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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

賑やかだったクリスマスが済むと普通の日々が待っていました。冬休みですからジョミー君たちとドリームワールドに行ったり、スウェナちゃんと街でお買い物をしたりしている内にパパのお仕事もお休みになって…。特に旅行の予定とかも無く、明日は大掃除かな…なんて考えていた夜のことです。
『起きてるか!?』
いきなり飛び込んできた思念波の主はキース君でした。みんなに一斉に呼び掛けたらしく、ジョミー君やサム君も思念波で返事をしています。…なんでメールじゃダメなんでしょう?
『すまん、メールではうまく伝わらないんだ。思念波の方が間違いがない』
『『『………?』』』
『みんな、年末年始は暇か? …いや、忙しいなら仕方がないが…』
キース君にしては歯切れの悪いもの言い…いえ、思念波です。暇かと言われれば暇ですけれど、私たちに何か用事があるのでしょうか。
『暇なら頼まれてほしいんだ。年末年始は…』
そこまで思念波が届いた時です。
『ふうん? 楽しそうな相談だねえ』
割り込んできたのは他ならぬ会長さんの思念波でした。
『サイオンもろくに扱えないレベルのヒヨコが夜中に揃って密談かい? チャットの方がマシじゃないかな』
その方が楽だし確実だよ、と笑う気配が伝わってきて…。
『まあ、心意気だけは買ってあげよう。今、チャット部屋を用意するから』
『『『は?』』』
会長さんって、そういうのをやってましたっけ? 聞いたこともないんですけど…って、ええっ!?
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
突然の青い光と浮遊感に包まれた直後、目の前に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が立っていました。そこは見慣れた会長さんの家のリビングで、キース君たちもポカンとした顔で揃っています。
「こんばんは。チャット部屋へようこそ」
パジャマ姿の会長さんが微笑み、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は誕生日に私たちがプレゼントしたアヒルちゃんパジャマ。ああっ、いけない! 私もパジャマでしたっけ~! スウェナちゃんもピンクのパジャマです。男の子たちも全員パジャマ。
「パジャマ・パーティーってところかな。…でも女の子はそれじゃマズイか」
会長さんの指先がキラッと光って、私の手の中にバサッとガウンが降ってきました。スウェナちゃんもガウンを手にしています。
「フィシスのだよ。ぼくの家にも置いてあるんだ。遠慮しないで借りるといい」
フィシスさんの置きガウン…。そんなものが何故あるのかを考え始めたらドツボですから、私たちはお礼を言って素早くガウンを羽織りました。軽くて暖かくて…見た目も華やか。ううん、これ以上は考えたら負けというヤツです。
目の前では「そるじゃぁ・ぶるぅ」が嬉しそうに飲み物とお菓子を用意していて…。
「ブルーがね、パウンドケーキは日持ちするから多めに焼こうって言ったんだ。そしたらお客様がこんなに沢山…。ねえねえ、ブルー、お客様が来るって知ってたの?」
「まあね。…フィシスに占ってもらわなくても分かる時には分かるものさ。さあ、遠慮なく相談を始めたまえ」
どうぞ、と笑顔の会長さん。…えっと…とりあえず座ればいいかな?

みんなが腰掛けてココアや紅茶を飲み始める中、キース君は沈黙していました。コーヒーカップを両手で包み、複雑な表情をしてますけれど…。
「キース。君がみんなを呼んだんだろう? 黙っていたんじゃ失礼だよ」
会長さんが促しましたが、キース君は口を開きません。ひょっとして私たちへの頼みというのは会長さん絡みの何かだったとか…?
「いいけどね。喋る気がないんだったらそれはそれで…。だけど呼ばれた方はいい迷惑だ。ぶるぅのパウンドケーキくらいじゃ時間外労働には足りやしない」
「………」
「君が言わないのなら、ぼくが話そう。キースが君たちを呼んだのは…」
「いいっ!」
俺が話す、とキース君が会長さんを遮って。
「…仕方ない、ブルーに気付かれないように…だなんて、考えるだけ時間の無駄だったんだ。こういうヤツだと分かっていたから、みんなに頼もうと思ったんだしな」
「「「???」」」
「頼む、年末年始に特に予定が無いんだったら、俺の家へ泊まりに来て欲しい。…除夜の鐘が撞けるし、甘酒のお接待もある」
「除夜の鐘?」
楽しそうだね、とジョミー君が反応しました。会長さんから仏門に入れと脅されてるくせに、自分の方からお寺に近付いていっていいのでしょうか? まあ、除夜の鐘は大晦日の最大のイベントですし、抹香臭いイメージも全然ありませんけど。
「来てくれるか? 他のみんなは?」
「そうですね…。家にいたって別になんにもありませんし…先輩の家に行こうかな」
シロエ君は行く気のようです。私も除夜の鐘に興味津々でしたが、キース君からの急な思念波が心に引っ掛かっていてすぐには返事できません。他のみんなも同じような考えらしく、探るような視線を交わしていると…。
「…すまん…。理由も言わずに頼みごとをしようという俺が間違っていた」
キース君はコーヒーカップをテーブルに置き、ソファから立つとガバッと土下座をしたのでした。
「頼む、助けると思って来てほしい。…親父がブルーを招待したんだ。年末年始という節目の時にブルーなんかが寺に来てみろ、いったい何をやらかされるか…。下手すりゃ初日の出前に坊主頭だ」
「「「………」」」
会長さんが元老寺に招待されたとは初耳でした。キース君のパパの恰幅のいい姿が目に浮かびます。高僧である会長さんにペコペコ頭を下げてましたっけ。…あのアドス和尚を会長さんが上手に焚きつけ、キース君を坊主頭にしてしまうことはありそうです。…絶対ないとは言い切れません。
「ブルーの暴走を止められるのはお前たちくらいしかいないんだ。…お前たちがいてもダメかもしれんが、ベストは尽くしておきたいんだ! 頼む」
このとおりだ、と絨毯に頭を擦りつけているキース君。土下座なんてしてくれなくても、窮状を知った今となっては断る方が鬼ってものです。私は「行く」と答えました。スウェナちゃんもサム君も。そしてマツカ君は…。
「よかったです、早めに連絡して下さって。…明日から両親と出かけるところだったんですよ」
自家用ジェットで外国へ行く予定だったらしいですけど、マツカ君は穏やかに微笑んで。
「お城は逃げたりしませんしね。次の機会がありますよ」
観光だとばかり思っていたら、マツカ君のパパのお城だそうです。マツカ君、どこまで凄いんだか…。

大惨事を回避するアイテムならぬ助っ人を得たキース君はようやく笑顔を取り戻しました。大晦日は私たち全員、キース君の家にお泊まりです。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」もお泊まりに行くわけですが…。
「君たちを巻き込んじゃうとは思わなかったな」
会長さんが紅茶を口に運びます。
「ぼくとしては久しぶりにお寺で過ごす年末年始を満喫したかっただけなんだけどね?」
「久しぶりというのが恐ろしいんだ! 来るわけないと思ったのに…」
フィシスさんはどうする気だ、とキース君。
「親父はフィシスさんのことなんか知らないからな、悪いとも思っていないようだが…。フィシスさんはあんたの嫁も同然だろう? 一人ぼっちで年越しさせて、あんたは胸が痛まないのか? フィシスさんの手前、なんだかんだと理由をつけて断ってくると信じてたんだ!」
「…フィシスならいないよ?」
旅行に行った、と会長さんはニッコリ笑いました。
「フィシスは未来が読めるだろう? 冬休みはどう過ごそうか、と希望を訊いたら言われたんだ。キースのお父さんがぼくを誘ってくる筈だ、って。断るかどうかはぼく次第だ…ともね」
フィシスさんはシャングリラ学園の女の先生たちと食べ歩きツアーに出かけたそうです。女の先生ばかりのツアーにいつも誘われるらしいのですが、会長さんと一緒に行くことは出来ませんから滅多に参加しないのだとか。
「ほら、ぼくだって男だし…あのツアー、男子禁制だしね。いい機会だからフィシスは旅行、ぼくはキースの家に行くことにした。何も問題ないと思うな」
「…俺をどうするつもりなんだ?」
「別に? ぼくはご招待をお受けしただけで、元老寺の内部事情に口出しする気はさらさら無いさ。君の父上がご希望ならばともかく、そうでなければ衣を着ようって気もないし」
「親父は期待してると思うぞ…」
溜息をつくキース君。会長さんの緋色の法衣は最高位のお坊さんのシンボルです。会長さんを招待したからには、アドス和尚は緋色の衣とセットで考えているでしょう。もちろん会長さんだって無関心を装いながらも、衣を用意して行くに決まっています。
「ぼくはね、君の将来をとやかく言おうとは思っていない。君が自分で決めるんでなけりゃ、道は決して開けやしないよ。…それだけは肝に銘じておくんだね」
珍しく真面目な言葉を口にして、会長さんは私たちを見回しました。
「夜中に呼び出しちゃって驚いただろう? でもサイオンでやりとりするより分かりやすかったと思うんだ。キースの土下座はサイオンで密談してても見られないし…。じゃあ、大晦日に元老寺で会おう。ぶるぅも君たちがいた方が退屈しなくていいかもしれない」
万年十八歳未満お断りだし、とウインクしてから会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と協力して私たちを瞬間移動で順番に家へ。青い光に包まれ、自分の部屋に帰った時には借り物のガウンはありませんでした。…夢を見てたわけじゃ…ないですよね?
『迷惑をかけてすまなかった』
キース君の思念波が届きました。
『年末年始はよろしく頼む。詳しいことは後でメールするから』
本当に夢じゃなかったみたいです。今年の大晦日はキース君の家で除夜の鐘。…なんだかワクワクしてきましたけど、キース君は会長さんの訪問を控えてブルブル震えているのかな?

郊外の山沿いにある元老寺に私たちが到着したのは大晦日の昼前のことでした。電車と路線バスを乗り継いでくるとかなり時間がかかります。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はリッチに迎えのタクシーか何かで来るのでしょうが…。石段の上に山門という本格的なお寺の構えは何回見ても非日常です。
「えっと…庫裏の方へ行けばいいんだよね?」
ジョミー君が荷物片手に先頭に立って境内を進み、庫裏の入口まで行ったところで。
「かみお~ん♪」
元気な声が聞こえて「そるじゃぁ・ぶるぅ」が宙返りしながら降って来ました。
「ブルー、とっくに着いてるよ? ご飯の用意もできてるんだ」
ほらこっち、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」に案内された先は前に泊まった宿坊でした。扉を開けてキース君のお母さんが出てきます。黒髪美人の着物姿って素敵ですよねえ。
「こんにちは。いつもキースがお世話になって…。どうぞお入り下さいな」
イライザさんは私たちに部屋を割り当ててくれ、荷物を置くと食堂へ連れて行ってくれました。これから二日間、正座が基本の生活です。畳敷きの食堂には既に会長さんの姿があって…。
「やあ、遅かったね。同じような時間に出た筈なのに、この差はいったい何なんだろう?」
「ブルーは車で来たんだろ!」
唇を尖らせたのはジョミー君です。
「ぼくたちは電車とバスなんだから! これでも乗り継ぎは上手くいったと思ってるんだよ!」
ちゃんと時刻表を調べて来たんだ、とジョミー君は膨れっ面。元老寺へのバスは通勤時間帯を除くとあまり本数がないのでした。とはいえ一時間に三本は走っていますし、ド田舎ではないんですけども。
「ごめん、ごめん。ぼくとぶるぅは迎えの車が来たものだから…。アドス和尚も心得てるよね」
そう言っている会長さんは緋の衣どころか制服でもなく、普段着のセーター姿でした。招待を受けたというならそれなりの服装というものがあるのでは…? しかも会長さんが座っているのは私たちの前にあるものよりも遥かに立派な座布団です。…と、サム君がハッと姿勢を正して。
「あ。俺、この席じゃマズイんだ。…えっと…」
入った順番で座ろうとしていた私たちの後ろをサム君が通り抜け、入口に一番近い所へ。もしかして下座ってヤツでしょうか? 普段は会長さんの隣や向いが指定席なサム君ですが、お寺に来たら師弟関係優先ですか? 会長さんはサム君を見て満足そうです。正式に弟子入りしたわけでもないのに、サム君、とっても健気かも…。
「これはこれは。ようこそ、皆さん」
ドスドスと重い足音と共にアドス和尚が現れました。墨染の衣ですけど、袈裟は着けていません。その後ろから同じく墨染の衣のキース君が入ってきて、サム君と席を譲り合った後、一番下座へ。アドス和尚は会長さんに手招きされて「そるじゃぁ・ぶるぅ」を間に挟んで座ることに。
「キース、今日はお坊さんをやってるんだ?」
軽いノリで尋ねるジョミー君。サイオンで坊主頭に見せかける訓練をキース君と一緒にやってるくせに、除夜の鐘と聞いて元老寺行きを即決したのと同じで危機感というものが無いようです。キース君は苦笑しながら「俺も一応、坊主だからな」と答えました。
「住職を任される資格は無いが、ちゃんと得度はしてるんだ。寺を継ぐという決心もしたし、行事のある日は衣を着るのが当然だろう」
「そっか。でも袈裟までは着けていないんだね。…それが普段着?」
明日は我が身という危機感ゼロのジョミー君は好奇心の塊でした。そんなことを聞いて大丈夫…?
「流石だね、ジョミー。見どころがあるよ」
あぁぁ、やっぱり~! 声の主は上座の会長さんです。
「普段着っていうわけじゃないんだ。袈裟は神聖なものだから、不浄な場所では外す決まりになっている。トイレなんかはもっての外だし、食事も同じさ。…それで外しているんだよ。細かい所に気を配るのは修行の大事なポイントだ。ジョミーは素質十分だね」
「ほほう…。せがれが修行を共に出来そうな友達が出来たと言っておりましたが、あなたでしたか」
キースを宜しくお願いします、と相好を崩すアドス和尚。ジョミー君は真っ青になり、キース君は舌打ちをして「馬鹿め…」と呟いたのでした。

