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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

除夜の鐘を撞きにきた人の列はキース君が言っていた通り午前一時まで続きました。いったい何回鐘が鳴ったのか、テントの中の私たちにも分かりません。一番最後に並んだ人が撞き終わった後、会長さんが鐘に向かって両手を合わせ、一礼してからゴーンと鳴らして…年越しの行事は無事に終了。甘酒のお接待もおしまいです。会長さんが私たちのテントにやって来て…。
「寒かっただろう? お疲れ様。じゃあ、本堂の方に行こうか」
え? 本堂って…宿坊に帰るんじゃないんですか?
「まだ修正会があるんだよ。君たちも一緒にお参りしたまえ」
「「「シュショウエ?」」」
「新しい年を迎えて、社会の平安と人々の幸福を願う今年最初の法要のことさ。熱心な檀家さんも参加する」
さあ、と有無を言わさぬ口調の会長さん。キース君も「参加してくれて当然」という顔で頷いてますし、アドス和尚は本堂の方に行っちゃいましたし…もう諦めるしかないでしょう。私たちの新年はお線香の煙と共に始まりました。鐘や木魚が打ち鳴らされて、本堂に響く読経の声。会長さんも真面目にお経を唱えています。厳かな修正会は一時間も続き、やっと解放された時には足が痺れて立てませんでした。
「いたたたたた…」
ジョミー君が足を擦っています。でもシロエ君とマツカ君、それにサム君は平然として。
「柔道では礼儀作法を重んじますしね。正座くらいは常識ですよ」
「ぼくは茶道も習ってますので…」
「俺もブルーの家で週に一度は座ってるしな。初めの頃に苦労したから、家でも座る練習してるぜ」
うーん、やっぱり日頃の鍛練が必要みたい。スウェナちゃんと私は転ばないよう注意しながら立ち上がりました。修正会に参加していた檀家さんたちは既に出口に向かっています。アドス和尚と会長さん、「そるじゃぁ・ぶるぅ」、それにキース君は座ったまま。私たちは一般の人が帰るまで本堂の出口付近で待って、それからキース君に連れられて宿坊に戻ったのでした。
「おふくろが食事を用意してるから、先に食堂へ行っといてくれ。俺は庫裏で着替えてくる」
キース君が出てゆくと会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も部屋に着替えに行きました。先に食堂へ…とは言われましたけど、気おくれして玄関付近にたむろしている間に会長さんはすっかり普段着に。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はいつものソルジャー服のミニチュア版です。
「おやおや、こんな所にいたのかい? 食堂で待っていればいいのに」
精進料理じゃないみたいだよ、と会長さん。
「宿坊って言ってもね…。最近じゃ肉も魚もオッケー、お酒だって用意している所が多いんだ。時代に合わせて変化するものさ。元老寺だって同じだよ」
「えっ? でも、去年の夏も今日のお昼も精進料理だったんだけど」
ジョミー君の問いに会長さんはクスッと笑って。
「去年…いや、もう一昨年か。あの夏休みは修行体験、今日のお昼はこけおどし。…君たちはアドス和尚にハメられたんだよ」
「「「えぇぇっ!?」」」
ひどい、と叫ぶ私たち。前の夏休みのお寺ライフは演出されたものでしたか…。
「貴重な体験が出来たんだからいいじゃないか。ここの宿坊は璃慕恩院にお参りするお客さんが多いんだ。璃慕恩院にも宿坊はあるけど、街から離れているからね…。こっちの方が何かと便利で、けっこう繁盛しているんだよ」
なるほど。お手伝いの人を何人も雇っている理由が分かりました。会長さんが言うには、普通のお客さんは掃除も朝晩のお勤めも参加しないでいいのだそうです。単に「お寺に泊まる」というだけ。もちろん食事は肉も魚も、それにお酒も…。
「ぼくたち、騙されちゃったんですね」
やられました、とシロエ君。キース君とは先輩後輩の付き合いですけど、宿坊の内部事情までは知らなかったらしいです。非日常体験という会長さんの言葉に乗せられ、抹香臭くなってしまった一昨年の夏休み。今回も順調に抹香臭くなりつつあるものの、もしかして…?
「とりあえず今夜は普通のおもてなしさ。未成年だからお酒は無理だけどね」
会長さんについて食堂の方へ歩いて行くと、美味しそうな匂いがしてきました。精進料理では考えられない香りです。夕食が早かったせいでお腹はペコペコ。これは期待しちゃっていいかも~!

食堂ではイライザさんが待っていました。
「みなさん、お疲れ様でした。お腹が空いてらっしゃるでしょう? たくさん召しあがって下さいね」
幅の狭い机を幾つかくっつけて並べ、大きな机にしてあります。その上にはお寿司やピザやフライドチキン、サイコロステーキなんかも乗っかっていて、何種類かのサラダが山盛り。正座スタイルは変わりませんけど、このノリならば足を崩しても平気そうです。
「なんじゃ、まだお座り頂いていなかったのか」
ドスドスドス…とアドス和尚が作務衣姿で入って来ました。後ろにはセーターを着たキース君が続いています。アドス和尚は会長さんを上座に据えようとしましたが…。
「いいじゃないか、適当で。それに色々と話もしたいし、キースはそこで…お父さんとお母さんはここがいいかな。他のみんなは好きな所でいいと思うよ」
そういうわけで私たちは好みの場所に座布団を置き、楽しく食事を始めました。もちろんジュース飲み放題です。ワイワイと騒いでいると、アドス和尚がいきなりコホンと咳払いをして。
「キース、楽しい正月になって嬉しいだろう。友達と一緒に年を越せたし、どうだ、思い切って頭を剃っては? 檀家さんにアピールするのも重要だぞ」
「…えっ…」
一気に青ざめるキース君。私たちも青ざめましたが、アドス和尚は御機嫌でした。
「お前も知っておるだろう。三が日は檀家さんが初詣に来る。本堂でお迎えするのは住職の大事な務めの一つで、お前は次の住職だ。お前が寺を継ぐと決心したんで檀家さんは期待しとるぞ。大学生になったことだし、今年はきちんと頭を剃って檀家さんをお迎えしろ」
「で、でも…。俺はまだ住職の位が無いし…」
「そんなことは分かっとる。だがな、檀家さんは坊主というだけで安心なさるものなんだぞ。同じ墨染の衣を着ても、有髪と剃髪とでは有難味が全然違うと思わんか、キース」
「……うう……」
グウの音も出ないキース君を他所に、ジョミー君が首を傾げました。
「…ウハツって、なに?」
「髪の毛があるっていう意味だよ」
有る髪と書く、と会長さんが説明してから自分の髪を指差して。
「盛り上がってるところを悪いけどさ。…アドス和尚の説からいくと、ぼくは有難味がないってことかな?」
「え。…あ、ああっ、これは失礼を…!」
アドス和尚は蛙のように平たくなって会長さんに謝りまくり、イライザさんも一緒になって謝ります。会長さんは苦笑しながら「気にしないで」と二人を座り直させ、銀色の髪を引っ張って。
「…ぼくはね、修行時代と剃髪必須の期間だけしか剃ってないんだ。それでも今じゃ緋の衣さ。坊主の価値は外見で決まるものじゃない。大切なのは中身なんだよ。キースもいつかは剃髪しなきゃいけないけれど、その時期だって押しつけるのは良くないと思う」
順調に行けば来年の暮れには道場入りで剃髪だけど、と残酷な現実を口にしつつも会長さんは大真面目でした。
「キースは今も剃髪に抵抗があるようだ。剃髪を受け入れられる心境にならない間は、道場に行っても無駄かもしれない。短く切るのさえ嫌みたいだし、この秋の修行道場だってどうなるか…。でもね、大切なのはキース自身の心なんだよ。キースが自分で決めるんでなけりゃ、道は決して開けやしない」
「…そういうものでございますか…」
アドス和尚の寂しそうな声に、会長さんは深く頷いて。
「そういうこと。仏の道に進みたい、仏様の教えを受け入れたい、と心の底から思うようになれば、髪を下ろそうと考える筈さ。修行には邪魔なものだからね。…一通りの修行を済ませた後で有髪に戻るのも一つの選択。雑事に心乱されない境地を目指すんだったら有髪を選ぶのもいいと思うよ」
「せがれにはまだまだ先の話のようですが…」
「まあね。元老寺を継ぐには住職の位がを貰わないといけないし、そのための道場入りには剃髪しないといけないし。…越えなきゃいけない壁は高いけど、キースならきっと越えられるさ。自分から乗り越えようという気構えになるまで、無理強いしない方がいい。強制されて坊主になっても、外見だけでは意味がないんだ」
人を救うのが仕事だからね、と会長さんは微笑みました。
「自分の中に迷いがあるのに、人を導けると思うかい? キースを立派なお坊さんにしたいんだったら、迷いが消えるまで暖かく見守ってあげたまえ。…そうは言っても檀家さんの手前もあるし、一日も早く形だけでも…と思う気持ちは分かるけどね」
「はあ…。分かったような気がいたします。せがれの器も考えませんで、身なりばかりにこだわっていたとは…私もまだまだ未熟者で」
アドス和尚は会長さんに丸めこまれたようでした。キース君はホッとした顔をしています。会長さんのせいで剃髪させられてしまうかも…と私たちを助っ人に招集したのに、剃髪だと言いだしたのはアドス和尚で、それを止めたのが会長さんとは…。キース君、会長さんに大きな借りが出来たみたいですけど、高僧としての見解ですし、世俗とは無縁で貸し借りなんて関係ないかな?

剃髪の危機を免れたキース君は嬉しそうでした。一方、論破されたアドス和尚は…。
「お教え、心に留めておきます。…しかし私も修行の足りぬ身、せがれの長髪を目にする度にムカムカするのは事実でしてな。それに比べて、同じ有髪でも貴方のお姿を拝見しますと自然と頭が下がります。せがれから三百年以上も生きておられる、と聞いておりますし、いつぞやは掛軸の件で大変お世話になりまして…」
「ああ、そういう話もあったねえ。あれは愉快な掛軸だった」
会長さんがニッコリと笑い、私たちも思い出しました。アドス和尚が檀家さんから預かったという「いわくつき」の掛軸、『月下仙境』。そこに描かれた月の中から「ぶるぅ」が飛び出して来たんでしたっけ。しかしアドス和尚は怪訝な顔。
「…愉快とは…。あの掛軸がどうかいたしましたか? 明星の井戸のお水で書いて頂いた光明真言のお蔭で、もう化け物は出てこない…と、せがれが申しておりましたが」
「うん。実は、あれの御縁で素敵な友達が出来たんだよ。三百年以上生きたぼくでも思いもよらない友達が…ね」
「………。魑魅魍魎の類ですかな?」
「いや、化け物ってわけじゃないけど。…でも、あの掛軸と出会わなかったら会うこともなかった友達だ。ぼくに任せてくれて感謝してるよ」
別の世界から来たソルジャーについて話すのかな? と思いましたが、会長さんは語りませんでした。アドス和尚も首を捻って「はあ…」と言うより他はなく。
「私のような凡人などでは一生会えそうにありませんな。もっと修行に励みませんと…。ところで、明星の井戸と聞いた時から気になっていたことがございまして。…それを直接お聞きしたくて、お招きさせて頂きました」
「なんだい?」
どうぞ、と先を促す会長さんに、アドス和尚は姿勢を改めて。
「…明星の井戸は璃慕恩院の奥の院にあり、高僧の中でも入れる方は少ないのだと聞いております。そこのお水が手に入る上に、銀色の髪でお名前がブルー。おまけに三百年以上も生きておられるとなると、どうしても…。そのぅ、とある御方が思い浮かびまして…。もしや、あなたは銀青様では…?」
「あーあ、とうとうバレちゃったか」
「やはり…! これ、キース、イライザ、お辞儀をせんか!」
深々とお辞儀するアドス和尚に、会長さんは困ったように溜息をついて言いました。
「いいんだってば、ただのブルーで。それにキースはもう知ってるよ、ぼくが銀青だったってこと。…銀青の名前は記録から消えて百年以上も経っている。その銀青が今も生きていると知っている人はごく少数だ。何百年も姿が変わらず、時々姿を現す謎の高僧の噂は流れていると聞くけどね」
「…私も修行中に耳にしました。まさか、その高僧が銀青様とは…。しかも我が家に来て下さるとは、なんとも有難いお話で…」
「だから、特別扱いは要らないってば。そういうのはあまり好きじゃないんだ。緋の衣には誇りがあるけど、銀青の名はどうでもいいのさ。…キースの友達で、何故か高僧。その辺にしといてくれないかな」
ぼくは人生を楽しみたいし、と会長さんはアドス和尚に釘を刺します。
「いいかい、ぼくの正体は他言無用だ。でないとキースを苛めるよ? 知らないふりをしててくれれば、キースの役に立つこともある。…取引としては悪くないんじゃないかな、ぼくは本山に顔が利くから」
「分かりました。そう仰るなら、気付かなかったことにいたします。…ですので、せがれをどうぞよろしく」
「そんなにお辞儀しなくっても…。今までどおりの調子で頼むよ、でないと肩が凝りそうだ」
ねえ? と私たちにウインクしてみせる会長さん。私たちは一斉に頷き、アドス和尚はイライザさんと顔を見合わせてから、照れたように笑い出したのでした。

