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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

家出してきてしまったソルジャーは私たちの世界に居座りました。会長さんの家に泊めて貰って好き放題にしているようですけども、放課後は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋にやってきます。私たちの憩いの時間に恒例になった行事というのが…。
「…却下」
短く告げたソルジャーに「また?」と答えたのは「ぶるぅ」です。あちらのシャングリラ号の様子はソルジャーには手に取るように分かっている筈ですが、毎日「ぶるぅ」が報告という名目で空間を越えてくるのでした。本当の所はもちろん報告なんかでは全くなくて…。
「ねえ、ブルー。…ハーレイ、とっても頑張ってるよ? それでもダメ?」
「頑張りじゃなくてセンスの問題を言ってるんだよ」
とにかくダメだ、とソルジャーがビリビリと破り捨てたのはキャプテンからのラブレター。ソルジャーに言わせれば詫び状だという話ですけど、「ぶるぅ」はラブレターだと主張しています。いつもお菓子や花が添えられている所からしてラブレターじゃないかと思うんですが…。ソルジャーは破った手紙をゴミ箱に捨て、「ぶるぅ」が持ってきたドーナツを「はい」と「ぶるぅ」に差し出して。
「食べていいよ。…こんなのでぼくが釣れると思っているのが浅はかと言うか、なんと言うか…。こっちには美味しいお菓子が沢山あるっていうのにさ」
今日のも最高、とソルジャーが褒め称えるのはクリーム・ブリュレ。お使いに来る「ぶるぅ」の分も、と大量に作られたそれは舌触りが良く、カロリーが高いと分かっていても、ついついお代わりしちゃうのです。「ぶるぅ」は既に5個目を平らげ、ソルジャーに貰ったドーナツも一口でペロリと食べてしまって…。
「ゼルのドーナツ、美味しいよね。ブルーも大好きだったと思うんだけど…いいの?」
「食べちゃってからそれを言うのかい? いいんだってば、ハーレイからの貢物なんて欲しくはないし…。帰ったらちゃんと報告するんだよ。ブルーは今日も怒ってた、って」
「うん! えっと、センスの問題なんだね」
ハーレイはセンス悪そうだもんね、と素直に納得している「ぶるぅ」。あちらのキャプテンが毎日必死に寄越す手紙は悉く却下されていました。チラと目を通したかと思うと即、ゴミ箱。いくらなんでも気の毒なのではないでしょうか…。
「気の毒だって、どの辺がさ?」
キャプテンに同情していた私たちにソルジャーが冷たい視線を向けます。
「あれが本気のラブレターだなんて、情けなくって涙が出るよ。ぼくに家出をされてしまって焦ってるのがバレバレだ。もっと文章を練るべきだよね、「心から申し訳なく思っています」なんて書かれた日には興醒めだってば」
「…謝らないと話が前に進まないんだと思うけど?」
会長さんが指摘しました。
「そもそもの原因は丸暗記した言葉を使った件だし、そこを詫びないと話にならない。…まずは謝罪を済ませてから、と考えそうなのがハーレイだよ。なにしろキャプテンという要職なだけに根が真面目」
「まあね…。分かってはいるんだけどさ」
でも許す気になれないのだ、とソルジャーは今日も不満そう。
「本当にぼくを愛しているなら、口で言うのが恥ずかしいくらい熱い言葉を贈って欲しい。…君のハーレイだってトチ狂った時は熱烈な手紙を寄越すんだろう?」
「…一応、あれでも古典を教えているからねえ…。いわば言葉のベテランってヤツ。長年の間に読み込んできた古典文学に現代文学、そんな知識が山ほどあったら気の利いた台詞も出てくるよ。…今までの最高傑作は結び文だった」
「…ムスビブミ? なんだい、それは」
「千年くらい昔に貴族の間で流行していたラブレターさ。季節の花や木の枝に手紙を結びつけるんだ。もちろん筆でサラサラと書いて、恋の歌……あ、歌って言っても和歌ってヤツで形式が決まっているんだけども、それを添えるのがお約束」
あれはパンチが効いていた、と会長さんは笑っています。教頭先生は熱い想いを綴った手紙に香を焚きしめ、初咲きの梅の枝に結わえて送ってきたのだとか。…箱詰めにして宅配便で。
「結び文をやり取りしていた時代は文使いというのがいたんだよ。召使に届けさせるのが常識なのに、今どきだからって宅配便はないだろう? 届いた時には爆笑したさ」
中身を読んでまた爆笑、と会長さん。けれどソルジャーは羨ましげに。
「…ぼくのハーレイにもそのくらいのセンスと根性があればいいんだけどねえ…。ヘタレな上に愛の言葉もロクなのを思い付かないとなると、なんだか愛想が尽きそうだ。…あーあ、ホントに羨ましいな…」
明日はもう少しマシな手紙が来るといいけど、とソルジャーは「ぶるぅ」にお土産用のクリーム・ブリュレが入った箱を渡しました。
「それじゃハーレイによろしくね。もっと危機感を持つようにって」
「オッケー!」
また来るね、と手を振って「ぶるぅ」の姿が消え失せます。ソルジャーの家出は今日で五日目、こんな日が当分続くんでしょうか…?

「…やっぱりハーレイの一人勝ち状態なのがいけないのかな?」
ソルジャーがフウと溜息をついて「ぶるぅ」が帰っていった辺りを眺めました。あちらのシャングリラ号を見ているのかもしれません。
「一人勝ちって?」
疑問を素直に口にしたのはジョミー君。ソルジャーは「気になるかい?」と微笑んで。
「ライバルが誰もいないって意味さ。だから少々ヘタレだろうが、ぼくの機嫌を損ねていようが、他の誰かにぼくを盗られる心配は無い。…前から問題だとは思ってたけど、手の打ちようがなくってねえ…」
「「「は?」」」
手の打ちようって何でしょう? まさかライバルを作るとか…?
「…そのまさかさ」
これでも努力してみたんだ、とソルジャーの瞳が不穏な色を湛えています。
「こっちの世界に来るようになるまでは諦めていた。ソルジャーなぼくに懸想しようって命知らずがいるわけないし、いたとしたって満足できる相手かどうかも分からないだろ? ぼくが仕込むのも面倒だしさ」
えっと。仕込むって…大人の時間のことですよね? 頬を赤らめる私たちにソルジャーはクスッと小さく笑って。
「純情だねえ、君たちは。そういう初心な仲間をたらしこんだら面白いかな、とも思ったけれど、船の風紀が乱れそうだし…。これは我慢するしかないな、と思っていた頃にノルディに会った。…もちろん、こっちの世界のね」
「「「………」」」
「こっちのノルディは淫乱な上にテクニシャンだ。ブルーそっくりのぼくを食べようとしてシャングリラまで来た時のことは忘れられないよ。…あの時は返り討ちにしちゃったけども、今から思えば食べられておいた方が良かったかもねえ…」
失敗した、とソルジャーは如何にも残念そうです。ソルジャーの世界に出掛けていったエロドクターは、ソルジャーの命令であちらのキャプテンに食べられてしまったのだと聞いていますが、そうしなければ良かったと…? 私たちが顔を見合わせていると、ソルジャーは。
「あの時にぼくが食べられていれば、ハーレイだって危機感ってヤツを持ったんだ。いくら別の世界の人間とはいえ、一度来たからには二度、三度…って足しげく通うようになるかもしれないしね。そうなればぼくの心がノルディに傾く可能性も出てくるわけだし、ハーレイも努力せずにはいられないさ」
ぼくに捨てられないように、とゴミ箱をチラリと見遣るソルジャー。
「ハーレイのヘタレと失敗の多さは目に余る。…だからこっちのハーレイと浮気するぞと脅してみたりもしたけれど…一時しのぎにしかならないんだよ。こっちのハーレイが童貞なのがバレているから、高をくくっているのかも…。それで、もっと強力なライバルを作ってやろうと思ったんだけど…」
「…エロドクターか?」
キース君の突っ込みにソルジャーは「ううん」と首を左右に振って。
「ぼくの身近にいる人物で、大きな可能性を秘めていそうな逸材。…ぼくの世界のノルディのことさ」
「「「えぇっ!?」」」
あまりと言えばあまりな名前に私たちはビックリ仰天。ソルジャーの世界にエロドクターそっくりのドクターがいるとは聞いていますが、仕事の虫で色恋沙汰とは無縁だったような…。けれどソルジャーは「だからこそだよ」と澄ました顔。
「こっちのノルディに似てるってことは、上手く仕込めば凄いテクニシャンになるかもしれない。そしたらハーレイの強力なライバルになるし、ぼくも大いに楽しめる。これを放っておく手はないって思ったのにねえ…」
落とせないんだ、とソルジャーは再び大きな溜息。
「なにしろ仕事の虫なだけに、誘惑しようにも難しくって。メディカル・ルームに押し掛けてみたら好機とばかりに医療チェックをされただけだし、仮病を使って青の間に呼んでも淡々と診断を下して帰ってしまった。…もうヤケクソでノルディの部屋に夜這いをかけても効果なし」
寝惚けているのかと勘違いされて終わりだった、と嘆くソルジャー。あちらのドクター・ノルディはとことん堅物みたいです。エロドクターと取り換えてくれれば平和なのに、と私たちも泣きたい気分でした。どうして世の中、思うようにはいかないのでしょう?
「ぼくだって取り換えて欲しいよ、こっちのノルディと! 気前がよくて後腐れがなくて、もう最高の浮気相手だ。…まだ最後まではいってないけど」
「いかなくていいっ!」
会長さんが叫びましたが、ソルジャーには馬耳東風でした。
「ちょっと食事に付き合っただけでお小遣いをたっぷりくれるし、口説き文句もなかなかだし…。あれがライバルっていうことになれば、ハーレイだって焦るだろうに」
ソルジャーは何かといえばエロドクターを引っ張り出してお小遣いを稼いでいます。そういう時はサイオンで情報を撹乱しているらしく、会長さんがエロドクターと一緒にいると勘違いする人はいないのだとか。…まあ、そうでなければ会長さんがソルジャーを野放しにしているわけがないのですけど。
「こっちのノルディも本格的にブルーを落とすつもりのようだし、利害は一致しているかもね。この際、ノルディと手を組もうかな? やっぱりライバルは必要なんだよ」
「「「「え?」」」
「だからさっきから言ってるじゃないか。ハーレイの一人勝ち状態なのが諸悪の根源!」
打倒ハーレイ! とソルジャーは拳を握り締めています。
「決めた、ハーレイにはライバルを! 詫び状ばかり貰っていても進展しないし、対抗意識を燃やして貰おう。そうと決まれば…善は急げと言うからね。うん、ちょうどノルディは休憩中だ」
御馳走様、と紅茶を飲み干したソルジャーは瞬時に姿を消していました。止める暇も無いとはこのことです。今の流れでエロドクターの所へ行ったとなると、先の展開はどう考えても…。
「………見なかったことにしておこう」
呟いたのは会長さんです。
「ぼくは何も聞いていないし、見ていない。ブルーのすることには関知しないさ、火の粉を被りたくはないからね」
「…それでいいのか?」
危なそうだぜ、と言うキース君に会長さんは。
「健康診断の結果さえ聞けばノルディとは縁が切れるんだ。聞きに行くのは明後日だけど、この調子ならノルディはきっとブルーに夢中になっているだろう。…結果だけ聞いてさっさと逃げよう」
もちろん例の人形を持って、と開き直っている会長さん。確かにエロドクターがソルジャーと深い付き合いになっている真っ最中なら、逆に会長さんの身は安全なのかもしれません。ドクターだって会長さんに下手に手出しして痛い目を見るより、ソルジャーと楽しんでいる方がいいでしょうしね。そう考えるのが一番です~!

あちらのキャプテンにライバルを、という言葉を残して消えたソルジャーはとうとう帰って来ませんでした。けれど次の日の放課後に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと、先に来ていて会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」とティータイム中。昨夜は会長さんと喧嘩になったりしなかったんでしょうか?
「えっ、喧嘩? してないよ?」
必要ないし、と会長さんが答えました。
「ブルーはブルーの考えで動くし、ぼくはぼく。明日は健康診断の結果を聞きに行くけど、ノルディがぼくに手出しする心配は無いらしい。…詳しい事情は知りたくもないから聞かなかったけどね」
「そういうこと。ぼくたちの関係は至って良好」
ソルジャーがニッコリ笑いましたが、会長さんは全面的に信用したわけではないらしく…。
「ブルーが大丈夫だって言っているだけでは心許ない。だからノルディの人形は予定通り持って行くことにする。キース、万一の時は頼むよ」
「もちろんだ。あんたには恩があるし、ドクターには恨みがたっぷりあるからな」
エロドクターが怪しい動きを見せたら即、呪縛! とキース君は使命感に燃えています。と、空間がユラリと揺れて…。
「かみお~ん♪」
「あっ、いらっしゃい!」
現れた「ぶるぅ」を大喜びで迎える「そるじゃぁ・ぶるぅ」。毎日繰り返されている光景ですけど、今日の「ぶるぅ」は小さな両手に大きな袋を抱えていました。キャプテンからの贈り物でしょうか?
「こんにちは。なんだか大きな荷物だねえ…」
大丈夫かい、と尋ねた会長さんに「ぶるぅ」は「平気!」と元気一杯に答えてからソルジャーを見て。
「えっと…これはぶるぅに渡せばいいの?」
「そうだね、ぶるぅは専門家だ」
「えっ、ぼく!?」
なんだろう、と首を傾げる「そるじゃぁ・ぶるぅ」の目の前で袋が開けられ、中から引っ張り出されたものは…。
「「「………」」」
それはお世辞にも綺麗とは言えない状態に折り畳まれて皺くちゃになったドレスでした。純白の生地にレースと真珠があしらわれた品は嫌というほど見覚えがあります。会長さんが愛用していたウェディング・ドレスで、今はソルジャーの私物になっている品で…。
「…ぼくのシャングリラでは手入れが上手くできなくてねえ…」
こうなっちゃった、と言うソルジャーの横から「ぶるぅ」がすかさず突っ込みました。
「ブルーが脱ぎ散らかすからいけないんだよ! ぼくが土鍋から出てきた時にはいつだって床に落ちてるもの!」
「それはハーレイに言ってほしいな。…さあこれから、って時に丁寧にクローゼットまで片付けに行かれても興醒めだけど」
要するに雑な扱いをされた挙句にこうなってしまったみたいです。けれどソルジャーは悪びれもせずに「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「このドレス、手入れできるかな? 前に借りてって汚した時にはマツカが専門店に出してくれたんだ。…今度もそうした方がいいならノルディに頼んで専門の店に…」
「んーと…。それって急ぐの?」
「明日には使いたいんだよ。ノルディと一緒に楽しみたいから、出来ればサプライズでこっそり内緒で直したいな」
不穏な台詞を口にしているソルジャーですが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は何も気付いていませんでした。どう考えても大人の時間に使われてヨレヨレになったらしいドレスをチェックしてからニコッと笑って。
「明日でいいなら間に合うよ。染み抜きとアイロンかけとを超特急だね」
ここで出来そうな分はやっちゃおう、と奥の作業部屋にドレスを運んでいく「そるじゃぁ・ぶるぅ」。早速仕事を始めるそうで、「ぶるぅ」の分のおやつの用意は会長さんがすることに…。とはいえ、ケーキはホールが基本の「ぶるぅ」ですから、イチゴのシフォンケーキが丸ごとドカンとテーブルに置かれただけですが。
「いっただっきまぁ~す!」
と、お皿を抱えて傾けようとした「ぶるぅ」に向かってソルジャーが。
「ぶるぅ、手紙は?」
「あっ、忘れてたあ! 今日も預かってきてたんだっけ」
はい、と取り出されたのはキャプテンからの手紙ではなくて箱でした。いつもならお菓子や花束に手紙が添えてあるのですけど、箱ですか…。中にカードが入っているとか? ソルジャーは怪訝そうに首を傾げて「これだけかい?」と尋ね、「ぶるぅ」が「うん」と頷きます。
「ハーレイ、うんと頑張ったみたい。センスが悪いって言われてたよって教えてあげたし、ブルーが危機感を持てって言っていたのも伝えたし! だから今日のはマシになってるんじゃないのかなぁ…」
「…ふうん?」
どうだか、と疑わしげなソルジャーの前で「ぶるぅ」はシフォンケーキを一気に平らげ、箱を指差して「開けてみてよ」と促しました。
「ゴミ箱行きでもかまわないけど、開けてくれないとお使いが終わらないもんね。…今日はブルーのお使いもしたから、手紙のこと、忘れかけちゃった」
「ごめん、ごめん。…ドレスは急に使うことになったから…。で、これがハーレイからの手紙ってわけか。箱を包装するとかリボンをかけるとか、そういう発想がないって所が致命的だ」
ソルジャーが指摘するとおり、箱は素っ気ない実用的な紙箱でした。段ボールでないだけマシなのでしょうが、私たちの世界とソルジャーの世界は違いますから、あちらでは段ボール感覚で使われる箱かもしれません。箱を開けるソルジャーの手許に私たちの視線が集まり、次の瞬間。
「「「!!!」」」
「…………」
息を飲んだのが私たちで、沈黙したのがソルジャーです。箱の中身は想像を上回る…いいえ、予測可能な代物と言えないこともないのですけど、これはまた…。