精進料理のお昼御飯を運んできてくれたのはイライザさんとお手伝いのおばさんたち。去年の夏もお手伝いの人が何人もいましたし、元老寺の宿坊って儲かるのかな? 私たちの他に泊まり客の姿は無いですけれど…。
「年越しでやってる宿坊は少ないんだよ」
私の疑問を読み取ったらしく、会長さんが言いました。
「元老寺の宿坊も休業中だ。ぼくたちは例外みたいなものさ。いわばお客様。…そうだよね、キース?」
「ああ。休業してる間にブルーを呼びたい、と言ったのが親父。ついでだから友達を呼びたい、と言ったのが俺だ」
どうせ大晦日は手伝いの人を頼むんだし、とキース君。除夜の鐘の時のお接待は人手が要るので、宿坊に勤めている人を呼ぶのだそうです。
「イライザはせがれに甘いもので…。恥ずかしながら、わしも妻には頭が上がらんのです」
婿養子でして、とアドス和尚は恐縮中。そういえばお寺の三男坊だ、って会長さんに聞きましたっけ。でもイライザさんは昼食の席には来ていませんし、お寺の奥さん…確か大黒さんでしたか……として裏方に徹しているのでしょうか。
「キースのお母さんは忙しくなさってるんですか?」
マツカ君が尋ねました。
「大晦日ですし、正月の準備もありますしな。…せっかくお越し頂いたのですし、せがれのことなどお話したいと申してまして…。除夜の鐘が終わりましたら、皆様とぜひご一緒したいと」
アドス和尚の答えに会長さんが頷きます。
「うん、そうだね。ぼくもそういうつもりで来たし…堅苦しいことは抜きで話をしたいな」
「もったいないお言葉でございます。お偉い方にお目をかけて頂き、せがれは本当に幸せ者で…」
ペコペコと頭を下げるアドス和尚。会長さんの正体を知っているのか、いないのか…。昼食が終わるとキース君を残してドスドスと出て行ってしまいました。迎春の飾り付けやお供え物の点検だとか、今年最後のお勤めのための準備とか…仕事は山のようにあるのだそうです。
「俺も手伝えとは言われているが、あんたのおもてなしが最優先だというんでな」
仏頂面で会長さんを見詰めるキース君。
「そのまま大人しくしててくれれば非常に助かる。…頼むから騒ぎを起こさんでくれ」
「頼まれなくてもやらないよ。これでも高僧なんだからね」
お寺の行事に悪戯を仕掛けることはない、と会長さんは約束しました。
「元老寺で派手にやらかしたら璃慕恩院に聞こえかねない。…普段だったら平気だろうけど、大晦日だけは流石にちょっと…」
「「「???」」」
大晦日はマズイって…何故でしょう? 璃慕恩院といえばジョミー君とサム君が修行体験ツアーに行かされた山奥にある総本山。元老寺とは格が違うと思ってましたが、私たちが知らないだけで元老寺も実は由緒があるとか…?
「…ここは璃慕恩院に近いんだよ。近いと言ってもそこそこ距離はあるんだけどさ」
会長さんが指差したのは裏山がある方向でした。
「あの山の奥に聳えてる山に璃慕恩院があるのは知ってるだろう? 璃慕恩院の除夜の鐘撞きは有名だ。君たちもテレビで見たことくらいはあるんじゃないかな」
「「「あ…」」」
璃慕恩院の除夜の鐘撞きは、前日の練習風景が毎年ニュースに出るのでした。撞木にぶら下がって加速させたお坊さんが補助の綱を握るお坊さんたちと力を合わせて巨大な鐘を撞くんですけど、テレビで見ても迫力満点。
「心当たりがあったようだね。親綱にお坊さんが一人、補助の子綱には十六人。息が合わないと上手くいかないから事前の練習が必要だ。一回撞くのに時間もかかる。だから撞き始めが他のお寺より一時間ほど早いんだよ」
「へえ…」
知らなかった、とサム君が感心しています。
「ブルーが修行していた寺なんだろう? ブルーも撞いたことがあるわけ?」
「…どうだろうね。それはともかく、あの鐘撞きは見物客が多いんだ。一般人は見るだけなのに、観光バスで駐車場が埋まるくらいさ。撞き始めが早いから、見物してからアルテメシアの街へ戻ってくれば自分で除夜の鐘を撞くことができる」
なるほど。一時間も早く始まるのなら、余裕で戻ってこられそうです。会長さんに続いてキース君が。
「百八回にこだわらないで無制限に撞ける寺も沢山あるしな。…うちもそうだが」
「そこなんだよね。璃慕恩院からの帰り道にあって、同じ宗派で、撞きたい人はもれなく撞ける。それに惹かれて元老寺の除夜の鐘を撞きたいという信者さんが来ちゃうんだよ。信者さんの前で騒ぎを起こすのは非常にマズイ」
「「「………」」」
「大丈夫、今夜は何もやらかさないさ。安心したまえ、キース・アニアン」
フルネームでキース君を呼んでるあたりが怪しいような気もしましたが、会長さんが高僧なのは事実です。除夜の鐘が鳴り終わるまでは何も起こらないと安心していていいんですよね…?

それから夜まではお寺ライフかと思ったものの、大晦日の元老寺は関係者以外は立ち入り禁止な雰囲気でした。本堂もピカピカに磨き上げられ、私たちはお掃除もさせて貰えません。キース君が墨染の衣でスックと立って。
「馴れてないヤツに掃除をされて失礼があったら困るからな。俺は昨日まで必死に掃除をしてたんだ。努力を無駄にしたら怒るぞ」
手出し無用、と言われたのでは宿坊の中でゴロゴロするしかなさそうです。会長さんはイライザさんが用意したお茶とお菓子で寛いでますし、私たちも怠惰に過ごすのが一番みたい。忙しそうに走り回っているキース君を他所にゲームにお喋り、日が暮れると早めの夕食で…。
「昼間にも言ったが、うちの除夜の鐘は無制限だ」
夕食を済ませた食堂でキース君が言いました。
「だが、放っておいたら朝になっても終わらないからな…。一応期限は設けてある。年が明けてから一時間以内に並んだ人が対象だ。そして百八回目と最後の鐘は親父が撞く」
大トリはアドス和尚でしたか! 元老寺の住職ですし、当然と言えば当然かも。
「…そういう決まりになっていたんだが、今年はブルーが撞くことになった」
「「「えぇっ!?」」」
私たちの声が裏返りました。よりにもよって会長さんにそんな大事なお役目を…? けれど会長さんは涼しい笑みを浮かべただけで、悪戯心は無さそうです。
「ぼくって信用ないみたいだねえ…。煩悩を祓う除夜の鐘だよ? そんな所で悪戯するわけないじゃないか。ね、ぶるぅ?」
「うん! ブルー、真面目な時は真面目だよ。でなきゃソルジャーやってないもん! とっくにクビになってるもん!」
「…ありがとう、ぶるぅ…」
フォローになってないけどね、と苦笑いをする会長さん。そう言いつつも緋の衣に着替えてキース君と小坊主スタイルの「そるじゃぁ・ぶるぅ」を従えて本堂に向かう姿は高僧らしく見えました。除夜の鐘の前に今年最後のお勤めがあり、私たちも見学です。それが終わると除夜の鐘で…。わあっ、寒い! おまけにけっこう並んでますよ!
「最初が親父で、次が俺だ。…お前たちは一般の列に並んでくれ。俺は関係者だから別行動で頼む」
キース君が鐘楼の方へ歩いて行きます。その後ろには会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ごめんね、ぶるぅもぼくと一緒で別枠なんだ。関係者席はあっちなんだよ」
鐘楼の近くに仮設テントがありました。甘酒のお接待をするための場所と、関係者席と。ストーブも置かれて暖かそうです。でも一般客の列に暖を取るものはありません。こんな時にサイオンでシールドできる力があれば…と思念波でグチを言い合いながらも誰一人として脱落しないのは物見高さの所以でしょうか。やっとのことで順番が回り、一番先にジョミー君。それから後は次々に…。
「うー、寒かった!」
「手が完全に凍えちゃってる…」
イライザさんやお手伝いのおばさんたちから甘酒を受け取り、私たちはストーブの側で震えていました。鐘はもうすぐ百八回目。年明けと同時に鳴らす百八回目を会長さんが鳴らす筈ですが…。あっ、隣の関係者用テントから会長さんが出てゆきます。アドス和尚の先導でキース君と「そるじゃぁ・ぶるぅ」をお供に連れた会長さんに、見物客…もとい鐘撞きに来た人たちの目が釘付けに。
「やっぱり凄く目立ちますよね…」
シロエ君が言い、サム君が。
「当然だろう、ブルーだぜ? あんな綺麗な人は他にいないさ」
「中身は分からないけどね…」
「なんだと、ジョミー!?」
やる気か、と身構えるサム君の肩をマツカ君がポンと叩いて。
「言いたいことは分かりますけど、始まりますよ? もう階段を上ってます」
「あっ、ホントだ! サンキューな、マツカ」
会長さんが優雅な身のこなしで鐘楼に上り、撞木の綱を握りました。腕時計とかはしていませんが、サイオンで情報を得ているのでしょう。ゆっくりと綱を引き、緋色の衣の袖を翻して鐘をゴーン…と厳かに鳴らした瞬間、新しい年が始まりました。あけましておめでとうございます。今年もいい年でありますように…。




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昼食は今年もケータリングでした。お誕生日の主役に料理をさせるというのは間違っている、という会長さんの意向です。ローストビーフにオマール海老のショーフロア、色とりどりのカナッペなどなど…。食事が済むと大きなバースデー・ケーキが二個も運ばれてきました。
「ぶるぅ、誕生日おめでとう。蝋燭は今年も一本だったね」
会長さんが片方のケーキに蝋燭を立て、もう片方には「ぶるぅ」が蝋燭をズラリと並べています。そういえば「ぶるぅ」が何歳なのかは聞いたことがありません。かなりの数の蝋燭ですが…。
「ぼくも忘れてしまったんだよ、ぶるぅが何年前に生まれたのか」
ハーレイなら覚えているだろうけど、とソルジャーが「ぶるぅ」と顔を見合せて笑いました。
「だから蝋燭の数は適当。ぶるぅが多い方がいいって言うからケーキのサイズに合わせて頼んだ。…いいんだよ、そもそも誕生日が適当なんだし」
「「「は?」」」
誕生日が適当ってどういう意味? 今日が誕生日ではないのでしょうか?
「ぼく、クリスマスがお誕生日の筈だったんだ。…だけどブルーに放っておかれたんだよ」
プゥッと頬を膨らませて「ぶるぅ」がケーキを見つめています。
「クリスマスに卵から生まれる予定で、サンタさんが服をプレゼントしてくれたのに…。ブルーったら二日も服に気が付かなくて、気付いた後もそのままで! お正月が済んでお掃除しなきゃ、って時にハーレイが来てサンタさんのカードを見付けて、やっと二人が揃ったんだ」
カードには「よろしく」とだけ書いてあり、プレゼントの服というのは「ぶるぅ」が着ているのとそっくりなソルジャー服のミニチュアだったそうです。でもソルジャーとキャプテンが揃わないと「ぶるぅ」が生まれてこられないって…。何故に?
「だって。卵を温めてくれた人が揃っていないとダメなんだもん」
「「「えぇっ!?」」」
卵は温めて孵化させるのが基本ですけど「そるじゃぁ・ぶるぅ」は違います。だから「ぶるぅ」も同じだと思っていたのですけど…温める必要があったんですか! しかもソルジャーとキャプテンが…って、それじゃ「ぶるぅ」の卵は二人のベッドに…?
「ぼくのベッドと言ってほしいな」
かさばって大変だった、とソルジャーが両手で大きな丸を作りました。
「最初は指先くらいの小さな石で、それからどんどん大きくなって…最後は抱えるほどになっちゃった。ぼくとハーレイで温めたんだよ、卵だしね。どうやら両親が揃った時に生まれる仕様になってたらしい」
「「「両親!?」」」
「うん。ぶるぅが最初に言った言葉は「初めまして、パパ、ママ」だった」
「「「!!!」」」
パパ…。ママ…。ソルジャーとキャプテンがパパとママ…!?
「どっちがパパかで悩んだらしいね。でもハーレイをパパと呼んだ。…ついでに、ぼくをママとは呼ばなかった」
「ブルーも男だったんだもん…。ぼく、ママはどこかに行っちゃったのかと思ったんだ」
そしたらパパが二人だった、と「ぶるぅ」はニッコリ笑います。
「でもね、二人ともパパって呼んだら怒るんだ。子持ちになった覚えはない、って。予定してた日には生まれられないし、パパって呼ぶこともできないし…。グレちゃったって仕方ないよね。だから悪戯が大好きなんだ」
うーん、どこまで本当でしょう? ソルジャーは笑いを堪えていますし、「ぶるぅ」も幸せそうですし…話半分に聞いておくのが一番かな?

バースデーケーキの蝋燭を「ぶるぅ」と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が揃って吹き消し、「おめでとう」の声と拍手が響きます。大きなケーキが二個もあってもスイーツ大好きソルジャーと大食漢の「ぶるぅ」がいては一切れも残らず、次はプレゼントの出番でした。私たちが用意したアヒルちゃん模様のパジャマ――片方は会長さんが買い足してくれたものですが――はウケたようです。
「可愛いね! アヒルちゃんと一緒に寝られるよ」
「うん、ぼくたちパジャマもお揃いだね」
御機嫌の二人の前にフィシスさんが差し出したのは小さなクッションと大きなクッション。
「小さい方はいつものですわ。これはぶるぅに。…大きい方は、そちらのぶるぅに。卵には戻らないのでしょ? 普通のクッションでないと使えませんし」
「えっ? 卵って…」
キョトンとする「ぶるぅ」は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が六年ごとに卵に戻るのを知りませんでした。卵に戻っている間、フィシスさんの手作りクッションが敷かれた籠に入ることも。
「そうなんだ…。ぼくたち、そっくりだけど違うんだね。じゃあ、ぶるぅはパパもママもいないわけ?」
「いないよ。ブルーはお兄ちゃんみたいなものだもん」
「そっか。その方が気楽でいいよね。パパたちがいると気を遣うんだよ、大人の時間は一人で寝なくちゃいけないし…」
無邪気に語る「ぶるぅ」ですけど、おませさんな理由が分かったような気がしました。卵を温めていたという一年の間、ソルジャーが大人の時間を控えていたとは思えません。「ぶるぅ」は容赦ない胎教を受け、生まれてからも色々と無駄な知識を仕入れたのでしょう。そんな「ぶるぅ」の頭をソルジャーがコツンと軽く叩いて。
「喋りすぎ! で、ぼくからのプレゼントは…これ」
ヘソクリ菓子のお裾分けだよ、とソルジャーはキャンディーやチョコレートが詰まった小さな箱を一個ずつ二人の前に置きました。
「二人分にしようと思うと少ししかなくてね。ゼルに作らせようとしたのに、捕まらなかった」
それでも二人のぶるぅは嬉しいようで、箱の中身をテーブルに並べて数えています。ヘソクリ菓子というのはソルジャーが青の間に隠し持っているお菓子のことで、厨房からくすねてくるのだとか。本当にお菓子が好きなんですねえ…。さて、会長さんは何をプレゼントするのでしょうか?
「ほら、ぼくのプレゼントもお揃いだよ。開けてみて」
手渡されたのはリボンがかかった四角い箱。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が丁寧にリボンを解いている横で「ぶるぅ」がバリバリと包みを破り、箱の蓋をパカッと開けると…。
「わあ、マントだぁ!」
箱の中身は新品の紫のマントでした。なんの捻りもないですけれど、子供って新しい服が好きですし…。包装紙をきちんと畳んだ「そるじゃぁ・ぶるぅ」も急いで箱を開けています。ソルジャーが「ふん」と鼻を鳴らして。
「なんだ、マントか。…ヘソクリ菓子の方が心がこもっているよ。ぼくの大事なとっておきだ」
「そうかな? ぶるぅ、箱から出して着てごらん」
会長さんに促された「そるじゃぁ・ぶるぅ」がマントを取り出し、羽織ろうとして広げてみると…。
「わあっ、アヒルちゃんだあ!」
「えっ、どれどれ!?」
慌てて「ぶるぅ」もマントを広げ、私たちが見たものは……マントの裏に一面に描かれた黄色いアヒルの群れでした。昨日、ここへ来る途中でジョミー君が「マントの裏にアヒルちゃんとか…」なんて言ってましたが、もしかしてあれは予知能力!?
「すげえな、ジョミー! お前ってこれが分かってたんだ?」
サム君が言い、キース君が。
「タイプ・ブルーはダテじゃないな。…すまん、馬鹿にして悪かった。センスが悪いわけじゃなかったのか」
このとおりだ、と謝るキース君でしたが、ジョミー君は困ったように頭を掻きました。
「違うよ、偶然の一致ってヤツ。ぼく、こんなビジュアル見てなかったし」
「おやおや…ジョミーが予知をしたのかい?」
詳しく話を聞かせてほしい、と会長さんが割り込みます。その結果、導き出された結論は…。
「やっぱり一種の予知だろうね。フィシス、君もそうだと思うだろう?」
「ええ。ジョミーはタイプ・ブルーですもの」
「ほらね、フィシスもこう言っている。ジョミー、君の能力は活かすべきだよ。出家して仏の道を目指そう」
「なんでそういうことになるのさ!!」
お断りだ、と髪の毛を押さえるジョミー君。アヒルちゃんマントは予知なのでしょうか? それとも会長さんがジョミー君を陥れるために意識の下に情報を…? 真相は多分、永遠に藪の中ではないかと思いますけど。

