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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

レンコン掘り…いえ、埋蔵金探しに燃えた田舎暮らしからアルテメシアの街に戻った私たち。埋蔵金を会長さんに持っていかれてガッカリしながら帰ってきたのが二日前です。今日は会長さんのマンションに集まって慰労会ということになっていました。ダイニングのテーブルにはトムヤムクンや生春巻き、パパイヤのサラダに様々な炒め物など「そるじゃぁ・ぶるぅ」自慢の料理が並んでいます。
「かみお~ん♪ 思い切りエスニックにしてみたよ! レンコン掘りの秘密基地では、こんなの食べてる暇がなかったもんね」
「レンコンじゃなくて埋蔵金だよ…」
フゥ、と溜息をつくジョミー君。レンコン掘りがメインだと思われても仕方ない日々を送った上に、埋蔵金は会長さんの懐に…。いっそレンコン掘りをしに行った、と思った方がマシな状況かもしれません。会長さんがクスッと笑って戸棚から封筒を取り出しました。
「はい、これ。君たちが出荷した蓮の花とレンコンの売り上げだよ。道具の借り賃を差し引いて貰って残った分だ。どうする? これもシャングリラに寄付しておく?」
「「「シャングリラ!?」」」
「そう。シャングリラ号に寄付するか、って聞いてるんだけど。ああ、料理は遠慮なく食べてくれたまえ」
「「「はーい!」」」
いただきます、と食べ始めた私たちに会長さんはニコニコと…。
「シャングリラは今、恒例の乗員交代の為に地球に近い場所にいる。話しただろう、夏休みの間に一番大きな入れ替えがある、って。この間の埋蔵金はシャングリラに乗せるつもりなんだ。君たちが稼いだお金も一緒に纏めて寄付しないかい? ぼくが金貨に替えに行くから。資産として蓄えるには金が一番なんだよね」
「…万一の時の備えってわけか」
「ご名答。流石キースだ。…で、答えは?」
寄付しろと言わんばかりの会長さん。確かにシャングリラ号の存在意義を考えてみると、いざという時のための資金は必要なのかもしれませんけど…レンコン掘りの売り上げなんか、埋蔵金の前には微々たるものでは?
「埋蔵金の箱に君たちの名前を書いたプレートを付けてあげてもいいよ。売り上げを寄付してくれるなら…ね。どうだい、子々孫々まで君たちの名前が残るんだけど。…今のままだと埋蔵金はソルジャーからの個人的な寄付ってことで、名前は何も付かないんだ」
「俺たちの名前か…」
「そう。シャングリラ号はもちろん、ぼくたち全員の資金を管理する部署にも君たちの名前が残る。…どう? 売上金を手に入れたって、何回か食べに出かけたら無くなっちゃうと思うんだけど」
うーん、難しいところです。稼いだお金を使ってしまうか、グッと我慢して名を残すか。我慢すれば箱2杯分の黄金に私たちの名前が入ったプレートが…。
「どうしよう? 名前が残るってかっこいいような気もするよね」
「だよな。俺たち、あんまり役に立ちそうもないし」
ジョミー君とサム君が言い、キース君が頷いています。シャングリラ号の記録に残せるほどの大きな功績を私たちが上げられるとは思えません。タイプ・ブルーのジョミー君なら、望みがあるかもしれませんけど。
「…思い切って寄付しちゃいますか?」
シロエ君の言葉に私たちは顔を見合わせ、埋蔵金掘りの言いだしっぺのジョミー君の顔を眺めて…。
「えっ、ぼくが決めるの? じゃ、じゃあ…記念に名前を書いて貰おうよ!」
「「「さんせーい!!」」」
会長さんは嬉しそうに笑い、「いいんだね?」と念を押しました。
「分かった。埋蔵金は君たち全員の名前をつけてシャングリラ号に送ることにする。夏休みのいい記念になるよ」
ほらね、とダイニングの床に瞬間移動で現れたのは埋蔵金が詰まった箱。蓋が開けられ、黄金の輝きに魅せられながらのランチタイムが賑やかに過ぎていきました。

「そうそう、例の阿弥陀様だけど」
タイ風お好み焼きを取り分けながら、会長さんがジョミー君とサム君を交互に見詰めて微笑みます。
「ジョミーとサムが使うゲストルームに置こうと思ってるんだよね。そうしておけば、泊まりに来た時はいつも拝んでもらえるし…それ以外でも拝みたくなったら言ってくれれば招待するし」
「…それって、俺とジョミーはいつでも来てもいいってこと?」
「そうなるね。もちろんサムが一人で来てもかまわないよ」
「ええっ!?」
サム君の顔がパァッと輝き、幸せオーラが出ています。会長さんの家に来られるのなら、毎日でも阿弥陀様を拝みかねない勢いですけど…そんな動機でいいんでしょうか? 案の定、キース君が渋い顔で。
「おい。弥陀本誓願に恋愛成就は無かったと思うぞ」
「…ミダ…ホンセーガン…?」
オウム返しはジョミー君。えっと、それって何でしょう? 会長さんが「入ってないね」と即答して。
「弥陀本誓願っていうのは、阿弥陀様が衆生を救うためにお立てになられた四十八の誓いなんだ。その中に恋愛成就は無いだろう、とキースは文句を言ってるわけ。だけど発心なんて動機は何でもいいんだからさ、サムが阿弥陀様を拝みたいならいつでもおいで」
「ホントに?」
「うん。どうせなら御厨子に入れてもらうのもいいね。仏具のカタログがあるから見るかい?…よかったらジョミーも一緒に選ぶといいよ」
寺院仏具と書かれた分厚いカタログを会長さんが取り出し、パラパラとページをめくります。埋蔵金ならぬ阿弥陀様を掘り当てたばかりに、ジョミー君とサム君は仏門に更に近づいてしまったようですが…。
「ぼくとしては黒漆塗りが荘厳でいいんじゃないかと思うんだけどね。黒檀もなかなかに重みがある。もっと気軽に接したい、というなら杉やケヤキがいいかもしれない。形も色々揃ってるから、好みのがあれば言ってほしいな」
「んーと…。俺、こういうのってよく分からないし…。ブルーに任せていいよな、ジョミー?」
「どうでもいいよ…。嫌だって言っても買う気だろうし」
ジョミー君はブツブツ言いつつ蟹のカレー炒めをお皿に盛って。
「そんなことより日焼けをどうにかしてほしいんだ。庭で日光浴をしてみたんだけど、一日じゃどうにもならなかったよ。…顔しか日焼けしてないだなんて、ものすごくカッコ悪くってさ!」
「「「うっ…」」」
キース君たちがグッと言葉に詰まります。レンコン掘りの作業服は顔以外をゴムの胴長と手袋で覆ってしまうものでしたから、男の子たちは顔だけ日焼けして手足は全く焼けていません。ジョミー君が日光浴をしようとしたのも無理はないという状況でした。
「阿弥陀様を拝めば手足もちゃんと日焼けする、っていうんだったら頑張るよ? でも違うだろ! 夏休み、あと2週間しかないじゃないか! 毎日庭で日光浴なんて退屈だよ。退屈せずに日焼けしたいよ!」
「…みんなで海に行ってみますか?」
遠慮がちに聞こえたマツカ君の声。けれど…。
「「「行く!!!」」」
一斉に叫ぶ男の子たち。スウェナちゃんと私も便乗して叫んでしまっていました。マツカ君が言う海というのは、埋蔵金を掘りに行かなかったら泊まってた筈の海の別荘。去年過ごしたゴージャスな別荘ライフをもう一度、です。

別荘行きの案はアッという間に盛り上がり、マツカ君が手配をしようとケータイを取り出したのですが。
「納涼お化け大会には参加しないのかい?」
置き去りにされた会長さんが仏具カタログを手にして不満そうです。
「去年はスウェナとみゆしかクリアできていないだろう。雪辱戦をすればいいのに」
「クリアしたって手拭いとお菓子しかくれないじゃないか! 日焼けの方が大問題だよ」
ジョミー君が食ってかかると、キース君が。
「そうだな。それに、お化けの仕掛けもサイオンだと分かってしまったし…今の俺たちには意味がない」
「でも、出るべきだとぼくは思うな」
唇を尖らせている会長さんに、マツカ君が恐る恐る尋ねました。
「あの…。話に加わってらっしゃらなかったので、お嫌なのかと思ったんですが…。よろしかったら別荘においでになりませんか? ぶるぅも一緒に」
「ぼくとぶるぅも? ありがとう、君はいい子だね、マツカ」
あちゃ~。会長さんったら、拗ねていただけだったみたいです。上機嫌になった会長さんは別荘ライフについて話し合うべく、仏具カタログをポイッと後ろへ放り投げたのですが…。
「いったぁ~い!!」
ゴッ、という音と甲高い悲鳴が響きました。
「「「ぶるぅ!!?」」」
頭を抱えてうずくまっているのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。あれ? テーブルのそばでグリーンカレーを盛りつけているのも「そるじゃぁ・ぶるぅ」…。
「いたたたたた…。今の、ブルーが攻撃したの? ひどいや、全然読めなかったよ!」
「…ぶるぅ? ごめん、ごめん。お使いに来たのかい?」
銀色の小さな頭を撫でる会長さん。仏具カタログがヒットしたのは別の世界のシャングリラから来た「そるじゃぁ・ぶるぅ」のそっくりさんの「ぶるぅ」でした。「ぶるぅ」はプルプルと頭を振って。
「ううん、寄り道しただけだよ。美味しそうな匂いがしたんだもん!」
「ああ、今日はパーティーみたいなものだからね。辛い料理も多いけど、食べていく?」
「うん!」
会長さんの言葉に「ぶるぅ」は無邪気に喜び、増やされた椅子に座りました。えっと…確か「ぶるぅ」は大食いなのでは…。お料理が足りなくなったら「そるじゃぁ・ぶるぅ」に頑張って貰うしかありません。
「ぶるぅ、寄り道って言ってたけど…。ぼくの家の他に、君が行くような場所があったかな?」
首を傾げる会長さんに「ぶるぅ」は得意そうな笑みを浮かべて。
「あのね、キャプテン……ううん、教頭先生のところ。何回か来てみたんだけど、いつもお留守でダメだったんだ」
「ハーレイの家? 夏休みはシャングリラ号と何度か往復するから、留守の時にばかり当たったんだね。でもハーレイに用事って…ぼくにじゃなくて?」
「うん! ブルーに頼まれたものを届けに行ってきたんだよ」
「…ブルーが……ハーレイに…?」
眉を寄せる会長さん。ソルジャーが教頭先生にお届けものをするなんて…どうした風の吹き回しでしょう? ロクでもない予感がするのは私だけではないようで、ジョミー君たちも食事の手を止めて見守っています。お客様の「ぶるぅ」はそうとも知らず、甘辛いタレつきのタイ風焼き鳥を大きく口を開けて頬張りました。
「これ、美味しい! これも、これも…」
パクパクといろんな料理に手を出し、次々に胃袋に収めながら。
「ねぇねぇ、美味しいものばっかりだね! 寄り道してみて良かったぁ!」
「ぶるぅ、頼まれたものって何だったんだい? よかったら教えてくれないかな」
「ん?」
口いっぱいに詰め込んだ料理をモグモグ、ゴクンと飲み下した「ぶるぅ」はニッコリ笑って。
「えっと…えっとね、アヒル!」
「「「アヒル!?」」」
想定外の答えにビックリ仰天の私たち。アヒルって…アヒルをプレゼントって、なに?
「……アヒルなんだね? 鶏じゃなくて…?」
「「「は?」」」
会長さんの質問は訳が分かりませんでした。贈り物にアヒルというのもサッパリですが、それが鶏だったら意味があるとでもいうのでしょうか? 三百年以上も生きてる人の知識には全然ついていけないです…。

「んーとね…。アヒルだったと思うよ。自信なくなってきちゃったけれど」
深く考えてなかったから、と「ぶるぅ」が答え、会長さんはホッと吐息をつきました。
「アヒルだったんなら構わないんだ。少なくとも雄鶏とアヒルを間違えたりはしないだろうし」
「雄鶏? えとえと…、もしかするとヒヨコだったかもしれない!」
「ヒヨコ?」
「だって黄色をしてたんだもん。鶏のヒヨコ、黄色いよね。アヒルじゃなくてヒヨコだったかも…」
それを聞いた会長さんの顔がサーッと青ざめ、独り言のように。
「…ヒヨコ…。雄のヒヨコだった場合は雄鶏ってことになるんだろうか…」
「おい、ブルー! あんた一体どうしたんだ!?」
キース君の問いに会長さんはブルッと身体を震わせ、料理に夢中の「ぶるぅ」をじっと眺めてから。
「雄鶏のプレゼントだったとしたらマズイんだ。…ブルーが知ってるかどうかは分からないけど、古代ギリシャの習慣で…雄鶏をプレゼントするのは求愛の申し込み。受け取ったらオッケーだという合図で…」
「「「えぇっ!?」」」
それは確かにヤバイです。「ぶるぅ」はアヒルだったと言ってますけど、雄のヒヨコだったらどうしましょう? 会長さんは青い顔をして続けました。
「しかも普通の求愛じゃない。男同士に限られる上、贈られた方が受け身なんだよ」
「「「えぇぇぇっ!?」」」
きょ、教頭先生が……受け…。ソルジャー、まさか本気で教頭先生に雄のヒヨコを…? あのソルジャーならやりかねない、と誰もが震え上がっています。会長さんは掠れた声で尋ねました。
「ぶるぅ、ハーレイはアヒルを受け取ったのかい…?」
「うん!」
元気一杯の答えに愕然とする私たち。何も知らない教頭先生がソルジャーの意図に気付かず、雄のヒヨコを貰ったのなら大変です。なんとかしないと…。でもどうやって…?
「…ふぅん…。そのプロポーズは知らなかったな」
「「「ソルジャー!??」」」
ダイニングに姿を現したのは会長さんのそっくりさんでした。優雅にマントを翻して「ぼくの椅子は?」と催促します。キース君が慌てて追加の椅子を運んできました。柔道で心技体を鍛えているだけあって、立ち直りの早さはピカイチなんです。ソルジャーは悪びれもせずにテーブルについて。
「美味しそうだね。ぶるぅが帰ってこないから、ちょっと覗いてみたんだよ。…どれがお薦め?」
「えっと…王道はトムヤムクンかな、そこのスープ。…じゃなくて、ブルー! ハーレイに何を…」
「君の読みと大差は無いと思うけど?」
具だくさんの海老スープを取り分けながら、ソルジャーは意味深な笑みを浮かべました。
「本物の地球には面白い習慣があったんだね。知ってたらアヒルじゃなくて雄鶏をプレゼントしてみたのにさ。こっちのハーレイがどんな反応をするか見てみたかったな」
「………。ハーレイは多分、雄鶏の意味は知らないと思う」
「なんだ、残念。じゃあ、ぼくのハーレイに雄鶏をくれって頼んでみよう。プロポーズの意味だとも知らずに馬鹿正直に持ってくるだろうから、素敵なことになりそうだ」
クックッと笑うソルジャーは本当に楽しげで、雄鶏をプレゼントする意味を知っていたとは思えません。それなのに何故、教頭先生にアヒルなんかを…?
「プレゼントしたのはアヒルだけじゃないよ。ラッコとペンギンとカッパもつけた。他にも色々」
「「「カッパ!?」」」
ソルジャーが住む世界には、そんな生物がいるのでしょうか? カッパといえば頭にお皿がある伝説の生物だとばかり思ってましたが、世界が違えば同じ名前で全く別の生き物が生息しているのかも。それとも私たちが知っているカッパが当たり前に生きていたりしますか…?