「………こう来たか………」
呆れ顔のソルジャーが箱の中から取り出したのは瑞々しい真紅の薔薇の花。花束でもアレンジメントでもなく一輪だけで、茎に折り畳んだ紙片が結んであります。これって昨日の話題になってた『結び文』っていうヤツなのでは…?
 しかも薔薇の気高い香りに混じって何やら不思議な別の香りが…。
「だからハーレイはセンスが無いって言ったんだ!」
薔薇の香りが台無しだよ、とソルジャーの瞳に揺らめく怒りの色。
「おまけにオリジナリティーも無い。昨日ぶるぅが聞いて帰った話をパクっただけじゃないか!」
「え、えっと…、えっと、えっと…」
パニックに陥ったのは「ぶるぅ」でした。
「ぼく、教え方を間違った? ブルーが「ハーレイにもそのくらいのセンスがあれば」って言っていたから、ハーレイに教えたんだけど…。あっちのハーレイはこんな手紙を出したらしいよ、って…。間違えちゃった?」
泣きだしそうな顔の「ぶるぅ」の頭をソルジャーの手がクシャリと撫でて。
「いいや、お前は間違ってない。…間違えたのはハーレイの方だ。同じパクリでもセンスがあれば少しは救いがあったのに…。こんなに香水を振りかけてどうする?」
薔薇の茎から解いた手紙をソルジャーは汚らわしそうにパタパタと振り、薔薇とは異なる妙な香りがフワリと部屋に立ちこめました。なんですか、これは? ソルジャーは畳まれた手紙を広げながら。
「…シャングリラで流行りのモテ系トワレさ。女心をくすぐる香りだとかで若いクルーに人気なんだ。…でも、ハーレイの歳と外見に似合うとでも? 見かけだけならぼくも若手だけど、ハッキリ言って好きな香りとは言い難い。人工的な香りは嫌いだってこと、知ってる筈だと思ったけどな」
あーあ…。きっとキャプテンはお香の概念が理解できずに、モテ系という言葉だけで選んでしまったのでしょう。お香というのは贈る相手や季節なんかを考えながら選んで焚きしめるものなのに…。ソルジャーの嫌いな香りを使った上に薔薇の香りまで打ち消していては、センス以前の問題です。これでは恐らく手紙の方も…。
「………」
ソルジャーの頬がピクピクと引き攣り、私たちは戦々恐々。しかし読み終えたソルジャーはプッと吹き出し、狂ったように笑い転げて…。
「まさかここまでセンスが無いとは思わなかったよ。ラブソングなんか書かれてもねえ…。しかもこれ!」
ほら、とテーブルに置かれた手紙を覗き込んだ私たちも笑うしかありませんでした。ソルジャーの伝言を伝えた「ぶるぅ」の言葉を重く受け止めたキャプテンが書いたのは五線譜つきのラブソング。几帳面に定規を使って書かれた楽譜が気の毒なほどに可笑しくて…。
「結婚式の定番のラブソングだよ。決まった形式の歌って所にこだわった結果がこれらしい」
馬鹿じゃなかろうか、と冷たいソルジャー。
「勘違いしてパクリまくってきたってことは箱に入っていたのもパクリか…。ちゃんとブルーが言ってたのにねえ、宅配便を使った方が間違いだ、って。せっかくぶるぅに持たせるんなら箱は全然要らないのにさ」
「そうだね…」
可愛い文使いがいたのにね、と会長さんも笑っています。いろんな意味で外しまくったキャプテンの手紙は例によってビリビリと裂かれ、ゴミ箱に放り込まれました。薔薇の花の方もへし折られるかと思ったのですが、そうではなくて…。
「紙を一枚貰えるかな? それとペンを貸して」
ソルジャーの言葉に首を傾げる会長さん。
「いいけど…。どうするんだい?」
「心をこめて返事を書くのさ。突っぱねるのも面白いけど、明日にはライバル登場だしね? ぼくは楽しく暮らしています…って近況報告」
ちょっと向こうで書いてくる、とソルジャーはキッチンに行ってしまいました。ですからソルジャーが何を書いたかは分かりません。戻って来たソルジャーは作業部屋にいた「そるじゃぁ・ぶるぅ」と何やら話して、それから二人でキッチンへ。
「ふふ、完成。ぶるぅお勧めのバニラエッセンス!」
折り畳まれた手紙からは甘いお菓子の香りがしました。あちらのキャプテンも甘いものが苦手だと聞いてますから、どう考えても嫌がらせです。ソルジャーは手紙を薔薇の花に結び付けると「ぶるぅ」にポンと手渡して。
「いいかい、これをハーレイに。…ついでにこういう手紙は箱に入れずに使いの者に持たせるんだってしっかり教えておいてよね」
「…やっぱりぼくが間違ってたんだ…」
しょげている「ぶるぅ」にソルジャーは「間違ってないよ」と微笑むと。
「お前は小さな子供だからね、分からないことがあってもいいんだよ。だけどハーレイはいい大人だから、そうはいかない。きちんとセンスを磨かないことには捨てられたって文句は言えないさ」
「…捨てちゃうの?」
「さあね。ライバルを越えることがハーレイに出来るか、その一点にかかっていると思うけど? とにかく明日は楽しむ予定。お前が運んできてくれたドレスでたっぷりと…ね。しっかり中継をお願いするよ」
「うん、分かった! ぼく、頑張る!」
だからブルーも早く帰ってきてね、と健気に言って「ぶるぅ」はソルジャーの手紙を預かり、シャングリラ号へ。それを見送った後、会長さんが。
「…ノルディと何をする気なのかは聞かなくても見当がつくけれど…。いいのかい、あれで? 君のハーレイを傷付け過ぎると修復不可能なヒビが入るよ?」
「君が心配してくれるとは光栄だねえ。…そうだ、君も一緒に楽しんでみる? きっとノルディは大喜びさ」
「お断りだ! ぼくは健康診断の結果を聞いたらさっさと帰る!」
付き合ってなんかいられない、と一蹴する会長さんに私たちも賛成でした。触らぬ神に祟りなし。ライバルがどうのとか、ソルジャーとキャプテンの関係の行く末とかは考え始めたら負けなんですよ…。




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会長さんが住むマンションの庭が真紅の薔薇で埋め尽くされてから日は経って…新入生歓迎のエッグハントだの親睦ダンスパーティーだのも終わって一段落です。教頭先生が会長さんに贈った薔薇の一部は薔薇ジャムになり、私たちの放課後のティータイム用に。残りはマザー農場で香油などに加工されて出荷されてしまったとか。
「かみお~ん♪ 今日のおやつはコーヒーティラミス! 薔薇ジャムはちょっと合わないよね…」
ロシアンティーよりココアにコーヒー、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が笑顔で用意してくれます。特別生になって三年目の春も順調でした。教頭先生のED騒動も無事に解決、なべてこの世は事も無し…と思ったのですが。
「あのさ。明日、付き合ってくれるかな?」
会長さんが真剣な瞳で切り出しました。
「今年も健康診断なんだ。…ノルディの所に行かなきゃならない」
「「「………」」」
またこの季節になりましたか! 会長さんの健康診断はソルジャーの義務。しかも三百歳を超える会長さんの健康チェックはエロドクターことドクター・ノルディに一任されているのです。隙あらば会長さんを食べてやろうと企んでいるドクターだけに、ボディーガードは欠かせません。
「…そうか、そういうシーズンか…」
溜息をつくキース君。
「正直、あいつとは顔を合わせたくないんだが…。俺も酷い目に遭ったしな」
「それを言うなら全員ですよ!」
シロエ君が顔を顰めて。
「みゆとスウェナは外野だったからいいですけどね、ぼくたちは…」
「…すまん、何もかも俺のせいなんだ」
キース君が項垂れています。去年の暮れにキース君が修行道場に行くにあたって、サイオン・バーストを起こす危険性が無いかチェックするようにと学校から指示がありました。指定されたのはドクター・ノルディの診療所。そこで待ち構えていたエロドクターとソルジャーのせいで男子は全員バニーちゃんの衣装を着せられたという…。
「先輩は悪くないですよ。諸悪の根源はドクターですし! どうしてああも悪趣味なんだか…」
信じられません、と悪態をつくシロエ君に会長さんが。
「ノルディは変態じみてるからねえ…。で、そんな所へ健康診断に行く可哀想なぼくに付き添ってくれる奇特な人は? キースの時の騒ぎがあるから今回は期待できないかなぁ…」
顔を見合わせる男の子たち。が、サム君が決然と。
「俺は行く! ブルーを放っておけないぜ。誰もいなかったらブルーがどんな目に遭うか…。正直、腕に自信はないけど」
「嬉しいよ、サム。その気持ちだけで十分だってば」
今回は最終兵器もあるし、と会長さんが宙にフワリと取り出したのは…。
「「「!!!」」」
忘れてましたよ、ドクター人形! キース君たちが強制されたバニーちゃんコンテストでトロフィーになった品ですけども、元はソルジャーが作ったもの。サイオンを伝達しやすいジルナイト製で、上手く使えばドクターの身体を呪縛することができるのです。
「…そういえばあったな、こういうヤツが…」
正視に堪えん、とキース君が呻き、ジョミー君が。
「ソルジャーが作ったヤツだもんね。だけど効き目は確かなんだし…」
「そうなんだけどね…」
会長さんが人形の頭を指で弾いて。
「この格好は頂けないな。だから健康診断の時期が来るまで何処にあるかを忘れるように自分に暗示をかけたんだ。健康診断の通知が来たから思い出した。これを大いに活用しよう」
サムでも簡単に扱えるから、と人形を眺める会長さん。ドクター人形は全裸でポーズを決めています。これに会長さんがサイオンで細工するだけで、エロドクターの身体や痛覚とシンクロさせられる仕掛けでした。
「…俺がやろう」
名乗り出たのはキース君。
「あいつには個人的に恨みがあるしな、仕返しのチャンスは逃したくない」
「なるほどね。じゃあ任せるよ、指で弾くだけで大ダメージを与えられるようにしておくからさ。…他のみんなは?」
会長さんの問いには有無を言わさぬものがあります。ここで断っても強制的に連行されてしまうでしょう。私たちは「行きます」と答え、明日の予定が決まりました。ドクター・ノルディの自宅に併設された診療所まで付き添いです。きっと今年もロクなことにはならないんでしょうねえ…。

翌日の放課後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で夕方まで待ち、タクシーに分乗してエロドクターの診療所へ。豪邸の隣に建つ診療所の扉を開けると人影はやはりありません。普段は受付の人や看護師さんもいるそうですが、会長さんの健康診断の日はスタッフはお休みになるのでした。
「ようこそいらっしゃいました」
診察室から白衣のエロドクターが出て来ます。
「お待ちしておりましたよ。…おや、その物騒な人形は…」
キース君が風呂敷包みを解くなり、ドクターは顔を顰めました。
「トロフィー代わりに差し上げたのは覚えていますが、後生大事にお持ちでしたか。…暴力には反対なのですけどねえ?」
「あんたの場合はセクハラだろうが! 俺にも色々しやがって…。だが今日は個人的な恨みは置いておく。その代わりブルーに何かしてみろ、即、思い知らせてやるからな!」
「…なるほど…」
それは恐ろしい、と大袈裟に肩を竦めるエロドクター。
「痛い思いは御免です。今日は吉日なのですよ。御存知でしたか、大安でしてね。ですから平和にいきましょう。ブルー、そちらの部屋で着替えを」
「…大安? なんだい、それは」
怪訝そうな会長さんですが、エロドクターは答えません。会長さんも心を読むほどでもないと思ったらしく、更衣室で検査服に着替えてきて…それから健康診断開始。いつもならセクハラまがいの触診などがつきものですが、どうした風の吹き回しなのか今日のドクターは淡々と…。
「なんだか変だと思わない?」
スウェナちゃんに尋ねられたのは待合室のソファでした。心電図やレントゲンになると女子は追い出されて男子だけが付き添います。それで出てきたわけですけども、待ち時間はとても手持無沙汰で…。
「絶対に変よ、今日はアッサリしすぎているわ」
再度繰り返すスウェナちゃん。
「うん…。採血も痛そうじゃなかったもんね」
「でしょ? いつもだったら採血する前に腕を散々撫で回すのに、普通に消毒だけだったし…。何か企んでなければいいけど」
「大安だからって言ってたのは?」
「その大安に裏がありそうな気がするのよねえ…」
覚悟しといた方がいいわよ、とスウェナちゃんが声をひそめた所で診察室の扉が開きました。もう診察が終わったようです。会長さんは更衣室に入り、キース君がドクター人形を手にしたままで。
「…これの出番は無かったぞ。大安とはそんなに有難いものか?」
「どうでしょう?」
首を傾げるシロエ君。
「暦のことは先輩の方が詳しいんじゃないかと思いますけど…。お寺には欠かせないんでしょう?」
「それはそうなんだが、合点がいかん。大安だからと言ってエロドクターが大人しくなるとは思えんのだがな…。ぶるぅ、前にもこういうことはあったのか?」
話を振られた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は記憶を探っているようでしたが…。
「んーと、んーとね、無かったと思う。ぼく、ブルーの健康診断についてきた時はお菓子を貰って待ってたんだよ。ブルー、いつも嫌そうにしてたし、終わった後も嫌そうだった。でも…今日は平気みたい」
珍しいよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は更衣室の方を見ています。やがて扉がカチャリと開いて制服姿の会長さんが現れました。キース君の時は制服の代わりにバニーちゃんの衣装が用意されたりしましたけれど、そういうこともないらしく…。これが大安効果でしょうか?
「お疲れ様でした。では、結果は一週間後ということで」
エロドクターが診察室に消え、キース君が『?』マークの書かれた顔で。
「おい…。何もないといっそ不気味なんだが、一週間後というのが問題なのか? それとも検査で引っ掛かりそうで精密検査が必要だとか?」
会長さんは診察室の方を伺い見ながら。
「うーん…。ぼくにもサッパリ分からないけど、ノルディの心はあまり読みたくないからね…。とにかく今日は終わったんだし帰ろうか。その人形もさっさと仕舞って」
「あ、ああ…。そうだったな」
見ているだけで不愉快になるし、とキース君がドクター人形を風呂敷で手早く包んでゆきます。と、診察室の奥から白衣を脱いだエロドクターがやって来たではありませんか。しまった、片付けるのが早すぎましたか!?

