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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

賑やかだったバレンタインデーが終わると期末試験がもうすぐです。1年A組の教室の一番後ろに机が増えて会長さんがやって来ましたが…。
「ぼくが君たちを助けてあげられるのは今回が最後。2年生ではクラス替えもあるし、ぼくが2年生のクラスに参加するとも限らないし…。次の試験からは自力で頑張ってもらうしかないんだけれど、今回から実力で勝負したいって子がいるんなら手を挙げて」
教室がシンと静まり返りました。会長さんに頼って学年1位を独占してきたA組ですけど、2年生に上がる時にはクラス替えがあるんです。会長さんが来てくれないクラスの生徒になってしまったら、努力しないと満点を取ることはできません。みんな心の底では薄々分かっていたのでしょう。でも、今回はまだ助けて欲しいですよね。手を挙げる人はいませんでした。
「分かった。じゃあ、今度もみんなで満点を取ろう。グレイブ先生の名誉のために」
「「「お願いします!!!」」」
一斉に叫ぶA組一同。2年生になった時のことは進級してから悩めばいい、と全員の顔に書いてあります。その中でアルトちゃんとrちゃんだけがストラップを手にして眺めていました。会長さんがプレゼントした「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手形パワーが詰まったストラップ。卒業までの全ての試験を満点にするというアイテムです。アルトちゃんたちは2年生になるわけですけれど、私たちは…。ううん、卒業式はまだ先ですし、今はまだ…。
『それでいい』
会長さんの思念が届きました。
『まだ普通の生徒でいればいいんだよ。何も心配しなくていいから』
ジョミー君たちにも同じメッセージが届いたみたい。キース君、マツカ君、スウェナちゃん。みんな一緒に卒業しようね、と目配せしあって小さな合図。あ、教室の扉が開いてグレイブ先生の登場です。
「諸君、おはよう。期末試験がもう目前だ。我がA組は今度も1位を取ってくれると思っていいかね?」
「「「はい!!!」」」
元気のいい返事にグレイブ先生は満足そう。
「それでこそ私の自慢の生徒たちだ。ブルー、お前には色々な目に遭わされてきたが、1位の件では感謝している。今回も皆をよろしく頼む」
会長さんが頷き、クラスのみんなは大歓声。それから期末試験までの数日間、会長さんは殆どの時間を保健室で過ごしました。まりぃ先生、会長さんと「あ~んなことや、こ~んなこと」に明け暮れていても、妄想イラストをせっせと描いているのでしょうね。そして五日間の期末試験が始まり、アッという間に終わってしまって。
「やったぁ、晴れて自由の身だぜ!!」
男の子たちが歓声を上げ、女の子たちはパチパチと拍手。終礼に現れたグレイブ先生は「あんまり羽目を外さないように」と注意しただけで、いつもよりずっとにこやかでした。

「終わっちゃったね…」
ジョミー君がポツリと呟きます。影の生徒会室こと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に集まった私たち7人組は、クラスメイトのみんなのように遊びに飛び出す気になれません。『卒業』という二文字が現実のものとして迫ってきているのですから。
「…俺、実は面接を受けたんだ」
キース君が言い、私たちは息を飲みました。面接って…もしかして、卒業を見越しての就職試験?
「すげえや、キース!俺、先のことなんか考えてなかった…」
サム君が感嘆の声を上げ、シロエ君も。
「やっぱりさすが先輩ですよね。…先輩から1本取ってやる、なんて言ってましたけど…ぼくなんか、まだまだダメみたいです。進路を決めなくちゃいけないだなんて、全然気付きませんでした」
ぼくも、私も…と言い合っていると、割って入ったのは会長さん。
「落ち着いて。みんながウッカリしてたんじゃないよ。進路のことで悩まないよう、ぼくが意識の一部をブロックしてた。君たちは普通の人間とは違う時間を生きるんだから、うかつに就職や進学を決めてしまうと大変だしね。…でもキースにはそれが通用しなかったんだ。よっぽど意思が強いらしい」
そっか、それならいいんです。一瞬、焦ってしまいましたよ。卒業のことばかり考えていて、その先まで頭が回ってなかったんですから。会長さんの口ぶりだと、心配しなくていいみたい。そういえば学校に残ってもいいって聞きましたっけ。
「…キース、就職するんですか?」
マツカ君が尋ねると…。
「いや、俺は進学希望なんだ」
「「「進学!?」」」
私たちはビックリ仰天です。キース君は無遅刻無欠席。いつの間に受験したんでしょう?ひょっとしてシャングリラ学園の入試でお休みだった間のことかな…。
「先輩、入試シーズンはずっと登校してたじゃないですか。うちの学校の入試で休みの時には上の学校の入試なんか無かった筈ですよ。…田舎の三流校の試験日程は知りませんけど、そんな所には行かないでしょう?」
シロエ君が首を傾げます。キース君は「確かにな」と苦笑い。
「…俺は試験は免除なんだ。面接だけで決まる枠がある。面接は土曜だったから休まずに済んだ」
「それって柔道のスポーツ推薦?」
好奇心一杯のジョミー君。なるほど、スポーツ推薦だったら試験免除もアリですよねぇ。
「残念ながら柔道じゃない。…俺は宗門校の推薦入学枠を使ったんだ」
「「「しゅうもんこう!?」」」
初めて耳にする単語でした。宗門校って、いったい何?
「…キースの家と同じ宗派のお寺が経営している学校だよ」
会長さんがクスクスと笑いながら教えてくれました。
「キースは元老寺の跡取りだろう?…宗門校にはお寺の跡継ぎを優先的に入学させてくれる枠があるのさ」
「じゃあ、キース…お前、本気で坊主になるのかよ?」
サム君に聞かれたキース君は「そのつもりだ」と答えました。
「面接といっても形だけだし、じきに入学許可が出る。緋の衣に早く辿り着くには宗門校が早道なんだ」
へえ…。会長さんの緋色の衣がキース君の進路を決めたんですね。キース君は進学するとして、私たちはどうすればいいんでしょう?宇宙クジラと同じ名前の学校からは何の音沙汰もありませんが…。
「進路のことは卒業してからでいいんだよ」
そう言って会長さんがソファから立ち上がりました。
「期末試験も終わったことだし、打ち上げに行こう。ぶるぅ、予約してくれたんだよね?」
「うん!…いつもの焼肉のお店。ちゃんと個室を頼んでおいたよ」
「やったぁ!」
ジョミー君の明るい声が響いて、私たちも気分が上向きに。打ち上げパーティーはいつも楽しいですし、きっと気持ちもスッキリしますよ!

「そるじゃぁ・ぶるぅ」御用達の高級焼肉店に出かける前に会長さんが向かった先は、お決まりの教頭室でした。重厚な扉をノックして「失礼します」と入っていくと、教頭先生は心得たように机の引き出しから熨斗袋を…。
「ブルー、今度は多めに入れておいたぞ。今年度最後の試験だったし、好きなだけ食べてくるといい」
足りなかったらツケにしてくるように、と気前よく言う教頭先生。ところが会長さんは熨斗袋を受け取ろうとせず、柔らかな笑みを浮べました。
「ありがとう、ハーレイ。…でも、今日はハーレイも一緒にどうかと思って。…よければ…だけど」
もうすぐみんな正式に仲間になるんだから、と会長さんは続けます。
「この子たちがハーレイのことを教頭先生と呼ぶのは、これが最後かもしれないんだよ?キャプテンって呼ぶことになったら自然と距離が開くよね…。そうなる前に、もう一度みんなで遊びたくって。マツカの別荘の時みたいに」
「…そうか…。確かに最後になるかもしれないな…」
教頭先生は「分かった」と頷き、テキパキと仕事を済ませて教頭室に鍵をかけました。それから事務局に行って帰宅すると告げ、私たちとタクシーに分乗して「そるじゃぁ・ぶるぅ」が予約したお店へ。畳敷きの個室で焼肉を食べ始めると雰囲気はすっかり和やかに…。
「そうか、キースは坊主になるのか」
キース君の進路を聞いた教頭先生は意外そうです。
「柔道を極めるのかと思っていたが、そっちの方はどうするんだ。オリンピックを狙っていたんじゃないのか?」
「それはシロエです。俺はオリンピックまでは思っていませんでしたし、この先、年を取らないんだったらオリンピックなんて夢じゃないですか。…ああいう世界は厳しそうです」
言われてみれば、年を取らないスポーツ選手って反則かも。いつまでも体力が落ちないんですし、練習を積めば積むほど上達するのは当然ですもの。けれど教頭先生は…。
「いや、あと数年なら誤魔化せるぞ?その間にオリンピックが開催されるし、出たいのならば指導しよう。教え子が出場するのは嬉しいしな」
「本当ですか!?…あ、でも…俺、別の学校に行くわけですし…」
「その辺の所は何とでもなるぞ?なんといってもシャングリラ学園だからな」
わっはっは、と教頭先生が笑いました。他の学校に行っても部活に来ていいだなんて、太っ腹な学校です。卒業しても生徒のままでいられたり…何でもありだな、なんて思っていると。
「失礼いたします」
女性の店員さんが御銚子とお猪口を持ってきました。えっ、お酒なんか誰が注文を?教頭先生は「今日は飲まない」って最初に言ってましたし、ひょっとして「そるじゃぁ・ぶるぅ」でしょうか。前にチューハイを勝手に注文して飲んで、寝ちゃったことがありましたっけ。
「酒は注文してないぞ。…隣と間違えたんじゃないのか?」
教頭先生が言うと、店員さんが。
「お隣のお部屋の方の御注文です。こちらにおいでのハーレイ先生にお届けしてくれ、とおっしゃいましたが」
「私にか?…なんという人だ?」
「後で御挨拶に伺うから、お気になさらず…とのことでした。お名前もお伝えしなくていい、とおっしゃっています」
「ふむ…」
誰だろう、と首を傾げる教頭先生の前にお銚子とお猪口を置いて店員さんは出て行ってしまいます。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお銚子を見て残念そうに。
「ぼく、チューハイがよかったなぁ…」
「こら!教師が一緒の時に飲酒するのはやめてくれ。…私の指導力が問われるんだぞ」
警察が来たらどうするんだ、と教頭先生。確かにとんでもないことになりそうです。本当の年が分かれば問題ないのかもしれませんけど、見た目は小さな子供ですもの。教頭先生は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手が届かない所へお銚子を置き、また「誰だろう?」と呟きます。会長さんがお猪口を取って。
「きっとハーレイの知り合いだよ。教師生活、長いもんねえ」
年寄りだし、とクスクス笑ってお銚子に手を伸ばそうとするのを教頭先生が止めました。
「ブルー、お前は飲まなくていい!警察が来たらマズイんだぞ」
「うん、ハーレイの立場がね…って、ケチ!」
教頭先生がお銚子の中身を空になったお皿に流してしまうのを見て会長さんは不満そう。そんなやり取りもありましたけど、焼肉パーティーは順調に進み、美味しいお肉を沢山食べてお腹いっぱい。でもデザートは別腹です。みんなが好みのシャーベットやフルーツなどを頼んで食べ始めた時、個室の扉がスッと開いて…。
「こんばんは」
お銚子を持って入ってきたのは、いつかのドクター・ノルディでした。

