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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

期末試験は終わりましたが、1年生と2年生は終業式まで平常授業。特例で卒業する私たちも、卒業式までは1年A組でみんなと一緒に授業です。今日は期末試験の結果の発表日。そして私たちが卒業することも発表されると家にお知らせが来ていました。やっぱり緊張してしまいます。
「諸君、おはよう」
グレイブ先生がいつものようにカツカツと靴音をさせて入ってきました。
「先日の期末試験だが、我がA組は学年1位を獲得した。諸君、1年間の全ての試験と競技で1位を取ってくれたことに感謝する。私にとっても実に素晴らしい1年だった。ありがとう」
みんなの歓声が上がります。グレイブ先生は更に続けて。
「そして、重大なお知らせがある。修学旅行を実施した時、この学年には1年で卒業する生徒がいると言ったのを覚えてくれているだろうか?…その生徒の名前が発表された。我がA組から5人、C組から2人が卒業する」
「「「えぇぇぇっ!?」」」
教室中が大騒ぎの中、私たちの名前が読まれました。ああ、本当に卒業することになるんですね…。
「今、読み上げた生徒たちだが、卒業式までは平常どおり諸君と一緒に授業を受ける。彼らが楽しく過ごせるように、好奇心からの質問などは慎みたまえ」
はーい、と返事するみんなを眺めて、ちょっぴり寂しくなった時です。
「重大発表はもう1つある」
グレイブ先生が眼鏡をツイと押し上げました。
「ホワイトデーだ」
「「「ホワイトデー!?」」」
まるで次元の違う話に、みんなポカンとしています。特例で卒業する生徒がいるのは重大でしょうが、ホワイトデーの何処が重大なんでしょう。それともホワイトデーが違うのかな?バンレンタインデーと対の行事とは別物だとか?
「ホワイトデーと言えば3月14日だ。知らない筈はないと思うが」
グレイブ先生はコホンと咳払い。
「カレンダーに従うならば、卒業式の後にホワイトデーがやって来る。だが、我が校ではそれは許されないのだ。あれだけ盛大にバレンタインデーをやっておきながら、ホワイトデー無しで3年生を卒業させてはバランスが取れん。そこでシャングリラ学園では例年、カレンダーとは別にホワイトデーが設定される」
なんと!ホワイトデーを別の日にするですって!?ザワザワと皆が騒ぎ始めます。
「静粛に!…本年度のホワイトデーは卒業式の三日前だ。女子からチョコレートを貰った男子は必ずお礼をするように。たとえ義理チョコであったとしても、返礼をするという気持ちが大事だ。我が校は礼節を重んじる。…そうそう、友チョコはホワイトデーの対象外だから安心したまえ。なお、今回は罰則は無い。諸君の自主性を尊重しよう」
以上、と言ってグレイブ先生は教室を出てゆきました。繰上げホワイトデーとは驚きです。おかげで私たちの卒業のことは何処かへ吹っ飛んでしまい、賑やかな日常が戻ったのでした。

男の子たちが右往左往し、女の子たちが期待に胸を膨らませる内に、学園指定のホワイトデーがやって来て…。ダントツの数のチョコを貰った会長さんは朝一番から学校中を回っていました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」をお供に連れてチョコレートのお礼を配るのに大忙しです。
「…うちのクラスは最後かしら?」
スウェナちゃんが廊下の方を眺めています。ジョミー君たちからはお菓子や小物を貰いましたが、会長さんはまだ現れません。全校生徒がホワイトデーのプレゼント配達を終えるまで授業の開始時間は遅らせるのだと聞いています。会長さん、どの辺りにいるのでしょうね?アルトちゃんとrちゃんも廊下をしきりに気にしていました。
「…ごめん、ごめん、遅くなっちゃった」
会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」と一緒に入ってきたのは普段なら2時間目が終わろうかという頃でした。
「せっかくチョコレートやプレゼントをくれた子たちに、ただお返しを渡すだけ…っていうのは味気ないだろ?やっぱり色々話をしたいし」
そう言いながら会長さんはクラスメイトの女の子たちに小さな包みを渡していきます。みんなと言葉を交わしているので、普段から顔なじみのスウェナちゃんや私は後回しみたい。アルトちゃんとrちゃんも同じです。私たち4人は教室の隅っこに固まり、会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」に持たせた袋から取り出した包みを配って回るのを見ていました。
「あ~、なんだかドキドキしちゃう」
rちゃんが祈るように両手を組んでいます。
「あの包み、何が入っているのかしら?きっと全員お揃いよね…」
「rちゃんとアルトちゃんのは特別なんじゃないかと思うわ」
スウェナちゃんが真剣な顔で言いました。
「二人とも普段から色々貰ってるもの。ホワイトデーみたいな特別な時に、みんな纏めて買いました…っていうプレゼントをするのは有り得ないでしょ?」
そうかなぁ、と心配顔のアルトちゃんとrちゃん。その間も会長さんは笑顔でプレゼントを配り続けて、とうとう私たちがいる教室の隅へ。
「お待たせ。自分の席で待っていればいいのに、こんな所に立ってるなんて…。でも、ぼくにとっては好都合かな」
会長さんはクラス中に配っていたのと同じ包みを取り出し、スウェナちゃんと私にくれました。
「はい、バレンタインデーのお返しだよ。中身はハンカチなんだけど…他のみんなに配ったのとは違うんだ。ぶるぅが編んだレースが縁についてるし、君たちの名前も刺繍してある」
特製だよ、と会長さんが言うと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が得意そうに。
「あのね、みんなに配ってきたのはデパートで買ったヤツなんだ。みゆとスウェナの分はぼくの手作り♪」
開けてみて?と促されて包みを開くと綺麗なハンカチが出てきました。手編みレースの縁取りにアルファベットで刺繍してある私の名前。これは大事にしなくっちゃ!もったいなくて使えません。アルトちゃんとrちゃんも同じものを貰って大感激です。そこへ「そるじゃぁ・ぶるぅ」が私たちの袖を引っ張って…。
「ぼくもホワイトデーのプレゼント持ってきたんだよ。みんな、ぼくにもチョコレートくれてありがとう。でも、ぼく…いいプレゼント思いつかなくて…ただのクッキーになっちゃった」
はい、と渡されたのはベビーピンクのサテンで出来た袋の形のポーチでした。縛ってある紐を解くといろんな形のクッキーが詰まった袋が入っています。
「袋もぼくが作ったんだ。クッキーだけじゃプレゼントらしくないものね」
なんて可愛い発想でしょう。こういう場合はクッキーの方がオマケでは…。ポーチにはちゃんと『ぶるぅ』と刺繍がしてありますし、クッキーを食べてしまった後は小物を入れたりできそうです。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と会長さんにお礼の言葉を何度も繰り返しました。繰上げホワイトデーの行事はこれでおしまい。会長さんがプレゼントを配り終えたら、間もなく授業開始です…って、まだ何か?
「実はね、本当のプレゼントはこれじゃないんだ」
会長さんがアルトちゃんとrちゃんに声を潜めて囁きました。
「ここで渡したら目立っちゃうから、寮の方に送ってあるんだよ。ぼくの名前じゃまずいと思って、贈り主はフィシスにしてあるけれど」
え?フィシスさんの名前で贈り物…?目立つってことは、かさばるとか?
「君たちに似合いそうなのを選んで買ってみたんだ。…今度会う時に着ててくれると嬉しいな。大丈夫、ちゃんと普通のネグリジェだから」
ひえぇぇ!なんてものをプレゼントするんですか!?アルトちゃんとrちゃんは真っ赤です。他のクラスメイトに聞こえない場所だとはいえ、夜着を贈ったとサラッと言っちゃう会長さんは流石でした。シャングリラ・ジゴロ・ブルーの名前はやはりダテではないんですねぇ…。
「ふふ、ほっぺたが真っ赤だよ。そんな所も可愛くて好きさ。じゃあ、またね」
手を振って出て行く会長さんをアルトちゃんとrちゃんは目をハートにして見送っていました。

繰上げホワイトデーの放課後、私たちは例によって「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に集合。キース君たちの部活が終わるまでレモンパイを食べながらおしゃべりです。こんな時間ともお別れの日が近いのかな…とは思いますけど、卒業式の日までの残り二日を楽しまなくちゃ。会長さんもそう言いましたし。
「卒業してからの君たちの進路は決まってないし、気楽にね。…卒業しても、シャングリラ号が迎えに来るまで好きに過ごしていいんだよ」
シャングリラ号がいつ来るのかは知りません。迎えに来たら何処へ行くのか、何があるのかも分かりません。卒業しないと教えて貰えないことなのかも…。やがてキース君たちが来て、レモンパイを一気に食べて、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作った熱々のラーメンを啜り始めます。柔道部って本当にお腹が空くんですね。
「食べ終わったら、ぼくに付き合ってくれないかな?」
会長さんが意味ありげな微笑を浮かべ、私たちの心臓がドクンと音を立てました。このパターンには散々振り回されているんですから。
「…どこへ…?」
恐る恐る聞いたのはジョミー君。
「教頭先生の所だよ。…ぶるぅがシールドを張ってくれるから心配いらない」
「あんたの場合、シールドを張られた方が不安なんだが…?」
キース君が突っ込みを入れましたけど、会長さんは気に留めません。
「だって、ホワイトデーのプレゼントを貰いに行くんだよ?バレンタインデーの時も君たちはシールドの中でハーレイには姿を見られてないし、今回シールド無しっていうのはまずいじゃないか。第一、ハーレイに警戒される」
またまたロクでもないことを…と思いましたが、会長さんに逆らえる猛者がいる筈もなく。
「…結局、こうなってしまうのか…」
ボソリと呟くキース君。私たちはシールドの中に入って『見えないギャラリー』になり、会長さんの後ろに続いて教頭室へ行ったのでした。本館の奥の厚い扉を会長さんがノックして…。
「こんにちは、ハーレイ」
スルリと滑り込むのに遅れないよう、私たちが教頭室の中へ入ると扉はバタンと閉まりました。
「来てくれたのか、ブルー」
教頭先生がにこやかに微笑みます。
「バレンタインデーにチョコレートを貰ったからな…。貰いっぱなしでは悪いと思ってプレゼントを取りに来るよう連絡したが、なんといってもお前のことだ。無視されるかと諦め半分だった」
「くれるっていう物は貰うのがぼくの主義なんだ。…どうせなら可愛い女の子から貰いたいとは思うけどね」
クスクスと笑う会長さんに教頭先生が差し出したのはリボンがかかった平たい箱。
「開けてみてくれ。…お前に似合いそうだと思ってな」
「ふぅん?」
会長さんは教頭先生の机の上に箱を下ろすとリボンを解いて包装紙を外し、蓋を取って中身を広げました。それは真っ白なシルクオーガンジーに豪華なレースの縁取りがついた…とても大きなウェディング・ベール。マリアベールというヤツです。3メートルはありそうで幅もたっぷり。…会長さんに似合いそうだとか言ってましたけど、教頭先生、御乱心とか!?
「…これをぼくにどうしろと?」
「かぶって見せてくれると嬉しいんだが…。どうやらお前と結婚するのは無理そうだしな」
せめてベールをかぶった姿だけでも、と教頭先生は言いました。
「制服の上からでいいから、一度だけ頼む。後はフィシスにやってくれ」
「へえ…。珍しく強気なんだね。それともヤケクソ?…ずいぶん高そうなベールだけれど、ぼくはプレゼントを貰いに来たんで、ハーレイにサービスしに来ているわけじゃないんだよ」
「だからプレゼントだと言ったろう。…お前にやるから好きに使えと言っているんだ。ただ、その前に一目だけ…それを着けたお前を見られれば…」
そこまで言って教頭先生は深い吐息を吐き出します。
「バレンタインデーに悪戯とはいえ告白メッセージつきのチョコを貰ったから、私からもその手の悪戯を…と思ってみたが、やはり駄目だな。こういうのは向いてないらしい。…ブルー、それは箱に戻してくれ。欲しければ持って帰ればいいし、要らないのなら改めて別のものを…」
そっか、悪戯だったんですね。御乱心かと焦りましたが、よかった、よかった…って、会長さん!?
「…これでいい?」
フワッとベールが宙に広がり、会長さんの銀色の髪を覆って床まで長く垂れました。冬物の制服の上下を縁取るように流れ落ちるオーガンジーとレースのベールは妖しいほどに美しく、倒錯的で。「制服の上からでいい」という教頭先生の安易な考えが生み出した会長さんのベール姿は、下手なウェディング・ドレスを身に着けるよりも心を揺さぶる艶姿でした。
「…ブルー…」
教頭先生は魂を奪われたように会長さんに見とれています。ベールを纏った会長さんがクスッと小さく笑いました。
「涎が出そうな顔だよ、ハーレイ。よっぽどこれが見たかったんだね」
「ああ。…満足だ。ありがとう、ブルー…」
感慨をこめて答えた教頭先生は本当に幸せそうでした。結婚できないのならウェディング・ベールだけでもかぶせてみたい…って、悪戯にしても思いついたのは普段のヘタレ具合からすれば飛躍的な進歩です。この間のキスで自信がついたとか?ニンニクの素揚げつきでパワーたっぷりでしたしね。

