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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

卒業式が終わった後の1年A組では2年生に向けての授業が始まりました。何日か登校してみたものの、進級できない特別生にはあんまり意味がなさそうです。来年は何組になるのか分かりませんけど、また1年生になることだけはハッキリ決まっているんですから。
「う~ん、やっぱり本当は春休みなんだよね…」
ジョミー君が呟いたのは放課後のこと。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に揃っていました。
「2年生用の勉強をしたって2年生にはなれないし…。グレイブ先生には毎朝また来たのかって笑われちゃうし、セルジュたちはもう学校に来てないし! 特別生らしく休むべきかな?」
「…俺は登校し続けるぞ。最後の一人になったとしてもな」
キース君が腕組みをしています。
「家にいたら親父を手伝わないといけないんだ。早めの春休みだなんて言ったが最後、親父について毎日のように月参りだぜ。一人で行くなら我慢もできるが、親父と行くのはキツすぎる。…親父は俺の髪の毛に不満を持っているからな」
お参りが済んで檀家さんの家を出る度にネチネチ文句を言われるのだ、とキース君は溜息をつきました。
「坊主頭でないと有難味が無いとか、檀家さんに顔向けできないだとか…。終業式まで授業に出てれば、その間は文句を言われずに済む。…だが、お前たちは休みたかったら休んでくれ」
「「「………」」」
深刻そうな事情を聞いてしまうと、春休みを取りにくい雰囲気です。今日はその相談で集まったのに…キース君はお休みしないってことなんでしょうか? と、会長さんが口を開いて。
「なるほど、キースは今年も単独行動ってことか。去年は一人で歩き遍路をやっていたしね。…で、君たちは春休みを取るのかい?」
「そうしようかって言ってたんだけど…。せっかくだから旅行もしたいし」
ねえ? とジョミー君が言い、シロエ君が。
「そうですよ! 卒業旅行はおかしなことになっちゃいましたし、今度はもっと…。春休みを取るんだったら今年こそピラミッドに行きたいですね。パスポートだって取りに行ったじゃないですか」
うんうん、と頷く私たち。実はこういう場合に備えてパスポートを取っていたんです。シャングリラ学園は不思議一杯の学校ですから、何が起こるか分かりません。突然の長期休暇ということもある、と言い出したのが誰だったのか…。とにかく私たちはパスポートを持っているのでした。
「ピラミッドですか…」
いいですね、とマツカ君が頷いています。
「去年は行けませんでしたけど、今年は行ってみましょうか。ぼくもピラミッドは久しぶりですし…。ブルーとぶるぅはどうします?」
「ぼくもぶるぅも行ってみたいな。…じゃあ、キースだけ留守番ってことで」
「ちょっと待て!」
誰が行かないと言った、と眉を吊り上げるキース君。
「家から脱出できるんだったら春休みでも全く問題はない。俺も一緒に旅行に行くぞ」
「…それじゃ、いつものメンバーですね。日程が決まり次第、ホテルとかを全部手配して…。費用の方も任せて下さい」
おおっ、マツカ君、太っ腹! 私たちは早速カレンダーを囲み、計画を練り始めました。今度こそ夢の観光旅行。それも初めての外国ですよ~!

目的地のビザを取ってもらって、ホテルなどの手配も整って…後は出発の日を待つだけになった私たち。今日は会長さんのマンションに集まり、服装や持ち物の確認をしていたのですが…。
「ふうん…。これがパスポートなのか」
いきなりヒョイと手が伸びてきて、リビングのテーブルにあった会長さんのパスポートをつまみ上げました。
「生年月日に顔写真に…。うん、これなら簡単に偽造できそうだ」
「「「!!???」」」
私たちの目に映ったものは、ソルジャーの正装をした会長さんのそっくりさん。ソルジャーはパスポートをパラパラとめくり、マツカ君にニッコリ微笑みかけて。
「どうやら休暇が取れそうなんでね。…追加、お願いできるかな? あ、ぶるぅは留守番に置いてくるから一人分で」
「え? で、でも…」
マツカ君は真っ青でした。国内旅行なら何人増えてもいいんでしょうけど、今回の行先は外国です。ソルジャーはパスポートもビザも持ってませんし、いきなり追加と言われても…。でもソルジャーは平気な顔で。
「大丈夫、絶対にバレないように細工するから。…ぼくたちの世界は君たちの世界より遥かにチェックが厳しいんだ。そんな世界で生きてるんだし問題ないよ、こっちで旅行するくらい。…パスポートもちゃんと用意するさ」
ソルジャーは自信満々で会長さんを見詰めました。
「ブルー、君なら分かるだろう? ぼくがヘマをするわけないってことが。…君たちが旅行の計画を始めた時から参加したいと思ってたんだ。だけど直前まで休めるかどうか分からなくって…。ふふ、シャングリラの連中への言い訳はいつもどおりに特別休暇」
「「「………」」」
私たちの顔には非難の色が浮かんでいたかもしれません。ソルジャーの言う特別休暇とは、あちらのキャプテンと過ごす大人の時間を指すのです。つまりソルジャーが私たちと旅をしている間、キャプテンは「ぶるぅ」と青の間で留守番しながら過ごさなくてはいけないわけで…。
「いいんだってば。ハーレイはぼくに甘いんだ」
だから安心、と笑うソルジャーの手から会長さんのパスポートがパッと消え失せて。
「ちょっと借りるよ。ぶるぅに頼んで偽物を作りに行ってもらった。ぶるぅはシャングリラと外の世界とを自由に行き来しているし…街の事情にも詳しいし」
ソルジャーの言葉に「そるじゃぁ・ぶるぅ」の目がまん丸になりました。
「ぶるぅって凄かったんだ…。ぼく、パスポートの偽物が作れるお店なんかは知らないよ」
「ぼくの世界には色々あるのさ。体制が厳しければ厳しいほど、抜け穴を作る連中も増える。まあ、パスポートの偽物なんて偽物の内にも入らないけどね。ぼくたちからすれば手帳を複製するレベルだし」
それはそうかもしれません。ソルジャーの世界は宇宙船が普通に行き交う所。パスポートがあったとしても紙媒体ではないでしょうね。やがて「ぶるぅ」から会長さんのパスポートとセットで送られてきたものは…。
「うわぁ、本物そっくり…」
「ビザもあるわ」
「でもブルーのと同じじゃないか! 生年月日まで!」
これじゃバレるぜ、とサム君が指摘しましたが、ソルジャーは動じませんでした。
「そこでサイオンの出番なのさ。ぼくは電子情報も操れる。…ブルーにだって出来るだろ? もちろん人間相手の情報操作も簡単だ。このパスポートの持ち主はブルーであって、ブルーじゃない。どこに出しても平気だってば」
そしてソルジャーはマツカ君の肩をポンと叩くと。
「人数の追加、よろしくね。ブルー、細かいフォローは頼んだよ。また出発の日にこっちに来るから、ぼくの荷物も用意しといて」
「えっ? 荷物って…ブルー!!」
会長さんが叫んだ時にはソルジャーの姿は消えていました。増殖したパスポートだけがテーブルの上に残っています。
「……やられた……」
面倒なことを押しつけられた、と会長さんは深い溜息。人数の追加のフォローにソルジャーの分の荷物の用意とは、会長さんも貧乏クジです。けれど旅行は楽しそうですし、それを励みに頑張って下さ~い!

数日後の朝、私たちは会長さんのマンションの前に集合しました。マツカ君が手配してくれたマイクロバスも来ています。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、それにソルジャーがスーツケースを持って出てきて…。
「おはよう。昨夜はブルーに泊めて貰ったんだ」
旅行の知識ももうバッチリ、とソルジャーは明るい笑顔でした。会長さんも元気そうですし、どうやら平和な夜だったみたい。たまにソルジャーが会長さんに迫ろうとして言い争いになるらしいんですよね。私たちの荷物がマイクロバスに積まれ、私たちも乗り込んで、いざ空港へ。
「すげえや、俺たち、あれに乗るのか…」
サム君がポカンと口を開けています。空港のVIPルームで出国手続きを終えた私たちの前には立派なジェット機がありました。マツカ君の家の自家用ジェットというヤツです。どう見ても小型ではありません。タラップを上がると中は普通の飛行機ではなく、ゆったりとしたソファにテーブルに…。
「あ、離陸の時だけシートベルトをお願いします」
マツカ君がキョロキョロしている私たちに言いました。
「普通の飛行機よりも高い所を飛びますからね、飛行中は安定してるんですけど…離着陸の時は危ないですし」
えっと。どうやら一般の空域を遥かに超える高高度って所を飛ぶようです。滑走路に入る待ち時間も無く、私たちはアッという間に空の上。機内見学に回ってみると、驚いたことにシャワールームまでありました。お菓子も食事も好きな時に食べられますし、眠くなったらベッドもあって……快適なフライトを終えるとピラミッドの国。
「…まさか機内で入国審査が出来るとはな。おまけに両替まで手配済みとは…」
ビックリしたぜ、とキース君。会長さんがクスッと笑って。
「自家用ジェットならではだよ。出国の時も早かっただろう? テロやハイジャックの危険を避けるために色々と…ね。マツカに感謝しておきたまえ」
タラップの下には迎えのバスが来ています。まずはピラミッド観光ですけど、ソルジャーのパスポート、出国の時も入国の時も何も言われなかったのは流石と言うか…。
「…バスの外って暑いんだよね?」
空港を出たバスから外を見ながらジョミー君が首を傾げました。
「飛行機を降りてすぐにバスに乗っちゃったから、太陽が眩しいなって思っただけで終わったけどさ。…ベストシーズンでも暑くないってことはないよね?」
「もちろん暑いさ」
バスに冷房が入っているだろう、と会長さん。でもジョミー君の疑問も分かります。歩いている人はみんな長袖。男の人は足首まである長いワンピースみたいな服を纏っていますし、女の人も似たようなもの。頭のてっぺんから足の先まで黒い布で覆った女の人も…。半袖やノースリーブの人はどう見ても観光客でした。
「ああ、あれね。…あの格好の方が涼しいんだよ。君たちもバスを降りたら納得するさ」
長袖を着ろと言ったのに、と会長さんは私たちを見ています。会長さんとソルジャーは長袖のシャツを着ていましたが、私たちはマツカ君を除いて全員半袖。砂漠の国に来たというのに、長袖なんてきっと暑いに決まっています。現地の人が長袖なのは宗教上の問題に違いありません。肌の露出を避けるように、という厳しい戒律は有名ですから! そして早めの昼食を食べるために立ち寄ったホテルの綺麗な庭で…。
「やっぱり普通に暑いよなあ?」
サム君が空を見上げました。見たこともないほど深い青色が木々の間から覗いています。
「暑いですよ! 湿気は全然ないですけども、気温は真夏並みですよね」
シロエ君も暑いを連発しています。まだお昼にもなっていないのにこの暑さでは、これからどれほど暑くなるやら…。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、それにソルジャーはビュッフェ形式の食事をのんびりゆったり楽しんでいるんですけど、暑さが酷くなってくる前に早く出発しましょうよ~!

ピラミッドに到着したのはお昼過ぎでした。駐車場から歩いていると足元の砂が焼けるようです。おまけにピラミッドの中は息苦しいほどの蒸し暑さ。狭い通路は思った以上の急傾斜で…。
「足場が無かったら滑りそうだね」
ジョミー君の言葉に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「そっかぁ、これって滑り台にできるかもね! 帰りは滑ってみようっと!」
今はぼくたちしかいないもん、と言った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は帰りに本当に滑って行ってしまいました。木製の足場に引っ掛かりもせず、ツーッと凄い勢いで…。どうして引っ掛かったりしないんでしょう?
「サイオンで少しだけ浮いているのさ。リニアカーにちょっと似ているかもね、磁力じゃないけど」
子供ならではの発想だよ、と会長さんが微笑んでいます。なるほど…リニアカーですか…。だったらピラミッド自体も巨大滑り台になったりして…?
「かみお~ん♪ それって最高!」
うわわわわわ…。滑って行った筈の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が目の前にヒョコッと出現しました。
「入口の所で待ってたんだけど、なかなか降りてこないから…。みんなも滑って降りればいいのに。とっても早くて楽しかったよ。また先に行って待ってるね~!」
ピューッと滑り降りていく「そるじゃぁ・ぶるぅ」。まさかピラミッド本体を滑る気になってしまったとか…?
「滑ると思うよ。君たちはラクダにでも乗っていたまえ」
会長さんの読みは大当たり。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はピラミッド……それも3つある中の最大のヤツを滑り台にして遊ぶつもりでした。その前に3つとも中を見物しなくては、と歩き始めた私たちですが…。
「…痛い…」
ボソリと言ったのはジョミー君。
「まさか太陽が痛いだなんて! 腕がヒリヒリしてくるんだけど」
それは私も同感です。日焼け止めを塗ってきたというのに、肌が真っ赤になっていました。キース君もサム君も、シロエ君もスウェナちゃんも…みんな半袖から覗いた腕の痛さを実感中。長袖着用の会長さんたちは涼しい顔をしていますけど、あの長袖には日よけの意味があったんですか~! しかし後悔先に立たず。もう諦めて日焼けするしか…。
「マダーム」
後ろから声をかけられたのはその時でした。女子高生に向かってレディーならともかくマダムだなんて失礼な、と振り向くと色とりどりの布を籠に詰めたオジサンが立っています。ズルズルの民族衣装で頭には布。どう見ても土産物売りというヤツです。
「これ、日よけ、なるね。とってもチープね、みんな、買う、買う?」
派手な花模様の大きな布を肩にフワッとかぶせられると日差しがスパッと遮られました。これこそまさに地獄で仏。オジサンはキース君やジョミー君たちにも悪趣味な模様の布を次々にかぶせ、誰もがホッとした表情に…。ここで買わねば負け組です。私たちは財布を取り出し、言われるままに支払って…とてもいい買い物をしたと心の底から喜びながら次のピラミッドに入ったのですが。
「…君たちの買値、相場の百倍!」
会長さんがニヤリと笑って言い放ったのは空っぽの石棺がポツンと置かれた部屋でした。
「「「百倍!?」」」
そんな馬鹿な。多少はボラれたかもですけれど、いくらなんでも百倍は…。アルテメシアで似たようなものを買ったら多分値段はあのくらいですし…。
「物価が全然違うんだよ。ああいう時には値切らなくっちゃね。まあ、あの状況じゃあ…そんな余裕も無いだろうけど。いいかい、ラクダに乗る時はしっかり値切る! 相場は…」
会長さんがしっかり教えてくれたというのに、私たちはダメダメでした。いえ、ラクダ屋さんが百戦錬磨と言いましょうか。どう頑張っても相場の5倍以下には負けてはくれず、それ以上安くするなら乗せないとまで言われてしまい、仕方なく支払ってピラミッドを一周する旅に出てゆくと…。
「あっ、あそこ!」
私の前のラクダに乗っていたスウェナちゃんが指差しました。一番大きなピラミッドの斜面をピョンピョン跳ねて登って行くのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。確か登るのは禁止の筈です。なのに番人の人も観光客も全然気付いてないみたい。キース君たちも一列に連なったラクダの上からそっちの方を眺めています。
「かみお~ん♪」
御機嫌な声も他の人には届いていない様子でした。小さな身体のお蔭でピラミッドの大きさがよく分かりますが、どうして誰にもバレないんでしょう?
『シールドを張っているんだよ。見えないギャラリーの時と同じさ』
会長さんの思念が届き、2頭のラクダがやって来ました。会長さんとソルジャーが乗っかっています。
「君たちが高値で乗ってくれたお蔭で安く乗れたよ、ありがとう」
いいカモだよね、と顔を見合せている会長さんとソルジャーが支払った額を聞かされ、私たちは大ショックでした。なんと相場の半額以下。二人分でも1頭分より安いんです。
「君たちという上客を連れて来ただろう、と言ったら喜んでオマケしてくれたんだ。布を売ってた人も仲間だったらしくってさ」
「「「………」」」
涙目になりそうな私たちの耳に「かみお~ん♪」と雄叫びが聞こえ、大ピラミッドの頂上に着いた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がピラミッドの斜面を滑り台にして一気に滑っていきました。会長さんとソルジャーはラクダに相場の半値以下で乗り、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は巨大ピラミッドを遊び場に。三人とも旅を満喫しています。…私たち、これからどうなるんでしょう? 負けっぱなしはキツイんですけど…。