ジョミー君が騒いでいる間に二人のぶるぅはアヒルちゃんマントに着替えました。普通に立っていれば分かりませんけど、飛んだり跳ねたりすればアヒルちゃんが覗きます。オカリナで『かみほー♪』を吹きながら踊り始めるとアヒルちゃんの裏地がよく見えて…。
「ふうん、なかなか可愛いね」
ソルジャーが感心したように言いました。
「裏地にアヒルちゃんをプリントするなんて、考えたこともなかったよ。…マントは実用的な面でしか見ていなかったし」
「ぼくにとっては飾りだからね。防御性には優れてるけど、戦ったことは一度もないから…。ごめん、気を悪くしちゃったかな?」
心配顔の会長さんにソルジャーは「全然」と微笑んで。
「君の世界が平和だからこそ、こうして遊びに来られるんじゃないか。…ひょっとして君もマントの裏に何かを描かせたことがあるとか?」
「………」
「やっちゃったんだ?」
「一度だけね」
本当に一回だけなんだよ、と会長さんは苦笑しました。
「それ、今もある?」
「えっ? う、うん…。持ってるけど…?」
「ぜひ見たいな。ちょっと見せてよ」
「で、でも…」
ふざけ過ぎてるし、と渋る会長さんですが、ソルジャーは引き下がるような人じゃありません。根負けした会長さんは寝室に行き、大きな箱を抱えてきました。マントにしては大きすぎるような…?
「話すと長くなりそうだから、先にこれを見てよ。学ランっていうヤツなんだ」
箱から出て来たのは応援団の人などが着る丈の長い黒い制服の上着。会長さんったら、応援団もやってたんですか?
「何年か前の学園祭で着たんだよ。制服の上着みたいなものでね、裏地に凝るのがオシャレでさ。…こんな風に」
「「「!!!」」」
リビングの絨毯の上に広げて置かれた学ランの裏地は、それはとんでもないモノでした。赤や紫ではないんですけど、ある意味、それより派手というか…。裏地の黒を夜空に見立てて見事な枝垂桜の木と舞い散る花びら、淡い月。あまつさえ桜の木は裏地の下半分に描かれ、上半分には『応援歌』の文字とシャングリラ学園応援歌の歌詞が書かれているではありませんか!
「なんというか…。凄いね、これ。桜なんだ?」
ぼくのシャングリラにも桜があるよ、とソルジャーは学ランを眺めました。
「ぼくが植えたのは普通の桜だったんだけど、枝垂桜も綺麗かも。いや、あの公園には似合わないか…。それで、この学ランとマントは同じ桜の模様なのかい?」
「ちょっと違う。…こっちがマント。学ランで裏地の粋に目覚めて作らせたんだ」
バサッと箱から出されたマントの裏地は学ランと同じ黒でした。けれどマントに応援歌は無く、桜も枝垂桜ではなくて満開の枝が幾重にも重なり、花びらが舞い、ぼんやり霞んだ十五夜の月が。会長さんはセーターの上からマントを羽織り、背筋を伸ばしてピシッと立つと。
「ね、見た目には分からないだろう? どこから見ても普通のマントだ」
「確かに…」
ソルジャーが頷くのを見た会長さんは、いきなり右手を高く上げて。
「シャングリラ、発進!」
翻ったマントの裏で桜の花が咲き誇りました。つ、つまり…このマントを着てシャングリラ号で指揮を執ったら、もれなく桜吹雪が舞うと…。ソルジャーも唖然としています。
「ブルー。そこでシャングリラの名前が出るってことは、もしかして本当に着たのかい? それ…」
「もちろん。たった一回だけだったけどね。あ、でも…滞在中はずっと着てたし、三日間か」
「士気が下がったりすることは…?」
「むしろその逆。ソルジャーが身近に感じられる、と評判良かった」
なのにハーレイと長老たちには不評だったんだ、と唇を尖らせる会長さん。
「ブリッジで発進命令を出すまで全く気付いてなかったくせにさ。ぼくが青の間に引っ込んだらすぐに追いかけてきて、ソルジャーの品格が下がるから普通のマントに取り替えろ…って。せっかく誂えたマントだったのに、頭ごなしにダメはないよね」
「それで三日間、着続けたんだ? ハーレイはともかく、よくエラたちが引き下がったね」
私たちの世界の先生たちとソルジャーの世界の長老たちは性格もそっくりだと聞いています。エラ先生は風紀にうるさいですし、ソルジャーの世界でも多分似たようなものなのでしょう。会長さんはニヤリと笑い、マントの裏地を見せびらかして。
「脅しをかけてやったんだよ。…裏地は目立つって言うんだったら、見えない場所ならいいんだね…って。たとえば肌とか」
「「「肌!?」」」
「うん。マントの模様を却下するなら代わりに背中一面に…と脅してやったらおとなしくなった。おかげで三日間、裏地のオシャレを楽しめたよ」
こんな風に、とマントを翻してみせて会長さんは上機嫌です。そりゃあ…背中に模様を背負うなんて言われちゃったら、長老の先生方全員、沈黙するしかないですよね…。

会長さんが学ランとマントを片付けた後も「そるじゃぁ・ぶるぅ」たちはアヒルちゃんマント姿ではしゃいでいました。あれくらいなら可愛いですけど、会長さんの夜桜マントは可愛いなんてものじゃありません。遊び心にもほどがある…、と私たちは思ったのですが。
「裏地に絵柄か…。いいかもね」
遊び心を理解したのは、よりにもよってソルジャーでした。
「普通にしてれば分からないのが素敵だな。ぼくも桜の花は好きだし、君の学ランみたいに文字というのも面白そうだ。ハーレイの名前を書いておいたら、ハーレイが挙動不審になると思うよ。誰かに見られたらどうしよう…って」
あちらのキャプテンは、ソルジャーとの仲がバレバレな事実に全く気付いてないのだそうです。
「ぼくもマントの裏地で遊んでみたいけど…君以上に顰蹙を買いそうだ。うっかりゼルを怒らせちゃったら、お菓子を作ってくれなくなるし」
ゼルのお菓子は絶品なんだ、と自慢してからソルジャーは会長さんに向き直って。
「ところで、君が長老たちを脅した時の話だけれど。…肌にっていうのは刺青のこと?」
「そうだけど? 君の世界にもやっぱりあるんだ」
「あるよ。海賊のホーム……拠点みたいな場所なんだけどね、そこで実物も幾つか見てる。でも背中一面っていうのが分からない。それってどういうものなんだい?」
「「「は?」」」
今度は私たちが首を傾げる番でした。刺青といえば背中一面の龍や唐獅子牡丹が真っ先に思い浮かびます。手首や二の腕にワンポイントっていう控えめなのもありますけども、刺青の定番は背中でしょう。ソルジャーは更に言葉を続けて…。
「海賊たちが彫ってたヤツは腕に名前とか、碇のマーク。あとは肩甲骨の辺りに翼とかを彫ってる人もいたっけ。ぼくが知ってるのはそれくらいかな。…だから背中一面なんて想像できない。君は桜が好きみたいだけど、あんな桜も彫れるんだ?」
「え? えっと…。桜はもちろん彫れるけれども、背景が真っ黒なのはどうだろう? ぼくも刺青にはそんなに詳しくないんだよね」
ちょっと待って、と会長さんはパソコンを起動し、何度かキーを叩いてから。
「背中一面の刺青っていうと、この辺りかな。ここは刺青専門の店で、注文に応じて彫るんだよ」
なんと刺青専門サイト!? ソルジャーの後ろから私たちも画面を覗き込みます。お決まりの龍や牡丹の他に昇り鯉とか般若とか…。そこはディープな世界でした。ソルジャーは興味津々であちこちクリックしていましたが。
「ふうん…。消える刺青っていうのもあるんだ?」
「ああ、フェイクタトゥーは一週間もすれば消えちゃうよ。早ければ三日ほどで消えるって書いてあるだろう?」
会長さんが指差す部分を読んだソルジャーは更に数回クリックして。
「マントの裏に模様を入れても、刺青をしても思い切り文句が出そうだけれど…。このフェイクなら楽しめそうだね、それもハーレイ限定で」
「え?」
思わず聞き返した会長さんにソルジャーはパチンとウインクしました。
「発見したのも何かの縁だと思うんだ。マントの裏地で遊ぶ代わりにフェイクタトゥーをやってみたいな。ほら、ここに自分で描けるキットもあるし…。見た目は本物そっくりなんだろ? ぼくが刺青を入れたと思い込んで腰を抜かすハーレイを見てみたい」
悪戯心と遊び心に燃えるソルジャーを止められる人は誰もいません。数分後には会長さんがフェイクタトゥーのキットを扱う店に瞬間移動で行かされることになったのでした。

「ただいま、ブルー。…買ってきたよ、注文のヤツ」
ソルジャーが欲しがった模様は蝶と薔薇。どちらもステンシルのシートになっていて、薔薇は真っ赤な花に葉っぱが一枚と短い茎。蝶は一枚に一匹ずつです。…そう、ソルジャーは複数を注文したのでした。会長さんからシートと染料、筆が入った袋を受け取ったソルジャーは中身を確かめて…。
「確かに誰でもできそうだけど、自分の背中に描くのは難しそうだね」
「普通ならね」
描いてくれ、と言われてはたまらないと思ったのでしょう。会長さんは素っ気なく答えました。
「サイオンを使えばいいじゃないか。背後に意識を集中するのは面倒だって言うんだったら、合わせ鏡で楽勝だ」
「ぼくはとことん不器用なんだよ。君に描いてもらうつもりで沢山注文したのにさ」
「だったら背中にこだわならくても! 足とかに描くって手もあるし」
「嫌だ。背中っていうのがポイントなんだよ。ハーレイの意識をなんとか背中に…って、そうか!」
その手があった、と言い終わらない内に青いサイオンがリビングに走って…。
「「「!!!」」」
教頭先生が呆然とした顔で立っています。ソルジャーったら、また教頭先生を呼び出しましたか…。
「こんにちは、ハーレイ。昨日は色々とありがとう」
ニコニコ顔のソルジャーに、教頭先生は明らかに警戒した顔で。
「あなたがお呼びになったのですか。…ご用件は?」
「お願いしたいことがあってね。フェイクタトゥーって知ってるかい?」
「聞いたことならありますが…」
「それをね、君に頼みたかったんだ。プロ顔負けのエステティシャンだし、身体のことならプロ級だろ?」
ここにキットが、と差し出された袋を手にした教頭先生は説明書を読んで頷きました。
「描きたい部分にシートを貼って、筆で染料を塗るだけ…ですね。しかし誰でも出来そうですが、何故私に?」
「君が一番適役なんだよ。とにかくやって貰おうかな」
ソルジャーは床にクッションを並べ、セーターとシャツを脱いで上半身はすっかり裸に。教頭先生の頬が微かに染まるのを無視して、うつぶせになって寝そべると…。
「描いて欲しいのは背中なんだ。でも具体的な場所は決めてない。マッサージの要領でこう…手を滑らせてくれないかな?」
「はあ…。こう…ですか?」
「そう、そんな感じ。…ぼくが「そこだ」って言ったら、そこにタトゥーをお願いするよ」
「分かりました」
エステティシャン魂に目覚めた教頭先生は真剣な表情でソルジャーの背をマッサージして、指示された場所にステンシルのシートを貼っては蝶や薔薇の花を描いていきます。うわぁ…本物の刺青みたい…。でも、どうして教頭先生が呼ばれたのでしょう? 手先の器用さなら「そるじゃぁ・ぶるぅ」だって負けてはいない筈なのに…。
「それがラストの一枚か。どこにしようかな…」
もう少しマッサージを念入りに、と注文をつけたソルジャーはうっとりと目を閉じ、気持ちよさそうにしていましたが…不意にピクンと背を震わせて。
「あ、そこ! そこにしておいて」
「ここですか?」
「うん。…そこが一番いいみたいだ」
「は?」
怪訝そうな教頭先生に「なんでもないよ」と返すソルジャー。教頭先生は言われた場所に丁寧に真っ赤な薔薇の花を描き、フェイクタトゥーが完成しました。