「「ノルディ!?」」
教頭先生と会長さんの声が重なり、会長さんは逃げ腰です。ドクターはニヤリと笑って扉を閉めると、丁寧な口調で挨拶しました。
「今日は医者同士で来てたんですがね…。偶然、隣の部屋になりまして。先程お銚子をお届けさせて頂きましたが、うちの方はこれから二次会に行くということなので、御挨拶に上がりました」
「そうなのか。…それは御丁寧に」
早く帰れ、と教頭先生の目が言っています。先日の騒ぎは忘れていない、ということでしょう。会長さんを食べようとしたドクターをかなり恨んでいそうです。ところがドクターは帰るどころか、ズカズカと部屋に入り込んできて会長さんの肩に手を回しました。
「飲みませんか、ブルー?…いけるクチでしょう」
「…君のお酒は飲みたくないね」
プイ、と顔をそむける会長さん。ドクターはチッと舌打ちをして。
「相変わらず気が強いことで。…だが、そこも気に入っているのですよ。隣の部屋にいても、あなたがいるのは分かりました。…そのくらい、あなたに惹かれているというわけですが…無視するのですか?」
嫌そうにしている会長さんを捕まえたままのドクターの手を教頭先生が引き剥がしました。
「いい加減にしないか、ノルディ。…二次会に行くのだろう?」
「行きませんよ。あちらの方は断りました」
せっかくブルーを見つけたんですから、とドクターは不敵に笑っています。会長さんに気付いた理由はお店の人が出入りする時にたまたま前を通りかかって、中の声が聞こえたからなのだとか。
「こんなに大勢で騒いでいても、ブルーの声だけは間違えませんね。…私好みの声なんです。この間は逃げられてしまいましたが、いつか私の思いのままに鳴かせてみたいと思っていますよ」
ひゃああ!な、鳴かせるって…きっとロクでもない意味ですよね?会長さんの顔がサーッと青ざめましたもの。教頭先生が不快そうな声で。
「…ブルーが嫌がっているようだが?ここに居られては迷惑だ」
「おや。いいんですか、そんなことをおっしゃって。…先日ブルーを見逃した時、確かに言った筈ですよ。お楽しみはまた次の機会に…と。今夜はチャンスだと思いましたが」
条件はクリア済みですからね、とドクターの視線は会長さんを舐めるよう。あれってチャラになったんじゃなかったんですか!?会長さんは身体を震わせ、縋るような目で教頭先生を見ています。この面子の中でドクターに対抗できそうなのは教頭先生しかありません。「そるじゃぁ・ぶるぅ」に至っては全く意味が分かっていなくてニコニコしているだけなんです。
「…ハーレイ…」
助けてくれ、とは言えないらしい会長さん。そりゃあ日頃あれだけ悪戯してれば、都合のいいお願いなんかできません。でも教頭先生には会長さんの気持ちが十分通じていたようです。
「ノルディ。…ブルーに手出しは許さん。今夜がチャンスだとか言っていたな。ならば私を酔い潰してみろ」
「なんですって?」
「今夜のブルーの保護者は私だ。もしも私を酔い潰せたら、後のことは好きにしろ。…もっとも、ブルーにはこの子たちもついているから、酒が入ったお前の手から逃げ出すくらいは出来ると思うぞ」
「…いいでしょう。受けて立ちますとも」
ドクターが頷き、教頭先生はお店の人にお銚子をどんどん持って来るよう言いました。私たちはハラハラしながら見ているばかり。会長さんはドクターから一番離れた部屋の隅っこに退避しています。
「だ、大丈夫かな…」
ジョミー君が小声で言うと、キース君が。
「みんな、今の間に家に連絡した方がいいぞ。今夜は遅くなります、って」
「そ、そうだね。…遅くなりそうだよね」
私たちは少し相談してから、会長さんの家に来ているという嘘のメールを家に送っておきました。教頭先生とドクターの飲み比べに付き合って焼肉店にいるなんてこと、正直に書くのはマズイですものね。

「ブルーは貰って帰りますよ。あなたさえ潰れてしまえば、後は思いのままですからね」
ドクターがお銚子を傾けながら会長さんをチラチラ眺めています。
「あなたと違って私は腕に覚えがありますし…。キスだけでブルーを酔わせるくらい簡単です。とろんとなってしまったブルーを私の家に連れて帰って…。ふふふ、今夜は楽しい夜になりそうですよ」
「そうはさせん。…私は酒には自信がある」
教頭先生はそう言っただけで黙々とお酒を飲み続けます。同じペースで飲むドクターはどんどん饒舌になり、伏字でしか書けないようなセリフを連発しまくって会長さんを怯えさせていたかと思うと、突然バタリと倒れ伏して。
「ぐおーーーっっっ!!」
凄いイビキが響きました。天然パーマの頭を「そるじゃぁ・ぶるぅ」がツンツンつつき、髪の毛を引っ張りましたが何の反応もありません。教頭先生はホーッと大きな溜息をつき、赤らんだ顔をおしぼりで拭いました。
「ふぅ…。なんとか勝てたようだな…。誰か、店の人を呼んでくれ」
男の店員さんが二人がかりで寝ているドクターを抱え、教頭先生がタクシーの手配を頼んでいます。ドクターの家へ運ぶようですが、あんな状態で家に入れるでしょうか?外で寝ちゃったら凍死しますし、私たちが心配そうに見送っていると…。
「大丈夫だ。ノルディの家には使用人がいるからな」
あれでも一応金持ちだから、と教頭先生が教えてくれました。
「ブルー、これで今夜は安心だろう?…ノルディには…気をつけるんだぞ…」
フラッと教頭先生の身体が揺れて。
「…ははは…。いかんな、さすがに飲みすぎたようだ…」
少し横にならせてくれ、と畳に仰向けになった教頭先生はすぐにイビキをかき始めます。えっと…もうかなり遅いんですけど、私たち、これからどうしたら…。
「ぼくが起こすよ」
会長さんがスッと教頭先生の上にかがみ込み、ゆっくりと唇を重ねました。
「「「!!!!!」」」
私たちの声にならない悲鳴が響く中、教頭先生の瞼がピクンと震え、会長さんが離れます。
「……ん……うん……」
教頭先生は何回か瞬きをして目を開けました。会長さんがニコッと笑って。
「サイオンを注ぎ込んだんだ。人工呼吸の要領だよ。これで酔いは醒める。…本当は手を触れるだけでいいんだけれど、ハーレイは頑張ってくれたから…お礼のキス。ついでにキスした証拠のオマケ」
「「「オマケ?」」」
それって何!?と思った次の瞬間、起き上がろうとした教頭先生の目が見開かれ、口をモゴモゴ動かしています。どうやら口の中が一杯みたい。
「ふふ、ニンニクの素揚げを丸ごと。…調理場から瞬間移動させてきたのを口移し。どう、ハーレイ?美味しいだろう」
ぼくがキスした証拠だよ、と得意げに言う会長さん。でも酔っ払って爆睡していた教頭先生にキスの記憶があるわけなくて、口の中にニンニクの素揚げがゴロンと入っているだけで。やっと起き上がってニンニクをもぐもぐと頬張りながら、教頭先生は複雑な顔をしていました。本当に会長さんがキスをしたのか、ニンニクを放り込まれただけなのか…分からないんじゃ無理ないですよね。
「せっかくキスしてあげたのに…ぼくを信じてくれないんだ?」
会長さんがクスッと笑って教頭先生の額に手を触れて。
「…はい、これがジョミーの見ていたもの。これがキースで、これが…」
教頭先生の顔がみるみる真っ赤になって、鼻からツーッと赤い筋が。私たちの記憶を注ぎ込まれて、キスシーンをいろんな角度から再現されてしまったのでしょう。おしぼりで鼻を押さえる教頭先生の口の中にはまだニンニクが残っていました。会長さんが「はい、ティッシュ。鼻に詰めないと帰れないよね」とポケットティッシュを手渡します。
「ありがとう、ハーレイ…身体を張って助けてくれて。キスは本当にお礼なんだよ」
意識がある時にしてあげようとは思わないけど、と付け加えてから。
「…ふふ、ニンニクの素揚げ、忘れられない食べ物になった?まさか初めてのキスってことはないよね」
クスクスクス。会長さんは耳まで赤くなった教頭先生にウインクしながら、私たちに声をかけました。
「ごめん、すっかり遅くなっちゃったね。お店を出たら、ぼくとぶるぅで家の前まで瞬間移動で送るから。…とんだ打ち上げパーティーだったな」
ノルディさえ乱入しなければ…と文句を言いつつ、会長さんは楽しそうです。本当に喉元過ぎれば熱さ忘れる、の典型みたい。ドクターを見て青ざめたくせに、そのドクターがいなくなったら教頭先生をいつもどおりにからかって…とうとうキスまでしちゃいましたよ、ニンニク味の!
「じゃあ、帰ろうか。ハーレイ、お会計はよろしく頼むね」
両方の鼻にティッシュを詰めた教頭先生を部屋に残して、私たちはお店の外に出ました。夜空から風花が舞い落ちてきます。その奥へ、と言われて路地に入ると会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が瞬間移動でスウェナちゃんを一番に送り、私は二番目。青い光に包まれた…と思ったら家の前でした。まだ午前様にはなっていません。パパ、ママ、遅くなっちゃってごめんなさ~い!




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週が明けるとバレンタインデーも間近です。会長さんが言っていたとおり、男子の所には3年生が友チョコ保険の勧誘をしにやって来ました。男子全員が申込書に記入し、言われた金額を支払っています。ジョミー君やキース君、マツカ君も申し込みをしてホッと安心している様子。
「ジョミーったら馬鹿じゃないかしら。毎年、義理チョコあげてるのに…」
スウェナちゃんは呆れ顔。でも、お説教と反省文だなんて脅されちゃったら、誰だって不安になりますよねぇ。友チョコ保険の盛況ぶりを眺めていると、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がやって来ました。
「かみお~ん♪アルトとr、いる?」
「うん、あそこ。…何か用事?」
アルトちゃんたちの席を教えると「そるじゃぁ・ぶるぅ」はトコトコと走っていって二人に封筒を渡しています。アルトちゃんたちの顔が輝き、封筒を開けてキャーキャー言ってますけど、なんでしょうね?
「ぼく、おつかいに来たんだよ」
戻ってきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がエヘンと胸を張りました。
「フィシスがアルトとrに渡してきてね、ってチョコレートのリストを書いたんだ。全部ブルーのお気に入り。ブルー、いつもフィシスと一緒に買いにいくけど、今年はプレゼントして貰えるチョコもありそうだ、って喜んでた」
アルトとrが買ってくれるんだね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコ顔です。私とスウェナちゃんも会長さんのお気に入りのチョコを買いましたけど、アルトちゃんたちが貰ったリストはそれとは別のものなのでしょう。えっと…どのチョコをプレゼントして貰えるのか、会長さんには分かるんでしょうか?
「んとね、チョコを買う前だったらフィシスに占ってもらえば分かるし、買った後なら心を読めば分かっちゃうよ。だけど、どっちもしないんだって。どれを貰えるのか楽しみに待つのがいいんだってさ」
うわぁ…。私たちのプレゼントを心待ちにしてくれる会長さんの気持ちは嬉しいですけど、アルトちゃんたちにリストを渡せるほどなら、好きなチョコレートは多いはず。貰い損ねたチョコが欲しくなったりしたらどうするのかな?特設売り場はバレンタインデー当日もやってますから、後から自分で買いに行くとか…?
「ブルー、お目当てのチョコはとっくに全部買っちゃったんだ」
一昨日フィシスと紙袋を持って帰ってきたよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。一昨日といえばスウェナちゃんと私がフィシスさんとチョコレートを買いに言った日です。じゃあ、あの日に街でチラッと見えた銀色の髪は会長さんの…。
きっと待ち合わせしていたのでしょう。チョコレート特設売り場でデートというのも凄いかも。
「ブルーは甘いもの、大好きだもん。じゃあ、また後でね~♪」
ピョンピョンと飛び跳ねながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」は帰っていってしまいました。アルトちゃんたちはチョコのリストを見ながら頬を紅潮させてお話し中。きっと勇んでチョコレートの買出しに行くのでしょう。会長さんの好みのチョコを教えてあげるフィシスさんの懐の深さに感動です。