ピラミッドの滑り台遊びが気に入ったらしい「そるじゃぁ・ぶるぅ」は3つのピラミッドを全部滑って、最後に再び大ピラミッドに挑みました。ピラミッドの石はとても大きく、一段が「そるじゃぁ・ぶるぅ」の背丈くらいもあるんですけど、リニアカーみたいに少しだけ浮いて滑る分には全く問題なかったようです。
「楽しかったよ、ピラミッド! みんなも滑ってみればいいのに」
あんな大きな滑り台って見つからないし、と大喜びの「そるじゃぁ・ぶるぅ」は次に「ぶるぅ」が遊びに来たら一緒に滑ると言っています。瞬間移動でパッとやって来て滑りまくって遊ぶのでしょう。ソルジャーもその意見には大賛成で…。
「いいねえ、ぼくたちの世界じゃピラミッドはもう地球に残ってないらしいから……ぶるぅもきっと喜ぶよ。ぼくもラクダに乗りに来ようかな。地球といえば海が真っ先に浮かぶんだけど、砂漠もなかなか楽しいし…」
「だろう? ここは巨大なオアシスみたいなものだから」
さっき見てきた川がこの一帯を潤している、と会長さんが川の方角を指差します。地球で一番長い川だと習っていますが、案外川幅は小さいように思えました。ピラミッド見物の後はバスで川沿いに市街地へ戻って、夕食は川に浮かんだクルーズ船でのディナーです。そこで出て来たのは…セクシーな衣装のベリーダンサー。
「ふうん…。地球には変わったダンスがあるんだね」
ぼくたちの世界じゃ見かけないな、とソルジャーが面白そうに眺めていたのが悪かったのでしょうか。
「…おい、なんか俺たちの方を見てないか? 近付いてきてるように思うんだが…」
キース君の言うとおり、スパンコールやビーズで飾られた黒い衣装を煌めかせながらダンサーが距離を縮めてきています。オイルダラーのオジサンたちで賑わうテーブルの近くで踊っていたのに、いつの間にやらこっちの方へ…って、ひぃぃっ、私たちの背後で踊られても~! 腰をくねらせ、艶めかしい踊りを披露するなら別のテーブルに行った方が…って、会長さん?
「…まったく…。何をパニック起こしてるのさ、単なるサービスってヤツじゃないか」
しごく冷静な会長さんにジョミー君が。
「で、でも…。これって大人の人向けじゃないの?」
「民族舞踊だと思うんだけどねえ…。まあ、君たちにはちょっと刺激が強すぎるようだし、残念だけどお帰り願おうか」
ぼくにとっては目の保養なのに、と言いつつ会長さんが取り出したのは紙幣でした。それもこの国の最高額の。会長さんは紙幣を無造作に折り、やおら立ち上がるとダンサーの衣装の腰の部分にスッと挟んだではありませんか。
「「「!!!」」」
目が点になった私たちの前でダンサーは派手に腰を振ってみせると別のテーブルへ向かいました。か、会長さんって凄すぎるかも…。ダンサーの衣装の胸元や腰には紙幣が挟んでありましたけど、そういうのは全部おじ様たちからのチップってヤツで…。ソルジャーも呆気にとられています。
「シャングリラ・ジゴロ・ブルーの名前はダテじゃないっていうことか…」
「そりゃあね。…君には出来ない芸当かな?」
「出来ないことはないと思うけど、別にやりたいとも思わないしさ。ぼくは女性にはさほど興味が…」
「そこまで!」
十八歳未満の団体だよ、と会長さんがソルジャーを封じ、アヤシイ会話は打ち切られました。その夜から豪華ホテルに連泊をして、考古学博物館を見学したり、三大ピラミッドよりも古い時代のピラミッドを巡ってみたり、海底遺跡で知られた河口にある古い港町まで行って観光したり…と平穏な日々。ソルジャーの世界も平和らしくて、様子を見に帰る気配もないようです。

「今日はいよいよ王家の谷へ行けるんですね」
楽しみです、とシロエ君が言ったのは豪華な特急列車の中。快適なコンパートメントを幾つも押さえた私たちは食堂車で朝食を食べていました。自家用ジェットでひとっ飛びという案も出たんですけど、鉄道の旅も面白そうだと列車の中で一泊で…。えっ、通訳はついていないのかって? ついていません。タイプ・ブルーの会長さんが一緒ですから言葉の壁は無いも同然。ガイドさんはついているものの移動の足の手配がメインで、観光する時は私たちだけで行くというのが基本です。
「王家の谷ってファラオの呪いで有名だけど、呪いってホントにあるのかな?」
ジョミー君が尋ねた相手は会長さんではありませんでした。ハムエッグを頬張っていたソルジャーが赤い瞳を見開いて。
「…その質問を何故ぼくに?」
「えっ…。だってさ、世界は違うけど同じ地球があるっていうし……ピラミッドだってあったって言うし! だったらファラオの呪いもあったのかなぁ、って…。あったんだったら解明されているんじゃない?」
うわ。ジョミー君にしては鋭い指摘です。キース君がヒュウと口笛を吹いて。
「冴えてるな、ジョミー。確かにその手は使えそうだ」
「だろう? だから訊こうと思ってさ。…ファラオの呪いってホントにあった?」
興味津々の私たちにソルジャーは「残念ながら…」と肩を竦めてみせました。
「それについては君たちの世界の方が望みがあるんじゃないかと思うな。ぼくの世界にも王家の谷は確かにあったし、ファラオの呪いも歴史上の出来事として伝わってはいる。でもそこまででおしまいなんだ。歴史の中の点に過ぎない。…あまりにも昔の出来事な上に、王家の谷ももう無いからね」
「そうなんだ…。じゃあ、ファラオの呪いも一つだけ? 二十世紀のヤツだけだった?」
ジョミー君の問いにソルジャーはコクリと頷いて。
「うん、それだけしかぼくは知らない。呪いの正体についても仮説だけだ。…いっそ君たちが解明したら? この世界の未来はぼくの世界とは大きく違っていそうだしさ」
春休みのいい思い出になるよ、とソルジャーは笑って言いましたけど、春休みレベルで解決するような問題でしょうか、ファラオの呪い…。とにかくまずは見学です。乗り心地のいい特急列車に別れを告げた私たちは一旦ホテルにチェックイン。バルコニーの向こうに見える川の対岸が王家の谷のある場所でした。もしもファラオの呪いが解明できたら、私たち、一気に有名人かも~?




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教頭先生からバレンタインデーのお返しを貰うのだ、と会長さんは上機嫌でした。正確に言えば絞り取るつもりらしいですけど、教頭先生のお財布、空っぽになってしまうのでは…。会長さんのバレンタインデーのプレゼントがアレだっただけに、なんとも心配でたまりません。
「いいんだよ。ハーレイに呼ばれているんだからさ」
ほらね、と会長さんが取り出したのは小さな封筒。今朝、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に滑り込ませてあったそうです。壁から手だけを突っ込んで入れて行ったということでしょうが、差出人は教頭先生。
「放課後、教頭室にバレンタインデーのお返しを取りに来いっていうんだよね。じゃあ、行こうか」
立ち上がる会長さんにキース君が顔色を変えて。
「おい! 行こうか…って、俺たちもか?」
「当然だろう?」
会長さんは自信に溢れていました。
「この封筒、宛名が書かれていないんだよ。中のカードもおんなじだ。…つまりこの部屋を溜まり場にしている全員に権利があるってことさ」
「し、しかし…。俺たちはバレンタインデーには何もプレゼントしていないぞ。お邪魔虫になってしまうじゃないか!」
「そんなこと、今更気にしなくても…。こないだの打ち上げパーティーでぼくを脱がせようとしたハーレイだよ? あの時、みんな現場にいたからハーレイの下心ってヤツはバレバレだ。その報いだと思って耐えて貰うさ」
出かけるよ、と会長さんが促します。いつもの『見えないギャラリー』ではなく、堂々と一緒に来いという意味でした。もちろん「そるじゃぁ・ぶるぅ」もくっついてきて、私たちは会長さんを先頭にして本館へ…。階段を上り、廊下の先の重厚な扉を軽くノックする会長さん。
「失礼します」
「おお、来たか」
顔をほころばせた教頭先生でしたが、会長さんの後ろに続いた私たちを見るなり落胆して。
「…ブルー、この連中はいったい何だ?」
「えっ? お返しを取りに来いとは書いてあったけど、宛名が書いてなかったから…。とりあえず全員連れてきちゃった」
「…………」
教頭先生は額を押さえ、深い溜息をつきました。
「…私にバレンタインデーのプレゼントをくれたのは一人だけだと思うのだがな…。ブルー、人払いは出来ないのか?」
「人払い? そこまでしなくちゃ渡せないほど物騒なモノを用意したわけ? 用心棒を大勢連れて来て正解だったと思っちゃうな。…まさかハーレイもお返しは自分だなんて恐ろしいことは言わないだろうね?」
会長さんの軽口に頬を赤らめる教頭先生。えっ、もしかして本当に…教頭先生がお返しですか? 私たちの顔が引き攣り、会長さんの眉がピクリと動いて。
「…図星? ハーレイ、まさか学校でぼくを押し倒そうと…?」
「ち、違う…! いくらなんでもそこまでは…」
「そこまでは…? どうやら疚しい何かがありそうだね。お返しって何さ? 白状しないと心を読むよ」
ズイと近付いた会長さんに教頭先生は脂汗を浮かべ、引き出しから包みを取り出しました。
「…これを渡したかったんだ…。そのぅ…」
「伝えたいことはハッキリと! ぼくだけに伝わる思念波は禁止。さあ、堂々と声に出して!」
「……言葉にしないと駄目なのか…?」
「もちろん」
そうでなければ受け取れないよ、と不敵に笑う会長さん。教頭先生はリボンがかかった包みを手にして悩みまくっていたのですけど、会長さんが踵を返そうとした瞬間に。
「待ってくれ、ブルー! これは……このチケットは奮発したんだ。だから貰ってくれないか?」
「チケット…ね。コンサート? それともスポーツ観戦かな? 趣味じゃないのは困るんだけど…」
「…スイートルームだ」
教頭先生が拳を握り、会長さんをじっと見つめて。
「ホテル・アルテメシアのスイートルームのペアチケット。…お前の都合のいい日に、私と二人で泊まりに行こう」
なんと! 教頭先生、思い切ったモノを出して来ました。ヘタレ卒業か、御乱心なのか。会長さんと二人でホテル……それもスイートルームだなんて、エロドクターもビックリですよ!

とんでもないチケットを贈られてしまった会長さん。受け取るわけがないだろう、と私たちは思ったのですが…。
「ありがとう、ハーレイ」
会長さんは花のような笑みを浮かべてチケット入りの包みをしっかり貰ったのでした。教頭先生は感極まった様子で壁のカレンダーを眺め、震える声で。
「…ブルー、私の予定はまた改めて連絡しよう。…春休みの間に都合が合えばいいのだが…」
「ぼくの方はいつでもOK。ハーレイと違って仕事もないしね」
「そ、そうか…。そういえばそうだな、シャングリラ号に乗る時以外は暇なんだったな。では、私の予定次第というわけか」
「ううん、ぶるぅの気分次第さ。家のことは全部ぶるぅに任せているから」
たまには休みをあげないと、と会長さんは微笑んでいます。
「ぶるぅ、ハーレイがいいものくれたよ。ホテル・アルテメシアのスイートルームに泊まれるんだって。たまには二人でホテルもいいね」
「えっ、いいの? それ、ハーレイと使うんじゃあ…」
そう聞いたよ、と言う「そるじゃぁ・ぶるぅ」に会長さんはウインクして。
「平気だよ。ぼくが貰ったチケットだから、誰と行くかを決めるのはぼくだ。えっと…」
包みを開いた会長さんの瞳が嬉しそうに輝きました。
「うん、朝食つきのプランだね。ディナー券もあるし、有効期限も半年間。…ハーレイ、粋なプレゼントをありがとう。ぶるぅと存分に楽しんでくるよ」
「……ブルー……。そのチケットは私と二人で…」
「えっ? ハーレイと二人で…何さ?」
聞こえないよ、と会長さんは耳の後ろに手を当てます。
「ちゃんと大声で言ってくれないと…。最近、耳が遠いんだ。ぼくと二人でホテルに泊まって何をしようと思ってたって? ベッドに押し倒して嬲りまくろうとか、バスタブの中で…」
「ブルーっっっ!!!」
意味不明の単語を並べまくった会長さんを遮ったのは教頭先生。顔は真っ赤で額には汗がびっしりと…。
「も、もういい、ブルー…。すまん、私が悪かった。バレンタインデーのチョコはお前だなんて言っていたから、私も悪ノリしてみただけだ」
「………。本当に? それにしては奮発しすぎだけれど? あ、ダメ元っていうヤツだった?」
「…うっ…。ま、まあ……そんなところだ」
「なるほどね…。あわよくば、と良からぬことを思ってたワケだ。…ハーレイ、これは高くつくよ。ぼくをホテルに引っ張り込もうとしたっていうのが学校にバレたらどうなると思う?」
謹慎処分は間違いないね、と会長さんは冷たく笑いました。
「言い訳しようにも証人が大勢揃っているし、チケットだってあるわけだし…。卒業式を間近に控えて謹慎食らって大恥をかくか、口止め料を支払うか。…どっちがいい? って、聞くまでもないか」
蒼白になった教頭先生に会長さんはパチンと指を鳴らしてみせて。
「いいかい、恥をかきたくなかったら……ぼくが思念で伝えたとおりに。もしも従わなかった場合は、明日の朝一番でゼルの所に駆け込んじゃうから覚悟しといて」
「…………」
呆然としている教頭先生に「さよなら」と軽く手を振り、会長さんは教頭室を出て行きます。私たちも慌てて続きました。会長さんが教頭先生に何をするよう命令したのか、傍受できた人は一人もいません。まさか校内で裸エプロンをさせる気なんじゃあ…? ヒソヒソ話をしながら歩く私たちですが、教頭先生の運命や如何に…?

