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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

ファッションショーの最後を飾った教頭先生の花魁道中。とても華やかな衣装でしたが、鬘と着物で三十キロ以上もあるのだそうです。そんなのを変身ステッキでいきなり着付けられても平然としていた教頭先生、鍛え方が違うのでしょうね。ジョミー君は「ぼくだったら座りこんじゃって動けないよ」なんて言っています。そこへ…。
「アンケートの集計、出来ました」
入ってきたのはリオさんでした。スウェナちゃんと私が回収した申込書の処理が終わったみたいです。
「ドレスは全部大人気ですね。受注の抽選用に、名前を書いた紙も用意しました」
こちらです、と差し出されたのは蓋に穴が開いた四角い箱。中に申込者の名前を書いたメモが入っているのだそうです。流石リオさん、仕事が早い!
「御苦労さま。じゃあ抽選はぼくがやろう」
会長さんが箱に右手を突っ込み、ガサガサとかき混ぜてから折り畳まれた紙を取り出しました。誰の名前が書かれているのかと私たちが身を乗り出す中、会長さんは紙を開いて…。
「…グレイブ・マードック!?」
「「「ええぇっ!?」」」
グレイブ先生がミシェル先生のためにドレスをゲットしようと思っていたのは知ってましたが、大当たりとは!
「……ふぅん……」
メモと箱を交互に眺めていた会長さんの視線がリオさんに向いて。
「ずいぶん沢山グレイブの名前が入っているね。印字されたメモじゃ分からないけど、集計した時はどうだった? なんでグレイブがこんなに大勢?」
「ああ、それは…。ぼくにもよくは分かりませんが、筆跡からして男子生徒じゃないでしょうか。会場には男子も多かったですし、グレイブ先生が根回ししたんだと思います」
「なるほど…。男子ならドレスは欲しがらないし、無記名で出すより自分の名前を書いてくれ、と頼んだのか。そこまでしてドレスが欲しかった、と。…どうする、ぶるぅ?」
「んと、んと…。グレイブ、ドレスが欲しいの? 何番のヤツ?」
リオさんがアンケート用紙を繰ってナンバーを言うと、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は思い切り首を傾げました。
「あれってグレイブに似合うかなぁ? …欲しいって言われたんだし、作るけどね」
「「え…」」
息を飲んだのはスウェナちゃんと私だけでした。そういえば男子はグレイブ先生がミシェル先生用のドレスを欲しがってた話は全く知らないんでしたっけ。でもリオさんと会長さんは知っているんだと思うんですけど…。会長さんは楽しそうに頷いています。
「キース、君が五番目に着ていたドレスがウケたようだよ。ほら、ワンショルダーでマリンブルーに白い刺繍を散らしたヤツ。セットで青いストールがついた…」
「…アレか…。先生は何を考えてるんだ? 似合うキャラとも思えんが」
「やっぱり君もそう思うかい?」
「当然だろう!」
信じられない、と呻くキース君。男の子たちは全員頭を抱えていました。会長さんはクッと笑って…。
「よし、ぶるぅ。グレイブの望みを叶えよう。グレイブのサイズは測らなくても学校のデータベースにあった筈だよ」
滅多に使わない端末を立ち上げ、会長さんはデータを引き出してプリントアウト。間違った方向へ話が進んでいるようですが、リオさんは涼しい顔でした。
「じゃあ、ぼくはこれで失礼します。…で、明日は寄付金集めですよね?」
「うん。頑張って稼ぐからね」
えっ、寄付金集め? 稼ぐって、何? リオさんに笑顔で手を振る会長さんを、私たちは恐ろしいものを見るような目で眺めていました。

リオさんが壁の向こうに消えた後、最初に口を開いたのはサム君でした。
「ブルー、寄付金集めって何するんだ? 稼ぐって…ブルーが?」
「ああ、心配しなくてもサムにやらせるつもりはないよ。ファッションショーは無事に終わったし、今度は仮装と後夜祭の人気投票だなぁ、って…。ジョミー、キース、二人とも期待しているからね」
「「えっ?」」
名前を呼ばれてギョッとした顔のジョミー君とキース君。会長さんがパチンと指を鳴らすと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が奥の部屋へ走ってゆきました。そこはドレス置き場に使われていた部屋ですが…いったい何が出てくると…?
「かみお~ん♪ はい、キース。はい、こっちがジョミーの分だから」
「「!!?」」」
二人の前に置かれたものは畳んだ墨染の衣でした。菅笠と草鞋、『シャングリラ学園生徒会』と白く染め抜かれた黒い布製の袋まで…。
「なんだよ、これ!」
ジョミー君が叫び、キース君が。
「お、おい…。なんで托鉢用の衣が此処に!? いったい俺たちに何をしろと!?」
「托鉢ショーだよ」
平然と答える会長さん。
「「「托鉢ショー!?」」」
全員の声が裏返りました。托鉢ショーって何なんですか!
「托鉢を兼ねたショーのことさ。その格好で校内を歩いて貰うんだ。で、袋にお金を入れてくれた人にはお念仏を唱えてあげる。二人セットで行っておいで。…たまには生徒会の資金稼ぎもいいだろう?」
「俺が!?」
「ぼくが!?」
キース君とジョミー君の叫びを無視して会長さんは続けます。
「この部屋が陰の生徒会室と呼ばれてることは知ってるよね? ここを溜まり場にしてるからには、生徒会への寄付金集めをしてくれたっていいと思うな。もちろんショーと銘打つからには娯楽の要素も取り入れるし」
「「「娯楽?」」」
「うん。托鉢ショーには、ぶるぅがお供でつくんだよ。小僧さんの格好をしてね」
ああ、キース君の大学を見学しに行った時の可愛い小僧さんスタイルですか! それは素敵かもしれません。あの格好は可愛かったですし、そんなお供がついているなら女子がお金を入れるかも…。
「それだけじゃない。喜捨…キシャっていうのは托鉢僧にお金をあげることなんだけどね。喜捨した人には、ぶるぅがサイオニック・ドリームを見せてくれるんだ。ズバリ、キースとジョミーの坊主頭を」
「「「!!!」」」
全員の呼吸が止まりました。坊主頭って…まさかのツルツル…?
「いいだろう? だから二人とも、菅笠は被らずに背中にね。サイオニック・ドリームは喜捨した人しか見られないから、たとえ行列が出来ていたって皆に見られる心配はない。しかも時間はほんの僅か。お念仏を十回唱える間だけさ」
「ちょ…ちょっと待ってよ!」
ジョミー君が泣きそうな顔で会長さんを遮ります。
「坊主頭って…サイオニック・ドリームって…。もしかしてお金を入れた人には、ぼくがツルツル頭に見えるの?」
「そうだよ、ジョミー。君はぼくの大事な高僧候補で、キースは未来の住職候補だ。二人ともいつかはツルツルなんだし、こんな機会もいいかと思って…。大丈夫、本当に剃ってしまおうってわけじゃないから」
「勝手に決めるな! 俺たちの意志はどうなるんだ!?」
絶叫するキース君に会長さんは冷たい視線をチラリと向けて。
「…緋の衣のぼくに逆らえるとでも? 君がサボッた特別講座の単位を貰ってあげるのは簡単だ。ついでに君のお父さんに感謝されつつ、君を丸坊主にすることも…ね」
「うわーっっっ!!!」
やめてくれぇぇぇ、と悲鳴を上げて髪を押さえるキース君。ジョミー君も逆らったら丸坊主にされかねないと思ったらしく、青ざめて唇を結んでいます。会長さんはジョミー君にニッコリ微笑みかけました。
「ジョミー、お念仏を十回だ。本山の修行体験で基本を習ってきただろう? 誰かがお金を入れてくれたら深くお辞儀してお念仏を唱えるだけでいいんだよ」
「………」
「そうそう、ジョミーとキース、どちらがお金を入れて貰っても、サイオニック・ドリームは二人セットで発動するから。ジョミーがお念仏を唱えていたらキースも坊主頭に見えるし、その逆もアリだ。二人とも、明日は頑張って」
「「………」」」
ガックリと肩を落とす二人に私たちは同情を禁じ得ませんでした。髪を短く切るのが嫌で特別講座から逃げ出して来たキース君なのに、こんな結末になるなんて。生徒会への寄付金集めって、絶対、ただのこじつけですよね…?

学園祭二日目。ジョミー君とキース君は墨染の衣を纏い、背中に菅笠、首から托鉢用の袋を提げて「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を出発しました。後ろには小僧さんスタイルの「そるじゃぁ・ぶるぅ」がくっついています。托鉢ショーの開催は宣伝されていなかったので、最初の喜捨はフィシスさんがサクラになったのですが…。
「まあっ、なんて有難いお姿でしょう! 私、驚いてしまいましたわ」
感激しました、と二人に向かって合掌しているフィシスさん。遠巻きに見守っていた私たちも驚くような大袈裟なパフォーマンスに、上級生の女の子たちがフィシスさんの方へ寄って行きます。ショーのカラクリを聞き出したらしい上級生が続いて喜捨をし、それから後は口コミで…。
「うん、なかなかウケが良さそうだ」
会長さんが満足そうに頷き、私たちもジョミー君たちの頭がどんな風に見えるのか好奇心がうずき出したのですが。
「ダメだよ、君たちは喜捨禁止。武士の情けと言うだろう? 見たいんだったら人気投票に賭けるんだね」
「「「人気投票?」」」
「そうだよ、後夜祭でやるじゃないか。あれでジョミーとキースがトップになったら、会場にいる全員が同時に目撃できる規模でサイオニック・ドリームを発動させる。ジョミーとキース、二人合わせて一人分の票とカウントするよう先生方に根回しをした。ジョミーたちには後夜祭まで内緒だけれど、リオに宣伝させるつもりさ」
笑みを浮かべる会長さんは自信満々というヤツでした。恐らくリオさんがチラシか何かを配るのでしょう。ジョミー君たちにバレない場所でコッソリと…。
「……キース先輩の坊主頭が全校生徒に……」
あんまりです、と言いつつシロエ君の目が輝いています。キース君に坊主頭が似合わなかった件は前から知っていたシロエ君ですが、実物は見たことが無いのですから気になるのも無理はありません。そして私たちもジョミー君たちの坊主頭を見たいという気持ちを抑えられず…。
「私もリオさんを手伝うわ!」
「よーし、俺も!」
スウェナちゃんとサム君が会長さんにリオさんの居場所を聞いて走って行ってしまいました。二人ともジョミー君の幼馴染だけに容赦ないかも。シロエ君とマツカ君は苦笑しています。
「おや、君たちは行かないのかい?」
面白いのに、と呟いてから会長さんが私たち三人をじっと眺めて。
「じゃあ、君たちはこれを配ってくれるかな。ぼくも寄付金集めをするんだ。…ついでにフィシスに勝たないとね」
「「「!!!」」」
宙に取り出されたのはチラシの束。そこには銀色の鬘に赤い瞳の花魁が…。しかし白塗りメイクは無しです。
「ほら、ぼくって色が白いから…口紅だけの方が自然かな、って。ハーレイと練習していたんだよ、花魁道中」
「「「………」」」
チラシには花魁道中が開催される時間と場所が書かれていました。『礼法室でお点前』の文も。
「花魁道中で寄付金集めは、ちょっと難しそうだろう? だからお茶席を設けるのさ。ぼくがお茶を点てて職員さんが運ぶんだ。代金も職員さんが集めてくれるし」
君たちも気が向いたら見においで、と言って会長さんは立ち去ってしまい、私たちはチラシを配ることに。
「あのぅ…。これ……」
お願いします、と差し出した一枚を受け取った女の子が黄色い悲鳴を上げたのを皮切りに、殺到してくる女子生徒の群れ。チラシはアッという間に無くなり、やがて一回目の花魁道中がしずしずと現れたのでした。

「ブルー、すげえや…」
少し前に戻ってきていたサム君がポカンと口を開けて会長さんを見ています。絢爛豪華な衣装を纏った会長さんは、粋な着物姿の職員さんが差しかける蛇の目傘の下で優雅に足を運んでいました。お供の人はいませんけれど、見ごたえ十分な姿です。あちこちでカメラのシャッターが切られ、女の子たちは大騒ぎ。
「あれって確か重いんですよね?」
マツカ君がわざわざ訊いてくるほど、会長さんは重さを感じさせない歩みぶり。行先は礼法室のある建物ですし、辿り着いたら少し休憩してお点前をしようというのでしょう。元々が高僧ですから、お茶の心得もバッチリの筈。寄付金集めも、人気投票でフィシスさんに勝つという目標も軽々とクリアできそうです。
「女子にエントリーしていた理由はコレでしたか…」
呆れた様子のシロエ君。会長さんがゆったりと進んでゆく中、不意に場違いな歓声が響きました。
「「「教頭せんせーっ!!!」」」
えっ!? 慌てて視線を向けた先には、昨日のファッションショーで見た背の高いゴツイ花魁が…。着物姿のシド先生が伸び上がるようにして懸命に傘を差しかけています。こちらは黒髪の鬘に白塗りメイクで、会長さんの艶やかな姿を見た後だけに破壊力抜群の光景でした。でもそれなりに…ウケてますよね…。どうやら花魁道中は会長さんと教頭先生の二人がセットみたいです。
「教頭先生もお点前をするんでしょうか?」
マツカ君の問いにサム君が。
「ブルーだけだと思いたいぜ。…俺、教頭先生のお茶は遠慮したいな」
「そうですね…。ぼくもちょっと…」
柔道の稽古で十分です、とシロエ君。花魁道中が終わった後で私たちはスウェナちゃんと合流し、礼法室を見に行くことにしました。サム君とスウェナちゃんはリオさんのお手伝いをしてチラシを配ったそうですが…。
「キース先輩、どうなるんでしょう?」
シロエ君が尋ねます。
「そうねぇ…。かなりマズイと思うわよ。私がチラシを渡した人は一票入れるって言っていたもの」
「だよな! 配り終わって歩いてた時、後夜祭は坊主だよなって話をしているヤツらがいたし」
男子生徒も乗り気だった、とサム君が真顔で証言します。後夜祭の人気投票は造花の薔薇の数で競うんですし、男子生徒が乗り気となれば、自分がゲットした薔薇をジョミー君たちの票にしてしまうことも可能なわけで…。更に一位を目指していた人が面白さ目当てで試合放棄もあるわけで…。
「ヤバいですね…」
「多分ジョミーとキースで決まりよ」
見ものだわ、とクスクス笑うスウェナちゃん。礼法室に辿り着いてみると、なんと行列が出来ていました。『最後尾はこちら』の札を持った職員さんが立っています。行列の構成は男子と女子の混成部隊で、父兄らしき人の数も半端ではなく…これじゃ会長さんのお点前でお茶を頂くのは無理でしょう。でもサム君は並びに行ってしまいました。
「…ぼくたちはどうします?」
マツカ君が言い、スウェナちゃんが。
「関係者ですって言って見るだけ見せてもらいましょうよ。せっかく来たんだし」
ほらこっち、とズンズン進むスウェナちゃん。長蛇の列の横を通って礼法室の中を覗くと、床の間の前に座った花魁姿の会長さんがお点前を披露中でした。どう見ても絶世の美女の艶姿です。写真を撮っている人もいますし、もう会長さんのことは放っておくしか…。教頭先生はやはりいませんでした。お点前までは未習得なのか、忙しいのかは分かりませんが。

