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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

週が明けて期末試験は順調に過ぎ、ついに最終日の金曜日。ソルジャーが会長さんと入れ替わる日がやって来ました。私たちはいつもより早く登校してきて、校門が開くと同時に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に向かって一直線。生徒会室の壁を抜けた向こう側には既に二人の会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が…。
「かみお~ん♪みんな早いね!朝ご飯、ちゃんと食べてきた?」
よかったら食べて、とサンドイッチを盛ったお皿が運ばれてきます。真っ先に手を伸ばしたのは会長さん…じゃなくてソルジャーかな?
「みんな、おはよう。今日はよろしくお願いするよ」
夏物の制服を着たソルジャーがサンドイッチ片手にウインクしました。隣に座った会長さんが溜息をついて。
「…試験の答えは教えるけどさ…。くれぐれもクラスの中での悪戯は…」
「それはしないって約束する。君を騙した負い目もあるしね」
「…騙した…?」
目を丸くする会長さん。私たちにも何のことやらサッパリです。
「うん。この前、ぼくとベッドを交換するか、ぼくに生徒をやらせてくれるか、どっちか選べって言っただろう。君はハーレイに抱かれたくなくて、こっちの方に決まったけれど…。あの時、嘘をついたんだ。ぼくのハーレイに君は抱けない」
「「「えぇっ!?」」」
驚いたのは会長さんだけではありませんでした。あんなに脅しをかけていたのに嘘だったって言うんですか?
「正確に言えば、君が嫌がるに決まっているから無理だってこと。…ぼくのハーレイもヘタレなんだ。嫌がる相手を抱くなんて真似は出来っこない。ぼくそっくりの君が相手なら尚更さ」
「じゃ、じゃあ…君のハーレイとどうこうって話は最初っから…?」
「ううん、最初は本気だった。途中で思い出したんだよね、ハーレイはヘタレだったっけ、って。だけど怯えてる君が可愛かったし、訂正するのはやめにしたんだ」
クスクスとおかしそうに笑うソルジャー。会長さんはガックリと肩を落として「はめられた…」と呟きました。
「ブルー、本当に何もしないんだろうね?…凄く心配になってきた」
「しないってば。クラスでは誓って何もしない。ぼくのお目当ては君のハーレイを口説くことだから」
これだけは譲れないよ、と言ってソルジャーはソファから立ち上がります。
「サンドイッチ、御馳走様。それじゃ試験を受けに行くね。えっと、教室はどっちだっけ」
「教えてもらっていないのか?」
キース君の問いにソルジャーは「まさか」と微笑んで。
「教室の場所も校舎の配置もバッチリ頭に入っているよ。試験問題も多分、自力で解ける。クラスの命運がかかっているっていうから、ブルーに確認してもらうけど。…その他のフォローはよろしくね」
私たちは覚悟を決めて頷きました。トラブルメーカーなソルジャーですが、クラスでは何もしないという言葉を信用するしかありません。試験さえ無事に終わってくれれば、後は野となれ山となれです。

影の生徒会室を出て1年A組に着くまでの間、ソルジャーは完璧に会長さんを演じていました。すれ違う生徒と挨拶したり、女の子たちに手を振ったり。そしてA組の教室でも…。
「おはよう。試験も今日でおしまいだよね」
試験勉強とは無縁のクラスメイトに声をかけ、アッという間に女の子たちに囲まれています。
「…あれが目的だったのか…?」
呆れた声のキース君に、マツカ君が。
「女性には興味が無いんじゃないかと思うんですけど…」
「分からんぞ。食う方も出来ると言ってたからな、興味が無いとは言い切れん」
なるほど。あちらのシャングリラ号にどんな人たちが乗っているのか知りませんけど、ソルジャーともなれば気軽に女の子たちと話せる機会は少ないのかも。ソルジャーは包囲網を上手に抜け出してアルトちゃんとrちゃんに話しかけたり、好き放題。フォローなんて全く必要ない様子に、私たちは感心するばかりでした。やがてカツカツと足音が近づいてきて、教室の扉がガラリと開いて。
「諸君、おはよう」
グレイブ先生もソルジャーを見破れないようです。サイオンを持つ仲間ですから、もしかしたら…と思ったんですが。お馴染みの注意に続いてプリントが配られ、試験開始。いつものようにスラスラと答えが書けるのはソルジャーの力のせいでしょうけど、自分で解いているのでしょうか?この問題って世界史ですよ!…次の試験の前に尋ねてみると、ソルジャーはいともアッサリと。
「ぼくが解いた。ちゃんとブルーに確認したから正解だよ」
そんな調子でソルジャーは試験を楽々とこなし、最後のテストが終わった後はクラス中から御礼を言われて上機嫌でした。終礼が済むと私たちを集めて微笑んで。
「ね?…約束通り何もしなかっただろう。ブルーの所へ帰ろうか」
会長さんの鞄を持ったソルジャーは何処から見ても会長さんにしか見えません。本物の会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に隠れてるなんて、誰も思いもしないでしょう。残るは打ち上げパーティーと…。
「ハーレイのこと?」
廊下を歩きながらソルジャーが私の方を振り向きました。思考が零れていたようです。
「うん、教頭室にも行かなきゃね。今日のメインイベントはそれだし、とても楽しみにしてるんだ」
「…やっぱりロクでもないことを…」
そう言ったのはキース君。ソルジャー相手でも遠慮しないのが凄いです。
「どうだろう?…君たちのブルーも色々やってたみたいじゃないか。ぼくが少々羽目を外しても、許されるんじゃないかと思うな」
「「「!!!」」」
恐ろしい言葉をサラッと口にし、ソルジャーは意気揚々と生徒会室に入ってゆきました。壁を抜けると「そるじゃぁ・ぶるぅ」と会長さんが出迎えます。
「かみお~ん♪おかえりなさい!凄いや、ホントにバレなかったね!」
「癪だけど、君は完璧だったよ。…1問も直す所が無かった」
大感激の「そるじゃぁ・ぶるぅ」と憮然としている会長さん。次は打ち上げパーティーの費用を貰いに教頭室へ行くわけですけど、ソルジャーが一人で行くのでしょうか。
「ブルー、みんなを教頭室に連れて行ってもかまわないよね?」
え。ソルジャーがニッコリ笑っています。
「ぶるぅも連れて行かせてもらうよ、怪しまれないための必須アイテム。…君はどうする?」
「…行くさ。ぼくがしっかり監視してないと、君は暴走しそうだし。でもシールドを張って隠れてるから」
「ハーレイが気付かないと思っているのかい?…まあ、いいけど」
会長さんは姿を隠して行くようです。ソルジャーは私たちの方を振り向いて。
「じゃあ、資金調達をしに出掛けようか。楽しい時間を約束するよ」
ああぁ、いよいよ教頭室です。本日のメインイベントとやらが、とっても心配なんですけど~!

ソルジャーは私たちと「そるじゃぁ・ぶるぅ」を引き連れ、まっすぐ本館に向かいました。すぐ後ろには会長さんがいる筈ですが、全く姿が見えません。同じ能力を持つタイプ・ブルーでないと分からないものと思われます。ジョミー君もタイプ・ブルーですけど、思念波で話すのが精一杯のようですし…。
「ジョミー。お前、ブルーが見えてるのか?」
サム君が落ち着かない様子で尋ねました。会長さんが心配なのでしょう。
「ううん、全然。ぶるぅ、どの辺にいるのか教えて」
「えっとね、あそこ」
指差された先には何の気配もありませんでした。よく『見えないギャラリー』にされてきましたけれど、こんな風になっていたんですねぇ。周りの景色を遮りもせず、会長さんは静かに隠れています。触ろうとすれば上手に逃げてしまうのでしょう。私たちはソルジャーを先頭に本館に入り、教頭室の扉の前に立って。
「失礼します」
ソルジャーが扉をノックしてガチャリと開けると、書きものをしていた教頭先生が顔を上げました。
「ブルーか。今回も多めに入れておいたぞ」
引出しから熨斗袋を取り出したのを、ソルジャーが笑顔で受け取ります。
「ありがとう、ハーレイ。…ねえ、足りなかったらどうしたらいい?」
「どうするも何も、いつも私の名前でツケにしてくるのはお前だろう。今日は焼肉か?」
「うん。…でね、貰ってばかりじゃ悪いから…」
ソルジャーの身体が教頭先生と机の間にスッと入り込み、膝の上に腰かけたかと思うと両腕を教頭先生の首に絡み付かせて。
「これ、お礼。…好きだよ、ハーレイ」
耳もとで甘く囁き、唇を重ねるだけのキス。そのまま教頭先生に抱きつこうとしたソルジャーでしたが…。
「やめ…!……いえ、ふざけるのはおやめ下さい、ソルジャー」
「どうしたのさ、ハーレイ? 言葉が変だよ」
膝の上に座ったままでソルジャーが首を傾げます。教頭先生は溜息をつき、ソルジャーの顔を見つめました。
「…ソルジャーと呼ぶのは駄目ですか?…では、ブルー。降りて下さい。どういうおつもりかは存じませんが」
「その言葉、やめてくれないかな。なんで敬語を使うのさ!」
「あなたがブルー…いえ、私の世界のブルーではないと分かるからです。あなたは別の世界のブルー。我々には想像もつかない世界を生き抜いてこられたソルジャーですから」
教頭先生の目は確かでした。正体を見抜かれたソルジャーは教頭先生の膝から滑り降り、机にもたれかかりながら。
「きっとバレると思っていたよ。…誉めてるんだろうけど、普通の言葉の方がいい。いつもブルーに話すみたいな」
「…ですが…」
「また敬語。いいけどね、今はブルーがソルジャーだから」
「なんですって!?」
教頭先生の叫びは私たちの心の声でもありました。会長さんがソルジャーだなんて、何を意味しているのでしょう。ソルジャーはニヤリと意地悪い笑みを浮かべて。
「分からないかな。ブルーがいなくて、ぼくがいる。ブルーとぼくは姿も力もそっくり同じだ。入れ替わっても気付かれない。…ブルーはぼくと賭けをして負けて、ぼくの代わりにソルジャーをやっているんだよ」
「…い、いつから…」
愕然とする教頭先生。何故ソルジャーが嘘をつくのかは謎ですけれど、そう聞かされた教頭先生が驚愕するのは当然でした。ソルジャーの世界がどんな所か、十分に知っているのですから。
「いつからって言われても…。もう1週間になるのかな?試験が始まる前のことだし」
「そんな無茶な!ブルーを帰してやってくれ!!」
頼む、と頭を深々と下げる教頭先生にソルジャーはクスッと小さく笑いました。
「言葉が普通に戻ったね。…よっぽどショックだったんだ」
「し、失礼を…。お願いです、どうかブルーを元の世界に…」
「期限は明後日までなんだよね。大丈夫、大きな戦闘は起こってないから。作戦途中でちょっと怪我したみたいだけれど、それはブルーが慣れてないからで…」
「怪我!?」
教頭先生は真っ青になり、両の拳を握り締めて。
「ブルーが…怪我を…。慣れていないのは当たり前です。ブルーもソルジャーを名乗ってはいますが、あなたとは全く違う世界で生きてきて……戦ったことなどただの一度も…」
「そうだろうね。でも約束は明後日まで。流石に命が危なくなったら、ぼくが助けに戻るけど」
「帰してやって下さい、すぐに!ブルーの代わりに私が何でも致しますから!!」
すっかり騙された教頭先生は絨毯に頭を擦りつけるようにして土下座しました。えっと…会長さんは多分その辺りにいるんですけど…。

「ブルーの代わりに何でもするって?…そこまで言うほどブルーが大事?」
懇願する教頭先生の背中を見下ろし、ソルジャーは冷やかに笑います。
「さんざんオモチャにされているのは知ってるよ。なのにブルーを心配するんだ?…たまにはお灸を据えられた方が大人しくなるかもしれないのに」
「ブルーはあれでいいのです。あなたとの賭けも、軽い気持ちだったに決まっています。なのに本当に入れ替わるなど…。ブルーがどれほど困っているか、心細い思いをしているか…。お願いです。ブルーを帰して頂けないなら、せめて私もあちらの世界に」
教頭先生は泣きそうな顔をしていました。土下座したまま必死に訴えかけるのですが、ソルジャーは嘘だと明かそうとはせず、会長さんもシールドの中から出てきません。
「お願いです、ソルジャー…いいえ、ブルー。ブルーが帰ってこられないなら、どうか私をブルーの側に」
「それは出来ない。キャプテンまでが入れ替わったら、誰がシャングリラを守るんだ?…仕方ない、期限にはまだ早いけど…ブルーを帰すことにしようか。その代わり…」
「…その代わり…?」
縋るような眼の教頭先生に、ソルジャーは勝ち誇った顔で言い放ちました。
「さっき、ぼくが二度目のキスをあげようとしたのに断ったよね、ブルーじゃないから。ブルーだったらキスさせたろう?…その罰だ。キスにはキスを。ぼくの靴にキスして貰おうかな」
「「「!!!」」」
ソルジャーったら、なんてことを!調子に乗るにも程があります。それに会長さんはすぐそこに…って、教頭先生?
「…分かった。それでブルーが戻るなら…」
教頭先生は身体を起こし、ソルジャーの右足に両手を添えると、躊躇いもなく身を屈めました。その唇が靴に触れようとした、まさにその時。
「ストップ!…もういい、ブルーはそこにいる」
弾かれたように振り返った教頭先生の視線の先で、会長さんのシールドが解かれます。ソルジャー服ではなく制服ですから別世界から戻ったにしては妙なのですが、教頭先生は会長さんが帰ってきたのだと完全に信じ込みました。
「ブルー!!」
会長さんの側に駆け寄り、ギュッと抱き締める教頭先生。
「…すまない、気付いてやれなくて。怖かったろう、一人ぼっちで…。怪我は大丈夫か?痛まないか…?」
「痛いよ、ハーレイ。…馬鹿力だってこと、自覚したら?」
「す、すまん、つい…。傷に響いてしまったか?」
済まなそうに謝る教頭先生の腕から逃れた会長さんは、ソルジャーの隣に立って艶やかな笑みを浮かべました。
「ぼく、怪我なんかしてないし。…それにソルジャーもやってない。入れ替わってたのは今日だけだよ。ブルーが生徒をやりたいって言うから、ぶるぅの部屋に隠れてたんだ」
「ぶるぅの部屋!?…ブルーの代わりにソルジャーをやっていたんじゃないのか?」
「それは無理だってブルーが言った。ぼくにソルジャーを任せちゃったら、シャングリラ号が沈むんだってさ」
「…………」
騙されていたと気付いた教頭先生がヘタヘタと床にへたり込みます。ソルジャーと会長さんは瓜二つの顔でクスクスと笑い、熨斗袋を開けて中身を数えて。
「ありがとう、これ、貰っていくね。靴にキスしようとしてくれたことも忘れないよ」
「ごめんね、ハーレイ。ブルーも悪戯が好きなんだ。…先にキスしてもらってたんだし、キスにはキスってことで許してあげてよ」
教頭先生の返事を待たずに、二人はクルリと背を向けて歩き出しました。会長さんは再びシールドの中。そっくりな二人が学校の中で並んで歩けば、混乱を招くからでしょう。
「みんな、帰るよ。お店を予約してるんだから」
早くおいで、と手招きされて教頭室を出る私たち。教頭先生は絨毯の上で白く燃え尽きてしまっていました。