放課後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと、ちょうどリオさんが来ていました。昨日の夜に会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が宇宙船のシャングリラ号にチョコレートを送ったらしいのです。
「係の者が確認作業を終えました。バレンタインデー用のチョコレートは当日まで厳重に倉庫に保管し、責任をもって注文主に手渡しするということです」
「ありがとう。…じゃあ、みんなによろしく伝えておいて」
「はい。では、生徒会の仕事がありますので」
失礼します、とリオさんは本物の生徒会室へ帰って行きます。それを見送ってから会長さんは奥の部屋へ行き、書類袋を持ってきました。まだお仕事があるんでしょうか?
「見るかい?…重要書類なんだけど」
「見ていいの?」
ジョミー君が首を傾げます。重要書類って何なのかな?今の話の流れからすると、シャングリラ号に関すること?
「重要っていうより機密かな。もうすぐキースたちの部活が終わるし、みんな揃ってからにした方がいいか…」
思わせぶりな会長さん。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がテーブルに焼きたてのチーズケーキを運んできます。柔道部三人組のお腹を満たすためにはピロシキが用意されていました。私たちもつまんじゃったんですが、沢山あるので無問題。早くキース君たちが来ないかな。重要書類、それまでお預けみたいですし。
「すまない、今日は稽古が長引いたんだ」
キース君を先頭に三人組が入ってきたのはいつもより十分遅れでした。
「あっ、今日はピロシキなんですね。いっただっきまーす!」
シロエ君が元気一杯でピロシキを頬張り、マツカ君も。キース君はコーヒーを1杯飲み干してからピロシキに手を伸ばしました。
「美味いな。…ん?どうしたんだ、みんな変な顔して」
さすが勘の鋭いキース君。重要書類が気になって仕方ない私たちの表情にいち早く気付いたみたいです。会長さんはテーブルの下に押し込んであった書類袋を出しました。
「ジョミーたちはこれが気になるのさ。君たちが来てから、って言ったしね。でも、まずはチーズケーキを食べようか。ぶるぅ、切り分けてくれるかな」
「うん!」
小さな手がチーズケーキを切り分け、お皿に乗せて配ってくれます。早速フォークを入れて食べ始めると、会長さんがキース君たちに。
「昨日、シャングリラにチョコを送ってきたよ。ぶるぅと二人で衛星軌道上まで一気に、ね。さっきリオがチョコは間違いなく届いているって言いに来てたし、シャングリラはまた地球を離れていく筈だ」
「…あんたの仕事は終わったんだな。じゃあ、その書類袋の中身は今度の仕事に関することか?」
キース君が言うとジョミー君がすかさず「重要書類らしいんだよ」と言いました。
「重要書類か…。シャングリラ関連にしては小さすぎるな」
「そうだね。シャングリラの格納庫に関する情報だけでも、このサイズでは収まらない。なんだと思う?」
会長さんが書類袋を両手で抱えて微笑む横で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が大あくび。
「ブルー、なんだか難しそうな話だね。ぼく、船のことは分からないや」
だってお料理と掃除洗濯専門だもん、と言った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は土鍋に入って丸くなってしまいました。
「ブリッジを思い出したら頭がゴチャゴチャしてきちゃった。お昼寝するから、難しいお話が済んだら起こして」
すぐに寝息が聞こえてきます。シャングリラ号のブリッジってそんなに複雑なのでしょうか?
「ぶるぅが言っているのは計器類だよ。知識が無いと混乱する。…子供にはちょっと難しすぎるね」
これの中身も、と会長さんは書類袋を開きます。
「2歳児…じゃなかった、1歳の子供が寝ている間に見てしまおう。シャングリラの最高機密というところかな」
会長さんが中身を取り出し、1枚目をスッとテーブルの上に置きました。

「どう?…最新の情報だけど」
私たちは声も出ませんでした。会長さんは溜息をつき、重要書類とやらを指差して。
「忘れちゃったかな、ドクター・ノルディ。…あれ以来、まりぃ先生のマイブームなんだ」
テーブルの上に乗っていたのは書類ではなく水彩画でした。忘れもしないドクター・ノルディと会長さんの唇が触れ合う寸前の絵が描かれています。…会長さんったら、保健室から勝手に持ち出してきたんですか!?
「違うよ、これは原画じゃない。ぼくがコピーを取ったんだ」
「これの何処が最高機密だ!?シャングリラともまるで無関係だぞ!」
キース君が叫びましたが、会長さんはしれっとして。
「ううん、最高機密だってば。理事長の親戚とはいえ、仮にも教師と呼ばれる人がこんな絵を描いているって知れたら、場合によっては大問題だよ?学校の品位にも関わるし…。そう、シャングリラ…学園のね」
「学校の方か!!」
騙されたぜ、と毒づくキース君。会長さんはクスッと笑って2枚目の絵を出しました。
「ほら、見て。まりぃ先生、ぼくがノルディに口説かれるのを目撃してから神様が降りたらしいんだ。もう描かずにはいられないわ、って頑張ってるよ」
今度の絵は全裸で絡み合うドクター・ノルディと会長さん。教頭先生との妄想イラストも凄かったですが、あの時の比ではありません。どんな神様が降臨したのか、エロさがグンと増していました。キース君たちは頭を抱えて呻いています。
「まだまだ沢山あるんだよね。ぶるぅが寝てる間に鑑賞しないと」
次々に出される会長さんとドクター・ノルディをモチーフにした絵は、とんでもない構図ばかりでした。縛り上げた会長さんをドクター・ノルディが嬲っている絵や、蝋燭が描かれているものや…。こんなイラストをコピーしてきて見せびらかしている会長さんの神経はどうなっているんでしょう?会長さんがドクター・ノルディに食べられかけて怯えていたのはつい先日です。喉元過ぎれば平気になるのか、実はけっこう好きだったとか…?
「ノルディのヤツは大嫌いだし、こんな付き合いも御免だってば。…でも、君たちが赤くなったり青くなったりするのを見ているのはとても楽しいんだよ。まりぃ先生に感謝しなくちゃ」
凄まじい絵を並べ立てながら会長さんは上機嫌です。
「これから見せる絵は、もう神業の域に達してる。君たちもアッと驚く筈さ」
書類袋から出てきたものは…。
「「「!!!!!」」」
1枚の絵の中に人が三人。会長さんを間に挟んでドクター・ノルディと教頭先生が描かれています。服と名の付くものは欠片も無くて、絵の中の会長さんの目には涙が…。
「凄いだろ?…よく、こんなの思いついたよねぇ。これはハーレイとドクターの位置が逆になったヤツで、こっちはもっと激しいんだけど」
私たちは眩暈と頭痛を抑えて座っているだけで精一杯。会長さんが「はい、最後の1枚」と言った時には目の前が霞みそうでした。どんなシロモノが出てきたのやら…と泣きたい気持ちで見たそのイラストは。
「「「………?」」」
描かれていたのは制服を着た会長さんとスーツ姿の教頭先生。向かい合って立つ二人の手がそっと重なっていて、その手の中にリボンがかかった小さな箱。…小さいと言っても指輪の箱よりは大きいです。一昨日買ったチョコレートの箱と同じくらいのサイズでしょうか。
「…このイラストには添え書きがしてあったんだよ。バレンタインデーの二人、ってね」
ひえぇぇ!!十八禁モノの妄想イラストも凄かったですが、これも一種の妄想でした。バレンタインデーというのですから、箱の中身はチョコレート。教頭先生を見上げる形の会長さんの頬はほんのり赤く彩色されて、教頭先生の表情はとても柔らかく描かれています。思い切り『二人の世界』なそのイラストは、気恥ずかしいような、ほんのり暖かい気持ちになるような…。
「ちょっといい絵だと思うんだよね。…なんでぼくとフィシスじゃないんだろう。そっちで描いてくれていたなら、最高に幸せだったんだけどな」
それは無理だろう!!と私たちは心の中で突っ込みました。まりぃ先生の趣味のお絵描きに男女カップルは有り得ないというのは嫌と言うほど分かってるんです。
「まぁいいや。…この絵を見たら心がちょっと和まないかい?さっきまでの絵と違ってさ」
会長さんは凄まじい内容の妄想イラストを書類袋に突っ込み、バレンタインデーが題材だという絵だけをテーブルに残しました。
「ぶるぅを起こしてあげなくちゃ。難しい話は終わったしね」
子供には他言無用だよ、と釘を刺された私たちは粉々になった平常心を拾い集めて、練り上げて。寝ぼけ眼の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が土鍋の中から出てきた時には、いつもどおりの笑顔で迎えたのでした。
「ブルー、お話、終わったの?…あれ?…まりぃ先生が描いた絵だね」
バレンタインデーの妄想イラストを眺めて「そるじゃぁ・ぶるぅ」は不思議そうな顔。
「ブルーとハーレイ、何をしてるの?…お誕生日?」
「バレンタインデーなんだってさ、ぶるぅ。ぼくがハーレイにチョコを渡している所らしいよ」
「えぇっ!?…悪戯してる絵なんだ、これ…」
「「「悪戯!?」」」
私たちは思わぬ言葉にビックリ仰天。なにやら妙な雲行きです。この穏やかで暖かな絵の何処が悪戯?
「…ハーレイは甘いものが何より苦手なんだよ。言わなかったっけ?」
会長さんがクスッと笑いました。
「だからチョコを貰ったって食べられない。それを知ってて贈るのは…ぶるぅが言うとおり悪戯だよね」
でもハーレイなら喜ぶかも、と会長さんは首を捻っています。なんだか嫌な予感がするのは気のせいでしょうか…。