「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に帰り着く頃、私たちは教頭先生の末路は裸エプロンで校内一周という意見の一致を見ていました。先日、焼肉屋さんでやらかしたのと同じ方法で、一見スーツで実は…というヤツ。この時間でも部活の生徒が残っていますし、職員さんや先生たちは全員います。そこを回るのはかなり勇気が要るでしょう。
「…普通に一周するだけじゃないと思うわ」
スウェナちゃんが恐ろしいことを言い出しました。
「先生方に会ったら必ずお茶を飲んでいくとか、そういう何か余計なものが…」
「正門で仁王立ちとか、帰っていく生徒にもれなく声をかけるとか…?」
ありそうです、とシロエ君。この寒空にエプロン1枚とは、教頭先生、お気の毒に…。柔道で鍛えてらっしゃるだけに肉体的なダメージは少ないのかもしれませんけど、心の中はさぞ寒々と冷えて凍えることでしょう。ひょっとして、今頃はもう校内一周の旅に出ておられるとか…?
「…さっき出発したみたいだよ」
クスクスクスと会長さんが笑っています。奪い取って来た宿泊券の包みを広げ、中を確かめて満足そう。
「なにしろ急な話だらねえ、言い訳が大変そうだった。仕事も途中で放り出したし」
「全部あんたのせいだろうが!」
キース君の叫びを会長さんはサラッと無視しました。
「努力の成果はたっぷり拝見しなくちゃね。…君たちだって見たいだろう? だから今夜は遅くなりますって家に連絡しておいて」
「「「は?」」」
「遅くまでかかるって言ったんだよ。家の人に心配かけるといけないからね、今の間に」
有無を言わさぬ会長さん。教頭先生の校内裸エプロン行脚、やはり一周だけでは済まないようです。私たちは家に連絡を入れ、教頭先生が遭遇なさるであろう様々な難局に思いを巡らせていたのですが…。
「そろそろいいかな。ぶるぅ、ハーレイの様子はどうだい?」
「うん、バッチリ!」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が頷き合って、私たちは鞄を持つように言われました。下校がてら教頭先生を見物するっていう趣向ですか? 会長さんは微笑んで…。
「まあね。それじゃ行くよ」
「かみお~ん♪」
パアッと青い光が溢れて身体がフワッと浮き上がります。瞬間移動でいったい何処へ…と思った次の瞬間、私たちは会長さんのマンションの前に立っていました。
「「「えっ…?」」」
見慣れた建物を見上げていると会長さんが暗証番号を打ち込んで玄関を開け、エレベータに乗って最上階に到着です。いつもはリビングとかに直接飛ぶのに、どうして今日は回り道を? いえ、それよりも校内を裸エプロンで歩いてらっしゃる教頭先生を見捨ててきちゃっていいんですか? 騒ぎ始めた私たちですが、もうどうしようもありません。
「…教頭先生、大丈夫でしょうか…?」
マツカ君が言い、サム君が。
「大丈夫だろ、ブルーはいつも完璧だから。そう簡単には裸だってことバレないって!」
「裸の王様って童話もあるけどね…」
一人くらいは見破るかも、とジョミー君。それを聞いたキース君の目が細められて…。
「…それを狙っているんじゃないだろうな? 騒ぎになった時にバックレるために俺たちを連れてトンズラしたとか…?」
「「「うわぁ……」」」
なんて悲惨な、と頭を抱える私たち。だったら遅くなるのも納得です。会長さんがそう簡単に教頭先生を助けに行くわけがありませんから、夜が更けるまでほったらかしの放置プレイで、他の先生方に糾弾される光景だけを中継で楽しみ続けるとか…。
「それもなかなかいい趣向だね」
でも、と会長さんが玄関のチャイムを鳴らしました。あれ? フィシスさんがお留守番をしてるのでしょうか? ガチャリ、と内側から扉が開いて…。
「お帰りなさいませ、御主人様」
「「「!!!!!」」」
私たちは通路の反対側まで飛びすざっていたと思います。こ、この光景はいったい何ごと~!?

玄関ホールに立っていたのは膝丈くらいの大きく膨らんだスカートが印象的な黒いドレスのメイドでした。レースとフリルで飾られた白いエプロンと可愛いキャップを着けていますが、ガタイの良さと浅黒い肌、くすんだ金髪はどう見ても…。
「「「教頭先生!?」」」
裸エプロンで校内巡りをしている筈の教頭先生がどうして此処に…? と、会長さんが口を開いて。
「君は誰なのか、と不思議がられているようだよ。今夜はぼくの家のメイドだけれど、その正体はシャングリラ学園教頭、ウィリアム・ハーレイ。…そうだよね?」
「…はい、御主人様…」
消え入りそうな声で答える教頭先生。会長さんは手に提げていた鞄を教頭先生に渡し、靴を脱いで家に上がると。
「ハーレイ、お客様たちにお茶とケーキをお出しして。夕食は舌平目のグラタンとチキンガーリックソテー、カブのスープが食べたいな」
「かしこまりました、御主人様」
教頭先生はお辞儀をしてからキッチンの方へ向かいます。えっと…「そるじゃぁ・ぶるぅ」はお手伝いをしないのかな?
「ぶるぅは今日はお休みだよ。ハーレイに全部やってもらうと決めたんだ。そうだよね、ぶるぅ?」
「うん! ぼくのレシピはキッチンにあるし、ハーレイは家で自分の御飯を作ってるから出来る筈だよ。…ちょっと時間はかかりそうだけど」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は先に立ってリビングに入り、ソファに腰掛けてしまいました。私たちも座った所で教頭先生がワゴンを押して入ってきます。切り分けられたシフォンケーキは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作っておいたものらしいですが、紅茶とコーヒーは教頭先生が淹れたわけで…。
「気にしない、気にしない。冬休みにハーレイの家に泊まった時にも食事を作って貰っただろう? 安心してドンと任せるといいよ、今夜のハーレイはメイドだから」
偉そうに言い放つ会長さん。実際、ソルジャーの肩書きを持つ会長さんは教頭先生よりも地位は上なんですけど、普段の学校生活の中では教頭先生の方が強い立場です。なのにメイドにしてしまうなんて……こき使おうとしてるだなんて…!
「あんなチケットを寄越すからさ。ヘタレのくせに、時々突っ走るんだから」
会長さんの視線はキッチンで夕食の支度を始めた教頭先生を監視しているようでした。私たちには無理ですけれど、サイオンを使えば朝飯前のことらしいです。会長さんは教頭先生に貰ったチケットを宙に取り出し、ヒラヒラと振って。
「スイートルームのペアチケットなんて、暴走するにも程がある。…ノルディが寄越すなら分からないでもないんだけどね……癪だけど使い方もよく心得てたし。でもハーレイがあの部屋を使って何をすると? 下手くそなキスくらいしか出来ないくせに。キスマークだってつけるだけでは意味ないんだよ」
ヘタレっぷりはバレバレだから、と去年の春休みのシャングリラ号での一件を引き合いに出す会長さん。私たちがシャングリラ号に乗り込んだ時、会長さんは教頭先生を青の間に呼び出してオモチャにして遊んだのでした。
「…だからといってメイドというのは…」
あんまりじゃないか、と言ったキース君に会長さんは。
「じゃあ、君たちの想像どおりに裸エプロンの方が良かったと? 今からそっちに切り替えたっていいんだけどね、まだ先生も職員さんも残っているし、サッカー部とかも活動中だし…送り返そうか、学校に?」
「い、いや…。それよりは…」
「ずっとマシだろう、メイドの方が? 元から計画してはいたんだ、チケットの件がなくても…ね。チョコレート・スパのお返しだからハーレイにも身体を張って貰おうか、と。そしたらチケットを出してきたから、もう問題は無いと思うんだ。…悪戯じゃなくて仕返しってことで」
ぼくは無罪さ、と会長さんは余裕たっぷりでした。教頭先生も裸エプロンで校内一周よりかはメイドさんがいいと思うでしょうけど、それにしたってあの格好は…。会長さんが言うにはメイド服は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお手製で、教頭先生の早退の理由は「急な腹痛」。会長さんの家には瞬間移動で送り込まれて私たちを出迎えたのだそうです。
「御主人様、お夕食の用意が整いました」
教頭先生が作ってくれたカブのスープに舌平目のグラタンとチキンのガーリックソテー。温野菜のサラダもいける味です。多分「そるじゃぁ・ぶるぅ」のレシピが細かく書かれているのでしょう。デザートはなんとキャラメル仕立ての焼きリンゴ! 教頭先生、頑張ってます~。そして食事が終わった後は…。
「ああ、ハーレイ。お客様たちが裸エプロンを御所望だそうだ」
「「「えぇっ!?」」」
そんなこと誰も言ってないのに、会長さんは勝手に話を進めました。
「いいね、ぼくがサイオンでスーツ姿に見せかける。君は玄関から下の駐車場から車に乗って、学校まで行って帰ってくること。…そうそう、学校に着いたら守衛さんに忘れ物をしたからと言って中へ入って貰おうか。で、入った証拠に教頭室から君の置き傘を取ってくるんだ」
「ちょっ……ブルー!!」
「御主人様と呼べ、と言った筈だよ。ぼくの命令は絶対だ。…返事は?」
「はい…御主人様…」
泣きそうな顔の教頭先生。青いサイオンがキラッと光り、教頭先生のメイド服がエプロンを残して消え失せました。車のキーを渡された教頭先生がどうなったかは語るまでもありません。私たちは全てを会長さんのサイオン中継で見ていましたけど、他の人の目にはスーツ姿に映るというのに私たちが見ると裸エプロン。裸エプロンでの運転姿は最高に笑える光景でした。置き傘を持って戻った教頭先生を待っていたのは…。
「御苦労さま。君の任務はこれでおしまい。…帰ってくれていいからね」
「ありがとうございます、御主人様」
「ブルーでいいよ。それじゃ、さよなら」
会長さんがニッコリ微笑み、教頭先生はホッとした様子で裸エプロンのままリビングを出て行ったのですが。
「ブルー!!!」
バタバタという足音と共に凄い勢いで戻って来ると、扉から顔を覗かせて。
「私の服を何処へやった!? 着替えて吊っておいた筈だが…」
「ああ、瞬間移動で君の家に送ったけれど…。悪かったかな? 服ならメイドのがあるだろう」
「私にアレを着て帰れと…?」
「要らないのかい? 嫌なら裸エプロンのままでもいいよ。ただしサイオンで細工はしてあげないから、途中で警察に捕まるかもね」
どこから見ても変態だし、と会長さんは冷たい目です。
「メイド服なら仮装パーティーの帰りってことで通るだろうけど、裸エプロンは無理だろうねえ…。どうする、ハーレイ? 裸エプロン? それともメイド?」
「…エプロンなしのメイドでいいっ!」
「それは不可。メイド服ならエプロン付きで」
結局、教頭先生はメイド服一式を着込んで帰らされる羽目になりました。私たちは散々笑い転げて夜遅くまで会長さんのマンションで騒ぎまくっていたんですけど、裸エプロンで学校まで…という悪戯が私たちのせいか会長さんの思い付きかは、最後まで謎で終わったのでした。

繰り上げホワイトデーの三日後は卒業式。いよいよアルトちゃんとrちゃんが卒業です。その前夜、グッスリ眠っていると…。
『起きて。そして何でもいいから、外に出られる服を着て』
会長さんからの思念波が届き、着替えをすると青い光に包まれて…。
「「「あれっ?」」」
ジョミー君たちの驚いた声が聞こえました。私たちはシャングリラ学園の校庭にいて、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の姿もあります。その他に見える人影は…ボナール先輩にパスカル先輩、欠席大王のジルベールまで!?
「いやあ、今年はウチの同好会から卒業生が出るもんでな」
ボナール先輩は大きな袋を提げていました。こんな夜中に何をしに…?
「シャングリラ学園の伝統だよ」
そう言ったのは会長さん。
「いつもはぼくがやってるけれど、やりたいって仲間は多いんだよね。で、パスカルとボナールが今年は数学同好会に権利をくれって言ってきて…。アルトさんたちがお世話になったし、ここは譲っておくべきだろうと」
「「「???」」」
「でも来年はぼくがやる。その時は君たちにも手伝って欲しいと思ってるから…後学のために呼んだんだ」
「おい。話が全然見えないんだが」
キース君の質問に会長さんはクスッと笑って。
「すぐに分かるさ。ほら、始まった」
会長さんが指差す先でパスカル先輩が梯子をかけようとしていました。校長先生の銅像に…です。ボナール先輩やセルジュ君たちが袋を持って周囲に集まり、ジルベールが提げているのはバケツ。数学同好会の面々は袋から取り出したパーツを次々にパスカル先輩に渡し、最後に交代したボナール先輩が塗料が入ったバケツ片手に梯子を登って…。
「どうだ、俺たちの力作だぞ! ブルーには絶対出来ないネタだ。これから先は更に無理だな、キースという新たな面子が増えたし」
「……悔しいけれどその通りだよ……」
会長さんが唇を尖らせて見ている前で銅像の台座に張り紙がペタリとくっつけられます。キース君が張り紙と像を交互に眺めて「罰当たりな…」と呟きました。書かれた文字は『創立者坊主』。校長先生の像は大きな笠をかぶって錫杖を持ったお坊さんの姿に変身させられ、ご丁寧に数珠まで持たされていたり…。しかも全身、塗料でしっかりブロンズ色。そういえばこの像、去年は『くいだおれ人形』に変身してましたっけ。
「これ、目からビームが出るんだぜ」
パスカル先輩が自慢しました。
「俺のケータイがリモコン代わりになっててさ。目からビームはこのボタンな。でもって、こっちのボタンを押すと、お数珠パンチで数珠が飛び出す」
バヒューン…と数珠が飛んで行くのを私たちは点になった目で見送りました。卒業式にビームもパンチも必要ないと思うのですが、数学同好会って何を考えているんでしょうか…。しかし会長さんは私たちの方を振り返って。
「シロエ。君はメカには強かったよね?」
「え? は、はいっ!」
「来年から君に頑張ってもらう。目からビームは標準装備だ」
「「「えぇぇっ!?」」」
そんな馬鹿な、と騒いでいる内に数学同好会の人たちは撤収していってしまいました。残されたのはお坊さんと化した校長先生の銅像だけ。来年の卒業式にはこの像を何かに変身させろと? しかも目からのビームとセットで…。ちょっとクラクラしてきましたけど、伝統だったら仕方ないかな? 私たちは苦笑し合って、青い光に包まれて…気付いたら自分の部屋にいて。ひと眠りしたら卒業式の朝でした。