ソルジャーの背中のあちこちに咲いた真紅の薔薇と、気紛れに飛び交う鮮やかな蝶。合わせ鏡で眺めたソルジャーは満足そうな笑みを浮かべてセーターを着ると、教頭先生に向き直ります。
「ありがとう、ハーレイ。君のお蔭で綺麗に出来た。…そう、君でなくっちゃ駄目だったんだ。ぼくのハーレイとそっくり同じな手指でやってもらわないと…ね」
「「「え?」」」
会長さんも私たちも…教頭先生も意味が分かりませんでした。ソルジャーはクスッと小さく笑って。
「ぼくのハーレイはヘタレだって言っているだろう? マンネリコースが精一杯で、背中までは滅多に愛してもらえない。だから目印。…フェイクタトゥーを入れてある場所は、ぼくが感じる所なんだよ」
「「「!!!」」」
ウッと短い呻き声を上げて教頭先生が鼻を押さえます。けれどソルジャーは平然として。
「ぼくが感じる場所は何処なのか、感じやすい部分はどこか。それを確かめるには君の手で探るのが一番だろう? いつも触れてくる手と同じだから。他の誰かじゃ駄目なんだよね。…そう、君の手は最高だった」
マッサージだけでゾクゾクしたよ、と唇を舐めてみせるソルジャー。
「そうだ、お礼をしなくっちゃ。ぼくだけ気持ちよくなるっていうのはずるいもんね。…脱いで、ハーレイ」
「い、いえ…。け、けっこうです…!」
アタフタとする教頭先生の胸にソルジャーが身体を擦り寄せます。
「遠慮するのはよくないよ。ぼくは舐めるの得意なんだ。…ぼくのハーレイなんか胸の辺りまで舐められただけでイッちゃったこともあるんだけれど、体験したいと思わないかい?」
「…そ、それは…」
チラ、と会長さんを見る教頭先生。会長さんは柳眉を吊り上げ、不快感を露わにしていました。教頭先生がウッカリ頷いたりしたら、血の雨が降るかもしれません。もちろんソルジャーもそれは承知で…。
「なるほど、君のブルーが怒るってわけか。もったいないね、チャンスなのにさ。…ぼくだって君にお礼をしたいし、他に何か…。あ、そうだ!」
ソルジャーはフェイクタトゥーに使った染料の瓶を手に取り、軽く揺すって。
「まだ染料が残ってる。これで印をつけてあげるよ、ぼくのハーレイが感じてくれるのと同じ所に。それをどうするかは君次第かな。ブルーに舐めてもらうのも良し、自分で触ってドキドキも良し。…ふふ、脱がないんなら脱がせちゃおう。ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
青いサイオンを迸らせたのは「ぶるぅ」でした。教頭先生の上半身から服がすっかり消え失せています。脱がされた服は絨毯の上。我に返った教頭先生が大きな身体を縮める前に、ソルジャーが懐に入り込んで…。
「まず、鎖骨。…確かこの辺」
「ひっ!」
情けない悲鳴を上げた教頭先生の肌に赤い印がつきました。ソルジャーが手にした筆に染料を含ませ、先端で軽く触れたのです。
「筆で触れても感じるんだ? それともぼくを意識しちゃった? 次は…」
チョンチョンと筆が触れていく内に教頭先生の顔は真っ赤に染まり、鼻からツーッと赤い血が流れて……ドッターン! と激しい震動が床に。
「あ、倒れた」
事も無げに言うソルジャーの足許で教頭先生は見事に失神しています。
「うーん、やっぱり胸まで保たなかったか…。まあいいや。ハーレイが感じる場所はね、ここと、ここと…」
ソルジャーは教頭先生の裸の上半身に印を付け終え、背中の方をどうするか少し悩んでいましたが…。
「どうせ自分では見えないんだから無駄だよね。ブルーは舐めてあげないだろうし」
「当然だろう!」
「じゃ、一人で盛り上がって貰おうか。…消えかかってくる頃にキスマークみたいに見えたら極楽だよ。気持ちだけで昇天できるさ、なんといってもハーレイだもの。ぼくのハーレイもね、身体より先に気持ちがイッちゃったことがあったんだ」
自信満々のソルジャーは教頭先生を服ごと家に送り返して、それからソルジャーの衣装を着けて。
「ありがとう、素敵なクリスマスだった。今夜はフェイクタトゥーで楽しむよ。本物の刺青だって騙して驚かせてから、ゆっくりじっくり愛してもらって…。ぶるぅ、お前は土鍋だからね。ほら、帰る前にみんなに御礼は?」
アヒルちゃんマントの「ぶるぅ」がピョコンと頭を下げます。
「プレゼントいっぱい、ありがとう! また来るね」
「それじゃ帰るよ。ブルー、気が向いたらハーレイにつけた印で遊んであげて」
会長さんが「お断りだ!」と絶叫する前に二人は姿を消しました。お騒がせな二日間でしたけれども、とっても充実していたような…。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がオカリナで『かみほー♪』を奏で始めます。一年前の私たちはシャングリラ号の存在すらも知らなかったのに、今はソルジャーや「ぶるぅ」まで。万年十八歳未満お断りでも、人生バラ色ってヤツですよね…?

 

 

 

ヤドリギのリースの意味を知らなかった教頭先生は、ソルジャーの瞳の不穏な光にも全く気付かなかったようです。テーブルに並んだ御馳走を美味しそうに食べ、「サンタさんだぁ!」と喜ぶ「ぶるぅ」と一緒に記念写真に納まって…。もちろん白いお髭を付けて、です。
「その格好をして此処までおいでになったんですか?」
尋ねたのはマツカ君でした。それは私も大いに気になるところです。教頭先生は車を持っていますし、それに乗ってくれば多少は人目を避けられますけど…それでも「サンタクロースが運転中」なのは対向車とかに丸見えですよね。宅配ピザのお兄さんまでがサンタの扮装をする日なだけに、サンタが運転する車も存在してはいるのでしょうが…。
「サンタクロースの格好のことか?」
とんでもない、と教頭先生は苦笑して。
「そういうリクエストではなかったからな。管理人室で着替えさせて貰ったんだ」
「流石に家からその格好で…とは言わないよ。いくらぼくでも」
会長さんが微笑みましたが、キース君が。
「本当か? あんたなら言い出しかねない気がするぞ」
「やっぱり? 考えないでもなかったんだけど、運転中のハーレイの姿を中継するのも面倒だしね。目撃者の反応とかも中継しないと楽しくないし、パーティーの最中に余計なサイオンは使いたくなくて」
だから管理人さんに頼んでおいた、と会長さん。このマンションに住んでいる人は全員がサイオンを持った仲間たちです。もちろん管理人さんも。ですからソルジャーである会長さんに協力するのは至極当然、教頭先生に更衣室を提供するくらい大したことではありません。
「ここで着替えで助かった。…サンタの格好で運転するのは恥ずかしいしな…」
教頭先生がホッとした様子で語ります。プレゼントの袋も管理人室に置いてあったということでした。ソルジャーが「ふうん…」と首を傾げて。
「ぼくはサンタの格好をするのが好きなんだけど? 今年はこっちに来てしまったから出来ないけれど、こういうイベントは大好きでね。君には遊び心が足りないんじゃないかと時々思うよ」
「…遊び心…ですか?」
「そう、遊び心。この間、ブルーに坊主頭にされたんだって? その時、お坊さんの服を着てみたかい?」
「…い、いえ…」
坊主頭の件がバレていたと知り、冷や汗を垂らす教頭先生。
「それだから遊び心が足りていないって言うんだよ。坊主頭になったんだったら、服装の方もキメなくちゃ。…そうだよね、ブルー?」
「そこまで考えていなかったよ。だけどなんだか…面白そうだね」
「だろう? ハーレイにも着られそうなお坊さんの服はないのかい?」
「…服じゃなくって衣だってば。…えっと…」
ちょっと待ってて、と言うなり会長さんの姿が消え失せました。教頭先生の顔が青ざめています。この流れではサンタさんどころか、お坊さんの仮装をしろとか言われそうですし! 私たちの方は期待に胸がワクワクと…。

「…ただいま」
会長さんが戻って来たのは十分ほど経ってからでした。紺色の風呂敷包みを手にしています。
「璃慕恩院で借りて来たよ、ハーレイと同じサイズの墨染の衣。クリスマス・パーティーにお坊さんっていうのも素敵だよね」
「…ブルー!?」
教頭先生の顔が引き攣り、椅子から腰を浮かせました。
「そ、それだけは勘弁してくれ! 約束が違う!」
「サンタと余興しか頼まれてないって言うのかい? サービス精神を発揮してほしいな」
「そうそう、遊び心は大切だよ」
会長さんとソルジャーが教頭先生を両脇から捕え、「ぶるぅ」が瞳を輝かせて。
「またハゲ頭が見られるの? 今度はハーレイの頭がツルツル?」
「うん。これはブルーも見てないからね…。期待してて」
それじゃいくよ、と会長さんが指先にサイオンを集めた時。
「待った!」
ストップをかけたのはソルジャーでした。煽っておいて今更何を…?
「大事なことを忘れてた。ハーレイ、ぼくと来てくれるかな?」
こっち、とソルジャーが向かった先にはヤドリギのリース……キッシング・ボウが下がっています。
「メリー・クリスマス、ハーレイ。はい、ぼくからのクリスマス・プレゼント」
ソルジャーは教頭先生の首に両腕を回すと、唇を重ねて…。
「「「!!!」」」
あちゃー…。どう見てもアレは大人のキスです。真っ赤になった教頭先生から離れたソルジャーは背伸びしてヤドリギの実を一個、毟りました。
「ふふ、ハーレイのキス、ゲット。…みんなも誰かのキスを狙うといい」
「……い、今のは……?」
混乱している教頭先生にソルジャーはウインクしてみせて。
「無礼講だって言っただろう? このヤドリギの飾り、知らなかった? キッシング・ボウって言うんだって。この下にいる女性にはキスしてもいいという習慣らしい。どうせなら男女関係なく、って提案したんだ。それが無礼講の正体だけど」
「……無礼講……」
「もちろん君がブルーにキスしてもいい。キッシング・ボウの下ではブルーはキスを断れないんだ。…お坊さんになっちゃう前にそれを教えておこうと思って」
もういいよ、と会長さんにゴー・サインを出すソルジャーでしたが、会長さんは不機嫌でした。
「余計なことは教えなくてもいいんだよ! ハーレイのキスなんか御免だからね!」
「心配しなくても大丈夫。ハーレイはお坊さんの仮装をするんだろ? お坊さんって禁欲生活が基本じゃないか」
さっき聞いた五戒だか邪淫戒だか…、とソルジャーは仕入れたての知識を披露して。
「だからハーレイは蚊帳の外さ。こんな展開にならなかったら、君のキスを独占しちゃって悔しがらせようと思ったんだけど…その必要は無いようだ。お坊さんの格好をしてちゃ、キスなんかしに行けないもんねえ」
スキャンダルだよ、とソルジャーは楽しげに笑います。
「そうか、おあずけ一直線だね。指をくわえて見てるしかないっていうのは最高かも…。いくよ、ハーレイ」
キラッと青いサイオンが走った次の瞬間。
「「「わははははは!!!」」」
教頭先生はサンタさんからツルツル頭のお坊さんに変身しました。サンタ服の代わりに墨染の衣、黄色い袈裟。クリスマス・パーティーの場にはミスマッチです。呆然と数珠を握り締めている教頭先生に向かって会長さんが。
「ハーレイ、お念仏を唱えてくれないのかい? お坊さんには必須だよね」
「…わ、私は……そういう心得は……」
「そうなんだ。南無阿弥陀仏、って唱えるだけでいいのにねえ…。まあ、嫌でも唱えたい気持ちになるだろうけど」
ニッコリ笑うと、会長さんはキッシング・ボウの真下に立って。
「おいで、フィシス。…この実の数だけキスをしよう」
「あら…他の皆さんに悪いですわ」
「いいんだってば。君がぼくの女神だってことは全員が知っているんだからさ。…あ、キッシング・ボウを使いたい人は、言ってくれれば場所を譲るよ」
会長さんはフィシスさんの唇にキスをし、赤い実を一個、毟り取ると。
「キスをする度に実を一つ。…実がなくなったらキスもおしまい。…ハーレイ、お念仏を唱えたくなってきたかい?
 ぼくが此処に立ってる限りは誰にでもキスのチャンスはあるんだけれど、生臭坊主はお断りだね」
「ブルー…!」
泣きそうな顔の教頭先生の横をソルジャーがすり抜け、会長さんに素早くキスをして。
「ごめんね、フィシス。…せっかくのチャンスだし、一回だけ」
「私は気にしたりしませんわ。ブルー同士って絵になりますのね」
「……フィシス……」
頭を抱える会長さんに、フィシスさんがそっとキスを。会長さんの御機嫌はたちまち直って、「そるじゃぁ・ぶるぅ」や「ぶるぅ」にもキスのおこぼれを振り撒きながら、ヤドリギの実がなくなるまでフィシスさんとイチャつき続けました。…えっ、サム君はどうなったかって? 会長さんにキスする度胸は出てこなかったみたいですよ…。

キッシング・ボウで遊んだ後は、再び御馳走三昧です。教頭先生はお坊さんの仮装をしたまま、悄然と食事をしていました。会長さんに堂々とキス出来るチャンスだったというのに、村八分にされたのが悲しいのでしょう。
「どう、ハーレイ? お念仏を唱えたい気持ちになったかい? 南無三だとは思ったかな?」
「………」
無言で頷く教頭先生。会長さんはクスッと笑って実がなくなったキッシング・ボウを眺めました。
「南無三っていう言葉の由来を知っている? しまった、という時に使われるけど、南無三宝の略なんだ。南無は『信じて縋る』の意味で、三宝は仏教の三つの宝の仏法僧さ。つまり仏、法、僧の救いを請うってこと。仏様の救いを請うにはお念仏が一番なのに、とうとう一度も唱えなかったね」
「…唱えたからといってどうなるわけでも…」
「さあ? 唱えてたら、ぼくが仏心を出したかも。お坊さんの仮装を解いて、キッシング・ボウの下へ呼んであげたかもしれないよ」
無礼講だったんだし、と悪戯っぽい笑みを浮かべる会長さん。
「一回くらい唱えてくれればよかったのにねえ、お念仏。…今となっては手遅れだけどさ」
「うん、もうヤドリギの実は残ってないし」
時間切れだよ、とソルジャーが相槌を打ちます。
「君は遊び心が足りなさすぎる。…何度もそう言ってあげたのに…。遊び心のある人間なら、お念仏も唱えられたと思うんだ。そしたらブルーがキスしてくれたかもしれないものを…」
「君だってそう思うよねえ? ハーレイは本当に馬鹿正直で困っちゃうよ。まあ、その方がからかい甲斐があっていいんだけれど」
「からかい甲斐か…。ぼくのハーレイも同じだな。ぼくに何かとからかわれては、陰でこっそり胃薬飲んでる」
クスクスと顔を見合せる二人は、まるで双子のようでした。教頭先生は諦めの境地に至ったらしく、黙々とナイフとフォークを動かしています。クリスマスの食卓にお坊さんというのは、滅多に見られない光景かも…。
「さてと。…そろそろ余興を始めようか」
会長さんがそう言ったのはクリスマス・プディングを食べ終えた頃。まだまだ御馳走は残っていますが、ちょっと休憩ということでしょう。余興は教頭先生がしてくれる筈ですけれど、お坊さん姿でマジックとか…?
「まずはハーレイを元の姿に戻さないと…。衣も返した方がいいしね」
青いサイオンの光が閃き、教頭先生はサンタクロースに戻りました。赤い帽子と白髪のカツラの下には髪の毛も戻っている筈です。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が墨染の衣や袈裟を手際よく畳み、風呂敷できちんと包んでしまうと、包みはフッと消え失せて…。
「璃慕恩院に返しておいたよ。こういう時にコネっていうのは有難いよね」
どうやら一番偉いお坊さんに事情を話して拝借してきたみたいです。夏休みにお寿司を食べさせてくれた老師の顔を思い浮かべて、会長さんの罰当たりっぷりに溜息をつく私たち。もっとも、老師も今夜はクリスマス・ケーキやチキン・ナゲットを買ってこさせて楽しんでいたようですが…。
「ハーレイ、着替えはあっちの部屋で。その間に用意を済ませておくから」
「かみお~ん♪ お部屋に案内するね!」
トコトコと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が教頭先生を何処かに連れて行きました。会長さんは広いリビングの隅にサイオンで畳を運んできます。
「おい」
声をかけたのはキース君でした。
「余興っていうのは柔道なのか? あんたが教頭先生と勝負するとか?」
「えっ? 柔道って…。ああ、そういえば柔道の練習には畳を使うんだったっけね」
そうじゃないよ、と会長さんは苦笑して。
「ほら、柔道に使う畳とは見た目が全然違うだろう? これを並べて、次にこれを…」
畳の端に金の屏風が置かれました。いったい何が始まるのでしょう? やがてリビングの扉が開き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に先導されて現れたのは…。
「「「!!!」」」
「皆様、お待たせいたしました。ハーレイ太夫のお点前タイムの始まり、はじまり~」
会長さんが軽やかな声で告げ、白塗りメイクの花魁になった教頭先生がソロリソロリと入ってきます。重そうなカツラと豪華な衣装は学園祭で見た花魁道中そのままで…。お坊さんの次は花魁ですか~!!!

