シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
シャングリラ学園は今年も平和。私たちは毎度の1年A組、担任はグレイブ先生で……例によって会長さんが乱入してきて、ドタバタと。そうこうする内にゴールデンウィーク、運よくシャングリラ号で過ごせましたから満足したのに、人間は欲が深いもの。
「退屈だよねえ…。校外学習の発表、まだかな?」
ジョミー君が漏らした言葉は私たちの気分そのものです。特別生の生活は判で押したように毎年殆ど変わりません。目に見えて変わる可能性があるのが校外学習などの行事で…。
「まだだろうねえ、その前に中間試験もあるし」
会長さんの返事に私たちは全員ガックリ項垂れ、代わりに元気一杯の声が。
「かみお~ん♪ 退屈だったら遊びに行く? 学校サボッてドリームワールドとか!」
平日は空いてて楽しいよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。放課後の溜まり場が「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋というのも相変わらずです。今日も美味しい抹茶ティラミスのタルトがテーブルに。
「そっか、サボリもいいかもね?」
何処へ行こうか、とジョミー君が飛び付き、たちまち盛り上がるサボリ計画。出席義務の無い特別生だけに、サボリは問題ありません。
「日帰りツアーも楽しそうですよ」
前日まで予約OKなのがありますから、とシロエ君が端末で情報を表示してくれ、ズラリ並んだグルメツアーや日帰り観光。行き先不明のミステリーツアー・コースがいいかな、と意見が纏まり、いざ申し込みという段になって。
「…すまん、水曜と木曜は外してくれるか?」
キース君が口を挟みました。
「えっ、キース先輩、月参りですか?」
だったら明日か金曜ですね、とシロエ君。私たちは再び額を集め、それから天気予報を調べてみて。
「んーと…。金曜日も天気は良さそうだよね」
そこにしようか、とジョミー君がカレンダーを見れば、サム君が。
「待てよ、ミステリーツアーだぜ? アルテメシアの天気予報はあんまり意味がねえと思うぞ」
「あー、そっか…。だったら明日かな、急だけどさ」
明日なら全国的に晴れの予報です。ミステリーツアーの出発時間は朝の7時半と早めですけど、さっさと帰って夜更かしせずにベッドに入れば大丈夫かな?
「じゃあ、明日で予約を入れますよ」
シロエ君が端末を操作しようとした所へ、キース君が横から割り込んで。
「待て、そういうのは焦らなくても…。ミステリーツアーってヤツはだな、それなりに情報が出ているものだ。メインが名物の鍋だろう? 特産の果物をお持ち帰りで、露天風呂の宿でゆったり昼食。それと岬からの眺望をお楽しみとなると…」
表示されている写真を手がかりに検索を始めるキース君。目にも止まらない速さで画像を調べまくり、「此処だ!」と示された場所はズバリそのものの宿と食事でした。
「すげえや、キース! たったこれだけで分かるのかよ?」
サム君の感動の声に、キース君は。
「まあな。日頃の情報収集の賜物だ。檀家さんと話をするには旅の情報も必須なんだ」
旅行ネタは会話の潤滑材になるらしいです。月参りに行ってお茶とお菓子を頂く間にあれこれ話をするそうで…。
「というわけで、行き先が此処なら金曜の天気も大丈夫だが」
「それなら金曜が良さそうですね」
慌てなくてもいいですし、とシロエ君が予約フォームを呼び出しています。私たちと会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」で合計九人、空きは充分ありました。
「代表者は誰にしましょうか? やっぱり会長の名前でしょうか」
どうします? と会長さんにお伺いを立てるシロエ君に。
「ぼくの名前で構わないけど、その前に」
「…は?」
「ミステリーツアーとかより楽しめそうな行き先があるよ」
「何処ですか? だったら、そっちにした方が…。早めに言って下さいよ」
どれですか、と日帰りツアーの一覧に戻した端末を示された会長さんは。
「狙い目は水曜と木曜なんだ」
「「「えぇっ!?」」」
そこはキース君が参加できない曜日では? 確かに其処しか開催されないツアーは幾つかありますけれども、キース君を捨てるのは気の毒なのでは…。
キース君を放って日帰りツアーに出掛けようと言い出した会長さん。それは流石にあんまりだ、と誰もが反対し始めましたが、キース君は。
「いや、俺は…。副住職を務める以上は坊主の方が優先だ。俺の分まで楽しんできてくれ」
「なんか悪いなぁ…。まあ、確かに寺の仕事が最優先だし、土産を買ってくることにしようぜ。で、行き先は何処なんだよ?」
サム君が端末を覗き込み、私たちも頭を切り替えて端末に視線を。グルメツアーか、観光か。はたまた体験型の楽しいツアーか…。
「どれも違うね、行き先はアルテメシアだよ」
「「「アルテメシア?」」」
それじゃコレですか、非公開の寺院を回ってパルテノンの高級料亭で食事? それとも芸舞妓さんと楽しむお茶屋遊びの体験コース? どちらも馴染みの薄いものではありますが…。
「ま、まさか…。お寺巡りに出掛けるわけ?」
あんまりだよ、とジョミー君が嘆けば、シロエ君が。
「お茶屋遊びじゃないですか? いくらなんでもお寺はちょっと」
「そうかい? お寺も楽しい所だけどねえ?」
会長さんがニヤニヤしています。あぁぁ、お寺巡りよりミステリーツアーの方がいいですってば、絶対に! しかも今更アルテメシアのお寺だなんて、非公開でも面白いとは思えません。とはいえ、会長さんに逆らえる猛者がいるわけもなく。
「…分かりましたよ、非公開寺院のヤツですね。水曜ですか、木曜ですか?」
曜日も勝手に決めて下さい、と投げやりなシロエ君に会長さんは。
「誰がツアーに行くって言った? 水曜と木曜が狙い目で行き先がアルテメシアとしか言ってない。付け加えるなら、お寺も楽しい所だ、ってくらい」
「「「???」」」
サッパリ意味が分からなくなった私たち。会長さんはシロエ君に端末を閉じさせ、キース君の顔を見据えながら。
「…たかが月参りで楽しい旅行をパスだって? いくら日帰りツアーと言っても充分遠くへ行けるんだ。檀家さんとの会話の糸口にもなる。アドス和尚も君の旅行を優先してくれそうな気がするけどね?」
「いや、それは…」
「だったらズバリと言っちゃおうか? 水曜と木曜、君は欠席。月参りなら欠席とまではいかない筈だ。いつも終わり次第、学校に来てる。…休まなくてはならない理由は?」
「えっ、キース先輩、欠席ですか? お葬式ですか!?」
それもデカイの、とシロエ君。お葬式でキース君が欠席することは無いのですけど、大規模なヤツなら丸二日間の拘束というのもアリかもです。ひょっとして璃慕恩院とかの偉いお坊さんが亡くなったとか?
「違う、葬式というわけではなくて……そのぅ……」
妙に歯切れの悪いキース君の態度に、会長さんがクスクスと。
「隠しても無駄だよ、ぼくにはバレバレ。…アドス和尚とイライザさんは水曜日から一泊二日の旅に出る。木曜日は友引、お葬式が入る心配は無い。副住職のキースに元老寺を任せてのんびりと…ね。宿坊の方は休業だ。…違うかい?」
「……そのとおりだが……」
「だからさ、あの広い寺で留守番をする君を手伝ってあげようかと…。境内と墓地は掃除する人が来るようだけど、本堂と庫裏は君一人だろ?」
これだけいれば掃除も楽勝、と指差されたのは私たちでした。
「宿坊を開けて貰わなくても庫裏で充分寝泊まり出来るし、用心棒も兼ねて行ってあげよう。君の一存では決められないならアドス和尚に電話をかけて…」
「そ、そんな…。親父はあんたの言う事だったら二つ返事に決まっているのに……」
「じゃあ、決まり。水曜と木曜は元老寺! 心配しなくてもアドス和尚に余計な気遣いをさせないために顔を合わせない方向で行くさ」
「それが困ると言っているんだ、無事に済むわけがないだろう!」
こんな面子が押し掛けてきて、とキース君は顔面蒼白ですが。
「ふうん? なんだか楽しそうな話だねえ?」
「「「!!?」」」
バッと全員が振り返った先には紫のマントのソルジャーが笑顔で立っていました。
「ミステリーツアーとか言っていたから、都合でお邪魔しようかなあ…って思ってたんだ。ちょうどシャングリラが暇な時期でさ、退屈しかけていた所。…ぼくも仲間に入れて欲しいな、キースの家にも興味があるしね」
いつも祈って貰っているし、とソルジャーが言うのはミュウの供養のことでしょう。私たちのサボリ計画は思ってもいなかった方に向かって爆走しつつあるようでした。元老寺に泊まってお留守番。そこへソルジャーまで加わるだなんて、キース君でなくても心配ですよ~!
サボリどころか元老寺へ行ってお留守番。とんでもない提案をした会長さんもソルジャーが来るという可能性までは読み切れなかったみたいです。けれどソルジャーは興味津々、来るなと言っても聞く筈もなく…。
「ワクワクするねえ、初めての場所って」
私服のソルジャーは私たちと一緒に元老寺へ行く路線バスの中。今日から二日間、キース君が一人で留守番している元老寺にお邪魔するのです。ソルジャーがキャプテンを連れてこなかったのは不幸中の幸いと言うべきか…。
「え、だって。仕方ないだろ、ソルジャーは暇でもキャプテンの方は色々と仕事があるんだよ。二人揃って休もうとすると特別休暇を取るしかないし、せっかくの休暇を無駄にするのはつまらない」
「その先、禁止!」
バスは公共の交通機関、と会長さんが注意をすれば、ソルジャーは。
「ぼくたちしか乗っていないじゃないか。問題ないと思うけど?」
「運転手さんもいるんだよ! とにかく禁止!」
「あ、そう。…命拾いをしたかな、君たち」
意味深な笑みを浮かべるソルジャー。バスの中からこの調子では先々が思いやられます。キース君が副住職としてビシバシ厳しく締めてかかれば大丈夫なのかもしれませんけど、そうなった時は私たちも漏れなく厳しいお寺ライフなわけで。
「あれっ、お寺ライフって楽しくないわけ?」
それは困るな、と呟くソルジャーに会長さんが。
「帰るんだったら今の内だよ、バスから消えるのは許さないけど降りてからなら人目に付かない。それとも途中でギブアップ? お寺ライフは厳しさが売りだ」
「うーん…。だけどキースの困りっぷりは凄かったし? 厳しさが楽しさに化けない保証は何処にも無いよね、この面子だしさ」
楽しくなるに決まっている、とソルジャーは思い切り前向き思考。そうこうする内にバスは元老寺の最寄りの停留所に着き、私たちは会長さんを先頭にゾロゾロと…。初めて来たソルジャーは山門や境内をキョロキョロ見回し、心浮き立つ様子です。
「へえ…。ノルディの家も大きいけれど、キースの家も大きいねえ」
「あんなのと比べないでくれるかな? お寺が穢れる」
会長さんが口を尖らせましたが、ソルジャーはまるで気にしていません。そもそもお寺という概念を正しく理解しているかどうか、その辺からして怪しいです。ミュウの供養を頼むのとセットで極楽の蓮の花をゲットしてくれと頼んでいるのはソルジャーですし…。
「ああ、あれね。極楽の蓮はゲットしなくちゃ! なんと言っても…」
「そこまで!」
会長さんがビシッと遮り、庫裏の玄関脇のチャイムを押すと暫くしてからパタパタと走る足音が。やがて玄関の戸がガラリと開いて。
「…なんだ、お前たちか」
墨染の衣に輪袈裟を着けたキース君が私たちを招き入れてくれました。
「物凄く悩んだんだがな…。結局、親父に白状したんだ。ブルーが留守番を申し出てくれたらオマケがゾロゾロついてきた、と。そしたら感激していたぞ。でもって、銀青様に気に掛けて頂けるとは有難い、この機会にお前も精進しろと」
「それはそれは。じゃあ、遠慮なく泊めて貰っていいんだね?」
「余計なヤツが一人いるのは黙っておいたが、誤差の範囲だと思っておく。そして精進しろと言われたからには規律正しく厳しくいくぞ」
俺が元老寺の法律だ、と告げたキース君はソルジャーにサラッと無視されて。
「法律はブルーじゃないのかい? ブルーの方が偉いんだしさ。ブルーそっくりな姿形のぼくもブルーと似たような立場だよね?」
「似ていないっ!」
あんたは普通の一般人だ、と言い返したキース君にソルジャーが。
「えーっと…。SD体制の下で苦労しているのに一般人? もう少し丁重に扱って欲しいな、確かに坊主じゃないけどさ」
「…分かった、客人として遇しよう。しかし、それにも限度はあるぞ」
寺の規律は守って貰う、とキース君は副住職の威厳を守るべく頑張っています。しかし会長さんだけでも頭が上がらないのに、そこへソルジャー。アドス和尚とイライザさんの代わりに留守番、無事に最後まで務まるんでしょうか…?
宿坊が休業中だというので少し心配していたのですが、広い庫裏には寝泊まりするための部屋が充分にありました。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」とソルジャーには床の間つきの立派なお座敷。偉い人が泊まる部屋だそうです。そして私たちには…。
「この辺を好きに使ってくれ。風呂と洗面所はそっちにある」
「これってキースも使う部屋なの?」
部屋が多いね、とジョミー君が尋ねると。
「…いや、俺たちは使わんな。それに最近は使うこともない」
「「「は?」」」
「昔は寺で葬式をする人が多かったそうだ。俺が子供の頃にも数回あったか…。寺で葬式となると通夜も寺だし、仏様を寺に置く事になる。当然、家族や親族が泊まる。そのための部屋だな、この辺りのは。風呂と洗面所も檀家さん用だ」
「「「…うわぁ…」」」
お葬式用のスペースでしたか、この区画! いえ、お葬式ではないですけれども、関連というか、何と言うか。とりあえず家に仏様が出た人が使うスペースというわけで…。
「安心しろ、出たという話は聞いていない。畳や襖も取り換えているし、葬式の名残は無い筈だ」
そうは言われても複雑なもの。ジョミー君が余計なことさえ訊かなかったら知らずにいられたと思うんですけど…。キース君が立ち去った後、私たちはサム君を拝み倒しました。霊感があるサム君だったらヤバイ部屋があれば分かる筈です。
「えーっと…。この部屋は何もいないぜ、大丈夫だな。こっちは…。うーん、ちょっと電気が暗く見えるし、ひょっとしたら何か…。ああ、あの隅っこに染みがあるよな」
「「「ひぃぃぃっ!!!」」」
「え、別に問題ないんだぜ? ほら、裏山に墓地があるだろ? あそこから霊道が延びてるんだな、お盆とかにこの部屋を通ってお帰りになるだけで……って、ダメなのかよ?」
そんなのダメに決まってる、と両手で大きな×印を作る私たち。サム君は会長さんの弟子として朝のお勤めをやってますから平気なのかもしれませんけど、一般人には仏様が通る道というのはアウトでした。同じ仏様でも阿弥陀様とかお釈迦様なら良かったんですが…。
「キース先輩、酷いですよね。霊道を避けたら二つしか無いじゃないですか、部屋が」
「女の子に一つ渡さなきゃだし、ぼくたち、ギュウギュウ詰めだよね…」
ジョミー君たちは六畳の部屋に四人で泊まる羽目に陥りました。サム君が霊道のある部屋に一人で行こうかと言ったのですけど、必死に引き止めた結果です。なんでもウッカリ何かが出てきた時に、少しでもお経が読めるサム君が部屋にいないと困るとか…。
「おやおや、男子は鮨詰めなのかい?」
みっともないね、と廊下の向こうから登場したのは会長さん。ソルジャーと「そるじゃぁ・ぶるぅ」もくっついています。
「霊道がどうとかと騒いでるのは見えていたから、通られたって問題ないように祈祷しようかと思ったのにさ。…お経が読めるサムを御守りにして女子を放置は頂けない。せいぜい鮨詰めになっていたまえ、ご祈祷は女子の部屋だけだ」
「「「えーーー!!!」」」
それはヒドイ、と騒ぐ男子には目もくれないで、会長さんはスウェナちゃんと私が泊まる事になった部屋でお経を唱えてくれました。緋色の衣は着ていなくても、伝説の高僧、銀青様のお経です。これで今夜は大丈夫、とホッと安心、鮨詰め男子は羨ましそうで。
「心配しなくても出やしないってば、霊道のある部屋の方でもね。アドス和尚とキースが日頃しっかり守っているから、悪いものは何もいないんだよ」
みんな成仏してるんだ、とアドス和尚たちを褒める会長さんにソルジャーが。
「それを聞いたら嬉しくなったよ。キースは頑張ってくれるだろうし、ミュウも成仏出来るだろう。ぼくとハーレイも極楽に行けるに違いないから、素敵な蓮をゲットしなくちゃ」
「蓮をゲットとか言い出す前にね、こうしてお寺に来たんだからさ、君もしっかりお念仏を」
「そっちはパス! ぼくはキースにお願いしたんだ。ソルジャーの仕事にお念仏は含まれていないんだよ」
ミュウの救出やら戦闘やらで手いっぱい、と逃げを打つソルジャーが元老寺までやって来たのは明らかに物見遊山でした。会長さんの家ともエロドクターの豪邸とも違い、マツカ君の別荘とも違う建物が並ぶ元老寺。普段と違う生活ってヤツをしてみたくって飛び込んできたみたいです…。
「…えっ、これだけ?」
物見遊山で来たソルジャーが目を丸くしたのは昼食の席。元老寺に着いた時間が遅かった上に部屋割などで揉めていたため、アッと言う間にお昼の時間に。キース君に呼ばれて庫裏のお座敷に出掛けてみれば、机の上には丼鉢がドカンと置かれていたのですけれど。
「俺の料理に文句があるのか?」
ギロリと睨むキース君。丼鉢の中にはたっぷりの出汁と太いウドンに油揚げ。いわゆるキツネうどんです。たったそれだけ、他には無し。この昼食は酷すぎる、と私たちも思ったのですが…。
「お前たちまで文句を言う気か? 寺の昼飯はこんなものだぞ、宿坊の方とは違うんだ。さっさと食べて午後の仕事に備える、それが坊主の基本だが?」
座禅の宗派よりはマシな食事だ、とキース君。あちらは朝、昼、夜とお粥に漬物、おかずがついても胡麻豆腐とかの精進料理が一品、二品と言われても…。
「それは確かに基本だけどねえ…。あっちの世界も裏技があるって言っただろうに」
大きな声では決して言えないすき焼きパーティー、と切り返した会長さんにキース君は。
「前にあんたが言ってたっけな。だが、お接待の時の話だろう? 普段の食事は厳しいものだと聞いている」
「本当に君は頭が固いね。そんな粗食じゃ肉体労働出来ないよ。あそこは薪割りだって修行なんだし、そのためのエネルギーが要る。あれでなかなかバラエティー豊かな食事だってば」
表舞台に出てこないだけ、と会長さんが挙げた中にはカレーライスまでありました。匂いが強いため、元老寺でも滅多に作らないのがカレーライスだと聞いています。そんな食事を羅列されるとキツネうどんは粗食としか…。
「すまん、手抜きは認めよう。…せめてチャーハンにするべきだった」
「分かればいいんだ、夕食はマシなのを期待してるよ」
「うんうん、ぼくが来て良かったと思えるような豪華なヤツをドッカンと!」
ひとつよろしく、というソルジャーの希望はアッサリ却下されました。キース君はご本尊様に供える御膳も作らなくてはならない上に、夕方のお勤めがあるのです。手の込んだ夕食を作る暇は無く、大鍋で煮込むポトフくらいが限界だそうで。
「うーん…。お寺の食生活って悲惨なんだねえ…」
同情するよ、とソルジャーに言われてしまったキース君は。
「普段、おふくろ任せだからな…。坊主も裏方も兼任となると手が回らん」
「かみお~ん♪ ぼくが作ってあげようか?」
ご本尊様の御膳もオッケー、と挙手した「そるじゃぁ・ぶるぅ」を伏し拝んだのはキース君とソルジャーだけではありませんでした。いくら留守番生活とはいえ、食事は豪華にいきたいものです。これで夕食はバッチリですし、お寺ライフも悪くはないかも?