「アルトさんたち、卒業だね」
制服を着て登校するとジョミー君に声をかけられました。キース君もサム君も、みんな銅像の前に集まっています。一般の生徒も像を見上げて騒いでますけど、アルトちゃんにrちゃん、数学同好会の面々も銅像前にいたりして…。
「かみお~ん♪ アルトもrも卒業だよね」
クルリと宙返りしながら出現したのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんが笑顔で歩いてきます。
「アルトさん、rさん。…二人とも卒業おめでとう。君たちに似合うドレスを用意したから、式の前に着替えてくれるかな? もちろん、ぼくからのプレゼントだよ」
遠慮しないで、と二人の手を取り、連れて行こうとする会長さん。これがホントの両手に花?
「くそっ、相変わらず気障なヤツだぜ」
ボナール先輩が舌打ちをして、パスカル先輩が上着の中からケータイを…。
「アルト、r、二人とも今日はおめでとう! 数学同好会からのお祝いメッセージは目からビームだ!」
キラッと銅像の目が輝いて、校舎の壁に「おめでとう」の文字が浮かびました。ワッと大きな歓声が上がり、パスカル先輩は得意顔。
「ついでに祝砲、お数珠パーンチ!」
銅像の手から飛び出した数珠が空中でパァン! と音を立てて弾け、紙吹雪がヒラヒラと舞い降ります。アルトちゃんとrちゃんは感激に頬を染め、会長さんにエスコートされて講堂へ入っていったのでした。卒業式では二人とも華やかなドレス。クラスメイトに仮装させられて卒業式に出た私たちとは大違いです。校長先生の挨拶に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が登場しての三本締め。卒業式はつつがなく終わり、アルトちゃんとrちゃんは無事に卒業していきました。
「…行っちまったな…」
キース君がポツリと呟き、マツカ君が。
「二人ともシャングリラ号に乗るんですよね。また学校に来るでしょうか?」
「来るわよ、きっと」
会長さんがいるんだもの、とスウェナちゃんが言い終わる前に。
「呼んだ?」
「かみお~ん♪」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がヒョイと姿を現して。
「卒業式が終わってしまうと特別生の出番はないよ。明日から怠惰な春休みだ。もちろん登校してもいいけど」
「ぼくのお部屋も開いてるよ! 授業に出なくても遊びに来てね」
待ってるから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコ顔です。そっか、春休み扱いになっちゃうんですね。そういえばグレイブ先生が終礼の時にそんな話をしていたような…。だけどなんだかピンと来ません。きっと明日からも普通の日々。シャングリラ学園特別生の1年目は終わったみたいですけど、まだまだ遊び足りないんです~!




会長さんとのジャンケンに負けて真っ裸にされ、ゴザで簀巻きの教頭先生。脱いだスーツや下着は全部「そるじゃぁ・ぶるぅ」が運んで行ってしまいました。よりにもよって私たちがいる部屋から遠く離れたトイレまで…。さっきまで酔いで顔が赤らんでいた教頭先生、すっかり青ざめてしまっています。
「かみお~ん♪ 置いてきたよ、ブルー!」
飛び跳ねながら戻ってきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がエヘンと胸を張りました。
「一番奥の個室のタンクの上でいいんだよね? ちゃんとシールドしておいたから、普通の人がトイレに行っても大丈夫! サイオンが無いと見えないもん」
「御苦労さま、ぶるぅ」
いい子だね、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭を撫でて。
「さあ、どうする、ハーレイ? 君の服を取りに行くには廊下に出るしかないわけだけど、今日は満席みたいだねえ。もちろんトイレに立つ人もいる。あ、男子トイレの奥には女子用トイレもあったっけ。その格好で女性客なんかと鉢合わせたら変態呼ばわり間違いなしだ」
「…うう……」
「店員さんと出くわしたって別室に呼ばれてしまうだろうね。事情聴取というヤツさ。…ぼくを素っ裸にしようだなんて不謹慎なことを考えなければ、ここまでやらなかったんだけど…。トランクス1枚でフラダンスでも踊ってくれたら十分だって思ってたのに」
スケベ心を出すからいけないんだよ、と会長さんは冷笑を浮かべています。
「君の服は君が自分の力で取り返すしかないようだ。代理の派遣は認めない。…キース、シロエ、マツカ……君たちが自発的に取りに行ってくるのも不可。…いつまでもそこに立っていられても目障りだし…そろそろ行ってもらおうか」
「ま、待ってくれ、ブルー! この格好でどうしろと!」
教頭先生が叫び、会長さんがハタと気付いたように。
「あ、そうか…。簀巻きは身ぐるみ剥がされた時の王道だけど、そのままじゃ手が使えないのか…」
コクコクと頷く教頭先生。両手はゴザの中に押し込められて上から紐がかかっていました。確かにこれでは歩いて行けても服の回収は無理そうです。会長さんは少し考えてからニコッと笑って。
「いいよ、服は風呂敷で包んであげよう。そしたら咥えて運べるんだし、ここまで持って帰って来たらゴザをほどいてあげるからさ」
「…く、咥えて……?」
「別に問題ないだろう? 歯は丈夫だと聞いてるよ。ビールの栓も開けられるくせに」
「そ、それは確かにそうなのだが…。しかし、私が言っているのは手がどうこうという話ではなく…。そのぅ、この格好で廊下を歩けば大変なことに…」
オロオロとする教頭先生の気持ちは私たちにもよく分かります。廊下で誰かに出会ったが最後、見世物どころか警察沙汰になりかねません。高級そうなお店ですから警察は呼ばないかもですけれど、お店の人にみっちり事情を聴かれることは間違いなし。なのに簀巻きで出歩けだなんて、会長さんったら酷過ぎるのでは…? 私たちの責めるような視線を受けた会長さんはプッと吹き出し、クスクスと笑い始めました。
「心配ないよ、その格好で廊下に出ても…ね。誰も簀巻きとは気付かない」
「「「えっ?」」」
「ほら、サイオンの応用だよ。キースやジョミーが坊主頭に見えてしまうのと同じ理屈さ」
服を着てるように見せかけるから、と自信満々の会長さん。教頭先生、これは最大のピンチかも…?

「ハーレイ、今のを聞いただろう? ゴザしか着てないってことは誰にもバレない。自分の心は騙せないけど、そこは男らしく我慢したまえ。…早く行って服を取り戻さないと、いつまで経ってもそのままだよ。それとも簀巻きが気に入った?」
教頭先生はゴザから突き出した首をブンブンと振り、情けなそうに廊下へと続く襖を見ています。簀巻きでトイレまで歩かされた上、帰りは服を包んだ風呂敷包みを咥えて戻ってくるなんて…泣きたいような気分でしょう。
「…ブルー…。一つ、訊きたいのだが」
「ん? なんだい、ハーレイ」
「風呂敷包みを咥えて戻ってこいと言ったな…? 私がそれを咥えているのも当然隠してくれるんだろうな?」
「…なんで? 風呂敷包みを咥えてるくらい、罰ゲームかもしれないし…。隠す必要ないじゃないか。君の服が一般人に見つからないようにシールドしているぶるぅの力は、服が回収されたら終わりだ。堂々と咥えて帰ってくればいいだろう」
もう風呂敷に包んだから、と会長さんは素っ気なく言い放ちました。いつの間にかサイオンで手配していたみたいです。
「それとも何か…? 風呂敷包みを咥えて歩くのは耐えられない? …ああ、その格好で往復するのも不自然といえば不自然かもね。服を着ているように見せてはいても、簀巻きじゃ身体の動きが変だ。おまけに口に風呂敷包み…。やっぱり人目を引いちゃうかな?」
「…私にはそう思えるのだが…」
「うーん、残念。…せっかく簀巻きにしてあげたのに無駄骨かぁ…。仕方ない、着替えさせてあげるよ」
キラッと青いサイオンが走り、教頭先生の身体を包んで…。
「「「!!!」」」
全員の目が見事に点になっていました。ゴザは消え失せ、逞しい身体を包んでいたのは真っ白でフリルひらひらの…可愛いエプロンだったのですから。もちろん服も下着も無しで、裸エプロンというヤツです。その姿には嫌と言うほど見覚えが…。
「どうだい、ハーレイ。その格好なら手足は自由に動かせる。風呂敷包みも咥えなくていいし、行ってきたまえ」
「…………」
気の毒な教頭先生は声も出せないようでした。会長さんが更に続けて。
「覚えてるだろ、そのエプロン? ずっと前にブルーが遊びに来た時、ぼくのベッドで不埒な真似をしてくれたっけね。鼻血に負けて何も出来ずに終わってたけど、素っ裸でぼくのベッドで寝ちゃってさ…。あの罰にベッドメイクをやらせた時のエプロンだよ、それ」
ああ、やっぱり…! 額を押さえる私たちを他所に会長さんはビシッと襖を指差しました。
「他の着替えは用意できない。裸エプロンが嫌だというなら簀巻きに戻す。…ぼくの気がまた変わらない内に服を取り戻してくるんだね」
「……本当に他の人には見えないんだろうな?」
「裸エプロンには見えないよ。きちんと服を着ているつもりで堂々と歩いていくといい。…ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
カラリと襖を開ける「そるじゃぁ・ぶるぅ」。教頭先生はグッと拳を握り締め、エプロン1枚で廊下に向かって歩いてゆきます。見ちゃいけないと思ってはいても、ついつい視線が行ってしまうのは…リボン結びの真下のお尻。筋肉質の身体が廊下に出ると、会長さんがピシャリと襖を閉めました。
「…因果応報、世の習い…ってね。簀巻きの方が面白いとは思ったんだけど、裸エプロンにも恨みがあるし…。ほら、バレンタインデーにブルーがかけたサイオニック・ドリームで勝手に妄想されちゃったから」
「ああ、あれな…」
俺たちの目には見えなかったが、とキース君。教頭先生自身の記憶も会長さんが消去しています。幻の会長さんの裸エプロンを知っているのは会長さん自身と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。その「そるじゃぁ・ぶるぅ」は教頭先生が消えた廊下を眺めて…。
「ハーレイが着ると笑えるよね。ブルーだとお行儀悪そうって思うだけなんだけど、ハーレイがやるとオカマみたい。…ブルーに言われたとおり白にしたのに似合ってないや」
そういえば、あのエプロンを買ってきたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」でしたっけ。売り場にはピンクもあったと聞いています。ピンクだったら視覚の暴力度は更に上がっていたでしょう。会長さんはパチンとウインクして。
「ぼくとサイオンの波長を合わせてごらん。今のハーレイの姿が見られる」
「「「え?」」」
「いいかい? いち、にの…さん!」
一方的にカウントダウンをされたかと思うと、私たちの目に教頭先生の姿が映りました。廊下の壁に背中を押しつけて張り付いています。その前を不審そうに通り過ぎてゆく宴会帰りのおじさんたちと芸妓さんや舞妓さん。
「ハーレイったら、ホントに度胸が足りないんだから…。あんな風にしている方が変だよ、普通にしてればいいのにさ。…道草せずに直行したら許してあげてもよかったけれど、この道草は許せないな。あーあ、また向こうから人が来た」
今度は店員さんでした。「どうかなさいましたか?」と声をかけながら通り過ぎます。やっと通行人が途切れて、教頭先生は脱兎のごとくトイレに駆け込み、先客がいなかったのを幸い、一番奥の個室に入ってバタンと扉を閉めたのですが…。
『トイレの中での着替えは禁止!』
会長さんの思念波が響き渡りました。風呂敷包みを抱えた教頭先生の顔が引き攣り、周囲をキョロキョロ見回しています。
『そこでの着替えは認めない。…服を持って帰ってくること。着替えはこっちでやってもらうよ』
『この格好で戻れというのか!?』
『もちろん。…嫌なら両手を拘束してもいいんだけれど? そしたら風呂敷包みを咥えて帰ってくるしかないね』
『…そ、それだけはやめてくれ…!』
悲鳴にも似た思念波が届き、教頭先生は風呂敷包みをしっかり抱えて裸エプロンでトイレの外へ。帰り道でも人に出会う度に壁に張り付いてしまいましたから、戻ってくるのに時間がかなりかかったことは改めて言うまでもありません。…裸エプロンから服への着替えは会長さんが取り出したゴザの向こうで行われました。
「ハーレイ、今日は最高の宴会芸をありがとう。おかげでグッと盛り上がったよ」
会長さんがニッコリと笑い、教頭先生は悄然と肩を落としています。特別生1年目の最後の試験の打ち上げパーティーは、スポンサーの財布と心に甚大な被害を及ぼしまくってようやく幕を閉じたのでした。

期末試験の結果発表は次の週。3年生はもう学校に来ていませんし、私たち特別生にも登校義務はないんですけど…つい学校に足が向くのは楽しい仲間に会えるからです。キース君の大学の試験もとっくに終わって、終業式までの授業は全部出席するのだとか。いつもは途中で抜けたりしていただけに、ちょっと嬉しい気分になります。そんな中、グレイブ先生が足音も高く朝の教室に登場しました。
「諸君、おはよう。期末試験もよく頑張ってくれた。我がA組が学年1位だ。この一年間、学業も運動もA組は全てにおいて1位であった。ありがとう、諸君。私は諸君を誇りに思う。実に素晴らしい一年だった。進級しても新しいクラスで大いに活躍してくれたまえ」
「「「はーい!!!」」」
1年A組は全員元気一杯でした。グレイブ先生は満足そうにクラスを見渡し、いつもの癖で眼鏡をツイと押し上げてから。
「それと重大な発表がある。…諸君には話していなかったのだが、アルトとrが今年で卒業することになった」
「「「えぇぇっ!?」」」
私たち七人グループと当事者を除くクラスメイトはビックリ仰天したようです。文字通り青天の霹靂というヤツですから。グレイブ先生は教卓をバン! と叩いて皆を黙らせ、踵をカツンと打ち合わせて。
「このシャングリラ学園には、とある条件を満たした者が一年間で卒業するという特例がある。該当者が出た場合は前倒しで修学旅行が実施されるから普通は事前に分かるのだがな…。知ってのとおりアルトとrは留年中だ。つまり去年も1年生をやっている。そして去年は1年生の修学旅行が行われた」
「「「…………」」」
「その時に卒業した七人は今も私のクラスにいるから、誰かはすぐに分かるだろう。そしてアルトとrは修学旅行を体験済みだ。だから今年は修学旅行をする必要が無かったというわけなのだよ。…二人は3年生と一緒に卒業するが、それまでは平常通りに登校する。諸君も特別扱いをせず、好奇心からの質問などは慎むように」
分かったな、と強く念を押すグレイブ先生。…私たちも去年通った道ですけれど、アルトちゃんたち、本当に卒業することになったんですねえ…。でも、お別れという気はしません。アルトちゃんたちは会長さんの大のお気に入り。特別生になるかどうかはともかく、また会えそうな予感がします。…グレイブ先生は咳払いをして。
「そしてもう一つ、お知らせがある。ホワイトデーだ」
「「「ホワイトデー!?」」」
それはまだ先の話なのでは…と誰もが考えているようです。けれどシャングリラ学園のホワイトデーは違いました。バレンタインデーを派手にやるだけに、カレンダーどおりのホワイトデーでは3年生が卒業してしまっていて上手くバランスが取れないから……と前倒しで実施されるのが慣例。グレイブ先生はその説明を終えてから…。
「今年の繰り上げホワイトデーは卒業式の三日前だ。チョコを貰った男子は礼を失することのないよう、心して準備しておきたまえ。当日は授業開始前に特別に受け渡しの時間を設ける。いいな!」
「「「はいっ!」」」
緊張した表情の男子たち。頭の中はきっと何をお返しにプレゼントするかで忙しく回転しているのでしょう。