そしてバレンタインデーがやって来ました。会長さんが朝早くから1年A組の教室に顔を出し、女子にチョコレートを貰っています。会長さんが貰ったチョコは一緒に来ていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が袋に詰め込み、生徒会室の机の上へ瞬間移動させている模様。そう、会長さんの所在を聞きつけた学校中の女の子が次から次へと来るのでした。
スウェナちゃんと私が渡したチョコは…。
「ありがとう。このチョコレート、大好きなんだ」
やったぁ!瞬間移動用の袋じゃなくて会長さんのカバンに入れて貰えましたよ!アルトちゃんとrちゃんが渡したチョコもカバンの中へ。
「嬉しいよ、ぼくの好きなチョコを分かってくれてたなんて。何度も同じ時間を過ごすと、そういうことまで伝わるのかな。…もっともっと知って欲しいよ、ぼくのこと。もっとたくさん時間をかけて」
また行くからね、と手を握られてアルトちゃんたちは真っ赤です。フィシスさんがチョコのリストを渡したことを会長さんは知ってるくせに、知らないふりをして気障なセリフを…。シャングリラ・ジゴロ・ブルーですから当然といえば当然ですけど。
「おーい、友チョコを持ってきたぞ!!」
3年生の男子生徒が大きな箱を担いできました。ジョミー君たちが走っていって引換券とチョコを交換しています。
「凄いね」と見ている「そるじゃぁ・ぶるぅ」に私がチョコを手渡すと…。
「くれるの!?…わぁ、今年は買ってきてくれたんだぁ♪」
これは瞬間移動させちゃダメだね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はアヒルの絵入りの袋を出してチョコを大切そうに入れました。更にスウェナちゃんとアルトちゃん、rちゃんからもチョコを貰って嬉しそう。さぁ、次はジョミー君たちに義理チョコを配ってこなくっちゃあ!…大騒ぎの内にバレンタインデーの日の授業が終わり、校長先生から警告された罰則は誰にも適用されませんでした。ダントツの数のチョコを貰った会長さんは…。
「ふふ。貰ってばかりじゃ芸がないよね」
柔道部三人組も揃った「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に会長さんのクスクス笑いが。
「まりぃ先生のイラストどおりにハーレイにチョコをあげなくちゃ。一緒においで。…ぶるぅ、シールドを」
げげっ!拒否権は今回も無いようです。会長さんはリボンのかかった箱を抱えて教頭室へ向かいました。私たちは姿の見えないギャラリーとして泣く泣くお供を…。
「失礼します」
会長さんが扉をノックして入ると、教頭先生は書類から顔を上げて嬉しそうな顔。
「どうした、ブルー?…今日は一人か?」
「うん。ハーレイにこれを持ってきたんだ。ぼくの手作りチョコレート」
「チョコレート?」
あ。教頭先生、複雑な表情をしています。
「ブルー、気持ちはとても有難いんだが…バレンタインデーというのも分かっているが、私は甘いものが苦手で…」
「知ってるよ。ハーレイとは長い付き合いだものね。…でも、このチョコレートは特別なんだ。ぶるぅがメッセージ入りのチョコレートが作れるんだよ、って教えてくれて…。それを…」
手作りしたんだ、と会長さんが消え入りそうな声で言いました。
「…ハーレイに預けてあるルビーの指輪。あれのことで…ぼくから…」
「私への返事を書いてくれたのか?」
教頭先生の問いに会長さんがコクリと頷きます。
「苦手なら食べてくれなくていいから。…食べてくれないとメッセージは出てこないんだけど…仕方ないよね。ぼくの気持ちはチョコレートにも劣るんだ、っていうだけのことなんだし。…ごめん、邪魔して」
箱を抱えて帰ろうとする会長さんは悲しそうでした。教頭先生が椅子からガタンと立って。
「ブルー!…すまん、私が悪かった。そんなチョコレートだとは知らなくて…。これは今すぐ食べないとな」
「本当に?ぼく、手作りは初めてだから、ちょっと甘すぎるかもしれないんだけど…」
「かまわない。お前のメッセージが読めるんだろう?」
箱の中身はリンゴの形のチョコレートでした。大きさもリンゴくらいです。それの真ん中にメッセージ入りのカプセルを仕込んだのだ、と会長さんが告げました。メッセージに辿り着くまでにはリンゴ半分くらいの量のチョコを食べねばなりません。私たちは青ざめましたが、教頭先生はチョコに齧り付き、顔を顰めながらも根性でどんどん食べて、食べ続けて。
「…ブルー、このカプセルの中にメッセージが?」
うっかりしていたら飲んでしまいそうな小さな青いカプセルを見つけた教頭先生に、会長さんが頷きました。教頭先生がカプセルを開けて固く巻かれた紙片を取り出すと…。
「せっかくだから声に出して読んで。…ハーレイの声が好きなんだ」
甘えるような口調の会長さん。教頭先生は頬を赤くし、紙片を開きながら読み始めます。
「大好きだよ、ハーレイ。あの指輪、ぼくにくれるかな?…ハーレイと…」
「ん?」
詰まってしまった教頭先生を会長さんが促しました。
「う、うむ…。…ハーレイと…結婚したいんだ」
「そういうこと」
微笑んだ会長さんはとても綺麗で、教頭先生の目尻に涙が滲んでいます。まさか会長さん、本気で教頭先生と…?
「…ブルー…。このメッセージは本当なのか?」
「うん。大好きだよ、ハーレイ。…ハーレイと結婚したいんだ。ぼくの気が変わるようなことがあったら、ね」
「は?」
教頭先生の目が文字通り点になりました。会長さんがクスッと笑って。
「そのメッセージ、裏側に続きがあるんだよ。知らないかな、インビジブルインク。あぶり出し用の」
フッと指先に青い焔を浮かべた会長さんがメッセージを書いた紙片を炙り、教頭先生に差し出します。
「ほら、文字が浮かんできただろう?…声に出して読んでよ、もう一度。表に書いた分から裏まで続けて」
「………………」
教頭先生はガックリと床にへたり込みました。苦手なチョコレートを頑張って食べて、その甲斐あったと思ったら…まさかのどんでん返しです。
「ふふ、バレンタインデーって素敵だよね。チョコレートと告白がセットものって、最高じゃないか。そうそう、あぶり出しの文字は紙が冷えたら消えるんだ。表側のメッセージはそのままだから、記念にとっておくのもいいんじゃないかな」
クスクスクス。笑いながら教頭室を出た会長さんが私たちに語った真実は残酷でした。チョコレートは会長さんじゃなくて「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ったもの。しかも甘さは半端じゃなくて、チョコレート好きの会長さんでも一口食べたら胸焼けしそうな代物だとか。教頭先生、明日はショックと体調不良で欠勤しちゃうかもしれませんねぇ…。




入試の合格発表が終わるとバレンタインデーが目前でした。温室の噴水が期間限定のチョコレートの滝に変わって大人気。去年も目にした光景ですが、ミカンやバナナをコーティングして楽しんでいる生徒が大勢います。ちょっとしたお祭り気分ですね。そんな平和なある朝のこと。
「諸君、おはよう」
1年A組の教室に現れたグレイブ先生は1枚の紙を持っていました。
「バレンタインデーが近づいているが、校長先生から諸君へのお言葉がある。読み上げるから静粛に」
なんでしょう?首を傾げるA組一同。グレイブ先生は紙を掲げて軍人のみたいに直立不動。
「在校生の諸君、我がシャングリラ学園はバレンタインデーにおけるチョコレートのやり取りを非常に重視するものである。この時期、温室の噴水をチョコレートの滝に変えてあるのは、懐の寂しい生徒が容易にチョコレートを入手できるようにとの配慮であるから、持ち帰りは大いに奨励される」
えっ、チョコレートの滝はお遊びじゃなくて実用品!じゃあ、去年お小遣いをパンドラの箱の要求で使い果たしてしまった私が、あの滝のチョコを取って固めて「そるじゃぁ・ぶるぅ」にプレゼントしたのは正しい利用法だったんですね。
「なお、ここまでお膳立てをしてもチョコレートのやり取りをしない生徒は礼法室にてバレンタインデーに説教をする。当日の終礼までにチョコを1個も貰えなかった男子および1個も渡しに行かなかった女子は覚悟するように。…以上」
グレイブ先生が朗読を終え、眼鏡を指先で押し上げて。
「校長先生もこのようにおっしゃっている。風紀に厳しい我が学園だが、バレンタインデーは特別なのだ。年に一度くらい男女の交遊をさせてやろうという、校長先生の寛大な思し召しを無駄にしないよう心がけたまえ」
「質問です!」
男の子がサッと手を挙げました。
「もしもチョコレートを貰えなかったらどうなるんですか?」
「礼法室で説教だ。その後は何故チョコレートを貰えなかったか、自分の至らなかった点を自問自答し、反省文を校長宛に提出する。反省文は四百字詰め原稿用紙に手書きで2枚以上。書き終えるまで下校は不可」
ひゃああ!…女子はチョコを誰かに渡しさえすればオッケーですけど、男子はそうはいきません。誰からもチョコを貰えなかったら、お説教の上、反省文…。
「男子諸君は頑張りたまえ。…そうそう、一つ教えておく。どう頑張っても女子にチョコを下さいと言えない生徒もいるだろう。少々不甲斐無い気がしないでもないが、そういう男子は友人同士でチョコをやり取りするのが許可されている。我が学園では『友チョコ』と呼ばれ、これがけっこう評判がいい」
おぉぉっ、と男子がどよめきました。それならチョコレートを手に入れる道が開けます。
「要するに、説教と反省文の対象になるのは男女ともに努力しなかった者だけだ。男子に渡す度胸の無い女子も友チョコが許されているからな。…諸君、ベストを尽くすように」
そう言ってグレイブ先生は朝のホームルームを終えました。チョコレートの滝に加えて友チョコ制度。これだけ揃えてもらっているのにお説教と反省文の刑を食らう生徒がいるんでしょうか?…後で口コミで知った話では、過去に該当者は無いそうです。でも期末試験が近づいているのに、浮かれ騒いでいていいのかな?まぁ、そんな所がシャングリラ学園の校風なのかもしれませんけど。

