シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
小さな子供の「そるじゃぁ・ぶるぅ」に見学したいと大嘘をついて別世界へ行ったドクター・ノルディ。狙いは会長さんそっくりのソルジャーと大人の時間を過ごすことでした。それを知って狼狽していた会長さんの前に現れたソルジャーは、会長さんとのキスと引き換えに、ドクターと何をしたかを話してくれているのですが…。
「薬を飲んでくれないんじゃあ、サービスし甲斐がないんだよね。だからサイオンで身体の自由を奪って、無理やり飲んでもらったんだ」
「「「えぇぇっ!?」」」
エロドクターに催淫剤を…。しかも無理やり…。会長さんが口をパクパクさせて。
「…そ、そんなことをしたら、ノルディはいったい…」
「ん?…楽しかったよ、飲ませるのも。先に断られているだろう?で、上から飲まないなら、下からだねって」
し、下から…?どうやったのか見当がつきませんけど、会長さんには通じたようです。
「ちょっ…。ブルー、なんて真似を!」
「いいじゃないか。せっかくだもの、思い切り楽しませて貰わなくっちゃ。…だって、ぼくを食べようとしたんだよ。逆転のチャンスを掴んだからには、ぼくが食べたっていいだろう?」
「「「食べた!!?」」」
私たちの裏返った声がリビングに響き渡りました。た、食べたって…エロドクターをソルジャーが…?呆然とする会長さんを横目で見ながら、ソルジャーは得意そうに話し続けます。
「淫乱ドクターって、攻められる方はまるで経験が無いんだね。ふふっ、自分の喘ぎ声を聞いたのは初めてだったみたいだよ。ぼくに組み敷かれて、喘いで泣いて、許しを乞うんだ。…もう最高」
私たちには刺激が強すぎる自慢話を事細かに語るソルジャーを会長さんがやっとのことで遮りました。
「…ブルー…。その話、全部本当なのか?…本当に君がノルディを…?」
「うん。御馳走様、って言いたいトコなんだけど…。実は途中で邪魔が入って、最後までは出来なかったんだよね」
残念、と吐息を漏らすソルジャー。
「まったく、ハーレイったら野暮なんだから。ぼくが青の間をシールドしていて、特に理由を思い付かないなら気を利かせればいいのにさ。…いきなり解除コードを打ち込んで押し入るだなんて最低だよ」
「…君を心配したからなんだと思うけど」
「ああ、ハーレイもそう言った。大丈夫ですか、って叫んで飛び込んできたからね。ぼくに何かあったと思ったらしい。…でも、スロープの途中で固まっちゃった」
それはそうだろう、と私たちは気の毒なキャプテンに同情しました。大切な恋人の身を案じて駆け付けてみたら、浮気の最中だったのですから。しかもソルジャーが攻める側だったなんて、頭の中が真っ白になったかも…。ソルジャーはクスクスとおかしそうに。
「石像みたいに動かないから、取り込み中だって言ったんだ。早く出てってくれないかな…って。そしたら血相を変えて走ってきてさ。…いったい何の冗談ですか、って。ぼくの世界のノルディだと勘違いしてしまったんだよ」
あちゃ~。それは無理もない話です。あちらの世界のドクターにまで迷惑をかけてしまいましたか…?
青の間に乱入したキャプテンがエロドクターの正体を理解するまで、少し時間がかかったようです。浮気の現場に出くわしただけでもパニックなのに、相手がドクター・ノルディでは…。
「間違えてるのが分かったからね、からかいたくなっても仕方ないだろ?」
ソルジャーは悪びれもせずに言いました。
「うまい具合に、ここ三日ほどハーレイと過ごせていなくって。それで、仮病を使ってノルディを呼んだって大嘘をついてやったんだ。…何の為かは分かるだろう、って」
えっと。…もしかしてソルジャーにもキャプテンを苛める趣味があるのでしょうか?会長さんが教頭先生をオモチャにするのとあまり違いが無いような…。その会長さんは盛大な溜息をついて、ソルジャーに先を促しました。
「その後は?…こっちの世界のノルディだってこと、ちゃんと説明したんだろうね?」
「もちろん。ぼくを食べたくて来てくれたなんて、涙ぐましい話だし」
「…………」
会長さんは頭痛を覚えたようでした。ソルジャーはクスクス笑っています。
「でね、ハーレイにこう言った。最近、かまってくれてないから、欲求不満になってたんだ。ぼくを放っておいたお前が悪い。邪魔をしないで欲しいな、って。…そしたら、この世の終わりみたいな顔して、それは私には耐えられません、と一歩も動かないんだよ」
あの顔は忘れられそうにない、とソルジャーはとても楽しそう。
「浮気はともかく、ぼくが攻めっていうのが嫌なんだってさ。それを聞き出すまでにかなりかかった。最初からズバッと言えばいいのに、言えないんだからヘタレだよねえ」
「「「………」」」
ヘタレは教頭先生の専売特許だと思ってましたが、あちらのキャプテンもヘタレでしたか。ソルジャーに遊ばれていたり、妙な所でシンクロしているみたいです。やっぱり何処か似ているのかな、と私たちが感慨に耽っていると…。
「それでさ…。聞いてる?」
現実逃避をしないように、とソルジャーが釘を刺しました。
「ノルディの始末をどうしよう、って話になって。ぼくが食べるのが許せないなら、お前が食べろって言ったんだけど…そんな気分にはとてもなれないって拒否するんだ。でも放ってはおけないだろう。…どうしたと思う?」
「……強制送還した…と思いたい……」
会長さんが絞り出した声に、ソルジャーはニッコリ微笑んで。
「残念。…ぼくはお客様は丁重にもてなす主義なんだ。ハーレイがその気になれないんなら、その気になって貰うしかない。焦らされて喘いでるノルディをベッドから落ちない程度に横にずらして、それから…ね。後は言わなくても分かるだろう?…ふふ、もう一人余計にいると思うと、凄く熱くなれる」
「ま、まさか…」
「そう、ハーレイを誘ったのさ。ぼくに誘われてハーレイが我慢できるとでも?…で、散々焦らして、これからって時に、ぼくはノルディを指差した。先にそっちをイかせるんだね、って」
ひぇぇ!…そ、それじゃエロドクターはキャプテンに…?顔面蒼白の私たちをソルジャーは赤い瞳で見渡しました。
「ぼくの身体も捨てたものではないらしいよ。…ハーレイはとても頑張ってくれた。淫乱ドクターには十分に御満足頂けるおもてなしが出来たと思うな。よすぎて失神しちゃったし」
「…き、君のハーレイに……ノルディを……」
震え上がっている会長さんに、ソルジャーは「うん」と頷いて。
「もちろんハーレイには御褒美をあげた。しかもノルディが隣に転がっているだろう?…ハーレイは不本意ながらもノルディを抱いた後だし、ぼくもノルディと色々あった後だしね…。これで燃えない方がどうかしてると思わないかい?…最高に素敵な夜だったよ。もしもノルディに意識があったら、ぼくの声だけでイけたかも」
爆睡していたみたいだけどね、と笑うソルジャー。想像の域を遥かに超えた恐ろしい事実に会長さんはテーブルに突っ伏し、私たちはカチンコチンに固まったまま、めくるめく大人の世界に眩暈を覚えていたのでした。
「ブルー?…ねぇ、ブルー。…ぼくの話はまだ終わってはいないんだけど」
どのくらい時間が経ったのでしょう。5分?あるいはほんの1分?…ソルジャーが会長さんの肩をトントンと叩き、会長さんは億劫そうに身体を起こして。
「……あまり聞きたくないような……」
「聞いておかないと後悔するよ。ノルディの記憶に関することだから」
ここからが肝心なんだ、とソルジャーは声をひそめました。
「ぼくを食べに来たお客様なのに、ハーレイに食べられてしまって終わりじゃ可哀想だと思ってさ…。実は記憶を細工したんだ。ハーレイが乱入するまでの記憶はそのまま残して、後はスッパリ消去した。正確に言えば一部は残してあるんだけどね。…ハーレイとぼくとを置き換えて」
「…………?」
会長さんの赤い瞳をソルジャーの瞳が真っ直ぐ見詰めて。
「つまりノルディの記憶の中では、最後まで相手はぼくだったわけ。ハーレイは影も形も無くて、ぼくに組み敷かれてそのまま…ってこと。でも、せっかく淫乱ドクターなのに自信喪失されたら楽しくないから、途中で記憶を消してあるんだ。…達した時の記憶は無いし、そこから先の記憶も無い」
「…ちょ、ちょっと待って。それじゃ、ノルディは…」
「ぼくにヤられたのか、そうでないのか、考えても答えは出ないだろうね。ぼくが家に送ったことも知らない。…君が調べようとしていた事の答えはこれで全部だ」
「……君が…ノルディを……」
愕然とする会長さん。エロドクターの記憶の中にはキャプテンは全く存在しなくて、ソルジャーに食べられかけた記憶だけが残っているですって…?
「あ、そうそう、大事なことを忘れてた。ノルディに治療はしてないんだ。だから痛みはそのまんま。キスマークだって残っているよ」
「………!!!…それじゃ、記憶が残ってなくても…」
「冷静に自分の身体を観察すれば、何があったか分かるだろうね。ぼくしか記憶にいないんだから」
会長さんは額を押さえてソファに沈み込みました。最悪な気分なのでしょう。でもソルジャーは意にも介さず…。
「めり込んでいる場合じゃないと思うんだけど。それとも、ぼくはもう帰っていいのかな?…しばらく来られないかもしれないよ。ノルディが誤解したままでいいなら構わないけどさ」
「……誤解させとけばいいじゃないか」
「本当に?…そう思う?……ノルディをヤッてしまったのは、ぼく。酷い目に遭った彼にしてみれば、いつも必死に逃げ回っている君はとても可憐で可愛いだろうねえ。まさしく月とスッポンってヤツ」
月とスッポン。あまりにもハマりすぎでした。エロドクターは月そっくりのスッポンに噛まれたというわけです。それで懲りればいいですけれど、お月様はちゃんと別に存在しているのですし、リベンジとばかりに食べにかかっても全く不思議はありません。会長さんもそれに気付いたらしく、ブルッと身体を震わせました。
「…弱いのがバレたとか言ってたっけ…?」
「うん。耳が弱いのはバレちゃった。他にも気付かれているかもしれない。…で、どうする?誤解を解いて欲しいんだったら、ノルディに会いに行ってあげてもいいけれど」
とっくに目覚めて慌てているよ、とソルジャーは窓の外を指差します。会話している間にサイオンで探っていたのでしょう。会長さんはウッと息を飲み、しばらく考えていましたが…。
「…君が言うことが正しいみたいだ。ノルディの誤解を解いてほしい。ただし、ぼくも一緒に行くからね。君に任せて更にこじれたら元も子もない」
「信用ないなぁ…。まあ、無理もないけど」
ソルジャーは小さく笑ってソファから立ち上がりました。
「それじゃ、行こうか。…心配しなくても悪いようにはしないってば」
青いサイオンの光がリビングに満ち、ソルジャーと会長さんの姿がフッと消え失せた次の瞬間、私たちの身体も宙に浮いて…。
「ブルーはギャラリーが好きなんだって?…ぼくも真似してみようかな」
ソルジャーの楽しそうな声が聞こえてきます。えぇぇっ、私たちもドクターの家へ!?