キツネうどんの昼食の後、キース君は部屋に籠って事務をしながら電話番。御布施とかもキッチリ帳簿をつけておかないと大変なことになるのだとか。お寺に税務署がやって来るなんて初耳です。その合間には檀家さんが世間話をしに来たりして、副住職って大変そう…。
「そりゃね、お寺を預かるとなると色々と…ね。ぼくがフリーなのはその辺かな?」
住職まではやってられない、と会長さん。ソルジャーも帳簿と聞いて思い切り顔を顰めてますから、そういうのは嫌いなのでしょう。副住職を頑張っているキース君を他所に私たちは庫裏でスナック菓子を食べたりしながら遊び呆けている内に…。
「御膳、出来たよ!」
夕食を作ってくると出掛けて行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が戻って来ました。
「えっと、えっとね、キースが本堂に来て下さいって! 御膳を供えてお勤めするからって!」
「「「………」」」
ついに来たか、と私たちは足の痺れを覚悟しながら本堂へ。ソルジャーもついて来ましたけれども、第一声が。
「そこの椅子って、座っていいよね?」
「貴様ぁ!」
声を荒げたキース君に、会長さんが唇に人差し指を当てて。
「シーッ! ブルーは正座に慣れてないんだ、途中でゴソゴソされるよりかは椅子席の方が」
「くっそぉ…。おい、他の連中は正座だぞ? 例外はあいつだけだからな!」
あーあ、やっぱりダメでしたか…。ソルジャーが椅子席OKだったら私たちも、と一瞬だけ夢を見てたのに…。ソルジャーは悠々と椅子に陣取り、私たちは畳に並んで正座。キース君が厳かに鐘を鳴らして読経が始まり、会長さんとサム君が唱和して。
「「「…南無阿弥陀仏」」」
キース君たちが深く頭を下げ、夕方のお勤め終了です。明日の朝にもお勤めしなくちゃダメなのでしょうが、これで半分過ぎたのですから上々かと…。ん…? ソルジャーがスタスタと内陣に入って行きますが…?
「なんだ、あんたは?」
用があるのか、と訊くキース君に、ソルジャーは。
「これが阿弥陀様ってヤツだよねえ?」
「指を指すな、指を! 失礼だろうが! …ご本尊様に何か用か?」
「んーと…。蓮かな、って思ってさ」
「蓮以外の何に見えると言うんだ!」
何処から見ても蓮だろうが、とイラついているキース君。阿弥陀様の前にはキンキラキンの一対の蓮が飾られています。立体的、かつ写実的な出来の蓮の花と葉は見間違えようがありません。
「それが蓮だと言うのは分かるよ。そうじゃなくって、阿弥陀様の下にあるヤツのこと。蓮の花びらみたいに見えるんだけど…」
「なんだ、そっちか。そいつは蓮台と呼ばれている。あんたの言うとおり蓮の花だが、よく気付いたな。そもそも蓮台というヤツは…」
解説を始めようとしたキース君でしたが、ソルジャーは。
「やっぱり蓮の花だったんだ? でもって頭がポコポコしてるのってさ、髪の毛なのかな? ちょっとノルディに似てるよね」
「あんな野郎を引き合いに出すな! 髪の毛なのは認めるが…。いいか、あの髪は螺髪と言って」
「エロイのかな?」
「偉いに決まっているだろうが!」
阿弥陀様だぞ、とキース君は畳に座り直して。
「…これも御仏縁というものだろう。阿弥陀様がどういう御方か、この機会に聞いておくといい」
「いいよ、聞かなくても分かったからさ。理想の極楽を体現しているらしいってことは」
「「「えぇぇっ!?」」」
まさかソルジャー、夕方のお勤めに一度出ただけで見事に悟りを開きましたか? あまりの展開にキース君も会長さんもポカンと口を開けてますけど…。
「エロイんだよ、うん、阿弥陀様は」
お寺ならではの大きくて立派な阿弥陀様の立像をしみじみと見上げ、ソルジャーは感慨深そうに。
「ぼくがキースにお願いしたのは極楽往生だったよね? ハーレイと同じ蓮の花の上に生まれられますように、って代わりに祈って貰ってる。ハーレイの肌が映える色の蓮でお願いします、って」
「…おい、それ以上を口にするなよ? ご本尊様の前なんだぞ」
やんわりと注意したキース君に、ソルジャーは「なんで?」と首を傾げて。
「別に問題無いだろう? それに阿弥陀様から遠い蓮がいいってお願いしたけど、その必要はなさそうだ。阿弥陀様は理解がありそうだしさ」
「何の話だ?」
「えっ、ハーレイと同じ蓮の上に生まれた後だけど? エネルギー切れを気にせずヤリまくるには阿弥陀様から遠い所、と思ってたけど大丈夫そうだね、エロイ人なら」
「…すまん、もう一度言ってくれるか? エロイ人とか聞こえたんだが」
俺の聞き間違いだよな、とキース君が尋ね、私たちもハッと息を飲みました。ソルジャーは「エライ人」と言っているのだと思い込んでいましたけれど、まさか、もしかして「エロイ人」って…?
「エロイ人って言ってるよ? 君も「エロイに決まっている」と答えたじゃないか」
こっちのノルディに似たヘアスタイルでピンと来たのだ、とソルジャーは得意そうに胸を張って。
「あの髪形ならエロも好きかな、と思ってさ。君に訊いたらそうだと言うし、おまけに蓮の花に乗ってるし…。極楽って本当にエネルギー切れせずにヤリまくれるんだね、期待してるよ。あっ、でも……やっぱり阿弥陀様から離れた蓮がいいのかな? ハーレイは見られているとダメなんだっけ…」
どっちの蓮がいいと思う? と訊くソルジャーは阿弥陀様という存在を完全に誤解していたのでした。偉いのではなくてエロイ人。ソルジャーの理想の蓮の花の上での極楽ライフを肯定するのに都合がいい方向に勘違いされた阿弥陀如来像に、私たちは声も言葉も無くて。
「……バカヤロー!!!」
キース君の怒声が本堂に響き渡るまでの間にソルジャーはウットリと阿弥陀様を見詰め、妄想の世界にドップリと。一度間違えて覚え込んだ事を忘れさせるのは大変です。それもタイプ・ブルーな上に会長さんよりも経験値の高いソルジャーともなれば難しすぎで。
「元老寺に来て良かったよ。お念仏を唱える気にはなれないけれど、極楽往生はしないとね」
阿弥陀様という素晴らしい御手本もあることだし、と熱い口調で語りまくるソルジャーは夜が更けてからも勘違いをしたままでした。会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」と一緒に泊まる立派なお座敷に私たちを呼び、蓮の花の位置をどうするべきかを真面目に検討し続けています。
「…ハーレイのヘタレっぷりから考えるとねえ、阿弥陀様から遠い方がいいと思うんだ。だけど阿弥陀様はエロイ人だし、近いとパワーが凄いかも…。ハーレイのヘタレも治りそうだけど、どう思う? ブルー、専門家としての君の意見は?」
「…いい加減、寝たら? 明日の朝にはキースがお勤めの後で有難い法話をしてくれるってさ」
それを聞いてから考えろ、と会長さん。
「阿弥陀様と極楽について色々と話すそうだから…。ここでグルグル考えてるより、すっきり目覚めた朝の頭で答えを出すのがいいと思うよ」
「ああ、そういうのもいいかもね! 冴えた頭が一番だよね」
ついでに寝る前にハーレイと思念で相談しよう、とソルジャーが布団に潜り込むのを見届けてから私たちは部屋に戻ってゆきました。出る部屋だとか霊道だとかは疲れ果てた頭にあるわけもなく。
「…なあ、明日の法話ってどうなるんだよ?」
キースだよな、とサム君が眉を寄せ、シロエ君が。
「会長がなんとかするんでしょう。キース先輩の法話に集中している間に意識をチョチョイと修正するとか…」
きっとその方法で直りますよ、と力説しているシロエ君。廊下から真っ暗な庭を覗くと、キース君の部屋の窓から今も明かりが漏れていました。ソルジャーの勘違いを訂正するべく、明日の法話の原稿や内容をせっせと練っているのでしょう。
「…エロイ人ねえ…」
ぼくでも其処まで間違えないよ、とジョミー君が溜息をつき、私たちは自然と本堂の方に向かって両手を合わせてお念仏。偉くて立派な阿弥陀如来様、ソルジャーをよろしくお願いします。ぶっ飛びすぎた勘違いですけど、正してあげて下さいです。そして仏罰が当たりませんよう、南無阿弥陀仏…。
副住職の受難・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
元老寺の副住職になったキース君の苦労の一端、少し感じて頂けたでしょうか?
7月、8月と月2更新が続きましたが、9月は月イチ更新です。
来月は 「第3月曜」 9月16日の更新となります、よろしくお願いいたします。
そして去る7月28日に 『ハレブル別館』 に短編をUPいたしました。
ブルー生存ネタな 『奇跡の狭間で』 、読んで頂けると嬉しいです。
←ハレブル別館は、こちらからv
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、8月はハーレイの日でございます。今年も中継をするようですが…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
生徒会室の過去ログ置き場も設置しました。1ヶ月分ずつ順を追って纏めてあります。
1ヵ月で1話が基本ですので、「毎日なんて読めない!」という方はどうぞですv
ソルジャー夫妻と一緒に心霊スポットへお出掛けな7月分もUPしました!
←過去ログ置き場へは、こちらからv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
ゆったり、ゆっくりと流れる特別生の時間。誰もが年を取らない上に進級も進学も無いのですから、毎日のんびりまったりです。ただし周りの季節と暦は確実に進んでゆくわけで…。収穫祭だの学園祭だのと盛りだくさんな二学期を過ごしている内に気付けば今年も残り僅か。
「かみお~ん♪ 今日は朝から璃慕恩院に行ってきたんだよ!」
元気一杯の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が放課後のお部屋で取り出したのは、璃慕恩院御用達の特製お饅頭でした。璃慕恩院へ行けば買えるというものではなく、特別な参拝客やお客様にしか出さないというレアものです。会長さんのお伴で出掛ける時には食べられますけど。
「そっか、これが来る季節なんだっけ」
遠慮の欠片も無いジョミー君が早速手を伸ばし、キース君も。
「…俺が貰えるようになる日は、まだまだ遠いな…。確かに美味い饅頭なんだが」
「ブツブツ言わずに頑張りたまえ。君も緋色の衣になったら顔を出しただけで食べられるから」
発破をかける会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と一緒に璃慕恩院に行ってきたのです。璃慕恩院で一番偉い老師様は代々、会長さんと顔馴染みな上にお友達。お喋りがてら盆暮れの挨拶に訪問するのが会長さんの年中行事で、今日は御歳暮をお届けに…。
「キースとサムとジョミーによろしく、と老師が仰っておられたよ。でもってサムとジョミーは本格的に仏道修行に入るのか、って」
「ちょ、ちょっと! 誰もそんなの言っていないし!」
そんな予定も全く無いし、とジョミー君が青ざめ、キース君とサム君が吹き出しています。ジョミー君も璃慕恩院の特製お饅頭は大好きなくせに、自力でゲット出来る立場にはなりたくないらしく…。
「お饅頭は遠慮なく貰っておくけど、それと修行は別物だから! ブルーに貰って食べられるだけで充分だから! …あ、キースも貰って来てくれるんなら嬉しいけどさ」
「お前が努力すればいいだろう! さっさと覚悟を決めて修行した方がいいぞ、年々ハードルが上がるんだからな」
それも心のハードルが、と厳しく指摘するキース君。世間はどんどん技術が進歩していて、情報が溢れ返る日々が当たり前です。けれど、お坊さんの世界は今も昔も変わっていません。住職の資格を取るための道場入りでは一切の通信手段が断たれ、ニュースも全く入らないとか。しかも…。
「ちゃんと分かっているのか、ジョミー? 俺が大学に行っていた頃は専門コースの寮にもパソコンを使える部屋だけはあった。携帯を使うのも許されていたが、今は禁止の方向に動いてるんだぞ? 通信端末は舎監の了解を得て、目の届く範囲で使えという時代になるかもな」
「何、それ…。プライバシーとかはどうなるわけ?」
「そんな贅沢なものが存在すると思うのか? カナリアさんの修練道場は元々そういう所なんだし、俺たちの大学も合わせるべきだと唱える人が増えているのが実情だ」
そうなる前に専門コースで修行すべきだ、というキース君の主張に会長さんも頷いて。
「カナリアさんと同じ期間で済む一年コースも出来ちゃったんだ、厳しい指導をしようという方向へ行くのは分かる。大体、坊主にプライバシーはあって無いようなものだからねえ…」
「そもそも自分の家が無いしな。寺は総本山からの借り物に過ぎん」
一昨日の夜中にも檀家さんがやって来た、と話すキース君は昨夜はお通夜で読経する羽目に。アドス和尚が風邪で喉を傷めていたため、代理を務めに出たのです。幸い、今日のお葬式の方はアドス和尚が復活したので、キース君は普段通りに学校へ。
「…檀家さんが来たのが夜中の二時だぞ? 枕経をお願いします、と訪ねて来られたら断れん。向こうも其処が狙いなんだし」
「面と向かって頼みごとをされたら追い返すわけにはいかないしねえ…」
御苦労様、とお饅頭を差し出す会長さん。一昨日の夜は寒波の襲来で厳しい寒さと強風でした。そんな中、叩き起こされて枕経をあげに出掛けたアドス和尚が風邪を引いたのは無理もなく…。キース君は二つ目の璃慕恩院の特製お饅頭を頬張りながら。
「しかしアレだな、通信手段が年々便利になるというのも考えものだな…。二人使いが復活するとは思わなかったぜ、アルテメシアで」
「「「ふたりづかい?」」」
「お前たちだって知らないだろう? 誰それが亡くなりまして、と知らせて回る使いのことだ。二人組だから二人使いと呼ばれるんだが、電話の普及で廃れてしまって地方にしか残っていなかった。…それがだ、最近はたまに来るから恐ろしい」
夜中に坊主を引っ張り出せるのがメリットなんだ、とキース君は肩を竦めてみせました。当然、お坊さんへのお布施は相場より高くなるらしいんですけど、故人を大切に思っていますというアピールだとか。
「こんな具合に坊主も世につれ、人につれ…だ。修行の中身は変わらなくても環境は変わる。より悲惨な目に遭いたくなければ早めに修行を済ませておけよ。この先の時代、何がどうなるか分からんぞ」
逃げて回るのも大概にしておけ、と滾々と説くキース君。璃慕恩院の特製お饅頭は美味しいですけど、抹香臭い話題を呼び易いのが難点と言えば難点かも…。
修行の話からプライバシー問題、果ては最近のお寺事情とお坊さん絡みの会話を続けつつ、お饅頭を二つ、三つと次々に食べる私たち。会長さんへの御歳暮を兼ねた璃慕恩院からの贈り物だけに数は充分あるのです。そこへユラリと空間が揺れて。
「こんにちは」
例によって押し掛けてきた異世界からのお客様。ソルジャーはストンとソファに座るなり特製お饅頭を手に取っています。
「今年も来たねえ、美味しい御歳暮! この味はやっぱり格別だよ」
「…今日は来ないかと思ったんだけどな…」
迷惑な、と会長さんが呟いても全く気にしないのがソルジャーで。
「来られる時は食べに来るのが基本じゃないか。でも素晴らしい習慣だよねえ、御歳暮ってさ。君は沢山貰えそうなのに、断ってるというのが勿体無いよ」
「…だって、貰っても面倒じゃないか。食べ物なんかは重なると困るし、他の物だって好みに合わなきゃ使えない。そりゃ寄付したりバザーに出すのも手ではあるけど、それもなんだか悪い気がして」
せっかく贈ってくれたのに…、と返す会長さんは御歳暮を受け取らないタイプ。なまじソルジャーなだけに貰うとなればドカンと凄い数が来るのは確実、断りたくもなるというもので…。
「…そんなものかな? 君に贈りたくてウズウズしている人もいるようだけど?」
あっちの方に、とソルジャーが指差したのは教頭室の方角でした。
「ついでに君からも欲しいらしいね、御歳暮が。…何か贈ってあげればいいのに」
「嫌だよ、なんでハーレイなんかに!」
世話になってもいないんだから、と会長さんは顔を顰めましたが、ソルジャーは。
「えっ、いつも色々貢いでいるだろ、君のためにさ。試験の打ち上げのパーティー費用とかを毟った分をお返ししようとは思わないわけ? せっかく美しい習慣なのに」
「そんな必要、無いってば! ハーレイは貢ぐのが生甲斐なんだ」
「ふうん? ぼくはハーレイに贈ったけどねえ、御歳暮を」
「「「えぇっ!?」」」
思わぬ言葉に私たちの声が引っくり返り、ソルジャーは赤い瞳を丸くしてから可笑しそうにクスクス笑い出して。
「違う、違う、こっちのハーレイに贈ったんじゃなくて、ぼくのハーレイ! ハーレイからも御歳暮が来たし、ぼくは大いに幸せなんだよ」
あらら、ソルジャーが御歳暮を贈った相手はキャプテンでしたか! それにしても夫婦で御歳暮を贈り合うとは、律儀というか何と言うか…。きっとキャプテンはソルジャー好みのお菓子を贈って、ソルジャーからは形ばかりの品でしょう。石鹸とか、サラダオイルとか。
「…なんでそういうイメージになるかな、石鹸にタオルにサラダオイルって?」
ハーレイが喜ぶと思うのかい、とソルジャーがフウと溜息をつき、慌てて自分の口を押さえたのは私だけではありませんでした。それで思念の零れを防げるわけではないのですけど、つい反射的に…。でもタオルって誰が考えたのかな? 他のみんなも似たことを思っていたらしく。
「ん? 石鹸はそこの端から五人目まで。タオルはスウェナとキースだね。…サラダオイルはブルーとぶるぅも含めて全員。サラダオイルって御歳暮の王道なのかい?」
「かみお~ん♪ サラダオイルは定番だよ!」
値段の割に箱が大きくて重いしね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニッコリ笑えば、ソルジャーは。
「なるほど、見栄えが大切なんだ? だったら正しいチョイスだったね、ぼくとハーレイが贈り合った物は。…何を貰って何を贈ったか、気にならない?」
「ぼくは知りたいとは思わないけど?」
会長さんのすげない口調をソルジャーの方はサラリと無視して。
「君の意見は聞いていないよ、知りたい面子が大多数! だけど喋っていいのかなぁ? でも今更って気もするし…」
今更だよね、と微笑むソルジャーに背中にタラリと嫌な汗が。この流れは非常にマズイのでは、と思う間もなくソルジャーは得意げに指を一本立てて。
