シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
会長さんのマンションに来てから早くも二時間。陽が暮れてきたというのに、エロドクターと一緒に消えてしまったソルジャーの行方は杳として知れませんでした。最初の内はショックで呆然としていた会長さんも、流石に普段の調子を取り戻して不機嫌そうに時計を気にしています。
「…ぶるぅ、ブルーはまだ何も言ってこないのかい?」
「うん。ハーレイに帰りは遅くなるよ、って言っていたから、まだまだ平気じゃないのかなぁ?」
のんびりとした声で答える「ぶるぅ」。
「晩御飯、御馳走してくれるんでしょ? ぼく、楽しみにしてるんだ」
「……晩御飯ね……」
会長さんはフゥと溜息をつき、リビングで「ぶるぅ」や「そるじゃぁ・ぶるぅ」とトランプをしていた私たちに向かって尋ねました。
「せっかく君たちも来てくれたんだし、ゴージャスなのを御馳走したいところなんだけど…ゴージャスでなくてもかまわないかな? 思い切り普段通りでも?」
「「「え?」」」
普段通りの食事といっても「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作る食事はいつも美味しくて絶品です。わざわざ念を押されなくても、文句を言う人はいないでしょうに…。
「それがね…。本当に何の捻りもないメニューなんだ。ブルーが学食気分で食事したいって言ったから」
「なんで学食?」
ジョミー君の問いに会長さんは肩をすくめて。
「…こないだのゼル特製のせいさ。ブルー、けっこう気に入ったらしい。それで学食に興味が出てきて、学食の人気メニューを食べてみたいって言うんだよ。でも、ぼくと入れ替わるのはもう御免だし、ぶるぅにメニューだけ再現してもらって今日の夕食にしよう、って…」
「なんだ、学食の定食か」
キース君がニッと笑いました。
「同じ定食でも、ぶるぅが作れば味が違うかもしれないな。俺はそいつで構わないぜ」
「俺も! 急に押しかけてきちゃったんだし、御馳走なんてどうでもいいや」
それよりもブルーが心配だ、とサム君が会長さんを眺めます。この場合、ブルーというのはソルジャーでしょうか?
「ブルーのヤツ、いったい何処へ行ったんだろう? ブルーに迷惑かけたりしたら許さないぜ」
「無理無理、勝てっこありませんよ」
シロエ君がズバッとキツイ言葉を口にしました。
「言葉で敵う相手じゃないし、おまけにタイプ・ブルーなんです。殴りかかっても無駄ですってば。…それに、あなたは殴れるんですか? ブルーと同じ顔をした人を」
「…うう…。それは…。でも、本当にブルーを困らせたら…一発くらい…」
グッと拳を握るサム君に、会長さんが柔らかく微笑んで。
「その気持ちだけで嬉しいよ、サム。…だけどブルーを殴っちゃいけない。ぼくに弟子入りしたんだろう? 立派なお坊さんを目指すんだったら、暴力は控えた方がいい。慈悲の心は大切なんだ」
「…でも…」
「慈悲っていうのをひらたく言えば、いつくしみと思いやり。他の人に安らぎを与え、悩みや苦しみに同情して解決してあげようと努力するのが慈悲の実践。殴ったりしたら安らぎどころか、苦痛を与えてしまうだろう? だからブルーを殴るなんてことは仏様の教えに反するのさ」
暴力反対、と会長さんが言った時です。玄関のチャイムが鳴って、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が走って行って…。
「かみお~ん♪ お帰りなさい! みんなリビングで待ってるよ!」
「ただいま。…まだ門限ってわけじゃないよね?」
大きな花束を抱えたソルジャーはとても御機嫌でした。綺麗にラッピングされた真紅の薔薇の花束です。贈り主はどう考えてもエロドクターしかいないでしょうねぇ…。
「どう? 素敵な花束だろう。帰りに買ってくれたんだ。わざわざ花屋に寄ってくれてさ」
ドクターの車で送って貰って帰って来たというソルジャーは花束を大切そうにソファの一つに置きました。
「シャングリラでも花は栽培しているけれど、ハーレイは度胸が無いからね…。こんな花束、一度も貰ったことがない。ぼくにプレゼントするんだって言えば、好きなだけ切って貰えるだろうに」
「うん、ハーレイってヘタレだもんね」
相槌を打った「ぶるぅ」もおかしそうに笑っています。あちらのキャプテンはソルジャーと両想いですが、ヘタレは教頭先生の専売特許ではないようでした。会長さんは花束を不快そうに眺め、それからソルジャーに視線を移して。
「その紙袋は? それもノルディからのプレゼント?」
「これ? これはプレゼントとは違うんだ」
ソルジャーは提げていた紙袋を得意げに掲げて見せました。
「ぼくの労働の対価だよ。見る?」
ほら、と取り出して広げられたものは…。
「「「!!!」」」
私たちの目は点になってしまっていたと思います。ソルジャーが手にしているのは紺色の女子用スクール水着でした。ゼッケンこそついていませんけれど、シャングリラ学園指定の見慣れたヤツです。そう、この間、会長さんが教頭室で着ていた水着と同型の…。会長さんがワナワナと震えだし、信じられないといった表情で。
「…ブルー…。そ、それはいったい…」
「ん? 見てのとおりの水着だよ。ノルディに買って貰ったんだ」
「「「えぇっ!?」」」
私たちの声は完全に引っくり返ってしまいました。エロドクターが何故に水着を…。しかも労働の対価だなんて、ソルジャーは何をしてきたんですか! 会長さんの顔が引き攣る様子をソルジャーは面白そうに見ています。
「ノルディに買って貰ったっていうのがダメなのかい? でも、ぼくはこっちの世界で使えるお金を持っていないし…ブルーに買って貰おうとしたら使い道を言わなくちゃいけないし。使い道を言ったら絶対ダメだって断るだろう? ぼくのハーレイに水着姿を見せたいなんて、君は断るに決まってる」
「……見せるだけではないだろうしね……」
憮然として答える会長さんに、ソルジャーは喉の奥でクッと笑って。
「ご名答。君の水着姿がとても煽情的だったから、ぼくも着てみたくなったんだ。ハーレイに見せたら喜んでくれると思うんだよね。いつもと違った刺激的な時間が過ごせそうだし、そのためには水着を手に入れないと…。ぼくの世界にもあるのかな、と一応探してはいたんだけどさ」
見付ける前にエロドクターに会ったんだ、とソルジャーは得意そうに言いました。
「お金持ちだって分かっているし、好みも分かっているからね…。ブルーのふりをして挨拶しながら思念で尋ねてみたんだよ。水着を買ってくれるんだったら、少し付き合ってもいいけれど…って」
「つ、付き合うって…」
青ざめる会長さんにかまわず、ソルジャーは戦利品の水着を見せびらかします。
「水着って聞いただけでノルディったら目の色を変えちゃってさ。仲間と出かける予定はあっさりキャンセル。それから二人でタクシーに乗って…。どんな水着だ、って聞かれて答えたら大喜びで行先を決めて、ちゃんとお店に連れてってくれた」
「…まさか学校のすぐ近くの…?」
会長さんの声は震えていました。学校指定の水着を扱っているお店にソルジャーとドクターが出かけたのなら、会長さんの立場はマズイなんてものじゃありません。水泳大会用の水着を買いに行くのが嫌でスウェナちゃんと私を代理に立てたのに、瓜二つのソルジャーに出かけられては、顔を知っている店員さんなら明らかに変態扱いで…。
「ううん、ノルディが別の店にしておこう、って。アルテメシアには同じ水着を使ってる学校が沢山あるんだってね。ここならブルーが来ることはない、とか言ってたよ。んーと…場所はよく知らないけれど…」
ソルジャーが口にした店名は聞き覚えのないものでした。とはいえ、そこでサイズを測って女子用を…? 私たちの頭の中では『変態』の二文字がグルグル回っています。
「サイズなんか測ってないよ」
思考を読まれたのか、考えが零れ放題だったのか。ホッと息をついた所へ、ソルジャーがニッコリ微笑んで。
「ブルーのデータはノルディの頭に全部入っているんだってさ。迷いもせずに水着を選んで、ちゃんとお金を払ってくれた。店員さんはぼくが着るとは夢にも思っていないだろうね」
「「「………」」」
会長さんのサイズはエロドクターの頭の中…。エロドクターはもちろん派手に妄想したでしょう。ソルジャーが欲しがっている水着ですし、欲しがるからには着るわけで…。も、もしかしてソルジャーは…エロドクターに水着姿を…? 労働の対価とか付き合うだとか、アヤシイことを言ってましたけど…。
呆然としている私たちの前でソルジャーは水着を丁寧に畳み、紙袋に入れて花束の横に置きました。
「ふふ、いいものが手に入った。今夜はハーレイと楽しめそうだ。本物を目にしちゃったら仏頂面はできないさ」
仏頂面…? あちらのキャプテンはヘタレ以前にカタブツですか? それに本物って…どういうこと?
「ブルーの水着写真を撮った日にね…」
誰もが同じ疑問を持っていたのか、ソルジャーが口を開きます。
「定時報告に来たハーレイに訊いたんだ。ブルーの水着姿を見てきたけれど、お前もぼくの水着姿を見たいかい、って。そしたら青の間で水泳でもなさるおつもりですか、とつれなくて。…おまけに床を水浸しにするのは困ります、だって。そうだよね、ぶるぅ?」
「うん。ハーレイ、いつもブルーが散らかした床の掃除をしてるもんねぇ…」
「とにかく、ハーレイは水着に興味を示さなかった。…ぼくも思念で画像を送ろうとまでは思わなかった。そんな手間をかけるよりかは、実物を見せてやるのが効果的だ。いつもと違うシチュエーションだとヘタレでも燃えてくれるだろうし」
水着を手に入れられて良かった、とソルジャーは満足そうですが…。
「…ブルー…。ちょっと聞くけど、労働って?」
会長さんの目は完全に据わっていました。
「ノルディのヤツに水着を買わせて、それから何を付き合ったわけ? ずいぶん帰りが遅かったよね」
「無粋なことを聞くんだね。…まぁいいけど」
ソルジャーはソファに腰掛け、焦らすように大きく伸びをしてから。
「ノルディに頼まれて写真のモデル。水着を欲しがった理由を聞くから、ブルーが着たのを見たって答えたら案の定、見たいって言い出してさ。でもブルーの水着姿は絶対無理だし、ぼくに着てくれって言うんだよね。ついでに写真も撮っていいか、って。…こっちのハーレイより遥かに積極的で貪欲だ」
「「「………」」」
教頭先生は会長さんの水着写真を撮ろうとは思いもしませんでしたっけ。それでソルジャーが代わりに撮るという傍迷惑な行為に及んだわけですが…エロドクターは最初から写真を希望でしたか。しかもソルジャーはそれに応えてきたのですから、とんでもない写真を色々撮られていそうです。会長さんは額を押さえて「やられた…」と呻くように呟きました。
「よりにもよってノルディの前で水着なんか…。本当にモデルだけで済んだんだろうね?」
「帰るのが遅いって言いたいわけ? あの水着、洗濯済みなんだ。使用人の女の人がちゃんと洗って乾かしてくれた。待ってる間に口説かれたけど、水着写真で十分だろうって突っぱねたよ。…ブルー相手では撮れそうもないショットを沢山撮らせてあげたし」
こんな感じ、と思念で伝えられてきたソルジャーの姿はエロドクターの視点でした。ソファやら床やら、あちこちでポーズを取るソルジャー。ベッドで撮ったものまであります。しかし何より凄かったのは、肩紐を片方ずらすどころか水着で覆われた部分は腰のあたりだけ、というヤツで…。
「ブルーっ!!!」
真っ赤になった会長さんが激怒するのをソルジャーは涼しい顔で受け流しました。
「どうしたのさ? あの格好の何処が問題だって? 水着って普通はああいうのだろ、ぼくも君も男なんだから」
「…そ、それは……。それは…そうだけど…」
やり過ぎだ、と嘆く会長さん。けれどソルジャーは意にも介さず、薔薇の花束を手に取って。
「いいじゃないか、あれ以上のことはしてないし。でもエロドクターは流石だね。気が変わったらおいでなさい、って花束を買ってくれたんだ。この薔薇の花を散らしたベッドで楽しいことをしませんか…って。誘い文句としては最高だよ。早速活用させて貰おう、今夜ハーレイと青の間で。…だけど…」
まずは食事、とソルジャーは笑顔を向けました。
「学食の人気メニューをぶるぅが作ってくれるんだよね? どんなのかな?」
あぁぁ、ソルジャーときたら、会長さんに申し訳ないとは毛ほども思っていないようです。念願のスクール水着とオマケの薔薇の花束までゲットしてきて上機嫌ですが、会長さんはソファに沈没していました。
ソルジャーと「ぶるぅ」が加わった会長さんの家での夕食会。いえ、正確には私たちの方が後から決まったゲストです。なのでお手伝いしようと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に申し出たものの、いつものように「一人で平気!」と元気に言われ、リビングで座って待つだけでした。ソルジャーはエロドクターの家での撮影会の様子を楽しそうに話し、会長さんは溜息の連続です。
「…ブルー、次から欲しいものが出来たらぼくに頼んでくれないかな。その方が心臓に良さそうだ」
「そうかな? じゃあ、こんなのも買ってくれるわけ?」
「!!!」
会長さんがソファからズルッと滑り落ちそうになりました。
「ど、どこで…。そんな情報、いったい何処から…」
「エロドクターの頭の中に山ほど入っていたけれど? あ、紅紐はリボンで代用できるかな? だけど他のは難しそうだ。欲しいって言ったら買ってくれる?」
「断る!!」
柳眉を吊り上げる会長さん。エロドクターの頭の中には何が詰まっていたのでしょう? どうせロクでもないモノでしょうが…十八歳未満お断りの映像かな? 興味津々の私たちに会長さんは「覗き見禁止」と釘を刺して。
「ブルー、この子たちにその情報を流したりしたら本気で怒るよ。…もう十分に怒ってるけど、より酷いことになるからね!」
覚悟しといて、と指先に青いサイオンの光を浮かべます。
「ほら、やっぱり買ってくれないじゃないか。…ノルディなら買ってくれると思うよ、ぼくが欲しいと言いさえすればね。君がハーレイを財布代わりにしているみたいに、ぼくもノルディを財布に任命しようかな」
「ブルー!!」
「冗談だよ。…君のハーレイは見返りを要求しないけれども、ノルディはかなり強欲そうだ。利子がつくとか何とか言って理不尽なことをさせそうだろ?」
身体を売る気は全然無いし、と笑いを含んだ声のソルジャー。この調子なら売る気はなくても、大人の時間を楽しみに行ってしまうかも…。なんといっても前科一犯。ソルジャーの世界に出かけたドクターを手玉に取って遊んだ事件は今でも忘れられません。あの時は大変な騒ぎでしたが…。
「かみお~ん♪ ご飯、できたよ!」
ダイニングに来てね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が顔を覗かせました。今日の夕食はソルジャーのリクエストで学食の人気メニューです。ソルジャーも頼みごとをするんだったら、こういう罪の無いものにすれば何の問題も起こらないのに…。
ダイニングに入ってゆくと香ばしい匂いがしていました。テーブルにズラリと並んでいるのは…。
「わぁ、カツ丼だ!」
ジョミー君が声を上げ、マツカ君が。
「人気メニューのランキングではいつも上位に入ってますね」
「豚カツ定食とどっちにしようか悩んだんだけど、ブルーがカツ丼の方が学生らしくていいだろう、って。豚カツはちゃんと揚げたてだよ! お味噌汁が欲しい人は言ってね」
学食だとお味噌汁は別料金だし、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が注文を取りに回ります。大食漢の「ぶるぅ」の席にはカツ丼を特盛りにした土鍋がドカンと置かれていました。そして会長さんが恩着せがましく…。
「ブルー、君は夕食抜きの刑にしたい所だけれど、君のリクエストだからやめておく。ぼくの慈悲の心に感謝したまえ。ついでに慈悲を思い出させたサムにも感謝してほしいな」
「サムに…?」
「ぼくの代わりに心配したり怒ったり…。サムは君の行動次第によっては殴ろうとまで思ったらしいよ。とりあえず食事の前に、君の勝手な行動について謝罪の言葉がほしいんだけど」
会長さんが促しましたが、ソルジャーはクスッと笑っただけでした。
「謝るって? ぼくが? この世界での悪戯は大目に見てもらえるんだと思ったけれど…?」
「「「………」」」
やっぱり、と溜息をつく私たち。会長さんには気の毒ですが、ソルジャーが謝るなんて絶対に有り得ないでしょう。
腹を立てるだけ労力の無駄というものです。そんなことより晩御飯ですよ!