移動させられた先は広くて立派な寝室でした。大きなベッドに潜り込んでいるのはドクターに違いありません。
「なんでみんなを連れて来たのさ!」
「シッ!…ぼくのシールドは完璧だけど、君が騒ぐと保たなくなるよ」
ソルジャーのシールドが私たち全員を包んでいました。会長さんもソルジャーもシールドの中。
「この子たちも話は最後まで知りたいだろうし、ぶるぅも何かと心配だろうし…。ぶるぅ、シールドはぼくが張っておくから安心して。…ブルーはぼくと一緒に来るんだろう?」
そう言うとソルジャーは会長さんの手を引っ張ってシールドの外へ。尻ごみする会長さんをベッドの足許に残し、エロドクターが頭まで被った布団をバッと剥ぎ取ります。
「おはよう、ノルディ。…お昼はとっくに過ぎているけど、気分はどう?」
「………!!!」
ソルジャー服を纏った姿を見るなり、ドクターは真っ青になりました。よほど酷い目に遭ったのでしょう。
「おやおや、そんな顔していいのかい?…君のブルーの目の前で」
指差された先に会長さんの姿を認めて、ドクターの表情が引き攣ります。ソルジャーはクッと喉を鳴らすと。
「ぼくが怖い?…怖いだろうねぇ、今のままじゃ。…ぼくは全然かまわないけど、それじゃブルーが困るんだってさ。落ち着いたら、口直しにブルーを抱こうと思っているだろう?」
「い、いえ…!そ、そんなことは…」
「嘘をつかない。ぼくに読めないとでも思ったか?」
赤い瞳に射竦められて、必死に首を横に振るドクター。やはり会長さんを食べるつもりでいたようです。ソルジャーと会長さんとは全然違う、と認識できるタフな精神は流石としか…。
「ブルーはお前が嫌いなんだ。嫌いなヤツに抱かれたくないのは当然だよね。…だから誤解を解きに来た。ぼくはお前を抱いてない。口直しなんか必要ないのさ。…お前を抱いたのはハーレイなんだ」
「……ハーレイが…?」
「そうだ。信じたくないなら消した記憶を戻してもいいが」
どうする?と覗き込むソルジャーに、ドクターは少し迷ってから。
「…あなたは記憶を操作できる。真実がどうであっても、ハーレイがやったと思い込ませる事は可能でしょう。そんな記憶を持つくらいなら、何もない方がいっそマシだというものです」
「気に入った」
ソルジャーはクスッと笑いました。
「どう答えるかと思っていたが、過去は振り返らない主義だったか。じゃあ、ぼくに抱かれたというのが事実であっても、ぼくが誘えば……抱いてみたいと今も思うか?」
「………。機会があるなら、賭けてみるのも悪くはないかと」
げげっ。エロドクターは自信を取り戻しつつあるようです。立ち直りが早いのも一種の才能なのでしょうか。ソルジャーの手が頬に触れても、もう顔色は変わりません。それどころか、その手をさりげなく握っていたりして…。
「懲りてないんだ?」
「…雪辱戦を挑みたいと願うのは自然な心理かと思いますが」
「なるほど。…ならばチャンスを与えよう」
ドクターの手からスッと逃れて、ソルジャーは綺麗な笑みを浮かべました。
「ぼくのハーレイは忙しくてね…。捕まらない時も多いんだ。ぼくを満足させられる自信があるなら、呼んだ時に来て抱けばいい。ただし、満足できなかったらどうなるか…。身体で分かっていると思うが」
「望むところです」
「では、そのように。…必要な時はぼくが呼ぶ。ぼくの身体が手に入る以上、ブルーには…」
「いえ」
手を出すな、と言おうとしたらしいソルジャーをドクターの声が遮って。
「あなたとブルーは違います。同じ身体でもまるで違う。…今回で思い知らされましたよ。私はブルーも欲しいのです。以前にも増して欲しくなりましたね、あなたの肌を知ったお蔭で」
「……重症だな」
不治の病か、と苦笑しながらソルジャーはドクターの側を離れて、会長さんの方に戻ってくると。
「帰ろう、ブルー。これ以上いても意味はない。…ノルディ、雪辱戦では頑張りたまえ」
返事を待たずに青いサイオンが輝きます。私たちはアッという間に元のリビングに戻っていました。
「これでいいだろう?…ノルディは当分、ぼくの虜だ。本当に呼ぶかどうかは別として」
ソファにゆったりと腰かけたソルジャーの言葉に、会長さんが顔を曇らせます。
「…確かに、君で懲りた分をぼくで取り戻そうとしてくることは無いだろうけど…。もしも君が呼ばなかったら、今まで以上にぼくを追いかけてきそうな気がする」
「味を覚えさせたのはまずかったかな。…蹴り出しておいた方がよかった?」
「そうしてくれていれば、と思うよ。手遅れだけどね」
やっぱり子供に留守番をさせておいたのが間違いだった、と自分を責める会長さん。それを聞いた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がまた泣きそうな顔をして。
「ごめんなさい、ブルー…。どうしたらいいの?…ぼくだってタイプ・ブルーなんだもん、出来ることなら何でもするから…」
「…それだ…」
会長さんがハッと顔を上げ、「どうして忘れていたんだろう」と呟きました。
「ノルディの記憶を消せばいいんだ。最初からそのつもりだったんだっけ」
「………。シンクロしないと消せないよ?」
そう言ったのはソルジャーでした。
「記憶を消したり、置き換えたりと色々弄ってしまったからね。それをやったぼくの意識と完全にシンクロしないと無理だ。…やってみるのは自由だけれど、一応、言っておかないと」
「君の意識と…?」
「そう。シンクロする以上、淫乱ドクターと遊んだ記憶は勿論、ハーレイに抱かれた記憶も君の意識に流れ込む。…そうしない限り、消す糸口は見つけられない」
「………!!!」
会長さんの瞳が驚愕に揺れ、ソルジャーは「ごめん」と謝って。
「でも本当のことなんだ。ぼくが代わりにやってあげたいのは山々だけど、ほら…ぼくも悪戯好きだから。さっき約束もしてきちゃったし、消去するどころか変に書き換えてしまうかも…」
「……そうかもね……」
ノルディを食べようとしたくらいだし、と深い溜息をついた会長さんの顔から突然、スーッと血の気が引きました。
赤い瞳がソルジャーを捉え、肩が小刻みに震え出して…。
「…今、やっと気付いたんだけど……ぼくは勘違いをしてたかも。ぼくと君なら、ぼくが食べる方に決まっているから安全だって思ってたけど、もしかして、君は…」
「食べる方だってもちろん出来るよ。…嫌がる人は食べないけどさ。だからそんなに怯えなくても…」
クスクスと笑い始めたソルジャーでしたが、会長さんは警戒しています。情報料をキスで支払っただけに、複雑なものがあるのでしょう。やがてソルジャーは笑うのをやめて、真面目な顔で。
「君の意見は尊重する。嫌われたくはないからね。…食べる方だと思ってたんなら、ぼくは食べられてもかまわない。いつか気が向いたら食べて欲しいな。けっこう本気で君が好きだし」
「ブルー…?」
「君を見てると安心するんだ。…ぼくの未来は見えないけれど、君は地球にいて人類とちゃんと共存してる。ぼくそっくりの君が夢を叶えてくれているから、ぼくは諦めないで済む。だから…本当に君が好きだよ。君が女の子専門でなければ良かったのにね。こればっかりは仕方ないけど…」
寂しそうに微笑んでからソルジャーは立ち上がりました。
「用は済んだし今日は帰るよ。…それじゃ、またね」
フッと姿が溶けるように消えて、残ったのは空のお皿とティーカップだけ。どさくさに紛れて告白された会長さんは、ちょっぴり悲しそうでした。あちらの世界が恐ろしい場所だと知っているだけに、ソルジャーの想いに応えてあげられないのが辛いのかも…。
「あっ、お昼ご飯を忘れてたぁ!」
しんみりした空気をブチ壊したのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の叫び声。慌ててキッチンへ走って行くのを見送ってから、会長さんが。
「…ブルーにも御馳走すればよかったな。せっかくこっちに来てくれたのに、残り物のパイだけなんて」
「あいつが騒ぎの元凶でもか?」
「違うよ、ノルディが諸悪の根源なんだ」
キース君の問いに即答すると、会長さんは窓の外へ視線を向けました。
「悪乗りしたブルーも問題だけど、ノルディがあっちの世界へ行かなきゃ何も起こりはしなかった。どんな所かもロクに知らないくせに、快楽目当てで行くなんて…。さっきのブルーの言葉を聞いても、ノルディはブルーを追っかけるかな?…ソルジャーとして必死に生きてるブルーを…」
「大人の時間には関係ない、って言いそうだぜ」
「…そうかもしれない。ブルーだって悪乗りしたんだものね。…ぼくはブルーのようには生きられないけど、ぼくの世界やぼくたちと関わることが救いになってくれればいいな…」
「なっているさ。あいつ、そう言って帰ったじゃないか。あんたがいるから、夢を諦めずにいられるって。そうだろう、みんな聞いてた筈だ」
一斉に頷く私たちを見て、キース君が会長さんの肩を叩きます。
「ブルーなら心配いらんと思うぞ。余裕のない生き方をしているんなら、ノルディにちょっかい出すもんか。それこそ蹴り出して終わりだろうさ。…あんたこそ、ノルディには気をつけろよ?襲われそうになったら俺達を呼べ。傷害罪で訴えられる羽目になっても助けてやるから」
柔道部三人組が互いにパチンと手を打ち合わせて構えを取ると、会長さんにようやく笑顔が戻りました。そこへキッチンから「そるじゃぁ・ぶるぅ」が戻ってきて…。
「お待たせ~!材料を買っていなかったから、きのこクリームのパスタなんだけど…ダイニングに用意できてるよ。晩御飯も食べて帰ってね!」
こちらもすっかり元気になったようです。ドクターを一人で別世界へ行かせる原因になったパイの残りもダイニングに運ばれ、細かいことを気にしない男の子たちがジャンケンで取り合いを始めました。賑やかにテーブルを囲んでいると、さっきまでの騒ぎが嘘みたい。
「ところで、お化け屋敷はどうだったんだい?」
会長さんにいきなり訊かれて、私たちはギョッとして顔を見合せます。ジョミー君が懸命に笑顔を作って…。
「や、やだなぁ、ブルー。…聞かなくったって知ってるくせに。ぼくたちが何をしてたかなんて筒抜けだもんね」
「ううん、本当に知らないんだ。フィシスとデートしている時はフィシスだけしか見てないからね。…で、白い影には会えたのかい?」
「あ、あははは…。サムには見えたらしいんだけど、ぼくらは全然」
お化け屋敷に纏わる無様な事実は、ほどなく全部バレました。会長さんはジョミー君に「白い影が見られるようになるよ」と出家を勧め、サム君まで勧誘し始めています。お坊さんになるっていうのは、そんなに素敵なことなんでしょうか?
「さあね。…だけど長い時間を生きていくんだし、サイオンっていう力もあるし。普通の人より恵まれた環境にいるんだからさ、修行を積むのもいいと思うよ。…いつか悟りが開けるかも」
ぼくは悟れてないけれど、と苦笑している会長さん。
「せめてブルーが背負ってるものを受け止められるくらいになりたいな。それも出来ないようじゃ、まだまだ。…あっ、色恋のことじゃないからね!ソルジャーとしてのブルーの悲しみや苦悩や…そういったもの」
会長さんの赤い瞳には、ソルジャーが帰って行ったシャングリラ号が見えているのかもしれません。エロドクターがソルジャーに呼ばれて旅立つ時は来るのか否か。あんな淫乱ドクターとはいえ、ソルジャーのお役に立つんだったら全力で尽くして頂きたいです。満足させられなかったら地獄ですけど、知ったことではないですよねぇ?
会長さんの留守に現れたというドクター・ノルディ。留守番をしていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は自分が悪かったんだと泣いています。しかもパイ生地を作っていたのがいけなかったとは、いったい何事?会長さんはパイ皮を調べても手がかりは無いと言ってますけど、私たちを叩き起こすほどのパニックに陥ったんですから、よほどのことが…。
「…あまり考えたくないんだが…」
キース君がコーヒーで口をすすぐようにして飲み込んでから言いました。
「エロドクターがぶるぅと一緒にパイ生地を作ったとかじゃないだろうな?…あんたが食べるパイのためなら嬉々としてやりそうな気がするぞ。もちろん素手で」
え。…エロドクターが会長さんへの不純な愛をこめて作ったパイ生地…?考えたくもないですけれど、手に唾を吐きかけていたりして…。愕然とする私たちに、会長さんは「その方がよほどマシだった」と答えました。
「ノルディはパイ生地に触れちゃいないよ。そもそも、ぶるぅが許さない。素人なんかに手伝わせるわけがないだろう?…ぶるぅはパイ生地作りに忙しくって、おまけに子供だったから…大変なことになっちゃったのさ」
「大変なこと…?」
「そう。ぼくの人生最大のピンチかもしれない」
恐る恐る聞いたジョミー君に会長さんが深刻な顔で頷き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の泣き声が激しくなります。エロドクターが何かをやらかしたのに違いありませんけど、パイ皮とどういう関係が…?
「最初から順を追って話すよ。…でないと訳が分からないだろうし。ぶるぅ、ぼくは別に怒ってないから泣きやんで。流石にショックだったけど…子供に留守番をさせてたぼくも悪いんだ」
泣き声がやむまで小さな頭を優しく撫でて、涙で汚れた顔を洗ってくるように言い聞かせて。洗面所から「そるじゃぁ・ぶるぅ」が戻ってくると、会長さんは静かに話し始めました。
「昨日、ぼくがフィシスとデートだったのは知ってるよね。…フィシスと街を歩いていたら、ノルディが車で通りかかって窓から声を掛けてきたんだ。目的地まで乗せてあげますよ、って。もちろん、ぼくは断った。ノルディはそのまま走り去ったけど、フィシスにはちょっと叱られちゃった」
「なんで?」
「断り方が素っ気なさすぎる、って。ノルディは大事なドクターなんだし、もっと丁寧に接するべきだって言うんだよ。…ノルディがぼくを狙ってること、フィシスはイマイチ分かってくれないんだ」
なんと!フィシスさんはドクターや教頭先生が会長さんに御執心なのを知ってはいても、危機感がまるで無いらしいのです。会長さんは溜息をつき、「育て方を間違えたかな…」と呟きました。
「フィシスはぼくの女神だからね。理想の女性になって欲しくて、出会って以来、あれこれと注意を払ってきたんだけれど…。不純なものから遠ざけすぎた結果、箱入りっぽくなっちゃって。アブノーマルな世界はフィシスには理解不可能らしい。男同士の友情と区別がついてないようだ」
困るよね、と嘆きながらも、表情はまんざらでもなさそうです。とりあえず、惚気は聞き流そうかな…。
デートを楽しんだ会長さんとフィシスさんは暗くなってから会長さんの家に戻り、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が用意していた夕食を食べて、フィシスさんはそのままお泊まり。
「フィシスは今日から旅行なんだ。気の合う仲間の女性たちと一緒に5日間。…たまには女同士もいいだろう?いつもは旅行といえばぼくとだからね」
「ぶるぅは?」
「ついてくるけど、夜はもちろん大人の時間。いい子は早寝をしてくれるんだ。昨夜も後片付けが済んだらすぐに土鍋で眠ってくれたし、ぼくはフィシスとゆっくり過ごして…。今日はマンションの表でフィシスのタクシーを見送ったよ。それから家に戻ってきて、初めて恐ろしい事実に気付いたってわけ」
昨日はフィシスに夢中で右から左に抜けていたんだ、と会長さんは額を押さえました。
「デートから戻った時に、ぶるぅは確かに言ったんだよ。ノルディ先生が…って。でも、ノルディの名前は聞きたくもないし、デートの途中に顔を出されたことも思い出したし…。その名前、今は聞きたくないな、って冷たく言って、そのまま綺麗に忘れてた。…フィシスを見送ってから玄関を入る瞬間までね」
「…記憶がフィードバックしたってわけか」
キース君の言葉に会長さんは。
「そのとおり。しっかり思い出したんだよ。昨日ぶるぅが玄関に立ってて、こう言ったのを。…あのね、今日、ノルディ先生がね…って」
その後に続く言葉を遮ってしまって聞かなかった、というわけです。そこで会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に続きを聞きに行ったのですが…。
「その先はさっき言っただろう?…ノルディが家に来たんだよ。わざわざぼくの留守を狙って。時間を尋ねたら、声を掛けられてから半時間も経っていなかったようだ。…ぼくが出かけているのを見たから、チャンスとばかりに来たんだろうね」
「…あんたの留守を狙って何を?…ぶるぅが居るなら下手な細工は出来んと思うが」
「ぶるぅに用があったのさ。…ぼくが居たんじゃ頼めない用が」
深い深い溜息をついて、会長さんは紅茶を一口飲みました。
「…ノルディがぶるぅに会いに来たのは、ブルーの世界に行くためなんだよ」
「「「ブルー!!?」」」
それは別世界に住むソルジャーの名前。会長さんに瓜二つの、ミュウと呼ばれる種族の長。
「ノルディはぶるぅにこう言ったそうだ。…あちらの世界を是非とも見学したい、とね。ぶるぅは向こうのぶるぅと連絡を取って、ブルーの了解を得たらしい。今すぐ、ということになったが、ぶるぅはパイ生地を作っている最中で…手が離せないからノルディを一人でブルーの世界へ送ったのさ」
「「「ええぇっ!??」」」
ドクターがたった一人でソルジャーの世界へ行ったんですって!?…以前、会長さんが教頭先生に催淫剤を飲ませた時に、ドクターはソルジャーが教頭先生に植え付けた記憶を見ています。ソルジャーが別世界のキャプテンと大人の関係だということを知って、一度手合わせ願いたいとか言ってましたっけ。もしかして、それが目的で…?