ジョミー君たちと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の托鉢ショー、それに会長さんと教頭先生の花魁道中。とんでもないイベントが繰り広げられた学園祭の二日目を締め括るのは後夜祭のダンスパーティーでした。花魁の扮装から解放されてスーツに戻った教頭先生が校庭に特設された舞台でマイクを握ります。
「それでは今から薔薇を配る。今日のダンスは男女合同だから、ネームプレートに自分の名前を書いて、ダンスの間に意中の人に渡しなさい。記念に持って帰るのもいいが、この薔薇を貰った数で人気投票が行われるから、使い道はよく考えるんだぞ」
「「「はーい!!!」」」
元気よく返事が返った所で真紅の薔薇の造花が配られました。昨年同様、小さなプレートがくっついています。えっと、名前を書き込んで…。ジョミー君には悪いですけど、投票させてもらおうっと! 軽快なワルツが流れ出す中、墨染の衣のジョミー君とキース君は憮然とした顔で校庭の隅に立っています。人気投票の結果次第で自分たちの身に何が起こるか、ついに知らされたのでしょう。その隣には花魁姿の会長さんが小僧さんスタイルの「そるじゃぁ・ぶるぅ」を従えて…。
「ふふ。君もジョミーたちに入れに来たんだ?」
嫣然と微笑む会長さんの脇の大きな籠には沢山の薔薇が入っていました。横にはフィシスさんの籠があってブラウ先生が番をしています。フィシスさんはといえば花の精のような藤色のドレスで校庭でワルツのお相手中。パートナー志願が次から次へと現れているようですが…。
「フィシスに負けるつもりはないよ。ほらね、けっこういい勝負なんだ」
会長さんが言うとおり、薔薇の数は会長さんとフィシスさんの接戦でした。あ、アルトちゃんとrちゃんだ!
「「…頑張って下さいね」」
二人は会長さんの籠に薔薇を入れると、頬を赤らめて去ってゆきます。なるほど、女子からの票もありましたか。そして男子が大勢でやって来た時は、薔薇の行先はジョミー君とキース君の籠。女子がグループで来ると会長さんの籠か、ジョミー君とキース君の籠。単独で入れに来る人は…会長さんかフィシスさんの籠。獲得数の多い人に渡される籠を持っている人は他にはいません。
「ネームプレートを外した薔薇が多いね、キース? ねえ、ジョミー?」
会長さんの言葉に二人は答えませんでした。ネームプレートがついてない薔薇は、男子が自分に渡された薔薇を横流しした証拠です。薔薇をくれた女の子の名前だけゲットし、薔薇本体は期待をこめて人気投票に使い回し。あ、かっこいい男子生徒が沢山の薔薇をジョミー君たちの籠にドサドサと…。自分の人気よりもジョミー君たちの坊主頭が優先ですか~!
「さてと、ダンスは楽しんでくれたかい?」
ラストダンスが終わった所でブラウ先生が登場しました。軽快なトークはブラウ先生の十八番で、お祭り騒ぎの進行役はいつでもブラウ先生です。
「意中の人に薔薇を渡せたようだし、いよいよ人気投票だ! カウントしなけりゃいけないほどの薔薇を持った子は舞台においで。…おっと、今年の男子は二人で一人の扱いという破格のペアの登場だよ! ジョミー・マーキス・シン! そして去年の一位のキース・アニアン! 戦わずして一位決定~!」
おおっ、という声と拍手が上がりました。墨染の衣のジョミー君とキース君が薔薇一杯の籠を挟んで舞台の上に立っています。顔を引き攣らせる二人を叱咤しているのは花魁姿の会長さん。フィシスさんと薔薇の数を競うようです。一個、二個…と薔薇が投げられ、フィシスさんの薔薇が無くなって。
「これは凄い番狂わせだ! フィシスの連勝記録が止まっちまったよ! 女子の一位はシャングリラ学園生徒会長、ブルー!」
「かみお~ん♪」
舞台に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び出しました。いよいよ托鉢ショーのクライマックス開幕ですか~!? と、会長さんがブラウ先生からマイクを受け取ったではありませんか。
「みんな、ぼくに投票してくれてありがとう! お蔭で女子の一位になれた。御礼に舞台の端から端まで花魁道中をさせて貰うよ。そしてその間、ぶるぅがショーを披露する。ジョミーとキースがツルツルの坊主頭に大変身!」
「「「待ってましたーっっっ!!!」」」
「あ、写真撮影は自由だけれど、ジョミーとキースの坊主頭は写らない。ごめんね、そういう仕様なんだ。目で楽しんでくれたまえ」
「「「ええぇーっ!?」」」
残念、という声があちこちで上がります。最前列で待ち構えていた私たちもガッカリですが、サイオニック・ドリームですし仕方ないかも…。

暮れてきた校庭にしっとりとした琴の音色が流れ始めました。ジョミー君とキース君が特設舞台の中央に立ち、会長さんが右の端から左端へと静かに足を進めます。内八文字で三歩進んだ所で小僧さんスタイルの「そるじゃぁ・ぶるぅ」がポーンと宙に飛び上がって。
「かみお~ん♪」
クルクルと宙返りしながらジョミー君たちの頭上を飛び越え、スタッと舞台に着地すると…。
「「「おぉぉぉぉっ!!!」」」
ジョミー君とキース君の髪はすっかり消えてしまっていました。ツルツルの坊主頭にライトが映えて鈍い光を放っています。そ、それにしても…。
「「「わははははは!!!」」」
似合いません。あまりにも似合っていませんでした、キース君。ジョミー君の方がまだマシです。修行中の若いお坊さんのようで可愛いですけど、キース君は…なんというか…。
「妙に艶めかしいですね…」
シロエ君がボソリと呟き、サム君が溜息をついています。
「顔が整いすぎなんだよな。もっと武闘派みたいなスキンヘッドを想像したけど」
「そうよねぇ…。どっちかと言えば母性本能をくすぐりそうよ。女の子が放っておかない感じ。お坊さんと若い女の子じゃあスキャンダルだわ」
スウェナちゃんは少し考え込んで。
「あ、そうそう! そういう歌がなかったかしら? 坊さんカンザシ買うを見た♪ とかいう民謡か何か」
「よさこい節ですね」
応じたのはマツカ君でした。
「何処かのお寺のお坊さんが女性と恋仲になって簪を…。駆け落ちした末に捕まって流罪でしたっけ?」
あああ、みんな言いたい放題ですよ~! でも坊主頭のキース君には確かに色気がありました。ジョミー君が厳しい修行もモノともしない体育系なら、キース君は学問一筋の文化系といったところでしょうか。対照的な二人の坊主頭は他の生徒にも大ウケでした。しかも会長さんの花魁がしゃなりしゃなりと二人の前を横切ってゆくのですから堪りません。
「お坊さんに花魁って…なんだか妙に似合ってない?」
「坊主って確かスケベなヤツが多いんだよな」
「そうそう、偉い坊主になるとパルテノンとかで遊ぶんだよな!」
無責任な会話が飛び交い、スウェナちゃんが言っていた『よさこい節』を口ずさむ人が現れて…。ついには琴の音色もかき消すほどの合唱になり、花魁道中と坊主頭のコラボレーションは大成功。会長さんが舞台の袖に引っ込み、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が宙返りしてジョミー君たちの頭に髪の毛が戻ってきても、『よさこい節』の歌と手拍子は賑やかに続いていたのでした。

制服に早変わりした会長さんが舞台に現れてマイクを握ると校庭はシンと静かな空間に。いよいよ学園祭もフィナーレです。
「今日は生徒会の資金集めに協力してくれてありがとう。…最後に昨日のファッションショーで申し込んでくれたドレスの当選者を発表したいと思う。当選者は…」
キャーキャーと騒ぐ女の子たちに手を振り、会長さんは声を張り上げました。
「グレイブ・マードック先生!」
「「「えぇぇっ!?」」」
「ごめん、ごめん。…厳粛な抽選の結果なんだ。クジを引いたぼくを許して欲しいな」
ブーイングの嵐を微笑みで鎮める会長さん。
「おめでとうございます、グレイブ先生。奥様のために頑張られましたね。どうぞ舞台へ!」
ミシェル先生の代理だったか、と納得しつつも「先生が申し込むなんて酷い」と叫ぶ女の子たち。グレイブ先生はミシェル先生をエスコートして颯爽と舞台に上がります。会長さんは優雅にお辞儀をして。
「ご注文の品をぶるぅが作ってくれました。ご披露させて頂きます。…ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
舞台に飛び出した「そるじゃぁ・ぶるぅ」が金色のステッキを振り、青い光が飛び散って…。
「「「!!!」」」
マリンブルーのドレスを纏って立っていたのは黒髪美女のミシェル先生ではなく、エスコートしていたグレイブ先生。ワンショルダーの肩にコサージュが付いた華やかなドレスは、とんでもなく激しくミスマッチでした。ワナワナと震え出したグレイブ先生が口を開く前に会長さんが笑い出します。
「奥様思いは分かりますけど、男子生徒を動員してまで申込書を書かせるんでしたら、奥様の名前を書くよう徹底指導するべきでしたね。抽選に当選したのはグレイブ・マードック先生です。だからドレスをお作りしました」
「グレイブ!!」
ミシェル先生が柳眉を吊り上げ、グレイブ先生の頬を派手に平手打ち。校庭は爆笑の渦に包まれ、空に花火が上がります。舞台から降りていたジョミー君とキース君は「大トリがグレイブ先生で助かった」と喜びながら拍手を送り、グレイブ先生はドレス姿で舞台の上を逃げ回り…。ミシェル先生、マイクスタンドを振り上げて追いかけてますけど、あれは絶対、お遊びですよね。今年の学園祭も賑やかでした。シャングリラ学園、万歳!




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大学が忙しいから学園祭のメンバーから外して欲しい、と希望していたキース君。なのに肝心要の特別講座を放棄し、サボッてしまったらしいのです。単なるサボリ根性ではなく、深刻な理由があるようですが…。会長さんはそれを聞き出すまではキース君を放しそうにありません。
「なんとも暗い顔つきだねぇ…。乗り越えるのも難しそうな限界なのかい?」
「………」
「やれやれ、今度はだんまりか。まあいい、だいたい想像はつく。…キーワードは先輩。違うかな?」
「!!」
キース君の肩がビクッと震え、会長さんはクスッと小さく笑いました。
「やっぱりね。修行道場に行ってる二年生たちは、道場で寝泊まりしながら朝晩のお勤めをして、昼間は普通に大学に来る。キースはその先輩たちに会ったってわけだ」
「…それでどうしてサボリになるの?」
分からないや、とジョミー君。私たちも頷きます。会長さんはココアを一口飲んで。
「キースが前から嫌がっている道場入りの条件はツルツルの剃髪、坊主頭だ。でも二年生での修行道場は剃髪は必須条件じゃない。キースはすっかり油断したのさ。ところがどっこい、修行道場は剃髪とまでいかないだけで…女子はともかく、男子は短く刈り込まないと熱意を買って貰えないんだ。熱意が無いと断られる」
「…ええっ…」
ジョミー君が反応しました。会長さんに仏弟子認定されているせいで髪の毛の話に敏感です。
「それじゃ髪を短くしないと修行をさせて貰えないわけ?」
「うん。今のキースの髪じゃ確実にダメだ。もっと短く切らないと…。スポーツ刈りか五分刈りだね」
「「「!!!」」」
キース君が…スポーツ刈り。でなきゃ五分刈り! まるで想像がつきませんけど、キース君は修行中の先輩たちの髪が短く刈り込まれてしまっているのを見たのでしょう。毎日それを見ている内に「来年は自分も…」と恐怖感が募り、とうとう講座をサボッて単位を落とし、修行に行く日を先延ばしに…。
「キース、正直に答えたまえ」
俯いているキース君を会長さんが赤い瞳で見詰めます。
「特別講座をサボッてきたのは髪に未練があったからかい? それが悪いとは言わないよ。でも特別講座を受けないのなら、ぼくたちに合わせてくれないと」
「……すまん。ブルーの言う通りだ。俺はまだ五分刈りもスポーツ刈りも…したくなくて…それでサボリを…。メンバーから外してくれ、なんて偉そうなことを言ったくせにな」
悪かった、とキース君は頭を下げました。
「俺も今日からメンバーになる。遅れを取った分は努力するから…」
「それならいいんだ。今日から一緒に頑張ろう」
会長さんがキース君の手をガシッと握り、満面の笑みを浮かべました。
「仏の道は逃げないけれど、学園祭の練習には期限があるし…。大丈夫、モデルウォークのレッスンくらい、君ならすぐに追いつけるよ。…ぶるぅ、キースの採寸を」
「オッケ~!」
メジャーを取りに走った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が早速採寸を始めます。ジョミー君たちは仲間が増えて大喜び。
『そるじゃぁ・ぶるぅを応援する会』のファッションショーにお客さんは来るのでしょうか? 会長さんが音頭を取っている以上、閑古鳥にはならないでしょうが…どう考えてもお笑いですよねぇ…。