咄嗟に身構えた私たちを軽く一瞥してからエロドクターは会長さんにスタスタと近付き、取り出したのは小さな箱。手のひらに収まるサイズで綺麗にリボンがかけられています。
「…今日は大安だと言いましたよね」
改めて念を押すエロドクター。会長さんは後ずさりながら「それで?」と辛うじて声を絞り出しました。
「大安ですね、と言ったんです。…これをお渡しするには最高の日だと思うのですが、是非受け取って頂きたい」
「は?」
狐につままれたような顔の会長さんの手にドクターは箱を押し付けて。
「どうぞ開けてみて下さい。お気に召すと思いますよ」
「…???」
ドクターの気迫に押された会長さんがリボンを解きます。包装紙を剥がし、箱の蓋を開けると出てきたものは革張りの小箱。えっと…これがプレゼントですか? けれどドクターは「開けて」と更に促しました。そっか、あの中にまだ何か…。って、えぇっ!?
「「「………」」」
私たちは目の玉が飛び出すくらい驚きましたし、会長さんは硬直中。箱の中身は…。
「あなたの瞳の色に合わせて誂えました。…最高級のピジョン・ブラッド、ナチュラルです」
得々として解説を始めるエロドクター。
「大抵のルビーは色を良くするために加熱処理がしてあるのですよ。ヒート・エンハンスメントと言いますが、この処理は公に認められています。…自然のままで美しい色をしている石はナチュラルもしくは非加熱と呼ばれ、ことにピジョン・ブラッドとなりますと…滅多に出ないルビーですね」
如何です? とドクターが指差す先には真紅のルビーがメインストーンの見事な指輪。
「ハーレイがあなたにルビーの指輪を贈ったことがあったでしょう? あれとは格が違います。非加熱以前にピジョン・ブラッドでもなかったですし…。この柔らかな色合いがピジョン・ブラッドの身上ですよ。…あなたにもこんな柔らかな瞳をして頂きたいものですが…」
警戒心丸出しの瞳ではなく、とドクターは猫撫で声で続けました。
「先日、小耳に挟んだのです。ハーレイがあなたのマンションの庭一杯に真紅の薔薇を並べたとか…。そういう歌がございましたね、貧乏な画家が家とキャンバスを売って、惚れた女優に百万本の薔薇を贈るという。なのに振られる以前に存在にも気付いて貰えなかった。ハーレイもそれに近いのではないかと思いますが」
「………」
「薔薇のその後も聞いていますよ。マザー農場に送られて有効活用されたとか? 実にあなたらしい突っぱね方です。しかしハーレイが動いたとなると私も負けてはいられません。…あちらが薔薇なら私の方は指輪です。正式にプロポーズさせて頂きたい」
「「「!!!」」」
げげっ。なんで指輪なのかとは思いましたが、プロポーズ!? 会長さんを食べるのではなくてプロポーズ…。なんでまた、と声も出せない私たちと会長さんにドクターはニヤリと笑みを浮かべて。
「やはり正式に結婚しないと落とせないのかと思いましてね。ハーレイがとある理由で脱落するかと喜んでいたら復活を遂げたようですし…私も本気を出さないと。あなたをモノに出来るのだったら指輪くらいは安いものです。…いえ、結婚したらもっと贅沢をさせて差し上げますとも」
「……そういう問題じゃないんだけど……」
会長さんの声が低くなりました。
「さっきから大安にこだわってたのはプロポーズ日和っていうわけか。お断りだね、ぼくが指輪に釣られるとでも? これは女性に貢ぎたまえ。きっと喜んでもらえるさ」
「とんでもない。それくらいならコレクションにしておきますとも、あなたの瞳にそっくりですから」
美しいでしょう? とエロドクターが箱の中から取り出したルビーは確かに綺麗な色でした。ピジョン・ブラッドとは鳩の血という意味らしいですが、ただ赤いのとは違うのです。ふんわりとした柔らかみを持つ不思議な赤。会長さんが優しく微笑む時の瞳の色を映したような…。けれど今の会長さんの眼光は鋭く、ドクターをジロリと睨み付けて。
「言いたいことは全部でそれだけ? だったら帰るよ、なんだかドッと疲れたから」
「ほほう…。今日は珍しく強気でらっしゃる。まあ、それでこそソルジャーですがね。…そういうあなたもそそられますよ、怯えるあなたも素敵ですが…。では、お帰りになる前にこれを」
会長さんの左手を掴み、指輪を薬指に押し込もうとしたエロドクターを阻んだのはキース君でした。
「待て!」
ドクター人形を包んだ風呂敷を構え、「動くと開けるぞ」と脅します。
「こいつの威力は知ってるな? ブルーを放せ。でないとこいつを殴らせてもらう」
「そう来ましたか…。仕方ありません、指輪は受け取って頂けるまで保管しておくことにしておきますよ」
残念ですが、と会長さんから離れて指輪を眺めるエロドクター。
「綺麗だと思うのですけどねえ…。ブルーの瞳に映えそうですし、白い肌にもよく映る。…それはさておき、お帰りになる前に伺いたい。ハーレイの薔薇は噂通りのプロポーズですか? それとも錯乱したのでしょうか?」
「「「え?」」」
プロポーズに決まってるのにいきなり何を言い出すのでしょう? しかしドクターは大真面目でした。
「ハーレイはプロポーズなど出来る状況ではなかった筈だと思うのですよ。…少なくとも先日まではそうでした。守秘義務というものがありますからね、詳しいことは言えないのですが…。で、どちらですか、ソルジャー・ブルー?」
うわぁ…。ソルジャーの尊称をつけてきましたよ! これじゃ会長さんは適当に誤魔化すことは出来ません。どうなるんだろう、と思った時。
「…プロポーズだよ」
あっさりキッパリ答える声が。そして空間がユラリと揺れて、優雅に翻る紫のマント。…会長さんのそっくりさんがソルジャーの正装を纏って立っていました。また来たんですか、この人は! しかもエロドクターの診療所にまで押しかけるなんて、良からぬことでも企んでますか…?

「おやおや…。お久しぶりですね」
ソルジャーの登場に笑み崩れているエロドクター。この二人はキース君と男子全員を屈辱に遭わせたバニーちゃんコンテストで手を組んでいた過去があります。そうでなくてもソルジャーはエロドクターからお小遣いをせしめてみたり、妖しげな写真を撮らせてみたりと良からぬことばかりしているわけで…。
「ぼくが呼ばれたんだと思ったけどな? ソルジャー・ブルーと言ったじゃないか」
ウインクしてみせるソルジャーに、会長さんが舌打ちをして。
「…どうだか…。どうせ覗き見していたくせに」
「まあね。でもさ、君は決して答えないだろうし、代わりに答えてあげようかと…」
ボランティアってヤツだよね、とソルジャーはニッコリ笑いました。
「それでノルディは何を知りたい? 多分ぼくでも分かると思う。ここ最近のブルーの様子はだいたい把握しているからね」
「なるほど…。では、先日の薔薇の話は御存知で? ハーレイがブルーの住むマンションの庭一面に真紅の薔薇を撒いたのですが」
「ああ、あれね。とっても派手なプロポーズだったよ、ぼくも見ていて感動した」
「……プロポーズですか……」
ドクターは苦虫を噛み潰したような顔になり、指輪を持った手を握り締めて。
「あのまま脱落するかと思っていたのにプロポーズとは…。諦める前の死に花なのかと思ってもみたのですけどねえ…」
「死に花ねえ…」
生憎そうではなかったようだよ、とソルジャーは会長さんに視線を向けます。
「そうだよね、ブルー? ハーレイは庭一面に薔薇を並べて、薔薇の花束を抱えてきて…君にプロポーズをしたんだっけね、改めて」
「改めて…?」
聞き咎めたドクターにソルジャーは「うん」と事も無げに頷き、世間話でもするような調子で続けました。
「君はとっくに知ってるだろう、ハーレイがEDになってしまったことを。…脱落するって踏んでた理由もそれだよね? …でもハーレイは治ったんだ。ただ、その前にもうダメだって思ったらしくて、さよならデートをしたものだから…」
「さよならデート? デートですって!?」
「一対一じゃなかったけどね。そこの連中やぶるぅも一緒に出掛けていたから問題ないさ。だけどハーレイにとってはブルーへの想いを断ち切るための最初で最後のデートだった。ところがその晩にEDが治っちゃったから…さよならデートをチャラにしようとプロポーズ。…庭一面の薔薇は感動的だったよ」
ロマンティック、と熱い溜息をつくソルジャーの前でドクターはポカンと口を開けて。
「治ったですって? …EDが? 私は治療をしていませんし、病院にも診察を受けに来た様子は無いですが…」
「心因性のEDだしねえ…。ついでに言うなら治療したのはブルーだよ」
「ブルー!!!」
余計なことは言わなくていい、と叫んだ会長さんは無視されました。ソルジャーはクスクス笑うと「ほらね」とドクターに視線を向けて。
「ハーレイがEDになったのはブルーに騙されたせいなのさ。それだけってわけでもないんだけれど、とにかくブルーは責任ってヤツを感じたらしい。…身を引かれるとつまらなくなるし、そうなるよりは…って治療する道を選んだらしいよ」
「治療…。また随分と思い切ったことを…」
「ノルディ、君の考えは先走り過ぎだ。あのブルーがハーレイのために身体を張るわけないだろう? 治療方法というのはデート。絶叫マシーンでスピード克服」
「スピード克服?」
話についていけない様子のエロドクターにソルジャーは思念で仔細を伝えたみたいです。ドクターがプッと吹き出し、「失礼」と普段の顔に戻って。
「実にハーレイらしいですね。…立ち直りの早さも素晴らしい。私も負けてはいられませんよ、いつか必ずブルーをモノにしてみせます。…指輪はそれまでお預けですか…」
せっかく用意しましたのに、とドクターは残念そうでした。けれども無理に押し付けたりしない辺りは流石に大人。ルビーの指輪は箱に仕舞われ、健康診断も無事に終わって…後は一週間後に検査結果を聞きにくるだけでオッケーです。私たちとソルジャーは呼んでもらったタクシーに分乗して会長さんのマンションに向かいました。

夕食を兼ねた慰労会は焼肉パーティー。お肉の他に海老やホタテもたっぷりあって、締めは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ってくれるガーリックライス。今日はエロドクターがセクハラをしなかったせいで平和でしたし、ドクター人形も出番がなくてラッキーでした。指輪には驚きましたけれども…。
「あの指輪。…値打ち物だよね?」
リビングに移ってジュース片手に寛ぎながら口を開いたのはソルジャーです。
「非加熱のピジョン・ブラッドだっけ? ぼくの世界だと地球で採掘された宝石ってだけで破格の値がつく。鑑別に出せば産地は簡単に分かるものだし、あれ1個あればシャトルくらいは造れるかも…」
「じゃあ、貰ってくればいいじゃないか」
おねだりするのは得意だろう、と会長さんが言いましたが。
「うーん…。あの手の物を売買するには特殊なルートが必要だから、売るのはちょっと難しいかな。でも君はつくづく恵まれてるよね、ノルディは指輪を買ってくれるし、ハーレイは薔薇を贈ってくれるし」
「…ぼくには迷惑なだけだけど?」
「贅沢な悩みってヤツだよ、それは。…ハーレイの薔薇は本当に羨ましかったんだ。ぼくのハーレイはヘタレな上に、ぼくとの仲を必死に隠しているからね…。君がハーレイに庭一面の薔薇を貰ったって話をしても「そうですか」としか言わなかったし、一面の薔薇もくれなかった」
「「「………」」」
そりゃそうだろう、と私たちは納得しました。ソルジャーとの仲を隠しているのに派手なプロポーズは不可能です。ついでにシャングリラ号という閉ざされた世界で大量の薔薇をどうやって入手できるでしょう? 手に入ったとしても飾る場所が…。青の間の水に浮かべるわけにも、公園を薔薇で埋め尽くすわけにもいきません。
「…本当にそう思うかい?」
無理だよね、と話し合っていた私たちにソルジャーが割って入りました。
「ぼくとハーレイの仲はバレバレなんだよ、実際の所。だからハーレイが青の間とか公園を薔薇で埋めても問題ないと思うんだけど、ハーレイはそこを分かっていないんだ。でも、問題は薔薇より情熱。こっちのハーレイを見習いたまえ、と言ってやったらどうしたと思う?」
「…えっと…。花束を持って来たとか…?」
首を捻りながら答えた会長さんに、ソルジャーは「大正解!」と頷いて。
「薔薇の花束を持って来たんだ、真紅のヤツをね。…どうやって調達したのかを考えてみると、そこまでは評価できるんだけど…。その後が悪い。これをどうぞ、って言われても! プロポーズの言葉はどうなったんだ、と」
ソルジャーは明らかに不機嫌でした。
「薔薇の花束を用意すればいいってモノじゃないんだよ! 前にこっちのノルディが薔薇の花束を買ってくれたことがあったけど…。あの時は「この薔薇を散らしたベッドで素敵なことをしませんか?」って口説かれた。そっちの方がよっぽど気が利いている」
「「「………」」」
「だから出直せって言ったんだ。気の利いた口説き文句の一つでも提げて出直してこいって言ったんだけど…」
嫌な予感がしてきました。ひょっとしてキャプテン、またも失敗しちゃいましたか? ソルジャーの御機嫌を損ねたとか? 戦々恐々とする私たちに向かってソルジャーは。
「ハーレイはきちんと出直してきたよ、とても気の利いた台詞つきでね。それは素晴らしい歯の浮くような口説き文句を。…ただし問題は嫌というほど見覚えのある台詞だったって所かな。…恋愛小説」
「「「は?」」」
恋愛小説って何でしょう? 色々と種類はありますけども、参考にしてはダメなんですか?
「参考にしたんなら許せるさ。…朴念仁のハーレイがやらかしたことは丸暗記! ぼくのシャングリラで人気絶頂の恋愛小説に出てくる台詞を丸覚えして出直してきたんだ、薔薇の花束を抱えてね。…よりにもよって丸暗記! 庭一面の薔薇に感動したって言っていたぼくにこの仕打ち!」
許せないよね、とソルジャーは柳眉を吊り上げて。
「だから家出をすることにした。…ブルーの健康診断結果が心配だからって書き置きを置いて出てきたけれども、ぶるぅにきちんと言い含めてある。折を見て家出の本当の理由をハーレイに説明するように、って」
あちゃ~…。また家出してきちゃいましたか、ソルジャーは! エロドクターとの縁が切れない期間中にソルジャーがこっちへ来てしまうなんて最悪です。会長さんも真っ青ですけど、これってやっぱり大惨事ですか…?