「…本物はやっぱり迫力だね…」
ソルジャーが呟き、「ぶるぅ」が目を丸くして見ている前を教頭先生はゆっくり横切り、畳の上に座りました。教頭先生、お点前なんて出来るのでしょうか? 学園祭では会長さんしか披露しなかったと思うのですが…。
「ハーレイ太夫のお点前なんかに需要があると思うかい?」
私たちの疑問を読み取ったらしい会長さんが言いました。
「ぼくみたいな美形が点てるお茶なら、正体が男だと分かっていてもお客さんは沢山来るけどさ。ハーレイの方じゃ絶対無理だね、美しさの欠片も無いんだから。…だけど何かの役に立つかと思って、お点前も仕込んでおいたんだ。パーティーの余興には最高だろ?」
「「「………」」」
それは確かに余興としか呼べない代物でした。教頭先生は流れるような所作でお茶を点てていますし、仕草は艶めかしい女形そのものですが…見てくれの悪さが致命的です。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお抹茶を順番に運んできてくれますけども、飲んだら最後、食中毒でも起こしそうな気がするというか…。お抹茶椀を手に取る人は誰もいません。
「警戒しなくても平気だよ。見た目はゴツイ花魁だけど、お茶は上手に点てるんだ」
会長さんがソルジャーに作法を教えながらお抹茶椀を口に運ぶのを見て、私たちもおっかなびっくり、教頭先生が点ててくれたお茶を飲んでみると…。
「美味しいですね」
マツカ君が感心したように言いました。
「相当に練習しないとここまでは…。これもやっぱりサイオンですか?」
御曹司のマツカ君だけに、お茶の心得もあるようです。素人の私たちにはサッパリですけど…。会長さんは「流石だね」と微笑んで。
「お点前もサイオンで教えたんだよ。ベースにしたのはぼくの知識。…高僧ともなれば茶道と無縁じゃいられないんだ。自分で点てることも、招かれることもよくあるし」
「…ぼくは練習したくもないな」
礼儀作法の類は苦手なんだ、と肩を竦めているソルジャー。
「でも、あの格好は面白そうだね。…ハーレイでもそれなりに女に見えないこともない。ゴツすぎるのが難だけどさ」
「メイクでかなり誤魔化せるんだよ。ほら、手まで真っ白に塗っちゃうし…立ち居振る舞いにさえ気を付けていれば、あとは衣装がカバーしてくれる。ぼくはメイクは口紅だけで済ませたけどね」
「ふうん…。だったら、ぼくでも出来るかな?」
「試してみる? ぼくの衣装とカツラならあるよ」
会長さんに誘われたソルジャーは、その気になってしまいました。教頭先生と記念撮影をするのだと言い、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に着付けてもらって…。
「……重い……」
カツラも衣装も重すぎる、と文句たらたらで現れたソルジャーは…教頭先生とはまた別の意味で花魁の魅力ゼロでした。女形の演技を知らないせいで、歩き方も仕草も男そのもの。着物の裾をさも邪魔そうに蹴飛ばしながらの登場です。
「ブルー、君が学園祭で着ているところを見てたけど…なんでこんなに重いのさ!」
「それはそういうモノなんだよ」
「…私の衣装も決して軽くはありませんよ」
花魁の扮装のままの教頭先生が言い、ソルジャーは溜息をつきました。
「サイオンで重さを軽減してるようには見えないし…。残念だけど、いくらぼくがイベント好きの仮装好きでも、これはちょっと…」
向いてないや、と言っている割にソルジャーは嬉々として教頭先生と写真を撮ったり、お点前の真似ごとをしてみたり。余興の時間は楽しく過ぎて、元のセーターに着替えたソルジャーはサンタに戻った教頭先生に肩凝りをほぐすマッサージをして貰っていました。クリスマス・パーティーは夜更けまで続き、教頭先生が帰って行ったのは日付がすっかり変わってから。それを見送った後、会長さんが。
「普段だったら徹夜もいいけど、今日は寝ないといけないよ」
「あっ、忘れてたぁ! サンタさんが来なくなっちゃう」
そう叫んだのは「ぶるぅ」です。
「ねぇねぇ、地球にもサンタさん、いるよね? サンタさん、ちゃんと来てくれる?」
「いい子の所には来てくれるよ。君の世界と変わらないさ」
「よかったぁ…」
良い子は早く寝なくっちゃ、と「ぶるぅ」はゲストルームに走って行ってしまいました。でも「そるじゃぁ・ぶるぅ」はリビングでせっせと後片付けをしています。いくら家事万能で家事好きとはいえ、クリスマス・イブの晩に小さな子供に丸投げというのはマズイでしょう。私たちは洗い物を手伝い、リビングを綺麗に掃除して…。
「「「おやすみなさ~い!」」」
また明日、と手を振りながら割り当てられた部屋に戻って行ったのでした。

クリスマスの朝、スウェナちゃんと私の眠りを破ったのは誰かの思念。とてもはしゃいでいるようです。この思念は…「ぶるぅ」? それとも「そるじゃぁ・ぶるぅ」でしょうか?
『かみお~ん♪』
踊り出しそうな思念の主が廊下をピョンピョン行ったり来たりしているみたい。急いで顔を洗い、身支度をして出てみると…。
「「かみお~ん♪」」
廊下で跳ねていたのは「ぶるぅ」と「そるじゃぁ・ぶるぅ」でした。仲良く手を繋いで十八番の『かみほー♪』を歌いながら元気にステップを踏んでいます。
「あのね、サンタさん、来てくれたんだよ!」
嬉しそうに「ぶるぅ」が叫ぶと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「うん、サンタさんも来たし、今日はぼくたちの誕生日だから…。お誕生日、お誕生日!」
わぁーい! と大喜びの二人の姿に、スウェナちゃんと私は思わず息を飲みました。どうして気付かなかったのでしょうか、「ぶるぅ」の誕生日もクリスマスなのだということに…。いえ、一度も尋ねたことがないのですから、知らなくても仕方ないのですけど…。ゲストに呼ばれているのも知りませんでしたし、今更どうしようもないのですけど…!
『ぶるぅのバースデー・プレゼント…』
『…用意してない…』
思念で会話し、慌ててジョミー君たちに呼びかけようとした時です。
『大丈夫。ぶるぅの分なら心配ない』
会長さんの思念が届きました。
『君たちがぼくのぶるぅに用意してくれたのと同じパジャマを買っておいたよ。サムのバッグに入れてあるから、それぞれに渡してくれればいい。ラッピングもお揃いにしてあるしね』
ゲストを呼んだのはぼくだから、と伝わってきた思念は全員に届いたようでした。ジョミー君たちがホッとした顔でゲストルームから出てきます。プレゼントさえ用意されているなら何も心配はありません。でも…「ぶるぅ」にもアヒルちゃんの趣味があったみたいですね。だって二人はお揃いの…。
「サンタさんもアヒルちゃんを持ってきたの…?」
「そうだったみたい…」
廊下で飛び跳ねる「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」の首には、可愛いアヒルちゃんが下がっていました。黄色いアヒルのペンダント…にしては大きすぎるモノが揺れています。クリンとした目玉にオレンジの嘴、丸っこい胴体に幾つか小さな穴が。あれはいったい何でしょう?
「ピーッ!!!」
不意に空気を鋭い音が切り裂きました。アヒルちゃんの足の部分を「ぶるぅ」が口にくわえています。
「ピューッ!」
今度はさっきより少し低い音。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が自分のアヒルちゃんの身体を手に持ち、足をくわえて頬っぺたを膨らませると…。
「ピィーッ!!」
音の出どころはアヒルちゃんでした。アヒルちゃんの身体が笛になっているのです。二人の子供は代わる代わるアヒルちゃんに息を吹き込んで…。
「まあ、オカリナを貰ったのですね」
フィシスさんが廊下の奥の方からやって来ました。そっちにあるのは会長さんの寝室ですし、フィシスさんはそこに泊まっていたのでしょう。すぐ後ろから会長さんが出てきます。
「おやおや、サンタさんからのプレゼントかな? 二人とも、いい子にしていたんだね。…ふうん、オカリナか…。説明書がついていなかったかい?」
「「説明書?」」
キョトンとする二人に会長さんはオカリナの箱を持ってくるように言い、中から紙を取り出して。
「ご覧、ここに音符が書いてあるだろ? どの穴を押さえて吹くかで音が変わってくるんだよ。覚えれば色々な曲が吹けるようになるし、ドレミから練習するといい」
「そっか! じゃ、『かみほー♪』も吹ける?」
「どうだろう? 出せる音に限りがあるからね…。一曲まるごと吹くのは無理でも「かみほー♪」の部分だけなら吹けると思うよ。音を変えれば」
「「音を変える…?」」
首を傾げる二人の頭を会長さんがクシャッと撫でました。
「えっと…元の曲で使ってた音を他の音に置き換えるって言えばいいかな。アヒルちゃんオカリナで出せる範囲の音に変えればいいってことさ。ドレミを覚えたら教えてあげよう」
「「わーい!!」」
歓声を上げた二人はアヒルちゃんを吹き鳴らします。全然ドレミになってませんけど、その内なんとかなるんでしょうか…?

朝食は昨夜の御馳走の残りと、焼きたてパンにパンケーキ。アヒルちゃんオカリナを手放したくない「ぶるぅ」は食事中に何度も鳴らしてソルジャーに「うるさい!」と叱られましたが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は食事のお世話に燃えていたのでそれどころではありませんでした。でも朝食が終わった後は…。
「ね、ね、ブルー。『かみほー♪』の吹き方、教えてよ!」
「まずはドレミを覚えなきゃ。…できるようになったのかい?」
「えっと、えっと…」
こうだったかな、と練習を始める横で「ぶるぅ」が出鱈目に吹き鳴らします。
「ピューッ! ピィーッ!」
「ぶるぅ…。それはドレミになってない…」
頭に響く、とソルジャーがブツブツ文句をつけると「ぶるぅ」はアッカンベーをして。
「ドレミなんて要らないもん! ぶるぅが『かみほー♪』吹けるようになったらサイオンで教えて貰うんだもん!」
練習なんて面倒だ、と「ぶるぅ」はアヒルちゃんオカリナの足をくわえて好き放題。調子っぱずれな音が鳴る中、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に懇願しました。
「お願い、早くドレミを覚えて!」
「それより先に『かみほー♪』でなきゃダメですよ! ああっ、どう教えればいいんでしょう…」
口々に言う私たちの姿に「そるじゃぁ・ぶるぅ」はアヒルちゃんオカリナをキュッと握って。
「ごめんね、頑張る! ぼく頑張るから、もうちょっとだけ待っててね」
次はどうするの、と会長さんに教えを請いながら『かみほー♪』の部分を吹けるようになったのはお昼前のことでした。すぐに「ぶるぅ」がそれをサイオンで教えて貰い、二つのアヒルちゃんオカリナが見事な合奏を始めます。
「…長かった…。ブルー、君のプレゼントには恐れ入るよ。吹き方もサイオンで教えればいいのに」
「シッ! サンタさんからだと信じてるんだ」
言わないように、と唇に人指し指を当てる会長さん。ソルジャーは首を竦めて小さく笑い、リビングには『かみほー♪』のメロディが何度も何度も楽しげに響いていたのでした。




賑やかだった教頭先生の家での一泊二日。あれから早くも数日が過ぎて、今日は楽しいクリスマス・イブ。今年も会長さんの家に招かれた私たちはお泊まり用の荷物を持って、会長さんのマンション近くのバス停前に集合しました。クリスマス当日は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の誕生日ですし、プレゼントの用意もぬかりなく…。
「去年がエプロンで今年はパジャマか…」
芸がないような気がするが、とキース君が呟きます。
「だって! 他にいいもの思い付かなかったし!」
ジョミー君の言うとおりでした。あれこれ考えたものの、相手は家事万能で三百年も生きてきている子供です。自称一歳児とはいえ最後に卵から孵ったのが数年前で、このクリスマスで三歳で…本当の年はプラス三百と何年か。子供っぽくて子供そのものでも、やっぱりちょっと違います。
「アヒルちゃんの鍋つかみを却下したのはキースだぜ」
サム君が首を振り、シロエ君が。
「アヒル型の一人用土鍋はサム先輩が却下しましたよね。嘴から湯気が出るっていうのが可愛い、って意見が一致しかかったのに」
「だってさ…。いかにも料理をしてくれっていう感じじゃないか。ブルーの家へ朝のお勤めに行ったら、朝粥がよく出るんだぜ。一人用土鍋なんか買ったら、一人前ずつ心をこめて作ってくれって言ってるようなもんだろう?」
いつもは鍋で纏めて炊いてるのに…との経験者ならではの言葉に反論できない私たち。一人用土鍋は会長さんの家にもあって、御馳走になったこともありますけれど…新しいタイプの土鍋を一個だけ買って持って行ったら、アヒルちゃん大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」は人数分のアヒル型土鍋を買い足しそうです。それは流石にまずいかも…。
「結局パジャマが無難なのよ」
ぬいぐるみの趣味は無さそうだし、とスウェナちゃん。アヒルちゃんぬいぐるみを却下したのはスウェナちゃんと私でした。そう、私たちはアヒルをモチーフにした何かを求めて繁華街を彷徨ったのです。
「マグカップとかもイマイチいいのが無かったですしね…」
マツカ君が溜息をつきます。アヒルちゃん模様のパジャマは子供服売り場でキース君が見つけ、枕カバーとどっちにするかで揉めた挙句にパジャマの方に決まったのでした。パジャマならベッドでも土鍋でも、どちらで寝るのにも使えますから。
「気は心って言うもんね。アヒルがついてれば喜ぶよ」
いっそ普段着にもアヒルをプリントすればいいのに、とジョミー君が言いましたけど…。
「「「却下!」」」
普段着というのは会長さんのソルジャー服のミニチュア版です。何処にアヒルをプリントしろと?
「えーっ? マントの裏とかにするのは変かなぁ?」
「お前、どういうセンスをしてるんだ…」
何かが違うと思わないか、と全員の考えを代弁してくれたキース君は更に続けて。
「いいか、仮にそのアイデアが通ったとする。ぶるぅのことだ、マントの裏にアヒルちゃんの絵がプリントされたら大喜びではしゃぐだろうが…。大事なことを忘れていないか? あの服はソルジャーの正装のミニチュアなんだぞ」
「うん、知ってる。可愛いよね」
「だから、可愛いとかそんな次元の問題じゃなくて! ぶるぅのマントがそれになったら真似をするヤツが出てきそうだとは思わないのか? 本物のソルジャーがマントの裏にアヒルちゃんをプリントしたらどうする」
「「「………」」」
やりそうなソルジャーを私たちは一人知っていました。普段ソルジャーと呼んでいるのは別の世界からのお客様ですが、会長さんだってソルジャーです。会長さんのマントの裏にアヒルちゃん…。頭痛がしそうな光景を頭の中から必死に追い出し、私たちはアヒルちゃん模様のパジャマをサム君のバッグに預けて、会長さんのマンションを目指したのでした。