呆然としている私たちを他所にソルジャーと「ぶるぅ」は美味しそうに食事をしています。そして「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大食漢の「ぶるぅ」のために追加を作りに、キッチンとの間を忙しそうに往復中。
「悪いね、急に二人もお邪魔しちゃって」
そう言って「そるじゃぁ・ぶるぅ」を労うソルジャーですが、私たちだって負けず劣らず、迷惑を被っていると思うんですけど…。会長さんの責めるような瞳に、ソルジャーは渋々口を開きました。
「…カッパといえばカッパだろう? 頭の上にお皿があって、背中に甲羅をしょっている」
「君の世界にはそんな生物が存在するのか? ぼくの世界では架空のものだが」
「ぼくの世界も同じだよ。…君のハーレイにプレゼントしたのはオモチャのカッパさ」
「「「オモチャ?」」」
なんでそんなものを、と首を傾げる私たち。ソルジャーはクスクスと笑い、「分からない?」と微笑んで。
「あんなに君のことを思っているのに、報われないのが可哀想で…。君と入れ替わった時、君のハーレイの思いが痛いほどぼくに伝わってきたよ。なのに君はハーレイを受け入れない。…それが悲しくて、ぼくのハーレイに話したんだ。そしたら釘を刺されてね。…ぼくが代わりに応えようとは思わないように、って。自分に嫉妬するのは不毛らしい」
「「「…………」」」
「慰めてあげたいのなら代わりにオモチャを送れと言われた。それがアヒルやカッパの正体。…全部ぼく専用のお風呂オモチャだったんだ」
「「「お風呂オモチャ!?」」」
ソルジャーがそんなモノを持っていたとは知りませんでした。お風呂オモチャって、お風呂に浮かべるオモチャですよね? 子供用だと思うんですけど…。会長さんもポカンとしています。
「君はお風呂オモチャと一緒にお風呂に入るのか…?」
「いけないかい? 君のハーレイにプレゼントしようと決めて、ぶるぅに梱包させた後は別のオモチャと入ってる。一人で入るのは寂しいしね」
「別のオモチャ…」
いったいどこまで子供なんだ、と思ってしまった私たちですが。
「ああ、新しいお風呂オモチャはハーレイだよ。…これがなかなか具合がいい」
「「「!!!」」」
今度こそ私たちは目が点でした。
「オモチャと違って色々便利だってことに気が付いた。シャンプーだってして貰えるし、身体も洗って貰えるし」
「ちょっ……ブルー、それって…」
絶句している会長さん。ソルジャーと向こうのキャプテンは両想いでしっかり深い仲です。そんな二人が一緒にお風呂って、どう考えてもアブナイ大人の世界なのでは…。
「お風呂で何をしてるのか、って言いたいわけ? 君に言われる筋合いはないね」
ソルジャーはフンと鼻を鳴らしました。
「ぼくもハーレイも男だよ? 男同士でお風呂に入ってやましいことでもあるのかい? ぼくとハーレイの場合はともかく、男同士なら間違いなんかは起こりようもないと思うんだけど。男女で入る方がよほど危険だ。…君はフィシスと入ってることがあるだろう? それに比べればぼくとハーレイなんて…」
「………」
反論できない会長さん。そっか、フィシスさんと一緒にお風呂に入ってることがあるんですね。そりゃあ…同じ寝室を使ってる日があるんですから、お風呂だって…とは思いますけど、会長さんってやっぱり大人…。
「ふふ、君の友達が絶句してるよ。フィシスとお風呂っていうのはアヤシイよねえ?」
「「「………」」」
同意を求められても困ります。私たちは耳まで真っ赤になって立ち尽くしているばかりでした。
「まぁ、ぼくとハーレイも仲良くお風呂に入っているってわけなんだけど。…こっちのハーレイもブルーと一緒に入る日を夢見て広いバスタブにしているだろう? だからお風呂オモチャをあげたんだ。ぼくはブルーの代わりになれないけれど、ぼくとお風呂に入っていたオモチャがあれば幸せかな…って」
ニッコリ笑うソルジャーの隣で「ぶるぅ」がエヘンと威張ります。
「オモチャはぼくが包んだんだよ! 綺麗な紙でラッピングしてリボンもかけて、何度も配達しに来たのに…お留守ばっかり。やっと渡せて良かったぁ~。ブルーからだよ、って言ったら喜ばれたし!」
「…お風呂オモチャだって言ったのかい…?」
会長さんが訊くと「ぶるぅ」は首を左右に振りました。
「言ってないよ。ブルーが書いたお手紙を渡してきたけれど」
「手紙…?」
ハッと顔を上げた会長さんは窓の彼方へ視線を向けて、それから頭を抱え込んで。
「…ダメだ、ハーレイ、もう昼風呂に入ってる…。しかもオモチャに囲まれてトリップ中だ」
あちゃ~。きっと教頭先生の頭の中は薔薇色でしょう。ソルジャー、どこまで罪作りなんだか…。

教頭先生のお風呂を覗き見たらしいソルジャーと「ぶるぅ」はおかしそうに笑い、食事の合間に「あっ、鼻血」だとか「のぼせてる」だとか「沈んじゃった…」とか、中継をしてくれました。会長さんは憮然とした顔でデザートに手を伸ばしています。とんでもない慰労会になっちゃいましたよ、珍客のせいで! やがて教頭先生は湯あたりしてダウンしてしまったらしく、中継も終了しましたけれど…。
「ぶるぅは何度も配達に行っては留守だったって帰って来たんだ。ブルー、君も留守をしていたみたいだね」
「うん、まあ…。夏休みだし」
「有意義に過ごしてきたっていうのは見れば分かるよ。そこの黄金、凄いじゃないか」
ソルジャーが指差したものは埋蔵金が入った木箱でした。最初から知っていたのか、やっと気付いたのかは分かりませんが、興味深そうに眺めています。
「ああ、あれね。…みんなが頑張って掘ったんだからあげないよ。ぼくたちにだって備えは必要なんだ」
「埋蔵金か。地球には本当に色々なものがあって素敵だな。ぼくたちの世界でこういうものを手に入れようと思ったら…海賊のアジトの跡でも探すしかないかな」
それからソルジャーは海賊の話をしてくれました。お世話になったことがあったり、海賊出身の仲間がいたり…とソルジャーの生きてきた世界は凄すぎます。私たちには耐えられそうもない厳しい状況なんですけども、ソルジャーは穏やかに微笑みながらゆったりと話し続けるのでした。
「…海賊の話はこれでおしまい。今度は君たちの冒険の話が聞きたいな」
「冒険って…。レンコン掘りだよ?」
ジョミー君が言うと、ソルジャーはとても楽しそうに。
「そういう話が聞きたいんだよ。ぼくたちの世界は船の中だ。地上に降りて自由に過ごせる日が来るかどうかも分からない。だから君たちが黄金を掘り当てるまでの苦労話を共有できたら面白そうだな…って」
「顔だけ日焼けになる話でも?」
「うん。それはとっても興味がある。…なんで顔だけ?」
男の子たちの顔を見回したソルジャーはプッと吹き出し、「ぶるぅ」もお腹を抱えて笑っています。蓮の花や葉っぱの出荷とレンコン掘りに明け暮れた日々の話は大いにウケたようでした。そして最後の最後にズルをしたばかりに、会長さんに掻っ攫われた埋蔵金。ソルジャーと「ぶるぅ」は箱に詰まった砂金に両手を突っ込んでみたり、黄金の阿弥陀様を不思議そうな顔で眺めたり。埋蔵金探しの慰労会、別世界からのお客様もお迎えできて大賑わいってことでいいのかな…?




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埋蔵金伝説に釣られてやって来たド田舎の村。会長さんが黄金の存在を確かめてくれた蓮池からマツカ君のお祖父さんの別荘に戻った私たちは作戦会議を始めました。クーラーが効いた畳敷きの部屋で座敷机を囲んで座ると、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が冷たい麦茶と水羊羹を運んできてくれます。
「あのね、水羊羹は冷蔵庫に入っていたんだよ。いろんなものが揃っているし、晩御飯に焼こうと思ってる鮎はちゃんと活簀に泳いでるんだ! ぼく、ここのお台所が気に入っちゃった。ご飯はぼくに任せてね!」
「やったぁ!」
ジョミー君が歓声を上げ、スウェナちゃんと私は安堵の溜息。肉体労働は男の子だけ、と会長さんが宣言したので食事係が回ってくるかと実はビクビクしてたのです。9人分の食事だなんて大変そうですし、お料理が得意なわけでもないし…。会長さんがクスッと小さく笑いました。
「食事係は決まったね。で、埋蔵金はどうやって探すんだい?」
「…えっと…池の水を抜いて、乾かして…」
「それじゃ何日かかるか分からないよ、ジョミー」
呆れた顔の会長さん。
「池の水を完全に抜こうとしたら1ヶ月くらいかかるだろう。おまけに泥を乾かすとなると、夏休みくらいじゃとても足りない」
「そんなにかかるの?」
「堤防を壊すっていうならともかく、自然に抜くならそれくらいはね。…マツカ、池の水は抜いても大丈夫かい?」
「え、えっと…。大丈夫だとは思いますけど、確認しますか?」
マツカ君は何処かへ電話をかけて話を始め、やがてこちらを振り向いて。
「抜いても問題ないそうです。…えっと、水門を開けておこうかって言ってくれてますが、どうしますか?」
「お願いしよう」
会長さんが言い、マツカ君は「よろしく」と頼んで受話器を置きました。
「今から開けに行ってくれるそうです。水門を『ヒ』と呼ぶみたいですね」
「樋という漢字を書くんだよ。昔の工法で造ったものだし、君たちには扱えないだろう。お願い出来て良かったじゃないか。でも、水位は急には下がらないから」
目に見える速さでは減らないよ、と会長さんは念を押しました。
「水を抜いてから掘るのは無理だ。抜きながら掘るしかないだろう」
「潜らなきゃダメ…?」
困惑しているジョミー君。
「いいや、そんなに深くはないし、ダイビングの器材は必要ないさ。道具を借りるなら農家かな」
「「「農家!?」」」
埋蔵金の発掘に何故に農家?…鍬とかを借りに行くんですか…?

「マツカ。あの池の蓮にも由来があるのかい?」
会長さんが唐突に話を変えました。
「ええ。お姫様たちが戻らないまま一年経ったので、死んでしまったかもしれないからと供養に植えたと聞いています。それが増えて一面の蓮池に…」
「やっぱりね。そういうことなら大事にしないと。蓮は極楽浄土の花だし、頑張って出荷しながら埋蔵金に挑みたまえ」
「「「出荷!?」」」
そういえばお盆のお供え物に蓮の花とか葉っぱがあります。埋蔵金探しは蓮を刈らないと出来ませんけど、刈った蓮を出荷するんですか?
「使えるものを捨てるなんて罰当たりなことをしちゃいけないよ。開く前の蕾を夜明け前に切って出荷する。小さめの葉っぱと蓮の実も需要があるから、それもだね。朝一番に農作物の出荷に出かける家があるなら、ついでにお願いすればいい。…マツカ、そういうのも分かるかい?」
「はい。探してみます」
早速電話したマツカ君のおかげで農家が一軒見つかりました。花を栽培している家で、自分の所の花と一緒に蓮の蕾や葉っぱを市場へ運んでくれるとか。でも…。
「「「6時!?」」」
「ええ、6時に村を出るんだそうです。池まで取りに来て下さるんですし、その前に作業を終えないと…」
「マジで? 何時に起きなきゃいけないんだ…」
げんなりするサム君に会長さんが。
「とりあえず明日は5時起床。それで作業が順調だったら毎朝5時で、ダメなら次はもっと早く。君たちは素人だから、明日の朝はぼくも行って手順を教えるよ。まず花を切る鋏を借りなくちゃ」
なるほど、農家から鋏を借りるんですね。早起きは苦手なんですけれど、蓮の花を採るのは見てみたいかも。…あ、でも…もしかして私も手伝わなくちゃいけないのかな?
「そうそう、相手が花だからって女の子を巻き添えにしないようにね。立派な肉体労働だから」
会長さんの言葉でスウェナちゃんと私は安心したものの、ジョミー君たちの顔は引き攣っています。埋蔵金を掘りに来て蓮の花の出荷だなんて、思いもよらない事態ですもの。ところが会長さんは更に重ねて…。
「蓮の花と葉っぱくらいで音を上げていてどうするのさ。埋蔵金を掘るんだろう?…その前に掘らなきゃいけないモノが池一杯にあるんだから」
「ま、まさか…」
キース君の顔が青ざめ、会長さんがニッコリ笑って。
「ふふ、その考えで正解だよ。君たちの相手はレンコンだ。埋蔵金はレンコンの下だし、掘らない限り出てこない。レンコンも当然、出荷してもらう。…作業用の服や道具が要るし、今から借りに行かないと。マツカ、済まないけど車の手配を…」
「分かりました」
マツカ君が手配してくれたのは村の所有のマイクロバス。運転手さんは農家のおじさんです。男の子たちと会長さんが乗ると、バスは勢いよく走り去りました。スウェナちゃんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、それに私はお留守番です。バスが見えなくなると「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「隣町まで行ったんだよね。レンコン生産組合って、なぁに?」
「んーと…レンコンを作っている農家の団体?」
「そういうものじゃないかしら。隣町がレンコンの産地だなんて、思い切り運が悪かったわね」
そんな所が無ければレンコン掘りはせずに済んだと思う、とスウェナちゃん。
「どうかなぁ…。会長さんがいるんだもん。隣町がダメでも、何処かで道具を借りると思う」
借りに行ったのは作業道具一式です。出荷用ルートも手配するでしょうし、ジョミー君たち、明日からレンコン農家の仲間入りですよ…。