「ぼくがハーレイから貰った御歳暮はハーレイなんだよ。勿論、ぼくも自分を贈った。…御歳暮として贈った以上は思う存分ヤリ放題! ハーレイは自分が満足するまでヤリまくったし、ぼくの方も…ね。いやもう、贈り合った次の日は腰が立たなくて…」
「「「………」」」
そう来たか、と私たちはテーブルに突っ伏し、会長さんは額を押さえました。大人の話が理解できない「そるじゃぁ・ぶるぅ」は感動しているようですが…。
「凄い、凄いや! 喜んで貰える御歳暮を選ぶのって難しいんだよ、コレっていうのが決まってる人だといいんだけれど…。璃慕恩院に持っていくヤツは、いつもブルーが老師の心の中を少しだけ覗いて決めてるの! 好きな食べ物だって変わったりするしね」
同じ御漬物でも好みが変わるし、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が褒めちぎる声が遙か遠くで聞こえます。よりにもよって自分自身を贈り合うとは、バカップル夫妻、恐るべし…。
再起不能なまでに打ちのめされた私たちを他所に、ソルジャーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」相手に御歳暮の効能と素晴らしさを称え、会長さんも教頭先生に贈るべきだと大演説。我に返った会長さんが慌てて止めにかかった時には既にとっくに手遅れで。
「ブルーも御歳暮してあげようよ」
ハーレイに喜んで欲しいもん、とニコニコ笑顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は教頭先生が大好きです。自分のパパになってくれたらいいな、と思っていたりする程ですから、会長さん自身を御歳暮としてお届けするのは素敵な案だと瞳がキラキラ。
「ねえねえ、ブルーを贈ろうよ! きっとハーレイも喜ぶもん!」
「…ぶるぅ…。ぼくはそういうのは……」
「えーっ、どうして? ブルーを一日贈るだけだよ、一日がダメなら半日とか!」
贈っちゃおうよ、と燃え上っている「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、会長さんを御歳暮にすることに伴う危険にまるで気付いていませんでした。あまつさえソルジャーが横から煽るものですから、火を消すどころか延焼しまくり、飛び火しまくり、もはや御歳暮を贈らないという選択肢は無く…。
「………。分かったよ、ぼくが御歳暮になればいいんだろう!」
憮然として言い放った会長さんに「そるじゃぁ・ぶるぅ」は歓声を上げ、ソルジャーが拍手しています。えーっと……大丈夫ですか、会長さん? 教頭先生に自分を御歳暮として贈るだなんて…。
「ただし! ぼくをハーレイへの御歳暮にするに当たって、条件が一つ」
これは絶対に譲れない、と拳を握る会長さん。
「ぶるぅもブルーも、そこのみんなも知っているとおり、長老たちとの約束がある。…ぼくがハーレイの家に一人で行くことは禁止されているし、許されていない。御歳暮にぼくを贈る時にも付き添いが必要になるわけだ。ぶるぅは小さな子供だから数に入らないし、そこの七人に頼むしかないね」
「「「えぇっ!?」」」
「何をビックリしてるのさ? ハーレイがアヤシイ気分になったりしたら大変だろう? ぶるぅが全く使えないのは御歳暮発言で分かった筈だ。…というわけだから、付き添い、よろしく」
今度の土曜日でいいだろう、と会長さんはカレンダーに印を付けて。
「さて、ブルー? ぶるぅを上手に丸め込んでくれた君も一緒に来るのかい? ぼくがハーレイへの御歳暮として身体を張るのを見届けに?」
「うーん…。何か間違ってる気がしないでもないけれど…」
でもいいか、とソルジャーはコクリと頷きました。
「了解。土曜日は君がこっちのハーレイのために御歳暮になる、と…。ハーレイが大感激する姿が見えるようだよ、ぼくも大いに期待しておこう」
二人の絆が深まるといいね、とウインクするソルジャーが目指しているのは会長さんと教頭先生の結婚なのは明々白々。けれど、そんな結果にならないことは間違いないのも事実です。御歳暮になる覚悟を決めた会長さんがどう出るのかは分かりませんけど、結婚だけは絶対に無理~。
そして運命の土曜日の朝、私たちは会長さんのマンションの前に集合しました。今日も朝から寒いです。間もなく「そるじゃぁ・ぶるぅ」と会長さんが現れ、その後ろには私服のソルジャー。
「やあ、おはよう。今日は付き添い、よろしく頼むよ」
「かみお~ん♪ それじゃ、しゅっぱぁ~つ!」
会長さんたちの青いサイオンの光が迸り、アッと言う間に移動した先は教頭先生の家の門の前。もちろん周囲の人に見咎められないよう、きちんとシールドが張られています。会長さんがチャイムを鳴らすと教頭先生が玄関を開けて飛び出してきて…。
「どうした、ブルー? 朝早くから大人数で?」
「えーっと…。暮れの御挨拶ってことになるのかな? いわゆる御歳暮」
「御歳暮? 私にか?」
顔を輝かせる教頭先生に、会長さんは。
「ただの御歳暮じゃないんだよ。…ブルーの案でね、御歳暮の品はぼくなんだ」
「………は?」
「聞こえなかった? ぼくが御歳暮だと言ったんだけど…。早く入れてよ、せっかくの御歳暮が風邪を引いてもいいのかい?」
「…す、すまん…」
入ってくれ、と教頭先生がドアを大きく開くと会長さんは先頭に立って家に上がり込み、続いて私たちがゾロゾロと。教頭先生は事情が把握出来ていないらしく、私たちをリビングに案内して。
「さっき暖房を入れたばかりで、充分に暖まっていないのだが…。コーヒーでいいか?」
紅茶の人は手を挙げてくれ、と言った教頭先生を手で制したのは会長さん。
「ちょっと待った! ぼくの役目を取らないで欲しいな」
「…どういう意味だ?」
「言ったじゃないか、御歳暮だって。今日は一日、君の手足として働くんだよ。君の代わりに掃除洗濯、お客様のおもてなしも引き受けます…ってね」
任せといてよ、と会長さんは飲み物の注文を取るとキッチンの方に消え、教頭先生が呆然と。
「……これはいったい……」
「御歳暮らしいね、ブルーからの」
ちょっと趣向がズレてるけども、と説明を始めたのはソルジャーです。
「この前、こっちに遊びに来たんだ。ブルーが璃慕恩院に御歳暮を届けに行った日でねえ…。でもって、ぼくも御歳暮を贈り合ったって話をしていた結果がコレ。ぼくはね、ぼくのハーレイに自分を御歳暮にしたんだよ。だからブルーにもお勧めしたのさ、君宛の御歳暮になるべきだ…って」
「お、御歳暮……ですか?」
「そう、御歳暮。貰ったからには煮ようが焼こうが君の自由だ。…ちなみに、ぼくの場合は御歳暮になった翌朝は腰が立たなくて大変だったよ」
「……こ、腰……」
耳まで真っ赤になってしまった教頭先生に、ソルジャーがクッと喉を鳴らして。
「ふふ、据え膳食わぬは男の恥…って言うだろう? 君も頑張ってブルーをモノにするといい。なにしろ相手は御歳暮だから、好きな時間に好きな所で」
「…………」
教頭先生の鼻からツツーッと赤い筋が垂れ、大慌てでティッシュを詰めた所へ会長さんが戻って来ました。コーヒーと紅茶のカップを大きなお盆に乗っけています。鼻血の件には触れようともせず、教頭先生の前にはコーヒーのカップ。私たちが注文した飲み物も手早くパパッと並べ終わると。
「…ブルー? お前の分はどうした?」
カップの数が足りないようだが、と振り返った教頭先生の背後が会長さんの立ち位置でした。そう、文字通り立っているのです。空になったお盆を手にして背筋を伸ばし、姿勢よく。
「ブルー? そんな所で何をして…」
「おかまいなく」
会長さんの唇が続けて紡いだ言葉は。
「今日のぼくは君の代わりに働きます、って言った筈だよ。…使用人は御主人様の前では飲食しないし、御主人様の目にも入らない。空気みたいに無視してくれればいいんだってば。ついでに用事も命じられる前に片付けてゆくのが理想の使用人の姿ってね。以上!」
それっきり会長さんは口を閉じてしまい、教頭先生が代わりに口をパクパク。確かに自分を贈ったには違いないでしょうが、ソルジャーが解説していたモノとは月とスッポン、似ても似つかぬ存在です。会長さんを空気みたいに無視するなんてこと、教頭先生に出来るのでしょうか…?
教頭先生の後ろに控えた会長さんをチラチラと盗み見しながらのティータイムは、些か居心地の悪いものでした。しかし会長さんの方は誰かのカップが空になる度にキッチンに走り、熱いお代わりを運んできます。暫く姿が見えないな、と思っていた間には昼食の支度をしていたらしく。
「どうぞ、ピラフとオニオンスープ。…買い出しに行ける時間が無いから夜はクリームシチューでいいよね、後は冷蔵庫の中身で適当に」
「…お前が作ってくれたのか?」
感激の面持ちの教頭先生に会長さんは一切答えず、空になっていたカップを下げて代わりに昼食のお皿を並べてゆきます。熱いスープと炊きたてのピラフは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に引けを取らない出来栄えとあって、教頭先生は大喜びでらっしゃるのですが…。
「美味いぞ、ブルー。お前も一緒に食べないか?」
冷めない内に、と教頭先生が何度誘っても会長さんは御給仕に徹して無言のまま。ソルジャーは面白そうに笑っていますし、私たちも賑やかにお喋りをしているだけに、会長さんの沈黙っぷりが強調されるというわけで…。
「「「御馳走様でしたー!」」」
食べ終えた私たちが声を揃えると、会長さんはお皿を片付けてテーブルを拭き、また飲み物の注文取り。それを全員に配った後は廊下へと消えて行きましたけれど。
「へえ…。今度は掃除の時間なんだね」
手際がいいや、とソルジャーが感心したように言えば、教頭先生がハッとして。
「掃除ですって?」
「うん。午前中は洗濯もしていたようだよ」
「せ、洗濯!?」
「…そうだけど? 何か不都合なことでもあった?」
二階のベランダに干してあるけど、とソルジャーが上を指差し、教頭先生は顔面蒼白。
「ゆ、昨夜は疲れていたもので…。し、下洗いをせずに洗濯籠に適当に…。よ、よりにもよってアレをブルーに…」
「そうだったのかい? それっていつもの紅白縞?」
「……は、はい……」
穴があったら入りたいです、と教頭先生は半泣きでした。キース君たちの証言によると、教頭先生は昨日は柔道部の指導に燃えておられて汗びっしょり。学校で洗い物はなさいませんから、汗だくになった紅白縞はお持ち帰りというわけで。
「汗臭い紅白縞をブルーがねえ…。サイオンを使って扱ってたのはそのせいなのかな、じかに触りたくなかったとかさ」
「うわ、サイテー…」
ジョミー君が最低と口にした対象は汗臭い紅白縞を放置していた教頭先生なのか、サイオンで扱った会長さんか。恐らく後者だと思うのですけど、教頭先生は前者と受け取ったみたいです。ズシーンと落ち込み、どんより澱んで鬱々と…。
「そうだな、やはり最低最悪だな…。だらしない男だと思われただろう、どう考えても…」
もう駄目だ、と呻く教頭先生にソルジャーが。
「お取り込み中に申し訳ないんだけれど…。ブルーが君の寝室の前に立ってる。掃除を始めるみたいだよ? 紅白縞の二の舞になりそうなモノが置いてあったらマズイんじゃないかと」
「寝室ですって!?」
マズイ、と立ち上がった教頭先生が凄い勢いで飛び出してゆくのを私たちはポカンと見送りました。あの部屋、色々とヤバイんですよねえ、会長さんの写真がプリントされた抱き枕とか、抱き枕とか、抱き枕とか…。
「…なんか飛び出して行っちゃったけど…」
あの部屋はやっぱりマズイんだねえ、とソルジャーはまるで他人事。
「あんたがオーダーしたヤツだろうが、抱き枕は!」
猛然と噛み付いたキース君にもソルジャーは動じず、寝室の方角へ瞳を凝らしてニヤニヤと。
「やってる、やってる。ブルーが淡々と掃除をしている横から、ハーレイが必死に言い訳を…。だけどアレだね、ブルーはプロだね。これは直接見に行くだけの価値がある」
行こう、とソルジャーに誘われた私たちは好奇心を抑え切れずに階段を上り、二階の一番奥にある寝室へ。扉が全開になった部屋の中では会長さんがベッドメイキングの真っ最中です。
「そ、そこまで頑張ってくれなくても…! ベッドは私が自分でやる!」
やめてくれ、と悲鳴を上げる教頭先生。会長さんは手際よくベッドに新しいシーツを広げてキチンと折り込み、床に置いてあった抱き枕を抱えてパンパン叩いて空気を含ませ、ベッドの上に。それから上掛けを抱き枕に掛け、教頭先生が使っているらしい枕の下には…。
「「「………」」」
会長さんが枕の下に突っ込んだ物を見てしまった私たちは目が点でした。それはラミネート加工を施した会長さんのカラー写真。教頭先生、あんな写真を枕の下に入れてましたか! 抱き枕といい、枕の下の生写真といい、会長さんには見られたくなかったに決まっています。
「…ブルー、其処も掃除はしなくていい!!」
教頭先生が絶叫したのはベッドサイドのテーブルの上。会長さんは手にしたハタキでパタパタとはたき、山と積まれた本の類を一冊ずつ脇に動かしてはパタパタパタと。
「なるほどねえ…。ブルーの生写真を隠した本とか、生写真だらけのアルバムとか…。要するに夜のオカズが満載ってわけだ、あのテーブルには」
「「「…おかず?」」」
なんですか、それは? レシピの本もあるのでしょうか? 会長さんの写真だけではなくて? だったらそんなに焦らなくても、とソルジャーを見れば必死に笑いを堪えていて。
「…おかずの本って何かマズイわけ?」
ジョミー君が首を傾げれば、シロエ君が。
「アレじゃないですか、寂しい独身生活がバレバレになるって意味なんじゃあ?」
「あー、そうかも! 夜のおかずも自分で作るしかないもんね」
それは恥ずかしい、と教頭先生に背を向けて笑う私たちの脇ではソルジャーが笑い死にしそうな勢いです。うん、見物に来た甲斐はありました。教頭先生の夜のオカズに、会長さんの抱き枕に…。あっ、今度は書き物机の上を掃除する件で揉めていますよ、あそこにもレシピ本があるんでしょうね。
そんなこんなで会長さんのお掃除タイムは、家のあちこちで波風が。教頭先生はお風呂の更衣室にまでレシピ本を置いていたらしいのです。ソルジャーが会長さんに思念波で確認した所では、プロの使用人たるもの、掃除の前と後とで寸分たがわぬ位置に物を戻してこそなのだそうで。
「ハーレイ、疲れているようだけど?」
ソルジャーに尋ねられた教頭先生はグッタリとリビングのソファに凭れていました。
「…そうですね…。やはり色々と落ち着かなくて…」
使用人がいる生活は向かないようです、と泣き言を漏らす教頭先生には私たちだって同情しきり。いきなり家に上がり込まれてプライバシーを暴かれまくりはキツイでしょう。しかも恩着せがましく御歳暮だと言われ、断ることも出来ないだなんて…。
「悪いね、ハーレイ。ぼくが余計な提案をしたばっかりに色々こじれてしまったかな?」
「い、いえ…。元は私が悪いのです。隠れてコソコソしていなければ、今日も堂々とブルーに任せていられたわけで…。これも修行だと思っておきます。もしもブルーと結婚したなら、隠し事など出来ませんしね」
「それはそうかも…。ブルーは怖いよ、なんと言ってもタイプ・ブルーだ。うっかり浮気でもしようものなら命は無いと思った方がいいんじゃないかな、君は浮気はしないだろうけど」
その調子で修行を頑張りたまえ、とソルジャーが教頭先生の背中を押した所へ、会長さんが静かに入って来て。
「お風呂の支度が出来たんだけど、夕食前に入るかい?」
「…う、うむ…。それは正直、有難いな」
少しリラックスしたかったんだ、とソファから起き上った教頭先生に、会長さんは。
「じゃあ、着替えを揃えて持って行くから。…紅白縞は分かってるけど、とっておきの方がいいのかな? 普段使いの方がいい?」
「い、いや、着替えは私が自分で…!」
「ダメだよ、何のために使用人を置いているのさ? 君は指図をするだけでいい。もちろん、お風呂もぼくが手伝う。服を脱ぐのも、身体を洗うのも全部ぼくが……って、ハーレイ?」
ツツツツツーッと教頭先生の鼻の穴から赤い血が伝い、ドッターン! と派手な音が響き渡って、その後は…。
「うーん…。このハーレイをどうすべきか…。こんな所で失神されても困るんだけどな」
寝室に運ぶのも大変じゃないか、と会長さんが文句を言えばソルジャーが。
「いっそ、お風呂で洗ってみるとか? 気絶してる間に洗われちゃったとなればショックは二倍じゃ済まないね。紅白縞まで脱がされたって気付くわけだし」
「ああ、そうか。だったら洗う…って、ぼくが洗うわけ? ハーレイを? そこまでサービスする気は無いんだ、敵前逃亡するに決まってると踏んでいたから」
「どうして君は気が付かないかな、敵前逃亡よりも高確率で鼻血でダウンするかもってトコに!」
こっちのハーレイはヘタレなんだし、と呆れた顔をするソルジャーにも教頭先生を洗うなどという親切心はありませんでした。曰く、自分の世界のキャプテンだったら心をこめて隅々まで洗うそうですが…。
「君も洗う気が無いんだったら、このまま放置で終わりかな? それもイマイチ…。そうだ、そこの柔道部三人組! 君たちが責任を持って丸洗いしたまえ、ついでに着替えもよろしくね」
洗った事実は口外厳禁、と釘を刺した会長さんの命令が下り、キース君たちが教頭先生をバスルームに運んで行きました。その間に会長さんがメモ用紙にサラサラと書き置きを…。
『ハーレイへ。シチューは温め直して食べるように。君の身体を一人で洗うのは骨が折れたよ、ぼくは心底、疲れ果てたから帰らせてもらうね。ブルーより。』
嘘八百を書く会長さんを止める人は誰もいませんでした。更にソルジャーが『ブルーが君とお風呂に入って洗う所は見届けたよ。ぼくより手際がいいかもしれない。多分、御奉仕に向いてると思うな、頑張ってモノにするんだね』などと大嘘を書いてサインしていたり…。
「さて、キースたちが戻ってきたらシチューを食べて帰ろうか。食器は洗わずに置いて帰るのが礼儀だよねえ、疲れ果てたぼくには洗えないから」
「そこまでやるって言うのかい? まあ、それでこそ君らしいか…」
御歳暮の意味を間違えてるよ、とソルジャーが溜息をつきつつ苦笑しています。とんだ御歳暮に上がり込まれて酷い目に遭った教頭先生、二度と御歳暮は御免でしょうか? それとも懲りずに二度目、三度目と貰い続けることになるのか、今後がちょっぴり楽しみかも…?
