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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

いきなり押し掛けてきて大人の時間のマンネリを解消したい、と言い出したソルジャー。あちらの世界のドクター・ノルディには倦怠期だと診断されただけで全く相談に乗って貰えず、私たちの世界のエロドクターを頼ってきたのです。キャプテンと共に受診するソルジャーには私たちまで付き合わされて…。
「…倦怠期だと言われたのですか?」
ドクターは大真面目な顔でソルジャーに向かって問い掛けました。
「失礼ですが、最近はどんな具合です? 一緒に過ごす時間がグンと減ったとか、一緒にいても楽しくないとか…。夜の時間も大切ですね。回数は?」
「てんでダメだね。ヌカロクなんて夢のまた夢」
またヌカロクが出て来ました。これってどういう意味なんでしょう? よくソルジャーが口にしますけど、私たちには分かりません。けれどエロドクターにはちゃんと通じて…。
「ヌカロクですか? それはまた…。日頃は随分とお楽しみだったようですね。それが減ったと仰るので? その程度なら問題なさそうですが…。セックスレスではないわけですし」
「「「………」」」
セックスレスは私たちでも分かります。真っ赤になっている私たちの前で、ソルジャーが。
「ああ、回数というのはそっちのことかい? そっちだったら毎日かな。…たまにハーレイが忙しくって来られない日もあるけどさ。…そういう時にはハーレイの部屋まで押し掛けるんだけど、イビキをかいて寝てたりしたら興醒めだね。無理に起こしてもおざなりで…」
「ああ、だいたいのことは分かりました」
エロドクターはカルテに何やら書き込んでから。
「要するに本当にマンネリだというだけなのですね、問題は…。倦怠期とは少し違うという気がします。失礼ながら、あなたの世界のドクターは細かい事情を全く御存知ないらしい。包み隠さず全部お話しになりましたか?」
「ぼくとしては話しても全然平気だけども、ハーレイがとても嫌がるものでね。…マンネリだとだけ言ったんだ。つまらないんだ、とも言ったかな」
「なるほど。では、その辺りで勘違いをなさったのでしょう。セックスがつまらないのは倦怠期の典型的な症状です。…それが酷くなるとセックスレスになるわけですが、あなたは単につまらないだけで、セックス自体を止めるつもりは全く無い…と」
「無いね」
赤裸々な会話が繰り広げられ、私たちは泣きそうでした。万年十八歳未満お断りと言われながらも十八歳にはなってますけど、それとこれとは別物です。大人の時間は私たちの理解の範疇外。つまらないとか、マンネリだとか、そんな話にはついていけません。なのにドクターもソルジャーも私たちを気にする風も無く…。
「では、私の所にいらした理由はマンネリから抜け出す方法を知りたいというだけですか? よろしかったらお手伝いさせて頂きますが」
「ありがとう。…ん? 手伝いと言ったかい? 相談じゃなくて?」
「ええ。脱マンネリには刺激が一番です。僭越ながら、私もお手伝いさせて頂きますよ。…三人でというのはお試しになったことがないのでは?」
「3Pか…。それは流石に経験が無い。うん、刺激的なのは間違いないよ」
ゾクゾクしてきた、と答えるソルジャーの瞳は好奇心に溢れていました。えっと、3Pって何でしたっけ?
『…まりぃ先生が描いてただろう、妄想イラスト』
会長さんの苦々しげな思念が私たちの脳内を横切り、頭に浮かんだのは会長さんと教頭先生とエロドクターが絡み合っている激しいイラスト。そうか、3Pってアレなんですねえ…、って、えぇぇっ!? 私たちは顔面蒼白になり、会長さんは柳眉を吊り上げています。きっと怒鳴りたい気持ちなのでしょうが、ここで割り込んだら巻き込まれそうな可能性大。3Pならぬ4Pにされてしまわないよう、じっと我慢というわけですか…。
「では、三人で楽しみましょうか」
エロドクターがニッと笑って。
「つまらない気分が解消すること請け合いですよ。御存知のように私のベッドはキングサイズですし、あちらでゆっくり…。こちらのブルーも連れて行きたい所なのですが、これだけの数のボディーガードに固められては無理でしょうねえ」
「お断りだよ!」
会長さんが叫び、私たちの方を振り向きました。
「どうやら解決したようだ。付き添い終了。さあ、帰ろうか。…良かったね、ブルー。君は好きなだけ楽しめば?」
やれやれ、やっと終わりましたか。ソルジャーとエロドクターがどうなろうと私たちの知ったことでは…って、あれ? いいんですか、会長さん? エロドクターがソルジャーを食べてしまうことになるんですけど…? キース君も同じことに気付いたらしく、会長さんの腕を掴んで。
「おい、あんた何かを間違えてないか? キャプテンはともかく、ソルジャーは見た目があんたと全く同じなんだぞ? 変な下心つきの解決策ってコレじゃないかと思うんだが」
「……あ……」
みるみる青ざめた会長さんは「前言撤回!」と厳しい口調で。
「その策はちょっと許可できないな。…ノルディが君で味を占めたら、ぼくの危険も一気に増す。別の方法を考えて貰わないと困るんだけど」
「…うん、実はぼくも名案とまでは思っていないよ」
意外なことにソルジャーが素直に賛同しました。
「今日の所はそれで楽しく過ごせたとしても、その後は? まさか毎日、三人で…ってわけにもいかないし。ぼくが求めているのは刺激だけではないんだよね」
ハーレイとの二人の時間が大切、とソルジャーはキャプテンを見詰めてから。
「ぼくはハーレイに満足させて欲しいんだ。うっかり流されそうになっちゃったけど、二人きりで楽しめそうな方法というのは無いのかい? …どうだろう、ノルディ?」
赤い瞳がドクターの方に向けられます。…会長さんが恐れた3Pとやらは中止になったようですけども、今度は何が出てくるのかな…?

せっかくの提案を蹴られたエロドクターは非常に残念そうでした。背中にデカデカと「もう少しだったのに…」の書き文字を背負っているのがクッキリ見えます。とはいえ、そこは腐っても医者。コホンと一つ咳払いをして、「そうですねえ…」と真剣に考え始め、5分ばかり経った頃。
「そうそう、ウッカリしていましたが…」
視線を上げたドクターがキャプテンに。
「先程からブルーばかりが話しているので、すっかり忘れておりましたよ。いえ、本物の倦怠期ではなさそうだと思って、迂闊なことを致しました。…セックスの問題は非常にデリケートなものでしてね。パートナーの意向というのも無視できません。…あなたの方は如何ですか?」
「は?」
いきなり話を振られてキャプテンはキョトンとしています。ドクターは「やっぱり…」と短く呟いて。
「もしかしなくても、つまらないと感じているのはブルーだけではありませんか? あなたの方は現状に不満があるとは思えませんが、その辺のことはどうでしょう?」
「え? あ、ああ…。そうですね、私は特に不満などは…」
「…やはりそうですか…」
ドクターはフウと溜息をつきました。
「どうやら原因はあなたにあるようです。ブルーはセックスがマンネリだと言い、あなたは不満は無いと仰る。つまり、あなただけが満足していてブルーの方は物足りない、と」
「そ、そんな…。私は自分だけ満足しようだなどと、そんな思い上がったことは…!」
キャプテンはアタフタと椅子から立ち上がらんばかりに慌てふためいて。
「本当です、私はいつもブルーのためを思って…! 妙な薬は確かにあまり飲みたくないので、ヌカロクを求められると困るのですが……それでも月に一度は応えるようにしておりますし…」
「求められるので月に一度、というわけですね。…あなたが毎日のように壊れるほどに求めすぎて、ブルーが断る日が月に一度なら分かるのですが…。セックスの主導権はブルーが握っているとお見受けしました。違いますか?」
「…………」
額に脂汗を浮かべるキャプテン。ドクターは「やれやれ」と首を左右に振り、「いけませんねえ…」と呆れた声で。
「いいですか、ブルーは受け身なのですよ? ですからブルーがマグロだというなら分かります。ところがブルーの話を聞いた感じではあなたがマグロじゃないですか」
「わ、私は決してマグロなどでは…!」
「うん、マグロなのかもしれないね」
ソルジャーは納得したようですけども、マグロって何のことでしょう? 魚のマグロではないですよね? ジョミー君たちにもマグロの意味は分からないらしく、私たちは顔を見合わせるだけ。会長さんの解説も今度はありませんでした。マグロって…なに? そんな私たちを置き去りにして会話は淡々と続いてゆきます。
「ハーレイは確かにマグロっぽいよ。…言われなければ薬も飲まない、ぼくの方からお願いしなけりゃ第二ラウンドが無いこともある。衝動のままに思いっきり…って、そういうことは滅多にないかも。それも薬を使った時だけ」
理性を失ったキャプテンは滅多に見られないのだ、とソルジャーは唇を尖らせました。
「やることはやっているけど、ノルディの言うとおりマグロと大して変わりないね。…マグロが相手じゃマンネリになるのも無理ないか…」
「そうでしょう? そこが問題なのです」
大きく頷くエロドクター。
「理性を失うことすら恐れるようでは、さぞかしマンネリなのでしょうねえ…。いえ、私も自分のペースで楽しみたいので理性は残しておくタイプですが、その分、テクニックで埋め合わせするようにしておりますよ? 私の技で相手が乱れるのを見るのは楽しいものです。ですが、この様子ですと、ブルーが乱れるなどということは…」
「うん。そっちの方も滅多にないよ」
つまらないんだ、とソルジャーがキャプテンを横目で眺めながら。
「何もかも忘れて快楽だけに溺れたい時ってあるじゃないか。だけどハーレイには伝わらないしね、ぼくの方から積極的に打って出るしかないってわけ。…誘惑するのはいつもぼくだ」
「それは立派なマグロですねえ…」
身体の方も大きいですが、とエロドクター。
「お身体のサイズに見合った御立派なモノをお持ちなのでしょうが、マグロでは宝の持ち腐れです。誘うのは常にブルーですか…。いやはや、なんとも情けない」
「だろう? 場所もシチュエーションもリードするのはぼくなんだよ。おまけに断られちゃうことも珍しくない。青の間か、ハーレイの部屋か、その二択しか無くってね…。たまには別の場所にするっていうのも燃えるだろうと思うんだけどな」
「先日の鏡張りですか?」
「ああ、あのラブホテルは最高だったね。君の助言に感謝してるよ」
あれから二度ほど泊まりに出掛けた、とソルジャーは笑みを浮かべましたが。
「でもね、こっちの世界へ泊まりに来るのはまた別だ。ぼくは自分の世界で楽しみたい。…シャングリラにも色々と穴場はあるんだよ。深夜の展望室には誰も来ないし、格納庫のシャトルも良さそうだ。ハーレイは人が来たらどうするんだって言うんだけれど、人が来るかもしれない場所って素敵だよねえ?」
「もちろんです。深夜の公園などもお好みなのではないですか? あそこにも死角はございますから」
「分かってくれる? 何度も誘っているんだけどなあ…」
ダメなんだよ、と嘆くソルジャー。キャプテンの方は大きな身体を縮めるようにして所在無げに椅子に座っています。エロドクターとソルジャーはキャプテンをマグロだと決め付け、その方向で脱マンネリの策を練ることにしたようでした。でも、マグロって何なのでしょうね…?

「いいですか。…単刀直入に申し上げますが」
エロドクターがキャプテンの方へ向き直ったのは、当人を無視したマグロ談義が大いに盛り上がった後のこと。キャプテンが恐る恐るといった様子で「はあ…」と返事を返すと、ドクターは。
「あなたに足りないのは積極性です。ブルーをリードするのは自分だ、という気概が感じられません。受け身のブルーに主導権を渡してどうするのです? そんな調子だからマンネリだのマグロだのと詰られるのですよ」
「しかし…。しかし、ブルーはソルジャーで…」
「それが何だと言うんです? ならばあなたが受け身になればよろしいでしょう」
「…い、いや……それは…」
困る、と呻くキャプテンの姿で思い出したのは「ぶるぅ」のママの座の押し付け合い。キャプテンが受け身というのは考えたくもありません。ソルジャーも本音は同じですからドクターを止めに入りました。
「ハーレイが受け身というのはちょっと嫌だな。それくらいならマグロでいいよ。…ノルディ、名案を思い付いたんなら脱線しないでサクサクと…」
「そうですか? どうにも不甲斐ないものですから、ついつい言いたくなるのですが…。ブルー、あなたもハーレイのヘタレっぷりに慣れてしまっておられるのですね。マグロでいいだなどと仰っていると脱マンネリは不可能ですよ?」
「うーん…。でも方法はあるんだよね?」
「…甚だ不本意なのですけどねえ…」
ドクターは大袈裟に肩を竦めてみせながら。
「同じヘタレでも、自分がブルーをリードしてゆくのだと心意気だけは立派な男がおりますでしょう? あそこに弟子入りしてはどうかと」
「「「はぁ?」」」
ソルジャーとキャプテンばかりか、私たちも声を上げていました。心意気だけは立派な男って、ひょっとして教頭先生のこと…? ソルジャーが瞳を大きく見開いて。
「…それって…。もしかしなくても、こっちの世界のハーレイかい?」
「ええ。御存知のとおり、ブルーを想い続けて三百年の筋金入り。しかも童貞、ヘタレっぷりでは右に出る者はおりません。…ですが、いつかブルーを嫁にするのだと思い込んでいるだけあって、ブルーのオモチャにされてはいても、夢は大きく果てしなく……です」
「それはまあ……そうかもしれないね。あそこで花嫁修業をしたこともあるし。そういえば、あれはハーレイも乗り気だったんだっけ」
思い出した、と手を打つソルジャー。球技大会でギックリ腰になった教頭先生のお世話をするのだ、とソルジャーが乗り込んできた事件があったのでした。あの時もエロドクターと結託してロクでもないことをしていましたが…。エロドクターは我が意を得たり、と頷いて。
「あなたのハーレイが乗り気だったのは、自分がリードする立場になれるかもしれないと思ったからでしょうね。そこが大事な所です。…こちらのハーレイはブルーをリードしたくて堪らず、あれこれ夢を見ています。あなたのハーレイがその夢を学んで実践したら……何が起こると思いますか?」
「え? え、えっと……どうだろう? 結婚式かな?」
「結婚式はお嫌いですか?」
「まさか! 結婚したんだ、ってシャングリラ中に宣言出来たら幸せだろうって時々思うよ。…ハーレイの性格からして諦めてるけど」
残念だよね、と漏らすソルジャーにドクターは。
「そうでしょう? あなたが諦めている結婚式を夢見ているのが、こちらの世界のハーレイです。もちろん結婚生活の方も抜かりなく準備しておりますし…。ですから学ぶことは多いと思いますよ」
「あ! 新婚グッズに憧れたって、ハーレイ、自分で言ってたっけ!」
そうだよね? と念を押されて、キャプテンは頬を赤らめました。以前、人魚の姿で泳ぎまくる『ハーレイズ』を結成させられた時、教頭先生とそういう話をしていたのだと聞いています。エロドクターは「それは結構」と相槌を打ち、キャプテンに。
「そういう下地があるのでしたら大丈夫でしょう。ぜひハーレイから結婚生活の極意を学んで下さい。脱マンネリにはマグロのままではいけません。リードするぞ、と頑張らなければ…。そうすれば日々、新鮮ですよ」
もっと積極的にアプローチを! とエロドクターはキャプテンを煽り、教頭先生宛に紹介状を書いたのでした。
「…私がお手伝いしたかったのですけどねえ…。ブルーの望みでは仕方ありません。円満解決を願っていますよ、落ち着かれましたら私のこともお忘れなく」
いつでもお待ちしております、とソルジャーの手に恭しく口付けをするエロドクター。紹介状を持ったキャプテンを囲むようにして私たちはドクターと別れ、青いサイオンの光に包まれました。目指すは教頭先生の家。リビングで寛いでらっしゃるそうです。いきなり大人数でお邪魔しちゃったら御迷惑かな…?