それからしばらく二人の間に会話はなくて、教頭先生は会長さんを頬を緩めて見ていました。頭の中では会長さんと結婚式を挙げる妄想が流れていたかもしれません。私たちもシールドの中で無言のまま。やがて会長さんが口を開いて…。
「ねえ、ハーレイ。もしも…ぼくがハーレイと結婚するとしたら、どうしたい?」
「………?」
「どんな風にしたい?…シンプルなのか、ゴージャスなのか」
会長さんの質問の意味は私たちにもよく分かりません。ウェディング・ドレスのことか、それとも式のことなのか。教頭先生が答えられずに黙っていると、会長さんは言葉を変えて。
「質素なのと贅沢なのと、どっちが好きかと言ってるだ。ハーレイの価値観を聞いているんだよ。…どっち?」
うーん、結婚生活についてかな?価値観だっていうんですし。教頭先生は少し考えてから尋ねました。
「お前と一緒に暮らすとしたら…という質問か?質素倹約を旨として生活するか、贅沢三昧の暮らしをするか…。どちらなのかと聞いているのか?」
「さあね。…自分で考えてみたら?」
小首を傾げる会長さん。豪華なレースに縁取られた美貌の中で、赤い瞳が煌きます。教頭先生は会長さんを見つめ、思いの丈をぶつけるように。
「お前と結婚するというのは私の長年の夢なんだぞ?それが叶うのなら、苦労させるわけがないだろう?…贅沢三昧とはいかないまでも、私の力が及ぶ範囲でのんびり暮らして欲しいと思う。質素倹約しろとは言わん。お前には…幸せでいて欲しいからな」
「そうか。どっちかといえば贅沢なのがいいんだね?」
「贅沢とまではいかないが…。そんなに給料を貰ってないのは知ってるだろう」
教頭先生は苦笑しています。会長さんったら、結婚する気なんかまるで無いくせに、またからかって遊んでますよ。まぁ、教頭先生もまんざらではなさそうな顔をしてますけども。会長さんは悪戯っぽい笑みを浮べて、ベールの端を軽くつまんで。
「質素なのは好みじゃないってことは…。これがいいのかな?」
青い光が会長さんを包み、制服がドレスに変わりました。真珠の刺繍に細かいレース、長いトレーンの清楚で真っ白なウェディング・ドレス。親睦ダンスパーティーの時に目にしたあのドレスです。マリアベールとウェディング・ドレスを纏った会長さんは制服の時よりも遥かに華やかで輝いていて、まるで本物の花嫁のよう。
「ハーレイが見たかったのは…制服じゃなくてこっちだろう」
本当に結婚するんだったらウェディング・ドレスは必須だものね、と会長さんが微笑みます。
「でも、結婚はしてあげない。バレンタインデーの時に言っただろう?…ぼくの気が変わらない限り、ハーレイにチャンスは無いんだよ。だけどベールをプレゼントした度胸に免じて、ウェディング・ドレスを着てあげたんだ。こんな機会はもう無いだろうし、目と魂に焼き付けておけば?」
等身大の写真と違って本物だよ、と会長さんは優雅にクルリと回りました。長いベールとドレスのトレーンが乱れないのはサイオンを使っているのでしょうか?教頭先生の目は会長さんの動きに釘付けです。
「気に入ってくれた?…ちなみに質素なのがいいって答えた場合はね…」
フワリと青い光が広がり、マリアベールが翻って…会長さんの細い身体を覆っていたのは白ぴちアンダー。まりぃ先生の妄想から生まれた、ぴったりフィットの衣装でした。何も着ていないように見えるアンダーウェアと身体を縁取る純白のマリアベールが組み合わさると、どうしようもなくエロティックで。
「どう?…もしかして、これが一番好みとか?」
まりぃ先生のモデルをした時のように扇情的なポーズを会長さんがやってみせると、教頭先生は慌てた様子でティッシュを取り出し、鼻血を押さえにかかりました。白ぴちアンダーにマリアベールはちょっと刺激が強すぎたかも…。
「ほらね、やっぱり向いてない。慣れない悪戯なんかするからだよ」
青いサイオンの光の中で会長さんは制服姿に戻りました。マリアベールをくるくると畳み、元の箱の中に詰め込んでいます。
「ドレスは親睦ダンスパーティーで貰ったヤツで、さっきの服はまりぃ先生からの無断借用。どっちも見たことあるくせに…ベールもかぶせてみたかったくせに、鼻血を出しちゃうなんて情けないね。ベールがプレゼントだって言い出した時はヘタレが治ったのかと思ったんだけどな」
「……………」
教頭先生はまるで反論できません。その間に会長さんはベールを片付け、箱にきちんとリボンをかけて。
「それじゃ、このベールは貰っていくよ。早速フィシスにかぶらせてみよう。…ぼくよりもずっと似合うだろうし、ホワイトデーのプレゼントを渡すついでにそっとかぶせて…。ふふ、考えただけでドキドキする」
フィシスはぼくの女神だからね、とのろけてみせる会長さん。
「ハーレイもぼくばかり追いかけてないで、女神を探すべきだと思うな。釣書を書いてくれたらツテを当たってお見合いの口を探してあげる。…人には向き不向きってあるものね。ハーレイのヘタレ具合じゃ、ぼくとの結婚は全然向いて無さそうだし…女性の方が絶対いいよ。うん、それがいい」
会長さんは勝手に納得すると、ベールの箱を抱えました。
「ハーレイの結婚式には呼んでくれると嬉しいな。精一杯おめかしをして出席するから、お幸せに」
「…ちょっと待て、ブルー!」
教頭室を出て行こうとする会長さんに必死の声が追い縋ります。
「私は…私はお前だけしか…」
「甲斐性なし」
クルッと振り返った会長さんが投げた言葉は強烈でした。
「三百年以上も振られっぱなしの、寂しい独身人生だろう?…そういうのって甲斐性なしって言うんだよ。ハーレイがなんと言おうと、生徒はみんな思ってるさ。…教頭先生は結婚してくれる相手もいない憐れな中年男だ…ってね」
ズーン…と教頭先生が深く落ち込み、机の上に突っ伏しています。会長さんはクスクスと笑い、廊下に出るとパタンと扉を閉めました。そしてシールドの中の私たちに。
「ハーレイったら、秘かに気にしていたのかな?…一般生徒からの評価ってヤツ。でも、ぼくは本当のことを言っただけだし、悪いのはハーレイの方だろう?」
ねえ?と同意を求められても困ります。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ帰る道中、私たちの頭の中には会長さんが言い放った言葉が繰り返し木霊していました。甲斐性なしに寂しい独身人生、そして憐れな中年男。これが教頭先生の評価だとしたらキツイかも。せめて『独身主義のダンディーなおじさま』とか…って、『おじさま』と言った時点で中年認定しちゃってますね。教頭先生、心からお詫びを申し上げます…。




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賑やかだったバレンタインデーが終わると期末試験がもうすぐです。1年A組の教室の一番後ろに机が増えて会長さんがやって来ましたが…。
「ぼくが君たちを助けてあげられるのは今回が最後。2年生ではクラス替えもあるし、ぼくが2年生のクラスに参加するとも限らないし…。次の試験からは自力で頑張ってもらうしかないんだけれど、今回から実力で勝負したいって子がいるんなら手を挙げて」
教室がシンと静まり返りました。会長さんに頼って学年1位を独占してきたA組ですけど、2年生に上がる時にはクラス替えがあるんです。会長さんが来てくれないクラスの生徒になってしまったら、努力しないと満点を取ることはできません。みんな心の底では薄々分かっていたのでしょう。でも、今回はまだ助けて欲しいですよね。手を挙げる人はいませんでした。
「分かった。じゃあ、今度もみんなで満点を取ろう。グレイブ先生の名誉のために」
「「「お願いします!!!」」」
一斉に叫ぶA組一同。2年生になった時のことは進級してから悩めばいい、と全員の顔に書いてあります。その中でアルトちゃんとrちゃんだけがストラップを手にして眺めていました。会長さんがプレゼントした「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手形パワーが詰まったストラップ。卒業までの全ての試験を満点にするというアイテムです。アルトちゃんたちは2年生になるわけですけれど、私たちは…。ううん、卒業式はまだ先ですし、今はまだ…。
『それでいい』
会長さんの思念が届きました。
『まだ普通の生徒でいればいいんだよ。何も心配しなくていいから』
ジョミー君たちにも同じメッセージが届いたみたい。キース君、マツカ君、スウェナちゃん。みんな一緒に卒業しようね、と目配せしあって小さな合図。あ、教室の扉が開いてグレイブ先生の登場です。
「諸君、おはよう。期末試験がもう目前だ。我がA組は今度も1位を取ってくれると思っていいかね?」
「「「はい!!!」」」
元気のいい返事にグレイブ先生は満足そう。
「それでこそ私の自慢の生徒たちだ。ブルー、お前には色々な目に遭わされてきたが、1位の件では感謝している。今回も皆をよろしく頼む」
会長さんが頷き、クラスのみんなは大歓声。それから期末試験までの数日間、会長さんは殆どの時間を保健室で過ごしました。まりぃ先生、会長さんと「あ~んなことや、こ~んなこと」に明け暮れていても、妄想イラストをせっせと描いているのでしょうね。そして五日間の期末試験が始まり、アッという間に終わってしまって。
「やったぁ、晴れて自由の身だぜ!!」
男の子たちが歓声を上げ、女の子たちはパチパチと拍手。終礼に現れたグレイブ先生は「あんまり羽目を外さないように」と注意しただけで、いつもよりずっとにこやかでした。