レンコン生産組合に出かけた会長さんたちが帰ってきたのは暗くなってからでした。荷物をバスから降ろしていたようですが、スウェナちゃんと私は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお手伝いで夕食を机に並べていたので見ていません。夕食が済むとジョミー君たちは早々にお風呂に入って部屋へ引き上げ、会長さんも。
「明日は早いし、ぼくも寝るよ。君たちは好きにしていいからね。女の子に肉体労働はさせられないし、朝御飯は花の出荷の後だから」
ぶるぅと留守番しておいで、と微笑んで部屋に向かう会長さんを「そるじゃぁ・ぶるぅ」が追いかけます。
「おやすみ~!」
元気に叫んで小さな姿が行ってしまうと、残ったのはスウェナちゃんと私だけ。ガランとした部屋に二人でいてもつまらないので割り当てられた部屋に戻って布団を敷いて…。潜り込んだら疲れていたのかすぐに眠ってしまいました。目が覚めた時はすっかり朝。着替えを済ませて集会室に行くと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がパタパタと朝御飯の支度をしています。
「かみお~ん♪あ、もう8時だ!みんなを起こしてこなくっちゃ。御飯できたよ~!」
やがてジョミー君たちが目をこすりながら出てきました。会長さんだけが爽やかな顔をしています。
「やあ、おはよう。花の出荷は間に合ったよ。だけど時間に余裕が無くってね。…明日は4時半起床にしなくちゃ。広い範囲を片付けるには5時起床では遅すぎるんだ。みんな、いいね?」
「「「ふわぁ~い…」」」
半分眠った声で返事している男の子たち。でも朝御飯は黙々と食べてますから、よほどお腹が空いたのでしょう。お代わりだってしてますし…。
「食べ終わったらレンコン掘りだ。今日、花と葉っぱを採った範囲を全部掘るのが目標だからね。レンコンを掘らないと埋蔵金も出てこない。根性に期待しているよ」
追い立てられるように食事を終えたジョミー君たちは、大きな荷物をリヤカーに乗せて蓮池の方へ出発しました。花の出荷は見そびれましたし、早く後片付けをして見に行かなくちゃ、と慌てていると…。
「ぼく、お片付けしておくよ! ブルーが面白いから見においで、って」
ニコニコ笑顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。スウェナちゃんと私はお礼を言ってジョミー君たちを追い、池まで行くと荷物を解いている所でした。池のほとりには小さなゴムボートが2つあります。花を採るのに使ったらしく、あちこちに泥がついていました。池の水は…全然減ってないみたい…。
「1ヶ月はかかるって言っただろう? 幸いそれほど深くないから、早速レンコンが掘れるんだけどね」
木陰に座った会長さんが手招きしてくれ、レジャーシートを広げてくれます。ありがたく腰を下ろしましたが、ジョミー君たちはそれどころではありませんでした。爪先からずーっと胸まで繋がり、幅広の肩紐がついたゴム製の服に必死に身体を押し込んでいます。
「胴付長靴、通称、胴長。レンコン掘りの必須アイテム。ゴワゴワして動きにくいんだけど、浸水の心配が無いんだよ。あれも組合で借りたんだ。着るのに苦労している間はヒヨコかな。手袋もはめなきゃいけないし」
やっとのことで胴長を着た男の子たちは二の腕まである長いゴム手袋をはめ、岸辺に置いてあった機械のエンジンをかけました。ホースがくっついているようですけど、何をするのに使うんでしょう?
「水を汲み上げてホースから噴出させるのさ。その水圧で泥の中を探ってレンコンを掘る。口で言うのは簡単だけど、物凄く苦労すると思うよ」
最初に池に踏み込んだのはマツカ君とサム君でした。蕾などを収穫した後に残った蓮をマツカ君が刈り取り、サム君が岸へ運び上げます。蓮が無くなった場所を目指してジョミー君たちがホースを構えて踏み込みますが…。
「うわぁっ!」
いきなり膝まで沈み込む泥に足を取られるジョミー君。キース君が慌てて支えて…。
「馬鹿っ! 転ぶんだったら前に転べ、って組合の人に言われただろう! 後ろに倒れると溺れるんだぞ!」
「ご、ごめん…」
「気を付けて下さいよ。まだまだ深くなるんですからね」
シロエ君が慎重に前進していき、蓮があった辺りでホースを抱えて腕を泥の中に突っ込みました。キース君とジョミー君もやり始めたものの、レンコンは見つからないみたい。
「無理だよ、ブルー! 泥を触ってるのかレンコンなのか、全然区別がつかないよ~!」
ジョミー君の泣き言を会長さんはサックリ無視して、宙にサンドイッチが入った箱を取り出します。
「ぶるぅが十時のおやつを作ってくれたよ。レンコン掘りを見ながら食べよう」
「大丈夫かしら、放っておいて…」
「いいんだってば。馴れれば上手に掘れるようになるさ。ほら、キースが1本見付けたみたいだ」
ジョミー君とシロエ君が覗き込む中、キース君がホースを動かして…手を突っ込んで折り取ったのは1メートルほどの立派なレンコン。その頃にはサム君とマツカ君も蓮の刈り取り作業を終わってレンコン掘りを始めていました。一日分の作業区画が決まっていても、炎天下でゴムの作業着を着てレンコン掘りとは、どう考えても地獄ですよねぇ。

ジョミー君たちは頑張りました。来る日も来る日も夜明けと共に池に出かけて蓮の蕾や葉っぱの出荷。それから朝御飯まで少し眠って、昼間は胴長を着込んでレンコン掘り。着替えがとても面倒だから、と昼食は二日目からお弁当になり、掘ったレンコンは夕方に隣町のレンコン生産組合からトラックが来て集荷していきます。ですが…。
「ぼく、レンコン掘りは上手くなったと思うんだ。でもさ、埋蔵金ってどの辺にあるの?」
ジョミー君が日焼けした顔でそう言ったのは2週間が経った日の夜でした。
「毎日毎日掘っているけど、レンコンしか出てこないじゃないか! ここだっていう場所、ブルーは分かってるんだよね。もしかして、ぼくたちが全然違う所を掘っているのを笑いを堪えて見てるんじゃ…」
「笑ってなんかいやしないさ。まだ遠いな、とは思うけれども」
「やっぱりまだまだ遠いんだ…」
項垂れているジョミー君。池の水と蓮はかなり減りましたけど、今も全体の半分近くがピンク色の花と葉っぱで覆われています。夏休みの残りは2週間ちょっと。今のペースで掘り続ければ埋蔵金に辿り着くことは出来そうですが、発掘ならぬレンコン掘りでは文句も言いたくなるでしょう。
「いいじゃないか、健康的な夏休みで。みんな日に焼けて逞しくなったし」
「顔だけね。ブルーは真っ白で変わらないけど」
「ぼくの肌は生まれつきだから」
しれっと言う会長さんは一度もレンコン掘りをしていません。蓮の花だって採ってませんし、朝はスウェナちゃんや私と同じ時間まで寝ています。夜中にフィシスさんの所へ帰っているのかどうかはともかく、ジョミー君たちが重労働をしている間にグータラしてるのは間違いなくて…。
「ブルー、何かヒントを教えてよ。もうちょっと東とか、そこを西とか」
「それじゃ宝探しにならないじゃないか。本物のトレジャー・ハンターは人生をかけて掘ってるよ。夏休みくらいレンコン掘りに捧げたまえ。埋蔵金があるのは本当だから」
グダグダ言わずにさっさと寝る、と冷たく言われてジョミー君たちは部屋に引き上げました。その夜のことです。
「やだやだ、ブルーに叱られちゃうよう!」
ぐっすり寝ていたスウェナちゃんと私を叩き起したのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の悲鳴でした。
「頼む、俺たちはもう限界なんだ!」
「でもでも、ブルー、今、いないもん!!」
「だから頼んでるんですよ!」
言い争う声が会長さんの部屋の方から聞こえてきます。私たちは顔を見合わせ、急いで着替えて様子を見に。襖をカラリと開けた所で「そるじゃぁ・ぶるぅ」を小脇に抱えたキース君と出くわしました。
「すまん、起こしてしまったか? ちょっと宝探しに行ってくる」
キース君の後ろには男の子が全員続いています。
「こんな夜中に?」
「夜中だからだよ。ブルー、今夜はいないんだ」
ジョミー君が声を潜めて。
「教えてくれないならブルーの留守を狙えばいい、ってキースが思い付いたんだよね。ほら、いなくなるかもって言ってたし。ぼくたち、毎晩疲れてたから気付きもしないで眠ってたけど、今夜から交代で張り番をすることになったんだ。そしたら早速消えたってわけ」
「ぶるぅをどうするの?」
「こいつだってタイプ・ブルーだ。埋蔵金の場所を教えてもらうのさ」
さぁ行くぞ、とキース君は暴れる「そるじゃぁ・ぶるぅ」を引っ抱え、ジョミー君たちと共に真っ暗な外へ出てゆきました。埋蔵金が見つからない状況に耐え切れなくて暴挙に走ったみたいです。スウェナちゃんと私は「見なかったことにしよう」と決めて部屋に引っ込み、布団を被って寝てしまいました。

翌朝、いつもの時間に起きて集会室へ行くと、ジョミー君たちが眠そうな顔で食事中。お給仕をしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」も元気がありませんでした。
「ぶるぅ、昨夜は眠れなかったのかい?」
会長さんの言葉にジョミー君がビクッとしてお箸を取り落としたのを、キース君たちが必死に誤魔化します。
「なんだ、ジョミーも寝不足なのか? 熱中症に気を付けろよ」
「今日は朝から暑かったですし、仮眠できなかったんじゃないですか?」
それを聞いていた会長さんが。
「寝不足か…。それはよくないね。今日の作業は休んだ方がいいんじゃないかな」
「ううん、大丈夫! ちょっとボーッとしちゃっただけで」
「ちょっと、というのが危ないんだよ。ヒヤリ・ハットって知ってるかい? ヒヤリとした、ハッとしたの意味で、重大な災害や事故には至らないものの、直結してもおかしくない一歩手前の事を言うんだ。レンコン掘りは泥の中での作業だし…溺れたりしたら大変じゃないか。今日はジョミーは休みたまえ」
「えぇっ、全然平気なのに…」
ジョミー君は必死でしたが、会長さんは許しません。
「事故に遭ってからでは遅いんだ。でも、そうだね…。見学くらいは構わないかな。ぼくも久しぶりに現場の気分を味わいたいし、ぶるぅにお弁当を作ってもらってみんなで見物しに行こうか」
鶴の一声でジョミー君はレンコン掘りから外され、残る4人がリヤカーを引いて出発です。お出かけと聞いた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、キース君たちのドカ弁の他に見学者用の素敵なお弁当を作ってくれました。ジョミー君が4人分のドカ弁と自分のお弁当を持ち、私たちは自分の分を持ってレンコン掘りを見に蓮池へ…。
「あれ? 変な所を掘っているけど、夢のお告げでもあったのかい?」
池が見える所まで来た会長さんが怪訝そうに首を傾げます。底が見えてきた池の蓮は半分ほどが綺麗に刈られていますが、今日の現場はその続きではなく、そこから通路のように刈り取って奥に入った所でした。茂った蓮の中にミステリー・サークルみたいにポッカリ開けた空間なんて、どう考えても怪しすぎです。昨夜「そるじゃぁ・ぶるぅ」から聞き出したのに違いありません。
「ジョミー。…夢のお告げかい、と聞いてるんだけど」
「えっ?…あっ、ああ…。夢じゃなくって、なんていうか…。今朝、蓮の蕾を切り取りに来たらあの辺が光ってるような気がしたんだよね」
「なるほど。それで掘ろうと思ったわけか。タイプ・ブルーの君のカンなら、試すだけの価値はあるだろう。当たっていたら英雄だよ」
バレバレな嘘を見抜いているのか、いないのか。会長さんは木陰に座って楽しそうに見学し始めました。ジョミー君の方は明らかに焦っているのが分かります。自分が言い出した埋蔵金探しのクライマックスの日に現場を外され、他の誰かが掘り当てようとしているのですから。キース君たちは胸まで泥水に浸かり、ホース片手にレンコンを掘って…。
「あったーっっっ!!!」
サム君が歓声と共に右手を高く差し上げました。夏の日差しに金色の光が反射します。遠目にはレンコンのように見えますけれど、それは明らかに黄金で…。
「流石だね、ジョミー。見つかったようだよ、埋蔵金が」
「…ぼくが見つけたかったのに…」
「それは残念。下手に誤魔化したりしなかったなら、君にもチャンスはあったのにさ」
クックッと笑う会長さん。やはり全てをお見通しでしたか…。キース君たちは残りの黄金を探し出そうと戦っています。サム君も見付けた黄金をレンコンを運ぶプラスチックの箱に入れ、更に頑張ったのですが…。お昼になって一度休憩し、夕方近くまで掘り返しても黄金は二度と出ませんでした。