テレビを見ていた教頭先生は、突然現れた私たちの姿に腰を抜かさんばかりにビックリ仰天。それでも手早く人数分の飲み物を用意してくれたのが凄いです。会長さんは「ダテに独身生活、長くないから」なんて笑ってますけど、いいんでしょうか? キャプテンは脱マンネリのために弟子入り志願で、紹介状まで持ってるんですが…。
『いいんだってば。弟子入りするのはキャプテンだしね。…これが逆なら悲劇だけどさ。いや、喜劇かな?』
教頭先生が軽食を作りに行っている間に会長さんが思念でコソコソと。
『前にキャプテンから結婚生活のためのテクニックを伝授されてオーバーヒートしちゃった事件があっただろう? ハーレイは教えることは出来ても学べないよ。ヘタレで童貞、キャパシティが足りなさすぎる』
だから絶対大丈夫、と会長さんの思念は笑いを含んでいます。教頭先生がキャプテンに伝授されたのは大人の時間のテクニックでしたが、あまりにも刺激が強すぎたのか、鼻血を噴いて倒れてしまい、教わった知識も綺麗サッパリ吹っ飛んで消えてしまったのでした。ソルジャーの注文の『ハーレイズ』に付き合わされた御礼に貰った知識だったのに…。
「さて、ハーレイはどうするのかな? 弟子入りを断るような真似はしないと思うけどねえ…」
会長さんが声に出してそう言った時、教頭先生が焼きおにぎりとタラコのカナッペを運んで来ました。
「すみません、ロクな食材が無かったもので…。ところで、弟子入りと聞こえましたが、そういう御用でいらしたのですか?」
「そうなるかな」
返事したのはソルジャーです。教頭先生は「えっ」と一瞬、絶句して。
「まさか、あなたが柔道を…? 断ることはしませんけども、私の指導は厳しいですよ。柔道に関しては手加減と手抜きはしない主義ですから」
「違う、違う。弟子入りするのはハーレイなんだ」
「はあ…?」
「それに柔道を習うわけでもない。紹介状を持ってきたから読んでみて。…ほら、ハーレイ」
ソルジャーに促されたキャプテンが差し出す紹介状を受け取った教頭先生の眉間の皺が深くなります。
「…ドクター・ノルディ…?」
「本物の紹介状だよ、医者としてのね。内容はちょっとアレだけど…」
「………???」
封筒を開け、中身を読んだ教頭先生の表情は実に複雑でした。そりゃそうでしょう、ソルジャーとキャプテンの大人の時間を円満にするために協力しろと言うのですから! マンネリ以前に童貞一直線の教頭先生には気の毒としか言いようがありません。…しかし。
「分かりました。…私でよければ御相談に乗らせて頂きましょう」
「「「えぇっ!?」」」
てっきり断るものだと思い込んでいた私たち。教頭先生って太っ腹なんだ…。
「断るわけにはいかんだろうが」
教頭先生は穏やかな笑みで。
「紹介してきたのはノルディだぞ? いくらブルーが嫁に来てくれない寂しい独身者だと言っても、自分が惨めになりそうだからと断ったりしたらどうなると思う? ここぞとばかりにノルディが何をやらかすか…。場合によってはブルーの方にもとばっちりが行きそうでな」
うわわ、流石は教頭先生! 童貞生活三百年でも3Pと4Pの危機を見抜きましたか…。会長さんは「鋭いね」と教頭先生を褒め、紹介状は正当なものだと説明してから。
「そういうわけで、指導をお願いしたいんだ。…ただし! ブルーの脱マンネリの手伝いをしたからと言って、ぼくを落とせるとは思わないように。ぼくは嫁入りする気は無いしね」
「そうだろうな。だが、お前に頼みごとをされると悪い気はせん。それだけで充分、満足だ」
にこやかに笑う教頭先生の言葉に、ソルジャーが。
「…なるほどねえ…。ぼくがハーレイに頼みごとをすると、確かに聞いては貰えるけれど……「満足だ」なんて台詞、一度も聞いたことが無いかもしれない。これがリードする側の余裕ってヤツかな? ぼくのハーレイには大いに学んで貰わないとね」
「努力します…」
項垂れるキャプテンは如何にも自信が無さそうでした。そんなキャプテンに教頭先生は「大丈夫ですよ」と声を掛けて。
「要はブルーを嫁に貰った時の私の理想をお教えすれば良いのでしょう? なに、簡単なことばかりです。…ですが、お仕事のスケジュールもおありでしょうし…。その辺のことはどうすれば? 私は学校から帰った後と、土日はいつでも空いていますが」
「ああ、それね」
ソルジャーが代わりに答えました。
「ぼくのハーレイもスケジュールは似たようなものなんだ。ブリッジ勤務が終わったら君の家までぼくが送るよ。帰りの方も適当に…。とりあえず今日は顔合わせってことで、本格的には明日からどうかな?」
「かまいませんよ。…それでは明日から、ブルーを嫁に迎えたつもりで御指導させて頂きます。お役に立てればいいのですが…」
「普段通りの妄想炸裂でいいんだよ」
会長さんが横から割り込んで。
「紹介状に書いてあっただろう? ブルーはリードされる生活をしてみたいんだ。君の夢は仕事から帰ってきたら笑顔のぼくが出迎えてくれて、「食事にする? それとも先にお風呂にする?」って尋ねてくれることなんだろう? フリルひらひらのエプロン姿で」
「う…。ま、まあ……。そういうことだ」
「でもって食事よりも先に食べてしまいたいのが、ぼくだっけ? 二人で一緒にお風呂に入って…。おっと、いけない。授業の内容を先取りしたら教えることが無くなっちゃうよね。理想のバスタイムとか、食事とか。色々と細かく教えてあげて」
脱マンネリは大切だから、と会長さんに耳元で囁かれて、教頭先生は慌てて鼻をティッシュで押さえています。とことん初心な教頭先生と、やることだけはやっているのにソルジャーに努力が足りないと詰られているキャプテンと。こんな二人が師匠と弟子で、本当にソルジャーの希望の脱マンネリになるのでしょうか…?
「ハーレイ、明日から頑張るんだね。お前の成長に期待している」
ソルジャーは偉そうに言い放つと、教頭先生に「頼んだよ」とニッコリ微笑みかけました。
「ハーレイの教育が上手くいったら、ぼくからの御礼がある…かもしれない。こっちのブルーが邪魔しに飛び込んで来なければ…ね」
「余計なことはしなくていいっ!」
会長さんの怒鳴り声にソルジャーはクスッと小さく笑って。
「ハーレイ、御礼は要らないそうだよ。…じゃあ、今日の所は帰ろうか。こっちのノルディに相談に来て良かったよねえ。…お前がマグロと言われなくなったら、ぼくの人生バラ色だろうなぁ」
そしたら家出もしなくて済むし、とキャプテンの手を軽く握ってソルジャーは姿を消しました。えっと、これからどうなっちゃうの? 今夜は遅いので会長さんが家に泊めてくれると言っていますが、明日からの教頭先生とキャプテンの師弟関係が心配です。教頭先生、ちゃんと指導が出来るのでしょうか? それにマグロって、結局、何? お寿司が食べたくなってきました。夜食にマグロの漬け丼っていうのも良さそうですよね~!



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坊主カフェやら教頭先生の剃髪ショーやら、坊主一色だった学園祭が終わると空気は初冬。紅葉便りの季節です。来月にはキース君の伝宗伝戒道場入りも控えていますし、暖房が無いという過酷な道場だけに「暖冬になるといいね」と皆で話題にしてたのですけど…。
「残念だったねえ、キース」
会長さんが家から持ってきた朝刊の1面を指差しました。
「恵須出井寺で初雪だってさ。平年よりも1週間ほど早いようだし、来月は寒くなりそうだよ」
「…気が滅入るから言わないでくれ。最近は朝晩も冷え込むしな」
もう考えないことにした、とコーヒーを啜るキース君。私たちはいつものように「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に集まっています。柔道部三人組は部活を終えてからの合流で、焼きそばを平らげてからマロンパイでティータイム。
「先輩に聞いた話なんだが、道場で何が辛いと言って夜の寒さが半端ないらしい。昼間は修行に打ち込んでいるから気にならなくても、布団に入ると一人だしな。もちろん私語は厳禁だ。…畳から冷気が這い上がって来て眠るまで時間がかかるんだとさ」
「「「………」」」
それはなんとも寒そうだ、と私たちは身体を震わせました。寝床の中は暖かいものだと思っているのに、身体の下から冷えるだなんて…。シールドでなんとかならないのかな?
「キースには無理だね」
冷たく突き放す会長さん。
「サイオン・シールドは目的に合わせて使い分けが必要なんだ。姿を隠すとか、衝撃を防ぐとか、周囲の空気を遮断するとか。つまり微細なコントロールが欠かせないわけ。そこまでの力はキースには無いよ」
「俺も頑張ってはみたんだが…。どうも才能が無いようだ」
諦めて霜焼けになってくる、とキース君は溜息をついています。霜焼けは道場の名物だそうで…。
「まあいいさ。いずれはサムもジョミーも行くだろ? 一足お先に体験してくる」
「ちょ、ちょっと待ってよ、なんでぼくが!」
ジョミー君が慌てていますが、キース君の方は心得たもの。
「何を今更…。ブルーの弟子になったんだろうが。本山に届けは出ていなくても、今や立派な仏弟子だ。正式な坊主になるのに大学は必要ないんだぞ? 決められた量の修行をこなせば伝宗伝戒道場に行ける」
「そうだぜ、ジョミー」
サム君が横から割り込みました。
「璃慕恩院でも定期的にやってるらしいし、本格的にやりたいんならキースの大学に特別コースがあるんだってさ。大学の授業とは関係なしに坊主目指してまっしぐら! ただ、全寮制で2年みたいだけど」
「全寮制…? なんだよ、それ…」
真っ青になったジョミー君に、キース君が。
「ああ、そういうコースも存在するな。大学の卒業資格は貰えないんだが、2年の間みっちり学べば伝宗伝戒道場に行ける。ある意味、最短コースとも言うか…。俺は大学も卒業したかったから、普通に大学生だがな」
「……2年……」
青ざめているジョミー君ですが、キース君は楽しそうに。
「他にも1年で終わる専修コースがあるんだぜ。通信教育講座もある。だが、人気は2年コースだな。仏教の聖地への研修旅行なんかも行けるし、なにより坊主に専念できる。寮では法衣か作務衣を着用、男子は丸刈りが鉄則なんだ」
「丸刈り…?」
「当然だろうが。坊主専門コースだぞ? 6時起床で講義の合間にお勤めに掃除、勉強会。…どうだ、サムと一緒に行ってみないか?」
ニヤニヤしているキース君ですが、全寮制だとシャングリラ学園はどうなるんでしょう? 二足の草鞋は難しいのでは…? その心配を払拭したのは会長さんです。
「そうだね、サムと二人で行ってみるかい? 紹介状なら書いてあげるよ、入試は無くて条件は得度だけだから。…シャングリラ学園の方は休学扱いにするのもいいし、暇な時だけ顔を出すって形にしても問題ない。欠席大王のジルベールなんかは一度も来ない年もあるしさ」
「…で、でも…。全寮制だとサムが困るよ? ブルーに会えなくなっちゃうじゃないか」
「そっちの方は任せといてよ。面会に行けば済む話だ」
毎日でもね、と悪戯っぽく笑う会長さん。
「ぼくは璃慕恩院にもキースの大学にも顔が利く。ついでに寮は二人部屋だ。ジョミーとサムを相部屋にすれば、夜中にコッソリ遊びに行っても誰にも見咎められないし!」
「なるほど。…あんたならシールドも完璧だから、他の連中にはバレないだろうな」
キース君が相槌を打ち、ジョミー君は泣きそうな顔で。
「待ってよ、サムも乗り気なわけ? 全寮制とか本気なわけ…?」
「え? 俺はまだ何も決めてないけど…」
どうしようかなぁ、とサム君が首を捻っています。
「毎年、夏に璃慕恩院とかカナリアさんとかで集中講座があるらしいんだ。三週間って言ったかな? それを三年間ほどこなして、試験を受けて合格すれば伝宗伝戒道場に行けるみたいだし…。シャングリラ学園に通いながら坊主を目指すならコレがいいかな、って」
「うわぁ…。勘弁してよ、ぼくは坊主は嫌なんだってば!」
「得度しただろ? 俺と一緒に頑張ろうぜ」
まずは朝一番のお勤めから、とサム君に勧誘されて逃げ腰になるジョミー君。会長さんの家での朝のお勤めに一度も出掛けていないのだそうで、お坊さんへの道は遠そうですねえ…。

