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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

先生からのお歳暮ゲットを目指してスーパーボールを順調に集めた私たち。残りは体育館で貰える二個という所で思わぬ壁にぶつかりました。ゼル先生が出した課題です。先生の特製時限爆弾のオモチャを無事に解体しないとスーパーボールは貰えません。おまけに一つとして同じ仕掛けは無いのだとか…。
「ふん。いくら悪運の強いブルーといえども、こればっかりは無理じゃろうて」
専門家ではないからな、と箱を見下ろすゼル先生。
「爆弾処理は広いスペースでやるもんじゃ。万一のことがあるからな。わしがこの部屋を使っているのはそういうわけじゃが、誰が解体してくれるんじゃ?」
「「「………」」」
顔を見合わせている私たちに、ゼル先生は時限爆弾のタイムリミットは正午だと教えてくれました。お歳暮ゲットのための制限時間終了と共に、解体されなかった爆弾が一斉に煙を吐くのだそうです。
「…解体できた人って、いるんですか?」
質問したのはシロエ君でした。ゼル先生は「うむ」と大きく頷いて。
「運の問題もあるからのう。五人は成功しておるわい。…おお、そうそう、お前たちと同じクラスの何といったか…。ああ、rじゃ。あの子も成功したんじゃぞ」
「「「えぇっ!?」」」
rちゃんが時限爆弾を解体していたとは…。よっぽど運がいいのでしょう。それを聞いたシロエ君が拳をギュッと握り締めて。
「分かりました。…ぼくがやります」
「ほほう…。トップバッターというわけか。ほれ、道具はこれじゃ」
工具箱のようなモノを渡されたシロエ君は床に座り込み、慎重に箱の上蓋を外しました。私たちが息をつめて見守る中で、まずパチンと一本のコードが切られて…。幸い、煙は出ませんでした。
「ほう、タイマーを切りおったか。とりあえず正午に爆発するのは避けられたのう」
しかし問題は解体じゃ、とゼル先生は得意そうです。
「ここから先が大変なんじゃ。わしの爆弾はそう簡単には分解できん」
「………。でも人間が作ったものですから」
シロエ君がパチン、とコードを切ります。それから少し考え込んで…パチン。コードが一本切られる度に私たちはドキドキですが、シロエ君は顔色一つ変えません。ゼル先生も腕組みをしてシロエ君の手元を覗き込んでいます。
「…よし。これで終わりだと思うんですけど」
パチン、とコードを切断すると、シロエ君は箱の中を指差して。
「起爆装置は解除しました。どう転んでも白い煙は出ないんじゃないかと思います」
「……むむむ……。仕方ないわい、わしの負けじゃ。ほれ、持って行け!」
ゼル先生がスーパーボールを取り出し、私たちは歓声を上げてシロエ君を取り囲みました。
「すげえな、シロエ!」
サム君が叫び、キース君が。
「機械いじりが趣味だと聞いてはいたが…見事なものだな」
「ふふ、先輩に誉めて頂けると嬉しいですね。…実はちょっとした爆弾くらいなら作れちゃったりするんです」
恐ろしいことをサラッと言ってのけるシロエ君の手には、星が六個入ったスーパーボールが。これで残りは一個だけ。お歳暮ゲットは目前ですよ!

私たちにとって最後となる七個目のスーパーボールを持った教頭先生は、柔道部の道場が持ち場でした。階段を上がって近付いて行くと「どりゃあぁ!」という大きな声が。
「…もしかして、先生から一本取るのが条件ですか?」
不安そうな声のマツカ君。柔道部三人組の顔が一気に強張り、道場の方から男子グループが肩を落としてやって来ます。一番最後の一人は制服のシャツのボタンを留めながら…。
「柔道着は貸してくれるんだよ。制服じゃ上手く動けないからね」
会長さんの言葉に、私たちは真っ青になってしまいました。
「そ、そんな…。絶対無理だよ、キースたちも一度も勝てたことがないって…」
ジョミー君が全員の心を代弁します。せっかくここまでやって来たのに、七個目はゲットできないんでしょうか…。
「大丈夫。柔道だけだと不公平だから、他に対戦方法が二つ」
そう言いながら会長さんが扉を開けると、教頭先生が柔道着に黒帯を締めて仁王立ちに立っています。
「おお、来たのか。スーパーボールは今で幾つだ?」
「ここで七個目」
ニッコリと笑った会長さんは六個のボールを両手に乗せて得意そうでした。
「だから絶対貰わなくっちゃ。六個でおしまいなんて悲しいじゃないか」
「そうだろうな。しかし手加減は一切せんぞ。…チャンスは一人一回きりだが、対戦方法は三つある。一つは柔道で私に勝つこと。二つ目は腕相撲で私に勝つ。最後の一つは…女子用に用意した方法なのだが、男子が挑んでもかまわない」
「「「女子用?」」」
「そうだ。これが一番簡単だぞ。…にらめっこで私に勝てばいいのだ」
「「「にらめっこ?!」」」
ビックリ仰天の私たちでしたが、教頭先生は大真面目です。
「にらめっこを甘く見るんじゃないぞ。私を笑わせた生徒は殆どいない。そうだな…。半時間ほど前に数学同好会の連中が挑みに来たが、ジルベールでも勝てなかったと言っておこうか」
「「「ジルベール!?」」」
それは『欠席大王』の異名で知られる特別生の名前でした。会長さんとはベクトルの違った超絶美形で、滅多に姿を現わしません。よほど機嫌が良くないと微笑みもしないと評判ですが、そのジルベールが敗北…すなわち教頭先生の顔を見て笑う結果になったとは…。
「そんなわけだから、どの方法で対戦するか考えてから挑むんだな。…最初は誰だ?」
「くっ…。たとえ負けると分かっていても…」
柔道以外では挑めるもんか、とキース君が決意を固めました。続いてシロエ君とマツカ君も。三人は柔道着に着替えて順番に挑戦したのですけど、やっぱり勝てはしませんでした。キース君はそこそこ頑張ったのに…。
「…すまん、三人分も無駄にして…」
プライドにこだわらずに腕相撲にしておくべきだった、とキース君たちが頭を下げます。でも腕相撲でも勝てないのでは、と私たちは薄々気付いていました。
「ハーレイ。…参考までに聞きたいんだけど」
口を開いたのは会長さん。
「今までに柔道で勝った人はいる? 腕相撲は? にらめっこは勝った人がいるみたいだね」
「なるほど…傾向と対策か。にらめっこは男女合わせて六人、腕相撲は男子が五人、柔道はまだ一人もいない」
「そうなんだ。じゃあ、にらめっこか腕相撲なら可能性があるってことか…」
どうする? と言われても、柔道部三人組でさえ勝てない相手に腕相撲で挑もうという猛者がいるわけありません。
男子は会長さんを除けばジョミー君とサム君の二人しか残っていないんですし、スウェナちゃんと私も加わり、一人ずつ『にらめっこ勝負』をすることに…。対戦場所は腕相撲用のテーブルでした。
「ふむ、最初はジョミーか。では…始めっ!」
教頭先生の合図と共に、ジョミー君は思いっきり顔を歪めて対戦開始。次から次へと百面相を繰り広げますが、教頭先生は眉一つ動かしもせず、突然「べろべろばぁ~」と厳めしい顔を崩しました。
「「「ぶぶっ!!!」」」
破壊力抜群の攻撃に全員が笑い転げてしまい、気付けばジョミー君はアウトを宣言されていて。続くサム君は善戦したものの、教頭先生が二本の指を鼻の穴に突っ込んだ途端に苦労が全て水の泡です。スウェナちゃんはヒョットコ攻撃、私は『アッチョンブリケ』のポーズに敗れてしまい、残るは会長さんだけに…。
「ブルー、もうお前しかいないようだぞ」
勝てるかな、と余裕の笑みの教頭先生。
「うーん、にらめっこでは勝てそうにないね。シャングリラ・ジゴロ・ブルーの名前とプライドをかなぐり捨てても、元の造りが違いすぎるし…」
「…………。お前、さりげなく私の顔をけなしているか?」
「ううん、全然」
会長さんはそう言いましたが、口調と表情が逆であると雄弁に語っています。会長さんも勝てないとなれば、スーパーボールは諦めるしかないのでしょうか。でも、最後の最後で諦めるなんて悲しいです。駄目だと結果が分かっていても、せめて勝負を…。縋り付くような私たちの目を見て、会長さんは微笑みました。
「勝負しよう。…にらめっこじゃなくて柔道で」
「「「柔道!?」」」
私たちの声がひっくり返り、教頭先生も唖然としています。
「そう、柔道。…柔道着はそっちで借りられるのかな?」
「…ああ、サイズ別に棚に入れてある。使い終えたヤツは洗濯用の籠に…って、お前、本気なのか?」
「本気だよ。至って本気で、至って正気」
ヒラヒラと手を振って、会長さんは更衣室を兼ねた部屋に入って行きました。柔道って…まだ一人も勝者がいないと聞きましたけど、会長さんったら本気ですか~!?

「…まさか色仕掛けじゃないでしょうね…」
心配そうに言ったのはシロエ君でした。
「寝技に持ち込んで仕掛けられたら、いくら教頭先生でも負けそうです」
「そんな反則は認めないぞ」
仏頂面で応じる教頭先生。
「お前たちも柔道部員なら分かっているな? 道場と勝負は神聖なものだ。ブルーが妙な手を仕掛けてきたら、その時点で反則負けとする。…証拠を出せといいそうなヤツだし、録画しておけ」
「「「はいっ!」」」
柔道部三人組は慌ててカメラをセットしました。本来は柔道部の練習試合とかを録画するためのカメラだそうです。色仕掛けが効かないとなれば、会長さんに勝算なんか無いのでは…。
「お待たせ。あれ、カメラまでセットしたんだ? 信用ないなあ」
柔道着を着け、初心者用の白帯を締めた会長さんが裸足でスタスタ歩いてきます。
「早いとこ勝負をつけようか。…持久戦には自信がないし」
「妙な真似をしたら反則負けを宣告するぞ。今からでも別の勝負に切り替えられるが」
試合用の畳に立った教頭先生が尋ねましたが、会長さんは。
「にらめっこも腕相撲も自信無いんだ。これが一番いいんだよ」
「後悔しても知らんからな」
本気でいくぞ、と教頭先生が言い、試合開始を宣言すると…。
「「「!!!」」」
ダッと飛び出した会長さんが教頭先生に足払いをかけ、次の瞬間。
「とりゃぁぁぁっ!!」
柔道十段、赤帯の巨体がドスンと勢いよく畳に叩きつけられました。会長さんは両手を軽くはたいています。
「う、嘘だ…」
キース君が呟き、教頭先生が腰をさすりながら起き上がって。
「いててて…。ブルー、サイオンを使ったな? 失格だぞ」
「残念。失格も反則もしてないよ。…今のは実力」
「しかし、お前は柔道なんか…」
習ったこともないだろう、と顔を顰める教頭先生に会長さんはニッコリ笑って。
「習ってないし、サイオンでコピーした技も持ってない。…ただ、護身術だけは習ったんだ。それの応用」
「護身術? そんなモノをいつの間に…」
「お寺に修行に入る前。ほら、ぼくって見た目がコレだから。習っておいて役に立ったよ、修行中にね。布団部屋に連れ込まれそうになる度に投げ飛ばしてた」
「「「………」」」
修行中に布団部屋…。しかも見た目がどうこうとくれば、会長さんの身体目当ての不逞の輩を投げ飛ばしたということでしょう。お坊さんの世界も大変そうです。教頭先生は溜息をつき、道場の壁際にあった箱からスーパーボールを取って来ました。
「お前に投げ飛ばされるとは思わなかった。…持って行け」
「ありがとう。これで七個揃った」
赤い星が七個入ったスーパーボール。着替えを終えた会長さんと私たちは大喜びで講堂へ戻ることにしました。正午まで残り半時間。七個のボールを集められるグループは全部で幾つあるのでしょうね?

講堂ではエラ先生とミシェル先生が待っていました。他の生徒はまだいません。
「おかえりなさい。あなたたちが一番ですが、ボールが揃ったのですか?」
エラ先生の前の机に会長さんがスーパーボールを並べてゆきます。一個、二個…。
「凄いわ、七個揃えたのね!」
感激の声はミシェル先生。七個のボールが燦然と輝く中、二人の先生はパソコンを前に何やらチェックしています。
恐らくサイオンを使ってないかの確認作業なのでしょうが…。それからリストバンドが外されました。
「よろしい、『そるじゃぁ・ぶるぅを応援する会』はお歳暮の権利獲得です」
エラ先生が紙に何かを記入し、ミシェル先生がウインクして。
「おめでとう! この紙が宿泊申込書になるわ。どの先生の家に泊まるか、じっくり考えて決めてちょうだい。私の家も大歓迎よ」
お客様は大好きなの、とミシェル先生は楽しそうです。新婚さんのお宅に押し掛けるのはお邪魔かも…なんて気遣いは不要みたい。グレイブ先生の家もいいかも、と思った所へ…。
「失礼します。ボールを揃えたのですが」
ヌッと現れたのはボナール先輩と数学同好会の面々でした。アルトちゃんにrちゃん、欠席大王のジルベールまで!
私たちは受付を譲り、申込書を持って講堂の椅子に座ります。
「ブルー、どの先生の家にするんだ?」
サム君の質問に会長さんは。
「まだだよ、ぶるぅが来てから決めよう。ほら、サイオンのことがあるから…正午までぶるぅは来られないんだ。何かのはずみでサイオンを使ってしまって、罪もない人が失格になると大変だからね」
好奇心旺盛な子供だから、と言われればそのとおりです。思念波で「何してるの?」と尋ねられただけでもリストバンドのサイオン検知装置が反応しますし、そしたらその場で失格で…。もちろん「そるじゃぁ・ぶるぅ」のことですから、お部屋からサイオンで見物しているのでしょうけど。あ、アルトちゃんたちがやって来ました。早速、情報交換が始まります。
「へえ~、ブルーが教頭先生をねぇ…」
大したもんだ、と眼鏡を押し上げるパスカル先輩。数学同好会の方はボナール先輩が腕相撲で勝利を収めたそうです。わんこそばの大食い大会を勝ち抜いたのは驚いたことにジルベールで…。
「痩せの大食いってヤツか…」
すげえ、と目を丸くして驚くサム君。その一方でシロエ君が。
「ゼル先生の爆弾を解体したのはrさんだと聞いたんですけど…。まぐれです…よね?」
「ああ、爆弾な。あれはなかなか大変だった」
男子全員やられたんだぜ、とボナール先輩が白煙が上がった瞬間を語ります。それじゃrちゃんは強運の人!
「いやいや、それが…。こいつの場合は運じゃない。遠慮深いのが欠点だ」
最初から名乗り出ればいいのに、とパスカル先輩がrちゃんの頭をコツンとつつきました。え? 名乗りって…? それって何…?
「爆弾の解体なら見よう見真似で出来るんだと。…いや、正式に習ったんだったけか?」
「…正式に、じゃないです」
控え目な声で答えるrちゃん。
「シュウちゃんに習っただけですから」
「「「シュウちゃん?」」」
「従兄らしいぜ」
ボナール先輩が肩を竦めて先を促し、rちゃんは。
「えっと…シュウちゃん、専門は多分、銃なんですけど。爆弾処理も出来るんだぜ、って言って前に教えてくれたんです。でも振動感知装置つきのヤツとかがあるから解体しようなんて思うんじゃねえぞ、と言われてて…」
シュウさんとやらが持ってきた物体以外のモノを解体したのは初めてだった、とrちゃん。いったいどういう従兄なんだか…。特殊部隊か何かなのかな? そうこうする内に二組のグループがボール持参で受付を済ませ、そのすぐ後にチャイムが鳴って制限時間は終了しました。