「「「いただきまーす!」」」
カツ丼は卵フワフワ、カツの衣はサクサクで…中のお肉がとっても柔らか。料理上手の「そるじゃぁ・ぶるぅ」の腕は確かで、学食のカツ丼よりもずっと美味しく出来ていました。ソルジャーは嬉しそうに食べていますし、「ぶるぅ」はガツガツと豪快に…。男の子たちがお代わりをして楽しい時間が過ぎてゆく内に、会長さんの怒りも解けたみたいです。
「ブルー、デザートも食べて帰るよね? 学食にデザートメニューは無いけど」
「無いのかい? それじゃ、こないだのゼル特製は?」
「あれは幻の隠しメニューさ。ここは学食じゃないからデザートがあるよ。ブルーはデザート大好きだものね」
「うん。…お菓子ばかり食べて、ってよくハーレイに叱られる」
あちらの世界ではソルジャーは食が細いのだとか。その分を「ぶるぅ」が食べているのかもしれません。夕食が終わると「そるじゃぁ・ぶるぅ」がテーブルを片付け、注文を取り始めました。
「えっとね、アイスクリームとフルーツ蜜豆、どっちがいい? フルーツパフェも作れるよ」
アイスだ、パフェだ、蜜豆だ…と乱れ飛ぶ注文を聞き終えた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がキッチンに消え、やがてワゴンを押してきて…。
「お待たせ~! はい、蜜豆。ジョミーがアイスで、シロエがパフェで、ぶるぅもパフェで…」
全部配り終わったテーブルの上で、ソルジャーの前だけが空白でした。
「あれ? ぼくの分は?」
「ごめんね、ちょっと時間がかかるんだ」
そう言いながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」は自分の席でフルーツパフェを食べ始めます。ソルジャーが何を注文したかは知りませんけど、他のが全て出来ているのに一人分だけ後回しなんて…。もしかして「デザートおあずけ」が会長さん流の復讐だとか?
「…食べていけって誘ったくせに出さないだなんて! これはぼくへの嫌がらせかい?」
不満そうなソルジャーに会長さんが微笑みかけて。
「まさか。君には特製のデザートを御馳走しようと思っているよ? ただ、一度冷ましてから持って来るんで、少し時間がかかるんだよね」
「「「は?」」」
一度冷ましてから…? 私たちは首を傾げました。注文を取っていた中にそんなデザートはありません。冷やし固めるデザートの種類は多いですけど、いったいどんなスペシャルが…?
みんながデザートを食べ終えた後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が空いた器を片付けに行き、お盆を手にして戻って来ました。
「かみお~ん♪ 今日のスペシャル、豚かつパフェだよ!」
ドンッ! とソルジャーの前に置かれたものは、フルーツパフェの器の縁に切り分けた豚カツを何枚も突き刺したような代物でした。豚カツで縁取りされたフルーツパフェ、と表現すればいいのでしょうか。
「揚げたての豚カツだとアイスが融けるし、ちょっと待ってて貰ったんだ。一度作ってみたかったけど、ゲテモノだから諦めてたら…ブルーが作っていいよ、って」
「…ゲテモノ…」
愕然とするソルジャーに会長さんが勝ち誇った顔で。
「そう決めつけたものでもないよ? ぼくたちが卒業旅行で回ったソレイド地方の、とある地域の名物でね。ぶるぅはテレビで見て作りたがっていたし、君に出してみることにした。ノルディなんかを誘った罰だ。食べ終わるまで帰さないから、そのつもりで」
「「「うわぁ……」」」
あまりにも凄い復讐に、私たちは震え上がりました。会長さんは深く静かに怒り狂っていたようです。
「あ、君のぶるぅに食べさせるのはダメだからね。君が食べなくちゃ意味がない。いいかい、それの食べ方は…」
まずトンカツを持って、アイスとフルーツを一緒に乗せて、生クリームもつけて…とレクチャーを始める会長さん。聞くだに恐ろしい食べ方ですが、食べ切らないとソルジャーは…。と、サイオンの青い光がパァッと散って。
「しまった!」
会長さんが叫び、私たちもソルジャーは逃げたものだと思いました。ところが…。
「逃げないよ。要はぼくが食べればいいんだろう? …ハーレイ」
こちらへ、とソルジャーに腕を引かれて入れ替わりに椅子に腰掛けたのは船長服の教頭先生。いえ、補聴器をしていますから…この人はソルジャーの世界のキャプテン!?
「ハーレイ、これを食べないとぼくは帰して貰えないそうだ。理由は説明したとおり。頑張って食べてくれたまえ」
「は、はい…」
サイオンで説明を受けたらしいキャプテンが豚カツを一切れ手に取ります。
「ブルー! 代理は認めないよ!」
会長さんが叫びましたが、ソルジャーは平然とした顔で。
「ハーレイとぼくは一心同体なんだよね。だからハーレイはぼくでもある。…認めないって言うんだったら、一心同体ぶりを証明するよ。君のベッドを拝借して…ね」
「………」
「沈黙ってことは代理を認めてくれるんだ? ハーレイは甘いものが苦手だけれど、ぼくのためなら食べてくれる。そうだよね? 早く済ませて帰ろう、ハーレイ。御褒美はちゃんと用意してあるし」
スクール水着と薔薇いっぱいのベッドだよ、とソルジャーは甘く囁きましたが、キャプテンの方はそれどころではありません。眉間に皺を寄せ、苦悶の表情で豚かつパフェを食べるキャプテン。大盛りのパフェはすぐに無くなり、青い光が部屋を覆って…。
「じゃあね、今日は楽しかったよ。また来るから」
さよなら、という声が届いて、ソルジャーの姿は光の向こうに消えました。キャプテンと「ぶるぅ」の姿も消えて、リビングにあった薔薇の花束とスクール水着入りの紙袋も…。
「…逃げられたな」
キース君が苦笑し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は残念そう。豚かつパフェの感想を聞きたかったらしいのです。会長さんも悔しそうに宙を見つめていましたが…。
「よし、決めた」
「「「えっ?」」」
「ぼくもハーレイに豚かつパフェを食べさせよう。ぼくを好きだって言うんだったら、食べてくれると思うんだよね。そしたらパフェの感想が聞けるし、水着の写真の仕返しもできる。一石二鳥だと思わないかい?」
パァァッと青い光が走って、現れたのは教頭先生。手には食べかけの親子丼とお箸を持っています。
「こんばんは、ハーレイ。食べて欲しいものがあるんだけれど」
ニコニコと笑う会長さんを止められる人はいませんでした。それどころかソルジャーが来ていたと聞いた教頭先生がうっかり笑みを浮かべたばかりに、一杯の予定だった豚かつパフェが三杯に増殖することに…。
「ブルーの名前を聞いた途端にイヤラシイ顔をしただろう? ぼくの写真で美味しい思いをしたんだったら、豚かつパフェも美味しく食べてくれなくちゃ。甘いものは苦手だなんて言わせないよ」
丸飲みせずに味わって、とクスクス笑う会長さん。教頭先生はアイスと生クリームまみれの豚カツを口に運んで呻き声を上げ、パフェの部分をスプーンで掬い…。
「頼む、これ以上は勘弁してくれ…!」
「まだ一杯目の半分じゃないか。リピーターも多い名物らしいし、三杯食べたら病みつきになるかもしれないよ。ぜひ感想を聞きたいな。ね、ぶるぅ?」
「うん! 食べ終わったら教えてね。お料理雑誌に投稿するんだ」
レポート用紙を持った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は好奇心の塊でした。ゼル先生の特製お菓子からデザート・バイキングに進み、締め括りが豚かつパフェなんて…誰が想像できたでしょう? 巻き込まれてしまった教頭先生、完食するしかありません。ソルジャーとキャプテンは水着と薔薇の甘い時間を過ごしに帰っていったというのに、教頭先生には甘いパフェ。同じパフェを食べたキャプテンが貰う御褒美のことは、知らない方が幸せですよね…。
いきなり乱入してきたソルジャーに水着姿を撮影されて、固まってしまった会長さん。更にデジカメを持ち出された上に撮影会だなどと物騒な単語を口にされては、たまったものではありません。顔を引き攣らせて制服に戻ろうとしたようですが…。
「おっと。逃げるのはナシだからね」
サイオンの光が立ち昇ったと思う間もなく、ソルジャーが会長さんの腕を掴みました。青い光は封じられてしまい、会長さんは水着のまま。
「自分で水着を着たんだろう? 慌てることはないと思うな。…よく似合ってるし」
「君が写真を撮るっていうから! 一枚撮ったら十分じゃないか!」
「十分じゃないと思うけど。そうだよね、ハーレイ?」
視線を向けられた教頭先生は答えることができません。頷いたら撮影会に突入しちゃって会長さんが怒るのですし、否定すればソルジャーが怒りそう。どちらを選んでもロクな結果にならないような…。ソルジャーはクスクスと笑い、会長さんの腕から手を放して。
「ぼくとぶるぅの分の料金を支払ってもらう代わりなんだから、ぼくの写真でもいいのかな。ブルー、そんなに嫌なんだったら君が撮影係をしたまえ。ぼくがモデルをするからさ」
「「「ええっ!?」」」
今度はソルジャーがスクール水着を!? そっくり同じ姿ですからサイズは問題ないでしょうけど、なんとも思い切った提案です。
「あ、そうか…。君たちもいたんだっけ。女の子はちょっとマズイかもね」
は? 女の子だと何か問題が…? 首を傾げるスウェナちゃんと私に、ソルジャーは「分からない?」と微笑みかけてマントの端を手に取りました。
「せっかくモデルをしようっていうのに、同じ格好じゃつまらないだろう? ブルーが水着で迫ったんなら、ぼくも対抗しなくっちゃ。…ストリップなんかどうかと思って」
「「「ストリップ!?」」」
「そう。…こっちのハーレイは見たこと無いと思うんだよね、ソルジャー服を脱いでいくところ」
うっ、と短い呻き声が聞こえました。教頭先生がティッシュで鼻を押さえています。
「ふふ、やっぱり一度も見たことないんだ。そりゃそうだろうね、ブルーは君の前で脱ぐ必要なんかないんだから。…ぼくと違って。で、ハーレイ。君はどっちの写真が欲しい? ブルーの水着か、ぼくのストリップか」
どっちでもいいよ、と楽しそうなソルジャーでしたが、会長さんがキッと赤い瞳で睨み付けて。
「水着の撮影会でいいっ! ストリップなんかお断りだし、撮影係にされるのも嫌だ!」
「なるほどね。じゃ、君の水着姿の撮影会だ。ぼくの指示通りに動いてもらうよ、選んだのは君の方なんだからさ」
「………分かった………」
教頭先生の意向とはまるで関係なく、撮影会が始まることになりました。
「この部屋って鍵がかかるよね? 閉めておいた方がいいと思うな、誰か来ちゃったらハーレイの立場がまずくなる。謹慎処分を食らったことがあるんだろう?」
ソルジャーの言葉を受けてキース君が鍵を閉めに行きます。教頭先生は不安と期待が入り混じった複雑な顔で見ているだけ。もしかしてストリップの方が好みだったとか? そういえばソルジャーの全身エステをさせられたことがありましたっけねぇ…。
デジカメを持ったソルジャーは会長さんを部屋の真ん中に立たせ、微笑むようにと言いました。
「違う! もっと自然に笑わなきゃ。ここは教頭室じゃなくて砂浜だよ。そんな感じで…。うん、いいね」
何枚か撮影しながら回り込んで…。
「ちょっ、ブルー! どこ撮ってるのさ!」
「サービスショット。気にしない、気にしない」
次は座って、と指差したのは応接セット。一人掛けのソファに会長さんを腰掛けさせると、肩膝を抱えてポーズを取るよう命じます。ポーズを変えて何枚か写し、大きなソファに移動して…。
「…まるで水着グラビアの撮影会だな」
溜息をつくキース君。ソルジャーは完全に面白がっているようでした。サム君の顔は真っ赤で、教頭先生は咳払いをしたり窓の方へと目を逸らしたり。
「ブルー! そのポーズだけは嫌だってば!」
「じゃあ、交替してぼくがストリップを…」
「……それは……」
困る、と呟く会長さんは教頭先生の机に上らされ、膝を曲げて両足を開いたセクシーなポーズを取らされて…。
「オッケー、いいのが沢山撮れた。最後に一枚、特別サービスしておかないと。…ブルー、肩紐」
「え?」
「だから肩紐。右でも左でもいいから、片方だけ少し落として欲しいんだよね」
「……!!」
唖然とする会長さんにソルジャーがツカツカと歩み寄り、スクール水着の肩紐に指をかけます。
「そう、こんな風に」
「!!!」
「いいから、そのままニッコリ笑って。もっと艶やかに、艶めかしく…ね。無理? ふふ、その顔もいいな」
シャッターが切られ、屈辱のあまり真っ赤になった会長さんを捉えたようです。ソルジャーは撮影した写真を全て確認してから、会長さんに。
「お疲れ様。着替えていいよ」
安堵した瞬間の会長さんの笑顔をソルジャーは逃がしませんでした。肩紐が片方ずり落ちた姿で幸せそうに微笑む会長さんのバストショット。どうやら最高傑作らしく、私たちに「見てごらん」と自慢して回ります。
「…ブルー……」
地を這うような声がし、制服に戻った会長さんが柳眉を吊り上げて怒っていました。
「その写真、全部どうする気なのさ! とんでもないのが一杯あるよね」
「もちろん君のハーレイにプレゼント。…おっと、消せないようにプロテクトしておかないと」
青い光がデジカメを包み、ソルジャーはそれを教頭先生の手に押し付けて。
「はい、お宝画像がドッサリだよ。プリントするも良し、業者に頼んで写真集を作るも良し。ブルーにデータを消去されないよう、ちゃんと細工をしといたからね。…ぼくとぶるぅのデザート・バイキングの料金、これで足りると思うんだけど」
「え、ええ…」
締まりのない顔で照れ笑いしながら財布を取り出す教頭先生。
「二人分…と。どうぞ楽しんでいらして下さい」
「悪いね、ハーレイ」
「なんでブルーに渡すのさ!」
ソルジャーが手を伸ばすより早く、会長さんが叫びました。
「デザート・バイキングに行こうって言い出したのは、ぼくたちだよ。ぼくたちの分は!? ブルーの分もぼくが預かる!」
「…しかし写真を撮ってもらって…」
「水着を着たのはぼくなんだからね! ブルーたちの分を足して、これだけ。さっさと出して。水着はたっぷり楽しんだだろ、写真も山ほど貰ったんだし」
会長さんに毟り取られて、教頭先生の財布にお札は残りませんでした。追加の二人分がトドメを刺したみたいです。ソルジャーは「ぶるぅと一緒に土曜日に来るから」と言い残して消え、会長さんは写真のデータを消去しようと必死になっていましたが…。
「…ダメだ、ケータイの方も消せない。…ハーレイ、言っておくけど、その写真が表沙汰になったら謹慎だよ」
「そうだろうな。しかし、この写真は大切に持っておきたいのだが」
「消せない以上、仕方ないけど…。写真集を作らせたら学校にバラしてやるからね。ついでに慰謝料も取り立てるから。デザート・バイキングくらいじゃ済まないよ」
行こう、と私たちを促す会長さん。首尾よく軍資金は手に入れましたが、ずいぶん計算が狂ったような…?