正体は会長さんだという伝説の高僧、銀青様。アドス和尚とキース君、イライザさんはどんな人だかよく知っているようなのですが、私たちにはサッパリです。お坊さんの名前なんてエラ先生の歴史で習った幾つかの宗派の開祖くらいしか知りません。…うーん、とっても気になります…。
「銀青様って、偉いんですか?」
ズバリ切り出したのはサム君でした。会長さんに弟子入りしているだけに、好奇心を抑えきれないみたい。アドス和尚は「それはもう…」と言ってしまってから会長さんの顔色を窺い、不機嫌でないことを確認して。
「皆さんご存じないようですし、少しお話ししておきますか。色々と教えなども残しておられるのですが、そちらは素人さんにお聞かせするにはちょっと難しすぎますな。…修行時代の逸話くらいがちょうどいいかと」
よろしいですか、と尋ねられた会長さんはクスッと小さく笑いました。
「いいけどね。誰も信じてくれそうにないよ」
「そうでしょうな。…実際、私も信じられない気持ちです。あの伝説の銀青様が、お元日からフライドチキンを美味しそうに食べてらっしゃるなんて…」
「人生を楽しみたいって言ったじゃないか。だから銀青の公式記録をキッチリ途絶えさせたんだ。死んだと思われてる方が暮らしやすいし」
精進料理なんて御免だよ、とサイコロステーキを頬張る会長さん。アドス和尚は「同感ですな」とフライドチキンに齧り付きながら、愉快そうに話し始めました。
「…銀青様の凄い所は、本来ならば必要のない修行をなさったことでして。元老寺が南無阿弥陀仏なのはご存じでしょう。璃慕恩院の教えも南無阿弥陀仏の一語に尽きます。ですが、開祖の上人様は別のお寺で長年修行をなさっておられました。…これは歴史では習いませんかな?」
「知りませんでした…」
マツカ君が素直に答えます。開祖だけなら授業で習っているのですが。
「学校ならそんな所でしょう。その上人様が修行なさったお寺というのが、恵須出井寺です」
「…エスデイデラ…」
棒読みで呟いたのはジョミー君でした。恵須出井寺はアルテメシアの郊外に聳える一番高い山の頂上にあって、昔は山法師と呼ばれる僧兵で有名だったお寺です。卒業旅行で回ったソレイド八十八ヶ所を開いたお大師様と喧嘩別れした人を開祖と仰ぎ、千日回峰という荒行なんかで知られていたり…。
「へえ…。あの人、千日回峰とかもやったのかぁ…」
感心しているサム君に、アドス和尚が。
「上人様は千日回峰はやっておられませんよ。ですが、恵須出井寺の修行は厳しいんです。そこで修行を積んだ末に、普通の人々を救う道を求めて山を降りられ、南無阿弥陀仏をお教えになった。…銀青様はその上人様と同じ修行を志されて、恵須出井寺まで行かれたんですな」
「「「えぇっ!?」」」
あのグータラな会長さんが…わざわざ厳しい修行をしに?
「修行だけでも大変なものだと思うのですが、当時はもっと大変でした。璃慕恩院と恵須出井寺は宗派が違いますからな…。璃慕恩院で出家なさった銀青様が修行したいと申し出られても、そう簡単には通りません。十日間に亘る問答の末に、ようやく許可が出たのだそうで」
今は試験に通れば誰でも修行できるシステムですが、とアドス和尚は言いました。
「銀青様は恵須出井寺で二年も修行なさって、璃慕恩院に戻られたのです。皆さんはご存じないでしょうが、恵須出井寺では、こう…印を結んで御真言を唱える他に、座禅なんかもやるんですな。つまり仏教の有名どころの要素を押さえている。その辺りも銀青様が入門なさった理由だったと聞いております」
「まあね。…色々と興味があったから」
会長さんは否定しませんでした。と、いうことは…。本当に二年も修行三昧、荒行三昧…?
「起床は午前一時だったよ。一番厳しかった修行の時は」
「「「一時!?」」」
「うん。起きたらすぐに水をかぶって、お経を唱えながら山道を歩いて、仏様にお供えする水を汲みに行くんだ。帰ってきたら午前二時から朝の五時まで座禅をやって、それから護摩の焚き方とか印の結び方とか、とにかく寝るまで勉強しかない」
「「「…………」」」
サラッと言ってのけてますけど、聞いただけで気絶しそうな凄まじいハードスケジュールです。いくらサイオンが…最強のタイプ・ブルーのサイオンがあっても、これではどうにもならないのでは…。
『水をかぶる時はシールドしてた』
私たちにだけ伝わる思念波を送ってよこして、会長さんが微笑みました。
「アドス和尚は感激しているようだけど…ぼくにとっては修行も興味の延長線上。璃慕恩院の修行は楽だって言われているんだよね。それは昔も今も同じさ。だから厳しい修行をやってみたいと思ったわけ。せっかくだから極めたいじゃないか」
「お言葉ですが、誰にでも出来るものではございませんぞ。せがれでも無理かと存じます」
アドス和尚の言葉に必死で頷くキース君。うかつに何か言ったりしたら、会長さんが修行したのと同じ道へ送り込まれそうな気がしたのでしょう。会長さんは「そうだろうね」と笑みを浮かべて。
「…ぼくみたいな修行をやってみろとは言わないよ。でも、気が向いてチャレンジするなら助言はするさ。キースに限らず、ジョミーでも…そしてサムでも、やりたくなったらいつでも言って」
「「「!!!」」」
凄い勢いで首を横に振るキース君たち。アドス和尚はサム君を見詰め、「ほほう…」と息を漏らしました。
「あなたも仏門を目指しておられるのですな。せがれも心強いことでしょう。いや、シャングリラ学園にお世話になって本当によかったと思いますなぁ…」
うんうん、と感慨深げなアドス和尚。サム君はともかくジョミー君は仏門なんか全く目指していないのですが、どんどんヤバイ方に向かって話が転がって行ってるような…?

銀青様こと会長さんの過去の偉業は認めざるを得ませんでした。サイオンで多少ズルをしてても、やり遂げたことは確かです。アドス和尚が語ってくれる恵須出井寺と璃慕恩院の修行メニューに耳を傾けていると…。
「ぼくのことばかり話していないで、元老寺の話もしてほしいな」
会長さんがニコニコ顔で割り込みました。
「この子たちも元老寺には興味津々なんだよ。…キースの法名限定だけどさ」
「さようですか…。キース、まだ友達には教えてないのか?」
「………」
沈黙しているキース君。法名というのはキース君のお坊さんとしての名前です。漢字二文字で、分かっているのは『ス』という音が入ることだけ。アドス和尚は苦笑いをし、イライザさんがコロコロと笑って。
「駄目ですよ、キース。お友達に尋ねられたら、ちゃんと答えるものでしょう?」
「…それは…」
「あなた、大学でもキースのままで通しているの?」
「…え、ええ…」
しどろもどろのキース君。優しそうなお母さんですけど、それだけに逆らいにくいのかな…。でも大学で名前がキースじゃダメなんでしょうか? お坊さんを育てる大学ですし、そういうこともあるのかも…。
「大学で使う名前は、別にどっちでもいいんだよ」
会長さんが言いました。
「法名を使う学生もいるし、そうでない人も沢山いる。…キースのお父さんはどうだったのかな?」
「もちろん法名でしたのよ」
ニッコリ微笑むイライザさん。
「私、キースと同じ大学でしたの。一人娘でしたし、お坊さんと結婚できなかったら尼さんになって寺を継げ…って父に言われて焦ってましたわ」
なんと! この美人のお母さんが尼さんになるかどうかの瀬戸際に…? イライザさんはキース君の肩をポンと叩いて。
「尼さんに比べたら、お坊さんなんて大したことではないでしょう? でもキースったら嫌だ、嫌だ…って言うんですのよ。お坊さんの勉強は始めたものの、坊主頭は嫌なんですって」
仕方ない子ね、と溜息をつくイライザさんですが、キース君が可愛くて仕方ないのは分かります。キース君だって「おふくろは俺に甘い」と言ってましたし。
「…でもね、きっとなんとかなりますわ。銀青様…いえ、素晴らしい先輩にお会い出来たのが運のいい証拠。私だってもう駄目だ、と諦めてたのにクリームちゃんに会えたんですもの」
「「「クリームちゃん???」」」
クリームちゃんって…なんですか、それ? 誰もがポカンとしている中で、イライザさんは…。
「もちろん主人のことですわ。法名だったと言いましたでしょ?」
え。会長さんが言っていたことが本当ならば、アドス和尚の法名は『ス』の字が入っている筈です。クリームちゃんだと、どう転んでも『ス』の字は入り込めません。私たち、会長さんに騙されましたか…?
「母さん。…クリームちゃんって渾名の方だろ」
おふくろは親父にぞっこんだから、とキース君が額を押さえました。
「みんな呆れているじゃないか。頼むから早く訂正してくれ」
「あらあら、私、うっかりしてて…。ごめんなさいね、クリームちゃんは大学でついた渾名ですの」
「ちゃん付けはお前だけだったろうが」
アドス和尚が恥ずかしそうにイライザさんを見ています。
「そうだったかしら? 初めて聞いた時は意味がさっぱり分からなくって、坊主頭なのにヘアクリームを使ってるのかと思いましたわ」
大学時代に剃髪していたアドス和尚。どおりでキース君の長髪に我慢ならないわけですが…クリームって、なに?
「アイスクリームの略なんですって」
おかしいでしょ、とイライザさんは口元を押さえて笑いました。
「最初は法名だったらしいんですけど、途中で誰かが渾名をつけて…私が出会った時にはクリーム。法名がアイスだからクリームだなんて、本当にお茶目な話ですわね」
「「「アイス!?」」」
確かに『ス』の字が入っています。…アドス和尚の法名はアイス? でもってアイスがアイスクリームで、アイスクリームがクリームちゃんで…。キース君が必死に隠す法名ってヤツも、ネタにされそうな名前ですか~?




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賑やかだったクリスマスが済むと普通の日々が待っていました。冬休みですからジョミー君たちとドリームワールドに行ったり、スウェナちゃんと街でお買い物をしたりしている内にパパのお仕事もお休みになって…。特に旅行の予定とかも無く、明日は大掃除かな…なんて考えていた夜のことです。
『起きてるか!?』
いきなり飛び込んできた思念波の主はキース君でした。みんなに一斉に呼び掛けたらしく、ジョミー君やサム君も思念波で返事をしています。…なんでメールじゃダメなんでしょう?
『すまん、メールではうまく伝わらないんだ。思念波の方が間違いがない』
『『『………?』』』
『みんな、年末年始は暇か? …いや、忙しいなら仕方がないが…』
キース君にしては歯切れの悪いもの言い…いえ、思念波です。暇かと言われれば暇ですけれど、私たちに何か用事があるのでしょうか。
『暇なら頼まれてほしいんだ。年末年始は…』
そこまで思念波が届いた時です。
『ふうん? 楽しそうな相談だねえ』
割り込んできたのは他ならぬ会長さんの思念波でした。
『サイオンもろくに扱えないレベルのヒヨコが夜中に揃って密談かい? チャットの方がマシじゃないかな』
その方が楽だし確実だよ、と笑う気配が伝わってきて…。
『まあ、心意気だけは買ってあげよう。今、チャット部屋を用意するから』
『『『は?』』』
会長さんって、そういうのをやってましたっけ? 聞いたこともないんですけど…って、ええっ!?
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
突然の青い光と浮遊感に包まれた直後、目の前に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が立っていました。そこは見慣れた会長さんの家のリビングで、キース君たちもポカンとした顔で揃っています。
「こんばんは。チャット部屋へようこそ」
パジャマ姿の会長さんが微笑み、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は誕生日に私たちがプレゼントしたアヒルちゃんパジャマ。ああっ、いけない! 私もパジャマでしたっけ~! スウェナちゃんもピンクのパジャマです。男の子たちも全員パジャマ。
「パジャマ・パーティーってところかな。…でも女の子はそれじゃマズイか」
会長さんの指先がキラッと光って、私の手の中にバサッとガウンが降ってきました。スウェナちゃんもガウンを手にしています。
「フィシスのだよ。ぼくの家にも置いてあるんだ。遠慮しないで借りるといい」
フィシスさんの置きガウン…。そんなものが何故あるのかを考え始めたらドツボですから、私たちはお礼を言って素早くガウンを羽織りました。軽くて暖かくて…見た目も華やか。ううん、これ以上は考えたら負けというヤツです。
目の前では「そるじゃぁ・ぶるぅ」が嬉しそうに飲み物とお菓子を用意していて…。
「ブルーがね、パウンドケーキは日持ちするから多めに焼こうって言ったんだ。そしたらお客様がこんなに沢山…。ねえねえ、ブルー、お客様が来るって知ってたの?」
「まあね。…フィシスに占ってもらわなくても分かる時には分かるものさ。さあ、遠慮なく相談を始めたまえ」
どうぞ、と笑顔の会長さん。…えっと…とりあえず座ればいいかな?

みんなが腰掛けてココアや紅茶を飲み始める中、キース君は沈黙していました。コーヒーカップを両手で包み、複雑な表情をしてますけれど…。
「キース。君がみんなを呼んだんだろう? 黙っていたんじゃ失礼だよ」
会長さんが促しましたが、キース君は口を開きません。ひょっとして私たちへの頼みというのは会長さん絡みの何かだったとか…?
「いいけどね。喋る気がないんだったらそれはそれで…。だけど呼ばれた方はいい迷惑だ。ぶるぅのパウンドケーキくらいじゃ時間外労働には足りやしない」
「………」
「君が言わないのなら、ぼくが話そう。キースが君たちを呼んだのは…」
「いいっ!」
俺が話す、とキース君が会長さんを遮って。
「…仕方ない、ブルーに気付かれないように…だなんて、考えるだけ時間の無駄だったんだ。こういうヤツだと分かっていたから、みんなに頼もうと思ったんだしな」
「「「???」」」
「頼む、年末年始に特に予定が無いんだったら、俺の家へ泊まりに来て欲しい。…除夜の鐘が撞けるし、甘酒のお接待もある」
「除夜の鐘?」
楽しそうだね、とジョミー君が反応しました。会長さんから仏門に入れと脅されてるくせに、自分の方からお寺に近付いていっていいのでしょうか? まあ、除夜の鐘は大晦日の最大のイベントですし、抹香臭いイメージも全然ありませんけど。
「来てくれるか? 他のみんなは?」
「そうですね…。家にいたって別になんにもありませんし…先輩の家に行こうかな」
シロエ君は行く気のようです。私も除夜の鐘に興味津々でしたが、キース君からの急な思念波が心に引っ掛かっていてすぐには返事できません。他のみんなも同じような考えらしく、探るような視線を交わしていると…。
「…すまん…。理由も言わずに頼みごとをしようという俺が間違っていた」
キース君はコーヒーカップをテーブルに置き、ソファから立つとガバッと土下座をしたのでした。
「頼む、助けると思って来てほしい。…親父がブルーを招待したんだ。年末年始という節目の時にブルーなんかが寺に来てみろ、いったい何をやらかされるか…。下手すりゃ初日の出前に坊主頭だ」
「「「………」」」
会長さんが元老寺に招待されたとは初耳でした。キース君のパパの恰幅のいい姿が目に浮かびます。高僧である会長さんにペコペコ頭を下げてましたっけ。…あのアドス和尚を会長さんが上手に焚きつけ、キース君を坊主頭にしてしまうことはありそうです。…絶対ないとは言い切れません。
「ブルーの暴走を止められるのはお前たちくらいしかいないんだ。…お前たちがいてもダメかもしれんが、ベストは尽くしておきたいんだ! 頼む」
このとおりだ、と絨毯に頭を擦りつけているキース君。土下座なんてしてくれなくても、窮状を知った今となっては断る方が鬼ってものです。私は「行く」と答えました。スウェナちゃんもサム君も。そしてマツカ君は…。
「よかったです、早めに連絡して下さって。…明日から両親と出かけるところだったんですよ」
自家用ジェットで外国へ行く予定だったらしいですけど、マツカ君は穏やかに微笑んで。
「お城は逃げたりしませんしね。次の機会がありますよ」
観光だとばかり思っていたら、マツカ君のパパのお城だそうです。マツカ君、どこまで凄いんだか…。