そうやってワイワイ騒いでいると、不意に空気が揺らめいて。
「こんにちは」
紫のマントが翻り、ソルジャーが姿を現しました。
「今日も賑やかにやってるね。えっと、ぼくのおやつは…」
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
お客様だぁ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がキッチンの方へ駆けてゆきます。戻ってきた手にはマロンパイとティーセットを載せたお盆が…。
「いつも悪いね。うん、今日のおやつも美味しそうだ」
ソルジャーは勝手知ったる他人の家とばかりにソファに腰掛け、マロンパイにフォークを入れながら。
「お坊さんの話に花が咲いていたようだけど、ハーレイは結局どうなったわけ? 学園祭でブルーに坊主頭にされてしまって、お金でカタをつけたんだろう?」
「まあね」
思い出し笑いをしている会長さん。
「後夜祭が終わったら勝手に元に戻ると思ってたらしい。なのに家に帰ってもそのままだから、ぼくに電話をかけてきたんだ。それで思い切り吹っかけてやった」
会長さんは「すぐに戻すなら幾ら、一日なら幾ら…」とボッタクリな価格を告げたのです。教頭先生は泣き泣き最高価格を支払い、元に戻して貰ったのですが…。
「ぼくが受け取ったお金は御布施だからね、ついでに法名をプレゼントしようとしたら断られちゃった。ジョミーですら得度したというのに、まだまだ覚悟が足りないらしい」
「そうか…。やっぱりお坊さんにはならないんだ?」
「うん。往生際だけは悪いからね」
ヘタレだから、と溜息をつく会長さんにソルジャーは。
「君一筋に三百年で、童貞まっしぐらのハーレイですら色々と詰めが甘いってわけか…。だったら仕方ないのかなぁ? ぼくのハーレイがマンネリ街道一直線でも」
「「「は?」」」
いきなり飛躍した話に私たちは首を傾げました。マンネリという単語は耳にタコが出来るほど聞かされてますが、またまた何か問題が…? ソルジャー、家出してきたとか…?
「いや、今回は家出じゃないんだ」
誰の思考が零れていたのか、ソルジャーは苦笑しています。
「毎回々々、家出ばかりじゃ芸が無いしね。それも一つのマンネリってヤツだ。…この前、ぶるぅを預かって貰った時のことは覚えているだろう?」
「ああ、あれな…」
キース君の視線が遠くなって。
「子供だと思って放っておいたら酷い目に遭った。あいつは元気にやってるのか?」
「お蔭様で。こっちにも何度か遊びに来てるし、ゲームの方も楽しんでるよ。だけど悪戯は止まないね。…覗きだけはやらないように厳しく言ってあるけれど」
ソルジャーとキャプテンの大人の時間を覗き見した「ぶるぅ」を預かる羽目に陥った記憶は私たちの中でも鮮明です。悪戯禁止と言われてストレスが溜まった「ぶるぅ」がやらかした悪戯は、自分が覗き見した大人の時間をDVDに記録するというヤツで…。
「ぶるぅを預かって貰ったことは有意義だった」
大いに役に立った、と続けるソルジャー。
「持って帰ったDVDは青の間で再生可能に出来たし、あれでハーレイを教育したんだ。マンネリから抜け出せないなら、せめてサービスに努めるように…って」
「そこまで!」
会長さんが遮りましたが、ソルジャーはチラリと横目で見ただけ。
「いいじゃないか、別に実演するわけじゃなし! 万年十八歳未満お断りの団体様だとは聞いているけど、実年齢は十八歳になってるよねえ? 性教育なんてモノもあるんだし、聞くだけなら特に問題ないさ」
でね、とソルジャーは言葉を続けて。
「ハーレイは真面目に頑張った。あの映像を再生しながらやるというのは刺激的だね。あんなに燃えるシチュエーションは鏡張りの部屋以来かな? とにかく素敵で、大満足で…。そこまでは良かったんだけど」
「「「???」」」
「…過ぎたるは及ばざるが如し、っていうのは本当だったよ。ハーレイときたら、あの映像を流しさえすればぼくが喜ぶと思ったらしい。来る日も来る日も映像つきっていうのはちょっとね…。それを指摘したら平謝りで、映像はそれっきり流さなくなった。そして中身はマンネリだ」
つまらないんだ、とソルジャーは唇を尖らせました。
「ぼくとしては毎日とまでは言わないから、たまには刺激が欲しいんだよ。マンネリから抜け出せなくても、こう、ちょっとした遊び心とか…。それでノルディの所へ行った」
「「「えぇっ!?」」」
腰が抜けそうになる私たち。よりにもよってエロドクターの所へ、ですか…? が、ソルジャーは慌てて手を振って。
「違う、違う。ノルディはノルディでも同じ名前の別人さ。…ぼくのシャングリラのドクターだよ」
「「「………」」」
ああ良かった…。そのドクターなら安心です。仕事の虫だと聞いてますから! ソルジャーは「そうなんだよ」と頷いて。
「誰にも聞かれたくない話があるから、と頼んだら時間を空けてくれた。それでハーレイと二人で出掛けて行ったんだけど、仕事の虫じゃ話にならないねえ…」
事務的すぎる、と嘆くソルジャー。
「ノルディはぼくとハーレイの事情を知っているんだ。だから脱マンネリに知恵を貸してくれるかと思えば、いとも簡単に言ってのけた。倦怠期ってヤツですね…って」
会長さんがプッと吹き出し、キース君も笑いを堪えています。倦怠期って…やっぱり私の考えた意味で合ってるみたい。ジョミー君たちも複雑な顔。ソルジャーは「笑い事じゃないよ!」と声を荒げて。
「とにかくノルディはダメだった。男女間の倦怠期における解決法をつらつらと述べて、挙句になんて言ったと思う? …男同士の倦怠期についてはデータが無いので、被験者になって頂けると嬉しいのですが…って!」
今度こそ会長さんは可笑しそうに笑い出しました。私もついつい笑いがこみ上げてきて、もう止めるのも難しくって…。ソルジャーの世界のドクター・ノルディは最高かも~!

散々笑って笑い転げて、涙まで溢れ始めた頃。…物凄い殺気で我に返ると、ソルジャーが射殺しそうな瞳で私たちを見詰めています。
「…所詮やっぱり他人事か…。こんなことなら事前承諾なんかを貰いに来るんじゃなかったかな?」
「あ…。ごめん」
会長さんが素直に謝り、私たちにも謝るようにと促してから。
「事前承諾って何のことさ? 話がサッパリ見えないんだけど…?」
「今までの流れで分からないかな? ぼくはマンネリで悩んでるんだよ。ハーレイを連れてわざわざ相談に行くくらいにね」
無駄だったけど、と盛大な溜息を吐き出すソルジャー。
「ぼくの世界のノルディ相手じゃ話にならないことは分かった。…だったら相談相手を変更するしかないだろう? ぶるぅのストレスを的確に診断してくれたノルディは信頼できる」
え。それってまさかのエロドクター? 目が点になった私たちにソルジャーはフンと鼻を鳴らして。
「こっちのノルディはテクニシャンだと自負しているし、百戦錬磨のツワモノだしね。ぼくとハーレイの倦怠期とやらにも相応の助言をしてくれそうだ。…それで相談に行こうと思ったんだけど、ブルーの承諾が必要かなぁ…って」
「…なんで?」
怪訝そうな会長さんに、ソルジャーは心底呆れた風で。
「えっと…。危機感が無いとは天晴れだねえ? こっちのノルディは君に御執心で、そのお蔭でぼくも美味しい思いをしているんだよ? そんなぼくがパートナーも一緒だとはいえ、とてもデリケートな相談をしに行くんだけれど? …あのノルディが提示してくる解決策が下心ゼロと言い切れるかい?」
「「「………」」」
それはヤバイ、と私たちも遅まきながら気が付きました。なんと言ってもエロドクターです。ソルジャーとキャプテンのためと言いつつ、自分にも利益がありそうな策を練らないとは断言できないわけで…。
「今頃やっと気付いたわけ? まあいいけどね、それならそれで勝手に行くから」
「え?」
会長さんが赤い瞳を見開いて。
「勝手に…って、初めからそういうつもりなんじゃあ? ぼくが止めても行くんだろう?」
「君の承諾を貰いに来たって言ったじゃないか。…心配だったら付き合ってくれればいいんだよ。そこの子たちも一緒にね」
ソルジャーは唇を笑みの形に吊り上げました。
「ぼくのハーレイも連れて行くけど、ハーレイに遠慮は無用だから! どうせ元からヘタレなんだし、ギャラリーが山ほど居並ぶ前で診断を受けて貰うつもりさ。とても素敵な見世物だろう?」
「…見世物って…」
それはあまりに酷過ぎるのでは、という会長さんの言葉は無視されました。
「ハーレイのマンネリは今に始まったことじゃないんだよ? ぼくが家出をしてきたのだって一度や二度じゃないだろう? 本当はハーレイを叩き出したい所だけれど、キャプテンを船から放り出したら大変なことになるからねえ…」
ヒラのクルーなら良かったのに、とソルジャーは肩を竦めていますが、何かとお騒がせでトラブルメーカーなソルジャーのお相手が普通のクルーに務まるとは思えません。だからこそキャプテンが恋人なのでは…と思うのですけど、余計なお世話ってヤツなんでしょうか? 私たちが顔を見合わせていると、ソルジャーは。
「そういうわけで、ぼくのハーレイを呼んでもいいかな? ついでにノルディに診療の予約を入れたいんだけど、君たちも一緒についてくる? それともぼくとハーレイだけで…」
「ついて行く!」
間髪を入れずに叫んだのは会長さんでした。
「さっきは真面目な相談に行くんだと思っていたけど、急に不安になってきた。君のハーレイを見世物だなんて言い出すしね…。そこへノルディだ。君とノルディが揃うとロクなことにならない。…診療の予約は取ってあげるから、ぼくも一緒に…」
「ついでにそこの子たちもね。ブルーのボディーガードなんだろう?」
ソルジャーに訊かれて、頷かざるを得ない私たち。サム君だけは会長さんのためなら火でも水でも気にしませんけど…。こうしてエロドクターの診療所へのお出掛けが決まり、会長さんが予約の電話を入れました。ソルジャーの名前は出さずに、です。エロドクターが何か勘違いをしてそうですけど、知ったことではないですよねえ?

それから間もなく「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に呼び出されたのはソルジャーの世界のキャプテンです。船長服のキャプテンは周囲を見回し、私たちがズラリと居並ぶ光景に首を傾げて。
「…ソルジャー、極秘のお呼び出しだと伺いましたが…?」
「極秘だよ? ゼルたちにも秘密にしてあるしね。ああ、シャングリラのことなら大丈夫だ。ぶるぅが青の間で頑張っている」
いざとなったら連絡が来るよ、とソルジャーは澄ましていますが、キャプテンの方はそれどころではないようで…。
「せ、先日の件の続きなのでは…? 行き先が違うようなのですが…」
「だから、これから行くんじゃないか。そうそう、予約はこっちのブルーがしてくれた。君からも御礼を言いたまえ」
「…御礼……ですか…?」
キャプテンは見事に固まりました。言動から察するに、キャプテンはエロドクターの診療所へ相談に行くものと思っていたようです。なのに違う場所に呼ばれ、あまつさえ診療の予約は会長さんが入れたとなると、プライバシーも何もあったものではありません。顔面蒼白のキャプテンに、ソルジャーがクッと喉を鳴らして。
「心配しなくても、ブルーは予約を入れただけだよ。こっちのノルディは誰を診るのかも知らないから」
「そ、そうなのですか? …すみません、お手数をおかけしました」
深々と頭を下げたキャプテンでしたが、ソルジャーは容赦なく追い打ちを。
「ノルディは何も知らないけどね、ここの連中は全部知っている。ついでに診療所にも付き添ってくれることになっているから、覚悟しといて」
ぐえっ、と短い悲鳴が聞こえてきたのは気のせいではないと思います。キャプテンは脂汗を流しながら必死に付き添いを断ろうとしたのですけど、ソルジャーが許すわけがなく…。
「旅の恥はかき捨てって言うだろう? ここは究極の旅先だ。どんな恥をかいてもシャングリラの皆には絶対バレない。君のセックスがマンネリだとか、しょっちゅう飽きられて家出されてるとか、そういうことはとっくの昔にこっちの世界じゃバレバレなんだよ。恥の上塗りの一枚や二枚、気にしなくっても問題なし!」
キャプテンはガックリ項垂れ、眉間の皺を揉んでいます。こんな調子でエロドクターの診療所に乗り込んで行ったら、どんな展開になるのやら…。気の毒としか言いようのない状況でした。けれども時間は止まることなく、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が早めの夕食を用意してくれ、食欲の無いキャプテン以外はピラフやシチューを詰め込んで…。
「そろそろかな?」
壁の時計を眺めるソルジャー。
「この面子だと、タクシーよりも一気に飛ぶのが一番だよね?」
「えっと…」
会長さんがサイオンで診療所の様子を探ってから。
「うん、受付の人もスタッフもいない。予約を入れたのはぼくなんだから、そうするだろうと思ってたけどさ。情報撹乱の必要もないし、瞬間移動も問題ないね」
「よし! それじゃ行こうか。ハーレイ、専門家の質問には包み隠さず答えること! でないと正確な診断結果が出ないから。…ブルーとぶるぅはそこの子たちを連れてくんだよね?」
あぁぁぁぁ。私たちには逃げる機会もありませんでした。元気一杯な「かみお~ん♪」の雄叫びを合図に青いサイオンの光が溢れ、身体を包む浮遊感。万事休すってこのことですか~!

「…これはこれは」
驚きました、とエロドクターが両手を広げて立っています。私たちは瞬間移動で待合室に飛び込み、会長さんがサム君に護衛されながらソルジャーの方を指差して。
「電話じゃ話が長くなるから省略したんだ。…診察を受けるのはぼくじゃない。そこのブルーとハーレイだよ」
「おや。…それは少々残念ですね。とはいえ、ブルーを診察できるというのも嬉しいものです。お医者さんごっこしかやったことがありませんのでねえ…」
「「「お医者さんごっこ!?」」」
私たちの声が引っくり返り、ソルジャーがペロリと舌を出して。
「ちょっとだけね。食事に付き合うだけじゃ物足りないって時もあるとは思わないかい? あ、心配しなくてもホテルとかには行っていないよ、本物の病院があるんだからさ」
「「「………」」」
どんなお医者さんごっこなんだか知りたくもない、と頭を抱える私たちの前にエロドクターが奥からカルテを持ってきました。
「どうです、ご覧になりますか? これがブルーのカルテですが…。お遊びですから、キスマークの場所を記録してあるだけですけどね。それも上半身限定です」
「そういうこと。お医者さんごっこの正体はコレ」
見る? とカルテを受け取ってヒラヒラさせるソルジャーでしたが、見たがる人がいる筈もなく…。キャプテンなんかは真っ赤になって俯いています。そりゃそうでしょう、自分とソルジャーの間の秘密を記録されていたというのですから。
「ほほう…。そちらのハーレイにお会いするのは初めてですが、こちらのハーレイに負けず劣らず、ヘタレでらっしゃるようですねえ…。お医者さんごっこなど可愛いものではありませんか。キスマークを見られて困ることでも…?」
明らかに面白がっているエロドクターは、実はキャプテンと初対面ではありません。ドクターは記憶を失くしてますけど、その昔、ソルジャーを食べようとしてあちらの世界に乗り込んだ時、ソルジャーに一服盛られた挙句にキャプテンにヤられてしまった不幸な過去が。ですからキャプテンはもっと強気に出られるんだと思いますけど、違うのかな?
『無理、無理! ぼくの命令でやったことだし、そこに至るまでの事情も知っているからねえ…。こっちのノルディには敵うわけないよ、なんと言ってもヘタレだから!』
ソルジャーの思念に解説されて、私たちはキャプテンの負けを確信せざるを得ませんでした。エロドクターはそんなキャプテンとソルジャーを診察室へ促し、並んで椅子に腰掛けさせて。
「…さて、本日はどうなさいました? そちらの世界にも私そっくりのドクターがいたと思うのですが、お役に立てなかったのですか? それとも、お医者さんごっこのカルテが必要になったとか…?」
意味深な笑みを浮かべるエロドクターに、ソルジャーが。
「お医者さんごっこで作ったカルテねえ…。案外それもいいかもしれない。…ただし、ハーレイがお医者さんになり切れないと意味が無いけど」
「「「は?」」」
ドクターもキャプテンも、私たちも首を捻りました。お医者さんごっこが何ですって?
「なんて言えばいいのかな? そういうプレイも新鮮かな、って…。ハーレイがぼくにキスマークをつけながら、丹念にカルテに記録する。そういえば、お医者さんごっこはしたことなかった」
思い付きもしなかったよ、とソルジャーは一人で納得してから。
「ノルディ、君に折り入って相談がある。…ぼくとハーレイのプライベートに関わることで、外に漏らしたくないからよろしく頼むよ」
「守秘義務…というヤツですか? それにしては付き添いの数がやたらと多いようですが…? ぶるぅはともかく、他の皆さんはどうするのです?」
「かまわないのさ、ギャラリーだから。ぼくのシャングリラに知れ渡らなければいいんだしね。…ぼくの世界のノルディにも相談したんだけれど、全く話にならなくてさ。それでこっちに来ることに…」
ソルジャーはキャプテンの肩をポンと叩いて。
「ハーレイ、さっきのカルテごときで赤くなるとは情けないねえ…。脱マンネリの相談に乗って貰うんだろう? アドバイスに耳を傾けなくちゃ」
「脱…マンネリ…ですか?」
ポカンとしているエロドクターに、ソルジャーはパチンとウインクをして。
「そうなんだ。ぼくの世界のノルディは倦怠期だと診断した。…この状態から脱出するにはどうすればいい? 名案を期待しているよ」
瞳を輝かせているソルジャーと、大きな身体を縮こまらせているキャプテンと。…エロドクターは何と答えを返すのでしょうか? 万年十八歳未満お断りでも理解できればいいのですけど、分からない方が幸せかな…?