「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
出迎えてくれた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は元気一杯、満面の笑顔。
「もうお客様、来ているよ。入って、入って!」
フィシスさんが招かれているというのは聞いていました。去年は夕食からのゲストでしたが、今年は最初から一緒のようです。時間は正午を少し過ぎた所で、家の中にはいい匂いが…。お馴染みのゲストルームに荷物を置いてリビングに行くと、会長さんが待っていました。
「こんにちは」
ん? あれ? 会長さんが…二人??? フィシスさんを間に挟んで会長さんが二人います。ということは片方は…。
「メリー・クリスマス! あ、その挨拶には早すぎるかな?」
どうなんだっけ、とフィシスさんともう一人の会長さんに尋ねる会長さんの隣には「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。いえ、多分…あれは「ぶるぅ」です。
「ごめん、ごめん。驚いた? ブルーが地球のクリスマス気分を味わいたいって言うものだから…」
セーターの色で区別して、と苦笑している会長さん。テーブルにはスコーンにサンドイッチ、ケーキとパイが何種類か。昼食を兼ねたアフタヌーンティーになっているんですね。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニコニコ顔で。
「晩御飯はクリスマス・パーティーだから、お昼とおやつは一緒の方がいいかなぁ…って。ね、今年は飾りつけも頑張ったんだ」
大きなクリスマス・ツリーの他にも華やかな飾りが一杯です。色とりどりのリボンにキラキラの星、それに天井から下がっている枝は何でしょう?
「キッシング・ボウだよ。ヤドリギのリース」
会長さんが得意そうに説明してくれます。
「ほら、赤い実がついているだろう? あの飾りの下にいる女の人にはキスをしたっていいんだってさ。キスをしたら実を一個、毟る。実がなくなればキスもおしまい」
「面白そうな習慣だね」
反応したのはソルジャーでした。
「じゃあ、ぼくがフィシスにキスをしたってかまわないわけだ」
「う…。まあ、それはそういう理屈かな…。あっ、まだ今はダメだからね! パーティーが始まる時間から! …フィシス、あの下に立ってはいけないよ」
独占欲丸出しの会長さんに、フィシスさんが困ったように。
「あら…。そういうのはいけませんわ。せっかく綺麗に飾り付けたのに、ヤドリギだって可哀想…」
「ね、フィシスだってそう思うよね?」
我が意を得たり、とソルジャーが膝を乗り出します。
「ぼくの世界じゃヤドリギは希少な植物なんだ。人工的に作り出した森や林にヤドリギは無い。見学用の植物園や研究所とかにあるだけさ。もちろん、ぼくのシャングリラにもヤドリギなんかあるわけがない。それをゴージャスに飾ってるからには、大いに役立ててくれないと…。そうだ、無礼講っていうのはどう?」
女性限定はやめてしまおう、とソルジャーは悪戯っぽく笑いました。
「キスの相手は男でもいいってことにしようよ。ぼくはきみのキスを狙いたいな」
「………。言い出した以上、撤回する気は無いんだよね?」
渋い顔の会長さんにソルジャーはクッと喉を鳴らして。
「ご名答。みんな、聞いてた? パーティーの間、ヤドリギの下に立ってる人は誰にキスされても怒らないこと。…そうだ、サムには嬉しい話じゃないのかな。まだブルーとはキスしてないだろ?」
「え? …ええっ!?」
そんなこと…、とサム君は耳まで真っ赤です。公認カップルを名乗って半年以上も経つというのに、会長さんとサム君のデートは健全な朝のお勤めだけ。一向に進展しない二人なだけにチャンスなのかもしれませんけど、フィシスさんの立場はいったい…?
「そうですわね…。ブルー、応えてあげるのも素敵じゃないかと思いますわ」
女神のような笑みを浮かべてフィシスさんはサム君を眺めました。
「頑張って、サム。…ブルーのキスをゲットですわよ」
「で、でも…」
「あらあら、公認カップルなのでしょ? せっかくのチャンスですもの、利用しなくてはいけませんわ」
でないと逃げられてしまいますわよ、と焚きつけているフィシスさん。冗談で言っているのではなさそうです。そういえばエロドクターことドクター・ノルディが会長さんに言い寄っているのをサッパリ理解してくれない、と聞かされたことがありましたっけ。フィシスさんって天然かも…。

それからは色々な話題に花が咲き、ソルジャーは教頭先生が坊主頭にされた話に大笑い。いつもサイオンで覗き見しているわけではないらしくって、宿泊券を手に入れるための様々なバトルも大ウケでした。
「ブラウが大食いとは知らなかったな。ぼくの世界のブラウは何杯くらい食べられるだろう? わんこそばの大食い大会、やってみたいと思うけど…ハーレイが文句を言うだろうね。食べ物を無駄にするな、って」
わんこそばの大食いには自信がないというソルジャーでしたが、スイーツの大食いだったらシャングリラの頂点に立てる自信があるそうです。そして大いに興味があるのは教頭先生の坊主頭で…。
「結局、その後どうなったんだい? ハーレイの頭」
「翌日の朝までっていう強力な暗示をかけたからね…。入浴シーンがけっこう笑えた」
会長さんの説明によると、お風呂に入った教頭先生はいつもの習慣で髪にシャンプーをつけようとしてツルツル頭の感触に衝撃を受け、しばらく動けなかったのだとか。それからボディータオルをガシガシ泡立て、背中をゴシゴシ洗ったついでに頭まで一気にゴシゴシゴシと…。
「坊主仲間から聞いてた洗い方そのものだったよ、豪快でさ。こう、タオルの両端を持って背中から頭の上まで左右にゴシゴシ」
「へえ…。タオルが髪に引っかかってバレそうな感じがするけどねえ」
「もちろん引っかかったと思う。でもその程度で解けちゃうようなサイオニック・ドリーム、意味ないし!」
「確かにね。髪の毛が傷みそうだけど…一度くらいなら問題ないか」
元がデリケートとは言い難いし、とソルジャーはクスクス笑っています。教頭先生はお風呂の後も髪の毛の存在には気付かないままバスタオルで拭き、猛烈に悩んだという話でした。来るべき新学期に向けてカツラを被るか、坊主頭のままで挑むか。カツラの広告と坊主頭のヘアカタログ雑誌『ボウズスタイル』を交互に眺める様子は「被るか、被らないか」とハムレットばりの悩みっぷりで…。
「残念なことにハーレイったら、結論を出す前に寝ちゃってさ。…それで夜が明けてゲームオーバー」
髪の毛が元に戻っちゃった、と会長さんは残念そうです。
「被りたがるタイプか、坊主頭でもオッケーなのか…。それくらいは知りたかったんだけどね。被るタイプだとは思うんだけど」
「…うーん…。ぼくのハーレイなら被るだろうね。キャプテンの服に坊主はちょっと」
「似合わないって? 坊主にも色々あるんだよ。ほら、地肌の色とのコントラストを生かしてこんな風に…」
模様とかね、と『ボウズスタイル』を宙に取り出してページをめくる会長さん。ソルジャーは雑誌を眺めましたが、あちらの世界のキャプテンと相思相愛なだけに複雑なものがあるみたい。
「…ぼくはハーレイを外見も含めて愛しているから、坊主頭にはしたくないな。君の世界のハーレイが坊主頭になっちゃった時は、ちょっかいを出すかもしれないけれど。しかしハーレイも災難だねえ…」
坊主頭にされちゃうなんて、と言いながらもソルジャーは笑いを抑えきれません。教頭先生は坊主頭が幻覚だったことに気付いた途端に上機嫌になり、普段の何倍も時間をかけて鼻歌交じりにスタイリングをしたとか、しないとか。
「その次の日に別の宿泊予約が入ってたんだ。…それもサイオンを持った仲間と、これから目覚める子が二人。そんな連中の前に坊主頭で出なきゃならないと思ったハーレイは、凄く絶望してたと思うよ。そこへ髪の毛が戻ったんだから、鼻歌だけじゃなくて狂喜乱舞をしてほしかった」
「狂喜乱舞?」
「うん。…ハーレイはバレエも踊れるしね。こう、喜びのグラン・フェッテ・アントゥールナン…歓喜の三十二回転を披露したっていいんじゃないかと」
会長さんが言い、ソルジャーと「ぶるぅ」以外の全員が笑い転げました。少し遅れてサイオンで情報を読み取ったらしいソルジャーと「ぶるぅ」が笑い出し…。
「「「わははははは!!!」」」
情報伝達に便利なサイオン。私たちはパジャマ姿の教頭先生がドスンドスンと回転する映像を共有して笑い、笑って笑って涙が出るまでテーブルや床を叩いたのでした。

そう、サイオン。…私たちが初めてサイオンという言葉を聞かされ、会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」たちの仲間であると知らされたのは去年のクリスマス・イブのこと。それからたった一年の間にシャングリラ号で宇宙に出かけ、特別生になり、別の世界からソルジャーまでが現れて…。目まぐるしく周囲が変化した割に、私たち自身はちっとも進歩が無いような…?
「一昨日にアルトさんとrさんが来たんだよ。健全に一泊していった。…ぼくたちの仲間だと知らされて、ね」
会長さんが言い、ソルジャーが。
「ああ、君が口説いている子たちか。来年はもっと賑やかな面子になるのかな?」
「…いや、メンバーは変わらない。友達と恋人は区別しなくちゃ。アルトさんたちはレディとして特別に扱うんだ。この子たちみたいな万年十八歳未満お断りとは違うからね」
「「「え?」」」
私たちは一斉に視線を会長さんに向けました。万年十八歳未満お断りって…それって馬鹿にされてますか?
「万年十八歳未満お断りって言ったんだよ。もう一度ゆっくり言おうか? ま・ん・ね・ん…」
一文字ずつ区切られて聞こえた言葉は、間違えようもなく『万年十八歳未満お断り』というものでした。会長さんはフィシスさんと微笑み合って頷き、私たちの方に向き直って。
「ぼくたちの仲間には二通りのタイプがあるんだよ。ある程度まで順調に成長してゆくタイプと、そうでないのと。ハーレイやゼルたちは大人だけれど、ぼくやフィシスや特別生の連中たちは違うだろう? 個体差があると言ってもいい」
年齢を重ねるタイプとそうでないタイプが存在するのだ、と会長さんは具体例を挙げました。
「そして大人にならないタイプは、更に二つに分かれるらしい。精神年齢の成長まで止まるタイプと、そこそこ成長するタイプと。分岐点が何処かは謎なんだけど、一度成長が止まってしまうとそれっきりになってしまうみたいで…君たちは全員止まってしまった方なんだよね」
「「「えぇっ!?」」」
とんでもないことをサラッと告げられ、私たちは口がポカンと開いたまま。精神年齢が成長しないって…それでもって万年十八歳未満お断りって…。もしかしなくても私たちは本物の一年生だった去年と同じで進歩はゼロってわけですか!?
「ああ、誤解しないように言っておこう。積んだ経験は身についていくから、キースが大学でやってる授業やお勤めなんかは無駄にはならない。ただ、大人になることが出来ないっていうか…。なりきれないって言うべきか。たとえば恋人。…サム、君はぼくに惚れ込んでるけど、ぼくを抱きたいって思うかい?」
「…えっ? そ、そんな……」
プシューッと湯気を噴きそうな顔をして、サム君はブンブンと首を左右に振りました。
「これがサムの本音で限界。…ぼくを好きだって自覚はあっても、そこから先へ進めない。キース、君も覚えがあるんじゃないかな? 大学のコンパとかではモテる方だと思うんだけど、硬派がどうとか云々以前に他の男子と違ってないかい? パルテノンへ遊びに行こうと誘われたことは?」
「そ、それは……。坊主になる身がパルテノンなんかへ遊びに行くのは…」
「でも、行く学生は多いよね? はっきり言えばソープとか。…君が全く興味を示さず、ついて行かないのは何故だと思う?」
「…うっ…」
黙ってしまったキース君を見て、ソルジャーが「ソープって何?」と尋ねます。会長さんはソルジャーの耳に何やら囁いてますが、ソープといえばソープランドの略でしたっけ。詳しいことは知りませんけど、大人の時間が買える店です。えっと…大人の時間が買えるお店で、十八歳未満お断り。…ん? 十八歳未満お断り…!?
「君たちは来年、十八歳になるんだっけね」
会長さんが私たちをグルリと見渡して。
「十八歳といえば大人の世界が解禁になる年齢だけど、君たちはそれに見合わない。ぶるぅが決して六歳以上にならないみたいに、君たちは十八歳の壁を越えられないのさ。…つまり大人になれないってこと」
「「「………」」」
誰もが自覚していたものか、反論はありませんでした。万年十八歳未満お断りとは衝撃ですが、だからといって大人の世界に飛び込みたいとも思いませんし…。会長さんはクスッと笑って軽くウインクしてみせました。
「大丈夫、そのままで別に問題ないから。外見は一年生のままなんだからね、年相応でちょうどいい。…アルトさんとrさんは大人の世界に片足突っ込んでしまったけれど、個人差ってことで納得したまえ」
うーん、アルトちゃんとrちゃんですか…。あの二人は去年から会長さんに惚れてましたし、私たちはスタートダッシュで負けていたのかもしれません。特別生の一年生を繰り返すだけで、いつまで経ってもお子様だなんて…。