大惨事を回避するアイテムならぬ助っ人を得たキース君はようやく笑顔を取り戻しました。大晦日は私たち全員、キース君の家にお泊まりです。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」もお泊まりに行くわけですが…。
「君たちを巻き込んじゃうとは思わなかったな」
会長さんが紅茶を口に運びます。
「ぼくとしては久しぶりにお寺で過ごす年末年始を満喫したかっただけなんだけどね?」
「久しぶりというのが恐ろしいんだ! 来るわけないと思ったのに…」
フィシスさんはどうする気だ、とキース君。
「親父はフィシスさんのことなんか知らないからな、悪いとも思っていないようだが…。フィシスさんはあんたの嫁も同然だろう? 一人ぼっちで年越しさせて、あんたは胸が痛まないのか? フィシスさんの手前、なんだかんだと理由をつけて断ってくると信じてたんだ!」
「…フィシスならいないよ?」
旅行に行った、と会長さんはニッコリ笑いました。
「フィシスは未来が読めるだろう? 冬休みはどう過ごそうか、と希望を訊いたら言われたんだ。キースのお父さんがぼくを誘ってくる筈だ、って。断るかどうかはぼく次第だ…ともね」
フィシスさんはシャングリラ学園の女の先生たちと食べ歩きツアーに出かけたそうです。女の先生ばかりのツアーにいつも誘われるらしいのですが、会長さんと一緒に行くことは出来ませんから滅多に参加しないのだとか。
「ほら、ぼくだって男だし…あのツアー、男子禁制だしね。いい機会だからフィシスは旅行、ぼくはキースの家に行くことにした。何も問題ないと思うな」
「…俺をどうするつもりなんだ?」
「別に? ぼくはご招待をお受けしただけで、元老寺の内部事情に口出しする気はさらさら無いさ。君の父上がご希望ならばともかく、そうでなければ衣を着ようって気もないし」
「親父は期待してると思うぞ…」
溜息をつくキース君。会長さんの緋色の法衣は最高位のお坊さんのシンボルです。会長さんを招待したからには、アドス和尚は緋色の衣とセットで考えているでしょう。もちろん会長さんだって無関心を装いながらも、衣を用意して行くに決まっています。
「ぼくはね、君の将来をとやかく言おうとは思っていない。君が自分で決めるんでなけりゃ、道は決して開けやしないよ。…それだけは肝に銘じておくんだね」
珍しく真面目な言葉を口にして、会長さんは私たちを見回しました。
「夜中に呼び出しちゃって驚いただろう? でもサイオンでやりとりするより分かりやすかったと思うんだ。キースの土下座はサイオンで密談してても見られないし…。じゃあ、大晦日に元老寺で会おう。ぶるぅも君たちがいた方が退屈しなくていいかもしれない」
万年十八歳未満お断りだし、とウインクしてから会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と協力して私たちを瞬間移動で順番に家へ。青い光に包まれ、自分の部屋に帰った時には借り物のガウンはありませんでした。…夢を見てたわけじゃ…ないですよね?
『迷惑をかけてすまなかった』
キース君の思念波が届きました。
『年末年始はよろしく頼む。詳しいことは後でメールするから』
本当に夢じゃなかったみたいです。今年の大晦日はキース君の家で除夜の鐘。…なんだかワクワクしてきましたけど、キース君は会長さんの訪問を控えてブルブル震えているのかな?

郊外の山沿いにある元老寺に私たちが到着したのは大晦日の昼前のことでした。電車と路線バスを乗り継いでくるとかなり時間がかかります。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はリッチに迎えのタクシーか何かで来るのでしょうが…。石段の上に山門という本格的なお寺の構えは何回見ても非日常です。
「えっと…庫裏の方へ行けばいいんだよね?」
ジョミー君が荷物片手に先頭に立って境内を進み、庫裏の入口まで行ったところで。
「かみお~ん♪」
元気な声が聞こえて「そるじゃぁ・ぶるぅ」が宙返りしながら降って来ました。
「ブルー、とっくに着いてるよ? ご飯の用意もできてるんだ」
ほらこっち、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」に案内された先は前に泊まった宿坊でした。扉を開けてキース君のお母さんが出てきます。黒髪美人の着物姿って素敵ですよねえ。
「こんにちは。いつもキースがお世話になって…。どうぞお入り下さいな」
イライザさんは私たちに部屋を割り当ててくれ、荷物を置くと食堂へ連れて行ってくれました。これから二日間、正座が基本の生活です。畳敷きの食堂には既に会長さんの姿があって…。
「やあ、遅かったね。同じような時間に出た筈なのに、この差はいったい何なんだろう?」
「ブルーは車で来たんだろ!」
唇を尖らせたのはジョミー君です。
「ぼくたちは電車とバスなんだから! これでも乗り継ぎは上手くいったと思ってるんだよ!」
ちゃんと時刻表を調べて来たんだ、とジョミー君は膨れっ面。元老寺へのバスは通勤時間帯を除くとあまり本数がないのでした。とはいえ一時間に三本は走っていますし、ド田舎ではないんですけども。
「ごめん、ごめん。ぼくとぶるぅは迎えの車が来たものだから…。アドス和尚も心得てるよね」
そう言っている会長さんは緋の衣どころか制服でもなく、普段着のセーター姿でした。招待を受けたというならそれなりの服装というものがあるのでは…? しかも会長さんが座っているのは私たちの前にあるものよりも遥かに立派な座布団です。…と、サム君がハッと姿勢を正して。
「あ。俺、この席じゃマズイんだ。…えっと…」
入った順番で座ろうとしていた私たちの後ろをサム君が通り抜け、入口に一番近い所へ。もしかして下座ってヤツでしょうか? 普段は会長さんの隣や向いが指定席なサム君ですが、お寺に来たら師弟関係優先ですか? 会長さんはサム君を見て満足そうです。正式に弟子入りしたわけでもないのに、サム君、とっても健気かも…。
「これはこれは。ようこそ、皆さん」
ドスドスと重い足音と共にアドス和尚が現れました。墨染の衣ですけど、袈裟は着けていません。その後ろから同じく墨染の衣のキース君が入ってきて、サム君と席を譲り合った後、一番下座へ。アドス和尚は会長さんに手招きされて「そるじゃぁ・ぶるぅ」を間に挟んで座ることに。
「キース、今日はお坊さんをやってるんだ?」
軽いノリで尋ねるジョミー君。サイオンで坊主頭に見せかける訓練をキース君と一緒にやってるくせに、除夜の鐘と聞いて元老寺行きを即決したのと同じで危機感というものが無いようです。キース君は苦笑しながら「俺も一応、坊主だからな」と答えました。
「住職を任される資格は無いが、ちゃんと得度はしてるんだ。寺を継ぐという決心もしたし、行事のある日は衣を着るのが当然だろう」
「そっか。でも袈裟までは着けていないんだね。…それが普段着?」
明日は我が身という危機感ゼロのジョミー君は好奇心の塊でした。そんなことを聞いて大丈夫…?
「流石だね、ジョミー。見どころがあるよ」
あぁぁ、やっぱり~! 声の主は上座の会長さんです。
「普段着っていうわけじゃないんだ。袈裟は神聖なものだから、不浄な場所では外す決まりになっている。トイレなんかはもっての外だし、食事も同じさ。…それで外しているんだよ。細かい所に気を配るのは修行の大事なポイントだ。ジョミーは素質十分だね」
「ほほう…。せがれが修行を共に出来そうな友達が出来たと言っておりましたが、あなたでしたか」
キースを宜しくお願いします、と相好を崩すアドス和尚。ジョミー君は真っ青になり、キース君は舌打ちをして「馬鹿め…」と呟いたのでした。

精進料理のお昼御飯を運んできてくれたのはイライザさんとお手伝いのおばさんたち。去年の夏もお手伝いの人が何人もいましたし、元老寺の宿坊って儲かるのかな? 私たちの他に泊まり客の姿は無いですけれど…。
「年越しでやってる宿坊は少ないんだよ」
私の疑問を読み取ったらしく、会長さんが言いました。
「元老寺の宿坊も休業中だ。ぼくたちは例外みたいなものさ。いわばお客様。…そうだよね、キース?」
「ああ。休業してる間にブルーを呼びたい、と言ったのが親父。ついでだから友達を呼びたい、と言ったのが俺だ」
どうせ大晦日は手伝いの人を頼むんだし、とキース君。除夜の鐘の時のお接待は人手が要るので、宿坊に勤めている人を呼ぶのだそうです。
「イライザはせがれに甘いもので…。恥ずかしながら、わしも妻には頭が上がらんのです」
婿養子でして、とアドス和尚は恐縮中。そういえばお寺の三男坊だ、って会長さんに聞きましたっけ。でもイライザさんは昼食の席には来ていませんし、お寺の奥さん…確か大黒さんでしたか……として裏方に徹しているのでしょうか。
「キースのお母さんは忙しくなさってるんですか?」
マツカ君が尋ねました。
「大晦日ですし、正月の準備もありますしな。…せっかくお越し頂いたのですし、せがれのことなどお話したいと申してまして…。除夜の鐘が終わりましたら、皆様とぜひご一緒したいと」
アドス和尚の答えに会長さんが頷きます。
「うん、そうだね。ぼくもそういうつもりで来たし…堅苦しいことは抜きで話をしたいな」
「もったいないお言葉でございます。お偉い方にお目をかけて頂き、せがれは本当に幸せ者で…」
ペコペコと頭を下げるアドス和尚。会長さんの正体を知っているのか、いないのか…。昼食が終わるとキース君を残してドスドスと出て行ってしまいました。迎春の飾り付けやお供え物の点検だとか、今年最後のお勤めのための準備とか…仕事は山のようにあるのだそうです。
「俺も手伝えとは言われているが、あんたのおもてなしが最優先だというんでな」
仏頂面で会長さんを見詰めるキース君。
「そのまま大人しくしててくれれば非常に助かる。…頼むから騒ぎを起こさんでくれ」
「頼まれなくてもやらないよ。これでも高僧なんだからね」
お寺の行事に悪戯を仕掛けることはない、と会長さんは約束しました。
「元老寺で派手にやらかしたら璃慕恩院に聞こえかねない。…普段だったら平気だろうけど、大晦日だけは流石にちょっと…」
「「「???」」」
大晦日はマズイって…何故でしょう? 璃慕恩院といえばジョミー君とサム君が修行体験ツアーに行かされた山奥にある総本山。元老寺とは格が違うと思ってましたが、私たちが知らないだけで元老寺も実は由緒があるとか…?
「…ここは璃慕恩院に近いんだよ。近いと言ってもそこそこ距離はあるんだけどさ」
会長さんが指差したのは裏山がある方向でした。
「あの山の奥に聳えてる山に璃慕恩院があるのは知ってるだろう? 璃慕恩院の除夜の鐘撞きは有名だ。君たちもテレビで見たことくらいはあるんじゃないかな」
「「「あ…」」」
璃慕恩院の除夜の鐘撞きは、前日の練習風景が毎年ニュースに出るのでした。撞木にぶら下がって加速させたお坊さんが補助の綱を握るお坊さんたちと力を合わせて巨大な鐘を撞くんですけど、テレビで見ても迫力満点。
「心当たりがあったようだね。親綱にお坊さんが一人、補助の子綱には十六人。息が合わないと上手くいかないから事前の練習が必要だ。一回撞くのに時間もかかる。だから撞き始めが他のお寺より一時間ほど早いんだよ」
「へえ…」
知らなかった、とサム君が感心しています。
「ブルーが修行していた寺なんだろう? ブルーも撞いたことがあるわけ?」
「…どうだろうね。それはともかく、あの鐘撞きは見物客が多いんだ。一般人は見るだけなのに、観光バスで駐車場が埋まるくらいさ。撞き始めが早いから、見物してからアルテメシアの街へ戻ってくれば自分で除夜の鐘を撞くことができる」
なるほど。一時間も早く始まるのなら、余裕で戻ってこられそうです。会長さんに続いてキース君が。
「百八回にこだわらないで無制限に撞ける寺も沢山あるしな。…うちもそうだが」
「そこなんだよね。璃慕恩院からの帰り道にあって、同じ宗派で、撞きたい人はもれなく撞ける。それに惹かれて元老寺の除夜の鐘を撞きたいという信者さんが来ちゃうんだよ。信者さんの前で騒ぎを起こすのは非常にマズイ」
「「「………」」」
「大丈夫、今夜は何もやらかさないさ。安心したまえ、キース・アニアン」
フルネームでキース君を呼んでるあたりが怪しいような気もしましたが、会長さんが高僧なのは事実です。除夜の鐘が鳴り終わるまでは何も起こらないと安心していていいんですよね…?

それから夜まではお寺ライフかと思ったものの、大晦日の元老寺は関係者以外は立ち入り禁止な雰囲気でした。本堂もピカピカに磨き上げられ、私たちはお掃除もさせて貰えません。キース君が墨染の衣でスックと立って。
「馴れてないヤツに掃除をされて失礼があったら困るからな。俺は昨日まで必死に掃除をしてたんだ。努力を無駄にしたら怒るぞ」
手出し無用、と言われたのでは宿坊の中でゴロゴロするしかなさそうです。会長さんはイライザさんが用意したお茶とお菓子で寛いでますし、私たちも怠惰に過ごすのが一番みたい。忙しそうに走り回っているキース君を他所にゲームにお喋り、日が暮れると早めの夕食で…。
「昼間にも言ったが、うちの除夜の鐘は無制限だ」
夕食を済ませた食堂でキース君が言いました。
「だが、放っておいたら朝になっても終わらないからな…。一応期限は設けてある。年が明けてから一時間以内に並んだ人が対象だ。そして百八回目と最後の鐘は親父が撞く」
大トリはアドス和尚でしたか! 元老寺の住職ですし、当然と言えば当然かも。
「…そういう決まりになっていたんだが、今年はブルーが撞くことになった」
「「「えぇっ!?」」」
私たちの声が裏返りました。よりにもよって会長さんにそんな大事なお役目を…? けれど会長さんは涼しい笑みを浮かべただけで、悪戯心は無さそうです。
「ぼくって信用ないみたいだねえ…。煩悩を祓う除夜の鐘だよ? そんな所で悪戯するわけないじゃないか。ね、ぶるぅ?」
「うん! ブルー、真面目な時は真面目だよ。でなきゃソルジャーやってないもん! とっくにクビになってるもん!」
「…ありがとう、ぶるぅ…」
フォローになってないけどね、と苦笑いをする会長さん。そう言いつつも緋の衣に着替えてキース君と小坊主スタイルの「そるじゃぁ・ぶるぅ」を従えて本堂に向かう姿は高僧らしく見えました。除夜の鐘の前に今年最後のお勤めがあり、私たちも見学です。それが終わると除夜の鐘で…。わあっ、寒い! おまけにけっこう並んでますよ!
「最初が親父で、次が俺だ。…お前たちは一般の列に並んでくれ。俺は関係者だから別行動で頼む」
キース君が鐘楼の方へ歩いて行きます。その後ろには会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ごめんね、ぶるぅもぼくと一緒で別枠なんだ。関係者席はあっちなんだよ」
鐘楼の近くに仮設テントがありました。甘酒のお接待をするための場所と、関係者席と。ストーブも置かれて暖かそうです。でも一般客の列に暖を取るものはありません。こんな時にサイオンでシールドできる力があれば…と思念波でグチを言い合いながらも誰一人として脱落しないのは物見高さの所以でしょうか。やっとのことで順番が回り、一番先にジョミー君。それから後は次々に…。
「うー、寒かった!」
「手が完全に凍えちゃってる…」
イライザさんやお手伝いのおばさんたちから甘酒を受け取り、私たちはストーブの側で震えていました。鐘はもうすぐ百八回目。年明けと同時に鳴らす百八回目を会長さんが鳴らす筈ですが…。あっ、隣の関係者用テントから会長さんが出てゆきます。アドス和尚の先導でキース君と「そるじゃぁ・ぶるぅ」をお供に連れた会長さんに、見物客…もとい鐘撞きに来た人たちの目が釘付けに。
「やっぱり凄く目立ちますよね…」
シロエ君が言い、サム君が。
「当然だろう、ブルーだぜ? あんな綺麗な人は他にいないさ」
「中身は分からないけどね…」
「なんだと、ジョミー!?」
やる気か、と身構えるサム君の肩をマツカ君がポンと叩いて。
「言いたいことは分かりますけど、始まりますよ? もう階段を上ってます」
「あっ、ホントだ! サンキューな、マツカ」
会長さんが優雅な身のこなしで鐘楼に上り、撞木の綱を握りました。腕時計とかはしていませんが、サイオンで情報を得ているのでしょう。ゆっくりと綱を引き、緋色の衣の袖を翻して鐘をゴーン…と厳かに鳴らした瞬間、新しい年が始まりました。あけましておめでとうございます。今年もいい年でありますように…。