その日はクラス中がバレンタインデーの話で持ちきりでした。チョコレートの滝と真剣に向き合ってきたクラスメイトもいたみたい。放課後になって「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ行くと、テーブルの上に乗っていたのは…何種類ものケーキとスコーン、それにフィンガーサンドイッチ。アフタヌーンティー用の食べ物です。こんな準備がしてある日は…。
「かみお~ん♪みんな座って、座って!もうすぐフィシスとリオが来るよ」
ティーセットを用意してお湯を沸かしながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」は御機嫌でした。
「今日のスコーンも自信作なんだ。ケーキも好きなだけ食べていってね、沢山作ったんだもん」
会長さんに促されてソファに座るとすぐに紅茶が出てきます。その内にフィシスさんとリオさんが来て、和やかなお茶会が始まりました。
「…今日はいったい何があるの?」
ジョミー君がクロテッドクリームをたっぷり塗ったスコーンを頬張りながら尋ねます。アフタヌーンティーの時は決まって生徒会の用事があるのでした。私たちは何の役目も持ってませんから、ただ聞いているだけなんですけど。
「バレンタインデーに決まってるじゃないか」
会長さんが即座に答え、詳しいことはキース君たちが来てからだ…と言いました。珍しいこともあるものです。いつもなら会長さんとフィシスさん、リオさんの三人でテキパキと話を終えてしまって、キース君たちがやって来る頃にはおしゃべりタイムになっているのに…。
「君たちにも聞いておいて欲しい話だからさ。普段している仕事と違って、ちょっと特殊な仕事なんだよ」
普段の生徒会の仕事は他の学校と変わりません。行事の準備や学校側との打ち合わせなど、会長さんがサボリを決め込む用事が殆どです。そのサボリ大好き会長さんが乗り気に見える特殊な行事って何でしょう?早くキース君たちが来ないかなぁ…。あっ、やっと入ってきましたよ。いつも練習、お疲れ様です!
「やあ、三人とも、待っていたよ。…まずは座ってゆっくりしたまえ」
会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」の淹れた紅茶をキース君たちに渡し、お腹を空かせた三人組がサンドイッチやスコーンをたっぷり食べてケーキの方に移るのを待って。
「そろそろいいかな。…リオ、今年のチョコレートの手配の方は?」
「順調です。注文書が届いてすぐに発注してありますし、間もなく全て完了するかと」
えっ、チョコレートの手配ですって?…もしかして生徒会もバレンタインデーにチョコを配るんでしょうか。でも、それなら『友チョコ』なんていう制度が無くても、全員チョコを貰えそうな気が…。あ、女の子は渡しに行かないといけないんですし、貰うだけではダメなのかな?
「違うよ、チョコレートを手配してるのは同じシャングリラでも学校じゃなくて船の方」
「「「船!?」」」
私たちは驚きのあまり、ケーキやサンドイッチを取り落としそうになりました。シャングリラという名前の船は宇宙クジラしかありません。二十光年の彼方を航行中の宇宙船にバレンタインデーのチョコレートを?
「シャングリラは今、月の裏側まで帰ってきてる。何光年も離れた場所までチョコレートは届けられないからね」
賞味期限の問題もあるし、と会長さん。
「あらかじめ送ってもらった注文書どおりにチョコレートを用意するんだよ。みんな色々こだわりがあるし、これがなかなか大変で。…リオがいなけりゃ、全員チロルチョコかもね」
「そんなことになったら、皆、泣きますよ。とても楽しみにしてるんですから」
「分かってるって。リオには感謝してるんだ」
会長さんはクスクスと笑い、「そるじゃぁ・ぶるぅ」を呼びました。
「ぶるぅ、もうすぐチョコレートが用意できるそうだよ。今年はどうする?シャトルを降ろしてもらって運ぶか、一気にシャングリラまで移動させるか。…ぼくはどっちでも構わないけど」
「うーんと…。シャトルを降ろしてもらっても、そこまで運ばなきゃいけないし。面倒だから送っちゃおうよ、シャングリラまで」
いつも一気に送ってるもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコ顔です。
「分かった。…それじゃ、リオ。チョコレートが全部用意できたら、シャングリラに衛星軌道上に移動してくるよう連絡を。ステルス・デバイスは月を離れた時点で起動」
「「「ステルス・デバイス?」」」
聞き慣れない単語をオウム返しに聞き返してしまう私たち。ステルス・デバイスって何でしょう?
「シャングリラがレーダーに探知されない為の技術だよ。起動中は肉眼でしか捉えられない。…普段は使わないんだけれど、地球に近づく時には必須」
「…あんた、シャングリラの何なんだ?」
キース君が会長さんを真剣な目で見つめました。
「チョコレートの件はまあいいとして、月から地球の衛星軌道に移動させろと命令したり、ステルス・デバイスの起動を指示したり…。船長は教頭先生なんだろう?…なのに、あんたが指揮できるなんて…。本物の船長はあんただってことはないだろうな?」
「それは無いよ。この件だけは特別だから、ぼくの都合に合わせてるんだ。バレンタインデー用のチョコレートをシャングリラに配達するのに船長の手を煩わせることはないだろう?…運ぶのはぼくとぶるぅだし」
チョコレートを詰めた箱ごと瞬間移動させるんだよ、と会長さんは微笑みました。
「ついでに言うなら、チョコレートの購入資金は生徒会から出てるんだ。ほら、こないだの入試で試験問題やお守りを売って稼いだだろう?…あれでチョコレートを買うんだよ。他にも一年を通じて色々なものを差し入れしてる」
「…福利厚生って本当だったんですか…」
シロエ君が目を丸くしています。会長さんは確かに「シャングリラ号の乗組員の福利厚生に充てる」と言っていましたけれど、私も含めて誰も信じていませんでした。
「うん、本当。…たまには仲間の役に立つことだってしておかないとね」
ぼくは遊ばせて貰ってるんだし、とウインクをする会長さん。シャングリラ号に乗り組んでいる人たちの為にバレンタインデー用のチョコレートを用立てて運ぼうだなんて、驚きです。いつも生徒会をサボッてばかりなのに、私たちが知らない所できちんと仕事をしてたんですね。

それから後はバレンタインデーとチョコレートの話に花が咲き、私が1年前にチョコレートの滝のチョコをお弁当箱の蓋に入れて固めた話は大ウケしました。
「パンドラの箱って金欠になるほど凄かったんだ?」
ジョミー君が笑い、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「いっぱい食べさせてもらったもんね」と威張っています。駅前商店街のタコ焼きに始まってアイスキャンデーを全種類だとか、他にも食べ物関係の注文満載。それは凄まじい要求で…。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の胃袋を満たそうっていうんですから、今にして思えば当然ですけど。
「みゆの手作りチョコ、嬉しかったよ♪」
チョコレートの滝を固めたチョコでも気持ちが嬉しかったんだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ブルーは沢山チョコを貰うけど、ぼくにくれる人っていないんだよね。…今年は誰かくれるかな?」
こう言われてはプレゼントしないわけにはいきません。いえ、最初から贈るつもりでいましたけれど、これは会長さんと同じレベルの本命チョコをプレゼントするのが筋でしょうか?…いつも御馳走になってますしね。
「あら」
フィシスさんが私に顔を向けました。
「ブルーにチョコレートを贈るんだったら、一緒に買いに行きましょうか?」
「えっ?」
「明日はお休みですし、買いに行こうと思ってましたの。一人で行くより楽しそうですし、如何かしら?」
願ってもないお誘いです。フィシスさんなら会長さんが好きそうなチョコを知ってるでしょうし、これを断る手はありません。「行きたいです!」と勢いよく言うと、フィシスさんはニッコリ微笑んで。
「スウェナさんも御一緒にいかが?…せっかくですもの、女の子ばかりでチョコレート探し」
「いいんですか?」
スウェナちゃんもチョコレートを買いに行きたかったみたいです。話はトントン拍子に決まり、明日は3人でバレンタインデー用の特設売り場に出かけることになりました。
「ふふ、女の子って可愛いよね。…どんなのを買ってくれるのかな?」
会長さんが楽しそうに言うと、サム君が。
「なぁ、俺の分も買ってきてくれよ。義理チョコってヤツでいいからさ」
「あ、ぼくも!ぼくも義理チョコ買っといて欲しい!」
ジョミー君が叫び、シロエ君たちも義理チョコを頼むと言い出しました。お説教と反省文から逃れたいという気持ちが見え見えです。でも、サム君もジョミー君も…みんな親睦ダンスパーティーでワルツを踊るメンバーに選ばれてたじゃありませんか。義理チョコなんかに頼らなくても大丈夫だと思うんですけど…。
「ほらほら、みんな無理を言わない」
止めに入ったのは会長さん。
「心配しなくても週明けから保険の集金が始まるよ」
「「「保険!?」」」
「そう、保険。…誰からもチョコを貰えなかった場合に備える友チョコ保険さ。女の子はチョコを買いに行くから、頼まれなくても友達の分まで美味しそうなチョコを買って配ったりしてるよね。でも男の子がこの時期にチョコを買いにいくのはキツイだろう?」
言われてみれば、女性で賑わうバレンタインデー前に男の子がチョコを買いに行くのはかなり勇気が要りそうです。ジョミー君たちも顔を見合わせて「キツイかも…」と呟きました。
「ほらね。そういう君たちのために友チョコ保険があるんだよ。3年生が中心になってお金を集め、その子たちのお母さんやお姉さんたちがチョコレートを買ってきてくれる。保険金さえ払っておけば、バレンタインデー当日にチョコが届くというわけだ。友チョコ保険の主催者は複数いるから、主催者同士はお互いに交換し合えばオッケーってわけ」
ぼくは申し込んだことないけどね、と会長さん。リオさんは「ぼくは毎年お願いしてます」と言い、ジョミー君たちも申し込むことに決めたようです。男の子って大変かも…。

あくる日、スウェナちゃんと私はフィシスさんと待ち合わせをして、デパートの特設売り場へチョコレートを買いに出かけました。土曜日だけに凄い混雑ぶりですけれど、ここで負けてはいられません。まずはジョミー君たちへの義理チョコです。予算の範囲内で見栄えのするのを…って、思ったよりも難しいですね。スウェナちゃんと迷っていると、フィシスさんが。
「大きさで選ぶなら、さっきのお店はどうかしら?パッケージデザインだったら、これが素敵だと思うのだけど」
うわぁ…凄い記憶力です。私たち、何処で何を見たのか混乱しちゃって分からないのに。おかげでスウェナちゃんと私は、それぞれ別のお店で義理チョコっぽく見えないものを首尾よくゲットできました。これでジョミー君たちに2種類の義理チョコを渡せます。さて、次のお買い物は本命チョコ。スウェナちゃんはどうするのかな?
「…えっと…私も会長さんに…」
だって会長さんって素敵だもの、とスウェナちゃん。ライバル出現!というところですが、焦る気持ちは出てきません。会長さんにはフィシスさんという大本命がいるんですから、勝てっこないって分かっています。私が本命チョコを買うのは、憧れの王子様へのプレゼント。渡せるだけで十分です。フィシスさんは会長さんの好みのチョコを幾つか教えてくれ、私たちは今度も別々のチョコを買いました。それに「そるじゃぁ・ぶるぅ」の分も。
「お買い物はこれで全部なのね?」
フィシスさんに聞かれて頷くと、「じゃあ、お茶にしましょう」と誘われて。
「沢山歩いて疲れたでしょ?ここのシフォンケーキは美味しいの」
ブルーと何度か来ているのよ、と素敵なカフェに連れて行ってもらったのですが。…チョコレートが入った紙袋を置こうとして気付いたのです。フィシスさんが何も買ってはいなかったことに。
「あ、あの…」
フィシスさんがシフォンケーキと紅茶を注文してくれた後で、私は頭を下げました。
「すみません!…お買い物、わざわざ付き合って下さったんですね。私が会長さんの好きなチョコ…って思ったから…」
「あら、そんなこと気にしないで?私も楽しかったんですもの」
女の子だけで出かけたかったの、とフィシスさん。いつもは会長さんとチョコレート売り場に行くのだそうです。うーん、さぞかし目立つんでしょうね。じゃあ、フィシスさんは会長さんと出直してきてチョコを買うのかもしれません。
「私がブルーにプレゼントするのはお菓子なのよ。…そうね、クイニーアマンに似てるかしら」
作るのに手間がかかるのだけど、というそれはフィシスさんの家に伝わる古いお菓子で、お祝い事の時に作るそうです。
「シャングリラ学園に来て、ブルーの誕生日に作ってみたの。そしたら…これはアルタミラのお菓子だ、って」
会長さんの故郷の記憶を持っているフィシスさんが故郷のお菓子を作ってくれた時、会長さんはどんなに嬉しかったでしょう。もうアルタミラは無いんですもの。
「それからずっと作ってるのよ。ブルーの誕生日と、バレンタインデーと」
もっと簡単に作れるのなら毎月だって作るのだけれど、と少し悲しげな笑みを浮べるフィシスさん。会長さんが『ぼくの女神』と呼ぶのも無理はありません。三百年以上前に失くしてしまった故郷の記憶を見せてあげられて、故郷のお菓子まで作れるんですから。…あ、もしかして「そるじゃぁ・ぶるぅ」も作れるのかな?
「ぶるぅはアルタミラではお料理をしてなかったんですって。だからレシピを教えたわ。でも、ブルーは私が作った方が美味しいって言って譲らないのよ。同じ味だと思うのに…」
あう。同じお菓子を作ってあげても「そるじゃぁ・ぶるぅ」よりフィシスさんですか!これじゃ、私が買ったチョコなんて意味ないかも…。
「大丈夫よ。ブルーにちゃんと言ってあるから。今年はあなたたちが大好きなチョコを買ってくれるわ、って」
おぉっ!流石は女神様です。お買い物に連れてってくれただけでなく、会長さんに伝えてくれただなんて。
「ブルー、楽しみに待ってるの。だから忘れずに渡してあげてね」
「「ありがとうございます!」」
私たちは深々と頭を下げました。会長さんもお気に入りというシフォンケーキはフィシスさんが御馳走してくれ、それから少しお散歩をして、一緒にお昼ご飯を食べて。…フィシスさんは「また三人で出かけましょうね」と優しい笑顔で手を振りながら、雑踏の中に消えていきます。もしかして会長さんと待ち合わせかな?…ずっと向こうに銀色の髪がチラッと一瞬、見えたような…。
『ここだよ。ぼくの女神、ぼくのフィシス』
会長さんの声が聞こえた気がしましたが、ふわりと落ちてきた雪のひとひらが運んでいってしまいました。