卒業が決まったアルトちゃんとrちゃんに不安そうな様子はありませんでした。キース君みたいに秘かに進学先を決めているとか、就職先が決まっているとか…そんな話も聞きません。どうして知っているのかって? 私たちは去年からの友達ですし、一年早く卒業しちゃった特別生でもありますし…休み時間とかに色々話をするんですから。
「…あのね、質問があるんだけど…」
ほら、今日も早速来ましたよ~! 口を開いたのはアルトちゃんです。
「寮のお部屋とかどうなるのかなぁ? 卒業式が近付いてるから3年生の人は家に荷物を送ってるのに、私たち、業者さんの案内も貰えないままで…」
業者を決めるための見積もりなどを頼まなくてはいけないのに、とrちゃんも困り顔。
「会長さんなら詳しいかな、って尋ねてみたら、スウェナちゃんたちも知ってるからって…。でも、寮生じゃないのにね」
みんな家から通ってるでしょう、と首を傾げるrちゃんにジョミー君が。
「うん、寮生はいないけど…。寮のことなら数学同好会の人たちに訊けばいいんじゃないかな? ボナール先輩とかパスカル先輩とか…。同じ1年生ならセルジュもいるよね」
「あっ、そっか! みんな寮生だったっけ…」
忘れてた、と顔を見合わせるアルトちゃんとrちゃん。「ほらね」と笑うジョミー君の次にシロエ君が。
「正直に言うと、ぼくたちも去年は何が何だか分からない内に卒業したっていうのが本当なんです。それで気がついたら特別生ってことになってて、手続きも全部済んでいて…。ですからアルトさんたちが何も決めてなくても、なるようになると思いますよ」
「同感だな」
キース君が大きく頷きました。
「卒業してから分かったことだが、俺みたいなのは例外らしい。普通はフラッと卒業してって、それから進路が決まるらしいぜ。寮の荷物を送る手配がついてなくても心配無用ってことだろう。進路が何に決まったとしても、荷物は送って貰えるさ」
「…送らないってこともあるものね」
今のまんまで寮暮らしとか、とスウェナちゃんが微笑みます。
「二人とも、会長さんに夢中なんでしょ? だったら寮にいればいいのよ、今までどおり」
「そ、それは…」
「…どうなるか全然分からないし…」
アルトちゃんたちは謙虚でした。会長さんが目をかけている以上、二人とも寮生として居残りそうな気がするのですが…。けれど会長さんも二人については何も教えてくれません。勝手気ままな学生生活をしているとはいえ、そこはソルジャーゆえなのでしょう。「そるじゃぁ・ぶるぅ」も同じです。こればっかりはアルトちゃんたちの進路説明会が済むまで謎に包まれたままなんでしょうね。

そうこうする内に繰り上げホワイトデーがやって来ました。朝のホームルームが終わるとすぐにプレゼントの受け渡しタイムです。ジョミー君たちから義理チョコのお返しを貰い、クラスメイトたちもとっくに配り終えたというのに授業開始のチャイムが鳴らない理由は会長さん。学園でダントツの数を誇るチョコを貰った会長さんが3年生のクラスから順番に甘い言葉を配り歩いているのでした。
「…去年も一人で時間延長しまくってたよね」
キザなんだから、とジョミー君が言いましたけど、サム君は…。
「キザなんじゃねえよ。ブルーはとっても優しいんだから、みんなに挨拶してるだけだろ」
相変わらず会長さんにベタ惚れのサム君ですが、バレンタインデーのチョコは貰えずに終わってしまいました。シャングリラ・ジゴロ・ブルーな会長さんにとってバレンタインデーは『チョコを貰う日』であって、渡す日とは思っていないのです。教頭先生にバレンタインデー絡みの悪戯を仕掛けはしても、公認カップルのサム君相手に悪戯なんてあり得ませんし、こればっかりは仕方ないですよね。
「もしかしてサム、ブルーからチョコを貰いたかったとか?」
ジョミー君の問いにサム君は顔を真っ赤に染めて。
「そ、そりゃあ…欲しかったけど……くれるわけないし…。いいんだ、何も貰えなくっても」
「ええ、その方が賢明でしょうね」
貰ったら後が大変ですよ、とシロエ君が廊下の方を眺めています。隣のB組から女の子たちの黄色い悲鳴が聞こえてきました。会長さんの登場に違いありません。シロエ君は様子を見に行き、すぐにA組に戻ってきて。
「やっぱり会長が来てました。うちのクラスは最後でしょうけど……ぼくは教頭先生のことが心配ですね」
「「「…教頭先生?」」」
「ええ。今年のチョコは自分だなんて恐ろしいことを言ってたでしょう。あの調子じゃホワイトデーは何をやらかすか…。ありきたりのプレゼントでは納得しない人でしょうから、サム先輩もチョコを貰わなくてよかったですよ」
財布が空になっちゃいます、と言われてサム君は深い溜息。
「…俺の場合、空になるほど頑張ったって高いプレゼントは無理だもんなぁ…。教頭先生には敵わねえや」
「だよね」
お小遣いの額が違いすぎるよ、とジョミー君がサム君の肩を叩いて励ましています。そこへ扉の方からワッと女の子たちの声が上がって…。
「待たせちゃってごめん。でもこのクラスで最後だからね、ゆっくり時間が取れるから」
「かみお~ん♪」
会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」をお供に連れて入って来ました。女の子の前で立ち止まっては「そるじゃぁ・ぶるぅ」に持たせた大きな袋からラッピングされた包みを出して渡しています。去年はハンカチでしたけれども、今年は何をくれるのでしょう? アルトちゃんやスウェナちゃんたちと教室の隅っこにいると、配り終わった会長さんが甘い笑顔で近づいてきて。
「はい、ぼくからの今年のプレゼント。チョコレート、とっても嬉しかったよ。…まずアルトさん」
手のひらに乗っかるサイズの箱を手渡す会長さん。次がrちゃんで、その後がスウェナちゃんと私です。
「今年は小物入れなんだ。綺麗なガラスのが見つかったから、渡す子の名前を彫ってもらってさ…。でもね、君たちの名前はぼくの手彫り。グラスリッツェンって知ってるかい? ダイヤモンドの粒がくっついたシャープペンシルみたいな道具で模様を彫ったりできるんだ」
なんと! 手彫りとはポイント高いです。アルトちゃんとrちゃんは目がハート。そんな二人に会長さんは「可愛いね」と囁きかけるのを忘れません。
「君たちには今年も寮の方へプレゼントを送っておいたから。…もちろんフィシスの名前でだけど、部屋に帰ったら開けてみて?」
「あ、ありがとうございます…」
アルトちゃんたちは感激していました。去年はフィシスさんの名前でネグリジェを送ったと言ってましたが、またですか! 今度は夜着だか下着なんだか、いずれにしてもマメな人です。スウェナちゃんと苦笑し合っていると、袖がツンツンと引っ張られて…。
「あのね、ぼくもプレゼント持って来たんだ」
これ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が小さな箱を差し出しています。
「みゆもスウェナもチョコを贈ってくれたでしょ? ブルーが手彫りガラスをやるんだって言い出したから、ぼくも
アヒルちゃんを彫りたくて…。だけどブルーがアヒルちゃんは子供用の模様だから、って…」
違う模様になっちゃった、と残念そうな「そるじゃぁ・ぶるぅ」。スウェナちゃんと私が箱を開けると、透明なガラスの小物入れの蓋に見事な白鳥が彫られていました。うーん、流石は会長さんの提案です。でもアヒルちゃんも可愛かったかも…。
「ほんと? じゃあ、次はアヒルちゃんのを作ってみるね! 出来上がったらプレゼントするから!」
わーい! と嬉しそうに飛び跳ねながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」は会長さんと一緒に帰って行きました。それからすぐにチャイムが鳴って授業の時間が始まります。二年目ともなれば慣れましたけど、この学校のバレンタインデーとホワイトデーはつくづく賑やかなイベントですよねえ…。

放課後、私たちはいつものように「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に出かけました。柔道部の部活は今日は朝練のみだったので柔道部三人組も一緒です。
「かみお~ん♪ 今日は生マシュマロだよ! イチゴに葡萄にパッションフルーツ!」
食べてみてね、と器を並べる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。生マシュマロだけでは足りないから、とエンゼルケーキも焼いてあったり…。会長さんは今日は授業に出ていませんから、一足お先に生マシュマロを食べていました。アルトちゃんたちの寮に送ったものが気になりますけど、男の子たちもいるんですから聞けませんよね…。
「…ペンダントだよ?」
いきなり会長さんが言い、私以外は顔中に『?』マークが飛び交っています。会長さんはおかしそうに笑い、アルトちゃんたちへのプレゼントだと説明しました。
「二人のイニシャルと誕生石をあしらったペンダントをプレゼントしたんだけれど…。それのオマケで着る物をちょっと。…そっちは御想像にお任せしとく」
フィシスの名前で送ったと言えば分かるだろ、とサラッと言い切る会長さん。男の子たちは頬を赤くし、キース君がヒュウ、と口笛を吹き鳴らします。
「アルトたちが仲間になったら愛人にでもするつもりか? あんたにはフィシスさんがいるというのに」
「分かってないね。フィシスはぼくの女神だよ? 女神は俗世間とは無縁なんだし、俗っぽいことは言わないさ」
「………。あんた、いつか女で身を滅ぼすぞ」
「身を滅ぼす? そういうのはハーレイに言ってあげればいいと思うな。ぼくに入れ上げて三百年以上の独身人生、酷い目にばかり遭っているのに全然懲りていないんだから」
人がいいにも程がある、と会長さんは教頭室がある本館の方を眺めました。
「今日のおやつを食べ終わったら、教頭室に行かなくっちゃね。バレンタインデーは奮発したんだ、ホワイトデーにはそれ相応のお返しってヤツを貰わないと」
「ちょっと待て!」
会長さんの不穏な言葉を遮ったのはキース君。
「バレンタインデーってチョコレート・スパのことを言ってるのか? あんなモノのお返しを教頭室で要求するって、あんた、本当に気は確かか…?」
「ふうん…。並大抵のことじゃ返せないって君にも見当がつくってわけか。じゃあハーレイにも分かるだろうね。安心した」
これで存分に絞り取れる、と笑みを浮かべる会長さん。チョコレート・スパ…。会長さん自身がチョコレートだと豪語していたアレのお返しって、会長さんはいったい何を…?



シャングリラ学園の特別生としての1年目を締め括るのは三学期の期末試験でした。これが終われば特別生に登校義務はありません。いえ、そもそも試験を受ける必要もないんだという話ですけど…本当でしょうか? そういえば今回の試験期間もお隣のB組の欠席大王、ジルベールを一度も見かけていません。特別生の制度にはまだまだ謎が多そうです。
「試験終了! 全員、そこまで」
グレイブ先生がツイと眼鏡を押し上げ、解答用紙を回収しました。五日間の試験もこれでおしまい。1年A組は一番後ろの机に座った会長さんのサイオンのお蔭で全員満点を取った筈です。会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議な力の御利益なんだと嘘をついているわけですけども。
「諸君、今回もよく頑張ってくれた。授業はこれからも続くわけだが、それは次の学年へのステップだ。点数がつかないと思って気を抜かないよう気を付けたまえ。くれぐれも羽目を外さんようにな」
「「「はーい!!!」」
終礼が済むとクラスメイトはカラオケや打ち上げに出かけていきます。私たちは会長さんと一緒にまずは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ。
「かみお~ん♪ 試験、お疲れさま! 今日はこんなの作ってみたよ」
テーブルの上に乗っていたのは小さなシュークリームを幾つも積み上げた円錐形のタワー。クロカンブッシュというヤツです。
「特別生1年目最後の試験が終わったお祝い。シュークリームの中身は色々あるから沢山食べてね」
カスタードにマロン、チョコレート…とクリームの種類を挙げる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。飲み物も出てきて私たちは早速タワーを壊しにかかりました。カラメルでくっつけられたシューを外して齧って、期待した中身かどうかを確かめて…。
「あーっ! 今度はカボチャだった…」
マンゴー味が食べたいのに、とジョミー君が嘆き、マツカ君が。
「齧っちゃいましたけど、取り換えますか? ぼくのがマンゴー味なんです」
「いいの? じゃ、取り換えようよ」
嬉々としてマンゴー味のシューにかぶりつくジョミー君。会長さんが苦笑しながらタワーの方を指差して。
「相変わらずだね、君たちは。サイオンを上手く使えば中身はすぐに分かるのに…。いいかい、一番上の右がイチゴで隣がキャラメル。その下が今日の目玉の八丁味噌味…」
すらすらと告げる会長さんですが、私たちにはサッパリ分かりませんでした。どう見ても全部同じものです。
「おい。俺たちのサイオンに進歩が無い…と言われてもな。特に訓練もされてないのに、どうしろと!」
キース君が食ってかかると会長さんはおかしそうに。
「ぼくもぶるぅも訓練なんかは受けていないよ? いわば自己流。その点、君とジョミーは恵まれてるよね。坊主頭に見せかけるために特訓中。…それ以外は自力で頑張りたまえ。さあ、今日も練習してみようか」
「ま、待て!」
今日はちょっと、とキース君が叫ぶよりも早くキラッと光る青いサイオン。キース君とジョミー君の髪の毛が消え失せ、二人はその状態をキープしなくてはならないのですが…。
「えっと、どれだっけ、八丁味噌味?」
雑念だらけのジョミー君の髪がたちまち頭に戻って来ました。やる気の無さが現れています。キース君は五分間ほど頑張ったものの、「駄目だ」と元の長髪に戻ってしまって…。
「五分の壁が越えられないな…。家でも練習しているんだが、未だに坊主頭に見せることすら不可能だ」
溜息をつくキース君に会長さんは「いいじゃないか」と微笑みました。
「本当に剃ってしまえば根本的に解決するよ。坊主頭に馴染めるようにお年玉だってあげただろう?」
「この有難くないコンパクトか…」
鞄から銀色のコンパクトを出すキース君。四葉のクローバーが彫られた上品なそれが映し出すものは坊主頭のキース君だと聞いています。キース君はコンパクトをパチンと開けて覗き込んでから…。
「見慣れれば慣れるってものではないぞ。こいつのお蔭でよく分かったんだ。やっぱり俺には坊主頭は似合わない…ってな」
「それは思い込みってヤツだよ、キース。でもまあ…嫌だって言うなら訓練の方を頑張るんだね。第一関門は今年の秋か…」
「……言わないでくれ……」
秋にキース君を待ち受けているのは髪の毛を短く刈るのが必須条件の修行道場。自慢のヘアスタイルを守りたいなら努力するしかありません。今の調子だとショートカットは免れそうもありませんけど…。

