき会場を覗いてみれば、つきたての餅でバカップルが「あ~ん♪」を始めて、会場内の男女グループが見交わす視線が一気に熱く…。
「美味しいですね、ブルー」
「うん、こっちのハーレイの愛がこもっているからね♪」
ブルーにアピールするために、とソルジャーに改めて言われなくても教頭先生の努力は伝わってきます。ペッタン、ペッタンと餅つき体験をする人たちは今一つ力が足りません。それを補助するのが教頭先生、途切れなく杵に手を添え、ペッタン、ペッタン。
「あれって地味に腰にくる…かな?」
ソルジャーの問いに、会長さんは冷たい口調で。
「多分、明日にはズシンとくるね。だけど、ぼくには関係ないし!」
「そうだろうねえ、ぼくのハーレイだと大変だけどさ」
腰は男の命だものね、とソルジャーは意味深にクスクスと。そういえば教頭先生がギックリ腰になった時にも似たような台詞を言っていたかな、とは思いますけど、今一つ意味が分かりません。大人の時間のこと…なのかな?
「うん、まあね。この会場に来てる人たちにも、いずれ切実な問題に…」
「その先、禁止!」
会長さんのストップが入るってことは、そうなのでしょう。えーっと、次のイベント会場は…。
「バウムクーヘン作りは見たいし、それまでの時間にお昼だね。あちこち食べて回ろうか」
すき焼きにお鍋、と会長さんがマップを広げ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が大歓声。地鶏や鹿など山里ならではのグルメが満載、これは食べるしかありません。バカップル効果は行く先々で広がり続け、バウムクーヘン作りを見ようとお寺に戻る頃にはカップル多数で。
「おーい、キース!」
先輩さんが声を掛けて来ました。
「お前、今回の功労者だぜ。でもって俺もさ、ほら、このとおり」
「「「えぇっ!?」」」
紹介されたのは素敵な女性で、スタッフでもないのに割烹着。先輩さんがお手伝いの婦人部から借りて来たのだそうです。
「俺のこと、ちょっとタイプかもと思ってくれたらしいんだ。でも坊主だしさ、寺の嫁ってキツイかも、と腰が引けてたらブルーさん登場で持って行かれてガッカリしながら出て行ったんだと!」
しばらく後で戻ってきたらフリーな俺がいたわけよ、と先輩さん。逃がした魚は大きいと言いますが、会長さんに持って行かれかけたことで「黙っていてはダメだ」と女性は決意したらしく…。
「というわけで、もう纏まるしかないって感じ! 優しくて気の利く人だしさ…。田舎暮らしも気にしないってよ」
「そ、そうですか…。良かったですね、先輩」
「おう! そっちのお二人さんにも感謝の声が多数だぜ。背中を押されたとか、勇気が出たとか」
後でお礼をしなくちゃな、と先輩さんはバカップルに深々と頭を下げました。
「何かこう、御希望の品とか、ありますか? 見てのとおりの田舎ですから農産物しか無いですけども…。後は肉ですね、いわゆるジビエで」
「へえ、どんなのがあるんだい?」
鹿ならさっき食べてきたよ、とソルジャーは興味をそそられた様子。名物の鹿肉はステーキやシチュー、串焼きなどなどバリエーション豊かだったのです。ジビエ料理は「そるじゃぁ・ぶるぅ」も得意ですけど、それとは違って野趣溢れると言いますか…。
「お二人でしたら…」
先輩さんは声を潜めると、割烹着の女性に「もうすぐバウムクーヘンを焼くから」と婦人部への伝言を頼んで、その背を見送ってから。
「………熊の肉なんか如何です? 私は坊主な上に未婚ですので、自信を持ってお勧めしますとは申せませんが……聞いた話では素晴らしく精がつくそうでして」
「本当かい? 熊っていうのは食べたことが無いなぁ…」
「それでしたら是非、お土産に! この季節の熊は美味いんですよ。冬眠に備えてドングリとかをしこたま食べますからねえ、脂が乗って霜降り状態です。すき焼きが特にお勧めですね」
どうぞお二人でお召し上がりを、と語る先輩さんはバカップルの本性を知っているのか、いないのか。精力がつくと聞いたソルジャーの赤い瞳は期待に輝き、キャプテンの方も頬がほんのり染まっています。これ以上、精力をつけてどうするんだか…、と考えるだけ無駄というものでしょう。
「聞いたかい、ハーレイ? 熊肉だってさ」
「嬉しいですね、参加した甲斐がありましたよ」
すき焼きはこちらのぶるぅに調理をお願い致しましょう、とキャプテンが言えば「そるじゃぁ・ぶるぅ」が元気一杯に。
「かみお~ん♪ すき焼き、任せておいて! 熊のお肉って美味しいんだよ!」
手のひらは高級食材なんだ、と話す「そるじゃぁ・ぶるぅ」の楽しそうな姿に、先輩さんは私たちの分も熊肉をお土産に用意しようと太っ腹なお申し出。会長さんのお蔭で自分の御縁もゲットしましたし、お礼の気持ちなのだそうです。
「わぁーい! クマさん、右手の方が美味しいっていうの、ホントかなぁ?」
蜂蜜を舐めるのは右手だから右手の方が甘いらしいよ、と疑問をぶつけた無邪気な子供は熊の手のひらも貰えることになりました。今夜の夕食は熊のすき焼き、手のひらは下ごしらえなども要るので日を改めての宴会決定。村コンは大いに実りあるものとなりましたが…。
「おーい、ブルー! バウムクーヘンを焼くぞ、お前も生地を塗ってみないか?」
この竹筒に巻き付けるんだ、と教頭先生が焚き火の側で叫んでいます。手作りバウムクーヘン作りは生地をひと巻きしては焼き上げ、また生地を巻いての繰り返し。その作業を会長さんと共に体験するべく、教頭先生、必死のアピール。
「んーと…。どうしようかなぁ、面倒そうだし…。焼き上がったら食べようかな?」
「そうか、だったら待っていろ! うんと美味しく仕上げるからな」
私の愛を食べてくれ、と盛り上がっている教頭先生は焚き火の炎で汗びっしょりです。懸命に頑張る姿は称賛に値しますけれども、会長さんは。
「…ハーレイは何の役にも立ってないよね、村コンではさ」
「いや、働きづめでらっしゃると思うが」
充分に役に立っておられる、というキース君の発言は会長さんにバッサリ却下されました。
「ううん、ダメだよ、全然ダメ! カップル成立に役立たないなら、意味は全く無いってね。ハーレイに熊肉は食べさせない! 御褒美の対象じゃないんだからさ」
置いて帰らないだけマシだと思え、と言い放った会長さんに、ソルジャーが。
「精をつけても無駄だしねえ? 腰も壊れる予定のようだし、その分、ぼくたちが楽しんでおくよ」
村コン万歳! とソルジャーは熊肉への期待をこめて万歳三唱。バカップルと会長さんが大活躍した縁結びイベントは大盛会に終わりそうです。精がつくかの真偽はともかく、熊肉という珍味も食べられますし…。参加費用を出して下さった教頭先生、心から御礼申し上げます~!
田舎で縁結び・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
シャングリラ学園番外編は去る11月8日で連載開始から5周年を迎えることが出来ました。
月1更新にペースダウンを致しましたが、これから先もお付き合い頂けると嬉しいです。
シャングリラ学園番外編はまだまだ続いてゆきますので!
10月、11月と月2更新が続きましたが、12月は月イチ更新です。
来月は 「第3月曜」 12月16日の更新となります、よろしくお願いいたします。
毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませv
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、11月はソルジャー夫妻と「ぶるぅ」も一緒に七五三ですv
←シャングリラ学園生徒会室へは、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
今年の冬は寒さが厳しく、積もる、凍るの日が多め。そんな中、土曜の昼前にお邪魔してみた元老寺の辺りもやはり寒さの真っただ中です。日蔭には融け残った雪がありますし、まだ空からはチラチラと白いものが舞い…。こんな所で外にいるのは間違いなく無茶というヤツで。
「寒すぎだってば! 頼んで中に入ろうよ!」
山門前に集合だなんて、とジョミー君が言い出しましたが、待ち合わせ場所は山門前。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が来ていない以上、先に入るのはマズそうです。路線バスで来た私たちと違って、あちらはタクシーのお迎えですけど…。
「でも寒いですよ、本当に風邪を引きそうです」
大袈裟に震えて見せるシロエ君に、サム君が。
「シロエは柔道部で鍛えてる分、マシじゃねえかよ。寒稽古だと思っておけよ」
「ぼくたちの部にはありません! 教頭先生の方針でですね、真冬の川に入るような鍛錬よりかは練習あるのみって御指導ですから!」
ひたすら技を磨くんです、とシロエ君が反論を始めた所で黒塗りのタクシーが御到着。降りてきた会長さんはコートに手袋、「そるじゃぁ・ぶるぅ」もマフラーまで巻いてバッチリ防寒スタイルです。
「やあ。今日も冷えるね」
「かみお~ん♪ キース、遅れるみたいだよ?」
時間どおりに着かないみたい、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。そ、そんな…。そんな殺生な…! 元老寺の山門前に居並ぶ面子は一人欠員が出ています。姿が無いのは元老寺の副住職であるキース君。数日前から学校を休んで本山の行事でお出掛けなのを出迎えに来たわけですが…。
「お、遅れるってどのくらいだよ?」
サム君の問いに、会長さんは。
「さあ…。璃慕恩院での法要と解散式は予定通りに終わったんだけど、熱意溢れる青年会の面々だからさ、市内を回ってくるようだ。果たして帰りは何時になるやら…。下手をすると夕方になっちゃうかもね」
「それまでに俺たちが凍るじゃねえかよ!」
寒すぎだって、というサム君の悲鳴は誇張なんかではありません。今日の予報は最高気温が4℃ですから、山沿いの元老寺だと更に低めの2℃前後。風もあるだけに体感気温はマイナスの世界で、会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」並みに着込んでいたって効果のほどは甚だ疑問で。
「うーん…。だけどキースは頑張ってるしね、この寒い中を」
「修行なんかと一緒にしないで下さいよ!」
ぼくたち一般人なんです、とシロエ君が叫べば、会長さんは。
「念仏行脚は修行じゃないよ? 宗祖様の遺徳を偲んで、世界平和を祈念しながらお念仏の声を世に届けるという行事。今年で何回目になるんだっけか、キースは初の参加だけどさ」
それも終盤の辺りだけ、と聞けばキース君がズルをしているように響きますけど、念仏行脚は一ヶ月近くかけて六百キロを踏破するもの。初参加で全行程を歩くというのは無茶なのだそうで。
「まあ、キースは頑張って歩いたよ、うん。オマケの市内行脚について行けるのも日頃の鍛錬の賜物だろうね」
「で、でもですね、ぼくたちは突っ立っているだけですから寒いんですよ!」
「じゃあ、その辺を走ってきたまえ。一気に身体が温まるから」
「マツカ先輩とぼくはともかく、他の皆さんが風邪を引きます!」
キース先輩はいつ戻るんですか、と詰め寄るシロエ君と会長さんが揉めかけていると。
「銀青様、お出迎えが遅れて誠に申し訳ございません。この寒い中でお待たせするとは、いや、大変な失礼を…」
どうぞ皆さんも庫裏の方へ、とアドス和尚が現れました。やったぁ、暖房の効いたお部屋が待っていますよ、もしかしたら食事もついているかも?
「せがれがメールを寄越しましてな、まだ遅くなると…。それならそうと早めに電話を入れればいいものを」
メールなんぞは気付きませんわい、とアドス和尚。本堂で昼前のお勤めをしていたそうで、イライザさんの方も宿坊の昼食時間でパタパタと。その間に入ったメールがスル―されても至極当然な状況です。もっとも、そのせいで私たちは山門前で無駄に凍えたわけですけども。
「ごめんなさいね、寒かったでしょう? キースが戻って来ていませんから、御馳走は後になりますけれど…。温かいものでも召し上がれ」
イライザさんが作ってくれた鍋焼きウドンに私たちは大歓声。まだグツグツと煮えている出汁から立ち昇る湯気が嬉しいです。寒風の中を念仏行脚なキース君には悪い気もしますが、一足お先に頂きまーす!