学園祭の準備が始まりました。坊主カフェでお客様に出すお菓子は紅葉を象った練り切りです。お点前担当は会長さんの他にマツカ君とキース君。御曹司なマツカ君に茶道の心得があるのは知ってましたが、キース君とは意外でした。けれど会長さんは当然のように。
「だから言っただろう、お寺と茶道は関係が深い、って。本山の行事なんかだと献茶と言ってね、茶道の家元が来て御本尊様にお茶を供えることもある。坊主たる者、茶道の心得も必要なんだよ」
「そういうことだ」
ほれ、とキース君が点てたお抹茶をマツカ君がテーブルまで運び、ジョミー君たちは見学中。これがお手本で、男の子たちは毎日お抹茶を運ぶ練習をしているのです。そこそこ形になってきたので、今日は本番さながらに衣装も着けて練習しようということで…。
「かみお~ん♪ 奥のお部屋に用意したからね! 着付けのお手伝いをした方がいい?」
「「「………」」」
ブスッと黙り込む男の子たち。仮装衣装の専門店から届いた衣装を喜ぶ人はいませんでした。それでも会長さんにギロリと睨まれては文句も言えず、肩を落として「そるじゃぁ・ぶるぅ」の作業部屋へと。暫く経って出てきた男の子たちは墨染めの法衣に茶色の袈裟を着け、髪の毛以外はお坊さんのスタイルです。
「うん、いいね」
似合ってるよ、と会長さんが微笑んで。
「それじゃ仕上げに髪の毛の方を…。キースとジョミーは自力で頼むよ、残りの面倒はぼくが見る。…始めっ!」
会長さんの合図で男の子たちは全員見事な坊主頭に変身しました。キース君とジョミー君は見慣れてましたが、他のメンバーのは初めて見ます。シロエ君は可愛く、マツカ君はちょっと色っぽく、サム君はやんちゃな小僧さんのようで…。
「上出来、上出来。坊主カフェも人気が出るんじゃないかな、新鮮だしね。…それじゃ稽古を続けようか。お点前は引き続きキースで頼むよ」
ぼくは休憩、と会長さんは制服でソファに腰掛けたままで。
「もっと背筋をシャンと伸ばす! 姿勢の悪さは制服以上に目立つんだから! 本物のお坊さんになったつもりで礼儀作法もきちんとね」
会長さんの指導は厳しく、一通りの練習が終わった頃には男の子たちはヘトヘトでした。着慣れない法衣も負担になったみたいです。会長さんは溜息をつき、サイオニック・ドリームを解いてから。
「まずは衣装に慣れて貰わないと駄目なようだね。マツカはそこそこいけるんじゃないかと思ってたけど、普通の着物とちょっと勝手が違うかな?」
「そうですね…。この袈裟が少し動きにくいような…」
「なるほど。キース以外はてんで形になっていないし、明日から稽古は法衣ってことで。…スペアも用意してあるからさ、この部屋に来たら着替えること!」
「「「えぇっ!?」」」
ブーイングの声が上がりましたが、会長さんはサラッと無視して。
「おやつを食べたらもう一度練習するからね。ああ、その格好で食べるんだよ? 慣れが大事だ」
食べこぼしたって問題なし、と会長さんが言い、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が焼きたてのシフォンケーキを運んできます。お坊さんの衣装にシフォンケーキは似合いませんけど、学園祭までこの光景が続くんでしょうねえ…。と、会長さんが「もう一つ」とテーブルに紙を取り出して。
「はい、これをみんなに1枚ずつ。…女の子には関係ないけど、歌詞カードだ」
「「「歌詞カード?」」」
「そう。後夜祭の人気投票は知ってるよね? 今年もぼくとフィシスで一位を頂くつもりだよ。ぼくは当然、緋の衣で出る。その時のバックコーラスをお願いしたくて」
「「「バックコーラス…?」」」
なんじゃそりゃ、と渡された歌詞カードとやらを開いてみると、そこに書かれていたものは…。
「どこが歌詞だ!」
キース君が叫びました。
「般若心経を唱えてくれと言うなら分かるが、歌詞カードとは冗談にも程があるだろう!」
「そうかな? 君も知ってる筈だよ、ゴスペル般若心経ってヤツ」
「…なんだと?」
「第九のメロディーで歌うゴスペル風の般若心経! 動画サイトでも有名だよね」
これ、と会長さんが大音量で部屋に流したのは本当に般若心経でした。クラシックの名曲に合わせて朗々と歌われ、手拍子なんかも入っています。なんなんですか、この歌は…。
「胡散臭いとか思ってる? これでも本物のお寺の住職監修なんだ。せっかくお坊さんが揃ってるんだし、歌って貰えばきっとウケるさ。この練習も今日から始める」
男の子たちはズーンと落ち込みましたが、会長さんは容赦なくゴスペル般若心経の稽古も開始。腹式呼吸が大切だとかで発声練習も必須です。えーと…今年の学園祭は間違いなく坊主一色ですね…。

そうこうする内に学園祭の前日になり、1年A組の教室はクラス展示の会場に変わってしまいました。他のクラスも展示や演劇の準備に忙しく、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で坊主カフェのチラシのチェック。一般生徒には「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋の公開としか知らせていないので、みんなが下校した後、チラシをあちこちに置くのです。
「チラシ置き場と掲示板と…。リオとフィシスにも預けなくっちゃね」
はい、と仕分けしたチラシを男の子たちに渡す会長さん。お坊さんの格好もゴスペル般若心経の合唱もそれなりにマスターした男の子たちは最後の練習を終えて既に制服に戻っています。そして「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋も夜の間に業者さんが扉を開けられるように工事した後、御茶席用に整えてくれることになっていて…。
「よし、下校時刻を過ぎたようだ。もう校内に一般生徒は残っていないし、チラシを置きに行って」
「「「はーい!」」」
とうに開き直っていた男の子たちは『坊主カフェ』の文字が躍るチラシを置きに校内に散っていきました。もはやヤケクソのようですけども、坊主カフェではきちんと仕事をする筈です。スウェナちゃんと私は去年と同じく、入口で案内をするだけでした。やがて男の子たちが戻って来て…。
「置いてきたよ、チラシ! でも…」
変なモノを見たんだ、とジョミー君が首を捻っています。
「中庭に先生が集まっていてさ、そこにカボチャが」
「「…カボチャ?」」
「あ、俺もそれ見た!」
サム君が応じ、キース君たちも。
「確かにカボチャが並んでいたな。それもデカイのが」
「カボチャなんか何にするんでしょう? 先生方が出し物をなさるって話は聞いてませんけど…」
かなり大きいカボチャでしたよ、とシロエ君が証言した時、会長さんが。
「あれは出し物なんかじゃなくって魔除けだよ」
「「「魔除け?」」」
「そう、魔除け。…厄除けの方が近いかな? 今はみんなでカボチャを彫ってる」
「「「は?」」」
なんのことだかサッパリです。会長さんが「ぶるぅ、頼むよ」と声を掛け、壁に映し出された光景は…。
「ホントに彫ってる…」
「そりゃハロウィンも近いけどさぁ…」
先生方が中庭で作っていたのはジャック・オー・ランタンというヤツでした。カボチャをくり抜き、個性的な目や口を彫刻中です。会長さんがクスッと笑って…。
「うちの学校、ハロウィンが無いのが残念だとは思わないかい? ぼくが持ち掛けたら二つ返事でオッケーされたよ、面白そうだっていう理由でね。坊主カフェとセットになっているんだ」
「「「???」」」
「坊主カフェのお客さんには悪戯チケットを渡すんだよ。それを持っていけば先生方に悪戯が出来る。悪戯をされたくなければお菓子を渡せばいいんだけれど、留守にしている控室とかで悪戯されたら困るだろう? だからカボチャを置くんだよ。あれが置いてある部屋の中では悪戯禁止」
「それで厄除けと言っていたのか?」
キース君の問いに、会長さんは。
「流石キースは鋭いね。だけどカボチャを置くだけ無駄な部屋もある。…そうとも知らずに頑張って彫ってるみたいだけども」
大写しになったのは真剣にカボチャと向き合っている教頭先生。彫刻が趣味だと聞いていますが、お世辞にも上手とは言えない出来のカボチャ・ランタンが出来つつあります。けれどカボチャを置くだけ無駄って、ひょっとして教頭先生の部屋は除外ということですか?
「もちろんさ。…ハーレイにババを引かせたいんだろう、坊主カフェで?」
「ま、まさか…教頭先生だけに悪戯を…?」
「そういうこと。他の連中が二つ返事でオッケーしたのはそのせいなんだ。ハーレイだけが酷い目に遭うハロウィンもどきって愉快じゃないか。表向きはカボチャの魔除けで助かりました、ってことにもなるし」
「し、しかし……教頭室にも当然カボチャは…」
彫ってるんだし、とキース君が中継画面を指差します。会長さんは可笑しそうに。
「ハロウィンの悪戯の中にはカボチャを壊すのもあるんだよ。教頭室のカボチャだけは壊してもいい、と言うつもりさ。…壊した後は魔除け無しだし、何をやっても許されるよねえ?」
私たちは頭を抱えましたが、会長さんはやる気満々でした。坊主カフェとハロウィンもどきのコラボレーションとは、なんともカオスな企画です。教頭先生の渾身の作のカボチャ・ランタン、明日の今頃にはボコボコに壊されているんでしょうねえ…。

先生方の部屋の前にカボチャ・ランタンが置かれ、学園祭が幕を開けました。坊主カフェのチラシを手にした生徒が生徒会室の前の廊下に並んでいます。みんな、坊主カフェとはどんなものなのか興味津々。スウェナちゃんと私が扉を開けると歓声が上がり、最初に入れる人数分のお客さんが中へ進んで…。
「「「えぇっ!?」」」
「ようこそ、ぶるぅのお部屋と坊主カフェへ」
緋色の衣の会長さん以下、ズラリと居並ぶお坊さんたちに言葉を失う一般生徒。会長さんは自慢の銀髪ですけど、ジョミー君たちは髪が無いのですから。
「ああ、これ? これもぶるぅの力でね。本当はちゃんと髪の毛があるから安心して。さあ、どうぞ。…茶道の心得が無くても大丈夫だから」
会長さんがお点前をするための机に座り、男の子たちがお茶菓子のお皿を配ってゆきます。紅葉の練り切りを乗せた懐紙にはカボチャの透かしが入っていて…。
「お皿は記念に持ち帰ってくれていいからね。ぶるぅの手形パワーが1回分だけ入ってるんだ。テストの時にそれを持っていれば1回に限り満点にできる」
会長さんの説明に客席がワッと湧き立ちました。手形パワーのオマケつきですか! これは人気が出そうです。お抹茶が配られ、みんながそれを飲み終えた頃に会長さんが。
「お客さんが行列してるし、ゆっくりしてって貰えないのが残念だけど…。お菓子が乗ってた紙にカボチャのマークがついてるだろう? それは悪戯チケットなんだ」
「「「…悪戯チケット?」」」
「そう。気付いたかどうか知らないけれど、先生方の部屋の前にはカボチャ・ランタンが置かれてる。ハロウィンのカボチャさ。それが置いてある部屋では悪戯禁止。部屋の外で出会った先生にはチケットを見せて『トリック・オア・トリート?』と言えばいい。きっとお菓子をくれる筈だよ」
運が良ければゼル特製、と聞いて大喜びの生徒たち。会長さんは更に続けて…。
「ただし、悪戯をしてみたい人もいるだろう。ぼくもターゲットにして欲しい先生がいるし、教頭室の前のカボチャ・ランタンを破壊したまえ」
「「「教頭室?」」」
「教頭室だ。ハーレイには遠慮しなくてもいい。カボチャ・ランタンが置かれていない部屋では悪戯オッケーなんだからね。ハロウィンの悪戯の定番はトイレット・ペーパーとホイップ・クリームと生卵。その辺のアイテムは生徒会で用意してるから、好きなのをどうぞ」
係はリオだ、と会長さんはウインクして。
「トイレット・ペーパーで教頭室の備品をグルグル巻きにしようが、ホイップ・クリームで落書きしようが、ドアや壁に生卵を投げつけようが構わない。ちゃんと保険に入ってあるから無問題だしね。…ハーレイ自身に悪戯するのも大いに結構。期待してるよ、健闘を祈る」
「や……やってみます!」
威勢よく立ち上がった男子生徒に他の生徒も続きました。女子も混じっていたのですけど、高校生といえば先生相手に悪戯したい年頃です。次のお客様を案内するために部屋の外へ出ると、男子も女子も、リオさんにカボチャマークの懐紙を見せて悪戯アイテムを受け取り中。教頭先生、どうなるのかな…。
『フィシスに任せて見てくるといいよ』
会長さんの思念が届きました。
『ぶるぅも連れてってくれるかな? 坊主カフェでは出番が無いから可哀想だし、息抜きしにね』
「かみお~ん♪」
ヒョコッと出てきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はワクワクしている様子です。スウェナちゃんと私はフィシスさんに店番ならぬ扉番を代わってもらって教頭室へお出掛けすることに。
「ゆっくり行ってらっしゃいな。きっとブルーも喜ぶわ。目撃証言が聞けるんですもの」
フィシスさんも楽しそうにしています。会長さんの恋人ならぬ女神だけあって、教頭先生への数々の悪戯も熟知しているフィシスさん。今度はいったい何が起こるのか、ドキドキなのかもしれません。
「じゃあ、行ってきます!」
「行ってくるね~♪」
バイバイ、と手を振る「そるじゃぁ・ぶるぅ」を連れて私たちは教頭室のある本館の方へと向かいました。先に行った悪戯チケットの持ち主たちはとっくに到着しているでしょう。扉に生卵か、備品にトイレット・ペーパーぐるぐる巻きか…。心配ですけど楽しみです~!