キース君も加えての練習は毎日続き、学園祭の日が近づいてきます。ある朝、1年A組の教室の後ろに机が増えて、会長さんが登場したと思ったらグレイブ先生が後夜祭の人気投票について話し始めました。
「…というわけだから、仮装したい者は風紀を乱さないよう気を付けてやってくれたまえ。なお、この投票は長年ブルーとフィシスの独壇場だったが、去年は大きな番狂わせが起きた。男子の一位を取ったのは諸君もよく知っているキース・アニアン。女子はフィシスのままだったがな」
今年も期待しているぞ、とニヤリと笑うグレイブ先生。が、そこで会長さんが手を上げました。
「質問!」
「…なんだ?」
「ぼくが女子でエントリーしてもかまわないかな? マンネリに飽きてきたんだよ。今年はフィシスと競いたい」
「「「えぇぇっ!?」」」
クラス中が蜂の巣をつついたような騒ぎになる中、グレイブ先生はコホンと咳払いをして。
「いいだろう。水泳大会でお前を女子に登録したのは私だ。毒を食らわば皿までとも言うし、お前は女子にしておいてやろう。フィシスの連勝記録が止まるか、お前が惨めに惨敗するか。…後夜祭が見ものだな」
楽しみにしているぞ、と高笑いしてグレイブ先生は出てゆきました。そして会長さんはその日の内に女子として登録されたようです。例によって途中から保健室に行ってしまって、終礼にも出てきませんでしたが。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
今日もみんなで練習だよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が迎えてくれます。会長さんはソファに座って淹れたての紅茶を飲んでいました。
「さあ、練習を始めようか。今日から衣装を着けてもらうよ。本番で転んだんでは意味ないし」
まずは練習用のドレスから、と会長さんが合図をすると「そるじゃぁ・ぶるぅ」が奥の部屋から色とりどりのロングドレスを運んで来ました。
「貸衣装屋さんで分けて貰ったヤツなんだ。これなら汚しても大丈夫。サイズもみんなに合わせてあるし、ぶるぅの魔法でパッと華やかに変身しようか」
ほら、と会長さんが宙に取り出したのは先端に星がついた金色に輝くステッキでした。
「杖は魔法使いの必須アイテムだと思わないかい? ぶるぅがステッキを振りながらサイオンで君たちを着替えさせる。ドレスが変わる度に輝くような笑顔がほしいね」
「「「笑顔?」」」
怪訝そうな男の子たちに会長さんはニッコリ微笑みかけて。
「だって、ドレスは女の子の夢なんだよ? お姫様に変身だよ? 嬉しくなるのが当然だろう。「まあ、これが私?」と天にも昇る心地でウットリとしてくれなくちゃ。表情の特訓もしないとね」
「できるか!!」
反射的に叫んだのはキース君でしたが、会長さんにジロリと睨まれ、ハッと姿勢を正しました。
「…い、いや…。やる。いえ、やらせて頂きます!」
「けっこう。ぼくに逆らったらいつでも君の大学に電話して特別講座の単位を貰ってあげるからね。そしたら二年生の秋には五分刈り、もしくはスポーツ刈り」
この脅し文句を会長さんが口にするのは何度目でしょうか。お蔭でキース君はみんなに遅れを取ることもなく、すっかり練習に馴染んでいます。今日も軽いティータイムが終わると「そるじゃぁ・ぶるぅ」が金色のステッキを振り上げて…。
「それじゃいくよ! かみお~ん♪」
キラキラと青い光が飛び散り、男の子たちは華麗なドレスに変身です。そこですかさず会長さんが。
「みんな笑って! そう、もっと嬉しそうに微笑んで…そこでクルッと全員ターン!」
えっと。それなりに絵になってますけど、ヘアスタイルと合ってないのは致命的かもしれません。そこへ「そるじゃぁ・ぶるぅ」がステッキを振り、みんなの頭にティアラや花や可愛い帽子が…。うーん、これならいけるかも!
「いいだろう?」
会長さんがスウェナちゃんと私にウインクしました。
「本番でもこんな調子でいくのさ。ドレスに合わせてリボンなんかもチョイスしてある。最初は「えっ?」と思うようなドレス姿をなんとかするのが魔法使いの醍醐味だろうと思うんだよね」
いい出来だ、と満足そうな会長さん。男の子たちはドレス捌きと表情の猛特訓をされ、練習が終わる頃にはヘトヘトでした。それでも「そるじゃぁ・ぶるぅ」が用意した焼きそばを食べながら…。
「おい、ブルー」
キース君が会長さんを眺めます。
「後夜祭でフィシスさんと競うっていうのは本気なのか?」
「ああ、あれ? 本気だよ。ぼくが女子でも薔薇をくれる子たちがいるのか気になるじゃないか。アルトさんたちは確実だろうけど、他はどうかなぁ? フィシスに惨敗するのもいいよね」
楽しそうだし、と瞳を輝かせている会長さん。またまたロクでもないことを考えてなければいいんですけど…。

『そるじゃぁ・ぶるぅを応援する会』のファッションショーは学園祭初日の午後の一番目に決まっていました。本番を明日に控えて、ついに本物のドレスを着けての練習が…。本番ではステージに一人ずつ出るので、金色のステッキが振られる度に男の子たちが一人ずつ変身してゆきます。
「へえ…。キース、お前、なかなか似合ってるぜ」
「サムもけっこういいじゃないか」
舞台の袖と決められた場所に引っ込む度にお互いのドレスを批評してますが、みんなそれなりに似合っていました。ウォーキングもサマになっていますし、女装の奇天烈さもありません。おそらく髪のリボンや花が効果を上げているのでしょう。しかし全部のドレスが披露された後、会長さんは腕組みをして…。
「ちょっと衣装に負けてるかな。やっぱりメイクをした方がいい」
「「「メイク!?」」」
男の子たちの声が裏返る中、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が奥の部屋から運んできたのは立派なメイクボックスでした。会長さんは馴れた手つきで箱を開け、ジョミー君を手招きします。
「来てごらん。…ぼくがメイクしてもいいんだけれど、自分でやるのが一番だよね」
「…やだよ! なんでお化粧までしなきゃいけないのさ!」
「じゃあ、してあげようか? 師僧の仕事からは外れるけれど、可愛い弟子のためなら…ね」
「……弟子……」
それだけは嫌だぁぁ、と絶叫するジョミー君の手首を会長さんがグッと握った次の瞬間。
「「「???」」」
男の子たちが首を傾げて、すぐに全員が青ざめて…。
「こ、これは…メイクの手順なのか!?」
「どうしてそんなのが頭の中に…!」
「まさかブルーが情報を…」
パニックに陥ったみんなを会長さんは悠然と見回し、ジョミー君をスッと指差しました。
「ぼくが知ってるメイクのテクニックを、ジョミー経由でみんなに流した。流石はタイプ・ブルーだね。ぼく単独でやるよりもずっと簡単だった。…これで全員、自分でメイクが出来るだろ?」
まずは練習、と言われた男の子たちは鏡に向かって黙々とメイクを始めます。その背に向かって会長さんが「あまり濃くしすぎないように」とか「自然な仕上げになるように」とか注文を飛ばし、気付けばドレスの華やかさに負けていない顔が揃っていました。
「うん、仕上がりはバッチリだね。明日もこの調子で頑張ろう。照明と音響は職員さんたちが引き受けてくれたし、君たちはステージに集中していてくれればいい。みゆとスウェナは打ち合わせ通り、受注係だ。ぼくは司会をさせてもらうよ」
「「「司会!?」」」
「そう、司会」
ようやく明らかになった会長さんの役どころはただの司会でした。タキシードを着るとか言ってますけど、なんだかつまらないような…。絶対ドレスだと思ってたのに…。男の子たちも何か言いたいことがありそうでしたが、口にする勇気は無いようです。スウェナちゃんと私は制服ですし、ステージ以外は地味そうですね…。

いよいよ今日は学園祭。今年は男子も仮装している人が多くて賑やかです。1年A組の教室はお化け屋敷に変わってしまって大人気でしたが、私たちは朝から「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で最後の仕上げ。衣装をチェックし、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が襞を整えたり、アイロンで皺を伸ばしたり。
「ドレスは着るまでここに置いておくから触らないでね」
最終チェックを終えたドレスを「そるじゃぁ・ぶるぅ」が奥の部屋へと運び込みます。それが終わるとみんなで早めの昼食を食べて、男の子たちはウォーミングアップに練習用のドレスでモデルウォークのおさらいをして…。
「それじゃ行こうか。そろそろ楽屋に入らないと」
会長さんが立ち上がり、私たちはファッションショーの舞台になる講堂に向かって出発しました。メイクボックスは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が抱えています。講堂の周囲には既にチラホラと人影があり、その手には会長さんがリオさんに作らせていたショーのチラシが。
「チラシと口コミだけだったけど、けっこう人が来ているね。受注します、っていうのが効いたかな」
会長さんは嬉しそうでしたが、男の子たちの表情は複雑でした。お客さんが多ければ多いほど、自分たちの生き恥を広範囲に晒してしまうのですから。楽屋入りした会長さんは黒のタキシードに着替えを済ませ、男の子たちは制服のまま。最初の変身は制服からドレスへ…というのが会長さんのコンセプトです。
「じゃあ、スウェナとみゆは客席を回ってくれるかな。はい、これが受注の申込書」
これまたリオさんに作らせたというアンケート用紙を兼ねた申込書を持って客席へ降りて行った私たちはビックリ仰天。閑古鳥どころか大勢の人が入っています。しかも生徒だけではなくて先生たちまで…!
「せっかくだからミシェルと来てみたのだよ」
最前列にグレイブ先生がミシェル先生と並んで座っていました。
「なんでも受注をしてくれるとか? ミシェル好みのドレスがあれば、ぜひとも注文したいのだが」
「…あの……受注は一名様限りの抽選で…」
「そうなんです。全部ぶるぅの手作りですから…」
「なるほど。では抽選に漏れた場合は個人的にお願いすることにしよう」
グレイブ先生は「うんうん」と勝手に頷き、二人分の申込書を受け取って一枚をミシェル先生に。これが呼び水になって申込書を欲しがる人があちこちで手を挙げ、スウェナちゃんも私も大忙しです。その間に客席は順調に埋まり、開幕前には立ち見まで出る有様でした。ジョミー君たち、可哀相かも…。それにしてもゼル先生やヒルマン先生までおいでになるとは、やっぱり見世物扱いですか?
「そるじゃぁ・ぶるぅを応援する会のファッションショーにようこそ!」
タキシード姿の会長さんが舞台に出ると、女の子たちの黄色い悲鳴が上がりました。
「今日のぶるぅは魔法使いです。女性の夢が溢れるドレスの世界に皆様をご案内いたしますので、お手持ちのアンケート用紙でドレスを採点して下さい。お名前を書いて下さった方の中から抽選で一名様にご希望のドレスをお作りさせて頂きます」
キャーッと大きな歓声が響き、みんなが名前を書き込んでいます。書いていないのは男子くらいなものでした。…そう、男子。相当な数の男子生徒がショーを見に来ているのです。ジョミー君たち、ますますもって気の毒な…。
「それではショーの始まりです!」
会長さんが舞台の袖に引っ込み、音楽が大音量で流れ出して「そるじゃぁ・ぶるぅ」が舞台の中央に登場しました。金色のステッキを持って御機嫌です。そこへ制服のジョミー君が颯爽と現れ、金色のステッキがサッと振られて…。
「「「おぉぉっ!!!」」」
ジョミー君は可憐なドレスに変身すると優雅にクルリと回ります。制服の間は「そるじゃぁ・ぶるぅ」がシールドで誤魔化していたメイクが一気に映えて効果抜群。続いてマツカ君が登場し、サム君、シロエ君、キース君…。
「ミシェル、今のドレスがいいのではないかね?」
グレイブ先生のお目に止まったドレスはキース君が着ていたスレンダーな紺色のドレスでした。大人っぽい雰囲気ながらも裾に華やかなフリルがあります。
「そうね、パーティーなんかに良さそうだわ」
微笑みながら頷くミシェル先生。この後もキース君が纏うドレスはもれなくミシェル先生とグレイブ先生のお気に入りに…。金色のステッキが振られる度に会場中が拍手喝采、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も舞台を跳ね回りながらサービスとばかりに花やキャンデーを客席に降らせて大活躍です。フィナーレはもちろんウェディング・ドレスで…。
「素敵!」
「ドレスも欲しいけど、こっちも欲しい~っ!」
花嫁姿の五人が舞台に揃った所で会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が中央に立って挨拶をすると、何故かアンコールがかかりました。ファッションショーにアンコールなんてありましたっけ? でも…舞台だからいいのかな?
「「「アンコール! アンコール!!」」」
拍手は鳴り止まず、このままでは終われそうもない雰囲気です。どうしましょう、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ったドレスは全部披露してしまったのに…。評判が良さそうだったドレスをもう一度出すってアリなんでしょうか?

アンコールを連呼するお客さんたちにジョミー君たちは舞台から引っ込むことが出来ませんでした。かといって困った顔も出来ずに笑顔でお辞儀を繰り返していますが、拍手は終わりそうになく…。と、会長さんが進み出てスッと優雅に一礼しました。たちまち客席が静かになります。
「皆様、本日は私たちのショーにお付き合い下さってありがとうございました。アンコールにお応えしまして、スペシャルなドレスを御披露させて頂きます」
え? スペシャルなドレスって? アンコール用に何か作ってあったのでしょうか。会長さんがジョミー君たちに目くばせすると、みんなは一瞬目を見開いて舞台の袖に消えました。どうやらジョミー君たちも知らない衣装があったようです。まあ…あれだけ練習してたんですから、初めてのドレスでも着こなせるとは思いますけど…。
「それでは皆様、ぶるぅの力作をじっくりとご覧下さいませ」
さっきまでの華やかな音楽とは違った、しっとりとしたスローテンポな曲が静かに流れ始めました。金色のステッキが振られ、舞台にヒラヒラと雪か花びらのようなものが舞い落ちてきます。会長さんはニッコリと笑い、舞台の袖に右手を向けて。
「さあ、本日のスペシャル・ゲスト、シャングリラ学園の教頭先生に盛大な拍手を!!」
え。なんですって!? 割れんばかりの拍手の中、教頭先生がスーツ姿で現れました。うわぁ…スペシャルなドレスって…よりにもよって教頭先生に着せるんですか! 去年の親睦ダンスパーティーで目にしたパッツンパッツンのウェディング・ドレスの悪夢再び…?
「かみお~ん♪」
金色のステッキが振られ、会場がどよめきに包まれます。た、確かに…これはスペシャルかも…。そこには教頭先生ではなく、素晴らしく背の高いゴツイ花魁が立っていました。簪が沢山ついた重そうな鬘に、見事な白塗りメイクまで。花魁独特の内八文字の足運びにしなやかな仕草、教頭先生、なりきってますよ!
「ぶるぅは和裁も得意です。この衣装もぶるぅが作りましたが、こちらの方はスペシャルですので受注の対象外とさせて頂きます。本日はありがとうございました!」
「かみお~ん♪ 注文、待ってるね!」
クルリと宙返りした「そるじゃぁ・ぶるぅ」が可愛い赤い着物に着替えて教頭先生の花魁を先導しながら舞台の袖に消えてゆきました。しゃなり、しゃなりと歩む教頭先生を見送りながら会場は拍手と笑いの渦で、会長さんが引っ込んで幕が降りてもお客さんたちは賑やかです。
「ブルーが独立すると言ってきた時は驚いたのだが、実に素晴らしいショーだった」
グレイブ先生が申込書を回収に行った私たちに微笑みかけました。
「あれだけウケれば上等だろう。…ドレスの受注もよろしく頼むと伝えてくれ。ミシェルが欲しいのはこれだそうだ」
「同じ黒髪だからかしら? キース君が着ていたドレスは全部とっても素敵だったわ」
選ぶのに迷ってしまったのよ、と褒めちぎっているミシェル先生。黒髪というならシロエ君もそうなんですが、シロエ君のは可愛いドレスが多かったせいか、大人の女性の魅力溢れるミシェル先生にはしっくりこなかったようでした。でも会場の評判は上々です。どのドレスにも多分沢山の申込みがあるんじゃないでしょうか…。