素敵なお歳暮・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
季節外れなネタですみません。少しは暑さがまぎれているといいんですけど…。
このお話はオマケ更新ですので、今月の更新はもう一度あります。
次回は 「第3月曜」 8月19日の更新となります、よろしくお願いいたします。
そして去る7月28日に 『ハレブル別館』 に短編をUPいたしました。
ブルー生存ネタな 『奇跡の狭間で』 、読んで頂けると嬉しいです。
←ハレブル別館へは、こちらからv
毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませv
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、8月はハーレイの日で開幕です。どんな騒ぎになりますやら…。
←シャングリラ学園生徒会室へは、こちらからv
生徒会室の過去ログ置き場も設置しました。1ヶ月分ずつ順を追って纏めてあります。
7月分もUPしました、ソルジャー夫妻も一緒に心霊スポットへお出掛けです~v
←過去ログをご覧になりたい方は、こちらからv
地球を目指して星の海を渡るミュウたちの白い船、シャングリラ。
人類軍がモビー・ディック……『白い鯨』と呼ぶ優美な船体に秘められた戦闘能力は大きく、
それをサポートするナスカの子たちのタイプ・ブルーのサイオンの下、地球への道は今や確実に
拓けつつあった。
「まだだ。もっと引き付けてから一斉射撃!」
人類軍の一大艦隊を前にキャプテン・ハーレイの指示が飛ぶ。
「右舷前方、攻撃、来ます!」
「グラン・パ!」
「頼む、トォニィ!」
着弾前に爆発してゆく幾つものミサイル、四散し消滅するレーザー。ソルジャー・シンの
陣頭指揮に従うナスカの子たちと、ハーレイに従うブリッジ・クルーと。
「サイオン・キャノン、発射!」
光の筋が敵艦隊へと吸い込まれてゆき、数ヶ所で起きた大爆発と、続く誘爆の連鎖の後に
もう敵艦の姿は見えない。これほどの大艦隊に遭遇することは以前は滅多に無かったのだが、
この一ヶ月ほどで急激に増えた。
シャングリラを侮れないと知った人類側も必死になっているのだろう。
「やりましたね、ソルジャー!」
「ああ。みんな、よく頑張ってくれた。ありがとう」
ソルジャー・シンの労いの声に歓声が上がり、続いてハーレイからの訓示を兼ねた重々しい
言葉が緩んだ空気を引き締める。それがいつもの光景だった。しかし…。
「「「キャプテン!?」」」
立っていたハーレイの身体がグラリと傾ぎ、そのまま床にくずおれる。ルリの悲鳴がブリッジを
劈き、エラとブラウが倒れたハーレイに駆け寄った。肩を揺すり、手首を握っても何の反応も
返らない。
「ドクターを呼べ!」
医療チームもだ、とソルジャー・シンが叫び、先ほどまでとは違う緊張と慌ただしさとが
ブリッジの上を覆っていった。
「……ハーレイ?」
不意に呼ばれたような気がして、ブルーは青の間を見回してみる。戦闘があったことは
承知していたが、今のブルーはソルジャーではない。ソルジャー・シンからの要請があるか、
或いはナスカの子たちの危機でも察知しない限り、戦線には出ないと決めていた。
『…ハーレイ…?』
終わったのか、と思念波で呼び掛けてみたが応えは無い。恐らく戦闘の結果を踏まえて今後の
進路や作戦などを皆と検討しているのだろう。そういう時に思念を送っても返事が無いのは
いつものことだ。分かっていたのに…、と苦笑する。
(駄目だな…。ハーレイの邪魔をしてはいけない、と分かっているのに)
ついうっかりと忘れてしまう。ソルジャーだった頃は決してこんな風に気安く呼んでみたりは
しなかったのに、退いて青の間に引き籠ってから弱くなった…、とブルーは腰掛けていたベッドの
傍らに視線をやった。そこに置かれたもう一つのベッド。
(……ハーレイ……)
ベッドの主の名を心の中で呼んで、そっとシーツを指先で撫でる。
ずいぶん遠い昔に思える、この手でメギドを沈めた日。あの日、奇跡にも似た形で救われて
以来、ブルーの傍らには常にハーレイが居た。
夜も自分の部屋には戻らず、ブルーの病室に詰めたハーレイ。そのハーレイの祈りがブルーの
命を繋いでいる、と知ったソルジャー・シンたちが、このベッドを青の間に運び込んだ。
ハーレイがいつもブルーを見守りながら眠れるように…、と。
(……でも……)
形だけのベッドになっているよね、とブルーの頬がうっすらと染まる。
ハーレイが自分のベッドを使っていた時期は確かにあったが、それはブルーがまだ本調子では
なかった頃。ブルーの容体が安定してからは、ハーレイはブルーを抱き締めて眠った。
初めの間は文字通りただ腕の中にそっと閉じ込めるだけ。それが恋人同士の営みへと
変わったのはいつだったろう。ブルーの身体が弱り始めて以来、絶えて無かった熱い時間を
取り戻すように幾度も幾度も身体を重ねた。そうして、今は…。
(…ハーレイ、無理をしていないかい? 君が死んだように眠っている日が増えているように
思うのだけど…)
ハーレイが青の間に戻る時間が日毎に遅くなってゆく。独りで夕食を終えて先にベッドに
入っているブルーの唇に口付けを落とし、シャワーを浴びて…。ベッドに潜り込んでブルーを
抱き寄せ、二言、三言を交わしたかと思うと、もう深い眠りに落ちている。
そんな日が長く続いていた。ハーレイの温もりを感じられればブルーはそれで充分だったし、
抱いて欲しいと強請るつもりも無い。けれど、ハーレイの疲労の色が濃くなってゆくのが、
ただ心配で堪らなかった。
無理をしすぎていないだろうか。休むようにと言うべきだろうか、と逡巡する内に扉が開く
気配を感じる。今日は早めに帰れたのか、と顔を上げたブルーの視線が凍り付き、ガクガクと
身体が震え始めた。
嘘だろう、ハーレイ…。君に呼ばれたと思ったのに……!
「大丈夫です、ソルジャー。落ち着いて下さい」
そう言ってくれた声は耳に馴染んだものではなくて、肩に置かれた手もドクターのもの。
ブルーが帰りを待ち焦がれていた褐色の身体は隣のベッドに横たわっていた。力が抜けたように
立ち上がれないでいるブルーの目の前で、ハーレイの腕に繋がれた点滴のチューブに滴がポタリと
落ちる。
「一通り検査を致しましたが、特に異常は見られません。連日、無理をしておられたようで…。
いわゆる過労と思われます。明日には意識が戻るでしょうが、当分は安静にして頂きます」
ソルジャー・シンも了承しておられます、とドクターは言った。
「ソルジャー・シンも御存知ない時間まで仕事をなさっておられたとか。もっと早くに気付く
べきだった、と長老方も反省しきりでいらっしゃいます。ソルジャー、あなたにお任せしても
よろしいでしょうか?」
「えっ?」
「心身の安静が第一ですので、三日間ほどは面会謝絶にすべきであると考えます。ソルジャー・
シンや長老の皆様方がお越しになれば仕事が頭を掠めるでしょうし…。私と医療スタッフ以外は
立ち入り禁止にしたいのですが」
ドクター・ノルディが何を求めているのか、ブルーはようやく理解した。ハーレイを看ていて
貰えないか、と言われているのだ。否と答えるわけがない。自分一人では心許ないが、ドクターと
医療スタッフも来てくれるのならば…。
「かまわないよ。どうせ一線を退いた身だ、こんな時くらいしか役に立てない」
「いえ、そんなことは…。ソルジャー、ありがとうございます」
キャプテンのお身体なら御心配は要りませんから、とノルディは点滴のパックとチューブを
チェックし、交換の時間にはメディカル・ルームからスタッフを寄越すと約束した。
「もちろん、キャプテンの分の食事も運ばせます。明日の朝には様子を見に寄りますから、
夜間のことはスタッフに任せてお休み下さい」
そう告げられて初めて夜であることに気が付いた。戦闘が始まる直前に軽い夕食を摂ったの
だったか…、と思い当たる。人類軍からの攻撃には昼も夜も無い。このところ、ハーレイは
夜中に飛び起きてブリッジに走ってゆくことも度々で…。
倒れるほどに疲れていたのか、とハーレイの頬に手を伸ばす。触れた肌からは何の思念も
感じず、疲れの酷さと眠りの深さが察せられた。
「それでは、失礼いたします。ソルジャーもお疲れになりませんよう」
ドクターが一礼して去って行った後も、ブルーは長い間、ハーレイの頬の辺りをそっと
擦り続けた。
少し伸び始めたらしい髭がチクチクと当たる。いつもシャワーのついでに剃っていたのか、と、
余計な手間を取らせていたことを悔いつつ、その気遣いが嬉しくて。
(ハーレイ…。暫くはぼくが世話をするから、ゆっくり休んで)
もう二度と無理をするんじゃないよ、と補聴器が外された耳元に唇を寄せて囁き掛ける。
こんな非常時に、とは思うけれども、ハーレイと二人きりの時間が三日間。ハーレイの目が
覚めたら、久しぶりにゆっくり話をして…、と心躍る時に思いを馳せながらブルーは自分の
ベッドに戻った。
ハーレイの腕と温もりが感じられないことは寂しかったが、独りで眠るには広すぎるベッドの
柔らかさは身体に心地良い。大きな枕に頭を凭せ掛けて間もなく、ハーレイの昏倒に驚きすぎた
心はゆるゆると眠りに誘われていった。
明日、目を覚ましたらハーレイはもう起きているのだろうか? 起きていなければ寝顔を
見ながらゆっくり待とう、と夢の狭間にブルーは揺蕩う。それから食事を運んで貰って、
ハーレイがベッドから起き上がれないようならフォークやスプーンで口まで運んで…。
ハーレイは何と言うだろう? 頬を赤らめて「自分で出来ますよ」と膨れそうだ…。
(………!??)
ザァッ、と激しい風が吹き付け、渦を巻いた。目を閉じ、顔を庇ったブルーが瞼を開くと、
其処は青の間よりも遙かに眩い光が満ちた空間で。
「やはりお前か。ソルジャー・ブルー!」
あの男が……黒髪の地球の男が銃口をこちらに向けていた。まさか、此処は…。
「此処まで生身でやって来るとは…。まさしく化け物だ。だが、此処までだ。残念だが、
メギドはもう止められない!」
銃口が火を噴き、右肩に衝撃と痛みとが走る。止めなければ。メギドを止めなければ…!
容赦なく撃ち込まれる弾丸に堪らず床に膝を付きつつ、反撃のチャンスとタイミングを計る。
残されたサイオンを極限まで高め、メギドと共にあの男をも…。
「これで終わりだ!」
視界の半分が真っ赤に塗り潰された次の瞬間、サイオンを床へと叩き付けた。暴走した青い
光の輪が広がってゆき、地球の男を飲み込もうとする直前に。
「キース…!!!」
飛び込んで来た人影が背後から地球の男を抱えるようにして消え去った。
鮮やかな碧のサイオン・カラー。
今の男は…ミュウだった……のか…? それならば。地球の男の傍らにすら、ミュウが
生き延びるだけの余地があるならば。
(ジョミー! …みんなを頼む!)
このメギドだけは壊して逝くから。
ミュウたちの生きられる場所を探して、君たちは地球へ…。
(…ハーレイ、君もどうか無事で…。ぼくの分まで、地球をその目で…)
でも、ハーレイ…。もう一度だけ会いたかったよ、君の碧が見たかった。さっきのミュウを
見て思い出したんだ。ぼくだけの懐かしい、暖かく輝く碧の光を…。
どうか最後に一目だけでも、と願った思いは叶わなかった。漆黒の奈落に囚われ、闇の底へと
引き摺り込まれる。もう会えない。自分は此処で闇黒に飲まれて、たった一人で…。
「ハーレイ…っ!!!」
伸ばした手が空を切り、ブルーは底知れぬ冥暗の獄へと投げ出された。
落ちる。落ちてゆくのだ、永遠に。会えなかった想い人の名を呼び続けながら、永劫の時を
泣き叫びながら、果てしなく何処までも、光すら届かぬ真の闇の中を……。
「ハーレイ! …ハーレイっ…!!」
自分の泣き声で目が覚めた。落下は止まり、ベッドの天蓋が上の方に見える。
(……此処は……)
青の間なのか、とホッと安堵し、全ては夢であったと悟った。けれどいつもなら抱き締めて
くれる腕が無い。
「恐ろしい夢を見たのでしょう」と、「大丈夫ですよ」と頬を優しく撫でてくれる手も、
温かな口付けをくれる唇も…。
「……ハーレイ…?」
もうブリッジに行ったのか、と身体を起こし、傍らのベッドに気付いて血の気が引いた。点滴の
チューブに繋がれ、死んだように眠っているハーレイ。点滴パックが満杯に近い状態だから、
寝ている間に医療スタッフが交換をしに来たのだろう。
昨夜、過労で倒れたハーレイは多分、あれから一度も目覚めてはいない。目覚めたのなら
思念でブルーを呼ぶ筈だ。ブルーがどれほど心配したかは分かる筈だし、「ご心配をお掛けして
すみません」と一言必ず告げてくれる。
(…このせいかな……)
酷い夢だった、とブルーは前髪を掻き上げた。
メギドの悪夢は今でもたまにブルーを苛む。けれど最後には碧の光がブルーを包み込み、
ハーレイの許へと運んでくれるのが常だった。いつもハーレイが気付いて目覚め、夢が
恐ろしい方へと向かわないように優しく起こしてくれるのだから。
その誘導が無いとこうなるのか、と身体を震わせたブルーの心にフッと不吉な翳が差す。
体力の限界に達したハーレイ。
ブルーをメギドから救い出して以来、その命の灯を決して消すまいと祈り続けてくれる
ハーレイ。彼の祈りだけで生かされていることは自覚していたし、無上の幸せでもあった。
ただ、心の片隅に蟠っている疑問が一つだけ。
ブルーの命を繋いでいるものは本当にハーレイの祈りだろうか? 祈りではなく、その祈りに
托されて流し込まれるハーレイの命で自分は生きているのではないか…。
人の血を吸って永遠の命を得ていたという伝説の中の吸血鬼。彼らのように自分もハーレイの
命を啜り、削り取りながら今も生き永らえているのではないか…。
それを一度だけ口にした時、ハーレイは豪快に笑い飛ばした。そんな器用なことは出来は
しないし、仮にそうなら自分はとっくの昔に死んでいますよ、と。
(そうでしょう、ブルー…、と、君は言ったね。本当ならば老衰で死んでいた筈のぼくを、
あれだけの傷を負って死にかけたぼくを今の状態まで戻すためには命が幾つあったとしても
足りないと…。でも……。君とぼくとが思った以上に、君の寿命は長かったのかもしれないよ…)
限界が来たんじゃないのかい、とブルーはポツリと呟いた。
「過労だとノルディは言ったけれども、本当はぼくのせいかもしれない。君の命を削り続けて、
とうとう限界に近付いたのかも…。そうだとしたら、もういいよ」
これ以上はもう祈らないで、とブルーは眠り続けるハーレイの唇に口付ける。
「君はシャングリラのキャプテンだ。ぼくよりもずっと、ミュウのみんなが必要としている
人間なんだよ。…だから、君の命は君のためだけに…。ぼくは充分に生きたから」
メギドから連れ戻してくれてありがとう、とハーレイの手に額をつけて礼を言ったものの、
先刻の悪夢が蘇って来た。充分すぎるほど生きたけれども、またハーレイと離れて逝くのか…。
「ハーレイ…。せめて最期は手を握っていてくれるかい…? 戦闘の真っ只中だったとしても、
ぼくの側に居て手を握っていて欲しいんだ。それがぼくからの最後のお願い。…君の手があれば、
きっと最後まで幸せなままで旅立てるから…」
ちょっと我儘すぎるだろうか、と微笑むブルーの瞳に涙の粒が盛り上がる。
逝きたくはない。まだ逝きたくはないのだけれど、ハーレイ、君の命は受け取れないよ…。
もうこれ以上、ハーレイの命は貰えない。
ブルーは決意を固めはしたが、それをハーレイにどう告げたものか。
二度と祈るな、と言おうものならハーレイは意地でも祈り続けることだろう。彼の命の灯が
燃え尽きるその瞬間まで、ブルーを決して離しはすまいと…。
ハーレイの祈りを拒絶する術はブルーには無く、望まれるがままに生き続けるだけ。強引に
それを断とうとするなら、自分自身を害するしかない。ブルーが自ら命を絶てばハーレイの命は
守れるだろうが、ハーレイの心はどれほど傷つき血を流すことか…。
「…ハーレイ…。ぼくはどうすればいい? どうすれば君の命を守れる…?」
分からないよ、とブルーの中で答えの出ない問いが廻り続ける。
ハーレイのベッドの傍らを離れ、自分のベッドに仰向けに転がって見えない答えを探し続ける。
誰かに相談すべきだろうか? ソルジャー・シンならハーレイの祈りを強制的に遮断し、ブルーの
命を絶てるだろうか?