「…多分…」
会長さんはソファに沈み込んでしまいました。
「ぶるぅがついて行ったんならば、ノルディも無茶はしないと思うんだ。ぶるぅもパイ生地作りの最中でなけりゃ、勿論ついて行っただろう。…いろんな意味で間が悪かった。ノルディは向こうの世界で野放しにされてしまったんだよ。ぶるぅが子供じゃなかったら…ノルディの意図に気付いていたら、絶対行かせはしなかったろうに」
何が起こったのか知りたくもない、と頭を抱える会長さん。
「…一応、急いでノルディのサイオンを探ったさ。そしたら家のベッドで爆睡してた。…でも、それ以上探る気にはどうしてもなれなかったんだ。ノルディはブルーに会って…どうしたと思う?」
ブルッと身震いをして、会長さんは自分の身体を抱き締めました。
「ノルディはブルーを抱いたかもしれない。だとしたら、もう、どうすればいいか知り尽くされてる。ノルディは捕まえた獲物を逃がしたことが無いのが自慢でね。…この次にノルディと出くわしたが最後、ぼくは自分の意志とは関係なしに食べられてしまうことになるかも…」
それでパニックになったんだ、と赤い瞳が不安に揺れます。
「君たちを呼んだ理由は、これなんだよ。…ぼくの代わりにノルディの心を読んで欲しい」
「「「えぇっ!?」」」
「ブルーとの間に何かあったのか、無かったのか。…それだけが分かれば十分だから。場合によってはノルディの記憶を消去する。そっちの立ち会いも頼みたい。ぼく一人では危険すぎるし…」
切実な顔で会長さんは私たちに頭を下げました。隣で「そるじゃぁ・ぶるぅ」も頭を下げて…。
「お願い、ブルーを助けてあげて!…ぼく、何回でも謝るから!…おやつも食事も、なんでも好きなの好きなだけ作ってあげるから!」
えっと、えっと。…会長さんの代わりにドクター・ノルディの心を読む?…エロドクターとソルジャーの間に何があったか読み取れですって!?
パニックに陥ったというだけあって、会長さんはすっかり怯えてしまっていました。万一のことを思うとエロドクターの心を読みたくないのも分かります。けれど、代わりに読んで欲しいと言われても…。なにしろ相手は会長さんを食べようと狙い続けるエロドクター。もしソルジャーと大人の時間を過ごしていたら、どんな記憶を抱えているのか想像したくもありません。私たちは顔を見合わせ、肘で散々つつき合った果てに…。
「あ、あの…。ぼ、ぼくたち…」
最強のタイプ・ブルーだから、と押し出されたジョミー君がボソボソと。
「きょ、協力したいのは山々だけど、あの……そのぅ……」
「………?」
「…じゅ、十八歳…未満だし…」
「ああ、それは心配しなくても…。有害な記憶が残らないよう消してあげるよ」
サラッと言い切る会長さん。こう言われては断れないかも…、と焦った所でキース君が。
「申し訳ないが、俺たちは思念波での会話がやっとの特別生だ。二百年以上も生きているというドクターの心など読めないだろう」
「その辺はぶるぅにサポートさせる。君たち全員のサイオンをより合わせれば十分可能だ。…ね、ぶるぅ?」
「んと、んと…。よく分からないけど、みんなの力を纏めればいいの?…大丈夫、任せといて!」
ぼくに責任がある話だし、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はピンと背筋を伸ばしました。これはいよいよ断れません。普段サイオンなんか使ってないのに、よりにもよってエロドクターの心を読んでヤバイ記憶があるのかどうかを確かめる羽目になるなんて…。
「ジョミー、お前が代表でやれよ」
そう言ったのはサム君です。
「なんたってタイプ・ブルーだし…。俺、頑張ってサポートするから!…頼む、ブルーを助けると思って…」
「それならサムがやればいいだろ!大事なブルーのためなんだから。シールドだって張ったことあるし、サイオンを使うのは上手じゃないか」
「いや、サムはダメだ」
キース君が即座に却下しました。
「サムはタイプ・レッドなんだぞ?…うっかりドクターに同調してしまったら大変なことに…」
「そ、それは確かにまずいね…」
ジョミー君が肩を竦め、私たちの背筋を冷たいものが走りました。サム君には教頭先生とぶつかったのが引き金になって会長さんへの秘めた恋心が覚醒してしまった過去があります。他人の想いに取り込まれやすいのがタイプ・レッド。もしサム君がエロドクターの想いに巻き込まれたら、会長さんに何をしでかすか…。
「…お、俺がブルーに…?」
ボンッと真っ赤になったサム君。ひょっとしてメンバーから外した方がいいのでしょうか?…だとしたら残る6人で頑張ることになりますが…。十八歳未満お断りな記憶満載のエロドクターの心に潜って、首尾よく目指す記憶を読めるかどうか全く自信がありません。逡巡する私たちに会長さんが。
「そうだね、サムは外した方がいいかもしれない。ぶるぅとサポートに回ってもらおう。タイプ・レッドは思念の増幅に優れているんだ」
「や、やっぱり……やらなきゃダメ……?」
「ぼくの未来がかかってるんだ。やって貰わなきゃ、ぼくが困る」
ジョミー君の弱気な視線と会長さんの強い眼差しが真正面からぶつかった時、クスクスクス…と微かな笑いが聞こえてきました。
「…ふふ。来てみて正解」
フッとリビングに現れたのは…。
「「「ブルー!!?」」」
別の世界から空間を越えてきた、会長さんにそっくりの人。ソルジャーは紫のマントを翻して、優雅な仕草で空いたソファに腰かけたのでした。
「ふぅん…。これが問題のパイ?…美味しそうに見えるけど…」
どこまで事情を知っているのか、ソルジャーは大皿に残ったチキンパイとミートパイを交互に見比べています。あちらの世界では食が細いらしいソルジャーですが、私たちの世界に来ると「地球の食べ物だというだけで嬉しくなる」とかで食べる量は会長さんと変わりません。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が慌てて取り皿と飲み物を持って来ました。
「昨日の残りなんだけど…食べる?」
「もちろん」
せっかくだから、と二種類のパイを少しずつ切り分けて貰ったソルジャーは早速フォークを手にして…。
「うん、美味しい。確かにパイに罪は無いよね」
「いつから様子を窺ってたのさ」
頬を膨らませる会長さんに、ソルジャーがニッコリ微笑みます。
「…ん?ついさっき来たばかりだよ。あ、君の思考は読んでない。…この子たちのが漏れてるだけ」
ひぃぃっ!!じゃあ、何もかも全部筒抜けですか?
「そうなるね。ブルーの頼みを断るのに必死みたいだけれど、君たちの気持ちは分かるつもり」
淹れたての紅茶を口に運びながら、赤い瞳が会長さんを見つめました。
「ねえ、ブルー。…こんな子供たちに淫乱ドクターの心を読ませようっていうのは可哀相だと思わないかい?」
「「「淫乱ドクター!?」」」
「ああ、ごめん。君たちはエロドクターって呼んでるんだっけね。…淫乱ドクターはぼくが付けた名前。だって名前のとおりだったし」
「……淫乱ドクター……」
会長さんが呆然とした顔で呟き、平然とパイを食べているソルジャーの手元を眺めながら。
「それじゃ、やっぱりノルディは君が目当てでそっちの世界に…」
「うん。最初の間は記憶が飛んでて、真面目に負傷者の手当てをしてくれたよ。淫乱ドクターでも手際はいいね。うちのノルディと変わらない。…ひょっとすると、うちのノルディも一皮むけば淫乱なのかな」
他人事のように語るソルジャーの様子からは何があったか掴めません。淫乱ドクターなんて名付けたからには、それなりのことをした筈ですが…。
「ノルディの腕前はどうでもいい。…君はノルディから逃げ切れたのか?」
「さあね」
ソルジャーは意味深な笑みを浮かべて。
「…知りたい?ノルディの記憶を読まなくっても、答えはぼくが知ってるんだ。ノルディがぼくの世界に来たことを君が知ったら、パニックになるとは思ったけれど…。パニックを起こした挙句に代理を立てて調査しようとしてただなんて、ビックリだよ。…素直に話す気が失せちゃったな」
「……ブルー…?」
「ちょっとね、教えるのが惜しくなっちゃった。この情報にはかなりの価値がありそうだ。ぼくが全てを話すんだったら、情報の提供料を君から貰うっていうのはどう?」
悪戯っぽく輝く瞳は、悪巧みをしている時の会長さんに瓜二つでした。
「ぼくと君との仲だしね…。思い切り安くしておくよ。これからも此処へ遊びに来たり、美味しいものを食べたりしたいから」
「安く、って…。君の世界とじゃ通貨も違うし…」
「大丈夫。ぼくが欲しいのはお金じゃないし、その気さえあれば安いって」
パイを食べ終えたソルジャーは紅茶を静かに飲み干して…。
「ぼくの提案はキスひとつ。…それでどうかな」
「「「!!?」」」
全員の目が点になる中、ソルジャーは人差し指をスッと立てました。
「一度、キスしてみたかったんだ。君は女の子専門だから、ぼくと全く違うだろう?どんな感じがするのかな…って前から思ってたんだよね」
ひゃあぁ!…キスって…情報提供料のキスって、会長さんとのキスなんですか!?…ソルジャーの趣味って分からないかも。いえ、分かりたいとも思いませんけど…!