「終わっちゃったね…」
ジョミー君がポツリと呟きます。影の生徒会室こと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に集まった私たち7人組は、クラスメイトのみんなのように遊びに飛び出す気になれません。『卒業』という二文字が現実のものとして迫ってきているのですから。
「…俺、実は面接を受けたんだ」
キース君が言い、私たちは息を飲みました。面接って…もしかして、卒業を見越しての就職試験?
「すげえや、キース!俺、先のことなんか考えてなかった…」
サム君が感嘆の声を上げ、シロエ君も。
「やっぱりさすが先輩ですよね。…先輩から1本取ってやる、なんて言ってましたけど…ぼくなんか、まだまだダメみたいです。進路を決めなくちゃいけないだなんて、全然気付きませんでした」
ぼくも、私も…と言い合っていると、割って入ったのは会長さん。
「落ち着いて。みんながウッカリしてたんじゃないよ。進路のことで悩まないよう、ぼくが意識の一部をブロックしてた。君たちは普通の人間とは違う時間を生きるんだから、うかつに就職や進学を決めてしまうと大変だしね。…でもキースにはそれが通用しなかったんだ。よっぽど意思が強いらしい」
そっか、それならいいんです。一瞬、焦ってしまいましたよ。卒業のことばかり考えていて、その先まで頭が回ってなかったんですから。会長さんの口ぶりだと、心配しなくていいみたい。そういえば学校に残ってもいいって聞きましたっけ。
「…キース、就職するんですか?」
マツカ君が尋ねると…。
「いや、俺は進学希望なんだ」
「「「進学!?」」」
私たちはビックリ仰天です。キース君は無遅刻無欠席。いつの間に受験したんでしょう?ひょっとしてシャングリラ学園の入試でお休みだった間のことかな…。
「先輩、入試シーズンはずっと登校してたじゃないですか。うちの学校の入試で休みの時には上の学校の入試なんか無かった筈ですよ。…田舎の三流校の試験日程は知りませんけど、そんな所には行かないでしょう?」
シロエ君が首を傾げます。キース君は「確かにな」と苦笑い。
「…俺は試験は免除なんだ。面接だけで決まる枠がある。面接は土曜だったから休まずに済んだ」
「それって柔道のスポーツ推薦?」
好奇心一杯のジョミー君。なるほど、スポーツ推薦だったら試験免除もアリですよねぇ。
「残念ながら柔道じゃない。…俺は宗門校の推薦入学枠を使ったんだ」
「「「しゅうもんこう!?」」」
初めて耳にする単語でした。宗門校って、いったい何?
「…キースの家と同じ宗派のお寺が経営している学校だよ」
会長さんがクスクスと笑いながら教えてくれました。
「キースは元老寺の跡取りだろう?…宗門校にはお寺の跡継ぎを優先的に入学させてくれる枠があるのさ」
「じゃあ、キース…お前、本気で坊主になるのかよ?」
サム君に聞かれたキース君は「そのつもりだ」と答えました。
「面接といっても形だけだし、じきに入学許可が出る。緋の衣に早く辿り着くには宗門校が早道なんだ」
へえ…。会長さんの緋色の衣がキース君の進路を決めたんですね。キース君は進学するとして、私たちはどうすればいいんでしょう?宇宙クジラと同じ名前の学校からは何の音沙汰もありませんが…。
「進路のことは卒業してからでいいんだよ」
そう言って会長さんがソファから立ち上がりました。
「期末試験も終わったことだし、打ち上げに行こう。ぶるぅ、予約してくれたんだよね?」
「うん!…いつもの焼肉のお店。ちゃんと個室を頼んでおいたよ」
「やったぁ!」
ジョミー君の明るい声が響いて、私たちも気分が上向きに。打ち上げパーティーはいつも楽しいですし、きっと気持ちもスッキリしますよ!

「そるじゃぁ・ぶるぅ」御用達の高級焼肉店に出かける前に会長さんが向かった先は、お決まりの教頭室でした。重厚な扉をノックして「失礼します」と入っていくと、教頭先生は心得たように机の引き出しから熨斗袋を…。
「ブルー、今度は多めに入れておいたぞ。今年度最後の試験だったし、好きなだけ食べてくるといい」
足りなかったらツケにしてくるように、と気前よく言う教頭先生。ところが会長さんは熨斗袋を受け取ろうとせず、柔らかな笑みを浮べました。
「ありがとう、ハーレイ。…でも、今日はハーレイも一緒にどうかと思って。…よければ…だけど」
もうすぐみんな正式に仲間になるんだから、と会長さんは続けます。
「この子たちがハーレイのことを教頭先生と呼ぶのは、これが最後かもしれないんだよ?キャプテンって呼ぶことになったら自然と距離が開くよね…。そうなる前に、もう一度みんなで遊びたくって。マツカの別荘の時みたいに」
「…そうか…。確かに最後になるかもしれないな…」
教頭先生は「分かった」と頷き、テキパキと仕事を済ませて教頭室に鍵をかけました。それから事務局に行って帰宅すると告げ、私たちとタクシーに分乗して「そるじゃぁ・ぶるぅ」が予約したお店へ。畳敷きの個室で焼肉を食べ始めると雰囲気はすっかり和やかに…。
「そうか、キースは坊主になるのか」
キース君の進路を聞いた教頭先生は意外そうです。
「柔道を極めるのかと思っていたが、そっちの方はどうするんだ。オリンピックを狙っていたんじゃないのか?」
「それはシロエです。俺はオリンピックまでは思っていませんでしたし、この先、年を取らないんだったらオリンピックなんて夢じゃないですか。…ああいう世界は厳しそうです」
言われてみれば、年を取らないスポーツ選手って反則かも。いつまでも体力が落ちないんですし、練習を積めば積むほど上達するのは当然ですもの。けれど教頭先生は…。
「いや、あと数年なら誤魔化せるぞ?その間にオリンピックが開催されるし、出たいのならば指導しよう。教え子が出場するのは嬉しいしな」
「本当ですか!?…あ、でも…俺、別の学校に行くわけですし…」
「その辺の所は何とでもなるぞ?なんといってもシャングリラ学園だからな」
わっはっは、と教頭先生が笑いました。他の学校に行っても部活に来ていいだなんて、太っ腹な学校です。卒業しても生徒のままでいられたり…何でもありだな、なんて思っていると。
「失礼いたします」
女性の店員さんが御銚子とお猪口を持ってきました。えっ、お酒なんか誰が注文を?教頭先生は「今日は飲まない」って最初に言ってましたし、ひょっとして「そるじゃぁ・ぶるぅ」でしょうか。前にチューハイを勝手に注文して飲んで、寝ちゃったことがありましたっけ。
「酒は注文してないぞ。…隣と間違えたんじゃないのか?」
教頭先生が言うと、店員さんが。
「お隣のお部屋の方の御注文です。こちらにおいでのハーレイ先生にお届けしてくれ、とおっしゃいましたが」
「私にか?…なんという人だ?」
「後で御挨拶に伺うから、お気になさらず…とのことでした。お名前もお伝えしなくていい、とおっしゃっています」
「ふむ…」
誰だろう、と首を傾げる教頭先生の前にお銚子とお猪口を置いて店員さんは出て行ってしまいます。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお銚子を見て残念そうに。
「ぼく、チューハイがよかったなぁ…」
「こら!教師が一緒の時に飲酒するのはやめてくれ。…私の指導力が問われるんだぞ」
警察が来たらどうするんだ、と教頭先生。確かにとんでもないことになりそうです。本当の年が分かれば問題ないのかもしれませんけど、見た目は小さな子供ですもの。教頭先生は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手が届かない所へお銚子を置き、また「誰だろう?」と呟きます。会長さんがお猪口を取って。
「きっとハーレイの知り合いだよ。教師生活、長いもんねえ」
年寄りだし、とクスクス笑ってお銚子に手を伸ばそうとするのを教頭先生が止めました。
「ブルー、お前は飲まなくていい!警察が来たらマズイんだぞ」
「うん、ハーレイの立場がね…って、ケチ!」
教頭先生がお銚子の中身を空になったお皿に流してしまうのを見て会長さんは不満そう。そんなやり取りもありましたけど、焼肉パーティーは順調に進み、美味しいお肉を沢山食べてお腹いっぱい。でもデザートは別腹です。みんなが好みのシャーベットやフルーツなどを頼んで食べ始めた時、個室の扉がスッと開いて…。
「こんばんは」
お銚子を持って入ってきたのは、いつかのドクター・ノルディでした。

「「ノルディ!?」」
教頭先生と会長さんの声が重なり、会長さんは逃げ腰です。ドクターはニヤリと笑って扉を閉めると、丁寧な口調で挨拶しました。
「今日は医者同士で来てたんですがね…。偶然、隣の部屋になりまして。先程お銚子をお届けさせて頂きましたが、うちの方はこれから二次会に行くということなので、御挨拶に上がりました」
「そうなのか。…それは御丁寧に」
早く帰れ、と教頭先生の目が言っています。先日の騒ぎは忘れていない、ということでしょう。会長さんを食べようとしたドクターをかなり恨んでいそうです。ところがドクターは帰るどころか、ズカズカと部屋に入り込んできて会長さんの肩に手を回しました。
「飲みませんか、ブルー?…いけるクチでしょう」
「…君のお酒は飲みたくないね」
プイ、と顔をそむける会長さん。ドクターはチッと舌打ちをして。
「相変わらず気が強いことで。…だが、そこも気に入っているのですよ。隣の部屋にいても、あなたがいるのは分かりました。…そのくらい、あなたに惹かれているというわけですが…無視するのですか?」
嫌そうにしている会長さんを捕まえたままのドクターの手を教頭先生が引き剥がしました。
「いい加減にしないか、ノルディ。…二次会に行くのだろう?」
「行きませんよ。あちらの方は断りました」
せっかくブルーを見つけたんですから、とドクターは不敵に笑っています。会長さんに気付いた理由はお店の人が出入りする時にたまたま前を通りかかって、中の声が聞こえたからなのだとか。
「こんなに大勢で騒いでいても、ブルーの声だけは間違えませんね。…私好みの声なんです。この間は逃げられてしまいましたが、いつか私の思いのままに鳴かせてみたいと思っていますよ」
ひゃああ!な、鳴かせるって…きっとロクでもない意味ですよね?会長さんの顔がサーッと青ざめましたもの。教頭先生が不快そうな声で。
「…ブルーが嫌がっているようだが?ここに居られては迷惑だ」
「おや。いいんですか、そんなことをおっしゃって。…先日ブルーを見逃した時、確かに言った筈ですよ。お楽しみはまた次の機会に…と。今夜はチャンスだと思いましたが」
条件はクリア済みですからね、とドクターの視線は会長さんを舐めるよう。あれってチャラになったんじゃなかったんですか!?会長さんは身体を震わせ、縋るような目で教頭先生を見ています。この面子の中でドクターに対抗できそうなのは教頭先生しかありません。「そるじゃぁ・ぶるぅ」に至っては全く意味が分かっていなくてニコニコしているだけなんです。
「…ハーレイ…」
助けてくれ、とは言えないらしい会長さん。そりゃあ日頃あれだけ悪戯してれば、都合のいいお願いなんかできません。でも教頭先生には会長さんの気持ちが十分通じていたようです。
「ノルディ。…ブルーに手出しは許さん。今夜がチャンスだとか言っていたな。ならば私を酔い潰してみろ」
「なんですって?」
「今夜のブルーの保護者は私だ。もしも私を酔い潰せたら、後のことは好きにしろ。…もっとも、ブルーにはこの子たちもついているから、酒が入ったお前の手から逃げ出すくらいは出来ると思うぞ」
「…いいでしょう。受けて立ちますとも」
ドクターが頷き、教頭先生はお店の人にお銚子をどんどん持って来るよう言いました。私たちはハラハラしながら見ているばかり。会長さんはドクターから一番離れた部屋の隅っこに退避しています。
「だ、大丈夫かな…」
ジョミー君が小声で言うと、キース君が。
「みんな、今の間に家に連絡した方がいいぞ。今夜は遅くなります、って」
「そ、そうだね。…遅くなりそうだよね」
私たちは少し相談してから、会長さんの家に来ているという嘘のメールを家に送っておきました。教頭先生とドクターの飲み比べに付き合って焼肉店にいるなんてこと、正直に書くのはマズイですものね。