いつもの焼肉屋さんへはタクシーで。ソルジャーは私たちとタクシーに乗り、会長さんはお店の近くに瞬間移動してきて合流です。個室で美味しい焼肉を頬張りながら、ジョミー君が尋ねました。
「ねえ、ブルー。教頭先生を騙してたけど、あれって打ち合わせしてあったの?」
「…それはぼくに対する質問?それとも君の世界のブルー?」
「え、えっと…。ブルー…ううん、会長に聞いたつもりだったんだけど、答えが聞けるならどっちでもいいや」
「いい答えだ」
ソルジャーは網の上のお肉を上手に裏返し、焼き上がった野菜を器に取って。
「ぼくもその話をしたかったんだよ。打ち合わせなんか一度もしてない。ブルーにはハーレイを口説く許可しか貰ってなかった。だからブルーは誘惑だけだと思っていたんじゃないのかな」
「そうだよ。なのに君が勝手に…」
どんどん暴走しちゃうんだから、と会長さん。ソルジャーは肩を軽く竦めて。
「ごめん、ごめん。でも、君だって止めなかったじゃないか。シールドを解けばすぐ嘘だってバレるのに」
「あんなハーレイ、滅多に見られないからね。面白そうだし放っておいた」
「やっぱりね…。そして今でも面白かったと思ってるわけだ」
溜息をつくソルジャーの姿に、会長さんは首を傾げました。
「え? だって本当に楽しかったし…」
「ハーレイがぼくに土下座をしたり、靴にキスまでしようとしたのは君のためだよ。あそこまでする姿を見ても、ハーレイを好きになれないのかい?」
「………。ああすれば、ぼくがハーレイに惹かれるとでも…?」
「うん。飛び出してきて止めに入ると思ってた。土下座くらいは笑って見てても、靴にキスしろって言った辺りで。…そして恋が始まると期待したのに、世の中、上手くいかないものだね」
だからヤケ酒、とソルジャーはチューハイを一気飲み。けれど瞳は笑っていて…。
「まぁ、シナリオどおりに始まる恋なら、とっくに恋人同士だろうけれど。でも、ハーレイが君を大切に想ってることは知ってて欲しいな。…遊び道具にしてるだなんて、ぼくには信じられないよ」
「ハーレイはあれでいいんだってば!本人もそれで満足してる」
「そうかなぁ?…ヘタレ直しの修行にも来たし、進展させたい気持ちはあると思うんだ。とことん報われないのが気の毒で」
ソルジャーと会長さんは不毛な論争を始めました。あちらのキャプテンと両想いなソルジャーと、女の子が大好きなシャングリラ・ジゴロ・ブルーの恋愛観が一致するわけありません。二人とも経験だけは積んでいるので、アヤシイ単語もチラホラと…。
「どうする、あいつら?」
キース君が二人を示すと、シロエ君が。
「ほっとけばいいんじゃないですか?食べながら言い合いしてるんですし」
「注文は俺たちに丸投げだけどな…。焼くのもぶるぅが頑張ってるぜ」
「あの調子なら激辛醤油と取り換えちゃっても気付かないかも!」
激辛ハバネロ醤油の瓶と取り皿を持つジョミー君。それはそれで…楽しいかも…。
「ブルーにやるのはやめてくれよ。あいつにやるのは止めないけどさ」
サム君が主張し、取り換えるのはソルジャーのお皿に決まりました。ワクワクしながら『激辛8倍』と書かれたハバネロ醤油を取り皿に注ぎ入れ、ソルジャーの席の方へ回していこうとした時です。
「こんばんは」
スッと個室の扉が開き、部屋に滑り込んできた人物は…。
「「「ドクター!!?」」」
嫌というほど見覚えのあるエロドクターがスーツを着込んで立っていました。なぜドクターが出てくるんですか~!

「…ノルディ…?」
引き攣った顔の会長さんを他所に、ドクターはスタスタとソルジャーに近付いていって。
「お招き下さって嬉しいですよ。少し早すぎたでしょうか?」
「いや。…約束通り呼んだだろう?ちゃんと大人しくしていたかい?」
「それなりに。1週間は長すぎました」
げげっ。これって、前にドクターの家で交わした会話の続きでは…。ソルジャーが差し出した手にドクターが恭しく口付けています。凍りついている私たちをソルジャーは赤い瞳で見回しました。
「ぼくの招待客なんだけど。一緒に食事をしてもいいかな?」
「「「………」」」
誰も返事が出来ませんでした。会長さんは固まってますし、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も混乱中。そんな様子にソルジャーは苦笑し、自分の席から立ち上がって。
「ここじゃ落ち着いて食べられないね。他の店に移る?それとも…」
「あなたはかなり召し上がったのではないですか?まだ食べたいと仰るのなら行きつけの店にお連れしますし、そうでなければ…」
「ぼくを食べたいっていうのかい?…いいよ、その方が楽しめそうだ」
バイバイ、と軽く手を振り、ソルジャーはドクターに肩を抱かれて部屋を出て行ってしまいました。取り残された私たちは暫し呆然としていましたが…。
「ブルー!おい、ブルーたちは何処へ行ったんだ!?」
我に返ったキース君が叫び、会長さんはサイオンを周囲に広げているようです。会長さんの力なら二人を追うのは簡単な筈…って、あれ?なんだか難しい顔…。
「駄目だ、ブルーが邪魔をしていて何処に居るのか掴めない。ノルディの家へ行くんじゃないかと思うけど…」
「ホテルってこともありますよ」
シロエ君の言葉に会長さんは頭を抱え、私たちもとても焼肉どころでは…。エロドクターとソルジャーが何をするのか分からないほど小さな子供じゃないんですから。…と、個室の扉が音もなく開いて。
「ただいま」
「「「えぇっ!?」」」
入ってきたのはソルジャーでした。平然と部屋を横切り、元の席に腰を下ろします。
「うん、肉も野菜も減っていないね。5分もかかってないのかな?」
「ブルー!…ノルディは何処に置いて来たのさ!?」
「君のマンション、って言いたいけれど、残念ながら車の中。ぼくが消えたんで此処に戻ろうとしているようだ」
「「「!!!」」」
「大丈夫、絶対戻ってこられないから。自分の意志とは反対の方に走りたくなる暗示をかけた」
ぼくたちの宴会が終わるまでね、とソルジャーはニッコリ笑いました。
「ノルディを呼んだのはサプライズだよ。ちょっとドキドキしただろう?せっかくの打ち上げパーティーなんだし、そういうスリルもいいかと思って」
「心臓が止まりそうになったじゃないか!」
「ブルーはノルディが苦手だものね、からかい甲斐があって面白いのに…。さあ、淫乱ドクターがドライブをしている間に食べようか。ぼくは参鶏湯も注文したいな」
メニューを覗き込むソルジャーは子供みたいに楽しそうでした。キース君がフゥと溜息をついて。
「…悪戯は大目に見ようって言ったんだっけな…」
「そうだったわね…」
スウェナちゃんが応じ、ジョミー君が。
「じゃあ、悪戯には悪戯を!」
その手には再びハバネロ醤油の瓶が握られていました。ソルジャーは気付いていないようです。よし、こうなったら激辛8倍!私たちのドキドキを乗せて取り皿は次から次へと回され、ソルジャーの前にコトリと置かれて…。それから後はあまり語りたくありません。ソルジャーのポーカーフェイスは見事だ、としか。
「じゃあ、ぼくはブルーの家で着替えて帰るから。また会おうね」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はソルジャーと一緒にタクシーに乗り込み、私たちは歩いて最寄りの駅へ。ハバネロ醤油を美味しいと誉めて皆に勧めた会長さんのそっくりさんは、最後までトラブルメーカーでした。まだ舌がヒリヒリしています。あまりの辛さに「かみお~ん!」と泣き叫びながら走り回った「そるじゃぁ・ぶるぅ」も可哀相。…ソルジャー、会長さんとの入れ替わり体験、ご満足して頂けましたか…?




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エロドクター…いえ、ドクター・ノルディの家から逃げ帰った後、会長さんはソルジャーに散々苦情を言ったのですが、馬耳東風というヤツでした。ソルジャーはシールドを解いたことやドクターと接触したことを悪いとはちっとも思っていなくて、ただの悪戯だと笑うのです。会長さんは自分も悪戯大好きなだけに、諦めたように溜息をついて。
「ぶるぅ、お茶はそろそろ終わりにしようか。晩御飯に差し支えそうだしね」
「うん。じゃあ、残ったお菓子は…。持って帰りたい人、手を挙げて!」
一番に手を挙げたのは甘いもの好きのソルジャーでした。ソルジャーが帰ってゆく先はシャングリラ号で、船の外は敵ばかりという危険な世界。私たちのように気軽にお菓子を買いに行くわけにはいきません。そんなソルジャーがお持ち帰りを希望だったら、私たちは遠慮すべきでしょう。
「あれ?…ぼくだけ?」
「みんな遠慮しているんだよ。君に譲ってあげたいって。ぶるぅ、日持ちは大丈夫かい?」
「えっと…。作りたてだし、冷蔵庫に入れてくれれば3日は十分」
キッチンから取ってきた箱に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が手際よくケーキを詰めてゆきます。ソルジャーは嬉しそうにケーキの数を数えながら。
「ぼく一人だったら3日分ほどありそうだけど、ぶるぅが待っているからね…。今日の夜食で終わりじゃないかな。
ぶるぅに箱を渡したら最後、一瞬で消えてしまうと思うよ」
えぇっ、こんなに沢山あっても!?…譲ることにしてよかったです。やがてテーブルの上が片付き、飲み物だけになったところで…。
「ブルー、さっきのデータだけども」
ソルジャーが思い出したように言い、会長さんはムッとした顔で。
「ぼくのデータがどうしたって?…ノルディの話ならお断りだからね」
「…やだなあ、何もなかったんだし、怒らなくてもいいじゃないか。悪戯だって言ってるだろう、ちょっと挨拶しただけだよ。…それより、ぼくと君との違いについて」
「………。どこか違ってた?」
目を丸くする会長さんにソルジャーが顔を近付け、耳にフッと息を吹きかけるなり、耳朶を甘く噛みました。
「「「!!!」」」
私たちもビックリですが、飛び上がらんばかりに驚いたのは会長さんで。
「ブルー!!」
噛まれた耳を両手で押さえ、肩が小さく震えています。
「ごめん、ごめん。…びっくりした?」
「き…気持ち悪いなんてもんじゃなくて!!」
「そっか。…やっぱり違うんだ」
ソルジャーは納得した様子で頷き、補聴器だという装置に覆われた自分の耳を指差して。
「ぼくと君との明らかな違いは耳だけだった。君の聴力は普通だけれど、ぼくは補聴器が無いとサイオンで補う必要がある。それ以外には特に違いは無かったんだよね」
「だからって何も噛み付かなくても…!」
「そこも違うと思うんだ。君は寒気を感じたみたいだけれど、ぼくなら逆に気持ち良くなる。耳が弱いって言っただろう?…それがノルディにバレちゃった、って」
言われてみればそんな話もありましたっけ。何処から見てもそっくりですけど、二人の違いは耳でしたか…。

それからは色々な話題に花が咲き、耳の話もエロドクターも何処かへすっかり消えてしまって。
「今夜は手巻き寿司パーティーだよ!」
元気一杯に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が宣言すると、ソルジャーは「服を借りるね」と会長さんと一緒に寝室の方へ。「服って…。なんで?」
首を傾げる私たちに「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニコッと笑って。
「ほら、見て。ぼくの服、あっちのブルーとおんなじだよ。ここ、ここ」
はい、と差し出されたのは小さな両手。えっと…何か問題が…?
「分からない?…じゃあ、こう。こうするとブルーと同じになるんだ」
「「「手袋!?」」」
「うん。ぼくは邪魔だから普段ははめてないけど、ブルーはいつもはめてるんだって。きっとソルジャーやってるからだね。この服、防御力が抜群だもの」
耐熱性もあるんだから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は胸を張りました。
「生地は薄いし、はめたままでも食事はできるよ。さっきはブルーもはめてたでしょ?…でもね、手巻き寿司だと素手で食べた方が美味しいし!ブルー、そういう食事の時はブルーの服を借りるんだ。手袋だけ外すっていうのは落ち着かないって前に言ってた」
「…ソルジャーだから…だよね…」
ジョミー君が呟き、私たちの脳裏にソルジャーが生きている世界の情報が鮮明に蘇ります。ソルジャーは文字通りの戦士で、何かあった時は戦うために飛び出さなくてはいけないわけで…。ずっと手袋をはめたままだと知らされたことで、厳しい日常の一端を垣間見たような気がしました。
「…悪戯くらいは大目に見るか…」
キース君の言葉に揃って頷く私たち。こちらの世界に来ている間はソルジャーは戦士なんかではなく、会長さんのそっくりさんです。羽を伸ばした結果が悪戯ならば、目をつぶるべきかもしれません。ソルジャーの悪戯に巻き込まれたって命に関わるわけじゃないですけれど、ソルジャーの世界では毎日が死に繋がる危険と隣り合わせで…。
「…みんな、深刻な顔してどうしたんだい?」
「えっ!?…え、えっと…」
リビングに入ってきたのは二人の会長さんでした。ソルジャーは補聴器まで外してしまったみたいです。シャツのデザインが少し違いますから、今の質問をしたのはソルジャー…?
「当たり。ふぅん、悪戯を大目に見てくれるんだ?」
何をしようかな、と言うソルジャーの肩を会長さんがグイと引っ張って。
「ぼくがいるのを忘れちゃ困るな。…何かやらかしたら、それなりのことはするからね」
「そう?…ぼくの方が圧倒的に強いような気がするけれど。たとえばコレとか」
「!!!」
耳元に息を吹きかけられて、ウッとのけぞる会長さん。ソルジャーはクスクス笑うと会長さんの身体を上から下まで眺め回して…。
「ホント、どうしてこんなに違うんだろう。データを見ただけに余計分からなくなっちゃった。聴力の差ってそんなに大きいものなんだろうか?」
「ぼくに分かるわけないだろう!」
「ごめん、そんなに気持ち悪かったなんて、ぼくには全然分からないから」
耳を押さえる会長さんをソルジャーが楽しそうに見ています。とりあえず会長さんに悪戯している分には、私たちには対岸の火事。ダイニングに行って「そるじゃぁ・ぶるぅ」と一緒に手巻き寿司の具でも並べましょうか。