「……キスひとつ……」
ソルジャーが出した凄い条件に、会長さんは考え込んでしまいました。そっちの趣味が無い会長さんにはハードルの高い話です。
「そんなに悩まなくったって…。キスくらい、君にとっては挨拶程度のものの筈だよ。なんといってもシャングリラ・ジゴロ・ブルーなんだし」
「…相手が女の子だったらね…」
「ぼくじゃ、その気になれないって?」
「だって、おんなじ顔じゃないか!」
信じられない、と言う会長さんにソルジャーはクスッと小さく笑って。
「同じ顔だから試したいんだ。…自分の唇ってどんな味がするのか知りたいじゃないか。ついでに君の腕前も…ね。だから本気のキスでなきゃ駄目だよ」
さあ、どうする?…と空のティーカップの縁を指先でカチンと弾くソルジャーは余裕たっぷりでした。会長さんはしばらく悩んでいましたが…。
「分かった。本当に情報をくれるんだったら、君の提案を受け入れよう」
「そうこなくっちゃ。それじゃ、早速…」
会長さんの前の床に膝立ちになり、瞳を閉じて顔を上向けるソルジャー。うわぁ、とっても綺麗な横顔…。なんだかドキドキしてきましたが、まりぃ先生の影響でしょうか?…ジョミー君たちは視線を逸らし、サム君に至っては泣きそうな顔。会長さんがサム君のそんな様子に気付いて…。
「ごめん、ブルー。…ここだと、ちょっとマズイんだ」
「どうして?…キスくらい問題ないだろう。十八歳未満って言ったってさ」
「それが…その……」
「ああ、そこの彼か。初めて会った時、恋人候補だって叫んでたけど、あれっきり進展無しなんだ?」
純情でいいね、と会長さんと同じ顔で言われてサム君の表情は複雑です。会長さんはそんなソルジャーの腕を引っ張り、奥の部屋へと促しました。そこは会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のプライベート・スペースで、私たちも滅多に入れません。二人の姿が扉の向こうに消えるなり、サム君はガックリと肩を落としました。
「…俺ってやっぱり子供扱い?…ブルー、まだデートもさせてくれないし…」
「そんなことないよ!…ブルーなりに気に入ってるんだと思うけど」
ジョミー君が慰めにかかります。
「今だってサムを傷付けないよう、見えない所に行ったんだ。子供扱いとは違うと思うな」
「そ、そうかな…」
「そうだってば!もっと自信を持たなくちゃ。公認カップルなんだからさ」
元気出して、とジョミー君がサム君の肩を叩いていると奥の扉がカチャリと開いて。
「…シャングリラ・ジゴロ・ブルーってダテじゃないね…」
上気した顔のソルジャーが会長さんに寄りかかるようにして出てきました。会長さんと並んでソファに座ると、ソルジャーは熱い吐息をついて。
「…キスだけでおしまいだなんて、不完全燃焼…。せっかくベッドもあったのに」
「キスひとつっていう約束じゃないか」
思い切り本気を出したんだから、と会長さんは苦い顔です。
「情報料は支払ったよ。…ノルディとの間に何があったか、教えないとは言わないよね?」
「……約束は守るけどさ。いつか続きを…」
「謹んで遠慮しとく」
ピシャリと撥ねつける会長さん。ソルジャーはつまらなさそうに唇を尖らせ、仕方なく語り始めました。
「…記憶が飛んでたノルディだけどね。青の間に連れ込んだ時も状況が掴めてなかったみたいだ。ぼくが誘いを掛けて初めて、君とは違うと気付いた始末さ。…でも、それからはもう一直線。本当に淫乱ドクターだよね」
「…まさかノルディにちょっかいを…」
サーッと青ざめる会長さんに、ソルジャーはクッと喉を鳴らして。
「だって、ぼくの身体が目当てのお客様だよ?歓迎しない手はないだろう。ベッドであれこれ楽しんだんだ。…耳が弱いってバレちゃったけど、まずかったかな」
ひえぇ!ソルジャーったら、なんてことを!会長さんと全く同じ姿形をしているくせに、エロドクターとベッドであれこれ…。おまけに弱い場所までバレただなんて、会長さんが危惧した事態そのまんまです。エロドクターは会長さんの食べ方を実習してきたも同然で…。
「……あれこれって……いったい何を…」
掠れた声で聞き返す会長さんの顔色は紙のように真っ白でした。
「そんなの決まっているじゃないか。ベッドの上ですることは一つ!」
飛び跳ねて遊ぶ子供じゃあるまいし、とソルジャーはクスクス笑い出します。
「だけど安心してくれていいよ。…リードしたのはぼくの方。最初は好きにさせていたけど、ぼくの方から誘ったからには…それなりのサービスをしないとね」
「「「サービス!?」」」
仰天して叫んだ私たちに、会長さんはハッと我に返って。
「…ブルー。今まで気付かなかったんだけど、情報はサイオンで伝えればいいじゃないか。早くて簡単、しかも正確。…この子たちを巻き込む心配もないし」
「ぼくは言葉が好きなんだ。…サイオンを使わないのが基本の君たちとは逆の世界で生きてるからね。サイオンを使わずに済む、ここの世界が大好きなんだよ」
だから言葉にしたいんだ、とソルジャーは軽くウインクしました。
「それに元々、この子たちにノルディの記憶を探らせようとしてたんだろう?…直接見る羽目になっていたかもしれない事実を耳にするくらい、全く問題ないんじゃないかな。この子たちだって途中から締め出されたんじゃ消化不良になっちゃうよ」
「……………」
反論できない会長さん。そして私たちもここまで聞いてしまっただけに、この先は内緒と言われたら確かに消化不良かも…。そんな気持ちを見抜いたようにソルジャーが「聞きたいよね?」と念を押します。私たちは釣られて頷き、ソルジャーはとても楽しそうに。
「それじゃ、話を続けよう。…ぼくはお客様にサービスしたくて、薬を飲むよう勧めたんだ。前にお土産にハート型の箱を渡しただろう?あの中の赤い飲み薬。でも、必要ないって断わられた。だから淫乱ドクターって名前を進呈したけど、エロドクターとどっちがいいかな?」
ソルジャーが唇をペロリと舐めました。会長さんと同じ顔なのに、それは妖しく艶めかしくて。…この美しい人がドクター・ノルディに何をしたのか、どうなったのか。赤い飲み薬といえば、会長さんが教頭先生に飲ませた強力な催淫剤ですが…それをドクターに勧めたなんて、ソルジャーはどんなサービスを…?
※この作品はアルト様の女性向け短編「キャンディ」とのコラボになります。
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教頭先生の謹慎処分が解けて、シャングリラ学園に平和な日々が戻って来ました。会長さんは教頭先生を無視しなくなり、何事も無かったかのように普通に言葉を交わしています。エステティシャンとして呼び付けたりもしてないみたい。長老の先生方は全身エステ騒動をご存じありませんけど、会長さんが元気に過ごしているので肩の荷が下りたようでした。そんなある日の放課後のこと…。
「ねえ、あそこって出るんだって?」
「「「は?」」」
唐突なジョミー君の言葉に私たちの手が止まりました。おやつのミルクレープはすっかり無くなり、今は柔道部の部活を終えたキース君たちの為に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がタコ焼きをせっせと焼いてくれているのですが…。
「ドリームワールドのリニューアルしたお化け屋敷」
「ああ、最近噂になってますよね」
シロエ君が相槌を打ちました。
「白い影みたいなのが通って行くそうじゃないですか。写真を撮ったら黒髪の美少女が写っているとか」
「そうそう、それ!…白い影を撮った筈なのに、黒髪に黒い着物の女の子。しかもお化け屋敷の中にそんな女の子は居ないとかなんとか…」
そういえば「ドリームワールドに幽霊が出る」と男の子たちが噂してるのを聞いたような。お化け屋敷は先月リニューアルオープンしたばっかりで、怪談の季節にはまだ早いです。なのに噂が流れてるなんて、よっぽど仕掛けが凝ってるのかな…。
「で、ブルーにちょっと聞きたいんだけど」
ジョミー君が好奇心いっぱいの顔で尋ねました。
「…ぼくらの仲間、ドリームワールドにも就職してる?」
「ああ、何人か働いてるよ」
「やっぱり!…じゃあ、白い影と女の子の正体はサイオンなんだね。写真も撮れるサイオニック・ドリームなんてカッコイイなぁ」
ぼくも頑張れば出来るかな、とジョミー君は瞳を輝かせます。タイプ・ブルーのジョミー君ですが、まだ思念波が精一杯。お化け屋敷と張り合いたい気持ちは分からないでもありません。
「なるほど、憧れっていうわけか。でも…」
会長さんがクスッと笑って。
「お化け屋敷にサイオンは使っていないんだよ」
「えっ?」
「ぼくも噂を耳にしたから、仲間に確認してみたんだ。…そしたら逆に泣きつかれた。あれを何とかしてくれませんか、って」
「「「えぇぇっ!?」」」
何とかって…泣きつかれたって…いったい何事!?
「要するに本物ってこと。頼まれたんだし、見に行ってきた。確かに出たけど、別に悪いものじゃなかったし…そのままにして帰ってきたよ。せっかくリニューアルオープンしたんだ、名物があるのはいいことだろう?」
名物…。お化け屋敷に本物を放置してきて名物ですって!?
「放置じゃないよ。ちゃんとコミュニケーションしてきたさ。そしたら、そのままがいいって言うから」
利害は一致してるよね、と会長さんは微笑みました。本物のお化けだか幽霊だかとコミュニケーションって、そんな簡単なことなんですか…?
「あの女の子は悪霊じゃないから大丈夫なんだ」
話が見えない私たちに、会長さんが自信たっぷりにウインクします。
「リニューアルする時に運び込まれた庭石についてきたんだよ。その石があった家の子だったらしいね。早死にしてから、ずっと家を守ってきたんだけれど…百年ほど前に子孫が絶えてしまったんだってさ」
へえ…。座敷童みたいなものなのかな?
「だから今度は石が置かれてた土地を守ってた。その石がドリームワールドに来たってわけ」
「じゃ、今はお化け屋敷を守ってるの?…幽霊なのに?」
ジョミー君の質問はもっともでした。お化け屋敷に出ると騒がれている白い影。それがお化け屋敷を守ってるなんて、俄かには信じられません。
「お化け屋敷というよりは…入ってくる人を守ってるんだ。場所が場所だけに悪いものを背負ってしまうことだってあるし、そうならないように注意を払ってくれる。白い影が横切ったりするのはパトロール中の彼女ってわけ」
「そうなんだ…」
「好奇心の強い人が写真を撮ったら女の子の姿が写っちゃったし、お化け屋敷は大人気。ドリームワールドの人は困ったんだけどね」
とうとうぼくが呼ばれちゃった、と会長さんは笑いました。その言葉に反応したのはキース君。
「泣きつかれたって言ったっけな。…頼りにされたのはソルジャーなのか、それとも坊主の方か、どっちだ」
「気になるのかい?…流石は元老寺の跡取りだねえ」
「当然だろう!で、どっちなんだ」
「両方」
会長さんは自信たっぷりです。
「ソルジャーって、けっこう頼りにされてるんだよ。いろんな問題を持ち込まれるね。…解決するのは長老たちに任せることが多いんだから、そっちへ頼めって言うんだけどさ。直接頼むのは腰が引けるらしくって…。ぼくは窓口みたいなものかな」
うーん、確かに教頭先生や長老の先生方に頼みに行くより、会長さんの方が気楽かも。いくらソルジャーで長だとはいえ、見た目は高校生ですから。
「今回はモノがモノだけに、ぼくの管轄だとも思ったらしい。タイプ・ブルーで高僧だから、サイオンか法力か、どっちかで片がつくだろうって」
「…白い影と話ができたようだが、そいつはサイオンの管轄なのか?」
「違うね。…君たちも今は思念波を操れるようになってるけども、霊が見えたりはしないだろう」
方向性が全く違うんだ、と会長さんは言いました。
「昔から法力のあるお坊さんたちはいるけれど…サイオンを持ってるわけじゃない。その辺を確かめたかったっていうのも、ぼくが僧籍を持ってる理由の一つ。ずっとずっと昔、法力で知られた名僧がいてね。仲間かもしれないと思って呼びかけたけど、違ったんだ。そのお坊さんが気になったから修行の道に…」
「後はトントン拍子ってわけか」
「まぁね。その人にサイオンの力を打ち明けた時、世の中のために役立てなさいって言われてさ。普通の人より道を究めるのも早いだろう、って奥義を惜しまずに教えてくれた。お蔭で法力ってヤツも身につけられたし、緋の衣だって着られるし…。あ、そうだ」
ポン、と手を打って赤い瞳が見据えた先は…。
「お坊さんといえばキースだとばかり思ってたけど、ジョミーがタイプ・ブルーだっけね。頑張って修行を積めば、間違いなく高僧になれる筈だよ。どうだい、ジョミー?」
「えっ…。ぼく?」
「そう。せっかくの力なんだし、伸ばしてみようと思わないかい?…今から修行に入るんだったら、キースにさほど遅れは取らない。いいお師僧さんを紹介するよ」
「ちょっ…。しゅ、修行って…」
いきなり話を振られて、ジョミー君は目が点です。
「まずは得度だね。夏休みの間に本山で得度式があるから、よかったら…」
「と、得度…?」
「うん。詳しいことはキースに聞いて」
ね?と微笑む会長さんに、キース君がニッと笑って。
「任せとけ。…いいか、ジョミー。得度っていうのは坊主への第一歩でな…。髪を落として、衣や袈裟を頂戴するんだ。ブルーの紹介だったら名僧に剃髪して頂くのも夢じゃない。どうだ、俺と一緒に坊主の道を究めないか?」
「…い……。い、嫌だぁぁぁーーーっっっ!!!」
ジョミー君は真っ青になり、金色に輝く髪を両手で押さえて叫びました。
「そ、そんなの絶対、嫌だからね!…なんでぼくが!!」
「…残念。ぼくの跡を継いでソルジャーになってくれそうな人材だから、大いに期待してるんだけどな」
「無理、無理!そんなの、ぜ~ったい無理っ!!」
ブンブンと首を横に振って拒絶しまくるジョミー君。…まぁ、急にお坊さんになれって言われても…ねぇ?
すったもんだの大騒ぎの後、会長さんは涼しい顔で「冗談だよ」と言いましたけど、ジョミー君はしきりに髪を弄っていました。前に会長さんがキース君の髪を剃ろうとした事件がありましたから、自分もその目に遭うんじゃないかと戦々恐々なのでしょう。
「大丈夫だってば。…そりゃ、ぼくだって君の師僧にはなれるけどさ。ご両親の了解も無しに髪を剃ったりはできないよ。君が決心してくれないと」
残念だけど、と溜息をついて会長さんはジョミー君を眺めました。
「素質は十分あるのにね。…お化け屋敷で気が変わることを祈っているよ」
「えっ?」
「行きたかったんだろう?ドリームワールドのお化け屋敷」
「あ…。そうだった!」
ジョミー君の顔がパッと元気を取り戻して。
「今度の土曜日にみんなで行きたいなぁ、って思ってたんだ。土曜日、空いてる?」
えっと。特に予定はありませんけど、出ると評判のお化け屋敷なんて…。いやいや、会長さんが無害だと言うんですから、話の種に行ってみるのも一興かも。
「ぼく、行きます!もちろん先輩も行きますよね!?」
勢いよく手を挙げたのはシロエ君でした。キース君が苦笑しながら頷いています。高僧を志すキース君としては、会長さんが意志の疎通を交わしたという白い影をその目で見たいのでしょう。この二人が行くとなるとマツカ君も当然セットものですし、ジャーナリスト志望のスウェナちゃんも白い影には興味津々。えーい、私も手を挙げちゃえ!