さて、翌日は始業式。会長さんの家から揃って登校した私たちは気が気ではありませんでした。会長さんが教頭先生とデートだなんて正気でしょうか? 教頭先生がEDだという事実も大概でしたが、それがデートして治るとでも…? 全然思考が纏まらないまま放課後になって「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと…。
「かみお~ん♪ ブルーが待ってるよ!」
ニコニコ顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が迎えてくれて、テーブルの上にはリボンがかかった平たい箱。包装紙には嫌というほど見覚えが…。昨日、教頭先生にお届けに行った紅白縞が入っていたのと同じものです。サイズは小さめですけども。
「やあ。…その顔だと見当がついたようだね」
会長さんがニッコリ笑いました。
「これはいわゆる手土産ってヤツ。やっぱりデートに誘うからには手ぶらってわけにもいかないし」
「…そうか?」
首を傾げたのはキース君です。
「手土産なんぞは要らんと思うが…」
「うん、普通ならね。でもさ、ハーレイは自信喪失中だし…。デートに引っ張り出すってだけでも至難の業だと思うんだ。だから手土産。ついでにEDの特効薬も兼ねている」
「「「…???」」」
ありゃ。ただのプレゼントではないのでしょうか? EDの特効薬ってことは中身は健康食品とか? 会長さんは自信たっぷりな顔で「特効薬さ」と繰り返して。
「ぶるぅ、手形パワーの出番だよ。みんなに披露してあげて」
「オッケー!」
元気一杯に答えた「そるじゃぁ・ぶるぅ」の小さな手から青いサイオンが迸りました。その光が箱を包んだかと思うと、フワリと宙に取り出されたのは紅白縞のトランクス。やっぱり中身はアレでしたか~! けれど会長さんは人差し指をチッチッと左右に振って。
「いつものヤツとは違うんだな。昨日届けたのはコットンだけど、こっちは素材がシルクでね。もちろん値段も高くなってる。…ぶるぅ、手形は見えないタイプで」
「うん、分かった! 合格ストラップと同じヤツだね」
紅白縞の前開きの辺りに赤い手形がポンっ! と押されて吸い込まれるように消えました。えっと…今のって合格手形? 前にソルジャーが押させたヤツみたいに夜の試験の合格アイテム? それなら確かにEDに効くかもしれませんけど、試験をするなら試験問題とか採点係が必須なのでは…。
「…ん? もしかして何か誤解したとか?」
会長さんが私たちをグルリと見渡して。
「トランクスに押させはしたけど、前にブルーが押させてたのと効果は全然別物だよ? ハーレイ相手に夜の試験をする気も無いし、そっちのパワーをあげる気も無い。…これは単なる合格グッズで、言い換えるなら勝負パンツだ」
「…あいつも勝負パンツだと言っていたが?」
キース君の指摘に会長さんは。
「そうだったかもね。だけど本当に違うんだってば、使い方だって全く違う。…それじゃハーレイを誘いに行くよ、明日は楽しくデートしなくちゃ」
「ちょっと待て! 俺たちも一緒に行けって言うのか?」
「当然だろ? デートもみんなで行くんだからさ、誘いに行くのも同じだってば」
さあ早く、と促された私たちは諦めるしかありませんでした。その間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がシルクだという紅白縞をきちんと畳んで瞬間移動で箱の中へと戻しています。開封しなくても中身に細工をし放題とは便利ですけど、あれを一体どうするのでしょう…?

トランクスのお届け行列ならぬ『デートのお誘い行列』は箱を抱えた会長さんを先頭にして教頭室へと向かいました。始業式の日の放課後だけに生徒は誰も残っていません。好奇の視線を浴びることなく本館に入り、会長さんが教頭室の扉をノックして…。
「失礼します」
ゾロゾロと入って行くと教頭先生は羽ペンを手にして上の空。魂が抜けているようです。
「…ハーレイ? 落ち込んでる所を悪いんだけど」
会長さんの声に教頭先生はハッと我に返って。
「ブルー!? どうした、何か用事か?」
「その様子だと諦め切れないみたいだねえ……。昨日言ったこと、後悔してる?」
「いや…。お前には幸せになって欲しいし、私ではお前に相応しくない。そう分かってはいるのだが…。すまん、吹っ切れるまでに少し時間がかかりそうだ」
溜息をつく教頭先生。そりゃそうでしょう、三百年以上も想い続けた会長さんをそう簡単に諦められるわけがありません。会長さんは「やっぱりねえ…」と呟き、教頭先生と机を挟んで向き合うと。
「そんなことじゃないかと思って、気持ちの整理を手伝いに来たんだ。…一度だけぼくとデートをしてみないかい?」
「…デート…?」
信じられない、といった表情の教頭先生に会長さんはパチンとウインクしてみせて。
「気持ちに区切りをつけるためにさ、さよならのデート。…もちろんぼく一人では付き合えないし、後ろの連中が一緒だけども…。どう? 明日、みんなでドリームワールド」
「さよならの…デート?」
「そうだよ。最初で最後のデートというのも粋だろう? ぼく一筋で頑張ってきたハーレイに感謝の気持ちをこめて、赤字覚悟の大決算。ちゃんと手土産も持って来たんだ」
はい、と会長さんは例の箱を机に置きました。
「…これは…?」
「いつもプレゼントしていた紅白縞だよ。昨日の口ぶりじゃ紅白縞を貰うのも最後になると覚悟してたようだし、お別れに一枚贈ろうかと…。コットンじゃなくてシルクなんだ。明日のデートに履いて来て」
「…そうか、最後の一枚か…」
しんみりとする教頭先生。自分から別れ話を切り出したとはいえ、未練たらたらなのでしょう。それでも贈られた箱を手に取り、押し頂いて。
「ありがとう、ブルー…。気にかけてくれて感謝する。しかし、デートなど…。お前は本当にかまわないのか? 私はお前に相応しくないと言った筈だが」
「分かってないね。さよならデートって言ったじゃないか。最後に楽しい思い出を作って、その後キッパリ別れるんだよ。それなら諦めがつくだろう?」
「…そうかもしれんが…」
「そういものだよ。明日は一日付き合って。…あ、その紅白縞を忘れないでね」
ぼくからの最後のプレゼント、と念を押した会長さんに教頭先生は「うむ」と素直に頷きました。
「最初で最後のデートだからな…。お前の望み通りにしよう。シルクか…。少し照れる気もするが」
「きっと肌触りがいいと思うよ、気持ちよく別れたい日にもってこいだ。だけどデートはデートなんだし、明日は大いに楽しまなくちゃ。待ち合わせはドリームワールドの正面ゲートの所でいいよね」
あそこが一番分かりやすい、と会長さんは待ち合わせの時間を伝えると。
「じゃあ、また明日。…他のみんなは無視していいから、たっぷりしっかり、さよならデート」
またね、と軽く手を振る会長さんを教頭先生が名残惜しそうに見詰めています。あんな調子じゃ「さよなら」どころか別れる気持ちになれないんじゃあ……と思いましたが、会長さんの狙いはED治療。教頭先生に別れ話を破棄させるためにデートだなんて言い出したんですし、効果は既に出始めてますか…?

「ふふ、成功。ハーレイはアレを履く気満々」
会長さんが満足そうに口にしたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に戻ってから。教頭室の方角を眺め、サイオンで様子を見ているようです。
「手触りの方も気に入ったらしいね。…だからと言って今後もシルクを贈るつもりはないけどさ。武骨な男はコットンで十分、シルクなんかは勿体ないよ。一度限りの贅沢品だ」
「えっと…」
ジョミー君が口を挟みました。
「あれってどういう効果があるの? それに、さよならデートって何?」
「さよならデートはただの方便。普通にデートって言ってやっても良かったんだけど、それじゃハーレイが舞い上がっちゃうから面白くない。別れ話を強調しながら誘う所に醍醐味がある。恩着せがましく誘わなくっちゃ」
デートに引っ張り出すことに意味があるのだ、と会長さんは強調しました。
「それもドリームワールド限定。他の場所では効果がない。…こう言えば手形を押させた理由が分かるかな?」
「「「???」」」
いいえ、全然? 揃って首を横に振った私たちに会長さんは苦笑して。
「勝負パンツだって言ったじゃないか。でもって行き先がドリームワールド。…あそこの名物は絶叫マシーンだ。ここまで言われてもまだ分からない?」
「…あ…」
もしかして、と声を上げたのはシロエ君。
「絶叫マシーン克服用の手形を押させていたんですか? 教頭先生、スピードが苦手でしたよね?」
「ご名答。…フォトウェディングでおびき出されて、ゼルに拉致されていただろう? ぼくに騙されたショックで天国から地獄、そこへサイドカーで爆走されたのが心の傷になったらしいよ。ぼくに近付くと酷い目に遭う…と思ったと言うか、ハーレイ自身に自覚は無いけど、身体の方はそう理解した」
だからED、と会長さんは断言しました。
「早い話が心因性だ。治療するには苦手なスピードをぼくと一緒に克服するのが一番お手軽。…ぼくに近付いても大丈夫だと身体が判断するからね。そういうわけでドリームワールド! 絶叫マシーン乗り放題!」
「で、でも…」
シロエ君が言いにくそうに。
「教頭先生が絶叫マシーンに乗りますか? 嫌だと言って逃げそうですが」
「最初で最後のデートだよ? ぼくのお願いを聞けないようでは男じゃないさ。ハーレイだって最後のデートで無様な真似はしたくないだろう。意地でも絶叫マシーンに耐えてみせる、と悲壮な決意をする筈だ。それがハーレイの自信に繋がる」
ホントは手形パワーが無ければ確実に気絶なんだけど、と会長さんはニヤリと笑って。
「でもハーレイはそんなこととは知らないし? 自分が履いてきた紅白縞が効いただなんて思いもせずに一気に自信を取り戻すのさ。そしてEDも完治する…、と」
「なるほどな…」
一理ある、とキース君が頷いています。
「教頭先生には自信を持って頂きたいし、明日のデートは文句を言わずに同行しよう。さっきみたいに意気消沈なさっている姿を見ると弟子として心が痛むからな」
「ありがとう、キース。みんなも分かってくれるよね?」
「ええ、まあ…」
シロエ君が同意し、サム君が。
「ライバルが減るのは嬉しいけども、教頭先生、気の毒だしな。いいぜ、俺も喜んで協力する」
ジョミー君や私たちも会長さんのプランを承諾しました。明日はドリームワールドの正面ゲートに集合です。教頭先生と会長さんのデートの真の目的はED治療。なんとも情けないデートですけど、教頭先生は夢にも御存知ないというのが笑えると言えば笑えるかも…?

そして、さよならデートの日。私たちがドリームワールドのゲートで待っていると教頭先生がいそいそやって来ました。デートが終わったら会長さんとお別れなのだと承知していても、逸る心は抑えられないみたいです。
「すまん、ブルー。…待たせたか?」
「平気だよ。ぼく一人ってわけじゃないしね。…で、アレは履いてきてくれたんだ?」
教頭先生の股間の辺りに視線を向ける会長さんに、教頭先生は頭を掻いて。
「お前の最後のプレゼントだしな。朝一番で風呂に入って履き換えた。…シルクはなかなかいい感じだぞ」
「そうだろうね。ハーレイにはちょっと勿体ないけど」
猫に小判、とクスクス笑う会長さん。
「おい、こら! 今のはいったいどういう意味だ!」
「分不相応って言ってるんだよ。豚に真珠とか色々言うよね」
クスクスクス…と笑いを零す会長さんを教頭先生は眩しそうに眺めています。そんな教頭先生の手を会長さんがキュッと握って。
「それじゃ早速デートしようか。ここの定番は…まずはアレかな」
会長さんが指差したのはドリームワールドの中でも一番走行距離が長いジェットコースター。スピードの方も最高なソレに教頭先生は蒼白になり、絶対無理だと反対しました。
「私はスピードに弱いんだ! お前に迷惑をかけてはいかんし、ジョミーたちと乗ってきなさい。そうだ、ぶるぅも身長制限に引っ掛かるだろう? 私がぶるぅの面倒を見よう」
「えーっ!?」
異を唱えたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ぼく、面倒なんか見てくれなくても平気だもん! それにハーレイ、デートなんでしょ? ブルーと一緒にいてあげないとダメなんだよ。ブルーがフィシスとデートしてる時はそうだもん! ブルー、フィシスを一人になんかしないもん!」
本当にそう思っているのか、会長さんに言い含められたのか。懸命に主張する「そるじゃぁ・ぶるぅ」の姿に会長さんは微笑んで…。
「ハーレイ、ぶるぅもこう言ってるよ? 小さな子供に気を遣わせちゃいけないねえ…。さあ、行こう。ぼくは絶叫マシーンが大好きなんだ。それとも…ぼくと乗るのは嫌?」
だったら他の誰かと乗るよ、と会長さんは私たちの方を振り向きました。
「ハーレイはぼくの隣は嫌らしい。仕方ない、ハーレイの横にはキースかシロエが乗りたまえ。ぼくの隣は誰にしようかな、やっぱりスウェナとかみゆがいいかな? 女の子と乗るのが王道だよね」
「お、おい…」
掠れた声の教頭先生。
「どうしても乗らないといけないのか?」
「ん? 決まってるじゃないか、デートだよ? だけど隣は嫌だって言うし、他の誰かと座ればいい。ハーレイも女の子の隣がいいのかな?」
「そ、そんなことは…! 同じ乗るならお前の隣が…」
「なんだ、だったらそう言えばいいのに」
素直じゃないね、と会長さんの腕が教頭先生の腕に回されて…。
「ぼくに恥ずかしい思いをさせたくなければ、気絶しないよう頑張って。気絶したって介抱してはあげるけどね。最初で最後のデートなんだし、ちゃんと面倒見てあげるよ」
大丈夫、と教頭先生を引っ張ってゆく会長さん。私たちもゾロゾロと続き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も乗り場までついて来ます。教頭先生は私たちの分のチケットも買ってくれ、青ざめた顔で列に並んで…やがて私たちの順番が。
「かみお~ん♪ 行ってらっしゃ~い!」
遙か下の方から「そるじゃぁ・ぶるぅ」が手を振っているのが見えました。教頭先生は会長さんと並んで先頭に乗り、その後ろにキース君とシロエ君、サム君とマツカ君、スウェナちゃんと私、ジョミー君はジャンケンに負けたので五人グループで来ていた高校生の男子の一人と…。