「ブルーは貰って帰りますよ。あなたさえ潰れてしまえば、後は思いのままですからね」
ドクターがお銚子を傾けながら会長さんをチラチラ眺めています。
「あなたと違って私は腕に覚えがありますし…。キスだけでブルーを酔わせるくらい簡単です。とろんとなってしまったブルーを私の家に連れて帰って…。ふふふ、今夜は楽しい夜になりそうですよ」
「そうはさせん。…私は酒には自信がある」
教頭先生はそう言っただけで黙々とお酒を飲み続けます。同じペースで飲むドクターはどんどん饒舌になり、伏字でしか書けないようなセリフを連発しまくって会長さんを怯えさせていたかと思うと、突然バタリと倒れ伏して。
「ぐおーーーっっっ!!」
凄いイビキが響きました。天然パーマの頭を「そるじゃぁ・ぶるぅ」がツンツンつつき、髪の毛を引っ張りましたが何の反応もありません。教頭先生はホーッと大きな溜息をつき、赤らんだ顔をおしぼりで拭いました。
「ふぅ…。なんとか勝てたようだな…。誰か、店の人を呼んでくれ」
男の店員さんが二人がかりで寝ているドクターを抱え、教頭先生がタクシーの手配を頼んでいます。ドクターの家へ運ぶようですが、あんな状態で家に入れるでしょうか?外で寝ちゃったら凍死しますし、私たちが心配そうに見送っていると…。
「大丈夫だ。ノルディの家には使用人がいるからな」
あれでも一応金持ちだから、と教頭先生が教えてくれました。
「ブルー、これで今夜は安心だろう?…ノルディには…気をつけるんだぞ…」
フラッと教頭先生の身体が揺れて。
「…ははは…。いかんな、さすがに飲みすぎたようだ…」
少し横にならせてくれ、と畳に仰向けになった教頭先生はすぐにイビキをかき始めます。えっと…もうかなり遅いんですけど、私たち、これからどうしたら…。
「ぼくが起こすよ」
会長さんがスッと教頭先生の上にかがみ込み、ゆっくりと唇を重ねました。
「「「!!!!!」」」
私たちの声にならない悲鳴が響く中、教頭先生の瞼がピクンと震え、会長さんが離れます。
「……ん……うん……」
教頭先生は何回か瞬きをして目を開けました。会長さんがニコッと笑って。
「サイオンを注ぎ込んだんだ。人工呼吸の要領だよ。これで酔いは醒める。…本当は手を触れるだけでいいんだけれど、ハーレイは頑張ってくれたから…お礼のキス。ついでにキスした証拠のオマケ」
「「「オマケ?」」」
それって何!?と思った次の瞬間、起き上がろうとした教頭先生の目が見開かれ、口をモゴモゴ動かしています。どうやら口の中が一杯みたい。
「ふふ、ニンニクの素揚げを丸ごと。…調理場から瞬間移動させてきたのを口移し。どう、ハーレイ?美味しいだろう」
ぼくがキスした証拠だよ、と得意げに言う会長さん。でも酔っ払って爆睡していた教頭先生にキスの記憶があるわけなくて、口の中にニンニクの素揚げがゴロンと入っているだけで。やっと起き上がってニンニクをもぐもぐと頬張りながら、教頭先生は複雑な顔をしていました。本当に会長さんがキスをしたのか、ニンニクを放り込まれただけなのか…分からないんじゃ無理ないですよね。
「せっかくキスしてあげたのに…ぼくを信じてくれないんだ?」
会長さんがクスッと笑って教頭先生の額に手を触れて。
「…はい、これがジョミーの見ていたもの。これがキースで、これが…」
教頭先生の顔がみるみる真っ赤になって、鼻からツーッと赤い筋が。私たちの記憶を注ぎ込まれて、キスシーンをいろんな角度から再現されてしまったのでしょう。おしぼりで鼻を押さえる教頭先生の口の中にはまだニンニクが残っていました。会長さんが「はい、ティッシュ。鼻に詰めないと帰れないよね」とポケットティッシュを手渡します。
「ありがとう、ハーレイ…身体を張って助けてくれて。キスは本当にお礼なんだよ」
意識がある時にしてあげようとは思わないけど、と付け加えてから。
「…ふふ、ニンニクの素揚げ、忘れられない食べ物になった?まさか初めてのキスってことはないよね」
クスクスクス。会長さんは耳まで赤くなった教頭先生にウインクしながら、私たちに声をかけました。
「ごめん、すっかり遅くなっちゃったね。お店を出たら、ぼくとぶるぅで家の前まで瞬間移動で送るから。…とんだ打ち上げパーティーだったな」
ノルディさえ乱入しなければ…と文句を言いつつ、会長さんは楽しそうです。本当に喉元過ぎれば熱さ忘れる、の典型みたい。ドクターを見て青ざめたくせに、そのドクターがいなくなったら教頭先生をいつもどおりにからかって…とうとうキスまでしちゃいましたよ、ニンニク味の!
「じゃあ、帰ろうか。ハーレイ、お会計はよろしく頼むね」
両方の鼻にティッシュを詰めた教頭先生を部屋に残して、私たちはお店の外に出ました。夜空から風花が舞い落ちてきます。その奥へ、と言われて路地に入ると会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が瞬間移動でスウェナちゃんを一番に送り、私は二番目。青い光に包まれた…と思ったら家の前でした。まだ午前様にはなっていません。パパ、ママ、遅くなっちゃってごめんなさ~い!




週が明けるとバレンタインデーも間近です。会長さんが言っていたとおり、男子の所には3年生が友チョコ保険の勧誘をしにやって来ました。男子全員が申込書に記入し、言われた金額を支払っています。ジョミー君やキース君、マツカ君も申し込みをしてホッと安心している様子。
「ジョミーったら馬鹿じゃないかしら。毎年、義理チョコあげてるのに…」
スウェナちゃんは呆れ顔。でも、お説教と反省文だなんて脅されちゃったら、誰だって不安になりますよねぇ。友チョコ保険の盛況ぶりを眺めていると、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がやって来ました。
「かみお~ん♪アルトとr、いる?」
「うん、あそこ。…何か用事?」
アルトちゃんたちの席を教えると「そるじゃぁ・ぶるぅ」はトコトコと走っていって二人に封筒を渡しています。アルトちゃんたちの顔が輝き、封筒を開けてキャーキャー言ってますけど、なんでしょうね?
「ぼく、おつかいに来たんだよ」
戻ってきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がエヘンと胸を張りました。
「フィシスがアルトとrに渡してきてね、ってチョコレートのリストを書いたんだ。全部ブルーのお気に入り。ブルー、いつもフィシスと一緒に買いにいくけど、今年はプレゼントして貰えるチョコもありそうだ、って喜んでた」
アルトとrが買ってくれるんだね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコ顔です。私とスウェナちゃんも会長さんのお気に入りのチョコを買いましたけど、アルトちゃんたちが貰ったリストはそれとは別のものなのでしょう。えっと…どのチョコをプレゼントして貰えるのか、会長さんには分かるんでしょうか?
「んとね、チョコを買う前だったらフィシスに占ってもらえば分かるし、買った後なら心を読めば分かっちゃうよ。だけど、どっちもしないんだって。どれを貰えるのか楽しみに待つのがいいんだってさ」
うわぁ…。私たちのプレゼントを心待ちにしてくれる会長さんの気持ちは嬉しいですけど、アルトちゃんたちにリストを渡せるほどなら、好きなチョコレートは多いはず。貰い損ねたチョコが欲しくなったりしたらどうするのかな?特設売り場はバレンタインデー当日もやってますから、後から自分で買いに行くとか…?
「ブルー、お目当てのチョコはとっくに全部買っちゃったんだ」
一昨日フィシスと紙袋を持って帰ってきたよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。一昨日といえばスウェナちゃんと私がフィシスさんとチョコレートを買いに言った日です。じゃあ、あの日に街でチラッと見えた銀色の髪は会長さんの…。
きっと待ち合わせしていたのでしょう。チョコレート特設売り場でデートというのも凄いかも。
「ブルーは甘いもの、大好きだもん。じゃあ、また後でね~♪」
ピョンピョンと飛び跳ねながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」は帰っていってしまいました。アルトちゃんたちはチョコのリストを見ながら頬を紅潮させてお話し中。きっと勇んでチョコレートの買出しに行くのでしょう。会長さんの好みのチョコを教えてあげるフィシスさんの懐の深さに感動です。

放課後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと、ちょうどリオさんが来ていました。昨日の夜に会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が宇宙船のシャングリラ号にチョコレートを送ったらしいのです。
「係の者が確認作業を終えました。バレンタインデー用のチョコレートは当日まで厳重に倉庫に保管し、責任をもって注文主に手渡しするということです」
「ありがとう。…じゃあ、みんなによろしく伝えておいて」
「はい。では、生徒会の仕事がありますので」
失礼します、とリオさんは本物の生徒会室へ帰って行きます。それを見送ってから会長さんは奥の部屋へ行き、書類袋を持ってきました。まだお仕事があるんでしょうか?
「見るかい?…重要書類なんだけど」
「見ていいの?」
ジョミー君が首を傾げます。重要書類って何なのかな?今の話の流れからすると、シャングリラ号に関すること?
「重要っていうより機密かな。もうすぐキースたちの部活が終わるし、みんな揃ってからにした方がいいか…」
思わせぶりな会長さん。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がテーブルに焼きたてのチーズケーキを運んできます。柔道部三人組のお腹を満たすためにはピロシキが用意されていました。私たちもつまんじゃったんですが、沢山あるので無問題。早くキース君たちが来ないかな。重要書類、それまでお預けみたいですし。
「すまない、今日は稽古が長引いたんだ」
キース君を先頭に三人組が入ってきたのはいつもより十分遅れでした。
「あっ、今日はピロシキなんですね。いっただっきまーす!」
シロエ君が元気一杯でピロシキを頬張り、マツカ君も。キース君はコーヒーを1杯飲み干してからピロシキに手を伸ばしました。
「美味いな。…ん?どうしたんだ、みんな変な顔して」
さすが勘の鋭いキース君。重要書類が気になって仕方ない私たちの表情にいち早く気付いたみたいです。会長さんはテーブルの下に押し込んであった書類袋を出しました。
「ジョミーたちはこれが気になるのさ。君たちが来てから、って言ったしね。でも、まずはチーズケーキを食べようか。ぶるぅ、切り分けてくれるかな」
「うん!」
小さな手がチーズケーキを切り分け、お皿に乗せて配ってくれます。早速フォークを入れて食べ始めると、会長さんがキース君たちに。
「昨日、シャングリラにチョコを送ってきたよ。ぶるぅと二人で衛星軌道上まで一気に、ね。さっきリオがチョコは間違いなく届いているって言いに来てたし、シャングリラはまた地球を離れていく筈だ」
「…あんたの仕事は終わったんだな。じゃあ、その書類袋の中身は今度の仕事に関することか?」
キース君が言うとジョミー君がすかさず「重要書類らしいんだよ」と言いました。
「重要書類か…。シャングリラ関連にしては小さすぎるな」
「そうだね。シャングリラの格納庫に関する情報だけでも、このサイズでは収まらない。なんだと思う?」
会長さんが書類袋を両手で抱えて微笑む横で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が大あくび。
「ブルー、なんだか難しそうな話だね。ぼく、船のことは分からないや」
だってお料理と掃除洗濯専門だもん、と言った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は土鍋に入って丸くなってしまいました。
「ブリッジを思い出したら頭がゴチャゴチャしてきちゃった。お昼寝するから、難しいお話が済んだら起こして」
すぐに寝息が聞こえてきます。シャングリラ号のブリッジってそんなに複雑なのでしょうか?
「ぶるぅが言っているのは計器類だよ。知識が無いと混乱する。…子供にはちょっと難しすぎるね」
これの中身も、と会長さんは書類袋を開きます。
「2歳児…じゃなかった、1歳の子供が寝ている間に見てしまおう。シャングリラの最高機密というところかな」
会長さんが中身を取り出し、1枚目をスッとテーブルの上に置きました。