「あれ…?」
辿り着いた教頭室の重厚な扉の前にはカボチャ・ランタン。壊れてないじゃないですか! 悪戯チケットの持ち主たちは一体何処へ…?
「んーとね、ゼルにお菓子を貰っているよ」
そう答えたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「一度みんなで教頭室まで来たんだけれど、カボチャ・ランタンを壊す勇気が無かったみたい。だからチケットが本当に効くか、他の先生で試してるんだよ」
慎重になる気持ちは分からないでもありません。いくら会長さんに言われたとはいえ、カボチャ・ランタンは本来、悪戯禁止の印なのです。それを壊して乱入するのはかなり勇気が必要かも…。
『だから、ぶるぅを行かせたんだよ』
笑いを含んだ会長さんの思念。
『また連中が戻って来ると思うんだよね。第二陣の御茶席ももうすぐ終わるし、教頭室を目指す人数が増える。その前にカボチャを破壊しなくちゃ! ぶるぅもチケットを持っているから』
「「え!?」」
ギョッとした私たちの目の前で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が宙に懐紙を取り出しました。カボチャの透かし模様が入っています。
「ブルーがカボチャを壊しておいでって言ったんだもん! みゆとスウェナもやってみる? はい、チケット」
小さな手でヒョイと渡された懐紙を私たちがポカンと眺めていると。
「あっ、そるじゃぁ・ぶるぅだ!」
「悪戯をしに来たのかな?」
坊主カフェのお客様たちが戻って来ました。ゼル先生に貰ったというお菓子の袋を持っています。ど、どうしましょう、カボチャ・ランタン、私たちが破壊するんですか? えっと、「そるじゃぁ・ぶるぅ」じゃなくて…? 教頭先生に恨まれちゃったら困るんですけど…。と、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が取り出したものは。
「はい、目隠しだよ♪」
「「「え?」」」
「楽しく壊した方がいいでしょ? カボチャ割りしようよ、スイカ割りみたいに♪」
そう言った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大きなカボチャ・ランタンをよいしょ、と抱えて廊下のド真ん中まで移動させると。
「順番はジャンケンで決めていいよね? ジャーンケーン…」
ポンッ! の声で私たちは反射的に片手を出していました。勝ち抜き戦で順番が決まり、一番になった男子が目隠しをして「そるじゃぁ・ぶるぅ」が渡した棒を握って…。
「いい? 回すからね?」
パアッと青い光が溢れ、男子生徒は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーことサイオンでクルクルその場で回転。これでカボチャが何処にあるかは分かりません。棒を振り上げて打ちおろした先は残念なことに廊下でした。選手は交替、またクルクルと回されて…。
「「「頑張れー!!!」」」
5人目の生徒が棒を握る頃には第二陣の生徒も到着していて、廊下は大いに盛り上がっています。そこでカチャリと扉の開く音が。
「…なんの騒ぎだ?」
「「「きょ、教頭先生!?」」」
全員の腰が抜けかけたのと、バキャッとカボチャが壊れたのとは同時だったと思います。目隠しをしていた生徒を「そるじゃぁ・ぶるぅ」が上手く誘導した様子。その「そるじゃぁ・ぶるぅ」はエヘンと胸を張って。
「みんなでカボチャを壊してたの! あのね、ブルーがハーレイのカボチャは壊してもいいって言ったんだよ!」
「…な、なんだと…?」
「カボチャ、壊れちゃったよね。ぼくもチケット持ってるんだ♪ トリック・オア・トリート? お菓子、持ってる?」
「こ、この部屋に菓子は無いのだが…。あっ、待ちなさい、ぶるぅ!」
教頭先生の横をスルリと駆け抜けた「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手にはホイップ・クリームの容器がありました。窓に突進してデカデカと書きつけた文字は『そるじゃぁ・ぶるぅ参上!』。それを目にした他の生徒は勇気百倍というヤツです。たちまちトイレット・ペーパーが椅子や机に巻き付けられて、教頭先生もいつの間にやらグルグル巻き。そこへ生卵にホイップ・クリーム…。いいんでしょうか、こんなことして?
「いいんだもんね♪」
こっち、こっち、と新しくやって来た生徒を「そるじゃぁ・ぶるぅ」が呼び寄せています。破壊されたカボチャ・ランタンは生徒たちの興奮を煽るようでした。もうどうなっても知らないもんね、としか言えませんです…。

坊主カフェの一日目は大好評。普段は入れない「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に入れることと、お坊さん姿の男の子たちの接客も人気が高いのですが、お土産の手形パワーつきのお皿と悪戯チケットも大評判で長蛇の列に…。入り切れなかった生徒たちには明日の整理券が配られました。
「ふふ、成功。…ハーレイは明日も苦労すると思うよ」
店じまいした部屋で制服に着替えた会長さんが笑っています。
「坊主カフェもハロウィン企画も自分がOK出しちゃったから、今更どうにもならないのさ。マザー農場から新しいカボチャを届けてもらって彫っているけど、明日はぶるぅに頼まなくても生徒が自力で破壊するしねえ? 勇気ってヤツは一度燃え上がると敵知らずだ。カボチャがあっても壊して突撃!」
「おい。…あんた、俺たちの坊主姿を晒しただけでは気が済まんのか?」
キース君の突っ込みに、会長さんは。
「ん? その程度のことでぼくが満足するとでも? 去年みたいにバニーちゃんなら楽しいけれど、お坊さんなんか普通じゃないか。記念撮影の申し込みだって少ないし…」
「坊主頭を写真に撮ってもつまらんからな。…あんたとのツーショットだけは申し込み多数みたいだが」
フン、と鼻を鳴らすキース君。男の子たちの坊主頭は、会長さんがサイオニック・ドリームのレベルをキース君に合わせて調整したせいで写真に写るレベルでした。ですから去年みたいに「好きな男の子との記念撮影」を注文すると、写るのはもれなく坊主頭。人気が出る筈ありません。でも接客をして貰えるのは嬉しいですし…。
「女子には複雑なイベントかもねえ、坊主カフェ。だから悪戯チケットをつけた」
そっちはもれなく遊べるし、と涼しい顔の会長さん。
「アルトさんとrさんが悪戯チケットを回収しようと頑張ってたけど、徒労に終わったみたいだよ。あの二人は本当にハーレイに甘いね、一緒に悪戯すればいいのに」
「ファンなんですから無理でしょう…」
シロエ君の呟きに頷く私たち。アルトちゃんたちは明日も教頭先生を守ろうとするに違いありません。教頭先生だって悪戯チケットから逃げるべく策を講じると思うのですが…。
「そう簡単には逃がさない。…いや、逃げた時こそ却って見ものと言うべきか…」
とにかく明日も頑張ろう、と会長さんはブチ上げました。学園祭は二日間。明日は坊主カフェと後夜祭でのゴスペル般若心経です。ジョミー君たちは仕上げとばかりに合唱させられ、スウェナちゃんと私は手拍子係。本番ではカラオケを流すそうですから、手拍子の方は全校生徒に任せて安心!

学園祭二日目も「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋は人が途切れませんでした。教頭室の前に新しいカボチャ・ランタンが置かれているのをジョミー君が確認してきましたが、悪戯チケットを握った生徒が早々に破壊。リオさんが渡すトイレット・ペーパーやホイップ・クリームも次から次へと補充されて…。
「えっ、ハーレイが逃げたって?」
会長さんが報告を受けたのはお昼の休憩タイムでした。生徒たちの突撃中にトイレに逃げ込み、鍵をかけたというのです。
「なるほどねえ…。だったら悪戯は徹底的に! 本人が無理なら部屋と車だ。車は許してあげていたけど、身代わりってことでいいだろう。大いに飾ってやりたまえ」
トイレット・ペーパーとクリームで、とニヤリと笑う会長さん。その言葉どおり、午後に「そるじゃぁ・ぶるぅ」を連れて散歩に出かけたスウェナちゃんと私が目にしたものは駐車場でケーキの如くデコレーションされ、トイレット・ペーパーを巻き付けられた教頭先生の愛車でした。けれど教頭先生はトイレに籠ったままで…。
「「「ありがとうございましたー!」」」
最後のお客様を見送り、男の子たちが深々と頭を下げます。坊主カフェは大盛況の内に営業終了。後夜祭でのゴスペル般若心経の合唱が残っているので坊主頭と墨染めの衣はやめられませんが、もうお点前やお運びをしなくていいと思うと嬉しいらしく。
「後夜祭は最後だけの参加でいいよね、バックコーラスの時にいればいいんでしょ?」
ジョミー君は坊主頭を晒したくないので外には出ないと言い、キース君たちも同じでした。そこで私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が入れてくれた飲み物を手にしてのんびり休憩していたのですが…。
「ぶるぅ!」
後夜祭の人気投票を目当てに出掛けて行った会長さんが瞬間移動で飛び込んできました。
「連行したから、後はよろしく。間に合うように連れて来て!」
じゃあね、と緋の衣を翻して会長さんが消え、代わりにドサリと落ちてきたのは…。
「「「教頭先生!?」」」
「いたたた…」
腰を擦っている教頭先生に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニッコリ笑って。
「ハーレイ、早めに着替えてね? ブルー、怒ると怖いから」
「着替えだと…?」
「うん! トイレに逃げ込んだけどトイレット・ペーパーが無かったんだって聞いてるよ? それで出たくても出られなくって、紙、紙って騒いでいたんでしょ? ウォッシュレットも壊れてたなんて最悪だよね」
え。そんなことになっていたんですか! 教頭先生は脂汗をビッシリ浮かべながら。
「あ、あれは…。紙もウォッシュレットも絶対ブルーが……ブルーがやったと…」
「でも、紙を届けたのはブルーだよ? ハーレイ、紙をくれるなら何でもするって言ったでしょ?」
「…うう……。私にどうしろと…?」
「ブルーとフィシスが人気投票で一位になるから、盛り上げ役! ブルーがお坊さんらしさをアピールするんだ」
これ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が差し出したのは墨染めの衣と袈裟でした。ジョミー君たちとお揃いです。教頭先生がサイオンで着替えさせられた頃、校庭の特設ステージでは会長さんとフィシスさんが人気投票で一位になっていて…。
「行きましょうか、教頭先生」
キース君が先に立ってステージに上がり、男の子たちがズラリと整列。スウェナちゃんと私は「ゴスペル般若心経なぞ歌えない」と泣きが入っていた教頭先生の行く末を見届けるべく、ステージの下に立っていました。教頭先生、歌えなかったらどうなるんでしょう……って、あれ? 小僧さんスタイルの「そるじゃぁ・ぶるぅ」がステージに?
「今年もぼくを一位にしてくれてありがとう、みんな」
緋色の衣の会長さんがフィシスさんの手を取り、よく通る声で。
「お坊さんの格好でも一位というのは嬉しいものだね。せっかくだから、みんなの悪戯チケットから逃げてしまったハーレイを此処に連行してきた。お詫びの印に丸坊主というのはよくある話だ。剃髪ショーを披露しようと思うんだけど、それでいいかな?」
おおぉっ、と湧き立つ全校生徒。
「このショーのためにバックコーラスも用意した。ブラウ先生、お願いします!」
ゴスペル般若心経のイントロが大音響で流れ、間もなくジョミー君たちが合唱する中、会長さんが教頭先生を無理やり座らせ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が差し出したバリカンと剃刀で髪の毛を…。第九のメロディーで流れる般若心経と教頭先生の坊主頭は最高でした。花火が上がり、みんなの手拍子が響き渡って…。
「「「はんにゃーーーはーらーみーたーーー しんぎょーおーーー」」」
「「「シャングリラ学園、バンザーイ!!!」」」
えっと。教頭先生の坊主頭は当然サイオニック・ドリームですよね? でないと残酷すぎってもので…。ハロウィンなんだか、般若心経だか、何が何だか分かりませんけど、何処から何処までが会長さんのプロデュース? ジョミー君が得度した今、お坊さんがマイブームだったらどうしましょう…。とにかく拝めばいいのかな? 般若波羅蜜多心経…って、困った、歌しか覚えてないのに~!
『歌っておけばいいんだよ』
会長さんの思念が掠めてゆきました。
『どうせこんなの、お遊びだしね。もっとも、ハーレイの坊主頭はお詫びの印に当分の間、そのまんま!』
相応の御布施を積んでくれれば別だけど、と告げられた金額は半端なものではありませんでした。一方的に悪戯されて、逃げたと言われて坊主にされて…。教頭先生、これでも会長さんを諦める気はないですか? 無いんだろうな、と分かる自分が悲しいです。教頭先生に……合掌。