水中かるた大会の後、シャングリラ学園は『白鳥の湖』の話でもちきりでした。王子役のグレイブ先生とオデット姫の教頭先生、二人の踊りと息の合ったリフトは語り草です。グレイブ先生たちが本当にバレエの知識を脳髄に叩き込まれたことを知っているのは、先生方と私たちの仲間だけ。でも最近のグレイブ先生、実はちょっぴりノリが良かったり…。
「諸君、おはよう」
ガラリと扉を開けて入ってきた先生に今日も誰かが叫びます。
「いよっ、ジークフリート王子!」
グレイブ先生はタンッ!とその場でポーズを決めて、ニヤリと唇の端を上げました。
「おはよう。…今日も私は絶好調だが、諸君はどうかな?」
元気でーす!とみんなが答え、朝のホームルームの始まりですが…。
「来週、我が学園の入試がある。諸君も去年は受験生だった。下見に来ている者をチラホラ見かける時期だが、学園の品位を落とさないよう、言動に注意してくれたまえ。入試期間は休校になり、部活も休みだ。不要不急の登校は控え、家や寮で勉学に勤しむように」
そっか、受験シーズンなんですね。去年は色々ありましたっけ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に迷い込んで特待生と勘違いしたり、入試に落ちて会長さんに『パンドラの箱』を売ってもらったり…。感慨に耽っている間にグレイブ先生は姿を消して、入れ替わりに会長さんがやって来ました。アルトちゃんとrちゃんに声をかけ、小さな包みをを渡しています。
「はい、これ。…1年前のぼくからプレゼント」
「「1年前?」」
アルトちゃんたちは怪訝な顔。会長さんはクスッと笑って「開けてみて」と言いました。包みの中から出てきたものはパワーストーンのストラップのように見えますが…。
「シャングリラ学園の受験シーズン名物、試験に落ちない風水お守り。本当に効果があるんだよ。分かりやすいように風水って言ってるけれど、ぶるぅの力が入ってるんだ。だからね、これを持っていればどんな試験も大丈夫」
ん?試験って…会長さんのサイオンで1年A組はいつでも無敵。そんなもの必要ないのでは?アルトちゃんたちもそう言っています。
「うん、そうだね…今は必要ないね。でも来年はクラスがどうなるか分からないし、クラスが違えば助けてあげられないだろう?もちろん同じクラスなら嬉しいけれど。だから来年のために持ってきたんだ。このお守りは受験シーズンしか売らないしね」
「売り物なんですか?」
rちゃんが尋ねました。そういえば受験に来た時、売りに来ていた覚えがあります。今から思えば売り子はフィシスさんでした。
「生徒会の資金稼ぎにしてる。売値は…」
会長さんが囁いた値段にアルトちゃんたちはビックリ仰天。一ヶ月分の授業料です。
「そ、そんな高いもの、いただけません!…だって…だって…」
「いいんだ、原価は大したものじゃないんだよ。…それよりも去年、君たちに売りつけずに済んだことが嬉しくて。受験生向けに売り出す分は入学試験にしか効かないんだ。そういう仕様になっている。そんな期間限定モノを凄い値段で売りつけていたら、ぼくは自分が許せなかったと思うんだよね。…大切な人には本物をあげたいじゃないか」
そう言って会長さんはアルトちゃんたちの手にストラップをしっかり握らせました。
「もしも1年前に戻れるんなら、君たちに本物のお守りをプレゼントしたいんだ。だから、今ここにいるのは1年前のぼくだと思って、このお守りを受け取って?…これから先の試験もずっと君たちを守ってあげられるように」
「…いいんですか…?」
「うん。このストラップは、ぶるぅの力。…クリスマスにあげた指輪は何の力もないけれど…君たちを守ってあげたいというぼくの気持ちが詰まってるんだ。あの指輪をいつも嵌めていてくれて嬉しいよ」
ひゃああ!学校ではアクセサリーは禁止です。会長さんがアルトちゃんたちの指輪をいつも見ているということは…今も変わらず寮のお部屋に通っているに違いありません。そして今度はストラップ。「1年前のぼくから」だなんて気障なセリフはシャングリラ・ジゴロ・ブルーならではです。アルトちゃんたちは感激しながらストラップを握り締め、何度もお礼を言っていました。

その日の放課後、いつものように「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと、テーブルの上に天然石の丸いビーズが入った小さなお皿が。お部屋の主の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は小さな手で丸いビーズを持ってストラップ作りに励んでいました。
「かみお~ん♪今日のオヤツはスフレだよ。休憩がてら作っちゃおうっと」
作りかけのストラップを1つ仕上げて「そるじゃぁ・ぶるぅ」はスフレ作りを始めます。オーブンに入れて焼き上がりを待つ間に、壁を通り抜けて入ってきたのは会長さん。
「やあ、ぶるぅ。ストラップ作りはどんな具合?」
「ん~とね…。今日、持って帰って夜なべをしたら仕上がると思う。ブルーの方は?」
「クーラーボックスは注文してきた。今年は沢山売れるといいね。…後は試験問題だけど、どうしよう?みんなも連れて行くべきかな」
えっと。クーラーボックスというのは私が買った『パンドラの箱』のことですね。試験問題は…会長さんに「午後の試験問題を買わないか」と持ちかけられたアレでしょうか?受験シーズンは生徒会も色々大変みたい。スフレが焼きあがる頃、部活が終わったキース君たちがやって来ました。
「わーい、タイミングぴったりだぁ!スフレはしぼむと美味しくないし」
キースたちの部活の様子も見てたんだよ、と自慢しながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」が出来立てスフレを運んできます。熱々のをスプーンで食べながら、去年の受験の話になって…。
「私、この部屋に迷い込んじゃった。ぶるぅがアイスを食べてたっけ」
「うん。ぼく、みゆが来てたの知ってるよ。遊んでくれるかと思ったけれど、帰っちゃったね」
「だって…。すごく立派なお部屋だったし、特待生かお金持ちの子の専用室だと思っちゃって…叱られそうで」
あはは、と皆が笑いました。今じゃすっかり溜まり場と化してるお部屋ですけど、最初は謎の部屋だったんです。
「そういえば俺も来たんだっけ。…迷い込んだんじゃなくて探し回ったけど」
サム君がそう言ってから慌てて口を塞ぎました。
「ん?どうしたんだい、変な顔して」
会長さんが覗き込みますが、サム君は首を左右に振るばかり。何事なのかと思っていたら、ジョミー君が両手をポンと打ち合わせて。
「思い出した!…サムったら、ぶるぅを見つけて殴ったんだよ」
「「「えぇっ!?」」」
柔道部三人組が叫びました。サム君が「そるじゃぁ・ぶるぅ」を殴った話は、合格発表の日に耳に挟んだような微かな記憶が…。
「すまん!…俺、あの時は試験のことで頭が一杯だったんだ!」
一度も謝っていなかったっけ、とサム君が土下座しています。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコと笑い、「気にしてないよ」と答えました。柔道部三人組はまるで話が分かっていません。サム君は頭を掻き掻き、事情を説明し始めました。
「あのさ…。入試の前に噂を聞いたんだ。不思議な力を持つマスコットがいて、そいつに試験前に頭を噛んでもらうと、追試にも赤点にもならない…って。だから必死に探したよ。やっとの思いで探し当てたら、こいつだろ?噛み付くどころか、お茶とお菓子を出してきたんだ。それじゃ噛み付いてもらえないじゃないか。困ってしまって、つい、思い切り…」
殴ったのだ、と白状しながらサム君はまた土下座です。
「それで噛み付いてもらえたのか?」
キース君が尋ね、サム君は。
「おう、バッチリ!…おかげで一発合格だった」
今年のヤツらも噛んでもらえばいいのにな、と言ったサム君は「そるじゃぁ・ぶるぅ」にアドバイス。
「俺みたいなヤツ、今年も来るかもしれないぜ。お茶なんか出していないでガブリといけよ」
「えっ、お客様に噛み付くの?…そんなことしたって意味無いよ。サムの時はビックリしたから噛んじゃったけど」
「お前が頭をガブリとやったら試験に落ちなくなるんだろ。みんな藁にも縋りたいんだ」
サム君が力説した時、会長さんが吹き出しました。
「その噂、全面的に間違ってるよ。ぶるぅが噛んでも何も起こりはしないんだ。噂の元はこの学校の生徒じゃなかったのかもしれないね。試験に効くのはぶるぅの手形なんだから」
「えっ!?」
ポカンと口を開けるサム君。会長さんはクックッと笑い続けています。
「ぶるぅの赤い手形を押して貰えば0点のテストも満点だけど、それ以外の試験に役立つ力は…このストラップだけなんだ。ただの天然石のビーズに見えるだろ?でも、ビーズにはぶるぅが手形を押している。これを持って試験に臨めば、答案用紙に赤い手形の力が移って満点扱いになる仕掛けなのさ」
作りたての天然石のストラップ。この石の中に赤い手形の不思議パワーが…。
「そんなわけだから、ぶるぅの力で合格できるのはストラップを買った受験生だけ。手形はぶるぅの右手から出る。噛み付いたって手形の力は発動しないよ。…つまり頭を噛まれたサムは噛まれ損だね」
「それじゃ、俺って自力で合格?」
「そういうこと。もっと自信を持ちたまえ」
会長さんはストラップを手に取って軽く揺らします。
「このストラップは期間限定、期限付き。ぶるぅの手形を答案用紙の枚数と面接の分しか押してないんだ。それ以後の試験はフォローできない。…やろうと思えば卒業までに行われるテスト全ての回数分の手形を押すことが可能だけどね」
あ。今朝、アルトちゃんとrちゃんが貰っていたのはそのバージョン!まさに特別製だったんです。会長さんはアルトちゃんとrちゃんのために特製ストラップを作ったのか、と思うと二人が羨ましいような…。『パンドラの箱』を買わされた私とは大違いです。会長さんは私の視線に気付いて微笑みました。
「そうそう、ぶるぅの力で合格する方法はもう1つだけあるんだよ。みゆが持っているパンドラの箱。…ぶるぅとの文通用になってるけれど、元々は補欠合格用のアイテムなんだ。この箱の中にぶるぅが入れる注文メモを全てこなした人の書類に、ぶるぅが手形を押しに行く。すると補欠で合格できる」
「そうだったんだ…」
やっと仕組みが分かりました。書類に手形を押してもらう為に、注文をこなす必要があったんです。そりゃあ…たったの二千円という破格の値段で手形の力を手に入れるなら、それを押す「そるじゃぁ・ぶるぅ」に気に入られるしかありませんよね。最後は男湯にまで行きましたっけ。
「みゆ、頑張ってくれたよね♪」
ニコニコ顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。今年も沢山のパンドラの箱に注文メモを入れるのでしょう。