キース君をからかいながらクロカンブッシュを食べ終えてしまうと、試験最終日の恒例行事、打ち上げパーティーに出発です。今日は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が個室を予約してくれた焼肉店。上等のお肉と備長炭が売りの高級店で、お金はもちろん…。
「ハーレイの所に行かなくっちゃね。大事なスポンサーだから」
会長さんは先頭に立って教頭室に向かいました。重厚な扉をノックし、「失礼します」と足を踏み入れる会長さん。
教頭先生は心得たように熨斗袋を取り出し、会長さんを手招きして。
「ブルー、いつもより多めに入れておいたぞ。今年度最後の試験だったからな、打ち上げも派手にやりたいだろうし…。足りなかったら私の名前でツケにしておけ」
「今日はハーレイも一緒に行こうよ。よかったら、だけど…。たまにはスポンサーにも感謝しながら食べないとね」
そうだろう? と私たちを見る会長さん。確かに教頭先生にはお世話になってばかりです。会長さんが毟り取るのは貢がせているということでオッケーでしょうが、私たちはただのオマケ。なのにオマケの方が人数が多いんですから、教頭先生は内心複雑かも…。会長さんが教頭先生を誘いたいならオマケの身では反対できません。私たちが頷くのを確認してから会長さんはニッコリ笑って。
「ねえ、ハーレイ。この子たちもいいって言ったし、来ないかい? 仕事の方は…大したことはないだろう?」
明日でも良さそうな書類ばかりだ、と勝手に手に取ってチェックしている会長さん。ついでにパソコンまで操作しています。正体はソルジャーですからいいのでしょうが、教頭先生は苦笑するばかり。
「…ブルー、お前には敵わんな。こらこら、いくらパスワードを知ってるかしらんが、それは私の仕事だぞ」
「いいじゃないか。…うん、ザッと見たけど、急ぎの用事は無いみたいだね。はい、終了」
メールチェックまでした会長さんはパソコンの電源を切ってしまいました。教頭先生は溜息をついて書類を片付け、棚などに鍵をかけてゆきます。
「…分かった、一緒に行くことにしよう。事務局に鍵を返しておくから、門の所で待っていてくれ」
「うん。ハーレイの車は家に送っておいてあげるよ」
「おいおい、私は酒は飲まんぞ」
「飲みたくなるかもしれないじゃないか。じゃあ、正門で待ってるからね」
会長さんは軽く手を振って踵を返し、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ荷物を取りに戻りました。それから教職員用の駐車場に行き、教頭先生の車を会長さんがアッという間に瞬間移動。日は暮れてきていますけれども、車が駐車スペースから煙のように消え失せるのはインパクトのある光景です。こんな風にサイオンを堂々と使えてしまうシャングリラ学園って凄いですよね…。
「そのために作った学校なんだ」
正門へ向かって歩く途中で会長さんが言いました。
「少々不思議なことがあっても、そういう噂を見聞きされても、あの学校なら…と誰もが納得してしまうように仲間を集めて創立した。今のところは上手くいってる。何百年も生きる教師や生徒や卒業生…。そんな仲間たちがシャングリラ学園の出身者として社会に溶け込んで暮らしているよ。長命だという特徴目当ての求人もある」
「…そうなんですか?」
シロエ君が目を丸くします。求人って…そんなのありましたっけ? 去年、私たちが卒業する時、進路は何も決まらないままで卒業式を迎えたような…。キース君は大学に行きましたけど、それはお坊さんになるという明確な目標があったから。他は全員アテもなかった筈なんです。求人なんて…聞いてませんよ? 疑問だらけの私たちの顔に会長さんはクスクスと笑い出しました。
「求人は毎年来てるんだ。だけど適性の問題もあるし、最終的には長老たちの会議にかけて決定してる。生徒に通知するかどうかをね。…基本的に学校生活に退屈してきた特別生が対象だから、君たちはまだまだ関係ないさ。特別生にならない進路を選択しそうな生徒がいれば、その子も対象になるんだけども」
「…特別生にならない選択って…もしかして心を読んでたわけ?」
ジョミー君が尋ね、会長さんはコクリと静かに頷いて…。
「うん。読むのはぼくの役目なんだよ。でも、必要な部分しか読んでいないから安心して。…君たちのサイオンを導くついでにやってたことさ。……勝手に読んでたなんて許せないかな?」
私たちは揃って首を横に振りました。いつも悪戯ばかりの会長さんですが、本当に大切なことは…きっときちんとしてるのです。なんといってもソルジャーですから。…会長さんよりも悪戯好きな別の世界のソルジャーだって普段は死と隣り合わせの生活で仲間を守っているわけですし、人は見かけだけでは判断できないものですよねえ…。
「かみお~ん♪」
ハーレイがいるよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が正門に向かって駆けていきます。コートを羽織った教頭先生が門の所で待っていました。タクシーに分乗して目指すは打ち上げパーティー会場。シャングリラ学園の謎はまだまだ沢山あるのでしょうけど、今はとりあえず焼肉ですよ~。

今回のお店は初めてでした。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は何度も来ているらしいのですが、焼肉専門店には見えないようなお店の構えが素敵です。畳敷きの個室も広くて落ち着いていて、掘り炬燵式のテーブルに焼肉用の炭火が無ければ焼肉店とは気付かないかも。教頭先生を囲んで打ち上げパーティーは和やかに始まりました。
「そういえば去年も焼肉だったね」
会長さんが本来はお刺身用らしい新鮮な海老を焼きながら教頭先生に微笑みかけて。
「隣の部屋にノルディがいてさ…。お酒を持って押しかけてきて怖かったっけ。ハーレイが助けてくれなかったら危なかったな」
ありがとう、と言われた教頭先生は「いや…」と照れ笑いしています。
「飲み比べでカタがつけられたからな。…それにノルディに取られるくらいだったら私がお前を攫って帰っていたと思うぞ」
「…へえ…。ヘタレのくせに攫って帰ってどうするのさ」
教えてほしいな、と教頭先生の顔を覗き込む会長さん。
「まさか飾っておくだけとか? 三百年以上も惚れてるからには色々と望みもあるだろうけど、ハーレイの場合、身体がついていかないしねえ…。寝室に飾ってそれでおしまい?」
「…そうだな…。お前の姿を見ていられれば…それで十分なのかもしれん」
頬を染めている教頭先生。心の底に会長さんの裸エプロンという願望があったことを私たちはソルジャーの悪戯のせいで知っていますが、教頭先生自身の記憶は会長さんが消してしまって残っていません。けれど願望自体は消えていない筈。教頭先生に甲斐性があれば会長さんを眺めるにしても好みの格好をさせておくとか、楽しみようもあるのでしょうけど…鼻血ばかりのヘタレでは…。
「見ているだけで十分なんだ? それじゃサービスしないとね」
会長さんがスッと立ち上がり、サイオンの青い光に包まれたかと思うと制服がチャイナドレスに変わっていました。エロドクターが誂えてきたワインレッドのドレスです。ゴクリと唾を飲む教頭先生に会長さんはクスッと笑って。
「ふふ、このドレス…素敵だろう? スリットが深く入ってるから下着も変えなきゃいけないんだ。いつもの黒白縞だと見えちゃうんだよ」
ほらね、とスリットから白い腿を覗かせてみせる会長さん。黒白縞というのは教頭先生の紅白縞とお揃いだと言って騙し続けている青月印のトランクスです。そんなモノ、一度も履いてないくせに…。教頭先生の視線が釘づけになっているのを確認してから、会長さんは教頭先生の隣にストンと腰を下ろしました。
「今日はホステスをさせてもらうよ。…ハーレイ、お酒は?」
「い、いや……。生徒を引率してきた教師が飲むというのはまずいだろう」
「引率? 堅苦しいことを言わなくっても…。去年だってそう言ってたけど、ノルディが来ちゃって飲み比べだろ? 少しくらいはいいと思うな。ね、ぶるぅ?」
何故にそこで「そるじゃぁ・ぶるぅ」…と思いましたが、訊かれた方は元気よく。
「うん! ぼくもチューハイ飲みたいな♪ ブルーと来た時はいつも飲むんだ」
注文しようよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大はしゃぎ。教頭先生は渋い顔をしていましたが、チャイナドレスの会長さんに何度も甘く囁かれる内に…。
「たまにはいいか。…お前の酌で飲める機会はこれを逃すと無さそうだしな」
「そうだよ、特別サービスなんだ。頼まなくっちゃ損だって!」
会長さんは自分と「そるじゃぁ・ぶるぅ」用にチューハイ、教頭先生にはお銚子を頼んで…早速お酌を始めました。おまけに教頭先生のためにお肉や野菜を焼いてあげては、せっせとお皿に入れています。サム君はガックリ肩を落として。
「…せっかく試験の打ち上げなのに……教頭先生にブルーを取られた…」
「まあ待て。落ち込むのにはまだ早いぞ」
ヒソヒソ声で囁いたのはキース君。
「どうもサービス過剰すぎる。あるいは裏がある…かもしれない」
「裏? そんなの無いだろ、いいムードなのに」
サム君は悲観的でした。チャイナドレスに着替えるまでは会長さんはサム君の隣にいたんですから、無理もないかもしれません。私たちはサム君を慰めながら焼肉の方に集中しました。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、教頭先生はお酒も入って賑やかですけど、負けないように盛り上げなくちゃ~!

美味しいお肉や魚介類などを次々頼んで、サム君の嘆きもすっかり何処かへ消し飛んだ頃。完全防音の個室の中に雄叫びが響き渡りました。
「かみお~ん♪」
チューハイで出来上がってしまったらしく、可愛い顔を真っ赤に染めた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が拳を突き上げて畳の上で飛び跳ねています。
「ハーレイ、遊ぼ! ねえねえ、ぼくとジャンケンしようよ! 鬼ごっこして遊ぼう、ハーレイ!」
「「「…鬼ごっこ…?」」」
私たちの声と教頭先生の声が重なりました。ジャンケンだとか鬼ごっこだとか、会長さんのホステスの次はお子様向けのサービスタイム? 「そるじゃぁ・ぶるぅ」はやる気満々みたいです。
「駄目だよ、ぶるぅ。テーブルに炭火があるだろう? 鬼ごっこなんかしちゃいけない」
危ないからね、と会長さんが止めに入ると「そるじゃぁ・ぶるぅ」は膨れっ面で。
「つまんなーい! ぼく、鬼ごっこ好きなのに…。サイオン使って逃げて遊ぶの、久しぶりにしたかったのに!」
「……あれか……」
どうやら覚えがあったとみえて教頭先生がフウと溜息を吐き出しました。
「ぶるぅ、あれは広い場所でやるから面白いんだ。この部屋ではあまり楽しくないぞ? 今日はやめておきなさい。その代わり、シャングリラに乗ったら公園でやろう」
「えっ、公園? 広いよ、ハーレイ、大丈夫?」
ぼくは平気だけど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。教頭先生は「甘く見るなよ」と笑って見せて。
「普段から鍛えているからな。ぶるぅ、捕まった時は逆さ吊りがいいか?」
「うん、それと足を掴んで振り回すヤツ! ポーンと遠くへ投げちゃってね!」
捕まるとハードな目に遭うみたいですけど「そるじゃぁ・ぶるぅ」はそういう遊びが好きなんでしょうか? 私たちのジト目に教頭先生が肩をすくめて。
「おいおい、誤解しないでくれ。…ぶるぅはタイプ・ブルーだぞ? 投げられたって平気なんだ。絶叫マシンの感覚らしい」
「そうなんだよね」
会長さんが頷きました。
「なにしろ小さな子供だから…絶叫マシンに乗れないだろう? その分、激しい遊びが好きでさ。でも、ぶるぅを投げたり振り回したり…なんて大技、ハーレイくらいしか出来ないんだ。おまけに人目がない場所でないと…。シャングリラ号なら大丈夫だけど。よかったね、ぶるぅ」
小さな銀色の頭を撫でてから会長さんは「でも…」と首を傾げて。
「ジャンケンだけなら此処でも出来るか…。そうだ、ハーレイ、ぼくとジャンケンしないかい?」
「…えっ?」
怪訝そうな教頭先生に会長さんは艶やかに微笑みかけました。
「もう十分に食べたしね…。追加でサービスしようかなぁ、って。こんなジャンケンはどうだろう? 負けた方が服を1枚脱ぐんだ。ネクタイやベルトも1枚とカウントするのがいいね」
「「「えぇぇっ!?」」」
それはとんでもない提案でした。もしかしなくても野球拳とかいうヤツですか? で、でも…教頭先生はスーツにネクタイ、ベルトなんかもガッチリなのに…会長さんはチャイナドレス。1回負けたら下着1枚になってしまうのでは…。それともサイオンで相手が何を出すかを読み取るとか…?
「ああ、サイオンは禁止だよ。…ぼくも使わないと約束する。だけどぼくはドレスが1枚きりだし、一度で勝負がつくというのも楽しくないし…。ぼくの代理でぶるぅが脱ぐっていうのはどうかな? ぶるぅが全部脱がされちゃったら、その後、一度だけジャンケンをして……それで負けたらぼくが脱ぐんだ。ぼくが勝ったら勝負はおしまい。…もちろんハーレイが全部脱いでも終わりだけどね」
どうする? と赤い瞳で見詰められた教頭先生は…。
「よし! その勝負、受けて立とう」
テーブルにあった水割りをグイと呷って教頭先生は立ち上がりました。会長さんも続いて立って、二人は広い個室の空きスペースで向かい合います。会長さんの横には「そるじゃぁ・ぶるぅ」が立っていますが、教頭先生と会長さんが…野球拳とは! いつものヘタレな教頭先生からは考えられない勝負ですけど、やはりお酒の勢いでしょうか…?