「かみお~ん♪ 大成功だったね、ファッションショー! お疲れ様~!」
講堂から「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に引き上げてくると、中華饅頭の山がありました。
「肉まんに餡まん、色々あるよ! 食堂の人に頼んで蒸しておいて貰ったんだ♪」
好きなだけ食べてね、と言われてメイクを落として制服に着替えたジョミー君たちが早速かぶりつきます。会場で回収してきた申込書の集計は会長さんがリオさんに丸投げしてしまったので、もうやることはありません。ゆっくり食べて遊んでいればいいわけですが…。
「おい。あんた、いつの間に教頭先生を巻き込んだんだ」
キース君の問いに、会長さんは悪戯っぽい笑みを浮かべました。
「いつって…最初からだけど?」
「「「最初!?」」」
「そう、最初。ぼくたちだけで劇をしようって決めた時から出演交渉してあったのさ。ハーレイには貸しがあったからねえ。…ほら、色々と差し入れをしていただろう?」
「差し入れって…。あんたが赤貧にしたんだろうが!」
どこが貸しだ、と叫ぶキース君でしたが、会長さんは意にも介さず平然と。
「それを言うならお互い様だよ。ぼくだって最初は純粋な気持ちで差し入れをしてあげたんだ。なのにラブレターなんか返してくるから、ちょっと応えてあげようかと…。それで一緒に劇に出たいかって聞いたら喜んでオッケーしたんだってば」
それは…きっと教頭先生、会長さんと同じ舞台に立ってみたかっただけなのでしょう。お稽古だって会長さんの側で出来ますし! みんなも同じことを言い、会長さんは頷いて。
「うん、そうだよ。だけど劇ではなくなっちゃったし…。でもね、ハーレイは満足してると思うんだ。花魁道中の歩き方を稽古するのに何度も家に呼んだから。…あの衣装だって、ぼくの家で着る練習をしてたのさ」
ついでにメイクの練習も、と楽しそうに笑う会長さん。教頭先生が私たちのショーに出ることは長老の先生方に会長さんが知らせに行って、シド先生やグレイブ先生たちにもアッという間に広まったそうです。…それでゼル先生やヒルマン先生が会場に来ていた理由が分かりました。野次馬です。
「…あんた、ホントに無茶苦茶やるな」
溜息をつくキース君。
「教頭先生のインパクトのお蔭で、俺たちはただのモデルになり下がったから良かったが…教頭先生は当分の間、笑い物になるんじゃないか?」
「笑い物でもいいと思うな。ハーレイが出てこなかったら君たち五人の印象だけが残ってたんだよ? ぼくの思い付きに感謝したまえ。それにハーレイには役得もあった」
「「「役得?」」」
「そう。ぼくの家に練習に来る時、エステもセットで頼んでたんだ。ぼくの身体をたっぷりマッサージするオマケ付き。食事もさせてあげてたし…食材も分けてあげてたし! 文句を言われる筋合いはないさ。花魁の仕草や歩き方まで立派に仕込んであげたんだ。いざとなったら大衆演劇で食べていけると思うけどな」
会長さんは花魁の演技をとある劇団の看板女形からサイオンでコピーしてきたそうです。でも花魁の演技だけが出来ても、お芝居の方が大根だったら役に立たないと思うのですが…。どちらかといえば宴会芸の部類に入ると思うんですが、バレエも踊れる教頭先生、今度は女形に挑戦ですか~?




教頭先生が裸エプロンを披露してから数日が経ったある朝のこと。1年A組の教室はいつもと変わりはありませんでした。会長さんが来ているわけでもなくて、キース君は大学の朝のお勤めを終えて普段どおりに登校して来て…。本鈴と同時に現れたグレイブ先生が出席を取り、「諸君」と眼鏡を押し上げます。
「来月は学園祭がある。シャングリラ学園ではクラス単位で演劇や教室を使っての展示などをすることになっているのだが…。我が1年A組が何をするかを三日以内に決めてくれたまえ。その日が学園への届け出期限だ。以上!」
カツカツと靴音をさせて先生が立ち去った後、クラスメイトは大騒ぎ。カフェだ、お化け屋敷だと賑やかですが、グレイブ先生はそういうのはお嫌いなんですよねぇ…。どうせ今年も展示でしょう。演劇は準備や練習が大変ですから。そして放課後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ行くと…。
「かみお~ん♪ 今日のおやつはタルト・タタンだよ! 柔道部のみんなが来たら焼きそばにするね」
焼きたてのお菓子の匂いが漂い、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が切り分けてくれます。柔道部三人組が部活を終えて到着すると今度は焼きそば。その一部を会長さんがタッパーに入れ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が教頭室へ差し入れに出かけて行きました。持ち帰ったのはさっきのとは別の空のタッパー。
「ブルー、今日もお手紙ついてるよ」
はい、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が差し出した封筒を会長さんは一瞥するなり青いサイオンの炎で燃やしてしまいました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はションボリとして。
「…やっぱり読んであげないんだ…」
「読まなくっても分かってる。差し入れのお礼にかこつけたラブレターだ。裸エプロンまでさせられたのに、全然懲りていないんだから」
「でもハーレイ、ブルーのお返事待ってるよ?」
「差し入れが貰えるだけで十分じゃないか。催促されたらそう言っといて」
会長さんにスッポン料理とスッポン入りの漢方薬の代金を毟り取られた教頭先生は今も耐乏生活です。それでも柔道部の指導を休まないのは責任感の表れかも。そんな教頭先生に会長さんは色々と差し入れをしているようで、酷い目に遭わせた自覚はあるのだろうと私たちは思っているのでした。張本人の会長さんは今日もタルトをつつきながら。
「そういえば、今日は学園祭の発表があったんだよね? 君たちは何かしたいわけ?」
「えっと…」
首を傾げる私たち。特別生の私たちと違って、クラスのみんなには一度限りの一年生です。何をやるかは好きに決めて貰えばいいし、それに従うつもりでしたが…。
「ぼく、劇がいい!」
叫んだのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」でした。
「去年も劇がやりたかったのに、クラス展示にされちゃったんだ。今年はちゃんと投票日に1年A組に行くからね! そしたら本物の投票用紙が貰えるんだもん」
「ぶるぅは劇がやりたいそうだ。君たちも演劇に投票したまえ。もちろんぼくも一票を入れる」
重々しく宣言する会長さん。うーん、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が劇をしたいなら、演劇に一票で決まりでしょうか?
いつもお世話になってますしね。

投票は三日後の終礼前のホームルーム。朝から教室の一番後ろに机が増えて、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が姿を見せていましたが…クラスのみんなはお化け屋敷に熱意を燃やしているようでした。グレイブ先生が投票用紙を配り、私たちは『演劇』と書いて投票箱に入れたのですけど…。
「ふむ」
黒板に『正』の字を書いていたグレイブ先生が最後の一画を書いて振り向きました。
「圧倒的多数でお化け屋敷か。私が担任しているからには、もっと格調高い展示を行って欲しいものだが…。今までそのように指導してきた。演劇ならば演目を厳選し、クラス展示も遊びがメインと思われるものは悉く却下してきたのだ」
「「「………」」」
あーあ、やっぱり…。クラス中にガックリ感が漂います。が、グレイブ先生はニヤッと笑って。
「お化け屋敷がくだらないという自覚はあるようだな。分かっているならいいだろう。諸君、何事にも例外はある。今年は私の結婚生活一年目だ。記念すべき特別な年だ。…よろしい、特別に許可しよう。1年A組の今年の展示はお化け屋敷だ!」
「「「やったーっ!!!」」」
歓声と拍手喝采の中、後ろを見ると「そるじゃぁ・ぶるぅ」がトボトボと出てゆくところでした。劇がやりたくて投票に来たのに、結果がお化け屋敷では…。案の定、終礼の後でお部屋に行くと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はしょげていました。
「…ひどいや、お化け屋敷だなんて…」
モンブランが載ったお皿を配る手にも元気がありません。
「ぼく、お化けとか苦手なのに…。決まっちゃったんだし、1年A組はお化け屋敷をやるんだよね。ジョミーもサムも、みんなお化けをするんでしょ?」
ぼく行かない、と呟いて「そるじゃぁ・ぶるぅ」は隅っこの土鍋で丸くなります。
「脅かされるの嫌だもん。ブルーがやるなら凄いお化けが出てきそうだし、ぼく、ここのお部屋に隠れてるもん…」
会長さんが溜息をつき、立って行って小さな頭を撫でました。
「ぶるぅ、そんなに嫌なのかい? だったら…」
何か言いかけた所へ柔道部三人組が部活を終えて登場です。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は慌てて跳ね起き、お好み焼きをせっせと焼いて、教頭先生にも差し入れに行って…。
「ブルー! ハーレイ、もうすぐお給料が出るんだって! そしたら差し入れは要らないからって言ってたよ。でね、今日もお手紙がついてるんだけど…」
「却下」
会長さんは今日も教頭先生の手紙を燃やしてしまいました。可哀想だよ、と言う「そるじゃぁ・ぶるぅ」に会長さんは苦笑しながら。
「ぶるぅはお化けが苦手だろう? ぼくはハーレイの手紙が苦手なんだよ。…そうそう、話が途中で終わってたっけね。お化け屋敷をするのが嫌なんだったら、1年A組とは別に何かをしてみるかい?」
「別?」
まん丸い目をする「そるじゃぁ・ぶるぅ」。別って…どういう意味でしょう?
「ぶるぅ、ここにいるみんなは特別生だ。特別生はどんな時でも別行動が許される。学校に来るのも自由、来ないのも自由。だからもちろん学園祭でも、クラスメイトと一緒に動かなくてはならない理由は無いんだよ」
そういえば…そんな話を聞かされたような気もします。大学に行ったキース君まで毎日登校してきていますし、放課後はみんなで「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に集まって遊んでいるのですっかり忘れていましたが…。
「だからね、ぶるぅ」
会長さんが私たちをグルッと見回して言いました。
「このメンバーで何かするなら、届け出を出せば済むことなのさ。学園祭では1年A組とは別に行動します、ってね。…そうするかい? お化け屋敷をやめて劇をするとか?」
「「「劇!?」」」
ポカンとする私たちを他所に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び跳ねています。
「わーい、わーい! みんなで劇だ! みんなで劇だぁ♪」
「ちょっと待て!」
叫んだのはキース君でした。
「…みんなで何かというのを止めはしないが、俺は外して貰いたい。今は大事な時期なんだ」
「大事な時期…?」
怪訝そうな会長さんにキース君は舌打ちをして。
「あんただったら分かってくれると思っていたが…。もうすぐ二年生の先輩たちが三週間の修行に出る」
「言われるまで完全に忘れていたよ。もう秋学期の道場入りか」
「ああ。で、俺も来年の秋には是非行きたいし、そのためには必要な単位を取っておかないと。…先輩たちの修行中にある特別講座は落とせないしな」
「…なるほど…」
会長さんは納得した様子で頷きました。
「そういうわけなら仕方ない。ぼくたちだけで行動できるよう届けは出すし、キースの名前も書いておくけど…名前だけっていうことで。君は大学の方を頑張りたまえ」
「感謝する」
深々と頭を下げるキース君。こうして私たち七人組は1年A組を離れ、会長さんたちと一緒に学園祭で劇をすることに決まったのでした。

1年A組から独立するにあたって必要なのはグループ名と責任者の先生が一人。グループ名は会長さんの鶴の一声で『そるじゃぁ・ぶるぅを応援する会』という選挙活動みたいな名前になってしまいました。
「これでいいんだよ、ぶるぅが独立したがったんだし」
「……でも……」
オシャレじゃない、という私たちの不満が聞き入れられる筈もなく…グループ名はこれに決定。責任者の先生は会長さんの強力な推しで教頭先生に決定です。
「グレイブじゃ融通が効かないんだ。今年は新婚モードで甘いとはいえ、そうそう羽目は外せない。少人数でお客を呼ぶには堅い演目じゃ駄目だろう? 遊び心を分かってくれるハーレイにするのが一番なのさ。ぼくの担任だからグレイブも文句はつけられない」
届け出はぼくがしておくよ、と言った会長さんは本当に許可を貰って来ました。グループ結成が決まった次の日の放課後には「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に許可証があり、いよいよ活動開始です。柔道部三人組は特別生の立場を生かして学園祭までは休部し、劇に専念することに…。キース君は劇には出ませんけれど、特別講座の時間以外は顔を出しに来てくれるそうです。
「で、肝心の劇だけど…」
何にする? と尋ねる会長さん。何にする? と言われても…。
「キース先輩が出られないってことは八人ですよね」
シロエ君が人差し指を顎に当てました。
「裏方とかも必要ですし、大したものはできませんよ」
「ああ、裏方なら大丈夫だよ。いざとなったらリオやフィシスも助けてくれるし、ぼくの名前を出せば職員さんたちも手伝ってくれる」
生徒会長とソルジャーの名は活用すべきだ、と会長さんは自信満々でした。
「だから全員が舞台に出たって問題ない。八人でも見栄えがするものがいいね」
「でもって一人は子供なのよね…」
スウェナちゃんの言葉どおり一人は「そるじゃぁ・ぶるぅ」です。演目はかなり限られそうだ、と思った時。
「ぼくが主役のお話がいい!」
無邪気な叫びが上がりました。声の主はもちろん…。
「「「ぶるぅ!?」」」
「ぼくを応援する会だもん、ぼくが主役をやってもいいでしょ? 1年A組で劇をするんだったら脇役でも平気だったんだけど、せっかくだから主役やりたい!」
頑張っておやつ作るから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は譲りません。そりゃあ…グループの名前が名前ですから「そるじゃぁ・ぶるぅ」が主役であっても不思議に思う人はいないでしょうし、その方がいいのかもしれませんけど…。
「じゃあ、『三枚のお札』にしようか」
そう言ったのは会長さんでした。
「小僧さんが山姥に追いかけられて、三枚のお札に助けられる。小僧さんが主人公だし、ぶるぅにピッタリの役だと思うよ。お札で火や川を出すんだけれど、ぶるぅのサイオンなら迫力満点の特殊効果が…」
「やだ!!!」
かっこよくないもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は膨れっ面です。
「ぼく、そのお話、知ってるよ。一番最初はトイレの窓から逃げるんでしょ? そんなの、なんだか恥ずかしいや。もっと素敵な話がいいなぁ…」
「一寸法師は?」
ジョミー君の提案に「ナイス!」と拍手する私たち。小さい主人公が大活躍なら文句は無いと思ったのですが…。
「ぼくはいいけど、鬼は誰?」
「「「うっ…」」」
鬼をやりがたる人はいませんでした。こんな調子で演目はサッパリ決まらず、ついにブチ切れた会長さんが。
「もうシンデレラでいいよ、それにしとこう。…ぼくが王子で」
「「「えぇっ!?」」」
シンデレラといえば継母と意地悪な姉娘が二人。会長さんが王子役を持っていった以上、この三人の役は残りの誰かです。スウェナちゃんと私が二人分は引き受けるとしても、確実に誰かが女装の悪役…。ジョミー君かな? それともサム君? ああっ、魔法使いの役も要りましたっけ~!
「そっか、ブルーが王子役でシンデレラの劇だね」
ニコニコと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が頷きます。
「シンデレラだったら主役をやるより魔法使いの役がいいなあ♪ ドレスとかカボチャの馬車を出すんだよね! ぼくのサイオンも使えそうだし、それがいい!」
えっと。…もしかして「そるじゃぁ・ぶるぅ」は主役でなくても目立てばいいってことなのでしょうか? だったら他にもマシな何かがあるような気が…。それともシンデレラで決定ですか~?