昼食は今年もケータリングでした。お誕生日の主役に料理をさせるというのは間違っている、という会長さんの意向です。ローストビーフにオマール海老のショーフロア、色とりどりのカナッペなどなど…。食事が済むと大きなバースデー・ケーキが二個も運ばれてきました。
「ぶるぅ、誕生日おめでとう。蝋燭は今年も一本だったね」
会長さんが片方のケーキに蝋燭を立て、もう片方には「ぶるぅ」が蝋燭をズラリと並べています。そういえば「ぶるぅ」が何歳なのかは聞いたことがありません。かなりの数の蝋燭ですが…。
「ぼくも忘れてしまったんだよ、ぶるぅが何年前に生まれたのか」
ハーレイなら覚えているだろうけど、とソルジャーが「ぶるぅ」と顔を見合せて笑いました。
「だから蝋燭の数は適当。ぶるぅが多い方がいいって言うからケーキのサイズに合わせて頼んだ。…いいんだよ、そもそも誕生日が適当なんだし」
「「「は?」」」
誕生日が適当ってどういう意味? 今日が誕生日ではないのでしょうか?
「ぼく、クリスマスがお誕生日の筈だったんだ。…だけどブルーに放っておかれたんだよ」
プゥッと頬を膨らませて「ぶるぅ」がケーキを見つめています。
「クリスマスに卵から生まれる予定で、サンタさんが服をプレゼントしてくれたのに…。ブルーったら二日も服に気が付かなくて、気付いた後もそのままで! お正月が済んでお掃除しなきゃ、って時にハーレイが来てサンタさんのカードを見付けて、やっと二人が揃ったんだ」
カードには「よろしく」とだけ書いてあり、プレゼントの服というのは「ぶるぅ」が着ているのとそっくりなソルジャー服のミニチュアだったそうです。でもソルジャーとキャプテンが揃わないと「ぶるぅ」が生まれてこられないって…。何故に?
「だって。卵を温めてくれた人が揃っていないとダメなんだもん」
「「「えぇっ!?」」」
卵は温めて孵化させるのが基本ですけど「そるじゃぁ・ぶるぅ」は違います。だから「ぶるぅ」も同じだと思っていたのですけど…温める必要があったんですか! しかもソルジャーとキャプテンが…って、それじゃ「ぶるぅ」の卵は二人のベッドに…?
「ぼくのベッドと言ってほしいな」
かさばって大変だった、とソルジャーが両手で大きな丸を作りました。
「最初は指先くらいの小さな石で、それからどんどん大きくなって…最後は抱えるほどになっちゃった。ぼくとハーレイで温めたんだよ、卵だしね。どうやら両親が揃った時に生まれる仕様になってたらしい」
「「「両親!?」」」
「うん。ぶるぅが最初に言った言葉は「初めまして、パパ、ママ」だった」
「「「!!!」」」
パパ…。ママ…。ソルジャーとキャプテンがパパとママ…!?
「どっちがパパかで悩んだらしいね。でもハーレイをパパと呼んだ。…ついでに、ぼくをママとは呼ばなかった」
「ブルーも男だったんだもん…。ぼく、ママはどこかに行っちゃったのかと思ったんだ」
そしたらパパが二人だった、と「ぶるぅ」はニッコリ笑います。
「でもね、二人ともパパって呼んだら怒るんだ。子持ちになった覚えはない、って。予定してた日には生まれられないし、パパって呼ぶこともできないし…。グレちゃったって仕方ないよね。だから悪戯が大好きなんだ」
うーん、どこまで本当でしょう? ソルジャーは笑いを堪えていますし、「ぶるぅ」も幸せそうですし…話半分に聞いておくのが一番かな?

バースデーケーキの蝋燭を「ぶるぅ」と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が揃って吹き消し、「おめでとう」の声と拍手が響きます。大きなケーキが二個もあってもスイーツ大好きソルジャーと大食漢の「ぶるぅ」がいては一切れも残らず、次はプレゼントの出番でした。私たちが用意したアヒルちゃん模様のパジャマ――片方は会長さんが買い足してくれたものですが――はウケたようです。
「可愛いね! アヒルちゃんと一緒に寝られるよ」
「うん、ぼくたちパジャマもお揃いだね」
御機嫌の二人の前にフィシスさんが差し出したのは小さなクッションと大きなクッション。
「小さい方はいつものですわ。これはぶるぅに。…大きい方は、そちらのぶるぅに。卵には戻らないのでしょ? 普通のクッションでないと使えませんし」
「えっ? 卵って…」
キョトンとする「ぶるぅ」は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が六年ごとに卵に戻るのを知りませんでした。卵に戻っている間、フィシスさんの手作りクッションが敷かれた籠に入ることも。
「そうなんだ…。ぼくたち、そっくりだけど違うんだね。じゃあ、ぶるぅはパパもママもいないわけ?」
「いないよ。ブルーはお兄ちゃんみたいなものだもん」
「そっか。その方が気楽でいいよね。パパたちがいると気を遣うんだよ、大人の時間は一人で寝なくちゃいけないし…」
無邪気に語る「ぶるぅ」ですけど、おませさんな理由が分かったような気がしました。卵を温めていたという一年の間、ソルジャーが大人の時間を控えていたとは思えません。「ぶるぅ」は容赦ない胎教を受け、生まれてからも色々と無駄な知識を仕入れたのでしょう。そんな「ぶるぅ」の頭をソルジャーがコツンと軽く叩いて。
「喋りすぎ! で、ぼくからのプレゼントは…これ」
ヘソクリ菓子のお裾分けだよ、とソルジャーはキャンディーやチョコレートが詰まった小さな箱を一個ずつ二人の前に置きました。
「二人分にしようと思うと少ししかなくてね。ゼルに作らせようとしたのに、捕まらなかった」
それでも二人のぶるぅは嬉しいようで、箱の中身をテーブルに並べて数えています。ヘソクリ菓子というのはソルジャーが青の間に隠し持っているお菓子のことで、厨房からくすねてくるのだとか。本当にお菓子が好きなんですねえ…。さて、会長さんは何をプレゼントするのでしょうか?
「ほら、ぼくのプレゼントもお揃いだよ。開けてみて」
手渡されたのはリボンがかかった四角い箱。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が丁寧にリボンを解いている横で「ぶるぅ」がバリバリと包みを破り、箱の蓋をパカッと開けると…。
「わあ、マントだぁ!」
箱の中身は新品の紫のマントでした。なんの捻りもないですけれど、子供って新しい服が好きですし…。包装紙をきちんと畳んだ「そるじゃぁ・ぶるぅ」も急いで箱を開けています。ソルジャーが「ふん」と鼻を鳴らして。
「なんだ、マントか。…ヘソクリ菓子の方が心がこもっているよ。ぼくの大事なとっておきだ」
「そうかな? ぶるぅ、箱から出して着てごらん」
会長さんに促された「そるじゃぁ・ぶるぅ」がマントを取り出し、羽織ろうとして広げてみると…。
「わあっ、アヒルちゃんだあ!」
「えっ、どれどれ!?」
慌てて「ぶるぅ」もマントを広げ、私たちが見たものは……マントの裏に一面に描かれた黄色いアヒルの群れでした。昨日、ここへ来る途中でジョミー君が「マントの裏にアヒルちゃんとか…」なんて言ってましたが、もしかしてあれは予知能力!?
「すげえな、ジョミー! お前ってこれが分かってたんだ?」
サム君が言い、キース君が。
「タイプ・ブルーはダテじゃないな。…すまん、馬鹿にして悪かった。センスが悪いわけじゃなかったのか」
このとおりだ、と謝るキース君でしたが、ジョミー君は困ったように頭を掻きました。
「違うよ、偶然の一致ってヤツ。ぼく、こんなビジュアル見てなかったし」
「おやおや…ジョミーが予知をしたのかい?」
詳しく話を聞かせてほしい、と会長さんが割り込みます。その結果、導き出された結論は…。
「やっぱり一種の予知だろうね。フィシス、君もそうだと思うだろう?」
「ええ。ジョミーはタイプ・ブルーですもの」
「ほらね、フィシスもこう言っている。ジョミー、君の能力は活かすべきだよ。出家して仏の道を目指そう」
「なんでそういうことになるのさ!!」
お断りだ、と髪の毛を押さえるジョミー君。アヒルちゃんマントは予知なのでしょうか? それとも会長さんがジョミー君を陥れるために意識の下に情報を…? 真相は多分、永遠に藪の中ではないかと思いますけど。

ジョミー君が騒いでいる間に二人のぶるぅはアヒルちゃんマントに着替えました。普通に立っていれば分かりませんけど、飛んだり跳ねたりすればアヒルちゃんが覗きます。オカリナで『かみほー♪』を吹きながら踊り始めるとアヒルちゃんの裏地がよく見えて…。
「ふうん、なかなか可愛いね」
ソルジャーが感心したように言いました。
「裏地にアヒルちゃんをプリントするなんて、考えたこともなかったよ。…マントは実用的な面でしか見ていなかったし」
「ぼくにとっては飾りだからね。防御性には優れてるけど、戦ったことは一度もないから…。ごめん、気を悪くしちゃったかな?」
心配顔の会長さんにソルジャーは「全然」と微笑んで。
「君の世界が平和だからこそ、こうして遊びに来られるんじゃないか。…ひょっとして君もマントの裏に何かを描かせたことがあるとか?」
「………」
「やっちゃったんだ?」
「一度だけね」
本当に一回だけなんだよ、と会長さんは苦笑しました。
「それ、今もある?」
「えっ? う、うん…。持ってるけど…?」
「ぜひ見たいな。ちょっと見せてよ」
「で、でも…」
ふざけ過ぎてるし、と渋る会長さんですが、ソルジャーは引き下がるような人じゃありません。根負けした会長さんは寝室に行き、大きな箱を抱えてきました。マントにしては大きすぎるような…?
「話すと長くなりそうだから、先にこれを見てよ。学ランっていうヤツなんだ」
箱から出て来たのは応援団の人などが着る丈の長い黒い制服の上着。会長さんったら、応援団もやってたんですか?
「何年か前の学園祭で着たんだよ。制服の上着みたいなものでね、裏地に凝るのがオシャレでさ。…こんな風に」
「「「!!!」」」
リビングの絨毯の上に広げて置かれた学ランの裏地は、それはとんでもないモノでした。赤や紫ではないんですけど、ある意味、それより派手というか…。裏地の黒を夜空に見立てて見事な枝垂桜の木と舞い散る花びら、淡い月。あまつさえ桜の木は裏地の下半分に描かれ、上半分には『応援歌』の文字とシャングリラ学園応援歌の歌詞が書かれているではありませんか!
「なんというか…。凄いね、これ。桜なんだ?」
ぼくのシャングリラにも桜があるよ、とソルジャーは学ランを眺めました。
「ぼくが植えたのは普通の桜だったんだけど、枝垂桜も綺麗かも。いや、あの公園には似合わないか…。それで、この学ランとマントは同じ桜の模様なのかい?」
「ちょっと違う。…こっちがマント。学ランで裏地の粋に目覚めて作らせたんだ」
バサッと箱から出されたマントの裏地は学ランと同じ黒でした。けれどマントに応援歌は無く、桜も枝垂桜ではなくて満開の枝が幾重にも重なり、花びらが舞い、ぼんやり霞んだ十五夜の月が。会長さんはセーターの上からマントを羽織り、背筋を伸ばしてピシッと立つと。
「ね、見た目には分からないだろう? どこから見ても普通のマントだ」
「確かに…」
ソルジャーが頷くのを見た会長さんは、いきなり右手を高く上げて。
「シャングリラ、発進!」
翻ったマントの裏で桜の花が咲き誇りました。つ、つまり…このマントを着てシャングリラ号で指揮を執ったら、もれなく桜吹雪が舞うと…。ソルジャーも唖然としています。
「ブルー。そこでシャングリラの名前が出るってことは、もしかして本当に着たのかい? それ…」
「もちろん。たった一回だけだったけどね。あ、でも…滞在中はずっと着てたし、三日間か」
「士気が下がったりすることは…?」
「むしろその逆。ソルジャーが身近に感じられる、と評判良かった」
なのにハーレイと長老たちには不評だったんだ、と唇を尖らせる会長さん。
「ブリッジで発進命令を出すまで全く気付いてなかったくせにさ。ぼくが青の間に引っ込んだらすぐに追いかけてきて、ソルジャーの品格が下がるから普通のマントに取り替えろ…って。せっかく誂えたマントだったのに、頭ごなしにダメはないよね」
「それで三日間、着続けたんだ? ハーレイはともかく、よくエラたちが引き下がったね」
私たちの世界の先生たちとソルジャーの世界の長老たちは性格もそっくりだと聞いています。エラ先生は風紀にうるさいですし、ソルジャーの世界でも多分似たようなものなのでしょう。会長さんはニヤリと笑い、マントの裏地を見せびらかして。
「脅しをかけてやったんだよ。…裏地は目立つって言うんだったら、見えない場所ならいいんだね…って。たとえば肌とか」
「「「肌!?」」」
「うん。マントの模様を却下するなら代わりに背中一面に…と脅してやったらおとなしくなった。おかげで三日間、裏地のオシャレを楽しめたよ」
こんな風に、とマントを翻してみせて会長さんは上機嫌です。そりゃあ…背中に模様を背負うなんて言われちゃったら、長老の先生方全員、沈黙するしかないですよね…。