カタン、カタン、カタン…とコースターが上ってゆきます。アルテメシアの街が一望できる地点まで上がり、そこから急降下して加速しながら上昇と下降を繰り返しつつ、ループも含めた長いコースを延々と走るわけですが…。
「教頭先生、震えてるわよ?」
スウェナちゃんが声を潜めて囁きました。
「本当にアレが効くのかしら? 効かなかったら…」
「多分、効くんじゃないのかなぁ? ぶるぅも自信満々だったし」
効くといいよね、と願っているのは誰もが同じ。教頭先生の自信回復とED完治の命運を賭けてコースターは走り出しました。絶叫マシーンは好きですけども、加速している真っ最中に他人のことまで考える余裕はありません。下って上って、宙返りして、スウェナちゃんとキャーキャー悲鳴を上げて…。
「「「…あ……」」」
スピードが落ちてきた時、私たちが見たのはドッシリと落ち着いて会長さんの隣に収まっている教頭先生。勝負パンツは効いたのです。これでED克服ですか? 教頭先生、自分に自信を取り戻せますか~?
「大丈夫だったじゃないか、ハーレイ」
会長さんが教頭先生と並んで降りて来ました。教頭先生は「うむ…」と曖昧な返事をして。
「お前の隣で無様な真似は見せられないと思ったが…。恥をかかせずに済んで良かった」
「根性を出せば苦手くらいは克服できるってことじゃないかな? 自信がついた所で次に行ってみようか」
「まだ乗るのか…?」
「当然だろ? せっかくのデートなんだし全部乗らなきゃ!」
次はアレ、と強引に引き摺って行かれながらも教頭先生は嬉しそうでした。夕方までかかって全部の絶叫マシーンを制覇して…。
「ありがとう、ブルー…。楽しかった。お前とのいい思い出が出来て、私は本当に幸せ者だ」
会長さんの両手を握って優しく微笑む教頭先生。
「いいか、お前も幸せになるんだぞ。…素晴らしい相手が現れることを祈っている」
「要らないってば、ぼくは結婚する気はないんだからさ。フィシスはぼくの女神だけれど、女神には結婚なんて俗っぽいことは似合わないし…」
「…そうなのか…? お前には幸せになって欲しいのだがな…」
「くどいよ、ハーレイ。…今日はありがとう。だけど…。さよなら、なんだね」
教頭先生を見上げる赤い瞳に、教頭先生は「そうだな」と短く答えを返して。
「お前に相応しい人を見つけてくれ。…幸せにな、ブルー…」
また学校で、と告げて教頭先生は帰ってゆきました。その背中はとても寂しげでしたが、本当にこれでいいのでしょうか? 思い切り別れ話が成立したって気がしますけど…。
「…いいんだよ、あれで」
会長さんが遠ざかってゆく教頭先生を見送りながら言いました。
「まだ自分でも気付いてないしね、EDの元凶が消え失せたことは。夜になるまで分からないままさ、今夜もハーレイを観察しよう」
明日は日曜だし泊まって行って、と会長さん。あちゃ~、またしてもこのパターンですか…。

ドリームワールドでの費用は全額教頭先生持ちでした。夕食は会長さんの奢りで中華料理を食べ、それから家に瞬間移動で送って貰って、お泊まり用の荷物を持って会長さんのマンションへ。教頭先生の観察会が始まるまではリビングで今日の思い出話に花が咲き…。
「教頭先生、スピードは平気になったわけ?」
ジョミー君が尋ねました。
「あんなにあちこち連れ回したのに平気だったよ、逆落としとかもあったのにさ。それともブルーがプレゼントしてた勝負パンツが無いと無理だとか?」
「無理だろうねえ…」
しかも期限切れ、と会長さんが応じます。
「ぼくが欲しいのはオモチャであって、それ以上は求めていないんだ。速い乗り物が苦手というのを克服されては面白くない。だから勝負パンツに押した手形は今日の夕方が有効期限」
「「「えぇっ!?」」」
期限付きとは知りませんでした。けれど会長さんは「当然だろう?」と片目を瞑って。
「ぶるぅの手形は期限付きのも無期限もある。だけど今回は期限付き。だってシルクの紅白縞だよ? 特別な品だって分かってるんだし、ハーレイが今後も勝負パンツに使わないという保証は無い。だったら期限を付けとかなくちゃ。…そしてハーレイには思い込みだけでスピードを克服できる力量は無い」
あれは根っからのヘタレだから、と嘲笑している会長さん。
「そのくせに今日のデートで自信回復したようだ。…そろそろ発情するんじゃないかな、ぼくとの甘い思い出を胸にベッドルームに行ったようだし…。ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
会長さんの合図で中継画面が出現しました。パジャマ姿の教頭先生がベッドの縁に腰掛けています。その手には会長さんの花嫁姿の写真があって…。
「ブルー…。お前を幸せにしてやりたかったな…。今日のお前は本当に楽しそうだった。あんな風に私の隣でいつも笑顔でいてくれたなら…」
愛していた、と繰り返していた教頭先生の声が不意に止まって。
「…これは…。もしや、やり直すことが出来るのか…?」
写真をベッドサイドのテーブルに置いた教頭先生は会長さんの抱き枕を引き寄せ、グッと両腕で抱き締めて。
「おお…! もう駄目なのかと思っていたが…。ブルー…!」
ガバッと抱き枕の上に覆い被さる教頭先生。この光景は前にも何度か目にしたことがありました。会長さんがクッと喉を鳴らして、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「もういいよ、ぶるぅ。…これ以上見ててもいつもと同じだ」
「…そうなの? ハーレイ、治ったの?」
「うん。だからもう心が泣いてないだろ?」
「あ、ホントだ! ブルー、凄いね! ノルディでも治せなかったんでしょ?」
EDって何か分からないけど…と言う「そるじゃぁ・ぶるぅ」は会長さんの手腕に感動している様子です。それは私たちも同じでした。EDが治った教頭先生、また暑苦しく会長さんにアタックし始めることでしょうけど、あのままフェードアウトされるよりかはいいですよ、きっと!

絶叫マシーンで遊び倒した疲れもあって、その夜は誰もが早々と沈没。気持ちよく爆睡していると突然チャイムが鳴り響いて…。あれは玄関のチャイムです。眠い目を擦りながら時計を見れば朝の7時ではありませんか! こんな早くからいったい誰が…?
「…うるさいなぁ…」
不機嫌そうな会長さんの声が聞こえて、玄関に向かう小さな足音がトコトコと。扉を開ける音に続いて…。
「かみお~ん♪ ブルー、お客様! ハーレイが来たよ!」
「ハーレイ!?」
会長さんの悲鳴に近い叫びに私たちの意識も瞬時に覚醒。慌てて着替えて飛び出してゆくと、会長さんが廊下に立っていました。
「…来ちゃったよ…。昨日の今日でもう来るなんて…。って言うか、どうやってウチの玄関まで!」
下のロックを開けてないのに、とブツブツ呟く会長さんの所に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び跳ねてきて。
「見て、見て、ブルー! 窓の下が凄いことになってる!」
「「「窓の下?」」」
なんのこっちゃ、と言われるままに見下ろした私たちの視界に飛び込んできたのは真紅に染まったマンションの庭。会長さんが真っ青な顔で…。
「…全部薔薇だ…。庭一面に真っ赤な薔薇って……まさか…」
「ハーレイだよ?」
凄いでしょ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「あのね、管理人さんの許可は貰ってあるって言ってるけど? それでね、ブルーにプロポーズしたくて、入口のロックを開けて貰って上がって来たって…」
「「「!!!」」」
そういえばこのマンションには仲間しか住んでいないのでした。管理人さんだって仲間です。シャングリラ号のキャプテンである教頭先生の指示が下れば入口を開けるくらいはするでしょう。それにしたって一面の薔薇って……プロポーズって、正気ですか? などと皆でパニックに陥っている内に…。
「おはよう、ブルー。返事が無いから勝手に入らせて貰ったが…」
「「「………」」」
真紅の薔薇の花束を抱えた教頭先生が立っていました。
「ブルー、幸せになってくれと言ったが、やはりお前を幸せにするのは私しかないと思ってな。…だが、さよならを言った後ではプロポーズからやり直さねば格好がつかん。…三百年分の想いをこめて庭一面の薔薇を贈ってみたが、どうだ、気に入って貰えただろうか?」
「…き、気に入るも何も……目立ち過ぎだし…」
生き恥だよ! という会長さんの叫びは無視されました。
「そう照れるな。私がお前を嫁に欲しいと言っているのは仲間内では有名だろう? このくらいしても問題はない。…改めてお前にプロポーズしよう。ブルー、いつまででも待っているから、是非とも嫁に来てほしい」
まずは花束を受け取ってくれ、と押し付けられた会長さんが目を白黒とさせながら。
「あのさ…。ハーレイ? プロポーズするのは勝手だけれど、望みが無いって分かってる? ぼくがウェディング・ドレスをオーダーしたのは前のドレスが駄目になったからで…」
「そうだったのか?」
「ブルーが駄目にしちゃったんだよ! 勝手に持ち出して、あっちのハーレイの前で着て見せて…後は想像つくだろう? だからさ、望みがあるような間柄だったらドレスを買って貰った直後に悪戯なんかは…って、うわっ!」
会長さんは教頭先生にしっかり抱き締められていました。
「ブルー…。望みがなくても愛している。私にはお前しか見えんのだ。いつか私のためにドレスを…」
「うるさーいっ!!!」
パシッ! と青いサイオンの光が走って教頭先生は弾き飛ばされ、更に瞬間移動で薔薇だらけの庭のド真ん中まで飛ばされて…。
「そこの薔薇!」
会長さんが窓から身を乗り出すと。
「全部キッチリ回収してよね、みっともないから! そして有効活用すること、ぼくがマザー農場に連絡しとく!」
香油にするとか色々と…、と毒づいて窓をピシャリと閉め切り、会長さんは「効きすぎた…」と青息吐息。
「ハーレイが元気になるといいな、とは思ったけどさ。なんでいきなりプロポーズまで突っ走るわけ? おまけに庭一面に真紅の薔薇って、どう考えても馬鹿の極みで…」
「それでこそオモチャと言えるんだろうが」
キース君が突っ込みました。
「あんたの意表を突くようなことをやってくれた方がいいんじゃないのか? たまにはオモチャの逆襲というのも面白い。…返り討ちに遭ったようだがな」
気の毒に…、と見下ろすキース君の視線の先では教頭先生がせっせと薔薇を集めていました。会長さんに贈ったつもりが「みっともない」だの「生き恥」だのと罵倒された挙句、回収させられて資源扱い。あれだけの薔薇を買おうと思えば金額も半端ではないのでしょうに…。それを指摘した私たちに、会長さんはフンと鼻を鳴らして。
「EDの治療代だと思えばいいさ。ぼくが勝負パンツを渡してデートに誘っていなかったなら、あのまま一生EDだったかもしれないんだよ? それに比べれば薔薇くらい…。そうだよね、ぶるぅ?」
「んーと…。毎日心が泣いてるよりかは治った方が断然いいよね! でも、薔薇の花、凄く沢山…」
こっちの薔薇はジャムにしようっと、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が薔薇の花束を抱えます。
「無農薬の薔薇みたい。きっと美味しいジャムが出来るよ♪」
楽しみにしててね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は無邪気な笑顔。えっと…教頭先生の想いが詰まった薔薇から作ったジャムは砂を吐くほど甘いんでしょうか? ともあれ、教頭先生は自信回復、EDも完治。これからも会長さんの良いオモチャとして壊れず、めげずに強く生きてって下さいです~!