「かみお~ん♪ 終わったね!」
クルクルと宙返りしながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」がパッと現れ、生徒たちが講堂に戻ってきます。全員が着席すると間もなくスーツに着替えた先生方が揃って教頭先生がマイクを握りました。
「諸君、よく健闘してくれた。スーパーボールが揃ったグループは申込書に必要事項を記入し、事務局に届け出るように。また、揃えられなかったグループにはボールの獲得数に合わせて参加賞が出る。ゼロでもシャングリラ学園の紋章つきのポケットティッシュが貰えるからな」
一個は食堂のコーヒーチケット、二個は一番安い定食のタダ券…と賞品が発表されて、講堂の中は大騒ぎ。六個だとアルテメシアの大抵のお店で使える金券ですよ~!
「賞品の引き換え券はリストバンドと交換で渡す。引き換え場所は券の裏面を見るように。…それでは諸君、楽しく節度ある冬休みを!」
わぁっ、と歓声が上がって生徒たちが受付に行列します。その一方で私たちは…。
「ぼくらは宿泊券だよね? しかも一泊二食付き!」
どの先生の家に行こうかなあ、とジョミー君。
「グレイブ先生の家も楽しそうですよね」
ミシェル先生にも誘われましたし、とシロエ君は乗り気です。確かに素敵な提案かも…。グレイブ先生の私生活には大いに興味がありますし! あれで案外、家の中にはハート型のレースひらひらなクッションとかの新婚グッズが溢れてるとか…?
「そうだな、グレイブ先生の家っていいかも! 面白そうだぜ、なあ、ブルー?」
サム君がウキウキと会長さんを振り向くと…。
「却下」
爽やかな声で一刀両断、会長さんは微笑んで。
「ぼくがラスボスを倒したんだ。それも誰一人として勝てなかったハーレイを…ね。だからリクエストの権利はぼくにあるんだと思うけどな。…違うかい?」
「「「………」」」
誰も反論できませんでした。横では「そるじゃぁ・ぶるぅ」が無邪気にピョンピョン飛び跳ねながら。
「ブルー、ほんとに凄かったよね! ハーレイを一発で投げたんだもんね♪」
「そうだろう? でね、ぼくはハーレイの家に泊まりたくって。…それでいいかな?」
「「「えぇっ!?」」」
教頭先生の家ですって? 普段から会長さんが避けまくっている、教頭先生が『会長さんとの甘い生活』を夢見てあれこれこだわりまくった家に?
「そこが楽しい所じゃないか。ぼくが泊まりに現れるなんて、ハーレイが聞いたら感激するよ。他の先生の家じゃ我儘を言ったりできないけれど、ハーレイの家なら無礼講だ。食べ放題の遊び放題」
ゴクリ、と私たちの喉が鳴りました。好き放題にやれる、という点で教頭先生の家の右に出るものはないでしょう。悪戯しようが大暴れしようが、それこそ家の中でサッカーしようが、笑って許して貰えそう…。
「よし、それにするか」
キース君がニヤリと笑い、ジョミー君が親指を立てています。こうして行先は決定しました。日にちは早速、明後日から。明日からでも別に良かったんですが、教頭先生が準備や掃除に追われる時間をたっぷり取っておきたいというのが会長さんの意向です。
「明日は大掃除に燃えて貰うさ。年末大掃除の前倒しでね」
サラサラと必要事項を記入し、事務局へ提出に向かう私たち。その耳に数学同好会のメンバーのジャンケンの声が聞こえてきました。
「くぅ~っ、アルトか! お前、ジャンケンだけは強いのな」
「ちびゴマちゃんを見破ったのもアルトちゃんです!」
「分かった、分かった。…お前が爆弾を処理しなかったら七個揃っていないんだし…。で、アルトの希望は?」
「……教頭先生……」
どうやら教頭先生の家には、少なくとも二組が宿泊するようです。私たち八人に「そるじゃぁ・ぶるぅ」を加えたグループの方が面倒事を引き起こす可能性が高そうですが、教頭先生が惚れ抜いている会長さんが入っているのはそのグループ。数学同好会と私たちのグループ、どっちが歓迎されるんでしょうね?

そして始まった冬休み。二日目のお昼過ぎに私たちは荷物を持って校門前に集合しました。教頭先生の家へはバス一本です。住宅街の中を歩いて着くと、門扉にクリスマス・リースが飾られていて、庭にはイルミネーション用のライトが沢山…。夜になれば綺麗にライトアップされるのでしょう。
「凄いね、お庭にトナカイがいるよ!」
二階の窓にサンタさんも、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大はしゃぎ。独身生活の教頭先生にライトアップの趣味があるとは思えませんし、私たち…いえ、会長さんのために飾り立てたのは間違いないかと。会長さんがチャイムを鳴らすと、すぐに扉が開きました。
「おお、来たか! 遠慮しないで入ってくれ」
普段着の教頭先生に招き入れられたリビングには大きなクリスマス・ツリーが立っていました。
「ハーレイ、ロマンチストだねぇ…」
呆れたような会長さん。
「もしかして…ぼくがハーレイと結婚したら、毎年こんなクリスマス?」
「ん? もっとシックな方が好みだったか?」
「ううん…。尋ねたぼくが馬鹿だった」
そんな会長さんや私たちを教頭先生は手放しで歓迎してくれ、荷物を置くとすぐにお菓子が出てきました。
「ここの焼き菓子は美味いんだぞ。…紅茶とコーヒー、どっちがいい? 大きなテーブルが無くてすまんな」
テーブルには六人しか座れなかったので、教頭先生と柔道部三人組は絨毯の上でティータイムです。賑やかなお茶の時間が終わると教頭先生はキッチンに向かい、やがて美味しそうな匂いが漂ってきて…。エプロン姿の教頭先生が作ってくれたのはビーフストロガノフと三種類のサラダにピロシキでした。
「ぶるぅの腕には及ばんだろうが、これが私の精一杯だ。おかわりもバターライスも沢山あるから、好きなだけ食べてくれればいい」
「ふうん…。冬らしいメニューでいいね」
外の眺めもとても素敵だ、と会長さんがライトアップされた庭を誉めると教頭先生は嬉しそう。夕食は会長さんが和室用の机を瞬間移動させてきたので、教頭先生と柔道部三人組が正座です。テーブルについた会長さんの隣にはサム君がいたのですが…。
「はい、サム。…こっちのサラダ、好きだろう?」
会長さんが温製サラダをサム君のお皿に取り分けました。
「サンキュ! 言ってないのに分かるんだ?」
「そりゃあ…ね。サムの好みはだいたい分かるよ。ピロシキはこれが好きだと思うな」
「うん、これ、これ! すげえや、ブルー!」
五種類の中からピタリと当てた会長さんはサイオンなんか使っていない、と得意顔です。
「何度も食事を一緒に食べれば分かるものさ。…ぼくとサムとの仲だもんね」
え。会長さんとサム君は今も公認カップルですが、教頭先生はそんなこととは知りません。会長さんだって「わざわざ教える必要はない」と言っていたのに、これはいったい…? 案の定、教頭先生は怪訝そうな顔をしています。
「…おい、ブルー。ぼくとサムとの仲って何のことだ?」
「ん? …別に気にするほどのことじゃあ…。うん、どの料理も美味しいや。ハーレイ、いつでもお嫁にいけるよ」
「そうか。お前に誉められると嬉しくなるな」
頑張った甲斐があった、と喜んだ教頭先生ですが、食後の紅茶の時間になって…。
「ごめん、ブルー」
サム君がロシアンティーのグラスとジャムの器を交互に見ながら会長さんに謝りました。
「…砂糖の数なら分かるんだけど、これはちょっと…。ジャムはどれだけ?」
「そうだね、スプーン山盛りで一杯かな」
「オッケー!」
いそいそとジャムを掬うサム君の姿に、教頭先生は再び疑問が湧いたようです。砂糖の数だの、ジャムの量だの…。会長さんの弟子である以上、お世話するのは当然ですけど…知らなかったら怪しいですから! いえ、本当は公認カップルだったりするわけですが、会長さんったらカミングアウトをする気ですか~?



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キース君とジョミー君が坊主頭に見せかける訓練を続ける内に期末試験がやって来ました。1年A組はいつものように会長さんのお蔭で楽々クリア。私たちの打ち上げパーティーは教頭先生から貰ったお金で「そるじゃぁ・ぶるぅ」お薦めの北京ダックが美味しいお店へ…。今回は会長さんは熨斗袋の中身だけで満足だったようです。二学期は散々な目に遭わせてましたし、良心が咎めたのかもしれません。今日はいよいよ終業式。
「おはよう。明日から冬休みだね」
やって来たのは会長さんでした。アルトちゃんとrちゃんにプレゼントだとか言って洋菓子店の箱を渡しています。去年は指輪を贈っていたと思うのですが、今年はランクが落ちましたか…? でも二人とも嬉しそうですし…。
「あそこの焼き菓子は美味しいんだよ。それにメッセージカードつき」
そっちの方が大事なんだ、と会長さんの思念が届きました。
『冬休みの間にシャングリラ号のこととかをレクチャーしなきゃいけないからね。メッセージカードはぼくの家への招待状を兼ねている』
なるほど。きっと招待した時に改めてキザなプレゼントを渡すのでしょう。アルトちゃんたちもいよいよシャングリラ学園の秘密を知らされる日が来るようです。思えば私たちも一年前の今頃は沢山の『?』マークを抱えて会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に振り回されていましたっけ…。感慨に耽っているとカツカツと靴音が聞こえてきて。
「諸君、おはよう」
グレイブ先生が前の扉から入って来ました。会長さんの机が増えているのを見てフンと鼻を鳴らし、出席を取ります。
「やはりブルーが現れたか。…まあいい、二学期も今日で終わりだ。冬休みの宿題は出すだけ無駄と分かっているから一切無し。諸君、休みを存分に満喫したまえ」
「「「やったーっ!!!」」」
狂喜乱舞のクラスメイト。それから終業式会場の講堂へ移動し、校長先生の退屈なお話を聞いて、教頭先生から冬休み中の生活などに関する注意を聞いて…。
「では、クリスマスや正月だからといって羽目を外し過ぎないように。そして…」
教頭先生が重々しく咳払いをしてマイクを握り直しました。
「去年に続いて、今年も我々教師一同からのお歳暮を贈呈することになった」
「「「えぇーっ!?」」」
上級生から明らかなブーイングの声が上がりました。一年生は去年のことを知りませんけど、二年生と三年生はキッチリ覚えている筈です。先生からのお歳暮と聞いてゲットするのに学校中を走り回って…苦労の果てに手に入ったのはタダでも欲しくない物だったことを。
「話は最後まで聞きなさい! 去年の『お手伝い券』は失敗だった、と反省している。いくら勉強に悩んでいる生徒といえども、冬休み中に先生を呼び出して個人的な指導を受けてみたいとは思わんだろう。だから今年は勉強のお手伝い券は止めにした」
教頭先生、もっともらしい理由を言っていますが本当でしょうか? お手伝い券を会長さんに逆手に取られて家政婦代わりにこき使われたのは他ならぬ教頭先生です。先生方も事の次第は聞いてるでしょうし、お手伝い券が中止されたのは会長さんのせいなのでは…。ともあれブーイングは止み、教頭先生が続けます。
「今年のお歳暮は宿泊券だ。ただし二名以上からのグループ利用が条件になる。そして利用できる宿泊施設は一般のホテルなどではなくて、この学園の教師の自宅ということになった」
「「「えぇぇっ!?」」」
「民宿といった所だろうか。風紀の問題があるから女子生徒ばかりのグループが男性教師の家への宿泊を希望した場合は、当該教師が独身の場合、女性教師が同行する。男子生徒グループが独身の女性教師宅を希望した場合は男性教師がつくわけだ。宿泊条件は一泊二食」
どよめきが広がってゆく中、教頭先生は微笑んで。
「人数が多すぎて家に入り切れないこともあるかもしれん。そういう時は学園所有の合宿所などを手配する。宿泊中は先生の手料理など、心温まるもてなしを楽しんでくれたまえ。これが今年のお歳暮だ」
わぁっ、と歓声が湧き起こります。先生方の自宅で一泊二日の民宿ライフ! これは素敵なお歳暮かも~。