会長さんが学ランとマントを片付けた後も「そるじゃぁ・ぶるぅ」たちはアヒルちゃんマント姿ではしゃいでいました。あれくらいなら可愛いですけど、会長さんの夜桜マントは可愛いなんてものじゃありません。遊び心にもほどがある…、と私たちは思ったのですが。
「裏地に絵柄か…。いいかもね」
遊び心を理解したのは、よりにもよってソルジャーでした。
「普通にしてれば分からないのが素敵だな。ぼくも桜の花は好きだし、君の学ランみたいに文字というのも面白そうだ。ハーレイの名前を書いておいたら、ハーレイが挙動不審になると思うよ。誰かに見られたらどうしよう…って」
あちらのキャプテンは、ソルジャーとの仲がバレバレな事実に全く気付いてないのだそうです。
「ぼくもマントの裏地で遊んでみたいけど…君以上に顰蹙を買いそうだ。うっかりゼルを怒らせちゃったら、お菓子を作ってくれなくなるし」
ゼルのお菓子は絶品なんだ、と自慢してからソルジャーは会長さんに向き直って。
「ところで、君が長老たちを脅した時の話だけれど。…肌にっていうのは刺青のこと?」
「そうだけど? 君の世界にもやっぱりあるんだ」
「あるよ。海賊のホーム……拠点みたいな場所なんだけどね、そこで実物も幾つか見てる。でも背中一面っていうのが分からない。それってどういうものなんだい?」
「「「は?」」」
今度は私たちが首を傾げる番でした。刺青といえば背中一面の龍や唐獅子牡丹が真っ先に思い浮かびます。手首や二の腕にワンポイントっていう控えめなのもありますけども、刺青の定番は背中でしょう。ソルジャーは更に言葉を続けて…。
「海賊たちが彫ってたヤツは腕に名前とか、碇のマーク。あとは肩甲骨の辺りに翼とかを彫ってる人もいたっけ。ぼくが知ってるのはそれくらいかな。…だから背中一面なんて想像できない。君は桜が好きみたいだけど、あんな桜も彫れるんだ?」
「え? えっと…。桜はもちろん彫れるけれども、背景が真っ黒なのはどうだろう? ぼくも刺青にはそんなに詳しくないんだよね」
ちょっと待って、と会長さんはパソコンを起動し、何度かキーを叩いてから。
「背中一面の刺青っていうと、この辺りかな。ここは刺青専門の店で、注文に応じて彫るんだよ」
なんと刺青専門サイト!? ソルジャーの後ろから私たちも画面を覗き込みます。お決まりの龍や牡丹の他に昇り鯉とか般若とか…。そこはディープな世界でした。ソルジャーは興味津々であちこちクリックしていましたが。
「ふうん…。消える刺青っていうのもあるんだ?」
「ああ、フェイクタトゥーは一週間もすれば消えちゃうよ。早ければ三日ほどで消えるって書いてあるだろう?」
会長さんが指差す部分を読んだソルジャーは更に数回クリックして。
「マントの裏に模様を入れても、刺青をしても思い切り文句が出そうだけれど…。このフェイクなら楽しめそうだね、それもハーレイ限定で」
「え?」
思わず聞き返した会長さんにソルジャーはパチンとウインクしました。
「発見したのも何かの縁だと思うんだ。マントの裏地で遊ぶ代わりにフェイクタトゥーをやってみたいな。ほら、ここに自分で描けるキットもあるし…。見た目は本物そっくりなんだろ? ぼくが刺青を入れたと思い込んで腰を抜かすハーレイを見てみたい」
悪戯心と遊び心に燃えるソルジャーを止められる人は誰もいません。数分後には会長さんがフェイクタトゥーのキットを扱う店に瞬間移動で行かされることになったのでした。

「ただいま、ブルー。…買ってきたよ、注文のヤツ」
ソルジャーが欲しがった模様は蝶と薔薇。どちらもステンシルのシートになっていて、薔薇は真っ赤な花に葉っぱが一枚と短い茎。蝶は一枚に一匹ずつです。…そう、ソルジャーは複数を注文したのでした。会長さんからシートと染料、筆が入った袋を受け取ったソルジャーは中身を確かめて…。
「確かに誰でもできそうだけど、自分の背中に描くのは難しそうだね」
「普通ならね」
描いてくれ、と言われてはたまらないと思ったのでしょう。会長さんは素っ気なく答えました。
「サイオンを使えばいいじゃないか。背後に意識を集中するのは面倒だって言うんだったら、合わせ鏡で楽勝だ」
「ぼくはとことん不器用なんだよ。君に描いてもらうつもりで沢山注文したのにさ」
「だったら背中にこだわならくても! 足とかに描くって手もあるし」
「嫌だ。背中っていうのがポイントなんだよ。ハーレイの意識をなんとか背中に…って、そうか!」
その手があった、と言い終わらない内に青いサイオンがリビングに走って…。
「「「!!!」」」
教頭先生が呆然とした顔で立っています。ソルジャーったら、また教頭先生を呼び出しましたか…。
「こんにちは、ハーレイ。昨日は色々とありがとう」
ニコニコ顔のソルジャーに、教頭先生は明らかに警戒した顔で。
「あなたがお呼びになったのですか。…ご用件は?」
「お願いしたいことがあってね。フェイクタトゥーって知ってるかい?」
「聞いたことならありますが…」
「それをね、君に頼みたかったんだ。プロ顔負けのエステティシャンだし、身体のことならプロ級だろ?」
ここにキットが、と差し出された袋を手にした教頭先生は説明書を読んで頷きました。
「描きたい部分にシートを貼って、筆で染料を塗るだけ…ですね。しかし誰でも出来そうですが、何故私に?」
「君が一番適役なんだよ。とにかくやって貰おうかな」
ソルジャーは床にクッションを並べ、セーターとシャツを脱いで上半身はすっかり裸に。教頭先生の頬が微かに染まるのを無視して、うつぶせになって寝そべると…。
「描いて欲しいのは背中なんだ。でも具体的な場所は決めてない。マッサージの要領でこう…手を滑らせてくれないかな?」
「はあ…。こう…ですか?」
「そう、そんな感じ。…ぼくが「そこだ」って言ったら、そこにタトゥーをお願いするよ」
「分かりました」
エステティシャン魂に目覚めた教頭先生は真剣な表情でソルジャーの背をマッサージして、指示された場所にステンシルのシートを貼っては蝶や薔薇の花を描いていきます。うわぁ…本物の刺青みたい…。でも、どうして教頭先生が呼ばれたのでしょう? 手先の器用さなら「そるじゃぁ・ぶるぅ」だって負けてはいない筈なのに…。
「それがラストの一枚か。どこにしようかな…」
もう少しマッサージを念入りに、と注文をつけたソルジャーはうっとりと目を閉じ、気持ちよさそうにしていましたが…不意にピクンと背を震わせて。
「あ、そこ! そこにしておいて」
「ここですか?」
「うん。…そこが一番いいみたいだ」
「は?」
怪訝そうな教頭先生に「なんでもないよ」と返すソルジャー。教頭先生は言われた場所に丁寧に真っ赤な薔薇の花を描き、フェイクタトゥーが完成しました。

ソルジャーの背中のあちこちに咲いた真紅の薔薇と、気紛れに飛び交う鮮やかな蝶。合わせ鏡で眺めたソルジャーは満足そうな笑みを浮かべてセーターを着ると、教頭先生に向き直ります。
「ありがとう、ハーレイ。君のお蔭で綺麗に出来た。…そう、君でなくっちゃ駄目だったんだ。ぼくのハーレイとそっくり同じな手指でやってもらわないと…ね」
「「「え?」」」
会長さんも私たちも…教頭先生も意味が分かりませんでした。ソルジャーはクスッと小さく笑って。
「ぼくのハーレイはヘタレだって言っているだろう? マンネリコースが精一杯で、背中までは滅多に愛してもらえない。だから目印。…フェイクタトゥーを入れてある場所は、ぼくが感じる所なんだよ」
「「「!!!」」」
ウッと短い呻き声を上げて教頭先生が鼻を押さえます。けれどソルジャーは平然として。
「ぼくが感じる場所は何処なのか、感じやすい部分はどこか。それを確かめるには君の手で探るのが一番だろう? いつも触れてくる手と同じだから。他の誰かじゃ駄目なんだよね。…そう、君の手は最高だった」
マッサージだけでゾクゾクしたよ、と唇を舐めてみせるソルジャー。
「そうだ、お礼をしなくっちゃ。ぼくだけ気持ちよくなるっていうのはずるいもんね。…脱いで、ハーレイ」
「い、いえ…。け、けっこうです…!」
アタフタとする教頭先生の胸にソルジャーが身体を擦り寄せます。
「遠慮するのはよくないよ。ぼくは舐めるの得意なんだ。…ぼくのハーレイなんか胸の辺りまで舐められただけでイッちゃったこともあるんだけれど、体験したいと思わないかい?」
「…そ、それは…」
チラ、と会長さんを見る教頭先生。会長さんは柳眉を吊り上げ、不快感を露わにしていました。教頭先生がウッカリ頷いたりしたら、血の雨が降るかもしれません。もちろんソルジャーもそれは承知で…。
「なるほど、君のブルーが怒るってわけか。もったいないね、チャンスなのにさ。…ぼくだって君にお礼をしたいし、他に何か…。あ、そうだ!」
ソルジャーはフェイクタトゥーに使った染料の瓶を手に取り、軽く揺すって。
「まだ染料が残ってる。これで印をつけてあげるよ、ぼくのハーレイが感じてくれるのと同じ所に。それをどうするかは君次第かな。ブルーに舐めてもらうのも良し、自分で触ってドキドキも良し。…ふふ、脱がないんなら脱がせちゃおう。ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
青いサイオンを迸らせたのは「ぶるぅ」でした。教頭先生の上半身から服がすっかり消え失せています。脱がされた服は絨毯の上。我に返った教頭先生が大きな身体を縮める前に、ソルジャーが懐に入り込んで…。
「まず、鎖骨。…確かこの辺」
「ひっ!」
情けない悲鳴を上げた教頭先生の肌に赤い印がつきました。ソルジャーが手にした筆に染料を含ませ、先端で軽く触れたのです。
「筆で触れても感じるんだ? それともぼくを意識しちゃった? 次は…」
チョンチョンと筆が触れていく内に教頭先生の顔は真っ赤に染まり、鼻からツーッと赤い血が流れて……ドッターン! と激しい震動が床に。
「あ、倒れた」
事も無げに言うソルジャーの足許で教頭先生は見事に失神しています。
「うーん、やっぱり胸まで保たなかったか…。まあいいや。ハーレイが感じる場所はね、ここと、ここと…」
ソルジャーは教頭先生の裸の上半身に印を付け終え、背中の方をどうするか少し悩んでいましたが…。
「どうせ自分では見えないんだから無駄だよね。ブルーは舐めてあげないだろうし」
「当然だろう!」
「じゃ、一人で盛り上がって貰おうか。…消えかかってくる頃にキスマークみたいに見えたら極楽だよ。気持ちだけで昇天できるさ、なんといってもハーレイだもの。ぼくのハーレイもね、身体より先に気持ちがイッちゃったことがあったんだ」
自信満々のソルジャーは教頭先生を服ごと家に送り返して、それからソルジャーの衣装を着けて。
「ありがとう、素敵なクリスマスだった。今夜はフェイクタトゥーで楽しむよ。本物の刺青だって騙して驚かせてから、ゆっくりじっくり愛してもらって…。ぶるぅ、お前は土鍋だからね。ほら、帰る前にみんなに御礼は?」
アヒルちゃんマントの「ぶるぅ」がピョコンと頭を下げます。
「プレゼントいっぱい、ありがとう! また来るね」
「それじゃ帰るよ。ブルー、気が向いたらハーレイにつけた印で遊んであげて」
会長さんが「お断りだ!」と絶叫する前に二人は姿を消しました。お騒がせな二日間でしたけれども、とっても充実していたような…。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がオカリナで『かみほー♪』を奏で始めます。一年前の私たちはシャングリラ号の存在すらも知らなかったのに、今はソルジャーや「ぶるぅ」まで。万年十八歳未満お断りでも、人生バラ色ってヤツですよね…?

 

 

 

ヤドリギのリースの意味を知らなかった教頭先生は、ソルジャーの瞳の不穏な光にも全く気付かなかったようです。テーブルに並んだ御馳走を美味しそうに食べ、「サンタさんだぁ!」と喜ぶ「ぶるぅ」と一緒に記念写真に納まって…。もちろん白いお髭を付けて、です。
「その格好をして此処までおいでになったんですか?」
尋ねたのはマツカ君でした。それは私も大いに気になるところです。教頭先生は車を持っていますし、それに乗ってくれば多少は人目を避けられますけど…それでも「サンタクロースが運転中」なのは対向車とかに丸見えですよね。宅配ピザのお兄さんまでがサンタの扮装をする日なだけに、サンタが運転する車も存在してはいるのでしょうが…。
「サンタクロースの格好のことか?」
とんでもない、と教頭先生は苦笑して。
「そういうリクエストではなかったからな。管理人室で着替えさせて貰ったんだ」
「流石に家からその格好で…とは言わないよ。いくらぼくでも」
会長さんが微笑みましたが、キース君が。
「本当か? あんたなら言い出しかねない気がするぞ」
「やっぱり? 考えないでもなかったんだけど、運転中のハーレイの姿を中継するのも面倒だしね。目撃者の反応とかも中継しないと楽しくないし、パーティーの最中に余計なサイオンは使いたくなくて」
だから管理人さんに頼んでおいた、と会長さん。このマンションに住んでいる人は全員がサイオンを持った仲間たちです。もちろん管理人さんも。ですからソルジャーである会長さんに協力するのは至極当然、教頭先生に更衣室を提供するくらい大したことではありません。
「ここで着替えで助かった。…サンタの格好で運転するのは恥ずかしいしな…」
教頭先生がホッとした様子で語ります。プレゼントの袋も管理人室に置いてあったということでした。ソルジャーが「ふうん…」と首を傾げて。
「ぼくはサンタの格好をするのが好きなんだけど? 今年はこっちに来てしまったから出来ないけれど、こういうイベントは大好きでね。君には遊び心が足りないんじゃないかと時々思うよ」
「…遊び心…ですか?」
「そう、遊び心。この間、ブルーに坊主頭にされたんだって? その時、お坊さんの服を着てみたかい?」
「…い、いえ…」
坊主頭の件がバレていたと知り、冷や汗を垂らす教頭先生。
「それだから遊び心が足りていないって言うんだよ。坊主頭になったんだったら、服装の方もキメなくちゃ。…そうだよね、ブルー?」
「そこまで考えていなかったよ。だけどなんだか…面白そうだね」
「だろう? ハーレイにも着られそうなお坊さんの服はないのかい?」
「…服じゃなくって衣だってば。…えっと…」
ちょっと待ってて、と言うなり会長さんの姿が消え失せました。教頭先生の顔が青ざめています。この流れではサンタさんどころか、お坊さんの仮装をしろとか言われそうですし! 私たちの方は期待に胸がワクワクと…。