青月印のトランクスが入った箱を掲げた「そるじゃぁ・ぶるぅ」を先頭にして私たちは本館に向かいました。目指すはいつもの教頭室です。幸い今日は誰にも出会わずに済んで、会長さんが重厚な扉をノックして…。
「失礼します」
扉を開けて入る会長さんの後ろに私たちも続きました。教頭先生は例によって羽ペンで書類のチェック中。
「いつものヤツを持ってきたよ、ハーレイ」
「あ、ああ…。すまんな」
あれ? 教頭先生、微笑んでますが…ちょっと元気が無いような…? 会長さんも気付いたらしく、トランクスの箱を机に置くと首を捻って。
「ハーレイ? あまり嬉しそうに見えないんだけど、青月印は飽きたのかい? 次から別のにした方がいい?」
「い、いや…別にそういうわけでは…」
「でも…。いつもなら手放しで喜ぶじゃないか。ひょっとしてまだ引き摺ってる? …フォトウェディングで騙されたのを」
「………」
教頭先生は複雑な顔。会長さんとフォトウェディングだと喜んでいたらゼル先生に通報されて、サイドカーで拉致されたのはつい先日のことでした。スピードに弱い教頭先生はもちろん気絶し、春休みの残り期間を寝込んでいたとかいないとか…。
「そうか、やっぱり引き摺ってるんだ。ゼルのバイクは速いからねえ…。それともフォトウェディングが夢に終わったから傷ついたかな? ぼくは満足したんだけども」
新しいドレスも手に入ったし、と会長さんは楽しげです。
「でね、これがホテルで写した写真。…君にプレゼントしようと思って」
はい、と差し出された台紙つきの立派な写真が数枚。教頭先生は眉間に皺を寄せたのですが…。
「要らないんなら持って帰るよ? ぼくの花嫁姿を見たくないんだ? 君がスポンサーになったドレスがどんなヤツかも気にならない?」
「う、うむ…。そうだな、お前の花嫁姿だったな」
「そうだよ。見たくないなら回収するけど」
「いや…。プロが写した写真は見たい。私には所詮高嶺の花だが」
「は?」
怪訝そうな会長さん。私たちも同じでした。高嶺の花って何なのでしょう? 写真はプレゼントだって言っているのに、いったい何に手が届かないと…? 教頭先生はフウと溜息をついて写真の表紙をめくりました。そこにはブーケを手にした会長さんの輝くような花嫁姿が…。
「…綺麗なものだな…。叶うものなら是非見たかった」
「気が向いたら披露するかもね。今度のドレスは特注品だし…。他の写真も見てみてよ」
凄いんだから、と促された教頭先生は次の写真を広げます。場所を変えてカメラに収まる会長さんは艶やかとしか言いようがなく、教頭先生も魂を奪われた様子。
「ね、いいだろう? いろんな所で写したんだ。…それで最後が自信作でさ」
「ほほう…」
促されるままに数枚の写真を見終えた教頭先生の前にスッと押し出された最後の一枚。それを手に取った教頭先生の笑顔がピシッと凍りついて…。
「………」
「チャペルと言えば新郎なんだよ」
会長さんが指差す写真はチャペルで写したものでした。
「だけど肝心の新郎不在で、どうにもこうにもならないじゃないか。…仕方ないから集合写真で」
「…………」
「一人に決めても良かったんだけど、せっかくだから賑やかに…と思ったんだよ。ホテルに訊いたら貸衣装のサイズも揃っていたし」
ねえ? と私たちに同意を求める会長さん。写真の中では花嫁姿の会長さんをジョミー君たち男子五人が囲んでいました。全員、白いタキシードです。カメラマンの的確な指示で、誰もが見事な新郎スマイル。あの写真、撮るまでが大変でしたっけ…。

フォトウェディングなのに新郎が姿を消してしまって、カメラマンは勿論、ホテルの係も大混乱。そこへ会長さんが持ち掛けた案が新郎の代理を立てることです。私たちはサム君を推したのですけど、サム君は照れるわ、恥ずかしがるわで動きません。じゃあ誰が、と揉めた挙句に男子五人が全員で…。
「ハーレイ、君の意見はどうかな?」
会長さんが固まっている教頭先生に尋ねます。
「誰が一番ぼくの新郎らしいと思う? ぼくの考えではこの辺かなぁ…って」
白い指先が示しているのはサム君でした。
「他のみんなも捨て難いけど、サムの笑顔は親しみが持てる。こう、幸せにするぞ…って気概が見えると思うんだよね」
「…そうかもしれんな…。やはりお前を幸せに出来る男が一番か…」
「えっ?」
「幸せになれる相手でないとな、と言ったんだ」
深い溜息をつく教頭先生。さっきの高嶺の花発言といい、今日はなんだか変みたいです。いつもなら会長さんとの結婚話に燃え上がりこそすれ、他の誰かを持ち上げるようなことは決して言わない筈ですが…? 会長さんも不思議に思ったらしく。
「ハーレイ、それって本気で言ってる? ぼくの相手にサムがいいって?」
「…サムと決まったわけではないが……幸せになって欲しいだけだ」
教頭先生は咳払いをして視線を窓に向けました。これは本格的に変です。私たちは顔を見合わせ、会長さんは教頭先生の顔の前で手をヒラヒラと振ってみせて。
「えっと…ハーレイ? 念のために聞くけど、今、正気?」
「…ああ。残念ながら…な。…どうやら私はお前に相応しくないらしい」
残念だが…、と教頭先生は繰り返しました。
「私では幸せにしてやれん。他の誰かに託すしかない」
「ちょ、ちょっと…。どうしたらそういう話になるわけ? 騙されたのがそんなにショック? あれくらい、いつものことだろう?」
「そうかもしれんが…。とにかく私は駄目なのだ。この写真は有難く貰っておくが、お前を嫁に貰うことは出来ん。そんな男に尽くさなくてもいいんだぞ? トランクスを貰うのもこれが最後になるのだろうな」
今までとても幸せだった、と教頭先生は会長さんに御礼を言って。
「行きなさい。…そしていい相手を見つけるんだぞ。私も心から祝福しよう」
「…それ、本気?」
「至って本気で至って正気だ。…すまん、私が笑っていられる間に帰ってくれ」
教頭先生は優しい笑顔を向けていましたが、明らかに無理をしています。微かに感じ取れる思念は乱れて今にも泣き出しそうで…。
「…分かったよ。じゃあね、ハーレイ」
会長さんがクルリと踵を返し、私たちも慌てて続きました。扉が閉まる直前にチラリと見えた教頭先生は俯いていて表情は分かりませんでしたけど、絶望感だけはヒシヒシと…。いったい何があったのでしょう? 会長さんを諦めるなんて……他の誰かと幸せになれって、悪いものでも食べましたか?

「おい」
キース君が会長さんを睨み付けたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に戻ってからです。どう考えても教頭先生の様子は変でした。そしてそういう時は大概、会長さんが何か関係しているわけで…。
「あんた、教頭先生に何をしたんだ? 精神的に相当参っているようだったが」
「何をって言われても…。サイドカーでドライブさせただけだよ」
「とてもそうとは思えんぞ。ドライブ自体は二度目じゃないか」
「まあね。…でも、ぼくも正直、困ってるんだ」
このままじゃオモチャが無くなってしまう、と会長さんは大真面目でした。
「ぼくにベタ惚れで追いかけてくるから楽しめるけど、追いかけてこなきゃ意味ないし! そりゃあ…結婚する気は無いけど、諦められたら面白くない」
「…そういうものか?」
「うん。このままアッサリ身を引かれたら、悪戯も仕掛けられないよ。ハーレイの良さは往生際の悪さにあるんだ。何をされても諦めないから笑えるわけで、大人の余裕を見せられたんでは楽しみの欠片もありゃしないってば」
それはそうかも、と私たちも納得です。会長さん一筋に突っ走っている教頭先生だからこそ、会長さんの悪戯の数々が光るのであって。…一歩下がって見守られたのでは、悪戯は空振りに終わるでしょう。教頭先生、ひょっとして疲れてしまいましたか? 悪戯に付き合い続けて心が保たなくなったとか…?
「うーん…。ある意味、それはあるかも」
会長さんが吐息をついて。
「疲れているのか、心因性か…。原因としてはどっちもアリだ。一時的なものじゃないかとは思うけどねえ…」
「「「は?」」」
話が全く見えません。勝手に喋って完結されても困るんですけど、会長さんには事情が分かっているのでしょうか? 教頭室では会長さんも教頭先生の正気を疑っていましたが…。
「ああ、ごめん。…ちょっとね、ハーレイの心を読んでみたんだ。だって納得いかないじゃないか、幸せになれって言われてもさ。……でも原因がトンデモすぎて」
「なんだ、それは?」
分からんぞ、とキース君が突っ込み、ジョミー君が。
「原因って何? ひょっとしてあの写真とか?」
「…まさか」
そんなしおらしい相手ではない、と苦笑している会長さん。
「新郎役が五人どころか一万人でも諦めやしないよ、通常ならね。…でも今は違う。このままだったら永遠に諦めモードかも…。なにしろ自信喪失中だし」
「「「自信喪失?」」」
私たちは耳を疑いました。教頭先生が自信喪失だなんて、俄かには信じられません。諦めの悪さはピカイチと言うか、懲りるという言葉を知らないと言うか……思い込んだら一直線の教頭先生が自信喪失? それで会長さんに他の誰かと幸せになれと言ったんですか?
「そういうことさ。今のハーレイは人並み以下で、スタートラインにも立てっこない。そこまで転落しちゃったわけ」
「転落って…なんで?」
ジョミー君が疑問をぶつけました。
「なんで、どこから、どうやって? だいたいブルーと結婚したいって言ってる人って、教頭先生だけじゃない?」
「……俺の立場はどうなるんだよ……」
恨みがましい声でサム君が割り込み、首を竦めるジョミー君。
「ご、ごめん…。でもさ、サムは「好き」ってだけだよね。結婚までは考えてないと思うんだけど」
「まあな。俺たちって歳を取らないらしいし、そのせいかなぁ…。ブルーと結婚できたらいいな、って思いはしてもその先が想像つかねえんだよ」
夢は結婚式までなのだ、とサム君は頬を赤らめています。会長さんと結婚できたらそれだけで満足、それ以上は何も望まないとか…。つまりアレです、大人の時間は必要ないっていうわけで…。
「だからさ、俺もブルーと結婚する資格は無いんだろうな。…残念だけどブルーはとっくに大人なんだし…」
肩を落とすサム君に、会長さんが微笑みかけて。
「そんな所も好きだよ、サム。…ハーレイと違って暑苦しくない。そのハーレイが暑苦しさを失ってるのが今なんだけどね」
「「「???」」」
「分からないかな、暑苦しさで? 人並み以下まで転落中で、加えて暑苦しさが無い。ぼくと結婚するだけの資格も無い。…スタートラインにも立てっこないって言ったよね?」
「お、おい…。それって、まさか…」
キース君が口をパクパクさせていますが、私も含めて他は全員、思い当たる節が皆無でした。教頭先生に何があったと言うのでしょう? ジョミー君が訊いた「なんで、どこから、どうやって」の三つがまるで見当もつきません。会長さんがクッと喉を鳴らして。
「流石キースは大学生だ。それも今年で三年目か…。色々知識が増えたようだね。そう、君の考えで当たっているよ。…他のみんなは分からないようだし、ズバリ説明してあげよう」
「あっ、おい! 待て、他の連中は…!」
遮ろうとしたキース君に会長さんがパチンと片目を瞑ってみせて。
「万年十八歳未満お断り…だよね。君もその中に入っていると思ったけれど? 大丈夫だって、知識だけなら問題ないさ。実際の歳は十八歳になってるんだし」
会長さんが言うとおり、私たちは十八歳になっていました。外見も中身も1年生の時から全く成長していませんけど、十八歳は十八歳です。えっと……だから何? 教頭先生の自信喪失と私たちの歳にどう関係が…?
「ハーレイはね…。EDになってしまったらしい」
そのせいで自信喪失中、と会長さんは教頭室の方角を指差して。
「早い話が役立たずってこと。結婚どころの話じゃないよね、まずは治療が必要だ」
「「「………」」」
EDという聞き慣れない単語の意味するものがスムーズに頭に浮かんできたのは会長さんのサイオンのせいか、はたまたサイオン能力が多少向上したお蔭でキース君の思考が読めたのか。ともあれ、教頭先生の窮状は把握できました。それは確かに結婚以前の問題ですよ~!

私たちは五分間くらい固まっていたと思います。教頭先生は三百年以上も会長さんを想い続けて童貞街道まっしぐら。なのに会長さんへの想いは熱く激しく、一方的にせっせと頑張り続けてきた筈で…。特にソルジャーが現れてからは修行に行って挫折してみたり、鼻血を噴いて失神したりと現役ならではの情けない道を爆走中。なのに突然EDですって? 教頭先生にいったい何が…?
「なんで、どこから、どうやって…だっけ? ジョミー?」
会長さんがジョミー君の質問を蒸し返しました。
「どこから、の答えは分かっただろう? スタートラインに立とうと思えばEDを治してこないとね。残る二つはEDになった原因ってヤツだ。これが色々難しくって…。直接的にはサイドカーでのドライブだろうと思うんだけど、心因性なのか疲労なのかがハッキリしない」
「…あれ以来なのか?」
キース君が胡乱な目を向け、シロエ君が。
「でも…。初詣で願掛けしまくった時も同じ目に遭っていましたよ? あの時は大丈夫だったんでしょう?」
「あの時は…ね。それが今回はダメだったらしい。だからハーレイにも自信が無いんだ、ドライブが原因と決めつけるだけの。…ついでに相談した相手が悪かった」
教頭先生はパニックになってドクター・ノルディに電話をかけたらしいのです。ところが相手は会長さんを狙うエロドクター。真面目に相談に乗ろうともせず、原因は加齢だと答えたとか。
「加齢ですか…」
酷いですね、とシロエ君が首を振りました。
「ゼル先生なんか今も現役らしいじゃないですか。教頭先生が歳のせいだなんて、いくらなんでも酷過ぎるでしょう」
医者の言葉とも思えませんよ、とシロエ君は憤慨したのですけど、会長さんは。
「だから相手が悪かったって言っただろう? ノルディはぼくを狙っているから、ハーレイは目の上のタンコブなんだ。ぼくと結婚したがっているハーレイがいるとチャンスが減ると思ってる。…ぼくを手に入れるチャンスがね」
「まあ、間違ってはいないんじゃないか?」
キース君が口を挟みます。
「教頭先生はあんたを守ろうと必死に頑張ってきたからなあ…。とは言え、結婚できなくなったとしてもだ、エロドクターにあんたを渡しはしないと思うんだが」
「そうなんだよね。ぼくがノルディを嫌ってる以上、全力で排除にかかるだろう。ノルディも全然分かってないねえ…」
馬鹿なんだから、と毒づいている会長さん。でも……お医者さんに見放されてしまった教頭先生、EDを治療できるんでしょうか? エロドクターの他にお医者さんは…?
「ノルディの病院の専門科を受診すればいいと思うんだけどさ」
予約を取って、と会長さんはドクター・ノルディの病院の説明をしてくれました。サイオンを持つ私たちの仲間だけでなく、一般人も受け入れる大きな総合病院。勿論EDの専門医もいて、エロドクターに邪魔をされずに受診するのも簡単で…。
「でもね…。マズイことにハーレイの教え子なんだよ、そのお医者さんが」
「じゃあ、ぼくたちの仲間なわけ?」
ジョミー君の問いに会長さんは。
「仲間もいるし、普通の人も混じってる。ただ、不幸な事に全員揃ってシャングリラ学園の卒業生。教え子の所に行ってEDの治療はキツイよね、うん。特にハーレイは独身なだけに、治療なんかしてどうするんだって痛くもない腹を探られそうだ。EDの原因を調べるにしても、恥ずかしい話をしなきゃならない」
誰とは明らかにしないとしても振られた話は必須だし…、と会長さんは続けます。
「つまりハーレイが気軽に相談できる医者は皆無なんだよ。そりゃあ……一般の病院って手もあるけれど、難しいよね、色々と。そっちだと原因が加齢だった場合は診断不可能ってことになるから。だって外見がアレなんだしさ」
「「「………」」」
教頭先生、万事休す。このままEDが治らなければ、会長さんに妙な悪戯を仕掛けられることは無くなりますけど、きっと寂しいことでしょう。それに会長さんもオモチャが無くなって退屈しちゃって、いったい何をしでかすか…。グレイブ先生が特別手当を貰っているのをいいことにして、今度はそっちで遊ぶとか?
「…グレイブじゃ面白くないんだよね…」
誰の思考が零れていたのか、会長さんが呟きました。
「オモチャの身上は踏んでも蹴っても壊れないタフさと、諦めの悪さ。…グレイブも確かに楽しめるけど、ぼくに惚れてるわけではないし…。そうなると悪戯にも限度があるし」
やっぱりハーレイで遊びたい、と会長さんの諦めの悪さもピカイチでした。
「EDが治れば今までどおりにオモチャにできる。…陰で暖かく見守られるよりも暑苦しい方がよっぽどいいさ。決めた、EDを何とかしよう」
「なんとかするって…あんたは医者か?」
キース君の問いに会長さんはニヤリと笑って。
「医者でなくても解決できるよ、心因性のヤツだったらね。サイオンで心を解きほぐしてやれば簡単だ。疲労の方なら時間が経てば治るだろうし、一応、原因を探ってみようか」
「えっ、探るって…?」
どうするの、とジョミー君が言い終える前に会長さんが口を開きました。
「今夜はぼくの家に泊まって貰うよ。…ハーレイの夜の生活を覗き見しないといけないからね。ぼく一人では気分が滅入るし、ぶるぅじゃ意味が分かってないし…。さあ、急いで家に連絡する!」
げげっ。とんでもない展開になっちゃいました。でも断ったら恐ろしいことになりそうです。私たちは仕方なく家に電話を入れました。会長さんがソルジャーであると知れている今、お泊まり会に異議を唱える家族はありません。これって、いいのか悪いのか…。ソルジャーが悪戯好きというのは多分信じてくれないでしょうが。