「ブルーの嘘つき!」
レンコンを積んだトラックを見送った後、疲れ果てて座り込んでいるキース君たちの横で怒り出したのはジョミー君。サム君が見付けた黄金を右手にしっかり握っています。
「箱2杯分って言ったじゃないか。でも、出てきたのはこれだけだよ!」
それは三十センチくらいの仏像でした。黄金で出来ているのでしょうけど、埋蔵金と呼ぶには少なすぎです。
「嘘をついたのは君たちだろう? 昨夜ぶるぅを連れ出したね。無理やり埋蔵金を探させて、その場所を掘った。君のカンだなんて大嘘をついて。…あのまま真面目に掘っていたなら、ぼくも協力してあげたのに…。罰だ、黄金はぼくが貰っておく」
「「「えぇっ!?」」」
「こんな時のために用意しておいたんだよね」
頑丈そうな木箱が2つ、宙に現れて地面の上へ。会長さんは箱の蓋を開け、池の方へ両手を差し出しました。サム君が仏像を見付けた辺りから青い霧のようなものが湧き出し、キラキラと輝きながら流れてきます。漂ってきた霧が箱の中にどんどん溜まり始めて、青い光が煌いて…。
「砂金だ!」
キース君が叫びました。
「「「砂金!?」」」
箱の周りに集まる私たち。2つの箱に流れ込んでいるのは金色の粒。みるみる箱に一杯になり、サイオンの青い光が消えて…会長さんは微笑んで蓋を閉めました。
「埋蔵金は砂金だったんだ。八百年の間に箱が腐って泥の中に沈んでいたんだよ。相手が砂金じゃレンコンみたいには掘り出せない。だから仏像を掘り当てた時に、砂金だってことと掘り方を教えようと思っていたのにさ。…慌てる乞食は貰いが少ないって言うだろう? 仏像で我慢するんだね」
2つの箱がフッと消え失せ、ジョミー君は泣きそうな顔。会長さんは呆然とする男の子たちに片付けを命じ、ホースつきの機械や胴長を積んだリヤカーを引かせて、別荘に戻っていったのでした。晩御飯の席はお通夜のようで…。
「どうしたんだい、せっかく埋蔵金を見付けたのにさ」
カレーライスを頬張りながら会長さんが言いました。
「明日は此処を引き上げるんだし、もっと賑やかにパーッといこうよ。そうだ、ラムネがあるからシャンパンシャワーの代わりにしようか」
「…全部ブルーが持ってったくせに…」
恨めしそうに呟くジョミー君。会長さんはクスッと笑うと、床の間に置いた黄金の仏像を指差して…。
「馬鹿だね、いい仏様を見付けたじゃないか。ジョミーが言い出した埋蔵金探しで、掘り当てたのはサムっていうのも御仏縁かな。阿弥陀様だし、念持仏にはちょうどいい」
「「「ねんじぶつ?」」」
「個人的に拝む仏像さ。お姫様の家に伝わる仏様だったみたいだけれど、ジョミーとサムを導く為にいらしたのかもしれないね。本山で修行体験してきたんだから、念持仏にするのもいいと思うよ。二人で分けるのは難しいから、ぼくが預かってあげようか? お厨子を作ってお収めするとか」
上機嫌で言う会長さんに逆らえる人はいませんでした。埋蔵金は会長さんに持っていかれて、残ったのは黄金の阿弥陀様。働かなかった私でもガッカリするんですから、ジョミー君たちのショックは大きいでしょう。みんな泣き寝入り同様に眠ってしまい、翌日はもう撤収でした。レンコン掘りの道具の返却はマツカ君が農家の人に頼んでくれて、私たちは迎えのマイクロバスに乗り込むだけ。
「集合写真を撮っておこうよ。別荘の前と…そうだ、池でも撮りたいな」
会長さんがカメラを出して運転手さんに渡します。何枚か撮って、蓮池へ移動という時に…。
「ぼく、胴長の写真も撮る! もう記念だからヤケクソだよ!」
ジョミー君が作業着を手に取り、キース君たちが。
「どうせなら池に入ろうぜ。レンコン掘りの雄姿を残すぞ!」
「おーし、ホースも持っていくか!」
再びリヤカーが引っ張り出され、みんなで蓮池を目指します。夢とロマンを掘りまくった池で運転手さんに記念写真を写して貰うジョミー君たちの笑顔は最高でした。別荘に戻ってマイクロバスに乗ると、蓮池も村もアッという間に見えなくなって…。
「いい村だったね」
後ろを振り返るジョミー君の言葉に私たちはコクリと頷きました。蓮池の底に埋蔵金を秘めていた伝説の村。夏休みは2週間ほど残っていますが、ここで過ごした期間ほど充実した日々はもう無いでしょう。レンコンの夏、黄金の夏。…もしも真面目に掘っていたなら、どのくらいの砂金が貰えたかなぁ…。コップ一杯、それとも二杯? 正直者が大金持ちになるっていうのは昔話の王道です。先人に学ぶべきでした。うわぁ~ん、黄金、欲しかったよう~!




仏道修行を体験中のジョミー君とサム君を見物しようと本山にやって来た私たち。大きな建物を繋ぐ回廊や廊下でお坊さんたちと擦れ違いますが、緋の衣を着ていない会長さんに挨拶する人はいませんでした。お寿司を御馳走になった客間に案内してくれた若いお坊さんも、会長さんの正体を知らないのかもしれません。今も偉そうなお坊さんがお供を連れて通りましたが、全く無反応ですし…。
「ぼくは伝説の高僧なんだ。顔馴染みの人の方が少ない。でも本山に長くいる人は噂を知っているからね…。銀の髪で赤い瞳の、年を取らない高僧の話。法衣で来たらバレてしまって気楽に見学できないんだよ。この格好なら平気だけれど」
どう見ても普通の高校生だろ、と会長さん。お寺には観光の人も来ていますから、私たちは目立つことなく目標の建物に辿り着きました。障子と板戸で閉ざされた向こう側から読経の声が響いてきます。調子っぱずれな子供の声で、おまけに全く揃ってなくて…木魚を叩く音までバラバラ。
「ふふ。やってる、やってる」
会長さんが障子に近付くと、すかさず見張りのお坊さんが。
「子供たちが修行中です。中の見学は御遠慮下さい」
「そうなんだ。…ここで聞いてるのは構わないのかな?」
「構いませんが、修行の邪魔になりますので、私語は慎んで下さいますよう」
あらら、本当に会長さんの権威が通用しません。会長さんはクスッと笑うと廊下の端に移動して腰を下ろしました。
私たちも並んで座ったものの、お経のことはサッパリです。
「今やってるヤツ、覚えてないかな? 去年、キースの家で唱えた筈だと思うんだけど」
「「…………」」
「二人とも忘れちゃったんだ。アドス和尚も片手落ちだね。お土産に勤行集を渡しておけば良かったのに。…あれだと全部書いてあるから」
ジョミー君たちは去年やらされた毎日のお勤めを練習させられているみたい。言われてみれば聞き覚えがあるような気がしないでもありません。それにしても小学生の団体様は迫力たっぷり。ジョミー君とサム君の声は子供の声に圧倒されて全く聞こえてきませんでした。やがて鉦が何回か鳴って、読経は終わったようですが…。
「これからは筋トレの時間なんだよ」
「「筋トレ!?」」
思わず叫んでしまったスウェナちゃんと私をジロリと睨むお坊さん。いけない、いけない、私語厳禁です。でも筋トレって何でしょう?
「説明するより見るのが早い。…ぶるぅ、始まったら一緒にやってあげてよ」
「うん!」
コクリと頷いた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が板敷の廊下に正座します。間もなく障子越しに聞こえてきたのはお念仏。なんだか独特の節回しですが、それに合わせて「そるじゃぁ・ぶるぅ」が合掌したまま立ち上がりました。ピンと背筋を伸ばしたかと思うと、またお念仏に合わせて座って頭を床につけ、両手を前に伸ばして土下座の変形みたいなポーズ。三度目のお念仏で正座に戻って、次のお念仏でまた立って…。
「ぶるぅ、もういい。…今ので分かった?」
スウェナちゃんと私は首を左右に振りました。今の動作っていったい何?
「五体投地って言葉を知っているかい?」
膝を抱えてニコニコしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭を撫でながら会長さんが尋ねました。さっきのパフォーマンスが気になったのか、監督役のお坊さんがチラチラこっちを見ています。
「知らないかな。両手、両膝、額という身体の五部分を地面に付けて、平伏して礼拝することさ。外国で聖地を巡礼する人がこれを繰り返して進む話が有名だけど、ぼくたちの国でも修行僧には必須なんだ。ぶるぅのポーズを思い出してごらん。両手と両膝、額が床についてただろう」
「はい」
「ジョミーたちはそれの練習中。お念仏を3回唱える間に1回の五体投地ができる。今夜は御本尊様の前で本番だから、みっちり叩き込まれるってわけ。なかなかハードな筋トレだよ。本物の修行だと1日に千回やることもある。お念仏を千回じゃなくて、五体投地が千回なんだ」
もちろん経験済みだけど、と余裕の笑みの会長さん。修行体験だと何回させられる羽目になるのか分からないまま、私たちは会長さんが呼んだタクシーでアルテメシアへ帰ることに。ジョミー君たち、大丈夫かなぁ…。

それから日が経ち、2泊3日の修行を終えたジョミー君たちと、柔道部の強化合宿を終えた三人組。今日は会長さん主催の慰労会です。マンションの最上階に行くと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が迎えてくれて、何種類ものカレーがズラリと並んだダイニングに案内されました。
「かみお~ん♪ 夏のカレーは美味しいよ。身体にいいスパイスを沢山使ったんだ! 好きなだけ食べてね」
お皿の上には山盛りのナン。飲み物はマンゴー・ラッシーにパパイヤ・ラッシー、もちろん普通のラッシーも…。会長さんが微笑みながらサム君を隣に座らせて。
「お疲れ様、修行はどうだった? 勝手に申し込んじゃったから、ぼくが嫌いになったかな」
「そ、そんなこと…! いい勉強になった…と思う…。ブルーもこんなのやったんだよな、って思ってた」
「それは良かった。さすがサムだね」
嬉しいよ、とニッコリされてサム君は頬を染めました。会長さんったら、教頭先生やエロドクターから逃げているくせにサム君はお気に入りなんです。ペット感覚かもしれませんけど。私たちは早速カレーを食べ始め、会長さんがナンを頬張るジョミー君に。
「君は叱られたそうじゃないか。本山の人から聞いてるよ。食べ物を盗みに忍び込んだ…って」
「「「えぇっ!?」」」
ジョミー君がコソ泥をやっていたとは驚きです。キース君が額に手を当て、呆れ果てた声で。
「お前、どこまで度胸があるんだ…。完全に目をつけられてるぞ」
「だって! あんな食事じゃ足りないよ。お腹が空いて眠れなくって、没収されたお菓子のことを考えていたら、フッと頭に道が浮かんで…。その通りに歩いて行ったら没収品が置いてある部屋を見付けたんだ。ケータイとかを一人分ずつ纏めて袋に入れてあってさ、その中にぼくの分の袋も…」
だから袋を開けてポテトチップスを食べたのだ、とジョミー君は開き直りました。
「元々ぼくのお菓子なんだし、盗んだわけじゃないんだってば。そりゃ…没収された物には違いないけど…。消灯後はトイレ以外は行っちゃいけないとも言われてたけど…」
「それでアッサリ見つかったのか?」
「…見回りのお坊さんがガラッと障子を開けたんだ…。真っ暗な部屋で音がするから鼠だと思ったんだって」
「「「真っ暗!?」」」
明かりも点けずにポテトチップスを齧るだなんて、よっぽど飢えていたんでしょうか。部屋に持って帰って食べればバレなかったかもしれないのに…。と、会長さんがクスクスと笑い出しました。
「ジョミーは真っ暗だとは思ってなかった。自分の荷物を入れた袋も探し出したし、そこまでの道順も何故か知っていた。…修行三昧と空腹の極限状態でサイオンが活性化したんだろうね。大いに期待しているよ」
「ええっ!? あれってそういうことだったの!?」
「仏様のお導きだとでも思ったのかい?…それならそれで素晴らしいことだ。君もサムも筋がいいっていう報告が来たし、これからも機会を見つけて仏道に精進して貰おうかな。出家するかどうかは別としてね」
「…そんなぁ…」
ジョミー君はガックリと肩を落としましたが、サム君は。
「そうか、すぐに出家しなくても構わないんだ。だったら凄く気持ちが楽だし、ブルーの世界に近づけるし…。ジョミー、一緒に頑張ろうぜ!」
すっかりやる気満々です。ジョミー君とサム君はは幼馴染ですし、ジョミー君だけ逃走するのは恐らく不可能なんでしょうねえ…。

柔道部の強化合宿の方はこれというネタは無かったようです。でもキース君とシロエ君には手応え十分だったとか。
「教頭先生がアルテメシア大学の柔道部を呼んできて下さったんだ。強豪揃いの大学なんだぞ」
「一日中、稽古をつけて頂きました。練習試合もしましたし…。ぼく、一回だけ勝てたんですよ。キース先輩は凄かったですけど」
「連戦連勝でしたからね。キースが一度も勝てないのって教頭先生くらいじゃないですか?」
柔道部三人組は教頭先生を褒め始めました。私たちは柔道十段としか知りませんけど、柔道をやる人の間ではとても有名らしいんです。年齢という問題さえ無ければ、どんな大会でもオリンピックでも向かうところ敵無しだろうと言われているとか…。
「だけど結局、ヘタレなんだよね」
感心して聞いていた私たちに水を浴びせたのは会長さん。
「柔道は心技体を鍛えるだとか言ってるけれど、どうなんだか。サムの方がよほどしっかりしてるよ」
「「「えっ?」」」
ヘタレはともかく、何故にサム君?
「ぼくが勝手に申し込んだ修行ツアーに喜んで行ったし、これからも修行をすると言ってるし。…出家も考えていたんだろう? ハーレイよりもずっと立派だ」
「え、えっと…出家はまだ…どうかなぁ、って…」
「決心はともかく、考えてみたってだけでいいんだってば」
会長さんはホウレン草とチーズのカレーをお皿に取り分け、ナンをちぎって。
「ぼくが出家したのはハーレイと出会った後なんだよ。ハーレイがぼくに一目惚れしたっていうのは知ってるよね?
…片想いとはいえ、ベタ惚れなのにさ。ぼくが出家して修行に行くと決めた時、ハーレイはなんて言ったと思う? お気をつけて、って言ったんだよ。一緒に行くとは言わなかった」
「それは…色々と考えていたんじゃないか?」
キース君が口を挟みました。
「出家ともなれば深い理由があるかもしれんし、ついて行くとは言えんだろう。教頭先生も悩んだと思うぜ」
「普通ならそうかもしれないね。だけど、ぼくは行かないかって誘ったんだ。そしたら学校を放っておけないからとか、散々言い訳を並べてくれたよ。必死に本音を隠してたけど、ぼくには分かった。剃髪するのが嫌だったんだ」
ツルツルだもんね、とゼスチャーをする会長さん。
「坊主頭になるのが嫌で逃げ出したんだよ、ハーレイは。ぼくを好きだと言っておきながら、ぼくより髪の毛を取ったのさ。本気で好きなら髪の毛くらい捨てればいいのに。…それも出来なかったヘタレのくせに、ぼくと結婚したいだなんてバカバカしくて怒る気もしない」
「…俺には教頭先生を笑う資格は全く無いな。寺の後継ぎに生まれたくせに、今も剃髪には抵抗が…。あんたが出家した頃の教頭先生はかなり若かったんじゃないかと思うが」
「そりゃね。…でも、好きなら一緒に来るべきだろう!そしたら奥の手を教えないでもなかったのに…。サイオンで誤魔化して剃髪したように見せる方法をさ」
君には教えてあげないけれど、と笑う会長さんをキース君が拝み倒しにかかります。話題はジョミー君たちの修行体験ツアーに戻って派手に盛り上がり、笑い声が何度もダイニングに響き渡りました。カレーを食べ終え、デザートのココナッツアイスやフルーツが出てきた所で会長さんが。
「みんなの合宿も無事に終わったし、埋蔵金を探しに行こうと思うんだけど。…今週末の出発でいいかな? どのくらい日数がかかるか分からないから、帰って来る日は未定ってことで」
「「「さんせーい!!」」」
「じゃあ、荷物は各自で必要なものを。マツカはマイクロバスの手配を頼むよ」
「分かりました。別荘の用意は整ってますし、明日からだって大丈夫です」
こうして次の予定が決まりました。土曜日の朝、会長さんのマンション前に集合です。マツカ君が言っている村に埋蔵金はあるのでしょうか? まあ、無かった時には海の別荘へ行くだけですが。