大きなテーブルに寿司飯の桶や新鮮な具が揃った景色は壮観でした。海の幸が大好きなソルジャーのために「そるじゃぁ・ぶるぅ」が魚市場まで買い付けに行ったらしいです。会長さんとソルジャーが隣り合って席につき、私たちもテーブルを囲んで両手を合わせて「いただきまーす!」。ソルジャーは馴れた手つきで具をクルッと巻いては次々と口に運びながら。
「やっぱりテラって凄いよね。こんなに沢山の貝や魚は、ぼくの世界じゃ一部の人しか口にできないと思うんだ。それに…ぼくたちのテラは一度は汚染されてしまった星だし、テラに行っても魚の種類は多くないかも」
「でも養殖はしてるんだろう?…テラの海がどうかは知らないけれど、他の星では」
会長さんが尋ねると、ソルジャーは「うん」と頷いて。
「ぼくたちの船が隠れているアルテメシアでも養殖してる。シャングリラでも養殖しているけども、種類はとても少ないし…手巻き寿司なんて絶対無理。だから此処へ来て初めて食べた。…この世界で最初に食べさせて貰った食事もお寿司だったっけ。生の魚なんて、って驚いたけど、とっても美味しかったんだ」
どうやらソルジャーはお寿司が好物らしいです。それで手巻き寿司パーティーになったんでしょう。アフタヌーンティー・パーティーといい、会長さんはドルフィン・ウェディングの記念写真やブーケの額を披露するのに気合いを入れていたようですが、ソルジャー、そんなに見たかったのかな…。
「ああ、記念写真とブーケのこと?」
またまた思考が漏れたようです。ソルジャーはお寿司を巻く手を休めないまま、微笑んで。
「興味が無かったといえば嘘になるね。ぼくたちの船にも結婚している人はいるけど、ささやかな式しか挙げられないんだ。ブルーが派手にやったと聞いたら気になるだろう?…もしかしたら、ぼくもこっちの世界で挙式できるかもしれないじゃないか」
「「「えぇぇっ!?」」」
いったい誰と、と仰天しまくる私たち。まさか…まさか会長さんを花嫁に?
「なんでブルーが出てくるのさ。ぼくが結婚するって言ったらハーレイの他にいないだろうに」
でもハーレイが渋るんだ、とソルジャーは溜息をつきました。
「ハーレイはぼくとの仲を秘密にしたいらしくてさ。長老のみんなは知っているのに、それでも隠しておきたいらしい。だから、こっちの世界でこっそり結婚しようかなぁ、って。…ハーレイには駄目って言われそうだけど。あーあ、ブルーが羨ましいな。婚約指輪も貰ったんだよね」
「あれはハーレイが思い込みで…!突き返しちゃってそのままだし…」
「買ってくれたのは事実だろう?…そんなに一途に思われてるのに、結婚どころか身体も許してないなんて…ぼくには全く理解不可能」
本当に何処が違うんだろう、と呟きながら手巻き寿司を食べていたソルジャーですが…。
「そうだ、環境が違うせいなのかも!ぼくたちの生活を取り換えてみたら、君もハーレイの想いに応えようって気になるかもしれない。…ぼくの代わりに今夜シャングリラに帰ってみる?」
「えぇっ!?」
瞳を見開く会長さん。ソルジャーはいいことを思い付いたとばかりに畳み掛けました。
「明日の夜はハーレイがぼくの機嫌を取りに来る予定なんだよね。ぼくの代わりに今夜から行って、明日の昼間はソルジャーをやって…夜はハーレイと過ごすんだ。日曜日には帰ってこれるし、いい計画だと思うけど」
「ちょっ…。ちょっと待って!ソルジャーはともかく、ハーレイって?」
「機嫌を取りに来るって言ったじゃないか。仲好くベッドで過ごすんだよ。…ぼくじゃないって気付くだろうけど、大丈夫。ハーレイは君のことをよく知ってるし、初めてだって言えばちゃんと優しく扱う筈だ」
「…………!!!」
あまりにも凄すぎるソルジャーの案に会長さんは茫然自失。けれどソルジャーはノリノリでした。
「うん、入れ替わってみるっていうのもいいね。前からちょっと考えてたんだ」
ぼくも生徒をやってみたいし、なんて面白そうに言ってますけど、そんなこと本当に出来るんですか!?

「ねえ、ブルー。ぼくと入れ替わってみないかい?…今夜なら上手くいくと思うよ。ぼくの代わりに君が帰ればいいんだからさ」
何の予定も入れていないし、とソルジャーが会長さんに笑いかけます。
「出かけてた間のことはハーレイが定時報告に来るから、それで分かる。ソルジャーとして必要な知識はぼくの記憶をコピーすればいいし、完璧だよね。きっとハーレイも明日の夜まで入れ替わってるとは気が付かないよ、君がドジさえ踏まなければ」
「……明日の夜って……」
「そう、ベッドに君を訪ねて来るまで気付かないってこと。ふふ、楽しそうだと思わないかい?…ぼくはこっちの世界でシャングリラ学園の生徒会長として休日を過ごす。みんなで遊びに行くのもいいね。君はハーレイに色々教えてもらうといいよ、どこが一番気持ちいいか…とかさ」
「要らないってば!」
会長さんが叫びました。
「そんなことなんて知りたくもないし、第一、ぼくにソルジャーなんて絶対無理だし!!」
「…………。そうなんだよね。残念だけど、君にぼくの代わりは務まらない」
分かってるよ、とソルジャーはキュッと拳を握り締めて。
「ぼくと君とはそっくりだけど、住んでる世界がまるで違う。君には人は殺せないだろ?…ぼくはそうしなきゃ生きてこられなかった」
「あ……」
会長さんがハッと口を押さえ、私たちも身体を強張らせました。ソルジャーの過去は知ってますけど、改めて言葉にされると重みがまるで違います。明るく笑っているソルジャーの姿を見慣れてしまって、いつの間にか忘れてしまっていたこと。ソルジャーは…いつも手袋を外さないというソルジャーの手は…。
「ぼくの手は人を殺したことがある。過去だけじゃなく、これからも…きっと。ミュウが発見され、救出に向かった者が上手く逃げ切れなければ…ぼくが出るしかないんだよ。ブルー、君には出来ないだろう?…ぼくの代わりに人殺しは」
「…………」
言葉を失った会長さんの肩をソルジャーがそっと叩きました。
「自分を責める必要はないさ。だって本当のことだから。…君にぼくの代わりは出来ない。ぼくもさせたいとは思わない。シャングリラを沈められたくはないからね」
「……ブルー……」
「なんて顔をしてるんだい?人には向き不向きってのがあるんだよ。君は戦いに向いてない。君にぼくの代わりをさせてる時に戦闘が起こってしまったら…ぼくが駆け付ける前にシャングリラが沈んでしまいそうだ。そんなリスクが伴う以上、入れ替われないって分かってる」
「……ごめん……」
俯いてしまった会長さん。けれどソルジャーはクスッと笑って。
「ごめんって言ってくれるんだ。…じゃあ、ソルジャーでない時のぼくと代わってみる?新しいミュウは成人検査が引き金になって発見されるケースが大半でね。それ以外のケースは滅多にないし、成人検査は昼間のもの。…つまり夜の間はかなり安全と言えるんだ。ソルジャーの出番は殆ど無い」
「………?」
「夜の間だけ入れ替わらないか、って言ってるんだよ。明日の晩はハーレイと過ごすつもりだったし、その時にでも…。君がハーレイの魅力に気付く絶好のチャンスじゃないかと思うんだけど」
ね?と艶やかな笑みを浮かべるソルジャー。
「ぼくのハーレイは素敵なんだ。淫乱ドクターなんかよりもっと熱く激しく酔わせてくれる。一度味わえば君も変わるさ。…そして君のハーレイが大いに喜ぶ。いくらヘタレでも君に本気で求められれば、応えようと努力するだろう。絵に描いたようなハッピーエンド」
「…ぼくが…君のハーレイと…?」
「うん。ぼくは気にしないし、これで君がハーレイとの愛に目覚めてくれれば嬉しいし。ねえ、入れ替わってみようよ、ブルー。ソルジャーをやれなんて言わないからさ、明日の夜だけ…ぼくと寝室を取り換えるんだ」
いいことを思い付いた、とばかりにソルジャーはとても御機嫌です。
「なぜ君がハーレイの想いに応えないのか、っていう話から環境のせいかもってことになった。でも生活は取り換えられないし…ベッドを取り換えてみたらどうだろう。ブルー、ぼくのハーレイと寝てごらんよ」
ひぇぇぇ!…私たちは完全に目が点になってしまっていました。会長さんは上手く切り抜けられるのでしょうか?それともソルジャーに言いくるめられて、あちらの世界のシャングリラ号へ…?

ソルジャーの爆弾発言で中断した手巻き寿司パーティーですが、大人の話はサッパリ分からない「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「みんな、どうして食べないの?」と尋ねるとソルジャーが「なんでもないよ」と微笑んで食べ始め、私たちも会長さんの様子を窺いながら食事再開。会長さんは心もとない手つきでお寿司を巻いていますけど…。
「……ブルー……」
しばらくしてからソルジャーに声をかけたのはサム君でした。
「ん?…ぼくに用なのかい?君のブルーの方じゃなくて?」
「…あのさ…。ブルーと入れ替わるっていうの、ブルーに無理強いしないでくれよ。ブルー、そういう趣味は無いんだ。だからさ…逆にあんたがブルーの生活をしてみるっていうのはどうかなぁ、って。生徒をやってみたいって言ってたし」
「ふうん…。流石はブルーの恋人候補と言うべきかな。ブルーを守ってあげたいわけだ」
サム君は真っ赤になって頷いて。
「ソルジャーの役目が重いのは俺にだって分かるけど…今日みたいに時間は取れるんだろう?抜け出して来て生徒をやりたいんなら、俺、フォローする!その代わり、ブルーと無理に入れ替わるのはやめてほしいんだ」
「うーん…。だけど、それだとブルーはハーレイの気持ちをいつまで経っても…」
「いいじゃないか。その件はまた別の機会にってことで」
援護射撃に出たのはキース君。
「さっきの話を無しにするなら、あんたがブルーと入れ替わって生徒をやるのを手伝おう。まぁ、ブルーは生徒会長のくせに殆ど何もしてはいないし、一学期ももう終わりだし…入れ替わってもあまり旨味は無いが」
「ぼくがブルーの代わりに生徒を?…ブルーは閉じ込めておくのかい?」
「あんたの代わりにソルジャーとして使えない以上、そうなるな。ぶるぅの部屋か、この家に引きこもらせておけば問題ないさ。あんた、期末試験で入れ替わってみたら俺たちのクラスのヒーローになれるぜ」
女の子にもモテるしな、とキース君は親指を立ててみせました。
「ヒーロー?…なんだい、それは」
「ああ、ブルーから聞いていないのか。ブルーは成績抜群だから、試験の度に俺たちのクラスに仲間入りして、正解をサイオンで教えてくれることになっているんだ。ぶるぅの御利益だと思われているが、ぶるぅの力を借りられるヤツはブルーの他にいないだろう?」
「それで?」
興味を示したソルジャーに、私たちは1年A組が中間試験で学年1位の座に輝いたことを一所懸命に説明しました。担任のグレイブ先生が1位がお好きで、クラスメイトは期末試験でも会長さんをアテにしているということを。
「なるほどね。ぼくが期末試験とやらにブルーの代わりに出席すれば、ブルーの学生生活の美味しい部分を試食できるっていうわけか。…それはとっても面白そうだ」
「だろ?」
サム君がここぞとばかりに身を乗り出して。
「試験問題の答えはサイオンでブルーに聞いてもいいし、先にブルーの知識をコピーしといてもらってもいいし。ブルーと一晩入れ替わるよりずっと楽しいに決まってるぜ!」
「…確かに…。明日の晩ブルーと入れ替わったら、ぼくは寂しく一人寝だ。こっちのハーレイはてんでダメだし、サムも抱いてはくれないんだろう?」
「…俺!?」
耳まで真っ赤に染まったサム君はクタッと椅子の背に倒れかかりました。
「あ、おいっ、サム!?」
隣だったキース君が慌てて支え、サム君の頬をピタピタと軽く叩いてみて。
「…魂が抜けたみたいだな。ちょっと刺激が強すぎたらしい。なんといっても、あんたもブルーだ」
「同じ顔だものね。…もしかしてブルーと入れ替わって試験に出たら、こっちのハーレイにも会えるのかな?」
ソルジャーの問いに顔を見合わせる私たち。定期試験といえば終了後の打ち上げパーティーが付き物です。そのパーティーに使うお金はいつの間にやら、教頭先生のポケットマネーと決まっているんでしたっけ…。