サイオン抜きのジャンケン合戦。私たちが見守る中で教頭先生がパーを繰り出し、会長さんはグーでした。
「私の勝ちだな。…どうする、ブルー? やめておくなら今の内だぞ」
「やるさ! ぶるぅ、マントを脱いじゃって」
「かみお~ん!」
紫の小さなマントが放り出されて畳の上に落っこちます。次に出たのはチョキとパー。
「…ぶるぅ、負けちゃったから上着を頼むよ」
「オッケ~♪」
「いいのか、ブルー? お前の方が不利なようだが…」
「負けないってば!」
会長さんは強気でしたが、ジャンケン勝負は圧倒的に教頭先生が優位でした。アッという間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」はアヒルちゃん模様のパンツ1枚になってしまって、教頭先生は余裕の笑み。シャツもズボンも身に着けています。そして教頭先生がグーを、会長さんがパーを繰り出し…。
「ふむ、ネクタイを取られたか…」
スーツの上着に続いてネクタイを外す教頭先生。次の勝負ではベルトが外されました。そこからは教頭先生の連敗続きで、ズボン下とトランクスだけになった教頭先生がパンツ1枚の「そるじゃぁ・ぶるぅ」をしげしげと見て。
「ぶるぅが全部脱いでしまったら、その後はジャンケンは一度だったか?」
「そう言ったけど…。何か不都合でも?」
不思議そうな顔をする会長さんに、教頭先生は少し躊躇ってから思い切ったように。
「一度というのはおかしいぞ。もしもお前が負けたとしたらドレスを脱いでもらうわけだが…そこで勝負は終わりになる。おかしい。これは絶対おかしい。お前の方が勝ち続けたら、私が全部脱がされるまで勝負は終わらないと言わなかったか?」
「…気付かれちゃったか…。つまりはぼくにも全部脱げって言いたいんだね?」
「う…。まあ、手短に言えばそういうことだ」
咳払いをする教頭先生。会長さんはクスクスと笑い出しました。
「ハーレイが鼻血で失血死したら困ると思って下着は残しておいたのにさ。…いいよ、全部脱ぐのが見たいんだったらジャンケンの回数を増やしておこう。ぶるぅがパンツまで脱がされちゃったら、ジャンケンはそこから改めて二回。ハーレイが二連勝すれば潔く裸になってあげるよ」
「よし、決まった。では勝負だ!」
チョキとパーが出され、会長さんはパーでした。アヒルちゃんパンツが畳に落ちて、残るジャンケンは二回です。会長さんが脱がされるのか、教頭先生のフルヌードか……二人とも仲よく下着1枚? と、私たちの頭の中に響いた声は…。
『ぼくはサイオンを使わない。…でも、ぶるぅが使わないとは言ってない』
「「「えっ?」」」
私たちが思わず顔を見合わせたのと、会長さんがグーを出したのは同時でした。教頭先生の右手はチョキ。
「……むむぅ……」
教頭先生はズボン下を脱ぎ、トランクスだけになりました。会長さんが紅白縞をチラリと眺めて。
「どうする、ハーレイ? 今ならルールを元に戻せる。そしたら勝負はここで終わりだ。…だけど変更したルールでいけば、ぼくの下着を拝めちゃうかもしれないよ? このドレスには黒白縞は合わなくって……紐を解いたらそれで終わりの下着を履いてるんだよね。ただしハーレイが負けた時には…」
「かまわん、ルールは今のままだ!」
行くぞ、と構える教頭先生。紅白縞のトランクスまで失う危機に瀕していても会長さんのセクシー下着を取りますか! 会長さんはサイオンを使わないと宣言してましたけど、さっき怪しい思念波が…って、うわわわ…。
「……ハーレイ。脱いで貰おうか」
チョキをそのままVサインに変えた会長さんが教頭先生を睨んでいます。会長さんの後ろでは真っ裸の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が十八番の『かみほー♪』を歌い踊っていました。私たちに再び届いた思念は…。
『ハーレイが何を出してくるかは、ぶるぅが読んでた。ついでにぼくの手を操って、勝ったり負けたりさせていたのさ。…ぶるぅが全部脱いじゃったのは八百長なんだ。なのにルールまで変えちゃうなんて、ハーレイったら何処までおめでたいんだか…』
げげっ。じゃあ、ジャンケン勝負を言い出した時から負けるつもりは無かったと…? 会長さんは勝ち誇った笑みを浮かべて空中にゴザを取り出しました。
「ハーレイ、脱がないんなら脱がせるからね? もうサイオンは使えるんだし、やらせてもらうよ」
「ま、待ってくれ、ブルー!」
紅白縞のトランクスを両手で押さえて絶叫している教頭先生。けれど…。
「やだね」
教頭先生の身体にゴザが巻き付き、代わりに宙に舞い上がったのは紅白縞のトランクス。会長さんはチャイナドレスから制服に戻り、教頭先生が脱ぎ捨てた服を全部纏めて「そるじゃぁ・ぶるぅ」に手渡すと…。
「ぶるぅ、これをトイレに置いておいで。あ、ちゃんと服を着てから行くんだよ」
「かみお~ん♪」
チューハイで御機嫌の「そるじゃぁ・ぶるぅ」はサイオンでパパッと服を着るなり走って行ってしまいました。教頭先生はゴザの上から紐をかけられ、いわゆる簀巻きというヤツです。えっと、これからどうなっちゃうの? トイレって確かこの部屋からは、かなり離れていたような…?



バレンタインデーがやって来ました。今年も1年A組の教室に会長さんが現れます。朝のホームルームが始まる前に自分用のチョコを集めようという魂胆でした。会長さんは鞄を手にして、お供の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が大きな袋を提げていて…。
「おはよう。…嬉しいな、ぼくにくれるんだ?」
女の子たちが差し出すチョコを会長さんが袋に入れて、お礼に握手をしています。甘い言葉も忘れません。アルトちゃんとrちゃんが渡したチョコは会長さんの鞄の中に…。やっぱり二人は特別扱いらしいですね。スウェナちゃんと私のチョコも鞄に入れては貰えましたけど、それはあくまで友達として。…いえ、友達で十分ですとも! 悪戯好きな会長さんと恋をする勇気はありませんです。本命チョコは会長さんより…。
「かみお~ん♪ ぼくにくれるの!?」
大喜びでアヒルちゃんの模様がついた袋を取り出す「そるじゃぁ・ぶるぅ」。一昨年はチョコレートの滝を固めたチョコで、去年はデパートで買ったチョコ。今年は会長さんとお揃いのチョコを買ってみました。スウェナちゃんからも本命チョコです。日頃お世話になっていますし、なんといっても可愛いですし…。
「わーい、ブルーのとおんなじチョコだ! ありがとう!」
ピョンピョン飛び跳ねる「そるじゃぁ・ぶるぅ」は宙返りまでしてくれました。選択は正しかったようです。会長さんでは気障な台詞が貰えるだけで感激してはくれませんから。ジョミー君たちにも義理チョコを渡し、シャングリラ学園恒例のバレンタインデーの交流行事はおしまいです。会長さんは学校中から押しかけて来た女の子たちのチョコをゲットして悠々と帰って行きました。そして放課後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと…。
「こんにちは」
「かみお~ん♪」
ソルジャーと「ぶるぅ」が揃ってソファに座っています。ソファの横には紙袋が沢山。チョコの買い出しに二人でやって来たのでしょう。テーブルには「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ったザッハ・トルテが。
「お邪魔してるよ。デパートは女の人が一杯で疲れちゃった」
そう言うソルジャーは会長さんの制服ではなくてソルジャー服です。その格好でチョコレート売り場に行って来たと…?
「そうだよ。サイオンを使えば目立たないし」
「「「サイオン?」」」
なんのこっちゃ、と首を傾げるとソルジャーは「こんな風に」とパッと着替えてしまいました。暖かそうなセーターと仕立てのいいズボン。会長さんの私物に見えますが…。
「残念でした。…着替えてなんかいないんだよ。サイオニック・ドリームでそう見えるだけ」
クックッとおかしそうに笑うソルジャー。
「ほら、キースとジョミーがいつも練習してるだろ? 坊主頭に見えるように…って。理屈はアレと同じなんだ。ブルーの服を借りて行ってもよかったんだけど、チョコの代金を貰った上に服まで借りるっていうのはねえ…」
ソルジャーが買い込んだチョコやザッハ・トルテのお金は会長さんが出したらしいのです。何かといえば教頭先生から巻き上げている会長さんが支払うだなんて、どういう風の吹き回しでしょう?
「ね、君たちもそう思うだろう? おまけにドレスもプレゼントしてくれるんだってさ。…ずいぶん気前がいい話だけど、このツケはきっとハーレイの所に回るんだろうね。かわいそうに」
「「「………」」」
まさか、と思いはしたものの…会長さんならやりかねないかも? でも、それよりも問題なのはソルジャーです。さっさとお帰り頂かないと、教頭先生に要らぬちょっかいを…。
「ん? 大丈夫だよ、今日はぼくだって忙しいから。ね、ぶるぅ?」
ソルジャーの問いに「ぶるぅ」が大きく頷いて。
「うん! 今日は特別休暇なんだよ。ハーレイのお仕事が終わったら大人の時間。だからね、ぼく、チョコを食べたら歯磨きをして、土鍋に入っていい子で寝るんだ」
「そういうこと。で、ぼくのチャイナドレスを見てくれるかな? とても素敵に出来上がったから」
セーターとズボンがパッと消え失せ、ソルジャーの身体がチャイナドレスに包まれました。身体にフィットした艶やかな紫の生地に白と銀とで孔雀の尾羽が刺繍されています。
「どう? 今度はちゃんと着替えてみたんだけども」
ドレスはとてもお似合いでした。サム君が息を飲み、キース君が。
「紫というのが上品だな。刺繍も華やかで、かといって派手というのでもなく…。ドクターのセンスよりもいいんじゃないか?」
うわぁ…なんて上手に誉めるんでしょう。ソルジャーは満足そうな笑みを浮かべて。
「ありがとう。どんな下着が合いそうかな?」
「え?」
キース君の目が点になりました。下着って…。下着って……?
「ブルー!!」
割って入ったのは会長さん。赤い瞳でソルジャーを睨み、ビシッと壁を指差して。
「そろそろ帰ってくれないかな? ドレスは見せたし満足だろ? 十八歳未満の子たちに下着のチョイスなんかさせられないよ。それは自分で考えたまえ」
「ちぇっ…。見せびらかそうと思ったのに」
唇を尖らせたソルジャー曰く、キャプテンからプレゼントされた下着コレクションがあるのだそうです。機会があったら披露したいと言うソルジャーに私たちは引き攣った愛想笑いを振り撒き、チャイナドレスを褒めまくって……やっとのことでソルジャーと「ぶるぅ」が引き揚げたのは一時間も経ってからでした。

「…あーあ、散々な目に遭っちゃった」
会長さんが肩をトントンと叩いています。ソルジャーは特別休暇とチャイナドレスでハイになっていたようでアヤシイ単語が何度も飛び出し、その度ごとに注意していた会長さんは相当疲れたのでしょう。誉め誉め作戦を展開していた私たちの顔にも疲労が滲み、元気なのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」だけ。
「お疲れさま~! ザッハ・トルテのおかわりあるよ? ホイップクリームたっぷりつけるね」
ホットココアと一緒に出てきた高カロリーなケーキの甘さは私たちには救世主。食べ終えて人心地ついてきた頃、会長さんもようやく調子が出てきたらしく…。
「みんな元気になったようだし、そろそろ行こうか。早く損失を埋めないと」
「「「は?」」」
キョトンとする私たちに会長さんは「分からない?」と人差し指を立ててみせて。
「ブルーのために仕立てたドレス、コストがけっこうかかってるんだ。チョコの代金も半端じゃない。ぼくが支払っておいたけれども、お金が減るのは好きじゃないしね」
「そ、それって…」
ジョミー君が口をパクパクさせます。
「も、もしかして教頭先生に払わせるとか…? ソルジャーが予言してた通りに…?」
「あれは予言と言わないよ。予想と言ってくれないかな」
言葉遣いは正確に、と会長さんは訂正を入れて。
「ハーレイはきっと払ってくれるさ、財布が空になっても…ね。ぼくのお願いなんだから」
「…あんたってヤツは…」
悪人だな、とキース君が深い溜息をつきました。
「今日が何の日か分かってるのか?」
「もちろんだよ。沢山チョコを貰っておいて忘れる筈がないだろう? …年に一度のバレンタインデーだ」
ほらこんなに、と会長さんが示す先にはチョコレートの山。きちんと仕分けされて置かれたチョコは学園中の女の子たちの夢と憧れの結晶です。…キース君は再度溜息をついて。
「よりにもよってバレンタインデーに教頭先生から毟り取る気か? もっと別の日にすればいいのに…。教頭先生は貰える方だと思っているぞ、間違いなく…な」
「そうだろうね。去年はちゃんとプレゼントしたし…。でも、大切なことを忘れてないかい? ハーレイは甘いものが苦手なんだ。チョコは有難迷惑なんだよ」
だから気にする必要はない、と会長さんは強気です。チョコが苦手な人のためにネクタイとかも宣伝してたと思うんですけど、言うだけ無駄ってものでしょうか。
「よく考えてみたまえ、キース。…ぼくは男だ。そのチョコの山が証明している。学園一の人気を誇るぼくからチョコを貰おうだなんて、厚かましいにも程があるよ。期待する方が間違ってるのさ」
だから代わりに貢がせるんだ、と会長さんは立ち上がりました。私たちと「そるじゃぁ・ぶるぅ」もお供につくしかありません。ソルジャーを早々に追い返したかった理由はこれでしたか! もしもソルジャーがついて来ていたら、財布の中身をねだるどころじゃありませんから。