「おっと、その前にお念仏だよ。はい、みんなで声を揃えて十回」
まずは合掌、と会長さんに言われてしまって、食事の前にお念仏を。キース君も今頃は…。
「そうさ、ひたすら南無阿弥陀仏。念仏行脚はキツイんだよねえ、自然な呼吸が出来ないから」
「「「は?」」」
「南無阿弥陀仏と唱えてごらんよ、息継ぎに適していそうかい?」
えーっと…。ナムアミダブツ、いえ、ナムアミダブ? 息は出てゆく一方です。
「じゃあ、連続で大きな声で南無阿弥陀仏。何処まで息が続くだろうね?」
「「「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…」」」
あぁぁ、息継ぎポイントが無い!? サム君は上手く続けたものの、私たちは七回目くらいでギブアップ。南無阿弥陀仏の大合唱はブツッと途切れてハァーッと息を吸い込む音が。
「ほらね、論より証拠ってね。座禅の宗派が托鉢する時はさ、途切れなく大声を出しているけど唱える中身が大違い! あっちは『法』って繰り返すだけだし、自然に息を継げるんだ。でも念仏行脚はそうはいかない」
南無阿弥陀仏を繰り返しながら歩き続けるのは苦行なのだ、と会長さんは教えてくれました。他の宗派のお坊さんが趣旨に賛同して参加したりするとビックリすることも多いのだそうで。
「ぼくたちの宗派は修行が楽だと言われてるから、他から参加しても楽勝だろうと思うようだよ。ところがどっこい、南無阿弥陀仏を唱える内に彼岸が見えそうになるらしい。…それほど厳しいヤツだからねえ、キースのお出迎えに来たってわけさ」
「先輩、帰って来ませんよ? 延長戦に出てるんですよね?」
大丈夫でしょうか、と心配そうなシロエ君。お先に温まってしまっていても良かったのかな、と後ろめたい気持ちになってきましたが…。
「問題ない、ない! 念仏行脚でバテてるようでは副住職は務まらないよ。ランナーズハイに近いかな? 達成感に燃えつつ元老寺まで南無阿弥陀仏で歩いて戻って来るつもり」
ゆっくり待とう、と会長さんが予言したとおり、キース君の帰りは数時間後になりました。そろそろ戻って来るというので庫裏から出たのに、今度は御町内一周の念仏行脚に行ってしまったらしく。
「おっせえなぁ…。今、どの辺だよ?」
サム君が両手に息を吐きかけ、会長さんが。
「向こうに見えてる木の辺りだね。最後に裏山の墓地を一周しようと決めたようだし、そっちの方で待っていようか。お堂で風を凌げるよ」
「あそこも暖房、無いけどね…」
壁があるだけマシだけどさ、とジョミー君。私たちは墓地の入口に近いお堂を目指して歩き始めましたが、妙な音が聞こえてくるような…。ガーガー、ガチャガチャ、ガコン、ガコン。音は次第に近くなってきて、道の脇にある竹藪の奥からガコン、ガコンと。
「…工事中かよ?」
シャベルカーだぜ、とサム君が指差す先ではシャベルカーが竹藪の土を掬っていました。ガーガー、ガチャガチャ、ガコン、ガコン。クルンクルンと回転しては土を掬って、ドシャーッと捨てて…。掬って捨ててって、どんな工事?
「ああ、そうか…。シーズンだっけね」
会長さんには作業の意味がしっかり掴めているようでした。もしやアレって整地なのかな、あの辺にお堂を増築するとか?
「それで張り付いて見ていたのか…」
何が起こったのかと思ったぜ、と墨染の衣のキース君が笑っています。朋輩と別れた後も一人で念仏行脚を続けて、最終目的地の墓地へ向かう途中で私たちを発見したわけで。しかし念仏行脚を中断するのは意に反する、と墓地を回ってからもお念仏を唱えながら元老寺に入り、御本尊様に御報告を。庫裏に戻っていた私たちと合流したのはその後です。
「だってさ、あんなの知らなかったし!」
初めて見たんだ、とジョミー君。
「タケノコってさぁ、放っておいても採れそうだから…。春に山へ行けば生えてるしさ」
「ウチのは貸しているからなぁ…」
出荷するなら手入れは必須、とキース君が返したとおり、竹藪で作業していたシャベルカーはタケノコ農家の持ち物でした。正確に言えば専業農家が扱う品物の一つがタケノコ。元老寺の辺りは特に土の質が良いらしくって、美味しいタケノコが採れるとか。
「ああやって土を被せておくとだ、より柔らかいヤツになる。作業はけっこう大変だがな」
「ぼくも説明しておいたんだよ、シャベルカーが出回るまでは鍬を使っていたんだからね、って」
便利な時代になったよね、と会長さん。それでも竹藪の土を掘り起こしては被せる作業は大変な上に、鍬の時代には無かった危険が伴うようになったのだそうで。
「大量の土が要るっていうのは君たちも見ていて分かっただろう? 竹藪の中に小規模な崖が出来ちゃうほどにさ」
「ええ、二メートル近くありましたよね」
シロエ君が頷き、私たちも作業現場を思い返して頷きました。土を掬っては被せる作業を年々繰り返してゆく間に竹藪に段差が出来るのです。会長さん曰く、作業に夢中になっている内に後方不注意でシャベルカーごと段差から転落という事故が、ごくたまに。
「あれくらいの段差、身一つだったら落っこちたって大した怪我はしないんだ。打ちどころが悪かった場合は別だけど…。でもね、シャベルカーごと落ちてしまうと下敷きになって死亡事故とか」
「「「………」」」
それは怖い、と背筋にサーッと冷たいものが。タケノコ農家は命懸けか、と思わず尊敬しそうです。注意していれば平気とはいえ、人間、やっぱりウッカリ失敗するわけで。
「そういった事故で命を落とした人も含めて、誰もがお浄土に行けますようにと俺はお念仏をお唱えしてきたんだが…。流石にキツイな」
全行程はとても無理だ、とキース君は呻いていますが、本音はそうではないでしょう。年々参加区間を延ばして最終的には六百キロを踏破する日が訪れるんじゃあ?
「…ああ、いつかはと思ってはいるが…。一ヶ月も学校を休むというのが引っ掛かる。そうだな、サムとジョミーが修行に入ったら考えるか」
二人とも一年は欠席だしな、と僧侶養成コースへの入学をチラつかされてジョミー君がササーッと壁際に退避。いいんですかねえ、お鍋が煮えてきましたが…。
「ジョミー先輩、棄権ですか?」
「戻ってこねえと俺たちで全部食っちまうぜ?」
シロエ君とサム君にからかわれたジョミー君、大慌てで席に戻って来たため「坊主より食い気」と嘲り笑われてしまっても。
「食欲ってヤツも煩悩だよね? ぼくは坊主に向かないっていう証明だもんね!」
好きなだけ食べて食べまくる、と具材をたっぷり掬ってガツガツ。逃げを打つための言い訳に『煩悩』なんて言葉が出てくる辺りが抹香臭い気もするんですけど……お坊さんに近付いている気がするんですけど、黙っておいてあげるのが友情でしょうね。
大いに盛り上がったキース君の念仏行脚の慰労会。歩き始めた日は酷い疲労に悩まされたというキース君もランナーズハイが去った後の疲れは寝込む程でもないらしく。
「この調子だと一晩寝ればスッキリしそうだ。…流石に今は眠いがな」
「かみお~ん♪ だったら明日は遊びに行こうよ、雪遊びしたくなっちゃった!」
うんと大きなカマクラを作って遊びたいな、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。それは楽しいかもしれません。この冬は雪が多いですから、山奥に行けば雪がたっぷりある筈で…。
「それならいい場所がありますよ」
笑みを浮かべたのはマツカ君。
「アルテメシア市営の山の家っていうのがあるでしょう? あれの近くに父の土地があるんです。雪の無い季節は近所の乗馬クラブに貸してますけど、冬の間は雪だらけですよ」
行くならマイクロバスも手配します、という提案に私たちは大賛成で「そるじゃぁ・ぶるぅ」も大喜び。よーし、明日は早起きして雪遊びをしにお出掛けです。念仏行脚の御帰還待ちで凍えた不満は何処へやら。待たされるのと遊びに行くのとは月とスッポン、寒さなんかは気にしませんって!
そして翌朝、アルテメシアは雪模様。この冬何度目の積雪なんだか、五センチほどは積もっています。マツカ君の家の土地がある辺りは豪雪地帯らしいですから窓の外を眺めてドキドキワクワク。早く迎えのマイクロバスが来ないかな、とエンジン音に耳を澄ましていると。
『……ごめん……』
会長さんの思念が届きました。えっ、今日のお出掛け、ドタキャンですか? 山の家の方へ向かう道路が通行止めになったとか? ジョミー君たちのガックリ思念も感じましたが。
『…中止じゃなくって、ぼくの力不足。…ごめん、面子が二人ほど増える…』
『『『!!!』』』
ゲゲッ、という思念が誰からともなく上がり、やがて家の前に止まったマイクロバスの中にはダウンジャケットを着込んだソルジャー夫妻が座っています。どうしてこういう展開に~!
「…ごめん、ホントにどうにもならなくってさ…」
出掛けようとしたら来ちゃったんだ、と謝りまくる会長さん。最後に回った元老寺でキース君を乗せ、バスは一路山奥へと向かってゆきます。
「ブルーは言い出したら聞かないタイプだし、情報操作はお手の物だし…。このバスの運転手さんも君たちの御両親たちも、まるで疑っていないだろ?」
それは確かにそうでした。パパもママも「行ってらっしゃい」と手を振っただけで、運転手さんだって何も気にしていません。ソルジャーとキャプテンはアッサリ溶け込んでいるわけで。
「いいじゃないか、別に。…雪遊びくらい、混ぜてくれても」
カマクラ作りは初めてなんだ、とソルジャーは期待に満ち溢れていて、キャプテンも腕が鳴るそうです。あちらの世界のシャングリラ号が今の姿になるよりも前、アルタミラ脱出直後の時代は立派な体格にモノを言わせて力仕事をしていたのだとか。
「雪はけっこう重いですから、力仕事ならお前の出番だとブルーに呼ばれたのですよ。日曜は会議も無いですし」
「この図体は活かさなくっちゃね、ベッドの中だけじゃ勿体ないよ」
「その先、禁止!!」
窓から放り出されたいのか、と会長さんに叩き付けられたイエローカードをソルジャーはパシッと受け止めて。
「運転手さんに聞こえちゃうから夜の時間の話はしないさ、ハーレイがヘタレちゃったら困るしね。力仕事が待ってるんだよ、パワー全開でいて貰わなきゃ」
夜のパワーはカマクラが出来た後でたっぷり充電、と言われましても…。どうやって充電するつもりだか、と胡乱な目でソルジャーを見てみれば。
「ん? 自家発電とかを想像してる? そんな不毛なことはしないよ、それくらいなら御奉仕あるのみ! だからね、食べて美味しいものは…」
「退場!!!」
今すぐバスの中から出て行け、と会長さんはレッドカードをソルジャーに投げ付けたのですが。
「残念だけど、退場するのは君の方かな? 誰がハーレイのを食べると言った? 食べて美味しい今日の昼食、牡丹鍋で充電バッチリってね」
「「「牡丹鍋?」」」
「あれっ、君たちは聞いていなかったんだ? 昼御飯はカマクラの中で牡丹鍋だよ、車の後ろに積み込んである」
ほら、とソルジャーが示したものはクーラーボックス。隣の段ボールには野菜がたっぷり詰め込まれていて、お鍋やコンロも乗っているとか。
「牡丹鍋は精力がつくらしいんだよ、カマクラ作りで消耗したって充電した上にパワーアップも出来そうだろう? もう食べるのが楽しみでさ」
思い切り遊んで熱い夜、と熱弁を振るうソルジャーが乱入してきた真の目的は牡丹鍋かもしれません。カマクラ作りはきっとついでだ、と誰もが溜息を禁じ得ないままバスは雪深い山奥へ。凄いカマクラは作れそうですが、複雑な気分がしてきましたよ…。
マツカ君が提供してくれた土地は乗馬クラブに貸すだけあって素晴らしい広さで一面の雪。小さな獣や鳥の足跡の他に踏み跡は無く、雪遊びには持ってこいです。
「よーし、カマクラ、頑張るぞ!」
鍋をやっても融けないヤツ、とジョミー君が先頭に立って飛び出してゆき、私たちも続いて雪の中へと。でも、カマクラってどう作るのかな?
「ダメダメ、それじゃ融けるよりも前に壊れるってば」
「えっ?」
会長さんに声を掛けられたジョミー君は雪のブロックを製作中。それを積み上げていけば出来上がりそうに思えますけど、違うんでしょうか?