(…でも……。そうすれば君が困るよね、ジョミー…)
ぼくを殺せと言うのも同じ、とブルーは両手で顔を覆った。
アルテメシアでサイオンに目覚めたばかりのジョミーが自分を生かしたことがある。今の
ハーレイのように祈りと願いの力だけで。
あれもジョミーの命によるものだったら、自分の命を一度は注いで生かしたブルーを殺せる
だろうか? たとえゆっくりと衰え死んでゆくのだとしても、ブルーの命を消せるだろうか…。
ましてトォニィやナスカの子たちには頼めない。あの幼さで人の命を絶ち続けるのは戦場だけで
沢山だ。同じ船で生き、共に暮らしているブルーの命を子供ゆえの純粋な使命感だけで絶てたと
しても、いつか成長した暁には心の傷となりそうで…。
(…ハーレイ…。ぼくは死ねないよ…。死ねないけれど、死ななきゃならない。君のためには
死ぬしかないんだ。でも方法が見付からないよ……)
ヒルマンなら何か分かるだろうか、と教授と呼ばれるシャングリラの碩学を思い浮かべる。
あるいは過去の歴史に詳しいエラあたりか。しかし、誰に相談しに行くにしても…。
「三日間、頼むと言われたっけ…」
ハーレイは三日間、面会謝絶だ。その間の看病を引き受けた以上、青の間を抜け出すわけには
いかない。ましてハーレイに自分の決意を見抜かれたりすれば、ただでも過労で倒れた身体に
更なる負担がかかってしまう。
「…あと三日だけ、夢を見るのがいいのかな…」
三日くらいなら誤差の範囲か、とブルーは無理やり結論付けた。ハーレイに心を
読まれないよう、思考ごと遮蔽し封じると決める。自分自身でも思い出せない記憶の奥底に
決意を閉じ込め、解き放つ時は三日の後。
ソルジャー・シンか、長老たちか。彼らの内の誰かが青の間を訪れるまで心の底へ、と
ブルーは思考の一部に固く鍵を掛けた。
ブルー自身も忘れてしまった命への疑問。
翌朝、何も知らずに目覚めたブルーは傍らにハーレイの温もりが無いことに驚き、隣のベッドで
独り眠っている想い人を見付けて昨夜の騒ぎを思い出した。
「まだ目が覚めてはいないんだよね…」
ベッドから起き出し、ハーレイのベッドに腰掛ける。心なしか少し窪んだ頬へと手を
滑らせれば、昨日感じた髭の感触が思い起こされて。
「…また伸びてる…」
そっと辿ってみた髭の生えた辺りは昨夜よりも強くその存在を主張していた。それが生命力の
証に思えて、ふっと頬が緩む。点滴のパックはさっき交換されたばかりのようだが、ハーレイが
目覚めればきっと食事も摂れるだろう。しかし、髭は自分で剃ることが出来るのだろうか?
(…食事はぼくが食べさせてあげられそうだけれど、髭はどうかな…)
どうやって剃るのか分からないよ、とブルーは頭を悩ませる。着替えや身体を拭くのと同じで
医療スタッフに任せるべきか、この機会に挑戦してみるか。
(えーっと…。とりあえず、やり方を知らないことにはね…)
少しだけ心を読んでもいいかな、とハーレイの寝顔を覗き込んだ時。
「……謹んで遠慮させて頂きますよ」
切り傷も剃刀負けも御免です、と口にしながらハーレイがゆっくりと目を開けた。
「あなたはいったい、何をなさる気で…。………???」
ハーレイの鳶色の瞳がブルーの顔と点滴パックと、自分の腕に刺さったチューブとを何度も
何度も見比べる。自分の身に何が起こっているのか、まるで分かっていない様子にブルーは
クスッと笑みを浮かべた。
「君は働き過ぎなんだよ。過労だってさ、昨日ブリッジで倒れたそうだ」
「で、では…。今のシャングリラはどうなって…」
起き上がろうとするハーレイの肩をブルーの腕が押さえ付ける。
「急に動いちゃ駄目だろう! 点滴のチューブが外れてしまうよ、それにドクターに叱られる」
「…ドクター?」
「三日間、面会謝絶だと言っていた。ドクターと医療スタッフしか来ない。君の世話はぼくに
お願いします、と一任されたから任せておいて」
食事を運んで貰う前に髭を剃ってみてもいいだろう、と茶目っ気たっぷりに微笑むブルーに
ハーレイは青ざめ、自分で剃れると逃げを打つ。攻防戦の末、ハーレイは点滴の台を
引き摺るようにしてバスルームへと歩いてゆき…。
「ふうん…。そうやって剃るんだ、髭って」
興味津々で背後から鏡を覗き込むブルーに、ハーレイは剃刀を使いながら。
「シェーバーを使っている者たちも多いですよ」
「…シェーバーって?」
「いわゆる自動の髭剃り機ですね」
私の好みではありませんが、と返されたブルーの胸がじんわりと少し熱くなる。
まだハーレイについて知らない部分があるようだ。知れて嬉しい、と思うと同時にもっと
知りたい、と思いが募る。ハーレイのことをもっと幾つも、一緒に生きてゆく中で幾つも、
幾つも…。
医療スタッフに三度の食事を運んで貰って、朝と夜とにドクターの診察。点滴のパックも
三日目の朝には外され、ブルーとハーレイはそれは穏やかな面会謝絶の期間を二人で過ごした。
ハーレイが多忙を極めて以来、絶えて無かった二人だけの長くてゆったりとした時間。
他愛もない話をしたり、ハーレイの髭を剃りたがるブルーと揉めたり、同じテーブルで
食事を摂ったりと、まるで蜜月であるかのように。
これは後から知れた事実だが、キャプテンの疲労回復を妨げぬよう、ソルジャー・シンは
地球への進攻を一時中止し、フィシスの占いなども取り入れて人類軍のいない宙域を選んで
航行していたらしい。その甲斐あって、面会謝絶は四日目の朝に無事に解かれて。
「なんだい、思ったよりも元気にしてるんじゃないか」
つくづくタフな男だねえ、と朝食後にブラウが訪れた。
それは蜜月の終わりの合図。心の底深く秘められた鍵が外れて、遮蔽が解ける。
(……そうだった……)
三日間だけの夢だったのだ、とブルーの胸の奥に冷たい氷の塊が出来た。
ハーレイの命を削り続けて生きて来た自分。この忌まわしい命をどうやって絶つか、誰に
相談するべきなのか。ブラウは多分、適役ではない…。
「…ブルー? どうなさいました?」
お顔の色が、とハーレイが心配そうに尋ね、ブラウがブルーの顔を覗き込んで。
「アレだね、看病疲れだろ。ハーレイ、あんた、色々我儘言ったね」
「いや、私は…」
「違うんだ、ブラウ。…そうじゃない」
ハーレイは何も、と止めに入ったブルーの肩をブラウはポンと軽く叩いた。
「こんなデカイのの世話を三日もお疲れさま。…だけどアンタが元気そうにしてて良かったよ。
ハーレイが引っくり返った時には共倒れかと焦ったからねえ…」
「…共倒れ?」
怪訝そうに訊き返すブルーに「そうですよ」と答えを返した人物は、朝の診察のために
入室してきたノルディだった。
「キャプテンがあなたの命を繋いでいることは疑いようのない事実です。ただ、それがどういう
形なのかが分からなかった。キャプテンは祈りだけだと仰いましたが…」
「正直、自分の命を分けているんじゃないかと誰もが心配していたわけさ」
ブラウの言葉にブルーはギクリと自分の胸元に手を当てる。
告げるまでも無く知られてしまった。それにハーレイも聞いている。これでは、自分は…。
「何をビクビクしてるんだい? はは~ん、さてはアンタも心配してたね?」
「…ブラウ…。頼む、ハーレイの前でその話は……」
しないでくれ、と縋るようにブルーはノルディに視線を送った。面会謝絶が解けたばかりの
ハーレイに心労を与えてはまずい。日を改めて、と思念と瞳で哀願したが。
「ソルジャー、どうか御心配なく。…今回の騒ぎで分かりましたよ、キャプテンのお話が
正しいようです。もしも本当に命を分けておられるのならば、あなたも倒れておられた筈です」
「…そ、それは…。幾らかはストックがあっただろうし…」
それで倒れずにいられただけだ、とブルーは声を絞り出す。けれどノルディは首を横に振った。
「お言葉ですが、命をストックするというのは恐らく無理かと思われます。仮に可能だったと
しても三日もの間、キャプテンが不調でおられたとなると影響が出ます。ですが、あなたは
普段と変わらず健康な状態でいらっしゃいましたし…。祈りで間違いなさそうですね」
「そういうことだよ、だから心配無用ってね。命を削ってるわけじゃないんだ、このデカブツは
長生きしそうだし、うんと長生きさせて貰いな」
百年くらいは軽い、軽い、とブラウは声を立てて笑った。ハーレイは顔を真っ赤に染めつつ、
ブルーに優しく微笑みかける。
「…そんな御心配をお掛けしていたとは…。ブルー、申し訳ありません。お詫びに一度くらい
でしたら、私の髭を剃って下さっても…」
「おや、なんだい? 髭って何さ?」
面白そうだねえ、とブラウが話に首を突っ込み、「剃っちまいな」とブルーを唆し…。やがて
訪れたソルジャー・シンや他の長老たちも交えて髭剃りは時ならぬ娯楽となった。
誰もがブルーの命のことを気遣いつつも口に出来ずに秘めていた分、何の心配も無いと分かった
反動はシャングリラの船体をも揺るがしそうな笑いの渦へと広がっていって…。
「…ブルー、いささか痛むのですが…」
やはり遠慮しておくべきでした、とハーレイが顎に手を滑らせる。面会謝絶は解けは
したものの、キャプテンはまだ当分は安静ということになっていた。
「構わないと言ったのは君だろう? 剃刀負けにはこれだ、とノルディも言ったし」
塗ってあげるよ、とブルーは軟膏のケースを手に取り、中身を指先に掬い取る。
「ほら、じっとして動かない! 明日の朝にはきっと治るさ」
「いたたたた…。本当に髭剃りは二度と勘弁願いますよ」
「うん。ぼくには向いていないみたいだし…。自分で剃るのが一番だよね」
でも疲れた日は剃らなくていい、とブルーはしっかり釘を刺した。
「シャワーだって次の日の朝で構わないんだよ、ぼくは全く気にしないから」
「…ですが、あなたと同じベッドで休むのですし…。休養期間が終わりましたら」
それまでは別のベッドですが、と言うハーレイの手をブルーの白い手がギュッと握った。
「それなんだけど…。ドクターが診察に来る前に起きて移動でいいんじゃないかな」
「…ブルー?」
「君の命を削っているんじゃないかと怖かったんだ。君が倒れて、そうだと思った。君の側には
もう居られない、死ぬしかないと思っていたんだよ…」
でも怖かった、とブルーはハーレイの胸に縋り付く。
「どうやって死ねばいいかも分からなかったし、君と離れるのも怖かった。君が最後まで手を
握っていてくれるなら…、とも思ったけれど……ずっと君の側に居たいとも思った」
どれも選べなかったんだ、と訴え掛けるブルーの心からハーレイの中に思いの全てが流れ込んで
いった。命を繋ぐ祈りを捧げ続ける絆を通して逆流したと言うべきか…。
自ら命を絶つことすらをも考えたほどに思い詰めていたブルーの深い嘆きと悲しみ。
ハーレイの命を守るためだけに死にたいと願い、それでもハーレイの側に居たいと……最後まで
手を握って欲しい、と涙を零して心を固く封じたブルー。
倒れたハーレイに余計な心痛をかけまいとして、辛い思いを、答えの出ない問いを心の奥底に
沈め閉じ込め、その封印が解ける瞬間まで柔らかく微笑み続けたブルー…。
ハーレイは声も出せなかった。あまりの痛みに、その健気さに心が張り裂けそうになる。
これほどの苦しみを負わせたのか、と。
ただ守りたいとひたすらに願い、どんな苦痛も悪夢でさえも近付かせまいと大切にしてきた
つもりのブルーを、これほどまでに苦しめたのか……と。
今度こそブルーを離しはすまい。
二度とブルーを悲しませないよう、苦しめぬよう、華奢な身体を守らなければ…。ハーレイの
腕に力が籠もる。ブルーをその胸に閉じ込めるように。
「……ハーレイ……?」
「ブルー、あなたの仰せのままに……」
ドクターが来る前に起きて移動を致しましょう、とハーレイはブルーを強く抱き締めた。
側に居たいと望むブルーが求めているであろう確かな温もり。ブルーが味わった悲しみと流した
涙の代わりと呼ぶにはあまりにもささやかなものだけれども、せめて腕の中で休ませたいと…。
ハーレイと離れて逝かねばならぬ、と一度は決意したベッドの上でブルーは想い人の体温と
匂いに包まれる。
「……温かい……」
君の身体は温かい、と胸に頬を擦り寄せるブルーの背をハーレイの手が優しく撫でる。
「…ブルー、申し訳ありません…。もう長いこと、ただ添い寝するだけの夜ばかりで…。それも
私が先に眠るなど、さぞかしお寂しかったでしょうに……」
もう少し身体を気遣います、とハーレイはブルーに口付けた。
「すみません…。今はこれだけが精一杯で……。あなたが嫌だと仰るほどにお身体に私を
刻み付けられるよう、頑張って体力を取り戻しますよ」
「…そんなこと……。そんなのは無くてもいいんだよ。……ぼくは長い間、君を待たせた。
メギドから戻って来た後もそうだし、その前は十数年も待たせ続けて眠ったままで…」
だから今度はぼくが待つよ、とブルーはハーレイに口付けを返す。触れるだけの口付けを
何度も、何度も、想いをこめて唇に、頬に、まだ痛むらしい剃り跡の傷を労わるように。
「君がすっかり元気になるまで、一緒に眠れるだけでいい…。明日はドクターが来る前に
ぼくが起こすよ、だから安心してゆっくり眠って……」
「…ブルー、あなたこそ…。辛い想いをなさったのです、今夜はどうぞ良い夢を…」
明日の朝はごゆっくりお休み下さい、とハーレイは自分で起きると言い張った。互いに相手の
身体を気遣い、自分が起こす、と約束し合いながら、二人して眠りに落ちてゆく。
先に眠ったのはハーレイだったか、それともブルーだったのか。
固く抱き合い、寄り添い合ったままで眠り続ける恋人たちは気付かない。
部屋を訪れたドクターが一つ溜息をついて、首を振りながら出て行ったことに。
キャプテン・ハーレイ、過労につき当分は青の間で静養とする。
入室する者は事前にドクターの許可を得るよう、との告知がシャングリラ全艦に流された。
ソルジャー・シンや長老たちもその例外ではないらしい。
そんな告知が出されたとも知らず、ハーレイとブルーは眠り続ける。
二人が共に目覚めた時にはブルーの心を引き裂いた痛みも、ハーレイの顎の剃刀負けも
きっと癒えていることだろう。互いの温もりは何にも勝る特効薬で、それを上回るものは
無いのだから。
地球への道は長く険しいけれども、二人は地球の夢を見る。
青い星に二人で降りてゆく夢。
夢はいつの日か、遠い未来に奇跡となって青い地球の上で叶う筈……。
奇跡の狭間で・了
≪作者メッセージ≫
ハレブル別館にお越し下さってありがとうございました!