不機嫌な会長さんを先頭に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に入ると、そこに先客が座っていました。
「やあ、ブルー。さっきはモデルお疲れさま」
ニコニコと笑うソルジャーの前には胡桃のタルトとカヌレが載ったお皿があります。どちらのお菓子も食べかけで…。
「美味しいね、これ。ぼくの世界のゼルは料理がとても上手いんだけど、こっちのゼルの腕もなかなか…」
「…それは?」
不審そうな会長さん。ゼル先生の特製お菓子は完売になった筈でした。ソルジャーはクスッと小さく笑って。
「ハーレイの部屋に配られた分を失敬したんだ。君のハーレイも甘い物は好きじゃないだろう? ちゃんと手紙を置いてきたよ、御馳走様って」
「帰ったんだと思ってたのに…」
額を押さえる会長さんですが、ソルジャーは全く気にしません。
「なんだ、帰ってほしかったんだ? 言いたいことがあるかと思って来てあげたのに。…ぶるぅ、紅茶を貰えるかな? エラ秘蔵でなくてもかまわないよ」
「オッケー! みんなも飲むよね」
キッチンに走った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が紅茶を運んでくるまでの間、ソルジャーは悠然と胡桃のタルトを食べています。会長さんはソルジャーをキッと睨んで…。
「いったい、いつから見てたのさ! 君が来るって分かっていたら、水着なんか着たりしなかったのに!」
「しばらく来なかったから油断してた? ハーレイのギックリ腰で色々と大変そうだったしね、ぶるぅも看病に行ったきりでさ。…そんな時にお邪魔するのは悪いと思って」
だけど時々見てたんだ、と悪びれもせずに言うソルジャー。どうやら水泳大会の少し前からソルジャーは私たちの世界に来ていなかったみたいです。そのくせに会長さんが水泳大会で女子の部だったことも知ってるんですから、タイプ・ブルーって凄いかも。
「君が家で水着を試着してたのも知ってるよ。似合わないって怒ってたけど、ぼくにはそうは見えなかったな。そしたらハーレイに見せるって言い出したから、ちょっと悪戯してみたくなって。…デザート・バイキングにも行きたかったし」
デザートが食べ放題になるんだよね、とソルジャーの瞳が輝いています。そこへ「そるじゃぁ・ぶるぅ」が人数分の紅茶のカップを運んで来ました。
「ブルー、デザート大好きだもんね。ぶるぅも一緒に来るんでしょ? 楽しみだなぁ!」
「ぶるぅも喜んで来ると思うよ。…ブルー、いい加減に機嫌を直したら? せっかくの美味しい紅茶なのに」
ねぇ? と優雅にカップを傾けるソルジャー。胡桃のタルトはすっかり無くなり、カヌレも最後の一口です。ゼル先生こだわりのお菓子をゆっくり味わってフォークを置いたソルジャーに、会長さんが溜息をついて。
「…最初からデザート・バイキングに行きたいって名乗り出てくれた方が良かったな。そしたら別の策を考えたんだ。ハーレイから毟り取るにしてもね」
「水着写真がそんなにショック? …だったらハーレイの記憶を書き換えて…写真もぼくのと置き換えようよ」
「普通の写真じゃなくてストリップだろ? カメラマンをするのも嫌だ…」
「あれも嫌、これも嫌って言っていたんじゃソルジャーは務まらないと思うけどな。まぁ、ぼくとは住んでる世界が違うし、それでいいのかもしれないけどさ」
ソルジャーの言葉は最高の殺し文句でした。ソルジャーが住む世界の厳しさを知っている会長さんは、これを言われると逆らえません。死と隣り合わせで生きているソルジャーが羽を伸ばせるのが私たちの世界です。悪戯されても大目に見るしかないわけで…。
「…分かった…。水着の写真は諦める。でも、あんなポーズはもう御免だよ」
「そう? ぼくがこの世界をまだ知らなかった頃、かなり大胆なことをしてたじゃないか。白いぴったりしたアンダーを着てさ」
「なんでそれを!?」
「ハーレイの心が零れてた。…君の写真を撮ってた時にね」
あーあ、白ぴちアンダー事件がソルジャーにバレてしまいましたか…。まりぃ先生が特注してきた身体の線がはっきりと出る白いアンダーを着て、教頭先生の机の上で妖しいポーズを次から次へと決めまくっていた会長さんの姿は今も瞳に焼きついています。
「あれに比べたら今日の写真なんて可愛いものだよ。ああ、写真に残ったことが許せない? いいじゃないか、写真集が出るわけじゃないし」
それじゃ土曜日にね、とソルジャーは立ち上がりました。
「ぶるぅを連れて遊びに来るよ。ありがとう、今日は楽しかったな」
ばいばい、と手を振ってフッと姿が見えなくなります。会長さんはもう何を言う気力もないのか、ぐったりとソファに身体を沈めたままで、紅茶を飲もうともしませんでした。
突然現れたソルジャーのせいでケチがついたデザート・バイキング。言いだしっぺのスウェナちゃんは責任を感じて落ち込んでしまったのですが、翌日登校するとスウェナちゃんの机の上に「昨日は心配かけてごめんね」とメッセージがついた可愛いクッキーの包みが一つ。そして放課後「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと会長さんは見事に立ち直っていました。
「スウェナ、ごめんね。君を落ち込ませるつもりはなかったんだ。それに、ぼくならもう大丈夫」
細かいことを気にしていたら人生楽しくないだろう、と微笑む顔はいつもどおりで…。
「キースたちが来てるってことは、今日もハーレイは柔道部の指導を欠席、と…。教頭室で仕事中と言えば聞こえはいいけど、いったいどんな仕事だろうねぇ?」
「「「???」」」
「昨日の写真をどう整理するか、妄想が尽きないみたいだよ。プリントアウトしたのをどう並べるか、あれこれ楽しく悩んでいるんだ。きわどいショットを集めて夜のお供に…なんて、脳内バラ色」
得々と説明する会長さんにキース君が。
「あんたはそれでかまわないのか? データはともかく、プリントアウトしたヤツなら一瞬で消せると思うんだが」
「最初は消そうと思ってたけど、面白いから放っとく。覗き見してたら笑えてきてさ…。ヘタレのくせに夜のお供っていうのが泣かせるじゃないか。完成を楽しみにしておくさ」
「「「………」」」
そういえばこういう人だった、と呆れ果てた顔の私たち。スウェナちゃんには「そるじゃぁ・ぶるぅ」が特別に焼いたパウンドケーキのお土産もあって、ソルジャーが巻き起こした騒動は平穏無事に収束です。そして土曜日がやって来て…。
「かみお~ん♪ みんな、お待たせ!」
待ち合わせ場所に決めたホテル・アルテメシアのロビーに「そるじゃぁ・ぶるぅ」が駆けてきました。後ろに「ぶるぅ」が続いています。もちろん会長さんと、会長さんの私服を借りたソルジャーも。…えっと、今日の二人はシャツのデザインが違うんですね。二人の見分けがついた所で私たちはエレベーターに乗り、トップラウンジへ。予約しておいたので窓際の眺めのいい席です。
「ふぅん、素敵な所だね。君のハーレイに感謝しなくっちゃ」
「君が強引に来たんだけどね…」
ぶるぅまで連れて、と言う会長さんにソルジャーは「だって楽しそうだったし」と答え、早速ケーキを何種類も取って来ました。お皿の中身を眺めた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が食べる順番を指南しています。
「あのね、これは最後にした方がいいよ。重たいケーキを最初の方で食べてしまうと負けなんだ」
「負け?」
「お腹一杯になって、食べられなくなったらおしまいだからね。それが負け。沢山食べるにはバランスが大事なんだから!」
でも「ぶるぅ」には関係ないね、と眺める先では「ぶるぅ」が次から次へとお皿ごと食べそうな勢いで試食中。そう、試食中なのです、全種類を! どれが美味しいか見定めてから本格的に食べるそうですけれど、試食というレベルではありません。どう見ても普通サイズのものばかり…。
「あいつ一人で俺たち全員の元が取れるな」
キース君の言葉に、違いない、と頷く私たち。でも「ぶるぅ」ばかりに任せていては、来た甲斐が無いというものです。ジョミー君たちも、負けじとケーキを取って来ました。スウェナちゃんと私は全種類を制覇しようと、小さめのケーキを選んでたりして…。会長さんはマイペースです。
「そうそう、こないだの写真だけれど」
シャーベットが何種類か盛られたお皿を前にして、会長さんが微笑みました。
「ハーレイがアルバムを完成させたんだ。こんな感じで」
他のお客さんから見えない所で宙からパッと取り出したのは…。
「「「えぇっ!?」」」
淡く優しいピンク色の表紙にセピア色のリボンがかかったように見えるデザイン。リボンの部分は薔薇の写真がレイアウトされているようですけど、私たちが驚いたのは表紙に刷られた文字でした。
「HAPPY WEDDING DAY…」
誰かが棒読みで呟きます。それはどう見てもウェディングアルバムそのもので…。
「笑っちゃうだろ? こんなの買って来たんだよ。それで中身はこうなってるわけ」
ほら、とページをめくってゆく会長さん。そこには会長さんの水着写真が大切に貼られていますが、乙女チックに見えるのは気のせいでしょうか?
「あちこちに花のシールなんか貼っちゃってさ。どこまで夢を見てるんだか…。たかがスクール水着の写真で」
「じゃあ、この次はぼくがストリップを…」
「しなくていいっ! ちゃんと別バージョンもあるんだから」
次に出てきたのは表紙が真紅のバラの写真で埋め尽くされたアルバムです。そっちの方は…。
「…へえ…。ヘタレにしては頑張ったね」
ソルジャーがクスッと笑い、サム君は耳まで真っ赤になりました。ジョミー君たちも恥ずかしそう。きわどいショットばかりを集めたアルバムは、会長さん曰く「夜のお供」バージョンだそうです。
「この二冊。ハーレイの家宝らしいよ、ぼくが嫁入りしてくる日まで…ね。無くなったら騒ぐだろうから返しておこう」
フッとアルバムが消え失せた後、会長さんとソルジャーは先日の撮影会の話で盛り上がっています。会長さんったら、本当に立ち直りを果たしていたんですねぇ…。
デザート・バイキングは「ぶるぅ」の一人勝ちでした。とはいうものの、美味しいケーキやアイスクリームなどを好きなだけ食べて、みんな幸せ気分です。教頭先生から奪い取ったお金で支払いを済ませ、下のロビーに降りた時。
「あっ!」
会長さんが小さな悲鳴を上げてサム君の後ろに隠れました。
「ん? どうしたんだよ、ブルー?」
サム君と私たちが視線の先を追うと、おじさまの団体がロビーにたむろしています。見知った顔は無いようですが…って、あれはもしかしてエロドクター!?