全校生徒がワクワクする中、教頭先生はお歳暮ゲットの方法を説明し始めました。
「お歳暮は宿泊券という性質上、利用人数は最大でも十名にして貰いたい。有効期間はクリスマスと大晦日、三が日を除く冬休み中だ。お歳暮をゲットするためのグループは男女混合でも構わない。二名以上、十名以下のグループを結成したらグループ名をつけ、順次登録を済ませるように」
あちらで受付をする、と示された先にテーブルが設置されています。グループ名と登録が必要だなんて、抽選とかではなさそうな…。
「登録を済ませた者はリストバンドを付けて貰う。これは不正禁止の為だ。…七種類のスーパーボール…縁日などで売られているゴムのボールだが、それを揃えたグループがお歳暮を貰えることになっている。だが全て揃えるのは困難だろう。そういう時にグループを組み替えて「揃えました」と言われたのではたまらない」
あくまで最初に結成されたグループの中で頑張って貰う、と教頭先生は力説しました。
「宿泊券が多数出たのでは我々も苦労するからな…。まずはグループの結成と登録をしてほしい。それが終わったらスーパーボールの入手方法を説明しよう。迅速に行動するように」
講堂は蜂の巣をつついたような騒ぎになりました。クラスや学年を越えてグループを組もうという動きもあるようです。でも私たちはどう転んでも…。
「ぶるぅは今回、ダメなんだよね」
会長さんが悠然と近付いてきて私たちの頭数を確認しました。会長さんを入れて合計八名。どうして「そるじゃぁ・ぶるぅ」はダメなのでしょう?
「それはいずれ分かる。でも宿泊券をゲットできたら、ぶるぅも連れてってやりたいな。グループ名はどうしようか? 学園祭の時と同じでいいかい?」
「ああ、あのダサ…」
言いかけたキース君が慌てて口を閉じ、グループ名は再び『そるじゃぁ・ぶるぅを応援する会』に決定です。登録をしに出かけて行くと既に列が出来ていて、並んだ末に白いリストバンドを手首に付けて貰ったのですが…。
「……やっぱりね」
会長さんがリストバンドを指先でつつきました。
「君たちには分からないみたいだけれど、サイオンの検知装置が仕込まれている。サイオンを使ったらバレる仕組みだ。…つまり失格になるってことさ」
思念波レベルでも引っかかるから使っちゃダメだ、と会長さんは真剣です。
「こうなることは分かっていたから、今日はぶるぅは留守番なんだよ。それにサイオン禁止と暗に言うために、ぶるぅを使おうとしてるしね。…ほら、特別生は全員サイオンを持っているだろう?」
確かに特別生の姿も今日はちらほら見かけます。イベント好きが多いのかも…。やがて全員の登録が終わり、教頭先生が説明の続きを始めました。
「最初に注意事項がある。我が学園のマスコット、そるじゃぁ・ぶるぅが不思議な力を持っているのは全員知っていると思うが、あの力を借りてスーパーボールを入手するのは不正行為と認定される。ぶるぅの力が使われたらリストバンドがそれを検知し、我々に記録が送信されて自動的に失格だ」
あ。ホントに「そるじゃぁ・ぶるぅ」をサイオン禁止の隠れ蓑として使っています。「クソッ」という声は多分ボナール先輩でしょう。
「では、スーパーボールの入手方法を教えよう。ボールは七人の先生方が持っている。それぞれの先生方が出す条件をクリアすればボールが貰える仕組みだ。ボールを持っている先生の名前は講堂に掲示しておくが、ゼル先生、ヒルマン先生、ブラウ先生、グレイブ先生、シド先生、保健室のまりぃ先生、それに私ことウィリアム・ハーレイ」
「「「………」」」
統一性があるのか無いのか分からない面子を発表されて戸惑いの沈黙が流れます。
「制限時間は正午まで。ほぼ三時間あるわけだから、頑張ってチャレンジするといい。どの先生から回ってもいいし、先生方が居場所を変えることもない。先生方がおられる場所は…」
淡々と説明を終えると、教頭先生は他のスーパーボール担当の先生方と一緒に講堂を出て行きました。残ったエラ先生の合図を待って、一斉に飛び出す生徒たち。さあ、私たちはどうしましょうか…?

「こういうのは闇雲にやっても労力の無駄だ」
会長さんが私たちを集めて言いました。講堂に生徒はもう私たちしか残っていません。エラ先生とミシェル先生がグループ登録に使った机で和やかにお茶を飲んでいます。
「…腹立たしいことに、このリストバンドはぼくのサイオンにも反応する。だからスーパーボールを持った先生たちの現状は全く分からないんだ。でも条件は知っているから、一人ずつ確実に潰していこう。…一番近いのはグランドだね」
グランドにはシド先生がいる筈です。会長さんはジョミー君を指差しました。
「サッカー少年、君の出番だ」
「ぼく!?」
「そう。サッカー部でたまに遊んでるだろ? 君なら多分、大丈夫」
行ってみるとグランドでは男子生徒が騒いでいました。シド先生がホイッスルを持って立っています。宙を飛んでいるのはサッカーボール? ホイッスルが鳴り、シド先生が。
「終了! 次は誰だ?」
進み出た男子がラインの引かれた場所に立ち、思い切りボールを蹴りました。ディフェンスも何もないガラ空きのゴールに向かってシュートを決めればいいようですが、これはちょっと…距離がありすぎ…。しかも三本しか打てないようです。会長さんはニッコリ笑って。
「ジョミー、君には余裕だろう? 決めてくれると信じているよ」
列に並ばされたジョミー君は不安そうでしたが、少し前に並んでいたサッカー部員がゴールを決めたのを見て俄然、闘志が湧き上がったらしく。
「「「やったぁ!!!」」」
一本目のシュートが見事にネットを揺らしました。シド先生が足元の箱からスーパーボールを取り出します。ジョミー君はすぐに受け取るものと思っていたら、更に二本のシュートを決めてスーパーボールを貰って来ました。
「ちぇっ…。三本決めてもボールは一個だけなんだって。他のグループに譲っちゃうかもしれないから、って」
つまんないの、と言うジョミー君の手には透明なスーパーボールが一個。ボールの中には赤い星が四個入っていました。
「おめでとう、ジョミー。これで一個目ゲットだよ」
会長さんがジョミー君の肩をポンポンと叩き、次に目指したのは数学科準備室。隣の部屋に『試験中』の張り紙があり、廊下では何人かの生徒が難しい顔をしています。会長さんは私たちを見回し、「どうする?」と尋ねました。
「グレイブが用意してるのは証明問題。能力があれば簡単だけど、無ければそこで一巻の終わり。もっともグループ全員にチャンスはあるからね…。一人目が駄目でもリベンジ可能。で、誰が受ける? 誰も受けないというなら、ぼくが」
「俺が行く」
名乗りを上げたのはキース君でした。
「そう? 字を書くのは面倒だから助かるよ。君なら言ってくれると思った」
「はめられたような気もするが…試験だと聞いて後ろを見せるのは癪だからな」
キース君は「失礼します」と準備室に入り、そこから直接試験会場に行ったようです。十五分ほど待ったでしょうか、準備室の扉がガチャリと開いて。
「貰ってきたぞ、スーパーボール。他のヤツらは何をあんなに苦労してるのか分からんな」
ほれ、とキース君が広げた手には赤い星が二つ入ったスーパーボールが載っていました。シド先生に貰ったボールは星四個。七種類のボールは星が幾つ入っているかで簡単に区別できるのでしょう。
「ヒルマンはクイズ形式なんだ」
下のフロアでやってるよ、と会長さん。
「連続で三問正解しないとアウトになる。ただし身内の応援は可能。これもリベンジ可能だけれど…誰が行く?」
「やらせてくれ」
言ったのは無論、キース君。問題と聞くと黙っていられないのでしょう。会場前に人は殆どおらず、五分も待たずに中へ入った私たちですが…ヒルマン先生のクイズはいきなり難問でした。何を訊かれたのかサッパリ分からない私を他所に、キース君は素早く解答します。二問目も軽くクリアし、三問目。
「君は獣医だ。診察台に猫の患者がいる。助手に小麦粉を渡された君が、すべき治療を答えたまえ」
「………」
キース君が沈黙しました。もしかして…答えられないとか? いえ、私も答えは知りませんけど。
「分からないかね? これが最後の問題だよ?」
「…………」
「仲間の応援を希望するなら黙って右手を挙げなさい。答えられる、と思った人は名乗ること。残り時間は一分だ」
カウントが始まり、四十秒を切った時。キース君の右手が上がり、すかさず声が。
「ジョナ・マツカです!」
「よろしい、代理を認めよう。…答えは?」
「毛刈りです!!」
「ふむ。…おめでとう、毛刈りで正解だ」
ヒルマン先生がスーパーボールを取り出し、マツカ君に渡しました。赤い星が三つ入っています。キース君も凄かったですが、マツカ君も凄すぎるかも…。廊下に出てから皆で誉めるとマツカ君は照れながら。
「母の猫が何をくっつけたのか、身体中ベタベタになったことがあったんです。獣医さんに連れて行ったら、その場で小麦粉をまぶされて…」
毛刈りされちゃって大変でした、と語るマツカ君。洗ったりするのは猫の身体に悪いのだそうです。これでスーパーボールは三個。残り四個も頑張らなくちゃ!

次の戦場は、なんと学食。ブラウ先生の持ち場というのが驚きですが、料理対決か何かでしょうか?
「違うよ。サムに期待をかけてるんだけど、どうかなぁ?」
会長さんに連れられて入って行くと大勢の生徒が来ています。奥の方が特に賑やかですけど…。
「さあ、あと十秒で終了だよ!」
ブラウ先生がカウントダウンする声が聞こえて、ゼロの瞬間にホイッスル。それから俄かに騒がしさが増し、「ダメか~」と半泣きの男女生徒が…。
「片付いたら次を始めるからね。希望者は奥のテーブルに来ておくれ」
「ほら、サム。行っておいで」
会長さんがサム君を促しました。
「え、でも…俺、何をすれば…?」
「わんこそばの大食い大会。ブラウの記録を破ればいいんだ。…えっと…」
崩れた人垣の向こうに『340杯』と大書された紙があり、隣のモニタが生徒と一緒にたべまくっているブラウ先生の映像を映し出しています。
「今日は三百を超えていたのか…。だけどサムならいけると思う。制限時間は五分間だ」
「わ、分かった…。ジョミーもキースも頑張ったんだし、俺も頑張る」
サム君がテーブルにつくと、他の挑戦者も次々と。…ブラウ先生が皆を見回し、得意そうにモニタを指差して。
「いいかい、これが最初の挑戦者たちと一緒に競った私の証拠映像だ。私に勝ったらスーパーボールを渡そうじゃないか。え、無理だって? 情けないことを言うんじゃないよ。十人以上に渡したんだから」
頑張りな、とウインクをするブラウ先生。間もなく開始のホイッスルが鳴り…。サム君はとても頑張りました。リズムよく噛まずに飲み、ひたすら食べて、食べまくって…結果はブラウ先生より一杯だけ多い341杯。
「ふーん…。ま、健闘した方じゃないかね」
ブラウ先生がサム君にスーパーボールを渡します。戻ってきたサム君は「当分、蕎麦は見たくないぜ」と言いましたけど、会長さんに誉めて貰ってニコニコ顔。赤い星が一個入った四個目のスーパーボールをゲットした私たちは、サム君の食後の運動がてら保健室へと向かったのでした。
「うーん、やっぱり食い過ぎたかも…」
「サムはよくやってくれたと思うよ。まりぃ先生に胃薬を貰わなくっちゃね」
会長さんが保健室のドアを開けるなり…。
「あらぁ、いらっしゃ~い! スーパーボールは渡さなくってよ」
闘志満々のまりぃ先生が仁王立ちで子供用ビニールプールを背にして立っています。
「えっと…。その前にサムに胃薬をあげて欲しいんだけど。わんこそばを食べ過ぎたんだ」
「ブラウ先生と戦ったのね。で、結果は?」
「もちろん勝った」
「んまぁ…」
憎らしいわね、と言いながらもサム君に胃薬と水を手渡すまりぃ先生。サム君が飲み終わるのを見届けてから、まりぃ先生は「うふん♪」と笑いました。
「私との勝負は簡単よぉ? ちびゴマちゃんを見つければいいの。でも、この中から探せるかしら? 間違えたら一度外へ出てって貰うわよ。挑戦は一人一回だけだし、八人いてもダメかもね~」
スーパーボールをゲットしていったグループは三つしかない、とまりぃ先生は得意そうです。ちびゴマちゃんといえば先生のペット。探しだすのは簡単だろう、とビニールプールを覗いてみると…。
「「「えっ…」」」
水が入っていないプールの中には同じサイズのゴマフアザラシがドッサリ入っていたのでした。あ、でも…確か、ちびゴマちゃんはアザラシのくせに泳げなかった筈なんです。ビニールプールに水を入れれば簡単に…。
「うふ、水を入れるっていうのはナシよん? 泳げない子が溺れちゃいそうな危険なコトはやめてよねぇ」
さあどうする? と余裕の笑みのまりぃ先生。私たちはゴマフアザラシの群れに目を凝らしましたが、ちびゴマちゃんがどれかはサッパリ見分けがつきません。
「おい、泳げない他に特徴ってあったのか?」
キース君が言いましたけど、誰もが首を左右に振るばかり。頼みの綱の会長さんも今度ばかりはアテが無いのか、誰を指名してくるわけでなく…。
「イチかバチかでやってみますか?」
シロエ君の提案に私たちは一斉に頷き、シロエ君が。
「じゃあ、ぼくが一番手ってことでやってみましょう。…これなんか怪しそうですけど」
指差されたのは動きが鈍いアザラシでした。このトロさ加減は怪しいかも…。
「コレってことでいいですか? よござんすね?」
どこぞの博徒のような啖呵を切って、シロエ君がガシッと掴んだゴマフアザラシ。キュキュ~ッという悲鳴に間違いない、と確信した私たちですが…。
「残念でした~。はい、外へ出てね。シロエ君の発言権は無くなったわよ~」
ポポイッと追い出されてしまって扉が閉まり、再び中へ呼ばれた時にはゴマフアザラシの群れはシャッフルされてしまっていました。プールを囲んでみたものの…どうすれば…。と、スウェナちゃんが。
「水じゃなければ入れていいんですか?」
「ダメよ、ダメ、ダメ。溺れちゃうようなモノは絶対ダメ! お酒も禁止!」
「いえ、そうじゃなくて…。紙切れとかも禁止ですか?」
「紙切れねぇ…。何をするのか分からないけど、それくらいなら…。あ、紐は禁止よ、縛るのはダメ!」
絶対ダメ、とまりぃ先生。けれど紙切れは許可が出ました。スウェナちゃん、何をする気でしょう?
「そこのメモ用紙を一枚もらっていいですか?」
「いいわよ」
「それとマジックをお借りします」
スウェナちゃんは先生の机の上でサラサラと何かをメモに書き付け、プールの方へ戻ってくるとメモをヒラッとプールの中へ…。
「「「!!?」」」
メモに極太マジックで書かれた文字は『R-18』というものでした。これって…これって、まさか…。ちびアザラシの群れは怪しげなメモを気にも留めずに動いていますが、じっと見守る内に一匹のアザラシがメモのすぐそばを通ろうとして…。
「「「あっ!」」」
そのアザラシはメモをまじまじと見つめ、それから大慌てでメモの上に乗り、文字を身体でピッタリ隠して動かなくなってしまいました。
「これよ」
スウェナちゃんがビシッとメモの上のアザラシを指差して。
「まりぃ先生、このアザラシがちびゴマちゃんです!」
「……参ったわね……」
まりぃ先生は額に手をやり、大袈裟な溜息をつくと机の引き出しを開けたのでした。