『奇跡の狭間で』は、『奇跡の碧に…』と『奇跡の青から』の間の何処かが
舞台になっているお話です。特に何話の辺りとは決めてませんねえ…。
地球の座標は掴んだものの、まだまだ遠い宇宙を旅していた頃です。
昨年の『奇跡の青から』でブルー生存EDを書き上げたくせに、いざ7月が
近付いてくると「何かせずにはいられない」という損な性分。
「ウチのブルーは生きてます!」と再確認&主張するために書いてみました、
奇跡シリーズな『奇跡の狭間で』。
ブルーを生かしているものが何であるかもハッキリさせておきたいですしね。
ハーレイの命を貰っているわけではありませんから、御安心を。
祈りという奇跡で生きているブルー。
祈りを捧げ続けるハーレイ。
そんな二人が青い地球まで星の海を渡ってゆくのです。
青い地球の上に降り立つことが出来たブルーは、幸せに生きているでしょう。
ハーレイと二人で穏やかな日々を、文字通り「ただのブルー」として。
今年も「運命の17話」の放映日、7月28日が巡って来ました。
アニテラでは叶わなかった未来だからこそ、ブルーを青い地球の大地の上へ。
一連の『奇跡』シリーズは、そのためだけに存在します。
ハーレイとブルー、二人の幸せな未来を祈りつつ…。
7月28日ですから、黙祷。
2013年7月28日(日)、アニテラ17話放映から6周年。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
シャングリラ学園には今日も平和な時間がゆったり流れていました。学園祭の準備なんかも始まりつつある秋ですけれど、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を公開するのが恒例になった私たちには慌ただしさなど無関係。ぶっつけ本番でも行けるというのが自慢です。
「今年も喫茶で決まりだよね?」
ジョミー君の問いに会長さんが頷いて。
「売り物はそこじゃないからねえ…。サイオニック・ドリームが売りだし、喫茶店とまで凝らなくっても缶ジュースだって無問題だよ」
「おい、ぼったくりな観光地価格は感心せんぞ」
キース君が突っ込みましたが、会長さんは。
「あれは最初にやった年からの伝統なんだよ? 遠隔地への旅を売りにするなら観光地価格はお約束さ。それが嫌なら仮装系だね、これなら均一価格でいける」
「まあな。あれはあれで人気が高いようだし、今年もアンケートで決める事にするか?」
仮装系とはサイオニック・ドリームを初めて売り出した年の後夜祭から派生したもの。サイオニック・ドリームで好みの衣装を体験出来るというヤツです。椅子に座って飲み物やカップ麺を食べる間だけしか着られない上、写真撮影も不可能なのに大人気で…。
「アンケートで行くか、儲け重視で世界の旅か。…今年はどっちにしようかなあ…」
急ぐわけではないからね、と会長さんが大きく伸びをした時です。ユラリと部屋の空間が揺れて、紫のマントが翻り。
「こんにちは。今日も暇そうにしているねえ」
お邪魔するよ、と現れたのはソルジャーでした。勝手知ったる様子で空いた席に腰掛け、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に紅茶を注文しています。
「美味しそうだね、栗のミルフィーユ! やっぱり、おやつはこうでなくっちゃ」
「…要するに食べに来たってわけだね?」
またか、と顔を顰める会長さんに、ソルジャーは早速ミルフィーユにフォークを入れながら。
「だってさ、食べたくなるじゃないか。それともアレかい、別の用事の方が良かった? 君が嫌いな猥談とかさ」
「退場!」
会長さんがレッドカードを突き付けましたが、ソルジャーの方は余裕の笑み。
「まだ何も話していないんだけど? それに生憎と猥談のネタも無くってねえ…。ほら、ぼくとハーレイは円満だから特に刺激も求めていないし」
「その先、禁止!」
「だから無いんだってば、持ちネタが。…どうしてもって言うんだったら昨夜の話をしてもいいけど、ホントにいつものコースだよ? それでも幸せなんだけどね」
刺激が無くてもそれが幸せ、とソルジャーは惚気モードに入っています。かつてのドタバタっぷりが嘘だったかのように、結婚してからのソルジャーとキャプテンは絵に描いたようなバカップル。二人が揃うと御馳走様としか言いようのない光景になるのはお約束で。
「してみるものだね、結婚ってさ。…あのハーレイが日々、頑張ってくれるんだ。一生満足させてみせます、って誓った言葉はダテじゃなかった。だから君にもお勧めしたいな、結婚を」
「誰と!?」
「決まってるじゃないか、ハーレイだよ」
「お断りだってば!」
絶対嫌だ、と嫌悪感も露わな会長さん。これもよくあるパターンでした。ソルジャーは自分が幸せなだけに、会長さんも教頭先生と結婚すれば幸せになれると煽るのです。もう何度目の勧誘なんだか、と私たちは横目で見ながら紅茶やコーヒーを啜っていたのですけど。
「…うーん…。ハーレイの何処がダメなんだろうねえ、サムは大事にしているくせに」
「「「は?」」」
思わぬ言葉にサム君を含めた全員が『?』マークを浮かべる中で、ソルジャーは。
「サムだよ、ブルーの愛弟子にして公認カップル! ハーレイとの差は何なんだろう?」
顔が好みとか、性格とか…、と不思議そうに首を傾げるソルジャー。そう、会長さんとサム君は今も公認カップルなのです。朝のお勤めをデート代わりに付き合い続けて長いですよね…。
公認カップルが誕生したのは私たちが特別生になった年の春。ソルジャーと出会う前のことです。けれどソルジャーは公認カップル誕生に至るまでの事情をしっかりすっかり把握していて。
「…半ばブルーの冗談にせよ、公認カップルを名乗っていられる所がね…。サムがブルーに気に入られた理由は何処にあるのかなぁ? 頼りがいならハーレイの方が断然、上だと思うんだけど」
「頼りがいだって? ハーレイの何処が!」
あんな妄想爆発男、と会長さんはバッサリ切り捨てましたが、ソルジャーは。
「えっ、頼りがいはあるだろう? ノルディとは比較にならないけれど、ちゃんと大人で稼いでる。今までに君に貢いだ金額、サムには工面出来ないよね。…そうだろ、サム?」
「えーっと…。俺の全財産をはたいたとしても……多分、食事が一回くらいじゃねえのかな」
みんなで打ち上げに出掛ける時の、とサム君は真面目に答えています。ソルジャーは満足そうに頷き、微笑んで。
「ほらね、ハーレイの方が甲斐性がある。それとも財力と言い換えようか? 君を養う力があるのはハーレイの方だ。なのにどうしてサムが優遇されるわけ?」
「養う以前に何も想定してないからだよ!」
結婚だとか婚約だとか、と返したのは会長さんでした。
「サムは単純にぼくが好きだってだけで、ただそれだけ。結婚なんか夢見ちゃいないし、その先のことは更に夢見ていないわけ。…そもそも夢見ることもないしね」
「ああ、そうか。万年十八歳未満お断りってヤツだったっけ…。結婚生活がどうこう以前にサムには想像もつかない世界なわけだ。もしかして、そこがポイント高かったりする?」
「…まあね。害が無いのはいいことだよ」
安心してお付き合い出来るから、と会長さんがサム君を見詰めればサム君は頬を赤らめています。私たちの前では公認カップルの話題は滅多に出て来ませんから、照れるサム君を見るのは久しぶりかも…。
「なるほど、君の好みは草食系ってヤツなんだ? この言葉もとっくに死語みたいだけど…。要するにガッつく男は駄目、と。…でもさ、それだと永遠に結婚できないよ?」
寂しい独身人生だ、と溜息をつくソルジャーに会長さんは。
「前から何度も言ってるだろう! 結婚するならフィシスとするさ。だけど女神は結婚なんて俗なことには向いてないんだ。生活感が漂う女神はアウト! 今のまんまが最高なんだよ」
「そりゃあ君にはぶるぅもいるし、寂しくはないのかもしれないけれど…。ぼくのお勧めは結婚なのに、する気が無いのは悲しいねえ…。おまけにハーレイは選択肢にも入っていないだなんて」
守られてる感じがいいんだけどな、と零すソルジャー。
「結婚相手がフィシスだったら、守るのは君の方だろう? そうじゃなくって守られる生活! 自分の方が力は上でも、こう……守ってやりたい、守りたい、って思ってくれる人と暮らすというのは癒されるんだ」
「君の好みを押し付けないで欲しいね、ぼくはこれでも高僧だよ? 他人に癒しを求めるようでは僧侶失格と言うべきか…。とにかくハーレイは必要無いのさ、財布以外の意味ではね。あ、それと楽しく遊べるオモチャと」
その二つがあれば充分だ、と会長さんはキッパリと。教頭先生が会長さんの財布とオモチャに過ぎないことは分かってましたが、改めて口にされると気の毒な感じがググンとアップ。ソルジャーもフウと吐息をついて。
「…財布とオモチャねえ…。同じオモチャでも夜のオモチャならマシだったのに」
「退場!!」
レッドカードを持ち出す会長さんにソルジャーは肩を竦めながら。
「分かってるってば、君にはそっちの趣味が全く無いっていうのはさ。…だけどサムとはどうだろう? 少しは進展させてみようとか、そういう発想も出てこないわけ?」
「進展って…何さ?」
「ん? 朝のお勤めがデート代わりだって聞いているから、その辺をもっと普通の方向に修正するとか! デートもけっこう楽しいものだよ」
この間も夜景を見に来てたんだ、とソルジャーが語り始めたのはキャプテンとのデートの話でした。エロドクターから貰ったお金で私たちの世界のホテルで食事し、夜景が綺麗な展望台で二人で過ごしていたそうで…。
「他にもカップルが何組か居たね。…いきなり夜景はハードル高いし、とりあえず二人で公園とかから始めてみたら? 朝のお勤めがデートじゃねえ…」
夢もロマンも無いじゃないか、と言われてみればその通りかも。サム君が喜んで通ってますから朝のデートだと思ってましたが、普通のデートじゃないですよねえ?
朝のお勤めはデートではない、と異を唱えたソルジャーは公認カップルの仲をググッと進展させる気満々。曰く、進展させても結婚生活に繋がらない以上、実害は無いのでオッケーだとか。
「でもってサムとの仲が少しずつ進展していったらさ、ブルーも物足りなさを感じてくるかも…。ここでサヨナラじゃ名残惜しいと思っていたって、サムだとホテルに誘ってくれない! そこでハーレイの出番になるわけ」
「なんでハーレイ!?」
会長さんの悲鳴にソルジャーはニッコリ笑ってみせて。
「そりゃあ…。寂しくなった君を広い心でドッシリ受け止め、慰める役にはピッタリだろう? そういうことを繰り返す内に、君の心もハーレイの方に傾いていくと思うんだよね。そしていずれは結婚、と」
「無理すぎるってば!」
有り得ないし、と会長さんはテーブルを叩いて抗議しましたが、ソルジャーの方は馬耳東風。
「うん、我ながら素敵な案だという気がしてきた。ブルーも認めるサムとの仲を後押ししてれば、今の歪んだ構図が解消! いくらこっちのハーレイがヘタレだとしても、ブルーと結婚してしまったら努力を惜しまないのは間違いないよ」
ぼくのハーレイもそうだったし、とソルジャーは懐かしそうな顔。
「何度も家出して、夜の生活に効きそうな薬を色々飲ませて…。それでもヘタレが直らなかったのに、結婚してみたらヘタレるどころか正反対! きっと、こっちのハーレイだって似たようなものだと思うんだ。結婚生活には向かないサムを踏み台にしてさ、ハーレイとの結婚に踏み切ってみれば?」
「ちょ、そんな…! そもそも無茶だし、第一、サムの気持ちはどうなるのさ!」
踏み台だなんて、と会長さんが反対する隣でサム君が。
「…俺は踏み台でも構わねえかな…」
「「「えっ?」」」
あまりにも自虐的すぎるだろう、と誰もが耳を疑ったのに、サム君は人の好い笑みを浮かべると。
「俺さ、ブルーが幸せそうに笑ってるのを見るのが好きなんだ。隣にいるのが俺じゃなくても気にならないし、教頭先生と結婚するならそれでもいいって思えるもんな」
「おい、サム、落ち着け!」
話をちゃんと聞いていたか、と割って入ったのはキース君。
「お前は踏み台にされるんだぞ? おまけにブルーは教頭先生と結婚する気は全く無いんだし、踏み台以前の問題として振り回されるだけだと思うが」
「んー…。朝のお勤めでも構わねえんだけど、普通のデートってヤツもいいかもなぁ…って。でも、ブルーがその気になってくれなきゃダメなんだけどな」
元からダメに決まってるよな、とサム君は頭を掻いています。
「ごめん、ブルー。今までどおりに朝のお勤めで行くのがいいよな、ブルーだってさ。俺もその方が気楽でいいし…。デートなんてコースも分からねえから」
「確かにサムには似合わないよね」
身も蓋も無いことを言ってのけたのはジョミー君でした。
「ブルーはデートのエキスパートだし、そのブルーをデートに連れ出すなんてさ、きっと大恥かくだけだって! 教頭先生の方がずっとデートに向いてる筈だよ」
「そうですよね、データ集めにも励んでおられるでしょうし」
財力だってありますよ、とシロエ君が相槌を打てば、マツカ君も。
「サムには気の毒ですけれど…。ぼくも教頭先生の方がデート向きだと思います」
「うへえ…。みんな正直に言ってくれるよなあ…」
でも本当のことだよな、とサム君が苦笑し、笑い転げる私たち。サム君は踏み台になれるほどの器ではなく、それだけの欲も無さそうです。言い出しっぺのソルジャーは名案だと決めてかかってましたけれども、この話、見事にお流れですよ~。
会長さんと公認カップルを名乗るサム君を踏み台にして、教頭先生との仲を発展させようというのがソルジャーの案。ところが肝心のサム君は会長さんも認める無害さもあって、踏み台になる前に退場しようとしています。会長さんはサム君にウインクすると。
「ありがとう、サム。やっぱりサムは優しいね。…その気遣いがハーレイにもあれば、結婚云々って話はともかく、毟ったりとかオモチャにしたりとかはしなかったかも…」
「え? 俺は別に教頭先生と張り合うつもりは…。甲斐性もねえし」
踏み台にだってなれねえもんな、とサム君が照れ笑いした所へ。
「だったら、下僕なコースで踏み台!!」
響き渡ったのはソルジャーの声。
「「「下僕?」」」
なんですか、下僕なコースというのは? サム君も会長さんもキョトンとしてますし、私たちだって話が全く見えません。いったい何処から下僕なんて言葉が出るんでしょう? けれどソルジャーは得意げな顔で。
「下僕と言ったら下僕コースさ、甲斐性なしが通る道! サムには財力も無ければブルーをデートに引っ張っていくだけの甲斐性とかも無いんだろう? それって似てるよ、誰かにね」
「「「…誰に?」」」
「ぼくのハーレイ!」
ソルジャーは悪びれもせずに言い放ちました。
「結婚する前のハーレイがどんな風だったか覚えてる? ぼくに家出をされては土下座で、ヘタレと詰られては土下座三昧。でもって全てはぼくの言いなり、あれが下僕で無ければ何だと?」
「うーん、確かに…」
君の扱い方は酷かったよね、と会長さんが遠い目をしています。かつてのソルジャーは会長さんが教頭先生を酷い目に遭わせるのに負けず劣らず、キャプテンに無茶な要求をしては困らせまくって、我儘と文句の言い放題で…。
「思い出してくれた? 甲斐性が無ければ下僕でカバー! サムもひたすらブルーの言いなり、一所懸命にお世話してればブルーとの仲が進展するかもしれないよ」
「サムが下僕ねえ…」
何かが違うと思うけど、と会長さんは呟きましたが、ソルジャーの方は譲りません。デートで進展が望めないなら下僕あるのみという方針で…。
「騙されたと思って下僕コースでどうかな、サム? 踏み台になるのはいいんだろう?」
「そりゃそうだけど…。ブルーに迷惑は掛けられねえし…」
「下僕は迷惑を掛けないよ? ブルーに従うだけなんだからさ」
ここは男らしく頑張りたまえ、と主張し続けているソルジャー。とはいえ、いくら下僕なコースといえども、会長さんの方にその気が無ければ無理な注文というヤツです。下僕コースもお流れになるに決まってる、と私たちは思ったのですが…。
「仕方ない、下僕コースで行こう」
「「「えっ!?」」」
会長さんが出した答えに目が点になる私たち。…下僕コースと言ったんですか、会長さん? まさかサム君を自分の下僕に…?