「…医師会の集まりがあったらしいな」
「そうみたいですね」
キース君とシロエ君がロビーの案内板に目を止めました。宴会場の一つに『アルテメシア医師会』と書かれています。エロ…いえ、ドクター・ノルディはそれに出席して、これから二次会にでも行くのでしょう。会長さんに目をつけているドクターだけに、いると気付かれたらマズイかも。私たちは会長さんを隠すようにしてコソコソと歩き出しました。ところが…。
「ちょっと行ってくる。ぶるぅをよろしく」
ソルジャーがスッと列から離れます。
「ちょっ…。ブルー!?」
会長さんが止める間もなく、ソルジャーはエロドクターがいる方へ真っ直ぐ行って、声を掛けて、エロドクターが振り向いて…。
「おい、やばいんじゃないか?」
キース君に言われるまでもなく、私たちの頭の中では警報が鳴り響いていました。エロドクターはソルジャーをロビーの椅子に座らせ、医師仲間を送り出しに出かけて行った様子です。つまり二次会には行かない、と…。
「ど、どうしよう…。ブルーはいったい…」
会長さんはパニックでした。この状態でエロドクターに傍受されずにソルジャーにだけ思念で呼びかけるような高等技術、私たちにはありません。それが出来そうな会長さんは真っ青ですし、どうしたら…。
「ブルーと連絡とればいいの?」
ツンツン、と私たちの服を引っ張ったのは「ぶるぅ」でした。
「そ、そうだ! お前ならブルーだけに思念を送れるな?」
キース君の問いに「ぶるぅ」は「うん!」と頷きます。
「よし。じゃあ、頼む。…いいか、ブルーにこう言ってくれ。すぐにこっちへ戻って来い…とな」
「オッケー♪」
通路の奥に隠れた私たちの間から「ぶるぅ」はソルジャーに思念で呼び掛け、振り向いて。
「帰らないって言ってるよ。…っていうか、先に帰って…って言ってるんだけど」
「「「え?」」」
何ごと? と思った私たちの頭にソルジャーの思念が響きました。
『君たちは先に帰ってて。ぼくは少し遊びたいから、ぶるぅを連れて帰っていてよ』
用が済んだらブルーの家に帰るから、と告げたソルジャーは一方的に思念を切ってしまったらしく、「ぶるぅ」がショボンとした顔で…。
「ブルー、遊びに行くんだって。ぼくが連れてってもらえないってことは、これから大人の時間なのかなぁ?」
「「「大人の時間!?」」」
思わず叫んでしまって口を押さえる私たち。それには全く気付かない風で、「ぶるぅ」はつまらなそうに俯いています。
「いいなぁ、きっと大人の時間だよね。今、ノルディと一緒に出て行ったもん」
「「「出て行った!?」」」
「うん」
タクシーに乗って行ったよ、と「ぶるぅ」はロビーの方を指差しました。ジョミー君が「ぼく、見てくる!」と走って行って、慌てた様子で戻ってきて。
「いなかった…。ソルジャーもドクターも何処にもいないよ!」
「「「えぇぇっ!?」」」
それから後は上を下への大騒ぎです。会長さんは顔面蒼白になり、ソルジャーの行方を探すどころではありません。キース君は入口にいたドアマンを捕まえ、ソルジャーとエロドクターが二人でタクシーに乗り込んだことを確認してから「ぶるぅ」にソルジャーの思念を追うよう頼んだのですが…。
「んとね…。ぼくにも分からないや。ブルーが遮蔽しちゃうと追っかけることはできないんだ。ごめんね」
いいなぁ、と「ぶるぅ」はドアの向こうを眺めています。
「何処へ遊びに行ったんだろう? ブルーが大人の時間だよって言ってる場所は、シャングリラだと青の間なんだよね。後はキャプテンの部屋くらいかなぁ…。でも、ここはシャングリラの中じゃなくって地球だし! 海に行った時のお部屋みたいに、色々な所があって楽しそう」
海へ行った時というのはマツカ君の別荘のことでしょう。ソルジャーの世界のキャプテンが教頭先生のふりをして、ソルジャーと過ごしてましたっけ。きっと「ぶるぅ」は大人の時間だから、と二人に言われて納得して一人で寝たのでしょうが…。
「ぶるぅ、ぼくの家でブルーが帰るの待っていようよ!」
ブルーも気分悪そうだから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言いました。
「みんなも一緒に来てくれるでしょ? ぶるぅが退屈しちゃわないよう、トランプとかしてみんなで遊ぼう」
そう言われると断れません。会長さんのことも心配ですし、何よりソルジャーが気がかりです。私たちは教頭先生から巻き上げたお金の残りでタクシーに乗り、会長さんのマンションに移動することに決めました。ソルジャーったら、いったい何処へ、何をしに…? 本当に大人の時間だったら、会長さんは再起不可能かも…。
水泳大会から十日が経って、教頭先生が復帰しました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の介護とアルトちゃんの薬のお蔭でギックリ腰はすっかり治ったようです。欠勤中の古典の授業は他の科目が振替えられていたので、今日の1年A組は欠勤の埋め合わせに古典の授業が二時間続き。午後はまるっと古典なんです。授業開始から十五分ほど過ぎた頃…。
「やあ」
ガラッと前の扉が開いて、会長さんが入って来ました。眉間に皺を寄せる教頭先生。
「ブルー。…遅刻なら後ろの方から入りなさい」
「授業を受けに来たんじゃないよ。サム、今からちょっと出かけないかい? あ、もちろんジョミーたちも、みんな揃って。アルトさんとrさんも一緒においで」
「「「え?」」」
「いいから、いいから」
サボッてしまおう、と順番に机を回って勧誘する会長さんを教頭先生が睨み付けて。
「ブルー。授業中だと分かっているのか?」
「分かってるよ。特別生は出席の有無を問われない。…アルトさんとrさんは何故か留年しちゃっただけで、古典の成績は去年ので十分進級できる。問題はないと思うけど」
「………。それでサボリのお誘いか。私の授業を狙って来るとはいい度胸だな」
「狙ったわけじゃないってば。たまたま時間が重なったんだ」
そう言いながら会長さんは「おいで」と手招きしています。サム君がガタンと立ち上がり、それを合図に私たち七人グループは全員サボリを決意しました。アルトちゃんとrちゃんも。
「おいっ、授業中だぞ!」
「終礼までには戻ってくるから大丈夫」
全員が教室を出ると、会長さんがピシャリと扉を閉めました。教頭先生は諦めたらしく、ザワついているクラスメイトを一喝する声が聞こえます。えっと…鞄は置いてきちゃいましたが、これから何処へ行くんでしょう? 会長さんは微笑んで指を三本立てました。
「ハーレイが復帰してから、今日で三日目。素敵な所へ案内するよ」
「……教頭室か?」
キース君の問いに、会長さんは首を左右に振って。
「残念。場所としては普通なんだよね。お昼休みに君たちが行ってた所」
「「「学食?」」」
「正解。この時間でなきゃダメなんだ」
先に立って歩き出す会長さん。学食なら、つい半時間ほど前までいた場所ですが、変わった様子はありませんでした。みんな不思議そうな顔をしています。アルトちゃんとrちゃんに至っては狐につままれたような感じですけど、いったい何があるんでしょうか?
学食にゾロゾロと入ってゆくと、テーブルも椅子もガラ空きでした。生徒の姿はありません。会長さんは真っ直ぐカウンターに向かい、女性の職員さんに金色のチケットを差し出しました。
「ゼル特製とエラ秘蔵。全員分ね。あ、それと…」
「かみお~ん♪」
クルッと宙返りをして「そるじゃぁ・ぶるぅ」が現れ、ちょこんと隣に並びます。
「ぶるぅの分も。ぼくたち、あっちのテーブルにいるから」
「十一人前ですね。…特製セット、入りま~す!」
チケットを手にした職員さんが厨房に消え、私たちは学食の一番大きなテーブルを囲んで腰掛けました。会長さんは得意そうに…。
「ぼくのおごりだよ。サボッた甲斐はあると思うな。滅多に出ない隠しメニューさ」
「「「隠しメニュー?」」」
「うん。ゼル特製って言っただろう? ゼルの気が向いた時だけ出てくるんだ。エラの秘蔵のお茶とセットでね。ついでに特別生しか注文できない。注文するには条件が一つ」
「あの金色のチケットのこと?」
ジョミー君が尋ねると、会長さんは「あれは違うよ」と答えました。
「さっきのチケットは学食のタダ券みたいなものさ。在籍年数に応じて配られる一種の金券だ。五十年目から貰えるようになってて、年数によって色が違う。最初は赤、百年で緑、百五十年で銀、二百年で金になる。赤と金では価値が全然違うんだ。ゼル特製とエラ秘蔵のセットは、赤だと一枚で一人前だね」
「ふうん…」
金のチケットは十一人前の注文が出来るようです。半端な人数ですし、本当はもっと沢山いけるのかも。そもそも定価はどのくらい…? 私たちの疑問を見抜いたように会長さんが。
「ゼル特製のセットの値段はランチにすれば五人前だよ。ちょっとした喫茶店のケーキセットが食べられるだろう? その値段で出すのがゼルのプライド。それだけ腕に自信があるんだ。幻の料理長って渾名がつくほど料理が上手い。ゼル特製を注文できる条件は…」
「味覚ですか?」
シロエ君が言いました。
「利き酒…は学校でやるのはマズそうですし、紅茶のテイスティングとか…。何かそういう試験があって、合格した人だけが注文する資格を貰えるとか?」
おぉっ、なるほど! その可能性はありそうです。ゼル先生が「わしの料理は味覚オンチには食わせんぞ!」と叫ぶ姿が目に浮かんでくるようでした。会長さんはクスッと笑って。
「そんなシステムも楽しいかもね。でも、残念ながら違うんだ。…注文できる条件は、そのメニューが出ていることに気付くこと。これが案外、難しい。ほら、他には誰も来てないだろう? 今日のは分かり易かったのに」
昨日から生地を作ってたしね、と会長さん。
「ぼくたちが食べ始めたら、何人か来るんじゃないかと思うよ。これだけの人数が揃っていれば気配も派手だ。それにゼル特製は隠しメニューで幻のメニュー。食べたというだけで自慢できるし」
「へえ…。どんなのかな?」
サム君が興味津々でカウンターの方を眺めています。やがて奥から学食ではお目にかかったことのないワゴンがカラカラと押されてきて…。
「お待たせいたしました。本日のゼル先生特製と、エラ先生秘蔵のお茶でございます」
テーブルの上に胡桃のタルトが載ったお皿が並べられ、ティーカップと花の香りの紅茶がたっぷり入ったポット。最後に真中に置かれた大皿にはカヌレが山盛りになっていました。
「すげえ…」
ポカンと口を開けているサム君。
「これを全部、ゼル先生が?」
「そうだよ。昨日から作っていたのはカヌレの方。生地を丸一日、寝かせておかないといけないんだって。そしてカヌレの方が実はレアもの」
会長さんが自分のお皿に取り分け、サム君の分も取り分けながら。
「素朴なお菓子で誤魔化しがきかないから、って言っててね。最高の材料が手に入らないと作らない。ハーレイ、いい時にギックリ腰になったみたいだ」
「「「は?」」」
ゼル先生のお菓子作りと、教頭先生のギックリ腰。両者にどんな関係があると…?
「ゼルがお菓子を作る気になったのは、ハーレイのギックリ腰のせいなのさ。ハーレイが出勤してきて、迷惑をかけたお詫びに…って配った焼き菓子セットが好評でね。ゼルも久しぶりに腕を揮いたくなったってわけ。このお菓子は先生方にも配られるし」
「焼き菓子勝負か…」
キース君が苦笑しています。ゼル先生ったら、大真面目かつ真剣にお菓子を作っていたんでしょうね。
「ゼルは負けん気が強いからねぇ。…ハーレイのギックリ腰のお蔭で出たメニューだから、アルトさんたちも誘ったんだよ。アルトさんの塗り薬は効果絶大だったから」
げふっ、と咳き込む私たち。会長さんが教頭先生に直接薬を塗りに行ったのを見たのは初日だけですけれど、その後も毎日、お見舞いと称してせっせと通っていたんです。「ぶるぅがいるから一人じゃないよ」なんて言ってましたが、どんな悪さをしていたのやら…。何も知らないアルトちゃんたちはキョトンとした顔。
「ああ、気にしないで。薬の匂いを思い出してしまったんだろう」
効きそうな匂いの薬だよね、と会長さん。悪臭としか思えませんでしたが、ものは言いようというヤツです。そうこうしている間に学食にはチラホラと生徒が現れ始め、ゼル先生の特製セットが次々と…。
「ほらね、お客が来始めただろう? ぼくたちの宣伝効果絶大」
会長さんは得意そうです。きっとサイオンで分かるのでしょうが、私たちがゼル先生の特製メニューに自力で気付けるようになるのは、いったい何年先のことやら…。
「このお茶もね、エラが自分でブレンドしてるんだ。その中からゼルが作ったお菓子に合うのを選んでくれる。特別生なら一度はゼル特製とエラ秘蔵を味わっておかなくちゃ。まあ、向こう五十年ほどは実費だけども」
うーん…。サボッた上に実費。私たちにはまだまだハードルが高そうです。アルトちゃんたちは「私たち、特別生じゃないんですけど」と言い、会長さんに「今日は特別」とウインクされて幸せ一杯。お菓子と紅茶を楽しみながら時間を過ごして、終礼が始まる少し前に教室に戻ると、教頭先生の姿はとっくにありませんでした。じきにカツカツと足音が響いてきて…。
「諸君、今日も一日、よく頑張った。特に問題も無かったようだな」
午後の授業を丸々サボッた私たちですが、グレイブ先生からのお咎めは無し。教頭先生、やろうと思えば出席簿に事実を書いたメモを挟んでおけた筈なのに、見逃してくれたみたいです。えっ、特別生だから問題ないって? 授業中に抜け出していくのは流石にマズイと思いますけど。それにアルトちゃんたちは特別生ではないんですよ?
教頭先生が柔道部の稽古に復帰していないので、終礼が済むと柔道部三人組も欠けることなく「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に出かけました。会長さんにアルトちゃんたちからの御礼の言葉を伝え、ソファに座ると奥からワゴンが出てきます。
「かみお~ん♪ 美味しかったね、ゼルのお菓子! ぼくも焼き菓子で勝負するんだ!」
ワゴンの上には洋酒が並び、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がオレンジの皮をクルクルと剥いて…今日のお菓子はクレープ・シュゼット。お部屋を暗くしてブランデーの炎を眺める趣向はまさに「お菓子を焼く」ものですが、これって焼き菓子でしたっけ? 「そるじゃぁ・ぶるぅ」に尋ねてみると…。
「違うよ。でも焼いてるし、綺麗だし! みんなお菓子をたっぷり食べた後だし、軽めの量で勝負するならこれだよね。それともベイクド・アラスカの方が食べでがあって良かったかなぁ?」
要するに「燃えるデザート」をやってみたかったみたいです。
「そういえば…クレープ・シュゼットって、お店で食べると高いらしいわよ」
スウェナちゃんが温かいクレープを口に運びながら言いました。
「この前、雑誌で見つけてビックリしちゃった! ケーキセットより高かったのよね」
「えっ、そうなの?」
知らなかった、とジョミー君。私だってビックリです。ここで時々食べているので、まさかそんなに高いとは…。
「洋酒の値段もあるけど、どちらかといえば人件費かな」
会長さんがワゴンの方を指差しました。
「注文が入ってクレープを焼く。そこまではいいとして、その後が…ね。オレンジを剥いてジュースを搾って、洋酒と混ぜて…クレープにたっぷり浸み込むまでフライパンを動かしてなくちゃならない。それからフランベして切り分けて…。全部をお客様の前でやるんだからさ」
高くもなるよ、と言われてみれば納得です。贅沢なお菓子だったんですねぇ…。スウェナちゃんが雑誌で見たのはホテル・アルテメシアに入っているレストランの特集記事だったとか。まりぃ先生と教頭先生のお見合いの時に忍び込んだ高級レストランもその一つです。
「トップラウンジのデザート・バイキングが美味しそうだなぁ…って見てたのよ」
「美味しいよ?」
すかさず「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言いました。
「ぼく、ブルーと何回も行ってるもん。…なんだか行きたくなってきちゃった。ねえ、ブルー、今度みんなで食べに行こうよ」
「みんなで…かい?」
「うん! きっと楽しいと思うんだけど」
みんなでデザート・バイキング! とっても素敵な提案です。でも…。
「スウェナ、それっていくらするの?」
ジョミー君が言い、スウェナちゃんが答えた値段に私たちは一気に肩を落として。
「ダメだぁ…」
「ちょっと高すぎますよ。もっと安い所は無いんですか?」
シロエ君の現実的な意見に頷きそうになった時。
「いいじゃないか、スウェナの行きたい所にすれば」
割り込んだのは会長さんでした。
「ぼくも久しぶりに食べたくなったよ。あそこのケーキは美味しいんだ。…今度の土曜日なんかどう? お金は……そうだね、笑わないって約束するなら簡単に調達できるけど」
「えっ?」
「ハーレイに払ってもらえばいい。…知ってるんだ、ハーレイの望み」
ニヤリと笑う会長さんが良からぬことを企んでいるのは容易に想像できました。けれど「笑わないと約束するなら」って、どういう意味…?