キース君の壮行会に便乗する形で、ジョミー君は無理やり得度させられてしまいました。サイオン・バーストを起こしたジョミー君の意識が戻らない内に会長さんは阿弥陀様の御厨子などを瞬間移動ですっかり片付け、さっさと私服に着替えてしまって、今夜のお泊まり会に備えて夜食などを用意してもらっています。そんな会長さんに、キース君が。
「…おい、このまま放っておいても大丈夫なのか? ジョミーはバーストしたんだろう?」
ジョミー君は運び込まれた簡易ベッドに寝かされていて、心配なのは私たちも同じ。サイオン・バーストは場合によっては命に関わる、とキース君がバーストした直後に教えられていたからです。けれど会長さんは気にするでもなく。
「平気だってば。キースの時とは規模が違うし、タイプ・ブルーの能力からすればサイオンの放出量はほんの少しだ。ショックで気絶してはいるけど、ダメージはキースよりも遙かに少ない。せいぜいハーレイの鼻血レベルさ」
「「「………」」」
教頭先生の鼻血ですって? なんだか一気に深刻さが減ってしまったような…。マザー農場の職員さんたちも苦笑しています。会長さんはジョミー君の顔を覗き込み、額にそっと手を当ててみて。
「うん、大丈夫。もう少ししたら意識が戻るだろう。その前にぼくの家に移動しようか、ここで騒がれたら迷惑だしねえ…。農場の朝は早いんだから」
「お気遣いなく。徹夜で飲んでも仕事はしますよ、私たちは」
農場長さんがゆっくりしていくようにと言ってくれましたが、会長さんは長居する気は無いらしく。
「いいんだってば、傷心のジョミーを慰めるには少数精鋭でいくのが一番! ここだとジョミーを甘やかしそうな女性陣もいるし、ぼくたちだけでシビアにビシバシ」
「…それは慰めるとは言わないのでは…?」
突っ込みを入れた農場長さんに、会長さんはクッと喉を鳴らして。
「まあね。とにかくジョミーを得度させるチャンスを作ってくれたことには感謝するよ。キースの壮行会もありがとう。責任を持って立派な坊主にしてみせるから」
「お坊さんが三人ですか。頼もしいですな」
うんうん、と頷く農場長さんと職員さんたちに別れを告げて、私たちは瞬間移動で会長さんのマンションに移りました。農場長さんはマイクロバスを出すと言ったのですけど、ジョミー君の意識が戻らないので会長さんが断ったのです。曰く、「足腰立たない酔っ払いを運ぶのは趣味じゃないから」。気絶と酔っ払いは同列ですか…。
「ん? 酔っ払いに何か問題でも?」
ジョミー君をソファに下ろした会長さんが振り向いて。
「意識が無くて重たいだけだろ、こんな状態。酔っ払いと変わりゃしないよ、此処まで担いで来る手間を思えば瞬間移動の方が早いし…。力仕事は嫌いなんだ。担ぐ場合はキースに丸投げしていたさ」
「俺なのか?」
「そう。君が一番力がありそうだし、バーストの方も先達だしね。…あ、いけない」
電話機の方へ向かう会長さん。何をするのかと思えば、ダイヤルした先はマザー農場。
「もしもし? ぼくだけど。今日は色々ありがとう。それで、すっかり忘れていたんだけれど……ジョミーがバーストを起こした件は内緒にしといてくれるかな? 長老たちに知れると何かとうるさい。…そう、ぼくが説教されるんだよ。うん、うん…。じゃあ、よろしく」
受話器を置いた会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に夜食の用意をさせています。えっと…ジョミー君がバーストを起こした件がバレると会長さんがお説教っていうのは、ジョミー君がタイプ・ブルーだから? 私たちが顔を見合わせていると。
「決まってるじゃないか」
当然とばかりに答える会長さん。
「タイプ・ブルーのサイオンが一気にバーストしたら何が起こるか知ってるだろう? シャングリラ学園全部が吹っ飛ぶパワーなんだよ? マザー農場は流石に広いし、全部吹っ飛ぶとは言わないけれども、管理棟と宿泊棟が全壊するのは間違いないね。農場だって無傷じゃ済まない」
「「「………」」」
そんな危険な橋を渡ってまでジョミー君を仏門に押し込みたかったわけですか…。私たちは溜息をつき、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が入れてくれた飲み物を口に運びました。テーブルの上にはマザー農場で分けてもらったパーティー料理や、新鮮な卵とバターで作ったパンケーキなど。…ジョミー君の意識が戻るまで、ちょっと休憩しときましょうか。

ジョミー君が「うーん…」と小さな声を上げたのは半時間ほど経ってからでした。睫毛が震え、何度かゆっくり瞬きをして、それから周囲を見回して。
「…あれ? ここ…」
「ぼくの家だけど、何か質問でも?」
会長さんがジョミー君に手を貸してソファに腰掛けさせました。
「気分はどうだい? ホットミルクでも作らせようか?」
「んーと…。なんか頭がスッキリしないし、冷たい物の方が…」
「了解。オレンジスカッシュでいいよね。ぶるぅ、頼むよ」
「かみお~ん♪」
すぐに運ばれてきたオレンジスカッシュをジョミー君はゴクゴクと飲み、飾りのオレンジを齧った所で。
「………。変だ、やっぱり覚えがないや。いつの間に帰ってきたんだっけ? ぼく、どうやってブルーの家へ?」
「瞬間移動に決まってるだろう? 遅くなったし、ぼくの家に泊まって貰おうと思ってさ」
「そっか。あっ、料理も貰って来たんだね!」
お腹ペコペコ、とジョミー君はパーティー料理の残りに目を付け、早速パクつき始めます。ひょっとしなくてもバーストのショックで記憶が綺麗に抜け落ちましたか? 強制的に得度させられたことは知らないとしても、その前の会長さんの後継者を巡る騒動は…?
「え? みんな、変な顔してどうしたの?」
キョトンとしているジョミー君に、私たちは天井を仰ぎました。やっぱり忘れてしまってますよ~! まあ、それはそれで平和かな、と思ったのに。
「ジョミー、改めて話があるんだ」
切り出したのは会長さん。
「落ち着いて聞いてくれたまえ。…と言っても全く信じないだろうし、ぼくたちの記憶を見るといい。はい、ぼくの分。ぶるぅの分。でもって、これがキースの分で…」
サイオンで瞬時に情報を伝達されたジョミー君の身体がピキンと固まり、顔がみるみる青ざめて…。
「ちょ、ちょっと待ってよ、なんの冗談? どうしてぼくが後継者なわけ? なんでお坊さんにされちゃうわけ?」
「後継者の件は冗談だよ。それは認める」
でも、と言葉を続ける会長さん。
「キースの壮行会ってことでテラズ様と縁のある場所に行ったし、いい機会だと思ったんだ。君にもいつかは得度してもらうって言ってただろう? 善は急げと言うじゃないか」
「じゃあ、どうしてぼくの記憶が無いのさ? 捏造したって無駄だからね!」
「誓って捏造していない。…君の記憶が吹っ飛んだ理由はこれを見れば分かる」
再びサイオンで送られたらしい情報に、ジョミー君は完全に硬直しました。
「…バースト…? ぼくが…?」
「そうだよ、ジョミー。ぼくが咄嗟に抑え込まなければ宴会場は壊れていたかもね。…君はバーストのショックで気絶しちゃって、ついでに記憶も飛んだというわけ。バーストする前に無理やり言わされた誓いの言葉も覚えてないだろ?」
「え?」
目を丸くするジョミー君に、会長さんはスラスラと。
「阿弥陀様への誓いの言葉さ。殺生をしない、盗みをしない、みだらな行為をしない、嘘をつかない、飲酒で迷惑をかけない、慈悲に背く行いをしない。…君が言わされたのはこうだけどね。フセッショウ、フチュウトウ、フジャイン、フモウゴ、フコシュ、フシンイ。…漢字を説明するのは面倒だから音だけで充分」
「それを言ったらどうなっちゃうの?」
「阿弥陀様に帰依したことになる。お袈裟とお数珠と法名を貰って剃髪すれば得度完了」
「えぇっ!?」
愕然とするジョミー君に重ねて記憶が送られた模様。ジョミー君は両手で髪の毛を押さえ、縋るような瞳で私たちを見て…。
「い、今のって本当? な、なんかブルーがぼくの頭に剃刀を…。でもって得度完了とかって…。嘘だよね?」
「すまん」
キース君が深々と頭を下げました。
「俺もうっかりブルーのペースに飲まれてしまって、止める余裕が無かったんだ。…残念だが得度式の手順はきちんと踏まれている。お前も今日から仏弟子なんだ」
「………嘘………」
ジョミー君は言葉を失い、サム君が。
「大丈夫だって! 俺だってとっくに得度してたけど、誰も気付いていなかっただろ? お前もあんまり気にするなよ。気にしてばかりいるとハゲるぜ」
「……ハゲ……」
その単語はジョミー君の心にグサリと刺さったようで。
「そ、そんな…。ぼくも丸坊主にされるわけ? キースと違って1分間しか持たないのにさ、坊主頭! い、い、い…」
嫌だーっ! と絶叫する前に割って入ったのは会長さんです。
「おっと、そこまで。…またバーストを起こされちゃったら大変だしね。心配しなくても髪の毛の方ならフォロー済みだ。キースみたいに写真に写るレベルじゃないけど、見た目だけなら誤魔化せる。…やってみて」
はい、と鏡を渡されたジョミー君は暫し悩んでから精神を集中し始めました。金色の髪がフッと消え失せて坊主頭になり、1分、2分…そして3分。ジョミー君のサイオニック・ドリームは1分が限界だったのですから、キース君の時と同様、壁を越えたのは間違いありません。
「よし、そこまで! ほら、ちゃんと誤魔化せていただろう?」
会長さんに問われたジョミー君は。
「そうみたいだけど…。でも、本当に得度しちゃったことに決定? 後戻りなし?」
「なし。…せっかく法名も決めたんだから、今度から璃慕恩院に出掛ける時には名乗ってみるのもいいかもね。そうしたいなら届け出ておくよ」
これ、と会長さんに法名を書いた紙を手渡されたジョミー君の嘆きっぷりは半端ではありませんでした。ジョミー・マーキス・シン、改め徐未。キース君の休須よりマシだと思うんですけど、そういうものでもないんでしょうねえ…。

「…ねえ…」
散々文句を言った挙句にジョミー君は泣き落としを始めました。
「可哀想だとか思わないわけ? ぼくはお寺の跡取りじゃないし、サムみたいにブルーに惚れてるわけでもないし…。お坊さんになっても何のメリットも無いんだけれど、それでも取り消しできないの?」
涙を浮かべてみせるジョミー君に、会長さんがフウと吐息をついて。
「…絶対に無理とは言わないけどね。ただ、今より不自由なことになると思うよ。君がバーストを起こした現場を目撃した人は大勢いる。一応、口止めしてきたけれど、君が仏門に入らないなら緘口令を解こうかなぁ、と」
え。それってマザー農場の人たちが喋りまくるってことですか? でなきゃ長老の先生方に報告するとか? …会長さんはジョミー君を見据えると。
「ぼくは君のバーストを抑え込める自信があったからこそ、得度の件を切り出したんだ。そしてバーストは小規模だったけれども、起こした事実に間違いはない。タイプ・ブルーのサイオン・バーストがどれほど危険か、前に話しておいたよね?」
「う、うん…」
「君が仏門入りを切り出される度にバーストを起こしかねないことがバレたらどうなると思う? キースの場合はコントロール可能と判断されて問題なしになっているけど、タイプ・ブルーだとそうはいかない。確実にサイオン制御リングだ」
げげっ。サイオン制御リングというのは、キース君がバーストを起こした時に見たことがあります。ブレスレットや数珠レットにサイオンの制御装置を組み込んだもので、サイオンの自然な流れを遮断するため、頭痛とかの副作用が出ると噂の代物。ジョミー君がそれを嵌めるとなったら、確かに不自由極まりないかも…。
「それに制御リングだけでは終わらないね」
会長さんは畳みかけるように。
「なんと言ってもタイプ・ブルーだ。サイオンの規模は計り知れない。制御リングで抑え込むのは無理と判断されるだろう。…必然的にコントロールの訓練を急げと要求されることになる。君の大嫌いな精神集中を来る日も来る日も、ひたすら訓練! 言っておくけど、ぼくも容赦はしないから」
訓練だけで一日分の気力を使い果たすだろう、と会長さんは宣告しました。
「訓練が終わった後でサッカー部の方へ遊びに行こうとか、ぶるぅの部屋でのんびりしようとか、そんな余力は無いと思うよ。家に帰って寝るだけだね。…それで良ければ得度の件は無かったことにしてもいい。さあ、選びたまえ。おとなしく仏門に帰依しておくか、バーストがバレて訓練三昧の日々を送るか、二つに一つだ」
簡単だろう? と言われたジョミー君はグッと詰まって、考え込んでいましたが…。
「その訓練って、どのくらい? 一ヵ月? それとも二ヶ月?」
「自分の限界を全く分かっていないようだね。坊主頭に見せかけるだけの特訓ですら、何ヶ月かかっていたんだい? それも特訓をやめたら元の木阿弥。そんな君が一ヵ月や二ヶ月でサイオンを完璧に使いこなせるようになるとでも? ハーレイたちは当然のように、ぼくと同レベルの能力を求めてくると思うんだけど」
「ま、まさか…。まさか瞬間移動とか?」
「決まってるだろう? いきなり衛星軌道上まで移動しろとは言わないけどね、ぼくの家と学校の間くらいは移動できるのが基本だよ。バーストという裏技無しで君がそこまで辿り着くには早くて三年くらいかなぁ…。もちろん休日返上で。…付き合わされるぼくも災難だよね」
たまにはブルーに代わって貰おう、と会長さんはソルジャーの名前を出しました。
「ぶるぅじゃダメかって言うのかい? ダメだね、ぶるぅは力はあるけど理屈が分かっていないから。その点、ブルーは経験豊富なソルジャーだ。余計なことも吹き込んじゃうかもしれないけれど、教えるのはぼくより上手いかも…。どうする、ジョミー?」
休日返上で三年間もハードな訓練に明け暮れるのか、それとも大人しく仏門入りか。仏門に入った場合は、特に剃髪を促されるというわけでもなくて、法名さえ頂戴しておけば問題はないみたいです。ジョミー君は悩みに悩み、とうとう決心を固めました。
「分かったよ、この際、徐未でもいいよ。ジョミーと大して変わりはないし! 髪の毛だって見た目だけなら誤魔化しておけるみたいだし! …三年間も訓練するより、名前だけでもお坊さんの方が…」
「決めたのかい? じゃあ、今日から君もぼくの弟子だ。サムと一緒に仏道修行に励みたまえ」
あまり期待はしてないけれど、と会長さんが改めて差し出した輪袈裟と数珠を渋々受け取るジョミー君。ついに正式に仏門入りが確定となり、その後はジョミー君の前途を祝して盛大な宴会の始まりです。キース君の壮行会に、ジョミー君の得度のお祝い。抹香臭い宴会ばかりですけど、賑やかなのはいいことですよね!