シンデレラの配役は簡単には決まりませんでした。そもそも誰がシンデレラ役をするのでしょう? スウェナちゃんか私か、どちらかにするのが無難でしょうが、笑いを取るために誰かが女装でやるべきだ…なんて意見が出たから大変です。この際、女性役は全部男の子がやって、スウェナちゃんと私は男性役だとか大騒ぎ。
「…うーん…。これは宿題にした方がいいね」
会長さんが紅茶で喉を潤しながら。
「家で一晩ゆっくり考えてみるのも手だよ。何か閃きがあるかもしれないし、他にいい劇を思い付く可能性もゼロではない。それで駄目なら明日の放課後にクジ引きで配役を決定しよう。…王子と魔法使いを除いてね」
この二つはもう決まってるから、と会長さんは落ち着いたもの。ついでにキース君も劇に出ないので涼しい顔です。私たちは多分クジ引きになるであろう配役を心配しながら家へ帰って行ったのでした。そして翌日の放課後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい! あのね、ぼくたちの劇だけどね…」
御機嫌でパンプキン・パイを切り分けながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」が話しかけてきます。
「ブルーが考えてくれたんだ。ぼくが魔法使いになって思い切り活躍できるヤツ!」
げげっ。魔法使いが大活躍って、シンデレラは中止でファンタジーですか? 剣と魔法の冒険活劇なんて八人では無理じゃないかと思うんですが…。そこへ会長さんがとても綺麗な笑みを浮かべて。
「ファンタジーじゃなくてファッションショーだよ」
「「「は?」」」
ファッションショーと聞こえたような気がします。みんなで顔を見合わせていると…。
「だから言葉のとおりだってば。ぶるぅは魔法使いの役をやってみたいし、主役もやってみたかった。それなら魔法使いが主役の劇を作ればいい。…シンデレラの魔法使いはドレスを出すよね。みんなが舞台で次から次へと衣装替えしたらウケそうだろう? ファッションショーっていうのはそれさ」
「それって劇じゃないよ!」
ジョミー君が突っ込みましたが、会長さんは全く平気でした。
「うん、劇じゃない。劇じゃないけど、舞台を使ってやるのは確かだ。学園祭で舞台を使う催しは劇の他にもダンスに合唱、ミュージカル…と色々ある。ファッションショーもかまわないんじゃないかと思って、一応、エラたちに確認してみた」
オッケーが出たよ、と会長さんは微笑んでいます。
「エラは「楽しそうな催しですね」と言ってくれたし、ブラウは「どうせなら受注したらどうだい?」と楽しい提案をしてくれた。受注するのも面白そうだと思わないかい?」
「ファッションショーって…誰が舞台に上がるんですか?」
マツカ君の質問に、会長さんはマツカ君をスッと指差しました。
「誰って…君たちの他にはいないじゃないか」
「「「!!!」」」
ウッと息を飲む男の子たち。更に会長さんはスウェナちゃんと私にウインクして。
「ファッションショーのお客さんは女性がメインになる筈だ。君たちは会場で受注係をして欲しい。こんなドレスを着てみたい、という注文を取って回るんだ。もちろん全部は受けられないし、抽選で一名だけにプレゼントってことになるだろうけど」
ドレスですって…? この口ぶりではファッションショーの中身は全部ドレス…? 他人事だと笑って聞いていたキース君が首を捻って。
「おい、ひょっとしてドレスばかりを披露するのか? まあ、ウケるのは間違いないが」
「ドレスばかりでいいと思うよ。女の子って夢が好きだし。…ね、ぶるぅ?」
「うん! ぼく頑張って作るんだ!!」
採寸、採寸…とメジャーを取り出す「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大乗り気でした。どうやらドレスは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手作りになるみたいです。それなら受注も出来るでしょうが、女装のファッションショーですか…。
「いやだーっ、女装はもう嫌だーっ!!」
逃げようとするジョミー君を会長さんのサイオンが捕え、金縛りにしている間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が採寸します。そういえば男の子たちは去年の親睦ダンスパーティーのフィナーレで全員、ウェディング・ドレスを着せられる羽目になりましたっけ。それにジョミー君は去年の夏休みに青いベビードールも着てましたっけ…。
「ブルー、俺も手伝ってやろう。逃げるな、サム!」
キース君がサム君を羽交い締めにして、シロエ君とマツカ君に。
「お前たちも男なら逃げるんじゃない! ぶるぅのショーに協力してやれ!」
「「は、はい…っ!」」
男の子たちはキース君を除いてキッチリ採寸されました。会長さんの寸法は分かっているから必要ない…という話ですけど、本当でしょうか? 自分だけ上手く逃げおおせようと思っているかもしれません。でもウェディング・ドレスはお気に入りですし、会長さんの考えることは謎ですよねぇ…。

学園祭に向けての準備は順調でした。1年A組のクラスメイトはお化け屋敷に燃えていますし、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はファッションショーの衣装作りに夢中です。それでもお菓子を手抜きしないのが凄いかも。今日も「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋はシャルロット・ポワールの甘い香りで一杯で…。
「かみお~ん♪ お菓子、切り分けてあるから好きなのを取ってね。シロエは先に仮縫いだよ」
「…はい…」
悄然と奥の部屋に連れられてゆくシロエ君。男の子たちは毎日のようにそこへ引っ張り込まれて、何着もの衣装を試着させられたり仮縫いしたり。それ以外の時間は会長さんがモデルウォークを仕込んでいました。
「マツカ、もっと背筋を伸ばして! ジョミー、膝が曲がってる! はい、そこでターン!」
パンパンと手拍子を打つ会長さんは鬼コーチです。そんな光景を見ながらスウェナちゃんと私、そして特別講座が終わってから顔を出すキース君の三人が和やかにお茶を飲むのが日課になりつつありましたが…。
「おや、キース。今日はずいぶん早いんだね」
会長さんの指摘にキース君がビクンと肩を震わせました。
「特別講座はしばらく続くと思ってたけど、休講なのかい?」
「…いや…。それが……」
「歯切れの悪さが気になるな。ひょっとして…サボったとか…?」
いつもなら即座に言い返す筈のキース君は無言でした。会長さんがクスッと笑って。
「ふふ、図星。…あ、ジョミー、マツカ、足を止めない! 君たちはちゃんと練習したまえ」
テキパキと指示を飛ばした所へシロエ君と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が仮縫い部屋から出てきます。
「ぶるぅ、お疲れ様。それじゃ少し休憩しようか。…面白い話が聞けそうだし」
座って、という声を待たずにジョミー君たちがソファにへたり込みます。クリームたっぷりのココアが配られ、会長さんはキース君を自分の向かいに座らせました。
「さて、キース。…どうやら君は特別講座をサボッたらしい。特別講座の単位は落とせないから学園祭のグループ発表からは外してほしい、と言っていたにも関わらず…だ。理由を聞かせて貰おうか」
「…………」
「特別講座の単位を落とせば、君は来年の秋の修行ができなくなる。二年生の秋か、三年生の春に三週間の修行道場入りをしておかないと、住職になるための道場入りの最短コースは不可能だったと思うけどな」
「……そのとおりだ……」
キース君はココアのカップを手にして俯いています。住職になるための道場入りの決心がついていないことは知っていますが、それ以外の講義や朝のお勤めには熱心な筈のキース君がサボリだなんて…。しかも最近始まったばかりの特別講座をサボったなんて、いったい何が起きたのでしょう? お父さんと派手に喧嘩したとか…? 私でさえも気になることを会長さんが見逃すわけがありませんでした。
「キース、はっきり言いたまえ。特別講座を何故サボッた? あの講座は止むを得ない理由以外で欠席したら単位は貰えないと聞いている。今日サボッたということは…落第したいということかい? それとも欠席届けを出してきたとか?」
「……出していない……」
「不可解だね。ここで落第したら特別講座は春まで無いんだ。春に単位を貰ったんでは他の講座がズレ込んで…二年生の秋に修行はできない。君が三週間の修行に行けるのは三年生の春になる。住職への最短コースに間に合うためにはギリギリの時期になるというのに、そんな道をわざわざ選ぶなんて…。君らしくないな」
トップを走るんじゃなかったのかい、と尋ねる会長さんにキース君は苦渋に満ちた表情で。
「…俺だって、成績だけの問題だったらトップを切って走りたいさ。…成績だけの問題ならな…」
成績だけの問題なら…? キース君はシャングリラ学園の普通の学生だった去年、成績にこだわっていたという記憶があります。会長さんの小細工で全員が満点を取り放題だったクラスの中で、たった一人だけ実力で満点だったキース君が、それを誇りにしていたことも。そんなエリート志向のくせに、ドロップアウトを選んだなんて嘘みたい…。
「…なんとでも好きに言ってくれ。俺にも限界はあるってことだ」
キース君は左手首の数珠レットに触れ、深い溜息をつきました。会長さんがその顔を覗き込んで。
「ふうん、限界を知ったってわけ? 自分の限界を知るのはいいことだよ。でも、それを乗り越えるのが修行の道だと思うけどな」
「…………」
答えは返ってきませんでした。限界に突き当たったというキース君。学園祭の準備も大事ですけど、キース君のことも気がかりです。ジョミー君たちも心配そうにキース君の方を見ていました。せっかく大学に進学したのに、わざと成績に傷をつけただなんて…何か相当ショックなことでも…? 心が砕けてしまったとか…?




スッポン料理屋さんのお座敷から忽然と消えたソルジャーとキャプテンでしたが、お店の人は何の疑問も持たずにお会計をしてくれました。特殊なシールドのお蔭でしょう。会長さんが教頭先生から毟ったお金はほんの僅かな額しか残らず、それは帰りのタクシー代に…。そして私たちが戦々恐々とする中、ソルジャーとの約束の土曜日がやってきたのでした。
「かみお~ん♪ いらっしゃい! もうすぐブルーも来ると思うよ。今日は煮込みハンバーグなんだ」
バス停で集合して会長さんのマンションに行くと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がダイニングに案内してくれます。大きなテーブルの真ん中の席に会長さんが座っていました。
「やあ。適当に座ってくれればいいよ。あ、サムはぼくの隣。こっちの隣はブルーの席」
みんなが席に着くのを見計らったように空間が揺れ、ソルジャーが姿を現わします。
「こんにちは。約束通り来てくれたんだね。報告に来た甲斐があったな」
会長さんの服を借りて着替えを済ませ、左隣に座ったソルジャーはとても御機嫌そうでした。報告会の内容は推して知るべしというヤツです。小さな子供の「そるじゃぁ・ぶるぅ」はそうとも知らず、昼食が載ったお皿を配って嬉しそうに。
「お客様って楽しいよね。いっぱい食べてね、ハンバーグ沢山作ったんだ!」
「ありがとう、ぶるぅは優しいね。ぼくのぶるぅは料理はダメだし、食べるの専門。ホント、ブルーが羨ましいな」
和やかに食事を始めたソルジャーですが、それで終わるわけがありません。雑談で座が盛り上がり、デザートのプチケーキと飲み物が出てきたところで…。
「そうそう、この間のスッポン料理。あれの報告に来たんだっけね」
げげっ! 私たちの顔が引き攣ります。けれどソルジャーは全く気にしていませんでした。
「あの料理、効果抜群だったよ。…ぼくはいつもと変わりなかったし、君たちもそうだと思うけど…ハーレイが全然違ったんだ。スタミナ抜群、もう壊れそうなほど凄くってさ」
ソルジャーはスッポン料理を食べた夜の大人の時間を目を輝かせて語り始めました。えっと…この内容って十八歳未満お断りでは…。分からない単語が一杯ですし! 会長さんの制止も聞かずに独演会は延々と続き、私たちは顔を赤くして俯いているしかなかったのですが…。
「それでね、ぼくは考えたんだ」
みんな聞いてる? とソルジャーの口調が変わりました。
「スッポンを食べたハーレイは本当に絶倫だった。心理的な効果だけとは思えないから、スッポンにはパワーがあるらしい。あれが薬になったら凄いだろうね。…この世界にはあるんだろう? スッポンだけで作った薬が」
「「「………」」」
誰も答えませんでした。スッポン由来の怪しい薬なら広告とかで見かけます。けれど答えていいものかどうか…。
「その沈黙は怪しいと見た。無いと即答するわけでなし…。ブルー、正直に答えてもらうよ。スッポンだけで作った薬はあるのかい?」
「………。悔しいけれど存在する」
「よしっ! これでヌカロクも夢じゃない!」
「「「ヌカロク?」」」
それって何のことでしょう? 誰もが首を傾げましたが、会長さんはキッと柳眉を吊り上げて。
「ブルー! おかしなことを吹き込んだら許さないからね! ぼくにも我慢の限界がある!」
「ごめん、ごめん。つい嬉しくって…。で、スッポンの薬だけども。何処に行ったら買えるかな? お土産にぜひ欲しいんだ。君が買ってくれないんなら、今からちょっとノルディの家に…」
「それは困る!」
「じゃあ、買ってくれる?」
どうする? と笑みを浮かべるソルジャー。会長さんは額を押さえて考え込んでいましたが…。
「スッポンの薬…ね…。分かった、ハーレイに買わせよう。そんな怪しげなモノ、ぼくのお金で買いたくないし」
片付けが済んだら呼び出そう、と紅茶で喉を潤している会長さん。教頭先生、またまたお金を毟られることになりそうです。既に赤貧の筈なんですけど、この上にまだ毟りますか~!