「そのやり方でも頑丈なのは作れるけどねえ、君のブロックは小さすぎ! 鍋をやるなら壁の厚さは三十センチは欲しいんだよ」
「「「三十センチ?」」」
なんという厚み、と驚きましたが目標は五十センチだそうです。そんなモノ、いったいどうすれば…。
「まずは中心を決めないと。でもって円形をこう描いて…。はい、円内の雪を踏み固める!」
全員で踏めば楽勝だ、と指示されて雪を踏み、しっかり圧雪。カマクラ作りは此処からが本番だとかで、全員がシャベルを持たされて。
「いいかい、カマボコ状に雪を積むんだよ。フワフワの雪だと崩れちゃうから、積む度にしっかり圧雪すること! 充分な高さに積み上がったら、入口を決めて中を刳り抜けば完成ってわけ」
「「「………」」」
会長さんが描いた円は半端なサイズではありませんでした。十一人が揃って入って鍋をやるためのカマクラですから巨大カマクラというヤツです。これだけの範囲に雪を積み上げ、しかもガッチリ固めろだなんて…。
「…会長、高さは一メートルくらいでいいんですか?」
シロエ君がおずおずと訊けば、会長さんは。
「壁の厚みはいくら欲しいと言ったっけ? 一メートルだと中で鍋どころじゃないと思うよ、最低でも二メートルくらいは要るだろうねえ」
「「「に、二メートル…」」」
死ねる、と思ったのは私だけではなさそうです。キャプテンに頑張って貰ったとしても人力だけでは絶対に無理。ここはソルジャーのサイオンという反則技に頼るしかない、と縋るような視線で毎度トラブルメーカーな人を皆で見詰めてみたのですけど。
「…うーん…。力加減が掴めないんだよ、雪遊びなんてこっちの世界に来た時にしかしないしねえ…。三十センチ、ううん、五十センチほど地道に積み上げてみたら後は何とか出来るかも…」
力加減が大切なのだ、と話すソルジャーはサボリ精神で言っているわけではないらしく。
「失敗しちゃったら一気に融けるとか、思いっ切り透明な氷になるとか…。それじゃカマクラにならないだろう? とにかく頑張って積んでみようよ、ぼくが加減を掴むまでさ」
「そうですね。及ばずながら私も努力しましょう」
キャプテンがシャベルを握ってザックザックと雪を積み上げ、シャベルで叩いて更に踏み固めて。雪はアッという間にペシャンコになり、先行きの長さを思わせます。でも二メートルまで雪を積み上げないとカマクラは出来ず、牡丹鍋だって食べられず…。
「ほら、君たちも手伝って! 途中からはぼくが何とかするから」
「「「…はーい…」」」
エライことになった、と後悔したって今更どうにもなりません。一人用のカマクラに逃亡しようにも、作る過程を考えてみれば共同作業で巨大カマクラの方が楽というもの。ザックザックと雪を積んでは踏んで固めて、踏んでは固めて。
「おい、加減ってヤツはまだ掴めないのか?」
疲れて来たぞ、と念仏行脚明けのキース君が尋ねましたが、ソルジャーの答えは否でした。そりゃそうでしょう、雪の高さはまだ十センチそこそこです。カマクラ作りのプロフェッショナルっぽい会長さんなら力加減も分かるのでしょうが……って、そうだ、ソレですよ!
「本当だ…。ぼくとしたことがウッカリしてた」
ブルーにまんまと騙されてたよ、とソルジャーが呻き、私たちは会長さんを睨み付けようとしたのですけど。
「「「あれっ?」」」
天に昇ったか地に潜ったか、会長さんの姿は何処にも見えません。カマクラ作りの言い出しっぺの「そるじゃぁ・ぶるぅ」もいないのです。
「…逃げられたとか?」
ジョミー君がキョロキョロと見回し、スウェナちゃんが。
「マイクロバスの中かしら? 乗馬クラブの駐車場に行っちゃったのよね、見えないけれど」
「ぶるぅが食材を運んでいたのは見たんですけど…」
そこから後は知りません、とマツカ君。牡丹鍋用の食材は鍋などと一緒にシートを掛けられ、道路脇に。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はマイクロバスで逃げたのでしょうか? 美味しい所だけ持っていく気か、と思わず殺意が芽生えた時。
「「「!!?」」」
ドルルルン、と背後で響いた重低音。振り返った先にはルルルルルル…とエンジンの回転数を徐々に上げてゆくシャベルカーというヤツが在ったのでした。
ドルルルルル……と唸りを上げて近付いてくるシャベルカーは何処から見てもプロ仕様。二人乗りの座席に座って銀色の髪を靡かせている会長さんと、黄色いヘルメットの「そるじゃぁ・ぶるぅ」と。
「な、何なのさ、アレ…」
口をパクパクとさせているソルジャーに、キース君が。
「シャベルカーだな、こう来たか…」
ウチの竹藪で見ていた時からその気だったか、と額を押さえるキース君や私たちの目の前でシャベルカーは大量の雪をシャベルに掬い上げながらやって来ます。
「どいて、どいてーっ!」
「総員、退避ーーーっ!!!」
ハンドルを握る「そるじゃぁ・ぶるぅ」に「どいて」と叫ばれ、会長さんに退避と念を押されるまでもなく四方八方に逃げた私たち。シャベルカーが運んで来た雪がドスンと放り出され、巨大シャベルの一撃と重量でガッツリ圧雪されました。
「「「………」」」
声も出せない私たちを他所にシャベルカーはルルルルル…と雪面をバックし、他の場所から雪を運んでドッサリと。ドルルル、ガッチャン、ガッコン、ガッコン。みるみる雪の山が出来てゆきます。一メートルを軽く超え、二メートルを超え、充分すぎる高さに積み上がると。
「かみお~ん♪」
ズゴッと雪山に突っ込まれたシャベルが雪を刳り抜き、ルルルルル…と下がってシャベルの雪を脇へとポイッ。ガコンと抉ってポイポイ捨てて。
「わぁーい、カマクラ、出来ちゃったー!!!」
「お疲れさま、ぶるぅ」
思った以上に早く出来たね、と笑顔で高い運転席からヒョイと飛び下りる会長さん。黄色いヘルメットの「そるじゃぁ・ぶるぅ」はシャベルカーでルルルルル…と遠ざかってゆきます。なんとも凄すぎるカマクラ作りでしたけど……って、「そるじゃぁ・ぶるぅ」って無免許なのでは!?
「あ、あんた…! ぶるぅに何をやらせているんだ、無免許だろうが!」
キース君に怒鳴り付けられた会長さんは。
「私有地内で走る分には大特は要らない筈だけど?」
「「「…ダイトク?」」」
「大型特殊免許だよ。通称、大特。…私有地内では不要だからねえ、子供向けの遊戯施設もあったりするんだ。シャベルカーを運転できますよ、というのが売りの」
「嘘をつくな、嘘を!!!」
キース君の叫びは私たちの思いと同じでしたが、そこへヒョコリと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「ブルー、シャベルカー、返しておいたよ!」
「「「えぇっ!?」」」
まさか公道を走ってきたのか、とビックリ仰天の私たち。いくらなんでもマズ過ぎでは…、と会長さんをジト目で見れば。
「違うよ、ぶるぅが返した先はマザー農場の車庫だってば! ぼくと一緒に借りてきたけど、返す時には挨拶なんかは必要無いって言ってたからねえ、瞬間移動でヒョイッとさ」
後の整備も農場の皆さんにお任せだ、とニッコリ微笑む会長さんの隣では「そるじゃぁ・ぶるぅ」がエヘンと胸を張っています。ヘルメットもちゃんとマザー農場に返したそうで。
「楽しかったぁ~! シャベルカーランドより面白かったよ、あそこ、カマクラ作れないしね」
「「「…シャベルカーランド!?」」」
会長さんが口にしていた遊戯施設は実在しました。アルテメシアの南の方のタケノコ農家が兼業でやっているのです。二歳以上から受け入れ可能でシャベルカーの操作を習う事が出来、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も何度か遊びに行ったとか…。
「それでね、こないだテレビで見たの! シャベルカーでカマクラ作ってたの! 楽しそうだなぁって思っていたら、昨日、竹藪で見ちゃったから…」
ぼくも作りたくなったんだ、と得意げな「そるじゃぁ・ぶるぅ」のシャベルカー魂に火を点けたのは元老寺で見かけた竹藪を手入れする光景でした。会長さんは危険と背中合わせの作業だと教えてくれましたけれど、シャベルカーランドもタケノコ農家がやっているなら真相は…?
「基本はやっぱり危ない乗り物なんだと思うよ、シャベルカーは」
小さな頃から馴染んでいても、と牡丹鍋をつつく会長さん。人力で作っていたなら完成不可能だったかもしれない巨大カマクラは立派に出来上がり、中はポカポカしています。
「その一瞬が命取りとか言うだろう? 油断してたらミスをする。崖から落ちて下敷きとかの事故は自分の力で防がないとね」
「かみお~ん♪ シャベルカーランドでも他所見してたら叱られるもんね!」
注意一秒怪我一生、と口を揃える会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」。子供がシャベルカーでカマクラ作りという有り得ない光景を見てしまいましたが、今日は平和に終わりそうです。あのソルジャーですらも流石に度肝を抜かれたらしくて、何もやらかさずに今に至っているわけですし…。
「なるほど、注意一秒怪我一生ねえ…。ぼくの場合は怪我じゃ済まない世界だけどね」
注意していても襲ってくるのが人類側、と言われてみればそうでした。ソルジャーやキャプテンがいくら努力してもSD体制とやらが存在する限り、常に危険が伴うのです。
「シャベルカーはさ、危ない道具でも遊びに使って問題なし! その点、人類側の兵器ときたら…。こっちの世界とは危険のレベルが違いすぎるんだよ、ぼくとハーレイの世界はね。…だから日々、思い残しの無いように! 遊べる時にはしっかり遊ぶ!」
でもってガッツリ大人の時間、とソルジャーは牡丹鍋に自分のお箸を突っ込んで。
「はい、ハーレイ。あ~ん♪」
「あ、ありがとうございます…」
美味しいですね、とイノシシのお肉を噛み締めるキャプテンに次から次へと食べさせるソルジャー。こ、この流れはもしかしなくても…。
「ん? 決まってるだろう、牡丹鍋でしっかりパワー充填、目指せヌカロク! カマクラはシャベルカーが作ってくれたし、さほど消耗してない筈だよ。ねえ、ハーレイ?」
「ええ。…今夜も満足させてみせます」
「そうこなくっちゃ! シャベルカー並みの馬力で来てよね、ズッコン、ズッコン、バコバコバコ…とさ」
「「「???」」」
ソルジャーが何を言っているのかサッパリ分かりませんでした。ヌカロクは昔から謎ですけれども、ズッコン、ズッコン、バコバコバコって…? 私たちは顔を見合わせ、会長さんが。
「そういう作業は君たちの世界でやりたまえ! 燃料供給もそっちでやる!!」
「分かってないねえ、大きな車は燃費が良くないのがお約束だろ? ハーレイのこの図体だよ? フルパワーを目指すなら精力増強、補給し放題のこっちの世界が最高だってば」
牡丹鍋を沢山食べさせなくちゃ、とソルジャーはカマクラにドッカリ腰を据えてしまって、用意されていたイノシシ肉のかなりの量がキャプテンの胃袋に消えました。ソルジャー曰く、キャプテンは素晴らしいパワーを秘めたシャベルカーに変身しそうだとのことで。
「今夜は壊れちゃうかもね、ぼくは。…ハーレイ、それでもいいから頑張って」
「…よろしいのですか? 明日は朝から会議の予定が」
「壊れちゃったと言っておいてよ、ゼルたちにはさ。運転ミスで崖から落ちまして…ってね」
ハーレイ印のシャベルカーを運転していて事故りました、とソルジャーは可笑しそうに笑っています。キャプテンは「それはちょっと…」と真っ赤になりつつ、まんざらでもない表情で。
「では、あなたを下敷きにしてしまわないよう、慎重に動かせて頂きますよ」
「ゆっくり焦らしてくれるのかい? それもいいねえ、ぼくだけ何度もイカされちゃうのも素敵かも…。ズコズコバッコンも燃えるけれども、エンジンの唸りを感じる時間も味わい深いし」
ドルルルルンでルルルルル…、とシャベルカーのエンジン音を真似るソルジャーがキャプテンに求めているのは何でしょう? ズッコンバコバコがシャベルカーを動かす音だとすると…。
「ふふ、君たちには分からないかな? ズッコンバコバコするためにはねえ、まずはハーレイの大切な」
「退場!!!」
もう充分に食べただろう、と会長さんの怒声がカマクラに響き、「まだ足りない」と言い返すソルジャー。ハーレイ印のシャベルカーとやらは燃費が悪いみたいです。私たちの分のお肉も譲った方がいいのでしょうか? とはいえ、パワーの出過ぎでソルジャーが壊れちゃっても大変ですし…。
「かまわないってば、ああいう車はパワーが命! 君たちの分の肉もよろしく」
今夜は青の間でシャベルカーと一緒に突貫工事、とブチ上げるソルジャーと照れるキャプテン。そっか、突貫工事だったら燃料は多めでいかないと…。キャプテン、お肉は差し上げますからフルパワーで頑張って下さいね。イノシシのお肉でパワー全開、ズッコンズッコンバコバコですよ~!