「…ただいま」
会長さんが戻って来たのは十分ほど経ってからでした。紺色の風呂敷包みを手にしています。
「璃慕恩院で借りて来たよ、ハーレイと同じサイズの墨染の衣。クリスマス・パーティーにお坊さんっていうのも素敵だよね」
「…ブルー!?」
教頭先生の顔が引き攣り、椅子から腰を浮かせました。
「そ、それだけは勘弁してくれ! 約束が違う!」
「サンタと余興しか頼まれてないって言うのかい? サービス精神を発揮してほしいな」
「そうそう、遊び心は大切だよ」
会長さんとソルジャーが教頭先生を両脇から捕え、「ぶるぅ」が瞳を輝かせて。
「またハゲ頭が見られるの? 今度はハーレイの頭がツルツル?」
「うん。これはブルーも見てないからね…。期待してて」
それじゃいくよ、と会長さんが指先にサイオンを集めた時。
「待った!」
ストップをかけたのはソルジャーでした。煽っておいて今更何を…?
「大事なことを忘れてた。ハーレイ、ぼくと来てくれるかな?」
こっち、とソルジャーが向かった先にはヤドリギのリース……キッシング・ボウが下がっています。
「メリー・クリスマス、ハーレイ。はい、ぼくからのクリスマス・プレゼント」
ソルジャーは教頭先生の首に両腕を回すと、唇を重ねて…。
「「「!!!」」」
あちゃー…。どう見てもアレは大人のキスです。真っ赤になった教頭先生から離れたソルジャーは背伸びしてヤドリギの実を一個、毟りました。
「ふふ、ハーレイのキス、ゲット。…みんなも誰かのキスを狙うといい」
「……い、今のは……?」
混乱している教頭先生にソルジャーはウインクしてみせて。
「無礼講だって言っただろう? このヤドリギの飾り、知らなかった? キッシング・ボウって言うんだって。この下にいる女性にはキスしてもいいという習慣らしい。どうせなら男女関係なく、って提案したんだ。それが無礼講の正体だけど」
「……無礼講……」
「もちろん君がブルーにキスしてもいい。キッシング・ボウの下ではブルーはキスを断れないんだ。…お坊さんになっちゃう前にそれを教えておこうと思って」
もういいよ、と会長さんにゴー・サインを出すソルジャーでしたが、会長さんは不機嫌でした。
「余計なことは教えなくてもいいんだよ! ハーレイのキスなんか御免だからね!」
「心配しなくても大丈夫。ハーレイはお坊さんの仮装をするんだろ? お坊さんって禁欲生活が基本じゃないか」
さっき聞いた五戒だか邪淫戒だか…、とソルジャーは仕入れたての知識を披露して。
「だからハーレイは蚊帳の外さ。こんな展開にならなかったら、君のキスを独占しちゃって悔しがらせようと思ったんだけど…その必要は無いようだ。お坊さんの格好をしてちゃ、キスなんかしに行けないもんねえ」
スキャンダルだよ、とソルジャーは楽しげに笑います。
「そうか、おあずけ一直線だね。指をくわえて見てるしかないっていうのは最高かも…。いくよ、ハーレイ」
キラッと青いサイオンが走った次の瞬間。
「「「わははははは!!!」」」
教頭先生はサンタさんからツルツル頭のお坊さんに変身しました。サンタ服の代わりに墨染の衣、黄色い袈裟。クリスマス・パーティーの場にはミスマッチです。呆然と数珠を握り締めている教頭先生に向かって会長さんが。
「ハーレイ、お念仏を唱えてくれないのかい? お坊さんには必須だよね」
「…わ、私は……そういう心得は……」
「そうなんだ。南無阿弥陀仏、って唱えるだけでいいのにねえ…。まあ、嫌でも唱えたい気持ちになるだろうけど」
ニッコリ笑うと、会長さんはキッシング・ボウの真下に立って。
「おいで、フィシス。…この実の数だけキスをしよう」
「あら…他の皆さんに悪いですわ」
「いいんだってば。君がぼくの女神だってことは全員が知っているんだからさ。…あ、キッシング・ボウを使いたい人は、言ってくれれば場所を譲るよ」
会長さんはフィシスさんの唇にキスをし、赤い実を一個、毟り取ると。
「キスをする度に実を一つ。…実がなくなったらキスもおしまい。…ハーレイ、お念仏を唱えたくなってきたかい?
 ぼくが此処に立ってる限りは誰にでもキスのチャンスはあるんだけれど、生臭坊主はお断りだね」
「ブルー…!」
泣きそうな顔の教頭先生の横をソルジャーがすり抜け、会長さんに素早くキスをして。
「ごめんね、フィシス。…せっかくのチャンスだし、一回だけ」
「私は気にしたりしませんわ。ブルー同士って絵になりますのね」
「……フィシス……」
頭を抱える会長さんに、フィシスさんがそっとキスを。会長さんの御機嫌はたちまち直って、「そるじゃぁ・ぶるぅ」や「ぶるぅ」にもキスのおこぼれを振り撒きながら、ヤドリギの実がなくなるまでフィシスさんとイチャつき続けました。…えっ、サム君はどうなったかって? 会長さんにキスする度胸は出てこなかったみたいですよ…。

キッシング・ボウで遊んだ後は、再び御馳走三昧です。教頭先生はお坊さんの仮装をしたまま、悄然と食事をしていました。会長さんに堂々とキス出来るチャンスだったというのに、村八分にされたのが悲しいのでしょう。
「どう、ハーレイ? お念仏を唱えたい気持ちになったかい? 南無三だとは思ったかな?」
「………」
無言で頷く教頭先生。会長さんはクスッと笑って実がなくなったキッシング・ボウを眺めました。
「南無三っていう言葉の由来を知っている? しまった、という時に使われるけど、南無三宝の略なんだ。南無は『信じて縋る』の意味で、三宝は仏教の三つの宝の仏法僧さ。つまり仏、法、僧の救いを請うってこと。仏様の救いを請うにはお念仏が一番なのに、とうとう一度も唱えなかったね」
「…唱えたからといってどうなるわけでも…」
「さあ? 唱えてたら、ぼくが仏心を出したかも。お坊さんの仮装を解いて、キッシング・ボウの下へ呼んであげたかもしれないよ」
無礼講だったんだし、と悪戯っぽい笑みを浮かべる会長さん。
「一回くらい唱えてくれればよかったのにねえ、お念仏。…今となっては手遅れだけどさ」
「うん、もうヤドリギの実は残ってないし」
時間切れだよ、とソルジャーが相槌を打ちます。
「君は遊び心が足りなさすぎる。…何度もそう言ってあげたのに…。遊び心のある人間なら、お念仏も唱えられたと思うんだ。そしたらブルーがキスしてくれたかもしれないものを…」
「君だってそう思うよねえ? ハーレイは本当に馬鹿正直で困っちゃうよ。まあ、その方がからかい甲斐があっていいんだけれど」
「からかい甲斐か…。ぼくのハーレイも同じだな。ぼくに何かとからかわれては、陰でこっそり胃薬飲んでる」
クスクスと顔を見合せる二人は、まるで双子のようでした。教頭先生は諦めの境地に至ったらしく、黙々とナイフとフォークを動かしています。クリスマスの食卓にお坊さんというのは、滅多に見られない光景かも…。
「さてと。…そろそろ余興を始めようか」
会長さんがそう言ったのはクリスマス・プディングを食べ終えた頃。まだまだ御馳走は残っていますが、ちょっと休憩ということでしょう。余興は教頭先生がしてくれる筈ですけれど、お坊さん姿でマジックとか…?
「まずはハーレイを元の姿に戻さないと…。衣も返した方がいいしね」
青いサイオンの光が閃き、教頭先生はサンタクロースに戻りました。赤い帽子と白髪のカツラの下には髪の毛も戻っている筈です。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が墨染の衣や袈裟を手際よく畳み、風呂敷できちんと包んでしまうと、包みはフッと消え失せて…。
「璃慕恩院に返しておいたよ。こういう時にコネっていうのは有難いよね」
どうやら一番偉いお坊さんに事情を話して拝借してきたみたいです。夏休みにお寿司を食べさせてくれた老師の顔を思い浮かべて、会長さんの罰当たりっぷりに溜息をつく私たち。もっとも、老師も今夜はクリスマス・ケーキやチキン・ナゲットを買ってこさせて楽しんでいたようですが…。
「ハーレイ、着替えはあっちの部屋で。その間に用意を済ませておくから」
「かみお~ん♪ お部屋に案内するね!」
トコトコと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が教頭先生を何処かに連れて行きました。会長さんは広いリビングの隅にサイオンで畳を運んできます。
「おい」
声をかけたのはキース君でした。
「余興っていうのは柔道なのか? あんたが教頭先生と勝負するとか?」
「えっ? 柔道って…。ああ、そういえば柔道の練習には畳を使うんだったっけね」
そうじゃないよ、と会長さんは苦笑して。
「ほら、柔道に使う畳とは見た目が全然違うだろう? これを並べて、次にこれを…」
畳の端に金の屏風が置かれました。いったい何が始まるのでしょう? やがてリビングの扉が開き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に先導されて現れたのは…。
「「「!!!」」」
「皆様、お待たせいたしました。ハーレイ太夫のお点前タイムの始まり、はじまり~」
会長さんが軽やかな声で告げ、白塗りメイクの花魁になった教頭先生がソロリソロリと入ってきます。重そうなカツラと豪華な衣装は学園祭で見た花魁道中そのままで…。お坊さんの次は花魁ですか~!!!

「…本物はやっぱり迫力だね…」
ソルジャーが呟き、「ぶるぅ」が目を丸くして見ている前を教頭先生はゆっくり横切り、畳の上に座りました。教頭先生、お点前なんて出来るのでしょうか? 学園祭では会長さんしか披露しなかったと思うのですが…。
「ハーレイ太夫のお点前なんかに需要があると思うかい?」
私たちの疑問を読み取ったらしい会長さんが言いました。
「ぼくみたいな美形が点てるお茶なら、正体が男だと分かっていてもお客さんは沢山来るけどさ。ハーレイの方じゃ絶対無理だね、美しさの欠片も無いんだから。…だけど何かの役に立つかと思って、お点前も仕込んでおいたんだ。パーティーの余興には最高だろ?」
「「「………」」」
それは確かに余興としか呼べない代物でした。教頭先生は流れるような所作でお茶を点てていますし、仕草は艶めかしい女形そのものですが…見てくれの悪さが致命的です。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお抹茶を順番に運んできてくれますけども、飲んだら最後、食中毒でも起こしそうな気がするというか…。お抹茶椀を手に取る人は誰もいません。
「警戒しなくても平気だよ。見た目はゴツイ花魁だけど、お茶は上手に点てるんだ」
会長さんがソルジャーに作法を教えながらお抹茶椀を口に運ぶのを見て、私たちもおっかなびっくり、教頭先生が点ててくれたお茶を飲んでみると…。
「美味しいですね」
マツカ君が感心したように言いました。
「相当に練習しないとここまでは…。これもやっぱりサイオンですか?」
御曹司のマツカ君だけに、お茶の心得もあるようです。素人の私たちにはサッパリですけど…。会長さんは「流石だね」と微笑んで。
「お点前もサイオンで教えたんだよ。ベースにしたのはぼくの知識。…高僧ともなれば茶道と無縁じゃいられないんだ。自分で点てることも、招かれることもよくあるし」
「…ぼくは練習したくもないな」
礼儀作法の類は苦手なんだ、と肩を竦めているソルジャー。
「でも、あの格好は面白そうだね。…ハーレイでもそれなりに女に見えないこともない。ゴツすぎるのが難だけどさ」
「メイクでかなり誤魔化せるんだよ。ほら、手まで真っ白に塗っちゃうし…立ち居振る舞いにさえ気を付けていれば、あとは衣装がカバーしてくれる。ぼくはメイクは口紅だけで済ませたけどね」
「ふうん…。だったら、ぼくでも出来るかな?」
「試してみる? ぼくの衣装とカツラならあるよ」
会長さんに誘われたソルジャーは、その気になってしまいました。教頭先生と記念撮影をするのだと言い、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に着付けてもらって…。
「……重い……」
カツラも衣装も重すぎる、と文句たらたらで現れたソルジャーは…教頭先生とはまた別の意味で花魁の魅力ゼロでした。女形の演技を知らないせいで、歩き方も仕草も男そのもの。着物の裾をさも邪魔そうに蹴飛ばしながらの登場です。
「ブルー、君が学園祭で着ているところを見てたけど…なんでこんなに重いのさ!」
「それはそういうモノなんだよ」
「…私の衣装も決して軽くはありませんよ」
花魁の扮装のままの教頭先生が言い、ソルジャーは溜息をつきました。
「サイオンで重さを軽減してるようには見えないし…。残念だけど、いくらぼくがイベント好きの仮装好きでも、これはちょっと…」
向いてないや、と言っている割にソルジャーは嬉々として教頭先生と写真を撮ったり、お点前の真似ごとをしてみたり。余興の時間は楽しく過ぎて、元のセーターに着替えたソルジャーはサンタに戻った教頭先生に肩凝りをほぐすマッサージをして貰っていました。クリスマス・パーティーは夜更けまで続き、教頭先生が帰って行ったのは日付がすっかり変わってから。それを見送った後、会長さんが。
「普段だったら徹夜もいいけど、今日は寝ないといけないよ」
「あっ、忘れてたぁ! サンタさんが来なくなっちゃう」
そう叫んだのは「ぶるぅ」です。
「ねぇねぇ、地球にもサンタさん、いるよね? サンタさん、ちゃんと来てくれる?」
「いい子の所には来てくれるよ。君の世界と変わらないさ」
「よかったぁ…」
良い子は早く寝なくっちゃ、と「ぶるぅ」はゲストルームに走って行ってしまいました。でも「そるじゃぁ・ぶるぅ」はリビングでせっせと後片付けをしています。いくら家事万能で家事好きとはいえ、クリスマス・イブの晩に小さな子供に丸投げというのはマズイでしょう。私たちは洗い物を手伝い、リビングを綺麗に掃除して…。
「「「おやすみなさ~い!」」」
また明日、と手を振りながら割り当てられた部屋に戻って行ったのでした。