リビングに移動した後、会長さんは早速サイオンの青い光を走らせました。教頭先生がセーターにジャケットというラフな格好で部屋の中央にパッと現れ、驚いた顔で周囲を見回します。
「こんにちは、ハーレイ。よく来てくれたね」
会長さんがニッコリと笑い、教頭先生が提げているスーパーの空の袋に目をとめて。
「あれ、買い出しに行くところだった? レジ袋持参なんて真面目じゃないか。お金もありそうで安心したよ」
「…今の私にそんな金があると思うのか? この袋はマザー農場で余った野菜を貰おうと思って…」
「なんだ、そういうことなのか。食材なら分けてあげてもいいよ。ぶるぅ、その袋に適当に入れてあげて」
「オッケ~!」
キッチンに走って行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」はすぐに袋を一杯にして戻って来ました。大きなタッパーも抱えています。
「煮込みハンバーグの残りを入れておいたよ。作りたてだから冷蔵庫に入れてくれれば明日も食べられるし!」
「くれるのか? それはありがたい」
お肉も魚も食べていないという教頭先生が手を伸ばした途端にタッパーはフッと消え失せ、会長さんが。
「ちゃんと冷蔵庫に送っておいたよ。食材も野菜室とかに分けて入れといた。…本当にお味噌しか入ってなかったね、冷蔵庫」
「誰のせいだと思ってるんだ! それにいったい何の真似だ? 宅配サービスをしに呼び出したのか?」
「まさか」
会長さんはクッと笑うと、ソルジャーの方を指差しました。
「ブルーがね。打ち上げパーティーで食べたスッポン料理が気に入ったらしい」
「…スッポン…?」
高かった筈だ、と呻く教頭先生。会長さんは気付かないふりをして続けます。
「その時、ブルーの世界のハーレイも一緒に食べたんだ。そしたら凄くスタミナがついて、最高の夜になったんだってさ」
「………!!!」
「でも、ブルーの世界ではスッポンは手に入らない。それでスッポンの薬が欲しいって言い出して…。ハーレイ、買い物に付き合ってくれるかな? 漢方薬の店に行きたいんだよ」
「な、なんで私が…」
オロオロとする教頭先生。ソルジャーが欲しがっているスッポンの薬が精力剤なのは明白です。会長さんに振られ続けている身だけに、精力剤のお買い物なんかには付き合いたくもないでしょう。けれど会長さんは平然として。
「じゃあ、ぼくに買えって言うのかい? この若さで? ずいぶんキツイ話じゃないか。そんな物にお金を出したくもないし、ハーレイにしか頼めないんだ。…現金の持ち合わせはなくてもクレジットカードは持ってるよね? それで買ってよ。食材もサービスしてあげたんだし」
「わ、私にスッポンを買いに行けと!?」
「安心して。付き合ってほしいって言っただろう? 買いに行くのはみんな一緒だ。漢方薬屋さんを貸し切りだよ」
シールドを使って他のお客さんはシャットアウト、と微笑む会長さん。
「ちょっと待て!」
キース君が割って入りました。
「みんなって…俺たちも連れて行くっていうのか?」
「もちろん。でないとハーレイが逃げちゃいそうだし。…ブルー、ぶるぅ、行こう、みんなを連れて飛ぶよ」
「「「えぇぇっ!?」」」
絶叫が終わらない内に私たちは青い光に巻き込まれました。身体がフワッと浮き上がります。ソルジャーのお買い物に付き合わされるとは想定外かも~!

「いらっしゃいませ!」
愛想のいい初老の男性の声で我に返った私たち。周囲の棚には草や木の実を乾燥させたモノがギッシリ並んでいます。漢方薬屋さんの店内に瞬間移動したようですが、これだけの人数が一度に出現しても驚かれないのは例の特殊なシールドの効果でしょう。会長さんが教頭先生の背中をバン! と叩いて。
「出番だ、ハーレイ。…スッポンを買ってくれるよね」
「…うう…」
教頭先生はカウンターに行き、頬を真っ赤にして「スッポンを…」と言いました。ところが店主の男性は…。
「粉末ですか、それともエキス? 黒焼きなども取り扱っておりますが」
「そ、そんなに種類が沢山あるのか?」
「当店はアルテメシア随一の品揃えを誇る老舗でして。お客様のご注文に合わせて各種調合も承ります」
「…どれなんだ、ブルー?」
教頭先生が振り向いた先には会長さんとソルジャーが双子のように並んでいます。進み出たのはソルジャーの方。
「えっと…分からないから効き目優先。夜の生活のパワーアップ」
「ああ、なるほど。…お相手が一度に二人でしたら、こちらなど…」
お盛んですねぇ、と笑う店主は教頭先生が双子相手に頑張っていると勘違いしてしまったようです。棚から薬の瓶を取り出し、中身の説明を始めました。
「当店自慢のスッポンセットでございます。スッポン粉末の他にマムシ粉末、マムシの肝など…」
「マムシも入っているのかい?」
興味津々で尋ねるソルジャー。マムシを知っているようですが、マムシも希少品だったりするのでしょうか? その辺の事情を知らない店主はニッと笑って。
「ええ、マムシも入っておりますよ。原料も揃えてございますので、お客様のニーズに合わせて一からお作りすることも…」
「そうなんだ。…じゃあ、夜に効くのはどの薬? ぼくたちのパートナーにピッタリの薬が欲しいんだけど」
ソルジャーが教頭先生の腕に抱き付き、会長さんを振り返ります。会長さんは棚の影に隠れ、教頭先生は真っ赤な顔で額の汗を拭うばかり。店主は主導権はソルジャーにあると見切ったらしく、あれこれ説明したり怪しげな干物を持ち出してきたり…。オーダーメイドの薬が出来上がる頃にはソルジャーはすっかり通になってしまったようでした。
「お買い上げありがとうございました! また御贔屓に」
サービスです、と教頭先生にスッポンドリンクを差し出す店主。教頭先生がカードで支払った額は先日のスッポン料理の二人前を軽く超えていました。それでたったの二百グラムというのは驚きですが、分量にすれば三ヶ月分になるのだとか。薬の瓶はソルジャーが受け取り、私たちは再び瞬間移動で会長さんのマンションに戻りました。

「まったく…。ぼくまでハーレイの相手だってことにされちゃうなんて! 店主の記憶は操作したからいいけどさ」
ブツブツと文句を呟く会長さん。その横から更に恨みがましい低い声が…。
「それを言うなら私の方だ。バカ高い薬を買わされた上に、妙な誤解を受けたんだぞ!」
「えっ? …ハーレイ、まだいたの?」
「お前が連れて来たんだろうが! 私は瞬間移動は出来ん!」
「家に帰したつもりだったんだけど…。ごめん、間違えちゃったみたいだ。さっきは支払いありがとう」
じゃあね、と会長さんがサイオンを発現させようとするよりも早く、ソルジャーが口を開きました。
「ぼくがハーレイを呼んだんだ。…ちょっと実験してみたくって」
「「「実験?」」」
不穏な響きに全員がソルジャーを眺めると…ソルジャーの手には小さなスプーンが。さっきのお店で貰っているのは見ていましたが…。
「ほら、ハーレイ。一回分はスプーン一杯だってさ。でね…」
これを飲んで、とソルジャーが水の入ったコップを教頭先生に渡します。教頭先生がコップを傾け、次の瞬間、ウッと呻いて。
「ブルー! …いえ、ソルジャー……まさか今のは…」
「うん。水を飲み込むタイミングで薬を放り込んだけど? もっと警戒するかと思ったのに」
ソルジャーは指を折って薬の原料を数えました。
「えっとね、マムシの他にコブラもお薦めですって言っていたから、蛇が二種類。違った、ハブも入れたんだった。それから海馬に鹿の角に…。オットセイも入れて貰ったし、とにかく抜群に訊く筈で…。どう、ハーレイ? アヤシイ気分になってきた?」
ソルジャーが話している間に教頭先生の息が荒くなり、「ちょっと…」と席を外そうとしたのですが。
「待って、ハーレイ。責任はぼくが取ってあげるよ。…実験だなんて言ってたけれど、薬を買ってもらったお礼がしたくて…」
高かったしね、とソルジャーは教頭先生にすり寄ります。
「ブルー、君のベッドを借りるよ。ついでに君のハーレイもね」
「えぇっ!?」
会長さんが叫んだ時には二人の姿はありませんでした。更にシールドを張られたらしく、会長さんは瞬間移動で追いかける代わりに廊下を走って行ったのですが…。
「ダメだ、扉が開かない」
寝室の扉を何度も叩いた末に、会長さんはペタリと座り込みました。
「ぶるぅと一緒にシールドを破ればいいんじゃないですか?」
シロエ君が提案しても会長さんは首を横に振って。
「…中の状況が状況だからね…。ぶるぅを巻き込みたくはないんだよ。でもジョミーにはまだ無理か…」
「ごめん。ぼく、サイオンは全然使えないんだ」
ジョミー君が項垂れ、キース君が。
「そうだ、あっちの世界のぶるぅはどうだ? あいつは妙にマセたガキだし、ちょっとやそっとじゃ驚かんだろう」
それを聞いた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は急いで「ぶるぅ」と連絡を取っていたようですが…。
「うん、ぶるぅに聞いたらオッケーだって! すぐに送ってくれるらしいよ」
「「「送る?」」」
それは何かが違うんじゃあ…と思う間も無く、青い光が廊下に溢れて。
「ソルジャーがどうかなさったのですか!?」
「「「キャプテン!?」」」
立っていたのは「ぶるぅ」ではなく、船長服のキャプテンでした。扉の向こうではソルジャーが精力剤を飲んだ教頭先生の相手をしているというのに、そこへキャプテンが来るなんて…。ひょっとしてこれは修羅場ですか? 血の雨が降ったりしちゃうんですか~!?

とんでもない事態に震え上がった私たちでしたが、思念で詳細を知らされたキャプテンは至って冷静でした。扉は開かないままだというのに、落ち着いた口調で会長さんに。
「ここで騒いでいても無駄ではないかと思います。…ソルジャーは頑固な方ですから」
「じゃあ、どうしろと? 放っておいてお茶でも飲んでいろと?」
「それが最善だと思われますが」
「君は耐えられるのか、この状況に!?」
キャプテンは「はい」と静かに頷きました。
「ソルジャーが良しとなさったのなら私は何も言えません。…自分に嫉妬するのは不毛だと以前に申し上げたのですが、お聞き入れ頂けなかった…。それだけのことです」
凄いです、キャプテン! 目と鼻の先で浮気をされているのに許せるなんて…。それともヘタレゆえなのでしょうか? 恋人の浮気を止められないのは自分の甲斐性が足りないからだとキッチリ自覚してるとか? と、そこでカチャリと扉が開いて…。
「…ハーレイ?」
バスローブを羽織ったソルジャーが顔を覗かせ、キャプテンの身体が硬直します。
「お前がいるとは思わなかった。…なんで浮気がバレたんだろう?」
「…そ、ソルジャー…。や、やはり……やはりこちらの……」
さっきまでの威厳は吹っ飛び、憐れなほどにうろたえるキャプテン。ソルジャーはクスクスと笑いながら廊下へ出てきて胸元を緩めて見せました。
「ご覧、ハーレイ。…ほら、痕ひとつ無いだろう?」
「あ、あの……」
「今回も呆気なく轟沈したよ。ぼくの胸に鼻血を垂らしただけで、ね。…鼻血を洗い流すためにシャワーを浴びた。バスローブは置いてあったから借りた。…他に訊きたいことはある?」
事情は知ってるみたいだね、と微笑んだソルジャーはスッと寝室に姿を消すとソルジャー服に着替えて戻って来て。
「こっちのハーレイはお昼寝中だ。リビングに行こうか、戦利品を見せたいし」
「戦利品?」
「お前が呼ばれた原因の薬。まだ実物は見てないだろう?」
先頭に立って歩くソルジャーは楽しそうでした。教頭先生がアッサリ失神してしまうことを見越して寝室を占拠したのでしょうか? わざわざシールドまで張っていたのは私たちを騙すため…?
「決まってるじゃないか」
リビングに戻って会長さんに問われたソルジャーは悪戯っぽい笑みを浮かべました。
「君たちは…少なくともブルーは、ハーレイの生態を熟知してると思ったけどね。いくら薬を飲ませたからって、ヘタレが治るわけではないよ。身体の方は凄かったけれど、それだけさ。パワーに気持ちが追い付いてない。獣になるには百年早いっていうところかな」
「……獣…ですか」
呆れたように言うキャプテンの目の前にソルジャーが薬の瓶を突き出して。
「そう、獣。お前ならこれで獣になれると思うんだ。スッポンにマムシ、コブラにハブに…他にも色々。スッポン料理なんか目じゃないってさ。こっちのハーレイは高いお金を払ってくれたし、お礼に付き合ってあげたんだけど…失神されちゃ興醒めだよね。続きはお前にお願いしよう」
「は?」
「ほら、水だ。飲んで」
あ。このパターンはついさっきの…! キャプテンは見事に引っ掛かり、口の中に広がった異様な味に目を見開きましたが手遅れです。ソルジャーは喉の奥でクッと笑って。
「それが獣になる薬だよ。さあ、帰って青の間で楽しもうか。…ぼくが二人いたって頑張れるほどのパワー溢れる薬なんだ。そう言って作って貰ったんだし」
「…ソルジャー…!」
「そんな情けない声を出さない。薬はたっぷり買ってきたから、目標はヌカロクで行ってみようか。サービスにスッポンドリンクも貰ったしさ」
ソルジャーはキャプテンの腕をグイと掴んで青いサイオンを迸らせます。
「じゃあね、また近いうちに遊びに来るよ。君たちのハーレイの後はよろしく」
目指せヌカロク! という声を残してソルジャーはキャプテンと共に消え失せました。修羅場は回避できましたけど、教頭先生の方はどうしたら…?