雪舞う季節に・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
今回のお話に出て来た 「2歳から遊べるシャベルカーランド」 は実在している施設です。
そして来たる11月8日でシャングリラ学園番外編は連載開始からなんと5周年!
ここまで来られたのも皆様のお蔭です、感謝の気持ちで今月は2回更新にさせて頂きます。
次回は 「第3月曜」 11月18日の更新となります、よろしくお願いいたします。
毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませv
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こちらでの場外編、11月は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の七五三だそうですが…。
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※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
今年の梅雨は雨が少なく、どうやら空梅雨になりそうでした。遊びに出掛けるには素晴らしいことで、今日も放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で何処へ行こうかと相談中。先日の蛍見物も素敵でしたし、梅雨ならではの楽しいイベントって蛍の他にも無いんでしょうか?
「うーん…。楽しいというか、変わった行事なら週末にあるよ」
滅多に見られないモノなんだけど、と会長さん。グッと身を乗り出す私たちの前のお皿には薄紫色をしたブルーベリーのチーズケーキが載っていました。アジサイに見立てられたケーキには赤や紫の花弁をつけたゼリーの花が散らしてあります。会長さんはケーキを一口食べて。
「雨が多いとやらないんだよね、雨乞いだから。で、見に行く?」
「なんか、それって楽しくなさそう…」
神社だよね、とジョミー君が呟けば、会長さんが。
「憶測でものを言わないように! 雨乞いイコール神社だなんて、その発想が気に入らないな」
「ええっ? だけど雨乞いって神様じゃない!」
龍神を呼ばないと雨にならない、とジョミー君が食い下がる横から割り込んだのはキース君です。
「甘いぞ、ジョミー。坊主でも雨は呼べるんだ。ソレイド八十八ヶ所を開いたお大師様はな、ちゃんと祈祷して龍王を呼んだ」
「「「えぇっ!?」」」
それは私たちも初耳でした。龍を呼ぶなら神社だとばかり…。でなきゃ陰陽師とかいうヤツです。お坊さんでも呼べるんだったら、会長さんでも呼べるとか?
「挑戦したことは無いけどねえ…。やってやれないことはないかも」
「出来るのかよ!? やっぱりブルーはすげえよな!」
弟子入りして良かった、とサム君が感動しています。会長さんは「それほどでもないよ」と苦笑しながら。
「ところで雨乞いはどうするのかな? 出掛けるんなら山歩きの用意が要るけれど」
「「「山歩き?」」」
「うん、山奥の滝でやるんだよ」
「滝なんだ?」
ちょっとソレっぽい感じかも、とジョミー君は興味が出てきた様子。私たちもワクワクですけど、どんなイベントなのでしょう?
「そりゃもう、他所では見られないってば! 知っているかい? 雨乞いと言えばアルテメシアの北の神社のヤツが有名なんだよ、ずっと昔にハーレイが恋愛祈願の締めに詣でていた所」
「ああ、初詣で神社仏閣を回り倒しておられた時か…」
思い出したぞ、とキース君。私たちも未だにハッキリ思い出せます。会長さんとの恋愛成就を祈願しておられた教頭先生、アルテメシア中の御利益スポットを巡拝した末に縁結びに効くという神社にお参り。丑の刻参りの神社だとばかり思っていたのに、実は縁結びの神様だそうで。
「あの神社はねえ、縁結びだけじゃないんだな。元々が水の神様だから、今でも春に雨乞い祭がある。あ、ドカンと降らせるためじゃなくって、農業に適した雨が降りますように、という目的。でもって昔は本物の雨乞い祈祷をしていた」
「そうなんですか?」
やっぱり神社じゃないですか、とシロエ君が突っ込みましたが、会長さんは気にせずに。
「そっちの祈祷は降り過ぎた時にも効くんだよ。旱魃の時には黒い馬、雨がやまない時は白馬を捧げて祈願するわけ」
えぇっ、それって生贄ですか? 馬は相当大きいですから、思いっ切り血生臭いのでは…。
「生贄じゃないよ、お供えだってば! 神社に行けば神馬がいるだろ?」
言われてみれば、そういう神社もありました。生贄にするんじゃなかったんだ、とホッと一息ついた所で会長さんが。
「滝壺に馬の骨を投げ込むっていう雨乞いもあるから、あながち勘違いとも言えないけどねえ…。多分、馬を奉納する方法が間違って伝わった結果だろうけど」
アレは危ない、と言う会長さんによると、馬の骨を使う雨乞いは住処を穢された龍神の怒りで雨が降るらしく、洪水などの災害に繋がりかねない両刃の剣。褒められたものではないそうです。
「その点、見に行こうかって言ってるヤツは平和だよ? なにしろ龍神を創るんだし」
「「「は?」」」
龍神って創れるものなのですか? 人間の分際で神様を…?
お天気は意のままにならないもの。だからこそ雨乞いがあるわけですけど、その雨を降らせるのは龍神様だか龍王だか。お願いを聞いてもらうだけでも凄い努力が要りそうなのに、龍神を創るとなったら半端な技では無理でしょう。恐らく秘法の中の秘法で、非公開っぽい感じです。
「おい、俺たちが見ても大丈夫なのか?」
門前払いになるんじゃないか、とキース君が言い、マツカ君が。
「そうですよね…。精進潔斎するんでしょうから、穢れた人間はお断りかも…」
きっと立ち入り禁止ですよ、というマツカ君の意見は尤もでした。雨乞いの現場周辺は結界が張られていそうです。よく分からないものの、注連縄みたいなヤツだとか…。
「問題ない、ない。土足もオッケー!」
山道だから滑りにくい靴がお勧め、と会長さんはグッと親指を立ててますけど、本当に?
「平気だってば、シールドを張ってコッソリ行こうってわけでもないしね。見られちゃっても無問題どころか、新聞記者だって来てると思うよ」
「「「………」」」
新聞記者が来るというのは分かります。龍神を創り出すほどの秘法となれば取材したくもなるでしょう。でも野次馬と言うか、ただの見物人の高校生がゾロゾロいるのはマズイのでは…。
「えっ、人数は多ければ多いほどいいんじゃないかな、龍神がパワーアップしそうだからね。人が多いと力も高まる」
「…野次馬でもか?」
全く力になりそうもないが、とキース君が首を捻りましたが。
「でもさ、君たちだって期待を込めて見守るだろう? そういう期待を一身に集めてウナギが龍になるってわけさ」
「「「うなぎ!?」」」
う、ウナギって…かば焼きにするアレですか? 土用の丑に食べるウナギで、夜のお菓子なウナギですか…?
「そうだけど? 龍と見た目が似ているじゃないか」
どちらも長くてクネクネしてる、と会長さん。言われてみれば似てますけれども、どうすればウナギが龍神に…?
「お神酒を沢山振舞うんだよ。酒樽ってヤツがあるだろう? アレをお供えして、ウナギに中に入って頂く。そして上機嫌になって貰って天に昇って頂くわけさ」
「酒樽からか!?」
中で昇天させるのか、というキース君の予想はハズレでした。なんとウナギは酔っ払わせた後で山奥にある滝に投げ込むらしいのです。酔った勢いで滝を駆け昇り、天に昇って龍神に…という祈りをこめて。
「「「…それってスゴイ…」」」
「凄いだろう? オリジナリティーでは他の追随を許さないんじゃないかと思ってるんだ」
一見の価値は充分にある、と会長さん。雨乞いを行うのはアルテメシアに近い地域の鄙びた山村で、住民の数は減少傾向。賑やかしは大いに歓迎されそうだ、と会長さんは踏んでいます。
「だからさ、今度の週末は雨乞い見物! 龍神創りを見に行こうよ」
ウナギが龍になるんだよ、と念を押されなくても私たちの野次馬根性は既にMAXになっていました。好奇心旺盛なのが高校生というヤツです。この週末は山奥の滝にウナギを投げるのを見なくては!
次の日も雨が降る気配は全く無くて、ウナギの雨乞いは行われそうな感じです。地域の行事だけに降ってしまえば中止らしいですし、このまま降らずに週末を…、と農家の皆さんの御苦労も考えることなく登校してみれば。
「あれっ、キース、なんだか顔色悪くない?」
落ち込んでるみたいに見えるけど、とジョミー君が指摘するとおり、キース君の顔色が冴えません。
「あ、ああ…。ちょっと困ったことになった…かもしれん」
「週末、法事が入っちゃったとか?」
「そうではないが…。ウナギ見物にも影響するかも…」
詳しい説明は放課後だ、と言ったきり、キース君は口を噤んでしまいました。普段通りの雑談とかはするのですけど困り事とやらには触れずじまいで、私たちも気になるあまりにウナギ見物が頭から消えてしまいそうです。この際、流れちゃってもいいか、という気分になって迎えた放課後。
「「「丑の刻参り!?」」」
キース君が「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で紡いだ言葉はウナギも吹っ飛ぶ代物でした。元老寺の裏山に聳える大きな椎の木。その幹に立派な藁人形が打ち付けてあったらしいのです。
「…俺は寝ていて気付かなかったが、親父は夜中に音を聞いたそうだ。トイレに起きたら裏山の方からカコーン、カコーンと妙な音が何度も何度も繰り返し…な」
不審に思ったアドス和尚は夜が明けるなり裏山に登り、お焚き上げに使う焼却炉が壊されていないかチェックしてから更に上へと。特に異変も見られないため、休憩しようと立ち寄った椎の巨木で藁人形を発見したそうで。
「もちろん撤去してお焚き上げしたが、また来ないとも限らない。続くようなら銀青様にお願いしたい、と実は親父が」
「ふうん? 続いた場合は週末はウナギどころじゃないねえ…」
丑の刻参りと御対面か、と会長さん。え、なんで? ウナギと両立は無理なんですか? ウナギは丑の刻参りに比べたらインパクトは無いに等しいですけど、暇を持て余すのが特別生ライフ。どうせなら両方モノにしたい、と私たちは考えたのですが…。
「君たちの気持ちは分からないでもないけどさ。…ウナギと同じで丑の刻参りも期間限定イベントなんだよ」
「「「えっ?」」」
「もしかして分かっていないのかな? 丑の刻参りは七日間で成就するものだ。来週の土曜まで待っていたんじゃ呪いが発動してしまう。誰が呪われているのか分からないけど、雨乞い見物なんて遊びよりかは人命救助が最優先!」
頼まれた以上は土曜の夜は元老寺に泊まって張り込みだ、と会長さんは大真面目。ウナギの雨乞いは日曜日の朝に出発しないと間に合わないそうで、両立するのは難しいとか。
「丑の刻参りに出くわしちゃったら、精進潔斎の真逆だからね。お祓いするのは簡単だけどさ、地域の大切な雨乞い祭に野次馬参加は流石にマズイよ。だからウナギは諦めて欲しいな」
その代わり丑の刻参り見物で、と提案された方向転換に私たちは頷くしかありませんでした。本当だったら会長さんが単独で当たるべき丑の刻参り処理に同行出来ると言われてしまえば、そちらが遙かに魅力的。だって丑の刻参りですよ? そうそうお目にかかれませんよ?
「…お前たちは本当に気楽でいいな」
フウと溜息をつくキース君。
「その調子では、親父がブルーに一任したいと言い出す理由も知らんだろう? …いいか、丑の刻参りはな…。人に見られると失敗するんだ」
「そのくらいのこと、知ってるよ!」
だから見物するんじゃないか、とジョミー君が声を上げ、私たちも頷きましたが、キース君は。
「…やはり本当に知らんようだな…。丑の刻参りに失敗すると呪いは自分に降りかかる。それを避ける道は一つしか無い。…見た人間を殺すことだ」
「「「!!!」」」
そこまでは知りませんでした。見てしまったら殺されるなんて、そんな理不尽な…!