外見も中身も成長しない、と言われてしまった私たち。会長さんはソルジャーに向かってお説教を始めました。
「いいかい、この子たちは来年になっても十八歳未満のままだからね。生まれてから十八年以上が経ったからって、大人扱いは困るんだ。ちゃんと弁えてくれないと…」
「分かったよ。ぶるぅだと思って対応するさ。大人の時間になったら締め出しておけばいいんだろう?」
「そんな時間を控えてくれると嬉しいんだけど」
「君のハーレイとかエロドクターとか、からかい甲斐がある連中が揃ってるのに?」
控えるなんて絶対に無理、とソルジャーは主張しています。私たちは溜息をつき、こんな人たちに付き合わされる人生ならば子供のままでいるのがベストと思い始めていたのですが…。
「困った…。一生嫁が貰えないのか」
シビアな問題を口にしたのはキース君でした。
「嫁がいないと後継ぎが…。親父になんて言えばいいんだ」
あ。キース君の家はお寺です。後継者がいないと大変なことになるのかも…。けれど会長さんは余裕の笑みで。
「後継ぎ? 元老寺のことなら無問題だと思うけどな。君の寿命はどれだけあると思ってる? ぼくは三百年以上生きているんだよ。君も余裕で三百年はいけるってことだ。お嫁さんなんか貰わなくっても、君一人だけで他のお寺の何世代分も持ちこたえるさ」
それに、と人差し指を立てる会長さん。
「お嫁さんがいないというのは住職としてポイント高いよ? 生涯不犯は坊主の理想だ」
「「「…ショウガイフボン?」」」
キース君を除いた全員が首を傾げました。もちろんソルジャーも同じです。
「一生、異性と交わらないこと。仏教には五戒というのがあってね…更に五つ加えて十戒というのもあるんだけれど、守るべき大事な戒めなんだ。五戒の一つが邪淫戒」
「「「…ジャインカイ…?」」」
「そう、邪に淫らと書く。それが異性と交わるな…ってヤツ。今では夫や妻以外の異性と言われてるけど、本来はもっと厳しかった。異性は全てダメだ、とね。もちろん同性ならいいって意味じゃない。誰とも交わらないのが理想の生活、生涯不犯。キース、君なら楽勝だ。戒めるような欲望が無い」
独身を貫いていれば弟子も増える、と会長さんは言いました。
「弟子入り志願が大勢来れば、後継ぎだって見つかるさ。…どうしても君の血を残したいんなら、手を打たないと大変だけど」
「…いや…。俺はその辺は特に…」
「じゃあ、このままでいいじゃないか。目指せ、生涯不犯の高僧。…ぼくも記録の上ではそうなってるだろ?」
「……そうだったな……」
ガックリと肩を落としたキース君。ガックリの理由は生涯不犯がどうこうではなく、会長さんの正体である伝説の高僧、銀青様の公式記録の方でしょう。
「記録って何さ?」
ソルジャーが好奇心に満ちた瞳で会長さんを見ています。銀青様どころか会長さんの法名も知らないソルジャーのために解説が始まり、ソルジャーと「ぶるぅ」は楽しそうに耳を傾けていたのでした。

やがて日が暮れ、飾り付けられたリビングでクリスマス・パーティーの始まりです。ソルジャーの世界のシャングリラ号でもクリスマス・イベントがあるそうですが、ソルジャーは「今年はサボリ」だと言い切りました。キャプテンとの甘い時間も別の日を予約したのだとか。
「だってさ。本物の地球で迎えるクリスマスだよ? 体験しなくちゃ損じゃないか」
ズラリと並んだクリスマスの御馳走を前に、ソルジャーは嬉しそうでした。ローストビーフにターキーに…クリスマス・プディングにブッシュドノエル。食いしん坊の「ぶるぅ」は次から次へとお腹に詰め込み、私たちも美味しい料理に大感激です。舌鼓を打っていると玄関のチャイムが鳴って。
「かみお~ん♪ サンタさん来たから行ってくるね!」
飛び出していった「そるじゃぁ・ぶるぅ」が連れて来たのは体格のいいサンタさん。真っ赤な洋服と帽子、白いお髭に大きな袋。どう見てもサンタさんですけれど、見覚えのある目許と褐色の肌は…。
「メリー・クリスマス!」
サンタさんの声は教頭先生と同じでした。会長さんが笑顔で出迎えます。
「メリー・クリスマス! ぼくたちのパーティーにようこそ、ハーレイ。プレゼントを配ってくれたら、後は一緒に食べて行ってよ。それと余興をよろしくね」
「ああ。…まずはサンタの役目からだな」
袋から最初に取り出されたのはお菓子が詰まった金色のブーツ。クリスマスの定番商品ですけど、「ぶるぅ」の瞳はお菓子ブーツに釘付けです。
「これは…。ふむ、『よい子のぶるぅへ』と書いてある。どっちのぶるぅだ?」
「んーと、んーと…。ぼく! 多分、ううん、絶対にぼく!」
「そっちのぶるぅで合ってるよ! ぼく、リクエストしてないもん」
自分の物だと言い張ったのは「ぶるぅ」でした。プレゼントは会長さんが用意してくれたみたいです。教頭先生は「ぶるぅ」にお菓子ブーツを渡し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」にもお菓子ブーツを渡し…。私たちやソルジャー、会長さんとフィシスさんには焼き菓子を詰めたバスケット。これって一年前から予約しないと手に入らないお店のでは…?
「予約なんかは必要ないよ。ぼくのコネならいつでもオッケー」
会長さんが得意そうに言い、サンタに扮した教頭先生を「御苦労さま」と労って。
「せっかくのクリスマス・パーティーだから、サンタの格好をしてて欲しいけど…。それじゃ食事が出来ないよね。髭は外してくれていいから」
「そうか? では、ありがたく外させてもらおう」
教頭先生がサンタの髭を外した所で、ソルジャーが。
「今日は無礼講でいくらしいよ。ほらね、あそこにヤドリギがあって…」
「ヤドリギ? ほほう…綺麗な飾りだな」
独身生活三百年余の教頭先生はキッシング・ボウを知りませんでした。ソルジャーの瞳がキラリと妖しく光ったものの、教えるつもりは無いようです。無礼講だなんて言い出した以上、何かやらかすと思うんですけど…ヤドリギにくっついている実の数のキスは、誰のもの…?




会長さんのロシアンティーにサム君がジャムを入れ、会長さんがスプーンでかき混ぜるのを不審そうに見ていた教頭先生。シャングリラ学園生徒会長を三百年も勤めた会長さんですし、駆け出しの特別生を顎で使っても別におかしくはないですが…サム君だけが恭しく傅いているというのは変でしょう。
「ブルー、もう一度訊いてもいいか?」
恐る恐るといった風の教頭先生に会長さんは首を軽く傾げました。
「何?」
「い、いや…。なんでサムがお前の紅茶の世話を?」
「ああ、それか。サムはぼくと一緒に朝御飯を食べる仲だから…。みんなだって知ってるよね?」
私たちは一斉に頷き、教頭先生は愕然として。
「朝御飯!? なんだ、それは?」
「聞いたとおりの意味だよ、ハーレイ。夏休みから後のことなんだけど、週に一度は朝御飯を一緒に食べて一緒に登校してるんだ」
「…朝食を…一緒に…。二人で一緒に登校だって…?」
教頭先生の声が上ずり、額に汗が浮かんでいます。そこで初めて気が付きましたが、朝食を一緒に食べて登校だなんて、事情を知らない人が聞いたらとんでもない意味に取れちゃうかも。会長さんはクスクスと笑い、サム君の肩に手を回しました。
「ふふ、サムはとっても優しいのさ。ぼくのお願いを聞き入れてくれて、毎週通って来てくれる。その御褒美が朝御飯ってわけ。そうだよね、サム?」
「うん! ブルーが喜んでくれるんだったら、俺、いくらでも頑張るから!」
元気一杯に答えるサム君は教頭先生の誤解に全く気付かず、仏弟子修行を頑張るという決意表明をしています。しかし教頭先生は…。
「…ブルーを喜ばせる…。頑張る…。……一緒に朝食……」
ズーン…と効果音が聞こえそうなほどショックを受けている教頭先生。頭の中では凄い勘違いが渦巻いていることでしょう。サム君は阿弥陀様を拝みに朝早くから会長さんの家へ行ってるだけですけれど、教頭先生は大人の時間なお泊まりコースを連想したに違いありません。更に追い討ちをかけるように会長さんが。
「サムは本当に筋がいいよ。飲み込みも早いし、将来有望」
「……将来……?」
勘違いコース一直線の教頭先生は既に顔面蒼白でした。
「もうそんな話になっているのか? お前はサムを選んだのか…?」
「まだ本決まりじゃないけどね。サムのご両親にも話をしないといけないし…サムも決心が要るだろうし。…ぼくとしてはこのまま決まって欲しいけど」
「…………」
仏弟子修行だと知らなかったら結婚話にしか聞こえない中身に、教頭先生は激しく打ちのめされたようです。長い長い沈黙が続き、ようやく声を絞り出して。
「…そうか…。お前がそれで幸せならば、私も祝福すべきだろうな。だが、今は…すまんが何も言えそうにない」
宿泊券を使って来てくれたのに申し訳ないが、と教頭先生は頭を下げました。
「明日の朝食も作らねばならんし、今夜は先に休ませて貰う。布団はそっちの部屋にあるから適当に敷いて使ってくれ。女子は一番奥の和室だ。…徹夜してもいいが、疲れんようにな」
おやすみ、と出てゆく教頭先生はガックリと肩を落として背中がとても小さく見えます。けれど会長さんは誤解を解く気もないようで…。
「おやすみ、ハーレイ。朝御飯、期待しているからね」
焼きたてパンにオムレツに…、と羅列する声に答えは返ってきませんでした。教頭先生は二階の寝室へ引っ込んでしまい、シャワーに一度降りてきただけで、それっきり…。

「ふふ、完全に引っかかった。寝酒を飲んでもダメみたいだね」
会長さんが上機嫌で天井を仰ぎます。サイオンで教頭先生の寝室を覗き見しているのでしょう。
「何度も溜息をついてるよ。どうやら寝付けないらしい」
「…そりゃそうだろう」
気の毒すぎる、とキース君。
「教頭先生、どう考えても誤解してるぞ。あんたとサムの関係を…な」
「勝手に誤解したハーレイが悪い。ぼくは間違ったことは一つも言っていないんだから。公認カップルの話をしたんならマズイけどさ…ぼくが言ったのは師弟関係の方なんだし」
「わざわざ言葉を選んで話しただろうが!」
「…そうかなぁ? 君も邪推が得意なのかもね」
ケロッとした顔の会長さんはトランプを配り始めました。リビングには布団が敷かれています。眠くなった人から眠ればいい、という発想の下、お風呂も順番に入って残るはお馴染みトランプ大会。教頭先生が買っておいてくれたスナック菓子やジュースをお供に夜遅くまで騒ぎまくって、寝たのは夜中の二時過ぎでした。翌朝、スウェナちゃんと私が目を覚ましたのは朝と言うには遅すぎる時間で…。
「寝過ごしちゃった…」
慌てて起き出したものの、男子の声は聞こえません。着替えを済ませてリビングを覗くと、みんな揃って爆睡中。顔を洗って布団を畳み、さてどうしよう…と思った所へ。
「ちょっといいか?」
襖の向こうから教頭先生の遠慮がちな声がします。スウェナちゃんと二人で出てゆくと、教頭先生はキッチンでホットミルクを作ってくれました。
「紅茶かコーヒーの方が良かったか? 朝飯がまだだし、腹が減ってるかと思ったんだが」
クッキーを盛ったお皿を添えて、教頭先生は私たちの向かいに座ります。
「…今の間に教えて欲しい。昨夜ブルーが言っていたのは本当か?」
「「は?」」
「ブルーとサムの関係のことだ。…あれはブルーの冗談だよな?」
「えっ? えっと…」
スウェナちゃんと私は顔を見合わせ、どうしたものかと考えた末に…。
「…本当です」
「冗談なんかじゃありません」
あくまで弟子入りの話だからと頭の中で言い訳をして事実を述べる私たち。教頭先生は深い溜息をつきました。
「そうなのか…。やはり本当の話なんだな。まさかこういうことになるとは…」
落ち込んでいる教頭先生を他所に、リビングでは男子が起きたようです。ドタバタと派手な足音が聞こえ、やがて布団も片付いたらしく…。
「おはよう、ハーレイ」
会長さんが扉から顔を覗かせ、朝食の催促を始めました。
「テーブルは元に戻したよ。早く朝御飯が食べたいな」
「あ、ああ…」
立ち上がってエプロンを着ける教頭先生。スウェナちゃんと私はリビングに戻り、会長さんたちとテーブルについて朝食待ちです。教頭先生は朝一番に買ってきたらしい焼きたてパンを運び、卵料理の注文を取り、サラダやソーセージや温めたスープを手際よく並べていきました。

「待たせてすまん。口にあえばいいのだが…」
「「「いっただきまーす!」」」
元気一杯に食べ始める私たちとは対照的に、教頭先生は食が進まないようでした。会長さんの隣にいるサム君がやたら気になるらしく、何度も視線がそちらに向きます。会長さんがクスクスと笑い、サム君の肩を叩きました。
「ほら、サム。ぼくたち、注目されてるようだよ。…どうしようか?」
「注目? 誰に?」
「一番熱い視線はハーレイだけど、他のみんなも気にしてるかも。…そういえば一度も披露してないね。いい機会だし、みんなの前でやってみる? 大丈夫、ぼくも一緒にやるから」
ほら、とサム君の手を引く会長さん。何を披露しようというのでしょうか? 教頭先生は婚約披露か何かだと思ったようで、顔色が紙のように真っ白です。会長さんはサム君と並んでリビングの端に正座し、深々と頭を下げました。もちろんサム君も頭を下げます。そして同時に上半身を起こした二人は…。
「「がーんがーーしーんじょーー にょーーこーろーー…」」
願我身浄如香炉、願我心如智慧火…。前にキース君の大学で聞いたお経です。いわゆる朝のお勤めというヤツで、気付けば会長さんは木魚と鐘と叩き鉦まで持ち込んでいました。サム君もいつの間に覚えたものやら、なかなか見事な読経っぷり。そして教頭先生は…。
「な、何なんだ、この騒ぎは…?」
「朝の勤行だと思いますが」
キース君が冷静な声で答えました。
「ごんぎょう…?」
「はい。俺の大学では毎朝必ずやっています」
「それをなんでブルーとサムが…?」
「…お勤めの間は静粛に、というのが大原則です」
お静かに、とキース君。教頭先生は黙らざるを得ず、会長さんとサム君の時ならぬ読経は延々と続いたのでした。やがてお念仏の繰り返しと叩き鉦の乱打が始まり、お念仏が朗々と十回唱えられて。
「「…南無阿弥陀仏」」
チーンと鐘が鳴り、会長さんとサム君は床に頭がつくほど深く一礼。お勤めはこれで終わったらしく、会長さんが頭を上げてサム君にニッコリ微笑みかけます。
「うん、今日も上手に唱えられたね。…じゃあ、朝御飯の続きを食べようか」
木魚や鐘がフッと消え失せ、二人はテーブルに戻って来ました。教頭先生はまだ呆然としたままです。
「ハーレイ、一宿二飯のお礼に教えてあげるよ」
会長さんが軽くウインクして。
「サムがぼくと朝御飯を一緒に食べる日は必ず朝のお勤めをする。…いや、朝のお勤めをした後に食事というのが正しいかな? サムが弟子入りしてからね」
「弟子入り!?」
素っ頓狂な声を上げる教頭先生。
「そう、弟子入り」
オムレツを切り分けながら会長さんは綺麗な笑みを浮かべました。
「ぼくはサムの師匠ってわけ。…弟子は師匠に絶対服従、身の回りの世話もしなくっちゃ」
「…そ、それじゃ紅茶の砂糖の数は…」
「弟子の心得。当然だろう?」
「…しょ、将来がどうとかって言っていたのは…?」
教頭先生の頬が引き攣っています。
「もちろん出家をするかどうかさ。ぼくの一存では決められないし、サムのご両親にも相談しないと」
「……出家……」
ポカンと口を開ける教頭先生の頭の中で全てのピースが嵌まるまでには長い時間がかかりました。結婚ではなく出家であって、ラブラブではなく師弟関係。…壮大な勘違いに気付いた教頭先生は真っ赤になって謝りまくり、サム君はひたすら照れています。本当は公認カップルですけど、それは内緒のままみたいですね。