「ハーレイは水泳大会が心残りでたまらないんだよ。ぼくが女子の部だって聞いた時から、ずっと妄想していたらしい。スクール水着姿のぼくを…ね。実際に泳がないことは分かっていたし、防寒着を身に着けるまでの間に見ようと思って待っていたのさ。だけど、実際は見られなかった」
そうでした。会長さんはサリーで水着を隠してしまって、誰にも見せなかったんです。
「だから水着姿を見せると言えばイチコロで財布を出すと思うよ。…ぼくも恥を晒すからには、ハーレイが鼻の下を伸ばす姿をみんなに見せたい気もするし…。どうする? 笑わないと約束できる?」
「「「…………」」」
私たちは額を押さえました。会長さんの女子用スクール水着姿。笑わずにいられるかどうか、正直、自信がありません。せめて参考資料でもあれば…。
「写真は撮ってないからね。多分、こんな感じ」
はい、と会長さんが取り出したのは、スクール水着姿の会長さんのカラーイラストでした。まりぃ、とサインがしてあります。…またしても、まりぃ先生ですか…。
水着姿の会長さんの絵は特に変わったポーズでもなく、スラリとした身体に紺色の水着は意外なことに似合っていました。
「思ったほど変じゃありませんね…」
シロエ君が呟き、サム君が。
「変って言うより似合ってるぜ? …あ、ブルーは怒るかもしれないけど…」
「レスリング選手みたいだな」
冷静な意見はキース君。
「あっ、ホントだ! レスリングの選手って、なんかこういう服だよね!」
「言われてみれば似ていますね」
ジョミー君とマツカ君が頷きます。スウェナちゃんも「そうね」と相槌を打ち、私は似合っていると思った理由が分かってホッと一息。まりぃ先生に毒されたわけじゃなかったんです。
「レスリング選手…ね。ちょっと足が露出しすぎてる気もするけれど」
「大丈夫だって、ブルー!」
サム君がグッと拳を握りました。
「なぁ、みんなだってそう思うだろ? 笑ったりなんかしないよな?」
「そうだな…。デザート・バイキングの金が目当てでなくても、笑うなと言われれば笑わないだけの自信はあるな」
腕組みをするキース君。
「しかし、だからといって…。やるのか、本気で?」
「今ので一気にやる気になった」
ふふ、と悪戯っぽい笑みを浮かべる会長さんは妙な自信に溢れています。
「それ、まりぃ先生がハーレイのお見舞い用に描いたイラストをコピーしてきたヤツなんだ。自分で鏡に映した時はアウトだと思っていたんだけどね…。こうして見ると案外おかしくないな、って。みんなに見せても笑われなかったし、これはやらなきゃ損だろう?」
前に着た白ぴちアンダーみたいに煽情的な服でもないし、とイラストを改めて披露してから会長さんは立ち上がりました。
「よし、決めた。…水着をネタにハーレイから軍資金を毟り取る! 土曜日はデザート・バイキングだ。いいかい、笑った人は自腹で参加にするからね」
「「「はいっ!!!」」」
思わず最敬礼をしてしまった私たちと「そるじゃぁ・ぶるぅ」を引き連れ、会長さんは教頭室へ。重厚な扉をノックして…。
「失礼します」
足を踏み入れた会長さんに、教頭先生は苦笑しました。
「なんだ、今頃になって謝りに来たのか? お前がサボリの勧誘に来たことも、後ろの連中が抜け出したことも、グレイブには一切話してないぞ。私は何も見なかった。だから謝る必要は無いが」
あっ…。サボリのことを忘れてました。もしかして、恩を仇で返しに来ちゃいましたか?
やばい、まずい…と顔を見合わせる私たち。けれど会長さんは意にも介さず、机の方へ近付いていって。
「サボリの勧誘をして悪かったなんて思ってないよ。ぼくたち、ゼル特製を食べに行ったんだ。アルトさんとrさんを連れてったのは、ギックリ腰の薬の御礼なんだけど…。アルトさんちの薬だったし、アルトさんとrさんとは親友だしね」
「そうか、ゼル特製が目当てだったなら時間中に抜け出さないと品切れになるな。アルトには薬の恩がある。御礼に焼き菓子セットは送っておいたが、ゼル特製を食べさせてやってくれたのか。ありがとう、ブルー」
何も知らない教頭先生は、会長さんが報告に来たのだと思ったようです。にこやかに微笑む教頭先生に会長さんが言い出したことは…。
「ゼル特製、とっても美味しかったよ。…でね、ぶるぅの部屋で話をしていて、今度の土曜日にデザート・バイキングを食べに行きたいな、ってことになっちゃって…。ホテル・アルテメシアのトップラウンジでやってるんだよ」
「それで?」
「ぼくたち、それに行きたいんだ。九人分だから代金が…」
これだけ、と言葉と指で示す会長さん。
「もちろん出してくれるよね? だってハーレイは気前がいいし」
「ま、待ってくれ! 今は駄目だ。欠勤して迷惑をかけた先生方に配った菓子の代金が馬鹿にならなくて…」
「でも財布は空にはなっていないよ」
「勝手に覗くな!」
スーツの上から財布を押さえる教頭先生に、会長さんがニッコリ微笑みかけて。
「まあ、色々と…入り用だとは思うんだけど。もしも御馳走してくれるなら、水着を着て見せてあげてもいいよ?」
「水着?」
「そう、水着。…水泳大会の時、期待しただろ? ぼくのスクール水着姿」
うっ、と短い声が聞こえて教頭先生が鼻を押さえました。
「まりぃ先生にお見舞いのイラストを貰ってたよね。その目で見たいと思わない? 今ならボディーガードも大勢いるし、特別に着たってかまわないけど」
「…ほ…本当なのか…?」
「うん。嫌だって言ったら、それはそれで…」
ペロリと唇を舐める会長さんは妖艶でした。教頭先生が断ったとしても水着を着るに決まっています。そして最悪なシナリオを練って教頭先生を陥れた上、お財布の中身を無理やりに…。今まで何度も繰り返されたパターンです。もちろん教頭先生が気付かない筈はないわけで…。
「…わ、分かった…。要らないと言っても着てみせる気だな? ならば私からお願いしよう」
「そうこなくちゃ。じゃあ、ちょっと待ってね。あ、その前に…。みんな、念の為にもう一度。笑った人は自分の参加費を負担するんだよ」
「「「はいっ!」」」
赤い瞳でジロリと睨まれ、私たちは慌てて姿勢を正しました。パァッと青いサイオンの光が輝き、制服だった会長さんの姿が再び現れた時は…。
おおっ、という教頭先生の声が聞こえた気がします。会長さんはスラリとした身体に紺色のスクール水着を着て、裸足で絨毯の上に立っていました。胸のゼッケンには綺麗な字で『1年A組』『ブルー』と書かれ、本気で出場する覚悟だったことが明らかに…。
「どう? 本物を見られた感想は?」
クスクスと笑う会長さんにスクール水着は思った以上にお似合いでした。一人くらいは笑うだろうと思っていたのに、誰もが黙って見ています。サム君は少し頬を染め、教頭先生は感無量。
「ふふ、感激して声も出ないんだ? でも目の保養にはなっただろう? デザート・バイキングの代金なんて安いものだよ。せっかくだからクルッと回ってあげようか」
その場で優雅に回ってみせる会長さん。教頭先生の喉がゴクリと鳴って、会長さんは楽しそうに。
「サービスにもう一回だけ、ゆっくり回ってみせてあげるね」
しなやかな白い手足を伸ばして見せつけながらクルリと回り、ポーズを決めて止まってみせて。
「はい、おしまい。デザート・バイキングを九人前でよろしくね。アンコールは…」
無いよ、と朗らかに告げた瞬間、ケータイカメラのシャッター音が響いて、同時に声が。
「二人追加」
「「「ブルー!?」」」
会長さんとサム君、それに教頭先生が叫んだのは会長さんの名前ではなく、瓜二つのそっくりさんの名前でした。
「「「…ソルジャー…?」」」
呆然としている私たちの前で、紫のマントを着けたソルジャーが右手にケータイを構えています。
「うん、我ながらうまく撮れた」
満足そうに頷く姿に、教頭先生がアッと息を飲み、スーツのあちこちに手を突っ込んで…。
「な、無いっ! ケータイが無い! も、もしかして、そのケータイは…」
「君のだけど?」
ソルジャーは悠然と答え、「見る?」と私たちに画面を向けました。そこにはスクール水着で微笑む会長さんの上半身が…。
「とりあえず待ち受けに設定しといた。でも、これだけじゃ君は物足りないと思うんだ。えっと…」
口をパクパクさせている教頭先生の横を通り過ぎ、机の引出しを開けて取り出したのはデジタルカメラ。慣れた手つきで操作してからクスッとおかしそうに笑って。
「なんだ、ブルーの隠し撮りが沢山あるかと思ってたのに…ほんの数枚、それも顔立ちも分からないほどか。ぼくが活用してあげよう。そうそう、デザート・バイキングに行くんだって? ぼくとぶるぅも行きたいな。甘いデザートには目が無くてさ。二人追加でお願いするよ」
「「「………」」」
誰も言葉が出てきません。ソルジャーはデジカメを机に置くと、そこに置きっぱなしだったケータイを手に取り、教頭先生にさっきの画像を見せて。
「君には決して撮れない写真だ。ブルーは撮影禁止と言ってないのに、君は撮ろうとも思わなかった。だから代わりに撮ったんだけど、ぼくとぶるぅのデザート・バイキングの費用はこれで足りるかな。…足りないよね?」
勝手に決め付けたソルジャーはケータイを教頭先生のポケットに戻し、デジカメを手にして言いました。
「二人分の参加費代わりに、ぼくがブルーを激写する。さあ、撮影会を始めようか」
予想もしない人物の登場に加え、とんでもない展開になってしまってついていけない会長さんと私たち。もちろん教頭先生もです。いったいこれから、どうなっちゃうの~!?
男子の部に最初に出場すると決まった1年A組。何をさせられるのか分からない男子が騒ぎ始めましたが、キングサーモンもオヒョウも運ばれてくる様子はありません。釣竿だって出てきませんし…準備に手間取っているのでしょうか? 運び込むのも大変なほど凄い大物が届くとか…?
「クジラって寒い海にもいるんだっけ?」
一番クジを引いてしまったジョミー君が心配そうに言い、キース君が。
「…考えたくないが、北極にもいる。角が生えたヤツも北極の筈だ」
「も、もしかして…一本角の…」
「ああ、イッカクだ。正確には角じゃなくって牙だがな」
「そ、それって…釣るの、難しそうだね…」
「餌は普通にイカとか魚だったと思うぞ。ただ、あの角がどう影響するか…」
釣りの獲物は一本角のクジラかも、という噂は瞬く間にプールサイドに広がり、みんなが固唾を飲んで見守っている中、ブラウ先生がマイクを握りました。
「さあ、お待ちかねの男子の競技を発表するよ! 男子の方は釣りじゃない。男は男らしく、しっかり泳いでもらおうじゃないか。名付けて夏の寒中水泳!」
「「「えぇぇっ!?」」」
悲鳴に似たどよめきが起こり、男子の顔色が変わります。寒中水泳って…このプールで…?
「えぇっ、じゃないよ。さっきリレーって言ったじゃないか。嫌ならクラスごと棄権するんだね。まぁ、水は冷たいし、片手だろうが片足だろうが、水に漬ければ出場したとカウントしよう。ただし、競うのは制限時間内に泳いだ距離だ。一番長い距離を泳いだクラスが優勝だよ」
クラスの男子全員が出場すれば、誰が何メートル泳ごうが、何回泳ごうが構わない…とブラウ先生。
「泳いだ後は寒いからね、あっちにテントを用意した。ストーブもあるし、ぜんざいもある。風邪を引かないよう、十分に温まってから応援場所に帰ること。それじゃ一番のクラスは準備して。どてらは自分の順番が来るまで羽織ってていいよ」
「……嘘……」
あんまりだ、とジョミー君が嘆きました。
「無茶苦茶だよ、あんな寒そうなプールで泳ぐなんて!」
「ブルーが出場禁止になるわけですよね…」
溜息をつくシロエ君。厚い氷を切って作られたプールは見るからに冷たそうな色をしています。震え上がっている男子でしたが、その中にやたら元気なのが一人。
「かみお~ん♪ やっぱりぼくが一番でいいの? 釣りじゃなかったし、お料理でもないけど」
「「「ぶるぅ!?」」」
寒くないのか、とみんなに質問された「そるじゃぁ・ぶるぅ」はケロリとした顔で。
「ん~とね、ぼくも冷たいと思うよ。だからシールドするんだもん。シールドしちゃえば平気だもんね」
「「「シールド!?」」」
なんだそれは、と首を傾げる男の子たちに会長さんが。
「ぶるぅの力の一つだよ。見えない膜のようなもので身体を包み込んでしまうんだ。氷水はもちろん、真空でも平気。だから、ぶるぅは問題ないけれど…君たちはどうする? 手足を漬けるだけっていうんじゃ楽しくないね」
ここは泳いでくれなくちゃ、と他人事のように言ってますけど…。そうか、女子の部なんだから他人事でしたっけ。スクール水着の恨みをこんな所で晴らす気ですか?