「いや、丑の刻参りをやる人間は真剣だ。精神状態も普通ではない。人を呪い殺したい勢いだからな、一人殺すも二人殺すも大して変わらんという心境になる」
逃げ切れなかったらおしまいだぞ、とキース君もまた真剣です。
「それほどのヤツを相手にするには俺と親父は力不足だ。呪いのパワーを一気に浄化しない限りは人が死ぬのは避けられん。…まぁ、そこまでの呪力を持ったヤツが丑の刻参りはしないと思うが、死ぬ所までは行かなくてもだ、怪我や病気は充分有り得る」
「そうなんだよねえ、丑の刻参りはそれなりに効くことがあるんだよ。余計な不幸を避けるためにもアドス和尚の依頼は受けなくちゃ」
丑の刻参りが定着したら元老寺の評価も下がっちゃうしね、という会長さんの言葉にキース君が「よろしく頼む」と深く一礼しています。宿坊もやってるお寺ですから、丑の刻参りの名所になったら客足に響きそうですものね。
ウナギの雨乞いか、丑の刻参りの見物か。私たちの週末の予定を決めるのは元老寺に出たという藁人形。次の日も椎の木には藁人形が打ち付けられて、続く金曜の朝も打ち付けてあって…。
「これでウナギは流れたね。明日はみんなで元老寺だ」
会長さんの鶴の一声、土曜日は元老寺の宿坊にお泊まりすることに。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」には迎えのタクシー、私たちは普通に路線バスで出掛けて山門前に集合です。
「銀青様、お呼び立てして誠に申し訳ございません」
アドス和尚が何度もお辞儀し、イライザさんもペコペコと。会長さんは「気にしてないよ」とニッコリ微笑み、宿坊の部屋に荷物を置いてから。
「今朝もあったと言っていたよね、ちゃんと残してくれている?」
「そ、それはもう…。銀青様の仰せですから」
指一本触れておりません、とアドス和尚が言うのは藁人形。昨日までのは見付ける度にお焚き上げしたそうですけれども、今日の未明に打ち付けられた分は椎の木に残してあるそうで。
「それじゃ早速、見に行ってくるよ。ついでに処分しとくから」
人目に立ったらマズイもんね、と片目を瞑ると会長さんは私たちを引き連れて裏山へと。椎の木はかなり上の方です。登る途中でシロエ君が。
「どうしてお寺なんでしょう? 丑の刻参りって神社でやるものじゃないんですか?」
「「「あ…」」」
そこは完全に盲点でした。お寺でやっても意味が無いんじゃあ、と安心しかけたのですが。
「甘いね、丑の刻参りの名所になってるお寺もあるよ」
アッサリと返す会長さん。
「要は人に見られずに打ち付けられればいいわけだから…。あそこは効く、と思われちゃったら一巻の終わり。こういう世界はクチコミでねえ、次から次へと志願者が来るさ。ね、キース?」
「そうならないよう、あんたに頼んでいるんだろうが!」
「有難いよねえ、依頼金! アドス和尚は気前がいい。成功報酬も貰えるそうだし頑張らなくちゃ」
「せめてお布施と言ってくれ…」
坊主ならな、と嘆くキース君。アドス和尚は会長さんが大喜びする金額を支払ったみたいです。解決すれば更なるお金が会長さんの懐に…。
「かみお~ん♪ 椎の木、見えてきたよ!」
ホントに何かくっついてるね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び跳ねて行こうとするのを会長さんは鋭く制止。心得の無い人が迂闊に触ると危ないそうで、幹に打ち付けられた藁人形を会長さんが検分するのを私たちは遠巻きに見守ることに。藁人形は間もなくサイオンの青い焔で燃やされて…。
「…どうだった? 何か分かったか?」
スタスタと戻ってきた会長さんにキース君が声を掛けると。
「うーん…。凄い一念は籠もってる。一撃必殺みたいな感じで呪い殺すとは叫んでるけど、それに負けない勢いでさ、…妙な叫びが聞こえてくるんだ。金儲け! 金儲け! って」
「「「金儲け!??」」」
なんじゃそりゃ、と頭上に飛び交う『?』マーク。会長さんにも意味がサッパリ掴めないらしく。
「仕事のライバルでも呪ってるのかなぁ、それとも遺産相続とかかな? どちらにしても呪い殺せばお金が入ってくるんだろう。あーあ、イヤなものを見ちゃったよ」
金の亡者とは見苦しい、と顔を顰める会長さん。その会長さんも教頭先生から毟り取る時は金の亡者も真っ青な事実を口に出来る勇者はいませんでした。それはともかく、正真正銘の丑の刻参りなら中止させないといけません。誰かが死ぬか、怪我か病気になるわけで…。
「そうなんだよねえ、そこそこ力はあると見た。ぼくからすれば指先一つで消せる程度の代物だけど、アドス和尚には荷が重いかな。お焚き上げでは対抗不可能。…相談してくれて良かったよ」
でなければマズイ評判が立っていたかも、と山を下り始める会長さんにキース君が。
「感謝する。今夜、なんとかしてくれるんだな?」
「もちろんさ。君も一緒に来るつもりだろ? みんな揃って見学ってね」
丑の刻参りは見ごたえがあるよ、と楽しげに笑う会長さんはワクワクしているようでした。高僧としての力を揮えるチャンスは珍しいだけに腕が鳴るというヤツでしょう。会長さんがいなかったなら、元老寺は丑の刻参りの名所と化したかもしれませんねえ…。
その夜、会長さんは御自慢の緋色の衣ではなく墨染の衣に輪袈裟なスタイル。曰く、緋色の衣は丑の刻参りの輩ごときに見せるものではないそうです。アドス和尚とイライザさんも交えて庫裏のお座敷で夜食のお寿司やお菓子を食べつつ待ち受けていると。
「…シッ! どうやら来たようですぞ」
開け放たれた窓の向こうからカコーン、カコーンと不気味な音が響いて来ました。間違いなく裏山の方角です。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が暗闇の奥に瞳を凝らして…。
「来たね、本物の本格派だ」
「うわぁぁん、怖いよ、鬼みたいだよぅ~!」
頭に蝋燭つけてるよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はブルブル震えて縮こまってしまい、アドス和尚とイライザさんに預けて行くしかありません。私たちは会長さんが張ったシールドで姿を隠して裏山へと。空梅雨とはいえ空は曇って星一つ見えず、真っ暗な中を会長さんのサイオン誘導で登り続けて…。
『『『…で、出たぁ…』』』
もうイヤだ、と走り出したい気分になったのは会長さんを除く全員だったと思います。椎の木の下でカコーン、カコーンと藁人形を打ち付けている白衣の男。丑の刻参りの絵図そのままに頭に五徳を載せて蝋燭を灯し、素足に履いた一本歯の高下駄。きっと胸には鏡をぶら下げ、櫛を咥えているのでしょう。
カコーン、カコーンと釘を打つ男は鬼としか見えず、震え上がるだけの私たちをシールドの中に残して会長さんが出て行きました。丑の刻参りが失敗するのは見られた時。会長さんなら無事に全てを解決出来ると分かってはいても、恐ろしく…。
「ちょっと、そこの君」
『『『は?』』』
会長さんが発した言葉は緊張感ゼロなものでした。釘を打つ音が止み、振り返った男は櫛を咥えてはいましたけれど、思いっ切りバツが悪そうで。
「丑の刻参りの現行犯で逮捕する。…元老寺の庫裏まで来て貰おうか」
「…す、すいません~っ!!!」
男の口からポロリと櫛が落ち、会長さんが取り出したロープでお縄になった犯人の声と容貌は大学生に毛が生えたようなもの。実年齢だと私たちとは大して変わりがなさそうで…。
「すみません、本当にすみません~!」
警察は勘弁して下さい、とアドス和尚の前で土下座した男は泣きの涙でベラベラと喋り始めました。中学時代からオカルトに凝り、独学と自己流の修行を重ねて一応の呪力を身につけたらしく。
「「「丑の刻参り代行業?」」」
「は、はい…。クチコミで評判が広がりまして、ネットでの依頼も受け付けています」
七日間ならこのお値段で、と尋ねていないことまで喋った男に会長さんが額を押さえながら。
「…それで打ち付ける度に「金儲け!」と心で叫んでいたのか…。修行不足だよ、君」
「そ、そうですか? でもですね、この商売、けっこうボロイんですよ」
「性根を入れ替えて修行することを心の底からお勧めするね。君の力なら相当上まで行けるだろう。千日回峰行をこなして大阿闍梨と呼ばれてみたくないかい? まるっきり坊主というのが嫌なら山伏なんかも向いてると思う」
お日様の下で正々堂々と法力で勝負の人生はどうか、と説いた会長さんは幾つかの宗派の長老とやらに宛てて紹介状を書き、白衣の男に手渡しました。
「君なら何処がどういう宗派か分かるだろう。好きな所を選んで入門したまえ、でないといずれ身を滅ぼすよ? 代行業は儲かるだろうけど、少しずつ負のパワーが溜まっていくから今のままだと君の来世は…」
「や、やめます、代行業は今日で廃業します! お客さんには全額返金しますんで!」
「それがいいだろうね。…ところで、肝心なことを君に訊くのを忘れてた。どうして元老寺を選んだんだい、実行場所に」
「え、えーっとですね、お客さんとの兼ね合いというか…。最高に効くスポットってヤツを毎回検討するんです。お客さんの家からは鬼門に当たって、ウチの会社からは吉方位の神社仏閣を選んで代行するのが商売の秘訣ってヤツなんですよ」
元老寺が丑の刻参りの舞台に選ばれてしまった理由は商売繁盛だったのです。アドス和尚とキース君が呻き声を上げ、イライザさんは「あらあらあら…」と困惑顔。なんとも素晴らしすぎるチョイスに会長さんも「うーん…」としか声が出ませんでした。丑の刻参り代行業者、恐るべし…。
こうして元老寺から丑の刻参りの藁人形は消えましたけれど、代行業者とはいえ呪力は本物。穢れに触れてしまった以上は朝一番でのウナギの雨乞い見物はダメ、と会長さんに止められてしまった私たちは不満たらたらで。
「あーあ、丑の刻参りは偽物だったし、ウナギは見そびれちゃったしさあ…」
不幸な週末だったよね、とジョミー君が嘆く隣でシロエ君が。
「ホントですよね、業者さんだっただなんて最低ですよ。…あ、消えてる」
「「「何が?」」」
一斉にシロエ君の手元の端末を覗き込む私たち。今日は月曜日の放課後、いつものように「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でマンゴームースとオレンジムースを三層に重ねたケーキを食べつつ談笑中です。シロエ君の端末には表示エラーのメッセージが。
「あの業者さんのサイトですよ。昨日の夜には近日閉鎖って書いてありました。顧客の人と連絡がついて返金作業が済んだんでしょうね、消えたってことは」
仕事が早い、と褒めるシロエ君によると業者さんが契約中だった顧客だけでも百人以上だったとか。これまでに受けてきた仕事の数も驚くほどの凄い数字で。
「それ、どうやって調べたんだよ?」
サム君の素朴な疑問にシロエ君はニコッと笑うと。
「ハッキング以外に無いでしょう? 住所と電話番号なんかも分かりましたけど、要りますか?」
「「「い、要らない!!!」」」
ウナギが流れてしまっただけでも大迷惑だった丑の刻参り代行業者。住所と電話番号なんかを手に入れたって得をする筈も無いわけで…。
「おや、そうかい?」
そうでもないよ、と会長さん。
「彼は近々、とあるお寺に入門を願い出るようだ。いずれ高僧として名を上げたなら、一文字書いて貰っただけでもドカンと値打ちが出るんだけども」
「「「!!!」」」
そういうことなら話は別です。私たちはシロエ君がゲットした住所や電話番号などの個人情報を紙に書き付け、キース君に保管をお願いしました。蛇の道は蛇ですし、彼が成功した暁にはキース君から連絡を取って貰って墨跡とかをゲットしなくては…!