そんな調子でワイワイ騒いで盛り上がっていると、会長さんが時計を眺めて立ち上がりました。
「そろそろいいかな。試験問題を手に入れに行くから、みんなも一緒についておいで。ぶるぅ、シールドを」
えっ、シールド?…私たち、極秘でお供するんですか?
「ぼく一人しか行けないんだ。…試験問題を貰うんだよ?他人がいたら絶対に渡してくれないだろう。でも、せっかくだからギャラリーが欲しい」
「「「ギャラリー!?」」」
この単語が出るとロクなことにはなりません。でも拒否権は無いようで…気付けば私たちはシールドの中。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に連れられ、向かった先はやはり本館でした。教頭室の扉を会長さんがノックもせずに開けて素早く滑り込みます。私たちも大急ぎ。
「やあ、ハーレイ。とっても稽古熱心だね」
「ブルー!?」
教頭先生は窓枠に手をかけて片足を上げているところでした。これってバレエのバーレッスンでは?
「ブルー、入る前にはノックしてくれ」
慌てた様子で足を下ろした教頭先生。
「いいじゃないか。…バレエの練習してただなんて、面白いもの見ちゃったな」
「誰のせいだと思ってるんだ。白鳥の湖を踊らされてから、身体がどうも落ち着かん。仕事で長時間座っていると、無性にこれがやりたくなって…」
「バレエは身体にいいらしいよ。ストレッチ代わりになりそうだね、それ。…ぼくがプレゼントしたレオタードとかバレエシューズは使ってくれてる?」
「あんなものが着られるか!」
「…そう。残念」
会長さんはクスッと笑って教頭先生のそばに近づきました。
「実はバレエはどうでもいいんだ。ぼくが来たのは大事なこと。…入試の試験問題を貰いたくって」
「……今年もか?」
「うん。いつものようにお礼はするよ。ハーレイが嫌でなかったら」
「……………」
試験問題の横流し。そんな大それたことを頼もうという会長さんは凄いですけど、どうやら恒例行事のようです。教頭先生は複雑な顔をしていましたが、しばらくして「分かった」と短く答えました。
「ありがとう、ハーレイ。お礼はもちろん先払いだよね?…一緒に来て」
会長さんは教頭先生の腕に自分の腕を絡ませ、仮眠室へと入って行きます。そして自分から大きなベッドに上り、真ん中あたりにストンと座ると、教頭先生を手招きしました。
「ほら、早く。…年に1回だけなんだから」
げっ。仮眠室のベッドの上で、年に1回だけ…何をすると?っていうか、2歳児…もとい自称1歳児をシールド要員で連れてきておいて、この展開は何事ですか!?ジョミー君たちもパニック寸前。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は何も分からない子供ですから、平然としていますけど。
「…ハーレイ。お礼が要らないんなら、問題はタダでもらっていくよ?」
会長さんに急き立てられて、教頭先生は頬を染めてベッドに上がりました。そして会長さんに近づき、ゴロンと横に…って、会長さんの膝枕?
「ふふ。…もう顔が真っ赤になってる。動かないで」
会長さんの右手の中にフッと現れたものは竹製の『耳かき』でした。白いフワフワの毛がくっついたそれで始めたのは当然、耳掃除です。くすぐったそうな顔の教頭先生の耳を会長さんは馴れた様子で掃除し、反対側も。耳掃除を終えた会長さんの手から耳かきが消え失せましたが、教頭先生は膝枕でまだ目を閉じています。
「…ブルー…。今年もこれだけか?」
「うん。膝枕で耳掃除という約束だものね、昔から」
「…そうか。無理強いをするつもりは無いが…」
ヘタレで名高い教頭先生、今日はいつもと違うようです。膝枕をして貰って目を閉じていると気分が大きくなるのでしょうか?
「今年こそは、と秘かに思っていたんだがな。お前が1つのクラスに在籍し続けることなんて無かったし…心境に変化が起こったのかと」
「それで積極的だったわけ?婚約指輪まで買っちゃってさ。…読み違えているよ、ハーレイ。ぼくは何にも変わっちゃいない。楽しい仲間が沢山増えて嬉しかったのは本当だけど」
「やはり気持ちは変わらない…か。私がどんなに想っていても」
「痛い目に遭いたくないからね」
会長さんは小さく笑って教頭先生の頭をどけるとベッドから滑り降りました。
「ハーレイ、練習したこと無いだろ?…どんな目に遭わされるかと思うと、怖くて相手できないよ。まだノルディの方がマシかもしれない。…ノルディなんか大嫌いだけど」
ハーレイのことは大好きだよ、と微笑む会長さんをベッドから降りた教頭先生は一度だけ強く抱きしめ、仮眠室から教頭室へ。そして金庫の鍵を開けると試験問題のコピーを取り出し、会長さんに渡したのでした。
「これで全部だ。…いつかこういう取引じゃなくて…」
「ぼくと一緒に過ごしたい?…だったら努力してみればいい。ぼくを陥落させたいならね」
じゃあ問題は貰っていくよ、と会長さんは綺麗な笑みを浮べて教頭室を出て行きました。シールドの中の「そるじゃぁ・ぶるぅ」と私たちを引き連れて。

「耳掃除で試験問題漏洩か…」
キース君が気の抜けた声で呟きます。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋に戻った会長さんは試験問題をせっせとコピーしていました。これとストラップの売り上げが生徒会の主な資金源。もっとも正規の資金ではなく裏金というヤツですが。パンドラの箱は値が安いので、重視されてはいないそうです。
「ハーレイがヘタレな間は耳掃除でいけるから楽勝なんだよ。ぼくは永遠のヘタレを希望」
コピーしながら言う会長さんに良心の呵責は無さそうでした。そして入学試験当日も会長さんはリオさんとフィシスさんを助手に試験問題のコピーやストラップを売り、合格発表の日はパンドラの箱を売り捌いて。
「ふふ、今年の売り上げもなかなかだったよ」
影の生徒会室で通帳に並んだ数字を眺め、会長さんは御機嫌です。このお金は宇宙クジラことシャングリラ号の乗組員の福利厚生に充てるんだ、なんて言ってますけど、真相はいったいどうなんでしょうね?




シャングリラ学園新年恒例『かるた大会』は1年A組の圧倒的勝利で終わりました。輝く学園1位の座です。本年度最後の全学年での順位争いを制してプールから上がると表彰式。教頭先生から表彰状を受け取ったのは会長さんです。全校生徒が拍手を送ってくれましたけど…。あれ?これでおしまいなんでしょうか?…先生方や職員さんが会場の片付けを始めています。
「えっ…。もしかして、なんにもないの?」
ジョミー君の言葉はみんなの心の声でした。学園1位を獲得すれば絶対に何か美味しいイベントに巡り会えると思ったんですが…深読みのしすぎだったかも。期待したのに賞状だけか、とA組全員がちょっとガッカリしかかった時。
「さあ、みんな着替えを済ませて講堂に移動しておくれ」
ブラウ先生がマイクを手にして言いました。
「1年A組は好きな先生を一人だけ指名してくれるかい?…かるた大会では、学園1位を取ったクラスに指名された先生とクラス担任が寸劇を披露するのが伝統なんだ。希望の演目があった場合は御注文にも応じるよ」
なんと!…グレイブ先生が逃げ腰だった理由はこれですか。A組の生徒の瞳が一気に輝き始めました。グレイブ先生と誰かが寸劇を披露してくれるとは愉快です。私たちは歓声を上げ、視線は自然に会長さんの方向へ。指名権を欲しがることは分かってますし、会長さんならきっと素敵なことを考え出してくれるでしょう。
「…ぼくが選んでいいのかい?」
指名よろしくお願いします、とみんなに言われた会長さんは案の定、とても嬉しそうで。クラス一同が「はい」と頷くとスッと指差したのは他ならぬ教頭先生でした。
「1年A組は教頭先生を指名させて頂きます」
「了解。…ハーレイ、御指名だよ」
ブラウ先生が教頭先生の肩を叩いて「頑張りな」とウインクします。
「じゃあ、寸劇はグレイブとハーレイがするんだね。演目の指定はあるのかい?」
私たちはドキドキワクワク。会長さんは「待ってて」と言うとブラウ先生の所へ行って耳元で何か囁きました。ブラウ先生がプッと吹き出し、堪え切れないように笑い出して。
「去年もなかなか凄かったけど、今年の舞台も面白いことになりそうだ。さあさあ、みんな着替えた、着替えた。講堂の座席は1年A組が一番前だよ。大いに期待しておくれ!」
まだ笑っているブラウ先生が教頭先生とグレイブ先生の背中をバンバン叩いていますが、会長さんは何を言ったのでしょう?着替えを終えて講堂へ入る直前にA組の生徒は会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」を捕まえ、演目について質問しました。でも会長さんは「それは見てのお楽しみだよ」と微笑むばかり。
「それじゃ去年は何だったの?」
そう言ったのはジョミー君。
「ブラウ先生が凄かったって言っていたけど、もし見てたんなら教えてほしいな」
そうだそうだ、と好奇心を隠せない声が二重三重に重なります。会長さんは悪戯っぽい笑顔になって。
「…聞きたいかい?」
「「「もちろんです!!」」」
凄かったという去年の寸劇、いったいどんなものだったのか。ここで聞かなきゃ大損です。会長さんはクスクスと笑い、私たちの顔を見渡しました。
「去年、ぼくはカルタ大会には参加してない。ただのギャラリーだったんだけど、寸劇は見せてもらったよ。学園1位を取ったのは3年生のクラスで、担任はゼル先生だった」
ゼル先生…。私たちはゴクリと唾を飲みました。じゃあ、相方になった先生は誰?
「指名されたのは教頭先生。…演目は『ロミオとジュリエット』だった」
「「「!!!」」」
誰の趣味なんだ、と頭を抱える私たち。会長さんが関与しなくても教頭先生は貧乏くじを引かされてしまうことがあるようです。ゼル先生と教頭先生、どちらがロミオでジュリエットやら、考えただけでお腹の皮がよじれそう。
「演じてくれたのはバルコニーの場面だよ。配役はジャンケンで決めたみたいだね。…髪の毛が無いジュリエットというのは凄かったな。衣装も用意すべきじゃないかと思ったけれど、あれはあれでウケが良かったし」
3年生にとっても卒業前のいい思い出の1コマだった、と楽しげに語る会長さん。今年の演目も気になりますが、『ロミオとジュリエット』も見たかったなぁ…。