「すげぇな、スウェナ! さすが未来のジャーナリスト!」
サム君が絶賛し、会長さんも上機嫌で赤い星が五つ入ったスーパーボールを手のひらで転がしています。
「本当によく思い付いたね。まりぃ先生のペットだったら、あの文字列には敏感だ。生徒とかが急に入って来た時、身体を張って隠さなくっちゃいけないし」
クスクスと笑う会長さん。スウェナちゃんは「ちょっと自分が嫌になるけど」と苦笑しつつも、まんざらではない様子でした。これでスーパーボールは五個です。残り二つを持っているのはゼル先生と教頭先生。ゼル先生は剣道七段、居合道八段の剣道部顧問。教頭先生は柔道部。二人の持ち場は体育館です。
「ゼル先生、剣道部の道場じゃないんだね」
何故だろう? とジョミー君が首を傾げます。ゼル先生が陣取っているのは屋内競技に使う一階の一番大きな部屋。そんな所で真剣を振り回してのバトルをするとも思えませんが…。
「いや、ある意味、真剣勝負だよ」
会長さんが言いました。
「本物の刀で勝負するより凄いかも…。考えようによってはね」
先頭を歩く会長さんが扉を「よいしょ」と開けた瞬間。
「馬鹿者!!」
ゼル先生の凄い罵声が響きました。
「今、お前の上半身は確実に吹っ飛んだぞ!!」
「「「えっ!?」」」
なんのこっちゃ、と目をむく私たちの視線の先で男子生徒が床に尻餅をついています。身体に隠れて何があるのか見えませんけど、白い煙がモクモクと…。
「ふん、これでグループ全滅じゃな」
諦めて帰れ、とゼル先生が言い、男子の六人グループが私たちと入れ替わりにトボトボと肩を落して出てゆきました。ゼル先生は私たちの姿に気付くとニヤリと笑って。
「来おったか。…スーパーボールは幾つ集めた?」
「五個だよ。もうすぐ六個になる」
ゼルから貰うつもりだから、と会長さんは澄まし顔です。
「五個とはな。サイオンを使わずによく集めた、と誉めてはやるが…残念ながら五個で終わりじゃ。もう一人が誰の分かは知らんが、わしのを貰えなかった以上は他を集める意味がなかろう」
「そうだねえ。…でも貰おうと思ってるんだ」
「相変わらず自信満々じゃな。で、誰がやるんじゃ」
ゼル先生は白煙を上げている四角い箱を無造作に足で蹴り飛ばしました。そこには同じサイズの箱がゴロゴロ転がっています。壁際には別の箱が整然と積まれ、ゼル先生はそこから一つを選んで床の上に。
「わしの課題じゃ。好きなヤツを選びたいなら、取り換えても別にかまわんぞ」
「…何、これ?」
煙が上がるみたいだけれど、と尋ねたジョミー君に、ゼル先生は呵呵大笑しました。
「わはは、煙と言いおったか! 煙が出たら終わりなんじゃ。煙イコール爆発の意味じゃ!」
「「「爆発!?」」」
「そうじゃ。わしの特製時限爆弾オモチャじゃぞ! 起爆させずに解体出来たらスーパーボールを渡してやろう。ふん、八人もいれば一人くらいは何とか出来ると思っとるじゃろう? 甘い、甘いぞ! オモチャとはいえ精巧なんじゃ。どれ一つとして同じ仕掛けはしておらん!」
げげっ。時限爆弾の解体なんて出来るのでしょうか? そういえばゼル先生はシャングリラ号の機関長。メカいじりのエキスパートかもしれませんけど、いくらなんでもハードすぎます。会長さんが真剣勝負と言っていた意味が分かりました。…スーパーボール、残り二個。連勝記録はここでおしまい?




ソルジャーが教頭先生を巻き込んで瞬間移動した後、誰もが呆然としていました。一番最初に我に返ったのは会長さんで、サイオンで二人の行方を追おうとしたようですが無理だったらしく…。
「ぶるぅ。…ブルーの行先、分かるかい?」
訊かれた「ぶるぅ」は少し考え、瞳をクルクル動かして。
「んーとね、分かったんだけど…。ブルーがタダで教えちゃいけないよ、って」
「えっ?」
「ハゲの危険に晒されたんだし、とびっきりのハゲ頭を見せて貰いなさい、って言ってるんだ。…で、ハゲ頭って見せてくれるの?」
意味不明なことを口にしながら「ぶるぅ」は会長さんを見上げています。
「ハゲ頭って…何のことだい? それを見せればブルーの居場所が?」
「うん、見せてくれたら教えてあげる。…あのね、ハゲ頭っていうのはね…。ブルーが前に一人で遊びに来た時、見せて貰ったヤツなんだけど。ぼくはブルーの記憶を見ただけだから、本物を見てみたいなあ…」
そう言った「ぶるぅ」の視線がキース君に向けられました。続いて視線はジョミー君に。
「えっとね、キースとジョミーがハゲてたよ。ゼルの頭みたいにツルッツルに!」
「「「!!!」」」
キース君とジョミー君は反射的に頭を押さえ、私たちは仰天しました。ソルジャーは二人の坊主頭がよほど面白かったのでしょう。わざわざ「ぶるぅ」に記憶を見せて、おまけに今度は自分たちの居場所を知りたかったら実物を「ぶるぅ」に見せるようにと言うんですから。条件を聞いた会長さんは迷うことなく頷きます。
「分かった。…キース、ジョミー、悪いけどやらせて貰うからね」
「「ちょ、ちょっと…」」
待った、と二人が叫ぶよりも早く青いサイオンが走りました。二人は見事な坊主頭にされてしまって「ぶるぅ」がケタケタ笑い出します。それは楽しそうにお腹を抱えて大笑いで…。
「わーい、わーい、光ってる!」
ハゲ頭だぁ、と大喜びの「ぶるぅ」でしたが、いつまで経っても笑いは全く収まりません。これではソルジャーの院場所を聞き出せないと見切ったキース君が銀色の頭をゴツンと一発。
「おい! いい加減にしないと本気で殴るぞ。俺の坊主頭を拝んだからには、ブルーの行先を喋ってもらおう」
「いたたた…。ハゲが殴った! ハゲが殴ったぁ~!」
大袈裟に騒ぐ「ぶるぅ」に『ハゲ』という単語を連発されて、キース君とジョミー君は床にめり込んでいます。もちろん坊主頭ですけど、流石に会長さんもこのままではマズイと思ったらしく。
「ぶるぅ、そろそろ終わりにしよう。…ブルーの居場所を教えてくれるね?」
二人の頭に髪の毛が戻り、「ぶるぅ」は口を尖らせました。
「…もうおしまい? つまんないの…。もっと見ていたかったのに」
「悪いけど、ぼくも急ぐんだ。早くブルーを捕まえないと、とんでもないことになりそうで…。ブルーは何処に行ったんだい?」
「ノルディの家だよ」
次の瞬間、会長さんの姿は消えていました。残されたのは「ぶるぅ」と私たち。ソルジャーったら、教頭先生を道連れにしてエロドクターの家に乗り込んじゃっていたんですか~!

「…エロドクターの家だって…?」
なんてこった、とキース君が額を押さえます。今頃はきっと会長さんが大騒ぎしているのでしょうが…。
「大騒ぎじゃなくて家探ししてるよ?」
そう言ったのは「ぶるぅ」でした。
「ブルーがシールドしてるんだもん、追っかけたって無駄なんだよね。廊下をバタバタ走ってるけど、何処に行けばいいのか分からないみたい」
一階じゃなくて二階なのに、と「ぶるぅ」はおかしそうに笑っています。
「お前、今の状況が見えるのか?」
キース君の問いに頷く「ぶるぅ」。
「見えてるよ? ブルーも教頭先生も見えているけど、みんなにも見せちゃおうかな、どうしようかな…」
「い、いや、それは…」
遠慮しておく、とキース君が言うのと「ぶるぅ」の言葉は同時でした。
「ブルーに聞いたら、いいってさ。じゃあ、みんなにも見せてあげるね」
「「「!!!」」」
リビングの空間がグニャリと歪んでスクリーンのように変化しました。映し出されたのは部屋数の多い豪邸の中を必死に走る会長さん。扉を開けては中に飛び込み、文字通り家探しの真っ最中です。
「でね、こっちがブルーと教頭先生」
スクリーンが分割されて二人の姿を映し出します。教頭先生はソルジャーに腕を掴まれ、もう片方の手で口をしっかり塞がれていました。真っ暗な部屋にいるようですが、これはいったい…?
「ノルディのお部屋のお隣だって。間のドアを開けたら行けるらしいよ。ブルー…えっと、こっちのブルーの登場待ちだって言っていたから、そろそろかなぁ?」
会長さんが階段を駆け上がってゆくのが見えました。ソルジャーのシールドが無くなったのか、迷うことなく部屋の一つを目指しています。バタン! と扉を開けて会長さんが飛び込んだ先は…。
「…これはこれは。珍しいお客様ですね」
パジャマの上にガウンを羽織ったエロドクターがソファにゆったり座っていました。ブランデーのグラスを手にしています。テーブルには如何にも高級そうなボトルが。
「ブルーは何処だ!?」
「は? 息を切らしておいでになったかと思えば妙なことを…。ブルーといえばあなたでしょうが」
「そうじゃなくって! ブルーがやって来ただろう? ぼくそっくりのブルーが此処へ…」
「知りませんねえ」
今夜は私一人ですよ、とドクターはグラスを置いて立ち上がって。
「せっかくお越し下さったのです。如何ですか、私と一晩ベッドでゆっくり…」
会長さんとエロドクターの間は殆ど離れていませんでした。勢いに任せて飛び込んだせいで距離を取るのを忘れたようです。ドクターの手が会長さんの顎を捉えた所へ…。
「そこまで!!」
隣の部屋とを繋ぐ扉がバン! と開いてソルジャーが姿を現しました。教頭先生の腕を掴んで引っ張りながら。
「今日のブルーはギャラリーなんだ。ギャラリーに手出ししないで欲しいな。…君の相手はぼくがする」
「…あなたが? 物騒な気がするのですが…」
「ハゲのリスクなら同じだろう?」
ソルジャーはニヤリと笑ってテーブルに近付き、グラスのブランデーを飲み干して。
「うん、いいものを飲んでるね。そうそう、ハゲの続きだけれど。…トンズランスに感染している恐れがあるのはブルーも同じで、ブルーの方がリスクが高い。ぼくを巻き込んだのはブルーなんだし、物騒なのはどっちも同じさ。それとも、ぼくの世界に来て食べられかけたことを言っている? ぼくが相手じゃ不満なのかな?」
「いえ…。ただ、ハーレイをお連れなだけに、あなたの真意を測りかねます」
「ああ、ハーレイが気になるのか。安心したまえ、それも一種のギャラリーだ」
固まっている教頭先生の横に戻って、ソルジャーはクスッと笑いました。
「ハーレイはね…。ぼくの休暇を台無しにしてしまったのさ。だから腹立ち紛れに連れて来た。多くを期待してはいないよ、ギャラリー以上のことは何も…ね」
「…休暇…ですか?」
「そう、休暇」
ソルジャーは久しぶりの休暇が吹っ飛んだ経緯と休暇の目的をエロドクターに話し出します。その間に会長さんはソルジャーを肘でつついて「帰ろう」と促したのですが…。
「嫌だね」
ピシャリと撥ねつけ、ソルジャーはエロドクターに絡み付くような視線を向けました。
「そういうわけで、ぼくは退屈してるんだ。…楽しませて欲しいんだけど、ドクター・ノルディ」
「…喜んでお相手させて頂きましょう。あなたがトンズランスに感染するほど濃厚な接触をする機会を得ながら、何もしないで失神したようなヘタレとは違いますからね。…ハーレイと接触していたくせに、ぶるぅのせいだと嘘をつくとはいけない方だ」
「無駄な波風は立てない主義でね」
クスクスと笑うソルジャーの腕がエロドクターの首に回され、エロドクターの喉が鳴ります。会長さんはサイオンで金縛りにでもされてしまったのか、真っ青な顔で立ち尽くしているだけでした。もちろん教頭先生も…。

極上の獲物が飛び込んで来たのでエロドクターは上機嫌。ソルジャーを大きなベッドに誘い、ソルジャーも自分からベッドに上がって。
「…前に撮影で使ったけれど、こんな日が来るとは思わなかったな」
「ええ、スクール水着の時以来です。今日は…それはブルーの服ですか? ならば大事に扱わないと」
破ったりしたら怒られそうです、と会長さんに視線を向けるドクター。
「だろうね。…破いたりするのが好みなのかい?」
「時と場合によりますね。どんな扱いをされるのが好きな相手か、それを探るのも楽しいものです。あなたはヌカロクがお気に召されたようですが…回数が多ければいいというものではありませんよ」
エロドクターはいやらしい手つきでソルジャーの服を脱がせてゆきます。肌に口付けたり指を這わせたりしている内に、上半身はシャツが辛うじて引っかかっているといった状況に…。それを床に落とそうとドクターが手を動かした時、ソルジャーが教頭先生に呼びかけました。
「…ハーレイ…。こっちへ」
「……!!」
金縛りが解けたらしい教頭先生の顔が引き攣り、首を左右に振りましたが。
「いいから、ここへ。…ベッドに座って見ていたまえ」
ベッドの端を示すソルジャーに、エロドクターがニヤリと笑って。
「なるほど、あなたの恋人そっくりのハーレイに一部始終を見られている…というのは良い趣向かもしれませんね。そして私はブルーの非難の視線を浴びる…、と。ああ、ハーレイなぞは私はどうでもいいのですよ。いようがいまいが気になりません」
さあどうぞ、と教頭先生を招くエロドクター。教頭先生は逃げ切れないと悟ったらしく、諦めてベッドに腰掛けました。それを確認したソルジャーは…。
「じゃあ、遠慮なく楽しもうか。トンズランスをうつしちゃうかもしれないけれど」
「あなたに感染させられるのなら本望ですよ。ハゲたとしても勲章だと思っておきますとも」
「…その前に治療する気のくせに」
「本当に口の減らない方だ。…ブルーのように怯えて逃げ回るのも楽しいですが、あなたも実に魅力的です」
その口を塞いで差し上げますよ、とエロドクターは濃厚なキスを始めます。ど、どうなってしまうんでしょうか、この人たちは~!? おまけに中継をやっているのは小さな子供の「ぶるぅ」です。許可を出したのはソルジャーですけど、見続けていていいものかどうか…。
「大丈夫だよ。もう終わりだってブルーが言ってる」
小さな指がスクリーンの向こうを指差した途端、ドクターがガバッと跳ね起きました。
「な、何ですか、この味は…!?」
ゲホゲホと咳き込むドクターを見上げ、ソルジャーは甘く掠れた声で。
「…ぼくの話を聞いただろう? 休暇に期待していた、と。休暇で使おうと思った薬さ。ぼくのハーレイはそれでヌカロクを達成したんだ。君はどこまでいけるだろうね…? 残念ながら付き合うつもりはないけれど」
身体を起こしたソルジャーはベッドから降り、手早く服を着始めます。エロドクターの咳が止まった時には、服をすっかり身に着けていて…。
「君の相手にはハーレイがいいと思うんだ。ねえ、ハーレイ? ぼくがブルーにあげた薬で君が興奮していた時に、ノルディが治療してくれたんだろ? 今回は君が治療をするといい」
簡単だよ、とソルジャーは教頭先生をドクターの方に押しやりました。ベッドの端に腰掛けていた教頭先生はバランスを崩し、ドクターの上に倒れかかります。
「「―――!!!」」
二人が声にならない悲鳴を上げると、ソルジャーはベッドからスッと遠ざかって。
「ここから先は二人で解決してくれる? あ、ハーレイにもエネルギーを補給しないとダメかもね」
ブランデーのボトルを手に取り、宙に琥珀色の水玉を浮かべたソルジャーの唇に微笑みが乗り、水玉がフッと消え失せると…。
「ブルー!?」
教頭先生が情けない声を上げ、目を白黒とさせました。エネルギー補給ってもしかして…。
「ふふ、ヌカロクになれる薬とブランデーとのコラボレーション。それで朝まで頑張るといい。…ぼくの休暇を潰した罰は存分に受けて貰わなくっちゃ。ノルディと朝まで絡むのも良し、逃げてトイレに籠もるも良し。そうそう、ノルディ…ぼくを恨むのは無しだからね。ちゃんとサービスしてあげただろう?」
検査結果は改めて聞きに来させて貰うよ、とニッコリ笑うとソルジャーは会長さんの手を取りました。
「帰ろうか、ブルー。…後は二人の問題だしね」
「…でも…」
「君が二人の相手をするなら止めないよ? でも、そんなこと出来ないだろう? …さあ」
サイオンの青い光が二人を包み、スクリーン一杯に広がったかと思ったら。
「ただいま」
ソルジャーと会長さんがリビングの真ん中に現れて…「ぶるぅ」の中継はプツリと終わってしまったのでした。