「このままブルーを放っておいたら何を言い出すか分からない。ぼくとハーレイをくっつけようと実力行使に出られる前に、自主的に…ね。要はサムとの仲が進展するかどうかだろう? そうだよね、ブルー?」
「う、うん…。まあ、そうだけど?」
「だったら下僕コースをお試し期間で一週間! それで全く進展ゼロなら君の企画は白紙撤回ってことにしないかい? もちろん進展しちゃった場合は自然に任せるということで」
「いいね、それ。で、サムの意見は?」
ソルジャーに尋ねられたサム君は迷いもせずに。
「下僕コースで構わねえぜ。ブルーに従うだけだもんな」
楽しそうだ、と明るく笑うサム君を誰も引き止めはしませんでした。下僕コースの内容までは分かりませんけど、ソルジャーが一歩も譲らない今、下手に口出しして縺れるよりかは犠牲者一名の方がマシですもんねえ…。
公認カップルの仲を進展させるという企画を押し通したソルジャーは、栗のミルフィーユの残りをお土産に貰って自分の世界に帰りました。さて、これからが大変です。ソルジャーの得意な技は覗き見。会長さんが下僕コースを実行するかどうか、監視するのは確実で…。
「あんた、これからどうする気なんだ!」
下僕コースなんて、とキース君が怒鳴ると会長さんは。
「ああ、大体は決めてるよ。…サムは今日から住み込みだ」
「「「住み込み?」」」
「そう、泊まり込みとは意味合いが違う。ぼくの家に同居しながら家事一切をして貰おうかな」
「「「えぇぇっ!?」」」
それはあまりに酷すぎないか、と私たちが息を飲めば「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「かみお~ん♪ ぼくもお手伝いするから大丈夫だよね!」
「ダメだよ、ぶるぅ」
監督するのとチェックだけ、と会長さんが鋭く注意。
「ぶるぅも見たことあるだろう? 璃慕恩院の偉いお坊さんたちのお弟子さんは何をしてたっけ?」
「んーと、んーとね…。お部屋の掃除とお世話係?」
「よくできました。それも修行になってるんだよ、サムには同じ事をやらせるわけさ。だから修行の邪魔をしちゃダメだ」
「「「修行?」」」
下僕コースは修行でしたか! それなら住み込みも当然です。朝のお勤めコースが思い切りバージョンアップしちゃったわけで、一気にお泊まりなんですけども…。
「ぼくの家で一緒に暮らすわけだし、おまけに下僕だ。ブルーに文句は言わせない。サムの修行にも役立つコースで一石二鳥というものだろう? どうかな、サム?」
「お、おう! 一週間くらいの我慢が出来なきゃ本物の修行って出来ねえよな?」
「それはもう。住職の資格を貰うどころか、その前の段階で挫折だろうね。そういう話はキースが詳しい。どう思う、キース?」
話を振られたキース君は。
「一週間の侍者体験か…。修行より遙かにマシだろうな。師僧と一緒に暮らすわけだし、住環境も食生活も修行僧とは比較にならん。修行中の生活ってヤツは粗末な部屋と粗食が大前提だ」
「そうなんだよね。つまりサムは恵まれた環境で修行が出来るわけ。まずは早速、今夜の夕食作りからお願いするよ」
その前に一度家に帰って住み込み用の荷物をね…、と会長さんは笑っています。必要最低限の衣服と持ち物、それがサム君に許された荷物。いきなり始まる修行ライフにはサム君の御両親もビックリでしょうが、住み込む先はソルジャーの家。それに会長さんはサム君の師僧でもありますし…。
「下僕コースって、修行だったんだ…」
ぼくにはとても耐えられないけど、とジョミー君が呆れる横でサム君は鼻歌交じりに荷物リストを作成中。今日から一週間も公認カップルな会長さんと同居ですから、そりゃ鼻歌も出ますってば…。
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に連れられて住み込みな下僕コースに飛び込んで行った勇者、サム君。どうなったやら、と翌朝こわごわ登校してみれば顔色も良くて御機嫌で。
「おう、おはよう! なんだよ、俺の顔に何かついてるか?」
「い、いや…。今朝は何時に起きたんだ?」
キース君の質問にサム君は威勢よく。
「三時半! ブルーがさ、璃慕恩院の一番偉いお坊さんの弟子はそのくらいの時間に起きるモンだって言うからさ…。でもって四時に阿弥陀様にお茶とかをお供えしてからブルーを起こして」
役得、役得…と嬉しそうなサム君は会長さんの寝顔を見られて幸せ一杯らしいです。おまけに着替えも手伝ったのだそうで、教頭先生が耳にしたなら涎が出そうな役どころ。あまつさえ…。
「「「お風呂!?」」」
放課後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に出掛けた私たちを待っていたのは会長さんの衝撃的な発言でした。
「そうだよ、弟子の仕事は着替えの手伝いだけじゃない。お風呂で師僧の背中を流すのも大事な修行の一つでねえ…。ついでだからシャンプーとリンスもお願いしちゃった」
髪の毛のある坊主の特権、と銀色の髪に指を絡める会長さんの隣でサム君が真っ赤になっています。住み込みの修行なんて機会でも無ければ、会長さんの背中はともかく髪の毛は洗えないでしょう。朝から役得、役得と上機嫌だった理由が分かりました。下僕コースは美味しすぎです。
「でね、朝御飯もぶるぅの指導で美味しいオムレツを作ってくれたし、サムはとっても使えるよ。昨日の夕食も頑張ってたさ。…シチュー鍋の底が少し焦げたけど」
「かみお~ん♪ お掃除も一生懸命だったよ! 学校へ来る前に綺麗にお掃除したもんね♪」
「掃除機を使わせて貰えたしなあ…」
ホントは和室は箒だってな、と言うサム君は一日にして下僕コースに馴染んでいました。今夜は会長さんの肩や腰を揉んだりするのだとかで、もう見るからに心浮き立つといった風情です。ソルジャー御推奨の下僕コースはサム君にとっては旨味たっぷり、特典たっぷり。
「ふふ、サムでないとこうはいかないね。住み込みの弟子がジョミーだったら文句たらたらで使えないだろうし、キースだったら使えはしても面白みが無い」
「あんた、そういう基準で弟子とか侍者を選ぶのか!?」
噛み付いたキース君に、会長さんは。
「まさか。ただ、今回はブルーが色々とうるさかったし、実験的にやってみただけ。…ところが、これがなかなか癖になる。ぶるぅも一緒に自分の家で上げ膳据え膳、下へも置かぬおもてなしっていうのは気分がいいよね」
期間延長もいいかもしれない、と会長さんが差し出したカップにサム君が恭しく紅茶のお代わりを注いで砂糖を入れて…。御馳走様です、と言いたい気分を私たちはグッと飲み込みました。会長さんとサム君の仲が進展するとは思えませんけど、仲がいいことは疑いようのない事実です…。
下僕なサム君と会長さんの同居生活は順調に続き、ソルジャーとの約束の期限の一週間目を迎える頃には見事な師弟関係が。会長さんはサム君をこのまま住み込ませたいという意向でしたが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が寂しそうに。
「えーと、えっとね…。サムがいるのは楽しいんだけど、ぼくのお仕事、なくなっちゃったの…。お洗濯もアイロンかけもサムがしちゃうし、このお部屋でしか何もお料理出来ないの!」
つまんないよう、と嘆く「そるじゃぁ・ぶるぅ」は家事万能なだけあって家事が趣味です。会長さんの広い家を隈なく掃除し、美味しい料理やお菓子なんかを作りまくるのが生甲斐で…。
「そこなんだよね…。ぶるぅがそろそろ限界なんだ。だからと言ってサムを家事から解放したら弟子入りという意味が無くなる。ちょっと困った状況なんだよ」
どうしようかな…、と会長さんが腕組みをして考え込んでいた時です。
「だったら、そのまま同居しちゃえば?」
「「「!!!」」」
前触れもなく出現したソルジャーがソファにストンと腰を下ろして。
「サムとの仲は同居を続けたいと思う程度に進展したってわけだろう? この先どうなるか分からないけど、一緒に暮らして家事だけ抜きで下僕コースを続けていれば更に進展する…かもしれない。シャンプーとリンスは王道なんだよ」
「「「は?」」」
「だからバスタイムの王道だってば、よくハーレイに洗わせてるんだ。気持ちよく洗って貰っている内に気分が乗ってさ、バスタブの中で第二ラウンド突入ってことも多いよね」
「ちょ、ちょっと…」
止めに入った会長さんをサラッと無視したソルジャーは。
「ブルーもその内にそういう気分になるんじゃないかな? シャンプーとリンスだけでは物足りないって感じるようになってきたなら大成功! 物足りなさを埋められるのはサムじゃなくってハーレイだしねえ」
「そっちの趣味は無いってば!」
「少しずつ目覚めてくると思うよ、ぼくとそっくりなんだから。…サム、今の調子で頑張りたまえ。いずれ最高に幸せそうなブルーの笑顔が見られるさ。ハーレイの所へ嫁ぐ時にね」
「お断りだよ!」
どうしてそういうことになるのだ、と会長さんはテーブルに拳を叩き付けましたが、ソルジャーは我関せずといった風で。
「いやもう、こういう事っていうのはデリケートでねえ…。ある日突然、恋に目覚めることもある。それに身体は正直なんだよ、サムのシャンプーが気持ちいいなら素質は充分あると思うな。…大丈夫だってば、君の場合は目覚めちゃってもハーレイがいるし」
振り向いてくれない相手だったら最悪だけど、と続けるソルジャーに会長さんの地を這うような声が。
「誰が素質があるんだって? シャンプーが気持ちいいのは普通のことだと思うんだけど?」
美容院でも気分がいいし、と会長さんは柳眉を吊り上げて。
「せっかく人が気持ちよく弟子を住まわせていれば、横から出てきてゴチャゴチャと…。君が言い出した下僕コースは一週間! 進展ゼロなら今回の企画は無かった事になる筈だよね?」
「進展ゼロじゃないだろう! サムと一緒に住みたい気持ちは、その方面に芽が出た証拠で!」
「それを言いがかりと言うんだよ! 見込みのある弟子を手元に置いて育てたくなるのは自然な感情! 現にぼくだって璃慕恩院に初めて入門を願い出た時、ぜひ老師の弟子にって言われたんだ!」
「そうだったんだ? じゃあ、もしかして、その老師とかいう人と…」
一緒にお風呂とかそれ以上とか、と興味津々で問いかけたソルジャーの顔面にヒットしたものは…。
「退場!!!」
よくも老師を侮辱したな、とレッドカードをソルジャーに叩き付けた会長さんは青いサイオンを背負っていました。これは本気で怒っています。
「老師こそ無縁でいらっしゃるんだよ、そういう下世話な世界とは! だけど君には言うだけ無駄だし、理解するとも思えない。…老師の名誉とぼくの平穏な日々のためにも、サムの住み込みは今日で終わりだ。残念だけれど潮時ってヤツ。…分かったね、サム?」
「はい。…一週間、御指導ありがとうございました!」
ソファから立ち上がり、絨毯に平伏して会長さんに御礼を述べるサム君は何処から見ても弟子でした。役得な日々に御機嫌だったサム君とは別人みたいな印象です。そして「そるじゃぁ・ぶるぅ」もホッと息をついて。
「よかったぁ~! これで今日から普通に戻るよ、お料理出来るし、お皿も沢山洗えるし! ありがとう、ブルー」
ピョコンと頭を下げた相手は会長さんではなくてソルジャーの方。
「えっ、なんで? お礼は君のブルーの方に…」
「ううん、ブルーが来てくれたからサムはお家に帰るんだよ! だってね、ブルー、朝からサムとお話してたの、今年いっぱい住み込まないか…って。だから御礼はブルーになの!」
懸命に御礼を言う「そるじゃぁ・ぶるぅ」の無邪気な瞳にソルジャーは言葉を失っています。会長さんはレッドカードを突き付けてますし、これには流石のソルジャーも…。
「わ、分かったよ! 良かったね、ぶるぅ。ブルーと末永くお幸せに…としか言えないかな?」
本当は其処にハーレイを混ぜて欲しいんだけど…、と言い残して消えた背中に向かって投げ付けられて、吸い込まれていったレッドカード。あちらの世界に届いたかどうかは謎ですが…。
「やれやれ…。もう少しサムを仕込もうかな、と思っていたけど、仕方ないねえ…。じゃあ、明日からは今までどおりに朝のお勤めコースってことで」
仏の道を目指して頑張ろう、とサム君を激励している会長さん。公認カップルの健全な日々が再びです。教頭先生が紛れ込む余地は何処にも無いと思いますけど、もしかしていつかはそんな日が…? 来ないといいなと切に祈りつつ、サム君の朝の仏道修行は今後も応援していきますよ~!
公認カップル・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
殆ど忘れられているであろう公認カップルを書いてみましたが、如何でしたか?
来月は 「第3月曜」 更新ですと、今回の更新から1ヵ月以上経ってしまいます。
ですから8月も 「第1月曜」 にオマケ更新をして、月2更新の予定です。
次回は 「第1月曜」 8月5日の更新となります、よろしくお願いいたします。
そして今月はアニテラでのソルジャー・ブルーの祥月命日、7月28日が巡って来ます。
7月28日に 『ハレブル別館』 の方に短編をUPする予定です。
生きて青い地球に辿り着く前のブルーとハーレイのお話、読んで頂けると嬉しいです。
毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませv
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、7月は大荒れの七夕を経ての夏休みです。さて、どうなる…?
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
生徒会室の過去ログ置き場も設置しました。1ヶ月分ずつ順を追って纏めてあります。
1ヵ月で1話が基本ですので、「毎日なんて読めない!」という方はどうぞですv
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
新しい年がやって来ました。とはいえ、私たちの日常がガラリと変わる筈も無く…。昨年の暮れはクリスマスだの「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお誕生日だのと賑やかに騒ぎ、年末年始は元老寺。年が明けてからは初詣やらシャングリラ学園恒例の闇鍋、かるた大会などの行事が続いて、今は一月半ばです。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
今日も寒いね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が迎えてくれる放課後のお部屋。熱々の栗のスフレが出てきて、みんなでワイワイやっていると。
「……基本は百人前なんだよね……」
「「「は?」」」
唐突に呟かれた言葉の主は「そるじゃぁ・ぶるぅ」。誰もが顔に『?』マークを貼り付けています。百人前って、栗のスフレが?
「あっ、ごめん! えとえと、栗のスフレは違うの!」
そうじゃなくって、とワタワタしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」の横から会長さんが。
「別のものだよ、ね、ぶるぅ?」
「うん、えーっと…。なんて言ったらいいのかなぁ…」
「そのまんま言えばいいじゃないか。スープだよ、って」
「「「スープ!?」」」
私たちは目を剥きました。基本が百人前のスープというのは何でしょう?
「なるほどな…。スープなら別に分からんでもない」
あれは大量に作るらしいし、とキース君。
「いわゆるスープストックだろう? そこから色々と作るんだよな?」
「ううん、そういうスープじゃなくって…。出来上がったスープが百人前なの!」
「宴会料理か? 大きなパーティーだったら充分にアリだ」
「そうなんだけど…。パーティーに出すには高すぎるかも…」
材料も手間もかかるんだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は言っていますが、パーティーってヤツはピンからキリまで。うんとゴージャスな宴会とかなら高いスープもアリなのでは?
「どうだかねえ…」
口を挟んだのは会長さんです。
「そのスープだってヤツを食べて来たから、ぶるぅは悩んでいるんだよ。本場のレシピで作りましたとは言っていたけど、いわゆるパチモノ。お値段はゴージャスだったんだけどね」
「いったい何のスープなんです? ウミガメですか?」
あまり見かけない食材ですよね、とマツカ君が尋ね、シロエ君が。
「ウミガメって食べてもいいんですか!? 保護されている動物なんじゃあ…?」
「ああ、それはね…」
クジラと同じさ、と会長さん。
「絶対にダメってわけではないんだ。一部の地域じゃ漁が許可されている。だけど市場には出回らないし、普通は亀のスープと言ったらスッポンだよね」
「そうなんだ…。で、ウミガメだったの?」
ジョミー君の問いに「そるじゃぁ・ぶるぅ」が首を横に振って。
「違うよ、オリオ・スープっていう名前なんだ」
「…コンソメ系か?」
きっとそうだな、とキース君が頷き、サム君が。
「なんでコンソメになるんだよ?」
「知らないのか? スパゲッティとかであるだろうが、アーリオ・オーリオってのが」
アーリオがニンニクでオーリオがオイルだ、とキース君は説明してくれました。
「オリーブオイルを指すらしいぞ。オイルを使うならコンソメ系のスープだろうと…。ミネストローネでもコンソメ系だと言えんことはない」
なるほど、流石はキース君! 名前だけで推理出来るというのが凄いです。言い出しっぺの「そるじゃぁ・ぶるぅ」も「すごーい!」と感心してますし…。なのにチッチッと指を左右に振ったのは会長さん。
「コンソメ系なのは正解だけどね、オイルってわけじゃないんだな。オリオ・スープはオラって言葉から来てるんだ。意味するところは煮込んだってこと」
「…そう来たか…。まあ、料理は俺の専門外だ。ついでに仏教と無関係な国の言語も無縁だ」
知ったことか、と言いつつ、キース君もオリオ・スープは気になるようで。
「それで、どういうスープなんだ? 材料も手間もかかるというのは煮込むからか?」
「うん! だから基本が百人前なの!」
その材料でないと作れないの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が答えましたが、オリオ・スープっていうのは何物ですか?
基本は百人前なのだ、と主張している「そるじゃぁ・ぶるぅ」はオリオ・スープのレシピを持っている模様。けれどスープの作り方しか知らないようで、会長さんが苦笑しながら。
「元々は宮廷料理なんだよ。戦争する代わりに政略結婚という方針だった世界帝国の御自慢のスープさ。美味しい上に栄養たっぷり、舞踏会では一番疲れるダンスの後に出してたらしいね」
「スタミナ食か?」
キース君の突っ込みに会長さんは「ご名答」と微笑んで。
「オリオ・スープだけを専門に作る厨房があったという話だよ。そのくらい手間がかかるわけ。…それを出します、っていう案内状を貰ったのがクリスマス・シーズンでさ。ぶるぅと行って来たんだけれど…」
「それがパチモノ?」
遠慮も何も無いジョミー君。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は二人で顔を見合わせると。
「んーと、んーとね、…とっても美味しかったんだけど…」
「パンチが足りないって言うのかな? 本当にそれだけの素材と手間をかけたのか、って気がしちゃってねえ…」
反則のサイオンを使ったのだ、と会長さん。食事しながら意識を厨房に滑り込ませて、シェフの記憶を読んだのだそうで。
「それなりの素材は使っていたけど、百人前で仕込んだわけじゃなかった。ついでに手間と時間も採算が取れる範囲内でさ…。それ以来、ぶるぅは少しガッカリしてるんだ」
美味しかったのは本当だけどね、と語る会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が食べたオリオ・スープは『美食家風』と冠されていたそうで、フォアグラや綺麗に切られた野菜、ハーブなどを盛ったお皿に別仕立ての熱々のスープを注ぐ形式。
「元がズッシリしたスープだから、口当たりを軽くするのに野菜とハーブかと思ったんだ。だけど違うって気がしたし…」
「あれでも美味しかったんだもの、本物はもっと美味しいスープの筈なんだよ。…食べてみたいなぁ、オリオ・スープ…」
でも基本が百人前なんだよね、と話す「そるじゃぁ・ぶるぅ」はオリオ・スープに未練たらたら。諦め切れない気持ちが顔に出ています。この調子では会長さんが何処かの店に百人前を特注するのでは、と私たちは考えたのですが…。
「ぶるぅ、チャレンジしちゃおうか? この面子ならなんとかなるさ」
「えっ、ホント!? 作っていいの!?」
百人前だよ、と念を押した「そるじゃぁ・ぶるぅ」に会長さんはニッコリと。
「余ったら冷凍しておけばいいし、それ以前に余らないかもしれない。おやつ代わりに一日に八杯って女帝もいたらしいよ? この人数が一人で八杯ずつ食べたとしたら、百人前でも残り僅か…ってね」
「ちょっと待て! そのスープとやらを食えというのか、俺たちに?」
それも八杯も、とキース君が叫びましたが、会長さんは涼しい顔で。
「食べるだけじゃないよ、作るんだよ。どうせならそっちの方が楽しい。労働の後の食事は美味しいものだし、みんなでドカンと百人前!」
「…作るわけ?」
ぼくは料理はダメなんだけど、とジョミー君がおずおずと言えば「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「お鍋の番も楽しいんじゃないかな、アクを掬うのは出来るでしょ?」
「それくらいなら……って、本気で作るの? 百人前も?」
冗談だよね、と訊き返したジョミー君に向かって、会長さんは。
「入試のシーズンまでまだ少しある。三学期は何かと慌ただしいけど、今が一番暇な時期! スープ作りで遊ぼうよ。途中で二日間寝かせるっていう過程があるから、今度の週末に食べるんだったら仕込みは明後日! 君たちは学校をサボりたまえ」
材料はそれまでに揃えておこう、と会長さんがブチ上げ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が大歓声。私たちに反論する権利などある筈も無く、オリオ・スープ作りが決定しました。明後日は朝から授業をサボッて会長さんの家に集合です。欠席届を出すべきか否か、なんとも悩ましい所ですねえ…。
登校義務が無く、出欠も問われない特別生の私たち。それでも「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で過ごす時間や部活などなど、学校に魅力満載なだけに登校し続けているのが実態です。サボるとなれば必要も無い欠席届を出してしまうのも、つい、習慣で…。
「お前は何って書いたんだよ?」
サム君がジョミー君に訊いているのは欠席理由。私たちは会長さんのマンションに近いバス停で待ち合わせ、マンションへと向かう途中です。
「えっ、そのままだよ? ブルーの家でスープを作るので休みます、って」
「うわーっ、マジかよ! 俺、法事だって書いちまった…。お前がそれならバレバレじゃねえかよ」
嘘なんか書いておくんじゃなかった、と嘆くサム君の後ろで吹き出しているのはキース君。月参りに行くと書こうとしたそうですけど、思い直してジョミー君と同じく本当の理由を書いたのだそうで。
「俺もスープ作りと書いたからには法事って理由はアウトだな。俺が月参りと書いていたなら、お前も見習いで同行ってことで逃げを打てたかもしれないが」
「あーあ、やっちまった…。グレイブ先生の心象、最悪…」
ズーンと落ち込むサム君の背中をシロエ君がポンと軽く叩いて。
「大丈夫ですって、サム先輩! 本来は要らない欠席届を出してるんです、それだけで好印象ですよ。作ったスープでグレイブ先生に何か被害があるならともかく、全く関係無いわけですし」
「そうそう、グレイブ先生はスープと関係無いもんね!」
だからキッチリ書いておいたよ、とジョミー君が明るく笑えばマツカ君が。
「…関係があるのは教頭先生なんですよね…」
「いつものパターンでスポンサーだっけ? うーん、どのくらいかかるんだろう…」
百人前だもんねえ、とジョミー君が首を捻る内にマンションの入口に着きました。管理人さんがドアを開けてくれ、エレベーターへ。ちなみに欠席届にスープ作りと記入したのはジョミー君とキース君だけだったりします。私は家族で外出と書き、スウェナちゃんとマツカ君が一身上の都合で、シロエ君は自主学習。
「七人中、二人が一身上の都合で、二人がスープ作りというのがな…」
どう考えてもスープ作りで決定だ、とキース君が可笑しそうに結論づけて会長さんの家の扉の脇のチャイムを鳴らすと、中から勢いよく扉が開いて。
「かみお~ん♪ 準備、バッチリだよ!」
頑張ろうね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が案内してくれた先はキッチンではなくてリビングでした。えっと…此処ってホントにリビング? いつものフカフカの絨毯やソファは?