「でもさぁ、そこまでが長いよねえ…」
出世払いの値打ち物より見逃したウナギ、とジョミー君が話を振り出しに戻し、私たちは再びブツブツと。丑の刻参りが業者さんだと気付くよりも前に味わった恐怖は喉元過ぎればなんとやらです。
「ホントにウナギが見たかったですね、あっちは由緒正しい本物ですから」
代行業者なんかじゃなくて、とシロエ君が溜息をついた時。
「はい、ウナギ」
「「「!!?」」」
背後からニュッと伸びてきた手に振り返ってみれば、紫のマントのソルジャーが。
「ウナギ、ウナギと嘆いてるから買ってあげたよ、ウナギのかば焼き」
そこの商店街のヤツ、とテーブルに置かれた袋の中身は本物のウナギのかば焼きでした。けれど私たちが欲しかったモノはウナギと言っても食べるヤツじゃなくて、龍神に化けるというヤツで…。
「ああ、アレねえ…。別に普通のウナギだったよ、酔っ払ってたみたいだけれど」
滝壺に放り込まれた後は寝てたようだよ、と話すソルジャーは覗き見していたらしいです。会長さんの話で興味を持ってしまい、新聞社の動きから場所を特定、そして見物。
「でもさ、しっかり雨が降ったね。地域限定にわか雨! ウナギが龍になっちゃったのか、参加した人たちの一念なのかは謎だけどさ」
どっちかと言えば後者かな、とソルジャーはソファに腰掛けて。
「ミュウでなくても人間のパワーは凄いんだね。丑の刻参りの代行業者にはビックリしたけど、ホントに力が半端じゃなかった。…もしもブルーが止めなかったら呪われてたんだろ、依頼人の恋人」
「「「恋人?」」」
「なんだ、そこまでは知らなかったのか…。そういえば喋っていなかったかな? 依頼人の件は守秘義務だとかで」
ぼくには筒抜けだったけど、と得意げに胸を張るソルジャーによれば、元老寺で行われていた丑の刻参りは恋人の呪殺を依頼してきた若い女性のためのもの。浮気を繰り返されるよりかは殺して自分一人のものに、という恐ろしい妄執に基づいたもので。
「その発想が凄すぎるよね。自分だけの物にならないのなら殺してしまえって所がさ。…文字通り身を焦がす恋ってヤツだ」
ロマンだよねえ、とウットリするソルジャーは丑の刻参りに深い感銘を受けたようです。そこまでの恋をしてみたいだとか、そのくらい想われてみたいものだとか、既婚者のくせに妙な寝言を。別の世界の人ならではのズレた感覚なのでしょう。とりあえずウナギは食べときますか…。
「「「バラ撒いた!?」」」
私たちの悲鳴が響き渡ったのは、ソルジャーのお土産のウナギのかば焼きを美味しく食べた後のこと。量が少なかったため細切りにして、細ネギと刻み海苔、それにワサビを一緒に御飯に乗っけて混ぜてから食べてみたのです。「そるじゃぁ・ぶるぅ」お勧めの『ひつまぶし』風は美味でしたが…。
「き、君はいったい、何を考えて…!」
会長さんが口をパクパクさせるのを見て、ソルジャーは。
「えっ、呪い殺したい程の勢いで想われてみるのも素敵だよね、って思ったんだけど?」
「それがどうしてこうなるのさ!」
信じられない、と叫ぶ会長さんとコクコク頷く私たち。テーブルの上には封筒が置かれ、それの中身は会長さんがマッハの速さで元通りに突っ込んだソルジャーの写真の詰め合わせです。なんでも「ぶるぅ」に撮らせたとかで、色っぽいどころの騒ぎではない全裸の写真が何枚も…。
「いいのが撮れたと思うんだけどなぁ、こう、いわゆる恥ずかしい写真というヤツ? バラ撒かれたくなければ言うことを聞け、って時に使われるのはああいうヤツかと」
「その通りだよ、そういう写真を撮った理由が知りたいんだけど!」
聞いたら後悔しそうだけども、と拳を震わせる会長さんに、ソルジャーはしれっとした顔で。
「深く想われてみたかったんだよ、ハーレイに……さ。ぼくがハーレイ以外の誰かと親密な仲で、あんな写真を撮らせるほどに心も身体も許していたならどうなるかなぁ、って」
「…君のハーレイなら自分の及ばなさを悔みまくるとしか思えないけど? 間違っても君を呪い殺したい方向なんかへ行くようなキャラじゃなさそうだよね」
黙って身を引くタイプと見た、と会長さんが言えばソルジャーはパチンとウインクをして。
「だからバラ撒いたと言ってるんだよ、シャングリラ中に! ぼくの恥ずかしい写真をバラ撒いたのは何処の誰だか、ハーレイはぼくの名誉のためにも追及せざるを得ないじゃないか」
もはやブリッジどころではない、と瞳を輝かせているソルジャー。
「キャプテンとしての任務も威厳も消し飛んでるねえ、男のクルーを端から捕まえて訊きまくっているよ、お前なのか、と。いやもう、胸倉を掴んで凄い勢い」
「……それで犯人が見つかるわけ? 君とぶるぅの共作なのに?」
まさかシャングリラを巻き込むとは、と会長さんはキャプテンとソルジャーの世界のシャングリラ号のクルーに同情しています。妙な写真を一方的に押し付けられてバラ撒かれた上、いる筈もない間男探しにキャプテンが奔走しているだなんて…。
「犯人ならいずれ見つかるよ。いずれ出頭してお縄になるんだ、でもって、お仕置きされるんだよ。恥ずかしい写真をバラ撒くだなんて、あなたはいけない人ですね…って、嫉妬に狂ったハーレイにさ」
どんなプレイをされるんだろう、とソルジャーは視線を宙に彷徨わせ、頬を薔薇色に染めていました。バラ撒いた写真は回収して処分し、見た人の記憶も綺麗に処理して、嫉妬に狂って駆け回っているというキャプテンの長い一日に関する記憶もデータも全て消すのだそうですが…。
「ふふ、残るのはねえ、ハーレイが手荒く扱ったぼくの身体に残った痕だけ。それを示してこう言うんだよ。「昨日は何があったんだい? 君は普通じゃなかったよね」って。もちろんハーレイに記憶は無いから、ひたすら謝るだけだと思う。それがまたいい」
そのネタを使って当分楽しむ、とソルジャーは夢見心地でした。ソルジャーとの仲をひた隠しに隠しているキャプテンがそれを忘れて犯人探しと怒りに燃えている姿が嬉しいらしく。
「…いいねえ、ここまで深く想われてるとは分かってたけど、形にされるとグッとくる。あんなハーレイを見られるだなんて、丑の刻参りに大感謝だよね」
出頭するまでお世話になるよ、と座り直したソルジャーが帰るのは夜でしょう。それまでの間、どんな猥談が飛び出してくるか分かりません。恥ずかしい写真とやらがある上、キャプテンだって走り回っているわけで…。
元老寺に出た丑の刻参りは、斜め上どころか宇宙の果てまでワープしそうな波乱を呼んでくれました。まさかソルジャーの世界のシャングリラ号に騒ぎを起こしてしまうとは…。代行業者の人は立身出世を遂げそうです。異世界にまで余波が及ぶ人物、きっと大物になれますよ~!
見世物は呪法・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
丑の刻参りがメインのお話でしたが、ウナギの雨乞いも本当に存在するんですよね…。
そして来月11月でシャングリラ学園番外編は連載開始から5周年を迎えます。
5周年のお祝いに来月も 「第1月曜」 にオマケ更新をして月2更新にさせて頂きす。
次回は 「第1月曜」 11月4日の更新となります、よろしくお願いいたします。
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シャングリラ学園、今日も平和に事もなし。学園祭も無事に終わって続く行事は期末試験ですが、私たちには特に関係ありません。試験勉強は必要ないですし、要は会長さんが1年A組に押し掛けてきて試験を受けるというだけのことで。
「打ち上げはやっぱり焼き肉だよね!」
いつものお店、とジョミー君。試験が終わるとパルテノンの高級焼き肉店でパーティーというのがお約束です。教頭先生から資金を毟って食べ放題でドンチャン騒ぎ。試験の楽しみはこれに尽きる、と誰もが思っているのですけど。
「うーん…。別に焼き肉でもいいんだけどさ」
ちょっとマンネリ気味だよね、と会長さんが口を挟みました。
「試験の度に焼き肉だろう? たまには違うコースもいいかな、と」
「かみお~ん♪ 昨日、広告が入っていたの!」
はい、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が新聞の折り込み広告をテーブルに。カラフルな旅行広告の目玉は「カニ&フグ食べ放題」と書かれた温泉ツアーみたいです。
「これを見たらさ、カニもいいよねって気になって…。フグというのも捨て難い」
「どっちも美味しいシーズンだもんね!」
食べたくない? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は胸をときめかせている様子。その気になれば会長さんと食べに出掛けられる筈なんですけど、みんなでワイワイ食べたいらしくて。
「ねえねえ、カニでもフグでもいいから食べに行こうよ!」
せっかくだもん、とキラキラする瞳に、キース君が。
「打ち上げの代わりにツアーに行くのか? 日帰りプランのようではあるが」
「ううん、ツアーじゃダメなんだよ」
「「「は?」」」
サッパリ意味が分かりません。カニ&フグの食べ放題とか言い出したくせに、どうしてツアーはダメなんでしょう? 首を傾げる私たちに向かって、会長さんが。
「ツアーの値段を見てみたかい? これじゃ美味しいのは食べられないさ」
「「「え?」」」
「こんな値段で出掛けて行ったらカニは冷凍モノなんだ。もちろんフグも鮮度が落ちる。…本当に本場モノの獲れたてだとねえ、カニだけで値段が五倍になるかな」
旅行費抜きで、と会長さん。美味しいカニは本場で食べても思い切り高く、アルテメシアに運ばれてくると更に値段が跳ね上がるとか。
「ぼくが食べたいのはそういうカニさ。ハーレイの財布に与えられるダメージも半端じゃないし、味の方だって保証付き! ただ、カニだと会話が途切れがちなのが残念ポイント」
「そっか、黙々と食べちゃうもんね」
殻があるから、とジョミー君が相槌を打ち、私たちも何度か出掛けたカニ料理なんかを思い返して納得です。お刺身などでは話が弾んでも、焼きガニや鍋では沈黙しがち。打ち上げにはイマイチ向いていないかもしれません。
「カニとフグではお店も違ってくるんだよ。…どっちに行きたい?」
そう尋ねてくる会長さんの頭の中では焼き肉店は選択肢から既に外されているようでした。沈黙のカニか、それともフグか。賑やかな打ち上げをしたいんだったらフグでしょうけど、あっさり上品なフグを食べるよりかは焼き肉の方が楽しいような…。
「フグって上品すぎねえか?」
サム君が投げ掛けた疑問は至極当然、キース君たちが続きます。
「そうだな、俺たちは酒が飲めないし…。今一つ盛り上がりに欠けると思うが」
「フグは普通に食べに行こうよ、打ち上げじゃなくて!」
そうしよう、とジョミー君が言い出した所へ。
「ぼくは打ち上げはフグに一票」
「「「!!?」」」
バッと振り返った先に立っていたのは紫のマントのソルジャーでした。今は試験の打ち上げについて話をしている真っ最中で、生徒ではないソルジャーは全く無関係なのに、来ちゃいましたか、そうですか…。
「どうして君が出てくるのさ! 試験なんか受けないくせに!」
会長さんが怒鳴り付けても、ソルジャーは何処吹く風とばかりにソファにゆったり腰掛けて。
「ぶるぅ、ぼくのおやつは残ってる?」
「ちょっと待ってね、取ってくるから!」
パタパタパタ…と駆けて行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」がアップルポテトパイのお皿を持って戻って来ました。アップルパイの上にスイートポテトを裏漉ししたクリームをたっぷりと載せた特製パイにソルジャーは早速フォークを入れています。熱々の紅茶もセットで登場。
「クリームが甘くて美味しいね、これ。食べに来た甲斐があったよ、ホント」
「さっさと食べて帰りたまえ! お代わりはお土産につけるから!」
君とは関係ない話だから、と会長さんは追い出しにかかったのですけれど。
「…ぼくもフグを食べたい気分なんだよ。ぼくの世界じゃ食べられないしね」
シャングリラでフグは養殖していない、とソルジャーお得意のSD体制攻撃が始まり、私たちはすっかり諦めモード。試験の打ち上げは焼き肉どころかソルジャーつきでフグ料理です。楽しくワイワイ騒ぐどころか、下手をすれば騒ぎになりそうな…。
「えっ、なんで? ぼくが混ざったら、どうして騒ぎになるんだい?」
「日頃の行いについて、よくよく考えてみるんだね。普通に食べて帰るだけって日も多いけれどさ、イベントの時に乱入されたら大抵ロクな結果にならない」
会長さんの鋭い指摘にソルジャーは「うーん…」と考え込んで。
「そうかなぁ? ぼくはフグ料理が食べたいだけだし、食べたら帰ると思うけど? ロクな結果にならないだなんて、たとえばフグにあたるとか?」
「「「えぇっ!?」」」
それは勘弁願いたい、と真っ青になる私たち。ソルジャーに引っかき回されるのも大概ですけど、フグ中毒の方が物騒です。
「あ、あれって解毒剤が無いんですよね?」
シロエ君が顔を強張らせる横から、キース君が。
「ああ、マムシとかハブのようにはいかないようだな。血清を打てばそれでOKという類の毒ではないそうだ。運が悪ければ今でも命を落とすらしいし」
「決め手は人工呼吸器らしいよ」
そう聞いている、と会長さん。
「フグにあたると筋肉が麻痺して、呼吸困難で死ぬんだってさ。そうなる前に人工呼吸器で強制的に酸素を送り込めたら助かるってわけ。怖いらしいね、フグ毒ってヤツは」
「それはもう!」
頷いたのはソルジャーでした。
「アレって一番苦しいかもねえ…。死ぬ瞬間まで意識は明瞭って言うだけあって、痺れ始めても息が出来なくなってきてもさ、苦しいだけでどうにもこうにも」
「…あたったわけ?」
もしかして、と尋ねた会長さんに、ソルジャーは。
「あたったんなら諦めもつくよ、美味しく食べた後のことだしね。自業自得とか言うだろう? だけど、ぼくのはそうじゃない。…単なる人体実験の結果」
「「「人体実験!?」」」
「そう、ミュウに対する毒物実験! フグの毒ってテトロドトキシンだよねえ、致死量は僅か1~2ミリグラムという猛毒。青酸カリの千倍の毒性とくれば、研究者たちが試してみないわけがない」
容赦なく投与されたのだ、と不敵に笑ってみせるソルジャー。
「いやもう、死ぬかと思ったけどさ…。そこは腐ってもサイオンなのかな、気付いたら呼吸が楽になってた。どういう理屈か、ぼくにも未だによく分からない。ぼくの世界のノルディの説では、毒物に対する免疫力に似たようなモノをサイオンで作り出せるとか…」
だから今ではフグでも平気、とソルジャーは自信満々でした。
「実験は一度じゃないからね。増量されたりしている内にさ、免疫力もアップしたわけ。フグにあたった程度の量では多分痺れもしないと思うよ。ぼくのハーレイもそこは同じだ。防御力に優れたタイプ・グリーンな分、ぼくより順応が早かったかも…」
「そこまでの目に遭っているのにフグを食べたいと言うのかい?」
恐々といった風情の会長さんに対するソルジャーの答えは。
「食べたいに決まっているだろう? 毒だけにあたった回数を思えば、食べ放題でも足りないよ。フグ尽くしで思い切り食べまくりたいね、もちろん猛毒の卵巣や肝臓とかってヤツも」
「ちょ、それは条例で禁止されてて、お店に思い切り迷惑が…!」
絶対にダメだ、と会長さん。お客さんの注文で提供しても、万一の事故が発生すると営業停止処分になるのだそうで、フグ料理店に迷惑を掛けるわけにはいかないとか。
「そうなんだ? だったら、ぶるぅに頼もうかなぁ?」
「「「えぇっ!?」」」
食べたいんだよ、とフグに執着し始めたソルジャー。フグを料理するには免許が必要だったと思うのですが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は資格を持っているのでしょうか?