それからドクターと教頭先生がどうなったのかは分かりません。ソルジャーは笑い転げ、会長さんも必死に笑いを堪えてますから…何も起こってはいないのでしょうが。
「ああ、せいせいした。貴重な薬を二回分も使っちゃったけど…いいよね、また買って貰えばいいんだからさ」
ソルジャーが大きく伸びをし、口直しだとブランデーを飲んでいます。エロドクターの部屋からボトルごと失敬した品でした。私たちが非難の目を向けると、ソルジャーは「かまわないんだ」と微笑んで。
「ノルディは最初、ぼくを酔い潰すつもりだったんだよ。そしたら色々楽しめそうだと考えたらしい。…ハーレイが見ている前で楽しもうってことになったら見事に忘れてしまったけどね。だからブランデーは貰っちゃっても問題ないって。…ぼくに飲ませる気だったんだし」
口を消毒しておかないと、などと勝手な理屈をつけてソルジャーは何度もグラスを傾け、ボトルは空になりました。それでも全く酔った気配はありません。かなりお酒に強いのでしょう。
「…ねえ、アルコールを飲みまくってもトンズランスは消せないのかな?」
ソルジャーの問いに、会長さんが。
「無理だろうね。感染したら飲み薬。…治療法はそれしかないよ」
「やっぱりダメか…。感染してないことを祈ろう。シャングリラ中を消毒なんて、いったい何を言われるか…」
「…ハーレイだけだろ、危険なのは?」
「それがそうでもないんだよ」
深い溜息をつくソルジャーに、私たちは首を傾げました。接触感染する菌ですし、危ないのはキャプテンだけなのでは…。
「抜け毛とかの中で半年間も生存できる菌だろう? 感染を予防するには道場や部屋を清潔に…って。ぼくは片付けが苦手でね。ついでに掃除も大の苦手。…いつもハーレイが文句を言いつつ掃除している」
「掃除するのもハーレイだったら、他には広がらないだろう?」
「…ぼくの相棒が問題なんだ。こっちの世界にはいないらしいけど、ナキネズミ」
「「「ナキネズミ?」」」
声を上げた私たちに、ソルジャーがとても可愛い動物の姿を思念で素早く送ってくれます。大きな耳にフサフサの尻尾、ネズミというよりリスみたい…。サイズはもっと大きいですけど。ソルジャーは「可愛いだろう?」と自慢して。
「ナキネズミにはサイオンがあって、思念で会話が出来るんだよ。ぼくの相棒は頭のいい子で、厨房で新作のお菓子なんかを作っていると上手に盗んできてくれる。おかげで試作品を真っ先に味見できるってわけ。…ただ、ぼくのベッドに潜り込んだり肩に乗るのが大好きだから…」
「トンズランスの運び手になる危険性が大ってことか…」
「うん。帽子やシャツの貸し借りとかでもうつるんだろう? フカフカの毛皮なんかは非常にマズイと思わないかい? ナキネズミは人懐っこくてシャングリラでは人気があるんだよね。肩に乗っけたり、頬ずりしたり」
それは確かに危険そうだ、と私たちはソルジャーに同情しました。もしもソルジャーがトンズランスに感染してたら、シャングリラ中が感染の危機。休暇が吹っ飛んだのも気の毒ですが、シャングリラに菌をばら撒いたかもしれないというのはソルジャーの立場を思えば最悪です。休暇の件だけでも教頭先生に当たり散らしていたんですから、感染となれば何をやらかすか…。その晩、私たちが凄い悪夢にうなされたのは至極当然と言えるでしょう。

次の日、私たちが目を覚ましたのは日が高くなってからでした。ブランチを食べに集まったダイニングでの最初の話題は、教頭先生とエロドクターはどうなったのかということで…。
「ハーレイなら、朝早くにノルディに叩き出されたみたいだよ」
会長さんがオムレツを頬張りながら言い、ソルジャーが。
「財布を持っていなかったから、腹ぺこで家まで歩いたらしい。今はベッドで爆睡中だ。ノルディの方も爆睡してる。二人とも目の下にクッキリとクマが…。ベッドで仲良くすればいいのに、しなかったんだから無理もないけど」
バカだよね、とソルジャーは笑っています。
「あの手の薬は相手がいないと自分がツライだけなんだ。不毛な作業を延々と繰り返すことになるんだし」
「「「………」」」
不毛な作業という言葉の意味は私たちでも分かりました。教頭先生とエロドクターは、ソルジャーに飲まされた薬の効果が切れるまで努力したというわけでしょう。目の下にクマが出来るほどに。…それから私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ってくれるお菓子などを味わいながら夕方を待ち、瞬間移動でエロドクターの診療所に出かけたのでした。
「こんばんは」
紫のマントを着けて正装したソルジャーに声をかけられ、ドクターはニヤリと笑みを浮かべて。
「ほほぅ…。今日はソルジャーとしておいでになりましたか。昨夜はどうも」
「ふふ、ハーレイと楽しめたかい?」
「それはもう。ハーレイはトイレに押し込めましたし、私はベッドで夜が明けるまで…。とにかくハードな夜でしたよ。…次はぜひ、あなたと二人で飲みたいものです」
ブランデーではなく薬の方を、と言うドクターは全然懲りていませんでした。それでもソルジャーが正装している意味はきちんと理解しているらしく、すぐにカルテを取りに行きます。ソルジャーがトンズランスの保菌者かどうかは、ソルジャーの世界のシャングリラに直接影響するのですから。…ドクターはナキネズミの件は知りませんから、キャプテン限定ですけれど。
「お待たせしました」
戻ってきたドクターは人数分のカルテをめくり、「うーむ」と一言呟いて…。
「培養検査の結果を見ましたところ、残念ながら…」
「「「残念ながら?」」」
会長さんとソルジャー、それに柔道部三人組の声が重なりました。同じ検査を受けているのに「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」はキョトンとした顔。やっぱり子供は子供です。トンズランスがどんなモノかもイマイチ分かっていないのかも…。ドクターはコホンと咳払いをして。
「残念ながら、どなたからも菌は検出されませんでした。…病院の方で検査を受けた柔道部員も全員シロです。腹が立つことにハーレイも、ですね。私まで巻き込んだくせにシロだったとは残念な…」
ハーレイなんかはいっそ禿げればいいものを、と毒づきながらもドクターはソルジャーの手を取り、「良かったですね」と恭しく口付けを贈りました。
「あなたが感染していたら…というのが実は一番心配でしたよ。ぶるぅもです。あなたの世界に迷惑をお掛けしたのでは申し訳ない。ハーレイには柔道部員の指導を徹底させましょう。練習後のシャワーの励行と道場の掃除、柔道着の洗濯に抗真菌剤含有シャンプー使用の勧め。感染を未然に防ぎませんと」
珍しくお医者さんらしい事を口にし、ドクターはソルジャーに微笑みかけて。
「さあ、お帰りになるのでしょう? 休暇は明日の朝まででしたね」
「…うん。今から帰れば使えるかなぁ、あの薬」
「ええ、間に合うと思いますよ。私とハーレイの経験からして、明日の朝までには効き目が切れます」
「分かった。無理にでも飲んで貰うよ」
ハーレイは飲みたがらないから困るんだよね、と苦笑しながらソルジャーは「ぶるぅ」に視線を移しました。
「帰ろうか、ぶるぅ。でも、今夜はお前は土鍋だよ」
「分かってる! 休暇中は大人の時間だものね。ちゃんと一人で土鍋で寝るよ」
蓋も閉めるし、と元気よく言う「ぶるぅ」とソルジャーが青い光に包まれます。また来るね、とクスクス笑いを残してソルジャーは帰って行きました。私たちも会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に連れられ、会長さんのマンションへ。昨夜がとんでもない夜だったので、今夜は仕切り直しのお泊まりなんです。

夕食はシーフードたっぷりのパエリア。早速お皿に取り分けながら、キース君は嬉しそうでした。
「感染してなくて助かったぜ。感染したなんて親父に知れたら、即、丸刈りにされるからな。禿げる前に剃れ、とか何とか言って」
「そうだろうね」
会長さんが応じます。
「とりあえず検査結果は学校経由で家に伝えて貰えるし…。ひと安心って所かな?」
「ああ。後は感染者が出てこないよう、エロドクターが言ってた予防策さえ徹底すれば…。教頭先生がきちんと指導して下さるだろう」
「ええ。ドクターに叩き出されたらしいですけど、それとこれとは別ですもんね」
シロエ君が言い、マツカ君が。
「先生は私情をはさむような方ではないですよ。ぼくは尊敬してるんです」
「尊敬ねえ…」
ヘタレにしか思えないんだけれど、と会長さん。
「でもさ、ノルディが言わなかったっけ? 予防のために抗真菌剤含有シャンプー使用がどうとか、って。キース、そんなシャンプーを使っていたらお父さんに感染を疑われるよ?」
「予防用だと言えば終わりさ。それに親父がガタガタ言っても、おふくろは俺に甘いからな。感染してないことが分かればいいんだ」
「残念。君が坊主頭になったら、ジョミーの心のハードルだってグッと下がると思ったのに。坊主頭に見せかけるように訓練するより、剃るのが楽に決まってるから」
会長さんの言葉にジョミー君の顔が青ざめて…。
「やだよ、丸坊主にするなんて! ぶるぅだって…ソルジャーの世界のぶるぅだって見たがった坊主頭だよ? しかも見せたら散々笑って、ハゲだハゲだって叫ぶしさ! 百害あって一利なしって坊主頭のことじゃないか!」
「…そうだった。あいつにハゲだと言われたんだった…」
ズーンと落ち込むキース君。ソルジャーが引き起こした騒動のせいで誰もが忘れていましたけれど、教頭先生を拉致して消えたソルジャーの行方はジョミー君とキース君の尊い犠牲のお蔭で明らかになったんでしたっけ。今から思えば、それもソルジャーの鬱憤晴らしの一つだったかもしれません。
「大丈夫ですよ、キース先輩! 坊主頭とハゲは別モノですって!」
ハゲは毛根が無いですし、と力説するのはシロエ君。
「先輩たちの訓練の時は剃り跡がちゃんと見えてます! ジョミー先輩は金髪だから分かりませんけど、キース先輩は青々としていますから!」
「…それって、ぼくだとハゲに見えるって意味…?」
「えっ…。いえ、決してそういうわけじゃ…」
「ほら、やっぱりハゲに見えるんだ! ぼくは絶対剃らないからね! お坊さんはキースがいれば十分じゃないか、ブルーの欲張り!!」
大騒ぎするジョミー君を落ち着かせるのは大変でした。訓練なんか二度と御免だ、と喚き立てるのを黙らせたのは会長さんの一言です。
「…訓練が嫌なら一足飛びに実戦だね」
「じっせん…?」
「そう、実戦。君は訓練は嫌だと言う。ならば戦場に飛び出したまえ。今の君には偽りの坊主頭は無理だし、実戦イコール丸刈りだ。ぼくが綺麗に剃ってあげよう」
「…………」
一瞬の間があり、ジョミー君はガバッとその場に土下座しました。
「ごめんなさい! ぼく、訓練を頑張ります! …だから…だから、丸刈りは許して下さい!」
「…分かればいいんだ。君もキースも修行が足りない。もっと心を強く鍛えて、坊主頭を受け入れられる器になって欲しいものだね。いっそキースがトンズランスに感染してれば良かったものを…」
坊主頭は楽なんだよ、と未経験のくせに得々と話す会長さん。こんな高僧に見込まれてしまったキース君たち、剃髪しないで逃げ切ることが出来るのでしょうか? トンズランスなんていうハゲを呼ぶ水虫が出てきただけに、いつか髪の毛がトンズラしちゃう…って恐ろしいオチは無いですよね…?