「じゃ、みんな行くってことでいいよね。…あれ、サムは?」
「あ、お…俺?……俺は……」
サム君は口ごもりながら隣に座っている会長さんを見つめています。ちょっと頬っぺたが赤いような。
「…あの……その……。俺……」
「分かった!ブルーと二人で入りたいんだ?」
ジョミー君の声でサム君は耳まで真っ赤になりました。そうか、お化け屋敷って遊園地デートの定番だっけ。みんなと一緒に行くのはいいけど、入る時は会長さんと二人っきりになりたいっていうことなんですね。それならそうと言ってくれれば、私たちは気を利かせますとも!…サム君ったら、まだ一回もデートに行けていないんですから。
「…サムも行くのかい?」
小鳥のように首を傾げる会長さん。サム君はグッと拳を握って、真っ赤な顔で。
「…あ、あの…。もちろん行くけど、その…。よ、よかったら俺と…」
「ふふ、デート気分でお化け屋敷?」
こんな風にすればいいのかな、と会長さんがサム君の腕にしがみつきます。いきなりのことで、純情なサム君は声も出せないようですが…。
「ごめんね、サム。土曜日はちょっと先約があって」
スッと離れる会長さんに、サム君はみるみるしょげてしまいました。
「…本当にごめん…。フィシスと約束しちゃったんだ」
「そっか…」
フィシスさんなら仕方ないや、と人のいいサム君は笑顔です。こういう所も会長さんに気に入られた理由の一つでしょう。普通は他の人とデートだと断られたら、怒るか拗ねるかしちゃいますもの。
「そういうわけで、ぼくは行けない。…でも、ちょうどいいや。ぶるぅが一人で留守番なんだ。退屈だろうし、連れてってやってくれないかな」
「分かった!じゃあ、俺が責任持って連れてくよ」
会長さんに何かを頼まれるのが嬉しくてたまらないサム君は大喜びで引き受けました。ところが…。
「…やだ。お化け屋敷って怖そうだもん」
プルプルと首を振る「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「去年のお化け大会も怖かったもん!…ぼく、行かない。お留守番してる」
「おいおい、ドリームワールドはお化け屋敷だけじゃないんだぜ。乗り物だって色々あるし…」
「やだ!…乗り物は背が低いから乗れないんだもん…」
言われてみればそうでした。人気の絶叫マシーンとかだと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は身長制限で引っ掛かります。だけど他にも観覧車とかがありますし…。
「メリーゴーランドなら乗れるわよ?観覧車とかも」
スウェナちゃんが提案しましたが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は。
「ううん、それじゃみんなが楽しくないよ。ぼく、お留守番、平気だし。好きなのに乗って遊んできて」
土曜日はお留守番しながら晩御飯の支度に燃えるんだ、と思い切り気合いが入っています。フィシスさんのために腕を揮おうというのでしょう。…お料理好きがそう言うんですし、ドリームワールドは会長さんも「そるじゃぁ・ぶるぅ」も抜きで行くしかありませんねぇ…。
そして土曜日。私たちはドリームワールドの正門前に集まり、ゲートをくぐると真っ先にお化け屋敷に向かいました。リニューアルオープンって本当か?と言いたくなるような寂れた雰囲気の建物です。いかにも何か出てきそう。
「もちろんキースが先頭だよね」
お坊さんだし、とジョミー君が決めてかかると、キース君が。
「だったら最後はお前だな。ブルーも認める高僧候補だ」
「……言わないでよ……。あれ、本気だったらどうしよう、って怖くて怖くて」
坊主頭なんか絶対嫌だ、とブツブツ呟くジョミー君。
「タイプ・ブルーなら髪の毛くらい誤魔化せるだろう。ブルーも通った道なんだぞ」
「まだ思念波しか無理なんだってば!」
そう言いつつも最後尾はジョミー君が引き受けました。素質云々の問題ではなく、言いだしっぺの意地だそうです。スウェナちゃんと私は柔道部のマツカ君とシロエ君がガードしてくれることになり、サム君はジョミー君のすぐ前を
歩くと決まって、いざ、中へ。うわーん、やっぱり来るんじゃなかった~!…白い影こそ見えませんけど、仕掛けはもの凄く怖かったのです。スウェナちゃんと私の悲鳴が木霊する中、サム君が…。
「あ、おい!…今、キースの前を白い影が…」
「「「ぎゃーーーっっっ!!!」」」
私たちは後をも見ずに駆け出し、やっとのことで出口に辿り着いた時にはゼイゼイと息が切れていました。木陰のベンチにへたり込み、かなり経ってからキース君とシロエ君が飲み物を買いに行ってくれて…。
「…無害だって聞かされてたのに、なんてザマだ…」
缶コーヒーを握り締めながらキース君が溜息をつきました。
「あまつさえ、俺は白い影なんて見なかったのに逃げちまった。…こんなの、親父にも教頭先生にも情けなくって言えないな」
「…そうですね…」
同じく落ち込んでいるシロエ君がボソボソと。
「会長にだって笑われそうです。…っていうか、もう笑われていそうです」
「「「…………」」」
覗き見が大好きな会長さんの顔を思い浮かべて男の子たちは深い溜息。いかにもありそうな話です。フィシスさんとのデートに楽しい話題を提供する羽目に陥ったかも…。
「…悪い、俺が黙ってりゃよかったんだ…」
サム君が謝りましたが、そういえば白い影なんて私には見えませんでした。みんなも見えなかった、と言います。
「サムって霊感少年だった?」
ジョミー君が首を捻り、サム君は違うと言い張りました。
「俺、霊なんて見たこと無いし!…でも、変だよなぁ……確かに白い影がスーッと…」
「霊感の強い人の近くにいると、霊感が強くなるって言いませんか?」
口を挟んだのはマツカ君。
「ブルーは見ることができるんですよね。サムはこの頃、ずっとブルーのそばにいますから…」
「なるほど。影響を受けたってわけか」
キース君が合点がいったという顔で。
「よかったな、サム。これでブルーとお揃いだ。…お前も坊主の素質に目覚めて来たんじゃないか?幼馴染のジョミーと一緒に坊主の道を進むのもいいぞ。仲間が増えればブルーも喜ぶ」
「……マジで……?」
「い、いや…。断言はできないが!」
サム君なら本気で受け止めそうだ、と気付いたキース君は慌てて否定しました。会長さんが喜ぶことなら何でもしたいサム君です。それで喜んで貰えるんなら、お坊さんにだってなりそうですから!
お化け屋敷で恥を晒してしまった私たち。でも済んでしまったことは仕方ない、と立ち直るのも早くって…。それからは絶叫マシーンやアトラクションを楽しみ、日が暮れるまでたっぷり遊んで食事をしてから帰りました。家に着いたらもうクタクタ。お風呂に入って、倒れるようにベッドに転がった後の記憶はありません。
『起きて!!!』
頭の中を貫いた思念波に叩き起こされた時、お日様はとっくに高く昇っていました。今の、誰?
『起きて。急いでぼくの家に来て!!』
えっ。この思念波は会長さん…?なんだかとっても慌ててるような…?
『理由は家で説明するから。とにかく、みんな急いで来て!』
それっきりフッと思念は途絶え、代わりにジョミー君たちからの思念波が。みんな今まで寝ていたようです。これは会長さんの家に行くしかないみたい…。私は大急ぎで着替えを済ませ、パパの車で会長さんのマンションへ。車の中でトーストを齧っていたのは許されますよね?
「まだかな、キース」
マンションの前でジョミー君が道路の方を眺めています。みんな家の車で送ってもらったんですけれど、郊外に住むキース君だけは少し遅れていました。今日は本堂で法事があるそうで、送ってくれる人が無かったのです。途中までバスで出て、タクシーに乗り換えると言っていましたが…。
「おっ、来た、来た。あれだな」
早く来い、とサム君がタクシーに向かって手を振りました。私たちがマンションの前まで来ているというのに、会長さんからは何の連絡もありません。叩き起こされた時の慌てようといい、サム君は気が気じゃないのです。キース君がタクシーから降りると、サム君は真っ先にマンションの玄関へ向かいました。
「あれ?…開かない…」
いつもなら見計らったように暗証番号のロックを外して貰えるのですが、ダメでした。よほど取り込んでいるのでしょうか?
「暗証番号、誰か知ってる?」
ジョミー君が困ったように言いましたけど、誰も番号なんか知りません。会長さんか「そるじゃぁ・ぶるぅ」に連絡するしかなさそうです。でも、思念を送っていいものかどうか…。
『あっ、ごめん』
会長さんの思念が届いて表のドアが開きました。
『入って』
私たちは急いで入り、エレベーターに乗って最上階へ。見慣れた玄関のチャイムを鳴らすと…。
「…ごめんね、急に呼び出して」
ドアを開けてくれたのは他ならぬ会長さんでした。いつもなら「かみお~ん」と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が迎えてくれる筈です。もしかして「そるじゃぁ・ぶるぅ」に何か…?
「…うん…。ぶるぅが問題といえば問題なんだ」
先に立って奥に向かう会長さんも顔色があまり良くありません。二人揃って食あたり…なんて事態でなければいいんですけど。
案内されたのはリビングでした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がソファで項垂れています。
「…ごめんね…。みんなに迷惑かけちゃった」
朝ご飯まだだよね、と立ち上がりますが、見るからに元気がありませんでした。
「…ホットケーキ作ってくる…」
トボトボとキッチンに向かう後ろ姿は弱々しくて、お料理なんて無理そうです。
「いいって!ぼく、サンドイッチ食べて来たから!」
車の中で、とジョミー君。みんな口々に何か食べたから大丈夫だ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」を引き止めました。
「……でも……」
じゃあ飲み物だけでも、とキッチンに消える「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ああぁ、気遣い無用なのに…。
「いいんだよ。…ぶるぅも責任を感じてるんだ」
会長さんは私たちをソファに座らせ、思念波で叩き起こしたことを謝って。
「…ぼくもパニックになっちゃって…。もう少し冷静になれば良かった。急いだって何がどうなるわけでもなかったのに…」
うーん、サッパリ分かりません。会長さんの身にいったい何が?…「そるじゃぁ・ぶるぅ」が関係しているのは確かですけど…。そこへ「そるじゃぁ・ぶるぅ」がティーセットを乗せたワゴンを押して来ました。うわぁ、本当に飲み物だけです。これは余程の緊急事態…?
「ぶるぅ、パイの残りがあっただろう?」
「あっ!…そ、そうだね、パイがあったっけ!」
飛び上がらんばかりに驚いて「そるじゃぁ・ぶるぅ」はキッチンに走り、ミートパイとチキンパイが乗った大きなお皿と取り皿を運んで戻ってきます。パイは二種類とも三分の二ほどは手つかずでナイフも入っていません。ホットケーキを焼くなんて言ってましたが、こんなのがあるなら朝ご飯には十分なのに…。
「このパイ皮が問題なんだよ」
好みを聞いて切り分けてくれる「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手元を見ながら会長さんが溜息をつきました。あらら、失敗作なんでしょうか?料理上手の「そるじゃぁ・ぶるぅ」も失敗することあるんですねぇ。
「違うよ。…パイの出来はいいんだ。フィシスも美味しいって喜んでたし」
どうやら昨夜の残りのようです。パイの出来が良かったんなら、パイ皮のどこに問題が…?会長さんは私たちに食べるようにと勧めてくれて、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が紅茶を淹れます。チキンパイはとても美味しく、パイ皮もサックリいい感じ。みんなも自分のパイの皮をフォークでつついて検分しているようでした。
「パイ皮をいくら調べてみたって、何の手がかりも無いと思うよ。…パイ皮に罪は無いんだからさ」
謎かけのような言葉にますます疑問がつのります。そこでワッと泣き出したのは小さな「そるじゃぁ・ぶるぅ」でした。
「…ごめんなさい、ブルー!…ぼくが…ぼくが留守番してたから…」
え?…留守番をしてたから?昨日「そるじゃぁ・ぶるぅ」はドリームワールドに行かずに家で留守番をして、会長さんはフィシスさんとデートを楽しんだものと思われます。お留守番をしている間に何か起きたのでしょうか?でもパイ皮とどんな関係が…?
「………ノルディが家に来たんだそうだ」
苦虫を噛み潰したような顔で会長さんが言いました。げげっ。ノルディといえばドクター・ノルディ?あのとんでもないエロドクター!?
「ぶるぅはパイ生地を作っている最中だった。…そう、そのパイ皮がそれなのさ」
ドクター・ノルディが会長さんの留守にやって来るなんて、どういう風の吹き回しでしょう?会長さんを食べようと企んでるのに、お留守では意味が無いのでは…。泣きじゃくっている「そるじゃぁ・ぶるぅ」といい、何から何まで謎だらけですぅ~!