出発の日は朝からいい天気でした。みんなでマイクロバスに乗り込み、アルテメシアの北に広がる山地を抜けて、そこから更に田舎へと…。コンビニどころか郵便局さえ見当たりません。とびっきりのド田舎です。こんな所に埋蔵金があったとしても、そりゃ噂にはならないでしょう。マイクロバスが止まった場所は茅葺き屋根の大きな民家の前でした。
「これが祖父の別荘です。…本当に手伝いの人は要らないんですか?」
今なら手配が間に合いますよ、とマツカ君。えっと、えっと…。今からでもお願いしたいかも…って、会長さん?
「要らないよ、マツカ。宝探しに苦労はつきもの。この家、住み心地の方は良さそうだしね。見てごらん」
会長さんが指差した先にエアコンの室外機が隠れていました。
「台所の設備も整ってるし、お風呂だって立派なものさ。…秘密基地だと思えばいいよ」
「秘密基地!」
ジョミー君の瞳が輝いています。埋蔵金探しの言いだしっぺだけに、秘密基地という言葉にときめくのでしょう。マイクロバスが走り去ると、ジョミー君は一番に飛び込んで行って全部の部屋を見て回って。
「凄いや、畳まで替えてくれたんだ! 部屋も沢山あるし、部屋割とかはどうしよう?」
「女の子の部屋は少し離しておくのが礼儀。…それから、ぼくとぶるぅで一部屋かな。他は好きに決めたまえ。そうそう、ぼくは時々夜中に姿を消すと思うけれども、探すなんて野暮は御免だよ」
「「「野暮!?」」」
叫んでしまった私たちに苦笑しながら、会長さんはエアコンのスイッチを入れました。
「とりあえず、この部屋を集会と食事に使おうか。…野暮な君たちに説明しとくと、ぼくが消えると予告したのはフィシスが寂しがるからさ。アルトさんたちの所に夜這いに行こうってわけじゃないから、邪推しないようお願いしたいね。用があったら、ぶるぅに言って」
「「「…………」」」
去年の夏の旅行と違って埋蔵金探しは長期間です。フィシスさんを大事にしている会長さんが帰りたくなるのは仕方ないことだと思うんですが、なんだか複雑な気分がするのは私だけではないようでした。
「ほらほら、ボーッとしてないで部屋を決める! 昼御飯が済んだら下見に行くよ。昼御飯は誰が作るんだい?」
「材料は色々揃えておきました。補充は電話でお願いできます」
「うん。…で、昼御飯は?」
私たちは顔を見合わせ、それから視線が下の方に行って…。
「ぼく、作ってくる!」
台所へ走る「そるじゃぁ・ぶるぅ」。小さな子供に頼るしかないとは、情けないトレジャー・ハンターです。部屋割が済んで食事用の部屋に戻ってくると、冷やし中華が出来ていました。
「早く食べたいだろうし、簡単なのにしてみたよ。晩御飯は鮎の塩焼きと野菜の天麩羅でいい? 足りないと困るから冷しゃぶも作るね」
「「「ありがとう、ぶるぅ!!」」」
私たちは感謝しながら昼御飯を食べ、お皿を洗って…いよいよ埋蔵金探しに出発です。マツカ君を先頭にして、いざ夢とロマンの伝説の地へ…!

「前に話した落ち武者の伝説ですけどね」
セミがうるさい田舎道を歩く間にマツカ君が教えてくれました。
「お姫様を連れて逃げて来たらしいんです。2頭の馬の片方にお姫様、もう1頭に黄金を積んでいたのが、片方の馬が潰れてしまって…。お姫様だけは逃がさなければ、と黄金を隠していったんですよ」
「ふうん…。で、それっきり戻って来なかったわけ?」
死んじゃったのかなぁ、とジョミー君。
「その辺のことは分かりません。落ち延びたものの、ここから遥か遠い所で戻れなかったのかもしれませんし…。落ち武者狩りは厳しいですから」
「そうなんだ。でも、こんな小さな村なのに…誰も掘り出さなかっただなんて、いい人が住んでいるんだね」
「ああ、それは言い伝えのせいですよ。七百年経っても子孫が取りに戻らなかったら、黄金は好きにしてもいい。それよりも前に掘ろうとしたら、七代祟ると言い残したとか」
「「「七代っ!?」」」
七代と言えば私たちの孫の、そのまた孫の…えっと、えっと…。そんなに長く祟られたのでは堪りません。いい人ばかりじゃなかったとしても、これでは掘り出せないでしょう。私たちも逃げ帰った方がいいんじゃあ…。
「おい。俺たちも祟られるんじゃないだろうな」
キース君が左手首の数珠レットを外して握り締めました。
「ブルーの力があるといっても、君子危うきに近寄らずだ。…ジョミー、埋蔵金は諦めろ」
「そ、そうだね…。祟られるのは困るもんね」
「大丈夫ですよ、ぼくたちは。時効になっていますから」
クスッと笑うマツカ君。
「危ないものなら御案内しません。約束の七百年目は百年ほど前に来たんだそうです。村のお寺で毎年供養をしているとかで、それは間違いないんですよ」
「掘ってもいいのに誰も掘ろうとしなかったの?」
疑わしげなジョミー君の問いに、マツカ君は頷いて。
「ええ。言い伝えがあるんですから掘りたい人はいたんでしょうが、七百年経ってますからね。場所があやふやになってしまって、おまけに元が伝説ですし…。祖父が別荘を構えた時に問題の土地を真っ先に売りに来たのだと聞いています。黄金が埋まっていますから、って」
「じゃあ、掘り出していないんだね!」
「祖父が騙されていなければ…ですよ。それに、伝説自体がでっち上げっていう可能性だってあるんですから」
淡々と話すマツカ君ですが、ジョミー君は全く聞いていませんでした。黄金の輝きで頭が一杯なのでしょう。
「ねえ、埋まってる場所はまだ遠いの? 場所があやふやになったって言うけど、その中の何処かに…って分かっているから土地を売り込みに来たんだよね。それだけで手がかりバッチリだよ!」
頑張るぞ、と燃えるジョミー君の足取りはマツカ君を追い抜きそうな勢いです。案内人より先に行っちゃったら案内する意味が無いのでは…。と、マツカ君が立ち止まって。
「あそこです。埋蔵金はあの池の底に…」
「「「池!!?」」」
そこには周囲が1キロ以上ありそうな大きな池が広がっていました。水面は蓮の花と大きな葉っぱで一杯です。こ、この広大な池を相手にどうしろと…?

埋蔵金という言葉で連想するのは山の中とか、洞窟とか。池は想定外でした。ジョミー君も呆然としています。が、立ち直るのも早くって…。
「この池だって分かってるのに、場所があやふやって言ったよね。何か言い伝えがあるんじゃないの?」
「それは…確かにあるんですけど…。聞かない方がマシなくらいな話ですよ」
「いいから、いいから!埋蔵金を探す時には小さな手がかりも見逃すな、って書いてあったし」
「…そうでしょうか…。本当に役に立たないんですが…」
マツカ君は溜息をつくと、池の向こう側にある杉の巨木を指差しました。
「あの木の影が落ちる所にあるそうです。でも太陽と一緒に影も動いていきますからね…。言い伝えでは辰の刻とも、申の刻とも…午の刻だっていう話も」
「何それ?馬とか猿とか、何の話?」
「時刻だよ、ジョミー」
おかしそうに笑い出したのは会長さん。時間というのは知ってますけど、私もよくは分かりません。
「辰の刻というのは朝の8時で、申の刻なら午後4時だ。午は正午だからいいとして…朝の8時から夕方4時までに影が移動する範囲となると厳しいよ。今はあそこに映ってるから、下手をすればこの池全部ってことになるかな」
「そうなんです」
マツカ君が即答しました。
「殆どこの池全部だそうです。それを掘り返す根性のある人が村にいたのかいなかったのか、伝説は事実だったのか。雲を掴むような話ですから、ジョミーが埋蔵金って言わなかったら、ぼくも探しには来なかったでしょう」
「おいおい、マジかよ…」
「無茶ですよ、こんな広い池!それに蓮だらけでボートも無理そうじゃないですか」
「話が旨すぎると思ってたんだ。俺は降りるぞ」
サム君もシロエ君も、キース君も回れ右しようとしましたが。
「みんな、待ってよ!埋蔵金があるかどうかをブルーに見てもらって、それから決めても…」
沢山あるかもしれないし、というジョミー君の言葉にキース君たちは蓮池を眺め、それから会長さんを見詰めます。
「ジョミーが言うのも一理あるな」
キース君が腕組みをして頷きました。
「ブルー、埋蔵金は簡単に見つけ出せると言ってたが…。この池の底にありそうか? あるなら量も知りたいが」
「量まで知りたいって言うのかい? まあ、不確実な賭けをしたくない気持ちは分かるけどさ。…でも、その前に…ジョミー、君にも素質はあるんだよ。真っ暗な本山の中でポテトチップスを見付けた根性。それと同じで埋蔵金が何処にあるのか分からないかな?」
「ええっ、そんなの分かるわけないよ!ぼくには蓮しか見えないや」
だからお願い、と頼むジョミー君に会長さんは肩をすくめて微笑んでから、蓮池に目を凝らしました。
「…ふぅん…。凄く一途な残留思念だ。黄金を隠していった落ち武者はお姫様のことが好きだったんだね。これはとっても分かり易いな」
「「「ええっ!?」」
「うん、黄金は確かにあるよ。キースの質問に答えるならば、このくらいの大きさの箱に2箱分だ」
会長さんが両手で示したサイズはミカンとかが入ってくる段ボール箱より大きそうです。キース君が唾を飲み込み、ジョミー君は大歓声。埋蔵金は伝説ではなく、まさに目の前にあるのでした。
「さて、ぼくは所在を確かめたけど…。どうする? 回れ右をする? それとも頑張って掘り出してみる?」
「「「掘る!!!」」」
蓮池の上にジョミー君たちの声が響き渡りました。帰ろうとしていた筈のキース君たちも目の色が完全に変わっています。私も胸がドキドキしますし、スウェナちゃんだって瞳がキラキラ…。
「それじゃ明日から取り掛かろうか。今日は今後のプランを練ろう。ただし、ぼくが黄金を見付けた場所を教えるわけにはいかないよ。反則は認めない主義なんだ。頑張って自力で掘り出したまえ」
会長さんの言葉に素直に頷くジョミー君たち。埋蔵金探しにやって来た以上、探索するのも重要です。ここ掘れワンワンとばかりに一直線より、紆余曲折も味わいがあっていいのでしょう。
「いいかい、宝探しは体力勝負。ぼくは肉体労働はお断りだけど、君たちは若いんだから平気だよね。ああ、それから…女の子たちを酷使するのも感心しない。埋蔵金探しは男のロマンだ。肉体労働は男だけだよ。…返事は?」
「「「はいっ!!!」」」
威勢良く答えるジョミー君たち。埋蔵金の魅力に惹き付けられて男のロマンが燃え上がったというわけですが、なんといっても相手は蓮池。なんだか嫌な予感がするのはお盆の季節なせいなのかな…?




今日は一学期の終業式。去年は学校中に信楽焼の狸が並んで壮観でしたが、今年は何も見当たりません。宿題免除の特典をゲットするにはどうすればいいというのでしょう。1年A組の教室で私たちは頭を悩ませていました。そこへ現れたのは会長さんです。
「やあ、おはよう。夏休みの宿題で悩んでいるのかい? グレイブは山ほど出すからねえ」
その言葉を聞いてクラス中が騒ぎ出す中、会長さんはクスッと笑って。
「知らないのかい? 特別生は宿題が無いんだよ。君たちは一学期の間、真面目に提出し続けていたようだけど、本来は必要ないものなんだ。だって卒業してるんだから。試験だって受けなくても全く問題ないのさ」
「「「えぇぇっ!?」」」
じゃあ私たちは無駄な努力をしてきたっていうわけですか?…試験勉強はともかく、宿題とか…。呆然とする私たちの前を悠然と横切った会長さんは、アルトちゃんとrちゃんに近付きました。
「おはよう。今日も可愛いね。…はい、これが今年の宿題免除のアイテムだってさ」
ポケットから取り出したハンカチのようなものを広げると…。
「「「冷やし中華はじめました!?」」」
それはどう見ても飲食店の夏の決まり文句でした。旗のような布にクッキリ染められています。
「はい、アルトさんとrさんに1枚ずつ。アイテムが発表されてからグレイブに提出してごらん。それから…夏休み中に葉書を書いてもかまわないよね? 本当は長い手紙を出したいんだけど、男のぼくから中身の分からない封書が届いたら家の人が心配するだろうし」
紳士なセリフに感激しているアルトちゃんたち。流石はシャングリラ・ジゴロ・ブルーです。やがてグレイブ先生が現れ、教卓の上にとんでもない量の宿題をドカンと積み上げました。
「諸君、おはよう。私が特に選りすぐった夏休みの宿題を存分に楽しんでくれたまえ。実は私はこの春、結婚したばかりでね。新婚旅行の代わりに夏休みにクルージングに行くのだよ。よって、旅行中の質問は一切受け付けない。相談などはD組のゼル先生が代行して下さるが、あまりお手間を取らせんようにな」
宿題の量で悲鳴が上がり、新婚旅行と聞いて指笛が鳴り、教室の中は大騒ぎです。グレイブ先生は咳払いをして。
「さて、諸君。我が校には夏休みの宿題免除の制度がある。詳細は終業式会場で発表されるから、よく聞いて活用するように。…それから特別生諸君。諸君は夏休みの宿題は無い。他の諸君の宿題免除の特典を奪ってはいかんぞ」
もう奪っちゃった人がいるんですが…、と思って見回してみると会長さんはいませんでした。そういえば机も無かったような。私たちは終業式の会場へ行き、校長先生の退屈なお話を聞いて、それから夏休み宿題免除特典の発表があって…校内に隠された『冷やし中華はじめました』の旗を捜しに全校生徒が奔走するのを、冷たいジュース片手に見物です。特別生っていいものですねえ。そして終礼を済ませると…。
「かみお~ん♪ 明日から夏休みだね!」
いつものお部屋で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が元気に迎えてくれました。宿題も無しで長いお休み!今年の夏は去年よりもずっと素敵なものになりそうです。