「いらっしゃい。ビックリしただろ、無理もないけど」
スープ作りに備えて改造、と会長さんが得意そうに示す先には明らかに業務用のガスコンロなどが。巨大な鍋といい、こんなの何処から…? 私たちの疑問を読み取ったように、会長さんは。
「マザー農場から借りたんだよ。あそこは一般客向けの設備とは別に、シャングリラ号のクルーの交流会とかのパーティー用に厨房を設けているからね。使ってない分を借りて来たわけ」
ついでに食材もお願いしたよ、と会長さん。それなら教頭先生の負担は軽いかもしれません。なんと言ってもキャプテンですし、割引とかがあるのかも…。ホッと息をついた私たちですが、会長さんはニヤリと笑って。
「マザー農場の分は割引があるけど、食材は他にも要るからねえ…。それに全部をマザー農場ので賄うわけにはいかないんだ。なんと言っても宮廷料理! 最上級で揃えなくっちゃ。ねえ、ぶるぅ?」
「うん! バターも普通のバターじゃダメなの! 外国の王室で使ってるバターはコレだから」
ほらね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が見せてくれたのは包みが違うという点を除けばスーパーで普通に見かけるサイズのバター。ところがどっこい、お値段はなんと八倍だそうで。
「えっとね、最初はコレとマザー農場の子牛肉なの!」
最高級のお肉だよ、と抱えて来た塊は十キロもの重さ。それを切り分け、バターで軽く焼くところからオリオ・スープ作りが始まるのです。私たちは基本は見学、場合によっては手伝いという位置づけでエプロンなどを着け、思い思いの場所に立ったのですが。
「…やあ。面白そうなことを始めるんだって?」
「「「!!?」」」
紫のマントがフワリと揺れて、現れたのはソルジャーでした。料理は食べるの専門としか思えない人が出て来るなんて、どうしてこういうタイミングで…?
「オリオ・スープって言ったっけ? それってスタミナ食なんだよね?」
瞳を輝かせているソルジャーに、会長さんが冷たい口調で。
「君の魂胆は分かってるけど、今回は読みを間違えてるから! そっちのスタミナじゃないんだ、これは。どっちかと言えば栄養補給に近いかな? 精力増強が目的だったら漢方薬の店にでも相談したまえ」
「えっ…。それじゃ、ぼくのハーレイに飲ませても特に効果は見られないわけ?」
「そうなるね。…それに君は満足してるんだと思ってたけどな、結婚して以来」
「うん、ハーレイも頑張ってるしね。…なんだ、そういうスープじゃなかったのか…」
たまには刺激が欲しかった気も、と呟いたソルジャーは子牛肉の大きな塊を見詰め、王室御用達のバターとやらを検分してから。
「…スタミナの方は勘違いとしても、美味しいスープが出来るんだったら食べたいな。最上級の食材ってだけでも凄そうだしさ」
「だったら週末に出直せば? 今日は仕込みの段階なんだよ」
さっさと帰れ、と手をヒラヒラとさせた会長さんに、ソルジャーは。
「仕込みの日だっていうのは知ってる。だけど学校をサボッてまで作るスープって面白そうだよ、見学したって構わないだろう? それともアレかい、日頃SD体制の下で苦労している…」
「分かったってば! いてもいいけど、今日の食事は賄い食しか出せないからね。ぶるぅはスープに掛かりっきりになるし、ぼくたちだって手伝うんだ」
ああ忙しい、と会長さんが言い終える前にソルジャーは私服に着替えていました。会長さんの家に預けている服があるのです。会長さんはソルジャーにもエプロンを着けさせ、ついに始まったオリオ・スープ作り。子牛肉が切り分けられてバターで焼かれる香ばしい匂いがリビングに…。
「えっと、えっとね、お鍋に水! 三十リットル!」
誰か計って、という「そるじゃぁ・ぶるぅ」の声で柔道部三人組が大鍋へと。桁外れに大きな鍋もマザー農場からの借り物です。そこへ骨付きのスープ用肉を十五キロ。脂肪分の少ない牛肉といえども、これまたマザー農場で育てた高級なもので…。
「お野菜、お野菜…っと! ニンジン、セロリ、パセリにタマネギ~♪」
歌いながら野菜を刻む「そるじゃぁ・ぶるぅ」。大鍋の中に野菜たっぷりと最初に焼いた子牛肉とが入りました。これがスープの原液だそうで、アクを掬いながらコトコト煮るのです。
「なんだ、量は凄いけど単純だよね」
そう言ったジョミー君は鍋の番に回され、残った面子は並行してやるべき作業のお手伝い。えっ、五百グラムの栗を剥いて焼く? 更に同量の粉糖を混ぜて、スープの原液一リットルで一時間以上煮てから漉す?
「おい、ウサギなんかどうやって捌けというんだ! 頼む、ソテーの段階だけにしてくれ、ベーコンと一緒にやるんだよな? なんだと、それにスープを注いで煮てから漉せだと?」
無理だ、と叫ぶキース君の隣ではマツカ君とシロエ君がお手上げ状態。二人の前には山ウズラが二羽、野鴨が一羽。これも捌いて根菜類と一緒にソテーし、スープで煮込んで裏漉しです。他にも大量のカブをバターでソテーしてから煮込んで裏漉し、キャベツと根菜とベーコンをじっくり炒めてスープで煮込んで…。
「かみお~ん♪ レンズ豆は洗うだけでいいからね! でもって煮込んで裏漉しするの!」
いとも簡単に言ってのけてくれた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はスウェナちゃんと私がモタモタと剥いていた栗をササッと仕上げ、ウサギの下ごしらえに移りました。でも…栗を焼くってどの程度まで? 煙が上がっちゃダメなのでしょうし、サッパリです。
「うへえ、誰だよ、単純だなんて言ったヤツはよ…」
俺も大鍋の係でいいや、とサム君が逃げ、マツカ君とシロエ君もジビエの前から敵前逃亡。結局、スープ作りを手伝ったのはウサギとベーコンのソテーに挑んだキース君と、キャベツなどを炒めた会長さんだけ。他はソルジャーも含めて全員、それぞれの鍋を煮込む時間のチェック係になり果てたという…。
「…スタミナ食って言われるわけだよ、作り手のスタミナを吸い取るスープとか言わないかい?」
見ていただけでも疲れ果てた、とソルジャーが口にした言葉は名言でした。全ての作業は終わって何種類ものスープが漉され、保存用の器に入れられています。大鍋で煮ていた原液も漉して、これも二日間、冷蔵保存。仕上げは土曜日のお楽しみですが…。
「スープ作りに使った体力を取り戻せるのが土曜日だという気がしてきたぞ」
俺も気力が尽き果てそうだ、とキース君がエプロンを着けたままでラーメンを啜り、私たちも同じくズルズルと。賄い食は土鍋で煮込んだ味噌ちゃんこでした。雑炊で締める予定が、ほぼ全員がスタミナ不足という悲惨な事態に前段階としてラーメンを追加。
「えとえと…。みんな、大丈夫? もっとニンニク入れた方がいい?」
元気が出るよ、と鍋を仕切っている「そるじゃぁ・ぶるぅ」は元気一杯、笑顔全開。これが若さと言うものでしょうか、子供は風の子、元気な子としか…。
オリオ・スープの仕込みで奪われた私たちのスタミナは戻るまでに一日かかりました。スープ作りでサボッた翌日はキース君を除いた全員が寝坊で遅刻。時間どおりに登校したというキース君は朝のお勤めを寝過ごしそうになってアドス和尚に叩き起こされたために間に合っただけで、授業中に居眠りを…。
「あいつが言ってた通りだぜ。…作り手のスタミナを吸い取るんだ、アレは」
まさか今頃になって居眠りするとは、と悔しがっているキース君。大学との掛け持ち時代でさえも一度も居眠りしなかっただけに、やってしまったショックは大きいでしょう。特別生だけに注意されてはいませんけれど、よりにもよってエラ先生の授業でしたし…。
「やあ。今日は全員、遅刻だって?」
放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で出迎えた会長さんに「俺は違う!」と猛然と噛み付いたものの、キース君の居眠りの汚点は消えないわけで。
「たかが居眠り、されど居眠り…ってね。やっぱりスタミナは大切だよね」
土曜日にはしっかり取り戻そう! と会長さんが言い、出て来た飲み物はココアでしたが、なんだか普段と違う味わい。ワインにシナモン、バニラビーンズ、おまけに薔薇とジャスミンの花びらも加えてあるらしいのです。
「オリオ・スープと同じ国の宮廷風っていう所かな。ぶるぅが頑張って作ったんだよ、みんな昨日のスープ作りでバテちゃったから、って」
「かみお~ん♪ ちょっと反則しちゃった! ホントはね、薔薇とジャスミンをココアパウダーに混ぜたら二日間おかないとダメらしいんだけど、サイオンでフリーズドライしたんだ♪」
香りが移ればいいんだもんね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が教えてくれた宮廷風ココアのレシピは手が込んだもの。生クリームに牛乳、チョコレートなどを何段階にも分けて加えるもので…。
「…すまん。居眠りくらいで文句を言ってはいけないな…。ありがとう、ぶるぅ」
お前の方が小さいのにな、とキース君が頭を下げて、私たちも有難く特製ココアを頂いていると、部屋の空間がグニャリと歪んで紫のマントが翻り。
「そのココア、ぼくにもくれるかな?」
「「「………」」」
また来たのかい! と言いたい気持ちを私たちはグッと飲み込みました。ソルジャーは早速ココアを淹れてもらって、おやつのクグロフまで受け取っています。土曜日まで来ないと思っていたのに…。
「今日はお願いに来たんだよ」
「ココアを、かい? それともクグロフ? 昨日は賄い食しか出せないよって言ったじゃないか!」
それを承知で居座ったくせに、と会長さんが糾弾すれば、ソルジャーは。
「えっと、ココアはついでなんだ。ホントに元気が出そうな味だね、身体の芯から温まるし…。お願いしたいのはココアじゃなくて、昨日のオリオ・スープの方。土曜日に食べに来る時なんだけど、ぼくのハーレイも一緒にいいかな?」
「…スタミナ食の性質が違うと言ったけど?」
意味が無いよ、と会長さんに断られそうになったソルジャーですが。
「そうじゃなくって、美味しいスタミナ食っていうのが大切なんだよ! こんなに美味しくてスタミナたっぷり、とハーレイに教えておきたいんだ」
「それにどういう意味があるのさ?」
「ぼくの今後の食生活! ハーレイのぼくへの愛が本物だったら、ぼくの世界での食生活が劇的に改善されることになる……かもしれない」
食事というのは案外面倒で、とソルジャーは深い溜息をついて。
「こっちの世界だと美味しい食べ物が沢山あるし、いくらでも食べたくなるんだけれど…。あっちに帰るとあんまり食事をしたい気持ちにならないんだよね。前から言っているだろう?」
言われてみれば、そういう話もありました。実際に見たわけじゃないので真偽の程は分かりませんけど、ソルジャーは食事が嫌いなのです。お菓子だけあればそれで充分、何も食べたくないらしく…。栄養剤を打ってくれればそれでいい、とキャプテンに言ったとか言わないとか。
「だからさ、オリオ・スープってヤツが美味しかったら、作らせようと思うんだ。スープなら食べるのも面倒じゃないしね」
「…作るのが面倒なスープだってことは、身をもって知ったんじゃなかったかい?」
「専用キッチンを設けておけばいいんだろ? 専属の料理人が大勢いれば疲れないしさ」
作業の面倒さは人数でカバー、と言い切ったソルジャーはオリオ・スープ専用キッチンを自分の世界のシャングリラ号に作る気でした。スポンサーの教頭先生ですら呼んで貰えない試食会にキャプテン登場らしいです。オリオ・スープが美味しかった場合、どういう結果になるんだか…。
そして土曜日。会長さんの家のリビングで最後の仕上げが始まりました。ソルジャーとキャプテンも見守る中で赤身の牛肉一キロが切られ、十個分の卵白を混ぜた所に先日作って保存してあった全てのスープと原液が。コトコト煮込んで脂肪分を除き、根菜とキノコをたっぷり加えて煮詰めていって…。
「ブルーから聞いてはいましたが…。仕上げだけでも一仕事ですね」
いい匂いですが、と鍋を見ているキャプテンの横を「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサッと駆け抜けながら。
「誰か、お鍋をかき混ぜてて! ぼく、鶏をソテーするから!」
「あ、ああ…。しかし…」
まだ入れるのか、とキース君が呆れたように鍋係を代われば「そるじゃぁ・ぶるぅ」は冷蔵庫から鶏を二羽取り出してきて捌いてソテー。それと羊のもも肉とが鍋に入れられ、これで終わりかと思いきや…。
「「「四時間!?」」」
「うん! 今から四時間、煮込むんだけど…。でもって最後に漉すんだよ。そしたら味を整えて、熱々の内に食べるんだ♪」
お喋りしながら煮込んでいれば四時間くらいはすぐだもんね、とニコニコ笑顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」と、初参加なのに既にゲッソリ疲れた顔のキャプテンとは見事に対照的でした。念願の百人前が基本のスープを作れて嬉しくてたまらない「そるじゃぁ・ぶるぅ」は他の料理を用意するのも抜かりなく…。
「わーい、完成! スープがメインだからテリーヌとお肉のパイ包みとにしてみたよ!」
ノルマは一人に八杯だよね、とダイニングに移動して注がれたスープは普通のコンソメよりも濃い目の深い褐色。八杯なんて絶対無理ですし、教頭先生にもお裾分けしてあげればいいや、と掬って口に運んでみれば。
「「「美味しい!!!」」」
頬っぺたが落ちそうとはこのことでしょうか。コンソメにしては濃厚なのに、少しもヘビーな感じがしません。癖になりそうと言うか、何杯でもお代わり出来そうというか…。テリーヌや肉のパイ包み、サラダをおつまみにして誰もがゴクゴク。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も満足そうで。
「うん、これでこそ本物だね。挑戦した甲斐があったね、ぶるぅ」
「お鍋とか借りなきゃ作れないのが残念だよう…。百人前が基本だなんて…」
毎日だって作りたいよ、と疲れ知らずな「そるじゃぁ・ぶるぅ」はオリオ・スープを一人用の土鍋に注いで蓋をし、『おすそわけです』と書いたメモを貼り付けて瞬間移動させました。送り先は教頭先生の家。会長さん曰く、土鍋の下には鍋敷き代わりに材料費の請求書を敷いたそうですが…。
「なんか凄い金額になっていそうだと思うんだけど…」
いくらだったの、というジョミー君の質問に、会長さんはクスッと笑って。
「食事の時に値段を訊くのはマナー違反だと思わないかい? 美味しければそれでいいんだよ。次にハーレイと出会った時に御馳走様と言えばいいのさ」
「「「………」」」
その台詞を言える度胸の持ち主は私たちの中にはいませんでした。マザー農場の最高級のお肉に、各国王室御用達のバター。その他も全部、最上級の材料を揃えたのですし、きっと考えない方が…。
「聞いたかい、ハーレイ? こっちのハーレイには御馳走様だけでいいらしい。…それでね…」
君のぼくへの愛の深さはどれくらいだろう、とソルジャーが赤い瞳を煌めかせて。
「思った以上に美味しいよ、これ。ぼくたちの世界じゃ素材が多少落ちるだろうけど、そこそこの味は出せると思う。…こんなスープが毎日出るなら、ぼくは食事をしてもいい」
「で、ですが…。山ウズラだの野鴨だのは…」
「大丈夫、ぼくが調達してくるから! 君は専用の厨房と料理人を手配してくれるだけでいいんだ。それにミュウにとっても悪い話じゃなさそうだけどねえ?」
虚弱体質の人が多いんだから、とソルジャーはキャプテンを見詰めています。
「ぼくが毎日八杯としても、九十人分ほど余るんだ。順番に配っていけば体質も改善出来るかも…。美味しい上に栄養満点、ソルジャー御用達の特製スープって士気も上がると思わないかい?」
キャプテンなら何とか出来るだろう、と期待に満ちた笑顔で迫られ、グッと言葉に詰まるキャプテン。食事をするのを嫌うソルジャーが「これさえあれば食べてもいい」と告げたスープは素晴らしい味で、栄養面でも文句無し。けれど作るには途轍もない手間と時間が必要で…。
「す、少し考えさせて下さい。…ヒルマンたちにも相談してみた上で結論を…」
「ヘタレ!」
何年振りかで聞いた単語がダイニングに響き渡りました。
「ぼくに満足な食事もさせられない男が伴侶だなんて泣けてくるよ。当分おやつしか食べてやらない! ついでに青の間にも立ち入り禁止だ!」
先に帰って反省してろ、とキャプテンを強制送還したソルジャーはオリオ・スープを何度もお代わり。本当に気に入ったみたいですけど、自分の世界で食事代わりに食べられる日は来るのでしょうか? キャプテンの愛が試されるのは構わないとして、スープ作りで疲れ果てるクルーが出て来ないよう、こっちで量産すべきですかねえ…?
究極のスープ・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
ドタバタとトンデモ展開が売りのシャングリラ学園ですけど、たまにはほのぼの。
お料理大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」にスポットライトを当ててみました。
作中に出てくるオリオ・スープは実在しますし、レシピもそれに基づいています。
チャレンジなさりたい方は、どうぞ作ってみて下さい。
そして今月はアニテラでのソルジャー・ブルーの祥月命日、7月28日が巡って来ます。
当サイトはハレブルな生存EDを持ち、シャングリラ学園シリーズもソルジャー生存で
完結しておりますから、追悼の必要は微塵も無かったりしますけど。
節目の月だけに、今月は 「第1&第3月曜」 の月2更新にさせて頂きます。
次回は 「第3月曜」 7月15日の更新となります、よろしくお願いいたします。
更に7月28日には 『ハレブル別館』 の方に短編をUPする予定でございます。
「ここのブルーは生きて青い地球に行けたんだっけ」と再確認して頂ければ幸いです。
毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませv
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、6月はホタル狩りで大荒れでしたが、さて、7月はどうなりますやら。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
生徒会室の過去ログ置き場も設置しました。1ヶ月分ずつ順を追って纏めてあります。
1ヵ月で1話が基本ですので、「毎日なんて読めない!」という方はどうぞですv