フグは食いたし、命は惜しし。広く知られた言葉ですけど、そんな事態が降りかかってこようとは夢にも思っていませんでした。試験の打ち上げをどうしようか、と相談していただけなのに…。
「店がダメなら素人料理でいいだろう? フグを仕入れればいいだけなんだし、費用もうんと安く上がるよ」
「…アルテメシアじゃ素人には売ってくれないよ、フグは!」
フグ取扱者の免許が必要、と会長さんが声を荒げても、ソルジャーは全く気にせずに。
「アルテメシアじゃあダメってことはさ、売ってくれる場所があるってことだね? 条例で禁止と言ってただろう? 法律だったらアウトだけども、条例だと素人オッケーな場所が」
えっと、そういうことなんですか? 本当に? 私たちの視線を一身に集めた会長さんは額を押さえて。
「………。その調子だと、君はダメだと言ってもフグを買い付けてくるんだろうねえ…。結論から言うと、条例の無い場所はある。そこで素人がフグを調理しても問題はない。ただし、買ってきてアルテメシアで調理を始めたらアウトなんだよ」
「そうなのかい? それじゃコッソリ買ってくるから、バレないように君の家で派手にパーティーしようよ、フグ食べ放題!」
「待て、俺たちまで巻き添えなのか!?」
キース君は顔面蒼白、私たちも震え上がりました。素人料理でフグ食べ放題のパーティーだなんて、どう考えても危険です。あたらないというソルジャーはともかく、他の面々は誰があたるか分かりません。ソルジャーが助けてくれるにしたって、麻痺だの呼吸困難だのは…。
「巻き添えだなんて人聞きの悪い…。パーティーだってば、みんなで楽しく! あたった時には任せてくれればサイオンで補助してあげるから」
マッハの速さで回復するさ、とソルジャーがニッコリ笑っています。会長さんでも勝てないソルジャーなだけに、私たちは覚悟を決めるしかなかったのですが。
「かみお~ん♪ フグの免許なら持ってるよ!」
元気一杯の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が今日ほど頼もしく思えたことはありません。でも、そんな資格をいつの間に…?
「えっとね、講習会に出るだけで取れちゃうの! 先生のお話を聴きに行くのが1回とね、捌き方を習うのが1回なの! 捌き方を習った後に試験があるんだよ♪」
簡単なんだ、と話す「そるじゃぁ・ぶるぅ」によると、講義の方はフグの種類や毒、条例などについての難しい話もあったそうです。しかし捌き方の後の試験では先生方が助け舟を出して下さるらしく、フグを捌ける腕さえあれば誰でも合格可能なもので。
「難しい問題は分かんなかったけど、ちゃんと合格出来ちゃった! だからフグ食べ放題のパーティーは出来るんだけど…。ブルー、ホントに卵も食べるの?」
絶対に食べちゃダメなんだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は心配そうにソルジャーの顔を見詰めましたが。
「あたらないって言っただろう? 美味しいらしいし、是非食べたい。試験の打ち上げはフグ食べ放題、楽しみに待っているからね!」
今日は御馳走様、と微笑んだソルジャーはアップルポテトパイの残りをお土産に貰って意気揚々と帰ってゆきました。カニかフグかで会長さんが悩んだばかりに、試験の打ち上げは御禁制の部位を提供するというフグパーティー。えらい事態になりましたけれど、もうどうしようもないですよね…?
そうこうする内に期末試験の期間が訪れ、今日はいよいよ最終日。試験終了後に会長さんは教頭室へと出掛けて行って。
「貰って来たよ、今日のパーティー費用! フグを食べるから増額してよ、って頼んだら財布の中身を全部くれたさ」
「「「………」」」
教頭先生、相変わらず気前がいいようです。何かと物入りな年末年始が控えているのに、会長さんにおねだりされたらポンと財布の中身を全部…。
「あんた、家でやるんだというのを言わなかったな?」
焼き肉よりも安上がりの筈だ、というキース君の指摘を会長さんはサラリと流して。
「どうだったかなぁ? ぶるぅが市場に仕入れに行ったし、領収書とかは見ていないんだよ」
「えとえと…。フグは沢山買ってきたけど、焼き肉屋さんより安かったよ!」
そのお金でもう一回パーティーやってもお釣りがくるよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんは鼻歌交じりに毟ってきたお金を数えています。この人に何を言っても無駄だ、と私たちが溜息をついた所へ。
「こんにちは。フグ食べ放題、お相伴しに来たんだけれど」
「…君が主賓の間違いだろう? ぼくたちの方がお相伴だよ、大いにあたってくれたまえ」
卵巣も肝臓も食べ放題、とソルジャーに毒づく会長さん。打ち上げパーティーの会場は会長さんの家のダイニングです。会長さんとソルジャー、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のサイオンに包まれて瞬間移動した先は…。
「うわぁ、凄いね!」
ジョミー君が歓声を上げるだけあって、テーブルの上には薄く切られたフグのお刺身を盛ったお皿が何枚も。鍋にするための身も山ほどあります。免許を持った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が用意した以上、ソルジャーが食べたい危険な部位はきちんと分けられている筈で。
「「「いっただっきまーす!!!」」」
まずはお刺身、と食べ始めると、これが絶品。朝一番に新鮮な活けフグを仕入れてきたそうで、料亭の味に全く引けを取りません。ゆびきに唐揚げ、焼きフグなんかも美味しいですし、流石は「そるじゃぁ・ぶるぅ」です。
「食べ放題ってのが嬉しいよな!」
サム君が唐揚げを頬張り、マツカ君も。
「フグ専門の高級店だと食べ放題コースは無いですからね。此処でしか出来ない贅沢かも…」
お代わりし放題なのが凄いです、と褒められるだけあってフグはいくらでもありました。お刺身も唐揚げも次から次へと追加のお皿が出て来ます。毒のことなんかすっかり忘れて食べまくっていると。
「そうそう、こんなのも買ってみたんだけれど」
食べてみる? と会長さんがキッチンからお皿を運んで来ました。えーっと、これって何ですか? 白っぽい皮に茶色の中身、何かのスライスみたいです。スライスしたレモンも添えてあるのが二皿分。同じものでは無さそうな…。
「ブルーだけしか食べられないんじゃつまらないかと思ってさ。フグの子の粕漬けと糠漬けだけど」
「「「!!!」」」
椅子が無かったら、思い切り後ろに飛びすざっていたと思います。キース君が引き攣った顔で。
「ふ、フグの子というのは卵巣か? 猛毒だろうが、それをどうしろと!」
「卵巣だけど…。これって毒はとっくに抜けてるんだよ、フグの子を食べたい人向けのヤツで」
「へえ、そんなのがあるのかい?」
知らなかったよ、とソルジャーが一切れ摘み上げるなりモグモグと。
「ふうん、ビールに合いそうな感じだね。でもって、こっちが糠漬けだって? お酒が欲しくなる味だよね、うん」
「…おい、本当に毒は抜けているのか?」
こいつの感覚はアテにならん、とキース君がソルジャーを指差せば、会長さんは。
「大丈夫、そこは保証する。ブルーが言うとおり、お酒のおつまみ向きなんだけど…。君たちも食べたかったらどうぞ」
「かみお~ん♪ ホントに毒は無いんだよ! あのね、お塩の中に漬け込んで水分を取るの! それを半年だったかなぁ? その間に毒が抜けるんだって! 糠漬はそこから一年漬けてね、粕漬けは糠漬けを二カ月漬けるの!」
「……そこまでやるのか……」
気が長すぎる、と呻きながらもキース君は糠漬けを一切れ齧ってみて。
「これが卵巣というヤツなんだな、まあ、美味い…と言えんこともない。あたらなければ、だが」
「痺れるくらいが丁度いい、って言う食通もいるんだけどねえ?」
会長さんが混ぜっ返して、私たちは思わずブルッ。それでも糠漬けと粕漬けとやらを味見してみて、こういうのよりは唐揚げや焼きフグが美味しいよね、という結論に。
「なるほど、君たちはお酒を飲まないしね…。これもけっこういけるんだけどな」
会長さんの前にはしっかりお酒が置かれています。ソルジャーと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も一緒に飲みながら粕漬け、糠漬け。とある地方の特産品で、そこでしか製造許可は下りないそうです。まさかフグの卵巣を食べることになるとは思いませんでしたよ、世の中、ホントに広いとしか…。
それからが本日のメイン・イベント。この日のために「そるじゃぁ・ぶるぅ」がフグ取扱者免許をフル活用した猛毒の肝臓と卵巣を載せたお皿がソルジャーの前に。
「はい、どうぞ! でも本当に大丈夫なの?」
「平気だって言っているだろう? で、どうやって食べるんだい?」
興味津々のソルジャーに、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は。
「生でもいけるし、お鍋に入れても美味しいんだって! あとね、焼くのと天麩羅があるよ」
白子と同じ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が答えています。白子の天麩羅なら私たちもさっき食べました。サクサクとろりと美味しかったですが、卵巣も同じ食べ方ですか…。
「おや、君たちも食べたくなった? チャレンジするなら面倒みるよ?」
あたった時はぼくにお任せ、とソルジャーにウインクされましたけど、そんな度胸はありません。痺れるくらいが丁度いいとは思いませんから、此処は見物に徹するまでです。
「なんだ、チャレンジしないんだ? じゃあ、ぼく一人で頂いちゃおうかな。まずはお刺身、と」
ソルジャーは卵巣をお箸でつまんで薬味たっぷりのポン酢の中へ。そして頬張り、満足そうに。
「いいねえ、白子とは風味が違うよ。糠漬けと粕漬けも良かったけれど、フグはやっぱり鮮度が命! こう、トロッとして、舌がとろける味わいだよね」
「それが猛毒なんだけど?」
まさか本気で食べるとは、と呆れ顔の会長さんを横目にソルジャーはお刺身を次から次へと。一人用の鍋も用意して貰い、鍋の味の方も満喫中で。
「ホントのホントに美味しいよ? 君も試してみればいいんだ、もしかしたら最初から平気かも…。だって実験中じゃないしね、それに腐ってもタイプ・ブルーだ」
あたらない可能性もゼロではない、と会長さんを煽るソルジャー。その一方で「そるじゃぁ・ぶるぅ」に頼んで焼くのと天麩羅も味わって…。
「こんなに美味しいとは思わなかったなぁ、実験で酷い目に遭った時はさ。…だけど御蔭で美味しいモノに出会えたわけだし、結果オーライって所かな? またやりたいねえ、フグ食べ放題! 君たちがドカンと食べてくれれば、卵巣と肝臓が沢山余るし」
クセになりそう、と言うソルジャーは私たちが食べ続けている無毒の部分にはもはや興味が無さそうでした。自分専用とばかりに盛り付けられた禁断の部位に夢中です。
「…ブルーがあそこまで言ってるからには、多分、ホントに美味しいんだろうな…」
どう思う? と私たちに訊いたのは会長さん。キース君がたちまち顔色を変えて。
「チャレンジする気か!? やめとけ、あたってからでは遅いんだぞ!」
「でもねえ…。フグは食いたし、命は惜ししとは言うんだけどさ、フグをカンバと呼ぶ地方もあって」
「「「は?」」」