「じゃあ、最終日ならハーレイ…いや、教頭先生に直接会えるってことか」
期末試験や打ち上げのことを全て聞き出したソルジャーは満足そうに微笑みました。
「嫌がるブルーをぼくのベッドに送り込むより、ぼくがこっちに来るのが早いね。試験を受けて、生徒気分を味わって…それからハーレイを口説きに行こう。もちろんブルーのふりをして」
「ブルー!?」
会長さんが青ざめましたが、ソルジャーはクッと喉を鳴らすと。
「不満だったら、最初に立てた予定どおりでいいんだよ。明日の夜、ぼくのベッドで寝てみるかい?…君の得意なサイオニック・ドリームがハーレイに効かないようにするのは簡単だ。ついでにベッドから逃げる方法を奪うのもね。ぼくと同じ力を持ってる君なら、ハッタリじゃないって分かるだろう?」
「…そ…それは……」
「ほら、顔色が悪くなった。ぼくのハーレイに抱かれたくなければ、ぼくが君のハーレイを口説くくらい許してくれないと。…で、ぼくは君の代わりに試験を受けてもいいのかな?全部の日はとても出られないから、最終日だけで構わないけど」
にこやかな笑みと裏腹に、えげつない脅しをかけるソルジャー。会長さんの答えは決まったようなものでした。
「分かった。期末試験の最終日に、君とぼくとが入れ替わる。…ぼくはぶるぅの部屋から出ずに、サイオンで君をサポートしよう。交友関係と試験のフォロー。それでいいかい?」
「教頭室へ打ち上げパーティーの資金を貰いに行くのと、パーティー参加も許可してほしいな。でないと明日の夜、強制的にぼくとベッドを代わって貰うよ」
「…パーティー参加もぼくの代わりに?」
「ううん、そっちは君も一緒に。同じ顔がいても目立たない所でパーティーしよう」
ソルジャーの言葉を聞いた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がパァッと顔を輝かせました。
「ブルーが二人いても大丈夫なお店だね!任せてよ、個室の予約を入れておくから!」
「頼もしいね。ぶるぅ、君が予約係をしてるのかい?」
「うん!えっと、えっと…ブルー、何が食べたい?あのね、色々お店があるんだ」
大人の話がまるで分からなかった「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、理解できる話になったのが嬉しいらしくてグルメ談義を始めました。こうなったら私たちも話に乗るしかありません。ソルジャーの御機嫌を損ねてしまえば、会長さんはソルジャーの世界に送り込まれて、あちらの世界のキャプテンに…。手巻き寿司パーティーが終わってソルジャーが帰り支度を整えるまで、とてつもなく長い時間が流れたような気がします。
「今日は御馳走様。…期末試験でまた会おうね」
元の衣装に着替え、お土産のケーキの箱を持ったソルジャーがフッと姿を消すと、私たちは深い溜息を吐き出しました。ソルジャーときたら、ほんの数時間の間にエロドクターにちょっかいをかけに行ったり、会長さんと入れ替わろうと企んでみたり…。そんな人が期末試験の最終日に会長さんの代わりをするのです。期末試験は5日間ですし、最終日まではまだ1週間もありますが…今から神頼みして間に合うかな?どうか何事も起こりませんように…。




楽しかった校外学習も終わり、期末試験が迫って来ました。1年A組の教室の一番後ろに机が増えて、会長さんの登場です。相変わらずアルトちゃんとrちゃんをマメに口説きつつ、他の女の子たちにも甘い言葉を囁いていたり。授業の方は教頭先生の古典以外はサボリ気味ですが、これはもう定番というもので…。今日も保健室に行ってしまったきり二度と戻って来ませんでした。
「今日のおやつは何だろうね?」
放課後になって「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に向かう道すがら、ジョミー君が目を輝かせます。週明けに試験を控えた金曜日ですが、私たちは至って暢気でした。会長さんが正解をバッチリ教えてくれるのですし、試験勉強なんか要りません。
「ブルーの家に行くんだもん。おやつもご飯も期待できそう」
「そうだよな!ブルーの家って久しぶりだし、この前は大変だったから」
エロドクターめ、と呟くサム君。会長さんの家に最後にお邪魔したのは、エロドクター…いえ、ドクター・ノルディが「そるじゃぁ・ぶるぅ」を上手く騙して別の世界へ旅立った時。ドクターは会長さんそっくりのソルジャーがいる世界へ行って美味しい思いをしようと企み、私たちまで巻き込まれてしまって酷い騒ぎになったんです。
「あれは散々だったからな。朝っぱらから叩き起こされて」
「朝と言うには遅めでしたけど、休みの日くらいゆっくり寝かせてほしいですよね」
キース君とシロエ君が頷き合うと、サム君が頬を膨らませて。
「ブルーには大事件だったんだぞ!非常召集くらい許してやれよ」
「分かった、分かった。ブルーにはとんだ災難だったさ、確かにな」
「…キース…。お前、他人事だと思ってるだろう」
「他人事なんだから仕方ない。それにブルーは今も元気にやってるじゃないか」
この前は結婚式も挙げていたし、とキース君。喉元過ぎれば熱さを忘れるタイプの会長さんはエロドクターのことなどすっかり忘れているのでしょう。第一、健康に生活してればエロドクターとは無縁ですから。
「健康第一ってことでしょうか」
「多分な。マツカ、お前も虚弱体質を克服できたんだろう?元気なことはいいことだ」
マツカ君の健康づくりに貢献した柔道部は試験前なのでお休みです。部活も無く、試験勉強の心配もない金曜日…ということで今日は会長さんの家におよばれなのでした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に集合ですから、瞬間移動で行くのでしょうね。生徒会室の壁を抜けて部屋に入ると…。
「かみお~ん♪待ってたよ!」
明るい声が響いて、会長さんがソファからニッコリ笑いかけます。
「やあ。…今日も退屈な授業だったね。お疲れさま」
「あんたは2時間目から消えただろうが!」
「だって。退屈だったし、まりぃ先生も待ってるし…。今日はこんなの貰って来たよ」
ほら、と差し出されたのは手作りらしいカラーコピーの冊子でした。表紙には花嫁姿の会長さんが描かれています。
「ぼくの結婚特集号だって。えっとね、3冊限定で…まりぃ先生と教頭先生、それからぼく。ここにタイトルが書いてあるだろう?…次は夏号を出したいな、って言ってたよ」
会長さんが示す表紙には『エロCan』の文字が躍っていました。中身が容易に想像できます。額を押さえる私たちですが、会長さんは気にしていません。
「じゃあ、一気にぼくの家まで飛ぼうか。鞄をしっかり持つんだよ。ぶるぅ、そっちへ」
「オッケー!」
青い光がパァッと渦巻き、フワッと身体が宙に浮かんで…再び床に降り立った先は会長さんの家のリビングでした。

「うわぁ、凄いや!」
歓声を上げたのはジョミー君。テーブルの上には何種類ものケーキやスコーン、サンドイッチなどが所狭しと並んでいます。まさしくアフタヌーンティーですけども、フィシスさんやリオさんを交えての「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でのものより遥かに豪華で量もたっぷり。まるでパーティーでも始まりそう…。
「一応、パーティーなんだよね」
ニコニコ顔の会長さん。
「水族館で撮ってもらった記念写真と、ブーケの額が出来てきたんだよ。それのお披露目パーティーってことで」
あそこ、と指差された壁に2枚の額が飾られていました。タキシード姿のゼル先生とウェディング・ドレスの会長さんが笑顔で納まっている大きな記念写真の額と、会長さんが持っていたブーケを押し花に加工したものが入った額。どちらもとても立派ですけど、ノリでここまでやりますか…。
「写真、綺麗に撮れているだろう?撮影用の部屋がちゃんとあるんだよね。…ドルフィンスタジアムの方の写真はこっちのアルバム」
みんなで見て、と分厚いアルバムが出てきます。会長さんったら、ドルフィン・ウェディングのプランを思い切り活用してたんですねぇ…。
「このアルバムも目につきやすい場所に置いとくんだ。ハーレイをエステに呼ぶのが楽しみ」
「…教頭先生が可哀相だとか思わないのか?」
「ううん、全然」
勝手に片想いしてるんだから、とキース君の問いをサラリとかわして。
「ぶるぅ、そろそろお茶の用意を頼むよ。…最後のお客様が御到着になるからね」
「「「は?」」」
お客様って、まさかフィシスさん?こんなものの披露パーティーなんか楽しいのかな、と思ったところへチャイムの音が。えっと…出迎えなくてもいいんでしょうか。
「いいんだ、あれは合図だから。入っていいか、って聞いてるだけ」
次の瞬間、リビングに姿を現したのは…。
「「「ソルジャー!!?」」」
別世界に住む会長さんに瓜二つの人が紫のマントを翻して優雅に部屋の中央に立っていました。
「こんにちは。今日はお招きありがとう」
「どういたしまして。…見たいって言っていたもんね」
どうぞ、と会長さんが示す先には例の額。ソルジャーは興味津々といった様子で壁際に行き、二つの額を覗き込んでいます。その間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が紅茶を用意し、賑やかにパーティーが始まりました。
「ねぇ、ブルーを呼んだからパーティーなの?」
「まあね。ブルーが見たいって言わなかったら、ケーキの種類が少し減っていたかも」
ソルジャーは甘いデザートが大好物です。それでアフタヌーンティー・パーティーになったんでしょう。私たちだけだったら大きなケーキがドカンと置かれておしまいだったかもしれません。ウェディング・ケーキみたいな凄いケーキでも「そるじゃぁ・ぶるぅ」は作れるのかな?
「そうか、ケーキカットもすればよかった」
私の思考が漏れていたらしく、会長さんが人差し指を顎に当てました。
「ドルフィン・ウェディングは披露宴とは別プランだから、ケーキまで頭が回らなかったな。やろうと思えばオプションでつけられたかもしれないのに…」
「しなくていい!!」
キース君が突っ込みましたが、会長さんは残念そう。ソルジャーがクスクス笑って分厚いアルバムをめくりながら。
「ホントに挙式しちゃったんだね。…で、あの額を君のハーレイに見せつけるんだ?」
「うん。どんな顔してくれるかなぁ?式の後でこっそり涙を拭いていたから、写真とブーケの額なんか飾ってるのを見たら泣いちゃうかもね」
「………。つくづく君を不思議に思うよ。ぼくなら喜んでハーレイと結婚式を挙げるけど」
分からないや、と会長さんを上から下まで眺め回しているソルジャー。この点だけは私たちにも不思議です。全く同じ姿形で、どうしてこうも違うんでしょう。会長さんはシャングリラ・ジゴロ・ブルーで女の子専門、ソルジャーの方はあちらのキャプテンと両想い。こちらの世界でキャプテンを務める教頭先生は会長さんにベタ惚れですから、会長さんにその気さえあれば、いつでもカップル誕生なのに…。

美味しいお菓子やサンドイッチを食べ放題の披露パーティーは大いに盛り上がりました。会長さんが余興にウェディング・ドレスを着て現れると、サム君は頬を染めてボーッと見惚れています。
「サム、一緒に写真撮らせてもらえば?」
「そうだね。おいでよ、サム。…ぶるぅ、カメラを持ってきて」
ジョミー君たちに背中を押されたサム君が隣に立つと、会長さんがスッと腕を絡ませて…。ただそれだけのことでサム君は溶けたバターみたいになってしまって、なかなかポーズが取れませんでした。それをワイワイ囃し立てたり、大騒ぎの記念撮影が終わったところでソルジャーが。
「…ブルー、ちゃんとドレスも持っているのに、ハーレイの気持ちを受け入れる気にはなれないんだ?」
「それとこれとは別問題。このドレスは去年、ぶるぅの悪戯で貰う事になっちゃっただけさ。同じ時に貰ったウェディング・ドレスがジョミーたちの家にもある筈だよ」
「「「……ううっ……」」」
思い出したくないことに触れられたらしく、男の子たちが呻きます。そういえば、みんな親睦ダンスパーティーのワルツに出ていたんでしたっけ。ぶるぅの悪戯でドレスを着たのはワルツに参加した男子全員。その記念品にドレスを貰ったのですし、ジョミー君もキース君も…サム君だって持ってるのでした。すっかり忘れていましたけれど。
「なんだ、みんなも持っているのか…。でも、この様子だと活用してるのは君だけみたいだね」
「似合うかどうかって話もあるし」
「そうかな?」
ソルジャーがいつの間にか手にしていたのは、まりぃ先生が作った『エロCan』でした。パラパラとページをめくっていますが、中身は例によって十八歳未満お断りイラストのてんこ盛りで…。
「これを作った人は君のハーレイの良き理解者のように思えるよ。ゼルと君との絡みがメインとはいえ、それは結婚特集号だからだろう?…ちゃんとハーレイとの絵もあるじゃないか。どうして君はハーレイを受け入れられないんだろうね」
「男なんだから仕方ないじゃないか」
「それを言うならぼくだって男だ」
同じ顔をした二人は押し問答を始めました。ソルジャー服とウェディング・ドレスの二人が向き合う姿は絵になっていて、まりぃ先生が見ていたならば妄想が爆発しそうです…って、こんなことを考えてしまう私もかなり毒されているようですけど。
「…分からないな」
「分かりたくもないよ」
「どこが違うっていうんだろう…」
「知らないよ!…ぼくはこうやって生きて来たんだし、病気でもなんでもないからね!」
会長さんの叫びを聞いたソルジャーがハッと目を瞠って。
「……病気……。そうか、それなら分かるかも」
「だから!ぼくは病気じゃないってば!!」
「病気だなんて言ってないよ。手がかりが掴めるかも、って思っただけ」
「手がかり…?」
怪訝な顔の会長さんにソルジャーはウインクしてみせました。
「そう、手がかり。君とぼくとは何処が違うか、あるいは全く同じなのか。君の身体のデータを見ればすぐに分かるさ。…シャングリラ号に置いてあるんだと思っていたけど、こっちの世界は違うんだった。病気と聞いて思い出したよ。健康診断があるんだっけね」
「ちょっ…。まさか、ブルー…?」
「そのまさかさ。君のデータはノルディが持っているんだろう?…せっかく来たんだから、見てみたいな」
げげっ。ソルジャー、なんてことを!まさかエロドクターの家へ行こうっていうんじゃないでしょうね?会長さんの顔が青ざめ、私たちの背中を冷たいものが…。ソルジャーは紅茶のお代わりを要求すると、ゆっくりと口に運びます。唇に浮かぶのは余裕の笑み。うわぁ~ん、エロドクターなんか忘れましょうよ~!