ソルジャーたちが帰った後、会長さんはリビングのソファで頭を抱えたままでした。教頭先生を強制送還するんだったら、早い方がいいと思うのですが…。失神している間に家へ送れば完了です。意識が戻ると話が何かとややこしそうで…。
「おい、いい加減に放り出さないと教頭先生が目を覚ますぞ」
キース君が会長さんの肩を揺さぶります。
「…そうだね…」
「そうだね、って…。目を覚まされたら厄介だろうが! それとも薬はもう切れたのか?」
「…切れてない…」
なんとも頼りない様子ですけど、こんなことをしていていいのでしょうか? さっきの薬が効いてるんなら、さっさとお帰り願った方が…。
「ブルー、とことん遊んでいっちゃったんだ」
深い深い溜息をついて会長さんが顔を上げました。
「「「は?」」」
「ハーレイをぼくの寝室に引っ張り込んで、すっかり脱がせてしまったんだよ。それから二人でぼくのベッドに…。シールドされてたから現場を見ていたわけじゃないけど、今の状況を見てみれば分かる。ぼくのベッドに…何も着てないハーレイが…。あんなモノ、瞬間移動をさせるのもイヤだ」
「「「………」」」
スッポンポンの教頭先生。それは確かに関わりたくないかもしれません。瞬間移動は便利ですけど、いくら手を触れずに移動可能であっても『移動させたい』と念じなければ動かせませんし、そうする為には対象物を把握しておく必要が…。
「ハーレイにお洋服を着せればいいの?」
ツンツン、と会長さんの袖を引っ張ったのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ぼく、お洋服、着せてもいいよ? パンツを履かせて、それからシャツも…」
健気に言った「そるじゃぁ・ぶるぅ」を会長さんは驚いた顔でじっと見つめていましたが…。
「そうか、その手があったんだ! 着せられないなら着せればいいんだ」
さもいいことを思い付いた、とばかりに手を打ち合わせる会長さん。
「ありがとう、ぶるぅ。着せてしまえばいいんだよね。ぼくのベッドを使われたのも頭にくるし、けじめをつけて貰おうか。…ハーレイが気付くまでにはしばらくかかる。その間に…」
会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」の耳に何やらゴニョゴニョと囁きます。
「………。というわけだけど、頼めるかい?」
「うん! すぐに帰ってくるからね~!」
かみお~ん♪ と雄叫びを上げて「そるじゃぁ・ぶるぅ」が出かけて行きました。おつかい、おつかい…と楽しそうに飛び跳ねながら。おつかいって何? それに何処へ?

リボンでラッピングされた箱を抱えた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が戻ってきたのは、それからすぐのことでした。会長さんは満足そうに頷き、箱のオマケのメッセージカードに何やらサラサラと書き込むと…。
「ぶるぅ、これをベッドの横に置いてきて。それからね…」
またゴニョゴニョと囁いています。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は素直に頷き、箱を抱えて出て行って…。戻ってきた後は早めの夕食。手際よく作ってくれたカレードリアは冷凍してあったカレーを使ったらしいのですが、そうは思えない出来栄えです。ダイニングで美味しく食べていると、会長さんが人差し指を唇に当てて。
「シッ! …ハーレイが目を覚ました。みんな静かに」
「「「???」」」
「いいから黙って静かにしてて。すぐに分かる」
音をさせてはいけないよ、と言われて食事の手を止める私たち。もちろん会長さんもです。やがて扉がガチャリと開いて…。
「ブルー!!」
飛び込んできた教頭先生を見た私たちは石化しました。瞬間的に意識を失ったかもしれません。それは教頭先生も同じだったらしく、ダイニングに入ってすぐの所で見事に石像と化していますが、その姿は…。
「うん、なかなかにいい出来だ。ぶるぅ、いいのを選んできたね」
「ほんと? ピンク色のもあったんだけど、ブルーが白って言ったから…」
「こういうのは白が王道なのさ。それにピンクはハーレイじゃ似合わないんだよ。肌の色が濃すぎるから」
「あっ、そうか! ピンクよりも白がいいんだね」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の声がとても遠くで聞こえます。頭も視覚も衝撃から立ち直っていないのでしょう。教頭先生が着けているのはフリルひらひらのエプロンでした。しかも…それだけ。エプロンから覗く手にも足にも、布は欠片も見当たりません。これって…もしや噂に聞く…。
「どうだい、ハーレイ? 裸エプロンの感想は」
とんでもない単語を口にしたのは会長さん。ああぁ、やっぱり裸エプロン…! それじゃエプロンの下は完璧に裸? 紅白縞のトランクスも無し?
「……ブルー……」
教頭先生の肩がブルブル震えています。会長さんはクスクスと笑い、手にしたスプーンで扉を示して。
「カードはちゃんと読んだよね? ベッドメイクを宜しく頼むよ。ブルーとベッドで楽しんだろう? そんなシーツで寝るのは嫌だし、新しいのと取り換えて。やり方は去年、お手伝い券で家政婦をしたから知ってる筈だ。…終わったら此処へ報告に」
「この格好でしろと言うのか!?」
「うん。ぼくのベッドで裸で昼寝した罰だ。終わるまで服は預かっておく」
「…………」
なんだか凄いことになったようです。教頭先生は全身を真っ赤に染めてジリジリと後ろに下がりましたが…。
「その不自然さはいただけないな。ちゃんと回れ右してくれないと。さあ、聞こえたんなら回れ右! そして出て行く!」
気の毒な教頭先生はクルリと反対を向きました。逞しい腰に蝶々結び。その下には…むき出しのお尻。あぁっ、凄いものを見ちゃったかも~! バタンと扉が閉まった後も私たちは固まったままでした。
「ふふ、裸エプロン、素敵だろう? 例の薬は効いてるけれど、もうそれどころじゃないだろうね。フリルでカバーするまでもなく萎萎さ。ベッドメイク完了の報告に来たら家に帰すし、薬の効果は一人でじっくり…。ぼくの水着アルバムで存分に盛り上がれるよ」
服はぶるぅが隠したんだ、と楽しげに笑う会長さん。教頭先生ったら、スッポン料理の代金を毟られ、スッポン配合の漢方薬代を毟られ、ついに服まで毟られて…スッポンポンでエプロン一枚。あまりにも可哀想とは思いますけど…思いますけど、どうしても…。
「「「ぎゃははははは!!!」」」
笑い声がダイニングに響き渡りました。誰もがお腹を抱えて笑っています。教頭先生、こんなギャラリーが注視する中、戻ってくる勇気があるのでしょうか? 戻れなければ裸エプロン、戻れば笑いの渦の中。そんなこととは知らないソルジャー、今頃はきっとキャプテンと…。ところでヌカロクって何なのでしょう? 教頭先生が無事にエプロンとお別れできたら、会長さんに訊いてみようかな…?




三日間の中間試験が終わり、シャングリラ学園は開放感に溢れていました。1年A組のみんなも会長さんにお礼を言って元気に教室を飛び出してゆきます。そんな中、私たち特別生七人組は会長さんより少し遅れて、いつもの「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ。
「かみお~ん♪ いらっしゃい! ブルーも来たよ」
嬉しそうに出迎えてくれた「そるじゃぁ・ぶるぅ」の左右に会長さんが一人ずつ。つまり、どちらかがソルジャーです。わざわざ同じ制服を着なくっても…。
「こんにちは。ハーレイは後から来ることになっているんだ」
そう言ったのがソルジャーみたいですけど、どうやって見分ければいいんでしょう?
「ごめん、ごめん。やっぱり区別がつかないんだね」
「君が制服を着たがるから! 今日は入れ替わりをするんじゃないし、もっと普通の…」
着替えを勧める会長さんにソルジャーは「嫌だ」と即答して。
「試験の打ち上げパーティーなんだし、制服でなくちゃ楽しくないよ。見分けがつかないって言うんだったら、キースが付けてるヤツはどうかな」
「俺?」
首を傾げるキース君。キース君って、何か付けてましたっけ?
「それだよ、左手首のヤツ。…なんて言ったかな、よく触っているよね」
「ああ、数珠か。俺も一応、坊主だからな」
「それそれ! 数珠レットって言うんだっけ? ブルーがそれを付ければいい。お坊さんだし、持ってないことはないんだろう?」
会長さんに…数珠レット。なんとも凄い提案ですが、高僧なのは事実ですから案外それでいいのかも…。けれど会長さんは首を縦には振りませんでした。
「ダメだね、数珠は神聖なものなんだ。ぼくはこれからハーレイのお金を毟りに行くんだよ? 色仕掛けで。これは仏様の教えに背くし、そういう時に数珠を付けるのは御免だな。…それより君が校章を外したまえ。一目で見分けがつくようになるよ」
「ちぇっ…。これも結構気に入ってるのに」
残念そうに襟の校章を外すソルジャー。あちらの世界では同じ紋章がミュウの紋章になっているそうです。ともあれ、これで会長さんとソルジャーの見分けは心配無用。お昼御飯のキノコのパスタを食べながら、ソルジャーは嬉々として語り出しました。
「ハーレイには何を食べるのか話してないんだ。時間になったら呼ぶからね、とだけ言ってきた。来てのお楽しみっていうヤツさ」
「…君の世界のハーレイはスッポンを知っているのかい?」
会長さんの問いに、ソルジャーはクスッと笑って。
「知らないことはないと思うよ。ヘタレだけど年は食ってるんだし、キャプテンを務めるからには知識も色々必要になる。ぼくの前では黙ってるだけで、多分ムッツリスケベだね」
色々と雑誌も渡しているし、とソルジャーは自信満々でした。脱・マンネリとか色々な特集があるようですけど、いったい何の雑誌なんだか…。

昼食の後はのんびりしてから教頭室へ出発です。私たちもお供するんだと思っていたのに、会長さんは。
「君たちとブルーは隠れていたまえ。でないと効果がイマイチだ」
色仕掛けにはサシでないと、と指示されたのは『見えないギャラリー』。シールドに入って見物をするパターンです。ソルジャーもシールドから出ないようにとキッチリ釘を刺されました。
「調子に乗って出てきたりしたら、スッポンを食べさせてあげないからね。財布はぼくが握ってるんだ。…ノルディに頼めば食べられるだろうけど、君のハーレイの分は断られるよ」
「そうだろうね…」
大人しくする、とソルジャーは神妙な顔で約束します。エロドクターにスクール水着を買わせたソルジャーですが、恋人と一緒の食事のスポンサーにエロドクターが不向きなことは流石に分かっているようでした。
「じゃあ、行こうか。ぶるぅ、シールドをお願いするよ」
「オッケー!!」
小さな身体から青いサイオンが迸り、私たちはたちまちシールドの中。ソルジャーも一緒に入っています。
「ぼくは信用されていないし、シールドはぶるぅに任せておくよ」
「いい心掛けだ。キース、もしもブルーがおかしな真似をしそうだったら…」
「技をかければいいんだな。シロエ、マツカ、お前たちもブルーに気をつけろよ」
「「はいっ!!」」
監視役の手配を終えた会長さんは壁を通り抜け、本館の方へと歩き出します。何人かの生徒と擦れ違いましたが、誰も私たちには気付きません。会長さんが一人で歩いているように見えるのでしょう。本館に入るとソルジャーが…。
『ブルー、上手にやるんだよ。練習した通りに、色っぽくね』
『分かってるさ! でも割り込みはお断りだよ』
思念を交わした会長さんは階段を昇り、教頭室の重厚な扉をノックしました。
「失礼します」
カチャリと扉が開き、素早く滑り込む私たちとソルジャー。そんなオマケがいるとも知らず、教頭先生は笑顔でした。
「おお、今日は一人で来てくれたのか。…それだけで幸せな気分になるな」
羽根ペンを置き、机の引き出しから熨斗袋を出して会長さんを手招きします。
「お前一人だと言ってくれれば、菓子くらい用意したんだが…。まあ、その分は打ち上げで楽しんでくれ。足りなかったら私の名前でツケればいいぞ」
「ありがとう。…でも…」
「なんだ? 何か気になることでも?」
教頭先生は近付いてきた会長さんの意図に全く気付きません。人の好い笑みを浮かべた瞬間、会長さんが教頭先生に抱きつきました。
「ブルー!?」
驚き慌てる教頭先生の耳元で、会長さんは熱い吐息と共に…。
「……欲しいんだ、ハーレイ……」
「…ブルー……?」
教頭先生の顔がみるみる赤くなります。ソルジャーに猛特訓された会長さんの悩ましい台詞にハートを直撃されたのでしょう。ギュッとしがみつく会長さんをどう扱えばいいのか分からず、教頭先生はパニックです。
「は、離れなさい、ブルー! こんな所を誰かに見られたら…」
「…欲しいって…言ってるのに……」
この一言で教頭先生の理性は焼き切れたらしく。
「ブルー…!」
思い切り会長さんを抱き締め返すと、上ずった声で言いました。
「…分かった…。本当にいいんだな? だが、ここはまずい。隣の部屋へ…」
仮眠室に連れ込もうとして会長さんを抱き上げます。この展開はヤバイのでは…、と青ざめる私たちを他所に、会長さんは教頭先生の胸に身体を擦り寄せて。
「…もっと…もっと、欲しいよ……ハーレイ…」
甘い声音に唾を飲み込む教頭先生。会長さんの右手がスルリと教頭先生の懐に滑り込み、教頭先生は感極まったように。
「ああ、ブルー…。私も…ずっとお前が欲しかった…」
教頭先生がキスをしようと唇を重ねかけた時、会長さんは突然クスクス笑い出しました。
「…ブルー!?」
急な展開についていけない教頭先生の腕を振り解いた会長さんが床にストンと降り立ちます。
「ふふ、お財布ゲット」
「!!?」
会長さんの手には、教頭先生の懐から抜き取ったらしいお財布が…。おねだりどころか強奪ですか~!