寒中水泳と知って青ざめている男子を他所に、会長さんが手を上げました。
「ブラウ先生、質問です!」
「なんだい?」
「プールに入れるのは一人だけですか? 最初からずっと入りっぱなしのメンバーがいてもいいですか?」
「…ふぅん?」
ブラウ先生は1年A組の男子をぐるっと見渡し、会長さんに視線を戻して。
「それは愉快な話だねぇ。ずっと浸かっていたいっていう酔狂なのがいるわけか。オッケー、全然問題ないよ。要はクラスの男子全員が水に入ればいいんだからさ」
「分かりました。…ありがとうございます」
会長さんは男子の方を振り向き、「そうだって」と微笑みました。
「ぶるぅのシールドは一緒にいる人にも有効なんだ。寒いのが嫌なら、ぶるぅを背負って泳ぎたまえ。そうすれば寒さを防ぐことができる」
「「「マジで!?」」」
「ぼくは嘘なんかつかないよ。…ね、ぶるぅ?」
「うん! みんな、ぼくをおんぶして泳いでくれるの? 楽しそう!」
大はしゃぎの「そるじゃぁ・ぶるぅ」を連れて男子は氷の上の特設プールに向かうことになりましたが…。
「「「寒っ!!!」」」
ラクダ色のシャツやズボンを脱ぐと、やっぱり寒いみたいです。どてらだけを着て裸足で氷に踏み出すと「寒い、冷たい」と泣き言が…。けれど「そるじゃぁ・ぶるぅ」だけは、どてらも着ずにピョンピョン跳ねて御機嫌です。
「ぼく、いっちば~ん! それにおんぶで泳ぐんだ♪」
男子が特設プールの端に並ぶと、シド先生がダウンジャケット姿でホイッスルを持ち、氷の上に現れました。
「用意はいいか? いきなり飛び込むのは身体に悪い。自分の番が近づいたら前もってプールに入っておくのがいいと思うぞ。では、一番の生徒は前に出て」
「かみお~ん♪」
元気よく進み出た「そるじゃぁ・ぶるぅ」が氷のプールの端に立ちます。
「ぼくね、飛び込んでも全然平気! ね、ね、時間はいっぱいあるんだよね?」
「そうだな。普通に泳げば全員が一往復して、更に自信のある者が何往復か出来るだけの時間は取ってある」
「やったぁ! じゃあ、ぼく、何回か泳げるね。みんなと約束したんだもん」
エヘンと胸を張る「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、クラス全員が泳いだ後に制限時間が来るまで一人で泳ぐという計画になっていました。シド先生のホイッスルが鳴って。
「かみお~ん!」
ザッパーン! と飛び込んだ小さな身体が凄いスピードで泳いでゆきます。アッと言う間に向こう側に着き、折り返してくる中、プールの縁に近づいたのはジョミー君。一番クジを引いた責任を取らされ、本当に「そるじゃぁ・ぶるぅ」を背負えば大丈夫なのかを調べるための人身御供にされたのでした。恐る恐るプールに右手を突っ込み、慌てた様子で引っ込めています。
「大丈夫かしら、ジョミー? …凄く冷たそうよ」
心配顔のスウェナちゃん。ジョミー君の右手は真っ赤でしたが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が戻ってきたのでエイッとどてらを脱ぎ捨てました。そこへ泳ぎ着いた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が氷の縁に手を掛けて。
「ジョミーの番だよ! ほら、こっち!」
「わぁっ!!」
ドボン! ジョミー君は見えない力に引かれたように水中に落ち、背中に「そるじゃぁ・ぶるぅ」を乗せる形で浮かび上がって泳ぎ出します。冷たさなんか平気に見えるのはシールドのおかげ…?
「ぶるぅのシールド、凄いだろう?」
会長さんがニッコリ笑って特設プールを指差しました。
「1年A組の男子は全員、無事に往復できる筈だよ。…中には強情なのもいそうだけども」
「「「???」」」
「キースとシロエ。…キースは柔道部の意地でシールド無しで泳ぐんじゃないかな。キースがそうすれば、負けず嫌いのシロエもそうする。うちのクラスで本物の寒中水泳を見せてくれそうなのは、あの二人だね」
ジョミー君は見事に泳ぎ切り、安全を確認した男子たちが次々と「そるじゃぁ・ぶるぅ」を背負って泳ぎます。もっとも「そるじゃぁ・ぶるぅ」が離れた途端にシールドが切れ、寒さが襲ってくるようですけど。…ジョミー君たちはテントの中で服を着込んでストーブにあたり、おぜんざいを啜っていました。そうこうする内にキース君の番が来て…。
「ぶるぅ、俺にお前は必要ない」
そこで見ていろ、と格好よく飛び込むキース君。水が冷たいせいか普段よりもスピードが落ち、肌も赤くなっているのに、ちゃんと泳いでターンして…。戻ってきたキース君と入れ替わりに飛び込んだのはシロエ君でした。こちらも一人で泳ぐと言い切り、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はつまらなそうにプールに浮かんでいます。
「キース君もシロエ君も、すご~い!」
「かっこいいわよね」
キャアキャア騒ぐ女の子たち。会長さんは憮然とした顔で…。
「ぼくだって泳ごうと思えば泳げるのにさ。ちぇっ、それなのに女子だなんて」
会長さんの場合はシールドを張って泳ぐのでは…と思いましたが、スウェナちゃんも私も黙っていました。アルトちゃんとrちゃんは「身体を大事にして下さい」と心から心配している様子。…そう簡単にくたばるような人じゃないですよ、と言ってあげても、二人とも信じはしないでしょうねえ…。
シロエ君の後、残りの男子が「そるじゃぁ・ぶるぅ」を背負って泳いでも時間はたっぷりありました。寒さ知らずの「そるじゃぁ・ぶるぅ」は終了の合図のホイッスルが鳴るまで、何度もプールを往復してからテントに走って行きましたけど、お目当てはおぜんざいだったみたいです。そんな1年A組に敵うクラスがあるわけもなく…。
「なんだよ、順番に手を漬けているだけじゃないか」
「俺たちの手前、棄権だけはしたくないってことだろうぜ」
みっともない、と他のクラスを指差して笑う男子たち。自分たちだって「そるじゃぁ・ぶるぅ」がいなければ泳げなかったくせに、喉元過ぎればなんとやら…です。果敢に泳ぐ人は運動部の人か特別生。特別生は恐らくシールド効果でしょう。とはいうものの、その人たちも一往復が限界で…。
「競技終了!」
ホイッスルが鳴り、ブラウ先生が進み出ました。男子の部は1年A組の勝利。学年一位も学園一位もゲットです。
「おめでとう、1年A組は男子も女子も見事学園一位だよ! 今年の学園一位の副賞は先生方との雪合戦だ」
「「「雪合戦!?」」」
驚いている私たちの前で、職員さんたちが大量の雪を運んで来ました。
「プールから切り出した氷で作った人工雪さ。これを1年A組の生徒全員と、先生チームとでぶつけ合う。特にルールは設けないから、勝ち負けも無し。ただ楽しめばいいんだけども、落ちないように注意しとくれ」
特設プールの周囲に落下防止のロープが張られて、氷の上に人工雪が撒かれます。これは手袋が役立ちそう! 穴釣り用に開けられた穴も丁寧に埋められ、私たちは思いがけないイベントにワクワクしながら準備が整うのを待ちました。フカフカの人工雪はかなりの量がありそうです。それを見ながら会長さんが。
「先生チームとの戦いとなると、雪玉は多いほど有利だよねぇ? よし、ぶるぅとぼくが雪玉を作る。君たちは投げるのに専念したまえ。勝ち負け無しでも、先生方を圧倒したいと思うだろう?」
それはもちろん、と一斉に頷くクラスメイト。
「ぼくたちの雪玉はスペシャルだよ。出来上がりを楽しみにしててほしいな」
自信たっぷりな会長さん。やがて氷のプールは水面を残して白い雪で埋まり、対戦相手の先生方の登場です。教頭先生、シド先生、グレイブ先生、ゼル先生…。もちろんブラウ先生やミシェル先生も。マイク担当はエラ先生に代わりました。
「1年A組の皆さん、用意はいいですか? 草鞋を履くのを忘れないようにして下さいね。雪合戦は二十分間です。興味の無い人は雪だるまを作っていてもいいですよ。その場合は参加していないことを示すために帽子をかぶっていて下さい」
帽子はこちら、と黄色い帽子を積み上げた机を示されましたが、取りに行く人はいませんでした。全員、やる気満々です。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製のスペシャル雪玉の威力はどんなものでしょう?
「あらかじめ作れるわけじゃないから、最初は自力で戦って。…完成したら合図をするよ」
会長さんが雪玉の製造場所に決めたのは特設プールのすぐ隣。運び込まれた雪の残りを積み上げた山があったのです。エラ先生の「はじめっ!」の声で、私たちは雪で埋まったプールの上に飛び出しました。
全校生徒の声援の中、激しく雪玉が飛び交います。足元の雪を丸めては投げ、丸めては投げ…。先生方の方が少人数の筈なのに圧倒されてしまいそうなのは、よほど要領がいいのでしょうか。
「かみお~ん♪ 雪玉の用意、できたよ!」
大きな声に呼ばれて行くと、雪玉が山盛りになっています。みんな早速、それを掴んで投げ付けると…。
「「「わぁっ!!」」」
避けそこなった先生方に当たった雪玉が炸裂し、派手に白いものが飛び散りました。雪煙というヤツです。どんな作り方なのか分かりませんけど、当たるとしばらく視界を妨害できるみたい。先生方からの攻撃は止み、一方的に私たちが攻め始めます。雪玉は次々に補充され、もう楽しくてたまりません。
「あっちじゃ、あっちで雪玉を作っておるぞ!」
ゼル先生の悲鳴が上がりましたが、もう先生方は雪玉を作る余裕も無いようでした。屈み込んで雪を握ろうとすると、すかさず雪玉が飛び込んできて視界が真っ白になってしまうのですから。…ん? グレイブ先生がいない…?
「そこだぁーっ!!!」
グレイブ先生の叫び声が響き、雪玉製造基地に人影が乱入するのが見えました。
「反則だろ、グレイブ!」
「やかましい! 雪玉さえ使えば反則ではない!」
会長さんとグレイブ先生が言い争った次の瞬間、凄まじい雪煙が上がります。どうやらグレイブ先生は会長さんのスペシャル雪玉を盗みに入ったようでした。
「おい、やばいぞ!」
「俺たちの雪玉を盗られてたまるかーっ!!」
「かみお~ん!」
たちまち雪玉製造基地の周囲が戦場になり、大乱闘の合間を縫って「そるじゃぁ・ぶるぅ」が追加の雪玉を転がしてきます。雪煙で何がなんだか分からないまま、この辺りだと見当をつけた所へ雪玉を投げまくる私たち。先生方は雪玉製造基地を制圧すべく、じりじりと包囲網を狭めていました。と、その時…。
「あっ!?」
「ブルーっ!?」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の声が聞こえ、落下防止用のロープが外れて宙に。投げ出された会長さんの身体がプールに向かって落ちてゆきます。
「「「きゃあぁぁ!!!」」」
「ブルーっっっ!!!」
激しい水音と飛沫が上がり、もうダメだ…と思ったのですが。会長さんは水に落ちてはいませんでした。代わりに落ちた……いえ、飛び込んだのは教頭先生。両腕でしっかりと会長さんを抱え、濡れないように支えています。
「おぉっ、ハーレイ、よくやった!」
ゼル先生が嬉しそうに叫び、シド先生とグレイブ先生が会長さんを助け上げました。雪合戦はもちろん中止。会長さんは乱闘の最中に足を滑らせてしまったらしいのです。
「ブルーが落っこちなくて良かったよ」
なにしろ身体が弱いんだから、とブラウ先生。
「で、ハーレイ。…あんた、いつまで我慢大会してるんだい? 殊勲賞なのは分かったからさ、さっさと上がって着替えてきな」
「………」
「なんだい、動けないっていうんじゃないだろうね? え? なんだって?」
ブラウ先生が屈み込み、他の先生方も教頭先生の近くに寄って行って…。それから間もなく担架が運び込まれ、プールから引っ張り上げられた教頭先生は会場の外へ搬送されてゆきました。いったい何が起きたのでしょう? 負傷だとしか知らされないまま、表彰式が済み、人騒がせな水泳大会は無事に終了したのでした。
どてらと縁の切れた放課後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に顔を揃えた私たち。寒中水泳を披露したキース君とシロエ君も元気一杯で宇治金時を食べています。プールは凍っていましたけれど、外はしっかり暑いんですから。
「結局、教頭先生はどうなったんだ?」
首を傾げるキース君。今日は部活の無い日ですけど、明日からの柔道部の稽古を思えば心配になりもするでしょう。
「どうって…運ばれていったじゃないか。まりぃ先生の付き添いで」
会長さんの答えにキース君の顔が険しくなります。
「まりぃ先生が…付き添い? すると保健室ではないんだな」
「うん。まりぃ先生、応急処置に悩んでいたよ。冷やせばいいのか、温めればいいのか…って。保健室には珍しいからねぇ、ギックリ腰は」
「「「ギックリ腰!?」」」
「そう。とりあえずノルディの病院に運ばれて行った」
後はお任せ、と会長さん。
「しばらく安静にするしかないだろう。柔道部の指導は無理だと思うよ」
「ギックリ腰って…教頭先生ほどの人が…」
信じられない、と呟くキース君。日頃、筋肉を鍛えている教頭先生が会長さんを受け止めたくらいでギックリ腰になる筈がないと言うのです。
「うーん…。そう言われると責任を感じちゃうな。…素直に落ちていればよかった」
「「「は?」」」
落っこちたんだと思いましたが、違うんでしょうか? 会長さんは苦笑しながら。
「落ちかけたのは確かだよ。…でも、あんな冷たいプールに落ちたら間違いなく風邪を引くだろう? シールドを張って濡れるのを防ぐか、水に落ちるのを食い止めるか。それで落ちない方を選んだ。ぶるぅに助けて貰ったんだ、と言うつもりでね」
「「「落ちない方?」」」
「サイオンで宙に浮いたんだよ。そこへハーレイが飛び込んできた。ぼくを受け止める気で身がまえたのに、ぼくの体重が消えてたら…どうなると思う? 筋肉は全て空回り。おまけに水は氷のようだし、ギックリ腰になるのも無理はない。…申し訳ないことをしたかな」
なんと! 教頭先生、これではまるで犬死にです。いえ、死んだわけではありませんけど…。
「君たちも犬死にだと思うかい? ちょっと気の毒すぎただろうか」
「難しいところだな…」
キース君が考え込み、ジョミー君が。
「犬死にだとは思わないよ。ゼル先生たちも誉めてたんだし、ブルーを助けて正解でしょ?」
「だけど必要なかったんです。…ぼくは犬死にだと思いますが」
シロエ君も加わり、サム君は…。
「俺なら犬死にでも気にしないなぁ。ブルーが無事で良かった、って思うだけでさ」
流石はサム君。教頭先生と同じ目に遭っても、後悔したりはしないのでしょう。会長さんは空になった宇治金時の器をじっと見詰めていましたが…。
「ハーレイが好きでやったことだし、放っておこうと思ったけれど…。ぶるぅ、今日からハーレイの家に行ってくれるかな? ギックリ腰だと家事をするのも大変そうだ」
「オッケー! でも、ブルーは?」
「ぼくは一人でも大丈夫。いざとなったらフィシスもいるし」
「そうだね。じゃあ、ぼく、お手伝いに行く!」
何が要るかなぁ、とメモをし始める「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんったら、なんだかんだと苛めていても、教頭先生を大事に思ってはいるんですねぇ。
翌日、教頭先生は欠勤でした。ギックリ腰だと噂が広まり、意外な事にアルトちゃんが涙目です。ファンだったらしく、寮に戻って秘伝の塗り薬を取って来ました。届けてあげて下さい、と渡されたものの、どうしたら…?