ソルジャーのために使ったお金を教頭先生に肩代わりさせようという会長さん。バレンタインデーだというのも気にせず、先頭に立って本館に行き、教頭室の重厚な扉をノックして。
「…失礼します」
机に向かっていた教頭先生の顔が一瞬輝き、会長さんの後ろの私たちを見るなりガックリ感を漂わせました。
「なんだ、お前たちか」
「ご挨拶だね、ハーレイ。みんながいるとマズイことでも? あ、そうか…。もしかしてチョコを貰えると思ってた? 去年みたいに」
「…お、おい、ブルー!」
教頭先生は真っ赤になって慌てふためき、会長さんがクスッと笑って。
「ごめん、ごめん。…去年ぼくからチョコを貰ったのは内緒だっけ。もうバレちゃったみたいだけどさ」
「…………」
しょんぼりと俯く教頭先生。そういえば去年は『見えないギャラリー』としてお供したので、教頭先生は会長さんが
一人でチョコを渡しに来たのだと信じ込んでいたのでした。あのチョコはかなり悪質でしたが…。中にメッセージ入りのカプセルがあるから、と苦手なチョコを食べさせてみたり、そのメッセージで悪戯したり。あれに比べればお金を毟り取られる方がマシと言えるかもしれません。
「ハーレイ、そんなにしょげなくっても…。今日もチョコ絡みで来たんだよ」
「そうなのか?」
教頭先生は一気に立ち直りました。おめでたいと言うか流石と言うか…。会長さんは教頭先生の机に近付き、ポケットから紙を取り出して。
「…これ。チョコレートの請求書」
「請求書? なんだ、私が払うのか? まあいいが…」
お前から貰うチョコの金なら、と請求書を見た教頭先生の顔がみるみる青ざめます。会長さんが差し出したのは何枚ものレシートだったのですから。
「おい、こんなに沢山どうするつもりだ…。私にこれを食えというのか? いくらなんでもこの量は…」
「ダメかな? 闇鍋も平気で食べてくれたし、チョコレートくらい大丈夫かな、って」
「……お前の手作りチョコなら頑張れるのだが……」
これはデパートのチョコだろう、と教頭先生は脂汗。次に会長さんが取り出したものは…。
「えっとね、こっちはチャイナドレスにかかった費用。ぶるぅが縫ったから生地代と刺繍の手間賃だけなんだけど、領収書を失くしちゃって…確かこのくらいの額だった」
「……むむぅ……」
「あのドレス、楽しんでくれたよね? ハーレイのために作ったんだよ。…もちろん払ってくれるだろう?」
会長さんはソルジャー用に作ったドレスの代金をエロドクターが誂えたドレスの分だと偽って巻き上げようとしていました。教頭先生はコロッと騙されたようで。
「そうか、ドレスの代金か…。ならば支払うべきだろうな。…それとチョコレートの代金だが…。金は払うからチョコは勘弁してくれ。私には無理だ」
「いいのかい? みんなで食べてしまっても? 限定品とか色々なんだよ」
「かまわん。胸やけするよりはいい」
苦笑しながら財布を出した教頭先生はお札を数えて会長さんに渡し、会長さんは嬉しそうに。
「ありがとう、ハーレイ。…実はね、チョコもドレスもブルーが注文したんだよ。ぼくのじゃない」
「……ブルーだと!? ちょっと待て、それはどういうことだ!」
「だからブルーの分だってば。チョコはブルーが買ったんだ。ぶるぅと一緒に食べるんだってさ、あっちのハーレイも甘いものは苦手だから。…チャイナドレスもぼくのを見て欲しいと言い出したんだよ。バレンタインデーの特別休暇に着るんだって言ってたけども…。あれ? ハーレイ…?」
教頭先生は机の上に突っ伏しています。会長さんにお金を毟り取られるのは毎度のことですが、ソルジャーの分を支払わされてショックを受けているのでしょう。燃え尽きている教頭先生の肩を会長さんが軽く叩いて。
「ハーレイ、のびてる場合じゃないよ。…今年のチョコはぼくなんだから」
「「「!!?」」」
ガバッと跳ね起きる教頭先生。私たちもビックリです。今年のチョコは会長さんって…どういう意味?
「仕事が終わったらぼくの家に来て。年に一度のバレンタインデーだし」
「……ブルー……?」
「約束だよ。プレゼントはチョコだ」
じゃあね、と教頭室を出ていく会長さん。私たちも慌てて続きました。今年のチョコが会長さんで、おまけにプレゼントだなんて、いったい何…?

「おい。今年のチョコって何の話だ?」
キース君が問いかけたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に帰ってからでした。そろそろ下校時間が近づいています。会長さんはニッコリ笑って。
「続きはぼくの家で話さないかい? 晩御飯を御馳走するからさ。そのつもりで用意してきたんだ」
ぶるぅ特製ビーフストロガノフにボルシチに…と語る会長さんには逆らえそうもありません。それに「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお料理は美味しいですし…。私たちは早速家に連絡しました。会長さんの家に遊びに行くから遅くなる、と。それが済むと会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の力で瞬間移動。着いた先は会長さんの家のリビングです。
「かみお~ん♪ ハーレイが来るのが六時半頃だから晩御飯は早めにするね」
いそいそと飲み物を用意してくれる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。私たちはソファに落ち着き、キース君が。
「さっきの話を聞かせてくれ。…俺には今年のチョコがあんただという風に聞こえたんだが」
「ああ、間違ってないと思うよ。今年のチョコはぼくだと言ったし」
会長さんは優雅に紅茶のカップを傾けました。
「バレンタインデーに相応しいプレゼントじゃないかと自信を持ってる。ハーレイだって喜ぶ筈さ」
「ま、まさか…」
不安そうに口を開いたのはサム君でした。
「ブルー、まさか教頭先生に……チョコの代わりに…」
「食べられるつもりじゃないのか、って?」
コクコクと頷くサム君に、会長さんは「まさか」と軽くウインクして。
「そんな趣味はないし、食べられてあげるほど気前もよくない。でも食べたい気分にはなるだろうねえ…。いや、甘いものは苦手なんだし食べたくないかな?」
「「「???」」」
話が全然見えてきません。会長さんがパチンと指を鳴らすと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が豪華なパンフレットを持って来ました。シャンデリアが輝くお城のような部屋をバックに書かれた文字は…。
「「「チョコレート・スパ!?」」」
「そう。ぶるぅにザッハ・トルテを作らせていて思い出したんだ。あのトルテで有名なホテルでやってたっけ…って。チョコレートを使った全身エステのコースだよ。終わった後も二日間ほど身体から甘い香りがするらしい。だから…」
「…教頭先生にやらせるんですか?」
シロエ君が恐る恐る尋ね、会長さんは豪華パンフを開いて見せて。
「うん。せっかくだから本場のがいいと思ってさ…。昨日、瞬間移動で行ってきた。いろんな国から人が来るから各国語のパンフが揃っていたよ。パンフを貰って、必要なものを揃えて貰って…ついでに技もサイオンでちょっと、ね。技以外はちゃんとお金を払ってきたから安心したまえ」
会長さんは得意げでした。そういえばソルジャーのお給料はとても高いんでしたっけ。教頭先生にたかってばかりいるので、ついつい忘れがちですが…。そして教頭先生にエステティシャンの技を仕込んだのも会長さんです。
「そういうわけで、今年はぼくがチョコになるのさ。文字通りチョコレートまみれだからね、バレンタインデーには最適だろう?」
パンフレットには全身にチョコを塗りたくられた女性の写真が載っていました。利用者の四割強は男性だとも書かれています。…うーん、それなら問題ないかな? 私たちはパンフを回し読みして興味津々。早めの夕食を食べる間も話題はもっぱらチョコレート・スパ。夕食の後はリビングで「そるじゃぁ・ぶるぅ」がエステ用のローションなどを揃え始めて、間もなく玄関のチャイムが鳴って。
「かみお~ん♪ ブルーが待ってるよ!」
リビングに現れた教頭先生は私たちを見て肩を落としました。この状況では会長さんとの甘い時間なんかは望めそうもないからです。きっと半端なく期待しながら来たのでしょうが…。
「…ブルー……。今年のチョコはお前だと言っていなかったか…?」
微かな望みを繋ぐかのように声を絞り出す教頭先生。会長さんは艶然と微笑み、教頭先生を手招きして。
「そうだよ。ほら、見てごらんよ、このパンフ。…ぼくの身体にチョコレートをたっぷり塗れるだなんて夢のようだと思わないかい? 次からチョコの香りを嗅ぐ度、ぼくの手触りを思い出せる。…素敵だろう?」
教頭先生がウッと短く呻きました。どうやら鼻血の危機らしいです。けれど会長さんは容赦なくサイオンでチョコレート・スパの技を流し込み、ひらひらと片手を振ってみせて。
「バレンタインデーのプレゼントだよ。ぼくはお風呂に入ってくるから、上がったらエステの方をよろしく。ハーレイもチョコの甘い香りに存分に酔ってみるといい」
じゃあ、とバスルームに向かう会長さん。お風呂にもチョコレート・アロマの蒸気が満たしてあるのだそうです。うーん、どこまで凝ってるんだか…。

教頭先生は会長さんの家に常備されているエステ専用の服に着替えて手持無沙汰に立っていました。会長さんはのんびりバスタイム。と、廊下の方で言い争うような声が聞こえて…。
「狡い!!」
叫びながらリビングに飛び込んで来たのはバスローブ姿の会長さん。…えっ、その後ろにもバスローブを着た会長さん…?
「ブルー!!」
後から入って来た方の会長さんが「狡い」と叫んだ方の腕をガシッと掴みました。
「チョコレート・スパはぼく専用! ブルーは特別休暇中だろ!?」
げげっ。何故ソルジャーがこんな時間に…?
「特別休暇は今夜から! ぶるぅは寝ちゃったし、シャワーを浴びてハーレイが来るのを待っている間、暇だったから覗き見したら……楽しそうなことをやってるじゃないか。二日間も身体からチョコの香りが漂うなんて、絶対ぼくにピッタリだってば!」
休暇中は身体ごとハーレイのためのチョコになるのだ、とソルジャーは主張しています。とは言うものの、チョコレート・スパは二時間近くかかるんですから、二人分となれば夜中までかかってしまうかも…? しかし教頭先生はプロでした。
「…お二人とも同時に…というのは難しいですが、時間差でやってみましょうか。ブルー…ええ、そちらの…チョコの香りがしていないブルーは今からお風呂に。その間にブルーのマッサージを」
「ぼくにもやってくれるのかい? ありがとう、ハーレイ。…後でたっぷりサービスするよ」
何やら不穏な言葉を残してソルジャーはバスルームに行ってしまいました。会長さんは下着だけになって用意してあったベッドに寝そべり、カカオクリームと胡桃バターを調合したピーリング剤で全身マッサージ。その後、シャワーで洗い流す間に…今度はソルジャーが全身マッサージ。ところがここで問題が…。
「ぼくは下着は無しでやりたい!」
前にエステを頼んだ時もそうだったから、とソルジャーは全く譲りません。せっかく見学していたというのに、スウェナちゃんと私は出て行かざるを得ませんでした。ダイニングで「そるじゃぁ・ぶるぅ」が紅茶を淹れてくれましたけど、チョコレート・スパを見たかったなぁ…。
「あのね、シャワーの次はパックなんだよ」
私たちが気落ちしないよう、説明してくれる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。カカオ・バターとチョコレート製のパック剤を全身に塗って、ナイロンラップを巻き付けて…その間にチョコレート・ローションで顔のお手入れ。そして再び洗い流して、今度はチョコレート・アロマオイルで全身をマッサージ。最後はチョコレート・ローションで仕上げなのだそうです。
「本当に甘い香りがするのね」
スウェナちゃんがウットリ呟きました。サイオンで中継できない代わりに「そるじゃぁ・ぶるぅ」が香りを運んでくれています。チョコレートそのものの匂いですけど、食べても甘くはないのだとか。ということは「そるじゃぁ・ぶるぅ」は食べてみた…のかな?
「ブルーが甘くないんだって言っていたからホントかなぁ、って…。舐めたら全然甘くなくって、匂いだけだって分かったんだ。あんなに美味しそうなのにね。…あっ、終わったみたい」
もういいよ、と言われてリビングに戻るとバスローブ姿の会長さんとソルジャーがソファに腰掛けて談笑中。その足元には教頭先生が倒れ伏しています。
「サービスだよ、サービス」
会長さんが裸足の爪先で教頭先生をつつきました。
「バレンタインデーだしね、仕上げのローションが終わる瞬間に意識のブロックを解いたんだ。プロ根性が消し飛んだわけ」
本来ならばソルジャーの方が後なのですが、会長さんが順番を入れ替えて自分を最後にしたらしく…。会長さんの肌の手触りを直に感じた教頭先生が立ち直るまでに二十分ほどかかったでしょうか。柔道部三人組が額に冷たいおしぼりを乗せたり、冷たい水を飲ませたり。教頭先生、ご愁傷様です…。

チョコレートの香りの会長さんの素肌という凄いプレゼントを貰ってしまった教頭先生の鼻血が止まり、着替えを済ませて帰り支度を始めた頃。
「あっ、ハーレイ……ちょっと待って」
声をかけたのはバスローブ姿のソルジャーでした。
「お礼をするのを忘れてた。この姿をぜひ見て貰わなきゃ」
言うなりパッとチャイナドレスに着替えます。
「これの代金は君が支払ってくれたようだし、ぼくで良ければお相手するよ? 特別休暇が終わってからね。ブルーとそっくり同じ身体を一度くらいは味わってみたら? なんならチョコの香りを纏ってもいい」
挑発的な目のソルジャーに教頭先生はたじたじとして。
「い、いえ…。わ、私にはそんな大それたことは…」
「そう? あ、君のブルーでなくっちゃダメなのかもね、君は純情みたいだし…。それじゃ、ぼくからもバレンタインデーの特別サービス。君のハートを鷲掴みにするブルーの姿を見せてあげよう」
キラッと青い光が走った次の瞬間、教頭先生は鼻血を噴いて失神しました。ドスンという音が響くと同時にソルジャーの姿が消え失せ、声がどこからか聞こえてきて…。
「ハーレイにサイオニック・ドリームを見せた。ブルー、ハーレイは君のあられもない姿を見てしまったかもしれないよ。望みの服装に見えるように調整しておいたけど、服を着ているとは限らないしさ。ドレスだったか下着だったか、それとも何も着ていなかったか…。目を覚ましたら尋ねてごらん」
またね、と楽しげな笑いを残してソルジャーは帰ってしまいました。教頭先生は会長さんのどんな姿を見たのでしょうか…?
「……知りたくもない……」
会長さんが呻きました。そりゃそうでしょう、教頭先生の願望なんか知りたくないに決まっています。なのに…。
「ねえ、ブルー。どうしてさっきエプロン着てたの?」
ツンツンと会長さんのバスローブの袖を引っ張ったのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「あんなエプロン持ってたっけ? 白くてフリルが沢山ついてて…。それに裸でエプロンなんて、お行儀悪いと思うんだけど」
「「「………」」」
最強のサイオンを持つタイプ・ブルーの「そるじゃぁ・ぶるぅ」は無邪気な瞳でソルジャーが仕掛けたサイオニック・ドリームをしっかり目撃したのでした。教頭先生の望みは裸エプロンだったようです。控えめなのか大胆なのか、理解に苦しむ所ですが…。
「ブルーのせいで酷いバレンタインデーになっちゃった。チョコの香りで鼻血を出すようになったら楽しいな、と思って遊んでたのに…エプロンだって!? その記憶だけは消してやる!」
会長さんは失神している教頭先生の記憶の中から裸エプロンを綺麗に消去し、瞬間移動で家へと送り返しました。私たちも順番に家に送って貰いましたが、チョコレート・スパの甘い香りはそれから二日間ほど会長さんの周囲に漂っていて、まるでチョコレートの国の王子様。…ソルジャーはといえば寝ぼけた「ぶるぅ」にチョコと間違えて足を思い切り齧られたらしいのですが、そのくらいの罰は当たって当然…? 教頭先生がチョコを好きになったか嫌いなままか、そっちの方も気になります~!

 

 

 

 

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