どんちゃん騒ぎは明け方まで続き、ゲストルームに引き揚げた私たちが目を覚ましたのはお昼前のことでした。寝惚け眼で着替えを済ませてダイニングに行くと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がブランチの用意を整えています。茄子とベーコンのトマトスパゲッティにサラダにパエリア、軽めに食べたい人のためにとアワビ粥まで。
「やあ、おはよう。遅かったね」
会長さんが御機嫌で迎えてくれました。
「昨日は実にいい日だったよ。やっとジョミーを仏門に入れることが出来たし、最高だよね。ところでさ…」
提案があるんだけれど、と会長さん。
「そろそろ学園祭の季節だろ? 明日はグレイブがクラス展示か演劇かを決める投票を持ち出す筈だ。君たちは今年は何をやりたい? 特に希望が無いようだったら、ぶるぅの部屋を公開しようかと思ってね」
「…今年もか?」
キース君が問い返し、シロエ君が。
「そういえばジョミー先輩が訊いてましたっけね、今年は公開しないのか…って。じゃあ、公開の方向で?」
「うん」
会長さんは頷いて。
「去年はとっても人気だったし、ニーズはあると思ってたんだ。…ただ、いいネタを思い付かなくて…。バニーちゃん喫茶をもう一度とも考えたけど、二番煎じは面白くない。何かないかな…と検討中の所へ素敵なネタが」
「「「ネタ?」」」
なんだか嫌な予感がします。会長さんの思い付きは大抵ロクなことではないのを私たちは悟っていました。今度は何を言い出すのでしょう? バニーちゃん喫茶の次はメイド喫茶か何かですか? 肘でつつき合い、思念を交わす私たちの姿に、会長さんはクスクス笑いながら。
「メイド喫茶というのもいいねえ、みんなにメイドの服を着せてさ。…ああ、もちろん女子は除外だよ? 女の子まで巻き込んじゃうのは紳士的ではないだろう?」
「つまりは喫茶で決まりなんだな?」
ドスの利いた声はキース君。けれど会長さんは首を横に振って。
「違うよ、もっと高尚なもの。ライバルは茶道部の御茶席だ」
「「「茶道部!?」」」
なんですか、そのライバルは? そういえば会長さんが花魁姿でお点前を披露していた年がありましたっけ。会長さんったら、また花魁になって御茶席を設けるつもりですか…?
「分かってないねえ…。お点前は花魁にも必須の教養だけど、お茶の由来を知らないのかい? 元々はお坊さんが持ち込んで来た飲み物なんだよ、お茶ってヤツは。茶道だってお坊さんが始めたものだし、お寺との縁が深いんだ。だから今年は坊主カフェ!」
「「「坊主カフェ!?」」」
私たちの声は完全に引っくり返っていたと思います。坊主カフェとは何なのでしょう? 会長さんはニコニコ顔で。
「親しみやすさをアピールするために坊主カフェって名前にしたんだ。だけど中身は格調高く、きちんとお抹茶を点てて出す。ただし、茶道部の御茶席みたいな畳に正座じゃ話にならない。もっと気軽に来てもらえるよう、立礼で」
「リュウレイ…?」
聞き慣れない単語に鸚鵡返しのジョミー君。キース君が「知らないのか?」と眉を顰めましたが、私だって初耳です。会長さんは「茶道のスタイル」と丁寧に説明してくれました。
「正座に慣れていない人のためにね、お茶を点てる人も椅子に座ってやるんだよ。もちろんお客さんも椅子席だ。これなら畳を持ち込む必要もないし、ぶるぅの部屋でもやりやすい。…でもってサービスするのがお坊さんだから、坊主カフェってこと」
「ちょ、ちょっと待て! 俺に坊主になれってか!?」
キース君の叫びに、会長さんは。
「察しが良くて助かるよ。だけど君だけじゃ寂しいし…。ジョミーとサムのお披露目も兼ねて派手にやりたい。この際、マツカとシロエも坊主だ。…ただしサイオニック・ドリームだけどね」
「「「!!!」」」
えらいことになった、と私たちは顔面蒼白。けれど会長さんはウキウキと「そるじゃぁ・ぶるぅ」にキース君以外の男子の法衣の手配を頼んでいます。
「やっぱり衣は墨染めだよね。あ、ぼくは緋色の衣だから! 袈裟はどれにしようかな? 学園祭はお祝い事だし、華やかなヤツが良さそうだけど…。ぶるぅ、ジョミーたちの袈裟は地味なので頼むよ、引き立て役にはそれで充分」
「うん! えっと、いつものお店でいいのかなあ?」
「そうだね、あそこは任せて安心!」
仲間が経営している仮装衣装専門店の名前が出てきて、キース君たちも観念するしかありませんでした。えっと、えっと……キース君とジョミー君の坊主頭は何度も見たことありますけれども、他のみんなは全く想像つきません。よりにもよって坊主カフェ…?

会長さんが言っていたとおり、翌日のホームルームでグレイブ先生が学園祭の出し物を決めるべく投票の時間を設けました。しかし教室の一番後ろに会長さんの机は増えてはおらず、会長さんも「そるじゃぁ・ぶるぅ」も来ていません。
「ほほう…。今年もブルーと一緒に別行動か、諸君?」
グレイブ先生が私たちを名指しし、クラスメイトがざわめいています。正真正銘の一年生のクラスメイトには意味がサッパリ分からないでしょう。キース君が代表で立ち上がって。
「はい、今年も1年A組とは別に動かせて頂きます。届け出はブルーが出すと言っていました」
「なるほど。では、諸君は投票しないように。無関係な輩の意見は求めていない」
投票用紙も必要ない、とグレイブ先生は私たち七人グループ抜きで話を進め、例年どおり『演劇よりも展示が望ましい』との大演説をブチかまして……投票結果はお望み通りのクラス展示に。ホームルームの後で私たちはクラスメイトに取り囲まれて別行動の意味を訊かれましたが、坊主カフェだなんて言えるわけもなく。
「ぶるぅの部屋を公開するんだ」
キース君が説明しました。
「この学校の中の何処かにぶるぅの部屋があるって噂は知ってるだろう? 去年、学園祭の期間限定で公開したら大人気だった。だから今年もやるってわけだ」
「それって誰でも行けるんですか?」
「ああ。去年は喫茶をやっていたから、今年も似たようなものだろうな。期間中は誰でも入れる。ただし、ブルーが…」
そこでキース君は声を潜めて。
「部屋の公開はブルーが事実上の黒幕ってヤツだ。去年は喫茶でボッタクリなメニューを出していた。今年は何をやろうとするのか、俺たちにも正直、分からない。…ついでに俺たちもババを引くのは間違いない」
「ババですか…。えっと、教頭先生じゃなくて?」
「…なんで教頭先生の名前が出てくる…」
キース君が頭を抱え、私たちは危うく吹き出す所でした。会長さん絡みでババを引くのは教頭先生という図式がクラスメイトの頭の中には既に刷り込まれているようです。今度も教頭先生がババを引いてくれたらどんなにいいか、と男の子たちが願っているのが思念の揺らぎで分かりました。
『そうだよ、ババは教頭先生だってば!』
『俺たちが坊主カフェなんだったら、教頭先生も手伝ってくれてもいいじゃないかよ…』
『教頭先生がババを引いて下さるんなら、その方が有難いんだがな…』
ジョミー君、サム君、キース君。法名を持つ三人でもこの有様ですから、マツカ君とシロエ君は言わずもがな。坊主カフェな事実をクラスメイトには言えないままで放課後になり、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
「別行動の届けは出しておいたよ、いつもの『そるじゃぁ・ぶるぅを応援する会』の名前でね」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は楽しそう。テーブルの上には形や彩りが紅葉を思わせる和菓子がズラリと並んでいました。
「坊主カフェでお出しするお菓子はどれにしようか? 見本を取り寄せてみたんだけれど」
まずは試食、と会長さん。もう後戻りは不可能になってしまったみたいです。クラスメイトにも言い出しにくい坊主カフェなのに決定ですか、そうですか…。
「えっ、ババを引くのが何だって? クラスメイトにも言えないだって…?」
誰の思念が零れていたのか、会長さんが首を傾げて。
「ふうん…。なるほどね、君たちだけでは不公平ってわけ? その辺を考慮してあげるつもりはないけど、ババを引くのはハーレイだという鋭い指摘は見逃せない。…ハーレイにもババを引かせるべきかな? どう思う?」
どう思う? って訊かれても…! そんな質問に答えたら最後、えらいことになるのは確実です。私たちは黙秘を決め込み、お菓子の試食に専念しました。学園祭には坊主カフェ! お菓子は紅葉の練り切りかな?



シャングリラ学園の秋の行事はマザー農場での収穫祭。それに先だって薪拾いというのがあります。マザー農場で冬の間の暖房に使われる薪を拾い集めてお届けするのが目的でした。間伐材を程良いサイズに切って置いてくれていたりするので、気分は山での遠足でしょうか。今年も無事に済み、今日は本番の収穫祭!
「かみお~ん♪ こっち、こっち!」
バスで到着したマザー農場では「そるじゃぁ・ぶるぅ」がはしゃいでいました。ジンギスカンの食べ放題に農場体験、楽しいことがてんこ盛り。まずはリンゴを収穫するのが「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお目当てで…。
「美味しそうなのを選んでね! アップルパイにはこれが最高♪」
小さくて背が届かない「そるじゃぁ・ぶるぅ」は私たちにリンゴをもがせて籠一杯に集めています。お次は牛の乳搾りで、それから作りたてのヨーグルトを食べに食堂へ。…しかし。
「ちょ、ちょっと待って!」
ジョミー君が悲鳴を上げました。
「食堂ってあそこにあるんでしょ? ぼく、ヨーグルトは要らないから!」
「なるほどね…」
会長さんの赤い瞳がジョミー君をひたと見据えて。
「宿泊棟には近寄りたくないというわけか…。あそこの屋根裏にはテラズ様があるものね。あんなに君を慕っていたのに、君の仏道修行の妨げにならないようにと成仏したのを忘れたのかい? お念仏も唱えてあげないどころか、近付きたくもないとは嘆かわしい」
「…だ、だって…」
「だっても何も、君の未来はあの段階で決まったようなものだと思うけどねえ? とにかく行くよ、ここまで来たからにはきちんと拝んであげたまえ。…おっと、逃がすわけにはいかないな。キース!」
心得たとばかりにキース君がジョミー君の腕をガシッと掴んで確保しました。私たちは嫌がるジョミー君を宿泊棟へと連行してゆき、顔なじみの職員さんたちに出迎えられて…。
「いらっしゃい。夏祭り以来ですね」
「今日のヨーグルトはスペシャルですよ!」
どうぞ、と食堂へ促す職員さんを会長さんが遮ります。
「その前に、二階へ案内して貰えるかな? ここは普通の生徒たちも来るし、お勤めっていう雰囲気じゃない」
「は?」
キョトンとしている職員さんに、会長さんは。
「ほら、テラズ様だよ。今年の暮れにはそこのキースが住職の資格を取る予定でね。そんな年だし、ぼくが読経ををしてあげようかと」
「住職ですか? そうですか、もうそこまで修行を積まれましたか…」
職員さんたちは感無量といった様子です。そういえば私たちが特別生になった年にマザー農場での宿泊研修があって、キース君が毎日のお勤めのために阿弥陀様を持ち込んでいましたっけ。テラズ様に遭遇したのもその時のこと。駆け出しのお坊さんだったキース君が住職になるというのは職員さんたちも嬉しいかも…。
「それでしたら是非、二階の方へ。テラズ様も喜びますよ」
職員さんに案内されたのは二階の奥の集会室。会長さんは早速サイオンでお勤めに使う道具一式を取り寄せ、私たちもお焼香をして厳かに読経が始まりました。会長さんの後ろにキース君とサム君が控え、キース君は朗々と会長さんに唱和しています。サム君もそこそこ形になっているのが驚きだったり…。ジョミー君は仏頂面でそっぽを向いていますけれども。
「………南無阿弥陀仏」
会長さんがチーンと鐘を鳴らしてお勤め終了。道具は綺麗に片づけられて、私たちは一階に戻って食堂へ。他の生徒たちも来ている中で、案内されたのは『予約』の札が置かれた奥のテーブル。
「お席は確保しておきましたよ。混んでくると座れませんからね」
運ばれてきたヨーグルトには蜂蜜がたっぷりかかっていました。砕いたナッツも散らしてあります。
「蜂蜜は輸入物なんです。国産でこれほど濃いものはちょっと…。ヨーグルトの方も水切りをして濃厚な味わいに仕上げました」
スペシャルですよ、と職員さんが自慢するだけあって「たかがヨーグルト」とは思えない味! ジョミー君もブツブツ文句を言うのをやめて夢中でお代わりしてますし…。会長さんが言うには、この蜂蜜ヨーグルトが名物だという小さな村が星座の元になった神話で有名な国にあるそうです。
「あの国の蜂蜜は美味しいんだ。何種類もあるけど、このヨーグルトの蜂蜜もそうさ。ぶるぅもお気に入りでお菓子の材料に使っているよ。そうだよね?」
「うん! 蜂蜜ヨーグルト、気に入ったんなら作ってあげるよ。シンプルすぎてつまらないかなぁ、って今まで作ってなかったけれど」
私たちは歓声を上げ、マザー農場での時間はアッという間に過ぎていきました。帰りのバスに乗り込む時には職員さん達が総出で見送りに来てくれ、シャングリラ学園の学食用に食材も沢山分けてもらって、収穫祭はこれでおしまい。マザー農場、楽しかったな…。

それから数日経った週末。いつものように「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でお菓子を食べながら柔道部の部活が終わるのを待ち、キース君たちが現れた所で会長さんが。
「やあ、今日も柔道、お疲れ様。…キース、君に招待状が来てるんだけども」
「俺に?」
怪訝そうな顔のキース君。その間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がタルト・タタンを切り分けます。もちろんマザー農場で貰ったリンゴでした。キース君たちの飲み物もテーブルに揃い、その隣に。
「はい、これ」
会長さんが差し出したのはマザー農場のロゴ入り封筒。宛名は書いてありません。
「昨日の夜にマザー農場からウチまで届けに来たんだよ。…だけど中身はキース宛だね、どう考えても招待状だし」
「だから招待状というのは何だ?」
キース君の問いに、会長さんは。
「文字通りの意味さ。読めば分かると思うんだけど、君の都合が良ければ明日、宴会をしたいって」
「宴会だと?」
「うん。壮行会って言うのかな? この間、君がいよいよ住職になるっていう話をしたから、あの後、ぼくに問い合わせが来てさ。…具体的には何をするのかって質問されて、伝宗伝戒道場のことを言ったら、厳しい修行に行く君のために是非とも一席設けたいそうだ」
「………。気持ちは嬉しいんだが、早すぎないか?」
首を傾げるキース君。伝宗伝戒道場は十二月に入ってからのことです。壮行会は確かに早すぎますよね。…けれど、会長さんは「マザー農場にも都合があるんだ」と切り返して。
「あそこはシャングリラ号のサポートなんかで忙しい。収穫祭前後はそっち方面が比較的暇な時期なんだ。だから今の間に壮行会をと言ってきたわけ。三週間、粗食の精進料理に耐える君のためにステーキとかが食べ放題!」
マザー農場のステーキは美味しいよ、と言う会長さんに続いて「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「あのね、あそこのお肉は普通のお店には出ないんだ。特別に契約しているステーキハウスとかホテルだけだよ」
「そういうこと。しかも滅多に出ない幻の味!」
会長さんは得意そうに。
「マザー農場はシャングリラ号の食糧自給システムを支えるために様々な技術を開発中。宇宙空間でも美味しい肉が食べられるように飼育のノウハウを蓄積してる。シャングリラ号の中で育った牛の肉は君たちも何度も食べているけど、不味かったかい?」
私たちは揃って首を横に振りました。言われてみればシャングリラ号の食堂のお肉は宇宙産です。なんとなく地球で補給しているような気がしてましたが、それだと足りなくなるわけで…。船内の農場には家畜飼育部もありましたっけ。でも…シャングリラ号で食べたお肉が宇宙産? 普通のお肉と変わらないような…?
「宇宙船の中で育てても肉質が落ちないように色々と気配りしてるんだよ。食事が不味いと士気も下がるし…。で、宇宙空間でも肉質を維持できるだけの飼育方法を地球上で実践したらどうなると思う?」
「え、えっと…」
ジョミー君が人差し指を顎に当てて。
「…ものすごく美味しくなっちゃうとか? ビールを飲ませるとかマッサージするとか、いろんな牛があるみたいだけど」
「ご名答。マザー農場の牛肉は有名な牛肉に引けを取らない。ただ、生産量が少ないからね…。名前をつけるに至ってないだけ。そしてキースの壮行会にはその肉を出すと言ってるけども?」
「行く!」
速攻で答えたのはジョミー君でした。会長さんが苦笑しています。
「…キース、ジョミーは行きたいそうだよ。招待状には「皆さんでお越し下さい」と書かれているから、ジョミーが行っても問題はない。…つまり招待を受けるかどうかは君次第だ」
「そうなのか…。せっかくの好意を無にするわけにはいかんしな。それに断ったらジョミーに恨まれそうだ。テラズ様があると分かっていてもステーキが魅力なんだろう?」
「え? あ、ああ、うん…。テラズ様はお念仏さえ唱えておけばいいみたいだし! それに宴会にお念仏なんか似合わないから問題ないよね」
平気、平気…とジョミー君は現金です。キース君は招待を受けると返事し、明日はみんなでマザー農場にお邪魔することに。宴会ですから夕方に出かけ、遅くなった場合は会長さんのマンションに泊めてもらうと決まりました。えっ、マザー農場に泊まらないのかって? それだけはジョミー君が絶対嫌だと言ったんです~!