坊主頭になった自分を鏡で見せられ、その状態をキープする方法をマスターすれば剃髪コースを逃れられると会長さんに教えて貰ったキース君とジョミー君は翌日から練習を始めました。会長さんがサイオニック・ドリームで二人の頭を丸坊主にし、それを自力で維持することが二人の当面の目標ですが…。
「全然ダメだね、二人とも。…ぼくが力を抜いた途端に元通りだよ」
一秒くらい保たせられないのかい、と会長さんが呆れます。
「そんなこと言ったって! どうすればいいのか分からないよ」
ジョミー君が嘆き、キース君が。
「俺は集中しているつもりなんだが…。やはりサイオンの扱い方が身についていないということか…」
「平たく言えばそういうことかな。そんな状態で来年の秋に間に合うかどうか…。まあ、練習はいつでもしてあげるから頑張りたまえ」
そういう会話が三日に一度は繰り返される内に時は流れて、学園祭での坊主頭もクラスメイトの話題から消えてしまったある日のこと。週末の金曜日でキース君たち柔道部三人組は部活に出かけ、ジョミー君や私たちは一足お先に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でパウンドケーキを食べていました。キャラメルリボンが練り込まれ、甘さの中にちょっぴり塩味。美味しいね、とフォークを動かしていると…。
「ブルーはいるか!?」
いきなり部屋に入ってきたのはキース君。マツカ君とシロエ君も一緒です。今は部活の真っ最中では…? 会長さんが不審そうな目を向け、素っ気なく。
「来てないよ。…見れば一発で分かるだろう?」
ソルジャーは大のデザート好きで、お菓子があれば必ず食べます。テーブルにお菓子が載っている限り、ソルジャーが来ていれば姿が見えないわけはなく…。それにしてもソルジャーに何の用事が?
「違う、ブルーのことじゃない! いや、ソルジャーと言えばいいのか…。とにかく、あいつのことではなくて! 用があるのは、あんたの方だ」
「………ぼく?」
自分を指差す会長さんに、キース君は「ああ」と頷いて。
「柔道部の部活は中止になった。アルテメシア大学の柔道部から連絡があって、トンズランスが出たんだそうだ」
「「「トンズランス?」」」
馴染みのない単語に私たちは首を捻りました。怪獣ってことはないでしょうけど、柔道部員だけを攻撃してくる生き物だったりするのでしょうか? しかし会長さんは正体を知っていたらしく。
「…ついに出たんだ? で、うちの学校にもトンズランスが…?」
「まだ分からん。しかし、アルテメシア大学の柔道部には練習とかで世話になっているし、大いに危険だということで…。とにかく今日の部活は中止、部員は検査に行くことになった」
「「「検査?」」」
それって何、とジョミー君が言い、会長さんが深い溜息をつきました。
「トンズランスは外国から来た白癬菌だよ。つまり水虫。…ただ、足に出るんじゃないんだよね。主に上半身、特に頭がマズイんだ。放っておくと禿げたりする。接触感染するヤツだから、格闘技の選手に流行ってるって噂は耳にしてたけど…」
来ちゃったのか、と憂鬱そうです。
「柔道部員がヤバイってことは、指導しているハーレイもヤバい。そのハーレイと接触のあるぼくも検査が要るってことだね」
「話が早くて有難い。教頭先生からの伝言だ。…今日にでも検査を受けてくれ。迷惑をかけてすまない、と」
「………。学園祭前にエステ三昧していた以上、ハーレイが保菌者だったら危ないか…。あれって無症状の人も多いと聞くし。で、ハーレイは?」
「部員を引率して検査に行った。ついでに自分も検査するとかで、行先は…」
キース君が口にしたのはドクター・ノルディが経営している病院でした。アルテメシアでも指折りの大きな総合病院ですから不思議は全くありませんけど、会長さんは顔を顰めます。
「…やっぱりノルディの病院なのか…。それって、ぼくも同じ道を辿れって意味だよね」
「ああ。あんたは三百年以上も生きてきた特殊なタイプの人間なんだし、仲間がやっている病院の方がいいだろうと教頭先生が…。安心しろ、俺たち三人も一緒に検査を受けるから」
ドクター・ノルディの自宅に併設された診療所の方に行くことになった、とキース君は言いました。なんだか雲行きが怪しいですけど、トンズランスとやらも怖そうですよね…。

診療所が開くのは夕方の六時ということで、会長さんとキース君たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で日暮れを待つことになったのですが、会長さんは浮かない顔です。
「うーん…。ぼくが感染してたら困るんだよね。フィシスに迷惑がかかってしまう」
接触感染なんだから、と嘆いているのは大人の関係だからでしょうけど…そうなるとアルトちゃんたちも? 尋ねるまでもなく会長さんはアルトちゃんたちの名前を挙げました。
「ぶるぅはいいとして、女の子にトンズランスなんかを移しちゃったらシャングリラ・ジゴロ・ブルーもカタ無しだよ。悟られないように検査と治療って…できるかな? 出来たとしてもハーレイには責任を取って貰わないと」
自分でエステに呼び付けておいて「責任を取れ」とは酷いかもですが、会長さんの気持ちも分からないではありません。上半身に出る水虫なんて、女の子なら誰でも幻滅モノです。どんな検査をするのでしょう? ジョミー君とスウェナちゃん、それに私は好奇心から…サム君は「ブルーが心配だから」と付いて行くことに決めていました。そこへ突然、キース君が。
「ブルー。…厚かましい頼みなんだが、今晩、泊めてくれないか?」
「は?」
「頼む、今晩だけでいいんだ。…家に帰ると危なそうで…」
キース君は鞄から一枚の紙を取り出し、驚いている会長さんを縋るような目で見詰めながら。
「トンズランスが発生したという知らせを受けて、これが柔道部員の家に送られたらしい。FAXとメールの両方でだ。…絶対、親父の目に入ってる」
紙には『御家族の方へ』と書かれていました。会長さんは中身を読むなり「なるほど」と納得した風で。
「色々と注意が書いてあるけど、頭と身体を清潔に…、の頭の部分がマズイってわけだ」
「その通りだ。親父は前から「柔道に長髪は似合わないから短く刈れ」っていうのが持論だからな。こんな注意とトンズランスのことを知ったら、ここぞとばかりにスポーツ刈りに…。普段だったら逃げられるんだが、今日は親父が浄髪する日で…」
「「「ジョウハツ?」」」
ジョウハツって何でしょう? 家出とかの意味の蒸発かな? だったらお父さんは留守なんですし、問題は無いと思うんですけど…。会長さんが「違うよ」と苦笑して意味を教えてくれました。
「お坊さんが髪を剃ることさ。一応、日にちが決まっていてね。運悪くそれが今日だった、と。…だからキースがうっかり帰ると、お父さんの浄髪ついでに自慢の髪を刈られちゃうかもしれないんだよ。清潔にするにはスポーツ刈りが一番だとか何とか言って」
「察しが良くて嬉しいが…。どうだろう、泊めて貰えるだろうか?」
駄目なら他の誰かの家に、とシロエ君とマツカ君に視線を向けるキース君。会長さんはクックッと笑い、「いいよ」と気前よく頷きました。
「どうせなら皆で泊まりに来るかい? 明日は土曜で休みなんだし」
「いいの?」
ジョミー君が尋ね、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「わーい、お客様だあ! 久しぶりだし、とっても楽しみ! 晩御飯、何を作ろうかなぁ?」
お鍋とかでも楽しいね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大はしゃぎです。私たちは早速家に電話をかけて了解を取り、キース君だけがコソコソとメール。お泊まり用の荷物は瞬間移動で取りに帰らせて貰い、再び「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ運んで貰って…。みんなの荷物が揃った所でキース君の顔にやっと笑顔が戻りました。
「…親父に見つかる前にトンズラできて助かった。キースは何処だ、ってドカドカ歩いてきたからな。FAXを読んで俺を探していたらしい」
危なかった、と髪を撫でているキース君によると…。
「親父は寺の三男坊で、坊主になる必要は無かったんだ。なのに坊主の学校に行って、スッパリ剃って婿養子に…っていう潔さだから、俺が髪の毛に未練を持つのが全く理解できないらしい。坊主の家に生まれたからには剃って当然だと信じているんだ。おふくろが俺に甘いお蔭で、なんとか逃げてはいるんだがな」
キース君、苦労しているようです。確かにそんなお父さんなら、トンズランスを口実にしてスポーツ刈りを強要するかも…。会長さんの家に避難というのはきっと正しい選択でしょう。

青天の霹靂なトンズランス。検査に行くのは面倒だから瞬間移動で、と会長さんが言い出したので私たちは診療所が開く時間をのんびり待っていたのですけど。
「あっ! まずい」
会長さんが声を上げました。
「ハーレイがヤバイってことは、ブルーも危ない。一緒にベッドに行ったんだっけ…」
忘れたかったから綺麗さっぱり忘れてた、と頭を抱える会長さん。ソルジャーが教頭先生にスッポン入りの薬を飲ませ、ベッドに引っ張り込んだことがありましたっけ。あの後は教頭先生の裸エプロンという凄いオマケがついてきて…。教頭先生がヘタレなせいでソルジャーとの間には何も無かったと聞いていますが、接触したのは確かです。
「すると、あっちのぶるぅも検査した方がいいのかな…」
ブツブツと呟く会長さんの身体が青い光を帯びたと思うと、間もなく部屋の空気が揺れて。
「かみお~ん♪」
「来たよ。いきなり何の用なんだい?」
ソルジャーと「ぶるぅ」がパッと姿を現しました。おやつの時間じゃないようだけど、と見回しているソルジャーに
「そるじゃぁ・ぶるぅ」が素早くキッチンに走り、パウンドケーキの残りを持ってきます。二人は早速食べ始めましたが、すぐにソルジャーが顔を上げて。
「ブルー、用事って何なのさ。急ぎだって言うから来たんだよ。…食べ終わる前に言ってくれるかな」
「それが…。話すと長くなりそうだから…」
キラッとサイオンの光が走ってソルジャーと「ぶるぅ」の額に吸い込まれました。たちまちソルジャーの顔が引き攣り、ポカンとしている「ぶるぅ」の頭をグシャグシャと撫でて。
「ほら、このとおり禿げてないし! もちろんぼくだって禿げちゃいないよ!」
「…だから、無症状の人も多いんだってば。でも保菌者だったら他人にうつしてしまうんだ。たとえば君のハーレイとか。…それにシャングリラ中に蔓延したら困るだろう?」
「………」
ソルジャーは不機嫌そうにパウンドケーキを黙々と食べ、食べ終わると乱暴にフォークを置きます。ガチャンという音に私たちは首を竦めました。ソルジャー、頭に来ているみたい…。
「せっかく休暇を取ったのにさ!」
本当に久しぶりなんだ、とソルジャーは腹立たしげでした。
「今夜から明後日の朝までハーレイと二人きりの筈だったのに…。薬も飲んでもらう予定で、凄く楽しみにしてたのに!」
「……ごめん」
頭を下げる会長さんに、ソルジャーは怒りが収まらないといった様子で。
「ハーレイ、あれから一度も薬を飲んでくれないんだよ! ヌカロクをやってしまった自分が恥ずかしいのが本音のくせに、ぼくの身体が大切だからとか何とか言ってノラリクラリと…。休暇中なら無理をしたって問題ないし、今夜は飲ませる気でいたのに!」
…薬にヌカロク。ヌカロクの意味は今も謎ですが、薬というのは例のスッポン入りのヤツでしょう。要するにソルジャーはキャプテンと大人の時間を過ごすつもりで休暇を取っていたのです。そこへ呼び出しを食らったわけで…。ひとしきり文句を浴びせたソルジャーは一息ついて尋ねました。
「で? その検査とやらはすぐ済むのかい?」
「…えっと…。結果が出るのに丸一日ほどかかると思う。多分、培養検査になるから」
「丸一日!?」
ソルジャーはブチ切れ、「やってられない」と立ち上がりかけましたが。
「ダメだってば! もしも君が保菌者だったら、治療しないとマズイんだよ。君のハーレイはまだ無事かもしれない。でも今夜一緒に過ごしたばかりに感染するってことも有り得るわけで…」
「………」
苦虫を噛み潰したような顔でソルジャーはドスンとソファに腰掛けました。
「分かったよ。ぼくだって妙なシロモノをシャングリラで流行させたくはないさ。…丸一日、ハーレイと接触禁止ってわけか…。休暇の半分以上がパアだ」
「本当にごめん。でも、ぼくの世界のハーレイだって好きで仕込んだわけではないしね、トンズランス」
「不幸な事故だというのは分かる。だけど、よりにもよってこんな時に…」
腹が立つ、と繰り返していたソルジャーでしたが、ふと私たちの荷物が置かれているのに目を留めて。
「…そうか、みんなブルーの家に泊まるんだ? ぼくも一緒に泊まろうかな。どうせハーレイとは寝られないんだし、こっちの世界で遊ぶのもいいね。…どう思う、ぶるぅ?」
「うん! ぼくもお泊まりしたい!」
ソルジャーと「ぶるぅ」は会長さんの家に泊まると決めてしまいました。状況が状況だけに会長さんも拒否はできません。二人は早速荷物を取り寄せ、「ぶるぅ」は無邪気に喜んでいます。トンズランスのせいで今夜は賑やかなことになりそうですねぇ…。

時計の針が六時を指すと同時に、私たちは診療所の表へ瞬間移動しました。もちろん人通りがないのは確認済みです。荷物は先に会長さんのマンションへ送りましたし、検査が終わればみんなでお泊まり。高級住宅街にあるドクター・ノルディの診療所と豪邸はしんと静まり返っています。先頭に立って二階建ての診療所に入ってゆくのは柔道部三人組で、私たちは続いてゾロゾロと…。
「こんばんは。トンズランスの検査に来ました」
キース君が無人の受付に向かって叫ぶと、白衣のドクター・ノルディが現れて。
「こんばんは。ハーレイから連絡は貰っていますよ。…おや、人数が多いようですが…?」
ブルーが二人も、と楽しげに言ってニヤリと笑うエロドクター。ソルジャーは制服に着替えていました。
「そちらのブルーは…。ずいぶん久しぶりですね。スクール水着はお役に立っておりますか?」
「おかげさまで」
ソルジャーが笑みを浮かべます。
「気分を変えたい時に使っているよ。あれはなかなか楽しいものだね」
げげっ。そういえばソルジャーはエロドクターにスクール水着を買わせたとか言ってましたっけ。ついでに水着姿で写真を沢山撮らせて遊んでましたっけ…。ドクターは満足そうに笑ってソルジャーの手の甲に口付けました。
「お越し下さって嬉しいですよ。…あなたまでおいでになったということは…誰かと濃厚な接触がおありだったようですね。ハーレイですか、それともブルー?」
「…残念ながら、ぶるぅだよ」
クスクスと小さく笑うソルジャー。
「ぶるぅ同士で仲がいいんだ。どっちのぶるぅも、ぼくたちのベッドに潜り込むのが大好きでね」
「そうですか…。まあ、ハーレイの線だけは無いと思っておりましたが。あなたを抱くには百年早い」
ヘタレな上に経験値がまるで足りませんから、とドクターは勝手に納得しています。ソルジャーの世界に乗り込んで行ったこともあるドクターだけに、ソルジャーは事実を伏せたのでしょう。ドクターは私たちを診察室へ案内すると、人数確認を始めました。
「柔道部員が三人と…ブルーが二人に、ぶるぅが二人。柔道部での感染が疑われるのは三人ですね。他はブルーが原因、と。…どうせハーレイに何かを仕掛けて濃厚に接触したのでしょうが」
「人聞きの悪いことを言われたくないな。全身エステを何度か受けただけなのに…。実に迷惑な話なんだ」
不満そうな会長さんに、ドクターは喉の奥で笑います。
「私だと健康診断ですら嫌がるくせに、ハーレイにはエステをさせるというのが羨ましい。私は鍼も打てるのですが、一度体験なさいませんか? 身体が軽くなりますよ」
「遠慮しておく。それよりも検査を早く済ませて欲しいんだけど」
「…いいでしょう。その素っ気なさもそそられますね」
ドクターは円形をしたヘアブラシのようなモノを運んでくると、柔道部三人組と会長さんたちに手渡しました。
「これで頭を強くブラッシングして貰えますか? そう、頭皮を擦るような感じでゴシゴシと…。このブラシを培地に接触させて、トンズランスの検査をします。一日ほどで結果が出ますよ」
ブラシ培養検査と呼ぶらしい検査法は無症状の人にも有効だそうで、ドクターは会長さんたちの名前を書いたシャーレにブラシを押し付けます。
「培養結果は明日の今頃には出ていますから、必要ならば治療しましょう。有効なのは飲み薬ですが、ブルー…あなたが感染していた場合は…」
名を呼ばれたのはソルジャーでした。
「あなたの世界のハーレイにも検査が必要ですよ。その時は連れて来て頂けますね? 場合によってはシャングリラ中を調べなくてはなりません」
「…分かっている。出来ればシロと出て欲しいものだが」
面倒事は嫌いなんだ、と眉を顰めているソルジャー。シャングリラ中で検査なんていう事態になったら大変そうです。こちらの世界に来ていることは誤魔化せたとしても、きっと色々問題が…。エロドクターも事情が事情だけに不埒な会話は自粛すべきだと思ったらしく、私たちは「明日また結果を聞きに来るように」と言われただけでアッサリ解放されたのでした。