ドキドキしている私たちの前でソルジャーは紅茶を静かに飲み干し、カップをテーブルにコトリと置いて。
「決めた。ノルディの所で君のデータを見てこよう。…ぼくのデータは頭の中に入っているし、比べてみれば違いが分かる」
「ブルー!!」
立ち上がりかけたソルジャーの腕を会長さんが掴みました。ウェディング・ドレスを着たままですから、まるで「行かないで」と縋り付く花嫁のよう。まりぃ先生が見たら喜ぶだろうなぁ…。きっと妄想大爆発でいろんなシチュエーションを考えまくり、とんでもないイラストを山のように…って、いけない、いけない。私、完全に毒が回ったみたいです。
「…そんな格好で止められちゃうと、アヤシイ気分になるんだけど」
ソルジャーが会長さんの顎に手を添えて顔を近付け、会長さんがバッと飛びすざりました。
「ブルーっ!!!」
「ごめん、ごめん。でもさ、ゼルとはキスしたんだろう?」
「してないっ!ちゃんと直前で止めた!!」
そう叫ぶなり会長さんは長いトレーンを引き摺り、ドレスの裾に足を取られながらリビングを飛び出していきました。ソルジャーがクックッと笑いを堪えて。
「サイオンで簡単に着替えられるくせに、あれは完全に忘れているね。寝室でドレスと格闘してるよ。焦れば焦るほど脱げないみたいだ。…さて、彼をパニックに陥れたのは何だろう?…ぼく?…それとも淫乱ドクターの名前?」
「「「…………」」」
両方だと思いますが、という言葉を私たちはグッと飲み込みました。そんな中で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が無邪気な声で。
「ねぇねぇ、ノルディ先生の所に行くの?…先生、なんだか忙しそうだよ。休診ですって札も出てるし、行っても入れてくれないと思う」
「…そうなのかい?…あ、本当だ」
窓の方向に視線を向けたソルジャーの目がドクターの家を捉えたようです。
「何か書いてるね。…論文かな?確かにとても忙しそうだ」
「でしょ?だからね、ブルーのデータは…」
「ぶるぅ。…ぼくを誰だと思う?」
「えっ?…えと…えっと、えっと…。えっとね、ブルー。…もう一人のブルー」
頭がゴチャゴチャしてきちゃう、と言いながらも健気に答える「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「そのとおり。ぼくもブルーと同じ力を持っている。…休診だか何だか知らないけれど、忍び込むくらいわけはないのさ。入ってしまえばこっちのものだろ?」
「黙って入るの?…叱られちゃうよ」
「大丈夫、ぼくは叱られない。…おっと、ブルーだ」
バタバタと走ってきたのは半袖のシャツとズボンに着替えた会長さんでした。リビングのドアをバン!と開いて、凄い勢いで駆け込んできます。
「ブルー!何を悪巧みしてるのさ!!」
「何も?…ぶるぅと話をしてただけだよ。ドレスは脱いでしまったんだね。残念、花嫁を奪い損ねた」
「仮装だってば!あんまり言うと本気で怒るよ」
「…うーん、やっぱり違うみたいだ」
ソルジャーは会長さんをまじまじと眺め、赤い瞳が互いに互いを映し合って。
「ぼくがウェディング・ドレスを貰ったとしたら、ハーレイの胸に飛び込むと思う。…たとえ仮装であったとしてもね。でも君にとってのウェディング・ドレスは遊び道具で、花嫁になる気は全く無くて…。それが不思議でたまらない。何処が違うのか、とても気になる。確かめずには帰れないな」
「ブルー…」
「止めても無駄だよ、ぼくはノルディの家に行くから。シールドを張って姿は見せないようにする。それでも心配だって言うんだったら、君も一緒に行ってみるかい?」
クスッと小さく笑うソルジャーは至って本気のようでした。会長さんは唇を噛み、しばらく逡巡した末に…。
「行く。もちろんぼくもシールドを張るし、ぶるぅも、この子たちも一緒に連れて行くから!」
「…そんなに大勢?」
「それだけいれば君も大人しくするだろう。小さな子供も混じってる」
「なるほどね。十八歳未満の団体様を連れているから、邪な心は持つな、って?」
責任重大、と肩を竦めてソルジャーはソファから立ち上がりました。
「分かった。ノルディも忙しくしているようだし、今日はデータを盗み見るだけ。それで文句はないんだろう」
「うん。データを見たらすぐに引き上げること」
「分析は後にしろってことか。仕方ないな」
渋々頷いたソルジャーの身体を青いサイオンが包み、会長さんが私たちに「飛ぶよ」と呼びかけて。…青い光がリビングに満ちたかと思うと、アッという間に別の空間が目の前に開けていたのでした。

会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のシールドに包まれて移動した場所は広々とした立派な書斎。医療器具の類は見当たりませんし、前に会長さんの付き添いで来た診療所ではないみたい。そういえば「そるじゃぁ・ぶるぅ」が休診の札が出ていると言ってましたっけ。
「ここはノルディの書斎なのさ。診療所とは別に大きな家があっただろう」
会長さんが説明しながら指差した先に机があって、一心にキーボードを叩くドクターの背中が見えました。
「学会に向けて論文を書いてるみたいだね。…あれでも腕は超がつく一流だから」
「ほう…。人は見かけによらないと言うが、その典型ということか」
キース君が呆れたように呟き、「専門は内科ですか?」とシロエ君。
「ううん、外科。…外科なんだけど、何でもこなすよ。ダテに二百年以上も生きちゃいないさ」
外科だとは知りませんでした。会長さんの健康診断の時のセクハラっぷりから、触診にこだわる内科の先生だとばかり思ってたのに…。私たちがコソコソ会話している間に、ソルジャーは別の机に置かれたパソコンを操作し始めました。うわぁ、別世界から来た人だなんて思えないほど正確で素早いキータッチ…。
「ブルーは慣れているからね。何度も遊びに来ている間に、すっかり手順を覚えたみたいだ」
サイオンで一通りのことは教えてあるし、と会長さん。論文を執筆中だというドクターは背後にはまるで気が付きません。まぁ、気が付く筈もないんですけど…。ソルジャーが使っているパソコンはソルジャーごとシールドの中なんですし、振り向いたとしても電源が入ったことさえ分かりっこない仕組みです。そのためのシールドなんですから…って、あれ?ドクター?
「まずい!…ブルーのシールドが!!」
会長さんの悲鳴が上がり、こちらを振り返ったドクターの唇の端がニヤリと笑みの形に吊り上げられて…。
「これはこれは。…あちらの世界のブルー…ですね?いらしてたのなら、お声をかけて下さればよろしいものを」
「仕事中のようだったからね」
クスクスと笑うソルジャーはモニターから目を離さないまま答えました。もしかしてわざとシールドを消してしまったとか?…会長さんの顔が引き攣り、必死に思念を送りましたが、ソルジャーは応えませんでした。
「何をお調べですか? お手伝いさせて頂きます」
ドクターが好色そうな笑みを浮かべて自分の椅子から立ち上がります。
「手を煩わせるほどのことじゃない」
素っ気なく言うソルジャーに構わず歩み寄り、モニターを見つめたドクターは…。
「これは…?ブルーの健康診断の結果のようですが、何故そんなものを?」
「違いはないのかと思ってね」
「違い?」
「ああ。ブルーとぼくとは何処か違うのか、それとも同じか気になったんだ」
淡々と話すソルジャーを見ていると、シールドが消えたのは単なるミスかと思えてきます。いえ、そうであって欲しいものですけれど、まだ安心はできません。ドクターはソルジャーの全身を舐め回すように眺め、舌なめずりしそうな顔で言いました。
「違いますよ。あなたとブルーは違います」
「医学的に?」
「いえ、主観的に」
問い返す暇を与えず、ドクターはマントごと腰を抱いてソルジャーの身体を引き寄せて…。
「ブルー。…来て下さって嬉しいですよ。今夜はいい夢が見られそうです」
「お前の名を呼んだ覚えはない」
「ですが、今目の前に、腕の中に」
この感触は本物です、としっかり力をこめるドクター。これって…これってヤバい展開なんじゃあ?
「見れば触れたい、触れれば抱きたい。発情期の雄だな」
あぁぁ、ソルジャーったらなんてことを!火に油を注ぐような発言をしてどうするんですか!?
「獣ですか? 否定しませんよ」
案の定、ドクターはニヤニヤしながらソルジャーの腰に回した手をモゾモゾと動かしています。
「…残念だが」
ソルジャーは吐息がかかるほどの至近距離でエロドクターに艶やかな微笑を浮かべて見せて。
「ぼくも雄なんだ」
「っつぅ…!」
獲物の腰に回していた手を捻り上げられ、ドクターが呻いた隙にソルジャーは素早く身を離しました。
「調べ物の最中なのは分かるだろう?…ぼくが呼ぶまで大人しくしていろ」
そしてソルジャーは一歩距離を縮め、ドクターの肩口に身体を寄せて。
「―――いいね? ノルディ」
耳元で囁かれたドクターの全身に電流のように走った震えを私たちは見逃しませんでした。ソルジャーが再びパソコンに向かうと、何事もなかったように室内は静寂に満たされましたが、それは表面だけのこと。エロドクターは机に戻らず、少し離れた所に立ってソルジャーをじっと見詰めています。そしてソルジャーもドクターの方へ思わせぶりな視線を向けて、フイと再び顔を背けて…。
『ブルー!約束が違うだろう!!』
ドクターには捉えられない思念を会長さんが放ちました。ソルジャーの赤い瞳が悪戯っぽく輝いて…。
『見つかっちゃったんだから仕方ないじゃないか。スリルを楽しみたかったんだ。シールドを一瞬だけ解いて、気付かないようなら黙って帰ろうと思っていたけど、さすが淫乱ドクターだね』
「やっぱりわざとだったんだ…!」
会長さんの声が書斎に響き、同時にシールドから飛び出していってソルジャーの腕を引っ掴むと。
「ぼくのデータは見たんだろう?…これ以上、用は無い筈だ」
「でも、まだノルディを呼んでないのに…」
「呼ばなくていい!!」
時間切れだ、と叫ぶなり青いサイオンが立ち昇りました。私たちの身体もシールドごとフワッと浮き上がります。
「…時間切れだってさ。またね、ノルディ」
「またね、じゃないっ!!」
ぐにゃりと歪む空間の向こうでエロドクターの声がしました。
「いつでもお待ちしておりますよ、お二人とも…ね。お二人に会えて幸運でした」
ねちっこく追い掛けてくる声と思念が絡み付く中、元のリビングに戻った私たち。会長さんは肩で息をし、ソルジャーは微笑みながらソファに腰掛けて「そるじゃぁ・ぶるぅ」に紅茶のお代わりを頼んでいます。とりあえずエロドクターとソルジャーが十八歳未満お断りの世界に突入するのは阻止できましたが、ソルジャーは夕食も食べて帰るのでしょうか?…パーティーだって言ってましたし、そうなのかも。ソルジャー、お願いですから、もう悪戯はやめて下さい~!




校外学習の日がやって来ました。当然のように現れた会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も1年A組のバスに乗り込み、去年と同じ水族館へ。法務基礎に出かけたキース君からは「半時間ほど遅れそうだ」とジョミー君にメールが届いています。お勤めの後、電車とタクシーを乗り継いで来るみたい。水族館に到着した後は自由行動ですが、会長さんが最初にやらかしたのは…。
「ぶるぅ、あれを出してくれるかな」
「オッケー!」
大きな保冷バッグから出てきたラッピングされた2つの小箱。両手に持って向かった先にはアルトちゃんとrちゃんが立っていました。
「やあ。今年も持って来たよ、ぶるぅのマカロン」
案内板を見ていた二人に、にこやかに声をかける会長さん。
「ぼくの初めてのプレゼントを覚えてる?…お守りは抜きで。そう、去年ここで渡したマカロンなんだ。せっかく同じ舞台なんだし、これを記念に渡したくって…」
はい、と小箱を渡されたアルトちゃんたちの頬が染まります。
「去年は箱を返してくれたよね。今年は記念に持っててほしいな。ハート形のガラスの容器に赤いマカロンを詰めたんだ。挟んであるのは薔薇のクリーム。ぼくの気持ちを赤い薔薇の花言葉に託した趣向」
アルトちゃんたちは耳まで赤くなりました。…赤い薔薇の花言葉ってなんでしたっけ?
「…真実の愛、熱烈な恋。死ぬほどあなたに恋い焦がれています、っていうのもあったっけ」
気障な言葉を口にしながら会長さんが戻ってきて。
「キースが来るまでゲートの辺りで待っていようか。ちょうど座れる所もあるしね」
ベンチに腰かける私たち。アルトちゃんたちはマカロンの箱を大事そうにバッグに入れてゲートをくぐって行きました。その間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がショータイムのチェックに出かけて行って…。
「ねえ、ブルー。イルカショー、午前中に2回あるみたい。イルカさんと握手してもいい?」
「かまわないよ。午後は特別プランで貸し切りになってしまうから」
会長さんがポケットマネーで申し込んだという特別プラン。そのプランでは「そるじゃぁ・ぶるぅ」がイルカと握手するのは無理なんでしょうか?
「どうだろうね。イルカショーなのは確かだけどさ」
詳しいことは内緒なんだ、と教えてくれない会長さん。それを聞き出そうとしている内に、タクシーが滑り込んで来ました。キース君の登場です。特別プランの中身は分からないまま、ゲートをくぐって水族館へ…。