キース君の壮行会の日、マザー農場は迎えのマイクロバスを出してくれました。会長さんのマンションに始まって私たちの家を順番に回り、最後は元老寺前でキース君をピックアップ。シャングリラ・プロジェクトのお蔭で、みんなのパパやママたちもマザー農場が何か知っていますし、マイクロバスが来ても問題なしです。
「ようこそいらっしゃいました」
マザー農場に着くと農場長さんが出迎えてくれ、宿泊棟ではなく管理棟へ。案内されたのは広くて立派な食堂です。いえ、食堂と言うより宴会場でしょうか? キョロキョロと見回している私たちに、会長さんが。
「いい部屋だろう? ここは宴会にも使うんだよ。シャングリラ号のクルーの交流会にはお馴染みの場所だ。普通のホテルやお店とかでもやったりするけど、勤務が終わった直後なんかは宇宙の話も出たりするしね…。仲間しかいない場所っていうのは貴重なのさ」
それに美味しい食事もある、と指差された先には様々なオードブルやサラダ、フルーツなどが並んだテーブル。壁際には温かい料理を提供するためのテーブルが並び、幻の味と名高いステーキの準備も整っています。農場長さん以下、職員さんたちが集まった中でシャンパンやジュースの瓶が開けられ、会長さんがシャンパンのグラスを高く掲げて。
「今日はキースの壮行会を開いてくれてありがとう。道場入りまでには日があるけれど、キースならきっと立派なお坊さんになってくれると思う。三週間の厳しい修行を見事に成し遂げてくれることを祈って……乾杯!」
「「「かんぱーい!!!」」」
私たちもジュースのグラスを差し上げ、キース君のグラスと触れ合わせて…その後は豪華な宴会です。普段からクルーの交流会に利用されているだけあって、パーティー料理も洒落たもの。ジョミー君が一本釣りされたステーキの方は注文に応じて目の前で焼いてくれ、ソースも好きなものを選べる仕組み。
「あのね、味噌ソースなんかも美味しいよ♪」
勧めてくれるのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。無難なソースを選びがちですけど、色々な味にチャレンジ出来るのも食べ放題ならでは! 会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に連れて行ってもらった高級店にも負けないお肉を沢山食べて、お腹一杯になった所でデザートが…。
「あっ、そっちのも美味しそう! それと、これと…」
ジョミー君が「別腹だもんね」とお皿に取り分けて貰っています。私たちも食欲をそそるスイーツをお皿に盛って、のんびりゆったり食後のひととき。コーヒーや紅茶も配られてきて、話題は自然とキース君が行く道場の方に。
「いやあ、三週間ですか…。大変ですなあ」
農場長さんが言い、会長さんが。
「ぼくの時代に比べれば遙かにマシなんだけどね。それでも現代っ子には厳しいだろうなぁ、外部との接触禁止だし…。情報化社会に育っていると三週間は長いと思うよ、新聞なんかも読めないんだから」
「ほほう、新聞も禁止ですか?」
「うん。外の世界がどんな状態になっているのか、情報は全く入らない。ぼくが修行に行った時にはサイオンで情報を得ていたけれど、キースにそこまでの力は無いし…。せいぜい思念波で連絡くらい?」
「俺は思念波を使う気は無いぞ」
心外な、とキース君が不快そうに眉を顰めました。
「他のみんなが携帯も禁止で頑張ってるのに、俺だけズルが出来ると思うか? 道場の決まりは絶対なんだ」
「へえ? だったら潔く剃髪すれば?」
会長さんの言葉にキース君はウッと詰まって。
「それとこれとは別物だ! 髪の毛だけは守り抜くんだと前々から決めているんだからな! あんただってサイオンで誤魔化していたと言っただろうが!」
「まあね」
クスクスと笑う会長さんの隣で、農場長さんも苦笑いしています。
「髪の毛だけは譲れませんか。確かにソルジャー……失礼、ブルーという前例はありますけどねえ。思念波も使わないと決めたのでしたら、髪の毛くらいは…」
「それが彼には大問題なのさ」
とても切実、と会長さん。
「去年のバースト騒ぎは聞いてるだろう? あそこまでして守りたいほど大事な髪の毛らしいんだよ。…物騒だよねえ、髪の毛のためにバーストなんて。おっといけない、すっかり忘れる所だった」
会長さんはそこで言葉を切ると、会場をグルリと見渡して。
「キースの壮行会で大勢集まってくれてることだし、ここで重大発表を…。お酒もかなり入ってるみたいだけれども、ぼくは正気だし、やってもいいよね?」
「「「は?」」」
重大発表って何ですか? キース君の道場入りに関係している何かだろうとは思うんですけど、まるで見当がつきません。会長さんはスッと立ち上がり、ジョミー君の手を取って。
「立ちたまえ、ジョミー。…まずは内輪で発表だ。ハーレイたちがいると大袈裟になるし、そっちのお披露目は落ち着いてからでいいだろう」
「え? ぼ、ぼく? ぼくが何か…?」
戸惑っているジョミー君を強引に立たせ、その肩に手を置いた会長さんは。
「ジョミーがタイプ・ブルーだというのは皆もとっくに知ってると思う。…現時点ではタイプ・ブルーはジョミーを含めて三人しかいない。ぼくに万一のことがあった場合にソルジャーを継がせられるのは……このジョミーしかいないんだ」
「「「………」」」
賑やかだった宴会場がシンと静まり返りました。
「ぶるぅもタイプ・ブルーではある。だが、子供だ。ジョミーもまだまだ幼くはあるが、いずれはぼくの後継者としてしっかりと立って貰わねばならない」
えっ、そんな…。ジョミー君が会長さんの後継者? ソルジャーを継ぐって、それじゃ会長さんはどうなるの? 万一のことなんて言いましたけど、それって、まさか会長さんの寿命が尽きるとか…? 私たちは青ざめ、農場の人たちも声を失っている様子です。会長さんはそれには構わず、ただ淡々と。
「ソルジャーを継ぐのは生半可な覚悟では出来ないだろう。サイオンも高めなければならないし、何よりも本人の自覚が要る。…だからいきなりソルジャー候補になれとは言わない。まずは最初の一歩からだ」
スッと伸ばした会長さんの手がジョミー君の頭に軽く乗せられて。
「誰でも踏み出せそうな一歩でいい。現にキースは歩き出しているし、壮行会をして貰える段階にまで辿り着いた。…次は君の番だよ、ジョミー。ぼくの弟子として仏門に入りたまえ」
「「「えぇぇっ!?」」」
ソルジャーを継ぐのかと思えば仏門ですって!? いったいどういう展開ですかー!

あんまりと言えばあんまりな話にジョミー君は声も出ませんでした。キース君の壮行会だと思ってノコノコついて来てみれば、いきなり自分が仏門に…。そんなジョミー君を他所に、会長さんは。
「ジョミーが仏弟子としての最初の一歩を刻む場所として、此処よりも相応しい所は無いだろう。あちらの宿泊棟にはテラズ様が安置されているし、テラズ様とジョミーとの縁は此処に集う誰もが知っている。あの時にジョミーと阿弥陀様を結んだ五色の糸を、改めてぼくが結び直そう。…ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
青い光がパアッと迸り、宴会場の西側のスペースにあったテーブルが両脇に移動したかと思うと、代わりに出現したのは戸棚。宿泊棟で見かけたような覚えがありますが、それかどうかは分かりません。その上に錦の布が掛けられ、錦の上には立派な御厨子が…。あれは会長さんの家にある阿弥陀様では?
「ほら、ジョミー。…運んであげたよ、阿弥陀様を」
会長さんは口をパクパクさせているジョミー君の肩をポンと叩いて。
「仏門に入るためには得度が必要。とりあえず師僧……お弟子さんにしてくれる師匠がいれば得度は出来る。君は大事な後継者だから師僧は喜んで引き受けるよ。得度自体は略式でも充分なんだよね。…そうだよね、キース?」
「あ、ああ…。阿弥陀様の前で誓いの言葉を言うだけだ。略式で行くなら剃髪の方は必須じゃないな」
大真面目に答えるキース君。ジョミー君はようやく自分の身に何が起こりつつあるかを理解し始めたようでした。
「ちょ、ちょっと…。冗談だよね? こ、これって余興か何かだよね?」
「残念ながら、余興ではない」
すげなく返す会長さん。
「この機会を逃すと君は一生逃げ続けそうだし、強引だけれど得度してもらう。…一度覚悟を決めてしまえば仏の道は開けるものだよ。法名もちゃんと決めてきたんだ」
「ほ、法名って…」
「お坊さんとしての名前さ。キースだって持っているだろう? それにサムだって持っている」
「え…?」
信じられない、といった表情のジョミー君に、会長さんは。
「サムはとっくに得度済みだよ。朝のお勤めに通ってる間に決心したのさ」
「ま、まさか…。嘘だろ、サム!?」
泣きそうな顔のジョミー君に、サム君は「すまん」と頭を掻いて。
「悪い、うっかり言いそびれてて…。まだまだほんの見習いだから、本山の方に届けは出てない。ホントはすぐに届けを出すのが正式だって聞いているけど、もっと修行を積んでからかな…って」
「なんだよ、それ! じゃあ、あれ? サムにも変な名前があるわけ?」
「いや、俺は…」
躊躇っているサム君の代わりに会長さんが。
「サムの名前はそのままだよ。響きがいいし、漢字二文字を当て嵌めるだけで形になった。作る夢と書いてサムと読むんだ」
「「「!!!」」」
ジョミー君ばかりか、私たちまで仰け反りました。サム君が既に得度済みとは驚きです。しかも法名まであるなんて…。この流れではジョミー君には逃げ場は全く無さそうでした。マザー農場の職員さんたちが固唾を飲んで見守っていますし、会長さんの後継者としての指名に近いものですし…。
「そ、そんな…。急にそんなこと言われても…」
顔を引き攣らせるジョミー君の前に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が平たいお盆を差し出しました。載っているのは輪袈裟やお数珠。会長さんもいつの間にか緋色の法衣を纏っていて…。
「さあ、ジョミー。…君の法名を受け取ってくれ」
一晩寝ずに考えたんだ、と輪袈裟の下に置かれた白い紙包みを会長さんが手にした瞬間。
「嫌だーーーっ!!!」
ブワッと膨れ上がった青い光がジョミー君の身体から弾け、拮抗したのも青い光。これってまさかのサイオン・バースト?

「…ふん、バカバカしい」
緋色の衣の会長さんが床に倒れているジョミー君の頬をピタピタと叩きました。
「本人が気絶しただけで被害はゼロか。坊主が嫌だと叫んではいても、切羽詰まってないようだ」
「おい」
キース君が背後から覗き込んで。
「今のはサイオン・バーストなのか? 前にあんたに聞いた話じゃ、ジョミーがバーストしたらシャングリラ学園全部が吹っ飛んじまうって話だったが…?」
「ああ、あれね。タイプ・ブルーのサイオン全部を開放するならそうなるさ。だけど今回は君と同じで髪の毛限定」
「「「はぁ?」」」
全員が首を傾げる中、会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に渡された剃刀をジョミー君の髪に押し当てて。
「はい、略式の得度終了。誓いの言葉はバーストのショックで記憶が飛んだってことでいいよね、此処にいる全員が証人だ」
「で、ですが…」
口を挟んだのは農場長さんでした。
「後継者を決めるという大切な儀式がそんな展開でよろしいので…? 長老の皆様方も納得なさらないかと思うのですが…」
「いいんだってば、後継者の話は嘘八百。こうでもしないとジョミーを仏門に入れるのは無理だ。…入れさえすればどうとでもなる。百年もすれば諦めるだろう」
ぼくが欲しかったのは仏弟子だしね、と会長さんは微笑んで。
「後継者はまだ必要ない。…仏弟子もサムだけで充分だけども、嫌がられると無理やり坊主にしたくなるのが人情ってヤツで…。まあ、可哀想だから髪の毛はサイオンで誤魔化せるようにしておいた。でも、ぼくに簡単に抑え込まれる程度のバーストじゃねえ…」
グラスの一つも割れてやしない、と宴会場を見回す会長さん。
「いくら髪の毛限定とはいえ、タイプ・ブルーが本気でバーストしたら抑え込もうとしても被害は出るよ? 坊主頭への抵抗感はキースの方が遙かに大きかったらしい。…サイオンの放出レベルからして、ジョミーの坊主頭に見せかけるサイオニック・ドリームはキースには及びもつかないね。写真に撮られたら即バレる程度」
「「「………」」」
「まあ、道場入りなんか当分しないし、それでも問題ないだろう。そうだ、法名を披露しておかなくちゃ」
これもみんなが証人だよ、と会長さんが開いた紙には綺麗な毛筆で『徐未』という文字が書かれていました。
「ジョミと読むんだ。意味は未来へゆっくりと歩む……といった所かな。百年後くらいには道場入りして住職の資格を手にして欲しいんだけど、こればっかりは分からないねえ…」
無理強いしてどうなるものでもないし、と会長さん。けれど無理やり得度させちゃって、法名まで勝手に押し付けることの何処が無理強いじゃないんですって? キース君だって気の毒そうにジョミー君を見てるじゃありませんか!
「ん? チャンスってヤツは大事なんだよ。ジョミーがテラズ様に出会ったこの場所で今日はキースの壮行会! これが御仏縁でなくて何だと言うのさ? 大丈夫、ジョミーはちゃんとフォローする。…そのために今夜はお泊まり会! 傷心のジョミーを皆で慰めて盛り上がろうよ」
夜食用に料理と食材のお持ち帰りをお願いするね、とニッコリ微笑む会長さんに逆らえる人はいませんでした。マザー農場の職員さんたちも「決まったことは仕方ないですね」なんて笑っていますし、ジョミー君の仏門入りは正式に決定したようです。
「ジョミー・マーキス・シン、改め徐未。いずれ自覚が芽生えることを祈るさ、それまでは小僧さんでいい。キースだって宿命に逆らい続けて喚いていたのに、暮れには道場入りなんだものね。…まずはキースが先に歩んで立派な高僧になりたまえ」
サムとジョミーがその後に続く、と会長さん。えっと…ソルジャーだとか後継者だとかは本当に関係なさそうですね。キース君の壮行会のせいでジョミー君の仏門入りが早まっちゃったみたいですけど、これも運命の悪戯ですか…?



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