診療所から会長さんのマンションに瞬間移動で移った後は、真っ赤な激辛スープとコクのある白いスープの二色に分かれた専用鍋で火鍋パーティー。ソルジャーと「ぶるぅ」は珍しさに興味津々です。食事が済むとリンゴに飴をからめたものやタピオカ入りのココナッツミルクなんかが出てきて、ソルジャーも大いに満足で…。
「休暇が吹っ飛んだのは癪だけれども、こっちは食事が美味しいからね。ハーレイに帰れなくなったと連絡したら、ごゆっくりどうぞと言われたよ。明らかにホッとしている思念だった。薬を飲むのが嫌だったのかな」
本当にヘタレなんだから、とソルジャーはスッポン入りの薬の効果を御機嫌で話し始めました。ヌカロクとかいうのを何度も自慢しますが、今一つ意味が分かりません。多分、絶倫ってことを指すのでしょうけど。
「…でね、今夜こそヌカロクでいこうと思ってたのに…。この怒りを何処にぶつけたらいいんだろう?」
「自業自得って言うんだよ」
会長さんが冷たい口調で言いました。
「ハーレイにちょっかいなんか出すから、こんな結果になったんだ。あの時ベッドに行かなかったら、トンズランスに感染するようなリスクは負わなかったと思うな。可哀想に、ぶるぅまで感染したかもしれないじゃないか」
「…やっぱりハーレイのせいってことだね。ハーレイが感染してるかもしれないから、って検査させられてるわけだろう? ぼくも、君も」
諸悪の根源は教頭先生に違いない、とソルジャーは開き直っています。自分から近付いておいて、この言い草。流石は会長さんと瓜二つだと私たちは呆れていましたが…。
「そうだ、君のハーレイが悪いんだ。ぼくの休暇を台無しにして…。直接文句を言ってやる!」
「ブルー!?」
会長さんが次の言葉を口に出す前に青いサイオンが光りました。
「「「教頭先生!?」」」
みんなで集まっていたリビングの真ん中に出現したのは教頭先生。寛いでいる所だったのでしょう、ラフな格好をしています。教頭先生は驚いた顔で会長さんの服を纏ったソルジャーを見詰め、視線を会長さんの方に移して。
「…何の用だ、ブルー? それとも呼んだのはブルーなのか?」
「呼んだのはぼくだよ、教頭先生。…君が柔道をやってるせいで、ぼくの休暇が吹っ飛んだんだ」
赤い瞳に睨み付けられて、教頭先生の身体が硬直しました。
「ま、まさか…。トンズランスの検査を受けろとブルーに言ったのは私ですが…」
「ふうん? ぼくの存在は忘れてたんだ? あんなにサービスしてあげたのに、ブルーにはハゲの心配をして、ぼくはどうでもいいんだね?」
「い、いえ……。どうでもいいというわけではなく…」
「綺麗サッパリ忘れてた、と。猛烈に腹が立ってきたよ。休暇を台無しにしただけじゃなくって、ぼくなら禿げてもいいってトコが!」
縮み上がっている教頭先生にソルジャーは罵詈雑言を浴びせまくって激しく怒っていたのですが…。
「なんだか空しくなってきた。あまりにもハーレイそっくりだから、頭の中がゴチャゴチャだ。誰に対して怒ってるのか、自分で自分が分からないや。…もういい、怒るのは諦めよう。もっと前向きに考えないと」
「…申し訳ありません…」
心の底からお詫びします、と頭を下げる教頭先生。ソルジャーが楽しみにしていた休暇というのが何だったのか、教頭先生にも嫌というほど分かった筈です。会長さんと結婚したいと大それた夢を見ているだけに、申し訳なさも一入でしょう。ソルジャーは大きな溜息をついて。
「いいよ、許すのが最善みたいだ。…その代わり、ぼくに付き合ってくれるかな。休暇の埋め合わせをしたいんだけど」
「埋め合わせ?」
「うん。…ぼくは最高の夜を楽しみたくって休暇を取った。でも台無しになったよね? 君に多くは求めないから、ただ付き合って欲しいんだ。それだけで欲情できると思う」
「「「は?」」」
全員の声が重なりました。欲情できるって…欲情って……もしかしなくても大人の時間? ソルジャーは妖しい笑みを浮かべて。
「ぶるぅ、前にライブラリで調べてたっけね。教頭先生をヘタレ直しの修行に連れて来た時、お前はなんて言ったっけ?」
「え?」
急に話を振られた「ぶるぅ」は丸い目をして暫く考え、それからエヘンと胸を張って。
「思い出したぁ! 見られていると燃えるんだ、ってデータを見たからそうしたのに…。ブルーの場合は違うんだよね。確かブルーは見られても平気。ハーレイは見られると意気消沈!」
「よくできました」
偉かったね、と「ぶるぅ」の頭を撫でるソルジャー。目を細めている「ぶるぅ」は嬉しそうです。けれど話題は明らかに変。見られていると燃えるだなんて…。そもそもヘタレ直しの修行だなんて…。私たちの顔が不安に曇るのを見て、ソルジャーはクッと笑いました。
「ぶるぅの言葉を訂正するよ。…ハーレイは覚えているかもしれないけれど…ぼくは見られていると欲情する。それもハーレイに見られていると特別に」
言い終えるなり、ソルジャーは教頭先生の腕をガシッと掴んで青いサイオンに包まれると…。
「だからハーレイを借りていくね。朝になったら家に帰すから、君たちはゆっくり休んでて。ぶるぅ、いい子にしてるんだよ。それじゃ、おやすみ」
「おやすみなさぁ~い♪」
元気に「ぶるぅ」が手を振った後、ソルジャーと教頭先生の姿は何処にもありませんでした。会長さんがヘタリと床に座り込みます。見られているとか、欲情するとか…。ソルジャーは教頭先生をどうするつもりなのでしょう? 『御休憩』とか『御宿泊』とか、頭の中でロクでもない単語が渦巻いてますが、やっぱりそういうことなんですか~?




学園祭が終わった次の日の朝、登校してみると1年A組の教室は後夜祭の話題で花盛りでした。会長さんの花魁姿もさることながら、ジョミー君とキース君の坊主頭がやはり話題の中心です。先に来ていたスウェナちゃんとサム君、マツカ君、シロエ君の周りには既に人だかりが出来ていました。ジョミー君は…遅いですねぇ…。いつもならもっと早いのに。
「おはよう。ジョミーは遅くなるそうよ」
スウェナちゃんが手招きしてくれ、サム君が言葉を引き継ぎます。
「キースと一緒に来るらしいぜ。俺の所にメールが来たんだ。…一人で来るのは嫌なんだとさ」
「無理もないとは思いますけどね…」
訳知り顔で大袈裟に溜息をつくのはシロエ君。
「全校生徒に坊主頭を晒されたんです。キース先輩だって多分、来たくはないと思いますよ。でも理由もないのに欠席するのは先輩の信条に反しますから、ジョミー先輩が一緒というのは心強いかと」
「ですよね。声をかけたのはジョミーらしいですし…それならキースの顔も立ちます」
うんうん、とマツカ君が頷いています。プライドの高いキース君だけに、自分の方から『一緒に登校』を持ちかけるなんて出来ないでしょう。二人はきっとキース君の大学の朝のお勤めが終わった後で合流してから来るのでしょうが…。
「おっ、来た、来た!」
誰かの声が響いてクラスメイトが一斉に後ろを振り返りました。教室の後ろの扉からキース君とジョミー君がコソコソ入ってきたのですが…。
「よおっ、昨日は凄かったな!」
感激したぜ、と男子の一人がジョミー君の背中をバン! と叩くと、私たちを囲んでいたクラスメイトはたちまち民族大移動。人垣の中心は鞄を手にしたままのジョミー君とキース君です。
「なあなあ、それってホントに地毛? ズラじゃなくって?」
「ちょっと触ってみてもいいかな。ん~、この手触りはやっぱり本物?」
「馬鹿、引っ張ってみなきゃ分かんねえって!」
「いやいや、今どきのズラは引っ張ったくらいじゃ…」
言いたい放題、触り放題の男の子たちを、女子がキャーキャー歓声を上げて眺めています。特別生といっても先輩扱いされてないのは嬉しいですが、普段は有難いこの公平さも今日ばかりは不幸の種でしかなく…。グレイブ先生が登場するまで二人は好奇の目に晒され続け、私やサム君たちは遠巻きに見守っているだけでした。
「諸君、静粛に! なんだ、朝から騒々しい! 実に嘆かわしい光景だな」
グレイブ先生の冷たい視線に教室は一気に凍り付きます。事情を把握した先生は笑いながらジョミー君たちに席につくよう促し、コホンと一つ咳払いをして。
「諸君、学園祭は素晴らしかった。お化け屋敷も好評だったようだ。よく頑張ったな。…そして特別生諸君のショーも楽しませて貰ったよ。…ドレスの件は私も大人だ、どうこう文句を言うつもりはない」
ドレスって! 後夜祭でのグレイブ先生のマリンブルーのドレス姿が頭の中に蘇りました。教室にドッと笑いが起こります。先生はニヤッと笑ってドレスを着ているかのようなポーズを取って見せ、みんな大喜びで拍手喝采。ジョミー君たちの坊主頭は忘れ去られたようでした。…先生、ひょっとして二人の為に…? かっこいいかも、グレイブ先生…。

大学の講義も入っているキース君は二時間目の授業が終わると大学へ行き、終礼直前に帰って来ました。なんだか顔色が冴えません。今日は学園祭の後片付けで部活は無いので、みんなで「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ出掛けていったのですが…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい! 今日のおやつはレモンパイだよ」
笑顔で迎えてくれた「そるじゃぁ・ぶるぅ」をサクッと無視して、キース君が叫びました。
「あんた、いったい何をした!!」
「「「は?」」」
あんたって…誰? 呆気に取られる私たちの視線を浴びたキース君は「あんたと言ったら、あいつだろうが!」と声を荒げて。
「しらばっくれるな! 聞こえないふりをしやがって!」
ビシッと指差す先にいたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」ではなく会長さん。ソファに腰掛け、紅茶のカップを手にしています。
「ずいぶんな御挨拶だね、キース。…まあ、落ち付いて座りたまえ。とても美味しいレモンパイだよ。ぶるぅ、みんなにも飲み物をあげて」
「オッケー!」
大きなテーブルを囲んで座るとレモンパイのお皿と飲み物が配られ、ジョミー君が真っ先に「いただきま~す!」と食べ始めました。喉元過ぎれば熱さ忘れると言うのでしょうか、托鉢ショーと後夜祭の恨みは無いようです。私たちも釣られてフォークを手にし、キース君のことなど頭から消えていたのですけど…。
「おい。…俺は食い物で誤魔化されたりはしないからな」
地を這うような声が聞こえて、キース君が会長さんをジロリと睨み付けました。
「もう一度聞く。あんた、いったいどういうつもりで…!」
「ん? さっきから一人で騒いでるけど、なんのことだい?」
分からないなぁ、と首を傾げる会長さんにキース君は膝の上で握り締めた拳を震わせて…。
「よくも白々しいことを…! 今日、大学へ行ったら、教授に呼び止められたんだ。…でもって、「ブルー様の学園祭のお手伝いを無事に勤め上げられたようで良かったね」と。…特別講座の単位はちゃんと認定しておくよ、と満面の笑顔で言われたんだ!」
特別講座!? それってキース君がわざとサボッて落第を狙ったヤツのことでは…。会長さんはクスッと笑って「おめでとう」と言いました。
「良かったじゃないか、特別講座の単位が貰えて。これで来年の秋に修行道場へ入れるよ。…髪は短く切らなきゃダメだね」
「だから! なんでそういうことになるんだ! 俺は先延ばしにしたくて、わざと講座をサボッたのに…」
「熱心に練習してくれたからねぇ、ファッションショー。…君の努力に報いたくって、大学に電話をかけたんだ。君が特別講座を欠席したのは学園祭を手伝ってほしいと強引に勧誘しちゃったからで、埋め合わせはぼくがしておくと。講座の内容をちゃんと教えて、特別に勤行もさせるから…って。なんか感激していたようだよ」
「……あんた……」
そんなに俺を坊主頭にしたいのか、とショックを受けているキース君。
「別に? 君が真面目に住職への道を走ってくれれば、続くジョミーも走りやすい。だから手助けしただけさ。そうそう、これが特別講座の中身だからね」
キラッと青いサイオンが走ってキース君の額に吸い込まれました。情報伝達をしたのでしょう。何十時間もかけて覚えるような内容であっても、サイオンを使えば一瞬で相手にコピーできますから。
「…………。素直に感謝する気にはなれんな」
「そうかなぁ? だったら、こっちはどうだろう?」
再びキラッと走るサイオンの光。次の瞬間、私たちはポカンと口を大きく開けていました。