一番最初に向かった所は思い出のスタジアムでした。イルカショーの開始時間が迫っていたので「そるじゃぁ・ぶるぅ」は先に走って行き、ステージの袖に並んでいます。お目当ての『イルカさんと握手』は子供オンリーで先着順と決まってますから。
「よっぽどイルカが好きなんだね」
ジョミー君が言うと、「どうでしょうか」とシロエ君。
「水泳大会ではサメと遊んでいたでしょう?一緒に泳げる相手だったらイルカでなくてもいいのかも…」
そういえばホオジロザメが学校のプールに放されたことがありましたっけ。あのサメは水族館から借りたものだと聞いています。この水族館だと思うんですけど、シャングリラ学園の卒業生がいたりするのかなぁ…。
「もちろん」
横で聞いていた会長さんが答えました。
「館長が卒業生なんだ。だから特別プランも普通より安くしてくれた」
うーん、特別プランが気になります。付き添いの先生の中に1年生の担任ではないブラウ先生の姿がありました。ブラウ先生はラウンジで会長さんと特別プランの話を交わして、校外学習について行きたくなったと言っていて…それを実行したわけで。いったい何が起こるんでしょう?
「秘密だってば。…あっ、ほらほら、ぶるぅがイルカと握手するよ」
プールから顔を出したイルカと子供たちが順番に握手してゆきますが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は握手した後、頭にキスまで貰いました。他の子供たちは羨ましそう。予定には無いキスみたいです。
「あいつ、イルカにウケがいいのか…」
「ウケというより、友達なのさ」
サム君の呟きに会長さんがニッコリ笑います。
「ぶるぅはイルカが大好きだから、友達になるのは簡単なんだ。特別プランなんかもあるし」
それ以上のことは話して貰えませんでした。イルカショーの後は水族館を見学して回り、2度目のイルカショーを見終わるとちょうどお昼の時間。スタジアムでお弁当を広げ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が保冷バッグに詰めてきたピクニックランチも御馳走になって、お腹いっぱい。幸せ気分で寛いでいると場内放送が入りました。
「御来場の皆様にお知らせいたします。まことに申し訳ございませんが、午後は貸し切りとなっております。準備のために会場を閉めさせて頂きますので…」
あらら。スタッフ以外は外へ出ないといけないようです。シャングリラ学園の貸し切りですし、居てもいいんだと思ったのに…。
「ダメダメ、会場の都合もあるんだから。文句を言わずにさっさと出なきゃ」
あっち、と出口を指差す会長さんは椅子に座ったままでした。
「ブルーは?」
サム君が尋ねると「ぼく?」と小首を傾げてみせて。
「ぼくが頼んだプランだよ。注文主がいなくてどうするのさ。ぶるぅも大事な出演者だから、もちろん残る。準備が整ったら水族館中にアナウンスするから、それまで好きに回っておいで」
「「「えぇっ!?」」」
そこへファイルを抱えたスタッフの人がやってくるのが見えました。
「ね、ぼくは打ち合わせをしなきゃいけないんだ。邪魔をしないでくれたまえ」
ヒラヒラと手を振る会長さん。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は別のスタッフに呼ばれてイルカプールの方へ走ってゆきます。私たちはスタジアムを追い出されてしまい、会長さんたちとも離れ離れになったのでした。

「ぶるぅのためのショーなのかな?」
大水槽を横切ってゆくジンベイザメを見ながらジョミー君が首を傾げます。スタジアムから一番近いここへ来たものの、アナウンスはまだ入りません。
「出演者だって言ってたものね」
スウェナちゃんの言葉にキース君が「分からんぞ」と腕組みをして。
「大事な出演者というのが引っかかる。イルカショーに出るんだろうが、ぶるぅを遊ばせてやるためだけに金を出すようなタマか、あいつが?…金に不自由はしてないくせに、試験の打ち上げパーティーの度に教頭先生のポケットマネーを当然のように毟ってやがる」
「なんだって?…ブルーを悪者みたいに言うなよ!」
「サム、ちゃんと現実を見ているか?あいつは…」
険悪な空気が流れかけた所へ「シャングリラ学園からお越しの皆様へお知らせします」とアナウンスの声が降って来ました。
「間もなく特別ショーが始まりますので、ドルフィンスタジアムにお越し下さい。…繰り返しお知らせを申し上げます…」
「「「!!!」」」
サム君とキース君の言い争いは水入りとなり、折れたのはキース君でした。
「悪かった。つい…。行こうか、ブルーの呼び出しだ」
「あ、ああ…。俺もカッとなっちゃって…」
「気にするなって。ほら、急がないと御機嫌を損ねてしまうぞ」
その言葉は私たち全員に当てはまります。ショーが始まった時にいなかったなら、どんな嫌味を言われるやら。
「ぼく、先に行って席を取っとくよ!」
ジョミー君が駆け出し、サム君たちが続きます。
「スウェナとみゆは後で来い!任せろ、一番前を取る!」
キース君が叫んでいってくれたおかげで、スウェナちゃんと私は走るのを免れました。アナウンスがまだ続いている中、スタジアムに向かう同級生たちが歩いています。案内板にはドルフィンスタジアムが午後に貸し切りになるとしか書かれていなかったので、自分たちの学校のためのショーというのは効果満点のサプライズみたい。
「特別ショーって何だろう?」
「さあ?…俺たちもステージに立てるとか、イルカに乗って泳げるとか…。それとも水泳部の奴らがイルカと一緒に男子シンクロ?」
こんな調子で盛り上がっている人が多数派ですが、中にはガッカリしている人も。
「うちの学校が貸し切るんだって分かっていたらイルカショーは見なかったわ」
「そうね、他のを見ればよかった」
それはそうかもしれません。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお付き合いで2回も見てますけれど、普通は1回で満足でしょう。けれども生徒は集まりつつあり、入口には行列が出来ていました。
「ねえ、おかしいと思わない?なかなか前に進まないわ」
「うーん、みんな入った所で止まっちゃってる?」
スタジアムの中から女の子たちの黄色い声が聞こえてきます。前座で何かやってるのかな?…そうこうする内に「立ち止まらないで!」とスタッフさんが整理に出てきて、流れ始めた列に続いて入って行った扉の向こうは…。
「「えぇっ!?」」
通路が白い花とリボンで飾り立てられ、プールの周囲も花が一杯。ステージの中央には十字架が置かれた祭壇なんかが設けられています。この光景はいったい何ごと!?
『「おーい、こっち、こっち!!」』
思念波と声で同時に呼ばれて、ジョミー君たちが最前列で手を振っているのに気付きました。私たちは階段になっている通路を下へと降り始めましたが、白いリボンに白い花、おまけに十字架のある祭壇とくれば…。
「みゆ。ここってドルフィン・ウェディングっていうのをやってなかった?」
「…うん。どんなのかは知らないけど…」
「もしかして、これ…」
「「結婚式!?」」
イルカショー付きの挙式プランがあるのは知っていました。会長さんが申し込んだ特別プランって、まさかのドルフィン・ウェディング?

ジョミー君たちが取っておいてくれた最前列。生徒は私たち7人だけで、他は先生方でした。失礼します、と前を通って行く間に声を掛けてきたのは保健室のまりぃ先生。
「ロマンチックよねぇ、ドルフィン・ウェディングなんて!去年のぶるぅちゃんも良かったけれど」
「…やっぱり結婚式なんですか!?」
「やだぁ、ショーだって放送してたじゃない。特別ショーよぉ、ねぇ、ゴマちゃん?」
「キュ~ッ、キュッキュッキュ~ッ!」
まりぃ先生はペットのゴマフアザラシをギュッと抱えて瞳をキラキラさせていました。先生方はショーの正体をあらかじめご存じだったようです。ブラウ先生が付き添いにエントリーなさったわけだ、と納得しながらスウェナちゃんと私はジョミー君とキース君の間の席に。私の隣がキース君です。
「あいつ、何を企んでやがるんだ?…あれっきり姿を見せていないし、ぶるぅもいない」
「キース君たちも見てないの?」
「ああ。開場してすぐに飛び込んだんだが、先生方しかいなかったんだ」
あいつというのは言うまでもなく会長さんです。こんな企画を立てたからには何もしない筈がありません。
「……ブルー、誰かと挙式する気じゃ……?」
恐る恐る言ったジョミー君。私たちはアッと息を飲み、同時に思い浮かべた人は…。
「「「フィシスさん!?」」」
フィシスさんは別の学年ですけど、会長さんだって1年生ではありません。キース君が遅れてやって来たように、フィシスさんも別のルートで水族館に来たのかも。会長さんはフィシスさんと結婚してはいませんけれど、とっくに深い仲なんです。ショーと称して挙式したって不思議じゃないし、そのカップルならブラウ先生も出席したいと思うでしょう。改めて先生方を見渡してみると、グレイブ先生も唇に笑みが。
「…フィシスさんと挙式で決まりかも…」
「そうですね…」
「ううっ…。ブルーが…ブルーが幸せになれるんだったら仕方ないよな…」
サム君が半べそになりかけた時、ステージにイルカショーのトレーナーさんが現れました。黒地に金のラインが入った普段のショーよりお洒落な衣装。ステージの袖には蝶ネクタイの司会の男性がマイクを持って立っています。
「大変お待たせいたしました。只今より特別ショーを開催させて頂きます。お気づきの方も多いでしょうが、このショーは当水族館の目玉のドルフィン・ウェディングを基に展開するものです。実際の挙式さながらのエンターテインメントを存分にお楽しみ下さいませ!」
は?…エンターテインメント?…何か間違ってる気もしますけど、お芝居っていう意味なのかな?
「まず、背景をご説明いたしましょう。本日、挙式するカップルにはドラマティックな運命の出会いがあったのでした…」
あああ、やっぱり会長さんとフィシスさん…!本当の馴れ初めをここで明かすとは思えませんし、適当にでっち上げるのでしょう。サム君は既に顔面蒼白、握り締めた拳が震えています。司会の人が咳払いをして。
「花嫁の父は甲斐性の無い人物でした。幼い娘を残して妻に逃げられ、日雇い仕事を転々としながら男手ひとつで頑張ったものの、借金は増える一方です」
え。フィシスさんのお父さんをそんなキャラにしちゃって大丈夫ですか…?
「どうにも首が回らなくなったある日、彼は賭博に誘われました。勝てば借金が返せるという甘い言葉に乗せられ、手を染めたのが運の尽き。…気付いた時には借金のカタに娘を売るしかありませんでした」
ものすごい語りにスタジアム中がざわついています。会長さんったら、いくらなんでもやりすぎでは…。
「そこへ、娘を嫁にくれるのだったら借金を全て肩代わりする、と名乗り出たのは大金持ちのヒヒ爺」
へっ!?…会長さんがヒヒ爺?…まぁ、三百歳を超えているのは本当ですし、自分をヒヒ爺に設定するんだったら、フィシスさんのお父さんを甲斐性無しに仕立てるくらいは可愛いものかもしれません。
「そんな爺に娘をやれるか、と嘆いてみても金は無し。父の苦境を知った娘は自分を欲しいと言った男と会ってみることにしたのです。ところが、なんという運命の悪戯でしょうか!…一目出会ったその日から恋の花咲く時もある。娘はたちまち恋の虜となり、今日の佳き日を迎えました」
おおぉっ、と広がるどよめきの声。今時これはないだろう、というベタベタっぷりがウケてるようです。
「泣くに泣けぬのは花嫁の父。借金のカタに手放す娘が、今は爺に首ったけ。爺憎しの涙こらえて娘に腕を貸し、入場せねばならないのですが…。まずは新郎の登場です!」
プールの中でイルカが一斉に高いジャンプを決めました。上がった飛沫が落ちてゆく中、ステージの中央に進み出たのは…。
「「「ゼル先生!!?」」」
白いタキシードで決めているのはD組担任のゼル先生。か、会長さんじゃないんですか!?
「続きましては、花嫁の登場でございます。皆様、盛大な拍手でお迎え下さい!!」
イルカのジャンプを合図に大きな拍手が起こります。ヒヒ爺役がゼル先生なら、花嫁の役はいったい誰が?それに花嫁の父親役は…?