「どう?…最新の情報だけど」
私たちは声も出ませんでした。会長さんは溜息をつき、重要書類とやらを指差して。
「忘れちゃったかな、ドクター・ノルディ。…あれ以来、まりぃ先生のマイブームなんだ」
テーブルの上に乗っていたのは書類ではなく水彩画でした。忘れもしないドクター・ノルディと会長さんの唇が触れ合う寸前の絵が描かれています。…会長さんったら、保健室から勝手に持ち出してきたんですか!?
「違うよ、これは原画じゃない。ぼくがコピーを取ったんだ」
「これの何処が最高機密だ!?シャングリラともまるで無関係だぞ!」
キース君が叫びましたが、会長さんはしれっとして。
「ううん、最高機密だってば。理事長の親戚とはいえ、仮にも教師と呼ばれる人がこんな絵を描いているって知れたら、場合によっては大問題だよ?学校の品位にも関わるし…。そう、シャングリラ…学園のね」
「学校の方か!!」
騙されたぜ、と毒づくキース君。会長さんはクスッと笑って2枚目の絵を出しました。
「ほら、見て。まりぃ先生、ぼくがノルディに口説かれるのを目撃してから神様が降りたらしいんだ。もう描かずにはいられないわ、って頑張ってるよ」
今度の絵は全裸で絡み合うドクター・ノルディと会長さん。教頭先生との妄想イラストも凄かったですが、あの時の比ではありません。どんな神様が降臨したのか、エロさがグンと増していました。キース君たちは頭を抱えて呻いています。
「まだまだ沢山あるんだよね。ぶるぅが寝てる間に鑑賞しないと」
次々に出される会長さんとドクター・ノルディをモチーフにした絵は、とんでもない構図ばかりでした。縛り上げた会長さんをドクター・ノルディが嬲っている絵や、蝋燭が描かれているものや…。こんなイラストをコピーしてきて見せびらかしている会長さんの神経はどうなっているんでしょう?会長さんがドクター・ノルディに食べられかけて怯えていたのはつい先日です。喉元過ぎれば平気になるのか、実はけっこう好きだったとか…?
「ノルディのヤツは大嫌いだし、こんな付き合いも御免だってば。…でも、君たちが赤くなったり青くなったりするのを見ているのはとても楽しいんだよ。まりぃ先生に感謝しなくちゃ」
凄まじい絵を並べ立てながら会長さんは上機嫌です。
「これから見せる絵は、もう神業の域に達してる。君たちもアッと驚く筈さ」
書類袋から出てきたものは…。
「「「!!!!!」」」
1枚の絵の中に人が三人。会長さんを間に挟んでドクター・ノルディと教頭先生が描かれています。服と名の付くものは欠片も無くて、絵の中の会長さんの目には涙が…。
「凄いだろ?…よく、こんなの思いついたよねぇ。これはハーレイとドクターの位置が逆になったヤツで、こっちはもっと激しいんだけど」
私たちは眩暈と頭痛を抑えて座っているだけで精一杯。会長さんが「はい、最後の1枚」と言った時には目の前が霞みそうでした。どんなシロモノが出てきたのやら…と泣きたい気持ちで見たそのイラストは。
「「「………?」」」
描かれていたのは制服を着た会長さんとスーツ姿の教頭先生。向かい合って立つ二人の手がそっと重なっていて、その手の中にリボンがかかった小さな箱。…小さいと言っても指輪の箱よりは大きいです。一昨日買ったチョコレートの箱と同じくらいのサイズでしょうか。
「…このイラストには添え書きがしてあったんだよ。バレンタインデーの二人、ってね」
ひえぇぇ!!十八禁モノの妄想イラストも凄かったですが、これも一種の妄想でした。バレンタインデーというのですから、箱の中身はチョコレート。教頭先生を見上げる形の会長さんの頬はほんのり赤く彩色されて、教頭先生の表情はとても柔らかく描かれています。思い切り『二人の世界』なそのイラストは、気恥ずかしいような、ほんのり暖かい気持ちになるような…。
「ちょっといい絵だと思うんだよね。…なんでぼくとフィシスじゃないんだろう。そっちで描いてくれていたなら、最高に幸せだったんだけどな」
それは無理だろう!!と私たちは心の中で突っ込みました。まりぃ先生の趣味のお絵描きに男女カップルは有り得ないというのは嫌と言うほど分かってるんです。
「まぁいいや。…この絵を見たら心がちょっと和まないかい?さっきまでの絵と違ってさ」
会長さんは凄まじい内容の妄想イラストを書類袋に突っ込み、バレンタインデーが題材だという絵だけをテーブルに残しました。
「ぶるぅを起こしてあげなくちゃ。難しい話は終わったしね」
子供には他言無用だよ、と釘を刺された私たちは粉々になった平常心を拾い集めて、練り上げて。寝ぼけ眼の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が土鍋の中から出てきた時には、いつもどおりの笑顔で迎えたのでした。
「ブルー、お話、終わったの?…あれ?…まりぃ先生が描いた絵だね」
バレンタインデーの妄想イラストを眺めて「そるじゃぁ・ぶるぅ」は不思議そうな顔。
「ブルーとハーレイ、何をしてるの?…お誕生日?」
「バレンタインデーなんだってさ、ぶるぅ。ぼくがハーレイにチョコを渡している所らしいよ」
「えぇっ!?…悪戯してる絵なんだ、これ…」
「「「悪戯!?」」」
私たちは思わぬ言葉にビックリ仰天。なにやら妙な雲行きです。この穏やかで暖かな絵の何処が悪戯?
「…ハーレイは甘いものが何より苦手なんだよ。言わなかったっけ?」
会長さんがクスッと笑いました。
「だからチョコを貰ったって食べられない。それを知ってて贈るのは…ぶるぅが言うとおり悪戯だよね」
でもハーレイなら喜ぶかも、と会長さんは首を捻っています。なんだか嫌な予感がするのは気のせいでしょうか…。

そしてバレンタインデーがやって来ました。会長さんが朝早くから1年A組の教室に顔を出し、女子にチョコレートを貰っています。会長さんが貰ったチョコは一緒に来ていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が袋に詰め込み、生徒会室の机の上へ瞬間移動させている模様。そう、会長さんの所在を聞きつけた学校中の女の子が次から次へと来るのでした。
スウェナちゃんと私が渡したチョコは…。
「ありがとう。このチョコレート、大好きなんだ」
やったぁ!瞬間移動用の袋じゃなくて会長さんのカバンに入れて貰えましたよ!アルトちゃんとrちゃんが渡したチョコもカバンの中へ。
「嬉しいよ、ぼくの好きなチョコを分かってくれてたなんて。何度も同じ時間を過ごすと、そういうことまで伝わるのかな。…もっともっと知って欲しいよ、ぼくのこと。もっとたくさん時間をかけて」
また行くからね、と手を握られてアルトちゃんたちは真っ赤です。フィシスさんがチョコのリストを渡したことを会長さんは知ってるくせに、知らないふりをして気障なセリフを…。シャングリラ・ジゴロ・ブルーですから当然といえば当然ですけど。
「おーい、友チョコを持ってきたぞ!!」
3年生の男子生徒が大きな箱を担いできました。ジョミー君たちが走っていって引換券とチョコを交換しています。
「凄いね」と見ている「そるじゃぁ・ぶるぅ」に私がチョコを手渡すと…。
「くれるの!?…わぁ、今年は買ってきてくれたんだぁ♪」
これは瞬間移動させちゃダメだね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はアヒルの絵入りの袋を出してチョコを大切そうに入れました。更にスウェナちゃんとアルトちゃん、rちゃんからもチョコを貰って嬉しそう。さぁ、次はジョミー君たちに義理チョコを配ってこなくっちゃあ!…大騒ぎの内にバレンタインデーの日の授業が終わり、校長先生から警告された罰則は誰にも適用されませんでした。ダントツの数のチョコを貰った会長さんは…。
「ふふ。貰ってばかりじゃ芸がないよね」
柔道部三人組も揃った「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に会長さんのクスクス笑いが。
「まりぃ先生のイラストどおりにハーレイにチョコをあげなくちゃ。一緒においで。…ぶるぅ、シールドを」
げげっ!拒否権は今回も無いようです。会長さんはリボンのかかった箱を抱えて教頭室へ向かいました。私たちは姿の見えないギャラリーとして泣く泣くお供を…。
「失礼します」
会長さんが扉をノックして入ると、教頭先生は書類から顔を上げて嬉しそうな顔。
「どうした、ブルー?…今日は一人か?」
「うん。ハーレイにこれを持ってきたんだ。ぼくの手作りチョコレート」
「チョコレート?」
あ。教頭先生、複雑な表情をしています。
「ブルー、気持ちはとても有難いんだが…バレンタインデーというのも分かっているが、私は甘いものが苦手で…」
「知ってるよ。ハーレイとは長い付き合いだものね。…でも、このチョコレートは特別なんだ。ぶるぅがメッセージ入りのチョコレートが作れるんだよ、って教えてくれて…。それを…」
手作りしたんだ、と会長さんが消え入りそうな声で言いました。
「…ハーレイに預けてあるルビーの指輪。あれのことで…ぼくから…」
「私への返事を書いてくれたのか?」
教頭先生の問いに会長さんがコクリと頷きます。
「苦手なら食べてくれなくていいから。…食べてくれないとメッセージは出てこないんだけど…仕方ないよね。ぼくの気持ちはチョコレートにも劣るんだ、っていうだけのことなんだし。…ごめん、邪魔して」
箱を抱えて帰ろうとする会長さんは悲しそうでした。教頭先生が椅子からガタンと立って。
「ブルー!…すまん、私が悪かった。そんなチョコレートだとは知らなくて…。これは今すぐ食べないとな」
「本当に?ぼく、手作りは初めてだから、ちょっと甘すぎるかもしれないんだけど…」
「かまわない。お前のメッセージが読めるんだろう?」
箱の中身はリンゴの形のチョコレートでした。大きさもリンゴくらいです。それの真ん中にメッセージ入りのカプセルを仕込んだのだ、と会長さんが告げました。メッセージに辿り着くまでにはリンゴ半分くらいの量のチョコを食べねばなりません。私たちは青ざめましたが、教頭先生はチョコに齧り付き、顔を顰めながらも根性でどんどん食べて、食べ続けて。
「…ブルー、このカプセルの中にメッセージが?」
うっかりしていたら飲んでしまいそうな小さな青いカプセルを見つけた教頭先生に、会長さんが頷きました。教頭先生がカプセルを開けて固く巻かれた紙片を取り出すと…。
「せっかくだから声に出して読んで。…ハーレイの声が好きなんだ」
甘えるような口調の会長さん。教頭先生は頬を赤くし、紙片を開きながら読み始めます。
「大好きだよ、ハーレイ。あの指輪、ぼくにくれるかな?…ハーレイと…」
「ん?」
詰まってしまった教頭先生を会長さんが促しました。
「う、うむ…。…ハーレイと…結婚したいんだ」
「そういうこと」
微笑んだ会長さんはとても綺麗で、教頭先生の目尻に涙が滲んでいます。まさか会長さん、本気で教頭先生と…?
「…ブルー…。このメッセージは本当なのか?」
「うん。大好きだよ、ハーレイ。…ハーレイと結婚したいんだ。ぼくの気が変わるようなことがあったら、ね」
「は?」
教頭先生の目が文字通り点になりました。会長さんがクスッと笑って。
「そのメッセージ、裏側に続きがあるんだよ。知らないかな、インビジブルインク。あぶり出し用の」
フッと指先に青い焔を浮かべた会長さんがメッセージを書いた紙片を炙り、教頭先生に差し出します。
「ほら、文字が浮かんできただろう?…声に出して読んでよ、もう一度。表に書いた分から裏まで続けて」
「………………」
教頭先生はガックリと床にへたり込みました。苦手なチョコレートを頑張って食べて、その甲斐あったと思ったら…まさかのどんでん返しです。
「ふふ、バレンタインデーって素敵だよね。チョコレートと告白がセットものって、最高じゃないか。そうそう、あぶり出しの文字は紙が冷えたら消えるんだ。表側のメッセージはそのままだから、記念にとっておくのもいいんじゃないかな」
クスクスクス。笑いながら教頭室を出た会長さんが私たちに語った真実は残酷でした。チョコレートは会長さんじゃなくて「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ったもの。しかも甘さは半端じゃなくて、チョコレート好きの会長さんでも一口食べたら胸焼けしそうな代物だとか。教頭先生、明日はショックと体調不良で欠勤しちゃうかもしれませんねぇ…。