生活指導室から引き揚げてきた会長さんは上機嫌でした。貰って来たケーキの箱には「そるじゃぁ・ぶるぅ」お気に入りのチーズケーキが5個も入っています。会長さんが食べ残したのは1個でしたから、他の4個は先生方が後で食べるつもりで買ったものかも…。
「ほら、ぶるぅ。買ってあげるよって言ってたけれど、貰っちゃった。家に持って帰って食べよう」
「うん!…だけど5個って半端な数だね」
「そうだね。何か入れ物あったかな?…ケーキが1個入るサイズの」
会長さんが言うと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がキッチンから紙箱を取って来ました。お菓子の残りとかをくれる時に使われる小さな箱です。会長さんはその中にケーキを1個入れて…。
「はい、サム。ここのチーズケーキは美味しいよ」
「えっ…。俺だけ?」
「うん。1個しか余らないから、サムにあげる。後はぼくとぶるぅで2個ずつ」
ね?と微笑む会長さん。サム君は真っ赤になりつつ嬉しそうです。
「みんな、今日は色々とありがとう。…明日の会議も来てくれるよね?」
当然のように言われて、頷くしかない私たち。嫌だと言っても連れて行かれるに決まってますし。
「ふふ、明日はハーレイも来るんだよ。面白くなりそうだと思わないかい?」
「…あんた、心が痛まないのか?教頭先生に濡れ衣を着せて」
キース君が溜息混じりに零した言葉に、会長さんは軽くウインクしました。
「ちゃんと未遂にしといたよ。…既遂じゃないからいいじゃないか」
「……強姦のな……」
強制猥褻の方がまだマシだ、とキース君は呻いています。えっと、えっと…それって違いがあるのかな?法律のことはサッパリです。私たちが怪訝そうにしていると会長さんがニヤリと笑って。
「要するに、目的がやることだったか、どうかってこと」
「「「えぇぇっ!?」」」
「ハーレイはあっちのブルーとそういうコトを楽しんだ記憶を持ってるんだし、罪状は正しく伝えないとね。…未遂にしてあげたんだから感謝して欲しいくらいだよ。本当は既遂なんだからさ。…記憶の中に限られるけど」
明日の会議が楽しみだ、と会長さんは大きく伸びをしました。
「うーん、肩が凝っちゃった。俯いてるのって疲れるよね。帰ったらのんびりお風呂に入って、ぶるぅにマッサージして貰わなきゃ。…それじゃ明日もよろしく頼むよ、長老会議は放課後だから。ぼくは特別休暇でお休み」
ばいばい、と手を振る会長さん。そういえば1ヵ月間の休暇ってことになりましたっけ、心の傷を癒すとかで。私たちは何度目か分からない溜息をついて影の生徒会室を出たのでした。
次の日の放課後。大学から駆け付けたキース君と柔道部を休んだマツカ君とシロエ君も揃って「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと、会長さんがソファに寝そべっていました。
「やあ。休暇って素敵だね。ついさっきまで家でゴロゴロしてたんだ。パジャマのままでご飯を食べて、昼寝して…なかなか有意義」
そう言う会長さんの隣で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「ごめんね、ブルーがこんな調子だから…今日のおやつは凄い手抜きになっちゃった」
はい、と差し出されたのは揚げたてドーナツ。これで手抜きって…ビックリです。
「食べ終わったら出かけるよ。…ふふ、ハーレイが長老会議に呼び出しか…。柔道部の方にはなんて言い訳してあった?」
「休みますって言いに行ったら、先輩が教頭先生も会議があって休みなんだ、って言ってましたが」
マツカ君が答えると会長さんは満足そうに。
「なるほど。今日は会議で正解だよね。そして明日からは出張だ。…でも実態は自宅謹慎。バレたら恥ずかしいどころじゃないだろうねぇ。…バラさないけどさ、ぼくの名誉に関わるんだし。強姦未遂が強姦になりかねないのが噂ってヤツの怖いところ」
流石の会長さんも強姦されたと噂になるのは嫌みたい。そりゃあ…アルトちゃんやrちゃんの手前、そんな噂が流れたのでは不名誉なんてものじゃありません。シャングリラ・ジゴロ・ブルーもカタ無しです。
「それじゃ行こうか。ぶるぅ、シールドは任せたよ」
「うん!」
元気一杯の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。私たちは今日も見えないギャラリーでした。会長さんが向かった先は本館にある会議室。先生方が重要な会議に使う部屋の一つで防音なども完璧だとは聞いていますが、生徒には縁のない部屋です。会長さんがノックをして入り、私たちもコッソリ続いて…。
「時間どおりだね、ブルー」
ヒルマン先生が出迎え、他の長老方も会議用の机に座っています。けれど教頭先生の姿は見えません。
「ハーレイには遅めの時間を伝えておいた。議題も一切話してはいない。…ブルー、本当にいいのかね?ハーレイと顔を合わせても」
「うん。…ぼくの席は?」
「そっちに用意したのだが…我々と同じテーブルがいいならそうしよう」
先生方の机から少し離れた所に小さなテーブルと椅子が置かれていました。会長さんはそれを眺めて苦笑すると。
「…間に衝立があるならともかく、これじゃ悪目立ちしちゃうよね。…みんなと一緒のテーブルがいいな。ヒルマンとゼルの間がいい」
「それだとハーレイと正面から向き合う形になってしまうよ。エラかブラウの隣にしては…」
「いいんだ。…ハーレイの顔を見てみたい。今日の議題が何かを知っても、ぼくを真っすぐ見られるかどうか」
会長さんは椅子を引っ張ってきてヒルマン先生とゼル先生の間…テーブルの中央に陣取りました。やがてノックの音が聞こえて、入ってきたのは教頭先生。会長さんに気付いて一瞬息を飲みましたけど、すぐに落ち着いた渋い声で。
「…済まない、時計が遅れていたようだ。待たせただろうか?」
「いや。…時間ぴったりなんだよ、ハーレイ」
ヒルマン先生がテーブルを挟んだ向かいに一つだけ置かれた椅子を指さしました。
「いつもなら長老会議の議長は君なのだが…。今日の議長は私なんだ。君の席はそこになる」
明らかに下座と分かる席を示され、教頭先生は不審そうです。ヒルマン先生は更に重ねて。
「…実は今日のは秘密会議だ。ブラウ、施錠してくれるかね」
「あいよ」
扉に内側から鍵がかけられ、ヒルマン先生が威厳たっぷりに宣言しました。
「それでは、長老会議を始める。…今日の議題はハーレイの教師にあるまじき行為に対する処分だ」
「………!!?」
訳が分からない、という表情の教頭先生。しかしヒルマン先生は全く容赦しませんでした。
「…先日、急病とかで欠勤したろう。その時、見舞いに行ったブルーに酷いことをしたと聞かされた。ブルーは一人で悩んだ挙句に、中間試験で0点を取り、我々にSOSを送ったのだよ。…サインを受け取った以上、無視はできまい。ブルーはとても傷付いている。…この事実に間違いは無いかね、ハーレイ?」
教頭先生はウッと言葉に詰まりました。あの日、教頭先生の家で起こったドクター・ノルディまで絡んだ騒ぎ。酷いことをしたのは教頭先生ではなくて会長さんの方なのですが、それを説明しようとすれば別世界のソルジャーに貰った記憶や催淫剤を飲まされたことを話さなくてはなりません。教頭先生、絶体絶命…。
何も言えずに赤くなったり青くなったり、教頭先生は明らかにうろたえていました。これでは先生方の心証は悪くなる一方というものです。
「…なるほど、どうやら事実のようだ。間違いであって欲しいと願っていたが…。ブルーが可哀相だから詳しいことは聞かないでおこう。しかし処分は必要だ。…本来ならば懲戒免職にしなければならん。だが、キャプテンの君を失うわけにはいかないから、とブルーには納得してもらった」
「………!!」
教頭先生が会長さんを眺め、会長さんは弱々しい笑みを浮かべました。ヒルマン先生が溜息をついて。
「健気だよ、ブルーは。…担任を変更しようと提案しても、ソルジャーとキャプテンの絆は必要だから、と断ったんだ。それどころか…酷い目に遭わされたのに、まだ君のことを信じている。高熱で正気を失ったのが悪かっただけで、普段は優しい人間だ…とね」
「……わ、私が…熱にうかされて酷いことを…?」
強姦未遂犯にされたとは知らず、混乱している教頭先生。ブラウ先生が「見苦しいね」と吐き捨てます。
「欠勤した日にブルー相手に何かした覚えはあるんだろ?…あんたにとっては夢だったかもしれないけどね、ブルーにとっては現実なんだ。担任の教師に襲われるなんて最悪だよ」
「そのとおりじゃ。ブルーは生徒なんじゃぞ、ハーレイ!…自覚するまで謹慎じゃ!!」
ゼル先生の言葉に先生方が同意し、慌てふためく教頭先生に言い渡された長老会議の決定は…。
「ブルーに与えた休暇と同じだけの期間、自宅で謹慎していたまえ。1ヵ月だ。…異存は無いね」
「…………」
言い訳しても無駄だと悟った教頭先生が無言で頷いた時。
「待って!…1ヵ月って長すぎるよ」
声を上げたのは会長さんでした。
「…ハーレイの長期出張って、いつも2週間くらいじゃないか。…なのに1ヵ月も休ませちゃったら、心配する人がきっと出てくる。シャングリラに何かトラブルが起きたのか、って。シャングリラの乗組員との口裏合わせも難しくなるよ、そんなに長いと」
「……ですが、ソルジャー……」
「ブルーでいい」
ヒルマン先生の言葉を遮り、会長さんは続けました。
「みんなを不安がらせちゃいけない。…2週間が限度だと思う。今日が木曜日だから、明日からとして…キリのいい所で再来週の土日までかな。その代わり、ハーレイには毎日、謝罪に来てもらう。ぼくの家まで」
「おやめなさい、ブルー!家にだなんて危険すぎます」
エラ先生が叫びましたが…。
「家に入れるとは言ってないよ。門前払いってこともあるだろう?…もう一度ハーレイを信じたい。だから少しずつ慣れないとね。ぼくの休暇もハーレイの処分が解ける日まででいいから、その間に…ハーレイと普通に話を交わせるようにしたいんだ」
「…ブルー…」
感極まった様子のヒルマン先生。他の先生方も同じでした。
「よろしい。ならば2週間の自宅謹慎としよう。その間、毎日ブルーの家まで謝罪に行くこと。それでいいね?」
「……承知しました……」
教頭先生はガックリと肩を落として処分を受け入れ、そこから先は仕事の引き継ぎなどの話し合いだということで…無関係の会長さんは会議室から退室しました。もちろん私たちも一緒です。
「やったね、明日から2週間の休暇だよ。しかも毎日、ハーレイのお詫び行脚つき」
影の生徒会室に戻ってくるなり、会長さんは大はしゃぎ。お詫び行脚だなんて、またまた何かを企んでるような気がします。玄関前で土下座を1時間とか、その膝の上に重石を乗っけるとか…。
「さぁね?…謝罪はやっぱり態度で示して貰わないと。ヒルマンたちが信じた以上、濡れ衣どころか立派な罪だし」
0点を取った甲斐があった、と会長さんは満足そうです。明日から2週間と少しの間、何もなければいいんですけど…。
翌日から教頭先生は本当に自宅謹慎になってしまいました。表向きは長期出張。それを仕掛けた会長さんは休暇と言いつつ放課後はちゃんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋にいて。
「早速ハーレイが謝りに来たよ。あの後、こってり絞られたらしいね。ぼくを強姦しようとした、って。…なんとか誤解を解いてくれ、って必死で頼んでいたけどさ」
ティラミスをスプーンで掬う会長さんに罪の意識は無さそうでした。
「だからこう言ってやったんだ。誤解を解くにはサイオンで自分の意識を読んで貰うのが一番だろ、って。真相は全部ハーレイが記憶してるんだから」
「…そ、それってちょっとマズイんじゃない…?」
恐る恐る言うジョミー君。教頭先生の記憶の中には別世界のソルジャーが植え付けたヤツもあるんです。
「まずいだろうね。…あっちのブルーに貰った記憶も当然見せることになる。そうなったら強姦未遂どころかヤッちゃったんだと自白するのも同然だ。ハーレイったら泣きそうな顔をしていたよ。今日はそんな感じで1時間ほど玄関前で土下座させといた」
明日から重石を持たせようかな、と会長さんは楽しそう。
「石抱きをさせるつもりなのか!?」
キース君が叫びます。石抱きって拷問の一種だったような。
「そこまではやらないよ。算盤板は持っていないし、重石も無いから冗談だってば。土下座が限界」
ニッコリ笑った会長さんはその日から毎日、教頭先生に玄関前で土下座をさせ続けたのでした。そしてあと数日で処分が解けるという金曜日の放課後、私たちが「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に顔を揃えると…。
「みんな、日曜日は空いてるかな?…空いてたら家に遊びにおいで。ハーレイのお詫び行脚の集大成を見せてあげるよ」
赤い瞳がキラキラと悪戯っぽく輝いています。集大成って…もしかして重石と算盤板を揃えたとか?日曜日といえば謹慎処分の最終日。お詫び行脚の最後を飾る凄い土下座が待っているとか…?