夏休みの計画は去年と同じで海と山。滞在先はマツカ君の別荘ですし、いつ行くかは決めていませんでした。今日は日程を練ることになっていたのですが…。
「親父がよろしくと言っていたぞ。お寺ライフは要らないのか?」
キース君のお誘いに首を横に振る私たち。宿坊体験はもうこりごりです。
「そうか…。親父、がっかりするだろうな。まあ、去年までは俺も嫌だったんだし、無理に来いとは言わないが」
溜息をつくキース君を他所に、ジョミー君が。
「ねえ。海と山っていうのもいいけど、特別生になったんだから、もっと凄いことやりたいな」
「忘れたんですか? 去年、先輩の家へ非日常な体験をしに行ったってことを」
シロエ君が突っ込みます。そういえば、会長さんが非日常がいいとか言い出した結果がキース君の家の宿坊だったような…。
「非日常でお寺ライフになるんですよ。凄いことだと何になるかは考えたくもありません」
「そうかなぁ? 探検だとか冒険とかならマズイけどさ、宝探しってどうだろう?」
「宝探しには冒険の旅とモンスターがセットじゃないかと思いますが」
「そんなのじゃなくて!」
夢が無いなあ、とジョミー君が鞄の中から取り出した本は。
「「「埋蔵金伝説!!?」」」
いかにも少年向けな感じの表紙には「失われた黄金を求めて」とサブタイトルが刷られています。これって、ありがちな埋蔵金発掘指南のトンデモ本では…。
「埋蔵金を探しに行くんですか!? 夏休みを全部つぎ込んだって終わりませんよ!」
シロエ君が叫び、サム君までが呆れた声で。
「ジョミー、お前って夢がありすぎ。…こんなの全部嘘だって。そうだよな、ブルー?」
「さあね?」
黙って見ていた会長さんが首を傾げて微笑みました。
「ぼくたちの船、シャングリラ号。あれを造るのに資金がどれだけかかったと思う? 国家予算くらいじゃとても足りない。シャングリラ学園と仲間が稼いだお金だけでは絶対無理だと思うんだけどね」
「……もしかして……」
埋蔵金伝説の分布図が書かれたページをジョミー君が震える指で示しながら。
「掘っちゃったの!?……これ全部……?」
「確かなものはね」
「「「えぇっ!!?」」」
埋蔵金なんて嘘っぱちだと思ってましたが、本当に存在したなんて。しかも会長さんたちが全部掘り出して、シャングリラ号の建造資金にしちゃったなんて…そんなことがあっていいんでしょうか?
「埋蔵金って分かりやすいんだよ。万一の時のために…って必死の思いで埋めたヤツだからね、残留思念が半端じゃないんだ。秘密を守るために作業員を殺してたりすると、恨みの念も籠もるから凄い。サイオンが無くても人間の思念って残るものなのさ」
「それを探って掘り出したのか! 罰当たりな…」
キース君が左手首の数珠レットに触れ、ブツブツと何か唱えましたが、会長さんは涼しい顔で。
「ぼくも一応、高僧だよ。ちゃんと供養をしてから掘ったし、掘り出した後には仏様の像を埋めてきた。いいじゃないか、シャングリラ号にはぼくたちの命と未来がかかってるんだ」
それを言われると何も言えません。シャングリラ号は私たちが迫害される立場になったら逃げ込むための箱舟で…現に箱舟として使われている世界を私たちは知ってしまったのですから。
「そんなわけだから、その本に載っている埋蔵金はもう無いんだ。他の有名どころも掘った。でも十分な資金が集まった後は掘ってない。やっぱりロマンは後世に残しておかないとね」
「掘ってない!?」
ジョミー君の顔がパアッと輝いて。
「じゃあ、埋蔵金って今もあるんだ! そんな簡単に分かるんだったら夏休みに1つ掘らせてよ!」
げげっ。夏休みだからって埋蔵金を掘りますか?…冷やし中華じゃないんですから、1つってそんな無茶苦茶な…。

夢とロマンの埋蔵金。今も何処かに埋まっていると聞けば掘りたい気持ちは分からないでもありません。サイオンで埋まっている場所が分かるとなれば、後は掘り出すだけなんですが…。
「ジョミー、埋蔵金は掘ればいいってものじゃないんだよ」
会長さんが苦笑しながら『埋蔵金伝説』と書かれた本の表紙を軽く叩きました。
「埋まってる土地の所有者は誰か。それが一番重要なことだ。ぼくたちが掘っていた頃は必死だったし、当たりをつけた場所の近くに滞在しながらサイオンでこっそり掘り出した。外からは絶対に分からないよう、瞬間移動を使ったんだよ。だから誰の土地かなんて関係ないし、掘り出した後の所有権で争う必要も無かったけれど…」
「ブルーが一人で掘ったってこと?」
「そう。ぼくが掘り出して、ぶるぅが仲間の所へ瞬間移動で届けてた。そんな掘り方なら今でも可能だ。でも、君がやってみたいのは本格的な発掘だろう? それなら土地を買収する所から始めないと」
土地を買うにはお金が要るよ、と会長さんは笑いました。
「埋蔵金を掘り出す前に資金が必要になるんだよ。埋蔵金が見つかってから払います、なんて言ったら土地を売ってはくれないだろうし、お金を貸してくれる所も無いだろうね」
「……そうなんだ……」
ガックリと項垂れるジョミー君。夢に近づいたと思った途端に厳しい現実を突き付けられて、夢もロマンも砕け散ったみたい。夢は夢でしかないというわけですけど、なんだかちょっと残念なような。
「あのぅ…」
マツカ君がおずおずと口を開くと、会長さんが即座に遮って。
「ダメだよ、マツカ。君が土地を買収するっていうのは許可できない。君も埋蔵金を掘りたくなったというなら別だけど」
「いえ、そうじゃなくて…。いいえ、そうなのかもしれませんけど…。うちの土地を掘るって言うのは駄目ですか? これから買収するのではなく、元からうちの土地なんですが」
「君の家の?」
意外そうな顔の会長さんに、マツカ君は壁の方向を指差しました。
「あっちに山がありますよね。山地になってずっと奥まで続いてますけど、その向こうの村をご存じですか?」
「ん?…ああ、そういえば小さな村があったね」
「そこに祖父の別荘があるんです。隠居所みたいなものでしょうか。祖父が亡くなってから使っていませんけれど、村に埋蔵金伝説が伝わってるのは知ってます。それを探すのはどうかと思って…」
「「「えぇっ!?」」」
そんな所に埋蔵金の伝説が!? というより、マツカ君の家の所有地に埋蔵金が埋まってるなんて、そんな棚ボタな話があってもいいものでしょうか。ジョミー君が期待と不安の入り混じった顔で。
「ブルー、その話、知っていた? もう掘っちゃった後なのかな?」
「残念ながら初耳だ。つまり有名な話ではない。…埋蔵金があったとしても大したものじゃないだろう」
「ぼくもそうだと思います。落ち武者が埋めたっていう話ですから、量はそんなに無いでしょう。第一、伝説自体が作り話ということも…。それでも良ければご案内します。あっ、もちろん…ブルーが駄目だと仰るのなら今の話は無かった事に」
どうでしょう、と会長さんにお伺いを立てるマツカ君。会長さんは腕組みをして考え込んでいましたが…。
「うん、なかなかに面白そうだ。海や山より思い出に残る夏休みになるかもしれないね。ぼくも正面から埋蔵金に挑んだ経験は無いし、無くて元々、やってみようか」
「無くて元々って…あるかどうかは分からないの?」
ジョミー君の問いに会長さんは人差し指を左右に振って見せました。
「埋蔵金を発掘したいんだろう?…あるか無いかでドキドキするのも埋蔵金探しの醍醐味さ。あると分かってるものを掘り出すなんて、イモ掘りと大して変わらないじゃないか」
「じゃあ、必死に探して空振りになるかもしれないんだ…」
「それでこそ宝探しだよ。まぁ、ぼくも徒労に終わるのは嫌だし、現地に着いたら一応探ってみるけどね。埋蔵金があるようだったら頑張ろう。無ければ予定通りに海と山ってことでどうかな、みんな?」
埋蔵金を探す夏休み!考えただけでワクワクしてきます。誰も反対する人は無く、ジョミー君の夢とロマンは実現に向けて走り出しました。

「マツカ、ぼくたちが泊まれそうな宿はあるのかい?」
会長さんが尋ねると、マツカ君はちょっと困った様子で。
「それが…鄙びた村で、民宿すらも無いんです。祖父はそれが気に入って隠居所にしたそうで、頼まれるままに村の土地を買い取った結果、村の田畑や山林は殆どうちの土地になってしまいました。ですから埋蔵金がうちの土地にあるのは確かです。…でも、泊まって頂ける所は祖父の別荘くらいしか…」
「なるほど。それも楽しいかもしれないね。同じ別荘でも田舎だと趣が違いそうだし」
「ええ。帰ったらすぐに連絡を取って、滞在中の色々な手配を…」
しばらく使っていませんから、とマツカ君。ところが会長さんが言い出したことは…。
「寝泊まりできるようにしておいてくれるだけでいいよ。なんといっても宝探しだ。身の回りのことを他人にやらせてたんじゃあ、いまいち気分が乗らないじゃないか」
「そうでしょうか…」
「そうだよ、マツカ。合宿気分でワイワイやるのが一番なのさ」
強引に押し切ってしまった会長さん。うーん、今回は優雅な別荘ライフとは違うようです。どのくらいの期間か分かりませんが、食事も掃除も洗濯も…全部自分たちでやるんでしょうか?
「もちろん。当番を決めてやるのもいいね。難しそうなら、ぶるぅもいるから」
「うん!ぼく、頑張る。みんなが宝探しでくたびれちゃったら、ちゃんとお世話をしてあげるね」
家事が大好きな「そるじゃぁ・ぶるぅ」はやる気満々。初日からお世話になってしまいそうな気がします。だって私ときたらお料理はダメだし、お掃除もろくにしたことがなくて…。スウェナちゃんもオロオロしていますから、多分似たようなものなのでしょう。そして男の子たちは言うまでもない状態でした。
「ぶるぅ、ぼく、掃除とか全然ダメで…」
「汚ねえぞ、ジョミー!料理も洗濯も何もかもダメって白状しろよ!」
サム君とジョミー君がじゃれ合うのを横目で見ながら、柔道部三人組が溜息をついて。
「俺たち、合宿は何度も経験してるが…」
「食事は合宿所のおばさんに任せていましたもんね…」
「自分でしたのは洗濯くらいなものでしょうか…」
要するに誰もがダメダメだっていうことです。会長さんがクスクスと笑い出しました。
「そんなことくらい知ってるよ。だけど雰囲気って大事じゃないか。宝探しの基地に部外者を出入りさせるなんて論外だとは思わないかい? ぶるぅに頑張ってもらって、君たちは出来る限りのことをしたまえ」
「「「…はい…」」」
努力します、と頭を下げる私たち。会長さんは満足そうに頷き、マツカ君に目的地までの交通手段などを質問して。
「それじゃ往復だけマイクロバスを手配して貰おうかな。直前に決めても大丈夫だよね?」
「はい!当日でもなんとかなりますよ」
「ありがとう。出発は…柔道部の強化合宿が終わってからってことでいいかな。確か今年は早かったんだ」
いつからだっけ、と日程を確認した会長さんは綺麗な笑みを浮かべました。
「柔道部のみんなが合宿に行っている間、ジョミーとサムは暇だろう? はい、これ。ぼくが代わりに申し込んでおいた」
宙に取り出された2枚の紙。その紙が前にキース君の大学の学生さんが勧誘していた本山体験ツアーの申込書だと理解するのに時間はかかりませんでした。
「本山で2泊3日の仏道修行。ジョミーはともかく、サムは行くよね?」
「ブルーが…わざわざ俺のために…?」
サム君、感激しています。ジョミー君は断ろうとしたのですが…。
「埋蔵金の発掘計画、ぼくが手伝う理由は全く無いと思わないかい? あるかどうかも分からないものを夏休み中かかって掘り続けるか、ぼくからヒントを引き出すか。ぼくに助けて欲しいのなら…」
「わ、分かったよ!行くよ、行くから手伝ってよ!!」
会長さんの脅しの前にジョミー君は呆気なく屈し、柔道部三人組は強化合宿、ジョミー君とサム君は仏道修行。特別生になって初めての夏休みが私たちを待っていました。

青空が眩しい夏真っ盛り。キース君たちが強化合宿から帰ってきたら宝探しに出発です。どんな村なのかパパとママに訊いてみたのですけど、埋蔵金の話は知らないという答えでした。辺鄙な村で何も無いらしく、ママには「そんな所で合宿なんて物好きね」とまで言われる始末。おまけに「練習しておきなさい」と家事のお手伝いをやらされることになってしまって、藪蛇もここに極まれりです。今日もブツブツ言いながら洗濯物を干していると…。
「やあ。朝からお手伝いご苦労さま」
垣根の向こうに会長さんが立っていました。
「これから一緒に出掛けないかい? 向こうに車を待たせてあるんだ。ぶるぅとスウェナも乗ってるよ」
「何処へ行くんですか?」
「サムとジョミーの修行の見学。今日からだってこと、忘れてた?」
そういえば昨夜ジョミー君から「旅に出ます。探さないで下さい」という哀れっぽいメールが来てましたっけ。それを探しに行こうだなんて、会長さんも物好きな…。
「行く?…それとも真面目にお母さんの手伝いをする?」
ジョミー君たちの修行を見物するか、家にいてママの手伝いか。答えはもちろん決まっています。洗濯物を放り出した私は大急ぎで支度し、会長さんたちと一緒にタクシーに乗り込みました。アルテメシアの市街地を出て、山道をどんどん登っていって…いつの間にか周囲は深い山林に。まさに深山幽谷です。
「ジョミーたちは貸し切りバスで行ったんだよ。とっくに結団式を済ませて、今は映画を見せられている」
助手席に座った会長さんが前を向いたまま言いました。
「「映画?」」
首を傾げるスウェナちゃんと私。修行じゃなくて映画ですか?
「ふふ、君たちが考えるような映画じゃないさ。お釈迦様の生涯だよ。お釈迦様抜きで仏教は語れないからね。布教用に作った物だし、娯楽の要素は一切ない。これで気持ちを引き締めてから修行に入るという仕組み」
うわぁ、ジョミー君、可哀相…。大喜びで参加したサム君も後悔し始めているかもです。スウェナちゃんとコソコソ話し合っていると、隣に座った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「あのね、今日は一番マシな日なんだよ。普通の御飯が食べられるから」
「「えっ?」」
「昨日ブルーに聞いたんだ。一日目の晩御飯はお代わり自由で豚カツなんかも出るらしいけど、明日の朝から精進料理になるんだって。御飯もお米の御飯じゃなくて麦飯になるって言ってたよ」
ひえぇ!食事まで本格的な修行メニューになっちゃうんですか?でも…お粥じゃないんだ…。
「それは宗派によるんだよ。仏教といっても色々あるから」
答えてくれたのは会長さんです。
「初日からあまり苛めていたんじゃ、親しむ前に逃げられちゃうし…食事くらい普通にしてあげないとね。明日からは麦飯に味噌汁、漬け物、和え物、煮物の5種類、それしか出ないよ。もちろん肉と魚は出ないし、お代わり出来るのも麦飯だけさ」
「そんなのでお腹、空かないかしら…」
心配そうに言うスウェナちゃん。ジョミー君たちは食べ盛りですし、そんな食事で大丈夫かな?
「修行に行った以上、頑張らないとね。ちゃんと持ち物検査があるから、おやつは没収された筈だよ」
「「えぇっ!?」」
持ち物検査って…没収って…ジョミー君たちはどんな目に…?