「「「…………」」」
誰もが沈黙を守っています。固まっている、と言い換えた方が正しいでしょうか? その中でジョミー君が恐る恐るといった様子で自分の頭に手をやって。
「…よ…良かったぁ…」
無事だった、と金色の髪を引っ張るのを見て、キース君はサーッと青ざめました。ええ、ツルツルの見事な坊主頭のキース君が。慌てて両手を頭に当てて何やら探っているようですが、自慢の髪はありません。
「お、おいっ! ど、どうなってるんだ、俺の頭は!? ま、まさか…」
ツルツルなんじゃないだろうな、と声を震わせるキース君の問いに答えられない私たち。もしかしてキース君の手には髪の毛の感触があるのでしょうか? しきりと頭を撫でていますが…。
「自分自身の目で確かめるのがいいと思うよ」
会長さんが「はい」と鏡を差し出し、キース君の絶叫が部屋中に響き渡りました。托鉢ショーではお金を入れた人にしか見えず、後夜祭では写真に写らなかったお蔭でキース君は知らずに済んだ自分自身の坊主頭。それをガッツリ見せられたのでは、たまったものではないでしょう。テーブルに突っ伏したキース君ですが、その後頭部は容赦なく鈍い光を放っています。
「…ブルー…」
唇を戦慄かせて尋ねたのはジョミー君でした。
「キースの髪の毛、どうなっちゃったの? まさか本当にツルッツルとか?」
「どうだろうね。君も体験すれば分かるよ」
キラッと光る青いサイオン。今度はジョミー君の頭から髪がスッパリ消え失せました。金色の髪の代わりに地肌が光を弾く姿に、私たちは目が点です。
「え? えぇぇっ!?」
ジョミー君は頭に手をやり、それからツルツルの地肌から少し離れた所でツンツンと見えない何かを引っ張って…。
「もしかして、ぼくもツルツル頭に見えてるの?」
「それは自分で確認したまえ」
会長さんが向けた鏡を覗き込んだジョミー君は「うへぇ」と間抜けな声を上げましたが、パニックにはなりませんでした。代わりに鏡を見詰めたままで頭をあちこち触っています。
「おかしいなぁ…。ちゃんと前髪もあるんだけども、全然鏡に映ってないや。…これってサイオニック・ドリームなの? それとももっと別の方法? そっか…みんなにはこんな頭に見えてたんだぁ…」
本物のお坊さんみたいだよね、と言うジョミー君は好奇心がショックに勝ったようです。まだ突っ伏しているキース君とは対照的に、坊主頭の原因追究を始めました。会長さんは満足そうに頷いて。
「いい質問だね、ジョミー。流石はぼくが見込んだタイプ・ブルーだ。…うん、それもサイオニック・ドリームだよ。ただし昨日のよりは上級レベル。昨日のは鏡に映したら髪の毛があるのがバレるんだけど、今日のはバレない。ついでに写真も撮れたりするんだ」
「「写真!?」」
ジョミー君の声と、跳ね起きたキース君の声が重なりました。キース君は顔面蒼白というヤツです。
「や、やめてくれ! 写真だけはやめてくれ!!」
「心配しなくたって撮らないよ。…それはもう少し先のことかな」
は? もう少し先って、どういう意味? 私たちが首を傾げた所へ、パチパチと拍手の音がしました。え? 今の拍手はいったい何処から…?
「こんにちは。楽しそうなことをやっているね」
紫のマントを優雅に翻して、ソルジャーがこっちに近付いてきます。ジョミー君とキース君は坊主頭のままですけれど、ソルジャー、何しに来たんですか~!?

当然のようにソファに腰掛け、「そるじゃぁ・ぶるぅ」からレモンパイを受け取ったソルジャーは興味津々といった様子でジョミー君たちを眺めました。
「学園祭だっけ? お邪魔しちゃいけないと思ってシャングリラから見てたけど…。どの催しも面白かったよ。でも、その髪型が最大級の見世物なのかな? 今もやってる所をみると」
「笑いが取れるって意味ではそうかもね」
会長さんが答えます。
「ジョミーはともかく、キースはこの髪型に人生がかかっているんだよ。なのに納得いかないらしい。そこが面白くて、ちょっと追い打ち。あ、ブルー、写真は撮らないであげて」
「何故だい? せっかく愉快な髪型なのに」
残念、と呟いて会長さんのポケットから抜き取ったらしいケータイをパチンと閉じるソルジャー。
「写真はね…。今、撮ったんじゃ意味が無いんだ。確実に写るに決まってるから」
「ふぅん?」
「自分の意志で、自分のサイオンの力でカメラに写る状態をキープできるようにならなきゃいけないんだよ。まあ、今日の所はここまでだけどさ」
再びサイオンの光が走って、ジョミー君たちの頭に髪の毛が戻って来ました。二人は鏡を覗いて安堵の声を上げています。写真も撮られずに済んで大喜びといったところでしょうが…。
「キース、今の感覚を覚えてるかい?」
会長さんの質問にキース君は「いや」と不快そうな顔をしています。
「あんたに散々遊ばれた上、ブルーまで乱入してきたんだぞ? 覚えるも何も…」
「そうなんだ。それはとっても残念だったね。…今のが君の将来を左右する重大な鍵になるイベントなのに。ジョミーも特に覚えてないかい?」
「…うん…。触ったら髪の毛は確かにあるのに、なんで鏡に映らなかったのかな?」
「そこが大事な所なんだよ」
キースは気付いてないようだけど、と会長さんは苦笑しました。
「坊主の道を選んだ以上、どう転んでも避けられないのが剃髪だ。キースもそれで悩んでいる。…だけど何度も言ってるように、ぼくは剃髪したことがない。サイオンで周囲を誤魔化していたと言っただろう? それには鏡にも映る、写真にもちゃんと写るっていう高度なサイオンの扱いが必要なんだ」
「…それじゃ、さっきの技を練習すれば…」
縋るような目のキース君。
「俺は剃髪しなくて済むのか? 来年の秋の修行道場も短く切らずに潜り込めるのか?」
「そうなるね。とりあえず、これから時々練習しようか。ぼくが坊主頭にしてあげるから、その状態を維持できるよう訓練するのがいいかもしれない。ジョミーもだよ」
「えっ、ぼくも!?」
声が裏返るジョミー君。前から阿弥陀様を拝むようにとか勧誘されてはいますけれども、いきなり剃髪対策を始めるように言われたのでは驚くのも無理はないでしょう。
「もちろん。君にはぜひとも高僧になって貰いたい。…あ、サムは練習しなくていいよ。剃髪せずに位が取れる別枠を用意するつもりでいるから」
「「「別枠?」」」
そんなモノが存在するんだったら、キース君にも紹介してあげればいいのに…と非難の声を上げる私たち。けれど会長さんは涼しい顔で受け流しました。
「ダメだよ、別枠は一人が限界。しかも法力が期待できそうなサムだからこそ使える道だ。昔々、法力で有名なお坊さんがいたんだけれど、その力を使う時は角がある鬼に見えたというのさ。…それにあやかって、サムが法力を発揮するには髪の毛が必要不可欠なんだ、と本山に進言するつもり」
「え? でも…」
俺にそんな凄い素質は無いし、と遠慮するサム君の肩を会長さんがポンと叩いて。
「大丈夫。ぼくだって伝説の高僧なんだよ? お坊さんになれさえすれば、後のことはなんとでもなる。サイオンがあることだけでも他の人より有利なんだ。それにサムが坊主頭になってしまったら、ぼくと全く釣り合わないよ。デートできなくなっちゃうじゃないか」
「そっか、ブルーがそう言うんなら…」
頬を染めるサム君は今も会長さんの恋人候補です。朝のお勤めがデート代わりのカップルですけど、進展する日は来るのでしょうか…。

そんなこんなでジョミー君とキース君は「坊主頭に見せかける訓練」を始めることになりました。でも今日はソルジャーも遊びに来たことですし、訓練は無しでお茶会です。ソルジャーは会長さんからお寺のシステムやお坊さんについてレクチャーを受け、キース君が行かねばならない道場のこともキッチリ理解したようでした。
「なるほど、髪の毛があってはダメだというわけか…。なかなか厳しい所らしいね」
「うん。住職を目指すなら、女性も坊主頭にしなきゃならない。キースの大学にもそんな女の子がいる筈だよ。若い女の子に坊主頭はかなりキツイと思うんだけど、帽子を用意したりしてそれなりに乗り切っていくものなのさ。なのにキースときたら…」
情けない、と舌打ちをする会長さん。キース君は何も言えずに俯いています。鏡に映った坊主頭の自分の姿で絶叫していたくらいですから、覚悟どころか更に恐怖が募ったのでは…。そんなキース君を見ていたソルジャーが突然、「可哀相だよ」と口にしたからビックリです。
「可哀想? どこが?」
信じられない、といった表情の会長さんにソルジャーは肩を竦めてみせて。
「自分の意志ではない髪型を強制されるって所かな。髪型ってけっこう大事じゃないかと思うんだ。…ぼくが生きてる世界のことは知ってるよね? 昔は実験体だったことも」
「「「………」」」
私たちは無言で頷きました。ソルジャーはミュウと呼ばれて人類に迫害され、研究所に閉じ込められて非人道的な実験を繰り返されていたのです。けれど、そのことと髪型の間に一体どんな関係が…?
「実験体だった頃、ぼくたちは檻みたいな部屋で暮らしてた。思い出すだけで吐き気がしそうな実験を受けて、死んでしまった仲間も多い。でもね…何の自由もない日々の中で、一つだけ自由だったものがある」
「「「???」」」
「決まり切った味気ない食事、誰もが同じ簡素な服。色も形も選べやしない。なのに髪型だけは強制されなかった。管理する側の都合や衛生面の問題からすれば、それこそ男女の別を問わずに丸刈りにすれば面倒がなかったと思うんだよね。でも人類はそうしなかった」
女性は好きな長さに伸ばすことが出来、男性も好みのヘアスタイルでいられたのだ…とソルジャーは真顔で言いました。
「もうお笑いでしかないんだけれど、実験で殺してしまっても顔色一つ変えないくらいにミュウを人間扱いしないくせにさ。個体の識別をしたいんだったら方法は幾らでもあっただろうに、髪型は個人の自由なんだ。サイオンを研究していただけに、脳を保護する大切なものだと思ったのかな?」
実際はサイオンと髪の毛は全く無関係だけど、とゼル先生にそっくりだという機関長を例に挙げるソルジャー。なるほど、ゼル先生とそっくりならば髪の毛は既に無いでしょう。しかし実験体時代のミュウの唯一の自由がヘアスタイルとは驚きでした。
「まあ、髪とサイオンとは直接関係が無いにせよ、サイオンは心に関係するし…。心を平穏に保つためには個性を尊重するって意味で髪型も大事なんだと思うよ。…お坊さんの修行の場合は、その髪の毛を捨てるってことが大切なプロセスなんだろうけどね」
「そうだよ。だから出家って言うんじゃないか。出家イコール剃髪なんだってば、本当は!」
自分は姑息な手段で逃れたくせに、会長さんは強気です。
「キースも一度は覚悟したんだ。なりゆきでそうなっただけなんだけど、ぼくがこの手で坊主頭にしてあげようって迫ったことがあったんだよ。あの時、剃っとけばよかったかな…」
げげっ。あれはキース君がサム君をからかって、会長さんの逆鱗に触れた時のことでしたっけ。墨染の衣やらシェービングクリームやらを取り寄せてきて、本当に剃りかねない勢いだったのを覚えています。結局はサイオニック・ドリームで前髪を切り落とす幻覚だけを見せて終了したのですけど…。
「ふうん、そんな事件があったのか…」
誰かの記憶を読んだらしいソルジャーがクスクスとおかしそうに笑いました。
「キースはよっぽど坊主頭が嫌なんだね。ジョミーも嫌がっているみたいだけれど、キースの方が根が深そうだ。そんな二人の坊主頭を目撃できたとは運がいい。今日のお菓子も美味しかったし」
そろそろ帰るよ、と立ち上がるソルジャーに「そるじゃぁ・ぶるぅ」がキッチンから箱を抱えてきます。
「あのね、今日はパイを余分に焼いたんだ。これ、お土産」
「嬉しいな。ぶるぅが喜ぶよ。…あ、ぶるぅにぼくの記憶を見せてもいいかな? キースとジョミーの坊主頭を」
「「………」」
二人は答えませんでした。なんといっても相手がソルジャーなだけに、ダメと言っても勝手に見せてしまいそうです。ソルジャーは沈黙を了承と受け取ったらしく、御機嫌で私たちに別れを告げるとレモンパイの箱を抱えてシャングリラに帰ってゆきました。

「あーあ、ソルジャーにまで見られちゃったよ…」
ガックリと落ち込むジョミー君。キース君は鏡を覗いて髪の毛の無事を何度も確認し続けています。会長さんは「ギャラリーがいて良かったじゃないか」と微笑んで。
「いいかい、あんな風に突然人が現れることもある。サイオンで坊主頭を装うっていうのは大変なんだよ。油断してると大変なことに…。修行中は自分の個室も無いからね」
男女が別なだけで雑魚寝だし、と修行道場を語る会長さん。
「寝てる間も気を抜けない。夜中に隣の人が目覚めて、髪の毛があるとバレたらどうする? そういうリスクを回避するには、サイオンなんか使おうとせずにスッパリ剃るのが一番だけど」
それが絶対ぼくのお薦め、と得々と語る会長さんはキース君とジョミー君を坊主頭にしてしまいたいのかもしれません。それも面白そうだという動機だけで。…これならば「可哀相だよ」と言ったソルジャーの方が、よほど優しいと言えるかも…。けれど会長さんは全く気にせず続けます。
「修行道場では記念写真も撮るからね。写真にも写るレベルのサイオニック・ドリームを維持し続ける根性が無いと、その場でバレる。バレたらもちろん丸刈りにされるし、せっかくの道場入りもパアになってしまうのさ。次の年に改めて道場入りってことになるけど、ブラックリストに載るのは確実」
だから剃るのが一番だよ、と会長さんは言いましたが…。
「嫌だ! 少しでも光が見えた以上は、俺はこの髪を守り抜く!」
キース君が叫び、ジョミー君が。
「ぼくも! まだお坊さんになるって決まったわけじゃないけど、練習しといて損は無いから頑張るよ。キース、一緒に練習させて!」
「もちろんだ。二人なら技を競い合えるし、競争することで力も伸びる」
ガシッと握手をしている二人に、会長さんは溜息をついて。
「やれやれ、二人とも坊主頭から逃げる気なんだ? まあいいけどね、気持ちは分からないでもないし…。でも修行道場を乗り切った後、本格的にお坊さんへの道を歩むなら五年間は丸坊主でいなきゃならないよ。サイオニック・ドリームを保ったままで五年間だ。頑張れる所まで頑張りたまえ」
力尽きて剃りたくなるのがオチだろうけど、とニッコリ笑う会長さん。
「坊主仲間から聞いた話じゃ、剃髪したら楽らしいよ? 髪の手入れをしなくて済むし、お風呂で背中を洗ったついでにタオルでそのままゴシゴシと…頭まで洗えてしまうんだってさ。一度剃ったら二度と伸ばす気になれないだなんて言ってる人を、ぼくは沢山知っているんだ」
それにね…、と会長さんは声を潜めて。
「修行道場も、キースの来年の秋の道場入りも、お風呂は大浴場だから。短髪や坊主頭のふりをして入り込む以上、髪の手入れに時間はかけられないよ? もちろんシャンプーなんか持ち込めない。覚悟を決めて挑むんだね」
ぼくは自由自在にサイオンを駆使できるから全く問題なかったけれど、とトドメの一撃を繰り出す会長さんは本当に楽しそうでした。ジョミー君はともかく、来年の秋には髪を短くしなければいけなくなってしまったキース君は逃げ切ることができるのでしょうか? 坊主頭を装う訓練、見ている方は笑っていればいいんですけど、やってる方は必死です。これから時々、キース君たちの坊主頭を見ながらお茶をすることになりそうですよ~!




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