クリスマスの朝、スウェナちゃんと私の眠りを破ったのは誰かの思念。とてもはしゃいでいるようです。この思念は…「ぶるぅ」? それとも「そるじゃぁ・ぶるぅ」でしょうか?
『かみお~ん♪』
踊り出しそうな思念の主が廊下をピョンピョン行ったり来たりしているみたい。急いで顔を洗い、身支度をして出てみると…。
「「かみお~ん♪」」
廊下で跳ねていたのは「ぶるぅ」と「そるじゃぁ・ぶるぅ」でした。仲良く手を繋いで十八番の『かみほー♪』を歌いながら元気にステップを踏んでいます。
「あのね、サンタさん、来てくれたんだよ!」
嬉しそうに「ぶるぅ」が叫ぶと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「うん、サンタさんも来たし、今日はぼくたちの誕生日だから…。お誕生日、お誕生日!」
わぁーい! と大喜びの二人の姿に、スウェナちゃんと私は思わず息を飲みました。どうして気付かなかったのでしょうか、「ぶるぅ」の誕生日もクリスマスなのだということに…。いえ、一度も尋ねたことがないのですから、知らなくても仕方ないのですけど…。ゲストに呼ばれているのも知りませんでしたし、今更どうしようもないのですけど…!
『ぶるぅのバースデー・プレゼント…』
『…用意してない…』
思念で会話し、慌ててジョミー君たちに呼びかけようとした時です。
『大丈夫。ぶるぅの分なら心配ない』
会長さんの思念が届きました。
『君たちがぼくのぶるぅに用意してくれたのと同じパジャマを買っておいたよ。サムのバッグに入れてあるから、それぞれに渡してくれればいい。ラッピングもお揃いにしてあるしね』
ゲストを呼んだのはぼくだから、と伝わってきた思念は全員に届いたようでした。ジョミー君たちがホッとした顔でゲストルームから出てきます。プレゼントさえ用意されているなら何も心配はありません。でも…「ぶるぅ」にもアヒルちゃんの趣味があったみたいですね。だって二人はお揃いの…。
「サンタさんもアヒルちゃんを持ってきたの…?」
「そうだったみたい…」
廊下で飛び跳ねる「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」の首には、可愛いアヒルちゃんが下がっていました。黄色いアヒルのペンダント…にしては大きすぎるモノが揺れています。クリンとした目玉にオレンジの嘴、丸っこい胴体に幾つか小さな穴が。あれはいったい何でしょう?
「ピーッ!!!」
不意に空気を鋭い音が切り裂きました。アヒルちゃんの足の部分を「ぶるぅ」が口にくわえています。
「ピューッ!」
今度はさっきより少し低い音。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が自分のアヒルちゃんの身体を手に持ち、足をくわえて頬っぺたを膨らませると…。
「ピィーッ!!」
音の出どころはアヒルちゃんでした。アヒルちゃんの身体が笛になっているのです。二人の子供は代わる代わるアヒルちゃんに息を吹き込んで…。
「まあ、オカリナを貰ったのですね」
フィシスさんが廊下の奥の方からやって来ました。そっちにあるのは会長さんの寝室ですし、フィシスさんはそこに泊まっていたのでしょう。すぐ後ろから会長さんが出てきます。
「おやおや、サンタさんからのプレゼントかな? 二人とも、いい子にしていたんだね。…ふうん、オカリナか…。説明書がついていなかったかい?」
「「説明書?」」
キョトンとする二人に会長さんはオカリナの箱を持ってくるように言い、中から紙を取り出して。
「ご覧、ここに音符が書いてあるだろ? どの穴を押さえて吹くかで音が変わってくるんだよ。覚えれば色々な曲が吹けるようになるし、ドレミから練習するといい」
「そっか! じゃ、『かみほー♪』も吹ける?」
「どうだろう? 出せる音に限りがあるからね…。一曲まるごと吹くのは無理でも「かみほー♪」の部分だけなら吹けると思うよ。音を変えれば」
「「音を変える…?」」
首を傾げる二人の頭を会長さんがクシャッと撫でました。
「えっと…元の曲で使ってた音を他の音に置き換えるって言えばいいかな。アヒルちゃんオカリナで出せる範囲の音に変えればいいってことさ。ドレミを覚えたら教えてあげよう」
「「わーい!!」」
歓声を上げた二人はアヒルちゃんを吹き鳴らします。全然ドレミになってませんけど、その内なんとかなるんでしょうか…?

朝食は昨夜の御馳走の残りと、焼きたてパンにパンケーキ。アヒルちゃんオカリナを手放したくない「ぶるぅ」は食事中に何度も鳴らしてソルジャーに「うるさい!」と叱られましたが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は食事のお世話に燃えていたのでそれどころではありませんでした。でも朝食が終わった後は…。
「ね、ね、ブルー。『かみほー♪』の吹き方、教えてよ!」
「まずはドレミを覚えなきゃ。…できるようになったのかい?」
「えっと、えっと…」
こうだったかな、と練習を始める横で「ぶるぅ」が出鱈目に吹き鳴らします。
「ピューッ! ピィーッ!」
「ぶるぅ…。それはドレミになってない…」
頭に響く、とソルジャーがブツブツ文句をつけると「ぶるぅ」はアッカンベーをして。
「ドレミなんて要らないもん! ぶるぅが『かみほー♪』吹けるようになったらサイオンで教えて貰うんだもん!」
練習なんて面倒だ、と「ぶるぅ」はアヒルちゃんオカリナの足をくわえて好き放題。調子っぱずれな音が鳴る中、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に懇願しました。
「お願い、早くドレミを覚えて!」
「それより先に『かみほー♪』でなきゃダメですよ! ああっ、どう教えればいいんでしょう…」
口々に言う私たちの姿に「そるじゃぁ・ぶるぅ」はアヒルちゃんオカリナをキュッと握って。
「ごめんね、頑張る! ぼく頑張るから、もうちょっとだけ待っててね」
次はどうするの、と会長さんに教えを請いながら『かみほー♪』の部分を吹けるようになったのはお昼前のことでした。すぐに「ぶるぅ」がそれをサイオンで教えて貰い、二つのアヒルちゃんオカリナが見事な合奏を始めます。
「…長かった…。ブルー、君のプレゼントには恐れ入るよ。吹き方もサイオンで教えればいいのに」
「シッ! サンタさんからだと信じてるんだ」
言わないように、と唇に人指し指を当てる会長さん。ソルジャーは首を竦めて小さく笑い、リビングには『かみほー♪』のメロディが何度も何度も楽しげに響いていたのでした。




賑やかだった教頭先生の家での一泊二日。あれから早くも数日が過ぎて、今日は楽しいクリスマス・イブ。今年も会長さんの家に招かれた私たちはお泊まり用の荷物を持って、会長さんのマンション近くのバス停前に集合しました。クリスマス当日は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の誕生日ですし、プレゼントの用意もぬかりなく…。
「去年がエプロンで今年はパジャマか…」
芸がないような気がするが、とキース君が呟きます。
「だって! 他にいいもの思い付かなかったし!」
ジョミー君の言うとおりでした。あれこれ考えたものの、相手は家事万能で三百年も生きてきている子供です。自称一歳児とはいえ最後に卵から孵ったのが数年前で、このクリスマスで三歳で…本当の年はプラス三百と何年か。子供っぽくて子供そのものでも、やっぱりちょっと違います。
「アヒルちゃんの鍋つかみを却下したのはキースだぜ」
サム君が首を振り、シロエ君が。
「アヒル型の一人用土鍋はサム先輩が却下しましたよね。嘴から湯気が出るっていうのが可愛い、って意見が一致しかかったのに」
「だってさ…。いかにも料理をしてくれっていう感じじゃないか。ブルーの家へ朝のお勤めに行ったら、朝粥がよく出るんだぜ。一人用土鍋なんか買ったら、一人前ずつ心をこめて作ってくれって言ってるようなもんだろう?」
いつもは鍋で纏めて炊いてるのに…との経験者ならではの言葉に反論できない私たち。一人用土鍋は会長さんの家にもあって、御馳走になったこともありますけれど…新しいタイプの土鍋を一個だけ買って持って行ったら、アヒルちゃん大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」は人数分のアヒル型土鍋を買い足しそうです。それは流石にまずいかも…。
「結局パジャマが無難なのよ」
ぬいぐるみの趣味は無さそうだし、とスウェナちゃん。アヒルちゃんぬいぐるみを却下したのはスウェナちゃんと私でした。そう、私たちはアヒルをモチーフにした何かを求めて繁華街を彷徨ったのです。
「マグカップとかもイマイチいいのが無かったですしね…」
マツカ君が溜息をつきます。アヒルちゃん模様のパジャマは子供服売り場でキース君が見つけ、枕カバーとどっちにするかで揉めた挙句にパジャマの方に決まったのでした。パジャマならベッドでも土鍋でも、どちらで寝るのにも使えますから。
「気は心って言うもんね。アヒルがついてれば喜ぶよ」
いっそ普段着にもアヒルをプリントすればいいのに、とジョミー君が言いましたけど…。
「「「却下!」」」
普段着というのは会長さんのソルジャー服のミニチュア版です。何処にアヒルをプリントしろと?
「えーっ? マントの裏とかにするのは変かなぁ?」
「お前、どういうセンスをしてるんだ…」
何かが違うと思わないか、と全員の考えを代弁してくれたキース君は更に続けて。
「いいか、仮にそのアイデアが通ったとする。ぶるぅのことだ、マントの裏にアヒルちゃんの絵がプリントされたら大喜びではしゃぐだろうが…。大事なことを忘れていないか? あの服はソルジャーの正装のミニチュアなんだぞ」
「うん、知ってる。可愛いよね」
「だから、可愛いとかそんな次元の問題じゃなくて! ぶるぅのマントがそれになったら真似をするヤツが出てきそうだとは思わないのか? 本物のソルジャーがマントの裏にアヒルちゃんをプリントしたらどうする」
「「「………」」」
やりそうなソルジャーを私たちは一人知っていました。普段ソルジャーと呼んでいるのは別の世界からのお客様ですが、会長さんだってソルジャーです。会長さんのマントの裏にアヒルちゃん…。頭痛がしそうな光景を頭の中から必死に追い出し、私たちはアヒルちゃん模様のパジャマをサム君のバッグに預けて、会長さんのマンションを目指したのでした。

「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
出迎えてくれた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は元気一杯、満面の笑顔。
「もうお客様、来ているよ。入って、入って!」
フィシスさんが招かれているというのは聞いていました。去年は夕食からのゲストでしたが、今年は最初から一緒のようです。時間は正午を少し過ぎた所で、家の中にはいい匂いが…。お馴染みのゲストルームに荷物を置いてリビングに行くと、会長さんが待っていました。
「こんにちは」
ん? あれ? 会長さんが…二人??? フィシスさんを間に挟んで会長さんが二人います。ということは片方は…。
「メリー・クリスマス! あ、その挨拶には早すぎるかな?」
どうなんだっけ、とフィシスさんともう一人の会長さんに尋ねる会長さんの隣には「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。いえ、多分…あれは「ぶるぅ」です。
「ごめん、ごめん。驚いた? ブルーが地球のクリスマス気分を味わいたいって言うものだから…」
セーターの色で区別して、と苦笑している会長さん。テーブルにはスコーンにサンドイッチ、ケーキとパイが何種類か。昼食を兼ねたアフタヌーンティーになっているんですね。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニコニコ顔で。
「晩御飯はクリスマス・パーティーだから、お昼とおやつは一緒の方がいいかなぁ…って。ね、今年は飾りつけも頑張ったんだ」
大きなクリスマス・ツリーの他にも華やかな飾りが一杯です。色とりどりのリボンにキラキラの星、それに天井から下がっている枝は何でしょう?
「キッシング・ボウだよ。ヤドリギのリース」
会長さんが得意そうに説明してくれます。
「ほら、赤い実がついているだろう? あの飾りの下にいる女の人にはキスをしたっていいんだってさ。キスをしたら実を一個、毟る。実がなくなればキスもおしまい」
「面白そうな習慣だね」
反応したのはソルジャーでした。
「じゃあ、ぼくがフィシスにキスをしたってかまわないわけだ」
「う…。まあ、それはそういう理屈かな…。あっ、まだ今はダメだからね! パーティーが始まる時間から! …フィシス、あの下に立ってはいけないよ」
独占欲丸出しの会長さんに、フィシスさんが困ったように。
「あら…。そういうのはいけませんわ。せっかく綺麗に飾り付けたのに、ヤドリギだって可哀想…」
「ね、フィシスだってそう思うよね?」
我が意を得たり、とソルジャーが膝を乗り出します。
「ぼくの世界じゃヤドリギは希少な植物なんだ。人工的に作り出した森や林にヤドリギは無い。見学用の植物園や研究所とかにあるだけさ。もちろん、ぼくのシャングリラにもヤドリギなんかあるわけがない。それをゴージャスに飾ってるからには、大いに役立ててくれないと…。そうだ、無礼講っていうのはどう?」
女性限定はやめてしまおう、とソルジャーは悪戯っぽく笑いました。
「キスの相手は男でもいいってことにしようよ。ぼくはきみのキスを狙いたいな」
「………。言い出した以上、撤回する気は無いんだよね?」
渋い顔の会長さんにソルジャーはクッと喉を鳴らして。
「ご名答。みんな、聞いてた? パーティーの間、ヤドリギの下に立ってる人は誰にキスされても怒らないこと。…そうだ、サムには嬉しい話じゃないのかな。まだブルーとはキスしてないだろ?」
「え? …ええっ!?」
そんなこと…、とサム君は耳まで真っ赤です。公認カップルを名乗って半年以上も経つというのに、会長さんとサム君のデートは健全な朝のお勤めだけ。一向に進展しない二人なだけにチャンスなのかもしれませんけど、フィシスさんの立場はいったい…?
「そうですわね…。ブルー、応えてあげるのも素敵じゃないかと思いますわ」
女神のような笑みを浮かべてフィシスさんはサム君を眺めました。
「頑張って、サム。…ブルーのキスをゲットですわよ」
「で、でも…」
「あらあら、公認カップルなのでしょ? せっかくのチャンスですもの、利用しなくてはいけませんわ」
でないと逃げられてしまいますわよ、と焚きつけているフィシスさん。冗談で言っているのではなさそうです。そういえばエロドクターことドクター・ノルディが会長さんに言い寄っているのをサッパリ理解してくれない、と聞かされたことがありましたっけ。フィシスさんって天然かも…。