タクシーが止まったのは大きな山門の前でした。杉の巨木に囲まれたお寺はとても静かで、街から1時間ちょっとしか走ってないのが信じられない感じです。それが総本山、璃慕恩院。小さい頃にリボン院だと聞き違えていて、可愛い名前だと思ってましたっけ。可愛いどころか修行の道場だったとは…。
「キースもいずれは此処で修行さ。頭を綺麗に剃ってからね」
山門に向かう会長さんは半袖シャツにズボンのラフな格好。御自慢の緋の衣ではありません。それでも山門をくぐって寺務所の前まで行った所で若いお坊さんが飛び出して来て…。
「ブルー様でらっしゃいますね。ご案内するよう言われております。どうぞこちらへ」
大きな建物や回廊を幾つも抜けて、通されたのは立派な客間。床の間には見事な掛軸が飾られ、磨き込まれた座敷机に分厚い座布団。その1枚に座った緋の衣の老僧がニコニコ笑顔で手招きしました。
「おお、ブルー!…こうして会うのは何年ぶりかのう。相変わらずの男前じゃ。さあ、遠慮せずに入った、入った。そのお嬢さん方は今のコレか?」
小指を立ててみせる老僧。うーん、会長さんったら本山でも女たらしで有名でしたか…。客間に座るとお茶とお菓子が出てきましたが、昼食はなんとお寿司の盛り合わせ。どう見ても本物の握り寿司です。
「わははは、ブルーに精進料理なんぞ出せんわい。どうしても、と言われりゃ別じゃが」
本山で一番偉い人だという老僧は豪快に笑い、自分もお寿司を食べ始めました。会長さんがニヤリと笑って。
「要するに本音と建前なのさ。老師はぼくの後輩だから、ぼくの好みもよく知ってる」
「そうなんじゃ。本当はブルーの方がわしより偉い立場なんじゃが、タメ口がいいと言われてのう」
何十年もの付き合いがある悪友同士らしいです。そんな人が牛耳るお寺に送り込まれたジョミー君たちは…?
「ところで、体験ツアー中のぼくの友達はどうしてるかな?」
「サムとジョミーなら班長に据えたと言ってきたわい。今日から始まるコースは小学生しかおらんそうで、貴重な人材というわけじゃ。班長と言えば修行の手本。もちろん覗いて行くんじゃろう?」
「当然。ぼくが送り込んだと知ってる以上、情報収集してるよね。ジョミーたちは何かやらかしたかい?」
会長さんの問いに老師はニコニコ顔で。
「お前さん、注意書きを渡さなかったじゃろう? ケータイ禁止と聞いて真っ青になったそうじゃぞ。ゲーム機と音楽を聴く機械も没収したとか言っとったのう。…修行の心得は小学生でも知っとるのに」
「遊び心だよ、遊び心。せっかくだからドーンと絶望するのもいいよね」
ジョミー君たち、おやつどころかケータイも取り上げられてしまったみたいです。サイオンは滅多に使いませんから、思念波で連絡可能なことなど忘れてしまっているでしょう。覚えていたらとっくの昔に会長さんを恨む思念が伝わってきてる筈ですし…。
「御馳走様。お寿司、美味しかったよ。やっぱり禁断の味はいいねえ」
「決まっとるわい。昼間から堂々と食える立場におるというのが最高でのう」
また遊びに来い、とご機嫌の老師にお礼を言って、私たちはジョミー君たちが修行中だという建物の方へ。午後は読経の練習らしいのですが、鉦や木魚を叩くのでしょうか。小学生の団体様の中で班長にされ、修行の手本を示さなければならないだなんて、気の毒としか言えません。会長さん、参加者の状況を調べ上げてから申し込みをしたんじゃないでしょうね…?




週が明けて期末試験は順調に過ぎ、ついに最終日の金曜日。ソルジャーが会長さんと入れ替わる日がやって来ました。私たちはいつもより早く登校してきて、校門が開くと同時に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に向かって一直線。生徒会室の壁を抜けた向こう側には既に二人の会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が…。
「かみお~ん♪みんな早いね!朝ご飯、ちゃんと食べてきた?」
よかったら食べて、とサンドイッチを盛ったお皿が運ばれてきます。真っ先に手を伸ばしたのは会長さん…じゃなくてソルジャーかな?
「みんな、おはよう。今日はよろしくお願いするよ」
夏物の制服を着たソルジャーがサンドイッチ片手にウインクしました。隣に座った会長さんが溜息をついて。
「…試験の答えは教えるけどさ…。くれぐれもクラスの中での悪戯は…」
「それはしないって約束する。君を騙した負い目もあるしね」
「…騙した…?」
目を丸くする会長さん。私たちにも何のことやらサッパリです。
「うん。この前、ぼくとベッドを交換するか、ぼくに生徒をやらせてくれるか、どっちか選べって言っただろう。君はハーレイに抱かれたくなくて、こっちの方に決まったけれど…。あの時、嘘をついたんだ。ぼくのハーレイに君は抱けない」
「「「えぇっ!?」」」
驚いたのは会長さんだけではありませんでした。あんなに脅しをかけていたのに嘘だったって言うんですか?
「正確に言えば、君が嫌がるに決まっているから無理だってこと。…ぼくのハーレイもヘタレなんだ。嫌がる相手を抱くなんて真似は出来っこない。ぼくそっくりの君が相手なら尚更さ」
「じゃ、じゃあ…君のハーレイとどうこうって話は最初っから…?」
「ううん、最初は本気だった。途中で思い出したんだよね、ハーレイはヘタレだったっけ、って。だけど怯えてる君が可愛かったし、訂正するのはやめにしたんだ」
クスクスとおかしそうに笑うソルジャー。会長さんはガックリと肩を落として「はめられた…」と呟きました。
「ブルー、本当に何もしないんだろうね?…凄く心配になってきた」
「しないってば。クラスでは誓って何もしない。ぼくのお目当ては君のハーレイを口説くことだから」
これだけは譲れないよ、と言ってソルジャーはソファから立ち上がります。
「サンドイッチ、御馳走様。それじゃ試験を受けに行くね。えっと、教室はどっちだっけ」
「教えてもらっていないのか?」
キース君の問いにソルジャーは「まさか」と微笑んで。
「教室の場所も校舎の配置もバッチリ頭に入っているよ。試験問題も多分、自力で解ける。クラスの命運がかかっているっていうから、ブルーに確認してもらうけど。…その他のフォローはよろしくね」
私たちは覚悟を決めて頷きました。トラブルメーカーなソルジャーですが、クラスでは何もしないという言葉を信用するしかありません。試験さえ無事に終わってくれれば、後は野となれ山となれです。

影の生徒会室を出て1年A組に着くまでの間、ソルジャーは完璧に会長さんを演じていました。すれ違う生徒と挨拶したり、女の子たちに手を振ったり。そしてA組の教室でも…。
「おはよう。試験も今日でおしまいだよね」
試験勉強とは無縁のクラスメイトに声をかけ、アッという間に女の子たちに囲まれています。
「…あれが目的だったのか…?」
呆れた声のキース君に、マツカ君が。
「女性には興味が無いんじゃないかと思うんですけど…」
「分からんぞ。食う方も出来ると言ってたからな、興味が無いとは言い切れん」
なるほど。あちらのシャングリラ号にどんな人たちが乗っているのか知りませんけど、ソルジャーともなれば気軽に女の子たちと話せる機会は少ないのかも。ソルジャーは包囲網を上手に抜け出してアルトちゃんとrちゃんに話しかけたり、好き放題。フォローなんて全く必要ない様子に、私たちは感心するばかりでした。やがてカツカツと足音が近づいてきて、教室の扉がガラリと開いて。
「諸君、おはよう」
グレイブ先生もソルジャーを見破れないようです。サイオンを持つ仲間ですから、もしかしたら…と思ったんですが。お馴染みの注意に続いてプリントが配られ、試験開始。いつものようにスラスラと答えが書けるのはソルジャーの力のせいでしょうけど、自分で解いているのでしょうか?この問題って世界史ですよ!…次の試験の前に尋ねてみると、ソルジャーはいともアッサリと。
「ぼくが解いた。ちゃんとブルーに確認したから正解だよ」
そんな調子でソルジャーは試験を楽々とこなし、最後のテストが終わった後はクラス中から御礼を言われて上機嫌でした。終礼が済むと私たちを集めて微笑んで。
「ね?…約束通り何もしなかっただろう。ブルーの所へ帰ろうか」
会長さんの鞄を持ったソルジャーは何処から見ても会長さんにしか見えません。本物の会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に隠れてるなんて、誰も思いもしないでしょう。残るは打ち上げパーティーと…。
「ハーレイのこと?」
廊下を歩きながらソルジャーが私の方を振り向きました。思考が零れていたようです。
「うん、教頭室にも行かなきゃね。今日のメインイベントはそれだし、とても楽しみにしてるんだ」
「…やっぱりロクでもないことを…」
そう言ったのはキース君。ソルジャー相手でも遠慮しないのが凄いです。
「どうだろう?…君たちのブルーも色々やってたみたいじゃないか。ぼくが少々羽目を外しても、許されるんじゃないかと思うな」
「「「!!!」」」
恐ろしい言葉をサラッと口にし、ソルジャーは意気揚々と生徒会室に入ってゆきました。壁を抜けると「そるじゃぁ・ぶるぅ」と会長さんが出迎えます。
「かみお~ん♪おかえりなさい!凄いや、ホントにバレなかったね!」
「癪だけど、君は完璧だったよ。…1問も直す所が無かった」
大感激の「そるじゃぁ・ぶるぅ」と憮然としている会長さん。次は打ち上げパーティーの費用を貰いに教頭室へ行くわけですけど、ソルジャーが一人で行くのでしょうか。
「ブルー、みんなを教頭室に連れて行ってもかまわないよね?」
え。ソルジャーがニッコリ笑っています。
「ぶるぅも連れて行かせてもらうよ、怪しまれないための必須アイテム。…君はどうする?」
「…行くさ。ぼくがしっかり監視してないと、君は暴走しそうだし。でもシールドを張って隠れてるから」
「ハーレイが気付かないと思っているのかい?…まあ、いいけど」
会長さんは姿を隠して行くようです。ソルジャーは私たちの方を振り向いて。
「じゃあ、資金調達をしに出掛けようか。楽しい時間を約束するよ」
ああぁ、いよいよ教頭室です。本日のメインイベントとやらが、とっても心配なんですけど~!