「どんなのかは見てのお楽しみ。…来る?」
好奇心に駆られて頷いてしまった私たち。会長さんは「お昼前においで」と言いましたけど、本当に拷問タイムだったらどうしましょう。…まぁ、その時はその時ですが。
そして日曜日のお昼前。みんなで会長さんのマンションに出かけて玄関前のチャイムを押すと…。
「かみお~ん♪いらっしゃい、お昼ご飯が出来てるよ!」
案内されたダイニングには会長さんが座っていました。昼食はオムライスのように見えたのですが、中身はなんとナシゴレン。会長さんがリクエストしたみたいです。
「今日はリゾート気分なんだよね。リビングを見たらビックリするよ」
首を傾げる私たち。昼食が済んでリビングに行くと、綺麗な南国の花の鉢植えで一杯でした。天井まで届きそうな大きな木です。なんだかとってもいい香り…。
「ハーレイのお詫び行脚に2週間も付き合ったから、ストレスが溜まっちゃったんだ。だから全身エステを頼んだんだよ。…フィシスのお気に入りの店。普通は出張は無いんだけどね。せっかくだし雰囲気も大事かと思って」
「おい。全身エステってことは、もしかして…」
キース君の視線の先にあるのはエステ用らしきベッドと、その横の台に並んだ大小の瓶やクリーム類。会長さんはクスッと笑って。
「うん、下着だけ。…下着なしでもいいんだけどさ、女の子もいるし」
「そこへ教頭先生を呼び付ける気か!!」
「もちろん。…あ、もうすぐ約束の時間になるから、ちょっとお風呂に入ってくるね」
唖然とする私たちを残して、会長さんはバスルームに行ってしまいました。お詫び行脚の集大成は全身エステの見学っていうわけですか!教頭先生にとっては拷問でしょう。まだ石抱きの方がマシだったかも…。頭の中がグルグルしている私たちに向かって「そるじゃぁ・ぶるぅ」が無邪気な声で。
「あのね、お風呂もお花が一杯入ってるんだよ。いい匂いなんだ」
会長さんったらフラワーバスまで用意したみたい。
「…大丈夫かな、教頭先生…」
「鼻血は間違いないと思うぞ…」
どこまで悪戯好きなんだ、と嘆き合っていると会長さんがバスローブを着て戻って来ました。ゆったりとソファに座って「そるじゃぁ・ぶるぅ」が差し出すハーブティーを飲み終えた所でチャイムの音が。
「来た、来た。ぶるぅ、行っておいで」
「かみお~ん♪」
跳ねるように駆けて行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が連れて来たのは…。
「「「教頭先生!!?」」」
「…な、なんでお前たちまで…」
青ざめた顔の教頭先生がそこに立っていました。エステティックサロンの人はまだのようです。
「ボディーガード代わりだよ、ハーレイ。…ぶるぅだけかと思ってたんだ?おめでたいね」
クスッと笑った会長さんは廊下の方を指差して。
「文句を言わずに、まず着替え。ぶるぅが用意してくれてるよ」
「…分かった…」
項垂れて「そるじゃぁ・ぶるぅ」と一緒に出ていく教頭先生。まさか教頭先生も一緒に全身エステ!?…なんだか眩暈がするような…。と、カチャリとリビングの扉が開いて。
「「「!??」」」
戻ってきた教頭先生は半袖の白いブラウスと青地に白の花柄の長い巻きスカートを着けていました。南国の女性の民族衣装に似ていますけど、これはいったい…。
「ハーレイがエステティシャンなんだよ」
「「「えぇぇっ!?」」」
「ふふ、驚いた?…ゴツイもんねぇ、ハーレイは」
会長さんの唇に浮かぶ艶やかな笑み。
「…前にバレエを仕込んだのと同じ要領さ。フィシスのお気に入りのサロンは仲間がやっているからね。フィシスに頼んで情報を貰って、昨日それを丸ごとコピーした。だから腕前は保証付き。…ぼくが最初のお客だけれど、手抜きは無しでお願いするよ」
バスローブをスルリと肩から落とす会長さん。私たちはポカンと口を開けたまま、石像と化していたのでした。
それから後の会長さんは気持ちよさそうにベッドに寝そべり、教頭先生はローズとアーモンドのスクラブで懸命に全身をマッサージ。プロ根性というのでしょうか、心配していた鼻血は気配も無くて、顔も赤くはなりません。
『…見事だろ?情報をコピーする時、ついでに暗示をかけといたんだ』
会長さんの思念がフワリと流れてきました。マッサージされて夢心地なのが分かります。
『妙な気分になられちゃ台無しだからね。エステをしてる間は腕を揮うことしか考えられないプロ仕様』
終わってからは知らないけれど、と付け足す会長さん。スクラブの次はラベンダーとローズの念入りなアロマティックマッサージでした。スウェナちゃんが小さな声で。
「これって男性用のコースだと思う?」
「…エステのことは俺にも分からん」
女性用かもな、とキース君。元々がフィシスさんの行きつけのサロンの情報ですし、女性用かもしれません。
『…フィシスのお気に入りのコースだけれど、マッサージの基本は同じだよ。…でなきゃ男のぼくには効かないじゃないか』
ストレス解消に頼んだのに、と会長さん。でも本当に全身エステを受けたいほどのストレスだなんて思えませんし、教頭先生をオモチャにしたいだけなのでは…。その教頭先生は私たちの声や思念波にも全く気付かない様子で頑張っています。初めてだとは思えないマッサージの腕前は会長さんが眠ってしまったほどでした。
「ブルー、起きなさい。一度お風呂に入らないと」
仕上げにボディローションを塗るんだから、と揺り起こされた会長さんは再びフラワーバスへ。ゆったり寛いで戻ってくると、ラベンダーのボディローションを教頭先生が馴れた手つきで塗ってゆきます。うーん、どう見てもプロ中のプロ。…やがてエステの時間は終わって…。
「お疲れ様、ハーレイ。ふふ、身体中ツヤツヤだ」
ベッドから降りてバスローブを纏う会長さんの喉の奥がクッと鳴りました。教頭先生の顔がみるみる真っ赤になって、慌てて鼻を押さえます。それはプロ根性が消えた瞬間。会長さんがかけた暗示は本当にエステ限定で…。
「す、済まない、ブルー…。もうこれくらいで許してくれ…!」
「そうだね、明日から学校だし。…あっちのブルーの記憶もいいけど、ぼくをマッサージした記憶の方が…本物だから美味しいよね」
唇を舐める会長さんに教頭先生は土下座して。
「ブルー、私が悪かった!…あの記憶は消してもいいと言ってるだろう。いや、消してくれ!」
「…消さないよ。ノルディっていうオマケもついたし、大事に持っているといい。ああ、それから…。エステの腕は見事だよね。今度あっちの世界に行ってブルーにサービスしてあげたら?…エステをする間は鼻血も出ないし、きっと喜んでもらえるよ」
ソルジャーって苦労が多いからね、と会長さんは微笑みます。
「謹慎処分、懲りただろう?…ゼルたちは誤解してるし、先行き大変そうだけど…。たまにエステをしてくれるんなら、少しは口添えしてあげるよ」
「……考えておく……」
教頭先生はティッシュで鼻を押さえながら出てゆき、着替えが済むともう一度「すまん」と謝ってから帰りました。
お詫び行脚の集大成は流血で幕を閉じたのです。
「…いい気持ちだったよ、全身エステ。初めてだったけど悪くないね」
バスローブのままで寛ぐ会長さんの言葉に私たちは息を飲みました。全身エステは初めてですって?
「うん、初めて。…そもそもエステ自体が初体験」
「そ、それなのに教頭先生に……あんたを嫁に欲しがってる人にやらせたのか!?」
「そうだけど?」
引っくり返った声のキース君に、会長さんはしれっと答えました。
「ハーレイがブルーに貰った記憶、不愉快じゃないか。…だから再生しようとすると実体験が上回るようにしてやったのさ。ぼくの手触りは本物だよ?…これからは記憶を再生する度、もれなく鼻血が出るだろうね。ぼくの身体中、撫で回したし」
「…き、気持ち悪いとか思わないのか、あんたってヤツは!!」
「思わない」
なんと、キッパリ即答です。
「ハーレイの限界は知っているから平気だよ。これでヘタレ直しの修行は挫折。嫁に来いとは言えなくなるさ」
「…教頭先生、修行してたの?」
ジョミー君の問いに会長さんはクスッと小さく笑いました。
「うん。ブルーに貰った記憶を辿ってイメージ・トレーニングをしてたんだ。…自信をつけられたらマズイだろう?
危険は芽の内に刈り取らないとね」
またからかって遊ぶんだ、とニコニコしている会長さん。教頭先生の方は今頃、鼻血の海に沈んでいそうな気がします。お詫び行脚の末に仕込まれてしまったエステの技はなかなかだったようですし…会長さんに呼び付けられて酷使されたりしないでしょうか?…別世界のソルジャーのために出張エステをさせられるとか…。
「あんた、教頭先生で遊ぶためなら本当に手段を選ばないな」
キース君が呆れたように呟きます。別世界での修行に始まり、中間試験でオール0点。挙句の果てに全身エステをさせただなんて、長老の先生方が知ったら気絶しそうな悪戯三昧。先生方は教頭先生が会長さんを襲ったのだと信じてしまっているんですから。
「いいじゃないか。ハーレイはヘタレだからこそ面白いんだ。三百年間ヘタレてたんだし、直そうって方が間違いだよ。…ヒルマンたちもいつか真相に気付いたりしてね」
バレたってお説教が関の山だから大丈夫、と会長さんは涼しい顔です。陥れられて修行の道を転がり落ちた教頭先生、鼻血街道まっしぐらかも。明日から学校に復帰ですけど、教頭先生、どうか御無事で…。
中間試験の全部の科目で0点を取った会長さん。先生方は何か事情があるのだろうと私たちを呼び出して探りを入れてきましたが…結果は思わぬ方向へ。宇宙クジラことシャングリラ号の長老と呼ばれる4人の先生方は、教頭先生が会長さんに良からぬ振舞いをしたのだろうと結論づけてしまったのでした。会長さんから事情を聴きたい、と仰る先生方の意向を受けて「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ向かう途中でシロエ君が。
「あそこに教頭先生がいなかったっていうことは…先生方は教頭先生が怪しいと思っていたんでしょうか?」
「そうだろうな」
頷いたのはキース君です。
「ブルーの動向を訊かれた直後に、教頭先生との間に何か無かったかと訊かれただろう?…その質問を想定していたなら、教頭先生は外しておくしかない。本人の前で本当のことは言いにくいものだ」
「どうしよう。セクハラだって思い込んじゃったよ、先生たち」
ジョミー君が嘆きました。私たちは何も言ってないのに、そういう話になっちゃってます。教頭先生を会長さんの担任から外す案まで出ているのでした。
「それがあいつの狙いだろう。俺たちが呼び出されたのも計算の内って気がするぞ」
恐らく高みの見物中だ、とキース君が指差す先には生徒会室がありました。壁の向こうは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋です。そこには恐らく会長さんが…。
「かみお~ん♪いらっしゃい!」
壁を抜けると「そるじゃぁ・ぶるぅ」がエッグタルトを山盛りにして待っていました。
「先生たちに捕まっちゃったんだよね。ブルーのせいで」
「ぶるぅ、人聞きが悪いじゃないか」
ソファに会長さんが座っています。ティーセットを前にのんびり構えていますが、自分に呼び出しがかかったことを知っているのかいないのか…。
「次はぼくが呼ばれてるんだろ?おやつを食べてからでもいいよね。…気持ちの整理に時間がかかる、ってよくあることだし。ほら、エッグタルト、食べてごらんよ。ぶるぅの自信作、美味しいんだから」
こう言われては逆らえません。私たちがソファに座ると「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお皿と飲み物を配ってくれます。先生方には悪いですけど、会長さんが動かない以上、お茶にするしかないですよね。
「さてと…。どうしようかな、ハーレイのこと」
エッグタルトをフォークでつつく会長さんは見るからに楽しそうでした。
「ゼルが修学旅行の時の話を覚えていたのは最高だった。…今度はどんなのがいいと思う?」
「どんなのって…」
首を傾げる私たちに会長さんはニッコリ笑って。
「教頭室で抱き付かれたとか、無理やりキスをされたとか。…仮眠室に連れ込まれてベッドに押し倒された、っていうのもいいかもね」
「「「!!!」」」
セクハラの内容をでっち上げるつもりらしいです。やっぱり教頭先生を陥れるために無視しまくって、挙句の果てに0点で…教頭先生の古典だけ白紙?
「決まってるじゃないか。…ハーレイに直接仕返しするより、ヒルマンたちを巻き込んだ方が面白いんだ。職員会議で吊るし上げられるハーレイの姿はみんなにも中継してあげるから」
「………。あんた、良心ってヤツは無いのか?」
溜息混じりのキース君。まぁ、良心があったとしても悪戯を優先させそうですけど。
「ハーレイが懲戒免職になりそうだったら、ソルジャーとして撤回させるよ。それでいいだろ?」
それでいいだろ、って…そこまでは放置ということでしょうか。先生方の呼び出しよりもティータイムを優先させようという会長さんです。教頭先生に仕返しするのに先生方を巻き込むくらい、なんとも思っていないのかも…。
エッグタルトを食べている間、会長さんはロクでもない案ばかり練っていました。どれを使ったとしても教頭先生はセクハラ疑惑を免れません。本気でこれを先生方に…?
「みんな食べ終わったみたいだね。じゃあ、そろそろ行こうか」
「「「え?」」」
「生活指導室に行くんだよ。ヒルマンたちが待ってるんだろ?…君たちも一緒に来てくれないと」
ぼくはギャラリーが欲しいんだ、と会長さんは微笑みました。
「ハーレイにされたセクハラについて先生方に打ち明けようっていう重大極まりない場面だよ。大いに楽しんでくれたまえ。…ぶるぅ、シールドを」
「オッケー!!」
「思念波も通さないように頼むよ。ぼくとのコンタクトを除いて…ね。エラたちに絶対バレないように」
「任せといて!ぼくだってタイプ・ブルーだもん♪」
アッという間に私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のシールドの中に入っていました。会長さんの大好きな『見えないギャラリー』というわけです。先生方もこんなオマケがついて来るとは夢にも思っていないでしょう。会長さんは意気揚々と「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋から出て…。
「この先は思い詰めた顔をした方がいいかな。なんといっても被害者なんだし」
生徒会室の壁の鏡を眺めて悲しげな表情を作り、私たちを引き連れて生活指導室へと向かいます。見るからに元気の無さそうな顔は、それは見事なものでした。
「…失礼します」
弱々しく生活指導室のドアをノックし、会長さんが中へ入ると先生方が一斉に息を飲みました。
「ブルー…!気分でも悪いのかね?」
「ううん、大丈夫。…みんな、長いこと待たせてごめん」
お茶をしていたなんて誰も思いもしないのでしょう。ヒルマン先生は会長さんを大急ぎで椅子に座らせて。
「顔色があまり良くないな。無理をしてはいけないよ。…ブラウ、飲み物を」
「あいよ。紅茶でいいかい?」
ブラウ先生が出してきた紅茶の缶は会長さんのお気に入りの銘柄でした。私たちには好みも聞かずに緑茶でしたが、今度はカップも高級そう。会長さんがソルジャーであると実感させられる厚遇ぶりです。おまけに美味しいと噂のお店の箱からチーズケーキまで出てきました。
「ぶるぅの腕には敵わないだろうが、ここのケーキは評判でね。話をしながら食べるといい。その方が気持ちが落ち着くだろう」
ヒルマン先生が勧めましたが、会長さんは俯いています。シールドの中で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が羨ましそうに。
「いいなぁ、ブルー。食べないんだったらくれればいいのに」
「馬鹿!一発でバレるだろうが、俺たちが隠れているってことが」
「あ、そうか。…残念…」
キース君に注意された「そるじゃぁ・ぶるぅ」は未練がましくチーズケーキを眺めています。そういえば食べ歩きで舌を鍛えてるんでしたっけ。欲しがるってことは美味しいケーキなんでしょう。会長さんのクスクス笑いと「今度買ってあげるよ」という思念が微かに響いてきました。でも、会長さんは俯いたまま。
「ブルー、黙っていたのでは何も伝わらないよ」
日常生活でサイオンは使っていないのだから、とヒルマン先生が促します。
「…中間試験でわざと0点を取っただろう。私たちの注意を引くためかね?」
コクリと頷く会長さん。先生方は目と目を交わして、ヒルマン先生が続けました。
「これは君の友人たちから聞いたのだが…ハーレイを無視しているそうじゃないか。中間試験の答案用紙もハーレイの古典だけが白紙だった。…ハーレイとの間に何があった?」
「……………」
「言いたくないのはよく分かる。エラも触れない方がいいのでは、と言っているから、無理に訊こうとは思わないがね」
「……ぼくが…迂闊だったんだ…」
会長さんは膝の上で両手を握ると、肩を小さく震わせて。
「……ハーレイの気持ちは知っていたのに、うっかり家に…行っちゃったから…」
「「「家に!?」」」
先生方の声が引っくり返って重なります。会長さんが選択したのはタチの悪い方のシナリオでした。
「…試験より少し前なんだけど、ハーレイが欠勤したって聞いて…。その前の日も早退してたし、ちょっと心配になったんだ。…ハーレイ、滅多に病気しないし…」
それは教頭先生が別世界へ修行に行った日のこと。先生方に何処まで話すつもりでしょうか?会長さんや教頭先生、「そるじゃぁ・ぶるぅ」にそっくりな人たちやシャングリラ号がある世界については、SD体制やミュウの迫害など不安な要素が多すぎるから伏せておきたいというのが会長さんの意向です。もしかして長老の先生方にはこれを機会に話すとか?