「カンバは棺桶の方言らしい。棺桶を置いてでもフグを食べるからカンバなんだよ。棺桶まで用意して食べたいほどの味となったら、やっぱり一度は食べたいよね」
イチかバチかだ、と会長さんはソルジャーが繰り広げる禁断の宴を眺めています。
「フグ中毒は早ければ二十分ほどで発症するらしい。その二十分はとっくに過ぎたし、ブルーも大丈夫かもと言ってたし…。ここは運試しに食べてみようかと」
「落ち着け、あんた、酔ってるだろう!?」
「酔ってないってば、至って正気で至って本気」
禁断のグルメを止めないでくれ、と会長さんは本気でした。ソルジャーの一人鍋の隣に移動してきた会長さんを見て、ソルジャーが。
「あっ、食べる気になったんだ? それじゃ早速、景気づけに一杯」
フグはやっぱりひれ酒だよね、とソルジャーが注いだ土瓶のお酒を会長さんはクイッと飲み干して…。どうなることか、と気が気ではない私たちを他所に卵巣のお刺身をポン酢に浸すとポイッと口に入れたのでした。
「信じたぼくが馬鹿だったよ!」
こんな規格外の人間を、と会長さんが激怒する隣でソルジャーは悠然と一人鍋。肝臓と卵巣はかなり減ってしまい、それを補おうと普通の部分も煮ています。
「規格外とは失礼だねえ? すぐに助けてあげただろう? 軽く痺れただけのくせにさ」
痺れるくらいが丁度いいのがフグだよね、と同意を求められても困惑するしかありません。フグ毒にあたった会長さんは唇が痺れただけらしいですが、ソルジャーがサイオンで補助しなかったら救急車のお世話になっていたかもしれないわけで…。
「ぼくが救急搬送されてしまったら、大変なことになるんだよ! ぶるぅはフグ取扱者の免許を取り上げられてしまうかもだし、その辺をどう思っているわけ!?」
「そうならないって分かってるから食べてるんだよ、今でもね。他の子たちがあたったとしても、ぼくなら素早く対処できるさ。…ついでに君はもう免疫が出来ちゃってるから、これから先はもう大丈夫」
フグ千匹でも問題なし、とソルジャーは笑みを浮かべています。実験体時代の経験を基に会長さんのサイオンの流れを誘導したとかで、フグ毒に対する免疫はバッチリらしいのですけど…。
「そんなのが何の役に立つのさ、ぼくは君みたいに毒を食べる趣味は無いんだよ! なんでわざわざフグなんか!」
「でも、美味しいって大喜びで食べてたじゃないか。刺身も鍋も天麩羅もさ」
「そ、それは…。確かに美味しかったけど……」
命懸けで食べるほどのものでは、とモラルの問題を口にする会長さん。
「ぼくも一応、高僧だしね…。命ってヤツを粗末にするのはどうかと思うし、美味しい、食べたい、と思う気持ちも煩悩の内だ。そういう欲望を心から消すのも大切な修行の一つなんだよ」
「煩悩だか欲望だかはともかく、命は粗末にならないよ? もう免疫が出来てるんだし」
大いにフグを食べるべき、と食い下がるソルジャーは禁断の美味にすっかり魅せられてしまっていました。会長さんが教頭先生から毟った予算は半分以上も余っています。そのお金でもう一度フグ食べ放題パーティーを、とソルジャーは心底、切望していて。
「明日もやろうよ、フグパーティー! 土曜日だから!」
「そ、それは…。君の世界の都合の方は?」
シャングリラにも色々あるだろう、と会長さんが切り返すと。
「明日ならハーレイも来られるんだよ、午後から休暇の予定だったし! ハーレイもフグ毒の実験をされているから、その敵討ちにハーレイにもコレを食べさせたいんだ」
ダメならお土産に今日の残りを…、と言うソルジャー。キャプテンも人体実験でフグ毒を試されたとは聞きましたけれど、これはソルジャーお得意のSD体制攻撃です。お断りすれば良心が痛んでどうしようもなくなる反則技で…。
「…分かったよ、もう一度やればいいんだね? 君のハーレイもゲストにして…。ん? ハーレイ? 待てよ、これは使えないこともないかも…」
ブツブツと呟き始めた会長さん。何か思い付いたというのでしょうか?
「そうだ、ハーレイを呼べばいいんだ! でもって派手に禁断のヤツを食べれば楽しい事になる…かもしれない」
「こっちのハーレイにも食べさせるのかい?」
ソルジャーの瞳が楽しげに輝き、会長さんが頷いて。
「そういうこと! ぼくだけがフグにあたったというのも腹が立つ。ハーレイだったら巻き添えにされても本望だろうし、ここは一発、御招待!」
「お、おい! あんた、命を粗末にするのはどうかと思うと言わなかったか?」
キース君が止めに入りましたが、会長さんが聞く耳を持つ筈が無く。
「えっ、別に粗末にはならないだろう? ぼくにはやり方が分からないけど、ブルーは確実な救命方法を知ってるわけだし、無問題! 解毒の時間は御愛嬌ってことで」
「「「御愛嬌?」」」
それはどういう意味なのだ、と誰もが一斉に突っ込んだものの、答えは得られませんでした。明日は再び会長さんの家でフグ食べ放題の大宴会。キャプテンと教頭先生も交えてのパーティー、無事に終わればいいんですけど…。
そして翌日。私たちは昼前に会長さんの家に集まり、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が山のようなフグを捌いてゆくのを見学しました。猛毒の卵巣と肝臓は脇に除けられ、残りが切り身や薄くスライスされたお刺身などに…。骨は出汁や骨せんべいになり、捨てる部分はありません。
「…ホントは捨てなきゃダメなんだけど…。食べても大丈夫な人がいるしね」
ブルーも大丈夫になったらしいし、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は嬉しそうに盛り付けしています。やがてソルジャーとキャプテンが現れ、間もなく玄関のチャイムが鳴って。
「かみお~ん♪ ハーレイも来たよ!」
「やあ、ハーレイ。いらっしゃい」
にこやかに迎えた会長さんに、教頭先生は戸惑いながら。
「いいのか? 私が混ざっても…?」
「もちろんさ。君がくれた予算が余ったからねえ、パーティーなんだと言っただろう? フグ食べ放題だよ、楽しくやってよ。店じゃ食べられない禁断の味も用意したんだ」
「禁断の味?」
「そう! 猛毒だからって禁止されてる卵巣に肝臓、サイオンがあれば食べても平気らしいんだ」
ブルーが教えてくれたんだよ、と笑顔で話す会長さんに教頭先生はコロッと騙されて。
「ほほう…。これが卵巣というヤツか」
初めて見るな、とお箸で摘んでいる教頭先生に、ソルジャーが。
「ポン酢で食べるのが一番かな? トロリとした味わいが生きるしね」
「それを言うなら天麩羅もだよ、サクサクの衣と熱々の中身がなんとも言えない」
あれが最高、と会長さん。キャプテンはソルジャーに促されるまま、お刺身に鍋にと禁断の味を堪能しています。もちろんソルジャーと会長さんもパクパク食べているわけで…。
「ハーレイ、フグは鮮度が命! 眺めていないで早く食べたら?」
「う、うむ…。サイオンさえあれば全く問題ないのだな?」
「問題ない、ない! ぼくだって食べているだろう?」
男は度胸も大切だよね、と会長さんに微笑みかけられた教頭先生は周りが見えていませんでした。きちんと注意を払っていたなら、私たち七人組と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は禁断の部位に手出しをせずに食べているのだと分かったでしょうに…。
「よし、私も男だ、ひとつ食べてみるか。…ん? なかなかに美味いな、これは」
酒も進みそうだ、と危ない道に足を踏み入れた教頭先生が唇の痺れを訴え始めたのは鍋や天麩羅まで味わった後。会長さんたちは平気であれこれ食べ続けています。
「す、少し痺れる気がするのだが…」
「ああ、それかい? フグは少し痺れるくらいが丁度いいって言うんだよ」
それも味わいの内だよね、と会長さん。教頭先生はまたしてもコロッと騙され、やめればいいのに箸を進めてしまった果てに…。
「えーっと…。本当にこれでいいのかい?」
見たこともない方法だけど、と首を捻ったソルジャーの前には巨大な桶がありました。漬物用だとかいう大きなもので、会長さんの背丈くらいの高さがあって。
「フグ中毒には昔からコレって言われてるんだよ」
人工呼吸器が出来る前まではお約束、と返す会長さん。桶にはたっぷりと砂が詰められ、漬物ならぬ教頭先生が首まで埋められている状況で。
「フグ毒は呼吸が麻痺するだろう? あれは筋肉が麻痺するからさ。こうやって砂に埋めておくとね、胸郭が動かなくなるらしい。そして横隔膜だけの動きで細々と肺が膨らむらしくて、なんとか呼吸が出来るってわけ」
究極の民間療法なんだよ、と得意げに語る会長さんですが、私たちの頭の中には教頭先生の思念波が延々と響き続けています。
『それは違うと思うのだが…! 頼む、普通に救急車を…!』
「ダメだね、ぶるぅがフグ取扱者の免許を召し上げられてもいいのかい? 第一、あたったのは君一人だけだ。ぼくもブルーも、あっちのハーレイも平気だし!」
フグ中毒は自己責任だ、と会長さんは冷たく切って捨てました。
「そこで当分、埋まっていたまえ。フグ毒は死ぬ瞬間まで意識明瞭なのが売りだし、本当に危ないと思った時には思念でノルディを呼ぶんだね」
そうすれば万事円満解決、と会長さんは桶にクルリと背中を向けて。
「さあ、宴会を続けようか。…思わぬ邪魔が入ったけれども、フグにあたるような無粋な馬鹿は放っておくのが一番だ、ってね」
『ま、待ってくれ、ブルー! 私は、私は本当にだな…!』
「本当に痺れてるんだって? いい話じゃないか、ぼくに痺れてメロメロなんだろ? 大切なぼくをノルディの餌食にしたくなければ、解毒するまで黙って耐える!」
それまで桶で頑張って、と鼻先で笑う会長さんと、思念で必死に危機を訴える教頭先生と。ようやっとソルジャーが教頭先生のサイオンを調整してあげたのは宴会が終わった後でした。しかし助かった教頭先生、ホッと一息つく暇も無く。
「ハーレイ、今日はせっかくの宴をブチ壊してくれてありがとう。桶からは自力で這い出すことだね、そこまで面倒見ないから!」
瞬間移動で桶ごと自宅に届けられてしまった教頭先生はフグ中毒で疲れ果てた上、砂がサイオンでガッツリ固められていたせいで…。
「ハーレイが無断欠勤じゃと?」
「いえ、思念で連絡はあったのですけど…。どうにも動きが取れないのだとか」
ゼル先生たちの職員室での様子を「そるじゃぁ・ぶるぅ」のサイオン中継で見ながら、私たちと会長さんとソルジャーは笑い転げていました。今は月曜日の放課後です。桶一杯の砂に首まで埋まった教頭先生、明日には出勤出来るでしょうか?
フグは食いたし、命は惜しし。教頭先生、無断欠勤で済んだ分だけ、マシだと思って下さいね~!
恐るべき珍味・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
禁断のグルメ、フグの卵巣の粕漬けと糠漬けは実在します。通販でも買えるようですよ!
このお話はオマケ更新ですので、今月の更新はもう一度あります。
次回は 「第3月曜」 10月21日の更新となります、よろしくお願いいたします。
毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませv
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、10月は教頭先生の修行で始まるようです。どんな修行を…?
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