「「「わははははは!!!」」」
ステージの端に現れた甲斐性無しの父と花嫁。父の姿を目にした途端、誰もが笑い出しました。黒いタキシードで憮然とした顔の父親役は教頭先生だったのです。そういえば付き添いの先生の中に教頭先生も混じっていましたっけ。腕を預ける花嫁の顔はベールに隠れて見えません。新郎が待つ方へと進む姿に「誰?」という声が飛び交います。けれど私たち7人は…。
「…あのドレス。もしかしなくてもアレだよね…」
ジョミー君の言葉を待つまでもなく、そのドレスには嫌というほど見覚えが。真珠の刺繍に細かいレース、長いトレーンの清楚で真っ白なウェディング・ドレスは去年の親睦ダンスパーティーでゲットして以来、会長さんのものなのです。背丈よりも長いベールと真珠のティアラの、あの花嫁はどう見ても…。
『…ブルーだな…』
キース君の思念に無言で頷く私たち。会長さんったら、よりにもよって教頭先生にエスコートさせてゼル先生と挙式しようって魂胆ですか!…教頭先生の落胆ぶりはお芝居ではなく本物なのです。ゼル先生がニコニコ顔で会長さんのエスコート権を奪った所で、司会の声が。
「さて本当の結婚式なら、花嫁の顔はまだまだご披露できないのですが、今日のはショーでございます。ここで花嫁をご紹介いたしましょう。…シャングリラ学園生徒会長、ブルーさんです!!」
「「「えぇぇっ!?」」」
どよめきの中で花嫁が自らベールを上げると、それは紛れもなく会長さんで。
「いやーん、似合いすぎーっっっ!!!」
女の子たちがキャアキャア騒ぎ、男の子たちは爆笑です。ベタベタ設定のお芝居だけに、花嫁役がミスキャストだと笑いは取れないものですが…『女装の花嫁』は見事にツボにはまったみたい。どこまでショーをやってくれるのか、みんなワクワクしています。ゼル先生と会長さんが祭壇へ向かう間は指笛を鳴らす人たちも…。司祭さんの前で交わされた誓いの言葉は、笑い声の渦に飲まれてロクに聞こえない有様でした。
「続いて指輪の交換です。シャングリラ学園のマスコット、そるじゃぁ・ぶるぅ君がお手伝いをしてくれます!」
「かみお~ん!」
プールの中からイルカと一緒に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び出しました。イルカに押し上げて貰ったのでしょう。クルクルと宙返りしてステージに降り立った姿はマント無し。白と銀に黒いアンダーの服は、挙式ステージでも浮いていません。両手にしっかり持っているのはリングを乗せたクッションでした。ゼル先生と会長さんは指輪を互いの薬指に嵌め、それに続くのは誓いのキス。二人の顔が近づいて…。
「「「いやーっ!!!」」」
女の子たちの悲鳴が上がりましたが、キスは寸止めに終わりました。ゼル先生と会長さんが笑顔で手を振り、司会の人が。
「それではイルカ君たちに祝福の歌を歌ってもらいましょう。歌の後はお馴染み、イルカショーです!」
ゼル先生が会長さんと腕を組んでプールの前に進むと、トレーナーさんの合図で浮かび上がったイルカが揃ってキューキュー声を上げます。歌い終わった所で「そるじゃぁ・ぶるぅ」がプールに飛び込んで…始まったのはショータイム。トレーナーさんの代わりに「そるじゃぁ・ぶるぅ」がイルカたちをリードし、一緒に泳いでいました。
「…イルカと仲良くなってる筈だぜ」
「良かったねえ、サム。フィシスさんとの式じゃなくって」
歓声の中でもジョミー君たちの会話がちゃんと聞こえるのはサイオンを持っているおかげでしょうか。キース君がクッと笑って。
「いいのか、サム?…ゼル先生との結婚式だぞ。ブルーは嫁に行ったようだが」
「ん~…。フィシスさんかも、って思った時は絶望したけど、ゼル先生なら構わないなぁ。お芝居なんだし」
ブルーが楽しんでいるならそれでいいんだ、とサム君は会長さんの花嫁姿をケータイで撮影しています。それに比べて教頭先生ときたら、まさに花嫁の父でした。ショーが終わって会長さんとゼル先生が意気揚々と引き揚げる後にトボトボと続く姿は、娘をまんまと奪い去られた甲斐性無しにしか見えません。大歓声に応えてイルカと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が再びジャンプし、特別ショーは賑やかに幕を閉じました。

それから集合時間までは自由行動。私たちはスタジアムの出口で会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」を待ったのですが…。
「ごめん、ごめん。遅くなっちゃった」
制服に着替えた会長さんが戻ってきたのは半時間以上経ってからでした。
「まりぃ先生が控え室に押しかけて来たんだよ。花嫁姿をスケッチさせてほしい、って」
ドレスは肩が凝るから疲れちゃった、と苦笑している会長さん。そういえばブーケはどうなったのかな?
「ああ、あれ?…押し花にしてもらうんだ。額に入れて飾っておくつもり」
「「「何処に!?」」」
「ぼくの家。今日の記念写真と並べておけば、嫌でもハーレイの目に入るだろう?…出張エステを頼む度にさ」
うふふ、と笑う会長さんの左手の薬指には銀色の指輪が光っていました。
「特別プランに出て欲しい、って頼みに行ったらハーレイは凄く喜んだんだ。父親役と新郎役でゼルと一緒だよ、って言ったのに…説明が足りなかったかな。着替えの時に初めて自分の役が何か気付いて、もう真っ青。おかげで迫真の演技になったし、ぼくは大いに満足だけど」
どう考えてもわざとだろう、と心で突っ込む私たち。教頭先生、今夜はショックで眠れないかも…。お芝居とはいえ、花嫁姿の会長さんを自分の腕から掻っ攫われてしまったのですから。それも同僚のゼル先生に。
「指輪は本物じゃないんだよね?」
ジョミー君が訊くと、会長さんは「うん」とニッコリ微笑んで。
「そこまで悪乗りはしてないさ。でも、日付とイニシャルは入ってるんだ」
「「「えぇぇっ!?」」」
「ふふ、君たちも騙された。…さっきハーレイも騙したんだよ。たかがオモチャの指輪だけれど、日付とイニシャル入りだと聞いたら当分再起不能かな。本当はただのお土産なのに」
会長さんが外して見せてくれた指輪の内側には水族館の名前が入っていました。教頭先生はそうとも知らず、マリッジリングもどきと思っているわけです。会長さんとゼル先生がそれを交換しちゃったなんて、かなり衝撃が大きいのでは…。
「まあ、エステに呼んだらバレるけどね。指輪は外さなくちゃいけないんだし、ちゃんと渡して見せてあげるよ。記念写真とブーケの額も、完成したら自慢しようっと」
早く出来上がってこないかな、と待ち遠しげな会長さん。特別プランはやはり教頭先生をからかうために…?
「ううん、一石二鳥ってヤツさ。ぶるぅをイルカと思う存分、遊ばせてやりたかったのは事実なんだ。それで色々調べていたら挙式プランが案外安くて…。だったらやるしかないじゃないか。ねぇ、ぶるぅ?」
「うん、いっぱい遊べて嬉しかったよ!練習するのに何度も来たし、イルカさんと仲良くなれちゃった。全部ブルーのおかげだね」
無邪気な笑顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。いつも会長さんのために頑張っている「そるじゃぁ・ぶるぅ」への御褒美だったら、特別プランも悪いものではありません。落ち込んでいるらしい教頭先生にはお気の毒ですが、ゼル先生と配役が逆ではプランは通らなかったでしょう。会長さんへの強姦未遂で自宅謹慎の前科があるのに、新郎役なんて無茶ですもの。
「もうすぐ集合時間だよ。バスに戻ろうか」
会長さんの声で私たちはゲートへと歩き始めました。今年の校外学習の華は去年より派手なイルカショー。教頭先生以外の誰もがショーを満喫した筈ですが、それをポケットマネーでやっちゃうなんて、会長さんって凄すぎるかも。ああ見えて実はソルジャーですし、教頭先生の月給よりもお小遣いが多いってことはありそうです。…教頭先生、会長さんにせっせと貢ぎ続けてますけど、報われる日が来るとは思えません。この際、ゼル先生と挙式しちゃった人のことなんか、スッパリ諦め……られないでしょうねぇ。振られ続けて三百余年、教頭先生の胃は大丈夫かな…?




初めて入ったキース君が通う大学。外から見れば普通の大学と変わりませんけど、足を踏み入れてみるとすぐに違いが分かりました。門衛所の横の掲示板に『次世代に引き継ごう、念仏の声』というプレートがくっついています。おまけに『今月の言葉』と書かれた紙が貼り出されていて、そこにはこんな文言が…。
「生けらば念仏の功績もり 死なば浄土にまいりなん」
いきなり念仏ダブルパンチを食らって呆気に取られる私たち。掲示板の隣にはお坊さんの銅像が建っていますし!…会長さんは馴れた様子でスタスタと奥へ進んでゆきます。キャンパスの中は朝早いせいか学生さんの姿も無くて、法務基礎とやらが行われそうなお堂も見当たりませんでした。会長さんが「こっちだよ」と指差したのは5階建ての普通の校舎。屋上にお堂が建ってるのかな?
「屋上っていうのも名案だね。校舎を建て替える時に本山に進言したら通っちゃうかも」
面白そうだ、と会長さん。じゃあ屋上ではないんですね。お堂は何処にあるのだろう、と首を傾げる私たちを引き連れた会長さんは校舎に入るとエレベーターの前に立ちました。ボタンを押すと扉が開き、乗り込むとグンと上昇を始めます。会長さんが停止ボタンを押したのは2階。えっ、たかが2階へ行くのにエレベーター?
「ほら、今日は格好がこれだから」
チンという音と共に着いた2階でエレベーターを降りた会長さんは、緋色の衣の袖をヒラヒラさせます。
「いつもの調子で階段なんか登ってごらんよ。大学の人と会ったりしたら大変なんだ。エレベーターがあるのに階段を登らせてしまうなんて申し訳ない、って言われちゃう。出迎えを断った以上、気を遣わせたら悪いだろう」
ああ、なるほど。出迎えの人が来ていた場合、階段には案内しませんよね。エレベーターに決まっています。それはともかく2階にお堂が…?
「うん。矢印がそこに」
会長さんに言われて壁を眺めると『礼拝室』の文字と矢印がありました。
「礼拝室?…お堂じゃないんだ…」
ジョミー君の言葉を会長さんが聞き咎めて。
「違うよ、ジョミー。『れいはい』じゃない」
「え?」
「らいはい、と言ってくれたまえ。れいはいじゃ宗教が別モノだよ」
「そ、そうなの?」
「朝にらいはい、夕に感謝。お仏壇の広告のキャッチコピーで有名だ」
その広告ならよく新聞で見かけます。『れいはい』だとばかり思ってましたが、私、間違えていたみたい。みんなもバツが悪そうな顔。でも『らいはい』なんて専門用語、知らなくたって日常生活に問題は…。会長さんは矢印の方向に向かって歩き出しました。
「屋上に礼拝室を持っていくのは理に適ってるな。いや、屋上とまでいかなくっても最上階にすべきかも…。礼拝室の上に普通の教室があるっていうのは問題だ」
「「「???」」」
「礼拝室に入れば分かるよ。この校舎、配置が大いに罰当たりだという気がしてきた」
上に教室があると罰当たりって、いったい何故?…礼拝室に辿り着いた私たちの前で会長さんがドアをカチャリと開けると、部屋の前方を示しました。
「ほら、あそこ。…あの上に普通のフロアが3つもあって、学生がドカドカ歩き回ったり居眠りをしたりするんだよ。仏様の頭上で土足っていうのは頂けないな」
そこには舞台ならぬ立派な祭壇があり、大きな仏像と脇侍っていうんでしょうか、小さめの仏像が両側に1体ずつ据えられています。うーん、ホントに礼拝用の部屋なんですねぇ…。

会長さんの姿に気付いてザワッと空気が揺れる礼拝室。床は畳ではなく磨き込まれた板敷ですが、並んでいるのは座布団ではなくパイプ椅子でした。手前の方にキース君が座っています。きっと前から順番に詰めるのでしょう。会長さんはキース君の隣の椅子に「そるじゃぁ・ぶるぅ」と並んで腰かけ、私たちにも座るようにと言いました。えっと、えっと…。なんだか部屋中の視線が私たちに集中していませんか?
「あんた、やっぱり目立ちたかったんだな」
キース君が会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」をジロリと睨み、学生さんたちも何度も後ろを振り返ります。会長さんがニヤリと笑った所へ紫の法衣のお坊さんが入って来ました。
「これは…!ようこそお越し下さいました」
お坊さんは会長さんにペコペコと頭を下げ、「一番前にお席を用意しております」と先に立って案内しようとしたのですけど、会長さんは断って。
「ここでいいんだ。今日は見学に来ただけだからね。…もうお勤めの時間だろう?始めてくれて構わないよ」
「さようでございますか。では失礼して…」
お坊さんはパイプ椅子の間の通路を抜けて祭壇の前へ。蝋燭とお線香が既に点っているのは、学生さんが準備することになっているからだそうです。お坊さんが漆塗りの椅子に座り、台の上に置かれた大きな鐘をゴーンと叩くと、キース君たちは一斉に数珠を持った手を合わせました。私たちは見学ですから数珠なんか持ってきていませんが、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はいつの間にか水晶の数珠を手にしています。
「いいかい、くれぐれも静粛に」
会長さんの小さな声をかき消すように朗々と読経が始まりました。学生さんたちもキース君も真剣な顔で唱和し、朝のお勤めが進行してゆきます。何が何だかサッパリ分からないお経が半時間ほど続いたでしょうか。やっとのことで終わった時には私たちは心身ともに抹香臭くなっていました。そこへ、さっきのお坊さんがやって来て。
「学長が是非お立ち寄り頂きたい、と申しております。お急ぎでないのでしたら本館の方へ」
「…急いでないけど、気が乗らないんだ。そう言ったって伝えてくれるかな?…ぼくの気まぐれは有名だしね」
「では、本日は見学のみで…?」
「そういうこと。お勤めは見せて貰ったし、もう充分。見送りなんかも要らないよ。堅苦しいのは苦手なんだ。また気が向いたらフラッと見学しに来るさ」
ニッコリ微笑む会長さんに深々と頭を下げて、紫の衣のお坊さんが出てゆくと…ワッと寄ってきたのは学生さんたち。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」を取り囲まんばかりにして質問攻めです。緋色の衣は本物か、とか、ワイワイ騒ぎまくった挙句に…。
「……あのう……」
一人が遠慮がちに声を掛けてきました。
「違っていたらすみません。でも、もしかしたら…って思ったものですから。ぼくの祖父が昔、本山へ修行に入った時に不思議な高僧に出会ったそうです。銀色の髪に赤い瞳の綺麗な人で、二百歳をとうに超えているのに少年みたいな姿だったとか。…あなたのことではないでしょうか?」
「…ぼくだろうね。他にそういう人は知らない」
「やっぱり…!」
その人の顔がパッと輝き、他の人たちはビックリ仰天。それから後は、会長さんの徳にあずかろうと行列が出来てしまいました。会長さんが手に持った数珠で頭に触れてあげるだけなのですが、みんな感激しています。徳の高いお坊さんに数珠で頭に触ってもらうと功徳を分けて頂けるのだとか。日頃の行いを知る私たちには有難いとは思えませんが…。
「おい、キース。お前はいいのか?」
最後に触ってもらった人がキース君の方を向きました。キース君は仏頂面で椅子に座ったままなんです。
「俺は十分に間に合っている」
「…へ?」
「そいつとは腐れ縁なんだ。これ以上の縁を結んでたまるか」
「「「なんだってーっ!!?」」」
羨ましいぞ、とか幸せ者め、とか学生さんたちは上を下への大騒ぎ。会長さんはクスクス笑って。
「キース。住職になるのもいいけど、ぼくの侍者をやってみないかい?…ぶるぅじゃ小坊主で役不足だしね。住職の位を取っても、お寺を継ぐのはまだ先だろう?」
「「「侍者!?」」」
目の色を変える学生さんたち。ジシャっていったい何でしょう?寺社のことではないですよねえ…。