入試の合格発表が終わるとバレンタインデーが目前でした。温室の噴水が期間限定のチョコレートの滝に変わって大人気。去年も目にした光景ですが、ミカンやバナナをコーティングして楽しんでいる生徒が大勢います。ちょっとしたお祭り気分ですね。そんな平和なある朝のこと。
「諸君、おはよう」
1年A組の教室に現れたグレイブ先生は1枚の紙を持っていました。
「バレンタインデーが近づいているが、校長先生から諸君へのお言葉がある。読み上げるから静粛に」
なんでしょう?首を傾げるA組一同。グレイブ先生は紙を掲げて軍人のみたいに直立不動。
「在校生の諸君、我がシャングリラ学園はバレンタインデーにおけるチョコレートのやり取りを非常に重視するものである。この時期、温室の噴水をチョコレートの滝に変えてあるのは、懐の寂しい生徒が容易にチョコレートを入手できるようにとの配慮であるから、持ち帰りは大いに奨励される」
えっ、チョコレートの滝はお遊びじゃなくて実用品!じゃあ、去年お小遣いをパンドラの箱の要求で使い果たしてしまった私が、あの滝のチョコを取って固めて「そるじゃぁ・ぶるぅ」にプレゼントしたのは正しい利用法だったんですね。
「なお、ここまでお膳立てをしてもチョコレートのやり取りをしない生徒は礼法室にてバレンタインデーに説教をする。当日の終礼までにチョコを1個も貰えなかった男子および1個も渡しに行かなかった女子は覚悟するように。…以上」
グレイブ先生が朗読を終え、眼鏡を指先で押し上げて。
「校長先生もこのようにおっしゃっている。風紀に厳しい我が学園だが、バレンタインデーは特別なのだ。年に一度くらい男女の交遊をさせてやろうという、校長先生の寛大な思し召しを無駄にしないよう心がけたまえ」
「質問です!」
男の子がサッと手を挙げました。
「もしもチョコレートを貰えなかったらどうなるんですか?」
「礼法室で説教だ。その後は何故チョコレートを貰えなかったか、自分の至らなかった点を自問自答し、反省文を校長宛に提出する。反省文は四百字詰め原稿用紙に手書きで2枚以上。書き終えるまで下校は不可」
ひゃああ!…女子はチョコを誰かに渡しさえすればオッケーですけど、男子はそうはいきません。誰からもチョコを貰えなかったら、お説教の上、反省文…。
「男子諸君は頑張りたまえ。…そうそう、一つ教えておく。どう頑張っても女子にチョコを下さいと言えない生徒もいるだろう。少々不甲斐無い気がしないでもないが、そういう男子は友人同士でチョコをやり取りするのが許可されている。我が学園では『友チョコ』と呼ばれ、これがけっこう評判がいい」
おぉぉっ、と男子がどよめきました。それならチョコレートを手に入れる道が開けます。
「要するに、説教と反省文の対象になるのは男女ともに努力しなかった者だけだ。男子に渡す度胸の無い女子も友チョコが許されているからな。…諸君、ベストを尽くすように」
そう言ってグレイブ先生は朝のホームルームを終えました。チョコレートの滝に加えて友チョコ制度。これだけ揃えてもらっているのにお説教と反省文の刑を食らう生徒がいるんでしょうか?…後で口コミで知った話では、過去に該当者は無いそうです。でも期末試験が近づいているのに、浮かれ騒いでいていいのかな?まぁ、そんな所がシャングリラ学園の校風なのかもしれませんけど。

その日はクラス中がバレンタインデーの話で持ちきりでした。チョコレートの滝と真剣に向き合ってきたクラスメイトもいたみたい。放課後になって「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ行くと、テーブルの上に乗っていたのは…何種類ものケーキとスコーン、それにフィンガーサンドイッチ。アフタヌーンティー用の食べ物です。こんな準備がしてある日は…。
「かみお~ん♪みんな座って、座って!もうすぐフィシスとリオが来るよ」
ティーセットを用意してお湯を沸かしながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」は御機嫌でした。
「今日のスコーンも自信作なんだ。ケーキも好きなだけ食べていってね、沢山作ったんだもん」
会長さんに促されてソファに座るとすぐに紅茶が出てきます。その内にフィシスさんとリオさんが来て、和やかなお茶会が始まりました。
「…今日はいったい何があるの?」
ジョミー君がクロテッドクリームをたっぷり塗ったスコーンを頬張りながら尋ねます。アフタヌーンティーの時は決まって生徒会の用事があるのでした。私たちは何の役目も持ってませんから、ただ聞いているだけなんですけど。
「バレンタインデーに決まってるじゃないか」
会長さんが即座に答え、詳しいことはキース君たちが来てからだ…と言いました。珍しいこともあるものです。いつもなら会長さんとフィシスさん、リオさんの三人でテキパキと話を終えてしまって、キース君たちがやって来る頃にはおしゃべりタイムになっているのに…。
「君たちにも聞いておいて欲しい話だからさ。普段している仕事と違って、ちょっと特殊な仕事なんだよ」
普段の生徒会の仕事は他の学校と変わりません。行事の準備や学校側との打ち合わせなど、会長さんがサボリを決め込む用事が殆どです。そのサボリ大好き会長さんが乗り気に見える特殊な行事って何でしょう?早くキース君たちが来ないかなぁ…。あっ、やっと入ってきましたよ。いつも練習、お疲れ様です!
「やあ、三人とも、待っていたよ。…まずは座ってゆっくりしたまえ」
会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」の淹れた紅茶をキース君たちに渡し、お腹を空かせた三人組がサンドイッチやスコーンをたっぷり食べてケーキの方に移るのを待って。
「そろそろいいかな。…リオ、今年のチョコレートの手配の方は?」
「順調です。注文書が届いてすぐに発注してありますし、間もなく全て完了するかと」
えっ、チョコレートの手配ですって?…もしかして生徒会もバレンタインデーにチョコを配るんでしょうか。でも、それなら『友チョコ』なんていう制度が無くても、全員チョコを貰えそうな気が…。あ、女の子は渡しに行かないといけないんですし、貰うだけではダメなのかな?
「違うよ、チョコレートを手配してるのは同じシャングリラでも学校じゃなくて船の方」
「「「船!?」」」
私たちは驚きのあまり、ケーキやサンドイッチを取り落としそうになりました。シャングリラという名前の船は宇宙クジラしかありません。二十光年の彼方を航行中の宇宙船にバレンタインデーのチョコレートを?
「シャングリラは今、月の裏側まで帰ってきてる。何光年も離れた場所までチョコレートは届けられないからね」
賞味期限の問題もあるし、と会長さん。
「あらかじめ送ってもらった注文書どおりにチョコレートを用意するんだよ。みんな色々こだわりがあるし、これがなかなか大変で。…リオがいなけりゃ、全員チロルチョコかもね」
「そんなことになったら、皆、泣きますよ。とても楽しみにしてるんですから」
「分かってるって。リオには感謝してるんだ」
会長さんはクスクスと笑い、「そるじゃぁ・ぶるぅ」を呼びました。
「ぶるぅ、もうすぐチョコレートが用意できるそうだよ。今年はどうする?シャトルを降ろしてもらって運ぶか、一気にシャングリラまで移動させるか。…ぼくはどっちでも構わないけど」
「うーんと…。シャトルを降ろしてもらっても、そこまで運ばなきゃいけないし。面倒だから送っちゃおうよ、シャングリラまで」
いつも一気に送ってるもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコ顔です。
「分かった。…それじゃ、リオ。チョコレートが全部用意できたら、シャングリラに衛星軌道上に移動してくるよう連絡を。ステルス・デバイスは月を離れた時点で起動」
「「「ステルス・デバイス?」」」
聞き慣れない単語をオウム返しに聞き返してしまう私たち。ステルス・デバイスって何でしょう?
「シャングリラがレーダーに探知されない為の技術だよ。起動中は肉眼でしか捉えられない。…普段は使わないんだけれど、地球に近づく時には必須」
「…あんた、シャングリラの何なんだ?」
キース君が会長さんを真剣な目で見つめました。
「チョコレートの件はまあいいとして、月から地球の衛星軌道に移動させろと命令したり、ステルス・デバイスの起動を指示したり…。船長は教頭先生なんだろう?…なのに、あんたが指揮できるなんて…。本物の船長はあんただってことはないだろうな?」
「それは無いよ。この件だけは特別だから、ぼくの都合に合わせてるんだ。バレンタインデー用のチョコレートをシャングリラに配達するのに船長の手を煩わせることはないだろう?…運ぶのはぼくとぶるぅだし」
チョコレートを詰めた箱ごと瞬間移動させるんだよ、と会長さんは微笑みました。
「ついでに言うなら、チョコレートの購入資金は生徒会から出てるんだ。ほら、こないだの入試で試験問題やお守りを売って稼いだだろう?…あれでチョコレートを買うんだよ。他にも一年を通じて色々なものを差し入れしてる」
「…福利厚生って本当だったんですか…」
シロエ君が目を丸くしています。会長さんは確かに「シャングリラ号の乗組員の福利厚生に充てる」と言っていましたけれど、私も含めて誰も信じていませんでした。
「うん、本当。…たまには仲間の役に立つことだってしておかないとね」
ぼくは遊ばせて貰ってるんだし、とウインクをする会長さん。シャングリラ号に乗り組んでいる人たちの為にバレンタインデー用のチョコレートを用立てて運ぼうだなんて、驚きです。いつも生徒会をサボッてばかりなのに、私たちが知らない所できちんと仕事をしてたんですね。