突然決まったお泊まり会。私たちは瞬間移動で自分の家に送って貰って荷物を整え、会長さんの家まで瞬間移動。パパやママたちが仲間だからこそ出来ることです。キース君なんかはお土産を持たされて戻ってきました。檀家さんに貰ったという焼き菓子の詰め合わせは夕食の後にみんなで食べて…。
「ぶるぅ、ハーレイの様子はどうだい?」
リビングにいた私たちの前で会長さんが尋ねました。
「えっとね、さっきお風呂に入りに行って…。あ、帰ってきた」
これからテレビを見るみたい、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が答えると…。
「天気予報とニュースだけだね、ハーレイが見るつもりなのは。それが終わったら寝るらしい。…ぶるぅ、中継をよろしく頼むよ」
「オッケー!」
無邪気な子供の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大人の事情はサッパリです。中継していても意味は分かっていないのですけど、今夜の教頭先生は普段と状況が違いました。EDだという教頭先生、どんな夜を過ごしているのやら…。やがて始まった中継画面で教頭先生はテレビを消すと大きな溜息。
「これがブルーの花嫁姿か…」
会長さんがプレゼントした写真を取り出し、一番のお気に入りらしい一枚を穴が開くほど眺めた後で。
「本当だったら隣に私が立っていた筈なのだな…。いや、最初から可能性はゼロだったか…。ブルーにその気は無かったのだし、ゼルまで呼んであったからには悪戯目当てに決まっているしな」
それでも生で見たかった…、と苦しげに呟いた教頭先生は写真を抱えて寝室へ。独身生活には大きすぎるベッドの上に転がっているのは、会長さんの写真がプリントされた抱き枕です。教頭先生はベッドに腰掛け、会長さんの花嫁姿の写真を再びじっと見詰めて…。
「ブルー…。お前と結婚したかった。お前を嫁に欲しかったのに、私は資格を失くしたようだ。どうやら歳を取り過ぎたらしい。ゼルは未だに現役なのにな。ははははは………鍛えようのない部分だと言うが、どうしてこうなってしまったんだろうな…」
乾いた声で笑ってはいても、顔は笑っていませんでした。眉間に刻まれた皺も深くなり、苦しげに呻くと写真をベッドサイドのテーブルに置いて横になります。そして両手で会長さんの抱き枕を引き寄せて…。
「…添い寝だけしか出来ん男では、お前と結婚するのは無理だ…。もっと修行をするべきだった。あっちのブルーに何度も誘われていたのにな。…自業自得と言うべきか…。ブルー…」
愛していた、と抱き枕にキスを落とす教頭先生。以前だったらそこから色々あったのですが、教頭先生は枕を腕に抱えてブツブツと泣き言を繰り返しながら眠りに落ちてしまいました。これは本当にEDです。会長さんは原因を探り出すことが出来たのでしょうか…?
「…ぶるぅ、もういい」
会長さんの合図で中継画面が消え失せ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が会長さんを見上げました。
「ブルー…。なんだかハーレイ、可哀想だよ? 心が泣いてたみたいだけど…」
「泣いていたね。ぼくと結婚できなくなったのがショックなんだよ。…どう転んでも結婚する気にはならないけれど、あんなハーレイも見たくはないかな」
諦めの悪いハーレイが好きだから、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭を撫でて。
「可哀想だと思うんだったら、力を貸してくれるかい? ハーレイが自信を取り戻すには手形のパワーが必要なんだ」
「えっ、手形? 何に使うの?」
「ハーレイとデート」
「「「えぇぇっ!?」」」
会長さんがサラリと告げた言葉に私たちは仰天しました。EDの治療に手形パワーというのも謎ですが、そこで出てくるのが何故デート? そもそもデートにどうして手形が要るんでしょう? いえ、それよりも会長さんが教頭先生とデートだなんて…。
「…そんなにビックリしなくても…。ハーレイとデートって、そんなに意外?」
「意外に決まっているだろう!」
何をする気だ、とキース君が叫びましたが、会長さんは平然と。
「デートと言ったらデートだってば。普通のデートと違う点があるなら、一対一じゃないってことかな? ほら、ハーレイの家に一人で行ってはいけないって言われているからねえ…。もちろんデートも一人じゃダメだろ、どう考えても」
だから君たちも付き合って、と告げられた私たちは絶句しました。会長さんと教頭先生のデートだけでも大概なのに、一緒にゾロゾロ連なって行けと? けれど会長さんは一人で決めてしまっていて…。
「デートするのは明後日の土曜。ハーレイは明日の放課後に誘うよ、始業式が終わってからね。…そういうわけで、明後日はよろしく」
もう遅いから寝る時間、と宣言されてしまい、思念波での連絡も取れないようにシールドされて消灯時間。教頭先生はEDになるわ、会長さんはデートだなんて言い出すわ…。頭の中がグルグルしますが、しっかり寝ないと負けそうです。明日は始業式で、明後日がデート。デートと手形とED治療の関連性が未だに全然分かりません~!




教頭先生が会長さんに騙されてしまったフォトウェディング。それから数日経った4月7日はシャングリラ学園の入学式です。私たちにとっては四度目、特別生としても三度目の入学式になるわけですが、ここはやっぱり出席しなくちゃ! と言うより、新しいクラスメイトと顔合わせをしておかないと…。桜が咲く中、学校に着くとジョミー君たちが正門前に集まっていました。
「おはよう! みんな来てるよ」
ジョミー君は今日も元気一杯。
「今年も記念写真、撮る? 毎年おんなじ面子だけれど」
「一応、撮っておくことにするか。おふくろにカメラを持たされたんだ」
親馬鹿だよな、とカメラを取り出すキース君。私たちは『シャングリラ学園入学式』と書かれた看板を囲んで記念撮影をし、それから講堂に向かいました。言わずと知れた入学式の会場です。保護者と一緒の新入生が大多数の中、最前列に陣取って…。
「ぼくたち、今年もA組になるんだよね? 特別生はクラス固定って聞いてるし」
ジョミー君の問いにシロエ君が。
「その筈ですよ。でも担任は分からないんだって会長が言ってましたっけ。グレイブ先生じゃなくなるのかも…」
「ゼル先生とか? それってキツそう…」
頑固そうだよ、とジョミー君が頭を抱えています。けれどゼル先生は面倒見の良さで人気の先生。ゼル先生でも楽しいかも、と思ったのですが…。
「エラ先生だったらどうするよ?」
サム君の言葉に私たちはピキンと固まりました。風紀の鬼のエラ先生に当たったが最後、地獄に違いありません。いくら特別生であっても、きっと容赦なくビシバシと…。
「それって困る! ブルーでも太刀打ちできなさそうだよ」
弱気になったジョミー君にマツカ君が同調して。
「ですよねえ…。いくら会長でもエラ先生が女性な以上は過激な真似は出来ないでしょうし」
「うわー…。ブルー、顔を出さなくなったりして? エラ先生じゃ何も楽しくないもんね」
御礼参りとか寸劇とか、とジョミー君が挙げる数々の行事はクラス担任を巻き添えにするのが基本でした。グレイブ先生だからこそ無茶できましたが、エラ先生では無理そうです。同じ女性でもブラウ先生なら、あるいはなんとかなるのかも?
「…シド先生なんかどうかしら?」
スウェナちゃんの意見はジョミー君に却下されました。
「ダメダメ、スウェナ、分かってないし! シド先生は男子にも女子にも人気あるしさ、オモチャにしたら恨まれそうだよ。…一人じゃ校内歩けないって!」
「そのとおりだな」
分かる、分かる…とキース君が頷いています。
「やはり俺たちのクラス担任はグレイブ先生が最適だろう。まあ、ブルーが一切出てこないのなら誰になっても平気だろうが…。おっと、そろそろ始まるか?」
壇上に先生方が現れました。並べられた椅子に順に座ってゆき、一番最後に校長先生の登場です。シド先生の司会で式は順調に進んでいって…。
「それでは、本日のスペシャル・ゲストをご紹介させて頂きます。シャングリラ学園のマスコット、そるじゃぁ・ぶるぅ君です!」
運ばれてきたのは大きな土鍋。蓋が取られて「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び出してくると会場に広がる驚きの声。そりゃそうでしょう、土鍋だけでもインパクト大なのに中から子供が現れるなんて…。校長先生が「そるじゃぁ・ぶるぅ」の紹介をして、御利益パワーに与るための三本締めとなりました。これも毎年変わらないよね…と、眺めていると。
『居眠るな、仲間たち!』
突然響いた思念の主は会長さん。入学式恒例の仲間に宛てたメッセージです。私たちは顔を見合わせ、会場内を見回して…。
『今年は誰か来るのかなあ?』
ジョミー君の思念に『分からない』と返す私たち。新しい仲間は歓迎ですけど、そうなると「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に入り浸るわけにはいかなくなりそう。誰も来なければ今年も一年遊び放題! そっちの方が断然いいよね、と思念を交わしていた所へ…。
『あっらー、生徒限定なのぉ!?』
まりぃ先生の声ならぬ思念が流れて来ました。
『酷いわ、酷いわ! 私もぶるぅちゃんのお部屋で遊びたいわぁ…』
壇上で澄ました顔のまりぃ先生、心穏やかではないようです。会長さんの思念がそれをぶった切って。
『申し訳ないけど生徒限定。ぶるぅの部屋は教師は一切立入禁止になってるからね』
『そうじゃ、そうじゃ! だいたい今は入学式の最中じゃぞ?』
静粛に、とゼル先生が注意し、ヒルマン先生も宥めにかかっています。これは退屈しないかも…。先生方の思念波でのやり取りなんて、今まで見たことないですからね。春休みのサイオン強化合宿、効果があったみたいですよ~!

入学式が終わるとクラス発表。掲示板に貼り出された名簿をチェックしに行くと、私たちは今年も1年A組でした。教室の位置も変わりませんし、お馴染みの部屋に揃って移動し、今年の担任は誰だろう…と先刻までの話の続き。掲示板には例によって『担任は見てのお楽しみ』の一文があったからです。
「グレイブ先生が絶対いいって!」
サム君がそう主張するのは会長さんに会いたいからに決まっていました。他の先生だと会長さんは遊びに来そうにありません。会長さんにベタ惚れのサム君としては少しでも長く会長さんと一緒にいたいのです。
「落ち着け、サム」
キース君がサム君の肩をポンと叩いて。
「他の生徒が引いてるぞ? そうでなくても俺たちは浮いているからな。アルトとrを見習った方が…」
「「「あ…」」」
誰もがすっかり忘れていました、新しいクラスメイトの存在を! アルトちゃんたちは新入生の女の子たちと楽しそうに話しているというのに、私たちときたら毎度のグループで一致団結、見事にクラスから浮いてるわけで…。やばい、と気付いても時既に遅し。何人かの生徒がこっちに注目しています。
「えーっと…今から散っても無駄だよね?」
ジョミー君が溜息をついた所へ、新入生の男子二人組がやって来ました。
「あのぅ…。もしかしてジョミー先輩ですか?」
「えっ、ぼく? そうだけど…。もしかして何処かで会ったかなあ?」
サッカー部の練習試合に出ることがあるジョミー君は顔を知られている方です。練習試合限定とはいえ、他校の生徒やその応援に来ている人に覚えられていても不思議はなくて…。けれど二人組の男子は「いいえ」と首を振りました。
「ぼくたち、先輩に聞いたんです。先輩って言っても…」
「小学校の先輩で、中学時代は重なってなくて…」
歳がちょっと離れてますから、と二人組。
「でも小さい頃から遊んでましたし、家が近いせいで今も仲良くして貰ってます。ぼくたちがシャングリラ学園に行くって言ったら「1年A組になれるといいな」って」
「先輩、今年卒業したんですよ。1年A組でジョミー先輩たちと一緒だったって言ってました」
聞かされた名前には嫌というほど心当たりがありました。私たちの一番最初のクラスメイトの一人です。会長さんが繰り出す悪戯の数々に率先してついて行ってた悪ガキ男子。私たちのことをどんな風に話したんでしょう? わざわざ声を掛けにくるってことは、クラスで番を張っているとかそういう系の…?
「えっと…そちらがキース先輩ですよね、柔道部の」
「それにシロエ先輩、マツカ先輩、サム先輩…。女子がスウェナ先輩、みゆ先輩」
男の子たちは続けました。
「1年A組の生徒になれたら、この七人がいる筈だ…って先輩が教えてくれたんです。一年間よろしくお願いします!」
「お世話になります!」
「「「はぁ?」」」
なんのこっちゃ、と首を傾げる私たちの周囲に集まってくる他のクラスメイト。男子二人組は得々として事情を説明し始めました。1年A組には特別生の七人グループがいて、その七人がいれば「そるじゃぁ・ぶるぅ」の御利益パワーに与れる…と。入学式で「そるじゃぁ・ぶるぅ」を見てきたばかりのクラスメイトは一斉に…。
「御利益パワーって?」
「どんなことが出来るんですか?」
「特別生って何なんですか?」
たちまち始まる質問攻め。いったいどれから答えたものか、と戸惑っていると教室の扉がガラリと開いて。
「やかましい!!」
カツカツカツ…と響く足音、しかめっ面。現れたのは他ならぬグレイブ先生でした。あぁぁ、やっぱりこう来ましたか! サム君は嬉しそうですけども…。