「悪いね、ハーレイ。…欲しかったのはこれなんだ」
硬直している教頭先生の前で会長さんは財布を開き、お札を全て引っ張り出します。熨斗袋も開け、合わせたお金を何度か数えて満足そうに頷くと…。
「ありがとう。これだけあれば足りると思う。足りなかったらツケておくよ」
「……足りない…って…」
ようやく我に返った教頭先生が掠れた声を上げました。
「いったい何をする気なんだ? 打ち上げパーティーじゃなかったのか…?」
「打ち上げだよ? 今回はゴージャスだから、一人前がね…」
会長さんが告げた数字に愕然とする教頭先生。
「ブルー…。その値段はちょっと高すぎないか? お前とぶるぅはともかく、他の子たちは…」
「今日はブルーも来るんだよ。ソルジャーとして頑張っているブルーをもてなすからには、高くつくのは仕方ないよね」
「………。そうか、ブルーか…。だが、どうして私が支払わなければいけないんだ?」
「だって打ち上げパーティーだし! いつも払ってくれるじゃないか。高すぎるのは分かっているよ。だからサービスしてあげたんだ。…いい夢を見られたと思うんだけど」
ねえ? と妖しい笑みを浮かべる会長さんに、教頭先生はアッと息を飲んで。
「…さっきの……アレか…? あれがお前のサービス…なのか…?」
「うん。盛大に勘違いしただろう? 欲しかったものはお金だけれど、そうは聞こえなかったよね。もう一回言ってあげようか? 欲しいんだ……ハーレイ…」
教頭先生は短く呻いてティッシュで鼻を押さえました。ソルジャー直伝の声と視線のダブルパンチで、耳の先まで真っ赤です。
「ほら、やっぱり声だけで十分じゃないか。今日のサービスはこれでおしまい。じゃ、有難く貰っていくからね」
「待ってくれ、ブルー! 給料日までどうやって暮らせばいいんだ!」
「…お金ならたっぷり持ってるくせに」
会長さんの視線はとても冷たいものでした。
「薄給なのは知ってるよ。…でも、それは教頭としての給料で…。シャングリラ号のキャプテンの方は相当な高給取りだろう? 全額貯金してるんだっけね。…ぼくと一緒に暮らす日のために手をつけないでいるんだっけ…? あれを使えばいいじゃないか」
ぼくは全然気にしないから、と言い放った会長さんは空の財布を指差して。
「そこにカードが入ってたよね。それで引き出せば済むことさ。…嫌だと言うなら耐乏生活。米と味噌だけで頑張ればいい。マザー農場に行けばクズ野菜とかが貰えるし」
「…お前のために貯めている金を使うわけには…」
「ぼくがいいって言ってるのに? じゃあ仕方ないね。学食のパンの耳とかもフル活用だ。…大丈夫、ハーレイなら乗り切れると信じているよ。期末試験の打ち上げパーティーも期待してるから」
情け容赦のない言葉を投げつけ、会長さんは教頭室を出てゆきました。私たちも後に続きます。気の毒な教頭先生は空になった財布を手にして溜息をつくばかりでした。

会長さんの『おねだり作戦』は見事成功。毟ってきたお金は十分な額がありそうです。教頭先生のことは心配ですが、貯金を沢山持っているなら安心かな? ジョミー君もそう考えたらしく、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に着くなり、会長さんに質問しました。
「教頭先生って、お金持ちなの? キャプテンのお給料ってそんなに凄いの?」
「…そうだねぇ…。その気になればノルディなんかより、いい生活が出来るかも…。でもハーレイは庶民派だ。ぼくと結婚しても、贅沢したいって言わない限りは今の生活を変えないだろう。あの家でぼくとぶるぅと三人で幸せに暮らすのが夢だっていう男だからさ」
「いっそパーッと使わせちゃえば?」
恐ろしいことを口にしたのはソルジャーでした。
「君のために貯めているんだろう? 結婚をちらつかせれば派手に散財しそうじゃないか」
「それは確かにそうだけど…。いくらぼくでも結婚詐欺はやりたくないよ。勝手に貢いでくれるんだったら大歓迎だし、毟り取るのも大好きだけどね。…どうやらハーレイ、米と味噌だけで頑張る決意をしたようだ。まあ、いざとなったら見かねた誰かがサポートするさ」
夕飯を御馳走するとか、お惣菜のお裾分けとか…、と会長さんは笑っています。教頭先生、涙ぐましい努力を重ねて貯金をしても、会長さんが相手じゃ永遠に報われないような気が…。けれどソルジャーはそうは思ってないらしく。
「さっきの演技はなかなかだったよ。君のハーレイもすっかりその気になってたし…。抱き上げられて熱い瞳で見つめられたら、君も乗り気にならなかった? あのままベッドに行ってもいい…って」
「冗談! そんなのお断りだよ」
「…そうかなぁ…。あの状況で財布だけ抜き取っておしまいなんて、ぼくなら物足りないけどね。せめてキスくらいはしておかないと」
「ぼくは君とは違うんだってば!」
会長さんとソルジャーは不毛な言い争いを始めました。この二人の恋愛観も交わることは無さそうです。そして決着がつかないままに打ち上げパーティーへ出発する時間になって、会長さんが。
「いいかい、これはブルーの頼みなんだけど…。今日の料理がスッポンだってこと、ぼくとブルーが口にするまで言わずに黙っていて欲しい。あっちの世界のハーレイへのサプライズにしたいらしいんだ」
「そうなんだよね。スッポンだって知らずに食べて、後になってから分かった方が素敵じゃないかと思ってさ」
「「「素敵…?」」」
「そう、素敵。…有難味がグッと増しそうだろう? それにスッポンだと分かっちゃったら、食べてくれない可能性も…」
伝説の精力剤の材料だから、と笑うソルジャー。
「ぼくのハーレイはヘタレだしね。君たちの前でスッポンを食べろと言ったら逃げ出しそうだ」
うーん、確かにそれはそうかも。スッポン料理は私たちの世界では単なる高級料理ですけど、それを知らないキャプテンにすれば、とんでもない料理かもしれません。…ここはソルジャーに任せましょうか。

予約していたスッポン料理専門店は高級なお店が軒を連ねるパルテノンの一角でした。タクシーに分乗して行き、お店の表でキャプテンを呼び寄せるという手筈です。瓜二つの会長さんとソルジャー、それに教頭先生そっくりのキャプテンという面子なだけに、目立たないようシールドを張っておくのだとか。
「今、展開しているシールドはね…」
お店の前に並んだ私たちに会長さんが説明しました。
「ぼくたちへの注意を逸らす効果があるんだよ。人が集まってるのは分かるけれども、それが誰かは気にならない。同じ顔が二人いるとか、いきなり一人増えたとか…。細かいことに気付かないよう、情報を撹乱してるのさ」
「…そんなこともできるのか…」
感心しているキース君。そこへサイオンの青い光が走って、制服姿のソルジャーの隣に、船長服のキャプテンが…。
「ほら、ハーレイ。挨拶を」
「これは…。御無沙汰しております」
キャプテンが笑顔で右手を差し出します。いつぞやのスクール水着騒動の時に会ってはいますが、話をする余裕はありませんでした。豚かつパフェという恐ろしいモノがキャプテンを待ち受けていたのですから。…それを食べさせた張本人のソルジャーはニコニコとして。
「今日はゲテモノじゃなくて、ちゃんと普通の料理だよ。とても美味しいらしいんだ」
「…らしい、とは…。召し上がられたことはないのですか?」
「実はぼくも初めてでね。でも、ブルーとぶるぅは何度も食べているんだってさ」
それを聞いたキャプテンの視線が会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に向けられます。
「かみお~ん♪ ぼく、このお店、大好きだよ! ホントのホントに美味しいんだから!」
「ぼくも好きだな。きっと君たちも気に入ると思う。…それじゃ、入ろうか」
いかにも老舗らしい暖簾をくぐって会長さんが入ってゆきます。私たちはビクビクですが、会長さんは平気そう。年のせいかとも思いましたけど、マツカ君もビクビクしてはいませんし…やっぱり馴れの問題でしょうか。案内されたのは畳敷きの重厚なお座敷でした。みんなの席が決まった所で会長さんが仲居さんに。
「…食事の後で持ってきて欲しいものがあるんだけれど…」
いいかな? と何やら小声で囁いています。サイオンでシールドされていたのか、私たちには全く聞こえませんでした。仲居さんが出て行った後、ソルジャーも不思議そうに首を傾げて。
「何を頼んでいたんだい? ちょっと聞こえなかったんだけど」
「ほら、君が見たいって言ってたヤツ」
「…ああ、あれね。で、見られそうかい?」
「大丈夫だって。楽しみにしてて」
双子みたいな会長さんとソルジャーは顔を見合わせてクスクス笑っています。食事の後に何が起こると…? 私たちやキャプテンが尋ねても二人は答えず、そのまま食事が始まりました。

一番最初に運ばれてきたのは綺麗なグラスに入った赤いジュース。会長さんの瞳みたいに真っ赤です。でも飲んでみるとリンゴ風味の果汁でした。美味しいね、とジョミー君が喉を鳴らしています。甘いものが苦手だというキャプテンも、このジュースの味は気に入ったようで…。
「リンゴのような味がしますが、リンゴそのものではないようですね。地球にしかない果物でしょうか?」
「そういうわけではないんだけれど…。地球にしかない、という点に関しては正しいかな」
意味深な笑みを浮かべる会長さん。赤いジュースの正体は、献立が出ていない為に私たちにも分かりません。前に教頭先生がパルテノンの料亭でゼル先生とヒルマン先生に絞られるのを見に行った時は献立がちゃんと出ていたのですが、ここのお店は出さない主義かも?
「違うよ」
私の思考が零れ出したのか、会長さんが口を開きました。
「普通なら献立は出るんだけれど、今日はサプライズだからね。…献立は食事の後で持ってきてくれる。そう言って予約しておいたから」
なるほど…、と頷く私たち。献立にはスッポンの文字がある筈ですし、料理の正体がキャプテンにバレてしまいます。お店の暖簾には屋号しか書かれておらず、キャプテンはスッポン料理専門店だと気付いていません。ソルジャーに『地球の伝統あるコース料理』が食べられる店だと説明されて、部屋の構造を興味深そうに眺めているだけです。
「伝統建築というヤツですか…? 私たちの世界では失われてしまったものですね」
「面白いだろう、ハーレイ。だからこの店を選んだんだよ。ぼくたちの世界にも遥か昔はこういう建物があったらしいとヒルマンに聞いた。…人類がまだ地球にいた頃」
その地球にいた幻の生き物、スッポンを食べに来ていることをソルジャーはしっかり黙っています。次に運ばれてきた唐揚げは、どうやらスッポンのようですが…。
「これ、ニンニクを絡ませてあるから美味しいんだよ」
大好きなんだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が嬉しそうに頬張り、ソルジャーとキャプテンも満足そう。その次がメインのお鍋です。一人用の土鍋にグツグツとスープが煮えたぎり、一口大に切ったお肉がたっぷりと…。火傷しそうに熱々のスッポン鍋は凄い値段がするだけあって絶品でした。
「本当に美味しい料理ですね」
感心したように呟くキャプテン。
「何の肉が入っているのでしょう? 牛や豚ではないようですし、魚でもないようですが…」
「地球でしか獲れない貴重な肉を使ってるんだ。ぼくたちの世界では食べられないよ」
「そんな貴重なものなのですか? では味わって食べないと…」
キャプテンは何度も「美味しいです」と繰り返しながらスッポン鍋を完食しました。お鍋の次はスッポンのスープを使った雑炊です。これがまた深いお味で、ソルジャーもキャプテンも大満足。もちろん私たちも舌鼓を打ち、雑炊の後はお漬物と果物が出て…会長さんがソルジャーに。
「どうだった、ブルー? 君が食べたかった料理の味は」
「最高だよ。ハーレイも気に入ってくれたようだし、機会があったらまた食べたいな」
「それもいいかもしれないね。…献立は記念に持って帰るだろう?」
「もちろん。ぼくも正式な料理の名前を知りたいし」
そこへ仲居さんが献立を持ってきてくれたのを、会長さんが受け取って皆に配って回ります。でもキャプテンの分だけは…。
「はい、ブルー。君とハーレイの分」
ソルジャーが纏めて貰ってしまい、キャプテンは見事に蚊帳の外。何処までスッポンを伏せる気だろう、と思いつつ献立を見た私たちは…。
「「「生き血!?」」」
赤いジュースの正体は、スッポンの生き血にリンゴジュースを混ぜたものでした。と、とんでもないモノを飲んじゃったかも~!

スッポンの生き血をジュースと信じて飲んだ私たちは上を下への大騒ぎ。まだスッポンだとは明かせないので「ビックリした」とか「飲んじゃった」とか、そういうことしか言えないのですが…キャプテンの耳には十分に届いていたらしく。
「生き血…ですって…? ブルー、さっきのジュースのことですか…?」
「うん。実はそうなんだ」
献立を隠すようにしながら答えるソルジャー。まだスッポンとは言いません。
「生き血とは穏やかではありませんね。いったい何の生き血だったと…?」
「もうすぐ分かる。ブルーが頼んでくれていたから」
ソルジャーがそう言った時、「失礼いたします」と男性の声がして、襖がカラリと開きました。板場の白い服と帽子を着けた若い男性が正座しています。その隣には大きな木桶が一つ。
「ご注文の品をお持ちしましたが、どちらに置かせて頂きましょうか?」
会長さんが頷き、床の間の方を指差して。
「そうだね…。あっちの隅に置いて貰おうかな」
「かしこまりました」
男性は木桶を重そうに床の間に近い隅っこに置くと、一礼して去ってゆきました。桶の中にはいったい何が…?
「気になるんなら覗くといいよ。ブルーが見たがっていたものだけど、君たちが見てもいいだろう」
会長さんが言い、早速ソルジャーが見に行きます。パシャン、と小さな水音がして…。
「凄いよ、ハーレイ! ぼくたち、これを食べたんだ。献立に書いてあるだろう?」
見においで、と招くソルジャーの手から献立が一枚、キャプテンの前へと飛んで行って…。
「スッポンですって!?」
驚いたキャプテンが桶に近付き、覗き込みます。私たちも覗きましたが、そこには生きたスッポンが…。キャプテンは目を白黒とさせ、桶の中身を見下ろして。
「スッポン…ですか…。この亀が…?」
「間違いない。ライブラリで見たデータと同じだ。ハーレイも知っているだろう? 伝説の薬の材料だよ」
「それは…存じておりますが…。あのスッポンを…食べてしまった…と…」
キャプテンは真っ赤になって私たちをグルリと見回します。
「ブルー、あなたは…何を思ってスッポンなんかを!」
途端に青い光が走り、キャプテンの姿は消えていました。ソルジャーがフゥと溜息をついて。
「危ない、危ない。小さな子供も聞いているのに、凄いことを叫ばれる所だった。…楽しい夜になりそうだから、ぼくも失礼しようかな」
「ブルー!!」
会長さんが叫ぶよりも早く、ソルジャーは制服からソルジャー服に着替えて青いサイオンの光に包まれてゆき、残された思念が伝わってきます。
『また報告がてら遊びに来るよ。土曜日のお昼頃、みんなでブルーの家に来て』
ええっ? いきなり報告会? それも強制参加ですか…?
「なんだか嫌な予感がする…」
報告だけで済めばいいけど、と呟いている会長さん。ソルジャーの惚気を聞かされるのは確実です。しかも十八歳未満お断りな話をたっぷりと…。これはスッポンの祟りですか? 生き血を飲んだせいで呪われましたか~?




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