それから後はバレンタインデーとチョコレートの話に花が咲き、私が1年前にチョコレートの滝のチョコをお弁当箱の蓋に入れて固めた話は大ウケしました。
「パンドラの箱って金欠になるほど凄かったんだ?」
ジョミー君が笑い、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「いっぱい食べさせてもらったもんね」と威張っています。駅前商店街のタコ焼きに始まってアイスキャンデーを全種類だとか、他にも食べ物関係の注文満載。それは凄まじい要求で…。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の胃袋を満たそうっていうんですから、今にして思えば当然ですけど。
「みゆの手作りチョコ、嬉しかったよ♪」
チョコレートの滝を固めたチョコでも気持ちが嬉しかったんだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ブルーは沢山チョコを貰うけど、ぼくにくれる人っていないんだよね。…今年は誰かくれるかな?」
こう言われてはプレゼントしないわけにはいきません。いえ、最初から贈るつもりでいましたけれど、これは会長さんと同じレベルの本命チョコをプレゼントするのが筋でしょうか?…いつも御馳走になってますしね。
「あら」
フィシスさんが私に顔を向けました。
「ブルーにチョコレートを贈るんだったら、一緒に買いに行きましょうか?」
「えっ?」
「明日はお休みですし、買いに行こうと思ってましたの。一人で行くより楽しそうですし、如何かしら?」
願ってもないお誘いです。フィシスさんなら会長さんが好きそうなチョコを知ってるでしょうし、これを断る手はありません。「行きたいです!」と勢いよく言うと、フィシスさんはニッコリ微笑んで。
「スウェナさんも御一緒にいかが?…せっかくですもの、女の子ばかりでチョコレート探し」
「いいんですか?」
スウェナちゃんもチョコレートを買いに行きたかったみたいです。話はトントン拍子に決まり、明日は3人でバレンタインデー用の特設売り場に出かけることになりました。
「ふふ、女の子って可愛いよね。…どんなのを買ってくれるのかな?」
会長さんが楽しそうに言うと、サム君が。
「なぁ、俺の分も買ってきてくれよ。義理チョコってヤツでいいからさ」
「あ、ぼくも!ぼくも義理チョコ買っといて欲しい!」
ジョミー君が叫び、シロエ君たちも義理チョコを頼むと言い出しました。お説教と反省文から逃れたいという気持ちが見え見えです。でも、サム君もジョミー君も…みんな親睦ダンスパーティーでワルツを踊るメンバーに選ばれてたじゃありませんか。義理チョコなんかに頼らなくても大丈夫だと思うんですけど…。
「ほらほら、みんな無理を言わない」
止めに入ったのは会長さん。
「心配しなくても週明けから保険の集金が始まるよ」
「「「保険!?」」」
「そう、保険。…誰からもチョコを貰えなかった場合に備える友チョコ保険さ。女の子はチョコを買いに行くから、頼まれなくても友達の分まで美味しそうなチョコを買って配ったりしてるよね。でも男の子がこの時期にチョコを買いにいくのはキツイだろう?」
言われてみれば、女性で賑わうバレンタインデー前に男の子がチョコを買いに行くのはかなり勇気が要りそうです。ジョミー君たちも顔を見合わせて「キツイかも…」と呟きました。
「ほらね。そういう君たちのために友チョコ保険があるんだよ。3年生が中心になってお金を集め、その子たちのお母さんやお姉さんたちがチョコレートを買ってきてくれる。保険金さえ払っておけば、バレンタインデー当日にチョコが届くというわけだ。友チョコ保険の主催者は複数いるから、主催者同士はお互いに交換し合えばオッケーってわけ」
ぼくは申し込んだことないけどね、と会長さん。リオさんは「ぼくは毎年お願いしてます」と言い、ジョミー君たちも申し込むことに決めたようです。男の子って大変かも…。

あくる日、スウェナちゃんと私はフィシスさんと待ち合わせをして、デパートの特設売り場へチョコレートを買いに出かけました。土曜日だけに凄い混雑ぶりですけれど、ここで負けてはいられません。まずはジョミー君たちへの義理チョコです。予算の範囲内で見栄えのするのを…って、思ったよりも難しいですね。スウェナちゃんと迷っていると、フィシスさんが。
「大きさで選ぶなら、さっきのお店はどうかしら?パッケージデザインだったら、これが素敵だと思うのだけど」
うわぁ…凄い記憶力です。私たち、何処で何を見たのか混乱しちゃって分からないのに。おかげでスウェナちゃんと私は、それぞれ別のお店で義理チョコっぽく見えないものを首尾よくゲットできました。これでジョミー君たちに2種類の義理チョコを渡せます。さて、次のお買い物は本命チョコ。スウェナちゃんはどうするのかな?
「…えっと…私も会長さんに…」
だって会長さんって素敵だもの、とスウェナちゃん。ライバル出現!というところですが、焦る気持ちは出てきません。会長さんにはフィシスさんという大本命がいるんですから、勝てっこないって分かっています。私が本命チョコを買うのは、憧れの王子様へのプレゼント。渡せるだけで十分です。フィシスさんは会長さんの好みのチョコを幾つか教えてくれ、私たちは今度も別々のチョコを買いました。それに「そるじゃぁ・ぶるぅ」の分も。
「お買い物はこれで全部なのね?」
フィシスさんに聞かれて頷くと、「じゃあ、お茶にしましょう」と誘われて。
「沢山歩いて疲れたでしょ?ここのシフォンケーキは美味しいの」
ブルーと何度か来ているのよ、と素敵なカフェに連れて行ってもらったのですが。…チョコレートが入った紙袋を置こうとして気付いたのです。フィシスさんが何も買ってはいなかったことに。
「あ、あの…」
フィシスさんがシフォンケーキと紅茶を注文してくれた後で、私は頭を下げました。
「すみません!…お買い物、わざわざ付き合って下さったんですね。私が会長さんの好きなチョコ…って思ったから…」
「あら、そんなこと気にしないで?私も楽しかったんですもの」
女の子だけで出かけたかったの、とフィシスさん。いつもは会長さんとチョコレート売り場に行くのだそうです。うーん、さぞかし目立つんでしょうね。じゃあ、フィシスさんは会長さんと出直してきてチョコを買うのかもしれません。
「私がブルーにプレゼントするのはお菓子なのよ。…そうね、クイニーアマンに似てるかしら」
作るのに手間がかかるのだけど、というそれはフィシスさんの家に伝わる古いお菓子で、お祝い事の時に作るそうです。
「シャングリラ学園に来て、ブルーの誕生日に作ってみたの。そしたら…これはアルタミラのお菓子だ、って」
会長さんの故郷の記憶を持っているフィシスさんが故郷のお菓子を作ってくれた時、会長さんはどんなに嬉しかったでしょう。もうアルタミラは無いんですもの。
「それからずっと作ってるのよ。ブルーの誕生日と、バレンタインデーと」
もっと簡単に作れるのなら毎月だって作るのだけれど、と少し悲しげな笑みを浮べるフィシスさん。会長さんが『ぼくの女神』と呼ぶのも無理はありません。三百年以上前に失くしてしまった故郷の記憶を見せてあげられて、故郷のお菓子まで作れるんですから。…あ、もしかして「そるじゃぁ・ぶるぅ」も作れるのかな?
「ぶるぅはアルタミラではお料理をしてなかったんですって。だからレシピを教えたわ。でも、ブルーは私が作った方が美味しいって言って譲らないのよ。同じ味だと思うのに…」
あう。同じお菓子を作ってあげても「そるじゃぁ・ぶるぅ」よりフィシスさんですか!これじゃ、私が買ったチョコなんて意味ないかも…。
「大丈夫よ。ブルーにちゃんと言ってあるから。今年はあなたたちが大好きなチョコを買ってくれるわ、って」
おぉっ!流石は女神様です。お買い物に連れてってくれただけでなく、会長さんに伝えてくれただなんて。
「ブルー、楽しみに待ってるの。だから忘れずに渡してあげてね」
「「ありがとうございます!」」
私たちは深々と頭を下げました。会長さんもお気に入りというシフォンケーキはフィシスさんが御馳走してくれ、それから少しお散歩をして、一緒にお昼ご飯を食べて。…フィシスさんは「また三人で出かけましょうね」と優しい笑顔で手を振りながら、雑踏の中に消えていきます。もしかして会長さんと待ち合わせかな?…ずっと向こうに銀色の髪がチラッと一瞬、見えたような…。
『ここだよ。ぼくの女神、ぼくのフィシス』
会長さんの声が聞こえた気がしましたが、ふわりと落ちてきた雪のひとひらが運んでいってしまいました。




水中かるた大会の後、シャングリラ学園は『白鳥の湖』の話でもちきりでした。王子役のグレイブ先生とオデット姫の教頭先生、二人の踊りと息の合ったリフトは語り草です。グレイブ先生たちが本当にバレエの知識を脳髄に叩き込まれたことを知っているのは、先生方と私たちの仲間だけ。でも最近のグレイブ先生、実はちょっぴりノリが良かったり…。
「諸君、おはよう」
ガラリと扉を開けて入ってきた先生に今日も誰かが叫びます。
「いよっ、ジークフリート王子!」
グレイブ先生はタンッ!とその場でポーズを決めて、ニヤリと唇の端を上げました。
「おはよう。…今日も私は絶好調だが、諸君はどうかな?」
元気でーす!とみんなが答え、朝のホームルームの始まりですが…。
「来週、我が学園の入試がある。諸君も去年は受験生だった。下見に来ている者をチラホラ見かける時期だが、学園の品位を落とさないよう、言動に注意してくれたまえ。入試期間は休校になり、部活も休みだ。不要不急の登校は控え、家や寮で勉学に勤しむように」
そっか、受験シーズンなんですね。去年は色々ありましたっけ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に迷い込んで特待生と勘違いしたり、入試に落ちて会長さんに『パンドラの箱』を売ってもらったり…。感慨に耽っている間にグレイブ先生は姿を消して、入れ替わりに会長さんがやって来ました。アルトちゃんとrちゃんに声をかけ、小さな包みをを渡しています。
「はい、これ。…1年前のぼくからプレゼント」
「「1年前?」」
アルトちゃんたちは怪訝な顔。会長さんはクスッと笑って「開けてみて」と言いました。包みの中から出てきたものはパワーストーンのストラップのように見えますが…。
「シャングリラ学園の受験シーズン名物、試験に落ちない風水お守り。本当に効果があるんだよ。分かりやすいように風水って言ってるけれど、ぶるぅの力が入ってるんだ。だからね、これを持っていればどんな試験も大丈夫」
ん?試験って…会長さんのサイオンで1年A組はいつでも無敵。そんなもの必要ないのでは?アルトちゃんたちもそう言っています。
「うん、そうだね…今は必要ないね。でも来年はクラスがどうなるか分からないし、クラスが違えば助けてあげられないだろう?もちろん同じクラスなら嬉しいけれど。だから来年のために持ってきたんだ。このお守りは受験シーズンしか売らないしね」
「売り物なんですか?」
rちゃんが尋ねました。そういえば受験に来た時、売りに来ていた覚えがあります。今から思えば売り子はフィシスさんでした。
「生徒会の資金稼ぎにしてる。売値は…」
会長さんが囁いた値段にアルトちゃんたちはビックリ仰天。一ヶ月分の授業料です。
「そ、そんな高いもの、いただけません!…だって…だって…」
「いいんだ、原価は大したものじゃないんだよ。…それよりも去年、君たちに売りつけずに済んだことが嬉しくて。受験生向けに売り出す分は入学試験にしか効かないんだ。そういう仕様になっている。そんな期間限定モノを凄い値段で売りつけていたら、ぼくは自分が許せなかったと思うんだよね。…大切な人には本物をあげたいじゃないか」
そう言って会長さんはアルトちゃんたちの手にストラップをしっかり握らせました。
「もしも1年前に戻れるんなら、君たちに本物のお守りをプレゼントしたいんだ。だから、今ここにいるのは1年前のぼくだと思って、このお守りを受け取って?…これから先の試験もずっと君たちを守ってあげられるように」
「…いいんですか…?」
「うん。このストラップは、ぶるぅの力。…クリスマスにあげた指輪は何の力もないけれど…君たちを守ってあげたいというぼくの気持ちが詰まってるんだ。あの指輪をいつも嵌めていてくれて嬉しいよ」
ひゃああ!学校ではアクセサリーは禁止です。会長さんがアルトちゃんたちの指輪をいつも見ているということは…今も変わらず寮のお部屋に通っているに違いありません。そして今度はストラップ。「1年前のぼくから」だなんて気障なセリフはシャングリラ・ジゴロ・ブルーならではです。アルトちゃんたちは感激しながらストラップを握り締め、何度もお礼を言っていました。