講堂に入って行くと、他のクラスは既に着席していました。1年A組は用意された特等席に陣取り、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も二人並んで座っています。舞台にはしっかり幕が下ろされ、中の様子は窺えません。時々ドスンと重たいものが落っこちる音や奇妙な足音が聞こえてきますが、いったい何をしてるんでしょう?しばらく待つとブラウ先生がマイクを持って出てきました。
「長いこと待たせてすまなかったね。リハーサルにちょっと手間取ったんだ。本番も上手くいくかどうかは分からないけど、なにしろ素人芝居だから。…まぁ、暖かい目で見てやっておくれ」
パチパチパチ…と拍手が鳴って、ブラウ先生は満足そうに。
「期待してくれて嬉しいねぇ。それじゃ演目と配役を発表しよう。今年は寸劇じゃなくてアッと驚く舞踊劇だ。バレエ『白鳥の湖』から王子とオデットのグラン・パ・ド・ドゥ…と言いたいところなんだが、そんな難しいのは出来なくってさ。…お馴染みのテーマ曲、『情景』に合わせて二人で派手に踊ってもらうよ」
げげっ!は、白鳥の湖ですって!?あの有名な曲でグレイブ先生と教頭先生が…バレエもどきを踊るんですか!これはスーツじゃ無理ですよね。ジャージで登場するのかな?
「踊りの方は適当だけど、見どころはたっぷりあるからね。配役は1年A組からの指名で王子がグレイブ、オデット姫がハーレイだ」
「「「えぇぇぇっ!?」」」
演目が分かった時からザワついていた講堂の中は大混乱。ミスキャストだとか、それでこそだとか、ワイワイと凄い騒ぎです。えっと…配役も演目も会長さんが一人で勝手に決めたんですが、お笑いを目指したことは分かりました。グレイブ先生が王子で教頭先生がオデットだなんて、体格からして普通は逆だと思うんです。どんな踊りを見せてくれるのか、想像するのも怖いような…。
「みんな、今からビビッてたんじゃあ、本番はとても耐えられないよ?覚悟しときな」
ブラウ先生がサッと右手を高く差し上げて。
「…さあ、開幕だ。盛大に拍手しておくれ!」
割れんばかりの拍手と歓声、そして口笛が講堂を揺るがせ、静かに幕が上がりました。チャイコフスキーの不朽の名曲が大音量で鳴り響く中、舞台の上に立っていたのは王子の衣装とバレエタイツのグレイブ先生。ジャージ姿ではありません。
「おおっ、今年は衣装つきかよ!」
上級生の誰かが驚いています。そこへ舞台の袖からオデット姫が現れました。真っ白なチュチュに真っ白なタイツ、トウシューズまで履いた教頭先生の頭には羽飾りとティアラもくっついています。開幕前に聞いた奇妙な足音はトウシューズの靴音だったんですね。
「「「わはははははは!!!」」」
全校生徒が爆笑する中、舞台にスポットライトが当たってシャングリラ学園版『白鳥の湖』、いよいよ開演。舞台狭しと踊りまわる王子とオデット姫はとんでもなくダイナミックでした。私たちはこみ上げてくる笑いを押さえきれずに涙が出てくる始末です。二人の踊りはハチャメチャでしたが、リハーサルで誰かが指導をしたようで…。
「さ、三十二回転って黒鳥よね…?」
スウェナちゃんが笑いをこらえて話しかけてきます。今、教頭先生がやっているのは一ヶ所から動かないで回る連続回転、グラン・フェッテ・アン・トゥールナン。オデットじゃなくて黒鳥の…オディールの踊りだと思いますけど、細かいことを言っているより見て楽しければいいわけで…。多分、そういう発想で織り込まれた踊りなんでしょう。
グレイブ先生はヤケクソで高くジャンプしながら舞台の上を回ってますし。
「ブラボー!」
会長さんが叫び、教頭先生の回転に合わせて手拍子を打ち始めました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」も一緒にパチパチ。もう二十回くらい回転していた教頭先生はクラクラしているようでしたけど、広がってゆく手拍子に励まされて回り続けます。えっ、ちゃんと爪先で立ってるのか、って?…いくらなんでもそれは無理。三十、三十一…三十二!ドスドスと回り続けた体格のいいオデット姫はフラフラしつつも次の踊りへ。そして格調高い名曲をブチ壊しながら踊りまくったシャングリラ学園版『白鳥の湖』の締めくくりは…。
「「「おぉぉぉっ!!」」」
講堂中が湧き立ちました。グレイブ先生が根性で教頭先生を高々と差し上げ、見事なリフトを決めたのです。講堂に来た時、舞台の上から何度か聞こえたドスンという音は多分リフトの練習中の落下事故…。教頭先生はグレイブ先生にリフトされつつ、オデットらしく可憐なポーズでピタリと静止していました。名曲が終わるのと一緒に幕が下りてゆき、会場は拍手と爆笑の渦。
「アンコール!…アンコール!」
叫び声と拍手に合わせて幕が上がると、グレイブ先生と教頭先生がヘタクソながらもバレエのお辞儀を繰り返します。ブラウ先生が閉会を告げるまで、拍手は鳴り止みませんでした。

かるた大会1位の栄誉は最高のショー。終礼のために戻った教室は興奮さめやらぬクラスメイトの声と笑いで騒然としていました。
「あの衣装はあんたが用意したのか?」
キース君が会長さんに尋ねます。去年の『ロミオとジュリエット』を見た会長さんが「衣装も用意すべきじゃないか」と思った話を聞かされてますし、そうでなくてもクラス中が衣装の出処で盛り上がっている真っ最中。もしかして「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ったのではないでしょうね?
「借りたんだよ」
みんなの疑問に会長さんはアッサリ答えてくれました。
「男ばかりのバレエ団があるのを知ってるだろう?…ほら、暮れからアルテメシア公園のホールに来ているヤツ」
「…エンディミオン・バレエ団か…」
キース君がポカンと口を開けています。私もポスターで知っていましたが、見に行ったことはありません。会長さんはそんな所にまでコネを持っているのでしょうか?そりゃあ、三百年以上も生きているのですし、どんな知り合いがいたって驚くことはないのですけど。
「ホールの支配人さんがシャングリラ学園の卒業生なんだ。だから頼みに行ってきた。衣装を貸して貰えませんか、って」
「…じゃあ、あの服は本物の…」
「うん、本物のバレエの衣装。ちゃんとグレイブ先生と教頭先生のサイズを言って昨日から借りてあったのさ。トウシューズもね」
後で返しに行かなくちゃ、とウインクしてみせる会長さん。グレイブ先生がやって来るまで、私たちは笑い続けていました。
「諸君、静粛に!」
スーツに着替えた先生を見ても、やっぱり笑いは止まりません。教頭先生を見たら笑い死にしてしまいそうですが、どうしましょう?…うーん、当分、教頭室には近づかないのが吉でしょうね。

終礼の後「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと、テーブルの上にシュークリームが山盛り出てきました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は紅茶とコーヒーを淹れると忙しそうに奥のお部屋へ。
「ごめんね、みんな好きに食べてて。ハーレイたちの服を返しに行かなきゃいけないから…お洗濯しておかないと」
えっ、あんな特殊なモノを自分で洗濯するんですか?
「ぶるぅに任せておけば安心だよ」
会長さんがシュークリームをお皿に取って。
「シュークリームも色々あると言ってたっけ。カスタードの他にラムレーズンとかキャラメルとか。…ぼくが見たってどれが何なのか分からないけど」
サイオンを使えば別だけれども、と言いながらフォークを入れた会長さんは「外しちゃった」と苦笑しています。
「…絶対マロンだと思ったのに…。こういうのはフィシスが得意なんだ」
会長さんのシュークリームはマロンではなくショコラでした。常にサイオンを使っているわけではないというのが嬉しいです。だって私たち、サイオンなんて使えませんし。
「サイオンは必要が無ければ使わずにいていいんだよ。…その方が普通の人間との差が無くていい」
「…そうか、それなら安心だ」
ホッとした顔のキース君。今日はカルタ大会で体力を消耗した人が大多数なので柔道部の部活はお休みなんです。
「俺も一応、坊主だし…柔道も長くやってるし。だから精神統一には自信があったが、一度も人の心が読めない。あんたが冬休みに誘導してくれて以来、ずっと練習しているんだがな…」
ひゃああ!キース君ってやっぱり努力家です。私なんかやってみようと思ったこともありません。
「自主練習は頼もしいけど、今はやっても無駄だと思うよ」
会長さんが2個目のシュークリームを取り、フォークで刺して「またハズレだ」と呟きます。
「卒業するまでは普通の生徒としての時間を大事にするよう言っただろう?…だから君たちのサイオン能力が表に出ないよう、ぼくの力で押さえてるんだ。…もっともキース以外に練習した人はいなかったから、対象者はキース限定だけど」
「…そうだったのか…」
無駄な努力をしてしまった、と言っているくせにキース君は嬉しそうです。天才肌のキース君には「サイオンを使いこなせない」自分が許せなかったのかもしれません。でも「使えないようにされている」のなら話は別。会長さんもちゃんと教えてあげればいいのに、黙ってるなんて意地悪かも…。
「サイオンは使わなくてもいいんだけれど、上手く使えば便利でもある。たとえば…」
「シュークリームの中身が分かれば便利だよな」
サム君が4個目を頬張りながら言いました。
「俺、ラムレーズンが食いたいんだけど、まだ1個も当たってねえんだよ」
「そういう使い方は基本中の基本だね」
会長さんはクスクスと笑い、「はい」とシュークリームを1個手に取って差し出しました。
「サムのお望みのラムレーズン。4個も食べて当たらないっていうのは気の毒だし」
「おおっ、サンキュ!」
早速かぶりついたサム君は「ラムレーズンだぁ!」と大喜びです。なるほど、確かに便利かも。
「…シュークリームの中身当てより、もっと面白いことが出来るんだよ。そう、『白鳥の湖』とか」
「「「白鳥の湖!?」」」
「うん。…今日のバレエの踊りのこと。ド素人のグレイブとハーレイがメチャメチャであってもバレエらしきものを踊れた秘密はサイオンなのさ」
「「「えぇぇぇっ!?」」」
私たちはビックリ仰天です。言われてみれば、それなりに指導が入ったような踊りに見えたのは確かですが…もしかして指導が入ったのではなく、あの踊りは実力だったとか?
「そう。二人の踊りにはちゃんと裏づけがあったんだ。…サイオンは一人が得た知識を一瞬で相手にコピーできる。身体能力の問題もあるから、踊りとかだと完璧にとはいかないけれど、知識として叩き込むことは可能なんだよ。今日の演目をバレエにしたいとブラウに頼んで、バレエをやってる仲間を調達してきて貰ったのさ」
教頭先生とグレイブ先生にバレエの知識をコピーしたのはシャングリラ学園の職員さんでした。普段からパートナーを組んで踊っている仲のいいカップルらしいです。
「そ、それじゃ教頭先生たちは…本当にバレエを踊れるんですか!?」
シロエ君がひっくり返った声で尋ねました。
「そうなるね。…グレイブは王子のパートを全部踊れるし、ハーレイはオデットも黒鳥もこなせる筈だ。ただし身体がついていけば、の話だけれど。…ハーレイはまだ爪先で立てなかったから、もっと頑張って練習しないと」
練習用のレオタードをプレゼントするのもいいかもね、と会長さんは笑っています。
「柔道十段の上に古式泳法の名手なんだし、身体能力は十分にあると思うんだ。毎日欠かさずレッスンすれば、エンディミオン・バレエ団に入団するのも夢じゃないかも…。衣装を返しに行ったついでに入団テストの申し込みをしてきてあげようかな」
「「「!!!」」」
教頭先生が入団テスト!?いくらなんでもそれだけは…。
「あはは、心配しなくてもやらないよ」
会長さんはシュークリームを手に取り「はい、キャラメル味」とサム君に。
「すげえ!…俺、キャラメルも食いたかったんだ。サンキューな!」
「どういたしまして」
嬉しそうに食べるサム君を見ながら会長さんはニッコリ微笑んで。
「やっぱり人に喜んでもらえることをしたいよね。ハーレイに入団テストはまだ早すぎる。でも、いつか上手に踊れるようになったらデビューをさせてあげたいし…。今、喜んでもらえそうなのはレオタードとバレエシューズかな?トウシューズも添えた方がいいかも」
バレエ団に衣装を返しに行ったら団員に相談してみよう、と会長さんは真顔でした。そのプレゼントは喜ばれないと思うんですが…きっと言っても無駄でしょうね。こんな人に三百年以上も片想いなんて、教頭先生、マゾなのかな?




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