それからは色々な話題に花が咲き、ソルジャーは教頭先生が坊主頭にされた話に大笑い。いつもサイオンで覗き見しているわけではないらしくって、宿泊券を手に入れるための様々なバトルも大ウケでした。
「ブラウが大食いとは知らなかったな。ぼくの世界のブラウは何杯くらい食べられるだろう? わんこそばの大食い大会、やってみたいと思うけど…ハーレイが文句を言うだろうね。食べ物を無駄にするな、って」
わんこそばの大食いには自信がないというソルジャーでしたが、スイーツの大食いだったらシャングリラの頂点に立てる自信があるそうです。そして大いに興味があるのは教頭先生の坊主頭で…。
「結局、その後どうなったんだい? ハーレイの頭」
「翌日の朝までっていう強力な暗示をかけたからね…。入浴シーンがけっこう笑えた」
会長さんの説明によると、お風呂に入った教頭先生はいつもの習慣で髪にシャンプーをつけようとしてツルツル頭の感触に衝撃を受け、しばらく動けなかったのだとか。それからボディータオルをガシガシ泡立て、背中をゴシゴシ洗ったついでに頭まで一気にゴシゴシゴシと…。
「坊主仲間から聞いてた洗い方そのものだったよ、豪快でさ。こう、タオルの両端を持って背中から頭の上まで左右にゴシゴシ」
「へえ…。タオルが髪に引っかかってバレそうな感じがするけどねえ」
「もちろん引っかかったと思う。でもその程度で解けちゃうようなサイオニック・ドリーム、意味ないし!」
「確かにね。髪の毛が傷みそうだけど…一度くらいなら問題ないか」
元がデリケートとは言い難いし、とソルジャーはクスクス笑っています。教頭先生はお風呂の後も髪の毛の存在には気付かないままバスタオルで拭き、猛烈に悩んだという話でした。来るべき新学期に向けてカツラを被るか、坊主頭のままで挑むか。カツラの広告と坊主頭のヘアカタログ雑誌『ボウズスタイル』を交互に眺める様子は「被るか、被らないか」とハムレットばりの悩みっぷりで…。
「残念なことにハーレイったら、結論を出す前に寝ちゃってさ。…それで夜が明けてゲームオーバー」
髪の毛が元に戻っちゃった、と会長さんは残念そうです。
「被りたがるタイプか、坊主頭でもオッケーなのか…。それくらいは知りたかったんだけどね。被るタイプだとは思うんだけど」
「…うーん…。ぼくのハーレイなら被るだろうね。キャプテンの服に坊主はちょっと」
「似合わないって? 坊主にも色々あるんだよ。ほら、地肌の色とのコントラストを生かしてこんな風に…」
模様とかね、と『ボウズスタイル』を宙に取り出してページをめくる会長さん。ソルジャーは雑誌を眺めましたが、あちらの世界のキャプテンと相思相愛なだけに複雑なものがあるみたい。
「…ぼくはハーレイを外見も含めて愛しているから、坊主頭にはしたくないな。君の世界のハーレイが坊主頭になっちゃった時は、ちょっかいを出すかもしれないけれど。しかしハーレイも災難だねえ…」
坊主頭にされちゃうなんて、と言いながらもソルジャーは笑いを抑えきれません。教頭先生は坊主頭が幻覚だったことに気付いた途端に上機嫌になり、普段の何倍も時間をかけて鼻歌交じりにスタイリングをしたとか、しないとか。
「その次の日に別の宿泊予約が入ってたんだ。…それもサイオンを持った仲間と、これから目覚める子が二人。そんな連中の前に坊主頭で出なきゃならないと思ったハーレイは、凄く絶望してたと思うよ。そこへ髪の毛が戻ったんだから、鼻歌だけじゃなくて狂喜乱舞をしてほしかった」
「狂喜乱舞?」
「うん。…ハーレイはバレエも踊れるしね。こう、喜びのグラン・フェッテ・アントゥールナン…歓喜の三十二回転を披露したっていいんじゃないかと」
会長さんが言い、ソルジャーと「ぶるぅ」以外の全員が笑い転げました。少し遅れてサイオンで情報を読み取ったらしいソルジャーと「ぶるぅ」が笑い出し…。
「「「わははははは!!!」」」
情報伝達に便利なサイオン。私たちはパジャマ姿の教頭先生がドスンドスンと回転する映像を共有して笑い、笑って笑って涙が出るまでテーブルや床を叩いたのでした。

そう、サイオン。…私たちが初めてサイオンという言葉を聞かされ、会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」たちの仲間であると知らされたのは去年のクリスマス・イブのこと。それからたった一年の間にシャングリラ号で宇宙に出かけ、特別生になり、別の世界からソルジャーまでが現れて…。目まぐるしく周囲が変化した割に、私たち自身はちっとも進歩が無いような…?
「一昨日にアルトさんとrさんが来たんだよ。健全に一泊していった。…ぼくたちの仲間だと知らされて、ね」
会長さんが言い、ソルジャーが。
「ああ、君が口説いている子たちか。来年はもっと賑やかな面子になるのかな?」
「…いや、メンバーは変わらない。友達と恋人は区別しなくちゃ。アルトさんたちはレディとして特別に扱うんだ。この子たちみたいな万年十八歳未満お断りとは違うからね」
「「「え?」」」
私たちは一斉に視線を会長さんに向けました。万年十八歳未満お断りって…それって馬鹿にされてますか?
「万年十八歳未満お断りって言ったんだよ。もう一度ゆっくり言おうか? ま・ん・ね・ん…」
一文字ずつ区切られて聞こえた言葉は、間違えようもなく『万年十八歳未満お断り』というものでした。会長さんはフィシスさんと微笑み合って頷き、私たちの方に向き直って。
「ぼくたちの仲間には二通りのタイプがあるんだよ。ある程度まで順調に成長してゆくタイプと、そうでないのと。ハーレイやゼルたちは大人だけれど、ぼくやフィシスや特別生の連中たちは違うだろう? 個体差があると言ってもいい」
年齢を重ねるタイプとそうでないタイプが存在するのだ、と会長さんは具体例を挙げました。
「そして大人にならないタイプは、更に二つに分かれるらしい。精神年齢の成長まで止まるタイプと、そこそこ成長するタイプと。分岐点が何処かは謎なんだけど、一度成長が止まってしまうとそれっきりになってしまうみたいで…君たちは全員止まってしまった方なんだよね」
「「「えぇっ!?」」」
とんでもないことをサラッと告げられ、私たちは口がポカンと開いたまま。精神年齢が成長しないって…それでもって万年十八歳未満お断りって…。もしかしなくても私たちは本物の一年生だった去年と同じで進歩はゼロってわけですか!?
「ああ、誤解しないように言っておこう。積んだ経験は身についていくから、キースが大学でやってる授業やお勤めなんかは無駄にはならない。ただ、大人になることが出来ないっていうか…。なりきれないって言うべきか。たとえば恋人。…サム、君はぼくに惚れ込んでるけど、ぼくを抱きたいって思うかい?」
「…えっ? そ、そんな……」
プシューッと湯気を噴きそうな顔をして、サム君はブンブンと首を左右に振りました。
「これがサムの本音で限界。…ぼくを好きだって自覚はあっても、そこから先へ進めない。キース、君も覚えがあるんじゃないかな? 大学のコンパとかではモテる方だと思うんだけど、硬派がどうとか云々以前に他の男子と違ってないかい? パルテノンへ遊びに行こうと誘われたことは?」
「そ、それは……。坊主になる身がパルテノンなんかへ遊びに行くのは…」
「でも、行く学生は多いよね? はっきり言えばソープとか。…君が全く興味を示さず、ついて行かないのは何故だと思う?」
「…うっ…」
黙ってしまったキース君を見て、ソルジャーが「ソープって何?」と尋ねます。会長さんはソルジャーの耳に何やら囁いてますが、ソープといえばソープランドの略でしたっけ。詳しいことは知りませんけど、大人の時間が買える店です。えっと…大人の時間が買えるお店で、十八歳未満お断り。…ん? 十八歳未満お断り…!?
「君たちは来年、十八歳になるんだっけね」
会長さんが私たちをグルリと見渡して。
「十八歳といえば大人の世界が解禁になる年齢だけど、君たちはそれに見合わない。ぶるぅが決して六歳以上にならないみたいに、君たちは十八歳の壁を越えられないのさ。…つまり大人になれないってこと」
「「「………」」」
誰もが自覚していたものか、反論はありませんでした。万年十八歳未満お断りとは衝撃ですが、だからといって大人の世界に飛び込みたいとも思いませんし…。会長さんはクスッと笑って軽くウインクしてみせました。
「大丈夫、そのままで別に問題ないから。外見は一年生のままなんだからね、年相応でちょうどいい。…アルトさんとrさんは大人の世界に片足突っ込んでしまったけれど、個人差ってことで納得したまえ」
うーん、アルトちゃんとrちゃんですか…。あの二人は去年から会長さんに惚れてましたし、私たちはスタートダッシュで負けていたのかもしれません。特別生の一年生を繰り返すだけで、いつまで経ってもお子様だなんて…。

外見も中身も成長しない、と言われてしまった私たち。会長さんはソルジャーに向かってお説教を始めました。
「いいかい、この子たちは来年になっても十八歳未満のままだからね。生まれてから十八年以上が経ったからって、大人扱いは困るんだ。ちゃんと弁えてくれないと…」
「分かったよ。ぶるぅだと思って対応するさ。大人の時間になったら締め出しておけばいいんだろう?」
「そんな時間を控えてくれると嬉しいんだけど」
「君のハーレイとかエロドクターとか、からかい甲斐がある連中が揃ってるのに?」
控えるなんて絶対に無理、とソルジャーは主張しています。私たちは溜息をつき、こんな人たちに付き合わされる人生ならば子供のままでいるのがベストと思い始めていたのですが…。
「困った…。一生嫁が貰えないのか」
シビアな問題を口にしたのはキース君でした。
「嫁がいないと後継ぎが…。親父になんて言えばいいんだ」
あ。キース君の家はお寺です。後継者がいないと大変なことになるのかも…。けれど会長さんは余裕の笑みで。
「後継ぎ? 元老寺のことなら無問題だと思うけどな。君の寿命はどれだけあると思ってる? ぼくは三百年以上生きているんだよ。君も余裕で三百年はいけるってことだ。お嫁さんなんか貰わなくっても、君一人だけで他のお寺の何世代分も持ちこたえるさ」
それに、と人差し指を立てる会長さん。
「お嫁さんがいないというのは住職としてポイント高いよ? 生涯不犯は坊主の理想だ」
「「「…ショウガイフボン?」」」
キース君を除いた全員が首を傾げました。もちろんソルジャーも同じです。
「一生、異性と交わらないこと。仏教には五戒というのがあってね…更に五つ加えて十戒というのもあるんだけれど、守るべき大事な戒めなんだ。五戒の一つが邪淫戒」
「「「…ジャインカイ…?」」」
「そう、邪に淫らと書く。それが異性と交わるな…ってヤツ。今では夫や妻以外の異性と言われてるけど、本来はもっと厳しかった。異性は全てダメだ、とね。もちろん同性ならいいって意味じゃない。誰とも交わらないのが理想の生活、生涯不犯。キース、君なら楽勝だ。戒めるような欲望が無い」
独身を貫いていれば弟子も増える、と会長さんは言いました。
「弟子入り志願が大勢来れば、後継ぎだって見つかるさ。…どうしても君の血を残したいんなら、手を打たないと大変だけど」
「…いや…。俺はその辺は特に…」
「じゃあ、このままでいいじゃないか。目指せ、生涯不犯の高僧。…ぼくも記録の上ではそうなってるだろ?」
「……そうだったな……」
ガックリと肩を落としたキース君。ガックリの理由は生涯不犯がどうこうではなく、会長さんの正体である伝説の高僧、銀青様の公式記録の方でしょう。
「記録って何さ?」
ソルジャーが好奇心に満ちた瞳で会長さんを見ています。銀青様どころか会長さんの法名も知らないソルジャーのために解説が始まり、ソルジャーと「ぶるぅ」は楽しそうに耳を傾けていたのでした。

やがて日が暮れ、飾り付けられたリビングでクリスマス・パーティーの始まりです。ソルジャーの世界のシャングリラ号でもクリスマス・イベントがあるそうですが、ソルジャーは「今年はサボリ」だと言い切りました。キャプテンとの甘い時間も別の日を予約したのだとか。
「だってさ。本物の地球で迎えるクリスマスだよ? 体験しなくちゃ損じゃないか」
ズラリと並んだクリスマスの御馳走を前に、ソルジャーは嬉しそうでした。ローストビーフにターキーに…クリスマス・プディングにブッシュドノエル。食いしん坊の「ぶるぅ」は次から次へとお腹に詰め込み、私たちも美味しい料理に大感激です。舌鼓を打っていると玄関のチャイムが鳴って。
「かみお~ん♪ サンタさん来たから行ってくるね!」
飛び出していった「そるじゃぁ・ぶるぅ」が連れて来たのは体格のいいサンタさん。真っ赤な洋服と帽子、白いお髭に大きな袋。どう見てもサンタさんですけれど、見覚えのある目許と褐色の肌は…。
「メリー・クリスマス!」
サンタさんの声は教頭先生と同じでした。会長さんが笑顔で出迎えます。
「メリー・クリスマス! ぼくたちのパーティーにようこそ、ハーレイ。プレゼントを配ってくれたら、後は一緒に食べて行ってよ。それと余興をよろしくね」
「ああ。…まずはサンタの役目からだな」
袋から最初に取り出されたのはお菓子が詰まった金色のブーツ。クリスマスの定番商品ですけど、「ぶるぅ」の瞳はお菓子ブーツに釘付けです。
「これは…。ふむ、『よい子のぶるぅへ』と書いてある。どっちのぶるぅだ?」
「んーと、んーと…。ぼく! 多分、ううん、絶対にぼく!」
「そっちのぶるぅで合ってるよ! ぼく、リクエストしてないもん」
自分の物だと言い張ったのは「ぶるぅ」でした。プレゼントは会長さんが用意してくれたみたいです。教頭先生は「ぶるぅ」にお菓子ブーツを渡し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」にもお菓子ブーツを渡し…。私たちやソルジャー、会長さんとフィシスさんには焼き菓子を詰めたバスケット。これって一年前から予約しないと手に入らないお店のでは…?
「予約なんかは必要ないよ。ぼくのコネならいつでもオッケー」
会長さんが得意そうに言い、サンタに扮した教頭先生を「御苦労さま」と労って。
「せっかくのクリスマス・パーティーだから、サンタの格好をしてて欲しいけど…。それじゃ食事が出来ないよね。髭は外してくれていいから」
「そうか? では、ありがたく外させてもらおう」
教頭先生がサンタの髭を外した所で、ソルジャーが。
「今日は無礼講でいくらしいよ。ほらね、あそこにヤドリギがあって…」
「ヤドリギ? ほほう…綺麗な飾りだな」
独身生活三百年余の教頭先生はキッシング・ボウを知りませんでした。ソルジャーの瞳がキラリと妖しく光ったものの、教えるつもりは無いようです。無礼講だなんて言い出した以上、何かやらかすと思うんですけど…ヤドリギにくっついている実の数のキスは、誰のもの…?




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