「おや、珍しいものを持ってるね」
会長さんが塗り薬の瓶に目を留めたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋です。終礼が済んで行ってみると、お部屋の主はいませんでした。
「ぶるぅはハーレイの所だよ。みんなでお見舞いに行こうと思ってたんだ。ぼくが一人でハーレイの家に行くのは止められてるから…。その薬もお見舞いの品なのかな?」
「アルトちゃんの家に伝わる秘伝の薬らしいです」
「いいね、ハーレイが喜ぶよ。花屋さんに注文した花も入荷してるし、バッチリだ」
柔道部三人組も揃っているので、私たちはすぐに出発しました。バスで教頭先生の家の近くまで行って、花屋さんに寄って、教頭先生の家に着くと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が門扉を開けてくれて。
「かみお~ん♪ ハーレイ、ベッドから全然動けないんだ」
「そうみたいだね。だからお見舞い」
会長さんが先頭に立って二階の寝室に向かいます。教頭先生は本当に寝込んでいました。
「こんにちは、ハーレイ。…昨日は、その…ぼくのせいで…」
「ブルー…。わざわざ見舞いに来てくれたのか?」
「うん。これ、ぼくの気持ち。暑い時期でも、ある所にはあるものだね」
ベッドサイドに置かれたものはシクラメンの鉢植えでした。キース君が必死になって止めたのですが、会長さんは譲らなかったのです。「鉢植えは根があって、寝付く。シクラメンは死苦に通じるから駄目だって言うんだろ? そこがいいんだ」と。
「はい、シクラメンの花言葉。…ハーレイ、こういうのには疎そうだし」
会長さんが渡したカードを開いた教頭先生は感無量でした。
「そうか、はにかみ・内気…切ない私の愛を受けて下さい…か…。冗談だと分かっていても嬉しいものだな」
「ふふ、鉢植えでも喜ぶんだ」
「何か言ったか?」
「ううん、なんにも。…それより、ギックリ腰に効く塗り薬を貰ってきたんだよ」
アルトちゃん秘伝の塗り薬の瓶を取り出した会長さんは、赤い瞳を悪戯っぽく輝かせて。
「ぼくが塗ってあげる。そんな状態じゃ塗れないだろ?」
よいしょ、と布団を剥がれた教頭先生は耳まで真っ赤になりました。
「ちょ、ちょっと待て、ブルー! その薬は何処に塗るものなんだ?」
「患部に決まっているじゃないか。ギックリ腰だから腰だよね。…あ、女の子は外に出てて。トランクスを脱がさなきゃいけないから」
スウェナちゃんと私が外に出た後、扉の向こうで何があったのかは知りません。防音なので全く聞こえなかったのです。再び呼び込まれた時、教頭先生は脂汗を浮かべてベッドの上で唸っていました。
「…おかしいなぁ…。ちゃんと薬を塗ったのに」
部屋の中には怪しげな匂いが満ちています。ジョミー君たちの話によると、塗り薬はこの世のものとも思えない悪臭を伴っていたらしいのですが、薬には違いない筈ですし…教頭先生は何故苦しんで…?
「あんたが無茶な動きをさせたんじゃないか!」
キース君の怒鳴り声を会長さんはサラッと聞き流して。
「あれはハーレイが悪いんだ。ぼくは薬を塗っているだけだったのに、一人で勝手に盛り上がった挙句に鼻血まで出してしまうんだからさ」
ねぇ? と妖艶な笑みを浮かべる会長さん。
「治るまで毎日、塗りに来た方が良さそうだね。なんなら入浴も手伝おうか? 隅から隅まで洗ってあげるよ」
教頭先生の返事は返ってきませんでした。腰が相当痛むようです。塗り薬の効果が出てきたとしても、今日のような調子で薬を塗りに来られたのでは、全てが元の木阿弥に…。けれど会長さんは気にする風もなく、満足した顔で微笑みました。
「人の役に立つって気持ちいいよね。鼻血が出るほど喜んでくれたし、明日もお見舞いに来る事にするよ。家事はぶるぅに任せておいて、ぼくは塗り薬を塗ってあげるんだ。治ってきたら、お風呂にも入れてあげなくちゃ。ぼく一人だと危険すぎるから、誰かに手伝ってもらって…ね」
視線の先にいたキース君とジョミー君が慌てて首を横に振りましたが、会長さんは知らん顔。こうと決めたら譲らないのが会長さんのやり方ですし、お風呂はともかく、塗り薬は決定事項でしょう。ギックリ腰は全治1、2週間らしいのですけど、なんだかそれよりも長引きそうな…。
「じゃあ、今日はこれで帰るから。ぶるぅ、ハーレイをよろしく頼むよ。シクラメンの世話も忘れずにね」
「うん! ぼく、頑張る♪」
まだ呻いている教頭先生に軽く手を振って、会長さんは寝室の扉を閉めました。アルトちゃん秘伝の塗り薬、とんでもない使われ方をしちゃいましたが、いいんでしょうか?
「大丈夫だよ。あの薬、効き目は確かなようだ。…悪化したように見えてるけれど、明日にはグッと痛みが和らぐと思う。それにハーレイがいい思いをしたのも確かな事実さ。天国と地獄は紙一重…ってね」
クスクスクス、と笑う会長さん。いい思いって…やっぱり塗り薬を塗ってる間に色々と…? どこまでも悪戯好きな会長さんが贈ったお見舞いの花はシクラメン。おまけにしっかり鉢植えですけど、花言葉で騙されちゃった教頭先生、心から感激していそうです。ギックリ腰になった甲斐があった、なんて思っていたら可哀想すぎて涙もの。教頭先生、一日も早く腰を治して学校に復帰して下さ~い!
水泳大会の女子の部に会長さんを登録する、というグレイブ先生の企みは見事に成功しました。スウェナちゃんと私が買いに行ったスクール水着は無駄にならなかったわけですが…会長さんは浮かない顔。柔道部の部活も終わった放課後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で何度も溜息をついています。今日のおやつのサマープディングも食べ終わってはいませんでした。
「ブルー、気分が悪いんじゃないよな?」
「平気だよ、サム。…ぼくにかまわずに食べてていいから」
柔道部三人組が来たので「そるじゃぁ・ぶるぅ」がタコ焼きを作り始めました。焼き上がった分からソースを塗って食べるんですけど、会長さんはまだサマープディングをつついていて…。
「…イメージっていうのは大切だよね」
「「「は?」」」
意味不明な言葉に首を傾げる私たち。
「シャングリラ学園一の美形で通してきたのに、お笑いキャラにされちゃいそうだ」
「…もしかして……水着?」
ジョミー君が尋ねると、会長さんは深い溜息をついて。
「うん。昨日、スウェナたちが買ってくれたヤツを着てみたんだけど、なんていうか……。もう最悪」
「ええっ、そんなことないよ!」
似合ってたよ、と明るい笑顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「背が高いから、かっこいいもん。なのにブルーは嫌がっちゃって、ゼッケンに名前も書かないんだよ」
ダメだよね、と言われましたが、ここで頷いていいものかどうか。私たちが顔を見合わせていると、会長さんは額を押さえました。
「…ゼッケンに名前…ね…。帰ったら書くよ、もう逃げられないし…。まったく、なんで女子用のスクール水着なんかを…」
「女子なんだから仕方ないだろう」
キース君がニヤリと笑って。
「それとも他の水着で出るか? 女子用しか許可は下りんと思うがな」
「…直訴に行ったらブラウに言われた」
あんまりだ、と不満そうな顔の会長さん。水泳大会はブラウ先生が担当しているようです。
「女子としてエントリーした以上、女子用の水着しか許可しないってさ。それも学校指定のヤツ。おまけに笑いながら言ったんだ。…どうしても目立ちたいんならビキニも特別に許してやるよ、って!」
「「「ビキニ!?」」」
えっと…。男性用の競泳水着じゃないですよね。ブラウ先生、お茶目すぎです。会長さんは心底、憂鬱そうに。
「…シャングリラ・ジゴロ・ブルーも終わりかな…。いくらなんでも、あの水着じゃあ…」
「大丈夫だって! 俺、ブルーのこと大好きだし」
サム君が懸命に慰める横で、キース君たちが必死に笑いを堪えていました。身内からしてこの有様では、当日が思いやられます。会長さんには気の毒ですけど、多分、私も笑うだろうなぁ…。
いよいよ水泳大会当日。グレイブ先生の激励を受けた1年A組はプール館に向かいました。まずは割り当てられた更衣室で着替えです。流石に会長さんは男子更衣室に行きましたけど、グレイブ先生からは「着替えを終えたら女子更衣室の前で合流するように」との指示が。
「…会長さん、まさか私たちみたいな水着ってことはないわよねえ…」
「うん、ないと思う」
「でもさ、女子で登録している人が男子の格好でもかまわないわけ?」
女子更衣室の中は無責任な会話で賑やかでした。真実を知っているスウェナちゃんと私は、この後の阿鼻叫喚を覚悟しながら着替えを終えて、みんなと一緒に廊下に出ます。会長さんはまだ来ていません。…あれだけ嫌がっていたんですから、登場が遅くなるのも無理ないですけど…って、ええぇっ!?
「やあ、お待たせ。…ちょっと着替えに手間取っちゃって」
廊下の角を曲がって現れた会長さんは水着姿ではありませんでした。足首まである紫に銀の縁取りのロングスカートで、同じ生地の幅広の布が胸の前を通ってゆったりと左の肩の後ろに垂れていて…。
「きゃーっ、素敵! それ、サリーって言うんですよね!?」
「お似合いですぅ~!」
キャーキャー騒ぎ出す女の子たち。サリーって…なんでまた…。
「綺麗だろ、これ? シルクなんだ。ぼくも必死で考えたんだけど、スクール水着をカバーできる女性用の上着って無いんだよねぇ。パレオじゃお笑いにしかならないのさ」
だからこれ、と得意そうな会長さんの右の肩と左脇には紺色のスクール水着の片鱗が覗いています。
「ペチコートの代わりにベルトを巻いているんだよ。そこに挟み込んで着てるってわけ。解けば一枚の布なんだから、文句は言われないと思うな。特大のストールなんです、って答えればいいし…。虚弱体質の特権だね」
会長さんは完全に開き直っていました。女の子たちはサリーの着付けや布の長さを質問しては黄色い悲鳴を上げています。スクール水着、現時点では隠しおおせているようですけど、この先は? 競技が始まったらどうにもならないと思うんですけど、それはその時だというのでしょうか。
『少しでも人目につくのを遅らせたいのさ。…好きで着ている水着じゃないし』
届いた思念は相当に泣きが入っているようでした。けれど会長さんは笑顔で女の子たちに応じています。シャングリラ・ジゴロ・ブルーの名前に恥じない愛想を振り撒く会長さんを囲んで、私たちは水泳大会の会場になるプールに出かけていったのですが…。
「あら。…ずいぶん派手な水着ですね、ブルー」
入口の左右に受付があり、声をかけたのはエラ先生。男子はシド先生が受付です。
「水着じゃありません。身体を冷やすとダメだと思って、特大のストールを用意しました」
「まあ…。日頃の心掛けがいいのかしら? 今日は確かに身体を冷やさないのが一番ですよ」
はい、とエラ先生が大きな袋を会長さんに差し出しました。
「皆さんもクラスと名前を言って下さいね。これを渡さないといけませんから」
「…何、これ?」
袋を抱えた会長さんの問いに、エラ先生が。
「会場に入れば、すぐ分かりますよ。男子にも用意してあります」
言われて男子の受付を見ると、ジョミー君が袋を受け取っているところでした。受付の後ろには袋が山積み。名前を名乗ると職員さんが同じ名前が書かれた袋を捜して先生に渡すみたいです。会長さんは袋を抱え直して、私たちの方を振り向きました。
「よく分からないけど、要るみたいだよ。大丈夫、そんなに重くはないから」
スウェナちゃんが先に袋を受け取り、続いて私も貰ったのですが…大きさの割に軽いものです。何が入っているんでしょう? クラス全員に行き渡った所で、シド先生が入口の扉に手をかけました。
「いいか、立ち止まらないで急いで入場するんだぞ。ここは開け放し厳禁だからな」
「「「はーい!!!」」」
二列に並ばされた私たちは元気に返事し、扉が左右に開きます。途端に凄い冷気が吹き出して来て…。
「「「寒っ!!!」」」
なんじゃこりゃ、と効き過ぎの冷房に文句を言いつつ駆け込んでいくと、扉の向こうは信じられない光景でした。
水泳大会が行われるシャングリラ学園自慢の屋内プールは五十メートル。幅は二十メートルあるんですけど、プールは影も形も無くて、代わりに広がっていたものは…。
「「「氷っ!?」」」
真っ白に凍りついた四角い水面が鈍い光を放っていました。効き過ぎとしか思えない冷房は氷を溶かさないためだったのです。先に入場していた生徒たちの格好がまた珍妙で…。
「ほらほら、さっさと服を着な!」
ブラウ先生がマイク片手に呼びかけます。先生方はジャージの上にお揃いのダウンジャケットを羽織り、プールサイドの生徒たちは綿入れ半纏…俗に言う『どてら』姿ではありませんか!