ソルジャーは私たちと「そるじゃぁ・ぶるぅ」を引き連れ、まっすぐ本館に向かいました。すぐ後ろには会長さんがいる筈ですが、全く姿が見えません。同じ能力を持つタイプ・ブルーでないと分からないものと思われます。ジョミー君もタイプ・ブルーですけど、思念波で話すのが精一杯のようですし…。
「ジョミー。お前、ブルーが見えてるのか?」
サム君が落ち着かない様子で尋ねました。会長さんが心配なのでしょう。
「ううん、全然。ぶるぅ、どの辺にいるのか教えて」
「えっとね、あそこ」
指差された先には何の気配もありませんでした。よく『見えないギャラリー』にされてきましたけれど、こんな風になっていたんですねぇ。周りの景色を遮りもせず、会長さんは静かに隠れています。触ろうとすれば上手に逃げてしまうのでしょう。私たちはソルジャーを先頭に本館に入り、教頭室の扉の前に立って。
「失礼します」
ソルジャーが扉をノックしてガチャリと開けると、書きものをしていた教頭先生が顔を上げました。
「ブルーか。今回も多めに入れておいたぞ」
引出しから熨斗袋を取り出したのを、ソルジャーが笑顔で受け取ります。
「ありがとう、ハーレイ。…ねえ、足りなかったらどうしたらいい?」
「どうするも何も、いつも私の名前でツケにしてくるのはお前だろう。今日は焼肉か?」
「うん。…でね、貰ってばかりじゃ悪いから…」
ソルジャーの身体が教頭先生と机の間にスッと入り込み、膝の上に腰かけたかと思うと両腕を教頭先生の首に絡み付かせて。
「これ、お礼。…好きだよ、ハーレイ」
耳もとで甘く囁き、唇を重ねるだけのキス。そのまま教頭先生に抱きつこうとしたソルジャーでしたが…。
「やめ…!……いえ、ふざけるのはおやめ下さい、ソルジャー」
「どうしたのさ、ハーレイ? 言葉が変だよ」
膝の上に座ったままでソルジャーが首を傾げます。教頭先生は溜息をつき、ソルジャーの顔を見つめました。
「…ソルジャーと呼ぶのは駄目ですか?…では、ブルー。降りて下さい。どういうおつもりかは存じませんが」
「その言葉、やめてくれないかな。なんで敬語を使うのさ!」
「あなたがブルー…いえ、私の世界のブルーではないと分かるからです。あなたは別の世界のブルー。我々には想像もつかない世界を生き抜いてこられたソルジャーですから」
教頭先生の目は確かでした。正体を見抜かれたソルジャーは教頭先生の膝から滑り降り、机にもたれかかりながら。
「きっとバレると思っていたよ。…誉めてるんだろうけど、普通の言葉の方がいい。いつもブルーに話すみたいな」
「…ですが…」
「また敬語。いいけどね、今はブルーがソルジャーだから」
「なんですって!?」
教頭先生の叫びは私たちの心の声でもありました。会長さんがソルジャーだなんて、何を意味しているのでしょう。ソルジャーはニヤリと意地悪い笑みを浮かべて。
「分からないかな。ブルーがいなくて、ぼくがいる。ブルーとぼくは姿も力もそっくり同じだ。入れ替わっても気付かれない。…ブルーはぼくと賭けをして負けて、ぼくの代わりにソルジャーをやっているんだよ」
「…い、いつから…」
愕然とする教頭先生。何故ソルジャーが嘘をつくのかは謎ですけれど、そう聞かされた教頭先生が驚愕するのは当然でした。ソルジャーの世界がどんな所か、十分に知っているのですから。
「いつからって言われても…。もう1週間になるのかな?試験が始まる前のことだし」
「そんな無茶な!ブルーを帰してやってくれ!!」
頼む、と頭を深々と下げる教頭先生にソルジャーはクスッと小さく笑いました。
「言葉が普通に戻ったね。…よっぽどショックだったんだ」
「し、失礼を…。お願いです、どうかブルーを元の世界に…」
「期限は明後日までなんだよね。大丈夫、大きな戦闘は起こってないから。作戦途中でちょっと怪我したみたいだけれど、それはブルーが慣れてないからで…」
「怪我!?」
教頭先生は真っ青になり、両の拳を握り締めて。
「ブルーが…怪我を…。慣れていないのは当たり前です。ブルーもソルジャーを名乗ってはいますが、あなたとは全く違う世界で生きてきて……戦ったことなどただの一度も…」
「そうだろうね。でも約束は明後日まで。流石に命が危なくなったら、ぼくが助けに戻るけど」
「帰してやって下さい、すぐに!ブルーの代わりに私が何でも致しますから!!」
すっかり騙された教頭先生は絨毯に頭を擦りつけるようにして土下座しました。えっと…会長さんは多分その辺りにいるんですけど…。

「ブルーの代わりに何でもするって?…そこまで言うほどブルーが大事?」
懇願する教頭先生の背中を見下ろし、ソルジャーは冷やかに笑います。
「さんざんオモチャにされているのは知ってるよ。なのにブルーを心配するんだ?…たまにはお灸を据えられた方が大人しくなるかもしれないのに」
「ブルーはあれでいいのです。あなたとの賭けも、軽い気持ちだったに決まっています。なのに本当に入れ替わるなど…。ブルーがどれほど困っているか、心細い思いをしているか…。お願いです。ブルーを帰して頂けないなら、せめて私もあちらの世界に」
教頭先生は泣きそうな顔をしていました。土下座したまま必死に訴えかけるのですが、ソルジャーは嘘だと明かそうとはせず、会長さんもシールドの中から出てきません。
「お願いです、ソルジャー…いいえ、ブルー。ブルーが帰ってこられないなら、どうか私をブルーの側に」
「それは出来ない。キャプテンまでが入れ替わったら、誰がシャングリラを守るんだ?…仕方ない、期限にはまだ早いけど…ブルーを帰すことにしようか。その代わり…」
「…その代わり…?」
縋るような眼の教頭先生に、ソルジャーは勝ち誇った顔で言い放ちました。
「さっき、ぼくが二度目のキスをあげようとしたのに断ったよね、ブルーじゃないから。ブルーだったらキスさせたろう?…その罰だ。キスにはキスを。ぼくの靴にキスして貰おうかな」
「「「!!!」」」
ソルジャーったら、なんてことを!調子に乗るにも程があります。それに会長さんはすぐそこに…って、教頭先生?
「…分かった。それでブルーが戻るなら…」
教頭先生は身体を起こし、ソルジャーの右足に両手を添えると、躊躇いもなく身を屈めました。その唇が靴に触れようとした、まさにその時。
「ストップ!…もういい、ブルーはそこにいる」
弾かれたように振り返った教頭先生の視線の先で、会長さんのシールドが解かれます。ソルジャー服ではなく制服ですから別世界から戻ったにしては妙なのですが、教頭先生は会長さんが帰ってきたのだと完全に信じ込みました。
「ブルー!!」
会長さんの側に駆け寄り、ギュッと抱き締める教頭先生。
「…すまない、気付いてやれなくて。怖かったろう、一人ぼっちで…。怪我は大丈夫か?痛まないか…?」
「痛いよ、ハーレイ。…馬鹿力だってこと、自覚したら?」
「す、すまん、つい…。傷に響いてしまったか?」
済まなそうに謝る教頭先生の腕から逃れた会長さんは、ソルジャーの隣に立って艶やかな笑みを浮かべました。
「ぼく、怪我なんかしてないし。…それにソルジャーもやってない。入れ替わってたのは今日だけだよ。ブルーが生徒をやりたいって言うから、ぶるぅの部屋に隠れてたんだ」
「ぶるぅの部屋!?…ブルーの代わりにソルジャーをやっていたんじゃないのか?」
「それは無理だってブルーが言った。ぼくにソルジャーを任せちゃったら、シャングリラ号が沈むんだってさ」
「…………」
騙されていたと気付いた教頭先生がヘタヘタと床にへたり込みます。ソルジャーと会長さんは瓜二つの顔でクスクスと笑い、熨斗袋を開けて中身を数えて。
「ありがとう、これ、貰っていくね。靴にキスしようとしてくれたことも忘れないよ」
「ごめんね、ハーレイ。ブルーも悪戯が好きなんだ。…先にキスしてもらってたんだし、キスにはキスってことで許してあげてよ」
教頭先生の返事を待たずに、二人はクルリと背を向けて歩き出しました。会長さんは再びシールドの中。そっくりな二人が学校の中で並んで歩けば、混乱を招くからでしょう。
「みんな、帰るよ。お店を予約してるんだから」
早くおいで、と手招きされて教頭室を出る私たち。教頭先生は絨毯の上で白く燃え尽きてしまっていました。

いつもの焼肉屋さんへはタクシーで。ソルジャーは私たちとタクシーに乗り、会長さんはお店の近くに瞬間移動してきて合流です。個室で美味しい焼肉を頬張りながら、ジョミー君が尋ねました。
「ねえ、ブルー。教頭先生を騙してたけど、あれって打ち合わせしてあったの?」
「…それはぼくに対する質問?それとも君の世界のブルー?」
「え、えっと…。ブルー…ううん、会長に聞いたつもりだったんだけど、答えが聞けるならどっちでもいいや」
「いい答えだ」
ソルジャーは網の上のお肉を上手に裏返し、焼き上がった野菜を器に取って。
「ぼくもその話をしたかったんだよ。打ち合わせなんか一度もしてない。ブルーにはハーレイを口説く許可しか貰ってなかった。だからブルーは誘惑だけだと思っていたんじゃないのかな」
「そうだよ。なのに君が勝手に…」
どんどん暴走しちゃうんだから、と会長さん。ソルジャーは肩を軽く竦めて。
「ごめん、ごめん。でも、君だって止めなかったじゃないか。シールドを解けばすぐ嘘だってバレるのに」
「あんなハーレイ、滅多に見られないからね。面白そうだし放っておいた」
「やっぱりね…。そして今でも面白かったと思ってるわけだ」
溜息をつくソルジャーの姿に、会長さんは首を傾げました。
「え? だって本当に楽しかったし…」
「ハーレイがぼくに土下座をしたり、靴にキスまでしようとしたのは君のためだよ。あそこまでする姿を見ても、ハーレイを好きになれないのかい?」
「………。ああすれば、ぼくがハーレイに惹かれるとでも…?」
「うん。飛び出してきて止めに入ると思ってた。土下座くらいは笑って見てても、靴にキスしろって言った辺りで。…そして恋が始まると期待したのに、世の中、上手くいかないものだね」
だからヤケ酒、とソルジャーはチューハイを一気飲み。けれど瞳は笑っていて…。
「まぁ、シナリオどおりに始まる恋なら、とっくに恋人同士だろうけれど。でも、ハーレイが君を大切に想ってることは知ってて欲しいな。…遊び道具にしてるだなんて、ぼくには信じられないよ」
「ハーレイはあれでいいんだってば!本人もそれで満足してる」
「そうかなぁ?…ヘタレ直しの修行にも来たし、進展させたい気持ちはあると思うんだ。とことん報われないのが気の毒で」
ソルジャーと会長さんは不毛な論争を始めました。あちらのキャプテンと両想いなソルジャーと、女の子が大好きなシャングリラ・ジゴロ・ブルーの恋愛観が一致するわけありません。二人とも経験だけは積んでいるので、アヤシイ単語もチラホラと…。
「どうする、あいつら?」
キース君が二人を示すと、シロエ君が。
「ほっとけばいいんじゃないですか?食べながら言い合いしてるんですし」
「注文は俺たちに丸投げだけどな…。焼くのもぶるぅが頑張ってるぜ」
「あの調子なら激辛醤油と取り換えちゃっても気付かないかも!」
激辛ハバネロ醤油の瓶と取り皿を持つジョミー君。それはそれで…楽しいかも…。
「ブルーにやるのはやめてくれよ。あいつにやるのは止めないけどさ」
サム君が主張し、取り換えるのはソルジャーのお皿に決まりました。ワクワクしながら『激辛8倍』と書かれたハバネロ醤油を取り皿に注ぎ入れ、ソルジャーの席の方へ回していこうとした時です。
「こんばんは」
スッと個室の扉が開き、部屋に滑り込んできた人物は…。
「「「ドクター!!?」」」
嫌というほど見覚えのあるエロドクターがスーツを着込んで立っていました。なぜドクターが出てくるんですか~!

「…ノルディ…?」
引き攣った顔の会長さんを他所に、ドクターはスタスタとソルジャーに近付いていって。
「お招き下さって嬉しいですよ。少し早すぎたでしょうか?」
「いや。…約束通り呼んだだろう?ちゃんと大人しくしていたかい?」
「それなりに。1週間は長すぎました」
げげっ。これって、前にドクターの家で交わした会話の続きでは…。ソルジャーが差し出した手にドクターが恭しく口付けています。凍りついている私たちをソルジャーは赤い瞳で見回しました。
「ぼくの招待客なんだけど。一緒に食事をしてもいいかな?」
「「「………」」」
誰も返事が出来ませんでした。会長さんは固まってますし、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も混乱中。そんな様子にソルジャーは苦笑し、自分の席から立ち上がって。
「ここじゃ落ち着いて食べられないね。他の店に移る?それとも…」
「あなたはかなり召し上がったのではないですか?まだ食べたいと仰るのなら行きつけの店にお連れしますし、そうでなければ…」
「ぼくを食べたいっていうのかい?…いいよ、その方が楽しめそうだ」
バイバイ、と軽く手を振り、ソルジャーはドクターに肩を抱かれて部屋を出て行ってしまいました。取り残された私たちは暫し呆然としていましたが…。
「ブルー!おい、ブルーたちは何処へ行ったんだ!?」
我に返ったキース君が叫び、会長さんはサイオンを周囲に広げているようです。会長さんの力なら二人を追うのは簡単な筈…って、あれ?なんだか難しい顔…。
「駄目だ、ブルーが邪魔をしていて何処に居るのか掴めない。ノルディの家へ行くんじゃないかと思うけど…」
「ホテルってこともありますよ」
シロエ君の言葉に会長さんは頭を抱え、私たちもとても焼肉どころでは…。エロドクターとソルジャーが何をするのか分からないほど小さな子供じゃないんですから。…と、個室の扉が音もなく開いて。
「ただいま」
「「「えぇっ!?」」」
入ってきたのはソルジャーでした。平然と部屋を横切り、元の席に腰を下ろします。
「うん、肉も野菜も減っていないね。5分もかかってないのかな?」
「ブルー!…ノルディは何処に置いて来たのさ!?」
「君のマンション、って言いたいけれど、残念ながら車の中。ぼくが消えたんで此処に戻ろうとしているようだ」
「「「!!!」」」
「大丈夫、絶対戻ってこられないから。自分の意志とは反対の方に走りたくなる暗示をかけた」
ぼくたちの宴会が終わるまでね、とソルジャーはニッコリ笑いました。
「ノルディを呼んだのはサプライズだよ。ちょっとドキドキしただろう?せっかくの打ち上げパーティーなんだし、そういうスリルもいいかと思って」
「心臓が止まりそうになったじゃないか!」
「ブルーはノルディが苦手だものね、からかい甲斐があって面白いのに…。さあ、淫乱ドクターがドライブをしている間に食べようか。ぼくは参鶏湯も注文したいな」
メニューを覗き込むソルジャーは子供みたいに楽しそうでした。キース君がフゥと溜息をついて。
「…悪戯は大目に見ようって言ったんだっけな…」
「そうだったわね…」
スウェナちゃんが応じ、ジョミー君が。
「じゃあ、悪戯には悪戯を!」
その手には再びハバネロ醤油の瓶が握られていました。ソルジャーは気付いていないようです。よし、こうなったら激辛8倍!私たちのドキドキを乗せて取り皿は次から次へと回され、ソルジャーの前にコトリと置かれて…。それから後はあまり語りたくありません。ソルジャーのポーカーフェイスは見事だ、としか。
「じゃあ、ぼくはブルーの家で着替えて帰るから。また会おうね」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はソルジャーと一緒にタクシーに乗り込み、私たちは歩いて最寄りの駅へ。ハバネロ醤油を美味しいと誉めて皆に勧めた会長さんのそっくりさんは、最後までトラブルメーカーでした。まだ舌がヒリヒリしています。あまりの辛さに「かみお~ん!」と泣き叫びながら走り回った「そるじゃぁ・ぶるぅ」も可哀相。…ソルジャー、会長さんとの入れ替わり体験、ご満足して頂けましたか…?




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