宿泊券は一泊二食用でしたが、教頭先生は昼食も出してくれました。シーフード入りカレークリームのパスタです。会長さんに少しでもゆっくりしていって欲しいという意図が見え見えで…。
「悪いね、昼御飯まで御馳走になって」
ちっとも悪くなんか思っていない会長さんですが、教頭先生はニコニコ顔。
「いや、私の方こそ悪かった。せっかく泊まりに来てくれたのに、昨夜は付き合いもせずに先に寝たしな。本当なら徹夜トランプでも付き合わなければならないものを…」
「いいんだってば、誤解させるようなことを言っちゃったんだし。でもね……ぼくとサムとの仲は深いよ? ハーレイが割り込む余地は無いから」
なんといっても弟子なんだし、と会長さんはサム君の肩を抱き寄せました。
「正式に入門ということになったら、サムに名前もつけなくちゃ」
「「「名前!?」」」
「うん、名前。…お坊さんには必須なんだよ。法名、もしくは僧名といって、漢字で二文字がお約束。サムの場合は元がサムだし、漢字を当てるだけでもいいかな、って候補を考えてはいるんだけどね」
ね? と言われて頷くサム君。お坊さんになる決心がついたわけでもないのに会長さんに従ってるのは、惚れた弱みというヤツでしょう。会長さんは視線をジョミー君に向けて…。
「ジョミーだとジョの音を大事にすべきかな。まあ、まだまだ先の話だけれど」
「…ぼ…ぼくはお坊さんなんて嫌だってば!」
「テラズ様のことを忘れたのかい? 君を立派なお坊さんにしたい一心で成仏していったよね、テラズ様。それにキースと一緒に剃髪対策もしてるじゃないか。…君には高僧になってほしいよ」
人の意見を全く聞かない会長さん。ジョミー君もこのままいくと仏門に入るしかなさそうですが…。
「ブルーにも漢字の名前ってあるんですか?」
話を逸らしたのはマツカ君の一言でした。
「ん? そりゃあ…もちろんあるけど」
「ほほう…。この際だ、ぜひ聞きたいな」
キース君が言い、会長さんは「そうだねぇ…」と呟いて。
「喋っちゃっても問題ないか。どうせハーレイは知ってるんだし、ゼルたちだって知ってるし。…ギンショウだよ」
「「「ギンショウ?」」」
「うん。銀という字に青と書く。お師僧さんが付けてくれたんだ。ぼくの名前がブルーだから青。銀は銀色の髪だから。…剃ってしまえば髪の色なんか関係ないけど、銀は仏教の七宝っていう七種類の宝の一つでね。その色の髪を持っているのも御仏縁だろう、ってお師僧さんが…」
初めて聞いた会長さんの法名。本当にお坊さんだったんだ…、と感心している私たちの横でキース君が愕然としています。キース君もお坊さんだけに、もしかして聞き覚えがあったとか…?
「…まさかとは……まさかとは思っていたが…」
キース君の唇が震えていました。
「あんたが銀青様だったのか! 俺は尊敬していたのに…あんたは二重人格か!? 伝説の高僧で今なお教えを慕われてるのに、その実態はこれだってか…!」
「君が言うのは銀青様だろ? ぼくはブルーだ。大学で習う本の中にはぼくの教えもあるだろうけど、ぼくの名前は忘れた方が精神衛生上いいと思うよ。銀青の名前で書いた論文は沢山あるし、言葉だって残っている。…銀青様に失望したくなければ忘れたまえ」
「……うう……」
なんてこった、と呻き声を上げるキース君。どうやら会長さんは歴史に残る高僧だったようですけれど、一般人の私たちには関係のないことでした。教頭先生もおかしそうに笑っています。…銀青様の出家前から知ってるんですし、そりゃ笑いたくなりますよねえ…。

会長さんの法名を知った私たちが次に始めたのはキース君の追及でした。キース君にも漢字二文字の法名ってヤツがある筈です。前に会長さんがバラすと脅して、キース君がパニクったことがありましたっけ。よほど恥ずかしい名前なのかどうか、ここまで来たら知りたいかも~!
「俺は意地でも喋らんぞ」
キース君は腕組みをして仏頂面です。
「あんたもバラしたら承知しないからな、銀青様」
「様は要らないよ、銀青でいい」
「…どうしても呼び捨てに出来ないんだ! 正体があんただと分かってもな」
苦悩しているキース君を他所に、会長さんは。
「君たちにヒントを教えてあげよう。…法名は本名から一文字取ることが多いんだ。そして親子だったりすると、その一文字をそのまま貰っていることも…。キースのお父さんの名前は何だったっけ?」
「「「あっ!!」」」
私たちの脳裏にアドス和尚の恰幅のいい姿が浮かびました。キースとアドス。共通点は『ス』の一文字。
「スの字だ!」
ジョミー君が叫び、キース君が頭を抱えます。これで一歩前進ですが…。
「今日の所は見逃してあげた方がいいと思うよ」
銀青様でガッカリさせたし、と会長さん。
「君たちはキースで遊んでるけど、ぼくはハーレイで遊びたいんだ」
「「「えぇっ!?」」」
「わざわざ泊まりに来たんだよ? 何もしないで帰れるわけがないじゃないか」
「もう充分に遊んだろうが!」
キース君が突っ込みましたが、会長さんは涼しい顔で。
「あれは勝手な勘違い。ぼくがあの程度で済ませるとでも…? ハーレイ、忘れちゃいないだろうね。ぼくが出家しようとした時、一緒に行こうって誘ったのに…君はアッサリ断ったんだ」
「そ、それは…」
矛先を向けられ、教頭先生はうろたえました。
「あの頃は学校も忙しかったし、私まで留守にするわけには…」
「ゼルだっていたし、ヒルマンもいた。エラもブラウもちゃんといた。…君の代理は四人もいた上、生徒は今より少なかった。もちろん仲間の数だって…ね。忙しかったなんて言い訳だろ? ぼくは知ってる。ぼくの誘いを断った理由は髪の毛なんだ」
ビシッと教頭先生の髪を指差す会長さんの瞳が赤く燃え上がります。
「出家するには剃髪が必須。その髪の毛を剃るのが嫌で、もっともらしい言い訳を…。ぼくが好きだなんてよく言うよ。本当にぼくが好きだったんなら、一緒に出家するだろう? ハーレイが一緒に来てくれていたら色々と心強かったんだ。なのに断ってくれたから…護身術なんか習う羽目に!」
あ。護身術といえば会長さんが教頭先生を投げ飛ばした技です。あの時、確か布団部屋がどうとか…。教頭先生はみるみる青ざめ、会長さんに謝りました。
「すまん、ブルー…! 寺にそういう危険があるとは知らなくて…。知っていたなら私がお前を…」
「みっともないよ、ハーレイ。その気さえあれば、ぼくが護身術を習ってることが分かった筈だ。なのに知ろうとしなかった。一緒に出家もしてくれなかった。…ぼくへの愛はその程度だ。ぼくより髪の毛が大事なんだ!」
「い、いや…決してそういうわけでは…。お前よりも髪が大切なんてことは…」
「本当に?」
じっと見詰める会長さん。教頭先生は蛇に睨まれた蛙でした。冷や汗を垂らし、大きな身体を縮めています。
「……本当だ。お前か髪か、どちらかを選べと言われれば…私は絶対にお前を選ぶ」
「そうかなぁ? 全然信用できないんだけど」
「頼む、ブルー! 信じてくれ、あの頃は私も若かったんだ。寺がどういう所かも知らずに、お前なら大丈夫だと思っていた。ぶるぅも一緒に連れて行くんだと話していたし、きっと元気に帰ってくると…」
「遠足に行くんじゃないんだからさ。…もっと気遣ってほしかったな。髪の毛が心労で禿げるほどにね」
戻ってきたらフサフサしていた、と会長さんは糾弾します。
「ぼくよりも大事な髪の毛だもんね。薄くなるなんて許せないよね? そうだろ、ハーレイ? 今でもぼくと髪の毛だったら髪の毛の方を選ぶんだ!」
「違う、ブルー! 髪よりもお前が大切だ!!」
「そっか。じゃあ…」
キラッと青いサイオンが走りました。
「貰っておくよ、君の髪の毛。愛してるんならかまわないよね?」
会長さんの両手の中にフンワリと載っていたのは鈍く輝く金髪の山。そして教頭先生の頭の上から髪は消え失せていたのでした。

「「「!!?」」」
教頭先生が頭に手をやり、私たちは目が点です。見事に剃り上げられた教頭先生の坊主頭は、天井からのライトを受けて眩しい光を放っていました。会長さんの手の中に金色の髪があるってことは、サイオニック・ドリームではなくて正真正銘の丸坊主…?
「……ブルー……」
泣きそうな顔の教頭先生に、会長さんは「何?」と無邪気に応えます。
「さ、触っても髪の毛が無いのだが…。サイオニック・ドリームにしてはリアルすぎる気がするのだが…」
「ああ、髪の毛? そりゃ触っても無いだろうね。剃っちゃったもの」
「「「剃った!??」」」
全員が唖然とする中、会長さんは宙にビニール袋を取り出し、金色の髪を詰めました。
「ぶるぅ、この髪の毛で何か作れるかな? ハーレイの剃髪記念にしたいんだけど」
「んーとね…。針山なんかどうかなぁ? 人間の髪の毛って油分があるから、針が錆びにくくなるんだよね」
「針山か。ぼくは使わないけど、記念品には良さそうだ。ぶるぅ、作ってくれるかい?」
「うん! どんな形にしようかなぁ…。可愛いのがいいかな、それとも渋いデザインがいいかなぁ?」
のんびり会話する会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」。丸坊主にされた教頭先生はリビングを飛び出し、洗面所に向かったようですが…鏡を見たらさぞ衝撃を受けるでしょうねえ。案の定、意気消沈した教頭先生がどんよりした顔で帰ってきて。
「…ブルー、本当に剃ったのか…?」
「髪の毛よりもぼくが大事だって言ったじゃないか。そのぼくに欲しいと要求されたら髪の毛くらい差し出さなくちゃ。…だからといって出家した時についてこなかった件をチャラにするわけじゃないけどね」
「…駄目なのか…」
「もちろん。そのまま出家して仏門に入るというなら考えないでもないけどさ」
ツルツル頭の教頭先生の姿を見ても、会長さんの心はまるで痛まないようでした。それどころか宙にヒョイと雑誌を取り出して。
「はい、これでもヘアカタログってヤツなんだ。…ボウズスタイルっていうんだよ」
「「「ボウズスタイル!?」」」
「そうさ、坊主頭の専門雑誌。キースなら知っているかもね。これが最新号で、おしゃれボウズなスタイルが108載っている。あと、特集が『人気美容師が教える! 自分で刈る! セルフボウズテク』。色々あるから参考にして。…冬休み中に坊主頭を脱却するのは日数的に厳しそうだし」
似合うスタイルを探すといいよ、と教頭先生に渡された雑誌の表紙は文字通り坊主だらけでした。綺麗さっぱりツルツルのから、少し伸びたもののアレンジまで…。ほんの少しだけ髪が伸びた頭を文字や模様に刈り込んだのも載っています。会長さんはそれの一つを指差しました。
「冬休み明けに間に合いそうなスタイルといえばこの辺りかな? 金髪でボウズなスタイルっていうのは難しいけど、ハーレイは肌の色が濃いからね…。模様なんかが映えると思う。載ってるとおりにするのもいいし、シャングリラ学園の紋章なんかもオシャレじゃないかな」
「きょ…教頭がそんな頭というのは…」
「だったらスキンヘッドしか残ってないね。生え際が後退しそうだったから、その前に潔く剃りました…って言えば世間は通ると思うよ。でなきゃカツラを被るとか。…ここのカツラが評判いいんだ」
今度はオーダーメイドのカツラのチラシが出てきます。会長さんったら、どこまで用意がいいんだか…。宿泊券をゲットした時から計算し尽くしていたのでしょうけど、まさか教頭先生がツルツル頭にされるとは! 次に宿泊予約を入れている数学同好会のメンバーとアルトちゃんたち、腰を抜かすかもしれません。
「それじゃ、ぼくたち帰るから。ボウズスタイルかカツラにするか、冬休み中にじっくり考えて」
会長さんの合図で私たちは教頭先生の家を引き揚げました。教頭先生、あまりのことに見送りにも出てこられないらしく、窓の向こうで手を振っています。会長さんに惚れたばかりに髪の毛を剃られてしまう結果になっても、会長さんへの名残は尽きないらしいですねえ…。

バス停まで歩く途中で会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」に言いました。
「準備いいかい?」
「かみお~ん♪」
「「「えっ!?」」」
フワッと身体が浮いたかと思うと、私たちは見慣れた会長さんの家のリビングに…。すぐに「そるじゃぁ・ぶるぅ」がホットケーキと飲み物を用意してくれます。お泊まり会を振り返るにはもってこいの場所ですけれど、なんて手回しがいいのでしょう。
「ハーレイったら鏡とにらめっこしているよ。ボウズスタイルとカツラのチラシを交互に見ては悩んでいるね」
絶対ボウズがお薦めなのに、と会長さんはビニール袋に入った金色の髪を取り出します。
「これだと針山は一個くらいか…。まあ、作れっこないんだけどさ。ね、ぶるぅ?」
「うん、本物じゃないもんね。つまんないの…」
チョンチョン、と袋をつつく「そるじゃぁ・ぶるぅ」。本物じゃない…って、どういうこと? 私たちが口々に訊くと会長さんはクスッと笑って。
「この髪の毛は此処にはない。…まだハーレイの頭の上」
「「「は!?」」」
「サイオニック・ドリームなんだよ、最上級のね。ハーレイ自身も幻覚に囚われて髪の毛は無いと思ってる。明日の朝には元に戻すけど、それまでツルツル頭の絶望感をじっくり味わってもらおうと…。ぼくよりも髪の毛を選んだ過去をキッチリ後悔するといいさ。どうせこうなるなら出家しておけばよかった…とね」
「あ、あんたは…」
キース君が口をパクパクとさせて会長さんを見詰めました。
「まさかそのために教頭先生の家に泊まりに!? 最初から全部計算の内か…?」
「決まってるじゃないか。ハーレイの家に堂々と泊まり込めるチャンスなんてそうそう無いし…何をしようかって考えてたらこうなった。今は坊主が旬なんだよ」
托鉢ショーにトンズランスに…、と指折り数える会長さんは心の底から楽しそうでした。
「ぼくの法名も明かしてあげたし、いつかは君の法名も披露しないといけないね。知られたくないなんて言ってる内は、まだまだ修行がなってないんだ。みんなに話す覚悟が出来たら剃髪にも抵抗が無くなるさ。その時はジョミーも一緒に坊主頭に…」
「それだけは嫌だ!」
「ぼくも嫌だーっ!!!」
キース君とジョミー君の叫びが重なり、会長さんとの言い争いが始まります。丸坊主にされたと思い込んでいる教頭先生は今もドン底気分でしょう。キース君が尊敬している伝説の高僧・銀青様。その銀青様と会長さんが同一人物だなんて、お釈迦様でも知りたくないかもしれません。…お歳暮に貰った宿泊券でのお泊まり会は…教頭先生、ごめんなさいです~!




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