その日の放課後、いつものように「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと、テーブルの上に天然石の丸いビーズが入った小さなお皿が。お部屋の主の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は小さな手で丸いビーズを持ってストラップ作りに励んでいました。
「かみお~ん♪今日のオヤツはスフレだよ。休憩がてら作っちゃおうっと」
作りかけのストラップを1つ仕上げて「そるじゃぁ・ぶるぅ」はスフレ作りを始めます。オーブンに入れて焼き上がりを待つ間に、壁を通り抜けて入ってきたのは会長さん。
「やあ、ぶるぅ。ストラップ作りはどんな具合?」
「ん~とね…。今日、持って帰って夜なべをしたら仕上がると思う。ブルーの方は?」
「クーラーボックスは注文してきた。今年は沢山売れるといいね。…後は試験問題だけど、どうしよう?みんなも連れて行くべきかな」
えっと。クーラーボックスというのは私が買った『パンドラの箱』のことですね。試験問題は…会長さんに「午後の試験問題を買わないか」と持ちかけられたアレでしょうか?受験シーズンは生徒会も色々大変みたい。スフレが焼きあがる頃、部活が終わったキース君たちがやって来ました。
「わーい、タイミングぴったりだぁ!スフレはしぼむと美味しくないし」
キースたちの部活の様子も見てたんだよ、と自慢しながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」が出来立てスフレを運んできます。熱々のをスプーンで食べながら、去年の受験の話になって…。
「私、この部屋に迷い込んじゃった。ぶるぅがアイスを食べてたっけ」
「うん。ぼく、みゆが来てたの知ってるよ。遊んでくれるかと思ったけれど、帰っちゃったね」
「だって…。すごく立派なお部屋だったし、特待生かお金持ちの子の専用室だと思っちゃって…叱られそうで」
あはは、と皆が笑いました。今じゃすっかり溜まり場と化してるお部屋ですけど、最初は謎の部屋だったんです。
「そういえば俺も来たんだっけ。…迷い込んだんじゃなくて探し回ったけど」
サム君がそう言ってから慌てて口を塞ぎました。
「ん?どうしたんだい、変な顔して」
会長さんが覗き込みますが、サム君は首を左右に振るばかり。何事なのかと思っていたら、ジョミー君が両手をポンと打ち合わせて。
「思い出した!…サムったら、ぶるぅを見つけて殴ったんだよ」
「「「えぇっ!?」」」
柔道部三人組が叫びました。サム君が「そるじゃぁ・ぶるぅ」を殴った話は、合格発表の日に耳に挟んだような微かな記憶が…。
「すまん!…俺、あの時は試験のことで頭が一杯だったんだ!」
一度も謝っていなかったっけ、とサム君が土下座しています。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコと笑い、「気にしてないよ」と答えました。柔道部三人組はまるで話が分かっていません。サム君は頭を掻き掻き、事情を説明し始めました。
「あのさ…。入試の前に噂を聞いたんだ。不思議な力を持つマスコットがいて、そいつに試験前に頭を噛んでもらうと、追試にも赤点にもならない…って。だから必死に探したよ。やっとの思いで探し当てたら、こいつだろ?噛み付くどころか、お茶とお菓子を出してきたんだ。それじゃ噛み付いてもらえないじゃないか。困ってしまって、つい、思い切り…」
殴ったのだ、と白状しながらサム君はまた土下座です。
「それで噛み付いてもらえたのか?」
キース君が尋ね、サム君は。
「おう、バッチリ!…おかげで一発合格だった」
今年のヤツらも噛んでもらえばいいのにな、と言ったサム君は「そるじゃぁ・ぶるぅ」にアドバイス。
「俺みたいなヤツ、今年も来るかもしれないぜ。お茶なんか出していないでガブリといけよ」
「えっ、お客様に噛み付くの?…そんなことしたって意味無いよ。サムの時はビックリしたから噛んじゃったけど」
「お前が頭をガブリとやったら試験に落ちなくなるんだろ。みんな藁にも縋りたいんだ」
サム君が力説した時、会長さんが吹き出しました。
「その噂、全面的に間違ってるよ。ぶるぅが噛んでも何も起こりはしないんだ。噂の元はこの学校の生徒じゃなかったのかもしれないね。試験に効くのはぶるぅの手形なんだから」
「えっ!?」
ポカンと口を開けるサム君。会長さんはクックッと笑い続けています。
「ぶるぅの赤い手形を押して貰えば0点のテストも満点だけど、それ以外の試験に役立つ力は…このストラップだけなんだ。ただの天然石のビーズに見えるだろ?でも、ビーズにはぶるぅが手形を押している。これを持って試験に臨めば、答案用紙に赤い手形の力が移って満点扱いになる仕掛けなのさ」
作りたての天然石のストラップ。この石の中に赤い手形の不思議パワーが…。
「そんなわけだから、ぶるぅの力で合格できるのはストラップを買った受験生だけ。手形はぶるぅの右手から出る。噛み付いたって手形の力は発動しないよ。…つまり頭を噛まれたサムは噛まれ損だね」
「それじゃ、俺って自力で合格?」
「そういうこと。もっと自信を持ちたまえ」
会長さんはストラップを手に取って軽く揺らします。
「このストラップは期間限定、期限付き。ぶるぅの手形を答案用紙の枚数と面接の分しか押してないんだ。それ以後の試験はフォローできない。…やろうと思えば卒業までに行われるテスト全ての回数分の手形を押すことが可能だけどね」
あ。今朝、アルトちゃんとrちゃんが貰っていたのはそのバージョン!まさに特別製だったんです。会長さんはアルトちゃんとrちゃんのために特製ストラップを作ったのか、と思うと二人が羨ましいような…。『パンドラの箱』を買わされた私とは大違いです。会長さんは私の視線に気付いて微笑みました。
「そうそう、ぶるぅの力で合格する方法はもう1つだけあるんだよ。みゆが持っているパンドラの箱。…ぶるぅとの文通用になってるけれど、元々は補欠合格用のアイテムなんだ。この箱の中にぶるぅが入れる注文メモを全てこなした人の書類に、ぶるぅが手形を押しに行く。すると補欠で合格できる」
「そうだったんだ…」
やっと仕組みが分かりました。書類に手形を押してもらう為に、注文をこなす必要があったんです。そりゃあ…たったの二千円という破格の値段で手形の力を手に入れるなら、それを押す「そるじゃぁ・ぶるぅ」に気に入られるしかありませんよね。最後は男湯にまで行きましたっけ。
「みゆ、頑張ってくれたよね♪」
ニコニコ顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。今年も沢山のパンドラの箱に注文メモを入れるのでしょう。

そんな調子でワイワイ騒いで盛り上がっていると、会長さんが時計を眺めて立ち上がりました。
「そろそろいいかな。試験問題を手に入れに行くから、みんなも一緒についておいで。ぶるぅ、シールドを」
えっ、シールド?…私たち、極秘でお供するんですか?
「ぼく一人しか行けないんだ。…試験問題を貰うんだよ?他人がいたら絶対に渡してくれないだろう。でも、せっかくだからギャラリーが欲しい」
「「「ギャラリー!?」」」
この単語が出るとロクなことにはなりません。でも拒否権は無いようで…気付けば私たちはシールドの中。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に連れられ、向かった先はやはり本館でした。教頭室の扉を会長さんがノックもせずに開けて素早く滑り込みます。私たちも大急ぎ。
「やあ、ハーレイ。とっても稽古熱心だね」
「ブルー!?」
教頭先生は窓枠に手をかけて片足を上げているところでした。これってバレエのバーレッスンでは?
「ブルー、入る前にはノックしてくれ」
慌てた様子で足を下ろした教頭先生。
「いいじゃないか。…バレエの練習してただなんて、面白いもの見ちゃったな」
「誰のせいだと思ってるんだ。白鳥の湖を踊らされてから、身体がどうも落ち着かん。仕事で長時間座っていると、無性にこれがやりたくなって…」
「バレエは身体にいいらしいよ。ストレッチ代わりになりそうだね、それ。…ぼくがプレゼントしたレオタードとかバレエシューズは使ってくれてる?」
「あんなものが着られるか!」
「…そう。残念」
会長さんはクスッと笑って教頭先生のそばに近づきました。
「実はバレエはどうでもいいんだ。ぼくが来たのは大事なこと。…入試の試験問題を貰いたくって」
「……今年もか?」
「うん。いつものようにお礼はするよ。ハーレイが嫌でなかったら」
「……………」
試験問題の横流し。そんな大それたことを頼もうという会長さんは凄いですけど、どうやら恒例行事のようです。教頭先生は複雑な顔をしていましたが、しばらくして「分かった」と短く答えました。
「ありがとう、ハーレイ。お礼はもちろん先払いだよね?…一緒に来て」
会長さんは教頭先生の腕に自分の腕を絡ませ、仮眠室へと入って行きます。そして自分から大きなベッドに上り、真ん中あたりにストンと座ると、教頭先生を手招きしました。
「ほら、早く。…年に1回だけなんだから」
げっ。仮眠室のベッドの上で、年に1回だけ…何をすると?っていうか、2歳児…もとい自称1歳児をシールド要員で連れてきておいて、この展開は何事ですか!?ジョミー君たちもパニック寸前。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は何も分からない子供ですから、平然としていますけど。
「…ハーレイ。お礼が要らないんなら、問題はタダでもらっていくよ?」
会長さんに急き立てられて、教頭先生は頬を染めてベッドに上がりました。そして会長さんに近づき、ゴロンと横に…って、会長さんの膝枕?
「ふふ。…もう顔が真っ赤になってる。動かないで」
会長さんの右手の中にフッと現れたものは竹製の『耳かき』でした。白いフワフワの毛がくっついたそれで始めたのは当然、耳掃除です。くすぐったそうな顔の教頭先生の耳を会長さんは馴れた様子で掃除し、反対側も。耳掃除を終えた会長さんの手から耳かきが消え失せましたが、教頭先生は膝枕でまだ目を閉じています。
「…ブルー…。今年もこれだけか?」
「うん。膝枕で耳掃除という約束だものね、昔から」
「…そうか。無理強いをするつもりは無いが…」
ヘタレで名高い教頭先生、今日はいつもと違うようです。膝枕をして貰って目を閉じていると気分が大きくなるのでしょうか?
「今年こそは、と秘かに思っていたんだがな。お前が1つのクラスに在籍し続けることなんて無かったし…心境に変化が起こったのかと」
「それで積極的だったわけ?婚約指輪まで買っちゃってさ。…読み違えているよ、ハーレイ。ぼくは何にも変わっちゃいない。楽しい仲間が沢山増えて嬉しかったのは本当だけど」
「やはり気持ちは変わらない…か。私がどんなに想っていても」
「痛い目に遭いたくないからね」
会長さんは小さく笑って教頭先生の頭をどけるとベッドから滑り降りました。
「ハーレイ、練習したこと無いだろ?…どんな目に遭わされるかと思うと、怖くて相手できないよ。まだノルディの方がマシかもしれない。…ノルディなんか大嫌いだけど」
ハーレイのことは大好きだよ、と微笑む会長さんをベッドから降りた教頭先生は一度だけ強く抱きしめ、仮眠室から教頭室へ。そして金庫の鍵を開けると試験問題のコピーを取り出し、会長さんに渡したのでした。
「これで全部だ。…いつかこういう取引じゃなくて…」
「ぼくと一緒に過ごしたい?…だったら努力してみればいい。ぼくを陥落させたいならね」
じゃあ問題は貰っていくよ、と会長さんは綺麗な笑みを浮べて教頭室を出て行きました。シールドの中の「そるじゃぁ・ぶるぅ」と私たちを引き連れて。

「耳掃除で試験問題漏洩か…」
キース君が気の抜けた声で呟きます。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋に戻った会長さんは試験問題をせっせとコピーしていました。これとストラップの売り上げが生徒会の主な資金源。もっとも正規の資金ではなく裏金というヤツですが。パンドラの箱は値が安いので、重視されてはいないそうです。
「ハーレイがヘタレな間は耳掃除でいけるから楽勝なんだよ。ぼくは永遠のヘタレを希望」
コピーしながら言う会長さんに良心の呵責は無さそうでした。そして入学試験当日も会長さんはリオさんとフィシスさんを助手に試験問題のコピーやストラップを売り、合格発表の日はパンドラの箱を売り捌いて。
「ふふ、今年の売り上げもなかなかだったよ」
影の生徒会室で通帳に並んだ数字を眺め、会長さんは御機嫌です。このお金は宇宙クジラことシャングリラ号の乗組員の福利厚生に充てるんだ、なんて言ってますけど、真相はいったいどうなんでしょうね?




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