「入学早々、騒ぎたてるとはいい度胸だな。私は1年A組の担任、グレイブ・マードック。グレイブ先生と呼んでくれたまえ。…そもそも騒ぎの原因は何だ? どうやら諸君のせいらしいが…?」
ジロリと睨まれ、首を竦める私たち。グレイブ先生は「まあいい」と舌打ちをして名簿を取り出し、前から順に名前を呼んで座席と照らし合わせると。
「さっきの騒ぎからして既に諸君は知っているようだが、このクラスには特別生と呼ばれる連中がいる。彼らには出席義務も無ければ成績も不問だ。空気のようなものだと思って無視したまえ。そして私には私のやり方がある。まずは諸君の日頃の努力の成果を見たい。今から実力テストをする!」
「「「えぇぇっ!?」」」
「私の担当は数学だ。中学校で真面目に勉強していれば解ける問題ばかりだぞ。正解が七割以下の生徒は補習をするからそのつもりで」
問題が裏返しにされて配られ、パニック状態になった教室の後ろの扉がカラカラと…。
「ごめん、ごめん。…遅くなっちゃった」
入って来たのは会長さん。銀色の髪に赤い瞳、超絶美形の会長さんにクラスの視線が集中する中、会長さんはスタスタと教卓の前まで行くと。
「例によって実力テストだって? 君の机を借りるよ、グレイブ。ぼくも仲間になりたいからねえ」
「また来たのか…」
「うん。でも、まずは自己紹介をしなくっちゃ」
会長さんはグレイブ先生を押しのけて教卓を占拠し、良く通る声で。
「初めまして、1年A組のみんな。…ぼくはシャングリラ学園の生徒会長をやってるブルー。ついでに特別生でもある。三百年以上在籍している生徒の噂を知っている子もいるだろう。それがぼくだ」
どよめきが上がりましたが、さっき話しかけてきていた男子二人は全く驚いていませんでした。元1年A組だった先輩から聞いていたのでしょう。けれど大多数の生徒はビックリ仰天、会長さんの顔を見詰めています。
「ぼくには決まったクラスが無い。1年A組に混ぜてくれるなら、この一年間、君たちの力になろう。入学式でそるじゃぁ・ぶるぅを見ただろう? ぶるぅの御利益パワーで定期試験は全て満点とか、そういうお得なヤツなんだけど」
「「「満点!?」」」
「そう、満点。今から始まる実力テストにも効果があるよ。…混ぜてくれる? それとも…」
会長さんが言い終えない内に「混ざって下さーい!」の声があちこちで…。会長さんは満足そうな笑みを浮かべてグレイブ先生の椅子に座りました。
「じゃあ、一年間よろしくね。グレイブ、ぼくにも問題を」
「そう来るだろうと思っていたのだ! お前に渡せる問題は無い。今後の定期試験はともかく、実力テストは実力テストだ。お前に引っ掻き回されたのでは皆の実力が分からんからな」
フフンと笑うグレイブ先生。これは大番狂わせです。会長さんの分の問題が無いと正解をクラスメイトの意識の下に送り込むことが出来ません。
『これってヤバイ…?』
ジョミー君の思念波が届き、キース君が。
『いや、あいつなら俺たちの分の問題を読み取るくらいは簡単だろう。だが、しかし……ぶるぅパワーを主張するなら問題が無いとマズイのか?』
『そうじゃないですか? ぶるぅの力を借りられるというのを毎年売りにしてるんですから』
まずいですよ、とシロエ君が青ざめ、グレイブ先生は勝ち誇った顔。
「どうする、ブルー? お前が問題を見られない以上、ぶるぅの力は借りられない。…私の勝ちだな。では、諸君。今から三十分間だ。…はじめっ!」
あちゃ~。大変なことになってしまいました。会長さん自身に力があるのは秘密です。バレても問題ないんじゃないかと思いますけど、今まで内緒になってましたし…。
『そうなんだよね』
頭の中に流れてきたのは会長さんの思念。
『ぼくのサイオンは出来れば秘密にしておきたい。三百年以上生きているって件はともかく、他は普通でいたいんだ。だから試験問題が無いと困るんだけど…。さて、どうするか…』
視線を上げると会長さんは教卓に頬杖をついて手持無沙汰に座っていました。グレイブ先生が作った実力テストは、会長さんに長年知識をフォローしてもらった私たちには楽勝ですけど、クラスメイトには難問みたい。聞こえてくるのは溜息ばかりでペンを走らせる人は皆無のようです。ここで「そるじゃぁ・ぶるぅ」の御利益パワーを見せられなければ会長さんの立場が危ういのでは…?
「十分経過! どうした、さっぱり進んでおらんぞ! そんな問題も解けんのか?」
補習だな、とグレイブ先生が教卓を指でコツコツ叩いています。その後も時間は無情に流れて…。
「残り五分だ! つまらないミスが無いよう、よく見直しておくように!」
「「「………」」」
見直すも何も、クラスメイトが総崩れなことは気配で察知できました。もうダメだ、とジョミー君たちが嘆きの思念波を送ってきます。ジョミー君を知っていた男子生徒二人の期待を裏切り、クラスメイトが会長さんに抱いた期待も微塵に砕けてしまいそう。今年の1年A組は初日から躓いてしまうのでしょうか…?

試験終了、とグレイブ先生が告げると同時に阿鼻叫喚の1年A組。やはり大半が白紙でした。回答欄が全部埋まった人は特別生の他には一人もおらず、グレイブ先生は集めた解答用紙をめくってニヤリと笑うと。
「ほほう…。これは全員補習のようだな、一応採点してみるが。補習はクラブ見学などで授業が無い期間の放課後を充てる。一日二時間、みっちりと…だ」
げげっ、補習が二時間ですか! 会長さんの約束は? 実力テストも大丈夫だって言い切ったのに…。クラスメイトは泣きそうですし、これじゃ会長さんは大嘘つきに……と思った時。
「かみお~ん♪」
パアッと青い光が走って教卓の横に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が出現しました。クルクルクル…と宙返りしてストンと降り立ち、「こんにちは!」と満面の笑顔。
「えっと、えっとね、ぼく、ぶるぅ! 入学式で会ったでしょ? ぼくも1年A組の仲間になりたいなぁ…って。ブルーが困っていたから急いで来たの! テスト、満点にしてあげられるよ♪」
「「「満点?」」」
白紙のテストをどうやって、と疑問だらけのクラスメイトに「そるじゃぁ・ぶるぅ」は右手を高く差し上げて。
「右手のパワーはパーフェクト! ぼくが手形を押しちゃうだけで、どんなテストも満点なんだよ。すぐにパパッと押しちゃうからね」
言うなり教卓の上の解答用紙をサッと引ったくり、手形を押しまくる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。グレイブ先生が呆気に取られている間に全部の用紙に赤い手形が…。
「な、何をする! これでは実力テストの意味が…」
我に返ったグレイブ先生が叫びましたが「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコと。
「だって、ブルーが約束したもん。嘘をつくのはいけないんだもん! そうだよね、ブルー?」
「ありがとう、ぶるぅ。いい子だね。…というわけで全員満点」
安心して、と会長さんは手形の押された用紙をグレイブ先生に差し出して。
「文句があるなら聞いてあげるけど? その場合はもれなく黒い手形とセットだけども」
「…く、黒……」
言葉を失うグレイブ先生。黒い手形はダメの印で「そるじゃぁ・ぶるぅ」の左手から出ます。これを人間の身体に押すと、アンラッキーなことが次から次へと湧いてくるとか来ないとか…。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は左手を構え、グレイブ先生は会長さんと睨み合ったまま激しく火花を散らしたのですが。
「…くそっ、またしても私の負けか…。仕方ない、実力テストはクラス全員合格とする!」
わぁっ、と大きな歓声が上がり、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に惜しみない拍手が送られます。グレイブ先生は仏頂面で終礼を済ませ、ブツブツと文句を呟きながら立ち去る羽目に…。こうして今年も会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は1年A組に仲間入りを果たし、新学期のスタートが切られたのでした。

「…さてと。みんなも家に帰ったことだし、ぶるぅの部屋に移ろうか?」
会長さんが言い出したのは、手形パワーで窮地を脱したクラスメイトたちが学校を出た後のこと。あれ? 今年の新入生が来るのでは? 新しい仲間にメッセージを送っていましたし…。まりぃ先生が反応しちゃってゼル先生たちが困ってましたよ?
「新しい仲間は今年もいないよ」
だから平気、と先に立って歩き出す会長さん。今年もいないって…去年も誰もいなかったのに…? 生徒会室に到着しても、待っている生徒は誰もいません。会長さんは壁の紋章に手を当て、隠された部屋に消えて行きます。
「今年も新しい人は来ないわけ…?」
ジョミー君が校章と同じ形の紋章を眺め、サム君が。
「新しい面子がいないって嬉しいじゃねえか。今年も俺たちの溜まり場にできるぜ」
もちろんブルーも独占できる、と言わなくても顔に書いてあります。サム君はホントに嬉しそう。新しい仲間が来てしまったら「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を明け渡さなくてはダメかもですし、会長さんだって忙しくなってしまうでしょうし…。公認カップルを名乗るサム君には避けたい状況なのでした。
「そっか、サムのためには良かったかもね。ブルーと一緒にいられるし」
デートもできていないけど、と笑うジョミー君にサム君は「かまわねえよ」と気にしない風。会長さんの家での朝のお勤めがデート代わりというわけです。今朝も行っていたようですし…。
「おい、いつまで立ち話をしている気だ?」
先に入るぞ、とキース君が壁を通り抜け、私たちも慌てて続きました。一足お先にお部屋に戻った「そるじゃぁ・ぶるぅ」の元気な声が迎えてくれます。
「かみお~ん♪ みんな、今年もよろしくね!」
入学式のお祝いケーキ、と桜色のクリームをたっぷり使った桜のケーキが切り分けられて賑やかに始まる新年度最初のティーパーティー。新しい仲間はやはり本当に来ないようです。
「なんで今年も新しい仲間が来ないんだ?」
メッセージはちゃんと流れてたのに、とキース君が訊くと会長さんは。
「去年も言ったと思うけど? 新しい仲間がいてもいなくても、あのメッセージは流すんだ。そして新しい仲間は滅多に来ないと教えた筈だよ、君たちの年が特別なだけ。それに今年はシャングリラ・プロジェクトで一気に仲間が増えたしね…。君たちの御両親が揃って仲間になったんだから」
「あ、ああ…。そうだっけな。どうも今一つ実感がない」
キース君の気持ちは私たちにも分かりました。パパやママたちがサイオンを持ったと言っても、思念波も操れないレベルです。連絡手段に思念波は使えず、今までどおり電話にメール。家での会話にサイオンの話が出てきていたのもシャングリラ号から戻ってきてすぐの頃だけで…。
「それでいいんだよ。急ぐ必要は何も無いしさ」
普通が一番、と会長さんが微笑みます。
「君たちだってゆっくりだったろ? 入学式でまりぃ先生の思念波を捉えていたようだけど、あれは去年じゃ拾えないレベル。まりぃ先生の思念波は初心者レベルで、これから先も期待できない」
「…期待できない…? なんだ、それは」
キース君の問いに会長さんはクスッと笑って。
「まりぃ先生の趣味は濃すぎるからね、思念波の扱いに長けてもらうと困るんだ。覗き見とかが得意になったら大変じゃないか」
「「「………」」」
その先は言われなくても明白でした。会長さんの悪戯だとか、教頭先生の夜の時間とかを覗き見されたら一大事です。きっと妄想に拍車がかかってイラストどころか突撃レポート、果ては写真の隠し撮り…。頭を抱える私たちの姿に会長さんは「困るだろ?」と繰り返して。
「ぼくの平和な日常のためにも、危険な力は伸ばさない! まりぃ先生には悪いけれども、力をブロックしておこうかと…。あ、表向きは「期待できない」ってことにしておくんだから口外無用」
分かったね? と念を押されて私たちは頷きました。まりぃ先生が暴走したら巻き込まれるのは確実ですし、平穏な学園生活を送りたければ触らぬ神に祟りなしです。

ワイワイ賑やかに盛り上がる内に、話題になったのはグレイブ先生。1年A組の担任はグレイブ先生と決まったわけではない、と聞いていたように思ったのですが…。
「ああ、グレイブね。…特別手当に釣られたようだよ」
会長さんが片目を瞑りました。
「職員会議で揉めたんだ。1年A組の特別生は固定してるし、もれなくぼくとぶるぅが来るし…。担任すればババを引くって分かってるだけに希望者ゼロ。クジ引きで決めるって話まで出た」
「「「………」」」
先生方の腰が引けるほど最悪でしたか、1年A組。ところで特別手当って…?
「絶対に酷い目に遭うのが分かってるから、危険手当と言うべきか…。具体的な金額は知らないけれど、相当な額が加算されるらしい。グレイブはそれに飛びついたんだよ。愛妻家なのは知ってるだろう? ミシェル先生に貢ぐためには特別手当が手っ取り早い」
残業しなくても毎月出るし、と会長さん。
「そういうわけでグレイブは全部覚悟の上ってことになる。今年も派手にやらせて貰うよ、遠慮しなくていいんだしね」
「あんたのオモチャ手当ってわけか?」
キース君の鋭い突っ込みに、会長さんは「そうとも言うね」と涼しい顔。
「でもさ、グレイブじゃオモチャにするには物足りない。オモチャはやっぱり頑丈でなくちゃ。踏んでも蹴っても壊れないタフさがオモチャの身上」
「おい、タフさって…」
途中で消えたキース君の言葉を会長さんは正確に読み取りました。
「もちろんハーレイに決まってるじゃないか。タフで頑丈、おまけに懲りることがない。…分かってるんなら出発するよ、新学期の初日はコレなんだから。…ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
勢いよく走って行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が奥の部屋から抱えてきたのはリボンがかかった平たい箱。綺麗サッパリ忘れてましたが、新学期と言えばこの箱で…。
「そうさ、青月印の紅白縞を5枚だよ。待ちくたびれているだろうから、急いで届けに行かなくちゃ。今日はオマケもついてるし」
ほら、と会長さんが取り出したのは立派な台紙つきの写真でした。ホテル・アルテメシアでのフォトウェディングの写真です。
「ハーレイは持っていないんだよ。ぼくの家にだけ送ってくれるように手配したから。…だって、新郎は逃げちゃったし? 恥をかかされた花嫁としては当然取るべき行動だよね」
「「「………」」」
逃げたんじゃなくて拉致られたのでは、と喉まで出かかった声を私たちは辛うじて飲み下しました。こんな写真をプレゼントされて教頭先生が喜ぶでしょうか? でも青月印の紅白縞とセットだったらいいのかな? 新学期と言えば紅白縞。トランクスのお届け行列、教頭室に向かって出発です~!

 

 

 

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