「キースを侍者にしたいとおっしゃるんですか?」
学生さんの一人が尋ねました。
「今日お連れになっておられる方はまだ子供ですし、正式な侍者はおいでにならないとか?」
「うん。だからキースがお寺を継ぐまでの間だけでも、侍者をして貰おうかと思ったんだ。気ままな暮らしをしているけれど、格式を重んじなければいけない行事も多いからね」
晋山式に呼ばれた時とか、と指を折って数える会長さん。そこでジョミー君が割り込みました。
「シンザンシキ、って何のこと?…さっき言ってたジシャって何?」
「ああ、晋山式というのは新しい住職が就任する時の儀式だよ。元老寺だとキースがお父さんの跡を継いで住職になる時にするのが晋山式。お寺の規模にもよりけりだけど、稚児行列があったりして華やかなんだ。侍者がいるとお坊さんが増えて見栄えがするし、招いた方も偉い人がお供を連れて来てくれた、って自慢できる」
「そうなんだ…。で、ジシャっていうのは?」
「漢字で書くと『侍る者』。文字通り、側に仕えて身の回りの世話をする人さ。もちろん侍者もお坊さんだよ」
へぇ…。そんな役目もあるようです。会長さんには「そるじゃぁ・ぶるぅ」がついてますから、身の回りのお世話は問題ないような気もしますけど、子供だと重みに欠けるというのは確かかも。さっきの学生さんが再び口を開きました。
「侍者はキースをご希望ですか?…決めておられるわけでないなら、立候補させて頂きたいです」
「…君がかい?」
「はい。ぼくは次男坊なんで、うちのお寺は継げなくて…。いずれ何処かに婿入りするか、大きなお寺に徒弟として入ることになります。偉い方の侍者を務めさせて頂いていたとなれば、そのぅ…色々と…」
「箔もつくし口添えも期待できる、と言いたいのかな?…うん、正直でなかなかいいね」
会長さんはニコニコと笑い、学生さんからキース君に視線を移しながら。
「聞いたかい、キース?…彼は出世の早道をちゃんと心得ているようだ。君も頑張らないと負けてしまうよ。ぼくも侍者を持つなら敬ってくれる人にしたいし、この学校で募集するのもいいかもしれない」
「それじゃ、ぼくにも望みはありますか?」
次男坊だと名乗った学生さんがそう言った時、サム君が横からおずおずと…。
「…ブルー、ちょっと聞いてもいいか?身の回りの世話をするっていうのは行事の時で、他の時には無関係?」
「ううん。正式な侍者は住み込みのお手伝いさんに似ているね。掃除洗濯といった日常の一切も引き受けるんだ。ぼくの場合はぶるぅがいるから、かなり仕事は減るだろうけど」
「…じゃあ、侍者になったらブルーと一緒に暮らせるのかな?」
「もちろんさ。…もしかして、サム…」
会長さんの赤い瞳がサム君をまじまじと見つめました。
「侍者になろうかな、って思ってる?」
「えっ…。え、えっと…。ブルーと一緒に…。ううん、ブルーの世話が出来るんだったら、ちょっといいかな、って思ったけど…。お坊さんでないと侍者になるのは無理なんだよなぁ」
「まぁね。そう簡単に出家の決心がつくとは思えないけどさ」
なんといっても剃髪だし、とツルツル頭のジェスチャーをする会長さん。
「でも見学に連れて来た甲斐はあったかな。ジョミーは全然サッパリだけど、サムが興味を持ってくれたし」
それを聞いていた最上級生らしい学生さんが「それで見学だったんですか」と手を打って。
「サムさんは分かりましたが、ジョミーさんとおっしゃるのは…。ああ、あなたですか。この方たちを仏門に導きたいとお思いになったわけですね」
「そうなんだ。二人とも将来有望だから、見学させて親しみを持って貰おうと…」
「お寺のお子さんではないのですか?」
「残念ながら普通の家の子たちでね。…仏門への道は遠そうだ」
気長に行くよ、と椅子から立った会長さんがドアの方へと歩き出します。私たちも続きましたが、そこへさっきの最上級生らしき人が来て。
「サムさん、それにジョミーさん。…こんなのをやってますので、よければどうぞ」
二人に渡されたのはパンフレットのような印刷物。
「小学生から高校生までを対象にした、夏休みの本山体験ツアーです。仏様に親しんで頂く為に毎年実施しておりまして、私たちもボランティアとしてお手伝いをさせて頂いてます」
ポカンとしているジョミー君たちに簡単なツアーの案内をして、学生さんは「お申し込みをお待ちしてますよ」と爽やかな笑顔。侍者に立候補したいと言った学生さんは会長さんの連絡先を聞き出そうとして玉砕です。
「お勤めに参加させてくれてありがとう。また来た時にはよろしくね」
バイバイ、と手を振る会長さんに礼拝室にいた学生さんが一斉に頭を下げました。
「キースはこれから講義かな?…それとも、ぼくらと一緒に行く?」
「…不本意ながら、今日は一般教養だけだ。出ても出なくても俺にとっては変わりない」
「じゃあ、おいでよ。ぼくたち、今日は1日フリーなんだ」
会長さんに誘われるままに礼拝室を出るキース君の背に、嫉妬の視線が突き刺さります。お坊さんの世界で緋色の衣が絶大な尊敬を浴びているのが嫌というほど分かりました。キース君、明日から大変だろうな…。

会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は帰りのエレベーターの扉が閉まるなり、パッと素早くサイオンで着替え。いつもの制服に戻った姿はどう見ても普通の高校生です。
「ぼくが来てるのは知れ渡ってるし、見つかっちゃうと簡単には帰れないからね。この格好なら大丈夫」
1階でエレベーターを降りると、会長さんは早足で校門の方へ一直線。それを追いかけて門衛所まで辿り着いた時、背後から「お待ち下さい!」と呼ぶ声が声が聞こえて、数人のお坊さんがこちらへ走ってきましたが…。
「ごめんね、今はプライベートタイム」
「ああっ、私どもが学長に叱られます~!」
「もう制服に着替えちゃったし、残念でした、って言っといて」
お坊さんたちを振り切った会長さんは校門を出てバス停に行くと、ちょうど来たバスに乗り込みました。
「学校前を通るヤツだよ。乗って」
通勤や通学のピークを過ぎたらしくてバスの中は閑散としています。終点はドリームワールドと書いてありますし、みんなで遊びに行くのかな?お化け屋敷の雪辱戦とか…。
「ドリームワールドに行きたいのかい?…今日は学校がある日じゃないか」
「ええっ、普通に登校ですか?」
ガッカリした声はシロエ君。キース君をライバル視しているシロエ君の頭脳は既に大学生レベル。授業に出席してはいますが、毎日が退屈なのでしょう。今日は1日フリーの許可が出ているだけに、何か期待をしていたのかも。
「普通かどうかは、登校してのお楽しみだよ」
ウインクしてみせる会長さん。まさか登校して悪戯を…?
「さあね。ほら、言ってる間に学校前だ」
降車ボタンを押して見慣れたバス停に降り立ったものの、生徒の姿はありません。とっくに1時間目の授業が始まっているんですから当然です。うーん、遅刻して教室にゾロゾロ入ったら目立つだろうなぁ…。ところが校門を入った会長さんは1年A組とは別の方向へ歩いて行きます。今日の1時間目は移動教室ではなかったですし、第一、そっちは先生方が授業以外の時間を過ごす準備室がある建物では…。
「まだ来たことがないだろう?…ここのラウンジ」
「「「ラウンジ?」」」
「ああ、存在自体を知らないのか。教職員専用食堂だよ。今の時間は喫茶もやってる」
1年間も過ごした学校ですが、そんなものがあるとは知りませんでした。そういえば学食で先生方に出会ったことは殆ど無かった気がします。お弁当持参か、時間をずらしていらっしゃるのだとばかり思っていたら、専用食堂があったんですか…。
「うちの学校、無駄な所でリッチなんだ。君たちも特別生になったことだし、有意義な時間の過ごし方を教えてあげようと思ってね」
建物に入ってエレベーターで最上階の4階へ。なんだかドキドキしてきました。4階の廊下の突き当たりに洒落た扉が見えています。
「あの向こう側がラウンジだよ。ここのケーキは美味しいんだ。ぶるぅの腕には負けるけどさ」
先頭に立った会長さんが扉を開くと、そこはレストランのような空間でした。つまり学食とは別世界。テーブルにはちゃんとテーブルクロスがかけられ、薔薇が一輪ずつ飾ってあります。うわぁ、本当に無駄にリッチ。スペースもゆったりしてますし…って、あれ?あそこのテーブルに座っているのは…。
「やあ、パスカル。今日もボナールとサボリかい?」
「失敬な!…数学同好会の活動中だ。今、問題を練っているんだ」
会長さんが声をかけたのはアルトちゃんとrちゃんをよく誘いに来る先輩たちでした。二人とも手つかずで冷めたコーヒーのカップを他所に、レポート用紙と本に向き合っています。邪魔をするな、と立ち昇るオーラに会長さんは「やれやれ」と溜息をついて、一番奥の大きなテーブルの方へ。十人は座れるテーブルでしたが、私たちと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が座ってしまうとほぼ満席。
「ここは特別生の憩いの場でもあるんだよ。君たちはまだ全額自己負担になってしまうんだけど、在籍年数に応じて割引がある。百年いたら5割引きだし、クーポンなんかも貰えるんだ。ちなみにこれは十人まで使える割引券」
会長さんが取り出したのは『全品8割引』と印刷された券でした。
「使っていいよ。何を頼む?」
はい、と備え付けのメニューを手渡され、私たちはさっきまでの緊張感も忘れて悩み始めました。ケーキセットもいいですけれど、粘るなら軽食と飲み物の方がいいのでしょうか。それともここは学生らしく飲み物だけで粘ってみるとか…。見回してみると特別生らしき人がチラホラいます。やっぱり定番は『コーヒー1杯で居座る』なのかな?

結局、私たちが注文したのはケーキと飲み物のセットでした。5種類の中から選べるケーキはどれも美味しそうで、私とスウェナちゃんは別々のケーキを頼んで半分に切って交換です。それを見たジョミー君が羨ましげに。
「女の子っていいなぁ。そういうの、とても可愛く見えるし」
「同感だ。俺たちがやったら不気味でしかない」
そこまで執着してもいないが、とキース君。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」もケーキを半分ずつ交換してますけれど、微笑ましい感じがするのは片方が子供だからですよね。うん、ここのケーキ、ホントに美味しい!カシスのムースとショコラムースをスウェナちゃんと分けたんですが、どっちも教職員食堂とは思えない出来です。私たちはいつもの調子で賑やかにおしゃべりを始め、ここが何処かもすっかり忘れてしまった頃。
「おや、珍しい面子だねぇ」
聞き覚えのある声に振り向くと、オッドアイの瞳が楽しそうな光を湛えていました。
「あんたたちが居るとは思わなかったよ。ぶるぅの部屋に入り浸りだしね。…ちょうどいいや、手間が省けた」
食事に来たのだというブラウ先生が「ちょっといいかい?」と会長さんの隣に立って。
「放課後に生徒会室の方へ行こうと思ってたんだ。来週の校外学習だけどね」
「ああ。…もう連絡が来てるんだ?」
「…ああ、じゃないよ。特別プランを申し込んだなら、ちゃんとそう言ってくれないと」
「そうかなぁ。ぼくのポケットマネーなんだし、文句を言われる筋合いは…」
「まぁね。それで、本当にやるのかい?」
ブラウ先生は悪戯っぽい笑みを浮かべて会長さんを見下ろしました。
「もちろん。ぶるぅはイルカショーに出たくてたまらないんだ」
「そうらしいね。でも水族館から電話が来た時は驚いたよ。お間違えではありませんか、って聞き返したら、間違いないって言うんだからさ。…あたしの直通番号を連絡先に指定するとは恐れ入った」
「だって。校長先生は畑違いだし、ハーレイは学校行事に関しては全然融通が利かないし。…遊び心が通じそうなのはブラウが一番なんだよね」
「褒め言葉だと思っておくよ。水族館の人がプランについて打ち合わせしたいって言っていたから、あんたのケータイに電話したのに電源が入っていないときたもんだ。仕方ないから生徒会室へ直接行こうとしてたのさ」
「あ。…朝、切ったまま忘れてた」
ごめん、と謝る会長さん。ブラウ先生は「用は済んだし、もういいよ」と微笑んで。
「水族館に電話しといてくれるね?…あたしも校外学習の付添いにエントリーしたくなってきたよ」
「しておけば?」
「そうだねぇ…。魚は別に興味無いけど、イルカショーは一見の価値がありそうだ」
考えとくよ、と軽く片目を瞑ってブラウ先生は空いたテーブルに座りに行ってしまいました。そこへゼル先生がフラリ現れ、ブラウ先生の向かいに座ります。そろそろお昼時なのでしょう。会長さんが『全品8割引』の券を持って立ち上がり、私たちにニッコリ笑い掛けて。
「これをレジに預けておくから、君たちは好きなだけゆっくりしてって。ぼくとぶるぅはちょっと野暮用」
「「「野暮用?」」」
「うん。聞いてただろう、ブラウの話。電話じゃイマイチ伝わらないし、水族館まで行ってくる」
質問をする暇も与えず、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はラウンジを出ていってしまいました。残された私たちはランチを追加注文したり、またまたケーキを注文したり…と放課後まで8割引で粘り倒して二人の帰りを待ったのですが…。
「ここも留守だね…」
「直接家へ帰ったんじゃないか?」
生徒会室の奥の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋は無人でした。水族館の特別プランが何だったのかも分かりません。イルカショーに関するプランで「そるじゃぁ・ぶるぅ」が絡んでいるのは確かですけど、飛び入りじゃなくて正式に参加するのでしょうか。去年のイルカショーを思い出しながら、私たちは帰途につきました。キース君の大学の見学に、特別生がたむろするラウンジで過ごす怠惰な時間。今日はちょっぴり大人になった気がします。教頭先生、フリーの1日、大感謝です!

 

 

 

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