「受付で袋を貰ったろう? そこに一式入ってるよ。身体を冷やしちゃいけないからね。あんたたちのクラスの応援場所は端から二番目」
私たちは1年A組と書かれたブロックに走り、袋の中身を取り出しました。どてらの他にラクダ色のシャツ、ダボダボのキルティングのズボン、分厚い二本指の靴下、手袋とマフラーが入っています。
「…正直言ってダサイですね」
シロエ君がこぼしましたが、他に着るものはありません。半端ではない冷房の中、水着だけでいたら確実に風邪を引くでしょう。どてらは男子が青色、女子が赤色の縞柄で、ズボンはモンペみたいな紺色の絣模様。ラクダ色のシャツは腹巻が似合いそうな代物です。
「…風邪は万病の元って言うしね…」
会長さんが上半身に纏ったサリーで器用に水着を隠しながらシャツを身に着け、赤いどてらを羽織ります。私たちが着替える間に会長さんはズボンを履いてサリーを床に落としました。
「この格好でもスクール水着よりかはグッと粋だと思っちゃうな。それにしても、まさか氷とはね」
寒すぎるよ、とサリーを身体に巻きつける会長さん。もちろん靴下と手袋、マフラーも身に着けています。
「ダイオウイカって寒い海にもいるのかな…?」
青いどてらのジョミー君が一面の氷と化したプールを眺め、キース君が。
「いるかもしれんが、このプールにはいないと思うぞ。わざわざ凍結させたからには、ダイオウイカの線は無いと見た。…きっとろくでもないことが…。寒中水泳をやらせる気なのか? 凍ったプールで」
寒中水泳! それはあまりにあんまりな…。けれど水泳大会ですし…。
「このために立ち入り禁止にしてたんですね…」
マツカ君が呟き、どてら姿の「そるじゃぁ・ぶるぅ」がピョンピョン飛び跳ねてはしゃいでいます。
「かみお~ん♪ なんだかスケートできそう! ね、ね、ブルー、ちょっと滑ってきてもいい?」
「ダメだよ、ぶるぅ。もうすぐ始まるみたいだ」
最後のクラスが着替え終わると職員さんが座布団と膝かけを配って回り、ブラウ先生が進み出ました。
「よーし、行き渡ったみたいだね。プールサイドは冷えるから、みんな座布団に座っておくれ。水泳大会を始める前に、まずは校長先生のご挨拶だ」
モコモコに着膨れた校長先生は短い開会の挨拶をして、さっさと出て行ってしまいます。ブラウ先生が再びマイクを握り、先生方が左右にズラリと並んで…。
「さあ、水泳大会の始まりだ! 今年はいつもと一味違うよ。午前中は女子の競技で、午後が男子。ご覧のとおりのプールだからね、競技もちょっと普通じゃない。まずは女子の部、スタートといこうか。おっと、その前に準備が要る。よろしく頼むよ」
教頭先生とゼル先生、シド先生にグレイブ先生…と男の先生方と職員さんたちが姿を消して、すぐに戻ってきたのですが…。
「「「えぇぇっ!?」」」
先生方が手にしていたのは一メートルを超える金属製の奇妙な形の棒でした。先の方に螺旋状のドリルがついていて、反対側は握りのついたハンドルになっています。あれって、なに…?
「あははは、みんな驚いたかい? 本格派アイスドリルの性能をよく見ておくれ」
凍りついたプールの上に散らばった先生たちがドリルの先を氷に当てて、ハンドルを回し始めました。グルングルンとドリルが氷に食い込んでいきます。人力で氷に穴を開けようというわけですが、それでいったいどうしろと…?
直径十五センチくらいの丸い穴があちこちに開くと、その横に折り畳み式の小さな椅子が据えられました。先生方がプールサイドに戻るとブラウ先生がウインクして。
「これで準備はオッケーだ。そろそろ分かってる子もいるんじゃないかい? あんたたちの代わりにオモチャのワカサギが泳いでくれる。女子の競技は穴釣りだよ」
ほら、とブラウ先生は銀色に光る小さな魚のオモチャをバケツの中から取り出します。
「今からこれを放すからね。このワカサギは精巧なロボットだから、本物のワカサギ釣りの気分を楽しめる。運が良ければ食いついてくれるし、ダメなら坊主。坊主の意味は分かるかい? まるで釣れないっていうことさ。クラスごとに制限時間を設けて、時間内に多く釣り上げたクラスが勝ちになる」
学年ごとの一位と学園一位は釣果で決まる、というわけです。寒中水泳じゃなくて良かったぁ…。
「釣る順番はクジ引きだよ。クラス代表はこっちにおいで」
会長さんが赤いどてらの上にサリーをストールのように羽織って、クジ引きに出かけてゆきました。その間にシド先生とグレイブ先生がバケツ何杯ものワカサギのオモチャを氷の穴に放しています。
「ダイオウイカはいないみたいですね」
シロエ君が言い、キース君が頷いて。
「そうだな。そんなヤツがいたら、オモチャでも食ってしまうだろうし…。だが、釣り大会とは驚いた」
「水泳だと思っていましたもんね」
男子は何を釣るのだろう、とジョミー君とサム君も加わって首を捻る中、会長さんが戻って来ました。
「うちのクラスは最後だってさ。有難いよね、目標の数字がハッキリしてて」
それまでの最高記録より一匹でも多く釣ればいいんだから、とニコニコ顔です。一番最後を引けるよう、クジに細工をしたに違いありません。そうこうする内に競技が始まり、最初のクラスが氷の上に出陣しました。靴下の上から滑り止めの草鞋を履いて、釣竿の他に小さなバケツ。しかし…。
「変だなぁ…。全然釣れていないぜ?」
サム君が首を傾げます。バケツ何十杯ものワカサギのオモチャを放していたのに、まだ一匹も釣れていません。制限時間は残り五分ほど。四分、三分…。
「はい、そこまで!」
ブラウ先生がホイッスルを吹き、空っぽのバケツを下げた女の子たちがプールサイドに上がって来ました。
「運が無かったみたいだねぇ。じゃあ、次のクラスにいってみようか」
二番目のクラスもダメダメでした。会長さん、もしかして細工してたりするのでしょうか。膝かけをして座っている会長さんを見ると、赤い瞳が悪戯っぽく輝いて。
『ちょっとだけね。回遊するコースを穴から外れた場所にしたんだ』
ぼくの力は知られてないから内緒だよ、と会長さん。
『ぼくたちの番が来た時は入れ食い状態にしてあげる。でも、それはぶるぅの御利益ってことにするからね』
何度もブラウ先生のホイッスルが響き、他のクラスの釣果は坊主だったり、ほんの少ししか釣れなかったりと散々です。いよいよ私たちの番になり、靴下の上から草鞋を履いたところで会長さんが。
「いいかい、これは運が良くなるおまじない。ぶるぅの赤い手形の御利益は全員知っているだろう? 氷にペタンと押して貰えば大漁間違い無しなんだけど、それじゃ反則になっちゃうし…。第一、ぶるぅは男子の部だし。だから、あくまでおまじないだよ」
知りたい人は手を上げて、と言われた私たちは一斉に手を上げていました。
「分かった。ぶるぅの決め台詞は知ってるね? かみお~ん♪ は元々、カミング・ホームの意味なんだ。それにあやかって、ワカサギのオモチャにカミング・ホームと呼びかけよう。バケツの家に帰っておいで、って。きっと沢山釣れると思うよ。全員が穴の縁に座ったところで、元気一杯叫んでごらん。かみお~ん♪ ってね」
「「「はいっ!!!」」」
バケツと釣竿を手にした私たちは氷の上に出てゆき、それぞれ好きな穴の縁に陣取ると、会長さんの合図を待って。
「「「かみお~ん!!!」」」
なんだなんだ、とざわめいているプールサイドの生徒たち。それにかまわず釣り糸を垂れ、アッという間にあっちこっちで…。
「釣れた!」
「私も釣れた!」
文字通りの入れ食い状態となり、バケツはたちまち一杯です。職員さんや先生方が新しいバケツを持ってきてくれ、釣って釣って釣りまくって…1年A組は女子の部で文句なしの学年一位、学園一位になったのでした。競技が終わった氷の上ではシド先生とグレイブ先生が穴の中にホースを突っ込み、ワカサギのオモチャの残りを回収中。ブラウ先生が午前の部の終了を告げ、お弁当タイムが始まりました。
「釣り大会で助かったよ。水着姿を見られずに済んだし、シャングリラ・ジゴロ・ブルーの面子が保てた」
豪華な「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製お弁当を食べながら会長さんが微笑みます。
「いくらぼくでも、あんな水着を着ている所を見られちゃね…。女の子を口説き始めたら思い出し笑いをされそうでさ」
「あんた、よっぽど嫌だったんだな」
先生方が寒さ対策用に配ってくれた豚汁を啜るキース君。
「更衣室でサリーを取り出した時はビックリしたぞ。…こいつ、サリーで更衣室の隅を区切って、その中で着替えてやがったんだ。で、俺たちが着替え終わったら早く出て行けとうるさくて…。結局、あんたの水着姿を目にしたヤツはいないってわけか」
出てきた時はサリーを着てたし、とキース君が言うとサム君が。
「ブルーがあんなに嫌がってるのに、見たいだなんて悪趣味だぜ。お前が女子の部だったらどうするんだよ。堂々とスクール水着を着て歩くのかよ?」
「そ、それは…遠慮したい…」
「ほら見ろ! ブルーだってグレイブ先生に言われなかったら絶対着ないさ」
「…すまん…」
申し訳ない、と頭を下げたキース君ですが、思い出したように顔を上げて。
「そういえばブルーは男子の部に参加できないから女子の部なんだよな。…俺たちは何をさせられるんだ?」
「やっぱり釣りじゃないでしょうか」
シロエ君が即答します。
「もっと、こう…ハードな相手を釣り上げるとか。力勝負で、負けたらドボンといくようなのを」
「負けたらドボン、か。…それは確かにブルーには無理かもしれないな。凍ったプールに落っこちたんじゃ、虚弱体質には命取りかも…」
「そう簡単に死ぬような人じゃないですけどね。でなきゃ三百年も生きられませんよ」
違いない、とキース君が笑った時。
「あれ?」
ジョミー君がプールの端っこの方を指差しました。
「あそこ…。先生たち、何をするんだろう?」
プールサイドに立っていたのは教頭先生とシド先生。二人ともチェーンソーを担いでいます。足元は長靴でガッチリ固め、ゴーグルを着けているようですが…。
「「「???」」」
気付いた生徒がザワザワし始める中、二人は氷の上に踏み出して行って、チェーンソーのエンジンを作動させます。ブルン、ブルンと重低音が響き、チュイーン…と動き始めたチェーンソーの刃が当てられた先は…。
「「「えぇっ!?」」」
ガリガリガリッ、と氷が飛び散り、穴釣り用に開けられていた穴にチェーンソーが食い込みました。ガガガガガ…と凄い音をさせて、教頭先生とシド先生がプールの氷を切ってゆきます。切り取られて放り出された氷の塊をグレイブ先生が拾って運搬用の橇のようなものに乗せていますが、氷の厚さは三十センチ以上ありそうでした。
「チェーンソーって氷も切れるんだ…」
感心しているジョミー君。教頭先生たちは氷を切っては引き上げ、そして運んでプールの穴はどんどん大きく…。
「ほらね、大物釣りなんですよ」
シロエ君が得意そうに言いました。
「女子は穴釣りサイズですけど、男子は釣堀サイズなんです。何を釣らせてくれるんでしょうね?」
「ブルーが引っ張り込まれそうなほどの獲物となると…。しかも氷の下だしな…」
考え込んでいるキース君に、マツカ君が。
「キングサーモンじゃないでしょうか。…畳サイズのオヒョウも有り得ますよ」
「そうだな…。その辺りが一番怪しいな」
氷の釣堀は順調に拡大してゆき、お弁当タイムが終わる頃にはプールの中央に四角い穴が開いていました。幅が五メートル、長さが二十五メートルくらい。元が五十メートルのプールですから、一回り小さなプールが氷の中に出来上がったような感じです。この大きさからして、男子が釣るのはやっぱりオヒョウかキングサーモン…?
午後の部の開始を控えて、プールサイドでは様々な憶測が飛び交っていました。大物を釣り上げたクラスが優勝だとか、釣り上げた獲物を完食したクラスが優勝だとか。食べ方の方も鍋とか刺身とか、果ては料理対決説まで飛び出す始末。そんな中、マイクを持って現れたブラウ先生は…。
「みんな、お昼はちゃんと食べたかい? 豚汁で温まってくれたかい? 午後は男子の競技だよ。男子も女子の時と同じでクラスごとの記録を比較する」
おおっ、と歓声が上がりました。釣りの成果か、はたまた早食い大会か。どちらにせよ大物釣りは確実ですし、何を釣らせてくれるのだろう、と男子は期待に顔を輝かせて種目の発表を待っています。
「競技会場はさっき先生方が作ってくれた特設プールだ。クラスごとに制限時間を設けて、その間にリレーをしてもらう」
「「「リレー?」」」
一斉に釣るのではなく、順番に竿を握るようです。体力勝負の大物釣りならではの発想かも…。竿の手渡しに失敗したら獲物が逃げることもありそうですし、難しいかもしれません。
「いいかい、チームワークが大切だよ。無理だと思ったら早めに次に譲ってもいいし、どこで交代するかは特に決めない。制限時間内に全員が最低一回ずつ出場してればオッケーだ。もちろん棄権も許されるよ。ただしクラス単位で…だけどね」
「「「えぇっ!?」」」
クラス単位で棄権となれば順位争いの資格を失くします。それほどのリスクを伴う大物釣りとは、いったいどういう種目なのやら…。
「とにかく早めに釣り上げて食う! それしかないな」
「待て、本当に食えるのか? ゲテモノってことも考えられるぞ」
「全員が最低一回だよな。釣りの腕はともかく、胃袋に自信のあるヤツを後に回した方がいい」
ワイワイと大騒ぎになるプールサイド。もちろん1年A組も例外ではなく…。
「ぶるぅは料理が上手いって聞くし、料理要員で残しておこう」
「いや、先に釣らせた方がいい。あいつなら一発で釣り上げそうだし、食えないような料理が出来たとしても、作り直してくれるかも…」
どうなんだ、と聞かれた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニッコリ笑って答えました。
「釣りもお料理も両方できるよ? ぼく、自分より重い魚も釣れちゃうし。サイオンがあるもん」
「「「サイオン?」」」
「ぶるぅの不思議な力のことさ」
会長さんが説明すると、男の子たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」を一番手にしようと決めたようです。他のクラスもジャンケンなどで順番を決めにかかったところへブラウ先生が。
「うんうん、大いに盛り上がってるね。でも、まず出場順を決めておくれよ。クジ引きはこっち」
1年A組からはクジ運に強いジョミー君が選ばれました。颯爽と出かけて行って引いてきたクジは…。
「………。ごめん。一番を引いちゃった」
「「「一番っ!?」」」
釣り堀に潜む対戦相手も分からないのに一番だとは、マズイなんてもんじゃありません。料理対決であったとしても、料理上手の「そるじゃぁ・ぶるぅ」の調理法を見られちゃったら、後のクラスは更にアレンジするでしょう。これは絶体絶命かも~!