「そういや、そんな日があったっけね。鬼の霍乱」
ブラウ先生が言い、ゼル先生が。
「それで見舞いに行ったのか!…ハーレイの家には絶対一人で行っちゃならん、と前から言ってあったじゃろう!」
「…ちゃんと言いつけは守ったよ。ジョミーたちも、ぶるぅも一緒に行った」
だから安心してたんだ、と会長さんは赤い瞳を伏せました。
「……あんなに熱が高いだなんて思わなかった。…熱がある時って、おかしくなっちゃうものなんだね…」
「………まさか………」
引き攣った顔のエラ先生。
「ブルー、無理に話す必要はありません。傷付いてしまうのはあなたです」
「…平気だよ。……最後までされたわけじゃないから」
「「「!!!!!」」」」
飛び上がらんばかりに驚く先生方。シールドの中の私たちだってビックリです。あの言い方では、相当に危ない目に遭わされたとしか聞こえないではありませんか!
「…と……友達が助けてくれたのかね…?」
上ずった声のヒルマン先生に会長さんは首を振って。
「……みんな驚いてしまってて…誰も助けてくれなくて……。もしもハーレイが気を失ってくれなかったら…」
「危なかったっていうのかい!?」
ブラウ先生が拳を握り締めています。教頭先生が此処にいたら、殴り飛ばしそうな勢いでした。会長さんは答える代わりに深く俯き、その表情は見えません。
「…これは由々しきことじゃぞ、ヒルマン!!」
「そのようですな…」
先生方は顔色を失くし、セクハラどころではない騒ぎについて真剣に討議し始めました。クスクスクス、と会長さんの思念が伝わってきます。
『これでハーレイは強姦未遂ってことになるかな。本当かどうか確認しようにも、君たちは十八歳未満の子供だし…ハーレイが何をやったかまでは訊けないよねぇ』
それは確かにそうでした。私たちは目撃者ではありますけれど、先生方の立場からすれば…猥褻な行為の中身がどんなだったか、生徒に尋ねるなんて論外です。見ていただけでも心の傷になっているかもしれませんし。
「…ブルー。どうしてすぐに知らせにこなかったのかね。ハーレイに口止めされていたとか…?」
「………だって……家に行ったぼくが悪いんだし…」
自分を責めるような口調で言って会長さんは瞳に涙を浮かべました。
「…だから誰にも言わずにおこうと思ってた。…だけど…ぼくが何をされたか、ジョミーたちは見てたんだ。そう思うと自分が汚らわしい存在になったみたいで、いくら我慢しても耐えられなくて…とうとう…」
真珠のような涙が零れて膝を濡らします。エラ先生が慌ててハンカチを取り出し、会長さんにそっと渡して。
「…分かりました。分かりましたから、それ以上話すのはおやめなさい。…辛い思いをしたのですね」
会長さんは涙を拭おうともせず、声を殺して泣き始めました。青ざめた顔色といい、どう見ても強姦未遂の被害者です。先生方はもう疑いはしませんでした。
「ブルー、しばらく学校を休みなさい。ぶるぅと旅行にでも行ってくるといい。友達も一緒の方がいいなら、ジョミーたちにも特別休暇を出すことにしよう。今、大事なのは心と身体を休めることだよ。…その間にハーレイの処分を決定しておく」
ヒルマン先生がそう宣言し、他の先生方も賛同します。教頭先生を処分って…まさか懲戒免職とか!?
長老と呼ばれる先生方が会長さんに提案したのは1ヶ月間の休暇でした。元々授業になんか出てないんですし、休暇も何もないんじゃないかと思いますけど、不祥事が起こった事に対するけじめってヤツらしいです。
「…それでハーレイの処分だがね」
ようやく泣き止んだ会長さんを気遣いながらヒルマン先生が切り出しました。
「本来なら職員会議に諮らなければならないのだが、そうなれば他の先生方に事情を話す必要がある。それでもいいと言うのだったら、そうしよう。…それとも我々長老だけの会議で決定してしまう方がいいかね?長老会議で決められたことは絶対だ。職員会議など問題ではない」
「…ぼくは知られたくないけれど…。でも、処分って…」
「常識的には懲戒免職しかないだろう。しかしハーレイを失うわけにはいかんのだ」
眉間に皺を寄せて難しい顔をするヒルマン先生。
「我々を纏め上げ、引っ張っていけるだけの人物は他にはいない。ハーレイがシャングリラのキャプテンを務めているのもその力量があればこそ。…校長先生は政財界との交流や学園の経営にかけては天才的だが、ハーレイとは全くタイプが違う。ハーレイはシャングリラ学園にとって無くてはならない人物なのだよ。…分かるね?」
「……うん……」
「ハーレイがこの学園に居続けることは、君には耐え難いだろうとは思う。それでも居て貰わねばならんのだ。…ソルジャーの務めだと思って我慢してくれというのは酷だろうか?…酷いことを言っているとは分かっている。それを承知で頼みたい。…ハーレイが教頭を続けていくのを、どうか許してやってくれ」
このとおりだ、とヒルマン先生は机に両手をついて深々と頭を下げました。エラ先生やブラウ先生、ゼル先生も沈痛な面持ちで続きます。会長さんが「うん」と言うまで顔を上げるつもりはないのでしょう。
「……頼む、ブルー…。我々にはハーレイが必要なのだ…」
ヒルマン先生が苦渋に満ちた声でそう言ってから、どれくらいの時間が経ったのか。会長さんは深い溜息をつき、何度か口を開こうとしては躊躇った末に…。
「…分かってる…。そうだろうと思っていたから、何も言わずに黙ってた。…ぼくはソルジャーなんだし、みんなの為には我慢するしかないんだ…って…。ハーレイは…とても有能だから…」
「おお!…済まない、ブルー…。感謝する」
机に頭がつきそうなほど深くお辞儀をして、ヒルマン先生はお礼の言葉を何度も何度も繰り返しました。
「ありがとう。…これでハーレイを失わずに済む。その代わりに…と言ってはなんだが、他の方法で何らかの罰を与えよう。十分反省し、二度と過ちを起こさないようにね」
どんな処分をするかは会長さんのプライバシーを尊重して長老会議で内々に決定する、とヒルマン先生。
「自宅謹慎でどうだろうか?…対外的には長期出張だと誤魔化しておけるし、学園の関係者にもそれなりの言い訳を用意すれば納得する筈だ。謹慎期間は協議の上ということで…。どうだね、ブルー?」
「…家から一歩も出さないってこと?」
「流石にそれは無理だがね。世話係をつけるわけにもいくまい?日用品の買い出しなどは許すしかない。…自宅謹慎では生ぬるい、と思うようなら希望するものを言ってくれれば…。座禅などがある厳しいお寺に修行に出してもいいのだよ。根性を叩き直してくれそうだ」
会長さんは「ううん…」とか細く呟いて。
「…自宅謹慎でいいと思う…。ハーレイが反省してくれるなら」
「では、自宅謹慎ということにしよう。…ただ、ハーレイの弁明も一応は聞いておかないと…。だから処分はすぐには無理だ。明日の放課後、ハーレイを呼び出して長老会議を開催する。…それからになるが構わないね?」
「…その会議。…ぼくも出るっていうのはダメかな」
「「「!!?」」」
驚いた顔の先生方に、会長さんは揺れる瞳を向けました。
「…もしもハーレイが何もしてないって主張したなら、ぼくの立場は…。ジョミーたちを証人に呼ぶのは可哀相だし、代わりにぼくが座っていれば…ぼくの目の前なら、ハーレイも嘘はつけないかも…」
「なるほど」
ヒルマン先生が顎に手を当て、他の先生方と目を見交わして。
「…それがいいかもしれないな。ハーレイを見るのは辛いだろうが、衝立を置くという方法もあるし。…そして、その前に決めておかねばならないことが…」
「………?」
首を傾げる会長さんにヒルマン先生が重々しい口調で言いました。
「君の担任をどうするか、だよ。…今のままでは色々と問題があると思ってね…」
あちゃ~!長老の先生方は本気で会長さんの担任を替えるつもりです。私たちがいない間に議論を重ねていたのでしょう。ここまで話が進んでるなんて、会長さんったら、どうするんですか~!!
エラ先生が冷めてしまった紅茶を淹れ直し、暖かいカップを会長さんに勧めました。
「お飲みなさい、ブルー。…少し気持ちを落ち着けないと」
「……ありがとう……」
お礼だけ言って飲もうとはしない会長さんに、先生方は更に誤解を深めたようです。よほど傷付いてしまったのだと確信している表情でした。やがてヒルマン先生が代表で…。
「やはり担任について考えなければならないようだ。…これは重要な問題だよ」
「……担任って……。ぼくの担任は昔からずっと…」
「そう、この学園が出来た時からずっとハーレイが担任だった。…だが、このままでいいのかね?」
ヒルマン先生は咳払いをして続けました。
「この件についての協議にハーレイを交える必要はない。…君が来る前に話し合っていたのだが…。君とハーレイの間に何かあったというなら、担任を替えるべきだとブラウが主張したのだよ。…どうやら我々が思った以上に君は傷付いているようだ。…この際、ハーレイから距離を置くのもいいかもしれない。…最近はグレイブのクラスに出ているようだし、グレイブに担任をして貰うかね?」
場合によっては自分たち長老が引き受けてもいい、とヒルマン先生は付け加えました。
「…我々にも担任しているクラスはあるし、望むなら喜んで受け持つよ。ただし、その他の先生は無理だ。…グレイブなら名実を一致させたという理由で通るし、我々ならハーレイが多忙だからだということに出来る。だが、それ以外の先生となると、少々無理があるだろう?…皆、君の担任をするには力不足だ。なんといっても君は大切なソルジャーだからね」
「…分かってるよ…。誰でもいいってわけにはいかないものね…」
会長さんは瞳を伏せてじっと考えを巡らせています。
「…ブルー、返事は急がないよ。ハーレイの謹慎期間中にゆっくり考えておきたまえ」
今日はこれまでにしておこう、とヒルマン先生が言いましたが。
「…ううん…。担任はハーレイのままでいい。みんなもその方がいいだろう?」
「ブルー…?…いったい、何を…」
「……ぼくはソルジャーで、ハーレイはシャングリラのキャプテンだから」
無理に微笑んでみせる会長さんは、いつもよりずっと儚げでした。
「…ぼくがソルジャーを務めてゆくには、みんなの補佐が欠かせない。…ハーレイは纏め役だしね…。ぼくとの絆が切れてしまったら、いざという時に連携が上手くいかないかも…」
「………ソルジャー………」
息を飲み、居心地が悪そうな先生方。会長さんが指摘したことは恐らく事実なのでしょう。ソルジャーという呼称が出たのですから。
「…ぼくが我慢すれば済むんだろう?…ハーレイを懲戒免職には出来ないから我慢してくれ、って言ったよね。だったら担任の方も我慢させればいいじゃないか。…ソルジャーなんだから諦めろ、って」
「………ブルー……!」
エラ先生が悲痛な声を上げました。
「おやめなさい、ブルー!…私たちは何もそこまで…」
「そうじゃ、犠牲になれとは言わん!…我儘くらい言ってみんかい!」
ゼル先生も続きましたが、会長さんは静かに首を左右に振って。
「……いいんだ。何があったか知って貰えただけで十分だよ。…みんなの気持ちだけ受け取っておく。それにね……ハーレイはあの時、熱があったんだ。正気の時は優しいんだし…」
「甘いよ、ブルー!…あんただって男のくせに、男の怖さを知らないのかい?」
凄い剣幕で遮ったのはブラウ先生。握り締めた拳が震えています。
「あいつがあんたを大事にしてるのは知ってるけどね。…酔っ払うとよく言ってるんだよ、あんたを嫁に欲しいって。下心のあるヤツほど優しく振舞うってのは常識だろ!?」
「うむ。…愛は真心、恋は下心と言うからな」
ヒルマン先生が大きく頷き、「知っているかね?」と会長さんに尋ねました。
「言葉そのままの意味なのだが…愛と恋の漢字を頭の中に書いてごらん。…愛だと心という字が真中に入る。しかし恋だと心は下になるんだよ。…だから気をつけた方がいい。ソルジャーだから、と固く考えずに、もっと自分を大事にしたまえ」
「……ううん、本当にいいんだってば。…ぼくはハーレイが嫌いじゃないよ。…あんなことがあってショックだったから、無視しちゃったりしてたけど……懲戒免職とか担任を外すとか言われてみたら気が付いた。…ハーレイがいなくなるのは嫌なんだ。…でも…素直に認めるのは癪だったから…」
心配させてしまってごめん、と会長さんは謝りました。
「明日の会議、衝立なんか要らないよ。…ちゃんとハーレイの顔を見ながら出席する。もう大丈夫、平気だから」
そう言ったかと思うと冷めかかっていた紅茶を飲み干して。
「御馳走様。…チーズケーキ、持って帰っていいかな?ぶるぅが好きなケーキなんだ」
「え、ええ…。どうぞ」
エラ先生が箱に入れたケーキを受け取った会長さんはペコリとお辞儀して生活指導室を出てゆきます。私たちも慌てて続き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はシールドの中でニコニコ顔。えっと、とりあえず任務終了でしょうか。明日の長老会議とやらも多分ギャラリーするんですよね…?